浦島太郎「あんなところに女性が倒れている。助けなければ」 (112)

砂浜

乙姫「うぅ……まさか地上がこんなにも……歩きにくい場所だったなんて……」

乙姫「お父様の言うとおり……うまく……立てない……」

乙姫「海の中なら……こんなことはないのにぃ……」ズリズリ

浦島「あの、どうされたのですか? 具合でも悪いのですか?」

乙姫「え!? あ、いえ、なんでもありませんから!!」

浦島「しかし、苦しそうに地面を這っているではないですか」

乙姫「私にとってこれが一番楽な移動方法なのです!!!」ズリズリ

浦島「家でもそのようにしているのですか?」

乙姫「もちろんです!!」ズリズリ

浦島(割とズボラな性格なのか……)

乙姫(早く逃げないと……地上の人間は海の者を釣り上げて食べてしまうというし……)ズリズリ

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浦島「本当に大丈夫なのですか」

乙姫「無論です!! 私には構わないでください!!」

浦島「わ、わかりました」

乙姫「はぁ……はぁ……ひぃ……」ズリズリ

浦島「……」

乙姫「ふぅ……ふぅ……」ズリズリ

乙姫「もう……すこしでぇ……うみにぃ……」

浦島「……」

乙姫「はぁ……はぁ……あぁ……うぅ……おぉぉ……うみぃ……」

浦島「やはり見過ごしてはいられません。失礼します」グイッ

乙姫「な、なにを……するぅ……」

浦島「腕の良い医者を知っています。安心してください」

乙姫「あぁぁ……うみがぁ……遠のく……」

浦島「これはいけない! 急がないと!!」

乙姫「おぉぉ……」

診療所

乙姫「……はっ!」

浦島「気づかれましたか」

乙姫「こ、ここは?」

浦島「村の診療所です」

乙姫「診療所……」

浦島「医者によると過度な運動で倒れたのではないかということでした。少し休めば動けるようになるとのことです」

乙姫「はぁ……そうですか……」

浦島「砂浜で何をされていたのですか?」

乙姫「助けていただいたことには感謝しますが、私が何をしていたかなんてあなたには関係がないはずです」

浦島「そうですね。大変失礼しました」

乙姫「早く帰らないと……」

乙姫「あ……」フラッ

浦島「まだ立ち上がってはいけません」

乙姫「でも、早く帰らないと……お父様に叱られますのでぇ……」フラフラ

浦島「ですが」

乙姫「構わないでください!!」

浦島「できません!!」

乙姫「ひっ」ビクッ

浦島「あ、すみません。つい大声を」

乙姫「い、いえ……」

浦島「私は貴方を助けました。貴方にとってはそれは迷惑なことだったのですか?」

乙姫「そんなことはないですけど」

浦島「なら、無理だけはしないで欲しいのです。私が助けた意味がなくなってしまう」

乙姫「たしかに……」

浦島「体力が戻ってからでも遅くはないはずです。必要とあれば貴方の父上にも私から説明いたします」

乙姫「そこまでしていただかなくても」

浦島「ともかく、今はもう少し横になっていてください」

乙姫「……はぁい」

浦島「よかった」

医者「目を覚ましたか?」

浦島「はい。ありがとうございます」

医者「いいんだよ。お前さんにはいつも活きの良い魚をもらってるからな」

浦島「それしか取得がないだけです」

乙姫「あのぉ失礼ですが、普段は何をされているのですか?」

浦島「あぁ、まだ半人前ではありますが漁師なんです」

乙姫「漁師……!!」

医者「謙遜するな。お前は10年に1人の逸材だって評判じゃないか」

浦島「やめてください」

乙姫「はぁぁぁ……あぁぁぁ……」ガクガク

浦島「どうされましたか?」

乙姫「漁師……漁師って……海の者を釣り上げるのが上手いという……あの漁師……ですか……」

浦島「あ、ええと……まぁ……」

乙姫「あぁぁぁ……」ガクガク

医者「急に震えだしてどうしたんだ。風邪でもこじらせたか」

乙姫(どうしよう……まさかまんまと釣られていたなんて……)

浦島「大丈夫ですか?」

医者「熱はないようだなぁ」

乙姫(このままじゃ食べられる……私、食べられちゃうぅ……)

