女悪魔「ねぇねぇ、今どーんな気持ちぃぃい??」石化騎士「…」 (132)


女悪魔「はっろー? 何ヵ月ぶりかなぁ、あっははー」

石化騎士「…」

女悪魔「こーんな、真っ暗で湿っぽい洞窟奥の祭壇で石になんかなっちゃってさー」

女悪魔「あっははー! 足のとことか苔生えて来ちゃってんよー?」

石化騎士「…」

女悪魔「ねぇねぇ、今どーんな気持ちぃぃい??」

石化騎士「…」



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女悪魔「よっこらセックスっと」ストン

女悪魔「どーよこれ、アタシが作った椅子なんだけどさぁ」

石化騎士「…」

女悪魔「ここ湿っぽいし、暗いじゃん? アタシは別に魔眼もあるから平気なんだけど」

女悪魔「ぶっ、ひゃひゃひゃ! アンタ、真っ暗で寂しいだろぉー??」ゲラゲラ

女悪魔「だからさぁ? 発光石をアタシが魔法とか使ってカットして作ったんだよねぇ」

女悪魔「こんな椅子でも充分明るいだろぉー!? あっはははは!」


女悪魔「そうそう、久しぶりにアタシがアンタのとこ来たのって用事があるからなんだよね」

女悪魔「ほら前に言ってたじゃん? アンタ、あちこちで起きてた事件を解決してたとかぁ」

女悪魔「その中に思い出した事あったからアンタの代わりに行ってやったんだよねぇー?」ゴソゴソ

石化騎士「…」

女悪魔「バシリスクって蛇神はそう簡単に殺せる奴らじゃないんだなぁー、まぁ? アタシにかかればよっゆーだったんだけどぉ!」ゲラゲラ

< ポイッ

石化騎士「…」

女悪魔「また蛇神に支配されかけてた村の女の子からアンタにプレゼント」

女悪魔「キレーなお花だよねぇ…あっははーっ! アンタの鎧にお似合いだねー?」

女悪魔「そのキレーなお花の花言葉、魔界にあんだけどぉー」スタスタ

女悪魔「アンタが元に戻ったら教えたげる」チュッ

石化騎士「…」




─────【?年前】─────




『ぐぁああああああ……!!!』


魔王『ククク、漸くこの時が来たか』

魔王『長かったぞ、永かった……』

魔王『貴様に我が配下の悉くを葬られ、挙げ句には軍の進行すら遮られ……』

魔王『忌々しい貴様をどれだけ痛めつけてから消してやろうかと思っていたが』

魔王『……貴様には相応しい結末を用意してやったぞ?』


『ぐッ……か、身体が……!!』

< パキパキパキ……ッ


魔王『この闇の祭壇で石像となり、静かに滅び行く世界を見守っているがいい……!!』


『……ッ、ぐ……』


『…………すまない…………』



< パキパキパキ……ビキィッ……




女悪魔「……」

女悪魔「夢……か 」

女悪魔「アンタを背中にして寝ると録な夢を見ないじゃん」

石化騎士「…」

女悪魔「ま、でも」コツン

女悪魔「心は暖まるから許してやるじゃんよー」

石化騎士「…」





女悪魔「はろーん、元気ぃ?」

石化騎士「…」

女悪魔「あっはははは! そんなわけないよねぇ? アタシは元気だよぉお!」ゲラゲラ

女悪魔「また数週間こっち来なかったのはさぁ、なーんかウチの王様がまた何かやろうとしてんのよねぇー」

女悪魔「しかも、四天王まで引き連れて」

女悪魔「いやぁもうホント怖いわぁー? まぁ、アタシが本気出せば四天王くらいどってことないけど!」

女悪魔「てなわけで、ちょっと魔界に今日から帰ってしばらくこっちには来ないから」

女悪魔「寂しいよねぇー? つらいよねぇー?」

石化騎士「…」

女悪魔「あはは、今どーんな気持ちさアンタぁ?」

女悪魔「……どんな気持ちにせよ心配は無用だかんね、いちおー言っとくけどさ」

石化騎士「…」


─────── バサァッ!!


< スタンッ

女悪魔「ふぅ、ただいま」

石化騎士「……」

女悪魔「どぉ? 少しは品が出てきたと思うのだけど」クルクル

女悪魔「まぁ見た目が豪華になったのはまだ翼だけだし、私じゃまだ四天王にすら勝てないわね」

女悪魔「今日来たのはちょっとした土産話よ」チャキッ

< サクンッ……

女悪魔「魔界に帰ってから色々調べてたら見つけてね、貴方の探していた『光の剣』」

石化騎士「…」

女悪魔「貴方に持たせればあらゆる魔法を掻き消す効果もあったのだけれど」

女悪魔「……肝心の貴方はいま石だもの、ね」

女悪魔「数日、ここで翼を休めるわ」

女悪魔「『悪魔王の翼』って、どうにも燃費悪いみたい……ま、私にかかれば数日休んだら一生飛べるけど」

石化騎士「…」


女悪魔「 ─────♪───── 」スルッ…

女悪魔「 ─────♪───── 」シュルッ…バサッ

女悪魔「……♪…ん、あー……?」ピクンッ

石化騎士「…」

女悪魔「思えば貴方に私の身体を見せるのは初めてだったかしらね」

< シュルッ…スッ……

女悪魔「初めて会った頃はやんちゃだったものね」

女悪魔「だからか、それとも生来の性格か、貴方は私の前ではずっと堅物な騎士様でいてくれた」

女悪魔「もしも意識があるなら、私の歌声を聞いて、そして裸を…身体を見てるのよね?」

女悪魔「そしてきっと、時間の感覚も麻痺してきて……貴方はきっと、怖がってるはず」

女悪魔「ずっと言えてなかったけれど、大人になった今なら真っ直ぐ目を見て言えるわ」


女悪魔「貴方が好き」


石化騎士「…」


石化騎士「…」

女悪魔「そろそろ行こうと思うの」バサァ

女悪魔「魔力も充分に回復したし、翼にも馴染んだもの」

女悪魔「以前、最後に会った時は数週間と言って数年帰って来なかったけれど」

女悪魔「今度は少し寄り道をしたら、そろそろ試そうと思うのよね」

石化騎士「…」

女悪魔「四天王、彼等の誰かに戦いを挑もうかなってね?」

女悪魔「ただ無策に挑む訳じゃないわ、寄り道をするとは言ったでしょう?」

女悪魔「四天王相手なら、多分……勝算はあるわ」

女悪魔「……もう分かったわよね? 今度はいつ帰れるか分からないの」

石化騎士「…」


< ズゥンッ・・・!!


石化騎士「…」ギシッ

女悪魔「はー……重かったわぁ」バサッ

女悪魔「石になるって随分重くなるのね? 今の私でさえ苦労しちゃった」

女悪魔「でも、これで少しは私を待つ気が出るでしょう」



────────── サァァァァァ……



女悪魔「洞窟の外にね、貴方の所に来る度に花の種を撒いてたのよ」

女悪魔「いつか貴方に見せてあげたくてね」

石化騎士「…」

女悪魔「例のバシリスクに支配されてた村を覚えてるかしら、あそこは今ではあの綺麗な花の咲き乱れる町になってるの」

女悪魔「種をいつも貰いに行っては、その辺に撒いたりして……」

女悪魔「……」

女悪魔「それじゃ、話を長々とするよりもさっさと行くのが私らしいわよね」

女悪魔「またね、次会えたらその時は褒めて頂戴ね?」クスクス

石化騎士「…」

女悪魔「せっかくの私のお花畑を特等席で見れるのよ、光栄に思って欲しいわね」ニコッ


────────── バサァッ!!



─────【十数年前】─────



『……君が、悪魔?』


女悪魔『そぉーよ? あっはは! なによ、こーんな小娘一人に人間の軍が手を焼いてたのが気に喰わない訳ぇええ?』ゲラゲラ


『……』

『違う、が……それに近い』


女悪魔『はぁ?』


『余りにもか弱い』

『君に軍が手を焼いていたとは思えない』


女悪魔『か弱いって……アンタ死にたいの?』

女悪魔『アタシはねぇ、これでも睡魔を人間に与える魔法は得意の悪魔なんだから……』


『……それは本当なのか』


女悪魔『そぉーよ? あひゃひゃひゃ! なんだよその顔ぉ!』


『お前は……君は人を殺す力も無いんだな』


女悪魔『??』

女悪魔『アタシの役目は人間達を都市ごと眠らせて困らせる、それだけだよ』


『……』

『そうか』






< ザシュゥッ!!

