春香「告白されちゃった……」 (116)

「天海さんのことが好きです。アイドルとしてではなく一人の女性として」

放課後。
手紙で校舎裏に呼び出された私が言われたのは、そんな言葉だった。

「えっ……?」

「良かったら、俺と交際してください」

呆気にとられる。
頭の整理が追いつかない。

「天海さんはアイドルだから、こういうのは駄目なのかもしれないけど――」

目の前にいる端整な顔立ちをした男の子は、私を真っ直ぐ見据えて続ける。

「――もしそうじゃなくなる時が来たら、その時には考えてくれたら嬉しいです」

そう言うと、彼はワイシャツの胸ポケットから小さな紙を取り出した。

「これ、俺のメールアドレスと電話番号です。何かあったら気軽に連絡ください」

よくわからないままに私がその紙を受け取ると、彼はこちらに一礼して踵を返した。


私一人、ぽつんと取り残された校舎裏。
涼しげに吹き抜ける風が、髪とリボンをさらさらと揺らした。

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アイマスの二次創作SS

モブですが一応オリキャラ注意です

「……へ?……え?」

渡された紙と彼が去っていった方向を見比べながら、首をかしげる。
とにかく混乱した頭を整理しよう。


私の名前は天海春香。

高校2年生。

職業はアイドル。

趣味は長電話とお菓子作り。

トレードマークは頭のリボン。

一日一回転びます。


今さっき、男の子に――

「す、『好きです』って……そういう、意味だよね?」

「……………………」

「え、ええええええええええっ!?」

――告白、されちゃったみたいです。

「ええええええええええっ!?男の子に告白されたぁ!?」

「しーっ!声が大きいってば!」

私の所属するアイドル事務所・765プロダクションに大きな声が響き渡る。
幸い、今は事務所に私たちと事務員さん以外いないから良かったけど。

「あっ……ご、ごめん春香」

「び、びっくりしたよう真ちゃん……」

同じ事務所の仲間――――菊地真と萩原雪歩が、それぞれ違う意味で驚いていた。

二人は私と同い年のアイドル仲間で、良い友達でもある。

「そっ、それで……相手はどんな人なの?」

真がテーブルに身を乗り出して聞いてくる。

「お、落ち着いて真。お茶が溢れちゃうよ」

「ご、ごめん」

「真ちゃん、深呼吸深呼吸」

「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ」

真はかっこいい見た目とは裏腹に、こういう恋バナが大好物らしい。
かわいいなぁ。

「えっと、私はその人のことよく知らなかったから、友達に聞いたんだけど……」

「うんうん!」

真は興奮冷めやらぬといった感じで頷いていて、雪歩も眩しいくらいに目を輝かせている。
うう、やりづらいよー。

「バスケ部のエースで、成績も優秀で、友達もファンもすっごく多い――――いわゆる“学園のアイドル”みたいな人なんだって」

そう。
私はわりととんでもない人に告白されちゃったらしく。

『告白されたなんてファンにバレたら……あんた、殺されるよ!』

とは友達の弁。

なぜか、命の危機にまで瀕しちゃったのである。

「ほえー……」

雪歩が羨望と憧憬の眼差しで見ている。
多分私じゃなくて彼のことを。

「くぁーっ!羨ましいなぁ、春香!ボクもそんな人から『好きです』って言われたいよ!」

真は真で、テンションが変な方向に上がっている。

「でも私、男の子から告白されるのなんて初めてで……どうしたらいいのか、全然わかんないよ」

「「えっ!?」」

私が言うと、真と雪歩が声を揃えて驚いていた。

「えっ?ど、どうしてそんなに驚くの?」

「だって春香ちゃんはこんなに可愛いのに……」

「ボクが男だったら、絶対に放っとかないよ!」

「ええっ!?」

うんうんと頷く雪歩。
女の子同士でも、急にこんなことを言われたらびっくりする。

「春香の周りの男の目は、節穴だね!」

「うんうん!」

「そ、そんなことないと思うけど……」

照れちゃうけど、ちょっと嬉しかったりもする。

「二人は?男の子から告白されたこと、ある?」

もし告白されたことがあるなら、どう返事をすればいいのか聞きたい。
こういうのは先人に聞くに限るよね。

と、思っていたんだけど。

「春香……ボクに限って、そんなことがあると思う?」

真は苦笑というか失笑というか、こちらが申し訳なくなるような顔でそう言った。

「女の子から手紙をもらうことは学校でもよくあるんだけどさ……男の子から告白されたことなんて生まれてこの方一度もないよ」

はぁ、と溜め息をついてぷぅと膨れる真。
うーん、かわいいのになぁ。

「雪歩は?」

「わ、私もないよ、そんなの。うちは女子高だし、中学でも男の子とはまともに喋ることもできなかったし……」

「でも雪歩はかわいいし、喋らなくても告白されそうじゃない?」

私がそう言うと、雪歩は虚ろな顔で俯いた。

「ありえないよ……こんなひんそーでちんちくりんで可愛くもない私が告白なんて……私なんて……」

あ、まずい。
雪歩の自虐スイッチが入っちゃった。

「だ、大丈夫!雪歩は可愛いよ!」

すかさず真がフォローに入る。
真、ナイスフォロー!

「ボクなんて可愛いって言われたことすら……」

って真ー!?

「ま、真ちゃんはかっこいいよ!私なんて男の人も犬も苦手で……苦手で……私なんて……」

って雪歩ー!?

「私なんてこれといった特徴すら……」

って私ー!?


