杏「おっす、プロデュー…………死んでる」 (78)



 
 人が死ぬ話だよー
 陰鬱だよー



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1413444281




 暗室で唯一発光しているテレビが、煌びやかな世界で踊る少女を映していた。
 対面のソファーで寝ている私は、ただ胡乱にそれを見ていた。

 どこかぎこちない、だけど、溌剌とした動きでステージを駆ける少女は、弾ける笑顔でこちらに手を振っている。

 私は――――








 00:暗闇に一人








 働くのも。動くのも。もしかしたら、生きることさえも。

 何もかもが億劫で、面倒くさくて、怠くて。
 ただ寝て起きて寝るだけの毎日が送ることが出来れば、ああ、どれだけ楽な人生なのだろうか。

 もっと楽に生きたい。
 かったるいことはなしで、もっともっと、気楽な人生を送りたい。

 死ぬまで死んだように生きていたい。
 今私の口にある飴の様に、それは甘い考えなのだろう。
 それこそ、飴を舐めるごとく、人生を嘗めている。 






『アイドルになれば、印税で一生楽に生きていけるぞ』

 ふと思い出す、かつての言葉。
 昔の私はとてつもなくアホだった。
 こんな甘言にホイホイ騙されて、だらだらとした人生とは真逆の生活を歩んでしまったのだから。
 思い出す。思い出す。
 思い出し、苛つく。
 ひょろりとした体型。ムカつくぐらい、柔和な笑み。包むような低い声。
 脳裏にチラつく度に、心が掻き毟られる気がした。
ぐちゃぐちゃした何かが、私の胸でぐるぐる回り、浮かぶのは、イラつき。

 それをかき消す様に、かき消したくて。
 私は強く奥歯に力を込める。 




 ガリ、と口の中の飴が、音を立てて崩れていく。
 そのまま乱雑に噛み砕き、私はすぐ手元に置いた袋を引き寄せ、無造作に手を入れた。
 中身を見ず、抜く。
 手には白い飴。薄荷味。私の嫌いな飴で、アイツが好きな飴だった。

 くるりと紙の袋を剥いて、そのまま口に放り投げる。
 辛味の様な清涼感。独特の味。私が苦手な味。


「マズ……」





 一つ悪態をついて、しばし口の中で白いそれを転がす。

 思い出す。
 思い出す。
 思い出す。
 思えば、あの男と私は、何もかも違かった。
 味覚の好みも。人生への考え方も。存在そのものが違う人間だった。
 薄荷味が好きで、情熱に溢れてて、ただがむしゃらに生きていた。
 思い出す。
 思い出す。




「順番が……」

 口の中で、飴が豪快な音ともに砕け散り。
 口内を噛んでしまったのだろう、途端舌に刺す鉄の味。
 ついで、と言わんばかりに頬に伝る冷たい水。


「順番が、違うだろうが……」


 止めに私の口から出た弱さ。



 一つ、分かった。
 薄荷の味は、血にくらべれば幾らかマシらしい。
 口内を漂う生暖かい苦味は、最早悲しみを打ち消すかの如く、猛烈に不快だった。


 なんでやる気溢れ、輝く人が先に逝き、ダラダラと生きる私が残るのか。
 私には分からなかったし、考えるのも怠くて、でも、思考は止まらなかった。


 飴はやがて溶けてなくなる。
 内部の鈍い痛みも、マズイ鉄の味も、何れはなくなる。
 ただ心中にあるムカつきは、今でも噛み砕くことが出来なかった。


 歌い。踊り。笑顔を振る。
 アイドル。
 どんな冗談か私はそう言う存在で。


 私をその道に引き入れた男が死んで、二ヶ月が経っていた。




 リノリウムに血溜まり。土色の顔。冷たい体。倒れた椅子。割れた蛍光灯。


 蛍光灯を換えようとしたところ、椅子から転び、頭部を強打。当たり所が悪く、そのままポックリ。
 笑ってしまう。
 最初に見つけたのが私、と言うのも含めて。



 暗闇に一人。ソファーの上で私は涙を流した、
 モニターの向こうでは、ツインテールの少女がはにかむ笑顔を見せている。
 画面越しの少女に、私は笑いかけようとして、だけど頬の筋肉が歪に曲がっただけだった。