女悪魔『ひぁ……っ!!』ドサッ

女悪魔『な、なんで人間の兵士が同じ人間を殺してここに……!?』


剣傭兵『こいつか魔族の女ってのは』

斧傭兵『らしいな、噂通りの美しさだぜ……憎いのに変わらんが』

剣傭兵『殺すのが勿体無い位だが、所詮は魔族だからな』


女悪魔『なっ……話が違うじゃん!? 大人しく投降すれば戦争が終わるまではここで…』

< ゴッ!!

女悪魔『ッ……』ドサッ


弓傭兵『知るか、俺達は雇われただけだっつの! 第一、魔族を戦争が終わるまで生かす事自体が納得いかねえ!!』

剣傭兵『その通りだ、騎士だか何だか知らねえが……貴族の綺麗な戦いに巻き込まれて死んだ奴らがどれだけいると思ってやがる』

斧傭兵『おら立て! 手足削ぎ落としてなぶり殺しにしてくれる!!』グッ


女悪魔『……っ』ビクッ



< 『ぎゃぁああああ!!』


剣傭兵『!?』


女悪魔『……?』

女悪魔『アンタは……この間の騎士』


『枢機卿の暗殺は止められなかったが、その悪魔は殺させない』


斧傭兵『てめぇ……よくも殺りやがったな…!!』


『……』

『ここの牢番をしていた男は、かつて騎士だった』

『だが、突然騎士から降りて……いいや、濁す意味も無いな…こいつは騎士として生きるのに疲れたんだ』

『貴族の位も捨て、妻も子も捨てた』

『私は愚かだと思うよ、この男は誰かを殺める事に美学を持つのが嫌だと言って誇りを捨てたのだから』


斧傭兵『おおおおおお!!!』バッ

< ズバァッ!!

斧傭兵『……え…………カハッ…』


『同時に私は彼を誇りに思う』

『彼は最後の一瞬まで戦う事を好まずに死んだ、最後の一瞬まで例え魔族でも守るだけだったのだから』

『来い、王国騎士団の一員として……私が相手だ』


剣傭兵『……腐れ騎士が、寒い語りしてんじゃねぇ!!』



< ドサッ!!


『……』


女悪魔『……意味が分からない』

女悪魔『アンタら人間はなんで殺し合ってるのさ……敵は魔族でしょ』


『醜いか』


女悪魔『……理解できないっつの』


『…………そうだな……』

『私も、まだ理解できた試しはない』

『騎士で居続ける事に、疑問は幾らでもあった』

『剣を弱者の為と言い、権力者の私利私欲に使われる事に怒りもある』


女悪魔『ばぁーかみたい……人間って』


『今のは私の経験と考えだ』

『馬鹿だろう? こんなのが人間の戦士として最前線に立っているんだ』

『権力者以外の、弱き人の為でもあると信じながらな』






─────「……あぁ、そんな事言ってたわね」─────



女悪魔「………あはは」

女悪魔「あの人に影響されちゃったのかしらね?」

< パキパキパキ……

女悪魔「逃げなさい、人間の子」ニコッ


少女「ぁ…あ……」ガタガタ


女悪魔「だーい丈夫よ、私これでも強かったでしょう?」

女悪魔「翼が使えなくなっても平気、早く逃げて貰った方が私には良いのよね」

女悪魔「お願い出来るかしら?」


少女「……うんっ…」バッ

少女「が……がんばれお姉さん!」タッタッ



女悪魔「お姉さん……か」

女悪魔「こんな私でも好かれるものね?」


第一魔王「……惜しい、やはり惜しいぞ女」

第一魔王「たかが1悪魔の睡魔使いが、悪魔族の女帝に君臨し」

第一魔王「東の竜王に最高度の悪魔の炎を授かり、最早その実力はかつての四天王を遥かに越えている」

第一魔王「我が配下……四天王に加わらぬか」


女悪魔「……魔族の王を名乗る割には、淑女に対して不躾なのね」


第一魔王「なに?」


女悪魔「私には待ってる人がいるのよね、だから……」

女悪魔「……お断りさせて頂くわ、ズル賢い魔王様」ニコッ


第一魔王「……」


< パキパキパキ……ビキィッ…






石化女悪魔「…」ビシィッ…パキパキ……






第一魔王「愚かな悪魔だ、魔族の身でありながら我々に刃向かおうとは」

第一魔王(だが四天王を全員倒されたのは想定外だった)

