ほむら「ゲッターロボ!」 第三話 (983)

原作版ゲッターロボとまどかマギカのクロスの第三話です。


「まどマギでやる必要があるの?」の最たる内容ですが、自分がまどかとゲッターが好きと言う理由のみでクロスさせて見ました。

ノンビリいきますが、よろしければお付き合いください。

なお、地の文が多めになってしまいましたが、その手のが苦手な方はご注意ください。


<第一話>

ほむら「ゲッターロボ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400685545/)

<第二話>

ほむら「ゲッターロボ!」 第二話 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1404772977/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1410434307

マミ 「・・・こ、ここは・・・?」

武蔵 「お。マミちゃん、気がついたか」

マミ 「武蔵お兄ちゃん・・・?え、わ・・・わた、し・・・?」


武蔵の腕の中で目を覚ましたマミは、未だ定まらない頭と目で状況を確認しようとした。

何とか上体を起こし、辺りを見回す。

ここは魔女の結界の中。自分は未だ、魔法少女の姿のまま。


マミ 「え・・・じゃ、じゃあ、どうしてお兄ちゃんが結界の中に?」


だんだんと頭がさえてくると同時に、幾つかの疑問が彼女の内に湧き上がってくる。

なぜ自分は武蔵の腕の中で気を失っていたのか。

そして、普通の人間に過ぎないはずの武蔵が、どうして魔女の結界の中に現れたのか。

そういえば・・・


マミ 「お兄ちゃん、私を魔女から救ってくれた・・・」


あの出来事が夢でないのなら。

武蔵は魔女に食われる寸前の自分を救い、素手で魔女の突進を受け止めていた。

魔女が見えていたのだ。

自分の兄が、あの得体の知れない流竜馬とかいう男と同じように・・・

だが武蔵は


武蔵 「おう、お兄ちゃんだからな。妹の危機に駆けつけるのは当然じゃないかよ!」


マミの疑問になど意に介さず、ただにっこり笑うだけだった。

不思議な包容力と安心感を与えてくれる、そんな笑顔だった。

武蔵 「ところで・・・ここからはどう出たらいいんだろうな?」

マミ 「え・・・」

武蔵 「俺の仲間が化け物の相手を引き受けてくれてな。俺には安全なところまで引くように言われて来た道を戻ってきたんだけど・・・」

武蔵 「ここ、入る事はできても出る事はできないんだな。結局ここで立ち往生していたってワケだ」

マミ 「あ、それだったら・・・」


結界の主である魔女が倒れれば、自然と元の空間に戻る事ができる。

マミがそう言おうとした矢先だった。

謎の爆音が結界の奥から聞こえてきたのは。


マミ 「な、なに、あの音・・・!こっちに向かって近づいてきている!?」

武蔵 「・・・おお」

マミ 「お兄ちゃん・・・?」

武蔵 「この音、この振動。忘れるわけがねぇ。やったな、やったんだな竜馬・・・!」

マミ 「竜馬って・・・あの、流竜馬・・・?そ、それよりも、この音が何か、お兄ちゃんには分かっているの?」

武蔵 「ああ、心配しなくていいぜ、マミちゃん。仲間がここにやってくるのさ」

マミ 「仲間・・・流竜馬のこと?」

武蔵 「ああ。しかも、強大な力を取り戻してな!」

マミ 「・・・」


音のする方。結界の奥へと目を向ける。

響いてくる爆音はますます大きくなり、もはやマミの鼓膜を破らんとするかのよう。

たまらず耳を塞ぐ。

そうしながらも目だけは逸らさず、見つめ続けた結界の奥から。

ついにそれは姿を現した。

猛スピードで突き進む巨体。

特徴的な突起のある頭部を持った、真紅の巨人。


マミ 「新手の魔女・・・?」

武蔵 「違う、ロボットだ!」

マミ 「ロボットって・・・」

武蔵 「ゲッターロボだっ!!」


ゲッターロボ 『うおおおおおっ、武蔵、伏せろおおおおおっ!!』


ロボットが雄叫びを上げる。


ゲッターロボ 『トマホークで結界の壁をぶち破る!!』


武蔵がマミを庇うように地に身を伏せる。

同時に彼らの頭上を飛び越えたロボットが、結界の壁に向かって手にした斧を振り下ろした!


ゲッターロボ 『ゲッターァァァアアアアア、トマホオオオオオオーーーーークッ!!!』

・・・
・・・


柔らかい感触。

優しく気遣うような、そんな感覚に心地よさを感じながら、私は眠りの世界から現実へと引き戻された。

うっすらと目を開けると、そこには心配そうに私を覗き込む少女の顔。

目覚めた私と視線がかち合い、パッと顔をほころばせる。


まどか 「あ・・・ほむらちゃん、気がついた!」

ほむら 「ま、まどか・・・?」


ぼんやりとする頭で状況を把握しようとする。

まどかの手が、私の頭の上に乗っかっていた。心地よい感触の正体は、これか。

ほむら 「鹿目さん、手・・・」

まどか 「うぇひっ、ごめん。もしかして邪魔だったかな」

ほむら 「そうじゃなくて、どうして手、頭の上に・・・」

まどか 「あ、うん。ほむらちゃん、苦しそうにしてたから。心配で、そのね。ついつい頭、撫でちゃってたの」

ほむら 「・・・鹿目さん」


まどかの優しさに触れ感動しながらも、なぜ彼女に頭を撫でられていたのか。

思い出そうと、はっきりとしかけてきた頭に鞭打ち記憶の糸を手繰る。

確か私は・・・


魔女を倒そうと、お菓子の魔女の口の中に自ら飛び込んだんだった。

魔女の弱点を突き、内側から破壊するために。


ほむら 「だけれど・・・」


私を急に襲ったのは、謎の魔力消耗現象。

力が抜け、魔女の口の中から脱出する方法を失い・・・


ほむら 「っっ!!!」


はっとして、ソウルジェムを確認する。

だが、私の心配をよそに、ソウルジェムは一点の穢れも無く、美しく輝いていた。


ほむら 「どうして・・・?」


まるで狐につままれたよう。

疑問に頭をひねる私に助け舟をよこす様に、まどかが語りかけてきた。


まどか 「マミさんがね、助けてくれたんだよ」

ほむら 「え・・・?」

まどか 「ソウルジェム、濁っちゃうと大変なことになっちゃうんでしょ?ほむらちゃんも、危なかったみたい」

ほむら 「巴さんが、私を・・・?」

まどか 「うん、グリーフシードって言ったかな。それを使って、ほむらちゃんを助けてくれたの」

ほむら 「・・・」


改めて辺りを見回してみる。

ここは・・・


ほむら 「巴マミの寝室・・・?」

まどか 「すごい、よく分かったね。そうだよ、ここはマミさんの家の寝室」

ほむら 「どうして・・・」


そう、私は巴マミの寝室のベットに寝かされて、まどかの看病を受けていたのだ。

だけれどどうして、こんな状況に・・・


ほむら 「っ!巴マミ・・・まどか、巴さんは無事!?」

まどか 「あ、うん・・・元気だよ?」

ほむら 「そ、そう・・・」


ほっと胸をなでおろす。

でも、だったらなおさら状況が分からない。

私が倒れ、巴マミも戦闘力を失い。

だけど二人とも無事で、私は助けられマミのベットの上でまどかの看病を受けている。

なぜ、こんな事が起こりえるのか。

ほむら 「あ・・・」


思い起こしたのは、気を失う直前。

私に語りかけてきた、謎の声のことだ。

あの声は確かに言った。私が望むのなら、力を貸すと。

朦朧とした意識下で聞こえた幻聴なのでは、とも思ったが、現に私は生きてここにこうしている。


ほむら 「力を、与えてくれた・・・?」


そう、私は望んだのだ。

後戻りはできないと直感を得ながらも、力が欲しいと。

そして私は再び意識を失い、気がついたらここにこうして寝かされていた。

あの後・・・

私が決断したその後で、一体何が起こったのか。


まどか 「ほむらちゃん・・・?」


物思いに沈む私に、まどかが不安げな表情を浮かべた時だった。


こんこん。


部屋の外から扉が二度、叩かれたのは。


マミ (がちゃっ)「鹿目さん。暁美さんの様子はどう?・・・あら」

ほむら 「・・・」

まどか 「あ、マミさん。ほむらちゃん、さっき目が覚めたんですよ。だいじょうぶみたい。うぇひひっ」

マミ 「・・・具合はいかが?」

ほむら 「おかげさまで。まどかから聞いたわ。お世話になったようで、その・・・ありがとう」

マミ 「ううん、礼を言うのは私のほうよ。聞いたの。お兄ちゃ・・・」

ほむら 「・・・」

まどか 「・・・?」

マミ 「こほん・・・兄から。あなたと流君、本当に私の身を案じて、あの場に来てくれたんだって。だから・・・」

マミ 「ひどい事を言って・・・縛っちゃったりして。本当にごめんなさい。そして、ありがとう」

ほむら 「い、いいえ・・・私はただ・・・」

まどか 「うぇひひっ」にこにこ


思いもかけぬマミからの謝罪を受け、動揺しまくりの私をまどかがニコニコと見つめている。

先ほどからの友好的な様子からすると、まどかもある程度のあらましは聞いているようね・・・

マミ 「でもね・・・」


一転、マミの声音に陰が落ちる。


マミ 「私はそれでも、あなたの事を信用しきれてはいないのよ」

まどか 「ま、マミさん・・・?」

マミ 「どんな理由があったにせよ、あなたが私の大切な友達を傷つけた。その事実に変わりはないわ」

ほむら 「・・・」

マミ 「なぜ暁美さんがキュウべぇを目の敵にするのか。それをあなた自身の口から聞かない事には、私は納得できない。それに・・・」


言いよどみ、言葉を濁すマミ。


ほむら 「なに・・・?」

マミ 「兄にも・・・魔女が見えていたようだった。あなたと一緒にいた、流君と同じように」

ほむら 「あ・・・」


マミに竜馬の名を出されて、改めて気がつく。

竜馬は今、どこに?


ほむら 「あの、巴さん。流君は今どうしているの?」

マミ 「居間で休んでもらっているわ」

ほむら 「彼を家に上げたの?」


意外だった。


マミ 「そこはほら、彼と兄は知り合いだったみたいだし、さ。それに、あんな事があって、流君だけ蚊帳の外になんて置けないでしょ」

ほむら 「あんなことって・・・?」

マミ 「それよりもよ。あなたはいったい何なの?キュウべぇを傷つけたと思ったら、私を助けに来たりして。一体何がしたいわけ?」

ほむら 「・・・言ったところで、あなたは納得してはくれないと思うのだけれど」

マミ 「・・・っ!」


私の一言に、マミの表情がたちまち険しくなる。

一瞬のうちに冷たく硬化してしまった部屋の空気に、おろおろしだすまどか。


まどか 「ほ、ほむらちゃんっ!ま・・・マミさん~」

マミ 「そう・・・なら好きになさい。今日の事はお互い貸し借りなし。これからの事は、互いに考えればいいことだわ」

ほむら 「・・・」

マミ 「具合が良くなったのなら、起きてらっしゃい。食事くらいご馳走するから・・・」


がちゃっ・・・


マミ 「・・・暁美さん」


部屋から出ようとしたマミが足を止め、再び顔をこちらへ向けた。


マミ 「あなたと流君が乗っていたロボット、あれはいったい何なの?」

ほむら 「・・・え?」

マミ 「あれはあなたの魔法少女としての力の一つなのかしら?正直、私にはそうは見えなかったのだけど・・・」

ほむら (・・・私がロボットに乗っていた?)


謎の声のセリフが、頭の中に蘇る。

私に力を与えると言った、竜馬をリョウと呼ぶ、誰とも知れない声。


ほむら (あの声の主・・・流君の仲間?だとしたら・・・)


マミ 「兄もあのロボットのことを知っているようだった。何だか私一人、蚊帳の外にいるみたい・・・」

ほむら (間違いない・・・)

マミ 「兄も、そのロボットの名前、知っていたのよ」

ほむら 「・・・」

マミ・ほむら 「ゲッターロボ」

マミがロボットの名を口にするのに被せ、私も声を重ねる。

図らずもはもって響いた二人の声に、まどかは目を白黒させている。

それはマミも同じ。

私もまた、自身が手に入れた力の正体に戸惑いを隠す事ができなかった。

・・・
・・・


ゲッターの話は、ひとまずここまでだった。

そのあと。

起きてきた私を待っていたのは、竜馬や武蔵。そして巴マミの手による、心づくしの料理の数々。


ほむら 「なにごと・・・」

竜馬 「暁美、もう起きてきて平気なのか?身体の具合は・・・?」


慌てたように駆け寄ってくる竜馬に、不思議な安堵感を覚える。

無事でいてくれたという気持ちと、私の側にいてくれる事への安心感。


ほむら 「・・・あ、ええ。心配かけたかしら。だったら、ごめんなさい。もうすっかり平気だから」

竜馬 「そ、そうか・・・巴マミもソウルジェムを浄化すれば心配ないとは言っていたんだが、無事な姿を見るまでは、どうもな」

ほむら 「うん・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「あ、それはそうと、流君」

竜馬 「なんだ?」

ほむら (後で話があるわ)こそっ


彼にしか聞こえない声で囁いた私に、竜馬が頷いて答える。


ほむら 「それで・・・」


改めて、辺りを見回す。

テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々。

ホカホカと、美味しそうに湯気を立てているのを見せ付けられては、私のお腹も鳴ってしまいそうだ。

そういえば、レーション以外のまともな食事なんて、退院以来このかた、満足には取っていなかったものね。


ほむら 「これは一体、何が始まろうとしているの?」


湧き上がる唾をバレないように飲み込みつつ、平静を装って側のまどかに聞いてみる。


まどか 「うぇひひっ、パーティーだよ」

ほむら 「パーティー??」

マミ 「あんな事があった後だけれど、せっかく昨日から料理の下ごしらえ頑張ったんだし、無駄にはしたくなかったから」


キッチンから、さらに追加の料理を運んできたマミが代わって答えた。


ほむら 「えっと、あの。もう少し分かるように説明してもらえると、ありがたいのだけれど・・・」

武蔵 「えへへへ・・・これは、俺の歓迎会なんだってさ」


マミは、今日はもともと帰国した武蔵の歓迎会を、まどかも交えた三人で行うつもりだったらしい。

そこに成り行き上、私と竜馬も呼ばれた形となってしまったということだった。


マミ 「暁美さん、食欲はある?この場にあなたがいるのも何かの縁、できれば兄の帰国を一緒に祝っていってもらいたいのだけど」

ほむら 「・・・私は別に、巴さんが良いと言うのなら」

まどか 「そうだよ。ほむらちゃんもご馳走になって行こう!こんなにたくさんの料理、ほむらちゃんたちもいないと食べきれないもの」

武蔵 「まぁ、俺だったら一人で全部食える自信、あるけれどな」

まどか 「うぇひひっ」

竜馬 「お前は黙ってろよ、武蔵。ていうかさ、俺も一緒にご馳走になっちまっても良いものなのか?」

マミ 「もちろんよ。あなたにも助けられたのですもの、お礼もかねて。それに、兄とは面識もあるみたいだし、遠慮は不要よ」

竜馬 「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

マミ 「もっとも、どこで兄の知己となりえたのか・・・そこははなはだ疑問なのだけれど・・・」

竜馬 「こっちの世界的には、今日が初対面って事になるんだろうがな」

マミ 「え・・・」

ほむら 「流君」


竜馬のこぼした言葉に、私は慌てて釘を刺す。

まだまだ分からない事は多いのだ。不確定な事で、巴マミを惑わせるのは得策じゃない。

ワルプルはゲッターよりでかい
http://www.youtube.com/watch?v=BOd28hQqMms

武蔵 「難しい話は後だぜ。マミちゃん、腹減ったよ!もう食べちゃっても良いのかい」

マミ 「あ・・・うん。暁美さん、いずれ話はきっちりさせてもらうわよ。でも今は・・・」


マミ 「頂きましょっ!」


気持ちを切り替えたとでも言うように、今までの難しい表情から一転。

マミの顔に笑顔が広がる。

兄の帰国が嬉しくてたまらない。そんな気持ちを隠そうともしない、無邪気な少女の顔。


ほむら 「巴さん・・・」


こんなマミの表情は、はじめて見たかもしれない。

>>23

参考になります!

幼くして両親と死に別れ、それから彼女は一人で孤独と戦ってきた。

マミが魔女化してしまった時間軸もある。

その時間軸で彼女のソウルジェムを曇らせてしまったものは、孤独感から来る精神との葛藤の敗北だった。


ほむら (孤独は、彼女の最大の敵だった・・・)


それがこの時間軸では、武蔵という兄が存在している。


ほむら (武蔵は、巴マミの孤独を払拭しうる存在であってくれるのかしら・・・)


そうであることを願う。

マミを先輩と慕うまどかのためにも、私の目的のためにも。

そしてなにより、彼女自身のためにも・・・


マミ 「どうしたの、暁美さん。お箸、進んでないようだけれど。お口に合わなかったかしら」

ほむら 「・・・ううん、そんなことないわ。頂いています。とっても美味しい」


言いながら、手元の料理を一口二口。

口に中に広がるのは、かつては良く口にした、懐かしい味だった。

・・・
・・・


歓迎会が終わり・・・

私と竜馬。それにまどかの三人は、まどかの家への道を歩いていた。

日はとっくに暮れている。か弱いまどかを一人、家路につかせるのはあまりに心配だったから。


まどか 「何だかゴメンね。送ってもらっちゃって」

ほむら 「別に構わないわ。気にしないで」

まどか 「流君も、ありがとう」

竜馬 「おう」

まどか 「それと・・・ゴメンね」

ほむら 「・・・?どうしてそんなに、何度も謝るの?」

まどか 「えっと、ううん。これはさっきのとは違くて・・・あの・・・昨日、ね。私のこと、助けてくれたでしょ」

まどか 「それなのに私、あれからそっけない態度とっちゃって。悪かったなぁって・・・」

ほむら (まどか・・・)


だって、それは仕方がない。

まどかを守るためとはいえ、目の前でキュウべぇを殺そうとしたのだ。

事情を知らないまどかが警戒するのは、至極当然の事だもの。


まどか 「でもね、私。考えてたんだ。初めてほむらちゃんと喋った時、そして、さやかちゃんと話してるほむらちゃんを見て、ね」

まどか 「ほむらちゃん、本当はとっても優しい子なんだって。だからね、キュウべぇにひどい事をしたのも、何か事情があっての事なんだろうなって」

ほむら 「鹿目さん・・・」

まどか 「ねぇ、ほむらちゃん。なんで、あんな事をしたの?私、本当のことを知りたいよ。だってほむらちゃんの事、悪くなんて思いたくないもの」


・・・泣きそうになってしまう。

だけれど。


ほむら 「・・・鹿目さん。あなたは知らなくて良い事よ」

まどか 「え・・・」

ほむら 「唯一つだけ。キュウべぇの甘言には決して惑わされないで。今日、巴マミは危うく死にかけた。魔法少女として生きるということは、こんな事が日常茶飯事に起こりえるという事よ」

まどか 「う、うん・・・あ、あの。だけれど、キュウべぇやマミさんはっ」

ほむら 「まどか」

まどか 「え・・・」

ほむら 「着いたわよ」


ずっと私の方を見ながら歩いていたので、気がつかなかったのだろう。

ここはすでに、まどかの家の前だった。


まどか 「あ・・・」

ほむら 「それじゃ、私たちはこれで。流君、行きましょ」

竜馬 「・・・ああ」

まどか 「ほ、ほむらちゃん!」

ほむら 「・・・今日は楽しかった。じゃ、鹿目さん。また明日、学校でね」

まどか 「あ・・・う・・・」


まどかの返事も待たずに、きびすを返す私。

まどかも、追いすがってまで何かを言ってくることはなかった。


しばらく歩いたのち。

まどかの家がもう見えなくなった頃、竜馬がボソッと呟いた。


竜馬 「お前も辛いな」


私は、それにも何も応えなかった。

・・・
・・・


まどかを家まで送り届けたあと、竜馬と私は私の部屋へと向かった。

向かい合わせで座り、まずは安物の紅茶で唇を湿らせる。


竜馬 「やっと、ゆっくりと話せるな」

ほむら 「そうね。できれば武蔵さんにも同席して欲しかったのだけれど」

竜馬 「しかたがねぇさ。今日は、再会を喜ぶ妹から引き離すなんて、酷なマネはしたくねぇ。しかも、あんな事のあった後だしな」

ほむら 「わかっているわ」

竜馬 「ま、必要な事は後で俺から、武蔵には伝えておくさ。それに、今まで俺が知りえたことは、分かる範囲で説明もしておいた」

ほむら 「そう」

竜馬 「もっとも、巴マミが料理や暁美の様子見で側を離れた隙を突いてのことだ。随分と駆け足な説明になっちまったがな」

ほむら 「充分よ。疑問に思う事があれば聞いてくるでしょうし。・・・ところで」

竜馬 「なんだ?」

ほむら 「あなたの知っている武蔵さんに、妹や兄妹はいたの?」

竜馬 「聞いたことねぇな。あんな美人な妹がいたなら、絶対に自慢話の一つくらい聞かされていたはずさ」

ほむら 「ということは、流君と同じ、武蔵さんも。それどころか、巴マミまで・・・」

竜馬 「ああ。上手い具合にこの世界に入り込めるよう、過去が改変されているって事だな」

ほむら 「どこまでご都合主義的なのかしら」

竜馬 「武蔵の、こっちに来てから今までの事は、次に会った時に詳しく聞くとしようぜ。だから、今は・・・」

ほむら 「ええ。今は私たちの知りえた事のすり合わせをしてしまいましょう」

竜馬 「じゃ、まずはお前の話から聞かせて貰おうか。お前が化け物に飲み込まれてしまった後の話だ」

ほむら 「ええ」


私は頷いた。

まず竜馬に伝えねばならないのは、あの声の事だ。


ほむら 「声が・・・聞こえたのよ」

竜馬 「声?」

ほむら 「そう。魔女にわざと飲まれ内部から攻撃しようとした直後、私は例の急激な魔力の消耗に襲われた」

竜馬 「ああ。らしいな。あの白い奴もそう言っていた」

ほむら 「逃れようにも魔力が尽きてしまっては、魔法少女は万事休すよ。そんな時、私に囁きかける声がね、頭に響いてきたの」

竜馬 「そいつは、なんて?」

ほむら 「私に死なれては困ると。あなたや武蔵さんをこの世界に呼び込んだ元凶だからって・・・」

竜馬 「・・・どういう事だ、それは、ちょいと聞き捨てならねぇな」

ほむら 「そいつは言った。私が望むなら力を貸すと。だから、私は望んだわ。力を・・・私はまどかを残して死ぬわけにはいかないのだから」

竜馬 「・・・」

ほむら 「そして声の主はあなたの事を、こう呼んでいたのよ。リョウって・・・」

竜馬 「・・・!!」


竜馬の顔色が変わる。


ほむら 「心当たり、ある?」

竜馬 「・・・ある。いや、わからねぇ。だが、俺をリョウと呼ぶ奴なんざ、だいぶ限られている。そいつ、まさか・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「・・・とりあえず、暁美。続けてくれ」

ほむら 「続けるも何も、そこまでよ。力を望んだ私は、再び意識を失い、気がついたら巴マミの寝室に寝かされていた」

ほむら 「だから、あの後で何が起こったのかを私は知らない。だけれど、巴さんから聞いたわ。私、ロボットに乗っていたんでしょ?」

竜馬 「ああ・・・そうだ」

ほむら 「ゲッターロボに」

竜馬 「ああ・・・」

ほむら 「わかるわ。本能が告げてくる。謎の声が私に与えた力、それこそがゲッターロボなんだって」

竜馬 「・・・」

ほむら 「もう、後戻りできないんだって・・・」

竜馬 「・・・そうか。まさかお前が後釜とはな」

ほむら 「・・・?それって・・・」


竜馬の意味深な一言に思わず口を挟んでしまうが、彼は意に介した風もなく、話を先へと進めてしまう。


竜馬 「じゃあ、次は俺の話だな。きっかけはキュウべぇだったよ」

ほむら 「え・・・?」

竜馬 「癪だがな。やつが俺にヒントを与えてくれたんだ。そして、俺も確信したぜ。ゲッターロボが今まで、どこにいたのか」

ほむら 「どこなの・・・?」

竜馬 「お前の便利なバックラーの中さ」

ほむら 「・・・」


私は驚かなかった。

今では分かる。これまでどころか、今この瞬間も。

ゲッターロボは私のバックラーの中に、その巨体を隠している事に。


竜馬 「あの時・・・」


竜馬は語りだした。

私が気を失った後、私の知りえなかった、あの空間で起こった事のあらましを。

・・・
・・・


お前が化物に飲み込まれちまった後・・・

待てど暮らせど、その後の動きが何も無い。さすがに焦ったぜ。

お前を信じてはいたが、これは暁美にとって予期しない出来事が起こってるに違いないってな。

そんな時だ。どこからとも無く、あの白いのが現れたのは。

奴は明確にこそは言わなかったが、暗に俺にこう告げた。

暁美の変調は、俺とお前の共通点にあるのじゃないかってな。


ほむら 「流君との、共通点?それって・・・」


ああ、ゲッターだ。

そうとしか考えられなかった俺は、ゲッターは暁美とともにあると確信した。

今となっちゃ、考えの飛躍もはなはだしくも思う。だがな。

それで、正解だったんだよ。

俺は呼びかけた。魔女の身体越しに、その中にいるお前に。

お前とともにいるであろう、ゲッターロボに。

・・・そして俺の声に応えて、ゲッターは姿を現した。


ほむら 「・・・どこから?」


魔女の身体の中からだ。

お前のバックラーに収まっていたゲッターが、魔女の中で顕現したのさ。

当然、ゲッターの巨体を化物が飲み込んでいられるはずも無い。

魔女の身体は四散し、後に残ったのはゲッターロボのみだったって訳さ。

・・・
・・・


ほむら 「え・・・それじゃ、私はその時いったいどこにいたの?」

竜馬 「・・・ちゃっかり、ゲッターのコクピットに収まってたよ」

ほむら 「すでに、ゲッターのコクピット・・・操縦席に・・・」

竜馬 「ああ。前にも言ったと思うが、ゲッターロボは本来三人乗りだ」

ほむら 「ええ、聞いたわ」

竜馬 「ゲッターロボはもともと三機のロケットマシンでな。それが合体して一体のロボット、ゲッターが誕生する。つまり、ゲッターには三箇所のコクピットがあるってわけだ」

ほむら 「流君が乗るべき操縦席と、武蔵さんの席と・・・」

竜馬 「そう。そして、後一つ。お前はその中で気を失っていたんだよ、暁美」

ほむら 「ということは・・・そこって・・・」

竜馬 「ああ。もう一人の仲間・・・神隼人が乗っていた、ゲッター2の操縦席だ」

ほむら 「ジン・・・ハヤト・・・」


初めて聞く名。

それなのに、なぜかとても懐かしい響き。

神隼人・・・


ほむら 「力を望んだ私が、かつては神という人の乗っていた操縦席に座っていた・・・」

竜馬 「そうだ」

ほむら 「不思議な感じ・・・ね、流君。何となくだけれど、私は思うの。私が聞いた、謎の声って、その神っていう人なんじゃないかって」

竜馬 「ああ、俺もご同様にそう思っていたところだ。だがな・・・」


彼が次に続けようとしている言葉は、何となく分かっていた。


竜馬 「奴はとうに死んでいる」


予想通りだった。


ほむら 「さっき流君が言っていた、後釜ってそういう事ね」

竜馬 「ああ。隼人が暁美に語りかけ、自分がかつて座っていたコクピットを明け渡す。話の筋は通る」

ほむら 「でも、それが正しいとして、すでに死んでしまった人が、どうやって私に話しかけてきたのかしら」

竜馬 「・・・わからねぇ。ともかく、今は話を先に進めるぜ」

・・・
・・・


ゲッターが現れた後。

俺はゲッター2・・・ジャガー号のコクピットで気を失っているお前を発見した。

慌ててソウルジェムを確認したら、案の定だ。黒く濁りかかっている。

俺ではどうしようもない。ともかく、この場から脱出する事が先決だ。

そう考えた俺はゲッターに飛び乗り、結界の入り口まで急行したあと、入り口を破壊して現実世界へと帰還したって訳だ。


ほむら 「・・・わざわざ結界を破壊したの?」


ああ。

お前は気を失っている。巴マミも目は覚ましていたようだが、覚醒直後で本調子じゃない。

ゲッターで入り口をこじ開けるのが一番手っ取り早いと思ったんだ。


ほむら 「結界は魔女が死んだら、程なく消滅するのだけれど。一緒に魔女を倒した時、見ていなかった?」


え・・・

あ、焦ってたんだよ、あの時は。

・・・そして、結界から出るのと同時だったぜ。ゲッターが跡形もなく、消えてしまったのは。

実際は、お前のバックラーの中に戻ったんだろうがな。

どうやらこっちの世界では、ゲッターは魔女の結界の中以外では活動できないらしい。

・・・
・・・


竜馬 「と、こんなところだな。後は、鹿目から説明を受けただろ。俺たちは外で待っていた鹿目と合流。巴マミの家へと向かった」

ほむら 「巴さんからは、グリーフシードの施しを受けた上で、ね」

竜馬 「そういう言い方はよせよ。武蔵から色々聞いたんだろうがよ、お前のことを心底心配そうにしてたんだぜ」

ほむら 「・・・うん」

竜馬 「今日接してみて思ったが、良い奴みたいだな、巴マミ。出会って間もない鹿目も、すっかり心を開いているようだし」

ほむら 「・・・そんなの、言われなくたって知っているわ」

竜馬 「そうだったな。お前、巴マミのこと、けっこう好きなんだろう」

ほむら 「な、なによ、藪から棒に」

竜馬 「明るく振舞う巴マミを見ながら、お前まで笑顔を浮かべていたぜ。気づいていたか?」

ほむら 「・・・」

竜馬 「暁美、お前も思ったよりは、良い奴だったんだな」

ほむら 「なによそれ、褒めてるの?けなしてるの?」

竜馬 「褒めてるんだよ。言葉は素直に受け取るもんだ。さて、それはともかくとして、だ」

ほむら 「なによ」

竜馬 「巴マミ・・・なんとか助力を得られるような運びに、話をもって行けないもんかなってな」

ほむら 「・・・そうね」


ある時は孤独に苛まされ。

またある時は、突きつけられた現実を受け入れられずに、暴走してしまう巴マミ。

なまじ実力があるだけに、そうなってしまっては非常に厄介な彼女だったけれど。

味方になってくれれば、これほど心強い相手はいないだろう。

そう、もしかしたら、この時間軸では・・・


竜馬 「暁美?」

ほむら 「この件については、後で考えをまとめておくわ」

竜馬 「ああ。じゃあ、残る懸念点は・・・」

ほむら 「私の、謎の魔力消耗現象、ね」

竜馬 「そうだな。そいつのせいで、お前は満足に戦えないどころか、常に魔女化の危険にさらされ続けているって訳だからな」

ほむら 「たまったものではないわ。戦えない魔法少女なんて、いったいどんな存在意義があるっていうのよ・・・」

竜馬 「・・・解決策はともかく、原因はもしかしたら掴めたかも知れないぜ」

ほむら 「え・・・」


竜馬の意外な一言に、私の目が丸くなる。

当の本人でも見当のつかない事が、魔法少女ですらない竜馬に解明できるなんて、とても思えないのだけれど・・・


ほむら 「どういうことなの?詳しく話してくれないかしら」

竜馬 「それなんだが、武蔵も交えて明日にでも仕切りなおさないか。武蔵の今までのことも、聞いてみたいだろ?」

ほむら 「それは、まぁ・・・」

竜馬 「あくまでも仮説だ。あまり期待されすぎても困るが、まぁ・・・良い線ついてるとは思うぜ」

ほむら 「分かったわ。あなたの言うとおりにしましょう」


頷くと、竜馬は残った紅茶を一気に喉に流し込んで、立ち上がった。


竜馬 「じゃ、明日な」


そう言って出て行く竜馬を、私は後ろ髪を引かれる思いで見送ったのだった。

次回へ続く!

再開します。


ほんと、遅筆ですみません。

待ってたと言って頂けて、本当にありがたいです。

・・・
・・・


翌日。

校門を潜った辺りで、登校してきたまどかとさやかと鉢合わせた。

爽やかな陽光に照らされて、一層映えるまどかの笑顔。

朝一番から素晴らしい物が見られたお陰で、何だか今日は良い事でも起こりそうな予感。



まどか 「おはよう、ほむらちゃん!」


手を振って駆けて来るまどか。今朝も元気ね。そんな無邪気な仕草もたまらない。

それとは対照的に、何だか美樹さやかの顔には生気が足りないよう。


さやか 「おはよ、暁美さん」

ほむら 「おはよう・・・」


にっこりと挨拶をしてくれたさやかだけれど、無理して作った笑顔である事は一目瞭然だ。

彼女の作り笑いは、普段が元気なさやかなだけに、見ていて非常に痛々しい。

さやかが元気を失う原因といえば、大体は見当がつくのだけれど。

私は一応、まどかに探りを入れてみる。


ほむら 「鹿目さん、美樹さんはどうかしたの」(こそっ)

まどか 「あ・・・うん。やっぱりほむらちゃんにも分かっちゃう?」

ほむら 「ええ、お芝居下手よね。無理して普段通りにしようとしているのが、見え見えだわ」

まどか 「そっかぁ・・・うん、えっとね。さやかちゃん、私にも何も言ってくれないんだけれど、たぶん上条君の事だと思うんだ」


・・・やっぱり。

まどか 「あ、上条君っていうのはね、今は入院してるんだけれど、さやかちゃんの幼馴染の男の子で・・・」


上条恭介。

さやかが魔法少女となる場合、彼女が望む願いは上条恭介の怪我の快癒、ただそれのみだった。

時間軸によって願いの内容が変わるまどかとは対照的で、それだけさやかの上条恭介に対する思いの深さがうかがえる。

将来を嘱望されたバイオリニストであり、美樹さやかの幼馴染にして想い人・・・

そして・・・


まどか 「・・・昨日の放課後も、さやかちゃん。お見舞いに行ったみたいなんだけど・・・」


人の恋路に口を出すほど野暮でもないし、暇でもないけれど・・・


まどか 「えっと、ほむらちゃん。聞いてる?」

ほむら 「あ、ええ・・・」

さやか 「なになにー。なに二人でコソコソ話してるのよ。これは妖しい関係の匂いがしますなぁ」

まどか 「やだ、そんなんじゃないよ。うぇひひ」


彼女の様子からすると、昨日上条恭介の見舞いに行った場で、彼から何か言われたのだろう。

何を言われたのかは・・・大体想像がつく。

・・・私は上条恭介という男が、正直好きではなかった。


さやか 「どうしたのよ、難しい顔して」

ほむら 「いえ、べつに」

さやか 「お腹でも痛い?それとも何か、心配事でもあるの?」

ほむら 「まぁ・・・」


後者ね。とは、口に出しては言わなかったけれど。

さやかが上条恭介の事で思い悩んでいる時は、彼女から目を離せない。

なぜなら、ヤツがさやかの弱った心の隙を突きにやってくる可能性が高いのだから。

・・・
・・・


教室。

二時間目も終ろうという頃になって、やっと竜馬が登校してきた。

遅刻をしておきながら、悠々と自分の席へと向かう姿は、さすが大物の風格だ。

・・・その面の皮、少しは分けて貰いたいくらい。

そして、時間は進んで昼休み。

何食わぬ顔で、彼は私に話しかけてくる。

・・・まったく。


竜馬 「よ」

ほむら 「今日はどうしたの?また、魔女の結界を探していたのかしら」

竜馬 「いや、魔女退治は少し休んだ方がいいだろう。戦う度に魔力が枯渇されたんじゃ、お互いたまったものではないしな」

ほむら 「そうね。じゃあ、今日はどうして遅れたの?悪目立ちはよしてって、言ってあったはずなのに」

竜馬 「そう言うなって。こっそり武蔵と会ってきたんだからよ」

ほむら 「あら・・・」

竜馬 「巴マミのいない場で話したかったからな。今日の話し合いの段取りとかをさ。で、今晩。またお前の部屋でって事で詰めてきたんだが、問題ないよな?」

ほむら 「ええ、巴マミがあっさり外出を許してくれれば良いのだけれどね」

竜馬 「そこはそれだ。俺たちと会うってんじゃ警戒されるだろうからな。上手くごまかして来るように、念を押しておいたぜ」

ほむら 「さすが、ぬかりがないわね。じゃ、頃合を見て私の部屋へ。武蔵さんは流君が案内してきてくれるんでしょう?」

竜馬 「そりゃ構わないが、なんでわざわざ別行動なんだ?一緒に行けばいいじゃねぇか」

ほむら 「うん・・・」


わたしはちらりと、視線を動かす。

その先には、まどかと談笑する美樹さやか。

表面上は明るくふるまってはいる様だけれど・・・


竜馬 「鹿目がどうかしたか?」

ほむら 「いえ・・・まどかと一緒にいる子の方よ」

竜馬 「えっと・・・なんつったかな。み・・・みき・・・?」

ほむら 「美樹さやか。まどかの親友よ。覚えてあげてね」

竜馬 「へぇへぇ」

ほむら 「かつて、私とともに魔女と戦った、魔法少女のひとりなんだから」

竜馬 「・・・!」

ほむら 「別の時間軸での話だけれどね。今はまだキュウべぇとも接触していないようだし、魔女の存在も知らない普通の女の子でしかないわ」

竜馬 「今はまだ・・・か」

ほむら 「ええ。彼女の心は今、おそらく不安定な状態にある。キュウべぇの甘言に取り込まれる危険性が高いの」

竜馬 「おそらくって、どういうことだ?確信を持てるわけじゃないって事か?」

竜馬 「えっと・・・なんつったかな。み・・・みき・・・?」

ほむら 「美樹さやか。まどかの親友よ。覚えてあげてね」

竜馬 「へぇへぇ」

ほむら 「かつて、私とともに魔女と戦った、魔法少女のひとりなんだから」

竜馬 「・・・!」

ほむら 「別の時間軸での話だけれどね。今はまだキュウべぇとも接触していないようだし、魔女の存在も知らない普通の女の子でしかないわ」

竜馬 「今はまだ・・・か」

ほむら 「ええ。彼女の心は今、おそらく不安定な状態にある。キュウべぇの甘言に取り込まれる危険性が高いの」

竜馬 「おそらくって、どういうことだ?確信を持てるわけじゃないって事か?」

ミスりました。申し訳ない・・・



ほむら 「今までの時間軸での経験則よ。美樹さやかはおそらく、放課後に病院へ向かうはず。入院している幼馴染の男の子を見舞いにね」

竜馬 「ふ・・・ん」


何かを察したのか、竜馬が幾分声を落とす。


竜馬 「・・・後でもつけるか?」

ほむら 「まさか。だって、クラスメイトなのよ」


軽く竜馬に笑って見せると、私は席を立ち、美樹さやかの元へと向かった。

まどかと話していたさやかが、私の気配に気がつき、顔をこちらへと向ける。

にこりと微笑んで迎えてくれたが、その笑顔に張り付いたわざとらしさが、私には不憫に感じられてならない。


さやか 「おや、暁美さんじゃないですか。私たちに何かご用ですかな」

ほむら 「ええ。美樹さんって、たしか上条恭介君の幼馴染だったわよね」

さやか 「え・・・そ、そうだけど、なんであんたが恭介の事を・・・」

ほむら 「深い意味はないの。鹿目さんから聞いたのよ。あなたと上条君は仲が良いって・・・ね?」

まどか 「うぇひっ!?」

さやか 「そうなの、まどか?」

まどか 「う・・・うぇひひひ・・・え、ええと・・・うん・・・」

ほむら 「入院しているって、聞いたわ」

さやか 「うん、まぁ・・・ちょっと事故でね・・・」

ほむら 「それでね、このクラスで顔を合わせてないのは上条君だけだし、挨拶もかねて、一度お見舞いでも・・・と、思ったのよ」

さやか 「暁美さんが?恭介のお見舞いに?なんで・・・!?」

ほむら 「クラスメイトだもの、心配するのは当然でしょう。いけないかしら」

さやか 「いや、いけないとか、いけなくないとか、私からはそういうの、なんとも言えないけどさ・・・」

ほむら 「じゃ、良いのね。では、今日にでも早速。放課後、ご一緒させてもらうわね」

さやか 「・・・え、今日!?早速!?」

ほむら 「今日もお見舞い、行くんでしょ?鹿目さんから聞いたわよ」

まどか 「う・・・うぇひひひ・・・」(ひくひく)

さやか 「まどか~・・・あんた、言わなくてもいい事を、人にぺらぺらと、まったく勘弁してよね」

まどか 「ご、ごめん」

さやか 「まぁ、いいわ。行きましょ、二人で」

ほむら 「ええ」

竜馬 「三人で、にしちゃくれねぇかな」


不意に後ろから声がかかる。

いつの間に側まで来ていたのか、竜馬が出し抜けに会話に加わってきたのだ。


ほむら 「ちょ・・・いきなりなに?」

さやか 「いやいや、あんたが言うな」


思わず本音の出た私に、さやかの冷静な突込みが入る。

正論過ぎて、ぐうの音も出ない・・・


竜馬 「俺が転校してきた時には、上条って奴はすでに入院していたからな。顔通しって事なら、俺が行かない理由はないだろ」

さやか 「そうね・・・分かったわ。じゃ、三人で行こうか。ただ、ちょっとなんて言うか・・・恭介ね、今はナーバスなの」

さやか 「だから、今日はホント顔通しだけね。私も、すぐに帰るつもりだったし・・・」

竜馬 「了解だ。じゃ、放課後にな」

ほむら 「あ、流君・・・美樹さん、それじゃ後で。鹿目さんも、また」


用件だけ済むとさっさと自分の席に引き上げてしまった竜馬を、私も慌てて追う。

席に戻るなり机に突っ伏し、居眠りを決め込む彼に、私はため息を一つ。

まったく、どこまでフリーダムなのかしら。


ほむら 「流君、どういうつもり?」

竜馬 「なんだよ、暁美。昼飯後は眠くなっちまうんだ。ちょいと放っておいちゃくれねぇかな」

ほむら 「・・・できれば病院には、流君には来て欲しくないのだけれど」

竜馬 「なんでだよ」


突っ伏していた竜馬が、顔を上げて私を見た。

気性の激しさを現す、鋭い目。気の弱いものなら、彼に本気で睨まれたなら、それだけで腰を抜かしてしまうだろう。

そして私は知っている。

流竜馬という人間が、彼の放つ眼光そのままの男であるという事を。


ほむら 「会わせたくないのよ、上条恭介とあなたを」

竜馬 「・・・言ってる意味がわからねぇ」

ほむら 「できれば今日は、夜まで別行動にしてもらえないかしら」

竜馬 「・・・上条恭介ってのが、美樹さやかが魔法少女化する上での、キーパーソンなんだろう。それくらい話の流れで、俺でもわかる」

ほむら 「ええ・・・」

竜馬 「上条と美樹に何らかのやり取りがあって、そこでできた弱みをキュウべぇに突かれる。暁美の心配事は、そんなところじゃねぇのか」

ほむら 「その通りよ」

竜馬 「・・・キュウべぇを美樹に近づけないためにも、人手は多いに越した事がないんじゃないのか?」

ほむら 「ええ・・・そうね、流君の言うとおりだわ・・・分かった、一緒に行きましょう。だけれど、一つだけ約束して」

竜馬 「改まって、なんなんだよ?」

ほむら 「流君は大人しくしていて。決して事を荒立てないように」

竜馬 「・・・お前な。病院なんだろ、大人しくしているさ。俺を何だと思っているんだ」


再び机に突っ伏す竜馬。あとはもう、話しかけても返って来るのは寝息のみ。

はぁ・・・と小さな溜息一つを残し、私も自分の席へと戻る事にした。

腰を下ろした後、改めて隣の席の竜馬に目を向ける。

乱暴で口が悪くて、そして我が強い。

だけれど、一途で自分の信念には、ひたすらにまっすぐな男。

・・・

そんな彼から上条恭介は、一体どう見えるのだろう。

・・・
・・・


放課後。

結局、午後の授業も居眠りし通しだった竜馬の耳を引っ張り、引きずる様に私は教室を出た。

さやかはお手洗いを済ませてくるとの事なので、先に校門前で待つことにしたのだ。


まどか 「ほむらちゃん!」


外履きに履き替えて玄関を出たところで、後ろからまどかに呼び止められた。

ちょっと怒っている様で、柔らかな頬をぷくっと膨らませながら、私を睨みつけている。


ほむら 「・・・怒った顔も可愛いのね、まどか(ほむぅ)」

まどか 「うぇひっ!?」

竜馬 「・・・おい、心の声が表に出てるぞ」

ほむら 「はっ・・・こ、こほん。な、何か用かしら、鹿目さん」

まどか 「あ、うん・・・!さっきのあれ、ひどいよー!おかげで私、さやかちゃんに怒られちゃったんだからね!」

ほむら 「上条君のこと?事実を言っただけだけれど。まどかから聞いたって」

まどか 「そうだけど、さやかちゃんに直接言わなくったって・・・」

ほむら 「不愉快な思いをさせてしまったのなら、謝るわ。だけれど・・・」

まどか 「?」

ほむら 「私は目的のためなら、手段は選ばない・・・!」ふぁさっ!

まどか 「あ・・・あう・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら (今の私、ちょっとかっこよかったんじゃないかしら)

竜馬 「・・・と、とりあえず、歩きながら話そうぜ、鹿目」

まどか 「う、うん」

ほむら 「・・・」


二人は私を置き去りに、校門の方へと連れ立って行ってしまった。


ほむら 「・・・あれ?」

・・・
・・・


校門前。


まどか 「え・・・さやかちゃんの所にキュウべぇが・・・?」

ほむら 「今はまだ現れていないけれど、程なく彼女の前に姿を現す。その可能性が高いわ」

まどか 「え・・・て、いう事は・・・」

ほむら 「そう。あなたが知っているとおり、美樹さんは上条君のことで悩んでいる。そして・・・」

竜馬 「美樹さやかは魔法少女になる素養がある・・・らしいぜ」

まどか 「ほ、本当に?」

ほむら 「ええ、事実よ」

まどか 「ど、どうしてほむらちゃんに、そんな事が分かるの?」

ほむら 「・・・キュウべぇが美樹さんと接触するとしたら、上条君と会った直後、一番心が病んでいる時を狙ってくるはず」

まどか 「上条君と会って、心が病む・・・?なんで・・・?」

ほむら 「だから私たちは病院に行くの。そして、キュウべぇが美樹さんに近づこうとするなら、それを阻む」


まどかの疑問には敢えて答えず、私は事実のみ淡々と告げる。

疑問に対する答えを話した所で、今のまどかに信じてもらう事は、しょせん叶わないのだから。


ほむら 「そういう訳だから。利用するような真似して、悪かったわ」

まどか 「・・・」

ほむら 「納得がいってないって顔ね」

まどか 「ねぇ・・・ほむらちゃん」

ほむら 「なに?」

まどか 「魔法少女になるのって、ほむらちゃんにとっては、そんなにいけないことなの?」

ほむら 「・・・」

まどか 「たしかに、危険な事だって言うのは分かるよ。マミさんだって、毎日命がけで戦ってる。昨日だって危なかったの聞いてるもん」

まどか 「だけどね、それはこの街のみんなを悪い魔女から守るためなんだよね?戦う事で、救われてる人がいるんだよね?」

ほむら 「・・・そうね」


力ないただの少女だった頃の私も、確かに救われたのだ。

他でもない、魔法少女となったまどかに。


まどか 「本当に叶えたい願いがあって、それで魔法少女になれば、マミさんも仲間が増えて、それだけ危険じゃなくなるって事だよね」

まどか 「・・・ねぇ、それってそんなにいけない事なのかな」


当然の疑問だった。

魔法少女を待ち受ける終末の真実さえ知らなければ、だれだってまどかと同じように考えるだろう。

さて、何と言えばまどかは納得してくれるのか。


ほむら 「それは・・・」


私が考えを巡らせ、ほんの少しだけ逡巡していた時だった。


竜馬 「鹿目は、魔法少女になりたいのか?」


その間隙を突いてきたかの様に、竜馬が話に割り込んできたのは。


まどか 「え・・・う、うん。マミさんは素敵な人だし、こんな私でも力になれるなら、それはとても嬉しいなって」

竜馬 「じゃあ、それと引き換えに、どうしても叶えたい願いってのが、お前にはあるんだな?」

まどか 「え・・・」


戸惑いの表情を浮かべて、竜馬を見上げるまどか。

次の句が継げないのか、言葉を途切れさせたまま、口だけパクパクしている。

まるで・・・


竜馬 「まるで、自分の願いなんか、考えてもいなかったって顔してるぜ」


竜馬が私の考えを代弁するかのように、まどかに告げる。

図星だったようで、まどかはうぐっと小さくうめいて、俯いてしまった。

まったく、自分の欲求に無頓着な所は、とってもまどからしいと言えるのだけれど。


まどか 「うぇひひ・・・、そこら辺は、あまり深く考えてなかったよ」

竜馬 「鷹揚と言うかなんと言うか、大物だと思うぜ、鹿目は」

まどか 「う、うぇひひひ・・・」


人を疑う事を知らないまどかは、竜馬の言うことを素直に受け取って、顔を赤めながら頭なんか掻いている。

それ、褒められた訳じゃないと思うわよ。


竜馬 「だがな・・・命がけって部分は、もっと深く考えた方が良い」

まどか 「え・・・」

竜馬 「実感として湧かないのは仕方がないがな、命がけで賭けた命は、賭けに負けりゃ二度と手元に戻ってくる事はねぇんだ。分かるよな?」

まどか 「え・・・う、うん」

竜馬 「お前が命を失って、残されて悲しむ奴はいないのか?」

まどか 「・・・え」

竜馬 「お前が真に望む事、お前の未来が絶たれ、残された者が泣き、それ等と引き換えにしてまで望む事があったのなら、俺から言う事は何もない」

竜馬 「覚悟を決めた人間を引き止める言葉を、あいにく俺は知らないからな。だが、そうじゃないなら・・・」


竜馬が、ちらりと私へ視線を走らせる。が、すぐにまたまどかへと視線を戻すと、彼は言葉を続けた。


竜馬 「命がけって言葉を、軽々しく使うべきじゃない。お前を大切に思っている人のためにもな」

まどか 「う・・・」


大切な人を失いながらも、まさしく命がけで戦ってきたであろう竜馬の言葉は重たかった。

経験をともなった言葉の重さに、まどかは圧倒されて二の句もつけない。

そしてそれは、ともに聞いていた私も同様だった。


まどか 「・・・あぅ」

さやか 「やー、遅くなってゴメン。途中で仁美に捕まっちゃって、ちょっと話してきちゃった!」

まどか 「あ、さやかちゃん・・・」

竜馬・ほむら 「・・・」

さやか 「・・・どうしたのさ?なんだかおもたーい雰囲気なっちゃってるけど」

ほむら 「何でもないわ。さ、遅くなる前に行きましょう」

さやか 「う、うん・・・」


キュウべぇ 「・・・」

・・・
・・・


病院。

私は竜馬の袖を引っ張り、まっすぐに上条恭介の病室へと向かおうとするさやかに背を向けた。


さやか 「あ、あれ・・・どこいくの、二人とも」

ほむら 「手ぶらで来ちゃったから。売店で何か買ってから行くわ」

さやか 「別に気を使わなくっても良いと思うけど」

ほむら 「そういうわけにもいかないでしょ。病室は聞いてるし、美樹さんは先に行ってて」

さやか 「あれ?私、恭介の病室がどこだか、教えてたっけ?」

ほむら 「鹿目さんから」

さやか 「ああ・・・」

まどか 「うぇひひひ・・・」


さやかからジト目で睨まれて、まどかの口から引きつった笑いが空しくこぼれる。

そう、まどかもさやかがキュウべぇと接触する可能性を聞き、心配して一緒について来ていたのだった。


さやか 「じゃ、まどか。私らは先に行ってよう?」

ほむら 「二人とも、後でね。流君、行きましょ」

竜馬 「おう」


私たちは、まどかたちとは反対の方へと歩き始める。


竜馬 「で、これからどうするんだ?身を隠して、キュウべぇをとっ捕まえる算段でも図るのか?」

ほむら 「え・・・?」

竜馬 「え??」

ほむら 「話、聞いてなかったの?売店に行って、病室に差し入れる物を買うのよ」

竜馬 「はぁ・・・!?俺はまたてっきり、二人と離れたのも考えがあっての事だとばかり・・・」

ほむら 「キュウべぇから身を隠したって意味は無いわ。さやかの側にいるのが、彼女を守るのには一番確実よ」

竜馬 「じゃあ、何のために差し入れなんて・・・」

ほむら 「いや、礼儀というか、常識として・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「私、何か変な事を言ったかしら」

竜馬 「俺さ、お前の事クールな二枚目ポジションだと思ってたんだけどさ」

ほむら 「・・・?」

竜馬 「かなり天然、入ってるのな」

ほむら 「そうかしら。自分じゃ分からないけれど・・・」

竜馬 「そりゃそうだろうぜ」

ほむら 「あ・・・売店があったわ。ちょっと買ってくるわね」

竜馬 「はいはい」

・・・
・・・


上条恭介の病室前。

手に見舞い用の花束を抱え病室の前までやってくると、廊下でまどかがオロオロしていた。

室内に入るには入れないといった感じで、時々病室を覗き込んだりしながら、廊下をウロウロしている。


竜馬 「鹿目、ありゃ、なにやってるんだ?」

ほむら 「・・・だいたい、想像できるけれど・・・鹿目さん」

まどか 「あ・・・ほむらちゃん~~~」


まどかが、ホッとした顔で駆け寄ってきた。


竜馬 「どうしたんだ、お前。外で俺たちを待っててくれた・・・て様子じゃねぇよな」

まどか 「う、うん。じ、実は中でさやかちゃんと上条君が言い争いを・・・ていうか、上条君が一方的に・・・」

ほむら 「・・・まどかが一緒にいるのに?」

まどか 「うん・・・さやかちゃんに外で少し待っててって言われて。でも、心配だよ。あんな顔のさやかちゃん、見たことないもの」

ほむら 「・・・上条恭介」


恥も外聞も既に捨てているのか。さやか以外の者の前でも醜態を晒すなんて。

・・・それだけ精神的に追い詰められているって事なんだろうけれど。

だけれど・・・


竜馬 「上条は美樹になんて言ったんだ?」

まどか 「それは・・・えっと・・・」

竜馬 「大丈夫だから、言ってみろ」

まどか 「えとその・・・今日は友達まで連れてきて、皆で僕を笑いに来たのかって・・・上条君、そんな事言う人じゃなかったのに・・・」

竜馬 「・・・」


竜馬の目つきが代わる。

ギロリと病室の扉をねめつける。

なんて目力。扉ごときは容易く眼力だけで破壊してしまいそうな迫力。

あの目つき。さすがの私も、全身が総毛立つのを抑えられない。

ああ、怖い。だから、ここには彼を連れてきたくなかったのだ・・・


まどか 「・・・っ」


普段はノンビリしているまどかも、さすがに様子の一変した竜馬に気がつき、思わず息を呑んでいる。

彼女まで怯えさせてどうするのよ。まどか、すっかり固まってしまっているじゃない。


ほむら 「ちょっと、流君」


私は慌てて、引き止めるように竜馬の腕を掴んだ。

だが竜馬は、私の存在など意に介さぬかのように、視線を扉に据えたままで、こちらをチラリとも見ようとしない。


竜馬 「自分を笑いに来たと、そう美樹に言ったのか」

まどか 「う、うん・・・」

竜馬 「自分を本気で心配している奴に、そんな事を言ったのか」


ぎりっ・・・

竜馬の奥歯をかみ締める音が、私の耳にも届く。

怒りと憤り。その両者が寸分も隠れることなく、竜馬の顔を染め上げていた。


ほむら 「落ち着いて。顔、怖いから」

竜馬 「上条・・・男じゃねぇぜ」


竜馬が病室に向かって歩き出す。

バカ力の竜馬を生身の私が止められるわけもない。みっともなくズルズルと引きずられるままの私。


ほむら 「だからっ・・・(ずるずる)、今日は大人しくっ・・・(ずるずる)、しててって・・・(ずるずる)あぅ、最初に言ったでしょう!?」

竜馬 「挨拶してくるだけだ」

ほむら 「挨拶しようって顔じゃないじゃない!」


思い切り踏ん張って抗ってみても、竜馬の手が扉の取っ手を掴むのを引き止める事が叶わない。


竜馬 「邪魔するぜ」

ほむら 「ああ、もうっ」


私の奮戦むなしく、竜馬は上条の病室の中へと消えて行ったのだった。

引きずられたまま成す術のない、非力な私もろとも、まどか一人だけを廊下に残して・・・


まどか 「あわわ・・・」

・・・
・・・


まどか 「・・・え、えっと。私はこのまま、ここにいて良いのかなぁ」(ぽつーん)

まどか 「流君、すごく怒ってた様だけど、まさか乱暴な事しないよね・・・」

まどか 「ほむらちゃんだっているし・・・」

まどか 「・・・」

まどか 「・・・」

まどか 「うぇひぃ・・・やっぱり心配だよ・・・」

まどか 「・・・よしっ!ここはやっぱり、私も中に入っt
キュウべぇ 「まぁ、待ちなよ、まどか」

まどか 「うぇひっ?!び、びっくりしたぁ・・・キュウべぇ、いつからいたの??」

キュウべぇ 「ずっと側にいたよ。ただ、竜馬とほむらはどう言った訳か、僕の事を快く思っていないからね。身を潜めていたってワケさ」

まどか 「そ、そうなの・・・でも、そうしてここにいるの?」

キュウべぇ 「うん、君の友達の美樹さやかに用があってね」

まどか 「さやかちゃんに・・・え・・・そ、それって、まさか・・・」

キュウべぇ 「そうだよ、まどか。僕はさやかに魔法少女になって欲しいってお願いしに来たんだ」

まどか 「さ、さやかちゃんが、魔法少女に・・・」

キュウべぇ 「彼女にはその素質と資格があるからね。そしてどうやら、命と引き換えにしても叶えたい願いが、今の彼女にはあるようだ」

まどか 「もしかして、上条君のこと・・・?」

キュウべぇ 「まぁ、実際の所は彼女と話してみないと始まらないけれどね。今は取り込んでるようだし・・・」

まどか 「・・・」

キュウべぇ 「今はこうして、様子を見ておくことにしよう。まどかはどうするんだい?」

まどか 「・・・」

キュウべぇ 「・・・まどか?」

まどか 「う、うぇひっ?」

キュウべぇ 「どうかしたのかい、まどか。なにか考え事でも?」

まどか 「う、うん・・・」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


竜馬 「邪魔するぜ」


いきなり扉を開け放って、鼻息荒く踏み込んできた厳つい男の姿を見て。

上条恭介は驚愕の表情を浮かべたまま、固まってしまった。

当然といえば当然の反応。


恭介 「な、何だ君は・・・」


やっと搾り出した、ちょっと間抜けな問いかけなど無視して、竜馬はズカズカとベットに迫る。

その上に臥している上条恭介を一点に見据えながら。


さやか 「え、なに?いったい何なの?」


ただならぬ竜馬の雰囲気を察したさやかが、慌てて竜馬とベットの間に割って入った。

その両の頬を、今しがたまで流されていたであろう涙で塗らしたまま、両手を広げて立ちふさがる。

その姿が、何と言うか・・・惨めでもあり、いじらしくもあって。


竜馬 「どけよ、美樹。挨拶ができないじゃねぇか」

さやか 「挨拶って・・・とても、そんな穏やかな雰囲気じゃないんですけど!?」

恭介 「挨拶って、どういうこと?あ・・・見滝原の制服・・・?という事は・・・」

竜馬 「よう、お初にお目にかかるぜ、色男。俺は流竜馬。お前さんが入院してから転校してきた、ま、クラスメイトって奴だ」


大柄な竜馬が、さやかの頭越しに上条に声をかける。これじゃ、さやかの決死の通せんぼもまったく意味を成さないわね。


恭介 「転校生?じゃ、君も?」


上条の視線が、今度は竜馬の脇に向けられる。

そこには、いまだ竜馬の腕を掴んで、大樹の蝉よろしくへばり付いていたままの私がいたのだ。


ほむら 「・・・っあ」


そういえば、ずっと竜馬の腕を掴んでいたままだった。

うかつだったわ・・・!

何だかこれじゃ、場もわきまえずに、病室に腕組んで入ってきたバカップルみたいじゃないの。

ほむら (すすすっ・・・)


私はあくまで自然な動きで竜馬から距離をとると、努めて常と代わらない態度で上条へと言葉を返した。


ほむら 「流君と同じ、転校生の暁美ほむらよ。よろしくね」(ふぁさーっ)

恭介 「あ、よ・・・よろしく」


まどか (あ・・・取り繕った)

キュウべぇ (取り繕ったね)


ほむら (誤魔化せた。完璧だわ)ほむぅっ

さやか 「え、ええと・・・」


私の完璧な自己紹介のおかげで場が和んだためか、張り詰めていたさやかの気持ちも多少は解れたよう。

そんな彼女の肩に、優しく手を置く竜馬。そっと、さやかを脇へと追いやる。


竜馬 「何を心配してるのか知らないが、さっきも言った通り自己紹介に来ただけだ。あと、暁美」

ほむら 「なに?」

竜馬 「せっかく買ってきた花、萎びる前に活けて来い。美樹、水場を案内してやってはくれないか」

さやか 「え・・・」

ほむら 「だけど、流君・・・」

竜馬 「外にいる鹿目も連れてな。それと・・・」


竜馬が声を落とし、私にだけ聞こえる声でボソッと言う。


竜馬 (美樹を便所にでも連れて行って、顔を洗わせてやれ。涙に濡れた女の顔なんざ、見たくねぇからな)

ほむら (柄でもない事を言うのね。私は、あなたたちを二人にはしたくないのだけれど)

竜馬 (俺がこいつに手を出すとでも?馬鹿を言え。俺が殴ったら、一撃であの世に送っちまう。そんなマネ、するかよ)

ほむら (・・・)


ほむら 「美樹さん、案内、お願いできるかしら」

さやか 「だけど、恭介が」

ほむら 「大丈夫だから」


私はさやかの手を取ると、部屋の外のまどかにも声をかけ病室を後にした。

・・・
・・・


花を活ける前にトイレによって、さやかに顔を洗わせる。

さやかは自分が泣いていた事にも気がついていなかったようで、困ったような笑顔を浮かべながら洗面台へと向かった。

蛇口をひねりながらも、眠かっただの、あくびをたくさんし過ぎただのと、彼女の言い訳は途切れない。

側にいる者に、なにより親友のまどかに心配をかけたくないのだろう。その心根がいじましい。

そんな、優しいさやかに涙を流させた張本人・・・


まどか (きょろきょろ)

ほむら 「鹿目さん、どうかしたの?」

まどか 「あ、ううん。なんでもないよ。うぇひひ・・・」

ほむら 「そう・・・」

まどか (キュウべぇ、どこに行っちゃったんだろ。ほむらちゃん達が出てきたら、とたんにどこかへ消えちゃった・・・)


・・・上条恭介。

繰り返すようだが、私は彼の事が好きではない。

さやかが魔法少女となった理由であり、その結果まどかを苦しめた遠因。

自分を想う少女の心につけ込んで、苦しさを発散させる捌け口とした男。

己の辛さにばかり敏感で、他人の心にはどこまでも鈍感で・・・

好感を持てる要素が、まったく見つけられない。

それが、私にとっての上条恭介だった。


ほむら 「惰弱な・・・」

さやか 「へ、なんか言った?」

ほむら 「いいえ、なにも」


夢が絶たれた。絶望の淵にいる。

そんな彼が投げやりになって、気心の知れた幼馴染に八つ当たりをしてしまう。

その程度の事、誰にだってあることじゃないのか。

はじめの内は、私だってそう思おうとしていた。

だけれど、さやかの願いによって復調した後の上条恭介は、怪我で打ちひしがれていた頃の彼と、なんら変わってはいなかった。

どこまでも人の心に鈍感で。見えているのは自分の望みと、自分に接してくる人の上っ面の薄っぺらい部分だけ。

・・・人のことを過剰に気にかけるまどかとは、まったく真逆の存在。

ほむら 「・・・」

まどか 「さやかちゃん、はい、ハンカチ。ねぇ、もう平気?大丈夫なのかな?」

さやか 「んー、なにが?」

まどか 「なにがって・・・えっと・・・」

さやか 「あはっ、ありがとね。でも、ホントただ眠たかっただけだから。さやかちゃんはいつだって元気なのですよ!」

まどか 「・・・うん」

さやか 「お待たせ、暁美さん。そんじゃ、花を活けに行こっか」

ほむら 「どうして・・・」

さやか 「ん??」

ほむら 「なぜ、そこまであの男に入れ込んで・・・放っておけば、あなたはこれ以上悩む必要も無くなるというのに・・・」

さやか 「なっ!?」

まどか 「ほ、ほむらちゃん!?」

さやか 「な、なにそれ・・・あんた、なに言っちゃってくれてるわけ?」

ほむら 「言葉の通りよ。上条恭介・・・美樹さんがそこまで入れ込むに値する男なのかしら」

さやか 「・・・???」

ほむら 「献身して悩んで、だけれど想いは届かずに気持ちばかり空回りさせて・・・美樹さんの気持ちを察する事もできない、あんな男のためになんて・・・」

さやか 「ちょっと!!」

ほむら 「あうっ、かはっ」


さやかに胸倉をつかまれ、壁に叩きつけられた。

したたかに背を打ち付けられ、込み上げてきた咳が呼吸を圧迫する。


さやか 「あんた、なんなの!?初対面のあんたに、恭介のなにが分かるっていうのよ!」

ほむら 「けほ・・・分かるのよ、私には。そしてこのままだと、あなたがどういう目にあうのかも・・・」

さやか 「なによそれ!!」

まどか 「あわわ・・・ちょっと、さやかちゃんやめて、手を離して!ほむらちゃんも、何でそんなこと言うの~~~!!??」

ほむら 「美樹さん、これから何が起こって、どんな決断をする事になったとしても、あなたの心は彼には届かない・・・それどころか・・・」

さやか 「まだ言うかっ!!」


ぎりっ・・・

さやかの手に力がこもる。喉が締め付けられ、ますます息が苦しい・・・

だけど、私の口は止まらなかった。


ほむら 「う・・・ぐ・・・美樹さ、ん。あなただって薄々は感づいているんでしょう・・・?上条恭介が、どんな風にあなたを見ているのかを・・・」

さやか 「う、うるさいうるさい!」

ほむら 「見たくないのよ・・・あなたが苦しむ姿を・・・」

まどか 「さやかちゃん、やめて!ほむらちゃん、死んじゃうよ!」

さやか 「転校生!なんだってのよ!仮にあんたの言う通りだとして、私のことなんて、あんたの知ったことじゃないじゃない!!」

ほむら 「・・・」


そう、知った事ではない。

さやかはまどかが魔法少女化する際の重要なファクターで、それが故に守る必要があった。

さやかの去就や生き死にが、まどかのメンタルにも大きな影響を及ぼす。だから、さやかから目を離せなかった。

それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけのはずだった。

なのに・・・


ほむら 「仲間・・・”だった”・・・から・・・」

さやか 「え・・・?」


かつての時間軸においての。

気弱な私を気遣ってくれた。

手を差し伸べても届かない、思い人との事で悩んでいた。

自分の描く理想と、本心が望む願いとのギャップに、心を苛まれていった。

・・・最終的には魔女となって、かつての仲間に討たれて果てた。

そんな、様々なさやかの姿が、私の脳裏を駆け抜けていく。


さやか 「あんた、なに言ってるの・・・?」

ほむら 「う、ぐ・・・」

まどかの事が一番だということは、今も昔も変わりがない。

だけれど。

それでも最初のうちは、さやかの事も救いたいと思っていた。ともに笑いあえる日が来ればよいと・・・

友達だったのだから。

共に戦った、仲間だったのだから。


ほむら 「いつからだったかしら・・・誰も未来を受け止められない・・・だから、私も誰にも頼らない・・・そう決めて・・・」

さやか 「・・・」

ほむら 「たった一人の、友達だけ、守る、事ができたら、それで、いいと・・・だけ、ど・・・」

さやか 「ワケのわからないことをっ!」

まどか 「さやかちゃん、いい加減にして!」

さやか 「ま、まどか・・・」

まどか 「手を離して、さやかちゃん!本当に殺しちゃう気!?」

さやか 「あ・・・ち、違う・・・私・・・」


さやかの腕から力が抜ける。

途端に肺腑の奥に流れ込んでくる新鮮な空気に耐え切れず、私は膝を折ると、その場で盛大に咳き込んでしまった。

慌ててまどかが、私の背をさすりながら顔を覗きこんでくる。


まどか 「大丈夫、ほむらちゃん!」

ほむら 「こほっ・・・こほっ・・・へ、平気よ・・・」

まどか 「よ、良かった~~~」


心底ホッとした表情で、私の背をさすり続けてくれるまどか。


まどか 「だけど、ほむらちゃんもいけないんだよ。なんだってあんな、さやかちゃんが怒るようなことを言ったの?」

ほむら 「そ、それは・・・」


まどかに問われて、脳裏に浮かんだのは、あの男の顔。

流竜馬。

私の話を聞き、信じて、そして仲間と認めてくれた男。

そして、失った事もある故に、仲間の大切さを誰よりも知っている男。

そんな彼に・・・

流竜馬という男に、私は感化されてしまったんだろうか。


さやか 「ごめん・・・やりすぎた・・・」

ほむら 「美樹さん・・・」

さやか 「暁美さんさ、あいつの事、恭介と会った事があるの?」

ほむら 「・・・ええ」


この時間軸では、今日が初対面だけれど。


さやか 「そっか・・・あえて、どこでとは聞かないよ。でも、さ。だとしても、私と恭介の事に関しては、横から口を挟まないで貰いたいな」

ほむら 「・・・」

さやか 「たしかにあんたの言うとおり、今の恭介は私にちょっと当りが強いけどさ、それも幼馴染の気安さから来ていることだと思うし」

ほむら 「だけど、それは・・・」

さやか 「あいつ、自分の夢が絶たれて、本当に辛い時なんだよ。私に鬱憤をぶつける事で、ちょっとでも楽になってくれるなら、私は役に立てて嬉しいんだ」

ほむら 「・・・」

さやか 「暁美さん、私のこと心配してくれたんでしょ。ありがとう。そして、ごめんね」

まどか 「さやかちゃん・・・」

さやか 「さてと、この話はこれでおしまい。そろそろ病室もどろ?いい加減、遅すぎだって二人とも心配しているかも」

ほむら 「・・・ええ」


救いたいと思った。

だけれど、けっきょく私の言葉など、これまでと同様に美樹さやかの心には届かないのか・・・

このままでは、必ず。その追い詰められた心の隙間に、ヤツが忍び込もうと迫ってくる。

そして美樹さやかは100%、キュウべぇの甘言を受け入れて魔法少女になってしまうだろう。


ほむら (だけれど、彼女に対して私のできる事なんて、今までの時間軸通り、やっぱり何もないんだ・・・)


無力感に押し潰されそうになる。


キュウべぇ 「・・・」

・・・
・・・


時間は少し逆戻り、ほむら達が出て行った直後の病室。


竜馬 「さてと、改めましてこんにちわ。転校生の流竜馬だ。て、そりゃさっき言ったか」

恭介 「う、うん、聞いたよ。僕は上条恭介。よ、よろしく・・・」

竜馬 「おう」

恭介 「・・・」

竜馬 「青っ白い顔してるな。飯、食えてるのか」

恭介 「最近はあまり食欲が無くてね。でも、さやかにうるさく言われてるし、最低限は一応、ね」

竜馬 「美樹にねぇ。そんな頻繁に見舞いに来てるのか、あいつ」

恭介 「・・・」

竜馬 「良いヤツだよな。あの年でそこまで甲斐甲斐しくできるなんて、そうできる事じゃないぜ」

恭介 「おかしなことを言うよね。同い年相手に・・・」

竜馬 「おかしい?もしお前と美樹が逆の立場だとして、それを踏まえた上でなお、おかしいと言い切れるのか?」

恭介 「え・・・」

竜馬 「気にかけてもらって当然・・・心配されて当たり前」

恭介 「・・・」

竜馬 「一度そう思っちまうと、凄さってのはなかなか見えてこなくなるもんだからなぁ・・・」

恭介 「僕はそんな・・・あれはさやかが勝手にやってる事で・・・」

竜馬 「そうかい?だったらなおの事、気を利かせて世話を焼きに来てる女を泣かすようなマネなんざ止めときな」

恭介 「・・・っ」

竜馬 「男を下げるぜ」

恭介 「な、何で君にそんな事を言われなきゃっ・・・!」

竜馬 「大切なものを、失ったんだってな」

恭介 「え、あ・・・う、うん」

竜馬 「俺もさ、掛け替えの無い者を無くした事があるんだ。それも、自分のミスでな」

恭介 「え・・・き、君も?」

竜馬 「おう、そりゃ荒れたぜ。暴れた暴れた。物にも当たったし、人にも当たった。あんまり度が過ぎたんで、投げ飛ばされちまってな」

恭介 「投げ飛ばされた!?」

竜馬 「仲間に柔道の強いのがいるんだがな。おもっくそブン投げられた。俺じゃなけりゃ、死んでたかもな、あれは」

恭介 「は、はは・・・まさか」

竜馬 「大げさに言ってるんじゃねぇぞ?まぁ、それだけされる位、あの時の俺は手がつけられない馬鹿になってたってことだ。そんでな?」

恭介 「・・・」

竜馬 「体中痛くって、ぶっ倒れてるほか成す術無しって段になって、初めて色々考える余裕ができてさ・・・惨めだったぜ」

恭介 「惨めって、なにが・・・?」

竜馬 「やり場の無い憤りを周りにぶつけてる時、俺はそんな負の感情を発散させているつもりだったんだ。だが、そんなの全然違うってな。分かったんだよ」

恭介 「・・・」

竜馬 「結局憤りは心の底に澱のように沈んだまま。暴れる以外にやりきれない、俺の弱さを周囲に見せつけただけだってことにな」

恭介 (どきっ)

竜馬 「荒れようが暴れようが、あいつはもう帰ってこねぇのにな・・・」

恭介 「え・・・あ、あの・・・もしかして、君が無くしたのって、まさか・・・」

竜馬 「友達だよ。掛け替えのない、な」

恭介 「・・・」

竜馬 「お前の腕、もう治らないのか?」

恭介 「うん・・・そう医者に言われたんだ。諦めろって」

竜馬 「辛いな」

恭介 「僕の大切なものも、もう戻らないんだ・・・」

竜馬 「だとしても、今以上に自分を落とすなよ。自分から自分を惨めにする必要はねぇ」

恭介 「・・・え」

竜馬 「分かるぜ。お前、昨日はあまり眠れなかったんだろう?」

恭介 「・・・なんでそれを」

竜馬 「真っ暗な部屋の中で天井を見つめていると、色々と考えちまうんだよな。自分の言った事。それで傷つけた人の事。思い返して、あまりに惨めで死にたくなる」

恭介 「・・・っ」

竜馬 「お前が無くした大切な物、失って一緒に悲しんでくれる女の事、少しは気にかけてやれ」

恭介 「う、うう・・・」

竜馬 「邪険にするんじゃなく、頼ってやれ。お前も美樹も、二人とも惨めにならないために」

恭介 「う・・・うあああああああ・・・」

・・・
・・・


花を活けた花瓶を胸に抱え、私は病室の前まで戻ってきた。

並んで歩くさやかとまどかとは、トイレを出た後から会話一つ無い。

・・・空気が重い。

結局、私がやったのは、無駄にさやかを怒らせた事だけ。


ほむら (さやかの気持ちを上条恭介から逸らすことができたら、ヤツが付け入る隙を奪う事ができたのに・・・)


足取りも重く、病室の中へ入ろうとする。

・・・と。


さやか 「あれ??」

まどか 「どうかしたの、さやかちゃん」

さやか 「いやさ、なんか中から笑い声が・・・」

ほむら 「え・・・そんなバカな」


竜馬を病院へ連れてきたくなかった理由。

それは竜馬の性格からして、上条恭介という男の事が絶対に受け入れがたいと考えたからだ。

二人を引き合わせれば、無用のトラブルを引き起こしかねない。

そんな懸念を捨てきれなかった。

だから本当は、一室に二人きりにさせるのも抵抗があったのだけれど・・・


ほむら (流君が手は出さないと言明したし、私はさやかと話がしたかったから、敢えて上条の事は彼に任せたのだけれど・・・)


まさか、その二人が談笑してるなんて・・・?