浦島「……すみませんが、あとのことはお願いできますか?」

医者「なに?」

浦島「どうやら、私のことを怖がっているようなので」

医者「なんだと?」

乙姫「い、いぃえ……そそそ、そんなことは……!!」ガクガク

医者「急にどうしたんだ。先ほどまで普通に喋っていたのに」

浦島「それでは失礼します」

医者「あぁ、うむ」

乙姫「……あれ? 帰ったんですか?」

医者「あやつのどこが怖いんだ。あんな優しい若者も珍しいぞ」

乙姫「でも、漁師なんですよね……わ、私は騙されませんからぁ……」

医者「漁師が怖いというのか?」

乙姫「お父様から何度も聞かされました。漁師という者はただ食らうだけの獣だと」

医者「はっはっはっはっは」

乙姫「何がおかしいんですか!?」

医者「お前さんは気を失ってここに運ばれてきた。あやつが運んできたんだ」

乙姫「それがなにか?」

医者「お前さんを食べるつもりなら、わざわざここに運ぶことはせんだろ。自分の家に持ち帰るか、その場で食べると思うぞ」

乙姫「あ……」

医者「分かったか、お嬢さん」

乙姫「でもぉ……それは……たまたまの可能性もぉ……」

医者「よかったな。たまたま良い漁師に拾われて。悪い漁師だったら、お嬢さんみたいな別嬪は髪の先から足の先まで食われているはずだ」

乙姫「既に食べられている可能性も!!」

医者「自分で見てみればいいだろ。体に異常にあれば言ってくれ。俺は向こうにいるから」

乙姫「どれどれ……」スルッ

乙姫「んー……噛まれたような箇所はないなぁ……」

医者「どうだった?」

乙姫「どこも食べられていませんでしたぁ」

医者「そうだろう、そうだろう」

乙姫「ですが、舐められた可能性はまだあります!!」

医者「そこを疑われるとどうにもならんなぁ」

乙姫「ふっ。やはり漁師は獣ですね」

医者「浦島太郎」

乙姫「え? あ、すみません。申し遅れました。私は乙姫と言います」

医者「いやいや。俺の名前じゃない。お嬢さんを助けてくれた若者の名前だよ。村では割と有名人なんだ」

乙姫「浦島さん……」

医者「あいつの名誉のためでもある。浦島のことを村の人間に聞いてみるといい。どんな人間でどんな漁師なのか、少しぐらいはわかるはずだ」

乙姫「そんなに良い人なのですか?」

医者「あいつの悪口なんて聞いたことねえよ」

乙姫「でも、漁師です」

医者「わかった、わかった。元気になったんなら聞いてこい」

海岸

浦島「……」

村人「うらしまぁー、今日は海に出ないのかぁ?」

浦島「今日はもう済んでいますから」

村人「ほへぇ。なら、今やってるのは趣味のほうか」

浦島「はい」

村人「相変わらず熱心だねぇ。漁師なんだから魚だけじゃなくて、女漁りもしっかりやれよぉー」

浦島「ご忠告、ありがとうございます」

村人「浦島のやつ、俺の娘をもらってくれねえかなぁ。……無理かぁ」

乙姫「むぅぅ……」

村人「あれぐらい美人なら浦島も靡くんだろうけどよぉ。って、あの娘はみねえ顔だな」

乙姫「どうしよう……」

村人「おめえ、どこのモンだ?」

乙姫「おぉ!! 丁度よかったです!! 浦島さんのことで聞きたいことがあるのですが!!」

村人「浦島ぁ?」

浦島「ふぅー……。今日はこれぐらいにするか」

浦島「よいしょっと」

乙姫「あれ? 釣った魚は逃がすんですか?」

浦島「え? もう歩いても平気なのですか?」

乙姫「はいっ。おかげさまで」

浦島「それはよかった」

乙姫「で、釣った魚をどうして逃がすんですか?」

浦島「食べる分は早朝に獲っていますから。必要以上に獲ることはしません」

乙姫「へぇー」

浦島「それでは失礼します」

乙姫「ちょっと待ってください」

浦島「なんでしょうか?」

乙姫「浦島さんのこと、色々聞きました。村中の人に好かれているみたいですね」

浦島「そんな。私なんて……。私はただ、村の人たちに恩返しをしているだけなのです」

乙姫「まことに勝手ながらそれも聞きました。浦島さんは孤児だとか」

浦島「はい。村長の話では、赤子の私はこの村の砂浜に置き去りにされていたと」

乙姫「……」

浦島「私は村で生まれたのではない。だけど村の人は私をここまで育ててくれたのです」

乙姫「だから、恩返しを?」

浦島「親代わりになってくれた村長は勿論、村の人たちにはいくら感謝しても足りないほどなのです。せめて村のためにできることをと思い漁師になりました」

乙姫「なるほど……」

浦島「それより、貴方のほうはいいのですか?」

乙姫「なにがですか?」

浦島「いえ、私のことを怖がっていたようでしたから……」

乙姫「漁師は恐ろしい人種だとお父様から聞かされていたのですが、どうやら浦島さんはそうではないみたいで」

浦島「確かに素行の悪い者がいないとは言えません。ですが、皆がそうではありません」

乙姫「そう、みたいですね」

浦島「とはいえ、私自身のことはよくわかりません。貴方から見れば悪い人間ということもあります」

乙姫「その可能性はありますね!」

浦島「ところで家に帰るのでしたら私が近くまで送っていきましょうか?」

乙姫「結構です!!」

浦島「そうですね。では、お気をつけて」

乙姫「最後に一つだけいいですか」

浦島「なんでしょう?」

乙姫「貴方は私が女だから助けたのですか?」

浦島「はい?」

乙姫「どうなんですか?」

浦島「うーん……。下心がなかったとは言えません」

乙姫「なんですって!? やっぱりか!!」

浦島「貴方ほど美しい人を見たのは初めてですから」

乙姫「ふふん。ついに化けの皮がはがれましたね!! 浦島さん!! あなたも所詮は有象無象の漁師だったわけですよ!!」

浦島「けれど、貴方が男でも、たとえ魚であっても、苦しそうにしている人を助けない理由はありません。貴方が女性であったから助けたというのは違います」

乙姫「しんじられるかー!!」

浦島「すみません」

乙姫「私はこれで帰ります!! 助けていただき、ありがとうございました!! では!!」

海底 竜宮城

乙姫「――ということがありました、お父様」

竜王「帰りが遅いと思えば、漁師に釣られていたのか。全く、あれほど気をつけろと言ったのに」

乙姫「すみません……」

竜王「まぁ、よい。して、収穫は?」

乙姫「だから、それどころじゃなかったんですけど」

竜王「そうか。やはりワシが決めた者を結婚してもらうか」

乙姫「それだけはご勘弁を!!」

竜王「いいではないか。お前にも竜の血は流れている。その気になれば稚魚を産むことも……」

乙姫「それだけはいやですぅ……一度に何十個も卵を産みたくないですぅ……」

竜王「地上の者がいいのか」

乙姫「できればぁ……普通に恋愛してぇ……普通に海の中で過ごしたいなぁって……」

竜王「わがままな娘だ……」

乙姫「お父様ぁ……慈悲を……」

竜王「猶予はあまりやれんぞ。お前と見合いがしたいと願う者はごまんといるのだからな」

乙姫「はぁー。どっかにいい男いないかなぁー」

人魚「竜宮城では男は竜王様だけですから」

乙姫「そんなのわかってますぅ」

人魚「地上はどうでしたか? たくましい男性が多いと聞きましたが」

乙姫「それどころじゃなかったの。漁師に釣られちゃって、危うく食べられちゃうところだったんだから」

人魚「まぁ。それでどこか怪我を?」

乙姫「いや。なんともないんだよね。漁師だからすぐに食べてくるかと思ったら、私のことを助けてくれて」

人魚「漁師にそんな優しい人が? 信じられませんね」

乙姫「でっしょ? でもでも、下心があったから助けたって言われた。獣であることは間違いないね」

人魚「正直にそう言ってくれたのですか?」

乙姫「うん、そだよ」

人魚「正直な人ですね。普通、隠そうとするはずですが」

乙姫「……実は私もそこが引っかかってて」

人魚「直接会っていないのでなんともいえませんが、姫の話を聞く限りでは少なくとも野蛮な人とは思えませんね」

乙姫「……」

人魚「どんな人だったのですか?」

乙姫「まぁ、見た目はなんかこう温和そうで、でも、なんか譲れないことがあるときっちり怒る面もあったりして、男らしいとこもあったよ」

人魚「なるほど」

乙姫「あと村の人に話をきいても、悪くいう人が1人もいない。むしろ悪いところがあったら教えてほしいって妬んでる人までいたぐらいで」

人魚「嫉妬してしまうほど人間ができている漁師ですか。世の中、捨てたものではありませんね」

乙姫「だけど、村人全員で口裏あわせてることも考えられるでしょ? なんでも鵜呑みにしちゃうのはどうかなぁって私は思うわけ」

人魚「確かに姫のいうことにも一理ありますね」

乙姫「仲間を良いように言うのは私たちも一緒だしね」

人魚「ですが、万が一、その男性が本当に良い人ならどうします?」

乙姫「良い人なの? それだと困るぅ。私、酷いこと言っちゃったし……」

人魚「それでしたら謝らないといけませんね」

乙姫「悪人かもしれない漁師に謝るなんて、王族の身分としてはあってはいけないことじゃない」

人魚「ですから、調べてみませんか? 私たちが偏見を持っていただけなのか、それともやはり漁師は悪党なのか」

乙姫「調べるってどうやって?」

人魚「そうですね……例えば……」

翌日 砂浜

浦島「今日はいい天気だな。何か良いことがありそうだ」

「キャー!!!」

浦島「なんだ!?」

人魚「キャー!! たすけてぇ!! 私、泳げないのー!!!」バシャバシャ

浦島「な……!! 今行きます!!」

人魚「ダメぇ!! 男の人はきちゃダメー!!」

浦島「何故ですか!?」

人魚「今、裸なんですぅ!! 男の人に裸を見られるぐらいならこのまま……!!」バシャバシャ

浦島「ぐっ……」

人魚(さぁ、こう言われてどうするでしょうか……ふふふ……。助けにきても地獄、助けを呼びにいっても地獄)

浦島「わかりました!! この手ぬぐいで目隠しをします!! あなたは私が近づいてきたらそのまましがみ付いてください!!!」バシャーン!!!