第一魔王「……ふむ」

第一魔王「全軍を撤退させた後、『何人かの魔王』を連れて少数で人間どもを蹴散らすか」

第一魔王「魔族の者から多数の離反者が現れるだろうが、問題ない」

第一魔王「戦争に勝てば、我が何をしたとしても……何も問題はないのだから」

第一魔王「クックック……フハハハハハハハハハ!!!!」





────────── サァァァァァ…………




石化騎士「…」


石化騎士「…」


石化騎士「…」


石化騎士「…」


石化騎士「…」


石化騎士「…」



……私の人生は、魔王が言うような『勇者』なんて大それた物ではない。


ほんの少し恵まれた環境で育った、マナーや常識を弁えただけの貴族の一人だった。

顔立ちも整ってはいても、決して美形とは言い難く。

好んだ服も地味な物が多かった。

だからだろう、よく家の中では使用人にすら貴族らしからぬと言われたものだった。


そんな私が騎士になったのは、実は誰かに流されたからでも憧れていたからでも腕に自信があったからでもない。


私は、怖かったのだ。



私は父を早くに亡くし、使用人と母、そして二人の叔母達と共に育った。

家の中で唯一の男。

しかしその男を育てたのは、淑女ながらも気の強い母達だったのだ。

彼女達は周囲の貴族と上手く付き合いながらも、君主たる男がいないにも関わらず他者に見下される事は無かった。

世渡りが上手く、然程の財も権力も持たない家であったが肩身の狭い思いをしたことは無かった。


だが、私は何の気なしに見たのだ。


─────「どうして……」─────


きっと私が見たのはちょっとした夜の、僅かに酒が入り感情を抑えていた何かが緩んだ僅かな一瞬。

本を読んでいた私が喉の渇きから、一本の葡萄酒を手に部屋へ戻ろうとしていた時に母の声が寝室から聴こえた。


─────「どうして私を独りにして……置いていってしまったの……」─────


─────「あなた……あなた……」─────


その光景が私を大きく変え、私の道を決めた。

あの弱さを決して見せることの無かった母が見せた涙と、不安そうに肩を抱いて震えるその姿。

私は、人の持つ脆い一面を突如として『守りたい』と考える様になった。


母の弱さを見た後日。

私は使用人の一人に一言、訊ねた。


『君にも弱くて脆い部分はあるのだろうか』


当時の齢は十三と若く、使用人はその時はさして意味など考えずに答えた。


……『私の体はきっと貴方よりも脆く、弱いでしょうね』


私はその答えは意図していた事と違うと感じ、訂正してからもう一度聞こうとした。

しかし、その途中で気づいた。

彼女の体は確かに当時の私よりも僅かに小柄で、手足は細く脆そうだという事に。

本や、それまで考えていた『弱さ』という言葉に込められていた意味に、私は内面や感情の事だけではないと気づいたのだ。


それに気づいてから、私は月日を追う毎に段々と学んでいった。


時には触れ。

時には聞き。

時には……恋の真似事をしてまで。


私は守るべき物の境界線のような、区切りを何処かでつけようとしていたのだ。

人の持つ『弱さ』を知る事で、私が守る……騎士になる意味を探ろうとしていたのだ。



─────『母上が追い剥ぎに……?』─────



……それは私が自身の守るべき物の境界線を漸く張り終えた時期。

齢は十九、王国騎士団の見習いとして入団したばかりの頃だった。

突然騎士団の演習場へ私の屋敷にいた使用人が入り込み、助けを求めに来たという。

それも、その背中には一筋の切り傷を負ったままでだ。


……『あぁ、若旦那様……御許し下さい…』


……『私には貴方様の母を守る事が出来ませんでした……どうか……御許し下さい…』


既に流れてはならない量の血が流れていたのだろう。

若き日より私に仕えていた使用人の女は、私の手を握り俯いたまま喘ぎ、尚も赦しを求めていた。

私には理解が出来ない瞬間だった。

なぜ、彼女は私に赦しを乞わなければならなかったのか。

なぜ、彼女は母を守ろうとしていたのか。


……その答えは分からない。


彼女はまだ若い騎士となった私の手を握り、足元で跪いたまま喘ぎを止める。

静かに、周囲で動揺していた他の見習い騎士達も含めて。

その死際の姿は、私の眼に一生消える事の無い物として焼き付いたのだ。



────────── 『王国騎士団の名に懸けて!! 我等は魔を滅するのだ!!』


母が物盗りに殺され、私は叔母達の支援や周囲の推薦を受けた後。

齢は二十二、王国騎士団に正式に入団した私はこの当時は未だ実態の謎だった『魔族』との戦争に参加する事となった。


───── 『魔族とは新たな大地から来た異民族である』

───── 『噂は噂、実は王国が隠していた敵国との戦争』

───── 『実は王の嘘を鵜呑みにした騎士達が見えないものと戦っているというだけ』


様々な噂が、伝承が、考察が、騒ぎが渦巻く中で。

私は真相がどうだろうと関係無いと思っていた。

いや、最早私には騎士団の使命は殆ど意味など無かったのだ。

私が欲しかったのは正式騎士団の地位、そして王より譲り受けし『剣』だけだったのだから。





『弱きを守れる力』が欲しかっただけなのだから。







────────── サァァァァァァァ…………




石化騎士「……」


石化騎士「……」


石化騎士「……」


石化騎士「……」


石化騎士「……」


石化騎士「……」


石化騎士「……」


石化騎士「……」




─────── 『第6大隊、騎士達が全滅しました』


─────── 『相手は魔王軍の主戦力と予想、数は僅か四百にも関わらず四万の騎士と傭兵が圧倒されています』


─────── 『隊長! もうこの街は守りきれません! オークや黒騎士が殺到する前に我等も逃げましょう!!』



『……』

『住民を全て、出来るだけ騎馬で護衛しながら敵の手の届かない海辺の街へ避難させろ』

『それまでは……』


『私と共に死ぬ覚悟がある者だけ、残れ』



…………戦争が始まってから既に十五年。

魔族達は自らを『魔王軍』と名乗り、遂にそれまで抵抗を続けていた人類……王国へその力を見せつけていた。

それも圧倒的な差をつけて、だ。

初めこそ骸骨の兵士や弓矢、騎士のような姿をした魔族だけが大群で無差別にやって来るだけだったのだ。

しかし、十二年経った時から突然変化したのだ。


より強靭で、より強力な腕力と魔力を誇る魔族。


『オーク』である。







────────── サァァァァァ…………




石化騎士「…」


石化騎士「…」


石化騎士「…」


石化騎士「…」



< ザクッ…ザクッ…

< 「……」

< 「皆、聴こえるかしら?」キィィン…

< 「魔王軍の駐屯地だった第七地下遺跡から、大体南南西に三里位の距離と位置で見つけたわ」


< 「姉さんの愛した人間を、ようやく見つけたのよ」


< 「……ええ、ええ…分かってる」

< 「先に魔方陣に必要な触媒を調合しておくわ、貴女達は今から言う目印を頼りにさっき伝えた位置を探しなさい」

< 「目印は『青い花』よ、上空からでもよく見える筈だから探しなさい」



───── 『生き残ったのは……私だけなのか…………?』 ─────



……数多くの同胞達と共に、死を覚悟しての囮による住民の避難作戦が決行された。

私はその瞬間に起きた事をよく覚えている。

都市に近付いてくる魔族の精鋭を見据え、バリスタや大砲による迎撃と即席のバリケードにより生まれた迷路を駆ける騎士達。

その先頭を走り抜けていたのが、私だった。

そして、万一迷路の先でオークや『黒騎士』と呼ばれる精鋭の中の精鋭に鉢合わせたとしても。

最初に犠牲となるのは自分の筈だった。



────────── 『何処へ行かれるおつもりかな、騎士殿』



だが、不意に耳にした不敵な声音が鳴り響くのと同時に。

私は【その声の主】が現れた余波だけで吹き飛ばされ、全身に火傷を負い意識を失ったのだ。

それもその筈だった。


ずっと後に、ずっと先の未来で、ただ舞い降りただけで私を昏倒させ一瞬で同胞達を焼き殺した者の正体を私は知った。

四天王の一人だったという事を、私は知り、そしてその時思い知らされるのだ。

人間は、無防備に姿を現した敵の指揮官にすら勝てないのだ、と。



都市を、守る為に私は戦う筈だった。

なのに次に私が目を覚ました場所は、王国騎士団の治療所だった。



『貴公か、オークの軍勢に飲まれた都市の騎士隊長とは』



そうだ……。

私はあの都市で瀕死とはいえ生き残った、唯一の生存者らしい。

逃げ延びさせる為、街の反対側から騎馬隊に住民の護衛と誘導を託したのも全て無駄だったのだ。

魔王軍に存在する複数の最上位指揮官、『四天王』。

私が出会ってしまったのは、たった一人で数千の軍勢を相手取るような超常の存在だったと、王国の騎士団を纏めている男は言った。


『数多くの同胞、そして我等が守護すべき民を守り抜けなかった事……深く御察しする』

『だが、最早あの化け物どもとの戦いも長引かせてはならない』

『あの四天王と戦い、瀕死ではあるものの【唯一原形を留めていた人間】だ』

『どうか貴公の力を、貴公の知を、我等に貸してはくれぬか……』


そう言って膝をつく騎士団長の姿を目にした時。

これまで存在しなかった感情を私は覚えた……そう、覚えてしまったのだ。

どうする事も出来ぬ、【逃れる事の出来ない死】。

もう、もう既に……人間には無かったのだと。

魔族から弱きを守る力も、魔族から逃れる知すら、人間には何一つ残されていなかった。

手立ては無い。

魔族を上回る何かが無ければ、装備の差など微々たる物であり、多少の修練や技量に意味はない。




───────── 『一体、何の騒ぎだ……』

───────── 『それがどうも……外門の前で倒れていたそうなんです』

───────── 『なにがだ?』




──────────・・・『魔族、だそうです……』



数年後、王国のかつて治めていた領地の四割を魔族に奪われ、ほぼ全ての領地や村の民を避難民として受け入れていた時。

私はあの『四天王』と出会った時より考えていた事を実行した。

騎士団長に知を貸して欲しいと言われ、私は最初断るつもりだった。

しかし、手立てが無いのならば……例え無謀で、無駄で、何の美徳も存在しない策だとしても受け入れられるのならば。

たった1つの望みに賭けるしか、私だけでなく騎士達、そして……人間には残されていない。



『……騎士団長、そして私を始めとした複数の騎士を護衛につけて塔へ案内しろ』


『これで五人目……それも絶対的に少ない、理性ある魔族だ』


『絶対に傭兵や一般兵、そして民には近づけさせるな』


『……皆は祈れ、今度こそ魔法が使える魔族であれば良いのだが…………』



そう。

私は以前から考えていたのだ、人間には不可能であり、人間には無い魔族の強さを。

それこそが【魔術】……即ち魔法だった。








────────── サァァァァァ…………




< ピシッ……


少女悪魔「……!?」ビクッ!

老婆悪魔「……」

老婆悪魔「今のは……何の音だね」

少女悪魔「わ、分からないわ……ただ…今の音って……」


石化騎士「……」


少女悪魔「あの石像……よね、音の出所は」

< バサァッ!