信じがたい気持ちを抑え、私は中から聞こえる声に耳を澄ませる。


恭介 「へぇ、流君は空手の達人なんだね!」

竜馬 「達人というか、まぁ、そこそこはいけるつもりだがな」

恭介 「空手って、面白いのかい?」

竜馬 「そうだな。身体は丈夫になるし、合法的に相手をぶっ飛ばせるし、面白いぜ」

恭介 「あははっ」

竜馬 「武道の真髄は心技体を鍛える事だ。俺は好きで始めた空手ではなかったが、今ではやっておいて良かったと思ってるぜ」

恭介 「心技体か・・・うん。流君を見てると、とても納得できるよ」

竜馬 「そうか?」

恭介 「うん・・・僕も空手、できるかな。あ、でも、片手じゃやっぱり無理かなぁ・・・」

竜馬 「やる気があれば、ハンデがあろうが関係ないさ。実際に片腕の空手家ってのも、それなりにはいるしな」

恭介 「そうなんだ・・・なんか、すごいね」


まどか 「・・・」

ほむら 「・・・」

さやか 「・・・恭介が、笑ってる・・・」


さやかを先頭に病室に入る。

と、中では外から聞こえた声そのままの穏やかな雰囲気で、竜馬と上条が会話を楽しんでいた。

病室を出た時とは打って変わった様子に、一様に目が点の私たち。

一体、留守にしている間に、彼らに何が・・・??



さやか 「恭介・・・?」

恭介 「さやか。あ、みんなも・・・花、活けて来てくれたんだね。どうもありがとう」

ほむら 「い、いいえ・・・これ、ここに置いておくわね」

竜馬 「よぉ、遅かったな。広い病院だし、迷子にでもなったか?」

ほむら 「そんなところかも。それより、ねぇ。これって一体・・・」

竜馬 「お、もうこんな時間か。けっこう話し込んじまったな。長居しすぎても悪いし、俺たちはそろそろ帰るか」

ほむら 「え、いや、ちょっと・・・」

竜馬 「鹿目も行こうぜ」

まどか 「うぇひっ?で、でも・・・」

竜馬 「大丈夫だから」

まどか 「・・・流君?う、うん」

さやか 「え、まどか達、もう行っちゃうの・・・?」


ワケが分からないと、不安を色濃くのぞかせた、困り顔のさやか。

すがる様にまどかを見ている。

だが、そこはさすがの竜馬だ。さやかの様子になど、まったく頓着しない。


竜馬 「じゃーな、上条。今日は邪魔したな」

恭介 「ううん。空手の話、面白かったよ。また、聞かせにきてくれるかい?」

竜馬 「おう、それまでにたくさん食って、元気になっておけよ」


それだけ言うと、さっさと廊下へと消えてしまう竜馬。

放っておくわけにもいかず、私、そしてまどかも、追いかけるように後に続いた。

後に残されたのは、上条とさやかのふたりっきり。

次回へ続く!

少しだけ再開します。

・・・
・・・


さやか 「・・・」

恭介 「・・・」

さやか 「あ、あはは・・・あいつら、何しに来たんだろうね。特に暁美さんとか。ほとんど、恭介と話してないじゃんねー」

恭介 「うん・・・」

さやか 「はは、は・・・はは」

恭介 「・・・」

さやか 「・・・恭介。流君と何を話してたの?すごく楽しそうだったけど」

恭介 「うん、彼がやっている空手の話とかね。僕には未知の世界だから、すごく新鮮な気持ちで聞くことができたよ」

さやか 「へ、へぇー・・・そっかぁ・・・な、なんかさ、なんかだよ・・・恭介が笑顔で人と話してるのって、すっごく久々に見た気がする・・・」

恭介 「そうかな・・・」

さやか 「うん。恭介が楽しそうにしてると、私も嬉しい」

恭介 「さやか・・・」

さやか 「私じゃ、恭介をそんな笑顔になんて、してあげられないと思うから・・・」

恭介 「・・・っ」

さやか 「あはは、私、なに言ってるんだろ。さて、と。私も今日は帰るね。また来るかr
恭介 「さやかっ!」

さやか 「うぁ、びっくりした!どうしたのよ、急に大声なんか上げたりして」

恭介 「ごめん・・・でも、さやか。帰らないで、もう少し一緒にいて欲しいんだ」

さやか 「・・・え」

恭介 「さやかに、話したい事があるんだ。だ、だから・・・」

さやか 「恭介・・・?」


キュウべぇ 「・・・」

・・・
・・・


病院から出て、しばらく歩いた所で。

聞きたくも無い、あの声に呼び止められた私たち。


キュウべぇ 「やぁ、みんな」


・・・インキュベーター。


ほむら 「何か用?こちらはお前には、話したいことなど無いのだけれど」

キュウべぇ 「あいかわらず、ほむらはつれないね。それはともかくとして、だ。・・・流竜馬」

竜馬 「あん?」

キュウべぇ 「君にはしてやられたよ。こうなってはもう、美樹さやかに魔法少女になってもらうのは、まず望みが無いだろうからね」


およそキュウべぇらしからぬ言葉に、私は耳を疑う。


ほむら 「え・・・それってどういう意味・・・?流君・・・?」

竜馬 「俺はただ、上条を放っておけなかっただけだ」

ほむら 「・・・?」

キュウべぇ 「君が何を考えての上での行動だったか。そんなのはどうでも良いんだよ。重要なのは、その結果だ」

まどか 「さやかちゃんに魔法少女になるようにって、言えなかったの?」

キュウべぇ 「そうだよ、まどか。もう、彼女に話をを持ちかけた所で、意味が無くなっちゃったからね」

ほむら 「・・・分かるように説明しなさい」

キュウべぇ 「人というのは単純な生き物だよね。まったく理解に苦しむよ。あんなに悩んでいた上条恭介が、竜馬との会話ですっかり心を前向きに持ち直してしまった」

ほむら 「・・・!」


思わず竜馬に目が行く。

だが、当の竜馬は面白くなさそうに口を結んだまま、憮然とキュウべぇを見据えているのみ。


キュウべぇ 「恭介はさやかに言うだろう。これからも自分の側にいて、支えて欲しいと。こんな虫の良い提案こそ、今のさやかが最も望む願いに他ならない。ワケが分からないけれどね」

ほむら 「え、それって、美樹さんにとっての・・・」

キュウべぇ 「そうだよ。魔法少女の契約も無しに、さやかは最大の願いを叶えてしまった。こうなってはお手上げさ。彼女からは手を引かざるを得ない」

ほむら 「・・・!」

キュウべぇ 「さやかの事は、諦めるとするよ」


幾多の時間軸を渡り歩いた私にとっても、これは初めてのパターンだった。

さやかの報われぬ思いの終止符は、さやかの魔女化か戦死、あるいは失恋。いずれも彼女の望まない形でしか訪れなかったというのに。

それがこんな形で、さやかの心と命の両方を救う結果を向かえる事ができるだなんて・・・


ほむら 「流君、あなた・・・」


私は・・・

さやかに上条恭介との関わりを絶たせ、恋心を諦めさせる代わりに彼女の命を救いたいと思った。

そして、結果は失敗。ただ単にさやかの心象を悪くしただけに終ってしまった。

それなのに竜馬は、その両方を諦めさせる事なく、なおかつ上条恭介の心まで救って見せたのだ。


竜馬 「言ったろう?俺はヤツが放っておけなかった。かつての俺自身を見せ付けられているようでな」


そう言った竜馬の顔に一瞬だけ浮かんだのは、さっき病室の前で見せられた、あの凄まじいほどの怒気。

ああ・・・、そうだったんだ。

あの怒りは、上条恭介ではなく、彼に重ね合わせた過去の竜馬自身にこそ向けられたものだったんだ・・・

竜馬 「だから自分の気の向くまま、やりたいようにやっただけさ」

ほむら 「・・・うん」


それなのに、私ときたら・・・

仲間とか言いながら、彼の心一つ斟酌してあげることができていなかっただなんて・・・


竜馬 「後はあいつら自身の問題だ。良い方向に舵が切れたと言うなら、それは上条や美樹自身の力だろうさ」

ほむら 「・・・」


敵わない。

それが今、この瞬間。私が竜馬に抱いた、偽らない気持ちだった。

キュウべぇ 「さて・・・さやかはこんな事になっちゃったけれど、まどかは願いが決まったのかい?」

まどか 「・・・っ?」


不意にキュウべぇに矛先を向けられ、戸惑うまどか。

私の意識も、内省から一気に現実へと引き戻される。


まどか 「わ、私は」

ほむら 「インキュベーター!!」(ちゃきっ!)

キュウべぇ 「おっと、こんな所で銃なんか発砲しない方がいいよ。誰かに聞きつけられたら、君だって厄介ごとは背負い込みたくないだろう?」

ほむら 「・・・分かってるわ。だけど、まどかは契約させない。よけいな事は言わないで!」

キュウべぇ 「・・・分かったよ。僕もここで余計な時間を食ってる暇は無いのでね」

ほむら (・・・余計な、時間?)

キュウべぇ 「今日はこれで失礼するとするよ。じゃあね、まどか」


別れの挨拶を言い終わるやヤツは、まるで空間に溶け込むように、どこへともなく消えてしまった。

どこからともなく現れて、いずこへかと消えてゆく。

まったく、神出鬼没とは良く言ったものだわ。

だけど、今日のあいつ・・・何だか不可解だ。

だって・・・


ほむら (さやかの事、あまりに引き際が良すぎる・・・余計な時間、と言ってたわね。およそ、あいつらしくもないセリフ)


だって、魔法少女の契約は、キュウべぇにとっては至上の命題なはず。

だというのに、こんなにもあっさり、さやかの前から姿を消すと宣言するとは。

騙そうとしているのか?

それとも、あいつ。なにか良からぬ悪巧みでもしているのかも知れない・・・

茜色に染まった、夕餉れ時の空の下。

疑問を抱えたまま、私たちは再び歩き出す。

ふ、と。隣を歩くまどかを見る。

夕日を受けたまどかの顔は、ほんのり赤く照らされて、血色の良い肌が一層美しく映えていた。


まどか 「・・・ん?」


私の視線に気がついて、小首をかしげてこちらを見る。そんなしぐさも愛らしい。

この愛らしさを曇らせる要因の一つを、取り除く事ができた。

少しホッとする反面、釈然としない気持ちも残る。

なぜって・・・


ほむら (結局私は、さやかの事では何もできなかった・・・から・・・)


悔しいと思った。

・・・
・・・


その日の夜。

竜馬に連れられて、武蔵が私の部屋へとやって来た。

一歩足を踏み入れて、ギョッとする武蔵。竜馬の時と似たような反応ね。


武蔵 「随分とへん・・・個性的な部屋に住んでるんだなぁ」

ほむら 「気を使ってくれなくても、自覚はしてるので。居住性よりも機能美を優先した結果よ」

武蔵 「そういうものなのか・・・」


素直に感心してくれる武蔵。

ひとまず二人を座らせて、私は定番となった安物の紅茶を出す。

マミの家とは違って、お茶請けは何もないけれど。

そう言うと、武蔵はニコニコしながら手持ちの鞄の中身をテーブルにぶちまけた。

中から出てきたのは、原色バリバリの袋に入った外国のお菓子の山。


竜馬 「なんだこりゃ・・・」

武蔵 「一応な、お土産にと思って。帰国する時に持ち帰った、ニューヨークで買ったお菓子だ!」

ほむら 「たくさんあるのね。頂いて良いの?」

武蔵 「家にもたくさんあるからな、遠慮しないでいいぜ。これ食いながら、話を進めようか」

竜馬 「あいかわらず食い意地張ってるな。ていうか・・・ニューヨークか。お前、なんでそんなところにいたんだ?」

武蔵 「交換留学生制度って言う奴らしい。俺はニューヨークの高校に柔道の腕を見込まれて、一年を期限に渡米してたんだとさ」

竜馬 「と、言う事は・・・?」

武蔵 「ああ。気がついたら、そういう事になっていた。すでに帰国の段取りまで済んだ状態でな。しかも・・・」


武蔵が懐からスマホを出して、一枚の写真を表示させた。

そこに写ってるのは・・・


ほむら 「武蔵さんと・・・巴マミ・・・小さい頃の・・・」


両親と思われる男女の間に挟まって、笑顔で寄り添ってる仲睦まじい兄妹の姿であった。


武蔵 「可愛い妹つきで、だ」

竜馬 「その写真は・・・?」

武蔵 「昨日、マミちゃんのアルバムから複写させてもらった。ガキの頃の俺も、一緒にバッチリ写っていたぜ」

ほむら 「・・・やっぱり武蔵さんも、この時間軸特有の立ち居地と役割を与えられていたのね」

武蔵 「昨日竜馬から、今いる世界が俺たちが元いた場所とは別の世界らしいって聞いてな。不思議なもんだぜ」

竜馬 「ああ、不可思議だ。なんせこっちの世界にはゲッターも恐竜帝国も存在しないんだからな。そんな所に何だって俺たちが・・・」

武蔵 「いや、そういう事じゃなくってさ」

竜馬 「・・・?」

ほむら 「・・・?」

武蔵 「昨日初めてマミちゃんに会った時、初めて見る顔のはずなのに、俺は確かに感じたんだよ」

竜馬 「感じたって、何をだよ?」

武蔵 「なんつったら良いのかな・・・家族に対する情?みたいなものを、さ」

ほむら 「え・・・」

竜馬 「・・・武蔵、お前」

武蔵 「この子は確かに俺の妹だ、家族なんだって・・・記憶じゃなくって、もっと深い心の底の方で確信するような・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「竜馬にはないのか?例えば、今一緒に住んでる家族に対して、そんな風に湧き上がった感情が心の奥から・・・」

竜馬 「ねぇな」


ぴしゃりと竜馬は言い捨てた。


武蔵 「そ、そうか。な、なぁ・・・竜馬」

竜馬 「なんだ?」

武蔵 「俺、妹なんかいなかったよな?マミなんて子、お前は知らないよな」

竜馬 「しらねぇな」

武蔵 「だ、だよなぁ・・・」

竜馬 「武蔵。お前、こっちの世界に取り込まれ始めてるんじゃないのか?」

武蔵 「取り込まれるって、なんだよ・・・」

竜馬 「元からお前は順応性が高かったからな。ワケの分からない状況の中に置かれて、自分の心を守るために世界に順応しようとしてもおかしくはねぇ」

ほむら 「どういうこと?」

竜馬 「武蔵は昔から適応能力が抜群に高かったんだ。ゲッターロボのパイロットになった時だって、俺や隼人が無理やり乗せられたのに対して、武蔵は自ら望んで乗り込み、あっさり馴染んで見せたくらいだ」

ほむら 「そうだったのね」

武蔵 「人を単純みたいに言うなよ」

竜馬 「そうは言っちゃいねぇ。ただ、俺とお前は対極だって事を、今更ながら再認識させられたって事さ」

武蔵 「そうだったな。お前は出会った時から、常に何かに抵抗していた。反骨精神が服を着て歩いてるような奴だったからな」

竜馬 「のべつ幕なく抵抗してるわけじゃねぇぞ。だが、納得がいかない事にはとことん抗ってやるさ」

ほむら 「流君にとって、私たちの世界は納得がいかない場所だって事ね・・・」

竜馬 「ゲッターもねぇ。恐竜帝国もいねぇ。そんな世界が、俺の居場所なはずはねぇ」

武蔵 「そういう反抗心が一切なくなった時、俺たちはこの世界の一部として定着してしまうのかもな」

竜馬 「冗談じゃねぇぜ。俺は必ず元の場所に帰る。その方法を必ず見つけ出してやる。俺には俺の世界で、やるべき事があるんだ」

ほむら 「・・・」


私だって紛れもなく、この世界の一部なのに。

竜馬に世界ごと、私も含めて否定されたように感じられて・・・

私の心に、言いようのない孤独感が押し寄せてくるのを抑えられない。

竜馬にとってこの世界は異質で、元の世界に返りたがっているというのは初めから分かっていた事の筈なのに・・・

それが、今になってどうして。


竜馬 「どうしかしたか?」

ほむら 「・・・別に何も」

竜馬 「・・・そうか?」


この感じ、あの時に似ている。

仲間と信じていた人たちに真実を話しても、受け入れてもらえず孤立してしまった。

あの時に抱いた、寂寥感に・・・

次回へ続く!

おお、復活してる。

再開します。

武蔵 「しかし・・・元の世界に戻るにしても、俺たちをこんな目に合わせたのは、一体なんなんだろうな」

竜馬 「さぁな。この世界の裏の裏まで知ってそうな事情通にとっても、こと俺たちに関しちゃ寝耳に水の異常事態だったようだしな」

武蔵 「誰だ、その事情通ってのは・・・」

ほむら 「巴マミの家で会わなかった?キュウべぇという、見た目だけは可愛らしい小動物なのだけど」

武蔵 「さぁ・・・?昨晩は俺とマミちゃんの二人きりだったけど」


・・・キュウべぇが巴マミの元へ戻っていない?

てっきりパーティーの時は、私や竜馬がいるから行方を眩ませていたと思っていたんだけれど・・・

先刻の口ぶりといい、あいつの事だ。

なにか良からぬ事を企んでいそうで気にかかる・・・


・・・それに。


キュウべぇだけじゃない。

・・・例の謎の声。

私の窮地を救い、ゲッターという力を与えてくれた”彼”も、あれから一度も私に語りかけてこようとしない。


あの声の主・・・神隼人と思われる彼には、いくらでも聞きたいことがあるというのに。

特に、私こそ竜馬たちがこちらへ飛ばされた元凶だと語った、その事の真意を。




武蔵 「・・・それでこれから俺たち、どうしたら良いんだ?」

竜馬 「当座は暁美の活動に協力しようと思っている。魔女という化け物を倒しつつ、暁美の友達をも守るって具合にな」

武蔵 「ああ、その魔女とかいうの!俺みたいな普通の人間には、見えないのが本当なんだってな。随分とマミちゃんに聞かれたぜ」

竜馬 「普通の人間じゃなかったんだろ。お前も、俺もさ」

武蔵 「そういう事なのかなぁ。何で見えると聞かれても、皆目見当もつかないし、どうにも答えようがなくって弱ったよ」(ショボン)

竜馬 「・・・そんなことでションボリするなよ」

ほむら 「人が良いのね」

竜馬 「それだけが取り柄だな」

武蔵 「聞こえてるんだよ。それで、ほむらちゃんが守りたい友達って?」

竜馬 「昨日の騒動でも逢っているだろ。鹿目まどかっていう俺たちのクラスメイトだ」

武蔵 「ああ、あのおっとりしてそうな子か。なるほど、守りたくなっちゃうタイプだな、確かに」

竜馬 「ゲッターロボが暁美の元にあった事から分かるように、暁美は俺たちが元の世界に戻るためのキーパーソン足り得るだろう。だから・・・」

武蔵 「魔女を倒し、鹿目って子を守りつつ、ほむらちゃんを中心に据えて、帰る方法を探るって寸法だな。了解だぜ」

ほむら 「え・・・」


図らずも、驚きの声が漏れてしまった。


武蔵 「ん?どうかしたかい?」

ほむら 「だって、そんなあっさり。私がまどかを守りたい理由とかも聞いていないでしょう?なのに、安請け合いをしてしまっても良いの・・・?」

武蔵 「安くはないさ。言ったろ?竜馬が認めた子なら、俺にとっても仲間だって。仲間だったら、つべこべ言わずに信じるんだよ」


そう言って、右手を差し出す武蔵。

まっすぐに私に向かって突き出された彼の太い腕は、そのまま私へ向けられた信頼の現れとも取れてしまい・・・

思わずうろたえてしまう。

すがる様に竜馬に目を向けるが・・・


竜馬 「握ってやれ。武蔵は自分が認めた相手の為なら、命さえ惜しまない男だ。必ず力になってくれる」


そう言って、にやりと笑われただけ。

対する武蔵は、竜馬とは打って変わり、目を細めて人の良さそうな笑みでこちらを見ている。

同じ笑顔でこうも違うものかと、驚かされるほどに対照的な二人・・・


武蔵 「俺は難しい事を考えるのは苦手だから、仲間が歩む道を共に進むのが一番確実なのさ」

ほむら 「は、はぁ・・・」

武蔵 「聞きたいことができたら、その都度聞くし。だからほむらちゃんも気にせず、気楽に頼ってくれていいぜ!」

ほむら 「・・・」


差し出された手を取りながら思う。

竜馬と武蔵。確かに対照的な二人だ。

だけど、根本のところでは二人は同質の存在なのだろう。

きっと、彼らの行動基準は、理屈じゃないんだ。

信じたいから信じる。放っておけないから放っておかない。

自分の心に、どこまでも正直に。


羨ましいと思った。

二人に対して、私はどうだろうと考えさせられる。

まどかを守りたい。その一心で、私は数多の時間軸を渡り歩いてきた。

その一事だけは、誰にはばかることなく断言できる。私のまごう事なき真実の望みだと。

だけど、その他の事は?

私は真の望みのために、他の全てを偽って生きているんじゃないのか。

それは、そう。自分の心ですらも・・・


偽った心で発した言葉が、人の琴線に触れるはずがない。

だから、私の言葉はいつもさやかに届かなかったのだろう。

上条の心を開いた竜馬とは、まるで正反対に・・・


ほむら 「さやかを救いたいと思った心も、偽った気持ちだったのかしら・・・」

武蔵 「・・・え?」

ほむら 「なんでもない。よろしくね、武蔵さん。私も、あなた達の力になれることがあれば、なんだって協力するわ」

武蔵 「ああ、期待してるからな!なんてったって、俺たちは仲間なんだから!」


仲間・・・

私も彼等と共に歩めたなら、もっと自分の心に正直に、物事を良い方向に進める事ができる様になれるだろうか?

もうずっと昔に諦めてしまった、かつての私がやろうとしていた事を。

再び掴もうと足掻いても、許されるだろうか。


ほむら 「・・・ええ、仲間だわ」


私は武蔵と、その横の竜馬に頷いて見せた。

そう、仲間。

それが例え、異なる世界から来た、一時だけのかりそめなのだとしても。

・・・
・・・


次回予告


竜馬や武蔵に触発されたほむらは、大切な友達「鹿目まどか」と共に、かつての仲間をも救おうと決意する。

だがその前に、彼女には解決しなければいけない問題があった。

謎の魔力消耗現象。

その正体が、竜馬の口からついに明かされる。

そして、見滝原周辺に続々と現れる、謎の魔法少女たち。

キュウべぇの暗躍は、ほむらの戦いに新たな混迷をもたらすのだった。

はたしてキュウべぇの目論見はいかに!?


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第四話にテレビスイッチオン!

以上で第三話終了です。長々お付き合いいただき、ありがとうございました。

また4話においても、お目汚しを許していただければ幸いに思います。

再開します。

今までは1話1スレでしたが、これはスレが落ちてしまったためで、今回は一度保守に書き込みをして、スレを残しておけたので、このまま続きを投下します。

読んでくれている方、ありがとうございます。

感想をいただけた方、励みになります。

以降もノンビリとお付き合いいただければ幸いです。

ほむら「ゲッターロボ!」 第四話

風見野市

某所


魔法少女 佐倉杏子は、今日も日課である魔女退治を行うため、縄張りとしている風見野氏を徘徊していた。

その手に握るは、彼女のソウルジェム。魔女の住処である結界の反応を光で示してくれる。

・・・と。

ソウルジェムにわずかな変化が現れた。些細ながらも確かな、光の揺らぎ。


杏子 「へっ」


杏子はその変化を見逃さない。


杏子 「この先から、結界の反応がある。さて、今夜のメインディッシュはどんなお味かな・・・と」

言うが早いか、杏子は駆け出した。

ソウルジェムの示す方へ、獲物のいる結界へと向かって。

自分が到着する前に、魔女が結界を閉じてしまっては元も子もない。

初動に遅れて、獲物を逃すようなへまを犯すような彼女ではないのだ。

だが・・・


杏子 「・・・」


導かれて到着した場所で杏子は肩を落とす。そこで見たものが、期待したものとは違っていたのだ。

杏子を落胆させたもの、それは・・・使い魔の結界。

いわゆる”はずれ”。

この中に魔女はいない。戦っても、グリーフシードは手に入らないのだ。


杏子 「なんだよ、期待させやがって。とんだ無駄足だったじゃないか」


こればかりは、目の前で実物を確かめるまでは分からない。

残念だが、そうと分かれば長居は無用だ。


杏子 「こんな所で貴重な魔力を無駄使いしても仕方がねぇ~。もう遅いし、今夜は退散するとします・・・か・・・」

杏子 「・・・ん?」


きびすを返し、建物の陰へ回った所で、杏子の視界の端を何かが横切った。


杏子 「あれは・・・」


物陰から顔を半分だけ出し、立ち去ったばかりの使い魔の結界の方を伺う。

するとそこには、杏子と入れ違いにやってきた、何者かの姿が。


? 「・・・」


その姿を目で追い、杏子は確信する。あの格好、間違いない・・・


杏子 「・・・魔法少女」


杏子が驚いている間に人影は、結界に吸い込まれるように、彼女の視界から姿を消していた。

使い魔の結界の中へと、入っていったのだ。


杏子 「あいつっ・・・ここはあたしのテリトリーだって言うのに!」

杏子 「どこかから流れてきたハグレの魔法少女か、それともルーキーか・・・」

杏子 「なんにしても、好き好んで使い魔の結界なんかに入っていくなんて、気に入らないな。まるで・・・」


杏子 「・・・」


杏子 「ええーい、そんなことはどうでも良いんだよ。とりあえず、後でもつけてみるか」

杏子 「あいつが使い魔を倒してホッとした所で、お灸を据えてやろうじゃないの」

杏子 「思い知らせてやる。この街の獲物は、全てあたしの物だって事を、さ」

・・・
・・・


使い魔の結界内


杏子 「さて、さっきの奴はどこへ行った・・・?こっちか・・・?」

杏子 「・・・」きょろきょろ

杏子 「・・・いた」


結界内を探索し、程なく杏子はあっさりと目的の魔法少女を発見する。

場所は、入り口からそれほど遠くない、まだ結界の序盤といった所。

そこで例の魔法少女はまさに今、一匹の使い魔と対峙している所であった。


使い魔 「きしゃーっ!」

? 「う、うわわっ、きゃ、きゃあっ、うああああああっ!!」


杏子 「お、ちょうど使い魔との戦闘中か。どれ、お手並み拝見といこうじゃないか」


? 「あわわわ・・・こ、来ないで!来るなこっち来るなぁ!あ、ああああっ!!」


襲い掛かる使い魔に、抵抗しようとする魔法少女。

しかし彼女の武器は、何も無い空間を空回りするばかりで、まったく使い魔にダメージを与える事ができていない。

あまりにも不慣れで無様な戦いぶりに、杏子はただただ呆れるばかりだ。


杏子 「・・・なんだ、あの戦い方・・・まるでなってねぇ。ルーキーもルーキー・・・魔法少女に成り立てホヤホヤッって感じだな」

杏子 「まぁ、いくらなんでも使い魔の一匹くらい、どうってことないだろ」


そう思い、傍観を決め込んでいた杏子であったが・・・


使い魔 「きしゃしゃー!!」

? 「っうう!!うわあああああ、ぎゃっ!!!!」

使い魔 「がぶっちょ」


杏子 「・・・え」

使い魔 「がりっ!ばりばり・・・」

? 「い、痛い!!いやぁ、いやああ!やめて!離れて!」


杏子 「お、おいおい・・・」


使い魔 「ばりんごりん、ばりぼり・・・」


一端喰らい付いた使い魔は、魔法少女がどんなに暴れようと、その牙を抜くことはなく。

より一層、深くえぐるように。

彼女の柔肌に食い込んでゆく。


やがて・・・


魔法少女の悲鳴も、そして抵抗も、力を失いか細くなっていった。

命の灯火が、立ち消えようとしているのだ。


? 「い、いやあああ・・・ああ・・・あ、ああ・・・」


杏子 「う、嘘だろ」

使い魔 「ばりばりばりぼりぼりぼり」

? 「・・・」


杏子 「はっ・・・!く、くそ!」


予想を裏切るあまりの出来事に呆然としていた杏子だったが、やっと我を取り戻すと俄然地を蹴って飛び出した。

使い魔の元へと。

得物の槍を振りかざしながら!


杏子 「この使い魔野郎!どけ、そこをどけえぇ!!」

使い魔 「?」


ザシュッ!!

槍が使い魔を貫く。

耳障りな悲鳴を後に残し、文字通り霧散して消えうせる使い魔。

いつも通りの、何の手ごたえも無い、ただのつまらない雑魚でしかなかった。

なのに・・・


杏子 「お、おい!大丈夫か!?」


慌てて、ピクリとも動かない魔法少女を抱き上げ呼びかけるが・・・


? 「」

杏子 「・・・くっ」


杏子が抱き起こした”それ”は、身体の大部分を損傷し、ソウルジェムまで砕かれた、ただの物言わぬ骸へと成り果てていた。


杏子 「どういうことだよ・・・いくらルーキーたって、こんなチンケな使い魔一匹に、まともに反撃もできずにやられちまうなんて・・・」

杏子 「・・・くそぅ・・・胸糞悪い。嫌なモン、見せ付けやがって・・・」


なんともいえない後味の悪さが、杏子の胸に染みる。

あの時様子を見るなんて悠長な事なんかせずに、すぐに飛び出していたなら・・・

自分が直にぶん殴って、この弱っちい魔法少女に”身の程”という物を、存分に思い知らせてやれただろうに。


杏子 「なぁ・・・」


杏子は骸に語りかける。


杏子 「あんた、一体どんな願いを叶えて、魔法少女になったんだい?どんな願いをすれば、こんなにもろく・・・」


当然、それに応える者など、いようはずもなかった。

・・・
・・・


同時刻 ほむホーム


ほむら 「それで・・・」


私は最大の懸念点にして、最も切実な問題についての話を切り出した。


ほむら 「私の魔力消耗の件についてなのだけれど・・・」

竜馬 「ああ」

ほむら 「流君には心当たりがある、そう言っていたわね」

竜馬 「推測さ。だが、当たらずとも遠からず程度の自信はあるぜ」

ほむら 「聞かせて欲しいわ。この問題が解決しない事には、まどかを守るための行動すら、満足に行う事ができないもの」

武蔵 「何の話だっけ?」

竜馬 「暁美の魔力がな、意味も分からずに消耗する現象についての考察さ」

ほむら 「魔力が尽きれば私たち魔法少女は戦えないし、人としての生にも終止符が打たれる・・・」

武蔵 「え・・・、それってどういう意味だよ」

竜馬 「あのな」


竜馬がかいつまんで、私たち魔法少女と魔女の関係を武蔵に説明する。

体育会系の竜馬の直情的な解説は、同じく体育系の武蔵にはピッタリとはまったようだ。

さほど時間を得ずして、武蔵はことの深刻さを十二分に理解してくれた。


武蔵 「つ、つまり魔力ってのはほむらちゃんにとって、エネルギーであると同時に、人間として生きるのに必要な飯みたいな物だってのか」

竜馬 「だな。ちょっと語弊があるが、まぁ、そんなところだ」

武蔵 「え、あれ・・・?待てよ?てことはつまり、マミちゃんも魔力が尽きたり、絶望してしまったりしたら・・・」

ほむら 「魔女になるわ。事実、そういう結末の時間軸も存在したし」

武蔵 「そ、そんな・・・なんでだよ、何でそんな酷い・・・」


武蔵、絶句。


竜馬 「おい、武蔵・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「お前、泣いてるのか?」

ほむら 「え・・・」

武蔵 「だ、だってさ・・・あんまり可哀想で・・・」


目に大粒の涙を湛え、しゃくりあげながら何とか言葉を続ける武蔵。


武蔵 「魔法少女って、自分の願いを叶えたくてなるものなんだろ?マミちゃんにいたっては、ただ命が助かりたかった、それだけの理由で」

ほむら 「・・・」

武蔵 「そんな当たり前のことを望んだだけなのに、なんで悲惨な目に遭わなきゃならないんだ?なぁ、ほむらちゃん、君は納得できてるのか?」

ほむら 「私は・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「納得、できるわ」

武蔵 「え・・・」

ほむら 「世の条理に反する願いを叶えれば、その歪みがわが身に振り返ってくるのは当然だもの」


そう、だから人は、自分の分を過ぎた願いなんか、叶えようとしてはダメなんだ。


ほむら 「だからこそ、許せないのよ。人を甘言で惑わして、本来叶わないはずの願いで運命を狂わせる、あいつのやり方と存在そのものが・・・」

武蔵 「ほむらちゃん・・・」

ほむら 「私も巴マミも、こうなってしまった以上は行きつく場所は一緒。願ってしまった以上は、それは仕方がない。その事自体に納得はいくわ。だけれど・・・」


一人の少女が、私の脳裏で微笑む。

無垢な笑顔。優しい眼差し。

そんな彼女の顔を、苦しみで曇らせることは絶対に許されない。


ほむら 「私やマミのような人間がこれ以上増える必要もない。だから、そのために・・・」


まどかのために・・・


ほむら 「私は、何度も同じ時間を繰り返しているの。できれば今回が、その長い旅の終わりになれば良い。いつもそう思っているわ」

武蔵 「そうか・・・」


そう呟いたきり、武蔵はもう何も言わなかった。

だが、彼の表情は、とても私の言葉を肯定したようには見えなかった。

人の良い彼にとって、理不尽な魔法少女の境遇なんて、どうあっても納得できる事柄ではないのだろう。

だけれど、当事者の私がこう言う以上、継ぐべき言葉が見つからない。そんな風だった。


竜馬 「・・・武蔵。思えば俺たちの境遇だって、充分に理不尽だったじゃねぇか。だが、そんな境遇に折り合いをつけ、意義を見出し、これまで戦ってきた」

武蔵 「ああ」

竜馬 「暁美も、今は同じ気持ちなんだろう。与えられた境遇に意味を見出さなければ、俺たちは生きて行けやしない。武蔵にだって分かるはずだ」

武蔵 「・・・」

竜馬 「そして、俺たちが力無き人の盾となって恐竜帝国と戦っているように、暁美もまた大切な人を自分と同じ境遇に落ち込ませないよう、それが為に戦っている」

武蔵 「ほむらちゃん・・・君も、俺たちと同じなんだな」

ほむら 「あなた達みたく、全ての人の為になんて、大仰なことは考えていないけれど・・・」

武蔵 「守りたい人がいる。その気持ちは一緒だ・・・」


そう言ってもらえる事は、何と言うか・・・素直に嬉しい。


武蔵 「だけれど、俺は・・・」


言いながらスマホを見つめる武蔵。

画面あるのは、私たちも先ほど見せて貰った、幼いマミと武蔵の姿。


武蔵 「・・・」

竜馬 「考え込むな。柄でもないだろう。それにその写真や感覚はまやかしだ。俺たちが本来歩いてきた人生じゃねぇ」

武蔵 「分かってるさ・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「話が横道に逸れちまったな。本筋に戻そうぜ。いいな、暁美」

ほむら 「ええ・・・」


その存在は公にされず、誰に知られることもなく戦い、死んでいく運命。それが魔法少女。

悲しまれもせず、ただ忘れ去られてゆくのみの私たちの運命に、今は本気で哀れんでくれる人が目の前にいる。

同じゲッターチームの仲間同士なのに、こうも竜馬とは感じ方が違うものなのかと驚かされもしたが・・・

武蔵の優しさは、確かに私の胸に沁みた。

嬉しかった。

・・・
・・・


竜馬 「この世界には、ゲッター線が存在しない」


私の魔力消耗減少の件で話し出したはずの竜馬が、まず口にしたのがこれだった。

まったく意味が分からない私と裏腹に、武蔵は大口を開けて驚いている。


武蔵 「は・・・どういうことだよ、そりゃ」

竜馬 「どうもこうもねぇ。例の魔女の結界でゲッターと再会し、乗り込んで分かった。ゲッター炉が機能していないんだ」

武蔵 「だって、お前。あの時ゲッターは動いていたじゃないかよ」

竜馬 「確かにな」

武蔵 「ゲッター線が無くてゲッター炉が動かないというなら、ゲッターだって活動できないはずじゃないかよ?それに・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「ゲッター線も無しで、この世界の人類は、どうやって人に進化したって言うんだ?」

ほむら 「ちょ、ちょっと待って」


さすがに話題の飛躍が大きすぎる。

ついて行けない私は、思わず口を挟んでいた。


ほむら 「ゲッター線とか炉とか、はては人の進化とか・・・それが私の魔力消耗とどう関係があるの?分かるよう説明してもらえないかしら」

竜馬 「ああ、すまねぇ。そうだな。まずは暁美には、ゲッター線というものがどういったものか説明しとかないとな」


そう前置きして竜馬が説明してくれたゲッター線とは、次のような物らしい。

彼らの世界で、地表に降り注いでいる宇宙線。それがゲッター線。

ゲッターロボは、内蔵しているゲッター炉でゲッター線を取り込み、稼動するためのエネルギーとしている。

ゲッターロボの名前の由来も、この宇宙線に因んでいるそう。


しかもこのゲッター線、ただエネルギーに変換できる、便利な物というだけでは済まないらしい。

今を去る太古の昔・・・まだ恐竜が闊歩していたころ。

そのころ降り注ぎ始めたゲッター線は、恐竜を死滅せしめ、代わりに地を這う下等な生物だった哺乳類に劇的な進化をもたらす。

そして生まれたのが、現生の人類だったというのだ。


武蔵 「つまり、俺たちの世界ではゲッター線の存在無しでは、人間の存在自体もありえないのさ」

竜馬 「もっとも、その時地の底に逃れた恐竜の末裔が、今になって俺たち人類を絶滅の淵に追いやっているんだから、皮肉な話だがな」

ほむら 「じゃあ、あなた達が戦っているとい恐竜帝国って・・・」

竜馬 「ああ」

ほむら 「・・・」


なんてスケールの大きな話なんだろう。

竜馬の語った人類の創世史に、私はたまらず言葉を失ってしまう。


武蔵 「だから、疑問に思ったんだ。こっちの人類はどうやって誕生したんだろうってね」

ほむら 「普通に猿から進化したとしか。学校でもそう習ったし・・・」

武蔵 「それは、俺たちの世界でも一緒だったよ。ゲッター線云々の話は、俺達みたいにゲッターに深く関わっている者以外には、あまり知られていないはずだ」

ほむら 「つまり、私たちも知らない真実が、私たちの世界にも隠されているかもしれない。そういう事ね」

竜馬 「魔女や魔法少女の存在こそが、まさにそれだろうな。一部の者以外には知られていない、しかし厳然と存在する真実・・・他に何があったっておかしくはない」

ほむら 「・・・」

竜馬 「まぁ、過ぎ去った過去の話よりも、重要なのは今現在の直面している問題だ。で、ここからが俺の仮説なんだが・・・」

ほむら 「あ、う、うん」

竜馬 「ゲッターは失ったエネルギーの補充を、暁美の魔力で補っているんじゃないかと思うんだ。そうすりゃ、色々と辻褄が合う」

ほむら 「え・・・でも・・・」

武蔵 「竜馬、そりゃおかしな話だぜ。俺だって分かる。ゲッター線と魔力ってのは、別のエネルギーなんだろ。代用なんか利きっこないじゃないか」


私が抱いた当然の疑問を代弁する形で、武蔵が竜馬に問いかけた。

それはそう。電池で動く機械にガソリンをぶちまけたって、動くはずがない道理・・・

だけど、竜馬はキッパリと返す。


竜馬 「両者が同じ性質のものだったとしたら、どうだ」

ほむら 「・・・!」

武蔵 「どういう意味だよ、それって」

竜馬 「俺たちには魔女や使い魔の姿が見える。本来であれば、魔法少女やその素質のある者にしか見えないはずの物が、だ。これは一体、どうしてだ?」

武蔵 「どうしてって・・・」

ほむら 「まさか・・・」

竜馬 「そうだ。ゲッター線と魔力が同じ物なら説明がつく。俺と武蔵はゲッターに選ばれたものなんだからな」


確かに、竜馬の言うとおりなら合点がいく。

魔力消耗に悩まされるようになったのは、この時間軸に来てからの事。

そして、ゲッターロボは、それと同時に私のバックラーに入り込んでいたのだ。

あんな巨大なロボットが、その巨体に見合ったエネルギーを私の魔力から補充しようとしているなら、際限なく魔力を吸い上げられていくのにも納得できる。

ほむら 「あ・・・」


ふ、と。

私の記憶が呼び戻される。

あれは前の時間軸。初めてゲッターロボを目の当たりにした時の事だ。

私の側で共にゲッターを見ていたあいつが、確かにこう言ったのだ。


(キュウべぇ 「・・・あのロボット、あれはもしかして、同じ・・・」)

(キュウべぇ 「感じるんだ、あのロボットから。あれは・・・僕たちと同じ・・・」)


あいつはあの時、なにが自分と同じと言おうとしたのだろう。

私には分からなかった。キュウべぇが全ての言葉を吐き終る前に、私は今の時間軸へと遡行してしまったから。

だけれど、今の竜馬の話を聞いて、私の中で竜馬の説とキュウべぇの言葉が、どこかで繋がりそうな気がするのだ。


ほむら 「・・・」


だけれど、あと一歩が届かない。

武蔵 「それにしても、驚いたぜ」

竜馬 「何がだよ」

武蔵 「お前だよ、リョウ。よく、そこまで考えられたな。お前はもっと脳筋派で、考察なんて退屈なことはブン投げちまうヤツだと思ってたのによ」

竜馬 「なんだ、その言い草は。褒めてるのか貶してるのか、どっちだ」

武蔵 「褒めてるんだよ。素直に感心しているの」

竜馬 「まぁ・・・な。そっち専門の奴がいなくなっちまったんだ。誰かが代わりを務めるしかないじゃねぇか」

武蔵 「だとしても、たいしたもんだ。俺には、やろうとしたってできる事じゃないもんな」

竜馬 「やれる奴がやれる事をすりゃ良いのさ。そんだけのこった」

ほむら 「・・・」

竜馬 「どうした、暁美」

ほむら 「考えていたのよ。あなた達が来た世界とは、人類の成り立ちからして違うんだなって」

竜馬 「ああ」

ほむら 「私と流君・・・思った以上に遠い存在なのかもね」

竜馬 「・・・暁美?」

ほむら 「・・・」

竜馬 「成り立ちはどうだろうが、今は近くにいて仲間と認め合った仲だ。なんの遠い事がある?」

ほむら 「うん・・・」

竜馬 「よし、当座の事を考えようぜ。ゲッターロボの稼動には暁美の魔力が必要だ。俺や武蔵が暁美の力になるためには、ゲッターロボの存在はどうあっても必要」

武蔵 「だな。生身であの魔女に対抗するのは、どうあっても限界がある」

竜馬 「グリーフシードの確保・・・が最優先だな。それも大量に」

武蔵 「だとすれば、たくさんの魔女をやっつけて回るって方法しかないわけだよな」

竜馬 「ああ・・・だが、暁美の魔力が尽きてしまっては意味がない。要するに、ゲッターロボは使えない」

武蔵 「・・・俺たち、足手まといにしかならないんじゃないか」

竜馬 「そうなんだよな・・・卵が先かヒヨコが先か・・・よくある例え話だが、今の俺たちはまさにそんな状況だ」

ほむら 「・・・一つ、宛てがあるわ」

竜馬 「大量にグリーフシードを落としてくれる魔女の心当たりでもあるのか?」

ほむら 「そんな都合の良い魔女なんていないわよ。でも、大量のグリーフシードは確保できるかもしれないし・・・」

武蔵 「し・・・?」

ほむら 「上手くいけば、仲間の数を増やせるかもしれない」

竜馬 「・・・へぇ、一石二鳥って訳か」

ほむら 「そうすれば、今度こそ・・・ワルプルギスの夜を越えられるかもしれない。いいえ、超えて見せる」

武蔵 「わるぷ、ぎ・・・?」

竜馬 「俺たちがこの世界に来て、はじめて見た、あの巨大な化け物の事だな」

ほむら 「・・・ええ」


実際は違う。

竜馬たちが見た魔女こそ、ワルプルギスをも超える最凶最悪の魔女。

私が守ろうとしている、鹿目まどかが化身した姿に他ならなかった。

だけれど・・・


ほむら 「そう、私が目指しているのは、あの魔女を倒した先に訪れる、平穏な日々・・・」


あえて事実を私は伏せた。

知られたくなかったのだ。仲間と認めた二人に、私の大切な人の成れの果ての姿を。

どのみち、ワルプルギスを倒せなければ、この時間軸での数々の試みも失敗に終る。

その後に訪れるのは、形はどうあれ、避けられない鹿目まどかの死という現実。それは揺るがない。

私にとってはワルプルギスも魔女となったまどかも、抗わなければならない存在だと言うことに変わりはないのだ。


ほむら 「とりあえず私は、明日学校を休むわね。ちょっと、隣の街まで行ってみるわ。それと武蔵さん」

武蔵 「なんだい?」

ほむら 「あなたには同道してもらいたいのだけれど。良いかしら」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


翌日 早朝

風見野市 廃墟となった教会内


見る影もなく荒れ果ててしまった”元・実家”で、杏子は目を覚ました。

普段はあまり寄り付く事もない場所。ここには杏子にとっての、嫌な思い出があまりにも多すぎたから。

そんな杏子が昨晩、深夜まであてど無くブラブラ歩き回った後で、自然と足が向いたのが、何故かこの場所だった。

教会の入り口を潜るなり、床に倒れ付して眠りについた杏子。

そのまま、泥のように眠る・・・つもりだったのだが。


杏子 「・・・くそ、結局あまり眠れやしなかった」


ほぼ日の出と同時に、杏子は夢の世界から呼び戻されてしまった。


杏子 「あたしには関係ないとはいえさ、魔法少女のあんな死に方を見せ付けられちゃぁな・・・」


夢身が悪くて、良く眠れやしない。


杏子 「・・・ちっ」

杏子 「むしゃくしゃする。魔女でもぼこって気を晴らさないと、どうにも腹の虫がおさまらねぇ」

杏子 「行くか・・・昨日の使い魔の親玉が、たぶん近くにいるはずだ。見つけ出して、あたしの魔力の足しになってもらうぜ」

・・・
・・・


風見野市

街中 某所


杏子 「・・・」

杏子 「・・・お、早速ソウルジェムに反応。くく、待ってろよ。すぐにグリーフシードに変えて、あたしのコレクションに加えてやるからな」


ソウルジェムの光に導かれるまま、杏子は駆ける。

やがて、辿り着いた先で目にしたもの、それは・・・


杏子 「ビンゴ、当たりだ!」


魔女の結界。杏子が目的としていた物に違いなかった。

この中に、昨日の使い魔の親玉である魔女が居座っているはず。

そう思うと、否が応にも彼女の闘志は燃え上がる。


杏子 「昨日の名も知らないあんた、死に様を見届けたのも何かの縁だ。柄でもないが、敵くらいは討ってやるよ」

杏子 「よーし、そんじゃぁ、いく・・・ぜ・・・」

杏子 「・・・」


だが、杏子は気がつく。

この結界の中から感じる気配が、魔女のそれだけではない事に。


杏子 「この気配・・・まさか、またなのかよ」


間違いない。

この中にいるのだ。

自分と同じ、魔法少女が。

・・・
・・・


魔女の結界内


杏子 「・・・ん?」


結界のごく浅い場所で、杏子はある物を発見する。

それは無残に食い荒らされ、原形すらとどめていない・・・

まごうことない、人間の死体。


杏子 「これは・・・食い散らかされて良く分からないが、大人のようだな。男女二人分・・・」

杏子 「結界が顕現する時にでも巻き込まれちまったのか、なんにしても不運な事だ。ま、これもあんたらの運が無かったためだ。気の毒だけどね」


だが、ここにあったのはあくまで普通の人間の死体。

杏子が気配を感じ取った、魔法少女の物ではない。

ということは・・・


杏子 「さ、て、と・・・」


(きょろきょろ)


杏子 「思ったとおりだ。こっちには、この二人を食った奴らしい使い魔どもの死骸が転がっている」

杏子 「やはり私より先にここに入った奴がいるようだ。それも今回は、多少は戦える奴がな」

杏子 「へっ。まったく、やれやれだ・・・」

杏子 「・・・って!」

杏子 「な、なにホッとしてんの、あたし!違うから!今のは、是対違うから!」

杏子 「えーい、くそ!ともかく早く見つけ出して、ギタギタにしてやる!この街の獲物は、全部あたしのだって身体で教えてやるんだ!」

杏子 「逃げずに待ってろよーっ!!」(たたたたっ)

>>201

是対→絶対

失礼しました。

・・・
・・・


結界内 深部


だが。

自分に無断で風見野で魔女を狩ろうとする魔法少女に灸を据える。

そんな杏子の望みは、あっさりと絶たれる事となってしまう。


杏子 「・・・結局、こうなっちまうのかよ」


そこで彼女が見た物は、魔法少女の死体。

周りには使い魔の死体も転がっている。奮戦むなしく、相打ちして果てたのだろう。


杏子 「・・・ここまで来て、魔女にたどり着けなかったなんてな。あんたも、因果な死に方したモンだよな」


杏子は舌打ちをする。

これで仇を討たねばならない魔法少女が二人になってしまった。

杏子 「・・・?」


だが、視線を死体から逸らしたところで、杏子はあることに気がつく。

結界の奥に向かって、さらに続いている”小さな”足跡があるのだ。


杏子 「死体はここにあるって言うのに、足跡が他にも・・・?」

杏子 「てことは、魔法少女は一人じゃなかったって事か・・・!?」


? 「きゃあああっ!!」


杏子の予想を肯定するように、結界内に響き渡る少女の悲鳴。


杏子 「!!」

杏子 「んなろっ、待ってろ!あたしの縄張りで、勝手に死ぬなんて絶対に許さねぇ!!」

杏子 「あたしが一発ぶん殴るまで、くたばるんじゃねぇぞ!!」

・・・
・・・


同日 正午

風見野市


私はバスを降りると、記憶の糸をたどりながら、ある場所へと向かって歩を進め始めた。

少し遅れて、後ろを歩くのは巴武蔵。

はじめて見る街並みを物珍しそうに眺めながら、私の後を付いて来る。


武蔵 「なぁ、ほむらちゃん」

ほむら 「なに?」

武蔵 「なんで、俺を連れてきたんだ?」


当然の疑問だ。


ほむら 「これから会う人と、あなたを引き合わせたかったのよ」

武蔵 「なんでまた」

ほむら 「彼女は、私の知る魔法少女の中でも、一番のリアリスト。だから、賭けてみようと思うの」

武蔵 「・・・??」

ほむら 「本当のことを言ってみる。私の目的、あなた達の来歴。そして・・・」


魔法少女の逃れられない運命までも。

かつての時間軸でも、私は彼女に同じことを話したことがある。

そしてその結果は、言わずもがな。一笑に付されて、まったく信用してもらえなかった。

だけれど、あの時と今では、多少状況が違う。

その状況の違いに、賭けてみたいと思ったのだ。


ほむら 「彼女を説得するのに、私だけでは役不足だと思ったのよ。男の身でありながら、魔女を認識できるあなたが一緒にいれば、説得力も増すと考えたわけ」

武蔵 「そっか。いや、俺が聞きたいのはそこじゃなくって、なんでリョウじゃなく、俺だったのかって事だよ」

ほむら 「ああ、特に特別な理由はないの。ただね、最近流君は授業をサボりがちだったから、これ以上目立って欲しくなかったのよ」

武蔵 「ああ、それでか」

ほむら 「それに私は、何だかんだで彼と一緒にいることが多いし、一緒に学校を休んだりして、変な噂でも立てられたりしたら、それはとっても困るのよ」

武蔵 「ははは、なるほど。そりゃぁちょっと、女の子らしい理由だなぁ」

ほむら 「ほむぅ」

武蔵 「うん、事情は了解したぜ。それで、俺たちがこれから会うって子は、どんな子なんだい?」

ほむら 「マミに次ぐベテランの魔法少女よ。仲間にできれば、とても心強い存在となってくれる・・・」

武蔵 「名前は?」

ほむら 「杏子・・・佐倉杏子・・・」

・・・
・・・


教会前


ほむら 「ついたわ」


崩れかけた外壁を見上げながら呟く私に、武蔵はいぶかしげに問いかける。


武蔵 「ついたって・・・どう見たってここ・・・」

ほむら 「ええ、廃墟よ」


そう、ここは廃墟と化した教会の前。

多くの信者を迎えたであろう信仰の場は、今やかつての面影は微塵も残されていない。

幾年もの風雨に野晒しにされ、壁は苔むし、荘厳であったろうステンドグラスは割れるに任されたまま。

敷地は手を入れる者がいないため、うっそうとした雑草で覆われ、蒸せる様な草いきれが顔を覆う。

・・・見るも無残な有様だった。


武蔵 「ここにいるのかい?その、佐倉杏子っていう子は・・・」

ほむら 「・・・」


正直分からなかった。

杏子はねぐらを転々とし、定まった住居など持ってはいなかったのだから。

ある時は野宿をし、またある時はホテルに部屋を取り・・・

だから、杏子に会うためにここにきたのも、これまた一つの賭けだったのだ。

杏子の居場所についての、唯一の手がかり。

それは、彼女が生まれ育った、この教会以外には無かったのだから。


ほむら 「ともかく、入ってみましょう」


武蔵を促し、入り口へと向かう。

・・・と。

朽ちかけた扉を開こうとして、私は中に人の気配を感じ取った。


ほむら 「いる・・・」

武蔵 「分かるのかい?」

ほむら 「ええ」


確かに感じる。

この特有の気配は、紛う事ない・・・

魔法少女特有のものだ。

それも・・・


ほむら 「二人、いる・・・」

武蔵 「それも、想定内の出来事なのかい?」

ほむら 「いいえ」


一人の気配は、間違いなく佐倉杏子のものだろう。

だけど、もう一人は・・・?

あまりに微弱で、その正体まで掴む事ができない。

それとも、もともと私が知らない誰かなのか。


ほむら 「予想外の出来事よ・・・」

武蔵 「危険は無いのか?いったん出直したほうが・・・」

ほむら 「ううん、それは平気だと思う」


杏子の闘気は感じられない。

微弱な気配、もう一人の魔法少女が衰弱している理由は、おそらく佐倉杏子との戦いが原因ではないはず。

危険な状況とは思えなかった。


ほむら 「もっとも、何が起こるのか分からないのが私たちの日常だけれど。ともかく、入ってみましょう」

武蔵 「ま、俺はほむらちゃんに付いて行くだけさ」


武蔵の返事を待って、扉の取っ手に手をかける。

重苦しい音を立てながら、軋むように開く扉。

一歩踏み込むと、そこに広がるのは、外から見る以上に惨憺たる光景。


武蔵 「うわ、こりゃ酷いな」

ほむら 「火事で全焼したのだから。悲惨なのは当然よ」

武蔵 「そうなのか・・・」


? 「おい」


教会の奥から、不意に声をかけられた。

教会の最奥。そこはかつて、立派な教壇があったであろう、一段高い場所。

そこから一人の少女が、私たちを見下ろしている。

仁王立ちで、スマートな身体をすっくと伸ばし。

燃えるような真紅の瞳で、射るように鋭い視線を飛ばして来る彼女こそが・・・


ほむら (佐倉、杏子・・・)

杏子 「なんだ、あんたら。神様を拝みに来たなら、ここにはもういないぜ。よそをあたりな」

ほむら 「・・・」

杏子 「・・・違うな。あんた、魔法少女か」

ほむら 「ええ」

杏子 「はっ、一体どうなってるんだか。今日び、魔法少女の特売セールでも開催中なのかね」

ほむら 「・・・どういうこと?」

杏子 「こっちの話だ。用件はなんだい?まさか、偶然ここに迷い込んだって訳でもないんだろ?」

ほむら 「話が早くて助かるわ。あなたに用があって来たのよ」

杏子 「・・・」

ほむら 「佐倉杏子」

杏子 「っ!?あんた、どこかで会ったことがあったか・・・?」

ほむら 「ええ。あなたは覚えていないでしょうけれど、私はあなたと会ったことがある。何度も、何度もね」

杏子 「・・・なにを言ってやがる?」

ほむら 「単刀直入に言うわ。あなたと取引に来たのよ」

杏子 「取引だぁ?」

ほむら 「あなたにとって、絶対に損にならない話よ。聞く気はある?」

杏子 「面白いな、あんた。とりあえず、敵対する気はないと取っていいのか」

ほむら 「ええ。あなたと戦う気はないわ。縄張りを奪う気もない・・・」

杏子 「へぇ・・・」

ほむら 「用件を言ってもいいかしら」

杏子 「あんたとどこで会ったのか、用件はなんなのか。気になることは幾らでもあるが、聞いてやる義理があるわけでもない」

ほむら 「・・・」

杏子 「あいにく、信用できないヤツの持ちかける話に乗ってやるほど、私はお人好しじゃないよ。戦う気が無いと言うなら、私の前から消えてくれ。それと・・・」

武蔵 「あんな事言ってるけど・・・」

ほむら 「まぁ、最初からスムーズに話し合いを進めるとは思っていなかったから」

杏子 「あんただ、あんた」

武蔵 「あ・・・俺?」

杏子 「そうだよ。なんでシレっと魔法少女同士の話に立ち会ってるんだ?どう見たってあんた、魔法少女には見えないけれどな」

武蔵 「確かに魔法少女ではないな。でも、魔法少女が何なのかは知ってるし、シレっと話に立ち会っていたわけでもないぜ」

杏子 「魔法少女でもないのに、魔法少女を知るあんたは、何者なんだい?」

武蔵 「俺は、この子の仲間だ」

杏子 「仲間、だぁ・・・?」


警戒の色は隠さないまでも、どこか飄々としていた杏子の声音が武蔵の一言で変わった。

不快な言葉を聞かされた。

そんな苛立ちを寸分も隠すことなく言葉に乗せ、私たちに投げつけてきたのだ。


杏子 「仲良しごっこで、お気楽なこったな。不愉快だ。とっととここを出ていきな」

武蔵 「気楽なんかじゃないぜ。こっちはこっちで、色々と大変なんだよ。俺も、この子もな。大変な者同士、助け合おうってだけの話さ。これのどこが仲良しごっこなんだい?」

杏子 「・・・何がどう大変だってんだよ」

武蔵 「それはさ」

ほむら 「待って」

武蔵 「・・・?」

ほむら 「佐倉杏子」

杏子 「あん?」

ほむら 「こちらの事情、教えてあげる義理は無いわ」


杏子の口上をそっくり頂いて、きり返してみる。


杏子 「・・・てめぇ」

ほむら 「だけれど、取引の話。大人しく聞いてくれるなら、こっちの事情を話さないでもない。だって、両者は密接に関わっている事柄だから」

杏子 「・・・」

ほむら 「気にならない?この人がなぜどうやって、魔法少女に関わっているのか。そして、その事に関わる取引の内容・・・」 

杏子 「言ったろうが!気にはなるが、聞いてやる義理はねぇと!これ以上ゴタゴタぬかすと、二度と無駄口たたけなくなるまで、ぶちのめしてやるぞ!!」

ほむら 「・・・」


だめか。

上手いこと杏子の好奇心に火をつけ、こちらのペースに巻き込めればと思ったのだけれど・・・

さやかの時と同じ。結局は相手を怒らせてしまうに終った。

あの時の竜馬のように、上手く事が運べない。やっぱり私には、相手の心の機微を推し量るという能力が、絶対的に欠けているようだ。


武蔵 「あの子、怒っちゃったぞ・・・」

ほむら 「・・・」


仕方がない。

杏子が頭を冷やすまで、ここは引き下がるべきか。

そう、武蔵に告げようとした時だった。


? 「きょ・・・きょーこ・・・?」


教会の奥から、か細い声が聞こえてきたのは。

声のした方に目を向けると、朽ちた装飾品の陰に身体を隠すように・・・

小さな人影がこちらの様子を伺っているのが目に入った。


? 「ケンカしてるの、きょーこ・・・?」


物陰を出た人影は、おずおずとこちらへと近づいてくる。


? 「だ、だいじょうぶ、きょーこ・・・」

武蔵 「小さな女の子・・・?」

杏子 「・・・なんだ、目が覚めたのか。こっちくんなよ、奥に引っ込んでいろ」

? 「だ、だって・・・きょーこが心配で・・・」

杏子 「ちっ」

ほむら 「この子は・・・」


私はこの子に見覚えがあった。

知り合いというには、関わりあいはあまりに希薄なものではあったけれど・・・

確かに彼女とは、いつだったかの時間軸で顔を合わせたことがある。

そう、彼女の名前は確か・・・


ほむら 「ゆま・・・?」

? 「え、お姉さん、ゆまの名前、知ってるの・・・?」

ほむら 「ええ、千歳ゆまね」

杏子 「なっ・・・!?」

ゆま 「お姉さん、ゆまとどこかで会ったことがあるの?」

ほむら 「ええ。あなたは覚えていないでしょうけれど、何度かね」

ゆま 「・・・?」

杏子 「こいつが魔法少女になったのは、つい昨日だったはずだぜ。それが何で、お前なんかと面識があるんだ」

ほむら 「・・・」

杏子 「あたしの名前も知っていた・・・何者だよ、お前」

ほむら 「話、聞いてくれる気になったかしら」

杏子 「・・・いいだろう。だけど、取引の話は後だ。物には順序ってもんがあるだろ?」

武蔵 「正論だな」

ほむら 「良いわ。まずは自己紹介から行きましょう。互いにね」


千歳ゆま。

思いがけない場所での再会ではあったけれど、彼女の予想外の登場に救われた形となった。

後は何とか、杏子の気を引きつつ、私たちの仲間にできたなら・・・

次回へ続く!

