兎角「新しい黒組」 (376)

みんな好きだから、みんなで晴ちゃん護ったらいいのにって思って作った悪魔のリドルSSです。

キャラ崩壊、設定の矛盾や稚拙な部分などはあまり気にしないで頂きたいと思います。

地の文入ります。

百合描写が少しあります。

>>2から始めますのでよろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1412165049

※時間軸は2話の最後、裏オリエンテーションからです。



本校舎タワー 1908教室 深夜

鳰「黒組ルールの説明は以上っス。」

鳰の声を合図に辺りの緊張が解け、伊介が兎角に詰め寄った。

伊介「じゃあ今から東さんは敵ね♥」

破られた予告票を踏みつけ、にこやかに笑いかけたつもりだったが少しも殺気が隠れていない。

兎角は伊介の殺気を適当に受け流し、チラリと彼女の顔を見ただけで他の10人を見渡した。

兎角にとっては伊介も11人の暗殺者の1人という認識でしかない。

鳰「早速殺伐な雰囲気の所悪いんスけど、実は開始前にみなさんに特別任務っス。」


春紀「特別任務?」

兎角に集中していた視線が鳰に集まる。

鳰「そっス。実は黒組以外のクラスに晴を殺すための暗殺者が侵入してるらしいっス。」

兎角「なんだと…。」

室内の気配がざわついた。

すぐにでも寮に向かって走り出そうとする兎角の前に鳰が身を乗り出す。

鳰「現在金星寮は厳重警護をしてるっス。せっかくこれだけの暗殺者が揃ってるんスから…。」

真夜「オレ達でそいつをなんとかしろってことか?」


鳰「その通りっス!」

伊介「そいつより先に晴を殺しちゃえばイイだけの話じゃない♥」

鳰にではなく、伊介は兎角に視線を向ける。

先ほどまで平然としていた兎角の口角が苛立ちに歪むと、伊介は満足そうに笑った。

鳰「それはダメっス。」

にやけた声でぴしゃりと言い放つと、伊介が今度は鳰を睨みつけ、それと同様に春紀も眉間に皺を寄せた。

春紀「なんでだよ?」

鳰「言えないっス。」

睨んでいるのはもはや春紀と伊介だけではなかったが、それを全て飄々とかわして鳰はにやにやと笑っている。


涼「この黒組自体隠し事が多いみたいじゃしのう。今更理由を聞いた所でまともに答えてくれるとは思えんしな。」

鳰「まぁ、侵入者の撃退前に晴を殺しても報酬は無しっスから気を付けてください。」

誤魔化すように手をヒラヒラと振る姿に呆れて何人かはため息をついた。

しえな「それで、その侵入者ってのはどこの誰なの?」

鳰「まだ不明っス。黒組のデータが内側から不正に閲覧されてる痕跡が見つかったっス。その中で晴のデータだけコピーしようとした形跡があるっス。」

千足「私達以外にも狙われているのか。一ノ瀬のような子がどうして…。」

ここにはいない晴の姿を思い浮かべながら、隣で少し眠そうにしている柩を見やる。

命を狙われる晴もそうだが、命を狙う側にいる柩に対しても衝撃はあった。

自分と同様に何か事情があるのだろうと、今はそう思っている。


鳰「侵入者の情報は随時みなさんにお伝えするっス。分かってると思うっスけどあっちには黒組ルールは関係ないっス。けど、みなさんには黒組ルール2は適用され続けるから気を付けて欲しいっス。」

真夜「こちらにはハンデがあるわけか…。」

香子「だが、あちらも暗殺者なら、目立つ行動をとったり無関係な人間を巻き込む事はしないだろう。」

真夜が煩わしそうに呟き、その隣に立つ香子がそれに答えた。

それぞれが周りの様子を窺い、ついさっきまで気配を探っていたはずなのに今はその緊張感は落ち着いていた。

相手を出し抜いて暗殺をするはずが、いきなりの護衛任務に戸惑いを見せつつも適応能力は高い。

鳰はその様子を好奇心旺盛に見つめながら尖った歯を見せてニヤリと笑った。

鳰「今のところはこんなもんっスね。以上!裏オリエンテーション終了っス!」


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本校舎タワー → 金星寮


真夜「しかし、ナンだな。暗殺する側の人間がターゲットを守るなんてどうかしてるぜ。」

兎角「…。」

忌まわしげに呟く真夜を強く睨みつける兎角。

真夜「あぁ。東のことだけじゃなくてな。」

片手を振って否定していると、後ろから伊介が口を挟んだ。

伊介「伊介は晴ちゃんを守る気なんてないわよ。侵入者は殺すけど♥」

自分の爪を見ながら、ジェルに傷を見つけると不機嫌に眉根を寄せて、隣を歩く春紀の肩に拳を叩き込んだ。

八つ当たりされた春紀は文句も言わずに伊介の手を取って爪の様子を見始める。


しえな「侵入者は本当に一ノ瀬だけを狙ってるのかな。」

乙哉「狙ってるかどうかはともかく、邪魔者は排除って考えかもしれないよねー。あたし達も危ないかもよ?」

誰にともなしに呟くしえなの言葉を乙哉が拾う。

脅しをかける乙哉の目は怪談や都市伝説を語るように淀んでいて、彼女が暗殺者である事実が余計に恐怖を掻き立てた。

柩「食事に毒仕込まれたり…。」

しえな「やめろ桐ヶ谷。なんか今すごく不安になった。」

後ろからの低めの声にしえなが身を震わせ、思わず乙哉の袖をつかんだ。

数秒としないうちにその手は離れたが、きらりと乙哉の目が光った事にしえなは気付いていなかった。


千足「桐ヶ谷。何かあったとしても私が守るよ。」

柩「千足さん…。僕も千足さんを守ります!」

柩がつないだ手にぎゅっと力を入れると、千足は子どもにやるように優しく柩の頭を撫でた。

千足「ありがとう、桐ヶ谷。」

しえな「なんとかしろよあの二人…。」

見えない壁に阻まれているみたいで、しえなは引きつった表情で二人から一歩距離をとった。

恐らくあの二人の視界にはお互いしか映っていない。


春紀「じゃあ伊介様はあたしが…。」

伊介「キモい♥」

反対側を歩く春紀がノリで真似してみるが全て言い切る前に満面の笑みで拒否されていた。

しえな「そっちはもうちょっと優しくしてやれよ…」

しえなの言葉に伊介はふんっと鼻を鳴らしたが、結局春紀の隣に距離を詰めて歩く辺り、仲は良いのだろうと察しはつく。

涼「こういう状況じゃ。同盟を組むという手もあるがのう。」

先頭を歩いていた涼が振り返り、全員に話しかける。

伊介「冗談♥」


純恋子「わたくしは遠慮…。」

伊介に合わせて純恋子が口を開くと、真夜が一歩前に出る形で割り込んだ。

真夜「オレは構わないぜ。真昼にも団体行動をさせてやりてーんだ。」

純恋子「…まぁ、仕方ありませんわね。」

しえな「今なんか言おうとしてなかった…?」

純恋子「気のせいですわ。」

しえなに上品に笑いかけてみせると、純恋子は真夜に向き直った。

まだ会ったばかりだというのに早速同室の相手に交流をかける辺り、策士なのかなとしえなはぼんやりと考えた。


兎角「一ノ瀬を守るのは私だけで十分だ。」

ずっと面倒そうな顔をしていた兎角がため息交じりに呟いた。

ちらちらと周りの人間模様を気にしてはいるが、観察ではなくただただ鬱陶しいのだろう。

香子「ルール無用の相手に一人でってのは無理があるだろう。トイレも食事も睡眠もせずに見張ってるつもりか?」

兎角「それは…。」

間髪入れない香子のコメントに兎角は口ごもった。

反論がないのを確認すると続けて涼が口を開く。

涼「事が済むまで一ノ瀬晴の行動を制限するという手もあるがのう。しかしそういうのはお主も好きではあるまい。」


少し考えて、今まで冷めた表情をしていた兎角の目に力が込もった。

兎角「…分かった。場合によっては協力を乞うかもしれない。」

春紀「へぇ。いちいち喧嘩腰の東がねぇ…。」

春紀は少し触れただけで脅されたことを思い出し、興味ありげに兎角を見る。

晴を護ると言い出したのは生半可な気持ちではない事が窺えた。

伊介「惚れた女には弱いのね~。東さんチョロい♥」

兎角「なんのことだ?」

乙哉「あ、自分の気持ちに鈍いタイプ?」

兎角「…?」

すみません。
これから犬の散歩に行ってくるので1時間ほど空けます。


乙哉が眼前に迫っても反撃をするわけでもなく兎角は困惑していた。

その様子を見てため息をついたのが数人、面白そうににやにやとしているものも数人いた。

春紀「さて、寮に着いたことだし一旦解散だな。また詳細が入ってくるだろうから対応は考えるとして今日のところはしっかり休もう。」

春紀は自分の携帯電話を取り出し、兎角に画面を向ける。

春紀「東は何かあればすぐに呼べよ。それぞれ連絡先を交換しておこうと思うんだがどうだ?」

兎角「分かった。」

伊介「伊介は嫌よ。」

機嫌の悪い声に携帯電話をポケットから取り出そうとする兎角の動作が止まった。


春紀「伊介様だって何かあった時に…。」

伊介「あたしは自分でなんとかするわよ。」

春紀「頑固だな…。まぁいいや。あたしが伊介様と行動すれば済むことだし。」

伊介「なによ。保護者気取り?」

なんとかやり過ごそうとする春紀に伊介がさらに絡む。

面倒くさいタイプだなと誰もが思うところで春紀は一度も嫌な顔を見せていない。

春紀「じゃあ伊介様があたしのことを守ってくれよ。」

伊介「…しょうがないわね。足引っ張らないでよね♥」

見ている分には扱いやすそうだったが、素直に対応できる春紀に周りの人間は舌を巻いた。


春紀「はいはい。じゃあ東、あたしの連絡先な。」

兎角は春紀の番号を確認し、その場で登録をした。

涼「他のメンバーの分は明日にわしが集めておこう。」

兎角「あぁ。頼む。」

涼の言葉を合図に各自部屋に戻っていく。

春紀「…無理はするなよ。」

兎角「どういう意味だ。」

真剣な眼差しで見つめてくる春紀に兎角は警戒心を剥き出しにした。


春紀「一人で頑張るなって事だ。」

兎角「一ノ瀬を殺すためのクラスにいる奴がいうセリフか?」

普通に考えれば春紀の言葉は厚意であったが、兎角は情にかまけている余裕はなかった。

例え今、目的が同じだとしてもその先はどうなるか分からない。

今の兎角はどれだけ手を差し伸べたとしても全てを振り払うだろう。

春紀「それもそうだな。じゃあ、おやすみ。」

春紀は兎角の態度に気を悪くする様子もなく部屋に戻って行った。

暗殺者らしい匂いをさせない春紀に気が緩んでいる事に気付いて軽く頭を振り、兎角も自室へと戻った。


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金星寮C棟 1号室

晴「おかえりなさい。」

部屋に入るとソファに座っていた晴が駆け寄って来た。

よほど心配していたのか、ひどく安心した様子を見せる晴に呆れた。

自分の心配はいつするんだろう。

兎角「起きていたのか。少し話がある。」

兎角は晴の肩にそっと手を当て、ソファに座るよう促した。

そして裏オリエンテーションの内容を全て伝える。


晴「そっか…。」

晴の声はいつも通りで、ショックを受けているようにも見えず、現実感のなさそうな表情をしていた。

兎角「驚かないんだな。」

晴「うん…。」

実感が湧かないのかとも思ったが、夕方に訴えかけてきたあの様子を見る限りではそんなはずもない。

きっと慣れている。


兎角「お前は普通に生活していればいい。私がお前を守る。」

まだ出会ったばかりの人間に気を遣う滑稽な自分を何処か冷静に見ながら、それ以上に晴の温かさに惹かれた。

晴「ありがとう兎角さん…。」

兎角「もう寝よう。体はしっかり休めておけ。」

肩に頭を乗せてくる晴を撫でようとして、はっと我に返り、そのままその手を下ろす。

兎角は胸の中にうまく説明できない何かが渦巻いているのを感じていた。


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今日はここまでにします。
また明日来ますのでよろしくお願いします。

戻りました。

いつもありがとうございます。犬の散歩野郎です。
今回はスケベなしです。毎回スケベだと変態だと思われちゃうし…

ご指摘ありがとうございます。「」内の最後についてる句点ですよね。
以降は全て削除しました。
三点リーダは見直して必要なさそうなのは削除しました。
地の文は自己満足で付けてるので、読むの嫌いな人もいるだろうし台詞だけでもある程度分かりやすいようにしたいので、多用はしています。
いろいろ勉強になりました。ありがとうございます。


翌日 本校舎タワー 10年黒組 教室 HR後

春紀「よう、1号室。ちゃんと眠れたかい?」

人懐っこい笑顔で晴の顔を覗き込む春紀。

今も、昨日までも、立場が変わっても空気がまるで変わらない。

他の連中とは少し違う雰囲気を兎角は春紀に感じていた。

晴「あ、はい」

兎角「問題ない」


伊介「なに東さん。ピリピリした空気出し過ぎじゃない~?」

兎角「余計なお世話だ」

春紀に比べると伊介の空気はとても分かりやすい。

信用させる気もないせいか、兎角にとってむしろ接しやすいと思えた。

晴「もう、兎角さん。どうしてそんな言い方するの」

兎角「……」

面倒だと思いながらも晴の言うことには逆らう気がしなかった。


柩「武智さん。剣持さんの眼鏡を修理って、何かあったんですか?」

前の席から乙哉に振り返る柩。

乙哉「あたしが眼鏡壊しちゃってさー。修理に行ってるんだよ」

春紀「あんまりいじめてやるなよ」

春紀が軽く叱ると乙哉は困ったように笑って両手の平を春紀に振った。

乙哉「わざとじゃないよー」

やらかしてしまった割りには悪びれた様子が見られない。

注意したところであまり効果はなさそうだった。


鳰「今は剣持さん一人っスか。乙哉さんが付いて行ってもよかったんじゃないっスか?」

春紀「ターゲットは晴ちゃんだし、万が一でもあいつも暗殺者なら自分でなんとかするだろ」

柩「剣持さん、弱そうですからなんとも言えませんけど……」

千足「桐ヶ谷。珍しく辛辣だな」

周りの話は聞き流し、兎角は鳰と晴の席の間に立った。

兎角「なにか分かったことはあるか?」

鳰「今の所は動き無しっス。恐らくあちらも情報収集をしてる最中っスね。まぁ暗殺者が12人もいるクラスに準備無しでちょっかいだそうなんてやつなかなかいないっスよー」


兎角「本当に狙ってくるのか?」

鳰「晴にピンポイントで興味を持つなら、それは狙ってるってことっス」

晴が目を伏せたのが横目に見えた。

自分の生まれを呪っているのか、兎角に知られたくないことがあるのか、晴は兎角と目を合わせようとはしなかった。

ただ、そういう一族なのかと納得するしかない。

兎角「素性が分からない以上、こちらからは仕掛けられない。相手の出方を窺うしかないか」

鳰「学園内には監視カメラがいくつか設置されてるっスから、校内と寮は比較的安全だと思っていいっス」

香子「いくつかなんてものではなさそうだがな」

部屋の設置されたカメラを香子も処理したのだろう。

兎角はあのカメラの数を思い出すだけでうんざりしたが、香子の態度は淡々としていた。


兎角「不正アクセスしてきた端末くらいは割れてるんだろ」

鳰「所有者は判明してるっスけど盗品っスよ。各生徒に支給されるタブレットからのアクセスだったっス」

兎角「その生徒と――」

鳰「その生徒と周辺の人間関係も調査済っス。たまたまその生徒が置き忘れたタブレットを拾って好き勝手使ってたみたいっスね。今はその端末は学園のネットワークにはアクセスできないようにしてるっス」

兎角が口を挟もうとすると、鳰は彼女を遮って得意気に続けた。

兎角「端末のアクセス権限は黒組と他の生徒の端末で差はあるか」

鳰「まぁあんまり言いたくはないっスけど…。色んな教室に出入り出来るよう黒組のアカウントは一般生徒よりは上のグループに属してますから、端末も準ずるっス」


兎角「黒組の端末を盗みに来る可能性もあるって事だな」

鳰「いやー、それはないんじゃないっスかね。どうせ盗んだってまたアクセス制限かけるだけですし、暗殺者だらけの黒組の誰から盗むって言うんスかー」

ヘラヘラと笑う鳰の動きが固まる。

他の12人も同じように動きを止め、辺りが一瞬しんと静まり返った。

乙哉「……とすると、やっぱりしえなちゃん危ないんじゃないの?」

ここにいないしえなが気になって、乙哉はそう口にした後自分の携帯電話を取り出した。


その直後、教室の扉が開き、全員が弾かれたようにそちらに目を向ける。

しえな「え、なに?なんか静かだけど」

眼鏡がないせいではっきりと見えないのか、しえなは目を細めながら不安そうに教室に入ってきた。

柩「なんだ、無事だったんですね」

しえな「桐ヶ谷、なんかボクに冷たくないか?」

柩の席の前を通り過ぎる際に、低めの突き放すような声を向けられた。

気が付けば全員が自分に視線を向けていて居心地が悪い。

そろそろ犬の散歩に行ってきます。
1時間ほどで戻りますので、この先もよろしくお願いします。

戻りました。

見てくださる方がいてうれしいです。
今回はだいぶ長いですが、必ず最後までやりますのでお付き合い頂けると幸いです。


鳰「本当になにもなかったんスか?」

鳰が右手を挙げてしえなに向けて振ると、しえなはそれを憎らしそうにぱしんっと叩いた。

しえな「走りまで……。なにもなかったよ。一応注意はしてたけど不審な人もいなかったし、誰かに見られてる感じもなかった」

柩「気付かなかっただけなんじゃないですか」

しえな「さっきからなんなんだよ桐ヶ谷!!!」

にっこりと笑っている割に相変わらずの低い声に強く突っ込むと、千足がなだめるように手の平をしえなに向けた。

千足「きっと桐ヶ谷は剣持を心配しているんだよ。そうだろう?」

柩「あ。そうです。そうなんですよ」

しえな「『あ』ってなんだよ。『あ』って」

小馬鹿にされている気にしかならなくて拗ねたように唇を尖らせ、苛立ち紛れに机を指先でトントンと叩いた。


純恋子「なにか気になることでも?」

鳰の考え込むような表情を訝しんだ純恋子が声を掛ける。

しかし次の瞬間にはいつものヘラヘラとした気持ちの悪い笑顔に戻っていた。

鳰「いえ。なんでもないっス。引き続きこちらでも調査を進めるっスから皆さんも気を付けてくださいっス」


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3日後 本校舎タワーの入り口付近 放課後

唐突にまとわりつくような視線を感じた。

今回の件が発覚してからこういった視線を感じることや、深夜に妙な物音がしたり、寮や教室付近に不自然な汚れがあったりと、イタズラのような出来事が続いている。

兎角「……一ノ瀬。態度は変えないまま私の側を歩け」

晴「あ、はいっ」

即座に兎角の意図を理解した晴は、雑談をするような素振りで兎角の隣についた。

兎角「遠い場所から視線を感じる」

殺意は感じられないが、狙撃に備えて付近の生徒から離れないように歩く。


真昼「一ノ瀬……さん、一緒に、帰る……ます」

突然の声に兎角の体が過剰に反応する。

勢いよく振り返ると後ろには真昼と純恋子がいた。

晴「真昼ちゃん。英さんも……」

純恋子「東さん。相手に出方を探るにしては警戒しすぎじゃありませんこと?」

呆れたような口調が癇に障る。

兎角はすぐに視線をそらして歩き始めた。


純恋子「あまり休んでいらっしゃらないんでしょう」

純恋子の兎角に対する一言一言は上から言い聞かせるような物言いで、上品さの中に強い野心が感じられる。

敵意とは違う何かがあるとは分かっていたが、それがなんなのかは兎角には分からない。

晴「兎角さん、昨日あの後眠ったの?」

真昼「あの、後?」

兎角「大丈夫だ」

控えめに尋ねる晴に真昼が食い付いたが、それを遮るように兎角は言葉を返した。

兎角は夜の遅い時間に寮の造りや周辺の様子を見て回っていた。


今回のイタズラについては、侵入者だけがやっていることなのかどうかすら分からない。

今後のためにも黒組の連中に晴が一人になる時間があったことを知られたくはない。

純恋子「――視線が消えましたわね。なにがしたかったのかしら。姿は確認出来ました?」

純恋子の問いに兎角は首を振った。

兎角「建物の陰からスコープか何かで見ていたようだが、こちらからはほとんど見えなかった。男か女かも分からない」

純恋子「わたくしも同じです。今のところ仕掛けて来る気があるのかも分かりませんわね。もう少し広範囲での調査が必要だと思いますけど」

兎角「出来る限りは……」

純恋子「それは東さん一人の出来る限りでしょう?」

苛立ったような言い方に兎角は驚いて思わず立ち止まる。


晴を見れば心配そうに眉を潜めて兎角に視線を送っていた。

真昼「あと11人、いる、ます……」

兎角「……」

純恋子「無理は言いませんけども、利用出来るものは利用した方が得策だと思いますわ」

そう言い放つと、真昼と純恋子は一緒に先を歩いて行った。

二人の後姿を見ながら協力という言葉が兎角の頭に浮かんだが、軽く頭を振ってそれを打ち消す。

その反動か目の奥が痛み、一瞬頭がふらつくのを感じた。


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金星寮C棟 1号室 深夜

兎角「少し見回りに行ってくる。なにかあれば連絡しろ。黒組の奴らにも一応気を付けるんだぞ」

晴「でも黒組は今は……」

晴は扉へ向かう兎角に駆け寄り、その腕を優しく掴んだ。

兎角「ルール上はな。でもあいつらだって暗殺者だ。油断するな」

兎角がそう厳しく言い放つと、晴は口元をぎゅっと結んだ。

晴「兎角さん、最近全然休んでないでしょ。いつも怖い雰囲気出してる。体壊しちゃうよ……」


兎角「大丈夫だ。護衛には問題ない」

晴「そういう話をしてるんじゃなくてっ、兎角さんが心配って言ってるんだよ!」

声の強さに応じて強く握られた腕にぬくもりが伝わる。

なぜか兎角は少し胸が苦しくなるのを感じた。

兎角「一ノ瀬……」

晴「大きな声出してごめんなさい。でもね、晴も、黒組のみんなも兎角さんを心配してるんだよ」

兎角「あいつらが?まさか」

晴「ううん。この件が終わったら確かにまた敵同士になっちゃうかもしれないけど、今はみんな味方だよ」

兎角「お前、よくそんな風に思えるな」


周りにいる人間を全て敵だと思わなくてはならないはずなのに、晴の目には何の迷いもなかった。

同室で過ごす相手ですら警戒したっていいはずなのに、晴は兎角に対して一度も敵意を向けたことはない。

晴「出来るなら晴はみんなと仲良くしたいと思ってるよ。兎角さんが晴を守るって言ってくれたみたいに……」

兎角「……少し出てくる」

自分でも分からない戸惑いのようなものを感じて兎角は晴から目をそむけた。

晴の話を無視しているわけではなくて、今、晴と一緒にいるのが息苦しくて早く外に出たかった。

晴「うん……。早く帰って来てね」

兎角の腕を離す時のなにげない仕草すらも優しくて、こちらを見る晴の目の光がまぶしかった。

この心苦しさも全部見透かされているような気がして兎角は逃げるように部屋を出た。


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金星寮 廊下

兎角(どうしてあいつは……。殺されるかもしれないのに)

晴の笑顔が頭から離れない。

こんな人間に出会うのが初めてだった兎角には、晴の考えている事も、晴に対する気持ちについても何も分からなかった。

殺されないためには殺せばいい。

そう考えた瞬間、手が震え始めた。

 ――まただ。

殺意を覚えると体が動かなくなる。

今回はそれに加えて頭痛が走った。


兎角「……っ」

目の奥の痛みに体に力が入らなくなって壁にもたれるが、遂には平衡感覚すら失って膝をつく。

数日眠っていなかったのが祟ったのかもしれない。

しえな「大丈夫か!?」

兎角「剣、持……?」

慌てた様子で駆け寄ってくる暗殺者に兎角は面食らった。

大浴場からの帰りなのか、少し後ろには乙哉の姿も見える。

しえな「武智!手伝って!」

まるで友人を心配するかのように体を支えてくるしえな。

ふと我に返り、気を張ろうとするが頭痛で集中が出来ない。


兎角「っ……!!」

乙哉「とりあえず1号室に――」

兎角「大、丈夫だ……。なんでもない……」

駆け寄ってくる乙哉の手を振り払って 立ち上がろうとするが力が入らない。

結局口だけで動けないままだった。

千足「どうした?」


すぐ近くにある4号室の扉が開き、千足が顔をのぞかせた。

しえな「生田目!」

千足「東、どこか痛むのか?」

部屋から千足が出てくると、その後ろに柩が付いてくる。

兎角は返事も出来ず、ただ敵意を剥き出しにして睨みつけるが二人は少しも動じる様子はなかった。

柩「頭痛ですか?かなり辛そうですね。千足さん、ボク達の部屋に東さんを――」

千足「分かった」


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今日はもう寝ます。
明日も投下できると思いますので、またお付き合い頂けますと幸いです。
おやすみなさい。

こんばんは。戻りました。

ありがとうございます。がんばります!

次の話はスケベ書きたいです。

続けますね。


金星寮C棟 4号室

ソファに横になった状態ですら、兎角は身を護るように背中を丸めて厳しい目付きでしえな達を見ていた。

しえな「獣みたいなやつだな」

手を出したら噛みつかれるんじゃないかとすら思えて、しえなは一歩下がっていたが、柩は全く気にする様子もなく兎角の目の前に薬を差し出していた。

柩「東さん。鎮痛剤です。飲めますか?」

薬から顔をそむけ、兎角は拒否の姿勢を示した。

乙哉「そりゃそうだろうねー。あたし達本来は敵同士、晴っちは殺せなくても兎角さんは殺してもいいわけだし」

しえな「こら武智。今はそういうことを言うな」

乙哉の言葉にしえなが厳しい視線を返した。


叱られた乙哉はペロリと舌を出して肩をすくめたが、反省しているようには見えない。

乙哉「なんかさー、いつも強気な人が弱ってるとなんかそそるよねー」

しえな「ほんっっと黙れこの変態シリアルキラー!」

頬を上気させる乙哉にしえなが顔を引きつらせた。

乙哉「あれ、しえなちゃんなんで知ってるの?」

しえな「何日か前に首藤に聞いた」

乙哉「その上で同室ってすごいね」


しえな「うるさい。そりゃ怖いに決まってるだろ。でも好みの子にしか興味ないならボクは――」

乙哉「あたし、しえなちゃんのことすごく可愛いと思ってるけど」

しえな「すぐにでも部屋変えてもらう。無理無理。武智と一緒なんて絶対無理」

しえなは乙哉から距離をとり、部屋の奥へと逃げ込んだ。

乙哉「えー、一人はさみしいよー」

しえな「バカ!どっちにしろボクを殺したら一人になるんだからそこが問題じゃないだろ!」

しえなを追って近付こうとする乙哉に、しっしっと手の甲を向けて振って見せる。

千足「お前達。病人を前に痴話喧嘩はやめろ」

しえな「どこが痴話だよ!命掛かってるんだぞ!」

泣きそうな声でしえなが訴えていると、部屋の扉が突然開いた。


伊介「あーあ。気を張りすぎってアドバイスしてあげてたのに~♥」

春紀「伊介様、ノックくらいしなよ」

遠慮もなく堂々と胸を張って他人の部屋に踏み込む伊介と、たしなめながらもやはり堂々と上がり込む春紀。

千足「お前達どうして……」

急な来客に千足は動揺を見せ、そんな彼女に伊介は満面の笑みを向けた。

伊介「大浴場から出たら遠目に見えたから嫌味を言いに来たのよ♥」

しえな「包み隠さず性格悪いな」

春紀「止めたんだけどさ、この人、話聞くタイプじゃないじゃん?」


春紀の言葉に全員が納得し、伊介を見てため息をついた。

伊介「東さんを上から見下ろすの2回目ね。晴ちゃんも呼んでこようかしら♥」

兎角「犬飼……っ!」

千足は起き上がろうとする兎角の頭をそっと押さえつけ、

千足「病人を挑発するな」

そう言葉で伊介を制するが、先ほど春紀が言っていた通り伊介は意に介さない。

伊介「そういうところ見られたくないんでしょ~♥」

見下すように兎角の顔を覗き込み、挑発的に笑う。


そして柩の持つ薬をちらりと見て、兎角に視線を戻した時には伊介の目は笑っていなかった。

伊介「だったらさっさと薬飲んで寝なさいよ。こんな状態じゃ自分だって守れないじゃない」

春紀「結局東の心配してんじゃん、伊介様」

伊介「うるさい黙れ♥」

春紀が茶々を入れると次の瞬間にはにっこりと笑って、春紀の脇腹をぐさりと指先で刺した。

兎角は全員の顔を見回し、一人ずつの表情を確認すると軽く息を吐いた。

それが気の抜けた吐息だと気付いてぐっと唇を噛みしめる。


兎角のその様子に気付いた柩が再度薬を彼女の目の前に差し出した。

柩「東さん、一ノ瀬さんを護りたいなら意地を張っている場合ではないと思いますよ」

千足「私も一つ飲む。桐ヶ谷の潔白は私が証明しよう」

柩が用意した薬を無造作に取ると、千足はそのまま口に含んで水を流し込んだ。

それでもまだ疑う余地はいくらでもあったが、その必要はもはやなかった。

ここにいるのは暗殺者であっても、今は敵ではない。

兎角「……分かった」

無愛想に返事をすると、兎角は柩から薬を受け取った。


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10分後

千足は兎角の額に手を当てて、彼女が完全に眠っている事を確認した。

千足「もう眠ったのか」

柩「鎮静剤も含まれていますから。特に東さん、最近眠ってないようですし即効でしょうね。千足さんもすぐ眠くなってくると思いますから休んでください」

春紀「じゃあ東はあたしが1号室に運んでおくよ」

兎角のそばに座り込み顔を覗き込むと、日頃の無愛想が嘘のように穏やかで、春紀の顔に笑みが漏れた。

しえな「なんとか落ち着いたな」

特になにをしたというわけでもないのに、安心したせいかどっと疲れがこみ上げて来た。


乙哉「眠ってる兎角さん可愛いよねー。どうしよう……。先っちょだけでいいから切ってもいいかなー」

しえな「良くないだろバカ」

興奮気味に兎角の頬を撫でる乙哉を半眼で睨みつける。

乙哉「一回切ればしばらく落ち着くから他の子には手出さないよ」

しえな「――少しくらいなら良いんじゃないか?」

春紀「ひどすぎるだろお前ら」

春紀は二人の襟首を掴んで、兎角のそばから引き剥がした。

眠っている間にこんな風に言われていたなんて後で知ったら、せっかく解かれた警戒心がまたぶり返してしまう。


乙哉「冗談だってばー」

春紀「冗談じゃなかったろ」

しえな「ボクは冗談のつもりはない」

春紀「うん、だろうな。それは同情してる」

真顔のしえなに春紀も真顔で返す。

兎角にもしえなにも同情したが、巻き込まれたくないので乙哉に関するそれ以上の面倒は見たくはなかった。

伊介「さっさと運んじゃいなさいよ♥」

しびれを切らした伊介が鬱陶しそうに口を挟む。


春紀「はいよ。じゃあ、解散だな」

春紀が眠った兎角の腕を自分の肩にひっかけようとすると、伊介が兎角の体を支えた。

伊介「まったく。手のかかるガキ……」

春紀「伊介様、案外東を気にかけてるよな」

伊介「別に。目障りなだけ♥」

憎まれ口を叩く伊介を微笑ましく思いながら春紀は兎角を背負って立ち上がった。

春紀「そうかい。ま、いいけどさ」

あまり突っ込むと怒るの事は分かっていたので、春紀はそこそこのところでやめておく事にした。


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犬の散歩に行ってきます。
1時間以内には戻ります。

戻りました。

台風困りますね。
5日に飛行機乗るから心配です…
海に近い方や、今後暴風域に入る地域の方は気を付けてください。

続けますね。


金星寮C棟 1号室前

春紀が扉をノックすると、奥から晴が返事をするのが聞こえた。

春紀「春紀だ。東も一緒だよ」

伊介「鍵ないんだからさっさと入っちゃえばいいのに♥」

春紀「いくら今は休戦中でも暗殺者がいきなり入ってきたら怖いだろ」

足音が近づいて来たと思ったらすぐに扉は開き、中から晴が顔を覗かせた。

春紀の心配は杞憂だったようだ。


伊介「素直に開けるのね。警戒心の塊みたいな東さんとは大違い♥」

護衛対象のあまりの無防備さに、春紀は背中で眠る細身の女の子の心情を察して苦笑した。

正面から兎角の姿が見えるように体を傾けると、晴の顔色が変わった。

晴「兎角さん!?」

春紀「体調良くないみたいでさ。今、薬飲んで眠ったところ」

晴「やっぱり無理してたんですね……」

兎角の前髪を指先で掻き上げると、この部屋を出て行った時には想像できなかったくらいに穏やかな寝顔が覗いた。


春紀は部屋の奥まで進み、兎角をベッドにそっと寝かせる。

驚くほどに深く寝入っている兎角を晴がじっと見つめていると春紀がその肩に手を置いた。

春紀「晴ちゃんの前では強がっちまうんだろうな。起きたら説教しといてくれ」

晴「ありがとう、春紀さん、伊介さん」

伊介「伊介は別になにもしてないけどぉー」

怒ったような言い方で伊介が晴に返すと、春紀が晴に耳打ちをした。

春紀「照れてるだけだから。ちゃんと東の心配してるよ」

伊介「ほらー♥もう帰るわよ?」

声は聞こえていなかったはずだが、大体何を言ったのかは察しているのか、笑いながら春紀の耳を引っ張って部屋の扉へと向かった。

苦笑いをしながら晴に手を振る春紀に、やはり晴は彼女が出て行くまで苦笑いで手を振り返すことしかできなかった。


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翌朝 金星寮C棟 1号室

兎角がうっすらと目を開けると、自分が暖かい布団の中にいる事に気が付いた。

昨夜の時点では4号室のソファに寝ていたから、その後どうなってここにいるのか全く分からない。

そもそもここが誰の部屋なのかも分からない事に気が付いて、兎角は体を起こした。

もう頭痛はしない。

薬を用意してくれた柩に感謝しなくてはならないと思う。

他にもあの時集まった全員に借りが出来てしまった事に、今度は別の頭痛を覚えた。

とりあえずはここがどの部屋なのかを確認したくて辺りを見回す。

見覚えのある情景だったが、どこの部屋も同じ造りになっているから、本当に1号室なのかどうかも疑わしい。


兎角「……?」

自分の隣に誰かが眠っている。

そこにいるのが晴だと気付くと同時にそれはもそもそと動き始めた。

晴「……兎角……さん?」

目を覚ました晴がかすれた声で兎角の名前を呼ぶ。

やっとここが自分の部屋だと認識出来た。

兎角「起こしてしまったな」


晴「ううん……。兎角さん、眠れた?」

晴は身を起こして兎角の手を握った。

兎角「ああ」

晴「よかった。心配したんだよ」

兎角「すまない」

握られた手から晴の優しさが伝わってくる。

それと同時に不安も伝わって来た。

晴「春紀さんに運ばれてる兎角さんを見て、心臓止まるかと思った……」


晴は兎角の手を握ったまま身を寄せた。

肩に額を乗せて、首元に鼻先を当てる。

兎角「一ノ瀬……」

顔を上げてさらに近づいてくる晴の視線は兎角の唇に向けられていて、兎角は何も出来ずに硬直していた。

兎角「あの、顔、近――」

その時、突然兎角のポケットに入った携帯電話が鳴り、兎角の体がビクリと震えた。

慌ててベッドを降りる兎角の後ろで、晴は不満そうに唇を尖らせていた。

晴「もー……」


頭から晴の顔が離れないまま携帯電話を手にしたせいで、少しの間着信を取れずにいた。

軽く深呼吸をしてうるさい鼓動を落ち着かせる。

相手はカイバだった。

兎角「はい。なんですか、朝から」

震えそうになる声を押さえ、いつもよりトーンを下げた。

晴に動揺を知られたくはなかった。

兎角「……分かった。……うるさいっ。そういうのじゃない!!」

話の内容に何度か相槌を打って、最後吐き捨てるように言うと兎角は通話を切った。


晴「どうしたの?」

声を荒げる兎角を心配して晴がベッドを降りてくる。

兎角「前の学校の教師だ。侵入者の情報を手に入れたと連絡があった」

晴「なんで怒ってたの?」

兎角「……別に」

晴「気になる」

ずいっと顔を寄せてくる晴に少したじろいて、仕方なく兎角は眉根を寄せて口を開いた。

兎角「あいつ見てるんじゃないかってくらい余計なことを言ってくるんだ……」


大きくため息をついて片手で顔を覆う。

電話に出るのが遅かったせいで同室にいる晴の事を冷やかされたのだ。

晴「兎角さんと晴のこと?」

兎角「ありもしない関係を冷やかして面白がってるだけだ」

晴「ありもしないって……」

不機嫌にうつむく晴の様子には気付いていたが、それの真意が兎角には分からなかった。

兎角「どうした?」

晴「なんでもないです……」

機嫌が直らないまま晴は学校へ行く準備を始めた。


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今日はここまでにします。
見てくださっている方、いつもありがとうございます。
明日から少し忙しくなるので、次に投下できるのは月曜日か、火曜日の夜になると思います。
少々空きますがまたよろしくお願いします。

戻りました。

アドバイスありがとうございます!
ある程度心掛けていた事ですが、曖昧な考えのままだったのでとても参考になります。
見直して書き換えたりもしましたので、多少はマシになっているかと思われます。

こんな拙い文章を見てくださってありがとうございます。

それでは続けます。


金星寮C棟 廊下

晴「行かないの?」

兎角は1号室から出ると、扉の前で立ち止まって周囲の様子を見ていた。

そして正面の2号室から伊介と春紀が出て来るのを確認するとそちらに向き直る。

春紀「おう、1号室。おはよう」

春紀は兎角と晴を見つけると、相変わらずの人懐っこい笑顔を向けてきた。

兎角「寒河江。悪いんだが、一ノ瀬を学校まで頼めるか」


晴「と、兎角さん?えっ?」

春紀「任せとけ。な、伊介様」

伊介「まぁどうしてもって言うならいいけどぉ~♥」

顔を見合わせながら会話を続ける三人に対して、昨日の出来事について何も知らない晴は状況が分からず呆然としていた。

涼「なんじゃ。珍しいこともあるもんじゃのう」

真昼「私も一緒に、行く……ます」

純恋子「真昼さんがおっしゃるならわたくしも!」

各部屋からそれぞれメンバーが出て来て鳰を除く全員が廊下に集った。


晴「兎角さんは?」

兎角「詳しい話をカイバに確認する。お前は寒河江達と先に学校に行ってろ」

晴「でも一人じゃ――」

しえな「ボクが一緒に行くよ。昨日の様子を見る限りまだ心配だし」

香子「遅刻は許さん。私も行こう」

しえなと香子が声を上げ、それに対して春紀が不満そうに二人を見る。

春紀「よりにもよってお前らか……」

しえな「どういう意味だよ!?」

春紀に噛み付くしえなの横を過ぎ、香子はコピー用紙のようなものを数枚を取り出した。


香子「東。これを」

兎角「……校内の狙撃ポイントか」

数枚の資料のうち、一番上の紙に目を落とすと大まかな地図と敷地内の間取りなどが書かれているのが見えた。

乙哉「これしえなちゃんが作ってたやつ?」

乙哉が顔を上げると、それに対してしえなが自慢気に親指をビッと立てる。

そしてさらに香子に目を向け、

香子「私と首藤も協力している」

香子がしえなの視線に応えて淡々とした口調で告げた。


資料を作成した三人にそれぞれ視線を向けた後、兎角が資料を受け取ると千足が上から覗き込んで来た。

千足「かなり詳細が書いてあるみたいだな……」

どうしても通るのを避けられない場所のピックアップや、通学路として使える複数のルート、それに対する狙撃ポイントが、距離と天候による影響も含めて事細かに書かれていた。