鴉悪魔「何事?」スタッ

少女悪魔「母さん……! いま、『あいつ』が動いたかも…」

鴉悪魔「……」


< ザッ……

< 「何をしている、魔方陣は未だに完成していないのだろう?」


老婆悪魔「……『王』、この者を見てみなさい」

老婆悪魔「『石化の忌』とは文字通り1つの存在を石に変えてしまう魔族の中でも禁忌中の禁忌……」

老婆悪魔「己の中に眠る魔力を全て使い果たし、二度と魔法が使えなくなる代わりに石にする魔術……これを逃れる術も自力で解く術も無い」


悪魔王「………」

悪魔王「なるほど、この人間……」


少女悪魔「??」

鴉悪魔「睡魔に長けた私の娘なら見えるでしょう」

鴉悪魔「ご覧なさい、あれが人と魔族が共通する安らぎの証よ」


少女悪魔「……」キィィンッ

少女悪魔「………」

少女悪魔「………………………え…………」


悪魔王「石にされた者は意識を持たない」

悪魔王「何故なら石になったのだ、道理だろう? そして同時に存在を石にされた……つまり、もはや死んだのと同義なのだ」

悪魔王「素晴らしい、これがあの魔王さえ恐れた戦士か」


少女悪魔「……この騎士……」






────────── 「夢を……見てるの?」







……かつて戦争が始まった時。

人間は魔族を恐れはしたものの、対立の道を選んだのは相手が異形の者だとしても敗北はしないと信じていた。

その後……十二年の月日とそれだけの魔族と人間の血が流れた時。

流れる血は、圧倒的に人間が多くなってしまった。

犠牲となる民を守る事すら出来ず、無念にその命を散らしてしまう者が増えてしまった。


──────── 『おぉ……ぉおおおおお!!! 傷が……塞がったぞ!!』


圧倒的な力と、そして人間には出来ぬ数々の癒しの魔法を駆使してきた魔族達。

そうだ、我等人間には力は無い、魔法も知らない。

だが、だがしかし……もしもどちらか手に出来るのだとすれば。

我等が手にして最も多くの命を救えるとすれば、力だろうか?

それは違う。

我等が欲していたのは勇気でも圧倒的な戦力でもない。

救える力である、傷を癒し塞ぐ……たったこれだけの事が我等は欲しかった。

もう一度立ち上がり、脅威の敵に刃を突き立てる様な奇跡を求めて止まなかったのだ。


『……癒しの魔法、遂に手に入れたぞ』


『直ぐに王国の書記官達に伝えよ!! 魔法の……奇跡の習得法を記し、全ての騎士達に配れ!!』


『もう一度……私達は守るのだ、次こそは守り抜くのだ!!』




───── 『御報告します!!』 ─────


───── 『現在実行中の都市奪還作戦は成功……我々騎士団の勝利です!』 ─────


───── 『……俺達は、やっと奴等に勝ったんですよ!!』 ─────



……約十年後。

最早王国の首都を残し、ほぼ全ての領地を魔族に支配されていた。

だが、それは全て時間稼ぎに過ぎなかった。

私を含めた騎士団の人間、その数は7万。

それら全員が致命傷すら瞬時に治癒出来る程に……魔法を極めるに至るまでの時間稼ぎに必要だったのだ。


『……ここまで来るのに私達は時間をかけ過ぎてしまった』


騎士団長『何故そんな事を言うか、ここから我等騎士団は、人類は魔族に勝利するのだ!』


『…………』

『だがそれでも……救えない命が多すぎた』

『友よ、私は…………』


騎士団長『……』

騎士団長『貴公がいなければ、更に多くの命を散らして……そして我等は絶望していたかもしれぬ』

騎士団長『皆に代わり、俺に礼を言わせてくれ』


『…………』

『……それでも私は…』

『やはり……誰かを守り抜きたかったよ』



最初に都市の奪還に成功してからという間も無いうちに。

王国の首都より最も近い村や街を私達は同じく魔族の手から取り戻す事が出来た。

……しかし、元々の圧倒的に絶望な戦力差はそこまで変わった訳ではない。

あらゆる致命傷をも治癒する事が出来る様になったとはいえ、私達は忘れていた。

人間は痛みを感じ、そして苦痛に疲れ果ててしまう事に。


『……エスト卿……』


……『エスト卿は自身の心臓に刺突直剣を……更に回復を恐れたのか、縄で首も絞めていたそうです』


『一体、何故こんな事を……』


……『…………【新団長】、我等は貴殿方に地獄の業火に焼かれようとも共に戦う覚悟です』

……『しかし覚えておいて下さい、今の我々騎士団は不死に等しい魔性の怪物である事を』

……『我々はもう、以前の様な騎士道に生きて死ぬ事は出来ません』

……『頭さえ無事で声さえ僅かに出せれば瞬時に治癒出来る、どれだけ果てようと再び立ち上がる亡者なのですから』


『…………』


『そうか』


それから、僅かに魔族を押して十数年経った時に共に戦った戦友が次々に命を絶って逝った。

誰もが自身の使命を果たしたと思った瞬間、その命をようやく散らす事を選んでしまったのだ。

私一人を除いて。

大切な者を持つ者を除いて、それから魔族が軍の進行を遂に止めた数年後。




騎士団は、魔族に反撃を仕掛けた当初より半分以下になっていた。






────────── ・・・



騎士『…………………………』


騎士『ここ……は』


騎士『…………』


騎士『そうか……ここは私の夢なのだな』


騎士『暗いな…………』


< 「……、…………?」


騎士『……?……』


騎士『な……んだ? 何処から……この声が…………』


騎士『誰だ……』


騎士『私を呼んでくれるのは……誰なのだ』


< 「……っ、…………!」


騎士『遠いな……』


騎士『待ってくれ……今、そっちへ行く……待ってくれ………!』







『私をまた一人にしないでくれ……!』 ──────────






────────── サァァァァァ……………



少女悪魔「……魔方陣も、後少しで完成よ」

少女悪魔「それまで待ってて頂けるかしら? 騎士様」

石化騎士「……」

少女悪魔「……」


< バサァッ!!

