八幡「俺たちでバンド?」雪乃「そうよ」 (420)

八幡「どうしてそんないきなり?」

雪乃「軽音部が主催で校内でロックフェスをするらしいのよ。やるのは土日の二日間で、どちらも午前中は校内の有志が、午後に軽音部がライブをするの」

八幡「あー、リア充達がウェイウェイ言ってたのはそれか」

雪乃「それは年中のことだと思うのだけれど」

それも確かに。何であんなにいつも盛り上がれるんだあいつらは? 常に脳内が麻薬でハイなの?

八幡「で、何で俺が? 文化祭の時のメンバーで出ればいいだろ」

雪乃「あくまでも在校生のイベントだから、平塚先生や姉さんは出られないの。城廻先輩ももう他のバンドにスカウトされて、こっちで出るのも難しいみたいだし。だから頼りたくもないあなたに頼んでるんじゃないの」

八幡「頼む時の態度じゃねぇよな、それ。てか俺は楽器は何も弾けねぇぞ?」

できてせいぜいリコーダーくらいだわ。それでも高い方のミとかファが出せないことがあった。あとクラスの女子のリコーダーがなくなった時に「ヒキガエルが盗んだんじゃねぇの?」って言った鈴木は一生許さん。結局その女子の家にあったからよかったものを。

雪乃「大丈夫よ。本番は二ヶ月後だから、今から始めれば間に合うわ」

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八幡「随分と張り切ってんだな」

雪乃「そういうわけではないわ。私はただ――」

結衣「やっはろー!」ガララー

雪乃「――由比ヶ浜さんに、ね」

八幡「あ、大体わかったわ」

結衣「ん? 何のことー?」

八幡「何でもない。いつものことだ」

結衣「?」

また由比ヶ浜に頼み込まれたんだろうな。本当に雪ノ下は由比ヶ浜にデレすぎだろ。

八幡「で、何だっけ?」

雪乃「あなた、ギターは家にあるのよね?」

八幡「親父が昔買ったやつがな。結局まともに弾いてないから、新品同様らしいが。……まさか、それを?」

雪乃「そのまさかよ」

八幡「マジかよ……」

結衣「ヒッキーがギターやるの?」

雪乃「そうよ」

八幡「俺まだ了承してないんだけど」

八幡「てかもう一人ギターなんかいらないだろ。お前が弾けばいい」

雪乃「そういうわけにもいかないわ。私もボーカルを担当するのだから、リードギターのためにもう一人必要なの。文化祭の時はどうしようもないから、私一人でボーカルもリードギターも、やったけれど、本来そんなのは無謀としか言いようがないわ。ただのストロークならまだいいけれど――」ペラペラ

八幡「は、はぁ……」

そういうものなのだろうか。リアルバンド事情はけいおんしか見てない俺にはわからん。話から察するに唯ちゃんは無謀なことをしていたらしい。

八幡「てか、他はどうすんだよ。由比ヶ浜がボーカルなのはわかるが、そしたらギターしかいねぇだろ」

ゆずでもやるの? 戸塚とデュオで出るのなら俺喜んで出ちゃうけど。そしたらエレキじゃなくてアコギじゃねぇか。そもそもバンドでもねぇ! でもそんなの関係ねぇ! ……古いな。

雪乃「ふふ……、当てはあるわ」

八幡「なん……だと……?」

あの雪ノ下雪乃に由比ヶ浜以外で頼れる相手がいたのか!?

雪乃「由比ヶ浜さん、お願い」

八幡「結局由比ヶ浜頼みかよ!」

八幡「バンド……ねぇ……」

雪乃「別にあなたの場合、特にこれと言ってやることもないのだから、いいでしょう?」

八幡「ばっか、俺なんか予定ありまくりだっつの。やらなきゃならないゲームや読まなきゃならない本、見なくちゃいけないアニメはいくらでもあるんだよ」

雪乃「要するに、暇なのね」

八幡「おかしいな、全体的に何かがおかしい」

結衣「まあまあ……。でもこの三人でバンドができるなんて、面白そうだしいいじゃん! やろうよ!」

雪乃「そうね」

八幡「……ずっと気になってたんだけどよ」

結衣「ん?」

雪乃「何かしら?」

八幡「由比ヶ浜はともかく、何で雪ノ下がそんなにやる気満々なの?」

雪乃「何のことかしら? 私は由比ヶ浜さんに頼まれただけで――」

結衣「このロックフェス、一番良かったバンドを投票で決めるんだー」

雪乃「――むしろこんなのは全然……」

八幡「…………」

八幡「…………」ポンッ

八幡「……はぁ」

雪乃「その何かを悟ったような間は何なのかしら? 酷く不愉快なのだけれど」

八幡「うん、そうだな。お前は別に一番を取りたいわけじゃないんだよな」

雪乃「」

八幡「てかバンドなんかやりたくねぇし。キングオブぼっちの俺が人前でギター弾くなんて笑い話もいいところだろ。どうしてわざわざ晒し者にならなくちゃならんのだ」

雪乃「あら、大丈夫よ? あなたなら例えB'zのギタリスト並のギターテクを披露しても、きっと誰も見ないだろうから」

八幡「……否定はできない」

結衣「できないんだ!?」

雪乃「決まりね」

八幡「おいこら待て」

パッポーパッポー

ソレカラドシタ

八幡「……わかったよ、やりゃいいんだろ……」

雪乃「まさか説得するだけでこんなに時間がかかるなんて……」

結衣「本当にヒッキーって、変なところで強情だよね……」

八幡「悪かったな……」

しかし一度やると言ったからには、もう後には引けない。こいつらに迷惑をかけるのはゴメンだ。……やっぱめんどくせぇ……どうしてこうなった。

八幡「ただいまー」

小町「おかえりー」

八幡「おう。あのさ、親父帰ってる?」

小町「うん? いるよ?」

八幡「わかった。サンキュ」

小町「お兄ちゃんからお父さんに話しかけるなんて珍しいね」

八幡「まぁ、ちょっとな」

小町「男同士の拳での対話とか?」ワクワク

八幡「ちげーよ。頼み事をしにいくだけだ」

小町「頼み事?」

八幡「そのうち由比ヶ浜らへんからメール来るだろうから、それで察してくれ」スタスタ

小町「……?」

ミーアーゲーターソラニーキラキラータイヨーオー

小町「あっ、結衣さんからだ。……ふむふむ、あー、なるほどー」

八幡「親父」

八幡父「何だ?」

八幡「親父、確かギター持ってたよな?」

八幡父「……あー、あれか。なんだ、欲しいのか?」

八幡「ちょっと、必要になってよ」

八幡父「……そうか」

そう言うと、親父は少し嬉しそうに笑みを浮かべた。

八幡父「じゃあ三日、待ってくれないか?」

八幡「ん、別にいいけどなんで?」

八幡父「ちょっとな」

親父とは普段からあまり会話をしない。だからか、こういう風に頼み事をするのは、少し苦手だ。

小町「おにいちゃ~ん」ニヤニヤ

親父の部屋から出ると、そこでは小町が待ち構えていた。

小町「お兄ちゃんがバンドねぇ~。この数ヶ月でこんなに成長するなんて小町も嬉しいよ~。あっ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「知らんわ。てか俺は何も変わってねぇ」

小町「いやいや~。気づいていないのは本人だけだよ? お父さんも嬉しそうだったし」

八幡「盗み聞きしてたのかよ……」

小町「まーまー、細かいことは気にしない!」

八幡「将来お前がストーカーとかになりそうで怖いわ。もしもそんなことがあったら、俺はすぐにそいつを殺しに行くがな」

小町「あくまでも対象は小町じゃないんだ……」

その夜

ゴーインゴーインアロンウェーイオレノーミーチーヲーイクーゼー

八幡「……メール? メルマガか?」

しかしメルマガはこんな時間には届かない。迷惑メールだろうか。

【FROM:☆★ゆい★☆】
【TITLE:ベース確保したよー☆】

八幡「はやっ!」

その間わずか数時間。この短時間でバンドメンバー集めるとか、さすがトップカースト。

脳内でアホみたいなことを考えながらメールを開く。

【なんとね、サキサキがやってくれるって!(/・ω・)/ヤッター】

……誰だっけ?

川なんとかさん? いや、ありえねぇだろ。あいつがベース? まぁイメージに合ってると言っちゃ合ってるか。てかあいつ楽器とかやってたんかい。ぼっちのくせに。あ、これはただの偏見ですね。

……困惑しすぎて日本語不自由になってるな。いつものことか。

八幡「とりあえず返信と」

【TITLE:RE:ベース確保したよー☆】
【そうか、お疲れ】

八幡「……ふぅ」

ゴーインゴーインアロンウェーイ

八幡「はやっっ!!!」

何でこんな返信早いの? マッハなの? 音速超えてんの?

【FROM:☆★ゆい★☆】
【TITLE:RE2:ベース確保したよー☆】
【反応冷たすぎじゃない?(´・ω・`)ショボーン】

【TITLE:RE3:ベース確保したよー☆】
【別に、いつもこんなもんだろ】

ゴーインゴーインアロンウェーイ

【FROM:☆★ゆい★☆】
【TITLE:RE4:たった今だけど、ドラム決まったよー☆】

八幡「いや、だからはええって」

もう驚かないな。むしろ慣れてきたまである。てか誰なんだ……? 戸部とかか? 可能性高すぎてこま……



【なんと、さいちゃんだよ!(((o(*゚▽゚*)o)))パアアア】



八幡「らない!!!!」ガタッ

【TITLE:RE5:たった今だけど、ドラム決まったよー☆】
【そうか本当かそれはいいな俺ギターマジで頑張るわもう当分ギターのためだけに生きるわむしろギターのために死ねるまである】

戸塚とバンド? 何それ、最高じゃん! こうなったら戸塚にいいところ見せるために、B'zのギタリスト並のテクニックを身につけてやる! どうして誰も松本と言わないのか不思議だ。

ゴーインゴーインアロンウェーイ

む、こっちが決意表明をしている時になんだ?

【FROM:☆★ゆい★☆】
【TITLE:RE6】
【キモい】

八幡「」

とりあえず今回は以上です。
バンド知識など間違っているところがありましたら、指摘してくださると幸いです。

次の日

八幡「うーす」ガララー

雪乃「あら、ちゃんと来たのね。てっきり逃げるのかと思っていたわ」

八幡「何を言っている? 戸塚がドラムやるんだろ? なら本気を出す、明日から」

雪乃「それ死亡フラグよ?」

八幡「お前がその単語を知ってることに俺は驚きだよ」

結衣「やっはろー!」ガラッ

戸塚「や、やっはろー!」

八幡「やっはろー!!!」ガタッ

結衣「ヒ、ヒッキー!?」

八幡「よく来たな戸塚。お茶でも飲むか、お菓子もあるぞ!?」

戸塚「ありがと、八幡」キランッ

八幡「あぁ、この笑顔……まさに、天使……。俺もう死んでもいい」

川崎「…………」

八幡「……?」

あれ、誰だっけこの人? 川……山……田……電……機……? やまーだでんき! 本当にあのBGMヤマダ電機にいるとエンドレスで流れて頭に残るんだよな。あ、思い出した。川崎だ。

八幡「お前、楽器とかやってたのか」

川崎「昔……ちょっとね」

八幡「ふぅーん」

結衣「さて、メンバーも揃ったところで、バンド会議でーす!」

一同「…………」

結衣「いや、盛り上がろうよ!? 私一人だけ舞い上がってるみたいで恥ずかしいじゃん!?」

八幡「まぁ実際そうだろ」

結衣「うぅ……」

雪乃「……そろそろ始めないかしら?」

結衣「あ、うん。そうだね!」

八幡「会議ってなに話すの? ポジショニングとか? なら俺はドラムの隣がいいです」

結衣「違うから! リードギターがそんな後ろに行ってどうするの!?」

八幡「いいんだよ、どうせ誰も見ないんだから」

雪乃「そうね、のちにいないはずのギターの音が聞こえるって七不思議になるかもしれないわね」

八幡「おっ、それいいな。採用」

結衣「しないから! ヒッキーはちゃんと前に出るの!」

八幡「うるせぇ、却下だ」

結衣「ならその却下を却下!」

八幡「めんどくせぇ……」

八幡「で、じゃあ何について話すんだ?」

結衣「とりあえず曲決めだよ。何の曲をやるか決めないと、何も進まないからね」

結衣「はい、じゃあ案ある人!」

一同「…………」

結衣「いや、だから出そうよ!? これじゃ会議は踊り、されど進まずだよ!?」

八幡「いや、いきなり言われてもだな……」

戸塚「由比ヶ浜さんたちがボーカルをやるんだよね? だったら女性ボーカルの曲の方がいいんじゃないかな?」

おっ、確かにそれはあるな。逆にこのメンバーでホルモンとかやったら……それはそれでちょっと見てみたい。

やるとしたらガールズバンドの曲か。あれ、そしたら尚更俺いたらダメなんじゃねぇの? 女子四人の中に一人男子とかないだろ。戸塚は……この場合どっちにカウントすべきなんだ?

川崎「じゃあ放課後ティー……」

結衣「えっ、なに?」

川崎「……何でもない」

八幡「…………」

あ、わかったわ。こいつが何でぼっちのくせにベースなんか弾けるのか。てか澪派かよ。ちなみに僕はムギちゃん派です! というわけでちょっと相模呼んでくる。

他だと、ガルデモとか? だからなんでアニソンしか出てこないんだよ。俺の頭、残念すぎんだろ。川崎も大概だが。

二十分後

結衣「なかなか決まらないね~」

出てきた案はいかにも初心者のバンドがやりそうな曲ばかりだ。しかしそれでは他のバンドと被る可能性があると、雪ノ下が言い出し、未だ決まる気配はない。

戸塚「レベッカ……とかはどうかな?」

結衣「レベッカ? バイオハザード?」

何故お前がそれを知ってる。

八幡「レベッカって、あの昔のバンドの?」

戸塚「そうそう! 八幡も知ってるんだー」

いや、知ってるけどさ、セレクトが渋すぎるだろ……。何十年前の曲だよ……。だがそれがいい。

それから話はトントン拍子で進み、結局レベッカの『フレンズ』と、miwaの『don't cry anymore』(由比ヶ浜案)をやることになった。何だこの組み合わせは。例えるならバブルの時に不景気の歌を歌うようなもんだぞ。何それ、全然例えになってねぇ。

雪乃「…………」

雪ノ下は由比ヶ浜から借りたスマホで、YouTubeで曲の動画を見ているようだ。

雪乃「この曲、『フレンズ』の方は特にキーボードが必要ね。声的にもメインボーカルは由比ヶ浜さんがやった方がいいから、私はキーボードを担当するわ」

結衣「えっ? ゆきのんキーボードできるの?」

雪乃「正確にはピアノね。キーボードはピアノとはまた違うから、慣れが必要だろうけれど」

結衣「すごい! 私、ピアノ弾ける人とか尊敬する!」

雪乃「そんな……大したことはないわ」

結衣「じゃあ、私もキーボードをやる!」

雪乃「そこでどうしてその発想に至るのかしら……?」

結衣「だって『フレンズ』の時はゆきのん後ろに下がっちゃうってことでしょ? なら二曲目はゆきのんが前に出なくちゃ! 『don't cry anymore』はボーカルがアコギで、ゆきのんもギター弾けるから、ピッタリだと思うんだ!」

雪乃「別に私は……」

結衣「それに、そもそもこの曲選んだ理由が、ゆきのんに歌ってもらいたいからだし……」

雪乃「!」

結衣「だから……ダメかな……?」

雪乃「……そこまで言うなら」

結衣「ありがと、ゆきのん!」ガシッ

雪乃「それでも抱きつくのは、やめて欲しいのだけれど……」

とりあえず、百合は素晴らしいと思います。

雪乃「だとすると、あなたも新しい楽器を、弾けるようにならないといけないわね」

結衣「うん。みんなが頑張るんだから、私もできることをしたいんだ」

雪乃「なら、私が教えるわ。実家の方に使ってないオモチャみたいなキーボードがあるから、それ持って行ってもいいわよ」

結衣「本当に!?」

雪乃「ええ。私、虚言は吐かないもの」

後に由比ヶ浜の家周辺で、よくわからない物を持ち歩いている雪ノ下さん(あねのんの方)の姿が目撃されたらしいが、それはまた別の話である。

八幡「戸塚」

戸塚「なに?」

八幡「何であんな古いバンドを知ってたんだ?」

俺だって親父が聞いてなかったら知らなかったぞ。

戸塚「あー、お父さんがすごい『好き』だったんだ」

八幡「お、俺もだっ!!」

戸塚「えっ?」

八幡「あっ、いや、何でもない」

『好き』の部分に異常反応をしてしまった。まぁ、文脈的に間違ってねぇけど。

戸塚「八幡、ギター弾くんだよね?」

八幡「そうだな。まだ未経験者だけど」

戸塚「なら……その……二人で……やらないかな……?」

八幡「はっ?」

何これ、戸塚ルート解禁ですか!? 僕非課金ですけど、大丈夫なんですか!?

戸塚「あ、そういう意味じゃなくて……っ!」アセアセ

真っ赤になって両手を胸の前で振りながら、戸塚が弁明する。ヤバい、可愛い。てか何を想像したんですかね? 私、気になります!

戸塚「ロックフェスに二人でも出ようよ!」

何だ、そういうことか。一瞬脳処理が追いつかなくてショートしかけたわ。

……えっ?

八幡「二人で?」

戸塚「そう! 弾き語りみたいなのを二人でやらないかな?」

八幡「……つまり、ゆずみたいなのを俺と戸塚で?」

戸塚「う、うん……。ダメ……かな……?」

八幡「ダメじゃない。むしろ俺からお願いしたいくらいまである」

戸塚「本当に!?」パァァ

守りたい、この笑顔。

戸塚から聞いたところによると、今回のロックフェスは弾き語りもOKで、尚且つ掛けバンもありなのだそうだ。まぁ確かにこんなイベントにわざわざ出ようと思うやつなんて少ないだろうから当たり前か。

八幡「てかエレキしかうちにはねぇけど、大丈夫なのか?」

戸塚「大丈夫だよ。エフェクターで音をアコギっぽくすることはできるから。そういうのうちにあるし、貸してあげるよ」

八幡「マジか、なんかすまんな」

戸塚「別にそんなのいいよー。僕も八幡と一緒に出れるから嬉しいんだ!」

戸塚が俺と出れて嬉しい? そんなの俺が嬉しすぎて死ぬわ。

八幡「…………」プシュー

戸塚「八幡!? 顔が真っ赤になってるよ!?」

八幡「戸塚はドラムなんて叩けるのか?」

はっきり言って戸塚の腕は細い。とてもドラムを叩けるとは思えない。

戸塚「大丈夫だよ、よく家でやってるし」

なら、問題ないか。……って、あれ?

八幡「……家?」

戸塚「うん、うちの家族はみんな音楽好きだから、楽器とか揃ってるし、僕もいくつかはできるんだ」

八幡「いくつかって、例えば?」

戸塚「えーっと、ギターとピアノとドラムとベースと……」

ちょっと待て、ハイスペック過ぎんだろ。もう一人でバンドできるレベルじゃねぇか、斉藤和義かよ。戸塚はもう十分にやさしいので、これ以上やさしくならなくていいです。

戸塚「でも、あくまでも本命は由比ヶ浜さんたちとのバンドだから一曲くらいにしとかないと……」

八幡「まぁ、そうだな」

弾き語りか……。誘ってきた本人だからやりたい曲があってのことなのだろう。何だ、やっぱりゆずか?

戸塚「八幡はやりたい曲ある?」

八幡「いや、別にねーな。戸塚がやりたい曲ならなんでもいい。なんでも全力を出す」

戸塚「そっか……じゃあ、僕はね……」

この時、俺は忘れていた。戸塚の選曲はとてつもなく渋く、古いことを。

戸塚「サイモン&ガーファンクルをやりたいんだ!」

八幡「…………」

八幡「……はい?」

八幡「……すまん、誰だそれは」

戸塚「ポールサイモンとアートガーファンクルって二人組のユニットで、すごくいいんだ。前からずっとやりたいとは思ってたんだけど、二人いないとできないから……」

八幡「…………」

戸塚「だから、八幡がもしも良いって言ってくれるならって……」

八幡「もちろんいいさ! 戸塚がやりたいならどんな曲だってやるぞ!」

戸塚「本当に!?」

八幡「ああ! 男に二言はない!」

そして、俺らは二人でサイモン&ガーファンクルの『Wednesday Morning 3 A.M.』という曲をすることになった。

調べると1964年の曲とのこと。古すぎんだろ。うちの親まだ赤ん坊じゃねぇか。

二日後

八幡「ただいまー」

八幡父「ん、おかえり」

八幡「親父の方が先だったのか」

八幡父「そんなことより、自分の部屋見てこい」

八幡「?」

言われたとおり部屋に向かう。親父があんなこと言うなんて珍しい。何かあったっけ?

ガチャッ

ドアを開く。そこには、一つポツンと、ギターケースが置かれていた。

八幡父『三日、待ってくれないか?』

そう言えば今日でちょうど三日だったっけ。

中身が傷つかないようにゆっくりとチャックを開く。

八幡「うわあ……!」

思わず声が漏れる。

その中に入っていたギターは、前に見た時よりもずっと綺麗になっていて、新品と言われても納得できてしまうほどだった。

八幡父「知り合いに頼んでな。いくらほとんど使ってないとは言え、ネックが反ってたりとボロボロだったからな。修理とメンテナンスをしてもらった」

いつの間に部屋にいた親父がそう告げる。

八幡「わざわざここまでしなくても……!」

八幡父「いや、いいんだ。俺が勝手にやっただけだしな。まぁ、それなら売ってもいくらか金になるだろう。その金で新しいのを買うかどうかは好きにしろ」

それだけ言って親父は部屋を出て行く。

八幡「売れるわけ……ねぇだろ」

ガチャッ

八幡父「……ふぅ」

小町「ふふ~ん♪」

八幡父「なんだ小町。いたのか」

小町「今日のお父さん、小町的にポイント高いよ?」

八幡父「そうか、ありがとな」

小町「お兄ちゃんの捻デレスキルはお父さんからの遺伝だったんだね!」

八幡父「何だそれは」

その夜

八幡「うがああああ……いてぇ……!」

八幡「そしてなぜ鳴らねぇんだ……一弦と二弦……」

八幡「一弦と二弦に集中すると、中指と薬指と小指が疎かになるし……」

八幡「噂のFコード、ムズすぎんだろ、何でこんなのが人間に押さえられんだよ……!」

グッ

八幡「いてえええええええええええ!!」

小町「お兄ちゃんうるさい!!」

それから三週間が過ぎた。

今日は大事な用事がある。そのための準備が必要なのだが……。

戸塚「ねぇ、八幡。やっぱりピックは余分に買っといた方がいいよ?」

どうした。何が起こった。世界線を移動したのか?

閑話休題。

状況を説明するとだ。

俺と戸塚は今、楽器屋にいる。これは……デート?

