P「765バンドですかー」 (138)

書き溜めあり、キャラ崩壊あり、いろいろめちゃくちゃ それでもよろしければ……

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竜宮小町が隆盛し、数多くのイベントに参加し始め、765プロ内に今までより活気が

あふれだしたこの頃他のメンバーはというと……

春香「プロデューサーさん! イベントですよ! イベント!」

春香の方は明るいキャラクターを生かして受験生応援の広告に出始めているが

そこに通っていた学生がことごとく受験に失敗していることからネット上で「死神」と呼ばれ始め

これはイカンぞとほかの仕事に移した。 

 仕事をえり好みできる立場ではないことはヨクヨク分かっているのであるがイメージが大事な商売故

致し方ないだろう。
 

目下のところオーディション等を受けてもらっているがこれと言ってよいものには出会っていないようだ。


千早「では、レッスンに行ってくるので」

 千早はというと毎日毎日歌の練習を欠かさない。プロデューサーがこんなことを言うのは何だが、飽きないのか。と訊きたくなるものである。

 彼女は今のところ歌の仕事にご執心な様子であり、それ以外の仕事はあまり興味が無いようだ。

 さりとて、知名度もないものを使おうなどというものはこの世界には居らぬ。

 私は彼女の歌には大きな魅力があると考えて……いや、感じている。

 大仰な言い方かもしれぬが彼女の歌には多くの人間を救える力があるだろう。

 また小物な発言であるが多くの金を運んでくる資本ともなるだろう。

 そんな千早もまだまだ潜伏中といった風情である。


他の子も書くこともあまりないと言っては失礼やも知れぬが特に変わったことはないのである。

ああ、やよいは受けられる仕事は積極的に何でも受ける。

「家族は私が養わなければいけないんです! うっうー!」 と跳ね回るものだから雪歩の掘った穴に

はまることも幾度となくあった。

 料理の得意なやよいは5分ほどの料理番組にアシスタントとして出演していて、毎度毎度もやしを使った一品を紹介している。

 あの性格は視聴者の特に年配の方に人気らしくファンレターも達筆な葉書で来ることが多い。



 そのたびにやよいは「うーん、なんて書いてあるのかよくわからないから読んでください!」と



律子に持っていくのだが律子は律子とてあまり縦書き文化に親しみが無いらしく貴音に回して回避している。

真も……うーん……真なー。

 
 人気の雑誌の「女の子枠」に落ちてしまったことに聊か落ち込んでいる。

 おちおち目を離していられない。

 彼女は自分の魅力と理想があまりにも遠くかけ離れている。言っては不憫であるが。

 さながら凛々しさが魅力のハスキーが愛らしさが魅力のハムスターにならんと努力しているかのようである。

 いづれ自らの利に気が付く。それが叶えば一歩進めるだろう。

 しかし地元のフリーペーパに小さな欄であるが「スポーツ『女子』」枠でコラムを書かせてもらえるようになった。

 この仕事を持って行ったときは「本当ですかプロデューサー! へへっ! やーりィ!」と狂喜し慣れぬ手つきでキーボードを扱い始めた。


 真がディスプレイに向かう。この光景はしばらく音無さんや律子を驚愕させた。

 意外や意外。真は一週間も経たぬうちに基本は押さえるどころか絵まで描きはじめた。

 絵……というか写真を切り張りしての作品。コラージュと言ったか。をつくりはじめ、今ではそれを動画にする術まで心得ている。

 律子をして「あの子の見込みが早いわ―。もうAFが使えるようになったんですよ」と言わせた。


 うむ。AFってなんだ? 美希の口癖であろうか。

あずささんは……うむ。彼女の給料から交通費+迷惑料を徴収してもよいだろうか。

 伊織によく怒られているぞ。亜美もからかっているし。 うむ竜宮は元気だ。律子の体力を吸っているに違いない。


 美希は天賦の才を生かし……うん……生かしてくれるのは何も本番だけでなくてよかろう。

 普段のレッスンだって真面目にやってもらいたいものだ。

 


 とまあ今日も響はハム蔵と遊び、貴音はらぁめんを食べ、美希は寝、真美は俺をつねり、雪歩は穴を掘り、あずささんは迷い亜美はイタズラし。

 平和な毎日が過ぎていくのである。


とある朝。みんなが出勤してくるだいぶ前。

社長「ティンと来た! 依頼きた! 」


「どこからでしょうか!」

社長「エザワ楽器からだよ!」
 
「なんと!」

社長「いやー。 久しぶりに大口の仕事が来たものだ。 嬉しいものだ。 金庫的に」


「そういうゲスい発言控えてくださいね。 あの子たちはそういう目で見たくないんで」

社長「ハハハハそうだね。 失礼失礼。 まあ詳しく言うとタイアップものなんだ」

「タイアップ?」

社長「そうそう。 竜宮小町が数か月前エザワ楽器主催のミニライブに出ただろう。 まあ前座もいいところだったがね」

「まあ……確かに。 卑下するような発言は気に入りませんが」

社長「すまない」

「ええ」

社長「うむ……。でだ。そこで亜美君が他の出演者からギターを渡されてね。余興のうちだったらしいのだが『何か弾いてみなよ』と」

「おお」

社長「そこで亜美君は見事な演奏をしたようだ。 エザワ楽器のライブ担当がえらく気に入ってしまったようで765のみんなでタイアップしないか。という事になったのだ」


「へえ、亜美って楽器できたんですね。初耳でした」

社長「うむ。実は私も」

「そこは社長。音楽経験とか聞かなかったんですか」

社長「ティンと来た! これ以上の情報はいらなくてね」

「はあ」


社長「まあまあ。 みんなならしっかりやってくれるよ! 」

「……というわけなんだ。どうだみんな」


真「ぉおお! プロデューサー! それってステージでみんなでバンド組むってことですよね!」

美希「おもしろそうなの‼ でも美希楽器なんてやったことないけど大丈夫かなぁ」

雪歩「うーん。私不器用だからどうかな……お仕事したいけど」

やよい「うっうー! いいですねプロデューサ!」

春香「そういうステージにも憧れてたんです! カッコいいですね」

真美「ねー!」

貴音「新境地。楽しみにございます」

響「楽器はできないけどがんばるさー!」

真美「三線弾いてなかったっけ」

響「え、使うの!?」

……」

「なあ、千早もやってくれないか……?」

千早「わ、私は……」

「歌がしたいのはわかる。何も楽器だけをやってくれって頼んでる訳じゃないんだ。 演奏しながらも歌えると思う」

千早「あ、でも……」

「確かに練習もな……必要だし。歌に時間を掛けたいよな……」

千早「はい……すみま……」

美希「ねえ千早さん!」

千早「え、」

美希「ミキ千早さんと同じステージに立って歌いたいなーって! 今の千早さんの武器は歌なの! でも新しい武器を身に付けられた千早さんはもっともっと素敵になると思うな! 


千早「でも、私楽器やったことないし……」


美希「それは同じなの! 一緒にはじめるといいとおもうの」ギュー


千早「!……///……くっ……わかったわよ。やります。プロデューサー」


美希「ほんと! ほんとなの!?」

千早「やるからにはどんなことも全力を尽くします」

「ありがたい言葉です」


真美「ほうほう」

「まあ簡単に言うと竜宮小町with765バンド的な奴だ。竜宮が歌い踊るから765バンドは歌い、踊り、弾くってわけだ」

響「うぎゃー、大変だぞー」

貴音「楽器を持ったまま踊れるでしょうか……」

雪歩「今まで以上に辛そうですぅ……」


「まあ心配ない。その辺はエザワ楽器さんがコーチ付けてくれるみたいだし。プロだぜプロ!」

春香「ほんとですか! うわーい。でもエザワ楽器って凄いね」

千早「そうね。世界に名だたる音響メーカーだし」

やよい「小学校の時のリコーダーもそうでしたねー」

千早「高槻さんそれって今でも持ってる?」

「んで、まあ楽器選びってか担当なんだけど」


「なんか楽器の経験ある人いる?」









 シーン。





 やばくないかこれ。 ライブまであと半年。

響「あ、自分三線なら!」

「どうかな……あるのか……一応ここに『ここから選んでね!イエィ』って書いてある表があるんだけど」

春香「ノリが良すぎでしょ……」


「ドラムス、ベース、リズムギター、リードギター、キーボード、トランペット、トロンボーン、アルトサックス、フルート、ヴァイオリン
 だお!」

「って……おいこれ踊れるのか……」

響「三線なかった……」

貴音「元気出しなさい」

雪歩「どれもやったことない……」

「まあ、自分は実はドラムの経験があるからそこは何か聞いてくれていいぞ」

千早「そうね……なにがいいのかもよくわからないわ」

やよい「タンバリンとかはないんですねー」

真美「うよー真美トランペットやるよ→! やったことあるしNE!」

春香「そうなの? すごいねー、カッコイイ!」

真美「エヘヘ……亜美はギタ→やってるYO! お父さんのお友達とたまに演奏するんだ→」

真「僕フルートにするよ!」

真美「エ→まこちんが!?」

真「なんかお嬢様ってかんじがするじゃん!」

「まあいいんでね」

真「へへっ!」


貴音「私ならviolinを」

雪歩「四条さんがカタカナすっ飛ばして英語しゃべってますぅ……」

貴音「はて……なにゆえ失神なさるのでしょう……。幼き頃からの楽しみでした。月を眺めながら弓を動かす。
真よきものでした」

美希「ミキはなんでもいいよ! すぐ覚えちゃうだろうし あ、そうだ千早さん! ベースやってよ! ミキギターにするから!」

千早「まぁ……歌いやすそうだし……ベース音も嫌いじゃないしね。いいわ」

美希「キャー嬉しいの! 千早さーん」

千早「むぐ……当たってる……くっ……!」


「っ……ったく、じゃあフルートとバイオリンは決まったってことでいいか。ベースとギター一本も埋まったしな」

春香「じゃあ私―――」

雪歩「あの!、プロデューサーはドラムの経験があるって言ってましたっよね……?」



「ん、ああ、ほかにも打楽器全般な。ただしシロフォン、グロッケンやら、てめーは駄目だ。音階がある」



雪歩「じゃあ……私……ドラムにしてみようかと思います……!」

一同「!!」


みんなも固まるのは無理もなかろう。

俺だって今みんなとハンコで彫られたように同じ顔をしていることだろうや。

「雪歩……大丈夫なのか? あー別に駄目だってわけじゃ無くてこう……意外だなーって」

雪歩「はい、でもきっとエザワ楽器さんが用意してくれる先生って男の人ですよね……」

「あーかもしれない……」

雪歩「やっぱり、まだ慣れなくて……そのぷ、プロデューサーなら大丈夫だから……! 教えて頂こうかなって……」

「あーおk、そういうことなら。でもまあ、こういうのもなんだが、意外と簡単だからいけるイケる。完全に手足を独立させて動かしてる訳じゃないしな。実はシーケンス制御と一緒だから」

やよい「うわー雪歩さんがドラムかぁ! かっこいいです ウッウー!」

「今更なんだが、今回やる曲はそんなに難曲じゃないからな、簡単だが意外とカッコ良くなるように編曲されてるらしい。デモテープが入ってる予定だったんだが……あれ……まああとで確認しておく。楽譜はあるでホイ」

テキトーに話し合っておくんだぞーかぶったらじゃんけんな」

響「オーディションはしないのか?」

雪歩「そうだね……友達の吹奏楽の人もかぶったらオーディションしてうまい子に任せるって」

「オーディション? ああ……うーん……ぶっちゃけ……すううううっごくぶっちゃけると」

一同「と?」

「この楽器の中で音を出すのが果てしなく難しいのは貴音のバイオリンなんだが、まあ経験者がいてラッキーってやつ。あとペットな。これも真美がいてセーフってやつ。まあトロンボーンはあれだ……スライドの難易度は高いが音は比較的出しやすい。コーチが付けば何とかなるだろうさ。ギターはそこまで難易度ない。ベースも楽譜見た限りだとほとんどがルートって感じかな? たまにフレーズが難解になるけどひも解けば易しい。サックスは指もリコーダーが出来れば出来るしな、まあ音の出し方はがんばれ。っとまあ……言いたいことはわかるか千早」


千早「……どれをだれがやろうともあまり変わりがない……?」

「そう。本職の楽器弾きに聴かれたらタコ殴りにされるから黙っててくれよ? あとこれを聞いてやる気を無くさないでくれ。
 正直言って練習期間が短すぎる。向こうも其れを解ってくれているみたいだからな」


雪歩「がんばります!」

みんな「おおーっ!」




一週間後!練習スタジオ!

