中川かのん「あっ……雨、だね……」 (30)


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時間は十五時、どんよりとした空からは今にも雨が降り出しそうだ。
そんななか、桂木桂馬は誰もいない廊下を歩いていた。
普段は賑やかな廊下や教室も誰一人いないと広く感じるものだ。
しかし桂馬にはそんな気持ちはなく、ただいつも通りにゲームをしながら歩いていく。

桂馬「…………」

桂馬は教室に入る。誰もいない。
当然だ。舞校はテスト期間中。
勿論その間は部活も禁止されている。
だが桂馬は残っていた、その理由は。

桂馬(……二階堂、本当に教師かあいつは……)

テスト期間中にもかかわらず、小テストの採点をやらされたからである。
没収されたゲームを返してやると言われ、二つ返事で承諾したのが数時間前。

桂馬「くそ、また前みたいに腕がパンパンだ……」

桂馬は痛がる腕で自分の鞄を背負うと、教室を出る。

桂馬(……結局、有耶無耶でゲームは返してもらえないし、とんだ無駄骨だ……)

桂馬(……早く帰ろう……)

下駄箱に向かう桂馬が歩く廊下には誰もいない。
ゲームを再開した桂馬がリアルの風景を気にすることはなかった。
雨が降り出しそうな空を気にすることも……。



中川かのんは昇降口に立っていた。
いつもの舞校なら大勢の生徒に囲まれるが、今は一人だ。
その時、出入り口の大きなガラス戸に女神が映る。

アポロ(……かのん、わらわは眠たくなってきたぞよ……)

かのん『アポロ、人がいるかもしれないところで出ないでって言ったでしょ』

アポロ(……今は誰もおらんぞよ……ふぁ……)

かのん『もう……』

ガラス戸の向こうのアポロは寝ぼけ眼だ。
かのんが舞校祭で歌うイベントのミーティングが始まったのが数時間前。
学校の文化祭でトップアイドルが歌うことによる問題は多く、会議は難航した。
会議が終わる頃にはアポロの退屈が限界を超えているのも当たり前である。

ふと、かのんの視線は外の地面に向けられた。
ぽつぽつ、と、雨が降り始めたのである。




かのん「あっ……雨、だね……」




かのんはガラス戸を見ずに、そう告げた。
アポロから肯定の返事はない、おそらく寝てしまったのだろう。
かのんは視線を地面からガラス戸に向ける。
そこに映っていたのは……。




桂馬「…………」




桂木桂馬だった。





驚くかのんは勢いよく背後の人物へ振り返る。
桂馬は何を言うこともなく、ただかのんを見つめるだけだ。

桂馬(……僕に、言ったのか……?)

周囲には誰もいない。
かのんの言葉は自分へ向けられたものだと桂馬は考えた。

かのん(ど、どうしよう、桂馬くんにアポロとの会話聞かれた……!?)

俯くかのん。教師達から全生徒は帰ったと聞かされていた。
油断していたとはいえ、まさか見られたのが桂馬とは予想の範疇を出ている。
よく知らない相手ならば、鏡の自分に話しかける少し痛い子で誤魔化しが利く。
しかし今回の相手は、あの桂木桂馬だ。
驚愕するかのんに、そんな咄嗟の行動など出来るはずもなかった。
かのんは俯いたまま、そこに。

桂馬「……雨、だな……」

桂馬「困ったな、傘を持ってきてないんだ」

桂馬「僕は濡れても構わないが、ゲームが濡れて壊れるのは困る」

桂馬の返答があった。
その言葉で、かのんを顔を上げる。

かのん「そ、そうなんだ」

かのん(……アポロのこと、見られてない……?)

かのんは少しだけ安堵し、それは表情にも表れた。



桂馬は考えていた、ハクアとディアナに舞校祭で女神捜しをすると宣言したことを。

桂馬(……かのんだけは、舞校祭で会えるか分からない……)

桂馬(相手から仕掛けてきた会話イベントだ。ここでハッキリさせてやる)

このチャンスを逃すつもりはないと、桂馬は会話を続ける。

桂馬「ここで何してるんだ?」

かのん「あ、えっと、岡田さん、マネージャーを待ってるの」

桂馬「そうか」

二人はガラス戸から外を見ながら会話する。
先程までぽつぽつと降っていた雨は既に強くなっていた。
最早走って帰れば濡れないだろうとは思えないほどに。

かのん「……私、傘、持ってるよ」

桂馬「えっ?」

桂馬が振り向くより先に、かのんは歩き出す。
かのんは傘置き場まで歩いていくと、一本だけ置いてある傘を手にした。
それはアイドルというより、年相応の女子生徒が使うような傘だった。

かのん「私はこれから岡田さんとテレビ局までタクシーで移動するから、その……」

桂馬「貸して、くれるのか?」

かのん「……うん……」

その会話の中で、桂馬は警戒していた。

桂馬(かのんには記憶がない、はずだ……)

桂馬(それなのに向こうから話しかけてきて、傘まで……?)

桂馬(本当に、記憶があるのか……?)

考え込む桂馬にかのんは傘を手渡そうとする。



その時……。
かのんに想いの雨が降った。

かのん(……まだ、一緒にいたいな……)

かのんは、ひょいっと傘を手前に引いた。
傘を取ろうとしていた桂馬の手は空中を掴む。

桂馬「おい、貸してくれるんじゃなかったのか?」

桂馬はかのんを非難の目で見ている。
その目に気づいたのか、かのんは桂馬から視線を逸らした。

かのん「……実は、傘を貸す条件があったの」

桂馬「条件?」

かのん「そう、えっと……」

かのんは少しだけ俯く。

かのん「私、あんまり学校来れてないから、行ったことない場所とかあるの……」

かのん「学校、案内してほしいな」

桂馬を見つめるかのん。
桂馬はゲーム画面を見つめる。

桂馬(なんで僕がそんな事を……。しかし好都合だ、出来過ぎな位に)

桂馬「それが、傘を貸す条件なのか?」

かのん「う、うん……。ダメ、かな?」

かのんは次第に俯いていく。

かのん(……私、なに言ってるの……)

かのん(あの時、フラれたのに……)

かのん(私と桂馬くんは、もう関係ないのに……)

不安げな表情のかのん。
なぜこんな条件を出したのか、自分でも分からなくなっていた。
しかしそんな彼女をよそに、桂馬は無表情で言い放つ。

桂馬「ダメじゃない」

かのん「えっ」



おもむろに桂馬は靴に履き替え始めた。
その行動は、今から必要なことだからだ。

かのん「ほ、本当に?」

それでも不安なかのんは桂馬に駆け寄る。

桂馬「なんで嘘を言う必要がある」

桂馬は履き替え終わると、ガラス戸の前まで歩いて振り返った。

桂馬「それより、学校の案内をするのはいいが傘を持ってくれ」

桂馬「手が塞がるとゲームが出来ない」

その言葉にかのんは……。

かのん(えぇ!? 普通は男子と女子が相合傘するときって、男子が傘を持つよ!?)

不安、いや、全ての感情が吹き飛び。

かのん(あぁ、やっぱり桂馬くんは桂馬くん、だね)

桂木桂馬を、認識した。


雨は相変わらず降っている。

かのん「ちょっと寒いね」

震える肩、寄り添う匂い。

桂馬「そ、そんなに僕に近寄るな」

かのん「でも、こうしないと濡れるよ?」

桂馬「くっ、わ、分かった」

あいあい傘。

桂馬「それでどこに行きたいんだ?」

かのん「あの、まずは……」



図書館、シアター、体育館の室内プール……。
当然テスト期間中で閉まっており、中には入れない。
外観だけを見て、かのんが驚きの声をあげ、桂馬が簡単にいなす。
たったそれだけの……。
それだけの学校デート。
二人っきりで、周囲には誰もいない。
いや、誰かがいたら大変なことになっている。
トップアイドルの女子生徒が傘を持ち、その傘の中でゲームを続けるオタクの男子生徒。
ありえない光景である。
だがそれは、傘の中のアイドル。
今はアイドルとして飾らない一人の少女。
中川かのん本人にとっても、ありえないデートだった。

かのん「いいないいな。私も学校のプールで泳いだりしたいなぁ」

桂馬「僕には理解出来ないな。それに泳ぎたいなら違う場所で泳げばいいだろ」

かのん「それはそうだけど……」

桂馬「プロモーションビデオの撮影で海に行ったんじゃないのか?」

かのん「うん、夏色サプライズのときに、って私の歌、聴いてるの!?」

桂馬「ち、違う。エルシィ、妹が聴いてたのをたまたま見ただけだ」

かのん「そ、そっか、そうだよね……」



沈黙。
先程まで学校の案内という共通の話題で会話は途切れることはなかった。
しかし、かのんは黙ってしまった。

かのん(……おかしいよね。フラれたのに、こんなこと……)

かのん(桂馬くん、私の歌、私のこと……)

かのん(本当に、知らないの……?)

桂馬はゲーム画面を見ながら、一瞬だけかのんに視線を向ける。

桂馬(かのんのこれまでの言動、行動、やっぱり記憶があるのか……)

桂馬(だが、それならどうなる?)

桂馬(それなら、かのんは、僕のことを……)


傘を叩く雨の音が、会話のない二人をつつむ。



時が止まったような長い沈黙。
その沈黙を破ったのは、かのんの携帯電話の着信音だった。
慌てて電話を取り出すかのん。
通話相手はマネージャーのようだ。

岡田『もしもし、かのん?』

かのん『お、岡田さん、お疲れ様です』

岡田『お疲れ様、舞島学園のライブの打ち合わせ終わったのよね?』

かのん『はい、終わりました』

岡田『そう。今タクシーで向かってるから合流してすぐに移動よ』

かのん『あっ、その……』

岡田『なに?』

かのん『……いえ、何でもないです。いつも通り校門で、はい』

かのんが通話を終えると、また雨の音だけが響き始めた。

かのん「もう、行かないと……」

桂馬「…………」



桂馬は何も答えずゲームを続けている。
聞こえているのか少し不安になるかのんだが、そのまま言葉を続けた。

かのん「学校、案内してくれてありがとう。これ、使ってね」

かのんは桂馬に傘を手渡そうとする。
桂馬は、かのんを見ることなく、無言のまま傘を受け取った。

かのん(うん、そうだね。これで終わり……)

かのん(……もう、関係ないんだから……)

その気持ちが、かのんを押し潰そうとする。
その前に、この場を離れないと、逃げ出さないと。
その衝動に駆られるまま……。

かのん「じゃあね……」




傘を出る、私の手を、温もりが……。





桂馬「この雨の中、どこに行くつもりだ?」

かのん「え、あっ……」

桂馬は、掴んだ手をグイッと引き寄せ、かのんを傘の中に戻す。
その反動で、先程より距離が近くなる二人。
それに気づいたかのんは瞬時に俯く。

桂馬「それに、僕が第三者による強制終了ルートに納得すると思ったのか?」

かのん「そ、それって……」

桂馬「依頼が終わってないのに報酬を受け取ることは出来ないな」

かのん「…………」

かのんは桂馬に気づかれないように俯いたまま目の下を拭く。
その行動の意味を悟られないように、かのんは言葉を続けた。

かのん「最後に、どうしても行きたい場所があったの」

かのん(……桂馬くんと、一緒に……)

かのん「そこを案内してくれたら、その傘を貸すね」

顔を上げた彼女は、笑顔だった。

かのん(岡田さんごめんなさい。でも、遠回り、少し位いいよね)

その笑顔から目を逸らしながら桂馬は聞く。

桂馬「分かった。それで、そこはどこだ?」

かのん「それは……」




想いは雨、やまない雨。





一歩、また一歩と、南校舎の階段を上がっていく二人。
行き先を告げられぬまま、桂馬はかのんの後ろについていく。
かのんはゲームを続ける桂馬を心配して度々後ろを見るが、その心配は必要ないようだ。

桂馬(……この先は……そうか、屋上か……)

行き先を察した桂馬は、確かな足取りで階段を上がっている。
階段の最上階、かのんは屋上への扉を開けた。
先程まで遠ざかっていた雨の音が、また、強く響く。
扉の前に二人が並ぶと、かのんは雨を見上げる。
その時、桂馬は渡されていた傘をバサッと広げた。

かのん「……今度は、それ、持ってくれるの?」

桂馬「今やってるゲームは片手で出来るんだよ」

かのん「そうなんだ」

かのんは嬉しそうに桂馬の傘の中に入っていく。

桂馬「それより、行きたい場所ってここなのか?」

かのん「うん、どうしても来たかったんだ」

かのん(……桂馬くんと……)



やまない雨の中、二人は屋上を歩き出す。
屋上のフェンス越しに見える町並みには、傘の花が咲き乱れていた。

かのん「……綺麗だね」

その風景を見つめるかのん。
そして、その彼女を横目で見る桂馬。

桂馬(ここは、僕とかのんが出会った場所だ……)

桂馬(……記憶、あるんだな)

桂馬『かのん、僕のこと、覚えてるのか?』

それだけだ、それだけ言えばいい。それで女神がいるか分かる。

桂馬(……だが、本当に女神がいるなら、記憶があるなら……)

桂馬(今、隣にいるかのんは僕のことを……)

桂馬(それならこの状況、かのんから何か言うんじゃないのか……?)

疑惑と確信が襲い続ける。
そのなかで桂馬が選んだ選択肢は、待つことだった。



その時、かのんは勇気をだしていた。
ゆっくりと、桂馬に肩を寄せていく。
しかし桂馬は全く気づかない。

かのん(……はぁ、桂馬くん……)

かのん(もう覚えてないのかな……)

かのん(ここで私と会ったこと、私が歌ったこと)


ねぇ、桂馬くん。
さっきから私に何か言おうとしてるの、分かってるよ。

もどかしい……。

あなたからの言葉、雨が止む前に、早く言ってよ……。


桂馬「………………」

かのん「………………」


再び、傘を叩く雨の音が、会話のない二人をつつんだ。






かのん「……ばか……」







桂馬は何か小声が聞こえたような気がして、かのんを見る。
かのんはそれに気づき、空を見上げて、前の言葉をかき消すように言葉を続けた。

かのん「雨、やみそうだね」

それを聞いた桂馬も空を見上げる。
見上げた空は、雲間から光が射し込みはじめていた。

桂馬「そう、だな……」

想いは雨、やまない雨。

かのん「傘、もういらないかな……」

呟くような、かのんの言葉。
傘を貸す条件で始まった学校デート。
雨がやむということは、それは終わりの合図。

桂馬「まだ、雨は降ってる」

桂馬は視線をかのんに向ける。
それに気づいたかのんが目線を合わせると、桂馬は横を向いた。


桂馬「雨がやむまでは、そばにいるよ」


その言葉と共にゲームを再開する桂馬。
そして、そんな桂馬は見つめるかのん。

かのん(……桂馬くん、やっぱり私は……)

かのん(このまま、雨が降り続いたらいいのに……)



かのんの願いとはウラハラに、雨は弱々しくなっている。
二人を繋いでいた雨のリボンは、切れようとしていた。
その時、先程と同じ着信音が鳴り響いた。
着信音のコールは数回程度で終わる。
かのんは携帯電話を取り出す仕草を見せない。
おそらくそれがマネージャーとの相互伝達なのだろう。

かのん「もう、行かないと」

桂馬「そうか」

二人はお互いを見ることなく、そう言い合った。
かのんが空を見上げる。
雨は、まだ降り続いている。

かのん(……この雨が、繋いでくれたんだよね……)

かのん(それなら私は、この雨をやまないようにするよ)

かのんはステップ気味に、桂馬の傘の中から出て行く。

桂馬「お、おい」

雨は弱くなっているとはいえ、予想外の行動に桂馬は声を上げた。
しかし、かのんは桂馬を気にせずに言葉を続ける。

かのん「その傘、やっぱり貸すね」

かのん「でも、その傘は私のお気に入りなの。ライブで使ったりもするんだよ?」

かのん「だから……絶対……」

振り向く彼女は……。

かのん「返しにきてね」

優しい顔だった。
その不意の優しい笑顔に、桂馬は……。

桂馬「あぁ、必ず返すよ」

今度は目を合わせて、言った。

かのん「うん。それじゃ……」

かのん「またね」



かのんはそう言うと、階段の方向へ歩いていく。
それを最後まで見続ける桂馬。
雨は、やんでいた。
桂馬は雨上がりの屋上で、傘を差し続けている。

桂馬「……これで、良かったよな……」

桂馬(ルートは繋いでいる、かのんの女神を確認するチャンスはまだある)

傘を下ろす桂馬は、そのまま握った傘を見つめた。

桂馬「……覚えてるのか……」

桂馬「それなら、僕は……」




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――――







僕のせいだ……。




「かのんちゃんを家まで運びましょう!!」

「にーさま!! 聞いてますかーー!?」




あの時、屋上でちゃんと女神捜しをやっていれば……。




「姉さま、せっかく会えたのに……」

「そこで話をやめるなよ、あと何日で死ぬか言え」




僕は傘を返すと約束した。

必ず、返すと。




「僕はもう、二度と失敗はしない」




絶対に助けてみせる。

そして、あの傘を返すよ。

君に。










最後まで読んでくれた方々ありがとうございますm(__)m
それではHTML化依頼だしてきます


ありがとうございますm(__)m

他にも神のみSSをこんなスレタイで立てたことがあります。

ほむら「落とし神に魔法少女を攻略してもらう」桂馬「魔法少女だと」

エルシィ「にーさまを攻略女子の水着で落としてみせます~~!!」

エルシィ「この人達みんな駆け魂が入ってますーー!!」夜空「ん?」

梓「………」 「ドロドロドロ」 エルシィ「!?」

もし興味がありそうなスレがありましたら読んでいただけたら嬉しいです。
それでは、ここまでお付き合い頂きありがとうございましたm(__)m


あ、SS速報的にはこれも自分です。

青年「勇者が村を出ない」

神のみとは関係ないですがよかったら読んでみてくださいm(__)m

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