【モバマス】「人それぞれの輝き」 (143)

・モバマスssです
・オリジナル要素を含みます
・亀更新です

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 錆びれかけた商店街、何もすることがない今の俺にはちょうどいいのかもしれない。

「…………はぁ」

 俺の手元にあるのは最近買い換えたスマホ、そしてそこに映るのはメールの画面。

 お祈りメール、そう通称されているなんてことはない不採用通知のメールだ。
 これでもう何十通かはもう、数えていないからわからない。

「さて、これからどうするか……」

 面接を受けた企業からはもうほとんど不採用通知が来ている。つまり、このままでは無職確定になってしまう。
 
「バイトでも探すかな…………ん?」

 ふと眩い光が目に入ってくる。それは、商店街の一角で細々と営まれている家電屋のディスプレイのテレビだった。

 今流行りのアイドルたちが、煌びやかなスポットライトの下で歌って踊っている。
 その中には俺と同い年くらいの娘までいる。

「どこで間違えたんだろうな……」

 一方は輝くステージに立ち、もう一方はただくすぶっている。同じ時間を生きてきたのにここまで違う結果になってしまう。

 ……また悪い癖が出てたな、卑屈というかすぐに自虐的になるというか。

「アイドルに興味はお有りですか?」

「!?」

 そろそろ帰ろうかと思ったとき、突然後ろから声がかけられる。
 振り向くとそこには、黄緑のスーツを着た女性が立っていた。

「えっと……」

「ああ、驚かせてすいません。私、千川ちひろと申します」

 そう名乗った女性は名刺を渡してきた。

『CGプロダクション アシスタント 千川ちひろ』

 名刺にはそう書かれていた。

「CGプロダクション?」

ちひろ「はい、まだ設立したばかりの名もない弱小アイドルプロダクションなんですけどね」

「はぁ……で、そんな人が俺になんか用なんですか?」

ちひろ「少しお話を聞いていただけると助かりますね、お時間よろしいでしょうか」

 時間、どうせそんなものは有り余っている。

「ええ、構いませんよ。どうせする事なんてないですし」

 俺が自虐的そう言うと千川さんは微笑んで、それでは行きましょうと言い、商店街を後にした。

ーーーー
ーー


「それで、話って?」

 商店街とは違いそこそこ栄えている街のこじゃれた喫茶店、そこで俺たちは話をすることにした。

ちひろ「はい、まずはCGプロダクションのことなんですけどね。
 ○○ってアイドルグループは知ってますか?」

 千川さんが出した名前は、さっき俺がテレビで見ていたアイドルグループの名前だった。
 最近よく見かけるので知らないということはない。

「はい、知ってますけど」

ちひろ「実はですね、CGプロダクションっていうのは、そのアイドルグループの会社が親会社なんですよ。
 その会社で、将来に期待できそうな娘を育てるための事務所を作ろうって話になったらしいんです」

「その会社で育成は出来ないんですか?」

ちひろ「ある程度売れたら移籍させて、話題作りをしようとしてるらしいですね。そのアイドルの娘も○○に入ろうと努力するようになるとか計画していましたよ。
 それに、育成に失敗しても責任は持たないってことらしいです」

 なんだか、社会の黒い部分を見た気がした。それにこの千川さんも、笑ってはいるが憤っているみたいに感じる。

「んと、それでそれを俺に話してどうするんですか?」

ちひろ「そうですね、本題に入りましょうか。実はですね、明日養成所からアイドル候補生が一人来るんです。当然その娘をプロデュースしていかなければならないんですけど…………そのプロデューサーを担当するはずだった人が、失踪しまして」

 ……失踪?

ちひろ「どうやら、海外まで旅立ったらしくて。そしてその人の家には『帰ってきません』って書かれた置き手紙がありまして」

 ……だいたい話がわかってきた。

ちひろ「そこでですね、
 もしよろしければプロデューサー、やってくれませんか?」

「……………………」

とりあえずプロローグみたいなものまで

乙乙期待
親会社黒い。失踪って何やったんだろう

注意事項追加
・地の文ありです(今更
・今回の更新ではアイドルは出てきません

ーーーー
ーー


「ん、これか」

 事務机に置かれた紙の束を手に取る。そこには俺が今後行うべきことが書かれていた。

 あの後、俺は千川さんの言葉にはい、と短く答えた。
 仕事がなかった俺にとっては渡りに船だったし、何より人に頼られるということが嬉しかった。
 自分は必要とされているんだと思えて。 

 その後、軽く業務の説明を受けてからそのCGプロダクションに向かった。
 そしてまずは社長に挨拶をと思ったが、今は挨拶回りをしているそうで、それはまた後でということになった。
 こうして今、千川さんから受け取ったマニュアルを読んでいる。

 プロデューサーという存在は知っていたが、こうして見るといろいろなことをやるのだと感心していた。
 まだ自分がこれをやらなければいけないという自覚は持てないけど。

「島村卯月、17歳か」

 マニュアルの上の方に混ざっていた、明日から来るというアイドルの資料を眺める。
 年齢、住所、学校名、スリーサイズetc……
 特に特徴という特徴がない、可愛らしい部類に入るであろう普通の女の子。

「明日になればいろいろ分かるだろ」

 彼女のことは明日、彼女自身から聞けばいいだろう。そう判断し、他の資料を読むことにした。

ガチャッ

「おや、君は……」

 扉を開く音が聞こえたのと同時に、男の声と2人分の足音が聞こえてくる。

ちひろ「あ、社長。この人がさっき言った、新しいプロデューサーさんです」

 社長と呼ばれた男の隣には千川さんが立っていて、俺のことを説明しているようだ。

社長「ほう、彼がね」

「えっと……どうも、始めまして」

 どうやらこの人がここの社長のようなので、俺は名乗ってから彼にお辞儀をする。

社長「…………」

 ジロジロと眺められる。観察されているみたいで、落ち着かない。

社長「うん、いいだろう。君、後で社長室に来なさい」

 社長はそう言うと、事務所の奥へ進んでいった。基準はわからないが、どうやら認められたようだ。

ちひろ「あ、ところでプロデューサーさん。資料は読みましたか」 

 社長の後ろ姿を見ていると、ちひろさんに声をかけられる。
 
「あ、はい、一通り……」

ちひろ「そうですか、わからないところとかはありませんでしたか?」

「いえ、特には」

ちひろ「わかりました、何かわからないことがあったら何でも聞いて下さいね」

 千川さんは笑顔でそう言う。ならば、と思い俺はずっと疑問に思っていたことを聞く。

「なんで千川さんは、というか千川さんがプロデューサーにならないんですか?」

 そう、前任のプロデューサーが失踪したと聞いたときから思っていたのだが、俺よりずっとこの仕事に詳しいはずの千川さんが、なぜ素人の俺をプロデューサーにしようとしているのか。

