八幡「自意識過剰だ……」 (107)

※このSSはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。

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①未だ俺の自意識は空回っている

自意識過剰

今までの人生でコイツに振り回され、時に励まされ、

はたまたどん底に叩き落されたこともあった

俺の人生を語るのに自意識過剰は外せない

そして、今もまた俺の目の前に現れて間違えた選択をさせんとしている

ああ、全くこんなことを思い悩むなんて……

    ×  ×  ×

俺にしては珍しく賑やかしいクリスマスを過ごした後

年末も色々あったがそれも粛々とこなした

そんな決して長くはないが短いとも言えない、

半端な冬休みが終わったのは十日ほど前のことだ

コートとマフラーをしっかり着込んでも

突き抜けてくる寒さの中を自転車で漕ぎ進みながら

これどう考えても寒さ衰えてないでしょ…

むしろ休みの頃の方がまだ寒さ穏やかだったまである

長期休暇仕事してないだろこれ…俺も見習わなくちゃいけないな

絶対に働かないぞい、と最近揺らぎ始めてる誓いを改めていた

いや、家にいた時間が多いから錯覚しているだけか…

駐輪所に自転車を置き、だらだら歩く人波をスイスイ泳ぎつつ

昇降口の喧騒に飲まれていく

上履きをつっかけ、さて教室へと階段に足をかけると背中に衝撃を受けた

八幡「っ!?っいってぇ…」

完全に油断していたから体がビクッて跳ねてしまった

誰だよ…いや俺にこんなことをしてくる奴は限られている

由比ヶ浜「やっはろー!ヒッキー」

俺はオウとかヨウともとれる挨拶しながらついキョロキョロしてしまう

恥ずかしいから!そういうのさぁ!

中身すっかすかな鞄だから大して痛くはなかったのだが

普段こんなことされないから咄嗟に上手く対応出来ない

周囲の隙をみて挨拶だけしてきたのだろう由比ヶ浜は

まだやや動揺した俺を追い越してタッタカタッタカ階段を上っていく

その手首にはクリスマスに俺がプレゼントしたシュシュが揺れていた

プレゼントした側として身に着けてくれているのは

やや面映いものの素直に嬉しい、嬉しいのだが…

三学期始業式から身に着けていたはずのその青いシュシュに

やたらと意識を持っていかれるようになったのはここ数日だと思う

どう扱われようと特に気にしないつもりでいたんだが、最近どうも事情が違ってきた

本当、気にしないでいられたらよかったんだけどな~

    ×  ×  ×

そんな朝のなんてことない出来事は置いておくとして、今は授業中だ

完全に捨て教科の数IIの授業なのでどうしても気が散りがちである

時折出てくる無限や極限の文字に、中二エッセンスを嗅ぎ取りつつ

萌キャラが戦うブラウザゲー作ったらいいんじゃね?とか妄想までしてしまう

勉強も出来て一石二鳥、課金した金額で擬人化した公式を強化!

別の意味の公式も強化しちゃってるなそれ…

(じーーーー)

八幡「っ!(きた……)」

温度を持った視線が浮ついた妄想から俺を現実に引き戻す

いつもの敵対的なそれではないのはすぐにわかる

人肌に包まれるような心地よさでありながら無視するには鬱陶しい

そんな温度の視線だ…俺はそっと視線の先を盗み見る

するとそこには決まって慌てて目を背ける由比ヶ浜がいる

本人はそっけなく背けているつもりなのだろうが

何がしかを意識しているのか、いつもよりだいぶわかり易い

時々コイツはいつ見ていたんだってくらい

俺の教室での行動を知っていたりするし、もっと上手くやれそうなもんだが…

まあそんなことは今はどうでもいい、どうでもよくないのがこの後だ

由比ヶ浜はそっと確かめるように唇を小指で撫でてから軽くうなずき

頬杖をつくようなしぐさでゆっくり、ゆっくりと

手首の青いシュシュを気持ちちょっと突き出した唇へ持っていく……



ように見える…

あくまでもこれは俺の主観だ、由比ヶ浜の主観では何の意味もなく

意識せずただ頬杖ついているだけかもしれない…

かもれないのはわかっているんだが

八幡(うわぁぁぁ、うわ、うっわぁぁああ!)