八幡「お、おう。思ったよりも安いんだな。一枚百円なんて」

戸塚「うん、僕なんかはたまに十枚くらい一気に買っちゃったりするんだー」

八幡「なんでそんなに買うんだ? 一枚だけじゃダメなのか?」

戸塚「弾いてる最中に飛ばしちゃう事とかよくあるんだ。曲によって柔らかさや形を変えた方が弾きやすいこともあるし」

なるほど。臨機応変に対応できるようにも予備は必要なのか。勉強になった。

戸塚「それと、コレクション的な楽しみもあるよ」

ピックのそんな楽しみ方初めて聞いたわ。

八幡「さて、俺が買わなきゃならないのは何だっけ?」

戸塚「シールドだよ。ギターとアンプを繋ぐコード。……あっ、この辺がシールドコーナーだね」

八幡「ほぅ、これがシールド……って高いな」

戸塚「安いのもあるけど、それなりの値段のを買うのをオススメするよ。安いのはその分壊れやすいし」

八幡「いや、多分そんなに使う機会ないし……」

戸塚「それでもだよ。本番直前に壊れたりしたら、結局同じ値段かかることになっちゃうから」

八幡「……そうだな」

結局高くもなく安くもない、それなりの値段のシールドを買った。さよなら、俺のマッ缶。当分買えないよ。

戸塚「僕ね、楽器屋さんは好きなんだ」

八幡「ギターとかたくさんあるしな」

戸塚「それだけじゃないよ。アンプだったり、カポだったり、スティックだったり、エフェクターだったり、楽器に関わるものがたくさんあるから好きなんだ」

戸塚「この広くない空間から、世界に広がる音楽が生まれるって考えると、すごいなって思うんだ」

戸塚「まるで、世界中とつながっているみたいで、僕は好き」

そう言う戸塚の目はどこまでも澄んでいて、声は透明に透きとおっているように感じた。きっと戸塚が冗談ではなく、本気で言っていたからだろう。

八幡「戸塚……」

戸塚「それに……」

そこで一呼吸。

戸塚「今日は八幡とここに来れたから、すごく嬉しいんだ」

そう言うと、戸塚は俺に向き直って、笑顔を浮かべる。

八幡「……まぁ、なんだ」

戸塚「うん?」

八幡「また、来ような。用事とかなくても」

戸塚「八幡……!」

俺の言葉を聞くと、戸塚は嬉しそうな声を上げる。

戸塚「うん! 絶対に来ようね!」

戸塚と次のデートの約束をしてしまった……! これはもう完璧に戸塚ルートだろ。俺の選択は間違っていない……はずだ。

男? 真実の愛に性別なんか関係ないんだよ。

戸塚「そうだ、このピック買おうよ!」

戸塚が手に取ったのは白いピック。金箔の文字でfenderと書いてあって、硬さはミディアムだ。

八幡「……つまり、お揃い?」

戸塚「うん!」

戸塚とお揃いのピックだと? 買わない理由がない。

最初にギターケースに入っていたピックが一枚目だとすれば、この、戸塚と買うピックは二枚目と言えるだろう。いや、自分で買うのは初めてだから一枚目と言ってもいいかもしれない。……家宝にしよう。




――

―――

――――

手のひらに乗っている白いピックを見つめる。

今でも思い出せる。あの時の戸塚の顔を、声を、言葉を。

あの輝かしい瞬間たちを、今の俺は思い出すことしかできない。

それらは、二度と俺の前には訪れない。一度失ったものは、どうあがいても取り返せない。

どこで道を誤ったのだろう。どうしてこんなことになってしまったのだろう。そんなの悔やんでもキリがないし、意味もない。

だから、せめて最後くらいは――。

――――

―――

――



一時間後

俺は学校の近くにある貸しスタジオの前にいた。

結衣「……緊張するね」

雪乃「そうかしら? ただ皆で合わせて練習するだけでしょう?」

結衣「そうだけど~」

川崎「それよりさっさと入らない? こんなとこで突っ立ってるのもあれだし」

戸塚「そうだね。もう予約した時間だから大丈夫だよ」

今日は、初めて合わせて練習する日だ。俺だって緊張していない訳がない。

八幡「何だこりゃ……」

戸塚が予約した部屋に入ると、そこは、もう、何と言うか、バンド一色だった。

いくつも並ぶ大きなアンプに、ライブでよく使われるような立派なドラム。譜面台やマイクまで、何もかも揃っていた。

八幡「こんなの、本当にあったのか……」

戸塚「ほら、八幡。それが八幡のアンプだよ」

そう言って指差したのは、テレビで何度か見たことのあるマーシャルのアンプだ。俺が覚えてるくらいだから実際はもっと見たことがあるのかもしれない。

八幡「あ、ああ……」

買ってきたシールドを繋ぎ、アンプの電源を入れる。

プワン。

そんな音がして、あとはジジジジ……と小さな音がする。

音量を絞り、高鳴る鼓動を噛み殺しながら、ピックで軽く弦を叩く。

――――――!

見慣れないアンプから流れる音は、ずっとギターの生音しか聞いてなかった俺にはひどく新鮮で、衝撃的だった。

八幡「すげぇ……!」

戸塚「やっぱりアンプに繋ぐと、それだけで変わるよね」

思わず感動のあまり頬が緩む。

雪乃「時間も限られているのだし、早くみんな準備を」

そう言う雪ノ下の声も震えている。何だかんだ言って、雪ノ下も緊張しているようだ。

三十分後

八幡「これは、マズイな……」

雪乃「ええ、まさか……」

一同「「ここまで合わないとは……」」

戸塚「僕のドラムが安定しないせいで……」

川崎「いや、あたしのベースが走ってるのが原因」

八幡「俺も結構ミスってたしな……」

結衣「私なんかまともに弾けたところがなかったよ……」

戸塚・川崎・八幡・結衣「「「「はぁ……」」」」ショボーン

雪乃「まだ時間はあるのだし、もう少しやりましょう? それに明日が本番ってわけでもないのだから、各自これから死ぬほど練習すれば何とかなるはずよ」

一瞬不穏な副詞が聞こえたのは気のせいですか……?

時間が来て外に出た俺たちは、道端で駄弁っていた。……俺以外。それなら俺たちじゃねぇな。

結局あれから多少は良くなったものの、まだ人前でやれるレベルではないので、各自『死ぬ気』で練習してくるようにとのこと。

……次の合わせ練までになんとかしないと、殺されるな。主に雪ノ下に。

結衣「うーん……。うまくいかないなぁ……」

雪乃「由比ヶ浜さん」

結衣「ん?」

雪乃「由比ヶ浜さんは今から私とカラオケに行きましょう」

結衣「えっ、ゆきのんとカラオケ!? 行く行く!」

雪乃「ええ、あなたの場合、根本から叩き直さないといけないから。腹式呼吸もまともにできていないし」

結衣「エッ?」キョトン

あっ、由比ヶ浜に死亡フラグが立った。

雪乃「じゃあ、私たちはとりあえず行きましょう。他の比企谷くん以外の人は、次の練習のために空いている日を連絡するように」スタスタ

八幡「なんでだよ。俺も暇じゃない日くらいあるぞ」

結衣「ま、待ってよーゆきのーんー!」タッタッタッ

……頑張れよ、由比ヶ浜。生きて帰って来るんだぞ。

こうして初めてのスタジオ練習が終わり、帰ろうとすると戸塚に呼び止められた。

戸塚「八幡……これからちょっといいかな?」

八幡「いいぞ」

この間、僅かコンマ一秒。

八幡「なんだ?」

戸塚「えっとね……僕の家に……来ない……かな?」

なん……だと……?

八幡「ここが……戸塚の家……!」

ごく普通のなんの変哲もない一軒家だ。しかし、毎日ここで戸塚が暮らしていると考えると――

八幡「何か、こう胸にたぎるものがあるな」

戸塚「さぁ、入って! 八幡!」ガチャッ

八幡「お、おじゃましまーす」

玄関を抜けると、他人の家の匂いがする。クンクン、これが戸塚の匂いか。気持ち悪いな俺。

戸塚母「あら、彩加。お友達?」

そう出迎えてくれたのは戸塚の母らしい。戸塚に似てめっちゃ可愛いし綺麗だ。そうか、戸塚はお義母さん似だったのか。じゃあお義父さんはどんななんだろ。うん、字がおかしい。

戸塚「うん、そうだよ!」

八幡「…………っ」ポロポロ

戸塚「八幡!? どうして泣いているの!?」

八幡「いや……何でもない……」

戸塚に友達として紹介されてしまった……! もう一生分の運を使い切った気分だわ。

八幡「……ども、比企谷八幡と言います」

戸塚母「ふふ、面白い子ね」クスッ

さすが戸塚のお母さんだわ。戸塚が天使ならこのお母さんは聖母かなんかだな。俺ちょっと教会行ってくる。んでもってそのまま戸塚と結婚してくる。

……だとすると、ますます父親の顔が見たくなってくる。まぁ、家にいないだろうけど。

ガチャッ

??「なんだ、彩加。友達か」

戸塚「あ、ただいま。お父さん」

なん……だと……?(本日二回目)

何が起きたか説明しよう。

北斗の拳のラオウみたいな風貌の男が、部屋に入ってきた。

その男を戸塚は「お父さん」と呼んだ。

つまり……。

八幡「……あなたが、戸塚の……」

戸塚父「父です」ペコリ

んなバカなああああああああああああああ!?!?

閑話休題。

戸塚父「なるほど、君が彩加の話によく出てくる八幡くんか」

八幡「はい。初めまして」

オーケー、超クール。さすがにもう落ち着いたわ。この親子見てるとDNAとかって、実はあんまり関係ないんじゃないかと思う。

戸塚「ねぇ、お父さん。地下のスタジオ使ってもいい?」

戸塚父「おう? 別にいいが」

ちょっと待て。地下? スタジオ?

八幡「えっ、ちょ、戸塚?」

戸塚「うちにはね、地下にスタジオみたいな部屋があるんだー。そんなに広くないから、さすがにバンド練習とかでは無理だけど」

戸塚父「基本俺しか使わねぇから、広くする意味もないしな」

どんな家族なんだここは。

八幡「……一ついいか?」ヒソヒソ

戸塚にだけに聞こえるように小さな声で話す。

戸塚「なに?」ヒソヒソ

八幡「お前んちは一体何なんだ? 親がミュージシャンだったりするの?」ヒソヒソ

戸塚「そういうわけじゃないよ。ただ好きなだけ。……まぁ、昔はちょっとやってたりしたみたいだけど」ヒソヒソ

八幡「ふーん……」

ただ好きにしてはレベルが高すぎる気もするが。

戸塚父「じゃあなんだ、そいつと二人で練習するのか?」

戸塚「そういうこと」

戸塚父「ふむ……だから君はギターを……。……あれ?」

戸塚のお義父さんの動きが止まる。だから字がおかしいんだってばよ。

戸塚父「ちょっとそのギター見せてくれないかな?」

そう言って俺のギターケースを指差す。

八幡「えっ、あっ、はい。別にいいですけど」

チャックを開き、中身を見せる。

戸塚の親父は、それをジッと見つめるとこう言った。

戸塚父「……八幡くん、と言ったね?」

八幡「は、はい……」

戸塚父「名字は?」

八幡「……比企谷」

そう答えると、戸塚の親父は一瞬目を大きく見開き、それから少し興奮した口調でこう言った。

戸塚父「……やっぱり、か」

八幡「……?」

戸塚「?」

どういうことだ? 俺の苗字に心当たりがあったりするのだろうか?

八幡「あの――」



戸塚父「俺は、君のお父さんと昔バンドをやっていたんだ」



八幡「えっ?」

戸塚「えっ?」

戸塚母「えっ?」

えっ?

戸塚父「高校の頃に、俺がベースで、あいつがギター。もう二人ドラムとギターがいて四人で、な」

八幡「いや、親父はギターはすぐに挫折したって……」

戸塚父「あー、まぁ、あいつならそう言うんだろうな。社会人になってからは、あれは黒歴史だなんだとか言ってたし」

八幡「そう……なんですか……」

親父が、昔バンドをやっていた。

でも、言われてみたら納得できる気がする。

どうして俺がバンドをやると言った時、あんな顔をしたのか。

どうして、ギターのメンテナンスまでしてくれたのか。

それは、息子である俺が昔の自分と同じことをやろうとしているのが、ただ単に嬉しかったのだろう。

八幡「……あの、捻デレめ」




『これ、メンテナンスしてくれないか?』

『久しぶりに会ったってのに、要件がそれかよ。しかも随分と懐かしい品物を』

『久々に弾きたくなってよ』

『あんだけ黒歴史だとか喚いたお前がか』

『うっせ。お前ならコネとかで安く仕上げてくれんだろ』

『お前、俺を何だと思ってんだ?』

『いいから頼むよ』

『……仕方ねぇな』



戸塚父「……ったく、お前も変わんねーな」



八幡「これに繋げばいいのか?」

戸塚「うん。じゃあ、弾いてみて?」

八幡「おう」

こんな小さな機械一つで何が変わるのだろうか。そこまで期待せずに弦を叩く。

――――……

八幡「……!」

何だこれ、エフェクターってマジでスゲぇ! 俺のエレキがアコギになったぞ!?

戸塚「これなら大丈夫だね!」

戸塚はどこから出してきたのか本物のアコギを持っていた。

八幡「おお……」

戸塚がアコギを構えているのを見ると……。

八幡「……可愛い」

戸塚「もう、八幡はまたそうやって~」プクー

本人はあまり可愛いとは言われたくないようだが、そうやってほおを膨らませる仕草はさらに可愛いから困る。

八幡「……ん?」

よく見るとアコギなのにシールドが繋がっている?

八幡「それなんでシールドが……?」

戸塚「あ、これはエレアコだからー」

八幡「エレ……アコ……?」

何だそのドラクエの呪文に出てきそうな名前は。そう言えば最近よく小学生にニフラムって言われるんだけど、どういうことなのん?

戸塚「簡単に言うと、アコギのエレキ版だね。ほら、普通のアコギだとシールドとかに繋げなくて、マイクに直接音を入れたりするでしょ?」

あー、昔の音楽番組とかで見たことあるわ。

戸塚「ただそれだといろいろ不便だったり、音が悪くなっちゃったりするから、アンプに直接繋げられるように作られたのがエレアコなんだ!」キラキラ

ああ、すごく目が輝いている。本当に戸塚は音楽が好きなんだなぁ……。

戸塚「じゃあ、弾いてみるね」

戸塚の小さな手につままれたピックが、まるで魔法のように動き、ギターの弦の上をなめらかに滑る。

――――――♪

言葉を失う。戸塚を褒めるために用意していたセリフが全て吹き飛んでしまった。

八幡「……!」

目の前のアンプから流れる音は、あまりにも綺麗すぎて、どう言葉にすればいいのかわからない。

戸塚が押さえたコードはただのCで、初心者向けの簡単なコードだ。なのに、その音は俺が知っているそれとは全く違うものに聞こえた。

それほどまでに、美しかった。

戸塚「……どうかな?」

八幡「すげぇ、いい……」

あまりにも稚拙な表現だが、それ以外に今の自分の感想を表せる言葉はなかった。

八幡「で、ギターは二人でやるのか?」

戸塚「うん! 本当はギターは一人なんだけど、それじゃ八幡と一緒にする意味がないから……」

もうダメだ。このまま戸塚ルートに直行しそう。もう、ゴールしてもいいよね?

八幡「そうか、じゃあ早速やるか」

しかしあくまでもクールを維持である。

その後は、二人で合わせてみたら、上手くハモらなくて苦戦したり、相変わらず俺がミスを連発したり、試しに本物のアコギを弾かせてもらったら、予想以上の弦の硬さに悶絶したり、いろいろあった。

が、実際に何があったかの詳細は秘密だ。なぜならこれは俺と戸塚だけの思い出だからだ(キリッ)。

……我ながら気持ち悪いな。サラッと第四の壁を破壊してるし。

八幡「……じゃあ」

戸塚「うん、じゃあね、八幡! また一緒に練習しようね!」

八幡「おう! 次までにはミスをゼロにしてくるぜ!」

ミスりまくった俺に、こんな言葉をかけてくれる戸塚はマジ天使。

戸塚母「また来てね」ニコッ

戸塚父「あいつによろしく言っといてくれ」

八幡「はい。お邪魔しました」

そして俺は帰途についたのであった。

八幡「ただいま」

小町「おかえり、お兄ちゃん! どうだった!? 初めてのスタジオ練習どうだった!?」

八幡「別にどうもこうもねーよ。強いて言うなら戸塚が可愛かった」

小町「だからなんでゴミいちゃんはすぐそっちに……」

八幡「親父は?」

小町「えっ? まだ帰ってないけど……」

八幡「今日は帰るの早いのか?」

小町「夜ご飯の前には帰ってくると思うよ」

八幡「そっか」

なら、話をするのは夕食の後にしよう。聞きたいこともたくさんあるし。

小町「お兄ちゃん、お父さんと何かあったの?」

八幡「何もねぇよ。ただいろいろ聞きたいことが出来たんだ」

小町「ふぅ~ん」ニヤー

八幡「何だその顔は」

小町「べ~つ~に~?」ニヤニヤ

殴りたい、この笑顔。

小町「ただ最近お兄ちゃんとお父さんが話すことが多くて、小町的にちょっとポイント高いかなーって」

おいおいなんでだよ。別にこれくらい普通なんじゃねぇの? 下手したら親を使えるだけ使う、スネかじりの典型にすら見える。働いたら負けだからそれなりに仲良くしとかないとな!

ガチャッ

八幡「よお」

八幡父「おう。あのギターは調子いいか?」

八幡「おかげさまでな。びっくりするほどにいい音だわ」

八幡父「お下がりなんて、と思うかもしれないが、実際そこまで安いのでもないしな」

八幡「……戸塚って知ってるか?」

八幡父「……!?」

八幡父「どうしてお前があいつを……!?」

もうこれは確定ですわ。俺と戸塚の親父が同じバンド仲間だったとか凄すぎんだろ。最早前世からの因縁を感じるレベル。やはり戸塚ルートか。

八幡「うちのクラスに戸塚ってやつがいてな。そいつと一緒にライブに出ることになったから、練習しにそいつんちに行ったら、親に会ってそれでいろいろ聞いた」

八幡父「……何だそりゃ。んなことってあんのか……?」

八幡「俺もまだ信じられん。……親父も、バンドやってたんだな」

八幡父「……まぁな」

俺はこれをどうこう言う気はない。自分の恥ずかしい過去を、子どもに聞かせたくないと思うのは当然だ。俺もあの文化祭の一件とかは絶対に話さないと思うし。

しかし、そこから親父は少しずつではあるが、いろいろ話してくれた。当時はバンドブームだったこととか、今ではヒムロックで有名なBOOWYの人気が凄かったこととか、モテたいと思って始めたギターにどハマりして留年しかけたとか、……おい、最後のは親父のイメージ的にあり得ねぇだろ。

最終的にはバンドをやってたのがバレてヤケになっているのか、親父がやっていた頃に使っていたエフェクターをもらった。今度のスタジオ練で試してみよう。

一週間後

ガララー

八幡「うーす」

雪乃「…………」

八幡「? どうした?」

雪乃「比企谷くん……私は、とんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれないわ……」

八幡「何があったんだ?」

雪乃「ここのところ私と由比ヶ浜さん連日でカラオケに行ってたでしょう?」

八幡「ああ、由比ヶ浜が毎日死にかけてたな」

雪乃「なかなかお腹で呼吸するのがわからないらしくて、苦労してたんだけど、昨日ようやくコツを掴んだのよ」

八幡「なんだ、いいことじゃないか」

雪乃「でもね――」

結衣「やっはろーーーーー!!!!!!」ガララ

八幡「うるさっ!?」

雪乃「……逆に腹式呼吸しかできなくなってしまったの」

結衣「それでねヒッキー!!!」

八幡「うるさいうるさい。もっとトーンを下げろ」

結衣「えー!? これでも結構抑えてるんだけどなぁー!!」

八幡「だぁー! 耳が痛い! 抑えててなんでそんなに『!!!』が出るんだよ!?」

結衣「そんなにうるさい!?!?」

八幡「すっげぇうるせぇよ! お前の耳おかしいんじゃねぇの!?」

結衣「おかしいって言うなしっっ!!!!!!」

八幡「」キーン

結衣「えっちょっと、ヒッキー!! ヒッキーッッ!!!!!」

結衣「誰か……! 誰か……!! ヒッキーを助けてくださいっっ!!!!!!」

雪乃「…………」(←高級耳栓着用済み)ペラッ

後に由比ヶ浜は腹式呼吸と普通の呼吸の使い分けができるようになったらしい。ちなみに俺はこのあと数時間音が聞こえなかった。

それからさらに一週間が過ぎた。

……ジャーン!

川崎「……ふぅ」

戸塚「……ようやく、だね」

八幡「ああ」

雪乃「ようやく、ここまでできるようになったわね」

結衣「んんんーー、やったぁーーー!!!」

それは初めて、まともに音が揃った瞬間だった。

雪乃「まだまだ本番まで時間があるから、みんなもっと練習して技術を向上してくるように」

一同「「「「うす(了解)(わかった)(うん)」」」」

ガヤガヤ

八幡「しかし雪ノ下のギターの腕前も格段に上がったよな」

結衣「あっ!! それはねっっ!!!!!」

八幡「だから……声でけぇっつーの……」キーン

結衣「あっ、歌モードから戻してなかった」

何だそれは。歌で戦ったりするの?

結衣「ゆきのんも他のところと掛けバンしてるんだけどね――」

八幡「マジかよ。初耳だわ」

結衣「そのバンドメンバーの中に優美子がいるんだ……」

三浦『雪ノ下さんちょっとズレてない?』

雪乃『何を言っているのかしら? あなたのリズム感の方こそズレているんじゃないの?』

三浦『あんたあーしに喧嘩売ってんの?』

雪乃『いえ、喧嘩なんて同じレベルの間でしか生じないもの。だからそもそもあなた相手に売る喧嘩なんてないわ』

三浦『それが喧嘩売ってるって言ってんの!』

その他((空気が痛い……!))

結衣「――ってことがあってね」

八幡「そりゃ意地でも上達せざるを得ないわけだ」

結衣「うん。それにこのロックフェス一番だけじゃなくて、上から十番目まで決めるから、そこでも競ってるみたいだよ」

八幡「あの雪ノ下がここまで燃えているのも頷けるな」

結衣「だからカラオケの時だって……うぅっ」

八幡「わかった。もうわかったから何も言うな」

雪ノ下さん一体どんな特訓したんですか。うまい食事と適度な運動でもさせたんですか? ガハマさん完璧トラウマになってますよこれ。

戸塚「はちまーん」

八幡「お、なんだ?」

戸塚「今日は僕の家に寄って行く?」

八幡「そうだな。まだ不安なところあるし」

結衣「えっ? ヒッキーが彩ちゃんちに?」

八幡「ああ、練習しにな」

結衣「何それ楽しそう! あたしも行きたい!」

八幡「いや、でもなぁ……」

戸塚「うーん、僕も本番まで見られたくないしね……」

結衣「ん? どゆこと?」

八幡「……言ってもいいよな?」

戸塚「うん、このまま言わないでいるよりはいいよ」

八幡「俺、このライブが終わったら、戸塚と結婚するんだ」

俺と戸塚でライブに出るんだ……ってあれ?