それから事務所に他のアイドルが入ってくるまでの約1時間、自虐大会が続きました。

後半なぜか事務員の音無小鳥さんまで混ざっていましたが、気にしないことにします。

「……みんな、何してるの?電気もつけずに」

カチッ、と音が鳴って周りが明るくなる。
するとみんな我に返ったように顔を上げ、入口の方を見た。

「ゔえ゙ぇ゙ぇ゙~ん゙、ぢばや゙ぢゃあ゙~ん゙」

全然我に返ってなかった。
ちなみにこれは多分私である。

「は、春香?真に萩原さんも……音無さんまで!?」

事務所に入ってきたのは、私たちと同じ765プロのアイドル・如月千早ちゃんだった。

一体何があったの……と戦慄している千早ちゃん。
そんな彼女に放送できない顔で縋りつく私たち4人。


お母さん。

765プロは今日も平和です。


ちなみに私たちが元に戻るまで、実に30分を要したそうです(千早ちゃん談)。

「……要するに」

今度こそ我に返った私たちから事の経緯を聞くと、千早ちゃんは呆れ顔だった。

「春香が人気のある男子から告白されて、どう対応したらいいか真と萩原さんに相談していたら、なぜか全員ネガティブになったのね」

「そう!つまりそういうことなんだよ!」

真が感嘆の声を上げる。

「なんでこれだけのことを説明するのに30分もかかったの?」

『すみませんでした』

千早ちゃんのもっともな疑問に、私たち4人は声を揃えて謝罪した。
恐るべし、ネガティブパワー……。

「まぁ、それはどうでもいいとして。春香は告白にどう対応すればいいか悩んでるのよね?」

「うん……私、男の子に告白されることなんて初めてで」

話を仕切りなおしてくれた千早ちゃんの問いに私が答えると、

「千早は男の子から告白されたこととかないの?」

真が千早ちゃんにこう聞いた。

確かに千早ちゃんはクールビューティーって感じで、男の子から人気がありそうな感じがする。
どちらかというと隠れファンがいそうな感じかな。

「ないわよ、そんなの。第一、こんな無愛想な女を好きになる男性なんていないと思うのだけれど」

しかし、真の問いに対する彼女の回答は淡白なものだった。
さすが千早ちゃん。

「うーん、誰かそういう経験が豊富そうな人いないかなぁ」

私がそう言うと、

「経験が……」

「豊富……」

真と雪歩は同じ方向に視線を移した。
つられて私と千早ちゃんもそっちを見る。

「……えっ、あたし?」

視線の先にいたのは、自分を指さしながら疑問符を投げかける、美人な事務員さんだった。

「まぁ、この中で最年長者の音無さんが妥当よね」

「音無さんは、今まで何回くらい告白されたことがあるんですか?」

そう雪歩が聞くと、

「え、えーと……」

小鳥さんの顔は笑ってはいるけれど、筆舌には尽くし難い顔色になっていた。
心なしか汗をかいているようにも見える。

「ひ、秘密かなー……あはは……」

「ほえー……」

雪歩が今度は小鳥さんを羨望の眼差しで見ていた。

「オトナの秘密ってやつですね!」

「きっと、振り返りたくない過去があるのよ。詮索するものではないわ」

真と千早ちゃんが言うと、

「ま、まぁね……」

小鳥さんは引きつった笑顔を浮かべていた。

「じ、じゃあ私は仕事に戻るから――」

「あっ、小鳥さん!1つだけ、お願いします!」

私は仕事に戻ろうとする小鳥さんを呼び止めた。
何だか様子がおかしいけど、今は小鳥さんに頼る他ない。

「男の子に告白されたときって、どういう風に返事をしたらいいんですか?」

私がそう言うと。

ピタッ、と小鳥さんの動きが止まった。

「そ、それはね……」

ぎこちない動きで振り向く小鳥さんに、全員から期待の視線が集まった。

雪歩の目がいつにも増して輝いている。

「…………」

こちらを振り返ると、小鳥さんが固まったまま動かなくなった。
顔は笑っているんだけど、こう、顔色がヤバイ。

「こ、小鳥さん?」

「……………………のよ」

「えっ?」

「ないのよ告白されたことなんてぇぇぇぇ!人生[ピーーー]年間一度もぉぉぉぉぉ!」

そう絶叫しながら、小鳥さんはその場にへたりこんだ。

「ゔえ゙ぇ゙ぇ゙~ん゙、ぢばや゙ぢゃあ゙~ん゙」

「おっ、音無さん!?」

そして千早ちゃんに縋りついた。

ちなみにさっきの私もこんな感じだったそうです(千早ちゃん談)。


なお10分後、千早ちゃんになだめられた小鳥さんは無事仕事に戻りました。

「……さて、これで振り出しに戻ったわけだけれど」

「……小鳥さんに、申し訳ないことしちゃったね」

「きっと私がプレッシャーかけちゃったから……うぅ、私なんて穴掘って――」

「雪歩!ここ事務所!」

そういうわけで振り出しです。
次は誰に聞こうかなぁと思いながら雪歩を落ち着かせていると、千早ちゃんが切り出しました。

「そういうえば春香。返事に困っているということは、今は相手に待ってもらっているのよね」

「え?あ、うん。そうだね」

「いつまでに返事をしなければならないの?」

あっ。
そういえばいつ返事をするのか決めてなかった。

なんか、本当にテンパってるんだなぁ私……。

期限は決まってたっけ?

確か彼は――

『天海さんはアイドルだから、こういうのは駄目なのかもしれないけど――』

『――もしそうじゃなくなる時が来たら、その時には考えてくれたら嬉しいです』

――って言ってたよね。

……うわぁ、思い出しただけですごく照れくさい。
顔から蒸気が出そう。

「? 春香?」

「え?」

「大丈夫?顔が赤いけど」

「えっ!?いや、大丈夫だじょ!」

「噛んでるじゃない……」

うわ。うわわ。
畳み掛ける恥ずかしさで顔が破裂しそうなくらい熱い。

「それで?返事はいつまでなの?」

「え、えっと、それが――」

うう、口にするのも恥ずかしいよう。

「あ、アイドルを引退するまで待ってくれる、って……」

「「えええっ!?」」

またも声を揃えて驚いたのは真と雪歩。
っていうか雪歩、いつの間に復活してたんだろう。

「すっごく素敵な人じゃないか!」

「漫画みたーい……」

……生き生きしてるなぁ、二人とも。

「……でも、本当に引退するまで返事を待ってもらうわけにはいかないよね」

と言ったのは雪歩。

「そうね。春香がアイドルを引退するのかどうかもわからないし……」

「仮に10年後とかに引退したとして、結果『ごめんなさい』とは言えないしなぁ」

千早ちゃんと真も同意する。

確かにその通りだ。

なるべく早く、返事をしないと――

「そもそも、返事をするにしてもどうするの?連絡先は知ってるの?」

「あ、うん。それはもらったよ」

千早ちゃんに聞かれて、私はバッグから彼に渡された小さな紙を取り出す。
一応個人情報なので、三人には見せないように。

「メールアドレスと電話番号と、クラスと名前と……わっ、出席番号まで書いてある」

授業プリントとかの癖で書いちゃったのかな。

「天然っぽいところまで兼ね備えているなんて……」

雪歩が戦慄していた。
……うん、元気そうで何よりだよ。

「とりあえず、その連絡先にメールでもしてみたらどうかしら」

「で、でも私、彼のことよく知らないし……」

「知らないからこそだよ。とにかく、相手のことをよく知ることから始めなきゃ」

「じ、じゃあ返事はどうすれば……」

「そういうのは、美希ちゃんあたりに聞いてみればいいんじゃないかな。美希ちゃん、よく男の子に声かけられるって言ってたし」

三人がそれぞれアドバイスをくれる。

……みんな、真剣に考えてくれてるんだ。
当事者の私がしっかりしなくちゃ。

「わかった。ありがとう、真、雪歩、千早ちゃん!」

私は頭を下げる。

「あはは、いいよそういうの。その代わり、今度買い物付き合ってよね!」

「じゃあ、私はお茶菓子の作り方でも教わろうかなぁ」

「うわーん!大好きだよー、真、雪歩ー!」

そう言って、私は二人に抱きついた。

「ちょっ、春香!びっくりするってば!」

「あははっ、くすぐったいよ春香ちゃあん!」

――――一緒に悩める友達がいる。


「いずれにせよ、この話はまた今度ね。みんな、そろそろレッスンの時間よ」

「うわっ、もうこんな時間!」

「わわ、準備しなくちゃ……」

「あっ、春香ちゃん!そんなに急ぐと――」

どんがらがっしゃーん!

「や、やっぱり……」

「いたた……転んじゃった……」


――――真剣に悩んでくれる友達がいる。


「もう、春香ったら……大丈夫?」

「あはは……ごめんね、千早ちゃん」

「気をつけるのよ。あ、それと春香」

「ん、なぁに?」


「私は――――また、カラオケに連れて行って欲しいわ」


ほんとに、もう――


「うんっ!一緒に行こうね!」


――良い友達を持ったなぁ、私。

とりあえず今日はここまで
次は明日の夜あたりに投稿します


小説形式ではありますが、会話が中心の作品になりそうです
どうか最後までお付き合いください

こんばんは
今日の投下を始めます

To:xxxxxx@idolmaster.jp
Sub:天海春香です


こんばんは、天海春香です。

アドレス、これで合ってますよね?
間違ってたらごめんなさい><

昨日はありがとうございました。
気持ちを伝えてもらえて嬉しかったです。

正直、今は心の整理がついてません。
返事は少しだけ待ってもらえますか?

あっ、さすがにアイドルを引退するまでは待たせませんから!(>_<;)

それと、まだお互いの事をよく知らないと思うので…
こうやって、メールでちょっとずつ知れたらなぁって思います。

天海春香でした!

From:xxxxxx@idolmaster.jp
Sub:Re:天海春香です


メールありがとうございます。
アドレスはちゃんと合ってますよ(笑)

返事は、いつまででも待ってます。
それこそ、アイドルを引退する時でも構いません。

まぁ、ファンとしては引退して欲しくはないんですが…(笑)

天海さんも、よく知らない人から突然好きだと言われて困ってるんじゃないかと思います。
今更ですけど、ごめんなさい。

少しずつでも俺のことを知ってくれたら嬉しいです。

では、クラスと名前はメモに書いたので…

俺はバスケットボール部です。
趣味は音楽を聞くこと、演奏すること、歌うことです。

765プロのアイドルのファンです。中でも天海さんが一番好きです。
バスケの試合の前は、いつも天海さんの曲を聞いて力をもらってます。

この前のライブも行きました。ずっと前から応援してます。
これからも頑張ってください。

って、ファンレターみたいになっちゃいましたね(笑)

もちろん、アイドルとしての天海さんも好きです。

でも、普通の女の子としての天海さんもとても素敵だと思います。
いつも笑顔で、明るくて、優しいところに俺は惹かれました。

こうやってメールしてもらえただけでも幸せです。
本当にありがとうございました。

随分長くなってしまいましたね(笑)

それではこの辺で失礼します。
おやすみなさい。

To:xxxxxx@idolmaster.jp
Sub:Re:天海春香です


天海春香です。

こんなに身近なところに、しかもこんなに熱心なファンがいてくれて、本当に嬉しいです!
メールを読んでて、なんだかすっごく照れちゃいました(//∇//)

私の趣味は、お菓子作りと友達との長電話です☆

あと、歌を歌うのは私も大好きです♪

楽器が演奏できるってカッコイイですよね!
私は演奏なんてできないので、憧れちゃいます(*゚▽゚*)

どんな楽器を演奏するんですか?

From:xxxxxx@idolmaster.jp
Sub:Re:天海春香です


返事ありがとうございます。

楽器は色々弾きますよ~
幼少の頃はピアノを習っていたんですが、今は弾く機会があまりないですね。。。
最近はロックにハマっていて、弾くのはもっぱらエレキギターです。

今度の文化祭でも、バンド演奏のステージでギターボーカルをする予定です。
もし良かったら見に来てください。
さすがに天海さんのステージには敵いませんが(笑)

天海さんの趣味は、公式プロフィールで知っています(笑)
お菓子作りって、女の子らしくて素敵な趣味ですよね!
どんなお菓子を作るんですか?

もし機会があったら、天海さんの作ったお菓子が食べてみたいです。
欲張り過ぎかな(笑)


P.S.
今朝の集会、教頭のカツラがズレてましたね(笑)

ではまた!

「……ふふっ」

彼からのメールを見て、思わず笑みがこぼれる。

「嬉しそうだな、春香」

助手席でメールをチェックしている私に、隣で車を運転しているプロデューサーさんが言った。

「あ、あれ?そう見えますか?」

私が慌てて取り繕うと、

「見える見える。春香は素直だからな、顔見れば大体分かるよ」

プロデューサーさんは笑いながらそう言った。


プロデューサーさんは、アイドルである私の担当プロデューサー。

私を人気アイドルに導いてくれた、張本人。


「むぅ。それって、私が“単純”ってことですか?」

「あれ、さすがに春香でも気付くか」

「もうっ、イジワル言わないでくださいよー!」

「はは、すまんすまん。冗談だよ」


そして――――私の、憧れの人。

「あっ、そうだ!私、今日はラスクを焼いてきたんですよ!」

私はバッグの中から、丁寧にラッピングされた箱を取り出した。
車の中に甘い香りが広がる。

「おいおい、そういうのは事務所で出してくれよ」

「だって、事務所で出すとみんなに全部食べられちゃうんですもん……」

この前なんて、人数分の倍近く用意してもプロデューサーさんの分がなくなってしまった。
食いしん坊の貴音さんや美希なんて、別の部屋にいても匂いを嗅ぎつけてくるし。

「それに、いつもお世話になっているプロデューサーさんに一番に食べてもらいたくて」

「それは嬉しいんだが……運転中によそ見して食べたら危ないだろ」

確かに……。
うーん。

「あっ、そうだ。プロデューサーさん、口開けてください」

「あー」

何の疑問もなく口を開けるプロデューサーさん。
もう……鈍感とか照れるとか、もうちょっとあってもいいのに。

「はい、あーん」

ラスクをプロデューサーさんの口元に近づける。
プロデューサーさんはそれを歯で受け取ると、顎を傾けてひょいっと口の中へ放り込んだ。

「ん……うん、美味い。もう一枚くれ」

「いいですよ。はい、あーん」

「……その、あーんって言うのは必要なの?」

「必要です」

「……あー」

呆れた顔をしながら、口を開けるプロデューサーさん。
なんだかかわいいな。写真を撮りたくなっちゃう。

「はい、あーん」

私がもう一度口元にラスクを近づけると、プロデューサーさんはまたも歯で受け取った。

一枚のラスクが、私の指とプロデューサーさんの歯で挟まれる。
歯の動きがラスクを通して私の指に伝わって、ほんの少しだけドキっとする。

ラスクを人差し指で軽く押し込んで、歯と接触するギリギリで指を離した。

「えへへ……なんか、カップルみたいですね」

「アホか」

「あいたっ」

コツン、とプロデューサーさんに小突かれる。

……敵わないなあ。

っていうか今、普通に小突かれたけど。

「こっち見てないのに、よく小突けましたね」

「春香の頭の位置くらい見なくてもわかる」

「……それ、喜んでいいんですか?」

「正確にはリボンの気配がわかる」

「怒っていいですか?」

「ごめん」

真顔で謝るプロデューサーさん。
……反省の色なし。

ちょっとイジワルしちゃおう。

「ふーんだ、プロデューサーさんにはもうお菓子あげませんから」

「えっ、ちょっと待って!それは勘弁してくれ!」

急に必死になるプロデューサーさん。
かわいい。

「うーん、じゃあこっちを見ずに私にラスクを食べさせることができたら許します」

「またお前はそういう……」

呆れ顔のプロデューサーさん。
でも、ちょっと照れが入ってるのを私は見逃しません。

「いいですよ?やらないならもうプロデューサーさんにお菓子作りませんから」

嘘だけど。
やってくれなくても許しちゃうけど。
作らせてくださいというのが本音だけど。

――――きっとそれも、プロデューサーさんには全部お見通しなんだろうけれど。

「……わかった、わかったよ。ほれ、ラスクよこせ」

「えへへ、やったぁ。あ、『はい、あーん』の台詞付きでお願いしますね」

「お前、今日は随分絶好調だな!?」

「はいっ!そりゃもう!」

そう言って、私はプロデューサーさんにラスクを手渡す。
プロデューサーさんは、約束通り前を見ながら、横にいる私の口元にラスクを近づけた。

「……はい、あーん」

「あーん」

ぱくっ、と目の前のラスクを咥える。

「ほら、ちゃんとやったぞ……これからもよろしく頼むよ、春香」

「えへへ……はいっ!」

ラスクを咥えながら、元気に返事をする。

……うん、おいしい。

――――今日も、幸せな一日だ。

ちょっと休憩
1時間後くらいに再開します

レスありがとうございます

再開します

「……で、その話をするためにミキを呼んだの?」

次の日。
お洒落な雰囲気のカフェの窓際で、私の正面に座っている美少女が呆れ顔でそう言った。

「ご、ごめんね美希。私、夢中になっちゃって……」

「ホントなの。今日は一日のんびりごろごろの予定だったのに、いきなり呼び出されてのろけ話聞かされるとかありえないの」

彼女の名前は星井美希。
私と同じ765プロのアイドルで、中学3年生。

でも中学生とは思えないスタイルとカリスマ性で、性別を問わず多くの人から支持されている――――今最も注目されているアイドル。

私とは正反対の――――まさしく、“天才”と呼ぶに相応しい子。

「急に呼び出しちゃってごめんね美希。せっかくオフの祝日なのに」

「んー、じゃあこのあと買い物付き合って。それでチャラにしてあげるの」

そう言いながら、美希はいちごパフェをスプーンですくって口に運んだ。

「いいけど……そんなのでいいの?今日は私の奢りにでもしようと思ってたんだけど」

「いいよ、そんなの。ミキの方がいっぱい稼いでるし」

グサリ。
美希は、物事をとんでもなくはっきりと言う。
それが時々きつくって、落ち込んじゃうこともあるくらい。

「それに、春香はいいお店いっぱい知ってるから。春香と買い物するのが一番楽しいもん」

……それだけに、こうやってストレートに褒められると素直に嬉しくなっちゃうんだけど。

ずるいなぁ、美希って。

「それで?プロデューサーとののろけ話をするためにミキを呼んだんじゃないんでしょ?」

美希はパフェに刺さっている棒状のお菓子を食べながら言った。
それにしてもパフェがよく似合う。

「う、うん……実は――――男の子から……告白、されちゃって……」

「うん」

……あれ?
思ってたよりリアクションが薄い。

「あれ?続きは?」

「え、っと……どう返事をすればいいのかな、って……」

「え?そんなの、OKなら『よろしくお願いします』、ダメなら『ごめんなさい』に決まってるの」

「あ、うん……それは、わかってるんだけど……」

「春香はその人のこと好きなの?好きじゃないの?」

「……わかんないときは、何て言えばいいの?」

「え?」

そう言った美希の顔は、意表を突かれたというか、『何を言ってるの?』みたいな顔をしていた。

まぁ、それもそのはずだ。

私だって同じことを思ってるんだから。

「わかんないってどういう意味?好きか嫌いかがわからないってこと?」

美希が質問を重ねる。
ちょっと待って、と言いたいけれど、私の口は自動で動いているかのように言葉を発する。

「好きって何?」

「え?」

「好きってどういうこと?それがわからないときは何て言えばいいの?」

「は、春香?」

美希は心配そうな顔で私の顔を見ている。

当然だ。
私も何を言ってるのかわからない。

「えっと……春香はプロデューサーのことが好きなんじゃないの?」

「わかんないよ」

「でもさっきプロデューサーの話してるときの春香、すっごい幸せそうだったよ?」

「うん、楽しかった」

「じゃあ、プロデューサーのことが好きなんじゃないの?」

「でも、告白してくれた人とメールしてる時も楽しいよ?」

「……春香、なんかおかしいよ?どうしたの?」

おかしい。
私もそう思う。

でも、口が止まらない。
美希と話してると――――口が、心が、勝手に喋りだすんだ。

「“好き”って、もっと特別な感情じゃないの?」

「ミキもわかんないよそんなの。一緒にいると楽しくて、ドキドキして、離れたくないって――――そういう気持ちでしょ?」

「ドキドキ……」

「うん。ドキドキして息苦しいんだけど、でもそれが幸せなの」

「私、プロデューサーさんといるとそうなるよ」

「じゃあ、春香はプロデューサーのことが好きなんだよ」

「でも、半年前はそんなことなかった」

「え?」

「もしかしたら、もう半年したら――――その男の子と一緒にいるとそうなってるかもしれないんだよ?」

「……………………」

美希は、呆気に取られたような顔をした。
でも数秒するとすぐに呆れた顔になって、

「……うん、なんとなくわかったの。春香の言いたいこと」

そう言って、はぁ、と溜め息をついた。

「要するに、春香は怖いんだよね?」

「え?」

「後悔すること」

美希はそう言って、スプーンを私の方に向けた。

「今はプロデューサーのことが好きだから断りたい。でも、もし気持ちが変わったら――」

スプーンの先を、窓の外へと向ける。

「――プロデューサーのことが好きじゃなくなったり、逆にその男の子のことを好きになっちゃったら――」

今度は、スプーンをペン回しの要領で反転させる。

「――もしくは、両方を好きになっちゃったら」

もう一度、スプーンの先が私の方へ向ける。

「結局、何か失くしちゃうもんね」

「…………」

「かと言って、OKするわけにもいかないんだよね。今はプロデューサーのことが好きだし、その男の子も友達としか見れないかもしれないから」

「…………」

「春香って、思った以上に面倒くさいね」

そう言うと、美希はパフェの最下層にあるババロアを食べ始めた。

「だって……」

今度は私が口を開く。

「おかしいよ。好きな人が1人じゃないなんて……」

そう。

まだ、“好き”と言うには遠いけれど。

私は――――ちょっとずつ、彼に惹かれているんだと思う。

もしも、このまま好きになってしまったら――――好きな人が、2人。

とんだ浮気者だ。

きっと私は、最低な女なんだ。

私に、恋をする資格なんて――


「――――おかしくなんて、ないよ」


そう言ったのは、私の正面に座っている美少女だった。

「ミキにはよくわかんないけど……人をいっぱい好きになることが、悪いことのはずがないの」

「……でも。でも!欲張りだよ、こんなの!」

「『運命の人なんて、実際はどうやったってわからないものね』」

美希は、突然に口調を変える。

でも、知ってる。

この優しい口調。

「『でも、一緒にいるその時に幸せでいられたら――――その人が運命の人だって、思ってもいいと思わない?』」

紡がれる優しい言葉。

「前に――――あずさが、言ってたの」

「……そっか」

三浦あずささん。
“運命の人”を探すためにアイドルの道を志した、私たちの先輩。

私が落ち込んでるとき、いつも元気づけてくれる――――お姉ちゃんみたいな、暖かい人。

「先のことなんてわかんないよ。春香は今、その男の子よりプロデューサーが好き。それだけでしょ?」

「……うん、そうだね」

「春香、さっき言ったよね。『“好き”って、もっと特別な感情じゃないの?』って」

「うん」

「ミキにはよくわかんないけど……きっと、普通はそうなんだと思う」

「……そう、だよね」

「でもね、普通の人にとっての“特別”が、春香にとって“普通”なんだったら……それは、春香が特別にすごいからなの」

「え……?」

意図を理解しかねて、聞き返す。

美希は、グラスの底から残りのパフェをかき集めてスプーンに乗せた。

「春香は、みんなのことが好きになれて、みんなに幸せをあげられる人なの。だから――」

パフェの、最後の一口を飲み込む。

「――だから春香は、ミキの目標なんだよ」

そう言って、美希はニッコリと笑った。

……ほんと。

本当にずるいなあ、美希は。


「……ぐすっ」

「は、春香!?ご、ごめんね、ミキ、また何かひどいこと……」

「ち、違うよ!そうじゃなくて……嬉しくて……」

「えっ?」

「だって、美希にそんなこと言われたら――」

目標だって。
“特別”だって。

“憧れのアイドル”に言われたら。


「――嬉しいに、決まってるよっ!」


言い終えたあとに気付く。

辺りがしーんとしている。

というか、私が大声で叫んだせいで私たち二人はすっかり注目の的になっていた。

「……あれ、私、やっちゃった?」

「……春香、やっちゃいすぎなの」

私たちは、仮にも人気アイドルである。
注目を浴びるとどうなるか。

答えは簡単。

辺りがざわざわし始め、チラホラと私や美希の名前が聞こえてくる。
やがて、その人たちの多くは携帯電話やスマートフォンのカメラを構え始め。


『キャ――――!765プロの春香ちゃんと美希ちゃんだ――――!』

『写メ!ムービー!』

『うん、本物!今いるんだって!早く来て!』


大騒ぎに、なっちゃいました。

「春香!とりあえず早く出よ!」

「えっ!?あ、えーと財布……」

「そんなのミキがやるから!早く荷物まとめて!」

「あ、うん!」

「走るよ!」

「あっ、ちょっと待って美希……わわっ!」

「危ないの!」

美希の手が、転びそうになった私の腕を掴んだ。

「あ……」

「もう、春香はほんっっっとにドジなの!」

「ご、ごめんね!ありがとう美希!」

そんなやりとりをして、私たちは走り出した。
美希が、私の手を引いてくれる。

……恵まれすぎかなぁ、私。

「……ふぅ、もう大丈夫みたいなの」

ある程度走って路地に入ると、どうやら追ってくる人はもういないようだった。
ゆっくりと足を止め、一息つく。

「思いの外、追いかけてくる人は少なかったね」

「うん。あの店のお客さん、女の人がほとんどだったし」

「びっくりしたよ。急にあんな注目が集まってるんだもん」

「ミキ的には、春香が突然泣き出したことの方がびっくりだったと思うな……」

「ご、ごめんね美希!だって、嬉しくって……」

ぷぅ、と膨れてそっぽを向く美希に、私は手を合わせて謝った。

すると、美希の頬が少しずつ緩んで――

「……ぷっ、あはははは!」

「えっ!?な、なに?」

「やっぱり春香はあたふたしてるのが一番似合ってるの!」

「も、もう!美希ってば……」

今度は私が膨れると、美希は微笑を浮かべて言った。

「……ミキもね、嬉しかった。春香にあんなふうに言ってもらえて」

「美希……」


美希は、私に向き直る。


「ミキの目標は、やっぱり春香なの」


そう言って、美希は右の手を顔の横に上げた。


……あらためて言われると、何だかくすっぐったい。
顔がにやけてきちゃいそう。

でも、私も言わなきゃ。


右の手を上げる。


真っ直ぐ美希の目を見て。


「私の憧れも、やっぱり美希だよ」


そう言って――――私たちは、ハイタッチを交わした。

「じゃあ、ミキたちは相性バッチリってカンジ?」

「へっ?」

「あはっ☆ 春香、だーいすきなの!」

美希は、そう言いながら私に抱きついた。

「ちょっ、美希!?」

美希は猫のように私に頬擦りすると、今度はするりと腕に絡みつく。

「さ、買い物にレッツゴーなの!」

「えっ、このまま!?」

「むー。春香は約束を破るようなウソつきさんなの?」

ゼロ距離にいる美少女が、ジト目でぷーっと膨れている。

美希は本当にずるい。
……こんなの、断れるわけがない。

「……しょうがないなぁ」

「やったのー!」


……もう、困ったなぁ。


――――好きな人が、また1人増えちゃったみたい。

今日はここまでで
次の投稿は明日の夜にしたいと思います

会話が多すぎて投下中に何度も違和感を覚えました

おつ
他に書いた作品とかあったら教えて頂きたい

レスありがとうございます

本日の投下を開始します

To:xxxxxx@idolmaster.jp
Sub:お返事


こんばんは、天海春香です。

お返事なんですが、明後日の放課後は都合がいいですか?
もし都合が良ければ、校舎裏の、この前の場所に来てください。

急でごめんなさい。
でも、できればこの日がいいです。

よろしくお願いします。




From:xxxxxx@idolmaster.jp
Sub:Re:お返事


こんばんは。
はい、その日で結構です。

その時間と場所で、よろしくお願いします。

私は迷っていた。

あんなメールを送りはしたけれど。

本当は――――返事なんて、しないほうがいいんじゃないだろうか。

返事なんてせずに、ずっとあんなふうにメールを交わして。
ちょっとずつ仲良くなって、友達になって。

告白なんてなかったことにして――――ずっと、仲良く。

誰も傷つかず。

誰も選ばれず。

誰も捨てられない。

みんなが平等に、幸せに。

そんな未来が――――あればいいのに。


私、どうしたらいいのかな。


ねえ、千早ちゃん。

ねえ、真。

ねえ、雪歩。

ねえ、美希。



ねえ――――プロデューサーさん。

「春香!!」

「はいっ!?」

プロデューサーさんの大きな声に、身体が驚いて跳ね上がる。

「今の話、聞いてたか?」

「えっ?あ、ごめんなさい!考え事をしていて……」

今日は平日。

でも私は、学校を早退して歌番組の収録に来ていた。

今は挨拶も済んで、収録開始時間まで控え室で待機していたところだった。

「じゃあもう一度言うぞ。機材の不具合があったから、収録が30分程度遅れるそうだ」

「わ、わかりました」

……あれ?

