我那覇響のむちむちぷりん (53)


「うぎゃーっ! むちむちぷりんって何さー!?」

「しょうがないだろ…そういう仕事なんだからさ…」

と、おれはため息まじりにいった。

おれは芸能765プロ所属のBランクアイドル、我那覇響の担当プロデューサーを務めている。
これまで何度も響をなだめすかし、励まし、その才能を引き出してきたおれだが
今回の企画ばかりは響を説得するのに骨が折れそうだった。

おれは皮肉をこめていった。

「それにこないだの誕生日に『大人になりたい』と言ったの、響じゃないか」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1413038675


「あ…あ…、あれはそういうつもりで言ったんじゃないの……」

しどろもどろになって声のトーンを下げる響を横目におれは胸ポケットから携帯を取り出した。
通知が来たのである。相手は『むちむちぷりん』のCM企画を発案したメーカーの人だった。

「どうですか。765さんの方で、出てくれそうなアイドルは決まりましたか」

と受話口の向こうで彼はいった。

「われわれとしては、四条さん、三浦さん、我那覇さんを候補にしていて
そのなかでも、健康的なイメージの強い我那覇さんに演っていただければ
ギリギリのインパクトを狙えて上手くいけそうだという感触があるんです。
あの、そちらに送付した資料の企画コンテを読みましたか」


「ええ、拝見させていただきました」

おれは手元の資料をぺらぺらめくりながら声をひそめていった。

「たしかに、これは貴音や、あずささんが演ると、インパクトが過剰になってしまいますね」

「そうですね。まず、『むちむちぷりん』という新製品の印象を残すことが大事ですからね。
苦情のことも考えて、あの、あまりワイセツすぎないように」

「ええ、ええ。わかります」

「はい、はい。それで我那覇さんはどうですか。出てもらえそうですか?」

「まあ、あの、今から話してみます。本人もユキジルシさんのプリンは好きなので
喜んでやってくれると思います」

「ああ、よかった。あの、企画コンテの趣旨をよくご本人に説明して、指導をお願いします。
撮影の日には女性スタッフをメインで揃えておきますから、安心してもらえれば」

「はい、はい、ありがとうございます。健康的なイメージで」

「ええ、ええ、健康的なイメージで『むちむちぷりん』を」

「はい、『むちむちぷりん』を」

「はい、765さん、CM出演の件、どうぞよろしくお願いします」

「ええ、ユキジルシさん、どうもありがとうございます。響ともども精一杯やらせていただきます」

そういって、おれは携帯の通話を切り、響に向き直った。


響は膨れっ面でおれを睨んでいた。

「自分、出るだなんてまだ言ってないぞ…」

「なあ、頼むよ。先方は響を指名なんだ」

おれはなかば懇願するようにいった。

「それにこのCMは健康的なイメージを押し出すんだ。撮影日には女性スタッフも揃えるといってる。
商品をアピールするだけなんだ。なにもいやらしいことじゃないんだ」

「う、うん……でも、貴音やあずささんだとインパクトが強すぎる…ってさっきプロデューサーが。
つまり、そういうことでしょ…?」

と、響がジト目になっておれを見た。
おれは慌ててかぶりを振った。

「いやいや、そうじゃない。CMとは商品を売り出すためであって、CMの演出や雰囲気に相応しい出演者が必要なんだ。
貴音やあずささんだと、その、ふたりの谷間が、よけいに強調されてワイセツだと苦情が来るかもしれない。
その点、響のキャラクター性だと、いやらしさが消えて『むちむちぷりん』という製品の素直なアピールになるんだ」

「……プロデューサーも、そういうヘンタイな目線で見て、つまり消去法で自分に決めたってことだよね…
……そんなCM、出てやるもんか!」

「ば、ばかっ!」

とおれは怒鳴った。

「このCM企画は、響の新たな一面を押し出す、良いきっかけになると思ったから引き受けたんだ。
なんで、たかが胸の谷間に、『むちむちぷりん』をのせて、「食べちゃいたい♪むちむちぷりん♪」と
言ってぱっくり食うぐらいの事ができんのだ。響、お前ならやれるはずだ」


「そ、そんなの恥ずかしいってば!」

「恥ずかしくない!」

「うがーっ! プロデューサーは女心がわかってないんだ!」

ここから変態プロデューサーだの罵られ、プロデューサーは自分に胸が足りないと思ったから選んだんだだの
見当違いのことを言われ、ほとほと弱りきったおれは方針を転換することにした。

