りん「ダイキチさえいれば良い」 (52)

「ダイキチ、おはよー」

「ん、おお、おはよ」

日曜日だってのに早いな。
…まあ、りんが早起きなのはいつもの事か。

しかし、最近家事をりんばかりにやらせてる気がする。
洗濯に飯、掃除にと。

一度分担でやろうかと提案したが、自分が好きでやってるからいいと断られた。

しかし、曲がりなりにもりんは高校生だ。
友達だっているだろう。
もしかしたら、彼氏だっているかもしれない。

…そうなったら寂しい感じはするが。

でも休日くらい羽を伸ばして遊びに行った方が良いと思うのだが。

「だってダイキチ、私が起こさなかったら寝てるでしょ?」

「いいんだよ。俺ももう大分オジサンだし、何より腰痛もある」

「…なら尚更だよ」

じいちゃんの介護じゃないんだ。
そんな気を使う必要なんてないのにな。

「…遊ぶより、一緒にいた方が良い」ボソッ

「?何か言ったか?」

「ううん。何でもない」

…一瞬、りんの目から光が無くなったみたいな感じがした。

りんは成長していく度、見違える程に女の子らしくなっている。

どこに出しても恥ずかしくない娘だ。

我ながら誇らしいもんだ。

…まあ、りん個人の才能なんだろうけどな。

しかし料理に関しては、かーちゃんが教えているから、自然とかーちゃんの味になってきた。

…複雑だ。

「あ、またずぼら箸やってる」

「お、おお悪い」

爺ちゃんに教えられたのか、マナーに関しては俺が恥ずかしくなるくらい身につけている。

昔はこうじゃなかったんだけどな。

今では俺が注意される事が多い。

立場逆転、だな。

…参ったなあ。

小学生の時までは、りんを迎えにいかなくてはならないのでほとんど会社は定時で上がり、飲み会も全部断った。

まあ飲み会は今もあまり行かないけどな。

それでもりんが中学、高校と上がっていくにつれ俺の帰る時間も自然と遅くなっていった。

自分で言うのもおこがましいが、それなりに長く続けていると、色々仕事を回されるんだ。

一昨日もそうだったしな。

『りんへ、今日は遅くなるので晩御飯は適当に済ませます』

「…と」

「お、りんちゃんですか?」

後輩がにやけた顔で聞いてくる。
そうだよ。
悪かったな、独身で。

「いやいや、ダイキチさんりんちゃんにメール打ってる時の顔、こんなですよ?」

と言って俺のであろう顔真似をする。

そんなにやけてねぇよ。

「あはは、すいません。…でも、もうりんちゃんも高校生ですもんねぇ。彼氏の一人や二人、出来ました?」

「彼氏、ねぇ…」

りんからそう言った話は聞いてないが、可能性があるとしたら…まあコウキだろう。

あいつにならりんを任せても心配無いだろうしな。

「ヘェ~もう本当にお父さんですよね、かっこ良い事言っちゃって!…あ、ダイキチさん電話鳴ってますよ?」

ん?ああ、マナーモードにしてるから気付かなかったな。

「メールじゃねえか…え?」

『メール:12件』

おいおい、出会い系サイトにでも登録しちゃったのか?

おそるおそる見てみると、相手は。

りんだった。

『いつ帰る?』
『いつ?』
『何時?』
『まだ?』
『返事は?』
『はやく』
『ご飯一人で食べるの?』
『ねえ』

「………悪い、今日なるべく早めに上がるわ」

「へ?良いっすけど…何かあったんですか?」

何かあったというよりかは、何だか早めに帰らないとヤバそうだからな。

…りんに何かしたっけなあ、俺。

こんだけメール送ってくるってよっぽど話したい事でもあるんじゃないか?

…まさか、本当に彼氏が出来てたりしてな。







結局、家に帰っても何も無かった。

「…」
今思えば、あれ何だったんだ?
聞こうにも、りんの背中から「その質問はするな」というメッセージが伝わってくる、ような気がする。

…まあ、何も無いならそれに越した事はないか。

「ん?りん、ケガしてんのか?」

「?これ?…ちょっと料理中にさ」

包丁で切ったと言い張っている。

…どうやったら手の甲に包丁で傷が出来るんだ。

りんはそんな冗談を言う奴じゃないとは思うが。

…最近、りんがおかしいな。

思春期ってやつだろうか?

