勇者「コミュ障すぎて満足に村人と話すことすらできない」 (1000)


勇者「あの、そのぉ……」

村人「ん? もしかして俺に話しかけてんのか?」

勇者「ぁ、そうです。はい」

村人「見かけねえ顔だな。なんか俺に用でもあんの?」

勇者「……あるんです」

村人「はい?」

勇者「あの、だから……あるんですよ」

村人「なにが?」

勇者「えっと……聞きたい、こと、ですかね? あはは……」


村人「聞きたいことって? 具体的に言ってくれよ」

勇者「あっ! そ、その、わ、忘れちゃいました」

村人「は?」

勇者「……な、なに、聞こうとしたか」

村人「兄ちゃん。俺も暇じゃないんだわ、こう見えてもな」

勇者「……そう、ですよねえ」

村人「おう」

勇者「あ、あはは」

村人「笑ってんじゃねえよ」

勇者「……はい」

村人「次からは人に質問するときは、頭ん中でまとめてからにしな」


勇者(行っちゃった……)


勇者「……クソが」

勇者(誰に向かって口聞いてると思ってんだ!)

勇者(なんなんだよ、あの中年小太りオヤジがっ!)

勇者(ムダに鼻油でテカテカのくせにっ!)

勇者(こっちがなけなしの勇気振り絞ってんのによおっ!)

勇者(もうすこし優しくしてくれてもいいだろうがっ!)

勇者(ていうか見知らぬ人間が困ってたら、助けようと思うだろ!)

勇者(それが人情ってもんだろうが!)


女の子「お兄さんジャマ。そこどいて」

勇者「ぁ、はい」


勇者(しかし、なぜ俺はこうも人との交流が下手なんだろうか)

勇者(理由がまったくわからない)

勇者(気づいたら、こうなっていた)

勇者(幼少のころから、勇者としてまじめに修行してきただけなのになあ)


勇者(たとえば、定食屋に行けば――)

店員『おかわり自由だからね! いっぱい食べてね!」

勇者『……』

勇者(おかわりって言えない……)


勇者(かわいいお姉さんとお酒飲める店行っても――)


お姉さん『お兄さんって、普段はなにしてる人なの?』

勇者『ぁ、そ、その……』

お姉さん『やだー緊張してるの? かわいーいー』

勇者『ち、ちがっ……そのぅ……』

お姉さん『で、お兄さんの職業は?』

勇者『ゅ…………ひっ……はあはあ……!』

お姉さん『ちょっとお兄さん!? しっかりして!』


勇者(緊張のあまり、過呼吸でぶっ倒れて教会に送られる始末)


勇者(道具屋で装備品を買おうとしたときも――)


勇者『ちょっと裾が長いな……』

勇者『サイズを調整したほうがいいかも』

勇者『でも……』


店員『お客さん、これなんてどうです?』

客『いいね。おたくの店、なかなかの物を揃えてんね』

店員『でしょう? これなんかもどうです?』

客『おおっ!』

勇者『……』



勇者(結局サイズ直しもせずに出てきてしまうし)


勇者「旅ってつらいなあ」

魔法使い「なにブツブツ言ってんの?」

勇者「うわあぁ!?」

魔法使い「そんなに驚かなくてもいいじゃない」

勇者「きゅ、急に! は、話しかけないでくださいよ……」

魔法使い「はいはい。これからは気をつけるね」


勇者(コイツは魔法使い。国の推薦を受けるほどに優秀な術者)

勇者(魔王をたおす旅の俺のお供のひとり)

勇者(つい最近知り合った。もちろんいまだに打ち解けていない)


魔法使い「そんなことより。きちんと情報収集してるの?」

勇者「……いちおう」

魔法使い「いちおうってなによ?」

勇者「ま、魔法使いさんも知ってますよね?」

勇者「ボクが、極度の人見知りだってこと」

魔法使い「もちろん知ってるよ」

勇者「じゃあ……」

魔法使い「でも勇者が言ったんだよ?」

魔法使い「手分けして情報収集しようって」


勇者(それはお前らとずっと一緒にいて、気が休まらないから言ったんだよ!)


勇者(この旅というのは、たえず他人と行動せにゃならん)

勇者(おかげでたえず神経張ってなきゃ行けなくて疲れる)

勇者(ひとりの時間がないと、とてもやっていけない)

勇者(ていうかなんで俺って、ひとりで旅してないんだろ)

勇者(いや、そりゃあひとりで冒険なんて無理だけどさ)


勇者(……そもそもこれも魔王がすべて悪い)

勇者(そう。魔王が姫様をさらった。それがすべてのはじまりだった)


勇者(巧妙に姫のいる城に侵入した魔王と俺は対峙した)

勇者(実力は魔王のほうが上だった)

勇者(でも、こっちには仲間がたくさんいたから戦いを有利に進められた)

勇者(まあ最後にはスキをつかれ、逃げられたんだけど)

勇者(しかも姫様までさらわれた)


勇者(魔王との戦いでかなりの傷を負った俺)

勇者(だけど、まだこの時点ではマシだった)

勇者(問題は姫様がさらわれたあと)


勇者(よりによって俺が責任を追求された)


姫がさらわれたあとの会議


えらい人A『ぶっちゃけ誰が悪いのよ?』

えらい人B『警備兵の采配は君がしてたんでしょ?』

えらい人C『え? 私が悪いの?』

えらい人D『じゃあほかに誰に非があるんだよ?』

えらい人E『まず姫の避難が遅かったのが問題じゃね?』

えらい人F『ていうか、勇者が魔王を追っ払ってばよかったんじゃね?』


勇者『……え?』


えらい人G『あーうん。そんな気がするわ』


勇者『ふぇ?』


えらい人H『あのさあ。勝てないんなら逃げろよ』

勇者『あ、いや、でも……』

えらい人I『なに? 反論があるならはっきり言いなさいよ』

勇者『あー、そのぉ……』

えらい人J『うん、悪いのは君だよ。責任はきちんととろうね』

勇者『そ、そんな……』



勇者(だいたいこんな感じの流れで、気づいたら全部俺のせいになってた)

勇者(こうして、ほか3人の仲間と旅に出ることになってしまった)

勇者(権力の前に、俺の人生をかけて鍛えた剣術は全く役に立たなかった)


勇者「『はい』か『いいえ』だけで会話が成立すればいいのに」

魔法使い「そんなの無理に決まってるでしょ」

勇者「はい」

魔法使い「とりあえず、みんなと合流する?」

勇者「いいえ」

魔法使い「きちんと会話しなさい」

勇者「……すみません」


勇者(この寸胴ボディ女が! えらそうな口を!)

勇者(王様直々の指名だからって調子にのんなよっ!)


魔法使い「よし。じゃあ戦士と僧侶と合流しよっか」

勇者「……」


勇者(せめてもうすこしだけ、ひとりの時間がほしい)

勇者(だいたい戦士と僧侶はもっと苦手だし)


勇者「すみません、道具屋に行ってきます」

魔法使い「なんでよ!? ていうか待ちなさいよ!」

勇者「待ちませーん」

勇者(ひとりこそが俺にとっては幸せなのだ!)

勇者「フハハハハハハ」


そして十分後



道具屋「いやあ、この道具とかどうですか?」

勇者「ぁ、いや……」

道具屋「遠慮しないでくださいよ。
    なんなら、この店限定のとっておきをお出ししますよ?」

勇者「その……べつに、あの……」


勇者(最悪だ。道具屋につかまった)


道具屋「まあとにかく、一個ぐらいなにか買っていってくださいよ!」

勇者(仕方ない。てきとうに道具を買ってさっさとずらかろう)


勇者(薬草でも買ってくか?)

勇者(しかし金銭的に、そんな余裕はないもんな)

勇者(余ったお金はこっそり貯金しておきたいしなあ)

勇者(俺の将来の夢のためにも)


道具屋「お客さん」

勇者「はい?」

道具屋「今アンタ、うちの商品盗んだろ?」

勇者「え?」

道具屋「はっきり見てたよ、悪いけどね」

勇者「な、ななな……な、なにを……!?」


道具屋「好青年かと思ったら、まさかだったなあ」


勇者(盗んでねえよバーカ! どこに目ぇつけてんだ!?)

勇者(だいたい盗みたいとも思わんわ、こんなホコリ臭い店の商品なんて)


道具屋「あ? なんだその目は?」

勇者「あ、あなたの……か、勘違いかと……」

道具屋「勘違い? 俺の?」

勇者「はい」

道具屋「盗人猛々しいとはこのことか! はっきりと盗んだろうが!」

道具屋「ほら、これを見てみろ!」

勇者「!」


勇者(俺のポケットに、小型ナイフが!?)


勇者「な、なにかの、まちがいです……たぶん」

道具屋「まちがい犯したヤツがなに言ってやがんだ!」

勇者「そ、そんなあ!」

道具屋「とりあえずこっちに来い!」


勇者(そして俺は見知らぬ道具屋に無実の罪で捕まった)

勇者(しかもなぜか地下牢に突っこまれちゃうっていうね)


道具屋「ここで大人しくしてろ!」

勇者「はい」




勇者(冗談じゃねえ! なんで勇者である俺が捕まってんだよ!?)

勇者(あのオッサンをボコボコにして逃げるべきだったか?)

勇者(ていうか。どうして俺のポッケにナイフなんて入ってたんだ?)

勇者(あのクソ道具屋め、ハメやがったか?)

勇者「……」

勇者(いや、でもここって落ち着くなあ)

勇者(人々の喧騒から離れた、静寂に満ちたひんやりとした空間)

勇者(このままここで貝になりたい)


一方、魔王城では



姫「どうして私を誘拐したの?」

魔王「……」

姫「……」

魔王「……」

姫「質問を変えるわ。どうして私を殺さないの?」

魔王「……」

姫「ていうか」


姫「遠くない!? 遠すぎてあなたが全然見えないんだけど!」

姫「なんで私とあなたの距離、こんなにあるの!?」


側近「魔王さまは大変シャイな方で、誰かと目をあわせるのが苦手なのだ」

側近「たとえそれが、貴様のような有象無象でもな」

魔王「うむ」

姫「なによそれ。うちの勇者と同じだなんて」

側近「あんなものと魔王さまを一緒にするな!」


姫(そういえば、勇者と魔王って……)


勇者『!』

魔王『!!』

勇者『!?』

魔王『……!』


姫(お互いに一言も口をきかなかったけど、そういうことだったのね)



側近「そういうことだ! 理解したのならもう質問するな!」

魔王「うむ」

姫(どうでもいいけどあの側近、声ガラガラね)


とりあえずだいたいのストーリーは決まってんでだらだら続けてくわ

今日はここまで
また明日夜に更新する


姫(誘拐されてからもう二週間以上がたつ)

姫(さらわれた当初は、ショックと恐怖でパニックになってたけど)

姫(城で生活していたときと大差ない待遇と)

姫(時間の経過のせいで、この状況にも慣れてしまった)

姫(でもこのままじゃダメ)

姫(なんとかこの状況を打開しないと!)


姫「あなたたちは、なにが目的でこんなことをするの?」

姫「城を襲撃して私を誘拐したと思ったら、一転して今度は要塞に閉じこもる」

姫「狙いはなに?」

側近「口を慎めと言ってるのがわからんのか!?」

側近「魔王様は極度の人見知りなのだぞ!」

魔王「うむ」

姫「魔王が人見知りしてどうするのよ」


側近「人間ごときがそもそも、魔王様と対面することが……」

魔王「おい」

側近「はい?」

魔王「二度とさように失敬なことを申すな」

側近「も、申しわけございません」

魔王「卿は退室しろ。あとは余ひとりで十分だ」

側近「し、しかし」

魔王「余はひとりでいいと申したはずだが。なにか不服なことでも?」

側近「……いいえ。かしこまりました」


姫(自分の部下とは普通に話せるのね)


姫(側近がいなくなって、私と魔王だけになった)


姫「……」

魔王「……」

姫「……」

魔王「……」


姫(かれこれ沈黙が五分以上続いてるのだけど)

姫(遠すぎて魔王の表情はうかがえない)

姫(交流が苦手な人ってこういうとき、なにを考えてるのかしら)





勇者(よく会話はキャッチボールにたとえられるけど)

勇者(個人的にはジェンガのほうがしっくり来る)

勇者(普通の人間は、ジェンガのように会話の土台があるわけだ)

勇者(会話の土台、つまり言葉だな)

勇者(その土台から言葉を引っぱってきて、どんどん重ねてくわけだ)

勇者(それで会話が成立する)

勇者(でも俺のような人間は、他人と対面した瞬間にその土台を失うわけだ)

勇者(もし奇跡的に会話が続いても、とちゅうで土台がなくなって崩壊する)

勇者(失言でタワーを崩すパターンもあるな)

勇者(そう考えるとやっぱりすばらしいな、ひとりって)


勇者(ひとりでいりゃ、傷つくことも気疲れもしない)


魔法使い「すごい気の抜けた顔してるね」


勇者(あと牢屋の壁ってひんやりしててキモチイイ)


魔法使い「おーい」

勇者(あれ? なんで魔法使いがいるんだ?)

魔法使い「急に渋い顔になったわね」

勇者(当たり前だろうが。人がうとうとして気分よくなってるときに)

勇者(ストレスの原因が来て、気分が悪くならないわけがない)


魔法使い「ていうかしゃべりなさいよっ!」

勇者「ぬわぁっ!?」


勇者「な、なななぜ魔法使いが……!?」

魔法使い「追いかけてきたに決まってるでしょ」

魔法使い「なのに。道具屋に入ったら勇者がいないんだもん」

勇者「はあ」

魔法使い「それで道具屋のおじさんを問いつめたわけ」


勇者(まさか、俺が盗みをしたと吹きこまれてないよな)


魔法使い「安心して。勇者がハメられたことはわかってる」

勇者「?」

魔法使い「ですよね、おじさん?」

道具屋「……」


勇者(なんでオッサンは俺に無実の罪を着せようとしたんだ?)


道具屋「こうするしかほかに方法がなかったんだ……!」


勇者(それでわかるわけねえだろ! 事情を説明しろ! 事情を!)

勇者(ていうかまず謝れ! 地面にひたいをこすりつけて! 全力で!)


魔法使い「なにか事情があるんですよね?」

道具屋「……されたんだ」

魔法使い「え?」

道具屋「誘拐されたんだ……俺の娘が」

魔法使い「誘拐?」

道具屋「……ああ」


勇者(オッサンの話をまとめるとこんな感じ)


勇者(数日前のこと)

勇者(オッサンは道具の調達のために隣の街に行ってたらしい)


勇者(その帰りにばったり魔物と遭遇した)


勇者(で、そいつは言った)

勇者(『おまえの娘はあずかった。返してほしければこちらの要求をきけ』と)


勇者(家に戻って確認したところ、娘さんは実際に誘拐されていた)

勇者(そしてオッサンは、魔物に従わざるをえない状況になった)


魔法使い「その魔物の要求が、勇者をとらえることだったんですね」

道具屋「ああ。それでこれが人相書きだ」

勇者「……」


勇者(これ描いたヤツやるな。俺だって一発でわかる)


魔法使い「どう思う?」

勇者「えっとまあ……そういうことですかね。あはは」

魔法使い「もうっ。それじゃわかんないよ」


勇者(うるせえ。聞くまでもないだろうが)

勇者(そいつの狙いは明らかに俺だ)


道具屋「たのむ! 俺の娘をすくってくれっ!」

道具屋「牢屋にぶちこむなんて仕打ちしておいて、都合よすぎるかもしれんが……」

勇者「ぁ、はい……わかりました」

道具屋「ほ、本当か!? 娘を助けてくれるのか!?」

勇者「はい」

道具屋「ありがとう! この礼は必ず!」


少年「なにやってんだよ、父ちゃん……」


道具屋「なんでおまえが村にいるんだ!?」


勇者(ガキんちょ……このオッサンの息子か)


道具屋「今は村には帰ってくるなって、あれほど言っただろうが!」

少年「そんなことどうでもいいだろ」

少年「あいつを赤の他人に助けてもらおうとするなんて……見損なったよ」


魔法使い「お、落ち着いてください! 
     今は言い争いしてる場合じゃないです!」


道具屋「……」

少年「……」

魔法使い「とにかく今は娘さんを助ける。それだけを考えましょ? ね?」

少年「……っ! くそっ!」

道具屋「おい!? どこへ行くんだ!?」


勇者(店を飛び出したガキんちょを追って、オッサンまでいなくなってしまった)


魔法使い「娘さんを助ける話、えらくあっさりと引き受けたね」

勇者「はい」

魔法使い「さすが勇者。見直したよ!」

勇者「はい」

魔法使い「……ねえ。てきとうに聞き流してない、私の話」

勇者「いいえ」


魔法使い「勇者って『はい』と『いいえ』だけは妙に流暢だね」

魔法使い「普通にしゃべると絶対にどもるのに」


勇者(それ実は俺も思ってた)


魔法使い「……私ね、冒険譚を読むのが好きなの。『冒険の書』とかね」

勇者(なんだ急に?)


魔法使い「そういうのでときどきあるんだけど」

魔法使い「ひねくれ者の勇者が、依頼を最初に突っぱねるって展開がよくあるんだよね」


勇者(あー、ちょうど今の俺みたいな状況で起こるヤツね)

魔法使い「まあ結局最後は、文句を言いながらも引き受けるんだけどね」


魔法使い「てっきり勇者もそういうタイプかと思ってた」

勇者「……あはは」


勇者(時間と金をムダにするのはキライだ。それが茶番でなら、なおさら)

勇者(どうせやるならさっさとやる)

勇者(それが俺のモットー)


魔法使い「とりあえず二人が戻ってくるまで待つしかないね」

勇者「はい」

魔法使い「『はい』以外も言ってよね、たまには」

勇者「いいえ」

魔法使い「……はあ」


数時間後


魔法使い「じゃあ最後に。もう一度確認します」

魔法使い「例の魔物の指示通り、勇者に指定された洞窟に行ってもらう」

魔法使い「行くのは勇者ひとりだけ」

魔法使い「……ここまであってますか?」

道具屋「ああ。そして娘はその洞窟にいるはずなんだ」

道具屋「魔物が真実を語っていれば、だが」

魔法使い「大丈夫ですよっ。娘さんは絶対に助け出します!」

魔法使い「それに勇者は口のかわりに腕がたつので。ねっ?」


勇者(とりあえずうなずいておこう)


勇者「えっとじゃあ、そろそろ行きます……」

魔法使い「『ほかの二人』はすでに行動してるはずだから」

勇者「あ、はい。
   その、お互いに……が、がんばりましょう」

魔法使い「うん!」

道具屋「どうか娘をたのむ!」


勇者(正直これからの戦いより、今してる会話のほうがつらい気がする)


勇者(そんなわけで現在向かっているわけである、洞窟に)

勇者(しっかし、ずいぶんずさんな計画だよなあ)

勇者(もっと有利になる展開、いくらでも作れそうなのに)


勇者「ところで。さっきからついてきてんの、バレバレだから」

少年「……」

勇者「家にいろって、父ちゃんに言われてただろ」

少年「だって……」


勇者(『あれ? 勇者さんメチャクチャ饒舌じゃないですか』とか思った人いる?)

勇者(実はガキんちょ相手だと、なぜか普通に話せるんだよなあ)

勇者(まあどんな物事にも例外はつきものってことよ)


少年「お前なんかに妹のことをまかせてたまるか……!」

少年「アイツを助けるのは、お、オレだ! オレが妹を……!」

勇者「悪いこと言わないから帰りなよ。父ちゃんにも言われてたでしょ?」


少年「うるさいうるさいうるさいっ!」

少年「赤の他人のお前なんて信用できるわけないよ!」

少年「まして大人なんて!」


勇者(子ども相手なら普通に話せるけど、それだけなんだよなあ)

勇者(上手いこと話して丸めこむとかできねえ)


少年「大人はいつも平気でウソを言うっ!」

少年「母ちゃんはオレとの約束を守らずに……先に……!」

勇者「……」


少年「父ちゃんだってそうだ!」

少年「いつもはオレにデッカイ口叩いてるくせに!」

少年「魔物の言うことすぐ聞いちゃうし!」

少年「アイツを助けるのを他人に頼むし!」

少年「なにが『夢をもて』だ! クソくらえだそんなもんっ!」


勇者「……ヤダなあ」


少年「は?」


勇者「夢なんてクソくらえ、って悲しいなあ」

少年「大人のせいだ。大人がこんなことを言わせるんだ」

勇者「まっ、ガキのころの夢はたいていウソで終わっちゃうもんな」

少年「そうだよ。夢なんて見るだけムダだ」

勇者「じゃあお前は夢を叶えようとか、思わないわけだ」

少年「……夢を叶えるって、なんだよ」


勇者「ウソを本当に変えること」


少年「!」

少年「……夢を叶えるって、なんだよ」

勇者「ウソを本当に変えること」



かっけー


勇者「ついでに。夢っていうのは、もっと生きてから見るもんだと思う」

少年「……どうして?」

勇者「あーもうっ。口下手の俺にあんましゃべらせんな」

勇者「お前の妹は必ず助ける。だから待ってろ」

少年「信じて、いいの?」

勇者「俺はできない約束はしない」


勇者(ガキんちょの顔つきがすこし変わった気がした)

勇者(すこししゃべるのがつらくなった気がする)

勇者(俺は会話を切り上げてその場をあとにした)





勇者(指定された洞窟はここだな。予想外に小さい)

勇者(入口なんて屈まないと入れねえな)

勇者(あ、でも意外と中は広い)


?「待ちくたびれたぞ、勇者」


勇者「!」

勇者(道具屋のオッサンが言ってことは、本当だったみたいだな)


道具屋『魔物の正体はわからなかったんだ』

道具屋『あまりに濃い霧で全身が覆われてたんだよ』

道具屋『デカいってことぐらいか、わかったのは』


勇者「……」


?「なんだよ、えらく大人しいな」

?「いろいろ聞きたいことあるんじゃねえの、お前?」

?「人質は、とか。俺様の正体は、とか」

?「あっ、お前ビビリなんだろ? まともに口がきけないんだってな」


勇者「……」

?「情けねえなあ。ヤローがそんなんでどうすんだよ」

勇者「……」

?「ていうか今も症状出ちゃってる? ニャハハハ傑作だな!」


勇者「手より先に悪口が動く。キライだね、お前みたいなヤツは」


?「その口、二度と叩けないようにしてやる」

勇者「!」


勇者(洞窟の入口がなにかで閉ざされた?)

勇者(まさに真っ暗闇。ほとんど視界ゼロの状態か)


?「さらにくわえてこの霧。もはや俺様の姿はとらえられまい」


勇者(こう狭いと迂闊に魔力を使った攻撃は使えない)

勇者(しかも娘さんがこの中にいるとしたら、なおさら)


 風の裂ける音に遅れて、すねに鋭い痛みが走った。
 反射的に拳を振るってみたが、とらえたのは暗闇と濃霧だけ。


勇者「……っ!」

?「まずは一発。さて、次はどこを狙おうかねえ」


勇者(いちおう、この魔物には作戦らしきものはあったわけだ)


?「この目は闇の中でこそ光る」

?「お前に見えないものも俺様には見える」

?「つまり、ここでは俺様が圧倒的に優位」


勇者(さて、どうやってたおそうかな)


 敵の術中に絡めとられた中。
 敵をたおさなければいけない、ということだ。





?(さすがは勇者と言ったところか)

?(暗闇の中、確実に俺様の攻撃を捌いてきやがる)

?(それどころかすでに反撃のタイミングをうかがってやがる)

?(だがそれも、もちろん想定済み)

?(次の手は、きちんと打ってある)


勇者「なっ!?」


?(これならどうだ? 俺様の口から発射される、超光速の水の弾丸)


?(……チッ、間一髪。今のはかわしたようだな)

?(しかしこの暗闇、そしてこの狭い空間という条件下で)

?(いつまで俺様の攻撃を避け続けることができるかな?)


?(……すでに二分以上が経過しているが、まだ水弾をかわすか)


勇者「はぁはぁ……」


?(しかしすでに動きが鈍ってきている。油断はできないが)

?(コイツ、闇雲にこの暗闇の中で剣をふりまわしてきやがる)

?(そのせいで絶えず動くことを強いられる)

?(だが、そろそろ終わりだ。次の水弾で確実にとらえ――え?)


 勇者がこちらに向かって突進してくる。
 まっすぐ、闇の霧を突き抜けるように。


 とっさにそれを避けようとしたが、しかし、それより先に勇者が大きく口を開く。

勇者「――あああああああああぁぁぁっ!」

?「!?」


 予想だにしない想定外の怒号が、鼓膜を、からだを突き抜ける。
 思わず全身が硬直する。


?(しまっ……!)


勇者「つかまえたぜ、ようやく」


 気づいたときには、勇者の手にその小さなからだは捕まえられていた。





勇者「ったく、洞窟の入口を岩でふさぐなよ。出るのが大変だろ」

猫「……」


勇者「『まさか俺様が負けるなんて』」

勇者「そんな顔してるな、猫さんよ?」


猫「……」


勇者「いやあ、どんな魔物が闇ん中に潜んでるのかと思えば」

勇者「こんな愛らしい子猫ちゃんだったとはなあ」


猫「……なんでだ?」

勇者「ん?」

猫「あの暗闇の中、どうやって俺様の位置がわかった!?」


猫「俺様の作戦は完璧だった」

猫「魔術で生み出した霧に身を隠し、水弾で敵を確実にダメージを与えてく」

猫「狭い空間なら、逃げるにも限界がある」

猫「それなのに……!」


勇者「それだよ」


猫「にゃ?」


勇者「せっかく暗闇に隠れてんのにさ、水で攻撃なんかしたら」

勇者「すぐに水たまりができて、足音しちゃうじゃん」


猫「……ぁ」


猫「たしかに! 水がすべてのメリットを台無しにしてるっ!」

勇者「そうじゃなくても。お前はうるさかったからな」

勇者「姿隠して口隠さず。声のおかげで場所がとらえやすかったよ」

猫「だ、だけど! 俺様の姿が見えなかったはず!」

猫「にゃのに! なぜそうも躊躇なく突っこめた!?」

勇者「お前の笑い声だよ」


勇者「『ニャハハハ傑作だな!』って。あれで猫かなって思った」


猫「そんなとこでも……」

勇者「それと、お前の攻撃にもヒントはあった」


勇者「一発目の攻撃はすねだった。人体の中でも極めて低い位置だ」

勇者「そして猫なら攻撃するにはちょうどいい位置」


猫「それでほとんど確信したというのかにゃ?」


勇者「ダメ押しは、お前の『この目は闇の中でこそ光る』ってセリフ」

勇者「まさに猫の目の特徴。あれで完全に確信した」


猫「だから最後の最後で……」


勇者「そう。耳のいい猫の魔物、大きな音は苦手だろ?」

勇者「まあ霧で姿を隠してたって話を聞いた時点で、だいたい予想はついてたよ」

猫「ううぅ~」


勇者「口は災いのもと」

勇者「それを身を持って証明したな、子猫ちゃん」

猫「……ちょっと待て。お前、しゃべるのは極めて不得手だと聞いてたが?」

勇者「なにごとも例外はつきもの」

勇者「俺はガキんちょと魔物相手には緊張しないんだよ」

猫「ううぅ……」

勇者「ついでにもうひとつ」

猫「?」


勇者「人が気にしていることを、平気でバカにするヤツにはバチが当たる」


勇者「今度からは気をつけな」


あ、だめだ
眠いので今日はねる





勇者(人質の娘は洞窟の最奥の隠し部屋にいた)

勇者(ちなみに。その子が誘拐された経緯は、というと)


娘『しゃべる猫さんがね、あたしにおいでって言うからついてったの』

娘『そしたらね。あたし、森の中にいたの』

娘『そこにはいっぱい猫さんがいて、ずっと遊んでたんだ』

娘『ホントは帰らなきゃって思ってたよ?』

娘『でも猫さんたちが、もっと遊ぼうって言うからずっと遊んでたの』

娘『あ! ご飯はね、猫さんたちからもらってたんだあ』


勇者(とりあえず無事だったので俺はなにも言わなかった)


勇者(で、娘さんをオッサンのとこに届けた)

勇者(このあとの流れは、だいたい想像がつくだろうから割愛)

勇者(ちなみに。ガキンチョとはそのあとにすこし話した)



少年『……ありがとな。妹を取り返してくれて』

少年『世界には、お前……勇者のお兄さんみたいなカッコイイ大人もいるんだな』

少年『その……オレもがんばってみるよ』

少年『まだオレには夢なんてないけど。いつか見つけるんだ、きっと』

少年『ところでさ。お兄さんの夢ってなんなの?』



勇者(まあこんな感じで、道具屋のおっさんたちとはわかれた)





戦士「さて、キミには聞きたいことがあるんだよね」

勇者(コイツは戦士。ロン毛でキザ。俺の古くからの知り合い)

勇者(戦士のくせに、ダボダボのローブを着用してる)


僧侶「素直にさっさと吐いたほうがいいですよ。知ってること、全部」

勇者(美人でクールで、俺が一番苦手なタイプの僧侶)

勇者(この女とふたりっきりになったら、たぶん俺は死ぬ)


猫「うううぅ……」


勇者(そして現在。宿屋で魔物猫を尋問している)


魔法使い「おねがい。知ってることを全部話して。ねっ?」


猫「誰がお前ら人間なんかに!」

猫「そんなことしたら、魔王城に帰ることもできにゃくなるわ!」


戦士「ふーん。キミ、魔王城がどこにあるか知ってるんだね」

猫「ぎくっ」


戦士「これから話すことが、キミの運命を大きく左右する」

戦士「できれば素直に話してほしいなあ」

猫「お、俺様がそんなおどしで、し、しっぽをふるとでも?」

僧侶「ふらないなら切り落としましょうか、あなたの膨らんでるしっぽ」

猫「わ、わかった! しゃべるからそのナイフをしまえにゃん!」


戦士「話がわかる猫でほっとしたよ」

猫「……魔王さま、こんな情けない俺様をゆるしてほしいにゃん」

戦士「時間もないので手短に。ずばり、魔王城の場所はどこだい?」

猫「知らん」

僧侶「へえ」

猫「ほ、ホントだ! 
  ……だからナイフはしまってほしいにゃん」


勇者(しっぽも耳も縮こまっちゃってるな。かわいそうに)


猫「途中までなら道案内はできる……と思う」

猫「だけど、俺様では絶対に魔王城には戻れない」


戦士「そういえば、魔王城には複雑難解な結界が備わってるらしいね」

猫「うむ。結界のせいで一度出たら、戻ることは極めて困難にゃん」

魔法使い「空間系の魔術。厄介だね」

戦士「とりあえず、魔王城に一番近い街を教えてくれる?」

猫「それは無理な相談だ」

戦士「なんで?」

猫「人間の街の名前なんて、いちいち把握してない」


僧侶「へえ」


猫「ウソついてにゃいぞ、俺様は!
  ……たのむからナイフをしまってほしいにゃん」


戦士「そうなると、ボクらはキミを随伴させなきゃいけないのか」

猫「ほかに方法がなければ」


魔法使い「本当!?」


猫「きゅ、急に大声を出すな……ビックリしちゃうにゃん」

戦士「嬉しそうだね、魔法使い」

魔法使い「うんっ! 私、猫大好きだから一緒に冒険したいなって思ってたんだ」

戦士「勇者。キミはどう思う?」

勇者「あっ、うん。まあ……い、いいんじゃないかな?」


勇者(国の連中が探しまくってなお、見つかっていない魔王城)

勇者(魔王の手先が場所を教えてくれる。これはすごいチャンスだ)


魔法使い「じゃあ決定っ! よろしくねっ!」

猫「にゃわわっ! 頬をすりすりするのはヤメろおっ!」

戦士「時間もおしてる。あとのことは道中で聞くよ」

猫「おいっ勇者たすけろっ! にゃわわわわ」

勇者「……」


勇者(殺そうとしたヤツに助けを求めるなっつーの)





姫(昨日。私と魔王は会話をした、そう、たしかにした)


魔王『そなたは我々魔物をどう思う?』


姫(魔王が口を開くまでには、十分以上の時間がかかった)


姫『……』

魔王『質問が悪かったか。では……そなたは余が恐ろしいか?』

姫『ええ。恐ろしいと心の底から、そう思います』

魔王『余も同じだ』

姫『え?』

魔王『余も、そなたら人間が恐ろしくて仕方がない』


姫(聞きまちがいかと思った。でも、魔王はたしかにそう言った)


魔王『否、膂力や生命力の話をしているのではない』

魔王『人間が抱える、思想や発想』

魔王『それらに畏怖の念を抱かずにはおれんのだ、余は』

魔王『他の生物を殺し食らうだけなら、まだ理解できる』

魔王『同族を労働力として使役するのも』 

魔王『だが豚や牛をくらうために、捕獲し、管理し、
   あまつさえ人為的に弄り、改変する』

魔王『こんなことをする生命は、世界広しといえど人間しかいない』


姫『……魔王。あなたはなにが言いたいの?』


魔王『つまり……』

魔王『いや、そなたの質問に答えるのは、余が全てを話してからだ』


魔王『姫よ、そなたは知っているか?』

魔王『魔族がこの世界の半分近くを、掌握した時代があることを』


姫『比較的最近の話でしょ? 人類にとっての暗黒時代』

姫『でも暗闇に覆われた時代は、長くは続かなかったはずよ』


魔王『そうだ。二十年も立たずに魔族の世界は崩壊した』

魔物『人間の真似事はしたが、魔族世界を保つことができなかった』


魔王『余はその原因をこう考える』

魔王『魔族が人間から、なにも学ぼうとしなかったから』


姫『……』


魔王『人間は支配下に置いた存在を単なる労働力に終わらせない』

魔王『それがもつ全てを徹底して貪り食らい、自分の血へと、肉へと変える』

魔王『魔族はそれをしなかった』

魔王『だから、あっという間にそのツケが回った』


姫『魔物と人間のちがい……学ぶこと……』


魔王『そうだ。人間と魔族のちがいはそこにある』


姫『あなたは……あなたたちの目的はなんなの?』

魔王『つまり、だ』

姫『……』

魔王『えーっと……』 

姫『……』

魔王『……』

姫『……』


姫(結局ここで会話は終わってしまった)



姫(てっきりそこそこ会話できるのかと思ったけど)

姫(どうやら、そうでもないみたい)

姫(でも、いまだに自分の耳で聞いたことを信じられない)

姫(魔王が人間を恐ろしいと思う。そんなことって……)


サキュバス「お姫様。食事をお持ちしました」


姫(彼女は魔王の側近で、私の身の回りの世話する魔物)

姫(魔物、と言っても外見はほとんど人間と変わらない)


姫「……ありがとう。今日の食事もおいしそうね」

サキュ「でしょう? あたしが食べたいぐらい」


姫(このサキュバスは、やたら馴れ馴れしく私に話しかけてくる)


姫「ねえ。あなたたちの目的はいったい……」

サキュ「そんなことより! あたしは姫様の私生活が知りたいなあ」

サキュ「やっぱり王族って贅沢してるんでしょ?」

姫「話をそらさないで」

サキュ「そんな怖い顔しないでよ」

サキュ「つーか、あたしがその質問に答えると思う?」

姫「……」


サキュ「お姫様、ご自分の立場をよーく考えたほうがいいですよ?」

サキュ「利用価値があるから、今は大事に大事にされてるけど」

サキュ「箱入り娘は、おとなしく箱に収まっててほしいなあ」


姫「……」


サキュ「あとそんなコワイ顔しないで。かわいいんだから、笑ってよ」

姫「誘拐されて、笑っていられるわけないじゃない」

サキュ「ふーん。じゃあ、こういうことしちゃおっかな」

姫「ひゃっ!?」


姫「ど、どこさわってるの!?」

サキュ「ヤバっ! 肌すべすべ! チョーきもちいいっ」

姫「や、やめ……」


側近「……お前ら。なにやってんだ?」


サキュ「……ちょっとぉ。レディーの部屋に入るときはノックを二回。
    これ常識でしょ?」

側近「んなことはどうでもいいんだよ」


姫(魔王といたときはあんなに硬い口調だったのに)

姫(ずいぶんと乱暴な口調でしゃべるのね)


サキュ「なんかあたしに用?」

側近「魔王さまが呼んでる。それから、ヤツが捕まったそうだ」

サキュ「捕まったって、誰が? つーか誰に?」

側近「魔王さまがかわいがってた猫、それが勇者たちに捕まった」

サキュ「ああ、あのガキ猫ね。へえ、殺されなかったんだ」

側近「けっ。オレの予想は外れたようだ」

サキュ「じゃあ賭けはあたしの勝ちってことね。
    今度、なんかご馳走してよね」

側近「ふんっ。勇者連中もとんだあまちゃんだな」


サキュ「だから言ったでしょ?」

サキュ「『カワイイは武器になる』って」


サキュ「容姿は生きてるかぎり、絶対につきまとうもの。ねえ、姫様?」


姫(なぜか私を見てサキュバスはニヤニヤしてくる)


側近「はっ、くだらねえ。見てくれなんざ、どうでもいいぜ」

側近「この世に必要なのはパワーだ。パワーこそが力だ」


サキュ「だーれもそんな話してないっつーの、この脳筋」


?「おや、ここにいたのですか」


姫(また部屋に入ってきた)

姫(姿はローブにほとんど隠れてるけど、当然魔物よね)


?「魔王さまが呼んでいます。こんなところで、油を売ってる場合じゃないでしょ」

サキュ「それはそうなんだけど、コイツがさあ」

側近「あ? その目はなんだ?」

サキュ「べっつにー」

?「話はあとにしてください。
  魔王さまを待たせるわけにはいきません」

サキュ「はいはい」


姫(魔物たちの会話……このヒトたちも普通に話したりするのね)





勇者(あの村を出て二日。俺たちはなんとか次の街へたどり着いた)

勇者(現在、その街の教会で俺の反省会が開かれている)


戦士「あのね勇者、キミがシャイなのは知ってるよ?」

戦士「でも戦闘中ぐらいはひっこめようよ、そのシャイな部分を」


勇者「そ、そんなこと言われても……」


勇者(数時間前のこと。俺たちパーティーは魔物と交戦した)

勇者(そして――)


僧侶『煙幕で視界が……』

魔法使い『ここは各々で戦ったほうがよさげだね』

戦士『まあこの程度の魔物だったら、コンビネーションの必要もないよ!』


勇者(たしかに魔物は決して強くはなかった)

勇者(しかし運が悪いことに、俺は敵の爪に引っかかれた)


勇者『……っ!』


勇者『(たいした傷じゃないけど、この感覚……たぶん毒だな)』

勇者『(毒が回ったら厄介だ。ここは僧侶に治癒してもらうのがベスト)』

勇者『(ベストだけど……こういうとき、なんて頼めばいいのかわかんねえ!!)』


勇者『(僧侶! 回復魔法じゃんじゃん浴びせちゃってくれ!)』

勇者『(……いや、なんかちがうな)』


勇者『(僧侶! さっさと俺を回復しろ!)』

勇者『(……なんかえらそうだよなあ)』


勇者『(僧侶さん、あのー、回復をしてもらってもいいですかあ?)』

勇者『(いやいや、余所余所しくないかこれ!?)』


勇者『(ダメだ! なんておねがいしたらいいのか、全然わかんねえっ!)』


魔法使い『勇者っ! 前見てっ!!』


勇者『へ…………ぐわはあぁっ!?』


勇者(そして、次に目がさめたときには街にいた)


今日はここまで
まだまだ道のりは長い


魔法使い「戦闘のときにまで人見知りが影響するなんてね」

戦士「まったく、大変だったよ。気絶したキミを運ぶのはね」

勇者「す、すみません……」

戦士「これじゃあ魔王と戦うなんて無理だ。なんとかしないと」

魔法使い「でも人の性格って一朝一夕じゃ変えられないよ」

勇者「あ、あはは」

僧侶「勇者様は、なぜそんなにシャイなのですか?」

勇者「さあ……?」


勇者(どんな質問だよ、それ)


魔法使い「このままだとガールフレンドもできないよ!」

勇者(まずお友達がいない)


戦士「もうすこし。ボクらに心を開いてくれると助かるんだけどねえ」

魔法使い「心を開く……そうだ。私にいい考えがあるよ!」

戦士「聞こうか。せっかくだし」


魔法使い「あだ名つけてあげればいいんだよ」

魔法使い「あだ名で呼ぶと、なんだか仲いい感じがするし」


勇者「あだ名、ですか」


戦士「へえ。それはなかなかいいアイディアだ」


勇者(コイツ、絶対に思ってないだろ)


戦士「ボクはパスだけどね」

魔法使い「なんで?」


戦士「せっかくのあだ名なんだよ」

戦士「だったら女性につけてもらったほうが嬉しいでしょ」


魔法使い「そういうものなの?」

戦士「男っていうのは、女性の施しをなにより喜ぶ生き物なんだよ」

魔法使い「ふーん」


魔法使い「あだ名かあ。言いだしっぺだけど、イマイチ浮かばないなあ」


僧侶「私、浮かびました」


勇者「!?」

勇者(お前かよ!?)


