大長編まどか☆マギカ ほむらと不思議な時空漂流者 (472)

タイトルからバレバレかもしれませんが、あのアニメとまどか☆マギカのクロスオーバーSSです。

・地の文あり。自分では入れないと落ち着かなかったりするので。
・自己解釈あり。妄想ですね。
・原作的に、「時間」についての理解が必要かもしれませんが、>>1は浅学非才のためおかしなことを言い出す
 かもしれません。

もし、以上の事柄で引っかかることがあった場合、読まない方がよろしいかもしれません。
では、投下していきます。


――絶望の中で、暁美ほむらは目覚めた。

「……」

 身を起こせば、見えてくるのはいつもの風景。無力感に押しつぶされ、頭を抱えて涙をこらえるのもいつものこと。

「……どうすればいいのよ」

 問いかけは誰に向けてのものでもない。自責、後悔、諦念……そういった負の感情を目一杯に滲ませた口調だ。


「……それでも」

 それでも、諦めるわけにはいかない。こんなところで諦めてしまっては、今まで自分が「彼女」のためにしてきたことが無に帰する。それがほむらの、最早ボロボロの精神を繋ぎ止める唯一の道しるべなのだから。

無理矢理にベッドから飛び降り、いつものように身支度をし、家を後にする。一連の作業に手慣れてしまった自分を自覚し、気が滅入りそうになるのを必死にこらえながら、彼女はこれから通うことになる、あるいは以前にも通っていたことのある、学校への路を進む。

――悲しくなるくらいのちっぽけな希望を胸に抱きながら。





大長編魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむらと不思議な時空漂流者



 学校に着いたほむらは、いつも通りに簡素な自己紹介を終え
 これまたいつも通りに取り囲んでくるクラスメイトの質問を適当にあしらい
 そしていつも通りに立ち上がり――


「――鹿目さん。あなた保健委員よね?」


 面食らった表情の彼女に声をかけ、教室の外に連れ出した。
「保健委員」という言葉を使うと、胸が軋むのをひしひしと感じる。
 そして、最早テンプレートと化した一連の会話をしながら、いつも心のどこかでため息をついている自分を見つけてしまう。全て、いつも通り。


――鹿目まどか。あなたは絶対に魔法少女になってはいけない。でないと……

「……って話をされたんだけど、どう思う?」
「ぷっ、あっはっは!! あの美人転校生、なかなか電波だねー!」
「くすくす。暁美さん、ユニークな方ですのね」
 
 鹿目まどかは、正直な話、ちんぷんかんぷんだった。
 夢の中で会ったような少女が現実において目の前で話した内容は
 到底実感が湧くものではなかった。
 ただ、彼女の眼の真剣さが、印象に焼きついて離れない。
 というわけで、帰りがけ友人に話してみたものの――

(はあ……やっぱり言うんじゃなかったかなあ?)

 目の前で、
「二人は前世で運命的な出会いを果たして、また出会ったんだね! ああ、なんてロマンチック……」「まあ、まどかさんったら……!」
 などといったコントじみた掛け合いを繰り広げる大切な2人の友人に突っ込みを入れながら
 鹿目まどかはため息をついた。当分、からかいのネタになるのは避けられそうにない。
 ムードメーカー・美樹さやかの暴走はいつものこととして
 普段はおっとりとしている志筑仁美の目つきが危険な輝きを帯びてることが
 ちょっと怖い鹿目まどかだった。

――仁美と別れたさやかとまどかは、その後、CDショップに向かう。
――統計から導き出した結果に沿って、ほむらもまた同じ場所へと急ぐ。
――とある少女は、大切な友人がいなくなっていることに気づき、エネルギーを探る。
――とある地球外生命体は、追手の気配を察知し、逃避を開始する。

――そして。

「ねえ、ここはどこなのさー……」
「もう! 文句言ってないで足を動かしてよ!」
「だってえ……もう、疲れたよお」
「ホントに君は体力がないね……」

――腑抜けた声と呆れた声で応酬をしている2つの影も、そこにはあった。



(――助けて!)

 ショップにて、ヘッドホンを付けて視聴を楽しんでいたまどかは
 頭の中に突如響いた声に驚く。
 その声に誘われるように、同行していた友人さやかに声をかける前もなく
 彼女は声の聞こえた方へ急いだ。

 それからのことは、気が動転していたためよく覚えていない。
 ほむらから襲撃を受けていたらしい奇妙な生物を抱え込み
 助けに来たさやかとその場を逃げ出したことは確かだ。
 その後、彼女たちが一息ついたとき、周りは異空間の様相を呈し始めていた。

「えっ、なにこれ!? 冗談、だよね……?」

 目の前のことが信じられないように呆けた声で、さやかが呟く。
 まどかにしても、全く同じ気持ちだ。ただ、信じたくない気持ちを持ちながらも――

「わっわっ、来ないで……!?」

 目の前にやってくる、この世のものとは思えない生物の塊。
 彼女たちは、かつてない戦慄を覚えた。
 命を失うことに対しての根源的な恐怖が、その正体だった。
 まどかとさやかが涙ぐみ、絶望感で満たされるその一歩手前――



「――空気砲!」


 突如聞こえた、愛嬌のある大きなだみ声。
 その声は、この場にそぐわないような、けれど頼りがいのある
 そんなトーンを帯びていた。
 ボン! という音がした直後、目の前の塊が吹き飛ぶ。

「――ッ!」

 バラバラになった生物の欠片は、それでもまた元の形に戻ろうと、わらわら集まり始める。
 先ほどの砲撃では、致命傷には至らなかったのだろうか。

「うわっ! ど、どうするの、[たぬき]!? また、戻ってるよ?」
「うーん、見かけによらずなかなか固いね」

 呆けている2人の近くに躍り出る2つの影。
 小型の銃らしきものを手にする眼鏡をかけた少年と
 だみ声の主らしき青狸もかくやといった動物(?)の姿がそこにはあった。
 その団子のような手には、何か筒状の物がはめられている。
 どうやら彼女たちの窮地を救ってくれたのは、この青狸らしい。
 [たぬき]、というのが名前なのだろうか。

ごめんなさい、ミスりました。「たぬき」って……。





「――空気砲!」


 突如聞こえた、愛嬌のある大きなだみ声。
 その声はその場にそぐわないような、けれど頼りがいのある、そんなトーンを帯びていた。
 ボン! という音がした直後、目の前の塊が吹き飛ぶ。

「――ッ!」

 バラバラになった生物の欠片は、それでもまた元の形に戻ろうと
 わらわら集まり始める。
 先ほどの砲撃では、致命傷には至らなかったのだろうか。

「うわっ! ど、どうするの、ドラえもん!? また、戻ってるよ?」
「うーん、見かけによらずなかなか固いね」

 呆けている2人の近くに躍り出る2つの影。
 小型の銃らしきものを手にする眼鏡をかけた少年と
 だみ声の主らしき青狸もかくやといった動物(?)の姿がそこにはあった。
 団子のような形をした手に、何やら黒光りする筒状の物体をはめている。
 どうやら彼女たちの窮地を救ってくれたのは、この青狸らしい。
 ドラえもん、というのが名前なのだろうか。

 
 何も言えず固まっている彼女たちに、2人は笑顔を浮かべ

「大丈夫? もう、安心だよ」
「うんうん。まっかせといて!」

 優しさを目一杯込めたトーンで、彼女たちに声をかけた。
 そして、すぐさま敵に向かい合い、険しい目つきをしてみせる。

「……! のび太くん。敵が分かれていってる。固まるのは不利だと思ったのかもしれない」

 声につられるようにして、彼女たちも一つ一つ分かれてゆく生物を見た。
 個々それぞれが、一気に飛びかかってくるつもりだろうか。
 向こうの攻撃力がわからない分、恐怖心がちくちくと刺激される。

「――それなら、ぼくの出番だね!」

 のび太と呼ばれた少年は、動じることなく、散開した生物の大体の位置を、視線でもってあたりをつける。位置を把握するとともに、彼は――

「行くぞ!!」

 端から順々に一気に撃っていった。
 彼の右手が次々に動き、生物を仕留めていく。
 誰からみても、生物の大きさは小さいといって過言ではないだろう。
 それにも関わらず、彼の狙撃は百発百中であった。

 次々と残骸になっていく生物を見ながら、彼女たちは呆けながらも
 安心感を覚えはじめていた。
 言葉では説明できないものの、近くにいる彼らはとても頼りになるような気がした。

「――よかったね!」

 彼女たちは、その声にはっとする。
 近くには青狸と、撃ち終えたと思しき少年の姿があった。
 両者とも、とても優しい目をしている。

(……なんとなく、だけど)

 まどかはその表情を見ながら、思った。
 この人たちは、これまでもこうして人を助けてきたのではないか。
 根拠はないものの、この表情の優しさと力強さは、簡単に持てるものじゃないはずだ。
 そんなことを思った。


(……どういうこと、なの!?)

 その場所に辿りついた暁美ほむらは、驚愕を禁じ得ない。
 それなりに離れていたものの、彼女は少年が銃を巧みに操り、
「使い魔」を倒していく姿を呆然と見つめていた。
 どうやって目を凝らしても、あれが「魔法少女」だとは到底思えない。
 その後も彼女は、2人組が鹿目まどかたちに声をかける光景を見ていたが、気づいた。
 使い魔が、復活している……?
 先ほど潰えた使い魔が、少しずつ形を取り戻している。
 そして、一体が彼女たちに向かっていった。まさか――!

(……まずい!)

 彼女は危機感を覚え、時間を止めようと盾に手を伸ばす。しかし――


「――あなたたち、危ない!」


 力強い、少女の声。それはほむらも聞きなれた、温かく強い声だった。



「ティロ・フィナーレ!!」


「……ふう、無事でよかった」

 その後。周りを取り囲んでいた異空間が解け、元の風景が戻ってくるのを見て
 まどかは心から安堵した。傍らにいるさやかも、同じような表情を浮かべているみたいだ。
 そんな彼女たちに対し、金髪を縦にロールした少女は優しく声をかけた。そして――

「――あなたたちもよかったわね」

 同じようにそこにいる、少年と青狸にも声をかけた。
 2人は、少し苦笑に近い表情をつくってみせる。

「……少し危なかった、かな?」
「少し、じゃありません」

 少年のおどけた声に、少女はぴしゃりと声を被せる。

「私がもうちょっとでも遅れていたら、どうなっていたか分からなかったわよ?」
「うう……言葉もありません」

 少女の厳しい言葉に、青狸が頭に団子のような手を当てながら、ふにゃふにゃした声で応えた。


「……でも、まあいいわ。みんな怪我一つなく助かったんですもの。それにしても――」

 少女はそこで、少し呆けたような表情をつくり

「あなたたち、どうして『使い魔』を倒すことが出来たの? 
 普通はそんなこと、出来ないはずなのに……」
「どうして、と言われても……」
「出来たんだから、仕方ないよねえ……?」

 二人組は困ったように顔を見合わせる。
 少女もそれを見て、続けて質問するのを諦めたようだ。

「……でも、もしかして。この子たちの攻撃を受けても、使い魔は消滅しなかった。
 また生き返ったように見えるわ。まさか――」
「そのまさかじゃないかな、マミ?」

 その場にいたほとんどの者が、聞こえてきた声に驚きをもって反応した。ただ一人、マミと呼ばれた少女だけは、平然と

「キュゥべえ? それはどういうこと?」
「簡単なことさ。彼らの力をもってしても、使い魔を根絶することは出来なかった。
 でも、マミの攻撃だと、いつものようにちゃんと倒すことが出来た。
 つまり――彼らは魔力を持ってないってことさ」
「そんな――!」


 驚きを隠せない様子のマミだが、蚊帳の外のまどかやさやか、そしてのび太やドラえもんにはさっぱりわけがわからない会話を繰り広げていた。
 そのため彼らは一様に、「ぽかーん」といった擬音が相応しい表情を浮かべている。
 そのことに気づいたマミは、

「ああ、ごめんなさい。とりあえず、いつまでもここにいるのはなんだし
 私の家に行きましょうか。ああ、そうそう――」

 そこで思い出したようにポンと手を打つと、


「私の名前は巴マミ。この見滝原の魔法少女よ」

 魔法少女、という言葉にどよめいた一団から離れた場所で
 暁美ほむらは物陰から状況を窺っている。
 出て行って、話を聴きたい気持ちは山々だったが――

「……とりあえず、今日は引きましょう」

 自分に言い聞かせるように、その場を後にした。
 普段自分が巡る時間軸で、イレギュラーな事態が起こることはそうそう珍しくはない。
 小さなものとしてバイオリニストがギタリストになっているといったことから
 大きなものとして魔法少女が同じ魔法少女を襲撃したりといったことまで
 彼女は幅広く見てきた。でも、今回は――

「一体何なのかしら。あの青狸は……」

 まさかの人間ですらない生物が現れたのだ。これにはほむらも苦笑いである。
 そんなの、あの忌々しい「インキュベーター」だけで充分なのに……。


(……彼らは一体、何者なんだ?)

 マミの家へと向かうまどかの腕に抱えられながら
 キュゥべえと呼ばれる生命体は自問していた。

(魔力ではないということは、科学技術か? 
 いや、それにしても……この時代の科学技術があんなに高度なわけがない)

 一方に至っては、空気をぶつけて、対象物を破壊していた。
 もう一方にしても、あの威力に対して、操作性能が高すぎるし、形も小さすぎるではないか。

(本当に――)

 キュゥべえは周囲に気づかれないようそっとため息をつきながら、心中で呟いた。
 よもや、これから自分がこの地で行おうとしている勧誘活動が支障をきたすのではないか
 という可能性を憂いながら――



(わけがわからないよ)



 

とりあえずここまでです。
漠然とながら今後の展開は考えていますが、非常に書きたくなり一話を書いてしまった次第です。
今後、考えながら、投下していきたいです。

あと、魔女討伐に関して
「ほむらの爆弾で倒せるのに、どうして空気砲やショットガンで倒せないの?」と思った方。
すみません、自分も失念していました……。
その点に関しては、「ほむらは魔力を有しているから、爆弾で倒せる」ということにしておいて
いただけたら、とてもうれしく思います。こんな設定、絶対おかしいよ……。

ドラえもんに関しては、幼い頃からとても好きで、漫画全巻いまでも家にあります。
読み返しては、笑ったり考えさせられたりしています。
もちろん、大長編も好きです。(観ていないのもありますが……)
こののび太とドラえもんは、もちろん大長編Verということでよろしくお願いします。

それでは。

レスありがとうございます。
そんなこんなで、疲れながらもなんとか書きました。
とはいえ、説明パートですので、お読みになるのに疲れるかもしれません……。

原作の箇所はほぼばっさりカットしてしまったので、テンポが悪く感じられるかもしれません。

――のび太くん。未来に用ができたんだけど、一緒に行く?

――え、どうして?

――ドラミのやつが、話がある、と言ってきてね。最近、セワシにも会ってないし。
  それにどうも、ポケットの調子もおかしいみたいだから、未来デパートにも行きたいんだ。

――へー、そうなんだ。じゃあ、ぼくも行こうかな。

――決まりだね。それじゃあ、行こうか!

 そして彼らは、机の引き出しを開け、飛び込む。
 そこには、浮遊する一つの機械があった。
『タイムマシン』である。

――それじゃ、出発!

 ドラえもんが告げ、いつものようにマシンの操縦を始める。
 彼らにとって、このマシンは慣れ親しんだ代物同然であった。
 ドラえもんにしても、操縦ミスなど起こすはずもない。


 だから彼らは、いつの間にか自分たちを取り巻いている状況に動揺を隠せな
かった。

――え、え? どうしちゃったの!?

 動揺のためか、のび太の声は普段よりも更に甲高いものとなって、時空間に
 響いた。
 彼の動揺も無理からぬことだろう。
 いきなりマシンがバチバチと音を立てながら揺れ、じきにハンドルも効かな
くなったのだから。
 ドラえもんも目をひん剥き、操縦席で試行錯誤し、解決方法を模索する。
しかし、そんな彼らの努力も虚しく、一向に治りそうにない。

――う、うわあああ!?

 タイムマシンの揺れが大きくなり、彼らは振り落とされそうになるのを必死
に、マシンに捕まることで避ける。だが――

――ド、ドラえもーん!!

 のび太の声を合図にするようにして、タイムマシンは大きく弧を描いた。
 ……最後に、彼らは。
 落ちている、という確かな感覚とおかしな浮遊感とを、同時に覚えた。


 
 そして、視界が狭まり、意識が暗転してゆく―――




 ドラ「――とまあ」

 以上の顛末をかいつまんで話したドラえもんは、ため息をついた。

のび太「こういうことがあって、意識を失った後で、この町の近くで目が覚めたんだよ」

 のび太が引き継ぎ、話を終える。
 彼の口調や表情も、どこか疲れを感じさせるものだった。

まどか「……う、うーん、その。なんというか」

さやか「……冗談でしょ?」

 マミ「美樹さんの言う通り、俄かには信じがたい話ね。
    ただ……それでも、信じるしかなさそうね」

 話を聴き終えた彼女たちは、一様に強張った表情を浮かべ、吐息をついた。

 
 先ほどの戦いの後、一堂に会した5人(+1匹)は、マミの誘いを受け
 彼女の部屋へ入れてもらった。
 そこでマミは、自分の、魔法少女に関しての話を始める前に、なによりも気
 になっていた2人組の素性を確かめるべきだと判断した。

マミ「まず、そうね……あなたたちは一体何者なのかしら?」

 彼女が水を向け、ドラえもんは、ぽつぽつと話し始める。

「なんと言えばいいのやら――信じられないかもしれないけど……」

 そして今。彼らの素性は明らかになった。
 とりあえず、のところは。


 たしかに、マミの言う通り、そう容易に信用できる話ではない。
 ただ――この話自体を信じなかったら

 マミ「その……ドラえもん、さん達が存在するはずがないものね」

 ドラ「わかってくれたかい?」

 そう。相手は、人間とはかけ離れた姿形をしている
 このタヌキ……もとい、猫型ロボットは、今、この時、ここに
 確かに存在するのだ。
 余談だが、経緯を語る前に行った各々の自己紹介で、彼は「『猫型』ロボットのドラえも
ん」と殊更に強調していた。
 その場にいた一同は、口調から彼の苦労を推し量り、敢えて突っ込みを入れないでおいた。


キュゥ「――なるほど。興味深いね、タイムマシンとは。
    僕からしてみても想像が及ばない、テクノロジーの結晶だ。
    それで、時空の波に難破した君たちは、この町をうろつき
    偶然にも僕たちのいた場所にたどり着いた。そういうことだね?」

 今まで黙ったまま会話を聞いていたキュゥべえがそうまとめ
 漂流者の二人は首肯する。

キュゥ「君たちの事情はよく理解できた。時にマミ、そろそろ魔法少女の講義を始めてみたら
    どうだい? せっかく来てくれた二人もの候補者だ。この機会を逃すのは損だろう?」

マミ「え、ええ、そうね……それでは、始めましょうか、二人とも?」

まどか「は、はい」

さやか「よ、よろしくお願いします」

 キュゥべえに促されたマミが二人に水を向け、動揺しながらも応じる二人。
 そのようにして、マミによる『魔法少女』講義が幕を開けたのだった――




 マミ「――というわけで、私はこのキュゥべえと一緒に、魔女を退治し続けているの」

まどか「へえー……」

さやか「か……かっこいいです! マミさん!」

 説明を聞き終え、まどかは感嘆の吐息をもらし
 さやかはマミに尊敬の意を示した。

 マミ「ふふ、ありがとう。でも二人とも、安易に魔法少女になってはダメよ? 
    なるべくなら、二人をあんな戦いに巻き込みたくないんだから」

さやか「いやー、わかってますよ! 大丈夫です!」

まどか「――魔法少女、かあ」

 その場にいる少女たちの気分は、一様に良くなっていた。
 マミは二人から尊敬の眼差しを向けられ、満更でも無さそうで。
 さやかにしても、マミの説明に感嘆し、目をキラキラさせ。
 まどかは、魔法少女という言葉にときめいているようだ。


ただ――

のび太「すごいね、マミさん! 魔法少女って、かっこいいなあ……」

ドラえもん「……」

  のび太「――ドラえもん?」

漂流者のうちの一人は、黙り込んでいる。その顔つきは、険しい、というよりは
訝しんでいるようだ。
そのような表情の相棒を見つめ、疑問の言葉を投げかけるのび太。



そんな二人を、キュゥべえは無表情にじっと見つめていた――



  マミ「――それじゃあ、今日はお疲れ様。じゃあ明日、待ち合わせ場所で会いましょう」
 さやか「はーい!」

 まどか「マミさん、さよなら!」

 マミがそうまとめて、二人の少女が応えたのち――

 のび太「さよなら!」

  ドラ「……またね!」

 漂流者であるところの二人も、応える。

  マミ「ふふっ、さよなら。鹿目さん、美樹さん。ああ、そうそう――」

 二人に笑いかけながら返事をしたのち、彼女は

  マミ「……ドラえもんさんとのび太さんは、どうするのかしら?
     その――どこか泊まるあてはあるの?」

  のび太「ああ、そのことなら心配しないで!」

ドラえもん「うんうん。ぼくらは、不時着した山でキャンプをしてるからね。
      心遣いありがとう」

   マミ「そう……なら、いいのだけれど。何かあったら、遠慮なく頼ってね?」

  のび太「ありがとう! マミさんは優しいなあ……」

ドラえもん「ふふふ」

 のび太とドラえもんは、マミのかけてくれた言葉の温かさに心を動かされた。
 よくできたお姉さんであり、弱い所など見当たらない。理想的な人だった。


  さやか「……にしても、ドラえもんとのび太かあ。なにやら、一波乱あったりして!」

  まどか「もー、さやかちゃん……ドラちゃんにものび太くんにも失礼だよお」

 そんな二人を見て、まどかとさやかも思い思いに言葉を発する。
 そのようにして、今日が終わろうとしていた――

 のび太「――でさ」

 帰路を共にしていたまどかとさやかに別れを告げ、山に向けて歩く中で
 のび太が表情を結び、ドラえもんに声をかけた。

  ドラ「……分かってるよ、のび太くん。なんでぼくがさっき、あんな顔をしていたのか
     でしょ?」

のび太が言うであろうセリフを、先回りしてドラえもんが続ける。
二人とも随分と長い付き合いであるため、互いに言わんとしていることはすぐ
に察せられる。それは同時に、二人の絆の深さを物語っていた。
ドラ「――あのね、のび太くん。そもそも魔法少女はどうやって生まれるのか、
   って話を覚えてるかい?」

のび太「そりゃ分かってるさ。キュゥべえと女の子が『契約』をすること。それが条件でしょ?」

 ドラ「うん、確かにその通りだ。キュゥべえが素質のある女の子に『契約』を持ちかける。
    それに応じることで、その子は『魔法少女』となる。
    その際に必要な手順は、女の子の願いをキュゥべえが実現させること――」

 のび太の言葉を反芻するように、また自らの思考をまとめるように、ドラえ
もんは言葉を紡いでいく。


 ドラ「――あのね、ぼくが引っ掛かったのは『契約』って言葉なんだよ」

のび太「えっ? そりゃまた、どうして?」

 のび太はそんな彼に疑問を呈した。
『契約』という言葉――どんなに頭の中で繰り返してみても、おかしな点は見当たらない。

 ドラ「……のび太くん、君はまだ知らないのは無理がないけど――それはあの子たちにして
    もね――『契約』はね、理屈に合ってない可能性が大いにあり得るんだよ」

のび太「……」

 のび太は敢えて黙っている。自分では全く理解できないような話ではあるも
 のの、大体においてこの相棒の言葉は信頼に足るためだ。

 ドラ「特にそれぞれの立場が異なっているときに、ね。ぼくがまず初めに引っ掛かったのはあ
    のキュゥべえというモノの存在だよ」

のび太「キュゥべえ? 一体どうしてさ?」

 そんな彼でも、さすがにこの言葉には反応してしまった。
 のび太からしてみれば、キュゥべえという存在は、女の子の願いを叶えると
いう点で、そこまで悪いものではないように思える。


 ドラ「そうだね、君たちからしてみるとそうかもしれない。
    ただ、考えてみて、のび太くん。
    願い事を叶えたマミさんは魔法少女となり、日夜、パトロールをしているみたいだね。
    さて、彼女の生活はどんなものだろう?」

のび太「……いやー、さすがに普通に生活は出来てるんじゃ」

 ドラ「あの空間でぼくらがまどかちゃんとさやかちゃんのもとにたどりついた時
    二人は絶望に暮れていたよね。実際、人があそこまで暗い、暗い表情を見せるのは――」

 ドラえもんはそこで言葉を区切ると――

 ドラ「――命の危険を感じたときだけ、なんだよ」

のび太「……!」

 のび太は絶句する。何とか自分たちが助けに回ったため、最悪の事態は免れ
た。ただ、あのまま放っておいてしまったら?

 ドラ「もしかしたら、あの『使い魔』どもは、ぼくらは思っているより
    ずっと怖い生物なのかもしれない。
    さて、マミさんはどうだろう? 
    話を聴いた限り、魔法少女になってからもう随分経っているそうだね。
    その間何度も、あの空間で、あんな連中と交戦してきた。もしかしたら――」



 ドラ「彼女の精神はもう、ズタボロなんじゃないか?」。

 のび太は、ドラえもんが暗い声色で言う言葉を、信じられなかった。
 いや、信じたくなかった。
 ただ、彼の言うこととその映像を頭の中に思い描けば描くほど
 その話は信憑性を帯びていくように感じられる。

  優しい言葉で話してくれた巴マミ。
  帰りがけに温かい心遣いを見せてくれた巴マミ。

  そんな彼女が――もう、ボロボロなんだとしたら?

ドラ「まあ、これはぼくの想像でしかないんだけど――話をキュゥべえのことに戻そうか。
  『契約』とは、女の子を魔法少女にする代わりに、魔女と戦うことを義務付けるものだ。
   要するに、あいつは女の子の願いを叶える。
   それを受けて女の子は魔法少女となり、戦うこととなる。
   なるほど、立派な『契約』のように見えるね。
   ただ――魔法少女となった女の子のその後について、魔女と戦い続けるということ以外
   あいつは一切説明をしていなかった」

 そこでドラえもんは言葉を切り、のび太に向かい緊張した声音で――

 ドラ「あいつの言葉で、ぼくが一番引っかかったのは――
   『魔法少女が希望を振りまくのに対して、魔女は絶望を撒き散らす』
    ってところなんだ。
    そして、マミさんが見せてくれた綺麗な『ソウルジェム』と
    それは魔力を失うごとに濁っていくという構造……。
    そして、あいつは『魔法少女』と『魔女』を正反対のものとして扱った――うーん」

 今までのび太の想像もつかないような思考を展開していたドラえもんは、腕
を組み、うなり声をあげてしまう。
 
 ドラ「やっぱり駄目だね。情報が少なすぎるのかもしれない。まあ、いい
    よ。とりあえずぼくらはぼくらで、元の時代に戻る方法を探そう。そ
    の合間に、手伝える範囲であの子たちの手伝いをしようか」

のび太「――うん! せっかく知り合えたんだし、色々と助けていきたいよ。
    あいつらにも早く会いたいけどね……」

 ドラえもんが今までの思考を打ち切り、重苦しい雰囲気の会話は幕を閉じた。
 疑問は残ったものの、何となく今はうやむやなままの方がいいのかもしれない
 と思ったためである。
 あとは、今後の展開次第なのだろう――

とりあえず、ここまでです。
大体2話のAパートくらいまでの流れになるのでしょうか。

今回は最後の方が妙に長ったらしいセリフばかりで、テンポの悪さを感じています。
これからはなるべく、こういった説明パートはないようにしていきたいです。

ここから余談ですが、二人が山でのキャンプに使ってるのは、『キャンピングカプセル』(挿すと
どんどん大きくなっていき、宿泊施設となる秘密道具)です。
あと、このドラえもんは、えらく色々なことを考えるドラえもんです。
映画版にしても、あんまり考えないドラえもんや、よく考えるドラえもんと色々ですが
今回は後者でお願いします。
書き手からしても、「察しよすぎだドラえもん」と考えてしまう
くらいには、おかしなドラえもんだと思います……。

あとほむほむ、出番なくてごめんなさい……いや、そんなこといってたらあんこ)ry
読んでくださった方、ありがとうございました。

遅れてしまい申し訳ありません。
短いですが、キリがいいので投下します。
今回は、2話の魔法少女体験コースの直前になります。

――マミの家で魔法少女について学んだ翌日。
まどかとさやかは、屋上で昼食時を共に過ごしていた。
いつもならこうして真剣に話し合うことはあまりないが、今回は状況が違う。

「ねー、まどか……願い事考えた?」

 さやかがまどかに、努めて軽い口調で、問いかけた。

「ううん、さやかちゃんは?」

 まどかも同じように返すことで、会話は進行してゆく。

「あたしも全然だわー。命懸けてまで叶えたい願いか、って言われるとねえ」
「意外だなあ、大抵の子は二つ返事なんだけど」

 さやかがそう言うと、その場にいる非日常の象徴ともいえる生物が会話に割り込んだ。
 キュゥべえだ。

「きっとあたしらがバカなんだよ」
「そ、そうかな」
「そー幸せバカ」

 さやかはそう言うと、どこか哀愁を帯びた表情でもって、空を仰ぎ見る。

「……なんで、あたしたちなのかな?」
「えっ?」
「命に代えても叶えたい願いがある人って、この世には沢山いるはずだよ。
 なんか不公平じゃないかな、って思ってさ」

 さやかは、視線を空から地上に戻した。
 その目は、どこか儚げで遣り切れなさそうな光を放っている。
 
「さやかちゃん……」

 まどかは、長い付き合いになる友人の顔を心配そうに見つめながら、言葉を紡ぐ。

「それって――」




「おーい、まどかさーん、さやかさーん!」



 彼女が次の言葉を口にする前に、上空から聞き覚えのある声が高らかに響いた。
 当然のごとく驚いた二人は、声のした方向、すなわち空に視線を移す。
 そこには――

「の、のび太くん!?」
「――と、ドラえもん!? な、なんであんたら空にいんの!?」

 二人が驚きを隠せない様子で見つめるその向こうで、のび太とドラえもんが笑顔を浮かべている。
 それぞれの頭には――黄色い竹とんぼ?のような物体がカタカタと羽を回転させていた。

「驚かせちゃったかな、ごめんね」

 屋上に降り立つと、ドラえもんが悪戯そうに笑みを浮かべて、頭を下げた。


「驚いたも何も……あんたら人間!?」
「さ、さやかちゃん、のび太くんはともかくドラちゃんは……」

 さやかが「ズビシッ!」と指さすその隣で、相方であるまどかは苦笑しながら
 友人に突っ込みを入れていた。いつもながら息の合ったコンビである。
 そんな漫才をしている二人を放置し、

「へえ、なるほど。それも未来のテクノロジーかな?」

 キュゥべえがドラえもんに水を向けた。
 対するドラえもんは、わずかな時を挟み、キュゥべえに笑顔を向けてみせる。
「そうだね、『タケコプター』。これを付ければ、空を飛べるんだよ」
「ほう……興味深いね」

 キュゥべえがそう言うものの、その声には『感情』というものが丸ごと欠けているように思えて、どこまで『興味深い』のかは判然としない。
 だが、ドラえもんとのび太は意に介さなかった。



「――で、やっぱり帰れるようになるまでしばらくかかりそうだから」
「この街を探索しようと思ったんだよ。また『魔女』か『使い魔』が出るかもしれないからね。その防止も含めて」

 のび太とドラえもんが、空を飛んでいた理由を話してゆく。
 そして、偶然にもまどかとさやか、キュゥべえに出会ったのだということも。
 そこまで話し終えた時――

「ちょっといいかしら?」

 氷のように冷え切った声がした。
 その場にいた一同は、声のした方に目を向ける。
 そこには――

「……転校生か? 何の用、昨日の続き?」
「そのつもりはないわ。もう手遅れだしね」

 吐息をつき、長い黒髪をかき上げる、端麗な美少女。
 暁美ほむらがそこにいた。
 まどかとさやか、キュゥべえにとっては顔見知りであるものの
 のび太とドラえもんは初対面である。


「……あ、ドラちゃん、のび太くん。この子はね、ほむらちゃんって言って
 私たちのクラスの転校生なんだよ」

 キョトンとする二人に、まどかが親切にも教えてくれた。
 このような気配りの良さは、弟の世話による賜物なのかもしれない。

「へえ、そうなんだー」
「綺麗な人だね」

 二人がそう応じて、自然にペコリと頭を軽く下げる。

「……」

 ほむらはそんな彼らを一瞥するに留めていた。
 余計な隙を与えるのは御免だ、とばかりに。
 とはいえ、彼女は既に二人を知っていたわけではあるが。


「――ともかく。鹿目まどか、昨日の話を覚えているかしら?」
「え……う、うん」

 どこまでも雲を掴むような実体の見えない話に戸惑いを隠せないまどか。
 そんな彼女に、ほむらは続ける。

「そう。なら忘れないで。決してそいつの甘言に耳を貸さないようにね」

 冷え切った目線が、キュゥべえに向けられる。
 そんな彼女に、キュゥべえは何の感慨も抱いていそうになかった。

「――それじゃ」
「あ……待ってほむらちゃん!」

 立ち去ろうとするほむらに、まどかが呼びかける。
 その言葉に振り向く彼女に――


「ほむらちゃんは、どんな願い事をして魔法少女になったの?」


「……っ!」
 まどかの、魔法少女のことを知っている者なら誰もが抱きそうな疑問に、しかしほむらは応えなかった。
 それどころか、冷たく透き通った視線に、一抹の翳りすらみえた。
 唇をギュッと噛みしめ、ほむらは戸口に駈けて行ってしまう。

「……なんだあいつ?」

 彼女を敵視しているさやかは、そんなほむらに悪態をついた。
 まどかは、去り際の彼女の表情に戸惑いを隠せずにいるようだった。
 キュゥべえは相変わらずポーカーフェイスを決め込んでいる。

 そして――

「……」
「――のび太くん?」

 どこか憮然とした表情を浮かべる少年と、それに対して疑問を抱くロボット。
 『漂流者』の二人もそこには、いた。

ここまでで、次回から「マミお姉さんの魔法少女体験コース」が始まります。
とはいえ、一気に片が付いてしまいそうなイメージもありますが……。

このSSを手掛けるにあたって、漫画版を参考にしているのですが、QBが可愛すぎて辛い……。
でも、このSSは描写的にアニメ版かもしれませんね。
漫画版のぬいぐるみはまだなのでしょうか。

今回あまり目立たなかった『漂流者』の活躍の機会は次回以降にできれば、と思います。

何とか年内に、もう少し書けました。
投下させていただきます。

遅れましたが、この作品のWikiを作成して下さった方、本当にありがとうございます。
嬉しいです。

「――さて、それじゃあ魔法少女体験コース。第一弾、行ってみましょうか」
 マミが手に持つカップをテーブルに置いて告げる。
 放課後――。
 先日打ち合わせた通りに、5人は学校の近場のカフェテリアで落ち合っていた。
「体験」をする前に一息ついておこう、というマミの提案を受けてのものだ。

「うむ、どんと来い!」
「な、なんだか緊張するね……」

 マミの言葉を受けて、さやかが威勢良い返事をし、まどかは少し強張った面持ちで応じた。
 対照的な様子の二人の後輩を、マミは優しい目で見つめている。
 そんな中――

「それでマミさん? どこに向かうのさ?」
「うん、ぼくも気になるね」

 マミに質問を投げかける2人。
 言うまでもなく、『漂流者』のドラえもんとのび太である。
 『魔法少女』の体験コースということから、この件に関しては彼らは部外者とも言えるだろう。
 しかし、

――ドラえもんさんとのび太さんも、できたら来てくれないかしら?――

 先日、マミの家で講義を受けた際、彼らは彼女にそう打診されたのだ。

――私一人でも何とか鹿目さんと美樹さんを守りきる自信はあるのだけれど……万一のこともあるから――

 彼女の表情は、少しばかりの翳りを帯びていた。
 もちろん、今の言葉は彼女の偽りない本心だ。
 ただ、その場では語らなかったが、ささやかな理由もある。
 とどのつまり――彼女は2人に個人的な興味を抱いていたのだ。
 見たこともない武器で敵を蹂躙していた、『漂流者』たちに。
 ――彼女は知る由もない。

(……お手柄だよ、マミ)
 