何もないのかな。

お説教は覚悟していたんだけど。

そう思っていると、プロデューサーさんは心配そうな顔をして言った。

「どうしたんだ?集中できないくらいの考え事なんて、お前らしくもない」

ぎくり。

「そんな、大したことじゃないですよ」

「面倒なことみたいだな。良かったら話してみてくれないか?」

私の話は完全にスルーして、プロデューサーさんは話を進める。


……どうして。

どうしてこう――――この人は、私のことが何でもわかっちゃうんだろう。


「本当に何でもないんです」

「……話したくないことなら、しょうがないけどさ」

プロデューサーさんは私の頭に手を置く。

「きっと、春香自身は話したいと思ってるんじゃないか?」

そう言って、私の頭を優しく撫でるプロデューサーさん。


……ずるい。
美希といいプロデューサーさんといい、本当にずるい。

「……なんでそんなに聞きたがるんですか?」

「仕事に支障が出ると困るから」

真顔でそう答えるプロデューサーさん。

「嘘ですよね」

「嘘だな」

「バレないと思ったんですか?」

「バレると思ったさ。だから春香にも同じ言葉を返してやるよ」

プロデューサーさんは頭を撫でていた手を離し、その手を縦にして――

「隠し事ができるとでも思ってんのかこのアホリボン」

――私のつむじに、水平チョップをくださいました。

「痛ったぁ!?」

「大体なぁ、聞きたい理由なんて一つに決まってるだろうが」

そう言ってプロデューサーさんは、再び私の頭を撫でた。

「春香の力になりたいんだよ」


……本当にこの人は。


「……プロデューサーさん」

「ん、どうした」

「もしも、もしもですよ?」


もう――――どうなっても、知りませんからね。


「もし今ここで、私がプロデューサーさんに『好きです』って言ったら――――どうしますか?」

「……なるほど、そうきたか」

プロデューサーさんは、私の頭から手を離す。

「……それは、俺も春香のことが好きっていう前提で答えればいいのか?」

時間稼ぎのつもりか、プロデューサーさんは質問を加える。

「はい。それと――」

でもそれは、時間を稼ぐどころかこの問いをさらに難しくする。

「――他のアイドルのみんなも、全員。平等に、女性として、好きだとしたら」

プロデューサーの眉間にしわが寄ると同時に、ニヤリと口角が上がった。
要するに、引きつった笑みを浮かべていた。

「……春香は面倒くさいなあ」

「はい。昨日、美希にも同じことを言われちゃいました」

笑顔で応える。

プロデューサーさんはまた不愉快そうにニヤリとすると、前髪をかき上げながら右の目頭を押さえた。

考え込むポーズ。

当然だ。


この問いの――――私の悩みの答えが、そう簡単に見つかるはずがない。

時計の音だけがうるさく何度も響く。

どれくらい経っただろうか。

長い無言の時間があった。

きっと、プロデューサーさんの頭の中は大騒ぎだろう。

私の頭の中も大騒ぎだ。


なんで――――こんな聞き方しちゃったんだろう。

他に言い方はなかったのか。

そもそもこんな下手な例え話なんてしないで、正直に全部言えば済んだのではないか。

プロデューサーさんに嫌われ――――は、しないと思うけど。

面倒な自分に嫌気が差してきそうだ。

そろそろ面倒を見きれない。

面倒な自分を――――見ていられない。

「……悪い、春香」

そんなことを思っていると、プロデューサーさんが沈黙を破って口を開いた。

「俺なりの答えは出た。だが、とてもお前の参考になるとは思えない」

私と目を合わせず、プロデューサーさんは言う。

「……どういうことですか?」

「……もしそんな状態で、そんな状況になったら――」

視線を落としたまま。

「――俺はきっと、選択から逃げると思う」

プロデューサーさんはそう言った。

「そもそもアイドルとは付き合えないし、誰か一人なんて選べない。答えは――――『保留』、だろうな」

「……そうですか。……そうですよね」

プロデューサーさんの辿り着いた答えは――――結局のところ、私と同じだった。

誰も傷つかず。

誰も選ばれず。

誰も捨てられない。

みんなが平等に――――幸せになれない未来。

「……ありがとうございました。整理がつきました」

私はプロデューサーさんに頭を下げる。

――やっぱり、ダメなんだよ。

美希がああ言ってくれたって。

選ぶのが、怖いんだよ。

後悔するの、嫌なんだよ。


やっぱり私に、恋をする資格なんて――


「ちょっと待て。春香は最初、『今ここで』って言ったよな?」

「……えっ?」

……最初?



『もし今ここで、私がプロデューサーさんに『好きです』って言ったら――――どうしますか?』



「後出しの条件があるなら無理だけどさ。もし“今ここで”、春香に『好きです』って言われたら――」


待ってよ。

ずるいよ。

後出しなんてずるい。

プロデューサーさんは――


「――俺は、それを拒めないよ。今は、他のどのアイドルよりも――――春香のことが好きだから」


――本っっっっっ当に、卑怯だ。

「先のことなんて誰にも分からないし、もしかしたら春香が言ったような状況も、万に一つくらいはありえるかもしれない」


『先のことなんてわかんないよ。春香は今、その男の子よりプロデューサーが好き。それだけでしょ?』


「他の人を好きにならない保証なんてないし、好きな人が2人以上……なんてことも普通にあるのかもしれない」


『運命の人なんて、実際はどうやったってわからないものね』


「でも、『今一番好きなのは誰か』って言われたら――」


『でも、一緒にいるその時に幸せでいられたら――――その人が運命の人だって、思ってもいいと思わない?』


「――俺は、春香以外に考えられない」


真っ直ぐ私の目を見て、プロデューサーさんはそう言った。

「……最低、ですよ」

目頭が熱くなる。

「色んな人を好きになるなんて……浮気ですよ?」

涙が溢れる。

「……しょうがないだろ。お前だって知ってるはずだぞ」

知ってる。
私だって、好きな人くらいいっぱいいる。

「あれだけ素敵な、魅力的な子たちを……好きになるな、って方が無理な話だろ」


千早ちゃん。
真。
雪歩。
美希。
あずささん。
小鳥さん。
貴音さん。
響ちゃん。
伊織。
やよい。
亜美。
真美。
律子さん。
社長。


そして――――プロデューサーさん。


みんな、大好きだから。

みんなが平等に好きなんじゃなくて。

みんなが特別に好きなんだ。

「プロデューサーさん」

「なんだ?」

涙を手で拭って、プロデューサーさんに向き直る。

私より少し高い、プロデューサーさんの目を見ながら。

「私、プロデューサーさんのこと――」


コンコン。


私が言おうとした矢先。

ドアが音を立てた。


『天海さーん!スタンバイお願いしまーす!』


……………………。


漫画かっ!!!!

「…………」

「…………」

私たちの間に、気まずい空気が漂う。

「……えっと、春香――」

「言いませんからね!」

プロデューサーさんの言葉を遮って、私は言った。

「『好きです』なんて!絶対に!言いませんから!」

「……ああ、わかった」

そう言って、プロデューサーさんはニッコリと笑った。

「……私、待ってますから。だから、その時まで」

だから私も、精一杯の笑顔で言う。


「あなたのこと――――好きで、いさせてくださいね?」


閉じた目から、涙の雫がゆっくりと流れる。
でも、その顔はニッコリと笑っていた。

「ごめんなさい。あなたとはお付き合いできません」

放課後。
メールで男の子を校舎裏に呼び出した私が言ったのは、そんな言葉だった。

「……そうですか」

「……はい。ごめんなさい」

彼の悲しそうな微笑が、私の心を締め付ける。

「……何となく、そんな気はしてました」

目の前にいる端整な顔立ちをした男の子は、視線を落としたまま続けた。

「他に、好きな人がいるんですか?」

「はい」

私は淀みなく答えた。

「一緒にいると、楽しくて、ドキドキして、幸せで、離れたくない」

嘘偽りのない言葉を。

「そんな人が――――15人ほど、います」

彼に伝えた。

彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに安堵というか、吹っ切れたような顔になって、

「なるほど。天海さんらしいや」

そう言うと、こちらに一礼して踵を返した。

「あっ、待ってください!」

しかし、私はその背中を呼び止めた。

「? 何でしょうか?」

彼は不思議そうな顔をしながら振り向く。

「あの、すごく失礼なことかもしれないけど……お願いがあるんです」

後悔したくないから。
人を好きになることが、悪いことのはずがないから。

美希が、そんな私を好きだと言ってくれたから。

「その、もし良かったら……と、友達に!なって、くれません……か?」

私の気持ちを、精一杯の気持ちを、彼に伝えた。

「……いいん、ですか?」

彼は、心配そうな顔で言った。

「はい。もっと、あなたと仲良くなりたいんです」

私は言う。

失礼なことかもしれないけど。

残酷なことかもしれないけど。

今の気持ちが、そうなりたいって言ってるんだ。

「……ありがとうございます。身に余る光栄です」

彼は頭を下げてそう言った。

「こんな俺で良かったら、喜んで。よろしくお願いします」

「……っ!はいっ!」

そう言って、私たちは握手を交わした。


先のことなんてわからないけれど。

今はきっと、これでいい。


好きになることは、私に幸せをくれて。

好きでいることは、私が幸せをあげること。


――この出会いも、私に素敵な幸せをくれるといいな。


Fin

本編は以上です
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました

後日談も用意しておりますので、よろしければ最後までお付き合い頂ければと思います

>>70
千早「隣のお兄さん」

という作品を書いたことがあります
今回が2作目です

-Epilogue-


「で、水をこのくらい入れるんだよ」

「なるほどぉ……」

感心しながら頷く雪歩。

「そしたらダマにならないようにかき混ぜて……」

「こ、こんな感じかな?」

「そうそう、上手上手!」

ここは、事務所の給湯室。
私は先週約束した通り、雪歩に和菓子の作り方を教えていた。

うーん、雪歩はエプロンが似合うなぁ。

「それにしても春香ちゃん、作るのだけじゃなくて教えるのも上手なんだね」

「そんなことないよ!雪歩が上手なだけだって!」

「えへへ……そうかな」

雪歩は物覚えがよくて手先も器用なので、教えたことをすぐに実践してくれる。

……私よりセンスあるかも。悔しい。

「久しぶりにやったけど、やっぱりお菓子を作るのって楽しいね」

そう言って、雪歩は満面の笑みを浮かべた。
かわいい。

「じゃあいっそ、毎週こうやって一緒にお菓子作っちゃおっか?」

半分冗談で提案する。

「えっ!?ま、毎週はさすがに無理だよぉ!」

雪歩は両手をブンブンと振って否定する。
かわいい。

「つ、月1くらいならなんとか……!」

「やるんだ!?」

妙なところで根性を見せる雪歩。

まぁ半分は本気だったから、私としても願ったり叶ったりというか。

……うん。月1でこの笑顔が見られるんだから、安いものだよね。

そんなこんなで30分後。
材料を使いきり、お菓子は完成の様相を呈していたけれど。

「……随分いっぱい作っちゃったね」

作られたお菓子は、軽く20人分はあった。

「食べきれるかなぁ……」

雪歩が不安そうな顔をする。

「今事務所にいない人の分は、冷蔵庫に入れとこっか」

「それでも結構な量だよ……うう、ここは私が気合で!」

雪歩が勢いよく袖を捲くり上げたので、私は慌てて制止する。

「だ、大丈夫だってば!余った分は保存料を入れて学校の友達にあげるから」

そう言って、私はタッパーを取り出した。

……彼の分も、用意してあげようかな。

「お待たせしましたー!」

「待ってたのー!」

お盆に皿を乗せて給湯室から出ると、待ち構えていたように美希が飛び出してきた。

「プロデューサーさーん」

「無視!?」

私は美希を華麗にスルー。
だって美希ってば、1人で3人分くらい食べちゃうんだもん。

「雪歩ぉ~!春香がひどいの~!」

「は、春香ちゃんはプロデューサーさんにお世話になってるお礼をってことだから……我慢だよ美希ちゃん」

「むぅ」

膨れる美希を雪歩に任せて、私はデスクに向かう。

「プロデューサーさんっ!いちご大福ですよ、いちご大福!」

「へえ、今日は和菓子か」

「はいっ、これがプロデューサーさんの分ですよ!」

「うん、なんで俺のだけやたらでかいの?」

真顔で聞くプロデューサーさん。

「愛ですよ、愛!」

「……いただきまーす」

私をスルーして、プロデューサーさんは巨大いちご大福を口に運んだ。

「……うん、うまい。さすが春香だな」

「愛ですからね!」

そんなことを言っていると、また頭をコツンとプロデューサーさんに小突かれる。

もう、照れちゃって。

「小鳥さんもどうぞ!」

そう言って皿を差し出すと、小鳥さんは「ダイエット…ダイエットガ…」と念仏のように唱えていたが、

「ええーい、延期ぃ!」

やはり誘惑には勝てなかったらしい。
……そのままでも十分スタイルいいと思うんだけどなぁ、小鳥さん。

小鳥さんは何かに別れを告げながら、もぐもぐといちご大福を食べた。

「うん、おいしい。さすが春香ちゃんね」

「えへへ……」

私も作ったんですよー、と遠くから控えめにアピールする雪歩。

その足元に絡みつく美希。

……向こうがすごいことになってるので、さすがにそろそろ食べさせてあげようかな。

「美希、みんな。お待たせ」

ソファに座って待っているみんなのもとへ、いちご大福を持っていく。

「も→待ちくたびれたぜはるる~ん」

「早くそのブツをよこすのだ!」

「もう、あんまり急ぐとおもちを喉に詰まらせちゃうよ!」

急かす亜美と真美に、それを嗜めるやよい。
うーん、やっぱりお姉ちゃんお姉ちゃんしてるやよいはかわいいなあ。

「それにしても、よく美希がつまみ食いを我慢したわね」

「だって、つまみ食いする子にはあげないって春香が言うんだもん……」

「……なんか、美希がいぬ美みたいに見えるぞ」

伊織と響ちゃんが、美希を見て呆れている。
……うん。わかるよ、言わんとしていることは。

「ははっ、すっかり主従関係ができちゃったね」

そう言って、真は爽やかに笑った。

「萩原さんも作ったのよね?」

「うん。上手くできてるか、わからないけど……」

千早ちゃんが聞くと、雪歩はお盆を抱きしめて答えた。
でも、そんなに不安そうな顔はしていない。

「あっ、お茶!淹れるの忘れてた!」

「えー、いいよそんなのあとで。雪歩も一緒に早く食べよっ!」

雪歩が急須を取りに戻ろうとしたところを、美希が止める。

「食べようよ雪歩。これ以上待たせたら美希が狂犬になっちゃいそうだし」

私がそう言うと、雪歩はおずおずと座った。

「さらっと美希を犬って言い切ったわね……」

「ぺろぺろ、でこちゃんぺろぺろ」

「わっ、美希!やめなさ……って、なんで一目散におでこにいくのよ!?」

美希と伊織のじゃれあいをみんなで笑いながら。

「えー、このままじゃ美希が伊織を食べてしまいそうなので……」

私と雪歩は互いに目配せをして。

「私と雪歩の特製いちご大福、召し上がれ!」

『いただきまーす!!』

うん。
今日も、幸せだ。

「うおー、んめーっ!」

「ゆきぴょんのもチョ→おいしいねっ!」

「おいひいですーっ!」

「生地の食感がたまらないぞ!」

「……!……!」

「美希、せめて何か感想を言おうよ」

「そんなに急ぐと喉に詰まらせるわよ」

「あっ、お茶入れてくるね!」

そう言って、雪歩はお盆を持って給湯室に向かった。

「C'est bon!さすが春香ね」

伊織が日本語ではない何かで感想を言う。
多分褒めてるんだと思う。

「将来はこの伊織ちゃんの専属パティシエとして雇ってあげてもいいわよ」

「えーっ、でも私はプロデューサーさんに永久就職するし」

私がそう言うと、デスクのプロデューサーさんが盛大にお茶を吹いた。

「ごっ、ごめんなさい!お茶、熱かったですか?」

雪歩が慌ててデスクを拭く。

「げほっ、いや、大丈夫。あそこにいるリボン女が悪い」

「リボン女って何ですかっ!」

妖怪みたいな呼び方をされて、ツッコミを入れる私。

「いやーそれにしても最近、春香のアプローチが露骨になってきたよね」

「見ているこっちが恥ずかしくなってくるくらいよね」

「だって隙あらばアピールしておかないと、誰かにとられちゃうかもしれないでしょ?」

真と千早ちゃんの指摘に対して、私はあっけらかんと答えた。
ふふん、実はこれが牽制にもなるんです。

「ちょっとプロデューサー!ミキの春香とっちゃヤなの!」

「おおっ!まさかのミキミキと三角関係!?」

「はるるんは罪な女ですな→」

「えっ?春香さんと美希さんは女の子同士だよ?」

「やよい、見ちゃダメよ」

中学生組が何やら盛り上がっている。
……うん、楽しそうで何よりだよ。

「まぁ、ボクとしてはプロデューサーが春香のアプローチを照れながら頑張ってかわすのを見るのも楽しいから良いんだけどね」

「おいそこのアホ毛女」

真の発言に、ガタッと席を立つプロデューサーさん。

「あはは、プロデューサーってば焦ってるー!」

それを笑い飛ばす響ちゃん。

「べ、別に焦ってねーし!なんくるねーし!」

「……プロデューサー、使い方違うぞ」

響ちゃんに指摘されるも、プロデューサーさんはゴホンと咳払いで誤魔化した。

「っていうか真、今日オフだろ?わざわざいちご大福食べに来たのか」

「え?プロデューサーが困る様子を見に来たに決まってるじゃないですか」

「聞いたか雪歩!あいつは鬼だ!鬼畜真だ!」

「わっ、上手いですねプロデューサー」

呑気に感心する雪歩。

「……?…………プッ」

数秒遅れてツボに入る千早ちゃん。

765プロは今日も平和である。

「なーんて、冗談ですけどね。今日は春香に買い物に付き合ってもらうんです」

真は口についた片栗粉を拭き取りながら言った。

「ねっ、千早」

「ええ。私はカラオケに付き合ってもらおうかと」

「春香!ミキがいるのに何股する気なの!」

激怒する美希。

「もう、美希ったら。私は何股でもする女だよ?」

私は飄々と言う。


だって、何人好きになったって――


――みんなに幸せをあげちゃえば、問題ないでしょ?


――私の大好きな人たち。


「春香!じゃあミキとは遊びだったの!?」

「ここでミキミキ詰め寄ったぁー!」

「おおっ!イバラだよ、イバラ!」

「それを言うなら修羅場でしょ……」

「ふおおおお!修羅場よ修羅場!」

「小鳥さん、お仕事はしなくていいんですか?」

「やよい、見ちゃダメだぞ」


――それは、大切な仲間で。


「雪歩!お茶おかわり!」

「ええっ、また?飲み過ぎると中毒になっちゃうよ?」

「これが飲まずにやってられっかなのー!」

「うわ、完全に酔っ払いだねこりゃ」

「美希、仕事のない日に私が付き合ってあげるから落ち着きなさい」

「ゔえ゙ぇ゙ぇ゙~ん゙、ぢばや゙ざぁ゙~ん゙」


――素敵な友達でもあって。


「……モテるなぁ、春香」

「えへへ……。あっ、安心してください!私はプロデューサーさん一筋ですよ!今は!」

「『今は』ね。開き直りやがって」

「私も、プロデューサーさんに好きでいてもらうために頑張りますから!」

「……もう十分好きなんだけどなぁ」

「ずっとですよ、ずっと!」


――憧れの異性だったりもする。


「ずっと――――私のこと、見ててくださいね!」


――これが、大好きな私の居場所。



THE END

以上です
ここまで読んでくださった方、レスをくださった方、本当にありがとうございました

HTML化依頼は明日にでも出します

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