鴉悪魔「どうかしたの」


少女悪魔「ううん、ただ……姉さんはどうして人間の、それもこの騎士の為に戦ってたんだろうって」

少女悪魔「私達は万物に眠りを与えるだけの、『睡眠欲の悪魔』なのよ?」

少女悪魔「なのに姉さんは戦う事を選んで、一時は魔族をも敵に回して人間とも戦って……魔王に挑んだ」

鴉悪魔「理解が出来ないか」

少女悪魔「ええ……母さん、何故姉さんはこの人間を愛したのかしら」



鴉悪魔「そんなの、知る訳無いだろう」



少女悪魔「え……」

鴉悪魔「何を驚いた顔をしているの」

少女悪魔「いや、だって母さんは一応……悪魔の中では『淫魔』にも属するんじゃ」

鴉悪魔「……」

鴉悪魔「なるほど、勘違いをしているのね」

少女悪魔「勘違い?」


鴉悪魔「私の若い頃は確かに淫魔の名に相応しい行為に明け暮れたものだった」

鴉悪魔「だがそんな私でも突然、変化の日というのは来るものなの」

鴉悪魔「貴方達の父親と恋に落ちて、そのまま孕んで貴方の姉を産む程にね」


少女悪魔「………」

石化騎士「……」

少女悪魔「じゃぁ……姉さんも、突然、だったのかな…」





───────── 『約束は果たした、さぁ蛇神バシリスク………その魔法を私に教えてくれないか』




蛇神を名乗る魔族の女に出会った私達騎士は、その村で数日間を過ごした。

村人達と声を交わして、酒を貰い、食事も出された。

しかし蛇神は言った、この村にいる人間達は人の存在ではないと。

何故なら村人達は……既に戦争初期の頃に皆殺しにされていたのを、蛇神が村の中でのみ生きられるように蘇らせた存在だからだった。


……【が…フッ、心臓を貫きに来るとは思わなかった……ゴホッ…】

……【やはり私の眼に狂いは無かった、かの勇者伝説はお前を指していたのか……】


では何故。

蛇神はそんな救済を人間である村人達に与えたのか、私はとある晩に一人で問いかけた。

夜風に吹かれながら小屋の扉に寄り掛かり、ゆったりと『花の酒』を飲む蛇神は答える。

「この村にある花は、魔界では非常に珍しい幻の万能を誇る花なのだ」……と言った。

私はその時、初めて対峙した際に洞窟内で見た大量の『蒼白の花』を思い出した。

暗闇の中であっても、絶対にその『色』は変わることの無い花を、私は幼い日に使用人に聞かされた御伽噺として知っていたのだから。


『……勇者……?』


……【そうだ】

……【『真の魔王になる者』、勇ましき人と魔族の王になる運命を持つ戦士……それがきっとお前だよ】


そして……蛇神は酒を飲み干すと、中にある花を飲み込んだ。

彼女は夜闇であるにも関わらず酷く寂しげに笑った、自分は眠りにつく事が出来ないのだと。

不老不死の呪縛は、生まれながらに強大な力を持つ邪神族の中でも比較的珍しく。

その呪縛は蛇神たる彼女に『安息』を一度たりとも与えてはくれなかったのだ。


不老不死、故に彼女に疲労は有り得ない。

生物として常に最上の状態を保っていた蛇神は、あらゆる薬効も傷も、呪いでさえも眠りにつかせる事は出来ない。

それが生まれ落ちてからの数百万年を過ごした蛇神にとって、どれほどの苦痛と自身への憎悪を膨らませたのだろうか。

だからとは言えない。

だが、それらの積み重ねてきた物とこの時の私という存在が要因となっていたのは確かだった。

それまでの酒を飲んでいた空気は一瞬にして消え、ある条件を提示しながら襲いかかってきたのだ。

その条件とは。



『……私はそんな大それた存在ではない、それよりも約束だろう』

『守護魔法、その秘法を教えると言っていた筈だ』



そう、「もし今から私がお前を殺せず、ましてや敗北する様ならば守護の魔法を教えてやる」と彼女自身が言ったのだ。

突然の申し出と強襲。

果たしてその行動にどれ程の意図が込められていたのかは私には分からなかった。

ただ……もし何らかの意味があるのだとすれば、戦いを終えた後に言った「勇者」という言葉が関係していたのだろう。

例えば、「勇者」ならば彼女を……蛇神を、永遠の眠りに着かせたのかもしれない。

時系列が一致してない話はある程度まとめて読まないと訳がわからんくなる
更新が遅めの上に小出しだからストーリーも記憶に残らない
遅くなるのを割り切って書き溜めした方が読者的には読みやすいと思うよ

別に毒者様になりたいわけじゃないんだが投稿の仕方がもったいない気がする

分からなくなったら最初から読み直せばいいじゃない

こんだけ投下間隔開けて、しかも一回1レス
そんな更新のSSが好きって
どんだけ飼い慣らされてんだ

はい、流石にそこまで。

投下に関する事は>>71様や>>73様はともかく、>>75様のように気に入らない方も出てくるのは当然の事でしょう。
人それぞれ好みはあります、私も実は嫁にしばかれ隊派ですが嫁がしばかれ隊派なので我慢してフェェイ!!しております。

投下が異常に遅く、しても1レス……ええ、まことに申し訳ない。
投下が遅い原因はリアルが忙しく、そして今日まで一度も私自身がアナウンスしなかったのは自分ルールがあったからに他なりません。


上条「しゃぁああああ!! イェァッ!! ヒュゥウッ!ポゥッ!!」
上条「しゃぁああああ!! イェァッ!! ヒュゥウッ!ポゥッ!!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405395252/)

男「……いよいよメラが使える様になるとか末期だな俺は」
男「……いよいよメラが使える様になるとか末期だな俺は」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1406158587/)

【R18注意】キリン「好き…好き…ぃ」【モンハン】
【R18注意】キリン「好き…好き…ぃ」【モンハン】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377100906/)


私が他にも書いておりますスレでございます、何卒これでお許し頂けたら幸いの極みにございます。

余談ですが出産予定日は四月になりました。

成り済ましだろ。今まで酉使ってなかったのに
急に酉つけてべらべら話し出した挙げ句他スレの宣伝なんて怪しすぎ

>>79
警戒させてしまったなら尚の事、申し訳ない。
酉を付けなかった理由としましては、異種姦スレで酉を使用している為に内心(やだ恥ずかしい……///)と感じていたので使わなかっただけなのです。

まぁ最近は宣伝系の荒らしも増えた事ですから、致し方無いのでしょうが……

とりあえず、警戒してしまうのは仕方ないのでそう思った方はどうかスルーを。
引き続き各スレと今日を楽しくお過ごし下さいませ。



……【くふふ……単騎で私をこうして縫い付ける力を持っている癖に、何故その魔法に拘るの】


深い夜の闇の中で、蛇神は私が持つ直剣に触れて呟いた。

異形の姿は既に完全に解かれて美しい女の姿になり、彼女は貫かれた心臓も気にせずに身体を進ませて来ている。

つまり、刺し貫かれながら私の直剣の柄にまで密着してきたのだ。

痛みよりも面白そうな物を見る目で蛇神バシリスクは問いかけてくる、何故に守護に拘るのかと。


『…………』

『私は騎士ではないからだ』


……【ほう? ……騎士の身でありながら、その言葉が出るとは、何故だ】


『人を、いや……他者を救い、守り抜いた事が無いからだ』


……【部下の騎士を守り抜いたろうに】


『彼等には「戦える力」がある、弱者ではない』


……【…………弱者を守りたいと?】


凄まじい轟音と爆音に驚き、騎士達と村人が駆けつけて来る。

彼等の気配も忘れて蛇神は私を凝視し、鎧兜のバイザー奥にある瞳を見つめていた。

私はその時に見た目を忘れはしない。

彼女は紛れもなく、私が救うべき弱者の目をしていたのだから。



────────── サァァァァァ……………



    ギィンッッ……!!



悪魔王「……チィ、魔方陣の起動はまだか!! 我が結界もその内塵と化すぞ……!!」

鴉悪魔「まだです、もう僅かお待ち下さい……っ」

悪魔王「えぇいッ!! どれだけ此処までの手間をかけたと思っている!!」

悪魔王「ましてや、『石化の忌』だけでなく『増殖の魔剣』まで使って来るとは……本当に忌々しい魔王よ!!」



< バヂィッ……

第一魔王「ふむ」

第二魔王「流石は異能に特化した種族、我をこうも阻んで来るとはな」

第三魔王「『魔剣』が三人に留めたのならば、この結界も中にいる悪魔王も三人で仕留められるのだろうが……」

第三魔王「やはり面倒だ、我が魔力を捨てる……貴様らは悪魔達を消せ」

第一魔王「黙れ、指図をするな」

第二魔王「……時間の無駄だ、行くぞ」キィィィン…



悪魔王「!?」

老婆悪魔「王、石化の忌が来ますぞ……!」

悪魔王「魔族の力を示す魔力すら手離すか……堕ちるところまで堕ちたな、魔王め」

老婆悪魔「王ッ! このままでは結界ごと貴方は石にされてしまいますぞ!?」

悪魔王「防御陣を張れ、石化は全力で避けた後に迎撃する……覚悟を決めろ、我等悪魔族の王家はここで絶えるとな」

老婆悪魔「四天王にすら敵わぬ我々では魔王を三人もなど……!」


悪魔王「どちらにせよ蹂躙されるのだ! 戦わずして何が王か!!」




< バリィィンッ!!


鴉悪魔「……結界が割れた、王もどうやらここまでらしい」

少女悪魔「母さん……っ」

鴉悪魔「怖がる暇があるなら魔方陣に魔力を通していなさい」

鴉悪魔「大丈夫、そこの人間の騎士ならお前を守ってくれるだろうさ」

少女悪魔「でも……でも! 母さん……っ」

鴉悪魔「泣くのは止めなさい」

少女悪魔「……っ、……母さん…逃げようよ」

鴉悪魔「悪魔は泣かない、まだ分からないの?」


鴉悪魔「私はね、自分の娘は必ず信じてるんだよ」

鴉悪魔「『あの子』が信じて、命を懸けて戦った理由はその男に惚れたからだ」

鴉悪魔「なら私はそれを信じる、戦うよ」


< バサァッ!