 彼らに打診した内容。
 それがそのまま、テーブルで腰を下ろしている自分の友人――キュゥべえの望みでもあることなんて。

 無論、2人は快諾した。
 もとより――他人の危険を放っておける性格でもない。
 むしろ、彼らの望むところですらあったと言えるだろう。

「――そうね。まずは外に出ましょう」

 2人の質問の応えを先送りにし、マミは皆を促す。
 一行が立ち上がろうとする矢先、

「よっしゃー、体育倉庫から持ってきた『これ』の活躍する時だ!」
 
 さやかがごそごそと持ち物を探り、中から出したものを見せびらかす。
 ――金属バットである。
 得意気にするさやかに、少しばかり呆れた表情を見せるマミ。
 素直に感嘆するまどか。

「うう、バットなんて見たくもないよドラえもん」
「落ち着いてのび太くん。ここにはあのガキ大将はいないよ」

 彼ら以外には、さっぱり意味の分からないであろう会話を繰り広げるのび太とドラえもん。

「あ、わたしは、こんなの描いてみたよ!」

 そう言いながら、まどかはノートを広げ皆に見せる。
 そこには――

「……ぷっ!」

 それを見て、さやかとマミは噴き出しそうになるのを必死にこらえた。
 『魔法少女』らしき物のイメージ図らしい。
 とても、これから魔女退治に向かおうとする者の行動とは思えず、
 そのアンバランスさに思わず笑いを抑えられなくなったのだろう。
 そして――

「……まどかちゃんは君よりずっと絵が上手みたいだね、のび太くん」
「うう、どうせぼくに芸術センスなんてありませんよーだ!」

 からかうドラえもんと、それに対していじけるのび太の姿もあった。

「――見て、このソウルジェム。光っているでしょ?」

 ひとしきり和やかな会話を終えて、一行は外に出る。
 彼女らのいる場所は、昨日全員が一堂に会した場所だ。
 そこでマミは、自分のソウルジェムを皆に見えるように掲げてみせて言った。

「昨日ここにいた魔女の魔力に反応してるの。基本はこの反応を頼りに魔女を追うのよ」
「うわー、なんか地味」

 マミの言葉に、さやかが遠慮ない感想を述べる。
 きっと彼女の頭では、華麗に魔女を発見するマミの姿でも踊っていたのだろう。

「……ねぇ、ドラえもん。『たずね人ステッキ』は使えないかな?」
「うーん、どうだろうね。元々成功率は7割だし、不確定要素が多すぎるような気もする。
 ここはマミさんに任せておこうよ」
「――うん、ドラえもんがそう言うなら」
「なんの話をしているんだい?」

 2人が後ろの方でひそひそと話をしているところに、キュゥべえが割り込む。
 ドラえもんはそんな彼をほんの一瞬見つめた後で、

「えーとね、ぼくの道具は使えないかな? っていう話だよ。事故で少し壊れちゃったけど
 使える道具がないわけじゃないからね」
「へぇ、なるほど。ぼくは君たちの道具に興味があるね。機会があったら是非とも見せてほしいな」
「うん、考えておくよ」

 ドラえもんはいつも通りのゆっくりと穏やかな口調で、キュゥべえと言葉を交わす。
 そんな彼を見ながら、のび太は昨日の、寝泊りしている『カプセル』での会話を思い返した――。

――のび太くん。しばらくはキュゥべえを必要以上に警戒する必要はないかもしれない――
――そりゃどうして、ドラえもん? あんなに疑ってたじゃないか――
――いや、考えてみたら、あいつは何かを隠しているようには思えない。上手くは言えないんだけど――

 ドラえもんはそこで言葉を切ると、のび太には意味不明なことを言い出した。

――そう。『あえて隠しているんじゃなく、必要がないから話さない』、そんな感じなんだよ――

 のび太は、特に心に残っているこのフレーズを反芻してみる。しかし、分からないものは分からないままだった。
 きっと、ドラえもん自身にも正確なところは分かっていないのだと、そう思う。
 ただ、キュゥべえに対して必要以上に警戒はしなくていい、というドラえもんの言葉はありがたかった。
 元来正直者の彼には、隠し事ほど苦手なものはあまりない。

――だから、のび太くんは普通に、いつも通りに行動してくれ。ぼくはぼくなりに、あいつの思惑を探ってみようと思う――

 難しいこと、そして駆け引きに関しては、ドラえもんに任せよう。
 そして、自分は出来ることをしよう――
 2人の会話を聞き流しながら、のび太は一人頷いた。

「魔女の呪いで起こるのは交通事故や傷害事件……自殺なんかが多いわ。
 だから、そういうことが起こりやすい所を主にチェックするの。
 特に危ないのは―ー弱った人の多い病院のような場所ね」
「病院……」

 マミの台詞にさやかが少しびくりとして応える。
 まどかは直感的に、さやかの考えを感じ取った。
 一緒に病院に行くと、さやかはいつも誤魔化そうとするが、まどかにはもうバレバレである。
 もちろん、その考えを口には出さない。この場にはそぐわないだろうし、さやかの本意とするところでもないだろう。

「――! 近いわね……こっち!」

 一際、ソウルジェムが輝いた、ように見えた。
 マミはそう言って先導し、4人は共に駆け出す。

 ――廃ビル、であった。
 時代の流れに取り残され、後は崩されるのを待つだけの、朽ち果てた場所。
 そんな場所は、なるほど自殺にはうってつけのように思える。
 マミの予想通り、屋上には柵を越えたらしき1人の女性の姿があった。
 多くの自殺者がそうであるように、眼から光は消え失せているようである。

「……」

 彼女は、ひょいっと、飛び降りた。
 その行動には、まるで迷いがない。何の感情も、浮かんでいない。
 まどかが口元を押さえると同時に――

 ――フワッ

 そんな擬音が聞こえてくるような流麗な動作で、マミは魔法少女に変身を遂げた。
 すぐさま魔法を使い、女性をふんわりと包み込む。
 そして、ゆっくりと女性は落下する――。

「……思ったとおりね。『魔女の口づけ』よ」

 マミは女性の首筋を確認し、呟く。

「口づけ?」
「――詳しい話は後! 魔女はビルの中よ、追い詰めましょう!」

 マミが皆に発破をかけ、ビルへと駆けていく。
 残りのメンバーがそれを追う。

(……あれ?)

「どうしたの、のび太くん! 急ごう!」
「わ、わかった!」

 ただ1人――のび太だけが感じ取った。
 それは、気配。何者かが、この場にいるという感触。
 しかしそれは相方に促され、どこかに飛んで行ってしまった。
 きっと、気のせいだろう。
 そう思い込み、のび太も走る――。

(……このケースも見慣れたものね)

 そして、彼の勘は完璧に当たっていた。
 元々、本気で取り組めば、どんなことにだって集中できる天才肌。
 野比のび太は、そういう少年だった。
 そのため――妙な所で、とても鋭い。
 しかしそんな事情を、『彼女』は知る由もないだろう。

(大抵の場合、巴マミは無事に退治を終える。そして、私と遭遇する――)

 過去のケースを吟味した上で、彼女――暁美ほむらは黙考する。
 いつからだろう。これほどまでに澱みなく考えを並べ立てられるようになったのは。
 いつからだろう。余計なことを考えず感情を理屈で塗りつぶせるようになったのは。
 こんな考えるを巡らせることすら無駄だ。自分が狂いつつあることも十分承知している。

 最初の頃は、夢を見ていた。
 全員で助かり、学生らしい、ありふれた幸せな日々を送る――そんな夢を。
 そんな甘ったれた理想を何度も押し殺し、自分の中の歯車を狂わせ、今に至った。
 だから、今回だって――自分には『彼女』しか見えなかった。

(――まどか)

 胸の中で静かに、彼女を想う。その時だけ、狂おしい思考は遠のいてくれる。
 いつかこんな風に穏やかに、彼女の名前を呼べさえすれば――自分は幸せだ。
 他には何もいらない。彼女ひとりだけ助かれば、それでいい。
 そうに決まってる。決まってるのだ。
 言い聞かせながら、ほむらはビルの陰から扉へと向かってゆく――。

ドラマCDとか本編の10話を思い返すたびに、ほむらの想いに胸をつぶされそうになります。
さやかと仲よくなれたりもするし、マミさんだってあこがれの先輩だし、あんこちゃんとも気が合ったはずだし――
まどかだけじゃなく皆で幸せになる方法を模索して、結局だめで――そりゃ本編で歪んでたわけだ、と勝手に納得。
だからQBに恨みをぶつけよう、と思っても可愛いからそこまで憎めない! 不思議!

大長編だとドラえもんたちは、どんな状況でも絶対に諦めずに、最高のチームワークを発揮してくれることが
とても痛快でした。まどマギ勢もチームワーク発揮できればなあ……無理な話かもしれませんが。

お読みくださった方、ありがとうございました。

どうも筆が乗ったため、投下していきます。
今年もよろしくお願いします。

「――準備はいいわね?」

 マミの声が夕暮れの廃墟の中で静かにこだまする。
 一行の眼前には、彼女のソウルジェムによって具現化した結界への入り口があった。

「大丈夫っす!」
「は、はい」
「よし、行こうかドラえもん!」
「うん、のび太くん! あ、その前に……」

 各々が思い思いに応じる中で、ただ一人ドラえもんだけが、少し違った反応を見せる。

「マミさん。さっきさやかちゃんのバットを強化してたよね?」
「ええ、そうだけど……」

 廃墟に踏み入れた直後、マミはさやかの手にするバットに魔法をかけていた。
 すると彼女のバットは形を変え、まるでマミの使用する銃のように光沢を帯びた、強そうな武器に変わったのだ。
 ドラえもんはそのことを言っている。


「あれをぼくたちの道具にもしてくれないかな?」

 ここにきて、のび太はドラえもんの意図を理解した。
 なるほど、そうしてもらえれば、彼らの道具も強くなるかもしれない。
 『使い魔』レベルなら一撃で倒せるくらいでないと、リスクが生じる可能性も高くなる。
 彼ら二人ならともかく、まどかやさやかに危険が及ぶことだけは避けなければならない。



「――これでいいかしら」

 マミがそう呟くと同時に、二人の武器は光を放ち始めた。
 傍から見ていても、何となく強そうに感じさせる。

「うわー……」
「なるほど――未知の道具にも魔法は効果があるのか」
 のび太が感嘆していると、まどかの手に抱かれたキュゥべえが感心したような声を洩らした。

「ありがとうマミさん。さ、それじゃ――行こうか」

 そんな二者の反応の後にドラえもんがそう結ぶと、それが合図となった。
 マミが突入し、それに続き魔法少女見習いの少女二人が進む。
 そして――
 漂流者二人は互いの目を見て頷き合うと顔を引き締め、彼女らに続いた。


 結界の中は、以前まどか達が迷い込んだものと似通っていた。
 光景は言うまでもないが、そこの異質な雰囲気といったら――。
 ベテランのマミにとってはともかく、それ以外の面々は不慣れさも手伝って、一様に体を強張らせる。

「――大丈夫、心配しないで。私がいるんだから」

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、マミが静かに、しかし力強く、一行を鼓舞した。
 のび太とドラえもんは、多少なりとも感じていた緊張をほぐし、ゆっくりと深呼吸してみせる。
 そう――まどかとさやかを守るのはマミだけではない。自分たちもなのだ。

 そして、全員の表情が和らいだところで、タイミングよくと言うべきなのか――
 『使い魔』が、襲い掛かってきた。
 マミは流麗な動作でマスケット銃を構え、一射。
 異形の『使い魔』は、グロテスクなその姿を散り散りにし、消滅した。

 かくして、魔女退治が始まりを告げる――。

「――のび太くん、そっち!」
「わかった!」
 
 ドラえもんが空気砲を構えながら、のび太に指示を飛ばす。
 すぐさま反応した彼は、さやかとまどかの周囲で機を窺っていた『使い魔』どもをショットガンで撃墜した。
 魔法の効果は上々のようで、一瞬で霧消する『使い魔』。
 のび太は軽く鼻を鳴らすと、その成果に満足したように穏やかな表情を浮かべてみせた。
 その反応速度、正確さ――どれをとっても非常に優れている。

「……す、すごいね」
「のび太って、ぶっちゃけそんなに強そうに見えないのに――」

 ただただ感嘆するまどかと、忌憚ない感想を述べるさやか(そんな彼女にしても、当然、彼の凄さをまざまざと感じているのが見て取れた)。

「えへへ、ありがとう。そうだね、射撃はぼく――」
「のび太くん、後ろ!」

 ドラえもんの声が響くと同時に、ボンという破裂音。
 驚いたのび太が振り向くと、そこには今まさに撃たれた『使い魔』の姿があった。

「もう! たしかに君の射撃センスは凄いけど、油断しちゃダメだよ!」
「ご、ごめんドラえもん……」

 たしかに気を緩めていたことは否定できないため、しゅんとしてしまうのび太。
 そんな二人のやり取りを見て、まどかとさやかはクスッと微笑を洩らす。
 なんだか――二人の掛け合いは夫婦漫才のように息がピッタリだ。
 きっと今までに幾度となく、乗り越えてきたものがあるのだろう。

「――なんていうか、思ったよりよっぽど順調に事が運んでるわね」

 一行を後ろ目に窺い苦笑しながら、呆れたような安心したような溜息を嬉しそうにもらすマミであった。

 さて、このようにして、「魔女退治体験ツアー」もつつがなく進行してゆく。
 今までの流れを汲めば、この順調さも当然と言えよう。

 ショットガンで撃ち落とすのび太。

 空気砲で破裂せしめるドラえもん。

 無駄な動きを見せない流麗なマミ。

 3人の戦闘センスは、まさに抜群と言って差し支えない。
 今までに積み重ねた経験が、彼らの戦闘能力を裏付けているのだ。
 そんな3人の庇護の下、さやかとまどかは何とも言えない安心感に包まれていた。
 『魔法少女』も大変そうで、実際はそうでもないのかもしれない――そんな考えが浮かんでしまうほどに。

「……」

 キュゥべえはそんな彼らを、じっと見つめている。

「――さあ、いよいよ本命、ね」

 マミが静かに呟いてみせる。
 がむしゃらに、しかし精確に戦いながら進むと、扉の前に辿りついていた。
 そう――『使い魔』の親分『魔女』との対決。
 その火蓋がまさに今、切って落とされようとしている。

「いい? 今までの『使い魔』のように脆くはないわ。改めて――準備はいいかしら?」
「おっす!」
「はい!」
「さて、いっちょやりますか!」
「うん、行こう! ところで、張り切るのはいいけど油断しないようにね……」

 三者三様ならぬ四者四様の声で、リーダーの声に応えてみせる。
 結界に足を踏み入れる前に聞いた時とは明らかに違う、その反応にマミは大層満足した。
 油断しない方がいいのは言うまでもない。ただ、それよりも怖いことがある。
 緊張、だ。今の4人の声からは、それはもう殆ど感じられない――。

(……なんでかしら、いつもより気分がいい)

 マミは自分の胸にそっと手を当て、温かみを帯びていることを実感する。
 何故だかひどく、幸せだった。

 そこは今までの空間と比べて、特別広かった。
 これまで彼らの辿ってきた道のりは、例えるなら出口のない廊下の集合だった。
 一つの通路が終わって、分かれ道があって、また通路があって――その繰り返し。
 だから今、彼らは現れたその広さに、少しばかりの安心感を得た。
 しかしそれも――

「うわ……」
「何あれ……グロッ!」

 すぐに霧消してしまう。理由は、彼女らの眼下に広がる光景にある。
 広大な空間――その中心部にあたる箇所に、異形の生物が鎮座している。
 まるで、何もない白色の壁にペンキを塗りたくって出来たような気持ち悪さを想起させる、雑多な色。
 不安定で不明確極まりないイキモノ――マミが説明するまでもない。感覚で十分である。
 あれが、『魔女』だ――!

「――じゃあ、行ってくるわね」

 つい口元に手を寄せてしまうまどかと、そのグロテスクな姿に二の句を継げないさやか。
 彼女らのように動揺しながらも、手にする武器をいつでも操れるように覚悟を決める漂流者たち。
 そんな4人に、マミは告げた。

「えっ、マミさん! まさか一人でいくつもり……?」
「大丈夫? ぼくたちも行った方がいいんじゃあ……?」

 マミの声に反応した二人が、驚いた表情で彼女を見詰める。
 とはいえ、彼らの心境も複雑である。
 何せここに至るまでの道中で、彼女の能力の高さをまざまざと見せられ、感服したのは事実なのだ。
「マミさんなら大丈夫だろう」「でも、もしも何かあったら――」「自分たちは何もしなくていいのか」
 これらの考えが、彼らそれぞれの心中でせめぎ合い、交錯している――。

「そうね、大丈夫――鹿目さんと美樹さんを、あなたたちは頼むわ。『使い魔』がこっちまで来ないとも限らないから」
「で、でも!」
「安心して、ドラえもんさん、のび太さん。今の私ね……」


「負ける気がしないのよ!」


 高らかに力強く宣言するような声音で告げると、彼女は下に降り立つ。
 そして、スカートの中から綺麗な動作で銃を地面に落とし、さっと構える。

「残念ね、あなたたち――、一気に決めさせてもらうわ!」

さて、ここからの流れは割愛させていただこう。
 なぜ? といった旨の疑問が出るのは承知の上で、だ。
 ただ、敢えて答えるのなら――

「ティロ・フィナーレ!!」

 巴マミの戦い――その端麗な、あまりに端麗な戦い。
 それを逐一追っていったところで、到底伝えきれない美しさがそこにはあったからだ。

 マスケット銃での射撃を主軸に据えながら、積み重ねてきた研鑽が可能にしたその身捌き。
 周囲で浮遊する『使い魔』どもは塵と消え、あとに残るは本命たる『魔女』。
 その『魔女』の、やけっぱちともとれる攻撃を難なく避け、彼女は銃を構え攻撃を重ねる。
 子供の悪あがきに業を煮やした母親のような、窘めるような、ある種優しさすら感じさせるマミの射撃。
 傍目からでも分かる、その圧倒的な力量差。最後に彼女は――

「お別れね、『魔女』さん?」

 そんな言葉を発して、余裕の必殺技を叩きつけた――。

「……あれ、私一体何を――!? や、やだ、なんで、私、そんな――」
「大丈夫……大丈夫ですよ。悪い夢を見ていただけですからね」

 錯乱するOLと思しき女性を抱きとめながら、優しい言葉を耳元で囁くマミ。
 彼女が必殺技で仕留めると同時に結界は消え、彼女らの眼前には先ほどの廃墟が広がっていた。
 今一行は、自殺を図った『魔女』の被害者のもとで、リーダーとOLを見守っている。
 皆一様に、安心したような、くすぐったいような――いずれにせよ、満ち足りた思いでもって。

 そんな一行を陰から静かに窺う、一つの影。
 長く綺麗なその黒髪をたゆたわせ、彼女は呟く。

「――私は、どう行動を取ればいいの?」

 誰に言うでもない、消え入るような声音。
 様々なイレギュラーに遭遇したものの――彼らほどの能力を有するイレギュラーがいただろうか。
 もちろん、全くいなかったといえば嘘になる。あの黒い『魔法少女』と白い『魔法少女』がそれだ。
 本当に――何とも最悪な苦汁を嘗めさせてくれた2人組。思い出すだけで気が滅入りそうな敵対グループ。
 ただ、今回の彼らは――『こちら側』に協力的、といっていいのだろうか? それならば、このループは――

「……」

 そこまで考えて、少女――暁美ほむらは静かに首を振る。
 彼女の表情から受けるイメージは、絶望ではない。けれども。

 どこか寂寞とした、物悲しさが漂っていた――

複雑な心境のほむほむ。彼女もまた、相当の苦労人キャラでしたね。

さて、今回の投下は一応ここまでです。
近頃筆が乗ってきているような感じがあるので、また投下できるかもしれません。

お休みだったので、本を読んでました。ですので、今回の文章はその影響を受けた感じになってると思いますww
読んだのは横溝正史作品でした。さすがの文章能力で、一冊読み通しただけでも、沢山のものを得られたように感じています。
あとは、京極夏彦の『魍魎の匣』もですね。
やはりこの特徴的な2作家の文章に浸ったためか、今回どうも芝居がかったような気がしてます。
個人的には気に入ったスタイルですが、みなさんがどう思われるか……。

去る1月1日、震度4の地震が起きましたね。今年の始まりから、怖いことです。
日本という国の立地上、自信は避け得ないことではあるでしょうが、それでも嫌なものは嫌ですね。
だから、すぐに避難できるように対策を打っているところです。
皆さんも、住んでいる地域に限らず、気を付けなさいますよう――。

さて、次回は運命の第3話。遂にターニングポイントです。
あの衝撃のシーンを観た後、布団被って震えてしまったことを思い出しますww それくらいいたたまれず、怖かったです。
休みを利用し、ブルーレイ1巻を見直したら平和すぎて……嬉しいような悲しいような複雑な心境でしたね。
やっぱりまどマギ大好きです! 買ったカレンダーが今、目の前に飾られてますww

長文になり申し訳ありません。では、改めて今年もよろしくお願いします。




だがちょっと待て
ショットガンではなくショックガンじゃないのか
のび太がショットガンでヒャッハー!してる絵を想像して笑ってしまったではないかwwww

>>102
ナ、ナンダッテ―!? と思って調べたらマジでした……。(×ショットガン→○ショックガン)
次回から修正しますね。ありがとうございます。

たしかにショットガンじゃ[たぬき]の世界観から逸脱しすぎだwwww

お待たせしました。更新します。
今回は、3話の冒頭と軽いオリジナル展開です。

 ――夜。
 ただ街灯のみが明かりを散らす公園に、一人の少女の姿があった。
 縦にロールされた黄色い髪と、年齢にそぐわないプロポーション――そう、巴マミだ。
 彼女は掌に載せたソウルジェムを見詰めており、それは言うまでもなく、『魔女』の反応を探る所作である。
 ふと軽く嘆息すると、彼女はそれを服の内側に仕舞い込む。そして肩を竦め、

「――何の用かしら?」

 静かな、けれど確かな力強さをたたえて問いかける。
 彼女の前方にはいかなる者の姿も見えない。そんな中で、彼女は夜の闇に向かい、質問を投げかけた。
 果たして――

「……まだ、続けるつもり?」

 応える声が、あった。
 マミの声にどこか小悪魔じみた余裕があったとすれば、その声からは乾ききった怜悧さが際立っていた。
 今の時間帯にぴったり当て嵌まる、昏く儚い――黒のイメージ。
 声の主は、そんなイメージ通りの長い黒髪を周辺の闇に溶かしている。
 マミは、自分の後方――階段状になった地面の天頂にいる『彼女』に目を向けた。
 街灯の明かりに照らされて、明らかになった彼女に――

「何かご不満かしら、暁美ほむらさん?」

 どこまでも余裕を沁みこませた緩やかな口調で、ゆっくりと話しかけた。
 ほむらはそんな彼女の仕草に、僅かに眉を顰める。
 というのも、無理はない。
 彼女のその余裕綽々な態度から――僅かならぬ負の感情を感じ取ったためだ。
 「敵意」――そんな言葉がほむらの頭の中をさっと駆け巡る。

「率直に言って、とても不満ね。いい加減、『魔法少女』のことにあの子を――
 鹿目まどかを巻き込むのはやめてもらえないかしら?」

 ほむらはそんなマミに、明確に自分の気持ちをぶつける。
 あくまでも冷ややかな口調は変わらずとも、その声音にたっぷりと「敵意」を塗りこんで。

「――そう、あなたの気持ちは分かったわ。ただ、理由は説明してもらえないのかしら?」

「……それは話せないわね。ただ、やめてくれればそれでいいのよ」

「へえ、そうなの」

 互いに言葉を受け取っては返す、という所作。
 傍から見れば、言葉のキャッチボールのように感じたかもしれない。
 ただ、当人同士は気付いている。
 これはキャッチボールなどではなく――正真正銘、言葉のドッジボールだ。
 つまるところ、二人の会話はただ平行線を辿っているだけに過ぎない。

「あなたがそういう考えなら、私も『魔法少女』について鹿目さんや美樹さんに教えるのをやめないわよ。
 だってあなたの言っていることは全く分からないし、理解しろと言う方が無理ってものじゃない? それに――」

 そこで――マミは言葉を切り、軽く居住まいを正す。
 『魔法少女』としては百戦錬磨。そんな彼女が目に力を込め、キッとほむらを睨み付ける。
 口元は依然として笑ったままのためか、その形容し難い表情は非常に不気味であった。

「言った筈よね、二度と会いたくないって――」

 流れるようにゆっくりと、ほむらに言葉をぶつけるマミ。
 彼女としては、最後の最後まで余裕の態度を見せておくつもりだったのだろう。
 しかし、明らかに――彼女の言葉は後半から語調が変わっていた。
 「余裕」から「敵愾心」に……ほむらにそれが分からないはずもない。

「……」

 その言葉を聞いて、黙り込む。そして、くるっと踵を返すと、

「――取り返しのつかないことにならないよう、祈ってるわ」

 抑揚のない声で、マミに告げた。
 そうして彼女は、街灯の及ばない闇に体を溶かし、消えてゆく――。

 いつものことだ。どうせ、こうなるんだ。そう、もう慣れている――
 そんな文言を口の中で、声に乗せずに呟き続けるほむら。
 彼女は平静を保とうとしているのだろうが、傍から見れば明らかだ。
 その表情から余裕や冷静さは、欠片も窺えない。
 
「……とにかく、帰りましょう」

 自分に言い聞かせるようにそう独りごちて、彼女は自宅へと歩を進める。
 何故か――彼女にとっては分からないが――このパターンの時は酷く疲れてしまう。
 ただ、家で倒れ込むようにして明日を迎えれば、脳内の情景は多少なりとも変わる。
 だから――

「――ッ!?」

 ほむらは、目の前の状況をしばらく頭で処理出来なかった。
 周辺の景色は、もはや街灯も照らさない夜の公園。ざわめく風は不吉なイメージを放っている。
 それはいい。そう、彼女にとって重要なのは――

「……どうしてさ?」

 なんで、なのだろうか。どうしてこんな時に――

「どうしてそんなに突っぱねてるの?」

 自覚できる程の混乱を必死で飲み込もうとほむらが試みる間に、眼前の人物は言葉を重ねる。
 その年相応のハスキーな声。そうでありながら、無視できないその重量感。
 ほむらは、その少年に見覚えがあった。
 というより、それを通り越してよく知っていたという方が正しいのかもしれない。
 ここ数日、頭の中をひっきりなしに支配していた二人組の内の一人――

「――あなた、は」
「野比のび太だよ。ちゃんと話すのは初めてだね」

 ほむらの茫洋とした掠れ声に、少年の打てば響くような声が応じる。
 先述したように、確かに彼女はその少年――野比のび太の顔はよく覚えていた。
 けれど、彼女の中の少年のイメージと、今目の前で立ち塞がるのび太は全く一致しない。
 こんな表情を、こんな言葉を、この少年は――

「……何が、言いたいのかしら?」

 逡巡の末、ほむらが搾り出した言葉はいかにも頼りない、風に溶けて消えてしまいそうな声。
 少なからず戸惑いながら、唇をギュッと噛みしめながら発した声。
 そんな、聞こえずとも無理はない声を――

「なんで、マミさんたちにそんな口調で話すの?」

 のび太は当然のごとく拾い上げ、応じた。

「あの――ほむらさん、も『魔法少女』なんだよね? だったらなんで協力しないの? 
 ここの、その、えーと……美滝原の『魔法少女』なんでしょ?」
「……それは、私と彼女は敵同士だから。そうに決まって――」


「それは嘘だ」


 いくらか落ち着きを取り戻し、きちんと声を発することが可能になったほむらへ、
 のび太は言い切った。
 まるで、そうであることが当然のように。

「だったら何でそんな悲しそうな顔をしてるの? そんな目で言われたって怖くもなんともないよ。
 敵なら尚更、だよ。ぼくらが今までやり合ってきた連中はみんなそんな目をしてなかった」
「……!」
「つまりほむらさん。一緒に戦おう! だってさ、このまま皆でギスギスしてるの嫌でしょ?
 だったらほら、さやかさんやまどかさんとも仲良くして――」


「うるさい!!」


 公園内に、怒気を孕んだ声が盛大に響いた。
 のび太が今までほむらに対し抱いてきた印象全てを覆すほどの、大声。
 ただ、そこには――

「部外者のあなたに何が分かるのよ!? 私が今までやってきたことを知ってもそんなこと言えるの!?
 私は間違えてなんかない!! だってこうしないとあの子が――まどかが――!」

 冷たさが、まるでなかった。
 声からも顔からも、そんな怜悧さは欠片も見えない。
 表情はくしゃくしゃに崩れている。
 これが――本当の暁美ほむらの姿、なのだろうか。
 先ほど彼女と話していたマミがこんな光景を見たら、言葉を無くすことだろう。
 それはのび太にしても例外ではなく、少年はしばしの間黙り込んでしまう。

「巴マミだって美樹さやかだって……佐倉杏子だってみんな助けたかったわよ!!
 でも、もうどうしようもないじゃない!! 誰か一人だけでもう手一杯……だから私は――」
「ほむらさん」

 タイミングを見計らって、のび太は彼女の名前を呼ぶ。
 それを聞き、ほむらはピクッと黙った。

「今の話、頭の悪いぼくには何がなんだかさっぱりわからなかった。ごめん。
 でもさ……ほむらさん」

「ぼくで良ければ、何が手伝えないかな?」


 その言葉をのび太が発した直後。
 何故か、彼の眼前から――


 暁美ほむらは、消失していた。


「……あちゃー」

 それを見て、顔にポンと手を置き独りごちる。

「うーん、このことドラえもんに言っといた方がいいかなー……」

 今日彼と相方が一緒に行動していないのは、彼らがそのように取り決めたためだ。
『別行動を取っておけばもし仮に『使い魔』が現れてもすぐに撃退できるし、
 何せ見知らぬ街のため、一人一人が土地勘を慣らしておくべきだ』というのが、相方の提案。
 それでのび太が公園に来てみると、何故か目の前には二人の少女が――

「とりあえず、今日は帰ろう」

 少なからず複雑な心境のまま、彼は懐から『タケコプター』を出し、美滝原の空を行く――

 大体、同じ頃――

「……で? アンタ、どーいうことさ?」

 彼の相方もとある問題を抱えていた。
 今更説明するまでもないだろうが、相方の大好物はどら焼き。
 それを探し求めるために、商店街に来てお菓子屋を探索していた矢先に――

「いいかい? それはやっちゃいけないことなんだ」

 同じ店で、一人の少女の行動が目に付いた。
 商品が陳列されている棚から、何かを掠め取る少女の姿。
 年の頃は、まどかやさやか達と同じくらいだろう。
 ポニーテールにまとめた、長く赤い髪が印象的だ。

「はぁ? アタシが何やったっての?」

 彼はその手を、その独特な手でギュッと掴むと、すぐさま外に連れ出した。
 初めキョトンとしていた少女も、当然多少抵抗したものの、彼の力にすぐに大人しくなる。
 そして、今に至るわけだ。

「それはおかしいよ。今、君がその手に持ってる林檎のことを知らないって?」

 彼が林檎という単語を出すと、彼女の顔が強張る。
 図星、なのだろう。彼――ドラえもんはそう感じた。

(どうしてだ……常人には見える速さじゃなかったはずなのに)

 と、ここまで考えて、思った。
 なるほど、目の前にいるのは――『人』じゃないな、こりゃ。

「たしかに凄く手早かったけど、ぼくの目はごまかせなかったね。さ、お店の人に謝りに――」
「やなこったね!!」

 少女はそう言うと、長い髪を翻し、走り出した。
 見た目からも運動能力が高そうなことは窺えたが、いざ見てみると想像以上のものである。

「あ、こら! 待て――ー!!」

 ドラえもんもまた、そんな少女を追って、丸い手足を必死に動かし走る。
 そして追いつけないと悟るや、すぐさま『タケコプター』を出し、装着。
 少女は空を猛スピードで突っ込んでくるドラえもんにギョッとした様子のものの、スピードは緩めない――。



 こうして。
 この日は、美滝原にて二人の『漂流者』が、二人の『魔法少女』に遭遇するという奇妙な一夜となった――。

ここまでです。
3話の冒頭で、マミさんとほむほむが言い合ってたシーンと、あんこちゃんの話でした。
次回は、ご存じ病院のシーンに入るかと思います。

ここ最近実生活が忙しく、更新が途切れ途切れですみません。
書いてる間は楽しいので、なるべく書く時間は作ろうと思います。

お待たせしました。投下を始めます。
今回は一つの転機になるので、各々の描写に割きました。
3話全体の終幕は、次回になるかと思います。

「……あ、さやかちゃん」

 昼時の病院内で、戻ってきた友人をまどかは迎えた。
 そんな彼女の声を聞いたさやかは笑みを浮かべたものの、どこか浮かない表情であることは否めない。

「上条君、どうだった?」
「……ん。今日はリハビリだから会えないってさ」
「そう、なんだ」

 まどかはさやかの表情の意味をそこで悟った。
 上条恭介。さやかの幼馴染であり、とある事故のためにここの病院に入院している少年だ。
 類稀なるバイオリンの才能を有しており、若くして将来有望と目されていたものの
今のままでは快復は望めない、らしい。
 そして――まどかはもう殆ど確信しているが――さやかの想い人、でもあるのだろう。

「ま、仕方ないって! そんな日もあるさー」

 勢いをつけてそんなことを言うさやかを見て、まどかは心の中で溜息を洩らす。
 多少なりとも、無理をしているのが分かってしまったからだ。
 ただ、友人の想いを推し量り、彼女は何も言わない。


 ――同時刻。

「……はぁ」

 美滝原の上空で、ドラえもんは溜息をもらした。
 その相方ののび太はそんな彼に、呆れの混じった口調で、

「もう。そんな気にしたって仕方ないじゃない」
「でも……」

 なおも浮かない表情を見せるドラえもんに、のび太も溜息をついてしまいそうだった。
 相方の溜息の理由は、実のところ彼にもまだよく分かっていない。
 昨夜、息を苦しそうに吐きながら帰ってきた彼の弁によると、どうやら一人の少女の道を正してやれなかったとか何とか。
 ただ、もとより理解力に乏しいのび太は、そんな相方の説明を話半分に聞き流した感が否めない。

「正直、ぼくにはよく分からないけどさ。ドラえもんがその子のことをあんまり気にかけてもしょうがないんじゃない?
 ドラえもんはドラえもん、その子はその子、だよ」
「そうなのかなあ……うーん……」

 ――やれやれ。
 相も変わらず悩み続ける様子のドラえもんに、心の中で呆れるのび太であった。

「――ねえ、まどか。これ何なのかな?」

 ところ変わって、病院の外。
 帰路に就いた二人であったが、さやかが何かに気付いた様子なので、まどかも彼女の指す箇所に目を向ける。
 そこは、病院の壁だ。禍々しく光る物体が、白いペンキ塗りの壁で異彩を放っている。
 
「グリーフシードだ!!」

 まどかが何かを口にする前に、キュゥべえが声を上げた。
 二人はその言葉に、戸惑いを隠せず、狼狽える。
 グリーフシード。魔女の卵。それがここにある、ということは――

「恭介……」

 さやかは知らず知らず、呟く。そう、病院にいる彼女の幼馴染みにも危機が迫っていることに他ならない。

「――まどか、マミさんを呼んできて。あたしはここに残る」

 数瞬の間下げていた顔をきっと上げ、さやかは凛とした表情で、まどかに告げる。
 まどかはそんな親友の顔をしばし見つめた末、こくりと頷いた。
 予想はしていた。いかなる場合においても他人の為に、自らを犠牲にすることも省みずに行動する。
 ……美樹さやかは、そういう子だ。

「じゃあ、ぼくもここに残ろう。さやかとぼくが一緒にいれば、結界迷路に迷い込んでも、マミと交信できるからね」

 キュゥべえがそう言って、彼女らの決意も固まった。

「うん、分かった! じゃあ私、マミさんを呼んでくる!」

 タッと駆けだすまどかを見送りながら、さやかはグリーフシードと向き合う。
 グリーフシードを恨みの籠った視線で見つめるうちに、ワッと自分の回りが黒く染まった。

 気づけば、さやかとキュゥべえは結界迷路の中にいた。
 過去に二度、彼女はこの異空間に飲み込まれた。
 ただ、いずれの時も、彼女には仲間がいた。
 鹿目まどか。巴マミ。
 そして、今――

「怖いかい、さやか?」

 一人ぼっちの美樹さやかは、キュゥべえを抱えて、歩き始める。

「そりゃあまあ、当然でしょ。こんなの一度や二度で、慣れるわけないじゃない」
「――もし君が望むなら、今ここで『魔法少女』にだってなれるよ」

 キュゥべえはさやかの言葉を受け、そう返す。
 彼女は前をしっかりと見据えたまま、

「ん、今はやめとく。あたしも中途半端に決めたくないし」

 そんな言葉を口にした時、何故かキュッと胸が締め付けられた。
 決意の重さ。そして、自分の無力さ。
 
 ここに至って、彼女はようやく実感した。

 頼れる存在が近くにない時、人はこんなにも脆いのだ、と。

「――こっちですマミさん!」

 さやかとキュゥべえと別れてから、数分後。
 マミを連れて、まどかは先ほどの場所に引き返してきた。
 マミは一度頷き、ソウルジェムを掲げてみせる。
 すると、『結界』が彼女らの目の前で形を成した。

「キュゥべえ、状況は!?」
「大丈夫、すぐに孵化することはないね。魔力で刺激するのはまずいから、なるべく静かに来てくれるかい?
 急ぐ必要はないよ」
「オッケー、分かったわ……行きましょう、鹿目さん!」
「はい!」

 マミとキュゥべえのやり取りが終わり、二人は『結界』に足を踏み入れた。
 
 こうして『結界』に入るのは二度目だ。
 周囲を取り囲む黒く暗い空間に、まどかは慣れる気がしない。

「まったく、無茶しすぎよ……と言いたいところだけど。今回に限っては冴えた手だったわ。
 これなら『魔女』を取り逃がすことは――」

 まどかに話しかけていたマミがぴたりと会話を止める。
 何かに気付いた様子だ。しかし、まどかの目前には何もない。
 横目でマミを窺い、彼女に倣って後ろを振り向く。そこには――

「またあなたね、暁美ほむら」

 言葉に遠慮なく敵意を被せ、マミはほむらに投げつける。
 相変わらずの怜悧な表情のまま、

「今回の獲物は私が狩る。勿論、結界内の二人の安全は保証するわ」
「だから手を退けって言うの? 信用すると思って?」

 言いながら、マミは床に手をつく。
 すると――

「なっ……!?」

 あっという間に、ほむらの体にリボンが巻きつく。言うまでもなく、マミの魔法の産物である。
 それは、可愛らしいデザインには似合わないほど強い力でもって、ほむらを縛り付けた。

「バカっ、こんなことしてる場合じゃ……」
「怪我させるつもりはないけど、あんまり動いたら保証はしかねるわね」

 あくまでも冷徹に、まどかやさやかには浴びせたことのない冷たい声音で、ほむらに告げるマミ。

「待ちなさい! 今回の『魔女』は、今までのとはわけが――」
「行きましょう、鹿目さん」
「は、はい」

 マミに促され、まどかはほむらを一瞥し、足を踏み出した。
 その時の表情――普段は冷徹な表情が崩れ、哀愁を帯びていたようにも見えるほむらの表情を
 まどかは忘れることが出来そうにない。


「……結局、か」

 口から漏れ出る、どこかため息にも似た言葉。
 暁美ほむらは縛られたままうつむき、口をギュッと結ぶ。
 それは、得体のしれない感情に必死に耐えようとする、どこにでもいるような普通の少女の姿。
 彼女の脳裏に、昨夜の少年の姿が浮かぶ。

 ――ぼくで良ければ、何か手伝えないかな?