結衣「えっ?」

戸塚「えっ?」

八幡「……俺、今、何て言った?」

結衣「さ……彩ちゃんと……けっ……けっ――」

??「結婚!?」バンッ

八幡「うわ! びっくりした!」

結衣「平塚先生!? どうしてここに!?」

平塚「結婚だと……? まだその年齢でか……? 私でもまだしてないんだぞ……?」

八幡「してないんじゃなくてできないんじゃなすびいいいいぃぃぃぃぃ……」ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアア…

結衣「ヒッキー!?」

雪乃「ものすごい勢いで飛んでいきましたね。ドップラー効果をこんな風に実感する日が来るとは思いませんでした」

平塚「記録は?」

川崎「10m22cm」

平塚「おしい、新記録まであと10cm足りなかった!」

八幡「……だ……れか……俺……の……心配を……」ガクッ

戸塚「はちまああああああん!!」

戸塚との甘い時間が過ぎて家に帰る途中、見覚えのある後ろ姿に出くわした。

……てか材木座じゃん。なんでこんなとこにいるんだよ……。気づかれないように――

材木座「む、この気は……八幡か!?」バッ

八幡「違います(裏声)」

材木座「久しぶりだなぁ、八幡よ。我の新作の設定を見せてやりたいところだが、あいにく我にも時間がなくてな」

八幡「なくてよかったよ」

材木座「風の便りに聞いているぞ、お主が今度のライブに出ると」

八幡「どこ情報だ」

材木座「名前は言えぬ。ただ『ハヤハチじゃなくて残念』と無念そうに言っておったな」

もうわかりましたよ。てか、なんで情報源がそこからなんだ? こいつらに接点あるのか? ……あ、体育祭があったな。

材木座「時に八幡よ。実は我もライブに出るのだ!」

八幡「一人で弾き語りか? なら野次くらいは飛ばすぞ」

ひっこめーとか、かえれーとかな。

材木座「ふふふ……甘いな、八幡。なんとぉ! 我もバンドだぁっ!!!」ギュイイイイイイイン!!

八幡「あっそ」

材木座「ちょっと待って! もうちょっと驚いて!!」

八幡「いや、正直興味ないし」

でも少しは聞いてやるか。ちょっと可哀想だし。

八幡「で、何やんの?」

材木座「敵に手の内を明かすわけにはいかんな」フフン

八幡「うぜぇ……超殴りてぇ……」

材木座「ちなみに我はドラムだぞ」

八幡「へーそうな……ドラム?」

ボーカルじゃなくて? それは宝の持ち腐れじゃないのか? 唯一と言っていいレベルの長所が活かせないなんて。

材木座「今、貴様は『それは宝の持ち腐れじゃないのか?』と思ったな?」

八幡「なに……!?」

思考が読まれているだと!? こいつまさか超能力者か!?

八幡「自分でそう思ってんなら、ボーカル志望すればよかっただろ」

材木座「甘い、甘いぞ八幡! 我のようなぼっちがそんなことできるわけないであろう! バンドに入れてもらえただけでも奇跡だ!」

ドラムやっといてよかったーと感慨深くぬかす。まぁ確かにドラムってのは貴重だよな。需要と供給のバランスがとれてないポジションナンバーワンだと思う。それでも材木座に頼るとは、相当そのバンドも後がなかったんだろうなぁと同情する。だが戸塚はやらん。

八幡「ま、お前んとこも見てはやるよ。見るだけはな」

材木座「うむ、我も八幡の勇姿、しっかりとこの目に焼き付けるぞ」

八幡「いや、それはキモい」

それから材木座と少し雑談をしてから別れ、足を家の方向に向けた。

――♪

ふと、どこからか誰かの歌声が聞こえる。

その物音一つでかき消えてしまいそうな歌声は、月が綺麗なこの夜によく似合っている。

ここは……公園? ストリートミュージシャンでもいるのだろうか。

しかし予想とは違ってそこいたのは、俺のよく見知った人間だった。

彼女は月明かりを背に、小さな声で歌っていた。きっと、俺以外の人間には聞こえていないだろう。



八幡「……川崎?」



向こうは俺の存在に気づいていないようで、歌い続ける。

何だっけ、この歌。聞いたことはあるのに、名前が思い出せない。

聞き惚れていると、いつの間にか曲は終わっていた。

そして、そのままボーとしていたせいで、振り返った川崎に見つかってしまった。

川崎「……えっ?」

八幡「よ、よぉ……」

川崎「あの……まさか……」

八幡「……お前、歌上手いんだな」

川崎「~~~~~~!!」カァァァッ

無意識で歌ってたのが聞かれるのは恥ずかしいよな。気持ちはわかるぞ。俺も小町に聞かれてから、家で鼻歌すんのやめたし。

まぁ、恥ずかしがるほど下手じゃないというか、むしろ上手かったからいいんじゃないかと思う。

川崎「忘れて、お願いだから忘れてっ!」

八幡「別に上手いからいいんじゃねぇの?」

川崎「いや、だからそういうのじゃなくて……」カァァ

恥ずかしすぎて顔が真っ赤になっている川崎さん可愛い。

八幡「…………」

川崎「……ってよ」

八幡「はい?」

川崎「あんたも……歌ってよ……」

八幡「待て待て、どうしてそうなった」

川崎「うるさいなぁ、ただの八つ当たりだよ」

八幡「……お前、酔ってんの?」

川崎「一応未成年だし、その辺は守ってる」

八幡「深夜にバイトしてたやつが言えるセリフじゃねぇよな」

川崎「うるさい」

川崎が俺を睨みながら近くのベンチに座る。怖いんすよ、その目で睨まれると。

八幡「よいしょと」

と、親父くさいかけ声と一緒に隣のベンチに座った。

逃げたら殺すぞ、みたいな目でこっち見てくるし。

川崎「とりあえずあんたも歌いな。これ、命令ね」

八幡「理不尽すぎるだろ。普通に断るわ」

川崎「別にいいでしょ。減るものでもないし」

八幡「俺のMPが一気に削れるし、さらには黒歴史が増えるだろ」

川崎「ならプラマイゼロだね」

八幡「黒歴史が増えるのはプラスにカウントされないから。むしろマイナスだから」

川崎「戸塚とは二人でいろいろやってるのに?」

八幡「誤解を生むような言い方はやめろ。……ってなんでお前が俺と戸塚で出るの知ってんの?」

川崎「誘われてるの見てたから」

八幡「どうやって? お前あのシーンに出てこなかっただろ」

川崎「声出してないだけで、あの場にいたから」

これが叙述トリックか……。てかメタだな。デップーさんには及ばないけど、だいぶ第四の壁破壊してる気がするわ。

川崎「そうだ、あんたギター持ってんだから、そのまま弾き語りでもいいよ」

八幡「待て待て待て待て待て。エレキの生音で弾き語りとか見たことも聞いたこともないぞ」

川崎「夜なんだし、それでちょうどいいでしょ」

八幡「…………」

あれ? そう言えばさっきから段々押されている気が。今の会話とか完全に歌うこと前提になってるじゃん。

――まぁ、いっか。

俺もいいもの聞かせてもらったしな。少しくらいはお返ししてもいいだろう。

八幡「てか俺そんな歌上手くねぇぞ」

川崎「いいよ。あたしはあんたの歌が聞きたいだけだから」

八幡「えっ?」

川崎「えっ?」

川崎「ちっ、違う! 今のは言葉のアヤというか……!」アワアワ

八幡「おっ、おう……」アセアセ

川崎「そ、そうだ。あれだよ。あんたの歌のレベルを検定してあげようというかなんというか……!」アワアワ

八幡「あ、ああ。なるほどな……」アセアセ

川崎「うん……。だから……」

八幡「…………」

川崎「…………」

そして沈黙である。お互い顔を背けて何も言わないまま……気まずい!

川崎「…………」チラッ

八幡「…………」スッ

川崎「……!」サッ

八幡「……?」

てか俺ここにいなきゃならない理由もないんだよな。そろそろ帰ろうかな。

川崎「…………」チラッ

さっきからチラチラ見てくるし、何なんだよ。頭に何かついてんの? このアホ毛は生まれつきだよ。

八幡「……なんだよ?」

痺れを切らしてこっちから聞いてみると、川崎は小動物のように小さく震えて、恐る恐る俺に問う。

川崎「……弾かないの?」

八幡「はっ?」

川崎「……ギター」

八幡「む……」

やっぱりやらなきゃダメ? 流石に他に人がいないとは言っても、恥ずかしいよ?

チャックを開き、その物体を取り出す。

川崎「やっぱりかっこいいね、そのギター」

八幡「だな、親父に感謝だわ」

川崎「比企谷のお父さんもギターやってたの?」

八幡「ああ。そして聞いて驚け。なんとその親父のバンドメンバーに戸塚の親父がいた」

川崎「とつ……ええ!?」

八幡「俺も驚いたよ。俺と戸塚は前世からの縁とかあるのかもしれないな」

川崎「すごいね……」

八幡「奇跡と魔法もあるんだよ」

川崎「十話はすごかった」

……そういうのわかっちゃう人ですか。

川崎「何を弾くの?」

八幡「多分お前は知らん」

これからやるのは俺も戸塚に教えてもらわなかったら知らなかった曲だし。てか有名な曲を知ってる人の前でやるなんて無謀はできねぇよ。

戸塚から勧められた曲の中で一番ピンと来たのがこれだった。調べたらこの二人の中でも一番有名な曲らしい。実はミーハーなのか、俺は。

それで、何となく自分でも弾いてみたくてコードを覚えた。本当はカポをつけるべきだが、そんなの持ってないし、今は半音くらい下がっててもいいだろ。

川崎「それでも、何て曲?」

八幡「……『Sound of Silence』」

Sound of Silence

http://www.youtube.com/watch?v=KadMMDJjxfo

八幡「Hello darkness, my old frend……♪」

伴奏を簡単なアルペジオで誤魔化しながら、小さなギターの音が消えてしまわないように、なるだけ声を抑えて歌う。

静寂の音、なんて歌なんだからこれくらいで丁度いい気がする。一番のあたりは声も上手く出ず、震えたりもしていたが最後の方はだいぶマシになっていた……と思う。

八幡「And whisper'd in the sound……」

八幡「……of silence……♪」

最後に親指の腹で弦を撫で、いい感じで締める。うん、こんなもんでいいな。

演奏が終わって川崎の方を見ると、彼女は目をつぶって聴き入っていた。

八幡「…………」

そのまま俺が何も言わずにいると、川崎はゆっくりとその目を開く。

川崎「……あんただって、悪くないじゃん」

八幡「お世辞でも嬉しいな。ありがとう」

川崎「別にお世辞じゃないから」

八幡「そうか」

川崎「……さすがに歌詞の意味とかまではわからなかったけど、いい曲だね」

八幡「ああ。歌詞も結構詩的でいいぞ」

川崎「帰ったら調べてみる。……それを戸塚とやるの?」

八幡「いや、違う曲だ。歌ってるアーティストは同じだけど」

川崎「ふーん……」

八幡「おっ、そうだ。お前がさっき歌ってたのも教えてくれよ」

川崎「ああ、あれはね――」

川崎の口が曲名を告げる。

八幡「あーそうだ。そんな名前だったな」

川崎「やっぱり知っているんだ?」

八幡「そりゃ有名だしな、それ」

川崎「まぁ、そうだね……」

川崎の口調がだんだん弱々しくなり、そのまま空を見上げた。

八幡「……?」

川崎「……あたしね、その曲がすごい好きなんだ」

八幡「はぁ……」

川崎「すごくカッコいいロックなのに、どこか切なくて……」

彼女の目は空に浮かぶ月から動かない。ただそのまっすぐな瞳で、遥か彼方にあるそれを見つめている。

ああ、そうか。

川崎は本当はその曲が一番やりたかったんだ。でも、あのバンドではできない。さらに戸塚の女性ボーカル案が、思い留まらせる要因になってしまったのだろう。

戸塚に罪はないけどな。その可愛さはギルティだが。

川崎「ねぇ」

八幡「ん?」

川崎「あんたさ……この月、どう思う?」

そう言って空を指差す。いま気づいたが、今夜は満月だ。

八幡「綺麗……だと思うが」

そう、と川崎はようやく空から視線を外した。そしてそのまま今度は俺の目を見る。



川崎「あたしも、そう思うよ」



かの夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したというのは、あまりにも有名な話だ。

もう有名すぎて、夏目漱石の小説を読んだことのないやつでも知ってるレベル。おい、そこで因果の逆転しちゃダメだろ。ゲイボルグかよ。

さて、ついさっき、川崎にそれに近いことを言われてしまったわけだが……。

八幡「……やっぱ、自意識過剰だよな」

本当にそのままの意味で月が綺麗だと言ったのだろう。丁度満月だったし。

……だが、あの川崎沙希があまりにも有名すぎる、夏目漱石の逸話を知らないとも考えにくい。

もしも知っていたとしたら、川崎があのセリフのあとに取ると考えられる行動は――

川崎『べっ、別に、そういう意味じゃないからね!?』

――とかだろ。何この典型的なツンデレ。

しかし、川崎はそうはしなかった。

そのまま何も言わずに、あの場から去ってしまった。

凛とした歩き方で、いつも通り、クールに。

あの話を知っていて、その上でとった態度があれだとするのなら……。

……わからない。

彼女が何を考えていたのか、また、何を考えているのか、さっぱりわからない。

だが、実に面白い(福山雅治風に)。

いやいや、ふざけて現実逃避している場合でもないな。

よく考えてみると、言われたのは直接的じゃないんだよな。ただ、俺の感想に同意しただけだし。

でも、それでも、ただの同意にあんな目をするだろうか。

月から離れた視線が俺に向いた時の川崎の目は、まるでそこに宇宙の全てがつまっているかと錯覚してしまうほどに、輝きに満ちていた。

つまり、それだけ川崎の表情が真剣だったということだ。

人の意見に同意するだけで、普通あそこまで真剣になるだろうか。

もしかして、川崎は――。

八幡「いやいや待て待て待て。それで俺は何度失敗してきた?」

万人に向けられた優しさに、何度意味を見出そうとした?

意味のない行為に勘違いして、何度黒歴史を積み重ねてきたんだ?

これだってそうに決まっている。

八幡「川崎がああ言ったのは、ただ満月で本当に月が綺麗だったから」

八幡「目が真剣だったのは、暗くて周りが見づらかったから。つまり俺に向けられた視線ではない」

LED。照明終了。

間違えた。QED。証明終了。

明るくするのやめてどうすんだよ。不良品じゃねぇか。

八幡「さて、勘違いも解消したしギター弾くか」

フレンズのギターソロのところを完璧にしねぇとな。あそこミスったらマジでカッコ悪りぃ。

八幡「…………」

~♪



川崎『あたしも、そう思うよ』



八幡「!」

バチンッ!!

八幡「げっ!?」

瞬間、一番細い弦が宙を舞う。

八幡「弦が……切れた……」

張力を失った一弦は、腑抜けたようにダランと垂れ下がっている。

八幡「……厄日か?」



小町「何だかんだ言って、ものすごい動揺してるね……お兄ちゃん……」ソロー



二週間後

死ぬ気の練習のおかげもあって、俺たちのバンドはもうかなりの完成度になっていた。残るは最後の微調整程度である。

八幡「人間為せば成るもんだなー」

あの由比ヶ浜がまともにピアノが弾けるようになると、誰が予想できたであろうか。

ドドドドドドドドドドドド…

……この大群が押し寄せてくるような足音で近づいてくる人間を、俺は一人だけ知っている。

材木座「はああああああちいいいいいいまああああああああああん!!!」シャバドゥヴィダッチヘンシーン!!

材木座義輝がわけのわからない効果音とともに登場した。

八幡「おう、材木座。どうかしたか?」

材木座「特に用はないぞ?」

じゃあなんで話しかけてきたんだよ。

俺がゲンナリしているのを見て心情を察したのか、材木座はそのまま続ける。

材木座「用なしで話しかけてはいかんのか?」

八幡「別にダメってわけじゃないが、友達でもないのに用なしで話しかけるとかないだろ」

材木座「ふ、ならば問題あるまい。我とお主は前世からの主従関係なのだからな」

八幡「お前の頭の中ではな」

材木座「実際そんなこともあるのかもしれんぞ?」

えっ、何それやだ。前世からの縁が今も続いているのは戸塚だけだ。こいつは絶対にあり得ない。たとえそうでも認めないぞ!

八幡「んじゃ、用がないなら俺はか――」

ゴーインゴーインアロンウェーイ

八幡「む、電話……あれ?」

材木座「我のだ」

お前も着信音これなのかよ。ややこしいな。

材木座「我だ」ピッ

てかお前に電話がかかってくることあんのかよ。ちくしょう、何か負けた気分だ。

材木座「ふむ……ふむふむ……なるほどな……」

材木座「……了解した。……なぁに、我とお主の仲だ。気にするでない」

我とお主の仲って、こいつに友達いんのかよ。なら俺じゃなくてそっちに行けよ。

材木座が受話器から耳を離す。

八幡「……何だって?」

材木座「軽音部の部長からでな」

こいつと軽音部の部長の仲が良い……だと……? 一体どんなマジックを使ったんだ!?

材木座「例のライブの件でな、出場キャンセルの期限が今日までなのだ」

八幡「あー、もうわかったわ」

恐らくそのキャンセルが続出したのだろう。そもそもまともにライブに出る気のないやつも応募だけする、みたいなの多そうだしな。

その結果、セトリの調整が難しくなったわけだ。

材木座「それで時間にかなりの余裕が出来た故、これからの追加申し込みが可能になったとのことだ。但しその場合、キャンセルは不可という条件付きでな」

八幡「ふぅーん、まぁ俺には関係ないな」

材木座「いや、どうだ? 我とお主で出てみるのは?」

八幡「需要ないだろそれ。キングオブぼっちとただの中二病のデュオとか誰も見たくねぇよ」

材木座「お主もただのぼっちであろう」

八幡「うっ……うるせぇ……」

こいつと出る……ねぇ。まぁ割と余裕はあるから不可能ってわけじゃな――。

ふと、あの時の光景が脳裏をよぎる。

月光の下で歌っていた彼女の姿が、まぶたの裏にはっきりと映し出された。

――そうだ。

八幡「……材木座」

材木座「何だ?」

八幡「ドラムでもう一曲、やれるか?」



材木座「ふ、愚問だな」



材木座「八幡の頼みとなれば、断る理由など、ない」



八幡「……そうか。ありがとな、愛してるぜ材木座」



材木座「うむ、我もだ」



八幡「うるせぇ、きめぇよ」



八幡「あと二人か……」

俺の中でメンバーは決まっている。あの二人なら、きっと了承してくれるだろう。



特に一人は、きっとそれを願っているのだから。



まぁそいつのためじゃないけどな。ただの利害の一致というやつだ。

八幡「ただいま」

リビングに入ると、小町がソファに寝転んでいるのが目に入った。

やっぱり小町は可愛いな、目に入れても痛くないレベル。

小町「おかえり、お兄ちゃん。ついにあと二週間だね」

八幡「おう、割と余裕で間に合うな」

小町「今回のライブは一般公開されるみたいだから、小町もお兄ちゃんを見に行くね! あっ、これ小町的にポイント高い!」

八幡「あー高い高い」

小町「うわーてきとー」

リビング内を見渡す。親父はまだ帰っていないようだ。

小町「お父さんはまだだよ?」

八幡「別に何も言ってないだろ」

小町「お父さんのこと探してたんじゃないの?」

八幡「ばっか、ちげーよ」

小町「小町に隠さなくてもいいんだよー? 最近お兄ちゃんとお父さんよく話すようになったもんね」

八幡「そうか?」

小町「そうだよ。増えたとは言っても、バンドの話ばっかだけど」

いざ、思い返してみればそんな気もする。少なくともギター始める前よりは、話す機会が確実に増えている。

八幡「そーかもな」

小町「うん。それに、話せるうちにいっぱい話しといたほうがいいよ」

八幡「は?」

小町「親とだよ。お父さんとも、お母さんとも」

八幡「なんで?」

小町「気づいた時には、もう遅いからねー。いざ話せなくなってからだと、もっと話をしておけばよかったーって、後悔するよ?」

八幡「…………」

小町「……って、何かの本に書いてあった!」

八幡「最後で台無しだよちくしょう!」

小町「それにしてもお父さん、最近帰って来るの遅いこと多いよね」

八幡「元々社畜だし、これが普通だろ」

小町「ちょっと前まではもっと早く帰って来てたけどね」

八幡「……そんな気もする」

小町「多分ね……」

小町「それはお父さんが、お兄ちゃんと話すのが楽しいからなんだと思うよ」

親父が俺と話してて楽しい? 何を言っているんだこの妹は。

八幡「んなわけねーだろ。お前と話してる方が百倍イキイキしてる」

小町「そうかな? 小町にはよっぽどお兄ちゃんと話してる方が楽しそうに見えるよ?」

八幡「それはお前の目が節穴なだけだ」

小町「……はぁ。これだからゴミいちゃんは」

八幡「兄妹ってのは、お互いに相手の方が親に大事にされてるって思うらしいから、それなんじゃねぇの?」

小町「えっ、そうなの?」

八幡「……って、何かの本に書いてあった」

小町「パクりは小町的にポイント低いよ」

ゴロン

ベッドの上に寝っ転がる。

やらなきゃならないことが増えてしまった。

ちょっとしたイタズラ心ってのはあれだな、自分をさらなる窮地に追い込むから良くないな。

もう一つバンドをやって、ステージであいつらの目の前に現れた時の驚く顔が見たいだけで、こんなことをやるなんて、我ながら狂ってる。

マッドだ、マッドサイエンティストだ。

フゥーハッハッハッハッハッハッ!!



……本当にそれだけか?



一週間後

川崎「……一つ質問、いい?」

八幡「お、おう……」

川崎「どうして練習場所があたしんちなの?」

八幡「仕方ないだろ。さすがにハモりの練習にスタジオなんか使ってたら、金がすぐなくなるし、だからと言って戸塚のところを毎回毎回貸してもらうわけにもいかないし」

川崎「まぁ、そうだけど……」

八幡「ほら、とりあえず本番まで時間ねぇし、練習すんぞ」

川崎「う、うん……」

~♪

……聞いてみるべきだろうか。

あの時の言葉について。

八幡「なぁ、川崎」

川崎「ん?」

八幡「あのさ――」



『え……、それって、……俺?』

瞬間、脳内でフラッシュバックされる中二の記憶。

これは、そうだ。

単なる偶然やただの現象に意味を見いだそうとして、失敗した苦い思い出だ。

八幡「――いや、何でもない」

川崎「なに? そうゆうのなんかモヤモヤして嫌なんだけど」

八幡「本当に、何でもないんだ」

あれに意味なんてない。

あるはずが、ないんだ。

川崎「……ねぇ」

八幡「なんだ?」

川崎「……これって、あたしのため?」

八幡「違うな」

川崎「じゃあなんでこんなことを?」

八幡「ただ単に雪ノ下と由比ヶ浜を驚かせたいだけだ。あいつらには驚かされてばっかだから、たまには仕返しをしてやりたいんだよ」

川崎「……そう」

八幡「そうだ」

川崎「……ら」

八幡「は?」

川崎「なら……」

川崎「そういうことにしておくよ」

川崎はフッと微笑みを浮かべる。

不覚にも、それが少し可愛いと思ってしまった。

ライブ前日 夜。

~♪

俺の暇つぶし機能付き目覚まし時計から、ついさっき録音した自分の声とギターの音が流れてくる。

八幡「……よし、ノーミス。音程も問題なし」

これで少しでも俺の音程がズレてたら、戸塚の美声が台無しだからな。

八幡「……いや、もう一回だけ」

この作業をもう十二回ほど繰り返している俺である。何かしてないと落ち着かない。ライブの前日ってすげぇ緊張すんのな。

小町「お兄ちゃーん、ごはんだよー」

一階から俺を呼ぶ声。時間を見るともう七時を回っている。おかしいな、なんでもう陽が沈んでいるんだ?