ゆっくりと押し付けられて少しずつ歪んでいく唇から

正直目が離せない、なんか由比ヶ浜に色気すら感じ始めている

俺の自意識がここ数日繰り返されるこの光景に

何か意味があるものなんじゃないかと自問自答を始める

八幡(いやいやいや!)

由比ヶ浜は確かに前にも女子特有のずるさを含んだ行動を偶に見せた

と同時にこいつは意識せず突拍子もないこともすることもわかっている

とにかく隙が多いんだこいつは、なんと言うか唇周辺特に…

この意味深な行動を度々目撃するようになってから

由比ヶ浜の唇がやたら気になって仕方がない

だがそんなこと本人に気取られるわけにはいかん

あまつさえ

八幡「…お前俺があげたシュシュにキスしてない?あれ、恥ずかしいからやめてくれないか?」

なんて言える訳がない!!

これで由比ヶ浜が何も意図してなかったら赤っ恥では済まされない

由比ヶ浜「…え、ヒッキー何いってんの?そんなつもりないんだけど…」

とか

由比ヶ浜「てかヒッキーそんな目で見てたんだ…ちょっと、ショックかも……」

なんて今由比ヶ浜に言われたら大怪我どころか即死まである

俺は由比ヶ浜の口元に縫い付けられた視線を引き剥がし

なんとか机に突っ伏すと、なんも見ていない気にしていないと自分に言い聞かせる

休み時間のインターバルを挟みつつ

その後の授業でも度々視線に釣られて同じようなことを繰り返す

これが放課後まで続くおかげでどうにも気が休まらない

まあ放課後は放課後で今度はピンクのシュシュが待っているわけだが…

    ×  ×  ×

帰りのホームルームが終わり

銘銘自らの役割を果たすべく教室から飛び出していく

あるものはルンルンとあるものはだるだるーと

俺と言えば教室を飛び出す勢い前者だったが

目的地に近づくと次第に足取りは後者のようになっていった

奉仕部部室の入り口は来る者拒まず今日も鍵は開けられていた

雪ノ下さん授業出てます?俺もかなり早く着いたと思うんだけど…

八幡「…うーす」ガララッ

雪ノ下「こんにちは」

いつもの位置に椅子を置き

読みかけの文庫を鞄から取り出してさっそく文章を追い始める

ここまではいつも通り

しばらく由比ヶ浜が来るまで互いに自分のやることに没頭する

そんな時間のはずだったんだが…

(じーーーー)

八幡「ッ!(やっぱり来るか…)」

またしても視線である

こちらは由比ヶ浜のそれと違い

なんか体全体を押しつぶしてきそうな質量を感じる

俺悪いことしたっけ?ついビクビクしてしまいつつも、

無視するともっと状況悪くなりそうな気がしてそ~っと雪ノ下を伺う

そしてここ数日から部室にいるときにだけ身に着け始めたそれを盗み見る

雪ノ下の黒髪にそのピンクのシュシュはよく映えていた

いつものリボンはこの時には外し

長い黒髪をシュシュを使って一つに束ねていた

そうだな…ちょうど文実をしていた頃、無理をして倒れた雪ノ下を

見舞いに行った時にしていた髪形をもうちょっと整えた感じだな

俺がチラチラ観察し始めるとさっきまでの視線…

という名の圧力は霧散していた

かわりに一通りそわそわしてから瞑目し、おもむろに手櫛で髪をすき始める

その仕草にすら危うく見惚れそうになるが本番はこれから

髪をすいた流れでピンクのシュシュに手を伸ばすと

そのままそれをやたら艶めいた雪ノ下の唇にそっと触れさせる……

そのポーズは確かにいつも雪ノ下が何か思索に耽るときのお決まりのものだ

シュシュに手を伸ばしたのもただの手慰みとも考えられる

考えられるんだが……

八幡(~~~ッ!ぐわぁーー!ふわぁぁぁああ!)

