杏子「マミさんって何でも作れるの?」(16)

杏子「マミさんってなんでも作れるの?」
佐倉さんがふいに尋ねてきた。
時刻は夕方にはまだ早いころ。そろそろお茶にしようと思ってた時だから、私は台所に立っていた。
マミ「そうね、なんでも、というわけじゃないけど、だいたいは作れるわよ」
杏子「そっかー……」
マミ「なにか、食べたいのがあるの?」
たぶん、質問したってことはリクエストがあるのだろう。確かにお茶のときは私の好きにケーキとか出してたから、佐倉さんに要望があるならそれに応えてあげたい。
杏子「え!?い、いや、そういうわけじゃなくて……」
あら、違うのかな。
杏子「えーっと……」
佐倉さんが珍しくまごまごしている。出会った当初はこんなことが結構あったけど、二人で魔女退治をしていくうちにだんだんと彼女は素直になっていった。
なにせ、お茶会したいなんて佐倉さんから言われるとは、以前ならあまり想像できなかった。そのくらい自分の欲しいものをあまり話さない子だったから、本当に打ち解けてくれたみたいで、とてもうれしかったのを覚えている。

マミ「どうしたの?佐倉さん?」

ちょっと私から足を踏み入れてみる。昔のように。

杏子「……」

それをもとに意を決したのか、佐倉さんはキッとした眼差しを伴う顔をあげた。けれど、口から放たれたのはそんなたくましい顔には似合わないこと。

杏子「あたしに、お菓子作りを教えてほしいんだ!」

やっぱり佐倉さんはかわいい。びっくりするくらいの決意だったけど、なんだ、恥ずかしかったのか。ふふっと笑ったら佐倉さんちょっと怒ってた。

マミ「わかったわ。そういうことなら、任せて」

マミ「プリン?」

杏子「うん、プリン。久々に食べたくなって」

佐倉さんにお菓子作りを、ということだけど、まずは佐倉さんの食べたいものを作ることにした。

たいていなら私の範疇だから、それがプリンでも構わない。でも、なんとなく意外なことだった。

さて、牛乳に砂糖、卵、バニラエッセンスと、幸い家に材料はすべてそろっている。それほど難しいお菓子でもないから、失敗することはたぶんないだろう。

マミ「まずはカラメルから作っちゃいましょうか」

小ぶりの鍋にお湯を入れて砂糖と煮詰める。最初はそこまでではなかったが、だんだんと甘いにおいが立ち込めてきた。くつくつと煮立つ姿は、だんだんとカラメルのそれに近づいていく。

杏子「おー、色がついてきてる」

マミ「そのまましばらく煮詰めていって、少し煙が立ち始めたら水を加えるのよ」

カラメルはこげ茶色がはっきりするまで煮詰めるが、色付きとともに苦みも増してくる。その裁量は慣れが必要だけど、佐倉さんに任せることにした。

マミ「そこからは速さが大切よ。水を注意しながら入れてカラメルと均一に混ぜたら、このカップに入れていってちょうだい。時間が経つと固まっちゃうから注意してね」

杏子「うん、やってみる」

佐倉さんがじいっと鍋のようすを見ている。だんだんと色づき始めたカラメルは、甘い匂いに交じって焦げの匂いも含み始めた。

杏子「そろそろいいかな?」

マミ「うん、大丈夫」

水を少しずつ入れて、カラメルと混ぜる。そしてそのまますべてのカップに注ぐ。おぼつかない手さばきだったけど、無事にすべてのカップに注ぎ終えた。

マミ「うん、うまくいったわね」

杏子「結構焦げ臭くなっちゃったけど、大丈夫かな」

マミ「うーん、そうね、でもプリンの方を調整すれば大丈夫よ」

オーブンを予熱している間に、牛乳と卵などでプリン本体を作り始める。途中中身をこぼしそうになったり、砂糖を入れすぎたりしたけどなんとか形にすることができた。あとは焼き上がりを待って、冷ますだけ。初めてのお菓子作りは、大きな滞りなく終わった。

杏子「いただきます」

マミ「いただきます」

作ったプリンは全部で8個。初めてにしては多いけど、佐倉さんの家族の分も含めてとのことだった。見た目はまさしくプリンのそれだから、きっとご家族も喜んでくれるだろう。