「うーむ。じゃあ響、簡単なオーディションでもやるか?」

「オーディション? ……なに? いつもみたいにエッチなことじゃないよね?」

「ば、ばかっ。おれがいつお前にエッチなことをした」

「だ、だって、いつも自分の胸を触ったりしてくるじゃないかっ!!」

「あ、あれは、つい手元がくるったり、響の身体に異常がないかを確かめたりだな…。
と、とにかくっ! 簡易オーディションをやって、誰がいちばん相応しいか決めたらいいだろう。
響、貴音、あずささんの三人で『むちむちぷりん』の内容をやってもらおう」


「貴音とあずささん……二人にはどう説明するんさ?」

「うむ。おれがCMの内容を演技指導する。
先方の強い要望で、撮影日までに必ず企画に沿ったイメージを作ってくれとのことだ」

「プロデューサーが演技指導………」

ぽつりと言ってから響がおれを疑わしげな目でジッと見つめた。

「……演技指導にかこつけて、二人に変なことをしないよね?」

「し、しないよ。うん」

「そこでなんで自信なさげに言うんだ!?」

「しないって、ほんとに」

「うぅ~……、んー……ん! わ、わかったぞ」

「響、分かってくれたか! では貴音とあずささんを呼んで来よう」

と、おれは内心でうきうきしながら立ちあがった。

貴音とあずささんの胸の谷間を一刻も早く見たかったのである。

会議室を出ようとしたおれを、響がスーツの裾をぎゅっと掴んで引き止めた。
目線を横にそらし、頬を赤らめさせて、響はいった。

「あ、あのね、貴音やあずささんにも面倒掛けさせたくないし……
それに向こうは自分を指名してるんでしょ……
……だから、頑張って、自分が出るぞ」


「……お、おう」

「な、なんでそこで元気のない反応なんだ!? もう知らないっ! バカ!」

「いやそうじゃない。感動したんだ。響がこの企画を引き受けるなんて、成長したな、と」

おれは、真っ赤な顔で泣き出しそうな響をなだめる。

「響は本当はこういうの苦手なんだろ? わかるよ……わかる……。
引き受けてくれてありがとう、ちゃんとできるように頑張ろうな」

「……うん。……そ、それでね」

といってから、響は一回深呼吸し、おれを見上げた。

「プロデューサーに演技指導してもらった方が、自分もイメージが掴みやすいと思うんだ。
自分、引き受けた仕事は完璧にやりたいし…、ねっ、協力してもらえる?」


「響の為なら、それはもちろん協力するよ」

「あ! ヘンタイな事をしたらダメだからな!? レッドカードで一発退場させるぞ!」

「そ、それはもちろんだよ」

「う~、不安だぞ…まぁ、いっか! じゃあ、腕タッチ!」

「フー!」

おれは今回は真っ当な腕タッチをし、響と別れ、765プロダクションを出た。


困ったときにはいつでも相談に乗るという大物音楽プロデューサーの存在を思い出したので
彼に演技指導の手法を乞うつもりなのだ。
765プロを出る前に電話で連絡すると、彼は快く承諾してくれ、今すぐ来てくれと
赤坂での居場所を教えてくれた。

おれは途上でタクシーを拾い、指示された場所へと向かった。



彼――武田蒼一の指定した場所は、赤坂の高級ホテルだった。

ここの801号室で、とあるアイドルの作曲をするために缶詰になっているのだという。

おれは土産のウイスキーボトルの入った袋を片手に持ちながら、801号室の扉をノックする。
やや間があって、扉ががちゃりと開き、胸元の肌を大きく露出したYシャツを着た茶髪の男があらわれた。

「そう、僕だ」

と、武田はおれに親愛を込めた目を向けていった。

「ホテルに篭りきりになると退屈でね、話し相手が欲しいところだったんだ。
お土産なんて気を遣わなくてもいいのに。気楽にして入りたまえよ」

本来なら音楽プロデューサーの彼と、アイドルプロデューサーのおれとでは畑が違うのだが
二人の主な活動範囲が狭い東京の芸能業界ということもあり、パーティーなどで接する機会があって
話していくうちに共通性が分かり、今ではお互いの良き相談相手となるほど仲良くなったのだ。

二人の共通事項とは、セクハラ好きというものだが、彼はもっぱら男専門のホモで、おれはノーマルである。
といっても、彼の好みは女っぽい男の子ということで、おれは今まで安心して彼と付き合えているのだ。

