ハルヒ「ねぇキョン…何かあたしに隠してない?」 (85)

キョンの様子がおかしい。

部室でみくるちゃんのメイド服のスカートを捲りあげて、後ろからパンパンと音が出るくらいの勢いで腰を叩きつけていた。

みくるちゃんはみくるちゃんで本棚にもたれかかって苦しそうにしている。

正直見ていられない。

「ちょっと!みくるちゃんが苦しそうにしてるじゃない!」

あたしはキョンに注意した。

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「なんだと!?朝比奈さん、大丈夫ですか?ちょっと激しすぎましたか?」

キョンは腰を振りながらみくるちゃんに聞いている。

「あ!はい!でも、もうちょっとだから大丈夫です」
「ああ!俺も出ちゃいます!」
「あ、あたしも!!中に下さい!!」
「う、うあぁぁっ!!」

キョンは激しく腰を振ったかと思ったら、突然みくるちゃんに寄りかかるようにして息も絶え絶えになった。
みくるちゃんも肩で息をしながら、「ふみゅ~…」なんて言っている。

「ちょっと!いつまでみくるちゃんに寄りかかってるのよ!」

「おっと!朝比奈さんすみません。重かったですか?」

「い、いえ………」

「とっとと席に着きなさいよ!」

あたしに注意されて二人はヨロヨロと席に着いた。

いったい二人は何をしていたのかしら?

そういえば、キョンは昨日もおかしかった。

昨日は有希の席に座ってた。

有希は有希でキョンの上に、まるで椅子にまたがるように座って、一昔の前に流行ったロデオマシンを使ってるかのように腰を動かしてた。

淡々と腰を振りながら何時もの様に無表情で読書をしていた。

その様はまるでエクササイズをしている様で気にもしなかったけど、思い返せば有希の席にキョンが座ってただけでおかしかったのよね。

キョンはあたしに隠れて何かをしようとしているのかしら?

あたしがキョンに疑惑抱いていると、部室に最後の一人、古泉くんがやってきた。

「どうも。掃除が長引いてしまって遅れてしまいました。申し訳ありません」

古泉くんはいつもと変わらぬ微笑みをたたえたまま軽く頭を下げた。

「あ、あなたに頼みたいことがあるのですがよろしいですか?」

古泉くんはあたしの返事を待たず、キョンに話しかけた。

「今さっき出したばっかりだぞ?」

キョンは用事がなにか知っているのかぶっきらぼうに答えている。

「あ、いえ、受け止めて欲しいのですが………」

古泉くんはやっぱり笑顔だ。

「まぁ、それなら構わんが………」

「それは助かります。それでは口でお願いします」

古泉くんはそういうと着席した。

キョンは机の下に潜りはじめた。

「ちょっと!これからミーティングなのに何してんのよ!」

あたしの注意に対して、

「すまん!ちょっとやらないといけないことがあってな。話は聞いているからミーティングを進めておいてくれ」

って、机の下、おそらくは古泉くんの前で跪いている様な感じでキョンが返事した。

ミーティングを進めておけって言われてもキョンが何をしているのか気になるじゃない!

ミーティングを適当に進めながらあたしはキョンが何をしているのか観察した。

辛うじて解るのは脚を開いた古泉くんの前で跪いていること。
頭を古泉くんの股に沈めて激しく上げ下げしていること。
時たま上目づかいで古泉くんを見上げていること。

まるで土下座をしながら許しを請うているかのようだった。

キョンは古泉くんに何かしたのだろうか?

「んもっふ!」

古泉くんが突如変な声を出した。

あたしの視線に気が付いたのか、
「おっと、失礼。つい声が出てしまいました。どうぞ続けてください」
微笑みをたたえた古泉くんはいつものままだ。

それに対してキョンは変だ。ごそごそ机の下を移動しているのが解る。

途中で一度頭を打ったのか机がガタンと音を立てて動いた。

なにをしたのか問い詰めようと席に戻ったキョンに声をかけた。

「ちょっとキョン!」

「なんだ?」

キョンは気怠そうにあたしの方を見る。

その時あたしはキョンが古泉くんになにをしていたのか悟った。

キョンの口元に白濁した液体が付いていたのだ。

「やっぱりいいわ」

「なんだ?変な奴だな」

あんたにだけは言われたくないわよ!と心の中で反発した。

だけど、キョンの可愛らしい一面を見てしまった以上はこれ以上何かを言う気は起きなかった。

だって、キョンのあの口元の汚れはおそらくヨーグルト。
きっと古泉くんのヨーグルトを食べてしまって、土下座しながら謝っていたのね。

いつ盗み食いをしたのか知らないけど、口元を汚したままで過ごしてたなんて可愛いじゃない。

自然と笑みがこぼれた。

「なにを笑っているんだ?」

キョンが聞いてきた。

「あんたの口元。汚れているわよ」

やさしいあたしは教えてあげた。そのまま放っておいても良かったんだけど。

「ん?ああ、本当だな」

キョンは手の甲で口元を拭うとごく自然な流れでそれを口に含んだ。

「あんたバッチイわね」

埃とかもついていそうなヨーグルトをよくも口に含めるものだと呆れてしまった。

「ん?そうか?大好物なんでな」

キョンがヨーグルトを大好きだったなんて知らなかった。
まぁ、知りたくもなかったけどね。

古泉くんが何故か照れていた気がした。

その日の部活はそんな感じで終わった。

翌日、あたしとしたことが遅刻してしまった。
夜更かしをしてヨーグルトを使った料理を調べすぎてしまった所為なんだけど。

あたしが教室に着くと、珍しい事に朝倉がキョンの所に着ていた。

朝倉は座っているキョンの上に向かい合う様にまたがり、キョンの肩に手を乗せて腰を前後に振っていた。

なんとなく不愉快になったあたしはワザと音を立てて座った。

あたしとも向かい合う形になった朝倉と目が合う。

「涼宮さんおはよう」

朝倉はいつもみせている通りの笑顔で軽やかに挨拶をしてきた。

「あんたたち何をしてるのよ」

挨拶を無視して聞いてみた。

「あら?見て解んないかしら?」

朝倉はこれ見よがしにキョンの首に腕を回した。

なに?抱き合ってるとでも言いたいのかしら?

あたしは言葉よりも先に手が出ていた。思わず朝倉を突き飛ばしていた。

「いったーーい」

朝倉とともに首に腕を回されていたキョンも朝倉に覆いかぶさる形で倒れ込んだ。

ちょっとやりすぎたかな?あたしは少しだけ反省する。

「何をするんだ!!」

キョンの怒声でそんな気持ちもなくなった。

「涼宮さんがお冠だからあたしは席に帰るね。じゃあね」

朝倉は無責任にも席に逃げ帰った。

キョンは未練がましく「あっ……」と切なそうな声を出して見送っていた。

「なに?そんなに朝倉がいいの?」

「いや、朝倉がというより、この持て余した気持ちをどうしてくれるんだ!」

キョンにしては珍しく感情的に怒っている。

「あんたの気持ちなんて知らないわよ!」

あたしの当然の意見に対してキョンは何も言わずに立ち去ろうとする。

「なに!逃げるの!」

あたしの追撃に対して、

「国木田と便所に行くだけだ!」

キョンはそう捨て台詞を吐いて、実際に国木田に声をかけて教室から出て行った。

十分くらいたっただろうか?ようやくキョンと国木田が帰ってきた。

「随分と長かったわね?もしかしなくてもウンコ?」

席に戻ってきたキョンに皮肉を言ってやった。

「女子高生がそんな言葉を使うな。それとさっきは言葉を荒げて悪かったな」

妙にスッキリした顔になっていたキョンは素直に謝ってきた。

「わ、わかればいいのよ!わかれば!朝倉にも謝っておきなさいよね」

「朝倉に謝るのはお前だと思うが、まぁ、お前が謝るとは思えんし、俺が謝っておく」

朝倉に悪いことをした自覚があるだけに居た堪れなくなったあたしは顔を窓に向けた。

昼休み、いつもは食堂なんだけど、この日は試作のヨーグルト料理を食べる為に弁当にしていた。

キョンはいつものトリオ、国木田、谷口とで弁当を食べる気らしい。

席について暫く談笑していたと思ったら、突然キョンが立ち上がり谷口の脇に行った。

谷口の背中が邪魔でよく見えないけどキョンは手を腰のあたり置いて腕を激しく動かしている。

五分程そうした後、「っぁ」と小さくうめいて、何事もなかったかのように再び席に着いた。

あたしは鶏のヨーグルトトマト煮を食べていたけど中断して何があったのか見に行った。

あたしに気が付いたキョンが声をかけてきた。

「今日はハルヒも弁当なのか?なんなら一緒に食べるか?」

「あたしは自分の席で食べるから。それよりさっきなにをしてたの?」

「ああ、谷口のカツにソースをかけてやってたんだ」

谷口の弁当箱を覗く。

弁当箱の半分はご飯が占めていて、ご飯の上には梅干しとごま塩。塩分ばっかり。
おかずは昆布の佃煮にマッシュポテト。申し訳程度のレタスにミニトマトが一つ。
スパゲティーのナポリタンもあって、その横に例のカツ、ロースカツの切り身が並んでいた。

カツの上にはヨーグルトベースのソースだろうか?
どろっとした白濁のソースがかかっていた。

「よく衣に染みこまないわね」

「ああ、俺のは特濃だからな」

キョンが自慢げに答える。

「自家製なの?」

「ああ、もちろん」

「ふーん………」

「味見をしてみるか?」

アホの谷口がアホ面をぶらさげて聞いてきた。

「結構よ。それよりあんたの弁当、塩分と炭水化物が多すぎ」

あたしはそれだけ言うと焼き魚の切り身から小骨を細心の注意で取り除いていた国木田を尻目に席に戻った。

自家製ソースかぁ……半端なヨーグルト料理じゃキョンをギャフンと言わせられないわね。
そう思いながら鶏のヨーグルトトマト煮を口に含んだ。

放課後、掃除当番を終わらせたあたしは一人部室に向かった。

部室ではキョンと古泉くんがプロレスごっこをしていた。

両肩を付けさかさまになった状態の古泉くんの上にキョンが座るような形になったうえで体を上下させて挑発をしていた。

高校生になってもやっぱり男子は幼稚だ。小学生の頃からやってることが変わらない。

あたしは呆れながら二人を見つめてその日の部活を終わらせた。


その日の夜、あたしは考えた。

キョンってああいうタイプじゃなかったはずよね?
朝、朝倉と仲良くしていたのも気になるし思い切って聞いてみることにした。

翌日、朝のHR前。あたしはキョンに話しかけた。

「ねぇキョン…何かあたしに隠してない?」

「何か…って何をだ?」

「それが解ってれば聞かないわよ!」

「隠し事はしてないと思うが…むしろオープン過ぎるくらいだと自分では思っている」

どこら辺がオープンなのよ!あたしは不満だらけだったけど、これ以上聞いても無駄だろう。
そう判断して独自に調べることにした。

その日のHRでキョンが岡部から呼び出しを喰らっていた。

バカキョンは何をやらかしたんだろう?

生徒指導室に昼休みに行くらしい。

そして昼休み。キョンは生徒指導室に向かう。

あたしはそのキョンをつける。

キョンは生徒指導室を三回程ノックし、「入れ」との声に従い入室した。

あたしは生徒指導室のドアに耳をくっ付け中の会話を聞こうとした。

聞き取れる。十分だ。

「どうだ」

岡部だ。

「すごいですね。さすがハンドボールで鍛えていることはあると思います」

「こっちはどうだ?」

「国体級です」

指導してる感じはない。何かを自慢してるのだろうか?

「でも、今日は……」

「あぁ、解っている。バッチコーイ!!」

岡部が急に大きな声を出した。

「アッーーーー!!!」

もう一度岡部が声を出す。いったい何をしてるの!?

「すごい締りです」

キョンが切なそうな声を出す。

「鍛えているからな。どうだ?ハンドボールの素晴らしさが伝わったか?」

「は、はい」

どうやらハンドボールを教えてもらっているだけらしい。

アホらしくなったあたしは食堂に向かった。

放課後。キョンが生徒会に同好会の届出をするから先に部室に行っててと言ってきた。

「わかったわ」と返事をしたあたしはキョンの後を付けて行った。

キョンは自分で言った通り生徒会室に入って行った。

ドアが開いていている。

「頼むからには……解っているわよね?」

女生徒の声がする。

「彼女の次は私にもお願いするよ」

こっちは男子生徒だ。

なにをするのか気になり、のぞき見をしようと奮闘する。

辛うじてキョンの腰が見えた。

なんてことだろう。両膝を地面につけていた。

あたしは瞬時に理解した。

生徒会の連中はキョンに土下座を強要したのだ!

「なにさせてんのよ!!」

あたしは生徒会室に怒鳴りこんだ!

なぜかズボンを履いていなかったノッポな男子学生は急いで前を隠した。

もしかしたら、キョンの頭の上に一物置いて、「ちょんまげ」なんて言ってキョンに恥をかかせていたのかもしれない。

そのキョンは女学生のスカートの中から頭をだした。
おそらく急に頭と体を起こした際に頭がスカートに引っかかったのだろう。

「ハルヒ!?」

スカートから顔を出し、あたしと目が合ったキョンが驚いた様な表情をした。

「そんなことをする必要ないわよ!」

あたしはキョンを土下座させていた緑ががった髪の持ち主を睨みつけ、

「うちの団員にこんなことをしてタダで済むと思わないでよね!」

そう宣言した後、キョンの腕を引っ張って部室に連れ帰った。

その日は一日むしゃくしゃしてどんな団活をしたかなんて憶えてなかった。

翌日の昼休み、昼食を終えたキョンは谷口、国木田と共に空き教室に入っていた。

再び扉に耳を当てよう。なんだったら、頃合いを見計らって突入するのもいいかもしれない。

あたしがそう考えてると後ろから声をかけられた。

「昨日から彼が気になって仕方がないようですね」

古泉くんだった。

「キョンが気になるっていうか、団員の様子がおかしかったら団長として調べるのは当然でしょ?」

「そうですね。わかります」

古泉くんの訳知り顔の笑顔にこの時はなんだか腹が立った。

「それで何?用がないなら消えて。あたしは忙しいんだから」

「お忙しい所申し訳ないのですが、少々話したいことがあるのでお時間をいただけませんか?」

「話しってなによ?キョンのこと?ここじゃ言えないことなの?」

「ええ、もちろん彼のことです。あまり人に聞かれたくない話なので場所を変えましょう」

古泉くんの有無を言わせぬペースに乗せられて部室に連れてこられた。

部室には有希がいつもの場所に居て、いつもの様に読書をしている。

放課後と勘違いしてしまいそうだ。

「それで話しってなに?」

古泉くんが淹れてくれたお茶を啜りながら聞いてみた。

「彼には願望を実現する能力があります」

古泉くんがいきなり妙なことを言い出した。

「考えても見てください。あなたの様な積極的で活発な美少女、長門さんの様なクールビューティー、朝比奈さんの様なトランジスタグラマその様な美少女達が一堂に会するように意味不明な部活集まるでしょうか?」

「SOS団を意味不明って言ってくれるじゃない!」

「おっと、失礼。日頃思っていたことをつい口に出してしまいました」

軽くショックを受けているあたしに構わずに古泉くんが続ける。

「もっと言えば、あなたを含めて女性陣は彼にぞっこんです。僕の様な美少年、いや、美青年と言ってもいいでしょう。それを無視して…です。僕は彼に優越感を与える為の存在と言っていいでしょう」

「ちょっと待ってよ!あたしがキョンにぞっこんってなによ!!」

自称美少年、いや美青年に突っ込む余裕はなかった。

「なぜ、その様な不自然な状況になっているかというと、彼がそう望んだからです」

古泉くんはあたしの抗議を無視した。

「彼がその能力を自覚してから度々大きな情報爆発が観測されている」

有希が急に口を挟んだ。

「毒牙にかかったのはまずわたし」

毒牙?有希は一体何を言っているのだろう。

「長門さんを皮切りに行った数々のご乱行は一部はあなたも目にしていると思います」

「まぁ、確かにキョンの様子がおかしいわね」

みくるちゃんに寄りかかったり、朝倉と仲良くしてたのは頭にきたわね。

……別にキョンのことなんてどうでもいいんだけど、そうね、冴えない男に馴れ馴れしくされてて二人が可愛そうだった。

「学校外ではもっと凄いですよ」

あたしが思い出していると間も古泉くんは話しを続けていた。

「家に帰ると妹と母親で3Pです。もちろん二人は義理の関係です。母親に至っては二十二歳の処女でした。」

「えっと……」

古泉くんがあたしの発言を遮った。

「いえ、言いたいことは解ります。私としては彼がそう望んだからとしか答えようがありません。」

古泉くんはフッという笑い声なのか溜息なのか判別のつかない軽く息継ぎをしてさらに続ける。

「他にも中学の時の同級生とその友人二名とも4Pいえ、この時は男性を一人連れてきて、裸にしたうえで正座をさせて撮影をさせていたので広義では5Pかもしれません」

「えっと……一ついい?」

「なんでしょう?」

古泉くんは笑顔のままで応じる。

「さっきから言ってる3Pとか4Pとかが解んないんだけど、ボードゲームかなにかの話?」

古泉くんが笑顔のままで固まった。

「涼宮ハルヒはここで行われていたことや目撃した数々のことが何なのか理解していない」

有希にバカにされているのかと思って睨んだけれども有希の表情はいたって真面目だった。

「彼は御稚児趣味に走っているものの基本は至ってノーマル」

御稚児ってあれよね?お寺とかの……

あたしがそう思っていると古泉くんが口を挟んだ。

「一番の謎はあなたです。あなたはなぜ彼に手を出されていないのですか?」

「キョンごときがあたしに手を出すのは百億年早いからじゃない?」

「あなたの価値観はわたしたちとは違う。もしかしたら改変前の常識を持ち合わせてるのかも知れないない。少なくともあなたは彼に選ばれた鍵。世界を決めるのはあなたなのかもしれない。」

有希が珍しく長台詞を喋った。

「あたしにも台詞を下さい!」

みくるちゃんにそっくりな女の人がいきなり部室に入ってきた。

「えっと…どちら様?」

「禁則事項です」

あたしの質問に即答した。

「あ、それは禁則事項じゃなありませんでした。でもいいです。めしべとおしべ。あなたが困ったことになったらこの言葉を思い出して」

女の人はそれだけ言うと走って出て行った。

春先だから仕方がない。

意味不明な女の人の相手をしたり、有希と古泉くんから意味不明な話しを聞かされているうちに昼休みが終わってしまった。

午後の授業はキョンの背中を見つめてぼんやりと過ごした。

そして放課後。キョンを相変わらずつけ回した。

キョンは部室に直行せずに二年生の教室に向かった。

何の用だろうかと思っていたら、みくるちゃんとその隣にいる髪の長い八重歯の目立つ女生徒に声をかけ始めた。

と、突然キョンはその八重歯の先輩にキスをした!

あたしは無意識に飛び出して、気が付けば怒声を発していた。

「ちょっと!!バカキョン!!」

キョンは先輩から口を離し、「なんだ、ハルヒか」と平然と言ってきた。

「なんだ……ってあんた何をしているのかわかってるの!?」

「なに…って見て通りのキスだろ?」

「キ、キスってね!なに?あんたその先輩と…つ、付き合ってるわけ?」

「バカ言うな。俺は彼女とは初対面だぞ」

「初対面でキスとか……あんたバカじゃない?」

「どうしたんだ?いまさらキスを目撃したくらいでうろたえるなんてお前らしくないぞ?」

キョンは鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔だ。

「か、勝手にすれば!!」

あたしは部室に向かった。

後ろで「お、おい!ハルヒ待てよ!!」なんて聞こえるけど知ったことはないわ。

団長席で落ち込んでいるとキョンが入ってきた。

「なんだ?まだ暗いぞ。本当にどうしたんだ?」

本当にあたし、どうしたんだろう?

キョンが知らない女生徒とキスをしていた。ただそれだけなはずなのに。

そういえば、古泉くんはあたし達はキョンによって集められ、古泉くんには見向きもし無い事になっているとか言ってたっけ?

考えているうちに頭にきたあたしは携帯電話と睨めっこをしていた古泉くんに近づき強引にキスをした。

「な!?ハルヒ!!おまえ!!」

古泉くんよりもキョンの方が狼狽えていた。

「どう?驚いた?あたし古泉くんと付き合うことになったから」

「おい!古泉どういうことだ!!」

キョンが凄い剣幕で古泉に文句を言う。

「し、知りませんよ」

古泉くんは剣幕に押されタジタジしている。

と、古泉くんの携帯電話が鳴る。

「す、すみません!バイトなんです!!」

古泉くんは逃げ去るように走り去った。

キョンも「……俺も帰る」とだけ言って部室から出て行った。

なんであたしあんな事をしちゃったのかなぁ?

なんだか泣きたい気分になってお手洗いに向かう。

水で何度も口をすすいだ。別に古泉くんの事は嫌いじゃない。

でもすすがずにはいられない。そんな気分だった。

それに妊娠も怖かった。

その日の夜。ベッドで寝てたはずのあたしはキョンに起こされた。

「おい、起きろ」

う~ん……ヨーグルト料理難しいよぅ……

キョンに振る舞う機会はもうないであろうヨーグルト料理の練習を今日もやっていた。

あたしはバカだ。キョンの声を聴きながらそんな事を考えた。

「いい加減起きろバカ」

「あんたにバカって言われたくないわよ!!」

条件反射的に反応して起き上ったあたしは頭をキョンの顔にぶつけたようだ。

「いたーい。なんであんたがあたしの部屋に居るのよ」

顔を押さえながら脚をバタバタさせているバカキョンに聞いてみた。

バカには答えられないだろうけど。

「よく見ろ!ここは学校だぞ!!」

キョンは鼻を押さえながら涙目になって答えてきた。

本当だ。いつの間にか学校で、あたしもキョンも制服を着ていた。

多分、古泉くんにキスをしたのを後悔してたからこんな夢を見てしまったのだろう。

「ねぇ、キョン………」

せめて夢の中でだけでも謝ろう。

「なんだ?」

涙目のキョンが応じる。

「ゴメンね」

「お、おい!頭突きくらいで謝るなんてお前らしくないぞ!どうした打ち所が悪かったのか?」

キョンが慌ててる。

「なにを言ってるのよ!あたしがあんたに頭突きをしたことくらいで謝るはずないじゃない!」

「そ、そうだよな!」

キョンは何故か安心したような表情になった。何だか腹が立つ。

「謝ったのは放課後のこと」

「あ、ああ。あれか。驚いたがお前と古泉がそれでいいのなら俺としては何も言えん。……別の道もあったのかもしれんが----」

愚図愚図いってるキョンの口を塞いで黙らせた。

キョンは慌ててあたしを引きはがす。

「お、おまえ一体何をしているんだ!?」

声を裏返して聞いてきた。

「なにって、キスじゃない」

「いや、それは知っているがな……」

「キスごときって言ったのはあんたよ」

「い、いや、だがな」

「あたしだってキスをするのは勇気がいるのよ?男と違って妊娠するかも知れないんだし」

「待て!今お前は何と言った?」

「なにって、キスをするのは勇気がいるって言ったのよ」

「違う!その後だ!」

「妊娠する」

キョンが呆然と見ている。女の子が妊娠をすることを知らなかったのだろうか?

「……お前、成績が良いって聞いたのだが保険体育は何点だ?」

「え?テストの点数は何故か悪いのよね~ 体育の方の点数で稼げるから問題ないんだけど。それがどうしたの?」

「お前はキスをすると子供が出来るとでも思っているのか?」

「当り前じゃない!そんなの幼稚園の子供でも知ってるわよ!」

キョンは勉強が苦手って聞いていたけどかなりのものみたいだ。

「逆だ!幼稚園の子供だからそう思っているんだ」

「女性の口がめしべ!男性の舌がおしべでしょ!
 よく考えたらあんたの舌も古泉くんの舌も受け入れてないから妊娠はしないわよね?
 不安になって何だか損しちゃった」

みくるちゃんに似た電波女の言っていたことを思い出した。

キョンはやれやれとでも言いたげに溜息をついたかと思うと一気にまくし立ててきた。

「くっ…もう我慢できん!

  悪いが言わせてもらうぞ!
  キスをして妊娠するなんて出来事なんてな
 絶対にあるものか!

 口の先は胃!
 胃液がきつすぎて子宮が見つからねぇ!
 現実を見ろ!起きないから妊娠!人の話を聞け!!」

「なに?あんたがあたしに隠してたことって、その間違いだらけな知識なわけ?」

バカキョンに冷静に突込みを入れてあげた。

「隠し事でもなんでもなくて単なる事実だろ!」

バカの癖に一人前に反発してきた。

「それともなに?隠し事って願望を実現できるとか言うみょうちくりんな願望のこと?」

キスについて話し合っても平行線だから話題を変えてみた。

「いや、それも事実だし、別に隠しても居ないのだが……」

「それじゃあ何?隠し事なんてないって言うの?あんなにしょっちゅう無意味に腰を振っていたのに!?」

「あの腰振りには意味があるのだが………しかし隠し事か…」

キョンが一瞬悩んだような表情になった。あの無意味な腰振りに意味でも持たせる気なのかしら?

「…そういいえば一つだけハルヒに隠してることがあったな」

「…なによ?どうせあんたのことだからヨーグルト料理が好きとかくだらない事なんでしょうけど!」

「何故ヨーグルトが出てきたのか知らんが、まぁ確かにお前にとってはくだらないかもしれんな」

ここでキョンが生唾を一つ飲み込んだ。

「実は俺……お前のことが好きなんだ。………お前にとっては精神病の一種で理解できんだろうがな」

「うん。理解できない」

あたしはそう言いながらも心のどこかで安堵した。

「お前のそう言うところや、キスで妊娠すると本気で信じ切っているいるとこ、そんなお前が眩しすぎて俺は手を出せなかったんだろうな」

馬鹿の癖にキョンが一人で納得している。

「実はな俺が望めば俺のこの力を他の奴に移すことができるんだ」

馬鹿がまだ馬鹿なことを言い続けている。

「俺がこの力を持っていても女や男で遊びたい、美味いものを食いたい、金が欲しい、そんなつまらない願望しか実現できないんだ。
 俺は、つまんない世界にうんざりしているんだ。
 特別なことが何も起こらない、普通の世界なんて、もっと面白いことが起きて欲しいと思っているのに…だ」

「あたしならそうね、宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶわね」

「女遊びをそう解釈できるお前が羨ましいよ。お前なら俺が思いも着かない突拍子の無い事をやらかしてくれるのかもな。ただ一つだけ憶えておけよ。キスでは絶対に子供は出来ん!」

なによそれ!あたしが反発の言葉を発しようと思ったら、目が覚めた。

いつもの見慣れた天井が目に入る。下の感触は使い慣れなたベッドだ。

なんだかイヤらしい夢を見ていた気がする。

と、おかあさんの声がした。

「今日は入学式なんだから早く起きなさーい」

「はーい」

あたしは返事をしながら、長い髪は手入れが面倒だけど宇宙人の気を引くためには仕方がないと鏡台の前で櫛を通した。

今日から高校生。ジョン・スミスが着ていた制服の学校。
今までになかった出来事があるんじゃないかと期待を膨らませた。

台所から料理の匂いが流れ込む朝ごはんは鶏のヨーグルトトマト煮みたいだ。




チラ裏SS オチマイ

付き合って頂いた皆様においては、お疲れ様でした。

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