穂乃果「伝説の邪神……?」 (823)

私、高坂穂乃果!
音ノ木坂王国騎士団所属の16歳!
まだまだへっぽこな私だけど、一つだけ取り柄があります!
なんと、炎を操る力を持っているんです!
私みたいな不思議な力を持つ人は数千人に一人。
持って生まれたこの力、平和のために活かさなきゃ!

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1414253656

穂乃果「ぐぅ……」zzz

雪穂「お姉ちゃんー?」キィ

雪穂「……まだ寝てるし」

雪穂「お姉ちゃん、朝だよ。早く起きなよ」ユサユサ

穂乃果「うーん……もうちょっとだけ……」

雪穂「こんな時間まで寝てていいの?」

雪穂「今日って入団式の日でしょ?」

穂乃果「…………」

穂乃果「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」ガバッ

ドタドタ

穂乃果「どうしてもっと早く起こしてくれなかったの雪穂!?」

雪穂「私に言われても困るんだけど……」

バタバタ

穂乃果「あれ、制服がない!?」

穂乃果「雪穂! 私の制服は!?」

雪穂「お母さんが居間に出してたと思うけど」

雪穂「てゆーかそれくらい昨日のうちに準備を……」

ガタガタ

穂乃果「うわっ!?」ドテッ

雪穂「はぁ……」

ドタドタドタ

穂乃果「いってきます!」ガラッ

穂乃果ママ「穂乃果? 朝ご飯は?」

穂乃果「いらない!」

タタタタタ

穂乃果「うう、急がないと……」

「おはよう、今日も元気だねぇ」

穂乃果「おはよう、お婆ちゃん!」

タタタタタ

穂乃果「はぁ……はぁ……」

穂乃果「間に合ったぁ……」

ヒデコ「落ち着いてる暇はないよ」

ヒデコ「もうすぐ女王様の演説が始まるから早く広間にいかないと」

穂乃果「ヒデコちゃん! おはよう」

ヒデコ「おはよう。こんな日も遅刻すれすれなんてやっぱり穂乃果は凄いよ」

穂乃果「えへへ、それほどでも」

ヒデコ「褒めてないんだけど……」

ヒデコ「とりあえず急ぐわよ」

穂乃果「はーい」


ーーー
ーー

穂乃果「ねえねえ、あれが新しく入る子たちかな?」

穂乃果「やっぱり皆緊張してかちこちみたい」

穂乃果「私も一年前はああだったんだよね」シミジミ

ヒデコ「いや、一年前も寝坊してギリギリに来てたわ」

穂乃果「あ、あれぇ……?」

ヒデコ「というか、静かに。始まるわよ」

「それでは、女王様、よろしくお願いします」

スッ

穂乃果「…………」

理事長「皆さん、音ノ木坂王国騎士団へようこそ」

理事長「今年もこうして勇敢な騎士を迎えいれられて、とても嬉しく思います」

理事長「皆さんも知っての通り、音ノ木坂は比較的治安はいい方ですが、盗賊や山賊に苦しめられている人々がいるというのも事実です」

理事長「また、隣国では軍備の増大計画が始まっており、いつこの国の平和が脅かされるかわかりません」

理事長「これから皆さんには国民を守る盾となり、敵を貫く剣となり、国のためにその身を捧げてもらうことになります」

理事長「それはとても危険なこと……ですが、恐れないでください」

理事長「あなた達がいてくれるからこそ、国民は安心して暮らしていけるのですから」

理事長「勇敢な騎士達に、神の御加護がありますように」スッ

スタスタスタ

「それでは、これより配属ごとに対面式を行いますので、各部隊は指定された場所に向かってください」

穂乃果「さてさて、私の後輩になるのはどんな子かな」

「穂乃果」

穂乃果「ん? どうしました、隊長?」

「お前はこれから謁見待合室に行ってくれ」

穂乃果「え? なんでですか?」

「女王様がお呼びらしい。内容は私も聞かされてはいない」

「……お前、なにやらかしたんだ?」

穂乃果「何もやってないですよ!」

「そうか。まあ打ち首にならないように気をつけろよ。はっはっは」

穂乃果「……冗談だよね?」ブルブルッ

穂乃果「……とりあえず行かないと」

スタスタスタ

穂乃果「ここだよね……」

穂乃果「どうか打ち首にはなりませんように……」

コンコン

穂乃果「失礼します」キィ

穂乃果「……あれ?」

凛「ん?」

花陽「え?」

穂乃果「女王様じゃ……ない?」

穂乃果「えーと……初めまして」

穂乃果「私は高坂穂乃果。騎士団の一員だよ」

花陽「騎士団の……あっ、は、初めまして、小泉花陽です! 今日から騎士団に入団することになりました!」

凛「同じく今日から入団することになった星空凛です。よろしくお願いします」

穂乃果「二人とも新しく入った子なんだ。これからよろしくね」

穂乃果「それはそうと、二人ともどうしてここに?」

花陽「えっと……入団式が終わったら、女王様がお呼びと言われて」

凛「かよちんは何かやっちゃったんじゃないかってとっても心配してるの」

凛「理由も解らないし……」

穂乃果「二人も理由を知らないのかぁ」

コンコン

穂乃果「はーい」

「女王様がお呼びです。謁見室まで起こし下さい」

穂乃果「解りました」

花陽「一体なんなんでしょうか……」

穂乃果「解らないけど……行くしかないよね」

穂乃果「……打ち首にならないといいけど」ボソッ

凛「ええっ!? 凛達打ち首になるの!?」

花陽「ひっ!?」

穂乃果「じ、冗談だよ……多分」

凛「それならもっと冗談らしい顔をして欲しいよ……」


ーーー
ーー

理事長「よくぞ来てくれました、三人とも」

理事長「実は、貴女達に頼みたいことがあったのです」

穂乃果「頼みたいこと……ですか?」

理事長「はい」

理事長「邪神の伝承は知っていますか?」

穂乃果「え?」

花陽「それって……古くから伝わる御伽噺の……?」

理事長「その通りです」

凛「それがどうかしたんですか?」

理事長「どんな物語か、一度話してもらえますか?」

穂乃果「はい。えっと……」

むかしむかし、あるところに悪い神様がいました。
生と死を司るその神様は、人々に邪神と呼ばれ恐れられており、この国を滅ぼそうと村や町を襲っていたのです。
たくさんの兵隊が邪神を倒すために戦いましたが、強大な力を持つ邪神には歯が立ちません。
邪神は自身を崇拝する者を配下に加えながら、とうとう都へと手を伸ばしました。
このまま邪神に滅ぼされてしまうのだろうと皆が諦めかけた時、9人の能力者が皆の前に現れたのです。
襲いかかる邪神の手下を打ち倒し、遂に邪神を山の中に追い詰めます。
そして激しい死闘の末、見事に邪神を打ち倒し、世界に平和が訪れましたとさ。
めでたしめでたし。

穂乃果「という話だったと思います」

理事長「はい、よくできました」

理事長「ですが、それはただのお伽噺ではありません。過去に実際に起こった出来事なのです」

凛「え?」

理事長「そして、その物語は少しだけ間違っていて、続きがあるのです」

穂乃果「続き……ですか?」

理事長「ええ」

理事長「本当は、邪神を倒すことはできなかったのです」

花陽「!?」

理事長「邪神はあまりにも強く、封印するのがやっとだったのです」

理事長「そして、邪神を封印した時に出来たのが9つの宝玉」

理事長「彼女たちは宝玉を一人一人持ち帰り、邪神が復活しないように管理することにしたのです」

理事長「ですが、最近その宝玉の一つが盗賊団に奪われました」

理事長「もしも悪い心の持ち主に宝玉が渡り邪神が復活したら、この世界は再び危機に見舞われることとなります」

理事長「ですから、貴女達には宝玉の回収をして欲しいのです」

穂乃果「あの……」

理事長「はい、どうしました?」

穂乃果「どうして私たちなんですか?」

穂乃果「えっと、任務が嫌だとかいうわけじゃなくて」

穂乃果「こんな重要そうなお仕事なら、もっと凄い人達にお願いしたほうが……」

理事長「……宝玉をとった盗賊団ですが、その中にいたという報告が入っているのです」

理事長「≪能力者≫……が」

穂乃果「!」

花陽「そんな……」

凛「え?」

理事長「貴女達も知っていますよね、能力者がどういうものか」

理事長「人よりも遥かに優れた身体能力を持ち、その身に異能を宿す者」

理事長「出現率は数千人に一人と言われ、また能力を実用性まで高められる才能を持つのはその中でもごく僅か」

理事長「そう、敵にはその能力者がいるのです」

理事長「能力者に対抗できるのは能力者だけ」

理事長「これが、私が貴女達を呼んだ理由です」

理事長「行ってもらえますね?」

ほのりんぱな「「「はい!!!」」」

理事長「ありがとうございます、三人とも」

理事長「ここに在処の解っている宝玉の場所を示しておきました」

理事長「三人に、神の御加護がありますように」スッ


ーーー
ーー

穂乃果「ただいま~」ガラッ

雪穂「お帰り、お姉ちゃん」

雪穂「ちゃんと間に合った?」

穂乃果「うん、大丈夫だったよ」

穂乃果「ただ、その後ちょっといろいろあってね」

雪穂「? 何があったの?」

穂乃果「私ね、ちょっと出かけなくちゃならなくなっちゃったの」

雪穂「え? ど、何処に!?」

穂乃果「それは……言えないんだけど。女王様の命令で」

雪穂「そうなんだ……危ないことじゃないよね?」

穂乃果「……うん。ちょっとお使いにいくだけ」

雪穂「そっか、それなら安心だね」

穂乃果「ただ、ちょっと長引きそうかなって」

雪穂「ふーん……」

穂乃果「それで、これから準備したらすぐに出発しなくちゃいけないの」

雪穂「え、すぐに?」

穂乃果「うん」

雪穂「……そっか」

雪穂「お姉ちゃん」

穂乃果「どうしたの?」

雪穂「……気をつけてね」

穂乃果「……うん!」

タタタタタ

穂乃果「花陽ちゃん! 凛ちゃん! お待たせ!」

穂乃果「ごめんね、待たせちゃったかな?」

花陽「私たちも今きたところです」

穂乃果「そう? それじゃあ早速出発だよ!」

凛「もう何処に行くか決まってるの?」

穂乃果「うん、最初は一番近くの村に行こうかなって」

穂乃果「よーし、行くぞー!」

りんぱな「「おー!」」

スタスタスタ

穂乃果「へぇ、花陽ちゃんと凛ちゃんは幼馴染なんだ」

花陽「そうなんです。家が近所なので昔から二人で遊んでました」

凛「えへへ、凛とかよちんは昔から仲良しだもんね」ギュー

花陽「もう、凛ちゃんたら……」

凛「そうだ、高坂先輩には幼馴染はいないんですか?」

穂乃果「…………」

穂乃果「いない……かな」

花陽「そうなんですか……」

凛「なんだか寂しいね……」

穂乃果「あ、でも、妹がいるよ」

花陽「高坂さん、妹がいるんですか?」

穂乃果「うん。雪穂っていって、おとなしいけんだけど意地悪で怒りっぽいの」

穂乃果「でも……本当は私のことを心配してくれる優しい子なんだよね」

穂乃果「えへへ、だから寂しくなんてないんだよ」

花陽「高坂さん……」

穂乃果「花陽ちゃん、その高坂さんって呼び方無し!」

花陽「え?」

穂乃果「私たちはもう友達でしょ?」

穂乃果「それならさ、そんな他人行儀な呼び方はやめようよ!」

花陽「えっと……それじゃあ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「うん!」

穂乃果「ほら、凛ちゃんも」

凛「穂乃果ちゃんよろしくにゃー!」

穂乃果「うん、私こそよろしくね!」

穂乃果「よーし、それじゃあ次の町まで急ごう!」

りんぱな「「おー!」」

ーーーーヴィントの村

穂乃果「ここが宝玉のある村か~」

凛「まずはどうするの?」

穂乃果「うーん、どうしよう」

穂乃果「どうしたらいいと思う、花陽ちゃん」

花陽「えっ!? えーと……村長さんの所に行ってみたらいいかなーと……」

穂乃果「おお、確かに。流石花陽ちゃん!」

花陽「いえ、このくらいは……」

穂乃果「村長さんのお家は何処だろう……すいません!」

「はい、なんでしょうか」

穂乃果「村長さんのお家って何処ですか?」

「村長なら西の方にある少し大きめの家に住んでますよ」

穂乃果「ありがとうございます!」

穂乃果「西の方だって、行こう」

凛「はーい」

スタスタスタ

ーーーー村長の家

コンコンコン

村長『どなたですかな?』

穂乃果「えーと……音ノ木坂王国騎士団の高坂穂乃果です」

穂乃果「女王様の命令で来ました」

村長『王国騎士団……そういうことですか。入ってください』

キィ

穂乃果「失礼します」

花陽「お邪魔します」

凛「お邪魔します」

村長「どうぞ、座ってください」

ガタッ

穂乃果「えっと」

村長「用件は、この村にある宝玉のことについてですかな?」

穂乃果「! 解るんですか!?」

村長「ええ、解りますとも。女王様の命令で騎士の方々が来られたとなるとこれしかございませぬから」

穂乃果「それじゃあ、宝玉は」

村長「はい、お渡しいたします」

穂乃果「いいんですか?」

村長「ええ」

村長「最近、とある盗賊団によって宝玉が奪われたと聞きました」

村長「昔のわしなら勇んで来るなら来いと思ったのでしょうが、今はただの口うるさい老いぼれです」

村長「この宝玉を守るのが我々一族の役目……ですが、娘は村を出て行き、今ではわししかおりません」

村長「ですから……一族に宝玉を守る力が無くなった以上、国に保管して貰うのが一番だと思ったのです」

村長「全く……情けない話じゃ」

穂乃果「おじいちゃん……」

村長「老いぼれの話に付き合わせてすまなかったの、お嬢さん方」

村長「これが、一族に伝わる宝玉じゃ」

スッ

花陽「綺麗……」

村長「確かに綺麗ですが、魅入られてはいけませんぞ」

村長「ここに封印されているのは凶悪な邪神なのですから」

穂乃果「それじゃあ、お受け取りします」

村長「……頼みますぞ」

スッ

穂乃果「ありがとう、おじいちゃん」

穂乃果「よし、これで任務完了だね」

凛「もっと大変なことになるんじゃないかって思ってたにゃー」

花陽「平和に越したことはないよぉ」

村長「若い子は元気があってええのぉ」

村長「それでは、私も見習って皆さんを町の入り口までお見送りさせていただきますかな」

穂乃果「無理しちゃ駄目だよ!」

村長「いやいや、無理などしとらんよ」

村長「ちょうど散歩に行く時間じゃしの」

凛「おじいちゃんは毎日散歩してるの?」

村長「もちろんじゃ。どれ、わしの軽快なフットワークを見せてあげよう」

スタスタ ガチャ

花陽「出て行っちゃいました……」

穂乃果「元気なおじいちゃんだね」

凛「あれだけ元気なら敵が来ても勝てるにゃ!」

穂乃果「あはは、本当ーー」


『何者じゃ貴様ら!!!』


ほのりんぱな「「「!?」」」

穂乃果「今の声……おじいちゃん!?」

花陽「何かあったのかも」

凛「凛達も外にいくにゃ!」

ドタドタ ガチャ

穂乃果「!」


村長と対峙するのは黒装束に身を包む謎の集団。
村長の剣幕から友好的な相手というわけではないのだろう。

「この村にある宝玉を渡してもらおうか」

村長「貴様らに渡す物などない! さっさと村からでていけ!」

「……拒むのなら、力ずくで奪うだけだ」

ちゃきり、と先頭にいた男が剣を構えると同時に、その後ろにいた敵が各々の武器を取り出す。

穂乃果「おじいちゃん!」

村長「来てはならん! 早く逃げるんじゃ!」

穂乃果「そんなの駄目だよ! おじいちゃんを見捨ててなんて絶対にいけない!」


おじいちゃんを庇うように前に出る。凛ちゃんと花陽ちゃんも続き、三人で敵と相対する形になった。

「小娘が……死にたくなければそこをどけ」

穂乃果「どかないよ! 困ってる人を助けるのが、騎士の役目だから!」

「騎士……? ふん、こんな子供が騎士を名乗るだなんて、この国も地に落ちたものだな」

「恨むのなら、そんな国に生まれた自分のうんめーー」

敵が言い終わる前に地面を強く蹴り、無防備なお腹に拳を叩き込む。
どさりと、いう音と共に続きの台詞は地面へと消えていった。
続けざまに近くにいたもう一人の敵を蹴り飛ばす。二人目。

「っ……武器を構えろ!」

展開に脳が追いついたのだろう、敵が反撃に移ろうと武器を構えようとする。けど、遅い。
体制を整える前に敵に肉薄し肘打ち。敵は悲鳴をあげる間も無く地面へと倒れる。三人目。

「なんだこいつは!?」

「無闇に近付くな! 弓で遠巻きに仕留めろ!」

焦りを孕んだ声。敵は近接戦闘では勝てないと悟り、こちらから距離をとりながら素早く矢を放ってくる。

穂乃果「! おじいちゃん!」

自分に向かってくる矢を素手でいなしていると、孤を描きながら村長へと向かう矢が目に留まる。

凛「まかせて! 『ばりあー!』」

さっと村長の前に躍り出た凛が両手を前に翳すと、飛来した矢が見えない壁にぶつかったかのように弾かれた。

「おい、今の……」

「まさか……≪能力者≫!?」

今更気づいても遅い。驚きに足を止めた二人をノックアウトする。残り二人。

「逃げるぞ! こいつらはやばい!」

勝ち目がないと解り一目散に逃げ出す。仲間意識が薄いのか、倒れた味方を気にもかけていない。

花陽「……逃がしません! 《縛鎖の蔓》(バインバインド)」

彼らの足元の地面を引き裂いて現れたのは何本もの巨大な蔓。触手のようにうねり、逃げ出した彼らの体を拘束する。

「くそっ……動けねぇ!」

盗賊団の一人が必死にもがくが、頑丈な蔓はびくともしない。
これで全員の制圧が完了した。

今回はここまで

穂乃果「おじいちゃん、大丈夫だった?」

村長「ああ、おかけで助かったわい」

村長「それにしても……まさかお嬢さん方が≪能力者≫じゃったとは」

村長「宝玉を回収する任務に割り当てられるのも納得がいくのぅ」

穂乃果「うん……だから、おじいちゃんは安心して休んでていいよ」

村長「そうじゃな、これからは緩やかな隠居生活を送らせてもらうとしよう」

花陽「あの、この人たちは……」

穂乃果「あー……」

凛「山にでも捨てちゃうかにゃー?」

花陽「だ、駄目だよ凛ちゃん、そんなことしたら……」

凛「でも7人も連れていけないよ」

花陽「それはそうだけど……」

穂乃果(こういう時はどうするんだっけ)

穂乃果(うーん……)

穂乃果「そうだ!」

穂乃果「おじ……村長さん」

村長「なんですかな」

穂乃果「私たちが王都まで戻り、騎士団の派遣の要……」

穂乃果「…………」

村長「???」

凛「(穂乃果ちゃん、どうしたの?)」

穂乃果「(続き忘れちゃった)」

凛「(無理して難しい言葉を使おうとしなくてもいいよ!)」

穂乃果「(うう……ごめん)」

穂乃果 コホン

穂乃果「えっと、帰ったら騎士団の人たちにお願いして来てもらうから、それまで犯人の人たちを見てもらってもいいですか?」

村長「構わんよ」

穂乃果「ありがとう、おじいちゃん」

村長「礼を言うのはこちらのほうじゃ」

村長「お嬢さん方が来てくれんかったら、宝玉は悪しき者の手に渡っていたことじゃろう」

村長「本当に、ありがとう」

村長「また暇があったら、村に遊びに来てくれ」

村長「その時は面白い昔話の一つや二つお話しさせてもらおう」

穂乃果「うん、絶対にまた来るよ」

穂乃果「それじゃあ、またね」

スタスタスタ

穂乃果「後はこれを女王様に届けるだけだね」

穂乃果「はぁ、それにしても本当に盗賊団がでるなんて……びっくりしちゃったよ」

花陽「でも、間に合ってよかったですね」

穂乃果「うん。もう少し遅れてたら、村長さんが危険な目にあってたかもしれないしね」

凛「凛はもう少しあの村にいたかったにゃー」

凛「いい風が吹いてて気持ちよかったし」

穂乃果「確かにそうだけど、あんまりのんびりしてられるって状況じゃないから」

凛「解ってるよー」


ーーー
ーー

ーーーー謁見の間


穂乃果「こちらが、村から回収した宝玉です」スッ

理事長「ありがとうございます、三人とも」

理事長「それでは、特別保管庫に運んでください」

「「はっ」」

コツコツコツ

理事長「報告は一足先に聞きました」

理事長「盗賊団と戦闘になったようですね」

穂乃果「はい。それで、村に彼らを捕まえてありますから……」

理事長「解っています。先程騎士達を向かわせました」

穂乃果「ありがとうございます」

理事長「お礼を言うのはこちらのほうですよ」

理事長「貴女たちのおかげで宝玉を守ることができました」

理事長「この宝玉は厳重に警備するので、安心してください」

穂乃果「お願いします」

穂乃果「それでは、次の町に行ってきます」

理事長「もう行くのですか?」

理事長「今日くらい休んでもいいと思うのですが」

穂乃果「休んでる間にも、盗賊団のせいで苦しめられる人々がいるかもしれません」

穂乃果「私は、皆を守りたいんです」

理事長「……解りました。頑張ってくださいね、三人共」

ほのりんぱな「「「はい!」」」

スタスタ

理事長「高坂さん」

穂乃果「はい」ピタッ

理事長「……気にしているのですか、あの事件のこと」

理事長「あれは、貴女には何の責任もないんですよ」

穂乃果「…………」

穂乃果「……気にしていないと言えば嘘になります」

穂乃果「でも、皆を守りたいというのは、私の本心です」

穂乃果「失礼します」

スタスタスタ

理事長「…………」

穂乃果「花陽ちゃん、凛ちゃん、ごめんね」

凛「? いきなりどうしたの?」

穂乃果「休まずにすぐに出発させちゃって」

花陽「いいんですよ。私も皆が心配ですし」

凛「凛も休んでるよりは体動かしてる方が好きだから気にしないにゃー」

凛「それに、こうやって旅してたら美味しい物が食べられるし」

花陽「新しいお米との出会いもあります!」

穂乃果「よーし、じゃあ新しい町に行って美味しい物を食べよう!」

りんぱな「「おー!」」


ーーー
ーー

ーーーーリョートの街


穂乃果「ここが次の宝玉がある街かぁ」

穂乃果「王都程じゃないけど、大きい街だね」

花陽「ここは他の国とも近いから、商人の人たちが良く行き来するんです」

穂乃果「へぇ、そうなんだ」

凛「それで、宝玉はどこにあるの?」

穂乃果「えっと……あ、場所も書いてある」

穂乃果「街の北のほうにある大きな建物だって」

凛「町長さんの家かにゃー?」

穂乃果「うーん、そこまでは書いてないや」

穂乃果「とりあえず行ってみよう」

スタスタスタ

穂乃果「うわぁ……凄い豪邸」

花陽「この街にこれだけの家を建てるなんて……」

凛「お金持ちだにゃー……」

「何かごようでしょうか」

穂乃果「えっと、私たち、王国騎士団の者です」

穂乃果「この家にある宝玉のことでお話があってきました」

「少しお待ちください」

「…………」

凛「(目をつぶってなにしてるんだろう?)」

花陽「(うーん……お祈り、かな?)」

「お嬢様のお許しが出ました」

「屋敷の中へどうぞ」

トコトコ

凛「なんだか高そうな物がいっぱいだにゃー」

穂乃果「……もしかして、宝玉も何処かに飾ってたり?」

「そのようなことはございません。宝玉はきちんと管理されております」

穂乃果「そ、そうですよね」

ピタッ

「着きました。お嬢様、失礼いたします」

キィ

真姫「……王国騎士団の人たちが来るって聞いてたけど」

真姫「なんだ、まだ子供じゃない」

凛「(そっちも子供だにゃー)」

花陽「(凛ちゃん、しー)」

穂乃果「初めまして、私はーー」

真姫「自己紹介なんていいわ、特に興味もないし」

真姫「それより用件を早く話してくれる?」

真姫「私は結構忙しいの」

凛「…………」

花陽「…………」

穂乃果「えっと、この家にある宝玉を回収しに来ました」

真姫「お断りよ」

穂乃果「え?」

真姫「宝玉は先祖から代々受け継いできた物。それを渡せるわけないでしょ」

穂乃果「で、でも女王様の命令で……」

真姫「……聞かされてないようだから教えてあげる」

真姫「宝玉は一箇所に集まるのが一番危険なの」

真姫「だから悪い権力者の手に集められないように、宝玉は勅命によって侵されないという決まりが作られてるのよ」

穂乃果「で、でも盗賊団が……」

真姫「そのことなら既に聞いているわ」

真姫「でも安心しなさい。例え誰が来ようと、全員倒してあげるから」

真姫「私の≪能力≫でね」

穂乃果「!」

真姫「話は終わりかしら?」

真姫「騎士の方々がお帰りよ。案内してあげなさい」

「はっ」

真姫「さようなら」

ーーーー宿屋


凛「流石にあの態度はないよ!」

凛「盗賊団に襲われて一度痛い目みればいいんだにゃ!」

花陽「言い過ぎだよ、凛ちゃん」

花陽「本当にそんなことになったら、不幸になる人が増えるんだよ?」

凛「そうだけど……でも、あんな態度はないよ」

凛「穂乃果ちゃんもそう思うよね?」

穂乃果「…………」

凛「穂乃果ちゃん?」

穂乃果「決めた!」

花陽「え?」

穂乃果「二人とも、明日もう一度行ってみようよ!」

凛「行ってどうするの?」

穂乃果「持って帰るのが無理なら、守るのを手伝えばいいんだよ!」

花陽「それも許してくれないかも……」

穂乃果「でも、このまま放っておくなんて絶対駄目!」

凛「……確かにそうだけど」

穂乃果「大丈夫、話せばきっと解ってくれるよ!」

穂乃果「よーし、そうと決まれば早速でかけよう!」

花陽「何処に……ですか?」

穂乃果「さっきのお家に!」

穂乃果「もし襲撃するなら、下見をする可能性が高いからね」

穂乃果「だから、怪しい人物がいないかチェックしにいこう!」

凛「穂乃果ちゃんって意外に真面目だにゃ……」

穂乃果「意外には余計だよ!?」

「お客さんたち、もしかして今から出かけるつもりかい?」

穂乃果「はい、そうですけど」

「それなら気をつけるんだよ、ここの街は治安がそんなに良くないからね」

穂乃果「そうなんですか?」

「ああ……それも全部隣国のせいだよ」

凛「どういうこと?」

「この国は全体的に平和だけど、隣国はそうでもないんだよ」

「国は大きいけど、独裁政治のせいで不満を持つ人が多くて、毎日のように事件が起きてるって話だよ」

「子供が暗殺未遂で捕まって、一族皆死刑になったなんて噂も聞いたことがあるし……本当恐ろしいよ」

「そんな国から逃げ出して来た人達はこの街に来るんだけど、その人たちがよくいざこざを起こしてねぇ」

「悪いことは言わんから、夜に外をうろつかないほうがいいよ」

穂乃果「ありがとう、でも私たちは大丈夫だよ」

穂乃果「行こう、二人とも」

スタスタスタ

花陽「何度見ても大きいですね」

凛「門番や警備の人も巡回してるし、やっぱりお金持ちだにゃ……」

穂乃果「それでも何処かに穴はあるはず」

穂乃果「裏の方に回ってみよう!」

タタタ

ドンッ

穂乃果「わっ!? あててて……」

にこ「っ~~! ちょっとあんた! 何処見て歩いてんのよ!」

穂乃果「ご、ごめんなさい」

にこ「まったく……せっかくの戦利品が台無しになったらどうすんだか」ガサガサ

花陽「風呂敷の中に高そうな物が……」

凛「……戦利品?」

にこ「ふう……なんとか無事そうね」

にこ「いい? これからはちゃんと前見て歩きなさいよ」

穂乃果「う、うん……」

にこ「はぁ……時間損したわ。早くいかないと」

「いたぞ! こっちだ!」

にこ「やばっ」ダッ

穂乃果「え?」

「逃げたぞ! 追え!」

穂乃果「あの、彼女が何かしたんですか?」

「あいつは泥棒だ!」

花陽「泥棒!?」

凛「悪い奴だにゃ!」

「くそっ……早い」

穂乃果「凛ちゃん、花陽ちゃん、行くよ!」

タタタタ

にこ「ふふん、今日も楽勝ね」

にこ「ま、にこに追いつける奴なんているわけないから当たり前だけど」

凛「そこまでだよ!」ザッ

にこ「! あんた、さっきの……」

にこ「ちっ!」クルッ

穂乃果「逃がさないよ」

花陽「ここは通しません」

にこ「…………」

穂乃果「さあ、逃げ場はないよ」

穂乃果「おとなしくして」ジリッ

にこ「……ふん、こんなので捕まえた気になってんの?」

穂乃果「えっ?」

にこ「それなら、甘すぎるわ!」

にこ「『影縫い』」ヒュッ


少女の手を離れた三本のナイフは、三人の影へと突き刺さる。それと同時に三人の体が空気に縫い止められたかのように動かなくなった。

穂乃果「か、体が……動かない……」

にこ「にこの邪魔をするからこんなことになるのよ」

にこ「そのままずっと動けずに、可哀想な人たちの慰み者にでもなってなさい」

にこ「それじゃあね」

タタタタ

穂乃果「うっ……あああ!」ググッ

凛「ビクともしない……凛たち、ずっとこのままなのかにゃ?」

花陽「ええっ!?」

穂乃果「はぁ……はぁ……そうだ!」

穂乃果「花陽ちゃん、前みたいに蔦を出してナイフを抜けない?」

花陽「やってみます! 《縛鎖の蔓》(バインバインド)」

シュルシュル スポッ

凛「わっ! 動ける!」

穂乃果「助かった……ありがとう、花陽ちゃん」

花陽「えへへ……」

穂乃果「……でも驚いたよ。まさか能力者だったなんて」

凛「そのせいで逃げられちゃったしね」

穂乃果「しょうがない……かぁ」

穂乃果「もう少し見回りをして、宿に戻ろう」


ーーー
ーー

「お嬢様」

真姫「どうしたの?」

「訪問者が来ております」

真姫「今日は全部断ってって言っておいたはずだけど?」

「申し訳ありません。ですが、騎士団の方々を粗末に扱うわけにはと思いまして……」

真姫「騎士団……もしかして、昨日の?」

「はい、その通りです」

真姫「はぁ……解ったわ。通していいわよ」

真姫「せっかく面白い物が手に入ったっていうのに……」

コツコツコツ

穂乃果「門前払いされるかと思ったけど、通してもらえてよかったね」

凛「お昼に行った時はまだ寝てるって追い返されたけど」

凛「絶対ぐうたらだにゃー」

花陽「きっと疲れてたんだよ」

「どうぞ、お入りください」

キィ

穂乃果「失礼します」

真姫「あんた達もしつこいわね」

真姫「何度言っても宝玉は渡さないわよ」

穂乃果「それについて話したいことが……あれ」

真姫「? 何よ」

穂乃果「あそこにいるの……」

凛「あっ!」

花陽「昨日の……」

にこ「げっ……」

真姫「何? にこちゃんの知り合い?」

にこ「知り合いというか……そのぉ……」

穂乃果「その人は泥棒です!」

真姫「……ああ、そういうこと」

真姫「まったく、面倒事を増やしてくれるわね」

にこ「……申し訳ありません」

真姫「貴女たち、今は彼女のことは関係ないわ」

真姫「話したいことってなによ」

穂乃果「私たちにも宝玉の警備をさせてください」

真姫「……警備をさせて欲しい?」

真姫「冗談じゃないわ、貴女たちみたいな子供に何ができーー」

穂乃果「私たちは、≪能力者≫です」

真姫「!」

凛「穂乃果ちゃん……?」

花陽「…………」

真姫「…………へぇ」

真姫「いいわよ、許してあげる」

穂乃果「本当!?」

真姫「ええ、本当よ」

真姫「そうそう、それなら自己紹介をしなきゃね」

真姫「私は西木野真姫。この家の主よ」

穂乃果「私は高坂穂乃果。王国騎士団に務めています」

花陽「小泉花陽です」

凛「星空凛だにゃー」

真姫「ちなみに、隣にいるのは矢澤にこ」

真姫「彼女の身柄は私が所有しているし、警察にも話は通してある」

真姫「だから余計なことはしないでね」

真姫「それじゃあにこちゃん、三人を客間に案内してあげて」

にこ「かしこまりました」ペコッ

コツコツコツ

にこ「…………」

穂乃果「ねえ、なんでここにいるの?」

にこ「…………」

穂乃果「もしかして、真姫ちゃんの命令で泥棒してたの?」

にこ「……そんなわけないでしょ」ボソッ

穂乃果「えっ?」

ガチャ

にこ「客間はここよ。綺麗に使いなさいよね」

にこ「それと、余計なことは聞かないで。あんたらには関係ないんだから」

スタスタスタ

凛「感じ悪いにゃー」

花陽「何かあったのかな……?」

~~~~~~~~~~~~~~
ーーーー昨夜


にこ「全く……見つかるなんてとんだヘマしたわ」

にこ「このままだといつ追ってがくるかもわからないし……この街もさっさと出た方がいいわね」

にこ「それなら最後にあの大きな屋敷でお宝ごっそり頂くとしましょう」

にこ「金持ちな世間知らずのお嬢様の家なんて楽勝よ、楽勝」

にこ「……待っててね、皆」

スタタタタ

シュタ

にこ「ふふ、簡単に忍び込めたわ」

にこ「やっぱり余裕ね」

にこ「……っと、扉の前に見張りが二人」

にこ「あそこが当たりかしら?」ニヤッ

にこ「『影縫い』」

「っ!?」

「!!」

にこ「ふふん、そこでおとなしくしてなさい」カチャカチャ

ガチャン

コツコツコツ

にこ「……? 随分殺風景な部屋ね」

にこ「向こう側に扉があるけど……じゃあこの部屋は何の意味が?」

バタン

にこ「え?」

にこ「扉が閉まった……?」

にこ「まさか!」

真姫『ふふ、罠にかかったわね』

真姫『お間抜けな盗賊さん』

にこ「くっ……!」

にこ「舐めんじゃないわよ……こんな部屋、壊して出てやるわ!」スッ

ドン ドサッ

にこ「痛っ!?」

真姫『無駄よ。その部屋は特殊な金属で作ってあるんだから』

真姫『例え能力者であっても、簡単には抜け出せないわ』

にこ「そんな……」

真姫『……それで、彼女が何者か解ったの?』

『はっ。こちらをご覧ください』

真姫『……へぇ、そういうこと』ペラペラ

真姫『矢澤にこ』

にこ「どうしてにこの名前……」

真姫『貴女、家族がいるそうね』

にこ「!」

真姫『貧しい家庭で育ち、家族を養うために盗賊をしていた……と』

真姫『ふふ、良かったじゃない。これからは家族皆で牢屋でご飯が食べられるわよ』

にこ「なっ!? 悪いのはにこよ! 皆は関係ないでしょ!?」

真姫『それを決めるのは貴女じゃないわ、私よ』

にこ「ぐっ……!」

キィ

真姫「もし家族を助けたいなら、解るわよね?」

にこ「にこに、どうしろって言うのよ……」

真姫「ふふっ」スッ

パァン!

にこ「!?」

真姫「どう? 札束のビンタの味は」

真姫「貧しい家族を助けたいんでしょ?」

真姫「それなら、私の物になりなさい」

「お嬢様、それは!」

真姫「黙ってて」

真姫「貴女たちも見たでしょ? 彼女の≪能力≫」

真姫「ちんけな物じゃない、本物の≪能力者≫よ」

真姫「身のこなしからしてもそれはよくわかる」

真姫「私の召使に相応しいわ」

真姫「さあ、選びなさい」

真姫「私に従うか、家族仲良く捕まるか」

真姫「ふふっ」


~~~~~~~~~~~~~~

にこ(あんな屈辱的なこと、話せるわけないじゃない!)

にこ(覚えてなさいよ、いつか吠え面かかせてやるんだから)

真姫「案内は終わった?」

にこ「はい、お嬢様」

真姫「ふふ、召使いの姿、とっても似合ってるわよ」

真姫「才能あるんじゃない?」

にこ「……ありがとうございます」

にこ(そんなこと言われても嬉しくないわよ!)

真姫「それじゃあ晩餐の支度をしてくれる?」

にこ「かしこまりました」


ーーー
ーー

真姫「それじゃあ警備をしてもらいたいんだけど……」

凛「晩ご飯美味しかったね!」

穂乃果「うん! 見たことないものばっかりだったよ!」

花陽「お米も美味しく炊けてました!」

真姫(本当に大丈夫かしら)

真姫「まあいいわ、適当に見回って好きなように警備してて」

真姫「くれぐれも邪魔だけはしないでね」

穂乃果「はーい」

穂乃果「そうだ、ちょっと聞いてもいい?」

真姫「なに?」

穂乃果「このお屋敷って、私たちの他にも能力者がいるの?」

真姫「ええ、いるわよ」

真姫「頭の中で会話したり、侵入者を察知したり、相手の名前を読み取ったり」

真姫「でも、どれも中途半端なものばかり」

真姫「本物の能力者と呼べるのは、私とにこちゃんくらいよ」

穂乃果「そうなんだ……」

真姫「それじゃあ、私は寝室に行くから、せいぜい頑張りなさい」

穂乃果「うん。お休み、真姫ちゃん」

真姫「……お休み」

スタスタスタ

凛「やっぱり感じ悪いにゃ」

穂乃果「うーん……そうだけど、悪い子じゃなさそうだよね」

穂乃果「どちらかといえば、接し方を知らない……って感じに思えるかな」

凛「凛にはよくわからないよ」

花陽「……あの」

穂乃果「どうしたの?」

花陽「この後どうしましょう?」

花陽「巡回の仕方とか……」

穂乃果「うーん……何かあると危険だし、三人で一緒に行動しよう」

凛「でも、それだと一日中起きてることになるんじゃ」

穂乃果「あ……」

花陽「二人で行動して、一人は仮眠をとるというのはどうでしょうか?」

花陽「それで、仮眠は順番に……」

穂乃果「うん、そうしよう!」

穂乃果「それじゃあ、初めは誰から……」

ザワザワ

タタタタ

穂乃果「? どうしたんだろ?」

凛「きっと侵入者でも来ーー」



ドゴォォォォォォォオオンンン!!!

凛「な、何が起きたにゃ!?」

花陽「一階の方から聞こえて……」

穂乃果「行くよっ!」ダッ

凛「穂乃果ちゃん!?」

タタタタ

穂乃果「さっきの音……もしも道具を使わずに起こされた物だとしたら……」

花陽「≪能力者≫がいるかもしれないってことですか?」

穂乃果「うん。だから、急がないと皆が危ない!」

ダンッ

穂乃果「っ……」

一階への階段を降りきると、ぐったりと倒れた使用人の人々が目に飛び込んで来た。
外傷はあるものの、誰も死んではいないように見える。でも気を失っているのか誰もピクリとも動かない。

凛「あいつが……やったのかにゃ」

その言葉に誘われるようにふと顔をあげると、自然と口から驚きの声が漏れた。

穂乃果「え……?」

群青の髪に、蜂蜜色の瞳。
その姿は、過去の思い出の少女の面影を残していて。

穂乃果「そんな……」

知っている。私は、彼女の名前を知っている。
だって、彼女は……

穂乃果「海未、ちゃん……」

大切な、幼馴染なんだから。

今回はここまで

海未「……穂乃果?」

穂乃果「そうだよ……久しぶりだね、海未ちゃん」

海未「何故、貴女がここに?」

穂乃果「それはこっちの台詞だよ……なんでこんなこと……」

海未「…………」

海未「その服……」

海未「そうですか……騎士になったのですね、穂乃果」

穂乃果「……うん」

穂乃果「……海未ちゃんは、宝玉を奪いにきたの?」

海未「だったら、どうしますか」

穂乃果「やめようよ、こんなこと」

穂乃果「おじさんもおばさんも、ずっと海未ちゃんのこと心配してるよ」

穂乃果「だから、一緒に帰ろう」

穂乃果「こんなことしたって……意味ないんだよ?」

海未「……意味なら、ありますよ」

穂乃果「え……?」

海未「……これ以上話すことはありません」

海未「痛い思いをしたくなければ、道を開けてください」

穂乃果「……宝玉を揃えたら、邪神が復活するかもしれないんだよ」

海未「全て承知の上です」

穂乃果「……そっか」

穂乃果「それなら、海未ちゃんをこのままにしておくわけにはいかない」

穂乃果「皆を守るために……海未ちゃんをここで捕まえる」

穂乃果「騎士として!」

地面を強く蹴り、海未の方へと駆け出す。

穂乃果(邪神の復活なんて絶対にさせない!)

ぐんぐんと距離が縮まるが、海未は自然体のまま動こうとはせず、冷たい瞳でこちらを見ているだけだ。

その立ち振る舞いに少しずつ疑念が生じる。

穂乃果(罠……? ううん、海未ちゃんはそんなことしない)

記憶の中の少女は卑怯なことを嫌い、正々堂々を信条としていた。
そんな彼女が、最初から罠を使うわけがない。

穂乃果(それなら……思いっきり殴って、目を覚まさせる!)

大きく振りかぶった拳を海未へと放つ。
それは無防備な海未の体へと深々と食い込む━━━━ことはなかった。

穂乃果「え……?」

目の前から海未の姿が一瞬の内に消え、拳が空を切る。

海未「遅い」

足元に強い衝撃を受け、態勢が崩れる。足払いを受けたと気づいた時には、穂乃果の体は宙を舞っていた。

凛「穂乃果ちゃん!」

はっとなった凛が穂乃果を助けようと駆け出す。
凛には今の出来事は海未が消え、穂乃果の近くに出現したように見えた。

ここから一つの推測が生まれる。

凛(おそらく……能力は瞬間移動)

凛(それなら、能力が発動する前に叩けばいい!)