なら、黙って見ておくとするか。

「あ、そうだ、りん。最近コウキとはどうなってる?」

イタズラのつもりで聞いてみた。
もしかしたら顔真っ赤にするかもしれないからな。

「コウキ?…別に、普通に話するくらいだけど」

「へ?ああ、そう…」

う~ん。
こりゃもしかしたら、コウキ以外の奴かもしれんな。

「そうかぁ。…ま、お前も良い年頃だ。そのうち好きな奴も出来るだろうさ」

するとりんの眉間にぐぐっと皺が出来た。

…ぬかった。
思春期の娘に何言ってんだ!

やっべぇ。
…とりあえずご飯かっこもう。


「…好きな人はいる、けどね」

「!!!?…そ、そうか。そういう気持ちは大事だ。大事にしろよ」

しどろもどろになって答えてしまった。
焦ってるのが見え見えだな、これじゃ。

「…で、でどんな奴なんだ?やっぱり同じ学校の奴か?」

りんは首を横に振る。
…何だか、これ以上は聞かない方が良い気がする。
本能が訴えてる。

「…ま、まあお前の好きになった奴だ。よほどすげぇんだろうな」

「うん。凄いよ。…優しくて、強くて、カッコ良くて、一生懸命で」

ほほう…随分そいつの事を見てるんだな。

「うん。ずっと昔から」

「そうか…」

我が子のように育ててきたりんのその声を聞いて、ああもうすぐなんだな、と思った。

もうすぐ、りんは俺から離れていくんだろうな、と。

…そんな事は、最初から分かってたしな。

りんがこの家から出たら、広く感じるんだろうなあ。

そう思ってりんの方を振り向くと。

見ていた。

俺を。

頬を赤く染めて。

…まさか、な。

一抹の不安が俺の頭をよぎる。

俺の思い込みかもしれない。

今までこんな事いくらでもあった。

…だけど、もし、俺の想像した事が本当だったら。

…そんな事はあってはならない。
あってはいけない。

りんは俺の、娘だ。

それ以上でも、それ以下でもない。

「…りん、今日ちょっと出掛けてくるわ」

「…何処に?」

「んーと、会社の人と、な」

「……早く帰ってきてね」

ああ、分かった。
分かったから、そんな暗い目で俺を見つめるな。

なるべく急いで自室で着替えることにして、携帯を開く。

こんな時、相談出来るのは誰だろう。

…あの人くらい、かな。

「…あ!ダイキチさん!お待たせしましたぁ」

「どうも、すいません。いきなり呼んでしまいまして…」

「いいんですよ。コウキも大きくなって、休日はほとんど家にいないし。暇でしたから…」

「そうなんですか…」

コウキの母ちゃん、ゆかりさん。

俺達と似たような境遇の持ち主で、昔から関わる事が多かった人だ。

「最近、りんちゃんはどうです?」

「!」

「…?」

そんなまずい事聞いたかな?という顔で俺を見てくる。

いや、今まさにまずいんですよ。

…でも、よく考えたら相談できないよなあ。こんな事。

「いえ、いつも通りですよ。…ただ、休日くらいは外に出たらどうだって言ってるんですけどね」

「まぁ。そうなんですか?コウキからはりんちゃんは学校だと色んな子達と話してるって聞いたもので…」

「はは…まあお爺さんっ子ですからね。休日の過ごし方も違うかもしれません」

「そうですか…えっとぉ」

「?」

「もしよろしかったらなんですが…買い物に付き合ってもらえませんか?…お時間があれば」

「!?…は、はい!是非!」

「あ、あらあら…ふふっ。ダイキチさんったら…」





「…」

「…と、電話?」

りんからか?
…あ、やっぱりりんか。

「もしもし?」
『…今日、私も出掛けるから』
「あ、ああ分かった」

「りんちゃんからですか?」

「ええ。今日は出掛けると言ってました。…やっぱり、普通の女子高生ってことですね」

「ふふ。そうですよ…あ、という事は今日は晩御飯は?」

「えーと…その、もし良かったら~….」