再開します。

杏子 「互いにったって、そっちはあたし等のことは知ってるんだろ?」

ほむら 「千歳ゆまに関しては、それほど情報は持ち合わせていないわ。それに、こちらの武蔵さんは、あなたの事も元より知らない」

武蔵 「俺とは正真正銘、初対面って事だ!」

杏子 「しらねぇよ。なんにしても、尋ねてきたのはそっちだ。まずはそっちから自己紹介するのが筋じゃないのかい」

武蔵 「まぁ、違いない。んじゃあ、まずは俺から。俺の名前は巴武蔵。訳あって、ほむらちゃんと行動を共にしている」

杏子 「巴・・・巴って、あんたまさか」

ほむら 「佐倉杏子は、かつて巴マミとコンビを組んでた事があるのよ」

武蔵 「あ、それはそれは。妹がお世話になったようで」

杏子 「あんた、マミの兄貴かよ。話に聞いてはいたが、まったく似てないな」

武蔵 「えー?双子のようにそっくりだろ」

杏子 「どこがだよ」

武蔵 「肉感的なボディとか」

杏子 「アホかよ」


容赦の無い突込みが、間髪いれずに飛ぶ様は、ある意味心地よくすら感じられる。

・・・突っ込まれた当の本人には悪いけれど。あ、ほら。武蔵が少ししょげてしまった。


杏子 「ていうか、そっちのあんた。あたしとマミの過去についてまで、随分と詳しいようだな」

ほむら 「・・・私は暁美ほむら。あなたと同じ、魔法少女」

杏子 「涼しい顔して、なんでもお見通しよってか。あんた、面白くねぇ奴だな」

ほむら 「そんな万能なものじゃないわ。さてと、次はそちらが名乗る番だけれど」

杏子 「・・・佐倉杏子。風見野を縄張りに適当にやってる」

武蔵 「そんだけ?」

杏子 「他に何を言えって言うんだよ」

武蔵 「ま、良いか。えーと、それじゃあ、次は君の番だけれど。お名前は?」


武蔵がゆまに向かい、人懐っこい笑顔を浮かべながら尋ねる。

腰を屈め、目線まで幼い少女に合わせて。

・・・随分と、子供の扱いに慣れているようだ。


ゆま 「え・・・えっと・・・」

武蔵 「ん・・・?」

ゆま 「あ・・・あわ・・」

武蔵 「緊張してるのかな?あ、そうだ、いいものがある!」


武蔵がゴソゴソと懐をさぐり・・・

取り出したのは、昨日私の部屋で食べたのと同じ、外国のお菓子だった。


ほむら 「持ってきていたの・・・」

武蔵 「いつ、何があるか分からないしな。非常食の備蓄は、いざという時の為に大切な準備なんだぞ」

ほむら 「はぁ・・・」

武蔵 「さぁ、お菓子をどうぞ。お兄ちゃんが外国で買ってきたものだけれど。ほら、美味しいよ」

ゆま 「え・・・いいの・・・?」おずおず


遠慮がちに、武蔵とお菓子を交互に見つめるゆま。

・・・どうやら、自分に向けられた好意に戸惑いを受けるような、そんな育ち方をしてしまったようね。

だけれど、武蔵はそんな事を意にも介さぬように、手に持ったお菓子をゆまの視界いっぱいになるように近づける。

顔を庇うように、反射的にお菓子を手にとってしまう千歳ゆま。

後はもう、武蔵の思う壺だった。


武蔵 「ほら、お食べよ」

ゆま 「・・・」


おずおずと包み紙を開いて、お菓子を口へと運ぶ。

子供の味覚は正直だ。

一回二回と噛みしめているうちに、ゆまの顔にみるみる笑顔が広がっていく。


武蔵 「おいしい?」

ゆま 「うん!」

上手いものだわ。

やはり武蔵をつれてきて正解だった。私は子供の扱いなんてどうして良いか分からないし、柄の悪い竜馬だと無駄に怖がらせるだけだったろうから。


武蔵 「まだあるから、後でもっとあげるからね。でも、その前に、まずは君のことを教えてもらいたいなぁ」

ゆま 「う、うん。ゆまは千歳ゆまって言うの。昨日、キュウべぇから言われて、魔法少女になったんだ」

ほむら 「どうして、佐倉杏子と一緒にいたの?」

ゆま 「それは・・・」

杏子 「あたしから説明するよ。今朝、魔女の結界の中で拾ったのさ。あたしが、こいつを」

ほむら 「拾った?」

杏子 「ああ」


ここで杏子は、ゆまと出会った経緯をかいつまんで説明してくれた。

杏子の言によると、二人が出会ったのは今日の朝はやく。

杏子が見つけた魔女の結界に先に入り込んでいたゆまは、魔女に襲われ対抗しきれず、気を失っていたらしい。

あわやと言うところで駆けつけた杏子に救われたわけだ。


杏子 「で、とりあえず連れて帰って傷の手当をしてやったのさ。いくらあたしでも、こんなガキを見捨ててきたんじゃ、あとあと夢身が悪いからな」

ほむら 「では、二人も出会ってまだ、間がないというわけね」

杏子 「そういうこった。さ、自己紹介はもういいだろ。そろそろ説明してもらおうか。あんたが私たちのことを、なぜ知っているのかを」

ほむら 「・・・いいわ」


ここからは賭けだ。

かつての時間軸で、私は全ての真実を杏子をはじめ、まどかやみんなに話した事がある。

そして、誰一人として、真実を受け入れてくれる人はいなかった。

結果、私は誰のことも信用するのを止めた。結局、自分の心の内を受け止められるのは、自分自身以外にいないのだと諦めて。


だけれど。


竜馬が美樹さやかの運命を変えたのを目の当たりにし、私ももう一度運命に立ち向かってみたいと、切に思った。

私では竜馬のようには行かない。それは重々承知の上で、それでも明らかに、この時間軸は流れが今までと異なっている。

まどかを救いたい。

いつもと変わらない想い。ただ今回は、まどかを救った後で、ともに笑いあえる皆がいてほしい。

そう思うのだ。

かつての友達と。全てが終った後で。

頑張ったねと、共に喜びを分かち合いたいのだ。


私は告げる。

真実を。これから起こる事を。

目の前に佐倉杏子に。

・・・
・・・


杏子 「ワルプルギスの夜って、あの最強の魔女だって言われる、あのワルプルギスの夜の事かよ!?」

ほむら 「ええ、あなたも話には聞いたことがあるでしょ。それが、間もなく見滝原で顕現する」

杏子 「まじかよ・・・」

ほむら 「そこで取引よ。佐倉杏子。どうか私の仲間になって、ともにワルプルギスの夜と戦ってくれないかしら」

杏子 「仲間・・・」


仲間という二文字を耳にした途端、杏子の眉間に深い皺が刻まれた。

よっぽど、この言葉が嫌いなのだと見える。


ほむら 「仲間という間柄に引っ掛かりがあるなら、一時的な同盟関係ということでどうかしら」


名目なんか、どうでも良かった。

ただ、佐倉杏子が共に戦ってくれる。そのこと自体が重要なのだ。


杏子 「・・・まぁ、良い。取引云々以前に、まずは確認しておきたい事がある。なんであんたに、そんな先のことが分かるんだ」

ほむら 「・・・」

杏子 「教えろよ。じゃなけりゃ、取引も何も答えようがないだろう」

ほむら 「・・・てきたからよ」

杏子 「ああ・・・?」

ほむら 「私はもう何度も、ワルプルギスと戦ってきたからよ。そのたびに敗れ、時間を遡行し、奴に挑み続けているの」

杏子 「・・・何を言ってるんだよ、訳わからねぇ」

ほむら 「私の能力は、時間を超える力。佐倉杏子、そして千歳ゆま。あなたたちの事を知っていたのも、かつての時間軸で出会っていたからよ」

ゆま 「???」

杏子 「つまりあんた、未来から来たって事なのか?」


さすが、佐倉杏子は察しが良い。私の言葉少なな説明で、充分に理解してくれたようだ。

勘の良さは、私の知る魔法少女の中では、飛びぬけている彼女だ。


ほむら 「ええ、そう。と言っても、たった一ヶ月ほどの時間を行き来しているだけだけれど」

杏子 「・・・で、何度も行き来している時間の中で、私やこのガキとも出会ってたって、そういうことか?」

ほむら 「信じられない?」

杏子 「魔法少女は条理を覆す存在だって、キュウべぇも言っていたな。だとしたら、あんたの言う能力が存在していても、不思議ではない・・・か」

ほむら 「私たち、そのキュウべぇに騙されていたのよ」

杏子 「・・・?」

ほむら 「・・・」


私は無言で武蔵に目配せをする。

いくらなんでも、これから始める話。あんなに幼い少女に告げるには酷過ぎる。

武蔵は私の意を理解してくれると、コクリと一度うなづいた。


武蔵 「ゆまちゃん、ちょっとお兄ちゃんと外で遊んでこようか」

ゆま 「え・・・でも・・・」

杏子 「・・・行って来いよ。目が覚めてから、あまり動いてないだろ。少し身体をほぐして来い」

ゆま 「うん・・・」

武蔵 「さ、行こうか」


武蔵に促され、ゆまは後ろ髪を引かれるようにしながらも、教会から出て行ってくれた。

残ったのは、私と杏子の二人のみ。


ほむら 「ご協力に感謝するわ」

杏子 「・・・良いから、早く先を続けてくれ」

ほむら 「ええ・・・佐倉杏子。あなたは魔法少女の行き着く先というのを、考えた事がある?」

杏子 「ねぇよ。今を楽しく生きられれば良い。あたしはそう思うことに決めてるんだ。先のことなんか、知ったことじゃないよ」


知っていた。

杏子の過酷すぎる過去が、彼女を刹那的な考え方の持ち主へと導いたのだ。

だけれど、そんな考えでは魔法少女の本質へと辿り着ける事は、決して無い。


ほむら 「では・・・もし、魔力が尽きたら。あるいは、絶望に心を苛まれ、ソウルジェムが黒く染まりきったらどうなるのか。考えた事はある?」


だから、私が彼女の思考を真実へと導く。


杏子 「・・・ねぇっていってるだろう」

ほむら 「・・・マミ以上のベテランの魔法少女の存在、噂だけでも聞いたことがある?例えば、そうね。二十歳を過ぎた元・魔法少女とか」

杏子 「なにが言いたいんだよ、それのどこにキュウべぇが関係して来るってんだ。抽象的過ぎて、意図がさっぱり伝わってこねぇぞ」

ほむら 「私たちの願いは、世の条理を覆し得られたもの。その結果生まれた歪みは、確実にわが身へと返って来る・・・」


杏子がピクリと体を震わせる。

彼女にとっては、痛いほど身に染みた事だったはず。


ほむら 「私たちの行きつく先は決まっている。そう遠からずに、生じた歪みに心を苛まれ、ソウルジェムを黒く染め上げるのよ」

杏子 「はっ、何を言って・・・」

ほむら 「誰もその歪みに耐えられない。だから、年を取った”元・魔法少女”なんていうのも存在しないの」

杏子 「えっ・・・?」

ほむら 「皆、消えていくのだから・・・」

杏子 「消えていくって、どういうことだよ、おい・・・」

ほむら 「ソウルジェムは黒く染まりきると、グリーフシードとなる・・・」

杏子 「え・・・」

ほむら 「聡いあなたなら分かるでしょう。グリーフシードは魔女が落とす物。つまり・・・」

杏子 「えっと、ちょい待てよ。じゃあ、あたしたちが普段倒してる魔女って、あれって元々は・・・まさ、か・・・」

ほむら 「ええ、そのまさかよ」

杏子 「は、はははっ・・・、そんな馬鹿な話、あってたまるもんかよ。戯言であたしを惑わして、どうしようってんだ・・・?」


そう、それは受け入れがたい事実。

だけど、厳然たる真実だ。

かつての時間軸では、杏子本人が身をもって実証した事だってある。

だから、受け入れてもらう。

真実を見つめ、心の中に向かい入れ、さらには過酷な運命に立ち向かってもらおう。

私と同じように。


ほむら 「私は嘘は言っていないわ」

杏子 「・・・だっ、だけどっ!キュウべぇはそんなこと、一言もあたしには・・・あっ!」

ほむら 「そう、言っていない。誰も聞かなかったから」

杏子 「・・・っ」

ほむら 「分かった?あいつは確かに嘘は言っていないかもしれない。だけれど、意図的に告げるべき事実を選択して、私たちをミスリードしているのよ」

杏子 「それが本当だってんなら・・・」

ほむら 「ええ、私たちはいずれ、魔女となる。それは避けられない運命。あなたも私も、あの千歳ゆまも・・・」

杏子 「・・・だけれど、それならキュウべぇの目的ってのは、一体なんなんだよ!?そんな事して、奴に何の得があるって言うんだ!?」

ほむら 「私たちが絶望し、ソウルジェムがグリーフシードへと生まれ変わる瞬間に、莫大なエネルギーが生み出されるらしいわ。奴の目的は、そのエネルギーを回収する事・・・」

杏子 「エネルギー・・・だぁ・・・?」

ほむら 「この宇宙に存在する数多の文明が費やすエネルギー。それを補うだけの量を私たちは生み出す事ができるらしいわ」

杏子 「はは・・・意味わからねぇ。話がでかすぎて、笑いしか出やしねぇよ・・・」

ほむら 「実感がわかない内は、そうでしょうね。やがて、大切な人や自分自身が魔女となる危険に迫られた時、その笑いは怒りに変わるのよ」

杏子 「・・・じゃあ、あたしたちは、奴に家畜のように扱われてるって、あんたはそう言うのかよ」

ほむら 「そう。羊が羊毛を刈られ、豚や牛が肉に加工されるのと同様にね」

杏子 「・・・そして、あたし等は魔力を刈られて魔女になる、と」

ほむら 「逃れ得ない運命よ。だけれど、そうなるのを少しでも遅らせたいと思うのも人情でしょう」

杏子 「そりゃそうだ。与えられただけの運命に、はいそうですかと乗っかるだけの結末なんて、まっぴらゴメンだぜ」

ほむら 「そう思うわよね。だけれど、このままだとあなたは・・・」

杏子 「なんだよ、どうなるってんだ?」

ほむら 「私が見てきた時間軸では、あなたがワルプルギス戦を乗り越えたことは一度も無いわ。そこで戦死するか、それ以前に戦線離脱するか」

杏子 「だから、取引って事か?共に戦えって。だけれど、一緒に戦ったって、ワルプルギスに勝てたことは一度も無いんだろ?」

ほむら 「今まではね。だけれど、今回は事情が違う」

杏子 「?」

ほむら 「さっきの武蔵さんね、別の世界から来たのよ」

杏子 「・・・はぁ?」

ほむら 「そこで彼はロボットに乗って、敵と戦っていた。今、そのロボットは事情があって私が預かっている状態なの」

杏子 「別の世界?は?ロボットぉ・・・?」

ほむら 「彼らが私たちの闘いに手を貸してくれる。だけれど、そのロボットが動力源としているエネルギーが、こちらの世界には存在していないらしくて」

杏子 「・・・」

ほむら 「私の魔力を代用に動かしているの。だから、私の魔力は常に枯渇状態。いつ、魔女になってしまってもおかしくない状況に置かれているというわけ」

杏子 「ちょっと待てよ。いきなりロボットとか言われても、子供のマンガじゃあるまいし、なに言っちゃってんのって感じなんだけどさ」

ほむら 「魔女がいて魔法少女がいて、喋る小動物までいる。ロボットが存在する世界があったとしても、それはそんなに驚くほどの事?」

杏子 「・・・分かったよ、話を続けてくれ」

ほむら 「強大な力を秘めたロボットらしいわ。その力を遺憾なく発揮できれば、あるいはワルプルギスの夜だって・・・」

杏子 「はん、読めたぜ、あんたの言う取引って奴が」

ほむら 「そう、佐倉杏子。あなたが大量のグリーフシードを溜め込んでいるのは知っている。それを私に提供して欲しいの」

杏子 「やっぱりな。けどさ、そんなことをして、私に何のメリットがあるんだよ」

ほむら 「ワルプルギスの夜を乗り越えられるかもしれない。それだけじゃ不足?」

杏子 「あたしがグリーフシードを溜め込むのに、どれだけの苦労をしてきたと思ってんだよ、ええ?」


この返答は想定内だった。

だから、私は用意しておいた答えを彼女に投げつけてやる。


ほむら 「では、ワルプルギスの夜のグリーフシードをあなたにあげるわ」

杏子 「はぁ?」

ほむら 「あれだけ強大な魔女のグリーフシードよ。どれだけ巨大な物を落とすのか、想像もつかないわね。それをあなたに提供する。それでどう?」

杏子 「・・・」

ほむら 「巨大なグリーフシードがあれば、少なくとも魔力の枯渇から魔女化する危険性を先延ばしにできる。悪くない提案でしょ」

杏子 「ははっ、そういうの取らぬ狸のなんとやらって言うんだぜ。確実にワルプルギスが倒せるって確証でもないかぎりな」

ほむら 「そんなのあるわけないわ」

杏子 「話になりゃしねぇn
ほむら 「だけれど、ワルプルギスを超えられなければ、どのみちあなたも死ぬ事になる」

杏子 「・・・」

ほむら 「・・・」

杏子 「・・・私がワルプルギスに関わらなければ済む話だろ?」

ほむら 「一度顕現したワルプルギスが、見滝原を壊滅させた後で、風見野に矛先を向けないと、あなたは言い切れるのかしら」

杏子 「・・・へぇ、そう来るか」

ほむら 「・・・」


告げるべきことは告げた。

後は彼女の心次第だ。

私の言うことを事実と受け取ってくれるのか。それとも、かつての時間軸と同様に、ただの戯言と切って捨てられるのか。

・・・これは勝率の分からない、ギャンブルなのだ。

・・・
・・・


教会の外。かつての中庭。

雑草に埋もれている何かを見つけ、ゆまが嬉しそうに駆けて行った。

その様子を、武蔵が目を細めながら見守っている。


武蔵 (小さい子を見てると、元気ちゃんのこと、思いだすなぁ)


ややあって、ゆまがその手に何かを握りながら戻ってきた。


武蔵 (元気ちゃん、元気にしてるかなぁ・・・俺もリョウも隼人もいなくなって、寂しい想いしてるんだろうな・・・)

ゆま 「お兄ちゃん・・・?」

武蔵 「おっと、なんだい?」

ゆま 「へへ・・・はいっ」

武蔵 「お、なんだろう??」

ゆま 「四葉のクローバー、あそこに咲いてたから持ってきたの。幸運のお守りなんだって」

武蔵 「へぇ、よく見つけたね。俺にくれるのかい?」

ゆま 「うん、お菓子のお礼!」

武蔵 「そっかぁ、そりゃ嬉しいなぁ。ありがとね、大事にするから」


言うと武蔵はゆまの手からクローバーを受け取り、懐に大事にしまった。

優しく、無垢な少女。

こんな少女がどうして、魔法少女となる事を望んでしまったのか。

ほむらから魔法少女の結末がどうなるかを聞いていた武蔵。

これからゆまを待ち受けるであろう運命を思うと、気が重くなるのを抑える事ができない。


武蔵 「ねぇ、ゆまちゃん」

ゆま 「なぁに?」

武蔵 「君はどうして、魔法少女になろうって思ったんだい?」

ゆま 「・・・」

武蔵 「あ、言いたくないなら良いんだよ。だけど、ちょっとお兄ちゃん、気になちゃってさ」

ゆま 「いいの・・・あのね・・・ゆま、悪い子なんだ」

武蔵 「え・・・ゆまちゃんが?俺にはそう思えないけど、どうしてそう思うんだい?」

ゆま 「いっつもお母さんがゆまの事ぶつから・・・きっとゆまが悪い子だから、お母さん、怒ってばかりなの・・・」

武蔵 「・・・っ」


ふと、気がつく。

武蔵はゆまの頭を撫でるふりを装い、そっと彼女の前髪を掻き分けてみた。

そこにあったのは、巧妙に隠れるようにして額に焼き付けられた、タバコの跡。


武蔵 (この子、親に・・・)

ゆま 「だからね・・・ゆま、キュウべぇにお願いしたんだ。ゆまは良い子になれるように頑張るから、その代わりに・・・」

武蔵 「・・・」

ゆま 「もう、お母さんがゆまをぶたなくなりますようにって」

武蔵 「・・・っ」


武蔵 (なんだ、いま強烈に嫌な感覚が波のように押し寄せてきやがった・・・この子の願い、まさか・・・まさか、な・・・)

・・・
・・・


同時刻

見滝原中学校 2年生の教室


昼食も終わり、昼休みの残された時間。

ほむらもいなく、特に話す相手もいない教室で、流竜馬は退屈な時間を過ごしていた。

机に突っ伏して一眠りとも思ったが、どうにも目が冴えて睡魔を引き寄せる事ができない。

彼にしては珍しい事だった。


竜馬 (やはり、暁美のことが心配なのかな、俺。会いに行った奴の素性も俺は知らないし、まぁ・・・武蔵が一緒なんだから案ずる事は何も無いはずなんだが・・・)

? 「流くんっ」


不意に声をかけられ、思案の世界から現実へと引き戻される竜馬。

顔を上げると、そこには自分を覗き込む、物憂げなまどかの顔があった。


竜馬 「よう、鹿目。どうした?」

まどか 「うぇひ・・・起こしちゃってごめんね、流君。寝てたんでしょ?」

竜馬 「いいや、別に。ちょっと気だるくって目を瞑ってただけさ。で、何か用か?」

まどか 「うん~・・・ほむらちゃん、風邪なんでしょ。だいじょうぶなのかなって」

竜馬 「ああ・・・」


今日、ほむらは病気を理由に学校を欠席していた。

竜馬のように、無断で学校を休むようなことはしない。彼女は基本的に優等生なのだ。

・・・仮病という点では、竜馬と五十歩百歩なのだけれど。


竜馬 「鹿目な、あいつの事は心配しなくていいぜ。病気ってのは、あれ嘘だから」

まどか 「うぇひっ!?」

竜馬 「内緒だぜ」

まどか 「だ、だけどほむらちゃんったら、どうしてそんな嘘を言ったんだろ・・・まさか、不良になっちゃった!?」

竜馬 「ぷっ!」


不良だったら学校くらい、何も言わずにふけるだろうさ。

竜馬は、まどかのあまりのまっすぐな素直さに、思わず噴出してしまうのを堪えられなかった。


まどか 「???」

竜馬 「いや、悪い。お前がそれだけ暁美の事を心配してると知ったら、あいつも喜ぶだろうなって思ってな」

まどか 「うぇひ・・・なんだか、馬鹿にされてる??」

竜馬 「んなこたねぇさ」


馬鹿になどしていない。ただ、微笑ましかったのだ。

色々と嫌な物を見すぎて、年齢以上に擦れてしまった自分や、そしてほむらにも。

まどかの様に素直な角度で物事を眺めることは、もうできそうに無かったから。


竜馬 「むしろ、褒めてやりたいくらいだぜ」

まどか 「むぅ~・・・」

竜馬 「暁美な、隣街の魔法少女に会いに行ってるんだよ。それで今日は、学校を休んだって訳さ」

まどか 「えっ、隣街って言ったら風見野市だよね!風見野にもいるんだ、魔法少女!マミさんみたいな人なのかな!?」

竜馬 「さぁ、俺は知らないが。だが実際、魔法少女ってのはあちこちにいるらしいぜ。俺たちが知らないだけでさ」

まどか 「そうなんだ~」

竜馬 「・・・」

まどか 「へぇ~」

竜馬 「・・・一応言っておくが」

まどか 「うぇひっ?」

竜馬 「魔法少女に変な親近感を抱くなよ。この前も言ったが、お前を大切な想う人を、悲しませるようなマネはするんじゃねぇぞ」

まどか 「う、うん・・・」


竜馬に釘を刺され、しゅんとしながらも、ほむらが病気ではないと分かって安堵の表情を浮かべると、まどかは自分の席へと戻っていった。

そんなまどかを見送りながら、竜馬は思う。

ほむらが会いに行った魔法少女は、一体どんな理由があって、自分の運命を戦いの日々の中に投げ入れたのだろう。


(竜馬・・・)


竜馬 「!?」

(竜馬、聞こえるかい?)

竜馬 「頭の中に直接声が・・・この声、キュウべぇか!?」

キュウべぇ (やはり思ったとおり、君とは思念上での会話が可能のようだね。さすがは男性にして、魔法少女となる資格を持つ者だ)

竜馬 「相変わらず手品のような真似を弄してくる奴だな、てめぇは。今更いちいちおどろかねぇが、俺に何の用がある?」

キュウべぇ (実は君と一つ取引がしたいと思ってね)

竜馬 「取引・・・だぁ・・・?」

キュウべぇ (話だけでも聞いてみないかい?もちろん無理強いはしないし、気が乗らないなら断ってくれても良い)

竜馬 「・・・」


風見野で一つの取引がなされている中、図らずもここ見滝原において、別の取引が開始されようとしていた。

・・・
・・・


見滝原中学

屋上


キュウべぇに呼ばれた竜馬は、教室を抜け出して一人、屋上へとやってきた。

昼休みも終わり、他に生徒の姿はない。

ただ一匹、ベンチで丸くなっている小動物の姿があるだけだ。


竜馬 「キュウべぇ」

キュウべぇ 「やぁ、竜馬。きてくれたね」

竜馬 「お前と無駄話をするつもりはない。とっとと用件を話してもらおうか」

キュウべぇ 「僕もそのつもりだよ。君は他の魔法少女達と違って、まどろっこしい事を抜きに話ができるから助かる」

竜馬 「で、話ってのは・・・?」

キュウべぇ 「竜馬・・・君は元の世界へと戻りたがっている。その方法を探して、暁美ほむらと行動を共にしている。そうだよね」

竜馬 「聞かれるまでもねぇ。俺には俺のやるべき事がある。そのためにも、元いた場所に戻らなきゃならねぇからな」

キュウべぇ 「でも、その方法は依然として謎のまま。この先、ほむらと一緒にいても、解明できるのかどうかは分からない」

竜馬 「・・・無駄話をするつもりはないと言ったぞ」

キュウべぇ 「僕が、君が元の場所に戻る手伝いをしよう。そう提案しようと思ってね」

竜馬 「・・・!?」

キュウべぇ 「もちろん、さっきも言ったとおり、これは取引だよ。君も僕のお願いを聞き入れてくれればという条件つきの話だけれどね」

竜馬 「お前・・・俺や武蔵が元の世界に戻る方法を知っているって言うのか?」

キュウべぇ 「知らないよ」

竜馬 「・・・は?」

キュウべぇ 「言っただろう?君はとびきりのイレギュラーだって。僕達が有する膨大なデータバンクにも、君のような存在への対処法は記憶されていない」

竜馬 「お前、俺を馬鹿にしてるのか」

キュウべぇ 「慌てる乞食は貰いが少ない。これは君たち人間の諺だよね。そう、結論を急ぐものじゃないよ」

竜馬 「だったらお前もはっきり言ったらどうなんだ。一体お前は、俺になにが言いたい?」

キュウべぇ 「僕自身は君の知りたい情報を持ち合わせてはいない。でもね、推論ではあるけれど、君が元の世界へ戻る。そのヒントは提示できると思うんだ」

竜馬 「なんだってんだよ、それは」

キュウべぇ 「ここからが取引だ。僕からの願い、君が呑んでくれたら、そのヒントを君に教えてあげる。これは単純な交換条件という奴だよ」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「現状、八方ふさがりの君が取るべき道の、指針ともなるはずの重要なヒントだ。この取引、決して君の損にはならないと断言できるけれど、どうかな」

竜馬 「それで、お前は俺に何をさせようとしている」

キュウべぇ 「それはまず、僕との取引を成立させてからじゃないと教えられないよ。話だけ聞いて、やっぱり止めますじゃ、僕のこれからの活動にも影響を及ぼす事柄だからね」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「さぁ、答えを。君の立場を思えば、考えるまでもないと、僕は思うけれど・・・」

竜馬 「・・・」

次回へ続く!

再開します。


本当に遅筆で申し訳ないです。

おそらく、第4話から5話の間でも、お待たせしてしまう事になりそう。

直し直し書いて、投下しながらまた直したい場所が出てきてと・・・

思うようにスパッと書けない力量不足を認識させられ続けています。

頑張りますので、お気長にお待ちいただけたら大変ありがたいです。

・・・
・・・


ほむら 「どう、私の話、信じてもらえるかしら」

杏子 「突拍子も無さ過ぎて、疑う気も失せるよ」

ほむら 「言ってる自分でも、そう思うわ」

杏子 「魔女となる運命のあたし達に、異世界から来たロボット乗りときた。騙す気で来たなら、もう少しましな嘘をつくだろうさ」

ほむら 「それじゃ・・・」

杏子 「だけれど、だからと言って即信用できるほど、私は早計でもお人好しでもない。まずは、事実である証を示してもらおうか」

ほむら 「何を見れば、証と取ってもらえるのかしら」

杏子 「まずはお試しってことで、お前とその仲間とやらの戦いに同行させてもらう。直に見せて貰おうじゃねぇか、そのロボットとやらをよ」

ほむら 「良いわ。私のもう一人の仲間は見滝原にいる。あなたにも見滝原に来てもらっても・・・?」

杏子 「構わないぜ。どの道あたしは住所不定、気楽な根無し草みたいなもんだからな。どこへ行こうと気ままなものさ」

ほむら 「話は決まったわね。それじゃ、さっそく見滝原に・・・」

杏子 「あ、ちょっと」

ほむら 「?」

杏子 「あたしからも一つ、聞きたいことがあったんだ」

ほむら 「なに?」

杏子 「なぁ・・・見滝原で最近、見慣れない魔法少女とか・・・遭遇した事があるか?」

ほむら 「・・・?見滝原にいる魔法少女は、私と巴さんだけだけれど・・・言っている意味が分からないわね」

杏子 「なら良い。つまらない事を言っちゃったね」

ほむら 「??」


最後、杏子が何を言いたかったのかは気になる所だけれど・・・

それはともかく。

まずはお試しでも何でも、杏子の協力を取り付けることができた。

後は実際にゲッターロボを見てもらうだけ。魔女の結界さえ発生してくれれば、これは簡単に済ませる事ができる。

杏子がグリーフシードを提供してくれれば、ゲッターロボを安定して運用できるようになるし、魔女との戦いも安全に進める事ができる。

なによりも、ワルプルギスの夜を上回る力を得られたのなら、今度こそまどかを救えるかもしれないのだ。

しかも、さやかやマミ、そして杏子といった仲間達の誰一人も欠けさせる事のないままに・・・

杏子 「それじゃ、行こうか」


私が物思いにふけっている間に身支度を終えたらしい杏子が、私の前に立って教会の出口へと歩いてゆく。

背中には無造作に背負ったリュックが一つ。その中身は、おそらく大量のグリーフシードに違いない。

身支度がたったそれだけなのが、フットワークの軽い杏子らしいといえば杏子らしいのだけれど。


ほむら 「・・・ええ、行きましょう」


私も杏子を追って、出口の扉を潜った

外で待っていた武蔵が、私の姿を認め、駆け寄ってくる。

その傍らには寄り添うようにピタリくっついている、千歳ゆまの姿。

この短い時間のうちに、随分と懐かれてしまったようね。


武蔵 「話は済んだのかい?」

ほむら 「ええ、これから見滝原へ戻るわ。彼女も一緒に」

杏子 「一応、よろしくな」

武蔵 「ああ、こちらこそ!」


笑顔で握手を求める武蔵を無視し、杏子はゆまの方へと顔を向ける。


杏子 「・・・そんじゃ、これでお別れだな」

ゆま 「・・・え」

杏子 「行きがかり上助けはしたが、あんたとあたしは赤の他人だ。怪我は治してやったし、これ以上一緒にいる意味も無いだろ?」

ゆま 「で、でも・・・」

杏子 「分かったら家へ帰りな」

武蔵 「ちょっと待ってくれ」


いきなり、武蔵が二人の間に割って入る。


ほむら 「武蔵さん・・・?」

杏子 「なんだよあんた、関係ないだろ。いきなり割り込んでくるんじねーよ」

武蔵 「俺、この子を連れて帰るよ」

ほむら 「え・・・は、はぁ!?」

武蔵 「今日から俺が面倒を見る。さっき話して、そう決めたんだ。な?」

ゆま 「うんっ」


にっこり微笑みながら頷きあう武蔵とゆま。

なんだか場と不釣合いなホンワカムードが二人を覆っているけれど・・・


武蔵 「てことで、今日から俺はゆまちゃんのお兄ちゃんだ!」

杏子 「んなっ・・・!?」


杏子も呆れて物が言えないといった顔で、あんぐりと口を開けて固まっている。

なんて間の抜けた顔。普段の彼女からは想像もできない表情ね・・・

でも、それは私だって同じ。

武蔵の真意が分からず、私の顔も呆け気味。


ほむら 「ちょ、ちょっと待って・・・武蔵さん、自分で何を言ってるか分かっているの?」

武蔵 「この子さ、両親を亡くしたばかりなんだ」

ほむら 「え・・・」

武蔵 「だからさ、家に帰しても誰もいないんだよ。こんな小さい子、一人にはできないだろ」

杏子 「亡くしたばかりだって?」

武蔵 「ああ、だから・・・」

杏子 「じゃあ、あの結界で死んでた二人って、もしかして・・・」

ゆま 「・・・」


ゆまは何も答えない。

それを杏子は無言の肯定と受け取ったようだった。


杏子 「親が死んだそぶりなんて、あたしには微塵も見せなかったね、あんた。たいしたタマだぜ」


もしくは、その程度の親だったと言うことかしら。

親といっても所詮は同じ人間。無条件に愛し、尊敬できる相手とは限らない。

その事を杏子は、身をもって知らされていた。

だから特段、ゆまが天涯孤独の身となった所で、杏子にはそれほど同情してやる気にはなれないのだろう。


杏子 「話は分かったけど、武蔵だっけ?あんた、物事を簡単に考えすぎてないか」

武蔵 「どういう意味だよ」

杏子 「連れていくったって、犬や猫を拾うのとは訳が違うんだ。第一、こいつの事、どこに住まわすつもりなんだ」

武蔵 「そりゃ、俺と一緒に・・・」

ほむら 「いきなり妹が増えましたと言って、マミが承諾するかしら」

武蔵 「あ、そ、そうか!確かに・・・!」

ほむら 「はぁ・・・」


やはり、深くは考えていなかったようだ。

人のいい武蔵はあれこれ考えるより先に、哀れな少女を思う同情心から言葉を発していたのだろう。

人の立場や境遇を思いやる事ができる。それは武蔵の持つ美点には違いないのだろうけれど。

だけれど。


ほむら 「甘すぎるわね」

武蔵 「・・・」


武蔵は意気消沈。とたんに勢いがなくなってしまう。

雲行きが怪しくなってきたのを、幼いながらも敏感に察知したゆまが、不安げに武蔵の袖を引く。


ゆま 「お、おにいちゃん・・・」

武蔵 「ゆまちゃん、俺・・・」

杏子 「宛てが外れて残念だったね。でも、現実なんてこんなもんさ。せめて、命があっただけでも幸運だったって思うこったな」


突き放すように言い捨てると、杏子はくるりと皆に背を向ける。

そのままスタスタと、教会の敷地外へと歩き出してしまう杏子。

おそらく魔法少女となる前の千歳ゆまと出会っていたなら、杏子も多少はゆまの身の振り方などに気を回そうとしたのかも知れない。

だけれど、魔法少女はしょせん一匹狼。

徹頭徹尾、魔法は自分自身の為に使い、刹那的に日々を過ごす事を旨とする”現在”の杏子にとって、ゆまはすでに心を配ってあげる対象ではなくなっていたのだ。


ほむら 「・・・佐倉杏子の言うとおりだわ」

武蔵 「ほむらちゃん・・・」

ゆま 「・・・あぅ」


ゆまが心細げに武蔵を見上げる。

すがる様な瞳が、武蔵を一点に捉えて離さない。

だけど、頼られた武蔵も、この儚げな幼い少女の期待にどう応えて良いのか分からないのだろう。

なにせ彼自身が、この世界や魔法少女の事に対して、まだまだ不案内なのだから。


ほむら 「・・・」


だから、私が武蔵に替わって決断しなくてはならない。

ゆまに言うべき言葉、ゆまに告げるべき処遇。

私は口を開く。

生半可な同情なんて、却ってこの子のためになりはしないのだから。

・・・
・・・


竜馬 「言いたいことはそれだけか?」

キュウべぇ 「概ねはね」

竜馬 「だったら、とっとと俺の前から姿を消しな。正直、お前の姿は目障りなんだよ」

キュウべぇ 「・・・驚いたな。これは予想外の回答だ。君は、自分のいた世界に戻る事、それこそが至上の目的ではなかったのかい」

竜馬 「そうだぜ」

キュウべぇ 「だったらなぜ、僕の差し出す手を取ろうとしないんだい?」

竜馬 「お前が信用ならないからだ」

キュウべぇ 「・・・短絡的だね。確かに僕と君の間に信頼関係は存在しない。だけれど、そんな僕を利用するだけの度量が君にはあると思ったんだけれどな」

竜馬 「真に信用のおける奴は、そんなセリフは吐かないもんだぜ」

キュウべぇ 「訳が分からないよ」

竜馬 「わからねぇなら、お前は人間ってもんをまったく理解できてねぇ」

キュウべぇ 「・・・」

竜馬 「俺は暁美と約束した。互いの目的の為に協力し合うとな。仲間と誓ったんだ、そこにお前の立ち入る隙間はねぇのさ」

キュウべぇ 「愚かだね。そんな目に見えない絆とやらにすがって、元の世界に帰れなくなったら元も子もないだろうに」

竜馬 「すがる相手をお前にしなくとも、俺は元の世界に帰れると確信しているぜ」

キュウべぇ 「どういう意味だい?」

竜馬 「俺がこっちに飛ばされて来た現象に、お前は絡んでいなかった。だったら、お前抜きでだって帰る事ができる。何か間違ったこと言っているか?」

キュウべぇ 「へぇ・・・呆れたよ。どこまで楽天的なんだ、君は」

竜馬 「お前みたいに、暁美の留守を狙ってこそこそ画策するほど、腹黒じゃねぇって事さ」

キュウべぇ 「その決断、後悔する事がないよう祈るよ。自分で自分の取る道を狭めてしまった事に・・・」

竜馬 「道なんてもんはな、俺の歩いた後にできるもんだ。お前の敷いた獣道を歩くつもりなんざ、さらさらねぇんだよ」

キュウべぇ 「・・・」


音もなく、姿を消すキュウべぇ。

それを黙って見送った後で、竜馬は一言呟いていた。


竜馬 「あいつでも、捨て台詞っての吐くんだな・・・」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


同日 夕刻

ほむホーム


顔合わせのために、私たちは一堂に会した。

場所は私の部屋。

集まった面々は、私。

お試しではあるけれど、とりあえず行動を共にすることで話が決まった、佐倉杏子。

竜馬と武蔵のゲッターチーム。

そして・・・


杏子 「おい」


杏子が不機嫌さのにじみ出た顔で、私ににじり寄ってきた。


ほむら 「なにかしら」

杏子 「何でこいつが、ここにいる」


言いながら、一転を指差す杏子。

そこには座っている武蔵。そして、その武蔵に寄り添うようにしている一人の少女。

千歳ゆまの姿があった。


ほむら 「ああ・・・この子、ね。しばらくここで暮らす事になったから」

杏子 「は、はぁ?」

ほむら 「仲間に加えたのよ。一緒に戦ってもらうわ」

杏子 「お、お前・・・本気で言ってるのかよ」

ほむら 「本気よ」

武蔵 「良かったなぁ、ゆまちゃん」

ゆま 「うんっ」

杏子 「ちょっt
竜馬 「ちょっと待てよ」


何か言いたげな杏子を制して、代わりに口を開いたのは竜馬だった。


竜馬 「見たところ、随分と幼いようだが、こんなんで本当に戦えるのか?悪いが、足を引っ張られるのはゴメンだぜ」

ほむら 「その点なら心配ないわ。この子が得意とするのは、回復魔法。私や杏子では攻撃しかできない。誰かが傷ついた時、この子の力はきっと必要になる」

杏子 「初耳だぞ、そんなの。おい、ゆま。それ、本当なのか?」

ゆま 「え、えっと・・・たぶん、そんな気がする・・・」

杏子 「そんな気ってなんだよ、はっきりしないな」

ゆま 「だって、まだ使った事、ないから」

杏子 「・・・本人にもハッキリしない事を、あんたは随分と詳しく知っているんだな」

ほむら 「言ったでしょ、私は未来から来たと。以前の時間軸で見たことがあるのよ」

杏子 「なるほどね・・・」

ほむら 「流君も納得してくれた?」

竜馬 「暁美が見込んだんなら、役には立ってくれるんだろうさ。だが、本人はキチンと理解してるのか?俺たちの戦いのことに付いて・・・」

ほむら 「ええ」


その事は、すでにゆまには説明してある。

竜馬の言うとおり幼い彼女の事だ、どこまで正確に理解してくれたかは分からないけれど。

だけどゆまは私の話を聞き、その小さな頭で考え決断し、今ここにいる事を自ら望んでくれた。

ただ一点、魔法少女と魔女の繋がりについてだけは伏せさせてもらったけれど。

隠し事をするようで後ろめたくはあったけれど、この酷すぎる運命、今のゆまでは受け止められるはずもない。

でもいずれ・・・

ワルプルギス戦を乗り越え、その時には彼女の心が成長してくれていたなら、その時には・・・


ほむら 「生半可な同情は彼女のためにならない。だから、私は全てを話して、住む場所の提供をする代わりに助力を願ったのよ」


激しい戦いの渦中に飛び込む以上、回復の力を持った者の存在は非常に心強い。

かつての時間軸では美樹さやかが担っていた事もあるポジションだが、今回彼女は普通の少女でいる道を掴み取る事ができた。

さやかに代わる治癒魔法の使い手と出会えたのは、嬉しい誤算だったのだ。

竜馬 「だったら納得だ。よろしくな、俺は流竜馬だ」

ゆま 「うぇ・・・っと・・・」

武蔵 「このお兄ちゃんは俺の友達だ。顔は怖いが、食べられたりしないから安心して良いよ」

竜馬 「顔の怖さでは、お前にとやかく言われる筋合いはねぇ」

ゆま 「・・・千歳ゆまです。よ、よろしく」

竜馬 「ああ」

杏子 「なんだよ、随分とあっさり受け入れやがったな。どんだけ間口が広いんだよ、ガキが相手だぞ」

竜馬 「そうは言っても、暁美もお前にしても、まだ中学生だろ。この子とそう変わるもんでもないんじゃないか」

杏子 「けっ。潜ってきた修羅場が違うんだよ。しらけるけど、まぁいいや・・・あたしは佐倉杏子」

竜馬 「ああ、よろしくな」

杏子 「言っとくけど、よろしくするかどうかは、まだ決めてないからな」

竜馬 「ふーん・・・暁美?」

ほむら 「まだ杏子は、私の話した事柄を信用していないの。まずはゲッターロボを実際に見せろって」

竜馬 「ま、もっともだな。そんじゃ行くか」


竜馬は一人で勝手に納得すると、おもむろに席から立ちあがった。


ほむら 「流君・・・?」

竜馬 「善は急げだ。さっそく魔女の結界を探しに行こうぜ」

ほむら 「今から?」


呆れて問い返す私に、竜馬はにやりと笑って見せた。


竜馬 「早ければ早いほど良い。存分に知ってもらうのさ。ゲッターの強さと、恐ろしさを、な」

・・・
・・・


キュウべぇ 「取引は不首尾に終ったか。できれば、穏当に行きたかったんだけれどね。お互いのためにも」

キュウべぇ 「まぁ、いいや。すでに準備は始めているし、舵はどうとでも切ることができる」

キュウべぇ 「・・・」

キュウべぇ 「ゲッターロボ・・・暁美ほむらの魔力の消耗・・・僕の予想に間違いはないだろう」

キュウべぇ 「とすれば、僕は何としても手に入れなければならない。あの力を・・・」

キュウべぇ 「さて、そのための方法だけれど・・・」

キュウべぇ 「うん、彼女達に役に立ってもらおうかな」

キュウべぇ 「さて、そのためには彼女達を納得させるに足る”餌”を用意しなくちゃいけないのだけど」

キュウべぇ 「・・・」


キュウべぇ 「切るか、鹿目まどかを・・・」

・・・
・・・


次回予告


連綿と長きに渡り続けてきた、己の計画の立て直しを図るキュウべぇ。

そのために彼は、二人の魔法少女に接近する。

キュウべぇの思惑を策略と知りながらも、敢えてそれに乗る彼女達の思惑は!?

そして、敵となり牙をむく魔法少女に抗したほむらの運命には、新たな悲劇の幕が切って落とされるのだった!



次回 ほむら「ゲッターロボ!」第五話にテレビスイッチオン!

以上で4話終了です。

5話は引き続きこのスレで投下を予定。

落ちそうになったら、保守に来ます。


それではお読みいただき、ありがとうございました。

5話はなるだけ早く投下できるように頑張ります。

再開します。

・・・某所


キュウべぇ 「助かったよ。君が僕の提案を呑んでくれて」

? 「・・・」

キュウべぇ 「正直言うと、宛てが外れてね。最も期待していた人物からの協力が得られないと分かって、難儀していたんだ」

? 「利害が一致しただけ。あまり気安く話しかけないで」

キュウべぇ 「・・・まぁ、僕としては、君が僕をどのように思ってくれていても構わない」

? 「・・・」

キュウべぇ 「成すべきことが成されるか否か。それだけが重要だ」

? 「それには同意するわ。で・・・お膳立てはどの程度、済んでいるのかしら」

キュウべぇ 「この街と、隣の風見野で、かなりの少女達との契約を済ませているよ。適応者が見つかれば、これからもドンドン契約していくからね」

? 「・・・そう」

キュウべぇ 「もっとも、そのほとんどは一人じゃ使い魔にも勝てない程度の力しか持っていない」

? 「では・・・早いうちにこちらに引き込む必要があるわね」

キュウべぇ 「すでに何人か、初戦で斃れてしまっているしね。急いだ方が良いと思うよ。もっとも・・・」

? 「・・・」

キュウべぇ 「あの程度の素質で済むなら、そこら辺にいくらでも代わりは歩いているけれどね」

? 「黙りなさい。余計なことは言わないで。潰すわよ」

キュウべぇ 「おっと、僕の代わりだっていくらでもいるけど、無意味に殺されてはたまらない」

? 「ねぇ」

キュウべぇ 「なんだい?」

? 「なぜ、あなたは私のやる事に力を貸してくれるの?」

キュウべぇ 「君の予知した災いで、魔法少女や人間達が滅んでしまったら、僕だって困るからね。当然の事じゃないか」

? 「・・・」

キュウべぇ 「・・・」

? 「・・・いいわ。どの道、他に術が無いもの。なんにしても時間がない。今はすぐにでも行動を起こさなければいけない時」

キュウべぇ 「期待しているよ、織莉子」

・・・
・・・


とある魔女結界の中。

私たちは群がる使い魔を蹴散らしつつ、その最奥まで辿り着こうとしていた。

今、私たちの目の前には木目調の扉が一つ。

扉を開けて中に踏み込めば、そこでは魔女が待ち構えているはずだった。


ほむら 「じゃあ・・・」


扉の前に整列した一同を前に、私は言う。


ほむら 「ゲッターロボを呼ぶわ」


自然と、口調が厳かになってしまう自分が、多少こっけいではあったけれど。

すみません。


ほむら「ゲッターロボ!」 第五話


↑入れ忘れました。

ごくり・・・

誰かが唾を飲み込んだ音が、辺りに響いた。

音の主は竜馬か武蔵か。

緊張してしまうのも無理はない。それにそれは私だって同じ。

何せ、自分の意志でゲッターロボを呼び寄せるのは、今回が初めてなのだから。


武蔵 「いよいよだな・・・」

竜馬 「ああ。それより佐倉・・・」

杏子 「分かってるよ、ほら」


杏子が無造作に、いくつかのグリーフシードを投げてよこした。


ほむら 「ありがとう」

杏子 「まだ、やると決めたわけじゃねぇ。ゲッターとやらが出て来なかったら、それは返してもらうからな」

ほむら 「分かっているわ」


これで、魔力を全て吸い取られて魔女になってしまう危険は、ひとまず無くなったわけだ。


ほむら 「では・・・皆、私から離れて」


皆を下がらせて、準備は全て整った。

今こそ・・・

ゲッターを呼ぶ!!

竜馬 「・・・」

武蔵 「・・・」

杏子 「・・・?」

ゆま 「ねー、まだー??」

ほむら 「・・・えっと」

竜馬 「どうした、暁美。何か問題でも?」

ほむら 「あの、ね。ちょっと、言いにくいんだけれど・・・」

竜馬 「どうしたってんだ?」

ほむら 「ゲッターって、どうやって呼んだら良いのか、分からない・・・」

竜馬 「・・・え」

武蔵 「・・・」

ゆま 「あははっ、変なのー!」

杏子 「笑い事じゃないだろ。なんだよ、それ。さんざん期待させといて、そんな落ちは求めちゃいねーぞ」

ほむら 「だって仕方がないじゃない。自分で呼んだ事、無いんだもの」


そう、前にゲッターに乗った時は、謎の声に言われるがままだったのだ。

しかも、乗った後のことは、気を失っていて覚えてすらいない。


杏子 「いや、仕方がないって言われたってさぁ」


杏子が呆れるのも分かるけれど、こっちだって困っているのだ。

ふだん普通にバックラーの中から武器を取り出したりしてるから、今の今まで気にもしなかったけれど。

あんな大きな物、どうやって取り出せば良いのか、まったく見当がつかなかった。


ほむら 「どーしよ・・・」ほむぅ

竜馬 「呼んでみたらいいんじゃねーか」

ほむら 「え、それって・・・?」

竜馬 「叫ぶんだよ。心で、魂でな。ゲッターと俺たちは強い絆で結ばれていた。隼人の跡を継いだお前だって、それは変わらないはずだ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「だったら、ゲッターはお前の声に応えてくれる。必ずだ」

杏子 「はは、そんなアニメじゃあるまいし」

ほむら 「いいえ」


笑い飛ばそうとする杏子を私は制した。

他に手がないなら、なんだって試してみるより他に無い。


ほむら 「それに」


私には何故か、竜馬の言葉が真実だと思えたから。


ほむら 「やってみるわ」

杏子 「えー、マジかよ・・・」


明らかに引いている杏子をよそに、私は目を閉じる。

意識をバックラーの中へと。その中で眠っているであろう、ゲッターロボへと向ける。

程なくして・・・


ほむら 「・・・いた」


私の意識は、異次元のなかで漂う”それ”を認識した。

熱く、強く脈打つ、巨大な力の塊。

紛れもない。

あれこそが・・・ゲッターロボ!

(呼べっ!)


私がゲッターを見つけるのと同時に、頭の中で何者かが命令する声が響く。


(叫べっ!)


私は深く頷くと、その声に従った。

バックラーの中へと。その中に広がる異次元へと。心の中へと。魂の奥へと。

私を構成する全てに響き渡れといわんばかりに、私は声を限りに叫ぶ!


ほむら 「出ろぉっ!ゲッタァーーーー!!!」

・・・
・・・


次に目を開いた時、私は見覚えのない場所に座っていた。

目の前には数々の計器と、無骨な操縦桿らしきもの。

私は直感で悟る。

ここが、ゲッターロボの操縦席なのだ、と。


竜馬 「暁美」


竜馬の声が聞こえる。

そちらに目を向けると、モニターに移る竜馬と仲間達の姿。声はモニターと一体化しているスピーカーから聞こえてきていた。

竜馬がゲッターを・・・いえ、私を見上げている。

どこか誇らしげな、普段の不敵さを感じさせるのとは、また違った笑みを浮かべながら。


竜馬 「やったな」

ほむら 「・・・うん」

竜馬の後ろでは、杏子が呆けた顔で突っ立っていた。


杏子 「ほ、本当に出やがった・・・」

ゆま 「かっこいーっ!!」

武蔵 「おっと、二人とも。驚くのも感激するのも、ちょっと気が早いってもんだぜ。本番はこれからなんだ」

竜馬 「そういうことだな。待ってろ、暁美。今、俺と武蔵も乗り込む。今回は操縦は慣れた俺達に任せるんだ」

ほむら 「ええ、乗って。だけれど、操縦は・・・」


操縦桿が手に馴染む。

計器が私に語りかける意味が分かる。

次に何をすれば良いのか、私には理解ができる。


ほむら 「操縦は私がする。魔女を倒す」

竜馬 「・・・暁美」

ほむら 「私が、このゲッターで」


そう、私はゲッターを動かす事ができる。

・・・
・・・


二人が乗り込むのを待って、私はゲッターを動かす。

現在のゲッターは、私の乗っているジャガー号がトップとなる”ゲッター2”の状態。

つまり今のメインパイロットは、この私。

まさにおあつらえ向きな状況。これってやっぱり・・・


ほむら 「私を試そうとしているのかしら」


だったら、お望み通り試されてやろう。

私がゲッターのパイロットとして相応しいか、どうか。

あれ以来音沙汰のない神隼人に見せ付けてやる。

ほむら 「行くわ」

竜馬 「応っ」

武蔵 「行こうぜ」


二人の返事を受けて、私はゲッターの左手のドリルで、魔女の住処の壁を扉ごと破壊する。


ほむら 「さぁ、ここの魔女。まずはあなたを最初の獲物とさせてもらうわ」


これからの戦いを占う、大事な一戦。その生贄となる栄光に感謝なさい。

私は進む。魔女の住処の奥に向かって。

そこに巣くう魔女へと向かって。


ほむら 「さぁ、とくと思い知ってもらうわよ。ゲッターの、私の恐ろしさを!」


今の私は、ゲッターを操縦できる悦びに満たされていた。

感激が言葉となって、口から継いで出るのを留めることができない。


そう、私が。

私こそが、ゲッターなのだから!

・・・
・・・


一時間後

ほむホーム


武蔵 「いやぁ・・・」


再び、私の家に会する一同。

テーブルを囲い、それぞれの前にはおなじみの安物の紅茶。


武蔵 「瞬殺だったなぁ・・・」


紅茶に一口つけた後で、武蔵がぽつり。感慨深げに呟いた。


武蔵 「ほむらちゃん、躊躇せずに突っ込んで行っちゃうんだもんな。あっという間にドリルで魔女を貫いちゃってるし」

ゆま 「強かったね、ロボット。かっこよかったー!」

竜馬 「ああ。正直、相手がどんな魔女だったかすら、見ている暇がなかったくらいだ」

ほむら 「まぁ・・・湧き上がる闘志が抑えられなかったってところかしら」

竜馬 「だろうな」にやにや

ほむら 「なによ」

竜馬 「いやな、魔女に挑む直前のお前のセリフ、まさにゲッター乗りって感じだったなって感心してたところさ」

ほむら 「・・・あれは何と言うか、自然に口から出ちゃって」(ほむぅ)

竜馬 「照れる事ねーよ。古くからの仲間と一緒に戦ってたみたいで、俺は嬉しいんだ」

ほむら 「流君・・・」

杏子 「お話中、悪いんだけどさ」

ほむら 「・・・佐倉さん。あなたには礼を言わなくちゃね。ありがとう」


私は頭を下げながら、懐からあるものを取り出しテーブルの上へと置いた。


杏子 「空になったグリーフシードか・・・」

ほむら 「ええ、たったあれだけの稼動でグリーフシードを一個、使い切ってしまった。あなたが提供してくれた分が無ければ、持たなかったわ。だから・・・」

杏子 「礼は良いよ。そういう約束だったんだ」

ほむら 「じゃあ・・・」

杏子 「約束は守るよ。ロボットの実物も見せてもらったし、あんたらの言うことを信用する事にする。一緒に戦うよ」

竜馬 「じゃ、今度はよろしくって言っても、問題ないな」

杏子 「ああ・・・だけど・・・」

ほむら 「なに?」

杏子 「さっきから疑問だったんだけど、ここにはなんでマミの姿がないんだ?」

武蔵 「あ・・・」

ほむら 「・・・」

杏子 「見滝原をずっと守ってきたのはマミだし、ここにはその兄貴までいるってのに、どうしてマミ本人がいない?」

ほむら 「それは・・・」

杏子 「今日は何か、出て来れない用事でもあったのかい?」

ほむら 「いえ、そうではなくて・・・」


ちらり・・・私は、武蔵の膝の上にチョコンと乗っかり、ご機嫌なゆまに視線を向ける。


ゆま 「・・・ん、なぁに?」

ほむら 「ううん、なんでも」


・・・私がマミに本当のことを話すのを躊躇している理由。

それを今、ゆまの前で説明するわけにはいかない。

ほむら 「流君、お願いしても良いかしら」

竜馬 「・・・任されたぜ」

杏子 「ふーん・・・」


杏子も訳ありな雰囲気を察してくれ、この場ではこれ以上深く追求してくることは無かった。

こういう空気を読んでくれる杏子の性質は、相変わらず私みたいな人間には好ましい限りね。


杏子 「さ・て・と。じゃあ、あたしはこれで失礼させてもらうよ」

ほむら 「泊まる宛はあるの?」

杏子 「どうとでもなるさ。今までだってそうやって生きてきたんだ。心配は要らないよ」

ゆま 「・・・きょーこ、行っちゃうの?」

杏子 「お前らと馴れ合うつもりは無いって言ったろ。約束は守るが、それ以外の干渉はお互いに無しにしようぜ。それじゃーな」

ゆま 「うん・・・」

竜馬 「佐倉、待て。俺も帰るから、そこまで一緒に行こう」

杏子 「ああ」


ゆまの寂しそうな眼差しなど意に介さず、杏子は竜馬と連れ立って部屋を出て行ってしまった。

そんなゆまの頭を、武蔵の大きな手が優しく撫でる。


武蔵 「ゆまちゃんは、杏子お姉ちゃんが大好きなんだなぁ」

ゆま 「・・・」

ほむら 「あんなにぞんざいに扱われているのに・・・」

ゆま 「助けてくれたから・・・」

ほむら 「え・・・」

ゆま 「助けてくれたし、怪我も治してくれたから。ゆまが痛いって泣いていた時、ずっと励ましてくれたから」

武蔵 「ゆまちゃん・・・」

ゆま 「その時、ゆまのことを心配そうな目で見てくれたから、だからゆま・・・」


この子は・・・

出会ってから一日に満たない短い時間で、佐倉杏子の冷厳な仮面の下に隠れた本質を見抜いていたのかも知れない。

辛い経験から世間を斜めに見、他人に興味なさそうにふるまう杏子の、本当の素顔というものに・・・


武蔵 「きっと、杏子ちゃんから向けられた親切が、この子にとって初めて人から与えられた真心だったのかもしれないな」

ほむら 「・・・」

ゆま 「ゆま、きょーことも仲良くなりたいよ。いろいろ、お話したい・・・」

ほむら 「・・・大丈夫」

ゆま 「ほむらおねえちゃん?」

ほむら 「あの子は、口下手だし意地っ張りだから、あなたとどう接していいのか分からないの」

ゆま 「ほんとう?じゃあ、ゆま。これからきょーことも仲良くなれるかな?」

ほむら 「なれるわ。だって私は、あなた達が仲間になれる事を知っているもの」


もちろん、確証は無い。そういう時間軸もあった。ただそれだけの話。

だけれどゆまは、そんな私の気休めに過ぎない言葉にも、愛らしい顔を嬉しそうにほころばせてくれた。


ゆま 「・・・うん。ゆま、がんばるよ!」

次回へ続く!

あけましておめでとうございます。

再開します。

・・・
・・・


ほむホームからの帰り道

路上

夜の街。街灯がアスファルトを冷たく照らす中、竜馬と杏子は連れ立って歩いていた。

杏子に行くべき宛てなどない。今は黙って、竜馬の後をおとなしく歩くのみだった。

もとより世間話に花を咲かせるような間柄でも性格でもない、この二人。

今はただ、無言で歩を進めるだけ。


竜馬 「・・・」

杏子 「・・・」


しばらくして。

もうすでにほむらの家から大分離れた頃合。

先に口を開いたのは、杏子の方であった。


杏子 「もう良いだろ」

竜馬 「そうだな」

杏子 「聞かせてもらおうか。なぜあの場にマミがいなかったのか。その理由とやらをさ」

竜馬 「単純なことさ。巴マミには、俺たちが集って共に戦おうという企てを話していない」

杏子 「・・・見滝原は元々がマミのテリトリーだ。それって、筋が通ってないんじゃないの?」

竜馬 「そういうの、気にするんだな」

杏子 「自分の気分が悪くなるのさ。あたしだったら、自分の縄張りを荒らす奴は絶対に許さねぇ」

竜馬 「お前は良い奴だな。暁美が仲間に引き込もうとしただけの事はある」

杏子 「その仲間ってのはよせよ。あたしはそう言う、ねちょねちょした関係は大嫌いなんだ」

竜馬 「分かったよ。じゃ、とっとと本題に行くが、巴マミを誘わなかった理由・・・」

杏子 「・・・」

竜馬 「・・・それは、巴マミが真実を知った時、その重さに耐えられないから、だそうだ」

杏子 「あたしらが魔女になるって言う、あれか」

竜馬 「暁美は言っていたな。巴マミは強い人を演じている。それは繊細すぎて、傷つきやすい人だからなんだと」

杏子 「・・・」

竜馬 「暁美はかつての時間軸で、お前を含めた仲間達に全てを打ち明けたことがあったらしいぜ。だが、誰も真実を受け入れる事ができなかった」

杏子 「・・・だろうな。今のあたしだって、あんなロボットを見せ付けられなけりゃ、とても信じる気に離れなかったと思う」

竜馬 「その口ぶりからしたら、今は信用してくれているように取れるが?」

杏子 「ゲッターロボが現実にあることを証明できたなら共闘する。それが前提だったからな」

竜馬 「そうか。だが、巴マミは、正気を保てずに暴走してしまった。なまじ実力のある彼女のことだ。手が付けられなかったってよ」

杏子 「マミが暴走・・・?ははっ、まさか」

竜馬 「信じられないか?まぁ、俺だって自分で見てきたわけじゃない。信じる信じないは、お前の裁量に任せるしかないわけだがな」

杏子 「・・・マミは・・・あいつは、確かに糞がつくほど真面目で融通が利かないところがある。ある、けどな・・・」

竜馬 「それだけ、余裕が無いとも言うな」

杏子 「だってそれは・・・仕方がないだろ。そういう奴なんだよ、あいつは。だけれど、だからってマミはそんな柔な奴じゃない」

竜馬 「・・・」

杏子 「あたしはそれを・・・知ってるんだ」

竜馬 「なんにせよだ。そういった理由から、暁美は巴マミに言い出せないんだとさ。暁美は決して引く事ができない願いを持って戦っている」

杏子 「・・・」

竜馬 「マミが暴走して暁美の前に立ちふさがったなら、その時はかつての仲間だろうと先輩だろうと、殺すしかない」

杏子 「それは、分かるよ・・・」

竜馬 「もちろん、そんなことは暁美の望むことじゃない。だから、言えない、と」

杏子 「だけど、だからって、納得できることじゃない・・・」

竜馬 「どうやら、お前と暁美の中での巴マミ像には、決定的な違いがあるらしいな」

杏子 「・・・いずれにしたってさ」

竜馬 「?」

杏子 「実際問題、マミも活動してる見滝原で、あたし達が徒党を組んで魔女退治。そんなん、マミにばれないはず無いだろ?」

竜馬 「そりゃま、そうだろう」

杏子 「だまってて、いざばれちまったら、それこそいらないイザコザが起きるんじゃないのかなって。そう思うんだよ、あたしは」

竜馬 「・・・」


杏子が本当に言いたい事は言葉とは別の所にあるのを感じつつ、しかし、いま述べた杏子の意見もまた正鵠を射ていた。

だから竜馬は、敢えて抱いた疑問には触れず、彼女の表に現した言葉に対する答えだけを告げることにした。


竜馬 「お前の懸念ももっともだ。だが、その事は少し暁美に時間を与えてやってはくれないか」

杏子 「え、あいつ、マミのことで、何か考えがあるの??」

竜馬 「ああ、らしいぜ。その考えとやらは俺も聞いてはいないがな。まぁ、暁美なら上手くやるさ」

杏子 「ずいぶんと、あいつの事を信頼しちゃってるのな」

竜馬 「仲間、だからな」

杏子 「またそれか・・・」


仲間という言葉に、過剰に拒否反応を示す杏子。

だが、そんな態度の裏側に、杏子のもう一つ別の顔が潜んでいるように、竜馬には感じられた。

それがどんな感情かまでは、推し量れなかったが・・・


竜馬 「・・・お前は暁美と、どこか似ているな」

杏子 「はぁ・・・!?よせよ、あんなすかした奴とあたしを一緒にするな!」

竜馬 「いや、似ているよ」


自分の感情を押し殺し、今ある自分を演じようとしている辺り。

そして、演じきれずに所々で素の自分をさらけ出してしまい、だけれど自分では、そんな事に気がついてもいない所とか。

竜馬 「お前と暁美、良い友達になれるんじゃねぇのかなぁ・・・と」

杏子 「んなっ・・・!?」

竜馬 「俺は思うんだがなぁ」

杏子 「んなわけないだろっ、ばっ馬鹿じゃねぇの。つーか、馬鹿だろ、お前!ばーか、ばーか!」

竜馬 「・・・そりゃまぁ、頭は良い方ではないとは思うが」

杏子 「うっせー、バーカ!バーカバーカッ!ちねっ!」


杏子は竜馬に「バカ」をたたみかけるように浴びせると、クルリと背を向けて駆け出してしまった。


竜馬 「え、おい・・・!」


慌てて追おうとするが、とんでもない速さで走り出した杏子は、瞬く間に夜の街の中へと消えてしまう。

あとには、むなしく取り残されてしまった、竜馬がぽつんとただ一人。


竜馬 「なんだよ、あいつは・・・ふっ」


杏子の消えた方角を眺めながら、思わず噴出してしまうのを竜馬はこらえる事ができなかった。


竜馬 「面白い奴だな、佐倉杏子」

・・・
・・・


ほむホーム


杏子と竜馬が去り、武蔵もマミの待つ部屋へと帰っていった、今。

この部屋には私と千歳ゆまの二人だけが残されていた。

これから、少なくともワルプルギス戦が訪れるまでの数日の間、私はこの良く知らない娘と共同生活を営まねばならなくなった。

・・・まぁ、勢いとはいえ、私から言い出した事ではあるのだけれど。


ほむら 「・・・」

ゆま 「・・・」


テレビも無い。雑誌も無い。当然ゲーム機なんて無用なものは置いていない。

だから、とりあえずの話題も無い。その結果として、私たち二人の間には会話が無い。

・・・気まずくも重い雰囲気が今、私の部屋を満たしていた。

ほむら (困ったわ。子供って、どう扱えば良いのかしら)


武蔵がどうゆまと接していたか。見てはいたし覚えてもいるが、自分でできるかどうかはまた別の問題だ。

と、私が思い悩んでいた、その時。

きゅるる~っと、静寂に包まれていた部屋に鳴り響く、可愛い音。


ゆま 「///」

ほむら 「お腹、空いたの?」

ゆま 「ご、ごめんなさい」

ほむら 「そんな、謝らなくて良いのよ」


そういえば、やる事や話す事が多すぎて、食べる事をすっかり忘れていた。

幼いゆまが、我慢できなくなるのは当然だ。


ほむら 「私こそ、ごめんなさい。遅くなったけれど、夕食にしましょう」

ゆま 「うん!」


とたんにゆまの顔に笑顔の花が咲く。

こういう自分の欲求に素直でいられるのも、子供の利点・・・いや、美点なのだろう。

少し、羨ましくもある。


ほむら 「待って。今、持ってくるから」

ゆま 「あ、あの、お手伝いする事があったら、ゆまもするよ」

ほむら 「・・・?持ってくるだけだから、あなたはそこで座ってて」

ゆま 「え??」


私は”食料”を放り込んでいる収納へ向かうと、いくつかを無造作に選んで、ゆまの元へ戻った。

持ってきたものを、これまた無造作にテーブルに並べる。ゆまがその様子を、興味深げに見ている。


ゆま 「なぁに、それ・・・」

ほむら 「缶詰、某栄養調整食品、パン、カップ麺、レトルトのカレーと温めるだけで食べられるご飯。お好きなのをどうぞ」

ゆま 「・・・」

ほむら 「・・・?」

ゆま 「ほむらお姉ちゃん、お料理しないの?」

ほむら 「しないわ。しなくても、ご飯は食べられるもの」


料理に費やす時間があったら、身体を休めたり、ワルプルギス戦の作戦を考えたり、まどかの事を(ぴー)たり・・・

他に有益な時間の使い方が、幾らでもある。

しなくても良い事をしていられるほど、私には時間の余裕など無いのだ。


ゆま 「でも、こんなのばかり食べてたら、身体を壊しちゃうよ」

ほむら 「良いのよ。私はワルプルギスの夜が来るまでの健康が維持できたのなら・・・」


言いかけて、はっとする。

そうだ、この子はこの世界で、ワルプルギスの夜が去った後も生きていかねばならないのだ。

成り行きとはいえ、人ひとりを預かった以上、いい加減な食事を与えて病気にでもさせてしまったら・・・


ほむら 「とはいえ、私には料理のスキルなんかないし・・・どうしよう」


こんな事なら、簡単なおかずの作り方くらい覚えておけば良かった。

ほむら 「・・・ん?」


料理、といえば。

私の周辺には、料理の先生としてうってつけの人が一人いたじゃないか。


ゆま 「・・・ほむらお姉ちゃん?」

ほむら 「ごめんなさいね、ゆま。今日はここにあるので我慢してくれる?近いうちに必ず、きちんとしたものを食べさせてあげるから」

ゆま 「うん」


素直に頷くと、ゆまはどれを食べようかと目の前の食料郡に目を移した。

あれこれ手にとって選んでいる姿を、何とはなしに眺めながら思う。

明日にでも彼女と接触してみよう。どの道、彼女とは話しをしなければならなかったのだ。

その良いきっかけが、ゆまのお陰で得られる事ができたと考えれば、これも僥倖だ。

ゆま 「えっと、なぁに?ゆまの顔、じっと見て」

ほむら 「なんでもないわ。選び終わった?」

ゆま 「うん、これ!」


ゆまがいてくれたお陰で、佐倉杏子との話し合いもスムーズに進める事ができた。

そして、あの人との話にも・・・

もしかして千歳ゆまは、これからの戦いを占う上で、私たちを良い方向へと導いてくれる天使ともなってくれる存在なのかもしれない。


ほむら 「じゃあ、私も同じ物にしようかな。ちょっと待ってね、お湯を持ってくるから」

ゆま 「えへへー、うんっ」


明日、さっそく彼女と接触してみよう。

そして、告げる。これから起こる事を。真実を。

だけれど、もう同じ過ちは繰り返さない。


巴マミ・・・

必ず私たちの仲間にして見せるわ。

・・・
・・・


翌日
 
見滝原中学校

昼休み。

私は巴マミと接触するべく、三年生の教室へと向かった。

教室の入り口にさしかかると、折りよく巴マミがお弁当を片手に、廊下へと出てくる所に行き当たる。

・・・幸先がいいわ。


マミ 「・・・あら」


だけれどマミは、私の顔を認めるやいなや、表情に険しい陰を刻んでしまう。

それはそうか。

成り行きで食事を共にした事はあるとはいえ、私たちは依然として敵のままなのだ。


マミ 「暁美さん・・・三年の教室に何か用?」

ほむら 「巴さん、どこかへ行くの?」

マミ 「屋上へ。お昼は鹿目さんと食べる約束をしていたから」

ほむら 「そう。私は、あなたに話しがあってきたのよ」

マミ 「・・・用事は話だけかしら?」

ほむら 「ここは学校。事を荒立てるつもりは無い。歩きながらで良いわ。私の話を聞いてくれるかしら」

マミ 「・・・良いわ」


警戒の色を残しながらも、マミは頷くと屋上への道を歩き始めた。

私もその後を追う。


ほむら 「何もしないわ。そんなに警戒しなくても・・・」

マミ 「なんのことかしら」

ほむら 「まるで背中に目があるよう。私の気配を間断なく把握しようとしている。いつ襲い掛かられても良いように・・・」

マミ 「当然の処置だわ。あなたと私は、敵同士なんだから。そうでしょう?」

ほむら 「少なくとも、私にとっては違うわ」

マミ 「・・・」

ほむら 「巴マミ。あなたにお願いがあるの」

マミ 「驚いた。暁美さんが私にお願いとはね。それで?私の持っているグリーフシードでも分けて貰いたいの?」

ほむら 「いいえ」

マミ 「では、見滝原のテリトリーを譲ってくれって事かしら?」

ほむら 「そんなこと、思ったこともない」

マミ 「・・・じゃあ、いったい何なの?」

ほむら 「巴さん。私、今ね。事情があって小さい子供を預かっているの」

マミ 「・・・はい?」


歩を止めたマミが、こちらへクルリと振り向いた。


マミ 「あなたが、子供、を・・・?」


私の話の意図がつかめないと言った顔で、じっとこちら見る巴マミ。

まぁ、無理もないけれど。


ほむら 「ええ。昨日からなんだけれどね」

マミ 「そ、そう、大変ね・・・それで、ええと、それと私とどんな関わりが・・・?」

ほむら 「料理、教えて下さい」


言いながら、ぺこりと頭を下げる。


マミ 「・・・」

ほむら 「・・・」

マミ 「は・・・い??」

ほむら 「私、料理ができません。その子に食べさせてあげるものを作れないんです」

マミ 「???」

ほむら 「だからって、子供にでき合いばかり食べさせるわけにもいかないじゃないですか。そう思いません、巴さん?」

マミ 「それは、そうね・・・成長に良くないものね・・・」

ほむら 「だからと言って、悠長に料理を練習している暇は無いんです。分かりますか、巴さん?」

マミ 「まぁ、今まさに料理が必要なんだしね・・・」

ほむら 「そうなんです。だから、誰かに直に教えてもらえたら、手っ取り早いなと。だとしたら、巴さん。それには、あなた以上の適役はいないわ」

マミ 「え・・・あ、ありがとう・・・んん??」

ほむら 「私の言っている事に賛同してもらえますか、巴さん?」

マミ 「え、ええ?えっと、まぁ・・・うん・・・あれ??」

ほむら 「ありがとうございます。では、今日の放課後にでもさっそく。私、授業が終ったら校門前で待ってますので」

マミ 「えっ!?ちょ、ちょっと、暁美さん!?」

ほむら 「必要な材料から教えて下さい。買い物をして、それから巴さんの部屋へ行きましょう。じゃ、そういうことで」

マミ 「暁美さん!?私、教えるなんて一言も・・・ちょっと、暁美さんったら!」


私はマミの制止を振り切って、足早にその場を立ち去る。

呼び止めて、断る。そんな隙を彼女には、絶対に与えたりなんかしない。

一方的にでもなんでも、約束事を取り交わせば、律儀な彼女はそれを反故にすることなんて、決してしたりはしないだろう。

つまり、この場でマミをまいてしまえば、私の思う壺。勝ち、なのだ。

マミ 「暁美さんたら、ちょっと~~~!」


追いかけようにも、そんな事をしていたらまどかとの約束の時間が過ぎてしまう。

この場で巴マミは、しつこく私を追うことはしないだろう。

そんな、私の読みは当たった。

すでに私たちの間の距離は、かなり開いてしまっている。

姿すら見えなくなった巴マミの、私を呼ぶ声だけがか細く遠くから聞こえてくるのみ。


ほむら 「ふっ、勝った」ふぁさっ


相手の性格や状況から、二手三手先を読み、自分の都合の良いように事を進める。

これこそが、戦術というものだ。

竜馬 「お前、えげつないな」


隠れて様子を見ていた竜馬が出てきて、呆れ顔で呟いたけれど気にしない。

そんなことより、重要な事を私は竜馬に確かめる。


ほむら 「武蔵さんに話は通しておいてくれた?」

竜馬 「ああ、巴マミのお料理教室の場に、あいつも居合わせるように。ちゃんと言い含めておいたぜ」

ほむら 「ありがとう」

竜馬 「・・・本当に大丈夫なんだろうな。もし失敗でもしたら、武蔵の恨みまで買ってしまいかねないんだぞ」

ほむら 「もちろん確約はできない。だけど、きっと大丈夫。この時間軸はいつもと違う。なにより、巴さんには心の支えとなってくれる人が側にいてくれる・・・」


そう、巴マミの最大の敵。

それは魔女でも敵対する魔法少女でもない。

孤独に抗う事のできない、繊細な心だ。

心のより所とするものが無かったからこそ、かつての時間軸でのマミは悲惨な真実に抵抗できず、その心を内側から瓦解させてしまったのだ。

だけれど、今回は・・・


ほむら 「いずれにせよ、魔法少女がたどる運命は一つ。知るのが先か後かの差があるだけ。それに、あなたも以前に言っていたはずよ」

竜馬 「そうだな。真実を知らねば、身の振り方を決める事も出来ない。それは、本人のためにもならない・・・」

ほむら 「とにかく、この件は任せてもらうわ。あなたは今日は、私が帰るまでゆまの相手でもしていて」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


放課後。

律儀なマミは約束を守って、一人校門前でたたずんでいる私の前に現れた。

計算通り・・・!

ため息をつきつき、気乗りのしない表情を隠しもしないところは、この際大目に見ることにしよう。


マミ 「それで買い物からだっけ。いったい、何を作ってあげたいの?」

ほむら 「美味しい食事を」

マミ 「だから、その種類の事を・・・」

ほむら 「え・・・」

マミ 「・・・」

ほむら 「???」

マミ 「・・・その子、どんな食べ物が好きなのかしら?」

ほむら 「さぁ・・・」

マミ 「さぁって、何も聞いてないの?」

ほむら 「はい」

マミ 「・・・あっきれた。普通、人に何かをお願いするなら、そういう下調べはしておくものでしょう!?」

ほむら 「・・・すみません」


美味しい料理。それだけしか頭に無くって、具体的な事なんか思いつきもしなかった。

これではマミが気を悪くするのも当然だ。だから私は、素直に頭を下げた。


マミ 「・・・良いわ。じゃ、オーソドックスに考えましょう。大抵の子供が好きで、あなたにも簡単に作れる美味しいもの・・・」

ほむら 「・・・」


そう言われても私にはカップ麺しか思い浮かばなかったので、黙っている事にする。


マミ 「カレーとか、どうかしらね」

ほむら 「あ、良いですね」


カレーなら、確かに嫌いな人はまずいないだろう。

それに野菜やお肉も入っているので、栄養的にも良さそうだ。

マミ 「それなら材料は家にあるものだけで作れるから、買い物は不要ね。このまま帰りましょ」

ほむら 「あ、でしたら材料費を・・・」


慌ててお金を渡そうとする私をマミは制した。


マミ 「必要ないわ。たくさん作れば、家の夕食にもなるんだから。さぁ、行きましょ」

ほむら 「あ、でも・・・」


やはり材料費すら出さないのは気が引ける。

そう思って再びお金を渡そうとする私に構わず、マミはスタスタと前に立って歩き出してしまう。

こうなっては、やむをえない。

今は私も、マミに従うように後ろに続く以外になす術は無かった。


ほむら 「・・・」


私の目の前にはマミの背中。

その背中を追うように、後ろを歩く私。

・・・何だか、昔を思い出すようだ。

マミ 「えっと、なに?」


私の視線に気がついたマミが振り向いて、怪訝な表情を見せる。


マミ 「じっと私の背中なんか見て、もしかして、何かついてる?」

ほむら 「ううん、別に何も」

マミ 「・・・そう?」


ちょっと首をかしげた後、彼女は前を向き直り、再び歩き始めた。


ほむら (背中・・・)


再び、私の目の前に現れるマミの背中。

あの頃・・・

魔法少女になりたての、右も左も分からなかった私。

そんな私の目の前には、常にマミの背中があった。

いつか、あの背中に並べるだろうか。

努力を重ねれば、超える事ができるのだろうか。

当時の私は、華麗なマミの戦い方を見せ付けられるたび、そう夢想せずにはいられなかった。

そう。彼女のように強くあらねば、まどかを守る事なんて夢のまた夢だと。

そんなふうに、思っていたから。


ほむら (巴マミは・・・私の進むべき道を照らす月明かりであり・・・目標だった)


だけれど。

幾度も繰り返された時間遡行は、私とマミの距離を大きく隔ててしまう。

いつしか、マミの背中は憧れの対象から、私の行く手をはばむ大きな壁へと変わってしまった。


ほむら (戦う目的そのものが根本から違うのだもの。無理もないことだわ)


敵に回せば、これほどやりにくい相手はいない。

何度も厄介な目にも遭わされてきた。

でも・・・

憎めない。嫌いなんてなれない。


マミ 「ついたわよ」

ほむら 「え・・・」


はっとして顔を上げると、そこは見慣れたマンションの入り口だった。

考え事をしながら足を運んでいるうちに、目的の場所についてしまったらしい。


マミ 「ここが私のマンション・・・と言っても、暁美さんは前に一度来たことがあるから知っているわよね」

ほむら 「ええ」


本当は一度どころか、もう何度も来たことがあるのだけれど。

私はマミに促されるまま、マンションの入り口を潜った。


杏子 「・・・」

・・・
・・・


マミの部屋。

そこでは竜馬のお膳立て通り、武蔵が私たちが来るのを待っていた。

今日の私の計画をつつがなく成功させるためには、何としても彼の協力が不可欠だ。

この役目、他の人に代わりはできない。


武蔵 「よう、ほむらちゃん。いらっしゃい」


声をかけてきた武蔵の顔が、若干緊張で引きつっている。

竜馬から今日の私の計画を聞いているはず。だから、無理もない。

武蔵は、巴マミのことを実の妹として大切に思っているのだから。


マミ 「ただいま、お兄さん。これからこの子にお料理をレクチャーするから」

ほむら (ふだん通り”お兄ちゃん”って呼べば良いのに)ぽそっ

マミ 「なにか?」

ほむら 「いいえ、今日はよろしくお願いします」

マミ 「はい。じゃ、さっそくキッチンへ行きましょ」

ほむら 「ええ」


マミの後を追ってキッチンへ向かおうとする私の袖を、武蔵が掴んだ。


武蔵 「・・・ほむらちゃん」

ほむら 「・・・大丈夫。ここには、あなたがいるんだから」

武蔵 「君のことは信用している。だが、やはり俺は心配だよ」

ほむら 「・・・」

武蔵 「俺はもう、大切な人を失いたくない」

ほむら 「向き合わなくてはいけないのよ。誰もが自分の運命と・・・」

武蔵 「そうだよな。それは分かってるんだけど・・・」

ほむら 「武蔵さん、頼りにしているから」

武蔵 「・・・」


マミ 「暁美さん?早くこっちへいらっしゃい」


ほむら 「あ、はい」


キッチンから呼びかけるマミに返事をして、わたしもそちらへと向かう。

目配せすると、武蔵は頷いてリビングへと戻っていった。

・・・よし、気持ちを切り替えよう。まずは料理だ。

マミが教えてくれるのだから、私も気合を入れてしっかりと学ばなければならない。

そして、それが終ったら・・・

今度は私がマミに”教える”番だ。

・・・
・・・


案の定、と言うべきか。

私の指は切り傷だらけとなっていた。


ほむら 「野菜の皮むきが、あんなに難しかったとは・・・」


愕然とした。

爆弾なんかも自作していたし、私はもう少し自分のことを器用な人間だと思っていたのだけれど・・・


マミ 「まぁ・・・初めてなら仕方がないじゃない。これから徐々に慣れていけば良いのよ」

ほむら 「はい・・・」


マミは慰めてくれたけれど、これは重大な課題だ。

カレーを作るのに必要な工程は頭で覚える事ができても、実際の作業は身体で習得するしかないのだから。

野菜か・・・思わぬ伏兵だったわね。

なにせ、ジャガイモの皮をむこうとすると、包丁がイモの上でツルツル滑って、切れていたのは皮ではなく私の肉だったって言う始末。

じわじわと私を傷つけ、身体ばかりか精神にまでダメージを与えてくるとは、この野菜という存在・・・


ほむら 「・・・もしかしたら魔女並みに厄介な敵なのかも知れないわ」

マミ 「なに言ってるの。さぁ、せっかく完成したんだから、さっそく試食してみましょ」


付き合っていられないと言った口調のマミ。

たった今出来上がったばかりのカレーを、彼女がお皿に盛り付けてくれている。


マミ 「さ、リビングに運ぶの手伝って。兄にも食べてもらって、感想聞いてみましょうね」

・・・
・・・


完成したカレーの味は上々だった。

見た目不恰好な、私が切った野菜たちも、口の中に入れてしまえば味は同じ。

マミの手ほどき通りに作ったルーと口の中で混ざり合い、まさに絶妙な味のコントラストを舌の上に彩ってくれる。


ほむら 「・・・美味しい」

武蔵 「うんっ、こりゃ飯が進む。お代り、何杯でもいけちゃいそうだな!」

マミ 「暁美さん、頑張ったものね」

ほむら 「私は巴さんの指示通りに、手を動かしただけです」

マミ 「でも、次からは一人でも作れるでしょ。一応レシピはメモにして、後で渡すから参考にしてね」

ほむら 「何から何まで、ありがとうございます」

マミ 「一度引き受けた以上は、中途半端はしたくないもの」


頭を下げた私に、いかにもマミらしい返事がかえって来た。

武蔵 「しっかし、本当に美味いな、このカレー。なにか、特別な材料でも使ったのかい?」

マミ 「ううん、普通の市販のルーよ。ただね、ほんの少し工夫を加えるだけで、味って見違えちゃうものなの」

武蔵 「へぇ~、なんにしてもたいしたものだ」

杏子 「美味いけど、あたしはもう少し辛い方が好みかな」

ほむら 「それは・・・小さな子に食べさせるのが前提だから、敢えて甘めに教えてもらったのよ」

杏子 「そっか。ま、これはこれでイケるけどさ。あ、お代りもらえる?」

武蔵 「杏子ちゃんさ、もう少しきちんと噛んで食べた方が良いぞ。カレーは逃げたりしないんだから、慌てて食べなくて良いんだぜ」

杏子 「慌ててるつもりは無いんだけど・・・つうか、説教は良いから、早くお代り」

マミ 「はいはい・・・ちょっと待ってね」

ほむら 「・・・」

武蔵 「・・・」

マミ 「・・・佐倉さん?」

杏子 「はえ?」

マミ 「あなた、ものすごく自然にカレーを食べてるけど、どうしてここにいるの?」

杏子 「や、普通にチャイム鳴らして、玄関から入ってきたけど」

武蔵 「俺が上げたんだけど、いけなかったかな?」

マミ 「・・・いけないとか、そうじゃなくって・・・ていうかお兄ちゃん、彼女の事を名前で呼んでたわよね?」

武蔵 「まぁ・・・すでに顔見知りだしなぁ」

マミ 「え・・・」

ほむら 「・・・私からも聞きたいわ、佐倉杏子。あなたがなぜここにいるの?」

マミ 「暁美さんとも、知り合いだったの・・・?」

ほむら 「ええ」

杏子 「ほむらとマミが連れ立って歩いてるの見かけてさ。珍しい取り合わせで面白そうだったから、ついて来てみたんだよ」

ほむら 「・・・」

杏子 「それに、ほむらと打ち合わせておきたいこともあってさ。ま、ついでだよ、ついで」

ほむら 「打ち合わせ・・・?」

杏子 「ああ。互いの連絡手段をどうするか、まだ決めてなかっただろ。魔女を見つけた時どう動くか、とかさ、色々」

マミ 「え・・・それ・・・どういうこと・・・?」

杏子 「共闘する事になったんだよ。あたしとほむらと、魔女の見える流や武蔵たちとさ」

マミ 「・・・」


マミの目が、驚きに丸く見開かれる。

そのまま固まってしまうマミ。いくぶん顔も青ざめて見える。


ほむら (・・・まずい)


順を追ってマミに状況を説明して、仲間にも加わってもらうつもりだったのに。

想定外の杏子の乱入で、段取りが狂ってしまった。

お陰でマミは、心中じぶんがのけ者にされているのではと訝っているに違いない。

それも、私たちだけじゃない。最も頼りとする兄も含めて、だ。

今、彼女の心の中では、最も厄介な敵がグルグルと渦巻くようにマミの心臓を締め付けているはず。

そう、孤独というマミにとって最強最悪の敵が。


杏子 「てことで、あたしも見滝原でしばらく活動する事になったから。一応、ここはマミのテリトリーだからな」

マミ 「・・・」

杏子 「一言いっておかないと、筋が通らないだろ。で、いい機会だから、お邪魔させてもらったって訳さ」

ほむら 「佐倉さん、ちょっと黙って」

杏子 「あん?」

ほむら 「・・・言いたい事が済んだのなら、とっとと退散してくれないかしら」

杏子 「なんだよ、ずいぶんと棘のある言い方をするよな、あんた」


当然だ。

お陰で予定が狂ってしまった。マミにだって、いらない心痛をかける結果となって、頭に来ないはずがない。


ほむら 「どういうつもりなの。あなた、流君から何も聞いていないの?」

杏子 「聞いたぜ。あんたにはあんたの考えがあるってな」

ほむら 「だったら、どうして・・・」

武蔵 「そうだぜ、杏子ちゃん。どういうつもりか知らないが、場をかき回すんだったら、今はここから外してくれよ」

杏子 「あんたは、平気なのか、優しい優しいお兄ちゃんよ」

武蔵 「・・・なにがだよ?」

杏子 「ほむらや流は、あんたの大切な妹の事を、脆い奴だって言ってるんだぜ?」

マミ 「え・・・?」

武蔵 「おいっ!」

ほむら 「佐倉さん!」

杏子 「・・・あたしは、見届けに来ただけさ」

ほむら 「え・・・?」

杏子 「あんた、今日は”例の話”をマミにするために、ここに来たんだろ。だったら、あたしも見届けるって、そう言ってんだよ」

ほむら 「あ・・・」

マミ 「・・・暁美さん、どういうこと?」

ほむら 「えっと・・・」

マミ 「あなた、今日は私に料理を教わりたくて、ここに来たんじゃないの?預かっている子に食べさせたいって」

杏子 「千歳ゆまだろ。そいつも魔法少女だから」

マミ 「・・・っ!?」

杏子 「一応、”お仲間”って事になってるよ、そのガキもさ」

マミ 「暁美さん、私に嘘を言って、この部屋に上がりこんだというの?」

ほむら 「ち、違うっ・・・ゆまにきちんとした料理を食べさせたいというのは、本当の事よ」

・・・

もうすでに、話の順逆を選んでいる段階では無いだろう。

なぜって、マミは私に疑念に満ちた目を向けているのだから。

もともとこの時間軸でも、私とマミの関係は良好ではなかった。そこに新たないざこざの材料が投下されては、もう悠長な話し合いなど無理だし無意味。

・・・できれば、この料理を通した時間をもって、彼女との関係の修復に当てられれば、後の話し合いも穏当に進められると期待していたのだけど。


ほむら 「・・・分かったわ、巴さん」


杏子に良いように、事の運びを仕向けられたような気がする。

なぜ彼女がそんなことを企んだのか、理由は分からないけれど・・・

もう、ごまかしは効かない。


ほむら 「全て話すから、まずは私の話を聞いてくれるかしら」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


見滝原某所

一人の少女が今、苦難と試練の道へと踏む込もうとしていた。


キュウべぇ 「悩みや、望んでいる事があるなら、この僕が力になれるよ」

少女 「本当?!じゃあ、私の夢!アイドルになりたいって言う夢が叶うのかな!」

キュウべぇ 「そんなこと、造作も無いことだよ」

少女 「だけれど・・・そのためには魔女っていうのと、戦わなくっちゃいけないんでしょ。私、そんなの不安だよ。怖いよ」

キュウべぇ 「何かを得ようとすれば、リスクを負うのは当然のことじゃないかな」

少女 「それはそうかもだけど・・・やっぱり、怖い。死んじゃったら、夢も希望もなくなっちゃうもん」

キュウべぇ 「もちろん、僕としても無理強いはできない。君の気が進まないなら、この話はここまでだけれど・・・」

少女 「う~~~」


? 「決心がつかないようね」


少女 「・・・だれ?」

キュウべぇ 「来たのかい、織莉子」


キュウべぇが目を向けた先に、一人の魔法少女がいた。

魔法少女・・・美国織莉子は、キュウべぇの事など見えていないかのように無視し、怪訝な顔の少女の前で立ち止まる。


織莉子 「・・・はじめまして。私は美国織莉子。キュウべぇと契約した、魔法少女よ」

少女 「え・・・あなたも・・・」

キュウべぇ 「そう、君が僕と契約をしてくれれば、織莉子は君の先輩になるわけだね」

少女 「センパイ・・・」

織莉子 「ええ」


織莉子は少女の手を、そっと包み込むように握った。

キュウべぇの提案と、突如として訪れた非日常への誘いに緊張気味だった少女だったが、織莉子の暖かい体温に包まれる事で、不思議と体のこわばりも解かれてゆく。


少女 「わわっ」

織莉子 「あのね」


織莉子は言う。

少女の手を包んだと同じような、温もりに満ちた優しい表情で。


織莉子 「あなたが不安なのだったら、私がずっと一緒にいてあげるわ」

少女 「え・・・?」

織莉子 「魔女との戦いも、私がサポートしてあげる。あなたは一人じゃない。だから、何も怖がる必要は無いの」

少女 「でも、だって、どうして・・・??」

織莉子 「なにか、納得いかない?」

少女 「見ず知らずの私に、どうしてそんな風に、優しくしてくれるんですか?」

織莉子 「ああ、そんなこと」


織莉子が柔らかく、くすりと笑う。


織莉子 「魔女は強大な敵よ。私だって、一人で戦うのは怖いものよ」

少女 「・・・」

織莉子 「仲間がね、一緒に戦うお友達が欲しかったの」

少女 「お友達、ですか」

織莉子 「そうよ。あなたも私のお友達になってくれないかしら。そうすれば、私だけじゃない。他のお友達にも紹介してあげられるわ」

少女 「えっ、魔法少女って、そんなにたくさんいるんですか!」

織莉子 「ええ、そうよ。そして、みんなで力を合わせて、魔女と戦っていくの。ね、そうすれば、何も危ない事なんて無いでしょう?」

少女 「たっ・・・確かにっ・・・」

織莉子 「私、あなたとお友達になりたいわ」

少女 「えっと・・・う~~~///」


キュウべぇ 「・・・」

・・・
・・・


少女 「それじゃ織莉子さん、これからよろしくお願いしまーす!」

織莉子 「ええ。魔女が現れたら、すぐに連絡するわね」

少女 「はーい!」


先ほどまでの迷いやためらいはどこへやら。

織莉子の優しさにすっかりほだされた少女は、キュウべぇとの契約を済ませると、足取りも軽く家へと帰っていった。

夢が叶うことへの喜び。

人知を超えた力を手に入れた高ぶり。

それらが、彼女が夢と引き換えに大切な物を手放してしまったという事実を覆い隠してしまっていた。

今の少女には何も見えていない。

だが、心の高ぶりが晴れて目の前の霧が払われた時。

すべての事は手遅れなのだと、少女は思い知らされる、そんな日は確実にやってくるのだ。


織莉子 「・・・」

キュウべぇ 「表情が暗いね。どうかしたのかい」

織莉子 「・・・いいえ、別に」


自分の胸を締め付ける、この痛み。

これは間違いなく罪悪感というものなのだろう。

その事が、織莉子には理解できる。

人ひとりの人生を終らせてしまった。その罪が、軽いはずが無いのだ。

だけれど・・・


織莉子 「どうもしない。私は、手段は選ばないと、そう決めたのだから」

キュウべぇ 「・・・」


いずれ自分は裁きを受ける事になるだろう。

だけれど、その前に成すべき事は成し遂げなければならない。

でなければ・・・


? 「終ったのかい」

織莉子 「・・・キリカ。今までどこにいたの?」

キリカ 「ん、そこら辺を散歩?っていうか、四歩五歩と。適当にうろついていたよ」

織莉子 「一緒にいればよかったのに。新しい仲間、あなたにも紹介ができたのに」

キリカ 「必要ないよ。会う理由が無い」

織莉子 「キリカ」

キリカ 「織莉子が言うことには従うよ。だけれど、私には友達なんて必要ない。私には、織莉子がいればそれだけで良いんだ」

織莉子 「・・・キリカったら、仕方がないんだから」

キリカ 「それにだよ」

織莉子 「?」

キリカ 「私にはこの世に、決してこの瞳に映したくない物があるんだ」

キュウべぇ 「それはなんだい?僕も興味があるな」

キリカ 「・・・織莉子の、今していたような表情さ」

織莉子 「・・・」

キリカ 「しろまるが言っていた計画は、本当に織莉子を悲しませてまで実行する価値があるものなんだろうね?」

キュウべぇ 「それは織莉子が自分で決める事さ」

キリカ 「では、もし織莉子を無駄に悲しませる結果となった時は、しろまる・・・」

キュウべぇ 「・・・」

キリカ 「お前を切って千切ってこねって潰すぞ」

キュウべぇ 「おぼえておくよ」

織莉子 「キリカ、ありがとう。でも、心配は無用だわ。だって、私は」


この街を、父が愛した見滝原を。

守るためなら、茨の道をも厭わないと、そう決めたのだから。


織莉子 「さ、行きましょう。残された時間は少ない。もっともっと、私たちは”仲間”を得なければいけないのだから」

キリカ 「・・・了解」

キュウべぇ 「そう、野に放たれた魔法少女たちは、まだまだいる。糾合するんだ、君が守りたい物を守るために」

・・・
・・・


マミ 「・・・」


彼女の顔面は、蒼白だった。

私は私の知る真実を全て、包み隠さずにマミに告げた。

まずは、あなたの兄である巴武蔵には、こちらの事情は全て話してあるという事。

それから、魔法少女の行く末。

キュウべぇの目論見。

私が時間軸をループしているという事。

その理由が、まどかを魔女とさせないためだということ。

そして、流竜馬と巴武蔵が別の世界からやってきた、異邦人であるという事も。


マミ 「お兄ちゃん・・・」


私が真実を一つ言うたびに、マミは兄の表情を伺うように、武蔵に視線を向けた。

その視線に、武蔵は無言で頷いて答える。肯定して見せたのだ。


マミ 「・・・」

ほむら 「信じてもらえるかしら。信じられたならあなたには、私とともに戦う仲間となって欲しい」

マミ 「まって、そんないきなり、突拍子が無さ過ぎて・・・」

ほむら 「でも事実よ。私はあなたに嘘は言わない」

マミ 「だって、そんな・・・キュウべぇが私を騙していたなんて。それに・・・私が魔女に・・・さ、佐倉さん」

杏子 「ん?」

マミ 「佐倉さんは、この話、信じたの?受け入れられたの?」

杏子 「まぁ・・・魔女になるって下りはまだピンと来てはいないんだけど、ロボットに関しちゃ実物を見ちゃってるしな」

マミ 「・・・」

杏子 「それに、こいつらがあたしに嘘を言う理由が無いんだよね。あたしにとっちゃ、表情も読み取れないキュウべぇなんかより、よほど真実を言ってるように聞こえてさ」

ほむら 「佐倉さん・・・」

杏子 「だ、だからって、完全に信頼してるわけじゃない。勘違いするなよっ」

マミ 「・・・お兄ちゃんは」

武蔵 「うん・・・俺が別の世界から来たってのも、ゲッターロボに乗って戦っているというのも事実だ。それに、ほむらちゃんが言うことも信用している」


武蔵は言った。

俺は確かに、ほむらちゃんが言う”魔法少女が魔女になる”瞬間を見たわけじゃない。

だけど、ほむらちゃんはまどかちゃんを救うという一念だけで、身も心も削ってまで何度も時間軸をループしてきた。

そこまでするには、それに見合った理由が無いとありえない・・・と。


武蔵 「ほむらちゃんの事は仲間だから掛け値なしに信用しているけれど、理詰めで考えても彼女の言うことは真実としか思えないんだよ」

マミ 「でも、だって!暁美さんの言うことが本当なら、お兄ちゃんは私の本当のお兄ちゃんじゃないって事になるじゃない!」

ほむら 「それは違うわ。この時間軸の人間であるあなたにとって、巴武蔵はあなたの本当の兄である事に違いはないのよ」

マミ 「違う!私にとってなんて、そんなのどうでも良い!お兄ちゃんにとっての私が、本当の妹かどうかが問題なのよ!」

武蔵 「マミちゃん・・・」


マミは席を立つと、武蔵のそばへと駆け寄った。

すがる様に懇願するように、武蔵の手を取ってにじり寄る。


マミ 「お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんよね・・・?」

武蔵 「・・・ほむらちゃんの言うことは、全て事実だ」

マミ 「・・・っ」


だが、マミに告げられたのは、厳然とした真実だった。

武蔵からすれば、大切に思っているマミに嘘などつけない。そんな真心からの言葉だったはず。

だけど・・・受け取った当のマミは・・・


マミ 「嘘・・・嘘だ・・・」

武蔵 「だけど、それでも今は、本当の妹のように思っt
マミ 「嘘だあああああああああっ」

ほむら・杏子 「・・・!?」

突然立ち上がり、まるで人が変わってしまったかのように絶叫するマミ。

次々と突きつけられる真実を押し流そうとでも言うように、声の限りに咆哮している。

そんな風に、私には感じられた。


マミ 「嘘だ、嘘よ嘘・・・嘘だ嘘だ嘘だ」

杏子 「ちょっ、マミ、落ち着けって!」

マミ 「触るなぁっ!」


落ち着かせようと差し出された杏子の手を、マミが乱暴に払い除ける。


マミ 「だってお兄ちゃん、七五三の時、一緒にお祝いしたじゃない。小学校に入った時も、笑って、これでマミも小学生だねって」

武蔵 「マミちゃん、どうしたんだ!?しっかりしろ!」

マミ 「パパやママが死んじゃった時だって、一晩中私に寄り添ってくれて、俺がいるから寂しくないって言ってくれて・・・」

武蔵 「マミちゃんっ!」

ほむら 「巴・・・マミ・・・」


・・・私、また、失敗した?

マミ 「嘘嘘嘘嘘嘘嘘だぁ・・・っ」

武蔵 「マミちゃん!」

杏子 「おい、マミ!」


武蔵がいるから、平気だと思っていた。

心のより所のあるマミだったら、きっと辛い真実とも向き合ってくれるだろうと。

だけど今、目の前に突きつけられた現実は・・・


杏子 「・・・!?おい、マミ!ちょっとソウルジェムよこせ!・・・くっ、濁ってやがる」

マミ 「いやだ、いやだぁっ・・・」

杏子 「とりあえず、浄化させないと・・・うっ!?なんてこったよ、浄化した先から濁ってきやがる・・・」

武蔵 「・・・マミ・・・ちゃん」

ほむら 「・・・」


・・・また、間違ってしまった。

誰よりも信頼していた武蔵が、過酷な現実を肯定する事によって・・・

より重く、より痛く。

マミの心を押し潰す結果になってしまうとは・・・


マミ 「ああああああああ・・・っ」

杏子 「マミ、お前・・・嘘だろ。お前、こんな、こんな弱かったのかよ。こんなに脆かったってのかよ・・・」


うずくまり号泣を始めたマミと、何とかそれを落ち着かせようと必死な武蔵。

そんな二人を愕然とした表情で眺めながら呟いた杏子の一言が、私の耳にかすかに届く。

テーブルの上の、もはや誰も手を付ける者がいなくなったカレーからは、未だに暖かそうな湯気が、むなしくも立ち上り続けていた。

・・・
・・・


泣き疲れたマミをやっとベットに寝かしつけ、私は杏子をともなって彼女の部屋を後にした。

武蔵にはマミから目を離さないように頼み、再びソウルジェムが濁った時の対処用に幾分かのグリーフシードも託してきた。


ほむら 「・・・」


私の考えは完全に裏目に出た。

マミの脆さは身に染みてわかっていたと思っていたけれど、それは私の予想を遥かに上回っていた。


ほむら 「・・・違う」


そうじゃない。ごまかしたって、仕方がない。

上回っていたんじゃなく・・・

マミの脆い部分を、私は履き違えていたのだ。

彼女の心の支えと頼んだ武蔵こそが、最大の弱点だったなんて。

思いもしなかった・・・

ほむら 「私、巴マミのことを何も分かっていなかった」


心の内だけで悔やんでいる事に堪えられなくなって、私は隣を歩く杏子に言うともなしに話しかけた。


杏子 「あたしもさ。悪かったな、ほむら」


返って来たのは、意外な言葉。


ほむら 「・・・佐倉さん?」

杏子 「気に食わなかったんだ。お前や流がマミのことをまるで弱っちいみたく言うのがさ」

ほむら 「それは・・・」

杏子 「お前が他の時間軸とやらで何を見てきたのかは関係ない。あたしの知ってるマミはそんな柔な奴じゃない。もっと強い奴なんだって、そう思ってたから・・・」

ほむら 「・・・」

杏子 「袂を別ったとは言え、マミはあたしに戦いのイロハを叩き込んでくれたベテランだ。あいつの強さに対する信頼ってのは、今だって変わっちゃいない・・・」

ほむら 「佐倉さん、もしかして今日、巴さんの部屋に来たのって・・・」

杏子 「ああ、下手な誤魔化しなんかさせない。お前にあたしの知っているマミを見せてやる。そう思って、お前らの話に割り込ませてもらったんだ」

ほむら 「そう、だったのね・・・」


そうか、そうだったんだ。

杏子の行動には、マミを想う彼女なりの心情が働いていたと。

そういう事だったんだ。

杏子 「結局、お前らのほうが正しかったって証明しちまっただけだったけどな。ごめん、あたしが掻き乱したばっかりに・・・」

ほむら 「それは違うわ」

杏子 「なんだよ、こんな時に変なフォロー入れたりすんじゃねーよ。よけいに惨めなだけだろ」

ほむら 「そうじゃない、そうじゃないのよ」


この時間軸においての、マミの精神の均衡を保っているのは、”巴武蔵”という男の存在だった。

私がキーパーソンと捉えていた男の存在は、その程度では済まされない、まさに”巴マミの心”そのものだったのだ。

その事を私が見抜けていなかった以上、どのように話を進めていたとしても、行き着く結果は同じだったろう。

杏子の行動がもたらした結果なんて、はっきり言って誤差の範囲だ。

それよりも・・・


ほむら 「あなたが巴さんのことを、そこまで大切に想っていたなんて・・・」

杏子 「んなっ!?」

ほむら 「知らなかったし、気がつかなかった・・・」

杏子 「ち、違う!そういう意味で言ったんじゃねー!あ、あたしはただ・・・」

ほむら 「言い訳しないで。”よけいに惨めなだけ”よ」

杏子 「む、むぐぅ」


そう、杏子のこの気持ちにも、気がついてあげることができていなかった。

私は・・・

何度も時間軸をループして、マミや杏子たちと出会いと別れを繰り返し・・・

普通の人より何倍も彼女達と接する時間を持っていたのにも関わらず・・・


ほむら 「私は・・・私はいったい、何を見ていたんだろう・・・」


今度の呟きに、答えてくれる人はいなかった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


その後。

私の部屋で竜馬やゆまと合流し、今日あったこと、そしてこれからの事を簡単に話し合った。

まずはいくつかの取り決め。

来るべきワルプルギス戦でゲッターロボの力を遺憾なく使えるよう、グリーフシードを節約する事。

そのためにも魔法少女は、極力魔法力を抑えた戦いをするよう心がける事。

具体的には、雑魚の使い魔は竜馬が片付け、対魔女戦にのみ魔法少女は力を振るう。

そして、少しでも多くのグリーフシードを確保するため、魔女の結界を見つけたら連絡を取り合い、即時殲滅する事。

などなど・・・

そして、もう一つ。


ほむら 「武蔵さんには、巴マミが落ち着くまで、戦いからは遠ざかっていてもらおうと思う。今、巴さんから目を離すことはできないから」

竜馬 「そうだな」

ほむら 「戦力を削られるのは痛いし、流君には負担をかけてしまうと思うけれど・・・」

竜馬 「どの道、そんな事があった後じゃ、妹の事が気になって武蔵は使い物にならないだろう。あいつは、情が深すぎるところがあるからな」

ほむら 「ごめんね・・・」

竜馬 「らしくねぇな。佐倉、お前もいま話し合ったことで、異論は無いな?」

杏子 「ああ。それじゃ、あたしはもう帰るぜ。邪魔したな」

ゆま 「きょーこ、もう帰っちゃうの?」

杏子 「お前も、良い子にしていろよ」

ゆま 「・・・うん」


力なくゆまの頭をポンポンと叩くと、杏子は静かに私の部屋から出て行った。


竜馬 「・・・かなり堪えてるようだな。お前も佐倉も」

ほむら 「・・・」

ゆま 「お腹が空いてるの?ご飯食べる?」

ほむら 「私は巴さんの家で食べてきたから・・・ごめんね、あなたのご飯、いま用意するからね」

ゆま 「あ、ううん」


私が立ち上がろうとするのを抑えて、ふるふると頭を振るゆま。

ふ、と気がつく。

ほのかに部屋の中に漂う、この香りは・・・


ほむら 「料理、したの?」

ゆま 「お兄ちゃんが作ってくれたよ」

ほむら 「流君が?」

竜馬 「ああ、簡単なもんで悪かったけれどな。まぁ、食えれば良いってだけの男の料理ってやつさ」

ゆま 「そんなことないよ。美味しかったもん」

竜馬 「そう思ってもらえるなら、何よりだ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「まだ、少し残ってるからな。お前も後で腹が減ったら、食うと良いぜ」

ほむら 「あなたは・・・」

竜馬 「ん?」

ほむら 「私にできないことを、何でもこなしてしまえるのね」

竜馬 「・・・」

ほむら 「それに引き換え、私は・・・ずっと一緒にいた人たちの事を何も理解していない。簡単な料理一つ、作る事ができない・・・」

ゆま 「お姉ちゃん・・・?」

ほむら 「何もできない・・・なのにあなたは・・・私に無いもの、全部を持っている・・・惨めだわ、私は・・・」

竜馬 「暁美・・・」

ほむら 「私には、何も無い・・・」


弱音が・・・

どうしてだろう。

今まで溜め込んでいた弱い心が、まるで濁流のように。


ほむら 「私には、何も無い・・・」


私の心の堰を切って、次から次へと言葉となってあふれ出すのを止められない。

ゆま 「そんなことないよ!」


不意にゆまが大きな声で私の弱音をさえぎった。


ゆな 「そんなことない!そんな風に言っちゃダメだよ!」

ほむら 「ゆま・・・?」


かぶりを振りながら急に大きな声を出すゆまに、私は面食らってしまう。

この子には、大声で何かを主張するというイメージが、今の今までなかったから。


竜馬 「なにが、そんなことないんだ?」

ゆま 「だって、ほむらお姉ちゃん、ゆまと一緒に住もうって言ってくれたよ!」

ほむら 「だって、それは・・・」


あくまで、ゆまの治癒魔法に期待したからで、役に立ってくれるはずと、放置するのがもったいないと思っただけのことで・・・


ゆま 「それに、ゆまと一緒にご飯食べてくれたよ。ゆまの食べたいもの、選ばせてくれた!」

ほむら 「・・・そんなの、一緒の部屋にいたなら当然の」


言いかけて、気がついた。

この子は、そんな些細な事でも特別なんだと思える人生を歩んできただろう事に。


ほむら 「ゆま・・・」

ゆま 「何も無いなんて無いよ!ほむらお姉ちゃんには、”優しい”があるよ!」

ほむら 「や、やめてよ・・・」

竜馬 「子供ってのには、ごまかしが利かないって言うぜ。物を見る目は下手な大人より、ずっとシビアだ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「そんな子供が感じ取れる物がお前にはある。何も無いなんて言うなよ、ゆまに失礼だろうが」

ほむら 「やめてったら!」


利己的に動いてきた自分を肯定されることは、余計に惨めだった。

私は声を荒げて、竜馬の言葉をさえぎる。何も聞きたくなかった。


ゆま 「・・・お、お姉ちゃん」


私の剣幕に驚いたのだろう、ゆまも眼を丸くして、これ以上は何も言おうとしなくなった。

竜馬は・・・竜馬はいま、私をどういう目で見ているのだろうか。

惨めで、怖くて・・・

私は彼の顔を正視することができなかった。

・・・
・・・


佐倉杏子は、夜の見滝原をあてど無くさまよっていた。

むしゃくしゃとする胸のうちをぶつけるように、乱暴にアスファルトを踏み叩きながら闊歩する。


杏子 「くそっ、マミの野郎」


知らず知らず、感情が言葉となってこぼれ落ちる。

だが、その怒りの矛先は言葉とは裏腹に、自分へと向けられている事に杏子は気がついていた。

マミのことなら、なんだって分かっていると思っていた。

ほむらの言うような、事実に心を押し潰されてしまうような、弱いマミなはずがない。

そんな確信めいた想いが、まったくの幻想であった事を思い知らされてしまったのだ。

自分の認識の甘さに、腹が立つのを抑えられずとも無理はなかった。

杏子 (しばらく離れていた間に、あいつの事を良いように思い込んでいたのかもな・・・)


・・・これが思い出補正って奴か、と。

自己分析をしてみて、そんな甘い結論に導かれてしまう事にも腹が立つ。


杏子 (腹が立つ腹が立つ・・・)


いくら腹を立てても、自分を殴るわけにもいかない。


杏子 「このままじゃ、いつまでたったって眠れそうにもねぇ。そうだな・・・魔女でも狩るか」


魔女がいなければ、今日ばかりは使い魔でも良い。

とにかく、今は怒りのぶつけ先が欲しかった。つい先ほど、グリーフシードを節約すると取り決めた事さえ、今の杏子にはどうでも良い事だった。


ソウルジェムを取り出し、周囲の気配を探る。

反応は、あっけないほどすぐ現れた。


杏子 「ついてるな。結界は・・・こっちか。期待して待ってろ、化け物。今日はいつもの十割り増しで、槍の味を堪能させてやるぜ」

・・・
・・・


襲い来る使い魔を、無双の勢いで血祭りにあげ続ける杏子。

結界内には、使い魔どもの断末魔が間断なく響き続けていた。

やがて・・・

無限とも思える使い魔の襲撃も、徐々に勢いが失われてゆき・・・


杏子 「けっ、敵さん、弾切れかよ!」


最後の一匹を槍で貫いた杏子が、吐き捨てるように言った。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、静まり返った結界内。

彼女の足元には、数え切れないほどの使い魔の死骸が山となしている。


杏子 「物足りねぇが、仕方がない。そんじゃ、親玉に挨拶に行きますか」


槍をふるって穂先についた血のりを飛ばすと、杏子は結界の奥へと向かって歩を進めようとした。

が、ピタリと足を止める。

背後から、自分を見つめる気配が一つ・・・


杏子 「・・・だれだ?」


言いながら振り返ると、いつからいたのか・・・

一人の魔法少女の姿が、そこにはあった。

純白のドレスとも見紛う、優美な衣装に身を包みし魔法少女。

杏子には見知らぬ顔だった。


杏子 「・・・ふうん、やっぱり見滝原でも行われてるらしいな」

? 「なにがかしら・・・?」


独り言のように呟いた杏子の一言に、落ち着き払って返答する魔法少女。


杏子 「魔法少女のバーゲンセールさ。だけれど、あんたはあたしが今まで見てきた連中とは、少し違うようだな」

? 「そうね。そしてあなたも、私が求めていたバーゲン品とは違うようだわ・・・」

杏子 「ふーん・・・で・・・」


槍の穂先を白い魔法少女の胸元に突きつける。


杏子 「あんたは、あたしの敵か?」

? 「どうかしら・・・」

杏子 「見たとこ、昨日今日魔法少女をはじめたルーキーって訳じゃないんだろ?だったら、あたしらのルールはわかってるはずだ」

? 「・・・」

杏子 「互いのテリトリーは侵すべからず。それが破られる時は、殺りあう時だってさ」

? 「・・・小さい」


白い魔法少女が呟く。

何の感情もこもっていない声と表情で、ただ吐き捨てるように。


杏子 「ああ?!」

? 「矮小だといったのよ。あなたの事じゃないわ。しがらみに縛られている、全ての魔法少女に対しての、率直な感想を言ったまでのこと」

杏子 「・・・何様だ、おまえ」

? 「私に、そんなルールは関係ない。私は、もっと大きな事のために戦っているの」

杏子 「・・・」

? 「何様だって聞いたわね。私は美国織莉子。キュウべぇと契約し、だけれどキュウべぇに縛られる事を拒んだ魔法少女・・・」

杏子 「キュウべぇを拒むって、あんたまさか・・・魔法少女がたどる運命の事を知っているのか・・・?」

織莉子 「・・・あなたも知ってるのね。私たちがいずれ、魔女となる運命を負わされている事に」

杏子 「・・・」

織莉子 「だったら、ルールだなんだという前に、終局の淵に落ち込む前にやるべき事をやるべきなんじゃないのかしら。私も、あなたも」

杏子 「・・・」

織莉子 「あなた、お名前は?」

杏子 「佐倉杏子・・・」

織莉子 「佐倉さん、ゲッターロボって知っているかしら?」

杏子 「!?」

織莉子 「その顔、ご存知のようね」

杏子 「お前の口からなんで、ゲッターロボの名前が出て来るんだよ!?」

織莉子 「ふふ・・・」


初めて織莉子が表情を崩した。

その笑いは杏子の狼狽がおかしかったのか、それとも別の所に理由があったのか・・・

杏子には判別する術がなかった。


杏子 「何がおかしいんだ」

織莉子 「ここの魔女、あなたにあげるわ」

杏子 「なにっ!?」

織莉子 「私、これでも色々忙しいの。私自身が魔女になる前に、そして、ワルプルギスの夜が来襲する前に、やらなければならない事が山盛りなのよ」

杏子 「ワルプルギスが来る事まで・・・あんた、いったい何者だよ」

織莉子 「私が会いたかった人ではなかったけれど、佐倉さん。今日はあなたと会えて、とても嬉しかったわ」

杏子 「おい、私の質問に答えr
織莉子 「慌てなくても、また会うことになるでしょう。あなたがゲッターロボと関わっているのなら・・・」


杏子の言葉をさえぎってそれだけ言うと、織莉子はきびすを返して結界の出口の方へと歩き出してしまった。

次回へ続く!

再開します。

杏子 「おい、待て!」


奴には聞きたいことがある。ここで逃げられてたまるか。

杏子も慌てて、織莉子を逃さじと後を追おうとする。

だけれど・・・


杏子 「・・・!?」


おかしい。

織莉子は別段いそいでいる風でもないのに、どうしてだろう。

追いつく事ができない。

必死に走って追いかけるが、歩いている織莉子との距離が一向に縮まる気配が無いのだ。

刹那。

杏子は再び何者かの気配を感じて、慌てて振り返った。

今度は織莉子の時とは違う。明確な敵意をはらんだ気配。

その突然現れた大きすぎる殺意に、杏子の全身は一時に総毛だった。


杏子 「っ!?」

? 「おいつけないよ、私がいる限りね」


そこにいたのは、先ほどの織莉子とは対を成すように漆黒の服に身を包んだ、一人の魔法少女。


杏子 「いつの間に、いつからそこにっ・・・!?」

? 「君は織莉子に追いつけない。よしんば追いつけたとして、どうするつもりなんだい?」

杏子 「・・・」

? 「織莉子に害をなすようだったら、もう絶対に許されない。死ぬしかないよ、君は」

織莉子 「キリカ」


先を歩いていた織莉子が振り返りつつ、漆黒の魔法少女を呼ぶ。


織莉子 「今はまだ、戦う時じゃないわ。決戦の時の為に魔法力は温存しておくようにと、あれほど言ったじゃない」

キリカ 「でもだって、こいつは」

織莉子 「キリカ」

キリカ 「わ、わかったから、怒らないでよ。織莉子に嫌われたら、私はしぼんで朽ちて消え去るしかないんだから」


杏子に接していた時とは別人のように、怒られた子犬みたくうなだれて、織莉子の後を追おうとするキリカ。

まるで、すぐ傍らの杏子の事など、すでに眼中にも無いとでも言うように。


杏子 「お、おい待て、お前らっ!!」


このまま無視されたままで終ってたまるものか。

杏子は、去り際のキリカの肩に手を伸ばした。

だが、しかし。

確かに目測では確実にキリカを捕まえたはずだった。

なのに・・・


杏子 「え・・・っ!?」


いったい何が起こったのか、その手がむなしく、空を切る。

杏子はまったく、見当外れの所に手を伸ばしていたのだ。


杏子 「ど、どうなってやがる・・・!?」


いまやキリカは、杏子の遥か先を歩いていた。


キリカ 「だからー、捕まえられないって。それじゃね、また逢う日まで」


いったん足を止めたキリカは、それだけ言い捨てると、再び駆け出した。


杏子 「な・・・な・・・」


もはや、どうあがいても追いつけない

やがて二人の魔法少女が視界から消え、辺りが静寂へと戻るまで。

杏子はただ、呆然として見送るほかになす術が無かった。

・・・
・・・


数時間後。

すでに深更。

夜の帳が街を覆い、草木すら眠っているだろうこの時間にあって、私の部屋の明かりは未だ灯されたまま。

そこには、とても眠る気にはなれない私と、そして・・・

何をするでも語りかけてくるでもない。

ただ、だまって私の側にいてくれる、竜馬の姿もあった。

だけれど私は、そんな彼の顔を、今はまともに見ることもできない。


ほむら (取り乱しすぎた・・・)


私の醜態を目の当たりにし、そんな私を彼が今、どんな目で見ているのか。

知ってしまうのが、とても、とても怖かったから。

ゆま 「すー・・・すー・・・」


奥の部屋からは、穏やかなゆまの寝息がかすかに聞こえてくる。

私を心配して、さっきまで無理して側にいてくれたゆま。

おしよせる睡魔に効しえず、とうとう音落ちしてしまったのだ。


ほむら (あんな子供にまで心配かけて、気まで使わせて・・・)


ああ、自己嫌悪。

思えばかつての私も、自己嫌悪の塊だった。

自分になんの価値も見出せず、考える事といったら後悔する事ばかり。

そんな、まどかと出会う前の、何の力も持っていなかった頃の私。


ほむら (それは・・・基本的に今だって変わっていない)


ただ、魔法少女となって、まどかを守ると決めた時から。

過去を振り返っている暇なんか、無くなってしまったというだけ。

不器用な私が不器用なりに目的を果たすためには、後ろなんて振り向いている時間などなかったのだ。

・・・だけれど。

ほむら (じゃあ、今は何で後悔なんて?)


マミとの接し方を間違ってしまった事。

杏子の本心に気づいてあげられなかった事。

それはつまり、今までの時間軸で私は、かつての仲間達とまともに向き合っていなかった事実の証明。

その事に対する後悔。

そして、たった今の竜馬に見せてしまった自分の弱さの事。

以前の私だったら、こんなことでここまで悔悟の念に責められることも、気を落とす事もなかったに違いない。

そう、誰にも頼らないと思いつめていた頃の私だったら。


竜馬 「・・・」


竜馬が席から立ち上がる気配がした。

そのまま、この部屋から出て行ってしまう。


ほむら (帰るのかしら。当然よね。もう時間も遅いし、なによりこんな私と一緒にいても、気が滅入るだけだもの)

だけれど、玄関のドアを開ける音が、いつまでたっても聞こえてこない。

代わりに聞こえてくるのは、キッチンで湯を沸かす音。


ほむら 「・・・?」


しばらくして竜馬が部屋に戻ってきた。

その手に二つのティーカップを持って。


ほむら 「流君・・・?」

竜馬 「勝手に使わせてもらったが、紅茶を入れてきてやったぜ。少し喉を潤せ。落ち着くから」


言いながら彼は、私の前に無造作にカップを置く。


ほむら 「あ、ありがとう・・・」


礼を言いながら顔を上げると、私を覗き込むように見つめる竜馬と目があってしまった。


ほむら 「・・・あ」

竜馬 「おう、目はまだ死んでいないな」


にっと笑いながら、彼は再び私の向かい側へと腰を下ろす。

竜馬はいつもと変わらない顔で、私を見ていた。

・・・
・・・


次回予告


見滝原と風見野において、乱造される魔法少女たち。

彼女らを糾合し、ほむらたちの前へと姿を現す美国織莉子。

いったい彼女の思惑は?そして、織莉子が見せるゲッターへの執着の真意はどこにあるのか。

ふたつの魔法少女の勢力がぶつかる時、裏で糸を引くキュウべぇの瞳が妖しい赤を湛えて光る!


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第六話にテレビスイッチオン!

以上で第5話終了です。

第6話も引続き、このスレで再開する予定ですので、またお付き合い頂けたら嬉しく思います。

それではお読みいただいた方、ありがとうございました。

再開します。

ほむら「ゲッターロボ!」 第六話

ふ・・・と、目を覚ましたマミは、自分がソファーに寝かされていたのに気がつく。

かたわらに目をやれば、付きっ切りで自分を看ていたらしい武蔵が、うつらうつらと舟を漕いでいた。

・・・あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

ほむらや武蔵たちから、過酷な現実を突きつけられた、あの時から・・・


マミ (・・・夢、だったんじゃないのかしら)


そうであれば、どれ程に気が楽な事だろう。

だけれど、テーブルに残されたままになっている物を目にしては、そんなささやかな願いも無残に砕かれてしまう。


マミ (暁美さんと作ったカレー・・・)


武蔵を起こさないように、そっと身体を起こす。

ふわり、彼女にかけられていた物が、音も無く床に滑り落ちた。


マミ 「・・・?」


拾い上げると、それは薄い毛布。

マミを気遣った武蔵が、かけてくれたのだろう。


マミ (・・・お兄ちゃん)


兄であるのに兄ではない。

武蔵に告げられた言葉を思い出すと、胸が張り裂けそうになる。叫びそうになってしまう。

そんな欲求を懸命にこらえながら、武蔵の肩に毛布をそっとかける。

そうしてから、足音を殺しながらシンクへと向かうマミ。

喉が渇いた。無性に水が呑みたかった。

・・・
・・・


マミ 「んっんっ・・・はぁっ・・・」


コップで二杯。流し込むように水を飲んだ。

渇いた身体が潤されてゆく感覚とともに、心も幾分か落ち着いてくる。

と、同時に。

別の動揺がマミの胸の中で頭をもたげてきた。

冷静になると同時に思い返される、自分の言動。そして、思考。


マミ 「わ、私・・・」


マミの背を一筋、冷たい汗が伝う。


マミ 「私はなんて、恐ろしいことを・・・」

あの時。

武蔵にとって自分は実の妹ではなく、さらに自分たち魔法少女の身に降りかかる運命の結末を知った、あの瞬間。

動揺し、焦燥し、押し寄せる孤独感に心を壊されそうになりながらも。

どこかでマミは冷静で、これから自分が成すべきことを頭の片隅で計算していた。


マミ 「わ、私・・・暁美さんたちを・・・」


殺そうとしていた。


いずれ魔法少女は魔女になる運命を負わされていると、ほむらは言った。

無二の友と信じ、信頼もしていたキュウべぇに騙されていると。

そしてその事を、他ならない武蔵が肯定している。

マミにほむらの話を疑う理由は、もはや無かった。

・・・と、なれば。

人に危害を及ぼす存在となる前に、自分を抹消しなければならない。

同じ立場にある、ほむらや杏子ももろ共に。


マミ 「・・・」


あの時、マミは計算していたのだ。

ほむらと杏子、どちらを先に殺すのがベストなのかを。

相手の不意をついて手強い方を先に殺し、返す刀でもう一人を屠る。

そうしてから自分も命を絶てば、少なくとも将来の魔女が3匹は減ると。


マミ 「ああっ・・・」


もしあの時。

あの場に武蔵という存在がいなかったなら・・・


マミ 「きっと私は、ためらいも無く二人を殺していた・・・」


かつてはともに戦った友達を。

わざわざ敵であった自分の所へ料理を習いに来た、クールを気取りながらもどこか憎めない、あの少女を・・・

マミ 「私、どうしたら・・・」


涙が頬を伝い、雫となってシンクへと落ちる。

とめどなく、とめどなく。


マミ 「私、もう魔女なのかもしれない」


人の姿はしていても。

友達を平気で殺そうとする、自分の事を人だとは思えなかった。


マミ 「魔女になった私は、これからどうしたら良いの・・・っ!」

? 「死ねば良い」


背後からかけられた声にギクリとして、振り返るマミ。

そこで彼女が見たものは、厳しい顔で自分を睨みすえる兄、武蔵の姿だった。


マミ 「お、お兄ちゃん・・・」

武蔵 「・・・」

・・・
・・・


同時刻

ほむホーム


ほむら 「私、弱くなったのかしら」


常と変わらない竜馬の表情と、彼が煎れてくれた紅茶が、こわばった私の感情を暖かくほぐしてゆく。


竜馬 「と、言うと?」


竜馬も自分の紅茶をすすりながら、言葉少なに問い返してくる。

先ほどからの竜馬は、まるで波の穏やかな水面のようだった。

身体を預ければ、優しく包み込み全てを受け入れてくれる。そんな包容力を今の彼からは感じられる。

普段は火のように激しい竜馬の、意外な一面を見せ付けられた気分。


ほむら 「私、あなたのことがまだまだ理解しきれていなかったようだわ・・・」

竜馬 「そりゃぁな。何だかんだで、出会ってから日が浅いんだ。そんな簡単に理解できるほど、簡単なもんじゃないだろうぜ」

ほむら 「流君のことが?」

竜馬 「人それぞれがって事さ」

ほむら 「かもね・・・だけど今、私はあなたに自分のことを理解して欲しいと、切に思っているわ」

竜馬 「ああ」

ほむら 「だけれど、理解してもらえる自信が無い。だって、私は私のことが自分でも分からなくなってしまっている・・・」

竜馬 「何がお前を、そこまで惑わしている?」

ほむら 「・・・」


多少逡巡して・・・

だけれども、意を決すると私は口を開いた。

彼に感じた包容力を、私の感覚を信じる事にした。

信じたいと、頼りたいと、思ったから。

ほむら 「今までの時間軸で、私は色々とひどい事をしてきた」

竜馬 「・・・」

ほむら 「まどかを守るため。私の目的を果たすためだったら、多少の罪悪感と引き換えに、どんな非情な事だってやってこられたわ・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「それでも、ソウルジェムを汚す事は無かった。自分のやっている事が私にとって正しい事だと信じていたから。心を強く保つ事ができたから」

竜馬 「・・・暁美、ソウルジェムを見せてみろ」


言われるままに、私は己のソウルジェムをさらす。

手を伸ばし受け取った竜馬は、一目見るなり、うっと小さく驚きの声を漏らした。

前の戦闘後にきれいに浄化したはずのソウルジェム・・・

それが、新たな戦闘を得ずして、すでに黒く濁りかけていたのだから、驚くのだって無理もない。


竜馬 「・・・お前」

ほむら 「今は、どうしてなのかしら・・・巴マミの悲しみ、佐倉杏子の苦悩を思うと、私の魂も醜く淀んでしまうの」

竜馬 「暁美、とりえあず佐倉から預かっているグリーフシードで浄化しよう」


竜馬がグリーフシードを取りに席を立ったけれど、私は構わずに話を続ける。


ほむら 「私は弱い・・・こんな事じゃ、まどかを守る事だってままなりはしないわ・・・」

竜馬 「別にお前は、弱くないと思うがな」


部屋の向こうからは、竜馬の声だけが返って来る。


ほむら 「気休めはよしてよ」

竜馬 「俺が詭弁を弄するほど器用じゃないのは、知ってるだろう」

ほむら 「だったら・・・どうして私のこと、弱くないなんて思えるのよ・・・」

竜馬 「思うに・・・俺はお前の視野が広がったのが、暁美の心を曇らせている原因じゃないのかと、そう思うんだがな」

ほむら 「視野って。それ、どういうこと・・・?」

竜馬 「お前、自分でも言っていたし、分かってるんだろうが、今までは、鹿目以外のものが目に入っていなかったんだろう」

ほむら 「・・・そう。だって私にとって、まどかは私の全てだったんだもの」


自分で言いながらも、私は胸の内に奇妙な感情の訪れを感じていた。


竜馬 「そう言い切れるのって、凄いよな。誇るに足るに充分な資格がある」

ほむら 「何を言っているのよ・・・」

竜馬 「十代もそこそこで、そこまで想うことができる相手を得られるというのは、並大抵の事じゃない。俺は、そんなお前を羨ましいとさえ思うぜ」

ほむら 「・・・ばか」

竜馬 「だが、それは今でもか?」


意外な問いかけに、私は目を丸くする。


ほむら 「そんなの、当然じゃない。今までも今も、これからもずっと、変わるわけがないわ」


言い返そうとした途端、先ほど抱いた感情が再び胸の奥、むくむくと頭をもたげてきた。

なんなんだろう、このモヤモヤした感情は。


ほむら 「変わるわけ、ないもの・・・」


自然、私の言葉も尻すぼみに、勢いが削がれてしまう。

竜馬 「お前が鹿目の事を大切に思っていることは分かっているさ。だけれど、それだけか?」

ほむら 「・・・」

竜馬 「さっきお前は言ったな。俺に自分のことを理解して欲しいと、そう望んだな」

ほむら 「え、ええ・・・」

竜馬 「欲求は、自らを写す鏡だって言うぜ」

ほむら 「意味が分からない。もっと、分かるように言ってくれるかしら・・・」

竜馬 「お前も理解したいと、思っているはずだ。今では、な」

ほむら 「理解したいって、いったい何を・・・」

竜馬 「巴マミの事、佐倉杏子の事、美樹さやかの事・・・理解したいと、その心に寄り添おうと、そう考え始めているはずだ」

ほむら 「あっ・・・」

竜馬 「だから、あいつらの心の痛みが理解できる。我が事のように心を痛めることができる」

ほむら 「・・・」

竜馬 「仲間として、大切に考えているからだ」

ほむら 「何でそんなこと、あなたに分かるの・・・よ・・・」


弱弱しく反論しながらも、私の心は彼の言うことをすでに肯定していた。

そう、先ほどから抱いていた感情の正体は、違和感。

竜馬の言うことが事実だと、私の心が証明してしまっていたのだ。


竜馬 「仲間を想う気持ちは、誰よりも理解できているつもりだぜ」


戻ってきた竜馬が、再び私の向かい側に腰を下ろす。

手には浄化を済ませた、ソウルジェム。


ほむら 「だけれど・・・私はまどかが一番大切で・・・それは唯一無二であるわけで・・・そうでなければ・・・」


今までの私の歩んできた道と、犠牲にしてきた全ての命を否定してしまう事になる。

だけれど竜馬は、そんな私の葛藤を笑い飛ばすように言い切った。


竜馬 「大切な物が一つだけだなんて、誰が決めたんだ?」

ほむら 「え・・・?」

竜馬 「大切な鹿目と、大切な仲間。それで良いじゃねぇか」

ほむら 「あ・・・」


目から鱗とは、まさのこの事だった。

ほむら 「流君、わたし・・・」


青天の霹靂。

竜馬の言葉に、目の前の霧が晴れていくような感覚を覚える。


竜馬 「だから暁美。自分には、何も無いなんて言うなよ。お前は弱くなったわけじゃない」

ほむら 「・・・」

竜馬 「仲間を意識した者は強い。3台のゲットマシンが寄り添い、無敵のゲッターロボとなるようにな」

ほむら 「・・・」

竜馬 「今はまだ、自分の気持ちの変化に、心が戸惑ってしまっているんだろうが・・・暁美?」

ほむら 「あなたは・・・何を例えるのにも、ゲッターロボなのね」

竜馬 「お前の言葉じゃないが、俺にとってゲッターは唯一無二の存在だからな。・・・ほら」


竜馬が身を乗り出して、テーブル越しにソウルジェムを差し出してきた。

ほむら 「ありがとう」


私の手の平にポンと納まったソウルジェムは、先ほどのくすんだ様相とはまるで別物の様に、眩い光を放っている。

何となくホッとした気持ちで眺めていると、私の頭に、そっと包み込むような感触が。


ほむら 「・・・?」


何だろうと目線をあげてみると、私の頭を包んでいたのは、竜馬の広くて大きな手の平だった。


ほむら 「え・・・」

竜馬 「・・・」


そのまま、くしゃくしゃっと無造作に、頭をこねくり回される。


ほむら 「ちょっ・・・なにっ?!」

竜馬 「お前も少し、俺の事を理解してくれよな」

ほむら 「なんのことよ!」

竜馬 「俺にこんな役、やらせるんじゃねぇよ」

ほむら 「さっきから何を言って・・・」


その間も、私の頭はグルングルンと回され続けたまま。

うう、さすがに目が回ってきた・・・

もう我慢がならないと、竜馬の手を振り払おうとした、その時。

ポタリ、と。

テーブルの上に一滴、雫が落ちたのだ。


ほむら 「え・・・」


雫は、最初の一滴の後を追うように、二つ三つと滴り続け・・・

瞬く間にテーブルの上には、小さな水溜りがいくつも出来あがった。


ほむら 「どこから・・・??」


雫の出所を探って、私はすぐに気がつく。

頬を伝い、顎から零れ落ちる、その雫の正体に。


ほむら 「私、泣いて、たの・・・?」

竜馬 「らしくねぇから、メソメソしてんなよ」

ほむら 「流君、あなた・・・」


私を、慰めようとしてくれている・・・?

ということは、この”グルングルン”は、もしかして私のこと、撫でているつもりなの?

そうと気がついて、改めて竜馬の顔を視線を戻すと。

どこか照れた風で、なんとも言えない表情で私を見ている。

ふだんはいかつい竜馬の、そんな様子が妙に滑稽で。


ほむら 「ぷっ、ふふっ・・・」


思わず私の口から、笑いが零れ落ちた。

竜馬 「・・・泣くのか笑うのか、どっちかにしといたが良いぜ」

ほむら 「だって、おかしいんだもの」


言いながら私は、彼の腕を払いのけるために振り上げかけた手で、今はそっと竜馬の腕を掴む。

大きくて無骨で、だけれど私を慰めようとしてくれた、優しい竜馬の手。


ほむら 「もう平気。それに、この涙は悲しくて流したものじゃないから」

竜馬 「・・・そうか」


そう。私自身忘れかけていたけれど。

涙って、悲しいときや辛い時にばかり、流れるものじゃない。

自分が気づいていない自分自身のことを、竜馬は私に気づかせてくれた。

それはとりもなおさず、彼が私を理解してくれているという事だ。


ほむら (・・・初めてだわ)


誰も私を理解してくれなかった。私の言うことを、信じてくれる人はいなかった。

それは、ともに戦った、仲間だと信じていた人たちだけではなく。

私が誰よりも大切に思っている、まどかですらも・・・

ほむら (それが、今)


ほむら 「流君・・・」

竜馬 「ん?」


私のすぐ側に。

私を理解してくれる人が、こうしていてくれる事が、とても。

嬉しくてたまらなかった。

涙くらい、頬を伝って落ちるのも当然というものだ。


ほむら 「ううん、リョウ・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「ありがとう」

竜馬 「おう」

私は言葉少なに、だけれど万感を込めた気持ちを竜馬に述べた。

初めて、彼の事を愛称で呼びながら。

彼ならそれで、私の気持ちを全て酌んでくれる事だろう。

そして、思う。

いつかマミや杏子たちとも、竜馬としたように、心を交感させることができたら良いなと。

そう、切に願える。

願える自分に、竜馬が気づかせてくれたのだ。

・・・
・・・


翌朝。

学校に行くために、玄関から一歩を踏み出した私に。


? 「・・・よう」


不意にかけられた声。

そちらの方に顔を向けると、壁にもたれかかるようにして手を振っている人影が目に入った。


ほむら 「佐倉さん?」

杏子 「よ、朝っぱらから悪いな」

ほむら 「別に良いけれど、どうかしたの?」

杏子 「ああ、どうもこうもない、一大事だぜ。部屋に上げて欲しいんだけど、良いかい?」

ほむら 「私、これから学校に行くのだけれど・・・」

杏子 「そんなのんきな事、言ってる場合じゃない」


そう言う杏子の目は真剣だった。

ほむら 「・・・良いわ、上がって」

杏子 「それと、流にも聞いて貰いたいんだけど、すぐ連絡を取ってくれるか?」

ほむら 「ああ、リョウだったら・・・」

竜馬 「呼んだか?」


私が名前を呼ぶのとほぼ同時に、竜馬がひょっこりと玄関先から顔を出した。

それをみた杏子の目が、なぜか点になっている・・・


杏子 「・・・え」

竜馬 「あれ、佐倉じゃねぇか。どうしたんだ、こんな朝っぱらから」

杏子 「・・・」

ほむら 「佐倉さん?」

杏子 「あは、あははは・・・そっか、そういう事か、いや、こりゃ参ったなぁ・・・」

ほむら 「え、え?佐倉さん??」

杏子 「マミのあんなざまを目にした昨日の今日で、イチャコラよろしくやってたってわけかい・・・」

竜馬 「・・・?お前、なに言ってるんだ?」

杏子 「まぁ、あたしの知ったことじゃねぇさ。蓼食う虫も好き好きっていうもんな」

ほむら 「・・・何気にかなり失礼な事を言われてる気がするけれど、佐倉さん。何か誤解してない?」

杏子 「誤解もくそも、あんたらが何しようと、そっちの勝手だよ。好きにするが良いさ」

ほむら 「・・・」

杏子 「だがな、時と場合くらいは考えてくれ。ともに戦おうって、あたしやマミを巻き込んだのはそっちだって事、忘れるんじゃねぇぞ」

ほむら 「佐倉さん、ちょっと私の話も聞いて・・・」

竜馬 「まずは上がれ、佐倉。こんな玄関先じゃ、お前の用件だって腰をすえて話せないだろう」

杏子 「・・・ちっ」

・・・
・・・


ほむら 「というわけで、昨夜は遅くなっちゃったし、リョウには泊まっていってもらっただけなの」

杏子 「・・・」

ほむら 「もちろん部屋は別々。そもそも、小さい子がいる前で、間違いなんて起こすはずがないじゃない」

ゆま 「ほえ??間違いってなーに??」

杏子 「まじ?」

竜馬 「まじだ」

杏子 「な、なーんだ、そうか。ちぇっ、まったく紛らわしい事してるんじゃねぇよ」

ほむら 「悪かったわね、期待に沿う事ができなくて」

杏子 「本当だぜ」

ゆま 「ねぇねぇ、なんの話ー?」

杏子 「ゆまは分からなくっていーの」

ゆま 「ふーん」

竜馬 「ま、そう見られる分には、俺はまんざらでもねぇけどな」

ほむら 「何を言っているのよ」

杏子 「・・・」


竜馬の軽口に釘をさしている私を、杏子がなにやらジト目で見ている。


ほむら 「なにか言いたげだけど?」

杏子 「お宅らさ、昨日と雰囲気違ってるようなんですけど、ほんとのほんとに何にも無かったわけ?」

ほむら 「ええ、無いわ」

杏子 「・・・そっかぁ?」


まだ何か言いたげな素振りは残しながらも、杏子はここまでの話を切り上げるとペコリと一つ、頭を下げた。


杏子 「こっちの勘違いで不快な思いをさせちまったな。悪かったよ」

ほむら 「あ、うん・・・」


意外にも素直に非を認め頭を下げる杏子に、私は少々面食らってしまう。

それは竜馬も同じようで・・・


竜馬 「一人で怒って一人で謝って、なんともあわただしい奴だな、お前は」


呆れた口調を隠しもしない。

だが、言われた杏子は涼しい顔だ。


杏子 「悪いと思ったら、すぐ謝っちまうんだよ。後に引いたら謝りづらくなるし、引け目にもなっちまうからな」

竜馬 「なるほど、だな。そういう考え、好ましいと思うぜ」

杏子 「おだてんなよ・・・さて、一区切りがついたところで、本題に行きたいんだが・・・良いかい?」


話題を切り替えた杏子の顔が、再び。

先ほど玄関前に現れた時のように、真剣な面構えへと変わる。

よほどの事が起こった。そのくらいは読み取る事ができる表情だった。


ほむら 「・・・わかった、話を聞くわ」

杏子 「ああ。と、その前に。先に一つ確認しておきたい事があるんだけれど、お前らさ」

竜馬 「・・・?」

杏子 「あたしら同盟を結んだもの以外で、ゲッターロボの事を誰かに話したか?」

ほむら 「え・・・?」


質問の真意がつかめず、私と竜馬は思わず顔を見合わせてしまう。

そして互いに首を振る。どちらも誰にも、ゲッターの事なんか話していない。


ゆま 「ゆまだって、誰にも話してないよ」

杏子 「そっか。じゃあ、もう一つ。美国織莉子という名前に聞き覚えは?」

ほむら 「・・・っ!」

杏子 「こっちは心当たり、あるんだな」

ほむら 「どこで、その名前を?」

杏子 「会ったんだよ。昨日、直にな。お前と別れた後で、探し当てた魔女結界の中で・・・」

ほむら 「・・・」


美国織莉子・・・

私は確かに、その名前に覚えがある。

心に底知れない闇を抱え込み、それとは対照的な純白のドレスに身を纏った魔法少女。

彼女と遭遇した時間軸は決して多くは無かったけれど・・・


ほむら 「と、言うことは、彼女が口にしたのね。ゲッターロボの名を」

杏子 「ああ。実際の所、名前以上に、どれだけの事を知ってるのかまでは分からなかったけれどな」

ほむら 「厄介だわ・・・」

竜馬 「何者なんだ、その美国織莉子とか言うのは。お前とも面識がある奴なのか?」

ほむら 「ええ。ただし、別の時間軸での事だけれど」

竜馬 「どんな奴なんだ?」

ほむら 「敵よ」

杏子 「・・・やっぱりな」


自分と同じ魔法少女を敵と言われても、杏子はさも当然な事を聞いたかのように、表情を動かさなかった。

感覚の鋭敏な杏子の事、織莉子と実際に会ったのなら、感じ取る何かがあったのだろう。


ほむら 「佐倉さん、あなたは彼女と遭遇して、よく無事で済んだわね」

杏子 「ああ、あたしたちと事を構える気は無いようだぜ。今のところはな」

竜馬 「やがては敵対すると、そう言うのか?」

杏子 「はっきりとは言ってなかったけれどな。分かるんだよ、こっちに対する敵意がプンプン臭ってきやがった」

ほむら 「・・・」

竜馬 「暁美、かつての時間軸で出会った美国織莉子ってのは、どんな奴だったんだ?」

ほむら 「・・・一言で言えば、目的のためには手段を選ばない。そんな魔法少女だったわ」


そう、どこか私と似ている。

己の信念のためなら、大の虫を生かすために小の虫を殺す事をためらわない。

それは、例え自分の仲間であったとしても変わらなかった。

だから、始末におえないし、心底おそろしい。


ほむら 「・・・私が殺したけれど」

杏子 「・・・へぇ」

ほむら 「仕方がなかった。彼女は目的の為に見滝原中学を魔女の結界に引きずり込んでまで、私の守るべき人を殺そうとしたのだから」

竜馬 (鹿目の事か・・・?)

ほむら 「そのため私たちは敵対して戦ったわ。辛くも勝利はできたけれど、あそこでもし情けをかけて逃がしていたら・・・」

竜馬 (待てよ・・・そいつはなぜ、人畜無害を絵に描いたような鹿目を殺そうと・・・?)

ほむら 「いずれ痛手を治した彼女は、再び目的を果たすために襲い掛かってきたに違いない。間違いなく、ね。だから・・・」

杏子 「中学校を結界にって、随分と無茶な話だな。死んだんだろ、かなりさ」

ほむら 「ええ、何十人規模での死者が出たはず」

杏子 「はず・・・?」

ほむら 「戦いの後、結局私は守りたい人を守りきれず、あの時間軸を捨てたのよ。だから、戦いの後のことは詳しく知らないの」

杏子 「その守りたい人って、誰の事だっけ?あたし、聞いてないよな?」


ほむら 「・・・」


これは、杏子を仲間に誘ったときに、わざとぼかしていた事だった。

この事を突き詰めて説明していけば、最後はまどかがどうなるか。その事も余さず語らねばなくなるから。

それを知った時、杏子がはたしてどのような行動に出るか。

場合によっては、仲間から脱名されるばかりか、敵にさえ回ってしまうかも、と。

そんな懸念が払えなかったからだ。

だけれど、今は・・・


ほむら 「クラスメイトの鹿目まどかという少女。私は彼女を守るために、時間軸を遡行し続けている・・・」

竜馬 「暁美・・・」


良いのか?と、目で問いかけてくる竜馬に、私は微笑みながら頷きを一つ。


ほむら 「私の最も大切な人、まどかを守るため。私は戦い続けているの」

杏子 「ふーん・・・人のため、か。好きじゃないけどな、そういう考え方。けっきょくは、身を滅ぼす種になるだけだと思うぜ」

ほむら 「ありがとう。だけれど、まどかを守るのは私のため。まどかのいない人生なんて、そんなの私が私でなくなってしまうもの」

杏子 「そこまで言いきるのかよ。いったい何者なんだい、その鹿目まどかっていう奴は」

ほむら 「いずれ・・・」

竜馬 「・・・?」

ほむら 「いずれ、最強最悪の魔女となって、見滝原はおろか、この世界を滅亡へと追いやる事になる存在・・・」

竜馬 「・・・え?」

杏子 「はぁっ!?」

竜馬 「なんだよ、それ。これは俺も初耳だぞ」

ほむら 「ごめんね、リョウ。言い難かったのよ。あのまどかがやがて、恐ろしい化け物になってしまうなんて、私以外に知る者なんて作りたくはなかった」

竜馬 「最強最悪って・・・あの鹿目が、か。想像もつかないが・・・」

ほむら 「あなたはもう見ている」

竜馬 「・・・?」

ほむら 「リョウたちがこっちの世界に飛ばされた時、一番最初に巨大な化け物を目にしたはずよ」

竜馬 「あれって、ワルプルギスの夜とか言う奴じゃなかったのか!?」

ほむら 「違うわ。ワルプルギスは確かに強大な魔女。だけれど、魔女化したまどかには、足元にも及ばない」

竜馬 「あれが・・・あのでかい化け物が、鹿目だっていうのか・・・」


とても信じられないという表情で、口をつぐんでしまう竜馬。

今現在の、人としてのまどかを知るものなら、当然の反応だと思う。


杏子 「魔女になるって言うことは、その鹿目ってやつ、魔法少女なんだよな?」

ほむら 「いいえ、この時間軸ではまだ、ただの女の子に過ぎないわ。私の目的は、まどかをキュウべぇと契約させない事でもあるの」

杏子 「じゃあ、あんたが私に言っていた、ワルプルギスを倒したいって話は・・・」

ほむら 「多くの時間軸で、ワルプルギスの襲来はまどかがキュウべぇと契約する契機となってしまった。その芽を潰しておきたいのと・・・」

杏子 「・・・」

ほむら 「まどかが生まれ育ち、大切な人々とともに生きている見滝原を、私は守りたいと思っているから」

杏子 「そっか」

ほむら 「黙っていてごめんなさい。リョウも・・・」

竜馬 「いやまぁ、言い難かったってのは理解できる。そこは気にしないで良い。だけれど、よくこの事、話す気になったな」

ほむら 「それは、もう・・・隠し事とか、しておきたくなかったから・・・」


仲間、だから。


杏子 「だけどさ、美国織莉子はどうして、まどかって奴が強大な魔女になるって知ってたんだ?さっきの話じゃ、過去の時間軸でも魔女化する前にまどかは殺されてしまったんだろ?」

ほむら 「それは・・・」

竜馬 「未来予知、か?」

ほむら 「・・・リョウ。冴えてるのね、どうして分かったの?」

竜馬 「鹿目の魔女化という未発生の事態を知っているとすれば、可能性は二つ。暁美のような時間遡行者であるのか、それとも未来を予め知ることができる者か・・・」

ほむら 「そうね」

竜馬 「美国織莉子は目的を果たす前に、暁美に殺されたんだろ。もし時間遡行が可能なら、目的失敗と判断した時点で、別の時間軸へ飛んで、再び活動すれば良い」

杏子 「そうか。そうしなかったのは、先のことは分かっても、時間を戻す術は持たないからだってことか・・・!」

ほむら 「明察よ。美国織莉子は未来を見る力を持っている。かなり、限定的ではあるようだけれどね」

杏子 「だからあいつ、ワルプルギスの事も知っていたのか。すごいな、流。あんた、見た目以上に頭が切れる奴なんだな」

竜馬 「褒め言葉ととっておくぜ」

杏子 「そう思ってくれて良いよ。てことは、だ。今回も美国織莉子は、鹿目まどかの命を狙って動いている、と・・・?」

ほむら 「それは分からない・・・」


あいまいに答えながらも、私は内心でその可能性は低いと考えていた。

もし、かつての時間軸と同様に、まどかが最悪の魔女となる事を予知していたのなら・・・

あの時と同様、まどかの協力者を消すために、魔法少女狩りを行っていなければおかしいと考えたからだ。

それが、杏子を目の前にして、戦いを挑んでこなかったという。

そこから導き出せる答えは、ワルプルギスがもたらす惨禍までしか予知できていない、としか思えない。

・・・もちろん、確証は持てないけれど。


ほむら 「・・・ただ、彼女がゲッターのことを知っていたとなると」

杏子 「そうか、ゲッターロボに関して、何かを予知したのかもしれないな」

ほむら 「問題は、予知で見たロボットの名前を、誰が具体的に教えたか、だけれど・・・」


先ほども言ったけれど、美国織莉子の未来予知はきわめて限定的で、予測できる範疇は美国織莉子本人ですら、コントロールしきれてはいなかったはず。

そんな彼女が、ゲッターロボという具体的な固有名詞を口にした。

・・・誰かが織莉子に教えたとしか、考えられない。


竜馬 「ここにいる、俺たちじゃない」

杏子 「マミや武蔵だとも考えられない」

ほむら 「となると、結論は一つ・・・」


私は部屋の隅。

日陰となって、朝の陽も当たらない暗がりを見つめる。


ほむら 「ねぇ・・・」


そこへ向かって、声をかける。

暗がりからは、先ほどまでは感じられなかった気配が一つ。

無機質で感情の感じられない、まるで置物のような気が発せられていた。

ほむら 「お前ね?」


私は、その気配に向かって言う。

視線を向けたそこ、部屋の片隅の暗がりには。

まるで、光の当たらない闇から、白い影が浮き出てきたように・・・

あの忌まわしい生物が、こちらにあの赤いビードロような目を向けていたのだ。


竜馬 「こいつ、いつの間に入り込みやがった?」

ほむら 「キュウべぇ・・・」

キュウべぇ 「やぁ、みんな。久しぶりだね」


悪びれもせず、ぬけぬけと言いながら、トコトコと・・・

そいつは、私たちの方へと歩いてきた。

・・・
・・・


死ねば良い。

優しく、誰よりも慕う兄からかけられたのは、耳を疑うような非情な言葉だった。


マミ 「・・・え」


信じられない物を見る目で、マミは武蔵を見つめた。

だが、見据えられた武蔵は表情一つ崩すことなく、もう一度。

ゆっくりと、はっきりと。

聞き間違えなど起こりようもないほど、よく通る明瞭な声音で。


武蔵 「死ねば良い、マミちゃん」


残酷な言葉を再び、マミへと突きつけたのだった。

マミ 「ど、どうして・・・」


ショックのあまり、足に力が入らない。

マミはへたへたと、その場に腰をついてしまう。

手に持ったカップが床に転がり落ち、床に小さな水溜りを作る。

だが、今は武蔵もマミも、カップの事になど気にも留めない。

ただ、言葉もなく、互いに見つめ合うのみ。


マミ 「あ、あ・・・」


一度は冷静になりかけた理性が、再び崩壊して行く。

マミは言葉など知らない子供のように、意味の無いうめきを漏らしながら、今はただ。

惨めに震える以外になす術が無かった。

武蔵 「・・・」


武蔵はそんなマミに近寄ると、自身も腰を落としてマミと同じ目線となった。

じっと見つめる武蔵。震えるマミの両肩に、手をかける。

マミの混乱と恐怖と絶望と、が。

震えとともに武蔵の心にまで伝わってくるようだ。


武蔵 「マミちゃん」


だが、武蔵はつとめて語調を強め、マミに語りかけた。


武蔵 「もし君が、まだ人間である友達を殺すというのなら、マミちゃんは自分が言うとおり、人の姿を借りた魔女に他ならない」

マミ 「・・・」

武蔵 「人には、取り返しがつかない事、してはいけない事というものが、確かにある」

マミ 「しては、いけない、事・・・」

武蔵 「君の心をいっとき支配した衝動は、実行に移したなら、まさしく取り返しがつかないことだった。分かるかい?」

マミ 「・・・あ、ぅ」


問われるまでもなかった。

だけれど、マミは同時に思うのだ。


マミ 「だけれど、もし・・・もし、みんながこの先、魔女になってしまったら・・・人々に害をなす存在になってしまうのなら・・・」


今ここで、殺してしまった方が。

人として死ねた方が、本人のためにも、どれだけ幸せかもしれない、と。

そんなことを考える自分に衝撃を受けたのも事実だが、だからと言って、この考え方自体を全否定する事もマミにはできなかった。


マミ 「だって・・・」


何故なら・・・


マミ 「だって私が魔女になってしまったら、お兄ちゃんは私から離れていってしまうでしょ?嫌いになってしまうでしょ?」


そんな思いと恐怖が、マミの胸を締め付けて、離さなかったから。

だが、武蔵はかぶりを振って言う。


武蔵 「俺は、どんな事が起こったって、マミちゃんを嫌いになるはずがない。離れられるはずがないじゃないか」

マミ 「だって、本当に・・・?」

武蔵 「お袋と親父が死んだ時、俺が両親に代わって君を守ると。そう、約束したじゃないか」

マミ 「え・・・、だって、それは・・・」

武蔵 「君の心が、もしくは存在そのものが魔女となってしまったなら、その時は君は死ぬべきだ」

マミ 「・・・」

武蔵 「引導は、俺が渡してあげる。妹を殺すんだ。その時は、俺だって人ではいられない」

マミ 「お、お兄ちゃん・・・」

武蔵 「君が堕ちるなら、俺もともに堕ちよう。どこまでもどこまでも・・・俺はマミちゃんと共にあるよ」

マミ 「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ・・・」

武蔵 「だから、それまでは生きるんだ。人として、巴マミとして。若い命を、真っ赤に燃やし尽くして生きるんだ!」

マミ 「あああ、うああああああっ!」


武蔵にしがみつき、声を限りに泣きじゃくるマミ。

武蔵はマミをそっと抱きしめ、あとはかける言葉もなく、ただ優しく彼女の背をさすり続けていた。

そして思う。心の中で詫びる。

友に。命と背中を預けあった戦友に。


武蔵 (リョウ、すまん。俺はもう、こっちの世界の人間になりつつあるようだ・・・)

・・・
・・・


ほむら 「お前が美国織莉子にゲッターロボの事を教えたのね」

キュウべぇ 「そうだよ」


ヤツは悪びれる風もなく、肯定して見せた。

まったく普段と変わらない態度、声音。感情が無いのだから、それは当たり前なのだけれど。

どこかのほほんとしているようにも見えて、こちらの心を無駄に逆立てる。


ほむら 「・・・よくも、ぬけぬけと」


いったい何を目的に・・・

そんな疑問を口に出そうとした時、不意に私の横を赤い影が横切った。


杏子 「キュウべぇ、てめぇ!」


赤い陰・・・杏子はキュウべぇに掴みかかると、奴を乱暴に壁へと叩き付けた。


キュウべぇ 「きゅっぷい」

杏子 「てめぇ、よくもあたしたちを・・・マミを騙し続けてくれたな!!」

キュウべぇ 「何の事だい・・・?僕は何も嘘なんて・・・」

杏子 「うるせぇ!」


キュウべぇの喉元を掴んで壁に押し付けていた杏子が叫ぶ。

彼女の手に力が込められ、キュウべぇの首が締め付けられる。


キュウべぇ 「ぐ・・・君はいった、い、何を怒って、いるんだい・・・?まったく意味が・・・」

杏子 「わからねぇのか、そうかい。だったら、無理に分からなくてもいいぜ!」

キュウべぇ 「ぐ・・・ふっ・・・」

杏子 「このまま、首の骨をへし折ってやる!死んじまえ!」


杏子の顔が怒りに歪む。

彼女がここまで感情をあらわにするなんて、かつての時間軸でもそう見られたことはなかった。

それだけ強かったんだろう・・・

自分が思い描いていた、巴マミの偶像。

それをぶち壊す原因を作った、キュウべぇへの怒りが。
 
なにはともあれ・・・


ほむら 「佐倉さん」


私は立ち上がると、キュウべぇを締め付けている杏子の手を取った。


ほむら 「こいつに個の概念は無い。殺しても、別のキュウべぇが現れるだけ。何も響かないわ」

杏子 「そうかよ。だがな、せめて目の前のこいつだけでもひねり殺さにゃ、あたしの気がおさまらねぇんだよ!」

ほむら 「意味が無いといっているの。それに・・・」


視線で杏子に示す。

つられて杏子が顔を向けたそこでは・・・


ゆま 「・・・」


いきなりの杏子の剣幕に怯えたゆまが、竜馬にしがみつきながら必死に泣くのを堪えていた。


杏子 「あ・・・っ」

竜馬 「そこまでにしておけ。それに、そいつには聞かなきゃならない事だって、あるだろう」

杏子 「・・・ちっ」


舌打ちをしながらも、杏子は私や竜馬の言う事に従ってくれた。

自由の身となったキュウべぇは、何事も無かったかのようにヒラっと床へと舞い降りる。


キュウべぇ 「やれやれ、いきなりでビックリしたよ」


と、感情のこもっていない声で、平然と喋るキュウべぇ。

いったい、どこをどうビックリしたのだろうか、問いただしたい話し方だった。


杏子 「・・・こいつ」

ほむら 「佐倉さん、落ち着いて。お前も、これ以上人を挑発するような真似はしないで」

キュウべぇ 「そんなつもりは、無かったんだけれどね。気に障ったのなら謝るよ」

ほむら 「それで・・・」


キュウべぇの不遜な態度は、いつもの事。いちいち腹を立てたって、時間の無駄でしかない。

私は本題の話を再開した。


ほむら 「いったい、何のために、美国織莉子にゲッターロボの事を話したの?」

キュウべぇ 「取引さ。僕と織莉子たちとの、利害が一致したからね」

ほむら 「取引・・・?」

キュウべぇ 「織莉子の成そうとする事に、ゲッターロボは非常に有益な力となってくれるのでね、僕はその情報を提供したって訳だよ」

ほむら 「それでお前は、その見返りに何を得たというの?」

キュウべぇ 「さぁ・・・」


思わせぶりに、奴が話の腰を折る。


ほむら 「教えなさい」

キュウべぇ 「教える義理は無いと思うな。僕は最初、取引相手には竜馬を選んだんだけれどね」

ほむら 「え・・・?」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「すげなく断られてしまったんだよ。だから、替わりとして織莉子を選んだ。そうである以上、君たちに必要以上の事を教えてあげる謂れは無いんだよね」

ほむら 「取引って、どんな?」

竜馬 「知らん。だが、こいつが言うことだ。どうせ、ろくな事じゃないだろうぜ」

キュウべぇ 「ご想像にお任せするするさ。さて、他に話がないのなら、僕はそろそろ失礼させてもらうよ」

ほむら 「・・・」


これ以上、キュウべぇから何かを聞きだすことは不可能だろう。

そう思って私は、奴が去るのに任せるつもりでいたのだけれど。


杏子 「待てよ」


きびすを返し、暗がりへと戻ってゆくキュウべぇを呼び止めたのは、佐倉杏子だった。


キュウべぇ 「なんだい?」

杏子 「これだけは聞いておきたい」

キュウべぇ 「答えられる事だったら」

杏子 「お前、むやみやたらと魔法少女と契約をしているだろ」

ほむら 「え・・・?」

杏子 「風見野で、何人か。ろくに戦う事もできなかった魔法少女の死体を見せられたぜ。ありゃ、何のつもりだ?」

キュウべぇ 「何のつもりも何も、僕は命をかけるに値する望みを持つ少女に、夢を叶える力を与えただけだよ。君たちの時と同じさ」

杏子 「美国織莉子は、そんな”バーゲン品”の魔法少女に用があるようだったぜ。お前ら、つるんで何を画策してやがるんだ?」

キュウべぇ 「言ったろう?応える義理はないと」


それだけ言うとキュウべぇは、今度こそ暗がりの中へと帰ってしまった。

たちまち消えうせる奴の気配。陰から湧き出したように現れて、影の中に掻き消える。

本当に薄気味の悪い奴・・・


杏子 「ちっ・・・」

ほむら 「ねぇ、佐倉さん。今の話、どういうことなの?」

杏子 「どうもこうも、聞いた通りさ。キュウべぇの奴、むやみやたらと魔法少女を増やしてやがるぜ」


・・・そういえば。

佐倉杏子を仲間に誘ったあの時・・・


(杏子 「なぁ・・・見滝原で最近、見慣れない魔法少女とか・・・遭遇した事があるか?」 )


確か、そんな事を聞かれたっけ。


杏子 「ゆまと初めて会った時も、側に魔法少女の死体が転がってた。たまたま一緒になっただけで、知り合いでもなんでもないって聞いてるけど、な?」

ゆま 「う、うん・・・」

杏子 「そして、どうやら織莉子は、そんな急ごしらえの魔法少女たちに用があるらしい。何のためかは、分からなかったけれど・・・」

ほむら 「美国織莉子が、魔法少女を集めている・・・?」


あの、魔法少女狩りをやっていた、美国織莉子が?

・・・そんな、間逆なマネを?


竜馬 「どうやら、俺たちに明かされていない闇は、想像以上に深いようだな」


私の言葉を受けて呟いた竜馬の脇で。

いまだ怯えたままのゆまが、彼の足にしがみつきながら、ふるふる静かに震えていた。

・・・
・・・


疑問と不安を胸に抱きつつも。

ワルプルギスの夜襲来の日は、刻一刻と迫ってくる。

時は待ってくれない。今は、成すべき事を成さなければならないのだ。

私たちはかねての決め事にしたがって、活動を開始した。

魔力をなるべく温存しながら、一個でも多くのグリーフシードを集めなければならない。

来るべき、決戦の日に備えて。


美国織莉子やキュウべぇの暗躍は気になるけれど、私たちは私たちの今日を必死に生きなければならない。

私の望み、友達の未来、そして、まどかの全てを守るために。

・・・
・・・


見滝原中学

2年の教室


ほむら (ワルプルギスの夜が来るまで、あと一週間。良い感じでグリーフシードも集まってきたし、順調だわ)

ほむら (美国織莉子の行動が、未だに掴めていないのが気になるけれど・・・このまま、何もなく終るはずもないし・・・)


気だるい雰囲気が支配する、朝の教室。

登校してから授業が始まるまでの、つかの間の時間。

自分の席に着席して考え事をしていた私の肩を、不意にポンと叩かれた。

少し驚いて顔を上げた私の前に立っていたのは、ひきつった笑顔の美樹さやか。


さやか 「お、おはよー」

ほむら 「おはよう、美樹さん」


彼女と会話を交わすのは、一緒に上条恭介の病室に行った時以来。

あの日さやかと仲違いをして以来、気まずくって・・・どちらからともなく、互いを避けるようにしていたから。

そんな彼女が、むこうから声をかけてきた。

・・・なにかあったのかしら?


ほむら 「私に何か用?」

さやか 「う、うーん・・・」


言いよどむさやかの背後から、小さく「ほら、ほら」と急き立てるような声がする。


ほむら 「・・・?」


立ち上がり、さやかの背後を覗き込んでみると・・・


まどか 「あっ」

ほむら 「・・・」

まどか 「うぇひひ・・・見つかっちゃった」


さやかの背中に隠れるように、小さく身を屈めたまどかと目があったのだ。


ほむら 「鹿目さん・・・何をやっているの?」

まどか 「あ、いやぁ~・・・特に何をと言うわけじゃ~・・・」

ほむら 「・・・?」

さやか 「その、じつはさ・・・まどかに急かされちゃって。今すぐ行けって、背中を押されちゃったって訳でさ・・・」

ほむら 「よく分からないわ」

さやか 「そのね、あの、ねぇ・・・」

まどか 「さやかちゃん、ファイト!」


隠れるのを止めたまどかが、さやかの隣に立って何やら応援している。

さやかの方は、顔が真っ赤だ。

・・・これは、このシチュエーションはもしかして・・・っ!?


さやか 「あのね、暁美さん!」

ほむら 「ま、待って!」


私は慌てて、さやかの言葉をさえぎる。

ここから先を、彼女に言わせるわけにはいかない。

さやか 「っ、な、なによ!人がせっかく決心して言おうとしてたのに!」

ほむら 「気持ちは嬉しい。だけれど私、あなたの想いに応えることはできないの」

まどか 「え、ほむらちゃん、そんな・・・」

さやか 「・・・」

ほむら 「だから、ごめんなさい」

さやか 「そ、そっかぁ。そうだよね・・・」


さやかが悲しそうに、ションボリと肩を落とし、床を見つめながら言う。

いつもの元気なさやかの姿を知ってる分、このように落胆されると、こちらも罪悪感を感じてしまう・・・

だけれど、まどかの前でいい加減なごまかしなんて、言えるわけない。


ほむら 「私には、心に決めた人がいるから・・・それにそれは、あなたも同じだったはず」

さやか 「へ・・・?」

まどか 「・・・うぇひ?」


さやかとまどか、なぜか目が点。

あれ、予想外の反応・・・

そして。


さやか 「暁美さん、なに言ってるのさ・・・」

まどか 「ほむらちゃん、まじめなお話してるのに、そういうボケはいけないと思うよ」


さやかには心底あきれた目で見られ、まどかにはお説教を喰らってしまった。

え、私・・・なにかボケちゃってたかしら?

さやか 「私は、この前の病院での事を謝って、仲直りができたらなって思ってさ。こうして、言いに来ただけなんだけれど・・・」

まどか 「さやかちゃん、あれからずっと悩んでて。でも、なかなか謝るきっかけが見つけられないって言うから、こうして私がついて来たのに・・・」

ほむら 「え・・・あれ・・・?」

さやか 「て言うか、今、あっさり言えちゃったわ。もしかして暁美さん、私が言い出しやすいように、わざとボケてくれたの?」

ほむら 「あ、いや・・・」

まどか 「あれ、そうだったんだ!そうとはしらず、怒っちゃってごめんね、ほむらちゃん!」

ほむら 「う、ううん、気にしないで・・・」


今度は逆に感心されてしまった。

私はただ、どうしようもない勘違いをしただけなんだけれど・・・


竜馬 「詰めの甘さは天下一品だな」


私たちの様子を席から見ていた竜馬が漏らした一言を、私はあえて聞き逃す。

そして、まどかたちに一言、告げたのだった。


ほむら 「う、嘘も方便というでしょ」

・・・
・・・


教室

お昼休み


楽しいお昼時。

教室のみんなは銘銘、学食に行ったり、仲の良いもの同士が集まったりとしながら、食事の準備に余念のない様子。

私はといえば、机を移動させて、一群の集まりに合流していた。

そのメンバーは、まどか、さやか、そして志筑仁美の三人。

そこに私を交えた四人でテーブルを囲み、食事をとることになってしまったのだ。


ほむら (なぜかといえば、朝にさやかが謝りに来てくれた時・・・)


けっきょく私のボケ(という事にしておこう)が原因で、満足に話ができない内に朝礼の時間になってしまったから。

だから話の続きは持ち越しという事で、お昼を一緒にとりながら・・・と、いう流れになってしまったというわけ。


ほむら (こうして、友達と学校で食事するなんて、いつ以来かしら・・・)


思い出せないくらい、昔の事になってしまった。

もう、誰にも頼らない。そう思いつめてから、私は人との接触を必要最低限以上は取らないように心がけていたから。

だから、こういう場は本当に馴れない。成り行きで参加してしまったけれど、魔女との戦いよりよほど緊張してしまう。


まどか 「ほむらちゃん、こうして一緒にご飯食べるの、初めてだよね」

ほむら 「そ、そうね」

仁美 「あら・・・暁美さんのお弁当箱、可愛いですね。黒ネコさんのイラストがチャームポイントになっていて」


仁美が私のお弁当箱を指して、にっこり笑う。


ほむら 「あ、これは・・・知り合いの子供が選んでくれたの」


私の部屋には、余分な食器が用意していなかった。

だから先日、ゆまと一緒に必要な雑貨を買いに、街まで買い物に行ってきたのだ。

お弁当箱はその時、ゆまが見繕ってくれた。


ほむら 「何となく、この黒猫が私に似ているからと」

まどか 「へぇーぇ」


それに合わせて、今までは購買のパンで済ませていた昼食も、自分で作るように生活を切り替えた。

けっきょく、頼りにしていたマミからはカレーしか教わる事ができなかったけれど、野菜の切り方やご飯の炊き方などは、あの時に教わっていたし。

それ以外はネットなどを駆使して、自炊するようにしたのだ。

やってみると、意外と楽しい。ゆまも喜んで食べてくれるし、お手伝いも率先してやってくれる。

今まで使命感だけで生きてきて、ほかの事に目が届いていなかった分、新たに開かれた世界は新鮮で、そして・・・


まどか 「そう言うのって、何だか良いねっ」

ほむら 「ええ、本当に・・・本当に素晴らしいものだと思えるわ」

まどか 「そっかぁ。じゃあ、私からも素晴らしいものを一つ。はいこれ。食べてねっ」


まどかが自分のお弁当箱から私のお弁当箱へと、卵焼きを一つ入れてくれた。


ほむら 「え、これって・・・?」

まどか 「初めて一緒にお昼を食べる記念のプレゼントだよっ」

ほむら 「あ、ありがとう・・・」

仁美 「ふふっ、あらあら」

さやか 「あ~~っ!」


それを目ざとく見つけて、身を乗り出してくるさやか。


さやか 「ちょっと!いいな~。まどかのパパさんの卵焼き絶品じゃん!さやかちゃんにも一つ、よこしなさいよ!」

まどか 「うぇひひ、だめだよー。私だって大好きなんだから、残りは私が食べちゃうの」

さやか 「むー、良いな良いな、暁美さん羨ましいな!」

仁美 「さやかさん、大人気ないですよ・・・」

さやか 「わかったわよ・・・暁美さん、私の代わりに絶品卵焼き、良く味わって食べるのよ!」

ほむら 「分かったわ・・・鹿目さん、ありがとう」

まどか 「うぇひひ、どういたしましてっ」


緊張するけれど・・・

こういうの、嫌いじゃないなって思った。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


ご飯を食べながら聞いたさやかの話では、上条恭介は現在、精力的にリハビリに精を出しているそうだ。

一時期は自暴自棄になりかけていた彼も、今ではすっかりと「本来の恭介(さやか曰く)」に戻って頑張っているのだという。


まどか 「それで、あの・・・これって、聞いちゃって良いのかな?」

さやか 「恭介の怪我の事だよね。足の方はともかく、腕の方はやっぱり厳しいみたいだよ」

まどか 「そ、そうなんだ・・・」

仁美 「・・・」

さやか 「だけどね、頑張ってる恭介を見ていると、私は思うし信じられるんだ」

ほむら 「なにを・・・?」

さやか 「奇跡も、魔法もあるんだって」

ほむら 「え・・・」


驚いて、おもわずさやかを凝視してしまう私。

魔法少女の存在を知っているまどかも、目をまん丸にしてさやかを見つめている。

そんな視線に気がついて、彼女は頭をかきながら、苦笑まじりに言った。


さやか 「やだなー、何、その顔」

まどか 「だってさやかちゃん、今、魔法って・・・」

さやか 「なになにー、まどかまで。さやかちゃんが柄にもなくメルヘンな事を言ったからって、その反応はあんまりじゃない?」

ほむら 「じゃあ、魔法っていうのは・・・?」

さやか 「例えよ、物の例え。だけれどね、恭介はあんなに頑張ってるんだもん。奇跡だってなんだって、起こせるんじゃないかなって。私には、そう思えるんだ」

ほむら 「そう、そうだったの・・・」


安堵のため息を漏らしながら、私は平静を装って、さやかの言葉に相づちで応えた。

そう、この時間軸でのさやかにとって、キュウべぇとの契約がもたらす願いなんて、もはや何の意味もない。

その事は理解していても、やはり彼女の口から”魔法”の二文字が出ると、ドキリとしてしまう。

ほむら 「やはりあなたは、美樹さやかなのね」


状況や立場が違っていても、彼女の本質は何も変わりはなしない。


さやか 「意味深なこと言うのね。どういう意味?」

ほむら 「あなたらしいって、そう思っただけ」

さやか 「?」


ひたむきなまでに一途で、普段は活発さに隠れて見えにくいけれど、本当はどこまでも女性的な優しさを持つ人。

それが悪い方に現れて、苦しめられた時間軸もあったけれど・・・

やっぱりさやかの本質を私は嫌いになれない。むしろ、好ましいとさえ思えてしまう。

ほむら (さやかと上条恭介がこれからも行き続けていく見滝原の街・・・)


ふ、と仁美のほうを見ると、彼女は一連の会話に口を挟むこともなく、もくもくと食事を続けていた。

私は知っている。仁美も上条恭介の事を、以前から慕っていたという事を。

しかし、今さらさやかと恭介の間に割り込むことは不可能と知って、自分の想いを外に出さないように必死なのだろう。


さやか 「ん、どしたの、仁美。黙りこくっちゃってさ」

仁美 「あ、別に何でも。込み入った話でしたので、立ち入るのもどうかと思って・・・」

さやか 「そんなこと、気にしないで良いのに。お、仁美のお弁当は今日も豪勢だね。それ、おいしそうだなー」

仁美 「さやかさんったら、相変わらずですのね。ふふっ、よろしければ、お一つどうぞ?」


そして、今までと変わらない態度で、さやかと接している。

彼女も辛いだろうな。

だけれど、どうにもならない事を態度に表して、周りを困惑させることは仁美の美意識に反する事なんだろう。

だから、いつも通りの自分を演じている。立派だと思う。


ほむら (そして志筑仁美が新しい望みを見出し、育んでいくはずの街・・・)


友達のためにも。この見滝原を守り通したい。

いや、まどか共々、この街も必ず守ってみせる。

まどかたちが食事を取る姿を眺めながら、私は決意も新たに、己に誓ったのだった。


・・・
・・・


仁美 「浅ましい・・・」


学校からの帰り道。

今日も習い事があるからと嘘をついて、志筑仁美は独り。

まどかやさやかと別れて、自宅の近所にある公園のベンチでひとりごちていた。


仁美 「私ったら、どうしてあのような事を・・・」


考えてしまったのだろう・・・

いや、それは今でも。

考えまい考えまいと心に強く命じるほどに、嫌な思いが胸の内を黒く染める事に抗うことができない。

だからこその、自己嫌悪。

浅ましくて愚かしくて、消えて無くなってしまいたくなる。

仁美 「ああ・・・」


落ち込んで、視線を足元に落とす。

すると、今までどうして気がつかなかったのだろう。

仁美の足元には、一匹の白い小動物が寄り添う様にたたずんでいた。


仁美 「あら・・・」


少し驚いたが、愛らしい動物が側によって来てくれた事は、生き物好きの仁美には素直に嬉しい出来事だった。

ささくれ立った心が慰められるようで、その事もありがたい。

だけれど・・・


仁美 「あなた・・・猫・・・とは、少し違うようだけれど・・・ウサギ・・・?とも、違うようだし」


まじまじ観察してみるが、その動物は仁美が知っているどの動物とも違って見えた。

実際に見たことはもちろん、図鑑やテレビでも見た記憶がない。


仁美 「まぁ、いいですわ」


深くは考えない事にして、仁美は動物をひょいと抱え上げ、自分の膝の上に載せる。

動物は嫌がるそぶりも見せず、仁美のなすがままに任されてくれた。

仁美 「ふふ、大人しいですのね。ねぇ、あなた。私のことを慰めて下さってるの?」


答えを期待しない問いかけをしながら、優しく頭を撫でてやる。

動物は鳴き声一つあげずに、仁美の顔をじっと見つめている。

まるで、彼女の次の言葉を促しているかのように。


仁美 「・・・あのね、聞いてくださる?」


仁美は、ポツリポツリと、今の心境を語って聞かせた。

自分にはずっと昔から、慕っている男性がいたという事。

その人の側には、彼の幼馴染が寄り添っていて、今さら自分が立ち入る隙間などないという事。

それでも今までだったら、彼が幼馴染を女性として意識していなかった事が見て取れていた。

だから、いつかは自分にも彼の心をつかむ機会が訪れるのではないか。そんな淡い期待を持ち続けていたという事。

そして・・・今となってはその期待も、砂上の楼閣のように脆くも崩れ去ってしまったという事。

仁美 「・・・今にして思えば」


想い人と幼馴染。

恭介のことを仁美が知るよりずっと前から見続け、密かな想いを胸に秘めつつ側にいたさやか。

そんな、さやかが抱く想いの大切さに気がついた恭介。

上条恭介と美樹さやかは、遠回りをしながらも、今。あるべき形に辿り着いただけなのに違いない。


仁美 「さやかさんは大切なお友達。人の心を思いやれる、とても素晴らしい女の子ですわ。だから・・・」


恭介にとって、これがベストな事なのだと。

そう、理性では分かっていた。

分かっていたはずなのに。


仁美 「私、最低ですわ・・・」


付け入る隙を、二人の破局を望んでしまう自分が確かにいた。

そうすれば、今のさやかのポジションに自分が入り込む自信がある。

そんな浅ましい事を考えてしまう自分に、仁美は大きなショックを受けていたのだ。

仁美 「大切な人なのにっ、大好きなお友達なのにっ!二人の幸せを素直に受け入れてあげられないなんて・・・っ!」

? 「人は二面性を持つ生き物よ。そして、綺麗ごとだけでは生きて行けない」

仁美 「えっ!?」


一瞬、膝の上の小動物が喋ったのかと思った。

だけれど、そうではなく。

声は仁美の隣から、穏やかな風に乗って流れてきたのだ。

顔を上げて、隣に視線を向けると、そこにはいつからいたのか・・・

自分と同じ年頃の、目を奪われるように美しい少女が一人、腰を下ろしていた。


仁美 「え・・・あ、あなた、は・・・?」

? 「こんにちわ」

仁美 「こんにちわ・・・」

? 「盗み聞きするつもりはなかったのだけれど・・・聞こえてしまったの。あなたの胸のうち、あなたの苦悩が」

仁美 「あっ・・・」


顔を赤くして俯く仁美。

はからずも、膝もとの動物と目が合ってしまう。


? 「ここで会ったのも、何かの縁。自己紹介をしましょう。私は美国織莉子・・・」

仁美 「美国さん・・・?」

織莉子 「織莉子で良いわ。私もあなたのことを名前で呼ばせていただくから」

仁美 「・・・」

織莉子 「志筑仁美さん?」

仁美 「っわ、私の名前を・・・!?」

織莉子 「ふふ、驚かせてしまったら、ごめんなさいね。私、少し前から、あなたの事を見ていたの」

仁美 「少し前って・・・」

織莉子 「数日前から。お友達になりたくって」

仁美 「・・・お友達に?私と?」

織莉子 「ええ。そして、見ていたから分かる。仁美さん、悩んでいるのね」

仁美 「・・・え、ええ」

今、初めて会話を交わした相手。

無遠慮に踏み込んでくる態度に、普段の仁美であったら腹を立てて、この場を去っていただろう。

だけれど、疑心と自己嫌悪で心が弱っていた仁美には、優しい笑みを浮かべて自分に話しかけてくる、この少女・・・

美国織莉子の質問を振り切って、立ち上がる気持ちには、どうしてもなれなかった。


仁美 (不思議な人・・・人を惹きつけてやまない魅力のようなものがある・・・美国、織莉子さん・・・)


どうせ、まどかやさやかの誘いを断って、今日は暇なのだ。

なら、この人に思いの丈をぶつけてみるのも悪くない。仁美はそう思った。


仁美 「わ、私・・・」


誰かに聞いてもらいたかった。

もし、それで不愉快な思いをしたなら、その時はこの場を去り、それっきりにすれば何も問題はないのだから。

・・・
・・・


織莉子 「そう・・・」

仁美 「・・・」


この人は、私の話を聞いて、どう思っただろう。

全てを語り終わった仁美は、織莉子が自分をどういう表情で見ているのか。

そのことを知るのが怖くて、膝上の動物から視線を外せずにいた。

・・・嫉妬と羨望に満ちた浅ましい心根を、さぞ卑しいと感じたのではないだろうか。

だけれど。


ふわっ


柔らかい感触が、身体を包む。

いつの間にか立ち上がった織莉子から、背中越しに抱きしめられたのだ。


仁美 「・・・っ!」

織莉子 「辛かったのね」

仁美 「わた、私・・・」

織莉子 「誰にも言えず、誰にも語れず。心の痛みを表情にも出せず。大海に漕ぎ出した小船のように頼る術もなく、心細く・・・」

仁美 「・・・う、うぅ~~~」

織莉子 「泣きたい時は、泣いても良いの。辛い時は苦しみを隠すべきではないの」

仁美 「う・・・う・・・うぁ・・・」

織莉子 「そして、望んだものがあれば・・・それは自分に正直に望むべきなのよ」

仁美 「あああーーーーんっ」


人肌の温かみに心がほだされ、決壊した瞳からは涙が際限なくあふれて来る。

こらえ続けていた嗚咽は、心の膿を搾り出すように、胸の奥からいつまでも湧き上がってきた。

そんな仁美を、後は何も言わず。

織莉子は優しく抱きしめ続ける。

その様子を心底理解できないといった目で、膝もとの動物が見ているのを仁美は気がつかなかった。


キュウべぇ (まったく人というのは何世代を得ても、考えることは一緒なんだよね。 理解に苦しむよ・・・)

次回に続く!

再開します。

・・・
・・・


翌日 朝

教室


志筑仁美が、学校を休んだ。

まどかやさやかと一緒に登校するための、いつもの待ち合わせ場所に現れなかったというのだ。


さやか 「仁美、どうしたんだろうね。風邪でもひいちゃったのかな」

まどか 「昨日はいつもと変わりなかったのにね。心配だよ」


なぜか私の席の前で、さやかとまどかが語り合っている。

一応私も、彼女たちの仲間として認められているという事だろうか。

ならばと、私も会話に加わってみた。


ほむら 「志筑さんから、何も連絡はなかったの?」


私の問いかけに、まどかが小首を傾げる。


まどか 「うん、なにも。仁美ちゃんが前に休んだ時は、メールで教えてくれたのに」

さやか 「だからよけいに心配なのよ。メールもできないくらいに具合が悪いとかさ」

ほむら 「・・・」


私と仁美は、それほど親しかったわけではない。

かつての時間軸でも、必要以上の接触をしたことはなかった。

それでも、彼女の真面目でマメな性格は、傍から見ていてもよく伝わってきていた。

自分に何かがあって、友人が心配するのがわかっていて、連絡をおざなりにするような人ではなかったはず。


ほむら 「心配ね・・・」

まどか 「ほむらちゃんも心配だよね。どうしよう!電話、してみようかな」

さやか 「まぁ、待ちなって。本当に具合が悪いなら、寝ていてメールどころじゃないのかもしれないし」

ほむら 「そうね。まもなく先生も来るわ。休むのなら学校に連絡を入れているだろうし、少し待ちましょう」

まどか 「う、うん~・・・」

ほむら 「ほら、そろそろ予鈴が鳴るわ。二人とも、席に戻った方がいいわよ」


私に促され、二人はそれぞれの席へと戻っていった。

それにしても、志筑仁美。彼女に一体何があったのか。


ほむら (単なる風邪なら良いのだけれど・・・)


・・・妙な胸騒ぎがするのは、どうしてだろう。


竜馬 「嫌な予感がするな」


まどか達が去った後、隣の席の竜馬が、声を落としながら話しかけてきた。


ほむら 「なにか、思い当る事でも?」

竜馬 「あるわけないだろ。志筑仁美とはほとんど話したこともないんだ。だがな、こういう時には臭ってきやがるんだよ」

ほむら 「臭い・・・?」

竜馬 「ああ、戦いの中で身に着けた嗅覚がな、嗅ぎつけやがるのさ。嫌な事件特有の臭いってやつを、さ」

ほむら (不安になるようなこと、言ってくれるわ)


だけれど、同じような思いを抱いてしまっている私には、竜馬の言う事を思い過ごしと聞き流すことはできなかった。

・・・やがて。

朝のHR開始を告げるチャイムが、スピーカーから流れてきた。

だけれど、変ね。いつもならすぐにやって来るはずの先生が、今朝はなぜだか教室に姿を現さない。


中沢 「先生、遅いよな…?」


数分たって。

普段何かと和子先生の無茶な質問につき合わされている中沢君が、疑問の声を上げた。

それを皮切りに、静まり返っていた教室の中が、にわかに騒めきだす。


それから、さらに数分がたち、教室のざわめきが最高潮に達したころ。。

やっと先生が、教室へと姿を現した。

のだが・・・


和子 「皆さん、お早うございます」


教壇に立った先生の表情が、どことなく固い。

和子 「遅くなってすみません。それと、もうこんな時間なので、朝のホームルームは中止にします。あと・・・」


先生が生徒たちの席に目を走らせる。見つめているのは・・・


ほむら (まどかと、さやか・・・?)


和子 「鹿目さん、それと美樹さん」

まどか 「は、はい」

和子 「二人には悪いのだけど、授業に使うプリントを運ぶお手伝いをして欲しいの。いいかしら」

さやか 「え、まぁ、そりゃ構わないですけど、なんで私ら・・・?」

和子 「ほかの皆さんは、先生が戻るまで自習をしていて下さい。以上」


先生は早々に話を切り上げると、まどか達を従えて、さっさと教室を出て行ってしまった。

それと同時に、再び喧騒に包まれる教室内。

誰だって分かる。あまりにも不自然な、先生のあの態度。


竜馬 「何かがあったな」

ほむら 「ええ・・・」


ほむら (ということは、志筑仁美の身に何か?だから、仁美と親しい二人を連れだして、話を聞こうと・・・?)


いくら疑問に思っても、今は仮説をたてる以外になす術がない。

私には喧噪のなか、まどか達の帰りを待つ事しかできなかった。

・・・
・・・


まどか 「仁美ちゃん、昨日から家に帰ってないんだって・・・」


一時間目も終わろうという時間になって戻って来た、まどかとさやか。

休憩時間になって事情を聴こうと、トイレに誘うふりをしてまどかを連れ出した私。

トイレまでの道すがら、人気が無い場所でまどかがコソリと話してくれた。


ほむら 「昨日から・・・?」

まどか 「うん。お家の人もなにも聞いないんだって・・・」

ほむら 「それで、まどか達が呼び出されたの?」

まどか 「うん。いつも私やさやかちゃんと一緒に帰ってるからって。だけど昨日は、仁美ちゃんとは別々に帰っちゃったし・・・」


語りながらも、まどかは今にも泣きだしてしまいそうだ。

まどか 「仁美ちゃん、何かあったのかなぁ。昨日も一緒に帰っていたら、こんな事にならなかったのかなぁ」

ほむら 「まどか、自責の念に囚われているのなら、自分をあまり追い詰めないで」

まどか 「だって・・・」

ほむら 「友達だからって、いつだって一緒にいられるわけじゃない。彼女に何かがあったとしても、それはまどかのせいじゃないのだから」

まどか 「なにか・・・なにかって・・・」

ほむら 「もちろん、何もないことを私も祈ってはいるけれど・・・」


そうは言いながらも、あのしっかりとした志筑仁美が、家に何の連絡も入れずに行方知れずになるなんて、何事もないはずもない。

私は、そうも考えていた。

となれば、可能性としては・・・


ほむら (何らかの事件に巻き込まれたか・・・あるいは・・・)


魔女の結界に囚われたか・・・

事実、こことは別の時間軸で、仁美は魔女に魅了され、危うく命を落としかけたことがあった。

その時は、間一髪のところをまどかと、魔法少女となったさやかに救われたのだけれど。

この時間軸でも、同じような出来事に遭遇していないとも限らないのだ。


まどか 「仁美ちゃん・・・仁美ちゃん・・・」ぐすぐす

ほむら (何にしても、放ってはおけないわね。もし志筑仁美の身に何かがあれば、まどかの心が持たない)


その弱みにキュウべぇが付け込んで来るかもしれない。

あいつに隙を見せるようなマネは、絶対に避けなければならないのだ。


ほむら 「まどか、心配しないで。志筑さんの事は、私も探してみるから」

まどか 「ほ、本当!?ほむらちゃん!」

ほむら 「ええ。だからあなたは普段通りに。だって彼女は、私にとっても大切な友人なのだから」


そう、今の私は、本心から思っているから。

・・・
・・・


放課後。

私と竜馬は、学校から少し離れた公園へと向かった。

そこで杏子と合流し、魔女狩りに向かう手筈となっていたのだ。


ほむら 「ねぇ・・・」

竜馬 「ん・・・?」

ほむら 「志筑仁美の事、まどかから聞いたのだけれど・・・」


道すがら、私は竜馬に、まどかから聞いた一部始終を話して聞かせた。


竜馬 「家族に連絡も入れず、家に帰っていない、か。ちゃちな火遊びするようなタイプには見えなかったがな」

ほむら 「当然よ。彼女がそんないい加減な人なら、まどかが友人として認めるはずがない」

竜馬 「てことは、だ。俺が嗅ぎ当てた悪い予感は、的中しちまったって、考えても良さそうだな」

ほむら 「ええ、あとは手遅れではない事を祈るだけだけれど・・・」


魔女の結界に囚われてしまったのなら、普通の人間にそこから抜け出す事は、まず不可能だ。

願うらくは、結界の中で身をひそめ、何とか命の火を繋いでいて欲しい。


ほむら 「私たちが、当たりの結界を引くまで、なんとか、なんとしても・・・」

竜馬 「・・・片端から結界を潰していかなくてはならないな」


魔女の結界か、使い魔のそれかを選り好みしている余裕はないという事だ。


竜馬 「魔力の温存を図ってきた俺たちには、少しばかり不利な事態だがな」

ほむら 「仕方がないわ。仁美に何かがあったら、不安定となったまどかの心に、あいつがつけ入ってくる危険がある」


まどかを守り通す最善の方法をとるための、魔力の温存だったのだ。

優先順位が変われば、採るべき方策が変わるのも当然と考えなくてはならない。


竜馬 「まぁ、可能な限り戦闘は俺が行う。お前は必要以上には魔力を使おうとするなよ」

ほむら 「ありがとう、リョウ。頼りにしているわ」

・・・
・・・


ほむら 「・・・」


私はとある建物の前で立ち止まった。


竜馬 「どうした?」

ほむら 「この奥。そこの路地の間から、気配がする」

竜馬 「魔女の気配か?」

ほむら 「ええ、それともう一つ・・・」

竜馬 「魔法少女・・・?」

ほむら 「仲間以外の、ね」

竜馬 「・・・」


同じ魔法少女同士。なじみ深い仲間の気配なら、感じ間違うはずもない。

この奥から漂ってくるのは、今まで接したことのない気配。

それは、かつての時間軸で敵として渡り合った、美国織莉子や呉キリカの物とも明らかに異なる。


ほむら (そういえば、佐倉さんが言っていたわね・・・)


(杏子 「どうもこうも、聞いた通りさ。キュウべぇの奴、むやみやたらと魔法少女を増やしてやがるぜ」)


では、この先にいるのは、いまだ私が遭遇したことのない。

この時間軸特有の、新たな魔法少女というモノなのだろうか。

竜馬 「で、どうするんだ?」

ほむら 「どうもこうも。美国織莉子の動きが気になる。ここにいる魔法少女が例の”バーゲン品”である可能性もあるわけだしね」

竜馬 「そうであれば、美国織莉子とやらと遭遇する機会が得られるかもしれない、か」

ほむら 「ええ」

竜馬 「奴が何者であれ、ゲッターのことを嗅ぎまわっているなら、捨て置くことはできない。何を目論んでいるのか、聞き出す必要があるだろう」

ほむら 「それに志筑仁美の件もあるわ。魔女の結界がそこにあるのに、見て見ぬふりはできない。行きましょう」

竜馬 「おう」


私たちは道を外れ、路地の中へと入っていった。

公園では杏子が待っているはずだけれど、仕方がない。

まずは、目の前の事象から対処する。

戦いの基本だもの。

・・・
・・・


結界内


竜馬 「こりゃあ・・・」


結界に踏み込んでの、竜馬の第一声がそれだった。

あたりを見回すと、そこかしこに散乱しているのは使い魔たちの残骸の山。


竜馬 「派手にやってくれたもんだな。その、魔法少女さんとやらは」

ほむら 「ええ」


どうやら、よほどの手練れらしい。

杏子の話では、彼女が遭遇した”バーゲン品”は、戦う術もほとんど持たないような非力な子ばかりだったという事だけれど。

ここにいる魔法少女は、それとは別格の存在のようだ。

竜馬 「だが・・・」


竜馬が使い魔の死骸が折り重なった周囲を眺めながらつぶやく。


竜馬 「力はあるようだが、お前のように”慣れた”戦いをするやつではないようだな」

ほむら 「ええ、そうね」


同感だった。

むやみやたらと、手当たり次第に使い魔を殺しつくす、この戦い方。

きっと魔力の消耗具合は尋常ではないだろう。

このような戦い方を続けていては、ソウルジェムが持つはずがない。

と、すれば・・・


ほむら 「資質の高い、新人の魔法少女・・・」

竜馬 「危ういな」


この奥からは、魔女の気配。

新人がいきなり、魔女の相手をするのはリスクが高すぎる。

いくら見知らぬ相手とはいえ、すぐそこに救える命があるのなら、見捨てるわけにはいかなかった。


ほむら 「・・・先を急ぎましょう」

竜馬 「応!」


私たちは頷きあうと、使い魔の死体を踏み砕きながら結界の奥へと駈け出した。

・・・
・・・


結界を進むにつれ、強まっていく。

魔女の気配と、そして魔法少女の気配。


ほむら 「・・・?」


私は、かすかな違和感を得ていた。

魔法少女の、この気配。確かに初めて感じるものに違いない。

だけれど、どこかで接した事もあるような、そんな不思議な感覚。

これはいったい、どういうことなのだろう?


だが、ほどなくして私の疑問は解決される。

目の前に、明確な答えが示されたからだ。

結界の最奥。

魔女の住処。

そこでは今まさに。

一人の魔法少女が、魔女に最後の一撃を繰り出したところだった。


魔女は住処いっぱいに断末魔の叫びを響かせると、その巨体を力なく横たえ息絶えた。

ほどなくその体は光の結晶となって四散し、後に残されたのはグリーフシード一つ。


? 「おもったより、手間取りましたわ・・・」


言いながら、ひょいっとグリーフシードを拾い上げたのは、先ほど魔女を倒した魔法少女だった。

手間取ったとは言いながら、声も表情にも疲れの色ひとつ表していない。

涼しい顔で、さっそくソウルジェムを浄化させている。

そんな彼女の姿を見て、私も竜馬も声を失っていた。

? 「・・・あら?」


やがて。

ソウルジェムを浄化し終わった彼女が、こちらに顔を向けた。

怪訝な顔でこちらを見つめている魔法少女。

私は彼女の顔に、見覚えがあった。


ほむら 「な、なぜあなたが・・・」


私が、その一言だけを絞り出すように言うと、彼女も驚きの色を隠せないと言った声音で呟いた。


? 「暁美さんと・・・流さん・・・?なぜ、あなたたちがこのような所に・・・」

ほむら 「それは、それはこちらのセリフよ・・・!」


私は混乱していた。

なぜ、彼女が?理解ができなかった。

確かに彼女の存在は、どの時間軸においても重要なポジションを占めてはいた。

だけれどそれは、あくまでまどかやさやかの友人としてのそれであり、魔法少女の資質とは別のところにあったはず。

それなのに、今こうして、現に。

彼女は魔法少女として、私たちの目の前に立っている。

そして、混乱しながらも、納得したことも一つ。

先ほどから心を支配していた違和感。

・・・なるほど、こういう事だったのね。

”魔法少女”としては、初めて感じる気配。

だけれど、同時にどこかで見知ったような、親近感をも抱かされていた。

その理由は、とっても単純。

私は魔法少女になる以前の、この気配の持ち主の事を、良く知っていたからだったのだ。

ほむら 「なぜ、あなたがその姿で、ここにいるの!?」

? 「・・・」


私は、昨日も教室で話を交わしたばかりの。

あくまでも、私にとっては友人の一人という立ち位置に過ぎなかったはずの。

そんな、彼女の名を叫ぶ。


ほむら 「・・・志筑仁美!!」

仁美 「・・・」


・・・
・・・


キュウべぇ 「志筑仁美。君の願いを叶えるのと引き換えに、君には魔法少女として魔女と戦ってもらうことになるけれど、それで良いんだね?」

仁美 「ええ。説明は織莉子さんからも聞きましたし、承知しましたわ」

キュウべぇ 「では、君はどんな願いで、その魂を輝かすのかい?」

仁美 「私の願いは・・・」


仁美 「                 」


織莉子 「・・・え?」

キュウべぇ 「・・・僕は、願いの内容に関しては干渉しない事にしているんだ。何を望むかは、君たち自身の問題なのだからね」

仁美 「・・・」

キュウべぇ 「だけれど、願いの強さは魔法少女の力量にも直接かかわってくる以上、敢えてもう一度だけ、聞かせてもらうよ」

仁美 「ええ」

キュウべぇ 「本当に、その望みが君の命を懸けるにふさわしい願い、なんだね?」

仁美 「間違いありまぜんわ。これは私が私らしくあるために、何よりふさわしい願い」

織莉子 「仁美さん、あなた・・・」


仁美 「この願いが叶うなら、私はこの命が尽きるとも、本望なのですわ」

・・・
・・・


仁美 「なぜって・・・それは・・・暁美さん」

ほむら 「・・・」

仁美 「あなたも魔法少女だったと知って、今は驚いていますけれど、でも、だからこそ、あなたも分かっているんでしょう?」

ほむら 「なにを言ってるの・・・?」

仁美 「私が魔法少女として、なぜここにいるか。その理由なんて、とっても単純にして、明快」

ほむら 「・・・」

竜馬 「・・・」


仁美 「私が、私として、私らしくあるために、ですわ!」

・・・
・・・


次回予告


魔法少女として、ほむらの前に姿を現した志筑仁美。

その背後には、彼女の運命の糸を操ろうとする、美国織莉子の影が見え隠れしていた。

一方そのころ、自宅療養中のマミと、見舞いに訪れたまどかへと忍び寄る、一つの影があった。

いよいよ満を持し、活動を開始した織莉子一党。

彼女たちがゲッターロボに向ける想いとは、いったい如何なる事なのか。


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第七話にテレビスイッチオン!

以上で第6話終了です。

もしよろしければ、次回もお付き合いいただけたら嬉しく思います。

再開します。

ほむら「ゲッターロボ!」 第七話

まどかは途方にくれながら、夕暮れに沈む街を一人、とぼとぼと歩いていた。

大切な友達が行方知れずなのに、じっとなんてしていられない。

そんな思いに突き動かされ、まどかは街へと繰り出していた。

向うは、仁美とよく立ち寄った場所の数々。


まどか 「仁美ちゃん・・・仁美ちゃんっ・・・!」


一緒にポテトをつつき合ったファーストフード店。

お気に入りのアクセサリーを探して回った、雑貨屋。

学校帰り、別れるのが惜しくて、暗くなるまでおしゃべりに花を咲かせた小さな公園。


まどかは思いつく限りの場所へと、足を運んだ。

そして、探す。なじみの深い、見慣れた、あの優しい笑顔の友人を。

だけれど・・・


まどか 「仁美ちゃん・・・」


毎日、学校に行きさえすれば見る事のできた、あの笑顔が。

今日は、どこを探しても見つけることができない。


まどか 「いったい、どこに行っちゃったの・・・」


まもなく日も落ちる。

まどかには、これ以上の心当たりは思いつかなかった。

まどか 「・・・」


次第に闇色に染められつつある空を見ていると、考えたくもないのに嫌な方へ嫌な方へと、心が支配されそうになってしまう。

思い浮かぶのは、最悪の可能性の事ばかり。


まどか 「仁美ちゃんに限って、家出なんて考えられないし。仁美ちゃんしっかりしてるから、何かがあったらすぐにお家に連絡入れるだろうし・・・」


それができない状況に、巻き込まれている・・・?


まどか 「まさか・・・」


まどかの心が恐怖に震える。


まどか 「仁美ちゃん、もしかして魔女に・・・」


考えたくはなかった。が、そうだとすれば・・・

連絡が取れないのも、行方が分からないのも、すべての辻褄があってしまう。

まどか 「・・・っ!」


たまらず、まどかは駆け出した。

なんとか、なんとかしないと!

だけれど、そのなんとかが分からない。

ほむらは言っていた。まどかは普段通りにしていろと。

だけれど、大切な友達の安否が定かでないのに、安穏としていられるようなまどかではなかった。


まどか 「・・・あっ!」


ふ、と。

まどかの脳裏に、ある人の姿が思い浮かぶ。

あの人なら、あの人だったら力を貸してくれる。そうに違いない!


まどか 「うんっ・・・!」


自分が次になすべきこと。

そのことを見据えたまどかは、一路、思い浮かべた人が住む場所へと、行き先を定めたのだった。

まどか 「マミさん・・・!」


巴マミ。


まどか 「マミさん、マミさんっ・・・!」


彼女はここ一週間ほど、学校を欠席していた。

たちの悪い風邪にかかった。

まどかは、そう聞かされていた。

そんなマミから、数日前にメールが来ていたのだ。


「間もなく登校できそうです。学校で会ったら、よろしくね」


まどか (マミさん・・・!)


マミなら、話を聞いてくれる。

もし本当に仁美が魔女がらみの事件に巻き込まれているのなら、きっと力を貸してくれる。

仁美を助けてくれるだろう。

そんなマミに対する絶対的な信頼が、まどかの足を彼女の元へと向かわせてたのだ。


まどか (マミさん、マミさん助けて!)


? 「・・・」

・・・
・・・


魔女の結界の中で。

私と竜馬は、一人の少女と対峙していた。

まどかとさやかのクラスメイト。

私の新しい友人。

昨日の下校時間に行方不明となった、話題の渦中にある人。


そんな彼女が、思いもかけない姿で私たちの前に姿を現したのだ。


ほむら 「志筑、さん・・・あなた・・・」

仁美 「・・・」


予想だにできなかった。

理解なんか、尚の事できなかった。


ほむら 「なぜ、あなたがその姿で、ここにいるの!?」


私は、今の私の疑問をそのまま、言葉に乗せて投げつける。

意味が解らなかった。

仁美 「なぜって・・・決まっているでしょう」

ほむら 「・・・」

仁美 「私が、私として、私らしくあるために、ですわ!」

ほむら 「志筑さん・・・」


仁美の決然とした言い切りに、私は次の句を失ってしまう。

今の彼女からは、それ以上の問いかけを許さない。

そんな凄味が滲み出していたのだ。


・・・程なくして。

主をなくした魔女の結界は崩壊をはじめ、私たち3人は通常の空間へと吐き出された。

場所は、元の路地裏。


仁美 「暁美さん、変身を解いたらいかがです?いくら人通りが少ない路地とはいえ、誰かに見られたら目立ちますわよ」


いつの間にか普段の制服姿に戻っていた仁美が、涼しい顔で忠告してきた。


ほむら 「・・・」


私は言われたとおり変身を解くと、次から次へと湧き上がる疑問をひとまず心のうちにしまうことにした。

まずは優先するべきことがある。他の事は、それが済んでからだ。

ほむら 「志筑さん。ひとまず、お家の方と学校に連絡を。無事な姿を見せてあげて。みんな、心配してるわ」


そう、まどかが心配している。

先のことはどうあれ、ひとまず今は仁美が無事であったこと。

その事を一刻も早く知らせ、彼女を安心させてあげたかった。

だけれど・・・


仁美 「それなのですけど・・・」


私の気持ちなどお構いなしに、仁美がもったいぶりながら言う。


仁美 「私、これから忙しくなりますの。いま連絡をしたところで、引き続き心配させてしまうだけだと思いますし・・・」

ほむら 「・・・え?」

仁美 「するべきことが終わったら、後始末は然るべく行いますわ。ですから、暁美さん。口出しは無用です」

ほむら 「なっ・・・」


なに、その言い方は・・・!

まるで他人事な言い様に、私は全身の血が逆流するのを感じた。

口出しは無用ですって?ふざけたことを!


ほむら 「あなたがいなくなって、いったいどれだけの人に心配をかけているのか、わかっているの!?」


まどかの心を、どれほど痛めつけているのかを!


ほむら 「あなたが今、優先するべきなのは!心配している人たちを安心させることよっ!」

仁美 「・・・」


だけれど、私の叫びにも、仁美は表情を崩さない。


仁美 「・・・これ以上の問答は無駄。言ったでしょう、私は忙しいと」

ほむら 「あなたはっ」


仁美を想い、その瞳いっぱいに涙を浮かべながら、顔を曇らせていたまどかの姿が、私の脳裏に蘇る。

まどかを・・・私の大切な人を、あそこまで心配させておいて、どうして涼しい顔をしていられるのか!


ほむら 「志筑仁美っ!」

竜馬 「待て、暁美」


今にも飛びかからん勢いの私を制するように、竜馬が一歩、前へ出る。


志筑 「流さん・・・」

竜馬 「志筑、お前、その口ぶり・・・言いくるめられているな」

ほむら 「え・・・?」

竜馬 「誰に、何を吹き込まれた?」

仁美 「吹き込まれたとは、人聞きの悪い。私は自分の判断で、良かれと思ったことを行動していますのよ」

ほむら 「それって、まさか・・・美国織莉子・・・?」

仁美 「あら・・・」


意外といった風に、私を見る仁美。

その表情だけで、答えは明白だった。


ほむら 「どうして・・・」

仁美 「・・・ごきげんよう」


これ以上、ここにいても益が無いとふんだのか。

仁美はきびすを返すと、路地の奥へと歩み去ろうと、その場を歩き去った。


ほむら 「あ、待って!」


慌てて引き留めようと、後を追う私たち。

だけれど・・・

仁美の後に続いて路地の角を曲がった私の目の前には、一枚の壁が行方を塞いでいるのみ。


ほむら 「行き止まり・・・」


撒かれてしまったのだ。

・・・
・・・


路地を抜けた私たちは、仕方がなく当初の目的地だった公園へと足を向けた。

今ごろ公園では、連絡もなく待ちぼうけを食らわされている杏子が、イライラしながら私たちの訪れを待っていることだろう。

だけれど今は、杏子の苛立ちにまで気を配ってあげるほどの余裕はない。


仁美はなぜ、魔法少女になろうとしたのだろう。

美国織莉子とは、どのように知り合ったのか。

なにより、なぜ仁美が魔法少女になることができたのか・・・


次々と湧き上がる疑問に、思考を塞がれてしまっていたから。


竜馬 「おい」


そんな私の思索を断ち切るような無遠慮さで、隣を歩く竜馬が声をかけてきた。

ほむら 「なに?」

竜馬 「暁美・・・どうして、志筑から目を離していた?」

ほむら 「え、どういうこと?」

竜馬 「鹿目のためにもと、美樹にはあれほど気を配っていたお前が、なぜ志筑の事はノーマークだったんだ?」

ほむら 「リョウ・・・」

竜馬 「なぜ、教えてくれなかったんだ。あいつも魔法少女になる恐れがあるという事を」


そういうこと・・・

確かに、この時間軸での志筑仁美しか知らない竜馬にとっては、それはもっともな疑問だった。

だけれどこの件に関しては、私だって竜馬と、そう立場は変わらない。

だから、私はかぶりを振って答える。


ほむら 「そうじゃないの、リョウ・・・彼女は、志筑仁美は・・・」

竜馬 「・・・?」

・・・志筑仁美。

関わり合いこそ少なかったものの、私はあまたの時間軸で彼女を間近で見てきた。

それは仁美が、私が守るべき人、鹿目まどかと近しい友人であったから。

ゆえに、知っている。


ほむら 「私の知っている志筑仁美には、魔法少女としての適性なんて、ありはしなかった」


その事実を。


竜馬 「なに・・・?」


そう、それは間違いがない。

だって、まどかに付きまとっていたキュウべぇが側にいた時にだって、仁美には奴の姿が見えてはいなかったのだ。

魔法少女の適性を測る、一番のバロメーターはキュウべぇその物。

適性の無い者には、キュウべぇの存在を感じることができないのだから。

竜馬 「しかし現に、志筑は魔法少女として俺たちの前に現れた・・・お前の言う事が真実なら、これはいったいどういう事なんだ?」

ほむら 「分からない、私が聞きたいくらいよ」

竜馬 「そうか・・・だったら、聞いてみればいいんじゃねぇか」

ほむら 「そうね」


私たちは後ろを振り返る。

・・・こいつは、いつだって、どこにだって存在する。

”いる”と思って視線を向けた先には、たいてい奴が、なにくわぬ顔で佇んでいたりするのだ。

今だって。

奴はいつからそうしていたのか、さも当り前な顔をして、私たちの後を歩いていた。


ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「やぁ、ほむら。こんな所で会うとは奇遇だね」


私と目があったキュウべぇが、白々しい言葉をさらに白々しい口調で吐く。

いちいち癇に障るやつだけど、今はそんなことを気にしている時じゃない。


ほむら 「聞きたいことがある。杏子も交えて話がしたいわ。このままついて来て」

・・・
・・・


マミ兄妹が住むマンションの部屋の前。

チャイムを鳴らしたまどかの前に姿を現したのは、兄である武蔵だった。


武蔵 「あれ、君は確か・・・」

まどか 「こ、こんばんわっ」


まどかがぴょこんと、頭を下げる。

扉を開けて、意外な訪問者を笑顔で迎えた武蔵だったが・・・


まどか 「鹿目まどかです。こんな時間に、突然すみません」


顔を上げたまどかを見て、その表情からすぐに、何事かが起こったであろうことを察したのだった。


武蔵 「どうしたんだい、まどかちゃん」

まどか 「じつは、マミさんにお話というか・・・お願いがあって。あの、マミさんのお風邪って、もう治ったんですか?」

武蔵 「・・・」

まどか 「?」

武蔵 「少し、玄関で待っていてくれるかな。マミちゃんが起きてるかどうか、見てくるから」

まどか 「あ、はい。お願いします」


再び頭を下げたまどかを残し、武蔵は部屋の奥へと消えていった。


まどか 「マミさん、寝てたのか・・・やっぱりお風邪、治りきっていないのかな」


不安げに呟くまどか。あくまで独り言だったのだが・・・


? 「そうか。それは心配だよね」


予期せぬ返事があって、彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。

慌てて声のした背後を振り返ると、そこには・・・


? 「やぁ、こんばんわ」


いつから、そこにいたのだろう。

見知らぬ少女が一人、自分と一緒に玄関の内に立っていたのだ。

まどか 「え、え・・・いつの間に・・・ていうか、だ、誰・・・!?」

? 「ああ、ごめんごめん。驚かせたみたいだね。私は呉キリカ。君は?」


まどか 「あのっ、か、鹿目・・・鹿目まどか・・・です・・・」

キリカ 「まどかか。良い名前だね。まぁ、私が知っている、もっとも良い名前の人には、若干かなわないけれど」

まどか 「・・・」

キリカ 「私は巴マミの知り合いだよ。今日はちょっと用事があって、ここまで来たんだよね」

まどか 「あ、あー・・・そうだったんですか。びっくりしたぁ」


疑うことを知らないまどかは、キリカの一言で納得して笑顔を浮かべた。


キリカ (ま。知り合いって言うのは”未来形”だけれどね)


キリカが呟いた一言は、まどかの耳にまでは届かなかった。


まどか 「今、マミさんのお兄さんが、マミさんが起きてるかどうか見に行ってますよ」

キリカ 「うん、じゃあ、一緒に待とうか」

まどか 「はい・・・えっと、あの・・・、一つ聞いても良いですか?」

キリカ 「なにかな」

まどか 「どうして真冬でもないのに、コート着てるんですか?暑くないのかな・・・」

キリカ 「あー・・・単なるファッションだから、気にしないで良いよ。それに、見た目ほど暑くないしね」

まどか 「そうなんですかぁ」


キリカ (くふふ・・・素直な子だなぁ)

・・・
・・・


マミの部屋


マミ 「え、鹿目さんが?」


武蔵からまどかの訪れを聞いたマミが、笑顔で顔を輝かせる。


武蔵 「会うかい?なにか、思い悩んでいる雰囲気だったけれど」

マミ 「もちろんよ。せっかく訪ねて来てくれた後輩を、追い返す事なんてできないでしょ」


言い切って、にっこりとほほ笑むマミ。

・・・長かったな。

マミの笑顔を感慨深げに見ながら、武蔵は思う。

長いといっても、実際の時間にしたら一週間程度でしかなかった。

だけれど武蔵には、現実以上の時間が、自分たち兄弟の間で流れていたことを実感していた。

あの日。

マミがほむら達から真実を聞かされて、自暴自棄となった時から。

自分の運命を聞かされたマミが、今まで信じてきた生き方を突き崩されたのと同じように。

武蔵もまた。

新たな生き方。いまの自分が本当に守るべき物は何なのか、を悟らされた。

その事を噛みしめ、肯定し、受け入れる。

その事のみに費やした、とても密度の濃い一週間だったのだ。


武蔵 「じゃ、まどかちゃんを呼んでくるよ」

マミ 「ううん、いいわ。私が出迎える。だって可愛い、後輩なんだもの」


にっこり笑ったマミが、武蔵の前に立って部屋を出ていった。

マミの後姿を見て、武蔵は確信する。

俺たち兄妹は、もう大丈夫だ。この世界で、しっかりと生きていける、と。

ただ唯一、気がかりなこともある。

彼の戦友にして、背中を預けあってきた仲間に、自分の決意をどう説明するのか・・・


武蔵 (明日にでも、リョウに全てを話に行こう)


武蔵は心に決めた。

そして、確信する。

あいつだったら、俺の心を理解してくれるに違いない、と。

・・・
・・・


公園


杏子 「あ、やっと来やがった!」


ベンチに腰を下ろしていた杏子が、私たちの姿を見つけて、眠気を押し殺した顔で食ってかかってきた。


杏子 「お前らな、いったいあたし等をどれだけ待たせれば気がすむのさ!」


そういう杏子の膝の上には、スヤスヤと寝息を立てている、ゆまの姿があった。

中学校からこの公園まで直接くる予定だった私たちに代わって、杏子が連れて来てくれていたのだ。


杏子 「見ろ。ゆまも待ちくたびれて、すっかり熟睡モードだ。邪魔くさいったら、ありゃしないぜ」


邪険に扱うそぶりを見せながらも、杏子はゆまの面倒を何くれとなく見てくれている。

口ではどうこう言ってはいても、やはり幼いゆまの事が気になって、捨ててはおけないのだろう。

杏子のこういう面倒見の良さは、どれだけの時間軸を隔てようとも、変わることはなかった。

ほむら 「ごめんなさいね、佐倉さん。だけれど、それどころじゃなかったのよ」

杏子 「それどころじゃないって、いったい・・・あ」


ここで初めて、杏子は私たちの後をヒョコヒョコついて来た、あいつの存在に気が付いたのだった。


キュウべぇ 「やぁ、杏子」

杏子 「キュウべぇ・・・て、おい。いったい何があったんだ?」


この組み合わせに、ただならないものを感じ取った杏子が、詰め寄るように訪ねてくる。


ほむら 「・・・新しい魔法少女と会ったわ」

杏子 「・・・へぇ、そうかい」


杏子がギロリと鋭い目で、キュウべぇをにらみつける。

もっとも、どんな視線もどこ吹く風のキュウべぇは、まったく意に介さずノホホンほほんとした態度を崩さないけれど。


キュウべぇ 「なんだい、杏子」

杏子 「やっぱり見滝原でも、何やら企んでるようだな、お前。風見野でみたいに、ここをバーゲン品で溢れさせるつもりかよ」

キュウべぇ 「僕にも考えがあってやってることなんでね、企むとか人聞きが悪い言い方はやめてほしいな」

杏子 「ほざくなよ。お前は聞かれたことだけ答えりゃいいんだよ」

キュウべぇ 「まぁ・・・今日、ほむら達が会った魔法少女は、バーゲン品なんかじゃなかったけれどね」

杏子 「あん?」

ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「予想もしなかったんだよ。あの子があそこまで有能だったなんてね。バーゲン品の山から見つけ出された、そうだね、言うなれば・・・」


キュウべぇ 「彼女の事は掘り出し物、と呼ぶべきだよね」


ほむら 「・・・っ!!」


私の友人を、物みたいに!

思わず銃を引き抜き、奴の脳天に風穴を開けてやりたい衝動に襲われる。

だけれど・・・


竜馬 「落ち着け」

ほむら 「わ、わかってるわ、リョウ・・・」


竜馬に制されるまでもなく、分かってはいる。

ここでこいつ一匹殺したところで、まったく意味がないなんてことくらい。


杏子 「掘り出し物って、どういう意味だよ」

ほむら 「さっき会った魔法少女の名前は、志筑仁美・・・」

杏子 「え・・・?」

ほむら 「私やまどかのクラスメイトよ」

杏子 「な・・・」


一瞬絶句した後、疑問に満ちたまなざしを私に向けてくる杏子。

なにを言いたいのかは、手に取るようにわかった。

だって、少し前の竜馬と同じ顔をしているのだもの。

だから私も、竜馬にしたのと同じ説明を繰り返し、杏子に聞かせる。

杏子 「適性がなかったのに、魔法少女に?そんなことがあり得るのか?」

ほむら 「ありえないから、驚いているのよ。それで、こいつに納得のいく答えを聞かせてもらおうと思って、ね」

竜馬 「ここまで連れてきたってわけだ」


三人の視線が一つに交わり、キュウべぇへと注がれる。


キュウべぇ 「ああ・・・、どうして志筑仁美に適性がないと言い切るのかと思ったら、暁美ほむら。君は・・・」

ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「この時間軸の人間ではなかったんだね」

ほむら 「・・・白々しい」


私は今回の時間軸では、仲間たちに別の時間軸から来たことを秘密にしていない。

で、あれば。

どこにでも存在できるキュウべぇが、私たちの会話を通して、この事を知らないはずなどないのだ。

キュウべぇ 「で、君がどれほどの時間を遡行してきたのかは知らないけれど、いずれの時間軸においても、志筑仁美が魔法少女となることはなかった。そう言うんだね」

ほむら 「それだけじゃない。さっきも言ったけれど、志筑仁美はお前を認識できていなかった。それはつまり、適性を持たないことの何よりの証拠」


だから、仁美のことはノーチェックだったのだ。


キュウべぇ 「・・・なるほどねぇ。ところでほむら」

ほむら 「・・・なに?」

キュウべぇ 「魔法少女の適性って、どうやって決まっていると思うかい?」

ほむら 「・・・え?」

キュウべぇ 「今までの時間軸において、君が見てきた志筑仁美には適性がなかった。その観察眼は正しいよ。僕も従来通りであるなら、彼女に声などかけはしなかっただろうから」

ほむら 「ど、どういうこと?」

キュウべぇ 「僕はね、今。この星に来て初めて、計画の立て直しに迫られているんだよ。僕の目的も、暁美ほむら。君は知っているんだろう?」

ほむら 「私たち魔法少女が絶望し、魔女になる際に発せられるエネルギーを回収すること・・・」

キュウべぇ 「そう・・・」


奴の話は続く・・・

・・・
・・・


この宇宙を存続させるためのエネルギーを入手すること。それこそが、僕たちの唯一にして最大の目的だ。

だから、そのためにエネルギーの元となる魔法少女には、それなりに素質がある子を選ばなくては、効率が悪い。

なぜなら、せっかく魔法少女になってくれても、魔女となる前に戦死されてしまっては、エネルギーを回収し損ねてしまう事になるからね。

君たち魔法少女には、程よく成長してもらって・・・

そして、程よく絶望してもらわなければ困るんだよ。


と、なると。


魔法少女となるべき人材は限られてくるよね。

実際、君たちや鹿目まどか、美樹さやかほどの素質を持った少女は、なかなかレアな存在なんだ。

誇って良いことだよ。

・・・
・・・


杏子 「まだるっこしいな。イライラしてくる・・・」

ほむら 「まったくだわ。ねぇ、お前。いったい、何が言いたいの?」

キュウべぇ 「分からないかな」


キュウべぇが、やれやれとでも言うように首を振った。


キュウべぇ 「つまり、資質にさほど拘らなければ、魔法少女のなりては幾らでもいるという事だよ」

ほむら 「え・・・」


投げつけられたのは、予想外の言葉だった。

どういうこと?

理解ができない。


ほむら 「それって、どういう・・・意味・・・?」

キュウべぇ 「どうしたんだい、暁美ほむら。やけに察しが悪いじゃないか。君はもっと、頭の良い子だと思っていたんだけれど・・・」


おそらく・・・

私も本当は、奴の言うことを理解している。

だけれど、拒むのだ。

私の心が。

キュウべぇの言うことを認められない、信じたくない、と。

しかし・・・


竜馬 「なるほど、質より量・・・て、わけか」

キュウべぇ 「一歩引いた立場の君は、さすがに冷静だね。そう、竜馬の言う通りだよ」

ほむら 「・・・っ!」


竜馬の言葉が、私の心に、受け入れがたい事柄が事実であることを認めさせてしまった。


キュウべぇ 「僕はね、計画を立て直すにあたって、今までの方針を転換させることにしたんだ」


それは、キュウべぇのさじ加減ひとつで、魔法少女になれるもなれないも決まってしまうという・・・


キュウべぇ 「今の僕にとって重要なのは、魔法少女の絶対数を増やすこと。それこそが、もっとも効率の良い方法へと変わったんでね」


厳然たる事実・・・!


キュウべぇ 「引き下げたんだよ、基準を。志筑仁美程度の資質でも、僕の存在を感じ取れるようにね」


ほむら 「こ、こいつ・・・!」

次回へ続く!

再開します。

・・・私は、見てきたのだ。

たくさんの少女たちが、魔法少女となって人生を狂わせた、そのなれの果てを。

その陰では、どれほどの涙が流されてきたのかも、私は知っていた。

だけれどそれは、資質を持った者がキュウべぇの甘言に踊らされた結果でもある、と。

あくまでも、自業自得であると。

そう思えればこそ、冷徹に自分を保つこともできていたのに・・・!


ほむら 「お前はいったい、どこまで私たちの命を弄べば気が済むの!?」

キュウべぇ 「・・・ほむら。君は何を怒っているのかい?まったく意味が分からないよ」

ほむら 「けっきょく、魔法少女になるもならないも、全部がお前の手の平の上だったって、そういうわけね!?」

キュウべぇ 「それは責任転嫁が過ぎるんじゃないかな。僕は一度だって、強制的に契約を結んだことなんてないよ」

ほむら 「結ぶように、事を運んできたんじゃない!いま聞いた、資質の事だって・・・」

キュウべぇ 「選択の幅を広げただけさ」

ほむら 「・・・っ」ぎりっ


抑えがたい口惜しさから、私は無意識に唇を噛んでいた。

たちまち口の中に、生暖かい鉄の味が広がる。


キュウべぇ 「もっとも、さっきも言ったけれど、志筑仁美は嬉しい誤算だった」


口に入りきらなかった血は滴となって、足元にポタリポタリと滴り落ちていった。

だけれどキュウべぇは、私の様子などには、お構いなしに話しを続けている。

奴にとっては、私の憤りも、腸が煮えくり返るほどの怒りも、その他のどんな感情も・・・


キュウべぇ 「知っての通り、魔法少女の強さは、もともとの資質プラス、どのような願いでソウルジェムを輝かしたのか。その二点で決まる・・・」


指先ほどの興味も持ってはいないのだろう。

キュウべぇ 「よほど想いが深かったのだろうね。資質面では大きく劣る仁美だけれど、想いの力だけで君たちにも迫る力を持つに至った」

ほむら (こいつ、殺してやろうか・・・)


胸に湧き上がってきた、先ほどとは比べ物にならないほどの、純粋な殺意。

目の前のこいつを殺したところで、何の意味もない。

そんな、理性では十分に理解している事実を、私の感情が否定する。

理屈なんか、どうでも良かった。今はただ、キュウべぇを血の海に沈めてやりたい。

刹那的な衝動に突き動かされるように、奴に向かって一歩を踏み出そうとした、その時。


ポン・・・と。


不意に肩を叩かれ、私はすんでのところで我に戻された。

叩かれた肩越しに後ろを向くと、そこはいつの間にやってきたのだろう。

杏子が、複雑な表情で私を見ていた。


ほむら 「あ・・・」


呟く私に、杏子はただ首を横に振るのみ。


ゆま 「え・・・あれ・・・」


ベンチでは、いきなり膝枕を失ったゆまが、目覚めたばかりの寝ぼけ眼で、こちらを見ている。


ゆま 「きょーこ・・・あれ・・・あれぇ、どうしたの・・・?」

杏子 「なんでもねぇ。お前はそこで、少しおとなしく待ってろ」

ゆま 「う、うん・・・」

ほむら 「佐倉さん・・・」

杏子 「ゆまの前で無茶をするなと、あたしを諭したあんたが、我を忘れてどうするのさ」


ちょっと、キュウべぇと話をさせろ。

そう言った杏子は、私の前に出てキュウべぇと対峙する形となった。


杏子 「今日、ずっと考えていた疑問が一つ解けたぜ。おかげで多少、すっきりした」

キュウべぇ 「へぇ、それはどんなことを考えていたんだい?」

杏子 「あたしは風見野で、何人かの魔法少女の死にざまを見せられた。その中には、ちんけな使い魔に、なすすべなくやられちゃった奴もいてさ」

キュウべぇ 「・・・」

杏子 「ろくな資質もないやつを、何のサポートもなしに魔女の巣穴に放り込めば、ああなるのも当然だ。お前も酷なことをするよな」

キュウべぇ 「その頃は、まだ僕の計画の”実行者”が決まっていなかったのでね。増やした魔法少女を糾合できなかったのさ。やむを得ないよ」

竜馬 「その実行者とやらを、俺にやらせようとしたんだな。で、断った俺の代わりにお鉢が回ったのが、美国織莉子だった・・・」

キュウべぇ 「さぁ・・・」

杏子 「まぁ、良い。それで志筑って奴だけれど。想いの力だけで、私たちに迫る力を身に着けた・・・そう言ったな」

キュウべぇ 「そうだよ、杏子」

杏子 「だから言ったのかい、彼女は掘り出し物だったと、さ」

キュウべぇ 「そうさ。仁美は、そこいらのバーゲン品とはわけが違う」

杏子 「だったらさ、一つ聞きたい。いったいどんな願いを叶えれば、そんな力が得られるって言うんだ?」

キュウべぇ 「そこはプライバシーの問題があるから、本来は教えられないのだけれど・・・」

杏子 「もったいぶってるんじゃねーよ。お前にとって、あたしたちのプライバシーなんか、知ったこっちゃないんだろう?」

キュウべぇ 「そういうわけでもないけれどね。だけれど、ま、良いか。特にほむらは仁美を本気で心配しているようだしね」

ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「仁美と契約を交わしたのは、昨日のこと・・・」

・・・
・・・


キュウべぇ 「志筑仁美。君の願いを叶えるのと引き換えに、君には魔法少女として魔女と戦ってもらうことになるけれど、それで良いんだね?」

仁美 「ええ。説明は織莉子さんからも聞きましたし、承知しましたわ」

キュウべぇ 「では、君はどんな願いで、その魂を輝かすのかい?」

仁美 「私の願いは・・・」


仁美 「私のお友達、美樹さやかさんと上条恭介くんが、この先も末永くお付き合いを続け、いつまでも二人で幸せに過ごしていくこと・・・」                 」


織莉子 「・・・え?」

仁美 「ですわ」

織莉子 「仁美さん、あなた・・・」

キュウべぇ 「・・・僕は、願いの内容に関しては干渉しない事にしているんだ。何を望むかは、君たち自身の問題なのだからね」

仁美 「・・・」

キュウべぇ 「だけれど、願いの強さは魔法少女の力量にも直接かかわってくる以上、敢えてもう一度だけ、聞かせてもらうよ」

仁美 「ええ」

キュウべぇ 「本当に、その望みが君の命を懸けるにふさわしい願い、なんだね?」

仁美 「間違いありまぜんわ」

キュウべぇ 「もし君が望むのなら、君自身が上条恭介と添い遂げることも可能なんだよ?」

仁美 「そんなことを望んで、いったい何の意義がありますの?」

織莉子 「自分の恋情よりも、友情を取ろうというのかしら?その気持ち、とても美しいとは思うけれど、でも・・・」

仁美 「そうじゃありませんわ」

織莉子 「では、どういった意味なの?」

仁美 「・・・さやかさんが上条君の心の隙間を埋めて差し上げた。その時点で、私の失恋は確定なんです。それを魔法の力で覆そうなんて、そんなの私の美意識が許しませんわ」

織莉子 「・・・」

仁美 「だけれど・・・!」

織莉子 「・・・っ!?」

だけれど、この先。もし、もしも!

万が一、お二人が破局して・・・

上条君が他の方と、お付き合いするようなことにでもなったら・・・

それだけは、絶対に認められませんわ!


私が負けを認めたのは、さやかさんだけ。

上条君が、他の方と契るような事でもあれば、私は二重に負けてしまうことになる。

認められない、そんなの認められるわけがない!


だから、お二人には終生まで添い遂げてもらわなければならないのです。

故に。

これは友情からくる願いなんかでは、決してありません。

どこまでも自分のための、利己的で身勝手な願い、なのですわ。

織莉子 「あ、あなたは・・・」

仁美 「そ・れ・に・・・」

織莉子 「・・・?」


それに、近い将来。

お二人が正式にお付き合いを続ければ、ほどなく男女の関係となるでしょう?

その先に迎えるであろう、結婚。さらには出産、子育て・・・最終的には、神の御許に召されるまで。


仁美 「お二人の幸せな人生のイベントの節目には、私の願いが必ず介在することとなる・・・うふふっ」

織莉子 (ぞくっ)

仁美 「もし私が死んでしまったとしても、私の想いは永久に消えず、お二人の人生とともに生き続けるんですのよ。素晴らしい、これはとても素晴らしいことなのですわ」

キュウべぇ 「・・・」

仁美 「ね、あなた方も、そう思うでしょう?こんな素晴らしい願い事、他にはありませんわ」

キュウべぇ 「・・・君の気持ちはわかったよ。では、その願いで、君のソウルジェムを輝かせるとしよう」

仁美 「ええ。これが私が私らしくあるために、何よりふさわしい願いなのですから・・・!」

・・・
・・・


キュウべぇ 「これが仁美が望んだ願いさ。まったくもって、僕には理解できない内容だけれどね」

ほむら 「・・・」


キュウべぇの話を聞き終えた私は、言葉を失ってしまった。

あの子がまどかやさやか達の前で見せる笑顔の影で、そこまで懊悩していただなんて。

私、全然気が付いてあげられなかった。


キュウべぇ 「この時、そばにはもう一人、魔法少女がいたんだけれど・・・」

杏子 「美国織莉子だな」

キュウべぇ 「そう。この時ばかりは、珍しく彼女とも意見が合ってね。織莉子にも、仁美の願いは理解の範疇に収まらなかったらしい」

杏子 「へぇ、織莉子はなんて言っていたんだ?」

キュウべぇ 「女の執念は恐ろしいって」

ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「そういうものなのかい?」

杏子 「知るかよ。あたしは分かってやれるほど、人を好きになったことがねぇ」

キュウべぇ 「では、君はどうだい?暁美ほむら」

ほむら 「・・・」

竜馬 「暁美・・・大丈夫か?」

ほむら 「リョ、リョウ・・・」


私には分かる。

分かってあげられる。

仁美たちの立場を私とまどかに置き換えれば、簡単なことだった。

なのに、なのに私は・・・


ほむら 「また、また・・・また、私は理解してあげられなかった・・・」


私はどこまで、鈍感で人の心を見ることができないのだろう。


竜馬 「・・・」


・・・
・・・


その後。

もう、魔女退治なんて心境ではなかった。

今日はもう、引き上げよう。

そう決まった私たちは、キュウべぇをその場に残して帰路へと就いた。

この後は、解散するのか、どうするのか。

そこは何も決めていなかったけれど、何とはなしに。

みんなの足は、自然と私の部屋へと向いていた。

特に話すことはない。これからの方針といっても、やることは変わらない。

明日からはまた、ワルプルギス戦に向けてグリーフシード集めに精を出すだけだ。

だけれど、一つだけ。

私の心を重くする問題があった。

志筑仁美の事だ。

ほむら 「志筑さんの事だけれど・・・」


横を歩くリョウに問いかける。


ほむら 「まどかに、なんて言ったらいいのかしら」

竜馬 「・・・そうだな」


言ったきり、竜馬も口をつぐんでしまう。

すぐに答えがはじき出せるような問題ではない。当然のことだった。


ほむら 「まどか、きっと今もすごく心配してる。志筑さんが無事だったと、一刻も早く教えてあげたい・・・けれど・・・」


でも、彼女が魔法少女となってしまった事実は、どう話せばいいのか。

仁美とまどかは親しい友達だ。当然、何を願ってキュウべぇと契約したのか、まどかは知りたがるだろう。

それを知った時、まどかはさやかと上条恭介に、どんな感情を抱くのだろうか。


ほむら 「きっと、まどかは悲しむだろうと思うの」


あらゆることで。

そして私と同様。いえ、私以上に仁美と親しかったまどかだもの。

友達の苦しみに気が付いてあげられなかった、自分を責めてしまうのではないだろうか。

ほむら 「そんな想い、まどかにはして欲しくないの」

杏子 「正直に、言っちまえよ」


私の後ろをゆまと並んで歩いていた杏子が、私たちの会話に割り込んできた。


杏子 「志筑仁美とまどかは友達同士なんだろ。黙っていて、いざばれてしまったら、却ってまどかを悲しませるんじゃないか」

ほむら 「それは・・・そうかもしれない、けど」


正論だけれど、そんな簡単な問題じゃない。


竜馬 「佐倉の言う通りだが、問題は伝え方だな」

ほむら 「そうよね・・・」


答えなんか、出るわけもなかった。

沈んだ空気が、私たち一行の足取りをいっそう重くする。

けれども、歩みを止めなければ、いずれは目的地に着いてしまうもの。

気が付けば、私のマンションは、もうすぐ目の前に迫っていた。


ゆま 「あれ?」


今まで私たちの空気を読んで、ずっと静かにしていたゆまが、久しぶりに口を開いた。

何かに気が付いたのか、キョトンとした顔で、ある一点を指さしている。


杏子 「ゆま、どうした?」

ゆま 「お部屋の前に、だれかいるよ?」

ほむら 「え・・・?」


ゆまが指をさす方、私の住む部屋の玄関に・・・

確かに人影が一つ。ぽつねんと立っていた。

あの影、見間違うはずもない。


ほむら 「え、まどか・・・!?」


私の声が届いたのだろう。人影は顔を上げて私たちを見ると、慌てたように駆け寄ってきた。


まどか 「ほ、ほむらちゃん!」


そのまま、まろぶように私の胸へと飛び込んでくる。


まどか 「ほむらちゃん、助けて・・・!私、私!」

ほむら 「お、落ち着いて、鹿目さん。いったい何が・・・」


言いかけて、思わず言葉を飲み込む私。

私にすがり付き、子犬のように小刻みに体を震わせているまどか。

こちらを見つめる瞳は、真っ赤に充血しているし、まぶたも腫れぼったい。

間違いない、泣きはらした後の顔・・・

ほむら (ただ事じゃない・・・)

杏子 「おー、こいつがまどかかー・・・」

ゆま 「まどかかぁー」


もの珍しそうに、初めて見るまどかに無遠慮な視線を注ぐ杏子と、そのマネをするゆま。

だけれど、今はそんな二人にかまっている場合じゃない。


ほむら 「鹿目さん、助けてって?いったい、何があったの」

まどか 「ほむらちゃん、どうしよう・・・私の、私のせいで・・・っ!」


まどか 「マミさんがっ!!」

・・・
・・・


数時間前

マミのマンション

玄関内


マミ 「鹿目さん、お待たせ。久しぶりね、心配かけちゃってたかし・・・ら・・・」

まどか 「ま、マミさん!実は相談が、というか。助けていただきたいことがあって!」

マミ 「落ち着いて。えっと、その・・・」

キリカ 「・・・」

マミ 「?」


マミは後ろへ振り向くと、後からついてきた武蔵に小声で尋ねた。


マミ 「お兄ちゃん。訪ねてきたのは、鹿目さんだけじゃなかったの?後ろに、コート姿の変な子がいるのだけれど・・・」

武蔵 「・・・いや、俺が、マミちゃんを呼びに戻った時には、確かにここにいたのは、まどかちゃん一人だったぜ」

マミ 「・・・」


マミが再びまどかたちの方へ向き直る。

怪訝な顔で見つめていると、それに気が付いたキリカが、にっこりと笑いながら、ひらひらと手を振ってきた。


キリカ 「こんばんわ」

マミ 「こんばんわ・・・あなた、どなた?」

まどか 「え・・・!?」

マミ 「見ない顔だけれど、鹿目さんのお友達かしら?」

まどか 「え・・・え・・・?この人、マミさんの知り合いじゃないんですか?だって、さっき、私にそう言って・・・」

キリカ 「知り合いだよ。たった今、現在進行形で、ね」

まどか 「・・・!」


不意にキリカが動いた。

羽織っていたコートが宙に舞う。

その中から現れた姿は・・・


まどか 「え・・・」

マミ 「ま、魔法少女!?」

武蔵 「なっ!!」


それは一瞬の出来事だった。

まどか 「っ?!」

キリカ 「おーと・・・動かないでもらおうか」


鞭のように伸びたキリカのしなやかな腕が、しなるようにまどかの首へと絡みついている。

まさに刹那的に、まどかはキリカに捕えられていたのだ。


まどか 「え?な、な、なんなの・・・!?」


突然の出来事に、事態が把握できないまどか。


まどか 「は、離して・・・」


なんとか身をよじって戒めから逃れようとするが、非力な彼女があらがえる相手ではない。

むしろ、身をよじればよじるほど、絡みついた腕は、まどかの首へと深く食い込んでゆくのだ。


まどか 「ん、あぁ・・・」


気管を圧迫され、息を吸い込むことすら、ままならない。


キリカ 「ほっそい首。簡単にちぎれちゃいそう」

まどか 「くる、し・・・」

マミ 「ちょっと、なにをやってるの!その手を放して!」

武蔵 「こいつ・・・っ!」

キリカ 「おっと、動かないでもらうよ」


(ぎりぎり・・・ぎり・・・)


まどか 「うぁああ・・・あっ・・・」

キリカ 「巴マミも、そっちのお兄さんもね。じゃないと、力の加減が狂って、本当にこの子、くびちょんぱになっちゃうかもよ」


言いながらもキリカは、腕に込めた力を一切抜かない。

呼吸と血流をせき止められ、苦痛に喘ぐまどかの顔が、みるみると鬱血してゆく。


まどか 「あ・・・あ・・・」

マミ 「やめてっ!動かないから、だから止めて!鹿目さんが死んでしまう!」


マミの悲鳴にも似た声が、玄関内に響き渡った。

それを聞いたキリカが、やっと少しだけ。

まどかを締め上げていた腕から力を抜いた。

とたんに流れ込んでくる新鮮な空気の波に、肺が耐え切れずに盛大に急き込んでしまうまどか。


まどか 「うっ、かはっ!!こほこほっ、こほっ・・・!!」

キリカ 「動かない?ほんとだよ?私、約束を破る人は嫌いだからね」

マミ 「分かったから、鹿目さんから離れて!」

キリカ 「それはまだ、できない相談だよ」

マミ 「くっ・・・!私の名前を呼んだわね!という事は、私に用があるんでしょう!?」

キリカ 「ご名答」

マミ 「だったら、鹿目さんには用は無いはずよ!どうしてそんな、ひどいことをするのよ!」

キリカ 「だって、巴マミ。君は強い魔法少女なんだろ?」

マミ 「・・・!?」

キリカ 「私はそれ以上に強い魔法少女だけどさ。コトは可能なだけ、スムーズに運ばせる方が良いからってさ、私の大事な人が言っていたんだ」

マミ 「な、何が言いたいの・・・?」

キリカ 「要は、おとなしくついて来て欲しいんだよ。君に」

マミ 「そ、そのために鹿目さんを・・・」

キリカ 「拒んだり抵抗したりするの、大いに結構!ただし、その時はこの子がどうなるか。分かってると思うけど、試してみるかい!?」

まどか 「ま、まみさぁん・・・」

マミ 「あなたについて、どこへ行けばいいの・・・?」

キリカ 「来れば分かるよ」

マミ 「言う通りにするから、まずは鹿目さんを解放して」

キリカ 「だから、それはできないって。人質がいなくても、君が言うことを聞いてくれるって保証はないんだからね」

マミ 「---------っ!!!」


マミは混乱していた。

冷静に物事を考えることが、できなくなっていたのだ。

今はただ、まどかを。

かわいらしくて明るくて、無邪気なまでに自分を慕ってくれる。

そんな後輩を助けなくてはいけない。

呉キリカと名乗った魔法少女の目的が、どこにあるのか。

自分が付いていった先に、いったい何が待ち受けているのか。

普段のマミであったなら、冷静に見すえることができるであろう、物後の先の先。

今は、最重要なそれらの事も、思考の外でしかなかった。


武蔵 (危険だな・・・)


兄である武蔵には、マミが現在どのような心境におかれているのかが、手に取るようにわかっていた。

武蔵 (マミちゃん、まどかちゃんを助けたい一心で、周りが見えなくなっている。このままでは・・・)


意を決した武蔵が、一歩。

キリカの前へと足を踏み出した。


キリカ 「動くなって、言ってあったんだけどな」

武蔵 「俺が代わる」

キリカ 「?」

武蔵 「要は、魔法少女以外が人質となれば良いんだろ?俺はマミちゃんの兄だ。充分に人質の用は満たすはずだぜ」

まどか 「む、むさし、さん・・・・」

キリカ 「ふーん・・・」

武蔵 「・・・」


武蔵が、横に立つマミをちらりと見る。

マミも、若干ほっとした表情で武蔵を見返し、軽くうなづいた。

兄妹の間でのやり取りは、これだけで十分だった。

キリカ 「ま、良いけれど。だけれど、変な気は起こさないことだね。ほんと、どうなっても知らないから」

武蔵 「分かってるさ」

キリカ 「巴マミにも、言ってるんだけれど?」

マミ 「ええ」


そして。

武蔵はまどかと入れ違いにキリカへ囚われる形となる。


武蔵 「あまり、良い気分じゃないな、こりゃ」

キリカ 「お互い様だよ。可愛い女の子の代わりが、こんな太ったお兄ちゃんじゃ、ね」

武蔵 「がっしりしていると言ってほしいもんだな」

キリカ 「はいはいっと。そんじゃ、そろそろ行こうか」


キリカがマミに外へ出るように促す。

おとなしく、それに従うマミ。キリカと囚われの武蔵も、後に続く。

残されるのは、解放されたまどかのみ。


まどか 「ま、マミさんっ!武蔵さんっ!!」

キリカ 「あ、そうそう。この事、ダレかに言っても良いよ。それで」


キリカは懐から一枚の紙を取り出すと、それをヒラリとまどかの足もとに放ってよこした。


キリカ 「そのダレかに、それ。見せてあげてよ。それで、君の役目はおしまい」

まどか 「え・・・」

マミ 「・・・どういうつもり?」

キリカ 「そこから先は、私の大切な人から、全部話すよ。じゃあ、行こう」

まどか 「待ってっ!!」


立ち去ろうとする一行に、追いすがろうとするまどかだったが・・・


マミ 「鹿目さん。この子の言う通り、この事を暁美さんに・・・」


マミに制止され、その場に残される以外に成す術がなかった。

泣き出したい気持ちを懸命におさえ、足元の紙を拾い上げるまどか。

畳まれたそれを開いてみるとそこには・・・


「廃工場跡の魔女結界で待つ ゲッターロボへ」


それだけが書かれていた。


まどか 「ゲッターロボ・・・!?」


メモから顔を上げた時には、すでに。

まどかの前から三人の姿が、きれいに消え去った後だった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


話を聞き終えた私は、たまらずまどかへと駆け寄った。

首元を確認すると、そこにはくっきりと赤く、キリカの腕の跡が残されていた。

苦しかったろうに、怖かっただろうに・・・

だけれど・・・


ほむら 「まどか・・・っ」

まどか 「っ」

ほむら 「無事で、無事で・・・本当によかった・・・!」


安堵から湧き上ってくる感情を抑えられず、私は思わずまどかに抱き付いていた。


まどか 「うぇひっ、ほむらちゃん!?」


たちまち全身を通して伝わってくる、暖かなまどかの温もり。

この暖かさが最悪の場合、呉キリカによって奪われていたかもしれなかったのだ。

ほむら 「・・・」


私の体の表面が暖かな温もりで満たされるのと打って変わり、心の奥底からは怜悧な感情が湧き上がってくる。

それは例えようもない、怒り・・・だった。

まどかを怖がらせ、苦痛を与え、巴マミに言う事を聞かせるための道具として利用しようとした。

絶対に。絶対に、許されることじゃない!

呉キリカも、キリカの糸を操っている美国織莉子も。

絶対に許されない・・・!


まどか 「ほむらちゃん・・・」

ほむら 「・・・」


怒りに震える私の様子に気が付いたのか。

まどかがそっと、私の腰へと手をまわしてきた。

そのままキュッと、私の事を抱きしめる。


ほむら 「ほむっ!?」

まどか 「ありがとね。私は大丈夫だよ」

ほむら 「ま、まどか・・・」

まどか 「だから、そんなに怖い顔をしないで?」


・・・やっぱり、まどかはすごい。

たったそれだけの事なのに。

沸き立った私の心には、凪いだ水面のような穏やかさが戻ってきた。


ほむら 「・・・うん」

まどか 「それで、これ・・・」


私から離れると、まどかは一枚の紙片を取り出した。

開いて、みんなに見えるように掲げる。


竜馬 「ゲッターロボ・・・」

まどか 「私には何のことか分からないけど、お願い!マミさんを助けて!」


まどかが、懇願するように私たちを見つめまわす。

まどか 「マミさんも心配だし、マミさんのお兄さんが、私の身代わりに・・・もし、お兄さんに何かあったら、私」

竜馬 「大丈夫だ、鹿目」


竜馬がまどかの肩をポンッと一回、軽く叩いた。


竜馬 「巴マミは心配だが、武蔵の事は気にするな。俺たちにとっちゃ、この程度の修羅場なんざ慣れっこだ」

まどか 「流君・・・」

竜馬 「あいつは自分から鹿目の身代わりを買って出たんだろう?だったらお前が責任を感じる必要はない」

まどか 「え、でも・・・」

竜馬 「大丈夫なんだ。理屈抜きで、俺には分かる。絶対に平気だ。自分の身も、妹の事だって、武蔵は平然と守って見せる。奴はそんな男だ」

まどか 「う、うん、うん・・・!」


力押しの慰めだけれど、竜馬の理屈抜きの仲間に対する信頼感は、事情を知らないまどかをも納得させる説得力があった。


まどか 「お願い、流君・・・!」

竜馬 「任されたぜ」

杏子 「おい、早く行こうぜ。こうしている間にも、マミは・・・」

ほむら 「分かってる。鹿目さん、あなたは家に帰って」

まどか 「・・・」こくり


無言で一つ、頷いて見せるまどか。

・・・よし。

美国織莉子。

この時間軸での彼女が、何を考え、何を狙って活動しているのかは知らないけれど。

このような強攻策をとってきた以上、私たちとの決着を今夜、つけるつもりなのだろう。


ほむら (のってやろうじゃないの)


私たちには目的のため、成すべき事がある。

織莉子たちに割く時間なんて、本当は無いのだ。

今夜、この時間軸での織莉子との関わりをすべて、終わらせてやろう。


まどか 「ほむらちゃん」


指定された場所に向かおうとする私を、まどかが遠慮気味に呼び止める。


まどか 「仁美ちゃんの事なんだけれど・・・」

ほむら 「巴マミの事は必ず私たちが助けるから、安心して」

まどか 「あ・・・うん」


まどかの問いをあえて無視して、私たちはその場を後にした。

おそらくこれから向かう場所には、志筑仁美も現れるに違いない。

その結果がどうなるのか、今の私には分からない。

だけれど・・・


ほむら (敵にまわるというのなら、打ち砕くのみだわ・・・)


それがたとえ、まどかの大切な・・・

そして、私が得た、新しい友達だっととしても。

・・・
・・・


指定された廃工場に向かいながら、私は考えていた。

呉キリカが、最初に人質にしたのはまどかだった。

では、どうしてまどかは無事に解放されたのだろう。

殺そうと思えば、赤子の手をひねるよりも簡単に、まどかは血の海へと沈められていたはずだ。

だけれど、キリカはそうはせず、あっさりと武蔵との人質交換に応じたという。


ほむら (やっぱりだわ)


おそらくそうだろうとは踏んではいたが、今回の出来事が一つの仮定を確信させてくれた。

この時間軸での美国織莉子の未来予知は、まどかの正体にまでは届いていない。

ほむら (考えようによっては、今夜は好機だ)


今は届いていなくても、この先いつか、織莉子の予知がまどかの正体を暴いてしまうとも限らない。

いや、きっと。おそらく遠からずの内に、その日はやって来るに違いないのだ。

だとしたら私は、まどかの身に危険が及ぶ事態となる、その前に。

不安の芽を摘んでしまわなければならない。

それは、つまり・・・


ほむら 「・・・」

杏子 「くそ、マミの野郎・・・」


思索に沈んでいた私の意識が、杏子のつぶやきで現実へと戻された。


杏子 「くそっ、くそ・・・」


吐き捨てるように、それだけを繰り返し続ける杏子。

ほむら 「佐倉さん」

杏子 「マミの奴・・・あれから一週間もたつってのに、きっとまだ、腑抜けてやがったんだ。でなけりゃ、誰が相手だろうと、やすやすと言いなりになんて・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「そうとも言えんだろう」

杏子 「なんだよ。その場にいなかったお前に、何が分かるってんだ」

竜馬 「まぁ、分からんが・・・」

杏子 「だったら、よけいな口、はさんでくるんじゃねぇよ」

ほむら 「ちょっと、佐倉さん。リョウにそんなこと言ったって、仕方がないでしょう」 

杏子 「・・・ちっ」

竜馬 「巴マミの事は分からないが、兄貴の事だったら、誰よりもよく知っているつもりだぜ」

杏子 「あん?」

竜馬 「武蔵の奴、おそらくはただ単に、鹿目の身代わりになっただけ・・・なんてことはないと思うんだがな」

ほむら 「それって、もしかして武蔵さんはわざと敵の手の内に乗ったって、そういう事?」

竜馬 「何の力もない女の子ひとり救えるんだ。悪い手じゃないだろう?」

ほむら 「ええ、おかげでまどかは助かった。だけれど・・・」

竜馬 「だが、武蔵だって馬鹿じゃない」

杏子 「?」

竜馬 「何の勝算もなく、ただ身代わりになんて手、仮に妹が腑抜ていたのなら、絶対にとらないはずさ」

杏子 「あ・・・」

竜馬 「敵さんは、武蔵という男の人となりを、何も理解していねぇ。そういうこった」

・・・
・・・


廃工場跡

魔女の結界前。

キリカに自由と生殺与奪権を握られた武蔵は、大人しく指示に従って、この場所へとたどり着いた。

少し離れて、後ろからはマミも付いて来ている。

少しでもおかしな動きを見せたら、武蔵の命はない。

そう釘を刺されている以上、今のマミには唯々諾々とキリカの言うことに従う以外に成す術がなかった。

しかし、実のところマミは、そう現状を悲観してはいなかった。

むしろ、武蔵の機転によって、まどかを危険な目に会わせずに済んだことに心からホッとしていたほどだ。


マミ (お兄ちゃん・・・)


マミは武蔵を無条件に信頼していた。

目の前の少女が仮にどれほどの手練れであろうと、自分と武蔵が揃っている以上、後れをとる事などありえないと確信していたのだ。

では、どうして反撃もせず、こんな人気のない場所まで、言いなりとなってついてきたのか。


マミ (この子を動かしている、頭となる者がいる)


キリカが言っていた”私の大切な人”。

その者こそが、人質をとってまで自分をこのような場所まで連れ出すように指示を出した、張本人に違いない。


マミ (その人を叩いてしまわない事には、問題は解決しないわ)


去り際にキリカが落していった紙切れ。

何が書いてあったのか窺い知ることはできなかったけれど、今ごろはそれを持って、まどかがほむら達の所へと走っているはずだった。


マミ (間もなく暁美さんたちが来てくれるに違いない。それまでに、何とかしてこの人たちの目的を探らないと・・・)


そんな事を考えている間も、新たな指示がキリカから飛ぶ。


キリカ 「さー、着いた着いた。さ、これから結界の中に入るよ」

マミ 「・・・魔女退治でもするつもり?」

キリカ 「そうなるね。もっとも、魔女を倒すのは私たちじゃないけれど」

マミ 「・・・?」

キリカ 「それも含めて、答えはこの結界の中にある。私たちの目的、君たちに何をさせたいのか。知りたかったら、ほら。ちゃっちゃと入る」

マミ 「・・・」

武蔵 「今は、従おうぜ」


行こう、マミちゃん。この子の糸を操っている奴の面、拝ませてもらいに、さ。

そこで、目にもの見せてやろうぜ。


振り返った武蔵の目が、そう語りかけていた。

マミは頷く。

今の兄妹に、言葉など必要ではなかった。

・・・
・・・


魔女結界の中。

キリカにせっつかれ、今は従うしかないマミたち兄妹は、ただ黙って奥へ奥へと足を運んでいた。

だが、マミはすぐにある違和感に気がつく。


マミ (おかしいわ・・・)


魔女の支配する結界内に無数に存在するはずの、使い魔の姿が一体も見当たらないのだ。

だが、目を凝らしてよく見ると、そこかしこに、何やらの残骸が散らばっているのにも気がつく。

マミは即座に、その残骸の正体を見抜いた。


マミ (・・・使い魔の・・・残骸)


それも、広範囲にわたって、おびただしい数が散乱している。


マミ (まさか、ここの使い魔って、もしかして・・・)


すべて、倒されてしまっている?

マミは自分が導き出した仮定に、背筋が凍りつくのを感じていた。

その仮定が正しいのだとしたら、この結界に先に入り込んでいるであろう人物・・・

キリカの糸を操る人物とは、どれほどの手練れなのだろうか。


マミ (想像するだけで、恐ろしくなってしまうわね)


そのような人が、自分にどのような用があるというのだろう・・・

だけれど、そのことに関しては、いくら考えても答えなど出るはずもない。当人に確かめるほかに、知る術はないのだ。


マミ 「・・・」


マミの思索が五里霧中に迷い込んでいる間にも、一行の足取りはどんどんと結界の奥へと進んでゆく。


・・・やがて。


開けた場所へとたどり着く、マミたち一行。

どうやらここが、結界の主である魔女の住処のようだった。

だというのに・・・

マミ 「・・・えっと」

武蔵 「どうした、マミちゃん」

マミ 「ここが、結界の最奥。魔女の住処だと思うんだけれど、いないのよ。肝心の住人が」

武蔵 「気配は?」

マミ 「気配は・・・感じる、けど。とっても微弱・・・と言うか、か細い・・・」


魔女の気配を探りながら話していたマミは、自分のセリフをヒントにして、あることに気がついた。


マミ 「死にかけてる・・・」

武蔵 「だ、誰がだ!?」

マミ 「魔女よ・・・」

武蔵 「っ!?」

マミ 「だから、襲いかかってこないんだわ」

キリカ 「正解。やはり君は目ざといよね」


だまって兄妹の会話を聞いていたキリカが、最後に答えを投げてよこした。


キリカ 「今は魔女ではなく、魔女の結界が必要なんだよ。殺してしまったら、結界も消滅してしまうからね。死なない程度に、死にかけてもらったのさ」


そう言って、ある場所を指さす。

そこにいたのは、一人の少女。

ドレスのような丈の長い服をまとい、優雅なたたずまいでこちらを見ている。

そして、少女の後ろには・・・


マミ 「魔女・・・」


重傷を負い、すでに抵抗力をなくした魔女が、静かに身を震わせながら横たわっていた。

放っておけば、ほどなく息絶えてしまうであろう魔女を、とどめも刺さずに首の皮一枚で生かしておいているのだ。


武蔵 「なんてことを・・・」

マミ 「いくら相手が魔女だからって、むごい・・・」

キリカ 「へぇ、魔女を狩って生きている魔法少女のくせに、魔女に同情なんかしちゃうんだ?」

マミ 「無駄に苦しませるような、趣味の悪い遊びをして、喜んだりした覚えはないわよ」

キリカ 「別に遊んでるわけではないけどさ。意味があってやっていることだと、さっきも言っただろう。・・・あ、そうか」

マミ 「・・・?」

キリカ 「君は、あれだ。魔女の正体を知っているんだ。だから、そういう風に憐みの目で魔女を見られるんだね」

マミ 「・・・っ!」

武蔵 「お前!」

キリカ 「さて、これ以上の話の続きは、織莉子としてよ。もともと私は、織莉子いがいと話をするの、好きではないんだ」


激高したマミと武蔵をよそに、キリカは一方的に話を打ち切ると、向こうに立つ少女・・・織莉子に向かって手を振った。


キリカ 「織莉子!巴マミ、連れてきたよ!」

織莉子 「・・・」


キリカの呼びかけを合図に、織莉子がこちらへと歩を進めてきた。

しずしずと。穏やかな歩調で。

しかし、見た目の立ち振る舞いとは裏腹に、彼女が近づくにつれて感じられるのは、織莉子と呼ばれた少女から発せられる、ある種の圧力。

まるで重力が意志をもって、マミたちの上から圧し掛かってくるかのよう・・・

武蔵 「ただものじゃないな・・・」

マミ 「ええ・・・」

武蔵 「あの子が、キリカ。君のボスっていうワケか」

キリカ 「違うよ。友達さ。私の大切な、ね」

武蔵 「そうかい」


武蔵がマミを後ろ目に、チラリと見る。

合図だ。

敵の親玉が出てきた。ここでこれまでの形勢を逆転させてもらおう。

武蔵の無言の問いかけを、マミは正確にキャッチしていた。

頷いて、武蔵が動くのを待つ。


マミ 「・・・」

武蔵 「今だっ!!」


武蔵が身を沈ませたのは、掛け声を発するのと同時だった。


その幅の広い体躯からは想像もできない素早さでキリカの腕から逃れると、その腕をつかんでクルンと体を回転させる。

とたんに、ふわりと宙に放り投げられるキリカの身体。


キリカ 「え・・・!?」


何が起こったかを把握する前に、キリカはしたたかに地面に叩きつけられていた。


キリカ 「かはっ」


いきなりの事で、受け身をとる暇すらなかった。

叩きつけられたショックが背骨を軋ませ、呼吸をすることすらままならない。


キリカ 「くふっ、ど、どうして・・・」

武蔵 「俺をデブだと思って侮っていたんだろうが、東葉高校柔道部主将、巴武蔵をなめるなよ!」

キリカ 「こんなデブに・・・スピードで、私が、後れをとる、なんて・・・」

武蔵 「俺はあいにく、動けるデブなんだよ!」

キリカ 「反則だよ、それ・・・」

武蔵 「何とでも言え!さぁ、ここからは反撃の時間だ!」

次回へ続く!

再開します。

マミ 「お兄ちゃん、その子を押さえつけておいて!」

武蔵 「任せろ!力押しならなおの事、俺はだれにも後れをとらないぜ!」

マミ 「良かった、これで・・・」


心おきなく、変身できる!

マミはソウルジェムに意識を集中させると、魔法少女へと変身を遂げた。

すかさずマスケット銃を召還すると、その銃口を一点へと向ける。

標準の先にいるのは、仲間が倒されたにもかかわらず、平然とこちらへと歩み寄って来る美国織莉子。


マミ 「動かないで」

織莉子 「・・・」

マミ 「手荒な真似はしたくない。だけれど、あなたが言うことを聞いてくれなくては、この子に怪我をしてもらわなくちゃならなくなるかも知れないわ」

織莉子 「あら、意外」


口ぶりとは裏腹に、まったく何の感情も表さない声で織莉子が言う。


織莉子 「あなたは人質をとるような卑劣な真似、嫌いなタイプだと思っていたのに」

マミ 「それをあなたが言うわけ?」

織莉子 「まぁ、それもそうね」

マミ 「私だって、好きなはずないじゃない。だけれど、私はここであなたたちに良いようにされる訳にはいかないの」

織莉子 「・・・」

マミ 「何がしたいのか、教えてもらいましょうか。そのためだったら私は、なんだってやって見せる」

織莉子 「一皮むけたみたいね、巴マミ。今まで通りの甘いあなたでいてくれた方が、こちらとしては組しやすかったのだけれど・・


話しながらも、織莉子の歩みは止まらない。

マミ 「動かないでと言っているのに!」


マミは、一発。銃弾を放った。

狙うは織莉子の足もと。いきなり本人に命中させるつもりはない。

まずは威嚇を行うつもりだった。


織莉子 「・・・」


だけれど。

自分の足もとが銃痕にえぐられても、織莉子は平然としたまま、足を止めようともしない。


マミ 「え・・・」

織莉子 「あなたの弾は当たらない」

マミ 「お、脅しじゃないのよ!」


もう一発、足もとに向けて撃つ。

だが、それに対しても織莉子は顔色一つ、変える事すらしなかった。


織莉子 「だから、言ってるでしょう。あなたの銃弾は、私には当たらない」

マミ 「ど、どうして・・・」

織莉子 「威嚇射撃は、もういいわ。さぁ、当てる気があるなら、本気でいらっしゃい」

マミ 「・・・っ!!」」


挑発に乗せられるように、マミは照準を織莉子の顔に定めた。

すでに両者の距離は指呼の間に迫っている。

狙って撃てば、絶対に外すはずがなかった。

だが・・・


マミ 「っ!!」


静寂に包まれた結界内に、再び。銃声が響き渡る。

しかし・・・

マミの放った銃弾は、織莉子の頬すれすれをかすめただけで、彼女に顔に傷一つ付けることはなかった。


マミ 「・・・」


マミが愕然としている間にも距離を縮め続けた織莉子は、ついにマミの目の前までたどり着いてしまった。

その様子をキリカを抑え込みながらも見ていた武蔵が、あきれたような口調で言う。


武蔵 「あんた、死ぬのが怖くないのか」

織莉子 「何度も言ったでしょう。巴マミの銃弾は、私には当たらない」

武蔵 「なぜ、そうと言いきれる?」

織莉子 「見えていたから。あらかじめ、ね」

武蔵 「・・・どういう意味d

織莉子 「それに・・・」

武蔵 「・・・?」

武蔵 「・・・?」

織莉子 「同じ魔法少女を撃つのに、冷徹になり切れない。甘さを捨てても、優しさまでは捨てられない。巴マミはそんな人だと、分かっていたから」

武蔵 「あんたさ、本当に、何者なんだよ」

織莉子 「さあ・・・?」

武蔵 「まぁ、良いよ。マミちゃんがどうあれ、俺の手元に人質がいることは、依然変わりがないんだ。言う事は聞いてもらうぜ。俺は妹と違って、マミちゃんを守るためだったら何だってやれる男だ」

織莉子 「・・・」

キリカ 「くふっ・・・くふふっ」


数分続いた呼吸困難から解放されたキリカが、武蔵の下からこもった笑い声をあげた。


キリカ 「まさか、人質として連れてきたお兄さんが、ここまで戦えちゃうなんてね。人質交換は失敗だったかな。ふふふ」

武蔵 「何がおかしい・・・?」

キリカ 「妹が大切なら、さ。今すぐ私を放して、おとなしくしておいた方が身のためだと思うよ」

武蔵 「こいつ、まだそんな減らず口を・・・」

キリカ 「ねぇ、二人とも。君たちは、私たちに気をとられすぎて、注意力が、さ・・・さ・・・えーと、なんだっけ」

織莉子 「散漫」

キリカ 「そう、サンマンになりすぎちゃってたようだね」

マミ 「え、ど・・・どういうこと!?」

キリカ 「周りに目を巡らせて、よく見てみるといいよ」

マミ 「え・・・?」


慌ててマミは、意識と視線を四方へと巡らす。

そして、あることに気がついて愕然としてしまった。

なぜ・・・なぜ今まで気がつかなかったのだろう。


マミ 「・・・お兄ちゃん。その子、放してあげて」

武蔵 「・・・理由は?」

マミ 「囲まれてる」

武蔵 「なんだって・・・?」


武蔵も顔を上げ、マミに倣って周囲を見回した。

そして、彼も気がつく。

結界内に散乱する遮蔽物の影という影から、こちらに狙いを定める幾つもの気配に。


キリカ 「君たちを狙う、多数の魔法少女。一斉攻撃の洗礼を無事乗り切る自信があるのなら、試してみるのも良いかもだけどさ」

武蔵 「参ったな」


武蔵にはお手上げというように両手を上げて、押さえ込んでいたキリカを解放するよりほかに、打てる手はなかった。

・・・
・・・


指定された廃工場跡。

確かにそこに、魔女結界の入り口はあった。


杏子 「この中に、マミ達がいるんだな。よし、とっとと入ろうぜ」

ほむら 「待って」

杏子 「なんだよ、早いとこ行かないとマミが・・・」

ほむら 「冷静になって、少し落ち着いて。見て、入り口を」

杏子 「なんだってんだ・・・ん・・・?」

ゆま 「あー、誰かいるね・・・?」

ほむら 「ええ。さしずめ、私たちを導くための案内役といったところじゃないかしら」

竜馬 「敵も粋なことをしやがるな。しかも、あいつは・・・」

ほむら 「・・・ええ」

竜馬 「志筑仁美か・・・」

杏子 「へぇ・・・あそこにいるのが、例の掘出し物って奴か」

ほむら 「その言い方はやめて。聞いていて、気分のいいものじゃない」

杏子 「知るかよ。お前のクラスメイトであれ、今はマミを誘らった奴の仲間なんだろう?敵に気をかけてやる言われはねぇよ」

ほむら 「・・・」


杏子の言い分も、もっともだ。

だから私は問答を切り上げ、皆の先頭に立って仁美へと、結界の入り口がある方へと向かうことにした。

あちらも、すでに私たちがやって来た事に気がついている。

声が届く範囲まで距離が縮まると、仁美は普段と変わらない柔らかい笑みを浮かべながら、ぺこりと一つ頭を下げた。


仁美 「お待ちしていましたわ、皆さん。暁美さん、流君。先ほどぶりですわね」

ほむら 「・・・」


普段と違う所があるとすれば、それは彼女が魔法少女の装いに身を包んでいるという、一点のみ。

その一点の違いが、とてつもなく大きいのだけれど・・・

仁美 「そして、お初にお目にかかる方には、初めまして。志筑仁美と申します」

ゆま 「はわわ・・・千歳ゆまです」

杏子 「こらっ、なにやってんだ、ゆま!」


つられて頭を下げたゆまを、杏子が叱りつける。


杏子 「なに、相手のペースに呑まれてるんだよ。あいつは敵だ。名乗ってやる必要なんざねぇっての!」

ゆま 「きょーこ・・・ご、ごめんなさい」

竜馬 「お前たち、ゲッターを使って何をしようとしている・・・?と、聞いても、志筑は答えてはくれないんだろうな」

仁美 「・・・ふふ」

竜馬 「だったら、とっとと行こうぜ。お前についていった先に、俺の問いに答えられる奴が待っているんだろう」

仁美 「察しが早くて、助かりますわ。それにしても、びっくりしましたわ。あの方が言っていたロボットに関わっているのが、まさか私のクラスメイトだっただなんて」

ほむら 「こっちだってビックリよ。あなたともあろう人が、あんな手段を択ばないような女の仲間になっているだなんて」

仁美 「選べる手段が限られているのなら、もっとも効果的な方法を選択する。それのどこがいけない事ですの?」

ほむら 「・・・美国織莉子がやろうとしていること、あなたはもう知っているのね?」

仁美 「ええ。私は私の大切な人が生きてゆく世界を、是が非でも守らなければならない。織莉子さんは、その指針を示してくれた、大切な人です」

ほむら 「・・・美樹さんや上条君の生きていく世界、ね」

仁美 「はい」

ほむら 「では、その中に鹿目さんは入っているの?」

仁美 「・・・なぜ、そこでまどかさんが出てくるんですの?」

ほむら 「答えて」

仁美 「まどかさんは大切なお友達。当然はいっているに決まっていますわ」

ほむら 「・・・」


あなたが盲信する美国織莉子がやろうとしている事は、最終的にはまどかの抹殺だというのに。

真実を伝え、仁美の目を覚まさせてやりたい。

だけれど、現時点で織莉子とつるんでいる彼女に伝えられるはずもなく、そんなジレンマが狂おしいほどにじれったかった。


杏子 「グダグダ言ってるなよ。私はお前の能書きにつきあう気はねぇ!とっととマミの所へ連れていきやがれ!」

仁美 「分かりましたわ。では、ご案内します。さ、こちらへ」


仁美はきびすを返すと、すたすたと結界の中へとその姿を消してしまった。

私たちも、その後を追う。

仁美の背中の向こう・・・

その先にいるであろう、決着をつけるべき相手の元へと向かうために。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


仁美に導かれるままに、使い魔の残骸が散らばっている通路を進む私たち。


仁美 「あ、そうそう」


道半ばで、何かを思い出したようにつぶやいた仁美が、おもむろに私に向かって左手を差し出してきた。


ほむら 「?」

仁美 「暁美さん、手をつなぎましょう」

ほむら 「・・・」

竜馬 「へぇ・・・こっちのことは、全部リサーチ済みってわけか」

仁美 「ふふ、私と暁美さんはお友達同士ですもの。手をつなぐくらい、普通のことでしょう」

ほむら 「・・・そうね」


人質をとられている以上、従うほかにない。

私は言われるままに、その手を取る。

・・・これで私は、手持ちのカードを一枚、失ってしまった。

仁美 「では、行きましょう」


再び歩き始める仁美に、手を引かれ並んで歩く私。

その様子を後ろから眺めていた杏子が、呆れたような声を上げた。


杏子 「はぁーん・・・?あいつら、何やってるんだ?仲良しごっこかよ」

竜馬 「そうじゃない。敵に先手を取られたのさ」

杏子 「あ、どういう意味だよ、それ」

竜馬 「暁美の強みである時間停止の魔法だがな、暁美が触れている相手の時間は止めることができないんだよ」

杏子 「・・・は?」

竜馬 「敵さん、こちらの手の内は、知り抜いているらしいぜ。もっとも、情報の提供先は分かりきっているけれどな」

杏子 「・・・キュウべぇの野郎」

竜馬 「なんにせよ、これで時間を止めて敵を倒すなり、巴マミを救うなりといった、もっとも簡単な手は封じられてしまった事になる。歯がゆいがな」

杏子 「・・・構わないさ。どのみち、マミのことは私が助け出すつもりだったんだ」


かつて助けられた借りは、ツケを付けて返す。

小さくつぶやいた杏子の声は、私や仁美の元までは届かなかった。

・・・
・・・


ほどなくして私たちがたどり着いたのは、大きく開けた空間だった。

そこは結界の最奥。ここの主である魔女が住みかとしている空間だ。

本来ならば・・・という但し書きが、今は付け足されるのだろうけれど。


ゆま 「あ、あれ・・・」


震えた声で、一点を指さすゆま。

彼女が示したのは、魔女の住処のさらに一番奥。

そこで、静かに巨体を横たえている者だった。

その者こそ・・・


ほむら 「この結界の・・・魔女・・・」

ゆま 「し、死んでるの?」

ほむら 「いいえ、魔女が死んでしまっては、この結界が存在できない。生きているわ」


かろうじて・・・と、最後に付け足すことを忘れない。


杏子 「痙攣してやがる。虫の息だな、ありゃ。おい、ずいぶんえげつない真似をするじゃないか」

仁美 「意味があってしていることです。とやかく言われる筋合いではありませんわ」

杏子 「なんだと!」

竜馬 「やめておけ」


今にも仁美に飛びかかりそうな杏子を、竜馬が制する。


竜馬 「それよりも今は、巴マミの安否を確認するほうが先だろう。おい、志筑。巴マミはどこにいる?」

仁美 「慌てなくても・・・」


にっこりと微笑んだ仁美が、横たわる魔女のほうを指さす。

先ほどは、魔女の陰に隠れていて気が付かなかったけれど。

そこには確かに、複数の人影がうごめいていた。

そう、複数・・・

距離が遠くてまだはっきりとはしないけれど、かなりの人数がいるようだった。


ほむら 「あれは・・・」


その一群の人影も私たちの到来に気がついたようで、こちらへと向かって歩き始めていた。

やがて。

距離が縮まるにつれ、はっきりとしてくる一人一人のシルエット。

その先頭を歩かされている者こそ・・・


ゆま 「武蔵おにいちゃん!」


いち早く気が付いたゆまが叫んだとおり、間違いない。巴武蔵その人だ。

そして、その横には、兄に寄り添うように歩く、マミの姿も。


ほむら 「・・・っ!?」


そして、何より私を驚かせたものは。

武蔵とマミの背後。

巴兄妹に武器を突き付けながら、同じくこちらへと歩いてくる少女たちの姿だった。

ほむら 「魔法少女・・・」

竜馬 「あれ、全てがか。ざっと10人ほどはいるようだぞ」

ほむら 「間違いない。彼女たちの中央にいるのが、美国織莉子と呉キリカ・・・」

竜馬 「他は・・・?」

ほむら 「あとは分からない。初めて見る顔ばかりだわ。あれが、彼女たちが・・・」

杏子 「キュウべぇが急ごしらえした”バーゲン品”ってわけか」

ほむら 「織莉子が魔法少女を集めていることは聞いていたけど、こんなにたくさん集めていたなんて・・・」

仁美 「あら、ここにいるのは、ほんの一部ですのよ」

ほむら 「なんですって・・・!?」

仁美 「あまり大ぜいで来ても、邪魔になるだけですもの。必要なだけ、選りすぐって招集されたんですのよ」

ほむら 「あなたたち、本当に何を企んでいるの・・・?」

仁美 「それは織莉子さんから聞いてくださいな」


そうこうしている間に、魔法少女の一群は、会話のできる距離まで近づいていた。

彼女たちが足を止めるのを待って、まず口を開いたのは竜馬だ。


竜馬 「武蔵、お前は何をやっとるか」

武蔵 「すまない、リョウ。みんなも。まさか向こうさんが、こんなに大勢だとは思いもよらなかったんだよ」

竜馬 「言い訳なんざ、聞きたくもない。お前ならどんな状況でも、巴マミを守りながら、どうにかしてくれるもんだと期待していたんだがな」

武蔵 「まったくもって面目ない」

杏子 「お前もだぜ、マミ。巴マミともあろう奴が、こんなペーペー共に、なに後れを取ってやがるんだ」

マミ 「ご、ごめんなさい」


竜馬に続いて、マミに文句を投げかける杏子。

それぞれ旧知の間柄の人に叱られて、かわいそうに巴兄妹はそろって肩を落としてしまった。


ほむら 「リョウも佐倉さんも言い過ぎよ。いくら相手が新人の集まりでも、これだけの魔法少女に武器を突き付けられては、言うことを聞く以外にはないもの。それに・・・」

織莉子 「・・・」

ほむら 「的確な指示を出すブレーン役がいるのだもの。組織立って襲い掛かられたら、少数のこちらが不利なのは仕方のないことだわ」


言いながら、美国織莉子をにらみつける。

だけれど彼女は涼しい顔。私の刺すような視線なんか、微笑でもって受け流してしまう。


織莉子 「ふふ、状況を的確に掴んでいるようね。はじめまして、暁美ほむらさん」

ほむら 「ええ、はじめまして。美国織莉子」

織莉子 「私のことをご存じなのね。過去の時間軸で、私と会ったことがあるのかしら」

ほむら 「・・・ええ」

織莉子 「では、私が何をしようとしているのかも、ご存じ?」

ほむら 「いいえ。私の知っている美国織莉子は、こんな風に徒党を組むようなやり方を好む人ではなかったわ」

織莉子 「そう・・・では、その時間軸では少数で動くことこそが、最も効率の良い方法だったのでしょうね」

ほむら 「・・・」

織莉子 「いいわ。私がやろうとしている事は、すぐに分かります」


織莉子が言うのと同時に、キリカがすっと動く。

マミの横まで来ると、彼女の喉元に長い爪のような武器を突き付けた。


マミ 「・・・っ」

キリカ 「動かないでね。マミも、そっちのみんなも」

杏子 「マ、マミ!」

キリカ 「動くなと言ったよ。なんだったら、三枚おろしにされた彼女を見せられるのがご希望かな?」

武蔵 「よ、よせ!!やるなら、俺をやればいいだろう!」

キリカ 「言われなくても、巴マミの次に手を下されるのは、君だよ。太ったお兄さん」

杏子 「てめぇ・・・!ぶっ殺してやる!!」

ほむら 「落ち着いて、佐倉さん!相手をあまり刺激しないで!」

杏子 「く、くそ!くそぉ!!」

キリカ 「大人しくしてくれてたら、別に危害は加えないよ。今のところは、だけれどね」

ほむら 「くっ・・・、織莉子!美国織莉子っ!そちらの狙いは何なの!?人質を取るような卑怯な真似なんかしないで、とっとと要件を言えばいいじゃない!」

織莉子 「人質・・・そう、人質。分かっているじゃない、暁美ほむらさん」

ほむら 「・・・え?」

織莉子 「そう、この二人は人質。二人の安全と引き換えに、あなたたちからある物を譲り受けたくて、ここまでこうしてお連れしたのよ」

ほむら 「ある物・・・それって、まさか」

竜馬 「・・・ゲッターか」


思わずリョウと顔を見合わせてしまう。

これまでの話の流れ。まどかに託されたメモ。

それらから類推される答えは、ただ一つ。


竜馬 「・・・ゲッターロボを手に入れて、お前は何を成そうというんだ?」

キリカ 「それはこっちの問題。面倒くさいなぁ。君たちは言われたとおりに、こっちに従っておけば良いんだよ」

織莉子 「・・・いいえ、本来のゲッターの所有者である彼女たちには、知っておくべき権利と義務があるわ」


挑発的にこちらの疑問を封じようとするキリカを制して、織莉子が静かに首を振る。


織莉子 「私には、未来が見える・・・」


動作と合わせるような静かな口調の織莉子。

自信や覚悟の現れなのか。私たちや呉キリカとは異質の落ち着き払った態度は、静謐なる圧力となって、私たちの頭上から覆いかぶさってくるようだ。

重く息苦しい空気が場を支配する。


織莉子 「そして垣間見た未来の見滝原は、地獄へと変わり果てていた」

ほむら 「・・・」

織莉子 「災厄をもたらしたのは、ワルプルギスの夜。最大規模の破壊をもたらす、魔女」

ほむら 「知っているわ。だから私たちは、その悲劇を回避するために行動している」

織莉子 「そうね。ワルプルギスの夜の惨劇は回避できる。見滝原を壊滅の淵から救い上げたものは、一体の巨大なロボット・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「・・・」

織莉子 「ゲッターロボ」

ほむら 「見たの?見たのね、ゲッターがワルプルギスの夜を倒すのを」

織莉子 「ええ」

ほむら 「そ、そう・・・」


倒せる。ゲッターはワルプルギスに勝つことができるのだ。

未来を予知できる美国織莉子が、そう断言しているのだから。

だとするのなら、見滝原の街を・・・まどかを今度こそ守り通せるかもしれない。

幾度も繰り返した時のはざまで、いくら成し得ようとしても成し得なかった宿願が、この時間軸で叶うかも知れないのだ。

・・・こんな状況じゃなかったら、飛び上がって喜びたいほどの情報を得ることができた。

だけれど、その宿願も希望も、このままでは織莉子たちに摘み取られてしまうかもしれない。


ほむら 「だったら・・・」


今はまだ、喜びに身を任せる時間ではないのだ。


ほむら 「どうしてこんな真似を?あなたたちがゲッターを求めなくても、ワルプルギスの夜は私たちが倒す。あなたが見た未来は、そのビジョンよ」

織莉子 「そうかも知れない。だからこそ、今のうちのゲッターロボを譲り受けておかなければならないのよ」

ほむら 「・・・?」


・・・意味が分からない。

ゲッターが見滝原を救う未来を見て、それに乗っているのは私たちだということも、美国織莉子は認めている。

だったら、なぜ彼女はゲッターを欲する必要があるというのだろう。


織莉子 「私が見た未来のビジョンには、続きがあるわ」


続いて語られる織莉子の言葉が、その答えを提示してくれた。


織莉子 「ワルプルギスの消滅とともに、救われたかに見えた見滝原。だけれど・・・」

ほむら 「だけれど・・・?」

織莉子 「それは、本当の惨劇の始まりに過ぎなかったのよ・・・!」

ほむら 「・・・!」

杏子 「な、なんだよ、そのサンゲキって奴はさ・・・」

織莉子 「・・・ワルプルギスの脅威が去った直後・・・この見滝原は更なる脅威に曝されることになるわ。ワルプルギス程度、所詮は主賓の前の前座に過ぎなかったと思えるほどの、ね」

杏子 (ん・・・おいおい待てよ。それって、もしかして・・・)

竜馬 (暁美が言っていた、魔女となった鹿目のことを言っているのか?)

マミ 「え、なにそれ・・・私、そんなの知らない」

武蔵 「俺もだ。ほむらちゃんは、ワルプルギスから大切な人を守りたいがために、戦ってるんじゃなかったのか?」


このままキュウべぇの好きにさせていたら、まどかはどうなるか。

その説明を受けていない巴兄妹は、困惑した顔色を隠しもせずに、私を見ている。

この場を切り抜けたら、二人にも真実を知ってもらわなくてはいけない。

けれど、それは後の話だ。

今は美国織莉子たちの前。そのことを話すわけにはいかない。


織莉子 「暁美さんは知っていたんじゃないの?いくつもの時間軸を渡り歩いてきた、あなただったら・・・」

ほむら 「いえ、知らないわ。私が守りたい人を守り切れなかった時点で、私は今までの時間軸を切り捨てて来たのだから」


そう、私が”知っている”ということを、悟らせてはいけない。


織莉子 「・・・ふーん、そう」

竜馬 「なんにしても、だ。ワルプルギス以上の脅威が現れるのなら、そいつも俺たちがゲッターで倒してしまえば良い。お前たちがゲッターを欲しがる理由にはならないな」

仁美 「それがですね、そういうわけにもいかないそうですのよ」

ほむら 「どういう意味・・・?」

織莉子 「・・・あなたが無責任なのかしら、暁美ほむらさん。それとも、一緒にゲッターロボに乗り込んでいた、流竜馬さん。あなたの意思・・・?」

ほむら 「何を言っているの・・・?」

竜馬 「抽象的な語り方をするんじゃねぇよ。分かるように話したらどうだ」

織莉子 「では・・・はっきりと言います」


織莉子はそこで、いったん言葉を切った。

少しうつむき加減となって、目をうっすらと閉じる。

その仕草は、何かを思い返しているかのようだった。

織莉子 「・・・」


この間、ほんの数秒に過ぎない。

だけれど。

再び顔を上げた時、織莉子のまとう雰囲気は、それまでとは明らかに一変していた。


織莉子 「卑怯者」


抑揚なく、底冷えするような声で彼女は言った。

ゾクっと・・・

冬でもないのに、私の全身が寒気に覆われ、総毛だつのを感じる。


ほむら 「な、なんのことよ、一体・・・」


いきなりのあまりな言われように、私は何とか一言を返そうとしたのだけれど・・・

途中で言葉が、まるで形のある塊のように喉につかえてしまって、それ以上の声を発することができなくなってしまう。


ほむら 「うぐっ・・・」


違う・・・さっき感じたのは寒気なんかじゃない。

私の本能が、織莉子の発する気配は危険なものだと教えてくれているのだ。

そして、そう感じているのは、私だけではないようで・・・


杏子 「・・・」

マミ 「あ・・・ぅ・・・」

ゆま 「う・・・うぐっ、うぇぇぇ・・・」


私の仲間たちは一様に、言葉を失い顔色を青ざめさせて、為す術もなく織莉子を見つめていた。

幼いゆまなどは、得体の知れない恐怖に耐えられずに、今にも声を上げて泣き出してしまいそうだ。


ほむら 「な、なんなの・・・私の心をここまで委縮させてしまうなんて、いったい織莉子は心の内に、何を抱えているというの・・・」

仁美 「・・・なぜ、彼女がゲッターロボを欲しがるのか。その理由を聞けば、暁美さんにも理解ができるはずですわ」

ほむら 「志筑さん・・・」

仁美 「彼女があなた方に抱いている感情は、怒り・・・いいえ、怒りでは生ぬるい。そう、その心に名前を付けるのなら、怒りよりももっと激しく、そして狂おしい・・・」

ほむら 「・・・」

仁美 「憤怒・・・とでも、呼ぶべきでしょうか」


・・・憤怒。

なぜ、私たちにそのような激しい感情をぶつけてくるのか。

ぶつけられなければいけないのか。

疑問が頭の中で渦を巻いて、誰もが押し黙って織莉子の次の一言を待つしかない中で・・・


竜馬 「おい」


唐突に。

竜馬の臆する気配を見せない声が、静まり返った結界の中に反響した。


織莉子 「なに・・・?」


竜馬が一歩、織莉子の前へと進み出る。

そんな彼を織莉子は、まるで刃の切っ先のような鋭い眼差しでにらみつけた。

見つめられただけで、気の弱いものなら卒倒しそうな、人の心に深くえぐり込んでくるような視線。

だけれど、竜馬は全く意に介していないようで、普段と変わらない口調で、織莉子に話しかける。

竜馬 「納得がいかねぇ」

織莉子 「・・・なにがかしら?」

竜馬 「俺は確かに人から褒められるような生き方をしてきたつもりはねぇ。数えきれない人をぶん殴ってきたし、戦いの中で人命を奪ってしまったことだってある」

織莉子 「・・・」

竜馬 「だがな、誓って言うが、ただ一点。人から卑怯者と後ろ指をさされるような真似だけは、決してしてこなかった。胸を張って断言させてもらうぜ」

織莉子 「ずいぶんな自信ね」

竜馬 「ああ。それにそれは俺だけじゃねぇ。武蔵や死んだ隼人。ゲッターチーム全体の話だ。俺や仲間の中に、卑怯者なんざ存在しないのさ」

武蔵 「リョウ・・・」

竜馬 「何より、人質を取って俺たちのゲッターロボを力づくで奪い取ろうとしている連中の親玉に、卑怯者呼ばわりされるなんざ、道理が通らねぇだろうが」

キリカ 「おい、織莉子にあまりひどいこと言うなよ。私の堪忍袋の緒は、とびきり脆いんだぞ!」

織莉子 「・・・卑怯者を相手にするのに、こちらも卑怯な手を使う。理に適っているのではなくて?」

竜馬 「だったら聞かせろよ。俺たちを卑怯者と呼ぶ、その意味をな」

織莉子 「・・・」

仁美 「聞かせてあげたら良い。それを聞いて憤ったからこそ、私も織莉子さんたちに協力しようと決めたのです。他の皆さんだってそうでしょう?」

A子 「そうね」

B子 「言ってやりなよ、織莉子さん!」

C子 「そーだそーだ」


仁美の言葉に雷同するように、織莉子の取り巻きたちが一斉に声を上げる。

どうやら彼女たちにとって、私たちが卑怯者だということは、共通の認識のようだ。

そんな周囲の喧々囂々が鳴りやむのを待って・・・

織莉子が再び口を開いた。

どこか勿体つけたような、格下の者に教えを諭すような、そんな口調で。


織莉子 「ならば・・・教えて差し上げましょう。あなたたちがこれからなす事を。この街と、そこに住まう全ての人に対して、どれだけの許されざる所業を犯す事になるのかを、ね」

・・・
・・・


次回予告


ほむら達のことを卑怯者と悪しざまに見下す美国織莉子。

彼女が垣間見た未来の世界で、いったいほむら達はどのような罪を犯したというのだろうか。

そして、織莉子に手を貸し、ほむら達と敵対したキュウべぇの真の目的とはいったい何か。


崩壊間近の魔女結界の中で、いくつもの謎が今、解き明かされようとしていた!


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第八話にテレビスイッチオン!

以上で第七話終了です。

随分と長くなってしまいましたが、おつきあい下さっている方には感謝の気持ちでいっぱいです。

もしよろしければ、次回もお目汚しをお許し下さい。

それではまた。

再開します。

ほむら「ゲッターロボ!」 第八話

あの日・・・

私は、強大な力で灰燼と帰そうとしている見滝原の街にいた。

空に浮かぶは、異形の巨大な魔女。

私たち魔法少女が「ワルプルギスの夜」と呼んで恐れる、最強最悪の魔女。

奴が災厄を見滝原にまき散らすために、やってきたのだ。


・・・戦わなければならない。

たとえ勝てなくとも。


覚悟を決めてワルプルギスへと挑もうとした、まさにその時。

希望は突如として現れたのだ。

それは真紅に輝く身体を持った、一体の巨人。

突然上空に現れたそれは、ワルプルギスにも引けを取らない体躯をものともせず、猛烈なスピードで魔女へと向かっていった。

やがて繰り広げられる、激しい空中戦。

私は、その時。

ただ、ただ・・・圧倒されてしまって・・・

その戦いの帰趨を、地上から見守ることしかできなかった。


ただ一つ。

分かった事があった。

あの巨人は、味方なのだと。

父が愛した、この街を守ってくれる希望なのだと。

そして・・・

戦いは終わった。


戦いに敗れ、その存在を抹消されたのは、ワルプルギスの夜の方だった。

助かった!救われた!

私は歓喜の叫びを上げずにはいられなかった。

あの巨人が何者なのかはわからない。

魔女の一種なのか、魔法少女の使う魔法の一つなのか。

はたまた、私の想像の及ばない、もっと他の何かなのか。


だけれど。


そんな事は、私にとっては些細なことでしかなかった。

重要なのはただ一点。

あの巨人が、見滝原を救った救世主であるということのみ。


・・・本気で、そう思っていた。

新たな脅威が、突如として現れるまでは。

そう、その力は、そして姿は、何としても形容しがたい。

まるでワルプルギス程度、その者の前では単なる前座の役割しか与えられていなかったのだ、と。

そこまで思えてしまうほどに。


そして、再び。

・・・殺戮と破壊が始まった。

せっかくワルプルギスの災禍を免れた見滝原の街が、人が。

災いの下に形と命を失っていく。

私は叫んだ。

やめて、と。父の願いが眠るこの街を、壊さないでと。

・・・そして。


私は願った。

助けてと。

ワルプルギスを撃退したと同じように、新たな災いも排除してくださいと。

真紅の巨人に願ったわ。


だけれど・・・

私の願いは・・・

・・・

・・・届かなかった。

・・・
・・・


織莉子 「・・・私の能力は、未来を見ること。いつもは暫定的な未来しか見えないのだけれど、この時だけはずいぶん具体的に未来を見ることができたわ」

ほむら 「・・・」

織莉子 「予知の中で見た、真紅の巨人。あれがロボットでゲッターロボという名前だというのは、しばらくしてからキュウべぇから聞かされた」

竜馬 「乗っているのが、俺たちだということも、だな」

織莉子 「ええ」

竜馬 「それで、お前の願いが叶えられなかったとは?その事が、俺たちが卑怯者呼ばわりされる事に、どう関わりが?」

織莉子 「・・・逃げたのよ、あなたたち」


軽蔑の色を濃くにじませた瞳で、織莉子が私たちを睨み付けた。

逃げた・・・?

竜馬 「俺たちが、敵を目の前にして、しっぽを巻いて逃げたと?」

織莉子 「そうよ。だから、ああ呼んだのよ?あなたたちに相応しい呼び名で、卑怯者、と」

杏子 「おいおい・・・あいつの言ってること、本当なのかよ」

ほむら 「・・・」

織莉子 「あなたたちが卑怯なふるまいをした結果、見滝原は壊滅。私の喜びは、ぬか喜びに終わったと、そういうわけ」

武蔵 「馬鹿な!そんなわけないだろう!」


織莉子の言葉に、武蔵が噛みつく。


武蔵 「敵がどんなに強大であれ、マミちゃんたちが住む街を俺たちが、守るのを放棄して逃げ出すなんて、そんな事あるはずがないだろう!」

マミ 「お兄ちゃん・・・」

竜馬 「その通りだな。言ったはずだぜ、俺たちの中に卑怯者なんざいない、とな。一度敵に背を向けて逃げたら、そいつはもう一生、負け犬だ」

織莉子 「・・・」

竜馬 「そんな生きざま、俺はまっぴらごめんだぜ」

キリカ 「なんだよ!じゃあ、織莉子が嘘を言ってるっていうのか!?」

竜馬 「そうじゃない。ただ、お前の未来予知は完ぺきではないのだろう?」

織莉子 「・・・?」

竜馬 「必ず、見た通りの未来になる。そうであったなら、お前が未来を変えようとゲッターを奪うなんてマネ、するはずがない」

織莉子 「驚いた。脳筋タイプかと思ったら、意外に頭が回るのね」

竜馬 「何とでも言え。ただ、断言してやるぜ。今回ばかりは、お前の予知は当たらない。なぜなら俺たちは、絶対に逃げないからだ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「だろう、暁美」

ほむら 「・・・」

・・・織莉子の見た未来の世界では、何らかの要因によってまどかは魔女化してしまったのだろう。

それを見た私が、その時間軸をあきらめ、今までと同様に時間をループさせた。

私も乗っていたはずの、ゲッターロボ、もろともに。

そんな未来を予知したのなら、ゲッターロボが逃げ出したのだと織莉子に解釈されるのも仕方がない。

・・・いや。

織莉子にとっては、紛れもない事実、か。


ほむら 「・・・」

竜馬 「暁美・・・?」

織莉子 「暁美さんは、否定ができないようね」

ほむら 「そうね。だけれど・・・」


それは、まどかが魔女化してしまったらという場合の話。

そんな未来、私は認めないし、現実にさせるつもりもない。

この時間軸の事を、私は絶対に諦めたくはない!


ほむら 「あなたの未来予測は外れるわ。ゲッターがワルプルギスを倒した時点で、この見滝原は救われる。その後の災いも現れやしない」

織莉子 「・・・」

ほむら 「そして、それを成し遂げるのは私たちよ」

織莉子 「なぜ、そう言い切れるの?」

ほむら 「・・・」

織莉子 「あなたはどれだけの時間軸をループしてきたの?いったいどれだけの時間軸を見捨ててきたの?」

ほむら 「え・・・」

織莉子 「どれだけの見滝原に住む人々を、見殺しにしてきたの?」

ほむら 「そ、それは・・・」

竜馬 「・・・おい、いい加減にしろよ」

織莉子 「そのような人の、のたまい事。信用するに値しないわね。ただ、それだけの話」

仁美 「お判りでしょう、暁美さん。あなた方に美樹さんと上条君が生きるこの街を、任せることはできない。で、あるならば」

キリカ 「戦える者が、戦うための力を持つ。至極、まっとう」

ほむら 「・・・くっ」


まどかの事を織莉子たちに話せない以上、言葉で彼女たちを納得させる術がない。

どうやってこの場を切り抜けるべきか。

せめて、私の手を取っている仁美を振り切れれば、何とかできるかもしれないのに・・・


織莉子 「話はこれまで・・・」


織莉子は一方的に話を打ち切ると、スッと・・・

物音ひとつ立てずに、滑るように私の横まで歩み寄ってきた。

私を挟んで、仁美と反対側へと立つ織莉子。


ほむら 「な、なに・・・?」

織莉子 「ふふっ」


軽く笑うと、彼女は私の手を取り、そっと握った。


ほむら 「・・・?」

織莉子 「仁美さん、暁美さんのお目付け役、お疲れ様。交代の時間ね。さ、あなたは打ち合わせの通りに」

仁美 「心得ていますわ」


織莉子と入れ替わるように、私のそばを離れる仁美。


ほむら 「何を考えているの?」

織莉子 「ゲッターロボを出しなさい」

ほむら 「!?」

織莉子 「出さねば、巴マミのソウルジェムを砕かなくてはいけなくなる」

ほむら 「なぜ、わざわざ入れ替わって・・・志筑仁美に何をさせるつもり!?」

織莉子 「予知能力の発動を制御できない私では、不都合があったから彼女とキリカにお願いすることにしたの」

ほむら 「分かるように言って!」

織莉子 「ゲッターを渡せば、わかる」

ほむら 「・・・っ」

織莉子 「流竜馬」

竜馬 「・・・なんだ?」

織莉子 「あなたもゲッターに乗ってもらうわ」

ほむら 「え・・・っ?」

杏子 「こ、こいつ・・・いったい何を考えてやがるんだ」

武蔵 「なぜわざわざ、奴らにとって危険な真似を、あえてしようとしているんだ・・・?」

竜馬 「・・・理由は?」

織莉子 「単純な話。ゲッターロボの動かし方を私たちは教わらなくてはいけない。ゲッターは三人乗りなのでしょう?だから一機には流さんに乗ってもらうわ」

キリカ 「残りには、私たちが乗らせてもらうよ」

竜馬 「・・・理にはかなっているな」

ほむら (だけれど、それだけとは思えない・・・)

織莉子 「元より、あなたに拒否権はないわ。お友達の、大切な妹を犠牲にしても良いというなら、話は別だけれど」

マミ 「ご、ごめんなさい」

武蔵 「りょ、リョウ・・・」

竜馬 「分かってる、分かってるさ。今はお前らに従おう。暁美、とりあえずはそれで良いな」

ほむら 「そうするしかないものね。でも、リョウ・・・それで良いの?」


ゲッターロボのパイロットであることに無上の誇りを持っている竜馬。

人質を取られているとはいえ、彼があっさり織莉子の要求を受け入れたのは意外だった。


竜馬 (並の人間に乗りこなせるほど、ゲッターロボは甘くない)

織莉子 「何か言った?」

竜馬 「いーや、別に。じゃ、とっとと始めるが、巴マミの命の保証はしてくれるんだろうな」

織莉子 「彼女の命を奪うことが目的ではないもの。ゲッターロボを受け取ったなら、きちんと解放してあげるわ」

竜馬 「・・・暁美」


竜馬が振り向いて、私にうなずいて見せる。

今は従うほかはない。

私はバックラーに念を送る。

程なくして、魔女の結界内にゲッターロボが実体化した。

キリカ 「うわっ、本当に出た!」

仁美 「なんて巨大な・・・」

A子たち 「わーわーきゃーきゃー」


織莉子の取り巻きたちが驚嘆の声を上げる中で、ただ一人。


織莉子 「・・・」


美国織莉子のみが、複雑な表情でゲッターロボを見上げていた。

どこか悲痛な、先ほど私たちを睨み付けた時とは、まるで別人のような眼差しで。


ほむら (予知の中でとはいえ、一度ゲッターを目にしている彼女なら、他の子たちと感じ方も違うのは当然か・・・)

織莉子 「では、まずは流さん。あなたから乗って下さい」

竜馬 「了解だ」

キュウべぇ 「ちょっと待ってよ」


どこから湧いて出たのか、竜馬の足元にはいつの間にやら、キュウべぇが佇んでいた。


竜馬 「お前は本当に、ボウフラのような奴だな」

キュウべぇ 「僕も竜馬と同行させてもらうよ」

竜馬 「なに言ってるんだ、お前」

キュウべぇ 「僕にも役割というものがあってね。ねぇ、織莉子」

織莉子 「そうね」

竜馬 「美国が絡んでるなら、俺に断われるはずもない。好きにしたが良いさ」

キュウべぇ 「それじゃ、よいしょっと」


キュウべぇはひょいっと飛び上がると、竜馬の肩先に落ち着いた。

まるでアニメのマスコットキャラのように、竜馬の肩に乗っかってゲッターに乗り込むつもりのようだ。


竜馬 「なれなれしいな、お前」

キュウべぇ 「しばらくの間、よろしく頼むよ。竜馬」

竜馬 「・・・」

織莉子 「彼がゲッターロボに乗り込んだら、こちらも順次、乗り込みにかかるわよ」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


かくして・・・

竜馬に引き続いて、織莉子の指名を受けた彼女の取り巻きたちが、ゲッターロボへと乗り込んでいった。

白羽の矢をたてられたのは予想通り、織莉子の腹心ともいうべき呉キリカと志筑仁美。

そして・・・

新米魔法少女の中からも、4人が選ばれて、キリカ達とともにジャガー号とベアー号に分乗して行った。

つまり、ジャガー号とベアー号にはそれぞれ、3人づつの魔法少女が乗っていることになる。


ほむら 「一人乗りに無理やり3人も乗り込ませるなんて、人口過多も大概だわね・・・」

武蔵 「まぁ、前例が無いわけじゃない。俺が初めてゲッターに乗った時も、狭いイーグル号の中に3人がすし詰め状態だったからな」

ほむら 「リョウと武蔵さんと・・・隼人さん?」

武蔵 「いや、俺とリョウと、あとは原始人だ」

杏子 「はぁ、ナニソレ」

武蔵 「胸糞悪い事件で、あまり細かいことは話したくないんだが、とにかく図体のでかい男でも3人くらいは、無理をすれば乗れるって話だ」

ゆま 「見た目とおんなじ、中もおっきいんだね!」

武蔵 「もっとも、シートに座れるのは一人だけだ。残りの二人は、体を支えることもできず、機内を転がりまわることになるけどな」

織莉子 「心配はご無用よ。私たちは魔法少女。魔法の障壁を張って、身体を守ることくらい、なんてことはないもの」

武蔵 「そうかい」

ほむら 「だけれど、どうしてあんな無茶を?」

織莉子 「・・・ゲッターロボに乗るのにも、慣れが必要でしょう?」

ほむら 「そうね」

織莉子 「ワルプルギス襲来まで、あと一週間。私たちには時間がない。ゲッターに慣れる事一つをとっても、効率の良い方法を選ばなければならないの」

ほむら 「それで、いっぺんに複数の仲間を、ゲッターに乗り込ませた。そういうのね」

織莉子 「ええ」


ほむら (嘘を言っている・・・)


確信はないけれど、私は織莉子の言葉の中にまやかしの色が含まれていることを感じ取っていた。

だけれど、それは何のための嘘なのか。

そこまで掴み取れるほど、私は織莉子の心の内を知り抜いているわけじゃない。

ただ、一つ言えることは。


A子 「良いなぁー。私もロボット乗ってみたかったよ」

B子 「順番だもの、仕方がないわ。私たちは次の機会に乗ればいいのだし。ねぇ、C子」

C子 「そうだね!」


居残って、マミのソウルジェムに三人がかりで武器を突き付けている魔法少女たち。

彼女たちも、織莉子の語った説明を、寸分うたがわずに信じている様子だという事。


ほむら (何を考えているの・・・美国織莉子)


織莉子の心の内も、そして現在のゲッターロボの中で、どんな会話が交わされているのかも。

外側にいる私には、うかがい知る事などできるはずもなかった。

・・・
・・・


竜馬 「おい、お前ら」


イーグル号のコクピットから、竜馬は通信機で他の二機に語りかけていた。


竜馬 「分かっていると思うが、ゲッターはどういうわけか魔法少女の魔力をエネルギーとしている。そこら辺、対策はしているんだろうな」

仁美 「問題ありませんわ」


即座にベアー号の仁美から返事があった。


仁美 「魔力補給用のグリーフシードは持って来ています。心配には及びませんわ」

竜馬 (なら、良いがよ。ゲッターの中で魔女化なんて事態だけは、まっぴらごめんだからな)

キリカ 「織莉子には全て分かっている事さ」


こちらはジャガー号に乗り込んでいる、呉キリカだ。


キリカ 「君は余計な心配なんかしないで、私たちの言うとおりにしていれば良いんだよ」

竜馬 「そうかよ。なら、俺はこれから何をすればいいんだ」

キリカ 「そうだね。まずは適当にこの空間内を動いてもらおうかな」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「その様子を僕が見ているよ。ゲッターの操縦法を僕が記憶して、あとで織莉子たちにビジョンとして見せる」

竜馬 「なるほど、それがお前の役割か。生きたマニュアルってわけだ」

キュウべぇ 「便利だろう?」

竜馬 「・・・」


言われたとおり、竜馬はゲッターで広場内をうろついて見せた。

巨大なゲッターで限られた空間を歩くのだ。足元のほむら達を踏みつぶさないように気を配ることも忘れない。

竜馬 「これでいいのかよ?」

仁美 「・・・」

キリカ 「・・・」

竜馬 「・・・おい?」

キリカ (これは・・・けっこう来るモノがあるね)

仁美 (少し動いただけで、この魔力の喪失感。確かに織莉子さんの言っていた”方法”でもとらないと、瞬く間にジリ貧になってしまう。たとえ、その方法が・・・)

キリカ ・仁美 (外道の極みなのだとしても・・・!)

竜馬 「お前ら・・・大丈夫なのか?」

仁美 「あ、は、はい・・・平気ですわ。では流さんは引き続き、ゲッターに様々な動きをさせてください。キュウべぇ、記録はよろしくお願いしますわね」

竜馬 「分かった・・・」

キュウべぇ 「そこは任せてもらっていいよ」

仁美 「ええ」

キリカ (さて、いよいよ始まるか・・・)

仁美 「と、その前に・・・」


仁美はシート越しに、後ろから様子をうかがっていた少女たちに声をかけた。


仁美 「では、D子さん。私と交代ですわ。E子さんももう少し前に来て、ゲッターロボがどういうものなのか、計器とかをよく見ておいて下さい」

D子 「あ、う、うん・・・じゃあ・・・よいしょっと」

E子 「それよりも志筑さん・・・私たち、ちょっとソウルジェムがヤバめになってきたんだけれど」

仁美 「・・・」

E子 「そろそろグリーフシード、貰ってもいいかな」

仁美 「・・・まだ早いですわ。これから先は長いのですもの。限りある資源は節約して使わないと」

D子 「で、でもぉ・・・」

仁美 「大丈夫。今はゲッターロボに慣れる事だけに集中して」

E子 「まぁ、織莉子さんが認めたあなたがそう言うなら、従うけどさぁ・・・」

仁美 「・・・」


同じようなやり取りは、ジャガー号の中でも行われていた。

キリカは操縦席を同乗していたF子に譲って、その様子をのぞき込んでいるG子のさらに後ろへと移動していた。

そして、念を集中して、外の織莉子にだけ聞こえるように、念話を飛ばす。


キリカ (織莉子、程なくして”限界”が訪れる。いよいよ、実行のとき迫る、だよ)

織莉子 (キリカ・・・ごめんなさいね。あなたと仁美さんにだけ手を汚させるような真似をしてしまって)

キリカ (構わない。私は織莉子の言う事にはすべて従うと、心に固く誓ってるんだ。それにそれが、織莉子の好きなこの街を守ることにつながるんだろう)

織莉子 (ええ・・・)

キリカ (だったら、全く問題なし。織莉子はこの後の事だけを考えていればいいんだよ。私は君が導いてくれないと、たちまち道に迷ってしまうのだからね)

織莉子 (キリカ、あなた・・・)

キリカ (じゃ、通信終わり!またあとでね!)


念話を切り上げると、キリカは再び視線を自分の前にいる、二人の魔法少女へと向けた。

未知の存在であるゲッターに、わき上がる興味を隠しもせず、無邪気に語り合っている二人の少女。


キリカ (ごめんね)


今度は誰にも届かないように。

キリカは心の内でだけ、そっとそうつぶやいた。

・・・
・・・


キリカ達に言われるまま、ゲッターを操縦し続ける竜馬。

キュウべぇは竜馬の肩の上から、彼が操る操縦桿をじっと見つめていた。

その様子はキュウべぇたち共有のデータバンクに逐一送られ、必要な時にはいつでも取り出すことができる。


キュウべぇ (間もなくだ・・・このプランが確立されれば、僕たちのエネルギー回収のノルマは飛躍的に達成に近づける)


個人的な感情を持ち合わせない彼だったが、種全体としての喜びが体の奥から湧き上がってくることは抑えようがなかった。

それは、本能からくる喜びだった。


キュウべぇ (さて・・・)


この男、流竜馬にだけは本当の事を、今。

ここで話しておかなければならないなと、キュウべぇは思った。


キュウべぇ (どのみち今回の事が終わった後には、ほむら達にもすべてが知られてしまうことになるだろうけれど・・・)


この全てにおいて規格外の男が、いざとなったら何をしでかすのか。

悠久の歴史の中で様々な人間を観察してきたキュウべぇにも、測りかねるものがある。

そんな不測の事態が起こる前に、憂いの芽は摘んでおかなければならない。

キュウべぇ 「竜馬」

竜馬 「なんだよ」

キュウべぇ 「操縦を続けたままで良いから、聞いてほしい事があるんだ」

竜馬 「改まって、気持ちが悪いな」

キュウべぇ 「この先、何が起こっても、君には取り乱さずに、そのまま操縦に専念していてほしい。その事を念押ししておこうと思ってね」

竜馬 「お前らが今更、なにを企もうが驚くほどの事なんざねぇだろうがよ」

キュウべぇ 「それを聞いて安心したよ」

竜馬 「・・・で?その、念押しの具体的な内容を聞いておこうじゃないか」

キュウべぇ 「では・・・」


キュウべぇ 「                    」

竜馬 「な、なんだと・・・!」


驚く事はない。

そう断言していた竜馬だったが、キュウべぇの話を聞き終えるや、彼の顔から血の気がみるみる引いていった。

信じられないモノを見るような目で、肩の上のキュウべぇを凝視する。


竜馬 「お前ら、正気か・・・いや、お前は分かる。人を人とも思っていない、お前なら・・・」

キュウべぇ 「ひどい言われようだね」

竜馬 「だが・・・美国織莉子・・・あいつ、そんな事を考え付くなんて・・・人か?人を捨てるつもりなのか?」

キュウべぇ 「織莉子の成そうとする正義のためだからね。それが彼女の望みなんだ。仕方がない」

竜馬 「そんなの、ただのエゴだろうが!」

キュウべぇ 「僕は長い歴史の中で様々な人間を見て来たけれど・・・エゴの絡まない望みを持った人間なんて、数えるくらいしか出会ったことがなかったよ」

竜馬 「だからと言って、やって良い事と悪い事があるだろうが!!」

キュウべぇ 「・・・やはり君には事前に話しておいて良かった。このまま”コト”が起こったら、何をされるか分かったものじゃなかったからね」

竜馬 「・・・くっ!」


竜馬がコンソール上の通信機に手を伸ばそうとする。

警告しなければ。キリカや仁美と同乗している、名も知らぬ魔法少女たちに。

・・・だが。


キュウべぇ 「待ちなよ」


それを、抑揚のないキュウべぇの声が制した。


キュウべぇ 「言ったはずだ、君はこのまま操縦を続けるように、と」

竜馬 「だまれっ、てめぇの指図は受けねぇ!」

キュウべぇ 「君がこちらの指示に従わない場合、僕は即座にその事を、外の織莉子に念話で告げる」

竜馬 「・・・っ」

キュウべぇ 「巴マミ・・・彼女の身にもしもの事があれば、巴武蔵は君の事をどう思うだろうね」

竜馬 「てめぇ・・・!」

キュウべぇ 「もちろん、暁美ほむらや他の子たちも無事では済まないだろう。君が止めようとする行為は、仲間の命より尊い事なのかい?」

竜馬 「・・・くっ、くそっ!」

キュウべぇ 「さぁ、ここで成り行きを見守ろうじゃないか。上手くいくかは結果を御覧じろ・・・だけれどね」

竜馬 (くそ、俺にはどうすることもできないのか・・・!?)

・・・
・・・


ジャガー号

内部


F子 「え・・・え・・・どういうこと、呉さん・・・」

G子 「ど、どうして・・・」


キリカは抜きはらった武器を、仲間であるはずの二人の魔法少女に突き付けていた。

微塵でも動けば切り刻む。

キリカの彼女たちを睨む目が、言外にそう告げていた。


キリカ 「良いから、そのまま。大人しく座っていて。そうすれば、手荒な真似はしないからさ」

F子 「だ、だけど、このままじゃ私たち、ソウルジェムが・・・ソウルジェムが!」

G子 「もう限界なんだよ!は、早くグリーフシードをちょうだい!」

キリカ 「黙りなよっ!」

F子・G子 「ひぃっ!!」

キリカ 「君たちのソウルジェムには、このまま黒く濁りきってもらうよ」

F子 「な、なんで!?なんでよぉ・・・!」

キリカ 「そうすれば、ソウルジェムは砕けて、グリーフシードとなって生まれ変わる」

G子 「え・・・」

キリカ 「君たちは、魔女になるんだよ」

F子 「な、なに言ってるの・・・?」

キリカ 「言葉の通りさ。やがて魔女になる運命なのさ、魔法少女は。君たちも、私も」

G子 「・・・う、うそだ・・・ぁ・・・」

キリカ 「本当だよ。だけれど、魔女にならずにすむ方法が、たった一つだけある。知りたい・・・?」

F子 「え?え?」

キリカ 「それは、ね・・・」

・・・
・・・


ベアー号

内部



仁美 「それは、魔女となる前に死んでしまう事・・・」

D子 「は、はい・・・?」

E子 「あんた、何を言って・・・うぐっ!い、良いから早く、あんたが手に持ってるグリーフシードをよこしなさいよぉ!」

仁美 「動くなぁっ!!」


仁美が、今まで見せたこともない顔と声音で、飛びかかろうとするE子を叱りつけた。

ビリビリとコクピット内の空気が震えるほどに、それは激しい叱責だった。

取り乱していた二人の魔法少女の動きが、押さえつけられたかのようにピタリと静まる。


仁美 「そう、それで良いのです。あなたがたはただ、運命を受け入れれば、それで良い・・・」

D子 「な、なによぉ・・・志筑さん、あなたいったい何なのよぉ・・・」

E子 「私たちに、死ねというの・・・?」

仁美 「ええ」


絶望に震えた声での問いかけにも、仁美は平然とうなずいて見せた。

E子 「いったい、何のために!」

仁美 「この、見滝原を守るために・・・」

D子 「わけわかんない!やだよ、死にたくないよ!なんでこんなことするのよ!助けてよぉ!」

仁美 「どのみち、私たちは遠からず、人としての生を摘み取られるべき存在。それが、分を超えた望みを持った私たちの償い・・・」

E子 「・・・なに、言ってるのさ」

仁美 「死ぬ時期が、多少違うというだけ。私も近いうちにあなたたちの所へ行くことになる。だから、ねぇ・・・?」

D子 「・・・」

仁美 「今は、おとなしくソウルジェムを黒く染め上げて下さいな」

D子 「そんなの嫌だよ、助けてよ!う・・・うぐっ!?」

E子 「う・・・う、ぁ・・・」


そして・・・

その時が、訪れた。

次回へ続く!

再開します。

E子 「う、うう・・・ああ・・・」

D子 「ああああああああっ!!」


ゲッターに魔力を吸い取られ続けた二人の少女のソウルジェムに、限界が来たのだ。

ぴしっ・・・と。

亀裂が走る音が、コクピット内に響く。

それは、ソウルジェムが形を失い、グリーフシードへ生まれ変わる為の産声。


仁美 「失敗は許されない。間髪入れず終わらせる・・・」


仁美は狭いコクピットの中、得物である剣を中段に構え、二人の少女に狙いを定める。

そして、待った。

ソウルジェムが砕ける、その瞬間を。

少女たちの断末魔の絶叫が、コクピット内を悲惨の色で染め上げる。

だけれど仁美の心は、穏やかな水面のごとくに静謐だった。

成すべき事のため、大切な人の住む世界を守るために。


仁美 (そのために、私は人であることを捨てたのだもの)


そして。

パリンっという破裂音とともに、E子とD子のソウルジェムがほぼ同時に砕けた。

代わりに姿を現したのは、新たなグリーフシード。

そう、魔女が誕生しようとしているのだ。


仁美 「いまっ!」


仁美は鋭い掛け声とともに、渾身の力を込めて剣を薙いだ。

・・・
・・・


竜馬 「なんてこった・・・」


竜馬はその様子をモニター越しに、全て見ていた。


竜馬 「これが、お前の企みなのか」

キュウべぇ 「そうだよ、竜馬。本当はこの役、君にやってもらえれば、ゲッターを強奪するなんて回りくどいことをせずに済んだのだけれどね」

竜馬 「・・・どういうことか説明しやがれ」

キュウべぇ 「発想の転換だよ」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「僕の目的が、魔法少女が魔女になる際に放出されるエネルギーを回収することだとは、君も知っているよね」

竜馬 「ああ」

キュウべぇ 「そのエネルギーというのは、正確にはソウルジェムが砕けた瞬間に放出されるのだけれどね。つまり、別に魔女化自体は僕にとってはどうでもいいことなのさ」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「そして織莉子たちの目的は、ゲッターロボを運用するために必要な、グリーフシードの確保。この両者を両立させるためには、さてどうするか」

竜馬 「ま、まさか・・・だから美国は魔法少女を仲間に集め、志筑たちはあんなまねをしたと?」

キュウべぇ 「相変わらず君は察しがいい。もう分かったよね」

竜馬 「ゲッターにエネルギーを吸い取らせ、ソウルジェムをグリーフシード化させ・・・」

キュウべぇ 「そこから魔女となる寸隙をついて、人の姿をしている内に魔法少女を殺してしまう。そうすれば僕はエネルギーを回収でき、織莉子たちは戦わずにグリーフシードを手に入れられる」

竜馬 「人間の考える事じゃねぇぞ・・・!」

キュウべぇ 「それはそうさ。だって僕が提案した策なのだから」

竜馬 「ど外道がっ!!」

キュウべぇ 「僕に人間の世界での罵倒は意味がないよ。にしても、この方法。正直、少し賭けの部分があったんだ。魔法少女の命を絶つタイミングが、けっこうシビアだからね」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「でもまぁ、呉キリカと志筑仁美は上手くやってくれたよ。おかげで確立された。これから僕は、この方法でどんどんエネルギーを回収できる。ノルマの達成も早まるというものだよ」

竜馬 「俺たちのゲッターをそんな事のために・・・」

キュウべぇ 「魔法少女による、エネルギーの永久機関さ。資質の高い魔法少女を探して回るより、よほど効率的だとは思わないかい?」

竜馬 「てめえっ、絶対に許せねぇ・・・!!」


竜馬が怒りのあまり、顔を朱に染めた、その時。


? (リョウ・・・)


唐突に。

どこからか、彼を呼ぶ声が聞こえたのだ。


竜馬 「え・・・?」


どこか、聞き覚えのある、懐かしい男の声。

この空間にいるのは自分とキュウべぇだけだが、当然そのどちらの声でもない。

? (リョウ)


今度は、先ほどよりさらに強く。

再び謎の声が、竜馬を呼んだ。

その声は、すぐ近くで聞こえたようでいて、裏腹にはるか遠くの、どこか他の世界から囁かれている様にも聞こえた。

耳からじゃない・・・

まるで頭の中に直接語りかけてくる様な、不思議な響きを持った声。


キュウべぇ 「・・・竜馬。君ではないよね、この声は・・・いったいどこから聞こえてくるのだろう?」

竜馬 「・・・お前にも聞こえているのか」

キュウべぇ 「これは空気を振動させて伝わってくる、いわゆる”声”とは別の物のようだね。むしろ僕や魔法少女が使う念話に近い・・・」

竜馬 「この声がどこから聞こえてくるか、分からねぇ、が・・・」


だが。


竜馬 「声の主には心当たりがある」

以前。

ほむらは謎の声に導かれ、ゲッターを呼び出しパイロットとして認められた。

その声の主。ゲッターに宿る、その謎の人物こそが、今。

自分に語りかけてきてきているのだろう。

そして、その声の正体とは・・・


竜馬 「お前か・・・?」

? (リョウ)

竜馬 「お前なのか、隼人!!」

・・・
・・・


ジャガー号。

内部。


キリカ 「はぁはぁ・・・」


キリカは乱れた息を整えつつ、自分の武器を見つめていた。

爪に似た形状の得物。それには血がべっとりとこびり付いていた。

それは今、彼女が手にかけた二人の少女の生血。


キリカ 「・・・」


キリカの足元には、先ほどまで己の運命も知らず、コクピット内をもの珍しそうに眺めていた少女たちが倒れていた。

今はもう、何を見ることも語ることもできない。

キリカが、殺してしまったのだから。

キリカ 「う、うう・・・」


コクピット内に充満する血の臭いにむせながらも、彼女は死体からある物を回収する。

それは、魔法少女たちの生まれ変わりともいうべき、二個のグリーフシード。


キリカ 「やった・・・織莉子、やったよ!うまくいったよ・・・!」


その時、ジャガー号内のモニターに灯がともり、仁美の顔が映し出された。


仁美 「呉さん、首尾はどうですの?」


画面の中の仁美が、キリカとは対照的な澄ました顔で言った。


キリカ 「上々さ。ほら、これ」

仁美 「グリーグシード・・・ふふっ、これで実証されましたわね。織莉子さんが示された方法は、やはり正しかったのだと」

キリカ 「・・・」

仁美 「どうかしました?」

キリカ 「いや・・・」

仁美 「変な人。まぁ、良いですわ。さて、次に考えなくてはならないのは、更なる効率化をいかに進めるか、ですわね」

キリカ 「どういうこと?」

仁美 「今回、得られたグリーフシードは4個。ですが、私とキリカさんは魔力維持のため、二つのグリーフシードを使っていますわ。結果、黒字となったのはたった二つのみ。これでは効率が悪い・・・」

キリカ 「え、と、言うことは・・・」

仁美 「一度に処理できる魔法少女の数を増やす必要がありますわね。とはいえ、魔女化する瞬間を狙って殺さなければならないのですから。いたずらに増やすだけでは、手が回らなくなってしまう」

キリカ 「処理って、あんた・・・」

仁美 「瞬時にして何人を屠れるか。私たちは知っておかなければなりませんわ」

キリカ 「・・・驚いたよ。虫も殺さないような顔をしておいて、ずいぶんとえげつない事を考えるんだね、仁美は」

仁美 「あら・・・」


モニターの中の仁美が、意外なものを見るように、目をまん丸く見開いた。


仁美 「もしかして、呉さん・・・罪悪感、お持ちですの?」

キリカ 「そうじゃないよ。だけれど、私は今、自分と同じ魔法少女の命を摘み取ったんだ。仁美みたく平然としてられる気分でもないよ」

仁美 「意外と・・・肝がお小さいですこと」

キリカ 「なんだと!だったら仁美は、いま何も感じてないっていうのか!?」

仁美 「ええ、感じてませんわ。当然でしょ?」

キリカ 「なっ・・・」

仁美 「これくらいの事で動揺する程度であるなら、最初から魔法少女になどなっていませんわ。私は私の守るべきもののために願いを望み、代償として人であることを捨てたのです」

キリカ 「仁美、おまえ・・・」

仁美 「この期に及んで人間らしい感情なんて、紙に包んでゴミ箱にポポイ、ですわ」

キリカ 「・・・はっきりと、確信したよ」

仁美 「なにをですの?」

キリカ 「私、お前の事、大嫌いだ」

仁美 「奇遇ですわね。私も、あなたとは気が合わないと思っていましたのよ」

キリカ 「・・・」

仁美 「・・・何はともあれ、今回の結果を織莉子さんに伝えなければ。念話、飛ばしますわね」

キリカ 「・・・うん」


瞼を閉じ、念を集中し始める仁美。

だがすぐに、怪訝な顔で目を開く。


仁美 「え・・・」

キリカ 「どうかしたの?」

仁美 「おかしい。念話が、送れませんわ」

キリカ 「えっ・・・」

仁美 「もう一度、やってみます」


再び目を閉じ、集中する仁美。

だが、すぐに目を開き首を振る。


仁美 「だめ・・・」

キリカ 「どうして?だって私は、さっき織莉子と念話で話したばかりだ。よし、じゃあ私がもう一度やってみる」


だが、結果はキリカも同じだった。

確かに飛ばしたはずの念話が、なにか厚い壁にさえぎられて、跳ね返されてしまう。

そんな感覚だった。

それは、今までにない経験。


キリカ 「そんな馬鹿な、ありえない」

仁美 「仕方がありませんわね。原因の追及は後です。今はまず織莉子さんへの報告を優先しなければ。いったん外に降りましょう。じかに話せばいいのです」

キリカ 「そうだね・・・じゃあ、ハッチを開いて、と」


ハッチに手を伸ばし、扉開閉のスイッチを探す。

だが・・・


キリカ 「あれ・・・」


キリカは愕然とする。

乗り込んだ時に確認し、確かにあったはずのスイッチが、まるで削ぎ落とされたかのように消え失せていたのだ。


キリカ 「ばかな・・・仁美!」

仁美 「呉さん、スイッチがありませんわ」

キリカ 「そっちも・・・?」


いったい何がどうなっているのか。


仁美 「・・・流君に聞いてみましょう。流君・・・流君っ!・・・え?」

キリカ 「仁美・・・?」

仁美 「イーグル号との通信が繋がりません、わ・・・」

キリカ 「!?」

外との念話が遮られてしまう。

機外に出るためのスイッチが消えてしまった。

そして、ゲッターの事を熟知している竜馬との通信もできない。


仁美 「これは・・・」


めったなことでは動じない仁美の心に、焦りと戸惑いの波が押し寄せてきた。


仁美 「呉さん、私たち・・・」

キリカ 「ど、どうなってるんだよ、どんな状況だよ、これ・・・」

仁美 「閉じ込められてしまった・・・?」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


ほむら (・・・?)


どうしたのだろう。

織莉子の顔に、焦りの色が浮かんでいる。

ゲッターの中で、何かがあったのだろうか。

先ほどからゲッター内にいる仁美たちへと念話を飛ばしているようなのだけれど・・・


ほむら (私に向けられていない念話では、何を話しているのか分からないわね)


かといって、私が念話を飛ばしたところで、あの二人が応えてくれるとも思えない。

今は大人しく、推移を見守る他はないようだわ。

ほむら (に、しても・・・)


のしのしと動き回っていたゲッターも今は歩みを止め、不気味な静寂を結界内にもたらしていた。


ほむら (ゲッターが止まってから、もう数分。いくらなんでも動きが無さすぎる。中で何かが起こっているのかしら)


織莉子 「暁美さん・・・」


不意に織莉子が話しかけてきた。

どことなく心細そうな、頼りなげな声音。

まるで先程までの、泰然としていた彼女とは別人のようだ。


ほむら 「え・・・な、なに?」

織莉子 「あなた、中の流さんにコンタクトをとることはできる?」

彼女の質問の意図を計りかね、私は首をかしげる。


ほむら 「え、無理よ、そんなの。私は通信機を持ってないし、リョウは魔法少女ではないから、念で話もできないもの」

織莉子 「そうよね・・・」

ほむら 「ていうか、なぜ私にそんなことを聞くの?中の様子が知りたいなら、仲間の二人に応えてもらえばいいじゃない」

織莉子 「・・・」

ほむら 「・・・?」


そのまま織莉子は押し黙ってしまった。

やむを得ず、私も再び視線をゲッターに戻す。

・・・ふりをしながら、周囲の状況を再確認。

ほむら (マミに武器を突き付けている3人は、まったく隙がないわね。こちらが変な動きをしようものなら、瞬く間にマミのソウルジェムは砕かれてしまうに違いない・・・)


よく飼いならされているものだ。織莉子の統率力には感心する。

ゆまは不安げに武蔵の足にぴったりと抱き着いたまま、オロオロしている。幼い彼女の事だ、状況に対応できなくても仕方がない。

その、ゆまに頼られている武蔵も、最愛の妹を人質に取られては、どうにも動きが取れない。そんな無念さをにじませた表情でマミたちを注視している。


杏子 「・・・」


問題は杏子だ。

杏子のあの目・・・これまでの時間軸で、嫌というほど見てきた。

あの赤い目が不敵な輝きを灯す時。

あれは何かを企んでいる、そんな瞳だ。


ほむら (・・・今は、彼女が頼りかも)


きっと何か事が起これば、杏子はただちに何らかの行動を起こすだろう。

そこに、今のこの状況を切り抜けるチャンスが潜んでいるに違いない。

ほむら (問題は、その不測の事態が起こるのか否か・・・なのだけれど・・・)


今の織莉子の様子。ただ事ではない。

きっと中では何かが起こっている。そこに私たちが付け入るスキが生じるはずなのだ。


ほむら 「・・・あ」


その機会は、案外早く訪れたのかもしれない。


織莉子 「え、なに?」

ほむら 「ゲッターの足元のハッチが・・・」



そこは、ゲッターロボの各機コクピットと通じている、共通のハッチだった。

そこが今、唐突に開いたのだ。

そして・・・


竜馬 「・・・」


出てきたのは、竜馬ただ一人。


ほむら 「リョウ・・・」

織莉子 「え、どうしたと言うの。誰がゲッターから降りて良いと?」

竜馬 「・・・」

織莉子 「キリカと仁美さんは?答えなさい!」

竜馬 「・・・」


切りつけるような織莉子の叱責にも動じず、竜馬が無言で、地べたに何かを叩き付けた。

無様に地面を転がり、みじめな姿をさらしたモノは・・・


ほむら 「・・・っ!?」


・・・キュウべぇ?

織莉子 「な、どういうこと・・・きゅ、キュウべぇ・・・?」


しかし、問いかけられたキュウべぇは一言も発しないどころか、身じろぎ一つすることはなかった。

気を失っているのか、あるいは・・・

だけれど、そんな思索も織莉子の詰問の声の前では、かき消されてしまう。


織莉子 「キリカは!?」


悲鳴のような織莉子の声が、結界内に響く。


織莉子 「キリカはどうしたの?あなたが、何かをしたの!?」

竜馬 「俺は何もしていない」


言いながら、竜馬は織莉子と私の方へと歩み寄ってきた。

無言で一回。

静かに私にうなづいて見せると、竜馬は織莉子に向かって手を差し出した。

織莉子 「・・・え?」


握られたままの拳。

何かを持っているようだ。


竜馬 「受け取れ」

織莉子 「なんだというの・・・」


警戒しながらも、空いた方の手を竜馬に差し出す織莉子。

その掌の上に、ポン、と。

竜馬が何かを置いた。

織莉子 「これって・・・グリーフシード?」

竜馬 「呉キリカだ」

織莉子 「・・・っ!?」

ほむら 「なっ・・・?!」


驚愕の色を隠しもせず、手渡されたグリーフシードを織莉子は凝視していた。

そして、驚かされたのは私たちも同じ。


マミ 「ど、どうして・・・」

ゆま 「・・・あ・・・ぅ」

杏子 「・・・」

武蔵 「な、中で何があったってんだ!?おい、リョウ!」


だが、竜馬は浴びせられる問いかけには一切答えず、今度は私に向かって手を差し出す。

まさか、この流れは・・・

ほむら 「も、もしかして・・・」


言いながら、私も空いた方の手をリョウに向ける。

その上に、織莉子としたのと同じように、彼は一つのグリーフシードを乗せた。


ほむら 「これって・・・」

竜馬 「志筑仁美だ・・・」

ほむら 「ーーーーーっ!」


予想はしていた。

だけれど、面と向かって放たれた竜馬の言葉に、私の心がついていけない。

仁美が・・・死んだ?


ほむら 「こ、これが・・・」


今、手のひらの上にある無機質で冷たい物体が。

つい先ほどまで言葉を交わしていた、学校では笑顔を交し合った志筑仁美だと竜馬は言うのだ。

信じられない。いや、信じたくなかった。

ほむら 「うっ・・・」


ゾクっと。

私の背筋を悪寒が走りぬける。

私たち魔法少女にとって、グリーフシードは同胞の死体にも等しい存在。

今、私の手の中には・・・

友達の死体が、すっぽりと収まっているのだ。


ほむら 「りょ、リョウ・・・聞かせて、いったい中で何が・・・」

竜馬 「・・・」

織莉子 「そうよ!言いなさい、流竜馬!」


織莉子が今までになく声を荒げた。


織莉子 「事と次第によっては、巴マミを殺すわ!」

だが・・・

マミを人質にとっている3人の魔法少女たちも、私たちほどではないにしろ、動揺に心を奪われていた。


A子 「え・・・え・・・キリカちゃんと仁美さんがグリーフシードになっちゃったって・・・」

B子 「どういうこと?グリーフシードって、魔女の卵じゃなかったの?」

C子 「ていうか、二人とも死んじゃったってこと・・・ちょっと・・・あのロボットってやばいんじゃないの・・・?」


こそこそと囁きあっている。


織莉子 「何をしゃべっているの、あなたたち!きちんと人質に集中していて!」

A子 「あ、う、うん。ごめん、織莉子ちゃん・・・」


織莉子は自分の取り巻きたちを厳しい口調で叱責すると、再び竜馬を睨み付けるように視線を戻した。


織莉子 「さぁ・・・」

竜馬 「分かってる。だが、俺だって混乱しているんだ。あまり、せかさないでくれ・・・」


竜馬にしては弱気な言葉を吐いたものの、それでも彼はポツリポツリと思い出すように語り始めた。

竜馬 「どこから話すべきか・・・そうだな・・・」

ほむら 「・・・」


私も今は。

黙って竜馬の話に耳を傾けるほか、なすべき事が無かった。

掌の中のグリーフシード。

これが本当に仁美なのか。そうであるなら、どうしてこのような姿に成り果ててしまったのか。

私は・・・友達として知らなければならないから。


杏子 「・・・」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


竜馬は不可思議な空間にいた。

身体はイーグル号のコクピットに座って、モニターで仁美たちの様子を見ている。

それは間違いがない。

だが、意識はもっと別のところにいた。

高い所から、全てを見下ろしているような・・・

まるで魂だけが体を抜け出し、ふわふわと浮かんでいるような胡乱な感覚。


竜馬 「こ、これは・・・」


形容しがたい状況に置かれ、竜馬の心に不安の波が押し寄せてくる。

いったい、何が起こっているのか。

? (リョウ・・・心を静かに保て)


謎の声が、再び竜馬に語りかけてきた。

だが、先程までとは違って、今度の声は竜馬のすぐ前から。

普通に会話を持ちかけられたように、ごく自然に聞こえてきた。


竜馬 「あ・・・」


竜馬がそちらへと視線を向ける。

そこには・・・


? 「リョウ」


懐かしい友の姿が・・・


竜馬 「あ、ああ・・・」


自分と相対するように浮かんでいたのだ。

竜馬 「は、隼人!」


そう、そこにいたのは。

自分と共にゲッターに命をささげ、そして散って逝ったかけがえの無い友。

神 隼人。その人であったのだ。


竜馬 「やはりお前だったのか・・・隼人」

隼人 「この姿で会うのは、久しぶりだな。リョウよ」

竜馬 「・・・この姿、で?」

隼人 「俺はずっとお前と共にいたよ。ここで、この場所から、常にお前と共にあった」

竜馬 「この中って・・・お前は死んだ後も、ゲッターの中にずっといたと言うのか?」

隼人 「俺は死んではいないさ」

竜馬 「・・・死んだろう?俺はお前の最期を看取ったんだ。お前は死んだ。俺の腕の中で、確かに・・・眠るように・・・」

隼人 「リョウ・・・目に見える事象が世界の全てではない。その事を心に深く刻んでおくんだ」

竜馬 「・・・お前、本当に隼人、なのか?」

隼人 「そうでもあるし、違うとも言える」

竜馬 「・・・わからねぇよ」

隼人 「リョウ、個は全で、全は個だ。今の俺の姿も、お前に馴染みのふかい姿を取っているに過ぎない」

竜馬 「隼人・・・」


キュウべぇ 「禅問答は、後にしてくれないかな」


不意に竜馬の肩に乗っていたキュウべぇが、二人の会話に割り込んできた。

竜馬 「お前も、ここに来ていたのか」

キュウべぇ 「込み入って話していたようなので、黙っていたけれどね。それにしても・・・」


キュウべぇがキョロキョロと辺りを見回す。


キュウべぇ 「ここは不思議な場所だね。いや、場所と言える物ではないのかな。僕たちの精神だけが、特殊な空間に飛ばされているとでも言うべきか」

竜馬 「分かるのか?」

キュウべぇ 「状況から予測しているに過ぎないけれどね。僕もこのような”場所”にくるのは初めてだ」

隼人 「・・・」

キュウべぇ 「ねぇ、君はいったい誰なんだい?こんな芸当ができる者が、僕たちや魔法少女のほかにもいるなんて驚きなんだけれど」

隼人 「さえずるなよ、インキュベーター」

竜馬 「いんきゅ・・・なんだって?」

キュウべぇ 「・・・僕の正式な名前さ。それを言い当てるとは、神隼人といったかい?君は、今を生きている人間ではないね」

隼人 「・・・」

キュウべぇ 「僕の予想だと、君はこのロボットに取り憑いている残存思念の類じゃないかと思うのだけれど、当たるとも遠からずじゃないかな」

隼人 「・・・お前の浅い知恵と乏しい経験則で、俺の何を図るつもりだ」

キュウべぇ 「悠久の歴史を紡いできた僕の経験を、乏しいと言い捨てるとはね」

隼人 「お前の企み、しかと聞いたぜ。さすが、進化の枠組みから自ら抜け出した連中の考えそうなことだ。底がな、あまりに浅いんだよ」

キュウべぇ 「進化から抜け出した・・・?僕たちが?いったい何のことだい・・・?」

隼人 「おこがましいんだよ、貴様。ゲッターを思い通りに扱えるとは、思い上がりも甚だしい」

キュウべぇ 「・・・」

竜馬 「待てよ。じゃあやはり、お前が呉キリカと志筑仁美を外部から遮断しているのか。いったい、何のために・・・」

隼人 「インキュベーターの薄汚い企てに乗った連中には、ふさわしい報いを受けてもらう」

竜馬 「なに、それってどういう意味だ・・・?」

隼人 「それが進化の流れの反逆者に加担した者の末路だ」

竜馬 「ま、待て!あいつらをどうするつもりだ!」


思わず隼人に詰め寄ろうとする竜馬。

だが、すぐ近くにいるはずの隼人なのに、なぜか竜馬には指先一つの距離さえ縮める事が出来ない。


竜馬 「は、隼人・・・!」


隼人に向かって伸ばした腕も、むなしく虚空を掴むのみ。


竜馬 「・・・っ」


もはや竜馬には、目の前の隼人を見つめる以外になす術がなかった。

・・・
・・・


ベアー号内


仁美 「あ、ああああっ!!」


それは突然だった。

ゲッターが魔力を吸い上げる量が、急激に増加したのだ。

現在ゲッターは動きを止めている。過度なエネルギーの吸収は行われないはずだというのに。

なのに現実として、仁美のソウルジェムは瞬く間に輝きを吸い取られて行っている。


仁美 「これは一体、何が起こっているんですの!?」


だが、その問いに応える者はいない。

代わりにスピーカーから漏れ聞こえてくるのは、キリカの切なげな呻き声のみだった。


仁美 (ジャガー号でも、同じことが起こっている!?)

ともかく、今は現状をどうにか切り抜けなければならない。

このままでは数分を待たず、自分は魔力を吸い尽くされ魔女化してしまう。

仁美は先ほど回収したばかりのグリーフシードを懐から取り出し、魔力を吸収しようとした。


仁美 (大切なグリーフシードだけれど、背に腹は代えられませんわ!)


しかし・・・


仁美 「えっ・・・!?」


仁美は愕然とした。

先ほど誕生したばかりのグリーフシード。魔力は満タンのはずだったのに。


仁美 「二つとも・・・魔力が・・・からっぽっ!?」

ありえない事態に、仁美が息をのむ。

どうして・・・と考えて、思いつく可能性は一つだけ。


仁美 「まさか、ゲッターがグリーフシードのエネルギーを、じかに吸収してしまった!?」


そんなことが起こり得るのか?だけれど、可能性としては、それしか考えられなかった。

しかし、それでは。

外へ出るどころか、連絡の手段すら奪われた自分の行く末は窮まってしまったという事になる。

仁美は絶望に身を震わせた。

それはこのまま、このコクピットで魔女となるのを待つ他ないという現実。

突き付けられたのは、目前に迫った”死”。

仁美 「ま、まだ・・・まだ死ねない」


死は覚悟していた。

いずれ訪れるであろう自分の運命も受け入れていた。

だけれど、それは今ではない。

彼女にはまだ、遣り残している事があるのだ。


仁美 「さ、さやかさん・・・」


仁美は恋敵でもある一番の親友の名を呼びながら、開かないハッチを幾度も叩いた。

しかし、鉄の扉は無情にも、冷たい沈黙を守ったままで、びくとも動かない。


仁美 「上条君・・・」


愛おしい男性の名を呼びながら、目の前のコンソールをまさぐる。

この現状から脱する手がかりを求めて。

だが、彼女の希望に沿うようなものは、まったく見出す事が出来なかった。

仁美 「あ、ああ・・・」


そうしている間にも、仁美のソウルジェムの輝きは、刻一刻と失われつつあった。


仁美 「まだ、なにも・・・何もなし得ていませんわ」


藁にもすがろうと、仁美の手が虚空を掴む。


仁美 「上条君へのお別れも、さやかさんに上条君を託す一言も、私はまだ言っていない・・・」


その手の動きも、だんだんと緩慢になってくる。

吸われ続ける魔翌力とともに、仁美の思考も徐々に明瞭さを失っていった。


仁美 「上条君・・・」

・・・
・・・


竜馬 「隼人、やめろ!」


竜馬には、この瞬間にゲッター内で起こっている事が、モニターを通さずとも全てが見えていた。

感覚が、全てを掴みとる。

目に見えないはずの、仁美やキリカの心情ですらも、文章化されたように心の中へと流れ込んでくるようだ。

心が痛かった。二人が感じている絶望や恐怖が、我が事のように竜馬の心を締め付ける。


竜馬 「魔法少女は魔力が尽きると、魔女となってしまうんだ!このままでは、志筑と呉は魔女となってしまう!」

キュウべぇ 「しかも、今度は先ほど殺された子たちと違い、魔女化を食い止める者はいない。ゲッターの中に二つも、魔女の結界が誕生してしまう事になるね」

竜馬 「冗談じゃない!隼人、あいつらを追い詰めているのがお前なら、すぐにやめてくれ!」

隼人 「すべての存在には分際というものがある。それを弁えなかった者には、相応の報いがあって当然だろう」

竜馬 「だが、それでは・・・」

隼人 「リョウ、彼女たちは魔女にはならない」

竜馬 「・・・え?」

隼人 「なぜなら、彼女たちは絶望しないからだ」

竜馬 「それって・・・どういう意味だ?」

キュウべぇ 「ばかな、ありえないよ」

隼人 「見ていればわかる」


それきり。

隼人は竜馬が何を話しかけても、再び口を開こうとはしなかった。

ただ黙って、事の成り行きを見守れと言うように、不思議な深みのある目で竜馬を見つめるのみ。


竜馬 「・・・隼人」


竜馬も今は。

隼人に従って、事の推移を見守る以外に為すべき術は残されていなかった。

次回へ続く!

更新遅いうえに短くてすみません。
第8話は次回で完結させます。

1です。


皆さんの考察が深すぎて、ちょっとドキドキしています。

おそらくゲッターという作品の知識においては、自分なんかより個々の皆さんの方が、よほど詳しいと思います。

なので、もし解釈違いなどを見つけても、このSSではそういう設定なんだ程度に見逃していただけたら幸いです。

と言うか、そうしていただかないと、立ちいかないので・・・w


では、言い訳も済んだところで再開します。

・・・
・・・


キリカ 「織莉子・・・」


もはやつぶやく程度の力しか残されていない。

何が起こったのかは分からない。が、これから先。自分がどうなるかは、呉キリカにも分かっていた。


キリカ 「報い、なのかな・・・」


視線を移すと、そこには二人の少女が横たわっていた。

さきほど自分が手にかけた、今は物言わぬ二つの骸。


キリカ 「・・・君たちにだって、やりたい事はたくさんあったはずだよね。だから願いをかなえて魔法少女になったのだもの。だけれど、私がその望みを、全て摘み取ってしまった」


そのこと自体に、悔いはない。自分が最も大切に思っている、織莉子の願いを叶えるためだったのだから。

そして、それこそが、自分の願いでもあったのだから。

だけれど・・・

キリカ 「人の願いを潰しておいて、自分だけ悲願を達成するなんて、虫のいい話があるはずなんてないか」


キリカは自嘲を込めて笑った。


キリカ 「ふふ、だったら良いよ。私も君たちの所に行く。だから・・・」


織莉子が願いを叶えることだけは、許してあげて欲しい。

それだけを切に思った。

そうしておいて、あとは流れに身をゆだねるつもりで、そっと目を閉じる。

黙っていれば、長くてもあと数分で魔力が底をついてしまうだろう。

それは、呉キリカとしての生の終焉を意味する。


キリカ 「織莉子・・・」


目を閉じれば、瞼に浮かぶのは愛おしい彼女の顔ばかりだった。

自分がいなくなった後、織莉子はどうなるのだろう。

彼女は自分を欠いて、それでも願いを叶えることができるのだろうか。


キリカ 「織莉子、織莉子・・・」


キリカの心に、不安と孤独感が激流となって押し寄せてきた。

織莉子をおいて死ぬことの恐怖。

二度と織莉子と会えないことへの恐怖。

二つの恐怖がないまぜとなって、キリカの心を不安の色で染め上げようとする。


キリカ 「・・・っ!!」


間もなく恐怖は最大の絶望となって、わが身と心を覆ってしまうだろう。

そうなってしまう前に・・・


キリカ 「終わらせなきゃ・・・!」

織莉子の願いを繋ぐゲッターの中で、自分が魔女の結界を発生させてしまうなんて事態は、なんとしても避けなければならない。

だから。

自分自身の手で、呉キリカの人生に終止符を打たなければならない。


キリカ 「よし・・・し、死ぬぞ!」


キリカは最後の力を振り絞り、己の武器の切っ先を自分のソウルジェムへと向けた。

一撃を振り下ろせば、虫ほどの力しか残されていないキリカでも、たやすく死ねるはずだ。


キリカ 「織莉子の願いを妨げない。そのためなら、死ぬ程度の事、どうってことない・・・っ!!」


覚悟を定め、キリカは武器を振り下ろした。

だが・・・

その切っ先がソウルジェムに届くことはなかった。

なぜなら・・・


キリカ 「え・・・!?」


・・・武器を手にした腕を、何者かにそっと握られたから。

キリカ 「だ、だれ・・・!?」


自分しか、動く者のいないはずのコクピット。

それなのに、キリカの自害を押しとどめた者がいる。

驚きつつも、キリカは力の入らない首を必死に巡らした。

その何者かがいる方へと。

そして見た姿に、キリカはさらに驚愕させられる。



キリカ 「な、なんで君たちが・・・」


キリカは、やっとの思いでそう一言。

そう問いかけるだけで精いっぱいだった。

なぜなら、そこにいた者は・・・

先ほど自分が手にかけたはずの。

いや・・・

現に今も、コクピットの床に、冷たくなった体を横たえているはずの、F子とG子の姿だったからだ。

・・・
・・・


ベアー号の中でも、同様の事が起こっていた。

仁美が手にかけた少女が二人、生前と同様の姿で現れ、そして今。

仁美の傍らに立って、静かに彼女を見下ろしているのだ。


仁美 「私を・・・迎えに来たんですの?」

仁美 「恨んでいるでしょうね。憎んでおいででしょう。今や瀕死の私に、とどめを刺しに参ったのですね・・・」

仁美 「・・・」

仁美 「え、違う・・・?でも、だって・・・」

仁美 「憎んでない・・・?どうして・・・だって私は、あなたたちを騙して、殺してしまったのですよ?」

仁美 「・・・」

仁美 「なるべくして、なるようになった・・・そうおっしゃるの?え、それは私も・・・?」

仁美 「あなた達と一つになる?でも、私はまだ、遣り残したことが・・・」

仁美 「え・・・遣り残したことも、今の現状も、全ては定められていた事?それって・・・」

仁美 「・・・あなたたちの死も、ですの?」

仁美 「・・・」

仁美 「そう、そういう事でしたか。ああ、私にも見えてきましたわ・・・」

仁美 「ゲッターが私に流れ込んでくる・・・いいえ、私と交わる。一つになる・・・」

仁美 「あなたたちとも、いずれは上条君やさやかさんとも・・・」


D子とE子がそっと。

仁美に向かって、手を差し伸べる。

瞳もそれに応え、二人の手を静かに取った。


仁美 「ともに・・・」


受け入れの言葉とともに。

・・・
・・・


竜馬 「志筑・・・呉・・・」

キュウべぇ 「まさか死んだ人間が、揃いも揃って姿を現すとはね」

竜馬 「どういうカラクリなんだよ・・・」

隼人 「あれは、俺と同じ存在だ」

竜馬 「キュウべぇの言っていた、残存思念とか言うやつなの、か・・・」

隼人 「志筑仁美が濁りはじめたソウルジェムを浄化しようとした時の事を思い出せ」

竜馬 「・・・え?」

キュウべぇ 「満タンであって然るべき、新しいグリーフシードの魔力がカラだったよね」

竜馬 「志筑はグリーフシードから、直にゲッターが魔力を吸い取ったと考えたようだが・・・」

隼人 「そうじゃない。あれは、元から空っぽだったのさ」

キュウべぇ 「・・・意味が分からないよ。そんな事があるはずがない」

隼人 「だから言ったのさ。浅はかな存在のてめぇ如きに、ゲッターは理解できないとな」

キュウべぇ 「・・・」

竜馬 「待てよ。じゃあ、元から空だったというなら、その中身はどこに行っちまったんだ。それにそれと、今の出来事のどこに関わり合いが・・・」


疑問を言いかけた竜馬が、はっとして口をつぐんだ。


キュウべぇ 「・・・竜馬?」

竜馬 「隼人・・・あの二人、お前と同じ存在だと言ったな」

隼人 「ああ」

竜馬 「確かに死んだはずのお前が、今はこうして。俺の前に姿を現している。そして、あの二人の少女たちも。これは・・・」

隼人 「・・・」

竜馬 「理屈は分からねぇ。だから、これは俺のゲッター乗りとしての本能が告げる、単なる予想に過ぎない」

隼人 「リョウ。お前は今、真実の扉を開けようとしている」

竜馬 「お前も死んだ魔法少女たちも・・・ゲッターに取り込まれた・・・」

隼人 「違う。だが、近い」

竜馬 「いや・・・ゲッターと一つに交わった、のか!」

人 「そうだ、リョウ。故に彼女たちは絶望に陥らない。人としての生を終える直前に、すべてを悟ったのだからな」

キュウべぇ 「では、魔力はどこに・・・」

隼人 「グリーフシードの持つ魔力は、元となった魔法少女の生命力そのものだ。彼女たちが自らゲッターと同化することを望んだのだから、あとに残されたグリーフシードは単なる抜け殻以外の何物でもない」

キュウべぇ 「馬鹿な・・・」

隼人 「感情を捨てたお前でも、驚きを隠せないか」

キュウべぇ 「だったらこれから先、どれだけゲッターを使って魔法少女の魔力を吸い取っても、僕はエネルギーを回収できないってことになるじゃないか!」

隼人 「く・・・くくく・・・やっと結論にたどり着いたのか、進化を放棄したものよ。そうだ、お前の言うとおりだ。魔力を吸われた少女たちは、”俺”と同化するのだからな」

キュウべぇ 「計画を練り直さなくては・・・そうとなれば、もうゲッターなんて用済みだ。僕は失礼させてもらうよ」

竜馬 「あ、おい・・・!」


キュウべぇがテレポートの体勢を取ろうとした、その瞬間。


隼人 「逃さねぇ」


隼人が静かに一言を発した。

まるでそれが合図でもあったかのように、キュウべぇはビクンと激しく一度痙攣して、竜馬の肩の上で意識を失ってしまった。

竜馬 「隼人・・・お前、殺したのか?」

隼人 「殺す価値もないさ、こんなやつ」

竜馬 「では・・・」

隼人 「言ったはずだ、奴には報いを受けてもらう、とな。もっともこいつの代わりはいくらでもいるようだが・・・」

竜馬 「・・・何をしたんだ」

隼人 「インキュベーターを代表して、この個体に役に立ってもらおうと思ってな。悪いようにはしないから、こいつは連れて帰れ」

竜馬 「・・・志筑と呉は?」

隼人 「彼女たちは、すでにゲッターと共にあることを選んでいる」

竜馬 「・・・っ」


竜馬は再び、ジャガー号とベアー号に意識を向けた。

だが、そこにはもう、キリカも仁美の姿もなく・・・

ただポツン、とむなしく。

座席の上にグリーフシードだけが、残されているのみだった。

・・・
・・・


竜馬 「・・・しばらくして、俺は通常の空間に戻された。その時にはもう、隼人の姿もなく・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「・・・いや、隼人だけじゃない。ゲッターの中で生きていたのは、俺とこいつだけになっていたのさ」


言いながら、こつんと軽く。

竜馬が地べたに横たわっているキュウべぇを蹴飛ばした。

だけれどそれでも、キュウべぇはピクリとも動かない。本当に生きているんだろうか・・・


竜馬 「これが・・・俺がゲッターに乗り込んでから降りるまでの、顛末のすべてだ」


そう言って、竜馬は話を終えた。

先ほどまで生きていた6人の少女たちが、今はもういない。

しかも、その死が明らかにしたのは、ゲッターロボの、私たちの理解が及ばない恐ろしい一面。

しょせん子供でしかない私たちが受け止めるには、それはあまりに重い現実。

衝撃を受けないはずがない。私たちは、誰もが語るべき言葉を失っていた。

そんな中。

沈黙を最初に破ったのは、動揺の色を隠せないままの織莉子だった。


織莉子 「そんな馬鹿な。じゃあ、私たちの計画は・・・?だったら私は、何のために罪のない少女たちを魔法少女に仕立て上げたの・・・」

ほむら 「・・・」

織莉子 「キリカは、何のためにこんな姿になったというの・・・」


グリーフシードと変わり果てた友を呆然と見つめ、誰に言うとでも無くつぶやいている。

だけれど、動揺しているのは織莉子ばかりじゃない。

私も仁美という友人の最期を聞いて、心がざわめくのを留められないでいた。

でも、それ以上に・・・


A子 「え・・・え・・・私たち・・・殺されるために集められたって事なの?」

B子 「そんな・・・それに、いずれは魔女になっちゃうって、どういうことなのよ!」

C子 「聞いてない!これじゃ、せっかく願いが叶ったって、意味ないよ!」


心酔していた人に裏切らていたことを知り、事実上の死刑宣告まで受けた織莉子の取り巻きたち。

彼女たちの取り乱しようは、私たちの比ではなかった。

・・・そんな混乱のるつぼにあって、ただ一人。

状況を冷静に見通していた者がいた。


杏子だ。

杏子 「・・・武蔵っ!」


それは突然だった。

杏子が叫ぶのと同時に、風を裂くように駆け出したのだ。

彼女が駆ける先には、マミに武器を突き付けたまま狼狽えている、三人の魔法少女たちがいた。

・・・そして。

杏子に呼ばれた武蔵も、瞬時に状況を理解すると、彼もまた巨体に似合わぬ俊敏さで行動に出た。


杏子 「ロッソ・ファンタズマぁっ!!」


技名を叫ぶのと同時に三人に分身した杏子が、各々の獲物に向かって武器を振りかざす。


杏子 「やぁあっ!!」


気合の声もろとも突き出された槍の穂先は、それぞれ狙いたがわず少女たちの体を貫き、切り裂いていた。

突然の惨劇に見舞われ、鮮血を上げながら、悲痛な叫びをあげるA子たち。

織莉子 「・・・え!?」


突然の成り行きにやっと我に返った織莉子だったが、時すでに遅しだった。


武蔵 「ほむらちゃん!!」

ほむら 「!」


武蔵がこちらに突進してくる。

私は強引に織莉子の手を振りほどく。と、同時に、ステップを踏むように一歩、後ろへと飛びのいた。


織莉子 「しまっ・・・」

武蔵 「女だからって、容赦しないぜ!」


そこに飛び込んできた武蔵が織莉子に躍りかかると、彼女の襟と腕をつかみ・・・


武蔵 「そらぁっ!!」


目にもとまらぬ速さで一本背負いを決めていた。

織莉子 「あ、ああ・・・っ!」


宙高く投げ出され、受け身も取れないまま地面にたたきつけられる織莉子。


織莉子 「くあっ!!あ、ううう」

ほむら 「・・・」


声にならないうめきを上げながら身もだえている。

私はバックラーへと手を差し入れながら、そんな織莉子へと近づいて行った。

中から取り出したのは、一丁の小銃。

安全装置を外し、引き金に指を駆けると、織莉子へと向かって銃口を突き付ける。


ほむら 「やっと形勢逆転ね・・・」

織莉子 「くぅ・・・」

杏子 「へ・・・この時を待ってたんだよ。こいつの気がそれて、取り巻きまで気が回らなくなる、その時をな」


分身を解いた杏子もやって来て、織莉子の顔を覗き込みながらニヤリと笑った。


ほむら 「あの子たち、殺したの?」

杏子 「殺すかよ、後味が悪い。身体は切り刻んでやったが、ソウルジェムには傷一つ付けてないぜ」


織莉子に注意を向けたまま、ちらりとそちらを確認する。

確かに杏子にやられた少女たちは、血の海に横たわりながらも、切なげな呻き声を上げ続けていた。

間違いなく、生きている。私はホッと、息を吐いた。

・・・敵だったとはいえ、今はもう、誰の死も目にしたくない。


ほむら 「そう・・・ありがとう」

杏子 「な、なんだよ、気持ち悪いな」

ほむら 「この状況、打開できるとしたら、あなたが鍵だと思っていたから。その通りになったわ、だから」

杏子 「まぁ、な。こいつ、予知ができる割には、すごい動揺しまくってたからさ。ていう事は、今のこの瞬間の予知は出来てないんじゃないかって、そう思ったんだよ」

ほむら 「さすが、ベテランね。ビンゴよ。感の冴えは一流だわ」

杏子 「よせよ、褒めたって何も出ねぇよ。それよりも、だ」

ほむら 「そうね・・・」


私は屈みこむと、織莉子の顔を覗き込んだ。


ほむら 「ねぇ、美国織莉子」


言いながら、彼女のソウルジェムに銃口を突き付ける。


ほむら 「万策尽きた美国織莉子さん・・・あなたはこれからどうするつもり?」


筒先がソウルジェムにコツンっと触れ、無機質な音を結界内に響かせた。

・・・
・・・


次回予告


美国織莉子たちの脅威は去り、再びグリーフシード集めに奔走するほむら達。

全ては一週間後に迫った、ワルプルギスの夜を乗り越えるため。

そんな中、かりそめの日常を送るほむらだったが、彼女はまどかにひとつの真実を告げる決意をする。

それがまどかを悲しみの底に突き落とす事となると知りながらも・・・

すべてはまどかのために。その想いの元に・・・


そしてついに、運命の日が訪れる!


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第九話にテレビスイッチオン!

以上で第八話終了です。

何となく、終わりが見えてきました。

次回もまた、お付き合いいただけたら嬉しいです。

1です。

とても遅くなってしまって、申し訳なかったです。

それでは再開させていただきます。

ほむら「ゲッターロボ!」 第九話

ほむら 「ねぇ、美国織莉子」


言いながら、私は彼女のソウルジェムに銃口を突き付ける。


ほむら 「万策尽きた美国織莉子さん・・・あなたはこれからどうするつもり?」


筒先がソウルジェムにコツンっと触れ、無機質な音を結界内に響かせた。


マミ 「・・・」


その様子を複雑な表情をしながら、解放されたマミが見守っている。

美国織莉子。

この危険な魔法少女をどうするか、どうするべきなのか。

織莉子が何を成そうとしていたのか。その目的のためには、非常な手段も厭わない冷徹な心の持ち主なのか。

分かってしまったからこそ、このまま野放しにはできない。

だけれど・・・

優しいマミには、私に引き金を引くように促す事もできない。

そんなジレンマで頭を悩ませているというのが、ありありと見て取れる顔だった。

そしてそれは、最愛の妹を危険な目にあわされた武蔵も同様のようで・・・


ほむら (本当に似たもの兄妹なのね・・・)


その中にあって、ただ一人。

杏子だけが怒りをあらわに気炎を上げていた。


杏子 「・・・ほむら、何やってるんだよ。はやく殺っちまえよ」

ほむら 「佐倉さん・・・」

杏子 「こいつは生かしておいちゃダメな奴だ。おまえにだって、そんなの分かってるんだろ」

ほむら 「ええ・・・」


分かっている。

美国織莉子は賢い娘だ。

万策尽きたといっても、時を得ればどのように新たな企みを企てるか。

私には、皆目見当もつかなかった。

・・・それに。


ほむら (野放しにしておけば、いずれまどかの行く末を予知してしまうかも知れない)


そうなれば、呉キリカというパートナーを欠いたとはいえ、かつての時間軸での惨劇が繰り返されないとも限らないのだ。


ほむら (逃してはいけない)


そう思ったから、それが分かっていたから、こそ。

かつての時間軸では、私はためらう事無く、彼女の命を奪う事ができたのだ。

・・・だけれど。

杏子 「・・・お前がやらないなら、あたしがやるぞ」

ほむら 「佐倉さん?」

杏子 「こいつは許せない。そっちの雑魚たちとは違う。あたしはこいつを殺したって、心が痛まない自信があるね」


杏子が顎をしゃくって示したのは、いまだ呻き声を上げながら倒れている織莉子の取り巻きたち。

と、そこへ。

ととと・・・と、駆けてゆく小さな影があった。

それは・・・


ほむら 「え・・・ゆま?」

杏子 「ちょっ、ゆま、待てよ!?」


慌てて駆けだした杏子が、ゆまの前に立ちふさがって、叱るような口調で問いただす。


杏子 「お前、何やってるんだ。どこに行こうとしてるんだ?」

ゆま 「どいて、きょーこ。あのお姉ちゃんたち、助けてあげなきゃ」

杏子 「助けるって・・・織莉子の取り巻きたちをか」

ゆま 「うん」


ゆまが悪びれる様子もなく、こくんとうなづいた。


杏子 「ば、バカか、お前。放っておけよ。だいたい、ソウルジェムには傷一つ付けてないんだ。あとはてめーらで体でも何でも、修復するだろうさ」

ゆま 「でも痛がってる。かわいそうだよ」

杏子 「だから・・・」

マミ 「佐倉さん」


二人の押し問答に、マミが割って入った。


マミ 「この子たちのソウルジェムを見て」

杏子 「マミ・・・何だってんだよ」


文句を言いながらも、マミに促されて少女たちのソウルジェムに目をやる杏子。

杏子の軽く息をのむ音が、私の所まで聞こえてきた。

杏子 「・・・限界だな」

マミ 「ええ。この上でさらに魔力なんて使わせたら、この子たちまで魔女化してしまいかねないわ」

ほむら (なるほど、それは・・・そうなるわよね・・・)


信じていた人に裏切られ、自分たちの末路を知り、そのうえ身体を切り刻まれる。

それだけされれば、誰だってソウルジェムの輝きを曇らせるだろう。

ましてや彼女たちは、キュウべぇに大量生産された”バーゲン品”なのだ。

こんな事態になって、耐えられるほど強いはずもない。


杏子 「だから、だからってなんだよ。そんなの自業自得じゃないか。マミはこいつらに、何されたのか、もう忘れたのか!」

マミ 「この子たちは、そっちの子にただ従っていただけだもの。この子たちに対する遺恨なんて、私にはないわ」

杏子 「ちっ、良い子ぶりやがって、そんな所が昔から気に食わなかったんだ」

マミ 「そう言うあなたも相変わらずね」

杏子 「・・・それにさ。どのみち、さ。早いか、遅いかの差なんだろ」

マミ 「え・・・」

杏子 「そいつらも、あたし達も。結局行きつく先は同じなんだろ。だったら、変な情けをかけてやるだけ無駄ってもんじゃないのか」

マミ 「そ、それは・・・」


マミが言葉に詰まり、あたりに一瞬の静寂が訪れる。

竜馬がポツリ、正論だな、とつぶやいた。

だけれど。


ゆま 「じゃましないなら、どいて」


そんな二人のやり取りなんか目に入らないかのように。

ゆまが杏子とマミの脇を、すたすたと通り過ぎようとする。

杏子 「おい、今のあたしの話、聞いてなかったのかよ!」

ゆま 「ゆまたち、死ぬんだよね」

杏子 「あ・・・え・・・?」

ゆま 「きょーこもほむらお姉ちゃんも、ここにいる魔法少女たちもみんな、死んじゃうんだよね」

杏子 「そ、そうだよ!だからさ!」

ゆま 「じゃあ、きょーこは今日死ぬの?みんな今日死んじゃうの?」

杏子 「・・・う?!」


ゆまがゆっくりと杏子を見上げ、そしてにこりと笑った。


ゆま 「・・・死ぬのは、今日じゃないよ」


どこかさみしげで、これまでのゆまには似つかわしくない。

どこか達観した雰囲気の笑顔・・・


ほむら 「・・・あっ」


そして、私は気づかされる。

他に手いっぱいで、ゆまの事にまで気が回らなかった自分の迂闊さに。


ほむら 「さ、佐倉さん・・・私、私たち・・・まだ教えてない・・・」

杏子 「ああ?」

ほむら 「ゆまに、魔法少女がいずれ、魔女となる定めにあるという事・・・」

杏子 「あ・・・ああっ・・・!」

ゆま 「・・・」


そう、ゆまも織莉子の取り巻きたちと同じ。

今日知ったのだ。

やがては魔女となり、この世から消え去らねばならないという、自分の残酷すぎる運命に。


杏子 「ゆま、お前・・・」

ゆま 「・・・」

あとはゆまは何も話さなかったし、誰もゆまの行動を阻もうとしなかった。

いや、できなかった。

そんな私たちを尻目に、ゆまは傷ついた魔法少女たちを得意の治癒魔法で癒し始めた。


マミ 「暁美さん、佐倉さん。こちらの事は、私に任せて」


マミが武器を構えながら、ゆまの傍らにそっと寄り添う。

傷を癒した魔法少女たちが逆襲に出ないよう、見張りを買って出てくれたのだ。

ちょうど、先ほどまでの立場が逆転した形。

もっとも。


ほむら (今さら、あの子たちが織莉子に義理立てして、私たちには向かってくるとも思えないけれど・・・)

何にしても、千歳ゆま・・・

魔法少女の真実に触れても、泣くことも取り乱すこともなかった。

幼い彼女の事を気遣い、事実を隠ぺいしようとした私たちの気づかいは、けっきょく気の回しすぎだったという事なのだろうか。

それとも・・・


ほむら (ううん・・・考え込むのは後だ。今はそれより)


美国織莉子の処置を考えなくてはいけない。

佐倉杏子は織莉子を殺せと言う。その意見は正しい。かつての私もそう思ったからこそ、躊躇なく引き金を引けたのだ。

だけれど・・・


織莉子 「撃たないの?」


かつてと同じように。

自嘲とも諦観とも取れない微笑を浮かべながら、織莉子が言った。


ほむら 「撃つわ」


対する私も、かつて自分が織莉子に言ったのと同じセリフを、再び彼女に投げつけた。

だけれど、言葉と心は裏腹だと証明するように、引き金にかけた私の指が、こわばって動かない。

ほむら 「・・・っ」


私の心の内に。

先ほど織莉子から指摘された言葉が蘇る。


(織莉子 「あなたはどれだけの時間軸をループしてきたの?いったいどれだけの時間軸を見捨ててきたの?」 )

(織莉子 「どれだけの見滝原に住む人々を、見殺しにしてきたの?)


織莉子の言う通り、私は自分の目的のため、直接的・間接的を問わず、たくさんの人を見殺しにしてきた。

織莉子と私は、目的や手段が違うだけで、本質的には同質の存在でしかないのだ。

もちろん、まどかを危険な目にあわせ、仁美を結果的に死に追いやった彼女の事を許すことはできない。

だけれど・・・


ほむら (それを、同じ事をしてきた私が、織莉子を断罪する資格なんてあるはずがない・・・)

どうして良いのか分からない。

私は救いを求めるように、傍らに立つ竜馬に視線を向けた。


ほむら 「りょ、リョウ・・・」

竜馬 「・・・暁美」


だが、振り仰いだ竜馬の口から出たのは、私の期待した答えとは別の言葉だった。


竜馬 「ここはもう限界のようだぜ」

ほむら 「え・・・」


言われた私も 竜馬に倣って周囲を見渡す。

そして、気がつかされた。


ほむら 「結界の、崩壊が・・・始まってる?」

竜馬 「首の皮一枚で生かされていた魔女が、とうとう力尽きたらしいな」

ほむら 「じゃあ、私たちはもうすぐ、通常に空間に・・・」


戻されることになる。

そんな会話を交わしているそばから、結界の崩壊は加速度的に進んでゆく。

織莉子の処遇をどうするのか。その事を決める間もないほどに。


ほむら (彼女の事は、結界内で片を付けておきたかったのだけれど・・・)


と、その時だった。

織莉子 「・・・っ!!!」


結界の崩壊に気を取られ、皆の注意が織莉子からそれた、その一瞬。

彼女が不意に立ち上がり、私に当身を喰らわせて来たのだ。


ほむら 「・・・っ!」


突然の事に、身をかわすだけでやっとの私。

だけれど、当身を避けられた織莉子は二撃目を繰り出すでもなく、そのまま私の脇をすり抜けてしまう。


竜馬 「待て、美国!」

杏子 「野郎!」


織莉子の本来の目的は、私にダメージを受けさせることにあったのではなく、この場からの逃走にあったのだ。

さすがに場馴れしている竜馬と杏子の行動は素早く、とっさに織莉子を捕まえるべく駆けだそうとしたが、その瞬間。


パリンッ、と・・・


耳障りな亀裂音が響き渡り、まるでガラスが砕けたかのように結界を包む壁面が雪崩のように崩れ始めた。

ほむら 「織莉子っ!!」


天井も崩壊し、私たちの頭へとガラガラ音を立てながら、降り注いでくる。

残骸が視界を塞ぎ、私たちは逃げ去る織莉子の背中を見失ってしまった。


ほむら 「美国織莉子っ!!」


・・・そして、静寂が訪れ。

私たちは全員、元の廃工場跡へと放り出されていた。

美国織莉子、一人を除いて。


杏子 「お前、何やってるんだよ・・・」


呆れ顔で私を見つめる杏子の視線が痛かった。

返す言葉もない・・・

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


その後。

ゆまによる治療を終えた三人の魔法少女たちは、おとがめなしで解放された。

織莉子に騙されていたと知った今、これ以上あの子たちが私たちと敵対するはずがないと判断したからだ。

もっとも、手向かってきたところで、ブレーンのいない彼女たちが、私たちと渡り合えるはずもない。


マミ 「あの子たち・・・」


めいめいに去ってゆく三人の背中を見つめながら、マミが悲しそうにつぶやく。


マミ 「・・・きっと、長くないわね」

杏子 「そりゃそうだろう。戦う力も気力もない。遠からず魔女に食われるか、てめーが魔女になっちまうか」

マミ 「かわいそうね・・・」

杏子 「自業自得だろ。いっそ、あの場で見捨ててやった方が、苦しみが短くって済んだのかもしれないぜ」

ゆま 「・・・」

武蔵 「おい、そういう言い方はないだろう」

杏子 「うるせーな。あたしが何か、間違ったことを言ったか?」

武蔵 「ゆまちゃんに当て付けるような物言いはよせと言ってるんだ。目の前で人が死にかけていたら、助けてやりたいって思うのが人情だろうが」

杏子 「綺麗ごとは要らないんだよ。どーせあいつらは、将来のあたしたちの姿なんだ」

ほむら 「・・・」

杏子 「あたしらもああなるんだよ。その時、誰かが憐れんだり、同情してくれるっていうのかよ!」

ほむら (そうね・・・)


私はポケットに忍ばせている”志筑仁美”を、そっと撫でた。

仁美の死の真相を知っているのは、魔女の結界の中にいた限られた者たちだけ。

仁美の家族もクラスメイトも・・・

彼女と関わりの深かった者は、誰も仁美が死んだことを知る術がない。

やがて仁美の存在は、人々の記憶の底へと埋没して消えてしまうのだろう。

そしてそれは、明日の我が身の姿だと、そう杏子は言っているのだ。

だけれど、今は・・・


ほむら 「やめましょう、仲間内で言い争いなんて」


杏子の正論を正論だと認めたくない、私がいた。

だから、不毛な議論を私が遮る。


ほむら 「疲れた・・・今はただ、疲れたわ。今日はもう、帰りましょう」

時計を確認すると、日付はすでに変わっていた。

もう深夜なのだ。


竜馬 「そうだな。考えなきゃならないことはいくらでもあるが、今日は色々ありすぎた。みんな混乱してるだろうし、そんな頭で、何を話し合ったところで意味がない」


一晩寝て、頭と心をすっきりさせるのが先だ。

そう言って、竜馬が場をしめてくれた。


杏子 「ち、分かったよ、分かりました。それじゃ、これで解散だな」

マミ 「そうね。じゃあ私たち、帰らせてもらうわね・・・」

ほむら 「ええ」

マミ 「その・・・今日は迷惑をかけて、本当にごめんなさい。でも、おかげで助かったわ」

武蔵 「ありがとうな、みんな」

杏子 「・・・」

マミ 「・・・?どうしたの、佐倉さん。私の顔をじっと見ちゃって」

杏子 「いやさ・・・マミ。もう平気なのか?その、今日の事だけじゃなくって。ええと、色々と、さ」

マミ 「あ、うん・・・佐倉さんにも心配させちゃったよね。ごめんなさい。そして、ありがとう」

杏子 「別にあたしは心配なんてしてないぞ!ただ、これからの事を考えると、足を引っ張られたくないだけというか・・・」

マミ 「そうね。もう平気よ。お兄ちゃんとも色々話し合ったし、私もこれからどう生きていくか、覚悟も定まったから」

杏子 「そ、そうか・・・」


杏子・・・ほっとした表情をしている。

嬉しいんだろうな。

こんなことを指摘しても、彼女は絶対に認めたりはしないだろうけれど。

やっぱり杏子にとって、マミは特別な人なんだなと、今更ながらに思わせてくれる顔だ。

マミ 「その節はごめんね。見苦しいところをたくさん見せちゃった・・・暁美さんも、ね?」

杏子 「よせよ、さっきから何回謝るつもりさ。律儀なのも度が過ぎると、鬱陶しいだけだぜ」

マミ 「そうね、うん、分かった」

ほむら 「巴マミ。もし、今日の事を借りだと思ってくれているなら、これからの事、きちんと話がしたいわ」

マミ 「ええ、もちろんよ」

ほむら 「その返事だけで、十分よ」


おそらく、武蔵と二人きりで過ごした数日間の間に、彼女の心の中で何かが一皮むけたに違いない。

心の迷いから解放された巴マミは、この上なく心強い仲間となってくれるはずだ。


ほむら (それが分かった事が、今日の辛い一日の中での、唯一の収穫だわ)

武蔵 「よし、それじゃあ、マミちゃん。帰ろうぜ」

マミ 「ええ。ところで佐倉さん、あなたはどうするの?」

杏子 「いつも通りさ。適当に寝床を探して、適当に飯を食って寝るだけだよ」

マミ 「だったら、今晩はうちに泊まらない?良いでしょ、お兄ちゃん」

武蔵 「まぁ、歓迎するぜ」

杏子 「うーん・・・まぁ、今からどこで寝るか決めるのも億劫だし・・・お邪魔するか」

マミ 「決まりね。じゃ、行きましょ。では、暁美さん。また明日、ね」

ほむら 「ええ、明日」

竜馬 「巴マミ」


去りかけたマミを、不意に竜馬が呼び止めた。

マミ 「なぁに?」

竜馬 「こいつ、俺が連れ帰ってもいいんだよな?」


言いながら竜馬が目線を走らせた先には、今だ気を失ったまま身動き一つしないキュウべぇの姿があった。

結界崩壊時に私たちと一緒に、外に放り出されていたのだ。


マミ 「・・・どうして私に許可を取るの」

竜馬 「お前さんがこいつとは一番付き合いが長いからさ。生かすも殺すも、まずは巴マミにお伺いを立ててからと思ってな」

マミ 「わ、私は・・・」

武蔵 「好きにしてくれ」


思わず口ごもるマミに代わって、武蔵が答える。

キュウべぇに騙された事を知った今となっても、情の深いマミはキュウべぇを見捨てるような言葉は、口から出しにくいのだと思う。

だから・・・武蔵はナイスサポート。さすが、お兄さんだわ。


武蔵 「良いな、マミちゃん」


そして、有無を言わせぬ口調でマミに同意を迫る。

この辺り、ただの甘いお兄さんという訳ではなさそうだ。

マミ 「え、ええ・・・」

竜馬 「よし、了解だ」


そして。

手を振りながら、今度こそマミたちは帰って行った。

やがて三人の人影は、夜の帳に溶け込むように消えて。

あとに残されたのは、私とリョウとゆまの三人。


ほむら 「そいつ、捨てて帰ってもいいと思うのだけど・・・」

竜馬 「俺もそうは思うんだが、隼人の言った一言が、どうにも気になってな」


悪いようにはしないから、キュウべぇを連れ帰るように。

ゲッターの中で、隼人は竜馬にそう告げたという。


ほむら 「いったい、どういう意味なのかしらね・・・」

竜馬 「皆目見当もつかないが・・・意味のない事を言うはずもない。あの隼人が・・・いや」

ほむら 「・・・?」

竜馬 「ゲッターが、な」

ほむら 「そうね・・・」

確かに、そうかも知れない。

連れ帰れという言葉の真意は、きっとキュウべぇが目を覚ました時に、明らかになるのだろう。

だからこの件は、ひとまず竜馬に任せることに決めた。


ほむら 「それじゃ、キュウべぇの事は任せたわ。そ、それと・・・リョウ・・・」

竜馬 「なんだ?」

ほむら 「・・・ありがとう、ね?」

竜馬 「なんだよ、藪から棒に」

ほむら 「あの場をうまく収めてくれて。私は人をまとめるの、得意じゃないから」

竜馬 「俺だってそうさ。それに、俺は自分が思ったことを口にしただけだぜ」

ほむら 「・・・え」

竜馬 「言ったろ、今日は色々ありすぎた、と。俺も混乱してるんだよ。隼人が・・・いや、ゲッターが何を考えているのか」

ほむら 「リョウ・・・」

竜馬 「俺に何をさせようとしているのか、皆目見当がつかない。だが、考え込むには、俺は疲れすぎている」

ほむら 「・・・ねぇ」

竜馬 「?」


疲れている。そういった竜馬に追い打ちをかけるようで後ろめたかったけれど。

私は先ほどから抱いていた懸念を、竜馬に聞いてもらいたいと思った。

ほむら 「・・・私も、ゲッターはあなた以上に分からない。いえ、知らない」

竜馬 「暁美・・・?」

ほむら 「だから思うの。私もいずれ、仁美たちみたいに、ゲッターにすべてを取り込まれてしまうのじゃないかしらって」


懸念というより、それは恐怖と言った方が良い感情だったかもしれない。

死は恐れない。そんな覚悟は、とっくに定まっている。

まどかのためだったら、私はどんな運命だって受け入れる。

だけれど・・・


ほむら 「得体の知れない物に、納得がいかないまま死を下されるのだけは、絶対に嫌なの」

竜馬 「暁美・・・すまないが、俺がその答えを出してやることはできない。言ったろ、俺もゲッターが何をやろうとしているのか、分からないんだ」

ほむら 「うん、知ってる。ただ、聞いてもらいたかっただけ。ごめんね」


明確な答えを期待したわけじゃない。

一人で抱え込むのが、あまりに重い感情だったから。

仲間に・・・竜馬に共有してほしいというだけの、私のわがまま。


竜馬 「だがな」

ほむら 「え・・・?」

竜馬 「隼人はお前を後継者と認めたんだし、敵とは認識していない。だったら、志筑や呉みたいな事にはならないはずだと、俺は思うがな」

ほむら 「そうかしら」

竜馬 「ああ。それに、仮にお前に何かしようってんなら、ぶん殴ってでも俺が隼人を止めてやる」

ほむら 「・・・」

竜馬 「あいつとは何度も殴り合った仲だが、けっきょく決着はつけられなかったままだからな。良い機会かもしれない」

ほむら 「・・・ふふ、ありがとう、リョウ。少し気持ちが軽くなったわ」

竜馬 「なによりだ。それじゃ、俺たちも帰るとしようか。部屋まで送るぜ」

ほむら 「・・・ありがとう。じゃあ、いきましょう、ゆま」

ゆま 「うん」


私たちは三人並んで、私の部屋への帰路を歩き始めた。

・・・
・・・


私たちは、ほとんど無言のままで歩を進めていた。

疲れすぎていたせいもあるけれど、それ以上に。

私も竜馬も、ゆまにどう声をかけたら良いのか。

判断がつきかねていたからだ。


ほむら (ゆま・・・魔法少女の真実を知っても、取り乱すところか、泣き言ひとつ言おうとしない)


平気なはずがない。自分が魔女になる運命から逃れ得ないと知れば、あの時のマミのように正体を失ってもおかしくはないのだ。


ほむら (いえ、むしろそれが正常なんだと思う)


それも幼い少女なのだ。受け止めきれるはずがない。

なのに・・・

私の横を歩くゆまは、眠気と疲労でふらふらしてはいても、別段ショックを受けているようには見えなかった。

強がり・・・を通せるほど、器用な子とも思えないし。

では・・・


ゆま 「ゆまの事ね、心配してくれてるんでしょ。ありがとう、ほむらお姉ちゃん」

ほむら 「え、あ・・・ううん、そういうわけじゃ・・・」


心を見透かされたように不意に話しかけられ、とっさの返事に詰まる私。


ゆま 「だけど平気だよ。ゆま、だいじょうぶだから」


私を見上げながら、柔らかく笑うゆま。

その笑顔はあまりに自然で、無理をしている様子は微塵も感じられなかった。


竜馬 「ガキのくせに、見かけ以上に強いやつなんだな、お前は」


竜馬がくしゃくしゃと、ゆまの頭を撫でる。

くすぐったそうにしながらも、えへへと笑いながら竜馬の愛撫を受け入れていたゆまだったけど。


ゆま 「・・・」


急に真顔に戻ると、うつむいてしまった。

何かを言いたげで、だけれど言っても良いのか分からない。

そんな迷いを、地面を見つめるゆまの表情が語っているように、私には感じられた。


ほむら 「ゆま、どうかしたの?」

ゆま 「うん・・・」

ほむら 「言いたいことがあったら、言っちゃって良いのよ。スッキリするから」

ゆま 「そうだね。あのね・・・」


ゆまは、うつむいた顔を上げないままで。

ぽつりぽつりと話し始めた。


ゆま 「リョウお兄さんはゆまのコト強いって言ってくれたけど、違うよ。ゆまね、強くなんかない。ただ、知ってるだけ」

竜馬 「知ってる?何を・・・?」

ゆま 「良い事があったらね、良くない事もいっしょに起こるって、それを知ってるだけ」

ほむら 「・・・え?」

ゆま 「魔法少女になった時もそうだったよ。ゆまね、怒られたくなたったの」

ほむら 「怒られる・・・?だれに?」


私も竜馬も、ゆまが何を願い、何を望んで魔法少女になったのかを知らない。

武蔵だけはそれとなく聞いていたようだったけれど、彼もゆま本人も私たちには教えようとはしなかった。

デリケートな問題だから、言いにくい事もあるのだろう。

そう思って、こちらから話題にすることは避けていたのだけれど・・・


ゆま 「パパとママに。だからね、キュウべぇにお願いしたの。もう、怒られるようなことが起こりませんように、って」

ほむら 「そ、それで・・・?」

ゆま 「叶ったよ。もう、ゆまは怒られない。二度と・・・」

ほむら 「それって・・・」

竜馬 「お前の親父さんたちは、それからどうなったんだ?」

ゆま 「いまなら、ゆまの事を”怒られない良い子にして下さい”って祈ればよかったのなって、そう思うけど。もしかしたら、ゆまはあの時・・・」

ほむら 「・・・」

ゆま 「あの時、心のどこかで怒りんぼのパパやママなんか、いなくなってしまえって。考えちゃってたのかもしれないなって」

竜馬 「ま、まさか・・・」

ゆま 「パパもママも、食べられちゃった。ゆまの見てる前で魔女に」

ほむら・竜馬 「・・・っ!」

ゆま 「もう怒られない。でも、パパもママもいなくなっちゃった。良い事の後にはきっと、悪い事が起きるんだよ」

竜馬 「なんてこった・・・」

ゆま 「でもね」

ほむら 「・・・?」

ゆま 「ゆまは一人になっちゃったから、だからきょーこに拾ってもらえたの。ほむらお姉ちゃん達にも出会えて、優しくしてもらえたんだよ」

ほむら 「ゆま・・・私は・・・」


ゆまが時折見せるさみしそうな表情の裏で・・・

そのような事を考えていたなんて。

私は全然気がつけなかった。


ゆま 「だからね、そろそろじゃないかなって思ってたんだ。次は悪い事が起こる番。魔女になっちゃうなんて、そこまでは考えていなかったけど」


今の生活が、程なく壊れてしまうに違いない。

そんな不安と諦めの中で、弱音一つ吐かずに、彼女は私たちに笑顔を見せ続けてきたのだ。

幼いゆまにとって、それはどれほど辛い事だったのだろう。

ゆま 「へへ・・・っ」


ゆまが顔を上げ、再び私を見上げた。

いつもと同じ、誰もが癒されるような、ヒマワリのように明るい笑顔を浮かべて。


ゆま 「だからね、ゆまは平気なの」

ほむら 「・・・あっ」


その笑顔に対し、私は二の句が継げなかった。

何と答えて良いのか分からない。


竜馬 「ならねぇよ」


そんな私に代わって、ゆまの話を受けてくれたのは竜馬だった。


竜馬 「魔女になんか、なりゃしねぇよ」


再びゆまの頭を撫でながら、竜馬が言う。

竜馬 「絶望しなけりゃいいんだ。楽しい事を見つけろ。やりたい事を探せ。生きる意義を考えろ」

ゆま 「え・・・え・・・?」

竜馬 「悲しかった過去は後ろに置いて行け。前だけ見つめて歩き続けりゃ、人はそうそう絶望するもんじゃない」

ゆま 「だけど、そんな事・・・ゆまは弱いし、悲しかったことを忘れるなんて、できないし・・・」

竜馬 「できる。暁美が実証している」

ほむら 「・・・えっ」

竜馬 「暁美は守りたい者のために、今を生きている。その目的がある限り、暁美は絶望せずに前だけを向いて生きていけるんだ」

ほむら 「ちょ、ちょっと・・・」


不意に持ち上げられて、慌ててしまう私。

私はそんなに立派なものじゃない。じゅうぶん後ろ向きだし、心の均衡を保っているのも実はギリギリの綱渡りだ。

だけれど・・・


竜馬 「そうだろ、暁美」


確かに・・・

それでも絶望せずにいられるのは、まどかを守り通すという望みがあるため。

生きる目標があるからこそ、私は絶望の淵に身を沈めることなく、今日までやってこられたのだ。


ほむら 「そうね」


それに今は・・・

ほむら 「リョウの言っていた事と、もう一つ。ともにいてくれる仲間が・・・友達がいれば。だから、ゆま」

ゆま 「はうっ」


竜馬の手の上から、私もゆまの頭へと手を添える。

ふんわりと。

竜馬の手を通して、ゆまの柔らかい髪の毛の感触と、そして。

彼女の体温が、じんわりと優しく伝わってきた。


ゆま 「・・・」

ほむら 「あなたが私の支えとなってくれているように、私やリョウがあなたの支えとなれたら、とっても嬉しい」


リョウのおかげで、仲間を信じる強さというものを、得る事ができた私だから。

ゆまにもそうあって欲しいと、切に思う。


ゆま 「良いの?ゆま、お姉ちゃん達のお友達でいて、本当にいいの?」

竜馬 「当然だ。佐倉や武蔵、巴マミだって同じ事を言うだろうぜ」

ゆま 「そっか・・・そっか・・・へへ・・・なんだか不思議」

ほむら 「なにが?」

ゆま 「良い事の後に、また良い事が起っちゃったよ。こんなの初めて」

ほむら 「ゆま・・・」

竜馬 「だったら、次も良い事が起こるだろうぜ。二度あることは三度あるって言うしな」

ゆま 「うん、えへへ」


照れくさそうにはにかむ、そんなゆまの笑顔を見ながら。

私はもう片方の手で、ポケットの中のグリーフシードを、そっと握っていた。


ほむら (もう、たくさんだ)


かつての時間軸で多くの仲間を失い、この時間軸でも友人を失った。

もうたくさんなのだ、あんな想いを味わうのは。

だから、これ以上はもう、絶対。


ほむら (誰の笑顔も、欠けさせてはいけない)


皆でワルプルギスの夜を乗り切り、私もまだ知らない未来を友達全員で生きるんだ。

左右の掌が触れている、それぞれの物に、大切な友人に。

私はそう誓ったのだった。

次回へ続く!

再開します。


・・・
・・・


まどか 「ほ、ほむらちゃーん!」


思いがけない出迎えに驚かされたのは、私の部屋にたどり着く直前の事だった。

私たちを見送ったあと、ずっと帰りを待っていたまどかが、まろぶように駆けてきたのだ。


ほむら 「ま、まどか・・・」


面喰ってしまった私にお構いなく、まどかが質問の嵐をまくし立てる。


まどか 「ほむらちゃん、マミさんは!?マミさんとお兄さんは無事なの!?あれからどうなったの!?ねぇ、ほむらちゃん!」

ほむら 「ちょ、お・・・落ち着いて・・・」

まどか 「ほむらちゃんー・・・」


私の両肩をがしっと掴んで、今にも泣くき出しそうな顔をグイグイと寄せてくる。

うあ・・・ち、近い・・・

竜馬 「まぁまぁ、落ち着け、鹿目」


見かねた竜馬が間に入ってくれる。


まどか 「あ、流君・・・」

竜馬 「お前、ずっとここで俺たちの帰りを待っていたのか?」

まどか 「うん・・・ていうか、流君が持ってる白いのって、キュウべぇ・・・?」

竜馬 「あー、こいつの事は気にするな。寝ぼけて起きないから、俺の家に連れて帰るのさ」

まどか 「そ、そう・・・えと、そ、それでね。私、家でじっとなんてしてられなかったの。私のせいでマミさんがあんな事になっちゃったのに・・・」

竜馬 「お前のせいじゃないさ。鹿目はたまたま、あの場にいただけ、巻き込まれたのはお前の方だろう」

まどか 「うん・・・それでも・・・」

ほむら 「まどか・・・」

竜馬 「それでも、お前の気持ちは分かるぜ、鹿目。だが、それはそれとして、こんな時間まで外にいて、家の人は心配してないのか?」

まどか 「う、うん、それは平気。ママには友達の家に泊まるって電話しておいたから」

竜馬 「電話一本で許してくれたのか。けっこう放任主義なのか、鹿目の親御さんは」

ほむら 「そうじゃない。信用されてるのよ」


なんにしても、まどかも無茶をする。

日付も変わってしまった深夜になるまで、若い女の子が一人で、こんな屋外で何時間も。

すでに季節は春とはいっても、日が落ちた後はまだまだ冷える。

そんな中を、いつ帰るかもわからない私たちを外で一人で何時間も待っているなんて・・・

さぞかし、心細かったことだろう。

ほむら 「なら、鹿目さん。本当にうちに泊まっていけば良いわ。泊まると断っている以上、今から帰っても却って心配させるだけでしょう」

まどか 「うぇひぃ・・・い、良いのかな。というより、それよりもマミさんの事を・・・」

ほむら 「その話もするわ。なんにしても、こんな所でたむろしていては、近所迷惑になるだけだから」

まどか 「あ・・・そ、そっか・・・ごめんね」


そんなやり取りの間に、気を利かせてくれたゆまが、ドアのカギを開けてくれた。


ゆま 「お姉ちゃん、どうぞ」

まどか 「あ、ありがとう。えっと、あなたは・・・」

ゆま 「千歳ゆまです!」

ほむら 「先日、お昼に言ったでしょ。私のお弁当箱を選んでくれた、知り合いの子の話。この子がそうよ」

まどか 「あ、そっかぁ・・・えっと、初めまして、鹿目まどかです」

ほむら 「私と同じ、魔法少女なんだけれどね」

まどか 「え・・・」

ほむら 「今は事情があって、一緒に住んでいるの」

ゆま 「えへへー」

まどか 「・・・」


まどかの表情が一瞬曇ったのを、私は見逃さなかった。

無理もない。敵対する魔法少女の存在を目の当たりにしたばかりなのだ。

今のまどかにとって、魔法少女という存在は、あこがれの対象とはまた違った意味を持ち始めているのだろう。


ほむら (それはいい傾向だわ。魔法少女に対する淡い幻想なんて、打ち砕かれてしまった方が良い)


ただ、ゆまに対する警戒感だけは解いておきたい。

ゆまの事、できればまどかにも好きになって欲しいから。


まどか 「そっか、魔法少女なんだ・・・」

ゆま 「・・・?」

ほむら 「良い子よ。本当の妹みたいに、思えるほどに」

ゆま 「えー///」

まどか 「そう・・・そっか。そうだよね、ほむらちゃんと一緒にいるんだもんね」

ほむら 「・・・さぁ鹿目さん、上がって。えっと・・・リョウは」

竜馬 「俺は帰るぜ。それでな、暁美」

ほむら 「え・・・?」


竜馬が顔を近づけ、私の耳元で一言。


竜馬 「志筑の件、鹿目には黙っておいた方が良いんじゃないか」

ほむら 「・・・」


それだけを言うと、竜馬は手を振りつつ、スタスタとその場から去っていった。

志筑仁美の件、言うべきではない。竜馬がそう言うのは分かるし、私だって言いたくはない。

言えば、どれだけまどかが悲しむか。そんなの想像するまでもない事だもの。

だけれど、真実に蓋をして、まどかを騙すようなことをして、それで本当に正解と言えるのだろうか。

・・・私には、すぐに答えを出す事なんてできない。


まどか 「ほむらちゃん、どうかしたの?」

ほむら 「え、ううん・・・なんでも。さぁ、入って。鹿目さん、お腹がすいたでしょう?」


私は思索を打ち切って、まどかを部屋へと招き入れた。

まずはお腹に何かを入れよう。まどかだけじゃない。ゆまにも何か食べさせてあげなくてはいけないし、私だってお腹がぺこぺこだ。


ほむら (こんな状況なのに、お腹はきちんと減るものなのね)

・・・
・・・


さすがに今からでは、料理をする気にはなれない。

私は久々に、買い置きの出来合いを食卓に並べることにした。

ゆまが慣れた手つきで、食器を並べたり湯を沸かしてくれたりと、てきぱきと手伝ってくれる。

そして出来上がった食事を口にしながら、私はマミ救出の顛末を語ることにした。


ほむら (食べながら話した方が、深刻な感じにならなくて話しやすそうだから・・・)


私はできるだけ簡潔に、まどかと別れた後の出来事を語って聞かせた。

そう、簡潔に・・・省略できることは省いて。

敵対した魔法少女たちの中に仁美がいたという事と、仁美を含めた数人が死んでしまった事。

それらの事にはわざと触れずに、あくまでマミを無事救出できたことのみを強調し、最後に敵の親玉には逃げられてしまった事。

それだけを付け加えて、私は話を終えた。

ほむら (仁美の事、いつまで黙っているべきなのかは分からない。分からないけど、今は・・・)


マミの事で焦燥し、今にも泣きだしそうな顔で賭けよって来た時のまどかの顔を思い浮かべると・・・

とても今、この場で話す事なんて、私にはできなかった。

だって・・・


まどか 「ほんと!?よかった・・・良かったぁー!マミさんにもしもの事があったら、私どうしようかと・・・」


マミの無事を知り、うれし涙を流さんばかりに喜んでいるまどかの顔を、悲嘆の涙で曇らせる真似なんて、私には・・・


まどか 「今からメールしたんじゃ、迷惑かな。マミさん、明日学校に来るよね。朝一番で、教室に会いに行かなきゃ!」

ほむら 「・・・」

まどか 「うぇひっ、ごめんね、ほむらちゃん。私一人ではしゃいじゃって」

ほむら 「・・・ううん、良いのよ。さ、ご飯が終わったら、もう休みましょ。すっかり遅くなってしまったわ」

まどか 「うん、朝寝坊しないようにしないとだね。えへへ・・・」

ほむら 「そうね・・・」


・・・言えるはず、ないじゃないか。

・・・
・・・


竜馬の家への帰路。


キュウべぇ 「・・・」ぶるぶるっ


キュウべぇが竜馬の肩の上で、身体を大きく震わせた。


竜馬 「・・・お、気がついたか」

キュウべぇ 「こ、ここは・・・?」

竜馬 「俺の家へ帰る途中さ。お前にはしばらく、俺と付き合ってもらうぜ」

キュウべぇ 「な、なぜ・・・?」

竜馬 「隼人がお前を連れて帰るように促したのさ。悪いようにはしないと」

キュウべぇ 「・・・」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「それで、これから僕をどうするつもりだい?・・・僕を殺すの?」


竜馬 (なんだ、こいつ・・・なんだか様子・・・というか、雰囲気が変だ)

竜馬 「お前をどうするかは、まだ考えていないが・・・殺すつもりなら、わざわざ連れて帰ったりなんざしねぇよ」

キュウべぇ 「そ、そう・・・」


竜馬 (こいつ・・・殺されないと聞いて、”ホッと”したのか?感情の無いはずの、キュウべぇが?)


竜馬 「・・・」じー・・・

キュウべぇ 「な、なんだい・・・?僕をそんな、じっと見たりして・・・」

竜馬 「やっぱり、お前」

キュウべぇ 「え・・・?」

竜馬 「怯えているのか?」

キュウべぇ 「・・・!?」

竜馬 「さっきから、態度がおおよそお前らしくねぇ。いったいどうしたってんだ?」

キュウべぇ 「ぼ、僕が怯えている・・・?そんな馬鹿な・・・え、でも、今僕は狼狽えて・・・」

竜馬 「・・・」

それきりだった。

これ以後のキュウべぇは、竜馬が何かを話しかけてもブツブツと一人で呟いているだけで、一切反応をしなくなってしまった。

やむなく竜馬は、キュウべぇを肩にぞんざいに乗せたまま、再び家路をたどり始める。

そして、間もなく家の明かりが見える間際となって。


キュウべぇ 「竜馬・・・」


やっとキュウべぇが、独り言以外の言葉を発した。


竜馬 「なんだ?」

キュウべぇ 「君に頼みがある」

竜馬 「頼み?お前が、俺に?ろくでもない事を抜かしたら、ぶん殴るぜ」

キュウべぇ 「そうじゃない。切実な願いなんだ。竜馬、どうか僕を」

竜馬 「・・・お前を?」


キュウべぇ 「僕を助けてほしい・・・!!」

・・・
・・・


心も体も。

疲れ切っているはずなのに、どうしてなのか眠れない。

明かりを消した部屋の中で、私は天井を見つめながら、とめどない思索の旅を繰り返していた。

私の隣では、まどかが静かな寝息を立てている。

私もまどかも、床に布団を敷いての雑魚寝だ。ベッドはゆまに明け渡してしまった。

お客さんを床で寝かせるのが心苦しかったので、ゆまとまどかの二人でベッドを使うように勧めたのだけれど。

律儀なまどかは、私と一緒に床で寝ることを望んでくれた。


ほむら (どんな時でも、自分の事は二の次なのね)


それでこそ、まどからしいと言えるのだけれど。

そんな彼女が、仁美の事を知ったら、いったいどうなるのだろうか。

取り留めもなく、そんな事を考えていたら、すっかり寝そびれてしまった。

ほむら (仁美は死んでしまったけれど、死体は永久に見つからない)


身体は消滅してしてしまったから。

だから、仁美は未来永劫行方不明のまま。生きているのか死んでいるのか、普通の人には分からない。


ほむら (だけれど・・・)


まどかは仁美が魔法少女になったことを知らない。

でも、魔法少女と魔女の存在は知っている。そして、仁美は魔女に囚われたのではという疑いを抱いているのだ。


ほむら (・・・いずれ、真相にたどり着くかもしれない)


・・・時間を於けば於くほどに。

真実に触れた時の衝撃は、激しいものになるだろう。

だったら、なるべく早く、本当の事を知らせた方が良いのではないか。


ほむら (リョウは、黙っていた方が良いと言っていたけれど・・・)


それが本当に、まどかのためになるのだろうか。

なにが、まどかのために最善なのか。

私は答えにたどり着けない。

ほむら (何にしても、事実を告げるのは今でない事だけは確かだわ)


仁美の件に続き、マミが囚わるような事件が起こってしまい・・・

しかもそれは自分のせいだと、マミの無事が分かるまでまどかは懊悩し続けていたに違いない。

今、マミの無事を知り、まどかは心から安堵しているのに、再び奈落の底に落とすようなこと・・・

私の隣で安らかな寝息を立てている、そんなまどかにそんなひどいことを・・・


ほむら (私にできるはず、ないじゃない)


いずれ言うべき時が来るのかも知れない。

いま言わないことが、単なる問題の先送りでしかないのかもしれない。

それでも・・・


ほむら (明日・・・その事をリョウに相談してみよう)


どうするかは、それから先の話だわ。

そう心に決めると、私は毛布を頭からすっぽりとかぶった。

明日も学校。

無理にでも寝てしまわなくては。

色々ありすぎた”今日”という日を過去に置いて行くためにも、一日を終わらせてしまう必要があるのだから。

・・・
・・・


翌朝。

ゆまに留守番を託し、私はまどかと連れ立って部屋を出た。


まどか 「ゆまちゃん、学校に行かないの?遅れちゃうよ?」

ほむら 「・・・今は事情があって、学校はお休みしているの。昼前には知人が彼女を迎えに来るから」


口では厳しい事を言いながら、杏子は何くれとなくゆまの面倒を見てくれていた。

今日も昼頃にゆまを迎えに来て、一緒に魔女探しをする事になっている。

日課なのだ。


まどか 「そう・・・ところで・・・」

ほむら 「なに?」

まどか 「仁美ちゃんの事なんだけれど・・・」


やはり来たか。

昨日は巴マミの事でいっぱいいっぱいだったまどかは、マミの無事を知った後も仁美の話を切り出すことはなかった。

彼女のキャパが許容範囲を超えていたせいだと思う。

だけれど一晩寝て、頭を整理させてスッキリすれば。


ほむら (当然、次に出てくるのは仁美の話題になるわよね)


まどか 「えっと、ほむらちゃん。私、お願いごとばかりしてしまって、ホント悪いなって思うんだけど・・・」

ほむら 「分かってるわ・・・」


分かってるとは答えながらも、今の私はこの話題、どうお茶を濁そうかと、そればかりを考えていた。

今は誤魔化す。

まどかに仁美の事をどう告げるにしても、まずは竜馬に相談してからだ。


ほむら 「ひとまず急ぎましょう。遅刻してしまってはいけないわ」

まどか 「う、うん」


釈然としない顔をしながらも、まどかは頷いてくれた。

後は二人、ほぼ無言で学校への道を早歩きに歩く。


・・・と、その時だった。


ほむら 「・・・」


私は立ち止まって、周囲を見渡す。

目につくところには、なにも変わりはない。

・・・けど。


まどか 「うぇひっ?ほむらちゃん、急に立ち止まっちゃって、どうしたの?」

ほむら 「ううん・・・」


・・・気のせい?なわけがない。

確かに感じたのだ。

まとわり付くような、ジメジメとした・・・

まるで梅雨時の湿っぽさのような、鬱陶しい視線を。

ほむら (間違いない・・・キュウべぇだ・・・)


キュウべぇが監視している。

対象は私ではなく、間違いなくまどかの方だろう。


ほむら (あいつ、今度は何を企んでいるのかしら・・・)


程なくして、奴の視線が発していたプレッシャーが、霧に溶け込むように掻き消えた。

少なくとも、今この場で何かをしようというつもりはないらしい。

それとも、邪魔な私がまどかの側にいるせいか・・・


まどか 「ほむらちゃん・・・」

ほむら 「何でもない、行きましょう」


・・・そういえば、竜馬に預けた”キュウべぇ”は、あれからどうなったのだろう。

次回へ続く!

うだるような暑さですが、皆さんも熱中症には十分お気を付け下さい。

水分補給大事!

再開します。

・・・
・・・


朝。ホームルーム前の教室。

ざわめき続けるクラスメイト達。無理もない。行方不明となっている志筑仁美の続報が、何一つないのだ。

ただただ心配する声。

幼いなりの推理で、仁美の現況を想像する声。

心配のあまり、こらえきれない嗚咽を漏らす子も。

いつもは賑やかなさやかは一人、机に突っ伏している。

寝ているわけではないだろう。

人一倍感受性の強い彼女の事だ。皆の輪に加わったら最後、誰よりも激しく取り乱してしまうに違いない。

それが自分で分かっているから、一人静かに机だけに今の疲れた表情を見せているのだと思う。

ほむら (・・・)


まどかも・・・

私という頼る先がある分、他のみんなよりは冷静でいられるようだけれど・・・


ほむら (教室の喧騒に呑まれつつあるようだわ。まどかだって長くはもたない・・・黙ったままでなんて・・・)


そんな中、喧噪の波を裂いて、彼の声が私の耳に飛び込んできた。


竜馬 「暁美」

ほむら 「リョウ・・・」


他のみんなに気を取られすぎて、彼がすぐ側まで来ていたことに気がつかなかったのだ。

でも、ちょうど良かった。彼には伝えたい事がある。


ほむら 「リョウ、あのね」


ほむら・竜馬 「話がある(わ)」


ほむら 「・・・」

竜馬 「・・・」


ほぼ同時に同じ言葉を発しあって、私たちはしばし見つめ合ってしまった。

ほむら 「・・・急いで相談したい事が。できれば次の昼休みにでも」

竜馬 「奇遇だな。俺も一刻も早くお前に伝えたい事がある。それと、あいつもな・・・」

ほむら 「え・・・?」


竜馬の視線に促されて。

私が顔を向けた先は、教室の窓。

そこには・・・


キュウべぇ 「やあ」


外から中を覗き込む、キュウべぇの姿があった。

・・・
・・・


お昼休みの屋上。


キュウべぇ 「鹿目まどかが危ないよ」


屋上に他の生徒の姿がないことを確認して、ベンチに腰掛けて弁当箱を開く私と竜馬。

急に誰かがやって来た場合に備えて、あくまでも見た目は、普通に昼食をとっている体でいなくてはいけない。

そんな私たちに開口一番、キュウべぇがそう言ったのだ。


ほむら 「なんなの、藪から棒に」

キュウべぇ 「言葉通りさ。ゲッターを用いたエネルギー回収案は失敗してしまった。となれば、僕たちの計画は当然白紙へと戻る」

ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「つまり、資質の高い少女への接触へと、回帰するわけだね。これは当然のプロセスだ」

ほむら 「だから、今朝はやけにお前たちの気配を感じたというわけね。まどかと接触するために・・・」


奴の言う事は理に適っている。

最も効率の良い方法が失敗したのだ。当然、次善の策を用いようとするだろう。

それは、キュウべぇたちの矛先がまどかへ再び向けられることを意味する。

・・・しかし。


ほむら 「それをなぜ私に?」


教える必要があるのだろう。奴の言葉を借りれば”意味が分からない”だわ。


キュウべぇ 「僕はもう、群れには戻れないからね」

ほむら 「・・・?」

竜馬 「暁美・・・」

ほむら 「リョウ、あなたもどうして、わざわざこいつと私の仲立ちをするような真似をするの?」

竜馬 「俺がキュウべぇと、取引をしたからだ」

ほむら 「えっ!?」


私は、信じられない物を見る目で竜馬を見つめた。

私の仲間が、キュウべぇと取引を・・・!?


ほむら 「あなた、正気?!自分が何を言っているのか分かっているの?」

竜馬 「正気だ。暁美、まずは俺の話を聞け」

ほむら 「き、聞くけど・・・でも・・・」

竜馬 「思い出せ、暁美。俺は昨日話したはずだ。こいつを連れて帰るようにと、隼人から言われたことを」

ほむら 「うん・・・」

竜馬 「隼人が・・・ゲッターが意味のない事を俺に勧めるはずがない。そしてその意味がな、こいつと話していて分かったんだよ」

ほむら 「なんなの、その意味っていうのは・・・」

竜馬 「・・・暁美。お前、こいつの事をどう思ってる?」

ほむら 「どうって・・・」


いきなり、何を言い出すのか。

そう思いながらも、私はキュウべぇを見る。

私がこいつをどう思うか?

そんなの決まっている・・・


ほむら 「殺してやりたいわ。たとえそれが意味のない行為だとは分かっていても。多くの人の人生を弄び、狂わせたこいつの事を」

竜馬 「・・・」

ほむら 「私がキュウべぇに抱いている気持は、掛け値なしの憎しみよ」

言いながら、知らず知らずのうちに奴を見る目が険しくなっていく。

普段は理性で押さえつけている感情が、むき出しの殺意となって私の胸の奥から溢れ出してゆく。


キュウべぇ 「・・・ひぃっ」


え・・・?

今、キュウべぇが短くだけれど。

悲鳴なような声を上げなかった?


キュウべぇ 「・・・暁美ほむら。お願いだから、そんな目で僕を見ないでほしい」


まさか・・・


ほむら 「お前、震えているの?」

キュウべぇ 「・・・」

ほむら 「怯えてる・・・の?」


私の殺気に、感情の無いキュウべぇが怯えている・・・?

そんな馬鹿な。


ほむら 「リョウ!?」

竜馬 「隼人の奴、こいつに何か細工をしたらしい」

ほむら 「それって、つまり・・・」

キュウべぇ 「今の僕には、君の眼差しが心底恐ろしい・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「芽生えたらしいぜ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「感情って奴が、な」


キュウべぇに感情が?ゲッターが奴に細工を?どうして、そんな真似を・・・

だけれど、確かに・・・

私の殺気を恐れるキュウべぇには、一見して感情が湧いて出たように見えないこともない。

だけれど、私は知っている。

私やまどか達がキュウべぇの本性を知る以前。

奴は私たちの前で、まるで感情があるかのようにふるまっていたことを。


ほむら (今度も演技かも知れない。だとしたら・・・)

ほむら 「こいつに感情が生まれたとして、リョウはどんな取引に応じたというの?」

竜馬 「とりあえず、こいつの命を守ってやる」

ほむら 「命・・・?狙われているの?いったい、誰から?」

キュウべぇ 「他のキュウべぇたちからだよ、暁美ほむら」

ほむら 「・・・どういう事?」


キュウべぇの話を要約すると・・・

このキュウべぇは、キュウべぇ全体を繋ぐ統合意識から追い出されたのだという。

理由は彼が感情という、”精神疾患”を負ってしまったため。

キュウべぇの統合意識は、疾患が種全体の意識へと拡散することを防ぐため、些末な一個体を切り捨てたのだ。

そして、その次の手段として。


キュウべぇ 「僕は、他のキュウべぇから殺されることになる」

ほむら 「だから、それはどうしてなの?」

キュウべぇ 「簡単さ。僕は色んな事を知りすぎている。全体として制御できなくなった僕は、殺される以外にない」

ほむら 「そう・・・」


道理は通っている。

だけれど・・・

ほむら 「虫の良い話ね。今まで散々少女たちを食い物にしてきておいて、自分が危なくなったら庇護を求める。それも敵である私たちに・・・」

キュウべぇ 「・・・」

ほむら 「無様ったら、ありゃしないわ」

竜馬 「暁美。それでも、こいつには利用価値がある。俺たちが知りたい情報をこいつから聞き出せるかもしれないんだ」

ほむら 「それが命を守ってやることへの代償という訳?・・・そうね、だけど」


私は懐に手を突っ込むと、あらかじめ仕込んでおいた銃を引き抜いてキュウべぇへと向けた。


竜馬 「お前、制服の下になんて物を隠してんだよ!」

ほむら 「織莉子の件もあったし、護身用に・・・ね?さっそく役に立つ時が来て嬉しいわ」

キュウべぇ 「・・・ぼ、僕を撃つつもりかい?」

ほむら 「ええ。あのね、今までどうして私が、必要以上にお前を殺さないできたか、分かっている?」

キュウべぇ 「・・・意味がないからだろう?僕の代わりは、いくらでもいるから」

ほむら 「ご名答。それで、ね。今のお前には、感情があるわけよね?」

キュウべぇ 「そ、そうだよ・・・」

ほむら 「殺されたら、嫌なわけよね。死にたくないって事よね。痛いの、怖いわけよね・・・?」

キュウべぇ 「・・・っ!」

ほむら 「だったら、私にはお前を殺す理由があるって事になる。なにせ、お前に犠牲にされた少女たちの気持ちを、思い知らせる事ができるって訳なのだから」

キュウべぇ 「あ、あう・・・」

ほむら 「お得意の跳躍で、逃げても良いのよ?今は逃しても、私はお前を必ず追い詰め、鉛の弾をぶち込んでやるから」

キュウべぇ 「逃げるって・・・そんな、僕には・・・」

ほむら 「そうよね。私たちの元から離れたら、今度は他のキュウべぇたちから狙われる。殺される相手が、変わるだけだもの。逃げ場なんて、無いわよね」

キュウべぇ (がたがた・・・がた・・・)

竜馬 「暁美・・・よせっ!」

ほむら 「全ての時間軸で死んでいった、さやかや杏子、マミ・・・他の名も知れない魔法少女たち・・・」

キュウべぇ 「た、たすけ・・・たすけて・・・」

ほむら 「まどかの悲しみ。まどかを守れなかった私の無念。全ての恨みを、一発の銃弾に込めるわ。思い知れ!」

竜馬 「暁美っ!!」

キュウべぇ 「・・・ひっ!!!」


キュウべぇが、目前の死への恐怖に、固く目を閉じてうずくまる。

だけれど・・・


ほむら 「・・・」


銃声はいつまでたっても轟くことは無かった。

当然・・・私には撃つつもりが、無かったのだもの。


キュウべぇ 「・・・?」がたがた

ほむら 「本当に撃つと思ったの?ここは学校よ、大問題になっちゃう」

竜馬 「お、お前・・・驚かすなよ」

ほむら 「ごめんね。だけれど、確信できたわ。こいつ、嘘は言っていないと思う」


言いながら見下した先のキュウべぇは、無様に腰を抜かした格好で、不格好に震えていた。

感情が無ければ、ここまで愚かしい取り乱しようなんて、こいつにはできないだろう。

ほむら (確かにかつて、キュウべぇは感情のあるふりをして私たちに近づいてきたけれど・・・)


喜びや悲しみ、驚きや痛みなど。

感情の表面を撫でるくらいの演技しか、奴は私たちに見せたことは無かったのだ。

それも当然、そもそも感情の本質がどんなものか、キュウべぇには理解できていなかったのだから。

それが今、迫る死を目前にして、奴は見苦しいほどに狼狽して見せた。

・・・死の恐れを知らなければ、とてもできない芸当だ。


キュウべぇ 「ぼ、ぼぼ、僕を騙したのかい・・・暁美ほむら」

ほむら 「それがどうしたの?お前は今まで、どれだけの魔法少女たちを騙してきたと思っているの?殺されずに済んでいるだけでも、ありがたいと思う事ね」

キュウべぇ 「・・・」


明らかにむっとした顔で、私を睨むキュウべぇ。

こいつ、こんな顔もできたのか。

ほむら 「まぁ、良いわ。話を先に勧めましょう」

竜馬 「お、おう・・・」

ほむら 「リョウの話というのは、キュウべぇのこの事?」

竜馬 「ああ」

ほむら 「じゃあ、せいぜい役に立ってもらいましょ。聞き出したい事は、いくらでもある・・・」


だけれど、それも今は、いったん後回しだ。


竜馬 「そうだな。それで、お前の方の話ってのは?」

ほむら 「うん、ちょっとリョウに相談に乗って欲しい事があったんだけれど・・・」

竜馬 「なんだよ、歯切れが悪いな」

ほむら 「事情が変わったから。ねぇ、リョウ。今日は先に帰ってもらっていい?」

竜馬 「そりゃ構わないが、魔女探しはどうするんだよ」

ほむら 「一日だけ休みをもらう。ちょっと、まどかと話したい事があるから」

竜馬 「・・・おまえ、まさか。志筑の事を・・・」

ほむら 「言ったでしょ、事情が変わったと。まどかに話すわ。全てを。そして・・・」


ほむら 「まどかの、魔法少女への幻想を叩き割るわ。粉々にね」


腹立たしいけれど、キュウべぇの情報は、さっそく役に立ってくれたのだ。

・・・
・・・


その日の放課後。

誰もいない私の部屋に、まどかを招き入れる。


まどか 「へへ・・・朝はほむらちゃんの部屋から登校して、またここに戻ってきちゃった。ただいまって言うべきなのかな」

ほむら 「・・・」

まどか 「う・・・うぇひっ・・・そ、それでほむらちゃん、話っていうのは・・・?」

ほむら 「ええ・・・」

まどか 「もしかして、仁美ちゃんの事・・・?」

ほむら 「そう。見つかったから。一番にまどかに知らせようと思って」

まどか 「ほ、ほんとっ!!?」


花が咲いたように、まどかの顔が喜びの色でこぼれそうになる。

私はこれから・・・この顔を悲しみに歪ませなくてはならないのだ。

全てはまどかのため・・・やらなければいけない事、だから。

ほむら 「・・・」

まどか 「ほむらちゃ・・・っ!?まさかっ!!」


私のただならない雰囲気に、まどかが最悪の事態を察してしまう。


まどか 「仁美ちゃんの身に何かあったの?!ねぇっ!」

ほむら 「慌てないで・・・すぐに会わせてあげるから」

まどか 「え・・・」


私は・・・

通学カバンに手を突っ込むと、ずっとそこに入れていた”ある物”を取り出して、まどかに渡した。


まどか 「え、なにコレ」

ほむら 「グリーフシード。魔法少女がソウルジェムを浄化するために使う、大切なものよ」

まどか 「あ・・・マミさんが使ってるの見たことある。あれかぁ・・・でも、少し形が違うような・・・」

ほむら 「形はそれぞれなのよ。個性がね、目に見える姿で形作られるから」

まどか 「個性・・・?」

ほむら 「生前の性格が、形に現れると言っているの」

まどか 「生前・・・え・・・?」


まどかの表情が、徐々に曇ってゆく。

断片的な情報から、何か不吉なものを感じ取ったよう。


まどか 「ほむらちゃん、何を言ってるの・・・?」

ほむら 「グリーフシードはね、元々は魔女の卵なのよ。それを私たちはエネルギー源にしている」

まどか 「ま、魔女!?」

ほむら 「心配しないで。今のそれは、もう安全だから。なにせ、その持ち主は、すでに死んでいるのだから」

まどか 「・・・」

ほむら 「ねぇ、まどか。どうして魔法少女が、魔女の卵から魔力をもらえると思う?」

まどか 「・・・そんなの・・・分からないよ・・・」

ほむら 「根っこがね、一緒だからよ」

まどか 「だから・・・意味が分からない・・・」

ほむら 「根っこ。つまり、魔法少女も魔女も、元は人間だったという事よ」

まどか 「・・・っ!!」

愕然とした顔で、私と手の中のグリーフシードを交互に見るまどか。

情報の断片から導き出した答えに、口元がわなわなと震えている。


まどか 「ま、まさか・・・まさか・・・まさか・・・」

ほむら 「志筑仁美よ・・・」

まどか 「・・・っ!!」


ショックのあまり、まどかの体が激しく震えた。

彼女の手元から零れ落ちたグリーフシードが、乾いた音を立てながら、むなしく床の上に落ちて転がる。


まどか 「嘘だ・・・」

ほむら 「本当よ」

まどか 「嘘だ嘘だ!ほむらちゃん、私を驚かせようって、そんな嘘を・・・」

ほむら 「真実なの。魔法少女はね、早かれ遅かれ、いずれはその姿になってしまう。宿命なの」

まどか 「え・・・」

ほむら 「・・・」

まどか 「それって・・・マミさんも?」

ほむら 「ええ」

まどか 「ほむらちゃんも、そうなの・・・?!」

ほむら 「・・・」

腰が抜けてしまったのだろう。

ぺたり、床に膝をついてしまったまどか。

フルフルと震えながら、目をまん丸に見開いてこちらを見ている。

・・・胸が痛い。

だけれど、言わなくてはいけない。

まどかを守るため。それでもし、まどかに嫌われてしまっても、私にとって、それは本望なのだ・・・


ほむら 「・・・まどか。お父さんやお母さんは好き?家族の事を愛している?」

まどか 「うん・・・愛しているよ・・・」

ほむら 「では、言っておくわね。まどか、あなたには魔法少女としての、計り知れない資質が眠っている」

まどか 「それ・・・キュウべぇも言ってたよ・・・」

ほむら 「あなたの力をもってすれば、あるいは志筑仁美一人くらい、元の姿に戻すのも容易いのかもしれない」

まどか 「え・・・っ!?」


事実、他の時間軸では魔女化してしまったさやかを、救った事だってあったのだ。

単なる想像じゃない。間違いなく、まどかになら可能だろう。

だからこそ、私の口で釘を刺しておかなければならないのだ。


ほむら 「だけど」

まどか 「・・・」

ほむら 「まどか。あなたがキュウべぇと契約を結んでしまったら、最後よ。そのグリーフシードは、将来のあなたの姿の鏡となってしまう」

まどか 「あ・・・で、でも・・・」

ほむら 「まどかを愛してくれているご両親を、かわいい弟を・・・あなたは裏切ってしまう事になる。それで良いの?」

まどか 「だけど、それで仁美ちゃんが助かるなら!」

ほむら 「あなたが死んだら、お父さんもお母さんも、きっと無事には生きていけなくなる!」

まどか 「・・・っ!」

ほむら 「最愛の娘を亡くして、あなたのご両親がそのままでいられると、まどかは本当に思っているの!?」

まどか 「それは・・・だけど・・・っ!」

ほむら 「親だけじゃない。あなたがいなくなることで、間違いなく弟さんの人生も歪む。家族が消えるって、そういう事よ!」

まどか 「た、たっくんの・・・人生も・・・?」

ほむら 「それに、家族だけじゃない。あなたを愛しているのは、家族だけでなんか、決してない!」

まどか 「え・・・?」

ほむら 「マミもさやかも、あなたの友達は、みんなあなたを愛している!それに、わ・・・私も・・・っ」

まどか 「ほむらちゃん・・・?」

ほむら 「う・・・ぐっ、なんでも・・・何でもないわ」


自分の気持ちを、高ぶった胸の内をすべてぶつけてしまいたい。

そんなこみあげてきた欲求を、私はすんでの所で噛み潰す。

私の気持ちなんて、今は関係ないのだから・・・

ほむら (とにかく、言うべきことは全て言った)


魔法少女が辿る運命と、それに翻弄されることになる家族の行く末を語って聞かせて・・・

キュウべぇの甘言なんかに惑わされないように。

そして、まどかが魔法少女になるという未来の芽を摘むことによって、織莉子がまどかに辿り着けないようにするため。

そのために、今日ここに、私はまどかを連れてきたのだ。


ほむら 「分かって。友人を亡くして辛い気持ちは、私にだって分かるわ」


そう、だれよりも。


ほむら 「だけれど、もしあなたが短慮を起こしてしまったら、今のあなたと同じように・・・ううん、それ以上に、もっともっと多くの人を悲しませる事になる」

まどか 「わ、私・・・」

ほむら 「自分を大切にして。あなたが周りの人を大切だと思うのなら、お願い・・・」

まどか 「ほむらちゃん・・・どうして・・・」

ほむら 「え・・・?」

まどか 「どうして、私をそこまで気にかけてくれるの・・・?」

ほむら 「そ、それは・・・」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


川辺。

夕暮れの日を映し、赤く染まりながら滔々と流れ続ける川を、竜馬は眺めていた。

川辺の草原に腰を下ろし、何をするでもなく、ただ茫洋と。


? 「リョウ」


背後からかけられた馴染みのある声に、彼は顔を上げた。


竜馬 「来たか、武蔵」

武蔵 「ああ、呼び出して悪かったな」

竜馬 「なに、暁美にも用事ができたし、ちょうど良かったさ」


そうか、と笑いながら、武蔵も竜馬の隣へと腰を下ろす。

武蔵 「川を見ていたのか」

竜馬 「ああ。まったく見知らぬ場所に来てしまったが、水の流れる姿はどこでも一緒だな、なんて思ってな」

武蔵 「いつになく、感傷的だな」

武蔵 「こちらに来てから、もうかなり経つ。これからどうなるかも分からないんだ、感傷的にもなるさ」

武蔵 「そうか・・・」


言いながら、武蔵も竜馬に倣って川の流れへと目を移した。


武蔵 「リョウ・・・この川な。幼いころ両親に連れられて、よくマミちゃんと一緒に泳ぎに来てたんだ」

竜馬 「・・・」

武蔵 「ちょうど小学校の帰り道にもあたっててさ。親に黙って遊んでて、危うく溺れかけたこともあったりしてな」

竜馬 「・・・そうか。まぁ、ガキならありがちなことだな」

武蔵 「あとでこっぴどく叱られてなぁ・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「・・・リョウ」

竜馬 「ああ」

武蔵 「すまん」

竜馬 「ま・・・うすうす、こうなるんじゃないかって思っていたぜ」

武蔵 「もう既に、この街で過ごした日々は、俺の記憶に深く刻まれてしまった。俺はもう、こっちの世界の人間に・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「マミちゃんを置いて、俺だけ”あっち”の世界に戻るなんて・・・とてもできやしない。リョウ、俺を殴ってくれ」


言って、武蔵は目を閉じた。

どうなじられても良い。こっぴどく殴られたって、文句は言えない。

そう覚悟して、歯を食いしばりながら。

だけれど、いくら待っても拳どころか、文句の一つすら返っては来なかった。


武蔵 「リョウ・・・お前・・・」


恐る恐る開けた武蔵の目に映ったものは、そんな彼を優しげに見つめる竜馬の笑顔だった。


武蔵 「なんで・・・笑ってるんだよ」

竜馬 「分かってたからだよ。守りたい人ができたから・・・だから、こちら側の自分を肯定しないわけにはいかなくなった。そういう事だろう」

武蔵 「お、俺・・・」

竜馬 「それでこそ、武蔵だ。俺のダチ公だぜ」

武蔵 「だが、俺は恐竜帝国との戦いを、お前だけに任せて降りてしまう事になる。隼人だって、もういないってのに・・・」

竜馬 「まぁ、そっちの事は俺に任せておけ。何とでもしてやるよ。俺は絶対に負けはしない。安心しろ。そのかわり」

武蔵 「・・・ああ」

竜馬 「お前は、お前の成そうと決めた事を、必ず成し遂げろ。我が身を捨ててでも守り通せよ、大切な妹を」

武蔵 「分かってる。約束する・・・!」


友の真情を心に刻み、あふれ出る涙を留め得ず。

武蔵は男泣きに泣きながら、何度も何度も頷いて見せた。

頷きの数だけ、友への感謝と、そして信念を貫いて見せるとの誓いを込めながら。

竜馬 「さて、じゃあ、あとは俺がどうやって、元の世界へ戻るか・・・だがな」

武蔵 「そ、そうだな。リョウ、なにか、心当たりでも見つかったのか?」

竜馬 「まぁな。これ以上無いっていう事情通が、こっちに転がり込んで来てくれたよ。・・・ゲッターのおかげでな」

武蔵 「・・・?どういう意味だ?」


竜馬はキュウべぇとの取引の経緯を語って聞かせた。


武蔵 「・・・あのキュウべぇに感情が?にわかには信じがたいが」

竜馬 「まぁ、お前も実物を見てみればわかるさ。で、とりあえず今夜からでも、キュウべぇから色々聞き出すとするよ。もっとも・・・」

武蔵 「?」

竜馬 「今までの話からすると、俺たちがこちらに飛ばされた事自体には、キュウべぇは関わってはいなかったようだ。はてさて、有益な話が聞ければもっけもんなんだがな」

武蔵 「それなんだがな・・・」

竜馬 「どうした?」

武蔵 「お前をもとの世界に戻す事。それだけなら、何とかなるかも知れない」

竜馬 「・・・なんだと!?武蔵、お前・・・何か知っているのか?!」


武蔵の意外な一言に、竜馬の顔色が変わる。


武蔵 「知らないよ、お前以上に、何もな。だが、一つな・・・俺に考えがあるんだ」

竜馬 「もったいぶるなよ。なんだ、その考えってのは」

武蔵 「まぁ、待て。確実ってわけでもないし、俺も不確かな事は言いたくない。その時が来たら話すから、今は俺にも一案がある程度に、覚えておいてくれ」

竜馬 「・・・早まったマネ、するつもりじゃねぇだろうな」

武蔵 「マミちゃんを泣かすようなことだけはしないと、胸を張って誓えるぜ」

竜馬 「・・・なら、良いがよ」


武蔵は何を言わんとしたのか。

知りたいと思う心が後を引きながらも、友が進んで話そうとしない以上は、竜馬もそれ以上詮索するつもりはなかった。

それよりも今は、キュウべぇから情報を引き出す方が先だ。


竜馬 「武蔵、今夜は暁美の部屋に俺とともに来い」

武蔵 「分かったぜ」

・・・
・・・


同時刻。

見滝原市の某所。


杏子とゆまは、日課である魔女退治を首尾よく成し遂げ、帰途に就こうとしていた。

ほむらやマミとは違い、魔法少女の活動自体を生業としている杏子の、魔女結界を嗅ぎ付ける能力は抜群だった。

もはや、天性の才覚とさえいえる。

今回も短時間のうちに二か所も結界を発見、目的のグリーフシードを手に入れていた。


杏子 「へへっ、大量大量」


ホクホク顔の杏子に反して、ゆまは少し浮かない顔だ。


杏子 「・・・なんだよ、辛気臭い顔して。グリーフシードが手に入ったんだ、もっと嬉しそうな顔をしろよ」

ゆま 「でも、それ・・・元はソウルジェムだったんだよね?それなのに、喜んでちゃ悪いなって思って」

杏子 「悪いって、魔女の元になった魔法少女にか?」

ゆま 「うん」

杏子 「・・・はぁー」


杏子は大げさにため息をつくと、軽くゆまの脳天にチョップを食らわす。

ぽこんと小気味のいい音が、ゆまの頭から飛び出した。


ゆま 「あいたっ」

杏子 「お、いい音」

ゆま 「もー、きょーこ!なんで叩くの!」

杏子 「下らねぇことで、ウジウジ言ってったからだよ。さっきの魔女が、元は何だったとしても、あたし達はそいつらを狩らなきゃ生きていけないんだろうが」

ゆま 「そーだけど・・・」

杏子 「魔女がかわいそうだからと、遠慮してたらさ。あたし達が魔女になってしまうんだ。そうなったらさ・・・」

ゆま 「・・・?」

杏子 「魔女が増えて、けっきょく力のない人間が、よけいに犠牲になるだけだろ」

ゆま 「あ・・・うん、そうだよね・・・」

杏子 「だから、あたし達は良い事をしてるの!はい、これでこの話は終わりだ!分かったら笑え!」

ゆま 「・・・」

杏子 「なんだよ、納得してないって顔だな」

ゆま 「ちがうよ、そうじゃないよ」

杏子 「だったらなんだよ。言えよ」

ゆま 「・・・きょーこって優しいよね」

杏子 「は、はぁっ!?」


突然ゆまの口から告いで出た予想外の言葉に、思わず上ずった声を上げてしまう杏子。


杏子 「お、おまえ、いきなりなに言っちゃってくれてんの!?」

ゆま 「きょーこは・・・口は悪いけど、ゆまの事をいつも心配してくれるよね。気にしてくれてるよね」

杏子 「バカか、いつも言ってるだろ。あたしは、誰かに足を引っ張られたくないだけで、それ以上の事は何も・・・」

ゆま 「ゆま、きょーこと一緒にいたいな・・・」


ゆまが上目づかいに、杏子をちらりと見上げる。

杏子 「・・・一緒にいるじゃないか」

ゆま 「ううん、そうじゃなくって。わるぷるぎすのよるをやっつけた後・・・きょーこ、風見野に帰っちゃうんでしょ」

杏子 「そりゃぁ、あそこがあたしのテリトリーなんだからな。いつまでも留守にするわけには・・・て、まさか・・・」

ゆま 「ついてく」

杏子 「だめだ!」

ゆま 「どーして?」

杏子 「どうしてもだっ!」

ゆま 「・・・」


強い口調で拒絶され、さすがに落胆してうつむいてしまったゆま。


杏子 「だいたいさ・・・なんだってあたしに着いてきたいなんて言うんだよ。お前、ほむら達とはうまくやれてるんだろ?」

ゆま 「うん、優しくしてくれるよ」

杏子 「だったら、このまま見滝原にいろよ。あたしはほむらみたいに優しくはしてやれねぇぞ」

ゆま 「・・・そしたら、きょーこが一人になっちゃう」

杏子 「・・・はぁ?」

ゆま 「ほむらお姉ちゃんには、見滝原にお友達がいるから。だけど杏子は・・・」

杏子 「お前・・・あたしを寂しい奴みたいに言うのはやめろよ・・・」

ゆま 「それに・・・ゆまをいちばん最初に助けてくれたの、きょーこだから。だから、今度はゆまが助けてあげたいって・・・」

杏子 「・・・」

ゆま 「そう・・・おもうから・・・」

杏子 「ゆま、お前・・・」


そして、二人は口をつぐむ。

ゆまは言いたい事を全て言ってしまったから。

そして、杏子は。


杏子 「はぁ・・・」


杏子はこの日、二度目かの溜息を再び漏らした。


杏子 「だから、嫌だったんだよ。仲間とか友達とか、家族とかさ・・・」

ゆま 「きょーこ・・・?」

杏子 「愛着がわいたらわいた分だけ、いざ別れる時に悲しい思いをする。辛くなる、から・・・」

ゆま 「・・・」

杏子 「そんな思いをするくらいだったら、ずっと一人でいたほうが気楽だと、あたしは”あの時”に思ったんだ」

ゆま 「あの時・・・?」

杏子 「おい、ゆま」

ゆま 「はいっ!」


杏子は膝を折ると、目線をゆまの高さへと合わせた。

初めて、対等の相手としてゆまと接したのだ。


杏子 「良いか、あたしを助けると言ったんだ。一度言った事は、絶対守り抜けよ」

ゆま 「あ、え、えっと・・・」

杏子 「一緒に行くからには、絶対にあたしのそばを離れるな。絶対に、絶対に・・・」

ゆま 「・・・」

杏子 「あたしより先に逝くんじゃねぇぞ・・・」

ゆま 「・・・うん」


ゆまがそっと。

杏子の首に手を回して、抱き着いてきた。

杏子もそれに応え、ゆまの背へと腕を回す。

距離が縮まり、杏子の鼻腔へふんわりと、くすぐるように・・・

子供特有の、甘い香りが流れてきた。


杏子 (この香り・・・モモ・・・)


胸に、懐かしいものがこみあげてくる。


杏子 (神様も幽霊も信じないけれどさ・・・モモ・・・見ていたら、こいつの事を守ってやってくれよな)


杏子は妹を失ってから・・・”あの時”から始めて、心の内で亡き妹へと語りかけていた。

・・・
・・・


次回予告


来るべき日に備え、日常の中の非日常を生きる魔法少女と竜馬たち。

それぞれの成すべき事と想いを胸に、少しづつ歩みを未来へと進めてゆく。

そんな中にあって、一人。

真実を知りながらも蚊帳の外に置かれ、まどかは懊悩していた。

その弱った心を穿つように、あの白い影が、不気味な静けさで忍び寄る。


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第十話にテレビスイッチオン!

以上で第九話終了です。


本来はワルプルギス戦手前まで行きたかったのですが、スレをまたぐくらいなら次回に持ち越そうと思ってここまでとしました。

故に、前回の次回予告と食い違ってしまった点、ご容赦ください。

(今回に限った事ではありませんが・・・)


それでは次スレの十話以降もお付き合いいただければ、幸いに思います。


次スレ ほむら「ゲッターロボ」第十話

ほむら「ゲッターロボ!」第十話 - SSまとめ速報
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