いつも大人びた雰囲気を纏った雪ノ下が

ピンクのシュシュを身に着けることで少しあどけなく感じ

夕日のせいか、やや上気したように見える朱に染まった肌も相まって

年齢にそぐわぬ行為に、照れて顔を赤くする少女のようにすら見えた

が、あくまでこれも俺の主観である

雪ノ下の主観では、ただ読んでいる本に集中しすぎているだけにすぎず

これまたなんの真意もないということだってありえる

いやこっちが正解だろ、どう考えても

間違えても

八幡「お前、いくらなんでも俺の目の前でプレゼントにキスとかやめろ…は、恥ずいだろ……」

なんて言ってはいけない!!

雪ノ下のことだ……

雪ノ下「…何を言い出したのかしら、この最低男は」

と下卑たものを見る目で

雪ノ下「まだ新年も始まったばっかりだというのに、もう煩悩に塗れてしまったの?」

さらには

雪ノ下「あなたお得意の勘違いに私まで巻き込まないで欲しいのだけれど……」

としっかり人のトラウマに塩塗りこむのも忘れはすまい…

しかし妄想の雪ノ下さん絶好調だな、こいつが俺を貶す様はいくらでも思いつくから困る

とまあこんな感じで部室でも俺の自意識が妙に刺激される日々が続いた

さて改めて状況を整理してみたが…これ異常だな

教室で、由比ヶ浜がってだけならもしかしたら……と流していたかもしれない

しかし部室で、雪ノ下までもとなると流石に違和感を感じられる

しかも二人の行動に共通点が存在すればなおさらだ

それは『シュシュ』に『唇』だ

これは偶然の一致だろうか?いやないだろう

では意味があるとすれば何か取っ掛かりがあるはずだ…

確か二人が妙な行動をとり始めたのはここ数日だ

ならその始める前日に何かあり、その何かが原因でこんな行動を

とり始めたという仮定はどうだろう?

他に何も取っ掛かりが思いつかない以上

まずはその日のことを思い出してみるか…

えーと、でも特に変わったことはなかったよな…?

普通に授業受けて、なんの依頼もない部活を紅茶を啜りながらすごし…

いや、そういえば平塚先生の仕事を手伝うように言われて俺は別行動だったか

力仕事だからって雪ノ下と由比ヶ浜は免除されて俺だけ連れてかれたんだっけ…

    ×  ×  ×

書き溜めほぼ吐き出したので本日はここまでです
おやすみー


②こうして彼女たちの自意識過剰は加速していく

平塚「失礼する、比企谷はいるかね?」ガララッ

新学期になっても変わらない放課後、変わらない平塚先生

相変わらず何度言ってもノックをしてくれる気配はなく、やはり私の苦言も変わらない

雪ノ下「先生、何度も言いますがノックを…」

そしてそれを聞き流し彼の傍へ歩み寄る平塚先生、思わずため息がでてしまう

八幡「頑なにノックをしない姿勢はかーちゃんみたいだな…未婚なのに『ゴッ』痛゛!」

由比ヶ浜さんはそんな私たちのやり取りを見て苦笑いを浮かべつつ

由比ヶ浜「あはは…、先生ヒッキーに何か用事があるんですか?」

来訪のわけが奉仕部でなく、彼にあることが気になるのか用件の内容を先生へ問う

知らず私も返答を聞き逃すまいと耳を澄ます

平塚「ああ、ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってもらおうと思ってな」

適当な生徒が捕まらなくてな~と、奉仕部部室まで足を運んだ理由をにこやかに話しているが

それだけではなく、先生は彼がお気に入りなのだろう

もちろん私や由比ヶ浜さんにも、とても暖かな気遣いを向けてもらっている

でも彼にはもっと、こう、特別な……

雪ノ下「…ハア」

駄目ね…そういうことを考えちゃ

結局この考えの辿り着く先は泥沼……昔、散々嫌悪してきた感情の坩堝の原点

由比ヶ浜「あ、あの!それならあたしたちも!」

由比ヶ浜さんらしい前向きさが自分の悪い思考を濁流で流し、それに合わせて私も切り替える

雪ノ下「そうね、顧問の手伝いも部員の務めですし、人手は多いほうがよろしいかと」

八幡「なんかもう俺は手伝うのは決定したものとして話が進んでいる…」

彼がいつものごとく場の流れに抗う姿勢を見せていた

なんだかんだ言って断らないくせに…

そんな彼が…………な癖に……それが誰にでも向けられている事実が…

…ああ、また!どうして、私はこう……!