戦士「へえ。どんなあだ名なんだい?」

僧侶「勇者様、発表してもよろしいですか?」

勇者「ど、どうぞ」


僧侶「では僭越ながら発表させていただきます」



僧侶「チキン」



勇者「……」

魔法使い「……」

戦士「僧侶ちゃん。そのあだ名の由来は?」

僧侶「勇者様は臆病ですから。……いい意味で」


勇者(会話のときはたしかに臆病だけど)

勇者(ていうか、いい意味で臆病ってなんだ。慎重ってことか?)


魔法使い「えっと……あだ名については、またべつの機会に考えよっか」

僧侶「わかりました」


勇者(僧侶の表情が心なしか、ガッカリしてるように見えた)


魔法使い「でもこれじゃあ、なにも解決してないんだよね」

戦士「じゃあこういうのはどうだい?」

魔法使い「んー?」

戦士「コスチュームチェンジ。身につけるものが変われば、気持ちも変わるでしょ」

魔法使い「あっ、それグッドアイディア」

戦士「勇者のシャイが消え失せるような、ステキな衣装を見つけたいね」

勇者「……」



勇者(イヤな予感しかしない)





魔法使い「うぅ~、やっぱり晴れの日は気持ちがいいね」


戦士「昨日は土砂降りに勇者運びに、ホントついてなかったからね」

戦士「おかげで、さっき占いなんか受けちゃったよ」


勇者「……すんません」

戦士「気にしなくていいよ。占い師のお姉さん、美人だったしね」


猫「なあ、俺様気になってることがあるんだが」

勇者(どうでもいいがこの猫、ずっと魔法使いのリュックの上にのってる)


魔法使い「なになに? なんでも聞いて」

猫「お前らはなぜ、いちいち教会に立ち寄るんだ?」


魔法使い「あれは教会に報告してるの、いろんなことをね」

戦士「魔法使い」

魔法使い「……わかってるよ。話していいこと、話しちゃダメなことぐらい」

戦士「まあ日にちのことぐらいなら、話してもいいんじゃない?」

猫「日にち?」

魔法使い「私たちは、次の街に行く日を教会に伝えておくの」

猫「なんでそんなことを?」


戦士「旅のとちゅうで魔物に襲われたり、
   なんらかのトラブルに巻きこまれたときのためだよ」


猫「なるほど。指定した期日に報告がなかったら、捜索願が出たりするわけだ」

魔法使い「そうだよそのとおりだよー、さすが理解がはやいねっ」

猫「だからほっぺスリスリをやめろにゃん!」


魔法使い「おっ。ついたね」

僧侶「なかなか大きな店ですね」

戦士「山のふもとにある街だけあって、登山グッズや虫対策グッズが豊富なんだって」



勇者(そして店に入って五分後)

勇者(俺は魔法使いに無理やり服を脱がされ、そして……)


魔法使い「前から思ってたんだよね。勇者はもっと派手にいくべきだって」

勇者「……」

戦士「そう思った結果がこのナリってわけね」

僧侶「以前と比較すると、ずいぶんと様変わりしましたね」

魔法使い「でしょでしょ!? やっぱりファッションは冒険しなきゃね」


勇者(なんなんだ、この格好は)


魔法使い「ほらほら、鏡の前に立ってみて」

勇者「うわ」



勇者(鏡の自分を見て『うわ』って言っちゃった)

勇者(ていうか原色キツいし。なんかサイズがあってないし)



魔法使い「今回のコーディネートのポイントは、ズバリこのナイフ」

戦士「腰についてるチェーンつきのナイフのこと?」

魔法使い「そうそう。こういう小物がオシャレを引き立てるの」

戦士「小物って言うには、ちょっとデカイけどね」


勇者「センスわる」


魔法使い「え?」

勇者「ん?」


勇者(ヤベ。思わず本音がポロリしてしまった)


魔法使い「勇者。いまボソッとなにか言ったよね?」

勇者「そ、空耳でしょう……きっと」

魔法使い「ウソだ。絶対なにか言ったでしょ?」

勇者「……ど、独創的なファッションだなと思って」


猫「コイツは今、『センスわる』とハッキリ口にしたぞ」


勇者(ね、猫!?)


魔法使い「……」

勇者「ま、魔法使いさん?」 


魔法使い「そうだよね。うん、知ってたよ」

魔法使い「やっぱり私って、この手のセンスが致命的に欠けてるんだよね」


勇者(うわ、めっちゃ落ちこんでる)


魔法使い「お母さんや友達にも『アンタやばい』って言われるし」

魔法使い「マントの下を見せたら、また同じこと言われそう……」


勇者(マントの下はどんな惨状になってんだ)


戦士「ボクはとてもいいと思うけどね、魔法使いのチョイス」

魔法使い「ほ、ほんとう?」

戦士「うん。せっかくだしこの格好で外を歩いてみようよ」

勇者「え?」

戦士「安心してよ。この服はボクのポケットマネーで買ってあげる」

勇者「え? いやいや、その……」

戦士「遠慮するなよ。ボクと勇者の仲でしょ?」


勇者(こ、このキザ野郎……)


戦士「あとは必需品をそろえないとね」


僧侶「ここから先の街に行くには、この山を超えなければいけません」

僧侶「危険な虫がいますから、虫対策はしたほうがいいでしょう」


魔法使い「じゃあ虫除けスプレーは購入決定かな」

戦士「勇者はなにか買っておきたいものはない?」

勇者「……特には」

魔法使い「私は杖を補充しておこうかな。十本ぐらい」


勇者(道具屋に入るたびに杖買いすぎだろ)


戦士「これ、面白いね。『虫除け』ならぬ『虫寄せ』シールか」

戦士「なにかの縁だ。一個買っておこう」

勇者(戦士は戦士で、どうでもいいものをよく買うし)



僧侶「かぶれにくい肌に優しいアルコール脱脂綿……」

勇者(僧侶は基本的に無駄遣いはしない。薬コーナーを見て終わることが多い)



店員「お兄さん、なにかお探し?」

勇者「え? あ、いや、べつに」

店員「またまたあ。お兄さんの目、エモノを狙うハンターのそれだったよ」


勇者(なぜか俺は、毎回店員に話しかけられる。そしてあたふたする)





戦士「さて。買い物も終わったし、宿を探すとしようか」



   「ねえママ。あの人なんかすごい格好してるよー」

   「ダメよ、見られちゃいけません!」



勇者「……」

戦士「さっきから道行く人の視線が、勇者に集まってるね」


勇者(そりゃあ俺一人だけカーニバル状態だからな)


猫「しかし人間の街は、なぜにこうも物が多いのかにゃん」

魔法使い「こら、外ではしゃべっちゃダメって言ってるでしょ?」

猫「そう言われるとかえってしゃべりたくなるな。
  ん? アレはなにをやってるんだ?」

戦士「……占いかな。水晶もあるし」


占い師「よかったらどうです?」

戦士「なんなら三人とも占ってもらえば?」


勇者(占いなんかで金をムダにしたくないな)


魔法使い「私、占ってほしい! 勇者も占ってもらおう」

勇者「あ、じゃあ……」


占い師「いらっしゃい。おや、お客様はこの街の方じゃありませんね?」

魔法使い「はい、私たちはわけあって旅をしてるんです」

占い師「では、あなた方の今後の旅について占いましょうか?」

魔法使い「あ、それよりも。ちがうことを占ってほしいんです」

占い師「ほう、それはいったい?」

魔法使い「私の服のセンスについて。……できますか?」

勇者「……」


勇者(センスを占うってなんだ?)

勇者(相当気にしてるんだな……って、俺のせいか)


僧侶「……私も占っていただきたいのですが」

戦士「僧侶ちゃんもこういうの好きなんだね」

僧侶「好き、とはすこしちがいますが」


勇者(なんかすげえ意外だ)

勇者(意外と言えば、この占い師は声から察するに男なんだよなあ)


占い師「構いませんよ、もらうものさえもらえば」

占い師「それで? あなたはなにを占ってほしいのですか?」


僧侶「あだ名のセンスです」


勇者(って、お前もかいっ!)


占い師「服のセンスに、あだ名のセンス……いいでしょう、占ってみましょう」

占い師「ちなみにあなたは?」


勇者「あ、ボクですか? えっと、もうちょっと考えます」


占い師「かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください」

占い師「よかったら勇者さまも」

勇者「あ、はい」


魔法使い「……」

僧侶「……」

勇者「……」


勇者「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」



戦士「――三人とも! 目をさませっ!」



勇者「……はっ!?」

勇者(え? え? なに? 今、俺はいったい……?)


戦士「勇者! キミの剣が盗まれた!」

戦士「あと魔法使いのやたら膨らんだリュックも!」


勇者「!?」

魔法使い「え……」


勇者(マジじゃねえか!? ていうか剣を盗まれるって……はああぁ!?)


魔法使い「えっと……誰が盗んだの? 私のリュック」

戦士「あそこだ!」


勇者(野郎が四人……っていうか、すでに距離はなされてるし!)


魔法使い「ああっ!? 猫ちゃんもいっしょに誘拐されてるっ!」

戦士「とにかく追うよ!」

僧侶「了解です」

戦士「ったく、盗まれるほうも悪いけどさ――」


勇者(さすが戦士。脚力ハンパないな、すでに追いついてる)



戦士「――やっぱり盗むヤツが一番タチ悪いよね!」


勇者(回りこんだ! これで少なくとも一人は捕まえられる!)


盗人「ふんっ!」

戦士「チッ……!」


勇者(って、なんて身のこなしだ!)


魔法使い「戦士があっさり抜かれるなんて……」

僧侶「ただ者じゃないですね」

戦士「……あの連中の動き、勇者も見ただろ?」

勇者「うん」


勇者(てっきりただの盗人かと思ったけど、アレはちがう)

勇者(あの身のこなし。俺たちから簡単に盗みを成功させた手腕)


戦士「アイツら……考えなしに追うと、やられる可能性があるね」


魔法使い「どうするの!? このままだと街を出ちゃうよ」

戦士「最悪、魔法使いのリュックはあきらめるかなあ」


魔法使い「ええ!? あの中には色々買いだめしたアイテムがあるんだよ!」

魔法使い「猫ちゃんもリュックに乗ったままだし!」


戦士「いやあ、心中お察しするよ。でもね、勇者の盗まれたものがモノだからね」


勇者「……」


僧侶「あっちは確実に取り返さないと、取り返しがつかなくなります」


勇者(そりゃそうだ。なにせ盗まれた剣はこの世にひとつしかない――)




勇者(対魔王用の剣――『勇者の剣』なんだから)


明日につづく


魔法使い「あっ! 二手にわかれた」

戦士「しかしなんてスピードだ。引き離されてく一方だ」

僧侶「このまま素直に追っても、取り返すのは困難かと」

戦士「……僧侶ちゃん、ひとつ頼まれてくれる?」

僧侶「教会に伝えて市警に協力をあおぐのですね」

戦士「せーかい。連中の追跡はボクらでやる」

僧侶「了解。それでは」




戦士「さてそれから。魔法使いのリュックのことだけど」

魔法使い「あの中には役立つものがてんこ盛りなんだよ、ホントだよ!」

戦士「だってさ、勇者」


勇者(ガラクタばっかだろ、どうせ)


戦士「ボクから提案。こっちも二手にわかれない?」

魔法使い「それ! そうしようよ!」

戦士「もちろん。剣の奪還が最重事項だから、追うなら2:1になるけど」

勇者「えっと、どっちが一人ですか?」

戦士「キミの希望を言い当ててあげようか?」



勇者(とういうわけで、俺たちも二手にわかれることになった)





姫「……」

魔王「……」



姫(また私は呼び出された。そしてやっぱり話すまでが長い)

姫(あと相変わらず距離が遠すぎる。声はなぜか普通に届くけど)


魔王「……今日、そなたを呼び出したのはほかでもない」

魔王「ほかでもないのだが……そのだな……」


姫(ほかでもないって言ったあとに、沈黙って)


姫「あなたたち魔物の目的でも話してくれるの?」

魔王「……ふむ」

姫「以前聞いたときは、結局はぐらかされて終わった」


魔王「どうする?」

姫「え?」

魔王「余の目的を知って、それでそなたはどうする?」

姫「それを言われると……」


姫(たとえ魔王の目的を知ったとしても、私ではなにもできない)


魔王「それとそなたは勘違いをしているようだから忠告しておく」

魔王「魔族とて一枚岩には程遠い、そなたら人間と同じだ」


姫「……だから、なんだっていうの?」

魔王「……」

姫「……」



魔王「あー、ひょっとするとそなたは気づいてるかもしれん」

魔王「余は人見知りするだけでなく、話すことそのものが苦手だ」


姫(気づいてた、とっくに)


魔王「余の伝えたい事と、そなたの認識に齟齬が生まれるかもしれん」

魔王「それでもよければ話してやろう」


姫「……それでいい、話して」


魔王「うむ。余は人間を滅亡させたいわけではない」

魔王「魔族の支配下に置くつもりだ」


姫「人間は奴隷ってことね」

魔王「……ちがうな、そうじゃない。家畜のほうが適切か」

姫「家畜!?」



魔王「誤解するな。食ったりするわけではない」

魔王「いくつか制限は設けるが、それさえ厳守すれば人間も自由に生きられる」

魔王「職業もやりたいことも、きちんと選択できる」

魔王「もちろん過程をもつことも」

魔王「余が築こうとしてるのは、そういう世界だ」


姫「……」


魔王「魔族の支配のもと、穏やかに生活させてやろうって言ってるんだ」

魔王「むろん、不当に人間を傷つける魔族にはそれ相応の罰を与える」


姫「……」


魔王「そなたはどう思う? 余が目指す世界を」


姫「……」

魔王「言葉が見つからない。そんな面持ちだな」

姫「ええ。でも納得できない、できるわけない」

魔王「なぜだ? 人間だって同じことをしているのに?」

姫「同じこと? なにを言ってるの?」


魔王「人間は牛や豚を、自分たちが食らうために管理する」

魔王「生命の営みを限られた枠の中でさせる――食事と適した環境を与えるかわりに」

魔王「余がこれからしようとすることと、そなたらがしてきたこと」

魔王「これのどこにちがいがある?」


姫「そ、それは……」


魔王「魔族の世界にも争いや差別はあまねく存在する」

魔王「そして様々感情や思考、意志がはびこっている」

魔王「この世界をまとめ、秩序をつくり平和を築く――それが余の使命」


姫「じゃあ、どうして? どうして勇者を殺そうとしたの?」

姫「どうして私をここに連れてきたの?」


魔王「余が目指す世界において。余は抑止力として存在しなければならない」

魔王「その余をもっとも脅かす存在は誰か? 決まってる、勇者だ」


姫「つまりあなたは自分、ひいてはあなたの世界を脅かす勇者を……」


魔王「そうだ。危険分子は先につぶしておく必要がある」


魔王「そして、なぜそなたを連れてきたのか」

魔王「ひとつはそなたのもつ、そなただけしか使えない魔術」


姫「待って、どうしてあなたが私の術のことを?」


魔王「それについて、答えるつもりはない」

魔王「そしてもうひとつの質問の答えは、簡単だ」



魔王「そなたには手伝ってほしいのだ」

姫「え?」



魔王「つまり、だ」

姫「……」

魔王「……」

姫「また肝心なところで……どうして黙ってしまうの?」

魔王「うむ、すまぬ」


姫(魔王は私になにを言おうとしているの?)





勇者(こうして二手にわかれた俺たちだったが、あっさりと敵を見失った)

勇者(森の中とはいえ、こうも簡単にまかれるなんてな)


勇者「……ほんと、『これ』がなかったら見つけられなかったよ」


盗人「……なぜここが?」


勇者「……」

勇者(カッコよく質問に答えたいけど、人見知りが発動して答えられない……)

勇者(まあとにかく……返してもらうぞ)


勇者(魔法使いのリュックを!)

たぶん明日は書けないので明後日更新になると思う
いつもレスくれる人ありがとう

ちなみに今の書き方のままで読みやすいのかね?


盗人「どうやってこちらの居場所を把握した?」

勇者(答えると思うのか)

盗人「そもそも、なぜお前がこっちを追ってきた?」

勇者(だから答えるつもりはない、そう言ってるだろ)

盗人「だんまりか。まあいい」


 会話はあきらめたらしい。
 敵は腰に吊り下げていたダガーを逆手に構える。
 ただの盗人だったら、こんな持ちかたはしない。


盗人「やられちまえ」


 敵の繰り出したナイフをとっさにかわして、勇者は蹴りをくりだす。
 だが勇者の予想通り、盗人はぎりぎりでこれをかわして反撃してくる。


勇者(やっぱり。ただのコソ泥じゃないな、コイツ)


勇者(普通にやりあったら面倒だ。だったら)

勇者「――今だ!」



 視線を、ダガーを振りあげた目の前の盗人から、さらに奥へ向けて叫ぶ。


盗人「誰がそんな手に!」



   「またせたにゃあ」



盗人「なっ!?」


 驚きのせいだろう、敵の動きが一瞬だけとまった。それで十分だった。
 拳を容赦なく敵の頬にぶつける。
 はっきりとした手応え。盗人が大きく吹っ飛ぶ。


勇者「猫だまし、成功」

猫「お前は猫だましの意味をきちんと調べろ」


盗人「な、なんで猫がしゃべってやがる?」


猫「猫だって小言のひとつや二つ、言いたくなるときがある」

猫「とくにこんなふうに、見ず知らずの人間に誘拐されたときなんかは」


盗人「ぐっ……」

猫「ふん。パンチ一発で気絶したか」

勇者「お前は俺より、しゃべりのセンスがあるみたいだな」

猫「お前がなさすぎるだけだにゃん」

勇者「ついでに悪口のセンスもな」

盗人「ぐっ……」

猫「ふん。パンチ一発で気絶したか」

気絶してない件


猫「そういえば、ひとつ気になることがある」

勇者「質問はあとだ」

猫「にゃ?」


 「気づいてたか」


 勇者の真上から声と影がどうじにふってくる、とっさに横転してその場をはなれる。
 頭上からあらわれたのは、もうひとりの盗人だった。


勇者(そりゃあな。四人が二手にわかれたのは見てたからな)

盗人「ふん。どうやらアンタ、敵とは口をきかないタイプのようだな」

勇者(次の敵は剣、しかも二刀流かよ。エモノがないときに、これとはね)

盗人「来ないならこちらから!」


勇者(二刀流……手数で攻めるスタイルか)

勇者(武器がない今、これを処理すのはキツイ……いや、まてよ)


盗人「見えた――スキ有り!」


 どうやら敵はこちらの硬直を見逃さなかったようだ。 
 振りあげられた刃が勇者目がけて振りおろされる。


勇者「ところがどっこい」


 甲高い金属音が木々の葉むらに吸いこまれたときには、二振りの剣は空中を舞っていた。


盗人「ば、馬鹿な……!?」

勇者「そしてこれが俺の必殺技だ、くらえ」

猫「……」

 いつのまにか勇者にかかえられた猫が、口から巨大な水弾をはなつ。
 超光速ではなたれた水弾が敵の顔面を直撃する。


盗人「かはっ……!」

勇者「人のモノを盗むとこうなる。肝に銘じな」

猫「おまえ、堂々とセコイな」

勇者「こんなところでくたばりたくないからな」

猫「わざわざ手伝ってやったんだ、あとで礼のかわりにブツをよこせにゃん」

勇者「はいはい」

猫「しかし、よかったにゃあ」

勇者「なにが?」

猫「あの魔法使いのおかげで、命拾いしたじゃないか」

勇者「……まあな」


勇者「この腰にぶら下げてたナイフが、まさか役に立つとはな」

猫「アイツはこういった状況を想定して、その服を着せてたのかにゃ?」

勇者「それは絶対にない」


猫「でも結果的にアイツのおかげで助かったんだろ?」

猫「だったら礼を言うのが筋ってもんだと思うにゃあ」


勇者「……」

勇者(なんと憎たらしい顔っ! 俺がしゃべれないことをわかって言ってやがんな)


猫「俺様、なにかおかしいことを言ってるかにゃん?」

勇者「おまえに言われるまでもないっつーの」


猫「で、さっき聞こうとしたことだが」

猫「どうやってコイツらの居場所を突きとめたのにゃん?」

勇者「べつに、この盗人どもを追いかけてきたわけじゃない」


勇者「ほら、お前についてる首輪だよ」


猫「……ああ、魔法使いが俺様につけたヤツか」

猫「まったく。俺様には魔王さまからいただいた立派な首輪があるというのに」


勇者「二つも首輪ついてる猫もそういないよな」

猫「それで? 首輪がなんなんだにゃん?」

勇者「その首輪でお前の居場所が特定できたんだよ、これを使ってな」

猫「杖?」


勇者「仕組みは俺にはわからない」

勇者「でも、この杖はお前に近づけば近づくほど光るんだよ」


猫「この首輪は、俺様が逃げ出さないようにするためのものだったのかにゃん」


勇者「さてと。コイツらの目的、その他もろもろ聞くとするか」

猫「満足に人と話せないお前が? どうやって?」

勇者「……俺のかわりに尋問してくれ。あとでなんか買ってやるから」

猫「お前、やっぱりダサいのにゃん」

勇者「うるさい。とりあえず起こしてくれよ」

猫「おい、盗人どもよ。さっさと起きろ」


勇者(そういえば戦士たちも気になるな……ん? 煙?)

勇者「――まずいっ」


猫「にゃ!? な、なんで急にひっぱるのにゃん!?」

勇者「トラップだ!」

勇者(しかも毒煙! どんなカラクリかは知らないけど事前に仕込んでたな、この盗人) 



猫「ふぅ、なんとか煙を吸いこまずにすんだか?」

勇者「最近はつくづく毒に縁があるみたいだな」

猫「だがアレだと、毒煙の罠をしかけたアイツまで……」


勇者「それだけじゃない。コイツらの行動、ひっかかることが多すぎる」

勇者(そもそもアイツら、なんで逃げようとしなかった……あれ?)


猫「どうした?」

勇者「やばい。どうも吸っちゃったみたいだ、煙」

猫「あらまあ」

勇者「なんだその淡々としたリアクションは。ご主人様のピンチだぞ」

猫「俺様のご主人様はお前じゃない」

勇者「ていうか、そんなことはどうでもいい」

勇者(ヤバイ、これけっこう本気でヤバイ……)


僧侶「どうなさいましたか、勇者様?」


勇者「そ、僧侶?」


勇者「あ、あのですね……そ、その……」

勇者(けっこうな生命のピンチに人見知りが! 人見知りがっ!)


僧侶「傷口は見当たらないですね」

勇者(ちっがう! 傷じゃないんだよ! 毒なんだよお!)

僧侶「ひょっとして食あたりでもしましたか?」

勇者(するかボケぇ! て、ていうか痺れてきた、か、からだががががが……)


猫「……勇者は毒煙を吸いこんだんだにゃん」


僧侶「そうなのですか、勇者様?」

勇者(めっちゃ首を縦にふる俺)

僧侶「そうでしたか。それで口がきけなかったのですね」



猫「あまりに情けなくて見てられないにゃん……」


勇者(そして一分後、俺はあっさりと僧侶の治癒術で回復した)

勇者(僧侶の術が効くスピードは尋常じゃない、もう完治してる)

勇者(しいて言うなら、術をかけてもらうたびにチクッとするのが気になるけど)


僧侶「どうですか? 顔色はまだ優れないようですけど」

勇者「おかげで、なんとか……」

猫「人見知りのせいで死にかけるとは、愚かなヤツにゃん」

勇者(なにも言い返せない)

僧侶「勇者様は必要以上に無口ですからね。いい意味で」

勇者(この場合の『いい意味で』は、どういう意味なんだろ)


僧侶「勇者様が木に目印をつけてくださって助かりました」

僧侶「それがなかったら、ここにたどり着くこともなく、勇者様も……」


勇者「あ、あはは。そうですね」


僧侶「ところで。前から気になってたことを聞いてもいいですか?」

勇者「……なんでしょう?」

僧侶「勇者様はひょっとして苦手なんじゃないですか、私のこと」

勇者「……」






戦士「敵は逃げない。ボクの予想は当たったでしょ?」

盗人「……」

魔法使い「本当に当たったね。でもどうしてわかったの、この人たちの場所?」

戦士「あとで教えてあげる。とりあえずは今は取り返すよ」


戦士「『勇者の剣』をね」


つづく


盗人「居場所を把握していがら、あえて正面から来るとはな」


戦士「ボクは無駄な争いがきらいでね」

戦士「たいていの物事はなるだけ穏便にすませたいと思ってる」

戦士「それに。いくら剣を盗んだ連中とはいえ、ボコボコにするのは気がひけるしね」


盗人「ずいぶんと自信過剰な兄ちゃんだな、ああっ!?」

魔法使い「もー、怒らせてどうするの?」


戦士「怒る人間はなに言われても怒るよ」

戦士「相手はひとりだし、さっさと剣を取り返すよ」


魔法使い「この人たちを捕まえてから、でしょ!」


 戦士と魔法使いがそれぞれ武器をかまえる。戦士は剣、魔法使いは小さな杖を。
 まばゆい光が飛び散る、ふたりの武器からだ。


戦士「動かないでよ、術が外れるから!」


 地鳴りに似た低い音。
 次の瞬間には、盗人の足もとから巨大な突起が生えていた――戦士の魔術だ。


 敵は突起を飛び退いてかわした。
 盗人が着地した場所には、すでに魔法使いが火炎球をはなっている。


魔法使い「ビンゴ!」

戦士「いや、まだだ」


 なんの前触れもなくあらわれた水の渦、それが炎の球をあっさりと飲みこんでしまう。


魔法使い「相手はひとりじゃないってことね」

戦士「陰険な連中だね。人のモノを盗むわ、戦うときはコソコソ隠れるわ」

盗人「卑怯で陰険なことは堂々とやる、それが俺たちだ」

戦士「ふーん、なるほどね」


 再び地面から突き出した突起が盗人を襲う。
 だが敵は予想よりも素早いらしい、これもギリギリでよけられる。


盗人「不意打ちかよ」

戦士「そっちがその気ならこっちもその気ってね。卑怯には卑怯でしょ」


盗人「アンタ、戦士のくせに魔術の扱いに長けてるようだな」

戦士「いやいや。こちらのお嬢さんには負けるよ」

盗人「このガキンチョが?」

魔法使い「……ガキンチョ?」

盗人「ガキンチョだろ? オレらみたいなのに囲まれて、お気の毒だな」

戦士「だってさ。パーティ内で一番年上なのにね、魔法使い」

魔法使い「……」


戦士「まあ毎度年齢を誤解されるのは、それだけ若々しく見えるってことでしょ?」

戦士「よかったじゃん」


魔法使い「そういう問題じゃない。私はこれでも――」


 魔法使いが自身をくるんでいたマントを大きく広げる。


盗人「な、なんだその……」

戦士「相変わらずマントの下はすごい服……じゃなかった。すごい数の杖だね」


 マントの裏にはびっしりと大量の杖がはりつけられていた。


魔法使い「会う人会う人、みんな同じこと言ってくるんだもん」

魔法使い「私はみんなが思ってるよりずっとオトナなのっ!」


 マントの下にひそませていた杖を次々と、鬱蒼と生い茂る木々にむかって投擲する。


盗人「なにをする気かしらんが。やらせはしない」

魔法使い「手遅れだよ、とっくにね」


 山を覆う木々のあいだをぬって悲鳴がきこえた。しかも複数。


盗人「なにが――」

魔法使い「だから遅いんだってば」
 

 敵の足もとに杖が突き刺さる。次の瞬間。
 
 その杖が小さく爆ぜた。

 
盗人「これがどうしたって言うんだよ」

戦士「自分の足もとをよーく見てみることだね、目をこらして」


盗人「は? なに言ってやがんだ?」


 盗人が鼻でわらう。だが、すぐに盗人の口もとの嘲りは消え失せた。


盗人「……こ、これは、ど、どうなってやがんだ!?」


 杖が爆ぜたことで生じた煙が、盗人の足首にからみつくように漂っている。


盗人「どうなってんだ!? 足がビクともしねえ!」

魔法使い「私の術だよ。これ、普段はあまり使わないんだけどね」

盗人「くっそ……!」

戦士「人間、気づくと失言してるなんてことは珍しくない。
   言葉を舌に乗せるときは、きちんと吟味することだね」

魔法使い「あと、人のものを盗むのは普通に最低最悪な行為だから」





魔法使い「全員拘束したし、剣も取り返したし。これでオールオッケイ」

戦士「ボクら、思いのほか歓迎されたてみたいだね」

魔法使い「五人も待ち伏せしてくれてたもんね」

戦士「それにしても。キミの術は相変わらず便利だね。ぜひボクにも種を教えてほしいね」

魔法使い「ダーメ、教えてあげない」


戦士「相変わらず魔術に関しては秘密主義だなあ」

戦士「ボクの予想を言おう。さっきの術は空間を操作する類の魔術……ちがう?」


魔法使い「さあ? どうかなあ」

戦士「いちおうそう思う根拠もあるんだけど。キミはどう思う?」

魔法使い「誰に話しかけてるの?」

戦士「彼にだよ。ほら、あそこ」

魔法使い「え……」



?「……バレてましたか」


?「いつから気づいてたんですか、私があなた方を見張っていたこと」

戦士「さあ? どうかなあ」


魔法使い「ちょっと私のマネしたでしょ」

魔法使い「……ていうかこの人って、さっきの占い師の人だよね?」


戦士「そのとおり。おそらくこの泥棒くんたちとグルだったんでしょ」

占い師「グル……そうですね、一番近い表現はそれですかね」


戦士「まんまとキミの手に引っかかったよ」

戦士「おそらく占いに使う水晶、あれになんらかの魔術が施されてたんだ」

戦士「気づいたら魅入られてるような、あるいは見た人間の意識を奪うような術をね」


魔法使い「で、私たちは見事にしてやられたってわけね」


戦士「普通にボロ出してたのにね、キミ」

占い師「はて? 心当たりはありませんが」

戦士「ふーん。あのときの会話は、たしかこんな感じだったはずだけど」



占い師『かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください』

占い師『よかったら勇者さまも』

勇者『あ、はい』



魔法使い「そうだよ! この人、名乗ってないのに勇者のこと、勇者って呼んでた!」

占い師「これはこれは。私もまだまだツメが甘いようですね」

戦士「まあすんだこと、これはどうでもいいんだよ」


戦士「ボクが解せないのは、どうしてそのまま剣を盗んで逃げなかったのかってことだ」


戦士「ボクらとたわむれるために、わざわざこんなパーティを開いてくれたのかい?」

占い師「さあ? どうかなあ」

魔法使い「……もしかしてそれ、私のマネ?」

戦士「ボクはね、こういう歓迎のされかたは好きじゃないんだよ」

占い師「次は気に入ってもらえるよう努力します」

戦士「次はない」

占い師「そう言わずに。次回もお楽しみください――」

魔法使い「……っ!? スモーク弾!?」

戦士「まったく、めんどうだなあ」

魔法使い「追わなくていいの!?」


戦士「おそらく、逃げる手段はあらかじめ用意してるでしょ」

戦士「ハナから剣を盗むつもりはなかったんだよ、たぶんだけど」


魔法使い「気がかかりなことがいっきに増えたね」

戦士「今後のことについては、またみんなで話しあおう」

魔法使い「ところで。泥棒さんの場所がわかった方法、まだ聞いてないよ」

戦士「これを使ったんだよ」

魔法使い「……シール?」


戦士「ボク、道具屋で購入したでしょ? この虫寄せシール」

戦士「最初にこの泥棒くんたちを捕まえようとしたとき、とっさに貼ってみたんだよね」


魔法使い「すれちがいざまに、よくそんなことができたね」

戦士「ボクを誰だと思ってるんだい?」

魔法使い「でも、どうしてそれでこの人たちの居場所がわかるの?」


戦士「このあたりは虫がウジャウジャいるからね」

戦士「当然彼らも携帯してたでしょ、虫除けスプレーは」


魔法使い「まって、すこし考えるから。答えは言わないで」

魔法使い「……つまりそのシールのせいで、虫が泥棒さんたちにまとわりつく」

魔法使い「それで虫除けスプレーを、この人たちは使った」


戦士「言っとくけど、そんな考えるような方法じゃないよ」

魔法使い「……わかった! 昨日雨が降ってたこと、これが関係してるんでしょ?」

戦士「どうやら答えがわかったみたいだね」


魔法使い「たぶんそのシールって相当効き目が強いものなんだよね」

魔法使い「だから何回もスプレーを自分に吹きかけた」

魔法使い「そしてスプレーが、昨日の雨でできた水たまりに残った」


戦士「そういうこと。剣を持ち逃げするなら、虫なんて無視するべきだからね」

魔法使い「スプレーのあとから、居場所と待ち伏せしてるってことがわかったんだね」


魔法使い「でも運がよかったよね、虫寄せシールをたまたま買ってて」

戦士「たまたまじゃないんだ、これが」

魔法使い「どういうこと?」


戦士「言わなかった? ボクも占ってもらったこと」

戦士「その人に言われたんだ。虫関連の商品がラッキーアイテムって」


魔法使い「すごい、私も占ってもらいたいな。どこにいたの、その占い師さん」


戦士「道具屋のそば。美人さんだったし、とても親切だったよ」

戦士「わざわざラッキーアイテムの詳しい説明までしてくれたんだ」


魔法使い「美人は関係ないと思うけど。……ん? あれ?」

魔法使い「虫グッズの説明を親切にしてくれたんだよね、道具屋のそばで」


戦士「そうだけど? それがどうか……あっ」

魔法使い「……うん。その占いが当ったのは、本当に偶然だね」

戦士「……まんまと引っかかったわけね、アコギな商売に」

魔法使い「まあ、雨降って地固まるってことで。結果オーライ!」





勇者(盗まれたモンを取り返した俺たちは、街に戻って合流した)

勇者(そのあとは教会に報告したり、コソ泥どもを市警につきだしたり……)

勇者(とにかく予想外に時間と体力を奪われることになった)


魔法使い「さすがに疲れちゃったね」

猫「俺様もまきこまれて疲れたにゃん」

戦士「今後はもっと警戒心ってヤツをもたないとね、今日みたいなのはもうコリゴリだよ」

勇者(めずらしく俺も戦士に同意)

僧侶「とりあえず今日の宿を見つけましょう」

勇者(これまた同意。ていうか早く着替えたい)


勇者(危うく俺まで市警に捕まるとこだったからな、このファッションのせいで)


魔法使い「勇者、私のせいでさっきはごめんね」

勇者(もしかしてこのファッションのことを謝ってるのか?)

魔法使い「私のチョイスのせいで、勇者が泥棒に間違われるとは思わなかった……」

勇者「あ、いえ。その……」


猫「魔法使い、コイツはお前に言いたいことがあるらしいぞ」


勇者(なに!?)

魔法使い「言いたいこと?」

勇者(さっきの会話……猫の野郎、完全に覚えてたのか!)

勇者(猫のヤツめ。俺が礼のひとつも言えないと思ってるんだな、憎たらしい顔してんな)


勇者「……あの……魔法使い、さんのおかげで…………」

魔法使い「?」


勇者(落ち着け、俺! なに緊張してんだ!? ただお礼を言うだけじゃないか!?)


魔法使い「……やっぱり私には服のセンスがないって言いたいの?」

勇者「い、いや。そういうことじゃなくて」


勇者(センスがないことは聞くな! 自覚しろ!)