ちひろ「そうですね……」

 問われた千川さんは少しの間考える素振りを見せる。

ちひろ「私はですね、笑顔が見たいんです」

「…………?」

 返ってきた答えは予想もできないものだった。

ちひろ「ふふっ、わからないって顔をしてますね。
 アイドルたちは一人の人間であって道具ではないんです。私はそんなアイドルたちが、仕事をこなす喜びや成長していく途中で見せてくれる笑顔を見たいんです」

 なるほど、あの時千川さんから感じられた憤りはアイドルをモノとして扱う親会社に対してだったのか。

「でも、それならなおさらプロデューサーの方がいいんじゃないんですか?」

ちひろ「適材適所ってやつですよ。私にプロデューサーは向いていないんです。
 さて、社長室に案内しますよ」

 千川さんは、少し表情を暗くしながらも何かを誤魔化すかのようにそう言った。



 コンコン

社長「入りたまえ」

 木製のドアを軽くノックすると、奥から社長の声が聞こえてくる。

 ガチャッ

「失礼します」

 これでも最近面接を受けたばかりだ、礼儀くらいはわきまえられる。
 まだ何があるのかはわからないので、一つ一つの動作を丁寧に行う。

社長「ははは、そんなに緊張しないでいい。少し話がしたいだけだ、そこに座りたまえ」

 社長は、そんな俺の心情を読み解いたかのようにそう言った。

「はい、ありがとうございます」

 とりあえず俺は言われた通りに椅子に座った。

社員「それで、今後このままやれていけそうかね?」

 社長は俺の向かいの椅子に座り、そう言った。

「とりあえずは、まあ。でもアイドル本人に会わないと絶対とは言い切れませんね」

社長「それもそうだな……ところで君、あまり女性に強くないだろ」

「……そう思いますか?」

 確かに、実際あまり強くない。学生時代から女性とは積極的に関わろうとしなかったし。

社長「明らかにちひろくんと私では話すときの表情が違うからな。さっきよりも随分安心している顔だ」

「やっぱりまずいですかね……」

社長「無理に直せとは言わないがな。逆にアイドルと仲が良すぎるのも世間的には良くない。多少苦手意識をなくしてくれればいい」

「そうですよね」

 どうしたものか、ナンパとかしたほうがいいのか?

社長「とりあえずはちひろくんで慣らせばいい。後で、スカウトにも出てもらいたいし」

 そういえば、マニュアルの中にもスカウトは書いてあったな。やはりやらなければならないか。

社長「それと忘れない内に渡しておくが、これは契約書だ」

 そう言って社長は、紙の束を渡してきた。

社長「雇用条件とかも書いてある。不満がなければサインと捺印をして、持ってきてくれ」

「はい、わかりました」

社長「それで、君のことをいろいろ聞きたいと思う。社員となる人間のことは把握しとかないといけないしな」

 社長はそう切り出して、俺のことを根掘り葉掘り聞いてきた。
 割と賑やかしい社長で、俺も気が楽になり、話はよく弾んだ。



 そしてその日はそのまま帰り、次の日も出勤という新しい環境に慣れるよう、少し早めに寝た。 

1日目終了まで

>>14
ありがとうごさいます!

ーーーー
ーー


 翌日、俺は契約書を持って早めに家を出た……いや、出社をした。
 幸い、事務所は家とは一駅分とそこまで離れていないのでそんなに時間はかからなかった。

「おはようございます」

ちひろ「あ、おはようございますプロデューサーさん」

 事務所に入ると、そこでは千川さんが既にデスクに向かっていた。

「お早いですね」

ちひろ「まあ、この仕事が生きがいみたいなものなので」 

 千川さんは少し照れたようにそう言う。
 そう思える仕事につけるのは羨ましいことだ。

「あ、そうだ。社長はもう来ていますか?」

ちひろ「いえ、まだですけどあと5分くらいでいらっしゃると思いますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 こうして、会話を一区切りさせて俺も自分のデスクに向かう。

 それから数分後、千川さんが言った通り社長がやってきた。
 俺はそのまま社長についていき、契約書を渡したのを確認してから自分の業務に戻る。

 俺の仕事は今日から始まったも同然だ。なるべくミスはなくさなければ。

社長「おおそうだ、キミ。あと少しで島村君が来るそうだ」

 いつの間にかそこにいた社長がそう言う。

 そうか、ついにアイドル候補と会うのか。第一印象が大事だ、マイナスな印象を与えたらこの先大変になる。
 
 そんな風に、にわかに緊張し始める。
 
ちひろ「大丈夫ですよ、そんなに緊張しなくても。卯月ちゃんはとてもいい子ですから」

 俺の緊張を察した千川さんは、気遣ったように言う。なぜか千川さんの言葉からは、絶対の安心が感じられる。

「ありがとうございます」

ちひろ「いえいえ、私はなにもしてませんよ」

 そんなことを話していると、軽やかな足音が聞こえてくる。時計を見れば、さっき社長が言っていた時間になっていた。
 ついに、ご対面というわけだ。

 ガチャッと扉が開けられる音がする。そこに立っていたのは、高校の制服を着た一人の少女だった。

「えっと、島村さんでいいのかな?」

卯月「あっ、はい。島村卯月です、よろしくお願いします!」

 どうやら、この子がアイドル候補生の島村卯月でいいようだ。
 島村さんは、少し息を切らしているようにも見えるが、笑顔は絶やしていなかった。
 特に問題もなさそうなので、軽くコミュニケーションを取ることにする。

