咲「染谷先輩のことが好きなんです」 (55)

昼休みの図書室

私は本棚に向かって本を手に取りながらそう口にした

そんな私のすぐ隣には、同じように本棚に向かって手を伸ばしていた染谷先輩が立っている

先輩は一冊の本を手にとりつつ、ゆっくりと私の方へと視線を向けてくる

まこ「突然何じゃ?」

咲「ごめんなさい。言うつもりはなかったんですが、つい零れてしまいました」

そう何でもないかのように謝罪の言葉を口にしながらも

私の心の鼓動は激しくなっていた

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今言ったとおり、先輩への恋情は言うつもりなんて無かった

むしろ卒業するまで隠し通すつもりだった

けれど、たまたまはちあったこの図書室で

ピンッと背を伸ばして真剣な眼差しで本を見ている先輩を見て

ついつい秘めていた想いがぽろりと零れてしまった

やってしまった、と今更後悔が押し寄せる

そんな私を先輩がまっすぐに見つめる

まこ「つまり咲はわしと交際したい、恋人同士になりたいというんじゃな?」

咲「それは…希望としてはそうなれたらとは思いますけど…」

先輩の言葉の意図が分からないながらも、私はとりあえず肯定する

たしかに先輩と付き合えれば嬉しいが現実的には難しい

何たって同性同士だ

それに先輩は私のことなんて何とも思っていないだろう

それどころか私の気持ちを知ってしまって、気持ち悪がられて

この先必要最低限以外は避けられるのではと、本気で自分の発言に自己嫌悪すら感じた

今ならまだ実は冗談でした、と言えば信じてもらえないだろうかと私は口を開こうとした

咲「染谷先輩、実は今のは……」

まこ「わかった。咲と付き合うことにするかの」

咲「は?」

冗談です、と言うよりも先に何やら納得した先輩が言った言葉に

私は思わず目を丸くして変な声が出てしまった

今、先輩は何と言った?

私と付き合う?

いやいや、ありえない。絶対にあり得ない

そんな虫のいい話があるはずがない

そう心の中で否定しつつ、私は先輩を見上げて口を開く

咲「あの、染谷先輩。今……なんて?」

まこ「聞いてなかったんか?咲と付き合うと言うたんじゃ」

私はさらに混乱したように目を丸くする

咲「せ、先輩。そんなに簡単にOKしちゃって良いんですか?私女ですよ?」

まこ「そんなことは百も承知じゃ」

正直先輩が受け入れてくれるなんて夢としか思えない

そんな怪訝な気持ちが表情に出ていたのか

先輩は眼鏡を押し上げつつ大きくため息をついた

そして、

まこ「今朝の占いコーナーで『後輩からの頼みごとを受け入れると吉』と言っていたんじゃ」

咲「はあ?」

いやいやおかしいでしょ、と内心で突っ込みを入れると慌てて口を開く

咲「頼みごとって……これって頼みごとに入るんですか?」

まこ「咲、お前さんはわしと恋人同士になりたいから告白してきたんじゃろう?」

咲「それは、そうですけど…」

まこ「つまりはわしに恋人になってほしいというお願いをしたも同然じゃ」

まこ「そしてわしは占いの導きにしたがってそれを受け入れただけなんじゃ」

わかったか、ときっぱりと言われ、私は「はい」と答えるしかできなかった

そんな私の返事に満足したのか、先輩は本を一冊手に取ると

「じゃあな」とそのまま私の横を通り過ぎて行った

そんな先輩を呼びとめることもできず

私は呆然とその背中を見送ることしかできなかった

その姿が完全に見えなくなった頃

ようやく事態を把握できた私はふらりと本棚にもたれかかる

咲「いやいやいや、おかしい。絶対におかしいよ」

告白を受け入れられたというのにちっとも喜べない

それもそうだろう

咲「先輩って、占いマニアだったんですか…」

受け入れてもらった理由が占いでそう言われたからとか、笑ってしまう

むしろここが図書室ではなかったら大声を上げて笑って…

最後に泣いてしまうだろう

あの告白の答えに、先輩の心は一切ないのだから

咲「ほんと……おかしいよ……」

そんな私の呟きは、昼休みの終わりを告げる予鈴の鐘にかき消された


――――――――

――――

先輩をいつ好きになったのか

そう質問されたら自分はきっと答えに詰まってしまう

それは、床につまづいた際にさりげなく支えてくれた時か

それとも皆と共に帰る時にそそっかしい私が車道側を歩かないように

さりげなく誘導してくれているのに気がついた時か

はっきりいって明確な答えはないが、それでも私は先輩に恋をした

咲「でもまぁ…喜ぶべきなんだよね…」

報われてはいないが、一応は受け入れてもらえたというこの事実を

私はとりあえずポジティブに考えることにした

咲「一応は恋人同士にはなったんだし、これから先輩に私を好きになってもらえばいいんだよね」

そう決意を新たに私は拳を握った

が、現実はそう甘くはない

なにせ元々私と先輩の接点があまりないのだから

皆と一緒にとる昼食か部活中か同じく皆と一緒に帰る時か…

その三つしかない

それでもその少ししかない接点の中で

私は必死に頑張ろうとする

部活の帰り道、意図せず私の隣に先輩が並んで歩いていて

しかも他の皆とは若干距離が空いている

チャンスだと思った私は、隣を歩く先輩に一度視線を向け

またその視線を地面に落としながら意を決して口を開く

咲「あの、染谷先輩」

まこ「なんじゃ」

咲「手…つなぎませんか?」

言った瞬間、私は顔が赤くなったような気がして深く俯く

恥ずかしさに顔があげられない

一応は恋人同士なのだからこれ位いいんじゃないかなんて

私は少し欲張ってしまった

まこ「なぜ手をつなぐ必要があるんじゃ?」

先輩のその言葉に、私は一気に心臓が冷えた気がした

さっきとは別の意味で、顔があげられない

彼女の無意識の拒絶を感じ取ったからだ

咲「…ですよね。ごめんなさい…」

先輩の視線から逃れるように私はすぐに視線を前に戻すと

丁度タイミングよく前を歩く和ちゃんが私を呼んだことにより

逃げるように先輩の横から和ちゃんのもとへと駆け寄った

手をつなぐのはさすがに早かったか、と

脳内で反省しつつ、小さな胸の痛みに気付かないふりをした

そしてまた別の日、今度は部の皆で昼食を取るための学食に入った時だった

食堂の中はまだ人はまばらで

先に食堂に来ていたのは先輩と和ちゃんだけだった

二人のいる場所に近づけば、私を見つけた和ちゃんが手をあげる

和「咲さん、こっちです。早いですね」

咲「和ちゃん達こそ早いね」

和「私のクラスは4時限目自習だったんです」

咲「ああ、だからなんだ」

そう言いながら私はちらりと席の方を見る

和ちゃんと先輩は向き合うようにして座っている

さて、どっちの隣に座るべきか…と考えた場合

ここはやはり自分としては先輩の隣に座りたいと思った

けれど、

和「どうしたんですか咲さん、座ってください」

そう言って和ちゃんが自分の隣の席の椅子を引く

私は「あ…」と言葉をこぼしながらちらりと先輩を見る

先輩は私の視線など気付いていないように淡々と本を読んでいる

和「ランチをに取り行ってきますから座ってて下さい。咲さんの分も取ってきますね」

和ちゃんがそういうと席を立ち、カウンターの方へと行ってしまう

先輩と二人っきりになり、私は席に座ることなく突っ立ったままで先輩を見つめる

まこ「どうしたんじゃ咲?座らんのか」

先輩がふと本から目を離してそう言う

私は少し考えた後、意を決して口を開く

咲「あの、染谷先輩の隣に座ってもいいですか?」

まこ「お前さんはいつも和の隣じゃろう」

あっさりと却下を食らってしまった

確かにいつもは和ちゃんの隣に座ることが多いが

出来たら先輩の隣に座りたいという思いは伝わらなかったらしい

咲「…そうですね」

私はそう言うとそれ以上は何も言えず、和ちゃんが先ほど座っていた席の隣に座る

先輩は相変わらず本に視線を向けている

…分かっている

先輩はいつものことを変えようとする私に疑問を抱いてあのように言っただけだ

それでも……やっぱり拒絶されたように感じた

いや、拒絶もされるだろう

付き合っているとはいえ、結局は私の一方的な片思いなのだから

大丈夫。これからゆっくりと先輩にも好きになってもらえばいい

少しずつ、交流を増やして…私を知ってもらって、好きなって貰えば…

そう言い聞かせながら、私は本から目を放さない先輩を見つめ続けた


――――――――

――――

あの図書室の告白から一週間が過ぎ、二週間が過ぎ……三週間目も過ぎた

それでも私と先輩の仲は前と変わることはない

先輩は依然と変わらず日々を過ごし、私だけが必死になって空回っている

一人居残ろうとする先輩を待っててもいいかと尋ねたら曖昧な表情で断られた

部活中、隙を見て先輩に積極的に話しかけたら練習に集中しろと怒られた

部活のない休みの日も、特に二人で会うようなこともない

あまりにも変化のない日々に、これは付き合っているといえるのだろうかとぼんやりと思う

けれどすぐにこういうものなのかもしれない、とも思ってしまう

元々先輩が私の告白を受け入れたのだって、占いが原因なのだから

それでも建前上は恋人同士なのだからと欲を抱いた私が馬鹿だったのかもしれない

そんなことを考える時間が増え始めていた

そんなときだった

久「まこ、昨日うちにコレ忘れていったわよ」

部活後、部長がふとそう言って先輩に本を一冊差し出した

まこ「ああ、無いと思っていたらやっぱり忘れてたんか…すまんな久」

そういって先輩が部長の手から本を受け取る

和「部長と染谷先輩、昨日会っていたんですか?」

和ちゃんが私の疑問と同じようなことを口に出す

昨日は日曜日で部活がない日だった

けれども二人の会話を聞く限りでは、その休みの日に顔を合わせていたことがうかがえる

久「ええ、まことは休みの日にうちで話をすることが多いわね」

まこ「他にも部活のことで話し合うこととかあるからの」

優希「休みの日まで顔合わせるなんて仲いいじぇ」

優希ちゃんの言葉に私は深く同意する

と同時に、自分と先輩の間にある溝の深さを思い知ったような気がした



その後はどう帰ったのかわからないが、気がついたら自分の部屋にいた

私は制服のままベッドに寝転がる

制服がしわになるとか、着替えなきゃとか一切思い浮かばない