俺の言いたい事を察してくれたのか、ゆかりさんはクスクスと笑い、はいと一言。

…若いよなあ、この人。

しかし、どうして楽しい時はこうもすぐに終わってしまうんだろうか。

子供の時からの疑問だな。

しかし何だかんだで遅くなってしまった。

もう夜の10時だ。

年末の会社並みだな。

「ま、全く疲れてないけどな」

今日は良い日だったな。
連絡してみるもんだ。

…とは言え、ここまで遅くなるのはりんに言ってなかったな。

怒ってはいない、と思うが。

「電気はついてるから、まだ起きてるか。…やっぱ怒ってるか?」

少し気楽な感じで思ってた俺が馬鹿だった。

玄関を開けると、そこには。


鬼の形相で仁王立ちしたりんが立っていた。

「り、りん…何かあったか?」

「…連絡」

「?」

「こんなに遅くなるって、してくれなかった」

「あ、ああすまん。次からは連絡するよ…」

見た事がない。
喜怒哀楽ははっきりしているが、ここまでの表情は見た事がない。

あの容姿端麗のりんが、こんなホラー映画のお化けみたいな顔する訳がない。

ましてや連絡を忘れたくらいだ。

前だったら、少し不満げな顔で注意してくる程度だった。

しかし、今のりんはおかしい。
どう考えてもおかしい。

…そういえば、出掛けくるって言ってたな。

「…もしかして、何か嫌な事でもあったのか?」

「…あったよ」

あったのか。
いや、聞く俺もどうかしてたな。

「そ、そうか。悪かったな。気をつけるから…」

「……良い匂いだね」

「え?」

「…出掛けた時、こんな匂いじゃなかったよね」

匂い?
…ああ、確かに。
ゆかりさんの香水かな。

「多分、コウキのお母さんのやつだよ」

「…そう」

相当機嫌が悪そうだ。
これは今日は触らぬ神に祟りなしって事で、ほっといた方が良いな。

明日になったら、またいつも通りになっているといいが。









「そっかあ。…二谷さんの」
「…だから、こんなに苛つくんだ」
「…………臭い」

次の日。
と言っても月曜日。

「おはよう、りん」

平日は俺も早いからな。
大体りんと同じ時間に起きている。

「おはよう、ダイキチ」

良かった。
いつも通りだった。

「あれ、またケガが増えたな」
「…これ?…またやっちゃってさ」

壁殴りでもやってんじゃないだろうな。

そんな武闘派に育てた覚えはないぞ。

「だから、包丁だって」

「嘘つけ…あんまり、気負いすると良くないぞ。何かあるんなら、幾らでも相談しろよ?」

こう見えても年の功ってやつがあるんだ。

恐らくりんも昨日何かあったんだろう。

もしかしたら、好きな人と何かあったか、友達と喧嘩したか…。

何があったかは分からんが、いずれにせよあれ程怒るりんも珍しいもんだ。

気にしてない振りをしてるのかもしれないし。

「…心配してくれるんだ」

「当たり前だろ。俺はお前の親みたいなもんだからな」

「…親、みたいなもの、か」

自嘲気味に笑うりん。

最近りんの笑顔が見れてないような…。

「…今日は、早く帰るからな」

「うん。待ってる」

あ、ちょっとだけ笑った。

「…なありん。何かあったのか?」

「…?何で?」

「いや、凄えビミョーな顔してるから」

笑顔なのか、悲壮感漂う顔なのか。
…ダイキチと何かあったんだな。

…でもダイキチはりんを泣かせるようなことは死んでもしないはずだし。

「俺で良かったら話してくれよ。お前のそんな顔見たくねーし」

「…ありがとう。でもコウキには分からないと思う」

「分からないって、これでも長い付き合いじゃね?それなりに知ってるぜ?」

…前にも、こんな事あったよな。
立場は逆っぽかったけど。

「俺、りんのおかげで立ち直れたんだし、こういう時くらい恩返しさせてくれよ」

「…そっか。…ねえ、私って変かな?」

「変?」

変って言われても、りんの何処に変って要素があるんだ?

そりゃ、今時の女子高生かって言われりゃ違う気もするけど。

けれど、りんが聞きたいのはそういうことじゃないっぽい。

「どーしたんだ?話してみてくれよ」

「例えば、さ。コウキに凄く好きな人が出来たとして、さ」

内心ドキッときたけど、例えば、か…。

「その人には、好きな人がいて、その好きな人はコウキじゃなくて。そういう時、その人を自分の物にしたいって気持ち、無い?」

「…」

何かまわりくどい感じだけど、要は嫉妬があるかないかってことか。

「そりゃ、大小あれど嫉妬はあるだろ。誰だって」

「…私は、大きいよ。物凄く、大きい」

「…それも含めて、りんってことじゃねーの?」

りんに好きな奴が出来て、そいつには違う好きな奴がいて。

…りんも、普通の人間なんだから、これくらいあるだろうな。

…俺じゃないんだよな。それ。

悔しいけど、それがりんの気持ちなら、応援してやるのが幼馴染ってもんだしな。

「ありがと、コウキ。何だかスッとしたよ」

「ん?ああ、いいよ別に」



…でも、俺は後々後悔することになる。

今思えば、ここで止めときゃ良かったんだ。

…止まってくれたかどうかは知らねーけど。

「今日に限って、何でこんなサンプルが多いのかね…」

「ダイキチさん、今日は早く帰らなきゃマズイんでしょ?後は俺らに任せて下さいよ!」

「そんな訳にはいかねーだろ。りんも高校生だし分かってくれるよ」

「大丈夫なんすか?」

「まあ連絡はしないといけないからな。ちょっと電話してくるわ」

「はーい!」

「もしもし?りんか?」

『うん、どうしたの?」

「いやな?ちょっと仕事が忙しくなりそうでな。早くは帰れないんだ。…晩飯までには帰るから、もしなんだったら鍵閉めて寝てくれ」

『…』

「…りん?」

『…………………………嘘、ついたんだ』

「え?」

『私に、嘘ついた』

「えっと…な?りん、今帰っちまうと仕事が回らなくなりそうなんだよ。ほら、会社の奴らにも家庭はあるんだし、リーダーの俺が帰る訳にはいかねーんだよ」

『…待ってる』





………怖ぇな。
どうしたってんだ?りんのやつ。

…まさか、な?
あの時の不安がまた頭をよぎる。

…いや、そんな事ある訳がない。
あっていいはずがないんだ。

両手で顔を叩き、また仕事に臨む事にした。

「…すいませんダイキチさん、何だかんだで大分過ぎちゃいましたね」

「んー…まあ、走っていけばなんとかなるだろ」

いや、まじで走らなきゃマズイ。

スーツを無理矢理着て現場を後にすることになった。

とりあえず晩飯には間に合いそうにない。

りんの事だ。
ラップにでも包んで寝てるだろう。

が、さっきの電話からすると。

「…マジで待ってるんじゃないだろうな!」

「…ハァ…ハァ…40に全力疾走はキツ過ぎるぞ…」

しかし、俺の不安は当たっていた。

電気は点いてる。
という事は、まだりんは起きてる。

「た、…ただいま!!」

俺の声を聞いた途端、部屋の方からパタパタと足音が聴こえてきた。

「…走ってきたんだね」

スーツが汗ばんでいることと、俺の顔を見て察したようだ。

「…許してあげる」

クス、と笑いまたちゃぶ台へと戻っていった。

…でも、飯よりも水分が欲しいな。

「ねえダイキチ」

「ん?」

あれからりんは飯に手を付けず、ひたすら俺を待っていたようだった。

それでも一切表情を変えずに俺と話す。

「…今日ね、コウキと話したんだ」

「ほー。何を?」

「私の、好きな人の話」

「ああ、前にも話してた奴か」

「…そうだね。でもダイキチ、聞いてくれなかったから」

「…」

「私の好きな人はね、私の事を大事にしてくれてさ、私の事を一番に考えて、自分の事を犠牲にしてくれた人」

「…」

「…ね、ダイキチ。…好きだよ」

「………」

……俺は、どうすればいい。
一体何処で道を間違えた。

今のりんの目は、光を一切失っている。

いや、それ以前に、こんな事は聞きたくなかった。

「……りん、俺は…」
「ダイキチは私の事泣かせないって、コウキは言ってた」

「…聞いてくれ、りん」

「?」

「……10年。10年も娘として育ててきたんだぞ……命がけで」

「知ってるよ」

「…そんな話、聞きたくねぇよ」

「……」

「お前は、娘なんだよ。俺にとっては」

「…そんなの、嫌だよ」

「まだお前は子供なんだ。まだ色恋ってのをよく分かってないんだよ。…だからこれから先、幾らでも男と出会う」

「…そんなの、いらない」

「聞いてくれ…頼むから」

「聞いたら、ダイキチは私の事貰ってくれる?」

40になって泣くとは思わなかった。
まさしく今、りんは壊れてる。

光を失って、俺しか見えてない。

…俺が、りんと出会わなければこんな事にはならなかった。

俺が悪かったんだ。
育て方も、何もかも。

「ごめんな、りん…」

「なんで謝るの?私はダイキチが好きなだけだよ?」

「違う、違うんだよ…」

「何も違わないよ。どうして分かってくれないの?」

「……しばらく、離れよう」

「え?」

「俺がこの家を出ていくから、だからお前は…」
「何で?どうしてそんな事言うの?何で?何で?何で!!?」

物凄い剣幕で俺の肩を掴む。
女の子とは思えない程の力で。

力が出ない俺は壁に叩きつけられ、りんの質問責めにあうことになった。

「ダイキチは私の事を一番に考えてくれるんじゃないの!?私のワガママ、聞いてくれるんじゃないの!?二谷さんがいるから!?二谷さんが好きだから私はダメなの!?」

「お前を、娘として育ててきたのに、そんな風には、見れないんだよ!!」

力を振り絞り、りんの肩を押さえる。

華奢で、小さい肩を。

りんの顔が、どんどん青ざめていくのが分かる。

今度はりんが力なくだれた。

まるで物言わぬ人形のように。

「りん、だからもう俺達は一緒にいちゃいけないんだ」

「……ダイキチは、そんな事、言わない」

「そんな事はない!今お前の!目の前にいるおっさんが、俺がダイキチなんだよ!
…お前の事は一番に考えてる。だから、だからこそ俺とお前はも………」


言葉が出ないな。

いや、出るが、掠れる程度だ。

それよりも、腹部に激痛が走ってる。

走ったからか?
ストレスか?
どっちもか?

それしかないだろ。
だって、そんな事ある訳がないだろ。

りんが、俺を包丁で突き刺すなんて、ある訳ない…よ...な...。

「……ん」

……傷は、ある。
夢、じゃないみたいだ。

まだ血が止まってないって事は、そんなに時間は経ってないって事か。

痛くて起き上がれないけどな。

窓からまだ光が出てきてない。

つまり、夜か。

風呂、入ってなかったから気になるな。

それよりも、りん。
一体どうしちまったんだ。

お前は暴力なんて振るう人間じゃない筈だ。

「…起きた?」

「………おう」

りんは意外とすぐ近くにいた。
目の周りが腫れている。
余程泣きじゃくったんだろう。

大丈夫だ。これくらいじゃ死なないからな。

「ダイキチ、ごめんね。…でも、しばらく会社行けないね」

「…1ヶ月くらい、かな」

傷は浅いみたいだから、それくらいだろう。

今年の有給、使い切ることになるな。

「…怒らないんだ」

「愛する娘だからな」

「……娘なんだね、まだ」

「おう。そこは譲らん」

「いいよ。娘でも、何でも。気持ちは変わらないし、変えないなら」

「そうか…」

「ねえ、離れて暮らすなんてもう言わない?」

「……どうだかな」

「1ヶ月、1ヶ月もあるんだよね。…それだけあれば、十分だよ」

「…それでも、お前は俺の子供だ」

「いいよ。例えダイキチの気持ちが変わらなかったとしても」

















「一生、ここに居座ってやる」

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