勇者(ていうか俺が言いたいことはファッションセンスのことじゃない)


勇者「あの、これです……」

魔法使い「ナイフ?」

勇者「このナイフ……魔法使いさんが選んでくれたおかげで、助かりました……さっき」

勇者「その……あ、ありがとうございました」

魔法使い「あ、そのことね。うん……そっか」


勇者「と、とにかく……助かったんです、マジで」

魔法使い「なんか新鮮」

勇者「?」

魔法使い「勇者にお礼言われたのって、はじめてな気がするもん」

勇者「あ、あはは……と、とにかく魔法使いさんの服選びのおかげで、助かりました」

魔法使い「……ってことは、これからも私が選んだほうがいい!?」

勇者「いいえ、服選びは自分でします」

魔法使い「……そうだよね。センスのない私にチョイスなんてしてもらいたくないよね……」

勇者「あ、いや、今のはその……」



猫「礼は言えても、お世辞は言えんみたいだにゃん」

戦士「勇者くんにしては上出来だよ、本当に」


 つづく





勇者「ああっ! もう無理もう無理マジで無理っ!」

戦士「逃げちゃダメだ!」

勇者「そんなこと言われてもっ!」

戦士「人間、たいていのことには慣れで対応できる! ほら、しっかり」

勇者「ていうか羽交い締めをやめてっ! お、俺死んじゃううぅ!」 

僧侶「……」


猫「さっきからコイツら、なにをしてるのにゃん?」

魔法使い「勇者がシャイすぎて、僧侶ちゃんに回復を頼めなかったことがあったでしょ?」

猫「あったな」


魔法使い「今後も同じことがあったら困るでしょ?」

魔法使い「で、見てのとおり。勇者のシャイをなおそうとしてるわけ」


猫「なおす?」

魔法使い「うん、なおそうとしてるでしょ?」

猫「戦士が勇者を羽交い締めにして、僧侶に近づけようとしてるのが?」


勇者「あぅ……」

戦士「あ、気絶してしまった」

僧侶「……」

魔法使い「うーん、この方法ならいけると思ったけど強引すぎたかな」


戦士「今までの人生で染みついた習性みたいなものだからね」

戦士「やっぱりそう簡単には克服はできないよ、人見知りならなおさらだ」


僧侶「勇者様、どうしますか?」

戦士「とりあえずベッドで寝かせておいてあげよう」

猫「……」


猫(コイツらは魔王様の敵……なのに、どうもそういう風に感じられん)


戦士「やっぱり勇者くんには、もっと適した治療法があるのかなあ」

猫(コイツはロン毛でいかにも軽薄そうだし)

猫(今のところ戦闘の様子を見てるかぎり、戦士というよりは魔法使いのスタイルに近い)

猫(でもこのパーティを仕切ってるのはコイツだし。勇者よりは絶対に頼りになる)



魔法使い「もっと適した治療って?」

猫(俺様に『居場所特定』、『魔術を使うと反応』の首輪をつけた魔法使い)

猫(見た目とは裏腹に相当な魔術の使い手だ)

猫(そのわりに一番年上っていうのを感じさせないのは、性格のせいかにゃあ)



僧侶「……完全に気絶してる」

猫(ある意味一番謎が多い女、僧侶)

猫(性格は沈着冷静そのもの。この女の治癒術の回復スピードはあなどれない)

猫(なにより俺様を見る目が……ちょっとコワイにゃん)


勇者「うぅ……彼女は最高よ……」


猫(そしてベッドの上でくたばってる勇者)

猫(やっぱり一番謎なのはコイツにゃん)

猫(実力はある。しかし替えがきかないというほどではない)

猫(なによりコイツにはあの感覚がない。まだ見えない底、という未知の感覚)

猫(戦士や魔法使いはこれまでの旅で、おそらく本気を出してない)

猫(わずかな期間しか一緒にいない俺様でも、それが手に取るようにわかる)

猫(だがコイツには……)

猫(とても魔王さまを追いつめるほどの実力があるとは思えない)


戦士「まあ今日はいろいろあったし。食事の時間まで自由行動といこう」

魔法使い「どこ行くの?」

戦士「情報収集もかねて、ボクはすこしこの街の観光と洒落こむよ」

僧侶「では私はいったん、自分の部屋に戻ります」

魔法使い「じゃあ私は……どうしようかな?」

猫「俺様に聞いてるのかにゃん?」

魔法使い「ほかにいないでしょ」

猫「俺様も今日は疲労困憊にゃん。すこし寝させてほしい」

魔法使い「えー、ちょっとだけお話しようよー」

猫「……」


猫「前から思ってたことがあるにゃん」

魔法使い「なあに?」


猫「お前といい勇者といい、俺様のことを敵と認識してるのか?」

猫「俺様はこんなナリでも立派な魔物にゃん」


魔法使い「もちろん。普通の猫はおしゃべりしないし」

魔法使い「だからその首輪をつけたんだしね」


猫「……」

魔法使い「いちおう今だって、あなたが勇者に悪いことしないか見張ってるんだよ?」

猫「そうなのか?」


魔法使い「うん……あっ。私、ちょっとトイレ行きたくなったから」

魔法使い「勇者のこと見ててね」


猫「え、あ、はい」


勇者「……ん、俺ってばいつの間に……」

猫「ふん、起きたか」

勇者「あれ、みんなは?」

猫「食事の時間まで、各自自由行動だそうだにゃん」


勇者「ふーん。おおかた戦士のヤツはまた街に繰り出したのか」

勇者「ホントあいつは、街をうろちょろするのが好きだよなあ」


猫「本人は情報収集と言っていたが」

勇者「俺も軽くトレーニングでもして、時間つぶそうかな」

猫「どうでもいいが、お前らってあんまり仲はよくないのか?」

勇者「そりゃあな。俺たちのパーティは急遽できた寄せ集めみたいなもんだ」


勇者「戦士と俺はもともと知り合いだった」

勇者「あっ、あと魔法使いと戦士も旧知の仲なんだっけ」


猫「その寄せ集めが魔王さまをたおそうなんて、無理な話にゃん」

勇者「べつに魔王退治を命じられてるのは俺たちだけじゃない」

勇者「魔王城探索のためだけに編成された部隊だってあるぐらいだ」


猫「それぐらいなら俺様だって知ってるのにゃん」

猫「だが世間では、魔王さまを討つのは勇者だと言われてるらしいじゃにゃいか」


勇者「それはおとぎ話や作り話の世界だ」

勇者「現実では国の連中が血眼になって魔王を探してる」


猫「では万が一、いや、億が一。
  魔王さまを討つものがあらわれるとしても、それはお前ではないわけだ」

勇者「時と場合しだいとしか言えないな、現状では」


猫「ふん……」

勇者「なんだよ、その目は」

猫「どうにもお前からは覇気を感じられんのにゃん」

猫「お前は本気で魔王さまを討ち取ろうと思ってるのか?」

勇者「……おとぎ話の中の勇者は、魔王をたおすためだけに生きてる」

猫「いきなりなにを言い出すにゃん?」


勇者「俺はおとぎ話の中の勇者じゃないって言ってんの」

勇者「俺の人生は魔王をたおすためにあるんじゃない」

勇者「だいたい俺と魔王のあいだに、いったいどんな因縁があるっていうんだ?」


猫「それを俺様に聞かれても」


勇者「まっ、たぶん闘うことになるんだろうけどな。魔王とは」

猫「……」

勇者「そんな気はする」

猫「ところで勇者」

勇者「なんだよ」

猫「さっきからドアの外で、聞き耳をたててるものがいるぞ」

勇者「聞き耳? 誰が?」

猫「俺様じゃなくて、扉のむこうにいるヤツに聞けにゃん」


僧侶「その必要はありませんよ」


勇者「そ、そそそそ僧侶さん!?」


猫(コイツは人が相手だと、とたんにカッコ悪くなるのにゃん)


僧侶「申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなかったんです」

僧侶「勇者様の様子を窺いにきたら、扉の向こうでとても流暢に話す声が聞こえたので」

僧侶「思わず扉の前で立ちどまってしまいました」


勇者「あ、あはは、そうでしたか」

僧侶「もしかしてひとり言かと思いましたけど、ちがうみたいですね」

勇者「ええ、まあ……」

僧侶「……」

勇者「……」


猫(気まずい、この空間息苦しいぐらいに気まずいっ)

猫(旅を一緒にしてきた人間同士で、よくこんな空間が作れるものだにゃん)


僧侶「その猫の魔物が相手だと、そんなふうにお話できるんですか?」

勇者「……はい、まあ」


僧侶「……ごめんなさい。今の言い方は失礼でしたね」

僧侶「私も実はそれほどおしゃべりは得意なほうではないんです」


勇者「……そうですか」


僧侶「でもそのせいで、後の旅に支障が出るのは困りますよね?」

勇者「そう、ですね……」


僧侶「特に戦闘中にコミュニケーションが取れないって、一番の問題だと思うんです」

僧侶「そこで私なりに考えたアイディアがあるんです。聞いてもらってもいいですか?」


勇者「あ、はい」


僧侶「ハンドサインなんですけど。どうでしょうか?」

僧侶「これならいちいち話さなくてもいいし、一瞬で意思疎通ができると思うんです」


勇者「ハンドサイン、ですか」


僧侶「もちろん状況によっては使えない場合もあります」

僧侶「でも、なにもしないよりはいいかと」

勇者「……いいと、思います」


猫(それから二人は、というか僧侶が主導で話し合いをはじめた)


僧侶「とりあえずはこれで、必要最低限の意思疎通はできるはず」

勇者「僕がミスしなければ、ですよね。あはは」

僧侶「勇者様は時折期待を裏切りますからね……いい意味で」


猫(ふと思ったが僧侶の『いい意味で』は、冗談の類なのかもしれないのにゃん)

猫(非常にわかりづらいが)


僧侶「そろそろ食事の時間ですし、一旦ここまでにしましょうか」

勇者「そうですね……あの……」

僧侶「なんですか?」

勇者「わざわざ……ありがとうございました」

僧侶「…………べつに。こちらこそ、勇者様には申し訳ないことをしました」

勇者「申し訳ないこと?」

僧侶「苦手な私と同じ空間で、しかも二人きり。こたえたんじゃないですか?」

勇者「え、いや、本当に……ありがたいと思ったんです……」


猫(僧侶は勇者をふりかえると、小指を立てて自分のアゴに二回あてた)

猫(そしてなにも言わずに出ていってしまった)


勇者「今のハンドサイン、なんて意味だったんだろ」

猫「『死ねこのクソ野郎』みたいな意味じゃにゃいか?」

勇者「それは絶対にないと思う。それに……」

猫「それに?」

勇者「いや、なんていうか俺が思ってたよりイイヤツなのかもな、僧侶って」


猫「……メスにすこし優しくされただけで、すぐオスはなびく」

猫「人間も猫も、オスがアホなのは変わらんようだにゃん」


勇者「お前だって……ん? そういえばお前ってオスなの?」

猫「なんだ、薮から棒に」


勇者「まさかお前」

猫「な、なんだにゃん?」

勇者「ちょっと見せてくれよ」

猫「は?」

勇者「いいから。なんか無性にお前の性別が気になってきた」

猫「や、やめろにゃん! 触ってくるな!」


僧侶「勇者さま。食事の準備が……」



勇者「こら暴れるな! おとなしくしろっ。そして股間を見せろっ!」

猫「んにゃあああっ!?」


僧侶「……」



猫(このあとどうなったのか、それはご想像におまかせする)


 つづく





戦士「いい腕をしてるね、ここのシェフは」

魔法使い「……相変わらずすごい量食べるよね、戦士」


戦士「野宿のときは腹六分目までしか食べられないんだ」

戦士「街にいるときぐらい、きっちり栄養はとっておかないと」


魔法使い「だとしても食べすぎ。重ねた皿が揺れてるし」

僧侶「でも、おいしいです。とっても」

魔法使い「そうだね。さすが勇者、宿のチョイスが上手だね」

勇者「どうも」


勇者(毎回泊まる宿に関しては、俺が選ぶことになっている)

勇者(宿にはちょっとしたこだわりがあるのだ)


戦士「さて、眠くなっちゃう前に今後の方針について話しておこ」

魔法使い「山を越えてくのは、もう決定なんだよね?」

戦士「うん、問題はそのあと。どの街に行くかだ」


魔法使い「山越え大変だろうなあ」

魔法使い「また足がパンパンになりそう……」


僧侶「山を降りたあとだと港町か」

僧侶「街道を北へまっすぐ行ったところにある『夜の街』ですね」


魔法使い「もう一個街なかった?」

戦士「そっちはすでに向かってる集団がいる。さっき教会で聞いてきた」


勇者(魔王討伐のために編成された隊は公にはされてない)

勇者(でも、実は意外と存在する)


勇者(そしてそれらには、教会への報告義務がもうけられてる)

勇者(ただし、味方どうしでの情報のやりとりは基本的にしない)


戦士「騎士団なのか斥候隊なのかは、当然わからないけどね」

魔法使い「仕方ないとは言え、味方の状況がわからないって少し不便だよね」

僧侶「そのかわり敵に捕まったとしても、情報の漏洩は最小限ですみます」

魔法使い「それはまあ、そのとおりなんだけど」

戦士「猫がウソをついてないなら、『夜の街』に行くべきかな」

僧侶「あの街は過去の争いの名残で、売春や人身売買などが横行してるそうですね」

魔法使い「国も対応できてないのが現状だもんね」


勇者(アナーキーを象徴するような街ってわけか)


戦士「人間の管理がほとんど届いてない場所だし、行く価値は絶対にある」

魔法使い「……戦士、顔がなんかゆるんでない?」

戦士「よくわかったね」

魔法使い「私たちは魔王をたおすために『夜の街』へ行くんだよね?」


戦士「なにを今さら」

戦士「ただまあ、オトコとしては少し興味がわいてしまうよね」

戦士「ねえ、勇者?」


勇者「へ?」


僧侶「そうなのですか?」

勇者「え? い、いや、急に話をふられても」

僧侶「さきほども、猫にいかがわしいことをしてましたけど?」

魔法使い「勇者、なにしたの?」


勇者(なんか猫にしたか、俺?)


僧侶「勇者様は少し特殊なのですね。いい意味で」

勇者「……」


勇者(こういうとき、戦士みたいにサラッと言葉が出る口がうらやましい)


すまん
ちょっと続きで迷ってて今日はここまで
明日の夜はなるべく多く更新する





勇者(現在山で昼食もかねた休憩のさいちゅう)

勇者(山登り。俺もいくつもの山を越えているが正直きらいじゃない)


勇者「……」

戦士「……」

魔法使い「……」

僧侶「……」


勇者(そう。キツイ山を登っていれば自然と口数が減る)


勇者(会話をしなくていい)


勇者(魔法使いなんて、かれこれ三十分以上口をきいてない)

勇者(僧侶はもとから口数がすくないヤツだが、やっぱりつらそうだ)

勇者(戦士はなぜか機嫌がいいみたいだ。鼻歌なんか歌っている)


戦士「大丈夫かい。なんだかみんな元気がないみたいだけど」

魔法使い「……なんで戦士はそんな元気なの?」

戦士「ボクは山が好きだからね」

魔法使い「でも山より海のほうが好きなんでしょ?」

戦士「たしかに露出した肌を拝むのに、海は適してるけどね」

戦士「海。苦手なんだよね」

魔法使い「苦手?」

戦士「うん。ボク、あまり泳ぎが得意じゃないんだよね」


勇者(なんか意外だ)


勇者(……そうだ。今のうちにすましておこう)


僧侶「勇者さま。どちらへ?」

勇者「……」

僧侶「……なるほど」


勇者(ハンドサイン、便利だな)

勇者(これなら俺でも、ある程度は普通に意思疎通できるぞ)





猫「パーティからはなれてなにをするかと思えば、小便か」

勇者「ついてきたのか」

猫「俺様はいつでもお前の首をねらっている」

勇者「無理だよ。優位に立ったぐらいで浮き足たつようなヤツにはな」

猫「隠していたが、実は俺様には奥の手があるんだにゃん」

勇者「お前には足しかついてないぞ」

猫「そういう意味じゃない」

勇者「しかし、ハンドサインって便利だな」

猫「そういえば、僧侶に送ったサインはなんだったんだ?」

勇者「『トイレ』」

猫「……にゃるほど」

つづく





サキュ「で、結局あたしの水晶は役に立たなかったってわけ?」

?「そうでもありません。数秒間、勇者たちの意識を奪うことに成功してました」


サキュ「数秒間だけ? あたしの魔力をたっぷりと吸わせた水晶なのに?」

サキュ「普通の人間なら、人形みたいになっていてもおかしくないのに」


?「相手は勇者たちです」

サキュ「まっ、一筋縄じゃいかないってことね」

側近「んなことより、魔王様の傷はまだ治らねえのかよ?」


?「様々な癒し手に試させましたが、やはり天敵とも言える勇者につけられた傷」

?「そう簡単には治らないようです」


側近「こうなったら俺たちの出番なんじゃねえの?」


姫(なぜ私の部屋で会議じみたものを……)



側近「魔王様が動けない今、俺たちが勇者を始末する……どうよ?」

サキュ「アンタはてきとうに理由つけて勇者と戦いたいだけでしょ?」

側近「どっちにしてもヤることは決まってんだ。だったら早い方がいいだろ」


サキュ「あのねえ。あたしは魔術研究機関に探り入れるので忙しいの」

サキュ「それ以外にもやることは山積みだしー」


側近「じゃあ俺一人でヤる。それなら文句はないだろ?」


?「しかし、相手は仮にも勇者。一人で相対するのは危険かと」

?「あなたの雑務、私が引き受けましょう」


サキュ「……本気で言ってんの?」

?「ええ」


サキュ「んー、まあ戦うのはいいんだけど」

側近「……お前、またセコイ手を考えてんのか?」

サキュ「だって、真っ正面から戦う必要はないじゃない」

側近「ガチンコ勝負がしてえんだよ、俺は」

サキュ「セコイ手に籠絡されるような連中だったら、勝負するまでもなくない?」

側近「……言われてみりゃそうだな。雑魚には興味ねえ」

サキュ「じゃ、そういうことで決定ね。でも」

?「どうかしましたか?」

サキュ「アンタはアンタで例の装置の開発、やらなくていいわけ?」

?「なんとかなりますよ、おそらくですが」


側近「いやあ、ひさびさにイイ血が流せそうで楽しみだぜ」

サキュ「うわあ。物騒だこと」

側近「物騒? 流した血は勲章だろ?」

サキュ「……それを言うなら汗でしょ、アホ」

側近「いちいち細けえヤツだな。そんなんじゃ小じわが増えてく一方だぞ」

サキュ「はあ!? 増えてないし! そんな年齢でもないし!」

?「二人とも、落ち着いてください。姫様が困惑してらっしゃいます」

側近「あ? なんでこの嬢ちゃんがここにいんだよ?」

姫「……」

?「ここはいちおう彼女にあてがわれた部屋ですから」


姫「敵の目の前で、よくペラペラとおしゃべりできますね」

側近「敵? 誰のこと言ってんだ?」

姫「……私に決まっているでしょう?」

側近「……ひひひっ」

姫「な、なにがおかしいのですか?」

側近「ひひっ……ふははははっ!」

側近「おいおいテメエは笑いの天才か!? 俺を笑い死にさせようってか!?」

姫「なっ……」

側近「片腹、いや、両腹が痛えぞ。血がにじむ痛みも、外の世界もなんにも知らねえ小娘が」

側近「俺たちの敵だって? 最高のジョークだな」

姫「わ、私は……」

側近「大声で笑ったら腹がすいた。メシを食ってくる」



?「私もこれで失礼します」

姫「……」

サキュ「あなたのジョーク、受けてよかったねー」

姫「私は冗談なんて……」

サキュ「でしょうね。悔しそうな顔してるし」

姫「あなたたちは勇者に勝てるって、本気で思ってるの?」


サキュ「勝てる勝てないって、この場合関係あるわけ?」

サキュ「あたしらの生きていける世界はどんどんなくなってく、人間のせいでね」


姫「……」

サキュ「だったら生き残るために抗うしかないじゃない?」


サキュ「まっ、人間からしたら魔物は悪魔みたいなものだし。理解できない感覚よねー」

サキュ「あたしも昔はあなたと同じで、魔物はコワイ存在だって思ってたもん」


姫「……え?」


サキュ「でも。そういう価値観なんていいかげんなもんよ」

サキュ「姫様ってさあ、あたしはすんごくカワイイと思うのね」


姫「な、なにを急に言いだすのよ? あ、あとなんでくっつくの?」

サキュ「姫様のすべすべの肌を堪能しようと思って」

姫「意味がわからないわ」

サキュ「ねえ、美人の基準ってなんだと思う?」

姫「唐突すぎます。なにが言いたいの?」

サキュ「いいからさあ、考えてみてよ」


姫「そういう基準って、結局人それぞれでしょう?」


サキュ「まあね。世の中にはいろんな好みがあるからねえ」

サキュ「ちっちゃい足がステキとか、ウエストが細いのが最高とか」

サキュ「体重が200キロ越えないと愛せないとか」


姫「そ、そんな人がいるの?」

サキュ「あたしのことだけど」

姫「え」


サキュ「アレはいいよお。200キロを超えた抱き心地のよさとか、もうね」

サキュ「抱きしめた瞬間、肉汁が毛穴から出そうになるスリルとか」


姫「う、ウソでしょう?」

サキュ「うん、ウソ」

姫「……」


サキュ「でもさあ、美人にも一般的な基準はあるじゃない?」

サキュ「ムダに肥えてる人は、美人って言われないでしょ?」


姫「世の中にはふくよかな人を美人と扱う国もあるわ」


サキュ「そのとおり。ねえ、不思議じゃない?」

サキュ「同じ人間でも、国がちがうってだけで美人が変わるのよ」


姫「文化や風習は国ごとにちがうんだから、当然のことです」

サキュ「じゃあさ、どうやって美人の基準はできるの?」

姫「それは……」


サキュ「答えは簡単。国の統一者が一言、こう言ったから」

サキュ「『オレは腰が細い女が好きだ』ってね」


姫「……どういうこと?」


サキュ「王様がそう言ったら、当然女たちは取り入ろうとするでしょ?」

サキュ「で、そういうおエライさんの好みは時代の流れといっしょに廃れてく」

サキュ「でもその名残が、風習や文化として人々に根づいてく」


姫「そんなことで……?」


サキュ「突き詰めれば文化や風習、人の価値観なんてみんなそうよ」

サキュ「勝手に植えつけられたものを、人は自分の意志と勘違いしてるだけ」

サキュ「あなたが魔物を敵と認識してるのも、あるいはね」


姫「……なにが言いたいの?」


サキュ「あなたの意思、それってホントにあなたの意思?」


姫「……!」


サキュ「んじゃ、あたしもそろそろ行くわー」

姫「待って」

サキュ「なあに?」

姫「あなたは……これから勇者たちと戦うの?」

サキュ「ええ――私の意思でね」

姫「……」


姫(『あなたの意思、それってホントにあなたの意思?』)

姫(私は……私は……)


訂正

>>352
サキュ「ええ――私の意思でね」

サキュ「ええ――あたしの意思でね」





魔法使い「はぁはぁ……あのさ、ひとつ言ってもいい?」

戦士「なんだい?」

魔法使い「さっきから逃げすぎじゃない!?」

僧侶「体力や魔力の温存のためですし。しょうがないかと」

魔法使い「でも魔物から逃げるために、結局走るんだよ?」

戦士「走らなきゃ逃げれないからね」

魔法使い「山道で走るぐらいなら、やっつけたほうが絶対にラクだよ!」


戦士「ずっと走ってたわけじゃないでしょ?」

戦士「それに、魔物と交戦したら魔力の消費はさけられない」


僧侶「人体の回復において、魔力はもっとも優先順位が低いものですからね」

戦士「魔力なしでも人間は生きていけるからね」


勇者(まあそのおかげで、予定よりもすこし早く到着したけどな)

勇者(『夜の街』に)


魔法使い「その魔力回復について、私から提案!」

僧侶「なんですか、そのビンは?」

戦士「なんかブクブク泡立ってるんだけど」

魔法使い「それは強炭酸。あやしいものじゃないよ」

勇者(飲み物の色じゃないぞ、これ)


魔法使い「魔力の回復を促す、私が独自に開発した薬!」

魔法使い「これを飲めば、魔力は一日で全回復まちがいなし!」


戦士「ボクは遠慮しておくよ。あとがコワイからね」

魔法使い「どうせそう言うと思った。じゃあ勇者は?」

勇者「げっ! ボク、ですか?」

魔法使い「『げっ!』ってなによ。信用ないなあ」


勇者(なんで俺にふるんだよ!)

魔法使い「効き目があることは、たぶんまちがいないから大丈夫!」

勇者「そういうの作るなら、からだを成長させる薬品でも作ればいいのに」

魔法使い「今、なんて……?」

勇者(あ、こころの声が出てしまった)


戦士「勇者は口数少ないくせに、一言多いんだよねえ」

猫「ムダにタチが悪いヤツだにゃん」


勇者「い、いや! 今のは誤解です! ほ、本当は……!」

魔法使い「本当は?」

勇者「えっと……」


勇者(適切な言い訳が出てこねえ!)


魔法使い「飲んで」

勇者「え?」

魔法使い「申し訳ないって思うなら、このクスリ、飲んでよ」

勇者(ええー、それはちょっとちがうんじゃあ……)

魔法使い「露骨に不満そうな顔しない!」


僧侶「勇者様は言葉に出さないのに、顔にはすぐ出ますよね」

戦士「一番損する性格だよ」


勇者(結局俺は魔法使いの得たいの知れないクスリを飲んだ)

勇者(自分に味覚があること。そのことを後悔したくなるような味だった)


魔法使い「あんまり人がいないね」

戦士「国の管理が行き届いてない関係で、魔物に荒らされたりしてるからかな」

僧侶「それでも夜になると、この街は表情を変えるって言われてます」


勇者(今は半分以上閉まってる店たちも、夜には……)


僧侶「勇者様、ほっぺがゆるんでますよ」

勇者「そ、そんなこと……な、ないですよ?」

戦士「ボクら男にとっては、興味深い街だ。仕方ないね」

僧侶「ふーん」

魔法使い「いやらしい」


勇者(なんで俺だけ!?)


魔法使い「とりあえず、宿を探さないとね」

僧侶「お世辞にも治安がいいとは言えない街です。慎重に選びましょう」



戦士「勇者、ちょっと」

勇者「なんですか?」

戦士「今夜は女子とは別行動をとろう」

勇者「……どうして?」


戦士「言わせないでよ。ここは『夜の街』、そしてボクらは野郎だ」

戦士「旅に潤いと刺激は必要でしょ? この街にはそれがある」


勇者「でも、俺、見知らぬ女性と話すのはちょっと……」

戦士「問題ない、ボクにまかせな」

勇者「うっす」


勇者(なぜか戦士が異様に頼もしく見えたのであった)

今日はここまで





勇者(やるべきことを済ましたころ、街は夜の顔を見せ始めていた)

勇者(で、さっそく『夜の街』へ繰り出した)


戦士「どうしたんだい勇者? 顔がこわばってるよ」

勇者「あのふたりが気になって」


勇者(僧侶と魔法使いの目、なんかコワかったなあ)


戦士「あのふたりでは、色に目がくらんだボクは止められないよ」

勇者「さいですか」

戦士「それに、見てごらんよ」

戦士「昼間はあんなに閑散としていた街も、なんてにぎやか!」


勇者(人が多いとことか、騒がしいとこって好きじゃないんだよな)


「お兄さんたち、目がもうアレになってるよ!」

「どうです? お客さんの好み、うちなら絶対いるよ」

「とりあえず寄ってけよ! 損は絶対にしないって!」



戦士「いかつい人多いね。このマスラオたちは、癒しを求めて港町から来たのかな?」

勇者「……帝都みたいだ」

戦士「帝都と言えば、姫様のことが気になるね」

勇者「……」

戦士「すごいね。一瞬で顔が青くなった」


勇者(姫様がさらわれて、お偉方にボコボコにされたのを思い出した……)


戦士「キミは姫様と懇意の仲だって聞いたけど、実際どうなの?」

勇者「いや、まったく」


勇者(謁見こそ何度もしてるけど、まともにしゃべれたことがない)

勇者(……姫様、本当に大丈夫かな)


戦士「ボクも一度でいいから、実際にこの目で見てみたいね」

戦士「とんでもない美人なんだろ?」

勇者「まあ……」


勇者(美人だからよけいに話しづらいんだよなあ)


姫『――ということが、あったんですよ』

勇者『……』

姫『勇者、私の話聞いてくれていますか?』

勇者『お、おっふ……』

勇者(こんなやりとりを何度したことか)


戦士「姫様についてはまた今度聞こうかな」

戦士「すでにボクらは、ステキな女性に目をつけられてるからね」

勇者「は?」


女「お兄さんたち、ぜひウチに来てきてくださいよー」


戦士「この街に来たのは初めてでさ、観光中なんだよね」

女「だいじょーぶ。常連さんじゃなくても、たっぷりサービスしますよん」

勇者(会話が噛みあってないぞ)


戦士「この街についても詳しく聞きたいな」

女「個室もありますし指名もできますよー。あっ、ママは無理だけど」

戦士「だってさ」

勇者「ま、まだ心の準備が!」

女「どうしちゃったの、お兄さん?」

戦士「彼、極度の人見知りなんだ」

女「じゃあ、あたしを指名してくれたらオッケーだよ!」

勇者(なにがオッケーなんだ!?)

女「かわいいなあもうっ! 顔まっかっかだし!」

勇者(『まっかっか』ってなに!?)

女「じゃ、お店まで案内するからついてきてー」


勇者「せ、戦士……」

戦士「今さら帰ろうとか言わないでよ」

戦士「キミは勇者だ。色の一人や二人、こさえていたほうがハクがつくさ」

勇者「いや、でも俺は……」

戦士「これは情報収集のためでもあるんだ」

勇者(適当なことを。絶対についでだろ)


女「お兄さんたち、なあにをコソコソ話してんの?」

戦士「彼、こういう店は初体験でね。気後れしてるんだよ」

女「めずらしいねえ。でもだいじょーぶ、あたしにまかせて」


勇者(女が俺の腕に自分のそれをからめた。逃げられねえ)

勇者(ていうか胸が! 胸がっ!)


勇者(店に入って俺と戦士はわかれた。個室に女と入る俺)

勇者(ていうか、ここってどういう店?)


女「緊張してるでしょ、お兄さん」

勇者「ま、まあ……」

女「こんなにウブな人、この街じゃめずらしいよ」

勇者「あ、いや、はい」


勇者(なぜ話すだけなのに、こんなに密着してるんだ!?)


女「お兄さん、お酒はー?」

勇者「お酒……?」

女「うん。あんまり飲めないっていうなら、水割りでもいいよん」

勇者「えっと……じゃあ、それで……」


女「ねえ、お兄さんはなにしてる人なのー?」

勇者「そ、それは……」

女「あ、もしかして言えない感じ? だったらいいよ、無理に答えなくて」

勇者「……すんません」



勇者(ダメだ。なにを話せばいいのか、見当もつかない!)

勇者(『なんでこんなお店で働いてるんですか?』とか?)

勇者(……もし返ってきた答えが重かったら困る、これは却下)

勇者(『キミかわうぃーねえ!』……絶対ちがうな、これ)

勇者(こんちくしょうめ! なぜ俺の舌と頭はこんなにも回らないんだ!?)



女「はい、あたしの特別カクテル。めしあがれー」

勇者(とりあえずアルコールの効果に期待しよう)


勇者「……」

女「どう? お酒つくるの下手っぴなんだよね、あたし」


勇者(緊張のせいか、全然味がわからない)

勇者(ていうか、なぜかキモチわるくなってきた……)


女「顔色がすごいことになってるけど。そんなにまずかった?」

勇者「いや……ちょっとお手洗い……借りて、い、いいですか……?」

女「お手洗いなら個室を出て、右手にずっと進めばありますよー」

勇者「すんません……」





女「……毒が回るまで30秒ぐらいかなあ?」

女「最後の30秒。せいぜい堪能してね、勇者」





「テメエ! 今明らかにイカサマしただろ!?」

「あぁっ!? おまえの目は節穴か!? いやケツの穴か!?」

「はあっ!? うちの犬にカマ掘らせんぞ!」



「うわっ、お前もあの店体験しちまったのかよ」

「これで俺とお前は穴兄弟ってわけだ」

「これ以上穴兄弟が増えるのは勘弁だぜ」

「そのうち穴イトコまで登場するかもな」



猫「ったく、騒がしい連中が多い店だにゃん」

僧侶「料理の質そのものはいいんですけどね、この店」

魔法使い「……」


魔法使い「絶対いかがわしい店に行ったよね、あの二人」

僧侶「戦士様の様子を見るかぎり、そうなのでしょうね」

魔法使い「もうっ、魔王退治の旅の最中だっていうのに」

猫「あの二人は情報収集に行ったんじゃないのかにゃん?」

魔法使い「それは建前。あの二人は今ごろお楽しみだよ」

僧侶「それにしても。この街だと情報収集が難しいかもしれませんね、私たちでは」

魔法使い「うかつに話しかけると、水商売の人と勘違いされちゃうもんね」

猫「オッサンに連れてかれそうになってたな、魔法使い」

魔法使い「……ほんと、ビックリしちゃった」


僧侶「この街では『そういうこと』がめずらしくないのでしょう」

僧侶「ほかにも、この街には見世物小屋もあるようです」


魔法使い「なんでもありの街なんだね。はぁ……」

猫「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」

魔法使い「苦手なんだ、こういう雰囲気」

僧侶「少々騒々しいかもしれませんね」

魔法使い「うるさいのは問題ないの。ただ……」

猫「ただ?」

魔法使い「無秩序でやりたい放題荒れ放題みたいな感じが、ちょっとね」


魔法使い「自分で言うのもなんだけど。私、大事に育てられたから」

魔法使い「なんだか信じられなくて」

魔法使い「こんな街に自分が来ることも。こういう街があることも」


僧侶「初めて見世物小屋を拝見したときは、私も似たようなことを考えました」

魔法使い「行ったことあるの?」

僧侶「ええ。実際にそこでなにが行われているか、この目で確かめたかったんです」

魔法使い「見世物小屋って……その、すごいんだよね?」

僧侶「見世物の種類は様々ですが。代表的なのは奇形児などでしょうか」

魔法使い「ひどい話だよね」

僧侶「……そうでしょうか?」

魔法使い「え?」


僧侶「モラルの面から見れば、ひどいことかもしれません」

僧侶「ですが見世物小屋は必要な場所だと思います、私個人は」


魔法使い「必要? どうして?」


僧侶「たとえば、奇形児と呼ばれる人たち」

僧侶「肉体の関係で、彼らには金銭を稼ぐ手段がほぼ存在しません」

僧侶「そんな彼らから見世物小屋を奪ったら?」


魔法使い「それは……お金を稼ぐ手段がなくなっちゃうけど」

魔法使い「でも、女の人が自分のからだを売るのは……」


僧侶「それさえも、生きる手段です」

僧侶「私たちが自分たちの魔術を活かして、日々を生きているように」

僧侶「彼女たちは、自分のからだを武器に生きているのです」


魔法使い「……自分のからだを武器に、か」

僧侶「……」

魔法使い「……僧侶ちゃんってさ」

僧侶「はい」

魔法使い「考えた大人だよね。私なんかよりも、ずっと」

僧侶「ほめ言葉として受けとっておきます」


魔法使い「じゃあ風俗法が制定されたら、困る人も出てくるってことか」

僧侶「ええ、確実に」

魔法使い「……物事はいろいろな角度から見なきゃ、ダメ。
     わかっていて当然なのにね、こんなこと」

僧侶「難しいですよね、世の中って」

魔法使い「うん、とっても」



魔法使い「そういえば、はじめてだよね。二人だけで話すのって」

僧侶「言われてみれば」

魔法使い「よかったかも、あの二人がいなくて」

僧侶「あの二人って、勇者様と戦士様ですか?」

魔法使い「うん。おかげで、こうやって僧侶ちゃんとお話できてるんだもん」

僧侶「……」

今日はここまで


僧侶「……私と話をしていて楽しいですか?」

魔法使い「どうしたの急に?」

僧侶「正直、私も勇者様ほどではありませんが会話が苦手なので」

魔法使い「僧侶ちゃんもそういうの、気にするんだね」

僧侶「……」

魔法使い「あっ、ごめん。ちょっと失礼だったよね」

僧侶「似たようなことを、ときどき誰かに言われたりします」


猫(言われるだろうにゃあ。俺様からしても意外だにゃん)


魔法使い「人間、なにで人を傷つけるかなんてわかんないもんね」

魔法使い「勇者がおしゃべり苦手なのも、そういう理由が関係してるのかも」


僧侶「さらっと余計なことを言いますけどね」


魔法使い「たしかにね。でも、あんまり気にしないほうがいいと思うなあ」

魔法使い「ほら、戦士を思い浮かべてよ」


僧侶「戦士様、ですか?」


魔法使い「あいつはいつも飄々としてるじゃない?」

魔法使い「今日だって急にいなくなったと思ったら、汗だくで帰ってきたりしてるし」


僧侶「あの人はいったいなにをしてるのでしょう?」

魔法使い「ねっ、謎だよね」


魔法使い「まあでも、戦士のマイペースさは見習うべきなんじゃないかな?」

僧侶「そうかもしれませんね」


魔法使い「それに、私はよかったと思う。僧侶ちゃんと話せて」

魔法使い「自分が見落としてることに、気づかせてくれたし」


僧侶「えっと……ありがとうございます」


魔法使い「いえいえ、どういたしまして」

魔法使い(僧侶ちゃんのこの顔、ちょっと照れてるのかな?)

魔法使い「さっ、せっかくだしお酒でも飲もうよ」


僧侶「アルコール……」

魔法使い「もしかしてお酒、苦手?」
?


僧侶「苦手というより、ほとんど飲んだことないです」

魔法使い「へえ、なんか意外かも」

僧侶「意外ですか?」

魔法使い「うん。なんとなくお酒に強そうなイメージだったから」

僧侶「いちおう私も神に仕える身で、お酒は控えてるんです」

魔法使い「そっか、戒律があるもんね」

僧侶「とは言っても、守ってる人はそんなにいないんですけどね」

魔法使い「じゃあ飲もう。だいじょうぶ、神様のかわりに私が許す」

僧侶「じゃあ、すこしだけ」


魔法使い(酔ったらどうなるのかな? ていうか酔うのかな?)


魔法使い(20分後。とりあえずカクテルからスタートしたんだけど)


魔法使い「大丈夫? 顔がすこし赤くなってきてるよ?」

僧侶「言われてみると、すこし顔があついですね。でも大丈夫ですよ」

魔法使い「……どこまで話したっけ?」

僧侶「お父様とケンカしたところまで、だったと思います」


魔法使い「そうそう、そうだったね」

魔法使い「本当はそのまま学校に残って、そのまま研究職に就く予定だったんだ」

魔法使い「だけど、なんだかそれじゃダメな気がしてさ」

魔法使い「お父さんの反対を押し切ってギルドに入っちゃったんだよね」


魔法使い「お父さんは研究員で、普段はほとんど家に帰ってこないんだ」

魔法使い「だから思わず言っちゃったの。『父親ヅラしないで』って」


僧侶「へえ」

魔法使い「……ごめん。この話、退屈じゃない?」

僧侶「いえいえ。私から聞いたことですし」


魔法使い「ならいいんだけど」

魔法使い「それにしても。ヒドイこと言っちゃったよね、お父さんに」


僧侶「気にするでしょうね」

魔法使い「気にするかな? 箱入り娘の私の言葉だよ」

僧侶「実の娘の言葉です。どっちにしてもバレてたわけですし」

魔法使い「父親ヅラしてるっていうのは、私の言いがかりだけどね」


僧侶「しかし、普段会っていない魔法使い様でさえ指摘したことです」

僧侶「おそらくお母様も気づかれているでしょうね」


魔法使い「お母さんはお父さん大好きなんだよね。だから、気にしなさそう」

僧侶「どうでしょう。私がまだ見習いだったとき、教会で相談を受けたことがあります」

魔法使い「へえ、教会ってそんな相談も受けるんだ」

僧侶「雑談の延長といった感じでしたけど、本人はとても深刻そうでした」

魔法使い「悩むぐらいだったら、普通に接してあげればいいのに」

僧侶「いちおう人の目を気にしすぎない方がいい、とアドバイスしておきました」

魔法使い「人の目? ……なんかさっきから会話が微妙に噛みあってないような」


僧侶「お父様がかつらをしてるって話でしょう?」


魔法使い「ちがう! 『父親、ヅラしてる』じゃなくて! 『父親ヅラしてる』だから!」


僧侶「へえー、そうですか」

魔法使い「なんか会話に違和感あるなと思ったら……相当酔ってるね」


客A「おっ、お姉ちゃん。いい感じにできあがってるね」

客B「せっかくだし俺たちと飲まない? もっとイイ店紹介するからさ」


僧侶「はあ、誰ですかあ?」


魔法使い(うわっ。僧侶ちゃんがこんな状態のときにナンパなんて)


魔法使い「けっこうです。私たち、女だけで粛々と飲んでるので」

客A「お前は誘ってねえよ。つーか、なんでガキがこんな店にいんだよ?」

魔法使い「……あのね。またこのパターンって感じなんだけど私は……」

客B「わかったわかった。じゃあ、おめえも連れてってやるよ」

魔法使い「そうじゃなくて! ていうか勝手に彼女を連れてこうとしないで!」


  「婦女子に狼藉を働くとはな。男の風上にも置けんクズめ」


客A「あ? 誰だよアンタ?」

魔法使い(騎士……しかも女の人)


女騎士「私か? 私は騎士だが。貴様が覚えるのは私なんかのことではない」

客B「なんだか知らねえが、水差すようなマネを――え?」


魔法使い(一瞬だった。その騎士さんは客の腕をつかむと、テーブルに突っ伏させた)


客B「痛えよっ! なにすんだよ!?」


女騎士「貴様のようなヤツには、これが一番効くだろう」

女騎士「……大丈夫か? 怪我は?」


魔法使い「あ、大丈夫です。その……わざわざすみません」


女騎士「気にしなくていい」

女騎士「困っている人がいたら助ける、それが騎士として当然の務めだ」


魔法使い(絵に書いたような騎士さんだ)


女騎士「礼のかわりと言ってはなんだが、ひとつ聞きたいことがある」

魔法使い「私で答えられることだったらなんでも」


女騎士「実は――」

魔法使い「!」


魔法使い(その騎士さんが続きを言おうとしたとき)

魔法使い(遠くから雷鳴にも似た爆音が、はっきりと聞こえた)


女騎士「なにかあったようだ。私は様子を見てくる」

女騎士「もしなにかあったとしたら、この街は混乱に陥る。安全な場所へ避難してくれ」


魔法使い「一人じゃ危険かも。私も……」

女騎士「その連れはどうする気だ?」

僧侶「んー?」

魔法使い「あっ……」

女騎士「心配しなくていい。私なら問題ない」


魔法使い(それだけ言うと、騎士さんはすぐに店を飛び出していった)





女(まさかここまで容易に事が運ぶなんてね)

女(まっ、あたしはサキュバスだし。この店に誘導することなんて朝飯前)

女=サキュ(拝んでおこうかしら? トイレで野垂れ死んでる勇者の顔を)



戦士『勇者! おい勇者! しっかりしろ!』



サキュ(あの声、勇者と一緒にいた男ね)

サキュ(ついてる。ついでにこの男も始末して――)


キイイィッ……


サキュ「……あら」

戦士「やあ」

サキュ「お兄さん、こまりますぅ。そんな物騒なもの、しまってください」


戦士「ボクの剣よりキミのツメのほうが、おっかなそうだけどね」

サキュ「これはネイルチップ。オシャレですよ」

戦士「だったらおかしいな。そのオシャレ爪、なんでこっちに向けるの?」

サキュ「お兄さんがあたしの喉元に剣を突きつけてくるんだもん」


戦士「……ったく、してやられたよ」

戦士「魔物がこんな店で働いてるなんてね」


サキュ「意外なのはこっちも同じ」

サキュ「ずいぶん冷静よね。勇者はとっくに息してないのに」


戦士「なに、彼は勇者だ。一度くたばったぐらいじゃ、死にはしないよ」


サキュ(ハッタリ? どっちにしても勇者は回収するべきね)


サキュ(隙も油断もない。それでいて、どこかリラックスしている)

サキュ(こういう状況に慣れてるってことね。でも)


戦士「っ!」


サキュ(あたしの能力であなたのからだは、一瞬だけど確実に硬直する)



戦士「しまっ……!」


サキュ「じゃあね、勇者はいただいていくわ」


つづく





魔法使い(僧侶ちゃんの酔いを強引に魔術で解いて、爆発音がしたとこへ向かった)


僧侶「よかったのですか、猫を行かせて」

魔法使い「あの子しか勇者と戦士は探せないでしょ?」

僧侶「逃げるかもしれませんし何をしでかすか、わかりませんよ?」


魔法使い「あの子の首輪は、いざとなったら爆発させることができる」

魔法使い「猫ちゃんも、そのことは知ってる」


僧侶「……そうですか」


魔法使い(思いっきりウソ。あの子の首輪にそんな機能はついてない)



戦士「おーい! 魔法使い、僧侶ちゃん!」


魔法使い「戦士! よかった、すぐに合流できたんだね」

猫「俺様の鼻が優秀だからにゃん。すぐに居場所はわかった」

魔法使い「お楽しみだったとこ、ジャマして悪かったね」

戦士「どうしたの、魔法使い? 顔が怖いよ?」

魔法使い「べつに。カワイイお姉さんとイチャイチャしてたんでしょ?」

戦士「それどころじゃなくなった」

魔法使い「どういうこと? あと勇者は?」

戦士「敵にさらわれた」

僧侶「……え?」


僧侶「さらわれたって……」

戦士「勇者の死ぬほどマヌケな話はあとで話すよ。それよりも今は」


   「グルルルゥ……」  


猫「この魔物たち、どこからこんなに湧いてきたにゃん」

魔法使い「しかも見たことない魔物ばかり」

僧侶「さっきの爆発音、この魔物たちの仕業でしょうか」

戦士「さあね。とりあえず、コイツらが街で暴れることだけは避けないと」

魔法使い「全開バリバリでいくよっ! 爆発されたくなかったら、猫ちゃんも協力してね」

猫「しゃあない、今だけだぞ」





側近(雑魚を送ってみたが、なるほど)


戦士「ちょろいっ!」

側近(あの野郎は適度に魔術を使いって牽制しつつ、剣で仕留めるスタイルか)


魔法使い「戦士どいてっ!」

戦士「のわぁっ!?」

側近(あの女は魔術一辺倒の後衛タイプ。接近戦には弱いのは明白)


魔法使い「あの魔物、すばしっこい!」

戦士「ていうか狙うなら、ボクがいないとこにしてよ」


僧侶「あの魔物は私がとめます」

魔法使い「あっ、ナイス僧侶ちゃん! とまった!」

側近(ほう。あのシスター、おもしれえな。どんな術を使った?)

