葛葉ライドウ対地獄少女 (71)

人の世は縁と申します。 結んだ糸が絡み付き、もろく哀れな彼岸花。 怒り、悲しみ、涙に暮れて、午前零時の帳の向こう、晴らせぬ恨み、晴らします。

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帝都東京、筑土町の一角には銀楼閣という今風のビルヂングが建っている。
そのビルヂング内には、英国製の背広を着こなす鳴海という伊達男が開いている鳴海探偵事務所がある。
その事務所で、朝食の珈琲のために湯を沸かしながら帝都新報を眺めている鳴海の目が、一点に止まった。何かの記事に興味を引かれた訳ではない。紙面の奇妙な空白に目を引かれたのだ。鳴海がこの奇妙な空白に気付いたのは丁度一週間前、尋ね人欄を流し読みしている時だった。その時は紙面の都合かと思い気にも留めなかったが、今日再び尋ね人欄に奇妙な空白を見て気が付いた事がある。先週の空白と大体同じ大きさなのである。湯が沸くまでには多少の時間がある。そこらに山積みの紙束から先週の帝都新報を引っ張りだし広げると、そこには記憶のとおりの空白が見つかった。
見比べると大きさが大体同じどころではない。ピタリと同じであった。興味を強く引かれ、その先週さらに前の週と帝都新報を調べたが五週連続全く同じ空白が見つかった。それより前の帝都新報は処分済で確認はできなかった。空白の謎に思いを馳せながら珈琲を煎れ、トーストを焼きバターを塗っていると、いつも通りの学生服に外套を羽織った部下、葛葉ライドウが、黒猫と共に姿をみせた。同時に、探偵に相応しい洞察力で机の上に並んだ新聞紙に気が付いたようで視線がそれらに注がれている。
鳴海「おはよう、ライドウ。この帝都新聞の束はね、ちょっと気になることがあってね確認していたんだ。とはいっても記事が気になったんじゃない。見てくれここに奇妙な空白があるだろ?少なくとも五週連続で全く同じ空白が……ってゴウトちゃん。どうしたの?ちょっとやめて……」
紙面をライドウに向けると、ゴウト即ちライドウの連れる黒猫が帝都新聞に飛び掛かってきた。新聞紙は猫に押し倒され、ついでにまだ手を付けていない朝食の珈琲とバタートーストが机の上から吹き飛んだ。鳴海に向かって。
鳴海「あーー、俺の朝飯! 何回目だよコレ! ちくしょー」

第一章 地獄通信


ゴウト「ヌヌ、この空白、鳴海に言われるまでは気が付かなかったが、注意深く見れば得体の知れぬ妖気を感じる」
黒猫が喋り出すが慌てるものは居ない。ライドウにとっては当然のことだし、鳴海にはゴウトの言葉は届かない。
ゴウト「ライドウよ、うぬもよくみてみるがいい。……ん、あ、鳴海、スマン、その、悪気はなかったんだ。新聞の妖気に驚いてな」
ゴウトの謝罪が聞こえるはずもなく、情けない顔で立ち尽くす鳴海。その光景にライドウは嘆息し、それから件の帝都新報を手に取るのだった。

鳴海「染みにならないコツは早いうちに染み抜きをすることなんだ。運食い虫の事件の時も染みが残らず綺麗になったろ。……で、ライドウ。その紙面の空白、お前も気になるのか。それもその表情から察するに探偵として、じゃなくて悪魔召喚師として」
トントンとズボンの染みを抜きながらの鳴海の問い掛けに、帝都新報を見つめていたライドウは小さく、しかし確かに頷いた。
鳴海「だったら、調べてみるか。今は仕事もないしな。俺はタヱちゃんに当たってみるよ。彼女、帝都新報の記者だからな。何か知ってるかもしれない。ライドウは悪魔召喚師のツテを当たってみてくれ。あそこなら情報が集まるんじゃないか? わかるよな銀座の北にある……」
鳴海のいう「あそこ」とはミルクホールのことだろう。ライドウは深く頷き、ゴウトと共に探偵事務所をあとにした。

新世界 ミルクホール そこは多くの悪魔召喚師が集う場所。当然情報交換にも向いている。
マスター「葛葉様の仰るようなお話を以前他の悪魔召喚師から聞いた覚えがあります。ちょうどいま当店に来ておりますので話を聞いてみては如何でしょうか。そこの喪服のお客様です」
マスターの視線の先には、喪服を着た女がちびりちびりとカクテルを飲んでいた。マスターの声が聞こえたのか、首だけがこちらに向く。ライドウは新聞の空白の放つ謎の妖気について喪服の女に尋ねた。
喪服の女「え、新聞の空白の妖気? 確かに以前調べたことがあったわよ。帝都新報だけじゃなくて、他の新聞にも時々載るのよ。何らかの呪術に関連がありそうってことと地獄通信という単語がわかっただけで、詳しいことは結局わからずじまい。仲間の一人は死んでしまったし、依頼人が急に行方不明になっちゃって、調査を打ち切ったの。私が知ってるのはこのくらいよ。まあ、あなたの言う空白が私の知っている地獄通信かどうかは知らないけどね。必要なら同じ件に関わってた他の悪魔召喚師にも聞いてみましょうか。魔石20個でいいわよ」
ライドウが魔石差し出すと、着物の女はミルクホール内に設置された自動電話で電話を始めた。
喪服の女「……もしもし、ウズラハシさん、私だけど……」
喪服の女の声がところどころ聞こえてくる。数分後電話を終えた女がライドウの元に戻ってきた。
「すぐに連絡がついてお互いについてたわね。彼、以前の事件以来ずっと地獄通信について調べていたんですって。彼が言うにはここのところ毎週帝都新報に載っている空白……空白って載っているでいいのかしら? とにかくその空白は地獄通信で間違いないそうよ。そして地獄通信の主は地獄少女、閻魔あいというらしいの。彼に聞いて分かったのはこのくらいね」
ライドウは喪服の女に礼を言いミルクホールをあとにした。
ゴウト「地獄通信に地獄少女か、ライドウよ、我としたことがどこで見聞きしたか忘れてしまったが名前には憶えがある。詳細は知らぬが強大な力を持った悪魔であったと記憶している。この件、腹をくくってかからねばならぬかもしれぬぞ?」

読みづらいから改行しよう

ライドウは探偵事務所に戻ってきた。鳴海はまだズボンをトントンしている。
鳴海「あ、お帰りライドウ。タヱちゃんに電話したら丁度ウチに用事があったみたいでこれから来るみたいなんだ。そろそろ来ると思うから一緒に話を聞いてくれよ。そっちの報告はそれからでいいや」
ライドウは黙って頷くと珈琲の準備を始めた。

珈琲を入れる準備が整った頃、探偵事務所の扉が開き、カメラを首からぶら下げた短髪の、モダンガールと呼ぶにふさわしい女性があらわれる。
朝倉タヱ、朝倉葵鳥を自称する帝都新報所属の女性新聞記者である。
タヱ「こんにちは、ライドウ君、ついでに鳴海さん、悪いけど珈琲もらえるかししら。二つお願いね」
鳴海「あのねぇ、タヱちゃん、所長は俺。ついでにさっき電話したのも俺。
ライドウは助手、そしてここは鳴海探偵事務所。俺がついで扱いなのもおかしいし、ここはカフェーでもないの。
で、珈琲が二つってことはお連れさん?」
タヱ「あのねぇ、鳴海さん、私は帝都新報の敏腕記者、朝倉葵鳥。
葵鳥さんって呼んでくれるまで『ついで扱い』も名刺を渡すのもやめないわ。
でもさすが探偵事務所の所長さんね。正解。今日は二人できたの。入ってきていいわよ」
ライドウがテーブルに珈琲を並べ終えた直後、ゴウトが身構えた。
ゴウト「この気配……ライドウ、用心しろよ」
ゴウトが喋りだした時にはすでに、ライドウの両手はさりげなく懐の封魔管と拳銃―コルトM1877"ライトニング"に伸びていた。
探偵事務所の扉が開き、派手目の女が姿を現す。
美人と評してまず間違いないが、ライドウとゴウトには一目で悪魔であるとわかった。隠してはいるがわずかな妖気が感じられる。
ゴウト「やはり悪魔か」
派手目の女「初めまして、葵鳥先輩の後輩記者の恩田ヨネと申します。今後ともよろしくお願いします」
恩田と名乗る悪魔は挨拶を終えると流れるような仕草でゴウトの首裏をつまみあげた。
恩田「あら、可愛い猫ちゃん。……妖怪を悪魔呼ばわりするってことは悪魔召喚師の関係者だね。
敵対する気はないんだ。とりあえず気が付かなかったがことにしといてほしいね」
声低くゴウトに忠告ともお願いともつかぬことを耳打ちするとゴウトを静かに床に置いた。
ゴウトはあわててライドウに走りより身を寄せる。
ゴウトから今の恩田の発言内容を耳打ちされ、ライドウはその手を武器から離すことにした。もちろん警戒は怠らないままで。
鳴海「じゃあタヱちゃん。そっちの用事から聞こうか」
タヱ「こっちの用事からも何も、そっちの用事と同じなのよ。帝都新報の空白。
この恩田さんが気になって調べ始めたみたいなんだけど、社内でもこのことについて知っている人がいないの。
印刷にかかわる誰もが週に一度空白を作るよう指示を受けているんだけど、誰が指示を出したか追ってくうちに誰が最初に指示を出したのかが分からなくなっちゃうのよ。不思議でしょ?」
恩田「そこで葵鳥先輩に相談したところ、変わった事例専門の探偵事務所があると紹介されまして本日うかがうことになったわけです。
私、ここ最近頻発しているこの空白が誰の意図によるものか気になるんです。調査してもらえませんか?」
鳴海「なるほどねえ、俺たちが気になった空白について、偶然にも恩田さんたちも気になって調べていたってわけか」
タヱ「どうかしら、ちょっと普通じゃなくて鳴海探偵事務所向けの仕事じゃない?
もちろんこっちでも調査を続けるし情報も提供するわ。
鳴海さんもこの件に興味があるみたいだし、出来るなら共同捜査ということにしたいんだけど」
鳴海「はあ、共同捜査ってことなら報酬は……ないよね。やっぱり。
でもまあ、確かにこちらも興味があることだしね、その話乗ろうじゃないの」
鳴海がそういうとタヱはうれしそうに両手を合わせた。
タヱ「ありがとう、そう言ってくれると思ったわ。
でも、それにしても不思議よね、この空白。
私もちょっと調べてみたんだけど、この空白は帝都新報創刊当時からだいたい年に二・三回くらい不定期に載っていたの」
鳴海「あれ? 俺が確認した範囲では少なくともここ5週間は毎週載っていたぜ」
タヱ「そうなのよ、正確には九週間前から突如週刊になって、今日で十週連続掲載されているのよ」
鳴海「ふーん、なるほどねぇ。さて、共同捜査なわけだし、こちらからも情報提供を、といいたいところだけど今のところ何にも情報が……
いや、ライドウそっちは何かつかめたのか?」
ゴウトと目配せするライドウ。恩田の目的や正体が分からぬうちは手の内は見せられないとの結論に達し、特に情報はないと鳴海に告げた。
鳴海「そうか、収穫はなかったか。でもご苦労だったな、ライドウ。
というわけで、こっちは完全に手詰まりなんだ。手探りで探っていくしかないからお役に立てるかわからないぜ?」
タヱ「それでもいいわ。それじゃあ鳴海さん、何かわかったら連絡を頂戴。
他の仕事もしなくちゃならないし、私たちは失礼するわね。連絡は私宛に電話で頂戴。
こちらからも電話でいいかしら? ライドウ君おいしい珈琲をありがとう。また来るわね」
鳴海は首を縦に振ってからタヱと恩田の二人を見送りに出ていった。
ゴウト「あの恩田と名乗る悪魔、敵対する気はないと言っていたが何が目的だ?
やはりこの件、一筋縄ではいかぬかもしれんな」
ライドウは深く嘆息し二客の珈琲カップを片付けることにした。
鼻歌交じりに鳴海が戻ってくる。
鳴海「いやー、恩田さん別嬪さんだったねえ。
しかし、タヱちゃんたちもこの件を調べていたとは。帝都日報の内部の人間が捜査に協力してくれるなら百人力だな」
戻ってくるなり呟く鳴海に、本日の捜査状況と恩田が悪魔であることを報告した。
鳴海「なんだって、恩田さんが悪魔って本当なのか? いや、ライドウが言うならその通りなんだろうな。
タヱちゃんには恩田さんと一緒に行動しないように、それとなく俺から言っておくよ。
それにしても地獄通信に地獄少女か。地獄だなんて恐ろしげな単語が出てくるとは、今朝新聞の空白に気が付いた時には思いもよらなかったな。
事情を知らずに恩田さんからの依頼を受けちゃったけど、今からでも断ろうか?」
ライドウは迷わず首を横に振った。
鳴海「そうか、そうだよな。ライドウならそう言うと思ったよ。
ただ、十分に気を付けてくれよ。俺にはどうしても地獄少女というのがとてつもなく恐ろしい存在に思えてならないんだ」
ゴウト「よし、それでこそ誉れ高きライドウの名を継ぐものだ。
地獄少女が悪しきものならば、帝都守護を担った悪魔召喚士として、それが帝都に跋扈している現状を放置するわけにはいかぬ。
感謝しろ、我もこの件最後まで付き合ってやろうではないか。」

第二章 地獄少女との邂逅


恩田と名乗る悪魔と遭遇した翌日、ライドウは再びミルクホール前にいた。
というのも、今朝がた鳴海探偵事務所にミルクホールのマスターから一本の電話がかかってきたのだ。
ゴウト「なあ、ライドウ、ミルクホールの店主から特別に伝えたいことというのは何だろうな」
などとゴウトと会話をしながら、ミルクホールのドアーを開く。
マスター「いらっしゃいませ……これは葛葉様。お呼び立てして申し訳ありません。
この一杯はサービスです。ゴウト様にはこちらをどうぞ」
ゴウト「おお、鰹節のかかった猫飯とは。ありがたく賞味しよう。……うむ、素晴らしい味だ」
マスターは猫飯を食するゴウトを慈愛に満ちた目で見つめている。
ライドウは差し出されたソーダ水を一口飲むとマスターに用件を促した。
マスター「そうでした。実は昨日少し話が聞こえてしまったのですが、葛葉様は地獄通信と地獄少女について何か調査をされている様子。
実は私のところに地獄通信とかかわりのある依頼が舞い込んできたのです。
もし助けになるようなら別件依頼として鳴海探偵事務所に送ろうかと思いまして相談した次第です」
ゴウト「なんと、それはまたタイミングの良い。
ライドウよ、別件依頼を受けるかどうかは別として依頼人から話だけでも聞いてみればどうだ?
正直なところ、情報も手詰まりだろう。何かのきっかけになるかもしれぬ」
ライドウは、別件依頼を鳴海探偵事務所に回してもらうようマスターに頼んだ。
マスター「承知いたしました。ああ、ゴウト様、もう一杯いかがですか?」
ゴウト「……ライドウ。少しだけ待ってもらえるか。
いや、我の食費を少しでも浮かせてうぬの助けになろうと……」
ライドウは学生帽を深くかぶり直し、カウンターに腰かけてソーダ水をちびちびとすすり始めた。
ゴウト「すまぬな。すぐに終わらせる。……おお、味が変わっておる。
今度は鰹節ではなくトビ節か、我の好みぞ。店主めなかなかやるな」
そっとマスターに目をやると、先ほどと同じく慈愛に満ちた目でゴウトを見つめていた。
マスターを横目にソーダ水をのんでいると、背後から声がかかる。
喪服の女「あなたが噂の十四代目葛葉ライドウさんだったのね」
振り返ると昨日の喪服の女が立っていた。今日も昨日と変わらず喪服を身に着けている。
喪服の女「ん、この格好が気になるのかしら?
これは私の普段着なのよ。昨日話したでしょ、仲間が死んだって。
彼、私の恋人……婚約者だったの。あの日以降私はずっと喪服が私服なのよ……
確かライドウさんは地獄通信について調べていたわよね、あれから進展はあったのかしら?」
ゴウトが猫飯を平らげるのを待つ間、ライドウは喪服の女と地獄通信についての話をしたが、新たな情報は得られなかった。

なんか凄い文字数だな

探偵事務所に戻り、別件依頼を確認すると確かに地獄通信とかかわりのある内容であった。

ゴウト「どれ、我にも内容を見せてくれ。
……なんと、地獄通信に返信したところ藁人形を押し付けられて困っている。か。
しかし妙ではないか? 新聞の空白に返信とは。
何はともあれこの依頼主が我々以上に地獄通信についての情報を持っていることは間違いあるまい。
なになに、待ち合わせ場所は深川町の祠か。ライドウよ、待ち合わせ場所に急ぐぞ」




鉄道を降り、先頭大國湯の前を曲がり、橋へと差し掛かった直後、突如異界へと引き込まれた。

イチモクレン「じ、地獄通信。く、詳しく調べると死ぬぞぉおおお、うぉまえが死ぬぞおおぉ、うぉれも死ぬうぅぅう」

叫び声に振り返れば複数の悪魔―日本の刀を構えた骸骨の姿をしたトゥルダクが数体、腰から上だけの巨大な骸骨のガシャドクロが一体、大きな目玉に多数の職種の生えたイチモクレンが一体、ライドウに迫ってきている。

ゴウト「フン、異界に引きずり込まれたか。
どうやら地獄通信について捜査されるのがよほど不都合なようだな。
ライドウ、蹴散らしてやれ。さっさとミルクホールに行くとしようぞ」

トゥルダクの毒とガシャドクロの石化に気をつける必要があるが、この程度の数の悪魔はライドウの敵ではない。

マントの下の退魔刀、陰陽葛葉を抜くと同時に封魔管を手に取る。

生体マグネタイトの淡い緑の輝きとともに召喚するのは……南瓜頭にマントの体の仲魔、ジャックランタン。

ジャックランタン「わ~い またライドウと会えたホ~」

トゥルダクとガシャドクロは火炎属性弱点、鍛え上げたジャックランタンならば十分に制圧ができるはずだ。

骸骨どもは仲魔に任せてライドウはイチモクレンへと向かっていった。

迫りくる触手を刀で受け止め、一瞬のスキを突き拳銃を三連発叩き込む。

悪魔が悲鳴を上げながら怯んだ隙に一気に距離を詰めて強烈な突きを放った。

修羅虎突きと呼ばれる葛葉一門に伝わる技の一つである。

その踏み込みの勢いを殺さぬまま回転切りを放つと悪魔はたまらずに距離をとった。

ちらりと仲魔を見やれば、思った通り火炎の魔法で骸骨どもを蹴散らしていた。

イチモクレン「イ イ 痛いじゃないかぁぁぁ!」

抗議の声に耳を貸さず、再び銃弾を三連発撃ち込む。

空になった弾倉に手慣れたしぐさで拳銃に弾丸を再充填、詰めた先から全弾斉射。

それを何度か繰り返すうちにイチモクレンはマグネタイトを周囲にまきちらしながら消えていく。

ほぼ同時に、ジャックランタンは火炎属性の範囲魔法で最後のトゥルダクとガシャドクロに同時にとどめを刺した。

納刀し、ジャックランタンを封魔管に戻す。

ランタン「バイバイホ~!」

ゴウト「危なげのない勝利だったな。素直にほめてやる。……っと、異界から脱出できたようだな。よし、待ち合わせ場所へ急ぐぞ」


>>6 こんな感じでしょうか?

深川町の祠前空地には見るから貧しそうな男が立っていた。

依頼人「あれ、探偵って聞いていたが、書生さんが来たぞ。
えっ、助手だって。まあ何でもいいや、聞いてくれよ……。
拾った新聞に地獄通信なんて広告を見つけちまったのがきっかけだ。
広告にあるとおりに手紙を出しちまった俺もいけないのかもしれないけど」

ゴウト「待て待て、いきなり話がかみ合っていないぞ。
地獄通信が広告だと? 空白が地獄通信ではないのか?
ライドウ。まずはそこから確認してはどうだ?」

ライドウはいったん話を遮り、紙面に載っていたという地獄通信について尋ねてみた。

依頼人「ああ、いきなり地獄通信なんて言ったって分からないよな。
ほらその拾った新聞も持ってきたんだ。昨日の帝都新報なんだけど、ここの欄だよ。
見てくれよ。手書きみたいな文字で『貴方の怨みはらします。地獄通信』って書いてあるだろ?」

しかし、男の指し示す場所には例の空白があるだけだった。

依頼人「ええっ、何も書いてないだって、からかうのは止めてくれ、さっき相談した知人にもそういわれたんだ」

しかし、何度見ても空白は空白のままだ。

ゴウト「ム、待てライドウ。この男嘘をついているようには見えん。
この男には本当に広告が見えているのではないか?
この紙面にもやはり妖気を感じる。
特定の人物にだけ広告の内容が目に映るような呪術が施されているとは考えられないか」

ライドウは、持っていた鉛筆で広告の文字をなぞるように依頼人に頼んだ。

依頼人「こんなことに意味があるとも思えないけど、まあいいや。ちょっと待ってくれ」

依頼人はさらさらと鉛筆を走らせる。

ゴウト「貴方の怨み晴らします。地獄通信……か、後は連絡先だな。
これで話の食い違いは解決したな。
この広告は我が探偵手帳に控えておいてやる、感謝しろ。さて、続きを聞こう」

依頼人「そう、俺には怨みに思うやつがいるんだよ。
やつのことを思うとイライラして夜も寝れない。
だからこんな広告を見て藁にもすがる気持ちで手紙を出しちまった、ポストに投函したんだ。
そういえば切手を貼り忘れたと思った瞬間に……いや、この先を話すのはやめておくよ。
自分でも信じられない話だからな。気が狂っていると思われちまう。
とにかく、それで藁人形を貰ったんだ。
でも、使うのが怖くて、処分する方法を相談したいんだ」

と、依頼人は懐から黒い藁人形を取り出した。首元には赤い糸が結ばれている。

ゴウト「フム、藁人形を貰ったというだけでは何もわからんな。
しかし話したくないというなら無理に聞き出すわけにもいくまい。
どうする? ライドウ」

ライドウは、依頼主から仕草が見えぬよう外套の中でこっそりと仲魔を召喚した。
緑色の人形のような体と、四肢と頭の先端に赤く切り株のような断面をもつブーメランを持った仲魔、モコイである。

ゴウト「そうか、読心術という手があったな」

モコイ「ハロー、サマナーくん。呼ばれて飛び出たッスよ。
チミの願いはあれだね。
こき使われるね、ボク。いいけど。それじゃいくッスよ」

モコイは読心術を試みた。依頼人の過去の記憶が脳裏に浮かんでくる。

§§§§§§§§依頼人の記憶§§§§§§§§

ポストに手紙を投函した直後、今投函したばかりの手紙を手に持った黒いセーラー服を着た少女が目の前に現れた。
その少女はまるで人形のように美しくも可憐で、年のころは13歳くらいに見える。

いや、現れたというのは正しくないかもしれない。
気が付いたらそこは夕焼けに支配された世界だった。

投函する前までは確かに昼間だったのに、周囲を見渡すと美しくも物悲しい夕焼けに染まった田園風景が広がっていた。
自分と少女、そして少し離れた大きな木の下に禿げ頭の老人が立っているだけで、そのほかには誰もいない。
こんな場所に見覚えはない。もしかすると自分のほうがこの場所に急に連れてこられたのかもしれない。

依頼人「だ、誰だい、君は?」

あい「呼んだでしょ? 私は地獄少女、閻魔あい」

少女はそう名乗った。
一瞬、女学校の生徒か何かが大掛かりな冗談をやっているのかと思ったが、血のように真っ赤な瞳から彼女が人間じゃないと気が付いた。

あい「輪入道」

少女が呟くと、木の下に立っていた禿げ頭の老人が、返事をしながら赤い襟巻を翻して消えた。
人が消えたことに驚いていると、目の前に一つの黒い藁人形が差し出された。
首には赤い糸が結ばれている。先ほどの老人の襟巻と同じ赤だった。

あい「受け取りなさい。本当に恨みを晴らしたいのならその赤い糸を解けばいい。
糸を解いたら私と正式に契約を結んだことになる。恨みの相手は速やかに地獄へ流されるわ」

言われるままに糸を解こうとしたが、続く少女の言葉に制止される。

あい「ただし…恨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらう。
人を呪わば穴ふたつ。あなたが死んだら、その魂は地獄に堕ちる……
死後、あなたの魂は極楽浄土へはいけず、痛みと苦しみを味わながら永遠にさまよい続ける事になるわ」

そのセリフを聞き終わったときには、周囲の夕日の赤がすべて炎に代わり襲い掛かってきた。
自分の体が焼ける痛みと焦げる匂い。
訳も分からずただ死を覚悟したその時、何事もなかったように手紙を投函したポストの前に一人立っていた。
白昼夢を見たと思って急に恥ずかしくなった。

しかし自分が何かを握っていることに気が付き、それを確認したら恥ずかしさなんて恐怖で上書きされてしまった。
さっき受け取った藁人形がそこにあったんだ。
直後、姿も形もないのに地獄少女の声が耳元から聞こえてきた。

あい「あとは、あなたが決めること」

冬だっていうのに全身汗びっしょりだった。地獄なんかに行きたくない。
こんな藁人形を手放したい。でもそこらに捨てて何かのはずみで糸が解けたら地獄に落ちることになってしまう。
そんなのは嫌だ。地獄少女は解約の手続きを教えてくれなかった。糞、何たる悪徳商法だ。

§§§§§§§§依頼人の記憶終了§§§§§§§§

依頼人の記憶の再生はここで終わった。

モコイ「どうッスか。ボクってとってもイケてるネ。
ノリノリだね。ボク。じゃ、おさきッス」

モコイは管の中に戻っていった。

ゴウト「フム、状況は理解できたな。それではその藁人形を検分するとしようか」

依頼人から藁人形を受け取りゴウトとともに検分する。

ゴウト「確かにこの藁人形からは妖気を感じるな。
さて、こやつの依頼にもこたえてやらねばなるまい。この人形どうしたものか」

藁人形の処遇を考えていると、依頼人が息を飲んだ。

依頼人「は、花子。花子をどうするつもりだ!」

突如駆け出した依頼人を目で追い、空地の入り口を眺めると、一人の少女を乱暴に捕まえた人相の悪い男が立っていた。

人相の悪い男「こんなところにいたのかい、探したぜ。
どうするつもりもこうするつもりも、もう三月も前から言ってあっただろう。
あんたも娘も承知していた話だ。借金の返済が出来なけりゃ娘を遊郭に売り払うって」

依頼人「た、たしかにそうだが、そ、それだけはやめてくれ」

依頼人は人相の悪い男に縋り付くように頼み込んだ。
娘は恐怖からか観念しているのか、目を伏せたまま一言も発しない。

ゴウト「おい、ライドウ。どうする。話が妙な方向に転がってきたぞ。
でも本人たちが承知していたならば、悔しいが我々が口を出せるような話でもなさそうだ。
よもやこんなことに巻き込まれるとは」

ライドウは仕方なしに藁人形をいったん懐にしまい、様子を見ることにした。

人相の悪い男「こっちは待てない期限をもう三度も伸ばして待ってやってたんだ。
昨日までに耳をそろえてきっちり返せなけりゃこうなるって承知していただろうが」

依頼人「もう一月、あとひと月だけ待ってくれ、ちょっとずつでも返せているじゃないか。
来月までに必ず払うから……」

人相の悪い男「うるせえ! 今の調子じゃ十年経ったって返済が終わるわけねえだろうが」

依頼人は、人相の悪い男に蹴り飛ばされ、地面にうずくまった。
人相の悪い男はつかんでいた娘を横に突き飛ばし、依頼人にさらに蹴りを入れようと足を振りかぶっている。

ゴウト「双方合意の上の身売りはともかく、目の前で暴力を振るわれたら黙ってはおけぬよなあ。ライドウ」

ゴウトに言われるまでもなく、ライドウは走り出した。
苦も無く人相の悪い男を取り押さえたその時、依頼人が手にした藁人形の赤い糸を解くのが見えた。

藁人形「怨み、聞き届けたり……」

藁人形は、大量の生体マグネタイトを放ちながら突風にさらわれ何処かへと飛び去っていった。
依頼人の手には仄かに赤く光る糸だけが残される。

ゴウト「ばかな! 藁人形はライドウが持っているはず! 奴の手にあるはずがない!」

ライドウが慌てて懐に手を伸ばすと、しまったはずの藁人形がない。
その瞬間、取り押さえていたはずの人相の悪い男が突如消え去った。

ゴウト「なんだと! ええいもう理解が追い付かん。
しかしライドウ、今の男は異界へ消えたようだ。異界深川町へ急ぐぞ。
電車を待つ時間がおしい、大コウリュウの奴を呼べ」

依頼人とその娘のことも気がかりだが、ゴウトの言うことも尤もである。
ライドウは陰陽デンデン太鼓を鳴らして金色に輝く巨大な龍、大コウリュウを呼び出した。

大コウリュウ「久しぶりだな、十四代目葛葉ライドウ。さあ、どこへでも連れて行ってやろう」

ゴウト「志乃田名もなき神社まで頼む、急いでくれ」

大コウリュウ「承知した」

志乃田名もなき神社の鈴を鳴らすと、黒装束の女が現れた。
彼女こそが超国家機関ヤタガラスの一員。
ライドウは名前を知らないが、ヤタガラスの使者と呼んでいる。

ヤタガラスの使者「どうしたのです。十四代目葛葉ライドウ。珍しく慌てていますね」

ゴウト「すまぬが問答している時間はない、異界開きを頼む。
異界深川町に火急の用がある。
早くせねば地獄少女に一人の男が殺されてしまう」

ヤタガラスの使者「地獄少女……わかりました。それでは目を閉じなさい」

目を閉じ、一時の浮翌遊感に耐えると異様な妖気で満ちた場所へと送られた。深川町の異界である。

ゴウト「なんというすさまじい妖気よ。
まさか地獄少女がこれほどの悪魔とは、抜かるなよライドウ。行くぞ」

妖気をたどって走り出すゴウトを追いかけるライドウ。
たどり着いたのは祠前の空地、人相の悪い男が現実世界から消えた場所。
その周囲だけが夜のように闇が覆っていた。

闇の中には腰を抜かしている男の前に花柄が揺れ動く振袖を着た少女が立っている。
周囲には三体の悪魔がいるようだが、闇にまぎれて風体はよくわからない。

ゴウト「あやつだ。服装こそ違うものの、依頼人の記憶にあった地獄少女に相違ない。
気を付けろ、ライドウ」

地獄少女は一瞬だけ全力疾走するライドウに目をやり、すぐに人相の悪い男へと視線を戻した。

あい「闇に惑いし哀れな影よ。人を傷つけ貶めて、罪に溺れし業の魂……いっぺん、死んでみる?」

少女の袖を広げると、その模様、揺れ動いていた花の模様が空中に浮かび出して男を包み込んだ。
しだいに闇が濃くなり地獄少女も男も、すべての影が闇と一体化して見えなくなる。
すると今度は闇が薄れはじめて、やがて消えた。

周囲の三体の悪魔も一拍遅れて空間に溶けるように一瞬で消え去る。
今の出来事が何かの間違いであったかのように、そこには彼女らの痕跡など一切残っていなかった。

ゴウト「間に合わなかったか……。
しかし、地獄少女の周囲にいた三体の悪魔。奴らの消え去る様子だが、そこらの悪魔とは様子が違ったな。
あのように音も気配もなく突然フッといなくなるとは、見たことも聞いたこともない。
我らの知らぬ術を操るようだな、これは一筋縄では行かぬかもしれぬぞ。
それに何より地獄少女、かわいらしい見た目に反してなんと強大な悪魔よ。
あれほど強力な呪殺魔法、めったにお目にかかれるものではない。
ライドウよ、うぬと地獄少女、目が合ったように見えたが、どうだ、勝てそうか」

ライドウは分からないとかぶりを振った。
しかし、その瞳からは闘志が溢れている。

ゴウト「そうか、アマツミカボシやアスラおうにすら打ち勝ったうぬにそこまで言わせるほどの悪魔がまだいるとは……
だが、なおのこと放置するわけにもいかなくなったな。ライドウよ」

ライドウはゴウトの言葉に深く頷いた。

ゴウト「とりあえず、いったん現実世界に戻るとするか。
幸いすぐそこに現実世界との接点もある。放置してしまった依頼人も気になる

異界と現実世界の接点を抜けた先、現実世界に茫然自失とする依頼人がへたり込んでいた。
胸元には人魂を図案化したようなあざがくっきりと浮かび上がっている。
娘が、肩をゆすって声をかけているが反応がない。

依頼人「そんな、俺は藁人形を使うつもりなんてなかったのに、とっさに糸を引いちまった。
あいつは地獄に流されたのか、俺もいつか地獄に落ちるのか……」

依頼人はぶつぶつと同じことを繰り返している。

ゴウト「有意義な情報を提供してくれた男だ。
ぜひ力になってやりたかったが、残念だな。
しかし、この胸の字の形……どこかで見たような……
そうだ、我はヤタガラスの資料でこの模様を見たことがある。
地獄通信、地獄少女の名前を我が知ったのもその時だ」

そういえば異界開きの際、ヤタガラスの使者も地獄少女を知っているような様子であった。

ゴウト「我としたことが、最初にヤタガラスに当たるべきであったというのに。
悔やんでも始まらん、もう一度志乃田の名もなき神社に向かうぞ、ライドウ」

第三章 葛葉ライドウ対地獄少女


志乃田名もなき神社の鈴を鳴らすと、ヤタガラスの使者が現れた。
黒い頭巾を目深にかぶっておりその表情をうかがい知ることはできない。

ヤタガラスの使者「よく来ました、十四代目葛葉ライドウ。
要件は分かっております。地獄少女についてですね」

ゴウト「そうだ、地獄通信、地獄少女について知りたい」

ヤタガラスの使者「我々超国家機関ヤタガラスは地獄通信、地獄少女についてある程度把握しております。
何が聞きたいですか」

ゴウト「まずは地獄通信について教えてもらおうか」

ヤタガラスの使者「地獄通信とは言ってしまえば復讐代行業です。
我々が調査した限りでは安土桃山時代にはすでに存在していました。
連絡方法は時代により様々ですが、共通していることは怨みを持つものが復讐を願うと、地獄少女がその復讐を代行するということ。
そして、怨みを果たしたものが死後地獄へ落ちるということです」

ゴウト「では、地獄少女について教えてほしい」

ヤタガラスの使者「地獄少女は正体不明の強大な悪魔です。
過去に彼女を使役しようとした悪魔召喚士が何人もいましたが成功した例はありません。
いつ、どこで生まれたのか、何の目的で地獄通信を運営しているのか、まったくもって謎、一切分かっていません」

ゴウト「ヤタガラスは地獄少女についてどのような立場をとっているのだ?」

ヤタガラスの使者「監視にとどまっておりました。
彼女はこの国を拠点とした強大な悪魔ですが、復讐代行を除いて人々に害をなすことがありません。
その復讐についてですが、確かに彼女の活動により犠牲者は出ていますが、彼女の活動により国家の平穏が保たれているともいえたのです」

ゴウト「? どういうことだ?」

ヤタガラスの使者「原因は不明ですが、かつて、地獄少女の活動が数年単位で見られなかったことがあります。
その期間中、全国で悪魔による凄惨な事件が後を絶たなかったのです。
この理由について、調査と解析の結果我々は次の通り結論しました。
彼女に復讐を依頼する人物は皆深い恨みを抱えております。
彼女に依頼をできなかった場合その怨みがつもり悪魔と化す、もしくは悪魔を呼び寄せる事例が少なくないのです。
そのような理由で現れた悪魔はおおむね彼女ほど理性的ではないので、復讐の対象のみならず周囲の大勢を巻き込んだ事件に発展してしまうのです」

ゴウト「つまり、地獄少女は悪魔による事件の抑止力として働いていると?」

ヤタガラスの使者「先ほども言いましたように、彼女の目的自体は全く不明です。
しかし、結果としてそのように機能していたという意味です。
彼女の行動自体は容認しがたいのですが、排除すればそれ以上の被害が発生する。
要するに地獄少女は我々にとって必要悪なのです」

ゴウト「了解した。つまりヤタガラスは地獄少女を国家に仇なす存在とは考えていないということだな?」

ヤタガラスの使者「その様に考えておりました」

ゴウト「……先ほどから気になっていたのだが、なぜ過去形なのだ」

ヤタガラスの使者「最近まではそのように考えられていたのですが、ここ最近、二か月ほど前から地獄少女の活動が活発になってきたのです。
事件の数も以前とは比べ物になりません。
なにより、以前なら地獄少女が相手にしないような、そのまま時間に埋もれる癒されるような弱い怨みであっても地獄少女の活動の痕跡がみられるのです」

ゴウト「それでは、今や地獄通信は帝都に仇なす存在に……」

ヤタガラスの使者「今でこそ地獄通信の被害件数は、その抑止効果を上回っていませんが、それも時間の問題です。
このままでは確実に帝都に仇なす存在となるでしょう。
誰が怨みを晴らせばそれがまた新たな怨みを生む。
もし今の状態が続けば、晴らす怨みより生まれる怨みのほうが多くなり、怨みの連鎖が爆発的に広がってしまうでしょう。
そうなればもはや手の打ちようがありません。
十四代目葛葉ライドウ。ヤタガラスの名の下に地獄少女の調査を命じます。
最近その活動が変化した原因を調査し、排除するのです」

ライドウはその命令に対して強く頷いた。

ゴウト「……了解した」

ライドウは鳴海探偵事務所に戻り、鳴海に捜査状況を伝えた。

鳴海「なるほどな。地獄通信に地獄少女がそんなに恐ろしいものだったとは。
しかし、結構情報が増えてきたな。ここらで捜査会議をして情報をまとめるか。
報告直後で疲れているだろうけど、いけるか? ライドウ」

ライドウはコクリと頷いた。

鳴海「よし、じゃあ、まずは判明したことを確認しよう。
そもそも俺たちがこの件に興味を持ったきっかけ、
帝都新報の空白だけどこれの正体はもうわかっているよな。ライドウ」

⇒地獄通信  ただの印刷ミス  急遽取り下げられた広告

鳴海「そうだな。この空白、ライドウが確認してきたところでは特定の人物にだけ地獄通信という広告が見えるんだった。
その地獄通信だけど、どんな性質のものだったっけ?」

⇒復讐代行  地獄の観光PR  獄卒のエッセイ

鳴海「そうだったな。ライドウが別件依頼で見聞きしたこと、ヤタガラスの使者から聞いた内容の両方がそれを示している。
二つの情報源が共通の事実を支持しているってことは重要なんだぜ。
その分確実性が高くなるからな。
そしてその復讐の内容は怨みの相手を地獄少女が地獄に流すこと。
その復讐の対価が復讐を果たすと自身も死後に地獄に落ちることだったな」

ライドウは頷いた。

鳴海「恩田さんの依頼は『空白が誰の意図に基づいて掲載されているのか調査してほしい』だったよな。
これは地獄少女の意図によるものだと断言していいだろう。
恩田さんの依頼の調査は終了でよさそうだな。
しかし、恩田さんの正体が悪魔で、しかもその意図が不明なら調査結果の報告は様子を見てからにしようぜ」

ライドウは大きく頷いた。

鳴海「さて、その地獄通信だが、昔は国家の平穏を乱すようなものではなかったけど、最近は飛んでもなく事件の件数が増えてきたんだったな。
いつごろから変わってしまったのか覚えてるか? ライドウ」

⇒二カ月ほど前  創刊当初  変わってなどいない

鳴海「そうだ。二カ月ほど前だ。
そこで鋭い俺は気が付いてしまった。
この間タヱちゃんが、帝都新報に週刊で地獄通信が載るようになったのは9週間前と言っていた。
二カ月って61日だろ、9週間は63日だ。これってただの偶然だろうか」

ライドウは大きく首を横に振った。

鳴海「そうだよな。広告の頻度が増えて、その分客が増えるってのは自然だ。
どう考えてもこの二つには因果関係にある。
ってことは地獄通信に同時期に起こったもう一つの変化、弱い怨みでも地獄少女が動く。
これも因果関係があると思うんだ」

ゴウト「フム、確かにそのように考えるのが自然だな」

鳴海「そこで考えてみたんだが、ライドウが報告で言っていた『特定の人物にだけ地獄通信という広告が見える』仕組み。
これって強い怨みを持った人物にだけ広告が見えるって考えられないか?」

ライドウは頷いた。

ゴウト「たしかに、そのような仕組みであれば合理的だな。
いや、地獄通信の機能からしてそれ以外の条件設定は考えられまい」

鳴海「そして、地獄通信が週刊になってから、地獄通信を見るのに必要な怨みの強さが減ったんじゃないかな?
それなら弱い怨みでも地獄少女が動くようになった理由に説明がつく。
この考えって飛躍していると思うか? ライドウ」

ライドウは大きく首を横に振った。

鳴海「そうか、そうだよな。お前もそういってくれて俺も自信が持てたぜ。
ありがとう。俺もこの推測は正しいと思う。
となると、なぜ広告……地獄通信が週刊に変わったのか。
ここが事件を解くカギになりそうだ。
それじゃあ、今後の調査方針として、俺はタヱちゃんの伝手を使って新聞社の内部から、週刊広告に変わった経緯について調べてみるよ。
ライドウは地獄少女を追ってみてくれ。もし本人から話が聞ければそれが一番手っ取り早いからな。
……あれ、まてよ、そうか!
またまた鋭い俺は思いついてしまったぜ。地獄少女に面会するってのはどうだ?」

ゴウト「確かにそれが出来れば手っ取り早いが……」

鳴海「地獄通信の内容、控えてきているんだろ?
じゃあさ、その連絡先に手紙を出しちゃえば地獄少女に会えるんじゃないかな。
少なくとも別件依頼の依頼人は投函直後に地獄少女に会ったんだろ?」

ゴウト「そうか、確かにそれならば会えるかもしれぬな。試すぶんには損はなかろう」

鳴海「じゃあ、早速試してみようぜ。
幸いにもポストはすぐそこにあるしな。
よし、捜査会議はこれで終了だ。お疲れ、ライドウ」

しばし後、銀楼閣を出てすぐのポストにライドウ、鳴海、ゴウトは立っていた。
ライドウの手には地獄通信宛の手紙―ただし封筒には白紙の便箋が入っていた。

鳴海「さあ、ライドウ。投函してみてくれ」

ライドウはごくりと唾をのみ、封筒を投函した。

鳴海「……どうだ、何か変化はあったか?」

ライドウは首を横に振った。

ゴウト「……何も起こらないな」

鳴海「誰かの名前を書いた便箋を入れなきゃいけないのかな。
ライドウ、俺の名前でいいから書いて出してみてくれ」

ライドウは探偵事務所まで走って戻り、鳴海の名前を書いた便箋の入った地獄通信あての封書を用意した。

鳴海「さて、今度こそ地獄少女に会えるか?」

ライドウは再び封書をポストに投げ込んだ。

鳴海「……どうだ?」

ゴウト「……やはりだめか」

地獄少女は現れないようだ。

鳴海「怨みを持って投函しないと現れないのかな……
とにかくこの方法じゃあダメみたいだな。残念だ。
それじゃあ俺は捜査会議で決めた方針通り、帝都新報のほうを当たってみる。
ライドウは地獄少女のほうを追ってみてくれ。
相手は強力な悪魔らしいからな。くれぐれも気を付けてくれよ」

鳴海はそう言って去って行った。

ゴウト「うーむ、地獄少女を追うと言っても、一体どうしたものか」

ゴウトとともに悩んでいると、背後から声をかけられた。

恩田「あー、いたいた。書生さん。事務所が空だったからどこを探したものかと悩んじまったよ」

振り返ると恩田を名乗る悪魔ともう一人、さわやかな印象のまさにモボと呼ぶべき風体の青年が立っていた。
青年からも強い妖気を感じる。ライドウの手は自然と退魔刀と封魔管に伸びていた。

ゴウト「お前は、恩田ヨネ!」

恩田「そう、帝都新報の新人記者、恩田ヨネさ。
元気だったかい猫ちゃん。こっちの連れは石元蓮。
まあ、本業の同僚ってとこさ。
猫ちゃんと書生……悪魔召喚士さんの名前を教えてもらってもいいかな」

ゴウト「……我はゴウト、こやつはライドウ、誉れ高き第十四代目葛葉ライドウだ」

恩田「ああ、聞いたことがあるよ。有名な悪魔召喚士だからね。
あんたがライドウさんだったのかい。まったく厄介だね」

ゴウト「それで、何の用だ。
まさか新聞記者として我等を訪ねたわけではあるまい。
その本業とやらの用事とは一体?」

恩田「話が早くて助かるね。
でも、ちょっとここだと話し難いから場所を変えてもいいかい?」

ライドウは頷いた。

恩田「ありがたい」

恩田がそういうとライドウの平衡感覚が一瞬揺らぐ。
次の瞬間には異界筑土町に引き込まれていた。

恩田「改めて自己紹介しようか。
恩田ヨネとは世を忍ぶ仮の姿、三藁が一人、骨女とは私のことさ」

名乗るや否や恩田、いや、骨女の体の一部分が白骨化する。
同時に着ていた洋服が和服へと変わった。

石元「俺も石元連ってのは仮の名前さ。
本当の名前は一目連。立派な妖怪だ」

こちらは姿が大きく変わらないものの、前頭部に大きな目玉が現れる。

ゴウト「……先日襲ってきた雑魚悪魔どもを覚えているかライドウ。
トゥルダク、ガシャドクロは骸骨の悪魔、イチモクレンは男の方と同じ名だ。
こやつらの眷属かもしれん。注意しておけ」

ゴウトの耳打ちに小さく頷くライドウ。

ゴウト「正々堂々と正体を現したことは評価しよう。
それで、用件をまだ聞いていなかったな」

石元改め一目連「先日、深川町でお嬢が仕事していた時、邪魔をしようとしていただろう?
言い逃れはできないぜ、俺たちもその場にいたんだ」

ゴウト「ほう、お嬢というのは地獄少女のことか。
とするとあの時地獄少女の周囲にいた三体のうちの二人が貴様らというわけだな」

恩田改め骨女「大正解。ちなみにもう一人は別な仕事の最中でここには来ていない」

一目連「とにかく、お嬢の邪魔をするのはやめてほしいのさ」

ゴウト「難しい相談だな。
それに最初に地獄通信の調査を依頼してきたのはそちらなのだがな」

骨女「私は調査を頼んだだけさ。
それがどうしてお嬢の邪魔することにつながるのさ。
とにかく邪魔はやめてもらおうか」

ゴウト「地獄少女がらみの仕事は他からも入ってきているのでな」

一目連「頼みってのはもう一つあってね。
お嬢の邪魔だけじゃなくて、俺たちの邪魔をするのもやめてほしいんだ」

ゴウト「……? 同じことだろう?
いずれにせよ邪魔をしないというわけにはいかんな」

骨女「仕方ないねぇ、あんたたちを信頼して調査を頼んだんだが、こうなっちまったか。
……交渉決裂ってわけかい」

ゴウト「こちらからも地獄少女に聞きたいことがあるのだが、面会を取り次いでもらえないか?」

一目連「交渉決裂した妖怪相手に頼みごとができると思ってるのかい?
君も悪魔召喚士なんだろう」

骨女「悪いけど、力づくでいうことを聞いてもらうよ!」

言うが早いか、骨女が緑色の炎をまとった苦無を三本放ってきた。同時に一目連が駆け寄ってくる。

ゴウト「ちっ、何が何だかわからんが、気を付けろライドウ。
コヤツ等先日の悪魔の比ではないぞ」

ライドウは側方に飛びのいて苦無を躱し、抜いた退魔刀で一目連の拳を防ぐ。

予想以上に重い一撃で足もとがふらつくが、一目連も防がれたのが意外だったのか一瞬動きが止まる。その隙に何とか体勢を立て直す事ができた。

後方からは3つの金属音、ちらりと視界の端に収めればポストが緑の炎に包まれ、そのあまりの熱に溶け始めている。炎の苦無は想像以上の威力のようだ。

一目連の追撃が目の前に迫る。人では到底たどり着けない速度と熟練した体術により放たれる拳、常人ではなすすべもなく倒される他無いだろうが、ライドウにとっては対処できない攻撃ではない。

先ほどよりも重心を落とし再び退魔刀で防御。同時に、ほとんど頭上から炎の苦無が迫るのを感じる。
先ほどの威力から考えて、防御するのは悪手だ。

やむを得ず転がりながら回避する。一目連の打撃の威力を推進力に変え大きく後方に移動したライドウの目前には再び一目連が迫っていた。

回避中に手中に収めた拳銃から三連発、射線には一目連と骨女が並んでいた。
一目連が小さな動きで銃弾を回避すると、その死角から骨女が放った炎の苦無が現れ、直後銃弾と苦無がぶつかり合い爆炎を生む。

思わぬ近距離からの爆炎のあおりを受けて、骨女が転ぶのが見えた。
少しの間は骨女を警戒しなくてよさそうだ。
最小限の動きで銃弾をかわした一目連は走り寄る勢いを殺さずに飛び蹴りを放つ。

だが、見切れぬ速度ではない。
これを好機とライドウは防御とともに蹴り足に上向きの力を加えた。
たまらずバランスを崩す一目連、蹴りの勢いを利用して再び大きく飛びのくライドウ。

川沿いの道を十数メートル追い立てられ、すでに金王屋という商店のある丁字路まで追い詰められた。もはや背後に退路はない。

しかし、ここで戦闘が始まってから始めて、ライドウは積極的に動ける時間を得た。

無論、一目連の体術ならば体勢を整え再度襲い掛かるまで一呼吸、骨女にしてもあと数秒の隙もあるまい。
しかし、その一呼吸の隙がほしかった。もちろん仲魔を召喚するためである。

召喚直後には一目連は再びライドウに躍りかかっていた。
丁字路に追い詰められ、背後には甘味処の建屋、もはや後方に逃れる余地はない。
しかし後方に逃れる必要もなかった。

ベリアル「よくぞ我を呼んだ。ライドウよ」

その声が響くと同時に、迫りくる一目連はライドウの目の前で突如向きを変えた。
ライドウの右手側に現れた西洋の竜のような肌と尾と翼をもつ人型の赤い仲魔、ベリアルの一撃を避けるためだ。

ネビロス「コヤツの相手は任された。しばしの時を稼いでやろう」

一目連が向きを変えると同時に、ライドウの左手側に現れた操り人形を持つ赤マントを羽織った黒い人型の仲魔、ネビロス現れる。
ネビロスは呪殺魔法を操りながら一目連を追う。

手の内をすべてさらしているわけはないだろうが、先ほどから手合せした限りでは一目連の攻撃は体術が主体。
その技量は高いが、ネビロスならば安心して任せられる。
ネビロスは物理属性の攻撃は一切無効という防御特性があった。

ライドウから見て左手の道では、接近戦を繰り広げながらも離れていく二体の悪魔。

正面の川沿いの道からは骨女の放つ複数本の炎の苦無が迫っていた。
しかし、ベリアルは炎の苦無をすべて身に受けながらも意に介さず骨女へと接近していった。
ベリアルには火炎属性の攻撃は一切無効なのだ。

べリアル「我に向かって火炎を放つとは、笑止千万」

ライドウは仲魔を盾にしながら、一目連と骨女の死角から銃撃を加えた。
しかし、目連はライドウの発砲を見切っているがごとく難なくかわしてしまった。
一方、骨女は無防備であったが、骸骨の姿であるため投影面積が狭く命中率が低い。
当たった一発も硬く屈曲した骨にはじかれてしまった。
ダメージがないこともない様子だが、あまりにも非効率だった。

骨女「鉄砲玉は怖くないが、こっちの炎も効かないってわけかい。それなら……」

突如ベリアルの足もとから無数の白骨化した人間の手が生えてくる。
ベリアルの足首をつかみ、固定してしまった。

骨女「なにも炎無しに苦無が使えないってわけじゃないんだ」

同時に炎を纏わぬただの苦無が数本飛来する。
動きを封じられたべリアルは、躱すことも出来ずに無数の苦無の的となった。

ベリアル「か…蚊に刺されたほども…感じぬわ」

ベリアルは痛みをこらえて巨大な火球を骨女に放った。
骨女は火球に飲まれ大きな火柱に包まれたが……
火柱がおさまるとそこには無傷の骨女が立っていた。

骨女「残念だったね。あたしの体は全身骨でね。炎に飲まれても火傷はしない。
炎が効かないのはあんただけじゃないのさ」

ゴウト「であろうな。火炎を使う悪魔には火炎が聞かないのはよくあることなので予測はしていた」

火球に隠れて接近し背後に回っていたライドウの頭上で、ゴウトが骨女に声をかける。
同時にライドウの放つ退魔刀の三連撃が骨女を襲った。

ゴウト「なお、すでにベリアルは管に戻してある。ということは……」

ヨシツネ「おぉぉ、ヨシツネ見参」

上空から現れた黒い烏帽子形兜に緋色の鎧具足の仲魔、ヨシツネが更に強力な一撃を骨女に見舞い、骨女の頭蓋骨には大きな亀裂が走る。
ヨシツネは己の戦果を確認すると管へと戻っていった。

ゴウト「別な仲魔を召喚する余裕があるということだ。……もう聞こえていないか」

骨女が動かなくなったことを確認し、ライドウは一目連を目指し走った。
丁字路の真ん中に立つと、ネビロスと一目連が不毛な攻防を繰り広げているのが見えた。

一目連の攻撃はネビロスに効かないが、ネビロスのあらゆる攻撃が一目連に躱される。

ネビロス「チ、すばしこい奴め」

改めて一目連に拳銃を六連発するが、やはり一目連は全弾躱してしまった。

ゴウト「奴の回避能力は並外れているようだ。
並の攻撃では当たらぬぞ。どうするライドウ」

答えの代わりにライドウは仲魔を召喚した。

ジャックフロスト「絶対零度だホ~!」

ひょうきんで小柄な雪だるまといった姿の仲魔、ジャックフロストが現れると同時に、その姿には似合わぬ猛烈な冷気の嵐が一直線に一目連を襲った。

一目連は難なくかわすが、その周囲の地面は氷に閉ざされ足場を悪化させる。
その成果かイチモクレンの動きが多少鈍ったようにも見えた。

続くネビロスの呪殺魔法に合わせて、再度ジャックフロストに冷気を撃たせる。
今度は同時に六発の銃弾も放った。三方向からそれぞれ性質の違う同時攻撃である。

しかし、一目連は一歩横にずれることで呪殺呪文の射線から逸れる。
躱しながら一目連は前頭部に巨大な眼を開いた。
同時に眼が眩い光を放ち周囲に猛烈な空気の渦が巻き起こる。
ジャックフロストの冷気とライドウの銃弾はその渦に弾かれ明後日の報告へ飛んでいった。

ゴウト「これすらも防ぐか。なんという悪魔よ。
ライドウ、どうやら手加減は要らぬようだ」

ライドウは小さく頷き、ジャックフロストを管に戻した。
同時に、別の封魔管から緑の光がほどばしる。
呼び出したのは再びベリアル。
一発の火球が一目連に迫るが、すでに一目連は数歩離れた場所へと移動していた。
一目連の元いた場所に大きな火柱が上がる。
猛烈な熱気により周囲の氷は一瞬にして溶け、地面をぬかるみへと変えていた。
一目連の足もぬかるみに埋まる。

一目連「足場が……」

一目連が呟く時にはすでにベリアルはその姿を消してた。

代わりに現れたの卑猥な形状の頭に白蛇のような肌と尾をもつ巨躯の仲魔、ミシャグジさま。
その艶めかしい体をうごめかせ、数条の桃色の電撃を放つ。

ぬかるむ泥に足を取られながらも電撃を躱す一目連。
しかし、ぬかるみを生み出したライドウの狙いは機動力を奪うことではなかった。

泥水は電気を通すのだ。ぬかるみ全体が桃色の電撃の輝きを放つ。
いかに回避能力が高かろうが、躱す場所がなければ意味はない。
電撃に一目連の身体が一瞬痙攣する。

ぬかるみ全体に広がった電撃にはさしたる威力もなく、肉体的なダメージは微々たるものに違いない。
しかし、ミシャグジさまの電撃は身体のみならず精神をも侵す。もはや先ほどの様には戦えまい。

一目連は大きく舌打ちをしながら、額の目玉から光を放った。
同時に一目連の姿が消えうせる。瞬間移動である。

移動先はすぐに知れた。倒れていた骨女を抱える音がライドウの耳に届く。
ライドウが視線をやった直後、一目連とそれに抱えられた骨女は闇に溶けるように消え去った。

ゴウト「逃げたか、聞きたいこともあったのだが仕方あるまい。
だが、奴らがあの時地獄少女の周囲にいた悪魔だというのは間違いなさそうだな。
消え去る様子があの時とまるで同じだ。
しかし、これでますます骨女の意図が分からなくなってしまった。
あとで鳴海に相談してみるとするか」

二体の悪魔が消えた場所からライドウのほうに目線を向けたゴウトが続ける。

ゴウト「ところで骨女が先ほど三藁と名乗ったのを我は聞き逃しておらん。
それにもう一体の悪魔は別の仕事をしているとも言っていたな。
我が思うに、もう一体の悪魔とは別件依頼のあの男の記憶であったあの禿頭の老人ではないかと思うのだが」

ライドウも同感であった。あの禿頭の老人は藁人形に化けていた。
三藁とやらの一員と考えて不自然はない。
そして別の仕事というのは藁人形となって糸を解かれるのを待っているのではなかろうか。

ゴウト「そうだ、我もそのように推測している。
そこで、一つ作戦を思いついた。
今わかっている範囲で地獄少女が現れるのは、誰かが地獄通信に手紙を出したときに謎の空間、そして、誰かを地獄に流す際に帝都の異界に現れる。
そして誰かが異界に流される際、藁人形は大量の生体マグネタイトを放出することを我々は知っているな。
つまり、疾風管属の仲魔を偵察に出し我々は志乃田名もなき神社に待機する。
仲魔が生体マグネタイトの放出を確認したら直ちに当該地点の異界へ向かう。
これならば地獄少女と対面することができるのではないか?」

確かにそれならば、地獄少女に会うことができるかもしれない。

ゴウト「そうと決まれば、早速名もなき神社に向かうぞ」

志乃田、名もなき神社で、ライドウはヤタガラスの使いと、鳥の翼をもつ少女の姿の仲魔モー・ショボーに作戦の説明をしていた。

ヤタガラスの使者「なるほど、わかりました。
私はいつでも異界開きができるように準備しておけばよいのですね」

モー・ショボー「いいよ。人間の言うことなら聞いてあげる。
帝都のどこかで生体マグネタイトがたくさん出てきたら教えればいいんでしょ?」

ゴウト「では頼んだぞ」

モー・ショボーははるか上空へと消えていった。

ゴウト「さて、では我等は一休みと行くか。
ことによってはあの地獄少女と一戦交える必要があるやもしれぬのだからな」

ライドウはその時間は無いとに上空を指さした。
モーショボーが落下するかのごとき速度で降りてきていた。

ゴウト「なんと、タイミングが良いと言うべきか悪いと言うべきか」

モー・ショボー「人間、でっかい鉄の塔がある山でマグネタイトが吹き出してるよ」

ゴウト「ふむ、ということは桜田山か」

ヤタガラスの使者「異界桜田山に送ればよいのですね。
それでは目を閉じなさい」

目を閉じ、一時の浮翌遊感に耐えると異様な妖気で満ちた場所へと送られた。

ゴウト「この妖気は……間違いない地獄少女はここにいるぞ」

モー・ショボー「人間、こっち、こっちに強いアクマがいるよ」

ライドウはモー・ショボーに礼を言って管に戻した。

ゴウト「急ぐぞライドウ」

応とこたえて、走り出すライドウ。
地獄少女は鉄塔の目の前に何をするでもなく立っていた。
頻繁に鉄塔の中から女性の悲鳴が聞こえてくる。

ゴウト「地獄少女、閻魔あいだな。地獄流しをやめろ」

あい「ネコ……あなたが、一目連が言っていた邪魔をする人?」

ゴウト「おそらく我ではなくこのライドウのことであろうな。とにかく地獄流しはやめてもらうぞ」

あい「やめるわけにはいかない。邪魔しないで」

ゴウト「そうか、では力ずくで止める他ないな。ライドウ、抜かるなよ」

ゴウトの前に一歩踏み出すライドウ。
その手に持つ封魔管から濃厚な生体マグネタイトともに一体の悪魔が呼び出されていた。

アリス「アハハハッ! またあそべるね!」

召喚したのは、地獄少女に劣らず可憐な金髪碧眼の少女の姿をした仲魔、アリスであった。
以前見た地獄少女の呪殺魔法ほどではないがアリスもまた強力な呪殺魔法を操る悪魔である。

アリス「あら、貴方はもう死んでいるのね。エヘ……お友達になれるかも!」

和んでいるアリスを置いて地獄少女に肉薄する。
アリスにはもう指示を出してある。
あとはライドウがひたすら攻撃するだけである。

あい「無駄よ。地獄の力に守られた私に、物理攻撃は効かないわ」

避けようともせずにそのまま立ち尽くす地獄少女。

ゴウト「それはどうかな。
ライドウに許された永世ライドウの称号はコヤツに強い決意を与えている。
その決意は力となってうぬの耐性をも貫くかもしれんぞ」

果たしてゴウトの言葉通り、ライドウの振るう陰陽葛葉は地獄少女に確かなダメージを与え、その小柄な体躯を吹き飛ばした。
しかし切り傷を与えることは叶わなかった。
物理攻撃への耐性ではなく、単純な防御力で陰陽葛葉の切断力を防いだのだ。

地獄少女の吹き飛ぶ先にはすでにヨシツネが召喚してある。
ヨシツネの渾身の一撃が地獄少女の体を野球の球のように打ち返した。
真っ直ぐとライドウに向かってくる地獄少女にライドウは必殺の突きを放った。
的殺とも呼ばれるライドウの奥の手の一つである。
陰陽葛葉の切っ先は吸い込まれるように地獄少女の胸を突いた。しかし……

ゴウト「ヌウ、まともに入ったというのに傷ひとつつかんとは、あの振袖は何でできているのだ?」

ひらりと受け身とった地獄少女は無表情のままであった。

あい「ものすごく痛い。邪魔をしないで」

全く痛がっていない顔でそういうと、片手を一振りする。
途方もない範囲と密度の呪殺魔法が津波のように広がりながらライドウに襲い掛かる。
これほど広範囲の魔法では躱すことなど到底かなわないし、僅かに触れただけでたちまち絶命しそうな密度である。

しかしライドウは気にも留めずに封魔管へ手を伸ばしながら再び地獄少女へ向けて、すなわち迫りくる呪殺魔法に向かって駆け寄っていく。
呪殺魔法がライドウに触れんとした直前、地獄少女の呪殺魔法はモーセを遮る地中海のごとく突如道を空けた。

アリスが干渉し軌道をそらしたのである。
地獄少女の視界の端に、親友にそうするように楽しげに手を振るアリスが映った。

ゴウト「この目で見るまで我は不安だったが、さすがはライドウよ。
先日の一件でアリスならば奴の呪殺魔法に対抗できると看破していたのだからな」

表情は一切変わらないものの、やはりアリスの干渉に驚いたのだろう。
地獄少女の動が一呼吸だけ止まる。
その隙にライドウは彼女を間合いに取り込んでいた。

生体マグネタイトを帯び緑に光る陰陽葛葉が無数の軌跡を残像として残して閃いた。
一拍のうちに十数筋の斬撃が地獄少女を襲う。

地獄少女は不可視の障壁を次々と生み出し、ライドウの斬撃を防いでいく。
不意に、地獄少女がバランスを崩した。

モコイ「チミ、サマナー君しか見えてないッスね。
ダメダメちゃんだね、足もとがお留守になってるッスよ」

先ほど召喚したモコイのブーメランが足を掬ったのだ。

直ちにモコイを管に戻し、別の管を胸元から取り出す。
ほどばしる緑の輝きが失せた時には、人の顔を持つ巨大な徘徊性蜘蛛の仲魔、ツチグモが地獄少女にのしかかっており、ライドウはその背に立っていた。

ツチグモはその巨体に秘められた力を前足に込め、足もとの地獄少女に叩き付けた。
轟音とともに小規模な地震が発生し、地獄少女の周囲の地面は陥没すらしていた。
一方ライドウはツチグモの挙動をばねに大きく跳躍していた。

その手に握られた陰陽葛葉は緑色の輝くにとどまらず、
無数の光球を放っていた。

ツチグモが管に戻り、ようやく拘束から逃れた地獄少女の目の前には自由落下に任せて刀を振り下ろすライドウが迫っていた。

直撃、周囲に衝撃波が広がる。
仲魔のマグネタイトさえも使用し強力な一撃を叩き込むこの技もライドウの奥の手の一つ、その名も震天大雷であった。

土ぼこりにまみれた地獄少女は目を閉じ、ピクリとも動かない。
更に追撃をせんと封魔管に右手を伸ばしたとき、ぱちりと地獄少女の目があいた。

危険を感じたライドウはとっさに飛びのくが、間に合わない。
青白い爆炎に全身が飲まれた。

目は何とかとっさに庇えたため支障ないが、そのほか肌の露出する場所は酷い火傷を負ってしまった。
また、爆炎に吹き飛ばされた際に、左手首、右肘、右足首の関節を痛めたようでうまく動かない。
肋骨も数本折れたようで猛烈な苦痛がライドウを苛んだ。

マントや学生服も一部炭化してぼろぼろになっているが、帽子だけはなぜか奇跡的に無事である。

陰陽葛葉を杖代わりによろよろと立ち上がるライドウに対して、音もなく手足も使わず、起き上がり小法師のように立ち上がる地獄少女。

地獄少女は続けて青白い炎をライドウとアリスに向けて放った。
ライドウは何度も炙られながらも必死に避け、火傷に引きつり自由に動かぬ手で胸元の封魔管を探った。
アリスはライドウに回復魔法をかけようとするが、炎に邪魔されて詠唱時間が稼げず身体のところどころを焦がしていた。

ライドウは向かい来る七発目の火炎を、無様に転がりながら何とかやり過ごし、ようやく胸元の封魔管をつかむことに成功した。
同時にべリアルを召喚する。

べリアル「おお、アリスと共に召喚してくれるとは! ライドウよ感謝する。喜んでアリスと貴様の盾となろう」

アリス「あ! 赤おじさんだ。守ってくれてありがとう」

べリアルがその巨躯で数発の炎を防ぐと、べリアルに炎が効かないことを悟ったのか、今度は黒くうねる衝撃波を放ってくる。
べリアルは手にした三叉槍で何とかはじき、追い詰められながらも時間を稼いでくれている。

ようやく、アリスの回復魔法でライドウの傷が完全に癒えた。
感謝を述べながらベリアルを管に戻す。

ライドウもただ回復を待っていたわけではない。
地獄少女の放つ炎と黒い衝撃波はおおむね見切った。
注意さえ払っていれば、十分躱すことができる。

ライドウは次々に襲い来る炎と黒い衝撃波をかわし、徐々に地獄少女との距離を詰めていった。

ふと、地獄少女は攻撃の手を止め、狙いを定めるようライドウを指差した。
地獄少女は何かやる気だ。

警戒したライドウはゆっくりと詰めてきた間合いを大きく開いた。

照準を邪魔するように体を左右に振りながら、牽制の拳銃を六連発。
地獄少女は不可視の障壁を作り銃弾をはじき、障壁からわずかに漏れた衝撃で黒く柔らかな髪が幽かに揺れた。

時を同じくして一瞬だけ僅かに地獄少女の瞳孔が開く。
瞬間、ライドウは体に強い荷重と圧迫感をおぼえた。
羽織ったマントが地面に強く引かれる。
さらに、体を見やれば袖、身頃、裾が雑巾絞りのように捩じりあげられている。

苦痛を受けるほどの荷重や圧力ではないが、バランスを崩された上に肘、膝、胴を曲げることが困難となり、まともに動くことができない。
堪え切れずライドウは転んでしまった。

ゴウト「念動力か! 厄介な使い方をされたな」

布の戒めにより、ライドウの素早さは大きく殺ぎ落とされた。
これでは攻撃を当てることも回避することも絶望的である。

遅々とした動作で立ち上がるライドウを地獄少女が放つ青い炎が襲う。
先ほどまでの炎とは比べ物にならない規模である。
その分迫る速度は鈍重だが、今のライドウの素早さと青白い炎の大きさを考えれば躱すことはもはやできない。

ライドウは迷わず一本の封魔管に手を伸ばした。
一瞬だけ姿を現した凶鳥モー・ショボーが放つ光が衣服を緩ませ戒めを解除し、ライドウに元の素早さを取り戻す。

唸りを上げる青白い炎の射線上から横に転がり、マントの一部を燃やされながらもなんとか難を逃れることに成功した。

同時に無数の葉でできた人型の仲魔、ヒトコトヌシを召喚し、暴力的な大風を地獄少女に見舞った。

振袖と髪を風に乱れさせながら派手に吹き飛び地に転がる地獄少女。

ライドウは次の攻め手を考え、無言で起き上った地獄少女は全身についた土ぼこりを払い、少しの間双方見合ったままの時が流れる。

ゴウト「しかし……これほどまでに強力な悪魔だとは。目の当たりにした今でも信じられん」

あい「こちらも驚いた。すごく強い」

ゴウト「ライドウよ、もはや最後の切り札のあの仲魔を召喚するしかないのではないか」

ライドウは小さく頷き、一本の封魔管を手に取った。
その管に封じられているのは、正にライドウの最後の切り札ともいえる仲魔であった。

今まさに召喚せんと封魔管のふたが開き淡い光が漏れ始めたその刹那、
突如地獄少女は何かに呼ばれたように振り向きスッと姿を消した。

地獄少女の行き先はすぐに知れた。
先ほどライドウに向けられたものよりもさらに強力な呪殺魔法が電波塔の中で放たれるのを感じる
同時に、鉄塔の中からの女性の悲鳴が止んだ。そして地獄少女の気配は消え去った。

ライドウはそのまま膝をついて崩れ落ちた。
昨日今日と街を走り回り、三藁の二人との死闘の後、ろくに休憩を取らずにこの決戦である。
疲労困憊は隠せなかった。もはやマグネタイトも体力も底をつきかけていた。

ゴウト「やれやれ、正直危ないところであったな。
見逃されたことを喜ぶべきか、逃したことを悔やむべきか。
とにかく今日は探偵事務所に帰ろう。
これ以上の捜査はさすがに無茶だ。
体調管理も悪魔召喚士の仕事ぞ」

第四章 黒幕の登場


鳴海に事の次第を報告をしたのは翌日昼のことであった。

地獄少女との決戦後、事務所に帰ったライドウは泥のように眠り、ようやく起きたときにはすでに昼だったのだ。

鳴海「うーん、恩田さん……じゃなくて骨女さんか。
とにかく彼女が地獄少女の一味、ねぇ。
これは妙なことになってきたぞ」

ゴウト「我にも解せん。
自らの一味が出した地獄通信なる広告の広告主を知りたいなどと。
まるで意味がないではないか」

ライドウはゴウトの台詞に同意し、鳴海に意見を求めた。

鳴海「俺の脳裏には今三つの可能性が浮かんでいる。
第一の可能性は今ライドウが言ったみたいに、依頼にまるで意味がないという可能性。
つまりは、依頼なんてのはただの口実にすぎず、うちの事務所に来る、あるいは俺かライドウに会うことだけが目的だったって可能性だな。
ただ、自分で言っておきながらなんだけど、これは考え難いと思うんだ。
だって、ここに来るのが目的にせよ、俺やライドウに会うのが目的にせよそんな口実をわざわざ作る意味がない。
いつだって探偵事務所は空いているんだ。
それに口実を作るにしたってわざわざ自分たちのやっていることの犯人を捜せなんてそんなややこしいことを口実にしないと思うんだ」

鳴海は言葉を切り珈琲をすすった。

鳴海「第二の可能性は、ウチに依頼を持ってきたときは地獄少女とつながりがなかった。
何らかの形で地獄少女とコネクションがほしくて依頼を持ってきたけど、その成果を待たずに地獄少女と接触でき、その一味に加わった」

ゴウト「考えられんな。それならば昨日会った時、単に依頼を破棄するのでもう関わるなと言うはずだ。
それに昨日の感じでは地獄少女と骨女は昨日今日の関係ではなさそうであった」

ライドウはゴウトの意見をそのまま鳴海に伝えた。

鳴海「じゃあ、第三の可能性を聞いてくれ。
これが一番本命なんだが、彼女は本当に地獄通信の広告主を知りたいって可能性だ」

ゴウト「何を馬鹿な。自らの一味が出した広告の広告主を調査するは意味ないだろう」

鳴海「驚いているみたいだな。でも冗談なんかじゃないぜ。
こうは考えられないか? 確かに地獄少女一味は地獄通信の広告主だ。
でもそれは二か月前に始まった地獄通信じゃあない。
それまでの、せいぜい年に数回程度の地獄通信の方の広告主だったんだ。
そして最近誰かが勝手に地獄通信……便宜上偽地獄通信と呼ぼうか。
その偽地獄通信を新聞に載せている。
それで迷惑している地獄少女は調査を依頼してきた」

しかし、それならば偽地獄通信への依頼をも地獄少女は受けていることになる。そのことを鳴海に指摘してみた。

鳴海「地獄少女には区別できないんじゃないか?
以前の広告を見て依頼をしたのか、それとも偽地獄通信を見て依頼をしたのか。
あるいは依頼主が連絡先を知った経緯はどうあれ、恨みのこもった依頼が届いてしまえば動かざるを得ないのかもしれない」

再び鳴海は言葉を止め珈琲をすすった。

鳴海「それに、この可能性が正しいとすると、二か月前に地獄通信が変わったことも説明しやすい。
何しろ広告主が違うんだからな。
さらに、まだライドウには言ってなかったけど、この可能性が正しいことを示唆する証拠もある。
決定的なものじゃあないけどな」

ゴウト「なんだと!」

鳴海「タヱちゃんと一緒に新聞社のほうを調べてみるって言っただろ?
昨日調査しているうちに地獄通信の広告料の支払いルートに着目したんだ。
本来の地獄通信の広告料はの支払いルートは全く不明だ。
帳簿を見ただけでは何の変哲もないんだけど、金の動きを遡ると、ある地点で全く痕跡がなくなって追跡不能になる。
突然金が降ってわいたとしか思えないんだ。
こんなこと現代社会じゃありえないはずなんだけどな」

鳴海は再度言葉を止めたが、カップの珈琲はすでに空になっていた。
それに気づいて眉をしかめたが、すぐに気を取り直して言葉をつづけた。

鳴海「それに対して偽地獄通信は、確かに情報の隠ぺいというか、攪乱の痕跡があって追跡が困難なんだけど全く不可能ではなさそうなんだ。
このことに気づいた時は『追跡手段が見つかってツイてる』としか思わなかったけど、さっきのライドウの報告を聞いた今では第三の可能性の証拠としか思えないんだ。
だって、全く痕跡を残さずに金を支払う方法があるのに、下手な隠ぺい工作をしながら隠れて金を払うやつはいないだろう?」

ゴウト「確かに。今の説明、聞けば聞くほど正しいように思えるな」

鳴海「偽地獄通信の支払いルートの追跡は陸軍時代の伝手を使ってもう頼んである。
その結果を待っても今の推理が正しいかどうか分かると思うけど、骨女さんに確認すればもっと早くわかると思うんだ。
タヱちゃん経由でここに呼び出してみようと思うんだが……ライドウ、同席を頼めるか?」

ゴウト「是非もないな。早く答えが分かるに越したことはない。
それに先日鳴海が言っていたように、二つの情報源で真否を確認すればそれだけ得られた答えの確実性が上がる」

ライドウは、力強く頷いた。

鳴海「さて、善は急げだ。
早速タヱちゃんに電話してみるよ。
会社に居ればいいけどな」

ゴウト「しかし、昨日あれだけ叩きのめしたからな。
いくら悪魔とはいえ昨日の今日で連絡が付くだろうか……」

鳴海「もしもし、帝都新報社をお願いします。
……もしもし、帝都新報社ですか? 記者の朝倉タヱさんはいらっしゃいますでしょうか?
ああ、私? 鳴海と伝えていただければわかると思います。
はい、お手数おかけします。

……もしもし、あータヱちゃん、悪いんだけど恩田さんと連絡とれるかな。え、今隣に座ってる?
悪いけど替わってもらえる?
……恩田さんとは距離を置くよういたのにな

……あーもしもし、恩田さんでしょうか? 先日お会いしました鳴海探偵事務所の鳴海と申します。
お手数で申し訳ありませんがちょっと依頼のことで伺いたいことがありまして。
ええ、悪いんですがウチまで来て頂くことはできませんかね?
え、そちらからもお話ですか? ええ、わかりました。
では、はいお待ちしております。

っと、ライドウ、今からこちらに来てくださるそうだ。
珈琲の用意お願いできるか?
あ、ついでに俺の分も」

ゴウト「骨女の奴、なかなかタフな悪魔なようだな」

ライドウは大きなため息をつき、珈琲の用意に取り掛かった。

骨女「お邪魔するよ。最初に一つ謝らせてもらっていいかい?
ライドウさん昨日はすまなかった。
私たちの邪魔をしているのはあんたじゃないんだってね。
勘違いであんたを犯人扱いしていたよ。
このとおり謝らせてもらう」

そういうと骨女は深々と頭を下げた。

ゴウト「? 何を言っている?
我々が地獄送りを止めようとしていたのは確かなのだが」

骨女「ああ、地獄送りの邪魔だけはぜひ止めてもらいたい。
それがこっちの要件さ」

鳴海「その件なんですがね、ちょっと我々の認識が間違っていたかもしれないんで確認をさせてもらいたいんですよ」

骨女「認識だって?
と、その前に鳴海さんは私や書生さんの『立場』をどこまで知っているんだい?」

ゴウト「うぬが悪魔であること、ライドウが悪魔召喚士であることを承知してい。
地獄通信の件、我らとすべて情報共有してある。
隠す必要があることは何一つない」

骨女「そうかい、それならよかった。
じゃあ鳴海さん、改めて自己紹介するよ。
私の本当の名前は骨女さ。今後ともよろしく」

そういうと、骨女は体の一部を白骨化させて右手を差し出した。
その白骨化した右手を顔色一つ変えず握り返す鳴海。

骨女「なかなか胆が座った男じゃないかい。
で、認識が間違っていたってのはどういうことだい?」

鳴海「いえね、先日あなたから依頼を受けた帝都新報の空白なんですがね、我々は地獄少女が出した地獄通信という広告だと思っていたんです。
でも真実は違うんじゃありませんか?
地獄少女が出している地獄通信は確かに存在する。
しかし、このところ毎週紙面に載っている地獄通信は、地獄少女と関係のない第三者が出している。
あなたの依頼はその第三者が誰なのか調査してほしい。
そういった依頼だったんじゃないですか?」

骨女「どういうことだい?
『だったんじゃないか』と言われても、こちらは最初からそう依頼したはずだったんだけど?」

鳴海「最初の段階で勘違いがあったんです。
たぶんあなたは本来の地獄通信と最近の地獄通信……便宜上偽地獄通信と呼びますがとにかくそれらが全く別物で広告主も違うということを当たり前のこととして知っていた。
だから偽地獄通信の広告主を調査してほしいという意味で『この空白が誰の意図で掲載されているのか』と依頼をしたんだと思います。
でも、こっちはそもそも地獄通信のことを全く知らなかった。
当然空白が地獄通信だということも知らないし、ましてや地獄通信には本来の地獄通信と偽地獄通信の二種類があることなど知る由もない。
ですから我々は本物偽物混同した状態で、とにかく空白の広告主を調査してほしいという意味の依頼だと誤解していたんです」

骨女「あちゃー、そいつはすまなかったね。確かに、その辺の説明はしてなかったね」

鳴海「その後我々は、空白が地獄通信であると知り、偽地獄通信により地獄少女が動いていることを知った。
我々にまた一つの誤解が我々に生じたんです。
つまり、偽地獄通信の広告主が地獄少女であると」

骨女「確かに地獄通信と偽地獄通信が同じものだと思って捜査をすると、そういう結論になっちまうかもしれないね」

鳴海「誤解の連鎖はさらに続きます。
このライドウ、とある機関に属してまして国家の平穏のために働いているんです。
その機関では地獄少女を影響力は強いものの国家の平穏を乱さない存在と考えられていたんですが、ここ二カ月ほど地獄少女は弱い怨みでも活動するようになり活動頻度も増加した。
それを憂いた国家機関はその変化の原因の調査と排除をライドウに命じたんです。
偽地獄通信の存在を知らない我々はとにかく地獄少女に地獄流しをやめさせなければならないと考え……」

骨女「なるほど、それで地獄流しの邪魔をするようになったってわけかい」

ゴウト「まあ、深川町での地獄流しを見た際にはまだ命令を受けていなかったがな。
命令がなくとも帝都に住まう人民が地獄に流されると知れば、帝都守護を担うライドウとして対応するしかないのだ」

骨女「で、誤解が解けた今、お嬢の邪魔をやめてくれるのかい?」

ゴウト「ふむ、ヤタガラスの使者が言うには本来の地獄流しは国家の平穏をむしろ守っているようだ。
偽地獄通信の影響下にあっても今のところ帝都の平穏を乱すほどの影響は出ていないとのこと。
地獄少女一味との確執を避け、協力して事態の早期決着を図れば帝都への悪影響も最小限に抑えられよう。
しかし帝都の人民が地獄に流されるのを看過するのもまた立場上難しい。
帝都の守護者としてどちらを選択するのもアリだな。
ライドウよ。うぬの選択に我も従ってやろう。どうする」

ライドウは地獄少女に協力し、地獄流しを見逃すことを選択した。

骨女「それはありがたい。
本気じゃないとはいえお嬢と渡り合えるような相手に、私たち三藁じゃあ対抗できる気がしないんでね。
助かるよ」

ゴウト「しかし、壮大な回り道だったな。
最初に骨女から依頼内容を詳細に聞き取ってさえいれば、今までの捜査はほとんど不要だったとは。
情報不足とはいえ勘違いに振り回されるとは、我等もまだまだ精進が足りぬな。なあライドウよ」

ゴウトの言葉に、骨女はバツが悪そうに頭を掻いた。

鳴海「今度はこちらに教えてください。
先ほど貴方たちの邪魔をしているのがライドウじゃないって言ってましたね。
どんな邪魔を受けているんです?」

骨女「私たちも偽地獄通信の広告主を私たちなりに捜査しているんだけどねぇ。
時々悪魔が邪魔をしてくるのさ。
それも誰かに使役されているようなのがね。
対して強くはないんだが、鬱陶しいったらありゃしない」

鳴海「それで悪魔召喚士のライドウの仕業だと思ったんですね。
でもどうしてライドウの仕業じゃないと見抜いたんです?」

骨女「ライドウさんが地獄流しの邪魔をするもんだから、てっきり捜査の邪魔もライドウさんの仕業と思っていたんだけどね。
お嬢が違うっていうんだ。
悪魔の質が全然違うんだと」

鳴海「お嬢というのは地獄少女のことですね」

骨女「そうさ、お嬢がああまで断言するんだ。間違いなんてあるはずがない。
それに言われてみればライドウさんの仲魔はやたらめったら強かったからね。
あの雑魚共とは格がまるで違うさ」

鳴海「ふむ、実はウチのライドウも、地獄流しを目撃する前にあなたとは違う悪魔から捜査の妨害を受けているんです。
一時はあなた方の眷属かと疑ったようなんですが、そうではないということですね」

骨女「何の事だかわからないけど、地獄流しをライドウさんが見る前なら妨害をする理由もないよ。
そもそも私たちは眷属なんて上等なものは持っちゃいないしね。
でも、それならライドウさんも私たちも第三者から悪魔を使った妨害を受けているってことだね」

鳴海「どちらの妨害も偽地獄通信の広告主と関連があるかもしれないですね」

骨女「その偽地獄通信の広告主だけど、見当は付きそうかい?
正直こっちはお手上げでね」

鳴海「広告主の正体はまだわかっていませんが、手掛かりなら……
って、電話だ。少し待っていただけますか?」

鳴海は会話を中断し、電話に出た。

鳴海「もしもし、鳴海探偵事務所ですが……
すごい、もう分かったんですか。
ああ、分かったのは名前だけなんですね、ありがとうございます。
いえ、本当に助かります。
それで名前は……はいはい、わかりました。
はい、ありがとうございました」

電話を終えた鳴海はにやりと笑ってから口を開く。

鳴海「ライドウ、偽地獄通信の広告料を支払っている奴、名前だけだが分かったぜ。
鶉橋和久と書いてウズラハシカズヒサと読むらしい」

ゴウト「ウズラハシだと。最近どこかで聞いたことがあるような……
ライドウ、うぬは聞き覚えがないか?」

いわれてみれば確かに聞き覚えがある。
ライドウは目を閉じて記憶を手繰り……思い出した。
ミルクホールで喪服の女が電話した地獄通信に詳しいという相手がウズラハシと呼ばれていた。

鳴海「へえ、鶉橋なんて変わった苗字なのにな……
いや、待てよライドウ。
ミルクホールの関係者ってことはその鶉橋さんてひょっとして悪魔召喚士か?」

思い返せば、喪服の女は確かに鶉橋氏を悪魔召喚士と言っていた。

鳴海「ライドウが言うその鶉橋さん、俺たちの探している人物かもしれないぞ。
ライドウも骨女さんも悪魔を使った妨害を受けている。
そして、地獄通信の広告料を支払っている人物と同じ珍しい苗字の悪魔召喚士が地獄通信に詳しい。
偶然とは思えない」

ゴウト「フム、ライドウよ。
どうやらもう一度ミルクホールに足を運ぶ必要があるようだな」

鳴海「というわけで、骨女さん。偽地獄通信にかかわっている人物がわかりました。
といってもまだ名前だけですけど」

骨女「その鶉橋和久ってのが、偽地獄通信にかかわってるってわけだ。
……私もどこかで聞いた覚えがあるような気もするんだけど、思い出せないね。
まあ、でも心当たりもあるようだし、継続して調査をお願いするよ。
広告主が特定できたら連絡しておくれ。
特定さえしてくれればこちらで対処するよ」

ゴウト「地獄通信の最近の変化の原因を調査し、排除するまでが我らが帯びた使命だ。
連絡してそれでおしまいというわけにはいかん」

骨女「そっちの使命というのも分からないわけじゃないんだけどね、こちらにも面子ってもんがあるんだ。
地獄通信を騙ったやつがいました、探偵に調査も仕置きもすべて任せましたってわけにはいかないんだよ」

鳴海「じゃあ折衷案で行きましょう。
犯人の身元が特定できたら骨女さんに伝える。
これでウチが受けた依頼は達成。
あとはライドウも骨女さんたちも独自で犯人の対処に当たる。
双方お互いの邪魔はしない。
対処に成功したらその旨相手に伝える。
どちらが先に対処したとしても恨みっこなし。
ライドウ、これでどうだ?」

ゴウト「異論はないな、新地獄通信を一刻も早くなくすことが我らの使命だ。
無論我等も全力を尽くすが、誰がそれを達成したとしても問題はない」

ライドウは静かに頷いた。

骨女「まあ、それでいいよ」

鳴海「じゃあ、連絡は帝都新報に電話すればいいですかね?」

骨女「いや、もうあの会社にいる意味はなさそうだからね……
そうだね、地獄通信を使っておくれ。あて先は知ってるんだろう?
ポストに投函してくれればすぐに届くからさ」

と、骨女は見覚えのある封筒を二通ライドウに差し出した。
それは地獄少女を呼び出せないかと先日ポストに投函したモノであった。

骨女「このこの手紙は返しておくよ。
全く怨みの念のこもらない手紙をくれたのはあんたが初めてだ。
それじゃあよろしく頼むよ」

言い残し、骨女の姿はすっとかき消えた。

鳴海「やっぱり怨みを込めて投函しないと地獄少女は現れないのか。
いやー、ライドウには結構仕事を押し付けちゃってるし賭マージャンでも稼がしてもらっているけど、おまえに恨まれていないことが分かって安心したよ。
これからもよろしくな」

ハハハと笑いながら、鳴海がライドウの背を叩いた。

ゴウト「ライドウ、うぬは少しくらい鳴海を恨んでも罰は当たらぬと思うぞ……」

ライドウは二人の言葉に嘆息しながら学生帽を深くかぶりなおした。

ライドウはミルクホールを訪ねていた。
マスター「鶉橋和久という悪魔召喚士ですか?
以前はよくご来店くださいましたがここしばらくは見えられませんね。
彼女ならば彼のことを詳細に知っておられるかと思います」

マスターが視線で示す先には、喪服の女が座っていた。

喪服の女「あら、三日連続ねライドウさん。……鶉橋さんに会いたいですって?
地獄通信の話? そうよね、直接会って話を聞けば詳しいことが聞けるかもしれないものね。
彼、五年前からほとんど外出もしないで自宅にこもりきりみたいだから、自宅を訪ねるといいわ。
……そうね、私も地獄通信に興味あるし、ライドウさんが今まで調査した内容を教えてくれたら、住所を教えてあげる」

喪服の女の言葉を聞き、ゴウトが耳打ちをしてきた。

ゴウト「どうする、ライドウよ。我らが鶉橋を疑っていることはこやつには黙っていた方がいいと思うが
……そうか、うぬもそう思うか。
幸運にも我の探偵手帳に、今朝骨女が探偵事務所に来る前までの調査内容が記されておる。
これをこやつに見せて鶉橋の住所を聞くとしようぞ」

ライドウはゴウトから探偵手帳を受け取り、喪服の女に渡した。

喪服の女「小さくてかわいい手帳ね、ふむふむ、ふーん、なるほどねー。
あら、この胸の印何処かで……まあ、考えるのは後にしましょう」

女は独り言をつぶやきながら、ゴウトの探偵手帳の内容を自らの手帳に転記した。

喪服の女「ありがとう、この手帳お返しするわ。
で、鶉橋さんの住所だったわね、ちょっと待ってて。
ええと、晴海町の……」

ゴウト「……奴の住所は、我が探偵手帳に控えておいてやったぞ。
ライドウよ、感謝するがいい」

ライドウはマスターと喪服の女に礼を言いミルクホールを後にした。

ライドウは、晴海町の洋館の前に立っていた。郵便受けには鶉橋和久と書かれている。

すでにあたりは夕焼けに包まれている。
玄関先には赤い背の蜘蛛が巣を張っていたが、それを除けば建物も庭も十分な手入れがなされており、家主の几帳面さがうかがわれた。

ゴウト「ここが鶉橋の家か。
広告料を支払えるくらいだから懐に余裕がありそうだとは思っていたが、よもやここまで立派な洋館の主とはな」

ライドウは呼び鈴を鳴らした。

鶉橋「はいはい、どちら様ですか? ん、書生さん?」

内開きの玄関扉が開き、むやみに広い玄関ホールとともにライドウの視界に入ったのは、こざっぱりとした背広を着た中年の男だった。

ゴウト「案外、素直に出てきたな」

鶉橋「この猫は……業斗童子か。
てことは書生さんは悪魔召喚士だね? 何の用事だい?」

ゴウト「少しばかりうぬに聞きたいことがあってな」

鶉橋「聞きたいことねえ、今はもう悪魔召喚士は引退した身でね、特に才能もなかったし。
そんな私でも答えられるような内容かな?」

ゴウト「地獄通信がらみならば詳しいというようなことを喪服の女から聞いたのだが」

鶉橋「喪服の女? ああ、彼女か。
ということは君が十四代目葛葉ライドウ君だね。
最近地獄少女について調べているみたいじゃないか。
彼女から聞いたよ」

ゴウト「単刀直入に聞く、帝都新報に偽地獄通信の広告を出しているのは貴様だな?」

鶉橋「偽地獄通信? なんだいそれは?」

ゴウト「便宜上つけた名前だから名称は知らぬであろうな。
だが我らの意図するところは心当たりがあるだろう。とぼけても無駄だ」

鶉橋「とぼけても無駄だといわれてもね……」

ゴウト「もう一度言うぞ、とぼけても無駄だ。
外へ出て玄関脇を見てみるがいい」

鶉橋はゴウトに言われるままに玄関から一歩身を乗り出し、玄関脇を確認した。
そこには、呼び鈴を鳴らす前にすでに召喚していたモコイが立っていた。

モコイ「残念でした。思い通りにはいかないね、チミ。
心の中バレバレ」

同時にライドウは鶉橋の左手をしっかりと捕まえた。

鶉橋「……読心術か、まいったね。
いったいどうしてそのことに気が付いたんだい?」

ゴウト「答える義務はないな」

鶉橋「それを知っているのは、君達だけかい?」

ゴウト「もし他に居なければ口を封じるつもりだったのか?
幸運だったな。ライドウと争わなくて済むかもしれぬぞ。
ほかにも知っている者たちがいる」

鶉橋「ふぅ。本当にまいったね、仕方がない。
そうさ、君の言う偽地獄通信は私が掲載を依頼した」

ゴウト「そうか、では二つ要求がある。
一つ、偽地獄通信を掲載させた動機を教えろ。
二つ、今後掲載を一切取り止めろ」

鶉橋「要求ね、断ったらどうなるんだい?」

ゴウト「このライドウの仕置きを受けてもらった後に同じ要求を突き付けるだけだ。
なあ、ライドウよ」

ライドウはゴウトの視線を受け、静かに頷く。
鶉橋は降参とばかりに右手を挙げて口を開いた。

鶉橋「噂に名高い十四代目葛葉ライドウ。
元々悪魔召喚士の才能にも恵まれず引退した身の私では戦う前から勝負は決まっているだろうね」

ゴウト「では、おとなしく要求に従うことだな」

鶉橋「私は五年程前地獄通信に関わってから、随分と地獄通信の調査と研究を進めてきていてね。
ついに地獄の力を操る術を見つけたんだ」

ゴウト「それが、動機にどうかかわっているのだ?」

鶉橋「動機とは関係ないんだけどね、その力を使えばこんなことも出来るんだよ」

言うと同時にあたりに妖気が満ち、直後に音もなく鶉橋の姿が消えた。
ライドウが掴んでいたはずの左手も消え、まるで握っていた風船が音もなく破裂したかのようにライドウの手は空をつかんだ。
直後に玄関ホール内に鶉橋が現れる。

ゴウト「瞬間移動だと!?」

ライドウはとっさに鶉橋を追うが、見えない何かにぶつかり転んでしまった。

閉じてさえいれば玄関扉のある位置、そこには白く半透明の壁のようなものがそそり立っていた。
立ち上がり、試しに手を伸ばしてみると弾かれる。
異界に時折発生する竜のアギトと呼ばれる絶対破壊不能の壁によく似ていた。

ゴウト「これは竜のアギトか? 現実世界に発生するはずが……」

鶉橋「龍のアギトとは似て非なるものだよ。
地獄の力を応用して生み出しているため、私は地獄壁と呼んでいる。
これを作るのには随分と手間がかかる上に動かすこともできないんだが、大変便利でね。
一回作ってさえしまえば私の許可したもの以外は絶対に通さない」

周囲を見回すが、見える範囲の窓など建屋の開口部すべてに同様の壁が見えた。
しばらく時間を置くと壁は見えなくなったが、改めて手を差し出すと、再び壁が現れ弾かれる。
どうやら見えなくなるだけで壁は消えないらしい。

ゴウト「見たところこの屋敷を全方位包み込んでいるようだな。
この壁を何とか破らぬ限りこやつに手出しする事はできんぞ」

鶉橋「一応説明しておくが、地獄壁は龍のアギトと同様絶対に破壊できないよ」

ライドウは試しに仲魔を召喚し、壁の破壊を試みた。
物理、銃撃、火炎、氷結、衝撃、電撃、呪殺、精神、万能あらゆる属性の攻撃を叩き込んだが地獄壁はびくともしない。

ゴウト「奴の言う通り、龍のアギト同様破壊することはできないようだな。
クソ、これでは手も足も出ないではないか」

鶉橋「フフフ、君たちに私を捕らえることも[ピーーー]こともできない。
偽地獄通信による被害を止めたければ、地獄少女を倒すことだ。
君たちにはそれしか手段は残されていない」

ゴウト「我らに地獄少女を退治させる事が貴様の望みか」

鶉橋「そうさ、地獄少女を退治する。それだけが私の望みだ。
そのためだけに、帝都の守護者たる君が地獄少女と敵対するためだけに大金を払って偽地獄通信を新聞に載せ、地獄通信による危機を煽ったんだ。
結局偽地獄通信の広告主が私だと君に暴かれてしまったが……
それならば、ばれてしまった今の状況すら利用して、君に地獄少女を退治させるだけさ。期待しているよ」

鶉橋は玄関扉を閉めた。扉越しに足音が小さくなっていくのが聞こえる。

ゴウト「……先ほどの奴の瞬間移動、地獄少女一味が消える時の様子によく似ている。
地獄の力を操るというのもハッタリでもなさそうだ。
それに加えてあの地獄壁よ。何か対策を考えねばならぬな」

ゴウトの言葉に、ライドウは不快そうに玄関扉を睨み付けた。

ゴウト「いずれにせよ、鶉橋が偽地獄通信の広告主ということが分かった。
今日はもう探偵事務所に戻るとするか」

翌日、ライドウは探偵事務所で鳴海と今後の方針を話し合っていた。
骨女には昨日のうちに鶉橋が広告主であったこと、その住所を伝えてある。

鳴海「鶉橋の出した偽地獄通信には地獄少女一味も迷惑しているんだろう?
しかもライドウが手こずる鶉橋の能力は地獄の力によるものだ。
地獄の力を操る本家本元の地獄少女なら対処できるようにも思える。
彼女らにも事の次第は伝えたわけだし、このまま放っておけば地獄少女が偽地獄通信を止めさせてくれると俺は思うんだ。
そうすればライドウがヤタガラスから受けた命令も達成できる」

ライドウとゴウトは沈黙を返した。

鳴海「……とはいえ、ライドウのことだ『待つだけの立場に甘んじるわけにはいかない』とか思っているんだろ?」

ライドウははっきりと頷いた。

鳴海「とすると、地獄壁の対策を考えなくちゃならないな。
それと瞬間移動についても。
しかし地獄の力か……
誰か鶉橋ほどじゃないにしても詳しい悪魔召喚士がいればいいんだけどな。
やっぱりここはミルクホールのマスターにでも聞いてみたらどうだ?」

ゴウト「フム、当てがあるわけでもなし、駄目で元々のつもりで鳴海の言に従ってみるか」

ライドウは頷くと、もたれていた壁から背をはなし、探偵事務所を後にした。

ライドウは再びミルクホールを訪ねていた。

マスター「地獄の力ですか?
申し訳ありませんが、耳にしたことはありませんね。
葛葉様のお力になれなくて申し訳ありません」

ゴウト「ミルクホールの主人も知らぬか。
ではライドウよ、ヤタガラスの使者にでも当たってみるか?」

ライドウは首を縦に振ろうとした瞬間、ミルクホールのドアーが開き新たな客が入ってきた。
同時に覚えのある妖気を感じる。

ライドウとゴウトが振り返るとそこには思いつめた表情の喪服の女が立っていた。

喪服の女「いらっしゃってよかった。
ライドウさんと業斗童子さんに相談があったんです」

妖気は喪服の女の手鞄の中から放たれている。
ゴウトはライドウの肩に乗り耳打ちをしてきた。

ゴウト「ライドウよ、うぬならばもう気が付いているだろうが、これはあの黒い藁人形の妖気。
とすればこの女は地獄少女の依頼人になったのであろう。
この女には恩もある。
地獄少女の邪魔をしないよう約束はしたが、糸を解かぬよう説得することくらいはかまうまい。
我としてはこの女が地獄行きを約束されぬうちに何とか説得してやりたいのだが……
うぬもその心づもりか。では話を聞くとしようぞ」

喪服の女はライドウの隣の席に腰かけた。

喪服の女「以前、私の恋人が死んだという話をしましたよね。
五年前、私と彼と鶉橋の三人で組んでいました。
地獄通信がらみの仕事の途中、悪魔の襲撃を受けて異界で三人バラバラにはぐれてしまったんです。
その後鶉橋とは合流できましたが、彼は戻りませんでした。
私もこの業界が長いですから、当然彼は悪魔に殺されたものだと思っていました。
でも、昨日業斗童子さんの手帳をみて……
地獄通信の依頼者の胸元に浮かび上がる模様を見せてもらって思い出したんです。
合流した鶉橋の胸元にその文様があったことを」

喪服の女は、ゴウトの探偵手帳を転記した自らの手帳を開き、その文様をライドウに見せた。

喪服の女「はぐれる前には鶉橋の胸にはそんな文様は絶対に浮かんでいませんでした。
自分で言うのも何ですが、当時鶉橋は私のことを好きだったようでして……」

ゴウト「なるほど、状況的にも動機的にも、鶉橋の依頼でうぬの恋人が地獄へ流されたと疑ったわけだな」

喪服の女はコクリと頷いた。

喪服の女「もちろん、勘違いの可能性もあります。
でも、そう考えたら居ても立ってもいられなくなって、気が付いたら地獄通信に手紙を出していたんです。
個人名は書かずに『私の恋人を地獄に流すよう地獄通信に依頼した人物』と書いた手紙を。
依頼人の名は聞き出せませんでしたが、地獄少女は依頼を受けてくれました」

ゴウト「そしてその手鞄の中の藁人形を受け取ったのか」

ゴウトの言葉に喪服の女は一瞬体をピクリと震わせ、すぐに手鞄から黒い藁人形を取り出した。

ゴウト「……よもや個人名を書かずともそれだけの内容で依頼が成立するとは思わなかった。
しかし、その文言で依頼が成立したとすると、うぬの恋人が地獄少女の手により地獄に流されたことは確実。
とすると、やはり状況から鶉橋が犯人となる……」

喪服の女「その通りです。でも、私この糸を引く勇気がなくて……」

涙すら流す喪服の女の目の前、カウンターの上に上ったゴウトは女の手帳に描かれた文様を右前脚で示す。

ゴウト「うぬも知っていると思うが、この文様が胸元に浮かんだ人間は[ピーーー]ば必ず地獄に落ちるらしい。
そしてこれはうぬにはまだ伝えていない情報だが、鶉橋は我らの追っている事件の真犯人であったため、我らと地獄少女一味が追っているところなのだ。
奴が大人しく偽地獄通信を止めれば仕置きで済ませるつもりだが、奴の様子からしておそらくそうはなるまい。
わざわざうぬが地獄に落ちる運命を背負わずとも結果は変わらぬ」

現状手の出しようがなくて困っていることはおくびにも出さず、言外に、始末……殺害をも視野に入れていると喪服の女に伝える。

喪服の女「それじゃあ、それじゃあダメなんです……
彼の仇は……たとえ間接的であったとしても私が討たなければならないんです!
私が先にやらなくちゃ……」

大声を上げ、喪服の女は藁人形を手に取った。
女を止めようとライドウとゴウトが手を出したが、間に合わず糸は解かれてしまった。

藁人形「怨み、聞き届けたり……」

藁人形が大量のマグネタイトをまき散らし、建物の中だというのに強風が女の手から藁人形をさらう。
風に乗った藁人形は壁にぶつかる直前に溶けるように姿を消した。
手中から藁人形をもぎ取るほどの風が吹いたのに、女の手帳は一枚たりともめくれてはいなかった。

周囲の客がざわめくが、マスターが気を聞かせてなだめてくれたようで、皆それぞれ自分の席に落ち着く。

ゴウト「なんということを。うぬは今、将来の自分を地獄に突き落としたのだぞ」

喪服の女「ゴウトさんが言うことも分かります。
でも、私は……こうするしかなかったんです。
この手で仇を討つしかなかったんです。
それに、地獄に行けば彼がいるはずですから」

力なくいう喪服の女は自らの手の内に残る赤い糸をうつろな目で眺めていた。

ゴウト「……そうか、ならばもう何も言うまい。
ライドウよ、これで鶉橋は地獄に流されたはずだ。
我らの使命は果たされた。探偵事務所に帰るとしようぞ」

ゴウト「いつから鳴海探偵事務所は悪魔の巣窟になったのだ?」

ゴウトが呟いたのは銀楼閣の入り口をくぐった時である。
以前から時折、鳴海とライドウに交じり仲魔が賭マージャンに興じているため、超力兵団の事件の頃から悪魔の巣窟となっていたような気もするが、ゴウトの言いたいのはそういうことではなかろう。

ここ最近馴染みのある地獄少女一味の妖気が探偵事務所から漂ってきている。

探偵事務所のドアーを開けると、ひきつった顔の鳴海が迎えてくれた。

鳴海「おかえりライドウ。お前にお客さんが来ているぞ」

鳴海の視線の先、応接用のテーブルにはセーラー服姿の地獄少女、骨女、一目連と別件依頼の依頼人の記憶に有った禿頭の老人が椅子に座り緑茶をすすっている。

骨女「報告ありがとうね、おかげさんで助かったよ」

ゴウト「どういう風の吹き回しだ? 以前の依頼は完遂したはずだが」

骨女「そのお礼を言いに来た……だけだったらよかったんだけど、また困ったことがあってね。
もう一度ライドウさんに協力してもらいたいのさ」

ゴウト「どうするライドウ? 話だけでも聞いてみるか」

テーブルには椅子は4脚しかない。
ライドウは部屋の隅に置かれている蜘蛛の巣のかかった長椅子を動かし、鳴海の机のそばに寄せた。
赤い背の蜘蛛は巣を払うと素早い動きで部屋の隅へ這って行った。
ライドウが長椅子に腰を下ろすと皆の視線がライドウに集まるが、地獄少女だけはゴウトの尻尾を見つめていた。
しばしの沈黙が訪れる。
ライドウは来客四人のうち面識のない禿頭の老人に視線を送った。

禿頭の老人「おおっと、何度か会ってるんで顔見知りのようなつもりでいたが、俺だけまだ名乗っちゃあいねぇな。
この姿の時は不破龍堂を名乗っているが、本名は輪入道という。
おめぇさんには黒い藁人形の姿で二度ほどお目にかかっている」

ゴウト「自己紹介痛み入る。で、協力してほしいとはどういうことだ?」

骨女「すまないね。協力してもらいたいってのは、鶉橋和久のことさ」

ゴウト「? 奴ならばあの喪服の女が藁人形の糸を解いただろう?
すでに地獄に流されているのではないのか?」

輪入道「耳が痛ぇな。確かに俺の糸は解かれたが、実のところまだあの野郎を地獄に流せちゃいねぇんだ。
おかげでお嬢と一緒に依頼人に頭を下げに行っちまったぜ。
速やかに地獄に流せずにすまねぇってな。
いやぁ、最終的に地獄に流せりゃいいってんで許してもらえてよかったぜ」

ゴウト「何か不都合でもあったのか?」

骨女「お嬢、どこまで話していいんだい?」

あい「全部、いいよ」

ゴウトの尻尾の動きを目で追いながら地獄少女は呟いた。

骨女「過去に例のないことなんだけどね、奴の居場所にたどり着けないのさ」

ゴウト「どういうことだ?」

骨女「普段は、赤い糸が解かれると私たちはお嬢の家……異世界にあるんだけど、そこから直接標的の居場所に空間転移して、標的を異界に引きずり込むんだ。
で、ちょいとばかり怖い目に合って反省してもらってからお嬢が地獄に流すって手はずになってるんだけどね」

ゴウト「ふむ、桜田山で鉄塔の中から悲鳴が続いていたのはその『怖い目』の仕業か……
ちょいとばかりといった次元の悲鳴ではなかった気もするが」

骨女「ところが鶉橋の場合は、なんていうか奴の周囲に広い結界のようなものがあってね、
奴の居所に転移できないのさ」

ゴウト「あやつの言う地獄壁とやらか?
奴の屋敷の外壁に沿って張り巡らされているのだが」

骨女「それは私が言う結界とは別物だね。
私が言っているのはもっと広い、半径百メートルくらいはありそうなでかい結界さ。
どういう理屈か知らないけど、奴は地獄の力を未熟とはいえ操れるみたいでね、それで私らの空間転移や瞬間移動を妨害しているらしいんだ。
で、結界ぎりぎりに転移して徒歩で接近しても、お嬢が結界に触れた時点でそれを察知して瞬間移動で遠くに消えちまうのさ。
何度繰り返しても同じ。
いい加減いやになっちまうよ」

ゴウト「地獄少女が奴の術に干渉して、それを破るわけにはいかないのか?」

骨女「お嬢も試してみたんだけどね、結界を破れば結局察知されて同じことだったよ」

ゴウト「それで、鶉橋の奴を地獄に流せずにいるのだな」

骨女「恥ずかしながら、そういうことさ。
で、ライドウさんたちなら奴を無力化させることができるんじゃないかと思ってね」

ゴウト「しかし、そういうことならば、我らは力になることはできぬな。
我らとしても何とかあやつを捕縛……最悪始末して偽地獄通信を止めさせなければならんのだが、ほとほと手を焼かされていてな。
あの地獄壁さえ破れればあやつを失神させるなりなんなりして無力化することもできると思うのだが。
そうだ、あの壁をうぬらの方で何とかできぬか?」

骨女「地獄壁とやらも様子を見てきたよ。
お嬢の見立てでは地獄の力と悪魔召喚士の技術で作り上げた新しい術らしいね。
お嬢なら一時的に壁を破って通れるみたいだけど、破壊するには術者と接触しなくちゃダメみたいなのさ」

ゴウト「それならば手詰まりだな。
我らは目の前に行ったとしても地獄壁に阻まれ手出しできない。
うぬらには地獄壁を無力化する術があるようだが奴に接近できない」

骨女「そうかい、ライドウさんたちでも無理かい。
あー、こいつは困ったね、もう」

ゴウトと骨女は打開策を求めて頭を抱えている。
一目連と輪入道も露骨に肩を落としながら「どうしたものかね」などと呟いている。
鶉橋の思惑通り、地獄少女を退治することでしかヤタガラスからの使命を果たすことはできないのだろうか?
ライドウも腕を組みながら思索に耽った。
ふと、腕に当たる封魔管の感触にライドウは一つの策を思いつく。
策の要となる地獄少女に目をやると、彼女はいまだにゴウトの尻尾の動きを目で追っていた。

最終章 地獄の死闘


その日の夕刻、ライドウはゴウトと二人で鶉橋の屋敷の呼び鈴を鳴らしていた。

鶉橋「どちら様……また君か、連日ご苦労だね。
地獄壁は破れないよ。そして私は家から出ない。
つまり君に打つ手はないんだよ。
早く地獄少女を倒しに行ったらどうだい?」

ゴウト「まあ、そう言ってくれるな。
地獄壁を破れないか否か、試してみたいことがあってな」

鶉橋「じゃあ、思いついたことはすべて試してみてくれ。
そしてさっさと諦めて、とっとと地獄少女を倒しに行ってほしいね」

ゴウト「ではライドウよ、お言葉に甘えて試させてもらうとするか」

ライドウは地獄壁のあるあたりに手を伸ばす。
昨日同様地獄壁が現れライドウの手が弾かれる。
そのことを確認してから胸元から二本の封魔管を取り出し、二体の仲間を呼び出した。

着物を着た小さな虫の羽をもつ妖精と、鳥の翼をもつ少女の姿の仲魔である。

鶉橋「ハイピクシーとモー・ショボーか。特別何ができると思えないけどね」

ゴウト「結界に触れなければ、結界内であったとしてもあやつの気配を察知できぬようだな。
それとも気配を変えているのが功を奏しているのか?」

ゴウトのつぶやきに合わせて、鳥の翼をもつ少女の姿の仲魔が電光石火で鶉橋に迫る。

行く手を阻む地獄壁にぶつかろうというまさにその時、虫に食われるように地獄壁に穴が開いた。
同時に仲魔の懐から赤青黒の藁人形が零れ落ち、それぞれ骨女、一目連、輪入道へと姿を変える。

鳥の翼をもつ少女の姿の仲魔が鶉橋の額を平手で軽く打ち据えると同時に、一目連の前頭部の目玉が眩い光を放ち、鶉橋のネクタイが彼の首を締め上げる。
直後、鶉橋の背広の胸元をつかんだ輪入道が腕力だけで正面の壁に投げつけた。
壁に衝突した鶉橋は、そこから生えてきた白骨化した手に四肢と首を掴まれた。

壁に貼り付けとなった鶉橋の目の前に瞬間移動して現れた鳥の翼をもつ少女の姿の仲魔は、白い光を放ちながら振袖を纏った地獄少女へとその姿を変えた。
鶉橋はここへきてようやく苦悶と驚きの声を上げようとしたようだが、白骨の手で首をつかまれているため声がでない。
鶉橋は地獄少女と三藁に囲まれていた。

あい「もう逃げられない。ようやく捕まえた」

ゴウト「ライドウよ、うぬの発想には驚かされたぞ。
地獄少女を封魔管に封じることであやつの結界の目をくらませ、さらに技芸管属の仲魔の能力で地獄少女を別な姿に擬態させ気配と姿を誤魔化すことで、召喚してから地獄壁を破るまでの隙を作るとはな。
まあ、何より地獄少女ほど強大な悪魔が人間の仲魔となり封魔管に封じられることに同意したことが我にとって最大の驚きだが」

あい「地獄の力を操る術は封じた。
ライドウ、約束通りあなたの仲魔になる契約を解除させてもらう」

首だけこちらに向ける地獄少女の問いかけに、ライドウは頷いた。

地獄少女が鶉橋に向き直ると、彼の首をつかんでいた手だけが消え失せる。
ようやく喉が解放され、荒く呼吸をする鶉橋。

地獄少女の言葉通り、地獄の力を操る術は封じられたのだろう。
地獄壁は消え、ライドウとゴウトも屋敷に侵入することができた。

鶉橋「クソ……噂に名高き、帝都の守護者に、地獄少女を殺させるはずが……
どうしてあいつらが手を組んでいるんだ」

絶え絶えに呪詛を吐く鶉橋だが、地獄少女一味は彼の声に耳を貸さない。

輪入道「本来なら恋敵を地獄流しにしたおめぇさんの悪事にふさわしい幻術でお灸を据えるところなんだが……」

一目連「おまえの厄介な能力を無力化するのに必死だったんでね、手荒なお灸になっちまった」

骨女「お嬢が術を封じたとはいえ、あんたは油断できないんでね、このまま地獄に流しちまうことにするよ。さぁ、お嬢」

あい「闇に惑いし哀れな影よ。人を傷つけ貶めて、罪に溺れし業の魂……いっぺん、死んでみる?」

以前見たように、地獄少女の袖から花の模様が浮き上がり鶉橋を包む。
やがて鶉橋と地獄少女を闇が覆い、その闇が晴れた時にはすでに鶉橋と地獄少女一味の痕跡は全くなくなっていた。

ゴウト「終わったようだな。
何ともあっけなかったが、これもうぬの策が上出来であったことの証明であろう。
素直にほめてやる」

ライドウは照れ臭そうに帽子の鍔に触れ目を伏せた。

ゴウト「しかし、地獄の力というものはすさまじいな。
今のところ術者はあやつ一人のようだが、資料でも残っていれば今後何者かが悪用しないとも限らん。
あれほどの力を秘めた技術、放置するわけにはいかぬな。
喪服の女によれば鶉橋はこの屋敷にほとんどこもりきりだったようだ。
ライドウよ、この屋敷内を調査してみないか?」

周囲を見回しながらゴウトはライドウに提案した。
つられてホール内を見回すライドウ。
一つの窓の際に赤い背の蜘蛛が巣を張っているのが目立った。

ライドウは小さく頷き、封魔管からミシャグジさまを呼び出した。

ミシャグジさま「家探しじゃな。男の家なぞ嗅ぎまわってもつまらんのじゃが……悪魔使いが荒いのぉ……」

愚痴を言いながらも、ミシャグジさまが杖を床に一突きすると微弱な電気が周囲に広がった。

何かが見つかったのか、あるいは見つからないから場所を変えるのか。
ミシャグジさまは「ちょいと待っとれ」と言い残し、壁抜けの要領で、巣穴に入る鰻のように床に潜っていった。

ゴウト「地獄の力を研究した資料ならばいくらかの霊気なり妖気なりが染み付いていよう。
あやつならば必ず見つけてくれるはずだ」

ライドウとゴウトはミシャグジさまの探索能力を全面的に信頼していた。

ゴウト「ところでライドウよ、一時的とはいえ、地獄少女を仲魔にして管に封じたのだ。
ヴィクトルの奴の持つデビルカルテに、地獄少女閻魔あいが自動的に登録されていよう。
分霊を呼び出す気はあるのか?」

ライドウは首を横に振った。
地獄少女は鶉橋を倒す為だけに、他に手段が無いためやむを得ず一時的に共闘関係を結び管に封じられたにすぎない。
その関係も鶉橋の地獄の力を封じたら解消する約束となっていた。名目上はともかく、真の意味で仲魔になったとは言えない。

そんな彼女をたとえ分霊とはいえ呼び出しては、約束を破ることになるし仁義にもとる。

ゴウト「うむ、悪魔との約束も仁義にかけて守る。
それでこそ誉れ高きライドウの名を継ぐ者よ……
うぬが選択したのだ、おそらくヴィクトルの奴は地獄少女を呼び出すようしつこく迫るだろうが、うぬがあしらってくれよ。
我は関わらぬぞ」

最後の部分が一番の本音なのだろう、げっそりとした表情で付け加えた。

そんな雑談に興じていると、ミシャグジさまの頭が床から生えてきた。

ミシャグジさま「おーい、さまなぁよ、見つけたぞい。
地下室ぢゃあ」

ミシャグジさまに案内され無人の屋敷を進む。
書斎の隠し扉から階段を下り、勝手に借りた燭台を頼りにたどり着いたのは、薄暗く殺風景な八畳間程度の部屋であった。
案内を終えたミシャグジさまは管へ帰った。

電灯が設置されていたので点けてようやく室内を観察できるようになった。

室内には机が一台あり、周囲には書物が散らばっている。
どのくらいの期間掃除をしていないのか、床には埃がたまっており、天井近くには赤い背の蜘蛛が巣を張っていた。

数冊拾い上げ表題を改めると、すべて地獄に関わるものであった。

机の引き出しを開けると、使い込まれた数冊の帳面、折り畳まれた紙と、ガラスケースに収められた赤い糸が入っていた。

赤い糸は、地獄少女の藁人形から解いた物に相違有るまい。
紙は何だろうと開いてみると、魔法陣が描かれていた。

ライドウが見たこともない様式で描かれており、その用途は見えない。
ゴウトに見せてみたがやはりわからないようだ。

続いて帳面を取出し机の上に開いた。ゴウトも机に乗り、一緒に読み進める。

ゴウト「ふむ、ご丁寧に研究を始めた契機まで書いてあるな……
地獄少女と契約し確定した自らの地獄行きを取り消す為か。
自分の都合で他人を地獄に流しておきながら何という傲慢よ」

ゴウトに同意しながら更に読み進める。
数冊あった帳面はあと一冊となった。

ゴウト「妙だな、地獄の概要についての調査こそは進んでいるようだが、肝心の地獄の力を繰る術には一切触れておらぬ。
研究の契機を考えれば分からないでもないが……
見ろライドウ最早帳面の日付は三月前だぞ、この僅か一月後には鶉橋は行動を開始するというのにいまだ地獄の力を繰る術の端緒にすら触れておらぬ」

最後の帳面を開くと、『地獄少女ヨリ高位デアル地獄ノ住人ノ存在ヲ知ル。召喚ノ手立テヲ探ル』と一行記されているのみであった。

ゴウト「なるほどな、鶉橋の言っていた地獄の力を操る術というのはこれか。
地獄の力そのものを操るのではなく、その力を持つ悪魔を仲魔とする術のことだったのか。
とすると、先ほどの魔法陣、あれがその地獄の住人とやらの召喚に使われたものに違いない。
しかしあの地獄少女よりも高位とは……
どれほど強力な悪魔なのか想像もつかぬ。
鶉橋の死とともに地獄へ帰っていてくれればいいが……」

ふと、背後から視線を感じる。ライドウとゴウトが振り返るのは同時であった。

謎の声「鶉橋が地獄に流された以上、この部屋のものを処分しなければと思っていたのだが……
まさか、ここまでたどり着くとはな」

年老いた男の声がどこからともなく響く。

ゴウト「何者だ?」

謎の声「そこの帳面に書いてあっただろう。
私は鶉橋に召喚された地獄の住人だ。
人面蜘蛛とでも呼ぶがいい」

今度は声の出元がはっきりと分かった。赤い背の蜘蛛から声が聞こえてきているのだ。

ゴウト「そうか、まだ地獄へ帰っていなかったのか。
まあちょうどいい、聞きたいことがあったのだ。
鶉橋の奴は地獄少女を我らに殺させるつもりだったようだが、貴様に会うまでの研究成果が記されている帳面にはそんなことは一切書かれておらぬ。
貴様が吹き込んだのか?」

人面蜘蛛「そのようなことはしておらぬ。
私は鶉橋に地獄行きを逃れる事ができぬこと、鶉橋が地獄に行く際は地獄少女閻魔あいが水先案内人を務めることを教えただけだ」

ゴウト「なるほど……それで、あやつは地獄少女がいなければ地獄に流されないと考え……
さりとて地獄少女に自ら勝てるとも思えなかったため我らが地獄少女を倒すようしむけたのか……
地獄少女とうぬは同じ地獄の仲間であろう、鶉橋の仲魔となったとはいえ彼女を害する可能性を看過するとはな」

人面蜘蛛「現世の者があいを害せるものか。
そこの書生も腕が立つようだが、結局あいを害することはできなかったそうではないか。
あいの贖罪のためにも、多少の無理をしても変化が必要だったのだ」

ゴウト「贖罪だと? 地獄少女も罪人だったのか?」

人面蜘蛛「あいは人としての死を迎えた後、己の怨みを解き放ち、新た怨みを生み出した。
贖罪に現世に留まり己の罪を身をもって知らねばならぬ。
そのためにもあいが依頼を果たす頻度を今以上に上げる必要があったのだ。
鶉橋の目的を果たさせるわけにはいかぬが、奴の手段は利用できた。
だからこそ私は偽地獄通信を新聞に載せるよう奴に吹き込んだのだ」

ゴウト「ふむ、では偽地獄通信の発案者、犯人……元凶はうぬであったということだな」

人面蜘蛛「犯人とは随分な言い様だな。
私はただあの男に召喚され、質問に答え、力を貸しただけだ。
召喚された悪魔の責務を果たしたにすぎぬ。
更に言えば地獄通信の管理者である私には当然地獄通信を新聞に載せる権限がある。
私の行為の何処に咎がある」

ゴウト「地獄流しの頻度が上がっては帝都の、現世の平穏が乱れる。
その切っ掛けとなるのが悪事でなく何だというのだ」

人面蜘蛛「黙れ、現世の人間の都合で罪を計るな。
それに貴様こそ罪人であろう。
すでに死して本来地獄に落ちるべき罪人の魂がなぜ永く現世にとどまっている。
貴様の魂を地獄に送る裁量が私には有るのだぞ」

ゴウト「黙らぬ、確かに地獄の理屈では貴様の行動に瑕疵は無いかもしれん。
が、我らは現世の理屈で、いや、葛葉のコトワリで動いているのだ。
貴様の行いを認めることは出来ぬ」

人面蜘蛛「認める事ができぬというのはこちらも同じだ。
私の邪魔をする貴様らの行為を認めるわけにはいかぬ。
最終通告だ、今後私の邪魔をせぬと誓え」

ゴウト「虚偽の誓いは出来ぬな。
何度でもいうが、地獄流しの頻度上昇を看過することなど出来ぬ」

人面蜘蛛「どうしても私の行いを看過できぬというのだな。
最早、問答無用か、仕方がない実力行使で貴様を地獄へ送ってくれる」

人面蜘蛛はその小さな体を震わせ、妖気を放ちながら、徐々にその大きさを増して行った。

その迫力にゴウトは思わず後退る。
その脇からスッと、ライドウが歩み出てゴウトを守るように立ちふさがった。

人面蜘蛛「人間、そやつを庇うなら生者とて容赦せぬぞ」

ゴウト「ライドウよ、手を出すな。奴が我を地獄に送ると言うのは我の問題だ。
地獄少女より高位の悪魔と無闇に争うような危険にうぬが晒される必要は有るまい。
今の言いようから考えて、手さえ出さなければうぬは無事に帰れよう。
そうして改めて偽地獄通信を止める手立てを考えるのだ」

しかし、ライドウは引かなかった。先ほどの問答を聞くに、どう交渉しても人面蜘蛛は地獄流しの頻度を高めることを止めないだろう。
いずれにせよいつか相対して祓わねばならないのだ。

ならば、ゴウトを守れる今祓うのが一番よい。
何よりゴウトが地獄に落ちる瀬戸際、座して見ることなどライドウには出来なかった。
ロケットの時のような思いは二度としたくなかった。

そんな思いが伝わったのか、ゴウトは態度を和らげた。

ゴウト「愚か者め、だが今度ばかりは素直に礼を言うぞ」

人面蜘蛛「愚かな。人間よ、少し痛い目に合ってもらうぞ、後悔するがいい」

すでに人面蜘蛛の巨大化は終わり、猫ほどの大きさとなっていた。

ライドウが封魔管と拳銃に手を伸ばすと同時に、人面蜘蛛は尻から勢い良く糸を吹き出した。
糸は瞬時にライドウを絡め取り身動き一つ取れなくなる。

渾身の力をこめるが糸はギシリともしない。
ただの蜘蛛の糸でさえ鋼鉄以上の引っ張り強度が有るのだ、地獄の蜘蛛の糸にどれほどの強度があるか。
しかし幸運にもライドウが手は、すでに封魔管まで届いていた。

ジャックランタン「キホホー、みんな焼き尽くしちゃうホー」

糸をすり抜けて召喚されたジャックランタンが周囲に放つ炎は、ライドウに絡み付く糸を瞬時に焼き尽くし、同時に人面蜘蛛にも襲い掛かる。

しかし、徘徊性の蜘蛛のごとき俊敏性でひらりと躱される。
ジャックランタンは追撃に数条の炎を放つ、ライドウはそれに合わせて銃撃を放った。

人面蜘蛛の放つ黄金色の衝撃波が炎を散らし銃弾を打ち落とす。

一条の炎だけはなんとか衝撃波を通り抜け、人面蜘蛛に襲い掛かる。
機敏に躱そうとする人面蜘蛛だが、左足数本か炎に炙られ、焼け焦げた。

対して、黄金色の衝撃波はライドウ達の集中砲火を打ち落としてなお減衰せずライドウたちを襲った。
壁のように迫る衝撃波を躱せるはずもなく、狭い地下室には盾になるような物もない。
止むなくライドウは陰陽葛葉にマグネタイトを込めて防御することにした。
ジャックランタンは召し寄せ、隠し身をさせる。
一時的に異世界に身を隠しあらゆる干渉から仲魔を守る技術である。

防御越しに伝わる衝撃は予想したものよりだいぶ小さかった。

ゴウト「思うほど強い悪魔では無いのか?
並の悪魔召喚師では刃は立たぬであろうがこれならばライドウの敵ではないな。
立場上地獄少女より上でも、強さはそうとも限らぬということか」

人面蜘蛛「まさかここまで腕が立つとは、現世で戦えば勝ち目はないか」

人面蜘蛛は、つぶやくと同時に背中の目玉を光らせた。
まばゆさに一瞬目が眩む、視界が回復したときにはライドウたちは見慣れぬ荒野にいた。

ゴウト「なんだ!? 幻術か?」

人面蜘蛛「幻術などではない」

声の方に視線をやれば牛ほどの大きさの人面蜘蛛が巣を張っていた。

人面蜘蛛「貴様等を、一時的に地獄の入り口へ招待したのだ。
ここならば私も全力で戦う事ができる。
案ずるな人間よ、生者を地獄へ引きずり込んだりはせぬ。
邪魔をすればいったん[ピーーー]が、そこの業斗童子を地獄へ落としてから蘇生させ現世へ返してやろう。
ここ地獄であれば一度殺した貴様を蘇生することなどたやすい」

ゴウト「この妖気、地獄少女と同等かそれ以上だ。
気を付けろライドウ」

人面蜘蛛「地獄での私は、地上でのあいを凌駕する力を持つ。
さあ、邪魔をする気がなければそこをどくのだ」

ライドウは抜刀を返事とした。

人面蜘蛛「ならば一度、死ぬがいい」

叫び声とともに人面蜘蛛が尻から糸を吹き出した。
ジャックランタンは炎で打ち落とそうとしたが、逆に炎が糸に散らされる。
射線上にいたジャックランタンが、糸に縛り上げられ人面蜘蛛の巣にはり付けられた。
ジャックランタンは何度か全身から炎を吹き出すが巣が燃える様子は無い。
ライドウはジャックランタンを召し寄せようとするが糸が何らかの魔翌力を持っているのだろう、妨害されそれも叶わない。

ジャックランタン「だめだホー、全然燃えないホー」

蜘蛛巣から逃れようともがくジャックランタンを人面蜘蛛の丸太のような足が一撃する。
たったの一撃でジャックランタンは死亡状態となってしまった。

マグネタイトを撒き散らしなから体が薄れゆくジャックランタンはやがて実体を無くして管へと戻る。

ゴウト「あれだけ鍛え上げられた仲魔が一撃でやられるとは!
ライドウよ、戦いは始まったばかりだが出し惜しみなどしていられぬようだ。
奴を召喚しろ。全力で攻めるのだ」

次々と飛んでくる糸を必死に躱すライドウに、攻撃に転じる余裕は無かったが、なんとか一呼吸の隙を見つけた。

ゴウトの助言に従い一本の封魔管を手に取る。
それは、地獄少女との戦いの最後に手に取った封魔管。
あの時は結局召喚しなかったが、その中に封じられているのは未来の帝都に似た地で得た仲魔、万魔を統べる魔人である。
とはいえ彼には彼の使命がある為、今この胸の封魔管に収まっているのはその分霊であるのだが。

ライドウは迷わず最後の切り札、最強の仲魔を召喚した。

膨大なマグネタイトが管から吹き荒れ、周囲に混沌とした妖気が満ちる。
緑に輝くマグネタイトの塊が中心部から赤い鬼火の様な物に姿を変えていく。
ライドウはそれに見覚えがあった。その名はマガツヒという。
その中心にはいつの間にか一人の少年が現れていた。
少年は表情こそ人のそれに近いが、顔も含め体中に黒線と青緑に輝く線が幾筋も走っており、首の後ろには大きな角が生えている。
マガツヒは少年に吸い込まれるように消えていった。
彼こそがライドウの最後の切り札にして最強の仲魔、混沌王 人修羅であった。

一秒にも満たぬ召喚劇にに魅入ったのか驚いたのか、人面蜘蛛の攻撃の手が休まる。

その隙に更に木の根の冠と七支刀を身に着けた仲魔、スサノオを召喚するライドウ。
隣を見れば、やはり仲魔を召喚する人修羅と目が合う。
人修羅が召喚した仲魔は青いレオタード姿の妖精ピクシー、黄色い法衣に身を包む即身仏だいそうじょう、髑髏の文様を翅に持つ巨大な蠅ベルゼブブである。
二人は同時に口角を上げた。

人面蜘蛛「ばかな! 悪魔召喚師の仲魔が別の仲魔を召喚だと!?」

驚くのも無理はない。そんな離れ業を成し遂げたのは恐らくライドウと人修羅が史上初であろう。
悪魔召喚師を知っている者ほど度胆を抜く横紙破りの所業である。

しかし、ライドウ達にはその驚愕に付き合う義務もない。
最初に動きだしたのはだいそうじょう、スサノオ、人修羅の三体が同時だった。

だいそうじょうが経を唱え三鈷鈴を鳴らすと人面蜘蛛が橙の光に包まれる。
驚きにより生じた心の隙に精神属性の魔法は効いたのだろう、人面蜘蛛の足元がふらつく。

スサノオが剣を掲げるとライドウと仲魔達を不可視の力が包み込む。
蛮力の結界と呼ばれる一切の物理攻撃をこちらの活力へと変える魔法である。

大きく反り返った人修羅の胸元から無数の光弾が宙へと打ち上げられ、滑らかな曲線を描いて人面蜘蛛へと降り注ぐ。
その弾幕の中をライドウとベルゼブブが人面蜘蛛目がけて弾けるように駆け出した。

スサノオの攻撃翌力増強魔法と雄叫びに退魔刀の柄を握る力を強めたライドウは、人修羅の光弾を二本の足でなんとかさばく人面蜘蛛の腹に白刃を振るった。
同時にベルゼブブの鉄のように鋭い爪も襲い掛かる。

人面蜘蛛は数発の光弾を受けることを代償にこれを足で防いだ。
お返しとばかりにその足でライドウとベルゼブブに強烈な一撃を加え大きく弾き返すが蛮力の結界に守られた両者は何の痛痒も感じなかった。

少し遅れてスサノオの七支刀が弧を描いて飛来しライドウを蹴り飛ばした右前足を中程から切り落とした。

蹴り飛ばされ間合いを離されたライドウは瞬時に態勢を立て直し、距離を再び詰めながら雷速のごとき突きを放つ。
先日地獄少女に食らわせたものと同じ技、的殺である。

ようやく止んだ光弾の雨を凌いだ人面蜘蛛は残った三本の右足を使い突きを防ごうとするが、その隙間を縫い陰陽葛葉は人面蜘蛛の腹部に深々と突き刺さった。

同時に別方向から襲い掛かるおぞましい程の数の蝿。
ベルゼブブの眷属が一塊に群れ、一条の濁流の如く人面蜘蛛を押し流して襲う様は、見ようによっては蝿による葬列の様であった。

ライドウが蝿にまみれながら刀を抜いた刹那、目の前が青白く輝いた。
それが、人面蜘蛛の放った火炎の輝きであると気が付いたのは全身に火傷を負いながら吹き飛ばされ地面を転がりながらである。
蝿の群れが盾代わりにならなければ目を焼かれ視力を失っていたかも知れない。
周囲を見ればベルゼブブも巻き込まれたらしく、その翅が焼失している。

人面蜘蛛は追撃に移ろうとするが人修羅が許さなかった。
人面蜘蛛の足もとの大地が震えながらひび割れ、地下から淡く紫に染まった光が溢れる。
もはや中が見えぬ程の輝きの中から人面蜘蛛の悲鳴が聞こえた。

耳障りなその声の中、ライドウの耳に微かに、しかしはっきりと三鈷鈴の音と、しゃがれた声に似合わぬ優しい祈りの声が聞こえた。
それと同時に全身の火傷が瞬時に癒える。

だいそうじょうに感謝の視線をおくると、その隣で先程まで「マカカジャマカカジャ~♪」と鼻歌を混じりに補助魔法を重ね掛けしていたピクシーが万能属性の魔法を放とうとしていた。
その埒外の魔翌力に味方ながら背筋が冷える。

直後、大爆発が人面蜘蛛を襲った。
気の遠くなるような爆音と光の奔流が止んだ後には満身創痍ながらも人面蜘蛛が立っていた。
その眼光には未だ敵意が宿っている。

ライドウと人修羅は視線を交わした。
言葉は無くともお互いの意図が伝わる。

人修羅が気合いを溜め、その隙を埋めようとベルゼブブとピクシーの引き起こす稲妻が人面蜘蛛に打ち付ける。

ライドウはスサノオに向かって走っていた。
構えていたスサノオの手に足をかける。
鍛えぬかれたライドウの脚力と、スサノオの腕力がライドウの体を高く飛び上がらせる。

ライドウが放物線の頂点に達したとき、人修羅の眉間から至高の魔弾が放たれた。

魔弾は人面蜘蛛を貫通し遥か彼方へ消えて失せる。
魔弾の威力に跳ねた人面蜘蛛が地に落ちるとき、ようやくライドウが追い付いた。

巨大な人面蜘蛛を陰陽葛葉が縫い止めた刹那、地面に幾筋か薄紫色の光が這い巨大な魔方陣を描き出した。
魔方陣を構成する複雑な光の線は光度を増し、まばゆく輝き光の粒子すら放つ。
あまりの光量に前後左右上下全方位、光の線以外が漆黒に見え、魔法陣から放たれる光の粒子が星に見える。
さながら宇宙空間にいるかのようである。

仲魔の最後の切り札が人修羅であれば、攻撃手段の最後の切り札はこの技、天命滅門であった。

仲魔のマグネタイトはおろか精神力すら借り受けて攻撃翌力に転換する万能の一撃。
魔方陣上の一切の敵対者を悉く屠る必殺の一撃である。

輝きが収まったとき、そこには生きているかさえ疑わしい人面蜘蛛がひっくり返っていた。

ゴウト「……確かに全力で攻めろとは言ったが、ここまで一方的になるとは。
うぬの強さはもはやこれほどまでになっていたのか。
このような後進を持てて我も鼻が高い。
しかし、人面蜘蛛の奴、半端に強いばかりに憐れな」

人面蜘蛛の体がマグネタイトを撒き散らし、縮んでいく。
見る間に一寸程度の潰れかけた蜘蛛へと変化した。

人面蜘蛛「もはや身動き一つとれぬ。貴様の勝ちだ。
一対六とははいささか卑怯な気もするが負けは負けだ。
……貴様等はどうあっても偽地獄通信を止めるというのだな」

その声には最早敵意はなく、感じ取れるのは諦観の念だけであった。

ライドウははっきりと頷く。

人面蜘蛛「わかった。偽地獄通信は止めるとしよう。
無理に続けて、あいを祓われては困る。
……まさか現世にこれほどまでに強力な悪魔召喚師がいるとは」

ゴウト「今度こそ依頼達成だな、ライドウ」

翌日、鳴海探偵事務所でライドウは鳴海に事件の顛末を報告していた。

鳴海「いやーお疲れだったな、ライドウ。
しかしまさか生きたまま地獄まで行くとは。
本当にすごい奴だよ。ライドウはさ」

鳴海事務所の事務机に座った鳴海が話しかけてくる。

鳴海「そんなライドウの活躍で、偽地獄通信はなくなり、帝都も地獄少女一味も元の平穏を取り戻した訳だ」

ふと、にこやかに話していた鳴海の表情が曇る。

鳴海「でも、根本的な問題は解決していないって俺は思うんだ。
偽地獄通信の一件、確かに切っ掛けは人面蜘蛛の仕業だったが、帝都の人々が怨みにとらわれていたのが根本的な原因だろう?」

ライドウに向けられていた視線が机へと落ちる。

鳴海「怨みにとらわれるってのは恐ろしいとつくづく感じたよ、俺は。
だってさ、ライドウ、地獄に堕ちるんだぜ。
冷静に考えればこんな代償絶対割りに合わない、払いたくないぜ。
それなのに怨みにとらわれてしまうとそれを選択してしまう。
もちろん怨み自体が悪いって訳じゃない。
怨みだって自分を高める原動力になりえるしな。
ただ、それにとらわれるってことが恐ろしいんだ」

頭を掻き、天を仰ぐ鳴海。

鳴海「難しいよな、当たり前だけど俺だって人を恨むこともある。
だからわかるぜ、怨みにとらわれないことの難しさが。
でも、それをなんとかしなくちゃ、偽地獄通信がなくても何時か何処かでヤタガラスの使者の言う怨みの連鎖が起こってしまう気がするんだ。
そんなときは一体どうやって事態を収めればいいんだろうな?」

そこまで言うと、鳴海は深刻そうな顔を一転して緩め明朗に笑った。

鳴海「なーんてな、その時のことはその時の人々が考えることだよな。
それに皆が怨みにとらわれない方法なんて考えても思いつかないし、考えるのはやめにしようぜ。
難しいこと考えたらお腹減ってきちゃったよ。
田原屋のハヤシライスでも食べにいこうぜ。
あー、なんだかハヤシライスのことを考えたら余計にお腹がへってきたぜ。
よし急いでいこうぜ、ライドウ」

鳴海は言いながら帽子をかぶり、急いで事務所を去っていく。
ライドウとゴウトは顔を見合わせ、ため息を吐きながら鳴海を追っ手探偵事務所を後にした。

乙、面白かった
あと何気にあいと友達になりたがってるアリスが可愛かったww



ライドウ好きやからSS増えてくれると嬉しい


読みごたえあって面白かった
ゴウトが気になってるあいちゃんかわいい


人修羅はアカン
あと個人的にはもう少し改行して欲しかったかな

>>54~57,59
ありがとうございます。

>>58
そうなんです。私がこのSSを書いた動機の50%は「ライドウSSもっと増えろ」なんです。

>>60
申し訳ありません。しかし、私がこのSSを書いた動機の残り50%は「上下関係はないものの人修羅を使役するライドウを描きたい」だったのです。

あと改行はどのくらいがちょうどいいんでしょうか。言い訳がましいですが初SSで塩梅がよくわかりません。

レス番号一桁部分は改行が全然足りないことを>>6にも指摘され把握しておりますが、>>11以降についても、改行を増やしたほうがいいのでしょうか。

大変面白かったです。

11以降は読みやすかったよ

人修羅は詳しく知らないが凄く良かった。
マニアクスもやりたくなったわ
ダンテVer.はプレミア付いてるらしいけど

一番手っ取り早いのは他のSS作者がどんな感じで書いてるのかを読みながら参考にすることじゃないかな


この人修羅鉄爪持ち蝿と古くからの友従えるとかやばい

所々ライドウっぽさが出ていて面白かった。
地獄流しを見逃すのはカオス寄りってことなのかな。

アリスとあいちゃんを並べて召喚したい
しかしメガテン的に閻魔(ヤマ)は中級ぐらいの悪魔だったか?シリーズによってまちまちだけどこのあいちゃんの方が強そう

そこら辺は本体と分霊の差だろうな

ライドウを地獄送りにしてくれとか依頼が着たらどうするんだろうな?
刺し違える覚悟でやるんだろうな…

いいSSだった、掛け値無しに

主人公なのに一切台詞が無い。

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