男「私は通り魔ならぬ、通り善になろう!」(36)

<定食屋>

青年(やっぱり親子丼はうまいなぁ~)モグモグ…

店員「あのう、お客様……」

青年「はい」

店員「こちらご相席になってもよろしいですか?」

青年「あ、どうぞどうぞ!」

男「ハッハー! 失礼させてもらうよ!」スッ

青年(えらくテンションの高い人だなぁ)

青年(人生が楽しくてしょうがないんだろうなぁ)

男「店員さん、カツ丼一つね!」ピッ

店員「は~い!」

男「ハッハー!」

青年「…………」

青年「あのう、とてもいい身なりをしてらっしゃいますが」

青年「普段はこういう大衆食堂なんかめったに寄らないけど」

青年「たまにはこういう場所に寄りたくなった……ってところでしょうか?」

男「そのとおり! やるね、キミ!」

青年「特技なものですから」

男「えぇと……」

青年「あ、水ならセルフサービスですよ」

青年「あっちにポットとコップがあります」

男「おお、ありがとう!」スクッ



男「…………」ゴクゴク…

男「ぷはぁっ、うまい!」

青年(う~ん、いい飲みっぷりだ)

男(さて、テレビでも見ながらカツ丼を待つとするかな!)



テレビ『本日、××駅前で通り魔事件が発生しました……』

テレビ『突然、刃物を持った若い男が通行人を切りつけ……』

テレビ『切りつけられた三名は命に別状はなく、現在病院で手当てを受けています……』



青年「物騒な事件ですね」

男「まったくだ」

男(人を刃物で切りつけるなど……実になげかわしい!)

男(おそらく、自分を取り巻く現状に対する不満が爆発し)

男(こういった騒ぎを起こすのだろうが──)

男(どんな理由があろうと世に不幸をまき散らす理由にはならん! 許せん!)

男(なんとかこういう輩に対抗する術はないものか……)

男(私は……どちらかというと成功者の部類に入るだろう)

男(仕事も人間関係も順調で、金もたくさん持っている!)

男(ならば、この幸福を振りまくことこそが、私の使命ではないだろうか!?)

男(そうだ、私は通り魔の逆をやろう!)

男(通り魔の逆というと……なんだ?)

男(魔の反対だから、通り天使? なんかしっくりこないな)

男(通り神? 通り聖? 通り正義? う~ん……)

男(ようするに、悪行ではなく善行を施すのだから……)

男(通り善! うん、これがいい!)

男(私は通り魔ならぬ、通り善になろう!)

男(ならばさっそく──)

──
───

──────

男「キミ、もうそろそろ食べ終わりそうだね?」

青年「はい」

男「よし……キミの親子丼代、私が払ってあげよう!」

青年「へ?」

男「気にするな! これも私の通り善としての第一歩だ! ハッハー!」

青年「と、通り善……?」

<町>

男(ハッハー! いいことをすると、実に気分がいい!)

男(なんというか、心が晴れやかになったよ!)

男(幸せを与えるということが、これほど楽しいものだったとは!)

男(もっとだ! 私はもっとこの快感を味わいたい!)

男(よおし……)

男「キミ!」

ピアス「なんスか? ……っていうか誰スか?」

男「なにやら浮かぬ顔をしているから、このお金をあげよう!」スッ…

ピアス「ハァ? なんで──」

男「いいからとっておきたまえ! これでパーッとやりたまえ!」グイッ

ピアス「ど、ども……」



男(戸惑いつつも、彼の顔は思わぬ臨時収入に心をおどらせていた……)

男(ああ……たまらん!)ゾクゾクッ

老婆「ふぅ……」スタスタ…



男(あそこで歩いているおばあさん、少しつらそうだな)

男(どれ、幸せを運んであげよう!)



男「おばあさん、私が家までおぶってあげよう!」

老婆「え、でも……」

男「お年寄りを助けるのは、当然のことですよ! ハッハー!」

<老婆の家>

男「この家でよろしいんですね?」

老婆「ええ」

老婆「ここまでしてもらっちゃって、どうもありがとうねぇ」スタッ

男「いえいえ、お安い御用ですよ!」

老婆「あんたに比べて、ウチの家族ときたら……」

男「ハッハー! あなたのご家族も、話せばきっと私のようになりますよ!」

<駅前>

男(おや、寂しそうに体育座りをしている男がいるな)



絵描き「…………」ポツン…



男(なるほど、自作の絵を売っているのか)

男(しかし、全然売れていないようだな)

男(絵自体の出来はなかなかだと思うが、そうそう買う人間もいないだろうからな)

男(なんと哀れな……私が幸せを与えてやらねば!)

男「キミ、ここにある絵、全て私が買おう」

絵描き「え!? 本当ですか!?」

男「本当だとも! キミの絵は本当にすばらしい! ビューティフルだ!」

絵描き「あ、ありがとうございます……!」グスッ…



男(まさか、泣くほど喜んでもらえるとは……)

男(これだ……これこそ通り善の醍醐味!)ニィッ

<公園>

男(あそこのベンチに座っているお嬢さん……)

男(手鏡を見て、ため息をついている!)

男(おそらく、自分の容姿に自信がないのだろう)

男(ようし、幸せを与えてやろうじゃないか!)



男「お嬢さん」

OL「……はい?」

男「……あなたは美しい!」

OL「へ?」

男「あなたにはこの美しい花束がよく似合う」スッ

男「どうか……自信を持って欲しい」

OL「あの……」

男「いらないなら、そこのゴミ箱に叩き込んでもらってかまわないよ!」

男「これはあくまで私の意思表示だからね!」

男「ハッハー、それじゃさよなら!」

OL「…………」

男(それからというもの……私は無数の人に、幸せを配った!)

男(もちろん、見返りを求めるようなことは一切していない……)

男(なぜなら私は──)

男(無差別に他人に幸せをばら撒く存在、通り善なのだから!)




すると──

青年「こんにちは……」

男「む、キミはいつだったか定食屋で会った……なんの用かな?」

青年「ボクはあの時、あなたに親子丼をおごってもらいましたよね」

男「ああ、そんなこともあったな」

男「もしかして礼か? ハッハー、礼などいらんぞ!」

青年「礼だって? ……誰が礼なんてするもんか」

青年「なぜならボクの人生は、あなたのせいで狂ってしまったのだから!」

男「……なんだって?」

男「キミの人生が狂ったって、いったいどういうことだね?」

青年「あの時、全くの赤の他人であるあなたにおごってもらったせいで」

青年「ボクは他人からおごってもらうのが当然だと思うようになってしまった」

青年「だから、誰かと一緒にご飯を食べる時は」

青年「必ずおごられることを期待し、要求するようになった」

青年「おかげで友達は次々と離れていき、今じゃ友達は一人もいない……」

青年「全部あなたのせいだ!」

男「な、なんだと……!?」

青年「いっとくけど、あなたのせいで不幸になったのはボクだけじゃないよ」

青年「たとえば、あなたがお金を恵んだピアスをあけた若者……」

青年「あなたになんの脈絡もなくお金を恵んでもらったせいで」

青年「またあなたのような人に出会えるかもと、まったく働かなくなったそうだよ」

青年「で、極貧生活の末、お粗末なコンビニ強盗をして逮捕されてしまったよ」

男「ええっ……!?」

青年「あと……あなたが家まで運んであげたおばあさん」

青年「通りすがりの人ですらやってくれたのだから、と」

青年「家族にもちょっとした移動でもおぶっていくよう、せがむようになったとか」

青年「結果、家族との仲は悪化して、ろくに世話もしてもらえず亡くなった」

青年「葬式で家族はだれも悲しまなかったってさ。そりゃそうだよね」

男「あのおばあさんも……!」

青年「それと、あなたが絵を丸ごと買ってあげた絵描き」

青年「自分にはやはり才能があるとうぬぼれて、絵の練習をしなくなった」

青年「なのに認められず、そのギャップで酒におぼれて今じゃアル中さ」

青年「彼はあとほんの少し上達すれば、みんなに認められる段階まできていたんだ」

青年「なのに、あなたのせいで永久にそこまでたどり着けなくなってしまった」

男「そ、そんな……」

青年「あなたがお世辞で、美しいと褒め称えたOLもいたっけ」

青年「彼女も自分は美しいと思い込み、やたら高飛車になってしまった」

青年「結果、結婚や恋愛はおろか、ボクのように友達さえいなくなってしまった」

青年「なのに今でも自分は美しい美しい、と言い続けてるそうだよ」

青年「……もう誰にも相手にされてないけどね」

男「なんて……ことだ……」

青年「もちろん、今のはほんの一部だ」

青年「あなたのせいで不幸になった人間はまだまだ大勢いる」

青年「あなたが無責任に無差別に押し付けた幸せが、彼らを狂わせてしまったんだよ」

男「わ、私はそんなつもりで通り善を始めたわけじゃないのに……」

男「ただ……みんなに幸せになって欲しかっただけなのに……」

男「こんなことになってしまうなんて……」

男「あああ……!」

男「頼む、教えてくれ!」

男「私は……私はいったいどうすれば……!?」

青年「死ぬしかないですね」ニコッ

男「え」

青年「実はボク、もう友達もいないんで、ヤケクソで通り魔をやるつもりだったんです」

青年「ここであなたに出会ったのも偶然じゃありませんよ」

青年「犠牲者第一号は、ボクをこんなにしたあなたにするつもりだったんですから」

青年「ボクを不幸にした、あなたにね……」ギラッ…

男(ナイフ!?)

男「ま、待ってくれ! やめてくれ!」

男「うわぁぁぁっ!」

ドスッ……!

──
───

──────

男「ハッ!」

青年「……どうしました?」

男「あれ……ここは? ──ここはどこだ!?」

青年「え、と……定食屋ですけど」

男「…………!?」

男(今までのは全部、夢!? 夢だったのか……!?)

男(やけに生々しかったが……そうか、夢、だったのか……)

店員「カツ丼お待ち!」ドンッ

男「あ、ありがとう……!」

男(通り善、か)

男(そうだ……あの夢の中の青年のいうとおりだ)

男(むやみやたらに施しをしたところで、その人が必ずしも幸せになるとは限らない)

男(バカなマネはやめておこう……)

青年「ごちそうさまでした」

青年「それじゃ、お先に」

男「うむ」

男「ところで、さっきは悪かったね。ここはどこだ、なんて変な質問をして」

男「ほんの一瞬、ぼんやりしてしまってね。疲れてるのかな、ハハハ……」

青年「気にしないで下さい、特技ですから」

男「?」

男(おっと、いつまでも気落ちしているわけにはいかんな)

男「ハッハー! 気を取り直して、カツ丼を食べるとしよう!」

青年「…………」

<店の外>

青年「ふうっ……これでよかったんだよな」

青年(ボクの特技……)

青年(ボクは他人の心を読み、そして操る力を持っている……)

青年(そして、なにかよからぬことや、妙なことを考えている人に)

青年(一瞬の“白昼夢”を見せてそれを制止する、なんてことをよくやっている)

青年(だけど……)

青年(あの人がやろうとしていた“通り善”……)

青年(あの人がやろうとしていたことは、もしかしたら正しかったのかもしれない)

青年(ボクが見せた幻のようなことは起こらなかったかもしれない)

青年(ボクがあの人に幻を見せて“通り善”をやめさせたことで)

青年(ボクはこれから救われたであろう大勢の人を不幸にしてしまったのかもしれない)

青年(そう考えると──)

青年(ボクがやったことも、あの人に見せた“通り善”に過ぎないのかもしれないな……)





                                     おわり

以上で完結です
ありがとうございました

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