鴉悪魔「時間稼ぎにはなるはず……私も王に手を貸して来るよ」


少女悪魔「待って……!」

少女悪魔「お願い行かないで……母さん……」


石化騎士「……」







────────── 私、は…………



騎士『……』

騎士『ここは……夢ではない……のか?』

騎士『私はどうなっている、そして……』


……【呆れた男だよ、騎士様や】


騎士『……』


……【何故、私がここに居るのかといった顔だな】

……【無理も無いか……お前に最後会ったのは何十年も前だった】

……【そして何より『今』に至るまでお前は石にされて夢を見ていたのだから】


騎士『…………』

騎士『……蛇神…バシリスク…?』


蛇神【久しいな、人間の騎士】



蛇神【くふふ……初めて見たな、お前の顔を】


騎士『……?』


蛇神【『この夢』では、相応しい姿になるらしい】

蛇神【お前に心底惚れていた女悪魔にそう教えられたよ】


騎士『!』

騎士『会ったのか……いつ、何処で……?』


蛇神【さぁね、大体二十年は前か】

蛇神【あの村で私はお前に、『ただの人間』に敗北し……そして別れの時に『仮の死』を与えられた】

蛇神【安らかな時を初めて過ごさせて貰ったよ、サービスとして村人達を正式に生き返らせてやったろう?】

蛇神【まったく素晴らしいものだったさ、初めて私は眠ったのだから】


騎士『……あいつに、何処で会ったんだ』


蛇神【くふふ……魔王に石化されようという時に、起こされたのさ】

蛇神【離反しかねない私を、眠りに着いている隙に石にしてしまおうとしたらしい】

蛇神【あの……名前は忘れたが、女悪魔には感謝しているよ】


騎士『………………』

騎士『私が石になって、どれほどの年月が経ったのだ』



蛇神【細かい所は分からんよ、私だって微睡みの時を過ごしていたのだから】


騎士『………』


蛇神【そう落ち込むんじゃない、折角の男前が台無しじゃあないか】


騎士『随分、変わったな……ついさっき私は蛇神と出会った時を夢で見ていた』

騎士『そして私は…………』


蛇神【『過去は現在へ、夢は現実へ』】

蛇神【なるほど、想像していたよりも相当の使い手だったのかもしれないな】


騎士『何を言っている』


蛇神【お前は見ていた、そしてまだお前の『現実へ戻る夢』は終わっていない】

蛇神【思い出して見るといい……死と夢の狭間であるここはお前の居場所ではないよ】


騎士『……蛇神……?』


蛇神【思い出して御覧】

蛇神【司るは不死なる蛇、与えられた役目は永久に苦痛を受ける要】

蛇神【私は邪神族の中でもそれなりに力はあるつもりだ】


騎士『……』


蛇神【後押しはしてやる、次が最後の夢だ……どうやら時間も無いらしいのでな】

蛇神【思い出してやれ、お前が眠っていた間の女の事を】



───── 『ねぇねぇ、今どーんな気持ちぃぃい??』 ─────



……静寂に包まれた時計塔を、妖艶な女の声が響き渡る。

透き通る様な声音に私でさえも螺旋階段を駆け上がりながら、思わず聴き入って立ち止まりそうになる。

そして私以外に同行していた騎士達は現に立ち止まり、聴き入ってしまっていた。


『厄介な……!』


未だ半ばまでしか到達していない螺旋階段を、脚部に補助魔法を付与して更に駆け上がっていく。

歯噛みしながら、私は襲い来る『睡魔』に耐えていた。


そう……私達騎士が王国の首都である城下町に来ていたのは、その城下町がたった一人の魔族に制圧されたからだ。

この時より十数年前……私が『表向き』救った村での貢献と、老兵ながらも若き騎士達と大差無い実力を枢機卿に知られた事から首都の守護騎士となっていた。

当然、城下町にいた私は首都に起きた事を全て見ていたのである。



【当時】、王国の三割を誇る広さと戦争中でも最も安全と言われていた城下町。

その1つの大面積で、たった一瞬で一部の守護騎士以外の人間全て無力化されたのだ。

……私の目の前で白く輝く鱗粉を散らして広がる霧に包まれた直後、まるで糸の切れた人形の様に倒れて。



───── 『ほらほらぁ、もっと頑張らないと連れてかれちゃうよぉお??』 ─────


───── 『あひゃひゃひゃひゃ!!』 ─────



まるで幼い少女の声にも、清楚な巫女の乱心した声にも、文字通り悪魔のような声にも聴こえる笑い声が響いて挑発してくる。

螺旋階段を駆け上がっていく中で、私は内心単騎で果たして何処まで戦えるのか、全く想像できないでいる。

ここまで圧倒的な能力を持つ相手を、余裕を持った相手を、私はこれまで一人しか知らないのだ。


かつて私が守護していたとある都市を強襲した、魔王軍最上位指揮官にして戦士。


【四天王】だ。



最早深い眠りに堕とされようとしていた時、私の体は気づかない内に時計塔の頂上である改修工事に使われていた扉を開け放っていた。

勢いでそのまま外部に身を投げ出す所を留まり、私は時計塔の少ない足場である外周の縁を歩き進んだ。

そして、丁度反対側にある時計の上まで来たときに立ち止まった。

この時に私は初めて、何もかもが【止まる感覚】という物を知ったのだ。


それに眼を奪われた。

それに耳を奪われた。

それに手足を動けなくされた。

そして、私はたった一瞬で致命的なまでに心を奪われた。


女悪魔『……あーぁ、まさかここまで来ちゃうなんてね』


縁に座り、足を揺らしながら赤い……言い表せない美しさを持った女は、溜め息を吐きながらこちらを見ている。

その瞳も紅く、美しい円が描かれている。

何よりも、巨大な街を僅かな時間のうちに深い眠りに堕とした張本人とは思えない程に……その眼には敵意も、【強さ】も無かった。


『………………』




動けない。

私の足は力を入れようともしないで、ただそこで立ち尽くしているだけだ。

否、動けない訳ではなかったと後で私は考えている。

あの時、あの場所で、私はこれまでで一番見ていたかったのだ。

声を聴いていたかったのだ。


女悪魔『うひひっ、まぁ別にィ? この魔界で睡魔の天才と呼ばれる私の前に来たのは誉めてあげるけどさぁああ!』

女悪魔『これでも悪魔……下位魔法しか使えなくたって、アンタくらい倒してやるしぃ……?』


言葉の一つ一つが相手を深い眠りに誘うように。

彼女の声は……私を魅了していく、私を何処までも堕としていく。

私は声を出せずに、呼吸すら出来ずに、彼女の奏でる音色をいつまでも聴いていたかった。

例えそれが、彼女が腰から抜いた短剣を手に駆けて来たとしても……私はそれをただ見ているしかなかった。


『……っ』

鈍い衝撃と、魔力も何も通していなかった鎧を短剣が貫いたのは同時だ。

徐々に広がる痛みで私は我に帰るも、それでも私には彼女を殺す事は出来そうには無かった。


女悪魔『……っ! な、離せ…はなせったらぁ!』


無意識の内にか、懐に突き立てられていた短剣を握り締めていた私は赤く若い女悪魔を見ていた。

やはりその目には敵意がまるで無く、肩で息をしながら震える手を抑える様に……短剣を握る姿は何処か。





若き日に見た母の様だった。






傷は浅いが、確かに感じる腹部の違和感。

致命傷には程遠くとも、念の為に私は治癒魔法を詠唱無しで発動しながら短剣を抜こうとする。

宝石に等しい美しさを持つ、自身を悪魔と呼んだ女は鎧から引き抜かれていく短剣を見て表情を驚愕に染めていた。

私はその表情を見てから改めて彼女を見る。


恐怖心が明らかに露となり、バイザーの向こうに見えるであろう私の眼を見ながら後ろへ下がろうとしている。

赤い髪を揺らして、怪物から逃げようとでもするかのように。

しかし、短剣から手を離せないでいるからか、その華奢な体躯は微塵たりとも後ろへ下がれないでいるのが現状だ。

女悪魔は深紅の蝶が描かれたカクテルドレスに似た服を邪魔そうに掴み、左右の腰部を引き裂きながら短剣から飛び退く。



女悪魔『なっ……何なのアンタ!? こんなの、悪魔王の爺に聞いてないってのに!!』

女悪魔『私の広範囲に撒いた【睡魔の霧】は殆ど無効化、加えて短剣に付与してた催眠毒も効いてない……!』


『…………』



引き裂かれ、一瞬白い肌が見えるも。

僅かにその腰部の肌が膨れ上がった直後。

彼女の身体からは黒い……黒曜石に引けを取らない鈍い輝きを持った翼が左右へ噴出した。


私はその翼を見て、それまで放心よりも自失に等しい程に目を奪われていたのが我に帰る。


そう、相手は魔族に他ならなかったのだから。

直剣に手を伸ばしながら、私は未だに目眩を覚えるような美しい彼女に構え直すと思わず口を開いていた。





『……君が、悪魔?』






それまで無言だったのもあったのだろうか、私の声を聴いた女悪魔は翼を広げたままで笑顔になる。

無邪気な子供の様にも、嘲笑する文字通り小悪魔の様にも見えた。


女悪魔『そぉーよ? あっはは! なによ、こーんな小娘一人に人間の軍が手を焼いてたのが気に喰わない訳ぇええ?』


言葉のみならば、彼女の口調は下品にも感じられたのだが、私は再び目眩を覚えてしまう。

余りにも美し過ぎるのだ、この女悪魔は。

そして何よりも彼女からは敵意や殺意は感じられず、まるで若き日に知り合った若い娘達と変わらない印象を受けた。

声を、聴いていたい。

私は暫く彼女の言う言葉を一つずつ考えながら、ゆっくりと答えた。


『……』

『違う、が……それに近い』


実際、首都を覆う霧が何らかの効果を持つ魔法なのは間違いない。

ならばこれを解く事を優先した上で、後は騎士団の尋問官達に引き渡す必要があった。

今の言葉が本当ならば、恐らく遠征に出ている騎士団か兵団が彼女によって無力化されているのだから。

……場合によっては、無力化した上で全滅させられている可能性もあるのだから。

私は直剣の柄を握り締め、一歩踏み出す。


女悪魔の表情は苛立ちか、それとも私の様子を見てなのか、曇りを帯びつつ翼を羽ばたかせている。



女悪魔『はぁ?』


『余りにもか弱い』

『君に軍が手を焼いていたとは思えない』



逃走するのなら、恐らく翼による飛行だと考えた私は自身の間合いに彼女を入れる。

最も、想定外の速度で飛ばれたならば足場の問題で取り逃がす可能性があったが。

どちらにせよ。

彼女の声を聞きながら微かな睡魔に耐えていた私は、この時何を話していたのか余り覚えていない。



ああ、漸く自覚してきた。

これは私の過去を夢の中で見ているのだ。



────────── 『どうか私を赦して欲しい……貴殿には悪いことをした……どうか、どうか私の家族だけは…………』



何処かでワイングラスが割れ、砕け散った破片が辺りに散らばる音が鳴り響く。

王城のエントランスホールはそれまでの豪奢な輝きを失い、夜は闇を暖かな燈色に染めていたシャンデリアも中央で地に落ちて砕けていた。

そのシャンデリアの下には一人の男が貫かれて喘いでいる。

騎士団の管理を任されていた枢機卿である。


……『……私は、貴殿の後釜として団長の任に就いたが………その中で知ったのだ』

……『私達は貴殿達【先人】によって護られ……そし…て……』


『もういい』


私は血の中に沈む枢機卿の手を握ったまま、鎧兜のバイザーを下ろした。

そしてエントランスホールを囲む傭兵と少数ながらも欲に駆られた騎士の集団へ、私は視線を走らせる。


『…………私は』


否、と。

言いかけた言葉を直してから、ゆっくりと語りかけていく。


『……私達は、弱者である【救うことも難しい者達】をただ騎士として護り戦い抜いただけだ』

『そして、その過程でどれだけ民に理解されなくとも、死ぬ事も許されない泥沼の戦いに身を投じる事になろうとも』

『私達騎士団は、人は、決して絶望しても護る事を放棄した事は無かった』



『ただそれだけだ、赦す事など私達には何一つない』

『安心して逝け、貴公もまた一人の騎士として誇りに思う戦い振りだった』

『貴公の家族は私が引き継ぎ、護り抜く』



言い切るよりも先に暗殺者達は一斉に私と、息絶えた枢機卿の元へ刃を手に殺到した。

この時の私は、それまで無かった感情が生まれているのを感じていた。

護るべき者だった人間が成長し、それぞれの思惑と理念、信念、そして戦争で生まれた憎悪に呑まれた時。

それらが私に向けられ、戦いを放棄した魔族に向けられた時。

……その瞬間までは護るべき弱者だった者が敵となった時、私は彼等を斬る事が本当に出来るのか。


その答えは、直後に訪れた殺意の刃を切っ掛けに想像よりも早く現実と化した。




────────── サァァァァァ……………



悪魔王「……ッ」ビシィッ…パキパキパキ……ッ

悪魔王(呪いが直撃した箇所から、段々と冷たく感覚が死んでいく……これが『石化』というものか……)

悪魔王(……ああ)

悪魔王「これが……敗北であり、死なのだな……?」


第二魔王「如何にも」

第二魔王「まさか貴様がここまで我と対等に立ち回るとはな、力こそ四天王には及ばずとも知略ならば遥かに凌駕するか」


悪魔王「く……ク…………」パキパキパキ……ビシィッ…

悪魔王「……」パキパキ…

石化悪魔王「……」


第一魔王「最期まで薄気味の悪い笑みを浮かべていたか」

第二魔王「だがその立ち振舞いと、王としての魂は本物だ」

第二魔王「……さて、後は其処の幼い悪魔の張った結界だけだな」




< ……ヒュゥ……ヒュゥ…

少女悪魔「母さん……母さん……っ」

鴉悪魔「……お前、何をしているんだい…………」ヒュゥ……ヒュゥ……

少女悪魔「だって、母さんが……!」

鴉悪魔「馬鹿な……娘だよ……ッ、あと、あと少しで……ッ!! 魔法陣が起動出来るだけの魔力が溜まる筈なのに……」


鴉悪魔「ゲホッ……ゲホッ! 」ビチャッ…!


少女悪魔「……」

少女悪魔「私にはもう、母さんしかいないの……」

少女悪魔「姉さんも、父さんも戦争でいなくなったのに……どうして母さんまでいなくならなきゃいけないの…?」

少女悪魔「私は……せめて最後は母さんの傍で……っ、甘え…たいの……」ポロポロ…


鴉悪魔「……」ヒュゥ…ヒュゥ……

鴉悪魔「結界が壊されるのはあと何秒もない……」

鴉悪魔「おいで……こんな鴉の羽で良ければ最後くらい……抱いてあげるよ」


少女悪魔「母さん……」ぎゅぅ…





< バリィィンッッ!!



第三魔王「……ふむ」

第一魔王「なるほどな、我を一瞬でも退けたかったのはそういう事か」

第一魔王「久しいな……我の声は聴こえているのか?」


少女悪魔「……?」

少女悪魔(結界を割ったのに……こっちに近付いて来ない?)

少女悪魔(……どうして……)

鴉悪魔「……ヒュゥ…ヒュゥ……」

少女悪魔「……」ギュゥゥ…


鴉悪魔(……ふ、ふ…喉が上手く動かん……声が出せないね)

鴉悪魔(この子は気づいてないのかね……なら、もう少ししたら安心していいよ)

鴉悪魔(私達の周囲に咲いていた『あの花』が、騎士殿の体に魔力を送ってる……ふふ、あれならもう……)


石化騎士「……」ビキキッ…ッ!!

石化騎士「……」ミシッ…ミシッ……パキパキパキ……ッ





────────── 私は、勇者ではない。




─────── 偶然生き残り、そして偶然にも長生き出来ただけの……人間だった。



─────── そうだ。



─────── 私の剣は唯の一度として勇猛果敢に敵と打ち合った事は無かった。

─────── 臆病者である私の、唯一の盾。

─────── 刃を前に出し、『弱者への悲劇』を逸らすだけの役割を持った……盾なのだ。


─────── だから、王国内で起きた突然の過激派のクーデターを私は覆す事が出来なかった。


─────── だから、私は『彼女』一人を連れ出して魔王軍と戦い続けた。


─────── 追っ手の騎士や人間を斬る事は出来ず、無我夢中に。


─────── 何処までも怖くて、何処までも失いたくなくて。


─────── 子供の頃から私は悪夢から逃げていたのだから。


─────── だから。


─────── だから。




────────【石化された日】────────




『ぐぁああああああ……!!!』


どれだけの年月が王国を抜けてから経ったのかは覚えていない。

だが私が【眠る前】、記憶に刻まれていたのは追い詰められた洞窟の中で白い閃光を浴びた瞬間。

背後で震える女悪魔を守る為に展開していた守護魔法を侵食し、数瞬後には私の半身をも白く染めていた。

初めての避けられぬ【死】を前に、私は咆哮する。


女悪魔『ぁ……あ…………』


ゆっくりと、確実に。

純白の石になっていく私を見ながら彼女は、震える手を伸ばそうとしていた。

駄目だ、と……私は冷たい死の感覚に侵されていく中で首を振る。

私の事よりも、早くこの場から脱出して欲しかった。

彼女を守れる私が戦えなくなった今、逃げるしかないのだ。


女悪魔『……っ、やだ…………』


『……ッ、ぐ……』


何故。

何故、彼女は私を置いて逃げてくれないのか。

魔王は油断している、彼女が逃げても追う理由はない筈なのだ……ここで脱出しなければ、彼女も……。



女悪魔『……せめ…て』


小声で、掠れる様な儚い……あの美しい声で彼女は囁いた。


女悪魔『寂しくないように、死なない様に……あんたのこと眠らせてあげるから…』

女悪魔『必ず……必ずアタシが、いつか助けるから………何度でもここに戻って来るんだから……っ』


そう言って、彼女は静かにまだ石になっていない私の鎧兜のバイザーを上げる。

美しい、だがその瞳は様々な感情で埋め尽くされているのが分かった。

……同時に、私が彼女をこれまで守りながら共に行動してきていたのかも、この時に気付くには場違いな感情さえ理解してしまう。

私は、ただ彼女に………………。



『…………すまない…………』



…………そして、私は彼女の瞳を見つめたまま。

深く、永い、沈むような眠りに堕ちていった。


生まれて初めて……目覚める時を待つような、儚い眠りに。






─────── 「……君………は…………」






掠れた声音を紡ぎ、言うことを聞かぬ身体を立たせ、霞む視界を擦る。

しかし鎧が打ち鳴らされるだけで、霞は消えない。

だから、最初は分からなかった。


少女悪魔「……っ!?」


足元に広がる『枯れた蒼い花畑』に横たわる、鴉のような黒い羽根に覆われた魔族を抱き締める女。

霞む眼で見ても分かるその赤い髪と、腰から露にしている黒い翼。

そして……涙を流して紅く腫らした目は、私のよく知る最愛の女悪魔の物だと思ったのだ。

だが、直後に流れ込んできたのだ。




騎士「…………」


騎士「あれから……それ程に眠っていたのだな、私は」




石化され、石となった『石の私』が見てきた物が、光景が、声が。

彼女の歌が、彼女が聞かせてくれた想いが、私を救う為に戦っていた事実が。

全て、私の中に注ぎ込まれ、記憶されていく。

あの女悪魔は私をこの花畑に置いてからもう戻っていない、そしてここには……。



第一魔王「……覚醒したか、決して戻る事はないと確信していたのだがな」



複数の、魔王。


それも私が見ていた通りの実力ならば、どの魔王も『本物』だ。



……それは、一度の破砕音によって訪れた。


少女悪魔(う……嘘…………)

少女悪魔(魔法陣は起動出来てなかったのに……なんで…?)

少女悪魔(…でも……この人間が…………)


砕け散る白い破片、その正体は今まで石化していた騎士を覆っていた呪いが具現化した物である。

割れた様に散る殻は羽化の象徴、悪魔族の秘法である術式の伝承通りに騎士は復活していたのだ。


騎士「……」

未だ足元に広がる蒼い花々から光を受ける騎士。

同時に彼は、一瞬たりとも目の前の約百尺先に立つ魔王達から眼光を外してはいない。

視界が霞んだままなのもあるが、騎士にとって重要なのは『勝てない』相手が三人もいる事にあった。


彼は決して強くはない。

技術のみで戦い護り抜いてきた騎士は、魔王には勝てないのだ。


騎士「………その魔族は?」

そんな中、不意に少女悪魔へかけられた問い。


少女は震える声を抑えながらゆっくりと自身の母であると伝えた。


騎士「そうか」


騎士はそれだけ言うと、体を僅かに揺らして蒼白の光に染まった鎧兜のバイザーを降ろす。

その姿は、『守りながらの戦い』が彼の人生にとって当たり前の物だと、静かに告げていた。




魔王は騎士が復活した事に動じてはいない。

其処に理由などなく、王として何ら変化なくその事実を受け止めていた。

例え復活したとして、今の魔王に敗北の気は何処にも存在しないのだからだ。

つまり、余裕。

唯一無二の存在だった頃の魔王ですら、敵は無いに等しかったのが、三人存在しているが故。


第二魔王「……」

自然と歩き出していた魔王の一人は、鈍色の鎧と漆黒のマントを揺らして他の二人より前に出た。

第一魔王「……」

前衛、もしくは切り込み役。

第三魔王「……」ザリッ…


他の二人の魔王は、ゆっくりと騎士に碧眼を向けながらそれぞれが動き易い位置についていく。


騎士は、まだ動かない。

バイザーを降ろした彼からは未だに覇気も殺気も感じられる事は無かった。

利き手の右腕だけが僅かに上がり、腰の直剣へ伸ばせる様にしているだけである。

風は深夜の花々が囁くように流れ、辺りには瀕死の悪魔の呼吸が聴こえるだけ。



騎士「…………」


第一魔王「……」



前に出ている魔王とは別に、後方に立つ魔王へ視線を騎士は向けた。

何かを見定める様に。

まるで『無機質な像』を眺める様に。



──────── 「なるほど、人形か」 ────────



騎士が呟く言葉が空気に溶け込むより早く、炸裂音が鳴り響いた。

それは、騎士が僅かな隙を見せた瞬間に魔王がその姿を虚空へ躍らせたからに他ならない。

そして。

乾いた炸裂音の正体とは、魔王の全身が瞬間的に音を超えた速度に達したからでもあった。



騎士「ヌゥ ───────・・・ッ! 」

逆手に直剣の柄を握り締め、刹那を挟んだ直後に一歩だけ跳んだ。



しかし、背後で母を抱きながら騎士の背中に視線を注いでいた幼い悪魔は見た。

騎士の正面にいた魔王を中心に絶望的な数の剣戟が押し寄せてくるのが、僅かな一瞬に見えてしまった。


────────── 「我が魂は不可視の盾として、救えぬ者を守護する」


だからこそ、幼い少女は茫然としたままの表情から塗り替えられたのだ。

驚愕の表情へと。

眼前に広がった剣閃の全てが白光によって弾かれていたから。

見えない壁に守られる様に、衝撃波すら彼女達に吹き掛かる事も無かったから。


騎士「…………我が魂は……」

逆手に握り締めていた直剣を抜くより先に、騎士は鎧兜の中で何かを呟いていた。


その言葉は詠唱ではなく、意味は無い。

だが彼にとってはそれを口に出すことで、限界以上の性能を引き出されて悲鳴をあげている身体を支えていた。

そして、彼は目覚めてから初めてその手にある直剣を抜き放った。



全ての剣戟は、全ての魔物を統べる王の持つ最大の膂力を以てして打ち込まれた。

空間をも支配する魔王達の行った三次元機動は瞬間転移とほぼ差異はなく、例え『勇者』としても防げる物ではなかった。

そう、あらゆる守護魔法を行使したとしても、一撃で城塞すら両断する衝撃波は防げない筈だったのだ。



それを騎士は。



第二魔王(全てを……『ただの薄い障壁』で逸らし、受け流しただと……ッ!!)

第一魔王(奴は一度も剣を抜いていない、今のは守護魔法一つで凌いだのか…?)

第三魔王(……なるほど、そういうことか)



騎士が直剣を抜き放った瞬間、凄まじい剣戟を振り抜いたままの姿で魔王達は同じ結論に達する。

たった一人でこれまで配下の魔族と、更には同じ『人間』にすら追われていた男。

ならばこれは必然の能力だと魔王は確信したのだ。

それぞれが漆黒に染められた大剣を霧散させた。

三人の魔王が剣戟を防がれたのだ。

同じ手は通用しない、それほどの怪物と言えるのだ。



騎士「……ッ」

逆手に握り締められた直剣を構える間もなく、騎士は匂いを嗅ぎとった。



魔族の操る術。

魔法の匂いである。



閃光。

直後に続く巨大な圧力。



──────────────────  ッ。



音は無い、当然である。

三人の魔王が同時に撃った魔法は、世界が違えば『核爆発』と呼ばれる現象を再現するものなのだ。

莫大な閃光を浴びるならばその肉体は瞬時に消失する程の、魔王と四天王が行使できる最強の魔法。

それらが三つ刹那に重なり、今まさに光が瞬くよりも前に発動しようとしていたのである。



少女悪魔「    」



幼い赤髪の悪魔は、何が起きるのかも認識出来ずにいる。

そして。







騎士「……」



騎士「……」キィンッ







逆手に持っていた直剣を騎士は頭上に振り上げ、魔法を斬った。


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