えーと、弾いたのを録音して、二回聞き直す、この一連の作業に約十五分。

それを十二回だから……三時間?

そりゃ陽も沈みますわな。

八幡「今日の夕飯は……カツカレー?」

小町「ベタだけど縁起を担いでみたよ!」

八幡「別に誰かと戦うわけじゃないんだけど」

小町「えっ? 一番とか決めるんじゃないの?」

八幡「そういやそんな設定あったな」

小町「設定?」

八幡「こっちの話だ」

トンカツのカレーのかかっていない部分はサクサクしてそうで、とても美味そうだ。かかってる部分は言うまでもない。

八幡「このカツはどうしたんだ?」

小町「小町が帰りにさぼてんで買ってきた」

八幡「さぼてんのトンカツか。やるじゃないか」

美味いよな、さぼてんのトンカツ。しかもちょっと食べたくなったら買える場所にあるのが、八幡的にポイント高い。

小町「えっへへー」

八幡「じゃあ食うか」

小町「うん!」

八幡・小町「「いただきます」」

ガッツガッツカツウメー

小町「ついに、本番だね……」

八幡「ああ。戸塚にだけは迷惑をかけないようにしないと」

小町「他の三人にもだよ? 特に川崎さん」

八幡「!?」ガタッ

小町「ふーん」ニヤニヤ

八幡「なっ……!?」

まさか、比企谷家奥義カマイタチ(ただのかまかけ)を俺が喰らう……だと……? ミイラ取りがミイラになる、そのものじゃないか! あとおいそこ! お前の目は元々ミイラだろとか言うな!

小町「ねぇ~お兄ちゃ~ん。大志くんのお姉ちゃんと何があったの~?」

八幡「大志!? いつの間に下の名前で呼び合う関係になっていたんだ!?」

そうだ、殺しにいこう(京都に行くノリで)。

小町「今苗字で言っても却ってややこしくなるからそう言ってるだけ。あと、話逸らさない」

八幡「くっ……」

さすが、伊達に十五年間俺の妹やってねーな。

八幡「別に何も――」

小町「何もないは無しだからね」

八幡「――ねーよって、言わせろよ」

小町「でー? 本当は?」

八幡「何もない。本当に何もないぞ」

小町「えー?」

八幡「はい、この話は終わり。美味いカツが冷めるし、食おうぜ」

そう言ってカレーを口に含む。このジワジワした辛さがたまらなく好きだ。

小町「……お兄ちゃん」

八幡「…………」パクパク

小町「月が綺麗ですね」

八幡「ぶふぅっ!?」ブシャーッ

八幡「げほっ、げほっ……」

小町「ぬふふ~。小町に隠し事なんて無駄だよ、お兄ちゃん♪」

八幡「おま……なんで……」

小町「さて、なんででしょうね~?」

小町「そんなことより、『何』があったのかなぁ?」

八幡「……本当は全部知ってるんじゃないのか?」

小町「何でもは知らないよ~? 知ってることだけ~」

八幡「それはお前が使っていいセリフじゃない。てかなんでそのセリフを知っている」

小町「こまけぇこたぁいいんだよ!」ブンッ

八幡「妹が何を言っているかわからない件」

小町「いいかげんにして~ほしいけど~あなた~♪」

八幡「きみとい~る~と~なんかたのしい~♪」

小町「ふたりでいると~とても嬉しい~♪」

八幡・小町「「なんだか~ん~だ~いまが幸せ~♪」」

小町「ヘイッ!」

あんな奥さんが欲しい。そしてその専業主夫に、俺はなりたい。

さて、結論を言おう。

全部吐かせられました。どんだけ弱いんだよ俺。スライムでももうちょっと粘るぞ。

小町「……お兄ちゃん、いや、ゴミいちゃん」

どうして言い直したんですかね、小町さん。

小町「それはどう考えても告白だよ!」

八幡「違うだろ」

小町「違くないよ! それに、お兄ちゃんだって気づいてるんでしょ!? どこぞのラノベ主人公みたいな鈍感スキル身につけてないんだから!」

小町が、俺の小町が、どんどんダークサイドに堕ちている気がする。

八幡「いや、でもな……」

小町「なに? 言い訳なら聞くよ?」

目がこええよ。あとこわい。

八幡「もしも本当にそうなら、もっとわかりやすく伝えるだろ。こんな遠回りなやり方は普通は選ばない」

小町「それが限界だったとかじゃないの?」

八幡「……それでも、腑に落ちない。だから今度も違うと、勘違いだと、言い聞かせている」

わからない。

どうして、彼女があんなことをしたのか。

疑問を飛び超えて奇怪ですらある。

八幡「それに、明日はライブ本番だしな。余計なことは考えたくないんだ」

小町「……そう言われると、小町も何も言えないよ。明日失敗して欲しくないし」

お兄ちゃんが頑張ってたの見てたから、と小町が呟く。

八幡「おう。じゃあとりあえず保留にして飯食うぞ」

――忘れようとしても頭の端にわずかに残る違和感。

そもそも川崎沙希という人間を、俺はそこまで知らない。

違和感の原因はこれだろうか。

よく知らないこそ、俺の中に形成されている彼女の中途半端なイメージと食い違うのだろうか。

……今思うと、この一ヶ月ずっとこのことばっかり考えているな。

一ヶ月前 とある公園にて

隣のベンチに座っているその男は、黙ったままで一向にこちらを見ようとしない。

あたしは、こいつが好きだ。

……多分。

いつからかも、理由もわからない。

気づいた時には、そうなっていた。

教室では暇さえあればこいつの方を見てしまう。

帰り際にもたまに何か話しかけようとする。うまくいった試しはないけど。

これを恋と呼んでもいいのかなんてわからないけど、とりあえずそういうことにしておこう。

でも、こいつはあたしのことなど何とも思っていないだろう。

あの時の言葉だって忘れているに違いない。

『サンキュー! 愛してるぜ川崎!』

……今思い出しても顔が熱くなる。

あの言葉だけのせいではないが、この気持ちの引き金になったのはやはりあれだ。

……なんか腹立ってきた。

あたしのこの恋が叶うことは、きっとない。

奉仕部の二人はあたしよりもずっと可愛くて、女子としてのレベルも高い。

その二人ですら落とせない相手を、あたしなんかでどうにかできるとは思えない、

かと言って最初から負けを認めるなんて、それも癪だ。

だから、こんなあたしが少しくらい牽制をしたって、バチは当たらないはずだ。

このまま、何もせずには終われない。

三十分後

川崎「…………」フラフラ

川崎「…………」ガチャッ

大志「あ、姉ちゃん。おかえりー」

川崎「うん……」フラフラ

大志「……?」

大志「何かあったの?」

川崎「別に……何もないよ……」フラフラ

川崎「あと、今日はご飯いらない……」ガチャッ

大志「あ、うん……」

大志「何があったんだろ……」

川崎「~~~~~~!!」バタバタ

自分の部屋に入ると同時にベッドに飛び込み、枕に顔を押し付けて足をジタバタする。

川崎「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいー!!」

『あたしも、そう思うよ』

川崎「あたしは一体何を言ってるんだぁぁあああああ!!!」カァァァァァァ

川崎「…………」←疲れたので休憩

川崎「…………」←賢者タイム

川崎「……!」カァァ←また思い出した

川崎「~~~~~~!!」バタバタ



大志「姉ちゃん……。これは比企谷さんに相談した方がいいっすかね……?」



そして、ついに本番当日がやってきた。

小町「大丈夫? 忘れ物ない?」

八幡「おう、大丈夫だ。ギターも持ってる、ピックもある、シールドも楽譜もチューナーもエフェクターも持った。完璧だ」

小町「……何か抜けてない?」

八幡「そうか? 俺としてはこれ以上ないくらいに――」

小町「お兄ちゃんそれでどうやって、ライブでギター持つつもり?」

八幡「ストラップ入れてねぇ! サンキュー、愛してるぜ、小町!」ダダダ

小町「小町もだよ、お兄ちゃん!」

小町「今日は一日目だから戸塚さんと出るやつだけだっけ?」

八幡「そうだな。俺が一番力注いだのもあの曲だし、ちゃんと見ておいてくれよ。主に戸塚を」

小町「そこは自分の名前を出すんじゃないんだ……」

八幡「俺なんか見てても何も面白くねぇだろ」

小町「いやいや、面白いよ? キョドってるお兄ちゃんの姿とか、いつもにも増して不審度うなぎのぼりだから!」

八幡「マジかよ。ライブ中に通報されねぇかな」

小町「もしそうなっても小町は他人のふりをするからね」

八幡「最近妹が俺に冷たい件」

小町「いいかげんにして~♪」

八幡「流石にもう歌わんぞ」

小町「お兄ちゃんノリ悪い~」

八幡「俺が元々そういうノリとかが嫌いなのは知ってんだろ。じゃ、いってくる」

小町「うん、いってらっしゃい」



こうして、俺の高校生活の中で、最も熱かったであろう二日間が幕を開けたのである。

学校に着き体育館に入ると、既に壇上には大舞台が出来上がっていた。

八幡「おお、すげぇな……。マイクやらアンプやらドラムセットやら、一通り揃ってるじゃねぇか……」

戸塚「はちまーん!」

八幡「おっ、戸塚。もう来てたのか」

戸塚「うん。家にいても落ち着かなくてね。他のみんなももう来てるよ」

そう言って指差す先には雪ノ下と由比ヶ浜がいて、少し離れたところには川崎もいた。

ふと、川崎がこちらを向く。

そのまま目が合ってしまった。

それを認識した瞬間、雷に打たれたかのように、俺の身体は動かなくなった。

八幡「!」パッ

しかしそれも一瞬で、動けるようになるとすぐに顔を背ける。

……やべ、変に意識し始めている。これは誰かを好きになる前兆だ。ソースは俺。自分のことだからあまりにも根拠がありすぎて困る。

てか、一瞬だけど見えた川崎の私服がなかなか可愛かったような気がする。もう一度チラッと見るくらいなら別にいいだろ。

ソローっと、視線だけ川崎に向ける。すると、向こうも同じようなことを考えていたのか、また目が合ってしまった。

八幡「!」パッ

何なんだよこれは! いつの間にここは少女漫画の世界になってたんだ!? 俺もチムドンドンすればいいのか!?

戸塚「八幡?」

八幡「うぉ! 戸塚か……」

戸塚「大丈夫? 顔が真っ赤だけど」

八幡「あ、ああ」

あ、なーんだ。そういうことか。どうりでさっきから心臓がドキドキするかと思ったら、戸塚が近くにいたからか。なら仕方ないな。

川崎「ねぇ」

八幡「ひゃうっ!?」ドキィッ

川崎・戸塚「「!?」」

前言撤回。やっぱり川崎のせいだわ、これ。

少し落ち着くために二人から距離をとる。

落ち着くには深呼吸が一番。ひっひっふー。これラマーズ法じゃねぇか。

葉山「やあ」

後ろから話しかけてきたのは葉山隼人であった。

八幡「おう」

葉山「驚いたよ。ヒキタニくんが出るなんて」

正直自分でも驚きです。

八幡「まぁ、あいつらに頼まれたしな」

視線で離れたところで話している雪ノ下と由比ヶ浜を指す。

葉山「それでも、少し前までの君ならやらなかっただろう?」

八幡「少し前っていつだよ」

葉山「文化祭の前あたりかな」

本当に頼まれる直前じゃねぇか。その時だったら断ってたのかよ俺。ならもう少し早く頼まれたかった。

葉山「それに、戸塚とも出るんだろう?」

八幡「……ああ」

葉山「俺には君が楽しんでいるようにしか見えないよ」

八幡「実は、そうなのかもしれないな」

そう言うと葉山は少し驚いたような表情をする。

葉山「驚いたな。素直に認めるなんて」

八幡「俺は元々こんなだ。お前の中で勝手に作り上げられた俺のイメージと食い違うだけで」

そのセリフは、どこか自分自身に言い聞かせているようでもあると思った。

葉山「……そうか」

八幡「ああ、そうだ」

葉山「おっと、俺はオープニングアクトだからもう行かなきゃ」

八幡「先頭か。頑張れよ」

葉山「ああ、ありがとう」

そこで会話を終わらせようと思ったが、葉山はまだ付け足す。

葉山「ヒキタニくんの演奏も、楽しみにしてるよ」

八幡「俺なんかより戸塚を見ろよ。そっちがメインだ」

葉山「……そうだね」

そこで会話を打ち切ると、今度こそ葉山はまたいつもと同じ爽やかな笑顔を浮かべて俺に背を向ける。

……実はもう一個出ると知ったら、こいつはどんな顔をするのだろうか。

そんな馬鹿げたことを考えた自分に苦笑して、俺も葉山に背を向けた。



海老名「ねぇ、隼人くん! ヒキタニくんと何を話してたの!? ねぇっ!? ちょっと、無視しないで、隼人くん! ハヤハチは――」



……この人も某スプラッシュマウンテン顔負けの新京成線の如く、平常運転ですか。なんか安心した。

体育館の外に出て楽譜と歌詞をもう一度確認する。季節が変わって冷たくなった風は、ギタリストの指にとっては天敵だが、中に居場所がないから仕方ない。

やっぱ、ぼっちはギターなんてやるべきじゃねぇな。

~♪

……昨日からずっと同じ曲ばかり弾いていたからか飽きてきた。少し別の曲でもやるか。

戸塚から教えてもらった別のコードを覚えてる曲でもやろう。

~♪

The boxer
SIMON & GARFUNKEL

https://www.youtube.com/watch?v=qy1hXDOenOY

ギターだけでおさめようと思ったが、気づいた時には声が出てしまっていた。

八幡「Looking for the places only they would know……♪」

八幡「lie-la-lie…♪ lie-la-lie-la-lie-la-lie…♪」

八幡「lie-la-lie…♪ lie-la-lie-la-lie-la-lie…♪」

八幡「la-la-la-la-lie…♪」

ガサッ

八幡「!」

背後に人の気配を感じる。

しまった、声が出ていた。しかもめっちゃ気持ちよく歌ってた。すげぇ恥ずかしい。

??「今の――」

八幡「…………」

声からして知らない人のようだ。知人よりはまだマシだからホッとする。

??「――サイモン&ガーファンクルですか?」

その名前が今を時めく女子高生の口から出たことに驚く。

八幡「……そうだが、知っているのか?」

靴を見る限り俺よりも下の学年の一年らしい。尚更助かった。

??「はい、前にYouTubeで見てから好きなんです」

すげぇな、YouTube。こんな昔の曲を現代の女子高生に届けちまうとは。

??「いいですよね、その曲」

八幡「そうだな。元気が出てくるっつーか……」

??「ギター……先輩もライブに?」

八幡「……まぁ、恥ずかしながら」

??「その曲を?」

八幡「いや、別の曲だ。それもS&Gだが」

??「そうなんですか! じゃあ楽しみにしてますね!」

八幡「先輩『も』ってことは、お前も出るのか?」

??「はい! 今日出ます! 流石にS&Gはやりませんけど」

八幡「お前みたいなザ・リア充な女子高生がやっても合わなさそうだしな」

??「えっ、それってもしかして口説いてます? すいません他に好きな人がいるので無理ですごめんなさい」

八幡「ちげぇよ……」

??「そうだ! 周りにわたし以外でS&G好きな人いないんで、今度語りましょうよ!」

八幡「俺の百倍好きなやつがいるから、そいつを紹介してやるよ」

??「それ本当ですか!?」

八幡「ああ」

??「じゃあその人も一緒に――」

オーイ、リハガハジマルゾー

??「あっ、もうこんな時間か。じゃあ先輩、また!」タッタッタッ

八幡「おう」

八幡「……てか誰だ、あいつ」

一通り確認が終わって体育館内に入ると、ちょうど俺たちの前のバンドのリハが始まるところだった。

戸塚「はちまーん、こっちこっち!」

大きく手を振る小さな天使が一人。ああ、ここは天国かい?

八幡「おー」

戸塚「……いよいよ本番だね」

八幡「そうだな」

戸塚「……緊張、してる?」

八幡「してるわけねーだろ。どうせ誰も俺の方なんか見ねぇし」

戸塚「そうかなぁ。雪ノ下さんたちは八幡のことを見ると思うよ?」

八幡「そうかぁ? むしろあいつらこそ俺の方を見ない気がする」

戸塚「そんなことないよ~」

ハイツギー

戸塚「あっ、出番だね」

八幡「だな」

まぶしいほどに証明のあてられたステージ。

そのほぼ中心に俺は立っている。

八幡「……やべ」

これめちゃくちゃ緊張するな。帰りの会とかで何度も立たされた俺に怖いものなんてないと思っていたが、これは尋常じゃない。

八幡「……!」

手が、震えている。よく見ると足もだ。

立っていることすらままならない。

頭が真っ白になる。

俺は、何をすればいいんだっけ?

その時、俺の手がやわらかなあたたかさに包まれた。

顔を上げると、いつものように温和な微笑みを浮かべた戸塚の姿が目に入る。

戸塚「大丈夫?」

八幡「あ、ああ」

真っ白になった脳に少しずつ温度と色が帰ってくる。

はっとして手元を見ると、戸塚のその小さな手が俺の手を握っていた。

戸塚「緊張した時はいつもお父さんがこうしてくれたから……」

戸塚「僕の手じゃ役不足かもしれないけど……」

八幡「そんなことはない! おかげで緊張が全部飛んでいったぞ!」

戸塚「そっか……なら、よかった……」

リハ後

八幡「……本当にすまん」

戸塚「あはは……別にそんな謝らなくても……」

八幡「いや……いくらああいう舞台に立つのが初めてでもあれは……」

歌詞は忘れるし、ギターはミスりまくるし、俺の演奏はボロボロだった。

戸塚「大丈夫だよ。本番で失敗しなければいいんだから」

八幡「ああ……これがリハでよかったよ……」

そこからまた練習しまくっていたら、いつの間にかライブ開始の時間を迎えていた。

>>197
↓修正

誤)戸塚「僕の手じゃ役不足かもしれないけど……」

正)戸塚「僕の手じゃ力不足かもしれないけど……」

>>198
↓修正

リハ後
八幡「……本当にすまん」

戸塚「あはは……別にそんな謝らなくても……」

八幡「いや……いくらああいう舞台に立つのが初めてでもあれは……」

歌詞は忘れるし、ギターはミスりまくるし、俺の演奏はボロボロだった。

戸塚のおかげで手の震えとかは収まった
ものの、それでも慣れない大舞台の上で俺は無力だった。

……てか、戸塚に手を握られたせいで、脳が混乱したんじゃないかという説も絶賛浮上中である。

戸塚「大丈夫だよ。本番で失敗しなければいいんだから」

八幡「ああ……これがリハでよかったよ……」

そこからまた練習しまくっていたら、いつの間にかライブ開始の時間を迎えていた。

The boxer
SIMON & GARFUNKEL
https://www.youtube.com/watch?v=l3LFML_pxlY

原曲を貼り忘れていたのでついでに




――

―――

――――

ボーッと窓の外を見つめる。

枠の端に入り込んだ桜の木の枝にはまだ芽しかついていなくて、その花は咲いていない。

惜しいな。

今の時期に咲いていたら、綺麗なのに。

きっと、何週間か先に咲くよりも、今咲いていた方がずっと。

見慣れた廊下の壁に寄りかかっていると、遠くからジジジ……という機械の音と、何かを叩く音が聞こえる。

もうすぐ、その時は来る。

――――

―――

――



パチッ

そんな音ともに体育館内の照明が落とされる。

ザワザワ…

会場がざわめく。かく言う俺も実は少しワクワクしている。てか何だよザワザワって。カードでジャンケンでもすんの? 映画は買い占めとかをやらなくて残念だったな。それでも面白かったけど。

司会『『おまえらぁっ!』』

司会であろう二人の声が響き渡る。それとほぼ同時にスポットライトがその二人にあてられた。

司会『『今日はよく集まってくれたなぁっ!!』』

オオオオオオオオオオオオオオッ!!

二人の叫びを皮切りに、一気に歓声が場内を埋め尽くす。

司会A『今日から二日間はっ!』

司会B『この総武高において最も熱い二日間になる!!』

司会『『準備はいいかぁっ!?!?』』

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!

テンションは最高潮。この場の雰囲気もあるだろうが、あの二人の力も大きいだろう。

司会A『SOBU!』

司会B『ROCK!』

観客「「「「「FES!!!」」」」」

司会『『始まるぞぉぉぉっ!!!』』

司会A『さぁっ! このSOBU ROCK FESのトップバッターを務めるのは……』

司会B『Mr.総武高の名にふさわしいこいつらだぁっ!!』

一斉にスポットライトが消えて真っ暗になり、少し間が空いてステージの奥から真っ白な光が一気にこちらを照らす。

ステージにいる人間のシルエットを作る演出のようだ。中心にいるのがあの男であるからか、かなり様になっている。

静寂。

あれだけ盛り上がっていた観客が一言も発しないのは、そこにいる五人の影が微動だにしないからだろう。

  チッチッチッ…

戸部のドラムスティックが曲の始まりを告げる。

  Just give me a reason…

The Beginning
ONE OK ROCK

https://www.youtube.com/watch?v=Hh9yZWeTmVM

  As the world falls apart around us…

  All we can do is hold on hold on…

俺の知らない誰かのギターと、大岡のピアノの伴奏に葉山の声が乗り、静かだった会場が一気に熱狂の渦となる。

  Take my hand !

戸部のドラムと大和のベースが合わさり、葉山が拳を突き上げる。それに合わせて観客も手を上げ、リズムに合わせて手を振る。

  and bring me back !

葉山自身はボーカルに専念していて、楽器は持っていないが、音楽にノッて踊り狂う姿は、いつもの彼と同一人物には見えない。

戸塚「すごいね……」

隣にいる戸塚が声を漏らす。俺も同じ感想だ。

八幡「ワンオクってめちゃくちゃボーカルの声たけぇのに、少しもキー下げずに歌ってやがる……」

本当にできるやつって何でもできんのな。

  Just tell me why baby !

  They might call me crazy !

  for saying I'll fight until there is no more !

葉山隼人の一挙一動に場内が沸く。まるでこの空間を支配しているようだ。

  愁いを含んだ閃光眼光は感覚的衝動!

  Blinded I can't see the end !

  so where do I begin…

八幡「……やっぱ、すげぇな」

たとえどんなに頑張ったとしても、俺はこいつには敵わねぇ。

  何度くたばりそうでも朽ち果てようとも終わりはないさ

  It finally begins…

曲が終わり、さらなる歓声が湧き上がる。

それを聞いて安心したのか、葉山はふぅ、と一息をついた。あんなやつでも緊張はしていたようだ。最中は全くそんな風には見えなかったが。

葉山『お前ら……盛り上がってるかぁっ!?』

ウオオオオオオオオオオッッ!!