「今日から君のプロデューサーを、担当することになった、ーーです。えっと……」

 しまった、何を話すか考えていなかった。
 話を切り出そうとしてそのまま黙っているのだから不審に思ったのだろう、島村さんの視線を感じる。

ちひろ「あっ、この後卯月ちゃんはレッスンがあるので、プロデューサーさんはそれについていったらどうですか?レッスン場の場所も把握しないといけませんし」

 困っている様子の俺を見て助け舟を出してくれたのは、やはり頼りになる千川さんだった。
 なるほど、レッスンを見ていれば話し出すきっかけが作れるかもしれない。

「島村さんがいいなら、俺もいいですけど」
 
 向こうが俺についてきてほしくないと言えば、それまでだ。
 念のために島村さんに確認を取るように視線を送る。

卯月「もちろん構いませんよ。それと、できれば卯月って呼んでもらえませんか?あまり年上の方に敬語で話されるのは慣れてないので」

 エヘヘ、と可愛らしい笑顔で島村さんはそう言った。
 確かに年上からこんな風な敬語で話されるのは気持ちがよくないだろう。

「えっと、じゃあ……卯月ちゃんでいいのかな?」

 とりあえず千川さんの真似をしてみる。これが一番無難だろう。

卯月「はい、大丈夫です!」

 どうやら、問題ないらしい。コミュニケーションもまともに取れそうだし、ひとまずは安心だろう。

ーーーー
ーー


 その後は自己紹介をお互いにしあってから、レッスン場に向かうことになった。
 レッスン場は事務所からさほど遠くなく、歩いても時間はかからないそうだ。

「そういえば、卯月ちゃんは学校帰りなの?」

 制服を着た卯月ちゃんに尋ねる。彼女が着ているは俺も見覚えのある、近くの高校の制服だ。

卯月「あ、はい。学校にちょっと忘れ物しちゃって」

 そう言って彼女は微笑む。先ほどから思っていたが、この子は基本が笑顔みたいだ。それも見せかけではない、ありのままの笑顔。
 多分それは見る人を幸せにさせるような、アイドルとしての一つの才能なんだと思う。

「そういえば、卯月ちゃんってなんでアイドルになろうと思ったの?」

 いろいろ考えていると、ふとその質問が頭に浮かんだ。

 彼女は少し逡巡してから答える。

卯月「そうですね……私、小さい頃からアイドルとかが好きだったんです。それで、いつか私も画面の奥の人たちみたいに見ている人を笑顔にさせたいなって思って。
それから親を説得して、養成所に入ったんです」

「…………」

卯月「あれ、なにか変なこと言いましたか!?」

「いやいや、全然変じゃないよ。なんていうか、若いのにそんなこと考えられるなんてすごいなって思って」

 唖然としている俺に、卯月ちゃんが慌てて聞いてくる。
 まさかここまで真っ当な理由が出てくるとは思っていなかった。
 
卯月「若いって、プロデューサーさんも若いじゃないですか」

「あぁ、まあそうなんだが……」

 他人のためなんて全然考えてなかった分、卯月ちゃんの純粋さが胸に刺さるようだった。

 でも……

「俺さ、これまで大した夢なんて持ったことなかったんだ。でも、今卯月ちゃんの言葉を聞いて思ったよ
 俺の夢は卯月ちゃんの夢を叶える手伝いをすること、出来ることだ」

 若いのに立派な夢を持っている卯月ちゃん、それはさしずめ太陽のようで眩しい。
 それなら俺はその近くにある星、太陽からの光を反射して輝く星だ。
 自らは光れないがその他の星たちから支えられて光ろうとする姿は今の俺に似ている。

「ははっ、ちょっとクサかったかな?」

卯月「いいえ…………物凄い応援をもらっちゃいましたね。
 それでは島村卯月、プロデューサーさんの夢も叶えるために精一杯、頑張ります!」

 そう言って彼女はまた笑う。
 その笑顔はこれまで見た笑顔の中で、一番輝いていた。

とりあえずここまで
現在、起承転結の承の前半あたりです
後半からは凛を出す予定です

ーーーー
ーー


 仕事を始めてから、そして卯月ちゃんと初めて会ってから一週間が経った。仕事にも大分慣れてきて、最初と比べると事務処理の速度も格段と上がった。

社長「あーキミ、ちょっといいかね」

 いつの間にか近くにいた社長が話しかけてくる。毎度思うことだが、この社長は随分と影が薄いみたいだ。

「はい、なんでしょうか」

社長「うん、そろそろキミにスカウトをしてもらおうかと思ってね」

 ……スカウト?
 大したことではないと思っていた分、その言葉を理解するのに時間がかかった。

社長「いくら事務所が小さいからといって、アイドル1人で経営していこうなんて厳しいからね」

「確かに、そうですね……」

ちひろ「あ、スカウトに行かれるんでしたらこれをどうぞ」

 それまで事務仕事をしていた千川さんが徐に立ち上がり、何かを渡してくる。

「これは……?」

ちひろ「プロデューサーさんの名刺です。勝手に携帯の連絡先を入れちゃいましたけど大丈夫でしたか?」

「はい、特に問題ないです。むしろありがたいです、ありがとうございます!」

 いえいえ、と言って千川さんは自分の机に戻っていく。

社長「まあ最初から無理にとは言わないよ。とりあえず渋谷に行ってみたらどうかな、街を見て声をかけるイメージをするだけでもいいしね」

 さすがにいきなりスカウトをしてこいというわけではないらしい。それならまだどうにかなりそうだ。

「わかりました、それじゃあ午後になったら行ってみます」

社長「そうか、なら午後の営業は私に任せてくれ」

「え、いいんですか?」

社長「もちろんだとも、キミには頑張ってほしいからね」

「……ありがとうございます!」

 やっぱりこの人はいい人だ。ならば、この人のためにも頑張らないと。

ーーーー
ーー


ー渋谷ー

「来てみたものの、やっぱり若者が多いなぁ……」

 俺も若くないというわけではないが、一応成人だ。多少気が引ける。
 未だどう話しかけたらいいかわからないので、とりあえず通行人のように振る舞いながら街を観察する事にする。

 しばらく歩いていると、自分が場違いな恰好をしている気がしてきた。若者で溢れている街に辛気くさい顔をしたスーツ姿の男がいるのだから、すれ違う人がちらちらとこちらを見てくる。

(今日は視察ってことにして、そろそろ戻ろうかな)

 そう考え、駅に戻ろうと後ろを振り返る。

ドンッ

?「痛っ!」

 すると、後ろにいた人にぶつかってしまった。

「あっ、すみません!大丈夫ですか!?」

 ぶつかったのは制服を少し着崩した、長い黒髪の中高生くらいの子だった。
 体格に差があるので、彼女が一方的に押し出される形になったらしい。

?「んっと、大丈夫。ちょっとびっくりしただけですから」

 そう言って彼女は顔を上げる。

「……少し、お時間いいですか?」

?「…………は?」

 ぶつかってきた男に突然そう言われ、戸惑ったような顔をしている。
 しかし彼女の顔を見て、思わずそう尋ねてしまった。でも後悔はしていない、このチャンスを逃すわけにはいかないから。

「怪しい者ではありません。こういう者なんですが」

 そう言って、先ほど千川さんにもらった名刺を渡す。
 彼女はそれを受け取り、少し眺める。
 その隙に、俺は続ける。

「アイドルに興味はありませんか?」

ーーーー
ーー


ー事務所ー

ガチャッ

ちひろ「あ、プロデューサーさん。おかえりな…………大丈夫ですか!?」

 事務所に帰ってきた俺の顔を見て、千川さんが尋ねてくる。
 無理もないだろう、今の俺はさっきのプレッシャーでボロボロになっているのだから。

「一応、大丈夫です。ちょっと緊張しましたけど」

ちひろ「もしかして、スカウトされたんですか?」

 千川さんは少し驚いたような表情を見せる。おそらく今日はスカウトできないと考えていたのだろう。
 まあ俺も彼女、渋谷さんとぶつかる前までは帰ろうとしていたのだから当たりと言えば当たりなのだが。

「ええまあ、ですが手応えは限りなく0に近いですね。あの子はあんまり興味を示していませんでしたし」

 でも、話しかけたことはいい経験になったと思う。結果が残念だとしても。

ちひろ「それは残念でしたね。あとでお話聞かせてくださいね」

「機会があればですけどね……そういえば、社長はまだお帰りになられてないんですか?」

 さっきから社長の姿が見えない。俺の代わりに営業に出てからまだ戻ってないのだろうか。

ちひろ「ああ、社長なら先ほど今から戻ると連絡がありましたよ。そろそろ戻ってくるんではないでしょうか」

「そうですか、わかりました」

 社長には後でもう一度礼を言っておかないと。

ガチャッ

社長「ん?おお、戻っていたかねキミ」

 扉を開ける音と同時に渋い声が聞こえる。どうやら社長が帰ってきたようだ。

「ああ、社長、お疲れさまでした。それとありがとうございました」

社長「礼はかまわないよ。それより、明日行ってもらいたい場所があるんだ」

 社長はメモ帳を取り出し、一枚のページを破る。

社長「ここなんだが、島村君と一緒に行ってほしいんだ」

 そしてそのページを渡してくる。そこには、ある住所と簡易的の地図が描かれていた。

「なにか、仕事ですか?」

社長「まあ、そんなところだが。ちょっとしたサプライズだ、期待してなさい」

「はあ……」

 サプライズとは、一体何が待っているというのか。新人発掘とかの体で写真とかでも撮るのだろうか。
 まあいくら考えていてもキリがないので、残っている書類を片付けて今日のところは帰ることにしよう。

prrrrr…

「ん?」

 電話の音、どうやら事務所の電話のようだ。
 電話から一番近い千川さんが応じる。

ちひろ「はい、こちらCGプロダクションです……はい、はい……えっ!?」

 千川さんが驚きの声を上げる。
 なんだろう、よほどの内容なのだろうか。

ちひろ「はい、ただいま代わります……プロデューサーさん!」

「へっ、はい!?」

 まさかのご指名に思わず驚いてしまう。
 なんだ、気づかないうちに誰かに失礼をしていたのか?
 頭を混乱させながらも、千川さんから受話器を受け取り恐る恐る電話に出る。

「お、お電話代わりました、Pです」

『あ、えっと、Pさんですか?渋谷です』

 受話器から聞こえてきたのは聞き覚えのある、それも数時間前に聞いた声と名前だった。

ーーーー
ーー


ー翌日・夕方ー

「はぁ……」

 一通りの書類を作り終え、背もたれに寄りかかりながらため息を吐く。

コトッ

ちひろ「ふふ、お疲れさまですプロデューサーさん」

 そう言いながら千川さんが俺の机にお茶を置いてくれる。

「ありがとうございます。千川さんも忙しかったでしょうに」

ちひろ「いえいえ、プロデューサーさんの仕事に比べれば大したことありませんでしたよ」

 いつも通りの笑顔でそう言ってくる。本当に疲れを感じさせない笑顔だ。

「さて、少し休んだらあの2人を迎えに行ってから家まで送って行きますよ」

 そう言い、今レッスン場にいる2人の新人アイドルを思い浮かべる。

ちひろ「本当にお疲れさまです。まさか、新人アイドルと大きなお仕事が同時に来るなんて思ってもいませんでしたよ」

「はは、俺もですよ」

 全くだ、今日がここまで忙しい1日になるなんて、先週の俺には考えられなかった。

一旦ここまで
レスをくれた方々、ありがとうございます

ーーーー
ーー


ー朝ー

ちひろ「あ、プロデューサーさん。頑張ってきてくださいね!」

 そろそろ事務所を出ようかというところで、千川さんがそう言ってきた。
 何のことか、と思うことなくプレッシャーだけがのしかかってきた。

「う、善処します……」

 俺は苦い顔で答える。実際、上手くいくとは思っていないし。
 
 昨日、日も沈もうかというときにかかってきた電話。それは、俺がスカウトに出たときに声を掛けた女の子からだった。

 曰わく、アイドルの仕事について少し詳しく聞きたいとのことらしい。

 脈ありといえる反応だが、俺が上手く説明しなければそこでお終いという可能性もあり得る。そこで、今日の午前中に彼女の自宅に赴き、親も交えて話をすることになった。

 まだ本番というわけでもないがゆっくりと深呼吸する。

 さて、

「それでは、行ってきます」

ーーーー
ーー


ー渋谷生花店ー

 話は聞いていたが本当に花屋だったのか、そんなことを考えつつ店の中に入る。
 少し奥に入ると、そこには店主らしき人がいた。

「すみません、今日伺わせてもらうと言っていたCGプロダクションのPというものなんですが。渋谷さんのお父様でいらっしゃいますか?」

 俺はそう声をかけ、話を切り出す。

渋谷父「ああ、はいそうです。そうですか、あなたが……」

 彼はそう言って、少しの間俺を眺める。

渋谷父「それじゃあ、申し訳ないんですが裏口の方から回っていただけますか。そっちが玄関になっているんで」

「はい、わかりました」

 言われたとおりに、店の裏の方に回る。そこには言っていた通り、玄関があった。

ガララッ

渋谷父「わざわざすみませんね、ではどうぞ」

「ありがとうございます、では失礼します」

 裏口から出てきた渋谷さんのお父様に促され、俺は玄関に足を踏み入れた。

 そのまま客間らしいところへ通された。
 彼は、娘と妻を呼んでくると言って席を離れた。

 ここからが本番だ、そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。

上はミスです

ガララッ

渋谷父「わざわざすみませんね、ではどうぞ」

「ありがとうございます、では失礼します」

 裏口から出てきた渋谷さんのお父様に促され、俺は玄関に足を踏み入れた。

 そのまま客間らしいところへ通された。
 彼は、娘と妻を呼んでくると言って席を離れた。

 ここからが本番だ、そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。
 
 しばらくすると、足音が聞こえてくる。どうやら役者は揃ったらしい。

「えっと、それではよろしくお願いします」

 今俺の目の前にいるのは、渋谷さん本人とそのお母様の二人だ。お父様は彼女の人生に余計な口出しをしないようと、自分から退出していった。
 女である娘の気持ちを男である自分は把握しきれないとの判断らしい。まあ店のこともあるんだろうが。

「率直に言います。私は渋谷さんをアイドルとしてプロデュースしたいと思っています」

 向こうも時間が有り余っているわけではない。俺は早速本題に入った。

渋谷母「私は全然構わないわよ。凛はどうなの?」

 渋谷さんのお母様は、思っていたよりもフランクは性格な人で、こちらとしても話しやすい。

凛「私は……別にやってもいいかなって。今はそこそこ暇だし」

 一方の渋谷さんは、さばさばした態度と性格で、実年齢とは違い大人びている。

渋谷母「本人がこう言ってますので、私たちからはもう何も言いませんよ」

 育て方としても、あまり縛りすぎない育て方をしてきたみたいだ。本人もしっかりしていそうだし、問題はないのかもしれない。
 それじゃあ、最後に本当に俺が聞きたかったことを聞くことにしよう。

「そうですか、それでは最終確認したいのですが…………渋谷さんは本当にアイドルになりたいですか?」

 これが、俺が本当に渋谷さんに聞きたかったことだ。

「昨日お話したとおり、うちにはまだアイドルは1名、それも駆け出ししか居ません。それでもその娘は幼い頃から憧れていたアイドルを目指して一生懸命頑張っています。
 あなたがもし、うちの事務所に入ることになればその娘と肩を並べて頑張らなければいけませんし、それは簡単なことではありません」

「それでも、あなたはうちの事務所に入り、アイドルを目指しますか?」

 そう、うちには卯月ちゃんかいる。彼女には大切な夢があるんだ、それを邪魔するようなものを増やすことなんてできない。
 たとえスカウトが失敗という結果になったとしてもそこだけは譲れない。

凛「……………………」

 渋谷さんは黙ったままである。お母様も彼女にすべてを委ねているのか、口出ししようとする気配はない。
  
凛「……正直、アイドルをなめてた」

 そこまで黙っていた渋谷さんが、ようやく口を開いた。

凛「でも、あなたにそこまで言わせられるような存在になれるなら、やってみようって思った」

 ………つまり?

凛「プロデュース、よろしくお願いします」

 なるほど、と心の中でよくわからない呟きをした後、少し深呼吸をする。

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 人間ここまでくると、逆に冷静になれるらしい。冷静でなければ、ダンスでも踊っていたかもしれない。
 おっと、意識を戻さないといけない。話はこれで終わりではないんだ。そう考えながら、持ってきていた書類やらを出す。

「まずは契約やレッスンのプログラムや日程、それに金銭面の話なんですが……」

ーーーー
ーー


ー昼ー

 時計の針もてっぺんを回り、街の喧騒も落ち着いてきたころ。

凛「意外と大きいね」

 俺は渋谷さんと一緒に、再び事務所に来ていた。
 彼女は初めて見ることになるので、大きいと感想を述べていたが、実際もっと大手の事務所になるとこれよりも何倍も大きい……はずだ。

「それじゃあ、中に入ろうか」

 彼女をつれてきた理由、それはもちろん案内や紹介もあるんだが一番は……

卯月「あ、お帰りなさいプロデューサーさん!」

 アイドルとしての先輩になる、卯月ちゃんと顔を合わせるためだ。
 渋谷さんがうちでアイドルになるために避けては通れない道の一つ、卯月ちゃんとのコミュニケーションは早めに済ませておいた方が楽だろう。

「紹介する、この子はうちに新しい入ったアイドル候補の渋谷凛ちゃん」

凛「えっと、よろしくお願いします」

 渋谷さんは徐に頭を下げる。

卯月「いいですよ、そんな。タメ口でも大丈夫ですよ」

 その本人が基本敬語なんだが、そこにはツッコまないでおこう。

「渋谷さんにも紹介するよ、こちらさっき言ってた先輩アイドルの島村卯月ちゃん。とても元気で明るい娘だよ」

 そう紹介すると卯月ちゃんは、えへへ、と照れているようだった。これから露出が増えることを考えると、慣れてもらわないと。

凛「えっと、よろしく卯月さん」

卯月「よろしくお願いしますね、凛ちゃん。それと、呼び捨てでもいいですよ」

凛「それじゃあ……よろしく、卯月」

 二人の相性は問題いみたいだ。これなら仲良くなるのも時間の問題だろう。

「じゃあ二人とも、中に入ろうか」

 そう言って、二人をつれて事務所の中に入っていく。

「ただいま戻りました」

ちひろ「あ、お帰りなさいプロデューサーさん」 

 ドアを開けると、千川さんがいつも通りの笑顔で迎えてくれる。

「どうも、千川さん。それとこの子が渋谷凛ちゃんです」

 千川さんにも改めて渋谷さんの紹介をする。
 
ちひろ「こんにちは、私はプロデューサーアシスタントの千川ちひろです。よろしくね、凛ちゃん」

 千川さんもまた、自己紹介をする。

「それと千川さん、渋谷さんに事務所を案内してあげてもらってもいいですか?」

ちひろ「ああ、そうでしたね。この後でしたか。それなら任せてください」

 そう、この後昨日社長に言われた場所へ卯月ちゃんを連れて行かなければならないのだ。

「はい、そういうわけなんでよろしくお願いします。卯月ちゃんも準備しておいてね」

卯月「はい、いつでも大丈夫です!」

凛「忙しいんだね」

「まあ今日だけなんだけどね」

ちひろ「いずれもっと忙しくなりますよ、頑張ってくださいね」

「もちろんです、ちひろには感謝してますからその分は返さないといけませんしね」

 そんなこんなで渋谷さんも事務所に馴染み、この空間も一気に賑やかになった。
 
 そして少し時間は経ち、俺と卯月ちゃんは目的地へと行くことにした。

ーーーー
ーー


「「ライブですか!?」」

 俺と卯月ちゃんの声が揃う。それほど驚くべき知らせがあったからだ。

 俺たちが来たのは、CGプロダクションの親会社だった。
 そこで待っていたのは、件の○○というアイドルのプロデューサーだった。

 曰わく、2ヶ月後にあるうちの系列のアイドルグループたちのドームライブに、バックとして参加しないかということだった。
 これを聞いた卯月ちゃんはライブ、ライブとおろおろしながら呟いている。

P「どうかな、もちろん君たちがよければなんだけど」

「私としては嬉しいんですが、最初の仕事がそんな大きな仕事になるとプレッシャーも大きいので、島村の意見も聞かないとなんとも言えませんね」

 そう言い、卯月ちゃんに返事を促す。

 卯月ちゃんはまだ一般には露出はない。さっき俺に誉められた時も恥ずかしそうにしていたし、ライブで人前に出るのはそれなりの勇気もいる。
 卯月ちゃんがそれを無理だと判断したなら、俺にそれを咎める権利はない。
 むしろ断れる勇気を誉めてあげたいくらいだ。

卯月「私は……」

 卯月ちゃんが口を開く。その表情は覚悟を決めた顔だった。

卯月「どんなに小さい役目でも、ライブに出たいです!」

「……と、言ってますのでこちらからもよろしくお願いします」

 卯月ちゃんの言葉を聞き、俺は頭を下げながら相手方にそう言う。
 見えてはないだろうが、多分そのとき俺の顔は笑っていただろう。

ーーーー
ーー


 この一週間の中で、おそらく一番長かった1日を振り返りそっとため息を吐く。

ちひろ「どうかされましたか?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。それより、渋谷さんにも期待したいですね」

 渋谷さんは今、卯月ちゃんのレッスンの見学をしている。卯月ちゃんも卯月ちゃんで、ライブに向けていっそう気を引き締めてレッスンに臨んでいる。

ちひろ「そうですね、凛ちゃんもきっと頑張ってくれますよ」

「だといいんですけどね」

 渋谷さんにもやる気はある。だからこそ俺のプロデュースで腐らせるわけにはいかない。

「おっと、そろそろ時間ですかね」

 ちらっと時計を見て言う。そろそろあの二人を迎えに行くことにしよう。

「では行ってきます、お疲れさまでした」

ちひろ「はい、プロデューサーさんこそお疲れさまでした」

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 社用車に二人を乗せ、レッスン場から離れていく。二人は昼に比べても大分仲良くなったようで、ファッションや学校のことなど俺には分からないような話題で盛り上がっている。
 二人の楽しそうな様子をみると俺もつい微笑んでしまう。

凛「どうかしたの、プロデューサー?」

 そんな俺をミラー越しに見たのか、渋谷さんがそう問いかけてくる。

「いや、なんでもないよ。ただ二人とも楽しそうだなって、学生っぽくていいよね」

 思った通りのことを伝える。

「それに渋谷さんも、早く馴染めたようでよかった……」

凛「あ、そうだった」

 俺の言葉を遮って渋谷さんが言う。

凛「その、渋谷さんって止めて。なんて言うか、年上に敬語を使われるのがむず痒くて」

 ああ、なるほど。卯月ちゃんのときと同じだ。

「うん、わかった。それじゃあ凛ちゃんで」

 卯月ちゃんのときと同じなら、同じ対応をする。そう考えて、呼び名を変える。

凛「できれば、ちゃん付けもやめてほしいんだけど」

 これで大丈夫と思いきや、更なる注文。
 
 ……俺は構わないが、そこまで馴れ馴れしくしてもいいんだろうか。

凛「凛って呼んでくれていいから」

 躊躇っていると凛ちゃんがそう言ってくる。
 ここまで言われたら仕方ないか。

「えっと、それじゃあ……凛」

凛「……うん」

 凛ちゃ……凛は、満足そうな顔をしている。後々問題にならなければいいけど。

卯月「…………えーと」

 一人話題に入っていなかった卯月ちゃんが気まずそうに言う。

卯月「あ、そうだ。プロデューサーさんってどんな学生だったんですか?」

 そのまま新しい話題を作る。一応、さっきの話題の延長みたいだ。

「俺の学生時代か…………んー、結構病院にいることも多かったから、割とつまらなかったよ」

 長いときは1ヶ月入院することもあったから、青春もそこまで楽しめなかった。もちろん、恋愛も。

卯月「あ、ごめんなさい。嫌なことでしたか?」

「いや、別に。病院にいるときはそのときで、話をする人もいたし」

 人っていうか子っていうか。

凛「へぇ、じゃあさ、これからその分楽しもうよ。私も手伝うから」

卯月「わ、私も手伝います!」

「ははは、ありがとう。でもしばらくはライブに向けて頑張ろうか、他はその後で」

 妹とも取れる年齢の子たちに励まされて、元気になってる自分を少し恥ずかしく思いつつ二人を家まで送り、その日はそのまま終わっていった。

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 あの日以降、俺たちはますます忙しくなっていった。奇しくも千川さんが言った通りになったようだ。

ちひろ「あ、プロデューサーさん。この書類お願いします」

「はい、わかりました」

 もちろん、卯月の仕事はライブだけではない。少しずつだが、メディアへの露出も増えている。
 例えばこの前は、あまりメジャーとは言えない雑誌ではあったが、写真撮影の仕事もあった。

 それに加え、ライブに向けて他の事務所のプロデューサーとも話し合いが行われている。

「………………ふぅ」

 思えば、こんな風に息を吐くことも増えてきた。さすがに疲れているのだろう。

ちひろ「プロデューサーさん、あまり無理しないでくださいね」

 千川さんが労ってくれる。今はそれくらいが癒やしだ。

「わかってますよ、千川さんこそ頑張りすぎないでくださいよ」

 こんな風に、お互いに心配しあうのも日課みたいになってきた。

社長「やあ諸君、頑張ってるかね」

 いつの間にか社長がいる。しばらくは社長室で書類にサインをしていたはずだから、息も詰まっていたのだろう。心なしか萎んでいるように見える。

「どうも、社長。お疲れさまです」

社長「何、キミたちに比べたらこのくらい。それよりいいのかい、そろそろ会場の下見に行くのだろう?」

「…………あ」

 そうだった、今日はこれから卯月ちゃんと一緒にライブ会場となるドームを見に行かなければならないのだった。

「わざわざありがとうございます……準備しなきゃ」

 慌ただしく外に出る準備をする。
 そしてそれが終わると、すぐに事務所を出る。

「それでは、行ってきます!」

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 レッスン場にいた卯月ちゃんを拾って、ドームへ行く。
 
卯月「わぁ~、大きいですね……」

 隣にいる卯月ちゃんが感嘆の声を漏らす。 
 無理もない、初めてのライブには相応しくない大きさなのだから。まあそれも大人気グループのオマケみたいなものなのだが。

 関係者のパスをもらい、ドームの中へ。そして、当日の楽屋の場所やリハーサル会場などを確認する。
 もちろん卯月ちゃんに用意される場所は、他の方たちに比べればこぢんまりとしている。

卯月「まだ早いですけど……緊張しますね」

 多少の仕事をこなしたとはいえ、まだ駆け出しだ。想像しただけでも緊張するだろう。
 今の俺にできることは、その緊張をできるだけほぐしてあげることだ。

「大丈夫、卯月ちゃんなら心配いらないさ。いつも通りの、自然体の卯月ちゃんでいればいいよ」

 そう言うと、卯月ちゃんは少し安堵したかのような表情をし、はい、と小さく呟いた。

 その後も、案内されるままドームを見て回った。
 やがて、観客席に着く。そこからは、まだ設営をしている途中のステージが見える。
 
 卯月ちゃんはジッとそのステージを見つめていた。

「どうかしたの?」

卯月「……今まで、私はこっち側だったんですよね」

 こっち側、今俺たちがいる観客席側ということだろう。ステージで輝く、アイドルたちを見ているだけの観客側。

「うん、そうだね。俺もそうだったし」

 卯月ちゃんが言っているのは、もちろん俺にも当てはまる。
 千川さんに話しかけられるまでは、ディスプレイの向こう側を見て自分との違いを嘆いていた。

 だけど、もうそれは違う。卯月ちゃんはそのステージに立ち、俺はそんな卯月ちゃんを支えている。

「俺は卯月ちゃんを信じてるよ。きっと、あのステージでも輝ける」

卯月「私も、プロデューサーさんを信じてます。きっと、私たちを輝かせてくれるって」

 そうしてしばらく、二人でそのままステージを見つめていた。

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凛「あ、あの人たち見たことある」

「一応、先輩にあたる人だからね」

 ついに、他のアイドルたちも集まってリハーサルが行われるようになった。
 今回はいい機会なので凛もついてくることになった。

凛「あ、卯月だ」

 凛がそう呟いたので、俺もステージをよく見る。そこには、端っこだが一生懸命踊っている卯月ちゃんの姿があった。

凛「凄いね、緊張してるようには見えないよ」

 確かに、今の卯月ちゃんからは緊張が感じられない。本番もこの調子でいってくれればいいのだが。

「よくやってくれてるよね、卯月ちゃん。俺の言葉なんて必要なかったのかもね」

凛「そんなことないと思うよ。卯月、最近プロデューサーから励ましてもらったって嬉しそうだったし」

 なんか、他人からそんな風に言われると恥ずかしくなってくる。

「そ、それならよかったけど」

 そうこう話しているうちに、卯月ちゃんの出番は終わった。
 俺たちも、卯月ちゃんの下に向かうことにする。



 ひとまず卯月ちゃんには休憩をさせた。俺は、他のプロデューサーと世間話を挟みつつ、先程のリハーサルを見ての話し合いをする。

他P「そういえばCGプロさんの島村ちゃん、なかなかよかったね。可愛いし、真面目で積極的だし」

 特にうちの話題はないだろうと高をくくっていたので、その発言に軽く驚いてしまう。

「そ、それは、どうもありがとうございます。島村も、今回のことは千載一遇のチャンスと思っているので」 

 よければ今後ともよろしくお願いします、とアピールをしつつ、他のプロダクションの内情を聞き漏らさないようにする。

 社長曰わく、この業界は情報が大事だとのこと。別に弱みを握れとのことではないが、向こうが受け入れやすい体制をとっておいて損はないということだろう。

 例えば、さっき卯月ちゃんについて発言した彼。彼の担当アイドルは、自身が売れてきていることからの慢心があるらしい。
 それなら、卯月ちゃんを真面目と評価したことから合同レッスンを企画できるかもしれない。あくまでこちらの想像だか。

 話に一区切りがついたところで、ひとまずその円から離脱する。
 自販機で缶コーヒーを買い、詰まっていた息を吐き一気に飲み干す。

(他のプロダクションも大変なんだな……)

 あそこにいた人たちのプロダクションにもなれば、今の俺たちの状況なんて当たり前になるんだろう。それは話を聞くだけで十分わかった。
 アイドルに休日や祝日は関係ない。それならそのプロデューサーも同じだ。
 それはもちろんつらい。だけど不思議なことに、辞めたいと思うことはない。

(俺自身も成長してんのかな……)

 そんなことを考えつつ、空き缶をゴミ箱に捨て、卯月ちゃんたちを迎えに行くことにした。

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 それから大きな問題もなく時間は進み、ライブ当日に。

卯月「き、緊張してきましたっ!ど、どうしましょう!」

 楽屋外の廊下、卯月ちゃんは見る影もないほどに緊張して、ずっとオロオロしている。

「卯月ちゃんなら出来るから、ずっと見守っているから安心して」

卯月「は、はい~……」

 言葉をかけてみるも、大した効果はなかったみたいだ。
 どうしたものかと考えていると、横にいた凛が俺の袖を引っ張る。
 どうやらこっちに来いと言っているみたいだ。

「んっと、どうかしたの凛」

凛「プロデューサー、卯月の頭を撫でてあげなよ」

「…………頭?」

 凛が言い出したのは、よくわからないことだった。

「いやいや、なんでこのタイミングで?そもそもあの年頃だったら逆に嫌がると思うんだけど」

 年の離れた男に頭を触られるんだ、快いとは思わないだろう。

凛「いいから、早く」

 最初に俺を引っ張ったのとは逆に、俺を卯月ちゃんの下へと押していく。
 そして、凛が卯月ちゃんに一言。

凛「卯月、私はライブのことも両方応援しているからね」

 両方って、ライブとあと何があるのだろうか。

卯月「りょう、ほう?………あっ!」

 卯月ちゃんには心当たりがあるみたいだ。

「両方って何のこと?」

 いくら考えても思いつきそうにないので、二人に尋ねる。

凛「なんでもないよ」

卯月「えぇと、その……な、なんでもありません!」

 凛は淡々と、卯月ちゃんは顔を赤らめながら答える。
 おそらく、俺には知られたくない何かなんだろう。

凛「それよりプロデューサー、早く」

 凛が頭を撫でることを急かしてくる。

「わかったよ……卯月ちゃん、ごめんね」

 凛が鋭い目で睨んでくるので、仕方ないと思い手を卯月ちゃんの頭へ。

「卯月ちゃん、応援してるから頑張ってきてね」

 そして、言葉をかけながら撫でる。

卯月「…………へっ!?」

 卯月ちゃんが気の抜けた声を出す。思ってもみなかった行動を取られたのだ。頭が追いついてないのだろう。

卯月「あわわわ……っ///」

 そして、先ほどと比べものにならないほど顔を赤くする。
 
卯月「~~~~~っ///」ダダダッ

 ガチャッ バタンッ

 そのまま楽屋へと走り戻っていった。

「…………これでよかったの?」

凛「うん、上出来」

 横の凛に問うと、問題なしという風な答えが返ってくる。
 まあ凛がそこまで言うなら、卯月ちゃんはもう大丈夫なんだろう。

 俺たちは足早に関係者スペースへと向かっていった。

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 ライブは始まり、周りは音楽や歓声に包まれていた。
 さすがは注目度No.1アイドルグループ、観客の熱中度も他のグループとは比べものにならない。

「いつか、卯月ちゃんと凛もこんな風にできたらな……」

 他の人には聞こえないように、こっそりと呟く。それでも凛には届いているようで、凛はこちらを向いていた。

凛「できるよ、プロデューサーなら。私たちも頑張るから」

 ……なかなか嬉しいことを言ってくれる。
 卯月ちゃんも凛もいい子だ。俺がプロデュースするのが勿体ないほど。
 そんな子たちに信頼されているんだ、この子たちが望んでいる景色くらいは見せてあげないと。

 そうこう考えているうちに、次のアイドルグループがステージに立っていた。
 いよいよ次、卯月ちゃんがステージに出てくるのだ……。

 そして曲は徐々にフェードアウトしていき、ついに卯月ちゃんの出番に。

凛「いよいよだね」

「……うん」

 派手な音楽とともに数人の女の子が袖から出てくる。
 その中にはちゃんと卯月ちゃんの姿も。

 先ほどの緊張は、その表情からは読み取れない。どうやら、克服したみたいだ。

 ときどき、メインの子に隠れてその姿は見えなくなる。それでも卯月ちゃんの姿は、俺からは輝いて見える。
 今まで一生懸命練習したダンスのパート。基本に忠実で、飛び抜けて上手いということはないが、彼女の真摯な思いは伝わってくる。

凛「すごいな……卯月」

 横で凛が呟く。今まで一緒に練習してきた凛からしたら、卯月ちゃんの姿はまた違って見えるのかもしれない。

凛「私も、あんな風に輝けるかな」

 憧憬にも似た感情を視線に乗せ、また呟く。

「たぶん、あんな風には輝けない」

凛「…………え?」

 否定されると思っていなかったのか、少し間を空けて驚く。

「卯月ちゃんは、あの笑顔で周りを明るく照らしている。それって、凛にもできる?」

 彼女特有の無邪気な笑顔、たぶんそれは凛にはできないだろう。

「でも、凛には凛で、人を笑顔にできる方法はある。例えば、歌だったり」

 凛の声は綺麗だ。歌の才能で言えば、卯月ちゃんを凌駕しているだろう。

「俺には、持ち前の明るさも歌の才能もない。でも、君たちをプロデュースする事で人を笑顔にすることはできる」

 太陽がひとりで輝いているように、月が太陽の光で夜を照らしているように。

「人には人の、それぞれの輝き方があるんだ」

 凛は最近、仕事をしている卯月ちゃんに劣等感を抱いていた。それは彼女の態度をみていればわかる。
 もちろん、下積みがある卯月ちゃんの方が仕事があって当然だ。
 それでも凛は、卯月ちゃんに追いつこうと頑張りすぎていた。
 だから……

「自分のペースで、自分の輝き方を見つければいいよ」

 うん、と呟いた凛の表情からは迷いは消えていた。
 ステージでは、一生懸命の笑顔の卯月ちゃんが、彼女の輝き方をしていた。

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 ライブは終わり、俺たちの仕事も前に比べると落ち着いてきた。

ちひろ「プロデューサーさん、○月○日に卯月ちゃんの予定は空いていますか?」

「はい、その日は大丈夫です」

 ライブの効果は、大したものではなかった。それでも、以前よりは確かに仕事の量が増えている。
 そろそろ凛も売り出していかなければならないし、あの忙しさが戻ってくるのも時間の問題だろう、と思いたい。

ちひろ「あ、そういえば」

 何かを思い出したかのように千川さんが書類を取り出す。

ちひろ「プロデューサーさん、これなんですけど」

 そのまま、その書類を俺へと見せてくる。
 それは、少し前から募集していたアイドル募集の貼り紙と、誰かのプロフィールだった。

「……もしかして」

ちひろ「はい、アイドル希望の子です」

 思った通り、うちに募集してきた子らしい。

ちひろ「プロデューサーさんには、面接をお願いしたいんですが」

 面接、俺に出来るのかな。そんなことを思いつつ、プロフィールを受け取る。
 ご丁寧に写真まで貼られている。雰囲気は明るそうだ、卯月ちゃんとは違うベクトルで。

 その子の名前は……

おしまいです、長ったらしくてすみませんでした

必要ない描写があったかもしれませんが、一応続きを書くことになったときの伏線です

それでは、ここまでありがとうございました

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