平塚「フフ、いや荷物は重い上、数はないから一緒に担いで数回往復すれば終わりだ」

由比ヶ浜「あたしとゆきのんで…一緒に担ぐのは?」

平塚「ちょっと重すぎてキツイだろうな」

平塚先生に諭されてそっかー…と肩を落とす由比ヶ浜さん

平塚「では雪ノ下、由比ヶ浜、ちょっと比企谷を借りていくぞ」

やや眉をさげ、申し訳なさそうに断りをいれてくる平塚先生を見て

私はさっきまでの幼い逡巡を見透かされたようで軽く俯いてしまう…

八幡「いてて、引っ張んないで……腕取れちゃう、取れちゃうから!それと…!」

彼は引きずられつつ机の上のあるものを気にかけていた

それは最近私を悩ませている、由比ヶ浜さんと一緒に彼にプレゼントした……

八幡「湯呑み、片付けてからにしてくださいよ…」

由比ヶ浜「あ、いいよ?あたしが一緒に洗っておくし…?」

八幡「は!?いやいや…それはちょっと、ほら、あれだから」

由比ヶ浜さんの申し出に彼は頭をがしがし掻きながら否を唱える

それが照れ隠しなのを私たちはもう知っている

雪ノ下「何を気にしているのかしら?別にそれくらい普通のことよ」

由比ヶ浜「そ、そうそう!洗うだけだから!本当!」

……由比ヶ浜さん、それでは洗う以外の何かを想像させてあの男には逆効果よ

八幡「…やっぱ自分でやるわ」

案の定、彼はそそくさと湯呑みを洗って戻ってくるとあらためて平塚先生と部室を後にした

由比ヶ浜「はう~、湯呑みのこと意識しすぎて変な事言っちゃったよ~」

彼と平塚先生が去った後、由比ヶ浜さんは机に伏せて項垂れていた

由比ヶ浜「それもこれも!」

ガタッと椅子を蹴って勢いよく由比ヶ浜さんが立ち上がる

そう、私たちは最近同じ懊悩を抱えていた

雪ノ下「比企谷君がやたらあの湯呑みを大事に扱うからね…」

    ×  ×  ×

三学期最初の頃は気にも留めていなかった

けれど、私たちは湯呑みをプレゼントすることの危険性を全く考慮していなかった

まさか彼が、目の前でその、何度も何度も、口付けするのを見続けるのがこんなにも…

由比ヶ浜「なんかめちゃくちゃ恥ずかしいし!!」

雪ノ下「ハア……そうね」

たぶん…いえ、明らかに自意識過剰なんでしょうね…

ただ、彼が湯呑みに向ける視線がなんというか…凄く優しくて

由比ヶ浜「あたしもあんな目で見つめて欲しいし!」

それに扱うときやたら慎重で、湯呑みの中の紅茶の温かさを感じようと撫でる仕草が…

由比ヶ浜「なんか気持ちよさそうだし!」

と、とにかく彼の行動一つ一つに、何か意味を求めてしまって……

雪ノ下「ハアー…それが自意識過剰なのよね」

由比ヶ浜「ゆきのんどうしよ~、このままじゃ部活中ずっと挙動不審になっちゃうよ~」

由比ヶ浜さんが座っている私の太ももに縋り付いてくる…シワになるからやめてね?

雪ノ下「とは言っても…今更プレゼントを撤回するというのもね……」

私は由比ヶ浜さんのお団子を撫でながら思案する

いたずらに彼の黒歴史を増やすことになりそうだし…

由比ヶ浜「そうだ!別のプレゼントと交換するのは?」

雪ノ下「それも結局湯呑みの代わりが必要になるし、今更紙コップに戻すわけには…」

二人してうーん…と唸りながら打開策がないか考える

こういう時頼りになるのがあの男なのだけれど、

まさか渦中の本人に打ち明けるわけにはいかない

何か負けたようで悔しいし……

由比ヶ浜「ヒッキーならこんな時どうするかな…?」

同じようなことを考えていた由比ヶ浜さんのつぶやきに、つい笑みがこぼれる

そしてある閃きも一緒にこぼれてきた

雪ノ下「比企谷君ならどうするか……そうね、それじゃ本人に教えて貰いましょう」

由比ヶ浜「ええ!?いくらなんでもそれは、ちょっと、その、告白っぽくない?(ボソ)」

由比ヶ浜さんはこれ以上ないくらい顔を赤くして両手でバッテンを描き反対する

私はそんな彼女の可愛い勘違いにクスッとしつつ、それを正すために今思いついた計画を話始める

由比ヶ浜「ひゃ~、それをあたしたちがやるの?すっごい恥ずかしいよ~」

雪ノ下「…そ、そうね、あらためて考えるとちょっと大胆ね……」

勝負事になるとつい後先考えなくなってしまう……

これからやることを想像するとらしくなく顔が熱くなる

由比ヶ浜「でもこんな遠まわしなやり方で、ヒッキーちゃんと気づいてくれるかな…?」

そんなある意味当然の由比ヶ浜さんの疑問には自信をもって答えることができる

雪ノ下「気づくでしょうね……何故なら彼は………」

    ×  ×  ×


③そして自意識過剰のイタチゴッコは続く

取っ掛かり~取っ掛かり~~…駄目だ

あの日のことで思い出すのは、平塚先生とくっそ重い教材運び入れたことだけだ

なんで左右に並んで運ばず前後で運ぼうとするんですかね…しかも俺が前

やたらはしゃぐ平塚先生の勢いで何度もズッコケそうになった

先生が結婚する世界線は見つかりましたか……?(小声)

由比ヶ浜「やっはろー!」ガララッ

雪ノ下「こんにちは、由比ヶ浜さん」

八幡「…おす」

思考が寄り道しているうちに由比ヶ浜が部室に着いてしまった

青とピンクのシュシュが両方そなわり最強に見えるのん?

由比ヶ浜はいつものように所定の場所に鞄を置き、椅子を気持ち雪ノ下寄りにずらして座る

最近は雪ノ下も何も言わない……順調に調教は進んでいるようです

椅子の場所を最初から近めに置かないのが最後の防波堤のようだ

まあ仕方ないな……

もしことの原因が俺のいない間の奉仕部で発生していたなら、これ以上の思索に意味はない

別の取っ掛かりから攻めた方が良さそうだ

何故かわからないが奉仕部部室で2人が揃うと、例の妙な行動は鳴りを潜める

厳密に言えば

雪ノ下「…今、紅茶をいれるから」

由比ヶ浜「う、うん」

紅茶が用意されてからだな……

    ×  ×  ×

しばし雪ノ下が紅茶をいれる準備をしていると、部室にやかんから漏れ出した湿った暖かさと

十分に暖めたポットに入れられた茶葉の乾燥した香りが充満する

雪ノ下は手際よく沸騰したお湯をガラス製のポットに勢いよく注ぐ

アレだな、お湯を何故かポットの遥か上から落とすやつ、シャーリーで見た

そして小町曰く「この時間が勝負なんだよ!」という蒸らしの時間だ

小町は雪ノ下から貰った茶葉を家にあった紅茶をいれる道具一式で何度かいれてくれた

毎回あいつは蒸らしてる間ポットをじーっと見つめていたが、

お兄ちゃんそれで紅茶は美味しくなったりしないと思うの

雪ノ下と言えば、蒸らしている間も暖めておいた各々の茶器の準備に余念がない

最後にポットの中身を長いスプーンみたいなので軽く混ぜ

茶こしをあてたティーカップ、マグカップ、最後に湯呑みに紅茶をまわしながら注ぐ

雪ノ下「おまたせ、どうぞ由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜「わぁー!いつもありがとゆきのん!いい香り~」

雪ノ下「比企谷君…」

八幡「…おう、ありがとよ」

最早見慣れた湯呑みを落とさないよう、俺としては大事に扱う

由比ヶ浜「…ぁぅ」

雪ノ下「…ンン」

八幡「……?」

なにやら視界の片隅で二人が身じろぎしている…

八幡「…なんだよ?」

雪ノ下「何のことかしら?」

由比ヶ浜「そうそう!き、気にしないで!」

そう言われて気にしない奴がこの世のどこにいるんですかねぇ…

そういうのやめようぜ本当、そういう「なになにー?」「なんでもなーいクスクスッ」が

全国の小学生をどれだけ傷つけてきたことか……

まあいい…どんなことでも今は情報になる、二人の違和感が見つかればそれは前進だろう

やっぱり紅茶の時間が何かの鍵らしいな…

俺は思考を走らせつつ、冷え切った手を湯呑みに当ててカイロ代わりにする…アッタカイ…

雪ノ下「ンッ…」

由比ヶ浜「…ゃ~」

……だからなんなんだよ!

