女「たとえばの話」(10)

※もしもしがしこしこお送りする地の文だらけの暗ーいssもどきです。ペース配分なんかもまるで分からない若輩者ですが、それでも構わないという方はお付き合いいただけると幸いです。

──


 彼女は

 今日も僕を待っているから


 ネクタイを外しながら

 革靴と靴下を脱ぎながら


 僕は今日も、堤防へのぼる


──

「たとえばの話」

 彼女は、いつものように。

「うん、たとえばの話」

 彼女の唐突にはもう慣れっこだから、僕もいつものように、彼女が壊れないぎりぎりの優しさと丁寧な相槌で繋ぐ。

「たとえば私がお砂糖で、台所の黄色いピッチャーの隅でかちこちに固まっていたら、君はどうする?」

 街へと流れる川を堤防から見下ろしながら、彼女は自分の制服スカートのひだを愛撫するように弄んでいる。

「君が、砂糖?」

「そう。お砂糖」

 街という汚染に犯され穢される運命にある清流が、夏を過ぎて活性を放棄しつつ徐々にくたびれていく陽射しを、いじけ縋るような純潔で以て乱反射させた。

「じゃあ、僕は?」

 乱反射に照らされる彼女の瑞々しい顔から、ほら、僕はもう目を離せない。だから僕は投げ捨てた純潔の真似をして、彼女にいじけ縋る。

「君は、君だよ?」

 彼女は無表情から一ミリだけ微笑んで、語尾を乱反射に乗せてくねらせた。

「そっか。僕は僕だよね。ごめん」

 脆い硝子の美しい音色は、撫でるように丁寧に叩くことでこの世に生まれる。僕の意地悪が優しい撥の役を果たすようになったのは、最近になってから。

「それで? 君はどうするの?」

「……そうだね。君が固くなった砂糖なら、小指の腹で撫でて少しずつ粉々に崩すと思う」

 僕は、純潔を眺める彼女を後ろから抱き締める。声音とは裏腹なサディスティックで以て、握り潰すように彼女の胸を覆い掴む。

「優しいね。でも私は固いの」

「そっか。固いんだ」

「そう。頑ななの」

 彼女は僕の腕からすり抜ける。いつものように、堤防下にある河川事務所の古い管理小屋に、制服のボタンを外しながら、僕にはついぞ振り返る事なく。

「じゃあ、お湯を容れるよ。そうすれば、君は溶けてなくなる」

「甘いね」

 背中に、汗が伝っていくのを感じた。

「……え?」

 背中の汗は剃刀のような鋭さで僕を苛む。幻痛を感じて、僕は急いでワイシャツを脱ぎ捨てた。

「甘いお湯は美味しいのかな?」

 僕とは対照的にワイシャツ一枚になった彼女が、僕を透過して向こう側を見る不思議な瞳で両腕を軽く広げる。僕は後ろ手で小屋の戸を閉めた。そう、いつものように。

「多分、美味しくないよ」

 衣擦れは、淫らな吐息のように。彼女が幻を啄んだ。



「たとえばの話」

 彼女はいつも、終わるまでの時間を十の話に例えて過ごす。

「うん。たとえばの話」

 僕もいつものように、彼女が壊れないように極力乱暴にして彼女に合わせる。

「たとえば私が熱くて蒸発して、君に縋らず飛んでいったら、君はどうする?」

「そうだね。僕はひとりぼっちになってしまうね」

「それは泣くほど悲しいこと?」


 刹那。篭った空気が消え飛び、そこにはただ茫漠とした現実が聳えていた。彼女の幻は温もりさえ残さない。孤独に囲まれた淫らな僕は、独り僕自身を握り垂らし、今日も漂い続ける。いつものように。



「──うん。狂おしいほどに」



おし、まい。

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