八幡「あいつあんなキャラだったか!?」

戸塚「普段恥ずかしがり屋でも、ステージに上がると別人のようになる人っているからね」

あんなにキャラが変わるのは初めて見たけど、と付け足す。

八幡「ただなんか……すげぇイキイキしてる気がする」

戸塚「葉山くんは普段は自分を抑えているところがあるからね……」

八幡「あー、なるほどな」

いつの間にギターを構えていた葉山が、またマイクの前に立つ。今度はギターボーカルでやるようだ。

ふとキーボードを見ると、そこにはさっきまでいた大岡の姿が見えない。おそらく次の曲ではキーボードは必要ないから退散したのだろう。

葉山『次が最後の曲だ』

葉山『……スターフィッシュ』

言い終わると同時にメインギターがイントロを弾き始める。

おっ、この曲か。エルレとか千葉県民の俺得じゃねぇか。てかここにいるやつほとんど全員そうだな。

スターフィッシュ
ELLEGARDEN

https://www.youtube.com/watch?v=MOL73zwweYA

  おとぎ話の続きを見たくて

  すぐ側のものは見えなかった

  平気になった媚びた笑いも

  まとめて全部 剥がれ落ちるような

――今、あいつは何を思ってこの曲を歌っているのだろうと、そんなことを思った。

  綺麗なものを見つけたから

  また見えなくなる前に

ドラムの音に合わせて観客が飛び跳ねる。その光景は見てて異様ですらあるが、それも青春というフィルターを通してしまえば、美しい思い出になってしまう。

  こんな星の夜は

  全てを投げ出したって

  どうしても君に会いたいと思った

ギターをかき鳴らしながら必死に歌い叫ぶ葉山隼人は、今まで自分が見てきたのとは違う誰かに見える。

  こんな星の夜は

  君がいてくれたなら

  何を話そうとか

そう言えばあの千葉村での合宿の時、葉山の好きな人は『Y』だって言ってたっけ。

なら今、葉山はその誰かのことを思って歌っているのだろうか。

そんなくだらないことを考えながら、ステージ上で誰よりも輝いている、俺の嫌いな男を見ていた。

~♪

最後のギターの音が消えて、拍手やキャーと叫ぶ女子の声や指笛がそこら中から聞こえてくる。

葉山『ありがとうー!』

スターフィッシュが終わると、葉山の顔はまたいつものような爽やかな笑顔に戻った。

そして一瞬だけ、残念そうな表情を浮かべたのを、俺は見逃さなかった。

きっと、この瞬間だけが葉山にとっては、仮面を剥がせる唯一の時間だったのだろう。

バンドメンバー五人が揃って――あれ、なんで大岡いんの? まぁいいや。

四人とも葉山の周りに集まり、全員で肩を組み合う。

そして一度だけ大きくお辞儀をして、そのまま彼らはステージを去っていった。

とりあえず一言だけ何か言うとしたら――



――こいつらの次じゃなくて良かった。



いや、こんなクオリティの後にやるとか、公開処刑もいいところだろ。

ミエナイモノヲミヨートシテー

そこから数バンドは知らない奴らだったから、また外に出た。それでも大音量だからここまで響いてくる。なんでみんな天体観測とか小さな恋のうたとか、バンド初心者御用達のしかやらないん?

まぁ、俺も人のことを言えないが。

さて、そんなことは忘れて、来るべき自分の演奏のことを考える。

さっきのリハの失敗は主に油断が大きい。

あの場に立つことがどういうことなのか、いまいち想像できていなかった。だからあんなことになってしまった。

つまり、始まるまでの間にちゃんとイメージトレーニングをしておけば、完全とは言えなくとも、緊張はある程度取れるはずだ。

八幡「えーと……戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚……」

何をイメージしているんだ俺は。

雪乃「こんなところで何をしているのかしら?」

八幡「」

八幡「な、何もしてねぇよ」

雪乃「そう、とても気持ち悪い声が聞こえたから、てっきりヒキガエルが死んでいるのかと」

八幡「あからさまに俺の死を願うのをやめろ。言霊の力で本当に死んじゃうだろ」

雪乃「大丈夫よ。あなたの生命力はゴキブリ並みだから」

八幡「何で俺にどこぞの派出所の警官並みのスペックが備わってんだよ」

雪乃「派出所? 交番ではなくて?」

八幡「あの世界ではあそこはずっと派出所なんだろ」

逆に交番になったらそれだけでニュースものだな。Yahooニュースとかの一面になるわ。ところで今の秋本先生は何人目?

小町「お兄ちゃーん!」タッタッタッ

八幡「おっ、もう来たのか。早いな」

小町「早いどころかギリギリだよ……」ハァハァ

八幡「はぁ?」

俺の出番はまだ先だし、雪ノ下が三浦と出るのも俺の後だから言うまでもない。

小町「えっ、だって次に結衣さんが出るじゃん」

八幡「はっ?」


小町「あれ、知らないの? ……まさか小町言っちゃいけないことを……」

八幡「いや、知らないんだけど……」

雪乃「私もよ」

結衣「ゆきのーん、ヒッキー!」

噂をすれば何とやら。張本人が現れた。

結衣「探したよ~。……ってあれ? その感じだと聞いちゃった感じ……?」

八幡「何をだ?」

結衣「えっ? あ、うん。あたしね、次に出るんだ~」

八幡「はっ? マジで? 初耳だわ」

雪乃・小町「「!?」」

結衣「あれ? 知らない?」

八幡「お前言ってねーし。むしろ知ってたら俺何者なんだよ。超能力とか持ってんじゃねぇの?」

もし超能力とかあったらとりあえずこのステルスの精度を上げるわ。そして精度上げすぎて、最終的に本当に消えてしまうというオチ。もうそれただの世にも奇妙な物語じゃねぇか。

結衣「そう、なんだ。……じゃあ、次に出るから見に来てね!」タッタッタッ

小町「……お兄ちゃん」

八幡「俺たちを驚かそうとしたから今まで言ってなかったんだろ」

嘘も方便というやつだ。真実なんかどうだっていい。ただ由比ヶ浜の中で俺たちを驚かすことに成功したなら、それでいい。

小町「……お兄ちゃんが……こんなに成長してる……!」ウルッ

八幡「……ほら、もう始まるんだろ。行くぞ」

まだ少し早かったのか、体育館に入ると司会二人が話しているところだった。

司会A『ついに一日目の三分の一を過ぎたわけだが……』

司会B『まだまだやれるよなぁ、お前らぁっ!?』

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!

八幡「うぉ、すげぇな……」

小町「ここ本当に進学校なの?」

八幡「……通ってる本人ですら不安になってきた」

雪乃「むしろ普段おとなしい人ほど、こういう場ではハメを外しがちなものよ」

八幡・小町「なるほど(な)~」

司会A『次のバンドは……おぉっ!?』

司会B『なんと……!』

司会『『美人三人が登場だっ!!!』』

ウヒョオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!

雪乃「……ひどく下品な声ね。しかもほとんど男子の声じゃない」

八幡「そんなもんだろ。男ってのは単純なんだよ」

雪乃「こういうリミッターが外れる場ではなおさらね」

八幡「次が由比ヶ浜たちねぇ……」

パチッとまた司会にあたっていたスポットライトが消え、暖色系の照明がステージを彩る。

八幡「おお、なんか予想通りのメンツだな」

真ん中に陣取るのは由比ヶ浜。そのすぐ隣にギターを構える三浦がいて、後ろの方にはキーボードで海老名さんがいる。もう一人のギターとベースは知らないな。てか――。

八幡「何でドラムが戸部?」

雪乃「他に人がいなかったんじゃないかしら」

さっきの葉山のにも出てたし、もうこの時点で二回も出てんのかよ。大丈夫なのかな、戸部。

結衣『や、やっはろー!』

観客「「「「「やっはろーっっ!!!」」」」」

結衣『うぉっ!? すごっ!?』

予想以上の反応にたじろぐ由比ヶ浜の肩を三浦が叩き、耳元で何かをささやく。

それを聞くと由比ヶ浜は一度頷いて、海老名さんの方を見た。それを確認して海老名さんがイントロを弾き始める。

スターラブレイション
ケラケラ

https://www.youtube.com/watch?v=JQowMIY2bOw

  オウベイベイベイ 今日も明日も ♪

  踏み出してラストシンデレラ ♪

  不器用な愛を掲げながら ♪

  ずっと駆け抜けてく強く強く ♪

  スターラブレイション ♪

八幡「……なんか、あいつらしい曲だな」

雪乃「あまりにも的を射すぎていて、何も言えないわね……」

リードギターは三浦が担当していて、サイドギターはたまに鳴らす程度だ。それにしても――。

八幡「上手いな……」

三浦のギターの腕がなかなか、いや、かなりすごい。ちょこちょこアレンジとか加えてるし、何より動きながらあの指使いは相当の腕前じゃなきゃできない。

  誤解される性格だから ♪

  またココロが疲れるんだね ♪

  この先もそうやって強がり言って ♪

  同じように生きてくの?

二番のAメロの歌詞が妙に耳に残った。自分のことを言われているように聞こえたからだろうか。

雪乃「……まるで、あなたみたいね」

八幡「…………」

きっと、あの文化祭のことを言っているのだろう。雪ノ下のその言葉に、俺は何も返せない。

  雲一つ無い空に 両手いっぱいの愛が ♪

  真っ直ぐに君へと届けに行くよ ♪

  どこまでも ♪

  オウベイベイベイ 今日も明日も ♪

  踏み出してラストシンデレラ ♪

  泣き笑いながら見る空は最高に美しいんだ ♪

満面の笑顔で歌う由比ヶ浜は最高に楽しそうだ。それを後ろから見て口元を綻ばせる三浦と海老名さんの姿も、見ていて微笑ましい。

  オウベイベイベイ 胸の中の ♪

  想いよ高く舞い上がれ ♪

曲に合わせて由比ヶ浜が手を左右に振ると、それに合わせて観客の手も動く。それで波が出来ていて、俺はこの会場が一体となっていると、強く感じた。

  不器用な愛を掲げながら ♪

みんなで一つにとか、One for all, all for oneとかは俺が最も嫌う言葉の一つだ。集団で一つになって何かをするなど、俺にとっては欺瞞でしかない。

  ずっと駆け抜けてく強く強く ♪

――ただ、こんな風に一つになるのは、悪くないな、なんて思う。

  スターラブレイション ♪

由比ヶ浜が手を高く上げて手拍子をする。観客たちもそれに合わせると、途端に体育館中が手拍子で埋め尽くされる。

今こんなにたくさんの人たちを動かしてんのは、由比ヶ浜、お前なんだぜ?

本当に、お前はすげぇよ。

八幡「三浦のギター凄かったな……」

自分もギターを弾くからこそわかる、あの凄さ。

雪乃「そうね、私に追いつこうとずっと四苦八苦していたもの」

そう言えば掛けバンしてたんでしたっけ、あなたたち。

雪乃「もちろん負けなかったわ」ドヤァ

八幡「そーですか」

小町「結衣さんも歌がすっごく上手くなってましたね~。息継ぎの音がほとんど聞こえませんでしたよ~」

八幡「そうなのか?」

割とよく一緒にスタ練してたから、あまりそんな感じがしない。確かに声はでかくなったが。

雪乃「ええ、すごく上手くなったと思うわ。最近ではカラオケで90点以下を出すことがないもの」

マジかよ。まぁJOYならあり得なくも――。

雪乃「ちなみにDAMでの話よ」

八幡「なん……だと……!?」

結衣『えーと、次はあたしが好きな映画の主題歌です!』

結衣『少し前の歌なので知らない人もいるかもしれませんが……』

結衣『知っていたら一緒に歌ってください!』

ヒュー イイゾー ユイタンテンシー

結衣『それでは聞いてください!』



結衣『……魔法のコトバ!』



魔法のコトバ
スピッツ

https://www.youtube.com/watch?v=rdkNUpRy71M

耳に心地良いピアノとギターのイントロで曲が始まる。

由比ヶ浜は目をつぶり、口元に微笑みを浮かべる。そしてそのゆったりとしたリズムに合わせて、ゆっくりと身体を左右に揺らす。

そう言えば、どうしてこのバンドがこんなにもまとまっているかって、ドラムがかなり安定してんだよな。

決して機械のようではないのに、正確なリズムをきちんとキープしている。脇もしまっていて、見ていてうざったくない。普段のウザさが嘘のようだ。

  あふれそうな気持ち 無理やりかくして ♪

  今日もまた 遠くばっかり見ていた ♪

今回は三浦はアコギを担当していて、もう一人がリードギターを弾いている。

  君と語り合った 下らないアレコレ ♪

  抱きしめてどうにか生きてるけど ♪

  魔法のコトバ 二人だけにはわかる ♪

  夢見るとか そんな暇もないこの頃 ♪

八幡「……なるほどな」

三浦がアコギを弾いている理由は、由比ヶ浜にハモるためか。道理でただのストロークばかりなのに、三浦がアコギに徹しているわけだ。

  思い出して おかしくてうれしくて ♪

  また会えるよ 約束しなくても ♪

由比ヶ浜と三浦の歌声が綺麗に調和する。

そのハーモニーは思わずうっとりしてしまうほどに、美しい。

あのギターテクも三浦にしかできないが、このコーラスも然りだ。由比ヶ浜のよく通る声に負けないように歌えるやつなんて、そうそういない。

  花は美しく トゲも美しく ♪

  根っこも美しいはずさ ♪

普段目立たないベースの音が一気に前に出て、間奏が始まる。

三浦ほどではないが、このギターもなかなか上手い。少なくとも俺よりもずっと。

  魔法のコトバ 二人だけにはわかる ♪

  夢見るとか そんな暇もないこの頃 ♪

  思い出して おかしくてうれしくて ♪

  また会えるよ 約束しなくても ♪

由比ヶ浜は三浦の隣まで行き、肩に手を置く。当の三浦は一瞬驚いたような表情を浮かべ、それからまたニヤリと笑って由比ヶ浜にハモる。

  会えるよ 会えるよ ♪

~♪

曲が終わるとすぐにその音が鳴り止まないうちから、オーディエンスが歓声を上げる。

それを聞くと、由比ヶ浜と三浦と海老名さんが顔を見合わせ、そして笑い合う。

それを後ろから見守っている戸部が少しだけカッコよく見える。……本当に少しだけだけどな。

大成功と言える出来で、彼女たちはステージを去っていった。

結衣「どうだった?」

終わって一息ついていると、由比ヶ浜が走り寄って来る。

八幡「んー、良かったんじゃねぇの?」

小町「素直じゃないなぁ……ちゃんと褒めてあげればいいのに……」

八幡「……いや、なんだ……。うん、凄かったぞ」

結衣「えへへ……ありがと、ヒッキー!」

雪乃「びっくりしたわ。まさかあなたも掛けバンしてたなんて」

結衣「あ、うん。びっくりさせようと思ってたからねー」

小町「ぐうっ!!」ズキッ

結衣「ん? どうしたの?」

小町「何でも……ないです……」

>>84>>85の間に入れるべきシーンを入れ忘れてた。


↓以下、そのシーン



戸塚父「おっと、邪魔して悪かったね。下のスタジオは自由に使ってくれていいよ」

八幡「ありがとうございます」ペコリ

戸塚「じゃあ八幡、行こう?」

戸塚が俺の手を引く。あぁ、ちっちゃくて柔らかい……。このままお持ち帰りしたい……。はぅ~、お持ち帰りぃ~。

ハヤクハヤクー

チョ、チョット、ヒッパルナ…

戸塚父「…………」

戸塚母「すごい偶然もあるものね」

戸塚父「あいつも俺も千葉への愛は半端ないからな。当然と言えば当然だろ」

戸塚母「それでも、親子揃って同じ高校なんて滅多にないでしょ?」

戸塚父「……確かに。千葉は狭いな」

八幡「さてと、また時間が空くな……。とりあえずもう一回確認を……」

結衣「ええー? ヒッキー他のバンド見ないのー?」

八幡「ああ。さっきのリハで盛大に失敗したからな」

あんなことは繰り返したくないんだぜ。

結衣「そっか……。できれば一緒に見たいな……なんて……」ボソッ

八幡「はっ?」

結衣「う、ううん! 何でもない!」

結衣「ゆきのん! 小町ちゃん! 一緒に前の方に行こうよ!」

小町「おお~いいですねぇ~」

雪乃「私は別に……って由比ヶ浜さん? 手を引っ張らないで――」

八幡「……さて、また外に出るか」

葉山「おーい」

む、葉山か。誰かを呼んでるようだが、俺ではないだろう。ほれほれどけどけ。俺はこの体育館を出るんだYO!ミブリテブリ

葉山「無視するなよー、おーい」

これ俺じゃね? 違うか、違うよな。

葉山「ヒキタニくーん!」

やっぱこれ俺だわ。

八幡「何だよ?」

葉山「ようやく反応してくれたか……」

八幡「俺じゃねぇと思ったんだよ」

葉山「君は相変わらずだね」

八幡「お前もな。お前のバンド見たけど、すごかったわ。やっぱり何でも出来るんだな」

葉山「見てくれたんだね。ありがとう」

八幡「たまたまな」

葉山「でも俺が何でもできるなんてことはないよ。俺にだってできないことはたくさんある」

八幡「そりゃ人間なんだから不可能があって当たり前だ。ただ、高校生にできる範囲のことは、何でもできるよなって言ったんだ」

葉山「それも違うよ」

八幡「はっ?」

葉山「俺は、君のようにはなれない」

世界をかえさせておくれよ
サンボマスター

http://www.youtube.com/watch?v=5yhlPGi5BEc

八幡「何を言って――」

  シャンシャンシャンシャドゥダンッ

  世界をかえさせておくれよ! そしたら君とキスがしたいんだ

  世界をかえさせておくれよ! そしたら君と夢が見たい

  世界をかえさせておくれよ! そしたら君とピアノにのぼって

  世界をかえさせておくれよ! そしたら君とキスがしたい

俺の声は次のバンドの演奏にかき消される。

葉山「だから俺は、君が――」

葉山の口が動き、何かを告げる。その声はあまりにも小さくて俺の耳には届かない。

八幡「今なんて――」

葉山「おっ、いろはか」

八幡「はっ?」

葉山「一色いろは、俺の後輩だよ」

そう言って指差す先を見ると、さっきのS&Gに反応した女子が、ステージの上に躍り出て来た。

  今夜はちょっと寂しい気分だよ 楽しい話聴きたいなベイビー

  明日はきっと違う気分だから 今のうちにガンバリなよベイベー

八幡「あいつ……」

葉山「おや、ヒキタニくんも知ってるのかい?」

八幡「今さっきちょっと話しただけだ」

葉山「そうか。いろはは、うちのサッカー部のマネージャーなんだ」

八幡「へぇ、マネージャーか」

葉山「すごくいい子なんだ。君は苦手かもしれないけどね」

八幡「いや、学年違ってしかもサッカー部のマネージャーなんだろ? なら俺と関わることもねぇだろ」

葉山「……いや、そうでもないかもしれない」

八幡「なんでだよ」

葉山「いろはは最近少し問題を抱えているらしくてね、それで奉仕部に来ることになるかもしれない」

八幡「いや、お前が助けてやれよ。わざわざ奉仕部に持ってこないで」

葉山「俺じゃどうにもならない問題なんだ。でも君や雪ノ下さんや結衣なら、もしかしたら……」

八幡「……それでもだ。俺らにできるのは魚の取り方を教えることだけだ。魚はやらないし、やれない」

葉山「それも承知の上だ」

八幡「……なら、その一色ってやつにもそう言っとけ」

葉山「わかった」

それ以上、俺たちは言葉を交わさなかった。

葉山の瞳はキラキラと輝くステージの光で、赤、青、黄色と染められていく。ただ見つめているだけで、音楽に乗って動いたりもしない。

歌っていた時の怪物のような動きとは正反対の様子に、俺は逆に恐怖を感じる。

ずっと見ているのもあれだから、視線をステージに戻す。

さっきの聞こえなかった言葉の意味は、結局わからないままだ。

ステージ上の一色という女子のバンドは、一曲目が終わって二曲目を始めるところだった。

ってよく見ると、いやよく見なくてもめぐり先輩がいるじゃねぇか。ここのキーボードやってたんすか。

いろは『この中には、多分いっぱい恋をしている人がいると思います』

いろは『女子でも、男子でも』

いろは『きっとその中には叶わないものもあるのかもしれません』

いろは『……それでも、恋っていいものだなーって思うんです』

いろは『カップルでイチャついてる人にも!』

葉山「…………」チラッ

八幡「……何故俺の方を見る」

葉山「いや……なんでも」

いろは『勝機のない恋にお悩みの方にも!』

葉山「…………」チラッ

八幡「だからチラチラ見んじゃねぇ、うっとおしい」

葉山「……そうだね」ニヤリ

なぜ笑ったし。嘲笑か、嘲笑なのか?

いろは『総武高の恋するみんなに送ります!』

ヒュー イロハスー

いろは『それじゃ二曲目!』

いろは『今すぐkiss me!』

今すぐkiss me
LINDBERG

https://www.youtube.com/watch?v=fLDaCKGR8wg

  ダドゥドゥダドゥドゥダンッ

  ジャージャジャッジャッジャー ♪

聞き覚えのあるイントロがギターから鳴り響き、一気に会場が沸く。ずいぶん昔の曲を選んだな。S&Gに反応するような女子だからそこまで驚かないが。

  歩道橋の上から 見かけた革ジャンに ♪

  息切らし駆け寄った 人ごみの中 ♪

  ドキドキすること やめられない ♪

Oh Yeah! ……あれ? まだサビじゃないのか。一瞬騙されちまったじゃねぇかちくしょう。

葉山「…………」ニヤニヤ

八幡「……何だよ」

葉山「別に?」ニヤニヤ

こいつ、俺が一瞬サビにいかなくて動揺したのを見ていやかったな。何でそんなタイミングいいの? 実はずっと見てるんじゃないの? 海老名さん大興奮じゃないか。

  ドキドキすること やめられない Oh Yeah!

今度はちゃんとOh Yeahするんだな。何だこれ初見殺しすぎるだろ。指のロシアンかよ。

  今すぐKiss Me ♪

観客「「「「「Wow wow !!!」」」」」

一色のマイクがオーディエンスに向けられると、それに応えるようにWow wowと観客が歌う。

八幡「……なんかもうこれ宗教みたいだな」

いろはす教でも作るのかな? 儀式とかに使うお清めの水はいろはすを使うのだろうか。

葉山「ははっ、言えてるね」

  Go Away I Miss You ♪

  大好きだから 笑ってよ♪

今すぐkiss meってよく考えるとすごい歌詞だよな。呪いでペンダントとかになったりしない限り、なかなか言えるセリフじゃねぇよ。ん、何を言ってるんだ?

