Viper「無限の資質」 (38)

地の文。短い。捏造。

以上がOKで、お暇な方。お付き合いしていただければ。

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Omega「あー! あー、あー、オイおっさん、何してんだよ!」

Viper「だぁはははははっ!!」

脚立のてっぺんに跨った中年は、片手に酒瓶、片手にピンク色の塗料をたっぷり含ませた刷毛を持って馬鹿笑いを上げている。
薄暗いハンガーの中で、彼我の距離がそこそこにあるのにも関わらず耳まで真っ赤な面が良くわかる。
脚立の足下にも、銘柄がバラバラの酒瓶が無造作に転がされている所を見ると、相当な飲酒量だろう。
それでも危なげなく脚立の上に鎮座ましましているところは、流石はエース、Viper様といったところか。

かといって、今現在、彼がやらかしている行為自体は決して褒められることじゃない。

Omega「馬っ鹿じゃねぇの! どうせ引退だろ、落書きならてめぇの機体にやれよ!」

Viper「なぁんだよ、お前も言ってたじゃねぇか。取り憑かれそうで気味が悪ぃってよ」

彼が脚立を立てているのは、引退を控えた彼自身のカスタム機ではなく、昨今、活躍著しい期待の新人の機体の近く。
更にはあろうことかあの酔っぱらいは、その機首に描かれたノーズアートにべったりと、片手に持った刷毛でもって塗料を塗りたくっていた。

Viper「だから可愛くしてやったんだよ、中々に洒落てるだろ?」

Omega「おっさんなぁ……」

これだから酔っぱらいは嫌いだ。自分の行動が理論立っていて正しいと思い込んでやがる。

指揮官であるとともに自分達が務める民間軍事企業の社長であるグッドフェローが国連に呼び出されてしまったため、少々ささやかになってしまった同僚の引退会。
それなりの盛り上がりを見せたその会は、その盛り上がり具合にふさわしい程度の酔っ払いを出し、加えて民間軍事企業に勤める傭兵連中の常なのだろうか、連中からはチームワークだとか責任感だとかそういった社会性モラルがいささか欠けているらしかった。
まあ、実入りが歩合制ともなればある程度は仕方がないとは思う面もあるがそれはそれ。
つまりは後片付けなんか全く手を付けずにそのまま解散の流れとなった。

そんな連中に比べて社会性がある方の傭兵であるらしい、一部では撃墜王なんて不名誉な渾名が付けられてしまっている彼は、貧乏くじを引いたと潔く諦めて男所帯らしい凄惨な飲み会の跡をえっちら片付けた。
そして、ようやくそれから解放され、さっさと寝てしまおうと自室に戻る途中に格納庫の前を通った時だった。
締め切られたシャッターの内側から何やら人の笑い声と、コンクリートの上をなにやら固くて重いものが引き摺られていく様な音が聞こえたのだ。

金にがめつい我らが社長だ、我が社の所有財産に部外者の指の一本も触れさせまじ、と、当然セキュリティにも力を入れている。
それが反応したような感じでもないし、ならばコソ泥と言うこともあるまいが、と、念のために覗いてみれば、そこにはいささか社会性が欠けている方の傭兵であるらしい、今日の飲み会の主賓であったエースパイロット様が鉄のキャンバスに彼自身の独特の感性を塗りたくっていたという次第だ。

Omega「それ、落としとけよ。いくらあのルーキーでも怒るぜ、それは」

Viper「怒りゃぁしねぇよ、アイツは。偉大なる先輩様の置き土産だぞ。きっと喜ぶって」

その言い分に思わず呆れのため息が漏れる。
この酔っぱらいにはやはり、傭兵が天職なのだ。
腕は立つものの、奔放で、自由で、勝手。
少なくとも絵心的な意味では画家を、社会的な意味では教師辺りを志さずに良かったとは思う。

まあ、確かにいささか気味は悪い。
髑髏が布をほっかむり、あまつさえ見ているこちらに突きつけるかのように、その白骨の拳で大鎌を握る死神。
ノーズアートの特性上、仕方がないのだろうが、少々デフォルメされたその顔は、口角を捻り上げてニタリと笑っているようにも見えて尚更不気味さを増長させている。

正直、今のように既に日が落ちた時間帯に、こんなだだっ広くて、かつ、音の乏しい格納庫内でまじまじと見たい絵では決してない。ない、が、だからと言って。

施されたのは、左側頭部にヨレヨレの、二つ重なった○。

そしてその下にお世辞にも丁寧とは言い難い、いや、端的に言ってしまおう。
いかにも酔っぱらいらしい汚い文字で『Liberation』と書き殴ってある。酷い出来だ。

Omega「下手くそ」

Viper「あんだと、てめぇ」

Omega「芸術性の欠片も無ぇ。落書きするにしろ、せめて元の絵との色の相性考えろよ。大体何だ、それ」

Viper「何だよ、無限大マークに決まってんだろ。パイロットの癖に目ぇ悪いんじゃねぇのか?」

Omega「どこがだよ、脳味噌でもはみ出てんのかと思ったぜ」

もう一つおまけで、下手くそ、と言ってから、脚立の下の酒瓶の片付けにかかる。
あれだけの酩酊だ、あそこから降りた時にこれを踏んづけてスッ転ぶこともありえるだろう。
その光景は結構鮮明に想像できて、そうなったらそうなったでざまあみろとも思うが、そのまま見過ごすのもちょっと薄情だ。

Omega「一通り満足したら寝ろよな。不健康だし、今のアンタじゃ他の連中の機体にまで落書きしかねねぇ」

Viper「俺のこのセンスが理解できないとは、悲しいねぇ」

Omega「言ってろよ」

泥酔者の繰り言を適当に聞き流し、腕と、それぞれの指の間をフルに使ってようやく持てる量の酒瓶を、さて、どう始末をつけようかと格納庫の出口に歩を向ける。

Viper「お前、どう思うよ」

Omega「あん?」

その背中に、今までの間延びしたような声音から一転、酒の臭いを感じさせない鋭い一声がかかる。

Omega「何を、どう思えばいいんだよ」

Viper「アイツだよ。皆のお気に入りの、あのルーキーさ」

振り向くと、さっきまで大笑いを上げていた酔っぱらいは、掲げるように持っていた酒瓶と刷毛をだらりと下ろし、ハンガーの壁の方向に顔を向けている。
その焦点は、壁の向こう。今は誰も起きていないだろう、宿舎の方向。

Omega「……掴みどころのない奴だな、とは思う」

酔っぱらいの言うことだ、と流してもよかったのだが、その顔が、その表情が。
何となくだが、真面目に答えてやろうか、という気にさせた。

無表情だ。完全なまでの。
そこからは何も読み取れないし、酩酊しているのは間違いないし、その証拠に顔の筋肉もある程度弛緩している。

だが、パイロット特有の視力が宿るその猛禽の目だけが、薄暗いハンガーの中で爛々と輝いている。

Viper「掴みどころ、か。確かになぁ」

Omega「僚機でいると尚更な。時々によって、がらりと飛び方も変わりやがる。一緒に飛ぶと、苦労するぜ」

ある時は強さを求めるようであり、別の時は独自のプライドに基づいた飛び方で戦場を駆ける。
始めこそ戸惑っているような飛び方をしていたが、腕は間違いなく一流だ。
更には、例え多少の怪我を負っても次の出撃時はけろりとしてる不死鳥の様なバイタリティは、いっそ人ではないかのようにも思える。
その正体は、エンブレム通りの死神か、或いは悪魔か、或いは鬼か。
いずれにせよ、鋼の翼で羽ばたく怪鳥は、地上から見れば、時として凶星のようにすら見えるだろう。

しかしそれ以上に、あのルーキーをエースたらしめたものがある。それが

Omega「アイツ、やたらと戦況が読めやがる」

いや、読め『過ぎる』。戦局眼と一言で片づけるには、あまりに異質な立ち回り。
似たような戦場を幾度も経験してきたかのように。いや、時として既にその戦場を知っているかのようにすら。
その様は、まるで。







不意に、ぞわり、と背筋が泡立った。

良くない、とかぶりを振る。アルコールが回っているのだ。

どうせ何らかのお鉢が自分に回ってくるに違いないから、と、努めてあまり飲まないようにしていたはずなのに。
それでも今日の作戦の疲労は余程だったらしい、酔いが思った以上に加速している。

知らず、話題渦中の人物の愛機に目をやっていたらしい。
それも、そのノーズアートに。今やあの中年が、曰く一流のセンスで飾り付けた死神の絵は嫌になるほど出来が良く、そして相変わらず気味が悪い。
が、いくらなんでも、独りでにカラカラと笑いだすなど、あるはずもない。

Omega「無いな。無い」

Viper「おう、どーした?」

Omega「や、なんでもねぇよ」

何より、あのルーキーに失礼であろう。
ヤツは、ヤツなりに飛んでいる。

戦果は言わずもがな十分だし、義に報いる心根くらいは、どうやら持っているらしいから。
その人格の持ち主を指して、まるで死神のようだ、などと。

薄闇が見せた幻だ。顔を上げると、塗料製の死神は相変わらず機首に貼り付いている。

Omega「まあ、なんにせよ」

ほぅ、と息を吐き出して、不格好な装飾を施されたエンブレムと正対する。
何より、この死神が、アイツをエースたらしめているのではない。逆だ。
アイツが、この死神を死神たらしめているのだ。
ヤツの尋常ならざる技量が。

Omega「逸脱してらぁな。色々と」

Viper「……ふぅん」

それ以上こちらが続けないと判断したのか、暫くして、脚立の上で鼻を鳴る。

Viper「つくづく、二番機体質だな。お前は」

Omega「あぁん!?」

ため息交じりのその言葉に、反射的に険のある声が出る。が。

Viper「落ーちー着ーけ。別に貶めてるわけじゃねぇよ」

犬歯を見せるような、ニヤリとした、満足そうな笑いが、思わず出かけた足を止めた。

Viper「良く見てんな。安心したぜ」

ギラギラと輝く目はそのままに、彼はそういうと脚立からひょいと飛び降りる。

Viper「おっ……とと」

着地の際に、二、三歩たたらを踏んだものの、以後はしっかりとした歩調でこちらに歩み寄り、そして、すれ違いざまにポン、と肩を叩いてきた。

Viper「じゃ、後は任せた。俺じゃ、お前みたいにゃあ、行かないからな」
そう一言だけ残し、ゆっくりとエースが歩み去る。

何を、とまでは聞かなかった。
薄闇を切り裂くような紫電を目の端から滲ませて次のエースの機体に背を向ける奴に何か言うほど無粋ではない。

無理しやがって。あれが、さっき引退を宣言したパイロットの目かよ。

Omega「あ、オイ! 酒瓶持ちやがれ、ってか、アレ、落としてけ!」

Viper「ああ、それなんだがな」

まあ、酒瓶はともかくとして、と彼は後ろ手に自らの悪戯の跡を示す。
指に導かれるままにそちらに目をやるが、改めて見ても、余程たっぷりと塗料を含ませたのだろう、液ダレまであって酷い出来の悪戯描きがあるのみだ。

Viper「それ、描き直してやっといてくれや」

Omega「はぁ?」

Viper「俺ぁ、隠居するからな」

この期に及んで何を珍妙な。
単に落とすのが面倒で、適当な事を言って煙に巻くつもりだろう。

そう思ったが。

Viper「しっかり、綺麗に描いといてやれよ」

その一言を最後に、アローズのエース、Viperはハンガーを出て行く。

出て行った。

そうだ、今までと同じように博打の借金がかさんでいずれ戻ってくるのであれ、暫くボーンアローの編隊は彼を欠いたものに変わるのだ。

そして恐らく、その時の一番機は。

そして、そうなった時に要るのは。

Omega「……エース、ね」

資質は充分なのだ。

あと必要なのは、分かりやすい記号。証。

そういえば、お洒落に描き直すなんて口約束もしていたか。
少し就寝時間が押してしまうが、それも仕方があるまい。

とりあえずの塗料落としと、あのバカが塗料缶に放り込んでいった刷毛を取りに行こうと、踵を返して気付く。

Omega「ヤロウ」

手には、腕には、未だに大量の酒瓶。
うまいこと言いやがって、結局、これの片付けは押し付けていきやがった。

とはいえ、その『うまいこと』も、こっちが勝手に解釈加えただけで、本心は全く別の所にある可能性も否定はできないが。

Omega「ともかく、やりますかね」

構図はどんなものがいいか。
辛気臭いあの髑髏を飾り付けるには、少し茶目っ気も要るかも知れない。

とすると。

Omega「……酔っぱらいのセンスも、馬鹿にしたもんじゃないかもな」

位置はそのまま使わせてもらおう。
死神の性別までは流石に知らないが、多少は親しみやすくなるだろう。

それ以上、撃墜数を数えきれない証。無限大のエースの証を、リボンのごとく飾り付けた死神。

色々な要素を、これでもかというほどに詰め込んだ、掴みどころのない象徴。いかにも、アイツにピッタリではないか。

皆が、気付く。気付き始めている。アイツが、エースだと。





そして――。

「……」

巨大な鉄扉がけたたましく、それでも時間帯を考えてか、常時に比べると控えめな音で閉じられる。
その後すぐに、セキュリティが正常に機能し始めた事を知らせる電子音が聞こえ、ハンガー内部からは、そして程なく、ハンガーの外からも完全に人の気配が消え、一切は闇と静寂に沈む。

明かりの消えたハンガーの闇の底。

鋼鉄の巨体が一機。ギシリとその身を震わせた。

或いはそれは家鳴りと同じような、温度等による機体の軋みだったのかもしれないが。

その機体の機首で、軋んだ歪みのせいか死神の口元がほんの僅かに上向いた。
無限の資質でその頭を飾り付けた死神が、笑う。

いつかのどこかでそう呼ばれた英雄と同じく、その姿もいずれ、畏怖と敬意、敵意と信頼をその一身に受けることになるだろう。

今はまだ前哨。
しかし、鉄の翼を操り空を駆ける猛禽共は、既に気付き始めている。

『それ』が、そうだと。『それ』を駆る君こそが、そうだと。





リボンの死神は、眠る。再び空に羽ばたく時を、ただ待ち続ける。






エースたちが君をエースと気付き始める。




お粗末様でした。お目汚し、失礼。正直、一人もわかる人いないんじゃないかと思ってましたが、ありがとうございます。
リボン付きに衝撃を受けて、ポチポチとやってみました。

インフィニティ、オマージュがこれでもかってほどブッ込まれてるので、過去作好きな人なら、絶対楽しめると思うんで、躊躇ってる方は是非とも。

それでは、もし対戦の際はお手柔らかに。
HTML依頼出してきます。ありがとうございました。

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