「さて、演技指導ということだったね?」

どっかりとベッドの端に腰を下ろし、胸元のボタンを一個外しながら、武田がいった。

「つまり、君がいつもセクハラしてる担当アイドル我那覇くんへの演技指導」


「ええ、そうです。おれは真面目な演技指導というやつが初めてでして」

酒を飲んで話そうという武田の提案に従い、ウイスキーの水割りを二人分作りながら、おれはいった。

「今までは、響に色気を出させる為の演技指導、露出具合を調整する為の演技指導などをやってきたんですが
今回の企画は健康的なイメージを前面に押し出させる為に、決してエロくあっちゃいけないんです」

「それで困って僕のところにやってきたと」

「ええ、武田さん、何かアドバイスを頂けませんか」

おれは武田にウイスキーのグラスを手渡す。すぐに彼は呷った。おれも飲んだ。
ウイスキーをごくごくと二口、三口ほど、嚥下してから、武田はいう。

「つまり、こうなんだな。君は本当は真面目に演技指導しつつセクハラをしたいんだ。
でも、その方法が分からないから、困って僕のところに来たんだ。そうだろう?」

そういってから彼は声を立てて笑った。おれも笑った。
二人でひとしきり笑い合ってから、おれはふたたび彼にきいた。

「その通りです――武田さん、両方を叶える完璧な演技指導というのは、一体どうやるんです?」


「君も知っているとは思うが、演技指導というのは情熱を持ってやるものだ。
だからわれわれの場合、情熱的に指導した結果、つい相手の敏感な場所に触れたり
下世話な話題に入ったとしても、それはそれで仕方がないんだ」

「ええ、それはもちろん肝に銘じています。回数を増やしたり減らしたり不定期にすることで
段々と相手に慣れと隙ができてきて、かつ敏感な箇所に触れる際には考える暇を与えさせない。
しかし、今回の演技指導は特にシチュエーションが難しい」

「ふむ? よければ軽く説明してくれないか」

武田の要望に、おれは身振り手振りを交えて説明する。

「まず、女が裸になってあおむけに退屈そうに寝っころがっている。その上に宣伝する新製品が落ちてくる。
これが、ぷるぷると震える美味しそうなプリンですな。プリンはぷるぷると震えながら女の胸の谷間のなかに着地する。
そのプリンを見てやっと女の顔から笑みがこぼれる。女は上半身を起こし、プリンをひとつかみし、ぱっくりと食べる。
最後に、新製品の名前を言うわけですが、この一連の流れで、重要なのは全体を包む健康的なフレッシュさであって
エロチズムなムードを包括しては駄目なんですな」

「なんともまあ、一昔前の昭和の過激CMみたいだね」

と武田は率直にいう。


「ふ。製品名までコテコテとした古臭さですよ。もっとも背景合成は最先端のCG技術を詰め込んで
うまくスタイリッシュにするらしいし、放送映像ではひらひらした布のCGが響の乳首や股間をうまく隠す。
もちろん、響の方も撮影ではニプレスや前貼りを装着して演技する」

「―――で、我那覇くんは、その作品について君の演技指導を許可したのかね」

「え、今回は向こうからお願いがあったんですよ。でも、エッチなのは駄目だって」

「ははは」

武田は軽く笑ってグラスを口に傾けた。おれも笑って飲んだ。
グラスを完全に干してから武田はいった。

「女というのはそこらへんが実に面倒だが、君の方も肝心なところで鈍感だね。
おっと、気を悪くしないでくれよ。
年頃のアイドルをプロデュースする人なら鈍感でなくちゃいけないからむしろ褒めてるんだ。
君は――鈍感で結構。それに、やっぱり君と僕は似ている」

「フム?」

「好きな相手にしかちょっかいを出さないという点をおいてだ。
僕らの共通点に、不真面目な誠実さがあるんだな。君は我那覇くんを好きなんだろう?
そして、僕らの間で語り合うセクハラの手法も、君は我那覇くんにしか試していない。
おそらく我那覇くんの方でも、そのことに気付いていて、君を憎からず思っているに違いないよ。
彼女、君の前で、やはり隙を作っているんじゃないかな」

「へええ、そうですかねえ。響とぼくがねえ。響にそんな気配がありましたかねえ」

とおれはとぼけてみせたが、顔中に血が迸るのを感じた。おそらく顔が赤くなっているに違いない。
武田はそんなおれを眺めて、にやにやと笑っていた。


「もう焦れったいから、君にこれをやろう」

やがて武田は立ち上がり、スーツケースの前に行き、中から液体の入ったチューブボトルを取り出して
おれに手渡した。ずっしりと重みのあるその感触に、おれは少しびっくりして武田にたずねた。