  今すぐKiss Me ♪

観客「「「「「Wow wow !!!」」」」」

  Go Away I Miss You ♪

  まっすぐにI love you so ♪

フォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

最前列を陣取っているらしい男子集団が、奇声に近い歓声をあげる。……多分あの中に材木座もいるんだろうな。サイリウムを持ってるのが少なくとも五、六人見えるし。

――

――――

いろは『次の曲で最後なんですが……』

エー ウソー モットミタイー

いろは『ここで選手交代です!』

いろは『城廻先輩お願いします!』

ウォー メグリンテンシー ケッコンシテクレー

キーボードを担当していためぐり先輩が前に出て来る。それを見て一色はハイタッチをして、めぐり先輩のいたところについた。くそ、その場所代われよ。

めぐり『こーんにっちわー!』

観客「「「「こーんにっちわーーーー!!!」」」」

何その挨拶。おかあさんといっしょかよ。

めぐり『一曲だけ歌わせてもらいまーす!』

ヒュー モットヤレー メグリンマジテンシー

めぐり『それでは――』

いろは「――――!」

一色が何かを叫んだが、その声は後ろを陣取る俺たちには聞こえない。

めぐり『あぁ、ごめん……。準備まだだったね……』

なんだ、めぐり先輩が先走っちゃったのか。ダメだぞ、めぐりん☆

雪乃「……!」ゾワゾワッ

結衣「ん、どうしたの?」

雪乃「いえ、一瞬とてもおぞましい何かを感じて……」



八幡「……今、誰かに電波を傍受された気がする」



めぐり『何年か前のある映画の曲です』

めぐり『私その映画がすごく好きだったので、この曲を選びました。もしかしたら知ってる人も多いかもしれませんね』

めぐり『ZONEの、一雫』

一雫
ZONE

http://www.youtube.com/watch?v=RPFsuPgoq58

  ~♪

一色のキーボードでイントロが始まり、それにアコギの音が合わさる。

  部屋の灯りをすべて消して

  窓から見える夏の夜

  星が囁きやさしい風が

  つつみ込んで心を誘う

めぐり先輩の透明感のある歌声が、体育館内をやさしくつつみこむ。あれだけうるさかった歓声が今は少しも聞こえない。

  とまどい続けて

  素直になれずにいたけど

気づいた時には自然と観客に手でウェーブが出来ていた。ゆっくりと、会場が一つになり始める。

  やさしさに初めて出逢った頃は

  この胸の奥がハガユク感じ

あ、思い出した。これはアイスエイジの曲か。子ども向けのアニメだったけど、割と重いところもあったっけ。マニーの過去とかトラウマものだろ。

  何故か一雫の涙が頬を

  そっと伝わったよ

めぐり先輩の歌声に少し低く歌う一色の声が重なり、綺麗にハモる。

  それはあなたが心の中に…ふれたの

――

――――

ジャンジャンジャカジャカ

八幡「~♪」

めぐり「……あっ」

八幡「……うす」

めぐり「君は……文化祭の時の……」

八幡「……はい」

めぐり「あの時は、ありがとね」

八幡「別に礼を言われることなんてしてないっすよ」

めぐり「君も出るの?」

八幡「……まぁ、そうっす」

めぐり「そうなんだ。じゃあちゃんとチェックしないとね!」

八幡「別に気を使わなくてもいいですよ。……城廻先輩の見ましたよ」

めぐり「えっ! 本当に!? ありがとう!」パァァッ

八幡「い、いえ……」

めぐり「ど、どうだったかな!?」

八幡「すごくよかったです……。会場全体がしんみりとしてましたよ」

めぐり「えへへ……ありがとう」

八幡「アイスエイジ好きなんすね」

めぐり「あ、うん! 初めて映画館で見たからってのもあるのかもしれないけど、すごく好きなんだ!」

八幡「いいっすよね。滑り台のとことかすごい好きです」

めぐり「私もそこ好きだよ! まるでジェットコースターに乗ってるみたいで!」

八幡「すごいわかります」

めぐり「……あっ、邪魔しちゃってるし、もう行くね! いつ出るの?」

八幡「次の次の、そのまた次です」

めぐり「そっか、じゃあもうすぐだね。頑張ってね!」タッタッタッ

八幡「うす」

――

――――

八幡「……さて、そろそろ行くか」

川崎「ねぇ」

八幡「ん、川崎か」

川崎「……あんた、次の次だよね」

八幡「ああ。だからもう行かないとな」

川崎「……」モジモジ

八幡「?」

川崎「が……」

八幡「が?」

川崎「……っ」

八幡「何だよ?」

川崎「と……戸塚に、迷惑かけるなよ!」

八幡「あ、ああ。さっきやらかしちまったし、もうやらねぇように善処するよ」

川崎「そ、そう。じゃあ、それだけだから!」タッタッタッ

八幡「おう……」

八幡「何だったんだ……?」



川崎「頑張れって言おうと思ったのに……」

――

――――

舞台裏に入ると戸塚は既にそこにいた。

八幡「おっ、もういたのか」

戸塚「八幡も、早いね」

八幡「そりゃさっきのことがあるからな……」

戸塚「あはは……そういうのは忘れて、楽しまないとダメだよ?」

八幡「ああ。そうだな……」

と口では言ってみるものの、手の震えはさっきからずっと止まらない。

脳裏にさっきの葉山や、由比ヶ浜たちの姿が浮かぶ。あのステージに今度は俺が立つ。

そう思うだけで手に汗がにじむ。

戸塚「大丈夫?」

八幡「あ、ああ……」

またしても、その声は震えていて全く説得力がない。

戸塚「八幡」

八幡「?」

戸塚「目を閉じて」

八幡「はぁっ?」

戸塚「いいから閉じて!」

八幡「わかった……」

戸塚に言われるがままに目を閉じると、あっという間に視覚情報がシャットアウトされる。

戸塚「八幡は……」

戸塚「今までいっぱい練習してきたよね?」

八幡「……ああ」

それだけは胸を張って言える。この戸塚とのデュオに全てをかけてきたと言っても過言ではない。

戸塚「なら、きっと大丈夫だよ」

手が温かい感触に包まれる。戸塚がまた俺の手を握ってくれているのだろう。

戸塚「百パーセント完璧にやることは難しいと思う。それでも、八十パーセントくらいの力はきっと八幡なら出せるから」

八幡だしね、と戸塚は笑う。その笑い声につられて俺も笑う。

だから、と戸塚は続ける。

戸塚「……一緒に、頑張ろ? 僕も頑張るから」

八幡「……ああ!」

――

――――

もう一度楽譜を見直す。……よし、忘れてない。歌詞も完璧。

八幡「なぁ、とつ――」

名前を呼ぼうと思ったが、戸塚の姿は見つからなかった。

八幡「あれ?」

ついさっきまでそこにいたのに、どこに行ってしまったのだろうか。もう本番もすぐなのに。

とりあえず歩き回って探してみる。辺りは暗いから視界が悪く、見つけるのは難しそうだ。

八幡「……あっ」

――とか考えている間に見つかった。

戸塚は物陰に隠れるようにいて、アコギを抱えながら座り込んでいた。

声をかけようと息を吸うが、途中で止まった。

よく見ると、俺の目の前にいる戸塚の手は――



――震えていた。

戸塚「止まれ……止まれ……」

戸塚「僕がしっかりしないと、八幡が……」

戸塚「……情けないなぁ」

戸塚「ずっと八幡に助けられてきたのに、いざという時にこうなっちゃうなんて……」

戸塚の表情はひどくゆがんでいて、今にも泣いてしまいそうだ。

――そこでふと気づく。

俺はいつからか、自分のことしか見えなくなっていた。

戸塚のことが見えていなかった。

心のどこかで、戸塚なら大丈夫だって、思い込んでいた。

――そんなこと、あるわけないじゃないか。

戸塚だって一人の人間だ。こんな大舞台を前にして緊張しないわけがない。それでも戸塚は、俺にそんなそぶりを見せないようにしていた。

それも全て、俺にプレッシャーをかけないために。

……ったく、自分が嫌になる。

普段は周りの目を気にするくせに、いざとなると自分しか見えなくなってしまうなんて。

八幡「戸塚」

戸塚「……八幡?」

しまった、と言うような表情を浮かべる。だがそれを無視して俺は戸塚に近づく。

そして、今度は俺が、戸塚の手を握った。

少しでも力を入れたら壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、弱々しい小さな手。だけれども温かいその手を俺の無骨な手ではさむ。

八幡「……こうすると、緊張が取れるんだろ?」

はっきり言って、こんなことをしている俺の方が緊張してしまっている。やべぇ、めっちゃ心臓ドキドキする。

戸塚「……ありがと」

八幡「一人で抱え込むなよ。一緒に頑張るんだろ?」

戸塚「……うん!」

そう言って浮かべた笑顔は、どこか安心しているように見えた。

司会A『さぁー、次は……おぉ!? なんとこのフェスにデュオが!?』

司会B『バンドとはまた違う風がこの会場を駆け抜けるぜ!』

司会『『最高にイカした二人が来るぞ!!!』』

ウォォォォォオオオオオオオオ!!!

八幡「……ハードル上げんなよな」

上げすぎたらくぐるぞ、下を。

戸塚「八幡!」

八幡「ん?」

戸塚がグーを突き出す。

戸塚「頑張ろうね!」

八幡「おう!」

そう言って戸塚の拳をチョンと突く。なんか、いいな。こういうの。

そして俺ら二人は、ライトで照り輝くステージに出た。

手の震えは、もうなかった。

八幡「……なんて、言えりゃかっけぇんだけどな」

手の震えはなくなったものの、足は震えるわ、心臓バクバクだわ、緊張しまくりである。

俺たち二人を照らすライトはひどく眩しく、あまり観客の方は見えないが、それでもざわめきや熱気からそこにたくさんの人がいるのを感じる。

緊張をかみ殺しながら先ほどアンプに繋げたギターを構え、マイクの前に立つ。

戸塚『こんにちは!』

マイク越しの声が会場中に響くと、それに応えるようにそこら中から歓声が聞こえた。

戸塚『僕、戸塚彩加と、隣の比企谷八幡の二人で一曲演奏します!』

戸塚『それでは聞いてください』

戸塚『サイモン&ガーファンクルの――』

戸塚『――Wednesday Morning 3 A.M.』

Wednesday Morning 3 A.M.
SIMON & GARFUNKEL

https://www.youtube.com/watch?v=qDNaArocIx0

戸塚「ワン、ツー、スリー、フォー」

戸塚がマイクに入らないくらい小さな声で合図をして、演奏が始まる。

サムピックの繊細な音が体育館をしんとさせ、ギターの音だけが響き渡る。

戸塚が歌い出し、それに合わせて俺も声をのせる。戸塚の高音に俺の低音が合わさり、綺麗なハーモニーになる。

  I can hear the soft breathing

  Of the girl that I love

 (僕が愛する少女の 穏やかな寝息が聞こえる)

  As she lies here beside me

  Asleep with the night

 (彼女は僕のすぐそばで 夜のとばりに包まれ眠っている)

  And her hair, in a fine mist

  Floats on my pillow

 (美しいもやの中で彼女の髪は 僕の枕の上でゆれている)

  Reflecting the glow

  Of the winter moonlight

 (冬の月の光に照らされながら)

  She is soft, she is warm

  But my heart remains heavy

 (彼女は柔らかく あたたかいのに 僕は心はまだ重いまま)

  And I watch as her breasts

  Gently rise, gently fall

 (彼女の胸が穏やかに上がり 下がるのをながめている)

  For I know with the first light of dawn

  I'll be leaving

 (なぜなら僕にはわかっているから)

 (夜明けとともにここを去るのだと)

  And tonight will be

  All I have left to recall

 (そして今夜が 僕が残す最後の思い出になることも)

  Oh, what have I done

 (ああ 何ということをしたのだろう)

  Why have I done it

 (どうして あんなことをしてしまったのだろう)

  I've committed a crime

  I've broken the law

 (僕は罪を犯し 法を破ってしまった)

  For twenty-five dollars

  And pieces of silver

 (たった25ドルと ほんの数枚の銀貨のために)

  I held up and robbed

  A hard liquor store

 (僕は酒屋に押し入り 強盗をしたのだ)

  My life seems unreal

  My crime an illusion

 (僕の人生は本物ではなくて 僕の罪は幻想みたいだ)

  A scene badly written

  In which I must play

 (僕が演じなければならない おかしな脚本の一場面みたいだ)

  Yet I know as I gaze

  At my young love beside me

 (すぐそばの幼い恋人を見つめる僕のもとに)

  The morning is just a few hours away

 (朝はあと数時間でやってくる)

――

――――

さっきまで冷たいと感じていたはずの風が、涼しく感じられる。それだけ今の俺の身体が火照っていることの証左だろう。

疲れとも達成感とも違う感覚が、身体中を取り巻く。きっと言葉では表せないが、敢えて言うならば、『肩の荷が下りた』と言うのが一番近いのかもしれない。

それに、ついさっきまで自分に向けられていた歓声がまだ耳の中に残っていて、今も聞こえるような気がして、それがどこか心地良かった。

八幡「ふぅ……」

一息をつきながら壁にもたれかかると、そのまま足の力が抜けて座りこんだ。床暖房なんかがあるわけがない地面だから、腰のあたりが冷たい。

八幡「……ミスんなくて、よかった」

誰にともなくこぼれた独り言は空気を振動させてどこかへ消えていく。さっき俺たちが奏でたのも、今の独り言も、どちらも同じ『音』だと思うと、それはひどく不思議なことのように感じられた。

戸塚「八幡」

八幡「おお、お疲れ」

戸塚「八幡もね」

八幡「おう、サンキュ」

戸塚「隣、いいかな?」

八幡「別にいいけど、結構冷たいぞ?」

戸塚「いいよ、暑いし」

よいしょ、と言いながら隣に座る。うん、かわいい。

戸塚「……やったね!」

八幡「ああ、リハとは大違いだったな」

戸塚「うん、大成功だったよね!」

八幡「……最初の方、声が震えちまったけどな」

戸塚「ううん、だって八幡ああいうステージに出るの初めてだったんでしょ? だったらあんなにできたことの方がすごいよ」

八幡「そうかぁ……?」

戸塚「そうだよ。僕がお父さんと初めてライブハウスでライブした時、まともに声が出なかったもん」

八幡「……まぁ、あんな風に人前に出るのは初めてでも、人の視線の中に晒されることはよくあったからな」

帰りの会の時とかにな。とりあえず物がなくなったら、俺のせいにすんのやめてくれない?

あはは、と戸塚は笑う。

八幡「ただ、なんだ……」

戸塚「ん?」

八幡「ああいうのって、いいもんだな……」

いろいろ理屈をこねてはきたが、ただ一つ、これだけは言える。

八幡「……結構、楽しかった」

戸塚「…………」

八幡「だからさ……、その、誘ってくれて、ありがとな」

戸塚「……ふふっ」

八幡「?」

戸塚「ごめん……。ただ、なんかおかしくて」

八幡「……まぁ、俺が素直に礼を言うなんておかしいよな」

戸塚「いや、そっちじゃなくてね。八幡も僕と同じことを考えてたんだって思うと、おかしくて」

八幡「同じこと?」

戸塚「うん」

そう言うと戸塚は俺に向き直り、その綺麗な瞳で俺の目をまっすぐに見つめる。

戸塚「八幡」

八幡「お、おう」

戸塚「僕と一緒にライブに出てくれて、ありがとう」

戸塚「前にも言ったと思うけど、僕ね、ずっと前からあの曲がやりたかったんだ」

八幡「…………」

あの曲、とは、俺たちが歌った『Wednesday Morning 3 A.M.』のことだろう。

戸塚「S&Gの曲はたくさん聞いてきて、好きな曲はたくさんあるけど、僕はあの曲が一番好きだったんだ」

だからね、とさらに続ける。

戸塚「あの曲を八幡がやるって言ってくれた時、すごく嬉しかったし、今日やれたのはもっともっと嬉しかったし、楽しかった」

戸塚「今の僕の心は八幡への感謝の気持ちでいっぱいなんだ」

戸塚「……だから、言葉じゃ足りないけど、ありがとう」

戸塚は嬉しさからなのか泣きそうになりながらも、笑顔を浮かべながらそう言った。

八幡「……その笑顔が見れただけで十分だ」

……。

…………。

八幡「ちょっと待て! 今のは、なしだ!」バッ

戸塚「?」コテン

八幡「いや、その、なしってわけじゃないが……そのだな……」

戸塚「??」コテン

八幡「……もう、いいや」

戸塚「へんなのー」クスッ

原曲

スターフィッシュ
https://www.youtube.com/watch?v=wwmXoZ8JMaM

魔法のコトバ
https://www.youtube.com/watch?v=gPTFyx2R46w

今すぐKISS ME
http://www.youtube.com/watch?v=WfTkaKqQbGA

Wednesday Morning 3 A.M.
http://www.youtube.com/watch?v=f4KXUr9JVng

付け足し
Wednesday Morning 3 A.M.(日本では水曜の朝、午前三時)はS&Gの同名のデビューアルバムに収録された曲。
セカンドアルバムのThe Sound Of Silenceに収録されたSomewhere They Can't Find Meという曲は歌詞がほとんど同じなのに、メロディなどが全く違う曲になっているので、聴き比べてみるのも面白いかも。
http://www.youtube.com/watch?v=u-IY1g2LARs

太陽が頭上付近を通過する。もう少しで正午だ。

八幡「さて、有志はそろそろ終盤か」

戸塚「そうだね。午後は軽音部がやるみたいだから」

そっちも楽しみだよね、と戸塚が言う。

八幡「まぁ、そうだな」

正直そこまで興味はないがとりあえず話を合わせておく。できれば午後の時間は明日の練習に回したいところだが。

八幡「あと、いくつだ?」

戸塚「三つかな。だから雪ノ下さんたちのは次の次の……次だね」

指折り数える姿がとても可愛らしい。ついさっきまで大勢の人の前で演奏していたのと同一人物に見えない。

八幡「雪ノ下と、三浦のバンドか……」

何その核弾頭みたいな集まり。よく途中分裂しなかったな。

結衣「あっ、彩ちゃんとついでにヒッキー!」

八幡「ついでかよ」

結衣「見てたよー! すごくかっこよかったー!」

戸塚「ありがとう!」

八幡「おう、サンキュー」

結衣「彩ちゃん、あの英語?の歌が歌えるなんてすごいよー」

誰か由比ヶ浜に洋楽という単語を早く教えてあげてくれ。まぁ、洋楽と言うと範囲が広いんだけど。

戸塚「そう、かなぁ……」

でも戸塚が照れている姿が見れたから万事OK! 毎日がエヴリデイ!

結衣「ヒッ、ヒッキーも、か、カッコよかった……よ?///」

八幡「お、おう……。……ありがとな」

なんか、照れるな。こういうのは初めてだし。

アローンーボクーラワーソーレゾーレノーオーハナーヲー

体育館の中から聞き覚えのある曲がもれてくる。

八幡「B'zだな」

戸塚「ALONEかぁ。いい曲だよね」

八幡「…………」

戸塚「八幡?」

八幡「いや、なんでもない」

ALONEなんて曲名だから、てっきりぼっちの孤独とかの歌なのかと思って、歌詞を見たらそういう感じじゃなくて絶望した中二時代を思い出してしまった。

てか稲葉さんってヤバいよな。あのルックスで歌も上手いのに、さらに頭もめちゃくちゃ良いんだぜ? 何その完璧超人。

――

――――

三浦「……雪ノ下さん。ミスったら許さないよ」

雪乃「あら、誰に向かってものを言っているのかしら? ミスなんて犯さないわ。そのために私は今までちゃんと準備をしてきたもの」

三浦「そ。ならいいけど」

雪乃「あなたこそ、ミスなんて許されないわよ?」

三浦「絶対ないから」

雪乃「そうね。あなたならきっとないわね」

三浦「!?」

雪乃「何をそんな驚いたような顔をしているの? これでもあなたのことはそれなりに認めているのよ」

三浦「そ、そう」

戸部(この一ヶ月の練習のせいもあってか、二人の間に信頼感っつーの? が出来たっぽい)

戸部(マジっべーわ。この二人が普通に話してるなんてマジっべーわ)

戸部(ん、なんで俺が話してるかって? それは――)

三浦「ねぇ戸部っち。ミスったらあーし承知しないからね」

戸部「わ、わかってるよ優美子」

戸部(――こういうわけ。ドラムが他でもない俺なわけ)

戸部(この一日目だけで片手で足りない数の掛けバンしてるとかマジっべー。いやシャレにならねっしょ)

戸部(俺がこの二日間でやる曲数)

戸部(数えたくねぇ)

戸部(マジっべーわ)

戸部「おっ、前のバンド終わったっぽい」

三浦「よし、じゃあ行くよ!」

雪乃「ええ」

ベーシストを含めた彼、彼女たち四人は光り輝く舞台に出ていく。

彼らに緊張なんてものはあるはずがなかった。

――

――――

八幡「おっ、ちょうどだな」

結衣「ヒッキーはまた後ろなの?」

八幡「まぁな。前のほうでぎゅうぎゅうにはされたくねぇし」

結衣「そっかぁ……。じゃあ、あたしもそうしようかな」

八幡「はっ? 別に無理して俺に合わせなくたっていいんだぞ?」

結衣「ううん。無理なんかしてないよ。ただあたしがそうしたいだけ」

戸塚「八幡」

八幡「ん?」

戸塚「僕は前のほうで見たいから行くね!」

八幡「おう」

戸塚「……由比ヶ浜さん」ボソッ

結衣「なに?」ボソッ

戸塚「がんばって!」ボソッ

結衣「……ありがと!」ボソッ

戸塚「じゃあね!」タッタッタッ

八幡「なにを話してたんだ?」

結衣「えっ? え、えーと、なんだったっけ?」

八幡「それを聞いているんだが……」

結衣「ま、まー、そんなのどうでもいいじゃん! ほら! ゆきのんたちの始まるよ!」

由比ヶ浜がそう言った瞬間、照明が一気に消される。と同時に赤い光がステージを照らす。

そばかす
JUDY AND MARY

http://www.youtube.com/watch?v=VaGGjCnp3JY

独特なドラムのリズムが耳をつらぬく。全く規則性の感じられないリズムだが、ハチャメチャであるとは思わない。

きっとこの音も相当練習した成果なのだろう。

次は歪んだギターの音が観客をわき立たせる。赤く暗い光のせいでそこにいるのが誰なのかは見えない。

しかし、それが誰の音なのかはわかる。こんなギターを弾ける人間は俺の知っている中には二人しかいない。

ダンダンッとスネアが響き、一気にステージが明るくなる。

中心はマイクを持った三浦が陣取り、脇を見知らぬベーシストとギターを構えた雪ノ下雪乃が固める。

ドラムは……また戸部か。大丈夫なのか、あいつ。

  大キライだったそばかすをちょっと

  ひとなでしてタメ息をひとつ

  ヘヴィー級の恋はみごとに

  角砂糖と一緒に溶けた

まぁ予想通りと言うかなんと言うか、三浦の歌がめちゃくちゃ上手い。爽快感のあるハイトーンボイスが聞いていてたまらない。

そもそもがそばかすってリズムが独特で難易度高いしな。バンドであんな風にまとめるだけでもかなり大変なはずだ。

  前よりももっと やせた胸にちょっと

  “チクッ"っとささるトゲがイタイ

  星占いも あてにならないわ

てかなんだあのギター!? 左手が止まることがないんだけど!? 雪ノ下さんマジっべーわ! あっ、戸部が混ざった。

  もっと遠くまで 一緒にゆけたら ねぇ

  うれしくて それだけで

結衣「ゆきのん……すごい……」

八幡「ああ……すげぇ……」

それしか言葉に出来ない。

いつもクールな雪ノ下が奏でているとは思えない、軽快でファンキーなギターの音に、俺も由比ヶ浜も圧倒されていた。

  想い出はいつもキレイだけど

  それだけじゃ おなかがすくわ

誰もが知るサビに入ると、会場内のテンションは限界を超えた。選曲のおかげもあるだろうが、それより何よりも彼女たちの実力がここまで人々の心を惹きつけるのだろう。

  本当は せつない夜なのに

  どうしてかしら?