側近(あの雑魚、名前は忘れちまったが。動きだけはムダに俊敏なのにな)


魔法使い「この調子でいけば、被害も出さずにすみそうだね。って、魔物が……」

戦士「連中、逃げる気だね。追うよ」


側近(コイツら。そこらの有象無象じゃ敵わないな)

側近(だが、それだけのこと。つーか勇者が見当たらねえ)

側近(サキュにやられたか? まあいい)



側近「すこしは楽しめそうじゃねえか!」



戦士「!」


猫「お前は……」

側近「よお、猫。ひさしぶりだなあ」

僧侶「あのリザードマン、あなたの知り合いなのですか?」

猫「ヤツは魔王さまの側近にゃん」

僧侶「側近……!」

魔法使い「それよりも、早く魔物を追わないと」

戦士「いや、コイツの始末が先だ」

側近「そうだ。雑魚にかまってる場合じゃねえよ、お前ら」

戦士「おりてきたら、とりあえず。
   人ん家の屋根から、見下ろしてないでさ」

側近「言われなくても。だから、すこしは楽しませろよ」





戦士(リザードマンは決してめずらしい魔物じゃない。だけど、コイツ)

戦士(からだが一回り以上大きい。それに肌に刺さるような魔力)


戦士「魔法使い、今はほかのことは考ないほうがいい」

魔法使い「だけど」

戦士「街のことなら大丈夫。いちおう手は打ってある」

側近=リザードマン「隙を見せるなよ。見せるなら気迫にしろ、そして俺を楽しませろ」


 月明かりを背に屋根で佇んでいたリザードマンが跳躍する。
 地面に着地すると同時に、こちらへと飛びかかってくる。


戦士(はやい。この距離を一瞬で――)


 顔面に迫ってくる拳を、身をそらしてなんとかやりすごす。
 しかし、避けた先から次の拳が打ち出される。


戦士(反撃する隙がない)

魔法使い「戦士!」


 横っ飛びで拳をかわした戦士の背後から、いくつもの氷針が敵目がけて飛んでいく。
 直撃こそしなかったが、はじめてこちらに反撃のチャンスができた。


戦士「ナイス魔法使い!」

 剣先から放たれた炎の塊が夜闇を押しのけ、リザードマンを飲みこむ。だが。

魔法使い「ウソ……」


 轟々と燃えあがる炎が口を開き、瞬く間に霧散した。


リザード「ぬるい、ぬるすぎる! こんなんじゃあ熱くなれねえ!」

戦士(あの魔物の鱗、そして魔力。どうやら魔術に対して、相当の耐性があるね)


僧侶「強い……!」

猫「ヤツは魔王さまに仕えるものの中でも、随一の戦闘力を誇る」

猫「普通にやりあって勝つのは難しいだろうにゃん」

戦士「まったく。そういうことは先に言ってよ」

猫「お前らの味方じゃないなんでな、俺様は」

戦士「ああ、そうかい。ピンチな状況なんだけどね、猫の手を借りたいぐらいには」

リザード「オレの前で軽口叩くなんてな、余裕じゃねえか」

戦士「まさか。余裕なんてカケラもないよ」


戦士(僧侶ちゃんと魔法使いのバックアップしてもらいながら……え?)


 リザードマンが、文字通り視界から消えていた。


リザード「リーチ! 一発! ドラドラ!」
 

 気づいたときには、からだが宙を舞っていた。
 激痛が全身を締めあげ、受身すらとれず、背中から落ちる。
 戦士はようやく理解した。自分が敵の拳を受けたのだと。


魔法使い「このっ!」

リザード「氷の針じゃ効かねえんだよ! その程度じゃあなっ!」


 魔法使いが作ってくれた隙をついて、飛び起き、すばやく敵と距離をとる。


リザード「はっきり言ってやる。お前、弱いな」

戦士「……」


 敵は追撃してこない、完全になめられている。


僧侶「戦士様の回復、もう終わります」

戦士「助かったよ。痛すぎて困っていたとこだ」


魔法使い「こうなったら……!」

リザード「へえ。マントの内側は騒がしいな。すげえ数の杖だ」

魔法使い「見せてあげる――私の術」


 魔法使いがマントの裏に隠していた杖を、次々と地面へと投擲する。
 地面へと突きたった杖が、瞬時に爆ぜ、生じた煙が敵の足首にからみつく。


リザード「これは……」


 敵の注意が足元へとそれた。地面を蹴って、敵の真ん前へと降り立つ。
 剣を振りおろす、ねらいは敵の腕だ。


戦士「!」

 戦士の剣は、硬い鱗に覆われた腕を切るには至らなかった。

リザード「おしい。だが」

 それどころか、徐々に剣が押し戻されていく。


 不意に敵の顔に、戸惑いにも似た感情がちらつく。

戦士(押し返す力が弱くなった。僧侶ちゃんの術か)

 そのまま重心を右足に置き、強引に腕を切り裂こうとしたときだった。



    「意外と手こずってる感じ?」



 突然上から降ってきた声に、意識を奪われたのがまずかった。
 敵の腕に剣ごと振り払われ、戦士は大きく吹っ飛ぶ。


サキュ「なんかピンチそうに見えたからさあ、来ちゃった」

リザード「どこがピンチだ」

サキュ「それに。仲間のピンチに駆けつけて加勢するのって王道でしょ?」

戦士「……この状況で敵の増援。しかも、彼女か」

魔法使い「ちょ、ちょっと待って。あのサキュバスが担いでるのって」


勇者「」


僧侶「勇者様、ですね」


リザード「勇者、伸びちまってんのかよ」

サキュ「伸びてるっていうか、くたばってる」

リザード「はあ!? ……んだよ、その程度だったってことか」


魔法使い「ていうか本当にさらわれてたの!?」

戦士「だからそう言ったじゃん。しかしうちの勇者はさすがだよ」

戦士「遅れて登場するまでは定番だけど、敵に担がれて登場するなんてね」

猫「相変わらずダサいにゃん」


リザード「さて、頼んでもねえ味方も来たし。遊びは終わりだ」

サキュ「失礼しちゃう。来たからには、好きにヤラせてもらうけど」
 
サキュ「アンタはまず、その拘束をされた足をどうにかしてよね」

リザード「こんなもん、こうすりゃいい」

魔法使い「あっ……」


 リザードマンが足もとに向かって拳をぶつける。
 地面が砕け石欠が飛び散り、同時に地面を這っていた煙も闇にまぎれる。


リザード「空間系の術かなにか知らねえが。こんなもん、パワーで解決すりゃいい」

魔法使い「そんな……」

戦士(魔法使いの術も容易く突破してくる。どうする……)


 戦士を奇妙な感覚が襲った。足もとがなぜかふらつく。
 それだけではない。視界がにじみ、平衡感覚が失われていく。


リザード「隙だらけだ」

戦士「っ!」


 一瞬で距離を詰めたリザードマンの蹴りを受け止められたのは、単なる偶然だった。
 もつれそうになる足に力を入れ、剣を振り上げ後退する。


戦士(そうだ、あのサキュバスだ。彼女には催眠能力がある)


 サキュバスには、その目に映った人間を誘惑し操る能力があると言われている。
 


魔法使い「な、なにこれ……?」

戦士(しかも、術にかかったのは全員か。これはいよいよ……)

僧侶「――」


 唐突に視界が鮮明になり、失われていた平衡感覚が戻ってくる。


魔法使い「あ、戻った」

僧侶「来ます、構えて!」

戦士「わかってる!」
 

 すでに剣を構えていた戦士にリザードマンが拳を叩きつける、かと思われた。
 だがその拳はフェイク、広げた手のひらを支えにして跳躍する。
 リザードマンは戦士の頭上を、いとも簡単に飛び越えた。


戦士(フェイク!? ねらいは癒しの術が使える僧侶ちゃんか!)

リザード「もらったあ!」

僧侶「……!」


  「ぐええっ!?」


 情けない悲鳴。吹っ飛んだ影が地面を転がる。


僧侶「え?」

リザード「……」


 地面に転がったのは僧侶ではない。
 僧侶をかばった影が、ゆっくりと立ちあがる。



勇者「い、痛え……」



サキュ「な、なんで? なんで死んでるはずの勇者が!?」

勇者「……」

猫「さすが勇者。登場の仕方から仲間のかばい方まで、すべてがダサいにゃん」

勇者「うるさい」


僧侶「ゆ、勇者様、お怪我は……?」

勇者「えっと……なんか今ので、いろいろとヤバイです」

僧侶「というか私を庇うことができたなら、叫んで知らせることもできたのでは?」

勇者「……人見知りなんで」

僧侶「バカ」

勇者「……」

僧侶「ありがとうございます」

勇者「あ、はい」


サキュ「どうして勇者が」

リザード「いいじゃねえか。好都合だ、最高だ。勇者と戦えるんだ」

サキュ「このタコ」

リザード「タコじゃねえ。トカゲだ」



戦士「さて、予定とはちょっとちがうけど」

戦士「勇者パーティーの反撃をはじめるよ、準備はオッケー?」


僧侶「いつでも」

魔法使い「どこでも!」

勇者「あ、はい」

明日の夜中につづく
勇者が生きてた理由を解説するとこまで行きたい、明日までに


戦士(四人そろった今、やることはひとつ。二手にわかれて応戦する)


戦士「魔法使い。例の杖、2、3本貸して」

魔法使い「いいけど、どうするの?」

戦士「もちろん使うんだよ。術の発動だけなら、魔力を流しこむだけでしょ?」

魔法使い「言うほど簡単じゃないからね」

戦士「だから2、3本貸してくれ、なんだよ」


リザード「勇者ああぁっ! オレと戦えぇっ!」


魔法使い「うわっ。来たよ!」


戦士「勇者、アイツとやるのはボクだ。キミと魔法使いでサキュバスをたのむ」

勇者「……」

戦士「なにか言いたいそうだね。でも、ゆずらないよ」

勇者「……わかった」



戦士「悪いけど、キミの相手はボクだ」

リザード「テメエに興味はねえっ! すっこんでろ!」

戦士「決めたよ。絶対に一発なぐる、絶対にだ」





魔法使い(リザードマンとサキュバス。ふたり同時に来られたら厄介、なら)

 魔術で巨大な氷壁を生成し、こちらとあちらの戦力を断活する。

魔法使い「戦士! 僧侶ちゃん! そっちはまかせるよ!」

戦士「言われなくても!」

魔法使い(気休めにしかならないけど、これで彼女だけに集中できる)


サキュ「なんであなたが生きてるのって感じ。どんな魔法を使ったの?」

勇者「……」

サキュ「話には聞いてたけど、本当にしゃべれないのね」


 勇者はサキュバスの攻撃を、なんとか捌いてはいた。
 しかし、明らかに普段とは動きがちがう。
 動作の一つ一つが鈍く、足もともおぼつかない。


魔法使い(勇者も私も、また相手の術にかかってる)
 

 足の先から地面に沈みこむような錯覚に、思わず膝をおりそうになる。


魔法使い(って、このままじゃダメ! 勇者を援護しないと!)


 勇者がたたらを踏んだ瞬間を、サキュバスは見逃さなかった。


サキュ「隙だらけよ!」

魔法使い「勇者!」


 サキュバスをねらって発動した水柱は、あろうことか勇者に直撃した。


勇者「ぬわあっ!? な、なにするんですか!?」

魔法使い「ご、ごめん! ワザとじゃないよ!」

 だが結果として、敵の爪から勇者をまもることには成功した。


魔法使い(視界がゆがんでる。へたに術を使うと、むしろ勇者が危ない)


魔法使い(サキュバスの術から身をまもる手段じたいは、なくはない)


猫「なぜ俺様を見る?」

魔法使い「猫ちゃん。今から私が作戦を伝えるから手伝って」

猫「俺様がお前らに協力するとでも?」

魔法使い「しないならその首を飛ばす」

猫「……」

魔法使い「ごめんね。今はなりふりかまってられないの」

猫「ふん。どっちにしても命を握られてる身。作戦を言えにゃん」

魔法使い「ありがと。それじゃあ作戦を伝えるよ」


魔法使い(首輪に爆発機能があるってウソが、こんなとこで役に立っちゃった)


猫「……にゃるほど。たしかにそれは、俺様の力が必要だな」

魔法使い「でしょ? だからおねがい」

猫「……しゃあない。やってやる」

魔法使い「本当にありがとう――勇者、ソイツからはなれて! 猫ちゃん!」


 勇者がサキュバスと距離をとったのを確認して、猫が口から水弾をはなつ。


サキュ「なんでアンタがあたしに!?」

猫「生殺与奪の権利を握られてるんでな。安心しろ、許せとは言わんにゃん」

サキュ「そう。じゃあ悪いけどっ!」


 水弾が全く見当違いの方向へと飛んでいく。猫が敵の術にかかったのは明らかだった。


猫「くそ、これが淫魔の術かにゃん」


 迫撃してくるサキュバスに向けて猫が水弾を放つ。だが、やはり当たらない。


サキュ「勇者よりも先に、あなたたちから始末してあげる」

魔法使い(待ってた――この瞬間を)


 ふらつく足に鞭打って敵の眼前へと躍り出る。
 術が当たらないなら、どうやっても外れない距離まで接近すればいい。
 魔法使いが、手から滑り落とした杖が地面に触れて爆ぜる。


魔法使い(これでサキュバスを拘束できれば……え?)


 最初、自分の目に飛びこんできたものが理解できなかった。
 それがサキュバスの翼だと気づいたときには、魔法使いは猫共々吹っ飛ばされていた。


猫「翼で杖ごと吹っ飛ばされたかにゃん……」


サキュ「あーあ。今着てるドレス、けっこう気に入ってたのに。
    翼のせいで破けちゃった――とっ!」

勇者「ちっ……」


 背後から振り下ろした勇者の剣は、敵にかわされ空振りに終わった。


サキュ「ざーんねん。あたしが気づいてないとでも?」


 すぐに勇者は後退してサキュバスからはなれたが、その動きはあまりにも頼りない。


サキュ「女を後ろからヤろうなんて。勇者のくせに陰湿ぅ」

魔法使い(やっぱり今のままじゃダメ。サキュバスの術をどうにかしないと)

サキュ「ちょっとガッカリ。勇者もその仲間も残念すぎ」


 疾風のごとく飛びかかったサキュバスの行く手を、突然現れた氷の突起が阻む。
 猫が放った大量の水のおかげで、氷を作ること自体はたやすかった。


魔法使い(このまま畳みかけるっ!)


サキュ「ああんもう! 鬱陶しい氷ね!」

魔法使い「残念かどうか決めるには、まだ早すぎるよ」

サキュ「そんなフラフラ状態で、なに言ってんだか」


 大量に生成した氷は、ひとつとしてサキュバスに当たらなかった。それでいい。


魔法使い(ここからが勝負。全魔力をふりしぼって、いっきに解き放つ)


 『夜の街』が赤く染まり、冷たく澄んだ空気が波のように揺れる。
 魔法使いが生成したの大量の火球だった。


魔法使い「――いっけええぇ!」


 空に浮かん無数の炎が、火の雨となって降り注いだ。





サキュ(まさかここまでの使い手だったとはね) 

サキュ(あの女の子のねらいはハナからこれだった)


サキュ(最初、猫に水をムダに打たせたのは氷をすばやく作るための布石)

サキュ(そしてその氷は、あたしを攻撃するための凶器になった)

サキュ(さらに外れた氷は、あたしの動きを阻害するための障害物に変わって)

サキュ(最後は炎の攻撃でフィニッシュ)


サキュ(……並の魔物ならやられてたかもね。でも、あたしはちがう)


 跳躍と共に翼を羽ばたかせる。
 降り注ぐ火の雨の間隙をぬって、紙一重ですべてを躱す。


サキュ「ちょっとだけドキっとしたけど、あたしには……」


 言葉は途切れてしまう。ようやく気づいた、敵の真のねらいに。
 気づけば視界は真っ白に埋め尽くされていた。


サキュ(あたしの術の対象は、視界に入ってるヤツ限定)

サキュ(濃霧……氷と火を使っためくらまし。こんな方法であたしの術から逃れるなんて)

サキュ(だけど姿が見えないのはお互い様。しかも霧なら翼で消し飛ばせる)


 からだを弓なりにそらして翼を大きく羽ばたかせる。
 魔力を帯びた翼によってたちまち霧が晴れるはずだった。
 だが視界を閉ざす霧は、こびりついたように漂ったまま。微動だにしない。


猫「にゃん」


 愛らしい鳴き声に、なにかが爆ぜる音が重なった。

サキュ「え?」

 サキュバスのからだに、蛇のように巻きついたのは白い煙だった。


魔法使い「ゲッチャ。やっとつかまえた」





魔法使い「さて。目隠しもしたし、これで術にハマることもないね」

サキュ「……ヤられた。ここまでが作戦だったわけね」

魔法使い「そういうこと」


サキュ「気にしてはいたんだよねー」

サキュ「猫は霧が使える。自分だけなら、あたしの術から身を守れるのにって」


猫「だが物理的な攻撃はふせげない。中途半端な霧では、身を隠すこともできん」

魔法使い「だから霧を発生させて、猫ちゃんのほうの霧をカモフラージュしたってわけ」

サキュ「それで霧にまぎれて、その煙の魔術であたしを捕獲したってわけね」

魔法使い「そっ。視界ゼロでも、猫ちゃんなら鼻であなたの居場所はわかるしね」


サキュ「やってくれたわね、猫」

猫「悪いな。俺様、腹をくくったにゃん」

サキュ「そういうことね。……魔王さまはきっと悲しむでしょうね」

猫「もとより城に帰るつもりはない」

サキュ「あっそ。で、あたしをどうする気? 
    煮るの? 焼くの?」

魔法使い「そんなことはしない」

サキュ「じゃあエッチなこと? あたし、女の子との実践はまだなんだよねー」

魔法使い「全然ちがう!」

サキュ「ちがうの? あたしは淫魔だし、そういうことしか考えられないんだけど」


魔法使い「今はそういうのからはなれて」

魔法使い「あなたは魔王の部下なんでしょ? 魔王について教えて」


サキュ「……ああ、わかっちゃった」

魔法使い「?」


サキュ「はじめて見たときから気になってたの。誰かに似てるなって」

サキュ「あなた、あのお姫様にそっくり。特に目が」


魔法使い「なんのこと? ううん、それより姫様は今どうなってるの!?」

サキュ「彼女について教えてもいいんだけどさ。ひとつ、質問に答えてくれない?」

魔法使い「……理解してるの、今の自分の状況?」

サキュ「理解したうえで聞いてるの」


サキュ「どうしてあなたは――」





リザード「どうしたどうした!? 口ほどにもねえなあ、ああっ!?」


戦士(コイツの言うとおり。攻撃を避けるのがやっとって状況)


 とっさに魔術で生成した突起でリザードマンの足もとをねらう。
 一瞬だけ敵の体勢が崩れ、その隙に戦士は急いで飛び退く。


リザード「さっきからちょこまかと! うざってえんだよ!」

戦士(コイツにくらったダメージが足にきてる。長くはもたない)


 顔に飛んできた拳を、安易に身を低くしてよけたのがまずかった。
 躱したところへ蹴りがくる。
 戦士は避けることもできず、地面へと投げ出される。


僧侶「戦士様、大丈夫ですか?」

戦士「……正直言って、今のはかなり効いた」


リザード「いいかげん、おまえの相手も飽きたんだがなあ」

僧侶「飽きたなら帰っていいですよ」

リザード「はっ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ」

僧侶「戦士様、やっぱり私にはその手のセンスがないのでしょうか?」

戦士「ごめん。今は軽口を叩く気にもなれない」

僧侶「そうですか。
   ……一瞬なら、できます」

戦士「なにが?」

僧侶「あのリザードマンの動きを止めることです」


戦士(一瞬。できたとして、はたして一瞬でどうにかなるのか?)


リザード「あーあ、ホントにつまんねえな」

戦士「……」


リザード「雑魚との戦いは虚しい。無駄に磨り減っていく時間をひしひしと感じるだけだ」

リザード「今なら見逃してやる。雑魚のお前じゃ、どうせオレには勝てない」


戦士「……雑魚か」

僧侶「戦士様?」


戦士「僧侶ちゃん。ボクは腹を括ったよ、キミの力をかしてくれ」

戦士「吠え面をかかせてやるよ、死ぬ気でね」


僧侶「わかりました。ぎゃふんと言わせてやりましょう」





戦士「……勝負だ」


 戦士の目は鋭く、リザードマンへの戦意を輝かせていた。
 力の差をまざまざと見せつけらながらなお、本気で屈服させようとしている。


リザード「学習しねえヤツだな。ムダだって言ってんだろ」

 
 戦士はリザードマンへと駆け出した。 
 同時にこちらへと向かって己の剣を投擲する。


リザード「!」


 さすがに予想外だった、リザードマンの目がわずかに見開かれる。
 しかし距離が遠すぎる、避けるのはあまりに容易だった。


リザード「おいおい、武器を捨ててどうする? ヤケになったか?」

戦士「まだだ!」


 剣に続いて投じたのは魔法使いから拝借した杖だった。
 魔力を流しこめば、破裂して術が発動する。


リザード(あの杖に拘束されるのは面倒だ。発動前につぶす)


 術が発動するより先に、杖を掴んで粉砕してしまえばいい。
 しかし予想外はまだ続いた。杖はリザードマンの遥か前で爆ぜたのだ。
 虚しく漂う煙では、こちらの行く手を阻むことすらかなわない。


リザード「どこまでオレを失望させる気だ、雑魚――」

 手足にまとわりつく不快感が、リザードマンの言葉をさえぎった。

リザード(なんだ?)


 疑問につられるように、自分のからだに目を落とす。
 糸だ。リザードマンの肉体には極細の糸が絡みついていた。
 異変はそれだけでは終わらなかった。


リザード(か、からだが動かせねえ!)


 それどころか。全身の細胞が死滅していくかのように、指の先から力が抜けていく。


リザード(これはあの僧侶の術か? それよりこの匂いは……)
 

 リザードマンの鼻は、わずかな異臭を敏感にかぎとった。
 すでに消え失せた煙の向こうで、戦士が炎の魔術を発動していた。
 炎の奔流が一直線に伸びてリザードマンへと襲いかかる。


リザードマン(つまり、あの杖の爆発はミスじゃなかったってことだ)

リザードマン(煙による目くらましこそが本来の目的)

リザードマン(そして糸での拘束。さらに炎術で作った炎は糸を伝うようにさせる)

リザードマン(その炎でオレを仕留める腹積もりだったわけか――だとしたら、あまい!)


 全身の魔力を沸騰させ、肉体を拘束していた糸を無理やりぶち切る。
 自由になった腕で迫り来る炎を薙ぎ払い、反撃に出ようとしたときだった。


戦士「もらった!」


 炎の濁流の先から現れた戦士が拳をはなつ、リザードマンの顔面目がけて。


リザードマン「くらうかよ!」


 戦士の拳よりも、リザードマンの振り抜いたそれのほうがわずかに速い。 
 拳は完全に戦士の顔をとらえていた。


リザードマン「なっ……!?」
 

 だが敵は仰け反りこそしたが、その場で踏みとどまっていた。
 さっきまで拳ひとつで、いとも容易く地面に転がった敵が。


戦士「やっとだ。やっと殴れる」


 執念の一撃だった。
 全体重を乗せた拳がリザードマンの顔へ、容赦なく叩きつけられた。
 完全に虚をつかれた。痛みを感じる間もなく吹っ飛ばされる。


戦士「――ボクをなめるなよ、魔物」





リザード「クソが、どうなってやがる?」

戦士「簡単な話さ。杖を使ったんだよ」

リザード「杖、だと?」


戦士「あの杖をキミに殴りかかる直前で使った。自分の背中のうしろでね」

戦士「おかげで殴られたとき、煙がボクを受け止めてくれた。それだけのこと」


リザード「はっ、くだらねえ。結局は小細工だ」

戦士「なんとでもいいなよ。今度は二発、ぶちこんでやる」


戦士(……ヤバイ。頭がくらくらする、からだ全体が痛い)


リザード「つぶしてやる……と言いたいところだが。お前はあとだ」

戦士「待て、どこへ……!?」

僧侶「戦士様、下手に動かないでくださいまし。敵のパンチをもろにくらったのですから」


戦士「アレぐらい、なんともないよ。あと百発はもらえるね」

僧侶「強がりはいいです」

戦士「強がりじゃないさ。ボクは負けないんだよ、あいつ以外にはね」

僧侶「あいつ?」


戦士「そう、あいつにリベンジを果たすまではね……」



戦士(あっ、これヤバイ。意識が――)





魔法使い「どうしてそんなことを聞くの?」

サキュ「純粋に興味があるからよ。さあ、答えてよ」

魔法使い「それは……」



リザード「そこまでだ」



サキュ「なんでアンタがこっちに来てんのよ!?」

リザード「なんかピンチそうな気がしたからな。来てやったんだよ」

サキュ「どこがピンチよ」

リザード「ピンチどころか、完全敗北じゃねえかよ」

魔法使い「あなたがここにいるってことは……戦士は……?」

リザード「……知るか」


リザード「さて、ようやく勇者と一戦交えることができるな」

サキュ「ダメ、もう時間切れ」

リザード「あ?」

サキュ「仕方ないでしょ。時間になったら、あっちに行くって取り決めだったし」

リザード「……くそっ。今日はとことんついてねえ」

サキュ「とりあえず、このまんまの状態でいいから退散しましょ」

サキュ「それから。私の質問へのあなたの答え、聞くのはまた今度ね」

魔法使い「……」

リザード「じゃあな、猫」

猫「……じゃあな」


魔法使い(追いかける気力は、さすがになかった)

魔法使い(むしろ敵がいなくなった安堵感で、座りこんでしまいそうだった)


魔法使い「……そういえば勇者は?」

猫「あそこでたおれてるじゃないか」


勇者「」


魔法使い「え? ちょっと、なんで!?」

猫「俺様に聞かれても。それよりもいいのか?」

魔法使い「なにが?」

猫「街を襲っている魔物、退治しに行かなくていいのかにゃん?」


魔法使い(そうだった。あいつらに気を取られて、すっかり忘れてた)


魔法使い「で、でもどうしよう……? 勇者はこの状態だし……」

魔法使い「あと戦士と僧侶ちゃんは……えっと……」


女騎士「大丈夫か?」


魔法使い「あなたは、さっきの店で会った……」

女騎士「本当はもっと早く来るはずだったんだがな」

魔法使い「え?」

女騎士「安心しろ。街に侵入した魔物は、私の仲間が始末した」

魔法使い「はあ」


女騎士「それと、どうやら思わぬ再開もあったようだ」

女騎士「もっとも。再開というには、いささかおかしな状況ではあるが」


勇者「」





戦士「つまり、勇者が生きてたのはあのクスリのおかげなんだよ」


魔法使い「私のクスリは未完成だったから、たまたまサキュバスが盛った毒に効いた」

魔法使い「……そういうこと?」


戦士「あるいはアルコールのせいで、クスリの効果が変わったって可能性もあるね」

僧侶「どっちにしても、勇者様が無事でよかったです」

勇者「……どうも」


勇者(俺と戦士はあの戦いのあと、ぶっ倒れて教会病院に運びこまれた)

勇者(戦士は敵の攻撃による骨折、およびその他諸々の怪我のせいで)

勇者(俺は……原因不明の気絶のせいで)


魔法使い「それにしても、あの女騎士さんと勇者と戦士が知り合いだったなんてね」


戦士「訓練キャンプで、ボクと彼女と勇者は同じ班だったんだ」

戦士「彼女と彼女の率いる隊のおかげで、街の被害は最小限ですんだってわけ」


勇者(気絶したフリをして、サキュバスに担がれていたときはつらかったなあ)

勇者(女騎士のヤツ、ずっと追いかけてくるんだもんな)

勇者(途中でサキュバスが魔物を使って、上手に女騎士をまいたんだけど)


魔法使い「でも、こうも行く先々で魔王の手先と戦うってつらいよね」


勇者(たしかに。猫もそうだし、前回の占い師といい……)

勇者(……ちょっと待った。行く先々で魔王の手下と戦う、だって?)


僧侶「勇者様、どうなさいました? なんだか急に顔色が悪くなりましたけど」

勇者「いえ、すこしお腹が痛くなって。ちょっとトイレに行ってきます」


勇者(トイレをすませたあと、俺は病室に戻らずに考えていた)


勇者(俺たちの行動は、基本的に公にされていない)

勇者(なのに、行く先々で敵と会う?)

勇者(俺たちの中に、敵に情報を垂れ流してるヤツがいるっていうのか?)


勇者(猫か? 一見、一番可能性は高いけど)

勇者(あいつの動向はすでにチェックしている)

勇者(じゃあもし、猫がこちらの情報を流してないんだとしたら――)


勇者(戦士。基本的に俺たちのパーティはあいつが仕切っている)

勇者(あいつは一人行動が少なくない。もしかしたら……)


勇者(ほかの二人は? 魔法使いは? 僧侶は?)



   「気づきましたか、勇者様」



勇者「!」


勇者(背中に突きつけられた硬い感触。そして首筋にかかる冷たく澄んだ声)

勇者(声の主は、考えるまでもなかった)


つづく
前回は予告通り、はじめられなくて申し訳ない


勇者(頭がこんがらってる。落ち着け俺)


僧侶「そちらは出口ですよ。お医者様には安静にと言われたでしょう?」

勇者「そ、僧侶さん?」


僧侶「勇者様がなかなか病室に戻ってこられないので。探しにきたんです」

僧侶「どこへ行かれるのですか?」


勇者「ご、ごめんなさい」

僧侶「質問に答えてほしいのですが」

勇者「ごめんなさいっ!」

僧侶「……相変わらずですね、はぁ」


勇者(僧侶は気づいたのか?)

勇者(パーティにスパイがいるかもしれないって、俺が考えたことに)

勇者(そしてこの状況。信じたくないけど、これは……)


僧侶「勇者様が病院を抜け出して、なにをしようとしたのか。当ててみましょうか?」

僧侶「教会に報告しようとした。報告の内容はスパイがいる可能性について」


勇者(俺の考えが見透かされてる!?)


僧侶「私が勇者様を引き止めたのは、教会への報告をとめるためです」


勇者(引きとめるって、もうこれ完全に僧侶が敵だ!)


僧侶「どうせ勇者様は、私が魔物の手の者だと思ってらっしゃるんでしょう?」

勇者「はい」

僧侶「……もしパーティの中にスパイがいたのなら、先日の魔物との戦いはなんだったんでしょうね」

勇者(言われてみれば)


僧侶「もうひとつ。私たちの動向はある機関に、全部筒抜けになってます」

勇者「え?」

僧侶「今まさに勇者様が足を運ぼうとした場所のことです」


勇者(なに言ってんだ? 俺が行こうとしたのは教会……)

勇者「……そうか、そういうことか」


僧侶「そうです。私たちは逐一行き先を教会に報告している」

僧侶「教会の情報を得ることができれば、先回りも容易でしょう」


勇者(僧侶が俺をとめたのはそういうことか。でも)

僧侶「納得がいかないって顔してますね」

勇者「そ、そんなことは……」

僧侶「嘘をおっしゃらないで下さいまし。不服が顔に出ています」


僧侶「勇者様が疑いたくなる気持ちも、わからなくはありません」

僧侶「私から提案です。ご自身で確認をしてみては?」


勇者「確認?」


僧侶「勇者様が探りを入れて確かめるってことです」

僧侶「私たちが敵か、味方かを」


勇者「探りを入れるなんて」

僧侶「今の状態、勇者様にとってはストレスにしかならないでしょう」

勇者(僧侶の言うことは、ハズれてはいないけど)

僧侶「疑うことで私たちへの信頼を取り戻せるなら、むしろそうしてください」


勇者(ようやく振り返った俺に、僧侶はペンを突きつけた)

勇者(俺の背中に突きつけていたのは、どうやらこれだったらしい)





魔法使い「遅かったね。どこかに行ってたの?」

勇者「……」

戦士「なに? ボクの顔になにかついてる?」


勇者(会話から、このふたりが味方であるって確信を得る。……そう、会話で)


戦士「もしかしてボクが食べてるバナナが欲しいの? あげないよ」

魔法使い「ケチ、一本ぐらい分けてあげればいいじゃん」

戦士「しっかり栄養補給しなきゃならないんだよ、ケガを治すためにもね」

僧侶「勇者様。お話しないですか?」


勇者(考えるまでもなかった)

勇者(普通の会話もままならない俺に、探りを入れるなんて無理だ!)


勇者「……とんでもないことに気づいたんです」

魔法使い「なになに?」


勇者「いるかもしれないんです。ボクたちの中に、敵が」

勇者「えっと、あの、その考えに至った根拠もあるんですけど」


戦士「アレでしょ? 行く先々で敵と遭遇するってことでしょ?」

勇者「……気づいてたの?」

魔法使い「さすがにここまで露骨だとね」

戦士「ていうか。スパイの可能性については、前の街のときから考えていたよ」

勇者(だとしたら俺、すげえマヌケじゃないかっ!)

戦士「ついでに、気づいてたよ。キミがこのことに気づいたってことにね」

勇者「……」


戦士「考えてよ。先日の戦いにしてもそうだし、連中に加担する理由がそもそもない」


勇者(そうだ。リザードマンやサキュバス、ヤツらの殺気は本物だった)

勇者(魔物に手を貸す理由も、ありそうで浮かばない)


戦士「だとしたら、こう考えるのが自然じゃない?」

戦士「魔物たちは教会の情報を、なんらかの手段で得ている」


勇者「……」

僧侶「ここまでの話で、勇者様はどう考えますか?」


勇者(バカの考え休むに似たりか。俺はもっときちんと考えるべきだった)

勇者「その、疑ったりして……すみませんでした」

戦士「謝らなくていい。疑ったことで、とりあえずは疑念も氷解したしね」


魔法使い「それから朗報があるんだよ。ねっ、猫ちゃん」

猫「前回の戦いで、ヤツらは痕跡を残していったにゃん」

勇者「痕跡?」

猫「そう。ひょっとしたら、魔王城の場所がわかるかもしれない」

つづく





勇者「つまり。痕跡っていうのはあの魔物たちの魔力ってことか」

魔法使い「多かれ少なかれ、生物は常に魔力を放出してるからね」

戦士「あの強さのリザードマン、魔力の放出量も並の連中とは比較にならない」

猫「匂いと魔力の痕跡をたどるのは俺様がやる」

僧侶「ひとつだけ問題が……」

戦士「教会のことだね。それなんだけどさ、今までどおりでよくない?」

魔法使い「ダメだよっ。また同じ目にあっちゃう」


戦士「そのときは返り討ちにしてやればいいじゃん」

戦士「なにより。敵との遭遇は、情報を得るチャンスでもある」


僧侶「ですが、あの盗人たちのようなことが起きるかもしれませんよ」


戦士「ああ、アレね」


勇者(成功はした、あの盗人どもを捕まえることには)

勇者(問題は尋問だった。ヤツらは記憶を失っていた)

勇者(教会によると、後催眠のようなもので記憶を操作されたとのこと)


戦士「そのときはそのときだよ」

魔法使い「じゃあ『緑の街』に行くって方向で決定ね」

戦士「それと、次の行き先については教会以外には知られないように」

猫「なんでにゃん?」

魔法使い「確証を得るためだよ。情報が本当に教会から漏れてるのかどうか、ね」

猫「そういうことか」


戦士「とりあえずの方針はこんなところかな」

魔法使い「方針は決まっても、しばらくはこの街を離れることはできないけどね」

戦士「いやあ、面目ない」

勇者(特に戦士はリザードマンとの戦闘で、からだ中ボロボロだからな)

僧侶「この街に滞在してる期間は、術の特訓などに時間を充てるしかありませんね」

戦士「うんうん。特訓したまえよ、魔法使い」

魔法使い「うっさい」

勇者(特訓って……。魔術の扱いに一番長けてるのは、魔法使いのはずだよな?)


勇者(このふたりの会話の意味がわかったのは三日後のことだった)





勇者(道具屋。魔法使いは店主と客としゃべってる。俺は待ってるだけ)


魔法使い「うん、これに決めた。この眼鏡買います」

店主「ついでにそっちの外套なんかもどうだい?」

魔法使い「んー、今は金銭的に余裕ないから」

客「金に余裕がないのはこの店も同じだよ。なあ?」

店主「まったく、この前の魔物には参ったもんだ」

魔法使い「この店、魔物の被害にあったの?」

客「直接の被害はなかったんだよな?」

店主「ああ。だが、今回の騒動で『夜の街』から『魔物の街』に変わっちまった」

客「外からの客のほとんどが、尻尾をまいて逃げちまった」


客「魔物の存在は百害あって一利なしだよ」

店主「さっさと滅んじまえばいいのにな。嬢ちゃんもそう思うだろ?」

魔法使い「えっと……」

店主「ほかの連中もみんな言ってるし、そうねがってるよ」

客「ていうか勇者はなにをやってるのかね。早く魔王を滅ぼしてほしいよ、本当に」



勇者「暴れようとするなよ」

猫「ふん、そんなことするか」

勇者(世間の魔物に対する感情は、どこへ行ってもだいたいこんな感じ)

勇者(魔物は人類の敵、人類は魔物の敵。それが一般的な認識だ)


魔法使い「ごめんね、待たせちゃって」

僧侶「魔法使い様は目が悪いのですか?」


魔法使い「ちがうよ。この眼鏡はオシャレだよ」

魔法使い「……ほら、私って年齢のわりに、その、アレでしょ?」


猫「アレってなんだ?」

魔法使い「と、とにかく! これですこしは大人っぽく見えるかなって思ったの!」

猫「声がむだにデカイ」


魔法使い「ムダにデカいって、ひどいなあ」

魔法使い「ていうか。猫ちゃん、ひょっとしてご機嫌ななめ?」


猫「……」


魔法使い「もしかしてさっきの会話、気にしてる?」

猫「……あの連中、好き勝手に言ってくれたにゃん。魔物は滅べだと?」

魔法使い「あれはお客さんが来なくなっちゃって、店主さんもイライラしてたんだよ」

猫「そんなこと知るか。勇者はなにも思わなかったのか?」

勇者(なんで俺にふるんだ)

猫「剣の一つも握らんくせに、文句だけは一丁前と来たもんだ」

勇者「……」

猫「魔物は滅べというなら、自分でやればいい話だにゃん」

勇者「……少なくとも、あの人たちに戦ってくれとは思わない」

猫「なぜ?」


勇者「あの店主にしても、自分が選択した人生を全うしようとしてるんだし」

勇者「それに。みんながみんな、魔王をたおしに行ってみろ。
   俺たちの旅も成立しなくなるぞ」

勇者「戦うっていうのはなにも、剣を握ることだけじゃないだろ」


僧侶「……」

魔法使い「……」


勇者「……えっと、どうしました?」

魔法使い「ビックリしちゃった。勇者が普通にしゃべるんだもん」

僧侶「猫相手だと、本当に流暢にお話されますね」

魔法使い「私たちには、今みたいにおしゃべりできないの?」

勇者「え? あ、いや……」

魔法使い「うん、普段どおりの勇者だね」


猫「勇者に聞いた俺様が、バカだったみたいだにゃん」

勇者(好き放題言いやがって)

魔法使い「猫ちゃんはどう思ってるの、私たち人間のこと」

猫「……なにも思わん。そもそも俺様は、人と関わったことがあまりない」

魔法使い「じゃあ私のことはどう思う?」

猫「とりあえず頬ずりをやめろ」


魔法使い「……それにしても、本当にこれでよかったのかなあ」

僧侶「なにがですか?」

魔法使い「教会に次の行き先を伝えたこと」


勇者(もう三日もたってるのに、なにを今さら)


魔法使い「勇者。三日前のことなのに、なに言ってんだって顔したでしょ」

勇者「……」

猫「相変わらずよく顔に出るヤツだにゃん」

僧侶「……三日前といえば、戦士様との会話で気になってたことが」

魔法使い「んー?」

僧侶「なぜ戦士様は、魔法使い様だけに魔術の訓練を促したのでしょうか?」

魔法使い「それは……」


魔法使い「えっと……実はね。あの杖から煙を出す術、あるでしょ?」

僧侶「ええ。空間系の類の術ですよね?」

魔法使い「あれね、魔力で煙に量をもたせて、拘束するだけの術なの」

僧侶「じゃあ空間系の魔術ではない、と?」


魔法使い「うん。そもそも空間操作系の術って、魔術師の中でも賢者クラスじゃないと扱えないし」

魔法使い「ずっと前からいろいろと練習はしてるんだけどね」


僧侶「それで、戦士様は魔法使い様に?」

魔法使い「うん」


勇者(煙に質量をもたせるだけでも、十分すごいと思うけどな)


魔法使い「空間系魔術は習得しときたいんだよね、今後のためにも」

僧侶「敵はさらに手ごわくなりますからね」

魔法使い「うん。勇者、術の訓練につきあってね?」

勇者「……」

魔法使い「……露骨に不服そうな顔しないでよ、悲しいよ」

勇者「あ、はい」


勇者(個人的には、僧侶の術のタネのほうが気になるんだよなあ)

勇者(戦士ですら、僧侶の術に関しては聞こうとしないし)


僧侶「……そんなにジッと見つめられても困ります」

勇者「あ、すみません」


次の更新ではストーリーが動くと思う

つづく





魔王「これですこしは満足できたか?」

リザード「……っ」


魔王「余の言いつけを無視しあまつさえ、勝手に勇者と交戦したこと」

魔王「今回だけは不問に付す。だが、次はないと思え」


リザード「はっ!」


姫(呼び出されて魔王の間に入ったら、リザードマンが床に膝をついていた)

姫(広間が滅茶苦茶になってる。戦いらしきものがあったのは、あきらかね)


魔王「サキュバス、卿は残れ」

サキュ「了解しました」

姫「呼び出されたから来たけど、いったいなにが……」

魔王「気にすることはない。こちらの問題だ」


姫「それで? ここに私を呼び出して、なんの用ですか?」

魔王「これから話す。しばし待て」

サキュ「お冷になります、魔王さま」

魔王「うむ」


姫(魔王がひたいをぬぐって、水を飲んでる……今の戦闘がこたえたのかしら?)


サキュ「すごい汗ですわ。いまだに緊張なさるんですか?」


魔王「むぅ、いつもこれだ。リザードマン相手だとつい暴力ですましてしまう」

魔王「こういうとき、緊張して回らなくなる自分の舌が嫌になる」


サキュ「口下手なのは今に始まったことじゃないですよ、魔王さま」


姫(その冷や汗は戦いが原因じゃなくて、人見知りが原因なのね)


魔王「姫よ。この世界、五つにわけられることを知っているか」

姫「ええ、いちおうは」


姫「第一の世界。人間たちの世界」

姫「第二の世界。魔物たちの世界」

姫「第三の世界。人間と魔物が共存する世界」

姫「第四の世界。エルフやヴァンパイアといった、存在自体が珍しい魔物の世界」

姫「そして第五の世界。いわゆる未開拓地、フロンティア」


姫「もっとも第三世界はごくわずかしか存在してない」

姫「第四世界に関しては住民も含めて存在自体があやしい」

姫「第五世界も、まだ残っているのかは定かではない」


魔王「そのとおりだ」


魔王「いつか余が言った言葉、おぼえているか?」

姫「もしかして『手伝ってほしい』のこと?」

魔王「おぼえていたか」

姫「あのときは聞けなかったけど手伝ってほしいって、なにを?」

魔王「そなたの術だ。余が築く世界のためにその力、使わせてほしい」

姫「本気で言ってるの? 理解できない、私の術は……」


魔王「インプリンティング。
   対象にした生物の思考に、無意識レベルの刷りこみができる」


姫「……前にも疑問に思ったわ。どうして私の力を知ってるの?」


魔王「答えるつもりはない。だがそなたの能力の使い道、それには答えよう」

魔王「簡単な話だ、新たなる世界の住人たちの思考を書き換えるためだ」


姫「……あなたのねらい、だいたい理解できたわ」


魔王「余が築く世界において、人間は魔族の支配下に置かれる」

魔王「だがこれまでの歴史において、人間と魔族は常に対立してきた」

魔王「それどころか近年では、魔族の世界は人間の手に落ちようとしている」


姫「人間を支配下に置いたとしても難しいでしょうね、私たちを服従させるのは」


魔王「宗教や教育で人々の思想を操るにも限界がある」

魔王「だからだ。そなたの術で、人間の意識を塗り替えるのだ」


姫「……私が従うとでも思って?」

魔王「逆に聞こう。させられないとでも?」


姫(私の力はインプリンティングのほかに、もう二つある)

姫(それすらも彼は把握しているのか。聞き出すべき?)


魔王「どちらにしても、そなたの能力が必要になってくるのは先のこと」

姫「……」

魔王「サキュよ、姫を部屋にまで連れていけ」

サキュ「かしこまりました」


姫(私はそれ以上、言うべき言葉を見つけられなかった)

姫(魔王の顔を見ても、私には彼の表情の変化すら読み取れなかった)





サキュ「あーん、やっぱり姫さまのベッドやわらかーい」

姫「……」

サキュ「あら、お姫様。かわいい顔がこわーい」

姫「……魔王が言ってたこと、あれは本当なの?」


サキュ「あたしは聞いたことない、魔王さまの口から出たジョークなんて」

サキュ「ていうか今日の魔王さま、すごく流暢に話してたと思わない?」


姫「そうかも、しれません」


サキュ「ずっと練習してたのよ、姫様とお話するために」

姫「魔王が?」

サキュ「そう。あなたと話すために、あたしといっしょにねー」

姫「しゃべることを練習する魔王、なんだか不思議ね」


サキュ「滑稽だと思わない?」

姫「え?」


サキュ「魔王さまはあたしたちにとって、唯一無二の存在なの」

サキュ「そんな存在が、一人の人間のためにおしゃべりの練習をしてたの」


姫「……」


サキュ「あの方は口下手だし、考えてることも全然読めない」

サキュ「だけどはっきりとした意志がある」

サキュ「それだけじゃない。あなたたち人間さえも、可能な限り救おうとしてるの」


姫「私にあなたたちの味方をするなんて……無理です」

サキュ「どうして?」

姫「それは……」


サキュ「こんなこと、あたしが言うのもなんだけど」

サキュ「あなたって今までの人生で、自分で決めた選択肢ってあるの?」


姫「あ、あなたこそ! ただ魔王に従ってるだけでしょ!?」


サキュ「あたしはそうよ。魔王さまの命に従うだけ」

サキュ「でもそれは、あたしが決めたこと。あたしがそうしたいから、そうするの」


姫「……どうして? どうして魔王に?」

サキュ「命を救われたの、あの方に」

姫「……だから従うの?」

サキュ「……そうね、あなたにだけ。特別に教えてあげる」



サキュ「あたしね、もともとは人間だったの」

つづく


姫(限りなく人間に近い容姿をしている、とは思っていた。でも……)


サキュ「あー、うん。だいたい予想通りの顔してる」

姫「突然、魔物が自分は人間だったって言ってきたのよ。驚かないほうが無理よ」

サキュ「でーも、事実だもん」

姫「信じられないわ」


サキュ「まあね。でもさ、魔族の研究って年々進んでるじゃない?」

サキュ「今では魔族を操ることができる人間もいるんでしょ?」


姫「詳しくは知りませんが。近年になってそういう職業が生まれたことは耳にしています」


サキュ「そして魔族は、人間以上に魔族の研究を進めてきた」

サキュ「特に人間を支配下に置いていた時代、人間と魔族の研究が同時に行われていた」


サキュ「あたしはその研究の副産物ってわけ」

サキュ「物心つくころには、両親も頼れる親戚もいなかった。そのうえ、戦争孤児」

サキュ「で、その戦争で死にかけたあたしを拾ってくれたのが、魔王さまだった」


姫「……あなたはそれで、魔物になったっていうの?」

サキュ「そっ。あたしは人間から淫魔に生まれ変わっちゃってわけ」

姫「……」

サキュ「でもね、あたしには選択肢がふたつあったの」


サキュ「魔族に成り代わって、あらたな人生を歩む。
    治療してもらって、人間のまま今までどおりに生きる」


姫「そしてあなたは……」

サキュ「うん、あたしは魔族になることを選んだ」


姫「理解できないわ。あなたは人間だったのでしょう? どうして?」


サキュ「あのとき、考えたのよ。自分が仮に戦争で負傷しなかったらって」

サキュ「おそらく、ひどい目にあうってことは容易に想像がついた」

サキュ「戦争の渦中に放り投げられた天涯孤独の幼い子ども」

サキュ「どのみち、長くは生きられなかったでしょうね」

サキュ「生き残ったとしても、そのために必要な犠牲を考えたら、ね」


姫「……あなたは後悔してないの?」


サキュ「ここまで来るのに色々あったけど、うん」

サキュ「後悔はしてない――だって、自分で選んだ道だもん」


姫(本人が言ったとおり。サキュバスの笑顔には、一片の後悔も見えなかった)





?「お食事の時間になりました、姫様」

姫「……」

?「お昼の食事にも手をつけていませんでしたが。食べてもらわないと、困るんですがね」

姫「……私の父は、私を生むのをためらったらしいの」

?「なんのことでしょうか?」


姫「父上は様々な土地をめぐり、たくさんの人々と交流したの」

姫「民の上に立つ以上、民を知らなければならない。これが父上の口癖だった」

姫「だけど、後継ぎの子どもが生まれれば政務に拘束されることになれる」

姫「もっとも、周りに促されて私を生むことになったけど。父上は私にいつもこう言ってた」

姫「『お前にも、少しでも早く世界を知ってほしい』って」


姫「だけど、幼い私を外の世界へと連れ出すことを、周囲は反対した」

?「大事な後継者です、万が一があってはならないでしょう」

姫「……私はなにも知らないまま、ここまで生きてきてしまった」

?「焦る必要はないでしょう。あなたの人生はまだこれからなんですから」

姫「ええ、私もずっとそう思ってた。将来のために学問も学んできた」

姫「だけど……」



サキュ『あなたの意思、それってホントにあなたの意思?』

サキュ『あなたって今までの人生で、自分で決めた選択肢ってあるの?』

サキュ『後悔はしてない――だって、自分で選んだ道だもん』


姫(私は……私は……)





姫「――あああああああああああああああああああああああああああ!」


?「……姫様?」


姫「……頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなったら、天井に向かって叫べばいいって」

姫「ある人が、そう教えてくれたの」


?「はぁ、そうですか。
  ……姫様、どこへ行くつもりでしょうか?」

姫「魔王のところよ」

?「……」


姫(正直、まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、なにがなんだかわからない)

姫(でも、もうじっとなんてしてられない!)





魔法使い「あのぉ……その、ほんと、すみませんでした……」


勇者「……」

戦士「……」

猫「……」


魔法使い「ううぅっ、みんな冷たいよお! ツララみたいだよぅ、僧侶ちゃん……」

僧侶「私もなんて言ったらいいか……」


戦士「そりゃあね、文句も言いたくなるよ」

戦士「見知らぬ場所に連れてかれた挙句、一日中さまようことになったらね」


魔法使い「ううぅ……」


勇者(いったいなにがあったのか、簡潔に説明しよう)


勇者(魔法使いが空間転移魔術の練習をしようと言い出したのが、事の始まりだった)


魔法使い『空間系魔術、その中でも転移系の魔術の練習をしたいんだよね』

魔法使い『転移の魔術は、基本的に魔法陣がふたついるの』

魔法使い『どうしてかって? その魔法陣を行き来するのが転移系の術だから』

魔法使い『まあ魔法陣ひとつでも、できないことはないんだけどね』

魔法使い『ただ、どこに飛ぶかわかんないんだよね、魔法陣がひとつだけだと』

魔法使い『厄介な敵をどこかへ送り届けちゃう、なんて使い道はあるけどね』

魔法使い『とりあえず時間がもったいないし、さっさと練習しちゃおっ』


勇者(冷静に考えると、この術の練習に俺が付きあう必要なかったよなあ)

勇者(しかも病室を抜け出した戦士と、猫まで練習の場にいた)

勇者(練習の場所は病院の屋上。魔法陣は屋上と、病院の入口に施したらしい)


勇者(で、魔法使いが空間転移の術をやった結果)

勇者(俺たちは見知らぬ場所にいた。荒れ果てた荒野のような場所だった)

勇者(丸一日さまよっても、町や村にもたどりつかず、人にすら遭遇しなかった)

勇者(結局魔法使いが何度も術のトライをして、ようやく病院に帰ってこれた)



戦士「とにかく。今後、空間系魔術の使用は禁止だからね」

魔法使い「えー……」


戦士「『えー』じゃないっ」

戦士「そもそも、こっちとら病人なんだよ。今回の件で入院が長引いちゃったし」

魔法使い「……ごめんなさい」


猫「ったく、俺様の足が棒になりそうだったにゃん」

勇者(お前はほとんど俺の肩に乗ってて、歩いてないだろうが)

僧侶「この話はここまでにしませんか? 魔法使い様も反省していますし」

魔法使い「うん、私ってばすごく反省してるよっ!」


戦士「……」

勇者「……」


魔法使い「……ごめん。これからもっと反省します」

戦士「まあ、過ぎたことに拘泥するのはよくない。今度からは気をつけてね」

魔法使い「はい! 『……次の転移系術の練習場所と方法を考えなきゃなあ』」


勇者(こいつ、反省する部分を間違えてるぞ)


戦士「まあ、かわいいナースにお世話になれると思えば、それほど悪いことでもないかもね」

勇者(こうしてる間にも姫様は……って考えたら、そんなこと言ってられないけどな)

勇者(戦士いわく、人質だから殺されることはないそうだけど、心配だ)



コンコン



勇者(ノック……ナースか?)

戦士「はいはい、どうぞ勝手に入ってー」


女騎士「失礼する」


魔法使い「あっ、あのときの騎士さん」

戦士「おや、まさかキミがボクのお見舞いに来てくれるなんてね」

女騎士「見舞いに来たのではない。用件があってきたんだ」


戦士「用件ね、デートのお誘い?」

女騎士「私も暇ではないんでな。手短に話すぞ」

戦士「つれないなあ」

女騎士「おそらくお前たちは、すでに次の行き先を決めていることだろう」

魔法使い「はい、もう教会にも伝えてます」

女騎士「その行き先、変更してほしい」

戦士「それは、上からの命令ってことでいいのかな?」

女騎士「ああ。次にお前たちが行くのは、『柔らかい街』だ」


魔法使い「柔らかい街? 変な名前……。
     ていうか、どこ?」

女騎士「あとで説明する。それから私ともうひとり、お前たちに同行させてもらう」


僧侶「勇者様、なんだか変な顔になっていますよ」

勇者「……」



勇者(そりゃあ、変な顔にもなる。俺はこの女騎士がすごい苦手だった)

勇者(それに。柔らかい街は、俺にとって非常に思い出深い街でもある)


勇者(柔らかい街。そこは、数少ない魔物と人間が共存する場所だった)

つづく





女騎士「リザードマンとサキュバス。奴らと同時に街に現れた魔物のことは覚えてるな?」

女騎士「私の部隊がその魔物たちを捉えたが、ほとんどが未確認のものだった」

女騎士「調査を行った結果。魔物たちの出どころがわかった」


戦士「それが柔らかい街だった。で、ボクたちに調査してほしいってことね」

魔法使い「でも、魔王城の探索はどうするの?」

女騎士「問題ない。そっちに関しては別の部隊が動いてる」


勇者(女騎士に指示を出してるのは教会だ。つまり)

勇者(俺たちや他の部隊の情報から、大まかな魔王城の場所は特定できたってことか?)


戦士「命令だから従わなきゃならない。けどねえ」

女騎士「なにか問題でも?」


勇者(俺たちの行動は、教会を通して筒抜けになっている可能性があるんだよな)


戦士「まっ、なるようになるか。了解したよ」

僧侶「……ひとつ質問があります」

女騎士「なんだ?」


僧侶「あの街はここから船を乗り継いで、いくつかの街を経由しなければたどり着けないはずです」

僧侶「例の魔物たちは、どうやってこの街に現れたのでしょうか?」


女騎士「そのことか。この夜の街と柔らかい街を繋ぐ魔法陣があったんだ」

女騎士「調査隊の調べでは、魔法陣はこの街の入り口に設置されていたらしい」


僧侶「なるほど。つまり作為的なものである、と」


女騎士「だが、魔物たちが空間転移の術を使える話など聞いたことがない」

女騎士「以前になんらかの目的で、誰かが魔法陣を設置したのかもしれない」


魔法使い「魔術研究に関しては、人間のほうが魔物よりも進んでるもんね」

勇者(魔物との戦争。あれも一役買って、魔術研究の差は広がる一方だそうだ)


女騎士「魔法陣に関しては、まだ調査中だ」

女騎士「どちらにしても。戦士、貴公が退院しないことには、この街から出ることもままならん」


戦士「いやあ、面目ない」

女騎士「そこで、だ。教会本部が回復魔術を得意とする者を寄こした」

戦士「ボクのために? すごいね」


女騎士「あとからこの病室に来るだろう。
    私はまだ仕事があるのでな、一旦失礼する」

女騎士「それと……貴様は相変わらずだな、勇者」


勇者「……」

勇者(それだけ言うと、彼女は病室を去っていった)





魔法使い「勇者って女騎士さんに嫌われてるの?」

勇者「……」

魔法使い「勇者を見るあの人の目、すごくコワかったよ」

戦士「ははっ、実際に嫌われてるんじゃない?」

勇者「まあ、たぶん」

魔法使い「なんで? あっ、前に話してた訓練が関係してるとか?」

戦士「鋭い。ボクと勇者がギルドの訓練キャンプで、彼女と同じ班だった話はした?」

魔法使い「したした」


戦士「うん。ボクらの班のリーダーは、最年長かつ実績がある彼女だったんだよ」

戦士「基本的には問題のないメンツがそろってた、一人を除いてね」


魔法使い「その一人って……」

戦士「そう。勇者だよ」


戦士「このグループキャンプって、訓練生の協調性や素質なんかを見るのが目的なワケ」

戦士「勇者はべつに課題自体はきちんとこなしてたんだよ」

戦士「ただ、ひとつ非常に大きな問題があった」


魔法使い「わかった。グループの人たちと交流しなかったんでしょ?」

戦士「そういうこと。しかも、女騎士にはとんでもなく無愛想な奴だと思われてね」

勇者「……」

猫「容易に想像がつくにゃん」


戦士「それで、訓練期間中に彼女が勇者に勝負をもちかけたんだよ」

戦士「『その舐めきった態度を二度ととれなくしてやる』ってね」


魔法使い「勝負の結果は?」

戦士「勇者の圧勝。見てるこっちが気の毒になるぐらいの」


魔法使い「女騎士さんが、勇者を嫌う理由もすこしはわかるね」

戦士「それだけじゃないんだ。勇者を目の敵にする理由は」

魔法使い「まだあるの?」

戦士「訓練班には一人、品定めをする人間がいるんだよ」

魔法使い「ってことは、勇者が落ちる可能性は十分あったんだね」

戦士「女騎士はそう思ってたんだろうね。いや、実はボクもそう思ってた」


勇者(そういえば。戦士は戦士で、俺に突っかかってきたもんな)


戦士「ところが蓋を開けてみたら、勇者は見事に選ばれていた」

魔法使い「なんか、勇者のイメージが悪くなったかも」

戦士「まあ実際は無愛想ではなく、人見知りってオチだったけど」


魔法使い「それにしても、ギルドの加入方法っていろんな種類があるんだね」

戦士「魔法使いは学校からの推薦だっけ?」

魔法使い「うん。ていうか、勇者や戦士とは部門がちがうんだけどね」


僧侶「戻りました」


戦士「悪かったね、教会への報告を頼んじゃって」

僧侶「いえ、ちょうど外の空気を吸いたかったので。それより、よかったのですか?」

戦士「うん。行き先変更の命令には、きちんと従うよ」

戦士「女騎士のおかげで、仮説がにわかに真実味を帯びてきたしね」

猫「どういうことだ?」

戦士「魔法陣の話さ。空間転移の魔術を魔物が使った、なんて前例はないんだよ」


猫「ん? あの騎士は、人間が仕込んだものだと言ってなかったかにゃん?」

戦士「人間にしか扱えないって点、これが問題なんだよ」

猫「さっぱりわからん」

魔法使い「人間の街を襲った魔物と、人間にしか使えない転移系の術。これがヒント」


猫「……魔物側に人間の協力者がいる、ってことか」


僧侶「そうです。あなたはご存知ないのですか?」

猫「知らん」

戦士「即答だね、予想通りだけど」

魔法使い「でも、いちおう今後に大きく関わってくることだから、ね?」

猫「な、なにをする気だ……?」

戦士「苦しみ悶えること」


勇者(魔法使いや戦士が情報を吐かせるために、猫にくすぐりの刑が執行された)



猫「はぁはぁ、世の中にはこんな拷問もあるのか……」


コンコン


戦士「はいはい、どうぞ。彼女が戻ってきたかな?」


勇者「……」

僧侶「勇者様、露骨に顔がこわばってますよ」


青年「あ、どうもっす」


戦士「……どなた?」

青年「あ、オレ。派遣されてきた『魔物使い』ってもんっす。
   戦士さんの病室ってここであってます?」

魔法使い「じゃあ、あなたが戦士の回復を?」

青年=魔物使い「そーなんすよ! オレが戦士さんを全回復させちゃいますよ!」


勇者(うわあ。すさまじく暑苦しい)


戦士「えー、キミなの? 癒し手だから、お姉さんを期待してたのに」

魔物使い「申しわけねえ! でも回復は全力を尽くすんで!」

戦士「……冗談だよ。こっちはお世話になる身だし。よろしく」

魔物使い「ありがてえ! 勇者パーティーの一人である方の言葉……感無量っす!」

戦士「あの、ごめん。もうすこし声のボリューム落としてもらっていい?」

魔物使い「そうっすね! ここは病院! お静かに!」


猫『耳が痛いにゃん』 

勇者『我慢だ。それと今はしゃべるな』


勇者(女騎士とは別のベクトルで苦手なタイプだ。関わりたくない、できるかぎり)

魔物使い「ところで、勇者さんって誰っすか?」

勇者「……」


僧侶「この方です」


勇者(僧侶!?)


魔物使い「お初にお目にかかるっす! 魔物使いってもんっす!」

勇者(顔が近いっ。ていうか自己紹介を二回もするな)

魔物使い「まさか生で勇者さんを拝めるとは、オレ、マジで感動っす!」

勇者「ど、どうも」

魔物使い「ていうか握手してもらっていいっすか?」

勇者「は、はあ」

魔物使い「くぅ~、ありがてえ! 三日は手洗えないっすわ!」


魔物使い「しかも一時的とはいえ、勇者さんと一緒に旅できるなんて!」


勇者(なん、だと……?)


魔法使い「女騎士さんが、同行者がもう一人いるって言ってたけど」

魔物使い「そうっす。オレがその同行者なんすよ」


勇者「……」

猫「……」


魔物使い「あれ? その反応、もしかして知らなかったって感じ?」

僧侶「今、はじめて知りました」

魔物使い「女騎士さん、いつも説明が足りてないんすよね。」

魔物使い「緑の街から行き先までわざわざ変えてもらってるのに。申しわけねえ!」

戦士「まあ、癒し手が増えるってのはありがたい。ねっ、勇者?」

勇者「……うん」


勇者(俺の胃と耳はすでに痛くなりはじめていた)

いつも読んでくれてる人ありがとう

いちおう最後までのストーリーの流れはできてるので完成させる
それから設定はガバガバなので雰囲気で読んでください

つづく





勇者(俺たちは魔法陣を介して、無事に『柔らかい街』にたどり着いた)


魔法使い「ううぅ~、まだ気持ちわるいよぉ」

猫「んにゃぁ……」

戦士「この魔法陣っていうのは移動距離によって、かかる負担に差が出るみたいだね」

僧侶「いちおう酔い止めならありますけど」

魔法使い「ちょうだいっ!」

戦士「この調子だと魔法使いが転移術を扱えるのは、まだ先のことになりそうだね」

魔法使い「戦士とか勇者は気持ち悪くないの?」

戦士「影響がないわけじゃないよ、でもこの程度じゃね?」

魔法使い「病み上がりのくせに」


勇者(あの暑苦しい魔物使いの術によって、戦士はあっさりと退院できた)

勇者(さすがに教会から派遣されただけあって、腕に関しては本物だった)


勇者(魔物使い、そして女騎士。あの二人はこの場にはいない)

勇者(同行すると言っていたが、あれは柔らかい街に入ってからの話だったらしい)


魔法使い「思ったよりも、魔法陣の場所から歩いたね」

僧侶「それにしても、ここは相変わらずですね」


勇者(僧侶の表情にはめずらしく、動揺のようなものが見え隠れしていた)

勇者(口ぶり的に、僧侶はこの街を訪れたことがありそうだけど)


戦士「すごいね。同じ区画で人間と魔物が一緒に露店を開いてるよ」

猫「あれはオーク、あっちはガーゴイル。ハーピーもいるにゃん」



サイクロプス「旅の者かい? どうだい、うちの占いを受けてみないか?」

男性「やめといたほうがいいぜ。単眼じゃ、見えるもんも見えやしねえ」

サイクロプス「ああぁ!?」

男性「あああっ!?」


魔法使い「な、なんていうか。すごい光景だね」

戦士「魔物と人間がごく普通に会話をしてるなんて、異世界に迷いこんだ気分だ」



女性「今度、新しいコスメの開発のために、街外れの洞窟に行こうと思うんだけど」

ハーピー「ついてきてほしいって?」

女性「お礼ならするから。例の入浴剤でどう?」

ハーピー「しゃあない。それで手を打ちましょう」



猫「魔物が人間相手に商売したり、その逆もあったりするのか?」

勇者「ここで商売をしてる連中は、専ら物好きな観光客を相手してる」

戦士「一般道で魔物を見つけたら大騒ぎって時代なのにね」

魔法使い「人間の管理が行き届かない山ぐらいだもんね、魔物と遭遇できるのは」


猫「だが、想像していたよりもずっと穏やかな街だにゃん」

魔法使い「だね。もっと物騒な雰囲気かと思ってたもん」


戦士「だけど、魔物が平気で闊歩してるような街だ」

戦士「市警が存在するかもあやしい。していたとしても、満足には機能してないだろうね」

勇者(だが、俺がこの街で暮らしてたころより平和になってる。それは間違いない)


魔物使い「おーい! 勇者さんたち!」


勇者「……」

僧侶「勇者様。顔色が急に悪くなりましたね」


魔物使い「お待ちしてました! すでに教会への報告は済ましてあるっす!」

戦士「こんな街でも教会はあるんだ」


僧侶「街ができた当初は、宗教による統一を果たそうと国も動いていたそうです」

僧侶「魔物とのゴタゴタ、諸外国への介入などに力を入れるうち、有耶無耶になってしまいましたが」


魔物使い「さすが! その若さで『赤勇会』に所属していた人だ」


猫『なんだ、その『セキユウカイ』って?』

勇者『魔物使いの前では小声でもしゃべるな。説明はあとでする』


勇者(『赤勇会』は、優秀な癒し手たちによる人道支援団体だ)


僧侶「なぜあなたがそのことを?」


魔物使い「一時期、オレも赤勇会に入ろうとしてたんすよ」

魔物使い「で、僧侶さんの話を小耳に挟んだわけっす」


戦士「赤勇会は治癒術の腕以外にも、魔物をたおすだけの魔術の腕も要求されるからね」

戦士「なんてたって、魔物による被害地域に足を運ぶわけだし」


魔法使い「そうなの!? 僧侶ちゃんって、やっぱりすごいんだね」

僧侶「……そうでもありません」

勇者(僧侶がわずかに視線を泳がせた。照れてるのか?)


僧侶「それより。この街に対する認識を、改めるべきかと」

魔法使い「どういうこと?」

僧侶「あれを見てください」

戦士「あのデカイのってスタジアム? でもなんで?」

魔物使い「闘技場っすよ。あそこでは賭けが行われてんすよ」

魔法使い「賭け? 闘技場? イマイチ話が見えないんだけど」

僧侶「賭けバトルが行われてるんです、あのスタジアムで」

魔物使い「しかも、ただの賭けバトルじゃないんすよ」


魔物使い「人間も魔物も関係ない。刺激と金に飢えた連中の掃き溜め」

魔物使い「死をも恐れない屈強な猛者たちの戦いの場なんすよ、あのスタジアムは」


戦士「死をも恐れない。つまり、死者が出るわけだ」

魔物使い「賭けバトルのルールはあってなきが如し。市警もバトルには介入しないっすからね」

戦士「秩序がないから、なにをやっても許されるってことか」

魔法使い「そういうある種の柔軟性から『柔らかい街』って名前になったんだね」

戦士「……そういえば、女騎士はどうしたんだい?」

魔物使い「街の視察だって言って、どっか行っちゃったんすよね」

戦士「そう。じゃあボクらは、ひとまず宿を探そうか」

魔物使い「それなら問題ないっすよ! すでに手配済みっす!」


勇者(暑苦しいくせに仕事はスマートだな、こいつ)





魔物使い「さあ! ここがオレがチョイスした宿っす!」

戦士「ふーん。まっ、可もなく不可もなくって感じかな」

魔物使い「値段も手頃だし、メシもうまそうっすよ」

勇者「……」

魔法使い「どうしたの勇者? ポカンとしちゃって」

勇者(俺は魔法使いの言葉を無視して、宿の扉を開いた)



ゴブリン「いらっしゃい……って、お前!?」

勇者「あっ、やっぱり」



勇者(宿の受付にいたのは、数年前、俺が世話になったゴブリンだった)

つづく





ゴブリン「まさかボウズ、お前がこの街に帰ってきてるとはな」

勇者「……もう、ボウズって年齢でもないよ」

ゴブリン「ワシから見りゃ、まだまだガキだ」

魔法使い「この街に住んでたなら、教えてくれればよかったのに」

ゴブリン「無口なのは、どうやら今も変わらんみたいだな」

勇者「……」


ゴブリン「しかしボウズ、今はなにやってんだ?」

ゴブリン「この街にわざわざ戻ってきたのも、里帰りなんかじゃないだろ?」

勇者「えっと……」


勇者(夕食を食べ終わって、俺たちは談話室でおしゃべりをしていた)


戦士「ボクと魔法使いは学生でね。遺跡発掘調査のために今回、こちらに足を運んだんだ」

戦士「彼にはボクらの護衛として、ついてきてもらってる」


魔法使い「そうなんです」

勇者(さすが戦士。嘘がお上手)


ゴブリン「そういや、昔から口は立たなかったが、腕は立ったもんな」

ゴブリン「ってことはアレか? 今は傭兵でもやってんのか?」


勇者「そんな感じ」


ゴブリン「まっ、理由はなんだっていいさ」

ゴブリン「こういう再開ほど嬉しいもんはないからな」


勇者「……うん」

勇者「あっ、そういえば姉(あね)さんは?」


ゴブリン「今は夕食の片づけをやってる。あとで呼んでやるよ」

ゴブリン「じゃっ、ワシはやることがあるんで失礼するが、ゆっくりしていってくれ」


魔法使い「私、普通にゴブリンさんとお話してたよね? 今、ちょっと変な気分」

戦士「なにを興奮してるの?」


魔法使い「ゴブリンさん、魔物だよ? なのに普通にお話してたんだよ?」

魔法使い「はじめての経験だもん、ドキドキしちゃった。戦士はしないの?」


戦士「特には」

魔法使い「つまんないのー」

戦士「ただ、この宿はすばらしいと思うよ。料理もうまかったし」


勇者「いい宿っていうのは、トイレが綺麗だ」


魔法使い「……勇者?」


勇者「宿を選ぶさいにトイレが綺麗かどうか、俺は必ずチェックする」

勇者「ここが綺麗じゃない時点で宿としては失格だ」

勇者「ほかに見るとしたら玄関だな。言ってみりゃ、宿の顔だからな」

勇者「短い期間とは言え、寝泊りする場所だ。清潔かどうかは重要だ」



魔法使い「おーい、勇者さーん」

勇者「……あっ。す、すみません」

魔法使い「ビックリしちゃった。急にしゃべりだすんだもん」


戦士「コミュニケーションが苦手な人には、種類がある」

戦士「意外と勇者は、一方的に話すのが原因で意思疎通ができないタイプかもね」


勇者「……」


魔法使い「でも、わかるなあ。私もこだわってることなら、しゃべりたいって思うし」

魔法使い「勇者は宿にこだわりがあるんだよね?」


勇者「こだわりって、ほどでは……」

戦士「そう言うわりに、魔法使いは魔術に関しては秘密主義だよね」

魔法使い「魔術師にとっては、魔術は命と同じぐらい大切だもん」

戦士「ふーん。それにしても、僧侶ちゃんは大丈夫なの?」


勇者(体調がすぐれないってことで、僧侶は部屋で寝てる。食事もとってない)


戦士「あと、魔物使いくんは?」

魔法使い「騎士さんと合流するって出て行ってから、二時間ぐらいたってるね」


勇者(俺としては、魔物使いと女騎士には帰ってきてほしくない)


魔物使い『もうほんとに勘弁してくださいよ、女騎士さん!』

女騎士『賭けバトルに参加しただけだろうが』

魔物使い『オレ、治癒術の使いすぎて疲れったすよー!』



勇者「……」

魔法使い「……女騎士さん、スタジアムにいたんだね」

戦士「女傑って言葉がピッタリな彼女だ。すばらしい闘いをしたにちがいない」


女騎士「なにか言ったか?」


勇者(うおっ!? いつのまに!?)

戦士「賭けバトルに参加したんだって? 会話が聞こえてきたよ」

魔物使い「そうなんすよ! この人、魔物も人間も関係なくボコボコにしたんすよ!」

戦士「穏やかじゃないね」


女騎士「道を歩いていたら、絡んできた馬鹿な魔物がいたんでな」

女騎士「しかも賭けバトルをもちかけてきた。だから受けてやった」


戦士「それで、ついでにスタジアムで暴れてきたわけだ」

魔物使い「一回一回、勝負が終わるたびに回復させないでほしいっすよ」

女騎士「礼として、賭けで手に入れた金はやるって言ってるだろ」

戦士「最初のオッズは高かっただろうし、けっこう儲かったんじゃない?」


女騎士「金なんてどうでもいい。それより、勇者」

女騎士「貴様も過去に、あのスタジアムに出入りしていたらしいな」


勇者「……」

女騎士「……ふんっ、まあいい。シャワーを浴びてくる」


魔法使い「本当なの、今の話?」

勇者「……いちおう」

魔物使い「それで騎士さんは対抗心燃やして、ハッスルしたわけっすね」

戦士「理由はどうであれ、勝ち続けたんでしょ? たいしたもんだ」

魔物使い「そりゃあ魔物相手に関しては、オレのアドバイスがありましたからね」

戦士「忘れかけてたけど、キミは意外と優秀なんだったね」

魔物使い「そうっす! オレは意外と優秀なんすよ!」

戦士「……ふーん、なるほど。ちょっと二人だけで話がしたいな」

魔物使い「アレっすか? 熱い男子トークっすか?」

戦士「そんなところかな。とりあえず外に行こう」


勇者(戦士は魔物使いの肩に手を回すと、外へと行ってしまった)


魔法使い「なんだったんだろうね、今の」

勇者(もちろん、俺にわかるわけがない)


魔法使い「でも、意外だなあ。勇者が賭けバトルをしてたなんて」

魔法使い「しかも女騎士さんが知ってたってことは、戦績もよかったんでしょ?」


勇者「それは、その……」

女性「おくつろぎのところ、申しわけございません。談話スペースは……」

勇者「姉(あね)さん……?」

女性「え?」

勇者「えっと、俺、なんだけど」

女性「もしかして……え? うそ? え?」


勇者「……ひさしぶり」

女性「うそおっ! いつの間に戻ってきたの!?」


勇者(ゴブリンの奴、俺が来たことを伝えてなかったのか)


女性=姉「何年ぶりかしら? 前は私と背丈、変わんなかったのに」

勇者「……背はけっこう伸びた、と思う」

姉「っと、まだ仕事が片づいてないの。だから、すこし待っててくれる?」

勇者「……うん」

姉「あっ、その前に」

勇者「?」


姉「おかえりなさい」





魔法使い「じゃあ、ここの宿はゴブリンさんとお姉さんで?」

姉「ええ、私とあの人の二人で切り盛りしてるの」

魔法使い「へえ……」

姉「えらく驚いてるけど、やっぱり変わってると思う?」

魔法使い「正直。魔物と人が経営してる宿なんて、聞いたことなかったから」

姉「実は私も。あの人と働くまでは、想像もしてなかった」


姉「ところで。黙々と食べてるけど、おいしい?」

勇者「うまい」

姉「そう、よかった。魔法使いさんの口にはあったかしら?」

魔法使い「はいっ。本当においしいです、このチーズスープ」


魔法使い「勇者って、ずっとここの宿に泊まってたんですか?」


姉「ええ。一年と半年ぐらいだったかしら?」

姉「宿代は賭けバトルの賞金でまかなってたのよね?」


魔法使い「それで、勇者は賭けバトルに参加してたんだ」

勇者「まあ、そんなとこです」

魔法使い「二人は宿の主と宿泊客って関係なんですよね?」

姉「そうよ? ああ、妙に親しそうだって?」

魔法使い「はい。なんだか本当の姉弟みたいにみたいです」

勇者「……」


姉「子どもだったこの子が、ずっと一人で宿泊してたからね」

姉「だから、気になっちゃって。思いきって声をかけたの」


魔法使い「それで二人は仲良くなったんですね」


姉「でも、帰ってはこないし、手紙のひとつも寄こさないし」

勇者「……ごめん。色々あったんだ」

姉「いいよ、こうやってまた会えたんだし」

勇者「……」





魔物使い「うーん。リザードマン対策は、だいたいこんなところっすね」

戦士「なるほどね。つまり、ほとんど人間と同じってわけだ」

魔物使い「でも筋力が根本的にちがうっす。それにそいつ、魔術も使えるんすよね?」

戦士「直接この目で見たわけじゃないけどね」



女騎士「宿の前で、なにをしてるんだ?」

戦士「……そっちこそ」

女騎士「落ち着かなくてな。この街、魔物が我が物顔で闊歩している」

魔物使い「そんなにカリカリしなくてもいいじゃないっすか」


女騎士「魔物は私たち人類にとって、敵でしかない」

女騎士「いずれは必ず、この星から抹消しなければならない存在だ」


女騎士「戦士。貴様もそう考えているから、こいつに魔物について聞いているのだろう?」

戦士「ちがう。ボクはただ、あの野郎に仕返しをしてやりたいだけさ」

女騎士「あの野郎? 私怨、か」


戦士「それもちがうね。ボクにとって、どんな魔物も例外なく理解できない存在だ」

戦士「そんな存在に苛立ちを覚えたり、個人的な恨みを抱いたりはしない」


魔物使い「魔物について聞いてきたときの戦士さんの顔、怖かったすよ?」

戦士「それはね、ジャマされたからさ」

魔物使い「ジャマ? なにかされたんすか?」


戦士「夜の街で、ボクとかわいいお姉さんの熱い夜を、ぶち壊しやがった」

戦士「ボクがムカついてるのはそのこと。ヤツ自体はどうでもいい」


女騎士「お前……」


戦士「それから。未確認魔物の出処の探索。これはどうするの?」

女騎士「私の隊の者たちがすでに調べはついてる」

戦士「あら、優秀なことで。場所は?」

女騎士「街の目と鼻の先にある研究所だ。
    早ければ明日の昼にでも、攻めこむ予定だ」

戦士「なるほど。もう大まかな準備はできてるってことね」

女騎士「しかし、不安要素がいくつかある」

魔物使い「なに言ってんすか? オレたちには勇者さんがついてるんすよ!」 

女騎士「その勇者こそが最大の不安要素だ」

魔物使い「え!?」

女騎士「ヤツに協調性は期待できないからな。というより、会話が成り立たないんだ」

魔物使い「……それって女騎士さんにも、問題があるんじゃないっすか?」

女騎士「……」


戦士(うわあ。ボクでも言いづらいことを……)


魔物使い「女騎士さんって話し方からして、取っつきにくいし」

魔物使い「勇者さん、オレのときは普通に話してくれるっすよ?」

戦士(これ、本気で言ってんのかなあ)


女騎士「な、なんだと? それは本当なのか、戦士?」

戦士「まあ、勇者は意外としゃべるよ。ついでに愛嬌もある、と思う」

女騎士「……」

魔物使い「どうっすか? この際思い切って、しゃべり方を変えてみるとか?」

女騎士「……いいだろう、やってみよう」



女騎士「あたい、マジちょ~勇者と仲良くしたいんだけどぉ」

女騎士「てゆーかぁ、これでダメならぁもうマジ無理」



戦士「……」

魔物使い「いやあ、これはドンマイっすわ」


女騎士「いちおう、軽い感じの女性になりきってみたんだが」

魔物使い「オレ、こんなしゃべり方する女はイヤっす」

戦士「ボクも。これだと勇者も裸足で逃げ出すよ、きっと」

魔物使い「ていうか、そのしゃべり方はどこで覚えたんすか?」

女騎士「できるかぎり、自分の想像力を働かせてみたんだが」

魔物使い「……女騎士さん、彼氏とかいるんすか?」

女騎士「恋愛か? そんな浮ついたことに、現を抜かしていたことなどはない」

魔物使い「……了解っす」

戦士「キミは恋愛とか以前の問題だよ」

女騎士「……?」





魔法使い(スープを飲み干した勇者は、すこし頬をゆるめて部屋に戻っていった)

魔法使い(ちなみに今この談話室には、私、お姉さん)

魔法使い(そして、ようやくお目覚めの僧侶ちゃんの三人でいる)



姉「そっか。あの子はホントに全然変わってないのね」

姉「チーズスープを飲んでる様子を見て、だいたいわかってたけど」


僧侶「……成長してないってことですか?」


姉「ううん、顔つきや体格はすっかり変わってたわ」

姉「でも、スープを飲んだあとの反応が昔と同じだったから」

姉「ほら、あの子って口よりも顔に出ちゃうタイプじゃない?」


魔法使い「そうですね。まさにそんな感じです」


姉「あの子、スープを飲んだあと、うまいとは絶対に言わなかったのね」

姉「でも、表情は変わるから。不思議と悪い気はしなかったわね」

つづく


姉「あの子、みなさんに迷惑かけてない?」

魔法使い「戦闘に関しては頼もしいですよ。ただ、ちょっとね?」


僧侶「知ってのとおり、コミュニケーションのほうは不得手なので」

僧侶「それがきっかけで問題が起きたりはします」


魔法使い「でもでも。それ以上にいいところもあるし」

姉「よかった。取っ付きづらいところもあるし、気難しい部分もあるけど。
  これからも仲良くしてあげて」

魔法使い「もちろんです」

僧侶「ひとつ、聞きたいことがあるのですが」

姉「なあに?」

僧侶「この宿、どういう経緯で始められたのですか?」

魔法使い「それ私も気になるっ。ゴブリンさんとの出会いとかも」


姉「彼との出会いについて聞きたいの?」

魔法使い「はい。私、すごく気になります!」

姉「出会い自体はいたって普通よ?」

魔法使い「それでも聞きたいです。ねっ、僧侶ちゃん?」

僧侶「はい」

姉「そう、じゃあ。この街からすこしはなれた場所に、遺跡があるのは知ってるわよね?」


魔法使い「え? あ、はい」

魔法使い(戦士がついた嘘、デタラメじゃなかったんだ)


姉「遺跡調査って、人材は基本的に現地で雇うの」

姉「当時は遺跡調査のために学者さんが、この街にまで足を運んだのよ」

姉「それで私は、お金のために発掘調査に参加させてもらったの」


姉「でもね。運が悪いことに、発掘調査の最中に遺跡の天井が崩れちゃって」

姉「よりにもよって、私だけが遺跡に閉じこめられたの」

姉「暗闇の中で、しかも一人ぼっちだったから。正直、とても心細かったわ」

姉「時間の感覚がなくなったころかな。急に黒い壁が崩れて光が差しんできたの」

姉「一目散に飛び出したわ。で、びっくりしちゃった」

姉「だって暗闇を抜けたら、いきなり大きなゴブリンが出てきたんだもの」


魔法使い「お姉さんを助けたのは、じゃあ……」


姉「ええ、彼よ。だけど私ったら、最初は驚いちゃって」

姉「緊張がとけたところに、彼のいかつい顔が飛びこんできたから気絶しちゃった」


僧侶「わりとハチャメチャな出会いなのですね」

姉「失礼極まりない出会いよね」


僧侶「そのあとは?」


姉「目が覚めたあとは、すぐに彼のもとへと行ったわ」

姉「だけど当時のこの街では、魔物と人の交流は今ほどじゃなくて」

姉「この宿の前で立ちすくんでたなあ、最初は」


魔法使い「それでそれで?」


姉「そしたら急に扉が開いたの。で、彼が出てきたの」

姉「ピンク色のエプロンをした状態でね」


僧侶「……」

魔法使い「……」


姉「それを見たら、どうしてか笑いがこみ上げてきちゃってね」

姉「しばらくはキョトンとしてる彼の前で、一人で笑ってた」


姉「でも、不思議なことに確信できた。『ああ、この人は悪い人じゃない』って」

姉「お礼を言いに来たのはずなのに、なぜか『働かせてくれ』って頼んでた」

姉「それで、今日まで来ちゃった」


魔法使い「……なんか、すごい話ですね」

姉「すごい、かな?」


ゴブリン「すごいっていうか、ただの失礼な話って感じだけどな」


魔法使い「あっ、ゴブリンさん」


ゴブリン「人の顔見て笑いだしたと思ったら今度は、働かせろ、だからな」

ゴブリン「当時は真剣に『人間の娘はなにを考えてるんだ』なんて、思ったよ」


姉「あなたのエプロン姿はとても魅力的だった、それだけの話よ」

ゴブリン「よく言うよ。目尻に涙を浮かべて笑ってたくせに」


僧侶「……どうして、あなたは彼女を助けようと思ったのですか?」


ゴブリン「偶然、遺跡の前を通りかかったんだ。で、コイツが遺跡に閉じこめられていた」

ゴブリン「だからワシが一肌脱いだ。それだけのことだ」


姉「あのときのあなたは、きっと誰よりも素敵だったわ」

ゴブリン「白目むいて気絶したヤツに言われてもな」

僧侶「……」

ゴブリン「これは個人的な意見だが、ワシら自身は特別ってわけじゃない」

僧侶「そうでしょうか? 私は人と魔物が経営する宿に、泊まったことはないです」


ゴブリン「もう一度言う。ワシらやワシらの関係は、特別なんかじゃない」

ゴブリン「……だが、そうだな。ワシらの出会いは、特別と言ってもいいかもな」


姉「そうね。街ですれ違っただけなら、今の関係はないもの」


魔法使い「なんていうか。素敵です、二人の関係って」

姉「ふふっ、ありがとう」

魔法使い「いいなあ、素敵だなあ。僧侶ちゃんもそう思うよね?」

僧侶「……ええ」


ゴブリン「そういや昔、ボウズにもこのことを話したんだよな」

ゴブリン「あいつは目を白黒させるだけで、なんにも言わなかったけどな」


魔法使い「たしかに。こういう話を聞いても、彼は感想とか言わなそう」

ゴブリン「……やっぱアイツは、そんなに変わってねえみたいだな」

姉「変わらず人見知りだし、口下手なままみたいね」

ゴブリン「だが決して悪いヤツじゃねえ。仲良くしてやってくれ」

魔法使い「はいっ」


僧侶「あの……もうひとつだけ質問、よろしいですか?」

姉「ええ、どうぞ」

僧侶「今後も、この宿の経営はこのまま続くのですか?」

ゴブリン「まっ、今のところはその予定だな。なあ?」

姉「うん、私もそのつもりよ。これからも二人でがんばっていくわよね?」

ゴブリン「ワシを手伝ってくれるのは、お前だけだからな」


魔法使い(そう言って顔を見合わせる二人は、本当に幸せそうだった)


姉「そろそろお開きにしましょうか。明日も早いしね」

魔法使い「二人のお話、聞けてよかったです。ありがとうございました」

ゴブリン「どういたしまして」


僧侶「……」


魔法使い(だけど。二人を見つめる僧侶ちゃんの表情は、ひどく沈んでいた)





猫「なにかいいことでもあったかにゃん?」

勇者「なんだよ。てっきり寝てるのかと思ってた」

猫「ご機嫌な鼻歌が聞こえてきたせいで、目が覚めてしまった」

勇者「鼻歌? 誰の?」

猫「……お前のにゃん」


勇者「そうか。すこし気分がいいのかもしれない」

勇者「ここに帰って来たのは偶然だけど。うん、おいしかったな」


猫「なんのことだ?」


勇者「姉さんのチーズスープ。久々に食べたけど、本当においしかった」

勇者「それだけじゃない。なつかしいんだ、この部屋のにおいも」

勇者「歩くときしむ床の音も。窓から入ってくるすきま風も。全部なつかしい」


勇者「子どものころから、旅から旅の生活でさ。はじめてだったんだ、ここが」

勇者「ゴブリンにはいろいろ教わったな、特に生活の知恵なんかを」

勇者「姉さんにはいつもチーズスープをせびってた」

勇者「帰る場所がある。帰ったときに迎えてくれる人がいる」

勇者「ここは決して平和な街じゃない。でもキライじゃない、この街は」


猫「無口なお前が、いつになく饒舌だにゃん」

勇者「かもな」

猫「……帰れる場所、か」

勇者「前から気になってたけど、お前って魔物なんだよな?」

猫「なにを今さら。俺様の恐ろしさは、身をもって知ってるはずだ」

勇者「足首を引っかかれたことぐらいしか、覚えてない」


猫「……まあ、お前の予想通り。俺様はもともとは魔物じゃなかった」

勇者「だよな。見てくれは猫そのものだし」

猫「野垂れ死にそうになったとき、たまたま拾われた。覚えてるのはそれだけだ」

勇者「拾われたって、魔王にか?」

猫「そうだにゃん。そして、気づいたときには魔物に成り代わっていた」


猫「魔物じゃなかったときの記憶は、なにもかも曖昧だ」

猫「親に関してはなにひとつ思い出せない」


勇者「なんで魔王はお前を拾ったんだ?」

猫「知らん。魔王さまの考えは、俺様にはよくわからん」


勇者「よくわからんって……。
   でも、俺を襲ったのは魔王の命令だろ?」


猫「ちがうにゃん」


猫「魔王さまは、むしろ俺様をとめたにゃん」

猫「『どう足掻いても、お前では勇者はたおせないって』にゃ」


勇者「じゃあなんで?」

猫「にゃんでだろうなあ」

勇者「はあ?」

猫「……魔王さまは、すこしお前に似てるにゃん」

勇者「俺と似てる? 魔王が?」


猫「すこしだ。しゃべりがやたら下手なところとか、人見知りなところとか」

猫「こっちをずっと見て、なにか考えてるのかと思ったら、急に視線をそらすし」

猫「真顔で俺様に、自分の部下の叱り方を相談したりするし」


猫「魔王さまという存在に対して、こんなふうに思うのは奇妙かもしれないが」

猫「自分を蔑ろにして、魔族のためにできることを模索するあの方を見ていて、思ってしまった」

猫「魔王さまの力になりたい、と」


勇者「……で、いても立ってもいられず、魔王城を飛び出してきたのか」

猫「魔王さまとは、ケンカ別れ的な感じになってしまったが」

勇者「しかも魔王の言っていたことは、見事に当たったしな」

猫「うるさいにゃん」

勇者「……俺なんかよりよっぽど勇者みたいだな、お前の話を聞いていると」

猫「俺様たちにとっては魔王さまこそが勇者だからな」

勇者「だとしたら、お前らにとっての魔王は俺か」

猫「あるいは、この街にとってもだ」

勇者「……」


猫「この街の存在そのものが、ほとんど奇跡にゃん」

猫「いくつもの偶然が重なって、その上で成立している」

猫「だが億が一、魔王さまがお前に敗れることがあったら、そのときは……」


勇者「勇者として生まれたときから、俺の役目は魔王をたおすことだった」

勇者「その自覚はある。魔王はたおすつもりだ」


猫「……」


勇者「だけどお前の言うとおり。魔王が滅べば、この街の均衡は間違いなく崩れる」

勇者「そのときは、ここも……」


猫「……また、誰かが聞き耳を立てているにゃん」


魔法使い『ぎくっ!?』


魔法使い「……べつに盗み聞きするつもりはなかったよ、ホントだよ」

魔法使い「猫ちゃんの様子を見に来ただけで」

魔法使い「でもふたりが熱く語り合ってるから、入りづらくてね……」


勇者「……そうですか」

魔法使い「うんうん、そうだよね。いろいろと難しいよね」


勇者(いちおう難しそうな顔をして、うなずく魔法使いだった)


魔法使い「私たちの旅って、魔王をたおすのが目的だよね?」

猫「ふんっ」

魔法使い「でも、もし魔王をたおせたとしたら、この街の様相は一変しちゃうよね」

勇者「……おそらく」


魔法使い「勇者」

勇者「はい」

魔法使い「ゴブリンさんとお姉さんの話、聞かせてもらったんだ」

勇者「そうですか」

魔法使い「人間と魔物なのに。あの二人の関係はとっても素敵だと思う、本当に」

勇者「……そう思います、ぼくも」


魔法使い「それに、今の二人はとっても幸せそうだった」

魔法使い「自分のことじゃないのに、私、思っちゃったの」

魔法使い「いつまでも、あの人たちには今の関係のままでいてほしいって」


勇者「……」


魔法使い「あと、もうひとつ」

勇者「?」

魔法使い「勇者と猫ちゃんの関係も、イイと思うな……私は」


猫「……」

勇者「……」


魔法使い「ほらっ! 息ピッタリの無言!」


勇者(魔法使いはときどき本気で言ってんのか、冗談で言ってんのか不明な発言をする)

勇者(……だけど、まあ。どっちにしても立ち止まってる暇はない)

勇者(今は突き進むしかないんだ)


魔法使い「さてと、そろそろ――」

勇者(魔法使いの言葉は、そこで途切れた)


猫「な、なんだにゃん!?」

魔法使い「わ、わかんない。でも、今……」


勇者(窓の向こう側で赤い光と爆発音が炸裂し、遅れて次々と悲鳴が聞こえてきた)





リザード「ちょうど今ぐらいか? ヤツがおっぱじめるとしたら」


サキュ「たぶんね。あたしらの仲じゃ、一番時間に正確だしぃ」

サキュ「しかも敵の情報は、こっちの手のひらの中」


リザード「勇者たちは、どこまで自分が置かれてる状況を理解してるんだろうなあ」


サキュ「さあ? でも気づけそうじゃない? 
    身内にスパイがいるってことぐらいなら」


リザード「そうだとしても、今回はヤツのほうが有利だろうなあ、クソっ」

サキュ「そうね。まだ完全じゃないとはいえ、できちゃったもんね」



サキュ「魔術の使用を封じてしまう、恐ろしい装置」

つづく


リザード「まっ、こっちはこっちで前夜祭を精々楽しむとするか」

サキュ「アンタっていいよねえ」

リザード「あ? なにがだ?」

サキュ「これから敵と戦えるってだけで、機嫌がよくなるんだもん」

リザード「オレにとって戦いは全てだ。流せる血は、いくらでも流す」

サキュ「……はぁ、あっそ」

リザード「ため息をつくと、幸せが逃げるらしいぞ」


サキュ「吐き出したため息と一緒に、自分の中の憂鬱を逃がしてあげてんの」

サキュ「ていうか、そろそろ出るわよ。パーティに遅刻しちゃう」


リザード「かまわねえよ。どうせオレらが行きゃ、祭りはお開きだからな」





女騎士「戦士、貴様の言ったとおりになるとはな」

戦士「正解だったでしょ。キミの仲間を街にバラバラに潜伏させたのは」

魔物使い「でもヤバイっすよ! 街に魔物の群れが現れるなんて!」

戦士「とにかく。時間を稼いで街の人たちを避難させる必要がある」

女騎士「そしてあとは速やかに魔物を駆逐する、それだけだ」

魔物使い「それにしても勇者さんたちは、この緊急事態にも関わらず落ち着いてましたね」

戦士「まあ、ボクらも伊達に選ばれたってワケじゃないさ」


戦士(謎の発光現象とともに現れた魔物たちは、すでに街へと侵入しつつあった)

戦士(敵はこちらの動きを把握している。だから敵が先手を打つことは予測できた)

戦士(さすがにこの規模までは予想できなかったけど)


戦士「で、さっそくご対面か」



魔物「ううぅ……ぐううぅ……」



戦士「これまた初めて見る顔だ。例の研究所からのものと思って間違いないだろうね」

女騎士「私は二度目だ。魔物使い、貴様もそうだろう?」

魔物使い「スタジアムで女騎士さんが、コテンパンにやっつけたうちの一匹っすね」

女騎士「やはりな。私の予想は当たった」

戦士「予想?」


女騎士「ここは魔物と人間が共存する場所。市警もあってなきがごとし」

女騎士「おかげで街の秩序は形骸そのもの。さらに、誰もが参加できる賭けバトル」

女騎士「そして夜の街で現れた未確認魔物と、そいつらの出どころである研究所」

女騎士「これらの要素から、あるひとつの仮説が立つ」


戦士「そういえば。賭けバトルでは、死者が出ることもあるんだったね」


女騎士「ああ。あのスタジアムは研究材料確保の場であり、魔物実験の場でもあった」

女騎士「……まあ、まだ推測の域を出てはいないが」


戦士「素直に感心してしまったよ、ボクは」

戦士「キミはそこまで考えたうえで、賭けバトルに参加していたんだね」


魔物使い「いや、その可能性に気づいたのはオレっす」

魔物使い「この人はひたすら人間魔物問わず、ぶっ飛ばしてただけっす」


女騎士「貴様っ……!」

戦士「……話はあとにしよう、来るよ。
   まるで神話に出てくるケンタウルスのような魔物がね」


女騎士「スタジアムで戦ってわかった。奴の尻尾は機能してない」

戦士「尻尾は掴めるってわけだ」


魔物使い「さあお二人とも! さっさと敵をやっつけちゃって!」

戦士「……なんで建物の影に隠れてんの?」

魔物使い「申し訳ねえ、戦いに関しては門外漢なんで。あっ、来るっす!」

戦士「そのキャラで戦わないとかアリなのっ!?」

魔物使い「オレ、こんなキャラでも頭脳派エリートっすから!」


魔物「ぐぅ……ううぅおおおおおっ!」


女騎士「とにかく構えろ。やるぞ」

戦士「それもそうだね」





魔法使い(街の人たちを避難させるために、別れて行動することにした)

魔法使い(私、僧侶ちゃん、勇者、猫ちゃんグループ)

魔法使い(戦士、女騎士さん、魔物使いくんグループ)

魔法使い(とりあえずの最優先事項は、住民の避難のための時間稼ぎ。……なんだけど)


猫「自分はこの街の地理に明るいから、一人で大丈夫だって嘯いてみせたのににゃあ」

僧侶「予想できたことですけどね」


魔法使い「だね。勇者が見ず知らずの人に話しかけるなんて、想像できないもん」

魔法使い(勇者はみんなとわかれた瞬間に、人と話せないことを思い出して戻ってきた)


僧侶「しかし。どんな魔物がいるか、まったくわからない状況です」

魔法使い「うん。一人は危険だし、これでよかったんだよ」

勇者「……はい」


魔法使い「それで、次は勇者が言ってた区画に向かえばいいんだよね?」

勇者「はい」

猫「腕っぷしが強い連中も少なくないからにゃあ」

魔法使い「うん。だから向かう場所の順番は考えないとね」

勇者「……」


魔法使い(……勇者。なんだか表情がいつもよりかたいかも)

魔法使い(やっぱりお姉さんと、ゴブリンさんのことが心配なのかな)


ゴブリン『……つまり、危険な連中が現れたから逃げろってことか?』

魔法使い『はい。ゴブリンさんたちは、すぐに安全な場所へ』

姉『あなたたちはどうするの?』

勇者『……避難を、手伝う』

姉『いくらあなたが強いからって危険よ。どんな魔物かも、わかってないんでしょ?』

勇者『だけど、やらなきゃならない』


姉『……』

ゴブリン『……』


戦士『なんで一介の学生がそこまでするんだって、そう思うかもしれないけど』

戦士『今は事情を話してる時間すら惜しい』


女騎士『住民の避難は我々だけで行うわけではない。そこは安心してくれ』

魔物使い『そうっす! とにかく今は避難っす!』


ゴブリン『ボウズ。お前は自分の考えを、口で伝えることが苦手だな』

勇者『そんなこと今は……』 


ゴブリン『そのくせ、顔や目には考えてることが思いっきり出ちまう』

ゴブリン『昔からそうだ、だからわかる』

ゴブリン『お前が本気でワシらのことを心配してくれてるのはな』


勇者『だったら……!』


ゴブリン『だがここはワシらの街だ。ほうっておくことはできん』

ゴブリン『ここには大切な思い出が、たくさん置いてあるからな』


勇者『……』


姉『ここは私たちが帰れる唯一の場所だから。私たちが守らなきゃ』

姉『この街は、この宿は、あなたを待つための場所でもあるから』


姉『覚えてる? 昔、私に言ったこと。「自分は旅から旅の根無し草。帰る場所なんてない」って』

姉『正直に言うと、あのときね。私はなに言ってるのって思ってた』

姉『あなたが帰る場所はここにあるじゃない。ずっと待ってるんだから』


勇者『……姉さんって強引だよな、昔から』

姉『そうよ、強情っぱりなの。こうじゃないと、守りたいものも守れないし』

勇者『……わかった。この街を守ろう……いっしょに』

ゴブリン『そうこなくっちゃ!』




魔法使い(もちろん。お姉さんたちには、万が一の際には逃げてもらう)

魔法使い(騎士さんの仲間に、あとから来てもらう段取りもつけた)

魔法使い(落ち合う場所は、街の外れの広場だって決めた)


勇者「……」


魔法使い(でもやっぱり心配なんだよね、勇者)


僧侶「どうやらこの区画は、全員避難済みのようですね」

魔法使い「よし。じゃあ、次のところへ……って、な、なに!?」

猫「じ、地面が!?」

魔法使い(宿の窓から見えた光と同じ!? ということは――)



?「お久しぶりです。勇者様」



魔法使い(間違いなかった。地面が光ったのは魔法陣が発動したから)

魔法使い(魔法陣から現れたのは、ローブに身を包んだ誰か)


勇者「その声、お前……」

僧侶「以前、別の意味でお世話になった占い師ですね」

?「これはこれは。覚えてくださっているとは、恐懼の極みでございます」

魔法使い「思い出したっ! あのときのインチキ占い師!」


猫「リザードマン、サキュバスときて。次はお前か」

?「ええ。あの二人のしくじった分、私が取り返そうと思いまして」

勇者「猫。あのローブの占い師、魔王の手先でいいんだな?」

猫「そうだにゃん」

僧侶「目的はなんでしょうか? できれば、そこをどいていただきたいのですが」

?「それは無理な相談です。なぜなら、みなさんをもてなすように頼まれたので」

魔法使い「また魔法陣が!?」

僧侶「これは……」

猫「な、なんて数……!」


魔法陣(再び赤く光った魔法陣が運んできたのは、大量の魔物だった)


魔物「ううぅ……」


?「この魔物たちは研究の過程で生まれた出来損ないなのです」

?「しかし数が多すぎまして。始末するのに手間取っているのが現状です」


猫「で、コイツらを俺様たちにけしかけるのか?」

?「このことが魔王さまに伝わるのは困るのですよ」

猫「やっぱりか。こんな命を弄ぶ所業、魔王さまが許すわけがないにゃん」

?「だから始末してほしいって頼んでるのですよ」


僧侶「どうします、勇者様?」

勇者「……」


魔法使い(まずい。いくら私たちでも、この数の魔物をたおすのは難しい)

魔法使い(それにまだ避難が終わってない場所もある)


魔法使い「こうなったらやることは一つ――みんな、さがって!」

僧侶「なにを?」

魔法使い「いいからまかせて!」


魔法使い(こういうときに備えて練習してきたんだから、空間転移の術を!)

魔法使い(集中力を研ぎ澄まして。一瞬で頭に術式を描いて。魔法陣を造りあげる!)


勇者「ま、魔法使い? これは……」

?「ほう、すばらしい。これは立派な魔法陣だ」

魔法使い「この魔物たちを全員どっかへ吹っ飛ばしちゃう!」



魔法使い「いっけええええぇ!」



勇者「……」

僧侶「………」

猫「……」

魔法使い「……あ、あれ?」


魔法使い「魔法陣が、発動しない……?」


?「残念ですね。てっきり、すばらしい魔法陣の展開が見られると期待したのですが」

?「待つ理由はありません。さあどうぞ、この魔物たちを始末してください」


魔法使い「う、うそ……し、失敗……?」

僧侶「魔法使い様。仕方ありません、今は通常の魔術で戦うしか」

猫「むしろ発動してたら、俺様たちまで飛ばされた可能性があるにゃん」

勇者「たしかに」

魔法使い「いいもんっ! こうなったら特大の火の球で!」



魔法使い「……あれ?」

魔法使い「あ、あれ? 魔術が発動しない……」

?「おやおや。どうしました?」


魔法使い(たしかに魔力はひねり出した。あとは火球を放つだけ)

魔法使い(なんで? からだの中をめぐる魔力は感じられる。なのに)

猫「お、俺様まで術が使えない!?」

?「どうやらこの装置、本当に使えるようですね」

僧侶「……術が使えないのには、なにかタネがあるようですね」


魔物「ぐおおおおぉっ!」


勇者「さがって!」


魔法使い(ど、どうしよう。魔術が使えない私なんて……)





魔法使い(勇者と僧侶ちゃんは魔物たちと、なんとか戦えていた)

魔法使い(勇者はもとから魔術を使わない。僧侶ちゃんは術のかわりにナイフで応戦していた)

魔法使い(だけど、魔術しか取り柄がない私は……)


?「さすが勇者とその仲間といったところですか」


魔法使い(あのローブ、さっきから勇者たちの戦いを静観してるだけ)


?「どうも面白みに欠けますね。これでは勇者様と出来損ないが普通に戦っているだけ」

?「勇者様。この街には、あなたが懇意にしている存在がいるとか」


勇者「……?」


?「宿の主であり、すばらしい人格者らしいですね」

?「人間や魔物といった種族による差別をしない存在、このご時世ではめずらしいことこの上ない」


勇者「なんでお前がそれを?」


?「これでも占いを生業にしてたこともあるので」

?「それからもうひとつ。彼らはこの街にいる、そうですね?」


勇者「……」


?「宿の場所は、わざわざ言う必要はありませんね」

?「それより。あなた方が落ち合うことになってる場所、こちらのほうが重要でしょうか?」


勇者「お前、まさか……」

魔法使い(ハッタリじゃない。この人は私たちの行動を把握してる)


?「私はべつに、なにもするつもりはありません」

?「しかし。往々にしてなんの前触れもなく訪れるものですよね、不幸というのは」

魔法使い(本気でまずい。私たちの状況もそうだし、ゴブリンさんたちも……!)


?「さあ勇者様、どうしますか?」

つづく


魔法使い(この中の誰かが、ゴブリンさんたちのもとへ行くべきだけど)

魔法使い(魔術が使えないこの状況では、魔物を食いとめきれない)


勇者「……ここはまかせてください」

魔法使い「え?」

勇者「ここはまかせて。宿に向かってください」

魔法使い「だけど」

?「ほう。この状況をひとりでどうにかできると?」

勇者「たのむ。あの二人は、俺にとって……」

僧侶「行きましょう魔法使い様。勇者様は強いですから、いい意味で」

魔法使い「でも……」


魔法使い(勇者にはこの状況を打破する手段があるってこと? それでも……)

魔法使い(って、どっちにしても今の私は役立たたず。だったら)


魔法使い「……勇者。あの二人は私たちが必ず護るから」

僧侶「やられてはいけませんよ、勇者様」

猫「安心しろ。勇者には俺様がついているにゃん」

魔法使い「うんっ。勇者のこと、おねがいね」

魔法使い(今は私にできることをやるしかない)



?「大切な人のためなら、自分の命すら惜しくない。さすがは勇者様だ」

?「自己犠牲の精神とはいついかなる時もすばらしい」


勇者「勘違いするなよ。自己犠牲なんかじゃない」

?「つまり、この劣勢をひっくり返すと?」

勇者「ああ。それに俺は知ってるからな、戦いのあとのチーズスープのうまさを」

?「では、見せてもらいましょうか。勇者様のご活躍を」





魔王「呼んだ覚えはないが」

姫「ええ、私も呼ばれた覚えはないわ。ここに来たのは私の勝手」

魔王「……待て。なぜ近づいてくる」

姫「話をしたいの。顔を見て、目を見て」

魔王「とまれ。近づく必要はない。この空間は特殊そのもの」


姫「そうね。大きな声を出さなくても、どういうわけか声は届く」

姫「でも、それではダメなの。あなたの表情が見えないもの」


魔王「……」


姫「目は口以上に真実を雄弁に語る、と教えられたことがあります」

姫「あなたが話すことが不得手なのは百も承知。それでもいいから」


姫「私とお話してください」


魔王「……その前に。ひとつ聞きたい、その歩き方はなんだ?」

姫「歩き方? こうやって大股で歩くと気合が入ると思って」

魔王「てっきり股でも痒いのかと」

姫「……最低ね、あなた」

魔王「よくわからんな」


姫(近づけば近づくほどにわかる。魔王の全身からあふれる魔力が、覆いかぶさってくるような感覚)


魔王「……」

姫「……」


姫「あなたの顔、近くで見たら怖いのね。頭の中の言葉が、全部吹き飛んでしまったわ」

魔王「はあ?」


魔王「もしかして、それは冗談か?」

姫「ごめんなさい。冗談ではないけど。ごめんなさい」

魔王「……それで? 余と話したいこととはいったい」

姫「あなたは言ったわね。人間を魔物の支配下におき、共存に近い形を実現すると」

魔王「ああ」

姫「今、この世界では魔物は駆逐されようとしている。人間の手によって」

魔王「そうだ。無意味な抵抗だと揶揄し、我々のことをレジスタンスと呼ぶ輩もいる」


姫「でもあなたは、勝機が全くないとは考えていない」

姫「それだけじゃない。人間に勝利したその先の先まで考えている」

姫「だから私をさらった」


姫「私の勝手な予想だけど。あなたが目指す世界には、モデルがあるんじゃないかしら?」

魔王「なぜそう思った?」


姫「魔王でありながら、人間のことを恐ろしいって言ってのけたあなただもの」

姫「いろいろと私たちについて、調べているんでしょう?」


魔王「正解だ。ただし半分、だが」

姫「半分?」

魔王「モデルとなった街は存在する。だが、その街も余の目指すべきものには程遠い」

姫「でも、あるのよね?」

魔王「……なにが目的だ?」

姫「見せてほしいの。あなたが目指しているものを、私に」


魔王「余が目指すものを、その目で確かめようというのか」

姫「そうよ。自分の目で見たいの、確かめたいの」

魔王「それは、つまり……」

姫「?」

魔王「そなたは余のやろうとしていることが正しいのか、見極めたいということだな?」

姫「いいえ、ちがうわ」

魔王「解せんな。では、なんのために?」



姫「誰かの出した答えの、答え合わせがしたいんじゃない」

姫「見つけたいの。自分で、自分なりの答えを」



魔王「自分なりの答え……」


魔王「だがその答えの行き着く先が、余と同じ道だとしたら?」

魔王「そなたはどうする? 迎合するのか? 結論を捻じ曲げるのか?」


姫「それも考えた。けど、わからないわ」

姫「だって少なくとも、あなたは勇者をたおそうとするのでしょう?」


魔王「余の目的において、勇者は最大の障がいのひとつ。片づけねばならん」

姫(そう、それだけは阻止しなければならない、必ず)

魔王「……見つめられても、その、困る」

姫「私の癖なの。言葉に詰まったとき、ついつい人の目を見てしまう」

魔王「……」

姫「あなたは逆ね。目があうと、必ず視線が泳ぐ」


魔王「そなたが言ったとおり、目は雄弁に語る。迂闊に視線を合わせるのは危険だ」

姫「目があうと緊張するだけでしょ」

魔王「断じてちがう」


姫「今さら強がっても。って、今は目線の話は置いておくとして」

姫「私に見せてください。あなたの目指す世界の、ほんの断片でもいいから」


魔王「……」


姫(魔王は一瞬だけ視線をそらしかけて、でも最後には私と目線をあわせた)


魔王「いいだろう」

姫「本当に?」

魔王「なぜそこまで驚く?」

姫「いえ、だって。こんなあっさりと承諾してくれるなんて、思わなかったもの」

魔王「……。だが条件がある。
   勇者のことを、なんでもいい。余に話せ」
 


魔王「知っている。だからなんでもいいと言っている」

姫「……あなたに似ている」

魔王「魔王である余と勇者が?」


姫「人見知りなところや、口下手なところ」

姫「もっとも彼は、あなた以上にコミュニケーションが苦手だけど」


魔王「いや、もっと他にないのか?」

姫「そんなことを言われても」

魔王「勇者に似ていると言われるのは、いささか以上に不快だ」


姫(同族嫌悪、とは言わない方がよさそう)

姫「……そうね。これは私の勝手な予想、勇者にはあなたのような意思はないのかも」


訂正

>>781の一番上、姫「私、彼についてはそれほど詳しくはないわよ?」を追加で


姫「魔王。あなたは自分たちの世界を、よい方向へ導こうとしてる」

姫「勇者は勇者で、あなたをたおそうと命懸けで戦ってる」

姫「でも、それだけ。自分の役割は魔王をたおすことのみ。その先は知らないって」


魔王「勇者の発言とは思えんな」


姫「それに、彼はこんなことも言ってた」

姫「まだ完全には決まってないけど、やりたいことがあるって」


魔王「その内容は知らないのか?」

姫「聞いたけれど、恥ずかしかったのかしら。答えてはくれなかった」

魔王「……さっぱりわからんな、勇者というのは」

姫「あなたにはあるの? やりたいって思うこと」

魔王「考えたことすらない。目指した世界のその向こう側、その先の自分など」


姫「すこし、似てるのかしら」

魔王「どちらなんだ? 勇者と余は結局、似てるのか似てないのか」

姫「今のは勇者のことじゃなくて。似てるって思ったのは……私のこと」

魔王「姫、と?」


サキュ「魔王さま。失礼します」


魔王「……卿が来たということは、奴らは来たのだな?」

サキュ「はっ。すでに準備は整っております」

魔王「わかった」

姫「どこへ行くの?」

魔王「決まっている。戦いだ」


姫(あっという間に魔王は出て行ってしまった)

姫(広い空間に残ったのは、サキュバスと私だけ)


サキュ「姫さま。あまり長い間、ここにはいないほうがいいよー」

姫「待って。あなたたちはどこへ?」

サキュ「魔王さまが言ってたでしょ、戦いだって」

姫「戦いって……」


サキュ「そう。人間と私たち魔族の闘い」

サキュ「魔王さまが目指してるのはさ、ある種の人間と魔族の共存だけど」

サキュ「魔族と人間だもの。どうやったって争いは避けられないよねえ」


姫「……」

サキュ「じゃあね、姫さま。今夜は早く寝てちょうだいね」





姫(あのやりとりから、数時間)

姫(いつもは魔物の気配であふれてるこの城も、凍ってしまったみたいに静か)

姫(もちろん、もぬけの殻ってことはないでしょうけど)

姫(戦い……まさか勇者と?)

姫(でも魔王の傷は、まだ癒えてはいないはず)

姫(ここまで慎重を期してきた魔王が、万全じゃない状態で挑むとは思えない)

姫(……)





?「すばらしい。これが勇者さまの力」

猫(……これが、勇者?)


 魔物がまた一匹、勇者によって振り下ろされた剣によって消滅した。
 切り裂かれたなんて生易しいものではない。文字通り、消滅したのだ。


勇者「無駄だ」


 勇者の言うとおりだった。
 鳥の肉体に蛇の頭部をもった異形の魔物は勇者に飛びかかったが、触れることさえかなわない。
 見えない壁に阻まれたように、魔物はあっさりと地面を転がった。


?「これが勇者の力。そして、『勇者の剣』の力……」


 勇者が再び剣を振り抜く。それだけの動作だったのに。
 波のように空気が揺らめきわずかに遅れて空間が爆ぜる。
 
 魔物の群れが為すすべもなく、吹き飛ばされていく。
 たったひとりのこの男によって。


猫(あれだけの数が……)


 魅せられていたのか、自分は。
 失せかけていた時間の感覚がようやく蘇ったときには、すでに魔物は全滅していた。


猫(そうだ、これが勇者なんだ)


 これまでの旅で生まれた疑問は、今、氷解した。
 なぜこの勇者が魔王と渡り合えたのか。単純な話だ。強いのだ、勇者は。

 この勇者の力は――たしかに魔王の敵となる。



?「本気の勇者さまには役不足でしたね、この程度の魔物たちでは」

勇者「まだやるのか」


?「いいえ、さすがにもう駒は尽きてしまいました。
  それに。勇者様のおかげで片づけは済みましたので」

?「ですが、不思議ですね。どうしてあなたは、今までも本気を出さなかったのでしょうか?」


勇者「……」


?「そして、もうひとつ疑問が」

?「なぜ勇者さまは、今すぐに私に襲いかからないのでしょうか?」

猫(たしかに。こんなやりとりの前に、勇者なら行動不能にすることぐらい……)


?「まあ、いいでしょう。あなたをたおす役目は私じゃない」

?「機会があればまたお会いしましょう、勇者さま」

猫(魔法陣が再び光る。ヤツは溶けるようにあっさりと消えてしまった)


勇者「……ぷはぁっ!」

猫「うわっ! なんで急に座りだすにゃん?」

勇者「バテてる場合じゃないな、さっさとゴブリンたちのとこへ行かないと」

猫「わけがわからん。今のお前の強さはいったい?」

勇者「今のは俺の力であって、俺の力じゃない」

猫「わかるように説明してくれにゃん」


勇者「……まあ、いいか。走りながら説明する」

勇者「普段から俺は本気だ。イレギュラーなのは、今回の俺のほうだ」


猫「『勇者の剣』が関係してるってことか?」


勇者「そう。この剣、簡単に言うと自分の魔力を溜めることができるんだよ」

勇者「普段からすこしずつ、自分の魔力を溜めておく」


猫「で、ここぞって場面でぶっぱなすわけか、その魔力を」

勇者「極端に簡単に説明すると、そんな感じ」

猫(極端に簡潔に説明してるのは、剣の秘密を守るためだろうにゃあ)


勇者「だけど、おそらく今度ので剣に注いでおいた魔力はゼロになった」

勇者「さっきの戦いや魔王戦のときの俺は、言ってみればある種の奇跡だ」

勇者「ったく、焦りすぎた。冷静じゃなかった」


勇者「そのうえ、魔術が使えなかった原因はわかっていない」

猫「しかも、その剣にたよると体力的にも追いこまれるみたいだにゃあ」

勇者「魔力の負荷が極端にかかるからな。からだがついてこない」



魔物「ぐるあああぁっ!」



猫「さらにタイミング悪いことに、新手だにゃん」

勇者「この状況で!」

猫(さっきまでの強さが嘘みたいだ。誰が見ても、フラフラの状態)


猫「もう一度、似たようなことはできないのか?」

勇者「それができるなら、今までだって『勇者の剣』は大活躍だよ」


猫(この状況。俺様はどうするべきか)


魔物使い「ならっ! ここはオレの出番っすね!」


勇者「魔物使い!?」

魔物使い「勇者さんのピンチにかけつけるオレ、マジでグッタイミング!」

勇者「えっと……」

魔物使い「大丈夫っすよ。自慢じゃないけど、オレ自身は戦えないんすよ」

猫(なにしに来たんだコイツ)

魔物使い「オレには最高の相棒がいるんで――ゴーレム!」


魔物「がはっ――」


猫(突如空から降ってきた人間サイズの土人形が、魔物にのしかかった)


勇者「これって……」


魔物使い「どうです、強いでしょう? オレの相棒のゴーレムっす!」

魔物使い「生物に限りなく近い、人工生命体。土の戦士っす」


猫(ぱっと見は人間の形をした泥人形だが、そこそこ強いみたいだな)


魔物使い「ていうか聞いてくださいよ」

魔物使い「戦士さんと女騎士さんに、役立たず呼ばわりされたんすよ」

魔物使い「悔しすぎて、宿に隠していたコイツを連れてきちゃいました」

魔物使い「いやあ。しかし、ひとりで魔物だらけの街を歩くの、めっちゃ怖かったっすよ」


勇者「……待った。宿に行ったの?」


魔物使い「そうっすよ。あっ、二人のことなら大丈夫っすよ!」

魔物使い「用意したゴーレム、実は三体いたんで宿にも置いてきたっす」

猫(どこに隠してたんだよ、このゴーレム)


勇者「じゃあ、あの二人は……」


魔物使い「大丈夫っすよ。騎士さんの仲間も来てましたし」

魔物使い「ていうか、なんで勇者さんは一人でいるんすか?」


勇者「ああ、それは……」

猫(そこから先を、なぜか勇者は口に出さない)

魔物使い「ゆ、勇者さん!? し、しっかり!」

猫「これは……」

勇者「……」


猫(『勇者の剣』を使ったせいなのか。それともべつの理由なのか)

猫(勇者はそのまま気絶してしまった)

つづく





魔法使い「さすが僧侶ちゃん! また魔物をやっつけちゃった」

僧侶「魔法使い様。ひどいことを申し上げてもよろしいですか?」

魔法使い「なあに?」

僧侶「けっこうジャマです、いい意味で」

魔法使い「……ですよねえ。魔術を使えない私なんて」

僧侶「隠れていてください。なるべく早く終わらしますから」

魔法使い「……ごめんなさい」


魔法使い(魔物が突然動きをとめた。私の術とちがって、僧侶ちゃんのは発動してる)

魔法使い(それだけじゃない。身のこなしも私なんかより全然軽い、魔物を次々とたおしていく)

魔法使い(それに比べて私ったら。足を引っ張ることしかできない)


魔物「ううぅ……」


僧侶「キリがないですね、これでは」


魔法使い(これじゃあ宿にたどり着く前にやられちゃう。どうすれば)



戦士「芳しくないようだね、二人とも」

女騎士「あれだけ捌いたのに、まだ湧いてくるのか」



魔法使い「戦士! 女騎士さんも!」

戦士「僧侶ちゃん。キミはすこし休んでいていいよ」

僧侶「だいたいの状況は把握されてるようですね」


戦士「もちろん。ボクらも魔術が使えなくなって、あたふたしてたからね」

戦士「魔法使いは術を使えなくて、お手上げ状態ってとこかな」


魔法使い「……そうだけど」

戦士「まかせてよ。ここはボクと女騎士が片づけておくよ」

魔法使い「だけど、術が使えないんじゃあ……」


戦士「術が使えなくても剣がある。剣が折れたら拳を。拳が砕けたら足を」


戦士「まあ見てなよ、このボクの活躍をね――いこうか」

女騎士「貴様に言われるまでもない」


女騎士「貴様ら魔物の存在はこの街にとって害悪だ。容赦はしない」


魔法使い(なんて素早い! でも、空を飛ぶ魔物に剣だけで挑むなんて……あっ!)

魔法使い(突き立てた剣を足場に。さらに足を絡めて魔物を地面に叩き落して――もう一本の剣で仕留めた!)


戦士「久々に見たけどキミの戦い方はすごいね。マネできないよ」


女騎士「鍛えたからな。あの男に徹底的に打ちのめされたのを機に」

女騎士「そういう貴様こそ。魔術の訓練は相当したようだな」


戦士「そうかい? 昔からボクの腕はピカイチだよ」

魔法使い(戦士は戦士で魔術なしでも、魔物を圧倒してるし)

戦士「最後はあのグリフォンもどきか。けど、ここからじゃ届かないな」

女騎士「魔物め、臆病風に吹かれたか」

戦士「おっかない女が下で待機してるからね」

女騎士「おっかない? 二人とも、そんなふうには見えないが)

戦士「……キミってときどきボケるよね」


僧侶「あの魔物、私が引き摺りおろします」


魔物「――っ!?」


魔法使い(突然魔物が、重力に引き寄せられるように落ちてくる。僧侶ちゃんの術?)

女騎士「よくやってくれた」

魔法使い(あとは一瞬だった。落ちてくる魔物を、騎士さんは容赦なくたたき伏せた)



戦士「お見事。だけど僧侶ちゃん。どうしてキミだけは術を使えるの?」

僧侶「わかりません、試してみたら普通に使えたので。それより」

魔法使い「そうだよ! 早くゴブリンさんたちのところへ行かないと!」



魔物使い「それなら大丈夫っすよ!」



女騎士「魔物使い、無事だったか。
     ……お前がおぶってるのは勇者か?」

魔物使い「そうっす。それから、ゴブリンさんたちなら無事っす。騎士さんの仲間が駆けつけてくれました」


魔物使い「ついでに。オレってば大活躍だったんすよ。なんてたって……」

戦士「キミの話はまた今度だ。勇者がまた気絶してるのはどうして?」

魔物使い「詳しくは知らないっす。合流したときには、すでにバテバテでしたし」

僧侶「おそらく、大量の魔物を一人で相手するために相当の無茶をしたのかと」

女騎士「一人で? なぜそんなことを?」

魔法使い「私たち、頼まれたんです。ゴブリンさんたちを護るため、私たちには宿に向かってくれって」

女騎士「宿のゴブリンは、勇者とは懇意の間柄だったか」

戦士「それで盛大にムチャしたわけだ、大切な存在のために」

女騎士「……この男にも、そんな一面があるんだな」

戦士「オッケー、状況はわかった。勇者が一肌脱いだんだ、ボクもがんばらせてもらうよ」

女騎士「ああ。残りの魔物も始末するぞ」


魔法使い(みんな、がんばってる。なのに私は……)





勇者(物心着くころには俺は勇者だった)

勇者(自覚があったわけじゃない)

勇者(ただ流されるまま、俺は勇者をやっていた)

勇者(子どものころは、師と仰ぐべき人間と様々な場所を転々としていった)

勇者(すべては強くなるため。強くなって魔王をたおすため)

勇者(強くなって。強くなって魔王をたおして、そのあとは――)



勇者「……んっ」

猫「ようやくお目覚めか、勇者」


勇者「からだ中が痛いうえに頭がぼうっとしてる」

勇者「ていうか待て。状況がわからない、説明してくれ」


勇者(猫の説明を聞いてるうちに、俺の記憶はゆっくりと蘇ってきた)

勇者(俺が気絶してから、すでに一日以上が経過していること)

勇者(街に現れた魔物は全員たおし、怪我人もほとんど出なかったそうだ)


勇者「そうか、ゴブリンも姉さんも無事か」


猫「あれだけの騒ぎがあったのに、何事もなかったようにやってる店まである」

猫「この宿もそうだ。いつもどおりだにゃん」


勇者「病院だと思ってたけど。思いっきり宿だな、ここ」

猫「なんでもありの街だにゃん、本当に」

勇者「お前の言うとおり、メチャクチャな場所だ。でも、いい街だろ?」

猫「よくわからん」


魔物使い『勇者さーん、入るっすよー」


勇者(ノックと同時にドアを開けんな。ノックの意味がないだろうが)


魔物使い「なんだ、起きてるなら返事してほしいっすよ」

勇者「……ノックの音で目が覚めたもんで」

魔物使い「図らずとも心のノック」

勇者(……なに言ってんだコイツ)


勇者(俺は魔物使いから診察のようなものを受けた)

勇者(アホっぽい口調のせいで忘れがちだが、コイツはエリートなんだった)


魔物使い「ぶったおれたときはどうしようかと思ったんすよ、マジで」

魔物使い「でも、よかったすねえ。オレのおかげで勇者さん、助かったんすから」


勇者(それについては感謝する。ただ自分で言うな、自分で)

勇者「……そういえば、みんなは?」


魔物使い「……その前に、話しておきたいことがあるっす」

勇者(なんだ?)

魔物使い「えっと、いい話と悪い話の両方があるんすよ。どっちから聞きたいっすか?」

勇者「悪い話」

魔物使い「おかしいっすよ! 普通、こういうのはいい話から聞くもんっすよ!」

勇者(じゃあ普通に話せよ)


勇者「……じゃあ、先にいい話のほうを」

魔物使い「よくぞ聞いてくれました。なんと、見つかったんすよ」

勇者(なにが?)

魔物使い「魔王城っす」

勇者「魔王城が……!?」

魔物使い「まあ落ち着いてくださいよ、悪い話のほうがまだっす」

勇者「悪い話のほうは?」

魔物使い「魔王城を見つけた部隊、それが全滅したっす」

勇者「……」

つづく
更新が全然できなくて申し訳ない
今日の夜もできたらする





戦士「魔王城から魔物の群れが出てきたのを、偵察用のワイバーンが確認した。教会からの情報だ」

戦士「断言はできないけど、こちらに向かっている可能性は濃厚だよ」

勇者「……」

戦士「『マジかよ』って顔に書いてあるね。マジだよ」

勇者(俺が眠っているあいだに、状況はとんでもないことになっていた)



戦士「敵は攻めこまれる前にこちらを潰すつもりだ」

女騎士「現在、集められる限りの市警やギルドの人間で対策を講じている」

女騎士「だが。その善後策が焼け石に水なのは明らかだ」


戦士「正規の部隊を編成するには、まだまだ時間がかかるだろうしね」


女騎士「しかもここ数日、各地で魔物が暴れていたからな」

女騎士「けっこうな人数を制圧に駆り出したせいで、より部隊編成に手間取っている」


勇者「……オレたちは?」

戦士「本部もボクらの扱いについては、考えあぐねているのが現状だよ」


女騎士「現時点で決まっているのは、私の部隊がこの街に残ることだけだ」

戦士「のんきに構えてはいられない状況だけど、かと言って下手に動くのもマズイ」

勇者「……そういえば、あの二人は?」

戦士「魔法使いと僧侶ちゃんは、二人でなにやら話し合ってるよ」


魔法使い「お待たせ」


戦士「うわさをしたらなんとやらだ。なにしてたの?」

魔法使い「魔術が使えなくなった件について、話してたの」

戦士「そうだった、今は普通に魔術が使えるんだよねえ」

僧侶「敵は『この装置は使える』的なことを口にしました」

戦士「あのあと、魔物使いのゴーレムと一緒に街中を捜索したんだよね」

戦士「結局、それらしい手がかりは見つからなかったけど」


勇者(戦力にならない魔物使いは、すでに本部に呼び戻されて街を出ている)


魔物使い『ひどいっすよ! たしかに、戦いに関してはてんでダメっすよ?』

魔物使い『でも、オレは頭脳派なんで。そのうち大活躍する予定っす』

魔物使い『次の登場では、きっとみなさんビックリするっすよ!』

勇者(……みたいな感じで、あの暑苦しい野郎とはわかれた)



戦士「で、なにかわかったのかい?」

魔法使い「制限されない魔術があるのは間違いないと思う」

魔法使い「たぶん、制限できる魔術はオーソドックスなもの」

戦士「つまり、武器や人体の一部を媒介にして発動するものってこと?」

魔法使い「より正確に言うと、媒介にしたものから魔力を放出するものだね」

女騎士「なるほど。私のような剣に魔力を流しこむだけのものは制約されない、そういうことだな?」

魔法使い「ええ。まだ予想の範疇を超えないけど」

女騎士「その考えに至った根拠を知りたい」

僧侶「あのとき、私の術だけは使用できたからです」


勇者(そういえば、僧侶の術の仕掛けって謎のまんまだな)


僧侶「私の術は、媒介から空間へ放出されることはありませんから」


女騎士「おかしいな。私の知る癒しの術とは、魔力を対象にぶつけるものだ」

女騎士「正確な術のタネを知りたいんだが」


僧侶「私の術については、お答えしかねます」

女騎士「なんだと?」


戦士「落ち着きなよ。僧侶ちゃんの癒し手としての腕は、国のお墨付きだ」

戦士「そうやすやすと教えられることでもないでしょ」


女騎士「……そのとおりかもしれん。すまなかったな」

僧侶「いえ、こちらこそ。申し訳ありません」

女騎士「私は部隊の方へ戻る。指揮系統の編成にもまだ不備があるからな」


勇者(数年前の女騎士なら、この場で剣を抜いてたかもしれない。いや、ないか)


勇者(騎士が去って、四人だけが残った)


戦士「ボクが一番気にしてるのは、勇者。キミのことだ」

勇者「俺のこと?」

戦士「猫から聞いたよ。『勇者の剣』の大まかな能力。そして、それを使ったこと」

戦士「魔王のための切り札なのに、魔王と戦うために使っちゃったんだってね」

勇者「それは……」

魔法使い「敵が攻めて来ようとしてるのは、剣の魔力を使い切ったからかも」

僧侶「魔王への対抗手段が意味をなさない状況、敵にとっては願ってもない機会です」

勇者「……」


戦士「ヤバイね。これから魔王城に突貫するっていうのに」


勇者「は?」


戦士「だから。ボクらで魔王城へ突撃するんだよ、これから」

勇者「だ、だけど」

戦士「敵に情報が漏れてる、でしょ。それを逆手に取る」

魔法使い「偽の情報を捕まえさせて、敵をかく乱するってワケ」

僧侶「そして。作った混乱の隙をついて、魔王を確実に叩く」

戦士「最悪、魔王をたおせなくても姫様は取り戻す。そういう筋書きだ」

勇者(俺が盛大に気絶してるあいだに、そこまでの段取りを?)


戦士「こちらに向かってる魔物の群れの規模は、中隊レベル」

戦士「これは、魔王軍の半分以上が駆り出されてると考えていい」


魔法使い「さらに各地で暴れていた魔物も含めれば。もうわかるよね?」

勇者「魔王城は手薄ってことか」

戦士「そっ。大チャンス」

勇者「でも、俺が言うのもなんだけど……剣の魔力、カラだよ?」


戦士「把握してるよ。勇者が後先考えずに剣を使った結果だ」

勇者「……すんません」

戦士「でも、キミがそうした理由はキライじゃない。むしろ好感度はあがったよ」

勇者「はぁ」


魔法使い「剣のことだけどね。実はちょっと実験したの」

魔法使い「『勇者の剣』って、ようは勇者の魔力を溜めてるんだよね?」

魔法使い「だから、試しに私の魔力を剣に流してみた。どうなったと思う?」


勇者「溜めれたの?」

魔法使い「うん」

僧侶「私たちの魔力。それから騎士様や部隊の方々にも協力してもらいました」

勇者「……本当だ。魔力の蓄積、できてる」

戦士「問題はその魔力が魔王に効くのか、だけど。イケそう?」


勇者(俺はうなずいた。大丈夫なはずだ、この剣が媒介になっているのなら)


戦士「オッケー、ここまでの風向きは決して悪くない。朗報は続くよ」

戦士「全滅した部隊の生き残りに魔術師がいるんだ」

戦士「その人が魔王城付近に魔法陣を展開してくれた。もちろん、隠蔽はしてある」


魔法使い「少し距離があるから、猫ちゃんは連れてく必要があるみたい」

僧侶「今の私たちは、ピンチとチャンスの狭間にいます」

戦士「運には見放されていない。でも、事態は切迫してる」

魔法使い「私たちがお腹の中で飼ってるスパイも、まだ割れてないしね」

戦士「まっ、以上のことを踏まえた上で。ボクら三人は魔王城への侵入を決めた」

勇者「……あとは俺次第か」

戦士「うん。勇者、キミはどう思う?」


勇者(少し考えた。そして、俺は戦士の質問に答えた)





サキュ「小隊008、009が人間たちによって制圧されたと報告が入りました」

魔王「……また、同胞が逝ったか」

サキュ「……」

魔王「理解はしている。この犠牲無くして、悲願は達成されないと」

サキュ「魔王さま、すこし休まれた方がよろしいのでは?」

サキュ「勇者による傷もいまだに癒えてません。それに、先の戦いで体力の方も」

魔王「問題ない。なによりこの感情の昂ぶり。心もからだも休まろうとはしていない」

サキュ「……成功するでしょうか、あたしたちの策略は」

魔王「させなければならん。我らが悲願のため、犠牲になった命のためにも」

サキュ(……いつになく魔王さまの口数が多い。でも、それも当然ね)

サキュ(計算と修正を重ねに重ね、練った策略。でも、これはある種の賭け)



サキュ(あたしたちが賭けに勝てば――勇者は確実に殺せる)





勇者(街の住民の避難はスムーズにこそいかなかったが、それでも進んではいた)

勇者(俺はギリギリまで安静ってことで、一旦宿に戻ってきていた)


猫「本気で魔王さまに挑む気なんだな、お前たちは」

勇者「そう決めたからな」

猫「今ならしっぽを振れば、魔王さまも許してくれるかも知れないにゃん」

勇者「振るしっぽがない」

猫「……」

勇者「あとはやるだけだ、やるべきことをな」

魔法使い「勇者! 報告が入ったよ!」

勇者「なんて?」


魔法使い「教会からの命令は『この街に待機して、魔物を迎撃すること』」

魔法使い「運がいいよ、私たち。これなら教会に嘘を流す必要ないし」


勇者(たしかに。黙って街を去るだけでいい)


魔法使い「そうと決まればこっそりと……」

勇者「だ、大丈夫?」


勇者(よろけた魔法使いを、とっさに俺は受け止めた)


魔法使い「ご、ごめんね。ちょっと疲れてる感じかも」

勇者「そう、ですか」

勇者(よく見てみるまでもなく魔法使いの顔色は悪かった)

勇者(そういえば、ゴブリンと別れ際にした会話――)



ゴブリン『ボウズ、お前にはいろいろ教えておきたいことがあるんだがな』

ゴブリン『また帰ってくるんだろ? そのときは旨酒を酌み交わそう』

ゴブリン『話したいことがある。ああ、だがこれだけは今言っておく』

ゴブリン『魔法使いのお嬢ちゃん。あの子、意気消沈してるだろ?』

ゴブリン『わからない? ……お前もオトコだろ?』

ゴブリン『困ってる女がいたら助けてやれ。
     ……理由? そんなもんいるか、クソ食らえだ』


勇者(正直、俺にはよくわからないんだよな。でも)


勇者「あの、もしかして……落ちこんでる?」

魔法使い「へ? な、なんで?」

勇者「えっと、言ってた……その、ゴブリンが」

魔法使い「……なにそれ、ゴブリンさんに言われたから気づいたってこと?」

勇者「そう、なりますね。はい」

魔法使い「まあ、そうだよね。それでこそ勇者だよ」

勇者「あ、どうも」

魔法使い「ほめてない」

魔法使い「……私、前の戦いでまったく役に立たなかったでしょ? それで……」


勇者(なるほど、それで落ちこんでたのか)

勇者(……それで。こういうとき、どんな言葉をかけたらいいんだ?)


勇者「……」

魔法使い「そんなに見つめられても、困っちゃうんだけど」

勇者「……剣の修行を始めて一年ぐらいがたったとき、だったと思う」

魔法使い「え?」

勇者「師匠の提案で、いきなりギルドの訓練に参加させられたんだ」

魔法使い「……うん」


勇者「当時は子どもだったし、怖いもの知らずの俺は魔物の群れに挑んだ」

勇者「もちろん、あっさりと返り討ちにあった。大怪我もした」

勇者「ギルドの連中には、当然叱られた。人生初の挫折だったと思う」

勇者「だけど叱られたおかげで、ギルドの人たちと、すこし仲良くなれた」


魔法使い「……」

勇者「……」


魔法使い「……もしかして、なぐさめてくれてる?」

勇者「そのつもりだけど。……元気、出た?」

魔法使い「出ない。ていうかそれ、全然なぐさめになってないし」

勇者(自分では頑張ったつもりなのに。むずかしいな)

魔法使い「元気は出ないし、なんか逆に脱力しそう」

猫「聞いてる俺様まで、力が抜けそうにゃん」


魔法使い「でも、よかったかも。おかげで肩の力も抜けた気がする」

魔法使い「変ななぐさめ、ありがとね」

勇者「……どういたしまして」


戦士「話は終わったかい?」


勇者「うおっ!?」


僧侶「教会の報告も来ました。ここからは迅速な行動が求められます」


勇者(お前ら、いたんかいっ)


戦士「今度勇者には、ボクが女性の口説き方を教えてあげるよ」

勇者(いや、べつにいいんだけど)

戦士「まっ、冗談はここまでにしておこう」

僧侶「ええ。魔王城の前に、まずは魔法陣にたどり着かなければいけません」

魔法使い「いよいよ、だね」

猫「そうだにゃん」

戦士「――さっ、行こうか」



勇者(これが最後の戦いになるなら、俺はみんなに言うべき言葉があるのでは?)

勇者(だが、かけるべき言葉は見つからない。それだけじゃない)

勇者(このイヤな感じはなんだ。まるで、これからとんでもない間違いを犯してしまうような、そんな予感)

勇者(これからの戦いに対する緊張が、思考を悪い方向へと誘導しているのか?)

勇者(考えても答えは見つからなかった)

勇者(俺は黙って、みんなの背中へとついていった)


つづく
いつも読んでくれてる人ありがとうございます

もしかしてこの話の姫様って後の災厄の女王のやつか。





戦士「ここまではスムーズに来れたね。順調すぎてコワイけど」

僧侶「今のところ、魔物との交戦も数回のみ。計画どおりとも言えますが」


勇者(魔王城への侵入はあっさりと成功した)

勇者(猫という案内人がいた。敵の裏をかく手段もあった)

勇者(だとしても、事が順調に運びすぎているように思える)


魔法使い「追っ手も来てるし。ここに来て引き返すのは無理だよ」

戦士「二手にわかれるって手もなくはない」

僧侶「しかし。二手にわかれた状態で、魔王と対峙することになったら?」

戦士「最悪だね。戦うことも、逃げることもかなわなくなる」

勇者(敵を撒けることができるのは、猫が城の中身を把握していたおかげでもある)

魔法使い「猫ちゃん、どこかに裏道的なものはないの?」

猫「首輪の爆破で脅す。道案内をさせる。俺様をこき使ってくれるにゃん」


猫「まあ、裏ルートは存在する。それで魔王様の居場所へ、最短でたどり着ける」

魔法使い「本当!?」


猫「だが、理解しているか? ここは魔王さまの城で、俺様はお前たちの敵」

猫「裏切りのタイミングとして、今がもっとも適した状況にゃん」


戦士「ここまで来たんだ。裏切るつもりなら、裏切ればいい」

僧侶「どっちにしても、ここで燻っているのが一番危険です」

猫「泥沼にはまる覚悟で、俺様に頼るわけだな?」

魔法使い「うん」

猫「勇者。お前もそれでいいんだな?」


勇者(猫の黄金色の目がはっきりと俺をにらんだ)

勇者(こんな状況だ。全員の判断力が曇ってないとは言い切れない。もちろん、俺も)


戦士「ここは敵の腹の中だ。過ぎた時間の分だけ、ボクらの状況は悪くなる」

勇者「……わかった。みんなと同じ意見で」


勇者(いいのか、本当にこれで?)


猫「この壁に隠し通路がある」

魔法使い「……ホントだ。でも、狭いね」

猫「あくまで隠し通路だからにゃん。さあ、行くぞ」

戦士「自分から先陣を切るとはね」

猫「戦士。どうせお前は、俺様に先頭を歩かせるつもりだったにゃん」

戦士「すこしはボクのことを理解してるみたいだね。っと、急がないとね」

僧侶「ええ。追っ手はすぐそこまで迫っています」

勇者(暗く狭い通路を急ぎつつも、慎重に進んでいった)



魔法使い「ここは……」

勇者(隠し通路を抜けた先にあったのは、真っ白な空間だった)

戦士「それで? ここからはどうやって進めばいい?」

猫「どうやって、だと?」


魔法使い「猫ちゃん? どうし……っ!」

戦士「な、なんだ!?」


勇者(前触れはなかった。見えない力が、覆いかぶさってくるような感覚)

勇者(気づけば全員、地面に膝をついていた――猫を除いて)


勇者「……っ! 猫、お前……!」

猫「最後に確認したはずだが? 俺様を信用していいのか、と」


勇者(からだが動かない。それだけじゃない。いつの間にか空間が、黒い霧に覆われている)


勇者「なんのつもりだ……!?」


猫「勘違いしてないか? 俺様は敵だ。お前と最初に出会ったときから、今日までずっと」

猫「敵は排除する。まして、魔王さまの脅威となり得るなら、なおさら」


僧侶「危険です……この状況で、魔王が現れたら……!」

猫「ここに、魔王さまはいない」

勇者「な、に……!?」

猫「そもそもここは、魔王城なんかじゃない」


魔法使い「魔王城じゃない、って……そんな、ことって……」

猫「すべてはこの瞬間のためだ」

猫「今までのすべてが、この結末へ導くための布石だったにゃん」



勇者(そうだ、気づかなきゃいけなかったんだ)

勇者(全滅した部隊の生き残りが魔法陣を残した。これからして都合がよすぎた)

勇者(そんなものが残せた時点で、おかしいじゃないか)

勇者(猫が俺をたおそうとした計画にしたって、疑問に思ったじゃないか)


勇者(『しっかし、ずいぶんずさんな計画だよなあ』)

勇者(『もっと有利になる展開、いくらでも作れそうなのに』)


勇者(あの計画の本当の狙いは、俺たちのパーティーに潜りこむことだった?)



猫「勇者、覚えてるか? 俺様が話した『奥の手』のこと」

勇者「……」


猫「お前はこう返したな――『お前には足しかついてないぞ』と」

猫「この霧が俺様の『奥の手』だ。お前たちはもう、詰みだ」


戦士「これぐらいで、ボクらがやられるとでも?」


猫「そうだな。俺様ではお前たちを殺すことはできないだろう、普通にやればな」

猫「なぜこんな場所にお前たちを連れてきたのか、わかるか?」


僧侶「まさか……!」

猫「そう。お前たちは死ぬんだ、この城とともに」

魔法使い「そんなことをしたらあなたまで!」

猫「わかりきったことを。もちろん俺様もここで死ぬ」

勇者「なんで……」


猫「命を賭けてまで魔王様の力になろうとする、か?」

猫「お前の顔はそんな顔だな、勇者。口には出さないのに、すぐに顔に出る」

猫「何度も言わせるな、あの方の邪魔はさせない。誰であっても、絶対に」


勇者(まずい。空間を満たしているのは霧と高密度の魔力だ)

勇者(おそらくこの魔力は、城を爆発させるためのもの)


魔法使い「っ……!」


勇者(魔法使いは指一つ動かせない。転移の術を使って逃げるのは無理だ)

勇者(そして城を満たすほどの規模の魔力)

勇者(城から脱出でもしないかぎり、俺たちが助かる見込みはない)

勇者(考えろ、考えるんだ! 考えて、なにか手段を……!)



魔法使い『「勇者の剣」って、ようは魔力を溜めてるんだよね?』

魔法使い『だから、試しに私の魔力を剣に流してみた。どうなったと思う?』



勇者(――イチかバチかだ。これに賭けるしかない)

猫「もう遅い。なにをしてもムダだ」

勇者「……猫。言ったはずだ、ぞ……!」

猫「……」

勇者「優位に立ったぐらいで浮き足立つような奴に、俺はたおせないって、な……!」

勇者(動け……っ! すこしだけでいい、ほんのわずかでいいから!)



勇者「――うごけええぇっ!」


 黒い霧が裂け、そこから現れた真っ白な光が勇者の瞳を射抜いた。





猫(これで、俺様の一生も終わりか)

猫(自分がこんなふうに死ぬなんて、まったく、笑えないにゃん)

猫(いや。考えてみれば、魔族としての始まりから、もう笑えないか)

猫(生みの親の顔も覚えてないくせに。魔王さまとの出会いは、忘れられない)

猫(あんな怖い顔してるくせに、俺様と出会ったときの目は丸かった)

猫(『そなたは余を目にしても、恐れおののかないのだな』なんて不思議そうだったな)

猫(魔族や人間どころか、この俺様とすら目を合わせることができない魔王さま)

猫(そんな魔王さまも、自分の願いを語るときだけは目を見て話してくれたにゃん)

猫(あの方はあんなコワイ顔のくせに。目はとっても綺麗なんだ)

猫(人間との戦争に敗れたあと、俺様たち魔族は何度も死にかけた)

猫(それでも生き残れたのは、ひとえに魔王さまが俺様たちのために戦ってくれたから)

猫(……いつからだろう。そんな魔王さまの力になりたいと思ったのは)

猫(いつからだろう。そんな魔王さまに憧れたのは)


猫(俺様が勇者をたおすために、城を出ることを話したとき。あなたは怒った)

猫(なぜか俺様まで怒って、平行線のまま話は終わってしまい)

猫(結局城をこっそり出ることに決めた)

猫(でも、魔王さまは俺様のやることなんて見抜いていた)

猫(城を出る直前。なにも言わず、俺様にこの首輪をくれたにゃん)

猫(嬉しかった。なのに、俺様は意地になってなにも言えなかった)


猫(そして、勇者。はじめて会ったときから、変な奴だと思っていたにゃん)

猫(自分の使命に対しても曖昧な態度で、覇気も感じられなかった)

猫(なにより。お前は勇者とは思えないほど情けなかった)

猫(仲間と口をきけなくて死にかける。敵と話せなくて俺様に頼る。ああ、情けない)

猫(そのくせ、なにかの拍子に急に語りだしたりもするし)

猫(そういう部分は、すこし魔王さまに似ているのかもにゃん)

猫(……だから。気づいたら少しだけ、少しだけ親近感を覚えた)

猫(さらに。あの街で『勇者の剣』を振るったお前の背中。お前の背中に重ねてしまった)

猫(俺様たちを護ってくれた、魔王様の後ろ姿と)


猫(うん。勇者と魔王さまは似てるようで似てないし。似ていないようで似ている)

猫(なんで死ぬ直前で、二人のことを考えてしまう?)

猫(……まったく。一番情けないのは俺様か)

猫(なんにもできない、動物でもない魔族でもない中途半端な存在)

猫(リザードやサキュに比べたら、俺様はただの役立たず)

猫(最期だ。この死に際が、みじめな一生をちょっとでも塗り替えてくれたら……いいにゃあ)


猫(俺様、すこしは力になれたか? にゃあ、魔王さま?)


猫(あぁ……もう一度だけ見たいにゃあ、魔王さまの顔)


猫(それから、勇者)

猫(お前とはちがうカタチで出会っていれば、もしかしたら――)





魔法使い「……うぅっ……」

魔法使い(どう、なったの? からだが痛すぎて……視界も……)


僧侶「……目が、覚めま、し……たか?」

魔法使い「そ、僧侶ちゃん!? ち、血だらけ!?」

僧侶「あなたに、たくしま、す……」

魔法使い「僧侶ちゃんっ!?」

魔法使い(な、なにがどうなってるの!?)


戦士「……はぁはぁ……寝てる場合じゃないよ、魔法使い」


魔法使い「せ、戦士!?」

魔法使い(僧侶ちゃんと同じで、戦士も血だらけだった)

戦士「立て、る……? 立てるなら、にげろ……勇者を背負って」

魔法使い「な、なに言ってるの? それより……」


魔法使い(次の瞬間、理解した。戦士がどうして逃げろって言ったのか)

魔法使い(私たちを囲っている瓦礫の隙間から見えてしまった)

魔法使い(私たちは、大量の魔物によって包囲されていた)


戦士「僧侶ちゃんが、ボクらを回復してくれた」

戦士「だけど……満身創痍のこの状況、全員で逃げるのは、無理だ……」


魔法使い「じゃあ、どうするの……!?」


戦士「だから、にげろ。勇者を背負って。……ボクがなんとか、時間をかせぐ」

魔法使い「それこそ無理だよっ! こんな数を相手に……!」

戦士「じゃあ全員、ここで死ぬのか!?」

魔法使い「……っ!」


戦士「あきらめるのかっ!? そしたら本当に終わりだぞ!?」

戦士「ここまでボクたちが旅してきたこと! その意味もなくなるぞ!?」


魔法使い「……で、でも、私は……」

戦士「安心しろ……女の子とした約束は、破ったことがない。ボクの自慢だ」


魔法使い(私は……私はまた、みんなの足を引っ張ることしかできないの?)

魔法使い(なんにもできないまま、みんなにまもられるだけ?)


魔法使い(……僧侶ちゃんは、癒しの術を私に優先して充てた)

魔法使い(それは。私が転移の術を使えるから)

魔法使い(成功したことはほとんどない。でも、僧侶ちゃんは私に全てを託した)


戦士「魔法使い?」

魔法使い「戦士。ここは私にまかせて」

戦士「なに言ってるんだ!? 逃げろって……!」


魔法使い(私が引っ張らなきゃいけないのは足じゃない――手だ!)


魔法使い「……戦士。何度も言わせないでよね」

戦士「……?」

魔法使い「私、女の子って年齢じゃないでしょ?」


魔法使い(大丈夫。もう失敗なんてしない)


魔法使い「戦士。僧侶ちゃんと勇者のこと、頼んだからね」





魔物「コイツは驚いたぜ。まさかあの爆発に巻きこまれて、生きてるとはな」

魔物「警戒して様子見してたのが、アダになっちまった」


魔法使い「すごいでしょ? 神様がまもってくれてるんだよ、私たちのこと」

魔物「取り残されてるあたり、嬢ちゃんは見放されてる気がするがな」

魔法使い「さあ、どうかな。それこそ神のみぞ知る、ってヤツじゃない?」


魔物「この状況でも笑ってられるとは」

魔物「将来、大物になるかもしれねえな。将来があれば、だが」


魔法使い「サイン書いてあげてもいいよ。グレムリンさん?」

魔物=グレムリン「残念だったな。俺は人間が死ぬほど嫌いなんだ」

魔法使い「そう? 私は嫌いじゃないよ、あなたたちのこと」

グレム「減らず口を。死ぬんだな、ここで」



?「いけませんよ、グレムリン。彼女は城へ連れてきます」



魔法使い「……インチキ占い師」

?「ふっ、またお会いしましたね」


>>865
魔王「姫様さらってきたけど二人っきりで気まずい」から始まるストーリーは
設定とか似てるけど、いちおう今回のssはこれだけで完全独立したものなので
そっちとは全くの別物ってことで

つづく





リザード「フェイクの城に誘いこんで、その城を勇者たちもろとも沈める」

リザード「こんな作戦が成功するなんてな。本気でつまらねえ」


サキュ「アンタね……。勇者と戦わずに済むんだし、めっけもんでしょ」

サキュ「……でも、奇妙なのよねえ」

サキュ「見通しでは跡形もなく吹っ飛ぶはずだったの、あの城」


リザード「んだよ、勇者たちが生きてる見込みがあるとかじゃねえのか」

サキュ「勘弁してよ。瓦礫の撤去作業も、中途半端な状態で終わっちゃったのに」

リザード「人間どもか」


サキュ「そっ、アイツら。城の爆発を確認してすぐに部隊を送ったみたい」

サキュ「勇者たちの変わり果てた姿が発見できたら、安心できたんだけど。ねっ、姫様?」

姫「……」


?「残念ながら、死体があの場所から発見されることはないかと」


サキュ「戻ってたの? ていうか、どういう意味?」


?「あの場所から見つかったのは、魔術師一人だけだったのですよ」

?「しかも驚くことに。重傷を負ってはいるものの、命に別状はない状態です」


リザード「罠にはハマっても、そう簡単にはくたばらなかったか」

サキュ「……ほかの連中は?」


?「ご存知のとおり、痕跡の発見すら困難なのが現状です」

?「ですが、とらえた魔術師からある程度の情報は得られるかと」


サキュ「重傷なんでしょ? 拷問にかけるには厳しくない?」


?「ええ。ですから、サキュ様の水晶が大変役に立ちました」

サキュ「深手を負わせた今だからこそ、アレが役に立ったってことね。それで?」

?「転移の術を使って、ほかの三名は逃がしたそうです」

サキュ「じゃあ、痕跡すら見つからないって……」

?「ええ、見つからないでしょうね。飛ばされてしまったのですから」

サキュ「……先に言いなさいよ」


リザード「勇者は生きてるってことか。いいねえ」


サキュ「喜ぶなっつーの、もうっ」

サキュ「勇者たちがどこへ飛ばされたか、その情報は引き出せたわけ?」


?「それが、把握してないようです。術者本人も彼らをどこへ飛ばしたのかは」

?「ですがご安心を。すでにグレムリンが動いています」


リザード「で? その魔術師はどうするんだ?」

?「そうですね。まだまだ利用価値は……」


姫「その魔術師の方に会わせて」


サキュ「……今まで口を閉ざしてたと思ったら。急になに?」

サキュ「あたしらが姫様の言うことを聞くと思って?」


姫「頼みを聞き入れてくれないなら、死にます」

サキュ「……は?」


姫「外の世界を知らない私だけど、死出の旅路につく覚悟ならあるわ」

サキュ「あっさりと言ってくれるけどさ、姫様」

サキュ「自分の言ってることの意味、わかってるの?」


姫「箱入り娘の戯言だと思っているのでしょう? 私の能力よ」

姫「いかなる状況にあろうと、死を迎え入れることができる。自分の意思で」

サキュ(意思だけで死ぬことができる能力。あたしたちも知ってはいた)


?「なるほど。あなたの能力が、第三者に悪用されないための措置ですか」

サキュ「……能力、ね。それって、意思がなければ死ねないってことでしょ?」

姫「私に死を選ぶ覚悟がないとでも?」


サキュ(まさしく箱入り娘の戯言。以前のように一笑に付せばいいだけのこと。なのに)

サキュ(あたしたち三人の魔族は、笑い飛ばすことはできなかった)


?「……いいでしょう。あなたに死なれては困りますからね」

姫「それから。きちんとした手当も」

リザード「おいおい。俺らはテメエの小間使いじゃねえ、わかってんのか」

姫「はい。でも、おねがいします」

リザード「頭を下げられてもな。そんな雑用にゃ、どうせ俺は関わらねえ」

サキュ「……ワガママっぷりがずいぶん板についてきたのね、姫様」


姫「箱入り娘は、おとなしく箱に収まっていろ。私にそう言ったのはあなたよ」

姫「だから、箱の中でせいぜい羽を伸ばさせていただきます」


サキュ「……あっそ」

サキュ(それだけ言って、あたしらは姫様の個室を出た)


リザード「そういえば。あれから魔王さまはどうしてんだ?」

サキュ「わかんない。一人にしてくれって言われたから、あたしも」

リザード「猫のことか」

サキュ「かもね。……全然話ちがうけど、アンタって妹とかいる?」

リザード「いねえけど。それがどうかしたか?」

サキュ「ふと思いついただけよ」


サキュ(そう、素直にムカついた。だけど、不思議な気持ち)

サキュ(反抗期の妹がいたら、こんな気持ちになるのかしら)


リザード「……なにニヤニヤしてんだ?」

サキュ「ニヤニヤ? あたしが?」
 
リザード「ああ。気持ちわるいぞ」

サキュ「……はじめて言われた」

リザード「あ?」

サキュ「気持ちいい、しか言われたことないから」





魔法使い「――し、新記録っ!」

姫「きゃっ!?」

魔法使い「……あ、あれ?」


姫「……」

魔法使い「……」

姫「えっと……目は覚めたようですね?」


魔法使い「ひ、姫様!? え!? ど、どうして姫様が!?」

魔法使い「私、自分の部屋で辞典ドミノをやってたはずなのに……!」


姫「あの、それはたぶん、夢よ?」

魔法使い「脳みそがシェイクされたみたいで、混乱してる……」


魔法使い(こんがらがった頭の中を整理するのには、すこし時間がかかった)


姫「あなたは勇者たちを逃がしたのね。転移の術を使って」

魔法使い「でも。成功したって確証はないし、勇者たちの安否も不明です」

姫「大丈夫。勇者は無事よ」

魔法使い「え?」

姫「私たち王族には、特殊な能力が宿ること。あなたは知ってるわね?」

魔法使い「は、はい。細かいことについては、存じてませんけど」

姫「人と心を通わせる能力があるの、私には」

魔法使い「……」

姫「……やっぱり信じられない?」

魔法使い「そ、そんなことはないですっ。ただ……」


姫(唐突すぎて、困るってところかしら?)

魔法使い(はい、そうです。……え?)


魔法使い「ええぇっ!?」


姫「能力を実際に使用してみました。口で言っても伝わらないでしょうし」

魔法使い「ご、ごめんなさい。私、さっきから驚いてばっかりで」

姫「気にしないで。私も不慣れな説明しかできないし」


魔法使い「つまり、こういうことですね?」

魔法使い「姫様は今の能力を用いて、勇者と心で話して生死を確認した」


姫「ええ。でも、確認できたのは生きてることだけ。会話はできなかった」

魔法使い「ひょっとして、今の能力にはなんらかの制限があったりしますか?」

姫「そのとおり。いくつかの条件がそろって、はじめて心の会話ができるの」

魔法使い「……でも、よかったです」

姫「魔法使い?」


魔法使い「私、コワくて。一歩間違えてたら、勇者たちを死なせてたから……」

魔法使い「すみません、泣いちゃったりして……ひ、姫様!?」


姫「ごめん、なさ、いぃ……もらい泣き……。今まで、ずっと一人で……」

姫「心細かった、から……親交のある、あなたが来てくれて……よかった……」


姫「……ぐすっ、泣いてる場合じゃないわね。魔法使い」

魔法使い「はいっ!」

姫「これまであったできごと。あなたの知ってる範囲で、もう一度教えてください」

魔法使い「あ、その前に確認したいことが。よろしいですか?」

姫「どうぞ」


魔法使い(杖はない。魔術も……使えなくなってる。『柔らかい街』のときと同じ)

魔法使い(そして。この部屋から出ることも……できない)


魔法使い「お待たせしました。それでは、話しても大丈夫ですか?」

姫「ええ、おねがい」

魔法使い(できるかぎりコンパクトにして、私は姫様に旅であったことを話した)


姫「私たち人間側に、魔族の息のかかった者がいる」

魔法使い「はい。そのせいで先手を取られっぱなしで……」

姫「……」

魔法使い「姫様?」



姫「   」



魔法使い(唐突に、姫様は一人の名前を挙げた)

姫「その人がスパイです。おそらく、間違いないはずです」

魔法使い「……今の話でわかっちゃったんですか、犯人?」

姫「ええ。だって……」

魔法使い(姫様の説明は短かった。その短い説明で十分だった)


魔法使い「こんな簡単なことに気づけなかったなんて……」

姫「そんなに落ちこまなくても。私が気づけたのはたまたまよ」

魔法使い「……ホント、私ってダメだなあ」

姫「魔法使い?」


魔法使い「ここのところ失敗ばかりで。みんなに助けてもらう一方で」

魔法使い「愚痴ってる場合じゃないって、わかってはいるんですけど」


姫「でも、あなたは今ここにいる」

魔法使い「……」

姫「命を賭けて勇者たちをまもったから。そうでしょ?」

姫「むしろ、なにもできてないのは私」

魔法使い「姫様……」

姫「だけど、ウジウジしていたってなにも始まらない」

姫「なにもできない私だけど、やってみようと思います。できることから」


魔法使い「……そうだよ。私だって決めたんだから……!」

魔法使い「姫様。協力してください、おねがいします」


姫「はいっ。私にできることなら、なんでも」

魔法使い(私たちは、次になにをすればいいのか。それは――)





勇者(朝起きて、真っ先に目に入ってくるのは丸まった猫だった)

勇者(その次に、俺より先に起きている僧侶と朝の挨拶をして)

勇者(戦士は俺と同じぐらいに目を覚ますことが多かったかな)

勇者(魔法使いが目覚めるのは、決まっていつも最後だった)


勇者(でも、今は俺一人。あるのは硬いベッドの感触だけ)

勇者(仲間をいなくなった。みんなは生きていのか。わからない)

勇者(そう。俺は今、一人ぼっちなんだ)


女騎士「勇者。からだの調子はどうだ?」


勇者「……」

勇者(訂正。一人、知り合いがいる)

つづく
夜にも更新予定





勇者(魔法使いの転移の術によって、再び『夜の街』へと戻ってしまった)

勇者(重傷だった俺を、偶然見つけたのが女騎士だった)


女騎士「教会には、貴様のことは伝えていない。そう貴様が望んだからだ」

女騎士「だが、そろそろ事情を話してもらいたんだが」


勇者「まだ話せない」


女騎士「またそれか。貴様と再開して、今日で四日目だぞ」

勇者「……とりあえず道具屋に行ってくる」

女騎士「道具屋? なぜ?」

勇者「……」

女騎士「おい、私の質問に答えろ」

勇者「えっと、あとで答えるから。ついてくるな」

女騎士「待て。だいたい誰がこの宿を教えたと――」





店主「どうですか? こちらの剣なんかは、なかなかのものだと思うのですが」

勇者「あー……」

店主「不満なようで。では、こちらのほうが?」

勇者「いやあ……」

店主「これなんか、月の下で振ると素晴らしいきらめきが拝めますよ?」

勇者「いや、その。そういうことでは……」

店主「じゃあ、これですね。作った人間はいい仕事をしている」

勇者「うーん……」


勇者(城が爆発する直前。俺は『勇者の剣』を使って、魔力を吸収した)

勇者(そして、爆発の瞬間に合わせて、魔力を放ち爆発を相殺した)

勇者(だが。ここに転送されたときには、俺の手に剣はなかった)


店主「あのね、お客さん。聞けるワガママには限度があるんだよ」


勇者「す、すんません」

勇者(道具を選ぶときに店員と話すなんて、したことがない)

勇者(旅の最中は、道具選びは魔法使いにまかせてたからな)


店主「時は金なり。こっちの時間をとったんだ、物で返してほしいね」


勇者「えっ? それは……」

勇者(なんて理不尽。さすがアナーキー街)

勇者(……猫がこの状況を見たら、また俺を馬鹿にするんだろうな)


女騎士「道具屋になにしに行ったのかと思って、来てみれば」


勇者「……騎士。ついてきたのか」

店主「ふんっ。国の忠犬が来るような場所じゃないよ、ここは」

女騎士「言われるまでもない」

女騎士「それに。この男に剣を握らせたいのなら、もっとデキのいいものを揃えるんだな」

店主「じゃあ、他所に行きな」


勇者「武器、買えなかった」

女騎士「そんなことより、さっきの話の続きだ。今度こそ話してもらうぞ」

勇者「トイレに行きたい」

女騎士「話をそらすな」

勇者「……」

女騎士「目をそらすな」

勇者「んー……」

女騎士「腰をそらすな。というか早く話せっ!」


勇者(今の俺には武器がない。しかも満身創痍。始末するには絶好の機会)

勇者(俺と騎士の再開から四日。騎士がスパイだとしたら、とっくに俺は――)


勇者「……わかった。がんばって話す」

女騎士「普通に話せ。
    まあいい、立ち話もなんだ。どこか適当な店に入るぞ」





女騎士「身内に敵がひそんでいる、か」


勇者(女騎士に事情を話すのには苦労した。時間もかかった)

勇者(説明を戦士がしていたら、時間は十分の一に短縮されただろう)


女騎士「それで。私が敵である可能性を考慮して、事情を話さなかった、と」

勇者「まあ、そうなる」

女騎士「こういう感覚は久々だ、腸が煮えくり返りそうだ」

勇者「……」


女騎士「この私が魔物の手先? たわ言もたいがいにしろ」

女騎士「奴らは人類にとっての敵、悪だ。この地上から駆逐しなければいけない存在だ」


勇者「……なんで?」

女騎士「なんで、だと?」


勇者(しまった。思わず聞いてしまった)


女騎士「魔物によって、どれだけの人間が苦しんだと思っている?」

女騎士「魔物が人々に残した傷跡、その深さは貴様も知っているだろう?」


勇者「……」

勇者(俺は旅の中で様々な世界を見てきた。そして、それは騎士も同じ)

勇者(だから、騎士が言ってることは決して間違ってはいない)


女騎士「勇者。貴様の使命は魔王をたおすことだ、ちがうか?」

女騎士「あと一歩のところまで来ている。あとは、魔王を抹殺するだけ」


勇者「……でも魔物たちは、人間のせいで追いつめられている」

女騎士「当たり前だ、追いつめているのだからな」

勇者(なんで俺は苦手なコイツと話そうとしてるんだ? そもそも、なにを……)

女騎士「……さっきから、なにが言いたい?」

勇者「いや、だから俺は……」


勇者(そういえば、戦士に言われたことがあったな)

勇者(勇者は言葉が出てこないくせに、話しかけられたら、慌てて返答しようとするって)

勇者(コミュニケーションが苦手な人間は、やりがちらしい)


女騎士「また黙りか」

勇者「……すこし、待ってほしい」

女騎士「……?」


勇者「……俺は言葉を引き出すのが下手だ。ダメなんだ」

勇者「時間をかけないと。会話ができない。だから……」


女騎士「……かまわない」

勇者「え?」

女騎士「貴様が話下手なのは、戦士から聞いている。待ってやる、話せ」


勇者(しかし、話せと言われても。自分でも言おうとしてることが、見えてこないし)

勇者(……たしか魔法使いは、人の顔や目を見て話せとか言ってたな)


勇者(女騎士は口調こそアレだけど、見た感じは意外と落ち着いてるな)

女騎士「……むぅ」

勇者(あっ、ちょっと眉毛が動いた。すこし機嫌が悪くなったか?)

勇者(これが僧侶だったら、全然表情の変化とか読めないんだろうな)


女騎士「まだか? さすがに長いぞ」

勇者(思考がまとまらない。ていうか、無意識にアイツらのことを考えて……)


勇者「……ああ、そうか。そういうことか」

女騎士「答えが出たようだな」

勇者「考えた。考えたけど、考えがまとまらない」

女騎士「……人を待たせて、出た結論がそれか」

勇者「でも、おかげで見つけた。次にやるべきことを――教会に行く」

女騎士「お、おい。またお前は話の途中で……!」


勇者(そうだ。立ち止まってる場合じゃない。動け、無理してでも)





サキュ「……」

?「……」

サキュ「……どういうことよ、これ? あたしの目、おかしくなった」

?「だとしたら、私の目も心配ですね」

サキュ「冗談言ってる場合じゃないっつーの。どういうこと、これ!?」

?「見てのとおりです。姫様と魔術師が部屋から消えてます」

サキュ「魔術封じの装置は使ってたんでしょ!?」

?「ええ。ついでに言えば、この部屋の扉には監視用の兵もつけておりました」

サキュ「だーもうっ! じゃあ、あの二人どこに言ったのよ!?」

つづく


?「この部屋のどこかに隠れている、というのが一番望ましいのですが」

サキュ「隠れるような場所はこの部屋にはない」

?「と、なると。転移の魔術でここから脱出した、という線が濃厚でしょうね」

サキュ「ありえない、って否定したいわあ」

?「残念ながら目の前で起きたことは事実です。……おや?」

サキュ「なに? なにかあったの?」

?「……失礼、気のせいだったようです」

サキュ「ああんもうっ。期待させないでよ」

サキュ「ていうか。さすがにこれは、魔王さまに報告しないと……!」

?「ええ、まずいでしょうね」

サキュ「とりあえず行ってくる。アンタも来てよね」

?「すこし遅れます。念のため、部屋のチェックをしておきたいので」


◆二十分前


姫『魔法使い、その腕はいったい!?』


魔法使い『細かい説明をすると、長くなってしまうから簡単に説明すると』

魔法使い『この部屋は現在、ほとんどの魔術は使うことができません』

魔法使い『なぜか。魔力が肉体の外から放出されること、それ自体が封じられてるから』

魔法使い『だけど抜け道はあります。たとえば、転移の魔術』

魔法使い『この術に魔法陣が必須なのは、言うまでもありませよね?』


姫『……それであなたは腕にあらかじめ、魔法陣を仕込んでおいた、と』

魔法使い『はい。これなら魔力が外に放出されることもありませんから』

姫『魔術の使用には媒体が必要。だから自分の腕を媒体にした。そういうことね?』

魔法使い『はい。刺青の要領で、僧侶ちゃんに魔術式を施してもらいました』

姫『それ、きっと痛いでしょう?』

魔法使『魔力を流すと、ちょっとだけ。でも、これで脱出ができます』


姫『それで私は城に戻り、私が為すべきことを為す』


魔法使い『私はなんとかして、みんなと合流します』

魔法使い『時間がないです。もしかしたら、また私にチェックが入るかもしれません』


姫『そうね。急がないと』

魔法使い『実家で転移の術の練習はしてたんで、魔法陣は残ってます』

姫『あなたの家は王都にあったわね』


魔法使い『ええ。姫様を私の家に。私は『柔らかい街』に飛びます』

魔法使い『私の両親にこれまでのいきさつを話せば、あとはスムーズに行くと思います』


姫『……』

魔法使い『姫様?』

姫『すこし、魔王のことが気になって。ごめんなさい、今はそれどころじゃないわね』

魔法使い『いえ……じゃあ、先に姫様からどうぞ』





姫(そして私は、魔法使いの魔方陣によって転送された)

姫(まずは彼女の両親に事情を話して……って、あれ?)



サイクロプス「今なんっつった!?」

男性「だからテメエの占いは当たらねえんだよっ! このひとつ目野郎がっ!」

サイクロプス「二つ目があったって豪快にハズすお前よりはマシだっ!」

男性「ああ!?」

サイクロプス「あああっ!?」



ハーピー「この前もらった入浴剤なんだけど、アレまだある?」

女性「また欲しくなった?」

ハーピー「もちろん、タダじゃない。例の洞窟についてってあげる」

女性「仕方ない。それで手を打ちましょうか」



姫(魔族と人間が……ここはどこなの?)


姫(もしかして、魔法使いの術がなんらかの形で妨害された?)

姫(と、とにかく落ち着いて。そう、こういうときは教会に……)


オーク「どこ見てんだ、おい」姫「え? あっ……」

オーク「あっ、じゃないなんだよ嬢ちゃん」


姫「そ、その……私は……」

オーク「いきなりぶつかっておいて謝罪もなしか。あー、痛いなあ」

姫「ご、ごめんなさい。私の不注意で……」


オーク「おせえよ。んなことより、今退屈してんだよなあ。なあ?」

オーク「この街の人間じゃないだろ? 案内ついでに『イイコト』しようぜ」


姫「あ、あの……」


ゴブリン「やめておきな。そのお嬢さん、怯えているだろ」


オーク「……ゴブリンかよ」


オーク「俺はただこの嬢ちゃんに、街の魅力を知ってもらおうと思っただけだぜ?」

ゴブリン「それなら、まずはその手をはなしたらどうだ?」

オーク「……チッ、人間に媚び売って楽しいのか?」

ゴブリン「なんとでも言え」

オーク「クソが」

姫(それだけ言い残すと、オークは去っていった)


ゴブリン「お嬢さん。怪我はしてないか?」

姫「あ、はい。その……ありがとう、ございました」

姫(ど、どうしよう。頭が混乱してる……)


姉「だいじょーぶ。この人は顔はコワイけど、とっても優しいから」


姉(今度はゴブリンの背後から、女の人が出てきた)

姫「え? あ、はい」

ゴブリン「お前なあ。……ところでお嬢さん。困ってることがあるなら力になろう」





姫(いまだに混乱した状態のまま、私は宿へとお邪魔した)


姉「もしよかったら、どうぞ」

姫「チーズスープ……」

姉「お口に合うかはわからないけど」

ゴブリン「ワシにもくれるか」

姉「あなた、出かける前にも食べたわよ?」

ゴブリン「ダメか?」

姉「まさか。食べてくれる人がいなきゃ、作りがいがないもの」


姫(この二人は……)

姫「……いただきます」


ゴブリン「どうだい? スープの味は?」

姫「おいしい……」

ゴブリン「だろ? うちのチーズスープは、どこのチーズスープよりもうまいんだ」

姫「はい。本当においしいです……!」


姉「よかった。だいぶ顔色もよくなってきたわね」

姫「その、助けてもらったうえに、お食事まで……」


ゴブリン「なに、困ってるときはお互い様だ」

姫「……あの、一つ質問してもよろしいですか?」

姉「ええ、どうぞ」

姫「この宿はお二人で営んでいるのですか?」

姉「ええ。なんだかんだ二人でやってきて、もう何年になるかしら」

姫「あるのね。本当に、この世界には」

ゴブリン「ん?」

姫「……ごめんなさい、なんでもありません」

姉「……あら、目が覚めたのね。おはよう」


姫(あの人は……)


◆三日後


神父「まもなく、この街に本部専属の癒し手が到着するはずです」

勇者「あ、はい」

神父「しかし勇者様。また傷も癒えてないのに、ここ数日ずっと街の外へ行かれているようですが」

勇者「あ、はい」

神父「今日もまた街の外へ?」

勇者「あ、はい」

神父「……他にこちらに報告しておくことは?」


勇者「あ、はい。……って、そうじゃなくて」

勇者「診断書、あの、三日前に提出した……。あれ、本部に届いてますよね?」


神父「はい、それは間違いなく」

勇者「それから……ボクが一人で行動していることは?」

神父「そちらも報告には抜かりありません」

勇者「……では、今回の報告はこれで」

神父「了解しました。勇者様に神のご加護があらんことを」




勇者(そういえば。教会への報告って、旅をはじめてから一度もしてなかったな)

勇者(旅に出る前も、報告書の提出だけして神父様とは話さなかったし)

勇者(みんなにまかせっぱなしだったな、ほとんど)

勇者(……さて、とりあえず街を出るか)




勇者「今日もいい天気だーそしてこれから隣の街にいくぞー」

勇者「森の中を歩くのはイヤだけどガンバるぞー」

勇者(こんな感じでいいか)





勇者「あーひとりで森の中にいると孤独をひしひしと感じてしまうなあ」

勇者「誰か俺とおしゃべりしてくれる人いないかなあ」


魔物「してやろうか、勇者さんよお?」


勇者「……誰?」

魔物「俺か? 知りたいのなら教えてやる。俺は魔王さまに仕えし魔族」

魔物「グレムリン。グレムリン・ジョー・ジェンガ・ジェイフォンだ」


魔物=グレムリン「口数はすくないって聞いてたが」

グレム「ずいぶんひとり言が多いな、お前」

グレム「クソチキン野郎なんだろ。まともに口がきけないんだってな?」


勇者「……」


グレム「人間の男は愚図しかいねえな、やっぱり」

グレム「傑作だぜ。こんな奴が魔王さまに挑もうとするなんて――よ!」


 風が裂ける音が聞こえたときには、すでに勇者の腹は蹴り飛ばされていた。 
 威力は決して強くはないが、はやい。
 単純な速度なら、今まで勇者が戦ってきたどの魔物よりも。


グレム「なんだよ。からだがボロボロのまんまってマジなのかよ」

勇者「……」 


グレム「今テメエが一人なのは、スパイを警戒してるからだろ?」

グレム「だから治癒の術も受けてねえ。そしてこの状況だ」

グレム「ハッ、勇者。魔王さまにかわって、俺がテメエを排除してやるよ」


勇者「……ああ、ようやくわかった。お前、そっくりだな」

グレム「あ?」

勇者「どっかの猫に、だよ」

グレム「ワケのわかん……って、おいっ! 逃げんのかよっ!」 


 すでに勇者はグレムリンに背を向けて駆け出していた。 
 ここ連日、足を運んでいたおかげで、森の大まかな地形は把握できていた。


グレム「どこの勇者が敵に背中を見せんだよっ!」 


 もちろん敵の罵倒には答えず、とにかく逃げる。
 だが、なかなか敵を引き離すことができない。

 もともと素早さでは敵に分があるうえ、こちらが満身創痍のせいもあるのだろう。


グレム「なんだよ。もう逃げるのも無理か」


 あっさりと勇者はグレムリンに追いつかれた。


グレム「俺はな、人間が死ぬほど嫌いなんだ。まして勇者なんていうのはな」

グレム「というわけで――」


 勇者が身構えるよりも先にグレムリンは跳躍していた。

グレム「――死ね」


女騎士「お前がな」


 鈍く光る爪甲が、勇者を引き裂くことはなかった。

 生い茂る木々から躍り出た影が、グレムリンを容赦なく殴り飛ばす。
 完全な不意打ちだった。グレムリンは受身も取れず、地面に投げ出される。


グレム「なっ……なんだ!?」

女騎士「人間だ。貴様が憎み、軽蔑している」

勇者「……助かった」

女騎士「ふんっ。……こんな単純な手に引っかかるとはな」

グレム「伏兵がいたか」

女騎士「本来ならば、私は別の街へ移動しているはずだった」

グレム「命令を無視して、この街に残っていたのか」

女騎士「ああ。同僚や部下を言いくるめるのは、なかなか面倒だったがな」


勇者(俺からの提案だった。女騎士は渋々だが承諾してくれた)


グレム「クソが。この俺がノロマな人間ごときに」

女騎士「身軽さには自身があるようだが。頭の中まで軽いとはな」

グレム「何…だと…?」

女騎士「エサを与えればすぐ食いつく。魔物、貴様と獣とのちがいはなんだ?」

グレム「……久々に本気で殺してえと思ったぞ、人間」

女騎士「そう思うなら、かかってこい」

グレム「…………いや、やめておく」


勇者(やらないんかいっ。いや、そのほうがいいんだけど)


グレム「で? わざわざこんなリスクを負ったのは、俺から情報を引き出すためか?」

勇者「そうだ。お前が知っていること、洗いざらい吐いてもらう」


グレム「ことわる。言っただろ、俺は人間が死ぬほど嫌いなんだ」

グレム「死んだほうがマシだ、人間の言いなりになるぐらいならな」


勇者「どうして?」

グレム「あ?」

勇者「なんでお前は人間を嫌う? 理由があるのか?」

グレム「決まってる。テメエら人間のせいで、恋人を失ったからだ」

勇者「……」

女騎士「人間に殺されのか?」

グレム「……ちげえよ」

勇者「じゃあ、いったい」

グレム「フラれたんだよ! いちいち言わせんなっ!」

女騎士「は?」


グレム「いいところ見せようと思って、恋人の前で人間にケンカ売ったんだよ!」

グレム「ボコボコにされたわ! そのあとフラれたわっ!」

グレム「『人間に勝てないようなダサい野郎は嫌い』ってなあっ!」


女騎士「完全に自業自得だな」

グレム「黙れぇ! 俺は悪くねえっ! 俺は悪くねえっ!」


勇者「……」

グレム「その目はなんだ。『勇者でモテモテな自分にはわからねえな』的なアレか!?」

勇者「生まれてこの方、俺には恋人なんていない」

グレム「……マジか」

勇者「それどころか友達もいない」

グレム「嘘だろ?」

勇者「嘘であってほしいよ、俺も」

グレム「情けねえツラのわりに、鋼の精神力だな……すげえわ、尊敬するわ」


女騎士「……いつまでこのやりとりを続ける気だ? 目的を忘れたのか?」


勇者「わかってる。さて、今度こそ話してもらうぞ」

グレム「……俺はフラれたかわりに、ある答えを見つけられた」

女騎士「なんの話だ?」


グレム「醜態をさらしたから、俺は愛する女にフラれた」

グレム「だから、俺は死に物狂いで修行した。そして身につけた。すべてはダサい姿を見せないため」


女騎士「立ち向かってくるか? それもよかろう」

グレム「自分より強えヤツからは逃げる」

女騎士「は?」

グレム「そうすりゃ俺はダサくねえ! あばよっ!」

女騎士「なっ!? 待てっ!」

勇者(なんてすばやい。ていうか、身につけたのは逃げ足のはやさかよ)


女騎士「追うぞ、と言いたいところだが。とんだ土産を置いてったな」


魔物「……」


勇者「コイツら。『柔らかい街』のときと同じ……」

女騎士「正体不明の魔物か。しかし、なんて数だ」


女騎士「勇者。そのからだで戦えるのか?」

勇者「……こういう場合、戦えなくても戦わないといけない」

女騎士「ごもっともだ」


勇者(だけど今の状態では、騎士の足手まといにしかならない)

勇者(さらに、この数。どうすれば――)


女騎士「来るぞ」

魔物「ぐあああぁっ!」

勇者(考えてる暇はない。とにかく今は戦うしかない)


  「友達はいない、か。寂しいことを言ってくれるね、勇者」


勇者(すっかり聞き慣れた声が聞こえてきたときには、魔物は宙を舞っていた)

勇者(魔物を吹っ飛ばしたのは、地面から飛び出した突起だった)


戦士「まっ、友達かどうかはともかく、ボクらは仲間だろ。勇者」

勇者「戦士……」


つづく

次スレに行くのは確定っぽい
だけどストーリー的には八割は消化している
あとすこしお付き合いよろしく


戦士「しかし、キミにしてはずいぶん無茶なことをしたね」

勇者「一人、なのか?」

戦士「いや。ボロボロな勇者のために、素敵な癒し手を連れてきたよ」


  「勇者様! 構えてくださいまし」


勇者「え?」

女騎士「油断するな。私たちは魔物に囲まれてるんだぞ」

勇者「う、うん」

勇者(俺に襲いかかろうとした魔物を、女騎士はあっさりと切り伏せた)


僧侶「相変わらず勇者様は気が抜けてますね……いい意味で」


勇者「僧侶……無事だったんだな」

僧侶「おかげさまで」

戦士「さて。再会の喜びを噛みしめる前に、まずはコイツらをけちらすとしようか」

女騎士「言われるまでもない」





戦士「思いのほか、あっさりと終わったね」

女騎士「しょせんは時間稼ぎのための捨て駒だったのだろう」


勇者(さすが。頼もしいな、この二人がそろうと)


僧侶「勇者様、座ってください。街に戻る前に応急処置しますので」

勇者「あ、はい」

戦士「しかし、勇者は本当にボロボロだね。無茶なことをしたもんだよ」

僧侶「その無茶のおかげで、こうして合流できたわけですけど」

女騎士「……どういうことだ?」


戦士「勇者がリスクを冒した目的は、敵をおびき寄せることだけじゃなかったんだよ」

戦士「教会に自分の居場所を伝えてボクらと合流する。これも目的の一つだった」


女騎士「勇者からは、そんなことは聞いていないが」

戦士「へえ、今回の作戦は勇者から持ちかけたんだ。意外だね」


勇者(なぜか目を丸くする戦士であった)


女騎士「それより。二人は今までどこに潜伏していたんだ?」


戦士「僧侶ちゃんは『柔らかい街』で、ボクはとある港町」

戦士「実はボクと僧侶ちゃんが合流したのは、本当についさっきのことなんだ」


女騎士「勇者から話は聞いたが、どうして三人はバラバラの場所に?」


戦士「ボクの予想だけど。魔法使いの転移の術は、まだ不安定なんだと思う」

戦士「だから、今まで生成した魔方陣にバラバラに飛ばしてしまったんじゃないかな」


僧侶「おそらく様々な場所で、魔法使い様は空間転移の術を練習していたのでしょう」

勇者(そう。魔法使いがいなければ、俺たちの再開はありえなかった)

僧侶「あとの話は、街に戻ってからにしましょう。勇者様の回復もまだですし」

戦士「そうだね。だけどさあ、勇者」

勇者「?」


戦士「生きるか死ぬかの崖っぷちからの再会だよ?」

戦士「もっとさ、喜んでくれてもいいと思うんだけど?」

勇者「あ、いや……その、うまく言えないけど。俺もよかった、って思ってる」


勇者「二人とも生きててくれて、本当に」


僧侶「戦士様。意地悪はそこらへんにしておいては?」

戦士「それもそうだね」

勇者「意地悪?」

僧侶「勇者様が心の底から、私たちの無事を喜んでくれてるのはわかっています」

勇者「そう、なの?」

戦士「キミはすぐに顔に出るからね、考えてることが」

戦士「真面目な話。生きて再会できたのは、本当によかった」

女騎士「……」

戦士「あっ、騎士。キミと再会できたのも、うん、喜ばしいことだ」

女騎士「お前、完全に私のことを忘れていただろ」


戦士「だけど。ボクらのパーティーで、魔法使いだけがここにいない」

勇者「……」


戦士「そう、あのとき。ボクが彼女をまもらなきゃいけなかったんだ」

戦士「……もしかしたら、魔法使いは魔物たちに捕らわれたのかもしれない」

戦士「だが、そうだとしても。彼女は必ず取り戻す、絶対に」



勇者(そういえば、前に魔法使いから聞いたな。戦士が今回の旅に参加した理由)

勇者(名門貴族の生まれながら、九人兄弟の末っ子の戦士)

勇者(昔から周囲に相手にされなかったから、幼い頃に家を出て、ギルドに加入した)

勇者(周りに認めてもらうため。今回の旅も、自分の名をあげるため)



勇者「……そうだな。四人そろわなきゃ、勇者パーティーじゃないもんな」

戦士「そういうことっ」

僧侶「……あの、今思い出したのですけど」

勇者(めずらしく、僧侶が気まずそうに視線を泳がせた)


僧侶「魔法使い様は無事です」





戦士「魔法使いは転移の術を使った。で、うっかり王都に飛んじゃった、と」

僧侶「はい。あくまで聞いた話ですが」

戦士「聞いた話って、誰に?」

僧侶「それは私ではなく、実際にその人から聞いたほうがよろしいかと」

戦士「その人は教会にいるってことか。にしても、見張りが多いね」

勇者(たしかに。俺が街を出たときには見張りなんて、いなかったのに)

僧侶「その人に会えば、この人数の理由もわかるでしょう」

勇者(僧侶について行く形で教会に入り、関係者室へ続く隠し通路に立ち入る)


戦士「魔法使いの事情を知ってる人は、この部屋の中ってことだね」

僧侶「ええ。たいへん偉い方なので、くれぐれも失礼のないように」

戦士「そこらへんは大丈夫だよ。じゃ、失礼しまーす」



姫「あっ」



戦士「わーお」

勇者(姫様を見た戦士は、口を開けた状態で固まってしまった)





戦士「いやあ、もう、うん。今この場で死んでもいいかもしれない」

姫「それはちょっと」


戦士「勇者。キミが急に憎らしく思えてきたよ。ていうか、羨ましいよ」

戦士「キミは姫様の美しさを、何度もその目に焼きつけてるんだろ?」


勇者「……いや、今はそんな話をしてる場合じゃないから」


勇者(姫様は魔法使いによって、『柔らかい街』に飛ばされた)

勇者(運がよかったのは、宿で僧侶と出会えたこと)

勇者(あの街では軍がいなかった上に、僧侶の傷のこともあって、しばらくは身を潜ませていたらしい)


女騎士「姫殿下。この阿呆には構わず、話を続けてくださいませ」

戦士「キミが女で残念だ。勇者とでは、この喜びを分かちあえないし」

女騎士「……黙らぬのなら、その舌、切り落としてやろうか」

姫「あの、話を続けてもいいかしら?」

戦士「どうぞどうぞ。全力で傾聴させていただきます」

姫「あ、ありがとう」


姫「私の能力で、なんとか魔法使いと会話をすることができたの」

勇者(姫様の能力。はなれた人間とも、心で会話をする能力か)


姫「それで、彼女が王都にいることは判明した」

姫「すでに王都を出て、魔法使いはこちらに向かっているわ」


戦士「そうか、魔法使いも無事か……よかった」

女騎士「だが。まだ全員、傷は癒えていない。それに、魔王城の手がかりもない」

僧侶「傷に関しては、私の術で、ある程度の回復は可能です」

戦士「だけど、大丈夫なの? 僧侶ちゃんの魔力も、かなり消費してるでしょ?」 

僧侶「ええ。ですが、多少は薬で誤魔化せるでしょう」

女騎士「癒し手を寄こすよう、教会に伝えたのではなかったか?」

勇者「……あっ、完全に忘れてた」

戦士「癒し手か。美人なお姉さんだと嬉しいね」


『マジっすかあ。そういう要望はちょっとねえ』


戦士「……気のせいかな。この暑苦しい声に、聞き覚えがあるんだよね」



魔物使い「美女だと思ったんすか? 残念、魔物使いでしたー!」


戦士「……」

女騎士「……」

僧侶「……」

勇者(扉から入ってきた魔物使いを見る目は、非常に冷たかった)


魔物使い「あれ? なんか反応が変っすね。待望のオレの登場っすよ?」

戦士「ああ、うん。はるばる来てくれてありがとう」

魔物使い「やっぱ戦士さんは、オレの味方っすね」

戦士「よし、帰っていいよ」

魔物使い「ひでえ! オレの扱いひどいっすよ!?」

戦士「ジョークだよ」


魔物使い「いやあ、それにしても。本物の姫様に会えるなんてもう感激っす!」

姫「は、はあ」

魔物使い「ご尊顔を拝し奉り、もう恐懼の極みっすよ!」

魔物使い「オレごときの卑しい一介の下僕からしたら、汗顔の至りって感じっす!」


女騎士「相変わらず、暑苦しい男だ」

魔物使い「そういう騎士さんは、なんか前より顔がコワイっすよ?」

女騎士「……姫殿下の前でなければ、貴様を殴りたおしてるところだ」

戦士「まあまあ。とりあえず、ボクらは魔物使いに回復してもらおう」

魔物使い「勇者さんの診断書は目を通してるんで。治癒はここでやっちゃうっす」

勇者「ああ。たの――」

僧侶「いいえ。あなたにやってもらう必要はありません」


勇者(魔物使いの行く手を阻むように、僧侶は俺の前に立った)


魔物使い「な、なんすか急に?」

僧侶「信用できません。あなたは敵ですから」

戦士「……まさか」


僧侶「スパイはあなただった。そうでしょう――魔物使い様」


魔物使い「……」




女騎士「この男が、スパイ……?」

勇者「だ、だけど。なんで魔物使いが?」


魔物使い「……あーあ、どうも誤魔化せる雰囲気じゃないっすね」


勇者「じゃあ、お前は本当に……」

魔物使い「そうっす。魔族に情報を流してたのはオレっすよ」

戦士「魔物使いは、『魔物の使い』だったってわけね。だけど、どうして魔物に?」


魔物使い「質問に答えてもいいんすけど。先にこっちの質問に答えてくれません?」

魔物使い「どうしてオレがスパイだってわかったんすか?」


女騎士「貴様、自分の立場が理解できていないようだな」

戦士「騎士、待て。正直、ボクも個人的に気になるんだよね、それ」

魔物使い「オレ、ほとんどボロは出さなかったはずなんすよね」

僧侶「たしかに。あなたはほとんどミスをしていない。でも、魔物はどうでしょう?」

魔物使い「……ひょっとして、あのローブの男っすか?」

僧侶「ええ、正解です」

魔法使い「私、実はロープ男夫婦なの」

僧侶「なん……だと!?」

魔法使い「もう子供だっているわ」

僧侶「だからお腹がぽっこりと……ってことはもうsexも……」

魔法使い「本当に申し訳ない」

僧侶「(´・ω・`)」


僧侶「勇者様は覚えていますか? あのローブの占い師の発言」

勇者「占い師の? たしか――」



?『宿の場所は、わざわざ言う必要はありませんね』

?『それより。あなた方が落ち合うことになってる場所、こちらのほうが重要でしょうか?』



勇者「……そうだ。どうしてか、あのローブは知ってたんだ。俺たちの合流地点を」


僧侶「はい。あのとき、その合流場所を知っていたのは、私たち四人」

僧侶「女騎士様と魔物使い様。……この場合、宿の経営者である二人は除外していいでしょう」


魔物使い「……それで?」


僧侶「ローブに情報を流せるのは、当然、この六人の中の誰かです」

僧侶「ですが、合流場所を決めたあとは、二手に別れた。だから、単独行動をした人はいない」


戦士「……そうか、そういうことか」

僧侶「そう、一人だけいたのです。途中、単独で行動した人間が」

僧侶「その人こそが、あのローブに私たちの合流場所を伝えた」


勇者(魔物使いとの会話は、今でも思い出せる)

勇者(戦士と女騎士に役立たずと言われて、宿に隠しておいたゴーレムを連れてきた)

勇者(つまり。魔物使いは俺と会うまでに、一人で行動した時間があったってことだ)


戦士「蓋を開けてみれば、至極単純な答えだったね」

魔物使い「……まったく。あの魔族、余計なことを」

僧侶「もっとも。あなた自身にも、失言はありました」

魔物使い「失言? このオレが?」

僧侶「はじめての顔合わせのときです。あなたはこう言ったはずです」


僧侶「『緑の街から行き先までわざわざ変えてもらってるのに。申し訳ねえ』と」


魔物使い「言ったかなあ、そういえば」


戦士「……そうだよ、言ってたよ。教会にしか行き先は伝えてなかったのに」

戦士「キミは教会本部に配属されてたね。気づくべきだったよ」

戦士「ボクらに会う前から、キミは教会から情報を引き出して、魔物側に流してたんだね」


魔物使い「……あーあ。出しゃばるんじゃなかったなあ」

僧侶「ちなみに。この推理は私ではなく、姫様によるものです」

姫「魔法使いから話を聞いて、偶然気づいたの」

戦士「容姿端麗、そのうえ頭脳明晰だなんて。さすが姫様」


女騎士「で? 貴様の疑問は、これで解けたか?」


魔物使い「おかげでね。しかし、謎って解けるとつまんないっすね」

魔物使い「特に今回みたいに、陳腐な解答だと余計に」


女騎士「話はここまでだ。裏切り者を、いつまでも殿下の前に置いておくわけにはいかん」

戦士「まっ、それもそうだ。まずは身柄を押さえて――」

魔物使い「ヤダなあ。まだオレが答えってないっすよ? 勇者さんの質問に」


勇者(不意に地面が光る。地面、じゃない。これは魔方陣!)


戦士「これは、空間系の魔術……!」

僧侶「からだが……動かない……」


魔物使い「やっぱり。体調は万全じゃないみたいっすね」

魔物使い「不意打ちとはいえ、こんなあっさり術にハマるなんて」


姫「いったいなに……!?」

魔物使い「空間系魔術。魔方陣で空間を切り取り、切り取った空間に獲物を閉じこめる」

戦士「空間系魔術……キミも使えたのか?」


魔物使い「当たり前っすよ。『柔らかい街』のこと、思い出してくださいよ」

魔物使い「あの大量の魔物、誰が運んできたと思ってるんすか?」

戦士「じゃあ、キミがあの魔物を?」

魔物使い「戦士さんも、知ってるじゃないっすか? オレがエリートだってこと」


女騎士「エリートだろうが、なんだろうが関係ない」


魔物使い「あーあ、一人だけ捕まえられなかったか」

女騎士「勇者たちとちがって、私は体力があり余ってるからな」

魔物使い「コワイコワイ。物騒な人だ」

女騎士「覚悟――!」

魔物使い「ムダっすよ」


勇者(今度は天井が光った。この光は……)


ゴーレム「……」

女騎士「コイツら……!」


魔物使い「こっちに来る前に上の階で準備しておいたんすよ」

魔物使い「転移の術の魔法陣は、時間がかかるんでね」


勇者(ゴーレムが三体。人工生命体とかって言ってたな)

勇者「騎士、ゴーレムは強い。気をつけろ」


女騎士「……まさか、貴様が私を心配するとはな」

魔物使い「さあ、騎士さん。このゴーレム相手にどうやって戦うんすか?」

女騎士「決まってる。正々堂々、容赦なく叩きつぶす」


 騎士が跳んだ。一瞬で距離を詰めた騎士を相手に、ゴーレムは拳を振り抜く。
 だが、騎士の足払いのほうが早かった。

 土の魔物の体勢が崩れ、その隙にみぞおち目がけて膝を叩きこむ。


女騎士「チッ、かたいっ!」

勇者(なんであの姿を見て、膝蹴りをかますんだ?)


 もう一体のゴーレムが、騎士の背後から拳を振り下ろす。
 だが、騎士はからだを横に流して、なんなく敵の攻撃をかわした。


魔物使い「素早いな。なら、これで」


 挟みこむように、ゴーレムが騎士へと襲いかかる。
 勢いよく飛んできた土の腕を、とっさに跳躍してやりすごす。


魔物使い「もらった」


 狭い空間であることが災いした。
 三体目のゴーレムが騎士に合わせて、同じように飛び上がっていた。


女騎士「なめるなよ、魔物」


 いつのまにか振り抜いていた剣を、壁に突き刺す。
 そのまま剣の柄をつかんだ騎士は、上半身を捻ると同時に魔物の顔面に蹴りを入れる。


戦士「うまい!」


 空中でまともに蹴りを食らったゴーレムが、背中から床に落ちる。


 騎士は片手で剣にぶら下がったまま、もう一本の剣を抜き、ゴーレム目がけて投擲する。
 しかし、剣がゴーレムに直撃することはなかった。
 騎士は構わず、地面に着地。たおれたゴーレムに向かって躍りかかる。


魔物使い「ゴーレム!」


 主の声が合図になったのだろうか。土の魔物が跳ね起きる。
 騎士が三本目の剣を振りかぶる。その姿を確認して、危険と判断したのだろう。

 ゴーレムは、騎士から離れるように飛び退く――


ゴーレム「?」

勇者(ゴーレムの動きが止まった。なんで……いや、そうか)


 ゴーレムの背中を抑えつけたのは、騎士が放った長剣。
 生まれた隙はあまりにも短いものだった。それで十分だった。
 
 魔力を帯びた剣が、ゴーレムの肉体を容赦なく引き裂く。


女騎士「まずは一体」


 再び騎士の背後から、ゴーレムの腕が伸びてくる。


女騎士「あまい」


 身を低くして、ゴーレムの腕を避けたときには、彼女は剣を手放していた。
 魔物の腕に、自身の空いたそれを絡ませる。
 そのままゴーレムの勢いを利用して、眼前のもう一体へと投げ飛ばした。

 あとはあっさりとしたものだった。
 重なって倒れた二体のゴーレムに、騎士は一切の躊躇もなく自身の剣を叩きつけた。


女騎士「まだやるか?」

魔物使い「……メチャクチャっすね、アンタ。ホントに騎士なんすか?」

女騎士「なにを今さら。貴様も私の戦い方は、見たことあるだろ」

魔物使い「コロシアムでね。でも、アンタはゴーレムを見ていない」

女騎士「なにが言いたい?」

魔物使い「アンタはゴーレムについて、なんも知らないってことっすよ」


ゴーレム「――」


女騎士「……ふんっ、そういうことか」


 叩き割ったはずのゴーレムが、形を取り戻して立ち上がっていた。

女騎士「なら、コイツはどうだ……?」

ゴーレム「?」

女騎士「月牙……………天衝!!」


女騎士の攻撃によりゴーレムは粉みじんとかした

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年10月25日 (土) 12:27:59   ID: j5E7G2EJ

フルメタ ネタ多いなwww

2 :  SS好きの774さん   2014年12月02日 (火) 12:33:13   ID: 4CC8FPu5

今一番面白い勇者ものかもしれん

3 :  SS好きの774さん   2014年12月15日 (月) 09:20:09   ID: FM9dIexN

続きがないんだが

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