初歩のレッスンを終え、初合わせってかんじの一幕


真美「ふ→! ゆきぴょんも積極的だね→! おねえさんびっくりしたYO!」

春香「そうだねー。雪歩も変わってきたって感じ!」

雪歩「やっぱり私……あなほry」

千早「これ以上やったら傾くわ、いろんな意味で」

響「ロッカー千早の言うことはきついさー」



P「おし、みんな自分の楽器にはもう慣れたか?」

春香「はーいはーい! リズムギター楽しいです!」

千早「なかなか、しんどいですねベース」

雪歩「もう基本は出来るようになりました シャンシャン」

やよい「サックスってリコーダーっぽいっておもうかもーです」ブッブー

真美「ふふふ、兄(C)真美を舐めるなよ→」

真「まだふひょーーーってしか鳴らないんですううう」

美希「ねーねー! かっこいいでしょ! リードギター!」

響「自分まだキーボードには慣れないぞ……指がこんがらがるぞ……」

貴音「♪~~♪~~」

響「たかねぇ……意識飛んでるぞ」

貴音「うふふ……古都にいた頃をおもいだしまして」

やよい「うわー 貴音さん上手です―。 習ってたんですか?」

貴音「ふふふ……とっぷしーくれっと です」



P「なかなか……だな、音が出せるだけでも難しいものがあるというのに一週間でこんなになるようになるとは……流石」


春香「わたしたちですよねー?」

P「……ん、あああそうそう」


P(流石一流のトレーナーは違うぜ。と言いたかったところなのだが黙っておくがいいか)



春香「さっそくあわせてみましょうよ! 合奏ですよ! 合奏」


真「ちょっと待ってよー」



P「うい、まあ、このバンドには指揮者がいないからな。テンポは雪歩と千早に依存する、二人ともがんばれ」

雪歩「はいですぅ」

千早「はい」

P「そうだな……チューニングは響に任せる。キーボードで音を出してくれれば楽器が合わせられる」


真美「そ→だね! それでもいいYO! 多少ずれててもいい味になるけどNE!」

春香「チューナーで合わせたんですがそれじゃだめなんですか?」

P「あーそうだな。チューナはメーカや電池の残量によって精度が変わるからな、いっぺん同じチューナーでチューニングするのがいいんだ」


響「こうか?」B♭

P「おうおう」

P(実は電子系の楽器は正確な音ではないんだが……まあそこは突っ込まずにおこう)

真「ヒョー」



雪歩「あの……わたしは?」


P「んぁー打楽器な……うん……チューニング中はあれだ……クリック音きいててくれ」


雪歩「はい……ピッピッピッピ……」


P(わかるで……わかるで……)


やよい「こうやってみんなでやるのっていいですよねー。プロデューサーも参加してくれたらいいのに」


P「んーまあほれ、およびは可愛い女の子たちだ。俺はお呼びではない」


P「じゃあ、みんな、始めるぞー、雪歩カウント頼む」





雪歩「はゅ、はい!」


かん、かん、かんかんかん!


キミガフレタカラー

P(うーん……流石に短すぎたな……一か月後に呼ぶってのも長すぎたし……ん?)

P{


 主旋律を任せた貴音は難なくついてきているように見えるが……裏拍でのリズムが苦手なように思える。

 ギターは……美希はさすがだな……きっちりできてる。カッティングも申し分ない。

 春香はまだまだだな……。千早は思っていたよりも出来るようになってる。ただリズム感が良くないかもな。

 真美は……経験者だけはある。目立つところはしっかりと入れ、そうでないところとわかって演奏できている。

 真……うん……がんばろう。ただ肺活量はもともとあるおかげか初心者からの脱却は早そうだ。

 雪歩……うん。脛が居たくなるのは良くわかる。リズムについてくるというか、お前がリズムなんだ。

 ずれないでくれよ……。

 やよい、意外だった。向いているのかもしれないな。スラーが出来ないのはいまは目をつぶろう。こういうジャンルだしな。

 響もだな。苦手苦手いってたがそれなりに指もついてきているし、リズム感もよいのだろう。ただ、まだ難解なフレーズは代理を使っているかな……トレーナーも妥当な判断をしたようだ。


しかしこれは……


デアアッテクレテアリガトー じゃじゃん!



春香「どうでした!」ドヤア


P「うーん……」


真「どうでしたかプロデューサー! 」


P「あんまりうまくないですね!」


真「ばっさりだー」


P「いや、おk、おちつけ、っていうかお前らホントに一週間なのか?」


やよい「一週間は七日ですよ?」


P「そーじゃないれす、ほんとに一週間目なのか……一か月目ぐらいだぞ……レベル的に。序盤はバラバラだったが進むにつれて
合うようになっている……。」



千早「それって、プロデューサー!」

P「すごいじゃないか!」


一同「わーーーい☆☆」


P「どうやって練習したんだ? いくらトレーナが優秀だと言ってもこれは無理だろ……」


響「ふふーん! 自分完璧だからなーっ!」

やよい「貴音さんと伊織ちゃんに『たのむ! 頼むピアノ教えてくれ!』っていってましたよねー」

響「んぎゃー! そういうのは言わなくてもいいの!」

//ご飯食べてきます。感想があるとうれしいかなーって! 

//ただいま帰りました

千早「そうですね……まあ家にいる間はずっと練習してましたし……トレーナーがかなり的確なアドバイスをくれましたし」

春香「Fのコードでつまずきかけましたけど、こうすると簡単だよ! っての教えてもらいましたし」


美希「ミキは何もしてないけど!」

貴音「しかし……不慣れな曲ゆえ……できたかどうか……」


真「トレーナーから褒められたんですよ! 息がすごく続くし、奇麗って! 」


雪歩「真ちゃんからリズムは教わりましたし……組の人がドラム貸してくれましたし……それに……」



真美「それに兄(C)から教わったからだとおもうYO!」


雪歩「そういうこといわないでよー」


真美「ずっと電車の中でもメトロノームきいてたっしょ→」


P(こりゃ……本職キレますな……高木社長……あんた一体……)



次の日 765プロ事務所内


今日は小鳥さんは休みで、一人事務仕事をしていると小柄な男が入ってきた。

ひどく神経質そうな面持ちで片足を引きずっている。


来客かな……と思ったが彼から口を開いた




「エザワ楽器の広報担当さんからの御紹介ですか!」


会社名を聞けばだれでも知ってる広告代理店、それの企画部長だった。

最新の技術や研究を宣伝に活用しているとか。



広報「はい、宣伝屋です、というか、このバンドの企画を考え出した張本人といいますか」


 彼から受け取った名刺は滅多にお目にかからないような上質な紙で出来ていて、重厚感を感じさせる。
 
 名前の前に書かれた「文学博士」という文字が小さいながらも彼の誇りなのであろうと察せる。



「そうだったんですか、ありがとうございます。おかげでうちの子たちかなり練習に気を入れてくれています」

広報「それを聞いて発案者冥利に尽きるというところです」

「あ、練習風景がありますけどご覧になります?」

広報「ぜひ」


 タブレットに表示した映像を慎重に見定めると。ふむ、といった形で顔をあげた。


広報「実にすばらしい。特にこのバイオリンの……四条貴音といったか……美しい」


「嬉しいです。貴音は歌やルックスだけでない魅力を持っているとは恥ずかしながら……知らなかったもので」


広報「ふふふ、やはりここに回して正解だったかもしれません」


「ありがとうございます」


広報「まあ今日は御挨拶だけといったことで、お忙しい中失礼しました」



(頼もしそうな方だなぁ……)

千早「プロデューサー、おはようございます」

P「おはよう、千早、お、ベースを運んでくるとこを見るとやっぱりかっこいいな」


千早「もう、からかわないでください……、かっこいいですか?」

P「おう」


千早「……///」

P(あいつどうしたんだ……)


ミニアンプをひろげ弾き始めた。
譜面を追う。




雪歩「おはようございますぅ」



P「おお、雪歩。今日も早いな」

雪歩「えへへ、プロデューサー! 今日も練習お願いしますね!」

P「おー、今速攻でコンパイルするから待ってるんだー」


// 感想、ご指摘有難うございます。 生かしていきたいと思います。
//経験者あるあるww にはならないように気を付けていますが……これも面白さの一つになるかも
//とも思えるため……うーん。 まあ解説はアイドルたちに任せるようにします


千早「あ、プロデューサー」

P「おうおうお、なんだー」

千早「雪歩のが終わったら私の練習見てもらってもいいですか?」

P「大丈夫だー、でも俺はあれだ、ベースは少ししかできない。千早はそれに……

 スラップとかの練習はしてるか?」

千早「スラップって、あの でゅんだかだかだか! ってはねる感じの演奏法ですよね」

P「そうそう、千早はリズム感があまりよくない代わりに、音感がしっかりしている。いや、

リズム感が悪いってわけじゃない。ロックとかの経験はあるんだろう?」



千早「ええ、でも矢張り、慣れなのかもしれませんね」


P「うむ、それもあるだろうが、今までは千早はリズムについていく立場だったのだが

 生み出す立場であるということが大きな違いかもしれない」


千早「成程……そういうこともあるものですね」

千早「ズイッ ちょっと弾いてみてくれませんか? 七彩ボタン」

P「ん? まあ……やってみます……」

千早「あ……ここに楽譜が……」

P「♪~~君がくれたから~七彩~ボタン~」


千早(トレーナーから教わったのとは少し違うけど……なんだか全身がゾクゾクして……踊りだしたくなる? 感じ


  ……リズムも正確じゃないけど……揺れたこの感じが癖になりそう……


  いいかもしれない……)



P「ってな感じでした、お粗末様でした」

千早「え、すごいじゃないですか」

P「てへへー昔少しね」

千早「ベースしてたんですね」

P「そうだねー、バンドでやるような奴は全部やった経験あるし、オーケストラにもいたし、吹奏楽も、DJもあるんだぜ! YO!」

千早「普段は全然そういう風には見えないので……」

P「ハハハハ、バンド時代の友達にあっても気がつかれない自信はあるな」

千早「え、そんなに変わったんですか?」

P「……あ、雪歩のとこ行ってくる」

千早「ちょ、プロデューサー!」


千早(……いいなぁ……)

4F 臨時レッスンスタジオ

P(エザワさんの協力で借りられることになったけどまだまだなんにもないな……


しいて言うなら電子ドラム、キーボードだけ、あとは防振ステージ。


アンプやなんかもおいてあることは置いてあるけど、防音がクソだから大きな音は出せないしな)



雪歩「こうですか?」


でけででん!

P「んあー なんかちがう。最初の打撃があってないかもしれない」

P(防振加工をエザワさんの方でしてもらえてよかった。電子ドラムとはいえ振動はひどいからな……)

P「メトロノームにあわせて色々やってみるんだな……やっぱり脛は未だ痛いか」

雪歩「はい……でもだいぶ良くなってきました。バス踏んでもそんなにつらなくなりましたし」

P「よかったよかった。右足と左足の発達が同じくらいならいまからでも左足を鍛えてもいいかもな」



雪歩「左足ですか……?」


P「そうそう、ハイハットのペダルですよー。 これを自由に扱えれば初心者脱却だーって言われている。まあ焦らなくてもいい」

雪歩「腕が痛いんですが……」

P「力入れすぎてないか?」


雪歩「かもですぅ。 そんなに力入れなくてもいいって言われているんですが……」


P「わかる。軽く握ってもいいんやで。手首を良く動かして叩きなはれ」


雪歩「むずかしいですぅ……。でも練習したらプロデューサーみたいに上手く叩けるかなぁ……」



P「いけるいける。経験がものを言うんだと思う。俺なんて最初は

『ビビった……ここまでのリズム音痴がいるとは……』って言われてたんだ……


それじゃあ最盛期はドラマーとして引っ張りだこだったんだからな」


雪歩「すごいですぅ……なにかやっぱり秘訣があったんですか……?」


P「踏切のカンカン音でノれればもうリズムについては何も言わなくていいと思う」

雪歩「かんかん……?」

P「あの音をメトロノーム代わりにしていろいろリズムパターンを生み出せればいいってこと」

雪歩「やっぱりまだ遠い……かも……」

P「大丈夫大丈夫。すぐできるようになるって……雪歩は普段音楽どんなものきくん?」

雪歩「うーん……バンドっぽいのなら少しきいてます……

でもお父さんが指を怪我してから音楽から離れてしまってあんまり家の中で

音楽きけないんですぅ……」



P「そっかー(普段からきかせる作戦はまあいけるだろう)」


P「ピリリリ……あ、ごめん雪歩、貴音がいっしょにやりたいって来てるが……」

雪歩「四条さんが? いいですけど……四条さん別にもう練習しなくてもいいんじゃないかな……

私なんかが一緒にやっていいんですか……」


貴音「ヌッ」


P「面妖な……」


貴音「雪歩……。私とていつもいつも練習をしなくてはいけません。

それは熟練者でも初心者でも同じこと。それに私は今回のような曲は初めてでして……

どうしたらよりよく演奏できるかと考えてみたら……雪歩と合わせることがそれの近道ではと」

雪歩「そうなんですか……?」


貴音「はい、特に拍が大きく異なります。強調される拍が違うのです。

私は一拍 三拍が強くなる音楽をよく弾いていましたが今回は二拍。四拍が強調されています。

不慣れなため雪歩と練習したいと思ったのです」


雪歩「わかりました。いっしょにやりましょう」





P(しっかし……貴音は……なんだろう……バイオリンで主旋律を弾くが、

休んでいるところはキーボードでまた合わせてくるんだからな……

しかも響が弾いている通りに。雪歩に曲を慣れさせようとしているんだな……本当に面妖なやつだ)




P(雪歩……うーん叩くことに一生懸命になりすぎて周りの音が聴けてない……貴音もついていくのが少し遅れ気味になるな……)

P(どうするかな……)



じゃじゃじゃん!「


P「うーむ……ううむ……、いえあ……」


貴音「どうでしたか?」

P「なんやかなー、わからんくもない……貴音はどうやって練習している?」



貴音「練習は……そうですね……めとろのーむを使って練習しています」

P「それでもまだ慣れないか……」


貴音「はい……少し。長年の癖というのは中々抜けなくて……」

P「まあでも、この前より上達してると思うぞ、今の映像みるか」

再生中


雪歩「うう……私ずっと下向いてる……もたつくし……」


貴音「うむぅ……」


P(雪歩は、初心者ながらも自分がまわりを見ていないことを自覚しているようだな……その分上達は早いと信じよう……)


P「雪歩、今俺がやってみるから見ててくれないか? 貴音も、ついてきてほしい」

雪歩「はい」


貴音「はい、いつでも」


カンカンカン!



貴音(あれ……? 面妖な。先程と速さは変わらないはずなのについていきやすくなりました……これは……!)