  あの人の笑顔も思いだせないの

三浦がチラリと雪ノ下の方を見る。その視線に気づいた雪ノ下はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

その意味を解したらしい三浦も同じような笑みをし、視線を外す。

『私がミスをするとでも?』

『ふん、まだまだだし』

そんな会話が聞こえてきそうな光景だった。ふと、由比ヶ浜の方を見ると彼女は嬉しそうに笑っていた。

千葉村でのことがあるから、あんな風に二人が交流しているのが嬉しいのだろう。あくまでも俺の想像にすぎないが。

  そばかすの数をかぞえてみる

  汚れたぬいぐるみ抱いて

  胸をさす トゲは 消えないけど

  カエルちゃんも ウサギちゃんも

  笑ってくれるの

ギターソロを雪ノ下がほぼ完璧にキメると、曲は最後のサビに入った。

  想い出はいつもキレイだけど

  それだけじゃ おなかがすくの

  本当はせつない夜なのに

  どうしてかしら? あの人の涙も思いだせないの

それまでで一番観客のボルテージが高いせいか、もはやこの体育館そのものが揺れているような錯覚に陥る。

いや、これマジで揺れてんじゃねぇの?

  思いだせないの Wo…

  ララララララ

  どうしてなの?

自分のパートが終わった三浦はリズムにのせていた体の動きをゆるめ、会場全体を見渡す。それは誰かを探しているように見えた。

葉山は――。

――見てるよな。

あいつは、葉山隼人だから。

そんな感傷的な一場面とは正反対に、他の三人のアウトロは最高にロックンロールしていた。

戸部のバスドラムが心臓にまで響き、名も知らぬ男のベースの音は演奏に奥行きを与える。

しかしやはりなんと言っても雪ノ下のギターにこそ目をやるべきだろう。目じゃなくて耳か。

高校生の腕前とは思えない音色を響かせ、それでもなお華麗さを失わない彼女は、まさにステージの上の華だった。

そんな姿に、思わず見惚れる。

――。

ギターの音が消える。

おとずれる静寂。

間髪いれずに歓声が耳をつきぬける。

今までで一番大きな歓声だ。

それは、今までで一番盛り上がっていたことも表していた。

三浦『どーも』

三浦『まぁ、ひょんなことから、この四人で、バンド、やることになって』

一曲終わって疲れているのか、息が切れて言葉も絶え絶えだ。

三浦『こいつ、が、今の「そばかす」をやりたいって言って、始まったんだけど』

そう言ってベーシストを指差す。まさかモブがこのバンドのキーパーソンだったとは、想像していなかった。

三浦『ギターむずいし、あーしもさすがにギターボーカルでやるのはキツいから雪ノ下さんがやることになって』

いや、だからどうしてそうなった。

三浦『で、ドラムは戸部っちにやらせて、そんな感じの急造バンドだから二曲しか用意してないんだ』

エー ウソー モットキキタイノニー

三浦『ま、そんなわけで次で最後だから』

ぶっきらぼうに言ってマイクをスタンドに置き、後ろにあったギターを手に取る。次の曲はギターボーカルでやるようだ。

もう一度マイクの前に戻り、一度深呼吸をする。

三浦『新しい文明開化』

新しい文明開化
東京事変

https://www.youtube.com/watch?v=lcz89e42XEM

  Knock me out now

  The ground I'm on is failing

  One more hit and I go down

八幡「おお、事変か」

結衣「事変?」

八幡「東京事変って椎名林檎がボーカルのバンドだ。群青日和とかなら由比ヶ浜でも知ってるんじゃないか?」

結衣「あっ、それなら聞いたことあるかもー」

選曲いいな。何がすごいって三浦のイメージにガチリとハマるんだよ。

  All I ever see is pretty flower power

  But you know I'm really starving for the other side

  All I ever hear is chatter flatter hour

  But you know I'm really hoping for a better line

  All I ever breathe is kind of broken down

  But you know I really want to find a little time

  All I ever taste I want to spit it out

  And you know I'm really dying for a little light

相変わらずの雪ノ下のギターが目を引くが、それよりも俺の耳を刺激するのはベースだ。

左手が動く動く。めちゃくちゃ動く。めちゃくちゃ耳に残る。

ベースはあまり目立つパートではない。しかしだからと言っていらない楽器ではない。バンドにおいてはむしろ必要不可欠だ。

よくベースの音は聞こえないと言われるがそれは間違っている。

『聞こえない』のではない。『気づかない』のだ。

ハッキリ言うが、ベースの音は本来聞こえている。しかしその音がベースの音だということに普通の人は気づかないのだ。

これは実際に経験しないとわからないことだが、バンドで合わせているとベースの音は注意すれば聞こえるくらいにしか目立たないが、いざミスると恐ろしく目立つ。音がなくなった時なんかは目もあてられない。

川崎も時々ミスっていたのが俺でも気づけてしまうのは、ベースがそういうポジションだからなのだろう。普段は目立てないくせに、ミスはギター以上に許されないベースはマゾ専用の楽器だと思います。

  Sometimes it feels

  The more you want and want it

  You get caught and forget it's never real

  Sometimes I find

  I think I'm losing my mind

  I get caught and forget it's never real

結衣「優美子も……すごい……」

八幡「発音、いいよな」

結衣「うん。最近よく英語とにらめっこしてたけど、こういうことだったんだね」

何それ。ちょっと見てみたい。

  Hello goodbye

  See and touch, think and know

  Feel, forget, breathe now because

  Something has gone wrong here, I said

サビに向かうにつれて俺の胸が高鳴る。このワクワク感はたまらないほどに心地良い。

  My friend

  The space I'm in is fading

  One more punch will do me in

  Do it for the win

戸部ええええええええええええええええ!!!

いや、もうね。見ないとわからないけどサビのドラムがかなりキツいの、この曲。

32ビートをサビの間ほぼずっと一定に保つなんて鬼畜。あれ、32ビートで合ってる?

いつもおちゃらけている戸部の目がかなり険しくなっていると言えば、どれほど鬼畜かわかるだろうか。

戸部(ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!)

  What is wrong?

  You've come this far, now take it

  One more kick and I'll be done

  Kick me, have your fun

そんな戸部の様子はつゆ知らず、他のメンバーは本当に気持ちよさそうに演奏をする。……いや、ベースもキツいな。リズム隊を殺しにきてるわこれ。

  1234, I know the score

  5678, hear what I say

三浦が片手を上げる。それにより観客たちの手が針山のように合わさる。あの部分だけ見たら軽くホラーだな。ナウシカの最後のシーンの触手が全部手に変わってるみたいな感じ。それもう軽くねぇ。完璧なホラーだわ。

二番のサビが終わり、ギターソロが始まる。

雪ノ下が奏でるのはさっきとは違って長めのロック的なフレーズだ。

その音色と指の動きに思わず観客も息を漏らす。それは俺ら二人も例外ではなかった。

今度は三浦はチラリとも雪ノ下の方を見ない。彼女なら絶対失敗しないと確信しているのだろう。

  No don't doubt

  The ground I'm on is failing

  One more hit and I go down

  I go down

ギターソロが終わり、曲は最後のサビへと一直線に向かっていく。

  What was right?

  This past is not worth saving

  I don't want another round

  Nothing to be found

異様なまでの熱気に巻き込まれて、オーディエンスも狂ったように跳ね、叫ぶ。

  What is wrong?

  The past is what I'm craving

  Both my feet have left the ground

  Nowhere to be found

アウトロに入るとメンバー四人全員の動きと音が激しくなる。

戸部のドラムの音はさらに鋭くなり、ベースの音はより重厚になり、二人のギターの音はまるで爆発したかのように輝いている。

そして、熱狂のなかで、彼女たちの演奏が、終わった。

地の底が震え上がるような歓声がわき起こる。

かつてない盛り上がりようだ。

彼女たちが有志の最後のバンドだったこともあるのだろうが、それ以上にそのパワーに圧倒された。

ただ技術があるだけではない。

そこに込められている魂、思い、執念、そんな言葉では言い表せられないような何かが、見るものを魅了させたのだろう。

予想以上の拍手と歓声に三浦はボーッとしているようだった。現実だと思えないのだろう。たしかにこの光景は非現実的だ。俺があのステージにいたら確実にドッキリを疑うね。

と、雪ノ下がギターをスタンドにかけて、三浦の隣に立つ。

それに気づくと三浦は怪訝な表情を浮かべるが、それとは裏腹に雪ノ下は右手を出した。

その行動に三浦は一瞬困惑したが、少しだけ間を置いて自身の右手を出す。

二つの手は、互いの手を握った。

その光景にさらに会場内の盛り上がりが熱くなる。

こうして、SOBU ROCK FESの一日目の有志の部は幕を閉じたのである。

「おつかれさま」

「あんたも、ね」

「……私ね、あなたから誘われた時、本当は断ろうと思ってたわ」

「だろうね。あーしもオーケーされてびっくりした」

「まぁ、どうして引き受けたのかなんて話はしないけれど、ただこれだけは言わせていただくわね」

「…………」

「一緒にできて楽しかった。誘ってくれてありがとう」

「……そっか」

「ええ」

「……あーしもね、あんたとやるのなんて最初は嫌だったけど」

「…………」

「でも、今こーやって終わってみて、あんたとやれてよかったと思ってるんだ」

「そう」

「だから、あーしからも、ありがと」

「……ふふっ」

「?」

「こうやってあなたと普通に話しているなんて、不思議ね」

「考えてみたらそうかもね。あーしとあんたなんて水と油みたいなものだし」

「この一ヶ月だけでも何度衝突したか……、数え始めたらキリがないわね」

「それ考えると今こんな風に話してるのは、すんごく変じゃない?」

「そうね」

「……あーし、あんたのことが気に入らなかった。そういう澄ました顔でいられるのが癪に障って仕方なかった」

「でしょうね。私もあなたのことが嫌いだったわ」

「でも、今はそこまであんたにイラっと来ないあーしがいる」

「…………」

「別に友だちになろうなんて思ってないけど、まぁ、たまに話すくらいなら、その、いいかなって」

「……そう。私も、たまになら、話してもいいわ」

「……意地っ張りだね」

「あなたこそ」

――

――――

結局有志のあとの軽音部のライブも最後まで見てしまった。いやすげぇのなんの。やっぱ本業はちげぇな。

八幡「……疲れた」

戸塚「すごかったねー」

八幡「だな……」

いやー、すげぇな。いろいろ勉強になることも多いし。でも、疲れた。明日ちゃんとギター弾けるか不安になってきた。

川崎「比企谷」

八幡「ん、なんだ、サキサキか」

川崎「その呼び方はやめろ」

川崎「あんたたちの、普通に良かったよ」

八幡「そっか、サンキュ」

戸塚「ありがとう! 川崎さん!」

川崎「戸塚はアコギも弾けたんだね」

八幡「ギターだけじゃなくて、ベース、ドラム、ピアノ、その他諸々弾けるくらい超ハイスペックなんだぞ、戸塚は」

何なら俺の心すら自由に操れるまである。最早チート。

川崎「なんであんたが答えてるの……」

知りません。先生に聞いてください。

八幡「んじゃ、俺は帰るわ。明日もあるし」

川崎「明日の朝は――」

八幡「わかってる。ちゃんと行くから」

戸塚「八幡」

八幡「?」

戸塚「遅れないでね?」

八幡「おう、まかせ――」

戸塚「ただでさえ八幡は遅刻常習犯なんだから」ニコッ

ふぇぇ、戸塚の笑顔が恐いよぉ……。

――

――――

いろは「あー! いたー!!」

八幡「ああ? ああ、お前か」

いろは「お前じゃなくて一色いろはですぅー。見ましたよー?」

八幡「そうか。俺も見てたぞ、サンボマスター」

いろは「完璧にネタ曲でしたけどね。主に私の名前のせいで」

八幡「でもなんだかんだハマってたぞ」

いろは「そうですかー? ならよかったです」

八幡「リンドバーグの方も良かったぞ」

いろは「あれは私がやりたいって言ったんですよー」

八幡「だろうな」

いろは「……じゃなくて、先輩の方ですよ」

八幡「ああ……」

こいつガチのファンっぽいから感想聞きたくねぇ。絶対叩かれる。

いろは「なかなかよかったですよ」

ほら、渾身の右ストレートが……ってあれ?

八幡「……??」

いろは「なんで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてるんですか」

八幡「いや、普通に叩かれると思ってたから拍子抜けというか……」

いろは「さすがに出会って数時間の人にそこまで言うほど、私も鬼じゃないですよ」

いろは「先輩、ああいう場に立つのは何回目ですか?」

八幡「……初めてだけど」

いろは「えっ、初めてであんなにできたんですか」

八幡「は?」

いろは「普通、上がっちゃってあんな風に歌えないですよ?」

八幡「戸塚にも同じことを言われたな」

いろは「戸塚って先輩と一緒に歌ってた人ですよね?」

八幡「そうだ。さっき言ったS&Gがめちゃくちゃ好きなやつもそいつだ」

いろは「へー、その人だったんですかー」

いろは「初めてであれなら、先輩こういうの向いてるんじゃないですか?」

八幡「バカ言え。手も足もガックガクに震えてたぞ」

なんなら震えすぎて自分で自分の身体をマッサージしていたまである。何そのマッサージ機。超エコで健康的じゃん。

いろは「まぁ、先輩がそう言うなら、そーゆーことにしておきます」

八幡「何だよその言い方……」

いろは「あはっ。葉山先輩から聞きましたけど、明日も出るんですよね?」

八幡「話の切り替えが雑すぎんだろ……。そうだが……」

いろは「じゃあ楽しみにしてますね♪」

そう言って一色は去る。結局なにしに来たんだあいつは。

――

――――

結衣「ゆーきーのーん!」ダキッ

雪乃「わっ。……その、抱きつくのは…………」

結衣「すごかったー! ホントにホントにホントにホントにすごかったよー!」

何それ、ライオンでも出て来るの? この前カラオケであの曲見つけて超びっくりしたわ。だが最初のワンフレーズしか歌えない罠。まさか熊が出てくるとは思わなかった。

雪乃「……ありがとう」

ゆ、ゆきのんがデレた! なんてこった、今日は雪が降るぞ!

結衣「……」チラッ

横目で由比ヶ浜が俺に目配せをする。俺も言えということなのだろう。

八幡「まぁ、上手かったな……。マジで、すごかったわ」

雪乃「そ、そう……。あ、あなたのような人にもわかるように弾けたなら、私も上達したのね」

八幡「お前は俺に喧嘩を売らなきゃ死んでしまう病なのか?」

結衣「……いよいよだね」

雪乃「ええ」

八幡「そうだな」

結衣「あー、もー緊張してきたー!」

八幡「はええよ。てか今日もお前出ていただろ」

結衣「そうだけどさー。やっぱり本命はミスっちゃいけないし、緊張するよー」

なるほど。なら俺は今日が本命だったから明日は緊張しないな。……いや、普通にするわ。

雪乃「今までの練習の成果を出せばいいだけだから、そこまで気負う必要もないでしょう?」

と、強がってはいるが、その言葉は少し震えている。

結局なんだかんだ言って全員緊張し始めているのだ。それもそうだろう。明日失敗してしまったら、これまでの数ヶ月が全て無駄になってしまうのだから。

結衣「じゃあ……」

そう言って右手をてのひらを下にして出す。

結衣「明日の成功を祈って……ね?」

俺と雪ノ下に笑いかける。

いや、ね? じゃねぇだろ。俺がそれにノッたら自然と由比ヶ浜の手に触れることになっちゃうんだけど。

雪乃「…………」

雪ノ下も意味は理解しているようだが、なかなかそこに手を乗せようとしない。まぁこいつもそういうのしてこなかったっぽいから反応に困っているのだろう。

結衣「…………」ニコニコ

由比ヶ浜は何も言わずにただ微笑んで俺たちを待っている。

八幡「……わーったよ」

仕方ない。俺がやったらさすがの雪ノ下も折れるだろ。

由比ヶ浜の手の上に自分の手をかざす。さすがに触るのはなんだ、ちょっとあれだから乗せたりはしない。

結衣「ちゃんと乗せなきゃダメだよ?」

八幡「いやいや……俺の気持ちも少しは汲んでくれよ……」

結衣「いいから……はいっ!」

手の甲を押されそのまま由比ヶ浜の両手に俺の右手が挟まれる。そのあたたかい感触のせいで少しだけドキッとする。

本当にそういうのやめろよ。中学の時の俺だったら勘違いして惚れていたぞ。なんならそのまま告ってフラれるまである。

結衣「あとは、ゆきのんだけだよ?」

雪乃「……仕方ないわね」

ついに観念して雪ノ下も右手を差し出す。由比ヶ浜はまたその手を引っ張り俺の手の上に乗せる。

……おい、俺の手が由比ヶ浜の手と雪ノ下の手に挟まれたんだけど。これなんてラブコメ?

結衣「じゃあ、明日は頑張ろー! えいっえいっ、おー!!」

何そのおかあさんといっしょに出てきそうな掛け声。俺たちそこまで幼くないっての。

八幡「おー」

まぁ、一人でやらせるのもあれだし、ノってやる。もう乗るしかない、このビッグウェーブに。別にそんなデカくねぇ。

雪乃「お、おー……」

雪ノ下がわずかに頬を染めながら片手を小さく上げる。俺が視線を向けるとサッと目をそらされる。

結衣「うんうん!」

対照的に由比ヶ浜は満足そうだ。まぁ、ちょっと前までの俺たちならあり得なかった光景が眼前に広がっていたら、そりゃ嬉しいわな。

雪乃「……じゃあ」

そう言って雪ノ下は手を引く。それに準じて俺も手を元に戻す。

八幡「……!」

その瞬間、胸の中を何かが通り抜けた。

何だろう。苦くて、苦しいような、決してプラスの意味では捉えられない感覚。

三人の手がただそれぞれバラバラになっただけ。なのに、その光景にいつか必ず訪れるであろう瞬間を予感させられた。

結衣「ヒッキー?」

由比ヶ浜の声でフッと我に返る。一体何を考えているんだ、俺は。そんなことは、いま考えることじゃないし、そもそも考えたってどうこうできる問題じゃない。

八幡「いや、なんでもねぇ」

――

――――

八幡「帰るか。おーい、小町―」

川崎と話していた小町がこっちへ走ってくる。

小町「なに?」

八幡「俺はもう帰るけど、お前はどうするんだ?」

小町「うーん、じゃあ小町も帰ろうかな」

八幡「別に俺に気を遣わなくてもいいんだぞ」

小町「小町はお兄ちゃんを待ってただけだからねー。あっ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「じゃあ、帰るか。……じゃあなー」

川崎に片手を上げるとそれに返すように向こうも片手を上げた。

小町「お兄ちゃん」

八幡「ん」

小町「カッコよかったよ」

八幡「そうか。……サンキュ」

小町「お兄ちゃんと戸塚さんじゃ声的に上手くハモれないんじゃないかなって少し心配してたけど、杞憂だったね」

八幡「杞憂なんて難しい言葉、知ってるんだな」

小町「バカにしてる?」

八幡「してねぇよ。ただ、妹の成長が嬉しいだけだ」

小町「なんか釈然としないけど、褒め言葉として受け取っておくよ」

小町「明日は結衣さんたちとだね」

八幡「まぁ、な」

本当はもう一つ出るが、それはごく一部の人間しか知らないことだ。

小町「……頑張ってね」

八幡「ああ、あいつらに迷惑かけねえようにするさ」

小町「うん。あと、川崎さんたちにもね」

八幡「……知っているのか?」

小町「小町は何も知らないよ?」

そういたずらっぽく笑みを浮かべる。きっと小町には何もかもお見通しなのだろう。

八幡「じゃあ、どっちも上手くいくように祈っててくれ」

小町「うん、りょーかい」

――

――――

ジャンジャンジャカジャカ

八幡「……これなら、問題ないな」

小町「おにーちゃん、ごはんだよー!」

八幡「わかった」

ギターをケースにしまい、リビングへ向かう。と、そこには新聞を読んでいる親父の姿があった。

八幡「珍しいな。親父がこんな時間に家にいるなんて」

話しかけると親父は新聞から目を離し、俺を見る。

八幡父「一応、土曜だしな」

八幡「普段土曜でもいないだろ」

八幡父「まぁ、細かいことは気にするな」

親父はそう言ってまた新聞に目を戻す。

八幡父「明日だろ?」

八幡「はっ?」

八幡父「本番」

八幡「あ、ライブのことか。そうだけど」

八幡父「ミスは気にするなよ」

八幡「そこは普通ミスるなよ、とかじゃないのかよ」

八幡父「まだ始めて数か月のガキにそんなことは言わねぇし、望んでもいねぇ」

八幡「そうかよ」

八幡父「それよりも、ミスに気を取られてそのあとも崩れるほうがアウトだからな。ミスは必ずある。だから完璧にこだわるなってことだ」

八幡「頭に留めとくよ」

八幡父「ん、ならいい」

八幡父「頑張れよ」

八幡「サンキュ」

小町「はい、ごはんだよ。お兄ちゃんはお皿並べて」

八幡「あいよ」

親父もいつか、俺の生まれる何十年も前にああいう舞台に立ったのだろう。

その時の話を、明日、ライブが終わった後にでも聞いてみようと、そう思った。

香ばしいスパイスの香りが鼻をくすぐる。……って、また今日もカレーかよ。

小町「ちなみに今日もカツがついてるよ♪」

八幡「!?」

小町「また今日もカレーかよ、みたいな顔してたし」

八幡「それでも一字一句完全再現とか恐怖だわ」

――

――――

八幡「……ついに、明日か」

ベッドに横たわりながら傍らに置いてあるギターケースに目を向ける。

八幡「俺が、バンドか」

考えてみると不思議な気分だ。ただのぼっちだったはずのこの俺が、こともあろうかリア充の領域であるバンドなんてものに手を出すことになるとは、人生は何が起こるかわかったものではない。

八幡「……上手く、いくよな」

不安と高揚感が胸の中で渦巻く。明日の今頃には俺たちのライブは終わっている。

その時、俺はどんな顔をしているのだろう。

失敗を悔やむ顔か、成功を喜ぶ顔か。

後者であることを願う。

まぁ、こんなごちゃごちゃした話を飛ばして結論を端的に言うのならば……。

八幡「緊張して眠れねぇ……!」

マジで、明日のことが気になりすぎて目が冴えてしまっている。こうなるとどうにもならない。落ち着こうと意識すればするほどにドツボにハマっていく。

八幡「昨日だってこんなには緊張してねぇのにな……」

八幡「てかいろいろあって疲れてるのに寝なかったら……」

八幡「……ってあれ、なん……か……ねむ……」

八幡「…………」

八幡「……zzz」

――

――――

八幡「zzz…………」

八幡「zzz……」

八幡「…………」

八幡「……はっ!」

八幡「あれ……夢?」

【番外編:はやはちバンド】

――

――――

八幡「……はっ!」

八幡「あれ……夢?」

八幡「にしちゃあずいぶんと長い夢だったな……」

八幡「だよな。俺がバンドなんて夢じゃなきゃありえねぇよな……」

ゴーインゴーインアロンウェーイ

八幡「メール? めずら――」

<葉山隼人>

八幡「!?」

葉山からメール!? てかなんで俺の知ってんの? 怖い。もはや怖い。

八幡「……内容は」

<葉山隼人>

Sub:曲決めについて

今度のライブでやる曲を決めたいんだけど、放課後は空いてるかな?

