小鳥「月見て」あずさ「一杯」 (21)


旧暦8月15日に見える月。
それを中秋の名月と呼ぶそうです。

現在では9月中旬~10月上旬に旧暦8月15日が来ると言われています。
すすきやお団子をお供えして、まぁるいお月様を見上げる、所謂お月見。
本来は豊作を祈願したり、または感謝したりといった意味が込められていたそうですね。

現代においては、歳時記として形骸化されてしまった行事となってしまっているように感じます。

「音無さん、お供え物の準備は大丈夫ですか?」


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月明かりに照らされた事務所の屋上で、あずささんに声をかけられました。

「あ、はい。お団子もすすきもちゃんと飾りましたよ。ミニチェアも完備です!」

外でのロケで使う簡易テーブルを屋上に持ち込んで、その上にお供え物のお団子とススキを置きます。
夏が終わっても日中はまだ暑いですが、夜になると流石に涼しく、とても過ごしやすい気温です。
優しい夜風になびくすすきが、風情を醸し出していますね。

「うふふ、ありがとうございます~」


頬に右手を当て、あずささんは嬉しそうにしています。
左手には、何か縦に長い箱のようなものを抱えていました。
一体何でしょう……?

「あずささん、それは……?」

気になったので聞いてみます。

「これですか? うふふ」

さっきにも増して嬉しそうに微笑むあずささん。
テーブルの上に箱を乗っけると、どんっと重みのある音が聞こえました。
蓋を開け、中身を取り出しています。
箱の中に入っていたものは、透き通った透明の瓶でした。
表面には黒地に金色の文字でラベルが貼ってあります。
達筆すぎて、逆に何て書いてあるのか読めません。


「今日のためにいいお酒を買っちゃいました~」

やっぱり嬉しそうにそう言ったあずささん。

瓶の意匠とか見ると、かなりお高いお酒なんじゃ……?

「こ、こんな高そうなお酒、いいんですか……?」

瓶だけでなく、中のお酒まで澄んでいるのかかなり透明度が高くそれだけでも良いお酒なんだということが伺えます。
飲むのが勿体無いくらいに。


そんな私の心境を他所に、あずささんはためらうこと無く封を開け、これまた持参した升を鞄から取り出しました。
新聞紙で包まれており、包みを解いて、事務所から持ってきたであろう布巾で一度中を拭いています。

そういう所に気を遣えるあずささんは、やはり女子力が高いと言いますか、いいお嫁さんになりそうですね。
私だったら多分気にせず使っちゃいます……。

「さぁ、始めましょうか~」

表情と声から、ウキウキしている様子がありありと伝わってきます。
透明な瓶から升へ注がれる澄んだ液体が升の2/3程注がれ、私の前に差し出されました。

「はい、音無さんの分ですよ~」

差し出されたそれを受け取り、すぐに顔の前へ。
果実のような華やかな香りが芳しいです。
香りからしてすでに美味しい、そう思えました。


手酌させるのも悪いと思い、酒瓶をあずささんから受け取ってもう一つの升へ注ぎます。
大体同じくらいまで注ぎ、升をあずささんへ。

「うふふ、ありがとうございます~」

すぐにでも飲みたいといった様子のあずささんを待たせてはいけません、瓶をテーブルに置き、代わりに升を手に持ちます。

「それじゃああずささん」

月明かりに照らされながら微笑みを湛えるあずささんと、手に持った升を掲げます。

「「乾杯!」」


さっきは香りを楽しむだけでしたが、今度は升に口を付け、そのまま軽く傾けると常温のお酒が口の中に流れ込んできました。
艶やかな飲み口にほんのりとした甘み。
けれどしっかりとした旨みも併せ持っていて、普段口にするようなお酒とは一線を画しています。

空に浮かぶ月を眺め、幸せそうにお酒を口に運ぶあずささんを見ながら、また升を傾ける、それだけで充分美味しく感じられますね。

「綺麗なお月様と美味しいお酒、それに音無さんがいるなんて本当に贅沢な気分です」

衒いなくそんな事を言うものだから、口に含んでいたお酒を吹き出しそうになってしまいました。

本当にこの人は無防備ですね……。

「月とお酒は分かりますけど、私なんていても別に贅沢じゃないですよ?」

これだけは訂正しておかないと各所から怒られますからね!

私が全力で否定すると、あずささんはむくれて拗ねたような態度になりました。


「そんなことありませ~ん。私にとっては贅沢なんですよ~」

まるで子供みたいに拗ねています。
事務所のアイドルの中では最年長のあずささんが、私だけに見せてくれる一面。
これを贅沢と言わずして何を贅沢と言えましょうか。

あぁ、お酒が美味しい。

「聞いてますか、音無さん。事務所の他の子達に聞いてもきっと同じように言いますよ」

こんな風に慕ってくれるのは、正直に言うと有り難いのですが照れ臭くもあります。


「も、もー! 酔ってるんですかあずささん?」

照れ隠しにそんな風に言ってみました。

「このくらいじゃ酔いません。私は本当にそう思ってるんですよ?」

何故だか少し怒ったような表情をしています。
そのまま升を煽り、中のお酒を飲み干してしまいました。

「あ、あはは……」

笑って誤魔化すしかありません。


「風も穏やかで、随分と過ごしやすくなりましたね」

空いた升へお酌していると、夜空を見上げながらあずささんがつぶやきました。
月を見るあずささんは、貴音ちゃんとはまた違った雰囲気を醸し出しています。

「そうですね、もう秋なんですよね」

釣られて私も空を見上げます。
二人で月を見ながら、升を傾けるだけの空間。
お酒が無くなると、お互いに注ぎ合う、穏やかで、静かな時間が流れています。


ふと気が付くと、あずささんが月ではなく、私を見ていました。

「な、なんです?」

じ~っと見つめられると狼狽えてしまいます。

「うふふ、月明かりに照らされた音無さんもお綺麗だな~って」

ふんわりと微笑みながらそんな事を言ってくるあずささん。

この人はまた……。


「わ、私なんかよりあずささんの方がずっと綺麗ですから……」

慌てて訂正しますが、あずささんは意に介さずニコニコしながらお酒を飲んでいます。

「私、音無さんとこうやって一緒に過ごすの、好きですよ」

そういう事は運命の人に言ってください。
依然狼狽えながらそう伝えるとあずささんは

「音無さんが運命の人……だったらいいんですけどね」

もう酔っているのか、顔を真赤にしてそう答えました。


「ははは、何言ってるんですかあずささん」

嫌な気には全くなりませんけれど、あずささんのファンに聞かれたら大変な事になりそうです。

「おとなしさぁ~ん」

突然あずささんがもたれかかってきました。

「おぉっとぉ! ちょ、あずささんこぼれますから!」

お酒がこぼれないように体勢を整えます。
折角の美味しいお酒を地面なんかに味わわせるわけにはいきません。

私の苦労を他所に、あずささんは肩にしなだれかかっています。


シャンプーなのかは分かりませんが、柔らかな香りが風に運ばれて私の鼻孔をくすぐります。

あずささんがこんな風に甘えている姿は、例えプロデューサーさんでも見たことがないでしょう。
本当に贅沢な気分です。

「うふふ、音無さんはいい匂いがしますね~」

身体を預けながら嬉しそうにそう言ったあずささん。

お酒の匂いじゃないですよね……?

「とっても落ち着きます」

あずささんの香りに包まれながら、升を呷ります。
すぐに中が空になってしまいました。


「音無さん、もう一献。いかがですか?」

艶やかな微笑みを浮かべ、瓶の口を向けてきます。
少しだけ紅のさした頬と笑顔、そしてあずささんの香り。

私もお酒が回ってきたのでしょうか。
顔が熱くなってきました。

「さぁ、どうぞ」

四角い升に、澄んだお酒が注がれていきます。


「すみません、いただきます」

注がれたお酒をひと啜り、飲む度に美味さが広がっていきます。

「私にも一口くださ~い」

横から升に顔を近付けて啜っています。

「あ、お行儀悪いですよ」

口では窘めるものの、止めたりはしません。
一杯のお酒を二人して飲む、お互いに頬を紅く染め上げてのんびりと。

月だけが、それを見ていました。


おしまい

終わりです。


あずピヨ増えて。


少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

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