モバP『もし俺が空を見上げて「バカな…早すぎる…」ってつぶやいたら』 (103)

突き抜けるような青空、だが、確かに黒い色を宿した雲がこの街を覆わんとするかのように迫っている。

風は徐々にその強さを増し、木々が揺れ始める。
空を見上げ、怒りと驚きに満ちた声を漏らすP。

突然、よく知る鼻歌が聞こえ、その肩に優しく、そして熱い手がぽんと置かれた。

未央「やーれやれ…『アイツら』は待つって事を知らないねぇ…」

そう言ってニヤリと笑う未央。
不敵な笑みとは対照に置かれた手のわずかな震えを感じ、Pはその手を握り締め、決意した。

もう暗雲はすぐそこまで近づいてきている。
時間は無い、Pと未央は、来たるべき戦いへ向け、駆けだした。

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降りしきる火炎の中、人々は逃げ惑う。
悲鳴と爆音の充満するその地獄絵図の中、少女はまた首を振った。

するとその光景は一瞬で消え、辺りには無機質なプロジェクタが残るだけ。
頭にかぶった武骨な装置を外し、少女はその髪を翻す。

少女は自分を観測していたであろうカメラに顔を向けた。

泉「スタンバイ完了、いつでもいけるよ」

来たるべき厄災に対し、幾億ものパターンを組み込んだシュミレーション。
その最後のパターンが最悪を想定したものであったことに自嘲の笑みを浮かべ、お気に入りの歌を聴きながら泉はシェルターの外に出る。

絶対にその世界を現実にさせぬために。

花の咲き誇る静かな丘で、一人、花を摘む少女。
その少女の元に一人の男が現れた。一度、引き留め、その覚悟を知った少女は、その姿に笑顔で答えることしかできない。

あまりにも無謀で、希望の無い戦いに男は向かうのだ。
少女にそれを止めることは出来ない。

だから、せめて男が強く戦えるよう、全力で歌い、踊る。
彼女の踊りを楽しみ、歌に聞きほれていた男が、外套をなびかせ立ち上がった。

少女に顔を向け、さようならを告げる男に、少女、智絵里はクローバーの冠を渡す。
それを笑顔で受取り、戦いへ去っていく男を智絵里は泣きそうになりながら見送ることしかできなかった。

暗雲が都市の上空を覆う。
何の力も持たない人間にとって、それはたんなる雨雲に見えることだろう。

だが、この都市にも幾人か、それを感じる『力』を持つアイドルがいた。
そして、その一人は、器用に巻きつけた鞭で重心を安定させながら、電柱の上に立ち、暗雲を忌々しげに見つめる。

時子「……来たわね」

はぁ、と一回ため息を吐き、時子は地上へと何の躊躇いもなく飛び降りる。
その表情は、苛立ちと恍惚を孕み、傍からは笑みのように見えただろう。

衆生を従える女帝が、今、恐怖すら従えようとしているのだと。

何かが到来した。
それはおそらく悪意あるものであり、この世界に害為すもの。

だが、それを知ったところでどうせよというのか。
生半可な力ではただ、蹂躙され、滅されるのみ。
ならば、安全地帯に隠れ、震えたとしても、その恐怖を知った者の為す反応として糾弾こそはされ、否定は出来まい。

ここでも同様にその光景が見られた。力無きアイドルは怯え、ただ、その時を待つ。

だが、彼女は違った。歴戦のアイドルである彼女は。

泰葉「ええ、これは私の仕事です。みなさんはひっこんでいてください」

泰葉は残る皆の肩を叩き、励ますように、そして、諭すようにアレへと向かう。

彼女が普段使うことの無い、強い言葉。
残る者たちはただ、その言葉が、この戦いが未だない激戦であると決定づけたように思えてならなかった…。

言葉を残すは勇にあらず。
怯えて逃げるは善にあらず。
知って見過ごすは義にあらず。

…戦わずして屈するは偶像にあらず。

何も告げず、誰にも臆さず、断じて引かず、笑顔を残し、ただ戦うがアイドル。

ただ一掴みの小麦粉、一本の瓶、僅かな路銀とリュックを背負い、少女は戦地へと向かう。

アイドル、大原みちる。

その目は、野獣の如く、その牙は、折れることはなく、その心は、誰よりも気高かった。

逃げる人々の中で、唯一人、立つ少女。
その巨躯は、揺るがぬ巌の如く、惨劇が繰り広げられているであろう箇所をただ臨む。

その大樹を思わせる姿とは真逆に、彼女の持つか弱き心は己が為した罪にただ痛む。
無知は罪を犯す理由にはならない。

悲しみなど、苦しみなど、己が傷つけ続けていた仲間に、…かつての友に比べれば些細な物。

きらり「仕方がないにぃ、一発ケリをつけにいくよーっ!」

そう叫び、人の流れとは真逆に舞台へと躍り出る。
大地を割るグラディエーターは、贖罪のため、己の心を凍らせた。

ここは遙か遠く、異郷の地。
かつては砂と風に包まれたこの地で、一人の少女がゆっくりと目を開く。

美しい褐色の肌に流れるような金髪。
その碧眼は、遠い何処かを見つめ、まだあどけない顔に冷や汗が滲む。

ライラ「あの方々…ついに動き出したでございますか…!」

少女は踵を返し、父の元へと向かう。
忌避していた相手だが、このときばかりは信頼できる味方だ。

それに…仲間を救うために、意地など張る暇は無いだろう。

雷鳴とどろく小高い丘。
眼下に広がる街は、未だ誰も危機を知らない。

まゆ「……」

今、危機を伝えればこの都市にひしめく幾万の命の内、多くは助かるだろう。

だが、まゆは僅かに微笑むとその場を後にする。
まゆが望むはただ一人の安全。

その為に、この都市には時間を稼いでもらわねばならないのだから。

歪な愛が、恋と名も知らぬ数多の命を、天秤にすらかけさせない。

たった一人の命を救うため、少女は荒野に駆けだした。
先ほどまで眺めていた人々など、覚えていないかのように。

歪んだ空間、その穴から漏れだすは瘴気。
泥土を思わせる混沌、その先には冥府へ続く門が。

ここで怯えるは自然の理。人が死の恐怖に打ち勝つことは難しいのだから。

だが、それでも時には立ち上がらなければならない。
少女は怯え、震える足を無理やりに動かして進む。

少女が背負うは一族の誉れ。そして何よりも、自らの一門全員の命。
そこが死地だと知ったとて、家族の為に、歩みを止めることは許されない。

巴「お前ら、準備はととのうたか? じゃあ行くぞ!」

大音量の先導に発破をかけられ、鼓舞される男たち。
闇の世界へと向かうその小さな背中は、既に皆を支える頭を思わせた。

先走る少女たちを追いながら、ただ一人、嘆息する。

あい「まったく彼女達は…」

絶望に挑もうとするその意気やよし。
だが、無謀な勇気はときとして、ただの臆病より甚大な被害を引き起こす。

前方から悲鳴。
それは惨劇の現場を見た故か、それとも…。

最悪の事態を想定し、間に合えと己を鼓舞し、あいは闇夜を駆ける。
月光に映し出されたその姿は、場違いなほど美しかった。

荒廃したビルの屋上、そのフェンスに身を預け、小柄な少女が先ほど飛び出した仲間を目で追う。
しかし、追うことはなく、新たなロリポップを包み紙から引き出すのみ。

ころころと舌の上でロリポップを転がしながら、まだ何も起こっていない街を退屈そうに眺める。

仲間の目に映る狂気を思い出した。あの目は…、いつかの…。
小柄な少女は一つ盛大にため息を吐き、目をこすりながら屋上へと飛び降りた。

杏「まったく…どいつもこいつも喧嘩っ早いんだから」

そう言い、ボロボロのぬいぐるみを引きずりながら階下へと向かう。
そのぬいぐるみには、かつての友の名が。

彼女が動くは義理だけだろうか。その答えは、風すら知らない。

薄闇に包まれた路地裏を少女が歩いている。
その身は至る所に傷を受け、おそらく骨はおろか、内臓もすでにいくつか使い物にはなっていない。

だが、そのような姿になってなお、少女は歩く。
一歩一歩、引きずるように歩を進め、愛する友の元へ。

伝えなければならない、この街に迫る悪を、危機を、災厄を。
その為には、この命など惜しくない。炎のように燃やし尽くしてしまおう。
だがしかし、その目はかすみ、地面へと崩れ落ちる。

地面に倒れこむ寸前、誰かが彼女の体を支える。
見上げると、見慣れたヘッドフォンの少女。
半分泣いてしまっている彼女に体を預け、最後の力を振り絞って伝える。
もう情報を話すには力が足りない、だから、自分の思いをただ告げる。

夏樹「お前はアタシの希望だ」

だから、頼んだよ、だりー…。

不釣り合いなほど大きなタブレットを抱え、少女は人のいなくなった街を駆ける。
タブレットからはナビの音声が絶え間なく続き、周囲の現象を解析しているようだ。

と、少女が足を止める。

猥雑な落書きがほどこされたレンガ塀。
何回もタブレットに目をやり、正確な位置を確認する。

そして少女は大きく息を吸うと、その壁に一定の周波数で歌い続ける。

ぐにゃり、と位相が歪み、塀に穴が。
少女はその隙を見逃さず飛び込む。しかし、その先にもまた無人の世界。

やれやれと肩をすくめ、押し付けられた解析眼鏡を装着し、世界の欠落を知った少女は呟いた。

ありす「やれやれ…やはりデータ通りにはいきませんか」

欲望渦巻く賭場。
きらびやかな光と、目に痛い装飾の中、一人の男が狂ったかのように暴れだす。

その目はあまりにも正常で、しかしその行動、言動は支離滅裂。
男の視線の先には一人のディーラー。
男は狙いを定めると、獣を思わせる速度でそのディーラーに突進する。

その後の惨状を予想し、誰もが目を覆う。

だが、悲鳴はおろか、全ての音が一瞬消失し、響くは騒がしくも掠れたBGMのみ。

静かに目を開く客たちが見たのは、ナイフを男の喉元向け突き出し、笑みを浮かべるディーラーの姿。

レナ「パーティーの始まりよ」

一瞬で男の顎を蹴り上げ、胸元から出した新たなナイフで、器用に傷つけることなく男を床に縫い留める。
あぶくを出す男の姿に、レナは一瞬、嫌な予感を感じた。

数日後、それは現実のものとなる。
…それが世界の存亡にかかわるとは、思ってもいなかったのだが。

騒がしい午後の繁華街、少女は友人と共に久々の休日を楽しんでいた。
少女の気質と午後の陽気が合わさり、緩やかな時が流れる。

その時、少女は空に一対の影を認める。その影は、少女にとって終末以外の何物でもなく。
顔面を蒼白に変える少女に気づいたのか、友人らが声をかける。

その場を取り繕い、少し気分が悪いから、と場を抜けた少女は人目に付かないところまで来たことを確認し、嘔吐する。

藍子「この世界線でも同じなの…」

望まずして得た時間遡行の『力』。
何千何万何億の繰り返しの果て、終焉を避け続けてきた少女の目は絶望に濁る。

だが、少女はふらふらと、しかし確かに歩みを続ける。
初めの希望が潰えた今、新たな希望、未だその使命を知らぬ勇者の元へと。

光に包まれた森の中、小鳥の囀りに身を任せ、眠っていた少女の双眸が突然開いた。
同様に体を休めていた動物たちもまた、何かを察したかのように唸りだす。

少女は空の一点を見つめ、そこに蔓延る悪意を聴く。
それは少女の一族が封じ込め、二度と蘇ることはなかったはずのモノ。

音葉「よりによってこのタイミングとは…」

もはや躊躇っている場合ではない。
たとえこの身が石となろうと、アレを呼び覚ますわけにはいかないのだから。

獣道すらない、禁足の森、音葉は意を決し、その中へと歩を進める。
彼女の姿が森に呑まれてなお、生あるもの全ての哀しげな声が森中に響き渡っていた。

少女は片隅で怯えていた。
そしてただ、仲間が決意し、戦地へ向かうのを眺めていた。

何故ボク達が行かねばならないのか、誰も説明してくれることはなく。
何故ボク達だけがそれを知ってしまったのか、誰も知り得る者はなく。

戦地でその命を散らす恐怖と仲間を信じきれぬ後悔。
そして、己の中で燻る折れきれぬ誇り。

その狭間で少女は煩悶する。
だが、その隠れ家にも魔の手は迫り、姿の見えない敵の襲撃、何者かも分からぬ影。

少女は、全てを捨て逃げ出した。

幸子「イヤです…! まだ死にたくない! 死にたくない!」

少女はあまりにも臆病だった。
だが、少女は決して臆病にはなり切れず、そして、誰よりも誇り高かった。

逃げ出した少女の名は伝えられていない。
しかし、後の資料によると、アイドル等が危機に陥ったとき、颯爽と現れ、敵を引きつけ姿を消す、外ハネの少女が存在した、ということである。

闇夜に灯りが一つ点る。
その炎は揺らぎ、照らされた人間の姿すら曖昧に変える。

そこに集う姿は異様と呼ぶ他ない。
全身を黒のローブで包み、白い仮面をかぶる姿は、どこかの時代から彷徨いこんだかのような錯覚を受ける。

その中心、灯を持った人間がローブと仮面を取り、その肌を外気に曝す。
そして息を吸い、高らかに宣言した。

心「早すぎるということはない、はぁと達は十年待ったのだ☆」

集った人間はその宣言におお、とどよめきが走らせ、黒色の波と見紛うほどに一糸乱れず平伏する。
その集団を眺め、心に怖気のするような笑みが宿った。

灯が消え、夜の帳がその場を包む。誰も、その先は知らない。

森を駆ける一つの足音。
それに呼応するかのように息は上がり、普段使用しない筋肉に疲労が蓄積されていく。
だが、足音は止まらない。好みの衣装は木々に破られ、その姿は既にボロボロだ。

止まれない理由がある。引き籠っていられない理由がある。
今、行かなければ誰も守れない、誰も救えない、誰も…!

自分が向かったところで戦力にはならないだろう。
だから、一番逃げ足が速い自分が危機を告げなければならないのだ。

足音はさらに速度を増す。
腕に付けた時計を確認し、悪態を吐く。

乃々「くそぅ…間に合うでしょうか…!」

違う、間に合わせるのだ。そして、逃げ切るのだ、この、未来を壊す悪夢から。

人一倍臆病な少女は、精一杯の勇気で、全力の逃走を続けていた。

未明、闇夜に紛れ、とある屋敷に何者かが侵入した。
影のごときその動きは、誰にも察知されることなく、館内をまるで自らの庭のように動き回る。

賊は目当ての部屋を発見すると息を殺し、様子を伺う。
漏れてくるのは僅かな寝息。

扉を慎重に開け放ち、寝台に音も立てず近寄ると、舌なめずりをしながら手に持つ刃物をその寝台めがけ深々と突き刺した。
確かな感触。賊の顔に笑みが一瞬浮かぶ。

しかし、その瞬間、賊の体は炎に包まれた。
何が起こっているかも分からないまま、賊は体内から焼かれ、絶命する。

それを見届けたかのようなタイミングで、寝台の影から少女が現れた。

桃華「…あとは、あなた方のお仕事ですわ」

静かにそう呟くと、興味を失ったかのように桃華はその部屋を出る。
残った賊の姿は、まるで崩れるかのようにして消えていた。

今日はここまで。

元ネタはご存知の通り「もし俺が空を見上げて「バカな…早すぎる…」って呟いたら」の一連のネタです。

目標は五十人くらいですので明後日くらいには終わるかな。

あと、失禁ネタ、やったほうがいい…?

騒めく群衆。永き時を経て生きる彼らとて、今起ころうとしている現象については、説明の法を持ってはいなかった。

いや、正確にはまだ何も起こってはいない。
だがしかし、何かが起こる、太古の昔から築き上げられた本能が記憶している。
その予感は『恐怖』という感情の下。

怯えた群衆はさながら濁流だ。
次々に人々を、街を、世界を泥の平野へと呑みこみ、変えていく。

だが、その濁流を、一人の少女が押し留めた。

仁奈「そろそろ力を開放するときでごぜーます」

その小さな体からは、大の男ですら怯むほどの覇気。
この星の創生から連綿と続けられた命の輝き。
圧倒され、少女の為に群衆が道を開くは、まるでモーセの海割の如く。

一歩一歩、確かに大地を踏みしめ彼女はその根源へと勝負を挑む。
生と死、相反する概念が衝突する。

静寂。この空間を表現するにそれ以外の言葉は意味をなさないだろう。
その静寂の中、人間が存在すると言ったところで、常人ならば、その気を察することすらできまい。

ひたりひたりと雫が落ちるかの如く時は流れる。
今や少女は、その身を空間に充満する静寂と同化させ、月下になびく霞の如く存在すらも曖昧。

永久に続くかと思われた静寂の牢獄は、少女が目を開くと同時に破られる。

珠美「もう私には…縁のない話だと思っていたのですが…」

珠美は立ち上がり、己の身の丈ほどの長さを持つ日本刀を背負う。

月下、珠美は安住の地と定めた庵を出奔した。
それは、この世に残した最後の楔。言い換えるならば、未練であろうか。

どうと駆けるその姿は、切っ先鋭き刃を思わせた。

厳かな神殿の奥。
神代より伝わる伝説の聖剣が、往時の輝きを錆びることなく煌めかせ、岩に突き刺さっている。

少女はその柄を握り引き抜こうと渾身の力を込める。
しかし、剣はびくともせず、少女を拒むかのようにその輝きも徐々に薄れていく。

だが、少女は諦めない。端正な顔を歪め、玉の汗を流して引き抜こうと力を込める。

何が少女をそこまで駆り立てるのだろうか。
力か、名声か、富か。
いや、違う。少女が望むは、少女が望むは。

少女は、洞窟を崩さんとするかのような大声で叫ぶ。

雅「みやびぃはあの時誓ったの…もうだれも失わせないって!」

それは守れなかった悔恨。そして二度と失わないという決意。

その声を、叫びを、願いを聞き届けたかのように聖剣は輝きを取り戻し、少女に呼応するかのように暖かな光を増す。

少女は聖剣に試された、これから訪れる、幾度の絶望をも乗り越えてみせよと。
その決意を、その意志を、我に見せてみよと。

うら寂れた路地裏。
大通りの喧騒を一歩離れ、潜り込むと一瞬で街はその表情を一変させる。

そこを駆ける幾人もの影。
追われるは一人の少女。息も絶え絶えにただ追いつかれぬよう、追いつかれぬよう、それのみを考え闇雲に走る。

だが、その速度の差は歴然。
小鹿と虎ほどもあるその圧倒的な差に、少女が敵うはずもなく。

その艶やかな黒髪が、追っ手の手に捕らわれんとされた。

その瞬間。

何処からともなく飛んだ裏拳が男の鼻梁をへし折り、側壁へと吹き飛ばす。
裏拳の主は小柄な女。その体躯は小柄ながら、纏う気は武人のモノ。

即座に相手の力量を判断し、展開する男たちに対し、女は手を振り、追い払うような仕草。
それは、今なら見逃してやるという撤退の勧め。

だが、それは血に飢えた男たちには挑発以外の何物でもない。
けたたましい雄叫びをあげ、幾人もの攻撃が女を襲う。
黒髪の少女は頭を抱え、目を閉じる。

その刹那、少女は女の表情が、ニヤリと変わるのを確かに見た。

早苗「何よ、やる気満々じゃないの」

何の変哲もない平日の午後。
何処にでもあるような公園で、三人の少女が他愛も無いお喋りに興じている。

学校の事、親の事、趣味の事、仕事の事。
箸が転んでも可笑しい年頃とはよく言ったもので、コロコロと表情を変え、くだらない事で笑いあう三人。

日は暮れ、しかしまだ話のネタは尽きない。
その時、突然一人の少女の携帯が震える。
退屈そうにそれを確認した少女は、ディスプレイに並ぶ文字列に表情を変えた。

凛「ごめん、急用が出来ちゃったみたいで!」

そう言い駆け出す少女。
その変貌に、残る片方の少女が声をかける。

加蓮「戻って……くるんだよね?」

背後からの問いかけに凛は立ち止まる。
そして、沈黙。それは僅かに二秒ほど。

凛「あたりまえでしょ、バカ」

満面の笑みで振り返ると、踵を返し、駆けていく凛。
だが、残る二人は気づいていた。彼女は、何か、大きな戦いへ向かったのだと。

赤い斜陽が、駆ける凛と残る二人を染め上げる。
ブランコの軋む音だけが、その間に響いていた。

好奇心は猫をも殺す、そんな諺がある。
だがしかし、人間としてこの世に生まれた以上、新たな物を、珍奇な物を追い求める心は多かれ少なかれ誰もが持ち合わせるだろう。

少女もその好奇心という名の魔物に魅入られ、今、ここにいる。
顔を煤で汚し、髪に蜘蛛の巣を張り付かせた少女が潜っているのは、偶然見つけた地下室。

誰からも聴いたことが無く、誰も知らないだろうその空間は、彼女の気持ちを高揚させるには十分で。

…そして、好奇心は彼女を望まぬ戦いへと導く。

少女が見つけたのは不思議な紋様。
意味があるか分からない、いや、文字であるかも判断できない記号の羅列。

少女はそれに手を触れてしまった。
途端に、光が溢れだし、氾濫し、奔流する大河の如く少女を呑みこむ。

その光は脳を焼き切るほどの情報の粒子。
人類の潜在意識、アカッシクレコードの末端。
そして少女は聞いてしまった。人類を滅ぼさんとするその意図を。そしてそれを防ぐ方法を。

聴かないふりをして逃げ出せばよかったのかもしれない。
少なくとも、世界の崩落まで彼女は安寧に過ごせたのだから。
だが、哀しいかな、少女はどこまでも優しく、強い子だった。

知ってしまったからには、見過ごすことなどは出来ない。
偶然と好奇心で救世主となった少女、村松さくらの戦いが困惑と共に始まったのだった。

日常は時に唐突に、そして残酷に破壊される。
ならば、それにはただ流さるしかないのだろうか。

…そんなことないと思うよ?

その少女ならそう言うだろう。
それも、快活に、暢気と思えるほどに。

事実、少女は陽光の中、近づく脅威を察知しつつも、常と変わらない笑顔を少しだけ歪めてこうボヤくのだから。

柚「今日予約してた歯医者いけないじゃん」

そう、いかにもつまらなげに、だが、その目は光に満ちて。

とある国の深山霊谷に存在する白亜の図書館。
そこにはこの世の叡智の全てが、人類の軌跡の全てが収蔵されていると言われている。

人の気配すら僅かなこの知の桃源郷に、かさり、かさりと頁を捲る音だけが響く。
その音はときに途絶えたかと思うと、ガリガリという羽ペンの音を間に挟み、再開する。

と、その音が始まって以来千日の間止むことの無かった音がピタリと止まった。

だが、誰もそれを気にする者はいない。ここは、『そういう場所』だから。

そして、数刻後、久々の静寂を打ち消すような驚嘆の声が静かに、だがはっきりと漏れてくる。

文香「こ、これは…! 早く…彼女たちに教えないと…!」

しかし、その背後に迫る影。
文香は声を上げる間もなく殴打され、意識を失う。
影はその場から、世界を揺るがす古文書と、その解読結果を持ち、象牙の塔を後にした…。

雨の降りしきる中、一人、傘を差さず佇む少女。
その体はししどに濡れ、顔は憂いに満ちるも、雨に紛れ、涙は見えない。

背後に聳える山脈は、後押しも、引き戻すこともしてはくれない。
ただ、そこから響く微かな息遣いは、彼女の心に一筋の安心を齎す。

雷鳴。

その音に驚いたのか、鳥が一斉に飛び立った。
その軌跡は、空を裂くようにただ真っ直ぐに、彼女に進めと促すかのようで。
少女はその光景に力強く頷き、山の唸りが激しさを増す。

沙織「とうとう来たんですね…行ぎましょう、皆さん」

沙織の覚悟に応えるように背後の山脈が轟!と唸る。
凱歌のように響く獣の声を背に、沙織は一歩を踏み出した。

響く轟音。砕け散った岩盤の雨を浴びながら、少女は己が手に装着した武器を撫で、メガネを押し上げながら呟いた。

清美「この程度なら専門外の私でもいけそうです」

来たるべき闘い、それに備え、人間の強化実験を行っているこの秘密研究所。
その最終試験に見事冴島清美は適性の印を受けた。

あくまでも人道的に行われるこの組織の強化計画。
しかし、反発は大きく、志願者は清美を含め数名のみ。

だが、清美は過酷な実験に耐え、人類の希望たる兵器へと躍進を遂げる。

彼女の思いはただ一つ。この世の規律を正常な物へと。
悪意無き世界を、規律正しく、皆がそれぞれの力を持つ世界を。

それは夢物語にも等しい愚行。
それでも、清美は信念を曲げない。
己が礎になろうとも、己が他山の石となろうとも、望む世界のためならば、この身命を懸けてみせる。

あまりにも不器用、あまりにも堅物。
しかし、彼女の持つソレは、多くの人間が失ったソレは、希望と呼ばれる、強い力なのだろう。

光が清らかなものであるなどとはいったい誰が決めたのだろうか。
古来より人は、光を盾に、光を栄光に、悪逆を隠す砦として利用した。
輝かしい欺瞞の正義を、黄金の光に包まれたメッキまみれの栄冠を。

光あるところに闇があるのではない。
光にその場を奪われた真実こそが闇なのだ。

ならば、今、闇がその容量を超え、光を浸食したところで何の疑問も浮かぶまい。
一般に『悪』と呼ばれた彼らはしかし、着実に闇を広めていく。

アイドル、服部瞳子もまた、己の心に巣食う闇に、光を浸食された。
だが、それは否定することではない。嫉妬、怨嗟、欺瞞、横暴、その本質を覆い隠す光こそが悪なのだから。

そうして瞳子は闇に堕ちていく…、心地よい闇に。
己の欲望のまま、人を傷つけることも厭わない『正義』へと…。

男はその時を静かに待っていた。
頭上から響く爆音は、今もまさに、誰かの命を喰らっているのだろう。

世界の終焉、それを引き起こす切っ掛けとなった自分を嘲りながら、男は時計を見る。
本当の終焉まで、残り…。

そのとき、ラボトリーの扉が圧縮空気を吐き出す音と共にメガネの少女、一ノ瀬志希が現れる。
志希は気分でつけていると言っていた眼鏡を外し、猫のような仕草で男に謎のカプセルを渡した。

志希「何とか間に合ったけどさ、これ使ったら人間に戻れる保証はないよ?」

男は志希へと笑いかける。志希も男に笑いかける。
それはここまで付いてきてくれた感謝と、これから置き去りにされる寂しさを含んでいた。

男が地上へ向かう階段を上り、ハッチを開ける音が響く。
その音を聞きながら、志希は一人、にゃははと笑いながら一滴涙をこぼす。

願わくば、これがこの戦いにおける最後の涙になってほしいと、彼女は初めて、心から願うのだった。

今日はここまで。
ちょっと予定が狂ったので終了目標は水曜あたり。

失禁ネタはおまけにつけようかと計画中です。さて、誰がお漏らししてしまうのか

月が人を狼に変えるように、硝煙は少女を獣へと変貌させる。
少女は己の中に眠る獅子を、暴虐の怪物を、戦火の中で解き放つ。

鎖に縛られ、飢えた獣は、もはや、生物という括りでは判別できない暴力その物。

常識という足枷を捨て、日常という手枷を砕き、平和などというしみったれた首輪は引きちぎる。

嗚呼、その姿はまさに怪物。
狂ったような絶叫は、獲物を脅かす咆哮の如く。

輝子「フヒ…私の分は残しておけよ!」

その血塗られた原動力は感情などという薄っぺらいモノではない。
それはただ、獲物を喰い千切るという本能のみ。

戦場は、少女を怪物へと昇華させた。

酉付け忘れ

風が吹きすさぶ中、一台の車が災禍の中心へと向かう。

運転席で紫煙を燻らせ、ただ先を虚ろな目で眺める男。
ハンドルにかけられたその手に、助手席の女が手を乗せる。

志乃「ねぇ、帰ったら…帰ったらね、またあの店で一杯やりましょう」

その声が震えていたのは男の聞き違いか、それとも風の悪戯か。男の推論はただ風の音と共に消失する。

…死地に向かう男は、最も単純な解をすでに忘れていた。

恐怖しているのだろうという答えを。
それでも尚、彼を信じ、伴に進もうとしている愛を。

志乃は、澱み凝った男の目を鏡越しに見つめる。
その溜息は熱を帯び、車はまた少しずつ、世界の終わりへと進んでいく。

寝息が静かな部屋に響く。
僅かに部屋に光の筋が漏れ、一人の少女が、寝息の主を起こさぬよう静かに侵入する。
少女は主に近づき、慣れていないのか、不器用な笑顔で静かに声をかけた。

ほたる「今までありがとうございました」

その目にはかつての涙は無く、ただ少しの寂しさと、決別の決意が残るのみ。

少女、白菊ほたるは彼に出会い、過去を捨てた。
安楽、信頼、今までの環境ではありえなかった幸福な生活。

だが、過去の鎖は蛇のように彼女を離しはしなかった。

ほたるはまた過去を捨て去る。…そう、戦うために。
一度体験してしまった蜜月を、もう二度と手に入れられない幸福を。

最後に振り向いた彼女の目に、涙はきっと無かったはずだ。…きっと。

夜明け近く、遙か彼方で起こる最終戦争の前触れを眺める少女が一人。
その表情は自信に満ちた嘲笑を孕み、さながらラグナロックを迎える道化の神とでも形容しようか。

彼女に勝ち負けなどは関係ない。
彼女の基準はただ一つ、その行為がいかに観衆を楽しませるか、いかに役者が楽しむか。

その飽くなき諧謔への執念はまさしく狂気。

殲滅と暴虐が引き起こす惨劇も、勇気と希望が引き連れる英雄譚も、彼女の前においては等しく喜劇に過ぎない。
その先にあるのは、破滅と生成。
その輪廻もまた、一つの喜劇の余興に過ぎない。

日が地平の先から顔を出す。それを眺め、少女、上田鈴帆は呵々と高笑いを上げ両手を広げた。
その体は陽光を纏い、悪趣味なほど神々しく。
その表情は喜悦に満ちていた。

世界中に存在するアイドル。
その携帯電話が一斉に着信を告げるメロディを鳴らす。

表示されるのは、たった一行のテクスト。

『あなた達、よく聞いて。世界の未来はあなた達にかかっている』

多くの者は単なる迷惑メールだと、そのまま削除のボタンを押す。
だが、その意味を知るものは、立ち上がり、未来を得る戦いへと歩み始める。

世界中に蔓延る網の最深部。純化された電子の深海はいわば全叡智の集積場。

件のメールの送り主は、その水底で、眠りに就こうとしていた。
流れる情報を手繰り、一つの糸を紡いで世界の命運を託したその腕は、もはや消滅を待つのみ。

彼女は偶然の産物、本来起きうるはずの無い奇跡のような『希望』のバグ。
そのビッグバンより稀有な存在は、己の奇跡を知りつつも、時代へ希望を譲り渡した。

靡く銀髪はその半分以上が消え、徐々にデリートの速度は増す。

奇跡の齟齬、希望のバグ、高峯のあは、安らかな笑顔で眠るように、電子の深海へと消えていくのだった。

天地開闢、まさにそう呼ぶより他ない現象が世界を襲う。
切っ掛けはたった一人の夢想、いや、恋物語。

この世を、もっと優しき、愛ある世界に変えようと信じた一人の少女の夢物語。

だが、それを夢と呼ぶには、少女はあまりにも純粋で、貪欲だった。

少女が初めに手にしたモノは形成遡行の秘儀。
少女が次に手にしたモノは形成固定の秘術。

そうして、瑞々しくしとやかな体のまま、少女は実に2000もの時を生きた。

思うはただ一つ。二千年前の彼に会おう。
その純真は、時を断ち、その強欲は空間をも捻じ曲げる。

彼女は両手を上げて、割れる天から降りゆく彼を抱きしめんと叫ぶ。

菜々「2000年…永かった…会いたかったんです!!」

たった一人の恋心が、一つの世界を壊さんと、一人の人を愛さんと、今、唸りを上げる。

―少女は夢想する。

もし、白馬の王子が今、まさに私をこの戦場から救い出してくれるならば。

もし、積み重ねた年月を皺に刻み込んだ魔法使いが、この窮地を打開してくれるならば。

もし、突然地割れが起き、敵が全て呑まれてくれたならば。

もし、―

少女の夢想はそこで突きつけられた銃口によって強制的に遮断される。
想定外、予想外、たった一時間前の平和から、夢想はすでにその意義を失っていた。

もし、などはないのだろう。
白馬の王子も、全身タイツのヒーローも、救いの神も、そんなご都合主義などありはしない。

ならば。

日菜子「やれやれ、私は普通の暮らしがしたいだけなんですが…」

日菜子が今までの腑抜けた表情を、怜悧な刃物のごとき表情へと変化させる。
その剣幕に一瞬ひるんだすきを逃さず、敵の手を掴んで固定し、肘を反対方向に蹴り上げた。

鈍い音と共に敵はへし曲がった腕から銃を離し、苦悶の声を上げる。
蠕動するその姿を横目に日菜子は銃声響く外へと駆け出す。

白馬の王子が現れぬなら、姫は自力で幸せを掴むしかないのだから。

ポーンポーンと小気味よい音が一体に響く。
その音の正体は跳ね返るボール。

器用に片足でくるくるとボールを操りながら少女はフーセンガムを膨らませる。

それは、日常の風景だろう。
ただ、少女の眼前に、ソレが蟠っていないならば。

ソレはぐにゃりぐにゃりと形を流動させ、徐々にその大きさを増していく。
ソレは穴のようであり、あるいは夜空のようであり、目をやることにさえ嫌悪を催させる。

少女はソレが何かを直感的に判断していた。
ソレは闇そのもの、神羅万象の対となる、不変と矛盾、そして無意義の具現。

何がソレを生み出したのか、少女は知る由もない。

だが、少女はその闇にプッとガムを吐き出し、ボールを片手に気怠げに近寄る。
闇は動じることなくそれを分解し、知覚できない何かへと変質させた。

その光景を見てなお、少女はその闇へ向かう。

晴「ったく手間かけさせやがって」

その中に捕らわれた友を探すために。

光麗らかなとある日、赤レンガ造りの教会で一人、諸々の雑事をこなすシスターが一人。

その所作は落ち着きがあり、涼しげな眼はたおやかな美しさすら感じさせる。
穏やかなその気性から、皆に好かれる彼女は、いつも通りの今日を過ごしていた。

だが、電流が空気の壁を貫いたかのように彼女の脳裏に走った。
それは、開戦の導。二度と発されるはずのなかった詔。

シスターは悲しげに目を伏せ、準備を整えると教会を閉める。

日常の断絶。何より平和を愛した彼女に取り、それは苦痛そのもの。
しかし、それでも、この導は決して無視できるものではない。

シスター、クラリスは閉じられていた瞼をゆっくり開く。
そこに記されるは神代の呪。

呪われし末裔たる彼女は、その魔眼を持ち、あの場へと向かう。
生命ある限り続く、その祝われた地へ。

湿った路地裏、そこに一人の男が傅いていた。
その対象は親子ほども離れているかと思わせるほどの少女。
何も知らぬ人間が見たならば、違和感を抱かずにはいられまい。

だが、男はただ真摯に頭を垂れる。その姿は神に額づく殉教者のようで。

男の頭を小さな手が撫ぜる。と、男を起点に光の輪が生まれる。
その輪が存在を増すと共に男の口から泡が吹き出し、筋肉は弛緩する。

一概に死を思わせる姿、が、次の瞬間男の背から異質な何かが隆起する。
それは触手のようであり、また、翼のようでもあった。

その正体は、闇を貫く業火。揺らめく炎は毒々しく輝き、生気を取り戻した男の目もまた、怪しく揺らぐ。
それを確認すると少女は手を離し、天を指差した。

芳乃「……いいでしょうー、契約は成立しましたのでー。……存分に暴れるがよいでしてー」

男は、いや、異形は恭しく礼をするとビルの側面を滑るように昇り、姿を消す。

そして少女もまた、いずこかへと姿を消していたのであった…。

問おう、逃走とは悪だろうか。

多くの場合、逃走は敗者、もしくはそれに準ずる者が行う行為だろう。
確かに、勝負、勝ち負けの観点に立てば逃走とはそれそのものが、その瞬間の敗北を示すまごうことなき悪徳だ。

しかし、古代中国、中世ヨーロッパ、幕末日本、そういった例を示すまでもなく逃走は一つの戦術として用いられた。
一つは戦力の温存、一つは逆転の布石、一つは敵の誘導、一つは…。
ならば、逃走とは是と言えるのではなかろうか。

いや、そもそも行為に善悪を、是非を求めることがそもそもの間違いであろう。
それを決めるのは当事者たちではないのだから。

周子「まだその時じゃないよね」

そんなことを考えつつ、塩見周子は逃避行を続ける。
今は討って出る場面ではない。逃げ、生き延びることこそが現在の勝利条件だ。

命の価値などは知ったことではないが、今、まさに彼女の命は値千金。
彼女を奪取することが、この世界を大きく変えるだろうことは明らかだ。

爆音が響く。周子はやれやれとため息を吐きながら、命がけの逃避行を再開する。
望まぬ世界の命運を肩にかけ。あくまでも飄々と。

天高く、雲がゆく。
突き抜けるような青空に目をやり、眩しげに目を細める少女が一人。

それはこの街の毎日の中で、あっという間に埋もれる光景。
日常に重なり風化する断景。

の、はずだった。

少女は目撃する。天を往く龍を。

翡翠のような鱗の一枚一枚が太陽を反射し、淡い碧光を放つ。
驚き、口をぽかんと開く少女に気づいたわけではないだろうが、龍は上空でその身を停めた。

そして地上に顔を向けると、品定めをするようにぐるりと火のように輝く双眸で観察する。
その眼が一段と輝きを増し、今度こそ本当に少女だけを見据える。

身じろぎできぬ少女をしげしげと眺めた後、龍はまた空を往き、雲の隙間へと姿を消した。
呆気にとられていた少女はふ、と我に返り慌てるも、既にその姿はなく。

ただ、ぐうと彼女の腹の虫が鳴くのみで。

フレデリカ「そういやまだお昼ゴハン食べてなかったんだよねー」

あの龍もきっとお腹が空きすぎた幻覚だ。

全てを空腹のせいにし、少女はひょこひょこと駆けていく。
その背に、翡翠の鱗が一枚張り付いているとも知らず。

彼女の世界は今まさに、不可逆の転換を行いつつあった。

今日はここまで、明日には終われそうです。

崩れ落ちるビル、爆発する建物、至る所に榴弾で抉られた穴が開き、空は戦火で紅く染まる。
黒煙が吹きすさぶその街は、たった数日前までは世界一美しいとされたとある国の首都。
歴史と栄光を持つその街の面影はいまやどこを探しても見つからない。

弾丸と悲鳴の雨、それはまるで安っぽい近未来小説の一文のようで、だが確かに実体を持って存在していた。

東洋人の女が一人その街を行く。
大きな帽子にキャリーバッグ、といったその姿は、紛れ込んだ旅行客のようで、炸裂音響くこの街の中では異彩を放っていた。

もっとも、女はその見た目通り、巻き込まれた旅人に過ぎない。

しかし、女は渋面を作り、己の運命に呆れ返っていた。

芽衣子「結局…戦場(ここ)に戻ってきちゃったな…」

芽衣子は苦笑しつつ、キャリーバッグを放り投げる。
空中で展開したキャリーバッグは荷物を撒き散らし、彼女の手に戻る頃は機関銃へと姿を変えていた。

とうに捨てたはずの弾薬の香り、蔓延するその香りにクラクラと酔いながら、並木芽衣子は軽快に街を行く。
さながらその姿はバックパッカー。ただし、その背に詰まっているのは歴戦の経験なのだが。

煙霧漂う街、行きかう人々は屍人の様に表情を固め、この街が死者の都と呼ばれることも納得できる。

霧は、その帳で全てを覆い隠すもの、その膜によって全てを拡散するもの、そして、細かな粒子で浸食するものだ。
ならば、霧の中に住む人間は、この死者の都に住む人間は、見えざるモノを見る力に長けているとは考えられないだろうか。

それを示すように、この街では『そういったもの』の目撃例が絶えない。
もっとも、それはすでに日常の一部となり、特記すべきことでもないのだが。

だが、今回ばかりは違う。
蔓延るは妄念を、執念を、悔恨を、憤怒を超え、到達した絶望。

この街でそういったものを使役し、交流する少女は一人の男を目撃する。
高位の『力』を持つ人間でなければ認識することすらできない「ソレ」を知覚する男を。

小梅「まさかあの人『アレ』が見えるの…?」

少女は男を追う。
煙霧蔓延る死者の都、世界を覆う、絶望という名の亡霊と、救済の物語が幕を開ける。

モニタが煌々と輝く深夜の研究所。
せわしなくキイを叩き、次々に演算結果を打ち込む少女が一人。

そのメガネに攪拌された無数のデータが、少女の脳に一つの結論を齎した。
少女はそれを理解したと共に、心臓を凍った手で掴まれたかのような衝撃を受ける。
冷や汗が滝のように流れ、動悸は治まらず、臓腑が逆流するかのような違和感。

少女の脳細胞は、いや、生物としての細胞全体がアラートを鳴らす。
眼前に漂う記号の羅列は、恐らく人類が今まで経験した中で最も強大で恐るべき災厄になると。

少女は震える手で携帯を取り出し、迅速にホットラインへとコールを行う。

晶葉「私だ、今すぐに例のものを準備しろ。なに、政府の承認!? バカか!そんなの待ってられるか!!」

時として、危機というものは伝わらないものだ。
だがしかし二年後、全人類はその身をもって思い知ることになる。

その時、彼女が下した選択は正しかったのだと。

…遅すぎたと知るのは、常にそれが起こった後だと。

少女は恐怖する。

身近に迫る影に、追いすがる絶望に、這い寄る悪夢に。

少女は羨望する。

命を省みない友を、戦場へと向かう勇士を、絶望に屈せぬ意志を。

少女は渇望する。

当たり前の毎日を、あのころの日々を、光ある未来を。

少女は、
少女は、
少女は、

亜子「アタシには…アタシには関係ないやんっ」

そう、少女は、その全てを呑みこみ逃避する。
彼女が求めるのは平穏。彼女の思考は、異常を排斥する。

それは至極当然の行為。
そもそも突然の運命に翻弄され、立ち向かえる人間こそが異常なのだから。

…だが、彼女は運命に選ばれた。
逃げることを許されないその網に、もがき、苦しみ、立ち向かうもまた人の輝き。

彼女が立ち上がる、それはきっと、次の物語。

闇に向かう女が一人。
その顔には軽蔑と失望。この世界に対する絶対的な諦観。

女が観測した世界は実にツマラナイ。

欲望により気味悪く蠢き、それを進歩などと嘯く。
とうに停滞した希望を、さもそれが現在の物であると喧伝する。
力無き者は飢え、力ある者が僅かな利を貪り争う。

それが、この世界。この、くだらなくおぞましく矮小で猥雑な破壊すべき忌避すべき放棄すべき根絶すべき世界。
そう彼女は結論付けていた。

眼下に広がる淫靡に輝く夜景。唾棄すべきそれを眺め、生温かな風を浴び、彼女は世界を見捨てた。

楓「馬鹿ばっか…」

こんな世界は一度リセットしなければならない。
破壊し、混合し、全てを平らに均さなければならない。

そして、それを行うべきは私なのだろう。

彼女は思考する。そして、一陣の風と共に、彼女の姿は闇もろとも消えるのだった。

少女の朝は早い。

目覚め、ニュースを聞きながらトーストを頬張る。
前日の長電話の影響か、生あくびが絶えず母親から注意を受ける。

今日はアイドルとしての仕事はお休み。
何をするでもなく携帯をいじり、時には勉強しながら午前を潰し、午後は友人とショッピングへ。

そうと気づかれぬよう軽く変装し、少女は久々の休日を謳歌する。
評判のパーラーで他愛も無いお喋りを終えたころには日は暮れ、メヌエットがどこかから聞こえる。

友人に別れを告げ、家族との夕食を楽しみ、少しだけ父親と口論に。
ぷんぷん膨れながらお風呂につかりパジャマに着替えるともう寝る時間。

今日は長電話をしないよう電源を切り、明日の準備を万端にして眠りに就く。

少女、島村卯月はありふれた日常を享受する。

暗雲がたちこめる公園、世界崩壊のシュミレーションが行われ、花咲く丘で誰かが別れ、女帝が跳び、歴戦の勇が新たな戦いを開始する。
誰かが身一つで戦場に向かい、贖罪を求める拳闘士が猛り、異郷で異人が呟き、歪んだ愛が街を亡ぼす。
冥府へと向かう一団も、月夜を裂く麗人も、物ぐさでへそまがりな妖精も、燃え尽きた娘もまた同様に。
異界を進むタブレットと、欲望渦巻く賭場と、世界線の旅人と、森の奥底の騒めきと、怯え、折れぬ誇りと、その時を待つ黒ミサと共に。
森林の逃走が、燃え尽きる悪党が、奔流する生命が、月下の剣士が、輝き光る聖剣が、血の香漂う路地裏がそこには。
朱に燃えるブランコや、困惑の開戦や、異常を受け止める平常や、象牙の塔や、豪雨の咆哮や、不器用な改造人間や、穢れなき闇もまた。
怪物を生む硝煙に、愛を語らぬ紫煙、捉え食らいつく過去に、一行のテクスト、時空を裂く恋心に、夢想と現実を行く姫。
友の為に闇へ進む一歩、開かれた双眸、生み出された悪鬼。
命がけの逃避行、人を見出す龍、戦場の旅人、死者の都。
破滅への演算、異常からの逃避、放棄された世界…。

そんな世界の事は露知らず、卯月は眠りへと。
もし、この世界が、いずれかの世界の迎えた結末ならば。
それぞれの世界で選択し、苦悩し、決意した少女たちは、報われたのだろうか。

―救われたのだろうか。

それは、きっと、神などには、私などには語れまい。

―少女たちは

そう、少女たちは…!

蘭子「我が構想しエッダに嬌声を浴びせよ! 下僕!」

モバP「…えーっと、お前が書いたこれの感想を言えばいいのか?」

蘭子「然り!」

モバP「…はっきり言っていいな?」

蘭子「疾く致せ! 我は遅延を望まぬ!」

モバP「誰も物語がはじまってねえじゃねーか!」

蘭子「!?」

おわり

とりあえず一旦終了です。
途中から中二力の大幅な減退を感じたのは秘密。

あと二、三、ネタとしておまけをあげて本格的に終了します、閲覧、応援、動画、ありがとうございました。

少女は震えていた。
もう一歩も踏み出せない、踏み出した途端に現在彼女を包む緊張は飽和し、破裂してしまうだろう。
高慢な態度も成りを伏せ、今はただその身を静かに揺らすのみ。

だがしかし、不動、という選択はその身を蝕む毒にしかならない。
進むも地獄、耐えるも地獄。

ならば、進むしかあるまい。状況を変化させるのは、常に進歩の中にしかないのだから。

ゆっくりと、気取られないような一歩を踏み出す。
その足は震え、だが着実に進んでいく。

一歩、一歩、今にも張り裂け、崩れ行きそうな恐怖に怯え、それでも少女は開放を求め荒野を行く。

そして、楽園の扉が目の前に。
ああ、これで救われる。永き戦いも終わったのだ。

少女はゆっくりと扉に手をかける。

…だが、無情にもそのドアは開かず、少女の目に映るは絶望と「USED」の文字。

もう、少女は耐えることができない。
誇りはここに折れ、ただ、欲望のまま、悦楽を貪る。
その絶望を、世界の崩壊と同一視したのも、幼き少女とあっては仕方のない事だろう。

梨沙「はっきり言ってあげようか? これで地球は終わりなのよ」

漏れだしたそれが彼女の足を伝い、黄金の水溜りを作る。
その顔は恥辱と絶望に歪み、涙に濡れていた。

闇夜、星空を引きずり落とし這いつくばらせた街の中で少女は駆ける。
特徴的なその髪を揺らし、ただ己の目的の為に。

今を逃せば、安寧の時は来ない。
これは、最後にして最終のチャンス。

故に少女はひたすらに駆ける。そして、ついに、希望への列車をその目に捉えた。

間に合え、間に合え…ッ!!!

祈る声は己が内に響く。
そうして、彼女は辿り着き、電光の啓示を目撃する。
息を切らし、髪をざんばらにふり乱したその姿は、もはや少女とは呼べない何か。

だが、その対価を支払い手に入れた物は安寧への切符では無く。

飛鳥「ククク…終電を逃してしまったか…まあいい」

そう呟き、少女は新たな安寧の地を求める。

…もっとも、未だ娘である少女が行ける場所などはほとんど無く、涙を堪えながら仲間の助けを待つより他は無かったのだが。

少女は今、己を懸けた戦いに挑む。

それは、人類有史以来の宿願。そして、幾人もの果たせぬ夢。

時を見計らい、己を鍛え上げ、その腕はついに栄光をもぎ取らんと動き出す。
狙うは双丘、未踏の楽園。

禁ぜられた行為であるからこそ少女は燃え上がる、それをせねば為らぬと、それをする為に生まれてきたのだと。

少女が跳んだ、両腕が唸りを上げ軋む、とうに恥などは捨て去った。
未踏の双丘、その禁断の果実を掌一杯に掴み取る、その瞬間。

背後からの殺気に少女は停止する。
響くゴム手袋の音。振り返れば喉元を喰い千切られるのではないかという殺気。

だが、少女の心は意外なまでに澄んでいた。それは恐怖ゆえか、それとも決意ゆえか。
少女は毅然と振り返り、殺気の主に向け、一言だけ言い放つ。
その表情は、死を覚悟した武人のごとく、美しささえ感じさせるもので。

愛海「あまり突っ込むのはやめてよね。医術も万能じゃないんだから」

その後、愛海の悲鳴が響いたことは語るまでもないだろう。

これにて本当に終演。
長らくのお付き合い、あらためてありがとうございました。

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