猫舌の俺はともかく雪ノ下や由比ヶ浜まで紅茶に手をつけていない…何かを待ってるのか?

……もしかして毒でも入ってるのかしらん

八幡「お前ら、紅茶冷めるぞ……」

雪ノ下「そうね…由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜「はっ!う、うん!飲む飲む!ヒッキーもどうぞ?」

ようやく紅茶に手をつけ始める二人、ようするに俺が紅茶を飲むのを待っている…と

なんだ?紅茶に秘密があるのか?俺のリアクション待ち?うーん、わからん…

ここまでくれば後は案ずるより産むが易し、だな…

俺は十分冷めただろう紅茶を飲もうと、湯呑みを口に運ぶ



((じーーーー!!))



八幡「っ!?(な、なんだぁ?!)」

ここ数日で最大出力の視線だ!これだ!恐らくこの視線の先がこいつらの変化の元凶!

湯呑み?

違う!

湯呑みを透かして……唇!?

その時、頭の中でパズルのピースのパチリッと嵌まる音がした

八幡「ああっ!!ってああああああっつっーーーー!!!!!」




そして見事に俺も二人の描いた絵図面に嵌まっていた

    ×  ×  ×

由比ヶ浜「ちょ、ちょっとヒッキー大丈夫!?」

雪ノ下「由比ヶ浜さん拭くものを!」

泡を食って二人が部室備え付けの台ふきんやら自前のハンドタオルやらを寄越してくる

事の真相に辿り着いてしまった俺が慌てて湯呑みを口から遠ざけた結果、

思いっきり紅茶を引っ被った為だ

八幡「お、お前らな~!」

正直紅茶を被ったのは別にどうでもいい、かろうじて自己責任とも言えるしな…

だがその原因を意識させた二人には一言言ってやらねばなるまい

八幡「なんてことを意識させやがる…」

つまりこうだ

ここ数日、俺が青いシュシュとピンクのシュシュ、そして二人の唇に感じていたことが

二人にとってはそっくりそのまま俺とこの湯呑みに返ってくると、そういうわけだ

しかもこの絵図面の酷いところは

『そう思うことすら自意識過剰の産物かもしれない』ということだ

何を言ってもこの真相に辿り着いた時点で後の祭り、あとは懊悩するしかない

そういう仕組みだ

だってそうだろ?この真相があっているということは二人は俺が紅茶を飲む時、

そういう想像をしたとそういうことだ

だがこれはこの一連の出来事を、俺の主観で見た時導き出される一つの推論だ

シュシュの時と同じだ、確認なんて出来るはずもない

雪ノ下「なんてこと、とはなんのことかしらね?由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜「えへへ!あたしもわかんないなー?ね!ゆきのん」

片目を瞑りしてやったりの微笑を浮かべる雪ノ下と、満面の笑顔の由比ヶ浜

なんか腹立つな……ここは一矢報いてやるしかないだろう

俺は悔し紛れに中身のだいぶ減った湯呑みを取ると、思い切り床に叩きつける





なんて出来るはずもなく、

せいぜい二人に見せ付けるように、残りの紅茶を飲み込んだ

由比ヶ浜「あっ!」

雪ノ下「……意地っ張り」

そして、そっと湯呑みを机に置いて深い深いため息をついた

八幡「自意識過剰だ……」

                               
                              了

以上ですー読了お疲れ様でしたー

色々アドバイスくれた人、なんかすまんな!
もう終わってしもうた…

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年11月17日 (火) 14:09:54   ID: E9kxnysH

いやはや何というか「湯飲み」にそこまで拘れるとは。でも、いいね。この作品ジワーっとくるものがあるよ。

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