八幡「!?!?」

なんだこれ!? わけがわからなすぎてわけがわからない。この文もよくわからないな。

八幡「……あ、思い出してきた」

八幡「雪ノ下たちとバンドをやることになってそれから……」

以下、回想。

葉山『ヒキタニくん。俺たちでバンドをしないか?』

八幡『はっ?』

葉山『だからバンドを組もうと――』

八幡『いや、それはわかっている。そうじゃなくて聞いているのは理由だ』

葉山『特にこれと言った理由はないよ? 敢えて言うなら……面白そうだからかな』

八幡『なんだよそれ。てか俺は雪ノ下たちとの方で手いっぱいだし、あたるなら他を――』

葉山『ちなみにベースは戸塚がやってくれるみたいだけど』

八幡『よし、やろう。何の曲をやるんだ?』

葉山『それはまた追い追いにでも』

以上。

回想、終ワリ。

八幡「くそっ! なんで引き受けちまったんだ!」

奉仕部の方のバンドですら四苦八苦しているというのに!

八幡「…………」

で、本音は?

八幡「戸塚のベース姿がすぐそばで拝めるなんてラッキー」

ダメだこいつ、早くなんとかしないと。

……なんてクソみたいなネタは置いといて。

ふぅ、久々にぼっちスキル『一人おしゃべり』を披露しちまったぜ。別に友達がいなくても心の中で話してれば寂しくないんじゃね? とか考えていた時代が私にもありました。

結果か? もちろん寂しくないわけないし、虚しくなるばかりだったよ。

葉山によるとメンバーは。

Vocal : 葉山

Guitar : 俺

Bass : 戸塚←重要!

Drum : 戸部

ということらしい。なんだこのメンツは。俺だけかなり浮いてしまっているじゃないか。今からでも辞退するか?

黒八幡『でも戸塚のベース姿は――』

八幡「見たい」

結論。

戸塚かわいい。

――

――――

八幡「……で、なんでこのメンバーなの」

戸塚「あ、あははー」

葉山「むしろベストだと思うけどな」

戸部「マジそれあるわー! 隼人くんマジ冴えてるわー!」

いや、お前ら二人いらないから。何なら俺と戸塚二人だけでデュオするから。そういえば夢の中ではやってたっけ。なんでこっちが現実なんだ……。

葉山「とりあえず曲の候補を出していこう。何かあるかな?」

戸塚「ぼ、僕は……その……」

葉山「何かな?」

戸塚「……BOØWYが、やりたいな」

レベッカに引き続きまたしてもセレクトが渋い! てかそんな古いの葉山や戸部が知っているわけ――

葉山「いいなそれ!」

って知ってんのかよ。

戸部「ぼ、ぼーい……? 何それ隼人くん」

葉山「知らないのか?」

八幡「そりゃ知らねーだろ……。何十年前のバンドだと思ってんだ。むしろお前が知ってるのが不思議だわ」

葉山「そういうヒキタニくんは知っているんだな」

八幡「まぁ、親が好きでな。その影響で聞いたことくらいはある」

葉山「へぇ。……でもBOØWYか……。他の人だったら絶対できないしやりたいな……。戸塚は何が好きなんだ?」

戸塚「そうだね。うーん、いきなり言われると迷うなー。王道だけどDREAMIN'とかかな」

葉山「DREAMIN'か! 俺も好きだよ!」

戸塚「ライブの方がテンポが早くて好きなんだよね」

葉山「BOØWYはCD音源よりもライブの方がカッコいい。そうか、ライブまで見ているのか……!」

戸部「ヒキタニくんヒキタニくん」

八幡「あ? なんだよ」

あと名前間違えてるんですけど。もういいけどね。

戸部「隼人くんがあんな楽しそうなの初めて見んだけどさ」

八幡「あー、確かにいつもと違うな」

戸部「楽しそうなのは別にいいけど、あそこまでいくと俺としてはちょっと複雑な気分だわー」

マジでっべーわーなんてぼやく。気持ちはわかるぞ戸部。俺もいま戸塚が葉山に取られているせいで、このバンドを抜けようかどうか本気で考えているところだ。

まぁ、趣味が合うやつと会えるとテンション上がっちゃうよな。メジャーじゃない趣味だとなおさら。俺なんかテンション上がりすぎて同じ趣味の相手にすらドン引きされたし。

――

――――

戸塚「個人的にJUST A HEROが最高のアルバムだと思うんだよねー」

葉山「あー、確かにあれは全体的に完成しているよな」

戸塚「葉山くんは?」

葉山「うーん……。一番と言われると決めがたいけど、PSYCHOPATHが一番聞いてるかな」

戸塚「最後のアルバムだよね。それ」

葉山「ベストとかを入れないなら最後だね。LIAR GIRLのイントロが流れた時の背筋がゾクゾクする感じは言葉にできない」

戸塚「わかる、すごくわかるよ。あとPSYCHOPATHは最後だからなのか全体的に少し暗いよね」

葉山「解散を匂わせた歌詞もちょこちょこ入っているしね。賛否両論のアルバムではあるけど、俺は好きだな」

戸部「さ、サイコパス……? アニメ……?」

何でお前がそれを知っている。

戸部「ねぇねぇヒキタニくん。隼人くんたちの話がさっぱりついていけないんだけど」

八幡「大丈夫だ。俺ももうわからん」

せいぜいベストを聞いたくらいな俺にはあいつらの話はよくわからん。そのベストの曲すらも網羅できていない俺があの二人についていけるわけがない。

葉山「それよりもさ」

戸塚「うん?」

葉山「もうBOØWYやろう」

戸塚「うん!」

八幡・戸部「「」」

いや、もうわかってた。この流れからしてこうなるの見えてたもん。

――

――――

葉山「さて、曲候補だけど」

戸塚「……やりたいのが多すぎてね」

葉山「もうどうせならCASE OF BOØWYみたいに何時間もぶっ続けでやりたいよね」

折本「それあるー!」

戸塚「いいねそれ。まぁ時間的に無理だけど」

八幡「おい待て。今へんなのが混ざったぞ」

葉山「?」

戸塚「?」

八幡「……すまん、幻聴だったようだ」

折本「比企谷マジウケるんですけどー」

八幡「いや、ウケねえから……。…………!?」

葉山「ベストからの選曲なら有名だしハズレはないよな」

戸塚「だとするとDREAMIN'とかBAD FEELING、ホンキートンキークレイジーなんかもいいなぁ……」

葉山「あとの方ならB・BLUEやWORKING MANとかもいい」

戸部「有名らしいのに俺全部知らねーんだけど。もしかして俺がおかしーのかな……?」

八幡「安心しろ。俺らの歳ならそれが普通だから。むしろ知っているあいつらがおかしいだけだから」

俺も鏡の中のマリオネットとかしか知らないしな。ん? それは曲名じゃないって?

さっきから俺と戸部は二人が挙げる曲をひたすらYouTubeで検索して聞いていた。なるほど、あの二人が言うだけあってなかなかいいな。

戸塚「僕はあれがすっごい好きなんだ。CLOUDY HEART」

葉山「ああ、BOØWYのバラードでは最高峰だよな」

八幡「クラウディー、ハートっと……」

適当に動画を見つけて再生する。イヤホンからイントロが流れる。その瞬間、妙な感覚が体を包んだ。

思わず聞き入ってしまい、そのままサビに突入した。

  気の向くまま 過してた二人だから そう

  終る事感じてた 割にミジメネ

  いつも一緒 何をするにでも 二人だった

  あんな日は もう二度と来ない様な気がして

八幡「…………」

何も言葉にできない。

この曲を聞いた瞬間、どうしようもないくらい切ない気持ちになった。

戸塚「BOØWYの中では一、二を争うくらい好きだなー」

葉山「俺も好きだな。でもこういう二、三曲しかできないライブ向けではないような気がするし、別の曲の方がいいと思う」

戸塚「あ、うん。僕もそう思うよ」

八幡「…………」

戸塚「……八幡?」

八幡「……いや、なんでもない」

結局議論(主に戸塚と葉山の)の末に、 三曲やる事になった。曲目を見ると俺たちだけ時代がズレていた。てかズレすぎ。もう関東大震災が起こるレベル。

ここまで。
次からはちゃんと番外編じゃなくて二日目が始まります。

 次の日、朝

小町が用意してくれた朝食を口にしながら、時折会話を混ぜる。

小町「本命のが今日だね」

八幡「……ああ」

否定する気はなかった。昨日あれだけいろいろ言っていたのにそれで否定するほど、俺も捻くれてはいない。

小町「頑張ってね♪ ちゃんとビデオに撮っておくから」

八幡「やめろやめろ。そんなこと聞いたら緊張して演奏どころじゃなくなる」

小町「大丈夫、お兄ちゃんは映さないから」

八幡「そうか、なら問題ないな」

小町「なんならお兄ちゃんだけ映してあげてもいいよ」

八幡「勘弁してくれ」

八幡「ごちそうさま。じゃあもう行くわ」

小町「御粗末!」

八幡「ソーマ見過ぎ」

小町「……ん、ちょっと早くない? 始まるのはまだ先だよね」

八幡「最後の最後でスタジオ練入ってるからよ。まだ完璧とは言えない出来だしな」

小町「あーなるほどー」

八幡「というわけで戸塚んちで待ち合わせだからよ」

小町「あーうんうん。わかったわかった。いってらっしゃい」

八幡「いってきます」

――

――――

八幡「でも、スタジオ練にしても早いんだよなぁ」

もう少しくらい遅くても良かったんじゃないの? そうすればまだ寝られたし。

戸塚「はちまーん!」

いや、むしろ遅すぎなくらいだな。戸塚と過ごせる時間は一秒だって多い方がいい。

八幡「あれ、他のやつは?」

戸塚「あー、もう少ししたら来るよ。ただ、その……」

八幡「?」

戸塚「その……八幡と二人で見たいものがあったから……」

ほお染めんな。間違えて手を出すところだっただろ。

八幡「そ、そうか……。なんだ?」

戸塚「これなんだけど……」

戸塚が取り出したのは一枚のディスクだった。

八幡「何なんだこれ?」

戸塚「まぁ見ればわかるよ」

ディスクをプレイヤーに入れながらいたずらっぽく笑う。ダメだ。戸塚が可愛すぎて映像に集中できる気がしない。

パッと画面が切り替わる。薄暗い室内に人が集まっているようだ。この雰囲気には覚えがある。ちょうど昨日堪能してきたばかりだ。

八幡「……なんかのライブか?」

戸塚「うん、正解」

だが音質や画質が悪いことから相当な年代物だとわかる。アングルなどの稚拙さからプロのではなく、素人が撮影したものだろう。

パチっという音がして画面が一瞬真っ白になり、光量補正で少しずつ見えるようになる。少しだけ割れた歓声がスピーカーから流れた。

ようやくまともに見えるようになると、そこにはバンド用のライブのためのステージが一式揃っていた。

そして、五人の男のシルエットが浮かび上がる。

八幡「まさかこれ――」

俺は段々と感づき始めていた。そこにいるのが誰なのか。この映像はいったいなんなのか。

俺だけを呼んだ理由も。何もかもが。

ギターの音で曲が始まる。顔までははっきりと見えなかったが、そこにいるのが誰なのかはすぐにわかった。

八幡「……親父?」

Eye Of The Tiger
Survivor

https://youtu.be/8Q94pOU2eQ8

親父のギターが有名なイントロのメロディを奏でる。

八幡「この曲は……」

聞いたことがある。たぶん格闘技とかの入場テーマとかでよく使われるからというのもあるが、親父が聞いていたからだ。

これが流れると普段は社畜として死んでいる親父の目が、少しだけ輝いていたのはこういうことだったのか。ちなみに曲が終わるとすぐにまた死んだ目に戻るんだけどな。

  Risin' up, back on the street
  
  Did my time, took my chances

  Went the distance

  Now I'm back on my feet

  Just a man and his will to survive

  So many times, it happens too fast

  You trade your passion for glory

  Don't lose your grip on the dreams of the past

  You must fight just to keep them alive

戸塚の親父の力強いバスドラムが確かなリズムでビートを刻む。親父のギターの音がそれに乗り緊迫感を強調する。

  It's the eye of the tiger

  It's the thrill of the fight

  Risin' up to the challenge

  Of our rival

  And the last known survivor

  Stalks his prey in the night

  And he's watching us all with the

  Eye of the tiger

観客の曲のリズムに合わせ腕と頭を振る。俺も戸塚も曲につられて軽く身体が動いていた。

よく見ると、いやよく見なくてもこの時に親父がひいてるギターっていま俺が使っているのと同じやつなんだな。こんな昔の映像に映っているものと同じものが俺の手の中にあると思うと、少し変な気分だ。

~♪

アウトロが終わると、すぐに歓声が湧き上がった。

八幡「……うめぇ」

戸塚「高二の時のライブだって。僕たちと同い年だよ」

八幡「マジかよ……」

戸塚「まぁ、お父さんたちは高一の時からやってたから、あっちの方が上手いのはあたり前といえばあたり前なんだけど」

すごい。

そんな憧れに似た感情を胸に抱く。

普段の親父からは想像もできないような姿がそのビデオには収められていて、まるで本人ではないようで、でもどこかしらにその面影がある。

そんな画面の中の親父は楽しそうに笑っていた。

そして次の曲が始まる。

Livin' On A Prayer
Bon Jovi

https://youtu.be/8_lmzY8iIhg

キーボードの音から曲が始まり、ドラムが響いて他の楽器群の音が入り乱れる。異様なまでに歪められた親父の声が不気味に曲の中で存在感を放っていた。

八幡「なんだあの声……」

戸塚「あれ、声じゃないよ」

八幡「えっ?」

戸塚「歪めたギターの音をホースで口の中に入れて、口の形を変えて音をあんな風にしているんだって」

八幡「なんだそれ……。そんなの初めて聞いたぞ」

戸塚「トーキングモジュレーターって言うんだって。買うと高いから八幡のお父さんは自作したらしいよ」

八幡「!?」

本当に何やってんだ親父。

  Once upon a time not so long ago

  Tommy used to work on the docks, union's been on strike

  He's down on his luck, it's tough, so tough

  Gina works the diner all day working for her man

  She brings home her pay, for love, for love

よく見るとあの声っぽい音はギターの動きに連動している。確かにギターの音が基らしい。

  She says, we've got to hold on to what we've got

  It doesn't make a difference if we make it or not

  We've got each other and that's a lot for love

  We'll give it a shot

  Woah, we're half way there

  Woah, livin' on a prayer

サビに入るとボーカルが右手を突き上げる。と、それに応えるように観客も手を突き上げる

  Take my hand, we'll make it I swear

  Woah, livin' on a prayer

会場と一体になるとはあんな感じなのだろう。その様子を見ているとちょうど昨日の雪ノ下と三浦のバンドのことを思い出した。昨日のあの時もこんな感じだった。

こんなライブができたら、その時にステージから見える光景はどんなものなのだろうか。

それができたら、バンドマンにとっては、いや、エンターテイナーとして、これ以上ない幸せな瞬間に違いない。

何十年も前の熱狂を見ながら、そんなことを考えていた。

――

――――

司会A『さあ、今日は二日目……』

司会B『SOBU ROCK FESも今日で終いだが……』

司会『『お前ら今日も全力でいけるよなぁっっ!?!?』』

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

司会A『さて、今日のトップバッターだが……』

司会B『いまいち締まらないスリーピースバンドだっ!!』

会場がドッと笑いに包まれる。あっ、もう誰のバンドなのかわかったわ。

パッと体育館の明かりが消えてライトがステージのみにあたる。そこにいたのはやはり――。

八幡「材木座か……」

秦野『あー、あー。ちゃんと声でてるっすね』

秦野『どうも、遊戯部の一年秦野と』

相模『相模です』

八幡「……誰?」

あっ、思い出した。材木座が喧嘩吹っかけてゲームで勝負挑まれた時のあれだ。懐かしすぎて忘れてたわ。

秦野『二人でバンドっていうのも変な話ですがよろしくお願いします』

材木座『ちょっと! 我も! 我もいるんだけどーー!?!?』

相模『あっ、先輩。いたんですね』

材木座『いたよ!? スリーピースってさっきも言ってたでしょ!?』

材木座さん、素が出ていますよ、素が。てか後輩にこんなにいじられるなんて先輩としての威厳なさすぎだろ。まぁ材木座だから仕方ないか。

グダグダなやり取りだが受けは悪くないらしく、白けた雰囲気にはなっていない。さすが、あの二人もその辺はよく考えているのだろう。

秦野『それじゃ一曲目』

秦野『サンボマスターの、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
サンボマスター

https://youtu.be/tdt6FWJ-Gok

シャン、シャン、ドゥグドゥン、ダンッ

材木座、割とちゃんと本番でも叩けるんだな。緊張してミスると思っていたのに。

このバンドは材木座がドラム、秦野がギターボーカル、相模がベースという編成らしい。

秦野はさっきまでとはまるで人が変わったように歌い、叫ぶ。

ベースも多少危なっかしいところがあるが、まぁ安定している。しかしさっきの会話だと形無しだった材木座が何だかんだこの二人の精神的支柱になっているんだよな。この辺が一年間の差なのだろうか。

当の本人は叩くのに一生懸命でそんなこと考えていないのだろうが。

  涙の中にかすかな 明かりが灯ったら

  君の目の前で 暖めてたこと話すのさ

  それでも僕らの声が 渇いていくだけなら

  朝が来るまで せめて誰かと歌いたいんだ

……あっ、材木座ミスった。

これは電車男の歌か、ドラマのほうの。あれってどんな話だったっけ。見たのがかなり前で内容忘れたわ。

確か材木座みたいなTHEもてない男が美人さんと出会ってキャッキャウフフする話だった気がする。何そのただのリア充、爆発しろ、何なら材木座も爆発しろ。

  昨日のあなたが 嘘だというなら

  昨日の景色を 捨てちまうだけだ

  新しい日々を繋ぐのは 新しい君と僕なのさ

  僕らなぜか確かめ合う 世界じゃそれを愛と呼ぶんだぜ

  三人ともマイクあったのはサビを三人で歌うためか。しかし材木座の声が少しデカすぎて調和が取れていない気がするのは俺だけだろうか。少し自重しろ。

  心の声を繋ぐのが これほど怖いものだとは

  君と 僕が 声を合わす

  いままでの過去なんてなかったかのように

  歌い出すんだ!

――

――――

八幡「……おっ」

材木座「む、八幡ではないか。我の勇姿、見ておったか?」

八幡「ああ、お疲れ」

材木座「ふむ、そうかそうか。なら我のことも少しは――」

八幡「めちゃくちゃミスりまくってたな」

材木座「ぐぬぅっ!?」

八幡「愛と平和、のところなんて思いっきりズレていたし」

材木座「や、やめて八幡……。我そこ実はかなり気にしてる……」

八幡「あそこであの二人かなり戸惑ってたぞ」

材木座「死体蹴りもそこまでいくと犯罪だぞ八幡……。やめろ……いや、やめてくださいお願いします」

八幡「……まぁ、別にお前にしちゃ良かったんじゃねぇの?」

材木座「……そうかのぅ」

八幡「もっと酷かったら思いっきり笑えたのに、残念だ」

材木座「それはあまりにも酷すぎではないか!?」

材木座「……だが、ありがとな。八幡」

八幡「なんだよ、気持ちわりぃな」

材木座「その捻デレているところ、嫌いではないぞ」

八幡「本気でやめろ気持ち悪い」

ここまで
時間はあるのに恐ろしいほどに筆が進まない
誰か続き書いてくれないかなぁ……

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月15日 (土) 02:07:02   ID: 8PxbVUE_

続きが気になる気になる!

2 :  SS好きの774さん   2014年11月16日 (日) 00:10:21   ID: j4bTtUsP

掛け持ち多すぎぃw

3 :  SS好きの774さん   2014年11月27日 (木) 16:38:43   ID: qstjhf7Y

なんか、ハッピーエンドの予感!
( ´艸`)

4 :  SS好きの774さん   2014年11月29日 (土) 11:50:35   ID: Fya0P5yN

おもしろい

5 :  SS好きの774さん   2014年12月09日 (火) 20:58:44   ID: jTqqinNb

続きはまだなのか!はよもって参れ‼

6 :  SS好きの774さん   2014年12月27日 (土) 02:38:58   ID: LSJfwlVl

更新はないのだろうか

7 :  SS好きの774さん   2015年01月11日 (日) 07:44:48   ID: Xr-8A1Ph

さきさきエンドはよ

8 :  SS好きの774さん   2015年01月11日 (日) 18:35:16   ID: Y6-QsVio

はよ

9 :  SS好きの774さん   2015年01月12日 (月) 05:22:51   ID: kPSTIQ5T

はよー

10 :  SS好きの774さん   2015年01月28日 (水) 08:34:41   ID: fMqEKEDn

頑張って下さい応援してます

11 :  SS好きの774さん   2015年01月31日 (土) 21:50:56   ID: 3rGawsjG

早く続き頼んます!

12 :  SS好きの774さん   2015年02月01日 (日) 22:35:16   ID: VHmLNGfY

続きはよ!!!!

13 :  SS好きの774さん   2015年02月04日 (水) 08:36:22   ID: e_4yj1nw

はよはよ続きp(`Д´)q

14 :  SS好きの774さん   2015年02月05日 (木) 06:54:00   ID: avO2iHHA

まだかね?

15 :  SS好きの774さん   2015年02月13日 (金) 22:12:01   ID: -f78k9lV

続きはよぉ!

16 :  SS好きの774さん   2015年03月29日 (日) 07:18:48   ID: VpEA1D1M

ん?この作者、男「」系SSで妹死んでなかったか?しかもライブモノで。
比企谷妹無事ならいいが

17 :  SS好きの774さん   2015年07月05日 (日) 18:46:00   ID: tLMZWYyn

戸部の腕が心配だ...

18 :  SS好きの774さん   2015年07月10日 (金) 10:31:22   ID: Mi7TOcsR

期待!!

19 :  SS好きの774さん   2015年12月09日 (水) 20:50:09   ID: vLQCu1rW

掛け持ちマン多すぎて笑う

20 :  SS好きの774さん   2015年12月26日 (土) 15:56:51   ID: 1xrezPdf

戸部ェ…

21 :  SS好きの774さん   2016年01月19日 (火) 13:42:15   ID: ww3Q7rzz

こいつのスレ自演多すぎて草生える

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