斜陽の入るリビングは、やさしい甘いにおいと、紅茶の華やかな香りで満ちていた。

スプーンですくってみる。あのやわらかくてもろい感触がよく再現されていた。垂れたカラメルがとてもおいしそうで、いいお茶会のお供になりそうだ。

マミ「うん、おいしいわよ佐倉さん」

杏子「ありがとう。でも、やっぱちょっと苦いね」

マミ「そうね、火加減が強すぎたのかもしれないわね」

とはいうものの、これはこれでまたおいしいと思った。すこし苦いカラメルと、ちょっと甘さの強いプリン。足したらちょうどよくなる、というわけではないけれど、佐倉さんらしさが出ていると思った。もちろんそんなこと、彼女に直接は言えない。けれど、彼女のひたむきな正義感と、まだおさない女の子の心情は、きっと、こんな味をしているのだろう。

良く晴れた午後の空。オレンジの景色と静かなひと時は、おだやかな日々を思い出させていた。

杏子「ありがとう、今日も楽しかった」

マミ「いいえ、こちらこそ。またいつでもいらっしゃい」

食器の片づけも二人で終えたあと、そろそろということで佐倉さんは家に帰って行った。
プリンの入った袋を渡したときの、佐倉さんの笑顔が忘れられない。

マミ「さて、と」

誰もいない部屋。甘い香りと紅茶の香りがまだ漂っていたけど、さみしさを伴っていることは否定できない。けれど、また会えるだろうし、少し無理してさみしさを追いやった。

夕飯の支度をしていると、鍋に焦げがついているのに気が付いた。お菓子作りのときに使っていた鍋だったから、やはり、カラメルを焦がしすぎていたのだろう。

マミ「佐倉さん、楽しそうだったな」

今日のことをふと思い出す。そして、願わくば、もう一度と思った。そのくらいを望んだって、罰はないでしょう?



転換

マミ「ただいま」

今日も無事に帰ってこれた。一人の部屋に電気をつけ、おもむろにソファに倒れこむ。ゆっくりとまどろんでいると、近くに小さな気配を感じた。

qb「おつかれさま、マミ。ところで、そのままだと寝てしまうんじゃないかな」

マミ「うーん、やっぱりだめよね……」

だれた体を起こす。いくら疲れているからと言って、このままはさすがにいけない。キュウべぇにもくぎを刺されたことだし、ご飯をささっと作って、ちゃんとお風呂も入って寝ることにしよう。

台所に立ち鍋を用意する。スープにしようと思い水を入れると、なべの底に焦げがあるのに気が付いた。

マミ「あ……」

とたん、胸がひどく締め付けられた。繰り返すフラッシュバック。かつての楽しかった日々が過ぎていく。今よりも穏やかな毎日が、確かに存在していたことを思い出させる。

橋の上で彼女が去る情景。私はひどく無力で、彼女を止めることができない。

マミ「だめよ、私がこんなんじゃ」

無理やりそう思わせる。それでもこの冷たさは去っていかない。私と同じ志を持った子がいたことをどうしようもなく思い出させる。私の愚かさとおごりが牙をむいて敵対してくる。

qb「大丈夫かい、マミ」

マミ「キュウべぇ……」

佐倉さんは、去ってしまった。最愛の人に突き放され、自らの願いを呪って、ただ一人去って行ってしまった。私は彼女を止められなかった。ただ無力だった。その行動の裏に私のわがままがあったからなのか。大義名分で私を隠したからなのか。佐倉さんは去ってしまった。いくつもの思いが瞬時にうかんでは突き抜けていく。苦しい。さみしい。

マミ「私が、いけなかったの……」

こぼれた言葉は、ひどくゆらいでいた。

マミ「私がいけなかったの」

マミ「私が、佐倉さんを理解しようとしなかったから」

マミ「私のいいように佐倉さんをそばに置いたから」

マミ「だから、また一人になっちゃった」

マミ「当然のことよね。私がただ利用していただけなんだから」

マミ「ごめんなさい……」

マミ「ごめんなさい、佐倉さん。ごめんなさい……」

私は、大切な人を失ってしまった。それだけが、部屋に満ちていた。

マミ「……ごめんね、キュウべぇ。弱音なんて吐いたりして」

qb「いや、構わないよ。僕のことは気にすべきじゃない」

マミ「……すぐご飯にするから、待ってて」

まだ痛むけれど、もう今はどうしようもないこと。

頑張って再度台所と向き合う。調味料を確認し、材料を用意する。鍋の底の焦げはずっと落ちないままだった。

マミ「ねえ、佐倉さん……」

それはあきらかに自己満足だった。けれども、ただただ純粋な願いだった。


「ねえ、佐倉さん。願わくば、もう一度、二人でお菓子を作りましょう?」


暗転

続きではないですが、その後の杏子のことをこちらに
よろしければお願いします
杏子「これがあたしの望んだこと」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1363757421/)


すみません、そういうものなのですね
申し訳ありません

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月26日 (火) 17:54:57   ID: 3uQenDgP

完結…なの…?

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