ただ、自分と先輩の現状をぐるぐると考える

3週間前、私は昼休みの図書館で先輩に告白をした

その告白を先輩は受け入れて、建前上は恋人同士になった

そう、建前上なのだ

あの日たまたま朝の占いコーナーで先輩の星座が私の告白を受け入れるようなアドバイスをしたから

先輩はそれに従って受け入れただけなのだ

まったくもって、彼女の本意などではない

そのことに今更気づいて私は自分の馬鹿さ加減に笑いがこぼれる

咲「馬鹿だな私…何でこれから好きになって貰えばいいとか思っちゃったんだろう」

どんなに頑張ったってそんなことありえないのだ

だって、あの時の私の気持ちは先輩にとってどうでも良かったのだから

そんな私がどんなに頑張ったって、先輩が好きになってくれるはずなんてない

きっと先輩も気持ち悪かったはずだ

建前上で付き合うことになんてなってしまった私が馴れ馴れしくしてきたことに

ああ、先輩に謝らないといけないな、とぼんやりと思う

咲「謝って……終わりにしないといけないよね」

先輩の中では付き合っているとか恋人同士とかそんな意識全くないかもしれないけれど

とりあえず、今までの馴れ馴れしい態度とあの時の告白を謝って…

そうベッドの上で考えているうちになぜだか涙が頬を伝っていた

溢れて止まらないそれを拭うこともせず、私はぼんやりと天井を見上げた


――――――――

――――

『今日の一位は蟹座の貴方!長いこと悩まされていた事が解消されるかも?!』

朝、何気なく聞こえてきたのはTVの占いだった

どうやら今日の一位は蟹座らしい

無意識の状態からきちんとテレビの方へと視線を向ければ

一位である蟹座の内容は終わっており、悲しげなメロディーと共に今日の最下位の星座が発表された

『今日の最下位は蠍座の貴方!やることがすべて裏目に出ちゃう日かも?』

『思い悩んでいることはいっそすっぱりと諦めちゃう方がいいかも!!』

どうやら本日の最下位は私の星座らしい

一位の蟹座で言っていた【長いこと悩まされていたことが解消される】に加えて

蠍座の【思い悩んでいることはすっぱりと諦める方が いい】という内容

この二つを聞いて私は今日先輩と別れようと決めた

元々昨日の夜から今日目が覚めてからもそうした方がいいのでは、と悩んでいただけに

まさに天啓とも呼べる占い内容だった

咲「さすがは染谷先輩がハマッてる占い。空気読んでるなぁ」

先輩も当然これを見ているはずだから

もしかしたら先輩の方からあの時の告白を無かったことにするように言ってくるかもしれない

占いの言う【長いこと悩まされていた事】なんてそれ以外に思い当らないだろうから

咲「だけど、ここはあえて私から言わないと」

これはある意味けじめなのだから

これ以上占いの思い通りに事を進めてたまるか、と最後の最後で私に反抗心が芽生える

そんな決意と共に私は学校へと向かう

まこ「咲、話があるんじゃが」

案の定、校内に入るなり先に来ていた先輩に声をかけられた

しかし私は軽く頭を下げると

咲「ごめんなさい。部長に話をしないといけないことがあるんです」

後でいいですか、と言ってそそくさと逃げる

部長の名前を出されては先輩も引きとめることができなかったようで

部長と話す私の背中に視線を向けていた

その後も先輩に話しかけられる前に教室へと急ぐ

残念ですが染谷先輩、そう簡単にはいかせません

人の心を散々弄んだんですから、せいぜい放課後まで頑張ってください

放課後の部活後になればきちんと私から終わりにしてあげますから

そう心の中で呟きながら、ぼんやりと数式の並ぶ黒板を見つめた

その調子で昼休みも適当に用事があるからと逃げる

昼休みが終わって教室に帰れば、クラスメイトから「部活の先輩が探していたぞ」と言われた

どうやら昼休み中、私のことを探して校内を彷徨っていたらしい

どれだけ解放されたいんですか、と私はむかつきを覚える

別に今までだって大して付き合っているようなことなんてしてなかったくせに、と

理不尽とは分かっているが怒りがわき上がるのを止められない

咲「絶対に部活後まで逃げきってやるんだから」

シャーペンをへし折らんばかりに力を込めながら私は今一度そう決意した


そして、授業が終わり部活へと突入する

まこ「咲…」

咲「和ちゃん、ちょっといいかな」

和「何ですか咲さん?私にできることなら何でも言ってください!」


まこ「咲、話が…」

咲「部長、ちょっと付き合って下さい」

久「あら、いいわよ。せっかくだしあっちの方で二人っきりになりましょうか」


まこ「おい、話があると言って…」

咲「優希ちゃん、私もタコス作れるようになったんだよ」

優希「それは凄いじぇ!咲ちゃんの作ったタコス食べたい!」

こうして先輩からの声かけを悉く拒み、気がつけば部活も終了時間が間近になった

和ちゃんに構われている状態で先輩をちらりと見れば

随分と苛立ったようなオーラを纏いながら黙々とネトマをしていた

その様子にさすがにやり過ぎたような気分になり、小さくため息をつく

そうしているうちに部活が終わり、私は決意を固めた

咲「染谷先輩」

鞄を持ち、先輩の後ろに立つ

鞄の中の整理をしていた先輩が不機嫌そうに私を見てくる

咲「今少しいいですか」

まこ「何なんじゃ咲。今の今まで散々逃げておきながら一体どういう…」

咲「単刀直入に言います。別れましょう」

先輩の言葉を遮るようにそう言えば部室内が水を打ったように静かになった

先輩だけじゃなく、その近くにいる和ちゃんや優希ちゃんたちも驚いたように私の方を見て固まっている

しばらくそんな沈黙が続いたかと思えば、先輩が何度か口をパクパクと動かした後

まこ「い、きなり何じゃ…」

咲「…先輩の中では私と付き合っているとかそんな事実なかったかもしれませんけど」

まこ「だから、お前さんは何を言っているんじゃ」

咲「今まで先輩に馴れ馴 れしくしてしまって本当にごめんなさい」

咲「けど、それも今日までです。今日で先輩への思いもすっぱりと忘れます」

まこ「おい咲…」

言いたいことはそれだけです、と私はペコリと頭を下げると

そのまま部室を出て行き、そのまま勢いよく走り出した

しばらく走って、学校の門を通って少し行ったところで一度足を止める

咲「言っちゃった…」

ぽつりと呟く

そうすることで、先輩との関係がすべて終わったんだと実感した

いや、ある意味始まってすらいなかったのだけれど

とりあえずこれで全部終わったんだ

先ほどの全力ダッシュで疲れてフラフラな足を叱咤してトボトボと歩き始める

早く家に帰ろう、そしてご飯を食べてお風呂に入って……部屋でおもいっきり泣こう

幸いにも明日、明後日と部活も学校も休みだから丁度いい

色々と頭と心の整理をつけるには十分かもしれない

そんなことを考えながら歩いていた時だった

まこ「…き……咲……!」

不意に背後から呼ばれた気がして何気なく振り返る

振り返ってその向こうから来るものを見て私は思わず体をこわばらせた

まこ「咲!待つんじゃ!」

そう叫ぶように言いながら、先輩が私の方に向かって走ってきていた

その姿を見た瞬間、私は先輩の言葉に相反するように再び走り出す

まこ「咲!逃げるんじゃない!」

咲「何で追ってくるんですか!」

背後から先輩が怒声で私に止まるように言ってくるが、私は止まらない

が、悔しいことに圧倒的な体力差で徐々に距離を詰められ

最終的に腕を掴まれた

まこ「咲、話があるんじゃ」

私を捕まえるなり先輩はそういうと、私を引きずるように近くにあった公園に連れて行く

暗くなり人の気配なんて無い公園の一角にやってくると先輩が足を止める

そして、くるりと振り返り私と向き合う

私は上がった息を整えながら先輩を睨んだ

咲「何ですか。私から一方的に言われたのは癪に障りましたか」

まこ「咲…」

咲「分かりましたいいですよ、先輩からの別れの言葉も聞いてあげます。TAKE2に付き合ってあげます」

私が半ばやけっぱちにそう言い捨てる

次の瞬間、

まこ「お前さんはいい加減わしの話を聞かんかい!!」

そう先輩が爆発するような怒鳴り声でそう言った

その大きさと強さに、私は驚いて目を丸くする

そして、すぐにそれはじわじわと私の心に沁み入ってくる

それをきっかけに胸に渦巻いていた悔しさやら悲しさやらで耐え切れなくなり

私はポロポロと泣きだしてしまう

そんな私を見て、怒鳴り声をあげた先輩が驚いたように目を見開き

困惑した雰囲気でオロオロとしだす

それでも私を逃がさないようにしているのか、掴まれた腕が離れることはない

まこ「お、おい咲…強く言ったのは悪かった」

まこ「じゃけどお前だってわしの話を聞かずに好き勝手言うから…」

咲「…も………ふ……だり……った……りにも……どが…ります……」

まこ「咲?今な んて…」

咲「もう!踏んだり蹴ったりにもほどがあります!って言ったんです!」

呟く様に言った言葉を聞き返され、私はやけっぱちになって

滅多に上げない大声でそう再び言う

涙は相変わらずポロポロと零れていて止まらない

咲「言うつもりなんて無かったのについうっかり告白しちゃうし」

咲「しかもその告白は占いなんかのせいで変な風に湾曲されて期待だけ持たされる結果になって」

咲「それでも馬鹿みたいに必死になって好きになってもらおうって無駄な努力して…」

咲「その無駄さに気づいて惨めになったかと思えば、最終的にはやっぱり占いのせいで振られるとか最低です!」

私はわんわん子供のように泣きながらそう声をあげる

やけっぱちになった私は、もはや胸にため込んでいた不満も怒りも悲しみも全てぶつけてやることにした

咲「先輩が占い好きなのは分かりましたけど、人の恋心まで弄んでいい道理なんて無いはずです!」

一か月前のあの日、断ってくれればよかったのに

お前をそんな風に見れない、と切り捨ててくれた方がきっと良かった

こんな、期待だけ持たされた揚句に絶望を見るくらいなら最初からそうしてくれればよかったのに

私は俯いて先輩に片腕を掴まれたまま、その場にしゃがみ込む

片手だけがだらんと掲げられたが、私は無理に引きはがそうとする気もおきず

しゃがんだ体制で俯いたままヒックヒックと泣き続ける

私がそんな状態で泣いて喚いている中、先輩は反論も何もなくただ黙っていた

その沈黙がより一層私の神経を逆なでして、思わず言ってしまった

咲「染谷先輩なんて、好きにならなければよかった…」

さきほどまで泣きわめいていた声が嘘のように小さな声で、ぽつりと呟いた

いろんな感情のこもった重たい言葉だった

その言葉を口にした瞬間、私はもう言葉すら発することができないくらい涙があふれてきた

そんな自分が惨めで仕方がなかった

逃げ出したい……そう思った時だった

グイッと勢いよく腕を引かれ、強制的に立ち上がるようにされたかと思えば

そんな私の体を先輩が勢いよく抱き締めた

突然のことに、私は驚いて目を丸くする

思わず涙も止まった

混乱する私をよそに先輩がより一層抱きしめる腕を強める

まこ「すまんかった…」

耳元で聞こえてきた謝罪の言葉

一体どういうことなのか、私は相変わらず先輩の腕の中で時が止まったように固まり続ける

そんな私を抱きしめたまま、先輩が言葉を続ける

まこ「咲、 本当にすまんかった。お前さんを傷つけて悪かった」

再び耳元で言われた謝罪の言葉に、私はじわじわと呆けていた意識が戻ってくる

今更謝られたって、と私は先輩から離れようともがく

けど先輩がより一層強く私を抱きしめたせいでもがくこともできなくなる

咲「謝罪なんて…今さらです。別にいいですよ。先輩の気持ちも考えず告白した私が悪かったんです」

まこ「違う…」

咲「え?」

まこ「違うんじゃ……全部わしが悪いんじゃ」

先輩の言葉に私は再びきょとんとして首をかしげる。

大人しくなった私に逃げないと判断したのか

先輩が抱きしめていた状態から、両肩に手を置く形でほんの少しだけ離れる

離れたことで見えた先輩の顔は、酷く落ち込んだような色が浮かんでいた

咲「染谷先輩?一体どういう……」

まこ「あの時に言った…占いの内容なんてのは、嘘なんじゃ」

先輩がどこか気まずげに視線を合わせないままそう言った

その言葉を聞いて、私はたっぷり沈黙した後

咲「……………はい?」

とより一層首をかしげて先輩を見つめた

あの日、あの時、あの図書館で言った言葉が嘘?

『後輩からの頼みごとを受け入れると吉』とか言っていた事が?

その嘘のせいで、私と付き合うということになったのに?

意味が分からなかった

一体そんな嘘をついて、先輩は何がしたかったのだろう

咲「……なんで、そんな嘘……」

もしかして先輩的な遠まわしなお断りだったのだろうか

だとすればあまりにも遠まわしすぎるのではないだろうか

そんなことをグルグル考える私に、先輩はゆっくりと言葉を紡ぐ

まこ「…テンパってたんじゃ」

咲「え?」

まこ「……だから!咲に告白されて嬉しくてテンパってしまったんじゃ!」

咲「え……………ええ!?」

先輩の言葉に、私は一瞬呆けた後またすぐに声をあげる

咲「う、嬉しい?私に告白されて?染谷先輩、正気ですか!?」

まこ「お前さんはどんだけ疑り深いんじゃ!」

咲「だって、告白してから…冷たくなったじゃないですか」

まこ「そ、それは……」

咲「それは?」

私の指摘に、先輩が額に冷や汗を浮かべながら口ごもる

先輩は顔をそむけ、眼鏡を押し上げると

まこ「……は、恥ずかしかったんじゃ……」

咲「恥ずかしい?…その恥ずかしいとかいうののせいで私は傷ついたんですけど!」

まこ「そ、それは悪かったと思ってる!じゃがな、咲!」

まこ「あんな和が一緒にいる場面で手を繋ぎたいだの、隣に座りたいだの…」

まこ「お前さんはわしの命を風前の灯火どころか潰えさせようとしか思えなかったんか!」

咲「意味が分かりません!」

まこ「じゃから!和はお前さんのことが………」

そこまで言ってふと先輩が口をふさぐ

突然の言葉の停止に私は首をかしげる

咲「私のことが?」

まこ「いや…何でもない。そうじゃな……」

まこ「すべて全部わしが悪かったんじゃ。嫌だったわけじゃない。ただ、素直になれなかっただけなんじゃ」

咲「素直にって……そんなまるで…染谷先輩が私のことを……」

そう言いながら先輩を見れば、いつにもまして真剣な表情の先輩がそこにいた

先輩は一度大きく息をつき、眼鏡を押し上げると意を決したように口を開く

まこ「そうじゃ。わしも咲のことが好きなんじゃ」

そんな先輩の言葉に、私は再び目を丸くして言葉を失う

まこ「部室で真剣な表情で本を読んでるところ」

まこ「ネトマで負けがこんで涙目になってるところ」

まこ「麻雀してる時の凛々しいところ」

咲「染谷先輩? 」

まこ「わしがが好きになったのは、お前さんのそういうところじゃ」

先輩の言葉に思わず視線を向ければ、顔を赤らめた姿が目に入る

それにつられるように私も思わず顔を赤らめる

何かを言わなければとは思ったが、何を言えばいいのか見当がつかず

俯いたまま「えっと」やら「その」を繰り返していた時だった

まこ「咲、わしはお前さんが好きじゃ。もちろん、恋愛感情として」

俯いたままの私に先輩がそう言ってきた

その言葉に私は先輩を見上げる

赤らんだ顔はそのままに、先輩は酷く真剣な顔をしていた

私の両肩に乗せられている先輩の手がかすかに震えているのを感じる

見つめあったまま、視線をそらすことすらできない私に先輩が言葉を続ける

まこ「咲を傷つけて悪かった。お前さんが望むならいくらでも謝るから」

まこ「だから、別れるのだけは考え直してほしいんじゃ」

互いに見つめあったまま、しばらくの沈黙が続く

私はゆっくりと口を開いた

咲「せっかく、先輩のことを諦めようって思ったのに…」

まこ「咲?」

咲「そんなこと言われたら、諦められないじゃないですか」

どうしてくれるんですか、と再び泣きそうになりながら先輩を見る

そんな私に先輩は少し驚いたように目を見開いた後

そのままゆっくりと私を再び抱きしめた

まこ「諦めんでもええ。その責任は、わしがちゃんと取るから」

耳元で囁かれたその言葉を聞いて、私は再び涙を流した

恐る恐る先輩の背中に両手を回し、ギュッと抱きしめる

咲「絶対…絶対ですよ…私を引きとめたんですから…」

咲「ちゃんと責任とってくれないとダメなんですからね…」

まこ「ああ。今度こそ大切にするから」

先輩の言葉に私は抱きついたまま言葉ではなく頷くことで答える

その答えと共に、どちらからともなくゆっくりと離れると

私達は見つめあったまま、お互い顔を赤らめながら笑みを浮かべた

まこ「帰るぞ。送っていく」

そういうと私の手をそっと握り、ゆっくりと歩き出す

いたわるように弱い力で掴んでいる先輩の手を見て私は表情を緩ませると、

それを確かめるようにほんの少しだけ力を込める

先輩が振り返ってきたのを見て私が笑みを浮かべれば

先輩はほんのりと顔を赤らめながら眼鏡を押し上げると

手の力をほんの少しだけ強くした

そんなことに小さな幸せを感じながら、私はふとあることを思い出す

咲「あの、先輩」

まこ「なんじゃ?」

咲「別れ話を部室でぶっちゃげたので、私達が付き合ってるのが皆にばれちゃったかもしれませんね」

私の言葉に先輩が一度足を止めるようにガクッとした後

またすぐに何ともなかったように歩きだす

咲「いっそのこと皆に私達のこと報告しちゃいましょうか」

まこ「咲…お前さんはそんなにこの一ヶ月のことを怒っているんか?」

咲「はい?」

まこ「…分かった。わしも覚悟を決めて和と向き合うことにするかの」

咲「あの、先輩? 」

私の提案を聞くなり、先輩がどこか緊張した面持ちでそう言う

私は首をかしげながらそんな先輩を眺めた

まこ「咲」

咲「はい」

まこ「明日は暇か?」

咲「はい。これといって予定はないです」

歩くのをやめないまま、隣を歩く先輩の問いかけに何気なくそう答える

まこ「見たい映画があるんじゃ。付き合ってくれるかの」

どこか緊張した声に隣を歩く先輩を見れば、赤くなった横顔が見えた

どうやら遠まわしなデートのお誘いらしい

私は表情を緩めると「もちろんです」と返事をした


カン

終わりです。ご一読ありがとうございました
清澄ではこの2人がダントツに好きです

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