「武田さん、これは何ですか」

「媚薬入りのローションさ」

「――は?」

「――というの大ウソ。粘度が濃い、ただのペペローションだよ。粘度が濃いと、実にいろいろな用途に使えてね。
ぼくはいつも複数ずつ携帯しているんだ。そのうちの新品を君にやろう」

「すると、これを響に使えというわけですな―――谷間に落ちるプリンの代わりだのといって」

「そうさ。それに彼女、実際に撮影では全裸に近い状態になるんだろう?
その羞恥心に耐える訓練とでも言っておけばいいさ。エロい気分にもなってはいけないとも言ってね。
もっとも、相手が君では分からんし、君の方もね。
――ああ、我那覇くんにそれを塗る時に『媚薬入りローション』だと言っておけよ?」


「フム? どういう事です?」

「ナニ、僕の方でそれをやって成功例があるんだ」

といって彼はウインクした。

「とある仲のいい可愛い男の子に、
『作曲のインスピレーションが湧かないから女の子になってくれ』
といってね、僕の方でむらむらと悪戯心が湧いて、それを媚薬入りだと説明して塗りたくってやったのさ。
すると――彼、思い込みで変な気分になったのか、『武田さん、僕、おかしくなっちゃう』
と可愛い声で鳴いてね、僕は指を二本使って、あれに入れてやったんだ。
それからは――最後まで行ったよ。僕たちはここで愛したんだ。彼、もう僕なしではいられないぜ」

「は、はあ、わ、わかりました。その、ローションをありがとうございます」

そっちの方面に興味の無いおれはぞっと身震いして、ペペローションを袋に仕舞うと、自分のグラスを片付けた。

「それじゃあ、響の演技指導に行ってきます。作曲、頑張ってください」


「なんだ、もう少し居てもいいのに」と不満げな武田の声を背に、おれはそそくさと801号室を出た。
ホテルのロビーを出る途中に、フロアエレベーターに向かう美少女とすれ違い
おやあれは秋月涼というアイドルではなかったかなと、ふと思ったが気にしないことにした。
赤坂にはテレビ局があるので、アイドルやスターが近くのホテルに泊まるのは、よくある事なのだ。

おれは再びタクシーを拾い、響の待つ765プロダクションへと向かった。


765プロ前に到着する頃には、空には夕焼けが濃くなり、腕時計はちょうど午後5時を指していた。
タクシーから降りたおれは、道端の向こうから大きな袋を両腕の中に抱えて、こちらに歩いてくる響の姿を認めた。


「わっ、プロデューサー! どこへ行ってたんだ?」

事務所の前に待ち受けていたおれを見て、響がびっくりした声を上げる。

「いやなに、ある意味、同業者の友達に演技指導の手法を教えてもらいに行ってた」

とおれはいって、響の荷物を持ってやろうと手をのばす。しかし響は渡そうとしなかった。
彼女は腕の中の荷物を大事そうに抱えて、恥ずかしげにうつむいた。

「響?」

「ん…演技指導…、うぅ~……でも……」

「なにが入ってるんだ? その袋」

「わっ! 見ちゃ駄目だぞ!?」

「教えてくれたっていいじゃないか。教えてよ~」

「だめったらダメ! さー、プロデューサー、事務所に入るぞ」

「ああ、いや、それには及ばない」

とおれはいった。

「あの企画の演技指導は、事務所だとやりにくいし、床がべとべとになる。
ここで会ったのもタイミングが良い、このまま二人きりになれるところへ行こう」


「えっ、えっ? ま、待ってよ。じ、自分まだ、心の準備が」

「身体の準備が出来れば、心の準備も出来る」

「えっ? そうなの?」

おれはきょとんとする響の肩を抱いて歩き、路上タクシーを拾い、すばやく座席の中に入り込んだ。
今日は、実に、よくタクシーを使う日である。

運転手におれの家の住所を告げて車を走らせ、隣に座る響に
善は急げだSランクアイドルはチートしか成らずだのと
説得しているうちに、おれはある事に気付く。

「あっ、しまった」

「な、なに?」

と響。

「響、お前、水着持ってないよな? 途中で買っておくか?」

「や、やっぱり! ヘンタイ!」

「ば、ばか! 演技指導とはいえ、まさか全裸になるわけにもいかんだろ」

「…………水着ならもう準備してるぞ」

「えっ、その袋の中に?」

「………うん、他にも色々と」

「そ、そうか。響は準備がいいなあ。あはは、いい奥さんになれるぞ」

「……ばか」

そういって響が頬を赤らめさせて黙ったので、おれも顔中が赤くなるのを感じながら黙っていた。

「ヒュー」

と運転手が軽い口笛を鳴らした。


おれは都内マンションの自分の部屋に響を案内した。

おれの部屋は、仕事が忙しくて着替えと寝に寄るだけの場所と化していたため
引っ越し当初と今もほぼ変化が無く、小ざっぱりしている。

部屋の間取は、玄関、キッチン付きリビング、寝室、バスルーム、トイレ、ベランダ
取り立てていうこともない、一般的な独身男性のマンション住まいというやつである。


「へぇぇ~、ここがプロデューサーの部屋か……」

リビングの中央に立ち、響がきょろきょろと部屋の中を見回す。
響は何度もおれの部屋に行ってみたいと言ってたが、部屋に来るのは今日が初めてなのだ。

担当アイドルにセクハラを仕掛けるプロデューサーの住居に、響が嫌がる風もなくのこのこと付いて来たのは
おれの部屋を見てみたいという好奇心が彼女の中にあった為かもしれない。


おれの脳裏に武田さんの言葉が蘇る。
響がおれを憎からず思っているかもしれないと彼はいったのだ。
またおれが響を好いているとも彼はいった。

しかしプロデューサーと担当アイドルとの恋愛は業界では御法度である。
バレたら大目玉を喰らうのは確実だ。
だからおれや武田はセクハラに走ったのかもしれない。

おれは手元の袋の中のペペローションを見る。
ラベルが貼られていないため、媚薬入りと説明されても真偽がつかなさそうに見えた。


とにかく―――今日一日だけは存分にやってやろう

おれはそう結論付けて、自分の中のフロンティア精神を奮い立たせた。
褐色の美貌を征服するアメリカ的開拓者の気分になったおれは
リビングをそっと出て寝室の中に入って行った。


「あれ、プロデューサー。さっきまで、どこへ行ってたんだ?」

寝室からリビングに戻ってきたおれの姿を見て、響が声をかける。

「演技指導のことだ。ベッドの上がちょうどいいと思って、準備してきたんだ。
響の用意ができたら、いつでも始められるよ」

おれはリビングのソファーに腰を下ろし、わざと余裕溢れる態度を作って、そう答えた。
演技指導のことを聞かされ、響の表情が一瞬凝固する。
おれはそんな響に畳み掛けるようにいった。

「響も――立ちっぱなしもなんだから、とりあえず隣に腰を掛けたらどうだ?」

「う、うん……そうだね……今は、周りに誰もいないし」

と、響はぽつりといって、なぜかおれに必要以上に身体を密着させて隣に座った。

ホットパンツを履いた響の露わな太股部分が、おれのスーツ越しの大腿四頭筋に触れ
響の左肩がおれの右腕の上腕二頭筋に触れる。

そして、そのまま響は黙った。
おれの方も、あの響がという驚きのあまり何も言えなかった。

しばらく、おれたちは、特に面白味のない真正面の空間を見ていた。
お互いの存在と体温を、上腕二頭筋と大腿四頭筋越しに感じながら。


これはいつもセクハラし次の演技指導でもセクハラを仕掛けるに違いないおれに対する
響の意趣返しではないか、と、おれは思い始めた。

つまり、お前なぞこうして女の方から重い雰囲気を作って迫ったらびっくりして何も出来ないのだ
いつもいつもセクハラしてるくせにこっちから迫ったら応える度胸がないのか
それでも男といえるのかフロンティアスピリッツはどこへいったこの意気地なし甲斐性なし鈍感野郎
と、隣で身体を密着させながら響はこう思っているかもしれないのである。

ええい、糞。こうなりゃ毒を喰わらば皿までばりばり食う。初めから徹底的にやれだ。

「そうだな、今はおれたちだけだ」

やっとそんなキザっぽい声を出したおれは右腕を回し、響の右肩の上に手を置いた。
そして左手を伸ばし、響のソファーの上に所在なさげにあった左手を掴んで
二人の接する太股の間に持っていき、その上で手のひらを重ね合わせた。

「こんな味気ない部屋でも、響と二人きりでいるとすごく幸せに感じるよ」

「……」

響は黙ったまま、手のひらを強く握り返し、ポニーテールの頭をこてんとおれの右肩の上にのせた。
響の予想外の反応に、おれはますます混乱してきて、演技と本心が混同した台詞を喋りはじめた。


「おれは君だけなんだよ。ぼくにとっては。そのポニーテールも似合ってる。とても可愛い。
よく頑張ってる。いつもいつも頑張って。どんな仕事も前向きに取り組む。
本当は辛くてもみんなの前では弱音を決して吐かない。ぼくの前でもだ。なぜだ。
ぼくの前ではどんな響だっていいんだよ。ぼくは君と一緒に仕事できるだけで幸せなんだ。
おれは君の完璧な見た目とスタイル――弾けるようなおっぱいと可愛らしいお尻が好きだ。
いや。違う。そうじゃない。そんなのはどうだっていい。ぼくは君の愛くるしい笑顔と
完璧さを目指そうと努力し続ける姿勢、愛情深い思いやりが、ずっとずっと好きだったんだ。
そして、ぼくは君のそんな素晴らしい美点に、心の底から惚れていたんだ。
おれはプロデューサーだから、君の素晴らしい身体を人目盗んだ隙に愛してやれるしかない。
分かるだろう。こうして部屋の中で二人きりになったってことは君も期待しているんだろう。
違う。プロデューサーだからとかそんなのどうだっていい。ぼくは君のすべてを愛したかった。
なにもかもすべてをぶちまけて、君とずっと一緒にいたかった。でもそれが出来なかった。
ぼくは鈍感さを装い道化役を演じて君をいびつな愛し方しかできなかった。
なぜ――素直になれなかったんだろう。響はずっと素直にぼくに接してくれているのに」


喋っているうちに、熱い涙が頬を伝っていた。ぼくは泣いていたのだ。
おれは驚いて、響の手を掴んでいた左手を離し、あわてて手の甲で涙を拭った。

「プロデューサー…」

と、やがて響がいった。


「響」

おれは響が何かを言う前に、腕を引き離して立ち上がり、寝室へ向かう扉の方を指差した。

「寝室はあっち。トイレとバスルームはリビングを出た通路の先にある。
準備が済んだら声を掛けてくれ。遅くならないうちに演技指導を始めたい」

背後の響の方は振り返らなかった。目を合わせるのが怖かったのである。

「……うん」

響はうつむいたままおれの横を通り過ぎて、壁際に置いてあった袋を拾い
胸元に抱きかかえて寝室の扉の前に立った。
そしておれをちらと振り返ったが、すぐに扉を開けて寝室の中に入って行った。

扉の向こうで、床にどさと袋が落ちる音がして、袋の中からごそごそと何かを取り出す音を
聞きながら、おれは茫然とリビングに立ち尽くしていた。

おれは気付いていたのだ。
一瞬、こちらを見た響の目が赤く充血していたことを。


響を待つ間に、おれはラフなTシャツと短パン姿に着替えていた。
むろん、この後の演技指導で、ローションを使用するのを想定してのことだ。

とどのつまり、おれは響への『むちむちぷりん』演技指導に
意識を向けることで、ようやく普段の落ち着きを取り戻したのだった。

響の積極性に取り乱して本心を吐露しようが、それで二人の関係が微妙なものに変わろうが
それらに関わりなく日々は進行するので、なんとしてでも『むちむちぷりん』のCM撮影日までに
先方が依頼したイメージ通りに、響を作り上げなければならないからである。

冷静になって考えてみると、響がおれに見せた態度にも問題があるようにも思えたのだ。

もしも、おれがプロデューサーの領分を忘れていなかったら、あのまま最後までイったことは明白であって
あの響の態度からも、彼女の方もおれの口説きに対し、なし崩し的にすべてを許しそうな雰囲気だったからだ。

響に最初にモーションを掛けた自分の振る舞いを棚に上げて
こうして考えているということも、おれは自分自身でもわかっていた。


なぜならば、おれは我那覇響が大好きだからである。

そして、おれが響のプロデュース活動に従事している以上、響を好きだとか響と親密になりたいという感情は
業務においてマイナス要素でしかないということも、分かり過ぎるくらいに分かっていた。

なぜなら、おれは我那覇響をプロデュースする今の仕事も愛しているからである。

それゆえに、仕事人の感情と自我の感情の矛盾を、いま、改めて自覚した結果
おれは目前の企画である『むちむちぷりん』の演技指導に集中することを当座の結論の着地点に定めたのだった。


「プロデューサー、準備できたぞ!」

その時、響の明るい声がリビングにいるおれに届いた。

おれは矛盾した感情を完全に処理しきれないまま、ペペローションのチューブボトルを持ち、寝室の扉の前に立った。
我那覇響に『むちむちぷりん』の演技指導をするために―――。


「響?」

寝室の扉を開けたおれは、困惑した声を出した。

先程の響の明るい声からは、おおかた寝室の中央位置にでも立っておれを待ち受けているのであろうと
予測して扉を開けたのだが、予想に反して寝室内が暗く、またリビングから射し込む明かりから
響は寝室の床上に立ったり、しゃがんだりしていないことが分かったからだ。

とすれば、響の居所はひとつしかない。
入口から右上隅の壁際に配置された、おれのベッドの中である。


おれは寝室の電灯スイッチに手をのばしかけて、響にきいた。

「響? つけてもいいか?」

「ま、待って!」

響の慌てた声がベッドの位置からした。やはり彼女はそこにいたのだ。

「ねえ……プロデューサー……、自分、やっぱり恥ずかしいから」

と、響はいった。

「まずは、暗くしたままじゃないと……いや、だぞ」

「わかった」

「うん…、プロデューサー、ドアも閉めて」

「む」

おれは後ろ手で扉を閉めた。


おれと響のいる空間は完全に真っ暗になってしまった。

多忙な芸能関係の仕事ゆえにせめて休日ぐらいは昼までぐっすり眠りたいというおれの希望から
寝室には特に遮光性の強いカーテンを設置しているため、カーテンが密閉状態であれば
窓外からの光は、室内にほぼ通さないのだ。

しかし、住み慣れたおれには暗闇の中でもベッドの位置が手に取るように分かっていた。

おれは徐々にベッドまでの距離をつめていき、最後は普段乗り降りするベッド左側の縁をさぐりながら進み
ついにマットレスの側面縁を掴んだ時、響が声をかけてきた。

「プロデューサー、そこにいるの?」

警戒心に満ちた声音だった。

無理もないとおれは思う。
プロデューサーとの演技指導の一環とはいえ、今回は暗い密室に年頃の若い男女が二人きりなのだ。

しかも、響は水着を着ていて、じつに脱がされやすい状態でベッドの中にいるのだし
――おれはおれでホモから譲り受けたペペローションを手に持っているのだ。

もし、今の二人から、プロデューサーとアイドルの演技指導という大義名分を排除すれば
ただのセックスの前段階でしかなかった。

「いるよ。近くに」

と、おれはいった。
この状況を自覚した途端、極度に興奮してきた自分を抑える為に、酷いしわがれ声になっていた。

だが、響はそんなおれにこう言ったのだ。

「プロデューサー? あのね……、自分だけ…み、水着…というのは、すごく恥ずかしいから……
プロデューサーも、脱いでくれる?」


「脱ぐ?」

おれはびっくりしていった。

「だって、おれ、Tシャツと半パンで、その、これは、響の演技指導なわけで」

「だって……自分だけってのは、不公平だと思うぞ」

「それは、しょうがないだろ、響」

「プロデューサー」

と、響がいった。

「プロデューサーが脱いでくれなきゃ、これからずっと、じ自分は見せないし、指一本触らせないつもりだからな」

「響」

と、おれは目をぱちくりとさせた。

「それは、つまり、これからの事を言っているのかい。この状況で?」

「…………」

「えーと、演技指導をするつもりで、こうして、二人きりでいるのに、男の方が脱ぐってのは、ええとその」

「だって、プロデューサー、いつも自分の胸や…いろんなところ触ってくるし」

「響」

「うん、そう…、不公平…だと思うぞ。自分だけ、……恥ずかしい気持ちに、なるの」

「……わかった、わかった。脱ぐよ、響」

おれは半ばヤケクソになって、Tシャツと短パンを脱ぎ捨てて、トランクスパンツだけの姿になった。


勃起したペニスがパンツの中で布を突き破らんばかりに主張していて
軽い痛みを覚えるほどだったが、状況が状況だから仕方が無い。

さきほどから、響の艶めかしい芳香がおれの鼻腔を刺激していて、暗闇で彼女の姿が見えない分
想像力を掻き立てられ、異様に興奮しているのだった。

「ほら、パンツ一枚になったぞ」

暗闇の中であるのにも関わらず、いや、お互いが目視できない暗闇だからこそ、おれはそういった。
とにかく、響を納得させないことには、話が先に進まないからである。

「………ん、ねえ」

と、響がいって、ギシとベッドが軽くきしむ音がした。
そして、硬度を維持したままのペニスの先端に、何かが、横殴りにぶつかった。

「ぁひぃーっ」

おれは悲鳴を上げて、軽く飛びあがった。

「わっ!? な、なに?」

と、響も驚いた声を出した。
どうやら、暗闇の中を手探りで動き回らせた響の手がぶつかったらしい。

「な、なに? いまの、硬いの」


「ばばかっっ、い、いまのはだな、響、だ大事なところだぞ」

直撃の際に下腹部全体にじいんと痺れが走った感覚が、今でも続き、おれは身もだえする。
しかも、ペニス自体は響の手が触れたという事実のためか、ますますパンツの中で怒張しているのだ。

「うぐ、いたたたたたたたたたた」

「だ、大丈夫?――大事なところ?」

「いたあたあたた、あれだ」

「あれ? どこ?」

「い、いや――もういい」

おれは苦痛から逃れる為にトランクスパンツをあわてて脱ぎ捨て、ペニスを解放させてやった。

ムフ!!!
のびのびと天に向かって屹立するペニス全体を包むひんやりした空気と
亀頭に触れる生温かい吐息がなんと心地良いことか―――。

亀頭に触れる生温かい吐息?

おれはぎょっとして全身を凝固させた。

まさか、響は、おれが思っているよりもずっと近くにいるのでは?


「……ん」

響の鼻声とそれに伴う微かな生温かい呼吸が、水平から約60度超の勃起角度を維持している
ペニスの先端に伝わり、おれは背筋をぞくぞくと快感に震わせる。

「…ん? なんか臭いぞこれ」

「………」

「んん……くさいぞ…なんの臭いだ、これ?」

「……」

そして鼻をクンクンさせるような音が続き、先程よりも息がペニス先端に強く吹きかかったことで
おれには響の位置が大体、飲み込めてきた。

ベッド上にいる響は、全裸でペニスを勃起させながらベッドのそばで仁王立ちしているおれの方に
いざり寄ってきて、響が小柄なためか前傾姿勢になっているためかおそらくその二つのためであろうが
彼女の顔から真正面に5~10cm離れた距離に、おれのペニスの先端が待ち構えているという構図だ。

完全に変質者として言い逃れできないこの状況は、暗闇の中だからこそ、成立しえたのだ。
しかし、おれはこの状況が響にバレた時の危険性が分かっていながら、身動きひとつしなかった。

これから一体どうなるのだろうというスリルと、現役アイドルにペニスの臭いを嗅がれて
「くさい」などと形容されたことに極度の興奮をおぼえ、限界まで勃起しきったペニスに
意識を集中させることで精一杯だったのだ。


「……ねえ、プロデューサー、これ、なんの臭いなんだ?」

「………」

「ねえったら……わっぷ!?」

「おほ」

おれのペニスの先端に何かがむにと柔らかく触れ、先走り汁の擦れる感触と
その接触の刺激に、思わずおれは歓喜のうめき声を漏らす。

「い、いまのはなんだ? あ、ほっぺたが、べとべとだぞ」

そう言ってすぐに顔を離した響から、ごしごしと擦れる音がして
さすがにマズイと我に返ったおれは響から離れようと後じさった。

しかし、余韻に浸り過ぎたためか、その判断が遅かった。
おれが後ろに下がった瞬間に、響の右手が飛んできて、ペニスの根元をがっしと掴んだのだ。

「あひぃ」

「あ、これだな、さっきのは」

響が失くした探し物を見つけたような口調でいいながら、指をペニス全体に這わせて
握力を一時的に強くしたり、掴んだまま前後にまさぐって正体を判別しようとする。

「こ、これ、変に、あ、熱いし……か、硬いぞ……!?」

「おほぉ」

本当に申し訳ありません。
こちらは響とまっとうなイチャイチャするものを目指して
書き始めたつもりですが、筆力が追いつかず、それでも書き進めるうちに
NTR化ルートのアイデアばかり出てしまい、書きたくないものを書くわけにはいかないので
HTML化申請をして、ここで中断いたします。

まっとうなものを最後まで完成させたものを、お届けできるよう精進いたしますので、またの機会によろしくお願いします。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom