【小説】迷子の子猫からやってきた。(14)

 夕方。人気の無いコンビニの駐車場で僕はスマホをぼんやり眺めていた。
 特に何かするでも無く……いや、正確には無駄に登録された電話帳の中から話し相手になりそうな人を漁っていた。

 それなりの人数名前が並んでいるのに、話せそうな人は一人もいなくて……、諦めてスマホを傍らに置いた。
 定期的にメールやら何かの通知音が鳴るが、別に友達からじゃない。
 ゲームのポイント欲しさに登録したサイトから来るダイレクトメールやアプリの通知だ。

(煩い……)
 正直、僕は孤独だ。

 学校でも特に連む友達が居るわけでもなくて、放課後に塾に行っている訳でも、家が忙しい事情や複雑な事情を抱えている訳でも無い。
 普通の家庭で、普通に育った、普通の子。

 そして、ただただ孤独。
 楽しそうにしてるクラスメイトやバイトに精を出す同年代の奴等を遠目から見て、自分のコミュ障っぷりを思い知らされている。

 スマホに入っている連絡先は高校に入学した時やクラス替えの時に話の流れで交換した社交辞令。
 それから何人かと何回かはメールしたが、それから先続けるスキルが僕には無かった。

 今は高校2年の秋だが、そんなんで親に怒られない範囲の暗い時間に1人でスマホを眺めるハメになっている。
 こんな時、脳裏に過るのは……叔父さんの家の本棚で見かけた『完璧自殺読本』。

 サブカル? とかいうのにハマっていた叔父さんの本棚には今では発売出来ないような内容の怪しげな本が
ちょいちょい並んでいて、僕は遊びに行くたびに物珍しさに手に取っていた。

 自殺読本は叔父さんが僕くらいの年齢の時に発売された本らしい。
 本には如何にして確実に死ぬかと言う内容がビッシリ書いてあって、僕は初めて読んだ時は読んでいる途中で
怖くなって本棚に戻してしまったけれど、最近はあの本が妙に恋しい。

 だって、僕なんか居なくても誰も困らないだろうし、僕自身生きているのがとても息苦しい。
 だったら、いっそ死んじゃって良いと思うんだ。

 持て余した時間をコンビニ前やソーシャルゲームで潰すのにはもう飽き飽きだし。
 このまま生きていても東大に入れるような頑張りができるわけでもなくて、それで大人になったら底辺企業に就職して、結婚できても働き蜂の人生が待ってる。
 楽しみなんか、一つも見いだせやしないじゃないか。

(だよな。父さん母さんは暫く悲しむかもしれないけど、弟の聡の方がスペック上だし、その内忘れてくれるよな。今度叔父さん家行ってあの本借りてこよう)
 そんなことを考えていた時だった。

 俯いた視界にピンク色のスニーカーがチラつく。
 そして声をかけられた。

「あの、すみません」
 女の子の声だ。俺は思わず顔を上げると、可愛いオレンジのジャージを纏った
スポーティなファッションをした跳ねっ毛なボブカットの女の子が立っていた。

「な、何ですか?」
 見知らぬ少女から突然声をかけられ、きょどり気味に返事をすると彼女は言った。

「迷子なんですけど、助けもらえますか? にゃあ」

(に、にゃあ……?)
 語尾に付いた猫の鳴き声に俺は頬を引きつらせた。

『にゃあ』って、この子不思議ちゃんだろうか? 変な子に捕まってしまった?
 不安を感じながらお互い見つめ合う。女の子はニコニコしている。

 明らかに面倒臭そうな子だ。逃げようか? でも、逃げる口実が思いつかない!
 僕は改めて自分のコミュ障さを呪った。

 だが、これ僕と不思議な不思議な迷子の『子猫』との出会いとなるわけで。

「へえ、ミィちゃんって言うんだ……」
 歩きながら彼女が名乗った名前を聞き、ますます不思議な気分になる。
 名前まで猫みたいだ。もしかして偽名なのかもしれないとも思った。

「うん。で、君はなんて呼べば良い? ゆう? ゆうやくん?」
 そう言ってコテンと頭を傾げた。
 なっ名前……!

