夫「コーヒーは沸騰してナンボだ!」妻「凍ってるべき」(118)

太古の昔に自ら眠りについたといわれる炎の竜と氷の竜が、祀られている山がある。



この山のふもとにある町の住民はみな、この二頭の竜を崇めており、

町では年に一度『氷炎祭』という祭りが行われている。





さて、この町にはまるで二頭の竜の申し子のような、ある変わった夫婦がいた──

朝──

< 自宅 >

妻「あなた……トーストとコーヒー」

夫「おう、ありがとよォ!」グビッ

夫「──って、なんだこりゃあ!?」ブッ

夫「ぬるい! ぬるすぎるぜ! こんなん飲めるかよォ!」ボォッ…

夫が炎をまとった手でコーヒーカップに触れると、コーヒーが瞬く間に沸騰した。

グツグツ…… ボコボコ……

夫「やっぱ、コーヒーは沸騰してナンボだぜ!」グビグビッ

夫「うん、熱くてうめぇ!」

妻「……理解できない」

妻「やっぱりコーヒーは……凍ってるべき」パキィィン…

妻のコーヒーがシャーベット状になる。

妻「おいしいわ」ジャリジャリ…

夫「まぁ~た、それか!」

夫「それじゃコーヒーの風味もクソもねえだろ! てかアイスコーヒーでよくね!?」

妻「アイスコーヒーでも……私にはまだ熱いの」

夫「ハッ! オレこそ理解できねえよォ、まったく!」

二人はともに、魔法使いなのである。



といっても、彼らが暮らす地域では魔法教育がだいぶ進んでおり、

魔法を専門としない一般人の中にも基本的な魔法が使える者は珍しくない。

夫「トーストも、こんなんじゃダメだ! うおおおおっ!」ボォォッ…

トーストが真っ黒焦げになる。

夫「チト焼けすぎだが、うめぇ~っ!」バリボリ…

妻「体に悪いわ……。やはりトーストも凍っているべき」パキィィン…

トーストが凍りつく。

妻「……おいしい」ポリポリ…

夫「なんで一度焼いたトーストを凍らすんだよ!? 意味わかんねェよ!」

妻「なんでって、食パンは焼いた方がおいしいからに決まってるじゃない……」

夫「ハッ! お前の前世は、きっと雪女かなんかだな!」

妻「……あなたはイフリートかなにかね」

夫「さぁ~て、出かけるか!」

妻「いってらっしゃい」

夫「おおう! 燃えて燃やして燃えまくるぜェェェ!」

妻「……あなた」

夫「ん!?」

妻「女の人の裸とか……見ないでね」

夫「ハッ! 見るわけねぇだろォ! オレの仕事は裏方なんだからよ!」

夫「それにお前以外の女の裸を見たいとは思わねェよ!」

妻「…………」カァァ…

夫「お、ちょっと赤くなったか!? やっぱお前は冷たいけど可愛いなァ!」

妻「……バカ」

< 公衆浴場 >

夫の職場は、町唯一の公衆浴場である。

夫「おはよぉぉぉぉぉっす!」

友人「相変わらず、朝から声でけぇな~」

夫「オレの心はいつも燃えてっからな! うおおおおおっ!」

同僚A「おはよっす!」

同僚B「今日も頼んます!」

夫「おう、任せときな!」

公衆浴場の中心部にある巨大な魔法石──

この石に炎魔法を浴びせると、石が浴場の湯を熱する仕組みになっている。

ようするに、ボイラーのようなものである。



夫「さぁ~ってと! やるかァ!」

夫「うおおおおおおっ! 燃えてきたァッ! 熱くなってきたぜェ!」ボワッ…

夫「燃えろォォォォォッ!!!」ゴォォ…

ボォアアアッ!

夫の魔力が魔法石に注ぎ込まれていく。



すると──

大浴場──

老人「お~、いい湯だねぇ! これだよこれ!」

青年「ホントですね~! あ~たまらん……!」



女性浴場──

主婦「気持ちいいわねぇ~、まさに極楽だわ……」

町娘「体がほっかほかになりますね!」

子供浴場──

少年「お湯ビームだ!」パシャッ

父「こらこら、騒いだらいかん」



サウナ──

マッチョ「くぅ~、熱い! サウナはこうでなきゃな!」ダラダラ…

ガリ「も、もうダメ……」ダラダラ…

公衆浴場のオーナーを務めるのは、町長である。

町長「ふぉっふぉっふぉ、今日もやっとるのう。この時間から大盛況じゃ」

町長「じゃが、やりすぎんでくれよ」

町長「前みたいに、客がみんな茹であがってしまったら困るからのう」

夫「分かってますよォ、町長!」

夫「炎でいい湯をお届けすることこそが、オレの使命ッ!」

夫「うおおおおおおおおおッ!」ゴォォォ…

町長「だからそれをやめろというんじゃ!」

町長(しかし……こやつが休みの日は利用者が減るんじゃよな、明らかに)

友人「お、やってるな!」

夫「どうだァ、客は満足してるか!?」ゴォォ…

友人「バッチリの湯加減だ! そろそろ俺に交代してもいいんだぞ?」

夫「ハッ! オレはまだまだ燃えられるぜェ!」ゴォォ…

友人「ハハ……。好きこそ物の上手なれ、ってやつか」

友人「ま、お前らの場合、そうとも限らないところもあるけどな」

夫「うるさぁぁぁい! オレは炎魔法が好きなんだよ!」ゴォォ…

友人「わるいわるい。じゃ、もうしばらく浴場の片付けやってくるよ」

夫「おう! うおおおおおおおおおっ!」

さて、公衆浴場でほかほかになった客が行く先は──



老人「よっしゃ、かき氷でも食いに行くか!」

青年「いいですねえ!」

主婦「お風呂のあとはやっぱりかき氷よね~」

町娘「ですよね!」

父「よぉし、かき氷を食べてから帰ろう」

少年「わぁ~い!」

マッチョ「うしっ、かき氷で少し体を冷やそうや!」

ガリ「ブルーハワイにしよっかな……」

< かき氷屋 >

夫婦の自宅は、かき氷屋でもある。店主を務めるのはもちろん──

妻「そろそろ、お客が来る頃ね……」

妻「水よ、凍りなさい……」

パキィィ……ン

妻(これを……魔力で柔らかく粉砕)パァァ…

ボムッ!

妻(……これでよし)

彼女のかき氷は大人気で、冬の大雪の時期にも食べにくる客がいるほどだ。

老人「うん、うまい!」シャクシャク…

青年「氷は柔らかいし、シロップも上品な味なんだよな~」シャクッ…

主婦「あ、キ~ンときちゃった!」

町娘「おいしいからって一気に食べちゃダメですよ」シャクシャク…

父「どうだ、うまいか?」

少年「うん!」シャクシャク…

マッチョ「たくさん食ってもなぜか腹壊さないんだよな!」

ガリ「なにかコツでもあるんですか?」

妻「……特にありません」

夜──

< 自宅 >

夫「ただいまぁっ!」

妻「お帰りなさい」

夫「今日のメシはなんだ!?」

妻「……お肉と野菜よ」

妻「私は冷しゃぶにして食べるから……あなたは焼き肉にして食べてね」

妻「鉄板は準備してあるから」

夫「おっしゃああああああっ! 燃えてきやがったァァァ!」

妻「夜中に叫ばないで……近所迷惑」

夫「おおっと、すまねェッ!」

夫「うめえええええッ! いい肉だなァ!」ガツガツ…

妻「ええ」モソモソ…

夫「ところで今夜……久々に燃え上がらねぇかァ!?」

妻「……疲れてるから、また今度ね」

夫「ちくしょおおおおおおおおおおッ!!!」





この夫婦の一日は、だいたいいつもこんな感じである。

ある日の休日──

< 公園 >

休みの日、夫婦は二人で散歩をする。

夫の休日に、妻がかき氷屋の定休日を合わせる形をとっている。



夫「う~ん、いい日差しだな! 気持ちいいぜェ!」ググッ…

妻「……ちょっと暑いわ」

夫「よっしゃ、ベンチに座るか!」

妻「日陰がいい」

夫「んじゃ、あそこのベンチは半分だけ木陰になってるから、そこにすっかァ!」

妻「そうね」

夫「ソフトクリーム買ってきたぜ!」

妻「……ありがと」

夫「冷たいな……ちぃと燃やすか」ゴォォ…

夫「うおおおおおっ!? 溶けちまったァァァ! ドロドロだァ!」ジュワァ…

妻「少し凍らせようかしら」パキィィン…

妻「……硬い」ガリッ

夫「ハッハッハァ~、楽しいなァ!」

妻「ええ……とても楽しいわ」

ベンチでくつろぐ二人のもとに、若い男女がやってきた。

魔法使い「よぉう、お二人さん」

女魔術師「ハァイ、お二人」

夫「なんだ、バカップルじゃねえか! なんか用か!?」

魔法使い「な……俺はこんな奴と付き合ってねえよ!」

女魔術師「そ、そうよ! 勝手にカップルにしないでよね!」

妻「乳繰り合いはいいから……用件は?」

魔法使い「うぐっ……!」

魔法使い「いいか、今年の『氷炎祭』で、“二頭の竜”をやるのは俺たちだ!」ビシッ

女魔術師「そうそう!」

“二頭の竜”とは──

『氷炎祭』のクライマックスで行われる演目。

炎魔法の使い手と氷魔法の使い手が、炎竜と氷竜を演じるのである。



魔法使い「ここ数年はずっとアンタらがやってたが──今年は俺たちがいただくぜ!」

女魔術師「そうよ! あなたたちをやっつけてね!」

夫「そうはいかねぇ! オレたちにとってもあれは特別なイベントだからなァ!」

妻「……そうね。まだあなたたちにゆずる気はないわ」

魔法使い「ようし、そうと決まれば勝負だ!」ビシッ

魔法使い「よぉし、俺からいくぞ! 炎よ、舞い上がれ!」パァァ…

ボォォォッ!

夫「ふん、ぬるいぜ! こんなもんじゃオレは燃やせねぇよォ!」

夫「紅蓮の炎よ、燃えろォォォォォ!」

ゴォワァァァァァッ!

魔法使い「うわぁぁぁっ!」

女魔術師「冷気よ、凍らせなさい!」パァァ…

ビュオォォォ……

妻「もう少し冷たい方が……好みだわ」

妻「極寒の冷気よ、凍らせてちょうだい……」

パキィィィンッ……

女魔術師「きゃあぁぁぁっ!」

炎と氷の魔法勝負は、夫婦の完勝であった。

魔法使い「くっそ~! やっぱりかなわないか! あっちぃ!」ケホッ…

女魔術師「今日も負けちゃったわ……あ~寒い」ゾクゾク…

夫「オレらは毎日のように炎魔法と氷魔法を扱ってんだ! 年季がちがうぜ!」

夫「しかも、仕事とは別に特訓だってしてるしな!」

妻「ええ、付け焼刃は通用しないわ」

妻「それにたしかあなたたちの得意魔法は──」

妻「魔法使い君は土魔法で、女魔術師ちゃんは雷魔法でしょうに」

魔法使い「『氷炎祭』の代表を決めるんだから、炎魔法と氷魔法で勝負しなきゃダメだろ」

妻「……妙なところで律儀ね」

魔法使い「それに得意魔法同士で勝負したら、なおさら勝負にならないしな」ニヤッ

夫「うるせぇぇぇっ!!!」

妻「怒鳴らないで……気持ちは分かるけど」

魔法使い「とにかく……まだ『氷炎祭』までは時間があるし」

魔法使い「俺たちはまだ諦めたわけじゃないからな!」

魔法使い「いくぞ! これから炎魔法と氷魔法の特訓だ!」

女魔術師「うん!」

タッタッタ……



夫「ハッ! アイツらを見てると、昔のオレたちを思い出すな!」

妻「……そうね」

今回はここまでです

よろしくお願いします

そんなある日──

町に一人の賢者がやってきた。



賢者(ここが炎竜と氷竜を祀っているという町か……)

賢者(なんでも炎魔法と氷魔法の申し子ともいうべき男女がいるとか……)

賢者(ふふっ、いい腕試しの相手になりそうだ)



賢者とは、魔法を専門に学ぶ者にとっては、最高峰の称号のひとつである。

賢者称号を得た者の中には、後進の育成に励む者もいれば、

一人で魔法の研究を行ったり、己の強さを磨く者もいる。

この賢者は後者のタイプであった。



賢者(とはいえ、長旅で疲れているし、まずは公衆浴場で英気を養うとしよう)

< 公衆浴場 >

ザバァァァ……

賢者(いい湯だ……)ザバァ…

賢者(──む、あそこにいる若者。なかなかの魔力の持ち主だな)

賢者「ちょっと君」チャプ…

魔法使い「ん?」

賢者「この町に魔法使いの男女二人組がいると聞いたんだが、知っているかな?」

賢者「なんでも氷と炎の魔法を得意とするとか……」

魔法使い「!」

魔法使い「アンタ……それを知って、どうするつもりなんだ?」ザバ…

賢者「私は旅の賢者でね。ぜひとも戦いたくて、この町まで来たんだよ」

賢者「氷の竜と炎の竜を祀るこの町に相応しいその二人とね」

魔法使い「…………」

魔法使い(ようするに、腕試しがしたいってことか?)

魔法使い(なぁ~んかコイツ、えらそうで気に食わねえし)

魔法使い(俺と女魔術師がスルーされてるってのも気に食わねえ!)

魔法使い(だれがあの二人を紹介してやるもんか! 俺たちがやってやる!)

ザバァッ!

魔法使いが立ち上がる。

魔法使い「そりゃ俺と女魔術師のことだ!」ビシッ

賢者「ほう」

賢者(態度は大きいが、サイズは並みだな)

魔法使い「アイツも今女湯に入ってるから、ここを出ればすぐ勝負できるぜ!」

賢者「これはこれは運がよい」

ザバァ……

賢者も立ち上がる。

賢者「では、手合わせを願おうか」

魔法使い(こいつ……! で、でかい……!)

賢者「──おっと、その前になにか冷たいものを食したいのだが」

魔法使い「だったら、いい店を紹介してやるよ!」

< かき氷屋 >

妻「ご注文は?」

魔法使い「土みたいなチョコレート味!」ビシッ

女魔術師「雷みたいなレモン味で!」

賢者「宇治金時をいただこうか」

妻「……少々お待ちを」

……

……

……

妻「どうぞ」コトッ

賢者「ほぉ~う、これはうまそうだ!」

魔法使い「だろ!? 風呂上がりにここのかき氷を食うのは最高なんだ!」

魔法使い「これ食ったら勝負だからな!」

賢者「うむ、うまい! 口の中でふわっと溶けていくな!」シャクシャク…

魔法使い「へへへ……だろ!?」シャクシャク…

女魔術師「ああっ、きたわ!」キーン…



妻「……あの人は?」

客「俺もよく分からねえが──」

客「なんでも各地を旅して色んな魔法使いと勝負してる賢者らしい」

客「で、バカップルがこの町を代表して受けて立ったんだってさ」

妻「……なるほど」

妻(私たちより先に、あの二人と出会ってくれてよかったわ……)

妻(私は戦いは好きじゃないし……あの二人と戦えば、あの人も満足するでしょうしね)

賢者「ごちそうさま」

賢者「さぁ……来るがいい」スッ…

魔法使い「いくぞっ! 特訓の成果を出すぞっ!」

女魔術師「うんっ!」

魔法使い「炎よ、舞い上がれ!」パァァ…

女魔術師「冷気よ、凍らせなさい!」パァァ…

炎と冷気が賢者に襲いかかる。

ゴォォッ! ビュオォォ……!

賢者「ふむ……」

しかし、賢者は顔色一つ変えずに、左右の手でそれぞれを受け止めてみせた。

魔法使い「な、なんだとっ!?」

賢者「…………」ハァ…

賢者「やはり、こんな田舎町に私に対抗できる魔法使いなどいるわけもない、か」

賢者「ぬんっ!」ボァァ…

バシュウッ!

賢者は二人の魔法をあっさりとかき消した。

魔法使い「く、くそっ! 『氷炎祭』めざして特訓したってのに!」

女魔術師「まだよ……! あたしたちの実力はこんなものじゃない!」

魔法使い「炎よ──」

女魔術師「冷気よ──」

賢者「まだ力の差が分かっていないとは……若気の至りだとしても笑えんぞ」

賢者「氷と炎よ、二人を痛めつけろ」ボァァ…

ズオオオオッ!

魔法使い「うわああああっ!」ドザァッ…

女魔術師「きゃああああっ!」ドサッ…

二対一の魔法勝負は、魔法使いと女魔術師の完敗に終わった。

賢者「いい湯だったし、かき氷もうまかったから、期待していたが──」

賢者「しょせんは田舎町、魔法に関しては大したことなかったようだ」

魔法使い「なんだとぉ~!」ググッ…

女魔術師「も、もうやめようよ……。かなわないよ……!」オロオロ…

魔法使い「うるさい! お前は下がってろ!」

賢者「やめておけ。君たちでは到底私の相手にはなれん」

魔法使い(くっそ……こんな奴に負けたんじゃ、情けないやら悔しいやらだぜ!)

魔法使い(絶対に……炎魔法でコイツに勝つ!)

魔法使い「ほ、炎よっ!」

賢者「くどい!」バッ

ボワァァァァァッ!

魔法使い「ぐわああああっ!」

賢者「身の程を知れ、若造!」

魔法使い「ち、ちくしょう……俺は……」ググッ…

賢者「この程度で、この町一番の炎魔法と氷魔法の使い手とはな。笑わせてくれる」

賢者「この分ではここで祀ってる氷の竜と炎の竜とやらも大したことなかろう」

賢者「近々行われるという……『氷炎祭』とやらもな」フッ…

魔法使い「!」ビキッ

魔法使い「俺たちの町をバカにすんじゃねえよォ!」バッ

賢者「ふん」サッ

ドゥンッ!

賢者の放った衝撃波で、魔法使いがついにダウンしてしまう。



ザワザワ…… ドヨドヨ……

「お、おい止めろよ……」 「どうやってだよ……」 「あの二人がああも簡単に……」

魔法使い「う、ぐぐっ……!」

賢者「こんな若造にここまで反抗されるとはな……腹立たしさすら感じる」

女魔術師「も、もうやめてよ……! お願い!」

賢者「私は寛容な性格だが、魔法に関してはささいな悪ふざけも許せんのだ」

賢者「殺しはせんが、きつめのお灸をすえてやる!」ゴゴゴ…

倒れている魔法使いに、トドメを刺そうとする賢者。



妻「……待って」

賢者「ん? かき氷屋の店主か……なんの用だ?」

妻「もう勝負はついてるでしょ」

妻「それと、あなたがいっていたこの町一番の炎魔法と氷魔法の使い手は──」

妻「私たち夫婦のことよ」

賢者「!」

妻「その子たちは……土魔法と雷魔法が得意だもの」

賢者「そういうことか。もっとも得意魔法で勝負しても、結果は同じだっただろうがな」

賢者「……では、君と旦那さんが私の相手をしてくれるというのだね?」

妻「ええ」

賢者「よかろう、ならば二人同時に相手をしてやろう。すぐに夫を呼んできたまえ!」

妻「……分かったわ」

女魔術師「あ、あたしが呼んでくる!」

女魔術師は公衆浴場に駆け込んだ。

< 公衆浴場 >

夫「──なんだと!?」

女魔術師「ごめんなさい。あたしたちが軽はずみに勝負を受けちゃったせいで……」

夫「ハッ! かまうもんか! お前らはなんも悪くねぇぜ!」

夫「オレたちがお前らのカタキを取ってやる!」

夫「町長、早退させてくれェッ!」

町長「町の名誉がかかっておるしな……仕方あるまい!」

夫「友人、魔法石を頼んだぞ!」

友人「オーケー! お前の情熱をぶつけてやれよ!」

< かき氷屋 >

賢者「……旦那の方はあの公衆浴場で働いていたのか。なかなかいい湯だったよ」

夫「うおおおおっ! ありがとよォォォッ!」

夫「だが、お前はここでオレたち夫婦がぶっ飛ばすぜ!」

妻「……声が大きい」

賢者「ではさっそく始めよう。かかってくるがいい」

夫「いわれなくても……なァァァ!」ゴォォ…

妻「ええ」パキィィィン…

賢者(この魔力……。たしかに、さっきの二人よりはできるようだな)

夫「うおおおおおッ! 紅蓮の炎よ、燃えろォォォォォッ!」ゴワァァァ…

妻「凍らせなさい」ビュオァァァ…

強烈な炎と冷気が賢者に迫る。

賢者「──だが」

賢者「この程度の使い手ならば、これまでにいくらでも倒してきた!」ババッ

先ほどのように、片手ずつで二人の魔法を受け止める。

夫「なんだと!? オレの燃える炎がァ!?」

妻「なんですって……」

賢者(む……さすがにあなどれぬ圧力だ)ググッ…

賢者「多少、本気になってやろう」

賢者「炎と冷気よ、押し戻せ!」ボァァ…

ズオァァァァァ……!

賢者は夫の炎には炎で、妻の冷気には冷気で対抗し始めた。

二対一にもかかわらず、夫婦は完全に押されていた。

夫「ぐううっ! ちくしょぉぉぉぉう!!!」グググ…

妻「くっ……」グググ…

賢者「得意分野で負けるのは、悔しいだろうが……恥じることはない」

賢者「なにしろ、私は全ての魔法を得意としているのだからね」

賢者「最低限の魔法教育を受けたにすぎないであろう君たちと」

賢者「賢者称号を取得してからも、腕を磨き続けた私」

賢者「最初から分かっていたのだ! 相手になどならないと!」ボァァァ…

ズアッ!!!

賢者から発せられた魔法が、完全に夫婦の魔法を押し込んだ。

夫「ぐおおあああああっ!!!」ドザァッ

妻「きゃっ……!」ドサッ

魔法使い「くっ……!」

女魔術師「あの二人でも……!」

ザワザワ…… ドヨドヨ……



夫「ち、ちくしょォ……!」ガクッ…

妻「ううっ……」ガクッ…

賢者「どうやらさっきの魔法使いとちがい、かなわないと悟ったようだな」

賢者「まぁ……なかなかのレベルではあったよ。あくまでなかなか、だがね」

賢者「これからもいい湯とおいしいかき氷を提供してくれたまえよ」クルッ

賢者「ハッハッハ……」ザッザッ…

二人をあざ笑いながら、賢者は立ち去っていった。



夫「くそぉっ、くそぉぉぉぉっ!!!」ガンッ ガンッ

妻「完敗、ね……」

その夜──

< 自宅 >

夫「……ちくしょォォォォォッ!」ガンッ

夫「なんでだよ!? 毎日のように炎魔法を特訓してるってのに!」

夫「仕事でも炎魔法を使ってるってのに! まるで歯が立たなかった!」

夫「オレはまだまだ燃えられてねぇってのかよォォォッ!」

妻「……うるさいわ。少し黙って」

夫「お前は悔しくないのかよォ! 完敗しちまったってのに!」

妻「……悔しいに決まってるでしょ」ポロッ…

夫(な、涙……!)

妻「私だって……努力してきたもの」

夫「……すまねえ」

夫「…………」グッ…

夫「よっしゃ、気持ちを切り替えよう! ウジウジすんのは性分じゃねェ!」

夫「あの賢者に負けたのはたしかにメチャクチャ悔しいが──」

夫「『氷炎祭』も近いんだしよ! 落ち込んでちゃいられねぇよな!」

夫「オレらが中途半端な“二頭の竜”をやったら、バカップルにも悪いしよォ!」

妻「……そうね」

夫「じゃあ、今日はとっとと寝ちまおう!」



家の明かりがいつもより早く消えた。

しかし、悔しさは一向に収まらず、二人はなかなか寝付けなかった。

一方、その頃──

< 宿屋 >

賢者(炎と氷の使い手か……。二組とも、まるで期待外れだったな)

賢者(風呂とかき氷だけは認めておいてやるがな)

賢者(しかし、こんな田舎町まで足を運んでおいて、これだけではつまらん)

賢者(そういえば、この町の近くにある山には、炎竜と氷竜が眠っているとか──)

賢者(そうだ、せっかくだから……!)ニヤ…

賢者もまた、あることを思いつくのであった。

今回はここまでとなります

翌朝──

< 自宅 >

妻「あなた……コーヒー」コトッ

夫「…………」

妻「あなた?」

夫「!」ハッ

夫「お、おう、悪いな! うおおおおっ! 沸騰させるぜェェェ!」ゴォォ…

妻「私は凍らさないと……」パキィィン…

夫&妻「…………」

夫&妻「ハァ……」

夫「オレ……ゆうべはろくに眠れなかった……!」

夫「なぁ、やっぱりこのままじゃ終われねぇよ!」

夫「もう一度……あの賢者に挑戦しようぜ!」

夫「オレの炎魔法とお前の氷魔法で、リベンジしてやるんだ!」

妻「朝から大声出さないで」

妻「……だけど賛成。私だって悔しいもの」

妻「このままだと、魔法使い君と女魔術師ちゃんも可哀想だしね」

夫「よっしゃ、決まりだ! メシ食ったらリベンジしにいこうぜ!」

夫「昨日のうちにこの町を出たとは考えにくいし、きっと宿屋にいるはずだァ!」

妻「だから大きな声出さないで」

< 宿屋 >

主人「──あの賢者さんかい?」

主人「たしかにウチに泊まってたけど……今朝早く出かけちまったよ」

主人「多分……もう町を出ちまったんじゃねえかな」

夫「くそぉ~、遅かったかァァァ!」

妻「……仕方ないわ、帰りましょ。今日は休みだし、家で大人しくしてるのが一番よ」

夫「ハァ~……しばらくこの悔しさは忘れられそうにねぇな」

妻「ホント」

夫婦が宿屋を訪ねていた頃──

賢者は炎の竜と氷の竜が眠るという『竜の山』にいた。



< 竜の山 >

賢者(このパンフレットによると……中腹にほこらがあるのか)ペラッ…

賢者(ほこらに安置されているであろう封印石を倒せば、封印を解けるはずだ)

賢者(むかし事故があってから立ち入り禁止とのことだが、かまうものか)

賢者(せっかくこんな田舎まで足を運んだんだ)

賢者(せめて竜ぐらい倒さねば、ただの観光で終わってしまうからな……)

三十分ほどで、賢者はほこらにたどり着いた。

賢者「ここか……」ザッ

賢者(やけに厳重に管理されているな。鎖でがんじがらめになっている)

賢者(私なら簡単に破壊できるがね)ボァァ…

ズドォンッ!

ほこらの中には封印石が立っていた。

賢者「お、あったあった。予想通りだ」

賢者「こいつを倒せば、眠っているという竜が目覚めるはずだ」

賢者「さぁ、私と勝負だ! 炎竜と氷竜!」ドカッ

ドサッ……



すると──

ズゴゴゴゴゴ……!

賢者「!?」

巨大な地響きと唸り声が、辺りを駆けめぐる。



グオオォォォォォ……! ピギャアァァァァァ……!



賢者(な、なんだ……この巨大な魔力は!?)ゴゴゴ…

賢者(並みのドラゴンのものではない……!)ゴゴゴ…

賢者(最強の竜といわれる、皇帝竜にも対抗できるほどではないのか!?)ゴゴゴ…

賢者(いや、まさかな……気のせいに決まっている!)ゴゴゴ…



シ~ン……



賢者「と、止まった……」ゴクッ…

地中から、二頭の竜が飛び出してきた。



ズボォッ!!!



炎竜「グオオオオオォォォォォォォンッ!!!」

氷竜「ピギャァァァァァァァンッ!!!」



賢者「な、な、な……!」

賢者(や、やはり……! この巨体、この魔力……気のせいなどではない!)

賢者(まさか、こんな辺境にこれほどの竜が……!)

賢者(ひょっとして……私はとんでもないことをしてしまったのでは……!)

炎竜「人間よ……」

賢者「!?」ビクッ

炎竜「あれほどいっておいたのに、正規の手順を踏まずに」

炎竜「我らを目覚めさせてしまうとは、いったいどういうことだ?」

賢者「うあ、あ、あ、あ……」

氷竜「こうなってしまうと……ワタシたちも自分を制御できません……」

氷竜「力を使い果たすまで、暴れるしかありません……」

氷竜「なんとか……止められるなら止めてください」

炎竜「ガ、グ、ゴォォ……」ビキビキ…

氷竜「ギャアァ、オォォ……」メキメキ…

“正規の手順”を踏まなかったためか、急速に炎竜と氷竜の理性が失われる。

炎竜「グオオオオオオオオンッ!!!」

氷竜「ピギャアアアアアンッ!!!」



ゴオォォォォォ…… ビュゴォォォォォ……



賢者「くううっ……!」

賢者(と、とてつもない魔力だ!)

賢者(まるで、火山と氷山がいきなり近くに現れたような……!)

賢者(まずい……このままではあの町が滅ぼされてしまう!)

賢者(大きなダメージを浴びせれば、倒せずとも、きっと正気に戻せるはず!)

賢者「お、おのれぇっ! ──やってやる!」ババッ

賢者は炎竜には氷魔法を──

ズバァッ!

氷竜には炎魔法を──

ゴワァァッ!

賢者「ハァッ、ハァッ……!」

賢者「全力で叩き込んでやった……! これでどうにか……!」



炎竜「グオオオオオオオオオッ!!!」

氷竜「ギャアアアアアアアンッ!!!」



賢者(効いてないだと……!? こ、こんなことが……!)

賢者「うっ、うわぁぁぁっ!」

山の異変は、すでに町の住民にも伝わっていた。

< 町 >

ゴゴゴゴゴ……! 

「なんだなんだ?」 「地震か!?」 「ただの地震じゃないぞ!」



町長「もしや、炎竜様と氷竜様の封印がまた解けてしまったのでは……!」

友人「だけど、あれからほこらは厳重に封印しておいたはずっすよ!」



女魔術師「きゃああああっ!」

魔法使い「俺につかまれ! 絶対守ってやる!」ガシッ…



夫「うおおおおおっ! こりゃもしかして炎竜様と氷竜様か!?」

妻「……一大事ね」

< 竜の山 >

賢者は炎竜と氷竜に必死に抵抗するが、まるで歯が立たない。

賢者「ぐはあっ!」ドザッ…

賢者「ひいいっ! つ、強すぎる……!」



炎竜「グルルルルルル……」ズシンズシン…

氷竜「ギャォォォォォン……」ズンズン…



賢者(まっすぐ山を下りていく……! このままでは町が……!)

賢者「く、くそぉっ! 賢者の名にかけて、どうにかしなければっ!」

賢者「止まれ、止まらんかぁっ!」

賢者「突き刺す冷気よ!」バッ

ビュオアッ!

炎竜「グルルゥ……」ズシンズシン…

賢者「灼熱の炎よォ!」バッ

グオワァァッ!

氷竜「ギャォォン……」ズシンズシン…



賢者(ダメだ……私の魔法では注意をひくことすらできん!)

賢者(世界最高クラスの魔法使いでなければ、とても止められん!)

賢者(せ、せめて……町の住民を避難させなければ! 大勢の死人が出てしまう!)

賢者は全速力で、町に走った。

< 山と町の境目 >

山と町の間にある道路には、大勢の町民が待ち構えていた。

賢者「ハァ、ハァ……!」

賢者「ま、町の……!」

魔法使い「アンタだったのか、氷竜様と炎竜様の封印を解いちまったのは」

友人「ったく……やっかいなことしてくれたもんだ!」

賢者「す、すまなかった……!」

町長「謝って済むんなら、憲兵はいらんぞい」

賢者「分かっている! できるかぎりの償いはする!」

賢者「──って、なにを落ちついているんだ! 逃げろ! 逃げるんだっ!」

賢者「あの竜たちは、こんな町など簡単に破壊してしまうぞ!」

賢者「もう疲れ果てるまで暴れさせるしか手はないんだ!」

魔法使い「…………」

魔法使い「大丈夫だよ」

賢者「へ?」

女魔術師「だって……この町にはあの二人がいるんだもの!」

賢者「あの二人……?」

賢者(この町には、まだ私が知らない二人組がいたのか!?)

賢者(いったいどんな奴らなんだ……!?)

町民が絶大な信頼を置く“二人組”とは──



夫「ったく、バカなことしやがってェ! こんなことやりたくねぇんだ!」ザッ…

妻「ホント……」ザッ…



賢者(こ、この二人だと!?)

賢者「なにをいっている! この二人の魔法ではどうにもならん!」

賢者「二人がかりで私にかなわなかったレベルなんだぞ!」

魔法使い「大丈夫だっての」

女魔術師「やらかした人は、黙って見てなさいよ」

賢者「くっ……」

賢者(昨日、あの二人が私に対して手を抜いていたとは思えない……)

賢者(もしや、竜を再封印する特殊な術を知っているとか……?)

もはや、二頭の竜は間近に迫っていた。

ズシン…… ズシン……

炎竜「ギャオオォォォォンッ!!!」

氷竜「ピギャァァァァァスッ!!!」



夫「炎竜様、氷竜様ァ!」

夫「町を壊されちゃまずいんで、正気に戻ってもらいますよォォォ!」

妻「……いきます」

夫「うおおおおおおおおおおっ! 寒い、寒いぜぇぇぇぇぇ!」ブルブルッ…

夫「凍てつく氷よォ! 盛り上がれェェェェェッ!!!」ババッ



ズゴゴゴォンッ!!!



炎竜「グオオオオッ!?」

氷山のような氷の塊が、炎竜の全身を捕え──動きを封じた。

炎竜「……む」ハッ

炎竜「どうやら……またお前が私を止めてくれたようだな」



夫「ど、どもっ!」ガタガタ…

夫「う~……さぶい! ハーックション!」

妻「火よ、踊りなさい」ボソッ…



ブオォワァァァァッ!!!



氷竜「ピギャァァッ!」

巨大な竜巻と化した炎が、氷竜を呑み込み──動きを止めた。

氷竜「……あら」ハッ

氷竜「またアナタがワタシを止めてくれたのですね。無理をさせましたね……」



妻「……いえ、平気です」ダラダラ…

妻「暑い……ですけど……(どうしましょ、汗が止まらない……)」ダラダラ…

二人の魔法を目の当たりにして、困惑する賢者。

賢者「……どういうことだ、これは!?」

賢者「夫は炎魔法を、妻は氷魔法を得意とするんじゃなかったのか!?」

友人「ちがうんだなぁ~、逆なんだよ逆」

友人「あいつらは、夫は氷魔法の、妻は炎魔法の素質が高いんだ」

友人「実は数年前にも、事故で封印が解けちまったことがあるんだけど──」

友人「そん時、炎竜様と氷竜様を止めたのも、あいつらだったからな」

賢者(だから、あのほこらはあそこまで厳重に封じられていたのか……)

友人「しかもあいつら、全然練習しないでアレなんだぜ?」

友人「いや、俺の目がたしかなら、今の魔法はあの時よりすごかった」

友人「つまり……練習しなくても、上達してるってことになるな」

賢者「な、なんだと……!?」

賢者(まさに、氷魔法と炎魔法の申し子ではないか……!)

賢者(それぞれが商売に使っているほど熟練してるであろう魔法は)

賢者(私に到底かなわぬレベルだったのに──)

賢者(まったく練習していない魔法は私を遥かに凌ぐというのか!)

賢者(いったいどうなってるんだ、この夫婦は……!?)

夫「さて、と……竜のお二人!」

夫「落ちついたところで、山に戻ってもらえますかァ!?」

妻「勝手に目覚めさせておいて申し訳ないのですが……」

炎竜「いわれなくてもそうするつもりだ」

氷竜「ええ、眠たいですしね」ファァ…

炎竜「ただし、ひとつだけいっておく」

炎竜「我々とて、あの山で静かに人間を見守っていたいのだ」

炎竜「ほこらと封印石の管理を、もっと厳重にしておくように!」

夫「分かりましたァァァ!」

妻「今度は壊されないように、もっともっと厳重にしないとね」

こうして、炎竜と氷竜は再び眠りについた。

賢者「おい……君たち!」ザッ…

夫&妻「?」

賢者「なぜだ……なぜ昨日は私に手加減をしていた!?」

夫「ハッ! なにいってやがる! オレたちは全力だったぜ!」

妻「ええ……悔しいけどね」

夫「なにしろ、オレらはあまりの悔しさに、ゆうべまともに眠れなかったほどだ!」

賢者「だったらなぜ……昨日は今の魔法を使わなかった!?」

夫「なんでって……決まってるよなァ!?」

妻「ええ」

夫「オレはな、氷魔法は寒いから嫌いなんだ! ハッキリいって使いたくねぇんだ!」

妻「私も炎魔法を使うと、暑くてたまらないのよ」

賢者「だが、さっき使った魔法を使えば、私にあっさり勝てたはずだ!」

夫「オレは勝つのが好きなんじゃねぇんだ……」

夫「炎魔法が好きなんだよォォォォォ!」

夫「大嫌いな魔法で勝負に勝ったって、なんも嬉しくねえんだ!」

妻「……同感」

賢者「な……!?」

夫「っつっても、さすがに町の危機にそんなワガママはいってられねえがな!」

夫「氷魔法ぶっ放したのなんて、何年ぶりかな……」

賢者「も、もったいない……! そんな好き嫌いで……」

賢者「炎魔法と氷魔法に関していえば──」

賢者「君たちの素質は、世界に名だたる魔法使いにも匹敵してるかもしれないのに!」

賢者「ちゃんとした訓練を積めば素晴らしい使い手になるはずだ!」

夫「オレの仕事は公衆浴場のボイラーだからな! 興味ねぇや!」

妻「私も、かき氷を売るのが仕事だしね」

賢者「し、しかし!」

魔法使い「いくらいっても無駄だって!」

女魔術師「ああいう人たちなのよ、あの夫婦は」

町長「ふぉっふぉっふぉ」

町長「仮にあの二人が素質があるからと、嫌いな魔法を無理に訓練をしたとしても」

町長「案外、大成はしないかもしれんしのう」

町長「苦手だけれども好きな魔法をがんばって特訓することで」

町長「嫌いな魔法の腕も上達してる、というところもあるかもしれん」

賢者(そ、そういうものなのか……?)

賢者(ううむ、魔法とは……まだまだ奥が深い)

賢者(私もまだまだ未熟……ということか……)ガクッ…

町長「ところで、賢者とやら」

賢者「!」

町長「大事には至らなかったとはいえ」

町長「おぬしの軽はずみな行動が、この町を滅ぼしかけたのは事実」

町長「さっきおぬしはどんな償いもする、といっておったな?」

賢者「そ、そのとおりです……」

町長「というわけで、一週間後に迫っている『氷炎祭』運営を手伝ってもらおう」

町長「おぬしの魔法を駆使して、十人分、いや百人分は働いてもらうぞよ?」

賢者「は、はい……分かりました! 全力を尽くします!」

町長(今年は準備が遅れておって人手が足らんかったんじゃよな)

町長(助かったわい……)ニヤ…

町長「さぁて、皆のもの!」

町長「せっかくこうして町民が集まったんじゃ!」

町長「『氷炎祭』の準備を皆で始めようではないか!」



オーッ!!!



一致団結する町民たち。



夫「うおおおおおおおっ! 燃えてきたぜェェェ!!!」

妻「ふぅ、せっかくの休日がつぶれちゃったわね」

………………

…………

……

今回はここまでとなります

『氷炎祭』当日──

< 会場 >

町じゅうに炎竜と氷竜を模した飾りつけが施され、人々は大いににぎわう。



ワイワイ…… ガヤガヤ……



主婦「あら~、ずいぶんいい服じゃないの」

町娘「うふふ、この日のために作ったんですよ~」



父「よぉ~し、好きな食べ物を買ってやるぞ!」

少年「やったぁ!」

マッチョ「も、もうダメ……」オエッ…

ガリ「ビール一杯で酔うなんて、君は酒が弱いなぁ」グビグビ…



賢者「ビールいかがですか~! つまみいかがですか~!」ガチャガチャ…

老人「一本もらおうかい」

青年「ボクも!」



ワイワイ…… ガヤガヤ……



友人「いよいよ祭りもクライマックスっすね!」

町長「ふぉっふぉっふぉ、あの夫婦の出番じゃな」

< 舞台裏 >

“二頭の竜”を演じるため、炎と氷をイメージした衣装を身につけた夫婦。

夫「よっしゃあああああっ! いよいよオレらの晴れ舞台だ!」

妻「ええ」

魔法使い「ちくしょう……今年は俺たちがやりたかったぜ……」

女魔術師「うん……」

夫「悪いな! 来年はお前らにゆずってやっからよ!」

妻「だけど……なぜ“二頭の竜”にこだわるの?」

妻「あなたたちは炎魔法も氷魔法もそれほど好きではなかったのに……」

魔法使い「そ、それは……」

女魔術師(そういえばあたしは、こいつがやりたいっていうから手伝ってただけで)

女魔術師(そこまで“二頭の竜”をやりたいわけじゃないのよね)

女魔術師(なんでだろ?)

魔法使い「え、えぇと……」

夫「ハッキリしゃべれ! 男だろうがァ!」

魔法使い「うっ……!」

魔法使い「俺も……アンタたちみたいなことがしたかったんだ!」

夫「オレたちみたいなこと?」

魔法使い「昔、アンタは奥さんと“二頭の竜”を演じた後に」

魔法使い「その勢いで奥さんにプロポーズしたっていってたろ?」

夫「おう」

妻「そんなこともあったわね……」プイッ

夫「おいおい、照れるなって!」

妻「……もう」

魔法使い「俺も……そういうことがしたかったんだよ!」

魔法使い「俺……女魔術師のこと、好きで好きでたまらないんだけどさ」

魔法使い「そういうきっかけがないと、付き合ってくれ、なんていえないし……」

魔法使い「だから、“二頭の竜”を演じたくて──」

夫&妻「…………」キョトン…

女魔術師「…………」ポッ…

魔法使い「?」

夫「お前……いっちゃったじゃねぇか! 本人の目の前で!」

魔法使い「あ……!」

魔法使い「あぁぁぁぁぁーっ!!!」

女魔術師「し、知らなかったわ……」

女魔術師「だから、あんなに“二頭の竜”にこだわってたのね……」

魔法使い「あ、いや、その……」

女魔術師「じらすの嫌いだし……とっとと返事しちゃうわよ」

女魔術師「いいわよ! 付き合いましょ!」

魔法使い「マ、マジか! やったぁ!」



夫「ハッ! こっちは今から晴れ舞台だってのに、のろけやがって!」

妻「ホント」

妻「……というか、二人はとっくに付き合ってるものと思ってたわ」

夫「だけど、よかったな! これでお前たちは正式にバカップルってわけだ!」

魔法使い「“バ”は余計だけど、ありがとう!」

魔法使い「んじゃあ、俺たちはもう“二頭の竜”やらなくていいや」

魔法使い「ってことで、来年もアンタらがやってくれよ!」ビシッ

夫「ハッ! 勝手な小僧だ!」

妻「ホント」



係員「お二人とも、そろそろお時間です! 舞台に上がってください!」



夫「いよっしゃああああああっ! いよいよか! 燃えるぜェェェ!」

妻「くれぐれも……冷静にね」

ワアァァァァァ……

大喝采の中、魔法と踊りで“二頭の竜”を演じる二人。



夫「灼熱のブレスでえ~、岩をも溶かしてみせぇ~るぅ~」

ボォワァァァッ!



妻「極寒のブレスで~、滝だって凍らせてみせる~わぁ~」

ビュオォォォォッ!



「いいぞぉー!」 「かっこいい!」 「やっぱ祭りの最後にはこれがなきゃな!」

「ヒューヒュー!」 「この二人の“二頭の竜”は最高だな!」 「ステキ~!」




みごとに炎竜と氷竜を演じる二人に、町民たちは大いに盛り上がった。

賢者「なるほど……美しい」

賢者(この夫婦は自分の性にあってない魔法を得意とするという運命を背負ったが)

賢者(この“二頭の竜”を見ていれば、二人がその運命に抗おうとしているのが分かる)

賢者(みごとだ……)



友人「そぉ~れ、アンコール! アンコール!」パチパチ…



町長「ふぉっふぉっふぉ、酒がうまくなるわい」グビッ



魔法使い「俺たちも……あの二人みたいになりたいな」

女魔術師「うん、きっとなれるよ!」

< 竜の山 >

炎竜≪今年も……盛り上がっているようだな≫

氷竜≪にぎやかな声がここまで響いてきますよ≫

炎竜≪人間たちよ……我らのことを大切にしてくれてありがとう≫

炎竜≪我らはずっと、お前たちを見守っているぞ……≫

氷竜≪ええ、ずっと……≫





“本物”にも見守られつつ、『氷炎祭』は大盛況のうちに幕を閉じた。

< 自宅 >

夫「いやっほォォォォォッ!」

夫「今年も大成功だったな! 祭りも! “二頭の竜”もよォ!」

夫「また来年もがんばろうぜ!」

妻「そうね」

夫「まだ興奮冷めやらぬって感じだよな!」

妻「そうでもないけど」

夫「ハハハ、お前は相変わらずだなァ!」

夫「ところでよ……久々に燃え上がらねぇか?」

妻「…………」

妻「いいわよ。私だって……たまには燃えたいもの」

夫「うおおおおおおおおおっ!!!」ガバッ

妻「もう……がっつかないの」

夫「お前の肌は白くて冷たくて心地いいぜェ!」

妻「あなたの肌もたくましい熱さだわ……。溶けてしまいそうだけど……大好き」

………………

…………

……

それからしばらくして──



< 公衆浴場 >

友人「おい、今日はもう帰れって!」

夫「だがよォ……まだ客も多いしよ……」

友人「なぁ~に強がってんだよ! すぐにでも帰りたいくせに! さ、行け!」

夫「す、すまねえ……!」

ダダダッ!



友人「ったく……アホか、アイツは」

町長「オーナー権限で、無理やり早退させるとこだったわい」

< 病院 >

夫「うおおおおおおおおッ!!!」ドドドッ



ナース「あら、旦那さん! 相変わらずお元気ね!」

妻「あなた……」

夫「う、う、産まれたか!? ど、ど、どうだ!?」

妻「ええ、元気な男の子……」

夫「うおおおおおおおっ! よっしゃああああああああああああっ!!!」

妻「病院よ……静かにして」

夫「す、すまん」

夫「しっかし、オレとお前もついに人の親か!」

夫「オレたちの子は、炎魔法と氷魔法、いったいどっちが得意なんだろうな?」

妻「さぁ……」

妻「案外、どっちも苦手だったりして……」

夫「ハッ! そんならそんでいいさ!」

夫「魔法なんか苦手でも全然かまわねえ! 元気でいてくれりゃいいのさ!」

妻「……そうね」

夫「ハッハッハッハッハァ!」

妻「ふふふ……」

赤子「キャッキャッ」パキィン…

ナース「…………?」

ナース(この子、右手にいつの間に氷なんか持って……どうしたのかしら?)

赤子「うぅ~、うぅ~……」メラッ…

ナース(左手はちょっと熱を持ってるし……病気ではないようだけど……)



妻「そうそう……早く名前を決めてあげてね」

夫「お、おう! そうだったな!」

夫「う~んと、う~んと……!」



炎竜と氷竜の真の申し子は、ひょっとするとこの夫婦の子供なのかもしれない──





                                 ~ おわり ~

読んで下さった方、ありがとうございました

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