 01:手首を切りました







「……なにこれ」

 古ぼけたビルの、古ぼけたテナント。
 その中にあって、多少マシに小奇麗な応接室。
 窓際に、椅子に座りながら両手を組んで机に置いた初老の男性が居る。
 そして、部屋の中央に座り心地が微妙なソファーに鎮座する――――私。


 革張りのソファーに深く体を沈ませて、私はテーブルの前に置かれた書類を手に取った。
 私の名前に、私のプロフィールに、私の顔写真。加え、どこかの芸能事務所の情報がちらほら。
 疑問符が突発的に口から出たものの、大凡、この書類の意味を、私は分かっていた。





「……引き抜きの話が来ている。是非、双葉君に来て欲しいと言う事務所が、いくつか」

 初老の男性――この事務所の社長は、草臥れて、それでいて優しくゆったりとした口調でそう言った。
 そして、ため息を一つ。重く、硬く、疲れきったその吐息は、全ての負債を身に積めようとする苦悩がありありと出ていた。

「色々な事が……あった」

 私は黙って聞いていた。

「……今、君がこの事務所にいるメリットは……双葉君が望むなら、すぐにでも――――君なら、どんなところでも――――」
「私は行かないよ」

 社長のゆっくりとした、幼児に言い聞かせるような、底抜けに優しい言葉を、私は遮った。
 聞きたくない。
 そんな話は、聞きたくない。




「私は、どこにも行かない」

 手に持った書類を乱雑に放し、私は社長に向かい合った。
 白髪に皺の目立つ顔はただ無表情で、だけど瞳は優しいままだった。

「……理由を、聞いても?」

 しわがれた暖かい声。
 それを聞いて、私は目を瞑った。
 社長は、底抜けにお人よしで、薄暗いものが渦巻く芸能の世界にあっても、どこまでも『良い人』だ。
 今のこの事務所の現状を鑑みて、そしてそれが、所属するアイドルに相応しくない、そう考えているのだろう。
 だから、移籍を促していた。君の為、彼女の為、アイドルの為……この人は、そう言う人だ。

 だけど、だけどだ。


 私がいなくなったら、この事務所はどうなる?






 自惚れかもしれない。傲慢かもしれない。

 しかし、事実として、分かる。

 私がいなくなったら、この事務所は――終わる。物理的に、と言うか、経済的に、だ。
 元々が少人数の、弱小事務所だ。
 そして今や、アイドルを売り出すプロデューサーさえも、いない。
 そんな中、紛いなりにも一番露出が多い私がいなくなれば――――考える迄もない。


 笑える。もしくは、笑えない。
 だらけ切って、面倒くさがりで、やる気が皆無の私が、こんな、こんなことを考えるなんて。
 面倒は嫌いだ。働きたくはないし、あるいは動くのだって、最低限でいたい。
 だけど、それでも、身体を動かさなくても、頭は動く。





 なくなるのか、ここが。この事務所が。

 こんなカタチで、終わるのか。
 あの子が、社長が、皆が、あいつが……私が愛したこの事務所が、終わってしまうのか。


 そんなのは、真っ平だ。


 ああ、らしくない。この私が、私が……





 瞑っていた目を開け、私は適当に髪を掻いた。


「まぁ……社長にタメ口を聞ける事務所なんて、ここぐらいだから。居心地の良いところからは、動きたくないよ」

 照れ隠しと、真実と、嘘が混じった言葉。
 はっきり言って、今、ここは居心地の感で言えば、最低に近いものがある。
 泥沼。その言葉がしっくり来る。


 しかし、いや、だからこそ、
 このままでは、駄目だ、駄目なのだ。
 人は欠け、暗闇が溢れていても尚、私は、あの時の輝いた日常を、もう一度、また。




「……そうか」

 社長は顔を笑みの形にした。

「前川君も、輿水君も……島村君も……佐久間君も。みんな、残ると言ってくれたよ……」
「そっ……」


 私は素っ気無い言葉で返事をしたが、心中で安堵した。
 他の皆の胸中迄は分からないけれど、それでも、まだここに残りたいと、皆がそう願っている。


 それで十分だ。
 今は、その思いさえあれば、いつか。
 私の中にある小さな希望。
 私が、らしくなく、とても、らしくなく、だけど、私が『頑張る』ことで。
 事務所も盛り上がって、もう一度、あの時の様に。
 そう、なれば。


 しかし、その灯火はどうしようもなく矮小で。
 容易く呑まれてしまう。大口を開けている絶望に。





 扉を叩く音が、二回。
 社長が扉に向かい、どうぞと言うと。


「失礼します」


 そう言って、今居る最年少のアイドル、幸子が片手に紙を持って部屋に入って来た。
 幸子はちらりと私の方を見て、ついで、社長を見た。
 その様子を見て、社長は話はもう終わったよ、と穏やかに言った。
 そうですか、とだけ幸子は言い、社長の机に持っていた紙を置いた。

「今から撮影の仕事に行って来ます。あと、電話がいくつか」

 冷たく、揺るがず、未だ中学生とは思えない程平坦な声で、幸子は言う。
 そして終わりに私に掛けた「電話番、お願いします」という言葉も、単なる事務仕事、事務処理。




 私は、かつての輿水幸子を思い描こうとして、止めた。
 無駄だ、無駄なのだ。希望を持つのはいい。らしくはないが、やる気、を出すのも、まぁいい。
 だが、これは。これは、もう、私の手に負えるものでは。

「輿水君、どうかね……佐久間君の様子は……」

 報告は以上と言わんばかりに、即座に踵を返す幸子の背中に社長は声を掛けた。

「一応、安定していますね」

 幸子は振り向き、言って。

「ただ、昨日、手首を切りました」

 やはり無表情のまま、そう締めた。




「ヘアピンで、ですが。大丈夫です。刃物の類は全部なくしていますから。まぁ衝動的なものでしょう」


 絶句。
 言葉が出ない。
 部屋に漂うどうしようもない閉塞感に、息苦しささえ感じてしまう。


 社長は無言で、私も、表向きには顔に色は出さなかった。
 けれど、出来得るのなら私は即座に頭を抱えたかった。
 場合によっては溢れる絶望感に何か喚いていたかもしれない。
 しかし、それは許されない。
 最年少の幸子が、危ういところで踏み止まっているのだ。それを、どうして私が弱さを出せるのか。





 今から出ます。
 電話がいくつか。
 留守番お願いします。
 手首を切りました。


 全く同じ口調で、幸子はそう語った。
 彼女の顔を見る。
 ぞっとするくらい、冷たい顔。
 かつての自信に溢れて、その分一生懸命で、皆に弄ばれて、好かれて、笑いあっていた彼女は、もう、ここにはいない。
 あまりにも――――あまりにも、幸子は重荷を背負いすぎている。そしてそれは、やはり彼女しか背負えなくて。
 私には、何も出来ない。
 どうしようもないくらい、無力だ。
 やらない、ではなく、出来ない。出来ない。





「……引き続き、よろしく、頼む」
「はい」

 社長は、これまた事務処理をこなすかの如く、冷たい口調で幸子に告げる。
 しかしそれは、明らかに無理をしているのが見え見えで。 
 幸子はここで笑った。

「ボクに任せて下さい」

 それは儚く、悲しく、弱弱しい笑みだった。
 扉が開き、幸子が出て行って、また閉まる。
 その閉開音もまた、あまりにも脆弱で、私は何かに祈るように、天を見上げた。
 けれど天井に神様はいない。ただ無機質に光る蛍光灯だけが、嘲笑うようにちらついていた。





 続く。


こういうの好き、期待
あと、なんとなく杏以外の面子の組み合わせに見覚えがある

ブラ透けてそう

幸子が振られた話の人かな
期待

綱渡りな世界観、好きだなぁ
期待大

期待大、ちいさい事務所の設定すき

殺伐としてて寂寥感もあるけどいいね

やっぱりブラ透けてるSSと似てるよな
文体が

ギャグかと思って開いたらとんでもないシリアスだった…


 そうだよブラ透け書いた奴だよ。
 続きだよ。





 02:マチガイ







 社長室から出ると、こじんまりとしたオフィスのソファーに一人、寝そべっているのが見えた。
 私に気づいたその人物――前川みくは、茶色の髪を靡かせてにこやかに笑った。


「お、杏チャンだ」
「よっ」


 八重歯を見せながら手を振るみくに、私も同じく手を振り返す。
 そうしながら、私はみくが寝ているソファーの机を挟んで対面にあるもうひもう一つのソファーに体を沈めた。

 古く、ぼろっちいソファーだ。

 しかし、慣れた匂いや感触は、暗い気持ちにあった私を多少和ませてくれる。あくまで、多少。






「社長に呼ばれたの?」


 みくは私が呼ばれた意味がわかっていたのだろう(と言うか、社長の話からすれば私の前にもう全員が同じような話を受けているのだから、当然かもしれない)、体を起こして、表情を少し真剣なモノにして言う。
 当然、移籍するか否かの話、だ。
 

「そうだよ」
「杏チャンは、その……」
「行かない」

 みくが言う前に私はばっさりと言う。
 こればっかりは、これだけは私は変えない。曲げない。


「私は移籍なんかしない」


 若きアイドルとして、この選択はどうなのだろうか。
 未だ十七歳の私が、問題を抱えた事務所に囚われる謂れはないのかもしれない。

 しかし、そんなものはどうでもよかった。

 アイドルとしてではなく、双葉杏として。
 私は、ここから出て行かない。










「そっ……かぁ」


 みくはまるで猫の様に、その場でぐいっと体を伸ばした。


「みくも……残るんだよね」

 私がそう聞いたのは、私の弱さゆえ、だ。
 誰も出て行かないという話は聞いている。

 しかし、それでも、きちんと口にして貰いたかった。

 いまや、みくは私が頼れる数少ない人だから。

 みくはにゃははと笑い頬を掻いた。


「みくは、まぁ野良猫だった時期が長かったから……今更ネドコから離れたくないし、出て行く理由もないにゃ」






 そう言えば、みくは素人からスカウトされてここに来たのではなく、元々セルフプロデュースしながらこの業界で生きてきたのだと、ふと思い出した。
 ふざけた様な語尾だけど、みくはずっと強く、真面目だ。


「まぁ、確かに、ちょっと、良くない状況だけど……」


 みくはそう言って言葉を切り、ちらりと私ではなく、私の斜め上をじっと見ていた。
 なにかあるのかと私は振り向いたが、視線の先には空調の管がある薄汚れた天井しかなかった。
 天井ではなく、みくにしか見えない何かに、思いを馳せていたのだろうか。


「ここは」


 少し強い語気でみくが言い、私はまたみくと顔を合わせた。

 やはり真剣で、強く堅い芯がある……気がした。
 


「潰さない。潰させないよ。みくがこの事務所を守る」











 言い切ったみくは、瞬時に人懐っこいいつもの顔に戻した。

「杏ちゃんも、助けてくれるのなら、ありがたいにゃあ」

 言われるまでもない。

「……私に出来る範囲でなら」
「にゃはっ、やる気だね。そう言えば最近、杏チャンの『えー、だるぅい……』って声、聞いてないにゃあ」
「茶化すなよ……」
「にゃははは、ごめんにゃ。でも、杏チャンが居るなら、百人力にゃあ!」


 みくに明るい笑顔に、私も釣られて笑ってしまう。
 束の間だが、かつての光景が戻った様に感じ、不意に目頭が熱くなった。
 私はこんな泣き虫だったのか。自分でもそう思う。
 気取られないように、私はあくびをして、誤魔化した。







 と、そこでだ。



「おっはよー!」



 良く通る声と共に、勢い良く事務所のドアが開いた。
 その声の持ち主、卯月はいつもと変わらない、無邪気な笑みを浮かべている。


「おはようにゃあ、卯月チャン」
「……おっす」


 みくはなんら平素と変わりなく返したが、対して私は、少しぎこちなく返した。
 どうしても、どうしても、萎縮してしまう。卯月は、何も、何も悪くは、ないのに。


「うん、今日も頑張ろうね」


 ――頑張る。
 卯月の代名詞と言うべき台詞を放ち、彼女はぐっと両腕を構えた。
 変わらない、変わらなさすぎる。
 プロデューサーがいなくなってからも……いや、それよりも前、あの時から……ずっと。







「って、私すぐレッスンだった! じゃあ、また後でね!」


 そう言って、卯月は挨拶もそこそこに、何やら予定を再確認して、足早に事務所から出ようとする。
 私は、ほっと息を吐いた。

 だけど。


「あ……」


 卯月が開けるよりも早く、事務所の扉が開いた。
 呆けた声を上げたのは、先ほど出ていたった筈の幸子だった。


 ――最悪だ。

 
「どうしたのかにゃ?」
「いや、ちょっと忘れ物を」







 みくの呼びかけに幸子はそう答え、今は誰も使ってないデスクの上にあった書類を何枚か、丁寧に鞄の中に入れた。
 そうして、幸子は卯月と向かい合った。


「………」


 卯月は無言だった。
 彼女の瞳は、心なしか、濁っている様に見えた。


 卯月は笑った。
 幸子も笑った。











「おはよう、加奈ちゃん!」
「おはようございます」












 私は叫びたかった。その場で、泣いて喚いて、叫びたかった。
 違う、と。マチガイだ、と。
 だけど、それをしても、もう。


 違う名を呼び、答え、笑顔を交わす二人。
 
 私はその光景に堪らず目を逸らした。
 目線の先には、対面に座るみくが居て、だけど彼女は、マチガイから目を逸らしてはいなかった。
 みくは、真っ直ぐな瞳で、肩を並べ部屋から出て行く二人を、終わりまで見つめていた。

 私は、私には無理だった。
 猛烈な吐き気を感じ、二人が居なくなった後、私は即座に手洗い場に向かった。
 みくと顔を合わせることも出来ない。情けなくて。













 プロデューサーが死んで、二ヶ月が経っていた。
 それはつまり、一人の少女がいなくなって、一人の少女が心を壊して、もう半年が経ったということだ。




 時間の経過で、なんとかなると思っていた、最初は。
 けれど、時が齎したのは、更なる欠落。支柱の崩壊。
 なんとかしたい。
 そう、思った。
 社長から移籍の話を受けて、みくと話をして。
 私は、使命感、とでもいうのだろうか、とにかく、ここを守りたい、あの頃に戻したい、そう、思った。
 思ったのに。
 私が、私が、これを、どうにか、しなければ。
 そう、思うのに。


 どうにか、どうにか、どうにか。


 どうにか――――出来るのか? 私が?








「加奈……プロデューサーぁ……」


 うっとおしいくらい人懐っこい少女の笑み。
 うざったいぐらい暑苦しい男の姿勢。
 全てが混ざり合い、私は、誰かに、何かに、助けを求めたくなった。


 震える手で、ポケットから、写真を取り出す。
 かつて、わざわざセルフタイマーを使い、事務所全員で取った写真。
 プロデューサーが笑っている。加奈が笑っている。
 社長も、みくも、卯月も、幸子も、まゆも、私も、みんな、みんな笑っている。


「くっ……………は、あ」


 私は、口から漏れる嗚咽を我慢することしか、出来なかった。
 勿論、頬を流れる水は、止められない。








 続く。


え・・・え?・・・・・・・・・え???

デューサーだけが消えたのではなかったのか…?

Pが死ぬ前から壊れてたのか島村さんは

ブラ透けの続編なのか…?

続編じゃなくてパラレルじゃないかな、たぶん


ブラ透けとは別物だよー。
配役かぶっているのはこの子たちが書きやすいからだよー。
ごめんね、カーチャン、ワンパターンでごめんね。
続き。





03:逃げるな









『もっと俺に甘えてもいいんだぞ』
『休みたい』
『それは駄目だ』







 私は、かつて、よくプロデューサーに対し、駄々を捏ねていた。
 仕事行きたくない、だるい、休みたい。
 だけど、それでも私は、自分から勝手に仕事やレッスンを休んだことはない。
 別に、本気で休みたくはなく冗談で言っていた、という訳ではなくて。
 責任を負いたくなかった、ということだ。
 サボる責任を。だらける責任を。自分ではなくあの男に負わせようとした。


 ほら、そうすれば、悪いのは私じゃない。悪いのは、休んだほうではなく、休みを認めたほう。


 働くのも頑張るのも嫌だが、面倒な責任を負うのも嫌。







 そんな、自分勝手な考え。


 だけれども、あの男も、よーく分かっていたのだろう、私の考えを。
 この業界に入ってから、私のサボタージュは成功した試しがなかった。
 結果、私はだらけきったアイドルでありながら、仕事はきちんとこなす、なんとも矛盾した存在になっていた。



 ……私が休んだのは、私が仕事をキャンセルしたのは、一度だけ。
 加奈が、今井加奈が、ライブのリハーサル中に落ちてきた照明に巻き込まれたと聞いた、あの時だけ。
 そして誰も、そのことで私を責めは、しなかった。







 全てがおかしくなったのは、この時からだ。
 加奈は、今も病院のベッドで眠り続けている。目を覚ますことなく、事務所に何が起きたか、知る由もなく。
 ただ、眠り続けている。



 薄暗い部屋で一人、私はいつものように、テレビを見ていた。
 モニターに映っているのは地上波の放送ではなく、手ブレが激しい、安っぽい録画映像。
 加奈の最初の……もしくは、最後のライブの映像だ。
 液晶の向こうにいる、明らかに緊張で震えている少女は、それでも笑っていた。






「今日は天気がいいですね」
『きょ、今日はてて天気がいいでしゅねっ!』


 私の呟きと、加奈の台詞が一致する。
 もう、覚えてしまった。彼女がどのタイミングで、何を言うかを。
 なぜ急に天気の話をしだしたのかは、分からないままだけれど。


 加奈はいつも一生懸命で、いつも頑張っていて、自分に何が出来るのか悩んでいて。
 つまるところ、ありふれた少女で、ありふれたアイドルで。
 だけど、それがまた魅力だった。







「がんばれー……」
『頑張れー!』
『あ、ありが、ありがとうございますっ!』


 噛み噛みでわけの分からないMCに客席から飛ぶ激励の声。
 すると、映像の加奈は大げさに頭を下げた。
 なんとなく、穏やかで暖かい雰囲気がモニター越しにも見える気がした。

 誰もが声援を伝えたくなる少女。



 今井加奈は、そんなアイドルだった。


再登場が迫ってるのにぃ・・・






 ある意味で、必然だったのだろう。
 彼女の喪失が、事務所を狂わすことになったのは。
 一番影響が顕著なのは、加奈と最も仲が良く、またあの事故に居合わせた卯月だった。


 卯月は、幻影に囚われている。


 加奈の幻影に。元気一杯で、事務所を賑わせていた加奈が、今も変わらない姿をとっていると言う、幻想。
 加奈はいない。いなくなった。
 なのに、卯月は加奈が見えている。見えてしまっている。


 ……幸子を加奈として、見てしまっている。







 なぜそうなってしまったのか、実は私はよく分からない。
 加奈と共通点が薄い幸子を、どうして、卯月は加奈として見るようになったか、私には分からない。
 私は、あれから、碌に卯月と話していない。

 怖いからだ。
 恐れているからだ。


 卯月のあの狂気に……自分も呑まれてしまいそうな、そんな恐怖。
 私は怖くて堪らない。私もああなってしまうのかもしれない。
 そう思えば、私は卯月と目を合わす事が出来ない。
 誰が私の正気を証明してくれる? そうならないと、胸を張って言えるのか?






 事務所の歯車は狂いっぱなしだ。



 卯月は幻を追いかけて。
 幸子は感情を鈍らせ。
 まゆの自傷癖も、加奈がいなくなってからで。
 私はそんな彼女たちから目を背け続けた。
 社長は、あれからかなり白髪が増えた。
 プロデューサーは、目の隈が消えなくなった。


 変わらないのはみくぐらいだった。そう言う意味でも、みくは強いのだろう。
 みくだって、加奈の喪失に、何も思わないわけないのに。 






 そうこうしているうちに、これだ。

 私は、すぐそばにある飴の袋に手を入れて、適当にひとつ掴む。
 中身を見ず、くるりと紙の包装を剥ぎ取り、口に入れる。苺味。

 ぐるぐる。
 心に思い浮かぶ様々な感情がぐるぐるとうねり、意味もなく、私は髪をぐしゃりと掻き毟った。
 右手にくすんだ金色の髪が纏わり付き、それをイラつきをぶつけるように、ぶん、と振り払った。

 悲しみ、空しさ。あと、怒り。

 あんたが、あんたがこんな時にいなくなってしまったら。
 どうして、どうしてどうして――――どうすれば。

「くそっ、くそっ……!」

 悪態をつく。飴を噛み砕く。手には振り払え切れない髪が残り、私の頬に涙がつたる。






 プロデューサーが死んで。
 でも卯月は元には戻らない。
 まゆは自傷を更に重ねる様になり。
 その面倒を幸子が一心に負い。
 みくも社長も抗っていて、彼女には彼女の仕事が、アイドルとしての仕事が、社長には社長の仕事ある。限度。限界。
 二人だけでは、どうしようも出来ない。


 ここで。

 ここで。ここでここでここで。
 このタイミングで、動かなければいけない人間。
 抗わなければいけない人間。
 決まっている。決まっていた。分かっていた。






 思い出す。




『お前ぐらいの年齢だったらな、もっと大人に甘えていいんだ。アイドルでも、なんでも。その為に、俺がいるんだから』
『じゃあ、休ませてよ』
『それは駄目。ま……ともかくな、駄々は捏ねたいうちに捏ねとけ。ただ……』
『ただ?』
『……いつか、どうしようもないことに立ち向かわなきゃいけない時が来る。その時は』


 





 その時は。


「逃げるな……」


 どうしようもないこと。
 立ち向かわなきゃいけない時。
 それが、恐らく今なのだ。
 私が、私が今、やらなければ。
 また飴を取り出す。袋を剥く。口に入れる。薄荷味。


「逃げるな……!」
『い、いっしょうけんめい、が、がんばり、ますっ!』


 映像の加奈が、ぎこちない動きでステップを踏み始めた。





 続く。

おつおつ

卯月は狂気を背負わされること多いよな

頑張りますって口癖からしてちょっと病み臭がするのよね

頑張り過ぎちゃったのかな…

おい加奈の新しいSR来たぞ…

あぁ、劣情を催す良いケツだった(ゲス並感)

いい感じに依存台詞だったな新SR

1ヶ月経ってれぅー

まだかなー

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月08日 (火) 10:37:28   ID: yKPNpyk_

あー、そうだったいい所で終わってたんだった
この人SSまだ書いてんのかね
アニメ後はだいぶ雰囲気変わったから気になる

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom