響「行きつけのお店」 (38)

・アイマスSSです。
・地の文あります。 もりもりです。
・響お誕生日おめでとう!!!

ではよろしくお願いします。

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アイドル活動も順風満帆。 仕事の合間にプロデューサーに無理を言って、車を出してもらった。
裁縫用の布や糸が不足してたのを思い出して、栄えた商店街の出口の方にある、足繁く通っている手芸用品店に顔を出してみた。
良く来るだけあって、ここの品揃えは他とは違い、色や布地は勿論、裁縫道具の種類も並じゃない。
客の人数が、この店の人気を何よりも語っていた。

「えーっと…………」

こう物が多いと、買わなきゃいけない素材は解ってるのに目移りしてしまう。
「こんな布地あったっけ」、「新しい裁縫道具入荷してる」なんて、誰も聞いてない独り言を漏らす。

「何か、お求めでしょうか」

店員がやたら早口で話しかけてくる。 求めてるものは既に決まっているというのに。

「あ、大丈夫です」

店員はペコリと会釈すると、「じゃあフラフラすんなよ」という本音を含めた笑みで陳列に戻っていく。
何もイラつくほど気を遣わなくていいのに。


興が削がれて時計を一瞥、店員のコンタクトを計ってきた行動は正解だったかもしれない。
お陰で時間が押してることに気付けた。 今頃プロデューサーは車の中でハンドルを指先で叩いている頃だろう。
矢継ぎ早に必要なものだけ抱えてレジへ持っていくついで、何の気無しに外の様子を窺った。

特に意味の無い行動だった、レジに商品を持っていくのに歩くだけでは退屈だろうと目を動かしただけだった。

ショーケースの向こう、一人の女の子がへばり付くように、飾られていた衣装を眺めていた。
それはまるで、舞踏会へと駿馬を走らせるシンデレラを見るかのような眼差しだった。

「あの子……」

柄の無いワンピースを着た六歳くらいだろうか、その少女はこちらの視線に気付きはしない。
あの場所一帯だけ時が止まっているのでは、と錯覚するほどに視線は衣装に釘付けだ。


「……………………」

何故だか気になってしまって、買い物を済ませてすぐに外へ出た。
腕時計で時間を確認。 余裕は無いが、少し言葉を交わすだけだ。
緊張する。 下手をすれば不審者扱いになってしまうし、逃げられてしまうかもしれない。
それでも、それでも。 と思ってしまうのは何故だろうか、ただ話しかけてみたいだけだと言うのに。

「…………ねぇ、きみ」

しゃがんで目線を平行に。 怖がらせない為に視線を平行にするのは、動物も同じだ。
ガラスにへばりついていた少女は一度だけ肩を震わせると慌てて振り向いた。

「………………な、なに?」

店員が注意しに来たと勘違いしてるのか、単にいきなり声を掛けられたことに警戒しているのか、
おそるおそる振り返る様は、とても一桁台の齢である少女には見えなかった。

そして、近づいて少女の全体像が解る。
遠目で見た時は柄の無い、地味なワンピースだなと思っていたのだが、大分素材も簡素な物のようだ。
どこにでもある、キッズ用のノースリーブのワンピースに、サンダルを履いた普通の女の子。
しかし一つだけ、あまりにも地味すぎるのが気になった。


「どうしてずっと見てるのかなぁって」

ずっと見てる所を見られているほどずっと見ていたのか、とクリクリした瞳をより大きく見開く。

「え、おねえさんずっと見てたの!?」

「いやいや、さっきお店の中でチラッとね」

少女は一度大きく後ずさりすると、とてつもなく汚いフォームで踵を返した。

「あ、ちょっ……!! ちょっと!?」

追いかけようにも、荷物で手は塞がっているし時間に余裕も無い。
雑踏犇く中、人と人を縫うように走るような器用なことも出来ず、時々転びそうになりながらも走り去っていく少女を、
ただ「怪我しませんように」、と少女に向かって祈る事しか出来なかった。


・ ・ ・ ・ ・


それから数日が経ったときの事だろうか。
襟元を通り抜けるそぞろ寒い隙間風に悩まされるようになり、
セーターでも一着編もうかと毛糸を買いに、いつもの店の扉を潜った。

「今日もあの子居るのかな…………」

店に入った後に思い出し、外を見てみるとそこには前と同じようにショーケースに張り付く少女がそこに居た。
先日と同じワンピースを着ているように見える、気のせいだろうか。
変わらず少女はこちらに気付いてはいない、早急に買い物を済ませ紙袋をカサカサと鳴らす。

「……こんにちはっ」

昨日ほどではないにしろ、肩を一度震わせて少女が振り返る。
自分の顔を認識すると、良く解らないファイティングポーズを取った。
たった一日で「逃げる」から「立ち向かう」へと、目覚しい進化を遂げている。


「あはは、そんなに怖がらないで欲しいかな。 自分はただ君とお話したいだけなんだ」

少女は依然警戒を解かず、顔を強張らせている。

「おはなしすることは、ないです!」

実に教育の行き届いた子だ、取り付く島も無い。

このまま手を拱いているわけにもいかない、どうにかしてコミュニケーションを計ろう。
そう思った矢先。

「…………どうかした?」

少女の向けている視線を追いかけると、自分の持っている紙袋を注視しているようだ。
注がれる視線には、羨望とも取れる感情が入り混じっているように見える。

「……………………それ」

どうやら気になるらしい。 だが、先程までショーケースに張り付いていた、という行動を見るに、
少女はこの紙袋の中に服が入っていると勘違いしているのではないか。


期待を裏切るようで悪いが、このままひた隠しにしても少女に申し訳無い。
紙袋から布や糸を取り出して、良く見えるように少女に突き出す。

「これ?」

期待に満ちた瞳はあっという間に失望を帯び、握り締めていた両手は力なく下ろされた。
予想はしていたが、そこまで意気消沈されると正直悲しみを覚えてしまう。
少女にはただの布と糸にしか見えないだろうが、これが色んな装飾物になるという事を教えなければならない。

「……これはね? 布と糸なんだけど、自分これで服を作ろうって思うんだ」

「ふく?」

「うん、そうだな~……。 これから寒くなるし、セーターなんて良いんじゃないかな」

セーターの場合、買った布の使い道が無くなってしまうが、それはまた別の物に活用すれば良い。

「…………そんなんで作れるの?」

中々良い表情だ。 馬鹿にしたような顔で訝しげに質問してくる少女に、苦笑しながらも答える。
子どもというのは実に正直だ、毒気が抜かれるような感覚に陥る。


「もちろん!! この糸を何本も何本も一緒にしたら、どんどん広がって服になっていくんさー!!」

自信満々に答えると、その言葉に嘘偽り無い事を感じ取ったのか目の色を変えた。

「……………………すごーい!!」

感嘆の声と共に少女は口元を綻ばせた。 そうか、この少女はこんな顔で笑うのか。
とても先程まで柳眉を上げていた少女とは思えないほどの、柔らかい笑みだった。

「………………君は、どうしてここでずっと、ショーケースを眺めていたの?」

仲良くなれた頃合を見て、少しだけ少女の内側へと踏み込む。
「ショーケース」という単語が解らなかったのか、頭に疑問符を乗せる少女だったが、
自分の視線の方向を伝う事によって、直に理解した。

「あ………………」


「…………………………どうかした?」

少女はもじもじと、両手を合わせて何やら言いにくそうにしている。
もう一度少女が口を開くまでそれほどの時間は無かった。

「………………えっとね?」

「…………あーのおうちお金ないから、買えないからみてたの」

俯く少女の顔色は、少しばかりの恥じらいと憂いを帯びていた。
貧しさを恥と、そう理解しているような表情だった。

「あー」、というのは名前だろうか。 友達や親に呼ばれている愛称と推測する事にする。
成る程、ようやく理由が解った。 何故この少女が出入りの多い商店街にたった一人でここに佇み、
灰かぶり姫が行けぬ舞踏会に想いを馳せるかのようにショーケースを眺めていたのか。


この少女は、見ることで自分を満足させようと。
好きなように欲しい物を求める事の出来ない、貧しい家に生まれた自分に、
心の中ではドレスに身を包んで、舞踏会へ行っても恥ずかしくない姿になったと錯覚させているのだ。
自分がお洒落を出来ない代わりに。
先程言いよどんだのも、からかわれるのを恐れての事だろう。

周りに母親らしき人物も見当たらない。 たった一人で、そのちっぽけな満足の為に小さな足を鳴らしてここまで来ているんだ。
良く見ると、サンダルも大分薄汚れていた。 家から遠い場所なのだろう。

憐れみでは、同情では無かった。
ただこの少女に、少しばかりの労いをしてあげたかっただけだ。
女の子がこんな悲しみに顔を歪ませるのは、許されない事だと思っただけだ。


「…………ねぇ、服作ってあげよっか」

「…………え?」

顔を上げた少女は、自分の言った事が理解出来ないと言ったような顔で見つめてきた。
見ず知らずの人間に、自らの恥部をさらけ出した恐怖に支配されているようにも見える。

「……買えない、んだよね、服。 だから作ってあげようか」

「…………ホント!? あ…………、でも」

「…………どうかした?」

「お金………………」

どれだけこの少女は、この齢で自らの立場を理解しているのだろうか。
信じて無邪気に飛び回りながら喜べば良い話ではないか。
こうなる運命にしてしまった神にすら恨み言を言ってやりたい気持ちだ。


「そんなの要らない。 ただ自分が、プレゼントしてあげたいだけ」

他者から見れば、自分のこの行いは憐れみから出た物に見えるだろう。

「………………ホント? ホントにホント?」

「ホントにホント」

「……………………!! ほしい、つくってほしい!!」

見えるだけであって本質はどうだろうか。
自分は、この少女に対して憐憫の情なんてもの、これっぽっちも抱いてはいない。


「そっか! じゃあ、どんなの作って欲しい? あ、ドレスとかは流石に無理かなぁ」

「えっと…………。 さっきおねえちゃんが言ってたの」

「え、セーター?」

「それ!」

「えぇぇ………………」

「だめなの?」

「いや、ダメじゃないけど。 毛糸編んだだけの服だぞ? 地味だし、可愛くないし」

「それがいい!!」

少女の意志は、言葉の端々からも伝わるように強く、
とても「けど」、と反論する余地も無かった。

「…………解った、じゃあセーター作ったげる!!」

こうなったらこっちから折れるしかあるまい、参ったと言わんばかりに一度笑うと、
返すかのように少女は、口の両端に笑窪を作った。


・ ・ ・ ・ ・

 
セーターを作るのに手間は必要無い。
ただ、単純作業が長く続くので一朝一夕程度では出来ない代物ではある。

セーター作りを始めるにあたって、一番最初にした事は採寸だった。
今まで自分が作ったものと言えば、ぬいぐるみ、マフラー、自分用のセーター、etc。
子供用の小さい服など作った事が無かった為、当てずっぽうな作り方ではサイズが合わないと思ったからだ。

少女に服を作ると約束した翌日、仕事の合間を縫って少女に会いに行った。
いつもの店に行ってみたらまたショーケースにへばりついていたので、
「会いに行った」、というよりかは「遭遇した」、と表現した方が正しいかもしれない。

予め用意していたメジャーで採寸をして、準備も完璧にした。
商店街の往来で、子どもにメジャーを巻いてる姿を見られて通報されないか肝を冷やしたが。


次に行った作業は、毛糸の厳選だった。
作るという意気込みを更なる意欲に繋げる為には、素材もそれなりの物を選ばなくてはならない。
誰かの為に作るとなると尚更だ。

ピンク、ホワイト、ブルーと迷ったが、最終的に選んだのはオレンジだった。
貧乏を笑われ、俯いてしまっても明るい色が目に入れば気持ちも和らぐだろうと思ってだ。

そしていよいよ、セーターの制作に入る。
自分はミシンは使わず、かぎ針編みで物を作る。
手作業なので、ミシンと比べて大分スピードは落ちるが、気持ちはこもると自分は信じている。

「セーター」、と言うと長袖で丈も長めな、防寒着の一つのイメージも強いと思うが、
今回はチュニックをイメージしながら作ることにした。


ワンピースの上に着る事も出来、カジュアルな着こなし方になる。
あの地味目なワンピースを彩る為に、少しばかりの装飾も混ぜるといった工夫も忘れない。

しかしそれではファッションとして機能するだけであって、これからの季節に対応出来るとは言い難い。
寒さにも対抗する為に、少しばかり厚めに作るために、通常よりも制作時間は掛かってしまった。

作業が難航した最中、また少女と会い、いや遭遇した。
「作っているところを見てみたい」、という少女たっての願いで、一回だけ公園で作っている作業風景を見せた。
鎖編みによって、一本また一本と糸が編みこまれていく様を見つめ、
少女は「魔法だ」、と声を大にして叫んだ。

ここだけの話だが、今まで少女は自分の事を「アイドルの我那覇響」、だと認識していなかったらしい。
確かに、会う以上外に出るので変装を必ずしているし、当然と言えば当然なのかもしれない。
少女の家にも、流石にテレビはあるらしく、私の事もしっかり知ってくれているようだった。


・ ・ ・ ・ ・


「じゃん、これなーんだ?」

少女の目の前に差し出したのは、何の変哲も無い白い正方形の箱。
子どもが持つには、少し大きすぎるかもしれない。

「え…………、もしかして!?」

「開けてごらん」

聞くよりも早く、少女は地面にその箱を置いて箱の蓋を開けた。
疑念、驚嘆、歓喜へと顔色が変わっていく。

「これ!!! これ!!!!」

上手く声に出せないのか、箱の中身と自分の顔を交互に見ては、
壊れ物を触るかのようにゆっくりと、箱の中身を取り出した。


「うわぁ…………!!」

オレンジを基調にし、白の毛糸で作った花のモチーフを各所にあしらったチュニック。
編み目の隙間を出来るだけ埋め、防寒対策もそれなりに機能した出来栄えになった。
これなら、プレゼントとして出しても恥ずかしくない作品だと言えるだろう。

「どうかな?」

「かわいい!!!」

「へへ、にふぇーでーびる!! ……あ、そうだ着てみてよ!」

「うん!!!」

返事の勢いこそ良いものの、裾に頭を入れた後の肩口に腕を通すのが上手く行かないようで、
フラフラとバランスを崩しながら服の中を腕がさ迷う様は、見ていて気が気ではなかった。


「あぁぁもう、ほら落ち着いて!」

着させるのを手伝うと、先程までの悪戦苦闘はなんだったのか。
あっという間に腕は肩口を抜け、見事お洒落に成功した。

「おぉー、似合う似合う!!」

心の底からの賛美を謳うと、少女はどこか呆けたような顔で自らの胸元から下を見つめていた。

「……………………」

信じられない、といったような顔だった。
今目の前にある幸せを、そう認識する事を恐れているようにも見えた。

「すっごく可愛いよ、似合ってる!!」

わざと大きめの声を掛け、少女を現実に連れ戻す。
風船が割れたかのように一度だけ瞬きをすると、少女の体がわななき出した。


きっと飛び跳ね始めるんだろう、いつもの事だ驚きはしない。
驚きはしないが、慣れてしまうほど少女と一緒に居た時間が多かった、という点には驚いてしまう。
それに気を取られて、少女のタックルに気付くことが出来なかった。

「どわぁ!? な、ななななに!? どうかした!?」

タックルの勢いのまま、背中を地面に押し付ける形になり、抱きついてきた少女を見ても返事は返ってこなかった。
その代わり、喜んでいるという意思表示か抱き締める力を強め、足をバタバタと振り乱している。

「…………ありがとぉぉぉおぉおおおおおおおぉぉぉ!!!」

少女の顔は自分の腹部に埋まっている状態であり、その状態で今叫ばれると大変響いて仕方ないのである。

「うがああぁああぁぁ…………!!」

「うれしい!! ずっと着て学校いく!!!」


「いや、たまには洗って欲しい」、とはとても言える雰囲気ではなかった。
少女の満開の笑顔は、今まで見たことの無い程輝いて見えた。

そうだ、あの時服を作ってあげようと思ったのは憐れみではないんだ。
ただ、この少女の笑顔が見たかっただけなんだ。
生まれた時から背負うことになったハンデの所為で、好きなように笑う事すら出来なくなっていたであろうこの少女の、
何の後ろめたさも無い、心の底からの笑顔を見たかっただけなんだ。

「………………そっか!!!」


・ ・ ・ ・ ・


少女と会ってから、どれくらいの時間が経っただろう。
一体いくつの仕事を終わらせ、いくつの編み目を作っただろう。

季節が変わるほど一緒に居たわけじゃないが、出来るだけ時間は共有したと自負している。
と言っても、殆どの作業は家で済ませていたので、あまり胸を張っては言えないかもしれない。
だが、そう言ってしまえるほど、少女と一緒に過ごした日々は濃密だった。

何が言いたいかというと、楽しい時間と言うのは過ぎ去るのが驚くほど早く、
それが別れの一つや二つを連れてくる事も、別段おかしいことでは無かった、という事である。

服をあげたあの日の後、少女と会うことは二度と無かった。

行きつけの店で遭遇する以外、会う手段を持っていなかったのも原因だったかもしれない。


始めの一週間は、都合が合わないだけと思い、さして気にも留めなかった。
しかし二週間が経つと、何かあったのだろうかと心配で何度も店を覗きに来た。
そして、一ヶ月経ったくらいで、別れが来たんだとなんとなく気付いた。

それから後は、お恥ずかしい程仕事が手につかなかった。

事務所のみんなにそれを話すと、
「服が欲しくて、作るだけ作ってもらって逃げられたんじゃないか」、と呆れられた。
それならまだ良かった。 事故や何か、不幸があったんじゃないか、というのが何よりも心残りだった。

ニュースで児童関連の事件が起きる度に首筋を寒くしては、心身を弱らせた。
プロデューサーも流石に異変を感じ取ったのか、少しばかりの休暇を取ろうかと相談してきた。

本来の自分なら、断っていたかもしれない。
しかしこの弱りきった状態で仕事しても、逆に失礼だろうと思いその案を受けようとしたその時だった。
いつの間にかデスクから離れていたピヨ子が、小包と一緒に帰ってきた。


どうやら自分宛ての、ファンからの贈り物らしい。

プロデューサーへの返事を待ってもらって、小包を開く。
正方形の、無地の箱だった。 なんとなく、見覚えがあった。

蓋を開けようとした所で、プロデューサーとピヨ子の声が聞こえてきた。

「ちゃんと不審物か確認はしたんですか」、と自分の身を思ってか早口で捲し立てている。
ピヨ子は宥めるかのように、「勿論、服の贈り物でしたよ。 刃物とかも入ってませんでした」、と答えた。

服と聞き一瞬耳を疑った。
服の贈り物なんて、特に珍しい事では無いハズなのに、
先程の箱を見た時の既視感が、「思い出せ」と脳に信号を送る。

心臓は早鐘を打ち、早くなる血流に同化するように蓋を開いた。



あの既視感は、間違っていなかったみたいだった。


手にとって広げてみると、あまりの出来栄えに笑みがこぼれる。
袖は無駄に長く、丈は逆に縮まってしまっている。
お世辞にも綺麗とは言えない、明るい青で統一されたセーターがそこにあった。

「なんだか、可愛らしいプレゼントだな」、と後ろで見ていたプロデューサーが困ったような顔で笑った。
そうだ、とっても可愛いプレゼントなんだ。 それを否定出来る人間は居やしない。

セーターと一緒に同封されていたのか、一通の手紙がヒラヒラと揺れながら床に落ちた。
拾い上げると、花柄の便箋に765プロの住所と「我那覇響様」、と飾り気の無い文字で書かれてあった。

中を開いてみると、拙い文字と色鉛筆で描いた一枚の絵が出てきた。
間違いない、やはりあの少女だ。


内容は、至って普通の物だった。
実は片親だったらしく、父親が居なかったそうで、母親が再婚した兼ね合いで、
急な引越しがあったらしい。 その所為で会う事が出来なくなったらしい。
事故があった訳じゃなくて良かった、ほっと胸をなでおろす。

このセーターは母親の教えで編んだ物で、手助けは殆ど受けてないらしい。
成る程、確かに手助けを受けていたらこんなエキゾチックなセーターにはなっていないだろう。

父親は大変優しい人らしく、母親も幸せそうだと言う。
金銭面でも余裕が出来ているのだろう、あのショーケースにへばりつく必要も無さそうだ。

しかし、あのチュニックは、引っ越した先でも着ているらしい。
ちゃんと洗濯はしてくれているだろうか、毎日着てはいないだろうか。
なんて面白おかしく読んでいると、最後に目を疑うような事が書いてあった。


「ひびきちゃんが作ってくれたふくは、わたしを幸せにしてくれます。
 わたしも、いつかみんながうれしくなるようなふくを作れるようになりたいから、
 がんばってふく屋さんになりたいです。 そのときは、ひびきちゃんも来てね」

絵が描かれたもう一枚の紙を見ると、少女が開いたであろう服屋に、自分が来店している絵だった。
店の名前は、「あーの店」。 なんとも単調で解りやすい店だ。

涙が止まらなかった、自分のしたことによって少女は夢を持ってくれた。
きっと少女はこれから先、将来の夢を聞かれても悠然と語れるだろう。
忘れない限り、夢という灯火が消えてしまわない限り。

少女の書いた文字や絵はもう、「貧しい少女」が書いた物では無く、
「夢を手に入れた少女」の、夢を叶える為の宣誓書となっていた。


・ ・ ・ ・ ・


今日は、とあるバラエティ番組のゲストとして呼ばれていた。
複数人のゲストが存在し、一人ずつ出演してトークすると言った良くある形態だ。
自分は、そのゲスト陣の中で中間くらいの順番だった。

そして、程なくして自分の順番が来た。
メイクは済み、舞台裏でスタッフにピンマイクを付けている間、プロデューサーが口を挟んできた。

「…………本当にその服で出るのか?」

どうやらプロデューサーは不服なようだった。
何を言われようともこれだけは変えるつもりは無い。

「勿論さー!! ほら、もう出るからねっ!!」


「…………あぁ、行ってこい!」

言っても無駄と理解したのか、不服そうな顔をしながら納得したようだ。
スタッフの合図と共に背中を押されると、床を鳴らしてテレビの内側に入った。

「お次のゲストは、我那覇響ちゃんでーす!!」

「はいさーい!! 我那覇響です!!!」

客席の歓声は、いつもと比べて戸惑いを孕んでいるように聞こえた。
MCも自分の姿を見て苦笑を浮かべている。

これで良い、これで良いんだ。
あの少女は、貧しさから脱却した事で選択肢が広がった。
きっと服屋になる、という夢も様々な刺激の前には煙のように消え去ってしまうだろう。


「なんか、今日の服凄いね響ちゃーん!!」

ならば、あの少女の為に自分がやる事は一つしかない。
少女の夢の灯火を消さないように、自分が目印になれば良いんだ。

「でしょー!! これ、行きつけのお店の服なんです!!」

見ているだろうか、見ているなら解るだろう。
なにしろ作った本人だ、気付かない訳が無い。

「へぇー、どこの?」

MCの質問に、迷うこともなく答えた。
将来開店予定の、行きつけの服屋の名前を。





「あーの店、って言うんです!!」




おしまい

ここまで読んでくださって有難う御座いました。
響お誕生日おめでとう!!!!

投下の行間隔結構ミスった。

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