床を蹴る足に力を込める。海未が反応できない速さで攻撃すれば、能力で躱すこともできないはず。

だが、すぐにその推測が間違っていることを知る。

凛「っ……あっ……」

振り上げようとした足の動きが止まる。カウンターの要領で突き出された拳に鳩尾を捉えられ、激しい痛みが胸を抉る。

海未「言ったでしょう、遅い、と」

胸ぐらを掴まれ、思いっきり花陽の方へと投げられる。

花陽「凛ちゃ……きゃっ!?」

急な展開に思考が追いつかず、弾丸のように迫る凛にぶつかり、二人一緒に床を転がる。

海未「空中では、何もできないでしょう」

もどかしい浮遊感の中で、穂乃果は目の前の出来事に唇を噛む。

早く地面に付いて。あの二人を助けないと。

海未「他人よりも、自分の心配をした方がいいですよ」

穂乃果「っ!?」

振り下ろされる手刀。咄嗟に防御の姿勢を取ろうとするが、気を取られていたせいで僅かに遅れてしまう。

穂乃果「あぐっっっ!?」

それは腹へと減り込み、そのまま穂乃果の体は床へと叩きつけられる。
そこを中心に、床には蜘蛛の巣状にヒビが入った。

海未「貴女たちは、能力者との戦いに慣れていない」

激しい痛みに意識が飛びそうになるのを堪えながら、海未へと視線を向ける。

海未「一般人相手なら、単調な攻撃や能力で簡単に勝つことができます」

海未「しかし、能力者との戦いはそうはいきません」

海未「その決定的な違いは、貴女たちがダメージを受けることです」

穂乃果「……っ」

海未「痛みを忘れ、安穏とした世界で生きていた貴女たちが」

海未「覚悟を持たずにのこのこと遊び半分で戦場に立つ貴女たちが」

海未「私に勝てる道理など、ありません」

海未「解ったら、もう二度と私の邪魔をしないでくださ━━」

にこ「『目暗まし』!」

深い闇に呑まれたように目の前が真っ暗になる。

館の灯りも、月の光も閉ざされたその空間では、周りにあるものが霞んで見えることさえない。

にこ「少しの間おとなしくしてなさい」

ぐっと持ち上げられる感触。
そのままゆっくりとにこの肩に担がれる格好になる。

どうやらにこにはこの暗闇の中でも目が見えているようで、足音を消したまま素早く廊下を移動していく。

にこ「動けるんなら自分の足で走って欲しいけど……仕方ないわね」

凛ちゃんと花陽ちゃんのことだろうか。
どうやら二人のこともちゃんと連れて行ってくれるらしい。

サァァァァ

穂乃果「あれ、目が見える……?」

にこ「効果の範囲から出たのよ」

穂乃果「……助けてくれてありがとう、にこちゃん」

にこ「お礼は本当に助かってからにしなさい」

にこ「まだ、何も終わってないわよ」

穂乃果「うん……これからどうするの?」

にこ「宝玉の置いてある部屋まで撤退」

にこ「そして……あいつを閉じ込める」

穂乃果「どうやって?」

にこ「宝玉がある部屋の前には、あのお嬢様が作った特殊な部屋があるの」

にこ「あそこなら、能力者でも出られない」

スススス

真姫「遅いわよ」

真姫「全く、こんな所にご主人様を連れてきて放置するなんて躾が必要なようね」

にこ「お仕置きがしたいなら後で受けてあげるわ」

にこ「でも、今はあいつをなんとかしないといけない」

にこ「あいつ……嫌な感じがする」

真姫「……ふん、まあいいわ」

真姫「ちょうど敵も罠にかかったようだしね」

海未「面白い能力を持っていますね」スタスタ

海未「ですが、それで私は倒せませんよ」

にこ「倒すつもりなんて最初からないわよ」

にこ「それと、あんたの負けよ」

バタン

海未『……? 扉を塞いて、閉じ込めたつもりですか?』

真姫「そうよ、あんたは閉じ込められたの」

真姫「本当はこの真姫様が直々に手を下してもよかったんだけどね」

真姫「ま、能力者でもそこからは出られないからおとなしくしてなさい」

真姫「私の家に侵入した罰として、後でたっぷり可愛がってあげるわ」

海未『…………』

穂乃果「凛ちゃん、花陽ちゃん、大丈夫?」

凛「うん……なんとか」

花陽「だ、大丈夫……です」ガタガタ

真姫「何が大丈夫なのよ、震えてるじゃない」

花陽「こ、これは……違っ……」

穂乃果「花陽ちゃん、大丈夫、落ち着いて」

花陽「穂乃果……ちゃん」

穂乃果「解ってるから……今はちょっと混乱してるだけ」

花陽「…………っぁ」

穂乃果「……それで、この後どうするの?」

にこ「使用人に助けを呼ぶように言ってあるから、明日までにはきっと手練れの騎士が来てくれるはず」

真姫「それまでずっとこの部屋にいろって言うの? 冗談じゃないわ」

にこ「出口がないんだから我慢しなさい」

にこ「食糧と飲み物は一応用意しておいたから」

真姫「……はぁ、最悪ね」

真姫「それもこれも全部こいつのせいだわ」

真姫「ちょっと! 黙ってないで命乞いでもしたらどうなの?」

真姫「自分の立場解ってるんでしょ!?」

ガンガン

にこ「なにしてんのよ!」

真姫「暇つぶしよ」

にこ「だからって挑発━━」

海未『貴女たちは、能力者というものを何も理解していないのですね』

真姫「……喧嘩売ってんの?」

海未『事実を言っているだけですよ』

海未『だって、もしも理解しているのなら』

海未『この程度で閉じ込めたなどと、思えるわけがありませんから』

にこ「っ!? 危ない!」グイッ

真姫「きゃっ!?」

ドゴオオオオオオオオオオン!!

コツンコツン

海未「もう少し硬いかと思いましたが、案外脆いものですね」

にこ「そんな……」

真姫「……上等じゃない」グッ

にこ「駄目よ……戦っても勝てない」

にこ「隙をついて逃げないと……」

真姫「巫山戯たことを言わないで」

真姫「私が逃げるなんて、あり得ないわ」

ザッ

海未「痛い目にあいたくなければ、おとなしくしておいてください」

海未「それとも、命乞いでもしますか?」

真姫「っ! 舐めてんじゃないわよ! 《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

真姫の周りを覆うように氷の槍が多数出現し、海未を目掛けて高速で飛んでいく。

その光景を見つめながら真姫は笑みを浮かべる。
当然だ、この攻撃を躱しきるなんて不可能なんだから。

一般人にとっては。

真姫「なっ……!?」

だが、海未にはそれが可能だった。
まるで舞踊のように静かに、最小限の動きでその全てを避けている。

海未「何も考えずに飛ばしているだけでは、いつまでたっても当たりませんよ」

海未「そして……貴女は無防備すぎます」

真姫「何を━━」

グチュッ

耳触りな肉を抉る音と共に、左肩に鋭い痛みが走る。

真姫「っぁぁぁぁぁぁぎぃぃぃぃぃぃっぐぐぐぐぅぅっっ!?!!?!」

真姫の肩に刺さるのは一本の矢。
そして、海未の手にはいつの間にだしたのか、弓が握られている。
大量に飛んでくる氷の槍を避けながら、正確に真姫の肩を撃ち抜いたのだ。

真姫「いっあっあああああやっいっ……」

痛みでその場にうずくまる真姫。それは戦闘では致命的な行為。
だが、そんなこともわからないほど真姫は混乱していた。

幼い頃に能力に目覚め、資産家の両親に甘やかして育てられた真姫は、体に痛みを感じることなどなかった。

転んでも痛くない。
誰かにぶつかっても、痛がるのは相手。
苛々を物にぶつけても、壊れるのは物。

そう、真姫にとってそれは初めて感じる痛みと言ってもいい。
ゆえに、真姫の心は初めて死の恐怖を感じることになる。

海未「さて……どうしてあげましょうか」

真姫「ひっ!?」

ゆっくりと近づいた海未は、右手に握った矢を真姫へと突きつける。

真姫「嫌……嫌っ……」

今までの気丈な振る舞いは影を潜め、壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返す。

恐怖に染められた心は簡単には元に戻らない。
彼女はもう、戦えないだろう。

凛「真姫ちゃんから離れろ!」

海未の気を真姫からそらさなくてはならない。
そう思った凛が海未へと駆け出そうとした時、既に海未の弓は凛へと狙いを定めていた。

凛「っ!? 『ばりあー!』」

咄嗟に手を前に翳して防御を試みる。

凛「ぎっっぃ!?」

しかし、空気の壁に阻まれるはずの矢は、貫通して凛の膝へと突き刺さった。

花陽「凛ちゃん!」

花陽「しっかりして、凛ちゃん!」

急いで凛の所に駆けつけ、止血をしようとする花陽。
先程までの震えは消え、凛を助けようと必死な様子が伺える。

海未「貴女は、何もしないんですか?」

にこ「……戦って、勝てる相手じゃないからね」

海未「いい判断です。それでは、宝玉は頂いて━━」

穂乃果「させない」

穂乃果「宝玉は、絶対に渡さない」

海未「……力の差は思い知ったでしょう?」

海未「貴女では、私には勝てない」

海未「それなのに……何故そうまでして私の邪魔をしようとするのですか?」

穂乃果「海未ちゃんのしてることは、絶対に間違ってる」

穂乃果「皆が不幸になって、悲しむだけ」

穂乃果「だから……私が絶対に止めないといけない!」

海未「……そうですか」

海未「それなら、止めてみてください」

穂乃果「っ……はあっ!」

穂乃果「えん! けん! ヒートストライク!!!」

ごうっと穂乃果の右腕が炎を纏う。

チャンスはここしかない。海未が本気を出せば、すぐに穂乃果は倒されてしまうだろう。

それなら、海未が仕掛けるまえに、全ての力を拳に込めて━━━━放つ!

海未「……貴女は、学習しませんね」

穂乃果「えっ……がっ……!」

穂乃果のお腹にめり込む拳。
穂乃果の攻撃は、またしても空を切るだけであった。

穂乃果「ぐうっ……げっ……」

込み上げてる吐き気。
胃が逆流しているような感覚に頭がくらくらとしてくる。

海未「宝玉は頂いていきますよ」

スッ

コツコツコツ

穂乃果「待って……海未ちゃん」

海未「…………」

穂乃果「海未ちゃんがこんなことしてるのは、あの事件のせいなの?」

海未「……違いますよ」

海未「私は、自分の欲望ためにしているだけです」

穂乃果「海未ちゃん……」

海未「……それと一つ忠告しておきますが、二度と私の邪魔をしないでください」

海未「ちゃんとした能力の使い方もわからず、身体能力に頼った戦い方では、私に勝つことなどできません」

海未「次は……容赦しませんよ」

スタスタスタ

にこ「行ったようね……」

にこ「全く……雇われて初日からこれとか冗談じゃないわよ」

真姫「あ……あ……」

にこ「……あんた達は客間で休んでなさい」

にこ「にこはこの子の手当てをしないといけないから、案内はなしだけど」

にこ「それと、後処理もこっちでやっておくから」

穂乃果「…………」

にこ「……あんた達は十分戦った」

にこ「相手が悪かっただけよ、気に病む必要はないわ」

スタスタスタ

凛「これが、戦い……なんだね」グッ

花陽「凛ちゃん、まだ立ったら駄目だよ!」

凛「かよちんが手当てしてくれたからもう大丈夫だよ」

凛「ごめんね、心配かけて」

花陽「……凛ちゃんは悪くないよ」

花陽「だって勇敢に戦ってたんだもん」

花陽「私は……怖くて震えていることしかできなかったのに」

凛「しょうがないよ……凛だって怖かったから」

凛「皆、あんな恐怖と戦いながら頑張ってだんだね」

凛「それが……当たり前のはずなのに」

花陽「凛ちゃん……」

凛「でも、一番辛いのは……」

穂乃果「…………」

凛「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「…………」

凛「あの子、友達だったんだよね?」

凛「とっても悲しいと思うけど、元気出して欲しいな」

穂乃果「…………」

凛「穂乃果ちゃん……?」

穂乃果「よし、決めた!!」

凛「え?」

花陽「な、何をですか?」

穂乃果「私、絶対に海未ちゃんを止めてみせる!」

穂乃果「今のままじゃ駄目だけど、修行して、皆を守れるくらい強くなる!」

花陽「穂乃果ちゃん……」

花陽「…………」グッ

花陽「私も……私もやります!」

穂乃果「え?」

花陽「皆が傷ついてる時に私だけ何もできないなんて嫌なんです!」

花陽「だから……私も一緒に戦います!」

花陽「戦わせてください!」

穂乃果「花陽ちゃん……」

凛「凛もやるよ」

花陽「……いいの?」

凛「かよちんがやるんだもん、それなら凛もやらないわけにはいかないにゃー」

凛「大丈夫、かよちんは凛が守るから」

花陽「わ、私だって……凛ちゃんを守るもん」

穂乃果「二人とも……ありがとう」

穂乃果「一緒に頑張ろうね」


ーーー
ーー

ーーーー次の日

穂乃果「それじゃあ王都に帰ろうか」

穂乃果「怒られちゃうかな?」

花陽「うーん……でも、行かないわけにはいかないよね」

凛「全部穂乃果ちゃんのせいにするにゃ」

穂乃果「なんでそうなるの!?」

凛「よく怒られてそうだから」

花陽「り、凛ちゃん」アワアワ

穂乃果「そんなことないよ!」

穂乃果「というか、凛ちゃんもう足は大丈夫なの?」

凛「うん、もう結構治ってるにゃ」

スタスタ

「待ちなさい!」

穂乃果「え?」

真姫「私に断りも無く帰ろうとするなんていい度胸してるじゃない」

穂乃果「ごめんね、真姫ちゃん。でも、昨日のこともあったし……」

真姫「ふん、あのくらいなんともないわよ」

真姫「そんなことより、私も貴女たちについていくから」

真姫「にこちゃんもね」

にこ「えっ」

穂乃果「……これは、遊びじゃないんだよ?」

穂乃果「痛いことも、辛いことも、いっぱいあると思うよ?」

穂乃果「それでも……いいの?」

にこ「い、いや、にこは……」

真姫「当然よ、覚悟はとっくにできてるわ」

真姫「そんなことよりも……私の家を襲ってくれた奴らにお礼をしなくちゃいけない」

真姫「私に喧嘩を売ったこと、絶対に後悔させてあげる」

穂乃果「解った。これからよろしくね、真姫ちゃん、にこちゃん」

真姫「ええ、よろしくね」

にこ「えー……」

真姫「そうだ……凛、だっけ?」

凛「何?」

真姫「……えっと、その」

凛「???」

真姫「昨日は……庇おうとしてくれて……あ……あ……」

真姫「あ、あり……ありが……と……」ボソッ

凛「!!」

真姫「……っ」カアッ

凛「ふふ、どういたしましてにゃー」ギュー

真姫「うぇっ!? は、離しなさい!」

花陽「なんだか賑やかになりそうだね」

穂乃果「うん……でも、そっちの方が楽しいよね」

花陽「はい!」

にこ「全く……なんでにこまで」

花陽「これからよろしくお願いします」

にこ「…………はぁ」

にこ「解ったわよ、あんた達危なっかしいからね」

にこ「にこが直々に鍛えてあげるわ」

にこ「いい、これからにこのことは師匠って呼びなさい!」

花陽「えっ……」

にこ「なんで困惑してるのよ!?」

穂乃果「あははははは!」

穂乃果(確かに……私はまだ何も解っていないのかもしれない)

穂乃果(宝玉を守って邪神の復活を阻止するなんて、凄く途方もない話だと思う)

穂乃果(でも、皆と一緒ならできる気がする)

穂乃果(ううん、絶対にしなくちゃいけないんだ)

穂乃果(それが……私の騎士としての役目)

穂乃果(そして、私の気持ち)

穂乃果「絶対に……止めてみせるから」

穂乃果「待っててね……海未ちゃん」

今回はここまで

~~~~~~~~~~~~~

ほのか「わーい!」タタタタ

うみ「あんまり走るとあぶないですよ、ほのか!」

???「まあまあ、げんきなのはいいことだよ」

うみ「もう、おうじょさまはいつもほのかに甘すぎます」

???「むぅ……おうじょさまじゃなくて、なまえでよんでって言ってるでしょ」

うみ「で、ですが……それはきまりですので」

???「つーん、もううみちゃんなんか知りません」

???「ほのかちゃん、いこっ」

タタタタ

うみ「あ、まってください!」

ほのか「よーし、あっちまできょうそうだー!」

???「うん!」

うみ「そんなにいそいでころんだらどうするんですか!」

うみ「ああもう!」

うみ「まってください! ほのか!」

うみ「ことり!」

~~~~~~~~~~~~~

パチッ

海未「…………」

海未「随分と、懐かしい夢を見てしまいましたね」

海未「……穂乃果」

海未「まさか、貴女が騎士になっているとは」

海未「本当に……何が起きるのかはわからないものですね」

海未「もし何もなければ、一緒に……」

海未「……いえ、余計なことは考えてはいけません」

海未「もう少しで……全て叶うのですから」

コンコン

ガチャ

英玲奈「失礼するぞ」

海未「……何のようですか?」

英玲奈「先日の宝玉の件で聞きたいことがあってな」

海未「宝玉ならきちんと受け渡しをしたと思いますが」

英玲奈「ああ、それについては感謝する」

英玲奈「お前はきちんと仕事をこなしてくれた」

海未「それでは、他に何の用があるというのですか?」

英玲奈「お前と戦った奴らについてだ」

海未「…………別に、変わったことなどありませんよ」

英玲奈「そうか? 相手は能力者だったんだろ?」

海未「ええ」

英玲奈「どうして奴らを見逃した?」

海未「…………」

英玲奈「生かしておけば、またこちらの妨害をするかもしれない」

海未「力の使い方も、何もわかっていない素人達ですよ」

海未「脅威にはなりません」

英玲奈「…………」

海未「…………」

英玲奈「……そういうことにしておこう」

英玲奈「次の指令が入るまで、ゆっくり休んでおくといい」

ガチャ

英玲奈「!」

あんじゅ「あらぁ、 お邪魔だったかしら?」

英玲奈「いいや、今話が済んだところだ」

あんじゅ「そう? それならよかった」

英玲奈「あんじゅ、次の任務はお前にも出てもらうからな」

あんじゅ「前に言ってた所?」

英玲奈「いや、それは他の奴が向かうらしい。また別だ」

あんじゅ「ふーん、別にいいけど、どこいくの?」

英玲奈「今調べさせているが、手がかりを掴んだという報告が入った」

英玲奈「後数日でわかるはずだ」

あんじゅ「りょうかーい」

英玲奈「お前には期待している。頑張れよ」

あんじゅ「はーい」

英玲奈「邪魔したな失礼する」

ガチャ

スタスタスタ

海未「貴女は何の用ですか」

あんじゅ「暇だからお話をしにきたのよ」

海未「私に話すことはありません。帰ってください」

あんじゅ「つれないわねぇ」

海未「…………」

あんじゅ「ふふ、じゃあまた来るわ」

あんじゅ「さよなら~」

海未「…………」

ーーーー謁見の間

理事長「そうですか、そんなことが……」

穂乃果「……申し訳ありません」

理事長「いえ、謝ることはありません」

理事長「相手が相手です……仕方ないことですよ」

理事長「それよりも、無事に帰ってきてくれてありがとうございました」

理事長「それに、新しい仲間も増えたようですね」

真姫「…………」

にこ「ど、どうも……」

穂乃果「女王様、次の宝玉の場所に向かってもよろしいでしょうか?」

穂乃果「本当は修行してもっと強くなりたいんですけど、次の宝玉の情報が……」

理事長「……そうですね、こんな所で悠長に話している暇はありませんよね」

理事長「ですが、その前に少し≪能力≫についての話を聞いていきませんか?」

穂乃果「≪能力≫について、ですか?」

理事長「はい。貴女達のこれからの戦いにも、少し役に立つかもしれません」

穂乃果「……わかりました、お願いします」

理事長「それでは……入ってもらえますか?」

スタスタスタ

真姫ママ「こんにちは♪」

真姫「ママ!?」

穂乃果「えっ?」

真姫「な、なんでママがここに……」

真姫ママ「研究者として王都で働いてたんだけど……言ってたなかったけ?」

真姫「き、聞いてないわよ!」

真姫ママ「じゃあ今言ったってことで、ね?」

理事長「……こほん、本題に入ってもらってもいいでしょうか?」

真姫ママ「はーい」

真姫ママ「それじゃあ簡単にだけど説明するわよ」

真姫ママ「まず、話は聞かせてもらったんだけど、貴女達の戦い方は単調なのよね」

真姫ママ「騎士学校で格闘術とかも教えてるはずだけど……使わないの?」

穂乃果「うっ」

凛「げっ」

花陽「あはは……」

真姫ママ「……まあ、能力者だと組手の相手も見つからないし、実戦練習でも一撃で相手が倒れるからあんまり身につかなかったんでしょうね」

真姫ママ「能力者用の特別講師がいればいいんだけど」

理事長「……そこまで人手が足りないのです」

理事長「強力な能力者は重要な所に警備についてもらっているし」

真姫ママ「ま、それは仕方ないか」

真姫ママ「でも、能力者の指導はちょっと考え直した方がいいと思うわよ」

真姫ママ「対能力では、通常の武術でも凄い役に立つんだから」

理事長「わかりました」

真姫ママ「あとねぇ、技がおかしい!」

真姫ママ「凛ちゃんだっけ? 『ばりあー』ってなんなの?」

凛「防御に使うものですけど……」

真姫ママ「いや、避ければいいじゃない」

真姫ママ「いちいち防ぐ必要はないのよ?」

凛「あっ……」

真姫ママ「花陽ちゃんも、もっといろんな植物出せるんじゃない?」

花陽「え、でも……無理かなと……」

真姫ママ「無理じゃないわ。強烈な植物貸してあげるから、思う存分堪能しなさい」

真姫ママ「能力者なんだし死なないでしょ、多分」

花陽「え、ぇぇぇ……」

真姫ママ「他の三人も、自分にどんなものが必要なのかを考えなさい」

真姫ママ「貴女たちには才能がある。だから、自分で可能性を狭めないように」

「「「「「はい!!」」」」」

真姫ママ「それじゃあ、そろそろいくわね」

穂乃果「ありがとうございました!」

真姫ママ「また何かあったら質問しにきてねー」

スタスタスタ

理事長「……わかりましたか?」

穂乃果「なんとなくわかりました!」

理事長「そうですか……それでは、次の任務も頑張ってください」

穂乃果「はい!」

穂乃果「それでは、行って参ります」

理事長「気をつけてくださいね」


ーーー
ーー

ーーーーリヒトの町

ワイワイ ガヤガヤ

凛「なんだか賑やかな町だね」

穂乃果「明日は年に一回のお祭りがあるらしいから、それの影響だと思うよ」

凛「そうなの? それじゃあ早速!」

穂乃果「屋台に向けてレッツゴー!」

にこ「するわけないでしょ!」

にこ「なんのために急いでここに来たのかわかってんの!?」

穂乃果「えー……でも、せっかく来たんだし……」

にこ「駄目よ! さっさと目的地に行って、話をつけないと!」

穂乃果「ぅぅ……美味しそうな匂いがするのに……」

真姫「そんなことより、花陽は大丈夫なの?」

花陽「えっ?」

真姫「さっきからもらって来た花の匂いずっと嗅いでるけど」

凛「『食べちゃっても大丈夫だからね♪』なんて渡してたけど、本当に大丈夫なのかにゃー?」

花陽「た、多分大丈夫……かな」

花陽「私も、戦えるように頑張らないと」

穂乃果「よーし、早く任務を終わらせて、皆で修行しよう!」

にこ「最初からそう言ってるでしょ!」

真姫「それで、場所はもう解ってるの?」

穂乃果「うん! えーと……大きい神社だって」

凛「きっとあれだにゃー!」ビシッ

穂乃果「それじゃあ出発ー!」

スタスタスタ

穂乃果「近くで見ると凄く大きいね」

凛「なんでこんなに大きく作るんだろうね?」

凛「階段も長がったし」

穂乃果「なんでだろ……運動が好きだから?」

真姫「そんなわけないでしょ……」

穂乃果「だよねぇ……あの、すいません!」

「はい、どないしました?」

穂乃果「神主さんに会いたいんですけど」

「すいません、神主様は今準備で忙しくて」

穂乃果「いつ頃ならお会いできますか?」

「そうですね……今からですと、一週間後くらいになります」

穂乃果「そんなに待てません!」

「……参拝にこられた方々ですよね?」

「ご案内やお祓いでしたら、うちが代わりにさせて頂くこともできますが」

「っと、申し遅れましたが、うちは東條希と言います」

希「よろしゅうお願いします」

穂乃果「えっと、希さん、私たちはどうしても神主さんに会わないといけないんです」

希「うーん、そうは言われましても……」

真姫「ああもう焦れったいわね!」

真姫「私たちは王都から派遣された騎士よ!」

真姫「この神社で保管されてるものについて話があるの」

真姫「だからさっさと神主を呼んできなさい!」

希「……騎士」

希「解りました、少々お待ちください」

タタタタ

凛「真姫ちゃんはこういう時は頼りになるね」

真姫「私はいつでも頼りになるわよ!」

穂乃果「うーん、希ちゃん、怒られてなければいいんだけど」

花陽「優しそうな人でしたしね」

にこ「いいのよ、それが仕事なんだから」

タタタタ

希「お待たせしました、お会いになられるそうです」

希「こちらへ起こしください」

スタスタスタ

ーーーー奉納の間

神主「貴女達が、王都から派遣された騎士の方々ですか」

神主「私は明日の準備に向けて忙しいのです、手短にお願いします」

穂乃果「明日の祭りを中止にしてください」

神主「……祭りを、中止に?」

穂乃果「はい」

穂乃果「ここの宝玉は、昔、邪神を倒した英雄の一人が封印したと聞いています」

穂乃果「しかし、明日の祭りでは宝玉を神に捧げるために、その封印を一時的に解除するんですよね?」

神主「はい。それが、代々伝わる祭りの伝統ですから」

神主「それを神に奉納することによって、この世界を平和にしてもらうのです」

穂乃果「その宝玉が、今狙われているんです」

穂乃果「封印の中から出したら、絶対に奪われます」

神主「……盗賊の話なら既に聞いています」

神主「ですが、そんな野蛮な人たちのために、この祭りを中止にすることはできません」

穂乃果「ですが!」

神主「それに、祭りの最中、宝玉は常に私が持っています」

神主「ですから、安心して祭りをお楽しみください」

穂乃果「……相手は、能力者なんですよ」

神主「…………」

神主「それでも、同じことです」

神主「私も神に能力を承りし者」

神主「異教の者に、遅れなどとりません」

穂乃果「でも!」

神主「お引き取りください」

神主「私が祭りを中止にすることは絶対にありません」

穂乃果「…………っ」

神主「それではさようなら、小さな騎士達さん」

スタスタスタ

穂乃果「…………」

真姫「呆れたわね……人の忠告を全く聞かないなんて」

にこ「あんたがそれ言う?」

真姫「? 何の話?」

凛「そんなんだからそんななんだよ」

真姫「何が言いたいのよッ!」

花陽「でも、どうしましょうか……このままにしておけませんよね」

穂乃果「……お祭りの間だけ、私たちも警備をしよう」

穂乃果「それで、無事にまた宝玉が封印されたら、一件落着ってことで」

にこ「ま、それしかなさそうね」


ーーー
ーー

ーーーー祭り当日

穂乃果「凛ちゃん! 次は向こうのお粥さん食べようよ!」

凛「こっちのお肉も美味しそうだにゃー」

花陽「ま、待ってよ凛ちゃん、穂乃果ちゃん!」

にこ「あいつら……警備に来てるって自覚あんの?」

真姫「…………」ウズウズ

にこ「……あんたも食べ歩きしたいの?」

真姫「うぇっ!? そんなわけないでしょ!」

真姫「だ、だいたいこんな庶民の食べ物なんて私にはごもっ」

穂乃果「えへへ、真姫ちゃんにもおすそ分けだよ」

穂乃果「ソーセージ、美味しいでしょ?」

真姫「むぐっ……むぐっ……」

真姫「ぷはっ……いきなりなにすんのよ!」

穂乃果「真姫ちゃんももっと楽しもうよ!」

真姫「こ、子供じゃないんだから……」

にこ「……あんた達! なにしにきてるか解ってんの!?」

穂乃果「ふぉひふぉん!」モグモグ

にこ「食べながら話すんじゃないわよ!」

にこ「少しは緊張感を持ちなさい!」

穂乃果「あはは……ごめんね、にこちゃん」

穂乃果「でも宝玉が出るまでは暇だし……」

にこ「そうだけど……それなら見回りとかすることはあるでしょ!」

希「おや、昨日の騎士さん達やん」

希「お祭り見学かな?」

穂乃果「そんなとこ! 希ちゃんはお仕事?」

希「うん、もう少しで奉納の儀も始まるからね」

希「多分びっくりすると思うから、楽しみにしといてな」

穂乃果「うん!」

スタスタスタ

穂乃果「それじゃあ、私たちも儀式が行われる所にいこうか」

にこ「はぁ……やっとね」

にこ「なんにも起きなきゃいいけど」

ーーーー封印の間

ヒュォォォォォォ

神主「…………解除完了」

神主「それでは、少しの間宝玉をお借りいたします」スクッ

神主「そろそろ向かわねば、遅れてしまいますね」

希「その必要はないで」

神主「……貴女は」

希「宝玉はうちが借りるから、ここでゆっくりおねんねしててや」

神主「……そういうことですか」

神主「舐められたものですね、小娘一人で私を倒せるとでも?」

希「思うよ」

神主「……それなら後悔しなさい、その傲慢を」

神主「『掛けまくも畏き英霊……禊祓へ禍事』!」

神主の口から紡がれたのは一説の祝詞。それと共に、光の中から英霊━━━━かつてこの地を護った英雄が武具を携えてその姿を現出させる。

希「へぇ……面白い能力やん」

希「けど、痛い目見る前に宝玉渡した方がええと思うで」

神主「減らず口を……あの世で後悔しなさい」

希「ふふ、せっかちやなぁ」

希「それじゃあ、お楽しみといこうか」ニヤッ

ーーーー中庭

「少々お待ちください、もう少しで始まりますので……」

穂乃果「……どうしたんだろう、全然始まらないね」

凛「ご飯食べ過ぎて動けないとか?」

花陽「それはないと思うよ……」

真姫「……もしかして、何かあった?」

にこ「……かもしれないわね」

にこ「ちょっと、あんた!」

「は、はい!」

にこ「神主は今何処にいるの?」

「えっと、おそらく封印の間に……」

にこ「聞いたわね? 行くわよ!」

穂乃果「うん!」

タタタタ

にこ「あれが封印の間ね」

にこ「皆、気を引き締めなさいよ!」

バァン!

穂乃果「っ!? 神主さん!」

扉を開くと、そこには床に横たわる神主と、笑みを浮かべながら宝玉を手にする巫女の姿があった。

希「ちょっと遅かったね、宝玉はうちが頂いたよ」

穂乃果「希ちゃん……まさか、貴女が」

希「ふふ、そんな怖い顔せんといてな」

希「ちょっと借りるだけやから、ね」

凛「それは返さない人の台詞だにゃー」グッ

穂乃果「おとなしく捕まる気はありませんか?」

希「これっぽちもないね」

穂乃果「それなら……力ずくでも捕まえます!」

希「やれるもんならやってみや!」

希「《STRENGTH》!」

穂乃果が地面を蹴るのと同時に、希が能力を発動させる。

待ち構える姿勢の希に、穂乃果は足を緩めない。

待ち構えたいるなら、意表をつけばいいのだから。

穂乃果「爆発!」

どぉん、と穂乃果の足で小さな爆発が起こり、穂乃果の踏み込みが瞬発的に加速する。

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

予期していない早さに驚く希の胸に、重い一撃を叩き込む。

穂乃果が地面を蹴るのと同時に、希が能力を発動させる。

待ち構える姿勢の希に、穂乃果は足を緩めない。

待ち構えているなら、意表をつけばいいのだから。

穂乃果「爆発!」

どぉん、と穂乃果の足で小さな爆発が起こり、穂乃果の踏み込みが瞬発的に加速する。

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

予期していない早さに驚く希の胸に、重い一撃を叩き込む。

穂乃果「…………え?」

妙な感触。まるで硬い地面を殴ったような、そんな感触が拳を伝う。

手応えはある、だが拳がいつもよりも前に進まない。

希「ふぅ……いきなり驚かされたわ。もろにくらっとったら危なかったかもな」

目の前にいる希はおどけた口調のまま、友達にでも語りかけるように口を開く。

その姿に、全員が唖然となる。

希「それじゃあ……今度はこっちのばんやな!」

にこ「穂乃果! 逃げなさい!!」

ごしゃっ。

咄嗟に手を交差させて希の拳を受けるが、踏ん張りきれずに吹き飛ばされ床を転がる。

咄嗟に立ち上がろうとしても、腕に激痛が走り上手く立ち上がることができない。

希「おお、今のでまだ生きとるんやね」

希「おもいっきり殴ったつもりだけど」

にこ「……近づくのは危険ね」

真姫「それなら、離れて攻撃すればいいだけ! 《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

空中に現れる無数の氷の槍。

避けられるなら、避けられない量の槍を出せばいいとの考えからか、前回の時よりもその量を遥かに増している。

真姫「串刺しになりなさい」

希「お断りや! 《TEMPERANSE》!」

残り数メートルにまで迫った氷の槍がピタッと空中で静止する。

これ以上進むのは正しくないと言わんばかりの光景に、全員が動揺を隠せない。

希「串刺しになるんは、君らや」

花陽「《荊棘の城塞》(ソーン・プロテクション)!」

五人を包み込むように出現した茨の壁に、氷の槍が突き刺さる。

真姫が指示したわけではない、希の能力によるもの。

真姫「能力は……肉体強化じゃないの?」

最初の穂乃果との打ち込みで見せた凄まじい力。あれこそが希の能力だと思っていた。

だがその予想は外れ、花陽のおかげでピンチを免れた形になっている。

希「えらい硬いなぁ……それなら《THE MAGICIAN》!」

微かな茨の隙間から、希の前に光の粒子が集まるのがわかる。

堅固な盾が煩わしいなら、それを一撃で壊せる剣があればいい。

にこ「っ!? 全員、避けなさい!」

希「てーーーーっ!」

ぎゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんん!!

放たれたエネルギーはビームとなって茨姫を貫き、後ろの壁をことごとく貫通する。

辛うじて交わすことができたが、その威力は凄まじいもので、もしも当たっていたら消し炭になっていただろう。

にこ「穂乃果、大丈夫?」

穂乃果「うん……ありがとう、にこちゃん」

最初の攻防から回復しきれていない穂乃果はにこに助けられる形となり、不甲斐なさを感じてしまう。

希「あー……やっぱり外れてしまうかー」

希「やっぱり動かない物じゃないと駄目やね」

希「それなら、これはどうかな?」

にこ「! 皆! 何か来るわよ!」

希「《THE HANGED MAN》!」

真姫「あがっ!?」

花陽「ぐっ!」

突如として首元に現れた縄が、真姫と花陽の首を締め上げる。

必死で解こうとするが、絡みついた縄はびくともしない。

凛「かよちん!? 真姫ちゃん!?」

真姫「あっ……かっ……」

花陽「う……ぎっ……」

段々と締め付けがきつくなる縄。

必死に酸素を取り込もうともがくが、思考が少しずつ麻痺していく。

希「無駄や無駄。その縄は切れはせんよ」

凛「そんな━━━━」

にこ「凛、行くわよ!」

凛「!」

にこの合図で二人同時に地面を蹴る。

凛にはにこが何を考えているのかわからない。

だが、花陽と真姫を助けるには、にこの言葉に従うのがいいと直感が告げている。

希「へぇ……苦しんでる仲間を見捨てて攻撃しにくる……か」

にこ「ふん、動揺させようったって無駄よ」

にこ「あんたの能力には一つ欠点がある」

希「……ほぅ?」

にこ「それは……技を一つずつしか使うことができない所!」

にこ「『目暗まし』!」

希のいる地点を中心に暗闇が広がる。

光を閉ざされたこの空間では、希も周りを見ることができない。

凛「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

凛「『凛ちゃんキーック!』」

希「はっ! 目が見えんくても、どこにいるかはわかっぐっ!?」

強い衝撃を受けて後方へと吹き飛ばされる。

確かに避けたはずの攻撃、だが、現に希はそれに当たったのだ。

希「……今の、蹴りの感触やなかったけど、なにしたん?」

凛「かよちんを離せ!」

起き上がり際に放たれた拳を左手で受け止め、返しの足払いで凛の体勢を崩す。

その凛の背後から現れたのはにこ。

片手片足を攻防に使った隙を狙っての追撃。

視界が無いこともあり、完全に反応が遅れてしまう。

希「でも、まだまだや!」

意表を突いたとはいえ、にこはまだ戦闘になれていない。

それゆえに、希にはにこの動きが気配だけでもよく解っていた。

右手を振り上げる動作、狙いは顔。

女の子の顔を狙うなんて酷いなぁ、なんて思いながらも、余裕の笑みは崩さない。

だが、それが一瞬の油断となる。

穂乃果「はぁっ!」

希「なっ!?」

背後からの予期せぬ攻撃に、前のめりになってしまう。

待ち構えるのは、にこ。

体を逸らすこともできず、にこの拳が顔面へと突き刺さった。

にこ「っし!」

確かな感触。にこの拳は希へとクリーンヒットした。

後は三人でこのまま追い打ちをかければこちらの勝ちだ。

希「《THE CHARIOT》」

にこ「っ!?」

何かが現れるような重い衝撃をうけ、後方へと弾き飛ばされる。

穂乃果と凛も同様に飛ばされたらしく、床を転がるもすぐに体勢を整えた。

にこ「なによ……あれ」

『目暗まし』が解除され、大量の砂埃と共に大きな馬が二匹、その巨体を示す。

希「いやぁ、びっくりしたわ」

希「穂乃果ちゃん、立てるようになっとったんやなぁ」

希「どうやって暗闇の中でうちの居場所を把握したん?」

穂乃果「……秘密だよ」

穂乃果「それより、どうして私の名前を知ってるの?」

希「秘密やん」

穂乃果「…………」

希「まあまあそんな怖い顔せんといて」

希「あの二人も無事に助かったみたいやしな」

穂乃果「!」

真姫「かはっ……はぁ……はぁ……」

花陽「けほっ……ひぃ……ふぅ……」

穂乃果「良かった……」

希「ふふ、良かったなぁ」

希「それじゃあ、楽しかったけどうちはそろそろお暇させてもらうで」

穂乃果「! させない!」

希「いやいや、これに轢かれるとただじゃすまんからやめとき」

希「それじゃ、また会おうね」

ゴゴゴゴゴコゴゴゴ

凄い地ならしの音と共に、戦車は流星のように空へと駆けていった。

凛「かよちん、大丈夫!?」

花陽「うん……ありがとう、凛ちゃん」

真姫「あいつ……覚えてなさいよ……ごほっ」

穂乃果「…………」

穂乃果「……逃げられちゃった、かぁ」

にこ「違うわ、見逃してくれたのよ」

穂乃果「え?」

にこ「戦ってる最中もずっと手加減をしていた」

にこ「多分、本気で戦ってたら、今頃皆殺しよ」

穂乃果「そう……なの?」

にこ「そうよ」

穂乃果「……もっと、強くならないと駄目だね」

にこ「そうね。だから、王都に戻ったら修行するわよ」

にこ「今のところ、他に宝玉の場所が解ってる所はないんでしょ?」

穂乃果「うん」

にこ「ならいい機会だわ」

にこ「この次も、相手が見逃してくれるとは限らないからね」

穂乃果「……そう、だね」

穂乃果「! そうだ! 神主さん!」

穂乃果「……よかった、生きてるみたい」

にこ「さっさと病院に運ぶとしましょう」

にこ「さっきの戦いで外も騒がしくなってきたし、大変そうだけど」

真姫「ちょっと、さっきから私を無視してんじゃないわよ!」

にこ「いや、なんだかんだで平気でしょ、真姫ちゃんは」

真姫「心配くらいしなさいよ!」

にこ「はぁ……わがままなんだから」


ーーー
ーー

ーーーーとある小屋

希「ただいま~」

「おかえりなさい、希」

「首尾はどう?」

希「無事に宝玉はゲットできたで」コトン

「そう……ありがとう」

「怪我はしてない?」

希「全然しとらんよ」

希「神主さんもあんまり強くなかったしなぁ」

希「あー……ただなぁ」

「どうしたの?」

希「前に報告があった騎士達おったやん?」

「ええ」

希「その子らもおったんやけど、なかなかやりおるで」

希「遊んでたとはいえ、二発ももらうとは思わへんかったからなぁ」

希「もしかすると……後々面白いことになるかもしれんよ」

希「えりち」

絵里「…………」

今回はここまで

理事長「そうですか……リヒトの町の宝玉も奪われてしまいましたか」

穂乃果「申し訳ありません……」

理事長「貴女のせいではありません」

理事長「能力者用の訓練をきちんと考えなかった私の責任です」

理事長「そのせいで辛い思いをさせて……申し訳ありません」

穂乃果「そ、そんなこと……」

理事長「……そこで、私から提案があります」

穂乃果「提案……ですか?」

理事長「はい。武術を習ってみませんか?」

凛「教えられる人がいるんですか?」

理事長「ええ……能力者ではないんだけれどね」

理事長「でも、基礎と戦い方を覚えていれば、それが役に立つと西木野さんのお母さんも言っていたし」

穂乃果「解りました、お願いします」

理事長「……悩みもしませんか」

穂乃果「私たちは、もっと強くならなきゃいけないんです」

穂乃果「それで、何処に行けばいいんですか?」

理事長「高坂さんがよく知っている所ですよ」

穂乃果「……まさか」

ーーーー園田家

海未父「…………」

穂乃果「…………」

真姫「(まさか修行するのが敵の道場だなんて)」

凛「(女王様は何を考えてるのかにゃー)」

花陽「(えっと、お父さんとお母さんは良い人なんじゃ……ないのかな?)」

にこ「(多分そうでしょ)」

穂乃果「本日は、特訓に付き合って頂くことになりありがとうございます」

海未父「……海未に、会ったそうだな」

穂乃果「!」

海未父「あいつは今、何をしているんだ?」

穂乃果「……解りません。でも、自分のしたいことのためと」

海未父「……そうか」

海未父「娘が、苦労をかけたな」

穂乃果「…………」

海未父「それにしても、あのおてんば娘が騎士になったのか」

海未父「言うのが遅くなったな、おめでとう」

穂乃果「ありがとうございます」

海未父「海未が何を考えているかは、よくわからん」

海未父「そして、そこは俺の立ち入れる話ではない」

海未父「だから、俺はお前たちに託すことにする」

凛「(話がよく見えないにゃ)」

にこ「(私たちが頑張れってことよ)」

海未父「……聞こえているぞ」

りんにこ「「!!」」

海未父「全く……面白い仲間を持ったな」

穂乃果「えへへ……自慢の仲間です」

海未父「それじゃあ、早速訓練を始めるぞ」

海未父「期間はあまり長くはとれないと聞いている」

海未父「だから、基本的な戦い方をメインにやるぞ」

海未父「穂乃果と……さっき話が見えないとか言った君はこっちへ来なさい」

海未父「残りの三人は……あの人についていきなさい」

真姫「あの人……?」

海未母「どうも、皆さんこんにちは」

海未母「本日から皆さんの指導をさせてもらうことになりました、よろしくお願いします」

穂乃果「!」

海未母「それでは、三人ともこちらへ」

スタスタスタ

凛「優しそうな人だったね」

穂乃果「…………」タラタラ

凛「あれ、穂乃果ちゃん?」

穂乃果「三人とも生きて返ってきますように」ナムナム

凛「え、ど、どういうこと!?」

海未父「……さて、こちらも始めるか」

凛「質問に答えて欲しいにゃ!!」

ーーーー中庭

海未父「まずは基本的なサンドバックの打ち込みからしてもらう」

穂乃果「あの」

海未父「大丈夫だ、能力者の訓練のために女王様からもらったものだ」

凛 バンバン

凛「本当だ、全然壊れないよ」

海未父「今から俺がいいと言うまで打ち込みだ」

海未父「始め!」

バンバン バンババン

海未父「ただ殴るだけではない、思いっきり力を込めろ!」

海未父「たまにフットワークを混ぜて実戦でも足を動かせるように!」

ほのりん「「はい!!」」

バンバン

穂乃果「はっ! ふっ!」

海未父「そうじゃないッ!」

海未父「稲妻を喰らい、雷を握り潰すように打つべしッ!」

穂乃果「言ってること全然わかりませんッ!」

穂乃果「でも、やってみます!」

ーーーー園田母side

園田母「貴女たちは武器を使うと聞きましたので、私が担当させていただきます」

園田母「共に頑張りましょう」

花陽(優しそうな人で良かったぁ)

園田母「それでは、修行に使う道具を用意しましたので、お持ちください」

真姫「……剣なら自分のがあるんだけど、仕方ないか」ヒョイ

真姫「ん? ちょっと重い?」

にこ「へぇ、面白いわね」

園田母「……それは常人では到底持ち上げることなど叶わぬ物」

園田母「貴女たちはまずその武器を持って素振りをしてもらいます」

園田母「寝ずに」

花陽「え?」

ヒュッ ヒュッ

花陽「はぁ……はぁ……」

園田母「息が切れてますよ! まだ6時間しかしていません!」

園田母「気合を出しなさい!」

花陽「はい!」

ヒュッ

真姫「っ……冗談じゃ……ないわよ!」

真姫「身体中に、重りを付けて素振りなんて!」ゼェゼェ

園田母「私語してる暇があったらもっと速くやりなさい!」

真姫「は、はい!」

スッ スッ

にこ「ふっ!」

園田母「良い調子です」

にこ「ありがとうございます!」

園田母「ご褒美に重りを追加しましょう」

にこ「」

園田母「ほら! もっと速く!」

園田母「そんな速さじゃ武器を振る前に首が飛びますよ!」

園田母「全員声をあげなさい!」

ぱなまきにこ「「「はい!!!」」」

ーーーー園田父side

タッタッタッ

凛「とばっちりで、こっちも重りを付けさせられたにゃ……」ハァハァ

穂乃果「はぁっ、はぁっ……」

穂乃果「でも、こっちはまだ優しいほうだよ」

凛「……寝る時も素振りの音が響いてきてたからね」

穂乃果「でも、それだけ皆頑張ってるってことだよ!」

穂乃果「私たちも頑張ろう!」

凛「うん!」

園田父「よし、次は組手を行う」

園田父「能力の使用は自由だ、大怪我をしない程度にやってくれ」

園田父「たまに指示を出すから、その通りにやること」

園田父「それでは始め!」

ほのりん「「はい!!」

ヒュッ シュッ

園田父「違う! 攻撃を大きく躱すな!」

園田父「最小限の動きで回避して反撃しろ!」

凛「はい!」

園田父「隙もないのに大振りの技を使うな!」

園田父「それが自分の隙であることを理解しろ!」

穂乃果「はい!!」

グッ ビシッ

園田父「拳だけじゃない、足元にも注意しろ!」

園田父「隙があったらすかさず突け! 見逃すな!」

ほのりん「「はい!!」」

ゴッ ガッ

園田父「…………」

園田父(凄まじい上達速度の速さ……これが才能か)

園田父(末恐ろしいな)

ーーーー園田母side

園田母「そんな大振りな能力が当たるわけないでしょう!」

園田母「隙を攻撃するか、相手の動きを予測しなさい!」

真姫「は、はい!」

園田母「集中力を切らさない!」

園田母「素振りしながらでも能力を自由に使えないようでは、実戦で戦いながら能力なんて使えませんよ!」

花陽「は、はい!」

園田母「もう一個ボールを追加します。落とさないように触手同志で打ち返し続けるんですよ!」

花陽「はい!」

園田母「踏み込みが甘い!」

園田母「それでは反撃をもらって返り討ちにあうだけです!」

園田母「もっと気配を消し、相手に自分の行動を悟られないようにするんです!」

にこ「はぁっ……はぁっ……はい!」

園田母「摺り足はもっと速く!」

園田母「相手が気づいた時には目の前から消えているぐらいの速度です!」

にこ「ひっ、は、はい!」

園田母「休みがあると思わない!」

園田母「時間が足りないんです! ぶっ倒れてでも続けなさい!」

ぱなまきにこ「「「はい!!!」」」

ーーーー合同

バシン バシン
ヒュッ ヒュッ

凛「はぁ……はぁ……」

穂乃果「っ……あっ!」

にこ「ふっ……!」

園田父「全体を把握しろ! 避けきれないなら能力を使え!」

にこ「っ……なんの拷問よこれ」

にこ「花陽の触手に囲まれてドッチボール避けながら真姫の攻撃も避けなさいって……」

園田母「私語をしない! 集中しなさい!」

にこ「っ……はい!」

ヒュゥゥゥ ゴスッ

凛「がっ!?」

花陽「凛ちゃん!?」

花陽「ご、ごめ━━」

園田母「続けなさい」

花陽「で、でも!」

園田母「敵は倒れても待ってくれません」

園田母「ここで貴女が手を抜けば、実戦で彼女の死ぬ確率があがるのですよ」

花陽「……っ」

凛「かよちん……」

花陽「あっ……」

凛「凛は、大丈夫だから……続けて」

花陽「っ……」

ヒュッ

凛「はあっ!」

グッ ガクッ

凛「しまっーー」

穂乃果「やあぁぁぁぁぁっ!」

パリン!

凛「穂乃果ちゃん!?」

穂乃果「にこちゃん、そっちお願い!」

にこ「……この数捌き来れる自身はないわよ」

穂乃果「凛ちゃん、立てる?」

凛「う、うん」

凛「でも、こんなことしたら……」チラッ

園田母「…………」

凛「……あれ?」

園田母「惚けている場合ではありません」

園田母「立てるのなら、自分の足で回避しなさい!」

園田母「いつでも助けてもらえるとは思わないこと!」

凛「はい!」


ーーー
ーー

凛「ふぅ……今日も疲れたにゃ」

花陽「凛ちゃん……ごめんね」

凛「もう、かよちんは気にしすぎだよ」

凛「全然平気だから気にしないで」

花陽「で、でも……」

凛「そんなに謝ってばっかりいると、ぎゅってしちゃうよ」ギュー

花陽「り、凛ちゃん!?」

凛「えへへ、かよちんはあったかいにゃー」

花陽「……もう」

真姫「それにしても……本当にきついわね」

真姫「こんなに疲れたのは初めてよ」

穂乃果「あはは……海未ちゃんのお母さん、厳しいからね」

にこ「厳しいってレベルじゃないわよ……殺す気でしょ」

穂乃果「そんなことないよ……多分」

凛「凛はもうくたくただにゃー」

凛「でも、なんだか前より強くなってる気がするよ!」

にこ「ま、確かにそうね」

ドンドンドン!

穂乃果「? なんだろ?」

ガラッ

「夜分遅くに申し訳ありません」

海未父「何事だ?」

「宝玉の場所が判明しました」

「盗賊団も動き出したようで、至急騎士の皆さんにご報告を」

花陽「来ましたか……」

真姫「……短い休暇だったわね」

凛「せっかく休めると思ったのに……」

にこ「はぁ……馬車の中で休憩するしかないわね」

穂乃果「皆、行くよ!」

海未父「短い間だがよく頑張った」

海未父「いいか、時間がある時は修練を怠るな」

穂乃果「はい!」

海未父「……お前らには素質がある」

海未父「自分で自分の限界を決めるな」

海未父「必ず生きて帰って来い」

皆「「「「「はい!!!」」」」」


ーーー
ーー

ーーーーグルントの遺跡

穂乃果「ここに宝玉が……?」

にこ「らしいわね」

にこ「さっき聞いたとおり、この洞窟には罠がたくさんあるらしいわ」

にこ「仕掛けたのはかつて世界を救った内の一人……となれば……」

真姫「対能力者用の罠もあるってことね」

にこ「ええ、おそらくわね」

にこ「あんた達はこういうところに慣れてないだろうから、私が先頭を行くわ」

にこ「勝手に罠にはまられたら困るからね」スタスタスタ

ガコン

にこ「あっ」

かぶりを振って歩き出したにこの足が、床に少しだけ沈む。

何かを踏み抜いた感触。

しまったと思った時には、足場が跡形もなく消え去っていた。

穂乃果「え?」

真姫「は?」

にこ「しまっ」

ほのまきにこ「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

ひゅぅぅぅぅぅぅどぉぉぉぉぉぉぉんんん!!!

凛「落とし穴!?」

三人が落ちて行った大穴へと駆け寄ると、そこには真っ暗な空間が広がっていた。

ただ落ちただけなら問題ないが、これが能力者用の罠なら何が起こるかわからない。

真姫『ちょっとにこちゃん!? 何が「勝手に罠にはまられたら困る」よ!』

にこ『だ、誰にでもミスはあるわよ!』

穂乃果『びっくりした……凛ちゃん、花陽ちゃん、そっちは平気?』

花陽「こっちは大丈夫です。穂乃果ちゃん達はどうですか?」

穂乃果『三人とも平気だよ!』

凛「良かった、それならすぐに合流━━」

しよう、と言いかけた時、崩れたはずの床が一瞬の内に元通りとなった。

これは落とし穴なんかではない、侵入者を閉じ込める、もしくは分担するための罠だ。

凛「すぐに助けないと!」

だが、本来ならすぐに壊れるはずの床を殴りつけてみてもびくともしない。

そこでようやく、対能力者用という意味を理解した。

凛「……どうしよう」

花陽「…………」

先程までの喧騒は無く、重い静寂が辺りを支配する。

いつも指示を出してくれたリーダーがおらず、今自分達が何をすべきか、何をすればいいのかがわからない。

花陽「……進もう、凛ちゃん」

凛「え?」

花陽「穂乃果ちゃん達は……きっと大丈夫」

花陽「あの三人なら、絶対に脱出できるはず」

花陽「だから、私と凛ちゃんで、宝玉を守らないと」

凛「かよちん……」

花陽「多分……穂乃果ちゃんなら、そう言うと思うから」

凛「……そう、だね」

凛「先に進もう」

スタスタスタ

薄暗く灯された松明を道標に先へと進んで行く。

冷んやりとした空気、不気味な静寂。

響き渡るのは自分たちの足音のみ。

だが、その静寂は別の足音によって破られることになる。

カツン カツン

凛「……何か来たにゃ」

花陽「…………」ゴクッ

ごおっ、と炎を上げた松明。

そこに映し出されたのは、肉と皮が無くなった髑髏。

肉を失い、動くはずのないそれが、今、目の前で武器を━━

凛「はぁぁぁぁぁぁっ!」

鋭い突きで胸元を貫くと、がしゃん、と音を立ててその場に崩れ落ちる。

数はざっと30体。全員武器に剣や槍を携えている。背後からの敵は無し。

その情報を瞬時に読み取り、骸骨の軍団の中を駆け抜けて行く。

すれ違いざまに腕を振るい、首を跳ね飛ばし、床に白骨をぶちまける。

凛の速度は飛躍的に上昇しており、骸骨達は反応できない。

武器を構えた時には、既に首が宙を待っているのだから。

凛「ふっ!」

ざっ、と地面を踏みしめ凛がその足を止めた時、床は真っ白に染め上げられていた。

花陽「凛ちゃん凄い!」

凛「このくらい楽勝だよ!」

凛「かよちんは大丈夫だった?」

花陽「うん、凛ちゃんが皆倒してくれたから」

凛「良かった……それじゃあ先に行こっか」

凛「また出てくると困るしね」

花陽「うん!」

少し駆け足に、薄暗い廊下を進んで行く。

たまに骸骨が現れるが、数は多くて5人程度。

最初に会ったのが最大級の軍団のようだ。

敵の察知、攻撃へと移る速度は圧倒的に凛の方が早く、出会い頭に骸骨を叩き潰してしまうため、二人は難なく先へと進むことができた。

凛「ん……? 何の音だろう?」

花陽「……水の音、かな」

足を進めるにつれて、川のせせらぎとは程遠い轟音が耳に響いてくる。

凛「この扉の向こうから……だね」

花陽「うん……開けるよ」

ぎぃぃ、と大きな音をたてて扉を開くと、そこには大きな湖が広がっていた。

凛「大きな湖だね」

花陽「うん……あ、凛ちゃん、あそこに看板があるよ」

凛「本当だ……えーと、『汝、宝玉を求めるならば己が覚悟を示せ。袂を分かたれし国に進む意思あり』……」

凛「かよちんかよちん、何言ってるのか全くわかんないよ!」

花陽「えーと……多分だけど、あそこの湖の真ん中にある小さな島に、向こう側の扉を開く鍵があるんだよ」

凛「そうなんだ、流石かよちん!」

凛「でもさ、それならどうしてこんな難しい文章を書くの?」

花陽「なんでだろう……」

凛「まあいいや、それじゃあちょっと泳いで取ってくるにゃ」

花陽「待って! 湖をよく見て!」

凛「え?」

湖に視線を向けると、そこにはぷかぷかと白い骨が浮いていた。

噛み砕かれたかのように粉々になっているものや、綺麗に肉がないものと沢山の骨がそこには存在した。

花陽「泳ごうとすると、湖の中の何かに食べられちゃうんだよ」

凛「どうしよう、これじゃあ先に進めないよ」

花陽「……ううん、任せて」

花陽「《蔦葛の伴奏》(クリープ・メロディ)!」

床から這い出した触手がうねうねと絡み合い、離れ小島へと大きな橋を作る。

花陽「これで、多分大丈夫」

凛「凄いよかよちん!」

花陽「えへへ、私も役に立ててよかった」

凛「よーし、それじゃあ頂いちゃおう」

スタスタスタ

凛「あった! これだよ!」スッ

花陽「じゃあ、向こう側に渡ろうか」

再び花陽の能力で、今度は先へと進む扉の方に橋を架ける。

少し歪んだその橋を渡っていると、静かだった湖の水面に波がでてきたことに気づく。

凛「っ! かよちん! 何か来る!」

花陽「え?」

ざばぁぁぁん、と大きな音を立てて、湖から巨大な魚が凛と花陽を目掛けて飛びかかってくる。

まるで鮫をそのまま巨大化させたようなその魚は、二人を丸呑みにしようと大きな口を開き、鋭い牙を覗かせている。

周りは湖。逃げ場はない。

水の中に入れば、たちまち魚の餌食となるだろう。

花陽「っ! 《蔦葛の伴奏》(クリープ・メロディ)!」

だが、その魚の飛翔は空中で動きを変えることになる。

巨大な触手が鞭のようにその魚へと振られ、ずずん、と大きな音をたてて陸地へとダイブすることとなった。

花陽「びっくりしちゃった……」

凛「流石はかよちんだにゃ!」

凛「でも、よくすぐに反応できたね」

花陽「えへへ、多分修行のおかげだよ」

花陽「どんな時でも自分への攻撃に敏感になれって、いろいろ練習させられたから……」

凛「……大変だったね」

花陽「……うん」

花陽「あのね、凛ちゃん」

凛「どうしたの?」

花陽「一緒にいてくれてありがとう」

凛「え?」

花陽「凛ちゃんがいてくれなかったら、多分途中で諦めてたと思うの」

花陽「私たちが邪神の復活を止めるなんて途方もない話だし、修行は大変で逃げ出したいこともあった」

花陽「今だって、もし凛ちゃんがいなかったら、私はどうしていいかわからずに、一人で震えてたと思うの」

花陽「でも、凛ちゃんと一緒だから、こうやって冷静でいられるの」

花陽「だから、ありがとう」

凛「……急に言われると、ちょっと照れちゃうよ」

花陽「ごめんね……でも、伝えたくなっちゃったから」

凛「そっか……それじゃあ、凛もありがとう」ギュッ

花陽「わわっ!?」

凛「かよちんが頑張ってるのは、凛が一番知ってるにゃ」

凛「だから、もっと自信を持っていいんだよ」

花陽「凛ちゃん……」

凛「それじゃあ、先を急ごう」

凛「早く宝玉を取って、皆を助けないと」

花陽「うん!」

タタタタ

ガチャン

コツンコツン

凛「凄く大きな空間……」

花陽「もしかすると、この奥にあるのかも」

凛「そうだね……ん?」

花陽「どうしたの?」

凛「……誰かいる」

花陽「え?」

凛「……奇襲をかけよう」

凛「多分、敵だよ」

あんじゅ「これが宝玉ね」

棺に中を覗き込むあんじゅ。

苦労して辿り着いて、目当ての物を発見し、心の中でほっと一安心をする。

あんじゅ「っ!」

だが、それでも油断することはない。

背後から迫る気配に気付き、振り返ると、目の前には自分へと迫る拳があった。

あんじゅ「くっ!」

放たれた右の拳を、左手のひら押し出すように逸らす。

続け様に伸ばされれ左足。おそらく防御しても間に合わないだろう。

それを見てあんじゅは━━━━

あんじゅ「降参しまーす」

呆気なく白旗を上げた。

凛「え?」

目の前で両手を上に上げておどけるような仕草をする敵に、戸惑いが隠せない。

もしかすると演技しているのかもしれない、と警戒心を強める。

あんじゅ「だから降参よ、お願いだから攻撃しないで」

凛「……宝玉を取りにきたんじゃないの?」

あんじゅ「んー、そうなんだけど、貴女たちが来たのならいいわ」

凛「……どういうことだにゃ」

あんじゅ「貴女たちに宝玉はあげるって言ってるの」

あんじゅ「はい、これよ」ヒュッ

花陽「わわっ!?」パシッ

あんじゅ「ナイスキャッチ!」

凛「……何が目的なの?」

あんじゅ「貴女たちに宝玉を持ち帰ってもらうことかしら」

凛「…………」

あんじゅ「そう警戒しないでよ、私は貴女たちの味方よ」

あんじゅ「この場所が分かったのだって、私が教えたからなんだから」

凛「え?」

あんじゅ「自己紹介がまだだったわね」

あんじゅ「音ノ木坂王国騎士団近衛兵所属、優木あんじゅ」

あんじゅ「潜入任務で盗賊団の仲間の振りをしてるの」

凛「本当に……?」

あんじゅ「本当よ。だから、宝玉はそのまま持ち帰ってもらっていいわ」

凛「…………」

あんじゅ「疑り深いわねぇ、追ったりしないから、先に帰っていいわよ」

凛「……行くよ、かよちん」

花陽「うん……あの、ありがとうございます」

花陽「気をつけてくださいね」

あんじゅ「ふふ、貴女たちもね」

スタスタスタ

花陽「不思議な人だったね」

凛「うん……」

花陽「多分悪い人じゃないと思うよ」

凛「凛も……そう思うけど」

花陽「もしいい人だったら、今度謝ろう」

凛「そうだね……」

タタタタ

穂乃果「おーい! 花陽ちゃん、凛ちゃん!」

凛「穂乃果ちゃん!」

花陽「良かった……無事だったんですね」

凛「どうやって脱出したの?」

真姫「あそこ、通路があったのよ」

真姫「そこを進んで行ったら、入り口に戻れたのよ」

にこ「矢が降ってきたり、骸骨が襲いかかってきたり、散々だったわ」

真姫「元はと言えばにこちゃんのせいでしょ」

にこ「ぅ……」

穂乃果「二人は大丈夫だった?」

凛「うん! 宝玉もこの通り」

花陽「なんとか取れました」

穂乃果「凄いよ二人とも!」

凛「えへへ」

花陽「ふふっ」

穂乃果「よーし、それじゃあ帰ろうか」

凛「戻ったら美味しいものが食べたいな」

花陽「ご飯を食べましょう!」

にこ「あんたらねぇ……帰ったら修行の続きよ!」

真姫「そうね、にこちゃんはもう一度たっぷり絞ってもらったほうがいいわね」

穂乃果「あはは、確かにそうかも」

にこ「ぐっ……」

にこ「ああもう悪かったって言ってるでしょ!」

にこ「いつまでも根に持ってんじゃないわよ!」

今回はここまで
来週は多分休む

英玲奈「失敗した……か」

あんじゅ「頑張ったんだけどねぇ……まさか騎士の子達が来るとは思わなかったわ」

英玲奈「例の騎士達か。海未の言っていたことは外れだな」

英玲奈「だが……少し妙だ」

あんじゅ「? 何が?」

英玲奈「タイミングが良すぎるんだよ」

英玲奈「私たちと同じタイミングで向こうもあの遺跡を発見したとは考えにくい」

あんじゅ「何処からか情報が漏れたかもってこと?」

英玲奈「もしくは故意に漏らされた、だな」

英玲奈「どちらにしろ捨て置けない問題だ」

英玲奈「これに関しては調査をしなくてはならんな」

あんじゅ「そうよ、次もこんなことになったら迷惑なんだから、ちゃんとやってよね?」

英玲奈「解った。ご苦労だったな、自分の部屋で休んでいいぞ」

あんじゅ「はーい」

あんじゅ「じゃあまた何かあったら呼んでねー」

スタスタスタ

あんじゅ(危ない危ない、もうそこまで勘付いてるなんて)

あんじゅ(あんまり目をつけられることはしないようにしないとね)

あんじゅ(もしばれたら殺されちゃうかもだし)

あんじゅ(でも、情報集めるならちょっとの危険は付き物だもんねぇ)

あんじゅ(お肌に悪いわぁ)

あんじゅ(…………)

あんじゅ(けど、それでも私は任務を果たさなくちゃいけない)

あんじゅ(あの人の役に立つために)

~~~~~~~~~~~~~~

「気持ち悪いんだよ、この犯罪者!」

「さっさと死んじまえ!」

あんじゅ「痛っ、やめてっ……殴らないでっ」

「うるせぇ!」ゴスッ

あんじゅ「づぅ!?」バタッ

「お前の親のせいで……俺の父ちゃんも、母ちゃんも、皆殺されたんだよ!」

「責任とれよ!」

あんじゅ「っ……ごめんなさい、ごめんなさい」

二年前、この町は殺人事件で騒然となった。

とある男性が、町中の人々を無差別に殺害したのだ。

その男には妻と子供がおり、家庭は順風満帆の幸せな日々だったという。

だが、ある日博打で失敗をして、大量の借金を背負い全てを失う。

自暴自棄になった男は妻を殺して、交通人を殺して、最後には自殺をしたのだ。

ありきたりな不幸。自業自得。

誰もこの男に同情することはないだろう。

それじゃあ、一人だけ残された子供はどうなるのだろうか?

園長「そろそろご飯ですよ、皆さん家の中に戻ってください」

「ご飯だってよ、そろそろいこうぜ」

「そうだな、行くか」

スタスタスタ

あんじゅ「ぅっ……ひっく……」

園長「……ざめざめと泣いて、相変わらず腹立たしい餓鬼ですね」

園長「全く、何で犯罪者なんかの面倒なんか見ないといけないんだか、吐き気がします」

あんじゅ「違う……私……は……」

園長「ああっ!? 口答えしてんじゃねーぞ糞餓鬼!?」ゴスッ

あんじゅ「うっ!?」

園長「いつまで地面に這いつくばってるんだ!?」

園長「飯の時間だっつってんだろ!」ドスッ

あんじゅ「あっ……ごめん……なさい……」

園長「解ったらさっさと立て!」

あんじゅ「は、はい……」ヨロッ

園長「ノロノロするな!」バキッ

あんじゅ「ぎっ!?」ドサッ

園長「ふん、そんなに地面が好きなら土でも食ってろ」

園長「お前にはお似合いだ」

スタスタスタ

あんじゅ「うっ……あっ……」ポロポロ

あの後、天涯孤独となった少女は孤児院へと引き取られた。

周りは皆が孤児、そして優しそうな園長先生。

ショックに落ち込んでいる少女の助けになると思われたその場所は、少女にとって地獄だった。

全員から犯罪者扱いされ、正義の名の下に白昼堂々と行われる暴行。

酷い時には腕を折られ、それでも虐めは止まらない。

そして、いい人だと思っていた園長先生も、周りの孤児達と同じ。

いや、それ以上に酷かった。

体が痣になるまで殴られ、機嫌が悪いとご飯を食べさせてもらえない。

口答えをすれば、すぐに暴行を加えられる。

酷い時では、全員のサンドバッグにされたり、寒空の中に放り出されたりもする。

過酷な環境。だが一人で生きる術を知らない少女は、ここから逃げ出すことはできなかった。

最初の内は抵抗をした。自分は悪くないと叫び続けた。

でも、そんな物に誰も耳を傾けない。

叫んでも、助けを求めても、何をしても意味がない。

少女には、味方がいないのだから。

だからだろう、だんだんと彼女の口から出るのは謝罪の言葉が多くなっていった。

園長「おい! 掃除は終わったのか!?」

あんじゅ「は、はい!」ビクッ

園長「ちっ、ビクビクしやがって、気持ち悪い奴だな」

あんじゅ「っ…………」

園長「ふん、まあいい、今日は買い物に行くぞ」

園長「たくさん買うから重くなるだろうなぁ」ニャァ

あんじゅ「!?」

園長「しっかり持てよ?」

園長「落としたりしたら、飯抜きだからなぁ?」


ーーー
ーー

あんじゅ「はぁ……はぁ……」ヨロヨロ

園長「ふらふらしてんじゃねーぞ」

あんじゅ「ごめんなさい……」

「あら、園長先生じゃないですか」

園長「おや、これはどうも」

「毎日ご苦労様です……っこれが例の子供ですか。どうしてこんな犯罪者を引き取ったんです?」

園長「犯罪者の子供とはいえ、彼女は孤児です」

園長「困っている子供を助けるのが、私の使命ですから」

「まるで天使様のようですね、流石は園長先生です」

園長「褒められても何も出せませんよ」

園長「少し話が長くなりそうですから、君は何処かで休んでいてください」

園長「噴水とか、綺麗でいいと思いますよ」ニヤッ

あんじゅ「っ……」

噴水はこの町の中心に位置し、多くの人が待ち合わせの場所として使っている。

そんな所に自分が行ったらどうなるか、少女でも簡単に想像がつく。

あんじゅ「わかり……ました」

だが、少女には行くしかない。

反抗すれば、またひもじい思いをすると解っているから。

あんじゅ(怖い……)

あんじゅ(お願い……誰も気づかないで)キュゥ

「おい、あの餓鬼」

「なんだ、まだ生きてやがったのか」

あんじゅ(っ……)グイッ

あんじゅ「きゃっ!?」

「よくものこのことここに顔出せたな、ああ!?」バキッ

あんじゅ「いつっ!」バタッ

「二度とこの町に来れなくしてやるよ」ググッ

あんじゅ「あっ……く、くるしっ……」

「おい、待てよ」

「あ? なんだ?」

「犯罪者とはいえ……中々の上玉じゃねぇか?」

「はん、こんな子供が好きだなんていい趣味してんな。いいぜ、思う存分やってやれ」

「へへ、ありがとよ」ガバッ

あんじゅ「っ!? いや、な、何をするんですか!?」

「立派な女にしてやろうってんだよ」グイッ

あんじゅ「いやっ! いやっ!!」

あんじゅ「助けて!」

「誰も助けになんか来ねーよ」

「見てみろよ周りの奴らを」

あんじゅ「あっ…………」

「皆お前が酷い目に合うのを楽しみにしてるんだよ」

「解ったら、悲鳴あげながら犯されろ」グッ

あんじゅ「っ……あっ……」ポロポロ

あんじゅ(こんなの……もう……嫌……)

あんじゅ(誰か……助けて……)





「やめなさい!!!」

「あぁ? なんだお前は」

「この餓鬼を庇う気か!?」

理事長「自分達のストレスをぶつけるために、罪のない子供に暴行するなど言語道断です!」

理事長「誰一人としてこの状況をおかしいと思わないなんて、あなた達はそれでも大人ですか!?」

「くそ女が、調子にのってんじゃねーぞ!」

「お、おい、待て、あの顔……まさか!?」

理事長「この犯罪者達を捕まえなさい!」

ダダダダ

「じ、女王様!?」

「な、なんでここにっ……ぐあっ」

あんじゅ「あっ……あっ……」

理事長「大丈夫ですか?」

あんじゅ「ひっ!? ごめんなさい……ごめんなさい……」

理事長「謝らなくても大丈夫です。私は貴女の味方ですよ」

あんじゅ「え……? みか……た?」

理事長「はい。よければお名前を教えてもらえますか?」

あんじゅ「……優木、あんじゅ」

理事長「あんじゅちゃんね、いい名前だわ」

園長「すいません、その子が何かしましたか?」

あんじゅ ビクッ

理事長「……貴女は?」

園長「孤児院をやっているものです。その子も孤児の一人でして……」

理事長「……そうですか。それでは、今日からこの子は私が預かります」

園長「え?」

理事長「こんな細い体をして……さぞ美味しい食事をさせてもらっていたんでしょうね」

園長「っ……」

理事長「あなたも後程取り調べがあります。覚悟してくださいね」

理事長「さて、それじゃああんじゅちゃん、いきましょうか」ニコッ


ーーー
ーー

理事長「ほら、いっぱい食べていいんですよ?」

あんじゅ「で、でも……」

理事長「遠慮してはいけません」

あんじゅ「は、はい……」モグモグ

あんじゅ「美味しい……」

理事長「ふふ、それは良かった」

理事長「そうだ、あんじゅちゃんにプレゼントがあるの」

あんじゅ「え?」

理事長「はい、どうぞ」

あんじゅ「わぁ……!お人形さん!」

あんじゅ「もらって……いいの?」

理事長「ええ、もちろん」

あんじゅ「ありがとうございます」

理事長「ふふ、喜んでもらえたのなら良かったわ」

理事長「他にも、何か欲しい物があったら遠慮なく言ってね?」

あんじゅ「…………っ」

理事長「どうしたの?」

あんじゅ「助けてくれて……ありがとうございます」

あんじゅ「私……本当に辛くて……」ポロポロ

あんじゅ「でも、誰も助けててくれる人、いなくて……」

あんじゅ「それにっ……こんなに優しくしてもらったのも……」

理事長「…………」ギュッ

あんじゅ「っ」

理事長「今まで……よく頑張ったわね」

理事長「これからは、私がずっと貴女の味方になってあげるから」

理事長「だから……もう、我慢しなくていいのよ」

あんじゅ「っ……うっ……」

あんじゅ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!」

それ以来、あんじゅは宮殿の中で育てられることとなった。

もちろん、女王様は多忙なため、会うことのできる時間は少ない。

お目付役としてメイドが付き添い、完全な自由というわけでもない。

でも、皆が自分の話を聞いてくれて、自分に優しくしてくれる。

彼女にとって、そこはまさしく天国のような場所であった。

だが、一年も経つ頃、あることに気づく。

自分を助けてくれて、自分に笑顔を向けてくれる女王様の顔には、いつも曇りがあることに。

彼女は女王様の力になりたかった。

自分を助けてくれた恩を返したかった。

だから……

理事長「どうしても……なの?」

あんじゅ「はい! 騎士になって、女王様の力になりたいんです!」

理事長「……貴女はいてくれるだけで十分私の力になってくれています」

理事長「もう一度、考え直してくれませんか?」

あんじゅ「……このままずっと甘えているのは嫌なんです」

理事長「…………」

あんじゅ「お願いします!」

理事長「……解りました。ただ、危ないことはしないでくださいね」

あんじゅ「はい!!」

それから彼女は必死に頑張った。

勉強も訓練も、誰にも負けないくらい。

それでいて、誰からも疎まれず、好かれるように。

もちろん大変なことではあったが、過去に比べればこのくらいどうということはない。

全ては、助けてくれた女王様に音を返すため。

そして月日は流れ、彼女は騎士になった。

あんじゅ「お久しぶりです、女王様」

理事長「お久しぶりです。それと、おめでとうございます」

あんじゅ「ありがとうございます!」

理事長「まさか本当に騎士になってしまうなんて……驚きですよ」

理事長「噂も良く聞いていました」

理事長「捉えどころのないミステリアスで妖艶な雰囲気を持ってる……と」

あんじゅ「それは……えっと……」

理事長「ふふ、聞いた時は驚きましたが、今の姿を見て安心しました」

理事長「昔と変わっていないようですね」ナデナデ

あんじゅ「…………」カァッ

あんじゅ「も、もう私は子供ではありません!」

理事長「ごめんなさい、つい昔の癖で」

あんじゅ「……べ、別に構いませんけど」

あんじゅ「そうだ、今日はもう一つお知らせしたいことがあるんです」

理事長「? どうしたの?」

あんじゅ「私、能力に目覚めました」

理事長「!」

あんじゅ「これで、私は貴女の役に立てます」

あんじゅ「だから何でもお命じください」

あんじゅ「私は、何だってしてみせます」

~~~~~~~~~~~~~~

あんじゅ(今日の夜は出歩くな、広間には近づくな)

あんじゅ(怪しいなんてもんじゃない、絶対何かあるわね)

あんじゅ(それが次の宝玉の場所を示すものなのか、それともまた違う話なのか)

あんじゅ(どちらにしろ、逃す手はない)

あんじゅ(彼女たちを倒して、女王様の心労を早く取り除いてあげないと)

キィ

パタン

スタスタスタ

ーーーー広間


「それで、何故ここへ来たの?」

絵里「貴女の力を借りるためよ」

「へぇ……どういうこと?」

絵里「宝玉の場所が見つかったのよ」

「君ほどの力があれば、簡単に入手できるさ」

絵里「今回はそうでもないのよ」

絵里「邪神を封印した能力者の一人が、生涯を、自分の命を使って宝玉をある遺跡に封印したの」

絵里「入口の門は希の能力でも破壊できなかった」

絵里「おそらく、命を対価に門を封印したんだわ」

「だから私を頼ってきた……と。ふふ、面白い、いいよ」

絵里「海未、貴女にも来てもらうわよ」

海未「ええ、構いません」

海未「約束は覚えていますよね?」

絵里「もちろんよ。邪神が復活したら、貴女の願いは叶えてあげる」

海未「……ありがとうございます」

絵里「準備を整えたら出発しようと思う」

絵里「多分、宝玉の中で一番厳重に保管されたものだから、気をつけること」

絵里「詳細はまた話すわ」

あんじゅ「……場所までは言わないか」

あんじゅ「でも、彼女たちの話が本当なら、リーダーと海未がいなくなる」

あんじゅ「早く、お知らせしないと」

あんじゅ「もしかすると、ここにある宝玉を奪えるかもしれない」ザッ

あんじゅ「……!」

英玲奈「あんじゅ、こんなところで何をしている」

あんじゅ「えっと……ちょっと涼みたくなったから、散歩してるのよ」

英玲奈「話を聞いていたな? 全く、お前には期待していたというのに」

あんじゅ「……だったら、どうするの?」

英玲奈「裏切り者には死の制裁を」スッ

あんじゅ「やれるものならやってみなさい! 《不朽の従者》(イモータル・アーミー)!」

突如として現れる多種多様な人形達。

ある者は斧を持ち、ある者は弓を構え、ある者は継ぎ接ぎだらけの歪な姿。

それぞれに意思が宿ったように、ゆっくりと動き出す。

英玲奈「これがお前の能力か」

英玲奈「お人形遊びが好きなメルヘン少女ではなかったんだな」

あんじゅ「あら、そんなか弱い女の子のほうが好みだった?」

英玲奈「いいや、今のほうが断然いい女だよ」

あんじゅ「だったら見逃してくれない?」

あんじゅ「しつこい女は嫌われちゃうわよ」

英玲奈「それは困った……では、お前を始末したら身の振り方を考えることにしよう」

あんじゅ「……っ! 勝てると思ってるの?」

英玲奈「もちろんだ」

あんじゅ「そう……それなら」

あんじゅ「刀を抜く暇もなく死になさい!」

英玲奈の背後から忍び寄っていた人形が、剣を振り下ろす。

あんじゅが会話をしていたのは自分に注意を引くため。

その目論見は成功し、英玲奈は背後から攻撃されているのにも関わらず、刀を抜くことすらできていない。

英玲奈「刀を抜く暇もなく……か。それなら心配無用だ」

キン、と高い音が鼓膜に響く。

それと共に英玲奈の背後にいた人形が動きを止める。

英玲奈「もう……抜いた」

ガラガラと音を立てて、胴体を真っ二つにされた人形が崩れ落ちる。

刀は鞘に収まったまま。

あんじゅには、今の一瞬で何が起きたのか理解できなかった。

あんじゅ「っ! かかりなさい!」

驚愕は一瞬。同時に四体の人形が英玲奈へと襲いかかる。

キン

槍を携えた人形の顔が跳ね飛ばされる。

その隙をつこうと両側から斧と剣が英玲奈を襲うが、元より隙などない。

キン

一瞬にして二体の胴体が切断される。

四体目がその頭上から飛びかかるように強靭な爪を振るう━━━━が、その爪が英玲奈に届くことはなかった。

キン

真っ二つにされた人形が、床に打ち付けられて激しい音を立てる。

あんじゅ「なんで……」

英玲奈は柄に手をかけているものの、一度も刀を抜いてはいない。

じゃあ、さっきからなっているあの音はなんなんだ。

あんじゅ「……まさか!」

いや、違う。

さっき英玲奈は「もう抜いた」と言っていた。

つまり、あの音は、刀を鞘に戻す時の音。

それに気づき、すぐに英玲奈と距離をとろうと後ろに駆け出す。

英玲奈「気づいたか……だが遅いッ!」

猛然と距離を詰める英玲奈。

行く手を阻もうとした三体の人形も、一瞬の内に切り捨てられる。

英玲奈「終わりだ」

あんじゅ「っ!」

背筋に走る悪寒。

今までの経験が、あんじゅに回避行動をとらせた。

キン

ズシュ

あんじゅ「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!??!!??」

ぼとりと肉の落ちる音。

激しい痛みと喪失感。

体を切り裂くはずの刃は、足を切断していた。

英玲奈「殺すつもりだったんだが……な」

英玲奈「流石だ」

笑みを浮かべながらゆっくりと迫る英玲奈を、その場から動けなくなったあんじゅは睨みつけることしかできない。

英玲奈「言え、お前は誰の指示で動いている」

あんじゅ「…………」

英玲奈「この状況でだんまり……か。やはりお前はいい女だよ」

英玲奈「最後に何か言い残すことはあるか?」

あんじゅ「…………」

自分はもう助からない。

この状況を打開する術を探そうとしても、何も思いつかない。

それどころか、今までの思い出が走馬灯のようにぐるぐると自分の中を駆け巡るのだ。

理事長に拾われて、遊んでもらって、笑って。

こんな時なのに、と自分に少しだけ苦笑してしまう。

だから、今までの人生の全てを籠めて、口を開く。

あんじゅ「私は……幸せでした」

キン

ザシュ

ガチャ

「おや、終わった?」

英玲奈「ああ」

「彼女はお気に入りだったんだろ? 本当に良かったの?」

英玲奈「構わん。私情を挟んでは下の者に示しがつかないからな」

「はは、相変わらず固いね」

英玲奈「それよりも、話はついたのか?」

「ああ。今から出発するから、ここは任せるよ」

英玲奈「了解した。お前が帰ってくるまでしっかりと守っておく」

「うん、よろしく」


ーーー
ーー

~~~~~~~~~~~~~~

うみ「ほのか! ことり! きいてください!」

ほのか「どうしたの?」

ことり「おなかいたいの?」

うみ「ちがいます! とうとう能力にめざめたんです!」

ことり「すごーい!」

ほのか「さすがうみちゃん!」

うみ「えへへ」

ほのか「うみちゃんはどうしてきしになりたいの?」

うみ「そのだ家はだいたいきしのかけいだからです」

うみ「わたしもお父さまのあとをついで、りっぱなきしになりたいんです」

うみ「そして、ほのかとことりをわるものから守ります!」

ことり「かっこいいー!」

ほのか「それならお家のお手伝いからほのかを━━」

うみ「それは自分でやってください!」

ほのか「ぶー」

ことり「そうだ、こんどおしろの外にピクニックに行くんだけど、ほのかちゃんとうみちゃんも行こうよ!」

うみ「わかりました。お父さまとお母さまにそうだんしてみます」

ほのか「ほのかはだいじょうぶだよ!」

うみ「もし何かあったら、わたしが二人を守ります!」

ことり「おおげさだよぉ、きしさんたちもついてくるから」

ほのか「それじゃあみんなでかくれんぼしよ!」

ことり「たのしそう! やろうやろう!」

うみ「あんまりはしゃぎすぎないようにするんですよ!」

ほのこと「「はーい」」


ーーー
ーー

ことり「えー、ほのかちゃん行けなくなっちゃったの?」

うみ「はい……たのしみで前日にはしゃぎすぎて、かぜをひいたみたいです」

ことり「うーん、ざんねんだなぁ」

うみ「まったく、ほのかはいつになっても成長しませんね」

ことり「あ、でもそれなら、今日はことりだけがうみちゃんに守られるんだね」

うみ「え? ええ、そうなりますね」

ことり「よろしくおねがいします、ゆうかんなきしさま」ペコリ

うみ「……おまかせください、おうじょさま」

うみ「かならずあなたをわるものから守ってみせます」

ガサガサ

ことり「森の中ってこんなふうになってるんだぁ」

うみ「ことり、足下にちゅういしてくださいね」

うみ「それと、つかれたらすぐに言ってください」

ことり「ぶぅ……うみちゃん、お母さんみたい」

「ははは、王女様には立派な騎士様がついてますね」

「そうだな、これは将来有望だぞ」

ことり「みんなでかくれんぼしよ!」

「……申し訳ありません王女様。護衛任務のため、私たちは遊ぶことができないのです」

ことり「えー!」

うみ「ことり、あまりみんなを困らせてはいけません」

うみ「それよりも、あっちにおもしろいものがありました」

ことり「ほんとう!?」

うみ「ついてきてください」スタスタ

ことり「わーい! なにかななにかな?」スタスタ

「……まさか子供に助けられるとは」

「今の間にコネを作っておいたほうがいいかもな」

うみ「まちなさい! ことり!」

ことり「きゃー! きゃー!」タタタ

うみ「おかしの中にからいものを入れるなんてどうして思いつくんですか!」

ことり「ほのかちゃんにおしえてもらったのー!」

うみ「くぅぅ……ふたりでわたしをからかおうとしたのですか!」

ことり「ごめんなさーい!」タタタ

ことり「あれ?」ピタッ

ポタッ ポタッ

ことり「あめ……?」

うみ「ことり、ぬれるといけませんから、帰りますよ」

ことり「あ、うみちゃん」

ことり「えっと……その……」アセアセ

うみ「はぁ……おこっていませんから、安心してください」

ことり「ほんとう……?」

うみ「はい、ほんとうです」

ことり「よかったぁ」ホッ

トテトテ

うみ「すいません、おまたせしました」

「おう、お帰り、雨が降ってきたし帰るぞ」

ことり「はーい」

「あの……一人行方がわからなくなったのですが、どうしましょうか」

「どうせそこらで寝てるんだろ、ほっとけほっとけ」

「「「はははははは」」」

ガサッ

「お? 噂をすればなんとやら……っ!?」

茂みを掻き分けて出てきたのは、フードを被った巨体。

その手に握られている剣からは、血の雫がこぼれ落ちている。

「全員! 王女様を守っ━━」

凄まじい速度で動いた大男が剣を振るうと、近くにいた騎士の首が空を舞う。

男は速度を緩めず、王女様━━━━ことりの方へと迫って行く。

うみ「あ……あ……」

大男が一度腕を振るえば、それだけで死骸ができる。

もちろん、大男も無事ではない。

反撃で受けた剣が肉を裂き、放たれた矢が体を抉る。

だが、それでも男は止まらない。

バシュ

ピチャッ

あげられた血飛沫が頬へと降りかかる。

目の前で自分たちを守ってくれた騎士はもういない。

他の騎士達は少し離れた所からここに駆けつけようとしているが、それは子供二人を殺すのには十分な時間だ。

だから、自分がことりを守らなくてはいけない。

そのはず、なのに。

うみ「っ……あ……ぅ……」

自分の意思とは無関係に震える足。

立ち向かなくてはいけないのに、足が竦んで動くことができない。

後ろにことりがいなければ腰を抜かしていただろう。

うみ「それいじょう……こっちに……がっ!?」

男が振り払った腕に打ち付けられ、海未の体は大きく跳ね飛ばされる。

ことり「うみちゃん!?」

うみ「っ……ことり……にげ……」

全身を走る痛みに耐えながら、届くことのない手を必死にことりへと伸ばす。

剣を構える男、足が竦んで逃げられないことり、そして、何もできない自分。

ぐちゅり。

永遠のような一瞬の後、男の剣がことりの体を貫いた。

ことり「かっ……ふっ……」

ゆっくりとことりの衣服に赤い染みができる。

騎士達は間に合わなかった、いや、まだ、今なら間に合うかもしれない。

駆けつけた騎士の一人が男に向かって剣を振り下ろす━━━━が、その剣が男に触れることはなかった。

どごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん!!!

耳をつんざくような爆発音。

飛び散る大小の肉片。

頬を濡らす雨は、いつの間にか赤色へと変わっていた。

うみ「そん……な……」

うみ「うそ、です……だって……」

うみ「わたしは……ことりと、ほのかを、わるものから……守る……」

うみ「それで、きしになって……」

うみ「い……や……」

うみ「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

~~~~~~~~~~~~~~

海未「っ!?」ハッ

ガラガラガラ

海未「…………」

絵里「大丈夫? 随分と魘されていたようだけど」

海未「……心配ありません」

絵里「そう、それならいいけど」

絵里「あまり無茶はしないようにね」

海未「……ええ」

海未(穂乃果とことりを守るために己を鍛えてきたはずなのに、あの日無様にも生き残ってしまった)

海未(出来損ないの騎士として恥を晒してきた)

海未(穂乃果……貴女が同じ立場なら、どうしていたんですか?)

海未(同じように、ことりを生き返らせようとしましたか?)

海未(いえ……多分しないでしょうね)

海未(ですが……私はなんとしてでもことりを蘇らせなくてはならない)

海未(それが、私のできる唯一の償いなのだから)

海未(そしてもう一度、三人で一緒に……)

今回はここまで

「女王様!」

理事長「どうしたのですか、そんなにも慌てて」

「こちらをご覧ください」スッ

理事長「紙……ですか?」

理事長「!」

『盗賊団のアジトの場所を記す。今が好機。副リーダーの戦い方は━━』

理事長「これは……」

「掃除の時に、メイドが部屋の中で発見したもようです」

「地図も記されていますが、どうにも焦って書いてあるようで……文章も途中で終わっています」

「人形も、そのまま倒れっぱなしでした」

理事長「…………」

「どうしましょうか?」

理事長「あの子たちを呼んでください」

「はっ!」

ーーーー高坂家

穂乃果「んー! やっぱり家は落ち着くなぁ」

雪穂「あのお姉ちゃんが疲れるまで頑張るなんて……昔からは想像できない」

穂乃果「えー、酷いよ雪穂!」

雪穂「本当のことだからしょうがないじゃん」

穂乃果「うー……穂乃果は傷つきました」

穂乃果「お詫びにお茶を要求します!」

雪穂「それくらい自分でいれなよ……」イソイソ

雪穂「はい、どうぞ」

穂乃果「えへへ、ありがとう」ズズッ

穂乃果「なんだかんだ言っていれてくれるんだから、雪穂って優しいよね」

雪穂「別に……頑張ってるからちょっとご褒美あげただけ」

穂乃果「えへへ、それでも嬉しいんだよ」ニコッ

雪穂「…………」

雪穂「今回は……どれくらいいられるの?」

穂乃果「…………」

穂乃果「どうだろう……私にもわかんないや」

穂乃果「でも、大切なことだから」

穂乃果「寂しい思いをさせちゃって、ごめんね?」ナデナデ

雪穂「っ/// さ、寂しくなんてないし!」

雪穂「お姉ちゃんのおもりをしなくていいから、私もちょっと楽だもん」

穂乃果「酷い!?」

雪穂「……だから、その……」

雪穂「が、頑張ってね……」

穂乃果「……うん!」

穂乃果「それじゃあ、今日は久しぶりに一緒にお風呂に入ろっか!」

雪穂「は、はぁ!? な、なにいってんのよ急に///」

穂乃果「あれれ、もしかして照れちゃってる?」

穂乃果「でも、お姉ちゃんとして雪穂の成長具合を確かめないと!」

雪穂「確かめなくていい!」

雪穂「そんなこと言ってると、ご飯抜きにするよ!」

穂乃果「ご、ごめんなさい!」

雪穂「全く……お姉ちゃんのばか……」

穂乃果「えへへ、ごめんね?」

雪穂「……はぁ。いいよ、ご飯食べたら一緒に━━」

ガラッ

「夜分遅くにすいません! 女王様が高坂穂乃果さんをお呼びです!」

穂乃果「……了解しました」

雪穂「…………」

ーーーー謁見の間

穂乃果「何があったんですか?」

理事長「盗賊団のアジトが判明しました」

にこ「!」

理事長「貴女たちには、奪われた宝玉の回収をお願いします」

理事長「時間があまりありません、すぐに向かってもらえますか?」

「「「「「はい!!」」」」」

理事長「ありがとうございます、ことりがその地図です」スッ

穂乃果「……! あの、これは……」

理事長「盗賊団に潜り込んでもらっている騎士からの報告です」

凛「!」

にこ「……慌てて書いたようね」ジッ

真姫「そうね……まるで死ぬ間際に書いたみたい」

穂乃果「!」

穂乃果「あの、その騎士の方との連絡は……」

理事長「それ以降、報告はありません」

花陽「そんな……」

理事長「まだ死んだと決まったわけではありません」

理事長「それを確かめるためにも、行ってください」

穂乃果「わかりました」


ーーー
ーー

穂乃果「ここが……入口?」

真姫「地図によるとそうみたいだけど」

花陽「…………」

凛「かよちん? どうしたの?」

花陽「凛ちゃん……えっと……」

凛「……あの子のこと?」

花陽「……うん。どうなったのかなって」

花陽「もしかすると、捕まって酷い目にあってたり……」

にこ「……普通に捕まってるだけなら能力で連絡がとれるはず」

にこ「考えられる可能性は、『意識がない』、『意識はあるけど能力が上手く使えない』、『すでに死んでいる』のどれか」

にこ「どれにしろ……かなりヤバイ状況だと思うわ」

花陽「あ、あの!」

にこ「なに?」

花陽「私、あんじゅさんを探しに行きたいです!」

にこ「……駄目よ、私たちは宝玉の確保をしなくちゃいけないの」

花陽「でも!」

穂乃果「いいよ」

にこ「穂乃果、私たちの任務は」

穂乃果「解ってるよ、にこちゃん」

穂乃果「私たちはこの国を、皆を守るために戦ってる」

穂乃果「でも、だからこそ、あんじゅさちゃんを見殺しにしたくなんてない!」

にこ「……死んでるかもしれないのよ」

穂乃果「それでも、だよ」

穂乃果「それに、二手に別れるのは悪いことじゃないと思うの」

穂乃果「どちらにしろ、宝玉も探さなくちゃいけないし」

にこ「はぁ……解ったわ」

にこ「花陽と凛はその子を探しなさい」

花陽「ありがとうございます!」

にこ「最初ににこと穂乃果と真姫ちゃんで突撃するから、あんたらは少ししてから入りなさい」

真姫「ちょっと! 何かってに決めてんのよ!」

にこ「真姫ちゃんの能力わぁ、凄く強いからぁ、前線で戦うのに相応しいと思ったんだけどぉ……駄目かなぁ?」キュルン

真姫「ま、まあね。私にかかれば盗賊団を蹴散らすことなんて朝飯前よ!」

にこ(ちょろい)

穂乃果「それじゃあ行くよ!」

「「「「おー!!」」」」

タタタタ

にこ「! 曲がり角で二人待ち伏せしてるわ!」

穂乃果「まかせて!」

少し強めに床を蹴り、曲がり角へと踏み込む。

敵の姿は二人。

一人はナイフ、もう一人は剣を構えて待ち伏せしていたようだが、タイミングを外されたせいか、体が硬直している。

穂乃果「はぁっ!」

ガラ空きのお腹へと軽くジャブをいれると、二人はどさりとその場に崩れ落ちた。

穂乃果「終わったよ!」

にこ「前より動きが速くなってるわ」

穂乃果「本当?」

にこ「ええ、本当よ」

にこ「でも油断をしたら駄目」

穂乃果「解ってるよ」

穂乃果「さあ、どんどんいこう!」

タタタタ

にこ「!」

にこ「扉の向こう側に敵がいるわ」

にこ「人数は……30人くらい」

穂乃果「突っ込んじゃえばいいんじゃないの?」

穂乃果「私たちに攻撃は効かないし」

にこ「……全部がそうということでもないのよ」

穂乃果「え?」

にこ「能力者にもダメージは与えられる」

穂乃果「どうやって?」

にこ「例えば、武器生成の能力者がいたとするわよ?」

穂乃果「うん」

にこ「そいつが作った武器で攻撃してきたら痛いでしょ?」

穂乃果「うん」

にこ「それなら、普通の人がその武器で殴ってきたら?」

穂乃果「……あ!」

にこ「もちろん、前例なんてない」

にこ「でも、可能性だけは考えておいた方がいいわ」

にこ「だから、ここは……」

真姫「焦れったいわね」ガチャ

にこ「ちょ、何やってーー」

真姫「そんなこと考えたら日が暮れるわ」

真姫が扉を開けると、広間にいた30人あまりもの敵が、怒号と共に一斉に矢を放つ。

通り抜ける隙間はない、このままいれば矢はすぐにでも真姫に直撃するだろう。

真姫「この程度で私に刃向かおうなんて百年早いのよ!」

真姫「《戒めよ極氷の息吹》(ブリザード・シャックル)!」

突如として真姫の周りから極寒の風が沸き起こる。

矢は弾かれ、床がぱきぱきと音をたてながら氷、やがてそれは敵全体をも飲み込んでいく。

真姫「ふふん、どんなもんよ」

風が止んだ後に残ったのは全てが氷ったニブルヘイム。

ある物は驚愕し、ある物は恐怖に顔を歪めてその姿を氷の中に閉ざされている。

穂乃果「凄いよ真姫ちゃん!」

穂乃果「いつの間にこんな技を覚えたの!?」

真姫「さっき思いついたのよ」

穂乃果「嘘っ!?」

真姫「嘘よ」

穂乃果「えっ」

真姫「そんなことより、先を急ぐわよ」

にこ「そうね……きっと、もう少しで……」

タタタタ

にこ「……中に一人いるわ」

真姫「当たり?」

にこ「ええ、多分ね」

穂乃果「……行くよ」

ギィィィィィ

「遅かったじゃないか、侵入者共」

「随分と派手に暴れてくれたようだな」

英玲奈「生きて帰れると思なよ」

タタタタ

凛「……さっきから、誰にも会わないね」

花陽「うん……きっと、穂乃果ちゃんたちが頑張ってるんだと思う」

凛「それじゃあ、早く助けて戻らないとね」

花陽「うん……」

凛「! 突き当たりに部屋があるよ!」

花陽「中に人はいる?」

凛「……いないけど、なんだか変な感じがする」

花陽「……凛ちゃん、注意してね」

凛「大丈夫……行くよ!」

ガチャ

凛「…………」

花陽「何も……ない?」

凛「かよちん、あそこに」

花陽「……あれって、棺桶……かな?」

凛「……まさか」ゴクッ

カタン

花陽「ひっ!?」

凛「っ!?」

花陽「そんな……なんで……」

花陽「あんじゅさん……」

棺桶に入っていたのは助けたかった人。

両足が痛々しく切断され、それを隠すことなくそのまま入れられている。

だが、体の傷とは逆に、彼女の顔は穏やかであった。

英玲奈「まさか正々堂々正面から来るとは思わなかった」

英玲奈「隠密に盗もうとは思わなかったのか?」

にこ「そんな高度なこと、できると思う?」

英玲奈「……無理そうだな」

にこ「でしょ」

穂乃果「ちょっとにこちゃん!?」

真姫「あなたどっちの味方なのよ!」

にこ「本当のことでしょ!」

英玲奈「……敵を前にしてその態度か、面白い連中だな」

穂乃果「それなら、友達になろうよ」

英玲奈「……何?」

穂乃果「こんなことやめて、皆で一緒に遊ぼう」

穂乃果「傷つけあうより、絶対にそっちの方が楽しいよ」

英玲奈「……面白いやつだな、お前は」

英玲奈「だが、断らせてもらおう」

英玲奈「私には、私の大義がある。もちろん、投降する気もない」

英玲奈「止めたければ、力ずくで止めてみせろ」スッ

穂乃果「そう……それなら」

穂乃果「騎士として、貴女を拘束します!」

穂乃果(あの子が副リーダーだとしたら……迂闊に近づくわけにはいかない)

穂乃果(あんじゅさんの記した通りならね)

英玲奈「どうした? 威勢がいいのは口だけか?」

英玲奈「来ないなら、こちらから行くぞ!」

真姫「《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

駆け出そうとする英玲奈を止めるかのように、真姫の周りに氷の槍が出現する。

真姫「集いなさい!」

真姫の声に導かれるように小さな槍が集結し、頭上に大きな槍を形成する。

避けられるなら、避けきれないくらい大きく、そして強くする。

真姫「一撃で終わらせてあげる」

真姫が手を前に翳すと、巨大な槍が凄まじい速さで英玲奈へと向かっていった。

英玲奈「一撃……か」

キン

甲高い音が響いたと思うと、氷槍がその動きを止め、ぱきぱきとヒビが入る。

真姫「っ!?」

英玲奈「仕留め損なったな」

槍はそのまま砕け散り、辺りに冷気をばら撒いた。

英玲奈は微動だにせず、顔には余裕の笑みを浮かべている。

刀は、鞘に収まったまま。

穂乃果「……『居合』」

英玲奈「ほぅ……今ので気づいたのか?」

穂乃果「ううん、あんじゅちゃんに教えてもらったんだよ」

英玲奈「!」

英玲奈「……くく、そうか、まさか死ぬ間際にそんなことをしていたとはな」

英玲奈「嫁にでももらっておくべきだったか」

穂乃果「……あんじゅちゃんをどうしたの?」

英玲奈「今のでだいたい察せるだろ、殺したよ」

穂乃果「……どうして!」

英玲奈「敵を殺すのは当然のことだ」

英玲奈「それ以上の理由はない」

穂乃果「…………っ」

英玲奈「……ああ、そうだ、一つ教えておいてやろう」

英玲奈「私に奇襲は通じない」

にこ「っ!?」ゾクッ

真姫の能力の発動と共に英玲奈の背後へと回り込んだにこ。

会話に気を取られている間にゆっくりと近づき、飛びかかろうとしたところ、背筋に悪寒が走る。

にこ「っ!」

キン

後ろに大きく飛び、英玲奈の間合いから逃れる。

だが、少し間に合わなかった前髪が、少しだけはらはらと床に落ちた。

英玲奈「いい反射神経だ」

にこ「なんで……」

英玲奈「お前の隠密が下手なんじゃない、私との相性が悪いだけだ」

真姫「にこちゃん! 離れなさい!」

真姫「《戒めよ極氷の息吹》(ブリザード・シャックル)!」

間合いに入ったものが全て切られてしまうのであれば、切られないもので攻撃すればいい。

氷の世界が音をたてながら急速に英玲奈のへと襲いかかる。

真姫「……終わりよ」

刀で風を切ることはできない。

温度をあげることもできない。

つまり、英玲奈にはこれを防ぐ手段がない。

英玲奈「《虚空烈閃陣》」

全方向に繰り出される高速の斬撃。

それが衝撃波となり、進行する冷気を弾き飛ばす。

真姫「そんなっ!?」

英玲奈「マジックはもう終わりか?」

英玲奈「ならば引導を渡す!」

穂乃果「真姫ちゃん! 危ない!」

猛然と真姫の方に向かう英玲奈の前に立ち塞がる穂乃果。

攻撃が全て近接の穂乃果には最悪の相性と言ってもいい敵。

だが、勝ち目がないわけじゃない。

切ってから、しまって、また抜くまでの一瞬の間に間合いを詰めれば、攻撃できる。

だから、フェイントで一度相手に刀を抜かせようと。

穂乃果「!」

間合いに入るギリギリのタイミングに、後ろ足を蹴り、前のめりになった所でつま先に力をこめ少し後ろへと下がる。

ここが勝負所だ。

斬撃が見えなくても、この位置なら風圧でわかる。

後は、それに合わせて攻撃を……。

英玲奈「お前は見誤った」

穂乃果「え?」

髪の毛をゆらす風は来ない。

刀をしまう甲高い音も響かない。

襲いかかるために準備していた身体は、逃げる術を知らない。

英玲奈「私には……お前たちの様子が全て見えている」

英玲奈の能力は特殊なものだ。

広範囲の視野と、情報を得られる『観察眼』。

相手の身体能力、弱点、重心の位置、ほとんどの情報を読み取り、相手の次の行動を予測する。

それはほぼ『未来予知』と言えるもの。

ただ、相手の心、能力などは読み取ることができないため、完全な未来予知ではない。

だが、穂乃果はそれを知らなかった。

フェイントは読まれており、自分は英玲奈の間合いへと足を踏み入れてしまった。

真姫は動けない。

にこは離れすぎている。

助かるためには、自分でなんとかするしかない。

刀を受け止める━━━━無理だ、速すぎる。

間合いから逃げる━━━━逃れるよりも早く、刀が穂乃果の首を切り落とすだろう。

完全な詰み。

湧き上がる死の恐怖が身体中を包み込み、走馬灯が足早に駆け巡る。

大切な仲間。

騎士になってできた友達。

近所のおじいちゃんやおばあちゃん。

優しくしてくれたお父さんや、お母さん。

いつも支えてくれた雪穂。

そして、いつも遊んでいた大切な幼馴染の二人━━━━。






……駄目だ、こんな所で諦めたら。

私には……まだ、やらなくちゃいけないことがある!













ドクン

キン

甲高い音が部屋の中を木霊する。

だが、訪れるはずの終焉……穂乃果の死は現実にはならなかった。

英玲奈「馬鹿な……何故」

確実に捉え、切り裂いたはずの相手が目の前に健在でいる。

その事実が、英玲奈の心に動揺を与えた。

そして、そんな隙を見逃すほど、穂乃果は腑抜けてはいない。

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

渾身の右ストレートが英玲奈の胸を捉え、英玲奈の身体は後方に大きく吹き飛ばされる。

英玲奈「ぐっ……あっ!」

だが、英玲奈も負けてはいない。

瞬時に動揺を自分から切り離して、拳が当たる前に後ろへと体をずらし、クリーンヒットするのを避けた。

パシャン

先程、真姫が作った氷が全て溶けたのか、立ち上がった足が水溜りを踏み抜く。

胸に残る熱さと、焼け焦げた服。

伝わる熱気、自分の『眼』からの情報。

そして、斬撃が当たらなかった現実。

それら全てを統合させると、信じられない推測ができる。

英玲奈「……嘘だろ」

英玲奈「お前……身体が炎になっているのか……?」

穂乃果「…………」ゴオッ

能力は多様である。

しかし、それでもだいたいの場合において似たような能力は存在する。

だが、こんな能力は、聞いたことも文献で見たこともない。

自分の身体を、炎に変えるなど。

穂乃果「やぁっ!」

英玲奈「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

キン キン キン

穂乃果の踏み込みに対し、三回の斬撃が襲いかかる。

敵を三回も殺せる一瞬の居合━━━━そう、相手が普通の能力者であれば。

英玲奈「がっ!?」

穂乃果の右の拳が左頬に吸い込まれ、激しい痛みに意識が飛びそうになるのを堪える。

刀が通じない……それは、英玲奈にとって致命的な弱点であった。

英玲奈「っ……舐めるなよッ!」

英玲奈「《虚空烈閃陣》!」

切れないのであれば、消し飛ばせばいい。

無数の斬撃と真空波が穂乃果へと降りかかる。

英玲奈「消し飛べ!」

激しい風に飲み込まれる穂乃果。

だが、灯火が消えることはない。

穂乃果「炎! 拳!」

英玲奈「なっ!?」

激しく燃え盛る炎を両手に携え、その姿を再び現せる。

その炎で出来た身体からは、次の動きを読み取ることができない。

穂乃果「ヒィィィィィトォォォォォォォォォォォォストライクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

真っ直ぐに放たれた拳は体へとのめり込み、吹っ飛ばされた英玲奈は、その身体を床へと沈めた。

穂乃果「はぁ……はぁ……」

真姫「穂乃果……大丈夫なの?」

穂乃果「真姫ちゃん……うん、へいき、へっちゃら……」

にこ「平気じゃないでしょ……少し休んでなさい」

にこ「ほら、おぶってあげるから」

穂乃果「あはは……ごめんね」

にこ「……うん、触っても大丈夫ね」グイッ

真姫「ちょっと、こいつはどうすんの?」

にこ「真姫ちゃんの能力で氷漬けにして連れ帰りましょう」

真姫「……何気に酷いわね」

バァン!

凛「三人とも、大丈夫!?」

にこ「あんた達……遅いわよ!」

花陽「ご、ごめんなさい!」

にこ「全く……ってあれ、その棺桶……」

凛「…………」

花陽「…………」

にこ「……大事に運びなさいよ」

花陽「うん……」

真姫「向こうの部屋を漁ったけど、宝玉は一個しか見つからなかったわ」

にこ「そんなはずないわよ、もっとちゃんと探しなさい!」

真姫「誰に向かって命令してんのよ!」

真姫「こういうのはにこちゃんの方が得意でしょ!?」

にこ「ぅ……し、仕方ないわねぇ……」

にこ「凛、ちょっと穂乃果をお願い」

凛「うん、解ったよ」グッ

にこ「……本当にないわね」ガサゴソ

真姫「……他の人が持っていった?」

にこ「他の人って誰よ」

真姫「ここにいない、盗賊団のリーダーよ」

真姫「それに、私をコケにしてくれた海未もいないし」

にこ「……まだ終わりじゃないってことね」

花陽「……どうして、死んじゃったんだろう」

花陽「前にあった時は、戯けてて、笑ってたのに……」

凛「かよちん……」

穂乃果「もっと前にあってたら、友達になれたよね……きっと」

花陽「うん……」

穂乃果「持って帰って、お墓を立ててあげよう」

穂乃果「それが、唯一してあげられることだよ……」

今回はここまで
来週は多分休む

絵里「まさか……アジトが襲われるなんて」

「…………焦げ跡、か」

絵里「え?」

「ちょっと用事ができたから、私は別行動させてもらうよ」

絵里「それなら私も━━」

「いや、絵里は残りの宝玉を探していてくれ」

「こっちは私に任せてもらおう」

絵里「……気をつけてね」

「ああ」


ーーー
ーー

ーーーー病院

穂乃果「お腹空いたよぉ……」

にこ「さっき食べたばっかでしょ、我慢しなさい!」

穂乃果「えー」

真姫「……能天気な人たちね」

穂乃果「真姫ちゃん?」

真姫「私たちがなんでこんなところにいるか解ってるの?」

穂乃果「よくわかんない!」

真姫「あんたのせいでしょうが!!」

真姫「戦って勝ったのはいいけど、そのあとあんたの体調が悪いからわざわざ近くの病院で休んでるんじゃない」グリグリ

穂乃果「い、いひゃいよぉ……」

花陽「真姫ちゃん、そのくらいにしてあげてよ」

花陽「穂乃果ちゃんも好きでそうなったわけじゃないんだし……」

穂乃果「ぅぅぅ……花陽ちゃん」ギュゥ

花陽「わわっ!?」

真姫「ちょっと花陽! 穂乃果を甘やかさないで!」

花陽「えええっ!?」

穂乃果「花陽ちゃん……」ウルウル

真姫「花陽!」

花陽「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

にこ「あんたら病院で騒いでるんじゃないわよ!!!」

凛「うるさいにゃー……」ムクッ

にこ「あんたは病人じゃないくせにベッド占領してんじゃないわよ!」

凛「ふぁぁ……今日もにこちゃんは元気だね」

にこ「馬鹿にしてんの!? だいたいあんたは━━」

花陽「あ、あの!」

凛「かよちん! どうしたの? お腹空いたの?」

花陽「え?」

穂乃果「よーし、じゃあ何か食べに行こっか!」

にこ「話しを聞きなさいよ!!」

穂乃果「それより、どうしたの、花陽ちゃん?」

花陽「あ、えっと、私たちはこのあとどうするのかなって……」

真姫「どうするもこうするも、ここで待機じゃないの?」

にこ「副リーダーは騎士団に引き渡したし、女王様には起こった出来事の報告書を送った」

にこ「だから、真姫ちゃんの言うとおりここで待機ね」

穂乃果「うーん……いいのかなぁ」

にこ「大丈夫よ、怒られたら全部あんたのせいにするから」

穂乃果「酷い!?」

真姫「ああもう、いつまでふざけてんのよ!」

真姫「とりあえず、今は先のことだけ考えなさい!」

凛「でも、穂乃果ちゃんが治らないと何もできないにゃー」

穂乃果「うっ……」

真姫「それが問題なのよ。体が上手く動かせないだけで、他におかしいところもないし」

真姫「これは能力の後遺症なの……? それとも、敵の能力……?」

真姫「ああ! こんな時にママがいたら!」

真姫ママ「はーい、呼んだかしら?」

真姫「うぇっ!?」

穂乃果「貴女は……」

真姫ママ「皆元気にしてた?」

真姫「ちょ、なんでママがここにいるのよ!?」

真姫ママ「んー……ちょっと気になることがあってね」

真姫ママ「高坂さん」

穂乃果「はい!」

真姫ママ「体が炎になったって本当なの?」

穂乃果「……はい」

真姫「……まさか」

真姫ママ「そう、私は報告書を呼んで急いでやってきたの」

真姫ママ「高坂さん、今その能力を発動してみてって言ったら、できる?」

穂乃果「……ごめんなさい、多分できないと思います」

穂乃果「あの時は……どうして発動したのかわからないんです」

真姫ママ「そっかー……ま、仕方ないわね」

真姫ママ「まず始めに言っておくけど、高坂さんの体が上手く動かないのは、能力の後遺症みたいなものよ」

真姫ママ「体が炎になってしまった時の感覚が残ってるせいで、脳が自分の体を上手く認識できていないだけ」

真姫ママ「適当に走り回ってたら治るわ」

穂乃果「良かったぁ……」

真姫ママ「……それと、もう一つ話があるの」

真姫「話……?」

真姫ママ「ええ……《能力》についてのね」

穂乃果「!」

にこ「…………」

真姫ママ「本来、《能力》というのは人間には大きすぎる力なの」

真姫ママ「弱い肉体にそんなのが宿れば、まず間違いなく壊れてしまう」

真姫「……身体能力の向上」ボソッ

真姫ママ「ふふ、大正解」

凛「え? どういうこと?」

真姫ママ「入れ物が弱いせいで入りきらないなら、入れ物を強くすればいいってことよ」

真姫ママ「だから、能力者の肉体は強くなる。能力が強ければ、強いほど」

真姫ママ「どんどん新しい技も覚えていくしね」

真姫「……何がいいたいの? さっさと結論を言ってよ!」

真姫ママ「もう、せっかちねぇ、誰に似たのかしら」フゥ

真姫ママ「貴女たちの能力には、もう一つ上があるってことよ」

花陽「上……?」

真姫ママ「ええ、貴女たちが使っている能力っていうのは、大元となる能力の片鱗でしかないの」

穂乃果「それじゃあ……」

真姫ママ「ええ、そうよ」

真姫ママ「おめでとう、高坂穂乃果さん。貴女は扉を開くことに成功したわ」

真姫「!」

穂乃果「扉……?」

真姫ママ「ええ、体を炎と化す……それが本来の貴女の《能力》」

真姫ママ「まあ、たまたまだったみたいだけど、開けたことに変わりはないわ」

真姫ママ「正直な話し、ここまで辿り着く人はほとんどいないの」

真姫ママ「久々に驚いちゃったわ」

真姫ママ「それじゃあ私はそろそろ帰るわね」

真姫ママ「次の宝玉が見つかるまで、ゆっくり修行しながら待っててね」

穂乃果「あ、あの、盗賊団から取り返した宝玉は……」

真姫ママ「王都に全部置いとくのもなんだし、貴女たちが預かってていいわよ」

穂乃果「えっ」

真姫ママ「それじゃあまたね~」

ガチャ

パタン

凛「……嵐のような人だったね」

花陽「でも、穂乃果ちゃんが無事そうでよかったぁ」

にこ「ま、言われた通りゆっくり修行でもしながら待ちましょう」

真姫「……そうね」

スタスタスタ

真姫ママ(体を炎に変える……か)

真姫ママ(一人だけ、今までに一人だけ、同じ能力を授かった人がいる)

真姫ママ(……そんなはずないとは思ったけど……でも、真姫を含めた皆の能力、そして邪神)

真姫ママ(……私の予測通りなら、これは運命、って呼ぶべきなのかもね)

真姫ママ「頑張りなさいよ、皆」

ーーーー夜

ヒュォォォォ

花陽「…………」

凛「かよちん? どうしたの、こんな時間に」

花陽「あ、凛ちゃん……」

花陽「……ちょっと、眠れなくって」

凛「……あんじゅちゃんのこと?」

花陽「……えへへ、流石凛ちゃん。解っちゃうんだ……」

凛「昔から一緒だもん、かよちんの考えてることはなんでも解るよ」

花陽「……お墓、立ててあげられなかったね」

凛「しょうがないよ、遺体も持っていかれちゃったんだもん」

凛「……きっと、女王様がちゃんとしたのを立ててくれるよ」

花陽「うん……そう、だよね」

凛「帰ったら、お墓参りにいこ?」

花陽「……うん」

花陽「ねぇ、凛ちゃん」

凛「どうしたの?」

花陽「私も……死んじゃうのかな?」

凛「え……?」

花陽「今でもね、戦いになると足が竦んじゃうの」

花陽「怖いって、逃げ出したいって」

花陽「でも、そんなことしたら絶対に後悔しちゃうから……って……」

花陽「ごめんね、こんなこと言っちゃって」

花陽「そろそろ寝よっ━━」

ギュッ

花陽「え?」

凛「大丈夫だよ」

凛「かよちんは、凛が絶対に守ってあげるから」

花陽「凛……ちゃん……」

凛「ほら、そんなに悲しそうな顔をしないで笑って?」

凛「かよちんには、笑顔の方が似合ってるよ」ニコッ

花陽「……ありがとう、凛ちゃん」


ーーー
ーー

穂乃果「完全復活!」

凛「やったにゃー!」

にこ「四日で完治……か。まあ、本当になんにもなくてよかったわ」

穂乃果「ねぇねぇ、皆で草原の方に行こうよ!」

花陽「え、えっと、病み上がりだし、あんまり町からはでないほうが……」

穂乃果「でもでも、ずっと病院で退屈だったんだもん!」

穂乃果「皆で遊ぼうよ!」

真姫「もう一週間くらい倒れてたほうが良かったんじゃない?」

穂乃果「なんでそんな酷いこというの!?」

穂乃果「ねぇねぇ、真姫ちゃん、遊ぼうよぉ」

真姫「嫌よ、子供じゃないんだし」

穂乃果「……もしかして真姫ちゃん、怖いんだ?」

真姫「はぁっ!?」

凛「穂乃果ちゃん、あんまりいじめちゃ駄目だよ」

凛「真姫ちゃんはお嬢様育ちだから鬼ごっこをやったことないんだから」ニヤッ

花陽(凛ちゃん……)

真姫「っ……な、なにいってんのよ! やったことあるわよ!」

真姫「上等じゃない! 私の走りを見せてあげるわ!」

穂乃果「やったぁ!」

穂乃果「それじゃあ早くいこうよ!」

にこ(にこは強制なのよね……はぁ)

サァァァァァァァ

穂乃果「んー! いい風吹いてる!」

真姫「それで、まずは誰が鬼をやるのよ?」

にこ「誰でもいいんじゃない?」

凛「(なんだかんだでノリノリだね)」

花陽「(えへへ、真姫ちゃんも皆と遊びたいんだよ)」

穂乃果「どーしよっかなー」

穂乃果「よーし、皆でじゃんけんして決めよう!」

「いや、その必要はないよ」

穂乃果「え?」

真姫「誰よあんた」

穂乃果「真姫ちゃん、その聞き方は失礼だよ」

「ああ、すまない、名乗っていなかったね」

ツバサ「私はツバサ。綺羅ツバサ」

ツバサ「仲間がお世話になったようだね」

穂乃果「ツバサ……さん?」

ツバサ「うん、よろしくね」

穂乃果「はい、よろしくお願いしま━━」

にこ「下がりなさい! 穂乃果ッ!」

穂乃果「え?」

にこ「仲間がお世話になった……ってことは、あんた……」

真姫「……盗賊団の、仲間」

ツバサ「正解」ニコッ

にこ「……真姫ちゃんと花陽は後方支援、穂乃果と凛は後ろよりで二人を守ってなさい」

穂乃果「にこちゃん……?」

にこ「こいつが組織を潰された仕返しに来たのなら、私たちがある程度の力を持っていることは知っているはずよ」

にこ「それなのに一人で来たってことは……まず間違いなく、《能力者》ってことで間違いないわ」

穂乃果「!」

にこ「だから、まずはにこが様子を見る」

穂乃果「でも……」

にこ「さっさと動きなさいッ!」

穂乃果「っ!」タタタタ

ツバサ「ちょっと後ろに下がらせすぎじゃない?」

にこ「ふん、このくらいでちょうどいいわよ」

ツバサ「近くにいると、私が範囲能力を使った時に巻き込まれる恐れがあるから……かな?」

にこ「…………」

ツバサ「ま、いいけどね」

ツバサ「一対一の方が燃えるから」

にこ「……あんたが頭領でいいのよね?」

ツバサ「あってるよ」

にこ「……それじゃあ、とっても強いんでしょうね」

ツバサ「もちろん」

にこ「そう、それなら……」

にこ「早々にケリをつけさせてもらうわッ!」

にこ「『目暗まし』!」

不意打ち気味の先制攻撃により、深淵の闇がツバサの周囲を包み込む。

にこ(視覚は奪った……この間に!)

いくら強者といえど、急に視覚をとざされたのなら混乱するはず。

対処方法として予想されるのは、こちらを近づけさせないように《能力》を発動させるか、もしくは闇の範囲から逃げ出すこと。

だから、上手く行けば相手の能力を知ることができる……いや、相手に致命傷を与えることだってできるかもしれない。

もちろん、にこはツバサのことを決して軽んじてはいない。

むしろ、自分より格上の相手だと気を引き締めていた。

だが、それでも、見通しが甘かった。

ツバサの強さを、測り間違えた。

にこ「え……?」

目に映るのは澄んだ青空。

ツバサに近づこうと踏み込んだ体は、何故か宙を舞っている。

にこ「なっ……づぅ!」

遅れてやってくる鈍い痛みがお腹を襲う。
そこでやっと、自分が殴り飛ばされたことに気づいた。

にこ「なん━━」

穂乃果「にこちゃん! 前ッ!」

穂乃果の声ではっとなったにこが目を前に向けると、すぐ前に手を振りかざすツバサの姿があった。

ツバサ「まず一人」

ずどおおおおおおおおおおおおおんん!!!

振り下ろされた手刀がにこの体へとのめり込み、激しい轟音を立てながら体を地面へと叩きつける。

穂乃果「嘘……」

仰向けに倒れこみ、ピクリとも動くことのないにこを見て某然とする。

穂乃果に見えていたのは、暗闇から飛ばされたにこが、ツバサに一瞬で沈められたところ。

相手は、圧倒的に私たちより強い。

凛「穂乃果ちゃん! 行くよ!」

穂乃果「っ……うん! 花陽ちゃん、真姫ちゃん、援護お願い!」

あの敵を二人に近づけさせるためにはいかない。

即座に切り替えて、穂乃果は凛と二人でツバサの方へ駆けだした。

凛「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

勢いを乗せた右の拳をツバサに向けて突き出す。

ツバサ「遅い!」

凛「っ!?」

だが、拳がツバサに届くことはない。

ツバサの左手が、伸び切った右腕を掴んでいたのだ。

凛「そんっ━━」

穂乃果「っ!?」

ぐるんと妙な浮遊間と共に振り回され、少し後に迫った穂乃果へとぶつけられる。

凛「……ぁっ!」

穂乃果「ぐっ!」

衝撃と共に手が離され、二人は遠心力と一緒に地面を転がることとなった。

花陽「凛ちゃん!? 穂乃果ちゃん!?」

真姫「花陽! 目を逸らしたら駄目!」

真姫「凍りなさい! 《戒めよ極氷の息吹》(ブリザード・シャックル)!」

吹き荒れる極北の吹雪が竜巻となってツバサへと迫る。

猛然と迫る自然の脅威に、ツバサは笑みを崩さない。

ツバサ「はぁぁぁぁぁぁっ!」

竜巻に向けて突き出された拳が暴風を引き起こし、真姫の技を飲み込み、そのまま打ち消した。

真姫「っ…… 《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

花陽「 《縛鎖の蔓》(バインバインド)!」

ツバサ「温すぎるッ!」

迫りくる無数の氷の槍を片手で弾き飛ばし、体を捉えようとする蔦を腕の一振りで引きちぎる。

歩みを止めるどころか、遅くすることさえできない。

真姫「あり得ない……」

ツバサ「いいや、なくはないさ」

真姫「っ!?」

ツバサ「二人目」

鋭く放たれた蹴りが胸を抉り、大きく空に舞い上がった真姫の体は、そのまま地面へと叩きつけられた。

花陽「あ……あ……」

ツバサ「ふむ……あんまり戦い慣れはしていないようだね」

ツバサ「安心して、少し痛いだけだから」

ぎゅっと拳を握るツバサを前に、花陽は足が動かすことができない。

何をしても無意味だという絶望に、体が動いてくれなくなっているんだ。

凛「かよちんから離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

怒号と共に繰り出される蹴りを、ツバサはなんなく受け止める。

ツバサ「そうやって誰かを守ろうとする心、嫌いじゃないよ」

ツバサ「でも、それならもう少し考えた方がいい」

凛「うぁっ!?」

掴んだ足を大きく上下に振り、そのまま地面へと叩きつける。

穂乃果「させないッ!」

後から追いついてきた穂乃果が、凛に拳を振りかざすツバサの背後を捉える。

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁ! 炎! 拳!」

ごうごうと燃え盛る拳。

穂乃果「ヒートストライクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

英玲奈を倒した必殺技。

その拳に力を全て乗せ、放つ。

ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんん!!!

激しい爆音と熱気が辺りを支配する。

それは、ツバサを倒すための唯一の希望。

穂乃果「……う、そ」

だが、ツバサは倒れない。

穂乃果の拳は、ツバサになんなく受け止められていたのだ。

穂乃果「なん……で、どう……して……」

ツバサ「衝撃は八勁でかき消した」

渾身の一撃を受け止められて、穂乃果の身体から力が抜け落ちる。

ツバサ「炎……か。ということは貴女が英玲奈を倒したのね?」

ツバサ「この程度なら英玲奈が倒されることはないと思うんだけど……もしかして、まだ何か隠してる?」

ツバサ「それなら、早く見せてくれないかな」

穂乃果「……っ」

ツバサ「……そう、見せる気はない、と」

ツバサ「それなら、退場してもらおうかしら」

穂乃果「かっ……っ!」

深く深く腹にめり込んだ拳が引き抜かれ、穂乃果の身体が崩れ落ちる。

花陽「ほ、穂乃果……ちゃん……」

ツバサ「貴女も、やる気がないなら寝ていなさい」

花陽「ぎっ!?」

顔に走る激痛。

鼻から垂れる熱い感触と一緒に、花陽も地面へと倒れこんだ。

凛「っ……かよ、ちん……」

ツバサ「さて、残ったのは貴女一人ね」

ツバサ「全員、思ったより歯応えがなかったけど、貴女は面白そうだから最後まで残しちゃった」

ツバサ「さ、続けましょう」

凛「っ……うぁぁ!」

足に力を込め、全力で地面を蹴る。

花陽にやったように顔を殴ってやろうとした拳は前と同じように受け止められ、逆に顔を殴られる。

凛「づ……ああああ!」

殴られながらも必死に右脚を伸ばし、強くツバサを蹴ろうとするが、お返しとばかりに腹に蹴りを入れられる。

ツバサ「いいわ、もっと足掻いてみなさい!」

凛「っ!」

距離を取ろうと大きく後ろに飛ぶ凛。

だが、その動きはもちろんツバサに補足されている。

ツバサ「そんな大きな隙……殴ってくれって言ってるようなものよ!」

凛「『ばりあー!』」

翳している凛の手の前に現れたのは、見えない大気の壁。

だが、そんなものは何の役にも立たないことは明白だ。

ツバサ「はぁぁぁぁぁ!」

花陽「《荊棘の城塞》(ソーン・プロテクション)!」

凛とツバサの前に現れたのは巨大な茨の壁。

凛を守るように、現れたその壁は、ツバサの攻撃を僅かに送らせ、凛の足場を作ることに成功した。

凛「っはぁ……はぁ……」

どさり、と衝撃で倒れ込む凛。

直撃はしていないものの、先程からの攻防で既に満身創痍だ。

ツバサ「まだ意識があったのね」

だが、ツバサからの追撃はこない。

ツバサの注意は、二人の戦いに割り込んだ者へと向けられていた。

ツバサ「これ以上戦いに水を差されても興醒めだし、先に止めを刺しておきましょうか」

凛「っ!」

花陽の元へと歩みだしたツバサの足を、もがくように掴む凛。

そんな凛の頭は、石ころのように蹴り飛ばされる。

凛「うぐっ……!」

ツバサ「……この手を離しなさい」

凛「嫌だ……かよちんは殺させない……ッ!」

ツバサ「そう……わかったわ」

ツバサ「動けない相手をいたぶるのは趣味じゃ無いけど」

ツバサ「貴女から先に殺してあげるッ!」

ツバサは少し残念そうに目を細めると、殺意の拳が凛へと振り降ろす。

そして、その拳は、ボロボロになった凛の体を貫━━━━

ガシッ

掴まれた拳。

凛を殺すはずの一撃が、目の前で受け止められているという事実に、初めてツバサに動揺が走る。

ツバサ「なん……ですって……」

凛「……凛が死んだら、次はかよちんが殺される」

約束したから。

凛「だから……凛も絶対殺させないッ!」

彼女を守ると約束したから。

凛「かよちんを死なせないために……」

そして、凛が死んだら、悲しむから。

凛「かよちんを守る凛を死なせないために……」

だから、絶対に。

凛「凛は………貴女を倒すッ!!」

ごおっ、と巻き起こる暴風が、二人を、周囲を飲み込む。

『守りたい』という思いが、一人の少女の扉を開いた。

ツバサ「これは……」

暴風と共に現れたのは、三匹の猫。

敵だと認識しているかのように、獰猛な目をツバサへと向けている。

凛「……行くよ! 」

ぐっと地面を蹴って凛がツバサへと駆け出す。

先程の戦闘とは対して変わらない様子に少し残念だと思いながらも、こちらに向けて放たれた腕を掴もうと手を伸ばし━━━━

凛「『かそくそーちっ!』」

一瞬で間合いを詰めた凛の早さに対応しきれず、空を掴む手。

首を振り、迫り来る右ストレートをすんでのところでかわす。

ツバサ「……面白い!」

崩れた体勢から拳を放つと、後ろに飛んで距離を取ろうとする。

能力が変わっても癖は変わらない。

そのまま追撃をしようとツバサも地面を強く蹴る。

凛「『にだんジャンプッ!』」

だが、ツバサはまたもや驚愕することになる。

後方に飛んだはずの凛が、空中で反転してこちらに向かってきたのだから。

ツバサ「それならっ……なっ!?」

ずしゃり、と体を引き裂く痛み。

現れた猫が、足を切り裂いたのだ。

傷は軽症。

だが、吹き荒れる暴風と合間って、ツバサの反応は一瞬遅れることになる。

凛「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

おもいっきり放たれた右ストレートが、ツバサの顔へとのめり込んだ。

凛「はぁ……はぁ……」

ツバサ「っ……ははっ!」

凛「っ!?」

ツバサ「流石よ、顔を殴られるのなんて本当久しぶり」

ツバサ「それに、こんなに心踊る戦いをするのもね」

ツバサ「お礼に、本気で相手をしてあげるわ」

ツバサ「簡単に壊れないでね!」

ぞくっ、と背筋に走る悪寒に後ろに飛びすさる。

凛を守るために一匹の猫がツバサの足元へと襲いかかる。

ツバサ「ふふ、まるで鎌鼬ね」

ずしゅ、っと鋭い手刀に引き裂かれた猫は、霞となって空気へと消えた。

力では勝てない。

そう悟った凛は速さ勝負へと持ち込む。

凛「はぁっ!」

『かそくそーちっ!』は空気を押し出して体を動かし高速移動を可能とするもの。

『にだんジャンプッ!』は足元の空気を固定して、その場での踏み場を作るもの。

これに凛の持ち前の運動神経が加わり、召喚した猫がサポートをするという布陣だ。

ツバサの攻撃を避けて、一撃を加えてすぐに離脱する。

一見押しているようにも見えるが、それでは全くツバサにダメージを与えられない。

それどころか、一瞬でも集中力が切れれは、すぐにでも首を刎ねられるだろう。

だが、ツバサも攻めあぐねていた。

風を纏って襲いかかる凛は動きが全く読めない。

攻撃をのらりくらりとかわされ、お返しにと一撃とだろう叩き込まれる。

でも、次第にその均衡は崩れていくこととなる。

ツバサ「そこっ!」

凛「っ!」

ずしゃり、と二匹目の猫が切り裂かれた。

段々と動きに慣れてきているツバサに凛は焦りを覚える。

凛の力では、今のツバサにダメージを与えられない。

凛「!」

そんな時に、凛の視界があるものを捉えた。

これしかない、この化け物に勝つためには。

凛「『かそくそーちっ!』」

体を最大限に加速させ、ツバサへと襲いかかる。

体勢を低くして、反応しにくい下側からアッパーを打ち込む。

ツバサ「甘いッ!」

だが、当たらない。

避け際に飛んでくる足払いをジャンプして躱す。

ツバサ「捉えたッ!」

凛「『にだんジャンプッ!』」

空気を蹴って、空中へと跳ぶ。

ついてこれるならついてこい、そんな挑発じみた行いに、ツバサは笑みを浮かべる。

ツバサ「捉えたと言った!」

ごっ、と地面が抉れるほど力強く、凛を追ってツバサも空へと身を晒す。

凛「『にだんジャンプッ!』」

再び方向を変えようとした凛に、ツバサはやはり、笑みを浮かべたままだ。

ツバサ「そこッ!」

ツバサが手を凪ぐと、衝撃波となって凛の足元━━━━固定した空気を破壊する。

凛「っ!?」

ツバサ「ふふ、つーかまーえた」

咄嗟のことに反応できない。

凛には、迫り来るツバサをどうにかする手段がなかった。

ズチュッ

凛「がっああああああああああああああ!?」

ツバサの貫き手が、凛の体を貫いた。

ツバサ「恥じることはない」

ツバサ「貴女は私をこんなにも苦戦させたんだもの、誇ってもいいわ」

敗者に対する慰めなどではない。

ツバサは本心からそう思ったのだ。

凛「……ふふっ」

ツバサ「……何がおかしいの?」

だからこそ、彼女には解らなかった。

凛が笑った理由が。

既に勝利を確信してしまった彼女には。

凛「つーかまえた」

ツバサ「っ!?」

ツバサの視野が違和感を捉える。

巻き上がる砂埃に邪魔されながら違和感を探ると、そこにはあるべきものがなかった。

そう、倒したはずの、高坂穂乃果の姿が。

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ツバサ「上ッ!?」

猫に連れられて、空の上から凄まじいスピードで落下してくる穂乃果。

だが、気づいた所で意味などない。

いくら力をもっていても、空中では身動きが取れないのだから。

穂乃果「裂空! 爆砕!」

身体に残るエネルギーを全て、右手に集める。

そして、一つの隕石のように己を燃やし、その拳を、解き放つ!

穂乃果「シュゥティングゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥスタァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

どごおおおおおおおおあおおおんんんん!!!!!

激しい爆音と共に、辺り一体が焦土と化す。

拳をすんでの所で左手でガードしたツバサは、ふんばる場所もなく、そのまま業火の炎と共に地面へと飲み込まれた。

穂乃果「っ……はぁ……凛ちゃん……だい……じょうぶ?」

凛「……もう、むりかも……」

穂乃果「あ、はは……それなら、早く病院に……」

ズザッ

穂乃果「……え?」

ツバサ「っ……やって、くれるじゃない」

そこには、倒したはずのツバサが立っていた。

穂乃果「そん……な……」

凛「……ばけもの……だにゃ」

全身全霊を込めた渾身の一撃をくらってもなお立ち上がるツバサに、穂乃果は愕然となる。

エネルギーを使い果たした、体は疲れて指一本動かない。

もう、勝つ手段は……。

ツバサ「……そんな顔しなくてもいいわ、貴女たちの勝ちよ」

穂乃果「え……?」

ツバサ「……はぁ、やっぱり折れてる」

ツバサ「本当、いつ以来かしらね、片腕持ってかれたの」

ツバサ「貴女のことを見くびっていたわ、名前を教えてもらってもいい?」

穂乃果「……高坂、穂乃果」

ツバサ「穂乃果……ね。貴女は?」

凛「……おしえない」

ツバサ「ふふ、嫌われたものね」

ツバサ「それじゃあ私は帰るから、生きてたらまた会いましょう」

穂乃果「ま、待って……」

ツバサ「何?」

穂乃果「どうして、見逃してくれるの?」

ツバサ「……見逃したわけじゃない。片腕を折られたということは、私にとっては敗北なのよ」

ツバサ「私はまだ強くなれる」

ツバサ「次に戦う時はこの10倍は強くなってるから、楽しみにしてなさいよ」

穂乃果「は、はは……」

ツバサ「それじゃあね」

ザッザッザッ

穂乃果「……行っちゃった」

凛「穂乃果ちゃん……そんな、ことより……」

穂乃果「うん……早く、皆を助けないとね……」

凛「今動けるのは穂乃果ちゃんだけなんだから、しっかりしてよ……」

穂乃果「いやぁ……それが、さっきので力を使い果たしちゃったみたいで……」

凛「や、役立たず……だにゃ……」

穂乃果「ひ、酷いよ……凛ちゃん……」

穂乃果「あ……だ、駄目だ、意識が……」

ドサッ

十数分後、爆発の様子を見にきた騎士によって、穂乃果たちは全員病院へと運ばれた。

今回はここまで

穂乃果「……暇だぁ」

「「「「…………」」」」

穂乃果「ぅぅ……ひーまーひーまー!」

にこ「うっさいわね! 静かにしてなさい!」

穂乃果「だってぇ、また病院生活なんだよ!? 暇すぎて死んじゃうよ!」

にこ「だからって騒ぐんじゃないわよ!」

にこ「看護婦さんなんて『また煩いのが来た』ってうんざりしてたじゃない!」

にこ「追い出されたらどうすんのよ!?」

真姫「それなら必要ないわ」

にこ「え?」

真姫「ここ、パパの経営してる病院だから」

にこ「…………」

花陽「す、凄い……まさか病院を持ってるなんて……」

凛「お金持ちは違うにゃー……」

真姫「煩いのは勘弁だけど、追い出される心配はないわ」

真姫「ただまあ、確かに退屈ね。にこちゃん、何か面白いことしてよ」

にこ イラッ

にこ「……そうですね、でしたら少し、お話をさせて頂こうと思います」ニコォ

凛「(にこちゃんの笑顔が歪んでる気がする)」

花陽「(きっとこの間の戦いでお顔を殴られちゃったんだよ)」

凛「(……かよちんって、たまに天然入るよね)」

花陽「(え?)」

凛「でもそんなかよちんも大好きだにゃー」ギュー

花陽「わわっ///」

穂乃果「なんだろなんだろー」ワクワク

真姫「早くしなさいよ」

にこ「それではお話させていただきます」

昔々、ここに病院が立つ前のお話。

ここには一軒の小さな家と、一人の若者が暮らしていました。

若者は貧しいくらしをしていましたが、毎日田畑を耕し、神にお祈りをし、質素ながらも満足していました。

そんなある日、一人の女性が夜分に訪ねて来たのです。

美しい姿に惚れ込んだ若者は、道に迷ったというその女性を家に招き入れました。

女はあまり話をしようとせず、若者も、女の白い肌、美味しそうな太腿に目がいくばかりで、二人の間には沈黙が生まれました。

しかし、とうとう我慢しきれなくなった若者は、女に襲いかかります。

女は必死に抵抗しようとしましたが、とうとう組み伏せられ、そのまま食べられてしまいました。

花陽「あ……あああ///」

真姫「……? それがなんだっていうの?」

凛「人なんて食べても美味しくないと思うにゃー」

花陽「り、凛ちゃん、違うんだよ///」

穂乃果「うーん……面白い?」

にこ「まだよ。まだ話は終わってないの」

にこ「この話には続きがあってね」

その事件は村では大騒ぎになりましたが、年が経つにつれてどんどん忘れさられ、そこには大きな病院が建てられました。

病院のおかげで、村の人々は病気になっても治療してもらうことができ、また、看病してもらうことができます。

そんなある日、怪我をして入院してしまった女の子が、夜にトイレに行きたくなりました。

壁を支えにゆっくり暗い廊下を進んでいくと、どこかから、ヒック……ヒック……という啜り泣きが聞こえてきます。

気になった少女が声の方に向かって進むと、廊下に横たわって泣きじゃくる女性が目につきました。

「どうして泣いているんですか?」と少女が聞くと、「大事な物を無くしてしまったんです。探しても、見つからなくて」と女性が答えます。

可哀想だな、っと思った少女が「私も一緒に探してあげます」と言うと、女性は「もし見つからなかった、貴女のをください」と答えます。

ちょっと困りながら「私にあげられるものでしたらいいですよ。何が欲しいんですか?」と言うと、女性はゆっくりと振り向いて口を開きます。

「お前の目玉だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

にこ「それは、若者に目を食べられた女性の怨念だったの」

にこ「そして、その少女は次の日、遺体で発見された」

にこ「女性のように、目玉がくり抜かれた状態で……ね」

にこ「それ以来、夜な夜な目を探して彷徨う女性の姿が目撃されるようになったの」

にこ「もし捕まったら、少女と同じように目玉を取られちゃうかも」

にこ「だから、夜はあんまり……部屋から出ない方がいいわよ?」

にこ「ふふっ」

花陽「」

凛「ち、ちょっと怖かったにゃぁ……」

凛「それでかよちん、何が違うの?」

花陽「えっ?」

凛「食べられるって、何が違うの?」

花陽「それは、その、ええと……///」

凛「ねぇ、教えてよ?」

花陽「ぅ……ぅぅぅ……///」

花陽「凛ちゃんのえっち!!」バサッ

凛「な、なんでそうなるの!?」

穂乃果「こ、怖かったぁ……にこちゃん、怖い話するなら先にそう言ってよ!」

にこ「ふん、心構えがあったら薄れるでしょ」

にこ「それで、どうだった? 少しは面白かった?」

真姫「」

にこ「ん……?」

真姫「」

にこ「真姫ちゃん?」

真姫「はっ!?」

真姫「な、なにかしら?」

にこ「…………」ニヤァ

にこ「真姫ちゃん……もしかして怖かったの?」

真姫「は、はぁ!? 怖いわけないでしょ!」

真姫「こ、このくらいなんともないわよ!」

にこ「へぇ、そうなんだ」

にこ「それじゃあ夜も遅いし、そろそろ寝るにこ?」ソッ

真姫「ま、待ちなさい!」

にこ「ん?どうしたの??」

真姫「さ、さっきの話し……にこちゃんが怖がってるといけないから、一緒に寝てあげてもいいのよ?」

にこ(にこが話してるのに怖がるわけないでしょ)

にこ「うーん、ちょっと怖いけどぉ、真姫ちゃんに迷惑かけちゃうから我慢するにこっ」

真姫「べ、別にたまにくらい迷惑かけてもいいのよ?」

真姫「わ、私は心が広いから……」

にこ「ううん、でも駄目。我慢するね」サッ

真姫「ま、待って……」ギュッ

にこ「!?」

真姫「め、命令よ……そ、側にいなさい……」カァァ

にこ「…………」

にこ(こうしてると、なんだか妹みたいね)

にこ「ごめんね、怖がらせて」

にこ「手を繋いであげるから、安心して寝なさい」ナデナデ

真姫「……うん」

にこ(いつもこうなら可愛いのに)

にこ「っと、穂乃果、あんたも━━」

穂乃果「すやぁ……」

にこ「……いつの間に寝てんのよ」

ーーー

ーー

ーーーープラーミャ遺跡

穂乃果「ここに宝玉があるの?」

にこ「ええ、情報が本当ならね」

凛「なんでこんな山奥に作ったんだろうね」

花陽「防衛するためだからしょうがないよ」

真姫「はぁ……虫もたくさんいるし本当最低だわ」

真姫「さっさと終わらせて帰りましょう」

穂乃果「そうだね!」

コツコツコツ

にこ「……そこ、罠があるから踏まないように」

穂乃果「はーい!」

にこ「…………ん?」

穂乃果「どうしたの?」

にこ「この岩、動くわね」

ゴゴゴゴ

穂乃果「わわっ!? 道が出てきた!?」

にこ「隠し通路……か。ということは、さっきの道は行き止まりね」

穂乃果「…………」

にこ「何よ」

穂乃果「いや、にこちゃんって実は凄いんだなって」

にこ「馬鹿にしてんの!?」

凛「いつもがあれだからしょうがないにゃー」

花陽「り、凛ちゃん!」

にこ「あんたらがいつもにこをどーいう目でみてるか解ったわ」

穂乃果「ま、まあまあ。そのおかげで皆助かってるんだし」

にこ「はぁ……」

にこ「……ん?」

穂乃果「あれ……道がない?」

隠し通路を進んだ先にあったのは、巨大な吹き抜け。

下には暗い闇が続き、底を覗くことができない。

凛「行き止まりなのかな?」

にこ「そんなはずないわ……ちょっと待ってなさい」

にこ ジッ

真姫「何を見てるの?」

にこ「……向こうに扉があるわね」

花陽「えっ?」

穂乃果「そうなの? 真っ暗で何も見えないけど」

凛「凛も何も見えないよ」

にこ「とすると……どこかに仕掛けが……ん?」

にこが空へと視線を泳がせると、壁画が目に飛び込んできた。

そこに描かれていたのは、大きな太陽と崇拝するかのように跪く人々。

そして、崩れ落ちた塔。

にこ「あれは……とすると……」ブツブツ

真姫「にこちゃん? 何があったの?」

にこ「ちょっとね……穂乃果、ちょっといい?」

穂乃果「どうしたの?」

にこ「あんた、炎って飛ばせる?」

穂乃果「炎……うーん、どれくらい?」

にこ「ざっと200mくらいね」

穂乃果「む、無理かなぁ……」

にこ「そう……」

花陽「炎がどうしたんですか?」

にこ「ここの仕掛けを突破するのに炎が必要なのよ」

真姫「仕掛け? もっと詳しく話しなさいよ」

にこ「上の方の壁画に、太陽とそれを崇拝する人が描かれているのよ」

にこ「それで、もしかすると炎が関係するんじゃないかって思って探したら、向こうの方に松明を発見したの」

真姫「つまり、そこに火を灯せ……と」

にこ「そ。だから穂乃果に頼もうとしたんだけど」

穂乃果「あ、あはは……」

にこ「何か、他の手段を考えないと……」

花陽「私がやります!」

にこ「花陽……?」

にこ「あんた、炎なんて使えないでしょ」

花陽「うん。だから、穂乃果ちゃんに協力してほしいの」

穂乃果「穂乃果? 別にいいけど、どうするの?」

花陽「えっと……《白百合の砲台》(リリー・ショット)!」

花陽の声と共に姿を現したのは等身大の百合の花。

号令を待つ砲台のように、その白い花弁を直立させている。

花陽「にこちゃん、場所はどこですか?」

にこ「あっち……もう少し左上の方に向けて……そこね」

穂乃果「それで、穂乃果はどうすればいいの?」

花陽「お花の前で、炎を出しておいてもらえますか?」

穂乃果「? いいけど……燃えろッ!」

ぼっ、と穂乃果の手のひらに現れる火の玉。

穂乃果はそれを花の先端へと近づける。

花陽「それではいきます……」

花陽「てぇーーーーー!!!」

ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!

耳をつんざく音と共に白百合から放たれた弾丸が、炎を纏い闇の彼方へと飛んでいく。

ぼっ。

灯る松明。

闇の彼方に現れた小さな太陽は、だんだんとその輝きをましていき……。

ごごごごごごごごごごごごご!

地ならしの音をたてながら、大きな橋が目の前に降りてきた。

凛「かよちん凄いにゃー!」ダキッ

花陽「えへへ、やったよ、凛ちゃん!」

穂乃果「ぅ……ぁ……」ジーン

花陽「ほ、穂乃果ちゃん!?」

穂乃果「や、やるならやるって言ってて欲しかった……なぁ……」ヒリヒリ

花陽「ご、ごめんなさい!」

にこ「それくらい我慢しなさい。それより、道ができたんだから行くわよ」

ギシギシ

穂乃果「それにしても……手の込んだことするよね」

穂乃果「もっと簡単に取らせてくれてもいいのにー」

にこ「侵入者に宝玉を取られるわけにはいかないし、当然と言えば当然よ」

真姫「そうね。それに、ここの洞窟は能力者がくることを前提に作られているみたいだしね」

凛「? 何でそんなことが解るの?」

凛「火をつけるぐらいなら、道具さえあればできると思うんだけど」

真姫「普通の道具じゃあそこまで届かないわよ」

真姫「第一、まず壁画と、目当ての松明を見つけることすらできない」

花陽「そう思うと、やっぱりにこちゃんって凄いですよね」

にこ「ふふん、当然よ」

にこ「って、そろそろ橋が終わるわね」

にこ「扉の向こうに何があるのかわかんないけど、気を抜かないようにね」

凛「もうゴールだったりしないかな?」

にこ「あるわけないでしょ……っと」ギィッ

にこ「……これは」

扉の先にあったのは、巨大な広間。

その中央には石碑が立てられ、壁には9人の人間が描かれている。

穂乃果「なんだろ、これ?」

にこ「石碑ね」

凛「……文字がいっぱい書いてあるにゃ」

穂乃果「よし、にこちゃん任せた!」

にこ「はぁ!? 読む努力くらいしなさいよ!」

穂乃果「いやほら、にこちゃんって凄いしさ?」

凛「そうそう、にこちゃんは凄いからね!」

にこ「あんたら……馬鹿にしてるでしょ!」

にこ「まあいいわ、読むわよ」

ある所に、9人の賢者がいました。

9人は皆仲良しで、毎日幸せに過ごしていたのです。

しかし、そんなある時、その幸せに影が差し込みました。

なんと、ある夜に二匹の悪い悪魔がやってきて、二人を殺して成り代わってしまったのです。

翌日発見された二人の遺体はぐちゃぐちゃになっていて、誰のものかはわかりません。

すぐに全員で集まって、誰が悪魔の成り代わりなのかを話し合うことになりました。

賢者達は、それぞれの考えを話します。

ただし、悪魔達もおとなしくしているわけではありません。

嘘の話しをして、皆を混乱させようと企みました。

賢者は以下の9人


紫の巫女

水色の老婆

赤い踊子

黄色の少年

緑の少女

青い幼女

白い姫君

橙色の漢

桃色の覆面



それぞれの話を元にして、悪魔達を探し出し、偽りの姿を同時に断罪せよ。

紫の巫女「うちの勘では赤い踊子はんと青い幼女はん、橙色の漢はんは本物どす」

水色の老婆「緑の少女ちゃんと青い幼女ちゃん、桃色の覆面は本物かねぇ」

赤い踊子「この私が悪魔に入れかわられるなんてヘマするわけないでしょ。他の人たちは知らないけど!」

黄色の少年「くんくん、水色の老婆、緑の少女、青い幼女、白い姫君の中に偽物が1人混じってる!僕の鼻はごまかせないよ!」

緑の少女「紫の巫女さんと黄色の少年さん、それから橙色の漢さんは本物だと思います」

青い幼女「緑の少女は本物じゃ!わらわが奴を見間違えるはずが無かろう!」

白い姫君「紫の巫女さんは本物です。そう夢のお告げがありました」

橙色の漢「…………」

桃色の覆面「緑の少女、白い姫君、橙色の漢の中には偽物がいるよ。人数まではわからなかったけど」

穂乃果「……なに、これ?」

凛「……頭いたいにゃ」

にこ「…………」ダラダラダラ

穂乃果「にこちゃん解った?」

にこ「え? あ、あったり前でしょ!」

にこ「余裕よ、よ・ゆ・う!」

にこ「もう見た瞬間に解っちゃったわ!」

穂乃果「凄い! それで、誰が答えなの?」

にこ「え、えーと……それは……」ダラダラ

凛「やっぱり解ってないんだにゃー」

にこ「うっさいわね!」

凛「かよちん、解けた?」

花陽「う、うーん……」

穂乃果「ねぇねぇ、なんで橙色の漢さんは喋ってないの?」

にこ「! そ、それよ!」

穂乃果「え?」

にこ「き、きっと橙色の漢は悪魔だったんだけど、怪しまれるのが怖くて何も言えなかったのよ!」

穂乃果「おお、流石にこちゃん!」

にこ「ふふ、となると後一人ね……こんなの自分が本物とか言ってる赤い踊子ちゃんが犯人で決まり━━」

真姫「そんなわけないでしょ」

にこ「ぐっ……」

穂乃果「違うの?」

真姫「当たり前よ。第一、これは全員の話を総合して矛盾を見つける問題よ」

真姫「証言が怪しいから偽物だなんてあるわけないじゃない」

にこ「ふ、ふーん……そこまで言うなら、真姫ちゃん、もう誰が偽物か解ってるんだー?」

真姫「ええ、解ってるけど」

にこ「なっ!?」

真姫「というか、なんで解らないの?」

真姫「こんなの簡単じゃない」

穂乃果「誰が偽物なの? 教えてよぉ?」

真姫「ふふ、しょうがないわね」

真姫「この真姫様の華麗な推理を披露してあげるわ」

真姫「まず始めに注目するのは『紫の巫女』」

真姫「こいつが本物ってことが解るわね」

穂乃果「どうして?」

真姫「『緑の少女』と『白い姫君』が本物と言ってるからよ」

真姫「もしも『紫の巫女』が偽物なら、この二人も嘘を言ってることになる」

真姫「でも、悪魔の数は二人。それだと前提がおかしくなる」

真姫「だから、この『紫の巫女』は本物よ」

穂乃果「なるほどなるほど」

真姫「正直、ここが解れば後は簡単よ」

真姫「本物の『紫の巫女』が『赤い踊子』『青い幼女』『橙色の漢』は本物って言ってるから確定」

真姫「『青い幼女』が『緑の少女』を本物と言ってるから確定」

真姫「『緑の少女』が『黄色の少年』を本物と言ってるから確定」

真姫「残ったのは『水色の老婆』『白い姫君』『桃色の覆面』の三人」

真姫「『白い姫君』の証言、『紫の巫女』が本物、というのは正解」

真姫「よって、『白い姫君』も本物」

真姫「偽物は、『水色の老婆』と『桃色の覆面』」

真姫「どう? 私の推理は」

穂乃果「凄い! 凄いよ真姫ちゃん!」ダキッ

真姫「うぇっ!? き、気安く抱きついてんじゃないわよ!」

穂乃果「えー、いいじゃんー」プクー

にこ「へ、へー……や、やるじゃない」

真姫「ま、このくらい私にとっては朝飯前ね」

真姫「そんなことより、さっさと壊すわよ」

穂乃果「何を?」

真姫「……石碑に書いてあったでしょ、偽物を断罪しなさいって」

真姫「あれはおそらく、偽物の壁画を破壊しろってこと」

真姫「だから、こうやって……《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

どごん!

がががががががががががががが!

現れた二本の氷の槍が二つの壁画を貫くと、行き止まりだと思っていた石壁が動き、扉が出現する。

真姫「さ、先に進むわよ」

コツコツコツ

長い長い一本道。

所々に現れる壁画に導かれるようにその道のりを歩くと、一つの扉と、立て札が現れた。

にこ「『汝、宝玉を求むるなら、己に打ち勝つべし』」

凛「どういうこと?」

花陽「宝玉が欲しいのなら、自分に勝てってこと……かな」

花陽「でも、自分に勝つって……?」

穂乃果「考えてもしかたないよ!」

穂乃果「とりあえず、入ってみよう!」

にこ「ちょ、待った、まちなさーー」

キィ

ーーー

ーー

にこ「…………ここは?」

にこが辺りを見回すと、そこには広い空間があった。

皆の姿はない。

そんな時、視界の端を横切る人影に気づく。

にこ「誰……え?」

にこ『…………」

そこにいたのは、にこ自身。

目の前に、自分と全く同じ少女が、立っていたのだ。

にこ「何よ……これ」

にこ「……まさか、自分に打ち勝てって……っ!」

さっと膝を屈めて姿勢を低くすると、さっきまで顔があった所をナイフが横切る。

にこ「っ……やっぱり!」

屈んだまま右手を相手のお腹に繰り出すと、地面を蹴って距離を取られる。

にこ『『影縫い』!』

にこ「っ!?」

聞き覚えのある技名と共に放たれた刃物を蹴り飛ばす。

にこ「こいつ……まさか!」

にこ『『目暗し』!』

闇に覆われる視界。

今まで見えていた風景は黒一色に閉ざされ、敵がどこにいるのか解らなくなる。

にこ「やっぱり、こいつ……」

こつこつ、と聞こえる足音。

だが、やはり姿を見ることはできない。

にこ「にこと……同じ技を……!」

にこの背中に、鋭い刃物が振り下ろされた。


ーーーーーーーーーーーーーー

花陽「ふっ……!」

花陽『…………』

ぎりぎりと絡み合う触手。

二人の操る触手が、一進一退の攻防を繰り返しているのだ。

花陽「なんで、いきなり攻撃を……」

花陽『凛ちゃん、助けて』

花陽「え……?」

花陽『怖い、嫌だ、戦いたくない』

花陽「や、やめっ!」

ぎぎぎぎ

花陽「っ!?」

自分の本音を喋るもう一人の自分。

それに動揺してしまい、触手の均衡が崩れる。

花陽「まっ……がっ!?」

必死に食い止めようとするが間に合わず、一本の触手の横薙ぎで、体を大きく吹き飛ばされる。

花陽『《縛鎖の蔓》(バインバインド)』

花陽「っ……ぁ……」

ぎちぎちと体に纏わりつく蔓に体が固定され動けなくなる。

花陽『怖くて体が動かない、お願い、誰か助けて」

花陽『そうやって、誰かに助けを求めることでしか、生きられない』

花陽「ち、ちが……ぅ……」

自分の心を抉る言葉、強制的に自分の中の弱い部分と対面させられる。

身動きがとれなくなった花陽はそれを受け入れるしかない。

花陽『でもいいよ、私には凛ちゃんがいるもん』

花陽『凛ちゃんなら、いつでも私を守ってくれる』

花陽「……そんな、こと……」

花陽『ううん、皆だって、私を守ってくれる』

花陽『だから、私は弱いままでもいいんだ』

花陽「違う……そんなの……!」

花陽『便利な仲間を持って、幸せだ━━』

花陽「違うッ!」

花陽『━━━━』

花陽「《蔦葛の伴奏》(クリープ・メロディ)!」

地面から伸びる大量の蔦。

それが旋律となって自分を縛る蔓と、相手を飲み込んでいく。

花陽「皆……大切な仲間」

花陽「助けてもらうだけだなんて、仲間なんかじゃない」

花陽「私だって、皆を助けたい!」

花陽「だから、私も頑張らないといけない!」

ーーーーーーーーーーーーーー

凛「『かそくそーちっ!』」

凛『『かそくそーちっ!』』

同時に加速する二人。

ぶつかる拳。

交差する蹴り。

全く同じタイミングで繰り出される攻防は均衡しており、崩れない。

凛(凛と全く同じをしてくる……厄介だにゃ)

凛(早くしないと……)

凛『かよちんが危ない』

凛「え……?」

凛『早くこいつを倒して、かよちんの所に言ってあげないと」

凛「凛の心を……」

凛『凛がこんなに苦戦してるんだもん、かよちんじゃあ勝てないよ』

凛「そんなこと、凛は思って━━がっ!?」

心の僅かな動揺が隙となる。

お腹を抉る拳。

保たれていた均衡が、ゆっくりと傾き出した。

ーーーーーーーーーーーーーー

真姫『情けないわね、こんな奴一人倒せないなんて』

真姫「っこの!」

真姫「《戒めよ極氷の息吹》(ブリザード・シャックル)!」

真姫『《戒めよ極氷の息吹》(ブリザード・シャックル)!』

ぶつかる二つの吹雪は、お互いに打ち消しあい、ゆっくりと消えていく。

真姫『早く倒さないといけないのに』

真姫『また、皆の足を引っ張ってしまうの?』

真姫「っ!?」

真姫『いつも戦闘で活躍するのは穂乃果と凛』

真姫『あの二人はもう覚醒したというのに、自分にはその兆候がない』

真姫「っ……うるさい!」

真姫『私には才能がある』

真姫『でもそれは思い違いで、本物の才能を前にしたら霞んでしまうんじゃないの?』

真姫『もしかすると……私一人だけ、覚醒できな━━』

真姫「黙りなさいッ!」

真姫「さっきから黙って聞いていれば……人のこと馬鹿にしまくって!」

真姫『…………』

真姫「私を馬鹿にした奴がどうなるか、教えてあげるわ」

真姫「《麗しき湖氷の舞姫》(ビューティフル・マーチ)!」

真姫『《麗しき湖氷の舞姫》(ビューティフル・マーチ)!」

真姫の前に現れたのは輝く氷の道。

何処へでも作られる道は、空を滑ることをも可能とする。

真姫「初めて踊る相手が自分の偽物だなんて……ま、我慢してあげるわ」

真姫「さあ、舞踏会を始めましょうか」

二人の作る道が空へと伸びた。

ーーーーーーーーーーーーーー

穂乃果「ま、待って! ちょっと待って!」

穂乃果『問答無用!』

穂乃果「な、なんで攻撃してくるの!?」

穂乃果「逢えば戦わなくちゃいけないってわけでもないでしょ!?」

穂乃果『どっちなの!』

穂乃果「うっ……」カアッ

穂乃果『恥ずかしく思うなら言うなッ!』

もう一人の自分と相対した穂乃果は逃げ回っていた。

掴みかかろうとする腕を弾き、拳を避け、ひたすら防御に徹する。

穂乃果『戦わずに済むはずなんてない』

穂乃果『そんなことがあるなら、ことりちゃんは死ななかった』

穂乃果「っ!?」

穂乃果『もし私が風邪をひかなかったら、どうなっていたんだろう』

穂乃果『もしかすると、ことりちゃんは死なずにすんだんじゃないのか?』

穂乃果「そんな、こと……」

穂乃果『私のせいで……ことりちゃんは死んだ!』

穂乃果「づっ!?」

防ぎきれなかった拳が左肩を撃ち抜き、後ろに弾き飛ばされる。

すぐに襲いかかる追撃。

迫ってくるもう一人の穂乃果を足払いで牽制し、態勢を立て直す時間を作る。

穂乃果『海未ちゃんは、自分のすることを見つけた』

穂乃果『邪神を復活させて、ことりちゃんを生き返らそうとしている』

穂乃果『それなのに、私は何もできていない』

穂乃果『騎士になって、皆を助けて、得られる満足感で自分の悲しみを消そうとしてるだけ』

穂乃果『それなのに、その役目を満足に果たせない』

穂乃果『海未ちゃんに負けて、希ちゃんに負けて、ツバサちゃんに見逃してもらって』

穂乃果『せっかく覚醒したと思ったのに、もう一度使うこともできない』

穂乃果「っ……!」

穂乃果『本当にこのまま進んでいいの?』

穂乃果『それが正しい道なの?』

穂乃果『今からでも、宝玉を敵に全部渡して邪神を蘇らせたほうがいいんじゃないの?』

穂乃果『こんなに迷っていて、本当に邪神の復活を阻止できるの?」

穂乃果「…………」

穂乃果『逃げたいよ……こんな役目、背負いたくない』

穂乃果『英雄になんてなりたくない!』

ごっと放たれた拳が、穂乃果の胸へと吸い込まれる。

だが、もう一人の穂乃果が感じたのは、妙な手応え。

これ以上、拳が前に進まないんだ。

疑問を感じたもう一人の穂乃果は、本物の穂乃果へと目を向ける。

そこに映っていたのは、優しい瞳。

穂乃果『……なんで』

穂乃果「そっか……そういうことだったんだね」

穂乃果『何……を……』

穂乃果「貴女は、私の心の弱い部分なんだ」

穂乃果『!』

穂乃果「だからこうやって、不安ばっかり背負ってる」

穂乃果「悲しい目をしている」

穂乃果『やめて……』

穂乃果「確かに、私も不安だよ」

穂乃果「敵は強いし、死んじゃうかもしれない」

穂乃果「でも、皆がいてくれるから」

穂乃果『っ…………!』

穂乃果「私に期待してくれる人、信頼してくれる人、頼ってくれる人」

穂乃果「そして、離れていても信じてくれている人」

穂乃果「だから、私は前を向いて歩ける」

穂乃果「希望を持つことができるッ!」



穂乃果『うるさい! そんなもの!』

穂乃果「貴女だって、その一つだよ」

穂乃果『え……?』

穂乃果「その不安も、悲しみも、私を作る大事なもの」

穂乃果「だから、私は絶対に貴女を忘れたりしない」

穂乃果「貴女も連れて、私は邪神の復活を阻止してみせる!」

穂乃果『…………』

穂乃果「だから……心配しないで」

穂乃果「怯えなくても、いいんだよ」

穂乃果『ぁ…………』

そっと抱きしめられた温もり。

不安と悲しみしか知らない、氷の壁を溶かしてくれる暖かさ。

皆が目を背けて、忘れようとする物を、目の前の少女は一緒に行こうと言ってくれる。

そうだ、それこそが、私━━━━。

ーーー

ーー

穂乃果「ここは……」

気がつくと、目の前には祭壇があった。

そこには、宝玉が光り輝いている。

穂乃果「そっか……私……」

穂乃果「そうだ、皆は!?」

くるっと振り返ると、そこには全員の姿があった。

少し顔が曇っていたり、吹っ切れたような顔をしていたり、表情は様々だ。

凛「かよちん」

花陽「どうしたの?」

凛「凛は、かよちんのこと、信じてるからね」

花陽「え……?」

凛「本当に、信じてるんだから」

花陽「……うん。ありがとう、凛ちゃん」ギュッ


にこ「まったく、お暑いことで」

真姫「…………」

にこ「どうしたのよ、黙っちゃって。何かあっの?」

真姫「別に……」

にこ「そう、それならさっさと宝玉を貰って帰りましょう」

穂乃果「そうだね、そうしよっ」

「その必要はないわ」

穂乃果「えっ━━」


高く響き渡る声。

それと共に全員の間を稲妻が駆け抜ける。

穂乃果「がっ!?」

全身が痺れて動かない。

他の皆も悲鳴をあげながら地面へと倒れこんだ。

穂乃果「な、に……が」

稲妻が人の形を形成し、金髪が綺麗に靡く。

目の前に現れたのは、背の高い、青い瞳をした少女。

その少女が、倒れた穂乃果達をじっと見下ろしている。

「これで、全て揃う」

絵里「邪神を復活させるための、宝玉が」

今回はここまで
更新遅くてすまん

絵里「これが、この遺跡の宝玉ね」ゴトッ

穂乃果「ま……っ……」

絵里「貴女達のおかげで楽に手に入れることができたわ」

絵里「ありがとう」

穂乃果「あ……っ……」

絵里「それと、貴女の持っている宝玉も貰うわね」ゴソッ

穂乃果「ぅ……くっ……」

絵里「これで、9つ」

絵里「全ての宝玉が揃った」

穂乃果「か……し……」

絵里「……無駄なことはやめなさい」

絵里「体は動かないし、言葉も満足に喋れないでしょ?」

絵里「なかなかのやり手って聞いてたけど……正直拍子抜けね」

穂乃果「…………!」

絵里「……お喋りしている場合じゃなかった」

絵里「急がないと」

タタタタタ

穂乃果「ま……ぅ……」

凛「ぎ……ぎぎぎ……!」グググ

穂乃果「り……ちゃ……」

凛「わっ!?」グラッ

ガシッ

凛「……?」

にこ「ふらつくんじゃ、ない、わよ……」ヨロヨロ

にこ「とりあえず、治るまで、私が全員を運ぶわ」

にこ「急がないと、邪神が復活してしまうかもしれない」

凛「でも、宝玉、は……」

にこ「……宝玉を、全て手に入れたって、あいつは言ってた」

にこ「嫌な予感が……する」グイッ

穂乃果「ぅ……ごめ、ね」

にこ「そう思うんなら、早く、動けるようになりなさい」

穂乃果「あはは……」

タタタタ

穂乃果「ぅぅ……やっと戻ったぁ」

にこ「……痺れがとれるまで約5分か、とんでもない能力ね」

真姫「完全に油断してたわね……」

花陽「うん、まさか敵が来るなんて思ってなかったから……」

穂乃果「とにかく、なんとかして追いつかないと」

凛「でも、何処に行ったかなんてわからないんだよ……?」

穂乃果「う……」

にこ「一度町に戻って、報告した方がいいわ」

凛「やっと出口だね……」

真姫「次に会ったら覚えてなさいよ、あいつ!」

凛「真姫ちゃんが小物っぽいにゃー」

真姫「なんですって!?」

にこ「あんたら……こんな時にまで━━」

真姫ママ「はい、すとーっぷ」

花陽「わわっ!?」

穂乃果「貴女は……!」

真姫ママ「やっほー、元気にしてた?」

真姫「なんでママがここに?」

真姫ママ「それがちょっと困ったことになっちゃってね」

凛「困ったこと?」

真姫ママ「ええ、実は王宮の宝玉全部取られちゃって」

穂乃果「え……?」

真姫ママ「それで慌てて貴女達に知らせに来たのよ」

穂乃果「ち、ちょっと待ってください、宝玉って、凄い警備で守られてるんじゃ……」

真姫ママ「ええ……でも、奪われたの」

真姫ママ「相手は相当の手練れみたいね」

穂乃果「そんな……」

真姫ママ「貴女達は……大丈夫?」

穂乃果「……っ、ごめんなさい」

真姫ママ「……そう」

真姫ママ「ということは、もう全部の宝玉が集まったってことね」

穂乃果「じゃあ、もう邪神が……」

真姫ママ「いえ、まだよ」

真姫ママ「邪神を復活させるには、儀式を行う必要があるの」

真姫ママ「それも、決まった場所でね」

穂乃果「そこは……?」

真姫ママ「かつて、邪神が封印された場所」

真姫ママ「彼女達は、絶対にそこにいるはずよ」

穂乃果「あの……他の騎士の方に、応援は頼めないんですか?」

真姫ママ「……無理よ」

穂乃果「どうして……?」

真姫ママ「詳しくは話せないけど、今王宮は大変なことになってるの」

真姫ママ「騎士を総動員するくらいの大事に……ね」

穂乃果「…………」

真姫ママ「それに、貴女達の戦いについていける騎士なんてほとんどいない」

真姫ママ「……世界を頼むわよ」

穂乃果「……はい!」

ーーーーカニェーツの霊峰

穂乃果「ここが、邪神の封印された場所……?」

凛「……禍々しい気配がするよ」

にこ「真姫ちゃんのお母さんが言ってた通りなら、ここに敵が全員いるはず」

にこ「おそらく、前に戦ったことがある人もいるでしょうね」

「「「「…………」」」」

穂乃果「…………」

穂乃果(海未ちゃんも、きっとここにいる)

穂乃果(今度こそ、ちゃんとお話して、絶対に……)

穂乃果「絶対に、止めてみせる」

穂乃果「邪神の復活なんて、させない!」

穂乃果「皆、頑張ろう!」

花陽「……うん!」

凛「了解だにゃー」

真姫「ま、私一人でも十分だけどね」

にこ「まったく、いつも騒がしいんだから」












希「いやいや、それはちょっと困るなぁ」

穂乃果「っ!?」

希「これでも結構苦労してるんやで?」

希「こんだけ宝玉集めんのに」

穂乃果「希ちゃん……」

希「お、名前覚えとってくれたんか」

希「嬉しいなぁ」

穂乃果「……なにしにきたの?」

希「わかっとるやろ? 足止めや」

希「えりちの邪魔はさせへんよ」

希「あんまり暴力に訴えることはしたくないし、おとなしくしといてくれへん?」

穂乃果「希ちゃんこそ、おとなしくそこを通してくれない?」

希「ふふ、交渉決裂やな」

穂乃果「…………」グッ

凛「待って、穂乃果ちゃん」

穂乃果「凛ちゃん……?」

凛「ここは、凛とかよちんが引き受けるよ」

穂乃果「え……?」

花陽「一人に時間を取られていたら、きっと間に合わなくなります」

花陽「だから、先に進んでください」

穂乃果「でも……」

凛「大丈夫」

凛「かよちんと一緒なら、凛は無敵だから」

花陽「そういうことですから、ここは任せでください」

穂乃果「……二人とも」

にこ「……じゃあ、ここは任せるわよ」

真姫「……頑張ってね」

花陽「うん、頑張る」

穂乃果「それじゃあ行こう、真姫ちゃん、にこちゃん!」

タタタタタ

希「…………」

凛「随分とあっさり通してくれるんだね」

希「カードが通してやれって言ってるからね」

希「それじゃあ、こっちもぼちぼち始めようか!」

希「《THE EMPRESS》!」

ぼこぼこ、と音を立てて地面から出てくる無数の稲。

一本一本が10m程の大きさになり、巨大な実を実らせている。

花陽「お米……!」

凛「かよちん! 今はそんな場合じゃないよ!」

花陽「う、うん……」

希「なんや、お米好きなん?」

希「それなら、たらふく味わえばええで!」

凛「来るっ!」

希が手を翳すと、巨大な実が雨となって二人に降り注ぐ。

凛「かよちん、凛の側に!」

花陽「うん!」

二人を押し潰せる程の大きさの粒が空から降って来るというのに物怖じしない。

花陽が凛の側に来るのを確認すると、凛は真っ直ぐに希を睨みつける。

凛「行くよ……!」

ごおっ!

凛が右手を素早く凪ぐと、周囲に激しい暴風が巻き起こる。

希「これは……!」

凛「突撃!」

巻き起こった暴風が二人に降り注ぐ実を弾き飛ばす。

それと同時に風と共に現れた猫達が、巨大な稲を刈り取りながら希へと迫る。

希「《STRENGTH》!」

向かってくる猫を見て、発動する能力を変更。

巨大な稲、降り注ぐ実は姿を無くし、希の体に強い力が宿る。

希「はぁっ!」

ごっ、と拳を降り降ろす希の横を、さっと駆け抜ける猫。

通り際に肩を、足を、腕を切り裂こうとするが、強化された希の体にはほとんど傷をつけられない。

希「っ……速いッ!」

猫を追って、素早く状態を後ろへと傾ける。

だが、それが隙になることに気づき視線を前に戻すと━━━━

凛「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

希「くっ!」

目の前に迫る凛。

咄嗟に腕を交差させると、そこに凛の拳がぶち当たる。

希「ちっ!」

弾き飛ばされるように後ろへと状態を崩すと、凛は追撃をやめずにそのまま希を追う。

花陽「《蔦葛の伴奏》(クリープ・メロディ)!」

その希の行く先にあるのはたくさんの蔦。

ここから先は通さないとばかりに無数に張り巡らされている。

希「全く……あの短時間でようここまで連携できたもんや」

希「でも、まだまだ甘い!」

希「《THE TOWER》!」

凛「っ!?」

花陽「えっ!?」

急に体の力が抜け、勢いのまま地面を転がる凛。

張り巡らせた蔦が一斉に枯れ、困惑する花陽。

その混乱に乗じて、希はそっと二人との間に距離をとる。

希「全く、ちょっとびっくりしたやん」

希「まさか凛ちゃんが覚醒しとるなんて」

凛「勝手に勘違いしたのはそっちだにゃ」

希「うん、そうやね」

希「それなら……うちもちょっとだけ本気をださせてもらおうか!」

希「《THE MAGICIAN》!」

希の前に集まる光の粒子。

前に圧倒的な破壊力を見せた、あの技だ。

凛(あの技……前の……)

花陽(私の技じゃ、防ぎきれない……!)

ピタッと止まった二人の足。

その光の粒子をどうすればいいのか、その思考が上手くまとまらないのだ。

希「拡散っ! てーーーーーーーっ!」

ぎゅおん! ぎゅおん! ぎゅおおおおおおおおおん!!

粒子が巨大な塊からいくつものビームに別れ、うねりながら二人へと迫ってくる。

花陽「うっ、えっ!?」

目の前に迫る粒子に、体が動かない。

何をしたらいいのかが解らない。

だから、目の前の恐怖をただ眺める━━━━

凛「かよちん!」

ぎゅっと強く抱き寄せられる感触。

凛が花陽を抱え込み、ビームを避けたのだ。

希「安心するのはまだ早いで!」

だが、それだけではない。

いくつものビームが凛へと向かい、避けても避けても方向を変え、何度も凛へと迫る。

凛「はぁ、はぁっ、はあっ、」

凛の顔に出ているのは焦りの表情。

思ったように能力が発動できず、ビームを避けるので精一杯。

風は止み、猫も姿を消している。

状況を打破するための方法も浮かばず、ただ逃げ回るしかない。

花陽(おかしい……)

花陽(凛ちゃんが、これくらいで……)

花陽(! もしかして!)

花陽「《白百合の砲台》(リリー・ショット)!」

希を囲むように現れた白百合の花弁が、一斉に希へと狙いをつける。

希「へぇ……!」

花陽「てぇーーーー!」

一斉に爆発音を立てての砲撃。

凛と花陽を追っている粒子では、ガードは間に合わない。

希「《TEMPERANCE》!」

ピタッと空中で静止する種の砲弾。

だが、それと共に光の粒子は姿をなくし、凛の周囲に再び風が巻き起こる。

希「いやぁ、今ので仕留められへんとはね」

凛「っ……凛に、何をしたの……」

希「さぁ? 知りたかったら、力強くで聞いてみたらええんとちゃう?」

凛「っ……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

巨大な風の奔流が辺りを包む。

花陽「凛ちゃん! 落ち着いて!」

希「ぐすぐずしとると、今度はそっちの子もおかしくなってしまうかもなぁ」

凛「っ!」

怒りに突き動かされるように希へと迫る凛。

そんな凛の耳に、花陽の声は届いていない。

希「そうら、お返しや!」

止まっていた種の弾丸を凛に目掛けて放つ。

凛「『にだんジャンプッ!』」

だが、凛はそれを空中で軽々と避けて希へと迫る。

タロットカードは、向きによってその意味を変える。

正位置と、逆位置だ。

本来、それらは相反し、二つの意味を同時に示すことはない。

だが、希の能力は別だ。

希の隠していた力……それは、正位置と逆位置の能力を同時に使用できること。

それにより凛と花陽は心を乱し、能力を制限され、暴走してしまう。

破滅へと向かって。

希「やっぱり当たらんか!」

希「それなら……《THE FOOL》!」

繰り出される左足の蹴りを右手で跳ね除ける。

今の一撃を防がれたことに驚いた凛は空中を蹴り、希の真上へと逃れようとする。

希「甘い!」

だが、希はその隙を見逃さない。

左足を掴み、そのまま地面へと叩きつける。

凛「っ!」

花陽「凛ちゃん!? 《縛鎖の蔓》(バインバインド)!」

希と凛を囲むように現れる蔓。

だが、希はそれを見ても笑みを絶やさない。

希「それはあかんやつやん?」

希「そーれっと!」

凛「があああああああああっ!?」

捕まえたままの凛を手にくるくると周り、現れた蔓をへし折っていく。

顔、お腹、腕、至る所に蔓がぶつかり、凛の体に無数の傷が付く。

花陽「あっ……あっ……」

自分のせいで凛が傷ついた。

その現実が、花陽の心を蝕んでいく。

凛「っ……あっ!」

希「おっと」

右足の蹴りから逃げるように凛をぱっと離す。

体勢を立て直した凛は、既に満身創痍といった状態だ。

希「もう辞めにしたらええんちゃう?」

希「これ以上やっても、うちには勝てへんよ」

凛「……そんなこと、ない」

凛「勝つのは、凛達だ!」

ざっ、と三匹の猫が希を目掛けて駆ける。

それに追随するように、凛も希へと駆け出す。

希「最後の打ち込み……か」

希「ええで、受けて立とうやない!」

希が手を凪ぐと、飛びかかろうとしていた猫が真っ二つに切り裂かれ、風へと還る。

他の二匹はぐるぐると地上、空中を周り、希を撹乱させる。

迂闊に打ち込まず、様子を見て。

一匹目がやられたことから、希が動きに対応していることは明白だから。

だから、希の視界を錯乱させるように、視界の両端からその姿を消して━━━━

凛「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

自分から視線が離れた一瞬で、凛が距離を詰める。

希「それじゃあ、さっきの攻撃となんも変わりないで!」

凛「『かそくそーちっ!』」

すぐに迎撃体勢をとる希。

それにも構わず、凛は突撃の速度を緩めない。

希「そっちがその気なら……しゃあないな」

希「最低でも、片腕は貰うで!」

ひゅっ、と振り下ろされる手刀。

凛のスピードに合わせて振り下ろされたそれに対し、凛は━━━━


ずちゃぁ!


切り裂かれる左腕。

だが、凛の歩みは止まらない。

希「なっ!?」

凛「片腕くらい、くれてやる!」

ごしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

凛の右手が、希の腹を貫いた。

凛「はぁっ……はぁっ……」

凛「勝った……よ、かよち━━」

ずちゅっ!

凛「ごふっ!?」

胸に走る激痛。

貫かれた胸。

目の前には、いまだに笑みを浮かべている希。

希「だから言ったやろ? 愚者(THE FOOL)ってな」

ずちゃぁぁぁぁぁぁぁ!

胸から体を裂くように動かされた手刀が、左胸を抉る。

真っ赤な血飛沫をあげながら、凛の体はゆっくりと地面へと崩れ落ち、動かなくなった。

希「ふぅ……《DEATH》!」

対象的に希の体は急速に回復していく。

抉られたはずのお腹は傷口も見当たらないくらいに再生され、まるで今の戦いがなかったみたいに。

希「あんま殺したくはなかったんやけどね……まあ、しょうがないか」

希「それで、君はどうする?」

倒れた凛を信じられない表情で見つめる花陽。

信じられない、信じたくない。

そんな気持ちが簡単に汲み取れる。

花陽「嘘……だよ……」

花陽「凛ちゃんが……そんな……」

希「悪いけど、嘘やないで」

希「悲しくても、受け入れないといけないもんはあるんや」

花陽「っ……ぁ……ぁ……あああああああああああああああああああああああ!!!!」

希「あんまり大きな声あげんとい……ぐっ!?」

希「がああああっぅづぅぅぅぅぅぅ!!?」

体中に走る激痛。

今まで味わったことない痛みに、全身が悲鳴をあげる。

花陽「許さない……」

花陽「絶対に許さない!」

希「なんや、何をっ……げほっ!」

真っ赤な吐血。

余りの激痛に立っていられず、希は両膝を地面へとつく。

希「っ……《DEATH》!」

体内から攻撃されているのだと感じるが、確証はない。

希「おげぇ、ごぼっ、うぐっ、」

頭に沸き起こる吐き気。

たまらずに血混じりの嘔吐をしてしまう。

希「うちの体に……なにを……し……」

花陽「…………」

花陽は応えない。

激痛に悶える希を見ても、なにも感じない。

まるでこうなるのが当たり前かと言うように、その表情は怒りに凍りついている。

希「がっ……ぎっ……なっ、で……」

再生、回復しているはずなのに収まることのない激痛。

それどころか、体が全身から壊されていくような感覚に支配される。

希の体で起きているのは、菌の変異。

体内の細菌が変異、活性化され、細菌の分裂を1秒に10回、100回のレベルまで促進されているのだ。

それによって生まれる無数の変異株。

そのスピードは、《DEATH》の再生力でも追いつくことができず、希の体内を侵食していく。

だんだんと動かなくなっていく体。

体の至る所から体液が漏れ出し、意識が朦朧としていく。

再現なく繰り返される激痛は、自分がもうすぐ死ぬことを教えてくれる。

自分の油断が招いた敗北。

後悔と同時に思い出されるのは、一人の少女のこと。

懐かしい、出会いの時。

~~~~~~~~~~~~~~

ーーーーとある小屋

希「お父さん、お母さん、それじゃあ行ってきます」

山奥にひっそりと立つ一軒の小屋。

そこに住んでいるのは、一人の少女。

父、母と共に、貧しいながらも幸せに暮らしていたが、ある時、二人は事故にあって死んでしまう。

それ以来、彼女はこうして毎日お墓にお参りをしてから、食糧や、使えそうなものを探しに外へと出かける。

そんな生活も早一年。

だんだんと慣れてきた一人だけの生活に、石が投じられた。

希「ん……? あれは……?」

絵里「……ぅ……」

希「なんでこんな所に女の子が……それに、体もボロボロで……」

希「早く家に連れ帰らないと……」

タタタタ

チュンチュン

絵里「ん……っ……」

絵里「ここ……は……?」

絵里「っ!?」

絵里「誰っ!?」

希「んっ……気がついたの……?」

絵里「貴女は誰なの!? ここは何処!? 私をどうするつもり!?」

希「えっ……えっと……」

絵里「答えなさいッ!」

希「…………」ニコッ

希「うちは東條希」

希「よろしゅうな」

絵里「希……?」

希「そっ。貴女は?」

絵里「…………」

希「人に聞いておいて、自分が名乗らんのはあかんと思うよ?」

絵里「……絢瀬絵里よ」

希「ええ名前やね」

希「それで、なんであんな所に倒れとったん?」

絵里「…………」

希「話してはくれへんか」

絵里「……助けてくれたことにはお礼を言うけど、あんまり私に関わらないで」

絵里「死にたくないのならね」

希「なんや物騒な話やん」

絵里「……私はもうでるわ」ギシッ

希「待ってや、その体じゃ外にでるのは危険なんよ?」

希「ここを出て、行く当てあるん?」

絵里「それは……」

希「無いんなら、ここに住まへん?」

希「ちょっと不便やけど、楽しいで?」

絵里「……そんなことしたら、貴女の家族にも迷惑をかけるわ」

希「その心配はいらんよ」

絵里「え?」

希「うちの家族は……もうおらへんから」

絵里「……ごめんなさい」

希「ええんよ、もう過ぎたことやし」

希「それで、拒む理由が無くなったけど、どうするん?」

絵里「……はぁ。どうなっても知らないわよ」

希「ふふ、これからよろしゅうな、えりち」

それから、二人だけの生活が始まった。

最初の内は悲しい目をして表情を翳らせていた絵里は、いつも笑顔な希に元気付けられるように、少しずつ笑うようになっていく。

薪を割って、魚を取って、焼いて、食べて。

一緒に料理をして、たまにはピクニックに行って。

だんだんと心を開いていく絵里はある日、自分の生い立ち、出会いの日のことを希に話す。

厄介事でしかない、悲しい過去。

希は嬉しかった。

彼女が自分のことを信頼して、こうやって話してくれるのが。

こうして、二人の信頼はどんどん深まって行った。

それから、数年の月日が流れて━━━━

絵里「邪神を復活させれば、私の願いは叶う」

絵里「だから……今日でここを出て行くわ」

希「そっか……」

絵里「今まで本当にありがとう」

絵里「さようなら……」

希「待って!」

絵里「止めても無駄よ! 私は必ず家族の仇を……」

希「ううん、止めたりはしないよ」

希「でも、うちも一緒に行く!」

絵里「!?」

絵里「駄目よ! 命の保証も無いのに……」

希「だからこそや」

希「そんな危ない旅にえりち一人で行かせられるわけ無いやん」

希「えりちは、うちのたった一人の家族なんやから……」

絵里「希……」

~~~~~~~~~~~~~~

希「っ!」

希(何寝ぼけてるんや、うちは!)

希(うちは……えりちの助けになるために、戦ってるんやろ!)

希(へばっとる場合やない……)

希(例え、死んだとしても……)

希「えりちの邪魔は! 絶対にさせへんッ!」

花陽「っ!? があっっうぅぅぅぅっっ!?」

突如として花陽の体に現れる異変。

花陽の体の肉が削げ落ち、骨が剥き出しになったのだ。

花陽「ぎっ!? ぃぃ!」

希「っぉぐっ! は、が、我慢比べ……や」

崩壊。

それは、《DEATH》の正位置の能力によるもの。

だが、骨が砕かれ、体が解体される激痛に身を蝕まれても、花陽は意識を手放さない。

目の前の敵だけを睨みつけ、憎悪の炎で燃やし尽くすかのように。

花陽「許さ……ない……!」

花陽「絶対に……殺して……や……」

希「それは、うちの……せり……」

途絶える声。

生命機能は、意思を無視して停止する。

そこに残されたのは、無残な爪痕。

肉が半分削げ落ちたもの、全身が変色し体液を撒き散らしたもの、体を大きく切り裂かれたもの。

激しく巻起こった戦いは、ひっそりと幕を閉じた。

タタタタ

にこ「……なるほど、だから簡単に通してくれたのね」

穂乃果「え?」

にこ「新しい敵の登場よ」

穂乃果「……! あの人は!」

真姫「っ……!」

ツバサ「やあ、久しぶりだね」

穂乃果「ツバサさん……」

ツバサ「ふふ、また会えると思ってたよ」

ツバサ「君との再戦を楽しみにしていたんだ」

穂乃果「っ……」

バッ

にこ「穂乃果、行きなさい」

穂乃果「え?」

にこ「ここは私と真姫ちゃんでなんとかするから」

にこ「だから、先に行きなさい」

穂乃果「でも……」

にこ「いいから行きなさいって言ってんでしょ!」

穂乃果「!」ダッ

タタタタ

にこ「……楽しみにしてた割には、通すんだ」

ツバサ「残念だけど、彼女には因縁の相手がいるようだからね」

ツバサ「仕方が無いから、ちょっと遊んでもらうよ?」

真姫「ふん、減らず口を叩けるのも今のうちよ」

真姫「この私に楯突いたこと、絶対に後悔させてあげる」

ツバサ「へぇ……それは楽しみだね」

ツバサ「それじゃあ……始めようか!」

今回はここまで

にこ「真姫ちゃんは後衛から援護をお願い」

にこ「前衛はにこがやるわ」

真姫「了解!」

前衛は近接戦闘が主体のにこ。

後衛は遠距離戦闘が主体の真姫。

基本的な布陣をとる二人を、ツバサは訝しげに見ている。

ツバサ「本当にそれでいいの?」

にこ「なによ、なにか文句でもあんの?」

ツバサ「いえ、貴女一人で前衛が務まるのかなって」

前回の戦いで、にこは一瞬のうちにツバサに沈められた。

このまま戦っても、前回と同じ道を辿るだけだ。

にこ「ふん……あんまり舐めるんじゃないわよ」

にこ「にこは……あの時の三倍は強いわよ」

ツバサ「そうか、それは楽しみだね」

ツバサ「でも、それだけじゃ足りない」

にこ「え?」

ツバサ「私は……あの時の10倍は強いッ!」

ひゅっ、とツバサの姿がにこの視界から消える。

瞬間移動ではない、ただ単純に姿を追うことができなかっただけだ。

咄嗟に辺りを見渡すが、ツバサの影すら捉えることができない。

ツバサ「こっちだよ」

にこ「っ!?」

声がしたのは、にこの体の正面。

ツバサ「終わりだ」

握り拳に腹を抉られ、その衝撃と共に大きく吹き飛ばされる。

受け身をとることも叶わず、そのまま地面を転がることとなった。

真姫「にこちゃん!?」

ツバサ「余所見をしている暇はないよ?」

真姫「っ!? 《戒めよ━━」

だが、真姫の技が発動することはなかった。

両眼に突き出された指に、言葉が止まってしまったのだ。

真姫「ぅ……」

ツバサ「……ちょっと期待外れだったかな」

ツバサ「お休み」

迫る拳に、体が反応できない。

また負けた。

何もできずに。

悔しさと恐怖に目を瞑る━━━━だが、訪れるはずの衝撃が来ない。

ツバサ「……へぇ」

にこ「…………」

ツバサの拳を受け止めていたのはにこ。

がっしりと小さな掌でツバサの手を握っている。

にこ「悪いけど……その子に触れさせはしないわよ」

にこ「こんなんでも、大事なご主人様だからね!」

凪ぐように繰り出された手刀をツバサは後ろに跳んで躱す。

ツバサ「……今の力」

にこ「ふふ、やっとにこにーもパワーアップしたってことかしら?」

最初の打ち込みとは違い、自分の早さに対応してみせた少女。

歯応えがありそうな相手に、ツバサの口元に笑みができる。

にこ「それで、あんたの能力は《肉体強化》でいいの?」

ツバサ「いいや、違うよ」

ツバサ「私は《能力者》じゃない」

にこ「はぁっ!?」

にこ「嘘でしょ……?」

ツバサ「いや、本当だよ」

ツバサ「私は《能力》を持ってない」

信じられないというにこの表情。

当然だ、《能力者》が《無能力者》に身体能力で負けることはあり得ないはずなのだから。

にこ「《無能力者》が《能力者》を退ける……どういうことよ……!」

ツバサ「しらいでかッ!」

ツバサ「飯食って山消して寝るッ!」

ツバサ「戦士の鍛錬はそれで十分よッ!」

にこ「っ……頭おかしいんじゃないの!」

にこ「『乱れ手裏剣』!」

にこの前に現れる無数の手裏剣。

流れるようにうねうねと動き、ツバサへと迫る。

ツバサ「この程度ッ!」

自らへと迫る手裏剣を次々と手で撃ち落とす。

その体には、傷一つついていない。

真姫「《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

集結させた氷の槍による追撃を狙う。

手数に紛れた強力な一撃━━だが、ツバサがそれを見逃すことはない。

ツバサ「はぁっ!」

巨大な槍を右蹴りで粉砕すると、バラバラと氷の破片が辺りに飛び散り、視界を狭める。

そのツバサの視界の何に、にこの姿がない。

にこ「『影縫い』!」

にこから放たれたナイフがすっとツバサの影へと吸い込まれる。

相手の動きを縛る、にこの技。

《能力》を持たないツバサでは抜け出すことはないはず━━

ツバサ「ふっ!」

ばんっ、と影から弾き飛ばされたナイフ。

にこの首に、冷や汗が流れた。

にこ「あんた……本当に人間?」

ツバサ「失礼な質問だね」

ツバサ「私はれっきとした人間だよ」

ぐっと強く地面を踏み込み、にこへと迫るツバサ。

そのスピードは、今までのものよりも速い。

にこ「『目暗まし』!」

にこを中心に広がる闇の世界。

圧倒的な質量の闇が、遠く離れた真姫をも飲み込む。

ツバサ「その技なら、既に破った!」

急に視界を閉ざされても、ツバサの歩みは止まらない。

速度が衰えることはなく、ツバサの拳がにこの体へと突き刺さ━━━━

ツバサ「なっ!?」

━━━━るとこはなかった。

ツバサの拳は空を切り、そのまま前のめりになってしまう。

にこ「はぁっ!」

その一瞬の隙をにこは逃さない。

ツバサの左頬へと放たれた右ストレートが、ツバサの体を揺らがせる。

ツバサ「っ……そこだ!」

殴られたことにより位置を特定したツバサが反撃にでる。

にこがいるであろう場所を切り裂く手刀。

だが、それも虚しく空を切るだけであった。

にこ「こっちよ!」

にこの拳が右の脇腹を抉る。

動いた音は聞こえなかった。

揺らいだ風もなかった。

それなのに、にこは真逆の所から攻撃してきた。

ツバサ「……面白いッ!」

その事実に、ツバサの興奮が高まる。

にこは、闇と同化することによってこの空間内を自由に行き来することができる。

音も立てず、全く気づかれないように。

そのせいでツバサはにこの姿を捉えることができない。

一度攻撃を受けからでは反撃は間に合わず、かろうじて腕を掴んでもすぐに消えてしまう。

無闇に走り回っても、暗闇の中ではにこに追いつかれる。

ツバサの必殺の拳は、にこには届かない。

ツバサ「ふふ、厄介だね」

ツバサ「それなら……」

すっ、とツバサが構えを解く。

自然体になり、ゆっくりと見えない目を瞑る。

にこ「…………」

これはツバサからの誘い。

感覚を研ぎ澄ませることによって、にこの出現する居場所を探ろうというのだ。

だが、こんなチャンスを逃す手はない。

ツバサの背後へと出現したにこは、無防備な背中へと手刀を━━━━

ツバサ「甘いッ!」

ガツンと激しい衝撃に脳が揺さぶられ、くらくらとする。

ツバサの掌底がにこの顎を撃ち抜いたのだ。

にこ「がっ……ぁっ……」

宙を舞った体は、ゆっくりと地面へと落ちる。

にこ「なん……で……」

ツバサ「風の流れが変わったからだよ」

ツバサ「質量を持てば、風を遮ってしまうからね」

ツバサ「だから、貴女の居場所が解った」

闇が溶けて、辺りに光が戻る。

そこにあったのは、地面に倒れるにこと、余裕の笑みを浮かべるツバサ。

真姫「そん……な……」

真姫はさっきの戦いに参加できなかった。

闇の中では、にこに攻撃を当ててしまう危険があったから。

いや、それだけではない。

自分が、全く役に立たないことが解っていたから。

ツバサ「さて、それじゃあそろそろあっちの子も……」

にこ「させない……わよ!」

ぐらぐらと揺れる視界。

目の焦点が合わないまま起き上がり、がむしゃらにツバサへと殴りかかる。

ツバサ「諦めたほうがいい」

だが、そんなものが通じるはずもない。

裏の拳でにこの頬を弾くと、そのままにこは地面へと倒れ込んだ。

ツバサ「貴女は十分頑張った」

ツバサ「誇ってもいいわ」

にこ「まだよ……」

ぐぐっと、無理やり体を起こしツバサへと向き直る。

頬を流れる血が、ぴちょんと地面を濡らす。

だが、その瞳に敗北の色はない。

にこ「まだ、終わって━━━━」

言い終わる前に、にこの体は再び宙を舞った。

真姫「にこちゃん!?」

どさり、と地面に吸い込まれたにこに駆け寄り抱き起こす。

肌から、口から、至るところから血を垂れ流すにこの姿に、真姫は唇を噛みしめる。

にこ「真姫……ちゃん」

にこ「もう少し、待ってて……あいつを、倒して、くるから……」

真姫「何言ってんのよ……にこちゃん……こんなにボロボロじゃない……」

いつ倒れてもおかしくないはずの傷。

ツバサの攻撃を何度ももらってフラついた体。

それでもなお、にこは真姫を押し退けて立ち上がる。

真姫「なんで……なんでよ……」

真姫「なんで……そんなに……頑張るのよ……」

元々、にこはこの戦いに無理やり参加させられたのだ。

彼女を縛るものなんて、何もない。

なのに、彼女はずっと離れないでいてくれる。

呆れた顔をしても、酷いことを言っても。

今の戦いだってそうだ。

足手まといの私に近づかせないように、にこはツバサの気を全て自分に向けさせた。

本来なら奇襲がメインの彼女が、自分を庇いながら戦っているのだ。

こんなもの、勝てるはずがない。

なのに、彼女は逃げ出さない。

ボロボロになっても、自分を守ろうとしてくれる。

にこ「なんで……か」

にこ「そんなの……決まってるじゃない」

ふらふらと体を揺らしながら、ゆっくりと振り返る。

そこにあるのは、満面の笑み。

にこ「あんたを、笑顔にするためよ」

真姫「え?」

にこ「いつも仏頂面して、面白くなさそうにして……」

にこ「子供はね、もっと素直に笑わないといけないの」

にこ「……でも、もしも歩んだ道のせいでそんな性格になっちゃったっていうのなら」

にこ「にこが、笑わせてあげるしかないでしょ」

真姫「そんな……理由で……」

笑顔にする。

たったそれだけの理由で、彼女はこんなにボロボロになっても諦めない。

それなのに自分は、強気に啖呵を切っておきながら、何もできずに、諦めて……。


美しくない。


そんなもの、西木野真姫ではない。


私が、私こそが、至高でなくてはならないのだから。

にこ「え……?」

全身を撫でる風が急速に冷えて行く。

ぱきぱきと凍り付く地面。

目の前の少女が、ゆっくりと微笑む。

真姫「なによ、偉そうに説教して」

真姫「いつからご主人様に意見を言えるほど偉くなったわけ?」

にこ「……真姫ちゃん」

真姫「勝手にふらふらになって、仕方ない駄犬ね」

真姫「私を笑顔にさせたいんなら、もっと頑張りなさいよ」

ツバサ「へぇ……これは、もう少し楽しめそうかな?」

真姫「ふん、その余裕の表情、凍り付かせてやるわ」

真姫「にこちゃん」

にこ「何?」

真姫「一分よ」

真姫「一分持たせなさい」

真姫「そうしたら、私があいつを仕留めてあげる」

にこ「……了解!」

ツバサ「作戦会議は終わりかい?」

ツバサ「何をするつもりか知らないけど、簡単に倒れないでね!」

にこ「それなら、自分の心配をすることね!」

にこ「『影分身・姿見』!」

ツバサ「……っ!?」

驚愕するツバサの瞳。

目の前に現れたのは、全く同じ姿をした自分自身。

まるでツバサをそっくりそのまま模写したような、ドッペルゲンガー。

にこ「確かにあんたは強いわ」

にこ「でも、そんなあんたにも勝てない相手がいる」

にこ「それは、自分自身よ!」

分身のツバサが地面を蹴り、本物のツバサへと迫る。

繰り出される蹴りを左手で防ぎ、胸元へと掌底を繰り出すと、左腕で弾かれる。

速さ、威力、全てが自分と同じ。

完全なる分身。

だが、それでもツバサの笑みが絶えることはない。

真姫「……頼むわよ、にこちゃん」

ツバサを倒すための時間稼ぎ。

にこが必至で作ってくれた時間を、無駄にするわけにはいかない。

真姫「『夢に煌めく氷の世界』」

真姫の口から紡がれたのは詠唱。

真姫「『全てを凍てつかせるその輝きは、衰えることを知らない』」

己の力を全て解放し、ツバサへとぶつけるために。

ツバサ「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

ぶつかり合う拳。

衝撃でめり込む地面。

一歩も譲らない踏み込み━━だが、ゆっくりとその均衡は崩れる。

にこ「嘘……!?」

ずりずりと押される分身。

ツバサの力が、分身を上回りだしたのだ。

ツバサ「らぁっ!」

分身が弾かれて、後ろに大きく飛び退く。

すかさずそれを追撃しようと、距離を詰めるツバサ。

ツバサ「そこっ!」

幾度と打ち合う拳。

やや押される気味の分身に、にこは驚きを隠せない。

ツバサ「りゃぁ!」

ツバサの拳が分身の肩を抉り血飛沫が舞う。

いつのまにか、分身は防戦一方。

完全に打ち負けている。

にこ「なんで……」

ツバサ「おかしいことなんてないさ」

にこの疑問を、ツバサはおかしくないとばっさり切り捨てる。

ツバサ「私は常に己の未熟を恥じ、今の自分に満足することなく研鑽を重ねきた」

ツバサ「だからこそ私は日々成長を続け、こうしてここに立っている!」

崩れた均衡。

ツバサの手刀が、分身の片腕を切り落とす。

ツバサ「それこそが答えッ!」

ツバサ「『今』の私が、『過去』の私に後れを取るなどあり得ないッ!」

ツバサの貫手が分身の胸を貫き、分身はそのまま影へと消えていった。

真姫「『揺らめき落ちる月の欠片』」

真姫「『燃えることを許されぬ太陽』」

真姫「『輝く星々も静まり返り、只その身を永遠に委ね続ける』」

真姫「『それこそが私の夢、私の世界』」

真姫「『焦がれ、痺れ、どれだけ手を伸ばしても届くことがない』」

真姫「『高嶺の華はただ孤高に冴えるのみ』」

真姫「『全てを魅了し、凍らせても、華は枯れず、永遠にその輝きを増すだろう』」

真姫の詠唱はまだ終わらない。

もう少し、もう少しだけ時間を稼がないと。

にこ「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

大きく踏み込み、ツバサへと勢いをつけて飛びかかる。

だが、それは隙を見せたのと同じだ。

ツバサ「はぁっ!」

にこ「がっ!?」

繰り出されたアッパーがお腹を抉り、そのまま宙へと放り出される。

その無防備な体へと、ツバサは地面を蹴って迫る。

ツバサ「これで……終わりッ!」

思いっきり放たれた拳がにこの体を吹き飛ばす。

確かな手応え。

これでもう、彼女は立つことはでき━━━━

にこ「あああああああああああ! 『影縫い・千羽鶴』!」

投げられた一本のナイフが、次々に分身して無数のナイフが生み出される。

最初に放ったナイフが突き刺さったのはツバサの影。

その周囲に無数のナイフが次々と突き刺さり、ツバサの体が空中に縫い止められる。

ツバサ「くっ、この程度……!」

先程のように力を込めて脱出しようとするが、上手くいかない。

ツバサが視線を下にずらすと、あることに気づく。

ツバサ「なっ……まさか……!」

ツバサの影を縫ったナイフ。

その影を縫う別のナイフ。

またその影を縫う別のナイフ。

次々の影を縫うように地面へと刺さったナイフが、翼を広げた鶴のように広がっているのだ。

真姫「『さあ、踊りなさい』」

真姫「『終焉への序曲を』」

真姫「『奏でなさい』」

真姫「『新生への終曲を』」

真姫「『私は只一人アリアを詠い、全てのタクトを握る』」

真姫「『この世界の全てが私の物』」

真姫「『私だけに許された楽園』」

ツバサ「くっ……あっ!」

にこ「づっ……ぁっ、ぎっ!」

身体中から流れる大量の血。

ツバサの抵抗を必死に押さえつける度に、血管が切れ、体が悲鳴をあげる。

どれだけの激痛が体を蝕んでも、意識を手放すことはしない。

それが、矢澤にこの、信念なのだから。

ツバサ「あああああああああ!!!」

にこ「っ……あああああ!! 真姫ッ!」

真姫「『私に逆らう者は、永遠にアビスで彷徨うがいい!』」

真姫「《天地万物歩みを止める絶対無音の氷結世界》(アブソリュート・ゼロ)!」

出現する絶対零度の世界。

全てを氷漬けにする輝きが草木を、大地を、空気を凍てつかせながらツバサへと迫る。

ツバサ「こんなものッ!」

にこ「づっ!?」

にこの拘束を無理やり抜け出すツバサ。

だが、高速で迫る氷の奔流から逃れることはできない。

ツバサ「消し飛びなさいッ!」

突き出した拳が大気をかき混ぜ暴風を生み出し━━━━

ツバサ「なっ!?」

凍り付く右腕。

パキパキとなぞるように、身体中が凍り付いていく。

ツバサ「そんな……!」

ツバサの表情から笑みが消える。

手、足、体、全てが凍り、首へと冷気が迫る。

ツバサ「また、私の……負け━━━━」

輝きの波に呑まれたツバサは、絶対零度の氷の中へと閉ざされた。

真姫「はぁ……はぁ……」

真姫「やった……勝った……!」

真姫「にこちゃん! 勝ったわ━━━━っ!?」

真姫の視界が捉えたのは、ボロボロになって動かないにこ姿。

無理に無理を重ねて限界が来たのだろう、にこは言葉を発することもない。

真姫「嘘……でしょ……」

真姫「何勝手に……倒れてんのよ……」

真姫「目を開けなさいよ……ねぇ……」

真姫「私を笑顔にするんでしょ……?」

真姫「それなら、早く……」

真姫「お願い、目を……開けてよ……」

真姫「にこちゃん……」ポロポロ

一人に慣れたはずの少女。

凍り付いた世界に流れる雫は、氷を溶かすこともなく、ただ静かに凍るだけであった。

タタタタ

穂乃果「!」

海未「やはり来ましたね、穂乃果」

穂乃果「海未ちゃん……」

海未「絵里の邪魔はさせませんよ」

海未「私は、絶対に邪神を蘇らせないといけないんです」

穂乃果「……ことりちゃんを、生き返らせるために?」

海未「……ええ」

海未「私のせいで、ことりは死にました」

海未「あの時、私が何もできなかったから」

穂乃果「……海未ちゃんは悪くない」

海未「悪くない……?」

海未「守ると誓ったのに、その約束を果たせなかった私が悪くないと言うのですかッ!?」

穂乃果「そうだよ!」

穂乃果「あの時の海未ちゃんは子供だった!」

穂乃果「それなのに、守る力なんて持ってるはずがない!」

穂乃果「海未ちゃんは自分のせいにして、悲しい現実から逃げてるだけッ!!」

海未「っ……!」

穂乃果「ねぇ、もう止めようよ」

穂乃果「こんなことしても、ことりちゃんは喜ばないよ?」

海未「うるさい!」

海未「覚悟を持たずのこのこと遊び半分で戦場に立つ貴女は……」

海未「ことりの……ことりの何を知っていると言うんですか!」

穂乃果「覚悟ならあるッ!」

穂乃果「私は、絶対に邪神を復活させない!」

海未「それなら、その覚悟を、構えてみなさい!」

がっ、と地面を蹴って穂乃果へと迫る海未。

それを牽制するように穂乃果は右ストレートを海未へと放つ。

海未「甘い!」

腕を掴まれる感触。

気づくと穂乃果の視界はぐるんと揺れていた。

穂乃果「っ!?」

綺麗な一本背負い。

背中に伝わる強い感触、目の前に迫る海未の掌。

穂乃果「爆発!」

小規模な爆発が穂乃果の手でおき、海未は咄嗟に掴んだ手を離す。

その隙に立ち上がり、再び海未と退治する格好となる。

海未「貴女では私に勝つことはできない」

海未「おとなしく、降参してください」

穂乃果「それは、こっちの台詞ッ!」

海未の動きには一切の無駄がない。

攻撃も、回避も、全て最小限の動きで行い、穂乃果の隙をついてくる。

穂乃果「くっ!」

再び掴まれそうになった腕を咄嗟に引き戻す。

海未「そこっ!」

ぐいっと引っ張られる感触。

服に指が引っ掛けられ、そのまま空中を回転させられる。

海未「はぁっ!」

迫り来る手刀をなんとか受け止め、その反動で海未から距離をとる。

穂乃果「はぁ……はぁ……海未ちゃん、今の反則じゃない?」

海未「穂乃果も、同じことをしてもいいんですよ」

穂乃果「それはちょっと……無理かな」

穂乃果は攻めあぐねていた。

幼い頃から鍛錬を続けてきた海未には隙がない。

こちらの攻撃を的確に避け、いなして、確実に反撃してくる。

高火力を武器にする穂乃果にとっては、致命的に相性が悪い。

海未「中々粘りますね」

穂乃果「タフさだけが取り柄だから」

海未「……そうでしたね」

海未「貴女は、昔から諦めなかった」

海未「これと決めたことを、最後まで笑顔でやり通した」

穂乃果「それは海未ちゃんだって同じだよ」

穂乃果「海未ちゃんも、絶対に諦めない」

穂乃果「ふふ、似た者同士だね」

海未「ええ……そうですね」

海未「でも、だからこそ……」

ほのうみ「「この戦いは譲れないッ!」」

海未「《霧雨》!」

突如として遮られる視界。

大量の水が迸り、霧となって周囲を包み込む。

穂乃果「っ……海未ちゃん、何処に━━━━ぐっ!?」

肩に走る激痛。

水でできた矢が、穂乃果の肩を撃ち抜いたのだ。

海未「穂乃果! よく聞きなさいッ!」

海未「ことりを殺したのは、隣国の兵です!」

穂乃果「え……?」

海未「あの場に残されていた武器や防具は、隣国の物と一致しました!」

海未「奴らは、ことりを殺す機会を窺っていたのです!」

海未「だから私は、邪神を蘇らせて隣国を滅ぼします!」

穂乃果「そんなこと……絶対にさせないッ!」

海未「それなら、私を倒してみせなさい!」

ひゅっ、ひゅっ、と射られる矢。

狙いは的確。

視界が邪魔をされているせいで反応が送れ、じわりじわりと体を削っていく。

穂乃果「そんなこと、ことりちゃんは望んでないッ!」

穂乃果「ことりちゃんは争いが嫌いだった」

穂乃果「皆が仲良くしてるのを見て、いつもにこにこ笑ってた!」

穂乃果「ことりちゃんのことを知らない……?」

穂乃果「それは海未ちゃんのことだよ!」

穂乃果「海未ちゃんの中のことりちゃんは、隣国を滅ぼして喜ぶ残忍な子なの!?」

海未「っ……!」

海未の体が動揺に揺れる。

足元に突き刺さる矢。

穂乃果は、一歩も動いていない。

穂乃果「今なら、まだ間に合う」

穂乃果「だから、一緒に━━」

海未「無理……ですよ」

穂乃果「え?」

海未「私は、穂乃果ほど強くないんです」

海未「どうしても、もう一度、三人で仲良く遊んでいたあの日が欲しいんです……!」

海未「だから、私は……」

海未「こうすることしかできないんですよッ!」

海未「《片時雨》!」

迸る水の奔流。

空中にできた巨大な水の塊から、無数の矢が穂乃果へと降り注ぐ。

穂乃果「うあああああああああああああ!!!!」

両手の拳で迫り来る矢を次々と薙ぎ払う穂乃果。

弾かれた矢は水へと還り、辺りに水溜りを作る。

穂乃果「まだまだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

弾ききれなかった矢が肌を割いても、穂乃果は怯まない。

段々と小さくなる水の塊。

もう少し、あと少し。

最後の矢を放ち、水の塊が姿を━━━━

海未「《涙雨》!」

穂乃果「がっ!?」

突如として貫かれた足。

水溜りから放たれた一撃は完全に穂乃果の不意をつき、たまらず膝をついてしまう。

そして、それを見逃すほど海未は甘くない。

~~~~~~~~~~~~~

「かわいい! 今のもっかいやってみて!」

「このわざがあればみんながしあわせになれるね!」

「じゃあ完成いわいにことりが名前をつけてあげる!」

「このわざの名前は………」

~~~~~~~~~~~~~













海未「撃ち抜け━━━━《ラブアローシュート》」

海未(許して欲しいとは言いません)

海未(ずっと貴女に恨まれることになっても、甘んじて受け入れましょう)

海未(二人が私を許してくれなくても、それでもいいんです)

海未(二人が、笑って生きていてくれるなら)

海未(だから、ごめんなさい、穂乃果)

海未(一度だけ、死んでください)

海未(必ず……生き返らせますから)

迫り来る死の矢。

体勢を崩した穂乃果は、それを避けることはできない。

このまま終わりたくなんてない。

まだ、海未ちゃんを止められてないんだから。

だが、死が歩みを止めることはない。

恐怖に思わず目を瞑ってしまう。

ごめん、皆。

最後に出てきたのは、そんな悲しい言葉。

……だが、いつまで経っても終焉が訪れることはなかった。

ゆっくりと目を開けると、そこにあったのは空間の裂け目。

海未の放った必殺の一撃は、ここに吸い込まれたのだ。

海未は驚愕に目を開かせ、某然としている。

その海未の視線の先にあったのは……。

「間に合ってよかったぁ」

戦場に似つかわしくない甘い声。

聞き覚えのある、懐かしい音色。

穂乃果「この声、まさか……!」

海未「そんな……あり得ません……だって、貴女は、あの時確かに━━━━」

驚愕する穂乃果と海未。

そんな二人をよそに、純白の少女はゆっくりと口を開く。

「もう、駄目だよ、海未ちゃん」

ことり「その技は、皆を幸せにするものでしょ?」

今回はここまで

ことり「久しぶりだね、穂乃果ちゃん、海未ちゃん」

穂乃果「ことりちゃん……なの?」

穂乃果「本当に……?」

ことり「ふふ、驚いちゃった?」

ことり「あの時からすっごく成長してるもんね」

穂乃果「…………」

ことり「穂乃果ちゃん?」

穂乃果「ことりちゃん!」ギュッ

ことり「わっ!?」

穂乃果「生きてたんだ……」ポロポロ

ことり「……うん」

穂乃果「良かった……本当に……良かった……」

穂乃果「私、ことりちゃんが死んだって聞いて、悲しくて、ぐすっ」

穂乃果「でも、何もできなくて……」

ことり「…………」ナデナデ

穂乃果「……お帰りなさい、ことりちゃん」

ことり「……うん、ただいま、穂乃果ちゃん」

海未「嘘……です」

海未「だって私は、確かに……」

ことり「ことりが死んじゃう所を見た?」

海未「…………っ」

ことり「それじゃあ、ここにいることりは偽物だと思う?」

海未「……思いません」

海未「貴女は本物のことりです」

海未「私の中の何かが、そう言っています」

海未「生きていたんですね……ことり」

ことり「うん」

海未「……良かった」ウルッ

ことり「……海未ちゃん、泣いてる?」

海未「……泣いてなんていません」グスッ

ことり「ふふ、相変わらず強がりさんなんだから」

穂乃果「……! そうだ!」

穂乃果「ごめん、ことりちゃん」

穂乃果「今はあんまりお話してる時間がないの」

穂乃果「早く儀式を止めないと!」

海未「させません!」

穂乃果「え?」

海未「絵里の邪魔は、させません」

穂乃果「なんで……?」

穂乃果「海未ちゃんの願いはことりちゃんを生き返らせることでしょ?」

穂乃果「それなら……もう邪神を復活させる必要なんて……」

海未「……絵里の目的は、隣の国を滅ぼすことです」

穂乃果「!」

海未「ことりが生きていることがわかれば、あの人たちはまたことりの命を狙うかもしれません」

海未「だから、邪神は復活させます」

穂乃果「……ことりちゃんが悲しむよ?」

海未「……それでも、ですよ」

海未「もしも先に進みたいのなら、私を倒してからにしてください」

穂乃果「…………っ」スッ

海未「…………」スッ





ことり「はい、そこまで!」

ことり「もう、ことり抜きで会話を進めないで欲しいなぁ」

ことり「せっかく再会したんだから、仲良くしよう?」

海未「……そうですね」

海未「全てが終わった後に、二人が許してくれるのであれば」

ことり「……全く、相変わらず頑固さんなんだから」

穂乃果「海未ちゃん……どうしてもなの?」

海未「……ええ」

ことり「…………」

ことり「穂乃果ちゃんは先に行って」

ことり「穂乃果ちゃんならきっと絵里ちゃんを止められる」

ことり「手を繋いでくれる」

穂乃果「え……」

ことり「海未ちゃんの相手はことりがします」

穂乃果「で、でも……」

ことり「大丈夫だよ、穂乃果ちゃん」

ことり「ことりが、一度でも海未ちゃんに負けたことがあった?」

穂乃果「!」

穂乃果「……一度もなかったね」

ことり「でしょ?」

穂乃果「……うん、それじゃあお願いね、ことりちゃん」

穂乃果「後で、たくさんぎゅってしちゃうからね」

ことり「うん♪」

タタタタ

海未「っ! 待ちなさい!」

ことり「待つのは海未ちゃんだよ」

ことり「海未ちゃんの相手は、ことりだもん」

海未「!」

ことり「あんまりことりのことを無視しちゃうと」

ことり「鳥籠の中に閉じ込めちゃうよ?」

ことり「《ハッピーワールド・クリア》」

ぐわん、と暗転する景色。

青々とした木々が、黒ずんだ土が、濁った空気が姿を消し、真っ白な世界が視界を埋めつくした。

ことり「は~い、一名様ごあんな~い♪」

海未「……なんですか、ここは」

ことり「うーん、次元の狭間、っていうのかな?」

海未「っ、ここから出してください!」

ことり「だーめ♪」

海未「……何故ですか! どうして邪魔をするんですか!」

海未「私はただ、貴女に死んで欲しくないだけなのに!」

ことり「海未ちゃんのしてることは間違ってる」

海未「え?」

ことり「罪の無い人たちをたくさん殺すなんて、そんなの絶対に駄目だよ」

ことり「どれだけの人が悲しむか、海未ちゃんには解るでしょ?」

海未「…………っ」

海未「わかり、ますよ」

海未「大切な人が死んだ時の悲しみなんて、痛いほどに」

海未「ですが、それでも……」

海未「私の信念は変わりません!」

海未「ここを出て、穂乃果を止めます!」

ことり「……説得はできないかぁ」

海未「もう一度言います、ことり」

海未「ここから出してください」

海未「私は貴女を傷つけたくありません」

海未「ですが、もし出してくれないのであれば」

海未「少しだけ……痛い思いをするかもしれません」

ことり「痛い思い……ね」

ことり「海未ちゃんは一つだけ勘違いをしています」

海未「え?」

ことり「だってさ……」

ことり「ことりは、海未ちゃんより強いんだもん」

ことり「《トリッククロック・フェアリー》!」

海未「っ!?」

鍛え抜かれた身体が警鐘を鳴らし、咄嗟に地面を蹴って身を逸らすと、肩に鋭い痛みが走る。

さっきまで立っていた場所にはことりが立っており、右腕があった位置を、ことりの右手が貫いていた。

ことり「今のを躱すなんて、流石海未ちゃん」

海未の視界は、ことりの姿を捉えることができなかった。

初期動作から攻撃まで、何も見えなかったのだ。

その事実に、海未の身体が自然と臨戦体勢に入る。

ことり「ことりね、実はちょっとだけわくわくしてるの」

ことり「今まで、海未ちゃんと喧嘩なんてしたことなかったから」

ことり「だから、ね」

ことり「簡単に倒れちゃ嫌だよ、海未ちゃん!」

視界から消えることり。

いや、消えたわけではなない。

目を凝らした海未には、ことりの動きが少しだけ見えていた。

海未「っ!?」

左足に走る激痛と共に、前のめりに崩れる体勢。

危険だと頭でわかっていても、体はそれに追いつけない。

ことり「はぁっ!」

海未「がっ!?」

左脇腹に突き刺さる鈍い痛み。

倒れそうになる体をなんとか持ちこたえさせ、さっとことりから距離をとる。

海未「……高速移動、ですか」

ことり「うん、大正解」

自分の動きを加速させる技。

単純であるが、それゆえに対応が難しい。

目で追いきれない速さでは、いつクリーンヒットをもらってもおかしくはない。

だが、負けるわけにはいかない。

ことり「ふっ!」

再び消えることりの姿。

その動きに合わせて、海未はゆっくりと身構える。

海未「そこっ!」

目を凝らすと辛うじて捉えることができた動き。

迫り来る掌底を左手で逸らせ、そのままことりの右腕を掴む。

海未「捕まえましたよ、ことり」

動きが速いのであれば、捕まえてしまえばいい。

後は完全に抑え込めば海未の勝ちは決まる━━━━だが、ことりの顔はずっと笑顔のままだ。

ことり「捕まえられたのは、海未ちゃんのほうだよ」

気持ちの悪い浮遊感。

気づいた時には海未の体はことりの真上を過ぎ去り、逆側の地面へと叩きつけられた。

海未「ぐっ!?」

ことり「ことりは、あの時とは違う!」

圧倒的な速さ。

海未が腕を掴んだのを利用して、ことりは海未を投げたのだ。

倒れた体を蹴り上げられ、どさりと床を転がる。

あちこちが悲鳴をあげる体を必死に持ち上げると、じっとこちらを見つめることりと目があった。

ことり「ことりはもう、海未ちゃんに守ってもらうだけのか弱いお姫様じゃない」

その瞳は、薄暗さを含んだもの。

きらきらと光るだけの、明るい瞳ではなくなっていた。

~~~~~~~~~~~~~~

今日は楽しいピクニック。

ほのかちゃんとうみちゃんといっしょに行くよていだったんだけど、ほのかちゃんがかぜを引いてしまいました。

だから、うみちゃんとたくさん遊んで、今度はほのかちゃんと三人で来ようねって。

そうなるはずだったのに。

うみ「っ……ことり……にげ……」

ことりを守ろうと必死に手を伸ばす海未ちゃん。

目の前にいるのは、大きな男の人。

逃げなくちゃってわかってるのに、体が動いてくれない。

お願い、動いて━━━━

ぐちゅり。

嫌な音と一緒に、お腹に走る鋭い痛み。

悲鳴すらあげることのできない体が、死への恐怖でさらに激しく震える。

どうしてだろうか、目の前の物事がゆっくりと動く。

少しずつ膨らむ男の人の体。

ことりは、このまま死んじゃうんだろう。

本能的にそう悟るけと、どうにもならない。











嫌だ、死にたくない。

目の前の世界が、くるんと暗転した。

ことり「ここは……?」

ことりを殺そうとした人がいない。

海未ちゃんも、兵士の皆もいない。

目の前にあるのは真っ白な空間だけ。

ことり「うっ!? おげ、げぼっ、げっ!」

口から吐き出される血。

剣を突き刺された所からも、激しい痛みと共に洪水のように血が溢れてくる。

ことり「いや……いやっ」

必死に手で抑えても止まらない。

手を真っ赤に染めながら、真っ白な床を紅く色付かせる。

ことり「たすけて……うみちゃん……」

自分を守ると言ってくれた勇敢な騎士。

でも、その声が彼女に届くことはない。

ここには、ことり一人しかいないのだから。

ことり「はぁっ、や、だ、」

ことり「こわい、こんな、いや、」

ぽたぽたと床を濡らす透明な雫。

ゆっくりと近づいてくる死の足音が、少しずつことりの心を蝕んでいく。

ことり「…………え?」

頭に思い浮かんだ言葉。

聞いたことがないはずの言葉を、ことりはゆっくりと口にする。

ことり「《スイートシュガー・リバース》」

ぽたり、と零れ落ちる血が止まる。

これは体の傷を治すものだと、いつの間にかことりは理解していた。

ことり「はぁ……はぁ……」

だが、いつまで経っても治る気配はない。

ことりの能力は、すぐに治せるほど、まだその力は強くないのだ。

ことり「ぅ……ぎ、ぃ……」

だが、激痛だけは収まらない。

お腹を抉られた痛みがずっとことりの体を蝕み続けるのだ。


ーーー
ーー

ことり「やだ、もう、やだ、よ」

治療を開始してから三時間が過ぎた。

体の傷は以前として大きいまま。

全然治ってなどいない。

絶え間無く脳に送られる激痛もずっと続き、ことりは痛みで気が狂いそうになる。

ことり「たすけて、だれか、たすけてよぉ……」

いくら助けを呼んでも、誰も来てくれない。

ここには、ことりを守ってくれる人なんていない。

ことり「もう、いたいの、やだぁ……」

ことり「こんなに、くるしいなら……」

もう、しんでしまいたい。

そっと能力の発動を止めると、堰を切ったようにお腹から血が流れてくる。

もう楽になりたい。

痛みで麻痺した思考は、諦めることを選んだ。

ゆっくりと思い出すのは、皆の笑顔。

世話をしてくれたメイドさん。

いつも挨拶してくれる兵士さん。

ちょっと口うるさい大臣さん。

そして、ことりをいっぱい甘やかしてくれたお母さん。

ことり「ほのかちゃん……」

いつもことりを引っ張ってくれて、ことりの知らない物をたくさん教えてくれる大切な人。

ことり「もういちどだけ、会いたかったなぁ」

あの眩しい笑顔を、もう見ることができない。

だから、最後くらい、思い出の中で━━━━












『かならずあなたをわるものから守ってみせます』

ことり「え……?」

目を閉じた時に聞こえてきたのは、あの時の約束。

ことりのことを守れなかった、うみちゃんの言葉。

ことり「いや……いやっ!」

もしも、ことりがこのまま死んだらうみちゃんはどう思うのだろうか。

ことり「やだ、やめて、かんがえたくない!」

責任感が強い彼女のことだ、ことりが自分のせいで死んだって、自分をいっぱい責めるだろう。

ことり「おねがい、やめて……」

もしかしたら、責任を感じて自殺してしまうかもしれない。

ことり「や、なの……もう、いや……」

それじゃあ、ことりはどうすればいいのか。

ことり「もう、いたいの、いや、なのに……」

ことりが、生きればいい。

ことり「……《スイートシュガー・リバース》」

地獄の日々が、幕を開けた。


ーーー
ーー

ことり「…………」

ことり「…………ぁ」

ことり「ここ、どこ……」

ことり「なんで、ことり……」

ことり「……あ」

ことり「ことり、生きて……る?」

ことり「あはは……やった、よ」

ことり「ことり、がんばって、たえっ……」ポロポロ

~~~~~~~~~~~~~~

ことり「ことりは、誰かに守ってもらう必要なんてない」

ことり「ことりはもう、一人で生きていけるんだから」

決意に溢れた言葉。

だが、海未の耳には、それが悲痛な叫びに聞こえた。

海未「……ことり」

ことり「なに?」

海未「騎士の条件とは、なんだと思います?」

ことり「…………?」

海未「あの時、ことりを守れなかった私が言っても説得力はいでしょう」

海未「ですが、一つだけ確かなことがあるんです」

ことり「……それは?」

海未「主君よりも、強いということです!」

海未「《片時雨》!」

出現する巨大な水の塊。

そこから千切れた無数の矢が、ことりへと迫る。

ことり「そんなの、効かないよ!」

ことり「《ハッピーワールド・クリア》!」

忽然と姿を消す水。

ことりの前では、飛び攻撃など無意味なのだ。

海未「でしたら……《村時雨》!」

先程とは違い、小さな水の塊が大量に空中へと現れる。

一つでも消し損えば、水の矢がことりへと襲いかかるだろう。

ことり「考えたね……だけど!」

ことり「《ハッピーワールド・クリア》!」

拡散的に散らばる雨の矢が地面へと降り注ぎ、水溜りをつくる。

だが、ことりへと近づいた矢は、全て途中で消えてしまう。

海未「これは……」

ことり「無理だよ、海未ちゃんの攻撃は、ことりには通じない」

海未「《霧雨》!」

ぶわっと現れた大量の水が霧となって視界を遮る。

ことり「通じないって言ってるでしょ!」

ことり「《ハッピーワールド・クリア》!」

目の前の水が一瞬にして消え失せる。

だが、そこに海未の姿はない。

ことり「何処っ!?」

動いたようには見えなかった。

でも、ことりの視界からは消えている。

ことり「っ!」

気配を察知して振り返ると、そこにはこちらに飛びかかってくる海未の姿があった。

ことり「っ……どうやって……!」

あの一瞬でことりの後ろに回り込むなんてできるはずがない。

それこそ、瞬間移動でもしない限り。

振り払われた海未の手刀をすんでの所で回避し、後ろへと距離をとる。

海未「《氷雨》!」

逃さないと言わんばかりの追撃。

海未の手元から放たれた雹の弾丸がことりへと迫る。

ことり「遅い!」

直線状に飛ぶ雹を右へと逸れて躱す。

海未から十分に距離を取り体勢を立て直す。

ことり「ふふ、残念だったね、海未ちゃん」

ことり「今のはちょっとだけおし━━━━」

海未「はぁっ!」

目の前に迫る海未の体。

予備動作も無しに、海未はことりの前へと一瞬で移動したのだ。

ことり「っ!?」

海未は、自分の能力で生み出した水でできた水溜りの上に瞬間移動ができる。

例え自分が何処にいても、何をしていても、水溜りがあれば、一瞬の内に。

だが、ことりはそれを知らない。

だから、不用意に水溜りへと近づいてしまう。

ことり「まだっ!」

だが、ことりの速さは健在だ。

いくら海未が不意打ちをしようとしても、気づいてしまえば問題ない。

海未「いえ、終わりですよ」

海未「《戻り梅雨》!」

ことり「なにを……ごぼっ!?」

口元から溢れてくる水。

急に現れた水に息が詰まり、思考が一瞬途切れる。

海未「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

それを見逃すほど、海未は甘くない。

強い衝撃と一緒に、ことりは地面へと押し倒された。

海未「私の勝ちですよ、ことり」

倒れたことりの上に馬乗りになる海未。

両腕を抑えられ、ことりは抵抗することができない。

ことり「……そっか、ことり、負けちゃったんだ」

ことり「やっぱり、海未ちゃんは凄いなぁ……」

負けたというのに、なんだか嬉しそうにそう呟くことり。

海未は、そんなことりを悲しそうに見つめるだけ。

ことり「ねぇ、最後のって、どうやってやったの?」

ことり「周りは警戒してたつもりだったんだけど」

海未「……私が出した水を、戦闘中に少しずつ蒸発させていったんです」

海未「そして、その空気を、ことりは吸ってしまった」

海未「最後の技は、それを元の水へと戻すものです」

ことり「……なるほどね」

ことり「ふふ、ことりの完敗だよ、海未ちゃん」

海未「ことり、この空間から出してください」

海未「私は、穂乃果を止めなくていけません」

ことり「……いや」

海未「ことり!」

ことり「……そんなに、ここから出たいの?」

海未「……ええ」

ことり「……それなら、脱出する方法を教えてあげる」

ことり「それはね……」

ことり「ことりを殺すこと」

海未「え……?」

ことり「ことりを殺せば、この空間は無くなって、海未ちゃんは元いた場所に帰れるよ」

海未「何を、言って……」

ことり「本当だよ」

ことり「穂乃果ちゃんに追いつきたいなら、ことりを殺すしかないの」

海未「なんで、そんな冷静でいられるんですか……」

海未「自分の言ってることがわかってるんですか?」

海未「死んでしまうかもしれないんですよ……?」

ことり「……うん、いいよ」

ことり「海未ちゃんになら、殺されても」

海未「っ!?」

ことり「ことりはね、元々あそこで死ぬはずだったの」

ことり「でも、海未ちゃんのおかげで生き延れた」

ことり「海未ちゃんが守ってくれたから、ことりは生きてるの」

海未「私は、守ってなんて……」

ことり「ううん、守ってくれたよ」

ことり「『死にたい』って気持ちを、いつも『生きたい』って気持ちに変えてくれて」

ことり「お節介なくらい、ことりを励ましてくれた」

ことり「だから、いいよ」

ことり「海未ちゃんになら、ことりの命、あげる」

海未「……っ、ぁ」

ゆっくりとことりの首元へと手がかかる。

海未「わ、私は……どうしても……」

殺しても、復活させてもらえばいい。

だから、海未ちゃんはきっとことりを殺すだろう。

海未「こと……り……」

首を伝う暖かい感触。

覚悟をするようにそっと目を閉じる。

前とは違って、死への恐怖はない。

ただ、ちょっとだけ、ううん、とっても悲しいかも。

首にかかる力が強くなる。

今度こそ、本当にさようなら。














海未「できるわけ、ないじゃ、ないです、かぁ……」ポロポロ

ことりの肌を伝う暖かい雫。

ぽつん、と落ちてきてはつーっと肌を辿って地面を濡らします。

海未「なんで、なんで、そんな、こと、言うん、ですか」

海未「私が、今まで、どんな、気持ち……で……」

ことり「…………」

海未「最低、です……貴女は、最低……です」

海未「せっかく会えたのに、生きてて、嬉しかったのに」

海未「死んでもいいなんて……言わないでください……!」

ことり「……海未ちゃん」

人前では決して泣かないはずの海未。

その少女が、今はことりの目の前で涙を流している。

あの時から閉じ込めた悲しみを全て吐き出すように、溢れて止まらない涙。

ことり「……ごめんね、海未ちゃん」

そっと抱き寄せると、胸の中で赤ちゃんのように泣きじゃくる。

海未「わたし、の、まけです、よ」

海未「こんなの、さいしょ、からぁ」

ことり「……うん」

海未「ことり、ほんとに、いきてて、よかった……」


ーーー
ーー

ことり「落ち着いた?」

海未「……はい、ありがとうございます」

海未「それで、これからどうするんですか?」

海未「ここにいる以上、私はことりに従うしかありませんので」

ことり「うーんとね……」

ことり「《ミッシング・ダイアリー》」

空間の中に映し出されのは、絵里と対峙する穂乃果の姿。

ことり「とりあえず、穂乃果ちゃんを応援しよっか」

~~~~~~~~~~~~~~

亜里沙「お姉ちゃん!」ダキッ

絵里「ふふ、どうしたの、亜里沙」

亜里沙「お姉ちゃん、王宮の騎士試験に合格したって本当?」

絵里「あら、どうして知ってるの?」

亜里沙「お父さんに聞いたの!」

絵里「ふふ、黙っておいてって言ったのに、しょうがないんだから」

亜里沙「むー、亜里沙にも内緒にしておくつもりだったの?」

絵里「後で驚かせようとしただけよ、怒らないで」ナデナデ

亜里沙「えへへ///」

絵里父「絵里、いるか」

絵里「はい、ここに」

絵里父「今回は良くやったな、絵里」

絵里父「最年少での合格だ。私の鼻も高いぞ」

絵里「それを言うのは四回目よ」

絵里父「おや、そうだったか?」

絵里父「まあいいではないか」

絵里「それで、どうかしたの?」

絵里父「今度皇帝が直々に顔を見たいらしくてな」

絵里父「家族も連れて是非来てくれ、ということだ」

絵里「…………」

絵里父「油断はするなよ」

絵里父「我々絢瀬家は、独裁政治に反対する貴族の中でも高い地位を持っている」

絵里父「だからこそ、奴が私たちを歓迎することはない」

絵里「……ええ」

絵里「でも、まさか王宮の中では仕掛けてこないでしょう」

絵里父「ああ……そうだな」

亜里沙「?」

絵里「ふふ、ごめんね亜里沙、難しい話をして」

絵里「今度、王宮に一緒にいきましょう?」

亜里沙「いいの!?」

絵里「ええ、もちろんよ」

亜里沙「わぁ……一回見てみたかったの」

亜里沙「どんなとこなんだろうなぁ」


ーーー
ーー

ーーーー王宮

亜里沙「ハラショー……」

亜里沙「凄い大きい!」

亜里沙「お姉ちゃん! 床がツルツルしてる!」

絵里「亜里沙、落ち着いて」

絵里「私たちの家も同じようなものでしょ?」

亜里沙「……そうだった!」

「……絢瀬様ですね?」

絵里父「ああ、そうだ」

「皇帝陛下がお待ちです。どうぞ、お二人だけで来てください」

絵里父「妻と娘はどうする」

「どうぞ待合室の方で寛いでいてください」

絵里父「とのことだ。絵里、いくぞ」

絵里「はい」

絵里「それじゃあ亜里沙、また後でね」

亜里沙「はーい」

スタスタスタ

絵里父「ご機嫌うるわしゅう、皇帝陛下」

絵里「…………」

皇帝「……面を上げよ」

絵里 スッ

皇帝「先の試験は私も見せてもらった」

皇帝「その齢にしてその力量、大層見事である」

皇帝「これからは王宮の騎士として名に恥じぬ行いをせよ」

絵里「はっ! 畏まりました!」

絵里(これが皇帝……)

絵里(噂では極悪非道な人物と聞いたけど……)

皇帝「時に、絢瀬の党首よ」

絵里父「はっ」

皇帝「お主は、まだ我に反抗する気か?」

絵里父「いえ、そのようなことは決してございません」

絵里父「しかし、独裁政治を行った国は長続きはしません。それは歴史が証明をしております」

絵里父「国家繁栄のため、何卒ご一考頂ければと」

皇帝「ふん……そうやって貴様が反対しているから、下々の奴らも調子ずく」

皇帝「今なら重く取り立ててやるぞ?」

絵里父「…………」

皇帝「ふん、強情な奴だ」

皇帝「ならば、荒っぽい手段をとるしかないな」

絵里父「……?」

皇帝「おい、連れてこい」

絵里父「な、何を……!?」

絵里「なっ!?」

ゆっくりと連れて来られたのは、縄で縛られた亜里沙。

両側を兵士に挟まれ、無理やり歩かされている。

絵里父「こ、これは一体……」

皇帝「よく聞け皆のもの!」

皇帝「こいつは先程、不敬にも私の命を狙った!」

皇帝「よって、死刑を宣告する!」

絵里「何を言って……亜里沙がそんなことするわけありません!」

絵里父「貴様……」ギリッ

皇帝「ふん、素直に言うことを聞いておればいいものを」

皇帝「さあ、反逆者共を捕らえろ!」

亜里沙を人質にされては、抵抗することもできない。

絵里達は捕まり、暗い地下牢へと送られた。


ーーー
ーー

皇帝「今から、私の命を狙った反逆者の処刑を始める」

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

皇帝「こやつらは自分達の地位を利用して王宮に潜り込み、私を殺そうとした!」

皇帝「逆らう者には死を!」

「「「「死を!!!!」」」」

皇帝の言葉に合わせて言葉を返す市民。

絵里はその光景を絶望的な表情で見ていた。

皇帝「それでは、まずは一人目」

「おら、歩け!」

亜里沙「づっ……」

足に重りを付けられ、手枷をされたまま無理やり歩かさせられる亜里沙。

その表情からはいつもの笑顔は消えていて、体のいたるところに痣がつけられている。

絵里「いや! やめて! 亜里沙は無実よ!」

「うるせぇ人殺し!」

「死ね!」

弁明は何の意味ももたない。

石を投げつけられ、絵里の体に小さな傷ができる。

絵里「いや……亜里沙……」

こつんこつんと階段を登って、断頭台へとゆっくりと固定される亜里沙の体。

恐怖を体験させるためであろう、絵里の位置からも顔が見られるようになっている。

そこに映っていたのは、紛れもない恐怖。

集まった全ての人間が亜里沙を敵と呼び、殺せという。

狂った世界。

こんな奴らを守るために、私は今まで必死に頑張ってきたというのか。

皇帝「さあ、それでは始めようか」

皇帝「一人目の断罪を」

皇帝「何か言い残すことはあるか?」

亜里沙「…………はい」

皇帝「そうか、それでは言うといい」

皇帝の言葉に静まりかえる民衆。

奴らは待っているんだ、亜里沙が命乞いをするのを。

それを見て、楽しもうとしているんだ。

泣き叫ぶ表情を。

亜里沙「…………お姉ちゃん」

皇帝「…………?」

だが、亜里沙はそんなことはしない。

そっと名前を呼ばれて亜里沙の方を見ると、必死に笑顔を作る亜里沙と目があった。

亜里沙の瞳はこんな状況でも優しく、少しだけ、温もりが分けられた気がして。

亜里沙の唇が、そっと言葉を紡ぐ。

亜里沙「……大好きだよ」

にっこりと微笑む亜里沙。

今までで一番可愛くて、愛らしい、心からの笑顔。

その表情に惹かれるように、絵里の口も自然と動く。

絵里「私も……亜里沙のこと━━━━」

ガチャ

ずぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!!

飛び散る血飛沫。

絵里の言葉は、誰にも届くことはなかった。

絵里「ああああああああああああああああああああああああ!?!!?!?」

皇帝「美しい姉妹愛だ」

皇帝「皆のもの、面白い物が見られたな」

「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

「ははは、みんなの前で告白するほどお姉ちゃんが好きなのか!」

「流石、犯罪者はやっぱり狂ってますね」

「あいつの面見たか? 最高だぜ!」

絵里「っ……ああああ!!!」

絵里「殺してやる! 全員、殺してやる!!!」

「うるせぇ、死ぬのはてめーだろ!」ゴスッ

絵里「うぐっ!?」

「さぁて、次はどいつにするかな」

「お姉ちゃんは最後までとっておいてやれよ」

「そうだな、それじゃあ次はおっさんだな」

絵里父「…………」キッ

絵里父「むぅん!」

「なっ、うわっ!?」

近づいてきた兵士に飛びかかり、武器を奪う。

そのまま器用に手枷を壊すと、絵里の鎖も破壊した。

絵里父「絵里、逃げろ」

絵里「っ……私は、亜里沙の仇を……」

絵里父「ああ。だが、今は無理だ」

絵里父「力を手に入れろ。そして、いつか奴を討ち果たすのだ」

絵里「でもっ!」

絵里父「いいからいけ!道は私が作る!」

ごっと斧を振り回して民衆の中へと突っ込むと、大きく道が開く。

絵里父「今だ、早く!」

絵里「やだ……亜里沙……」

絵里父「絵里ッ!」

絵里「ッ!?」

父の言葉に押されるように、ばっと空いた空間へと飛び込み、がむしゃらに走る。

後ろを振り向かずに、前だけを見て。

ひたすら、自分の無力さを噛み締めながら。

絵里母「私たちが、でしょ?」

絵里父「……すまんな、お前まで巻き込んで」

絵里母「気にしていないわ」

絵里母「夫の晴れ舞台に付き合うのも、妻の務め」

絵里母「あの子のために、思う存分暴れましょう」

絵里父「……ああ」

向かってくるのは多数の兵士。

皇帝は、その光景を見て、ただ笑うのみ。

絵里「はぁ……はぁ……」

どれだけ走ったかわからない。

知らない道を、誰にも見つからないように、追いつかれないように、三日三晩走り続けた。

どさりと地面に倒れこむ。

体はもう言うことを聞かない。

こんな山奥では、助けてくれる人なんていないだろう。

いや、元から私を助けてくれる人なんていないか。

まだ何も復讐できていないというのに、ここで死んでしまうのだろうか。

段々と重くなった瞼を閉じながら、絵里はこの世界を呪った。

~~~~~~~~~~~~~~

絵里「私は、あの国を滅ぼす」

絵里「父を、母を……」

絵里「そして、亜里沙を」

絵里「嘲笑って、貶して、殺して」

絵里「尊厳を踏み躙ったあいつらを」

絵里「私は、絶対に許さない」

絵里「だから、貴女に邪魔をされるわけにはいかないのよ」

穂乃果「…………」

絵里「よくここまで来られたわね」

穂乃果「皆が頑張ってくれているおかげだよ」

絵里「そう……」

穂乃果「ねぇ、やめようよ、こんなこと」

穂乃果「こんなことしても、誰も喜ばない」

穂乃果「私たちは言葉が通じていて、きちんと話せばわかりあえるはずです」

穂乃果「だから、戦う必要なんか━━━━」

絵里「……偽善者」

絵里「この世界には、貴女のような偽善者が多すぎるッ!」

ごぅん、と穂乃果へと迫る絵里。

素早く繰り出されるパンチを、穂乃果は正確に受け止める。

絵里は常に動きながら穂乃果へと攻撃を行い、その速さと手数に穂乃果は防戦一方になる。

穂乃果「っ……う!?」

がくん、とよろける体。

段々と体中が思うように動かなくなり、手足のだんだんと感覚が消えていく。

絵里「人間は解りあえたりしない!」

絵里「そんな風にできてなんかいたりしないッ!」

絵里「何も知らないくせに……知ったような口を聞かないでッ!」

ゆらゆらと動いたかと思うと、ぐっと距離をとる絵里。

その直後、凄まじい加速と共に穂乃果へと迫る。

穂乃果「っ!」

だが、わかっていても体は動かない。

がら空きになったお腹へと絵里の拳が突き刺さる。

穂乃果「がぁぁぁっっぎっっづぅ!?」

どたどたと地面を転がる穂乃果。

激しい痛みに負けないように体を起こそうとするが、ピクリとも動いてくれない。

絵里の攻撃には電撃が不可されており、攻撃を受け止める度に末梢神経が障害され、次第に手足の自由が奪われていく。

絵里の攻撃を素手で防御すればするほど、彼女の思うがままということだ。

絵里「……やっぱり、期待外れね」

絵里「所詮貴女も、口だけの人間だったってこと」

絵里「苦しまないように、せめて最後くらい楽に死なせてあげるわ」

ゆっくりの穂乃果の前に立つ絵里。

穂乃果はその光景に唇を噛むことすら許されない。

穂乃果(死ぬ……)

穂乃果(私が死ぬ……)

穂乃果(何にもせずに、このまま……?)

穂乃果(皆が頑張ってるのに……私だけ、何もせずに……)

穂乃果(そんなの、絶対に駄目)

穂乃果(ここまできて……)









穂乃果「死ねるかぁぁぁぁぁぁ!」

絵里「っ!?」

穂乃果の胸を貫いた筈の絵里の抜き手は、空を切る。

そこにあるはずの、穂乃果の体を通り抜けて。

絵里「っ!」

咄嗟に自分の体を雷と化して距離をとると、穂乃果の周りが熱を帯び始めたことに気づく。

いや、それだけじゃない。

絵里「どうして、立って……」

体の動きを封じた筈の穂乃果が、立ち上がっている。

穂乃果が体を炎にしたことで、活動電流による神経伝達という概念が消失しため、穂乃果の体は自由に動くようになったのだ。

だが、驚きは一瞬。

すぐに思考を切り替えた絵里は、すかさず穂乃果へと追撃を開始する。

穂乃果「はぁっ!」

絵里「ふっ!」

ぶつかりあう炎と雷。

穂乃果は軸足へと放たれた蹴りを躱すとお返しにと右ストレートを繰り出す。

絵里「甘いッ!」

まっすぐ向かってくる拳を左手で受け止めると、腕を引いて穂乃果の体勢を崩し、胸元に肘を叩き込む。

穂乃果「ぐっ!?」

重い痛みによろめくが、絵里は穂乃果の手を離してはくれない。

そのまま追撃をしようと、より一層力を込める。

穂乃果「爆発ッ!」

ぼん、と大きな音と一緒に起こる爆発。

絵里は咄嗟に手を離し、その隙に穂乃果はさっと絵里と距離をとる。

最初と同じように、押され気味な穂乃果。

体の麻痺は無くなったと言っても、やはり手強い相手には違いない。

絵里「……なかなか粘るわね」

絵里「いいわ、それならお終いにしてあげる」

すっと拳を構える絵里。

あたりからばちばちっと電気が弾けたような音が起こり、空気を電流が走る。

絵里「『紫電一閃(オストラ・モールニア)(Острая молния)』!」

迸る稲妻。

一瞬にして限界にまで加速された拳が、穂乃果の体へと突き刺さり、巨大な衝撃と共に吹き飛ばす。

穂乃果「あっ……ぐ……」

絵里「……殺すつもりだったんだけど、ね」

穂乃果は当たる直前、咄嗟に両腕を交差して後ろに飛び、衝撃を和らげたのだ。

だが、それでもダメージは凄まじい。

炎になっていなければ、体が消し飛んでいただろう。

絵里「まあでも、もう満身創痍には違いなさそうだけどね!」

絵里は油断をしない。

すぐに決めようとはせず、さっきと同じように、速さで撹乱しながら攻撃を繰り出す。

穂乃果「く……ぅ!」

さっきの攻撃のせいで、思うように反撃ができない。

防戦一方。

このままでは、確実に負ける。

何か、逆転する方法を考えないと。

穂乃果(…………!)

必死に攻撃を受け止めながら考える穂乃果の前を、光の筋が通る。

絵里が通り過ぎた後に、一瞬だけ残るみたいに。

これだ。

出来るかどうかはわからない。

でもやるしかない。

絵里の右ストレートをガードすると、同じようにさっと身を翻して絵里は穂乃果との距離をとる。

その瞬間、穂乃果は目の前に残された一筋の光を握り締めた。

絵里「っ!?」

がくん、と動きが止まる絵里。

過去に雷化した絵里に触れることが出来た者など、誰一人いなかった。

だからこそ、何が起きたのかを理解できない絵里は一瞬反応が遅れてしまう。

穂乃果「雷を、握り潰すようにぃぃぃぃぃ!!!」

ようやく掴んだ希望の光。

穂乃果はそれを全力で手繰り寄せ、絵里を自分の方へと引き寄せる。

それに対応できない絵里は、穂乃果の方へと吸い寄せられる。

穂乃果「解放! 全開!」

体に秘める力を、全て拳に、熱に、炎に。

穂乃果「マキシマムゥゥゥゥゥゥゥストラァァァァァァァァァァイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

ごっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

無防備な絵里へとめり込んだ拳は大爆発を起こし、絵里の体を宙へと舞いあげた。

穂乃果「はぁ……はぁ……」

完全な直撃。確かな手応え。

勝ちを確信した穂乃果が絵里のところに向かおうとすると、絵里の体がピクリと動いて、ゆっくりと起き上がる。

絵里「うっ……げほっ、ごほっ」

絵里「やってくれるじゃない……」

さっきまでの余裕の表情は眉を潜め、その瞳は怒りに満ち溢れている。

絵里「もしかして、今ので終わりと思ってないでしょうね……」

絵里「私は、あんなのでやられるほど、甘くはないわよ!」

絵里が手を翳すと、空中から稲妻が迸り、穂乃果を襲う。

穂乃果「っ!」

重い体に鞭をうち、すんでのところでそれを躱す。

だが、一撃だけでは終わらない。

二撃、三撃、と次々に落雷が穂乃果へと迫る。

絵里「上ばかりに気を取られている暇はないわよ?」

絵里の声に振り向くと、穂乃果を目掛けて飛んでくる岩の弾丸が目に映る。

穂乃果「くっ!」

飛び退いて躱すと、ごおんと地面を抉る岩。

普通の岩なら、あたっても問題はない。

しかし、この岩は電気を帯びている。

当たったら、ただではすまないだろう。

さっきの一撃をもらった絵里は、接近戦を危険だと考えて、遠距離戦へと戦術を変えた。

雷を落とし、帯電させた岩を飛ばす。

これらの動作を同時に行いを、手を触れずに多数の波状攻撃をしかける。

穂乃果は辺りに炎を撒き散らして絵里の攻撃に対応するが、手数の多さに追いつかない。

そして、穂乃果の炎を軽々と躱しながら、近づかれないように距離を取り続ける。

絵里の優位は揺るがない。

このままいけば、いずれ穂乃果の体力は限界になるだろう。

しかし、絵里は焦っていた。

一方的だと思っていた戦いを穂乃果は一度覆して見せたから。

もしかすると、まだ奥の手を隠しているのかもしれない。

だから、早く倒してしまわないといけない。

絵里にそう思わせるほど、穂乃果のさっきの攻撃は絵里に恐怖を与えたのだ。

だが、穂乃果は倒れない。

躱して、弾いて、体をかすめて。

ボロボロになりながらも、絶対に倒れない。

そんな姿が、絵里をますます焦らせる。

絵里「それなら、一撃で沈める!」

ばちばちばちっ!

辺りの空気が全体が電気を帯びたように、鋭さを増す。

手を前へと翳す絵里。

その前に、夥しい粒子が溢れ出す。

穂乃果「!」

待っていた転機。

相手が大きな隙を自分から作った。

ここしかない。

彼女に勝つためには。

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

纏う炎を、熱く、大きく。

一撃で彼女を倒せるように。

己の全てを、燃やして、穂乃果は空へと跳ぶ。

絵里「消えなさいッ!」

絵里「《雷霆万鈞(ピリヴョルノテ・シヤーニェ)
(Перевернутый сияние)》!」

ぎゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんん!!!

放たれた巨大な粒子の奔流。

それは、反物質粒子砲。

全てを消滅させる悪魔の輝きが、穂乃果へと迫る。

穂乃果「燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

穂乃果「烈火! 流星!」

全てを焼き尽くす灼熱を身に纏い、絵里へと目掛けて急降下をする。

穂乃果「メテオォォォォォォォォインパクトォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

全ての力を、粒子の波へと叩きつける。

絵里「あああああああああああああ!!!!」

迫り来る穂乃果を近づけないように、体の力を全て振り絞ってエネルギーを供給する。

反動でずるずると後ろに下がる体。

だんだんと力が抜けていくのがわかる。

穂乃果「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

迫り来る粒子を、炎を盾に引き裂いていく。

体に触れれば消滅してなくなる。

だが、ここでのうのうと引き下がるわけにはいかない。

ほのえり「「負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんんんん!!!!

耳を劈く激しい爆音。

力と力のぶつかり合いが、大爆発を引き起こした。

絵里「うっ……ぁっ……」

爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた絵里は、倒れそうな体を必死に起こし、穂乃果の姿を探す。

ゆっくりと散っていく砂埃。

その開けた視界には、地面に倒れた穂乃果の姿があった。

穂乃果「…………ぁ」

穂乃果の体は動かない。

炎のおかげで衝撃は和らげられたものの、爆心地のすぐ側にいたせいだろう、体全体が焼け爛れたように痛い。

体力を使い果たしたせいか、炎化はすでにとけてしまっている。

負けた。

止められなかった。

悔しさが、不甲斐なさが、全身を駆け巡るが、体は動いてはくれない。

絵里「はは、勝った……私は、勝ったのよ」

絵里「これで、邪神は復活する……!」

絵里も既に満身創痍だが、それでも体を動かすことはできる。

自分の勝利にほっと気を緩めてしまう絵里。

だからこそ、彼女は気づけなかった。

迫り来る、足音に。

「そうね。だからもう、貴女は必要ないわ」

ぐちゅっ!

絵里「かっ……はっ……」

ぴちゃん、と穂乃果の頬にかかる暖かい液体。

絵里の胸が、後ろから貫かれたのだ。

絵里「そん……な……」

全身の力が抜けたように膝を着くと、ゆっくりと地面へと倒れ込む。

それにより穂乃果の視界に絵里を貫いた人物が映る。

それは、穂乃果のよく知る人。

そして、絶対にここにいないはずの人物。

理事長「これで、全ての準備が整った」

今回はここまで

穂乃果「女王……様……」

理事長「久しぶりね、高坂さん」

理事長「ここまでやってくれるなんて、本当に貴女は優秀だわ」

穂乃果「どうして、ここに……」

理事長「それは言わなくてもわかると思いますよ」

理事長「邪神を復活させるため……とね」

穂乃果「なん……で……」

穂乃果「だって、復活を阻止するために……私たちを……」

理事長「ああ、それは嘘ですよ」

理事長「本当は、貴女たちに潰しあってもらいたかったです」

理事長「忌々しい賢者共と同じ《能力》を持った貴女たちは、私にとって障害にしかなりませんからね」

理事長「だから何度も貴女たちに助言して、彼女たちと同等に戦えるようにしたんですよ」

穂乃果「…………っ」

絵里「かっ……はっ……」ゴボッ

理事長「おや、まだ息がありましたか」

理事長「やはりこの体ではほとんど力が出せませんね」

理事長「絢瀬絵里、貴女も本当によく頑張ってくれました」

理事長「全ての宝玉を集めるなんて、流石としかいいようがありません」

理事長「貴女に集めさせたのは正解だったようですね」

絵里「え……?」

理事長「まだわからないのですか?」

理事長「貴女に邪神の情報を流したのはこの私ですよ」

理事長「家族を失った怒り……とても良い感情です」

理事長「おかげで貴女はすんなりと信じてくれました」

絵里「っ……全部、貴女の思惑通りだと言うの……?」

理事長「ええ、そうですよ」

理事長「全ては、私の復活のため」

穂乃果「私の……復活……?」

絵里「まさ……か……」

理事長「そう、私が邪神よ」

穂乃果「そんな……だって……」

理事長「もちろん、私は封印されたはずです」

理事長「しかし、私は封印させる時に思念を少しだけ飛ばしました」

理事長「今の私は、その思念が乗り移ったもの」

理事長「無論、力も弱いため、心の強い人間には何もすることができません」

理事長「しかし……心の弱った人間なら、ゆっくり心を蝕んで、私の思い通りに動かすことができる」

穂乃果「……ことり、ちゃん」

理事長「正解ですよ、高坂さん」

理事長「あの事件も、私が引き起こしたものです」

理事長「あの子だけは、先に殺しておかなければいけなかったので」

穂乃果「っ……!」

絵里「……私を、騙していたの……!?」

理事長「いいえ、騙してなどいませんよ」

理事長「約束通り、貴女の願いを叶えてあげましょう」

理事長「この世界を全て滅ぼして……ね」

絵里「っ!?」

絵里「そんなこと、私は、望んでない」

絵里「私は、あの国に復讐して、そして、もう一度、家族皆で……」

理事長「家族……皆……?」

理事長「ふふ、あははははははははは!」

絵里「何が、おかしいのっ!?」

理事長「いえ、とても滑稽だと思ったのよ」

理事長「大切な家族を見殺しにした人間が、家族と一緒にいたいだなんて」

絵里「何を……」

理事長「貴女の家族なら、さっき死んだわよ」

絵里「え……?」

理事長「あら、酷い子ね」

理事長「自分の大切な家族のことを忘れちゃうなんて」

絵里「……のぞ、み?」

理事長「そう、希さんよ」

理事長「最後まで貴女の邪魔をさせないようにと、自分の命を犠牲にしてまで頑張った」

絵里「う……そ……」

理事長「本当は気づいていたんでしょ、こうなることくらい」

理事長「それでも、貴女は大切な家族を死地へと赴かせた」

理事長「貴女の家族への思いは、所詮その程度ということよ」

絵里「ぁ……ぁ……」

理事長「ふふ、でも安心して」

理事長「私が全部壊してあげるから」

理事長「貴女の気に入らない物、全部壊してあげるから」

理事長「だから、おとなしく見ていなさい」

理事長「この世界が終わるところを」

理事長「大丈夫、ちゃんとあの世で再開させてあげるから」

穂乃果「そんなこと、させない……」

穂乃果「復活なんて……」

理事長「ふふ、そんな体で何ができるというの?」

理事長「本当は始末するところだけど、貴女はよく頑張ってくれた」

理事長「だから、見せてあげるわ」

理事長「私が復活するところを」

理事長「世界が終焉へと向かうところをね」

台座へと備えられた九つの宝玉。

それへと手を翳すと、そっと口を開く。

理事長「『解き放て、神の御霊よ』」

理事長「『全てを滅ぼす、終焉の力よ』」

ひゅぃぃぃぃぃぃぃぃん!

輝き出す九つの宝玉。

禍々しい輝きと共に溢れ出す暗黒の瘴気。

理事長「『時は満ちた』」

理事長「『世界よ、終われ』」

ぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!

宝玉が一斉に砕け散ると、激しい轟音と共に世界が暗い闇に覆われる。

「見るがよい、我の真の姿を」

邪神「そして絶望せよ、己の未来を」

穂乃果「そん……な……」

穂乃果の目の前に現れたのは、巨大な化け物。

所々膨れ上がった手足、獰猛な目。

赤と黒で染められた身体は見る者の不安を駆り立てる。

邪神「ふはは、力が溢れるこの感覚、とても心地よい」

邪神「気が変わった、貴様らをためしに殺してみよう」

巨大な手の前に集まる闇の粒子。

球状になった闇の球を、穂乃果へと向かって投げつける。

虚ろな瞳の絵里は、抵抗する素振りを見せない。

ただ、迫り来る死を受け入れるだけ。

穂乃果は必死に避けようとするが、体が動かない。

能力を発動することもできない身体は、足掻くことすらできない。

このままただ殺されるのを待つしかないのか。

だが、穂乃果の目に諦めはない。

だって、穂乃果には。

ことり「《ハッピーワールド・クリア》!」

仲間がいるんだから。

ことり「ふぅ、なんとか間に合った」

穂乃果「あはは……二度目、だね」

穂乃果「ありがとう……」

ことり「ううん、穂乃果ちゃんが無事で良かった」

海未「大丈夫ですか、穂乃果」

穂乃果「ちょっとやばいかも……」

邪神「……貴様、生きていたのか」

ことり「残念だったね?」

邪神「……ふん、生意気な小娘だ」

邪神「だが、今更何ができる」

邪神「たった二人で我に刃向かう━━━━」

ことり「二人じゃないよ」

邪神「なんだと……?」

凛「凄く大きいにゃあ……」

花陽「これが邪神……」

にこ「ま、にこなら余裕ね」

真姫「あんまり調子に乗ってんじゃないわよ」

希「また面倒そうなのがおるなぁ」

ツバサ「ふふ、『伝説』との闘いか……面白そうじゃない!」



邪神「死んだはずのものまで……?」

邪神「貴様、まさか……」

ことり「正解」

ことり「ことりの能力は、死者を生き返らせることもできる」

ことり「あなたが勝ち誇ってお喋りしている間に、ことりは皆を集めてたの」

~~~~~~~~~~~~~~

希「ぷはっ!?」ガバッ

希「あれ、ここは……? うち、何して……」キョロキョロ

凛「…………」キッ

花陽「…………」

希「あはは……死んであの世で再会なんてな」

ことり「残念だけど、ここはあの世じゃないよ」

希「……はじめまして、やね? もしかして、うちまだ生きとるん?」

ことり「うん」

海未「希、混乱しているとは思いますが、今は説明している時間がありません」

希「おっけ、移動しながら把握するわ」

ことり「ほらほら、花陽ちゃんと凛ちゃんも行くよ」

凛「…………」

ことり「……今、穂乃果ちゃんは危険な状態なの」

凛「!」

ことり「それを助けるには、二人の力が必要なんだよ」

花陽「凛ちゃん……」

凛「うん……わかってる」


ーーー
ーー

にこ「げほっ、ごほっ!」

にこ「こ、ここは……? 戦いはどうなったの!?」

にこ「…………ん?」

真姫「…………」ジワッ

にこ「真姫ちゃん……? なんで泣いて……」

真姫「バカ! バカバカバカバカバカバカ!!」

真姫「ご主人様を残して……勝手にいなくなるんじゃないわよ……」ポロポロ

にこ「……ごめんね」ナデナデ

海未「二人とも、感動の再会は後です」

海未「先を急ぎたいのですが」

真姫「あんたは……!」

にこ「……今は味方、ってことね」

海未「はい、その認識でお願いします」

海未「ことり、氷は溶かせそうですか?」

ことり「うん、今からやるね」

ぴきぴきぴき

ことり「え?」

ぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!

ツバサ「よっと!」

ツバサ「ここまで凄い力だとは思わなかった」

ツバサ「おかげで抜け出すのに結構かかっちゃったかな」

真姫「…………」

ツバサ「おや、さっきぶりだね」

にこ「……化け物」

ツバサ「人よりちょっと頑丈なだけだよ」

にこ「何がちょっとよ!」

海未「皆さん、よく聞いてください」

海未「邪神が復活しました」

海未「ですが、絵里の目的は果たされません」

海未「邪神の目的は、この世界を滅ぼすことです」

海未「だから、私たちは邪神と戦い、倒すつもりです」

海未「もしも戦うのが怖いのであれば、無理強いはしません」

海未「この場から、立ち去ってください」

「「「「「……………」」」」」

海未「……ありがとうございます」

海未「ことり、お願いします」

ことり「うん、それじゃあ、行くよ!」

~~~~~~~~~~~~~~

邪神「やはり……貴様はあの時殺しておくべきだった」

ことり「今さら言っても遅いよ」

ことり「ここで、あなたは負ける」

邪神「ほざけ! 貴様らごときに何ができる!」

ことり「ことりは、あなたを倒す手段を知ってるよ?」

邪神「……なんだと?」

ことり「かつて邪神を封印した方法」

ことり「ことりが使えばどうなるかわかってるから、ことりを殺そうとしたんでしょ?」

邪神「…………」

ことり「《スイートシュガー・リバース》」

みるみるうちに傷が治る穂乃果と絵里。

疲労感も全てなくなり、万全の状態へと戻る。

ことり「今からことりは、邪神を倒すための儀式をします」

ことり「だから、それまでの時間稼ぎをお願い」

穂乃果「あいつを、ことりちゃんに近づけさせないようにすればいいんだよね?」

ことり「うん」

ことり「っと、その前に……」

ことり「《ハッピーワールド・クリア》!」

ひゅっと消える女王の身体。

ぴくりとも動かなかったが、邪神に解放されて気を失っていただけだろう。

ことり「さて……と」

海未「ことり」

ことり「ん?」

海未「……私が言っても、説得力はないのでしょうが……」

海未「今度こそ……貴女を……」

ことり「守ってくれるんだよね……?」

海未「!」

ことり「よろしくお願いします、勇敢な騎士様」ペコリ

海未「……お任せください、王女様」

海未「必ず貴女を悪者から守ってみせます」

穂乃果「絵里ちゃん」

絵里「…………」

倒れ込んだままの少女へと声をかけるが、なんの反応もない。

焦点の合わない瞳は、彼女が放心状態であること示している。

穂乃果「……私は、絵里ちゃんの気持ちなんてわかってあげられない」

穂乃果「だって、その悲しさも、苦しさも、全部絵里ちゃんだけのものだから」

穂乃果「でも、それでも、今の絵里ちゃんは間違ってると思う」

穂乃果「だって、まだ何も終わってないんだから」

穂乃果「馬鹿だよ、絵里ちゃんも、海未ちゃんも!」

穂乃果「自分だけで背負い込もうとして、その重さに潰されて、簡単なことに気づかない!」

穂乃果「隣の国の人たちを殺す?」

穂乃果「そんなの、誰も望んでない!」

穂乃果「生き返らせたかった人たちがどう思うかなんて全く考えてない!」

穂乃果「絵里ちゃんの生き返らせたかった人だってそうでしょ?」

絵里「…………」

穂乃果「間違えたのなら、直せばいいんだよ」

穂乃果「一緒に、邪神を倒そう」

絵里「……無理よ」

穂乃果「!」

絵里「私には、もう戦う理由がない」

絵里「ならここで、このまま死んでしまったほうがいい」

絵里「家族を取り戻せないなら、私も生きる意味なんてない」

穂乃果「……意味なんて、後から考えればいいんだよ」

穂乃果「だから━━━━」

穂乃果「生きるのを諦めないでッ!」

絵里「!」

穂乃果「私は、絵里ちゃんともっとお話したい!」

穂乃果「一緒にご飯食べて、冗談言って!」

穂乃果「楽しく遊んでみたい!」

穂乃果「だから生きてよ!」

穂乃果「こんなところで諦めないでッ!」

穂乃果「絵里ちゃんを必要としてる人だっているの!」

穂乃果「その人達のためにも、絵里ちゃんはここで死んだら駄目ッ!」

絵里「…………」

穂乃果「私は、絵里ちゃんのこと、信じてるからね」

そう言うと、仲間のもとへと駆け出す穂乃果。

絵里は、その背中を静かに見送った。

ことり「…………」

そっとことりが目を閉じると、その周りを淡い光が包む。

儀式の始まり━━━━それは戦いの始まりを意味していた。

邪神「あくまでも我に楯突こうと言うのなら……」

邪神「ここで全員消しさってくれようぞ!」

ぎゅおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

邪神の翳した手が光り、凝縮されたエネルギーが薙ぎ払うように穂乃果達へと迫る。

花陽「《荊棘の城塞》(ソーン・プロテクション)!」

凛「『ばりあー!』」

絡み合う荊が穂乃果達を包み込み、それを支えるように固められた大気が荊を覆う。

ごおおおおおおおおおおおおおおん!!!

ビームが荊の壁を直撃し、全てを焼き切ろうとする。

花陽「っ……大丈夫、このくらい! 凛ちゃんと一緒なら!」

凛「ふふっ、凛は強気のかよちんも好きだよ!」

だが、壁が消えることはない。

巨大な力に押しつぶされてなお、城塞は人を守り切る。

邪神「ちぃ……これならどうだ!」

邪神の頭上に出現した無数の隕石。

真っ赤に燃えたそれらが、穂乃果達へと降り注ぐ。

にこ「『乱れ手裏剣』!」

真姫「《煌めく氷晶の槍》(プリズム・ランス)!」

それを迎え撃つのは無数の手裏剣と氷の槍。

それらが迫る隕石達を次々に相殺していく。

にこ「いい!? 一個も通すんじゃないわよ!」

真姫「はっ、誰に向かって言ってんのよ!」

目まぐるしく落ちてくる隕石を、彼女たちは一つも見逃すことなく打ち砕いた。

邪神「ならば手数を増やしてくれる!」

多数の魔法陣が現れ、そこから多数の魔物が姿を表す。

あるものは羽を生やして空を飛び、あるものは骨だけでけたけたと嗤う。

海未「『片時雨』!」

空中から無数の水の矢が降り注ぎ、出現した魔物たちを次々と屍へと変えていく。

海未「穂乃果ッ!」

穂乃果「うん!」

穂乃果「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 燃えろおおおおおおおおおおおお!!!」

穂乃果が腕を凪ぐと、巨大な炎が波となって流れ、触れたものを燃やし尽くしていく。

絵里「なんで……皆頑張るのよ」

絵里「無理よ……勝てるわけないじゃない」

そんな皆を、絵里はじっと眺めているだけ。

敗北の決まった戦い。

相手は世界を滅ぼせるほどの力を持った存在だ。

力の差は圧倒的……例え今は善戦できていたとしても、いずれこの均衡は途絶えるだろう。

そして皆、殺される。

それはもう、決まったことなのだ。

絵里「どうして……」

それなのに、彼女たちは諦めない。

それどころか、更なる闘志を燃やして強大な敵へと立ち向かっている。

希「わからんの?」

絵里「のぞ……み……」

世界から見放された絵里を暖かく迎えてくれた、命の恩人。

たった一人の家族。

絵里「……ごめんなさい」

恩返しをしたいのに、自分は希に迷惑しかかけていない。

今回も、彼女を危険な目に合わせてしまった。

希「いきなり謝るなんてどうしたん?」

絵里「……死んだって、聞いたわ」

希「あー……ま、一回だけやし?」

希「貴重な体験だったわ~」

絵里「…………っ」

絵里「ごめん、なさい……」

絵里「私、いつも迷惑ばかりで……」

絵里「辛い思い……させて……」ポロポロ

希「……それは違うんよ、えりち」

絵里「え……?」

希「家族ってもんはな、迷惑かけるのが当たり前なんや」

希「一緒に困難乗り越えて、それで最後には皆で笑顔になる」

希「だいたい、うちだってえりちにはたくさん恩もらっとるんやで?」

希「一人ぼっちで寂しかったうちの、家族になってくれた」

希「もうな、うちの望みは叶っとるんよ」

希「だからな、えりち、今さら遠慮しんといて」

希「えりちの本当にしたいことはなんなん?」

絵里「私……は……」

思い浮かんだのは、亜里沙の笑顔。

無邪気で、優しくて、ころころと笑う子だった。

もしも亜里沙が、今の私を見たらなんと言うだろうか。

励ましてくれるだろうか。

それとも怒るだろうか。

そんなことはわからない。

だが、一つだけ確かなことがある。





『皆を殺すなんて、そんなの絶対駄目だよ、お姉ちゃん』

ああ、私は馬鹿だ。

なんでこんな簡単なことを言われるまで気づかなかったのか。

いや、それが彼女との差なのだろう。

それを知っていたからこそ、彼女は諦めずに立ち上がれる。

前に進むことができる。

そうだ、まだ終わってなどいない。

今ならまだ、取り返しがつく。

絵里「私は……邪神を倒す!」

絵里「亜里沙が好きだった世界を、守ってみせる!」

絵里「希、力を貸してくれる?」

希「もちろんや!」

どおおおおおおおおおおおん!!

あちこちで起こる爆発。

地面は焼け、抉られ、その姿を黒へと変えていく。

邪神「……しぶといな」

邪神「それなら、一人ずつ消してくれる!」

穂乃果「!」

魔物の中心で戦っていた穂乃果に、漆黒の焔が迫る。

周りに気を取られていた穂乃果は反応が一瞬遅れてしまった。

穂乃果「くっ!」

咄嗟に炎で身体を覆おうとするが、間に合わない。

高速で飛んでくる焔は穂乃果の身体へと━━━━

ばちばちばちばちっ!

邪神「盾……?」

絵里「雷よッ!」

穂乃果の前に現れたのは、雷の壁。

それが焔を打ち消したのだ。

穂乃果「絵里ちゃん!」

絵里「ありがとう、穂乃果」

絵里「貴女のおかげで目が覚めたわ」

絵里「一緒に、邪神を倒しましょう」

穂乃果「うん!」

邪神「小賢しい……雑魚が何人増えたところで、戦局は変わらん!」

希「それがそうでもないんやな」

邪神「なんだと……?」

希「あのなぁ……うち、今相当イラついとるんや」

希「ボロボロのえりち見たときからな、頭に血が登っとるんよ」

邪神「だったらなんだという」

希「よくもうちの家族を弄んでくれたな?」

希「絶対に許さへん」

希「『掛まくも畏き天神』」

希「『禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へ』」

希「『八百万の神等諸共に』」

希「『顕現せよ! 天照大神!』」

ひゅおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

溢れ出る光の粒子が闇の世界を照らし出す。

光の中から現れたのは巨大な女性。

全てを輝き照らす、太陽の神。

邪神「馬鹿な……」

邪神「それは、人の身に余る力」

邪神「あり得るはずが……!」

希「あるんやなぁ、それが」

邪神「貴様……何故今までこれを使わなかった」

邪神「使っていれば、死なずとも……」

希「なんでか? そんなん決まっとるやないか」

希「力が強すぎて、封印されてたあんたが浄化されるとあかんからや!」

天照大神が手を振るうと、光が粒が無数に広がり、邪神へと襲いかかる。

邪神「ぐっ!」

邪神は闇の波動で受け止めるが、防ぎ切れずに体へと突き刺さる。

希「さあ! 全員反撃の時間や!」

ツバサ「それじゃあ、一番乗りをもらおうか!」

地面を駆けて一直線に邪神へと迫るツバサ。

邪神「愚か者が!」

それに気づいた邪神が闇の粒子を打ち出すが、ツバサはそれを全て弾き返す。

ツバサ「この程度……私には通じない!」

邪神「ならばこれならどうだ!」

ごぉっと迫る邪神の右腕。

その巨大な力が、ツバサへと迫る。

ツバサ「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

だが、ツバサは避けない。

迫る拳に目掛けて、己の拳をぶつかりあわせた。

邪神「なん……だ……と!?」

ツバサ「この、てい、どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!

弾かれる邪神の拳。

衝撃に押され、その身体を揺らす。

ツバサ「ふふ、いい拳を持ってるじゃない!」

ツバサ「楽しませてくれそうだ!」

ツバサの顔には、いつもの笑みが広がっている。

凛「かよちん!」

花陽「うん!」

凛の召喚した猫に跨る花陽。

凛を先頭に、邪神へと向かって駆け出す。

凛「はぁぁぁぁぁぁ!!」

迫り来る魔物達をすれ違いざまに切り裂き、道を突き進んでいく。

邪神「はぁっ!」

それに気づいた邪神が、凛達に目掛けて隕石を落とす。

花陽「《白百合の砲台》(リリー・ショット)!」

地面から生えてきた白百合が次々のその花弁を上へと向ける。

花陽「てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

花陽の号令と共に爆音を響かせ、迫り来る隕石をどんどん撃ち落としていく。

花陽「凛ちゃん! 足!」

凛「了解!」

花陽の掛け声と共に進路を足へと向ける。

邪神「小賢しい!」

それに気づいた邪神は足を持ち上げようとするが、それを花陽は見逃さない。

花陽「《縛鎖の蔓》(バイン・バインド)!」

邪神「ちぃ!」

無数に足元へと蔓が絡みつき、動きが制限させる。

振り払おうにも、千切れるたびに新しく生まれる蔓がしつこくて、上手く抜けることができない。

花陽「凛ちゃん! 今だよ!」

凛「うん! 《かまいたち!》」

凛「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

凛の手元へと形成させる風の大鎌。

高速で邪神の足へと迫った凛は、力一杯にその足を切り裂いた。

邪神「ぐおおおおおお!?」

ぐらっと揺れる巨体。

バランスを失った邪神は、どかんと膝を地面へと落とす。

真姫「いい仕事するじゃない!」

真姫「《麗しき湖氷の舞姫》(ビューティフル・マーチ)!」

真姫の前に現れる氷の道。

その上を滑り、真姫は邪神へと迫る。

空中へと続く道を進むと、前を阻もうと翼をもった魔物が真姫を襲う。

真姫「群雀共がうじゃうじゃと!」

真姫「《舞い踊る氷雪の花弁》(スプリーム・フラワー)!」

かちん、と一瞬のうちに凍りつく魔物たち。

真姫の周囲は急激に冷え、氷の雫があたりに煌めく。

邪神「しねぇぇぇぇ!」

倒れた体勢のまま、真姫を握りつぶそうと手を伸ばす邪神。

スピードにのっていた真姫は、今さらそれを躱すことなどできない。

真姫「ふっ」

だが、真姫の顔からは笑みが消えない。

次の瞬間、真姫の身体が闇の中へと消え、邪神の手が空を切った。

にこ「全く、危ない真似するんじゃないの」

にこ「 今の、当たってたら死んでたわよ」

真姫「でも、にこちゃんが助けてくれたでしょ?」

にこ「……はぁ」

にこ「全く、呆れたご主人様よ、あんたは」

真姫「呆れる前に、あいつの動きを止めなさい!」

にこ「はいよ! 『影縫い・千羽鶴』!」

邪神「ぐぅ……!」

分身したナイフが無数に地面を縫い、邪神の身体を固定する。

真姫「《天地揺るがす青氷の剣》(マグニフィック・バスター)!」

空中に出現する巨大な剣。

邪神の腕くらいの大きさを持つ、氷の剣だ。

真姫「冷たい火傷を教えてあげる!」

ずばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

真姫の号令で振り下ろされた剣が、邪神の腕を切断した。

ことり「穂乃果ちゃん! 絵里ちゃん!」

溢れ出る魔物を対処していた二人に、ことりの声がかかる。

穂乃果「ことりちゃん!? 儀式は……!」

眩い光に包まれたことりの姿。

それは、儀式を終えたことを示している。

穂乃果「終わったんだね!」

ことり「うん」

ことり「後は、これを思いっきり邪神にぶつけるだけ」

絵里「それで、私たちはどうすればいいの?」

ことり「二人には、これを邪神にぶつけてほしいの」

穂乃果「私たちに……?」

ことり「うん」

ことり「ことりができるのは、これを作るところまで」

ことり「邪神を倒すためには、強力な一撃と一緒に、叩き込まなくちゃいけないの」

穂乃果「……わかったよ、ことりちゃん」

絵里「やってみせる……必ずね」

ことり「……ありがとう」

ことり「『二人に宿って……希望の光よ』」

ことり「『私たちの想いよ』」

穂乃果「!」

絵里「これは……」

二人を包み込むように湧き出る光。

その一つ一つが暖かくて、優しくて、込められた想いが、勇気が、全身へと伝わってくる。

ことり「……っ」フラッ

穂乃果「ことりちゃん!?」

ことり「大丈夫……ちょっと疲れただけ」

ことり「穂乃果ちゃん、絵里ちゃん」

ことり「……頼んだよ」

穂乃果「うん……いくよ、絵里ちゃん!」

絵里「ええ!」

輝きを纏いながら邪神へと駆ける二人。

それを見つめながら、ことりはゆっくりとその場に崩れ落ちる。

ことり「あはは……流石に疲れちゃったなぁ……」

全ての力を使い果たしたせいか、能力も上手く発動できない。

そんなことりを目掛けて、魔物達がどっと押し寄せるが、逃げることができない。

海未「《氷雨》!」

だが、魔物達がことりへと触れることはない。

大量の雹の弾丸が魔物達を貫き、その機能を停止させる。

海未「大丈夫ですか、ことり」

ことり「うん……ありがとう」

ことり「でも、今はあの二人を助けてあげて」

ことり「あれが成功しないと、邪神を倒すことはできない」

ことり「だから、ことりよりも、向こうを……」

海未「お断りします」

海未「あの二人の道を作りながら、ことりも助けます」

海未「それが……私の、騎士としての役目です」

海未「希!」

希「わかっとる!」

希「邪神の力を増大させとるんは、あの闇や!」

希「それなら……祓ったればええ!」

天照が両手を翳すと、山を覆う闇が薄れ、光が差し込む。

邪神を覆う闇も弱まり、その動きが鈍る。

邪神「ぐぅ……おのれぇぇぇぇ!」

忌々しげに天照を睨みつける邪神。

切断された部位はゆっくりと再生しているが、絶え間無く繰り出される攻撃に対応するせいで、体勢を元に戻せない。

穂乃果「はあっ! りゃぁ!」

絵里「ふっ! やぁっ!」

その視界が、戦場を駆ける炎と雷に気がつく。

魔物を焼き払い、隕石を撃ち落とし、凄まじい速さで自分へと迫る光。

全身が、その光を恐れている。

邪神「やめろ……来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ごおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんん!!!

邪神の口から巨大なビームが二人へと放たれる。

だが、二人は避ける素振りをしない。

ただ、前を見て、まっすぐに邪神へと足を進める。

海未「撃ち抜け━━━━《ラブアロー・シュート》!」

二人の目前へと迫ったビームが真っ二つに切り裂かれ、光の道を作り出した。

穂乃果「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

皆の想いが伝わってくる。

大変でも、辛くても、仲間を信じて、想いを託して。

一人じゃない。

手を伸ばせば、温もりが返ってくるんだから。

そっと手を伝う感触。

そこに込められていたのは、決意。

皆の心を重ね合わせ、紡いでいくための。

穂乃果「絵里ちゃん!」

絵里「穂乃果!」

ほのえり「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


《それは僕たちの奇跡》

邪神「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!?」

溢れ出る光の奔流が邪神へとぶつかる。

邪神「馬鹿な……あり得ん!」

光を受け止めることができず、ゆっくりと消滅していく身体。

邪神「おの……れぇぇぇぇぇぇ!!!」

邪神「人間ごときがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ほのえり「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」

邪神「ぐっ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ひゅごおおおおおおおおおおおおおんんんんん!!!!

迸る輝きが世界を包み込む。

それと共に、邪神は光の彼方へと消し去られた。


ーーー
ーー

穂乃果「これ全部食べていいの!?」

穂乃果「頂きまーす!」パクパク

海未「こら、穂乃果、はしたないですよ」

穂乃果「 ふぁっふぇふぉいふぃいんふぁふぉん」

海未「ああもう、食べながら話さないでください」

ことり「まあまあ、美味しそうに食べてるんだからいいんじゃないかな」

海未「ことりは穂乃果を甘やかしすぎです」

ことり「むー……」

凛「あー! 穂乃果ちゃんばっかりずるいにゃー!」

凛「凛もお肉食べたいのにー!」

穂乃果「んっ……はい、あーん」

凛「あーん……」パクッ

凛「んー! 美味しいー!」

凛「かよちん! こっちのお肉おいし━━」

花陽「ん? どうしたの、凛ちゃん?」モグモグ

花陽「このお米美味しいよぉ」

凛「……凛はこっちのかよちんも好きだにゃー」

真姫「全く……騒がしいと思ったら」

穂乃果「真姫ちゃん!」

真姫「パーティーの主役がご飯に夢中だなんて聞いたことがないわよ」

穂乃果「えへへ、だってお腹空いちゃったんだもん」

にこ「全く……ちょっとは自覚を持ちなさいよ!」

にこ「私たちは世界を救ったんだからね!」

凛「両手にお皿抱えてる人の台詞じゃないにゃー」

にこ「なっ!?」

理事長「皆さん、こんばんは」

穂乃果「女王様!」

理事長「畏まらないでください」

理事長「貴女達には本当に感謝をしています」

理事長「私の心が弱いせいで、邪神に心を乗っ取られ、世界を危険に晒してしまった」

理事長「貴女達がいなければ、今頃民は傷つき、多くの人々が犠牲となったことでしょう」

理事長「改めて、お礼を言わせてください」

理事長「ありがとうございました」ペコリ

穂乃果「……えっと、どういたしまして、でいいんでしょうか?」

理事長「ええ、もちろんです」

理事長「そのお礼も兼ねて、色々用意させて頂きました」

理事長「今日は十分に、楽しんで行ってくださいね」

穂乃果「ありがとうございます!」

穂乃果「…………あれ?」

穂乃果「絵里ちゃんは?」

海未「パーティーの開始にはいたと思いましたけど……」

穂乃果「うーん……」

ワイワイガヤガヤ

絵里「…………」スタスタ

希「何処に行くん?」

希「パーティー会場はあっちやで?」

絵里「……私は、邪神を復活させようとした首謀者よ」

絵里「あそこにいる資格なんてないわ」

希「そっかぁ、それで一人で姿を消そうとしたん?」

絵里「…………」

希「それで、なんでうちまで置いて行こうとしたん?」

絵里「……ここにいれば、希は英雄として幸せに過ごすことができる」

絵里「無理に私に付き合う必要なんてない」

希「……はぁ」

希「なぁ、うちはえりちのなんなん?」

絵里「大切な、家族よ」

絵里「だから━━━━」

希「だったら、置いてかんといてや」

希「離れ離れになるんが、うちには一番きついんよ、えりち」

絵里「希……」

絵里「私がしようとしていること、わかってるの?」

希「うん」

絵里「辛い思いをするかもしれないのよ?」

希「覚悟の上や」

絵里「傷ついて、また死んじゃ━━」

希「大丈夫って言っとるやろ、えりち」ギュッ

絵里「っ!」

希「安心して……うちは、ずっとえりちの側におるから」

絵里「……ありがとう、希」

ーーーー絢瀬絵里

パーティーの最中、忽然と姿を消す。

かつて住んでいた隣国へと戻った絵里は家族のお墓を作り、とある決意を口にする。

数年後、反乱が起こり隣国の独裁政治は終わりを迎える。

新しい統治者となったのは、反乱軍のリーダー。

金色の髪をたなびかせ、民衆を導いた彼女の姿は、聖女として後世へと語り継がれたという。

ーーーー東條希

パーティーの最中、絵里と共に姿を消す。

国を変えようとする絵里を手伝うために隣国へとついて行き、挫けそうになる絵里をいつも励ました。

革命後は国の統治へと尽力し、いくつもの問題を解決する。

忙しい中でも常に笑みは絶やさず、皆を元気付ける少女。

たまに二人でふらっといなくなり、かつて二人で住んでいた家で休んだりもしているらしい。

二人きりでゆったりと過ごすのが、彼女にとっては一番幸せな時間なのだろう。

理事長「……ごめんなさい」

理事長「私の心が強ければ、貴女が死んでしまうことはなかったのでしょうね」

英玲奈「……彼女を殺したのは私です」

英玲奈「責めるなら、私を責めてください」

理事長「……いいえ、これは私の責任です」

理事長「ごめんなさい、あんじゅさん」

理事長「せめて……やすからに眠ってください」

英玲奈「…………」

「あの……」

あんじゅ「一応、生きているんですけど……」

英玲奈「……いや、だが、あんじゅはこっちだろ?」

あんじゅ「いや、あんじゅは私よ」

英玲奈「……だいたい、なんでお前は生きてるんだ」

あんじゅ「知らないわよ……気づいたらこの身体に乗り移ってたんだもの」

英玲奈「……魂を宿す、か」

英玲奈「それもお前の能力の一つだったんだろうな」

あんじゅ「……人形に乗り移ったのは不便だけどね」

理事長「あら、そんなことないわよ?」

理事長「だってこんなに可愛いんだもの」ギュー

あんじゅ「じ、女王様///」

理事長「ふふ、お部屋に欲しいくらいだわ」

あんじゅ「私でよければいくらでもぉ///」

英玲奈「……そいつは危険ですよ、女王様」

英玲奈「私が預かっておきます」ヒョイ

あんじゅ「ちょっと! 離して!」

ーーーー統堂英玲奈

恩赦を受け、英玲奈はあんじゅと共に女王の護衛となる。

常に険しい表情をしているため、一時は皆から距離を取られる英玲奈。

だが、あんじゅを肩に乗っけて話す姿は、一人で人形と話しているように見え、逆に皆から気を使われるようになる。

そんな周りの変化には本人は無頓着なようで、いつも女王の部屋に忍び込もうとするあんじゅを捕まえては、口論をしている姿が城の日常となっている。

ーーーー優木あんじゅ

気がつくと小さな人形に乗り移っていた。

城へと戻ると全てが終わっており、女王の護衛に任命される。

戦闘に支障はないが、ただの人形と思われることが多く、買い物などには一人で行くことができない。

そのため、英玲奈や女王様の肩に乗っていることが多くなる。

しかし、苦労はたくさんあるが、女王様に抱きしめられることもあり、ちょっとだけ気に入っている部分もあるようだ。

ツバサ「次は腕立て伏せ1000回!」

ツバサ「気合い入れてやりなさい!」

「「「「はい!!!」」」」

英玲奈「いつ見ても盛況だな」

ツバサ「おや、来てたのかい」

あんじゅ「よく皆逃げださないわね」

ツバサ「それだけこの国を守りたい者が多いということさ」

「隊長!」

ツバサ「どうしたの?」

「お手紙が届いております」

ツバサ「へぇ……」パサッ

ツバサ「……ふふ、面白そうじゃない」

ツバサ「英玲奈、皆の指導を任せたよ」

英玲奈「またか……」

ツバサ「世直しも騎士の役目ってことさ」

ツバサ「二日で終わらせて戻るよ」

ーーーー綺羅ツバサ

邪神討伐の功により、騎士隊長として王国に使える。

敗北したのが相当悔しかったようで、より一層訓練に力を入れるようになった。

また、自分だけでなく、兵士達の教育係としても才能を発揮し、強靭な兵士を育てると有名になる。

強者と戦いたい気持ちからか、事件が起きる度にふらりといなくなり、各地でその姿が目撃される。

真姫「ふぅ……疲れた」

にこ「お疲れ様、紅茶でも入れる?」

真姫「ええ、お願い」

真姫「それにしても……最近多いわね、訪問者」

にこ「それだけ皆真姫ちゃんに会いたいってことなのよ」

真姫「……ま、こんなに可愛いんだからそれもしかたないことね」

にこ「調子に乗ってんじゃないわよ」

真姫「ねぇ、にこちゃん、次の暇っていつ?」

にこ「そうね……三日後かしら」

真姫「そう……久しぶりに静かに羽を伸ばしたいわ」

にこ「それなら、皆で何処かに行きましょう?」

にこ「こころ達もたまには遊びに行きたいって言ってたし」

真姫「…………」

にこ「ど、どうしたの?」

真姫「いいえ、別になんでもないわ」

にこ「なんでもなくないでしょ?」

にこ「何かあるならはっきり言いなさいよ!」

真姫「なんでもないって言ってるでしょ!」

にこ「別に怒らなくてもいいじゃない!」

真姫「なによ!」

にこ「なんなのよ!」

ーーーー西木野真姫

邪神討伐後、自分の家へと帰る。

旅で得た経験は彼女の心を大きく育て、すぐに町長へ抜擢される。

まだ幼いと取り入ろうとする人間を一蹴し、才女と呼ばれるようになった彼女を一目みようと訪れる人は多い。

考えることが多い彼女は、スケジュールの管理を全てにこに任せているようだ。

にこと一緒にいる時の笑顔が少しだけ優しいのは、本人も自覚はしていないのだろう。

ーーーー矢澤にこ

邪神討伐後、実家へと帰る。

しかし、住んでいた家に人影はなく、真姫に探してもらおうと家を訪れると、そこには探していた家族の姿があった。

贅沢を覚えてしまった家族に元の生活に戻れと言い出せるはずもなく、にこは真姫の付き人として働くことになる。

それを知った時のにこは溜息をつきながら文句を言っていたが、その表情は満更でもなさそうであった。

よく言い争いをしているが、それを見る者は皆微笑ましい気持ちになるという。

凛「かよちん! 急ぐにゃー!」

花陽「待ってよ凛ちゃん~」

凛「早くしないと訓練に遅れちゃうよ!」

花陽「わかってるよぉ……」

凛「もう……なにしてるの?」

花陽「えへへ、もう食べらないですぅ……」

凛「…………」ガラッ

花陽「うーん……」スヤスヤ

凛「かよちん!」

花陽「ん……?」

花陽「あ、凛ちゃん、おはよう……」

凛「おはようじゃないよ!」

凛「もうすぐ訓練の時間だよ!」

花陽「うーん……後五分……」グゥ

凛「もう、早く起きるにゃ~」ユサユサ

花陽「むぅ……」グイッ

ドサッ

凛「か、かよちん!?」

花陽「むにゃ……」

凛「……はぁ」

凛「全く、これで遅刻確定だよ……」

凛「怒られたら、かよちんのせいだからね」

花陽「うーん……」ギュッ

凛「……凛もちょっとだけ寝ちゃおっと」

凛「おやすみ、かよちん」

ーーーー小泉花陽

邪神討伐後も変わらず騎士として王宮に使える。

旅での成長からか、大事な時にはきちんと自分の意見を言えるようになり、彼女を知る者はその変化に驚いたという。

しかし、心優しい性格はそのままで、休日には凛に引きずられるように町を走り回る姿がよく見られる。

その姿はちょっとだけ困りながらも笑っており、彼女にとっては楽しいことであるとわかる。

また、農業にも関わり、彼女が手伝った所は必ず豊作になると言われ、豊穣の女神として一部の人達に崇められたそうだ。

ーーーー星空凛

邪神討伐後も花陽と一緒に騎士を続け、多数の功績を残す。

いつも元気に走り回る姿は皆を和ませ、マスコットとして皆に好かれるようになる。

しかし、ある時お城で開かれたダンスパーティーでドレスを披露すると、周りの目が一変。

場内を歩いていると毎日のように求婚されるようになり、それ以来ドレスは着なくなったそうだ。

凛にとっては、花陽と一緒に過ごす時間が一番心地よさそうである。

海未「こ、こんなの破廉恥です!」

ことり「もう、いい加減慣れてよ、海未ちゃん」

海未「そ、そんなこと言われても……」

ことり「穂乃果ちゃん、ぎゅー」ギュー

穂乃果「えへへ、ことりちゃーん」ギュー

ことり「穂乃果ちゃんいい匂いだよぉ」スンスン

穂乃果「もう、くすぐったいよ、ことりちゃん」

ことり「ほら、海未ちゃんも」

海未「む、無理です……!」

ことり「……ふぇっ」グスッ

ことり「そうだよね……海未ちゃんはことりなんかに抱きつきたくないよね……」

ことり「ことりは……寂しく、一人で……」ポロポロ

海未「な、泣かないでください」ギュゥ

海未「ほら、側にいますから……」

ことり「えへへぇ、海未ちゃんてば大胆だよぉ」ギュー

海未「う、嘘泣き……!?」

ことり「二人に抱きつかれて、ことり幸せぇ」

ことり「今日はいい夢が見られそう♪」

海未「き、今日もこのまま寝るんですか……?」

ことり「当然!」

穂乃果「ことりちゃんの髪の毛さらさらだね」

ことり「穂乃果ちゃんのほっぺはぷにぷにだよ」ツンツン

穂乃果「ふふっ」

穂乃果「それじゃあお休み…………ってあああああ!?」

ことり「わっ!?」

海未「急にどうしたんですか?」

穂乃果「しまった……今日は雪穂と一緒に寝る約束してたんだ……」

海未「え……」

穂乃果「ごめんね、ことりちゃん」

ことり「……いいよ。でも、明日はことりと一緒がいいな」

穂乃果「うん、また明日一緒に寝よ!」

海未「ま、待ってください……それじゃあ……」

ことり「今日は海未ちゃん抱き枕でお休みだよぉ♪」ギュゥ

海未「そ、そんなの恥ずかしくて寝れません!!」

ーーーー南ことり

邪神討伐後、再び王女として過ごす。

ずっと一人でいた反動からか、常に誰かと一緒にいないと不安を感じるようになってしまう。

寝る時は穂乃果と海未に挟まれると安心するようで、よく三人で一緒に寝るようになった。

また、寝る時だけでなく、朝も、昼も、夜も、失った時間を取り戻そうと子供みたいにはしゃぐ姿は微笑ましい光景として皆に愛される。

穂乃果と一緒に海未に悪戯を仕掛けては、海未に説教させる姿がよく見かけられるが、本人が幸せそうだからとわざわざ口を挟む人はいないようだ。

ーーーー園田海未

邪神討伐後、ことりの強い推薦もあり、ことりの護衛騎士になる。

決死の覚悟で両親に会いに行くと、良くやったと褒められるだけで、怒られることはなかったらしい。

立ち振る舞いは大和撫子そのもので、彼女に魅了される者は多いが、穂乃果とことりを説教する声に怯えて皆顰蹙してしまう。

最近はお風呂を上がると着替えがいつの間にかメイド服やドレスになっていたりしており、彼女の苦労は絶えなさそうである。

しかし、二人と一緒にいる時の笑顔はとても優しく、そんな苦労も楽しみのうちの一つなのだろう。

穂乃果「はぁっ……はぁっ……」

ガラッ

穂乃果「雪穂!」

雪穂「……遅かったね」プクー

穂乃果「ごめんね、遅くなっちゃって」

雪穂「いいよ、別に」

雪穂「どうせ、お姉ちゃんにとって私なんて……」

ギュッ

雪穂「!」

穂乃果「雪穂は、私にとって大切な人だよ」

穂乃果「だから、そんなこと言わないで」

雪穂「……大切」

穂乃果「うん、大切だよ」

雪穂「王女様と、どっちが?」

穂乃果「二人とも、おんなじくらい」

雪穂「……そう」

雪穂「ふふっ」ポフッ

穂乃果「雪穂?」

雪穂「もう、お姉ちゃんは仕方ないんだから」

雪穂「許してあげる」

穂乃果「ありがとう、雪穂」ナデナデ

雪穂「んっ……」

雪穂「ねぇ……お姉ちゃん」

穂乃果「なに?」

雪穂「おかえりなさい」

穂乃果「うん……ただいま」

ーーーー高坂穂乃果

邪神討伐後、将軍へと任命される。

問題が起こるとすぐに駆けつけては、持ち前の愛嬌で見事に解決し、行く先々でファンを増やしてしまう。

しかし、本人にその自覚は無く、家で話しては雪穂の機嫌を悪くして、宥めるためによく町へ一緒に出かける。

王宮では海未、ことりといつも一緒で、突拍子もないことを思いついては、静かな王宮を賑やかにしているらしい。

見る者を元気付けるその笑顔は、今日もまた誰かを笑顔にし、彼女の周りから笑顔が耐えることはなかった。

これで終わりです。こんな駄文に付き合って頂きどうもでした。
適合者さんもいて楽しかったです。
レスくれた人もありがとね。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月06日 (木) 23:10:00   ID: MdfPHcPa

気になるな おもしろそう

2 :  SS好きの774さん   2014年11月09日 (日) 13:13:07   ID: l3Sak6xQ

アニメ見てるみたいで面白いw
これならも期待してます!

3 :  SS好きの774さん   2014年11月13日 (木) 02:09:43   ID: U5lyxXZ_

修行編突入か?

4 :  SS好きの774さん   2015年01月07日 (水) 23:37:23   ID: sKEkPzkV

更新はやく!続き気になるよぉ!

5 :  SS好きの774さん   2015年02月02日 (月) 11:31:13   ID: yKIgg4hR

面白い!!

6 :  SS好きの774さん   2015年02月02日 (月) 13:01:57   ID: U0rV7rDV

あれ、終わっちゃった?

7 :  SS好きの774さん   2015年02月14日 (土) 22:45:26   ID: tSASZJi1

はよーはよー

8 :  SS好きの774さん   2015年02月18日 (水) 22:22:21   ID: 5-NHdzQL

くっそ気になる!続きまってます!

9 :  SS好きの774さん   2015年02月19日 (木) 10:26:54   ID: xbjzetTB

ぴゃあ

10 :  SS好きの774さん   2015年02月23日 (月) 10:42:25   ID: iCHcPxRJ

お疲れ様でした!
すごく面白かったです!!!!!

11 :  SS好きの774さん   2015年02月26日 (木) 10:29:23   ID: XcB9FQ4f

素晴らしい!ことりちゃんチートやな

12 :  SS好きの774さん   2015年03月19日 (木) 21:15:24   ID: Bmawworh

さいご

13 :  SS好きの774さん   2015年03月19日 (木) 21:19:46   ID: Bmawworh

やっべ、誤爆。

最後ファイアーエムブレムみたいで好き

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom