ネコ「にゃあ」 (27)

わたしはネコです。
ミーって呼ばれています。
わたしのことをミーって呼ぶのは、
いっしょに暮らしているシオンくんです。

シオンくんは毎日どこかに出かけます。
「おしごと」に行ってるらしいです。
シオンくんは毎日憂鬱そうな顔をして「おしごと」に行きます。
行かなきゃいいのにとわたしは思います。
行かないでわたしといっしょに居てくれればいいのにと思います。

わたしはシオンくんがだいすきです。
なぜならシオンくんは優しいからです。
でもたぶん、優しくなくてもわたしはシオンくんがすきです。

おかあさんのことは知りません。
居たのでしょうけれど、覚えていません。
気付いたときから、わたしはこの部屋にいました。
そしてごはんのことも、排泄のことも
自分でできるようになるまで、シオンくんがすべてをしてくれました。

シオンくんはときどき
「おれにはミーしかいない」とか
「ミーはおれの友だちだ」とか言ってくれます。
そう言われるのは、くすぐったいけれど、とてもうれしい。
シオンくんは、わたしのお友だちで、おかあさんで、わたしの全部です。

今日もシオンくんは「おしごと」にいきました。
シオンくんが帰ってくるまで、わたしは好きに過ごします。
お昼寝をしたり、おもちゃで遊んだりします。
そのなかでも毎日欠かさず一生懸命しているのは、毛づくろいです。
鏡をみて、すこしでも変なところがあれば舐めて直します。
シオンくんに、すこしでもキレイなところを見せたいからです。

「それは恋ね」
と、ときどき窓のところに遊びにきてくれるダリアさんは言いました。
コイ、初めて聞く言葉です。
「恋はとても嬉しくて、でもさみしくて切なくて、胸が痛くなるのよ」
ダリアさんはそうも言いました。
コイとは、怖そうなものだなぁと思いました。
でも、シオンくんへの気持ちはちっとも怖くないから
これはきっとコイじゃないと思いました。

窓の外が暗くなって、オレンジの光がぽつぽつと見えはじめたころ、
玄関から物音が聞こえました。
シオンくんだ!
わたしはそう思って、玄関へ走りました。
ドアが開いて、そこからシオンくんが出てきました。
だけどいつもと違い、シオンくんのうしろには、もうひとりひとがいました。
髪の長い、シオンくんより背の低いひと。
きっとこれが「おんなのひと」なのでしょう。
テレビでしか見たことがありませんでした。
だってシオンくんは今まで一度も連れてきたことがなかったから。

「おんなのひと」は、笑いながらシオンくんと話をしていました。
シオンくんは、シオンくんじゃないみたいでした。
わたしは胸がざわざわしました。
なんでだろう、そうです。
シオンくんが、ただいまって言ったきり、わたしに話しかけてくれないからです。

「おんなのひと」はわたしを見て
かわいいと言いました。
でもそれはわたしに言ったのではなく
シオンくんに言ったのが分かりました。
ミーちゃんこっちおいで、とも言われました。
なぜでしょう、わたしはとても腹が立ちました。
そして動かないわたしを見てシオンくんも
こっちにおいでミーって言いました。
今度はすっごく悲しくなりました。

ふたりはお話をしていましたが
だんだん喋らなくなってきました。
わたしは、早く帰ってくれないかなと思いました。
だけどふたりはだんだん距離を縮めていって、
最後には重なるようにくっつきました。
胸が痛い。このままでは死んでしまいそうです。

ふたりはベッドに行きました。
シオンくんが普段寝ているベッドです。
でもふたりは寝ているわけではありませんでした。
わたしは悲しくて悲しくて、にゃあにゃあ鳴きました。
シオンくんはそんなわたしを、お部屋の外に出しました。
ごめんな、って言いながら。

苦しい、悲しい、胸が痛い。
鳴かないようにとシオンくんからわたしは教わっていたので、
鳴くのは堪えました。
だけどとってもとっても胸が痛くて、
そんななかで、これはコイだったのだと
うすぼんやりと思いました。

あの「おんなのひと」が憎い。
シオンくんにあんなふうに触れられて。
あの「おんなのひと」がうらやましい。
わたしのしらないシオンくんを知っていて。
わたしにないものばかりを持っている「おんなのひと」。

わたしは、ネコじゃいやだと思いました。
シオンくんと同じ人間がいい。
そうしたら、きっときっと
「おんなのひと」よりもずっと
シオンくんを大切にできるのに、
シオンくんに愛されるかもしれないのに。
誰か、誰でもいいから、誰かわたしを人間にしてください。

ふと気づいたら、お部屋にいました。
お外から、お月さまのひかりが差し込んでいます。
「おんなのひと」は、もう帰ったのでしょうか、
お部屋のどこにもいませんでした。
起きあがって、違和感に気付きました。
視界がいつもと違います。
わたしは自分の身体を見ました。
わたしは、人間の身体をしていました。

「誰か」が、叶えてくれたのだな、
ありがとうございます。
わたしはそう思いました。

ベッドに近付くと、シオンくんがお布団のなかで寝ていました。
健やかな寝息をたてて眠るシオンくんを見て
わたしはとっても胸がほんわりしました。
お月さまのひかりがとっても明るい。
わたしはいつものように、シオンくんの横にもぐりこみました。
シオンくんは、明日の朝驚くでしょうか。
わたしはそう思いながら、シオンくんのとなりで、シオンくんと同じ人間として、眠りにつきました。

「おやすみなさい、シオンくん」

おしまい。

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