柩「剣持さんでも役に立てるんですね」

しえな「もう分かった。桐ヶ谷はボクになにか恨みでもあるんだろ」

感心したように柩がにっこりと笑うのがかえって嫌味に見えたのか、しえなは顔を半ば引きつらせていた。

香子「どうせ一ノ瀬の身の回りで手一杯だったんだろう。そういうのはこちらで調べておいた。役に立ちそうか?」


兎角「いや……正直驚いている。助かった」

香子にそう伝えていると、晴が目を丸くしながら見ていることに気が付いた。

兎角から感謝の言葉が出て来たこともそうだが、こんな会話をしている事自体が不思議なのだろう。

兎角自身も今の状態が異常である事は分かっていた。

しかし結果としてこれで晴を守れるならそれでいいとも思っている。

しえな「あんまり狙撃に向きそうな場所はなかったけどな。監視カメラはあるし、全く使われていない建物なんて学園内にはないから長距離の狙撃の可能性は低いだろう」

兎角「そうか」


春紀「そろそろあたしらは行くよ」

春紀は時計の時間を見ながら兎角に告げた。

おおざっぱそうに見えて、面倒見の良さそうな性格が今では素直に心強い。

兎角「ああ、一ノ瀬を頼む」

兎角、しえな、香子の三人は他のメンバーを見送ると1号室に入った。

部屋の奥まで進んで、兎角は携帯電話を取り出すと、不機嫌に電話をかけ始めた。

あの教師の最初から最後まで人をバカにしたような態度がひどく面倒くさい。

兎角「もしもし――」


カイバ『よぅ、兎角~。情報知りたい~?』

予想通りの言い方に、兎角が隠しもせずに舌打ちをする。

兎角「もったいぶらずにさっさと教えろ。用件だけでいい」

カイバ『しょうがねーなー。今回侵入した暗殺者は変装が得意でな。学園の生徒になりすましてるみたいなんだよ。性別は女。身長は160程度、体重は50キロ前後。周りの人間からばれにくい奴に変装してるはずだ』

しえな「友達少ないとか、目立たないタイプか……。あとは外部からの転入、進学とか」

音はスピーカーから出るようにしているため、しえなと香子にも会話は聞こえている。

カイバ『ん?誰かいるのか?』


兎角「……クラスメイトだ」

カイバ『あぁ!?クラスメイトぉ!?兎角、お前がか!バカじゃねーの!?』

兎角「うるさいバカ」

カイバ『あ!同室でいつもイチャイチャしてる子だな!!』

香子「……東。そういうのは個人の自由だが、風紀の問題もあるから寮ではあまり……」

目を逸らし控え目に注意を入れてくる香子の視界に兎角は無理矢理入り込んだ。

兎角「勘違いをするな神長!!カイバ!!そんなんじゃないって言っただろ!!」


カイバ『先生を付けろ先生を!!ったく。いきなりターゲットを護るなんて言い出したらそれ以外なにがあるって言うんだよ?』

しえな「黒組は全員知ってるけどな」

兎角「はぁ!?なんでそうなるんだ!!」

しえな「いやなんでそうならないんだ……」

即座に抗議するが、呆れたようにしえなが低く呟いた。

カイバ『いいじゃん別に。任務に差し支えなければキスでもなんでも、先生は構わないと思うぜ』

兎角「バカか!!そんなことするか!!」


普段声を荒げないせいか妙に息苦しい。

自分でも何を騒いでいるんだと思いながら香子としえなに視線を移すと、彼女達は興味あり気にこちらを見ていた。

香子「大丈夫か?顔が紅潮している」

しえな「見てて面白い。結構可愛いところあるんだな」

兎角「黙れ剣持!毒盛るぞ!!」

しえな「なんで毒だよ!お前の特技ナイフだろ!!」

カイバ『……。まぁいいや。せんせーの話はここまでだ。引き続き進捗を報告するよーに』

周りの騒がしさに疲れたのか、あちらから話を切ってくれるのは正直ありがたい。


兎角「了解した」

兎角は電話を切ると大きなため息を吐いて額を片手で押さえた。

頭痛は治ったはずなのに、頭の奥が傷んだ気がする。

香子「東、そろそろ出ないと遅刻するぞ」

兎角「あんた、本当に真面目なんだな」

始めから遅刻をするくらいの気持ちだったから晴を先に行かせたのにあまり意味はなかったようだ。


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時間になりましたので犬の散歩行ってきます。
1時間くらいで戻ります。


廊下に出て玄関に向かいながら、兎角は何か嫌な違和感を覚えていた。

しえな「まだ時間には余裕あるから走らなくてもいいよな」

兎角「剣持。待て」

玄関の直前で先頭を歩くしえなの前に乗り出し、左腕を上げて制止した。

しえな「え、なに?」

香子「……なにか気付いたのか」

兎角の視線を追いながら香子も立ち止まる。


兎角「臭いが……。入り口になにか仕掛けてある」

しえな「臭いって、お前犬か?」

兎角が大体の場所を把握すると、香子が前に出てその先を確認する。

香子「爆発物ではないな。遠隔式の電流装置だ」

それは物陰に隠れていて、よほどのぞきこまないと分からない位置に隠してあった。

兎角「取り外し出来そうか」

香子「問題ない」


香子が解除をしている間、しえなは近くの様子をうかがっていた。

しえな「遠隔式って事は近くにいるんじゃないのか」

兎角「仕掛けに気付いた瞬間逃げてしまった」

しえな「姿は?」

兎角「顔は隠していた。女子生徒の制服を着ていたし、カイバの情報通りみたいだな」

兎角は携帯電話を取り出し、晴に電話をかけた。

晴『兎角さん?』

兎角「寮の玄関に感電するような機械が設置してあった。被害はないか」

晴『本当に!?なにも気付かなかったけど……』

兎角「そうか……ならいいんだ。これから私達も学園へ向かう」


電話を切り、兎角が顔を上げる。

丁度仕掛けの解除が終わって、香子がそれを差し出してきた。

リモコンで操作できる電流装置で、手製のものなのか精密そうには作られている。

見えにくい部分にワイヤーを張って、扉の金属部分に触れた時に電流を流す予定だったようだ。

香子「一ノ瀬が通った時に使わなかったのか」

兎角「今日はあいつの周りに人数が多かったから警戒したのか?」

しえな「だとしたら一ノ瀬が通り過ぎた後に解除してしまえばいいはず。ボク達が出てくるのを待ってる理由もないだろ。」


兎角は香子の持つ装置に目を向けた。

兎角「この装置の威力は?」

香子「稚拙なトラップだが行動不能にするのは十分だ」

香子は手に持ったそれを角度を変えながら細かく見ていた。

興味があるのか、彼女の目はいつもより輝いて見える。

しえな「同室だし、先にお前をどうにかする気なのかもしれないぞ」

香子「確かに東の戦闘力はそのまま一ノ瀬の戦闘力と考えていいからな。お前も気を付けた方がいい」


兎角「あぁ」

無表情ながら、珍しく気遣うような優しい目をする香子に内心驚く。

委員長に立候補したのは、能力の誇示か何かしら自分の目的のためだと思っていた。

もし彼女の本心が今の様子であれば暗殺者になんて向いていないんじゃないかと思う。

香子「ところで、そろそろ急がなければ遅刻するんだが」

携帯電話の時間を確認すると、兎角は香子と目を合わせ軽く頷いた。

しえな「え……走るの……?」


-------------

今日はここまでお願いします。

また明日、よろしくお願いします。


本校舎タワー 黒組教室

しえな「ぎっ、ギリギリセーフ……!!」

予鈴が鳴る直前、しえなが教室の扉を荒々しく開き、足を踏み込んだ。

それに続けて肩で息をする香子が続けて教室に入る。

香子「流石に疲れたな……」

しえな「なんでお前はそんなに涼しい顔してるんだよ……!」

しえなは最後に入ってきた兎角の顔を見て恨めしそうに絡んだ。

兎角「息切れくらいはしてる」

しえな「ボクは息切れどころか汗だくだよ……」


息を整えるため扉の前で少し立ち止まり、横を通り過ぎていく兎角と香子を見送る。

涼「香子ちゃん、タオル使うかの」

香子が席に座ると、前の席の涼がタオルを差し出した。

香子「ありがとう、首藤。気が利くな」

涼「運動好きじゃからのう。普段持ち歩いておる」

香子が汗をかいた額や首元を拭いていると、ぴたりと彼女の動作が止まった。

そしてタオルをちらりと見て、涼の顔を見上げる。


香子「首藤の匂いがする」

涼「不愉快か?」

香子「いや、私は結構……好きかもしれないな」

涼がにこりと笑うと、香子もわずかに口元を緩めた。

仲のいい二人の様子をしえなは呆れた表情で流し見て、自分の席へと戻る。

乙哉「しえなちゃーん」

席に座る直前、隣に座っていた乙哉がいきなり立ち上がり、強引に抱きついてきた。。

教室に入ってから今までこちらに一度も目を向けなかったくせに、いきなりのテンションに驚いて乙哉の体を押し戻そうとした。


しかし、彼女は少しも怯まなくてやたら強い力でしがみついてくる。

しえな「汗だくだって言ってるだろ!」

乙哉「そういうのがなんかいいんだよねー」

しえな「やめろバカやめろ!ボクにそういう趣味はないんだ!!」

伊介「えー♥同性愛くらい今時珍しくないって~♥」

しえな「ボクが言ってるのはそっちじゃない!切り刻まれるのはゴメンって話だ!!」

抱きつかれている間中、乙哉のシザーバッグに入ったハサミがかちゃかちゃと音を立てているのが恐ろしくてしょうがなかった。


鳰「イチャコラばっかでなんなんスかもう。一人部屋のウチへの当てつけっスか」

しえな「本当に羨ましいと思うならお前が武智と同じ部屋で過ごせよ!!」

兎角「剣持うるさい。それより、こちらに侵入者についての情報提供があった。昼休みにでも報告する」

しえな「ボクが喚いてるのはボクが原因じゃないんだけど……」

いまだに離れない乙哉にうんざりしながらしえなは震える声で呟いた。


--------------


本校舎タワー 10年黒組教室 昼休み

鳰「変装っスか……。ミョウジョウ学園は生徒数多いし、外部からの入学もあるっスから絞り込むのは時間かかりそうっスね」

兎角「お前からはなにか情報はないのか」

兎角は席を立ち、晴の席の横に立った。

鳰を警戒しての事ではなく、自然と晴に歩み寄ってしまっている事に兎角自身も気付いていない。

鳰「うーん……。こっちは依頼主を探ってるっスけどまだ特定には至ってないっス。現場は皆さんにお任せするっス」

しえな「そんな無責任な……」

鳰の軽い言い方にしえなが不平を訴えるが、それに千足が反応する。


千足「依頼主をなんとかしないと次の暗殺者が来るだけだからな。同時に叩くのがいいと思う」

柩「しかし他のクラスの人間関係なんてどうやって洗いますか?人数も多いんでしょう?」

柩が周りを見て意見を乞うと少し考えたのちに春紀が手を挙げた。

春紀「聞き込みとか?」

伊介「バカなの?目立ち過ぎて調査にならないじゃない♥」

あちこち、各自の席で口を開くクラスメイトをきょろきょろと見回す晴の様子が面白くて兎角はわずかに目を細めた。

命を狙われているのに緊張感のない晴を腹立たしく思う事もあったが、今はそんな風に思わないのは周りの人間のせいかもしれない。

晴の望むものがほんの少しわかった気がした。


しえな「その辺はボクが調べてみるよ。名簿とか内申書とか当たってみる」

鳰「ウチの前でハッキング宣告なんてよくやるっスね…」

乙哉「あたしもしえなちゃんを手伝うよー」

しえな「いやお前は来るな。頼むから」

また抱きつこうとする乙哉を教科書で牽制しながらしえなが睨みつける。

香子「単独行動は危険だからな。複数人での行動を心掛けた方がいいだろう」

鳰「ん?なにかあったっスか?」

しえな「今朝、東が狙われたみたいなんだ。ボク達も一緒にいた」

鳰「んー……じゃあ狙われたのは剣持さんっスね」


鳰の言葉に途端空気が凍りつき、全員が同時にしえなを見る。

しえな「……えっ、ボク!?」

鳰「こないだハッキングされたデータ、実は顔写真が間違ってたんスよ。晴のプロフィールに入ってたのは剣持さんの顔っス」

しえな「なんでそういう余計なことするんだよ!?」

春紀「あーあ……」

しえな「もう死んだみたいな顔するなよ!!生きてるよ!生きるよ!!」

乙哉「えー……」

しえな「他の人に殺されるくらいならあたしがみたいな反応もやめろ!!」

兎角「仕方ない」

しえな「諦めるなよ!!」


興奮気味に春紀と乙哉に突っ込みを繰り返すしえなが少し哀れになって、兎角は手のひらをしえなに向け、落ち着くよう促した。

兎角「いやそうじゃない。私が剣持を護る」

真剣な視線を向けられ、しえなはなんだか恥ずかしくなってたじろいた。

乙哉「えー!?しえなちゃんはあたしのだよ!!」

乙哉が立ち上がり、しえなを強引に抱き寄せた。

兎角「ば、バカか!!そういう意味じゃ――!!」

思わず晴の方を見ると、困ったような顔をして彼女もこちらを見ている。


思わず晴の方を見ると、困ったような顔をして彼女もこちらを見ている。

晴「兎角さんが選んだんなら……」

兎角「一ノ瀬まで!?待て誤解だ!!」

乙哉「あたしからしえなちゃんを奪う気!?」

兎角「だから悪ふざけはやめろっ!!」

顔を赤くして叫ぶ兎角をニヤニヤと見つめる者も何人かいた。

しえな「なんでもいいがボクは武智のものじゃないぞ……」

すっかりめんどくさくなったしえなの呟きには誰も反応しない。


伊介「晴ちゃん、浮気は許せるタイプー?」

晴「悲しいけど、帰って来てくれるのを信じて待つかな…」

伊介「えー……」

晴の優し過ぎる対応に期待が外れたのか伊介はつまらなそうに呻いた。

柩「ぼくはきっと浮気は許しません」

晴達の会話に乗って、柩がセリフに似合わずにっこりと笑顔を作る。

千足「桐ヶ谷を好きな人は浮気なんてするはずがないな」


柩「それって、千足さんのことですか……?」

千足「フフ……」

柩「もー、誤魔化さないでくださいよー」

向かい合って微笑み合う姿がどうにも浮いてしまっていて、二人の席の周りだけが熱を持っていた。

鳰「どいつもこいつもイチャイチャしやがってっス……」

いい加減見せつけられる苦しさからか、鳰は張り付いたような笑顔でこぶしを握りしめている。

兎角「まったくだ。なんでもそっちの話題にしたがるんだから……」

鳰「でもどうするんスか?晴は……」

鳰が真剣な表情で話しかけてきた。

本来はこんな冗談交じりの空気で話している場合ではない。


兎角「もちろん一ノ瀬も私が護る。剣持に何かあったら辛くなるのは一ノ瀬だろう」

晴「兎角さん……」

勘違いでしえなが最悪暗殺された場合の事を考えると晴が苦しむのは目に見えていた。

晴を護ることの意味は、命さえ助かることだけではないと理解している。

晴「ちゃんと想ってくれてありがとう」

兎角「そ、そういう言い方をするな……」

晴「照れてるの?兎角さん」

晴から目を逸らしてみても、それを追って顔を覗き込んでくる。

しかし、さらに顔を背けるとさすがに諦めたのかそれ以上は追ってこなかった。

鳰「もうなんなんスかなんなんスか。みんなしてイチャイチャじゃないスか」


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クラス内の様子を純恋子が不機嫌に眺めている。

純恋子「馬鹿馬鹿しい。皆さん、今の状況を分かっていらっしゃるのかしら」

春紀「まぁいいんじゃねーの。普通の学生って感じで」

春紀は手元にあるポッキーを差し出しながら機嫌を取ろうとするが、純恋子は一瞥するだけで受け取らなかった。

純恋子「命を狙われてる普通の学生なんていませんわよ」

春紀「……なんか覚えでもあんのかい?」

純恋子に影を見つけ、笑顔のまま春紀は向き戻った。

純恋子「どうかしら。少なからずここにいる人達は今まで命のやり取りをして来たんでしょう」

春紀「だな。じゃあみんな分かってるんだろ。その上でこれなんだ」

純恋子「……」

今度は純恋子が春紀の笑顔に影を見つけたようだ。


目の奥に鋭い光があるのはお互いに分かっている。

春紀「あんただって悪い気はしてないんじゃない?」

純恋子「意味が分かりませんわね。一ノ瀬さんがどうなろうとわたくしには関係ありませんし」

春紀「そうかい」

それでも不愉快そうな表情の中にも兎角と晴への気遣いが込められていることは春紀にも分かっていた。

春紀は同室にいる素直になれない女の子の顔を思い重ねて笑みをこぼした。

真昼「……英さん……、わたし達も、……一ノ瀬、さんを、護る、ます……」

純恋子「そうですわね!一ノ瀬さんには誰も触らせませんわ!」

春紀「おい」

兎角「私のセリフ……」


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放課後 PCルーム

兎角と晴が到着する頃にはしえなと乙哉がモニターを見つめながら情報収集をしていた。

兎角「寒河江達は?」

乙哉「寮の監視カメラを見に行ってるよ。ここにいるのはあたしとしえなちゃんだけ」

しえな「カメラの映像は今朝のやつだな。設置した人物が映っていれば――」

兎角「変装してたらあまり意味はなさそうだがな」

監視カメラの位置くらい事前に調べてあるはずだし、顔を隠す程度の事はしているだろう。

しえな「お前なら臭いで分かるんじゃないのか?」

しえなが言っているのは電流装置の位置を特定した件だと思われた。


兎角「人を犬みたいに言うな」

しえな「いや犬みたいだったろ、実際」

暗殺者の腐った海のような残り香がしたから見つけられただけで、嗅ぎ分けられるわけではなかったが説明するのも面倒だった。

諦めて兎角がため息をつくと、すぐ隣で晴が笑っていた。

兎角「……なんだ?」

晴「ううん。兎角さん、みんなと仲良くなったなぁって」

兎角「別に仲良くしているわけじゃない。お前を守るのに必要だからだ」

無愛想に答える兎角を見ながら晴は嬉しそうに口元を緩めていた。


晴「兎角さんのそういうところ、好きだよ」

兎角「なんだそれ……。からかうな」

やはりぶっきらぼうに答えると、乙哉としえなが同時に兎角を見た。

乙哉「うわ兎角さん最低」

しえな「ほんと女心が分かってないよな」

じろりと二人に睨まれて兎角は思わず後ずさる。

兎角「な、なんだよ、お前達」

乙哉「いいよもう、あたしにしなよ、晴っち」

乙哉は晴に後ろから抱きついて晴の首元に鼻先を寄せた。


晴「た、武智さん……」

その様子に兎角はひどく不愉快な気持ちになったが、口を開く前にしえなが不満げな声を上げた。

しえな「おい待てよ。お前散々ボクを怖がらせといてそれか?」

乙哉「えっ、やきもち!?しえなちゃんやきもち!?やっぱりあたしの事好きなんだ!?」

即座に晴から離れ、今度はしえなに抱きついた。

しえな「怖がらせといてって言ってるだろ!?聞いてるのか人の話!!」

乙哉「あたしが好きかどうかだから、しえなちゃんがあたしを好きかどうかは実際はどうでもいいよ」

しえな「あぁそうだろうよ!!シリアルキラーだもんな!!」

兎角「剣持うるさい」

しえな「だからなんでボクが怒られるんだよ!?」

大きく肩で息をしながら乙哉を引き剥がし、モニターに視線を戻す。


兎角「侵入者、絞れそうか」

しえなに体を寄せてモニターを覗き込むと、ピックアップした女生徒の顔写真が並んでいたが、数が多くてここから一人ずつ確認して行くのは骨が折れそうだった。

しえな「どうだろうな……。地味で友達少ないなんて奴、結構いるだろうし」

兎角「その中でも極まったやつだな。他人と入れ替わって気付かれないなんてよっぽどだ」

さらにモニターに顔を寄せる時に、兎角がしえなの肩に手を置いた。

ぴくりと肩を震わせるしえなに目を向けると、思った以上にお互いの顔が近付いていた。

兎角「わ、悪い……」

恥ずかしくなって一歩下がろうとした時に、乙哉が二人の間に割り込んできた。

乙哉「この子!」

ずらりと並んだ顔写真の中から一人の女子生徒を指す。


晴「武智さん、知ってるの?」

乙哉「かわいい!!」

しえな「武智。黙ってろ」

乙哉の顔を手のひらで抑え込むとすんなりと後ろへ下がり、しえなの制止には構いもせず話を続けた。

乙哉「昨日寮の玄関近くでそわそわしてるの見かけたんだよねー。ちょっといいなって思ってて」

兎角「……念のため当たってみるか」

プロフィールや内申書を開きながら、条件に当てはまる事を確認する。


しえな「寮なんだからどの生徒を見かけてもおかしくないし、侵入者が可愛くない子だったらどうするんだよ。武智の眼には絶対映らないだろ」

乙哉「どうせ変装するなら可愛い子が良くない?」

流れでしえなのおさげを撫でるが、それは彼女の手によって払いのけられた。

しえな「目立つと困るんだから地味な子を選ぶんじゃないのか?」

乙哉「地味な子が思ってるほど可愛い子って別に目立ってないよ」

しえな「お前さりげなくボクを傷付けるよな」

乙哉は反抗したわけではなく素直な考えを言っているだけだから余計にたちが悪い。

乙哉「傷付いたの!?傷付いたの!?やだ濡れちゃう……。こういう快感もあるんだね……」

しえな「黙れ変態。おぞましい」

しえなが言葉で突き放そうとするが、相変わらずベタベタとくっついていて少しも効果がないようだ。


二人の様子を見ながら兎角がため息を吐いていると晴と目が合った。

晴も同じ想いなのか困ったように笑っている。

不意に兎角の携帯電話が鳴り出し、ディスプレイを見ると春紀の名前が表示されていた。

兎角「はい」

周りにも聞こえるようスピーカーの設定で電話を取る。

春紀『おう東。監視カメラの映像が手に入ったぞ。そっちのタブレットに送るから確認してくれ』

鳰『本当は持ち出し禁止なんスからね。ばれたらウチが怒られるんス』

しえな「ばれたらって……。学校支給のタブレット使って学内のネットワークでやり取りしてるんだからばれないはずがないだろ……」

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こんばんは。
いつもありがとうございます。
台風真っ只中ですが気を付けてください。

続けます。


数分後に兎角のタブレットにメールが届き、添付された動画ファイルを確認する。

撮影された時間は深夜2時。

扉付近に女子生徒が張り付いて何かをしている。

晴「やっぱり顔は隠してるね……」

マスクとサングラスをつけるその姿は不審者以外の何者でもなかった。

兎角と晴は顔を見合わせて首を振った。

しえなも二人と同じ事を考えていた。

これでは顔は分からない。


乙哉「間違いない。さっきの子だよ」

タブレットを凝視する乙哉が低く呟いた。

晴「武智さんすごい。どうして分かるの?」

乙哉「胸のサイズが一緒」

しえな「お前本当に気持ち悪いな」

しえなの辛辣な言葉には反応せず、さらに動画の一部を拡大して確認をすると乙哉は自信ありげに頷いた。

兎角がその様子を見て携帯電話に向き直る。


兎角「寒河江。侵入者の見当が付きそうだ」

春紀『突撃するか?』

伊介『それじゃあ黒組ルールに反しちゃうんじゃない?他の生徒と問題起こしたら退学になりかねないわよ♥』

しえな「一人の時を狙うしかないのか……」

相手を見張る必要があるが、黒組は他のクラスとの関わりもなく制服も支給されないため、一般生徒のいる場所では目立ってしまう。

鳰『思考が侵入者と一緒っスね』

乙哉「そりゃあたし達も暗殺者だからね」

鳰『そうだったっス。みんな協力的だからつい……』


黒組の裁定者が何を言っているんだとしえなは思ったが、今の黒組の雰囲気を考えたら仕方がないのかもしれないと思い直す。

あれだけ尖っていた兎角にも、悪い意味ではなくて、気が緩んでいる雰囲気が見える。

しえな「これが終わればまた敵同士か……」

晴「しえなちゃん……」

今の状況が変われば、全員が晴の敵になる。

晴が辛そうな表情で目を伏せた。

兎角「余計なことは考えるな。今は私がお前達を護る」

しえな「ボクも……か?」


不安はあった。

ここでしえなが死ねば暗殺者が一人減る。

それに兎角にとっては侵入者をおびき出す囮にだってなるのだから。

兎角「剣持が死ぬのを望んでると思ってるのか」

そんな風に考えていない事は兎角の目を見れば分かる。

しかし、万が一晴に危険が及ぶ場合は切り捨てられる可能性がある。

それは兎角を信用していないのではなく、しえなにとっての覚悟だった。

しえな「お前を疑ってるわけじゃないよ。ありがとう……」

兎角「……別に、礼を言われることじゃない」

体ごと顔を背ける兎角を見てそれが照れ隠しだと分かると、しえなは自然と笑顔になっていた。


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金星寮C棟 1号室 夜

伊介「ちょっとー。狭いんだけどぉ。うっざー♥」

部屋の隅にある兎角の机に寄りかかりながら不満の声を上げたのは伊介だった。

兎角「じゃあ帰れ」

まだ映像を見ていないメンバーをソファ周辺に集め、タブレットを涼に渡しながら兎角は真顔で返した。

黒組全員が1号室に集まっているものだから、いくら広い個室だとしてもかなり手狭に感じる。

伊介「伊介達が監視カメラの映像チェックしてきたのにー。結構めんどくさいのよ?ずっと画面と向き合ってて疲れたんだけどー♥」

春紀「伊介様、寝てただけじゃん……」


ソファの近くにいた春紀が兎角の椅子に掛け、伊介がその膝の上に座る。

動作の流れが驚くほどに自然で、普段の二人の信頼関係が垣間見えた気がした。

兎角「寒河江。助かった」

春紀「おう」

伊介「ちょっと東さん、伊介にはー?」

威圧的な上からの目線に、挑発の意味も込めているだろうが兎角は真面目に返した。

兎角「協力には感謝している」

伊介「うわ。素直すぎてキモチワルイ♥」

兎角「ほんと帰れ、お前」

真面目に対応して損した。


伊介達から視線を外して監視カメラの映像を確認しているメンバーの元に歩み寄る。

涼「変装が得意な暗殺者か。気にはなっていたが……」

タブレットに映る監視カメラの映像を確認しながら涼が独り言のように呟いた。

香子「首藤、知ってるのか」

涼「何人か聞いたことはある。特殊メイクで本人と瓜二つという奴もおるでの。そいつには心当たりがある」

しえな「武智のことといい、よくそんなこと知ってるな」

すでに映像をチェックした乙哉としえなは兎角のベッドに腰を掛けていた。

涼「ちょっと変わったタイプでな。相手を挑発するような小手先の細工が得意らしい」

兎角「イタズラの連発もそれか……」

千足「だいぶ東も憔悴していたからな」

千足と目が合うと兎角はきまりが悪くて、顔をすぐに逸らしてしまった。


伊介「趣味悪ーい。暗殺なんて殺すか殺さないかだけでしょー♥まどろっこしい♥」

乙哉「あたしもまどろっこしい殺り方だからなー」

その殺り方というものを思い描いているのか、今の乙哉の目は快楽主義者の目だった。

元の状態に戻すためにしえなは乙哉の頭を小突き、話を続けた。

しえな「そいつも殺しを楽しむような快楽殺人者なの?」

涼「どうじゃろうな。自分の力を誇示したいだけかもしれんしの」

真夜「なら、おびき出す方が効果的なんじゃねーの?」

純恋子「囮を使うって事ですの?」

真夜と純恋子がしえなを見ると、全員がつられて同じ方向を見た。

しえな「……なんでボクを見る?」

真夜「狙われてんのおめーだからなぁ。自然とそうなるわな」


晴「駄目だよ!それなら晴が――!」

不穏な空気が流れ始め、慌てて晴が身を乗り出す。

春紀「そういや晴ちゃんと剣持、身長同じくらいだよな」

兎角「バカ言うな。一ノ瀬も剣持も囮にはしないぞ。心配するな」

春紀がそういう性格でない事は分かっていたが、話の流れで思わず強い口調になってしまった。

強く睨まれた春紀は肩をすくめてみせたが気を悪くしている様子はない。

しえな「うん……」

気の弱い返事をするしえなに、一瞬心を打たれた。

他の連中のような暗殺者としての技術や精神力もなければ、晴のような強い意志があるわけでもない。

その脆さが少しばかり気になって彼女からしばらく目を離せないでいた。


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不安そうに兎角としえなを見つめる晴を、真夜はにやにやと眺めていた。

真夜「三角関係か。真昼にも経験させてやりてーな」

純恋子「わたくしは真夜さんも真昼さんも魅力的だと思いますわよ」

即座に反応する純恋子に満面の笑みを返した。

真夜「ありがとよ」

こういう三角関係も悪くないなと思う。

伊介「東さん、真剣だからタチ悪いわよねー♥」

春紀「やめなって、伊介様」

てっきり兎角に対して言っているのかと思ったが、春紀が伊介を咎めた事で本当は晴の反応を見て面白がっている事に気が付いた。


性格の悪い奴だとは思ったが、真夜にも気持ちは分かった。

あんな言い方でも色々と気にかけている様子は見て分かるし、同室の春紀との信頼関係を見ても根っこからの悪者だとは思わない。

柩「剣持さんは護衛対象ってだけですよね。本当に護りたいのは一ノ瀬さんでしょう?」

兎角「……深くは考えていない」

兎角は兎角で柩の助け舟にもぶっきらぼうに返す始末だった。

晴は柩の気遣いに気付いて、兎角の態度に対して困ったように笑っている。

千足「桐ケ谷はそういうのに憧れがあるのか?」

千足の問いに柩は目を細める。


柩「そうですね……。でもぼくにも護りたいお姫様がいるんです」

千足「あ、えっ。そうなのか?」

お姫様、という言葉に千足が戸惑いを見せた。

柩から見たお姫様がいったい誰なのかと思う気持ちが千足の声には表れていた。

柩「動揺してます?大丈夫です。ぼくにとっての王子様とお姫様は同じ人なんです」

天使のような笑顔を向ける柩に千足の頬が赤く染まっていく。

鳰「どうしよう。聞いてる方が恥ずかしくなってきたっス」

真夜「ほっとけ。いじっても面白くならない奴らだ」


二人だけの世界を作る4号室にはもう慣れてしまったのか、鳰以外に反応するものはもうほとんどいなかった。

それでも輝く世界があるなら、それは羨ましいと思う。

伊介「東さんもあのくらい正直ならいいのにねー♥」

今度は兎角に挑発的な態度を向ける伊介。

兎角「いちいち絡むな、犬飼」

それを牽制する兎角が、ふと視線を変えた。

その先には周りの様子を優しく見つめる晴の姿がある。

何でもないような態度だったが、真夜から見ても少し無理をしているようには見えた。


声をかけようかと真夜が思っていると、それより早く兎角がそちらへと向かった。

兎角「一ノ瀬。心配するな」

晴の隣に立って声をかける兎角の姿に真夜は素直に感心した。

兎角が朴念仁なのは見ていて十分理解していたが、それでも晴の気持ちを全く考えていないわけではなかったようだ。

晴「……うんっ」

今の晴は無理のない笑顔を兎角に向けている。

黒組にはどんな形であれ、学校生活という事実があればそれだけでいいと思っていた。

自分の中にいる真昼が楽しそうにしているのを感じて、この光景もそのうち見られなくなるのかと思うとひどく惜しい気持ちになった。

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しえな「なんかボク、実は大事にされてないなって思うんだよ」

そこかしこで繰り広げられるそれぞれの熱っぽさにしえなが不満の声を上げる。

テーブル付近に集まるメンバーとは少し離れた場所にいるせいか、余計疎外感を感じた。

乙哉「しえなちゃんはあたしが大事に思ってるよ!いつでも刻んであげ――!!」

しえな「お前が一番ボクを大事にしてないよ!怖いよ!!」

しえなの悲鳴のような言葉を聞いた真夜がしえなに向き直る。

真夜「いいじゃん。愛されてるじゃん」

しえな「痛い愛は嫌だ!!」

鳰「…らしいっスよ。兎角さん」

そう真顔で伝えると、兎角は心底不思議そうな顔をした。

兎角「なんで私に振る?」


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翌日 本校舎タワー 黒組教室

香子「今日の午後は特別教室棟の視聴覚室へ集合。別室で一人ずつ面談があるそうだ」

二限目が始まる前に香子が担任からの伝言を持ってくると、ホワイトボードを消している春紀がその手を止めた。

春紀「そういうのって他の先生やクラスが知りうる情報なのか?」

鳰「余裕っスね。調べようと思えば誰だって調べられるっス」

教室内の空気がピリピリと張り詰める。

真昼「たぶん……狙って、きます……」

純恋子「ですわね。あそこにはガラス張りの渡り廊下がありますから狙撃でも狙いやすそうですし」

特別教室棟の造りを示し、渡り廊下の部分を指でなぞる。


鳰「狙いやすいからこそ警戒してると思われてるかもしれないっスよ」

春紀「だからってほっとくわけにもいかねーだろ」

春紀と目が合い、兎角は小さく頷いた。

兎角「剣持達が調べた狙撃ポイントをもう一度確認しておこう」

紙媒体で預かったあの資料は、あの後しえながデータ化してタブレットに保存してある。

兎角は黒組全員にその資料を配布し、それぞれに確認を促した。

涼「移動時はいくつかグループに分かれて狙撃ポイントを押さえる事にしよう。エリアを分けて、それぞれ昼休み中に警戒に当たる。どうかの?」

反対するものはいなかった。

涼と香子を中心に割り振りを確認し、昼食後実行に移った。


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ミョウジョウ学園 敷地内 昼休憩

伊介「なんで伊介達が一番遠くのポイント調査なのー?」

本校舎タワーを遠くに眺めながら唇を尖らせる伊介。

春紀「まぁまぁ。3号室と4号室が来るよりマシだろ。遠いところはなんかあった時に戦闘力が高い方がいいって判断なんだから」

伊介「伊介は一人だってちゃんと戦えるもの♥」

春紀はここから見える特別教室棟の一部を見ながらため息をついた。

春紀「しっかし、さすがにこんなところからは狙わないか。今回の奴は狙撃のプロってわけじゃなさそうだしな」


あまり人が立ち入るような場所ではないせいか、整備もそこそこといったところだった。

誰かが潜む準備をしていた様子もない。

春紀は携帯電話を取り出し、兎角に向けて発信した。

兎角『もしもし』

春紀「あたしだ。ここには何もなさそうだ」

兎角『そうか。こちらはそろそろ視聴覚室に到着する。他のグループの安全も確認済だ』

春紀「じゃ、あたしらも撤収する」

電話を切って伊介に目で合図をすると、彼女は不機嫌な顔のまま軽く地面を蹴った。


伊介「あーあ。つまんないのー」

春紀「何事もないのが一番だよ、伊介様」

不満そうにしながらも半分は安堵している事くらい分かっている。

春紀はふうっと息を吐くと、枯葉の積もった芝生の一部分に一歩踏み出した。

その時、足に引っかかりのようなものを感じて背中がぞくっと冷え込んだ。

春紀「やば……」

ピンッ、という音の先にある植木の影に手榴弾を見つけ、春紀は即座に伊介を地面に押し倒してその上に覆いかぶさる。


伊介「なっ……!」

春紀「耳塞いで!」

抗議しようとする伊介に強く言い放つと、彼女はそれに従い、春紀も歯を食いしばって衝撃に備える体制に入った。

その直後に爆発音が辺りに響き渡った。

兎角『寒河江!?』

音が止み、舞い上がった砂や草木が静まった頃に春紀はクラクラとする頭を振り、状況を確認した。

自分たち以外には誰もいないし、続けて何かが爆発する様子もない。

春紀「伊介様、大丈夫……?」

伊介「あんた、なにしてんのよ!!」

庇われたのが余程気に入らなかったのか、伊介は春紀に掴みかかった。


その元気な姿を見て春紀は安堵の息を吐く。

春紀「あたしのドジなんだからそりゃ庇うよ」

伊介「出血してるわよ!他に怪我は!」

春紀「ちょっと破片が頭かすめただけだな。あとは腕に軽い火傷くらいか……」

自分と伊介の体を見渡しながら怪我の具合を確認していると、ほったらかしだった電話から声が漏れていた。

兎角『犬飼!寒河江!何があった!!』

伊介「うっさいわね!あの野郎爆弾仕掛けてやがったのよ!あたしは平気だけど――!」

春紀「あたしも大丈夫だ。破壊力はほとんどない」

犬の散歩に行ってきます。
短めにして30分くらいで戻ります。

戻りました。
もう通り過ぎた地域なんで大丈夫かなって思いましたけど、案外吹いてますね。
明日、関東の方は外出時気を付けてください。


手製の爆弾で威力は大した事はなく、内部に金属片のような物も仕込まれてはいなかった。

今までの傾向からしても挑発用の仕掛けである事は間違いないが、罠や仕掛けなどにも今後注意しなくてはならない。

兎角『すぐそっちへ――!』

春紀「バカ!お前がそこを離れてどうするんだ!爆弾仕掛けてたってことは、奴がここにはいないってことだろ。そっちこそ警戒しろ」

兎角『……分かった。気を抜くなよ』

春紀「あいよ」

今の音で人が集まる事を懸念して、携帯電話を閉じると春紀は早々にその場を離れた。


-------------


特別教室棟 視聴覚室

2号室以外が集まると、兎角は現状を報告した。

鳰「それで春紀さんは大丈夫なんスか……」

兎角「怪我をしたらしい。くそっ……!」

大きな被害はないものの、春紀を心配する気持ちと後手に回っている苛立ちで、兎角の表情には焦りが目立っている。

涼「落ち着け。焦ってもろくな事にはならんぞ」

兎角「分かってる!」

一連のやり取りを教室の端から見ながら、柩が「へぇ……」と小さく感嘆の声を上げた。


特別教室棟 視聴覚室

2号室以外が集まると、兎角は現状を報告した。

鳰「それで春紀さんは大丈夫なんスか……」

兎角「怪我をしたらしい。くそっ……!」

大きな被害はないものの、春紀を心配する気持ちと後手に回っている苛立ちで、兎角の表情には焦りが目立っている。

涼「落ち着け。焦ってもろくな事にはならんぞ」

兎角「分かってる!」

一連のやり取りを教室の端から見ながら、柩が「へぇ……」と小さく感嘆の声を上げた。


柩「東さん、晴ちゃん以外の事でもあんな感情的になるんですね。意外です……」

千足「クラスメイトの事なのだからそのくらいは……」

いつもより低めの声と冷静な態度に意表をつかれて、千足の声がわずかに上ずった。

柩「ボク達は暗殺者ですよ。むしろ減ってくれた方がいいはずなのに」

千足「桐ケ谷……」

柩「心外ですか?ボクがこういうことを言うのは」

柩が冷たく笑った。


千足「いや……。分かってはいるんだ。しかし……」

無邪気さばかりを見つめていたわけではなかったが、それでもどこかに期待があった気がする。

柩が普通の子であって欲しいと。

柩「覚えておいてくださいね。ここには悪魔がいると」

千足に向ける目の奥には歪んだ光があって、柩の闇が覗いている。

それが何かを訴えかけているように見えて、千足は柩の目を正面から見据えた。

千足「それでも私は……、お前を信じているよ」

柩「千足さん……」

不意打ちを食らったように柩が目を丸くすると、千足はにこやかに笑いかけた。


--------------


10分後

春紀「どーも、お待たせ」

がさつに扉が開かれ、陽気に入ってきたのは春紀だった。

兎角「寒河江!」

春紀「そんな顔するなよ、お前らしくもない。大丈夫だって」

慌てて自分の席を離れて駆け寄ってくる兎角の頭を雑にガシガシと撫でると、彼女は不本意そうな顔をして押し黙った。

噛みついてくるかと思って身構えていたがそんな様子もなく大人しくしている姿を見ると、兄弟の多い春紀にとってはまるで厄介な妹が増えたような気持ちになる。

兎角の後ろに着いた晴も心配そうに春紀を見上げていた。


晴「春紀さん、怪我は――」

春紀「ちょっと切っただけでなんともない。もう血は止まったしな」

安心させるためにいつも以上に明るく笑ってみせるがあまり効果はないようで、晴は安心した様子を見せてやんわり笑った後に申し訳なさそうに目を伏せた。

春紀「晴ちゃん。分かってると思うけどあたしらは晴ちゃんの命を助けるために護ってるんじゃなくて、自分の願いを叶えるために晴ちゃんを他の奴らに殺させないようにしているだけだ。決して善人ではないんだからな」

晴「……はい……」

その事実は晴にもきっと分かっている。

それでもこうやって暗殺者を心配して駆け寄って来るのだからおかしな子だと思う。


同時に、敵わないと思うほどに強いとも思った。

晴に軽く手を振って離れ、春紀と伊介が座席に着くと、後ろに座っている真昼が遠慮がちに覗き込んできた。

真昼「伊介様……不機嫌……?」

伊介「うっさい。ほっとけ♥」

笑顔で答える伊介の全身からはこれでもかというほどに殺意が盛り込まれ、真昼はびくりと肩を震わせた。

兎角「騒ぎにはならなかったのか」

鳰「騒ぎにしたら来年の志願者が減るっしょ。事故って事で学園側が処理してるっス」


伊介「次は本気で狙ってくるかしらね♥」

しえな「護衛対象者に殺気を向けるな……」

完全に暗殺者の目で見られ、しえなは恐怖で座ったまま体を引いていた。

伊介「やられっぱなしでいられるかってんだよ」

ぶりっ子すら忘れて低い声で凄む伊介の頭を、なだめるように撫でながら春紀は苦笑いを向ける。

しかし、気が立っているのは伊介だけではなく、表情には出さないまでも、それぞれ思うことはあるようだった。

今の状況で浮かれるつもりはなかったが、やはり誰かに想ってもらう事に悪い気はしなかった。


-------------


特別教室棟 視聴覚教室 5限目

溝呂木「面談始めるぞー。自分の番以外は今説明した資料を見て課題をやってくれ。映像資料も自由に見て構わない」

伊介「退屈ー♥」

鳰「伊介さん、せめて先生が出て行ってから言うっスよ……」

やる気のなさを全く隠す気のない伊介の発言に溝呂木が苦笑した。

溝呂木「最初は神長。下のフロアで面談するから準備が出来たら来てくれ」

兎角「1番の私からじゃないのか。しかも下のフロアって……」


溝呂木「あぁ、まずは委員長にクラスの様子とか聞きたくてな。そこから次の人を決める。同じフロアは鍵が貸し出し中だったんだ。今は誰もいないんだが、次の授業とか、何かの理由で使用しているのかもしれない。それじゃ先生は先に行ってるから」

溝呂木が呑気に説明をして教室を出て行くとメンバーの目付きが変わった。

千足「……ここで狙って来るのは間違いないな」

このフロアに黒組以外無人という状況が意図的なものである事は、発言した千足以外の全員にも気付いていた。

涼「何か仕掛けがあった場合を想定して、少人数での行動にするべきじゃな。爆弾なんて仕掛けられとったら戦力が激減する。香子ちゃんにはわしが付いて行こう」


10分後 


教室の扉が開かれ、涼と香子が顔を覗かせると室内の空気が少し緩み、またすぐ張りつめる。


涼「特になにもなしか。ほっとするが、いつ来るかと思うと気が張るのう」

乙哉「一人ずつ全部この感覚が続くと思うと、ストレスで身が持たないよー」

伊介「しえなちゃんの番まで続くのよ。あんた忍耐足りてないんじゃない♥」

春紀「伊介様がそれ言うんだ……」

護衛対象者のみならず、それぞれがお互いの心配をしている事に気付いてしえなは驚嘆した。

いつの間にか本当のクラスメイトみたいになっている気がして、妙な居心地の良さを感じた。

涼「次は英じゃ」

純恋子「分かりましたわ」

涼と目が合うと純恋子は立ち上がり、それに続いて真昼も席を立った。


真昼「英さんには……私が、ついて行きます……」

しえな「大丈夫なの?番場さん」

柩「剣持さんが言えたことでは……」

しえな「心を抉る一言だがもうツッコまないからな。桐ヶ谷」

乙哉に視線を移すと、彼女は真昼に向けてにやりと笑っていた。

乙哉「大丈夫だよ。ね?」

しえな「なんだよ武智。意味深だな」

おどおどとしていた真昼がぐっと歯を食いしばり、乙哉に強い視線を返す。


真昼「大丈夫です……ます。英さんは私と真夜が……護る、ます……!」

純恋子「真昼さん……!わたくしだってあなたと真夜さんを護りますわ!」

春紀「ほんと分かりやすいよな、あんた」

春紀の言葉にしえなも思わず頷いた。


さらに10分後


今回も何事もなく純恋子と真昼が無事帰還すると、純恋子が次の指名を伝えた。

しえな「ボクか……。命を狙われるなんて生きた心地がしないな。」


兎角「剣持」

しえなが不安を吐露すると兎角が諌めるように口調を強くした。

しえな「分かってる。ただの嫌味だよ」

自分自身への。

しえなに限らず、ここにいる人間は兎角を除いて全員が晴に同じプレッシャーを与えている。

彼女自身がどんなふうに受け止めているかは分からないが、こんな中でよく笑っていられるなと今になって思う。

兎角「剣持には当然私がついていく。一ノ瀬の事は頼んだ」

兎角が立ち上がると、先ほど以上に殺気をまとった伊介も続けて身を乗り出した。


伊介「伊介も行っきまーす♥しえなちゃんを護らなきゃね♥」

兎角「お前は犯人をぶっ飛ばしたいだけだろ」

涼「ぶっ飛ばすだけで済むとは思えんがのぅ」

隣の席にいる春紀が伊介の顔を心配そうに見上げ、真剣なまなざしを向けている。

春紀「伊介様、あんま無茶すんなよ。あたしは平気だからさ」

伊介「はー?伊介は伊介のためにやってんの。自惚れんな♥」

口ではそう言いながらも、後ろを通り過ぎる際に春紀の肩を撫でる仕草は優しくて、春紀が口元を緩めているのが見えた。

春紀「素直じゃねーの」


-------------


特別教室棟 廊下

伊介「気配ないんだけど。本当に襲って来るのかしら」

廊下の隅から隅まで視線を巡らせながら足を進ませていく。

また爆弾を仕掛けられていたらたまったものではない。

兎角「あの先だ」

伊介の警戒をよそに、兎角は迷いなく進んでいく。

伊介「あんたなんで分かんの?」

兎角「臭いだ」


しえな「ほんと犬みたいだな」

しえなは兎角が電流装置を回避した時に同行していたからか、呆れた口調ながらも、疑いもせずその後に続いていた。

伊介「臭いって……。こないだあたしにクサいって言ってたやつ?」

つい先日1号室で晴とお茶会をした時の事を思い出す。

扉の前で不愛想に罵倒されたことは今でも腹立たしい。

兎角「ああ。同じ臭いがする」

伊介「なによ。あんたいっつも伊介と一緒にいる時クサいって思ってるわけ?」

はっと気が付いたように伊介を見上げる。

兎角「……いや。今は臭わないな……そういえば」


いつも睨みつけるような目付きなのに、今の気の抜けた顔が意外で、腹立たしさが少し落ち着いた。

伊介「なによ、いい加減な鼻ね」

心を動かされた事が気に入らなくて、兎角から目を逸らすとまた辺りに意識を向けた。

兎角は少し後ろを歩くしえなに視線を配る。

兎角「剣持。大丈夫か」

しえな「怖がってると思ってるのか。ボクだって暗殺者だ。殺す覚悟と同時に殺される覚悟だって決めてる。……一ノ瀬ほどじゃないだろうけどな……」

しえなが今何を思っているのかは察しがついた。

晴の気持ちばかりを考えているしえなはきっと暗殺者には向いていないだろうと思う。


しかしそこで冷たい目を向けるわけでもなく、驚いたようにしえなを見つめる兎角にも青臭さを感じた。

兎角「……心配するな。お前は私が護る」

兎角の迷いのない視線に、しえなの心が揺れ動くのが見て取れた。

兎角に自覚はないのだろうが、こういう態度が晴に不安を与える事くらい分かってやればいいのにと伊介は内心呆れていた。

しえな「お前、それ一ノ瀬に言ってやれよ」

ここでも晴を気遣うしえなに少し驚いた。

確かに彼女のいじらしさと言うか、異様なまでの前向きな考えや時折見せる意志の強さは、見方によってはとても痛々しい。

同情の気持ちくらいはあるのかもしれない。


兎角「今はお前が狙われてるんだぞ」

しえな「そういう問題じゃなくてさ……」

真面目に一つの事だけに尽くす兎角は正直に思えば称賛するが、もう少し晴への心配りをするべきだとは伊介も思っている。

しえなが思うのはもちろん晴への気遣いもあるだろうが、兎角に甘やかされ、自分自身の気持ちの整理が付きにくい部分もあるのだろうと思う。

この件が終わった後にしえなは兎角や晴に対して一体何を想うんだろうと、変に興味が湧いてきた。

しえな「誰よりも大事にしたいんだろ」

兎角「……当たり前だ」

しえなを一瞥して前に向き直る兎角の目はいつも以上に真剣で、強い意志を感じた。

そういうところは本当にガキくさいと思ったが、伊介にはないその歪みも曲がりもしない信念は嫌いではなかった。


伊介「あら、珍しく素直ね♥」

兎角「うるさい。私が勝手に決めた事だ。あいつはあいつで大事な物を決めればいい」

伊介が茶々を入れると兎角は一度半眼で彼女を見てわずかに俯いた。

伊介「好きなら好きって言えばいいのに♥」

兎角「なっ、なんでそうなるんだ!」

しえな「いやだからなんでそうならないんだ……」

顔を赤くして怒鳴る兎角にしえなが呆れて呟く。


それに対して鬱陶しそうに視線を返し、そのまま流した。

兎角「ふざけてる場合じゃないだろ…。そろそろ来るぞ」

兎角は頭を掻いて息を吐くと声を低くして廊下の先を見据えた。

伊介も気分を切り替えて意識を集中させる。

しえな「ボク、今日まで一回もふざけてないんだけど……」


-------------

ありがとうございます。
そう言って頂けると本当にうれしいです。そうでなくても、一言のコメントでもとてもうれしいです。
勝手に好きで書いている傲慢なものですので、誰かに褒めて貰える等とは思ってもいませんでした。
アドバイスをくださる方もいて、大変ありがたいです。

すでにだいぶ長くなっていますが、必ず最後までやりますのでよろしくお願いします。


廊下の端まで進むと、兎角は身を低く構えて壁伝いに階段を覗き込んだ。

上に進む階段の踊り場に女子生徒が銃を構えて立っているのが見える。

彼女は兎角の姿を確認すると同時にトリガーを引いたが、それより一瞬早く身を引いて照準から外れる。

キンッ——

消音器付きの銃から放たれた弾丸は一発のみで、壁からの跳弾が当たらないよう兎角はしえなの体を覆うように被さった。

兎角「肉弾戦に入るぞ!」

階段を駆け下りる侵入者の足音が辺りに響く。


兎角はしえなの体を廊下側へ押し戻して距離を取った。

兎角「お前は下がっていろ!」

伊介「肉弾戦なら任せといて♥」

ナックルを構え、刃を出すと伊介は階段の方向へ身を乗り出した。

侵入者の手にはナイフが握られ、構えや動きからかなりの熟練が感じられる。

兎角「気を付けろ犬飼!」

伊介「うっさい!あたし一人で十分よ!!よくもうちのパートナーをやってくれたわね♥」

伊介を案じた兎角の声をかき消し、向かってきた侵入者と刃を交えた。

しえな「やっぱり怒ってるじゃん」


侵入者の顔はやはり乙哉の言う通りの女子生徒の物だった。

涼の話では特殊メイクらしいが、あまりの出来の良さに作り物とは思えなかった。

兎角「……思ったより小柄だな。」

しえな「そう?」

しえなは特に興味は持たなかったようだが、カイバの話よりやや小柄に見える。

身長は足元を少し上げてしまえば気付かれずに高くすることは難しくない。

しかし腕のリーチはそうもいかない。

同程度の身長があるはずの伊介の方が少しリーチが長い気がする。


侵入者の動きは思った以上に素早く、伊介が攻撃をしても上手くかわされ、隙をついて少しずつ反撃を繰り返している。

しえな「押されてないか!?」

侵入者に対する怒りの影響から、伊介の攻撃は一発ずつに力が入っているため大振りに近い。

そのせいで避けられやすく、相手からの反撃の回数が増えて伊介は防戦に切り替わりつつある。

伊介「くそっ……!」

動きは確かに素早いが、多対一で不利になる可能性は始めから予想しているはず。

それでも対抗できるように何か策がある事は察しがついていた。

兎角は侵入者の動きを見ながら、しえなを孤立させないように少しずつ下がる。


兎角「あいつ、なにか狙って……」

攻撃を繰り返しながら侵入者は伊介の左側に回り込もうとしている。

伊介もそれに気付いて左のナックルで攻撃を仕掛けた。

伊介「この、野郎っ!!」

放たれた左拳は、手首を内側から叩かれて外側へいなされた。

するりと腕を伝って懐に入り込み、そのままの勢いで伊介の左鎖骨に肘をめり込ませた。

伊介「っ……あ!!」

カウンターのダメージは大きく、伊介は左手に持ったナックルを取り落とし、窓際に膝をついた。


厳しい目付きで侵入者を威嚇するが、足は動かず呼吸もままならない。

隙が出来た伊介に攻撃を仕掛けると踏んで、兎角は侵入者が動くタイミングを予想し、二人の間にナイフを投げ込んだ。

しかしそれは侵入者に命中するどころか、牽制にすらならなかった。

兎角「!?」

侵入者は伊介には攻撃せず、一歩身を引いた所で立ち止まっている。

手にはいつの間にかスイッチのような物が握られていて、そのボタンを押すと伊介の真上に位置する窓の枠で赤いランプが小さく点灯した。

兎角「窓から離――!!」


兎角が言い終わる前に窓枠の外側で爆竹のようなものがパァンッと連続で弾け、咄嗟に兎角は伊介に向けて走り出した。

兎角「犬飼!!」

立ち上がろうとする伊介に体当たりをして突き飛ばすと同時に、今まで伊介のいた場所に窓が落ちた。

耳を塞ぎたくなるくらいのけたたましい音と共にガラスが辺りに散乱する。

侵入者が狙っていたのは伊介の左に回り込むことではなく、伊介を窓際に追いやることだったのだ。

兎角「剣持!!」

兎角が移動した事で侵入者としえなの間には誰もいなくなり、完全にしえなは孤立した状態となっている。


兎角は即座に身を起こし、しえなに 向けて一歩を強く踏み込んだところで、侵入者がしえなにではなくこちらに向かってきていることに気が付いた。

兎角「なっ……!?」

不意を突かれて立ち止まるが、すでに侵入者の攻撃は始まっている。

兎角を目掛けて刃がギラリと光るのがはっきりと見えた。

体重移動が前に向いている分、避けたりガードするよりは相手に攻撃をした方が早い。

瞬時に狙える場所を定めようとした時、切羽詰まった状況のせいで兎角には急所しか見えていなかった。

脳裏をよぎるのは昔見た祠のイメージ。

誰かに名前を呼ばれた気がして、体が硬直する。


——まずい……!

攻撃は諦めてなんとか身をよじろうとするが思うように動けず、鋭い刃が兎角の右の脇腹をえぐった。

兎角「ぐぅっ!!」

強い痛みに耐えながら、何とか倒れこむのは我慢できたものの膝をついてしまう。

侵入者はすかさず追い打ちをかけて兎角を蹴り倒し、腰の辺りにのしかかった。

兎角「ぐはっ……!」

馬乗りの状態でナイフを振り下ろそうとするのが、兎角には鮮明な意識の中で見えている。

なのに体はやはり動かない。


伊介「東!!」

ダメージから回復した伊介が横から侵入者に切りかかり、左腕にナックルの刃を突き立てた。

続けて蹴りを入れるが、ほとんど手応えがなく、侵入者は伊介の蹴りの力を利用して兎角の上から飛びのいていた。

伊介「あんた死ぬわよ!!」

意外だった。

伊介が自分を助けるなんて。

さらには心配ゆえの叱責までしている。

しかし今はそんな事を考え込んでいる場合ではない。

痛みのせいで体が痺れたように言うことを利かない。


なんとか身を起こしていると、伊介が庇うように兎角の前に立ち、ナックルを構えて相手を威嚇した。

その間にしえなが兎角に駆け寄り、傷を確認する。

兎角「くそっ――」

ここでいつまでも座り込んでいるわけにはいかない。

しえなの手を振り払い、立ち上がろうとするが膝に力が入らない。

しえな「動くなって!」

体を押さえつけられ、教室側の壁に背中を預けると全身の力がふっと抜けた。

痛みに息が詰まる。

脂汗が止まらない。


それでもしえなを護らなくてはならない。

少しでも回復したらすぐに参戦するつもりで、兎角は伊介と侵入者の対峙を見据えた。

侵入者は刺された左腕をだらんと垂れ下げた状態で伊介に刃を向けている。

伊介「さぁ、カタつけましょうか♥」

伊介が一歩踏み出す直前、側にある窓を開放し、窓枠を飛び越えて外へ飛び出した。

すぐに後を追って窓の外に身を乗り出すが、しばらく様子を見て窓から体を離した。

伊介「なにあれ……。あんなのどうやって追いかけんのよ。忍者かっての……」


完全に逃げられてしまった事が分かると、急に意識が朦朧としてきた。

しえな「手伝ってくれ!結構出血してる!」

伊介「ったく……。なにしてんのよ」

伊介が助けを呼ぶために携帯電話を取り出すと、それと同時に廊下の向こうから黒組のメンバーが向かってくるのが見えた。

窓の割れる音を聞きつけたのだろう。

目がかすみ、耳鳴りのせいで周りの状況が分からなくなってきた。

視界がぐらついた後、兎角の意識は暗転した。


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金星寮C棟 1号室 放課後

あの後のことについては、香子と涼が溝呂木をなんとか誤魔化し、現場の処理と兎角の対処は鳰が中心に進めていた。

晴はその後の授業には出ずに、今も兎角に付き添っている。

そしてしえなもそれに付いてずっと兎角のそばにいた。

目の前であんな事があって心配にならないはずがない。

日が暮れ始めた頃、廊下から少し騒がしくなったと思ったら入口の扉が開いた。

入って来たのは春紀だったが、恐らく全員がすぐに揃うだろう。

春紀「東の容体はどうだ?」


鳰「病院で診てもらったっスけど、あんまり良くないっス」

春紀が問うと、鳰は珍しく真剣な表情を見せた。

次々に黒組のメンバーが兎角の様子を見に顔を覗かせるが、誰もが眉をひそめて兎角を憂慮していた。

春紀「そんなにひどいのか」

ベッドで眠る兎角の顔色は青ざめていて、春紀はそんな彼女の額を撫でると心配そうに目を細めた。

鳰「傷は内臓には達していなかったっスけど、位置が悪いっス。腹部の傷はどんな動作にも影響するから、すぐ広がっちゃうっスよ。なおかつこの人じっとしてるタイプじゃないっス」

春紀「確かにな……」


安静にしていれば治るものでも兎角の性格を考えたら、しばらくは彼女の動作を見張らなければならないかもしれない。

伊介「このバカ。注意力が足りないのよ」

伊介は侵入者の戦闘の際、兎角が負傷した時の状況を思い返しているようだった。

あの時の様子を見る限り、伊介は兎角を庇い、護ろうとしていた。

本人はあまり認めたくはないだろうが、しえなから見ても伊介は兎角を心配している。

きっとそれが癪で憎まれ口を叩く。

しかし兎角の側にいる晴の表情が曇るのを見て、少しきまりが悪くなったようだ。

晴「兎角さん……」

しえな「お前なー……」

いくらなんでも空気を読めと視線で伝えると、いつもは我を通す伊介も不機嫌ながら肩をすくめた。

犬の散歩に行ってきます。
先週捻挫したんでちょっと短めにしてさっさと帰ってきます。


しえな「あいつ、ボクを狙ってたわけじゃなかったみたいだ」

真夜「どういうことだ?」

ソファに座っていた真夜が立ち上がると、それを合図にしたみたいに全員がこちらに視線を向ける。

しえなは侵入者と対峙した時のことを詳しく説明した。

しえな「ボクがフリーになってもあいつはボクを攻撃しなかった」

兎角が伊介を突き飛ばした後、侵入者はしえなに視線を送ることはなかった。

守護者である兎角を叩く事を優先したとしても、ターゲットの動向は必ず確認するもの。

侵入者のターゲットがしえなではない可能性が高い。


柩「剣持さんが一ノ瀬さんじゃないって分かってたんじゃないですか?」

元々誤解の原因となったプロフィール写真については、調べ直すか、しばらく様子を見ていれば十分に正しい情報は手に入る。

純恋子「でもそれなら一ノ瀬さんの面談まで待っているのではなくて?」

純恋子の言う通り、晴をターゲットとするならこのメンバーの時に襲って来るのは筋が通らない。

鳰「確かに気になってはいたっス。眼鏡の修理の時、一人なのに剣持さんは狙われなかったっス。そして寮に仕掛けられたトラップの時は兎角さんもいたっス」

しえな「じゃあ最初から狙ってたのはボクでも一ノ瀬でもなくて――」

香子「東だったと。走りの情報が始めから間違っていたのか?」


香子の言葉に全員が一斉に鳰を見る。

鳰「いやー……その、ウチも聞いた情報を伝えるだけだったっスから……」

ヘラヘラと笑う鳰の表情は完全にかたまっていて、さすがに申し訳なさそうにはしている。

真夜「オレ達だって気付かなかったわけだし鳰のせいだけじゃないだろ。データのコピーだって、色んな仕掛けも撹乱するための作戦だったのかもな」

鳰「面目無いっス」

兎角「……私を狙ってるなら私が出て行けばいいだけの話だろう……」

いつの間にか目を覚ましていた兎角がかすれた声を上げた。


千足「起きていたのか」

兎角「つい今な……」

千足に言葉を返すと兎角は体を起こすために身をよじった。

その動きは苦しそうで弱々しく、兎角の普段の力強さは微塵も感じられなかった。

春紀「おいバカ、動くな」

春紀に体を押さえつけられるが、それに抵抗して兎角は無理矢理半身を起こす。

戦闘中もそんな風に無理をしていたのを思い出すと、本当に兎角は危なっかしいと思う。

隣にいる晴の心配なんて気付いてもいないのだろう。


伊介「あんたそれで戦えると思ってるわけー?」

起き上がるだけで精一杯の兎角に、伊介が挑発的に上から視線を落とした。

兎角「当然だ」

千足「バカを言うな。剣持達の話ではそんなに簡単に倒せる相手ではないだろう」

千足が説得しようとするが、少しも耳を傾ける気はなさそうだった。

鋭い眼光に強い意志がこもっているものの、実際にはろくに動けもしないだろうから無謀にしか見えない。

強引におとなしくさせるしかないのかもしれない。


しえな「桐ヶ谷。睡眠薬とかないのか」

柩「ありますけど素直に飲むとは思えませんし……。麻酔針でも打ち込みましょうか」

しえな「お前案外怖いこと言うんだな……」

冗談だとは分かっていたが、しえなはなぜか背筋が寒くなるのを感じた。

もちろん今の会話は兎角にも聞こえている。

強く睨まれているのだが、この状態の兎角に威圧されたところで何が出来るわけでもない。

しかし一度4号室の前で倒れた時は、もっと噛み付かれそうなプレッシャーがあった。


本当に弱り果てているのか、兎角の心境の変化か。

興味はあったが、それを知った時に自分は彼女に対して暗殺者でいられるのだろうか。

真夜「お前、薬に詳しいのか?医療系?」

真夜が尋ねると柩は目を細めて僅かに笑った。

柩「まさか。……薬は使いようによっては毒にもなるんですよ」

真夜に対してというよりは、自嘲のようにも見える。

千足「桐ヶ谷……」

心配そうに見つめる千足と目が合うと、柩はにっこりと笑った。

その笑顔には無邪気さはなくて、達観したような諦めの雰囲気が漂っている。

柩「千足さん。ぼく、部屋から睡眠薬を取って来ますね」

千足「あ、私も行こう」

二人で扉へと向かう姿を見送ると、しえなはまた兎角に視線を落とした。


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柩ちゃんの正体はこれからの予定です。

今日はこの辺で失礼します。
明日は来られないので、明後日以降になります。
よろしくお願いします。

すみません。そんな大層な設定とか全然考えてないのでさらっと流してしまう感じになります……
兎角さんはへたれてます。ちょっと自分でも頼りなさすぎかなーとはいまさら思っています。

もうしばらく続きますのでよろしくお願いします。


柩「大丈夫ですよ。すぐ戻りますから」

やんわりと断られた千足は、扉の前で立ち止まった。

何かを言いたそうにして、何も言えなくて、柩の背中を見送っている。

涼「……あの子も普通ではないことくらい分かっておろう。どうするかはお前次第じゃ」

涼は千足の側に寄り、本人にだけ聞こえる声で小さく囁いた。

千足「どういう意味だ」

涼「最悪の事態にどう判断するか」

千足の肩がぴくりと震える。


反応を見るからに、決して柩の見た目通りをそのままに見てきたわけではなさそうだった。

千足「私は桐ヶ谷を信じている……」

その声は弱々しく、無理に前を見ようとするような気配もあった。

しかし闇の向こうを、たとえ見えなくてもそれを見据える意志には好感が持てた。

涼「裏切られたらどうするつもりじゃ」

千足「きっと、桐ヶ谷なら大丈夫だ」

明らかに千足の目には迷いがある。

何を根拠にして大丈夫などと言えるのか涼には分からなかったが、千足の心の中で激しい感情が渦巻いている事は理解できた。


涼「……そうか。お主の好きにするが良い」

必死にあがいて、もがいて、苦しんで、そこで出す答えがどんなものなのか興味があった。

どう転んでもきっと面白い。

——いや。

少し心配して、出来ればこうあって欲しいと願う部分を自分の中で見つけて、人並みの感覚がある事に胸が軽く踊った。

千足のそばを離れると涼は香子の隣に移動し、横にぴったりと身を寄せる。

恥ずかしそうにして、困った顔を見せる香子には満面の笑みを向けておいた。


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しえな「約束だからな。ちゃんと大人しく寝てろ」

兎角「しつこいぞ、剣持」

さっきから何度もしえなは説教くさく兎角に同じ事を言い含めてくる。

柩の持ってきた睡眠薬は断固として拒否し、兎角を休ませるためにその場は解散することで話はまとまった。

しえな「一ノ瀬、ちゃんと見張ってるんだぞ」

晴「うん。大丈夫」

拳をぎゅっと握りながら、晴は空いた手で兎角の腕にしがみついた。


兎角が眉根を寄せて面倒さを隠さず見せても、晴は持ち前の明るい笑顔で応える。

下手な言葉なんかよりよほど効果的な武器だった。

乙哉「しえなちゃん、兎角さん構い過ぎー」

乙哉が強引に抱きつき、しえなの体がよろめいた。

頬をすりつけてくる乙哉に対して、しえなの気持ちが表情に思い切り出ている。

兎角ですらそんなに鬱陶しそうにしなくてもと思うほどに。

春紀「ほら剣持。浮気すんなって。武智が泣くぞ」

しえな「なにが浮気だ!武智とはなんにもないよ!」

千足「怪我人を前に騒ぐんじゃない」


しえなはなんとか乙哉を引き剥がそうとしていたが、千足の言葉に渋々黙り、そのままの体勢で部屋を出て行った。

春紀「じゃああたしら戻るから。なんかあったら呼べよ」

兎角「分かった」

そうはっきり答えても、春紀は懐疑心たっぷりの視線を返して来る。

が、すぐに諦めのため息をついて、晴に視線を移した。

何か合図をするように目を合わせると、晴はにっこりと笑い、春紀は口元を緩めてもう一つため息をついて部屋を出て行った。

晴「同じ部屋にみんな集まるなんて、なんか嬉しいな」


部屋がしんと静まり返ると晴は兎角の腕を離し、彼女の指先に触れた。

腕を組むよりずっと情がこもっている気がした。

兎角「どこがだ。暑苦しい……」

晴「みんな兎角さんを心配してるんだよ」

兎角「……分かってる」

晴の手を握り返すと、今は体に熱を持っている兎角の方が体温が高いはずなのに暖かさが伝わってきた気がした。

それが心地よくて目を細めると晴が身を寄せてきた。


晴「兎角さん、雰囲気が柔らかくなったね」

兎角「警戒してもしょうがないからな……」

そんな事を言ってみるが、今までにない感情が兎角を戸惑わせている。

だからこそ、この件が終わってからの事を考えるのを拒否していた。

晴「……兎角さん、しえなちゃんの事どう思う……?」

兎角の肩に頭を乗せ、晴は不安そうに呟いた。

兎角「暗殺者に向いてないんじゃないか。すぐ感情的になるし、他人の気持ちを考え過ぎる」


兎角の肩に頭を乗せ、晴は不安そうに呟いた。

兎角「暗殺者に向いてないんじゃないか。すぐ感情的になるし、他人の気持ちを考え過ぎる」

今まで一緒に行動をして来て、しえなの事を色々と考えた。

恐らく狡猾な部分や暗い闇があるにしろ、それを踏まえても彼女は人殺しなんてものにはきっと向いていない。

晴「そういうのじゃなくて……。その、思い入れとか……」

重ねてくる手に少しだけ力が入る。

緊張が伝わってきて、自分の中で胸が高鳴るのを感じた。


兎角「剣持に特別な感情があるかって事か?」

晴「まぁ……端的に言えば……」

兎角「あるわけないだろ。あいつはこれが終わればお前を殺そうとするぞ」

少しだけ嘘を吐いた。

しえなに対する感情が全くない訳ではない。

そばにいて何度も言葉を交わすうちに、しえなの事を知ってしまえばただの護衛対象ではない。

正直になるなら、密着すれば少し意識もするし、襲撃を受けた時には心の底から心配して、義務というよりは護りたいと思ってしまうこともある。

それでも何を差し置いても護るべきは晴だと、兎角の意志はそれだけだった。


晴「まだ分からないよ。しえなちゃんの考えが変わるかもしれない」

敵でなくなれば兎角はしえなを選ぶかもしれない。

晴はそう言っている。

兎角「あいつがどう思っても、私はお前のこと以外考えてない」

晴「ほんと……?」

兎角「あ、いや……。お前を護ること以外って意味で…」

気持ちを悟られたくなくて慌てて訂正するが、晴の目はさっきよりずっと輝いていて、もう逃げることは出来なかった。


晴「顔、赤いよ」

兎角「傷が熱を持ってるからだろ……」

耳元で晴が笑うのが聞こえた。

晴「嘘が下手だね」

晴の息が優しくかかる。

兎角「う、るさい……」

晴「しえなちゃんのこともだよ……?」

兎角「——っ!」

動揺してそちらを向くと晴の顔が眼前に迫っていた。


兎角「一ノ瀬……」

晴「しえなちゃんには、渡さないから……」

ゆっくりと近づいてくるのが見えて、避けようにも体が動かなかった。

でも本当はこのまま晴が何をするのかを分かって、その上で動くことができなかったのだ。

兎角「ん……」

晴「……」

ぎこちなく重なる唇。

目を閉じている晴にならって兎角も目を閉じた。


柔らかくて、温かくて、肩の力が抜けていく。

晴の唇が離れていくと、急に恥ずかしくなって兎角は俯いた。

晴「キス……しちゃったね……」

兎角「そう、だな……」

晴も同じように俯いていて、お互いに目を合わせられない。

晴「ものすごくドキドキする……」

兎角「あぁ……私もだ」

何を話していいか分からなくて、二人とも押し黙ったまま数秒が経過した。


そして晴が小さく息を吸うのが聞こえると、兎角は顔を上げた。

晴「あのね、晴は……」

兎角「好きだ」

晴が何を言おうとしているのかを察して、兎角はその言葉を遮る。

自分の気持ちを誤魔化してしまおうかと思った事もあったが、晴を見ているうちに認めざるを得なくなった。

晴「兎角さん……」

兎角「私は晴のことが好きだ」

もう一度、はっきりと伝える。


晴の顔が赤く染まり、嬉しそうに笑うとすぐに目を伏せた。

晴「先に言われちゃった……。ずるい」

兎角「お前はどうなんだ」

答えを聞く事に抵抗がなかったわけではない。

暗殺者である自分が日向の住人である晴のそばにいる事がどれだけ間違っているのかは十分に分かっている。

それも含めて、全てを受け入れる準備は出来た。

晴「決まってるよ。兎角さん、大好き」

晴の声を聴いて兎角は満足し、笑みをこぼした。


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日付が変更してしばらく経った頃、兎角が身を起こした。

兎角「悪いな……」

隣のベッドで眠る晴を起こさないよう小さな声で謝り、兎角はベッドを降りた。

動くたびに脇腹が鈍く痛み、自然とそれを庇うように体が反応してしまう。

いざという時は、ある程度捨て身になることも必要かもしれない。

晴から離れ、物音を立てないよう着替え終わるとその足で扉へ向かう。

ここでも音に気を付けてドアノブを回し、扉をゆっくりと押していく。


乙哉「はーい。兎角さん。どこ行くのかなー」

外へと一歩踏み出す瞬間、扉の脇から乙哉が覗き込んできた。

兎角「武智!?」

驚きのあまり悲鳴じみた声が上がる。

真夜「予想通り過ぎて笑えてくるぞバカが」

扉の裏からは真夜が顔を覗かせた。

真夜「護衛対象は東に変更になってんだぜ?」

乙哉「護衛っていうか見張りだけどね。晴っちが寝静まった頃に絶対抜け出すって英さんが言うからさー。交代で張ってたわけ」


真夜「純恋子じゃなくてもみんな予想してたけどな。東が一人で決着つけに行くってよ」

全て読まれていた事が恥ずかしくて、兎角は眉をひそめて目を伏せる。

晴を起こしてしまう可能性を考慮し、部屋を出て扉を閉めた。

兎角「……安直なのは認めるが、私が行けばあいつだって乗ってくるだろ」

乙哉「じゃあせめてまともに動けるようになってから行けば?」

兎角「今ならあいつにとって好機だ」

乙哉「相手だって怪我してるんでしょ。無視されるかもよー?それにとどめ刺されたらどうすんのさ。勝てる保証あんの?」

にやにやと攻め立ててくる乙哉に返す言葉もなく押し黙っていると、真夜がわずらわしそうに息を吐いた。


真夜「とにかくさっさとベッドに戻りやがれ」

兎角「嫌だ……」

兎角は感情的に返した。

乙哉「ワガママ言わないのー」

乙哉は少し高い位置から子どもを相手にするみたいに言い含めると、兎角の頭をさらさらっと撫でた。

それを軽く払いのけ、兎角は乙哉の顔に合わせて目線を上げる。

兎角「私がそばにいると晴を巻き込むことになる」

真夜「いいんじゃねーの。あいつを護るって決めた時点でお前は巻き込まれてるんだから。お前があいつを巻き込むことに今更遠慮するのかよ」


横から口を挟む真夜の諭すような口調に、兎角はやたら苛立つのを自覚した。

原因が彼女ではなく自分自身にあることは分かっているのに止められない。

兎角「晴は私達とは違う。そんなの分かってるだろ」

真夜「それは立場の話だろ。これは気持ちの問題だと思うけどな」

兎角「どういう意味だ」

険悪な雰囲気になってきた二人——正確には兎角の一人相撲状態だったが、その間に乙哉が身を割り込ませる。

緊張感のないゆるい笑顔で兎角に近付くと、にやりと歯を見せて笑った。


乙哉「ていうかさ、今、晴って呼んだよね?ついに?お祝いする?」

乙哉の冷やかしに、兎角は焦りで額が汗ばむのを感じた。

兎角「ほ、ほっとけよ!!」

乙哉「否定しないね!やっぱり!」

カマをかけられた事に気が付いて、顔が熱くなっていくのが分かる。

真夜「じゃあ尚更一人で行動なんて事したら怒られると思うぜ」


乙哉「ねー、晴っち」

乙哉が扉を開けると、すぐ裏には晴の姿があった。

恐らく、つい今話を聞き始めたというわけではないのだろう。

兎角「いつの間に……」

晴「ずっと起きてたよ。兎角さん、分かりやすいもん……」

真夜「最初から後つけて行く気だったんだろ」

兎角「お前……」

叱りつけようと思ったが、今は晴の気持ちが分かるだけに強く言うことが出来なかった。

乙哉「気付かない兎角さんもどうかと思うけど。自分のことで手いっぱいじゃん」


ぐさりと刺さる一言だった。

しえなの事も、晴の事も、自分の事も、黒組の事も、何一つ整理できていない。

頭の中では焦りばかりが先走って、落ち着いた判断も出来ていないことは分かっている。

真夜「なんでもいいから今日の所は戻れ。傷開くぞ」

兎角「……分かったよ」

面倒そうに真夜は兎角を部屋の中に突き飛ばした。

兎角ももはや反抗する気は起きなかった。

真夜「見張りは続けるからな。あんまり変な事すると全部聞こえるぞ」

兎角「?」


理解できずに黙っていると、乙哉の目が輝きだした。

乙哉「悲鳴とか聞くと興奮するよねー」

真夜「そりゃ過激だな。まぁそこまでじゃないだろうが控えめになら……な」

真夜が晴の全身を視線で撫でると、兎角が慌てて間に入った。

兎角「なっ、なんの話だ!!」

真夜「分かってんだろ。青白い顔が急に血色良くなってンぞ」

兎角「知るか!」

晴を部屋の奥へ押し込むと兎角は乱暴に部屋の扉を閉めた。


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こんばんは。いつもお世話になっております。

兎しえ書いてみたいんですよね。
ここまで何度浮気させてやろうかと思った事か。

そういえばいつも晴ちゃんエロいですね。
次に考えてるやつも晴ちゃんがちょっとエロいかもです。
私にとっては晴ちゃんがエロいのか兎角さんが頼りないのか、どちらかよく分からないですね。

それでは、続きを書いていくので今日もよろしくお願いします。


晴の見張りの元、兎角は自分のベッドに戻った。

腕を組んで上から睨みつける晴の表情は、いつものふわふわとした優しさや、生きるための意志の強さとは違う、滅多に見られないものだった。

ある意味では暗殺者よりもよほど怖い。

兎角がベッドで落ち着くのを見届けると、晴は電気を消して兎角の隣に体をねじ込んできた。

兎角「は、晴!?」

兎角が反射的に身を引くと、晴は不思議そうに兎角の顔を覗き込んだ。


晴「また逃げられたら困るから一緒に寝ようと思ったんだけど、迷惑?」

兎角「い、いや、別に――」

顔が熱くなっていくのを感じて、暗くて見えないはずなのに兎角は晴から顔を背けた。

乙哉と真夜のせいだと、二人の顔を思い浮かべて胸の内で罵倒した。

気持ちが落ち着いた頃、傷が少し疼いていることに気付く。

痛み止めが切れてきたのかもしれない。

晴「……傷、痛いですか?」

兎角は晴に気付かれないように手を傷にあてたつもりだったが、同じ布団に入っているせいで動作が伝わってしまっていた。


兎角「大丈夫だ」

そう短く伝えて、傷から手を離す。

その手を晴が手のひらで包んだ。

晴「痛くないとは言わないよね……」

悲しげに呟く晴の声に胸がちくりと痛む。

晴「前に寝てるか聞いた時も大丈夫って言ったけど、寝てるとは言わなかった……」

晴に不必要な心配をかけたくなくて誤魔化していたと言えば多少聞こえはよくなるかも知れないが、ただ強がっていただけの気がする。

しかしあの状況では唐突に周りの暗殺者を信用することなど出来るはずもなかった。


扉の向こうにいるクラスメイトがこれほどまでに心強くなるなど、あの時は想像もしていなかった。

兎角「……今は無理はしていない」

兎角が気の抜けた声で正直に答えると、晴はほっと息を吐いた。

こんな息遣いを聞くのは珍しいなと兎角は考えながら、それが自分のせいだと今更気が付く。

晴「ん、分かったよ。もう寝よう。抜け出しちゃダメだからね」

晴は首輪をつけるみたいに兎角の手首をきゅっと握った。

その後指を絡めて深く手を結ぶ。

兎角は胸が苦しくなるのを感じたが、それは不快な気持ちからではなかった。


好きだと思う気持ちが深くなって行くのを自覚して、晴を抱きしめたい衝動をぐっと堪えた。

兎角「見張られてるんだから無理だろ。犬飼に見つかったりしようものなら遠慮なく殴りかかって来るぞ」

晴「あー……うん」

晴は少し考えて、迷いながらも頷いた。

冗談のつもりだったのに。

兎角「一応は否定してやれ」


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翌朝 金星寮→本校舎タワー

純恋子「東さんは休ませた方がよろしかったのではなくて?」

目の前を歩く純恋子がこちらをちらりと見て、すぐに隣の晴に視線を戻す。

晴「言うこと聞く人じゃないし、みんなで見張ってる方がいいかなって」

純恋子「確かにそうですわね。傷を舐めないよう首にカラーでも付けておいたらいいんじゃないかしら」

純恋子はわざと聞こえるように呟くと、見下ろすように横目で兎角を見ながら笑っていた。

兎角「私はペットか」


乙哉達から見張りを提案したのが純恋子だと聞いているので、嫌味に対してもあまり強いことが言えない。

怒る気にもなれずぼそりと独り言のように呟くと、兎角は大きくため息をついた。


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乙哉「英さんって兎角さんのこと嫌いなのかな……」

一連の流れを後ろの方で見ながら乙哉が春紀に小さく話しかけた。

春紀「嫌いっていうか、晴ちゃんの付き人みたいに思ってるんじゃないか?」

しえな「金持ちってそんなもんなのかな」

しえなに言われて普段の純恋子を思い返してみるが、あまり嫌味のない上品なお嬢様といったイメージだった。

真昼と真夜にはひどく甘い様子はあったが。

伊介「犬だとでも思ってるんじゃないのー?」

春紀「そんな可愛らしい生きモンかね?」


兎角の後ろ姿を見て、普段の彼女を思い浮かべる。

獰猛のようでありながら、渋々と大人しく言う事を聞く辺りは可愛げがあると思う。

春紀「……犬だな」

涼「放っておけない雰囲気はあるかの。あの黒組が全員で登校など、おかしな話じゃ」

皮肉っぽく笑う涼に言われて春紀は周りを見た。

外から見ればただの女子高生で、楽しそうに登校している姿がかえって滑稽だった。

ここに12人も暗殺者がいるなどと、誰が信じるだろう。


香子「普通の学校のようだな」

香子も同じような気持ちなのか、誰へともなしにぼそりと呟いた。

しえな「……普通の学校ならボクらも友達になったのかな」

もしこのクラスが普通なら、今の13人が集まる事はなかった。

それに命を賭けなければこんなにお互いを意識することもなかったようにも思う。

発言に矛盾があることはしえなにも分かっているだろう。

柩「ここは普通の学校ですよ。ぼく達が普通ではないんです」

千足「どこにいても同じということか……」

同じように本校舎タワーへ向かう名前も知らない生徒を見ながら、千足が柩と繋いだ手を強く結び直したのが見えた。


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ありがとうございます、こんばんは。
犬の散歩に行こうと思ったらものすごく雨が降ってて、
家を出るまではウキウキしていた犬が雨を見た途端硬直しましたのですごすご帰ってきました。

もうだいぶ終わりに近づいてきましたのでもうしばらくよろしくお願いします。


純恋子「結局、東さんは一ノ瀬さんを護るなんて言っていましたけど、あなた一度も危ない目には遭っていませんわね」

純恋子は兎角から距離を取り、彼女には聞こえないよう晴のそばに寄った。

晴「……そう、ですね……」

純恋子「あなたの力は命の危機にあるほど強く発揮される」

晴「英さんは知っているんですね」

純恋子が視線に力を込めると、晴は少しも怯まずにさらに強い力で見つめ返してきた。

無意識に発動されると言われるプライマー能力は、使い方も分からず、誰に作用するかも自覚出来ないこともあるという。

晴は兎角に視線を移し、眉をひそめた。


純恋子「危機もないのに護ろうなんて大した物好きですこと。馬鹿馬鹿しくなってきましたわ」

純恋子も同じように兎角を見て、晴に目線を戻す。

晴に危険がない以上、プライマー能力はあてにならない。

兎角にそれが作用してるかも分からないし、春紀達が晴を気にかけるのもプライマー能力が働いているとは思えなかった。

むしろ彼女達は晴よりも兎角に惹かれているように見える。

晴「英さん……」

純恋子「力なんて、重要ではないのかしらね……」

誰が女王か。


――この中の誰を倒せば女王になれるのだろう。

そう考えながら周りにいるクラスメイトに視線を巡らせる。

そして歩く速度を落として、ずっと後ろを歩く真昼の隣について歩幅を合わせた。

純恋子「真昼さん。今度こそお茶に付き合ってもらいますわよ」

真昼「ダメ……ます……。デブは、食うなって……」

純恋子「まぁ誰ですの!?真昼さんのどこをどう見てそんな事をおっしゃるんでしょう!」

泣きそうになる真昼に肩を寄せ、顔を覗き込む。

真昼「真夜が……」

純恋子「あら。それはどうしたらいいのかしら……」


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鳰「その怪我でよく動けるっスね。痛くないんスか」

鳰が興味津々に兎角の傷の辺りに視線を送る。

歩き方や仕草からは怪我をしているようには全く見えない。

兎角「痛いに決まってるだろ」

うんざりとした表情は怪我にではなく、鳰に対してだとは分かっていた。

分かった上で鳰はにやけて見せている。

晴「あ!晴には痛いって言わないのに!」


前で話を聞いていた晴が振り返り、兎角の隣についた。

きまり悪そうな表情で兎角が晴から顔を背けると、晴は唇を尖らせた。

春紀「察してやりなよ。晴ちゃんの前では強がりたいんだよ」

晴「えー?」

晴が兎角について春紀に愚痴を言い始めると、鳰と兎角は二人から離れて声を潜めた。

鳰「ウチにはいいんスか?」

晴を差し置いた兎角の態度がなんだか面白くて、口角をゆるゆると上げて見せる。


兎角「別に。お前は余計な事を言わないだろ」

鳰「なんスか、それ」

兎角「お前は私の心配をしないだろ」

鳰「失礼っしょ!――まぁしないっスけど」

人でなしみたいな言い方をされて反論しようとするが、自分がそうであることは十分承知しているので特に言い返す言葉はなかった。

そういう生まれで、そういう生き方をして、飄々としているうちに自分が何者なのかも分からなくなった。

兎角「だから楽なんだよ」

そう言って目を細めて笑う兎角の姿に心がざわついた。


兎角は一体誰に笑顔を向けているんだろうと、おかしな事を考えて、それが自分だと理解した途端穏やかな気持ちが芽生える。

この人は今、自分を見ている。

鳰「そっスか……。でも普通は歩くだけでも激痛ものっスよ」

心が揺れている事を悟られないよう、鳰はそっけなく返して話を戻した。

兎角「そこまでじゃない」

鳰「兎角さん野生児みたいっス。傷の治りがやたら早いんじゃないっスか?」

傷の近くを指先で突こうとして、ぱしんっと兎角に叩き落とされる。


その様子を見た伊介が二人の間に入り込む。

伊介「体も薄いし木登りとか得意そうだしね♥」

兎角「得意ではないが……」

スタイルについての嫌味だったが、全く兎角には通じなかった。

本当に面白味のない人だと思う。

鳰「そういや兎角さん、運動神経が尋常じゃないらしいっス」

伊介「昨日の忍者と同類か……」

苦い表情を見せる伊介。

窓から飛び降りてするすると壁伝いに逃げて行ったという侵入者を思い出しているようだ。


鳰「ウチは銃弾も当てる自信ないっス」

伊介「もしかしてあたし達、嫌な相手に喧嘩売ってんの?」

鳰「何を今さら。あの東っスよ。もしかして舐めてたんスか?」

鳰と伊介は同時に兎角を見て、上から下まで全身に視線を巡らせる。

伊介「あの東だけど、この東よ?」

鳰「確かにヘタレくさい雰囲気出してるっスけど」

兎角「お前ら、悪口は本人のいない所で言え」

兎角に指を差して顔を見合わせていると、兎角は半眼で睨みつけてきた。


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本校舎タワー 10年黒組教室

昼休みが終わる頃、鳰が教室の扉を勢いよく開いて飛び込んできた。

全員が一斉にそちらを見る。

鳰「新情報っス!」

教卓の前に立ち、声を張り上げると、鳰はにやりと尖った歯を見せて笑った。

涼「朗報かの?」

鳰「朗報っス!依頼主を締め上げたっス!!」

鳰が力強く拳を振り上げる。


しえな「という事は……もう終わり!?」

がたんっと大きな音を立ててしえなが立ち上がった。

鳰「そうっスね」

喜びというよりは驚愕が大きく、それは他のメンバーも同じ反応だった。

春紀「なんか、あっけないな……」

ほとんど呆然とした表情で春紀が口を開いた。

鳰「今までは晴を狙いそうな人を探してたっスからね。兎角さんの周辺調べてたらなんとか見つかったっス」

乙哉「どんな奴だったの?」

そうつまらなそうに聞いたのは乙哉だった。


鳰「東の家は有名っスからね。邪魔だと思う人もやっぱりいるっス。兎角さんは身に覚えあるっスか?」

視線を向けられ、少し考えてから兎角は首を振った。

兎角「……あり過ぎてよく分からないな」

個々の名前や顔は浮かばないが、そういう類の連中はどこにでもいると思う。

鳰「こいつに関しては学園で処理するっス。雇われた暗殺者も依頼主がいなければすぐ手を引くはずっス」

唐突過ぎてまだ信じられない気持ちはあったが、全員の肩の力が抜けていくのがはっきりと表れていた。

しかしその直後にはお互いを見る目が変わる。


千足「……近いうちに黒組は仕切り直しということか」

千足の言葉に殺気はなく、戸惑いと嫌悪感が混じっていた。

元々晴を狙っていたわけでもない千足にとっては、今までの黒組の関係が惜しく思えるのだろう。

始めから分かっていたはずなのに。

実際にその瞬間を迎えてしまうと、暗殺者の存在が肌にピリピリとした緊張感を突きつけて来る。

今この瞬間から周囲が敵になるなんて、正直考えたくはない。

鳰「その辺は追って連絡するっス。なので先走ったりはしないでくださいね」

いつも通りにやけた鳰のその目には、何かを企む気持ちの悪い気配が満ちていた。


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結局のところ、今日は黒組ルールについてなんの報告もなく放課後を迎えた。

午後の授業に顔を出さなかった鳰も戻って来てはいない。

放課後を迎えても黒組のメンバーは談笑を続けていて、もうしばらく帰る様子は見られない。

もしかするとこうやってなにも考えずにクラスメイトで居られるのは今日で最後かもしれない。

そう思うと名残惜しいのだろう。

そろそろ帰ろうかと兎角が考えていると、教室の扉がゆっくりと開いた。


鳰「よかった。兎角さんまだいたっスね。ちょっといいっスか」

入り口で手招きをする鳰。

鳰が戻った事は全員が気付いていたが、話に進展がない事を察するとすぐに雑談に戻った。

呼ばれるままに兎角が廊下に出ると、鳰は教室の扉を閉めた。

兎角「どうした?」

鳰「今回の件でちょっと話があるっス」

辺りの様子を窺いながら声を潜める様子を見ると内密な話なのだろうと察しを付ける。


兎角「晴は――」

彼女を一人にさせておくのも心配だったが、

鳰「聞かない方がいいっスよ」

鳰に遮られて少し考え込む。

もし東の家に関する話であれば、晴には聞かれたくない事もある。

兎角「そうか。まだ予告票は出せないんだよな?」

鳰「それは間違いないっス!」

兎角「分かった」


兎角が返事をすると鳰は行き先も告げずに歩き始めた。

兎角も特に何も聞かず鳰の後ろをついて歩いた。

この学園は広い。

転入したばかりの兎角には行った事がない場所の方が多く、鳰がどこに向かっているのか予想もつかなかった。

エレベーターに乗り、降りた先のフロアをさらに歩きながら、辺りに人の気配がない事を確認する。

兎角「この辺でいいんじゃないか」


後ろから声をかけると、鳰の背中から驚きに息を飲む気配を感じる。

鳰「……なんの事っスか」

振り返るその表情は笑ってはいるものの、殺気が隠れていない事に未熟さを感じる。

兎角「私を殺しに来たんだろ」

鳰「いやいやなんでウチが――」

鳰は両手の平を向けてひらひらと振って見せたが、兎角はそれを無視してブーツからナイフを取り出した。


兎角「そいつに化けるのはやめろ。」

本物に比べて身長はやや高いものの、足運びと姿勢で巧妙に誤魔化されている。

何も気にしないで一緒に歩いていたら身長差なんてきっと気付かない。

鳰は冬服を着て、かつ黒いタイツを履いているせいで体のラインが分かりづらくなっている。

そして同室もいなくて、裁定者の立場上クラス内でも馴染みにくいと考えて鳰を選んだのだろう。

兎角自身も鳰のことなんてどうだって良いと思っている。

そう。

どうだって良いと思っている――が、それでも面白くはない。


兎角「イライラするんだよ」

兎角がナイフを構えて鋭く睨みつけると、鳰の姿をしたそれは諦めたように両手を降ろした。

そして瞬時に目付きを切り替えて獰猛な視線を向けてくる。

唐突に鼻を突き抜けるような腐臭が漂い、兎角は顔をしかめた。

兎角「目的はなんだ?もう依頼人はいないんだろ」

鳰「東を殺せるチャンスなんて滅多にないっスからねー。今後のために経歴つけときたいだけっスよ」

鳰と同じ薄ら笑いを浮かべてナイフを取り出すと、身を低くして飛びかかってきた。


兎角「くっ……!!」

右脚をぐっと踏ん張って半身で避けるが、いつもの調子で動こうとすると脇腹の傷が痛んだ。

なんとか最小限の動きで攻撃を交わしていくがそれでも傷への負担は避けられない。

兎角「つっ……」

痛みに声が漏れ、息が上がる。

長時間の戦闘は圧倒的に兎角が不利。

どこかに隙を見つけて反撃するしかない。

昨日伊介が付けた侵入者の傷はやはり深いようで、彼女の動作は右腕での攻撃に傾倒していた。


兎角「くそっ!」

避けきれなかった攻撃をナイフで受けるたび、脇腹に痛みが走る。

兎角はナイフを左手に持ち替え、侵入者の右腕からの突きの動作を見極めて外側へ流した。

相手の勢いを利用して左腕に拳を叩き込むと、侵入者がたじろいで一歩退いた。

同時に兎角の傷にも衝撃が伝わるが、そんな事にかまけてはいられない。

一気に畳み掛けるつもりで足を踏み出そうとしたその時、侵入者のナイフの柄が妙に太い事に気が付く。

同時に今までの爆発物の扱いや手先の器用な仕掛けを思い出した。

――射出式!?

侵入者がナイフを構えた刹那、発砲した時のような破裂音が響き、猛烈な勢いでナイフの刃が飛び出してきた。


ナイフの向きを考慮して発砲前に動いていたおかげで、なんとか回避出来たが、正確に体の中心を目指して来るほどの精度がなければ避けられなかったかもしれない。

しかし、ナイフの射出と同時に飛び込んできた侵入者の体当たりは交わすことが出来なかった。

思わず右側を庇ったせいで左腕の関節を取られたが、すぐに自分の持つナイフを手放して逃れる。

続けて間合いを取ろうとして、

ぐちゅ――

そんな音がした気がした。

兎角「ぐあっ!!」

怪我をした脇腹の肉を抉られる感覚。

激痛に視界が歪み、吐き気すら込み上げてくる。


なんとか意識を保ち、目の前に迫った侵入者の頭に頭突きを叩き込むとお互いの体がよろめいた。

ふらつく頭ですぐさま追い打ちをかけようとしたが、侵入者の鋭い視線が交わった時、兎角は一瞬踏みとどまりフェイントをかけた。

眼前を、下から振り上げる侵入者の右拳が通り過ぎ、その手首を取る。

手首を掴んだまま、兎角は侵入者の後ろに回り込んで、肩を支点にねじり上げた。

普段はなんでもない動作がひどく傷に響く。

兎角「こ、のっ――!!」

躊躇する事なく関節を外し、侵入者の右腕を捻った状態でうつ伏せに組み敷いた。


左腕と背中を両膝で押さえ付け、動けなくなったところで首に腕を回して締め上げると、数秒ほどで体の力が抜けるのを確認した。

――終わった……。

ほっと息をつくと、体を支えることすら出来なくなって兎角はその場に倒れこんだ。

目をぎゅっと強く閉じて脇腹の痛みに耐える。

詰まる息をなんとか整えて、兎角は無理矢理体を起こして立ち上がった。

が、数歩進んだところで膝が折れる。


兎角「く……はっ、いっつ……!」

傷が熱く疼き、制服は血で濡れている。

今はただ痛みに耐えるしかなかったが、少し経てば和らいで来るだろう。

体を起こすことすら億劫でうずくまっていると、フロアに数人分の足音が響き始めた。

遠くに何人かの人影が見える。

知っている顔を見つけ、兎角は安堵の息をついた。


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こんばんは。いつもありがとうございます。
あともう少しですので、よろしくお願いします。

13話の試写会が当選したので当日が楽しみです。


千足「東!!」

千足は横たわる兎角のそばに駆け寄り、脇腹に滲んだ血を見つけて息を呑んだ。

ひどくなっていることは直に傷を見なくても分かった。

続いて春紀、伊介、柩が到着する。

伊介「あーあ、終わっちゃったの~?」

伊介は気を失った侵入者を見てつまらなそうに呟いた。

目を覚ますことを懸念して、侵入者の制服をナイフで切り、それを使って手足を縛り上げる。


兎角「なん、で、ここに……」

伊介「東さんと鳰が出て行った後、しばらくして本物の鳰が教室に帰ってきたのよ♥」

兎角「まさか、黒組は――」

千足「東、動くな!」

立ち上がろうとする兎角の肩を押さえ込むが、大人しくなる気配はない。

伊介「ルール再開だってさ♥」

春紀「おい伊介様!」

正直に答える伊介に割り込むつもりが既に遅く、兎角は千足を突き飛ばして立ち上がっていた。


柩「東さん!」

千足「桐ヶ谷!下がれ!!」

攻撃的になっている今の兎角の前に立つのは危険だ。

それでも柩は一歩も引かない。

春紀「東!落ち着け!!」

柩と兎角の間に割り込んだ春紀が前へ出る。

兎角の腕を掴みにかかるが逆に腕を取られ、

春紀「ぐはっ……!!」

床に背中を綺麗に叩きつけられる。


伊介「ほんとに怪我人!?」

隙のない体術を前に、対峙した伊介は兎角に飛びかかるのを躊躇していた。

その時、離れた場所からいくつかの足音が近付いて来るのが聞こえた。

伊介「あっ――!!」

伊介がそちらに気を取られていると、その隙をついて兎角が駆け出した。

千足達も後を追い、兎角の肩口をわずかに掴むがすぐに振り払われてしまう。

涼「どうした!?」

近付いてくる人影の中で、こちらの雰囲気を察した涼が声を上げる。


春紀「東を止めろ!」

春紀の言葉に香子が前に飛び出した。

香子「爆弾で――!」

しえな「待て待て待て!!止めるのは足だ!それ息の根が止まるだろ!!」

血相を変えてしえなが香子の腕を掴んだ。

乙哉「切っていい!?ねぇ切っていい!?」

しえな「いいわけあるか!!武智も下がってろ!!」

しえなのすぐ後ろで嬉々として鋏をショキショキ鳴らす乙哉を押さえ込んでいると、今度は純恋子が前に出た。


真昼「英……さん、危、ない……!」

真昼が純恋子の手を心配そうに引く。

そんな真昼に純恋子は優しく笑いかけ、そっと手をほどいた。

純恋子「まったく……世話の焼ける人ですわね!」

走り込んで行った兎角が純恋子の腕を掴む。

が、純恋子はそれを力任せに引き剥がした。

素早く背後に周り込み、無理矢理兎角の首根っこを掴んで強引に床に叩きつける。

しえな「おぉー、一発で……。容赦ないな……」

千足「い、意外だったな……」


うつ伏せの兎角に乗って押さえつける純恋子の姿を、全員が唖然と見つめていた。

兎角が組み伏せられる姿以上に、純恋子の豪快さが衝撃的だった。

兎角「く……そっ……」

春紀「おい東!動くな!!傷が開いてるんだぞ!」

まだ抵抗しようとする兎角を、春紀が制止するがやはり聞こうとはしない。

晴「兎角!!」

遅れて到着した晴が兎角の元へ走り寄る。

兎角「晴……?」

香子「落ち着け。一ノ瀬は無事だ」

香子が伝えると兎角は抵抗を止め、純恋子も彼女の上から退いた。


春紀「もー……伊介様が余計なこと言うから……」

春紀は片手で顔を覆うと大きなため息をついた。

伊介「だって本当のことよー?」

悪びれもせず伊介はにっこりと笑い、兎角と晴を見る。

鳰「誰も予告票を出してないっスよ」

兎角「そ……か……」

最後に到着した鳰が告げると、兎角は体を起こして晴に寄ろうとした。

しかし思うように動けず、倒れ込みそうになるところを千足が支える。


千足「出血が多いな……」

制服に滲んだ血の跡が広がっていく様子に、千足は焦りを見せた。

先程の気迫は見る影もなく、兎角は目を閉じてぐったりと千足に寄りかかっていた。

痛みに顔を歪め、脂汗が前髪を濡らしている。

柩「止血剤がありますから、応急処置に使ってください」

駆け寄って来る柩がぬいぐるみのポケットに手を入れ、薬を取り出した。

千足にそれを渡そうとして、一緒にこぼれた何かが床へと落ちて行った。

柩「あっ――」

今、カンッと軽い音を立てて転がったバイアルのようなものが、なんであるかは千足にも察しがついていた。


千足「桐ヶ谷……」

千足は今優先するべき事を念頭に置いて、柩から止血剤を受け取り、足元に落ちたバイアルをポケットにしまった。

即座に頭を切り替えて兎角に止血剤を使い、手際よく応急処置を進めていく。

鳰「救急車を呼んだっス。誰か兎角さんを下まで運べるっスか」

応急処置が終わると鳰が割り込んできた。

春紀「あたしが行こう。力仕事なら任せてくれ。晴ちゃんも一緒に来なよ」

晴「あ、はい!」

ほとんど意識の途切れた兎角を春紀の背中に乗せると、二人はエレベーターの方へと向かった。

鳰「じゃあこっちは侵入者の処理をするっス。みなさんは寮で待機してほしいっス!!」


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千足は自室に戻ると、ゆっくりとソファに座った。

まだ兎角の状態は心配だったが、何とか侵入者の一件が片付いたと思うと安堵の息が漏れた。

しかしまだ問題は残っている。

千足「桐ヶ谷……」

柩は扉を閉めると、千足の隣に立った。

本校舎タワーからここまで、二人は手を繋がなかった。

柩が拒否したのだ。

ポケットからバイアルを取り出し、そこに書かれた文字を改めて見直す。


柩「言ったでしょう?ここには悪魔がいるって」

千足「エンゼルトランペットは毒を使う……」

柩「そうですよ。ぼくがエンゼルトランペットです」

ぬいぐるみから、毒を打ち込むためのニードルガンを取り出すと、それを千足に見せつける。

初めて見る柩の冷たい目に、千足は言葉を失った。

柩「ぼくは千足さんのお手伝いをします」

無理をして笑う柩の姿が痛々しくて、千足は顔をしかめた。


千足「私は……」

ずっと考えていた。

どうしたらいいのか。

いや、どうしたらいいのかは、本当は分かっている。

恩師の仇討ちをして、殺された人の無念を晴らすこと。

柩「抵抗はしません」

静かに笑う柩を見て、彼女がずっと諦めていた事を知る。

始めから仇討ちをさせるつもりでいた事。

そして自分の中での答えはすでに出ていた。


千足「私はお前を信じているよ」

千足が笑うと柩の顔がこわばった。

柩「……どういうことですか?ぼくが見た目のままだと思っているんですか?」

正体について疑っていると思ったのか、柩は悲しい目をして千足に詰め寄る。

柩「やめてください。ぼくはもう千足さんを騙したくない」

許される事を拒否する柩の姿は、とても話に聞くエンゼルトランペットとは思えなかった。


千足「私はお前が薬を使った所しか見ていない」

柩「毒だって薬に使えることはあるんです」

千足「東を気遣っていた」

薬を用意した時もそうだったが、先ほど兎角を止めようとした柩の姿も目に焼き付いている。

どう考えても柩の力で兎角に適うはずもない。

それでも柩は諦めなかった。

柩「そんなんじゃ……」


無邪気に笑う柩の顔を思い出し、同時に冷たく笑う柩の顔もよぎる。

少なくとも、千足に見せた時に限れば、感情がないような柩の表情はわざと見せたものだと思う。

いつかは千足に裁かれたくて、でもそれも迷って、心を痛めてきたんだと思うと、千足の正義は今崩れた。

千足「私は恩師を裏切って目的を放棄する。私は自分の罪とお前の罪を背負って生きよう」

柩「千足さん……」

千足は柩の手を取り、その甲に口付けた。

千足「柩、私とともに生きてくれ」


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翌日 放課後 金星寮C棟 1号室

春紀「ほんとバカだよな。予告票出してたらみんなで東を探したりしねーよ」

しえな「全くだ。こっちは一ノ瀬の安全も考えて、一番後ろに下がらせるくらいの配慮までしてたっていうのに」

兎角「もっと早く言ってくれれば良かったのに……」

ベッド脇で先ほどから文句を言い続ける春紀としえなに、兎角は自覚するほどに弱った声で呟いた。

それを見て枕元に座る晴が苦笑いをしている。

しえな「は?お前聞いたか?あの時ちゃんとボクらの話聞く気あったか?」


兎角「それは……」

しえな「絶対なかったね。聞いたとしても一ノ瀬の姿を確認するまで絶対信用しなかったね」

兎角「私が悪かった……もう勘弁してくれ……」

居心地が悪くなって身じろぎすると、心配そうに晴が手を添えるが兎角は構わず半身を起こした。

上から見下ろしてくるしえなの視線がとてつもなく痛い。

怒ると怖いのは晴だけではなかったようだ。

涼「まさかあんなに暴れ出すとはな」

涼は今の兎角を見て、呆れと感心が混じったようなため息を漏らした。


春紀「あたしなんて投げ飛ばされたんだぞ」

肩の辺りをさすりながら、春紀は兎角をじろりと睨んだ。

兎角「あれは……その、すまなかった……」

伊介「怪我人に投げ飛ばされるなんてー♥」

春紀「出来るだけ悪化させずに止めるつもりだったんだからしょうがないだろ」

あまり意識がはっきりしていなかったが、確かにあの時の春紀は控えめだった気がする。

いつも気を遣ってくれているのは分かっているから、攻撃的に接してしまったことは本当に申し訳ないとは思っていた。


乙哉「殺すくらいの気持ちで行けばよかったんじゃないの?」

しえな「お前は十分殺すつもりで行こうとしてたろ。興奮気味に出血を見てたの知ってるからな」

鋏を取り出そうとする乙哉の手をしえなが押さえ付ける。

乙哉「いーじゃん。あたしがやったんじゃないんだしー」

殺すつもりだったことも、興奮気味に血を見ていたことも否定しない乙哉に兎角はぞっとした。

兎角「……剣持で我慢してくれ」

しえな「はぁ!?お前ボクを護るって言っただろ!?」


武智から、とは言っていないから問題ないだろうと自分に言い聞かせながら、兎角は無言で視線を外した。

真夜「純恋子のおかげで助かったぜ」

ソファの背もたれに寄りかかりながら、真夜は隣に座る純恋子に目を向けると、彼女は自信ありげに胸を張った。

純恋子「体術になら自信がありますのよ」

鳰「体術っていうか腕力じゃないっスかね……」

ソファの裏で鳰が小さくぼそりと呟くと純恋子の目がきらりと光った。

純恋子「あらなにか?」

鳰「なんでもないっス!」


そそくさと逃げ出し、鳰は晴の隣に移動した。

香子「結局、キャンセルされた依頼を継続した目的はなんだったんだ?」

鳰「兎角さんを単純に倒したかったみたいっス。最近大きなヘマしたらしくて仕事減ってたって話っス。東を倒してアピールっスかね。皆さんも兎角さん倒せばきっと仕事増えるっスよー?」

いやらしい笑いを浮かべると香子が嫌悪感を露わにして顔を背けた。

その様子を見ながら兎角は鳰の性格の悪さを再認識すると同時に、暗殺に対する香子の心情も見えた気がした。

伊介「こんなヘタレを倒すだけで良いなら簡単ねー♥」

鳰「ここで鼻血出してたの誰っスかね……」

伊介「なんか言った?つーか、なんであんたが知ってん――」

鳰「きっと気のせいっスね!」


びくりと体を震わせて、助けを求めるように晴に肩をくっつける。

兎角はそれが面白くなくて、その間に手を差し込むと無理矢理鳰を晴から引き剥がした。

恥ずかしそうに顔を赤らめる晴と兎角を交互に見て、鳰は鼻を鳴らして意味深に笑った。

千足「とにかく今はゆっくり休め」

千足が兎角のそばに歩み寄り、そっと頭を撫でた。

こういった扱いはあまり好きではなかったが、傷の手当てや他にも色々と世話をかけた事を考えると文句も出てこない。

考えてみれば千足だけでなく、この黒組を相手に段々と頭が上がらなくなってきた。


涼「とは言うても、ルール再開となると休んでる暇なんかあるのかのう?」

涼が予告票を取り出すのが見えて、兎角は反射的に晴を庇う形で身を寄せた。

室内が涼の動向に意識を向け、その様子を見張る。

早い者勝ちで、妨害もOK。

誰もが敵になりうる状況に緊迫感が漂う。

しえな「……だったらボクが二人を護るよ」

そう言って兎角の前に立ったのはしえなだった。


兎角「剣持……」

しえな「ボクは一ノ瀬を殺さな――ぃった!!」

乙哉「本気で言ってるの!?」

しえなが真剣な面持ちで黒組メンバーを見据える中、突然乙哉が体当たりに近い勢いでしえなの腕にしがみついた。

その衝撃に耐え切れず、しえなはバランスを崩して兎角のそばに座りこんだ。

しえな「危ないだろバカ!怪我人がいるんだぞ!」

乙哉を怒鳴りつけると、兎角にぶつからなかったかを心配したしえなが後ろに振り向いた。


兎角「あ……」

身を寄せ過ぎたしえなの顔が眼前に迫る。

晴と口付けた時のイメージが浮かび、それに重ねて、ついしえなの唇を見てしまった。

しえな「ご、ごめんっ!」

慌てて立ち上がるしえなの顔は赤くなっていて、兎角もハッとして俯き、熱くなった顔を隠した。

乙哉「えっ!?しえなちゃん本当に兎角さんを好きになっちゃったの!?」

しえな「そういう話じゃない!!緊張感のない奴だな!!」


息がかかりそうなほどにしえなに顔を寄せる乙哉。

何とかして押し戻そうとしているがびくともしない。

乙哉「どっちがだよ!ていうか、兎角さん浮気じゃん!なにしえなちゃんに顔赤くしてんの!?」

兎角「ば、バカ言うな!!そんなわけないだろ!!」

他人事だと思って若干油断していたところに話を振られて声が震えてしまう。

明らかな取り乱し方に周りが冷たい視線を向けてきた。

晴を見ればひどく不機嫌な顔をして兎角から顔を背けている。


兎角「いや、違う!ちょっと驚いただけで――!!」

鳰「晴はウチと仲良くすればいいっスよー」

にやにやといやらしい笑い方をした鳰が晴の手を握るのを見て、兎角は少しばかり頭に血が上って行くのを感じた。

気が付けば鳰の肩を握っていた。

鳰「冗談っス。マジ冗談っス。いたた砕けるいたいたいい潰れるぅぃい……!!」

さらに力を入れようとすると乙哉の咳払いが割り込み、兎角は鳰から手を離してそちらを見た。


乙哉「とりあえず、しえなちゃんがそっち行くならあたしも兎角さんに付くね。しえなちゃん取られちゃたまんないし」

しえな「武智……。お前、その変態趣味どうするんだよ」

乙哉「まぁ、しえなちゃん切ればいいから」

にこにこと無邪気に笑う乙哉に——言っていることはともかく——心強さを感じ、しえなは目を細めた。

しえな「いつもそんなこと言いながら、結局今日まで何もしてこなかったんだから冗談だって分かってるけどさ」

乙哉「え、毎日寝てる間にハサミ突き付けてるけど――」

しえな「お前さっさと予告票出してとっととやられて今すぐ退学しろよ!!」

額に思いきり掌底を叩きこむとさすがの乙哉もよろめいた。


鳰「剣持さんと、乙哉さんも晴の守護者になるってことっスね」

乙哉はともかく、しえなの寝返りは兎角にとっても意外ではなかった。

今までのしえなを見ていればどちらに傾いてもおかしくないと分かる。

彼女は殺人なんてしない方がいい。

千足「私も予告票は必要ない」

柩「ぼくもです」

鳰「だと思ったっス。4号室、5号室が守護者ってことでOKっスね」


ここも鳰と同じように想定内。

元々千足の目的は晴ではなかったようだし、柩のことはよく分からなかったが、二人がセットで行動することに今更違和感はない。

千足「別に私達は一ノ瀬を護るというわけでは……」

鳰「便宜上っス。と言ってもどうせ何かあったらこうやってまた集まるんでしょうしいいんじゃないスか」

香子「では私も守護者に回ろう」

香子の言葉にはさすがに驚いたようで、鳰は勢いよく振り向いた。

兎角も同じ思いだったが、香子も暗殺にはあまり向いていない雰囲気は感じ取っていたから道理かとも思う。


鳰「え!神長さんもっスか!?ホームはどうするんスか!?」

香子「私の目的は自分でなんとかする」

涼「じゃあわしは香子ちゃんを手伝おうかのー」

涼は先ほど取り出した予告票を鳰に返した。

香子「首藤……」

涼「後ろばかり見るのはやめてもう少し前向きになろうと思っただけじゃ」

涼が笑顔を向けると、いつも仏頂面の香子もつられて口元を緩めた。


鳰「どうしようっス……。戦力が逆転してしまったっス……」

涼から受け取った予告票を鳰がぴらぴらと振っていると、今度は純恋子が立ち上がった。

純恋子「わたくしももうどうでもいいですわ」

鳰「女王はどうするっスか……」

鳰はすがるような視線で苦笑いを向けたが純恋子の表情は全く変わらない。

純恋子「一ノ瀬さんは力を使わずにこれだけの味方を増やしたのですから、今更一ノ瀬さんを倒したところで意味はありませんわ」

上品に流し目で一度鳰を見やると、晴に向き直りにこりと笑った。

純恋子が何を言っているのかは兎角には分からなかったが、晴が理解しているのならそこに割り込む隙はなかった。


真夜「オレも今はパス。真昼がさ、もうちょっとお前らと遊びたいんだってよ。オレはどっちでもいいんだけど、もう少し光を見せてやりてーしな」

純恋子「真夜さん!真昼さん!わたくしも協力しますわ!」

純恋子は真夜の手を興奮気味に握って胸へ抱き寄せた。

鳰「英さんの本音はそっちっスかね……。じゃあ暗殺者は2号室だけっスか……」

ちらりと鳰が春紀を見ると、彼女は慌てた様子で片手をひらひらと振った。

春紀「いやいや。さすがにこの空気で晴ちゃんに手を出す気にはなれねーよ。元々好きでこんなところに来たわけじゃないしな」

伊介「伊介は別にー。目的果たすためなら晴ちゃん殺したっていいんだけどー♥」

春紀「2号室も予告票は切らないってことで」


愛嬌たっぷりに笑う伊介を無視し、春紀は手向かわない意識を表して両手を上げた。

伊介「勝手に決めんじゃないわよー。殺すわよ♥」

しばらくは春紀にぶちぶちと文句を言っていたが、春紀が伊介の肩を抱き寄せるとむすっとしながらも大人しくなった。

鳰「……マジっスか……。戦わずして黒組が終わってしまったっス……」

鳰は青ざめた顔でがっくりと肩を落とした。

晴「じゃあみんなで卒業できるってこと!?」

ぱあっと明るくなる晴の表情に全員が呆れた顔を見せた。

兎角「お前、命が助かった事じゃなくて、そっちが嬉しいのか……」


晴「それも嬉しいけど、みんなで一緒にいられたらもっと嬉しいじゃない」

そう言われて兎角は密度の高い室内を見渡し、何も言わずに口元を緩めた。

すっかりこの光景にも慣れた気がする。

鳰「その辺は理事長に確認してみないと……。それは明日報告するっスから今日は解散ってことでいいっスか?」

春紀「そうだな。それに東も早く休んだ方がいいだろ」

今度は春紀に頭を撫でられて、兎角はいい加減むかむかしてきた。

しかし、春紀の人懐っこい笑顔を見ているとどうでもよくなってくる。


それぞれが部屋を出て行くのをベッドから眺めながら、今までに感じた事のない安心感が胸に満ちているのを感じた。

彼らが暗殺者である事実に変わりはないが、敵ではなくなったことが素直に嬉しい。

全員が出て行った頃、鳰が一人で戻ってきた。

そして少し考え込んだ様子を見せてから兎角に向けて口を開いた。

鳰「兎角さん、侵入者がウチに変装してたのなんで見破られたっスか。よっぽど近くでじっくり見ないと分かりそうになかったっスよ。自分でも驚いたくらいっス」

柔らかそうな頬をぐにぐにと自分でいじりながら鳰は首をかしげた。

兎角「最初は気付かなかったが、移動している間にお前じゃないと確信した」

鳰「ふーん……後片付けをした人達も驚いてたから見た目では分かりそうになかったっスけど……」


それは気を失っていたからじゃないかと兎角は思った。

話し方や動きを見ればまた違った印象を持つかもしれない。

しかし思い返してみれば何をどう感じ取って偽物だと確信したのかはよく思い出せない。

相手もプロである以上簡単に尻尾を見せるはずもない。

思考を巡らせ、もう一度対面した時のことを思い返す。

兎角「……匂いが違ったかもな……」


さっきまで鳰が座っていた辺りを見て、そこにあった匂いを思い出す。

鳰「また腐った臭いっスか……。あんまり良い気分しないっスね」

兎角「いや。お前だけの匂いだよ」

はっきりとそう告げると、鳰は驚いた顔をした後にやりと笑った。

鳰「……やっぱり犬っスね」

兎角「なんだと!」

鳰「ほら動くと傷に悪いっスよ」

兎角「なにニヤニヤしてるんだ……」


機嫌のいい猫みたいに笑う鳰がかえって気持ちが悪くて、兎角が眉根を寄せると、鳰はなぜか満足そうに笑った。

鳰「ウチはいつもこんな顔っス。それじゃ、無理しちゃダメっスよー」

鳰の姿が見えなくなって、扉が閉まる音を確認すると兎角は肩の力を抜いた。


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晴「賑やかだったねー」

二人きりになると、急に室内の温度が下がったような気がした。

兎角を見れば、血色の悪い顔で小さなため息をついていた。

兎角「疲れた……」

怪我をした右の脇腹を軽く押さえながら兎角が呻いた。

黒組の喧騒ではなく、今回の一件に対してだろう。

晴「痛む?」

兎角「今は薬が効いてる」


兎角は晴の肩に頭を置き、手を重ねて来た。

晴もそれに応えて兎角の頭に頬を寄せ、手を返して指を絡める。

晴「大変だったね」

兎角「そうだな……」

晴「兎角さん、暴れすぎ」

兎角「……もういいだろ、それは」

思い出したくないのか、兎角の肩が小さく縮こまったのを感じた。


晴「晴の事になるとあんなに必死になるんだ?」

兎角「やめろって」

そろそろ怒り出しそうな雰囲気を感じても晴は続けた。

晴「ごめんね。兎角さん、怪我してるのに嬉しい……」

兎角「晴……」

そんな風に言えば怒らなくなるのも分かって、少し狡い事をしたのは自覚している。

晴を護ると言い始めてからずっと、全てが晴のためだった事を晴自身分かっていた。


きっとこれから言う事も兎角は拒まない。

自分の思い通りになるのが怖くて、それでも兎角を手放せなくて、晴は言葉を継いだ。

晴「キスしていいかな……」

肩越しに小さな声で告げると、兎角の頭が肩から離れ、顔がこちらに向いた。

兎角「うん……」

兎角の返事の後、唇が触れ合い、お互いの温もりが伝わる。

この想いが本物である事はこれから証明していけばいいと、そう今は考えながら晴は心の中で兎角に謝った。


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翌日 本校舎タワー 10年黒組教室

朝のHRが始まる前に鳰が理事長からの通達を発表した。

鳰「なんか、黒組続けていいみたいっス。気が変わったら予告票出せばいいっス」

ほとんど棒読みになっているところを見ると、鳰にとっても今回の事は予想外だったようだ。

兎角「いい加減だな……」

体の不調を誤魔化すために兎角は頬杖をついた。

黒組が再開された以上、全員が予告票を出さないと宣言したとはいえ安全だと言い切るのは難しい。

兎角には絶対安静などという言葉が通じるはずもなかった。


鳰「兎角さんが最初に守護者に回った時も即OKだったっスからね。それに黒組の勝者は晴と兎角さんっスから、晴がみんなで卒業したいって言うならそれに応じるっスよ」

ため息まじりに面倒そうな顔をしているが、にやけた口元は全く隠せていなくて、兎角が口角を上げて見せるとそれにつられて目を細めた。

結局は鳰も黒組を続けたいと思っているのだ。

鳰だけでなく、クラス全員がまるで普通の女子高生のように、クラスメイトと雑談をし、明日以降の話をしている。

晴にとって気軽に未来の話が出来るのはきっと奇跡で、毎日を迎えること自体が生きる実感だったのだろう。

兎角「晴。良かったな」

振り返る晴の顔は本当に輝いていて、まだその明るさは眩しすぎて目が慣れない。

しえな「で、結局なんのための黒組だったんだ?」


しえなの質問に何人かが過剰に反応したことに気付いた。

事情を知っているのが晴と鳰だけではないことはもう分かっている。

鳰「それは秘密っスよ」

事情を知らない兎角にとっては当然不愉快だったが、今問い詰めたところで晴に苦い思いをさせるだけだろう。

兎角は晴のそばに寄って、くしゃくしゃと頭を雑に撫でた。

晴は驚いたように目を丸くして兎角を見たあと、少し頬を染めてにこやかに笑いかけた。

この笑顔を信じて、いつか話してくれるまで待ってみようと思う。

そして今日から新しい黒組が始まる。


終わり

以上です!!
おかしな所もありましたが、思うがままとても楽しく書かせて頂きました。

おこがまいしながらも、また別の話も作りたいと思っています。
同室カップルか兎しえくらいしか考えてないので、
もし希望のカップリングがあれば教えて欲しいです。

長々とお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。

「おこがまいし」ってどんな間違いでしょう。
恥ずかしいので自分で訂正しておきます。
「おこがましい」です。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月11日 (火) 01:25:26   ID: KKIaz1EN

完結お疲れ様です\(^o^)/
次も一号室がイチャイチャしてるのを是非とも見たいです

2 :  SS好きの774さん   2014年11月17日 (月) 01:58:28   ID: iw2cnq9i

お疲れ様でした(*´ω`*)
次は2号室の2人のカップリングが見たいです!!!!

3 :  SS好きの774さん   2014年11月17日 (月) 22:43:56   ID: a8nj76vh

お疲れ様でした!
一号室のいちゃつきぶり最高でした!!
次も一号室がみたいです!!!!!

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