雪歩(プロデューサーは別にむずかしい演奏をしている訳ではないのに……

 なんでこんなに聞きやすいんだろう……余裕があるってことなのかな……)


P(ズッチャズズチャ、ズッチャズズチャ!  んぁwwwwww うはwww 気持ちいいwww 久しぶりすぎwwww やばすww

  おっと、おっと……いけねえ……理性を飛ばすところだったぜ……雪歩が見てるんだから

  参考にできるような演奏にしないとな……ツッッタンツッタツッタンツタタ)





雪歩(顔がゆるみまくっているです……)

貴音(なんと楽しそうに演奏するのでしょうか)


ジャジャジャジャーン


P「ふう……っとまあこんな感じでございます」


雪歩「プロデューサー‼ すごいです! なんかよくわからないけど音が全然違いました!」

貴音「面妖な……」



P「えへへー、同じ機材でも音が違って聞こえるのは演奏者の技量やスタイルだからな。

 雪歩もできるようになるさ

 しかもこれは電子ドラムだからな……実際のやつは感覚がちがうだろうな」


P(最高級モデルをぽーんとプレゼントしてくれたのは良いがやはり本番で使う機材の方で慣れさせてあげたいよな)



P「貴音はどうだった?」


貴音「心の奥底から踊りたくなるような演奏でした。ただ律動を刻むだけではないのですね」


P「そうでございます」




響「おっす‼ たかねぇ! いま空いてる?







//期待有難うございます。書き溜めが尽きたのでためているところですぅ

音「チラ……」


雪歩「私と一緒にやっていたので……でもよかったら合わせませんか」


響「おおお、それいいかもだぞ! 一緒にやろう。プロデューサーも見てれると嬉しいぞ!」


P「んおー」


響「♪♪!」


P(あれ、上手くなってる)

P「うまくなってるじゃないか……どうしたんだ?」


響「どうしたって、え……? まあ……自分完璧だからな!」

貴音「最近頑張っていますもんね。夜遅くまで指の練習をしていますし」

響「うん! ヘッドホンで聴けるからな! けっこう遅くまで練習できるんだ」

雪歩「夜遅いとやっぱり私は練習できないですから羨ましいなー」

貴音「そうですね。ここは響に分があるでしょう」

響「そうだぞー! 響も伊織も忙しい間を縫って教えてくれたしな」





………………………………



伊織「んもう……響ぃ……ちゃんとわかってるの?」

響「わかってるぞ……しかし難しいんだぞ……」

伊織「まあ……この伊織ちゃんが教えてあげれば一瞬よね」

響「はいはい……」


伊織「一番低いのがこの場合 ド だからこうして……」


響「この形のまま動かすのか?」

伊織「そうね、位置関係は変わらないから、指の形は変えないでいいよ」

響「うん……」


伊織「あれ、辛そうね。 完璧じゃなかったのかしら」


響「そ、そんなわけないじゃないか! 」ピクピク



………………………………


P「いいね。素晴らしい、あ……すまん真美のレッスン先から迎えなきゃだった。行かなきゃー」



響「そ、そうか! それじゃあ後でなー」

P「おーう」


響(見てもらいたかったぞ……やっぱり)


真美「面白いことになったNE! 兄(C)!」

P「ん? ああそうだな。しかし真美もいい役どころ貰ったじゃないか」

真美「んっふっふ~。そうだね→ 舞台って初めてだけど面白いYO!」

P「よかったよかった。どんな役なんだっけか」

真美「いや→なんていうか→性悪女だね」

P「結構大きな役だったよな。貰った時は驚いたが」

真美「そ→っしょ→‼ セリフが何ページもあるってのはやっぱいいもんだYO」


真美「やっぱり兄(C)はすごいNE」


P「いやーそれほどでもない。あと真美のトランペットうまいなーすごく助かってるよ」


真美「ほんと⁉ いや→ 照れますな」






P「ほんとだよ。実際、経験者が居なかったらこの企画はやばかったんだからな」

真美「バイヤ→だったね→でもでも、譜面見たら超簡単だったから実際そこまで悩むことでもなかったと思うYO!」



P「確かにな、絶妙な具合になってる。初心者だけど頑張ればできて、そこそこ映える」

真美「どうせならもっと面白い曲をやりたかったYO!」


P「みんなの腕に合わせなきゃいけないしそこは我慢してくれ」

真美「んーふぅふゅ~ でも面白くするのはがんばるっしょ→ みんなのレベル上げしてもいい?」

P「なにをするんだ?」

真美「とっぷしーくれっと なのです!」

P「おいおい、まあまずいことはしないでくれよ」

真美「ラジャー! ジャズ歴は長いかんね! 心配いらないYO!」

P「そんなに長かったのか?」

真美「幼稚園のころからトランペット吹いてたYO」

P「マジかよ」

真美「亜美もそれぐらいでギター始めたと思うよ!」

P(うぉう……なんでこんな高スペックな子だけをティンとくるんだ社長)



………………………………


真美を家まで送り届けた後事務所にて


小鳥「プロデューサーさん お帰りなさい」


P「ただいま帰りました」


小鳥「そういえばさっきまで千早ちゃんが居ましたけど」


P「あ……あ……」

小鳥「なんかプロデューサーと約束があったみたいでしたけど……。

流石に遅いので帰らせました」

P「小鳥さんすみません」

小鳥「そのセリフは千早ちゃんに言ってあげてくださいね?」

P「……! はい」


~~~~~~~~~~~~~~


千早「雪歩のが終わったら私の練習見てもらってもいいですか?」



               ~~~~~~~~~~~~~~~

Mr.54 それだ!
帰ってきました


 
 千早には悪いことをしてしまったな……。謝ろう。
 画面に映し出される謝罪の言葉は思っている気持ちを伝えずに
 事務的なように見えた。

 しかし、それでもしかたがない。

すぐに返事が来た。

「大丈夫です。私もつかれていたところなのでちょうどよかったです」


 こんなことを言わせてしまうなんてやっぱり情けない……


 明日はきっちり見てあげないとおてんとうさまに顔向けできまい。

 さて……今のあの子の状態からすると……何がいいだろうか。

 何をしてあげられるだろうか。

翌朝

やよい「うっうー! おはようございま―――す!」

P「おはよう、やよい、……あれ? きょうは休みのはずだが」

やよい「そうなんですけど! 家だと練習できなくて!」

P「んあー、サックスか……確かになー」

P(ギター勢、キーボードなんかは家で練習できるが管楽器はつらいだろうな)

やよい「上って使えるんですか?」

P「ん、ああ使えるよ。ただし防音がそこまでしっかりしてないから注意してくれ、一応たるき亭には事前に行ってあるけど」

やよい「はーい! わかりましたー!」テッテッテー

P「サックスと同じぐらいの背丈かわいい」(いやー熱心でいいな)


律子「逆です逆」


P「あれ! いたの?」

律子「今さっき来たところです。今の発言聞かれてたら完全に引かれてたでしょうね」

P「やだなー、いま律子に引かれてるじゃないですかー」

律子「そうねーーーって、何言ってるんですか」


P「へへへ、照れくささの裏返しってやつですよ」

律子「まったく……プロデューサー殿にはしっかり監督して頂かないと困るんですからね! 私は竜宮の方で手がいっぱいだし

 楽器なんてできないし」


P「そうなん? なんかゴリゴリ楽器やってるイメージだった」

律子「音楽は苦手ですねー。聞くのは良いし、歌うのも好きでしたが」

P「まあ元アイドルだしな」


律子「自分で弾くってのが想像できませんでした」


P「ほええ」

60>

確認できなかったです……伊織はバイオリン わがやよいっちはトランペット、響はギターっぽい描写はありましたね


律子「そういえばプロデューサー殿ってなんでそんなにいろいろ出来るんですか?」

P「いやぁ……それは昔の話さ……私の志についてくるものが居なくてね……」

律子「あーなる。友達がいなかったから全部自分でやるしかないのか」

P「な、失敬な。あってる!」

律子「そりゃあ、色々出来るようになりますよね……」

P「うーん。吹奏楽部で打楽器やってーバンド入ってーオーケストラ誘われてーなんかまあいろいろ」

律子「すごいっすね……。そんなにいろんなところへいたのに」

P「まあボッチっでっすぅ。なんかみんな俺の事嫌うのよね。 演奏の時は呼ばれるけど打ち上げとかには呼んでもらえないってやつぅ!」

律子「悲しい」

P「まあいいんだお……今は沢山のアイドルたちと毎日充実してるし……」

律子「よかったですね ティン‼ ときてもらえて」

P「ほんとそれ。あれがなかったらキモイ自己顕示欲と性欲まみれのバンドマンの世話を一生し続けなければならないところだった」

律子「うわ……悲惨な人生から解放されたんですね……てか結構壮絶な人生」

P「うええええ……思い出したくもないが……」

千早「おはようございます」

P「おはよう」

律子「おはようございます」


P「ち、千早‼」

千早「は、はい」

P「昨日は済まなかった。約束守れなくて」

千早「いいんです。私もプロデューサーの忙しさを解ってなかったですから……」

P「……申し訳ない……だから、今日は午後からは事務所にいるからそこで教えようと思う……どうだろうか」

千早「え……? ああ、え……ありがとうございます」


P「あ、お、おう……」

P(やった! 許してもらえそう)

千早(やったわ、一緒に練習できる)


P「初歩のピック弾きなら……ここまでできれば十分だと思う。それにしても上達が早いな」

千早「そうですか……?まだまだ指は動かないし皮がむけていたいし」

P「ぬふふふ、大丈夫だ。それならベーシストの勲章になる。硬くなった指先はな」

千早「プロデューサーのもそうなってますね」

P「んああ……これは正確にはギターで出来たものだが……まあそんな感じ」

千早「押さえる場所もそこまで多くないしだんだん形になってきたと思うんですが」

P「確かに。譜面をなぞるのはもうできてるな……あとは表現力の問題だ」

千早「歌って踊らなきゃいけないですもんね……弾くだけじゃなく」

P「そうそう。これは友達のドラマーが言ってたんだが……BPM200が50分保てるなら BPM140で5分の曲は余裕で回せる」

千早「相当な幅を取って練習してるんですね」

P「そうそう。実際にやるものの10倍の長さテンポキープできて、もっと速くのものに慣れているなら遅めのものも対応できるということ」

千早「テンポが速いものに慣れるとゆったりとしたバラードなら走りそうです」

P「そうそうそう。突っかかり気味になるんだ。それは速さにただ乗っているだけでそいつはビートを感じていないってことになる」

千早「どういうことですか?」

P「平たく言うと、うーん……この辺は好みだからな……狙ってそのテンポを出している。
  
 曲の拍を意識してそのテンポで演奏してるか。

 ってことが問題になる。これができないとただの騒音で、バンドを牽引できない。

 こぶしがきいているか、って表現は……うんそんな感じ」

千早「なんとなくわかったような」

P「後になったらわかるから心配しなくてもいいよ」

千早「はい」

P(音感が良いせいで一教えたら十覚えるといった様子。あとは単純な指使いだ。それは慣れるしかないだろう)


P(午後5時ぐらいまで練習に付き合い、彼女はボーカルのレッスンに出かけて行った。ニコニコしていたがよかったものだ)

きょうはこれにておわりですぅう


P「それでもやはりもっともっと高く遠く飛んでほしいものだ。蒼い鳥の様に」

一か月後


高木「キミィ、ちょっといいかね」

P「はい。何でしょうか? 」


高木「765バンドの事なんだが」

P「ええ、順調に進んでますよ。みんな上達が早くて、こちらとしては本職の方に申し訳ない位ですが ハハハハ」

高木「これからで申し訳ないんだが取材を頼まれたんだ」


P「え、ああ765バンドの密着取材ということでいいですか?」

高木「そうだ。楽器が素人のアイドルたちが頑張っているところがいいみたいなんだがね」


P「なるほど……でもそれならちょっと開始の時期がずれてませんか? 遅すぎるというか。 初めの楽器選びからくるんじゃないかと」

高木「確かにそうなのだが、この間来た―――」


P「ああ、広報の」


高木「そうだそうだ。練習風景を見せたそうじゃないか、そこでこの企画を持ってきたというわけだ」


P「なるほど。 見せてよかったってことですね」


高木「そういうことになるね」


P「すると……竜宮小町の扱いはどうなるんでしょうか」


高木「ん?」


P「私たちは、同じプロダクションの仲間として、765プロの仲間としてみんなのことを想っていますが

 ファンにはそれはいまいち、伝わらないでしょう。竜宮以外は、まだまだ知名度はなく、どんな反応になるのか気になってしまって」


高木「君は心配性だな。そんなみんなの為に仕事を取ってきてくれる君らしくもない」


P「いえ……すみません……。 私は彼女達を竜宮のバックバンドとして認識してほしくはないのです。 どのような構成で撮影されるかは

 きちんと話し合いますがそのような扱いはしてほしくないという思いです。 one of them ではない」


高木「……わかった。私からも頼んでみる」

P「ありがとうございます」



 昔聞いた話とそっくりで困った。昔俺がまだ涎を垂らしてバンドをやっていたころ、


 とある大手のバンド、もうメジャーデビューしててファンが俺らとの桁が二つぐらい? 違うとにかくすごいとこ

 と一緒に組むこととなった。まあ一つのステージをシェアするというか共演するはずだったんだ。

 というか、した、それには中堅雑誌の取材つきともあって涎仲間は狂喜乱舞したもんだ。



「大きなバンドと共演して、しかもそこそこ知名度と影響力のある雑誌に密着取材されるだなんて俺らも波に乗ってきた」





と喜んだのだが、終わってみると俺らの扱いはあの大きなバンドのサポートというかそういった形の扱いしかなかった。


「対等な」関係を結んでいたように見えたがその実そういった事であった。


 少し考えれば分かったことなのかもしれないし、良くあることだったのかもしれない。だけど、やはり落胆は大きかった。


 同じ写真を使っているのに、説明書きが違えば全く違う写真になってしまうんだということを学んだ。

 うちらはまだよかった、他人のバンドだったから。あいつらはしょせんそんな風にしか思ってないんだ。ってヤケ酒が飲めた。


 だけど、竜宮とあの子たちは仲間だ。 別のユニットにいるとはいえ。

 だれも竜宮の事を悪く思ったりしないなんて思えない。多かれ少なかれ、扱いの差に落胆するだろう。

 そして、それを言えない。

 みんな仲良しで今まで来ているから。そういった事に耐性がない。 



 もしかしたら今この瞬間も竜宮に対してある種の感情を持っている子がいないとは言えない。

 それが悪いことだとは言わない。その感情は更なる高みを目指す糧となり、組織を活気づけるものになるだろう。

 しかし、行き過ぎてはならない。 




 あの子たちをバラバラにはさせたくない。


 俺のは只の杞憂だったらしく、そのような扱いをしないといふうに製作会社が説明してくれたし、俺の考えも理解してくれたようだ。

 中々に嬉しいことであった。

 こんな弱小プロダクションの言うことというか、要望を聞いてくれるなんて嬉しい以外の何があるだろうか。


 でも、もし彼らがそれに賛同してくれなくても自分たちが取材のオファーを断ることなんてなかったんだろうが。



 
 高木社長からそんな感じで理解してくれたのもありがたかったし、バカにしなかった事も心を救われた気分である。

 

「よし、みんな、今日からライブに向けて密着取材がつく。まあ意識しなくてもいいが、心して臨むように」


貴音「今回は初めてづくしでありますこと。真楽しみです」

春香「わー! 面白そうですね! 密着取材なんて」

千早「もしかしてカメラマンは新しいプロデューサーなんじゃないかしら」


「それはないからあんしんするんだ……結構懐かしい話題をだしてくるな……みんな」



 元気なあいさつの後、カメラマンんが何人か入ってきた。正確に言えばカメラマンと足るたんとさんであろる。

 しかし……驚いたな……殆どが男社会である業界なのだがここにいる皆さんは全て女性であった。

「今回は珍しいですね、みなさん女性なんて:

カメラマン「いえ、男性が苦手な子がいるという風に聞きましたし、こういう密着取材なら同性の方が意識しなくて済むのではないかという風な指示でしたので……」



「あはあ……なるほど、お気遣いありがとうございます。ということをお伝え願えませんか」


カメラマン「はい。 こちらも、ただ今売出し中の製作者でして」

「そうなんですか?」


カメラマン「ええ、まあ悪く言ってってしまえば経験が少ないのでっていう……」



「はは、お互い大変ですね」


カメラマン「はい。でもあー広報さんにはもう会われましたか?」



「はい。ご挨拶いただきまして。もしかして広報さんからの?」


カメラマン「はい。ご紹介を頂きました」





カメラマン「よろしくお願いします。密着取材と言ってもそんなに硬くなることはないですよ。逆に言うとみんなの自然な姿を見たいというのことなので」

響「そりゃー任せてくださいって感じだぞ―――」



美希「響は張り切りすぎだと思うの」



練習スタジオでの風景やみんなが談笑している様子、竜宮小町の取材は別のカメラマンが行っているようで


同時進行と言った風情である。 向こうの撮影の様子は律子に見てもらっている。まあなんかあれば報告してくれるそうだが

特に何もないのだろうな。


響「お、プロデューサーお疲れ!」

「お疲れ。みんなはかどってるか?」


雪歩「ええ、スタッフの皆さんが女性で少し安心しましたし」


「よかったよかった」


千早「あとでちょっと練習見ていただけませんか?」


「構わないぞ」


美希「あーーー! 千早さんずるーい」


「美希はもうできるから、千早を少し優先させてくれないか、すまない」


美希「もーー」




 美希は。なんだかんだ言っても言うことは聞いてくれる素直な子なのにどうしてこうなってしまうときがあるのだろうか。
 まあ……女の子故でしょうか。



千早と練習






千早「プロデューサー、どうでしたか?」

千早は譜面を渡し、弾き始めた。

もう完全に暗譜しているということかな。

しかし、完璧である。楽譜をなぞるのは実に上手になってる。

かなり練習したのだろうとしのばれる。


「いいと思う。もう何も怖くはないな。これで歌って踊れればよいだろう」


千早「そうですか……。でもなんとなく不安なんです」


「それは仕方ないかな……初めてだものな、練習してても不安なんだもん。でもそれっていいことだぜ」

千早「そうでしょうか……」

「そうよそうよ。傲慢にならないってこと」


千早「まあそう考えるといいことかもしれませんね」


「そうだ……もうベースは余裕っぽいみたいだし、番外編ということでベースの手入れとか勉強しないか?」


千早「そうですね……自分で何とかできるといいかもしれません」

「だろう? コーチには教わってないん?」


千早「そういえば……教わってないですね」


 まったく……雪歩の時もそうだったか、基本の基本を教えないというのは如何なものかって思うね。
 
 チューニングの変え方とかそういうの。

 演奏技術だけを教えたいなら確かに不要かもしれないけど……。こういうのも教えておいて損ではないだろう

 千早が不器用な手でおっかなびっくりペグをグルグル回しているのはなんともいいものだ

//作者※ すみません……いろいろあったもので遅れてしまいました……待っててくれる方がいるんなんて感激です



「ここはこうして……」

千早「はい」


 千早は機材の取り扱いはあまりうまくないのだが……うん、そこは慣れてもらう。


「手先はあまり器用な方じゃ……ないようだな」


千早「すみません、でも意外とベースの中身ってそんなに複雑じゃないみたいですね」

「確かにな。千早って理科とかすきだったけ」

千早「そんなに得意ではないですが好きですよ。特に音に関するところは歌に通じるので勉強していました」

「マジか、振動とかその辺か」

千早「はい、後はそれを記述するための数学も勉強したのですがフーリエ解析のところで力尽きてしまいました」



こいつさらりとすごいことを言っているような気がする。俺も大学時代勉強したが独学だったらきっと出来ていないだろうな。


「じゃあまあ、電磁誘導の話とかになっちゃうんだがわかるかな……ベースの音の出る仕組みとか」



 わざわざ描写するのもアレなので省くがそれから小一時間電磁誘導の話から色々飛んでアンプの仕組みなんかまで
ざっくりと説明してあげた。

 千早はかなり飲み込みが早く、このまま理工系に進めてもいいのではないかとおもう。ただ、歌に関することに対して
のみ、情熱を注ぐのでそれ以外の事には興味もないようなので……うーん。



電気系に向いているなんて言われたこともない。

千早がそういうのにも無理はないだろう。

そんな風に考えこともなかったという風情であるし。

 しかし、歌手としての成功ができなかった時を考えなかったことはないにしても、第二の刃を持つということは非常

に大切なことではないかと思う。例えば声がでないような病にかかってしまう可能性も皆無とは言い切れない。千早から歌を抜いてしまったら

なにがのこるか、なんて考えて絶望なんてしたくないしさせたくもない。

 ダンスができなくなっても映画監督になればいい。そのように考えられれば最高ではないか。




 まあしかし……彼女は駄目だな私からすべての知識を奪っていく。
 もう教えることは何もないだろう。


美希との練習


美希「ねえ! すごくない?」

完璧に合わせたな……。CDと。

すごいすごくないの話で言ったら十分にすごい。

これが初めて一月も経ってない女の子の業だなんて見てなかったら信じられないだろう。

少なくとも数年のキャリアを積んだ中堅レベルの演奏である。

お金を取れる演奏かどうかは微妙だがサポートメンバーとしては十分にやっていけるだろう。

バンド募集の貼り紙できたらすごく幸運だろうな。

「すごいよ……あんた。頑張ればできるんだな」


珍しく普通に褒めてしまった。 

美希「えへーなの‼ ハニーの為なら一生懸命にやったの」


「俺の為……ってのもありがたいが一番はファンの為なんだからな、美希や千早、やよい達を支えてくれるのはファンのみんなだろう」


美希「それはそうだけどさ! やっぱり一番に見せたいのはハニーなの! だからハニーにすごいって褒められただけで美希はすっごくしあわせなの」


「そっか、ありがとうな。 もう基本は完璧だから……応用をやってもいいだろう」


いままでは立ちて演奏のみを主に練習してきたので振りも入れて練習してもらおうと思う……まあ、美希には時間稼ぎにしかならないんだけど。

 スポンジのように吸収する。とはこのことなんだろうな……と実感する。

 よかった……美希に今会っておいて……。現役時代に出会っていたならば、かなり嫉妬に狂っていただろう。

 

 いや……? 仲間に引き入れていたかも。

 

取材はかなり早くに終わった……というか。計画通りに終ったのだ。

 押さず、巻かず予定の時間に彼らは撤収した。

 こういった取材の時は可なり時間の前後があると思ってかなり幅を取って

 スケジュールを取っていたのだが、かなり暇になってしまった。

 忙しい竜宮もそろっていることだし……練習でもしてみようか?

 さっきやったんだよなー。 一斉にそろってるところで練習したんだよなー。その光景も

 取材で使われたんだよなー。疲れさすのもあまりよくないだろう。


 どうすっか? 

 

単な話だった。

 


 適当に休憩させるのも彼らは喜ばないんだから、 お互いのいいところなんかを言わせ合えばいいのではないか
 そんなことを思いついたのである

 
 春香「やっぱり千早ちゃんって細かい動きとか得意なんだね」

 千早「そうでもないのだけれど……」

雪歩「私そういうのニガテだからすごいと思うよ。実をいうとそういう指先をつかう奴ってニガテだからドラムにしたっていうのもあるんだ」


千早「そう言うのもあるのね……」

貴音「私も幼少の頃はそう言ったものが苦手でしたけれども、幾度となく練習すれば、おのずとできるようになっているでしょう。昨日動かなかった場所が動くようになるというのはとても気持ちのいいことですもの」

真美「お姫ちんはかなり上手だよね。プロに習ってたの?」

貴音「ふふふ……とっぷしーくれっとです」

亜美「そりゃ→ないよお姫ちん」

響「自分かなりうまくなったと思うんだ」

伊織「まあ……最初の頃に比べてって話ならうまくなったんじゃないの? 尤も、私がついて教えているんだからうまくなって当然じゃない? ニヒヒ」

響「うがー! ちょっとはほめてくれたっていいじゃないか!」

伊織「褒めてるわよ。まあ響ならもっと上に行けると思うけどね。あんた意外と指先器用なのね」

真「もうボクはかなり綺麗なおとがでるようになりましたよ!」

やよい「うっうー! 確かにすきま風みたいな音は蒙もうでなくなりましたね!」

あずさ「あらあら~、私も昔やっていたけれどこんなにうまくはできなかったわ~。すごいわねえ」

真「え、あずささんフルートの経験あるんですか?」

あずさ「ええ、昔ちょっとだけ吹奏楽部にいたんですよ。そのときにね」

律子「あずささんって間違えて部室に入って何となくで加入したみたいな雰囲気がありますよね」

あずさ「あれ……なんでわかったのかしら」


これは意外であった。でもたしかに吹奏楽部の子っぽいイメージはあるけれど。どちらかといえば文学少女だったのではないかと勝手に想像していたから。

 こんな感じでお喋りを久しぶりに楽しめたからよかったんじゃないかな……。って思っている。

 プロデューサーとして律子も同じことを思っていたようで珍しく会社の金で出前を全員分とってくれた。

 みんなで一つのテーブルをかこんで話しながらご飯を食べる。

数ヶ月前まではよくある日常で、早く仕事がほしいと願っていた。

はやくこんなところで油を売っている生活から脱却したいと望んでいたのだ

 ちょっと時間が経つだけでこんなにも置かれてる状況が変わってしまうんだな……。

 所属しているみんなを比べるような真似はプロデューサーとしてしてはいけないとおもっている。

平等に。 なんて言葉を聞かれたらたぶん笑われてしまうだろうが

ここにいるすべてのアイドルは……みんなはきっと必ず頂点に立てるものだと、根拠なく信じられる。

こんなに幸せなことがあるだろうか。

根拠なく信じられる仲間と一緒に仕事ができる。

これ以上の幸せはちょっとしらない。

隣でエビフライを取り合ってる年甲斐のない奴らとともに画面を塗りつぶしてやりたい。

765一色で


練習するということ。


765バンドのことは特に秘密にしている事項ではなかったのであるが、発表の機会がなく、貴音がぽろりと言ったものが原因で取材が増えた。

文学博士が送ってくれた取材陣がTVでOAされると意外なほど問い合わせ、取材申し込みの電話でテンテコマイになる。

小鳥さんもピヨピヨ鳴きながら鳴りっぱなしの電話対応に追われている。

こちらとしても嬉しい悲鳴である。


しかし、なぜこんなにも取材が殺到するのであろうか。

気になる。


っまあなにはともあれ、今まで仕事がなくて暇をしていたメンバーにもこれのお陰でチョクチョク仕事が入ってきているのだ。

これをやると決めてよかった。

春香には元気いっぱいなキャラクタが矢張り似合うとのことでそういったお転婆溌剌たる少女の役が多く回ってくるようになった。


千早はその歌唱力に皆が気づきはじめ、動画共有サイトにあげた動画の再生回数が何桁か上がった。

雪歩はその儚げな印象と担当の楽器の所謂ギャップ萌えで注目されるようになり、なんとドラマの出演依頼が一番多くなったのである。


もっとおもしろいものが伊織である。


響とともに子供用ピアノ教室のCMに抜擢された。


勿論伊織が先生役……と思いきや。

響が先生役で伊織に熱心に教えるという内情を良く知っているこちらからすると、カナリ笑える代物になっている。


後に伊織にそのことで話を聞こうとするとビックリするほど不機嫌になる、、しかし、やよいが


「伊織ちゃんかわいいです!」


と叫ぶと顔を赤らめてうつむくのでみててほのぼのする。

さて、エザワ楽器さん主催のLIVEまであと一週間である。


このままいけば、何の問題もなく進めるだろう。

簡単に大喝采が貰えるはずだ。

みんなの頑張りが正当に評価されるってのはいいと思うんだ。

そして今日は全体でのリハが入っている。

リハがきちんとできればもう完璧だろ。

問題ない。今やこの子たちにとってあの譜面は簡単すぎるくらいだし。もっと次のステップに進むこともできるだろう。


「久しぶりだな」

貴音の収録に付き合ってスタジオに待機していたときの
ことであった。

何かすごく懐かしい声がした。

振り返ってみると、やはり懐かしい顔がそこにあった。

こっちも笑いながら久しぶり。と返した。

昔のバンド仲間だった。


「へえ……今アイドルのプロデューサーやってるんだな」

俺の職業についてのコメントはかなり淡泊なものであった。

お前はなにしているのか? と聞くと笑いながら、なんと961で働いているという。

驚いた。961プロってプロデューサーいないと思っていたから。

訊くとなんとマネージャーをやっているらしい。

あれ……961にマネージャーとか言う職業もあったのかどうか覚えていないが、そう言った人種に今まであったことがない。

961も方向転換とかしてみたのかな。

まあ同じ夢を追った仲間が今も同じようにアイドルを育てている。

いいことじゃないか。

なんか運命めいたものを感じる。

で……戸川は……

そう懐かしい名前を呼んでみた。名前を呼ぶのは何年ぶりだろうか。

 向こうも心底驚いたような顔をしている。

しかし、直ぐに俺の名前を呼び始めた。

きっとあいつと同じ顔だったに違いない。

いや……本当に懐かしい。


貴音「なにやら、とても楽しそうでしたね」

帰りの車の中で貴音がそうはなしかけてきた。

まあな……、昔の仲間に再会したんだよ。

そう返すと、にっこりと微笑んでそれはよかったですね。

と私に言ってくれた。


貴音「でも、もっと再会を喜びたかったのではありませんか? 私でしたら一人で事務所まで帰れましたのに」

「いや……むこうも向こうで忙しそうだったからな……また今度にするよ。ちゃっかり連絡先を交換したしな」


貴音「そうですか。昔同じ夢を追うた仲間と再びお同じ世界で相見える。星の巡りのようでありますね」

「そうだな……」


 あの件以来塵散りになってしまったメンバーのことも知りたいし、帰ったら早速連絡してみよう。
 昔交換した連絡先など、とっくに主から暇を出されている。




「ただいま戻りました!」


リハまで時間があるなあとのんびりした気持ちで事務所に着いてみるとなにやら騒がしい。

何かあったんだろうか? 


「どうしたんだ?」

やよいに訊いてみる。いちばん騒がしい子だったから。

やよい「大変です!  千早さんが指を痛めてしまったみたいで」


なんだって……。


千早は平気なのか……?

包帯に巻かれていつもよりも2倍は大きくなった千早の細い指はもうこれ以上動かせない怪我であることがよくわかる。

そしてそれの治癒には一週間以上もかかると言うことも。 


//申し訳ありません、遅筆なことは自覚あるのですが最近もまた多忙で。 支援ありがとうございます


「千早……大丈夫か? 怪我の方は」


できるだけ感情を出さないようにして訊いてみることにする。

何故……てそりゃあ……こんなこと一つ間違えれば尋問のようになってしまう。

千早を責めることはしたくないし。

まずは何があったか聞いて、これからどうするのかと考えるのが先決じゃないか?

起きてしまったことはもう仕方のないことなのだから。

それにどう対処をするかって言うのが大事なんだと思う。

千早「今日スタジオで……誰かとぶつかって階段から落ちてしまったんです。とっさに手を突いたので頭や顔などは平気なんですが……手の着き方がよくなかったせいか、変な風に曲がってしまい……」


「わかった……痛めたのは手だけか?」

千早「はい……いまのところ痛いのは手だけです」

 ひとまず安心した。
 頭でも打って打ち所が悪い……と言うような状態にでも
なられてたら……精神がおかしくなってしまう。

「もうベースは弾けないだろうな……残念だが」

 一生という意味ではないが、ひとまずエザワのLIVEではもう演奏できないだろう。


千早「いえ、医者が言うには骨折はしてないので大丈夫だと言うことです。あの、安静にしてれば二、三日でよくなるとのことなので」

 あやういな……それでも二三日動かさなかったらリハビリも必要になるはずだ。

 弦楽器は指先のコントロールがすごく求められる。

 打楽器も繊細な指使いが要求されるのは勿論であるが、やはり、弦楽器にはかなわないだろう。

「無理をしない方がいい。先方にはこっちからも言ってみるけど、出ない方向で進めるものだと思ってくれ」

千早「はい……一応そのような用意はしておきます」

平気かな……。コーチまで用意してくれたエザワ楽器さんには申し訳ないけど。アイドルのことを考えるとな……。
 
 でも千早の出番は欲しいし……どうするか。

やよい「千早さんはヴォーカルだけに専念した等どうかと思うんですけどどうですか?」

千早「いや……この企画はあくまで竜宮小町がメインにおかれてるものであるから……私がいきなり出ていってもお客さんは喜ばないと思うの」

 なるほど……千早もそう思ってしまうのか。

確かに対外的には 765バンド となっているが、やはりファンの中では 竜宮小町と765プロのメンバーと言うような見方をしている。

 今回、竜宮には楽器演奏がないから、見分けがつかなくなるし、違和感があることは否めない。

 しかし……千早も出してあげたい。

 出してこその765バンドなんだから。

 どんな風にすればいいだろうか……指を極力使わず……演奏できる楽器は。

  そしてあと一週間でマスターできる? いやまあゴマカシの利くそう言う楽器は……まあないよな。

 どんな楽器もそれなりに披露するようになるまでカナリの時間がかかる。
 
 今回だって結構な時間と、プロの講師というチートを使って今のレベルに到達させているのだ。

 第一、一週間程度でマスターして披露できる楽器があるのならば世の中のミュージシャンはそれを使いまくるだろう。

 この案は……没だな。

 ならばどうするか……。

考えているその矢先に、来客である。広報の文学博士である。

いつもはアポなしの客でもそれなりの対応をすることができるのであるが、些か気が立っていたので、声が怖かったと思う。そんな雰囲気を察して文学博士は穏やかに訊いてきた。

博士「どうなさいましたか? 何か問題でもありましたら……また改めて参りましょうか? もう直前ですし詰めをできれば、と思ったのですが」

「いえ……すみません、実はアイドルがひとり怪我をしてしまいまして……。残り一週間だというのに……」

博士「それはそれは……困りましたね……ベースは
指を使うでしょうに」

「はい……どうしようかと考えていた所なのですが……何かお知恵を拝借できませんか?」

博士「そうですね……」

 ただでさえ皺だらけの顔をゆがめて考え込む。

博士「仕方ありません……こういう場合はファンのみなさんに説明してボーカルだけでもしていただきましょう」

「それでいいんですかね……」

声を潜めて言った。何しろこういうことを他のみんなに聞かれたくないから。

「正直言って今の765は竜宮以外の知名度が少ないのです。いきなり知名度の薄い子をボーカルとして入れるというのはどうなのかと思いまして」

博士「その考え方もごもっともと思います。ファンが不安や不審感を持つのではないかとのことですね? ご安心ください。そういったことは起こさないようにいたします」

「どうやるんですか……?」

博士「いえ、簡単なことです。ファンはそこまで新しいものに拒否反応を示さないのですよ。イベント限定の助っ人という形で呼べばいいのです。竜宮のみなさんに紹介してもらえばいいでしょう……秋月律子さんもそのような形ででることもあったでしょう」


「確かにそうですけど……」

博士「それに千早さんの歌唱力。すばらしいと思います。
あの才能なら ”事務所のごり押し”と思われることもない」

「はあ……」

博士「それどころか千早さん自身にファンがつくことだってあるでしょう。あの能力なら十分にあるでしょう」

「確かにそうですね……。ほかのメンバーにも相談しなくてはいけませんし、エザワ楽器の方にもきちんと伝えなくてはなりません。スポンサーですし」

博士「それなら心配ございませんよ、すぐにエザワ楽器の担当と話を付けられます。実は、この後すぐにいこうと思っていたところなので」

「本当ですか? でしたら是非一緒に行かせてくれませんか? 自分の口から報告と謝罪をしたいんです」

博士「あなたは真面目な方ですね……驚きました。961にもって行かなくてよかったと思いましたよ」

「へ?」

博士「あーまあ気にしないでください。では参りますか?」


博士の車でエザワ楽器へ向かう。

事務所のみんなにはこの後俺が帰ってきたらミーティングがあるといっておいた。

千早の申し訳なさそうな、消え入りそうな顔が瞼に焼き付いている。

可哀想なことをしてしまった。

どんな事故であったか後で詳しく訊いてみなくては……な。


くれぐれも問いつめないように。


年代もののVolkswagenに揺られてエザワ楽器へとつく。

道中なにも会話がなく変な緊張感であった。隣の博士は何を考えているのかやはりわからない人間だ。

私だって人を観察する目くらい持っている自負はあるのであるが、この人は何も見えない。

それが勝手に彼との間に何らかの壁を感じてしまうであろう。


応接室に通され、担当がでてくる。

そして、千早が事故によって怪我をしたこと、医者からも安静を推奨されていること、せっかくそちら持ちで講師をつけてくださったのに発揮できずに申し訳ないということ、代案として千早に歌わせるということ。

などを一口に話してしまったが……はたしてどういう反応が返ってくるのだろうか……。少し恐怖を覚える。
 
 まさか賠償せよ。などということは無いだろうとは思うが大企業である。その辺は強いし抜かり無いだろう。

 ひたすら平身低頭すればゆるしてくれるやもしれない。

先ずは誠意を見せなくてはどうするどうしないという問題にすら成らないかもしれない。

 もし万が一、ほかのメンバーにもそういった対応をされたら可なりの痛手であることは正直になろう。

 千早のためだけでなく、ほかの765プロのアイドルにとってもこの場面は重要なのである。

 さて……どうくるか。博士も固唾を飲んで見守っているように見える。
 一緒に説明してくれて有り難かった。どうも私一人ではテンパってしまうし感情が優先されてしまうので難しいところだった。

担当「しかたありませんね……。今回は千早さんには歌ってもらうことにしましょう。 もし、治るようでしたら予定通りに演奏してもらいましょう。これでこちらの方から通しておきますので心配はいらないですよ。如月さんにはお見舞い申し上げます」


 これほど人に感謝した経験もあまりないだろう、個々数年で一番深く感謝したと思う。


担当「気にしなくていいんですよ。でも……如月さん大丈夫ですかね……」



「千早は平気だとは思いますが……やはり真面目な性格なのでどうなんだろう……という思いはあります」

担当「まあ、事故なら仕方ないしね、それに如月さんに大きな怪我がなくてよかったと思ってる。これよりうれしいことは無いよ。チョロット聴いただけだけど如月千早の歌はすてきだと思う。きっとあの子は成功すると思うよ」


「ありがとうございます! これででは進めていきます!」

担当「ええ、頑張って下さいね」


博士「申し訳ないんですが……プロデューサーさん。この前の取材の続きをそちらに送ってもよいですか? まあ前回と同じカメラマンと監督なので勝手も分かってますし」

「はい、構いません、予定通りに進めて下さるきちっりとした方なのでコチラとしても有り難いです。アイドルが本番直前の緊張した中でどんな風に見られるのかということにも個人的に興味がありますし」

博士「ご理解いただきありがとうございます。アイドルの皆さんは気が立ってるかもしれませんのでなるべく、刺激は与えないようにしますので」

「お願いします。あの監督さんとはみんな仲良くやらせて頂いていましたので……亜美、真美、やよいなんかはかなり懐いていましたし。彼女がいた方がリラックスできるかなと思いますので、コチラとしても本当に感謝のしっぱなしです」

博士「いえいえ、私は役職は違えども物事を盛り上げるのが仕事です。あなたもそうでしょう?」

「何から何まですみません」






帰りの車の中でもこのような会話が繰り広げられていてつくづく私の血は日本人なんだなーと思い知らされる。


▲報告するということ


「と言うわけで、千早は歌での参加になったので、ちゃんと竜宮のみんなと合わせるようにすること」


事務所に戻っているメンバーだけに伝えた。

少し前ならば竜宮を除く殆どのメンバーが屯しているのであるが、今回ばかりはやよいと千早、そして春香しかいない。

このメンバーに伝える様なことでは成いかもしれないが、一応。


千早「すみません……プロデューサー」

「まあ、向こうもいいって言ってくれてるみたいだしまあ構わないと思う」

やよい「よかったですー! でもベースが居ないと音楽ってどうなっちゃうんですか?」


春香「たしかに! 私音楽を聴くときとかあんまりベースとか意識してこなかったんだけどどうなんだろう」


おいおい……アイドルがそういう認識じゃ困ると思うんだが……。

 確かにどうだろうか……今のレベルがなまじ高いからベースなしは変に聞こえるかもしれない。

 ベースラインはほかの子に演奏してもらうって言うのは……無理そうだ。

 時分の楽器で手いっぱいだろう。

元バンドマンの自分は一般人よりもベースについて深く語れると思うし、ベースの重要性を分かっているつもりだ。

 ベースがない音楽は正直迫力に欠けると思う。

あっさりとした楽曲でも使われているし、基本的な3Pバンドでもカウントされる本当にbasicな楽器。

 抜けられたら本当は痛手である。

このことは千早の前では言いたくなかったのだが仕方ないな……。

「正直に言ってベースはないと結構困る。全然違って聞こえると思う」

千早の表情を敢えて見ないようにする。

「でも、この楽曲、竜宮の楽曲ならそこまで強調されたベースラインもないし、な……」


やよい「打ち込みに同期させるんでしたよね? その中にベースを入れてもらえばいいんじゃないですか?」

打ち込みに同期……確かにそうだな。
竜宮が普段踊ってる曲を流してそれにあわせて演奏する形を取るから出来なくはないのか……しかし間に合うかな

「分かったそう頼んでみる。ありがとうやよい」


やよい「いーえー!  千早さん……大丈夫かな」

千早「まあ……大丈夫ですが……ほかのみんなに迷惑を掛けてしまうのが心苦しいというか」

「気にしなくてもいいって……みんな許してくれるし、というか心配はするかもしれないけど、怒りはしないだろうよ」

千早「そうだといいんですが……」

「全く……少しは人の優しさに期待した生き方をしてもいいと思うよ」


千早「はい……!」

まあ、他のみんなも同意見だと思うし……これで心配は無用だろう。
 人間万事塞翁が馬って言うような台詞を吐きたいがこの際やめておこうか。

他に何か懸案事項があったかな……。


あずさ、伊織、亜美「ただいま帰りましたー」


「おお、ちょうどいいところに!」

伊織「あれ?  千早! その指!」

知ってたけど目敏すぎるのではないか。

伊織「ちょっとあんた、千早に着いていながらこれってどういうことなの?」

「すまん……少し事情を説明させてくれないか?」

あずさ「あら……まあ、千早ちゃんの指が心配だわ」

亜美「お→これはこれは……」

事情を取りあえず説明した。スタジオから帰る途中誰かとぶつかって階段から落ちたこと、手を着いたときに変な方向にねじ曲がってしまったこと。骨は痛めていないが、安静にしていた方がいいこと。

「そこでだ……千早には竜宮のみんなと一緒に歌って踊って貰おうかと思うんだが……」

伊織「ふう……そういう事情なら……仕方ないけど」

あずさ「ええ、逆に頼もしいわ、千早ちゃんが入ってきてくれて」

亜美「っそうそう! こりゃ→負けてられませんな!」

伊織「……ところで、そのぶつかった人ってどんな人なの千早」

千早「え……? いやよく覚えてないけど……」

伊織「普通、階段から落ちた子を放ってそそくさと帰るかしら?」

……たしかにそうだ。そういう場面では声なりなんなり掛けるのが自然ではないか? たとえ事故だとしても。

千早「そうね……私が階段を上っていくときに、上から降りてきた人とぶつかって、落ちたのだから気づかないなんてことは無いはず」


伊織「もしかして……これは誰かの嫌がらせ何じゃないかしらって思ってる。ていうかこれは完璧に刑事事件になるような事柄だわ!」


亜美「げげーまじかYO! そりゃないYO」

伊織「少なくとも自然さは無いのよ。相手はどんな人間だったか覚えてないの?」

千早「覚えて……ないわね。顔よく見えなかったし。フードかぶってたし」

伊織「ますます怪しいわね……」

千早「言われてみれば……って話だけど……ね」

伊織「まあ、可能性はあるから、うちのSPに全員見晴らせることにするわ……。死ぬかもしれないような嫌がらせをしてくるのはどこかって考えると……」


「伊織、おまえの推測はとても理に適っているが……あまりその話を広めない方がいいな……わかっていると思うが」

伊織「ええ……そうね。警備もそこまで目立つようには付けさせないから」

ここまでして嫌がらせをする奴はだれだ……?
 可なりの大きな事務所ならそういうこともあるかもしれないがウチのような弱小事務所を狙うような奴なんて……一つしか思いつかないのだが。

 しかし961プロがそこまでの危険を冒してまで一人のアイドルを潰そうとするだろうが?

 だって他にも潰さなきゃいけないような事務所やタレントも一杯居るだろうや。

 こんな弱小放っておいてもいいような気がするが……あの社長がすごく慎重派なら芽は早くに摘んでしまうことを優先させるだろうか?

 ばれたら社会的に死ぬぞ。

伊織「どうせ、あの社長自ら手を下してないわ、何十もの下請け孫請けがあるはず。きっと何があっても彼を捕まえることは出来ないでしょうね」


「俺の思考を読むのはやめてくれ……」

伊織「きっとどっかのADとかを脅すか弱みを握るかして無理矢理やらせたに違いない」

春香「いくらあの社長でもそこまでするかなー」

伊織「あいつらの灰汁どさはそこらの常識で測れるものじゃないと思っている」

春香「そっかー ジュピターのみんなはかなりいい人だと思うし確かに社長はやり方を選ばない人だけどそれは自分の思っていることをうまく表現出来ない不器用な人なだけ……って思えなくもないかな」

伊織「あんたはホントに甘ちゃんね……。わかるわ、そう思う気持ちも。純粋に勝利に拘ってしまうことも、でももし本当にあいつの差し金なら許さないわ。千早に怪我を負わせたのは本当だもの」


春香「うん……千早ちゃん可哀想だもん」


千早「そんなに恨む気持ちは無いけど……他のみんながこんな風な目に遭うのも嫌だしここは水瀬さんに任せるわ」

 
 全く……勝つことに対して執念が恐ろしい程だ。

 昔、高木社長と何かあったらしいがそこまでするか。


「よし、この件は一旦止めな。後で全員に知らせるから口外はしないようにな」


 この台詞を待っていたかのように事務所の扉がたたかれる。

 きっと文学博士の言っていた取材班だろう。

 この取材によって961の悪行が(まだそうだと決まった訳ではないが)知られる物となればいいな……と思わなくはないが表向きは撮り忘れていた物があるand直前のアイドルの素顔がみたい。という取材ということでカメラの進入を許した。

 
監督「あれ? 千早ちゃん怪我してる……! 大丈夫? 本番まで後少しでしょ!?」

千早「階段で転んでしまって……」

監督「本番どうするの?」

千早「みんなの協力のおかげで私はヴォーカルで参加することになりました」

監督「そうか……千早ちゃんの歌はスゴくいいから安心したわ……って安心してる場合じゃないんだったね、ごめん」

千早「大丈夫ですよ。実は歌に専念できるようになってうれしいんですが……でもベースも好きになって来たところなんで少し残念でしたね。ベースを通じて音楽に関する見識を深められたと思います」

監督「うわー千早ちゃん大人だおーーお姉さんびっくりだあーー!」

 いつのまにこんなに仲良くなったんだこの監督と千早。
 何か共通項でもあったか……?
 千早と普通に話せる


監督「じゃあ、ちゃっちゃと回しちゃいますね」


 広報博士の狙いは千早を多く写して視聴者の薄く透けるような感動心を煽ることだろう。
 普段なら反吐が出るほどそういった演出を嫌うのが私なのであるがこの時ばかりはどうかしていて何の感情も持たずGOサインを出してしまったのだが。

 

 
▲一幕

「もう……出来ないですよ」

一人がもう一人に対して吐く弱音は完全に無視され帰ってきた言葉はとても乾いた言葉だった。

「いいから誰でもいいアイツらが舞台に出られないように成ればいい……」

「なんでそこまで……して」

「うるさい!」

▲練習は歌と踊りと

千早はスゴい。

メインじゃなくてもすべての曲を覚えている……というレベルではなく歌いこなしている。

 竜宮をも食ってしまうとは……竜宮のみんなもコレはやばいなみたいな顔をしている。

 あずささんから焦りの表情が見えるのであるが……。

 
千早「♪!!!!」

千早の楽しそうな顔は久しぶりに見る。

やはりベースよりも歌うことが好きなのかと思うと

経験者としてスコシ寂しい気がするけれど……。

まあいいか。


しかし、他の皆が若干霞んで見えるのは気のせいだろうか?



「千早……よく練習してたんだな。初めてのベースもあったのに」

千早「ええ、私は基本的に自分が歌う、歌わないに関わらず765の曲は全て練習しますから」

「それは基本的に全てのアイドルがそうすべきだと思うけど……主役を食ってしまうとは改めて脱帽って感じ」

千早「そうですか……私は少し控えた方がいいでしょうか?……」

「いや、そのままやってくれ、竜宮のみんなも千早の頑張りを見て奮起しているからな。いい影響だと思うぞ」


千早「それは……ありがとうございます!」


「うん。このまま努力してくれればいいから。何も心配するな。何かあったら言ってくれればいい」





練習に戻った千早。

みんなの練習している光景から目つきの悪く、ゴツい男達が居なければもっと幸せなものだろう。
 他のみんなに危害が加えられなければいいし、というか誰かからの差し金ということも間違いだといいのだ。


▲幕間

「もう無理です、水瀬のSPが四六時中アイドルに着くようになりました。隙なんてもうありません」


「くっそ……勘ぐられたか、向こうには頭が回る奴が居るようだな。面倒くさいことになったぞ……」

「こんな計画なんて始めから間違いだったんだ。もう諦めましょうよ」

「あいつらを許すことなんて出来ない。私の邪魔ばかりしやがる」

「ですが現実的に考えると……」

「黙ってやるんだ……。お前だって……」

「分かりました……。何とかします」

「聞き分けの悪い奴だ……」

▲ 風とともにリハーサル

「いいか? 三日後、このステージにみんな立つんだ」

 エザワ楽器の名を冠するホール。そのステージに立ち周りを見回す。
 普段の賑やかさは未だ来ず、ただただ暗い空間が目の前を塗りつぶす。
 この天井は彼女たちには遙かな空よりも高く、観客席は海よりも広かろう。

 竜宮ですら初めて立つステージ。今までよりも文字通り桁が違うステージ。

 あいつらにはどんな風に見えているだろう?

やよい「うっうー! こんな大きなステージスゴいです!」

真「今まで立ってきたステージとは比べ物にならないくらい大きいですね!」

伊織「ほんとに……私たちでも初めて立つような場所だわ……」

真「いままでの練習がきっと味方になってくれると思う」

伊織「まったく……これからいよいよリハよ!」

自分だってこんなビックステージに立った事はないし、いままでのプロデューサー業の中で一番のステージだと、そして、一番難しく、一番沸かせ甲斐のあるステージであると感じさせる。


「よし……始めますか!」


「「「「はい!」」」」


カガヤイタースッテージニターテバ

 練習の成果がきちんと出ているようだな。

雪歩も自信を持ってリズムを 刻めている。みんなを引っ張るのは今はお前にしか出来ないんだからな……。

 しかし……成長したな。

主催者の好意で竜宮以外の曲も入れても大丈夫になって、うれしいけれども練習は一層きつくなる。

しかし、今の彼女たちには負の考えが見えない。

ただただ、この広いステージで動き回れることが楽しいだけなんだ。

 


 リハは、終わった。 

 通しで二時間。  
 歌とMCを含めると二時間ってそんなに日常よりも長くはない。
 しかし日常よりも疲れるもので、慣れの少ないみんなは酸素の缶をシンナー中の様に吸う。

「雪歩、よくやったな」

雪歩「はい……。途中でSPのみなさんも楽しそうにしてくれてたので」

 観客席に座っていたのは、水瀬お抱えのSPぐらいなものだ。伊織がどうやら呼んだらしい。

雪歩「すごく喜んでたですね」

「ははは……確かに」

数十人いたSPがサングラスの隙間から涙を流して

「「「おおおおお嬢様が……立派になられまして」」」

と震えている姿は確かに面白いものであった。

伊織「あれはハードル低すぎなの。あんなんでよろこんでちゃだめなんだから」

やよい「でもいおりちゃんニコニコ顔ですね」

伊織「うるさいわねーー」


貴音「しかし、あのような大きな舞台に立てることはとても大きな喜びですね」

あずさ「そうですね~」


「よし、みんな今日お疲れさま、いよいよもうすぐ、本番! 楽しくやっていこうな」

「「「はい」」」


各自楽器の調整に入り、この日は解散になった

▼いよいよの本番


開場は15時とかそういう時間だが、765のメンバーの朝は早い。
会場の控え室に一足早く着いたつもりだったのだが先客がいた。

やよい「うっうー!! おはようございます!」

「お、やよいは早いなー」

やよい「そりゃ、あんなビッグイベントなんですもん。眠れなかったです。えへへ」

「おいおい、大丈夫なのか?」

やよい「大丈夫ですー!」

千早「お早うございます」

「おはよう千早。練習に来たんだね」

千早「はい。喉を慣らしておきたいので」

「がんばれ、まあでも力抜いていけよ?」

千早「はい、ところでプロデューサー。指はもう動くようになったんですが……」

「ほんとうか?」

千早「はい。みてください」

 包帯は既に解かれ、器用にグーチョキパーしてみせる。

千早「ほら、どうです?」

「ごめんな……千早。 今から変更するのは……」

千早「そうです……よね……」

伊織「できるの?」


「伊織……?」

千早「水瀬さん……」

伊織「数日練習していないし、昨日のリハに間に合わなかったやつができるの?」

千早「た、たしかに……そうだけど」

//乙ありがとうございます


伊織「今日もう一回リハをやるけど、それで大丈夫なの?
昨日のリハとは性質が違うわ。この間はがっつり練習できたけど今日のは流して問題がないかどうかみるだけ。大幅な変更はできないわ」

千早「わかったわ……残念だけどベースは止めておくわ」

伊織「そうね……。それが賢明だと思う。千早の気持ちも分かるしやりたいってもの理解できるけど……初めての大舞台だわ。失敗する訳にはいかないもの」

千早「ごめんなさい……。私ワガママだったわね」

伊織「いいのよ。本来千早がやるべき仕事だったんだもの。やり遂げたいと思うのは当然よ」

千早「ありがとう……」

▲開幕40分前

春香「うわ……お客さんがったくさんっ!」

真「ほんとだ……みんなすごいよ……なんか一つの大きな生き物みたい」

 ちらと観客席の方を覗くと会場はほぼ満席に近く、名前の入った団扇や揃いの法被を着ている客が今か今かと緞帳を睨んでいる。
 全身にメンバーの顔が印刷された缶バッチをつけた者もちらほらと見える。

が……


春香「やっぱり……みんな竜宮を見に来てるんだね……」

その言葉に一瞬空気が沈む。

自分たちはおまけ、もしくはお呼びでない者ではないかと。

伊織「当然でしょ? ここに見に来ている人の殆どは私たち竜宮をみてに来てるに決まってじゃない」

真「じゃあ僕たちやっぱり」

伊織「なに弱気になってるのよ! 天と地の間にはお前の知らない素晴らしいアイドルがいるんだ! って思わせようってならないわけ? そんなんじゃお客さんはよろこんでくれないわ!」

貴音「ええ、彼らの哲学では思いも寄らない者がいるのだと分からせてあげましょう」

伊織「そうよ! そうでなきゃ!」

真「そっか……そうだよね! よーーし! ジャンジャンバリバリはりきってやっていきましょう!」


円陣をくんだ。

765プローー !

一足早いスパンコールだったかのようだ。

▲ 開幕30分前

舞台脇 小部屋

一つの影が狭い楽器で満たされた小部屋の中をうろつく。

電気もつけないで。代わりに細く白い光が偶に空中を走る。


しかし、そこにあるものを触るのは当然だと言わんばかりに一つ一つ楽器を持ち上げては、なにかしていく。

全ての楽器に対して同じような行動をしているわけではないが、必ず全ての置かれている楽器に何かしていく。

 突然の部屋の明かりに驚いたのだろう。

 さっきまで「影」だったものは入り口の方を思わず一瞬見てしまった。そして、その姿を永久に残されてしまった。
携帯電話から出る電子音と共に。

伊織「証拠は残したわ」

貴音「やはり……あなただったんですね……」

戸川「何のことですか……?」


もう、既にほかのメンバーは控え室から出て、舞台袖に待機している。

もう、楽器などは基礎のチューニングは終えられ、舞台脇の小部屋に仕舞われている。

緞帳が開く頃には各楽器が各パートに持たれている算段だったから。


貴音「知らないと仰いますか。私の大切な友人を傷つけておいて」

戸川「なんのこと? あれは事故だって聞いたけど?」

貴音「ええ、とても不自然な事故でした」


伊織「私がそう言ったら貴音があんたのこと話してくれてね。調べたら……そうとしか思えなかったの」


戸川「ちょっと……なんなの? さっきから何の話をしているの?」


伊織「いいわ、そこまでしらを切るなら最初から最後まで言ってあげてもいいわ。っていうか、

今楽器を調べたら出てくるでしょうね。色々。たとえ千早のことであんたを責められなくても

このことだけであんたは961から解雇される筈だわ」

貴音「暴れないで下さいね……。外には水瀬SPが待機しています」

戸川「ちょっと……なんなのよ……」


伊織「私たちも時間がないからちゃっちゃと済ましたいのよ。

あんたに何されたかきちんと説明しなきゃいけないし。とりあえず騒がないでこっち来てくれるかしら?」


 伊織がドアを開ける。貴音の言うとおり屈強なSPの中でも一番二番の男が待っていた。

彼女たちが小部屋を一歩出ると入れ替わりで何人かが入っていき、楽器を確認し始める。

伊織「戸川……みてなさい」

入り口で伊織たちは何人か入っていった者ーーーPAスタッフの動きを観察する。

PA1「あれ? ペグが別の奴になっててコレじゃ演奏中にガタが来ちゃいますね」

PA2「うわ……ちょっと触ったら弦が切れちまったわ……」

PA3「このトランペットのマウスピース潰れてますよ」


伊織「あんた。いま途轍もなく不利な状況よ分かる?」

戸川「……」

貴音「全部調べたそうですよ……水瀬の調査力には驚かされますが、最初は推測からだったんですが」

伊織「あんた、うちのプロデューサーと同じバンドにいたんですってね。そんで、彼は辞めて、

しばらくはインディーズのバンドのプロデューサーやってたみたいだけど……

すぐにウチにスカウトされて……っていう進路をとった。最初それを凄く馬鹿にしてたみたいね」




戸川「そりゃ……ウチらはウチらで売れたいって思ったんだ! 他の人を育てるとかなんかじゃなく、

でも、あいつは早々に諦めてどっかいっちまったよ。んで、見つけたときにはウチよりもヘタクソな

バンドのプロデューサーやってたんだから、もうそりゃ笑うしかないでしょ」



戸川「それすら失敗して今度は、ロックを目指してた奴がアイドルのプロデュースとか抜かしやがって、
それ聞いたときはあいつは底辺の底辺だって思ったさ」

戸川「だけど、アイツがプロデューサーになってからおまえんとこ弱小の癖に961を追い抜き始めて……
実際今回のライブだって961に来るはずのイベントだったんだ」



 "文学博士「961に持っていかなくてよかった」”

 そういう意味だった。

戸川「あんたらが私の全てを奪い始めたんだ! あいつはウチらの、いや、あの辺のバンドの中で一番技術とセンスがあった! それをあんたたちのお守りをする中で失ったんだ!」


伊織「言ってることが滅茶苦茶よ……」


戸川「だからアイツを解放してやろうと思ってアイツとずっとベタベタついている根暗な女を狙ったんだよ!

 生憎失敗だったけど、演奏ができなくなったって聞いて喜んだのにあの女歌いやがる……

じゃあもう、他の女も道連れだとおもったのにお前のSPがウジャウジャ邪魔をする! 

もうこれしか解放する手段はなかったんだよ!」





戸川「もう私しかできなかった!」


貴音「戸川さん……あなたは……プロデューサーの事を好いていたんですね。仲間としてではなく……」


伊織「歪んだ愛情でこっちまで迷惑が及んだらたまんないわよ。もう逃げる気は無いんだろうけど、
警察に突きだしてやるから覚悟なさい」


貴音「ここまでするために、961プロに入ったんですか?」


戸川「そうよ……バンドがとうとう解散になって、
アイツに負けないような仕事を探してたら社長に『765の敵は皆全て我が味方』と言う感じでみんな入れてもらったのよ」

伊織「呆れた……担当されるアイドルはやってらんないわね。そんな個人的な感情で動かされるんじゃ……」


PA「修理は一通り終わりました……ですが金管楽器のマウスピースは交換しないといけませんね……」

伊織「いいのよ。それダミーだから。本物はこっち」

 伊織がSPに合図を送ると胸ポケットからボール紙で出来た箱を取り出し見せる。


戸川「何もかもお見通しだったわけね……」


貴音「正直に言うと9割以上が勘でしたが、それでも確信に近いものが有りました。
私はあなたの背格好を知ってました。千早に聞いたらそれらしいものでしたよ」


伊織「まあ、貴音に会ったのが運の尽きってやつよ。警備室に」

SPはその指示に従って戸川を連れ出していく。

伊織「一応、全部の点検と交換は済ませてもらうわ。開幕まで後少しだけどみんなにはバレないようにね」

PAたち「はい」

伊織「……これでまあなんとか一件落着ってところかしら」

貴音「果たしてそんなに簡単にいくでしょうか……いえ、何となくそう思ったまでで」

伊織「いつからあんたも気がついてたの?」

貴音「それは……何でしょうか。根拠があって分かるという性質のものではなく、なんとなく思ったことを貴女に話しただけですよ。そうしたら、なんとも辻褄があう話になったというだけのことです」

伊織「何とも意味が分からないのはいつも通りね」

貴音「ふふ、でもこれでみんなも安心して本番を迎えられますね」

伊織「っまあ……そうね」


真美「あ、お姫ちんたちぃ。どこ行ってたんだYOもうすぐ始まっちゃうのに!」


貴音「すみません。すこし楽器の様子を見に」

伊織「貴音一人で行かせたら弾き込んじゃってでてこないと思って着いてったのよ」

真美「もう、はやくはやく→」

▲開幕20分前

貴音と伊織がどこかに行ってた。

何処に行っていたのか一瞬気になっていたが時間通りに来てくれたから特に問題はない。

気分転換にでも行っていたんではないか?

訊いてみたが「ちょっとね」とはぐらかされてしまった。

 舞台裏で最後の打ち合わせ。

プリントを配り、移動についていろいろ最後に確認する……がしかしみんな体で覚えているようで
殆ど形式的な確認に終始するだけで済む。

 自称完璧なお姉さんが皆に指示をテキパキ出してくれるのも一助になり、初めての大舞台であるというのにかなり余裕を持って本番に臨める。

 いつもの小劇場と比べるとすっごく大きい。

 しかし、いつもの場所のように安心感がある。


さあ行ってこい!


ブザーと共にそれぞれの決めポーズが幕に映し出される。


▲開幕中  another author


 歓声で溢れキラビヤカな舞台から数歩しか離れていないのに舞台裏は閑静で深く暗い。

 我が子の様に思っているアイドル達を見守るプロデューサーにとっては心落ち着かない場所であるはず。
 失敗はしないか、歌は間違えないか、踊りで倒れたりしないか……。そのせいでイベントが
不首尾に終わり、他の仕事が来なくなってしまったりしないだろうか。

 しかし、彼らにとってはそうでは無いようだ。

 心配の様子は顔に無く、只只彼女達の晴れ舞台を喜んでいるようにしか見えない。
 
 彼らに育てられて本当に良かった。

 私はこういう世界に入って其れなりに長いが多くのプロデューサーや芸能事務所は
アイドルを the idol では無く an idolとして見ている。

 要するにその子無くても良いのである。

 日本に於けるアイドルというのは、未成熟なものの美しさを売り物にしている。

 完璧ではない若い少女がいて、とある制約を突破できればトップになれなくとも其れなりの地位を築くことが出来る。

 そして、其れなりの地位であっても事務所は嬉しがる。ファンが少ないのに何故事務所が喜ぶか? 
それは「信者」が多いからだ。

 100人のファンより10人の信者

 芸能界ではこの様な台詞が吐かれている。

 ファンを増やすことはそこそこのミッションだが、金を落としてくれる信者を作ることが最高の仕事である。

 そのために会社は私のような人間を雇う。

 中身のない人間を徳の高い人間に

 意味のないコンテンツを知らないと恥ずかしいと思わせる様に

 そして、只の女の子をアイドルに

 

 しかし……。

 この事務所は今までに見たことのあるどの事務所とも違う。

 どういう意味かはこの際省くが、私の予想が正しければ、彼女たちは……。

 
ドキュメント番組。彼女に任せている番組はどうなっているのだろう。
私の指示に従わないがそれも芸術家であるからだろう。

 教えなくてはな。


▲開幕5分前

貴音「せめて、ぷろでゅーさーにはこの件伝えるべきかと」

伊織「バカ言わないで。あんなお人好しにこんなこと言ってみなさい、きっと取り乱すわ。
今後の仕事にも影響が出る」

貴音「しかし……」

伊織「しかしもないでしょ……。ああ見えてアイツは打たれ弱いんだからさ、
そういうこといったら仕事が手に着かなくなるわ」

貴音「仕事のことなど---」

伊織「分かってるわよ! 自分の仲間が自分のアイドルの邪魔をしていた! 
それだけでもショックなのにその原因が自分とかほざいていた事実を知ったらあいつは……!」

貴音「申し訳有りません」

伊織「いいのよ……ごめんなさい……っこっちこそ」


貴音「ではこの顛末は」

伊織「墓まで持っていくことにしましょう」


▲ 開幕後

「あ、カメラマンさんじゃないですか。いつもお世話になっております」

カメラマン「ええ、今日は直前の様子を撮影しに参りました」

「いつもいつもお疲れさまです。えっと……今日はおひとりなんですか?」

カメラマン「はい、今日は。ハンディカムだけなんで。それにすぐ済むことですし」

「そうですか……いつも配慮戴いているので有り難いのですが」

カメラマン「大丈夫です、そこまで今日は突っ込まないので、ナーヴァスになってる子が居るっているのはよく分かる

ので」

「有り難うございます。 なんかこっちが要求したみたいで済みません」

カメラマン「いいんですよ……。こんな舞台に立てるなんて夢みたいですよね」

「そうですね。あの子たちにはもっともっと広い世界に行かせてあげたいんですけどね」 

カメラマン「いいプロデューサーさんなんですね」

「ははは、みんなこう思う筈ですよ。プロデュースしている人間なら」

カメラマン「そう……ですよね」

「はい! いつも有り難うございます」

カメラマン「いえいえ、」

「そういえば、撮影の仕方変わってますよね。何処で習ったんですか? それとも独学ですか?」

カメラマン「いえ、少し習いましたが弟子入りの様なことはなく、殆ど好きにやってみましたね。監督になるときも有る

んですよ」

「へえ……広報の博士とお仕事ご一緒する機会が有るんですね。多いんですか? なんていうか、



「なんて言うか、失礼ながらお名刺を頂戴した後気になったんで調べてみたんですよ」

カメラマン「まあ、でも光栄です。私に興味を持って頂けたって事なんですから」

ええ、僕は笑って携帯の画面を見せる

「かなり多くのドキュメントや映画に携わっていらっしゃるようですね。仰る通り、監督、
助監督という立場も経験なさってる様ですね」

カメラマン「ええ、楽しくて楽しくて」

「そうですよね。自らも女優として歩んでいこうと思っていて、断念してしまった。それでも、
今こうして楽しめているのは素晴らしいことです」

 ……。 予想していた。こういう空気になること。
 でも、

「いえ、調べていたら出てきました。女優……というかダンサーですね。脚を痛めたそうで」

カメラマン「はい……傷心の頃に映画を観て、それに感動してこういう道もいいかなってこっちに来たんです」

「ええ、素晴らしい才能です。舞台をあきらめてすぐに……そうだ、『未来都市』っていう映画の演出に関わっていら
っしゃいましたね。私も観たことが有ります。大ヒットはしなかったものの、根強いファンが出来る作品で今も評価が
高い」

カメラマン「……ありがとうございます」

「その次は、『東京ラン!』の演出ですね。8時間近く東京の道を占拠して行われるマラソン大会。今回も何万人参

加したかわからないほどのビッグイベントです」

カメラマン「すこし、言っている意味が分からないです」

「失礼しました。そういえば、貴女が参加なさってた作品、企画に全て同じ人間が関わっているんです。偶然かなと

思ったんですが……偶然にしては多すぎるんじゃないかしら? と思ってしまったものでね」


カメラマン「仰っている意味が分かりません」

「文学博士とはどういったご関係で?」



遠くでマイクの響く音が聞こえる。



カメラマン「どう……って、仕事上付き合いしか……」

「はい。仕事上の付き合いはあって当然でしょう。貴女が参加なさっている作品計48作品中33作品にクレジットがあ

りますから」

カメラマン「そこまで……」

すみませんね。という言葉を飲んで

「貴女は私たちと初対面だったとき、こう仰いましたね『売り出し中の制作者、経験が少ない』と私には謙遜という文

化がないので分かりかねますが……まあ想像になってしまうんですが……」


カメラマン「そこまで分かってるんですね」

「いえ、全て証拠なんてない。推測なんですけどね」


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博士「そうか……そこまで君は気がついて居たのか。迂闊でしたね。ここまで頭の回るプロデューサーだったとは」

「いえ、今回の話は全て推測なんです。だから適当に聞いていてもらおうかなと思うんですね。あと30分でライブが

終わります。あの子達が帰ってくる前までに片づけたいので」

博士「いいですとも。なんでも」

では……失礼して。と椅子に座りなおした。

舞台から遠く離れた応接室。人払いが完全に済んだいわば防音室。
 そこに文学博士と相対するのは低学歴な自分にとっては緊張するが、なんとかなるだろう。


「一連の犯人はあなたなんですね。博士」

博士はにやりと和らった。
深い皺が更に深く刻まれ直した。

「あなたは、カメラマンに感動的な画を撮らせる為に全てを計画した」

博士「ほう……して何故? 私にそんな義理など無いぞ」

「あなたは、宣伝のプロを自認している。感動的な物を作ればどうなるかご存じの筈です。それに、
彼女を有名にさせなければ、彼女との『取引』が出来なくなるでしょう?」

取引。詳細は語らないが、彼女が求職中の女であること。博士が権力、コネを持った男であること。それで十分だ。


博士「成る程、貴方は可なり無礼者の様だね」


「そうです……ね。今のところは。不思議なんですよ。どうして、こんな弱小の事務所に世界に名だたる楽器メーカ

ーの話がきたのか、961に回さなくて良かったという言葉。千早が怪我をしたのか、いえ、『千早が怪我をしたのを知

っていたのか』ということです」

博士「ほう……なかなか頭が切れるじゃないか。こんなところで売れないアイドルをプロデュースするんじゃなくて他

に出来る仕事がたくさんあると思うんだがね」


「……続けます。一つに961に最初持っていく話だったんでしょうね? このライブは。しかし、竜宮の一人が余興で

少し弾いてしまって、エザワ楽器の方からこちらにオファーがきた。あなたにとっては、誤算でしょう。大誤算。しかし

、あなたは考え直します。『弱小が成り上がる様を追ったらいいだろう』と。961に持っていく前で良かった。 そういう

意味ですね」

博士「……つづけたまえ」

「はい、私は確かにあなたにアイドルが怪我をしたと伝えましたが誰が怪我をしたか言ってないんですよ。なのにあ

なたは直ぐに、『ベースがいないと大変』そんなことを言いました。何で分かったんでしょうね。ここから先はとてもと

ても身勝手な想像です。戸川にそう唆しましたね」

博士「ほう……?」

「戸川にそういう風なことを言った。戸川とあなたがどんな関係かは詳しくは知りませんが、そういった話ぐらいは出

来るような間柄だと仮定しますと……其れを真に受けた戸川が千早を落とした。だから、怪我の話題を聞いただけ

で思わず言ってしまったんだ『ベース』と」


「狙い通り、戸川が千早を階段から突き落としました。何故千早なのかは……千早が楽器を捨ててもステージに立

てるからです」

「ステージに立つために急遽歌の練習を始める。その画がホシかったんですね? それでいて、本番で失敗しない

ような人間が欲しかった。そういう理由ですね?」

博士「確かに彼女は素晴らしい。器楽以外にも光る技術がある。凡百の歌手よりも彩りのある声だ」

「答えてください。黒幕は961ではなくあなたですね?」

博士「私……と言っても証拠がないでしょう?」

「はい。仰るとおりです。この話だけではね。例え裁判所に持っていったとしても証拠不十分としてサヨウナラでしょう



博士「そうでしょうとも。これは、私の想像なんですが……もし、私がそのようなことをしていたとしたら、という仮定と

いうことでお話しましょう」

「お願いできますか?」

博士「もし、私が故意に如月さんを傷つけ、それをフィルムに焼き付けさせるのが私の目的。カメラマンは買収して

しまっているため、そうさせなくてはならない」

「そうですね。私の論旨をかなり明快にまとめて戴いたようで」

博士「ええ……ですが、問題はそこです。非常に簡単な話です。私が其れが露見しないとでも思いますか? そん

なこと危険を冒してそういうことすると思っているんですか? もしこのことが表に出たら私は仕事を失うでしょうし、

信頼をも失ってしまいますよ?」

「あなたはバレると思っていなかったんでないですか?」


博士「ほう……」

「ここで言うのは何ですけど、私非常に頭がいいんですよ。それに、伊織と貴音からの話を聞いて初めて組み立て

たものです。多くの人間はここまで成り立たせることが難しいでしょう」

博士「ははは、大した自信ですね。四条さんと水瀬さんのだって只の根拠無き推測に違い有りませんね」

「そうですね。この私を含めての三人だけの推測ならば、全く何も動かせないでしょうね」

博士「ええ、推測だけでは。ですが非常に筋は通っていると思います。しかし、三流の記事になるだけでしょうね」

「はい。でも、当事者の証言と、メールの記録がある場合はどうでしょう?」


 今時カセットテープに音声を残す人間は奇特だろう。昔、使用していたのをそのまま使い回している。
 きゅるきゅるという滑る音と共にカメラマンの声が聞こえてくる。

 『だから、博士に仕事を回してもらっているんですね?』

 『はい……。そういう約束で……』


 流石に文学者だ。目を見開いた顔でさえ肖像画になるだろう風格だ。

「あなたに会う少し前、カメラマンさんに会ってきました。少し頼んだら話して下さいました」

博士「嘘……ですね」

「なぜ?」

博士「もし、彼女が本当に私から便宜を図って貰っているならば、そんなこと告白すれば、自分の職を失うと理解で

きない筈はない」

「そうですね。普通はそう考えるでしょうね。確かに」

博士「性質の悪いことを」

「しかし、なんですか? これを世に問うことは直ぐに出来ますよ。是非なんて直ぐに分かるでしょう」

博士「私を脅す気ですか? 偽の証拠で私を不当に脅迫するのですか?」

「偽の証拠と仰いますね? ここに録音されていることは完全な嘘だと?」

博士「あたりまえじゃないか、あの女の妄想だ」

「だそうですよ、カメラマンさん」


いい会場の癖に扉には古い建物独特のかすれ声を上げて開閉される癖があるそうで。

かすれ声と共にひとり、女を生んだ。

カメラマン「やっぱりそういう風に言うんですね」

博士「君ね、確かに仕事は沢山ご一緒しているが、そんな取引のようなこと一回も無かったよね」

同意を求める。いや、要求するような眼で見据える。

今まで何人の人間がこの様な状況に置かれたのだろうか。

カメラマン「いえ、この録音が真実ですよね。隠しても貴方のやったことは、消えません」

博士「何言ってるんだ!」

カメラマン「何も証拠を残していないのは見事だと思います。しかし、私が出せなくても、誰かが出してくれるでしょう

。私以外にも沢山……」


博士「そんな! そんなわけないじゃないか! なにを君は……っ! 今後二度と仕事が得られないと思え!」

カメラマン「いいです! 貴方にはもう頼りませんし」

博士「この恩知らずが……」

「まあ、この会話自体がいろいろバラしてるようなものなんですけどね」

博士「こじつけの三流雑誌ぐらいしかそんなこと本気になるわけない!」

「この業界、嘘にまみれているって言いますけど意外とそうでも無いんですよ。何というか……噂はかなりあるんで

すよね。あなたについて。ですから、わざわざ私たちが何かするってのも」

博士「……失礼する」

「あの、ちょっと待ってもらえませんか?」

博士「なんだね」

「本当になにもご存じない?」

博士「ああ。今のはすべてあんた等の妄言だ」

「そうですか……。この妄言広めてもいいですか?」

博士「勝手にし給え」

「じゃあお言葉に甘えて」

▲ライブの閉幕は緞帳ではなく


「おつかれさまー、練習の成果がすごく出たな」

美希「つかれたのー! ねえ私すっごくがんばってたでしょ!」

「そうだな! ばっちり。やよいも音が生き生きしていて一本の管楽器に思えなかったぐらいだ」

やよい「うっうー! ありがとうです!」


みんなよくがんばったな……。

いろんな事が有ったけど……みんなが幸せそうだ。

これより満ち足りることは人生においてそうないだろう。

「千早。やはり、君は歌かな」

千早「はい……ですが! ベースをやっていて新しい自分が発見できた気がします! 歌っているときもバックに流

れるベースがどれだけ大事かよく感覚でも理屈でも理解できるようになったのはこれのおかげです!」


「ううう……泣いてしまいそう……ただのジャン負けな楽器じゃないことは分かってもらえてうれしい」


もっと沢山彼女たちと語り合ったが、もう夜も遅いと言うことで解散になった。

誰もいなくなった765プロ控え室。

私以外すべて帰宅した。

ここに残る微かな汗の香りが膨大な練習時間や人間模様を描写してる。

 みんなが幸せになる為には方法を選ばない。

 彼も同じ、私と同じなのだ。

 携帯電話を操作して、帰路に就く。

明日からも忙しいといいな。


▲翌日以降

あのライブ以降劇的に仕事が増えたのは誰だろう。


結果からいうと全員だ。

美希は普通に。美少女ギタリストとして活躍するようになった。なんと雪歩千早と組んで。
 昔懐かしい3Pバンドが765で観られるなんて驚嘆

このまま別のユニットでいってもいいような気がするけど律子の目が厳しい。

 響は傍目からしたら信じられないような動きを鍵盤でするようになり、作曲に目覚めたようだ。
 真と組んで映像作品を作り始めたようだな、撮影にきてくれた監督やカメラマンも彼女たちの作品を同じ映像作家

として見てくれるようになったらしく、なにかおもしろいことをやり始めている予感だ。
しかし、真よ……自らが監督になって自分にっふりふりの衣装を着させようとするのはやめた方がいいぞ。


 貴音は元々の楽器が雰囲気にあっているせいか、バイオリニスト役でドラマをもらった。ゴールデンタイムだから

今後の動きも気になるな。
 本人はラーメンのレポートをしたいと言っているけどまだ当分先になりそうだ……すまぬ。


亜美真美はそろって大人向けの音楽番組に出るようになった。演奏経験技術がその中でも引けを取らないから恐

ろしい。ファン層を着実に広げているようだ。この前のミニイベントではファン層が10代から20代そして30代から40、

50代だったな。


春香はあのキャラクターが人気でエザワ楽器のイメージキャラクター任命された。CMにも出ている。
 しかし、タッカイギターをもってこけるのはやめよう。


竜宮は今まで通り、今まで以上にトップであり続けようとしている。どんどん会場が大きくなっていく様は出世魚であ

る。このまますべてを飲み込んでしまえと律子に言ってこようか。


こんな忙しい毎日の中。ある日突然久しぶりに大きなスタジオに呼ばれた。
 カメラマンさんだ。例の件一件落着なのかなー。まあアイドルたちはみんな、それぞれの仕事に行っててちょうど

暇だし、行ってみるかーなんて思ってドアを開けると。


「まじか」

 全員が楽器を持ってスタンバイしていた。

春香「プロデューサーさん! ライブですよ! ライブ!
 しかも!  プロデューサーさんのためだけの!」

千早「もう指は完璧です! 聴いて貰いたかったんですよね」

美希「いえーい じゃあみんな are you ready?」


「「「「I'm lady!」」」」





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//長期間にわたり呼んでくれた皆様にお礼申し上げます。
//ちなみに博士とカメラマン、監督なんかにはモデルがいたりします。それが分かるともっとわかりやすくこのお話が
//読めるんでないかなと思います。全体的に分かりにくかったりしたらすみません。
//途中数か月開いたりしても支援という言葉が私の励みになりました。有難うございました。またどこかで

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