人魚「え!? しかし、それだと貴方が溺れてしまうかも!!」

浦島「心配はいりません!! これでも漁師ですから!! 泳ぎには自信があります!!!」

人魚「そうですか……では、お願いします……」

浦島「大丈夫ですか!?」

人魚「こっち! こっちです!!」バシャバシャ

浦島「つかまってください!!」

人魚「はいっ」ギュッ

浦島「よし……。今、私の着物をお貸しします。汚れていますが我慢してください」

人魚「でもぉ」

浦島「流石に目隠しをしたまま岸には戻れませんから」

人魚「はい」

浦島「……着ましたか?」

人魚「着ました」

浦島「手ぬぐいをとってもいいでしょうか」

人魚「はい」

浦島「――怪我をしていたり、苦しいところはないですか?」

人魚「いえ、とくには」

浦島「そうですか。よかったぁ。では、しっかりとつかまっていてください。戻ったら一応、医者に診てもらいましょう」

砂浜

浦島「はぁ……はぁ……。では、行きましょう。診療所はこっちです」

人魚「あのぉ」

浦島「なんでしょうか?」

人魚「えっと、このまま陸には上がることができないんですけどぉ」

浦島「やはりどこかを痛めて?」

人魚「いえ、まぁ、そのぉ、宗教上の理由で……」

浦島「変わった宗教なのですね。あぁ、すみません。否定するわけではありませんから。少し驚いただけで」

人魚「ここにお医者様をつれてきてもらえたら、それで……」

浦島「そうですね。では、しばらく待っていてください。すぐに呼んできますから!」

人魚「……」

乙姫「どうだったの?」パチャパチャ

人魚「姫、あの漁師にはちゃんと謝罪したほうがよろしいかと」

乙姫「そんなに良い人だったの? それはあなたが美人だからとかじゃないの?」

人魚「少なくとも私は自分が人魚だって言うのを躊躇ってしまいましたぁ」

乙姫「簡単に釣られちゃダメだってば」

人魚「あの人が悪い人だとは到底思えないんですけども」モジモジ

乙姫「考えてみれば私も貴方も女だから、ちょっとかっこいいところを見せようとしただけかもしれないのよね」

人魚「浦島さんはそんな人じゃないと思います」

乙姫「ちょっと、人魚が地上の人間を好きになっても虚しいだけよ」

人魚「そんなんじゃないですから!!」

乙姫「とにかく戻るわよ。今日の調査は終了」

人魚「わかりました。あ、でも、浦島さんにこの着物を返さないと」

乙姫「持っていくのは泥棒だもんね」

人魚「あと、黙って帰るのも……」

乙姫「じゃ、砂に字を書いておきましょう」

人魚「おぉ! 流石、姫!」

乙姫「ふんふーん」ガリガリ

人魚「あの、あの。私の名前ちゃんといれておいてくださいねっ」

乙姫「はいはい。分かってるって」

浦島「こっちです!!」

医者「しかし、昨日といい、今日といい、お前は人助けが好きだなぁ」

浦島「すみません……」

医者「あぁ、いやぁ、謝ることはないぞ。感心しているだけだ」

浦島「向こうに……。あれ?」

医者「どこにあるんだ?」

浦島「私の着物だけが置いてあります」

医者「帰ったのかな」

浦島「……これは」

医者「どうした?」

浦島「砂に文字らしきものが」

医者「らしきものってなんだよ」

浦島「何かの記号のようなものが並んでいるんです」

医者「ホントだな……。これはなんだぁ?」

浦島「暗号……? 私たちが使っているような文字でないことは確かですね」

医者「うーん……。不思議な文字だな」

浦島「読めないですね。もしかしたらあの女性が残していったものかもしれないのに」

医者「どこかで見たことあるようなぁ……」

浦島「本当ですか?」

医者「どこだったかなぁ……。あー、ダメだ。思い出せねえ。歳は取りたくねえなぁ」

浦島「困りましたね……」

医者「だがまぁ、会話が出来てたんならこの文字もどこかの地方が使ってるだけなのかもしれねえだろうし、ちょっと調べれば分かるだろ」

浦島「ですが、調べている間にこの文字は消えてしまいますよ」

医者「何かに写しておくしか――」

……ザザーン……

浦島「あ……」

医者「諦めろ」

浦島「なんてことだ……。何か重要なことが書いてあったら……」

医者「気にするな。きっとお迎えがきたので帰りますとかそんなことだろうよ」

浦島「だといいのですが……」

海底 竜宮城

人魚「浦島さん……読んでくれかなぁ……うふふ……」

乙姫「ねえ、いつまでデレーっとしてるわけ? 大体、先に帰りますって書いただけでしょ」

人魚「だってぇ、あんなに強く優しく抱いてもらったことないんですものぉ」

乙姫「油断したら食べられちゃうかもしれないのよ。分かってるわけ?」

人魚「浦島さんになら食べられてもいいかも……」

乙姫「これだから男に免疫がない人魚は」

人魚「姫だって男性とお付き合いしたことないじゃないですか」

乙姫「私は王族の姫よ。そんなふしだらなことができると思ってるの? お父様にも言われているもの、相手をきちんと選んで夫婦になれってね」

人魚「私にとってはそれが浦島さんかもしれないんですよ」

乙姫「……好きなの?」

人魚「そ、そんなんじゃないんですってば!!」

乙姫「それはそうと、あの浦島さんが本当に良い漁師なのか、悪い漁師なのかもっと調べないとね」

人魚「良い人ですよ!!」

乙姫「次の作戦を考えなきゃいけないわ。さて、どうするか……」

カメ「姫さまぁ。姫さまぁ」

乙姫「カメ子、どうしたの?」

カメ「お食事の時間ですよ」

乙姫「もうそんな時間か。いつもありがとね」

カメ「いえ! どうぞ、私の背中を使ってください」

乙姫「いつも言ってるけど、そろそろやめない?」

カメ「何をいっているんですかぁ。私の役目は姫様の身の回りのお世話なんですよ。いつも通り、お願いします」

乙姫「そ、そう?」

カメ「はぁい!!」

乙姫「それじゃ。よっこいしょ」

カメ「ふぅぅ……!! 姫様の体重が背中から五臓六腑に染み渡るようですぅぅ!!」

乙姫「……」

カメ「幸せですぅ!!! ふぅぅ……!!」

人魚「カメちゃんは昔から姫の椅子だったものね」

乙姫「私も成長したし、重いと思うんだけどなぁ。確かに子どものときはカメ子の背中に乗っけてもらって遊んでたけどさぁ」

カメ「ふぅぅぅん……ハァ……ハァ……ひめさまぁ……ハァ……ハァ……」

乙姫「で、浦島さんの人柄を見るための作戦は考えてくれた?」

人魚「私の中で浦島さんは既に良い人が確定していますので」

乙姫「えー? そんな簡単に信じちゃっていいの?」

人魚「溺れた人のためにあそこまでできる人はそうそう居ませんよ」

乙姫「そうかなぁ。お父様の話では男はみんな女に甘いっていうしぃ」

人魚「じゃあ、どうするんですか?」

乙姫「浦島さんは私にこう言ったわ」

乙姫「貴方が男でも、たとえ魚であっても、苦しそうにしている人を助けない理由はありません。貴方が女性であったから助けたというのは違います」キリッ

人魚「キャー!! かっこいいー!!」

乙姫「そうかな?」

カメ「ひめさまぁ……ハァハァ……」

乙姫「とにかく、男であっても魚であっても助けると言ったんだから、それが本当かどうか調べてみましょうか」

人魚「どうやってですか?」

カメ「デヘヘ……ひめさまぁのぬくもりぃ……ハァハァ……」

乙姫「カメ子?」

カメ「はひぃ?」

乙姫「ちょっと付き合ってくれないかしら?」

カメ「よ、よろこんでぇ!!」

乙姫「ありがと」

人魚「カメちゃんにやってもらうんですか? いくらなんでも……」

乙姫「魚でも助けるって浦島さんは言ったの。なら魚でも亀でも同じはずよ」

人魚「はぁ……。もう素直に謝られたほうが……」

乙姫「カメ子のために身を投げ出してくれる人なら、きちんと謝るわ」

人魚「姫……」

乙姫「お、男を簡単に信じるなってお父様にも言われてるから!!」

人魚「わかりました。じゃあ、こうしましょう。浦島さんに度重なる無礼を働いたわけですから、カメちゃんを助けたら謝罪をかねてこの竜宮城に招待しておもてなしをしましょう」

乙姫「それぐらいならするわ」

人魚「ヨッシャ」

乙姫「何か言った?」

翌日 海

人魚「……砂浜には誰もいないようです」チャプ

カメ「私があの砂浜で苦しんでいればいいんですか?」

乙姫「ええ。そうよ。頑張ってね」

カメ「行ってきます!!!」スイーッ

人魚「大丈夫でしょうか、カメちゃん」

乙姫「カメ子は竜宮城でも一番の古株。やるときはやってくれるわ」

人魚「だといいんですけどね」

乙姫「私たちは遠くから見ておきましょう」

人魚「何かあればすぐに駆けつけなければいけませんからね」

乙姫「その通り」

人魚「では、あちらの岩陰に移動しましょう」

乙姫「いいわよ」スイーッ

人魚「まぁ、浦島さんなら確実にカメちゃんを助けてくれるんでしょうけどもぉ。うふふふ」

乙姫「……」

砂浜

カメ「よいしょ……よいしょ……」ペタペタ

カメ「この辺でいいかな……」

カメ「んんんん……!!! おぉぉぉぉぉ……!!!!」

浦島「あれは?」

村人「でっけえ亀がいるぞ」

浦島「ええ」

カメ「んほぉぉぉぉ……ぉおおおお……!!!!」プルプル

村人「ありゃぁ、何してるんだ?」

浦島「産卵でしょうね」

村人「おー、そうか。そういえばそういう季節だよなぁ」

浦島「邪魔してはいけません。行きましょう」

村人「だなぁ」

浦島「亀さん……がんばってください……」

カメ「ぅんおぉぉぉお……!! ひぃぃぃ……んんん……!!! ひぎぃ……!!!」プルプル

乙姫「やっぱりね。所詮は漁師。口先だけの男だってわけよ」

人魚「そんなぁ……浦島さぁん……」

乙姫「さ、行きましょう」

人魚「どうしてぇ……あのとき私を助けてくれたのは女だったからなのですか……浦島さん……」

乙姫「男なんてそんなものよ」

人魚「うぅ……」

乙姫「カメ子、お疲れ様ぁ」

カメ「んぎぃぃぃ……ほぉぉおおおお……!!!」プルプル

乙姫「カメ子?」

カメ「あ、姫さまぁ。もういいんですか?」

乙姫「何してたの?」

カメ「何って苦しんでいる演技ですよぉ」

乙姫「いや……」

人魚「産卵しているようにしか見えなかったけど」

カメ「勿論ですよ。産卵が一番苦しいですからね。苦しむ演技をするときは産卵を思い浮かべたほうがやりやすいんです」

人魚「姫、浦島さんはカメちゃんが産卵しているからこそ、足早に立ち去ったのではないですか?」

乙姫「むぅ……」

人魚「やっぱり良い人なんですよぉ!!」

乙姫「カメ子、さっき二人ほど男の人が目の前を通ったでしょ。何か話してなかった?」

カメ「さぁ、演技に夢中で何も聞いてませんでした」

乙姫「はぁ……」

人魚「浦島さんを竜宮城に招待しましょう。カメちゃんの産卵をあえて見なかったということで」

乙姫「そんな理由で連れて行けるわけないでしょう。お父様だって怒るわよ」

人魚「姫の意地悪ー」

乙姫「もっと分かりやすくカメ子に危険が迫っていないといけないわよね」

人魚「カメちゃんが溺れてるのは変ですし」

乙姫「うーん……」

カメ「姫さま。私に名案があるのですが」

乙姫「名案? なになに?」

カメ「この案には他の協力者が必要不可欠なので、探してきてもらえますか?」

乙姫「カメ子、一応連れてきたわよ」

カメ「おぉ」

少年「わぁ、おっきな亀だぁ」

少女「おっきー!」

乙姫「でも、本当にいいの?」

カメ「はい。これも姫様のためですから」

乙姫「やめるなら今よ? 別にここまでして調べたいわけでもないし」

カメ「いえ!! 私のことなら心配いりません!!! お願いします!!!」

乙姫「う、うん……」

少年「お姉ちゃん、なにしたらいいの?」

乙姫「あのね、この鞭でカメをぶってあげて欲しいんだけど」

少年「えー?」

少女「亀さんが可哀相……」

乙姫「だよね。やっぱりやめよう」

カメ「えー!? そんなぁ!!」

乙姫「ダメよ。こんなこと。カメ子を虐めるようなこと、私にできるわけないじゃない」

カメ「私なら平気ですからぁ!! お願いします、ぶってください姫様ぁぁ!!」

乙姫「いや、無理だから」

カメ「では、鞭じゃなくていいです。こちらの良く撓る棒でも」サッ

乙姫「余計に痛いでしょ!?」

カメ「うぅぅ……ぶってください……この鈍間なカメをぶってぇぇ……」

人魚「泣いちゃいましたね」

乙姫「カメ子……私のためにそこまで……」

カメ「ぶってくださぁい……おねがいしますぅぅ……」

乙姫「あの!」

少年「なに?」

乙姫「カメをぶってあげて、この鞭、いえ、このよく撓る棒で」

少女「やだぁ」

乙姫「違うの。このカメは……その……ぶ、ぶたれると喜ぶの……」

人魚「姫!? なんですかその嘘!?」

乙姫「こういうしかないじゃない!!」

人魚「だからってカメちゃんを変態みたいな扱いにしていいわけが……!!」

少年「お姉ちゃん、それ本当なの?」

乙姫「うん。もうすっごい喜んでくれるから。むしろ叩かないと一日が始まらないっていうぐらいらしくて」

少年「じゃあ、お姉ちゃんがぶってみて」

乙姫「え……」

少女「お姉ちゃんがぶってみてっ」

乙姫「……分かったわ」

カメ「ほぉぉ……!」

乙姫「行くわよ……カメ子……」

カメ「ひぃぃ……!!」

乙姫「やぁ!!」スパーン!!!!

カメ「おひぃぃぃ!!!」

乙姫「てやぁ!!」スパーン!!!!

カメ「んほぉぉ!!!」ビクンッビクンッ

乙姫「ごめんなさい! ごめんなさい!!」スパーン!!!スパーン!!!!

カメ「んいぃぃぃ!!! そこぉ!! そこぉいたいぃ!!!」

人魚「あぁぁ……カメちゃん……」

乙姫「カメ子!! カメ子!!」スパーン!!!スパーン!!!

カメ「いひぃ!! みぎぃ!! もうすこしみぎぃ!! そこぉぉ!! きたぁぁぁ!!! んいぃぃ!!! ひめさまぁああ!!!」ビクンッビクンッ

乙姫「はぁ……はぁ……」

カメ「んっ……おっ……ほっ……おぉ……すごいぃ……姫さまぁ……ハァハァ……」

乙姫「どう? 喜んでいたでしょう?」

少年「う、うん」

少女「そんな気がする」

乙姫「さぁ、カメをぶってあげて。これはカメにとって嬉しいことなの」

少年「うん、わかった」

乙姫「よろしくね」

人魚「カメちゃん……迫真の演技ですね……なんて健気……」

乙姫「私が生まれたときから城にいただけのことをあるわ。流石カメ子ね……。本当にありがとう……」

浦島「今日も大漁でしたね」

村人「お前が漁師になってくれて本当に助かったぜ。ありがとよ」

浦島「いえ。私の力なんて微々たるものですから」

村人「もっと偉そうにしてくれてもいいんだがなぁ」

浦島「私なんてまだまだですから」

村人「わかったよ。それじゃ、また明日な」

浦島「はい」

浦島「さて、今日もいつもの海岸で釣りを――」

スパーン!!! スパーン!!!

浦島「なんの音だ?」

少年「えい! えい!」スパーン!!!スパーン!!!

カメ「んっぎもぢいぃぃ!!!」

少女「やー!」スパーン!!!!

カメ「おっほぉぉい!!! このこしょうらいゆうぼぉぉぉ!!!!」ビクッビクッ

浦島「何をしているんだ!!! やめないか!!!」

浦島「君たちは何をしていたのか分かっているのか!?」

少年「でも……あの……」

浦島「この亀は産卵している最中だったんだ!!」

少女「えと……」

浦島「どうしてこんなことを……」

少女「カメが喜ぶから……」

浦島「そんなわけがないだろう!! こんなにも痛々しい姿になっているのに!!!」

カメ「うっ……おっ……ほっ……おぉ……」ビクンッビクンッ

少年「ご、ごめんなさい……」

少女「ごめんなさい……」

浦島「もうこんなことはしてはいけない。分かったね」

少年「うん……浦島さんがそういうなら……」


乙姫「……」

人魚「姫、私たち、すっごく悪いことしてますよ」

乙姫「分かってる。行くわよ」

浦島「大丈夫かい?」ナデナデ

カメ「おっ……ひおぃ……! そこぉ……なでないでぇ……傷口がうずくぅのぉん……」

浦島「本当に申し訳ない。君の傷は私がなんとか治療を……」

乙姫「浦島さん」

浦島「あなたは……!」

少年「あ、このお姉ちゃんだよ。浦島さん」

浦島「え?」

少女「カメをぶつとよろこぶからっていわれたの」

浦島「……なんですって?」

乙姫「あ……その……」

浦島「本当なのですか?」

乙姫「そうなんです。だから、その子たちを怒らないでください」

浦島「何故そんなことを!!!」

乙姫「え、えーと……その……」

カメ「浦島さん!! 姫さまにぶってと頼んだのは他ならぬこの亀でございます!! どうか罵声を浴びせるのならこの亀に!!!」

浦島「な……!?」

少年「亀が喋った!!」

カメ「さぁ!! この悪いカメを!! 罵ってください!!」

人魚「浦島さん、申し訳ありません」スィーッ

浦島「貴方まで!?」

乙姫「全ては貴方という人柄を見るために私たちが企てたことなのです」

浦島「どういうことですか?」

乙姫「実は私たちは海に住む者なのです」

浦島「海に?」

乙姫「はい。海に住む者たちは皆、漁師は海の者を食らうだけの存在だと教わり育ってきました」

浦島「……」

乙姫「ですが、私は浦島さんの優しさに触れ、分からなくなりました。本当に漁師は悪い存在なのかどうか、確かめたくなったのです」

浦島「だから、こんなことを?」

乙姫「貴方を試すような真似をしても、心よりお詫びいたします。そして先日、貴方に対してつき付けた言葉も撤回いたします。本当に申し訳ありませんでした」

浦島「いえ……。貴方たちが海に住む人というのはよくわかりませんが、漁師という存在は海の生き物を食らう者であることは間違いではないです。不快に思う人もいるでしょう」

少女「カメさんがしゃべった」ツンツン

カメ「んふぅ。あなた、10年後が楽しみですね」

浦島「この亀さんも自分の身を削ってまで、確かめようとしたというのなら漁師に対する偏見はかなりのものなのですか」

乙姫「え、ええ。海で生まれた者は皆、そう言われていますから。根強いものがあります」

浦島「理解して頂こうなどとは思いません。ですが、私たちも生きるためには必死なのです。そこは分かってほしい」

乙姫「つまり、生きるために食らうと」

浦島「これからもそれは変わらないと思います」

人魚「浦島さんになら食べられても良いですよ」

浦島「え……?」

乙姫「ですが、浦島さんは私を食べなかった。どうしてですか?」

浦島「は!? ちょ、ちょっとなにを……!!」

乙姫「これでも私、サメやクジラなんかには今すぐ食べちゃいたいって言われるんですが」

浦島「待ってください!! 貴方を食べるわけないじゃないですか!!」

乙姫「えぇ? だけど食べるって……」

浦島「魚は食べますが、貴方を食べるなんて……その……不埒なこと……は……」

人魚「浦島さんが照れてますね」

乙姫「なんでだろう」

浦島「と、とにかく。貴方たちをどうにかするつもりはありませんし、他の漁師だって同じはずです」

乙姫「だけど、お父様が……」

浦島「もしかして貴方の父上は何か漁師と因縁があるのでは?」

乙姫「それは聞いたことがないです」

浦島「理由もなく恨むということはないですから、きっと何かあるんですよ」

乙姫「そうなのかしら?」

人魚「ところで、姫!」

乙姫「おぉ、そうね。――あの、浦島さん」

浦島「はい。なんですか?」

乙姫「今までのお詫びといっては何ですが、これから浦島さんを竜宮城にご招待したいのです」

浦島「竜宮城?」

乙姫「はい。海の者を慈しむ心を持つ浦島さんならきっとお父様も気に入ってくれるはず。それに海の者たちの偏見も浦島さんなら払拭できるかもしれません」

浦島「……行くのはいいのですが、竜宮城とはどこにあるのですか?」

少年「浦島さん、行っちゃったね」

少女「大丈夫かなぁ」

医者「おーい、この辺りで浦島を見なかったか?」

少年「浦島さんなら今、キレーなお姉ちゃんと一緒に海に行ったよ」

医者「なにぃ? あの浦島が? どこの娘だ?」

少女「この村の人じゃないけど」

医者「益々驚きだな。女には一切の興味を示したことがねえあいつが……。じゃ、帰ってきてからでいいか」

少女「しばらくは戻ってこれないかもって言ってた」

医者「ま、そうだろうな」

少年「なんでしばらく戻ってこれないの?」

医者「大人になりゃわかる」

少女「いじわるぅー」

少年「いじわるジジイ」

医者「だぁれがジジイだ!! クゾガキ!!」

少年「わーい、ジジイがおこったぁーにげろぉー」

海中

浦島「貴方が人魚だったとは……。漁師の間では様々な言い伝えがありましたが、実際に見ると普通の人間とは変わらないのですね」

人魚「でも、下半身は魚ですよ?」

浦島「美しい尾ひれではないですか。鱗も光を反射して輝いている。誇りこそすれ恥じるものではないと思いますが」

人魚「浦島さん……。私の手は絶対に離さないでくださいね。一瞬で溺れますから」

浦島「はい」ギュッ

人魚「キャッ。そんなに強く握られたら、私、こわれちゃいますぅ」

乙姫「別に握る必要はないですよ。先ほど、浦島さんには呪文を――」

人魚「……」キッ

乙姫「こわっ。あと無礼」

カメ「姫さまのおもみぃ……ハァハァ……」

乙姫「カメ子、大丈夫? 私なら自分で泳げるから乗せる必要はないよ?」

カメ「これでいいんですぅ!!」

乙姫「そう?」

浦島「大きな建物が見えてきた……あれが竜宮城……」

竜宮城 竜王の間

竜王「乙姫はどうしている?」

側近「今日も地上へ行っているようです」

竜王「娘にも困ったものだな」

側近「まぁまぁ、姫様も苦労なさってきたのですから、せめて恋路ぐらいは自由に歩ませるべきではないでしょうか」

竜王「分かってはいるが、地上には漁師という忌々しい存在がいるだろう。万が一、漁師の釣り針や網にかかり……我が娘が……娘がぁ……ムスメぇがぁぁ……!!!」

側近「お、落ち着いてください!! 姫様には十分な教育を行ってきました。天地がひっくり返ろうとも、漁師に現を抜かしてしまうようなことにはなりません」

竜王「大体!! どこの馬の骨かも分からぬ輩にワシの娘をやるなど考えたくも無いわぁぁ!!!」

側近「……結局、子離れできていないんですね」

竜王「だまれぇい!!! 地上の人間なぞよりも!! 海には多くの貴族がおろうに!!! 何故、それを分かってくれんのだぁ!!」

側近「王、それを貴方がいいますか」

竜王「いうわい!!」

側近「姫様も不憫な……」

兵士「竜王様!!! 乙姫様が地上から男を1人連れて戻ってこられました!!!」

竜王「ぬぁにぃ!? すぐ行く!!!」

城門

乙姫「通しなさい。私は乙姫。竜王の娘なるぞ」

門兵「ですから竜王様の許可なく地上の人間を城内に入れることはできないんです」

乙姫「私が許可するって言ってるの」

門兵「姫様、勘弁してくださいよぉ」

浦島「乙姫様。門番の方が困ってらっしゃいますから」

乙姫「だって、浦島さんは大切な客人です。外でお待たせするなんてあってはならないことです」

浦島「私は構いませんよ。何時間でも待ちます。そういうのには慣れていますし」

乙姫「浦島さんはよくても、私の矜持が」

浦島「貴方も一国の姫君ならば、兵士の職務を妨害してはいけないと思います」

乙姫「うっ……」

人魚「さっすが、浦島さまぁ」ギュッ

浦島「あの、抱きつくのは……」

乙姫「浦島さんがそういうなら仕方ない。お父様を待ちます」

カメ「姫さま、どうぞ私に座ってください」

兵士「竜王様のおなぁりぃ」

浦島「ん?」

乙姫「やっと来たみたいですね」

竜王「オォォォォォ!!!!!」

浦島「りゅ、龍……!?」

竜王「矮小で惰弱で狭小な人間が、海の聖域に何用かぁ!?」

浦島「私は……」

竜王「だまれぇ!!! 海がくさるわぁぁ!!! お前が喋るたびにエラ呼吸できなくなる魚の気持ちを考えろぉ!!!」

浦島「えっ」ビクッ

乙姫「お父様!! 浦島さんはとても大切な客人なのです!! いくらお父様でも無礼は許しません!!!」

竜王「弱き人間よ。浦島というのか」

浦島「は、はい」

竜王「地上では何をしておる?」

浦島「……漁師をしています」

竜王「りょ……うし……だとぉ……?」

人魚「あの!! 浦島さんはとても良い漁師なのです!!」

乙姫「そうです、お父様。我々にとって害悪でしかないと言われていた漁師にもとても良い人が――」

竜王「オォォォォ!!!! 漁師!!!! よりにもよってぇぇぇ!!!! 漁師ときたかぁぁぁ!!! ぬぁっはっはっはっは!!! 笑止千万!!! 片腹痛しぃ!!!」

カメ「王様、気を静めてください。貴方がお怒りになると海が荒れてしまいますゆえ」

竜王「荒れればいい!! 海はワシ!! ワシは海だ!!!! 荒れずにいられるかぁぁぁ!!!」

浦島「待ってください!! 父上様!!」

竜王「はぁぁぁん!? 貴様に!!! 貴様にぃぃ!!!! 父などと呼ばれたくないわぁぁぁ!!!」

浦島「す、すみません!!」

竜王「娘に免じて命だけは助けてやろう!!! 即刻、海からでていけぇ!!! 汚染が広がるわぁぁ!!!」

乙姫「お父様!!!」

竜王「お前もお前だ! 漁師にだけは騙されるな、釣られるなと幼少から教えてきたのに、なんたる様だ。お前も地上に上げるべきではなかったな」

人魚「王、話をきいてください!!」

竜王「聞く耳などなぁい!! 去れぇ!! 人間!!!」

浦島「……地上までお願いできますか?」

乙姫「浦島さん……」

人魚「待ってください! 今、説得をしますので!!」

乙姫「そうです。お父様なんていつも私が拗ねると優しくなるから大丈夫です」

カメ「姫さまの悪い癖ですね」

乙姫「てへっ」

浦島「お心遣い感謝します。しかし、今日のところは戻ります」

乙姫「だけど、私たちは浦島さんに対する謝罪もできていません」

浦島「ここは城です。主の許可なく足を踏み入れることはできないですから」

乙姫「それはそうですが……」

浦島「ありがとうございます。立派な外観を見られただけでも嬉しかった」

乙姫「……分かりました。では私が地上までご案内します」

浦島「申し訳ありません」

人魚「あ、私も行きます」

カメ「なら、私もぉ」

竜王「子どもでもあるまいし1人で帰れるだろうがぁぁ!!! オォォォォォ!!!!!」

乙姫「……お父様なんて、キライっ」

海岸

浦島「ここまでで構いません」

乙姫「本日は本当にお恥ずかしいところを見せてしまいました」

浦島「王があそこまで漁師への怨嗟を吐露したとなると、尋常ならざる事情があるのでしょう。話せば分かってくれると思ってた私の認識が甘かったようです」

乙姫「考えてみればお父様が何故あそこまで漁師を恨んでいるのか、私は知りません。浦島さんの言うとおり、過去に何かあったとしか思えませんね」

浦島「明日、太陽が真上に来る頃、もう一度ここへ来てもらえませんか?」

乙姫「はい。でも、どうして?」

浦島「貴方にお願いされてしまいましたから」

乙姫「もしかして……」

浦島「海の中にある偏見を取り除く。私にできるのかはわかりませんが、やるだけのことはやります」

乙姫「そんな。これ以上、貴方に迷惑をかけるわけには」

浦島「気にしないでください。このままでは漁師も安心して海へ出ることもできませんから」

カメ「竜王様が荒れると大変ですからね」

人魚「ではでは! 明日もまたきますね!!」

浦島「お願いします。それではまた明日」

浦島「うーん……。ああは言ったものの、竜王が漁師を恨む原因が分からないとどうにも……」

医者「おーい、浦島ぁ。やっと戻ったか」

浦島「何かありましたか?」

医者「それはこっちの台詞だ。美人のお姉さんと海にいったんだってなぁ」

浦島「ま、まぁ……」

医者「お前もやっぱり男だなぁ。俺ぁ嬉しいぜぇ」

浦島「そ、それよりも私を探していたようですが」

医者「ああ!! そうそう!! 昨日、砂に描かれていた文字っつーか記号つーか、あったろ」

浦島「あ……。すっかり忘れていた。なんて書いてあったのか分かったのですか?」

医者「いやぁ、それは分からん」

浦島「明日にも聞いてみないと」

医者「でも、俺があの文字をどこで見たかは分かった」

浦島「え?」

医者「お前が捨てられていた場所にも同じような記号が書かれていたんだよ。あのときは葉っぱに傷をつけたような感じで残ってたけどな」

浦島「何故……?」

医者「そこまでは。だが、海で溺れていたっていう娘とお前の生みの親は出身が同じなのかもなぁ」

浦島「……」

医者「どうした? 顔色がわりぃぞ?」

浦島「私が捨てられていた……竜王は……漁師を恨む……まさか……」

医者「なんだよ?」

浦島「あの!! その記号が書かれていた葉というのは!?」

医者「村長が保管してた。もしかしたらお前にとって大事なものかも知れないからってな。といっても、俺が尋ねるまでころっと忘れてたみたいだが」

浦島「ありがとうございます」

医者「お、おう」

浦島「きっと重要なことが書かれているはずですから、受け取りに行ってきます」

医者「なんでそんな自信たっぷりなんだ?」

浦島「心当たりがあります」

医者「それは俺も聞いていいことか?」

浦島「勿論です」

医者「じゃ、一緒に行こう」

竜宮城

竜王「キライ……娘にキライって……いわれちゃったぁ……」

側近「王が悪いのですよ。何もあんなふうに門前払いしなくてもよかったのではないでしょうか」

竜王「だが!! 漁師だぞ!! 漁師!!! ワシが最も忌むべき存在である漁師を娘がぁ!!!! はぁぁぁん!!!」

側近「おーい、強めの酒を用意してくれー」

兵士「魚意!」

竜王「どうしてだぁ……漁師以外ならまだ……もうちょっと優しくしてあげらるのにぃ……」

側近「恨む気持ちも分かりますが、姫様が見初めた者を見極めるだけの余裕はあってもいいと思いますよ」

竜王「ならぬぅ!!! 漁師だけはならぬぅぅ!!!」

側近「はぁ……」

兵士「お酒を用意いたしました」

側近「すまないな。お前も一緒にどうだ?」

兵士「王の愚痴を聞かされるんですか? 嫌ですぅ」

側近「そういうなって」

兵士「はぁい……」

乙姫の部屋

乙姫「うーん……」ペラッ

人魚「何か分かりましたか?」

乙姫「ダメー。お父様に何があったかなんてよくわかんないー」ドカッ

カメ「おっふぅん!! 姫さまの全体重が甲羅にぃん!!」

乙姫「わぁ!? いつから居たの!?」

カメ「私は姫さまの椅子ですから」

乙姫「いや、世話係でしょ」

人魚「カメちゃんなら何か知ってるんじゃない?」

カメ「何がです?」

人魚「王に昔何があったか」

乙姫「そうだ!! カメ子は竜宮城一番の古株で私が生まれたときから色々お世話してきてくれたんだから、当然お父様に何があったかは知ってるわよね」

カメ「……」

人魚「どうしたの?」

カメ「申し訳ありません、姫さま。そればかりは私の口からはとても……」

乙姫「どうして?」

カメ「どうしても言えないのです。察してください」

乙姫「そんな隠さないでよ。隠されると余計に気になるじゃない」

カメ「いくら姫さまの頼みでもこればかりは話せません!!」

乙姫「そんなぁ……」

カメ「でも……」

乙姫「でも?」

カメ「拷問をされたら、流石に口を割るかもしれません……」モジモジ

乙姫「そこまではしないけど」

カメ「鞭とか使って家臣の口を割らせるのも王族の勤めかと」サッ

乙姫「だから、そんなことしないってば」

カメ「えぇー……」

人魚「カメちゃんが隠すほどだから相当大きな事件でもあったのかもしれませんね」

乙姫「お父様と漁師の間に何が……」

カメ「このロウソクも使ってくれてもいいですからぁ! 拷問!! この愚鈍で蒙昧な亀に拷問を!! 姫さまぁ!!!」

乙姫「ちょっとカメ子。そんなに迫ってこないで」

カメ「拷問……拷問をぉ……」

乙姫「そんなに拷問して欲しいの?」

カメ「おねがいしますぅ……拷問をしてくれたら竜王様に何があったのか喋りますからぁ……」

乙姫「喋る気あるならもう喋ってよ」

カメ「そんな! 姫さま! 対価もなしに何かを得ようとするなど浅ましいですよ!!」

乙姫「ご、ごめんなさい」

カメ「はい。これでビシバシお願いします」サッ

乙姫「ホントにやるの?」

カメ「お願いします!!」

乙姫「……じゃあ、えい!」スパーン!!!!

カメ「んほぉぉぉ!!!! いひぃぃん!!!」

乙姫「何があったのか喋りなさい!」スパーン!!!スパーン!!!!

カメ「くひぃぃん!! まけない!! この程度でカメは口をわらないのぉぉぉん!!! おほぉぉ!!! いぐぅぅ!!!」ビクッビクッ

人魚「カメちゃんが変態に見えてきた……」

翌日 海岸

浦島「この今にも朽ちそうな葉に書かれていることがわかれば……私のことも……」

人魚「浦島さぁーん!!」

浦島「こんにちは」

人魚「お待たせしましたか?」

浦島「いえ。私も今来たばかりです」

人魚「よかったですぅ」

乙姫「こら。男性がこういうときは結構待ってくれているんだから、鵜呑みにしないの」

人魚「そうなんですか!?」

浦島「あの、乙姫様」

乙姫「なんでしょうか?」

浦島「この葉になんと書かれているのか、分かりますか?」

乙姫「これは……」

浦島「先日、砂浜に書き残した文字と似ていると思うのですが」

人魚「浦島さん、なんて書いてあるのか分からないんですか?」

浦島「すみません。地上では使わない文字でして」

乙姫「え!? そ、そうですか。言葉が通じているから、てっきり文字のほうも同じかと……」

浦島「確かに所々似ている箇所はあるのですが、解読することはできなくて」

人魚「なら、砂浜に書き残した文字も……?」

浦島「はい。読めませんでした」

人魚「そんなこととは知らず、申し訳ありません。知り合いがきたので帰ります。優しくしてくれてありがとうございました。浦島さんに愛をこめてと書いたのですけど」

浦島「そのようなことが」

乙姫「愛をこめては書いてない」

人魚「いいじゃないですか! 少しぐらい話を盛っても!!」

浦島「あの、この葉に書かれていることなのですが」

乙姫「えっと、長い年月で葉の劣化で読めない部分もあるのですが……」

浦島「読めるところだけで構いません」

乙姫「望まれぬ、宝、許して欲しい、誰か、願います。そう読めますね」

浦島「……」

人魚「なんでしょう。別れの句みたいですね」

浦島「乙姫様。失礼を承知でお訊ねします。――乙姫様の母上は今現在、どこでなにをされているのですか?」

乙姫「え……」

浦島「乙姫様の母上は、人間ですよね」

乙姫「勿論です。私は龍と人の間に生まれました」

浦島「……その母上である人間は、地上に戻ったのですね?」

乙姫「ど、どうしてそのことを!?」

人魚「私たちもそれは昨日初めて知ったんですけど」

浦島「私の推測に過ぎませんが、母上は地上の人間、それも漁師に惹かれてしまわれたのでは?」

乙姫「あ……う……」

浦島「乙姫様の父上が漁師を恨む理由としては十分かもしれませんね」

人魚「でも、浦島さん。どうしてそのような考えに至ったのですか?」

浦島「この葉。赤子である私の傍に置いてあったそうです」

乙姫「確か浦島さんは孤児……」

浦島「はい……」

乙姫「も、もしかして……浦島さん……あなた……!!」

浦島「海の世界で人間の姿をしている者は乙姫様ぐらいだというのなら、可能性はあるかと」

乙姫「ちょ……ちょっと待ってください……」

人魚「浦島さんと姫が兄弟……?」

浦島「本当の兄弟なのか、父親違いなのかは分かりませんが。ただ状況としては前者ではないかと」

人魚「どうしてですか

>>72
ミス

浦島「海の世界で人間の姿をしている者は乙姫様ぐらいだというのなら、可能性はあるかと」

乙姫「ちょ……ちょっと待ってください……」

人魚「浦島さんと姫が兄弟……?」

浦島「本当の兄弟なのか、父親違いなのかは分かりませんが。ただ状況としては前者ではないかと」

人魚「どうしてですか?」

浦島「新たに愛した男性との子どもを置いていく理由がありません」

人魚「あぁー、そうですね」

乙姫「となるとですよ!! 浦島さんも竜王の息子、つまりは王子ということになり、次期竜王として海の世界を治めなくてはならないことに……」

人魚「やったぁ! 大歓迎ですぅ!! そして夢の妃に……」

乙姫「あなたねぇ」

浦島「仮にですが、私が次期竜王をやると言ったとして、海の世を統治できるとは思えません。忌み嫌われている漁師ですから」

乙姫「ですから、それはこれから時間をかけて」

浦島「いえ。竜王も複雑な思いを抱くはず。この話は私たちだけの秘密にしておきましょう」

人魚「えー!? いいんですか!?」

浦島「私は小さな漁村に住む、ただの村人です。王など務まるはずがないですし、この村を捨てるわけにもいきません」

乙姫「浦島さんがそういうなら、私は従いますが」

浦島「ありがとうございます。では、そろそろ行きましょうか」

人魚「浦島さんが王の血を引く者だと分かればみんなもすぐに納得してくれそうなんですが」

浦島「それはないでしょうね」

乙姫「地上の人間、それも漁師をいきなり王族として認めるなんて無理だと思うけれど」

人魚「えー? そうですかぁ?」

浦島「私の素性もまだ決まったわけではありません。乙姫様、もし調べられるのでしたらお願いします」

乙姫「はい。なんとかしてみます」

浦島「私も母親のことは知っておきたい。私が捨てられてしまった理由も含めて」

人魚「それは……姫と浦島さんの前ですから言い難いのですが……」

乙姫「竜王、というか前の夫との子どもが邪魔になったからでしょうね」

人魚「姫!」

乙姫「それ以外にないと思うけど」

浦島「私も真実はそんなことだろうと思っています」

人魚「むぅ……」

海中

人魚「しっかり掴まっていてくださいねー」

浦島「はい」

乙姫「思ったのですが、浦島さんが龍の血を引いているのなら、私と同様に水中でも呼吸ができるのでは?」

人魚「そういえば……」

浦島「どうでしょうか。水中で呼吸なんて試したことがないので」

乙姫「浦島さんには呪文をかけてしまいましたから、分からないですね」

人魚「でもでも、浦島さんって目隠しして泳げてましたよ」

浦島「はい。泳ぎには自信がありますから」

人魚「姫、それって龍のご加護があるからではないですか」

乙姫「考えられるわね。あと漁師としての腕前もそれに影響していたりするのかも」

人魚「やっぱり浦島さんは王子なのですね!!」

浦島「そう言われても実感が全くありませんが」

乙姫「この話は絶対に秘密にすることはさっき決めたでしょ。カメ子にだって喋らないように」

人魚「わかってますけどぉ……。浦島さんが竜王になってくれたらいいなぁ……わたしはぁ……」

竜宮城

門兵「姫様! おかえりなさいませ!!」

乙姫「おつかれさま」

浦島「どうも」

門兵「あなたは……。姫様、昨日あんなことがあったばかりなのにまた連れてきて、これ以上竜王様を怒らせないようにしてください」

乙姫「本当に不本意だけどお父様の許可なく浦島さんを城内にいれるつもりはないわ。だからお父様を呼んできてもらえる?」

門兵「お止めになったほうが」

浦島「どうしても誤解をといて欲しいのです。漁師という人間は悪い者ばかりではないと」

門兵「……」

人魚「お願いします!」

浦島「帰れと言われたら帰ります。ですから、取り次ぐだけでも」

乙姫「私の大切な人にこれ以上、頭を下げさせないで」

門兵「大切な……。分かりました。言うだけ言ってみます」

浦島「ありがとうございます!!」

乙姫「よろしく」

城内

竜王「乙姫ぇ? どこだぁ?」

カメ「うふふふ……。昨日の拷問、とってもよかった……。またして欲しいけど、姫さまは心優しいから……」

竜王「おぉ。カメ子よ。乙姫はどこにいるか知らんか?」

カメ「竜王様。姫さまなら数刻前に地上へ向かわれましたが」

竜王「ぬぁに!? あの浦島という漁師に会いにいったのかぁ!?」

カメ「そうではないでしょうか」

竜王「ぐおぉぉぉおおお!!! 何故だぁ!!! 何故我が娘まで漁師にぃぃぃ!!!」

カメ「竜王様、勘違いされているようですが、浦島さんは姫さまの恋人というわけではありませんよ」

竜王「……そうなの?」

カメ「はい。地上で浦島さんに危ないところを助けてもらい、そのお礼を兼ねて竜宮城に招待しようとしただけです」

竜王「そういえば、そんなことを先日聞いたな」

カメ「浦島さんは悪い人ではありません。ほんの少しでも自分の娘に耳を傾けあげてはどうですか?」

竜王「そうしているつもりだが……」

カメ「そうでしょうか。昔から竜王様は何も変わってはおられないように思いますよ」

竜王「ぬぅ……」

カメ「そんなことだから前妃にも逃げられてしまうのです」

竜王「あのような娼婦のことなどもう忘れたわい!!」

カメ「まぁ……そうやって罵られたい……」

門兵「竜王様」

竜王「ぬぁんだぁ!?」

門兵「ひっ……。あ、あの、姫様が城門前にいるのですが」

竜王「帰ってきたのか」

門兵「浦島さんも一緒で」

竜王「なんだとぉ!?」

門兵「ひぃ!? か、かか、帰れといわれたら帰ると浦島さんは仰っているのですがぁ!! ど、どうしたらいいですかね!?」

竜王「性懲りも無くあの人間めぇ!! 食い殺して――」

カメ「竜王様!!!」

竜王「……行こう」

門兵「は、はい! こちらです!!」

城門

乙姫「呪文をとく方法ってなかった? 浦島さんが水中でも生活できるかどうか知りたいな」

人魚「あったとして危なくないですか?」

浦島「やめてください。万が一、竜王の血を引いていなければ私は死にますよ」

乙姫「やですよぉ。ここで解呪はしませんから」

兵士「竜王様のおなぁりぃ」

乙姫「来た」

竜王「オォォォォォ!!!!! 脆弱で寡聞なる人間よ!!!!!! 懲りず海の聖域を穢しにきたかぁぁぁ!!!!!」

浦島「そのようなつもりは毛頭ありません」

竜王「はぁぁぁん!!! ワシの目はごまかせんぞぉぉぉ!!! 今すぐその醜い四肢を食い千切り!!! 腸を食い破ってやってもいいんだぞぉぉ!!!!」

浦島「どうぞ、私のことは好きになさってください。貴方の恨みはそれでも消えることはないでしょうが、気休めになるのなら私は喜んで貴方の生贄となります」

竜王「ぬ……!?」

乙姫「浦島さん!! 何を言っているのですか!?」

人魚「すごい。王の恫喝にも動じないなんて」

門兵「男らしい……」

竜王「おのれぇ!! 人間めぇ!!! こしゃくぅぅ!!!」

浦島「ただ殺す前に私の話を聞いて貰えないでしょうか」

竜王「やなこったぁ!!!」

乙姫「お父様!! いい加減にしてください!!」

竜王「娘が口を挟むなぁ!!」

乙姫「挟みます!! 私にとって大切な人がここまで言ってくれているのにお父様は何も聞こうともせず、ただ怒鳴るばかりではないですか!!!」

竜王「あたりまえだぁん!! 漁師の話など聞いてたまるかぁ!!!」

乙姫「この……!」

浦島「乙姫様。その辺りで」

乙姫「だけど、浦島さん」

人魚「王のアホー」

竜王「誰がアホだぁ!! ボケナスぅ!!!」

浦島「私に話をするだけの時間をください。お願いします」

竜王「そこまでして乙姫を娶り、竜王の座につきたいのか?」

乙姫「な!? な、なにいってるんですか!! 浦島さんはそんな人ではありません!!」

竜王「カメ子から聞いている。地上での礼をするために竜宮城に招待したとな」

乙姫「え、ええ……」

竜王「お前にその気はなくとも、この人間は違うやもしれん」

乙姫「絶対にないです」

竜王「ふんっ。心などそう簡単に分かるものではないぞ」

浦島「妃の気持ちが分からなかったからでしょうか」

竜王「……貴様、なんの話をしている?」

浦島「貴方が漁師を心が憎んでいる理由については想像がついています」

竜王「……」

浦島「私が話したいことは、それにも関係しています」

竜王「ほほぅ。人間にしては良い耳を持っているらしいなぁ。話の出所はそこの人魚か」

人魚「いえいえいえいえ!!」

浦島「私が独自で調べました」

竜王「嘯くな小僧が。――中に入れ」

乙姫「お父様……」

竜王の間

竜王「して、貴様はどこでワシのことを調べた?」

浦島「とある村で興味深い話を聞きました。十数年前、浜辺に赤子が捨てられていたという話です」

竜王「……」

人魚「(浦島さんが秘密にしようって言ったのに)」

乙姫「(自分がそうだとは言わないつもりなんでしょう。黙って聞いてなさい)」

浦島「その赤子の傍にはとある書置きがありましたが村の住人は誰1人、なんと書いてあるかは分からなかったそうです」

竜王「それがどうした」

浦島「先日、私は全く読めない文字を目にしました。それは乙姫様が書き残してくれたものです」

竜王「当然だ。海と地上では文化に差異があるからな」

浦島「そこで思いました。その赤子の傍にあった書置きとは、こちらの文字で書かれたものだったのではないかと」

竜王「……」

浦島「達筆であっても、悪筆であっても全く読めない字というのはあまりないですから」

竜王「何がいいたい」

浦島「その赤子は地上で生まれた竜王の子ではないかと。そう考えれば貴方が漁師を忌む理由も見えてきました」

竜王「ぐぅぅ……」

浦島「漁師の男に妃、つまり乙姫様の母上は恋をしてしまった。それで――」

竜王「だまれぇぇぇぇ!!!!」

浦島「漁師に対しての憎悪はやはり……」

竜王「貴様に何がわかる!!! 奴は言った!! 我が妃となることを誇りに思うと!!! 必ず添い遂げると!!!」

竜王「だがぁ!!! 娘もまだ幼き時にぃ!!! 奴は漁師に釣られ、地上へと上がった!!!」

乙姫「……」

竜王「ワシの子を新たに身篭っていることも承知の上でだぁ!!!! その漁師も!!! 大愚な妻も!!! ワシは許さん!!!」

浦島「竜王の心中お察しします。ですが、それで漁師の人間を全て恨むのは間違っています」

人魚「そうですよぉ!」

竜王「海の者を食い物にしているのには違いないだろうが。海の王たるワシがそのような人種を見下し、なにが悪い」

浦島「妃を寝取った相手を恨むのは分かりますが、全ての漁師にその矛先を向けるのはやめてくださいと言っているのです」

竜王「ワシから見れば全て同じ顔に見える」

浦島「せめて、漁師に対して悪辣な印象を植え付けることだけは止めてもらえないでしょうか。これから先、漁師に何らかの被害があっては事です」

竜王「海の者は野蛮な漁師とは違う。危害を加えることなどありえん」

>>87
浦島「せめて、漁師に対して悪辣な印象を植え付けることだけは止めてもらえないでしょうか。これから先、漁師に何らかの被害があっては事です」

浦島「せめて、漁師は悪辣だという印象を植え付けることだけは止めてもらえないでしょうか。これから先、漁師に何らかの被害があっては事です」

浦島「いえ。そんなこと絶対に断言できません」

竜王「なんだとぉ!?」

浦島「現に乙姫様は漁師に対して恐怖心を抱いておられました。私が漁師だと知ったときは震え上がっていたほどです」

竜王「特に娘には言い聞かせてきたからな」

乙姫「では、恐怖から先に攻撃をする者が現れても不思議ではありませんね」

竜王「ぬぅ……」

浦島「乙姫様」

乙姫「浦島さんの言いたいことは分かりました。このままではお互いのためにはならない。そう考えているのですね」

浦島「はい。一国の姫君ですら地上に上がるとなれば、他の方たちも陸に上がらなくても海上に出ることは多いのでしょう」

浦島「そのとき漁師と遭遇し、自衛のために攻撃する。十分、ありえる話です」

竜王「……なんと言われようが、ワシは考えを変える気はない」

浦島「そんな……」

乙姫「お父様!!!」

人魚「浦島さん、もう真実をいいましょう。それなら王もきっと考えを変えてくれます」

浦島「それだけはダメです。妃のことも恨んでいるのですから、火に油を注ぐだけになるでしょう」

乙姫「おかしいではないですか!? 少なくとも浦島さんは心優しい人です!!! 私だけでなくカメ子のことだって身を挺して救おうをしてくれました!!」

竜王「……」

乙姫「お母様を奪ったという漁師は私だって許す気はありません。でも、だからって、浦島さんのような人を恨むなんて、私にはできません」

竜王「毒されおって。乙姫よ、やはりお前はワシが決めた相手と結ばれたほうがよさそうだな」

乙姫「そうやって自分に都合がいい者と私を結婚させて、自分の都合のいい王を作り上げるおつもりですか」

竜王「王族とは古来よりそうして紡がれてきたのだ」

乙姫「漁師に対してだけでなく、地上の民への印象も悪くなるばかり。それではいつか戦になりますよ」

竜王「それがどうした」

乙姫「お父様の下らない嫉妬のために!!! 浦島さんのような優しいかたを犠牲にしたくはないと言っているんです!!!」

竜王「嫉妬……!? 嫉妬だとぉ!?」

乙姫「嫉妬じゃん!!」

竜王「おいおいおいおいおい!!! わっはっはっはっはっは!!!!! 何を言うておる!!! 嫉妬じゃねえ!!!」

乙姫「どうせ人間の姿が羨ましくて、そうした意地悪ばっかりいってるんでしょ!? お父様はわっかりやすいんだから!!!」

竜王「はぁぁぁ!? 全然、そんなのじゃないし!!! 人間の姿が羨ましいとか思ったこともないし!!! ぬぁっはっはっはっは!!! 我が娘がとち狂ったかー!!」

浦島(親子喧嘩になってしまった……)

人魚「姫、浦島さんの前ではしたない行為はやめましょう」

乙姫「だって!! だってだってぇ!!! お父様が全然分かってくれないんだもん!!!」

竜王「ふん!! 我が娘がここまで何も見えぬ愚か者だったとはなぁ!! 驚きだぁ!!」

乙姫「なんだって!?」

浦島「乙姫様、落ち着いてください」

乙姫「ですが……」

カメ「姫さまぁー。お食事の時間ですよぉ」

乙姫「カメ子!? 今はいいから!! あとにして!!」

竜王「そうだぁ!! あとにせぇ!!」

カメ「話は外にまで聞こえていましたよ、竜王様」

竜王「そうか。悪かったな」

カメ「……竜王様が前妃と出逢ったときのお話でもさせてもらいましょうか」

竜王「おぉい!?」

浦島「どうして今なんですか?」

カメ「姫さまの言っていたことは間違ってはいないのですよ。竜王様は昔から人間の姿に憧れていました」

竜王「待て待てぇい!! カメ子!! その話は……!!」

カメ「無論、生まれたときから憧れていたわけではありません。まだ私がリュウちゃん、なんて呼んでいたときで」

浦島「リュウちゃん……」

人魚「カメちゃん、いつから竜宮城にいるの……」

カメ「当時、ヤンチャだった竜王様は地上への興味もあって、よくお忍びの遊びにいかれていました」

乙姫「お父様が?」

竜王「やめてぇ……」

カメ「ある日、浜辺まで上がった竜王様は身動きがとれなくなってしまったのです。常に海中にいる者が陸に上がると動けなくのはよくあると聞かされていたはずなのですが」

浦島「もしかして、乙姫様があのとき砂浜で倒れていたのは」

乙姫「そ、そうです……。水中とは勝手が違って……上手く歩けなくなりまして……」

浦島「はぁ……」

カメ「そんなときです。1人の女性が竜王様を助けてくれたそうです」

人魚「その人が!!」

カメ「そう。後に妃となった御人。姫様の母君にあたる御方です」

竜王「もういい……やめてくれぇ……」

カメ「普通なら龍の姿を見た人間は驚き逃げていくだけなのですが、その女性は違ったそうで。竜王様が動けるようになるまで傍にいてくれたとか」

浦島「それで竜王は人間の姿に羨望を抱いた?」

カメ「人間に恋してしまった以上は自分の姿が恨めしく感じてしまったのでしょうね」

乙姫「筋金入りってわけだ」

竜王「ぐぅぅ……」

浦島「でも、気持ちを抑えきれず竜王はその人に告白をした?」

カメ「はい。するとその人は竜王様の想いを受け取りました。そして生まれたのが姫様になります」

竜王「あのときは幸せだった……。人間ではないワシのことを愛しているといってくれていたのにぃ……」

カメ「しかし、第二子が生まれる直前に妃は地上へ向かわれました」

浦島「……」

竜王「結局は人間がよかったんだ!!! ワシが人間であれば!!! こんな!! こんな惨めな想いをすることもなかった!!!!」

カメ「違いますよ」

竜王「何が違うんだぁ!!!」

カメ「妃は言っておられました。地上が恋しくなってしまったと」

竜王「な、なに……?」

―十数年前 竜宮城―

カメ「妃ぃー。お食事の時間ですよぉ。さぁ、この魯鈍な亀を椅子してください」

妃「カメ子……」

カメ「気分でも優れないですか?」

妃「……私は地上に戻ります」

カメ「え……」

妃「地上が恋しくなってしまいました」

カメ「でしたら、竜王様に言って少しの間帰郷されては」

妃「王は私の話を聞いてくれません。地上に戻ることは許してはくれないでしょう」

カメ「そんなゆっくりと時間をかけて話し合えば……」

妃「ごめんなさい。もう何度も話し合いをしようとしましたが、耳を傾けてはくれそうになくて」

カメ「あ、えっと、でも、妃の体には新しい命が……」

妃「この子は地上で産み、責任をもって育てます」

カメ「ど、どうにもならないのですか……?」

妃「なりません」

カメ「一度、海の王族となった身です。簡単にはいきませんよ。竜王様も血眼になって探すことでしょう」

妃「知っています。私とて生半可な覚悟で地上に戻るわけではありませんから」

カメ「な、なにを……」

妃「玉手箱を持っていきます」

カメ「な!? なんですって!?」

妃「あれを使えば、王族からは離れることができる。そうでしたね?」

カメ「し、しかし、あれは……王族から抜け出すための最終手段でありまして……」

妃「大昔、空や大地に憧れた海の者が玉手箱を作り、それを用いて海を離れた。鳥や人間の先祖はそういった者たちでしたね」

カメ「ええ。ですが、封印されて久しき玉手箱です。貴方がどうなってしまうのかは見当もつきません。人間ではなくなってしまう可能性もあります」

妃「……」

カメ「もし、人間でいられなくなったらどうされるおつもりですか?」

妃「そのときは……誰かにこの子をお願いするしかないでしょうね……」

カメ「えぇぇ……!?」

妃「竜王の子ですから、海の者に拾ってもらえるとありがたいですね」

カメ「妃……本気なのですね……」

カメ「――翌日、妃は竜宮城を離れました」

浦島(だから私は海辺に捨てられ、あえて海の世界の文字を使って書置きを……? だが、それなら海の中へ放り込めばよかったのでは……)

竜王「た、玉手箱を使ったのか……。ど、道理で見つからんわけだ……」

乙姫「漁師に釣られたっていうのは嘘なの?」

カメ「いえ。そちらの真偽は定かではありません。ただ、当てもなく地上に戻ったとは考えにくいので縁のある人ではあったのでしょう」

乙姫「ま、どちらにせよ。私はお母様に捨てられたわけよね」

カメ「連れて行きたかったのだと思いますが、玉手箱を使う覚悟があった以上は巻き込みたくはなかったでしょう」

乙姫「……」

竜王「馬鹿な女だ」

カメ「竜王様がもう少し妃と向き合っていれば、こんなことにはならなったのではないですか」

竜王「ワシは……」

カメ「今だって姫さまや浦島さんの話は何も聞き入れようとせず、自分の主張ばかり。妃が愛想をつかせてしまったのも無理はないかと」

浦島「しかし、妃は乙姫様を捨て地上に戻った。これは許されるべきではないでしょう」

乙姫「浦島さん……」

浦島「親のいない子どもがどれほど辛い思いをするのか、竜王にしろ妃にしろ考えたことがなかったのではないですか?」

竜王「なにをぉ!?」

浦島「周囲に恵まれようとも、時折押し寄せる悲しみを理解できますか」

竜王「貴様ぁ、何を言って……」

浦島「他人の家族を見るたびに自分が孤独なのだと強く感じる。そんな子どもの心を理解できますか」

乙姫「お父様には無理な話ですね」

竜王「何を言っているぅ!! ワシはいつだってお前のことを……!!」

乙姫「だったら、撤回してください。漁師に対する偏見の全てを。子どもの気持ちが分かるのなら簡単ですよね」

竜王「ぐ……ぬぅぅ……」

カメ「……浦島さん、もしや貴方は」

浦島「これ以上、話すことはありません。よく分かりました。乙姫様のご両親がどういう方なのかは」

乙姫「すみません。浦島さんには不快な思いをさせてしまうばかりで」

浦島「そんなことはありませんよ」

人魚「あのぉ、これからどうするんですか?」

浦島「私にできることは何もありません。あとは竜王に全てをお任せします」

竜王「ワシは……ワシはぁ……」

乙姫の部屋

乙姫「どうぞ」

浦島「いいのですか。その……婦女子が簡単に男を自室に連れ込んで……」

乙姫「良いも何も兄弟ですし」

浦島「そ、そうですが……。お互いにその、成長しているわけですから……」

乙姫「うふふ。緊張しないでください。私まで緊張してしまいます。食べられてしまうのではないかと」

浦島「そ、そんなことあるわけがない!!」

乙姫「冗談ですから」

浦島「すみません……」

乙姫「にしても、お父様もこれで考えを改めてくれるといいのですけど。実の息子を食い殺すなんて、全くもう」

浦島「……少し調べたいことがあるのですが」

乙姫「お母様のことはここでは調べられないと思いますよ。お父様が怒り狂って思い出の品は殆ど焼き払ったみたいですし」

浦島「いえ、玉手箱のことなんです」

乙姫「玉手箱?」

浦島「母が最後にどうなったのかを知る手がかりはそこしかないようが気がして」

宴会場

人魚「ちょっと!! 踊り子は用意できたの!?」

踊り子「ここにいまーす」

人魚「料理は!?」

料理人「ばっちりでぇーす」

人魚「よし」

カメ「浦島さんのための宴会ですか」

人魚「これぐらいはしないといけないわ。浦島さんに喜んでもらわなくちゃ!!」

カメ「浦島さんのためですか」

人魚「私も踊りの練習しよーっと!!」

カメ「……」

カメ「浦島さん……いや、浦島様と呼んだほうがいいでしょうか……」

カメ「竜王様は気づいておられないご様子でしたが、さて、どうしたものか……」

人魚「カメちゃーん!! カメちゃんも宴会で何かやるー?」

カメ「はい。誰かこの私を鞭で叩いてください」

資料室

浦島「これが玉手箱……」

乙姫「開けると海の中へは戻れない体になると言われています」

浦島「既に海の中では生活できない生き物があけるとどうなるんですか?」

乙姫「そこまでは……。ただ人のままではいられなくなるでしょうね」

浦島「そうですか」

乙姫「何が気になるのですか?」

浦島「赤子の私を海辺に捨て、地上の人間では読めない海の文字で書置きを残したのか。それが気になって」

乙姫「カメ子の言っていた通り、海の者に拾ってもらうことを願ったからでは」

浦島「それだと海の中に放り込んだほうが確実です。現に私は地上で育ちましたから」

乙姫「あ、そっか」

浦島「何か……原因が……」

竜王「――人間が玉手箱を開ければ、恐らく急激に老い、そして別の生き物に変化するだろうな」

乙姫「お父様……!? どうしてここに!?」

浦島「……」

竜王「玉手箱は元来海の底から陸に上がろうとしたものが願い、作られたもの。体を無理矢理に変化させる作用がある」

竜王「それこそ何百年、何千年とかけて作り変えられるはずの体を一夜にして変えるほどのもの。脆弱な人間が使えば、まずは肉体が朽ち、そして違うモノになる」

浦島「なるほど」

乙姫「いつからそこにいたのですか?」

竜王「食事の準備が整ったそうだから、探していただけだ」

浦島「わざわざありがとうございます」

竜王「ふんっ」

乙姫「話、聞かれたでしょうか?」

浦島「どうでしょうか」

乙姫「浦島さんにはこのまま平穏に過ごしてもらいたいですし、これ以上海の世界のことに関わって欲しくないですから」

浦島「……では、そろそろ私は戻ります」

乙姫「え? でも、浦島さんのために色々……」

浦島「お気持ちだけで十分です」

乙姫「そんなぁ! それでは私の気持ちが!!」

浦島「でしたら、この玉手箱を持って帰ってもいいですか?」

宴会場

人魚「浦島さん、帰っちゃったんですかぁ!?」

乙姫「うん。ごめんね。一応、引き止めたんだけど」

竜王「厚意を無碍にするとは。やはり漁師は……」

乙姫「……」

竜王「……いや、浦島はマシだが」

乙姫「お父様がいるから帰ったっていうのに」

人魚「浦島さんには踊り食いをしてほしかったのにぃ」

カメ「私の鞭打ちは?」

人魚「中止に決まってるでしょ」

カメ「そんなぁぁぁ!!!! いやぁぁぁぁ!!!!」

人魚「浦島さんには踊り食いでお詫びしたかったですぅ」

乙姫「踊り食いって貴方が踊りながら浦島さんに食べさせるだけでしょ」

人魚「そうですよー! 姫、どうです?」フリフリ

乙姫「遠慮する」

診療所

医者「この箱……」

浦島「見覚えは?」

医者「いや、ねえな」

浦島「そうですか……」

医者「だが、赤子の近くに大きな鶴がいたっていう話はあったぞ」

浦島「鶴……」

医者「お前の話が全部本当だとしたら、お前の母親は箱を開けたあと鶴になっちまったのかもなぁ。にわかには信じられんが」

浦島「望まれぬ……宝……許して欲しい……誰か……願います……」

医者「どうした?」

浦島「いえ。なんでもありません」

医者「で、浦島。その竜宮城やらに行っちまうのか?」

浦島「まさか。この村に恩返しができていないのにそれはありません」

医者「そりゃ、嬉しいねぇ。でも、よく考えな」

浦島「十分に考えましたよ」

夜 海岸

浦島「……」

乙姫「浦島さん、こんばんは」

浦島「すみません。こんな時間を指定して」

乙姫「いいんですよ。何か分かりましたか」

浦島「私が捨てられていた場所に大きな鶴がいたそうです」

乙姫「鶴ですか」

浦島「今はもう想像するしかないですが、母は恐らく海に私を戻そうとしていたのだと思います」

乙姫「でも、戻せなかった」

浦島「鶴になったのは予定外のことだったのでしょうね」

乙姫「お父様に届けようとしていたのですね。ということは葉に書かれていた内容は……」

浦島「望まれぬ子ではなく、竜王の宝です。愚かな私を許して欲しい。誰かがそう伝えてくれることを願います」

乙姫「望まれぬ子どもではありません。私の宝物です。私の行いを許して欲しいとは思いません。海の誰かがこの子を竜王まで届けてくれるよう願います。とかではないですか?」

浦島「それほどの長文を葉に書けますか?」

乙姫「さぁ。まぁ、確かめようのないことですから」

浦島「それもそうですね」

乙姫「お父様、もう漁師のことを悪くいうのはやめると言ってくれました」

浦島「よかったです」

乙姫「あと……。浦島さんさえ、よければ王族に迎え入れると」

浦島「……私はただの漁師です。遠慮します」

乙姫「ですよね。ごめんなさい」

浦島「いえ」

乙姫「それでは、これで」

浦島「……もう会うことはないでしょうか」

乙姫「会おうと思えばいつでも会えますよ」

浦島「いつでも来てください」

乙姫「はい。お言葉に甘えさせてもらいます。でも、私が姉ですからね」

浦島「ええ。勿論ですよ。姉上」

乙姫「さようなら」

浦島「さようなら……」

医者「本当によかったのか?」

浦島「はい」

医者「本当の家族は海の底だ。近くて遠い気もするけどな」

浦島「いいんですよ」

医者「後悔はないな」

浦島「……無いとは言えません」

医者「そりゃなんだ?」

浦島「あんなにも綺麗な姉と一緒に生活する機会を失ったのは残念でなりません」

医者「はっはっはっは。そりゃそうだな」

浦島「帰ります。明日も朝が早いですから」

医者「大漁を期待してるぜ」

浦島「はい。大船にのったつもりでいてください」

医者「お前が乗る船は小船でもでっかくみえるからなぁ」

浦島「それでは」

医者「おう。またなぁ」

数日後 砂浜

浦島「今日はいい天気だ。何か良いことでもあるかな」

乙姫「うぅ……」

浦島「あんなところに女性が倒れている。助けなけ――」

乙姫「あ!? 浦島さぁぁん」ズリズリ

浦島「な……!? ど、どうしたのですか!?」

乙姫「結婚相手を探して地上にやってきたのですが、見つからなくて……」

浦島「そんな風にしていては見つからないと思いますけど」

乙姫「もうだめ……このままじゃ卵をいっぱい産まなきゃいけないのかも……想像しただけで鳥肌が……」

浦島「私ではどうにもできませんね」

乙姫「そんなこといわないで、良い人いたら紹介してぇ」ギュゥゥ

浦島「とりあえず、家に来ますか? 愚痴ぐらいなら聞けますから」

乙姫「ありがとうございます。大体、お父様が無理矢理に結婚させようとするのがいけないのであってですね」

浦島(自分の将来について、やはりもう一度よく考えたほうがいいのかもしれないな……)


おしまい。

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