「はっ……」

 こんな状況にもかかわらず、彼女は失笑した。
 手伝う? 私を? どうやって?
 様々な、どうでもいい疑問が、とめどなく頭に浮かんでは消えてゆく。
 そうだ。今まで、ずっと独りでやってきた。
 今更、あんなイレギュラーに何を――

「……軽々しく手を貸すなんて、言わないでよ」

 失笑の後で、ほむらは静かな声で、吐き捨てた。
 彼女は気付いているだろうか。
 その声が震え、今にも泣き出しそうになっていたことに。




「――ほむらさん、どうしたの?」


 万策尽き果てたほむらに、誰かの声が浴びせられる。
 声に導かれるように、彼女は顔を上げた。
 その時の彼女の顔は、きっと今まで誰もが見たことのないような表情だ。
 驚愕、哀切……そしてきっと、僅かな期待。そんなあれこれが織り交ぜられたような。
 案の定そこにいたのは――

「……野比、のび太」
「あっ、覚えててくれたんだね」

 こんな状況なのに、どこか嬉しそうなのび太。
 そして、

「のび太くん、この人と話したことあるの?」
「あれ、昨日話さなかったっけ……まあ、ドラえもんはその女の子のこと、ずっと考えてたからしょうがないか」

 彼の相方であるドラえもんも一緒だった。
 ほむらはゆっくりと、固い動きで彼らを眼中に収める。

「どう、して」
「え? それはね……」

 ほむらが力なく口にした疑問に、のび太は即座に反応した。

「偶然だよ」
「……えっ?」
「ホントに、偶然なんだよ」

 のび太の応えに、縛られたままのほむらがキョトンとし、ドラえもんが補足する。

「あのね、ぼくらは空から異状がないかどうか、調べてたんだ。そうしたらね――」


「なんだか、この病院から、おかしな雰囲気が漂ってたように感じたんだ」

 ドラえもんのこの言葉に、ほむらは身を固くする。
 当然のことながら、彼らは『魔法少女』ではない。
 では、なぜ――彼らはこの病院から異変を感じ取ることが出来たのか?
 そうだ、おかしいことと言えば――

 なぜ彼らは、あの『インキュベーター』と意思疎通を図れるのか?

 彼女の頭の中で、様々な疑問が錯綜する。

「でも、ドラえもん。マミさん達に連絡しなくていいのかな?」
「うーん、よく分からないけど……とりあえずは、ほむらさんを助ける方が先決、じゃないのかな」
「それもそっか」

 縛れているほむらを前にして、彼らはどこかマイペースに今後の方針を話し合っていた。
 彼女は、二人の並外れた適応力に、動揺を深めるばかりだ。

 彼女は知る由もない。
 このロボットと人間が、これまで数多くの困難を克服し、結果的に多くの人々を助けたり
 世界を救ったりしたことなど――。

「あのさ、ほむらさん?」

 のび太の言葉を受け、ほむらは視線を彼に向けた。
 彼女としては、その視線に疑念をふんだんに込めたつもりだったが――
 二人には、その表情はとても臆病な一少女のものとして映っていた。

「――それってどうやったら解けるのかな?」
「……あなたたちの手は、借りないわ」

 のび太の申し出に、頑なな態度で応じるほむら。
 その言葉を受け、のび太は少し困ったようにドラえもんと視線を交わす。
 次に、ドラえもんが話し掛けた。

「ね、ほむらさん。そのリボンは一体誰がやったの?」
「……言う必要はないわね」
「もしかして、マミさん?」

 ドラえもんのその言葉に、ほむらは表情を崩した。
 見れば、のび太も驚いたような顔をしている。

「え、なんで――これマミさんが!?」
「のび太くん、前にマミさんと廃ビルに退治に向かった時、彼女はリボンで人を助けてたよね。
 なんかその時のリボンに似てるような気がして」

 最初見た時はよく分からなかったんだけどね、とドラえもんは付け加えた。
 彼の考えはほむらの表情が変化したことにより、確信に変わったのである。

「……そっか。じゃあ、マミさん達はもうここに来たんだね」

 どこか独りごちるように、のび太は言った。
 腑に落ちない点があった。

「――なんで、ぼくたちを呼んでくれなかったんだろう?」
「仕方ないよ、のび太くん。キュゥべえのテレパシー能力は、『魔法少女』かその才能がある子じゃないと使えないし。
 範囲も限定されてるみたいだし。
 ぼくたちにしても、こうした異状を発見したら、連絡のために他の人を捜してる余裕はないはずだよ」

 のび太が発した呟きに、すぐさま応えるドラえもん。
 これだけ見ても、ほむらにはよく分かった。
 この二人のチームワークは、只者じゃない。

「――じゃあさ、ドラえもん。マミさん達はもう奥に行っちゃったんだね」
「うん、そういうことになるね……でも、マミさんなら大丈夫じゃない?」
「ああ、マミさんならきっと平気だよね!」

 安心したように表情を緩めるドラえもんとのび太。
 彼らは、巴マミの勝利を確信している――ように、ほむらには映った。


「……ダメ」「えっ?」

 知らず、ほむらは呟いていた。それにすぐさま、のび太は反応する。
 ダメ、とは一体――

「今回の『魔女』は今までのようにうまくいく相手じゃ、ない。このままじゃ、巴マミはまた――」
「ね、ねえ、それ一体どういうことなの!?」

 ほむらが堰を切ったように言葉を並び立てる中、のび太は動揺を隠そうともせず、彼女に訊く。

「ダメ、このままじゃ、ダメ。これでまた巴マミは、命を落とす。そうしたら、美樹さやかは……まどかは」
「やっぱりそうだったのか」

 ほむらはその言葉に、はっとした。
 見れば、ドラえもんの表情は固くなっている。
 そして、彼女は彼の思惑に気付いた。

 先ほどの言葉――巴マミなら大丈夫だろう、という台詞。
 それはきっと、このためだったのだ。自分の口を開かせるための……ブラフ、だったのだ。

「ほむらさん、四の五の言ってる場合じゃないんだね?」
「……ええ、そうよ」

 ほむらは観念した。
 それに、もうどうせ手遅れだろう。

 マミが宛がったリボンは、使用者が許可するか――命を失うまで解けることはない。
 これは今までのループから彼女が得た結論だ。
 今更、どうこうなるものではない――


「――えっ?」

 ほむらが投げやりな思考に埋没していると、不意に彼女は浮遊感を覚えた。
 フワッと浮き上がり、地面に尻餅をついてしまう。
 どういうことなのだろう、と思ったものの考えるまでもない。彼女を縛っていたリボンが――

「あ、やっぱり切れたよドラえもん!」
「ホントに君は呆れるほど機転がいいね……」

 ほむらが視線を向けると、そこには銃を構え嬉しそうなのび太と呆れたような表情をするドラえもんがいた。
 彼女には知るべくもないが、以前彼らは各々の武器に、マミにより魔法をかけてもらっていたのだ。
 つまり――今のび太が手にする銃から発せられた光線は、元々の威力に魔法を足したものと言える。

 暁美ほむらは数々のループを通して、自らを縛るリボンがその効力を失うのは、
 使用者が命を落とした時だと決めつけていた。
 無理もない。何せ彼女自身はリボンにより、魔法を使えなかったのだから。
 けれど、他に協力者がいれば――

「……ッ!」

 ほむらはそう考えた後で、かぶりを振った。
 認めてはいけない。今更、イレギュラーに頼ることなどしては……そんなことは……。

「ほむらさん」

 自分の内なる感情と対峙していたほむらに、のび太がゆっくりと穏やかに呼びかける。
 つられて、ほむらは彼と向き合う。
 どこまでも優しい声音で、微笑みながら――

「マミさんたちが、危ないんだね?」

 その言葉は、先ほどのほむらの呟きのためのものだろう。
 彼女は、下を向いてしまう。拒絶、のつもりだった。


「――ねえ、ほむらさん。少し、話を聴いてくれるかな」

 のび太は、どこまでもやんわりとした姿勢を崩さない。
 それが、ほむらには疑問だった。
 彼の同志たる『魔法少女』とその後輩が、危ない。
 それなのに何故、彼はほむらに話しかけているのだろうか。


「ぼくたちはね、今まで沢山の所へ行って、色んな人たちと出会ってきた。
 そうだね、本当に色んなことがあったよ――」

 彼は述懐する。
 太古の昔へ遡ったこと、犬や猫たちの惑星へ行ったこと、海の底まで潜ったこと――。
 時には、宇宙一のガンマンと勝負したことや、自分たちの住む世界そのものが無くなる危機に陥ったことや――
 殺される寸前にまでなったことも、一度や二度ではない。
 そして、

「色んな奴らと、別れた」

 彼が「奴ら」と呼んだのは、それが人間だけではないからだ。
 水中バギー、人間型ロボット、人語を解する動物――挙げれば、キリがない。

「詳しいことは省くね。けれど――」


「出来るなら、もう別れはしたくない」

 のび太は静かに、けれど力強く言った。

 そんな彼を、ドラえもんは何も言わずに見ている。
 二人はなぜほむらを放って、マミたちを助けに行かず、話をしているのか。
 その理由は、彼にはよく分かっていた。

(……まったく)

 のび太の拳は、力強く、本当に力強く握りこまれていた。
 我慢しているのだ。
 できればすぐにでも、マミたちを助けに行きたい。
 けれど、目の前で砂上の楼閣のようにくずおれる少女を放って行くことなど、できない。
 そういう少年、なのだ。

「――だからさ、ほむらさん」

 のび太はほむらの前に立ち、スッと手を伸ばす。

「一緒に、行こう。マミさんたちを助けに。まだ間に合うはずだよ」

 根拠はないにもかかわらず、力強くのび太は言い切る。
 そんなのび太の手を、ほむらは力なく眺めていた。

 未だに、ないまぜになった感情が、彼女を苦しめていた。
 おかしい。自分はもうそんな思いは捨てたはずなのに――。
 どうして、この少年は――

「……あのね、ぼくたちの先生が前に言ってたんだ」


「なんで目は前についてると思う? 前に前に進んでいくためだ!」


 のび太はそう、そらんじる。
 彼自身、この言葉に感銘を受けた一人だ。

「だからさ、ほむらさん」

「前、向こう? ぼくたちが頑張って手伝うからさ」

 気づけば、暁美ほむらの頬を涙が伝っていた。

 彼女は、幾度も呼びかけてきた。彼女の仲間に、だ。
 その都度、彼女の想いは打ち砕かれてきた。
 時には、忌々しいインキュベーターに。時には、錯乱した巴マミや、反発した美樹さやかにも。
 
 そう。彼女はもうボロボロだった。限界だった。
 それでも、認めなかった。鹿目まどかを助けるためだったら、何だって出来る――そう言い聞かせてきた。

 今、前にいる少年は、彼女が色々な意味で限界を迎えていることなど知らないだろう。
 それでも彼は、手を差し伸べた。手伝う、と何の衒いもなく、断言した。

「……」

 ゆっくりと、少女の目が少年に向けられる。
 涙を流したまま表情は崩れたまま――それでも力強い視線で。


「――行きましょう」

 その声にもう、迷いはなかった。
 少年とロボットは、ニっと笑い合って、

「よし行こう、ほむらさん!」
「絶対、助けようね」



 かくして――
 暁美ほむらにとって、最大の転機は訪れた。

ここまでになります。
書いていて、色んなことを思い出しました。
主に、大長編ドラえもんのことですね。

じっくり思い返してみれば、のび太たちも相当な苦労をしていると思います。
住む町がいきなり洪水になったり、宇宙規模の争いに巻き込まれたり――
何度死にかけたのでしょうか、あのチームは。

今回、のび太は述懐しましたが、きっと夢の中で剣士になってたことは話さなかったでしょう。
まず覚えていませんからね。

こうして書いていると、本当にドラえもんの大長編は名作が多いことに改めて驚かされます。
ずっと昔に観た話のはずなのに、それはもうずっと脳裏に焼き付いてます。
本当に、藤子先生は偉大だ……。

今後ともよろしくお願いします。

投下します。3話、これにて完結です。

「あ、あの! マミさん」
「どうしたの?」

 ――暁美ほむらとの一悶着の後、マミとまどかは結界の奥へと歩を進めていた。
 付近には『魔女』の使い魔が現れ始めており、油断を許さない状況である。
 そんな中、まどかは憧れの先輩たる『魔法少女』に、少し緊張しながら声をかけた。

「その、わたしなりに願いっていうか……色々と考えてみたんです」

 懸命に自分の考えを述べようとするまどかを、マミは穏やかな視線で見つめる。
 まどかの話は続いた。

「……わたし、得意な学科とか自慢できる才能とか何もなくって。誰の役にも立てないまま毎日を過ごしていく
 そんな自分が、とても嫌だったんです」
「……」
「でも誰かを助ける為に戦っているマミさんを見て。それと同じことがわたしにもできるかもしれないって、
 それが、何よりも嬉しかった」

 ――だからわたし、魔法少女になれたらそれで願いが叶っちゃうんです!

 まどかはマミを見つめながら優しい声音と表情で、そう結んだ。
 対するマミは、どこか複雑な表情を見せる。

「……私、憧れるほどのものじゃないわよ」

 少し呆気にとられた様子のまどかに背を向け、彼女は力なく呟きはじめた。

「……ホントはね、戦うのが怖いんだ。あなたたちの前で無理やり先輩ぶってかっこつけてるだけで
 独りになったら、いつも泣いてばっかりなんだよ? 私なんて――」
「そんなことないです!」

 肩を押さえながら震えた声を発するマミに、まどかは力強く声をかける。

「マミさんはもう――独りじゃないんですよ?」

 その視線は、どこまでも真っ直ぐだ。

「わたしなんて、頼りにならないかもしれません……けど!」

「マミさんの側にいることならできます。私も一緒に戦っていいですか?」

 彼女は、鹿目まどかは自身について、何の役にも立たない凡庸な人間と評した。
 しかし、それは間違っていると言わざるをえない。
 少なくとも、彼女のその言葉が――

「かなめ、さん……」

 目の前の孤独な魔法少女に、一筋の光明をもたらしたことに間違いはないのだから。

「……ありがとう、もちろんだわ。魔法少女コンビ、結成ね!」

 そう言ってマミは、これから後輩になるまどかと固く握手を交わしたのだった――



「――絶対に、手を離さないで」

 ところ変わって。
 結界迷路を突き進む、3つの影が見える。
 少女、少年、そしてロボット――三者三様の姿ではあるものの、目指す先は同じだ。
 少女――ほむらの両手には、少年とロボットそれぞれの手が握りこまれている。

 彼らの行く手には、決して少なくない『使い魔』の姿がある。
 しかし――それらは動くことがない。
 ゆえに、彼らのスピードは全く衰えることがないのだ。

「時間干渉……そうか、だから――」

 ほむらの手を握りながら呟いたのは、ドラえもんだ。
 もっとも、その呟きは他の二人には聞こえようのないくらい小さなものだったが。

「――ほむらさん! 時間、大丈夫!?」

 少し慌てた様子で隣にいる彼女に問いかけたのは、のび太。
 ある意味で、この奇妙な一団を作り上げた立役者ともいえよう。
 彼は、巴マミたちの救助が間に合うか、という意味で言ったのだった。
 そんな彼にほむらは、

「ええ、何とか……ッ!?」

 そう応じるや否やほむらは急に足を止め、荒いリズムで呼吸を始めた。
 見れば、止まっていた時間も動き出しているようだ。

「ど、どうしたの!?」

 動揺を隠せない様子ののび太に、

「――そういうこと、か」

 驚きながらも、努めて冷静であろうとするドラえもん。
 そんな二人に、ほむらは言う。

「おそらく、巴マミの、リボンによって……私の魔力が、そうそう多用できるものじゃ、無くなっている、みたいね」

 荒い息で、苦しそうに声を漏らすほむらに、のび太とドラえもんは顔を見合わせた。
 それじゃあ――あの3人はどうなる?
 どうすればいい……?

「ドラえもん! なにか使えないの!?」
「とは言っても、うーん……魔力を治す道具なんて――」
「それには及ばないわ」

 二人が意見を出し合おうとしている中、ほむらはゆっくりと立ち上がり言った。

「魔力の消耗が激しいとはいえ、回復手段はあるのだから」
「……グリーフシード」
「その通りよ」

 そう言うや否や、彼女は懐から禍々しく黒ずんだ物体を取り出し、ソウルジェムに近づける。
 すると、以前マミが見せてくれたように、穢れが落ちて輝きを取り戻した。

「……けれど、油断はできないね」

 それを受けて再び出立の準備を整えようとする中、ドラえもんは言った。

「マミさんのリボンによって、ほむらさんが疲れやすくなってるんだとするならば――
 いちいち回復に時間を充てていたら間に合わないかもしれない……」
「――そうね。でも」

 ほむらはそこで、のび太とドラえもんの顔を交互に見る。
 二人は、力強く頷いてみせた。
 そうだ。今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
 助けるのだ――絶対に。

(――信じがたいことね)

 ほむらは心中で、密かに動揺していた。
 こんな自分がまた、他人を頼りにするなんて……。

(……もう、何も怖くない!)

 マミは心も体も、舞い上がっていた。
 無理もない。今までずっと暗がりの中にいた自分を、鹿目まどかは引っ張り出してくれたのだから。
 魔法少女になってから久しく忘れていた、明るい世界。
 それを彼女は、思い出させてくれたのだから。

「マミ! 孵化が始まった……魔女が出てくるよ!」
「マミさん、がんばれー!」
「……マミさん!!」

 そんな風にして、かつてないほどに順調に戦いを重ねていくうちに、気づけば魔女の本拠地に辿りついていた。
 目の前の魔女は、どこか人形のような愛嬌ある姿をしている。
 ちらと後ろを窺えば、戦友であるキュゥべえに、力強く手を振って応援をしてくれるさやか。
 そして――瞳を輝かせてじっとこちらを見詰めるまどか。
 ……うん、大丈夫。今の私が負けるはずがない!

「――お出ましのとこ、悪いけど……一気に片付けさせてもらうわ!」

「ティロ・フィナーレ!!」




 そして、


 キンッという音。
 それが実際に響いたかどうかはともかく、その場の空気が一瞬にして凍りついた。
 凍りついた、というのは比喩でもなんでもない。言葉通りだ。

「……間に、合った、の?」

 視線を巡らすと、マミたちに引き続きこの最深部までやってきた、一団の姿があった。
 皆、相応に疲弊しているものの、とりわけ暁美ほむらにおいては視線も虚ろだ。
 彼女は幾度も魔力を失っては、胸を押さえながら回復させ、がむしゃらに走り抜けてきた。

「はぁはぁ……や、やったの?」
「いや、まだ、だね」

 のび太が疲れながらも嬉しそうに呟いたが、ドラえもんの声は緊張を帯びていた。
 眼前(とはいえ、そこそこ距離はある)の光景は、決して予断を許せるようなものではない。
 上を向いて、血の気の失せた顔で呆然とするマミ。
 人形のようなイキモノから這い出てきた、さらに大きく禍々しいケダモノ(あれがおそらく魔女の本体なのだろう)。

 ドラえもんはちらとほむらに目を向ける。 
 両手は二人ときっちり握っているものの、胸から息を吸っては吐いている彼女の状態を鑑みるに――

 予断を許さない状況であることに間違いはない。

 ここにたどり着くまでも、彼女は幾度も幾度も時を止めては動かしてきた。
 その度にグリーフシードを使い、無理矢理に体を前に進めてきたのだ。
 そして――すんでのところで、彼女は時をとめた。
 タイミングは良かった、のだろう。もしあと数瞬遅れていたら……
 想像するだに恐ろしい光景が展開されていたに違いないのだから。
 それでも、事態は逼迫している。





「――ほむらさん、ここが正念場だよ?」

 ドラえもんが努めて静かな口調で、彼女に告げる。
 ほむらは、虚ろな視線をドラえもんに向けた。見れば、彼女の眼には涙がたまっている。

(……また、なの――!?)

 ここまで来て。ようやく流れを変えられるかもしれないと思ったのに。こんな、こんな終わり方――!!

「……さっき、のび太くんが話したこと覚えてる?」

 ドラえもんはあくまで淡々と、ほむらに話しかける。

「バギーの話があったよね。あいつさ、実はもう壊れていたも同然だったんだよ、あの時までは。
 全然やる気も出してくれなかったし。
 けどね、あいつには好きな人がいた」

 生憎、今ここにはいないけどね、と少し悪戯めいた口調をつくるドラえもん。

「その子が絶体絶命って時に、涙をこぼした。そうしたらさ、どうなったと思う?
 ……バギーが動いて、敵に致命的な一撃を与えたんだ!」

 その時のことを思い出しているのか、ドラえもんの口調は俄かに熱みを帯びてきていた。

「ほむらさん、今だよ! ぼくたちは君が今までどんな苦労をしてきたのかは知らない!
 けどさ、君の目を見てると何となく分かる……ホントに辛かったろうね。
 でも! 今はぼくたちがいる! 何とかできる可能性がある!」

 そう言うとドラえもんは、片手をポケットに滑り込ませ、とある道具を取り出した。
 そのうちの一つを、ほむらの手の上に落とす。
 それを見て、キョトンとするほむら。なんだ、これは?

「あと、これも」

 更に続けて、ポケットから道具を出す。
 それもまた、ほむらに渡された。
 ……しかし、彼女にはさっぱり意図が分からなかった。

「ごめんね、無駄話が過ぎたかもしれない。だから、この道具の使用法をかいつまんで説明するね。
 ねえ、ほむらさん。ぼくは未来から来たんだけどね……」

 ――未来は絶対に変えられるんだよ。

 カチっと、また、聞こえるか聞こえないかの音。
 暁美ほむらはそうして、眼前の光景を、胸を押さえながら睨む。
 先ほど止めた時は、魔女の本体はまだ現れたばかりだった。
 しかし、それは今――彼女の頭上でぽっかりと口を空けている。

「……未来は変えられる、ね」

 呟きながら、ちらと後ろを見れば、先ほど行動を共にしていた二人の時間も止まっていた。
 それはつまり、ほむらと彼らが手を繋ぐのをやめたということを指す。
 彼らの表情は、いずれもどこか穏やかで力強いものだ。それを見ていると、不思議と勇気づけられる。

「……もってね、私の身体――!!」

 静かに力強く言って、ほむらは全速力で駆けだす。
 ……もし彼女の姿を、一般市民が見たら度肝を抜かすことだろう。
 いや、オリンピック選手も目の前の光景を信じようとしないに違いない。
 彼女の速さは、およそ人間の限度を軽々と超えていた。
 その姿はあたかも――『チーター』のような。

 チーターローション。
 足に塗れば、目にも止まらない超スピードで走ることが出来る。
 ただし効力は短く、1キロメートルほど走ると効き目が切れてしまう、という道具だ。
 この場合、走れる距離が1キロもあれば充分だった。
 それだけあれば、余裕で――

「うッ!?」

 とてつもない動悸に導かれるようにして、ほむらは胸を押さえる。
 そうだ、道具を使ったからと言って、魔力の衰えるスピードが遅くなるわけでは決してない。
 けれど、それでも――!!

「まだ、まだあああ!」

 走り続け、走り続け、そして――

「届けえええええええええ!!!」

 思いっきり、手に持っていた物体を、魔女のぽっかりと空いた大口に投げ込んだ。
 その弾みで、ほむらは地べたに転がる。
 そして――

「……限界、ね」

 どこか満たされたような、すがるような面持ちで、時間を――




「……えっ?」

 声を漏らしたのは、巴マミだった。
 自分は先ほど、確実に死を覚悟していた。
 呆然とした表情でありながらも、「ああ、私死ぬんだな」と何となく達観してすらもいた。
 それが、今。

「………………」

 目の前の魔女は、何故か動かない。全く、動かない。
 それどころか、周りを優しげな面持ちで見ている。
 一体、これは――

「……ほむらさん、おめでとう。君の想いは繋がった」
「あとは、ぼくたちに任せてね」

 マミだけでなく、さやかもまどかも呆然としている中(キュゥべえはきっと相変わらずの無表情)。
 二人は小さく、力を使い果たした魔法少女に、遠くから優しく声をかけた。

 ――桃太郎印のきびだんご。
 ほむらが全ての勢いを加えて投げた、道具の名前だ。
 これを食べた動物は、必ず人間になつく。
 とはいえ、賭けに近いところもあった。

 魔女が一般的な動物と一緒に扱われるのか……そういった危惧も当然あった。
 それでも、一か八かの賭けに、彼らは勝ったのだ。

 ただ、彼らは決して魔女になついてもらうために使用したのではない。
 当たり前だが、彼らの目的は一つなのだから――。
 顔を見合わせ、彼らは構える。二人の『武器』を。


「――ドカン!」
 ドラえもんの、空気砲。

「えいっ!」
 のび太の、ショックガン。

 魔力によって強化された二人の武器は、一直線に魔女に向かい、その効力を存分に発揮し――


 気づけば、周りは元の街並みに戻っていた。
 白いペンキ塗りの壁に、禍々しい色合いはもうない。
 そこに残ったのは――

「マミさん、良かった……ホントに良かったぁー!!」
「マミさん……怪我はありませんか? マミさん……!」

 涙ながらに、腰を抜かしたままの先輩に声をかける二人の後輩。
 そんな二人を見ながらも、どこか焦点がぼやけたままの魔法少女。
 そして――

(……さて、どうしたものか)

 そんな三人を尻目に、不気味な無表情を空に向けるキュゥべえ。
 以上4つの影が、そこにはあった。



 ――同時刻。
「……もう、いいわ。だいじょう、ぶ」
「またまた、ほむらさん。相当疲れてることは分かってるよ? だって凄く重いし……」
「そ、それは、疲れたから、よ。け、決して、体重とか、じゃ――」
「はいはい。じゃあとりあえず、ほむらさんの家までは案内してもらえるかな? そうしたら降ろすからさ」
「――分かった、わ」

 病院からそこそこ離れた場所で、3つの姿があった。
 少年におんぶされたままの少女、それを横から優しくみつめるロボット。
 3人とも満身創痍ではあるものの、とりわけ少女の疲弊は凄まじく、歩くことすら出来ない様子だった。
 そのため、少年が少女のおんぶ番を買って出た次第である。

(……のび太くんも疲れてるのは一緒だろうに)

 ドラえもんは優しい表情ながら、少し呆れていた。ただ、これがのび太という少年なのだから仕方ない。
 相変わらず横では軽口を叩きながら(とはいえ、疲労のためとても小さな声量ではあったが)歩き続ける二人の姿が
 夕日に照らしだされている。
 
 そんな彼らを見ていると、どういうわけか
 今までずっと無表情を貫いてきた怜悧な少女の顔が年相応の可愛らしい女の子のようにみえて
 ドラえもんは微笑ましくなった――。


これにて3話完結です。
すみません、長々と書いてしまいました。
それでも一応は、当初考えていた構想をあまり脱線することなく済んだので良かったです。

とりあえず、今月の15日までに3話は完結させておこうと考えていました。
理由は勿論、まどマギポータブルです。
おそらくそっちにかかりきりになってしまうなので……今から楽しみです。

さて、3話という一つの節目が終わった以上、今後の物語の展開も難しくなってきます。
それでも出来る限り書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。

それでは、マミさんアイドルルートに色んな意味で驚愕を禁じ得ないまま、ここで筆を置かせていただきます。



お待たせしました。
それでは続きを投下いたします。

色々と書いてしまったため、少し冗長になってしまったことをお詫びいたします。

 ――同日。

 古ぼけたアパートに、二人の来訪者があった。
 のび太とドラえもんだ。
 彼らはとある話し合いをするために、このアパートを訪ねてきたのだ。
 ただその姿は一風変わっていた。
 なぜかというと……

「――周りは大丈夫だね、のび太くん」
「うん。まさか、こうやって使うことになるなんてね」

 彼らの頭には、奇妙な被り物が載っていた。
 石ころぼうし――彼らが今使用している道具の名前だ。
 この道具の使用者は、一切の気配を消すことが可能となる。
 いや、もっと突っ込んで言ってしまうと、彼らの存在自体を消しているのだ。

 ただ、彼らはある『可能性』を危惧していた。
 キュゥべえである。

 出発前に、のび太とドラえもんはキャンピングカプセルにて今後の方針について話し合った。

「……おそらく、あいつもまたぼくたちの行動に注意を払ってくると思う。
 今後の展開次第じゃ、ここまで警戒することもなくなるんだろうけど――」
「今、バレたら困るってことだね?」
「その通り。少なくとも今夜の『話し合い』が終わるまでは、奴に動きを気取られたくはない……ただ」
「ただ?」
「あいつは本当に底が見えない。だからこの『石ころぼうし』で
 完璧にぼくらの存在を眩ますことが果たして出来るかどうか」

 それでも縋ってみるしかないんだけどね、とドラえもんは苦笑した。
 そして今、彼らは話し合いの場所であるアパートまで慎重を期してやってきたわけである。

「よし、それじゃ――行こうか」
「うん」

ドラえもんが促し、のび太がそれに応じる。
 二人は、今一度周囲の状況を見なおした後、ゆっくりと『石ころぼうし』を脱いだ。
 ドラえもんが代表して、とある部屋のドアをノックする。
 コンコン、という乾いた音が夜の空気に溶けた。
 そして――

「……来たわね」

 声が、ドアの向こうから聞こえた。
 たしかにクールではあるものの、それほど無機質で怜悧な感じは、もうない。
 そのことに、彼らは少し嬉しくなる。

 ガチャ、という音がし、扉が開かれて――。

「こんばんは、ほむらさん」
「もう疲れはとれた?」
「ええ、大丈夫よ。さ、上がって」

 部屋の主――暁美ほむらはそう言って、彼らを部屋に招き入れた。

 先ほど、危機一髪の状況を乗り切った後で、のび太たちはほむらを彼女の自宅まで送り届けた。
 その際に、彼らはある『約束』をした。

 ――ほむらの目的と素性を教えてもらうこと。
 ――ドラえもんとのび太がここにやってくるまでの顛末を話すこと。

 大まかに言えば、以上2点だ。
 さて、話す内容が決まれば、次に問題となるのはいつそれをするか、である。
 そしてそれは、ほむらの要望で今夜ということになった(なんでも、早めに話しておきたいからだそうな)。

 ……あの『結界』での戦いが終結した後のほむらは、それまでの彼女とは少し、けれど確実に変わっていた。
 というのも――

「待ってて。今、お茶を用意するから」
「いや、いいっていいって! ほむらさん、まだ疲れは完全に取れたわけじゃないんでしょ?」
「ええ、そうだけど……けど、そうしても良い気分なのよ」
「ほむらさん、気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ。すぐに用意できるから」

 そう、明らかにほむらはどこか楽しそうに思える。
 表情はあくまでもクールで、佇まいにもおかしな所は見受けられない。
 それでも、二人には分かってしまう。
 そのわけは簡単だ。クールであるものの表情は柔和だし、声も優しい。
 二人は、今まで彼らが見てきた「暁美ほむら」像を訂正しなくてはならないだろう。

「はい、『グルメテーブルかけ』!」

 ドラえもんはポケットから、大きなテーブルかけを出してみせた。
 それを、眼前にある小さなテーブルに広げる。

「さ、ほむらさん、何でも頼んでいいよ」
「え、そ、その……ほんとに出てくるの?」
「うん、大丈夫だよ」
「そ、そう……じゃあ、紅茶で」

 ほむらがそう言うやいなや、そのテーブルかけから芳しい香りを放つティーカップが現れた。
 彼女は相当驚いたらしく、眼を真ん丸に見開いている。

「じゃあ、ぼくはカフェオレ!」
「ぼくはどら焼きとミルクティーで」
「あ、ドラえもん、またどら焼き食べるの? さっき食べてたじゃない」
「いいの! どら焼きは何個でも食べられるの!」
「……いざ目の当たりにしてみると凄いものがあるわね、未来の道具って」

 二人が軽く言い合ってる中で、ほむらはしげしげと目の前のティーカップを見つめるのだった。

「あ、そうだ、ほむらさん。飲む前にこれを被ってもらえないかな?」

 ドラえもんがそう言って、ほむらに『石ころぼうし』を手渡す。
 当然ながら、ほむらにはそれがなんなのかさっぱり分からない。
 それを受けて、ドラえもんが手短にそのぼうしの効果を説明する。

「こ、これでいいのかしら……?」

 ほむらがおずおずとそれを頭に載せる。
 長く綺麗な黒髪を持つ彼女に、そのぼうしはどこか不釣り合いで――

「ごめんね、しばらくは我慢してもらえるかな?」
「ほむらさん、大丈夫だよ。ぼくたちが帰る時になったら脱いでいいからね」
「……何故かしらね。そう言われると、何故か無性に恥ずかしくなるわ」

 頬を朱色に染め、ほむらは下を向いてしまう。
 その姿を見て、二人はただただ純粋に――

(ほむらさんって可愛い……)

 などと思ってしまった。勿論、口に出しはしない。

「……さて、ほむらさん」

 ある程度、その場の雰囲気が落ち着いたゆったりとしたものになった頃、ドラえもんがそう切り出した。
 それを受け、ほむらはティーカップから口を離し、ドラえもんに視線を合わせる。

「まず、ほむらさんから教えてもらっていいかな?」
「ええ、構わないわ。元から、そのつもりよ」

 彼女はティーカップを静かに、カチャリとテーブルに置いた。
 そして、それを合図とするかのように――

「私はもう何度も、この『時間』を繰り返している。そして、未だに終着点は見えないまま――」


 暁美ほむらはゆっくりと語り始めた。
 始まりの日――退院して、美滝原中学に入り、鹿目まどかと出会ったこと。
 その日の帰り道、『魔女』の結界に囚われた時、巴マミと鹿目まどかに助けられたこと。
 そして――

「巴マミは途中で命を落とし、まどかは一人で……」

 最大の『魔女』に立ち向かい……命を落とした。
 その後、彼女の亡骸の前で嗚咽していたほむらの元に

「――契約は成立だ。君の願いはエントロピーを凌駕した」


「……キュゥべえが!」
「いいえ、それは間違いよ、野比のび太。
 あいつの名前はそんな可愛らしいものじゃない。仮初めのものよ。
 あいつの本当の名前は……『インキュベーター』」

 ほむらが言ったその名前を聞いて、何故か二人はビクッとした。
 インキュベーター。なんて不気味な響きだろうか。
 なまじキュゥべえなどという変に可愛らしい名前を先に知っていたためか、なおさら薄気味悪いったらない。

「話を続けるわね。とにかくこうして、私は『魔法少女』になって……時間を遡ったのよ」

 このような経緯で『魔法少女』となった彼女は、もう一度やり直せるということもあってか、半ば楽観的に構えていた。
 その頃の彼女にとって寧ろ嬉しかったことといえば、彼女にとっては一度命を落とした鹿目まどかが
 学校に行けば普通に生きていたことだ。
 だが――現実はそう甘くはなかった。

 一度目のループにおいて、彼女はとにかく『魔法少女』の仕事に慣れる必要があった。
 戦闘能力を付けずして、解決など到底覚束ない。
 最初は苦労した。
 爆弾を作ってそれを投げるというのを主な戦闘スタイルとした彼女ではあったが
 それはしばしば仲間の戦闘を邪魔することとなった。
 ただそれでも、彼女はなかなかそのスタイルを変えるに至らなかった。
 それ以上のことをする勇気が、彼女にはなかったのだ。

 
 やがて、そのループも終わる。
 そして、次のループが始まる。
 辛かったことなんて、数えるのも面倒だ。ありすぎて、途方に暮れてしまうだろう。
 強いて言うならば――白い『魔法少女』と黒い『魔法少女』というイレギュラーによる途轍もない破壊工作。
 あの二人のせいで、何人の学校関係者が犠牲になったことか……。
 ただ、それよりも辛かったのは――

「みんな『魔女』になるなら……死ぬしかないじゃない! あなたも! 私も!!」

 敬愛していた、巴マミの発狂だ。
 未だに思い出すたびに、彼女は頭を抱え込む。泣き出したくもなる。
 あの時の彼女のくしゃくしゃに歪んだ表情。そんな彼女によって殺された仲間。
 地獄絵図とはあのようなことを言うのではないだろうか。

 あまり悲しみに順位を付けるべきではないのかもしれない。
 ただそれでも、彼女の心を今も目一杯の力で締め付けているのは、あの――

「ねぇほむらちゃん――キュゥべえに騙される前のバカなわたしを助けてくれないかな……?」

 最後の場面。暁美ほむらを根底から変えることとなる、決定的な彼女の言葉。
 誰よりも憧れていて、誰よりも頼られたかった彼女からの――最初で最後の頼みごと。
 そんな言葉を聞いて、変わらずにいられるわけがない。

「……私ね、昔は眼鏡をかけていたのよ。でもね、今は見ての通りかけてないでしょ。必要ないからよ」

 話を続けるうちに、ほむらの目に情熱的な灯りがともりはじめる。
 もしかしたら、こうして言葉にして人に話す機会は永遠に来なかったかもしれない。
 でも今、彼女の前には、彼らがいる。
 自分にどこまでも付き合おうと言ってくれる、彼らがいる。
 

「それからの私は、何度も繰り返した。今の私を動かしてるのは、たった一つ
 ――鹿目まどかと交わした約束だけよ」

 そこまで話すと、ほむらは紅茶を一口飲み、軽くため息をつく。
 口調が熱くなったり表情が強張ったこともあったが、話が終わればいつもの、クールで、けれど穏やかな彼女がそこにいた。
 きっと以前までは、こうしたことを考えるだけで胸が締め付けられる思いで一杯になったのだろう。
 けれど今は、違う。なぜならば――

「ほむらさん、ありがとう! ぼくらのことを信じてくれてるんだね?」
「――ええ、そうよ。そうじゃなければ、ここまで話すわけがない。違うかしら?」
「いや、その通りだ。ぼくからもありがとう、ほむらさん。おかげで大体のことは理解できた。
 ……これで最後のループにしよう。ぼくたちもそう出来るよう、どこまでも手伝うよ」

 ドラえもんが力強くそう結んで、ほむらの顔をじっと見た。
 ほむらはその表情に、力強く頷き返してみせる。


「――さて、次はぼくたちが話す番だね」

 ドラえもんはそう言うと、どら焼きの最後の一口を口に放り込み、ミルクティーを飲んだ。
 そこで一息つくと、

「そもそもの始まりはまず……」


 ――同時刻。

(……うーん、おかしい)

 夜の美滝原を、奇妙な動物が徘徊している。
 その、ウサギと猫を足し合わせたような奇妙な動物は、何かを探している様子だ。
 しかし――

(……ダメだな、やめようか)

 どうしても探知できないので、諦めることに決めたようだ。
 彼(?)が探しているのは、とある二人組の居場所である。
 普段ならそこまでして居場所を探知する必要はないのだが、今日に限っては何となく探さねばならないような気がしたのである。
 野生の勘(?)というやつなのだろうか。

(さて、マミの所にでも……ん?)

 その動物――キュゥべえは、何の気なしに見上げた鉄塔の頂上に、とある顔見知りの少女を見つけた。
 赤く長い髪を夜の風にたなびかせ、眼下に広がる街並みをじっと見つめる、その少女は――

(やれやれ……せっかくだし、行ってみようかな)

 足場を見つけては跳び、また次の足場へと跳びながら、キュゥべえは鉄塔を上っていく――

ここまでになります。
中途半端なところで切ってしまい申し訳ありません。
ほむらの心情に焦点をあて、大量に地の文が出来たために、このまま一気に投下するのは難しいと考えた次第です。
ですので、ドラえもんの『約束』は次回に回させていただきます。

前回投下する際に記したように、まどマギポータブルを続けています。
今度発売する攻略本を携えながら、さらにやり込んでいきたい、などと考えています。
とりあえず、マミさんアイドルルートは遊びすぎだ、スタッフ……。

こちらのSSを書いていると、何となくですがキャラについてもっと理解を深められるような気持ちになれます。
あの時まどかがした頼みごとが、今もほむらを動かす原動力になっている――『約束』という言葉がこんなに重く感じたことは初めてです。
やっぱりまどマギ、大好きです。

では、また次回の投下までお待ちください。
ありがとうございました。



石ころぼうしってお互いの姿も見えなくなるんじゃなかったっけ?

感想ありがとうございます!

>>185
たしかにそうなのですが、どうやらかぶっている者同士はお互いを認知出来るようです。
ですので、のび太とドラえもんがほむらに被ってもらった時、すでに二人は被っていた、ということでお願いします。
……とはいえ、この『石ころぼうし』に関しては、道具の性質上、様々な矛盾が生じることは避けられないようですね。
wikiにも、そういった事柄が記されていますし。

魔界大冒険の時には
「お互いの姿は見えない」
「触りあう事、触っている事は認識できる」
「お互いの声は聞こえる」
「かぶっていない物でも臭いを感知する事はできる」
なんて感じだった

こんな時間に失礼します。1です。
今回は色々と詰め込んでいるため、もう少しかかるかと思います。
けれど、近いうち投下できそうです。
ですので、今しばらくお待ちください。

また、感想を下さった方々には本当に感謝です。

>>188
わざわざありがとうございます! なるほど、やっぱり扱いが難しい道具ですね。
初出だと思われる回は単行本で読んだ記憶があるのですが、大長編での印象があまり……だったもので。




お待たせしました。
続きを投下していきます。
今回は、詰め込みすぎたために、読みにくいかと感じます。
ご了承いただければ……

(……なーんで戻ってきちまったのかねぇ)

 軽くため息を一つ。
 長い髪を翻しながら、何となく眼下を一望してみた。
 夜の帳が下りたこのような時間帯でも、町のそこかしこには光が灯っており、車のクラクションも聞こえてくる。
 こうした景色を見ると、否が応にも科学の発達を感じずにはいられない――

「アホくさ」

 柄にもなく浮かんできた下らない考えを、そう言うことでぶった切る。
 科学の発達? そんなものがあたしらに何をもたらすっていうのさ?
 無性に腹が立ち、手にしたリンゴをガリッと齧る。

 あの日、あたしは一つの誓いを立てた。
 それは傍からみたら、随分と荒んだ誓いだとは思う。
 それでも――誰も何もしてくれなかったのだから。
 あたしに対しても、あたしの大事な――

「ああ、もう! ウザったい!!」
「どうもご機嫌斜めのようだね?」

 今いる場所が場所だけに、気兼ねなく悪態をついていると、声が聞こえた。
 ハッとして少し気恥ずかしくなったものの、すぐに調子を取り戻す。
 なぜなら――

「なんだ、アンタか」
「まさか、きみがこの町にやってくるとはね。何か心境の変化でもあったのかい?」

 そう、こんなヤツに何を聞かれたって構いやしないのだ。
 眼前に居座っている、この得体のしれない動物には、感情が抜け落ちている。
 そんなヤツに恥ずかしがったところで、こっちが損をするだけだ。

「べっつにー、何となくだよ、何となく。あっちの『魔女』は歯ごたえがなくってねぇ。
 狩場として、都合のいい場所を探して、ここに来たんだよ」
「へぇ、そうだったのか。でも、いいのかい? この周辺一帯は――」
「分かってるよ、んなことくらい」

 知らず、口調がぶっきらぼうになった。
 そうだ、そんなことは分かっている。
 それなのに――

「……マミのやつ、どうしてる?」
「マミかい? そうだね……今はちょっと」

 あたしは少し驚いた。
 あのキュゥべえが、歯切れを悪くしているからだ。
 『魔女』との対決中に命を落とした、なんて応えなら、合点がいったんだけど……。

「なんだよ、何かあったのか?」
「うん。今日の夕方頃に、『魔女』と戦って……そして死にかけたんだ」

 死にかけた。その言葉に少し背筋が凍った、ような気がする。
 いやいや、もう、何とも思っていないはずだ。
 そうに決まっている。

 少しばかり急かすようにして、あたしは先を促す。

「ってことは、まだ生きてはいるんだね?」
「うん、それは間違いないよ。けどね……」
「けど?」

 その回答に、何故かホッとしたような気もするけど、無視だ無視。

「しばらくの間は、戦うことは出来ないかもしれないね」

 何だそりゃ。
 予想外の応えにあたしは拍子抜けする。

「死にかけたのがまずかったんだろうね。実際に傷を負ったわけじゃないんだけど、茫然自失状態だ。
 あんなに疲弊しきったマミを見るのは久しぶりだね」
「……そう、か」

 その言葉は、自分でも予想がしなかったような声音だった。
 心の内で、気持ちがごちゃごちゃとない混ぜになっているような……正直、気分が悪い。

 巴マミ。あたしがかつて師事した『魔法少女』。
 随分と滑稽な話だ。
 あたしは間違いなく変わったのに、あいつにはなるべく変わってほしくない、なんてことを願うのは。

 マミとあたしは、『あの日』を境に断絶した。
 それは半ば、決まっていたことだったのかもしれない。
 初めて会ったとき、「この人はあたしにそっくりだ」と感じた。
 それは正しかったんだと思う。
 ……だからこそ、別れの時は訪れた。
 人は、自分と合ってる面が多ければ多いほど、最初は仲よくできる。
 けれど――時を経てしまえば。それも、あたしたちのようにチームを組んでいたら尚更のこと。
 あたしとあいつの間にあった少しの「ズレ」は決定的なものになって、そして――

 だからあたしは、あの日に誓った。

『もう誰にも頼らず、誰とも繋がらない』

 そう決めて、どれくらい経っただろう。

「……じゃあ今、この辺り一帯の『グリーフシード』は集め放題、ってわけだね」

 しばしの間黙りこくった後で、あたしはキュゥべえにそう呼びかけた。
 うん、いつも通りのあたしの口調だ。

「いや、そうはならないかもしれない」
「はぁ? どーいうことさ?」

 その応えは予想してなかった。
 今、この町にはマミしか『魔法少女』はいない、はずだ。

「もう一人の『魔法少女』が現れたからさ」
「……聞いてねーぞ、おい」
「正直、ぼくが訊きたい気分だよ。何故なら、ぼくはその子と契約した覚えがまるでないんだからね」
「――イレギュラー、ってやつか」
「そういうことになるね」

 キュゥべえの言葉を聞き終えて、あたしは手を額に当てかぶりを振った。
 なんてこった。そんなヤツがいるんじゃ、『グリーフシード』の回収は面倒になりそうだ。
 あたしが沈んだ気分でいると、キュゥべえがこれまたわけのわからないことをのたまった。

「それとね……おかしな二人組がいるんだ」
「――はぁ??」

 多分、これまでの会話の中で、一番素っ頓狂な声だったと思う。
 おかしな二人組……?
 『魔法少女』じゃない、のか?

「その二人、『魔法少女』じゃないんだ。いや、これは間違いないよ。なにせ、どっちも男性だからね」
「……まぁ、それはいいや。でもどうして、その二人が『おかしい』んだ?」
「うん、それはね――」

 その後キュゥべえが放った言葉は、あたしを仰天させるのに十分な威力を持っていた。



「その二人が、マミを追い詰めた『魔女』を倒したからだよ」


「……そもそもぼくたちが、ここに来ることになったきっかけはね」

 ドラえもんが、そう口火を切ると、ほむらとのび太が神妙に彼を見た。
 先ほどのほむらの話によって、室内には緊張感と連帯感が一緒くたになっているように感じられる。
 端的に言うと、話し合いをするのにはもってこいの雰囲気、ということだ。
 そのためか、ドラえもんの語り口もスムーズなものとなっている。


「あの日、未来にいるぼくの妹、ドラミがぼくを呼び出した。
 そういえば、ここに来てからのあれこれで、のび太くんにもまだその内容については話せていなかったね」

 このロボットに妹がいたのか。
 ほむらはほんの少しびっくりしたものの、敢えて口は挟まない。

「うん、そうだね。忙しかったからなぁ……」
「大変だったもんね、今日とかも。まぁむしろ、こうしてほむらさんの話を聴かせてもらった今だからこそ――」

 ドラえもんはそう言って、二人を見回し、

「――この話もじっくりと出来るのかもしれない」
「……さっきまでの私の話に関係がある、ということかしら?」
「鋭いね、ほむらさん。その通りだ、少なからずぼくらがこの町に漂着したわけは――きみにとっても重要な意味を持つ」
「私に、とっても……」

 ドラえもんとほむらが真剣な表情で、会話を交わす。
 ただ、その会話についていけない者もいた。

「ねぇ、どういうことなのさ? ぼくたちがこの美滝原に来た理由が、ほむらさんとどう関係してるっていうの?」
「のび太くん、思い返してみて。この美滝原にぼくたちがやってくるまでの流れを」
「え、そうだなあ……まずドラミちゃんから連絡が来て、『タイムマシン』に乗り込んで――」
「そこで、『タイムマシン』が大きく揺れて、気付けばこの町にある裏山にいた。そうだよね?」

 のび太が指折り数えながらゆっくりと思い出すのを見かねてか、ドラえもんがすぐに後を継いだ。
 ほむらはそんな二人を見て、何だか微笑ましくなる。
 まるで二人が――かつて自分が共に過ごした二人の仲間のような、さり気なく優しいチームワークを見せていたから。
 いつもならこういったことを思い出すと、胸が締め付けられるような気がしたものだ。
 それが今――胸はほんのりと温かくなっている。

「――それで、ほむらさんのさっきの話に繋がるんだ」
「……あ。え、ええ、そうなるわね」

 気持ちよく物思いにふけっていたら(ものの数秒にすぎないが)、突然ドラえもんが話しかけてきたもので彼女は驚いた。
 しかし、瞬時に態勢を整え、話に加わる。うん、いつも通り。
 ――声が裏返り、普段と声のトーンが幾分違ったことを、敢えて二人は指摘しない。

「つまり、『タイムマシン』っていうのかしら? その道具は時空を行き来出来る道具、なのね?」
「うんうん、ほむらさんは理解が早くて助かるなぁ」
「ちぇー! どうせぼくはバカですよーだ!」
「……コホン。何となく、読めてきたわ、ドラえもん。あなたはこう言いたいのね――」


「わたしの能力『時間遡行』、そしてあなたの道具『タイムマシン』。
 この二つが相互に影響し合ったことで、今あなたたちはここにいる、と」


「その通りだよ、ほむらさん」

 ドラえもんがそう言って、ほむらはやっぱり、と感じた。
 のび太が事情を掴めないのも無理はない。
 このドラえもんが鋭いだけで、普段からこうした能力を活用していない限り、なかなか実感は掴みにくいものだ。
 普段から、未来と現代を行き来していたドラえもん。
 そして、一か月という時間を何度もループしていたほむら。
 ……しかし。

「いえ、でもそれはおかしくはないかしら? そもそも私の『時間遡行』は一か月後からまた一日目まで戻るというもの。
 言ってみれば、決まった時間を繰り返していた――ループなのよ。
 でも、あなたたちの『タイムマシン』は……」
「うん、ほむらさん。きみの疑問ももっともだ」

 ほむらが疑問を呈するのを、ドラえもんはやんわりと遮った。
 その点についても、既に答えは出ている、ということか。

「実はね、ぼくたちがその日、未来へ向かったのには、わけがあったんだ」
「……わけ? それは一体どういう――」

 事情が掴めない。

「えっ、ほむらさんの『じかんそこう』、それがぼくたちの『タイムマシン』と……?」

 頭上に疑問符を幾つも重ねているのび太は、可哀想だが放っておく。

「その日、未来の時空管制塔において、アンテナが普段とは異なる波長をキャッチした。
 そのアンテナは、『タイムマシン』が通る時空間に何か異変があると、反応するものだったんだ。
 ただね――」
「ただ?」
「その波長は、一瞬でかき消えた。だから、管制塔にいた人たちはそれを調べようとしたものの、情報が少なすぎたために
 断念せざるを得なかった。
 それに未来では、高度に発達したテクノロジーのせいで、色々な問題が起きるのは日常茶飯事なんだ。
 だから、この一件はあまり重要視されることはなかった」

 ドラえもんがすらすらと言葉を紡いでいく。
 当然ながらほむらには聞き慣れないことだらけだが、彼女は真剣に聴き入っていた。
 そうしていると、なんとなく――彼女にも分かってきた。

「……その、一瞬の波長が」
「そうだ。きみの『時間遡行』によるものだよ、暁美ほむらさん」

 さっきのほむらさんの話を聴いて確信したんだ、とドラえもんは結ぶ。

「そう、そのアンテナが波長をキャッチしたのは本当に偶然だった。
 さっきほむらさんが言ったように、同じ時間の繰り返しと、ぼくたちが行う未来と現実との行き来は性質が違う。
 だからこそ、きみの行動を、その波長を、アンテナがキャッチすることはなかった。
 ……ただ、高度に発達した、いやしすぎたテクノロジーは、こうしたイレギュラーな事態の発見をもし得る。
 それで、ほむらさんの波長はキャッチされたんだ」
 
 そう言って、ドラえもんは残り少なくなったミルクティーを口に含んだ。

「ぼくはドラミからその話を聞いた。あいつはあんまり気に留めてなかったみたいだ。無理もないけどね
 ……それでも、ぼくは気になった。なぜかというとね、今までぼくたちが経験してきた様々な冒険は
 こうしたほんの些細なきっかけから始まることが多かったからだ」
「ささいな、きっかけ」
「そう、それこそぼくたちの暮らしている部屋の畳の裏がそのまま異世界への入り口だったとか……
 まあ、今話すことでもないか」

 ともかく、とドラえもんは言葉を区切ると、

「――ぼくはのび太くんを誘って、未来へ向かった。この時はまだ、タイムマシンの空間で、『迷子』になるだなんて
 思ってもみなかった。ただ未来で、ドラミからその時のことを話してもらおうと思っただけだ。
 ……でも、結果はほむらさんの知ってのとおり、ってわけさ」

 ドラえもんはそこで微苦笑してみせる。

「それでね、もう一つ分かったことがあるんだよ」
「それは、一体何かしら?」
「……実はね、さっきほむらさんにも使ってもらった道具、あったよね?」

 ドラえもんは、自身の腹の部分にあるポケットを示してみせた。
 ほむらは、コクリと頷く。
 先ほど彼女が使った、『チーターローション』と『桃太郎印のきびだんご』はここから現れた。

「これは、『四次元ポケット』っていうんだ。その名前の通り、このポケットからは、ぼくが念じれば何でも取り出すことができる」
「なん、でも?」

 少なからずほむらは驚き、大いに期待する。
 それじゃあ、その道具を有効活用すれば、このループにも終わりが――

「でもね、残念ながらほむらさん。このポケットには今問題が起こっている」
「……え?」
「きみの能力と『タイムマシン』との接触において、ぼくたちはこの美滝原にやってきた。
 結果的にこれは良かったんだ。もしかしたらこの世界の問題を解決しない限り――
 ぼくたちの未来も消え失せてしまう可能性すらあったわけだからね」
「『ワルプルギスの夜』のこと、かしら?」
「そうだ。そいつが現れると、世界は滅びてしまう、という話だったね。
 ……そいつを倒す方法を考えることは、ぼくものび太くんも全くやぶさかではないよ」
「ああ、うん。ほむらさんたちの役に立てるんならね」

 話についてこられていないのび太も、そこにだけはすぐに反応した。

「『ワルプルギスの夜』を倒すために、ほむらさんはループを繰り返した。そのおかげでぼくたちはここに辿りついた。
 ――その際に、ぼくは感じた。幾つかの道具が使えなくなっている、ということを」

 ほむらはその言葉に胸がざわつくのを感じた。
 それは一体、どういう――

「もっと具体的に言うならば、『時間』に関係する道具が使えなくなっているんだ」
「なん、ですって……?」
「ぼくの使える道具の中で、こうした問題解決に非常に有効なものが、例外なく使用不可能の状態にある。
 たとえば、『タイムふろしき』があれば『ソウルジェム』の汚れも落とせたかもしれない。
 『タイムウォッチ』があれば、さっきの戦いでほむらさんに無理を強いることもなかったはずだ。
 ……もしかすると、ほむらさんのループの問題すら解決できてたかもしれないのに」

 沈黙が、ほむらの部屋に落ちた。
 ほむらはうつむき、やるせない表情を浮かべている。
 ドラえもんはそんな彼女を、思いやるような視線でしか見ることができない。
 そうしていると――


「何沈んでるのさ、二人とも!」


 さっきからずっと会話に出てこなかった、少年らしい高い声が響く。
 二人がそちらの方を見ると、のび太が立ち上がり勇壮な表情を浮かべているのが見て取れた。

「ドラえもん、『時間』に関係する道具が使えないのがそんなにダメなことなの!? 
 さっきまでの話は正直よく分からなかったけど、ぼくたちに出来ることなんて一つしかないじゃないか!
 ――そうでしょ、ほむらさん!」
「……わたし?」
「そうだよ! ぼくたちがここに来たのは偶然かもしれない。もしかしたら、勝つのは難しいかもしれない。
 けれど、ほむらさんやマミさんみたいな『魔法少女』を助けられるんなら――
 ぼくはなんだってやってやる!」

 のび太は拳を振り上げて、その決意を示す。
 ドラえもんは相方を見つめながら、ああ、そうだったな、と思い返した。
 今までの冒険においても顕れた、それこそいかなる窮地に追い込まれたときも、悲観せずに方法を模索する姿勢。
 それこそが、彼の長所。
 ――諦めない心だ。

「ほむらさん、大丈夫だよ! ぼくたちがついてる! 絶対に、もうこれ以上ほむらさんに苦しい思いはさせるもんか!」
「――野比、のび太」

 気づけば、ほむらの心にも熱いものがこみあげてくるのがわかった。
 親友である鹿目まどかを助けるために、自分のことを犠牲にしてでもループに身を投じてきた彼女。
 冷え切っていた心に、あたかもろうそくに火が灯ったかのような、光が差し込んできたような気がした。

「……信じるわよ、その言葉」
「のび太くんは相変わらず色んなことを考えないで突っ走るんだから……でも、それこそが」

 そんな彼を見て呆れながらも、ドラえもんはしみじみと言う。

「誰にも負けない、きみの最高の強みなんだよね」

「じゃあ、また明日」

 話し合いが終わり、彼らはほむらの部屋を出た。
 三人はドアのところで、別れを交わす。

「ほむらさん、今日はゆっくりと休んでね?」
「そうね、ありがとう。久々によく眠れそうよ」

 彼女は最初に会った頃からは想像もつかないような、穏やかで優しい表情で言った。
 それを見つめるドラえもんとのび太の顔も、きっと綻んでいる。

「ばいばい!」
「じゃあね」
「ええ、おやすみなさい」

 三人は、三者三様の言葉でもって、その場を離れた。
 彼らのうち誰もが、こう決意しているのは言うまでもないだろう。

 ――諦めるもんか、と。



「……敢えて言わなかったけど」

 ドアを閉めて、ほむらはしんみりと言った。
 きっと話してしまったら、あの二人でさえ希望を失ってしまうかもしれなかったから。
 三人でいる時だけは、自分も希望を持っていたかったから。

「それでよかったのかも、ね」

 自身の『ソウルジェム』をかざし、そう呟く。
 見つめる瞳は、どこか悲しげで――

「『魔法少女』と『魔女』。その因果関係、なんて――」

「……ふーん」

 キュゥべえが言ったおかしな二人組。
 その内容を聞き終えて、あたしはリンゴを咀嚼してみせる。

「じゃあ、なに? その二人がマミを助けて、同時にそのイレギュラーまで焚き付けちゃったってこと?」
「きっと、そうだろうね。ぼくは結界内で三人と接触できなかったから、具体的には分からないけど」

 へぇ、とあたしはまた一口かじる。
 何故だろう、少し気に入らないのは。
 マミが助かったから?
 イレギュラーが焚き付けられたから?
 『魔法少女』でもない二人組が、『魔女』を倒したから?
 ……そのどれものような気もするし、そうでないような気もする。

「――なぁキュゥべえ? その二人はどこにいるのかな?」
「実は、ぼくにもよく分からないんだ。彼らは不思議な、それこそ『魔法』でも使っているのかもね」

 冗談めかしたことを言うキュゥべえだが、あたしはさっぱり笑えない。
 ああ、もう。無性にムカムカする!

「……決めたよ」
「なにをだい?」

「――あたしが直々に、その二人と会ってみようっての!」



 この夜――何人かの者が決意をした。
 三人は、悲劇を終わらせることを。
 一人は、苛立ちの原因をはっきりさせることを。

 しかし――


「……どうすればいいの?」

 マンションの一室で、ベッド上で丸くなったまま、かぼそく泣く少女は
 未だに決意など固められそうになかった――。

ここまでになります。
最初はこの物語のきっかけになった、タイムマシンの事故関係をもう少し書く予定でしたが、
あまりにもややこしくなりすぎたために断念しました。
……正直、様々な点でこじつけもいいところだと思います。
読み手の皆さんには、脳内補完をお願いしたい所存です。

のび太は大長編になると性格が変わるようで、『銀河超特急』でジャイアンに指摘されています。
そんな彼の無鉄砲な勇気が、きっとまどマギの世界観にはいい意味で合うと感じました。

あと、今回は一人称使ってみました。
やっぱり一人称のが書きやすいようで、そのうちまたこのスタイルで書くかと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

遅ればせながら、投稿させていただきます。
今回は、本筋から少し外れた話となります。

――人生、いつ何が起こるか分からない。

 何度も色んな人が言ってきた言葉。
 それを聞くたびに、「うんうん」と首を縦に振っていた。
 ああ、たしかにそうだよね、と。
 でも、ホントは……どれくらい理解できていたんだろう?

「――まどか、どうしたんだい?」
「……えっ?」
「さっきから食事が進まないみたいだけど、美味しくなかったかな?」
「ち、違うよ! そんなこと全然ない!」

 と、いきなり降ってわいた考えを巡らしていたわたしは、パパの言葉で我に返った。
 見回してみれば、ママもどこか心配そうな表情をしているのが見て取れる。
 タツヤにしてみても、そんな雰囲気を感じたのかキョトンとした顔をしているみたい。

「だ、大丈夫大丈夫! うん、ちょっと考え事してただけだから、平気だよ!」

 わたしを取り巻く心配そうな視線や表情から目を反らし、声をあげ、朝食を片づけていく。
 うん、こんなに美味しいパパのご飯を食べられないわけがない。
 今だけは――こんなに幸せな空間にいる間だけは。
 さっきみたいな考えはするべきじゃない、よね。


 おそらくわたしだけじゃないんだろうけど、中学生っていうのはおかしな時期だと思う。
 わたし自身が平凡だからか、おそらく他の人に比べて、『非日常』みたいなものに憧れていた。
 「アイドルになりたい」「いつかは凄く偉い人になりたい」
 こういったあれこれについて、わたしは一時期考えに考えて、眠れない日すらあった。
 心のどこかで、自分は特別な人間になどなれず、『普通』に暮らしていくんだろうな
 って感じていたから……なんだろう。
 『特別』に憧れていたんだろうなって。

 いつかさやかちゃんが男の子とおしゃべりしてた時、
「あんたってホント『ちゅうにびょう』だよねー」なんて言って笑ってたっけ。
 『ちゅうにびょう』ってなんだろう、って思って辞書を引いてみたけど、そんな言葉はどこにもなかった。
 『ちゅうにびょう』……一体、何なんだろ?
 そんなある日、パソコンをいじっていたら、見つけてしまった。

 『中二病』

 すぐさま、わたしはその言葉をクリックし、意味をじっくりと読んでみた。
 ……読み終えた時、最初にホッとしたのを今でもよく覚えている。
 まとめると、中学生のような時期には、「自分が特別である」とか「周りより凄いんだ」とかそういうことを考えやすいんだとか。
 また、中二病とは、「特別であってほしい」「自分は凄い人間であってほしい」という願望があるからこそ発症するんだとか。

 ――わたしだけじゃないんだ。
 つい口元を押さえ、驚いてしまった。
 その時、わたしの大切な友達のさやかちゃんと仁美ちゃんが、頭に浮かんだ。

 さやかちゃんは、活発で色んな面で目立つ子だ。勉強はあんまり得意じゃないけど、体育は得意。
 それで、沢山の人とすぐに打ち解けちゃう。
 わたしは男の子と話す時に、つい一歩引いちゃうけど、さやかちゃんはそんなところが全然ない。
 女の子と話す時と男の子と話す時とで、話す内容は使い分けてるみたいだし、どっちにしてもとても楽しそうに話してる。
 すぐに困ったような笑いを浮かべてしまうわたしとは随分と違う。

 仁美ちゃんは、ある意味でさやかちゃんとは対照的だ。勉強も体育もそつなくこなしちゃう。
 さやかちゃんみたいに沢山の人と話してるところはあんまり見たことがないけど、とっても親身になって話をしてくれる。
 何通もラブレターをもらうような所からみても、可愛いし振る舞いは完璧だし、非の打ちどころがないんじゃないかな。
 それに習い事をいっぱいしていて、疲れているはずなのに、わたしたちの前でそういった態度や表情を見せたことがない。

 わたしは――鹿目まどかは……。
 いや、やめた。きっとわたしは、自分の欠点とか、引け目を感じているような所しか挙げられないだろうから。
 勉強にしても、体育にしても、中途半端で。
 得意になれたことなんて、正直な話、一度もない。

 だから、あの時わたしは――

「……ごちそうさま。行ってきます」

 時間をかけてゆっくりと朝ごはんを食べ終えた。味は殆ど感じなかった。
 心配そうな家族の目に、「ごめんなさい」と無言の謝罪を送るのが辛かった。
 
 ――もう私、一人ぼっちじゃなくていいのね。
 ――魔法少女コンビ、結成だね!

 今までわたしが見てきた『あの人』の本当の姿。
 綺麗で、完璧で、気配り上手で――『あの人』への色んな考えがあの瞬間、粉々に砕け散った。
 わたしは、何にも分かっちゃいなかった。
 あの時わたしが、『あの人』に手を差し出したのは、役に立ちたいという思いがあったからだ。そこは否定しない。
 けれど――奥底にあった気持ちは。

「マミさん、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」

 玄関で靴を履いていると、ポロポロと涙がこぼれてきた。
 そうだ、わたしのせいなんだ。一時のわたしの思い上がりがマミさんをあんな目に――

 『特別』な人になりたいだなんて、思わなきゃよかったんだ。

「――ねえ、ドラえもん。これからぼくたちはどうしていけばいいんだろう?」

 美滝原市内を歩きながら、のび太は隣にいる相方に尋ねた。
 昼過ぎということもあってか、カフェテラスなどにも人の姿がよく見受けられる。
 ドラえもんは、そんなのび太の質問に対し、

「そうだね。とりあえずは昨日の取り決め通りにしていこうかなって思うんだ」
「というと……」
「町中で異状を発見したり、気になったことがあったら、ほむらさんに知らせる、ってことだよ」

 言いながらドラえもんはポケットを探り、『道具』を取り出してみせる。
 それはコップの形をしており、傍目から見たところで詳しい性質は分からないだろう。

「えーと、『糸なし糸電話』だったっけ?」
「うん。このうち一つをほむらさんに渡しておいたんだよ。
 あっそうだ。のび太くんにも渡しておかなくちゃね」

 そう言ってドラえもんはポケットに手を入れ、同じものをもう一つ取り出し、のび太に手渡した。

『糸なし糸電話』は、離れた所にいる相手と通話できる秘密道具だ。今でいう、携帯電話と同じような効果を持つ。
 とはいえ、ドラえもんやのび太は当然ながら携帯電話を持っていないので、この道具の使用が決まった。
 ほむらはこれを受け取った時に、しげしげと興味深そうに見つめ、「……なんていうか、その、未来ってすごいのね」と漏らしたことが印象深い。

「ありがとう。でもさ……」

 のび太はそれを受け取った後、少し表情を曇らせる。

「どうしたんだい?」
「うん、あのね……ぼくらが異状を発見しても、それは果たして『魔女』に関係あることかどうか、わからないんじゃないかな?」
「ううん、そういうことは大した問題じゃないんだと思うよ」
「どうして?」

 のび太は自らの疑問に、相方が即答したことが気になったらしい。

「だって、『魔女』に関係するようなことがあったら、すぐに分かるような根拠が多いからだよ。
『グリーフシード』にしろ、『魔女の口づけ』にしろ、分かりやすいでしょ?」
「……たしかにそうなんだけど、さ」


 それでも不安そうなのび太の肩を、ドラえもんは優しく叩いてみせる。

「不安になる気持ちは分かるよ、のび太くん。色んなこと考えるせいで、ちょっとしたことでも混乱しちゃうんだと思う。
 現に、ぼくだって昨日のほむらさんの話を聞いた後、寝付けなかったもの」
「ドラえもんも?」
「うん。おそらく、今度の『ワルプルギスの夜』っていう相手は……とんでもない大物だ。
 きっと、『鉄人兵団』のときくらいか、それ以上の苦戦を強いられると思う」
「『鉄人兵団』……」

 のび太はその響きを、万感の思いを込めて呟いた。
 忘れもしない、あの戦い。彼やその友人たちは、あの戦いの勝利と引き換えに、一人の戦友を失った。
 あとで仲間の一人から聞いた、彼女の遺した言葉を彼は忘れることが出来ない。

「……ねえ、ドラえもん。仮にだよ、『魔法少女』と『魔女』が分かり合えたとして、この戦いは終わるのかな?」

 降ってわいてきたそんな疑問を、彼は相方に投げかけた。
 ドラえもんはその言葉に、少し驚きをみせる。

「――ああ、もしかして彼女の言葉を思い出したのかい? うーん、ぼくには何とも言えないな……」
「やっぱり?」
「うん。分かり合う、か……のび太くん。理性を完全に失ったように見える『魔女』と、それを退治する『魔法少女』が
 仮に分かり合えたとしても、またすぐに戦いを始めてしまう――そんな風にぼくは思うんだ」

 そうなのだ。
 ドラえもんが言う通り、今回はあの戦いとは状況が異なる。
 敵には敵なりの信念があって、ドラえもん一行と戦火を交えた。
 ただ、今回はあの時とは違い、敵にはどう考えても、信念など無いようにしか思えない。
 のび太も、ドラえもんの言葉から何となく意味を感じ取ったようだ。
 それでも、彼の元来優しい性格は、どうしても疑問を持つのを許してくれなかった。

「――でも、そんなことがないと、いつまでたってもこういう戦いは終わらないんじゃないの?」

 のび太がそう言ったところで、ドラえもんはピタッとその足を止めた。
 そして、目を見開いたまま、じっと相方の顔を見つめる。

「……のび太くんも、そう感じたのか」
「えっ、なになに? ぼく、そんな変なこと言ったかな?」
「のび太くん。ぼくはね、どーしても引っ掛かってることがいくつかあって、それはそのうちの一つなんだよ」
「……それは?」
「それは――ううん、今は話さないでおこう」

 ドラえもんはまた前を向き、歩き出した。
 のび太はガクッと姿勢を崩し、ドラえもんに抗議の声を上げる。

「もぉー、分かってるんだったらなんで言ってくれないのさー」
「それはね……まだぼくにも確信が持ててないからだよ。根拠にも乏しいし、何よりそんな状況で意見を言っても、君は混乱するだけだと思う」

 長い間連れ立っているからか、ドラえもんのその発言にはどこか深みがあった。
 のび太もそれを感じたからだろう、何も言えなくなる。

「そっか、分かった。じゃあ、引き続き異状を探し次第、ほむらさんに報告! って感じでいいんだね?」
「うん、そういうことになるね――あれ?」

 ドラえもんは、ピタリと止まった。
 どうしたの? というのび太の視線に、彼は歩き出すことで答えを示した。



「――そういうことか」

 ドラえもんについて行ったのび太は、目的地まで来たところで合点がいった。
 公園の傍にある、大木の傍ら。
 そこには、小さな男の子がいた。年の頃は3歳くらいで、いまだに涙を流し続けている。
 周囲に人の姿はない。昼過ぎということもあって、この辺りで休憩をしていた社会人も、散歩に出ていた主婦も、皆それぞれの場所へ戻ったのだろう。

「パパぁ……パパぁ……!!」

 どうやら男の子は、父親からはぐれてしまったようだ。
 痛々しく泣く少年に、のび太が優しく語りかける。

「よしよし、どうしたの? もしかして、はぐれちゃった?」
「……にいちゃ、だれ?」

 男の子はそう呼びかけられると、泣き腫らした目のままキョトンとした。
 そして、少し落ち着いた彼の顔を見た二人も、キョトンとしてしまう。

(……誰かに似てる、ような)

「パパがどこいったか……わかるの?」
「あっ、ごめんね……ドラえもん?」
「うん、分かってる……はいっ!」

 ドラえもんはポケットから一丁のステッキを取り出し、立てた後で、軽くついて倒した。
 多くの人にはお馴染みの、『たずね人ステッキ』だ。
 ちなみに、この道具の成功確率は77%である。
 とはいえ、ドラえもんがのび太たちと生活を共にしてからというもの、外れたことは基本的に無いとみていい。

「おっ、こっちみたいだね……のび太くん、行こう!」
「うん、わかった! じゃ、一緒に行こう?」

 相方に応えると、のび太は男の子にスッと手を差し伸べた。
 男の子は、ほんの少し逡巡したものの、結局は笑顔でその手を掴んだ。

 のび太たちが暮らす時代に比べると、まどかたちが生活するこの時代では、子どもが年上の者と触れ合う機会は確実に少なくなっている。
 そんなわけで、多くの子どもは他の人との関わり合いを不得手とする傾向にあるようだ。
 けれども男の子は、さほど悩むことなく、のび太の手をグッと掴んだ。
 何故だろうか? 
 色々と理由は考えられるだろうが、それはきっと――

「もう大丈夫だよ! 君のパパに早く会おうね!」

 のび太という少年の優しさは、偽りではなく本物である、と直感したからではないか。


「いや、助かったよ。ありがとうね、君たち」

 公園のベンチで、男性が優しそうな声音で語りかけた。
 現実的に考えると30歳とちょっとくらい、だろうか。
 けれども、その容姿と声からは、まるで20代のような若々しさが感じられた。

「いやいや、それほどでも……でも、いいんですか、おごってもらっちゃって」
「ううん、ぼくも本当に心配してたからね。見つけてくれた君たちには、本当にこれじゃ足りないくらいだとさえ思うよ」

 ニコっと破顔してみせる彼の膝の上には、件の男の子の姿があった。
 先ほどまでの泣き顔が嘘であるかのような上機嫌ぶりである。

「きみたちは、この辺りに住んでるのかい?」
「あ、まあ……そうです」
「『まあ』はおかしいでしょ、のび太くん」

 二人は男性がおごってくれたアイスクリームを舐めながら、その質問に応える。
 季節はもうそろそろ初夏に入ろうとしていた。

「そっか」

 そう言って彼は、空を見上げた。

「……君たちを見てると思い出すな。ぼくも昔は、君たちのような子どもだった気がする」

 どこか、ノスタルジックな表情でもって、独りごちる。

「けど、やっぱり違うんだろうね。君たちはどこか、普通の子どもとは違うような芯の強さを感じる」
「そう、ですか?」

 のび太は面食らったような表情のまま、つい思ったことが口から漏れた。
 
「うん。何かが、ね。これはぼくの勘でしかないんだけど」
「……」
「そうだ。この前会った子も、やっぱりどこか違ってたな」

 ふと、思い出したように、彼は言った。

「口は悪いんだけどね。とても優しくて、芯の強そうな子だった。君たちみたいに、『特別』だと思ったんだよ。
 ……懐かしいな。ぼくも昔、そういうのに憧れてたっけ」

 彼の目はまるで、空に吸い込まられているようだった。
 夕暮れ時にはまだ早いものの、青みがかった空は少しばかり薄くなっている。

「子どもの頃は、自分は『特別』な人間になるんだって、根拠もない自信があったなあ。
 けどね。色んなときに、『特別』じゃない自分を認めないといけなかった。あれは辛かったよ」

 彼の口調は独りごちているようだったものの、のび太たちはまるで自分に語りかけられているように思えた。

「そうして色々と悩むことはあったけど、この子のお母さんと結婚して、子どもを持って、育てて……やっと分かったんだ。
 『ああ、自分って特別なんだ』って」
「どうしてですか?」

 のび太には純粋な疑問だった。今まで『特別』じゃなかったと思ってたのに、どうして『特別』だと気付いたのか。

「こうして普通の生活を送ること。それ自体がどれだけ価値あることか、誇れることか……子どもを持って、ようやく気づけた。
 今、きみが分からないのも当然だと思う。けれどね、いつかきっと――『普通』であることがどれだけ『特別』なことなのか、分かる日が来るはずだ」

「ありがとね、話に付き合ってくれて」

 夕暮れ時になり、「家で夕食の準備しないと」ということで、男性とのび太たちの会話は終わりを迎えた。
 彼は、眠たそうに眼をこすっている(おそらく、のび太たちが話している間、退屈していたのだろう)男の子の手を繋ぎながら、のび太たちに声をかけた。

「いえ、ありがとうございました」

 そう言って少し申し訳なさそうな男性に、のび太はぺこりと頭を下げた。
 ドラえもんも、それに続く。

「……君たちは素直でいい子だ。そのまま大人になれるといいね」

 そんなのび太たちを、男性はどこか眩しそうな目で見つめた。

「それじゃあね。また、どこかで会えるといいな」

 それじゃあね、と言って、彼はのび太たちに手を振り、家路へと就いた。



「……ドラえもん。ぼく、思ったよ」

 そんな男性の後ろ姿を見詰めながら、のび太は凛とした声で相方を呼ぶ。

「何をだい?」
「絶対に、『ワルプルギスの夜』を倒そうってことを、だよ」

 のび太の拳は固く結ばれていた。
 言うまでもなく、初めからそう決意していたが、先ほどの会話で彼の決意は強く、強く固まった。

「同感だね。この世界が『ワルプルギスの夜』のせいで終わってしまうから、未来に繋げるために戦わなきゃ、ってぼくは思ってた。
 ……それだけじゃないのにね。今日話を聴かなきゃ、分からなかった」

 この世界の人々が過ごす、『普通』の生活。
 その生活こそが、先ほどの男性のような人々の生き甲斐をつくっている。
 それを、『ワルプルギスの夜』が完膚なきまでに壊そうとしているのなら――


「行こう、ドラえもん!」
「うん!」

 絶対に、ぼくたちが変えてやる――!

「……ねえタツヤ、さっきのお兄ちゃんたちはすごいよ」
「ふぇ?」

 道を歩きながら、ぼくは隣を歩く息子に声をかける。
 そう言っても、タツヤは分からないみたいだけど。当然か。
 
「タツヤもいつか、ぼくがそうだったように、悩むのかな?」
「なやみ? なぁにそれ?」
「ははっ、ごめんごめん。さっ、今日はタツヤが大好きなカレーだぞー!」
「ほんと!? わーい!」

 そういって破顔する息子を、ぼくは心から愛しく思う。
 そして、ぼくたちのために頑張って働いてくれてる、この子のお母さんも、そして――

(……まどかはもう、元気になったかな?)

 娘は今朝、どこか調子がおかしかった。
 こんな夕暮れだし、そろそろ帰って来てるだろうか?
 そろそろ元気になっててくれるといいな。

「さぁ、急いで帰って、ご飯にしよう!」
「わぁい、カレーだカレーだ!」

 いつもに比べてどこか晴れやかな気持ちで、ぼくは家に向かって少年のように走る。
 もちろん、タツヤにペースを合わせて、ゆっくりとじっくりと。
 彼らを見ていたら、思い出した。きっと昔、ぼくはこうやって、何かを追って走ってた。
 でも――ほしいものは、もうこんなに近くにあったんだ。

 まどかがもしもまだ何かに悩んでいるのなら、少しでも話し相手になりたい。
 心から、そう思う。
 それこそがぼくの……『特別』なんだから。

ここまでになります。
今回の話は、脚色ばかりですね……。
自分の中で、まどかの親父さんはどこか存在感があったので、いつか書いてみたかったんです。

本編で、まどかは自分が特別な人間じゃないことを大層悩んでいました。
でもきっと、それは多くの人がそうなんじゃないか、ってことをずっと考えていました。
綺麗事かもしれませんが、普通であることがきっと特別なんだって、信じたいです。

あと今回は、ほむほむその他の登場が全くありませんでしたね。
病室でのあやとりに凝ってたら上手くなってた、っていうのはあの子ならやりかねないから困るww
次回からは、本編4話の中盤から後編になりますので……『魔法少女』の面々も出てくるかと思います。

……しかし、ラストどうしましょうか。
いや、作者がこんなこと言っても仕方ないのですが。
元々、「ドラえもんとまどかを混ぜてみたい!」っていう思いから書き始めたので、ラストまでのしっかりとした構想は練られてません。
もちろん、いずれは書くことになるのでしょうが……今から少し不安です。
それでも、出来る限り書くことに努めますので、今後ともお願いします。

本当に、申し訳ありませんでした。
全く思うように書けず、苦労していました。

それでは投下します。

 その日、美滝原中学校のとあるクラスに微かな変化が生じていた。

「暁美さん、さっきの体育すごかったね! バレー、得意なの?」
「ええ、ありがとう。今日は調子が良かったの。特に得意ってわけじゃないんだけどね」
「えっ……そうなんだ。暁美さんが同じチームで助かったよ」
「どういたしまして。あなたも上手かったじゃない」
「そ、そんなことは……」

 多くの生徒がその会話を聞いて、少し驚いていた様子を見せる。
 それもそのはずだ。普段は口数に乏しい暁美ほむらが会話らしい会話をしているのだから。
 ほむらに話しかけた女子生徒も内心驚いていた。
 様々な点で目立ち、どこか放っておけない雰囲気があるほむらと仲よくしたいという女子は多い。
 そんなわけで話しかけてみたものの、ここまで話が出来たことなんて全くなかった。

「じゃあね! あっ、そうだ。次の数学、分かんないとこあったら教えてくれる?」
「ええ、かまわないわ。でも、寝ちゃダメよ?」
「……!? う、うん、なるべく頑張る!」

 女子生徒とほむらの会話が終わり、またクラスの生徒が目を見開いた。
 『あの』暁美ほむらが人をからかっている……?
 今日これから、雨でも降るんじゃないだろうか?


(……あら、何で今日こんなに話していたのかしら?)

 女子生徒が自分の席に戻り、私は自分の行動に自分で驚いていた。
 普段の私なら、会話なんて相手に悪印象を持たれない程度にとどめ、すぐに切り上げていたはず。
 どういうことだろう。
 心当たりがないわけではない。
 それくらいに……

 ――ほむらさん! 絶対に終わらせようね!

 昨日の夜の出来事が、嬉しかったのか。

(……ようやく、終わらせられるのかしら)

 チラとほむらは近くの席を窺う。
 クラスの皆と同じように驚いた表情を彼女に向けていた少女は、ビクッとすると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
 鹿目まどかだ。
 昨日の魔女空間での一件のためか、朝から美樹さやかと共にとても不安そうな表情を浮かべていた彼女が、感情らしい感情を示したことにほむらは安堵する。
 何故か、彼女のそんな反応がこそばゆかった。

(まどか……今度こそ)

 今度こそ助けてみせる――!
 そんな想いを込め前を向いてみると、昨日の言葉が頭で反響し、笑みが零れてしまった。
 少し頬が赤くなったように感じる。

同時刻――

(……くそっ、何だってのさ)

 ほむらが学校で密かな安息を味わっている時、一人の少女は町中を歩いていた。
 佐倉杏子である。
 長く赤い髪が良く似合い、顔立ちは整っているが、怒っているような悲しがっているような、そんな微妙な表情を浮かべている。
 ただその表情には、少しばかりの喜色も見え隠れしていた。 

(あいつ、あたしを理解しているつもりになりやがって……でも)

 心の中に様々な思いを浮かべながら、彼女は先ほどの出来事を思い返す。



「うわーん、うわーん!」

 河原で、(店から盗んできた)林檎を咀嚼していると、どこからか耳をつんざくような声が聞こえた。
 やかましいな、と思いながら、不機嫌そうに声のした方向を見ていると――

「んだよ、ガキか」

 まだ年端もいかない少年の姿があった。
 杏子のいる場所からは少し離れた場所に、彼は腰を下ろし泣いていた。
 ちょっと泣き止ませるか、というわけで彼女はゆっくりと少年に近づく。

「おらガキ! うるせえ、静かにしな!」
「ふぇぇ……ねえちゃ、だぁれ?」
「あ、あたしは……まあいい」

「とにかく! これでも食え! それで泣くのやめな!」

 杏子は持っていた’盗んだ)お菓子を、少年に突き出して言った。
 顔はどこか赤らみ、言葉とは裏腹に、照れくさそうである。
 林檎を出さなかったのは、少年の力じゃ噛みきれないと判断したためだ。
 彼女はそんな心遣いを無意識のうちにしていたが、おそらく誰かがそれを指摘しようものなら、真っ赤になり怒り出すだろう。

「んくんく……おいち」
「ん、そっか」

 気づけば、杏子は最初の照れ隠しのような表情を止め、どこか優しげな表情を見せていた。

「ねえちゃ、がっこは?」
「ん?」
「がっこ。まろかはがっこ、行ったの」
「まろか? あーいや、学校ね……行ってねえなあ」
「なんれ?」

 痛い所を突かれたような気がして、杏子は思わず頬をかいてしまう。
 学校……か。思えば、ほとんど縁がない場所だったな。

「あーいや、そのな?」
「おーいタツヤ―」
「あっ、ぱぱ!」
「……なに!?」

 声のした方へ、タツヤはとても嬉しそうに、杏子はとても居心地の悪そうに、顔を向けた。
 やってきたのは、眼鏡をかけて、優しい顔つきの男性だった。
 想定される年齢よりも、随分と若く見える。

「良かった、ようやく見つかった」
「ぱぱぁ……」
「うん、よしよし。そこのお姉ちゃんと一緒にいたんだね?」

 飛びついたタツヤ(彼の息子だろう)の頭を撫でながら、男性はその瞳を杏子に定める。
 見つめられた杏子は、「うー」と唸りながら、顔を明後日の方向へ向けてしまう。

「タツヤと一緒にいてくれたんだね? ありがとう、保護者としてお礼を言わせてもらうよ」
「い、いや、別に、んなことは……よせって」
「はは、照れることはないよ。そうだ、なんかお礼をして――」
「あーあー、いいっていいって! 別になんにもしてなんか」

 必死に隠そうとする彼女の努力も、彼の前では形無しだった。
 どこか、只者じゃない感じがしたのだ。

「きみは、良い子だね」
「はっ……はぁあああ?」

 杏子は目を見開いた。
 いきなり会った奴に、こんなことを言うかフツー?

「ああ、ごめん。実はね、ぼくにはこの子以外に、君と同じくらいの年頃の娘がいるんだ」
「……そうかよ」

 あれ、なんであたしはぶっきらぼうな口調になってんだ?
 まさか、目の前にいる奴の家族に妬いてるのか……アホくさ。

「――君のお父さんは……」
「――!」

 その言葉を聞くや否や、私はそいつを睨みつけた。
 さっきまで綻んでいるように見えていたであろうあたしの表情。
 その突然の変化に、男性はたじろぐ。

「いねえよ、んなもん」
「……! ご、ごめん、変なこと――」
「あんたが思ってるようなもんじゃねえ」

 男はどうやら、あたしが父の不在について哀しんでいるように捉えたらしい。
 だが、実際は――

「……もう、行くぞ。その子連れて、あんたもとっとと帰るんだな」

 あたしは腰かけていた堤防の縁から、立ち上がろうとした。

「――うん、そうするよ。あとさ、その」
「……」
「――この河原、ぼくたちはよく散歩に使ってるんだ」

 いきなり何を言い出すのか。あたしは男を訝しげに見つめてみせる。

「また、何かあったら――ここに来てみるつもりはない?」
「……はぁ? あんた、何言ってんのさ」
「――さっきの」
「?」
「さっきの話をしてた時の君の表情を見てたら……放っておけなくなった」

 それまでどこか話すのにまごついていた男の表情が、その時は何かを決意したかのような凛としたものになった。

「だから――」
「あーあ、アホくさ」

 男の懸命な話しぶりに、あたしは気怠げに応じてみせる。

「あんた……このご時世、いきなり会った女を呼び出すとか、正気か?」
「うん、正気だよ」

 即答。あたしは少し目を見開く。
 男の表情から、動揺は欠片も見受けられなかった。

「……さっき言ったよね。ぼくには君のような娘がいる、って」
「……」
「――だからかな、なおさら」
「あー、もういい」

 また座り直してしまったのがバカみたいだ。
 あたしはとっとと立ち上がる。今度は迷わない。

「あんたみたいなヘンシツシャがいたことだけは覚えておいてやるよ」
「……」

 言い捨てた言葉を受け、男はその瞳に一抹の悲しみを浮かべた、ように見えた。
 後ろは振り返らず、スタスタと聞こえよがしに音を立てながら、あたしは歩く。

「ただ――」

 あれ?

「――あんたがまたここに来て、その時、あたしが何となく立ち寄ったりした時は」

 何を言ってるんだ、あたしは?

「……その」
「うん、わかった」

 男の言葉が背中に当たり、あたしはゆっくりと振り向く。
 そこにあるのは、嬉しそうな表情の男と、意味もなく嬉しそうな子どもの姿。

「……あくまでも、『偶然』ってことで」
「そうだな」
「――さっ、たっくん。そろそろ行こうか」
「うん!」

 男は優しげな瞳のまま、傍らの息子に声をかけ、

「それじゃあね」
「ねえちゃ、バイバイ!」

 二人とも、あたしの方を見たまま、別れの挨拶を告げる。
 あたしは何も言わず、また後方を向き、

「――じゃあな」

 その言葉が照れくさそうなものになっていなかったか、しばらくの間、気になった。

(世の中には、おかしなヤツもいるもんだな)

 二人と別れ、町中をぶらぶらとうろついている時、そんなことを考えていた。
 そして――

(――ちょっと、疲れたな)

 腹の虫が騒ぎだしそうな気配がし、その場に立ち止まる。

(いつもみたいに、ちょっとくすねて――)

 と、ここまで考えた時、

 ――また、何かあったら……――

 うるさい。

 ――ここに来て――

 うるさいんだよ、お前は。

「――結局、今のあたしには何の意味もねえっての」

 投げやりに言い捨て、あたしはまた歩き出す。
 少し視界に入った世界がぼやけたような気もするけど、きっと気のせいだっただろう。




 こうして平穏な午後が過ぎていく。
 この世界に投げ出された二人組も、『魔法少女』たちもそうでない少女たちも、この日は無事に終えられる――

 ――はずだった。


「――のび太くん?」
「うん。分かってるよ、ドラえもん」

 夕暮れに差し掛かり、この街もその表情を一変させる。
 いつもの美滝原なら、その表情は美しいものだった。
 しかし、今は――

「……なんだか、おかしいよ」
「うん――まったくだね」

 二人は互いに互いを見つめ、確かめ合うように頷いた。

「――もう少し、かな?」
「そうだね、少しずつ前に進んでみよう」

 今、二人がいる場所は路地裏だ。
 街の建物と建物との間に通っている、道筋。
 
「……ぼくたちだけで平気かな?」
「――そうだな」

 のび太はドラえもんに、硬い声音で訊ねた。
 ドラえもんは、そんな彼に首肯してみせる。

「一応、『糸なし糸電話』で彼女を――!?」
「ど、ドラえもん……まさか!?」

 気づけば――周りの世界は、一変していた。
 本当に、一瞬だった。
 『刹那』とでも言うべきだろうか。さっきまで薄暗かった路地裏が禍々しい空間に変質していた。
 二人は同時に武器を構え、戦いに備えようとした――が。

「……え?」

 のび太が呆けたような声を出すのも無理はない。
 取り囲もうとしていた『結界』は、何故か霧散した。
 しかしいまだに、彼らの前にはぽっかりとした穴のようなものがある。
 路地裏の道全体を覆うものではなかったが。

「――こ、これは?」
「わ、わからないけど――とにかく」

 突然のことに、動揺を隠せない二人の元に――


「きゃあああっ!?」


 少女の悲鳴が、重なった。
 二人は、顔を見合わせる。
 この声は――まさか。

「ど、ドラえもん……どうしよう?」
「慌てないで、のび太くん」

 相方を諌め、自らも落ち着くために呼吸を整える。

「いい? 今からぼくたちがすべきことは――」

 チラ、と目の前の『結界』への道を見た。

「一人がここに残って」
「もう一人が、さっきの声の方に向かう、だね」

 それについては、のび太も同感だった。
 とにかく――今は迅速な行動を取るべきだ。

「――ぼくがここに残るよ」

 先に決めたのはドラえもんだ。
 彼は『空気砲』を携え、前に出る。

「のび太くんは、さっきの所へ――」
「……わかった!」

 のび太はそう言って、『結界』へ続く道を避け、走り出す。
 その際、隣のドラえもんと目があった。


 ――負けないでよ――

 ――そっちこそ――

 目と目でそう鼓舞し合い、二人はそれぞれの道を進みだした。

 この時の二人は、気づいていなかった。
 たしかに二人は落ち着いていただろう。
 だからこそ、すぐに行動に移せたのだ――だが。

 
 『糸なし糸電話』はポケットの中で眠ったままであった。

(……何かがおかしい?)

 『結界』に入り、最初に覚えたのは違和感だった。
 ぼくは、奥の方を見つめる。
 その『結界』はどこか子供じみていた。
 幼児が使うようなおもちゃ箱やクレヨンが、雑然と置かれている。
 それはまだしも――

(大きな気配を感じないぞ?)

 それでも油断はしまい、とぼくは手にはめた『空気砲』を前に向け、一歩一歩踏み出してゆく。
 そして――

(あれは……『使い魔』か?)

 ぼくのいる場所から少し進んだ場所で、こちらをバカにしたような笑みを浮かべた『モノ』がいる。
 なるほど、これが――
 ぼくの脳内で、『使い魔』どもを華麗にいなす、あの『魔法少女』の姿が躍りはじめる。
 彼女は、立ち直れるだろうか……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

(よしっ、このまま――)

 『空気砲』片手に、ぼくはじりじりと距離を詰めはじめる。
 相手からは気づかれないような場所。しかし、ぼくの射程範囲内にある場所。
 そこまで来るとぼくは――

(ドカン――!)

 そのトリガーとなる言葉を口に出そうとして――


 『結界』が消えた。

「……え?」

 さっきののび太くんのような呆けた声がぼくの口から洩れる。
 なんだ、これは――?
 しかし、完全に消滅したわけでもなさそうだ。
 しっかりと前を観察してみれば、そこには――

(……逃走?)

 逃げてゆく『使い魔』のようなモノの姿が浮かぶ。
 どうやら、『結界』ごとぼくは取り逃がしたらしい。
 しかし――

「どうして……?」


「どうしてもこうしてもないっての」


 ぼくの呟きを嘲笑うかのような声。
 その声のトーンは、妙に聞き覚えがある。
 ぼくはゆっくりと、声の方へ振り向く。

「ったく、あれはただの『使い魔』だよ? どーみても、『結界』が不安定だったじゃん?
 ああいうのは、『魔女』になるまで待って、一気に倒すのが定石だよ?」

 まくし立てるように言い切った後で、少女はぼくとしっかりと視線を交わす。

「……きみは」
「ああ、そーいえば名前言ってなかったっけ? あたしは佐倉杏子。それでアンタは――」
「ドラえもん」
「……変な名前だねえ」

 クスクスと笑う少女に、ぼくも表情を崩しそうになる――が。

「そうだよね。今まで何度か会ったのに、おかしな話だね」
「ああ、そうだねぇ……しっかしまあ、まさか『魔女』とやり合ってたとは知らなかったよ」
「――そっか。まあ積もる話は後にして、ぼくは行かないと」

 少女との話を切り、ぼくはのび太くんが走っていった方へ振り向く。

「何をしに?」

 声のトーンが変わった、ような気がした。
 さっきまでケラケラと笑いが混じった声音が、少しばかり低くなる。

「決まってるだろ? あいつを倒すんだ」
「――あんたねぇ」

 はぁ、と困ったような溜息をつく。

「あんたには『ソウルジェム』とかも関係なさそうだからともかく――」
「『グリーフシード』の欠片を『使い魔』は持っていないから倒さないで
 育つのを待つ、かな?」
「……なるほど、なかなか察しはよさそうだねえ」
「――もう行くよ」

 ぼくはのび太くんが進んだ道を見据えたまま、はっきりと言った。
 すると――

「まあまあ、もうしばらく話そうよ?」

 一瞬にして、前方に少女が立ちはだかる。
 ぼくを跳び越えてきたんだろう。

「――ぼくは、万引きするような女の子とは長い話はしたくないな」
「へぇ? 言ってくれるね?」
「あと、自分には対抗手段がありながら、『使い魔』に何の力も持たない一般人を襲わせるように仕向けることも」
「……」
「それをケラケラ笑いながら見送るその態度も――気に食わない」
「……へぇぇ?」

 ぼくの口調から何かを感じ取ったのか、少女――杏子ちゃんは口角を吊り上げる。

「――それじゃなに? あたしを無視して先に進むって?」
「……」
「できるもんなら――」
「やってみるよ」

 杏子ちゃんの言葉に、ぼくはそう続ける。
 挑発的な口調は一切崩さない。

「……会ったときから注意し続けてきたけど、今回は注意で済まさないからね」
「へぇ? あんたにそんな偉そうな口がきけたとはね」
「――君の家族は」
「は?」

「君の家族はどんな気分だろうね?」

 ぼくが発したその言葉に、少女はその表情を一変させた。
 先ほどまでの飄々としたかのように見える表情が、一瞬にして――

「上等だよ……!」

 獰猛な獣のように――

「八つ裂きにしてやる……!」
「ああ、やっぱり――」

 実際のところ、ぼくはこうなることを見越していた。
 今のぼくらは、互いに理解し合うつもりは毛頭ない。
 家族というデリケートな所に切り込んでしまったけど、一切後悔していないのがその証拠だ。

「――もういいや。君みたいな女の子とやり合うつもりはなかったけど」
「うるせえよ……とっとと終わらせてやる!」
 
 言うや否や、杏子ちゃんは武器を構える。
 槍の切っ先を、こっちに向けて、吠える。

「――行くよ!」
「……じゃあ、やろうか」

 杏子ちゃんと対照的に、どこかぼくの口調は冷めていただろう。
 とにもかくにも――

 杏子ちゃんが、地面を蹴る。

 ぼくはゆっくりと、『空気砲』を構える。

 こうして、意図せぬ戦いは幕を開けた――



「ハァハァ……こ、ここは?」

 路地裏を全速力で走り抜けたぼくの前に、アウトモールのような場所があった。
 とにかく、早急にこの気配の正体を探る必要がある。
 キョロキョロと辺りを見回してみると――

「あれは――!?」

 ゾロゾロと歩いていく人の群れ。
 どう見ても生気を失ったようにしか見えない、そんな人々。
 その中に――

「ま、まどかさん!?」

 素っ頓狂な声を上げてしまう。
 その群れに引きずられるようにして、ぼくの知り合いの女の子がいた。
 何とか逃げようとはしているらしいけど、非力な彼女はとても辛そうだ。

「は、早く行かなきゃ!」

 疲れ果てたであろう身体を無理やり動かし、ぼくはその一団の元へ――


 彼らが進んだ場所は、もう使われていないどこかの工場みたいだった。
 最後の人が閉めた扉をぼくはこじ開け、中に飛び込む。
 そこには――

「もう……終わりだ……」

 ブツブツ言いながら、何かを混ぜようとする男の人。
 それを取り囲むように、思い思いに嘆く人々の姿。
 そして――

「まどかさん!」
「え、あれ……の、のび太くん!?」

 彼女はどうやら誰にも捕まってはいないらしい。
 近くには、まどかさんと同じ美滝原の制服を来た人もいた。
 ぼくは、まどかさんの方へ走る。
 幸い、誰にも見咎められることもない。


「はぁはぁ……こ、これは?」
「と、とにかく話は後にして――は、早くあれを!」
「あら、ダメですわ?」

 まどかさんが薬品を混ぜる人の所へ駆けだそうとするのを、傍らの生徒が止めた。

「わたくしたちはこれから、理想の地へ行くのですから――」

 ぼくはその人を見てゾッとした。
 言葉のイメージとは裏腹に、瞳から光が完全に消え失せているからだ。

「ひ、仁美ちゃんやめて……くぅっ」

 まどかさんはその人に捕まって動けそうにない――ってことは。

「のび太、くん――!」
「うん!」

 立ち止まってるわけにはいかない。前へ、前へ――!
 まどかさんと生徒の脇をかいくぐり、走り抜ける。
 地面に置いたバケツで薬を混ぜている人も、ぼくを見てはいない。それは、他の人々も同様に。
 だから、ぼくは――

「それ、もらいます!」

 誰に言うでもなく、そのバケツを奪い取り――

「それっ!」

 窓から捨てる。
 間に合った――ぼくは安堵した。後ろから、まどかさんのホッとした声も聞こえたような気がする。

 しかし――

「なんてことを……」
「ああ、あれは悪魔だ……悪魔の化身だ……」

 わけのわからないことを言いながら、こっちに近寄ってくる虚ろな人々。
 これは、まずい――いや、ぼくはともかくそれよりも!

「まどかさん――!」
「のび太くん――!」

 ぼくを捕まえようとする人々の群れをくぐり抜け、ぼくは彼女の手を引っ掴む。
 いまだに彼女は生徒に捕まったままだが、お互い火事場の馬鹿力? というやつが働いたのか、抜け出すことができた。

「はぁはぁ……!」

 まどかさんの手を掴んだまま、ぼくは扉の向こうへ――って!

「の、のび太くん……で、出口が!」

 まどかさんが声を震わせる。そう、出口には人が集まっており、ぼくらを止めようとしていた。
 捕まったら、どうなるか分からない――!

「ど、どうしよう……あっ!」

 ぼくは辺りを見回し、見つけた。
 すぐさま、集まっていない方のドアへ駆け、ガチャリと開けて、中へ滑り込む。

「――な、なんとか助かった、の?」
「はぁはぁ……う、うんなんとか――」

 まどかさんもぼくも、お互い疲れ果てていた。
 深呼吸して、身体を落ち着ける。

「……あ、ありがとね、のび太くん」
「う、うん……ビックリした」
「わたし、街中をブラブラしてたら、あの人たちを見つけて――」
「……まどかさん、ストップ」

 ぼくがそう言うと、まどかさんはキョトンとしたらしい。
 しかし、すぐに理由を察したみたいだ。

「――『結界』」
「……準備はいい? まどかさん」
「う、うん――のび太くんがいるし」

 怖いだろうに、まどかさんはニコッと笑おうとしてくれた。

「そっか……」

 そう言われると何とも嬉しい。
 今までも、こうしてぼくたちを頼ってくれる人がいてくれたから、今ぼくはここにいられる。
 っと、ジーンとしてる場合じゃない。

「――まどかさん、ぼくの手を離さないでね」
「うん、わかった……お願いします」
「――来るっ!」

 そして――





「……まどかさん、大丈夫?」
「う、うん、ケガとかはしてないよ……」
「よかった」

 ぼくたちは互いに無事を確認し合い、周りの状況を観察する。
 どうやら予想通り、『結界』に取り込まれたらしい。
 前の方には――

「や、やだ……!」
「落ち着いて、まどかさん……絶対、ぼくのそばから離れないでね?」

 努めて冷静に、ぼくはまどかさんを諭す。
 まどかさんがコクコクと可愛らしく頷くのを確認し、ぼくは前方を見つめた。
 『ショックガン』を構えなおし、ぼくはジリジリと近寄る。

「――それっ!」

 『使い魔』が攻撃を仕掛ける前に、撃った。
 先手必勝。『使い魔』は砕け散った。

「や、やったっ!」

 まどかさんはとても嬉しそうだ――けれど。

「いや、まどかさん――喜ぶのはまだ早いみたいだよ?」

 そう言うと彼女はキョトンとした後――

「あっ……!」
「――どうやら」

 『使い魔』大量発生、だ。
 ぼくは『ショックガン』をクルリと手で回す。気分はガンマンだ。

「――全員、やっつけてやる!」

 自らを、そして傍らのまどかさんを力づけるように言って、ぼくは再びジリジリと――



 こうして、それぞれの戦いが火蓋を切って落とされた――

とりあえず、今回はここまでになります。
……最近は本当にこのSSの構想が浮かばずに、書こうとしては投げ出してました。
でも、こうして何とかここまで書くことができて、ただ嬉しいです。

そして変わらず、のび太はフラグを立て続けるのだった――

次回投稿する際は、このそれぞれの戦いの結末まで書ききりたいものですが……。
それでは、また。

本当に遅筆で、申し訳ありません。
なかなかアイデアというのものが浮かんでこずに、こうして延びてしまってます。
スランプ気味なのかもしれませんね。

待ってくださってる方、今しばらくお待ちください。
自分でも試行錯誤してみますので。

あ、そうそう。
黒白魔法少女は……未定ですね。
もしかしたら、出ないかもしれません。遅筆に加えて、あまりにも話を広げすぎちゃって本当に収拾つかなくなっちゃうかもしれないですし。
……いや、もしかしたらもう、今の段階で(ry

とりあえず、草案のようなものはまとまりました。
また後で、投下しようかな、と思います。
応援して下さる方には、本当に感謝してます。

 ――おかしい。
 はっきりとそう自覚したのは、この意図せぬ戦いが始まってからそんなに経ってない頃だ。
 目の前の青だぬきの構えが不自然なのだ。

 なぜだ。あたしが攻勢に転じても、こいつはその手に嵌めている銃(らしきもの)を構えている。
 いや、構えていること自体は問題じゃないんだ。
 ただ――

「……てめえ、あたしを舐めてんのか?」
「さぁね」

 語気を強め、あたしが問い詰めようと、こいつはどこ吹く風ときた。
 そう。このたぬきは、戦いが始まってから、ただ一度として攻撃を仕掛けてこない。
 あたしがこの自慢の槍で何度追い詰めようと、癪に障ることにこのヤロウ、そのすべてを飄々と避けやがる。
 ずんぐりとした体形で、よくもまあ――と、感心しちまう程度にはその体さばきは見事だった。

「いいのかよ? 偉い人も言ってるぜ。『攻撃は最大の防御なり』ってな」
「……訳によっては、『先んずれば人を制す』だったっけ?」

 あたしが挑発的な口調で問いかけると、たぬきはトントンと足を踏み鳴らし、言葉を返してきた。
 その口調も、まだまだ冷めている感じときた。

「きみは何度も攻撃を仕掛けてるね――それでいつ、ぼくを『制す』ことができるのかな?」

 ……ああ、気に食わねえ。
 元々目の前のたぬきの声は、どこか愛嬌あるダミ声なんだ。
 あたしと何度か街で遭遇したときも、こいつはそのダミ声でもって、あたしを追ってきた。
 ――そのときのトーンは今のものとは、かけ離れていた。

「……上等、だよ」

 つまらないことを思い出しちまった。
 今目の前にいるあいつと、街で出会ったあいつ。
 本当のあいつがどっちかなんて、余計なことを考えている場合じゃないってのに。

「――まだ、その攻撃を続けるのかい?」

 あたしが苛立たしげなことを見透かしてか、ダミ声のトーンはさらに皮肉な感じを帯びている。

「……そうだねえ。実は、もっと早く終わらせられる、って思ってたんだ」
「そうかい」
「――ただ、それじゃあんたもつまらねえよな」

 あたしは槍を構え直し、あいつの顔を見つめて、言ってやる。

「――そろそろ、本気といこうか!」

 その言葉を皮切りに――

「……!」

 瞬間、爆ぜる。目の前のたぬきの近くの地面が、だ。
 しかし、この攻撃でも、あいつは少し驚いた様子を見せただけで、避けやがる。
 どこまでも気に食わねえヤツだ。

「――へぇ、その槍」

 どこか感心したような口調で、そいつは言う。

「形状変化、するのか」
「そうさ。少しは、驚いてくれたみたいだな、おい?」

 ニヤニヤと笑ってることを自覚しながら、あたしは問う。
 槍の切っ先がうねり、ヤツの前の地面を抉り取ったのだ。
 今、あたしの槍は鞭のようにしなっている。

 誰かと戦ったヤツなら分かると思うが、こっちの攻撃を平然と受け流されるのはなかなかに堪える。
 それに冷めたような顔つきが加わればなおのこと、だ。
 そんな相手の顔つきを変えることができただけでも、上等。

「うん、驚いたよ」
「へぇ、意外と素直なんだねぇ?」
「……ふむ」

 次に、そいつはおかしな行動に出だした。
 事もあろうか、腹に手を突っ込んだのだ。

「――おい、何してんだよ?」
「あれ、もう攻撃は終わりなのかい?」

 あたしが剣呑な感じで問いかけようと、こいつはどこ吹く風。
 ああ、ムカつくったらありゃしない。

「――上等だ、このヤロウ!」

 地面を蹴りあげ、あたしはそいつへの距離を一気に詰める。
 そいつはいまだに腹に――いや、そこにあるポケット? に手を入れたままだ。

「これで――!」

 余計な隙を与えまくってるこいつに、形状変化もなにも必要ないだろう。
 攻撃してくれと言うなら――ノッてやるさ、その誘い!

「どうだ!」

 槍がタヌキに触れる。いや、たしかに触れた。間違いなく、刺した、はずだった。

 次にあたしが目にしたのは、軌道を失った槍が壁の方を向いている光景だった。

「なっ……!」

 文字通り、仰天した。
 なんだこれは……どうして?

「――ああ、やっぱり上手くいったか」

 再び、タヌキに視線を戻す。
 さっきまでと変わっていた。主に、手に持ってるモノが。
 この戦いに明らかにそぐわないその物体は――

「マント……!?」
「そう、『ひらりマント』」

 そのマントには、これまたふざけた名前が付いていた。
 ひらりマント――だと?

「うーん、『バリヤーポイント』は『時間』というものが制御されている以上、使用に不安があったし……『ひらりマント』のような『物理』系なら使える、ってことなのかな?」

 あたしがそのマントの登場に驚いていると、タヌキはわけのわからない単語を並べ立てていた。
 仮にも戦闘中に、余裕綽々なその態度。

「――あれ、もう道具すべてが『魔法』で強化されている、のか?」
「……」

 あたしの中でなにかが弾けた、ような気がした。
 なめ、やがって――!

「まあ、いいや。さ、始めよ――」
「……」
「って……あれ?」

 そいつは少なからず驚いた様子で、こっちを見ている。
 しかし、そんなのあたしには関係ない。そっちがそうくるなら、こっちだって――!

「――ほらっ!」
「……!」

 困惑した様子で、そいつは件のマントを構える――引っ掛かったとも知らずに。

 次の瞬間、あたしの槍が、そいつを捉えた――

「……ぐっ!」

 ――が、そいつはまた体を反転させて、難を逃れた。
 ちっ、本当にふざけた身体能力……!

 ゴロゴロと転がって、そいつは起き上がり、あたしを見る。
 いや、正確には――

「……なるほど、一方がニセモノってわけか」
「ご名答、って言っとこうか」

 一本取れたことには変わりない。
 そのことがあたしを、満足させる。

 簡単なことだった。
 こいつがあたしに目を向けたとき、すでにあたしは「あたしたち」になっていた。
 二人の「あたし」は、路地裏の壁と壁伝いに、目標に向けて走る。

 そして、あたしのニセモノが攻撃したときに、このタヌキはマントを翻した。
 ――ただ、そのマントは空を切った。
 なぜかって?
 実体をもった『幽霊』に、そんな対応はバカのすることだ。

 そいつは翻し、ギョッとする。
 なぜなら、すぐそばには――
 本体たるあたしが槍を構えて突進してたんだから。

 一本取ったことで、あたしはちょっとばかり自信を取り戻した。
 ニヤニヤと笑いながら、そいつに言ってやる。

「『ロッソ・ファンタズマ』って、あたしはそう呼んでる」
「……赤い幽霊、か」

 しばし、キョトンとしてしまった。
 なんでこいつ、知ってるんだ?

「イタリア語かな? まあ、いいや」
「――けっ、気に食わねえ」

 ムクリと起き上がったこいつから、最初にあった余裕とも取れる皮肉さはなりを潜めたみたいだ。
 少なからず、こっちを警戒するようになった、といったところか。
 内心、嬉しくなったのは内緒だ。

「その『ロッソ・ファンタズマ』とやらがなんだとしても、ぼくには関係ないね」

 するとそいつは、ポケットにまた手を突っ込み、何かし始めた。
 チラッと鏡のようなものが見えた気がする――しかし、そんなの今はどうでもいい。
 ただただ、ムカついた。

「……上等だよ、てめえ!」

 あたしは再び飛びかかる……これで、終わりにしてやろうじゃねえか!

 


 それから、どれくらい経っただろう。
 あたしの『ロッソ・ファンタズマ』は、最高5人まで増やすことができる。
 しかし、今回はそうもいかない。
 なぜなら――

「て、てめえ……まだ、攻撃しねえつもりか!」

 『ロッソ・ファンタズマ』で分身させ、特攻するあたしたち。
 しかし、その攻撃はすべて――捌かれていた。
 こんなこと、あり得ないはずなのに――!

「そうだね……『一枚』だったら、怖かったね」

 そう、さっきと違うことがあった。
 それは、あいつの手には、なぜか二枚のマントがあること。
 片手に一枚、もう片方に一枚。
 その二枚をタイミングよく使うことで、「あたしたち」の攻撃をすべて捌いていた。

 最高5人までといっても、実体があるのは1人だ。
 ということは、攻撃はその1人――つまり、あたし――のものしか効かない。
 「あたしたち」はそれぞれの槍でもって、こいつに攻撃をしかける。
 しかし、そのことごとくが――

「……て、てめえ――!」
「そろそろ、かな」

 あたしが息をつきながら睨み付けると、タヌキは踵を返して歩き始めた。
 一瞬、何が起きているのか分からなかった。

「な、待てよ、おい!」
「待たないよ」

 すげなく言うと、また歩き始めた。
 あたしは言いようのない気持ちになった。
 ――こいつ、一体何様のつもりだ。
 その気持ちが怒りに変化するのに、そう時間はかからなかった。

「て、めええええ!」

 叫び、追いかける。
 あたしが行動に移るとほぼ同時に、タヌキは走り始めた。
 奴とあたしの間の距離は――まだ、そんなに開けてない、はずだ。

 しかし、その見通しは甘かった。

「くっ……はぁ、はぁ」

 数分後、タヌキの姿は見えなくなっていた。
 この路地裏はなかなか長く、本道に出るまでかなりかかる。
 そんな長い路地裏だからか、本道に出る前に、さらに裏道がある。
 言ってみれば、路地裏と路地裏が重なったような感じだ。
 タヌキはそこに入り、あたしの前から姿を消した。

 今、あたしの目の前にあるこの道を右に折れれば、あの忌々しいタヌキがいる、はずだ。
 いやもしかしたら、もう遠くまで――

「はぁ……させる、かよ」

 弾む身体を軋ませ、あたしはゆっくりと立ち上がる。
 あのタヌキはまさか、これを狙っていたのか。

 『魔法少女』が一番恐れるのは何か、といえば、それは『ソウルジェム』の濁りだろう。
 魔力を使えば使うほど、その濁りは濃いものになる。
 さっきまでのあたしはその濁りの進行と引き換えにして、体力を保ち続けていた。
 魔力で体力を支えていたのだ。

 しかし、ここまで体力を消耗する、とは――
 濁りがのっぴきならない所まで進み、もう魔力で体力を支えるのは覚束なくなった。
 そして、このザマだ。

 やっぱり、グリーフシードでの浄化をすればよかったのか。
 しかし敵との戦いの中で、グリーフシードでソウルジェムを浄化するというのは、なかなかリスクがある。
 浄化は思ったより時間を要し、その間は無防備状態。つまり、攻撃されても文句は言えない。
 あいつは相変わらず武器を手に持ち、こちらと向かい合っていた。
 だから、使わなかったのだ。

 こうして体力を消耗した今、それすらもしかしたら作戦だったのかもしれない、などという考えがちらついた。
 あの武器を構えているだけで牽制になる、と考えていたのだとしたら――?

「……なんて、バカなことあるわけねえか」

 自嘲するように言って、あたしは歩き出す。
 ゆっくりと、裏道に入る所まで、来て一息ついた。
 この右に行って、あいつはいるか? それとも、もう――

しかし、あたしの感情は、いまだに燻りつづけていた。

「――行く、ぞ!」

 思い出した怒りを胸に、あたしは右へ向かう。
 そして、そこで――

「……は!?」

 とんでもないものを、目にした。
 
「……」

 青いタヌキが、そこにいた。
 こっちを向いて、さっきと変わらない姿のままで。
 どこかぼーっとしたようにも見えるその視線が、あたしを射抜いていた。

「――ちょ、あんた」

 さすがに困惑する。
 なんで、こんなところに?

「……よく、わからねえけど」

 再び、槍を構え直す。
 普通の人の姿と違うこいつのことだ。もしかしたら、ショートなんてものを起こしたのかもしれない。
 目の前にいるそいつは、あたしの動きを見ても感じることはなさそうだ。
 ただ、こっちを見ている。

「――隙だらけ、だよ!」

 そして、あたしは槍を前に突き出す。
 その槍は、たしかに射抜いた。そいつを。その胸元を。
 ……しまった、やりすぎたか。
 そんな思いがちらついた、すぐ後で――

 目の前から、そいつの姿が消えた。

「……は?」

 つい、呆けた声が漏れる。
 わけのわからないこと続きで、あたしはもうおかしくなりそうだった。
 注意深く見てみると、消えたわけじゃなく――

「――なんだ、こいつ!?」

 さっきの青タヌキとは似ても似つかない、人形らしきものがそこにはあった。
 鼻のあたりに、変なボタンのようなものが――

「はい、おしまい」

 言葉も出せず呆然としていると、背中に何か突きつけられた。
 ゆっくりと、振り向く。
 背中には、こいつが持っていた筒状のなにかがあって――

「お疲れさま――『魔法少女』さん」

 そのタヌキの表情からはもう、戦いのときに見せた、どこか冷ややかなイメージは消え失せていた。



「――降参だよ」

 あたしはそう言って、その場に腰を下ろす。
 ここまで体力を消耗し、倒したと思ったら倒されていた。
 そんな事態に、疲れていたというのが本音だ。

「そっか、それはよかった」

 ニッコリしながら言って、そいつは手にしていた道具をしまう。

「もしものときは、傷つけない程度にこれで君の動きを封じるつもりだったんだ」

 少し怖いことを言いながら、だ。

「……あんた」
「うん?」
「あんた、なんでそれを使わなかったんだ?」
「……そんなの簡単だよ」

 さも当然だと言わんばかりに、

「君を傷つけたくなかったから」
「……」

 呆れた。呆れてものも言えなかった。
 こんな甘っちょろい奴に――あたしは、負けたのか。


「……おかしいな、あんた、たしか右に逃げたよな?」

 ふと気づき、あたしは質問を重ねる。

「うん、それは間違いないよ」
「じゃあなんで、あのふざけた人形がいて、あんたがいなかったんだ?」
「――ふふふ、なんでだろうね?」

 その声を聞いてどつきたくなったが、体力がないため断念する。
 ああ、今なら槍であいつの喉元をぶっ刺せそうなのに――!

 しかし、繰り返し聞いて実態を掴んでみれば、簡単なことだった。
 右に曲がったあいつは、あのロボット――『コピーロボット』をセットする。
 それはこのタヌキの姿になり、あたしを待ち構える。

 さて、そのときタヌキ本体はというと――

「……透明になる『マント』だぁ?」
「うん、『透明マント』」

 あきれ返った。
 今日は、『マント』につくづく運がない。

 『透明マント』を被り、近くに待機していただけらしい。
 聞けばこの青たぬき、これ以外にもふざけた道具を持っている、ときた。
 ――また、気になることができた。

「――なんであんた、あたしにここまで話すんだよ?」
「え、なんで?」

 キョトンとしたその顔に、あたしは少し気恥ずかしくなる。

「いや、あんたの敵だったし――これからも敵だぞ、きっと」
「えー、またまた」

 あたしがそう言うと、なぜかそいつはそれをバッサリと否定するようなことを返した。
 は、なんだそれ?

「だってきみ、マミさんの知り合いなんだろ?」
「――!?」

 思わず立ち上がりそうになった。
 しかし、体力がないため断念。くそっ。
 いや、今はそれどころじゃない――

「あんた……なんで、マミの名前を!」
「あ、やっぱり知ってたか」

 あたしが息巻いて尋ねても、こいつは飄々としている。
 くっ……なんだか舐められてるみたいで、すげえムカつく。

「いや実は、随分と前にマミさんの家にお邪魔したんだ」
「……それで?」
「そのとき、写真立てが見えちゃったんだよ」

 身振り手振りを交え、どこか冗談めかしていう青たぬき。

「そこにはマミさんと――不思議なことに、長い赤髪の女の子がいたってわけさ」
「……あのバカ」
「ま、そのどこかの赤髪の子は、何とも言えない表情をしていたけどね」

 そいつの軽口は、あえて無視する。写真はあんま好きじゃねえっての。
 はぁ、とあたしは天を仰いだ。
 なんだ、それ。このたぬきは、その時の記憶を覚えてやがった、と。
 普通なら、ありえない。
 ……ああでも、こいつは「普通」じゃないんだったな、うん。
 
「それであたしを信じ切った、と?」
「まあ、ね」
「とんだ大馬鹿だな、お前」
「いつも無銭飲食してるきみがいえた柄?」

 あたしたちはそんな軽口の応酬をしていた。
 ……実際、少し困っていた。
 そのうち、核心に迫る話がくるのが怖かった。

「……ねぇ、きみ」

 案の定、そいつが声のトーンを変えてきた。

「――もう、終わりにしないかい?」

 あたしはゆっくりと、そいつに顔を向ける。
 そいつの視線は、真剣なものだった。

「……何をさ」

 あたしはそう、すっとぼけてみせる。

「無銭飲食」
「やなこった」

 即答に即答で応えた。
 はぁ、とため息をついたのは言うまでもなくたぬきの方。

「なんで、やめられないんだろう……」

 なお恨みがましく、文句を垂れるたぬき。

「お店の人が困ることくらい、君だって――」
「こう言っちゃなんだけど――これでも結構困ってるんだよ、あたし」

 そいつの口上をあたしの言葉が遮る。
 おどけたように言ってみせたが、疲れていたせいで呂律は少し怪しかったかもしれない。
 面食らったたぬきの顔が、どこかおかしい。

「……さっき、言っただろ。きみの家族は――って」
「……うん」
「いないんだ、もう一人も」

 そう言うと、ゴクリと唾を飲むような音が聞こえた。
 構わず、話を続ける。

「まぁ、色々あって、いまは天涯孤独の身、ってわけさ」
「そう、だったのか」

 少なからず衝撃を受けたらしく、たぬきの口調も落ち込んだものになった。
 対するあたしは、ひひっと笑ってみせる。

「でも、もう今更の話。あたしは生きてる。それが答えだろうし」
「……ねぇ」

 あたしがそう言ってうんうんと頷いていると、たぬきが何かを訊いてきた。

「ん、どうかしたか?」
「君の、名前は?」
「あ、あたし――杏子だよ。佐倉杏子」

 あたしはそう名乗った。
 普段なら、こうして改めて名前を名乗るなんてことはしたくなかったし、事実今までしなかった。
 でも、こいつとやり合った後、こうして話している今がどこか可笑しかったから、つい言ってしまった。

「そっか……」
「あんたは」
「ドラえもん」

 ぷっとあたしは噴き出した。

「たぬきじゃねえのかよ?」
「――ぼくはたぬきじゃない」

 おっと、これはNGワードだったらしい。
 ドラえもんとかいう名前の青たぬきが怒っている。
 まあいいや、こいつの意志を尊重してやろう。

「で、ドラえもん。これから――」
「今、食べたいもの、言ってごらんよ」
「……は?」

 あたしの話をさえぎって、ドラえもんがわけのわからないことを言い出した。
 今、食べたいもの? 何言ってんだこいつ?

「……焼き芋」

 ふと、そんな言葉が漏れた。
 昔、妹と親父と食べた、焼き芋。なぜだか今、無性に懐かしい。

 って、この時期に何言ってんだ、あたしは? 今は初夏だぞ?
 言ってから恥ずかしくなり、取り消そうかと思った矢先――

「……え?」

 目の前に、ほかほかの焼き芋が現れていた。
 なんだ、これ?

「――『グルメテーブルかけ』」

 あたしが焼き芋と言って遠い目をしている間に、ドラえもんは何か敷いていた。
 その敷物から、出したとでも言うのか。

「――ほら、食べなよ」
「……うっ」

 ガブリとかぶりつく。
 思えば、焼き芋を食うのも、あれ以来――

 ――おねえちゃん、おいしいねー!――
 ――優しい人になるんだよ、杏子――

 あの二人と、一緒に。


「……あれ?」

 おかしいな、なんだこれ?
 目から何か出てきて、止まらない。
 疲れたからだ。そうに決まってる。

「――杏子ちゃん」
「う、うっせー!」

 あたしはドラえもんから目を反らし、静かにそれを食べ続ける。
 食べる度に、あの日のことが脳裏をかすめ、とまらない。
 何がって? わからねえよ、もう……。

「――ひっぐ」
「……」
「モモ――父さん……!」

(辛かったんだろうな)

 嗚咽する少女の近くで、ドラえもんは考えていた。

(泣くことも満足にできずに、今まで抑え付けてきたんだろうな)

「――あ、ところで」

 しばらく泣き続けた後、ドラえもんはあたしに問いかけてきた。

「な、なんだよ!」

 ああ、くそっ――こんな奴の前で泣いちまったよ、ちきしょう。
 そう考えると顔が赤くなってきて、それを認めたくないから語気を強めてあたしは言葉を返す。

「マミさんに、会ってみる気ってない?」
「……マミに?」

 いきなり何言ってんだ、こいつ?

「あたしとマミは、もう――」
「本当に?」

 あたしが拒絶しようとすると、ドラえもんはずいっと身を乗り出してきた。

「本当に、そう思ってるのかい?」
「な、なんだよ――当たり前だろ」

 つい、目を反らしてしまう。あまりにも真っ直ぐな目をしていたから。

「今、マミさんは自分の家で療養している」
「……」
「『魔女』にやられそうになったトラウマは、なかなかこっぴどいらしい」

 ドラえもんはそう言って、唇をかむ。

「……だから」
「あー、もうお開きお開き」

 あたしはよっと立ち上がると、前に歩きながら言う。
 体力ももう、大分回復していた。

「はいはい、もうおしまいだよ、この話も」
「……杏子ちゃん」
「あんたも、早く行きなって」

 そう言いながら、前に進み、ピタッと止まってしまう。
 あれ、なんで止まってんだ?

「――でもさ」
 
 おい、何言ってんだよ、あたし。

「……マミのヤツの住所、なんとなーく気になってさ、いやホントになんとなく」

 ああ、もう!

「……どこにいんの、あいつ?」

 それを聞いたドラえもん、後ろで「うふふ」と気味の悪い笑い声をあげる。
 あたしはそいつの顔を見れなかった。顔が真っ赤で、とても向けられたもんじゃない。


 こうして、路地裏の戦闘は幕を閉じた。
 杏子とドラえもんとの間に関係が芽生え、一件落着といったところか。

 ――しかし



「……の、のび太くん!」
「くっ――!」

 相方の方は、そう簡単にいきそうもない――

これにて、路地裏の戦闘は決着です。
……いや、長くなりすぎましたね。
当初漠然と考えていた展開が、一気に変わってしまいました。

しかしまあ、一部の道具解禁のドラえもんは強すぎますね……
書いてて、「こんなんでいいのかな?」って何度思ったことか。
こう考えると、大長編でドラえもんが壊れたり、ポケットから道具が流失するっていう展開は、改めて上手いと感じました。

あと、杏子ちゃんの描写が難しかったです。
実際、こんなに簡単に和解して心をさらけ出すような子かなー、と疑ってます。
街中で時折遭遇して、お互い見知っていたから、ということで補完していただければ、と思います。

さて、次回はのび太の闘い。
今の所思い描いている展開は、ドラえもんのモノより重くなる予定ですが――さて。
また、いつも遅筆で本当に申し訳ありません。読んで下さる方に感謝します。
それでは、また。

……もうすぐ、まどかも映画ですね。

あ、ミスでした。
>>244で、お互いすでに名乗ってますね……
申し訳ありませんが、この部分を脳内でカットしてくだされば、と思います。

中途半端かもしれませんが、投下させてください。
所々、長ったらしくなってしまいましたが……。

 決闘後、二人は、夕日の差し込む路地裏を出発した。
 先ほどまでの緊迫感はどこへやら、二人の顔には笑顔すら滲んでいた。
 しかし――

「……!?」

 互いに感じたことは同じだったらしい。
 見つめ合う二人の表情は、打って変わって緊張したものとなっていた。

「こ、これって――!」
「……ああ、『魔女』だね」

 チッと舌打ちをして、杏子は言った。

「そ、そんな……さっきまで気配なんて」
「『魔女』にも色々いるってことさ――こういう、コソコソした野郎とかもね!」

 そう言うが早く、地面を蹴って、彼女は走り出す。
 考えていることは、ドラえもんにしても同じだ。
 杏子を追うようにして走り出す彼の心中には、他ならぬ相方の姿が浮かんでいた――

「――まどかさん、危ない!」
「えっ……きゃぁっ!」

 のび太くんの言葉に面食らったわたしの近くには、さっきまでいなかったはずの敵がいた。
 驚いて伏せたわたしの上を、のび太くんの銃から発射された光線が通り過ぎていく。
 恐る恐る目を向けると、おどろおどろしい人形のような『使い魔』は消えていた。

「――あ、ああ」
「まどかさん、大丈夫!?」

 思わず、情けない声が漏れちゃった。
 ハッと口を閉じたけど、もう遅かったみたい。
 のび太くんが心配そうな顔をして、こっちに近づいてくるのが分かった。

「う、うん。のび太くん、ありがとね」
「そっか、よかったよ……でも」

 わたしの言葉を聞いて、ホッとしたらしいのび太くんだったけど、次の瞬間にはキッと周囲を睨み付けていた。
 今回、わたしたちの迷い込んだ『結界』は、平らな板のようなものが、足元にたくさんある場所だった。
 その板は、大きなフロアを形作っていて、そのフロアとフロアを板で出来た廊下が結んでいる、って感じになるのかな。

 そして今、私たちはフロアにいる。
 周りには、今のところ『使い魔』はいないみたい――だけど。

「――ねぇ、まどかさん?」

 一緒に辺りを見回していると、のび太くんがわたしに声をかけてきた。

「な、なにかな?」
「……さっきの『使い魔』は、いきなり出てきたんだよね?」

 わたしはしっかりと、のび太くんに視線を合わせる。
 彼の眼は、真剣そのものだ。
 つられて、わたしの口調も強張ったものになる。

「うん……そうだよ」
「ってことは――」

 コクッと頷くわたしを見て、再びのび太くんは『結界』を見渡した。
 フロア全体をしっかり、そして、ゆっくりと――

 瞬間、のび太くんの銃が火を噴いた。

「……!」

 何が起きたか、分からなかった。
 きっと、わたしの顔は酷く慌てていたものになっていたと思う。
 けれど、のび太くんの視線の先を見て気づいた。
 そこには、今まさに撃たれた『使い魔』の姿があった。
 それはもう、私の目の前で、崩れ落ちるところだった。

「ありがとね、まどかさん」

 わたしが呆然としていると、声が聞こえた。
 顔を向ければ、そこには優しそうな表情を浮かべた、のび太くんの姿がある。

「……え?」

 わ、わたしが? なにを?
 頭の中を「?」マークでいっぱいにしたわたしに、のび太くんは言葉を重ねる。

「さっき、こう言ってくれたでしょ――『いきなり現れた』って」
「う、うん……」

 たしかに、そう言ったけど……それが一体?

「だからね――こう思ったんだよ。いきなり現れる、ってことさえわかっちゃえば――!」

 そう言うと、のび太くんは再び銃を構え、撃つ。
 気づけばそこには、消えていく『使い魔』がいた。

「――ね? 倒すのって、意外と簡単だよ」

 と、ニコッと笑うのび太くん。
 ……その笑顔を見ていると、何故か。

「うん……うん!」

 胸に、温かいものがやってきた、ような――そんな気がした。
 そして、こう思った。
 きっと彼は今までに、この笑顔で何人もの人を安心させてきたんじゃないか、って。

 目の前で笑ったままでいる年下の男の子。
 そんな彼と私は、目を合わせて笑い合った――

「――気配を消す!?」

 路地裏を走りながら、ドラえもんは杏子に言葉を返す。

「ああ、そうさ。『魔女』っていうと、『結界』が出ればその存在感を大っぴらにするもんだ、と思ったかい?」

 皮肉げに言う杏子。

「……あいつらはね、あたしらが思う以上に、ずるがしこいところがあるんだよ?」
「……」
「存在感を極限まで消して、いきなり現れて攻撃を仕掛けに来る――まぁ、そんなヤツもいるってことさ」

 吐き捨てるように言いながら、杏子は走る。
 さきほどまで射し込んでいた夕日も、今はその光を殆ど失い、夜の帳が降りてこようとしている。

 それは、なぜだか――ドラえもんの心を酷く粟立たせた。
 夜の闇は、凶兆を暗示するものだ。


(……のび太くん!)

 どこまでも唐突だった。
 刹那、と表現しても過言ではないだろう。
 まるで、二人の心の隙間に入り込んでくるかのように、

「……えっ」
「……なん、で」

 それは、そこにいた。
 のび太がまた『使い魔』を一匹、撃退してすぐのことだった。
 彼らの目の前に、それは現れた。

 テレビのような物体に、羽が生え、禍々しい色合いの物体――いや。
 その禍々しさは、それまでの人形の比ではない。
 「負」の要素を、これでもかというくらいに放り込んで出来た、見る者すべてを引きずり込むような――


 直感する。これは、間違いなく――

 『魔女』、だ。

『魔女』が構える。
 二人はそれを見て、ようやく放心状態から戻ってこられた。

 のび太はショックガンを構え、撃つ――

 撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

 なんでだろう、手ごたえがない。

「――そん、な」

 これまたなんでだろうか、さっきから震えが止まらないのは。
 傍らのまどかも、突然、目に見えて様子がおかしくなったのび太に、大きな目を見開いている。

 
 いまだに、『魔女』はそこにいる。
 嘲笑うように、その翼をはためかせ、禍々しい気配を一身に纏いながら。


「こ、のっ……!」

 再び、ショックガンを構え、発射しようと――


「――の、のび太くん!!」

 その時、まどかの甲高い叫びが響く。
 しかし、もう遅かった。

 『魔女』はその体から、黒い霧を発射した。
 霧、としか表現しようがないが、実際はなんとも禍々しい、瘴気とでも表現するべきだろうか。
 
 のび太の動きは、まどかの目から見ても遅かった。
 しかし、一体なぜなのか――さっきまで威勢よく『使い魔』を倒していた、あの野比のび太はどこに?


 それは今、霧が彼を取り囲む頃になっても、変わらなかった。
 彼はもう、一歩も動けないようだった。

 なぜだろう、まどかは酷く虚しくなっていた。
 先ほどまで抱いていた、焦燥感や緊張感……そのすべてが、なんだか曖昧なものと化していた。

 ペた、とその場にへたり込むまどか。
 黒い霧に、その姿を包まれたのび太。
 不気味に翼をはためかす、『魔女』。


 『結界』の外では、暗雲が空を支配しようとしている――そんな時間に差し掛かっていた。

今回は、ここまでです。
完全にオリジナルのような感じになりましたが……いくつか、補足を。

『箱の魔女』について、ひきこもりという設定だったので、それを勝手に拡大して使用しました。
ギリギリまでひきつけて一気に誘い込む、というような――だから『使い魔』もいきなり現れる、という感じです。

本体の『魔女』も、そんなわけで唐突に現れます……と、この辺は本当に妄想ですので、ご承知おきを。
また、『結界』はまどマギポータブルを参照しました。
文章でイメージしにくい方、ごめんなさい。

そんなわけで、『魔女』の力に呑まれて失意に呑まれた二人はどうなるのか――それでは、また。
応援して下さる方、いつもありがとうございます。

お待たせしました。投下を開始します。

 ――のび太くん!

「……あれ?」

 ここは、どこだろう?
 身体を起こしてみて、周囲を見回す。
 そこには――

「こんにちは」
「――!?」

 瞬間、驚愕に目を見開く。
 無理もない。
 そこにいたのは、彼の心の奥底に沁み込み、そしてそこから一生離れないだろう人物だったのだから。
 長く、桃色の髪。その目はどこか無機質ではあるが、優しげな光をたたえている。
 ……これは。

「……夢、じゃない?」
「どうかした?」
「――リルル、だよね?」

 一つ一つ、のび太は慎重に言葉を発し、リルルに向ける。
 水を向けられたリルルは、クスッと笑い、のび太の目を覗きこむ。

「ええ、そうよ。私は、リルル」
「……鉄人兵団、の」
「うん」

 和やかな口調を崩さず、のび太と会話を続けるリルル。

 ――なにか、おかしい。

 そんな疑念が一抹ながら、のび太の心に生まれる。
 何せ彼女は……

 もう、存在しないはずなのだから。

 『あの事件』が解決した後も、彼は時折、この厳然たる事実に心を痛めていた。
 彼女の犠牲なくして、世界は救われることはなかったのだ。
 そう自分に言い聞かせても、心のどこかで古傷が疼く。
 ……そう。

 もしかして、自分がなんとかできたのではないか?
 そして、自分さえしっかりしていれば、リルルは救えたのではないか、と。

「――たしかに、そうね」

 のび太がそのような物思いに沈んでいると、リルルがそう言った。
 まるで、彼の考えなどお見通しと言わんばかりに。
 のび太がリルルにゆっくりと顔を向ける。

 そこには――

「ええ、のび太くんが『もう少し』頑張ったら、私も……」

 リルルが――

「助かったのかな、なんて。思わないこともないんだけど……」

 同じ表情のまま――

「でも、それでもしょうがないよね――ね、のび太くん?」

 笑いながら――


「のび太くんに、そこまで期待した私がバカだったんだもんね」

「うっ……」

 やめてくれ。

「そうだよ。そもそも、のび太くんが――」

 やめてくれ。やめてくれ。

「うん! できたら、私もこうして、のび太くんと一緒に――」

 やめてくれやめてくれやめてくれ……!!


 リルルの表情は先ほどから、笑顔のままである。
 しかしだからこそ、その言葉がのび太に与えるダメージは非常に大きなものとなる。

 そうだ、ぼくが――野比のび太が。
 彼女を、リルルを助けられたんだ……なのに。

「……なんだ、ぼくなんてこんな――」



 ――ちっぽけな存在でしか、なかったんだ。

『結界』には『魔女』と、二人の少年少女がいた。
 否、正確には、少年少女と呼べるものではないのかもしれない。
 なぜなら――二人はこのまま『魔女のエサ』となるだろうからだ。

 二人とも、目は虚ろで、身体もだらんと垂れ下がり、なんとも締まりのない表情をしている。
 まるで、この世全ての虚脱感を一身に背負っているかのような、その佇まい。

『魔女』は、黒い翼をはためかせる。
 無論、『魔女』におよそ人間らしい感情などない。
 しかし、そんな『魔女』にも、どういうものが「勝利」であるかは理解できていた。
 すなわち――

 
 この二人を、捕食し、始末すること。


 そうと決まれば、後は仕上げだ。
 『魔女』は、『使い魔』を呼び出す。
 人形めいた、不気味な『使い魔』がそのエリアに集結し、二人を囲む。

 虚ろな表情で、少女――鹿目まどかは視線をちょっと上げる。
 するとそこには、前方には『魔女』、そして周囲には『使い魔』と、まさに絶体絶命といって差し支えない状況があった。
 ――それなのに。

「……もう、いいかなあ」

 ボソリと何の感慨もなく、彼女は言い、再び目線を下に向ける。
 彼女もまた、全てがどうでもよくなっていた。

 周りと比較し、自分を卑下しながら過ごす中学校生活。
 友人は皆、何かしら取り柄を持っているのに自分にはなにもなく、それ故の劣等感。
 自宅に帰っても、まだまだ将来有望な弟に、家事全般を完全にこなす父、そして彼女とは別世界に生きるようにみえる母。

『使い魔』が迫る。まずは、まどかに向かって。それを彼女は、虚しく見るばかりであった。


 ――ああ、なんだ。わたしなんて、別にいなくたって……



 ズドン!


 思考が、そこで途切れる。
 理由は、いきなりノイズが混じったからだ。
 まったく、おかしなノイズもあったものだ。いきなり、「ズドン」などと――まるで、ピストルの破裂音のような……

「……へ?」

 力なく、目線を再び上げる。
 するとそこには、崩れ落ちる『使い魔』の姿が――

「――え、え?」

 よく、わからない。
 目の前で起きている出来事。まるで、絵空事であるかのように、実感が湧かない……なのに。

 無気力の極致でありながらも胸に感じる、この温かみはなんなのだ?

「……そう、だね。たしかに、そうだよ」

 掠れた声に、ハッとした。
 まどかはそちらに視線を向ける――そこには。

「……ぼくが、なんとかできていれば。助けられたのかも、しれない、ね」

 言いながらも、のび太は銃を構え、再び発砲。今度は、二発。
 ズドンズドンという音が聞こえ、二体の『使い魔』が消える。

 その時になり、ようやく『魔女』と『使い魔』は異状を認識したらしい。
 身構え、のび太と向かい合う。
 依然、まどかは床に座り込んだまま、のび太を見つめるばかりだ。


「……だったら、って思うさ」

 ズドン。また、一発。

「助けられたら、よかったなぁ、って――!」

 ズドンズドン。次は、二発。

「思うけど、さぁ――!」

 ズドンズドンズドン……今度は、数えきれない。

 気づけば、周りの『使い魔』は一掃されていた。
 残るは、『魔女』のみという状況になった、ということだ。

「……う」

 のび太は銃を構え、軽く呻いた。
 たった一音のその言葉に、様々なものが込められているかのように感じた。
 そして――


「うああああああああああああ!!」

 撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。
 言葉を放つと同時に、ショックガンからもまた光線が発せられる。
 抱えていた「何か」を振るい落とすように、あるいは、投げつけるように。
 のび太は、銃を撃ち続ける――

「うあああああああ!」

 撃つ撃つ撃つ。
 先ほどから、『魔女』は防御に転じていた。
 しかしのび太の銃は、その防御の壁を少しずつ打ち砕いていく――

「うああ、あ……」
 撃つ撃つ……
 そこで、のび太の身体はくずおれた。
 目には涙、顔はくしゃくしゃに歪み、それでもなお銃を撃ち続けた少年の、それが最後だった。

「――あ! の、のび太くん」

 崩れ落ちたのび太のもとに、まどかが駆け寄る。
 抱き起そうとするも、その身体は重く、もともと力が弱い彼女には持ち上げられそうになかった。
 その重さこそが、のび太の抱えていた「もの」だったんだ、と彼女は思った。

 くしゃくしゃに顔を歪めながら、のび太は銃を構えようとする。
 しかし、傍から見ていてももう限界であることは窺えた。
 彼は銃を取るたびに落とし、再び取ろうとすると身体のバランスごと崩すという有様だった。

「――いいんだよ、のび太くん。もう、いいの」
「……で、も」

「ぼく、まどかさんを、守らなく、ちゃ」
「……え?」
「だって――ぼくは、リルルを、あの子を、助けられなかった、から……」

 喘ぐように言葉を並べるのび太に、まどかは失いつつあった心を動かされる思いだった。
 野比のび太は鹿目まどかを守るため。ただそれだけのために、精神を汚染されながらも、立ち上がった。

「……ありがとう、のび太くん」

 気付けば、彼女にかけられた精神汚染も、ある程度は取れてしまっているらしかった。
 まどかの腕の中で、のび太は目を閉じている。
 不甲斐なく思っているのだろうか。再び自分が少女を守れなかったことに――

「――でもね」

『魔女』が迫る。再び、『使い魔』が呼ばれる。
 周囲を囲まれつつある。

 これで、「詰み」だ――


「のび太くんと、こうしてながらだとね」

 まどかは、クスッと笑う。
 その笑顔はその場にひどくそぐわないものだった。
 それにもかかわらず、どこか高潔にも感じられる笑顔だった。


「――ああ、もういいなあ、って思うんだ」

 自分を犠牲にしてでも守ってくれた少年。
 その姿を目にした少女は、自分の心になにか熱いものを分けてもらったような――
 温かくなれたような、そんな気がしたから。

 ……だから。

「……また、ね。のび太くん」

 死ぬ時は、笑顔で。
 大丈夫。この素晴らしい男の子と、わたしは一緒なんだ。
 
 ――だから。





「――ありがとね、のび太!」



 その続きは、上空からの別の声にとって代えられた。
 まどかと同じくらいの、少女の声。
 それを聞き、まどかは驚愕した。
 この場に、他の人がやってきた――そのことも理由ではある。しかし。

 この、声は――!


「あたしの親友、守ってくれて――!」

 瞬間、周りに衝撃が走った。
 比喩ではなく、先ほどの銃声とは違うズドンという音が響き、地面が揺れたのだ。
 
 思考が追いつかないまどかは、なんとか周囲の状況を理解しようとした――すると。
 『使い魔』が、一掃されていた。
 上空から投げられた『剣』が『使い魔』を突き刺し、消滅させた。

「まだまだぁっ!」

 少女は声を上げ、さらに剣を飛ばしていく。
 今度の狙いは、『魔女』だ。
 先ほどののび太の銃によるダメージもあるのだろう、少しずつ防御が緩んでいくのが見てとれた。

「ふんっ!」

 少女は『魔女』に走って近づき、手にした剣を向け、振り下ろそうとした。
 しかし――

 ブワッ! という音。
 それとともに、『魔女』から禍々しい煙が放出された。
 少女は、真正面からそれを受ける形となった。

 まずい、とまどかは感じた。
 何故なら、先ほどのあの攻撃のせいで、自分やのび太はあんな状況に陥った――そうだ、このままでは!
 あの子も、そうなってしまう――!

 しかし――

「……へぇ、これがあんたの攻撃? でも、ねぇっ!」

 少女は振り下ろしかけていた刀を止めることはなかった。
 勢いが増しているようにすら、見えるくらいだった。

『魔女』に剣が届く。
 上から『魔女』は、真っ二つに斬られようとしていた。

「――■■■■■■!!」

 断末魔のようなものを上げながら、『魔女』はゆっくりと消滅し始める。
 同時に禍々しい瘴気が、その周りから立ち上る――にも、関わらず。

 一振りした剣を腰に付け、少女は全く動じる気配がなかった。
 あれほどの瘴気を全身に受けながらも、余裕のポーズを崩さない。

「……そうだよ。こんなもの――」

「今の私に、通じるわけないもんねっ!」

 高らかに、言い切る少女。
 それは、心の底から満足した者しか出せない声だった。

「……大丈夫、まどか?」

 茫然と、少女の闘いを見ていたまどかは、ハッとした。
 聞きたいことは、それこそ山ほどある。
 けど、今は――

「わ、私は大丈夫。でも……」
「あー、のび太は結構やられちゃってるねぇ……もう少し、来るのが早ければ」

 そこで少女は、グッと拳を握りしめる。


「――でも、アンタ凄いわのび太」

 そして、感服した声音でそう続けた。

「ホントに年下かよ、って突っ込みたくなったもん。あの闘いっぷり見てたらさ」
「……そう、だよね」

 二人の少女は、まどかの腕の中で眠る野比のび太の顔をまじまじと見つめ、笑った。
 とにもかくにも――なんとか危機は脱した、といったところか。

「……そろそろ『結界』も消えるね」
「あー、記念すべきデビュー戦としては、まあ、悪くなかったでしょ?」

 得意げに微笑む少女に、「うん、そうだね」とまどかも笑いながら応える。

「――それじゃ、のび太くんをドラちゃんに」
「うん、そうだね。それじゃ、わたしも……」

 少女はマントを翻し、得意げにポーズを決める。

「――これから美滝原の平和を守るために、いっちょ頑張りますか!」

「この『魔法少女』……美樹さやかちゃんがねっ!」


 こうして。
 運命の歯車は今、急速に回転を速めはじめた――

ここまでになります。
えらく時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。

それでは、また。
年末はゆっくりと過ごしたいですね。皆さんも、どうかよいお年を(まだ早いか?)

「……何か、言いたいことは?」

 アパートの一室に、どこか緊迫した雰囲気が漂っていた。
 一人の少女と一人の少年、プラス一体のロボット。
 少女は仁王立ちになり、眼前にいる二人を見下ろしている。

「ご、ごめんなさいほむらさん」
「何のための連絡手段だったんだろうね……ごめん」

 ペコペコと頭を下げるのび太の横で、恥じ入ったように頭に手をやるドラえもん。
 そんな二人をゆっくりと見ると、ほむらは溜息をついた。

「――過ぎたことはしょうがないわ」

 そうだ。もう美樹さやかは契約してしまった。
 そのことについて、とやかく言ってもしょうがない。

「それに……私にも非がなかったなんて言えないし」

 呟くように言うと、ほむらは腰を下ろした。

 今日、学校でほむらは何人かの女生徒と話をした。
 それは、普通の女子学生なら当然のように交わす会話だった――が。
 ほむらは、そのような会話のし方をもう忘れてしまっていた。

 鹿目まどかを救うために、文字通り自分の全てを犠牲にして彼女は闘ってきた。
 しかし――今回のループで、大きな変化があった。
 見方を変えれば、今彼女の目の前にいる二人によって、ほむらの仮面が外れかけているのかもしれない。

「――ほむらさん、なんか恥ずかしそうだね」
「いいんじゃない? そういう表情の方がいいって」

 ぼんやりとしていると、テーブルの向こう側の二人の会話が聞こえ、ほむらはハッとする。
 目の前では、にこやかに笑いながらこちらを見つめる二つの影。
 ――少し、体温が上がったような気がした。


「――とはいえ」

 コホンと息をつき、ほむらは姿勢を正す。
 顔の赤みはまだ残っているかもしれないが、いちいち構っている場合ではなかった。

「このタイミングでの美樹さやかの『契約』は、決して楽観視できるものではないわ」
「それは、統計かい?」
「……ええ、そうよ」

 ドラえもんに、ほむらは首肯してみせる。
 幾度も繰り返したループ。
 その中で、彼女は何度も苦汁を嘗めさせられた。
 今回、美樹さやかが契約をしたことによって到来するであろう状況――それは。

「このままだと、美樹さやかは『魔女』になってしまう」
「……えっと、『魔女』になるってことは」
「闘いによって『ソウルジェム』が濁り、『グリーフシード』でも汚れを落とせなくなる――ってことかな?」

 ドラえもんが、以前マミから聞かされた内容を頭に思い浮かべながら応える。
 しかし、ほむらにとってその考えは半分くらいしか当たっていない。

「たしかにそれもあるわ。でも、もっと深刻な問題があるの」
「そ、それは?」

 オズオズとのび太が聞く。
 これまでに彼らが聞いた内容では、これくらいしか浮かばない。

「彼女――美樹さやかにはね」

 ほむらはそこで一拍置くと、

「……好きな男子がいるのよ」
「えっ!?」
「へぇ……」

 彼女の言葉を受け、心底驚いたという表情を浮かべるのび太。
 それとは対照的に、ドラえもんはどこか納得したという素振りを見せた。

「あまり驚いてないのね?」
「うん……さやかちゃんくらいの年頃だったら、それほど意外でもないよ」

 そこで一寸間を置いて、

「そのさやかちゃんの好きな人は、もしかして病院にいるのかな?」
「……そこまで分かるの」
「初めてぼくたちがマミさんに魔女退治に連れられて行った時、さやかちゃんはえらく『病院』って言葉に反応してたから」

 平然と言ってのけるドラえもんに、ほむらは驚くというより呆れてしまった。
 そんな些細なことまでしっかりと覚えているとは……これが未来のテクノロジーなのだろうか。

「ええ、彼女が好きな男子は上条恭介という名前よ」
「え、えっと……その人はさやかさんとは同い年なの?」
「退院したら、私たちのクラスになるわね――もっとも、近いうち復帰するでしょうけれど」
「……さやかちゃんが願って、その子の病気を治したから?」
「その通りよ」

 まったく、目の前のロボットは全てを言わずともあっさりと分かってしまう。
 隣にいる少年は対照的に察しこそあまりよくないが、放っておけない雰囲気を出していて、ほむらの心情を和ませる。
 改めて良いコンビだな、と彼女は感じ入った。



「そうか……となると」

 ドラえもんが話し始める。

「さやかちゃんは、その子にフラれてしまうのかな? そして、絶望して『魔女』になる――と」
「ええ……といっても、厳密にはちょっと違うわね」
「そ、それはどういう意味なの、ほむらさん?」

 会話について来ようと必死なのび太に、ほむらは丁寧に伝える。

「そもそも、美樹さやかは彼に告白しなかったの。それはどのループでも一緒だった」
「えっ!? す、好きな人に告白しなかった!?」
「……のび太くん、君がそこまで驚ける立場かい?」

 呆れた口調で突っ込むドラえもんの頭には、一人の見慣れた少女の姿があった。

「い、今はしずかちゃんのことは関係ないだろ!」
「しずかちゃん? それは?」

 ほむらがのび太に質問を投げかける。
 とはいえ、彼女にしてみてもその答えは分かるので、ちょっとした悪戯心だ。

「ほ、ほむらさん! そ、そのこれは……えーと」
「はいはい、話を続けるよのび太くん」
「うう……ドラえもんが悪いんじゃないかぁ」

 二人の掛け合いを見て、ほむらは思わず笑いを零しそうになったが、コホンと息をついて立て直す。
 この二人といると、ペースが崩されてしまう――
 そんな風に思いながら、少しずつ軽くなっていく自身の心を感じ、少しおかしくなった。

「美樹さやかは『魔法少女』になり、好きな男子――上条恭介に告白できなくなったの」
「それは?」
「そうか……好きになって告白しても、『魔法少女』に幸せな結末は待ってない。つまり、上条くんにとっても悪い、と」
「――あなたがいたら、私が話さなくてもいいんじゃないかしら?」
「そうかな? ほむらさん、まだ話し足りなさそうだけど?」

 ほむらが茶々を入れると、ドラえもんが笑いながら応じる。
 ここまで見切られていたか――

「ドラえもんが言う通りよ。美樹さやかには、そうね、いわゆるライバルがいたの」
「ライバル? ぼくと出木杉みたいなものかな」

 のび太の呟きを敢えて無視し、ドラえもんは話を進める。

「さやかちゃんにとってのライバル、か――クラスメイトかな?」
「ええ。それも、とびきり仲の良い、ね」
「――まさか、まどかさんとか?」
「そ、それは違うわっ!」

 身体全体を使って否定するほむら。
 それを見て、のび太は「そっか」と納得しながらも、「なんでそこまで身体を振るんだろう?」とも思った。
 ドラえもんは、そんなほむらをニコニコと見つめている。

「――コホン」

 なんという、大ポカ。
 暁美ほむらは、顔を真っ赤にしながらも話を元に戻した。

「か、鹿目まどかは関係ないわ――いや、無関係とは言えないけれど」
「……さやかちゃん、まどかちゃん、そしてそのライバルの女の子で一つのグループ、かな?」
「手間が省けて助かるわ――そう、そのライバルが志筑仁美という名家のお嬢様」
「お嬢様、かぁ……」


「――それなら、ほむらさん。ぼくたちの方針は固まったんじゃない?」
「どういう意味かしら?」
「簡単さ。さやかちゃんの告白の手助けをしたらいい」
「なっ!?」

 バタ、とほむらはテーブルに手を付いて立ち上がる。
 美樹さやかが上条恭介に、告白?

「そ、それはっ」
「だって、今までほむらさんが見た限り、さやかちゃんが上条くんに告白したことはなかったんでしょ?
 それなら、さやかちゃんが上条くんに告白する、というのは大きな一歩になり得る」

 滑らかな口調で、ドラえもんは自説を述べる。
 いやいや、それは……美樹さやかは上条恭介に対して告白できないという大きな前提があったからであって……
 頭の中をグルグルさせるほむらに、更なる追い打ちがあった。

「いいよねー、好きな人に告白されるってさ」
「!」

 のび太が何気なく、本当に何の衒いもなく、ほんわかな口調で言った。

「された方はきっと、すっごく気持ちがグルグルして、でもきっと告白してくれた人のこと忘れられなくなりそうで。
 ああ、いいなぁ……」

 ニコニコと笑いながら話すのび太は、きっと何も考えていないだろう。
 しかし、ほむらはその言葉を聞いて、深く思うところがあった。

 そうだ、仮に上条恭介が美樹さやかのことを想ってないにしても。
 ほむらの知る彼は、きっとさやかのことを無下に扱わないだろう。
 もしかしたら、告白したことで上条も心動くこともあるかもしれないし、さやかもスッキリするかもしれない――

「どうかな、ほむらさん?」
「ああ、いいなぁ――告白かぁ」
「いいわ……やりましょう」

 もうこうなったら、破れかぶれだ。
 半ばヤケではあったが、もしかしたら――という淡い期待を込めて、ほむらはドラえもんの提案に乗った。


 その後、少し「計画」について話し合い、その場はお開きとなった。
 のび太とドラえもんは、来た時と同じように石ころぼうしを被り、夜の闇に溶けていった。

「告白、か」

 残されたほむらは、その言葉を反芻する。
 思えば、彼女が異性に心動かされたことなど今までなかったように思う。
 恋愛とは、なんなのだろう……?


 ――ほむらちゃん!――

「――!?」
「……もう寝ましょう」

 そういえば、夜も遅かった。
 二人が来る前にシャワーも浴びたし、良い子は寝る時間だ。

 ――クラスのみんなには内緒だよっ!――

「……眠れないわ」

 ムクリと起き上がる彼女の頬に、赤みがさしていたということは言うまでもない。

前回投稿した時はシリアス一辺倒だったので、今回はちょっとコミカルなノリになりました。
そして、今後はこんな感じの雰囲気でしばらく進むかもしれません。

書いてみては修正するの繰り返しでしたが、結局このような形に落ち着きました。
それでは。今後とも、よろしくお願いします。

 その日、美樹さやかは困惑していた。

「さやかさん、鞄重くないかな?」
「さやかちゃん、肩凝ってない?」

 朝、家から出ると、目の前に見覚えのある二人が立っていた。
 野比のび太とドラえもんである。

「……いや、別にいいって。ありがとね」
「何かあったら」
「何なりと」

 そう言って、笑い合う二人を見ていると、邪な考えを抱いていないことは見て取れる。
 そこにあるのは、純粋な、それこそ彼女の親友や先輩を助けてくれた時のような、二人の優しさだった。

「――何かあるんでしょ?」

 二人の笑い顔を見て安心し、さやかはのび太の耳元で囁いた。
 それを聞いたのび太は、悪戯っ子のように笑うと、

「さやかさん、あのさ……」
「うん」
「――好きなひt」
「さ、さやかちゃん! そ、そろそろ行かないと待ち合わせ時間に遅れちゃうよ!」

 のび太が言い終わる前に、ドラえもんが大声で割って入ってきた。
 多少なりとも困惑したさやかだが、時計を確認すればなるほど、

「げっ、ヤバっ! そ、それじゃあんたたちありがとね! また後でー!」

 待ち合わせ時間は、もう目前だった。
 鞄を揺らし、スカートを翻しながら走るさやかを、二人は見送った。

「……のび太くん?」
「な、なんでしょうかドラえもんさん……?」

 さやかが見えなくなった後、ドラえもんの顔がほんの少しだけ険しさを帯びた表情に変わる。

「君は、実にバカだな」
「ええっ!? だ、だってぇ……」

 そう、のび太は別に悪気があったわけじゃないのだ。
 彼にだって好きな人はいる。
 そしてそんな彼女に気持ちは伝えられていない。
 だから、だろうか……美樹さやかはどこか他人という気がしない。

「うん、君の気持ちは分かる。そして、君が人の幸せを本気で願う人だってことも」

 でもね、とドラえもんは続ける。

「それでも、のび太くん。さやかちゃんくらいの年になると、そういうことも気軽には言えなくなるんだよ」
「え、それはどういう?」
「いいかい。恐らくだけど、さっきの質問をのび太くんがさやかちゃんにぶつけてしまった場合、
 さやかちゃんはそれを真っ向から否定するはずだ」
「そ、そんなぁ……」

 ほんの少し、気落ちしてしまう。
 なんでだろうか。好きな人がいることって、とても素晴らしいことなのに……。

「――言いたいことが手に取るようにわかるけど、それでもさやかちゃんは認めようとしないだろうね」
「なんで?」
「……だって、きっとさやかちゃんは自分の気持ちに気付いていない、或いは嘘をついているんだから」
「――嘘?」

 どういうことだろう。
 昨日のほむらの話が正しいのなら、さやかが上条恭介のことを好きなのは明らかなはずだ。
 それなのに、ドラえもんはそれを違うと言っている……のび太は頭がこんがらかりそうになってきた。

「話によると、さやかちゃんは毎日のように上条くんの病室に訪れている。そして、彼へお土産を渡し、病室に
 数十分ほどいてから帰る、だったね」
「うんうん」
「でもね、そういう生活を続けていく中で、さやかちゃんはこう考えている。いや、或いは思い込んでいる――」

 そこで一息つけると、

「――上条恭介は、私にとって、ただの『幼馴染』なんだ、ってね」
「な、なんで!」
「……聞けば、上条くんはプロのバイオリニストらしいじゃないか。
 そして、ほむらさんの話によれば、さやかちゃんは非常に繊細で、『恭介は凄いバイオリニストなんだよ!』
 と言っていた――」

 それはおそらく、彼女がループの中で聞いた言葉なんだろう。
 その時のさやかの誇らしげな、それであってとても楽しそうな表情が目に浮かぶようだ。
 ドラえもんは続ける。

「繊細な彼女と、プロレベルの腕前を持つ彼。さて、さやかちゃんは、そんな上条くんをどう思ってるだろう?」
「えっと……凄い?」
「――君、もう少し考え付かないのかい? 国語のテスト何点だった?」
「そ、それは今はいいだろ! そ、それでさやかさんは――えーと……」

 あ、とのび太はそこでポンと手を叩いた。

「――『釣り合わない』」
「そう、よく言えました」

 少しばかり茶々を入れ、ドラえもんは先を続ける。

「だから、『ただの幼馴染』と言うことで、自分を納得させようとしているんじゃないかな。
 と、なると――ほむらさんが望む、最良の結果に持っていくのはなかなか難しいかもね」

 そうだ。ほむらの望む結果とは、すなわち――
 美樹さやかが、上条恭介との恋を成就させること。

「――それでも、ドラえもん」

 ドラえもんが少しばかり考える顔つきをしていると、のび太が真剣な表情で声をかけてきた。

「ぼくたちは、みんなのために戦いたい。
 そして、もちろんさやかさんの『好きだ』って気持ちも伝えてほしい。
 ――ぼくは、頑張るよ」

 一字一句、区切るようにのび太は言い切った。
 ドラえもんはそんな少年を見て、「相変わらずだな」と前置きした上で

「そういうところに、ぼくらは助けられてきたんだよね」

 と万感の思いを込めて言うのだった。

ごめんなさい、短いですがここまでです。

前回の戦いを通して、のび太も少しばかり大きくなりました。
だから、相変わらず察しが悪かったりする彼も、最後にはしっかりと自分の考えを伝えます。

そして、相変わらずのドラえもんの洞察力……いや、ホントに、書いてて「大丈夫かこれ?」って思います。
それでも、「まぁ大長編ドラえもんだし」と納得しながら書いてます。
読者の皆様がそう思ってくだされば嬉しいのですが……

それじゃ、この辺で。
いや本当に、遅々とした進行で申し訳ありません。

ああ、もう本当に遅筆で嫌になりますね……。
しかも、今回は殆ど本筋に入っていないような気もしますし――投下します。


「……」

 教室には、物思いに耽る少女の姿があった。
 暁美ほむらだ。
 彼女は、ここ数日のことを、つぶさに思い返していた。

(――巴マミ)

 これまでのループでも、彼女は一つの大きな転機をもたらしていた。
 すなわち、「生」か「死」か。
 ほむらの知る限り、大抵の場合において、彼女は頭ごと食い千切られ、命を落としていた。
 しかし、今回は――

(――佐倉杏子)

 ドラえもんの話を聴く限り、今回の杏子は「協力者」になり得る。
 まどかとのび太が助かった後で、杏子は「……ったく、まぁツイてたな」と苦笑し、その場から姿を消したそうだ。
 ドラえもん曰く、「まるで、普通の女の子みたいだったよ」ということらしい。
 大抵のループにおいて、杏子の行動は一つのキーだった。大きな「不確定要素」とも言える。
 しかし、今回は――


(今までのループと、明らかに違う……)

 そのことだけは、確かだった。
 今までのループとは、たった今思い返していた二人の『魔法少女』のこともあるが、それ以外も大きく異なる。
 言うまでもなく、二人の「イレギュラー」の存在だ。
 この二人がいることにより、実際の状況が好転していることは確かだろう。
 しかし、なにより――

(なんでこんなに、私は安心しているの……)

 暁美ほむら自身の、心の安定にも直結していた。
 『魔法少女』にとって、絶望に侵されないということは大きな意味を持つ。
 同じ1ヶ月を何度繰り返したかも定かではない彼女にとって、このループは大きな救いとなっていることを認めざるをえない。

 ――あのね、目は「前へ前へ、進んでいく」ためについてるんだよ――

 のび太は、こんなことを笑顔で、当然のごとくほむらに言ってのけた。
 眼鏡の奥から、笑みを浮かべながら、けれど真剣そのものの眼差しで。
 あの少年は、彼女が忘れていた「何か」を思い出させてくれる、そんな気がしてならなかった。

(――うーん、いい天気だな)

 河原を歩きながら、ドラえもんはしみじみとそんなことを思った。
 最近はほむらのためとはいえ、のび太にせよ彼にせよ、なかなか休息は取りにくい。

 さやかと少しの間、登校の途を共にした後で、二人はどちらからともなくゆっくりと歩き出した。
 考えてみれば、のび太は『魔女』と、ドラえもんは『魔法少女』と戦い、疲れが溜まっていた――

「あーあ、もうここへ来て何日経ったんだろうね」

 ドラえもんが爽やかな気分に浸っていると、隣の少年は少し落ち込んだトーンで呟いた。

「しずかちゃんに会いたいなぁ」
「もう、のび太くんってば」

 やはり隣の相方は、故郷の想い人を思い出していたらしい。
 そういえばいつか、「神様、仏様、しずかちゃん」などと、神様と同列に語っていたか。

「いいの? ほむらさんを置いていって」
「――いいわけないだろ」

 ドラえもんがからかうと、のび太は当然のような顔つきで言う。

「そりゃ、しずかちゃんがいないのは寂しいけどさ……ここでほむらさんを見捨てていったら――」

 力強く、踏み出す。

「一生、後悔する」

 その口調は、先ほどの少年とは別人のようだった。

 ドラえもんは思い出す。
 のび太はよく弱音を吐くが、それは必ずしも彼の本意ではなかった。
 彼はぼやきながらも、本当の目的や信念は決して忘れない――

(……「弱音を吐くな」と言うべきか、「それでこそのび太くんだ」とでも言うべきか)

 おかしなことを考えあぐねて、ドラえもんは少し可笑しくなった。
 なるほど、この少年といると退屈しないわけだ。

「……あれ?」

 ドラえもんはそう言うと、足を止めた。

「どうしたの?」
「――あの子は」

 前方を見つめながら、ドラえもんは呟く。

「ねぇ、のび太くん。少し、いい?」
「え? ぼくは大丈夫だよ」

 相方の同意を得ると、ドラえもんは歩きの速度を上げた。
 はて、一体どこに行こうというのだろう?
 疑問符を浮かべながらも、のび太は彼について行く。


「いや、まさかまた会うとはね」
「ねえちゃ、ねえちゃ」
「あー、もうっ! あんた、あたしのことつけて回ってるんじゃないだろうな?」
「はは、そんなことしたらお嫁さんに怒られてしまうよ」
「――んだよ、ノロケかよ」

 ドラえもんはその場にたどりつくと、やはり、と感じた。
 赤く長い髪をポニーテールにした、その少女は――

「杏子ちゃん」
「……!」

 彼がそう呼びかけると、杏子は慌てたような素振りを見せる。
 その表情は、照れているようにも感じられた。

「こんにちは」
「――なに、しにきたんだよ?」
「え? 散歩だけど?」

 ドラえもんは平然と、喧嘩腰の杏子に応じてみせた。
 というより、本当に散歩をしていたのだから、そうとしか応えようがない。

「と、とぼけてんだろ?」
「どっちが?」
「……どいつもこいつも、ムカつく」

 杏子はそう言って唇をとがらせると、プイと横を向いてしまった。

 どうやらこの少女とドラえもんは知り合いらしい。
 なんだ、そういうことなら――
 のび太はそう判断すると、親しみを込めて、

「ねぇ、ドラえもん。この可愛い人と友だちなの?」
「――は、はぁ!?」
「うん、そうだよ。まぁ、髪の色とよく似て、顔もすぐに赤くなって――」
「…………」

 唇を噛み締めながら、拳を握り締めるも、プルプルと震えるばかりで何も出来ない。
 そんな少女を見ながら、知久はうんうんと頷く。

「うちの娘と、良い友だちになれそうだ」
「ねーちゃ、ともだち?」

 すると、杏子はピクリと耳を動かした。
 友だち――?

「……いないよ、そんなもん」
「友だちが?」
「そっ」

 そう言うと、ヒョイと立ち上がる。
 ズボンに付いた埃を取り払うと、身を翻し、

「じゃあな。なんか冷めちまった」
「――ぼくたち、友だちじゃなかったんだ」
「……」

 そっぽを向いて歩きはじめた杏子は、またしても耳をピクリとさせる。

「うーん、なんだかショックだなぁ」
「……」
「そうか、ぼくと杏子ちゃんは友だちじゃ――」
「あー、うっせえ!」

 再び身を翻しズカズカと足を踏み鳴らし、杏子はドラえもんの前に立つ。

「いつ、どこで、あたしとあんたが、友だちに、なった?」
「少し前に、路地裏で、戦ったときに」

 一言一句区切って詰め寄る杏子に、ドラえもんもまた区切って応えた。
 あぁ、なんだこのダミ声は、もういいからここで変身してぶっつり刺してやろうか――
 ピクピクと体を震わせながら、杏子はグルグルとした感情の中に身を投じていた。


「わぁ、可愛いですね」

 そうしていると、またしても「可愛い」ときた。
 どうやら、憎らしいダミ声の隣にいた眼鏡の少年の声らしい。
 杏子は、今度はそちらに首を向け、

「い、いい加減からかうのはやめ――」
「へぇ、いくつになるんですか?」
「もう少しで四歳になるね」
「にーちゃ、にーちゃ」
「へぇぇ……あ、ぼく、のび太っていいます。野比のび太」
「はじめまして、ぼくは鹿目知久といいます。そして、こっちがタツヤ」
「鹿目さん、ですか――ん、鹿目、って……」

「…………」
「――『可愛い』ねぇ」

 茹でダコのような状態になった杏子に、更なる追い打ち。
 ドラえもんを睨みつける杏子に、彼は、

「いやー、昔はのび太くんもあんな風だったのかなぁ」
「……」
「うーん、羨ましいなぁ」
「――わざと、だろ?」
「え、なんの話?」
「…………ああ、ムカつく」

 そう言うと、杏子はプイと横を向いてしまう。
 ドラえもんは、笑いながらその姿を見つめていた。

(うーん、こういう風にしてたら、歳相応なんだけどなぁ……)

 今度から、「可愛い」という言葉を彼女との会話では使っていこうか。
 とても嫌がるだろうが、そのうち殻も取れてくれるのだろう……多分。

(――さて)

 ドラえもんはそこで、密かに身を引き締める。
 少し離れた場所では、のび太と親子が遊んでいた。
 そして、ドラえもんのすぐ隣には、まだブツブツ「可愛いとか……」などと言っている杏子。
 ――今がその時。

「ねぇ、杏子ちゃん」
「あー、もう! あたしはあんたと話なんか――」


「巴マミさん、知ってるよね?」
「……は?」

 その言葉を聞いた瞬間、杏子の全身が強張ったことを感じ取る。
 やっぱりか――ドラえもんは、ほむらとの会話を思い出していた。

 ――佐倉杏子。そう、あなたが会ったあの子は、元々巴マミの弟子だったわ――

 ――あんまり驚かないのね。え? なんとなく、巴マミに似てた?――

 ――本当、あなた一体何者なの? まぁ、存在自体が謎のロボットだけれど――

 ――ごめんなさい、言い過ぎたわ。期限を直して頂戴――

 ――べ、別に笑ってないわよ――

(あれ? なんでこんなこと思い出してるんだろう?)

「で、どこでその名前を聞いた?」

 おっと、思考に埋没してる場合ではない。
 目の前には、まっすぐにこちらを睨みつけている杏子の姿があった。
 ふむ、マミとは違って吊り目ではあるが、やはりどこか――

「……似てるなぁ」
「はぁ?」
「君と、マミさん」
「――馬鹿馬鹿しい」

 そう杏子は、吐き捨てる。

「いいか、もうどこで聞いたのかなんてどーでもいい……ただ」

 そう言って、杏子はジロリと目を剥くと、

「――あたしとアイツが似てるなんて、ありえないよ」
「人間はムキになって否定すればするほど、真実が浮き彫りになる」
「……は?」
「――『存在自体が謎の』ロボットの、たわごとだよ」
「わけわっかんねえ」
「わけわからなくてもいいんだ――ねぇ、杏子ちゃん」

 ドラえもんも、茶化すのはもうやめるつもりだった。
 杏子の赤面は、また次の機会にでも回すとして、今は――

「……マミさんが、大変なんだ」
「だから? あたしは、あいつが死んだって聞いたとしても、何も――」
「そうだよね、そう強がるんだよね」
「……キレるぞ?」
「ご自由に。ただ、キレてもいいけど、ぼくの話を聞いてほしい」

 正直な話、杏子の恫喝は、今までの冒険をかいくぐってきた彼からすると全く怖くなかった。

「――今、マミさんは心を病んでいる」
「あいつならありえない話じゃないねぇ」
「……一瞬、死にかけた。というより、一度死んでいたといってもいい」
「……はぁ?」
「ぼくたちが間に合わなかったら、彼女はもう――」
「はっ!」

 ドラえもんが語る中、杏子は茶化しのポーズを崩さない。

「なんだ、自慢のつもりかい? まぁ、あんな奴くたばろうが、どうしようが――」
「いいのかい?」
「……なにが?」
「もしかしたら、本当にマミさんは命を落とすかもしれない。
 その時、君は彼女を助けられなかったことに、後悔しないかい?」
「……する、わけ」
「その迷いが、君の答えだね?」

 ドラえもんがそう言うと、杏子は聞えよがしな舌打ちをしてみせた。
 そう、結局どう取り繕おうと、中学生の本心や素の表情など、隠せるものではない。
 これが大人になれば話は別だが――だからこそ、自分はついこの前のほむらの会話が心に残っているのだろう。
 あんな風に軽口を叩くなど……以前は、全く想像ができないくらい、彼女の態度は硬かったのだから。
 そうだ、ぼくは――

「――嬉しかったんだ」
「……んだよ、ダミ声」
「ドラえもん」
「――」
「いい、杏子ちゃん? ぼくには『ドラえもん』って名前がある」
「なにを……」
「君は、自分の心から、『巴マミ』の名前を消し去ったつもりでいるんだろう?」
「――いい、加減に」
「行こう」
「はぁ?」


 ドラえもんは、息を吸い込む。
 そうだ、ぼくは嬉しかった。あの時、ほむらさんが仮面を取ってくれたことが分かったから。
 そして、もっと嬉しさを重ねたいんだ。のび太くんと一緒にこの世界を救うこと。
 それを、達成するために――きっと、必要なことは。

 この子たち全員が、生き延びること以外に、考えられないじゃないか。


「――マミさんの、所へ」

ここまでです。
ダミ声とありますが、自分の頭ではドラえもんは(CV:大山のぶ代)で止まってしまっています。
ですので、このような表現になりました。

本筋は進まないのに、杏子ちゃんの描写だけは長いですね……
書いてたらついつい調子に乗ってしまいました。面白かったです。

それでは。
実生活が忙しく、遅れがちなことをお詫びします。

皆さん、お久しぶりです。保守ありがとうございます

今日の20時から始められそうです。

今ちょっと取り込んでいるので、夜楽しみにしていてください

本当に申し訳ありません。
遅筆なことに加えて、自分の至らなさのせいで――>>369のレスは、なりすましです。
それ故に、遅すぎるかもしれませんが、トリップを付けさせていただきます。
重ね重ね、ごめんなさい。






「鹿目まどか、ちょっといいかしら?」

 昼休み。
 佐倉杏子とドラえもんが話を進めている時のことになる。
 暁美ほむらもまた、とある目的のための行動に出ていた。

「あれ? なぁに、ほむらちゃん?」

 そんな彼女に、鹿目まどかはちょっとばかり目をパチパチとさせて応える。
 こんな風に、ごく普通に、暁美ほむらが声をかけてきたことなんてなかったからだ。
 それも、まどかがクラスメイトと一緒にいる時に。

「なになに、転校生? まさか、私のまどかを取ろうってんじゃないでしょうね?」
「もう、さやかさんったら……いけませんわよ」

 案の定というべきか、美樹さやかはからかいを存分に含んだ口調であり、それをたしなめる志筑仁美も想定の範囲内。
 いつものほむらなら、そこでカチンと来ていたのは否めないが、今日の彼女は一味違う。

「ええ、そうね――あなたの大切な人、貰いに来たわ」
「……えっ!?」
「まぁ!」

 長い黒髪をファサッとやり、ほむらはまどかと向き合う。
 これもまた案の定、まどかは顔を真赤に染め上げ、

「な、なにを言ってるのほむらちゃん!?」

 椅子からガタリと立ち上がり、ほむらに抗議の視線を送るのだった――


(――ちょっとふざけすぎたかしら?)