「ゆっゆうで良い……いややっぱ如月裕也だから如月で良い!」
 クラスメイトの女子とすらまともに話した事の無い僕が、
苗字飛び越して見知らぬ女の子に名前で呼ばれてしまった。

「きさらぎくん?」
 やっぱり君付け……!
 それだけで何だか凄く気恥ずかしくて、思わず彼女から顔を逸らす。

(うぐ~~~女子耐性マジ無いし! どうすりゃ良いんだコレ!)
 本当はその場で地面を転がりたい気分だったが、
彼女の前で無駄に悶える訳にはいかないので、それを必死に耐える。

(はっ! そうだった本題に話を戻せば!)
 そう思って僕はぎこちなく彼女に問いかける。

「そ、そう言えば行きたい場所があるんだったよね。どういう場所だっけ?」
 僕が訊ねると、彼女はコクンと頷いて無表情に答えた。

「うん。私が生まれた場所を探してるの」

「生まれた場所……?」

「うん。お母さん白くてホワホワしてて、ピカピカした光がいくつもあって、
ちょっと寒くて、あたしの兄妹もいたの……」
 白くてホワホワのお母さんとピカピカと多産系?

 マジ猫系ですか? いやマジ不思議ちゃん過ぎて、翻訳する人が欲しいんですけど。
 あっ、でもそんな落語を聞いた事があるな。
 確か、飼い主に恩返ししたくて、神様に人間にして貰った犬の話……でも僕猫なんか飼った事無いし、
この子は最初から生まれた場所探してるし、全然違うや。

(っていうか、ホントこの子何言ってるか解らないんですけどーーーー!!)
 そんなこんなで頭を抱えていると、ミィがちょっと寂しげに訊ねてくる。

「もしかしてやっぱり、判らない? 私こんな姿だし。生まれた場所探すために
折角お稲荷さんにこの姿にしてもらったんだけど」

「えっ……」
 彼女の言葉に俺はふと歩みを止める。

「マジで神様に人間にしてもらった系なんですか?」

「カミサマよくわからない。でもお稲荷さん優しいホワホワの白い、えらい存在。たくさんの時間生きてる」
 ポカーン。
 マジで落語の世界だった?

「え、それマジ話?」

「嘘言ってもしょうがないでしょ? お稲荷さんに会ってみる?」

「え……会えるの? 会えるよー? だって私いつも遊んでもらってるし」
 マジで?! この子不思議ちゃんだけど本当の不思議ちゃんだったの?!

「会えるなら是非。神様に会えるとか、スッゲ貴重すぎるし」

「じゃあ、まずは行こー」
 そう言ってミィは僕の手をおもむろに掴んだ。

「!!」
 柔らか……!!
 じゃなくて、僕今女子と手を握ってる?!
 お母さんとお婆ちゃんと叔母さん以外の女という字が付く人の皮膚が僕の手に……!

(って、僕キモイ……)
 初めての感触に思わず夢見心地になったが、自分の思考の気持ち悪さにすぐに素に戻った。

 でも、この手は暫く洗わないでおこう。
 それだけは心に決めた僕だった。

 そして歩いて10分程……。
 古びた神社に辿り着く。

「あれ、ここって寂れ稲荷じゃん」
 見知った場所に僕は目をパチクリする。

 通称『寂れ稲荷』。実名称不明の古い小さな神社だ。
 僕の住む地域の人間なら大抵知っている神社だが、宮司もいない手入れもされていない廃神社同然の場所だ。
 ミィは苔の生えた賽銭箱の前までやってくると、声高らかに叫んだ。

「ニャーーーン!」
 その声はまさに猫そのもので、驚く。
 すると、急に周囲の木々が風も無いのにざわめき始めた。

「うわっ、何だ何だ?!」

「お稲荷さんきた。そこにいる」
 そう言ってミィは何も無い空間を指差した。

「は?」
 僕には何も見えなかったが、『ソコ』を指差すミィの顔は真剣そのものだった。

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