 廊下を憤然たる勢いで歩いていくまどかを見遣りながら、ほむらは首を傾げる。

(とはいえ、おかげで美樹さやかも黙らせられたし、良かったわよね)

 自分で首肯する暁美ほむら。
 彼女は気付いていない。
 普段、自分が取らない行動をしたため、気分があまりにも浮き足立っていることに。
 後で彼女が自分の行動、台詞を省みた時に、ベッドに顔をうずめることは必至だろう。


「そ、それで、ほむらちゃん?」

 未だ、自分をちょっと責めるような視線のまま、まどかはほむらを振り返った。

「さ、さっきのは……ど、どういう、意味、かな?」

 顔を染めたまま、彼女は声を裏返しながら、ほむらに問う。

「あぁ、そうね――あなたを貰いに」
「ほむらちゃん!?」
「というのとは違って。美樹さやかと上条恭介について、あなたに訊きたいことが……」
「……」

「え?」

 誰も使わない階段。
 そこの踊り場に、基本的に誰も来ることはない。
 よって、鹿目まどかがそこを話し合いの場に選んだことも、半ば当然であった。

「……どうして、こんな場所に?」

 そんな彼女の機微を理解できない暁美ほむらの姿も、半ば当然であった。

「フツーはね、恋愛のお話をする時は、誰にも聞かれないような場所で、っていうルールがあるの」

 どこかツンツンとした声音のまどかも、ほむらの理解の外であった。
 何故だろう? まぁ、そんな鹿目まどかはどこか可愛らしいから、それでいいか。

「さて、聞かせてもらおうかしら」
「ず、随分な扱いだね……まぁ、いいや」

 コホンと一息ついて、まどかは話し始める。



「えぇと、さやかちゃんと上条恭介くんは、小学生の頃からの幼なじみなの」
「……へぇ」

 ほむらは、少し驚いていた。
 そうだ、自分はこんな情報すら満足に仕入れてこなかったのだ。
 何度も繰り返したループは、全て目の前の少女のためであり、それ以外は外部要因に過ぎなかった。

 それが、今までの間違いを生んでいたとするならば……

 ――あのね、未来は変えることが出来るんだよ!――

 あの眼鏡の少年が言うことも、俄然、信憑性が増すことになる。


「それで、私もそんなさやかちゃんと、小学校で……何年生かの頃に会ったの」
「――上条恭介とは?」
「うん、さやかちゃんと一緒にいたから、自然に知り合いになってたなぁ」
「……」

 ふむ、なるほど。
 小学生の頃に、美樹さやか、鹿目まどか、上条恭介は出会い、現在までその親交は続いている。
 で、あるとすれば――

「まどか。一応、確認してもいいかしら?」
「ん、なぁに?」

「あなたは、上条恭介に好意を抱いてたりはしないの?」

「……ええええ!?」

 ほむらがそう言うと、まどかは先ほどと同じように顔を真赤にしてしまう。

「わ、私は! そ、そのぉ……」

 モジモジとしながら、彼女は言葉を重ねる。

「お、男の子に恋、とかは、まだ」
「ふむ、それじゃあ――」

 ほむらは動じずに、

「女の子になら?」
「ほ、ほむらちゃん……なに言ってるの?」
「いや、なんというか――ごめんなさい。あなたの顔、ちょっと怖いわ」
「当然だよ!」

 そんな押し問答の末、まどかは再びコホンと一息つく。

「いい、ほむらちゃん? 女の子の話はともかく……私、鹿目まどかは、上条恭介くんに、恋愛感情は持ってません」

 一言一言区切るようにして、彼女はたしなめるように言った。

「なるほど……」

 対するほむらは、ふと思案する。

 それならば、美樹さやかの恋愛成就作戦の障害は、志筑仁美の恋愛感情一つということになる。
 鹿目まどかにその気が一ミリもないことが判明した以上は。
 ……まぁ、上条恭介が他の女子にも好意を持たれている可能性は否定出来ない。

「ところで、まどか? 上条恭介は、その、所謂モテる男子なのかしら?」
「え……そ、そうだなぁ。顔立ちは整ってる方だと思うし、去年のバレンタインには――」

 考えこむ素振りを見せるまどかを、ほむらはジッと見つめる。

「うーん、まぁ……取り立てて『モテる』ってわけじゃないかも」
「そうなのね」
「うん。そんな上条くんが大好きなのがさやかちゃ――」

 そこで、ハッと口を噤むまどか。
 どうやら、質問を重ねる手間が省けたようだ。

「……まどか。あなた、隠し事とか苦手なタイプでしょう?」
「うう、酷いよほむらちゃん……」

 シュンとしてしまうまどかに、ほむらは優しく声をかける。

「いいわ。そんなまどかだから、私は今まで――」

 ――心から助けたいと、願い続けてきたのだから。
 その先は、口にしない。
 さて、そんな彼女の台詞を当のまどかは、

(――やっぱりほむらちゃん、私を……!?)

 どう、勘違いしたのやら。


「それで、私が聞きたいのは――そうね、上条恭介自身は、美樹さやかをどう思ってるのか、かしら」
「……上条くんは」

 そこで一旦言葉を区切ると、

「さやかちゃんのこと、好き、なんじゃないかな?」

 そう言った後で、

「いや、もしかしたら、いわゆる『友達以上、恋人未満』ってやつかも……」

 さらに続けて、

「――うーん、恋愛対象っぽくも見えるけどなぁ」
「あなた、意外と優柔不断なのね……」

 私を助ける時は、あんなにも早く判断を下したのに――という続きは飲み込む。

「しょ、しょうがないでしょ! お、女の子にとって恋愛っていうのは、何よりも大事なんだから!」
「……」

 なるほど、だからそんなに判断に時間をかけるのか――あれ?
 え、それって……つまり、私を助けることよりも?

 少しばかり落ち込んだほむらに構わず、まどかは続ける。

「うん、さやかちゃんの『好き』よりも、上条くんの『好き』の方が、ちょっとだけ弱い、かも」
「……へぇ」

 悩んだ末の結論だけあって、なかなか練られた回答だ。
 つまり、美樹さやかの恋愛感情が強い、ということか。

(それなら――話は、ちょっとだけ難しくなるわね)

 お互いに両思いならば、美樹さやかの魔女化など防ぐ手はずはすぐに整った。
 しかし、それなりに長く二人と付きあってきたまどかがこう言うのだ。それならば――

 志筑仁美という対抗馬が、持っていく可能性は否定出来ない――!

(そうなったら……)

 今までどおり、最悪の展開が待つのみ、だろう。


「……わかったわ。ありがとう、まどか」
「ど、どういたしまして……あの、ところでほむらちゃん?」
「――なにかしら?」
「あ、あのさ……もしかして」


「――ほむらちゃん、上条くんのことが好きだったり?」


 昼休みの終わり――

 見滝原中学には、一人の少女の大きな、それは大きな否定の声が鳴り響いたという。
 ただ、それは人気の全くない踊り場が発信源だったためか、誰にも聞こえなかったそうではあるが。






 さて、中学校では昼休みが終わり――


「……マミ」


 二人の少女の途切れた時間も、終わろうとしていた――

ここまで。
今回は、終始コメディ調でしたね。

次回は展開上、かなり重めになりそうではありますが……

投下の際に書きましたが、本当に至らない作者でごめんなさい。
もう映画は間近だというのに――

それでは。

 ――なんて、高いんだろう。

 あれから、もうどれくらい経ったか。
 二人の関係に、決定的なヒビが入った、あの日から。

 ふと、寒気を感じた。
 特に寒いわけでもないのに、何故か震えた。

 わかっている。あたしの足が、その発生源だ――


「……杏子ちゃん」

 ハッとする。
 目を向ければ、すぐ近くには心配そうな表情を浮かべたロボットの姿があった。

「大丈夫?」

 次の声は、眼鏡の少年から。
 彼は真っ直ぐに、佐倉杏子の目を見つめてくる。

「――余計なお世話だっての」

 その、あまりに純粋な視線に、杏子は居心地が悪くなった。
 そもそも、この二人のせいで……

 今、彼女はここにいるのだから。



 見滝原から離れ、風見野に住処を移した。
 自ら慕った「師匠」と、あんな形で別れたことが、あまりにも響いた。
 
 ――もしも。
 もしあの時、家族が「あんなこと」にならなかったら。
 時折考えては、胸を痛める。
 その後で、何事もなかったかのように、『魔女』を狩りに行く日々を続けてきた。

 得たものと失ったもの。
 天秤にかけてみれば、後者は何て重かったことか。

「……ただ、久々に来た、から」

 こんなに、近くに。
 精神的にも肉体的にも、距離を置いて、もう二度と会いはすまいと誓ったのに――

「――何かと向き合うことは、凄く辛いよね」

 未だ逡巡する杏子の隣で、ドラえもんは訥々と語り始めた。

「ぼくたちも冒険の中で、出会った人たちと沢山の別れを経験してきた」

 コクリ、とのび太は呼応するように頷く。

「永遠の別れになったものだって、少なくなかった」

 そう言うと、ドラえもんは杏子の瞳を真正面から捉えた。


「何が、言いたいんだよ……」
「誰よりも、杏子ちゃん自身が知っているはずだけどな」

 クルッと、ドラえもんは身を翻す。
 彼の視線の先には――

「あそこにいる人と、本当の『別れ』をする前に」

 今なら、とドラえもんは続けた。


「……ったく、どいつもこいつも」

 杏子は頭をかきながら、目の前にそびえ立つマンションを見上げた。
 気づけば、足の震えも止まっている。

「――行くぞ!」

 その声に、もう迷いはなかった。

 ――呼び鈴を押す。
 間延びした音が、一帯に響いた。

 しかし、肝心の本人が出てこない。

「……間違えた、わけじゃないよな?」
「杏子ちゃん、漢字は読めるでしょ? 『巴』ってあるよ」
「バ、バカ! 読めるに決まってんだろ!」

 ああ、クソッ、表札を見逃しただけなのに恥ずかしい!

「へぇ、これで『ともえ』って読むのかぁ……」

 ……と、そんな少年の間延びした声のせいで、恥ずかしさも消えてしまった。
 代わりに、何故か笑いが零れてきた。

「――のび太って、ホントバカなんだな」
「えぇ!? 酷いよぉ……」

 からかうような口ぶりで、少年を弄る少女。
 そんな光景は、どこかおかしくて、緊迫した雰囲気を和らげた。

(全く、のび太くんったら……)

 この少年の手にかかれば、どんな「檻」も溶けてしまうんだろう、とドラえもんは思った。


「気を取り直して……っと」
「待った、杏子ちゃん」

 杏子が呼び鈴を押そうとすると、ドラえもんから「待った」がかかった。

「なんだよ?」

 気勢を削がれ、少しカチンときた。

「仮にマミさんが出てきたとして、最初にどんなこと言うか決めてるの?」
「……」

 考えてみたら――
 あれ? あたし、何しにここに来たんだっけ?

「よ、よぉ久しぶり」
「それでいいの?」
「……変わってねえなあ、おい!」
「おかしくない?」
「……じゃあ、どうしろってのさ」

 いちいちダメ出ししてくるこのロボット、何様のつもりだ?
 そんなつもりでガンを飛ばしてみるも、効き目なし。
 くっ……完全にバカにされてる!

「杏子ちゃんが、一番言いたいことは?」
「……」

 なんとなく、なんとなくだけど。
 分かったような、気がした。


「――押すよ」

 再び、間延びした音。
 そして、静寂――
 さっきと変わらない展開に、一同は落胆しそうになった。


 しかし。



「――はい」


 時間が止まった、ような気がした。


「ごめんなさい。どちらさま?」

 けれども、実際にはようやく時間が動き出した。


 インターフォン越しに響く、昔と変わらない声。
 しかし、その頃と比べて、脆く崩れそうなほどに儚い声で――


「――相手の姿、見えねえのかよ」

 悪態をついたつもりが、その声もまた震えている。
 インターフォン越しなら、相手の姿も室内から見えるはずだ。
 それなのに、なんで――
 そんな、どうでもいいことに苛立ってしまう。

「……あ、そう、ね。ごめんなさい、調子が悪く、て……」

 ボソボソとした声が、一変する。

「その声――!」

「……よう」

 そこで一拍吸うと、


「あの、さ……会いたかったんだ、マミ」


 横にいるドラえもんの表情を、インターフォンを凝視する杏子は知る由もない。

 彼は、まるで娘を見るような優しい瞳で、彼女を見つめていた――

そうですね、たしかに延命です。
伸ばし過ぎるのは、好ましくないですね。

ただ、待って下さっているはずの読者の方々を「カス」呼ばわりは、やめてもらいたいものです。

ごめんなさい、遅くなりました。
そして、大して投下量もありません。
それでも、楽しんでいただけたら。

映画ももう、間近ですね……どんな結末を迎えるのやら。

それでは。

ああああぁぁぁぁ! >>1の家が!!! 〈      、′・. ’   ;   ’、 ’、′‘ .・”
                          〈       ’、′・  ’、.・”;  ”  ’、
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY´     ’、′  ’、  (;;ノ;; (′‘ ・. ’、′”;

                              、′・  ( (´;^`⌒)∴⌒`.・   ” ;
::::::::::::::::::::::   ____,;' ,;- i                、 ’、 ’・ 、´⌒,;y'⌒((´;;;;;ノ、"'人

::::::::::::::::::   ,;;'"  i i ・i;                _、(⌒ ;;;:;´'从 ;'   ;:;;) ;⌒ ;; :) )、___
:::::::::::::::  ,;'":;;,,,,,, ;!, `'''i;.               / ( ´;`ヾ,;⌒)´  从⌒ ;) `⌒ )⌒:`.・/\
:::::::::::  ,/'"   '''',,,,''''--i                / :::::. :::    ´⌒(,ゞ、⌒) ;;:::)::ノ. _/    \
:::::::::  ;/  .,,,,,,,,,,,,,,,,,   ;i'⌒i;         /    ノ  ...;:;_)  ...::ノ  ソ ...::ノ__/       \
:::::::  i;"     ___,,,,,,,  `i"        /_______________/|          |\
::::::: i;    ,,;'""" `';,,,  "`i;          ̄|   _____  .______.  |   >>1宅  .|
::::::: |  ''''''i ,,,,,,,,,,  `'--''''"          |  |       |  |         |  |          |
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::::::: |;    `-、.,;''"                    |  |       |  |         |  |          |
::::::::  i;     `'-----j             |  | ==== .|  | ===== .|  |          |

 ――違う。

 久々にその姿を見て、反射的にそう感じた。

 変わっていない所もある。
 以前から眩しく、彼女への憧れをより高めていた金髪の煌きがそれだ。

 ただ……


「――随分と、やつれたじゃねえか」
「あなたも、ね……佐倉さん」

 巴宅にあがり、ドラえもん一行が腰を下ろすと、巴マミは紅茶を振る舞った。
 体力を心配する声もあったが、「こうしている方が落ち着くから」というマミの言葉に押し切られた格好だ。

「目の色が違うわ」
「それ、褒め言葉じゃないのか?」
「全く、違うわ」

 紅茶を飲みながら、杏子に対して厳しい口調でマミは言葉を投げかける。
 「厳しい」とはいえ、やはり体力・精神力といったものの退廃は隠せていない。

「――随分なご挨拶だねぇ」

 マミとは対照的に、紅茶を荒っぽく飲みながら、杏子も言葉を返す。
 そんな二人を、ドラえもんとのび太は静かに見つめていた。
 割り込めそうにない、ということを直感したから。

「そもそも、佐倉さんは勝手よ」

 紅茶のお代わりを注ぎながら、マミは更に続ける。

「ご家族のことは、確かにお気の毒だわ。確かに、貴方の考え方を変えてしまう
 ほどの事件だったとは思う。けどね」

 テーブルに添えられたお茶菓子も、手に取って、

「だからって、私を――」
「もういいよ」

 それを口に運ぼうとしたところで、はたと止める。
 自分ばかり喋ってしまっていたが、見れば眼前の佐倉杏子がとても
 おかしな表情をしていることに気付いた。

 彼女はまるで、「怒りながら悲しんでいる」ような、そんな顔つきで――


「もう、喋んな」
「それは、無理な相談――」


「うるさいんだよ、もう!」


 ガタン、と。
 大きな音を立てて、杏子は立ち上がった。
 彼女の隣にいたのび太とドラえもんは、ビクッとしてしまう。

 マミも、ついキョトンとしてしまった。
 その行動が、あまりに唐突で、あまりに感情的だったためだ。

「アンタさ、何コか『上』だからって、あたしにそんなこと言えんのかよ?」

 マミを見下ろし、杏子は言葉を発する。

「聞いたぜ? 『魔女』にやられそうになって、引きこもっちまっただぁ?」

 笑わせんな、と彼女はケラケラと笑ってみせた。

「そんなことしてるから――ひとりぼっちになっちまうんだよ」


 次第に、マミの中での困惑は薄れていった。
 いきなり、何の前触れもなく現れて、この態度と言い草。
 困惑は、沸々と湧いてきた怒りに取って代えられた。


「佐倉さん……あなた、ねぇ!」


 負けじと、彼女も立ち上がる。
 もはや、ロボットと少年の二人組はアタフタとするばかりだ。

(うーん……ここまでこじれるとは)

 のび太はともかく、ドラえもんは少し当てが外れた思いだ。
 意外と穏便に、事が運んでくれると思っていたのだが――

「へぇ……引きこもりだったヤツとは思えないねぇ、その声」
「――本当に、怒るわよ?」

 どこまでも挑発的な杏子に、静かに怜悧な声音で対するマミ。

「佐倉さん……あなたは、一体どうしてそうなってしまったの?」

 そんな口調にも、どこか感情が混じってしまうのは防げない。
 やはり、昔の「関係」が脳裏をよぎる、ためだろうか。

「私の知っている『昔の』佐倉さんは、そんなことを言わなかったし……それに」

 しばし逡巡した後、続ける。

「そんな『狂犬』のような目を、してなかった」


 空間に、沈黙が落ちる。
 触れれば、すぐさま壊れてしまいそうな……そんな脆さを、恐らく誰もが感じていた。


「……他人の目をどうこう言う前に、さ」

 少しの間を空けて、杏子は言う。
 先ほどの挑発的な口調は鳴りを潜め、今は淡々とした口調になっている。

「アンタ、自分のことに気づいてるのかい?」
「……私? それが一体、なんだって――」


「そんな、ズタボロの身体で、何を言っても聞こえやしないんだよ……!」

 目を逸らしながら、杏子は絞りだすようにして言った。
 もはや、口調のことなどコントロールできるわけもなかった。


「マミ。アンタは、さっきから『アンタ自身』に気づいてない」
「気づいてない、って……佐倉さん、貴方」
「どれくらい、すぐに崩れちまいそうなのか――そんなことを分かってない」

 困惑するマミに対し、杏子は更に言葉を重ねていく。

「紅茶を飲みながらいきなりまくし立ててきた時、アンタはずっと……眼が死んでいた」
「……!?」
「あたしの知ってる巴マミは、そういうちょっとした不満を並べ立てる時に、そんな眼はしなかった」

 杏子の指摘に、マミは少なからず動揺した。
 アンタ自身? 眼? さっきからこの子は、何を――

 思考がグルグルと回っているうちに、気づく。
 目の前にいる、かつての弟子が――


「……そんなの」

 拳をグッと握り締め、目をギュッと瞑って。

「あたしの知ってるマミさんじゃ、ない」

 その縁から、一筋の涙が――


 気づくと、場の状況は一変していた。
 崩れ落ちてしまいそうな佐倉杏子を、抱え込む巴マミ。
 そして、そんな二人を静かに見つめる二人組、と。

「――バカね、もう」
「バカは、どっちだ……バカマミ」

 もはや、杏子の口から発せられる鼻声は、何の威力も持っていない。
 そこにいるのは、威勢のいい赤髪の『魔法少女』ではなく――


「――おかしな『師匠』を心配して、何が悪いんだ」


 普通の、どこにでもいそうな『少女』に過ぎなかった。


「……ごめん、ね」

 ポロポロと、涙が溢れてくる。
 今までどこかで麻痺していたような感情。
 それが、彼女の中に戻ってきたような――そんな気分だった。

「佐倉さん、私に酷いこと、いっぱい言ったよね?」
「……」
「今でも、怒ってるのよ?」
「――悪い」

 ぶっきらぼうに返す『弟子』に、『師匠』は鼻声で語りかける。

「……でも、ね」

 改めて、杏子を深く抱きしめる。
 今は、今だけは、離れられそうになかった。


「もう、いいわ。許してあげる」
「……エラソーに」
「だって」


「さすがにもう、『一人』にはしないでしょう?」


 杏子はハッと顔を上げ、目の前のマミを見つめる。
 かつての『師匠』は、まだまだぎこちない笑みを浮かべ、目に涙を一杯に溜めて
 自分を見つめ返していた。


「……これで良かったんだよね、ドラえもん?」

 二人のいる所から少し離れた場所で、のび太は相方に問うた。

「うん、きっと……」

 ドラえもんは、『師弟』の姿を優しい眼差しで見つめながら、応えた。

映画を観てきました。

果たして、あのオチは幸せなのか不幸せなのか……ともあれ、2時間が短く感じられる作品だったとは強く思います。

今回で、かつての『師弟』が和解しました。
展開が速すぎるような気は自分自身しますが、これが精一杯でした……。

それでは。
更新出来る時を狙って、していきたいです。

 

 川面に、夕焼けが映える。
 いつもの遊び場である河原で、息子は楽しそうに動き回っていた。


「パパ、きれー」


 屈託のない息子の言葉と笑顔に、僕も笑顔で応じる。
 娘といい息子といい、笑顔がとても可愛いと感じるのは親馬鹿なのか。


「……あれ?」


 息子と共に夕焼けを見ていると、川面に、これまた赤い何かが映った。
 長い赤髪――つい最近、見たことにあるような。
 その「赤髪」は、右から歩き、こちらに向かってきていた。


「――やっぱり」


 僕は、「彼女」を視界に捉える。
 ポッキーを口に咥えた「彼女」は、ピタッと止まり、視線を合わせた。


「……なんだ、またアンタか」
「随分と、元気そうだね」


 彼女――杏子ちゃんは、僕がそう言うと、ジトッとした目つきになった。
この目つきは彼女には似合っているが、どこか無理しているようで、思わず笑みが零れそうになってしまう。


「んだよ、あたしの体調まで見ただけで……やっぱり、ロリコンってヤツ?」
「娘と同じ年頃の女の子だから、気になるだけさ」


 僕がそう返すと、杏子ちゃんは不満そうに舌打ちしてみせた。
 残念ながら、彼女の望む反応は返らなかったようだ。


「……なんだか、心の憑き物が落ちたように感じるよ」
「ハァ?」


 図星だったのだろうか。
 杏子ちゃんは、言葉こそ荒れ模様なものの、視線が覚束なくなっている。


「べ、別に……そんなんじゃ」
「まぁなんにせよ――元気になったことは正しいみたいで何よりだ」


 僕が言葉を重ねれば重ねるほど、杏子ちゃんは不満気らしい。
 プイッと横を向くと、赤みが指した頬が見えた。


「あぁ、もう! これ以上、アンタと話してたら調子が狂うっての!」


 彼女がポッキーを噛み砕くと、ポキっと間が抜けた音が聞こえた。
 ともあれ、何よりだ。


「……それじゃ、行こうか、タツヤ」
「え? もうネーちゃとバイバイ?」


 僕は、息子を伴って、立ち上がった。

「んだよ、タイミング合わせるとか……やっぱり」
「生憎、娘や妻からの厳しい視線はお断りだからね」


 そう言って、後ろを向き、


「またね」
「ねーちゃ、バイバイ!」


 帰路につこう――と、したら。


「……お、おい!」
「ん?」


 首だけを動かし、彼女に再び視線を合わせる。
 杏子ちゃんは、何やら逡巡しているようだったけど、キッと前を向くと、


「ホントに、元気そうに、見えるのか……?」


 顔を赤くしながら、そう訊いてきた。
 やれやれ……本当に、なんというか、


「――うん、凄く元気そうだ」


 娘と同い年くらいの「女の子」なんだなぁ、と感じさせられた――






 ――その夜。


「――周りは、大丈夫?」
「うん……『アイツ』は、いない」
「よしっ」


 二つの人影が、アパート付近にあった。
 もっとも、今は極限まで存在感が薄まっており、誰にも認識されない状態だ。
 『石ころ帽子』……そんな、ひみつ道具のおかげで。


「それじゃ、行くよ」


 二人は頷き合うと、ササッと「彼女」の部屋の前に向かった。
 コンコンと、注意深くノックし、返事を待つ。


「……」


 しばし、無言で待つ。
 やがて、ガチャッとドアが開いた。


「――あぁ、来た、のね」


 二人は、一瞬ギョッとした。
 彼女――暁美ほむらが、非常にくたびれていたためだ。
 ともあれ、「アイツ」にバレないためにも、すぐさま中に入り込んだ。



「……ほ、ほむら、さん?」


 テーブルを囲むと、のび太はオズオズと切り出した。
 ほむらは、先ほどからまるで……茹だっているかのように、思えたからだ。


「な、なんでもない、わ」
「……もしかして」


 もう一方――ドラえもんは、そんなほむらに、


「まどかちゃんと、何か……」
「も、もう、止めましょう! この話はここまで!」


 この鋭いネコ型ロボット――!
 ほむらは顔を真っ赤に染めながら、この青い猫に畏怖した。


「……私には、調査なんて向いてないのよ」


 断片的に話してくれたことによると、ほむらはまどかに対し、かなり積極的な態度で詰め寄ったらしい。
 おかげで、かなり怖がらせて、引かれてしまった、そうな。

 ただ、そんな赤面した鹿目まどかの姿が彼女の脳裏に焼き付いていることも、また事実で――
 布団の上で悶えているところに、二人が来た、ということだ。


「まぁまぁ……ほむらさんは、素晴らしい活躍をしたよ」


 ズーンと沈んだ様子のほむらに、ドラえもんは力強く声をかける。


「そうか――さやかちゃんは、その上条くんと」
「……しずかちゃんと、ぼくみたいな?」


 のび太の例えはほむらにはさっぱりだが、ドラえもんはコクッと頷いた。


「そうだね……出木杉くんがいないのが、この場合は幸いかもしれないけれど」


 何を言っているのかチンプンカンプンだが、今のほむらには落ち着く時間が欲しかったので、好都合だった。
 頭のなかで、今日のことを整理する。


 ――そうだね、上条くんは……さやかちゃんのことを――


 気持ちの大きさに差がある、と。
 そう、まどかは言っていた。

 それならば、採るべき戦略はなにか――
 そのことを考える上で、やはりこの二人は欠かせない存在だった。
 グルグルした頭を抑えながら、ほむらは二人と視線を合わせる。


「……さっき、連絡してきたことだけれど」


 そう。
 これ以外にも、非常に重要な展開があった、と。
 『糸なし糸電話』での連絡を思い出しながら、話す。


「佐倉杏子と巴マミが……」
「師弟関係復活、だね」


 ほむらは、ドラえもんの回答に、心が震えるのを自覚した。
 なるほど……これは、まさに。

「――大きな、一歩」
「『目が前についているのは、前へ前へと進んでいくためだ』」


 その呟きに、のび太は応じた。
 彼自身、大いに感銘を受けた、この言葉。
 今のほむらには、きっとうってつけだった。


「それで、その後の二人は?」
「杏子ちゃんは元気そうだったね。それに、マミさんの体調も一気に快方に向かいそうだ」


 元々、巴マミのメンタルは弱くはない。
 それは、ほむら自身が「弟子」として鍛えられたことからも、わかっている。
 不測の事態には脆いが、調子が良い時のマミは、間違いなく指折りの戦闘力を有している――


(――いけるかも、しれない)


 期待を自覚しないでいることなんて、不可能だった。
 散々辛酸を嘗めさせられた、あの化け物。
 ……後は、そう。


「――美樹さやかさえ、何とかなれば」
「さやかちゃんと上条くんを、結びつける」


 ドラえもんは、確認するように言って、


「さやかさんには、『出木杉』はいない」


 のび太は、それに付け加えた。




 ――同時刻。


(……うう)


 ベッドの上で、ゴロゴロと寝返りを打つ少女。
 鹿目まどかは、顔を真っ赤に染めながら、今日のことを思い出していた。


(ほむらちゃん、って……?)


 どう接すればいいのか、わかりかけていたような……そんな気もしていたのだけれど。
 今日のことで、よく分からなくなってしまった。
 それに――


(――あぁ!)


 しばらく、寝返りは続きそうだ。
 本日、詰め寄られたまどかは、しばらくほむらの真剣な眼差しを忘れられないだろう。



(……)


 窓の外から、そんな彼女を見つめている「生き物」は。


(――やっぱり、人間は、わけがわからないよ)


 「彼ら」が持たないであろう感情……「呆れ」というものを覚えたのか、すぐさま姿を消してしまうのだった。

ここまでです。

映画の影響か、最近まどか関連のSSが増えたように思えますね。
これで、杏子とマミ関係の話は一段落ついた、となると……。

正直、さやか関係の話が、さっぱりと思い浮かばず、難航しています。
もしかしたら、続きが書けないかも……なかなか、したくない選択ですが。
申し訳ありません。

それでは。
2013年も、もう少しでおしまいですね……。

 ――その日。


 鹿目まどかがベッドでのたうち回り、ほむらたち3人が話し合いの機会を持った夜。
 見滝原の山奥で、何かが起きた。


 ドラえもん達を載せて、墜落した『タイムマシン』。
 そこに、「何か」が――。


 誰もそれには気づかない。
 登山に使われることもない山奥に、夜に居る数寄者などあり得ない。


(…………!! ――――!)


 何かが鳴る。
 壊れたタイムマシン、そこの画面に、何かが干渉する――


 誰も気づかない山奥の、怪しい一時。
 そして、誰も気に留めないであろう、そんな一瞬間。


「……ZZZ」
「うーん……しずかちゃーん……」


 最も関係の深い二人は、『キャンピングカプセル』内で床に就いていたのであった。












 ――そして。


(……あれ?)


 その、「何か」に気づいたモノもいた。

 ――『正義の味方』。


 ふと、頭を過ぎった、そんな言葉。
 親友の前で、「正義の味方ってのも悪くないでしょ?」と、笑顔で伝えたあたしの姿。


 ベッドの上で、寝返りを打つ。
 あたしの思考の中に、二つの影がちらつく。


 一方は、眼鏡をかけた、幼さの残った少年。
 もう一方は、全身の青いたぬき――もとい、ネコ型ロボット。


(……あたしは)


 何を考えているんだろう。
 そうだ、あたしは正義の味方だ。
 何もおかしいことなんてない。ほら、この『ソウルジェム』が――


(――寝よう)


 そう思いたち、ベッドの電灯を消す。
 真っ暗な部屋の中で、あたしは本格的に寝ようとした――けれど。


(……何なんだろう?)


 なんだろう、何かモヤモヤする。
 おかしいな、なんだろう……?




 結局、何かしらの答えが出ないまま朝を迎えた。
 碌に眠れなかったおかげで、瞼が重い。


「――さて」


 ベッドから起き、着替えを済ませて顔を洗う。
 ヘアピンの位置は――よしっ。


「行ってきまーす」


 朝食を急いで食べて、いつものように通学路へ進む。
 そして、いつものように3人で登校する――もっとも。


「おはよう、さやかちゃん」
「おはよ、さやかさん」


 この2人がいるっていうのも、「いつも」に入れていいのかな?
 まぁ、いいか。2人は「仲間」の、命の恩人だし。

 いや、それを抜きにしても――


「さやかさん、鞄持とうか?」
「……あれ、眠そうだね? よく眠れなかった?」


 目の前で、相変わらず気を利かせようと振る舞う二人組。
 つい、口に笑みを浮かべてしまう。
 そうだ、あたしはそういうのを抜きで。


「……もう! いつも気を遣い過ぎだよっ!」


 この2人と一緒にいるのが楽しいんだ。



 さて。
 まぁ、この2人との時間も、あたし達の集合場所までだけど。
 やっぱり、昔からの親友とは、また違うものがあるしね。


「……ねぇ、さやかさん?」


 そんな道すがら、のび太が真剣な目をして、あたしを見てきた。
 

「ん? どうかした?」
「い、いや……なんでも」


 そう言って視線を逸らすのび太に、あたしの中に「ほほぉ?」といういたずら心が顔を出した。


「なになに? もしかして、このさやかさんに惚れちゃったかぁ?」
「……!」


 ははっ、驚いてる。
 まぁ、のび太のタイプからして、いきなり女の子にこんなこと言われたら照れるよねー?


 さてと、そろそろ「冗談だって」と笑い飛ばそうか――あれ?


「……そ、それは」
「さやかちゃん」


 のび太が困ってる所で、ドラえもんが少しばかり大き目な声を出した。


「そろそろ、待ち合わせ場所――」
「ん……ああ、そっか」


 楽しい時間はあっという間、っていうのは本当らしい。
 いつの間にやら、あたしは目的地の近くまで来ていた。


「それじゃね、2人共! あと、のび太? さっきのは冗談だからね!」


 手を振りながら、2人に別れを告げた。

 ――その頃。


「ねぇ、ドラえもん……やっぱり」
「うん、さやかちゃんは」


 ベンチに腰掛け、不安そうな目を向けるのび太に、ドラえもんが応じる。


「――認めたくない、みたいだね」


 彼らにとって既定事項なのは、「美樹さやかは上条恭介が好きである」ということ。
 そして、先ほどさやかが冗談めかして言ったあの言葉にこそ……。


「……のび太くんも、気づいたかな?」
「うん――何かほんのちょっぴり」


 目が泳いでた、ような……
 そう、自信なさげに言うのび太に、ドラえもんは首肯した。


 そろそろ、本格的に取り組むべきなのかもしれない。
 ドラえもんは静かに決意した。
 今みたいな和やかな時間は楽しかったけれど、そろそろ――


「ちゃんとしたアプローチを」
「あぷろーち?」
「……さやかちゃんに、想いを伝えてもらうために」


 そして、ドラえもんは頭をフル回転させる。
 どうすれば出来る限り自然に、真っ直ぐに想いを伝えてもらえるか。
 渋るさやかを、どうすれば納得させられるか……。

 ――また、その頃。


「……!」


 朝の通学路。
 学校へ向けて歩く彼女――暁美ほむらの目の前に佇むモノ。


 自然に、剣呑な目つきになる。


「――何を、しに来たの?」
「勘違いしないでほしいんだが、君に撃たれたくて来たんじゃないからね」


 そして、ひょいと可愛らしく首を傾げてみせる。
 対するほむらの視線は、ますます憎々しげになった。


「そう、僕が訊きたいのはね?」




 昨夜、何か時空に干渉しなかったかい――?




 ほむらは、混乱した。
 今、何を言った、コイツは?


 昨夜のことを思い返す。
 3人での話し合い――その中で、「美樹さやかと上条恭介」について議論したこと。
 それ以外に……なんて。


「何もしてないわよ?」


 ファサッと髪をかき上げ、目の前のモノ――キュゥべえに伝える。
 何回も行ってきたループで、演技だけは誰にも負けないくらいに上達したという自負がある。


「そうかい。それならいいんだ」


 そう言うと身を翻して、


「それなら、いいんだ――」


 去っていく「敵」の姿から、何故か彼女は目を逸らせなかった。

 ――それなら、「いい」?


 どういうことなんだろう……。


 おかしい、何か重大な過失を起こしてしまったような気がする。
 この類の胸騒ぎは……これまで何度も繰り返したループの中では。


(……最悪の状況、なの?)


 まさか、そんな……バカな。





(……それならいいんだよ、暁美ほむら)


 ピョンピョンと飛び跳ねながら、キュゥべえは思考する。


(君が時空に干渉していない以上、あの「感覚」は――)


 キュゥべえは、ほむらの能力に対し、決定的な証拠を掴んだわけではない。
 しかし、過去の経験(爆殺されたり銃殺されたりといった、穏やかでない「経験」)を通して、確信はしている。


 暁美ほむらはおそらく――


(そしてね、君が干渉していないのなら……思い当たるのは、もう)


 あの2人組。
 最近、自分の前に姿を見せないことから、どこかで訝しんできた2人。
 なるほど、なるほど。


(――目星は、つけている)


 後は……出来る限り『探知』するだけ。
 だから――





「暁美ほむら」




 振り返りながら、表情を変えずにつぶやく。







「君の大きな過失、だね?」

ここまでです。
なんとか書いてみたら、いつの間にかキュゥべえの空気化が終わりました。
本来、漠然と考えていたこととかなり変わってきましたが……。

そんなわけで、今後いわゆる超展開みたいなものが現れてくると思います。
今までも超展開みたいなもんだった、と言われたら本当にその通りですね……。


それじゃ、また。
遅々として進まないさやかと恭介の関係と、執筆頻度ですが……お願いします。

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