貴音「トータルプラス」(123)

【注意書き】

①これは響「パーソナルスペース」の続きになります。

②当作品では視点移動が頻繁に起こります。
 【:○○side】と【】にあれば、次に【:××side】となるまでは同一人物の視点です。
 また、基本的に視点が過去に飛ぶ事はありません。

【961プロ事務所・廊下:響side】

貴音と友達になってから一ヶ月が経っていた。
連日会っている訳でもないし、昨日だって探しても見つからなかったが。
もう一人じゃない。これからは共に居てくれる人がいる。
そう思うだけで景色が違って見えるのだから不思議な物だ。

響「なんて、我ながら現金だよね」

呟きながら廊下を歩く。
独り言の癖は抜けてなかった。

響(でも、独り言じゃなくなる時もある)

一人で漏らした言葉も、ふとした瞬間に貴音が拾ってくれる事がある。

響(友達っていいなぁ……)

嬉しさを噛み締める。
これを失うことなど、考えたくはない。
そう思っていた矢先に貴音を見つける。

響「あ、たか――」

出かけた声が止まる。

響(貴音と……誰だ……?)

見れば、金髪の少女と談笑している貴音がいた。
年の頃は……自分と同じぐらいだろうか。

響(貴音、あんなに楽しそうに……)

胸が締め付けられる。
一人で居た時はこんな事はなかった。

響(じゃあ、何でだ?)

自身に問い掛ける。

響(もしかして、嫉妬してるのか……自分は……)

友達を取られてしまう。
自分はどうすればいいのか。

響(どうすればって……)

貴音が誰と友達になろうと貴音の自由だ。
そこを縛る権利はない。

響(あんな風に話せたら……)

廊下で立ち尽くしていると、向こうがこちらに気づいた。
二人で連れ立って近づいてくる。

貴音「響ではありませんか。こんな所で立ち止まってどうしたのですか?」

貴音が声を掛けてきた。
それは嬉しい。
……隣の少女が居なければだが。

響(いや、それは言っても仕方ないんだってば……)

響「う、ううん。別に何でもないよ」

貴音「そうですか?」

貴音は勘の鋭い人だ。
あんまり話を長引かせると誤魔化しきれない。

響「うん。で、貴音はどうしたの?」

貴音「そこで美希と会ったものですから」

響「ミキ?」

ここに居る金髪少女の名前だろう。
どんな字を書くのかまでは分からない。

ミキ「この子が貴音の話してた友達?」

考え込んでいると、少女が貴音に話し掛けていた。

貴音「そうです。わたくしの初めての友達ですよ」

そう言ってくれる事が素直に嬉しい。
でも同時に『じゃあ隣の人は何なんだろうか』という疑問が湧いてくる。

響「えーと、どちら様?」

近くで見れば、とても端正な顔立ちをしている。
貴音とは違って、綺麗と言うより可愛いタイプの顔だ。

ミキ「ミキの名前は星井美希なの。漢字は……お星さまの星、井戸の井、美しいに希望の希だよ」

なんだか名前からして凄い子な気がする。
『井戸に映る星を美しく希う少女』みたいな感じで格好いいじゃないか。
完全にこじつけだけど。

響「自分は我那覇響だぞ。漢字は――」

変な対抗心を燃やして説明を考えてみる。
……どういじればいいのか皆目見当もつかなかった。

響「こんな字を書きます……」

諦めてメモ帳にペンを走らせる。
美希は頷いて。

美希「響だねっ!よろしくなの!」

……また、名前呼びから始まる人である。

響(苦手なタイプだ……)

響「うん、よろしくね」

形式として挨拶を返す。
でも、『よろしく』と言われても許容出来ない。
この子は自分の友達を……

響(駄目駄目!そんなこと考えてちゃ……)

でも、貴音が離れてしまったらどうする。
そもそも、こんな事を考えている自分の傍に居てくれるだろうか。

響(貴音はそんなに冷たくないぞ……)

自問自答で泥沼に嵌まっていく。
思考から抜け出さなければと口を開く。

響「えーと、星井さんは――」

美希「ミキでいいよ?」

響「そ、そう?」

美希「うん。そっちの方がいいかな」

やはり貴音と同じく名前で呼ぶように言ってくる。
自分が一人だったら、この少女とも仲良くなれただろうけれど。
今は状況が違う。

響(貴音を取られる訳には……いやいや、それは今は置いとこう)

また泥沼に嵌まりかけている。
この際だ、訊いてしまおう。

響「じゃあ美希……は、貴音と友達なの?」

美希「そうだよ?」

あっさり返された。
いつの間に仲良くなったのか、とか。自分の知らない内に、とか。
そんな事ばかり浮かんでくる。

響「へ、へー……そうなんだ……」

内心を表に出さないよう努める。
それが成功したとはとても言えない程、歯切れは悪かったが。

美希「昨日も一緒にご飯食べたんだよ。今度は響も一緒に食べよ?」

響「え……?昨日って……」

昨日は貴音と会っていない。
約束をしていた訳ではない。
だから、誰とご飯を食べようとそれは貴音の自由だ。

響「た、貴音の――」

貴音「はい?」

そこまで分かっていても止められなかった。
これを言ったら嫌われてしまう。
それでも、口は勝手に言葉を吐き出す。

響「貴音の浮気者!」

貴音「響!?」

貴音が驚いた顔なんて初めて見た。
目を見開いて硬直している。
冷静な普段の姿が嘘のようだ。

響(言っちゃった……)

もうこの場には居られない。
これでここに留まれたら豪胆を通り越して無感情だろう。
無論、自分がそうである筈もなく。
久しぶりに、逃げるように立ち去った。

【響逃走後:貴音side】

美希「……浮気?」

呆気に取られていた美希がそのように問うてきました。
浮気、なのでしょうか。

貴音「はて……わたくしには何とも……」

響が何故あんな事を言ったのか。
これは一度、話し合わねばなりませんね。

美希「まあ、ミキには何となく分かるけどね」

貴音「なんと、それは真ですか?」

美希には分かるようです。
響の心の内……分からない自分がもどかしく思います。

美希「うん。でも、まずは話し合いから始めたら?」

貴音「そうするとしましょう。しかし……響は何処に行ったのでしょうか……」

美希「探すのは貴音の仕事なの。頑張ってね?」

貴音「ええ。それは勿論です」

貴音(響……悩みがあるなら、頼って貰って構わないのですよ)

本音を言えば、頼って貰いたい――のでしょうね。わたくしは。

貴音「では、わたくしは響を探しに行って参ります」

美希「じゃあミキはどうしようかな……」

急に空いた時間をどうするか、思案しているようです。

貴音「申し訳ありません。途中で抜けるような形になってしまい……」

美希「それは気にしてないから別にいいの。それよりも、早く追いかけないと見失っちゃうよ?」

貴音「そう言って貰えると助かります。この埋め合わせはいずれ」

美希「うん!響も連れて来てねー!」

響の事を気に掛けてくれて嬉しくなりました。
少し不思議な気分です。

貴音(しかし……)

響の様子からして、美希と友達になる事を躊躇っているのは一目瞭然でした。
それが何故なのかは、まだ分かりませんが。

貴音(これは、わたくしが背中を押して差し上げねばなりませんね)

きっと、それが『友達』ということでしょうから。

【961プロ事務所・休憩所】

事務所には休憩所というところがあります。
仮眠室とは違って、椅子やテーブル・自動販売機(無料)などが置いてある場所です。
そのテーブルの一つに、響が項垂れて座っていました。

貴音「響」

響「貴音か……」

響が億劫そうに顔を上げます。

貴音「前、よろしいですか?」

響「うん……」

先程の言葉を後悔しているのでしょうか。
正面に座っても目を合わせてくれません。

貴音「先程はどうしたのですか?」

響「別に……」

貴音「『別に』なんて言葉は、何かあると言っているのと同じですよ」

響「それは……」

何か言おうとして、口籠ってしまったようです。
それをどうか、わたくしに打ち明けて貰いたいものです。

貴音「響。以前に言いましたよね。悩み事があるなら、わたくしに話して欲しいと」

響「そうだけど、でも……」

貴音「わたくしが当事者では、話し辛いですか?」

響「まあ、その……」

そう当たりをつけてみます。
『浮気者』という表現がどういう意味で言われたのか。
思い当たる事といえば……

貴音「美希と、仲良くしていたからですか?」

響「うっ……正解だぞ……」

図星を突かれた所為なのか、赤くなってしまいました。
いつもは元気な分だけ、しおらしさが余計に可愛らしく思えてしまいます。

貴音「しかし、それだけで浮気者とは――」

響「それは忘れて!お願い!」

余程恥ずかしかったのでしょうか。
言葉を遮られてしまいました。

貴音「では、それは忘れるとして」

理由を聞かせて頂きましょう。

貴音「どうして、あんな事を言ったのですか?」

響「あの……笑わない?」

貴音「笑いません」

響「絶対に?」

貴音「無論です」

何度も訊いてくる響を安心させるように言います。
それが功を奏したのか、響がぽつりぽつりと話し始めました。

響「じゃあ言うけど、あのね……貴音が、美希に取られちゃうような気がして……」

貴音「取られる?」

響「だからっ!その……貴音が自分から離れちゃうんじゃないかって。そう思ったら、何て言うか……嫉妬しちゃって」

貴音「ふむ……」

貴音(確か……羨む相手を快く思わない感情、でしたか?)

よく分かりません。
そんな事を考えていると、響が項垂れたまま謝ってきます。

響「なんて、こんなの鬱陶しいだけだよね……ごめん……」

今は、嫉妬心がどういうものかは置いておきましょう。
大切なのは。

貴音「心配せずとも、わたくしは貴女の友であり続けますよ」

響「……本当?」

響は不安げに問い返してきます。
それを拭う為、目を逸らさず言葉を重ねます。

貴音「ええ。例え貴女がわたくしを嫌いになっても、わたくしが貴女を嫌う事などありません」

貴音(そうでなければ、どうして自分から友達になるでしょうか……)

貴音「これが、わたくしの偽らない気持ちです」

響「……そっか」

噛み締めるように響が呟きます。

貴音「分かって頂けましたか?」

響「うん……ありがと、貴音」

納得して貰えたようで安心しました。
しかし、懸念はもう一つあります。

貴音「ところで、美希とはどうするのですか?」

彼女もまた、響と友達になろうとしている一人です。
響は何故か敵視しているようですが、どうか受け入れてあげて欲しいものです。

響「どうするって……そんなの……」

煮え切らない態度です。
困った事でもあるのでしょうか。

貴音「何か問題があるのですか?」

響「その……自分が美希と友達になったら貴音が……あれ?」

混乱しているのでしょうか。

響「でも、美希と貴音は友達だから、自分は入れない……?」

響「いやでも――」

どうやら、友達は一人だけ、みたいな事を考えてるようですが……

貴音「ですから、響と美希が友達になったら全て解決するのでしょう?別に『友達は一人でなければならない』という訳でもありませんし」

響「……おおっ!貴音、冴えてるな!」

響は察しが悪すぎると思うのですが。

貴音「何故、友達を複数作るという発想に至らないのですか……」

響「し、仕方ないでしょっ!友達は貴音だけ、みたいに思ってたから……」

それはとても喜ばしいですが、些か不器用過ぎます。
友達作りは手伝って差し上げたいですが、ここは……

貴音「いい機会です。今度は自分から友達を作りましょう」

響「え!?」

貴音「思えば、響と友達になったのもわたくしからです。このあたりで友達の作り方を学んでもよいのでは?」

響「それは……えーと……」

迷っていますね。
今まで一人だった事を考えれば、責められる事ではありませんが。

貴音「わたくしも全く力を貸さないという訳ではありません。相談には乗りますから、響からきっかけを作ってみてください」

響「うぅ……ハードル高いぞ……」

貴音「高いほど、乗り越えた時に人は成長できるものです」

とはいえ、それほど高いとは思えませんが。

貴音(それはわたくしにとってであって、響にとっては違うのでしょうね)

響「そうは言うけど……き、きっかけとかどうすれば……」

前向きになったものの、最初の一歩に迷っている……といったところでしょうか。
そう考えていると。

響「そうだ!貴音はどうやって美希と友達になったの?参考までに聞かせてよ」

響から質問が飛んできました。
しかし、語る程の事もないのですが。

貴音「まあ、参考にすると言うのであれば……」

響「どうやったの!?」

貴音「掻い摘んで話せば、こんな感じです」

――――――

【回想、貴音と美希】

貴音「もし」

美希「なあに?」

貴音「お一人ですか?」

美希「そうだよ」

貴音「では、わたくしと友達になりましょう」

美希「いいよー」

――――――

貴音「終わりです」

響「終わりなの!?」

驚いているようです。
衝撃的な出来事など、何もない筈ですが。

貴音「何か驚くところでもありましたか?」

理由がまるで分からないので、そう響に問い掛けます。

響「いや……驚くところがあるって言うか、むしろ何もないところに驚きだよ……」

これはまた、不可解な。

貴音「響は哲学的なのですね」

響「別に哲学的でも何でもないよ……うぅ……自分は一体何を参考にすればよかったんだ……?」

頭を抱えてしまいました。
何も難しい事などなかった筈ですが。

貴音「何か問題が?」

問うと。

響「そんなにあっさり友達になれたら苦労しないよ……」

……重大な案件を忘れていました。

貴音「……響は奥手でしたね。失念しておりました」

響「反論できないのが悲しいよ……」

となれば。

貴音「まずは話し掛けるところから始めましょう」

響「……馬鹿にしてる?」

貴音「まさか」

響「自分、そんなレベルに見られてたんだね……」

落ち込んでしまいました。
このままでは進展しませんね。

貴音「響。自分から行かなければ何も始まらないのですよ」

言葉を受けて、あの時を思い出しているのでしょうか。
一人で頷いた後。

響「……そうだよね。よしっ!自分頑張る!」

そう決意してくれました。

貴音「では、明日から早速始めましょう」

響「うん。まずは話し掛ける事から……だよね」

貴音「はい。問題があればわたくしに相談してくださいね」

響「分かった。ありがとね、貴音」

お礼を言われました。
そんな事を言われたら、少し照れてしまうではありませんか。
この為に力を貸した訳ではないとはいえ。

貴音(嬉しい気持ちは隠せませんね)

響「あ、でも」

貴音「どうしました?」

響「いや、貴音の言う通り、折角だから自分だけで頑張ってみるよ」

貴音「成程。では、わたくしは陰から応援するに留めましょう」

響「うんっ!期待しててよね!」

そして、響の友達作り(非受け身)が始まりました。

【翌日、961プロ事務所・廊下:響side】

昨日言われた通り、まずは美希に挨拶する事から始めよう。
そう思って美希を探していると、特徴的なくせ毛の金髪が見えた。

響「よし……やるぞ!」

気合いを入れる。
『たかが挨拶に何を』と思うだろうが、これでも今は精一杯なのだ。

響「み、美希!」

美希「はいっ!?」

背後から話し掛けた為か、驚かせてしまったようだ。

響(……これ、まるっきり貴音と同じ行動だよね)

不器用ここに極まれり。

響(いや、今はとにかく挨拶して――挨拶してから、どうしよう!?)

先の事を考えてパニックになっていると。

美希「あの、響?」

美希がこちらを認めたようだ。

響(落ち着け……挨拶だ、挨拶……)

響「美希!おはよう!」

よし、挨拶は出来た。
そしてこれから。

美希「あ、うん。おは――」

響「じゃ!」

美希「よう……」

逃走した。

響(――って、何やってるんだ自分!?アホか?アホなのか!?)

考えてるうちに、美希を遥か後方に置き去りにしていた。
空いた口が塞がらない、をリアル体験させてしまった。

美希「……何だったの?」

【961プロ事務所・休憩室】

実に思い切りよく逃げてきてしまった。

響「何てところで思い切りよくなってるんだ……」

このままでは全く距離が縮まらない。
明日はきっと成功させて見せる。

響「貴音とも約束しちゃったしね」

期待していろ、なんて言ってしまったんだ。
何の成果もないままでは顔向けできない。

響「次こそは……」

どうしようか。

響「そうだ!レッスンに誘ってみよう」

共に汗を流せば仲良くなれる筈。

響「明日、早速やってやるぞ……待ってろ、美希!」

そうやって一人、休憩所で決意を新たにする。
……周りから白い目で見られていた。

【同日、美希の相談:貴音side】

響が一人で頑張るというなら、わたくしに出来る事はその手助けのみ。
今は美希から相談を受けているところです。

美希「それでね、響が挨拶してきたと思ったら――」

貴音「逃げてしまった、という訳ですか……」

全く、どれだけ不器用なのでしょうか。
それが響の魅力でもあるとはいえ。

美希「まあ、いきなり友達になるなんて難しいよね……今回は特に」

ちらりと、こちらに目線だけ向けて言ってきます。
その声には、どこか敵意の色が混じっていました。

貴音「何故です?」

そう問うと、美希は誤魔化すように話を変えます。

美希「……ううん、何でもない。ところで、貴音はどれぐらいで響と友達になれたの?」

貴音「わたくしですか?」

徐々に距離を詰めた日々を思い出します。
あの頃の響は今よりも頑なでしたね……

貴音「おおよそ、一ヶ月程かと」

美希「結構かかってるね」

貴音「でも、最後には響から来てくれましたから」

ベンチに座った時。初めて響と触れあえた時。
今でも、その時の温かな気持ちを覚えています。

美希「何だか嬉しそうだね、貴音」

過去を振り返っていると、美希からそう指摘されました。

貴音「そうでしょうか?」

美希「うん。それが響のおかげなんだとしたら、ミキも早く友達になりたいって思うな」

響のおかげ、ですか。

貴音「ふふ……きっと、すぐになれますよ」

そして、この気持ちを共有できたら。
それはきっと、今よりもっと素晴らしいのでしょうね。

貴音「そういえば、一つお願いが」

ある事を思い出して、そう口を開きます。

美希「なあに?」

貴音「響の近況を、美希の口から伝えて欲しいのです」

響が一人で頑張る以上、わたくしが介入し過ぎるのは得策ではありません。
かと言って、何も知れないというのも……
そんな事を思っていると。

美希「貴音って、意外と心配性だね」

言い当てられてしまいました。

貴音「……そうですね。自分の心は、存外分からないものです」

美希「まあ、それぐらいならお安い御用なの。じゃ、明日からだね」

貴音「はい。よろしくお願いします」

貴音(後は、あなたの頑張り次第ですよ、響……)

【その翌日、事務所・レッスン場:響side】

今日は美希とレッスンを一緒に受けるつもりだ。

響(さ、誘う前から緊張しっぱなしだぞ……)

昨日の失敗も相まって、どういう顔で美希と会えばいいのか分からない。
その場を動けないでいると。

美希「響?どうしたの?」

響「えっ?あっ……美希!」

美希が声を掛けてくれた。
しかし、いきなりだった為か『お前は!』みたいに人差し指を突きつけてしまっている。

美希「あ、うん。ミキだけど?」

案の定、『何がしたいの?』という目で見られた。

響(いや、この状況は好都合……いざ!)

一緒にしよう、と言うだけだ。

響(言うんだ!自分!)

響「ね、ねぇ美希。自分と一緒に――」

美希「あ、そうだ。折角だし、ミキと一緒にレッスンしよ?」

遮られた。

響「あ、うん……お願いします……」

自分の駄目さ加減に嫌気が差す。
これでは貴音の時と同じで、友達になるにもおんぶに抱っこではないか。
機先を制され、落ち込んでいると。

美希「……もしかして、嫌?」

美希が恐る恐るといった感じで訊いてきた。
そんな気は微塵もなかったので咄嗟に。

響「そんな訳ないぞ!むしろ、自分も一緒にしたかったっていうか――」

しまった。
つい本音が出てしまった。

響(慌てるとホントにロクな事がないよね、自分……)

しばし反省する。

でも、美希はその言葉に目を輝かせて。

美希「ホント!?」

と、嬉しそうに訊き返してくる。
笑顔を直視できなくて、目を逸らしながら答える。

響「うん……その、自分でよかったら……」

どうしても気弱な返事になってしまう。
しかし、美希はそれでもよかったのか。

美希「うん!もちろんなの!」

そう言ってくれた。

響「あ、ありがとう……」

受け入れてくれて、心が軽くなる。
まだまだ友達には遠いかもしれないけど。
それでも、少しづつ近づいていけたらいいなと思った。

美希「それじゃあ、踊ろっか」

そう美希が提案してきた。

響「うん。美希は踊るの得意?」

美希「うーん……そこそこ?」

響「そうなのか?」

謙遜だろうか。

響「自分はダンス得意だから、分からないところがあれば教えるぞ」

美希「それは頼もしいの!」

何気ないやり取りが楽しい。

響(いつか、本当の友達になれたら)

こんな日々が、毎日続くのだろうか。
勿論、そこには貴音の姿もあって。

響(そうなったらいいな)

そんな事を思っていると、美希がステップを踏み出す。
さっきはそこそこと言っていたが。

響(何だこれ……間違ってもそこそこなんてレベルじゃないぞ)

人目を引く容姿。
流れるようなステップ。
人を惹きつけてやまないダンスだ。

響(これでそこそこか……)

でも、こんなダンスを見てしまっては負けられない。
やがて、踊り終わった美希がやってきた。

美希「次は響の番だよ」

響「よーし!ちゃんと見ててよね!」

美希「ファイトなの!」

応援を背に美希の前に立つ。
集中して、イメージを作り上げる。

響「1234、1234……」

リズムを取りながらステップを踏む。
ここで格好悪いところは見せられない。

響(ダンスで負ける訳にはいかないぞ!)

こんな気持ちも、一人じゃ持てなかった。
その事に気づいて、自然と顔がほころんでいた。

響(よし……結構いい感じに出来たんじゃないか?)

踊り終わって美希のところに帰る。
すると、思いがけない感想を言われた。

美希「驚いた……響って可愛いんだね」

響「え!?もしかして可愛くないと思われてたの!?」

地味にショックだ。
いや、自惚れてる訳でもないのだが、自分は仮にもアイドル(候補生)だ。
それがまさかこんな事を言われようとは。

響「そりゃ、美希みたいに可愛い訳じゃないけど……」

同じ女性の自分が見ても、凄く可愛いと思う。
目は大きいし、愛嬌もあるし、加えて綺麗さも持ち合わせてるような気もする。

響(それに比べて自分は……)

一人でクールぶって(これは過去の話だが)他人と関わらない。
寂しいのに相手を突き放す。
……愛嬌があるとはとても思えなかった。

響(これで可愛い方が驚きだよ……)

その差に落ち込んでいると。

美希「あ、ごめんごめん。そういう意味じゃなくてね――」

美希がフォローしようとしてくれていた。
それを遮って。

響「いや、いいよ。うん……自分もよく分かってるから……」

何だか惨めな気分だ。
慰められない方がまだましだ。
そんな鬱々とした気持ちでいると。

美希「あー、もう!いいから話を聞くの!」

美希に両手で顔を挟まれた。

響「え!?な、何!?」

突然の事に理解が追いつかない。

美希「いい?さっきミキが言ったのは、響が可愛くないとかそういう事じゃないの」

美希「むしろ可愛いと思うけど……今は、いつもよりすっごく可愛いって事を言ったの」

響「いつもより……?」

どういう事だろうか。

美希「つまりね?響の笑顔って見た事なかったから、今の笑った顔が凄く可愛いなって思ったの」

真剣な顔でそう言われる。
というより、顔が凄く近い。
吐息が掛かりそうだ。

美希「響は笑顔の方が可愛いの。だから、これからはもっと笑って欲しいって、ミキ思うな」

響「えと、その……ありがとう?」

頭が回らなくなって、疑問形でお礼を言ってしまった。
でも美希は気にせず。

美希「あはっ!どういたしましてなの!」

そう言ってくれた。

響「けど、いきなり可愛いとか恥ずかしいぞ……」

異性に言われた訳でもないのにこんなに照れくさいとは。
それはきっと、美希の言葉が直球だったからだろう。
美希から顔を逸らしてそう言うと。

美希「照れてるのもかわいーの!」

抱きつかれた。

美希「しかもちっちゃいし……その割にスタイルいいし……可愛い!」

響「ち、ちっちゃいとか言うなー!」

気にしてる事を言われて反射的に言葉を返す。
しかし、抵抗虚しく。

美希「身長気にしてるのも可愛いの!」

美希の可愛い攻撃から逃れられなかった。
このままでは練習が進まない。
それに何より、抱きつかれたままでは落ち着かない。

響「もうっ!そろそろ続きを始めるぞ!」

そう言って、強制的に美希を引き剥がす。
それからの時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

【レッスン終了後、レッスン場】

練習が終わり、美希はもう帰り支度をしている。
その姿を見ながら、ふと思う。

響(今日も成功したとは言えないな……)

本来は誘う筈が、美希から誘われてなし崩し的に練習となった。
これでは目的が達成されていないではないか。

響(よし……明日、ご飯を一緒に食べないか訊いてみよう)

それで断られたらどうしようか、という怖さもある。

響(でも、自分から行かなきゃ!)

意を決して、美希の背に声を掛ける。

響「ねぇ、美希」

美希「どうしたの?」

響「あ、明日……あの、その――」

あと一歩だ。

響「明日!自分と、ご飯食べないか……?」

言えた。
対する美希は。

美希「明日かぁ……」

考え込んでいる。
もしかして嫌なのだろうか。

響(心臓が爆発しそう……)

ドキドキして、視界に美希以外が映っていない。

響(いくらなんでも緊張しすぎだろ……)

我ながら呆れる程に小心者だ。

響「どうかな……?」

待つ事が出来ずに、もう一度問う。
やがて、答えが出たのか。

美希「うん、いいよ。約束なの!」

了承してくれた。
その事に安堵する。

響「……うん!約束だぞ!」

美希「じゃあ、ミキは寄るところがあるからそろそろ行くね。また明日!」

響「あ……また明日ね!」

そう言って美希は去って行った。
一人残されたレッスン場で思う。

響「また明日……」

こんな挨拶は初めてだった。
今でこそ連絡先も分かっているが、貴音とはそんな感じではなかったし。

響「それに、約束……か」

また美希に会える。
明日の事を思うと、楽しみで仕方なかった。

【美希の相談、961プロ事務所・休憩所:貴音side】

美希「貴音、待った?」

椅子に座ってくつろいでいると、美希がやってきました。

貴音「いえ、それ程でもありませんよ。それに、これはわたくしが頼んだ事ですから」

美希「そっか。じゃあ、話していくね」

貴音「ええ。今日はどうでしたか?」

美希「今日はね……なんと、響と一緒にレッスンしたの!」

貴音「それは凄い進歩ですね」

初日に響が逃げた事を鑑みれば、一歩どころではない前進です。

美希「ミキも楽しかったの!響ってダンス上手なんだね」

貴音「ええ。響の踊りは見ていて心地よいです」

あの小さな体でよく動くものですから、とても元気よく見えるのです。
小さいと言うと、本人は怒るのでしょうが。

美希「それに、笑顔も可愛いんだね。知らなかったの」

貴音「笑顔、ですか?」

唐突な事に面喰っていると。

美希「うん!貴音も見た事あるでしょ?」

貴音「あるかと言われれば、何度か見た事もありますが……」

クールを気取っていた頃よりも、最近はよく笑うようになりました。
しかし、それを人の口から聞いたのはこれが初めてで。

貴音(だから、何だというのでしょうか……)

不意に湧きあがった、言いようのない感情に戸惑います。

貴音(これは一体……)

悩んでいると、美希が思い出したように口を開きました。

美希「あ、それとね」

貴音(今は、この事を忘れておきましょう)

そう考えて、美希の話に集中します。

貴音「なんですか?」

美希「あのね。明日、響と一緒にご飯食べる事になったんだ」

貴音「真ですか?」

美希「うん。響から誘ってくれたの」

貴音(それも、響からですか)

驚きです。
以前は同じテーブルにすら――いえ、これは置いておきましょう。
そんな事を考えていると。

美希「それで、貴音はどうするの?」

美希から質問が飛んできました。

貴音「どうする、とは?」

意図が掴めず、訊き返します。

美希「だから、一緒に食べないの?」

貴音「それは――」

確かに、三人が一同に会して食事を摂るというのは魅力的です。

貴音(ですが、今は響の友達作りが優先……そこにわたくしが入ってしまっては)

わざわざこんな相談をして貰う必要性がなくなります。

貴音(わたくしを通して友達になるのは簡単ですが……)

響⇔貴音⇔美希のような図になる事は望ましくありません。
理想は響⇔美希……となれば、わたくしの取るべき行動は一つ。

貴音「魅力的な提案ですが、わたくしは用事がありますので」

断る事としましょう。
後ろ髪引かれる思いですが、仕方ありません。

美希「そっか……」

貴音「その代わりと言っては何ですが、二人で楽しんで頂けるとわたくしも嬉しいです」

残念そうな美希にそう言います。
すると、美希は笑顔で。

美希「それはもちろんなの!今度は貴音も入れて三人でご飯食べようね!」

貴音「はい。いずれ必ず」

その時には、三人が共に友達となっているでしょう。

貴音(その時を、楽しみにしておきましょう)

そうして、今日の報告が終わりました。
一つだけ、不可解な感情を残して。

【同日の夜、電話口・貴音:響side】

明日の食事に貴音も誘っておこうと、電話を掛ける。
数コールの後、貴音が出た。

響「あ、もしもし貴音?」

貴音「響。どうしたのですか?」

響「ちょっとね。明日、美希と一緒に食事する事になったから、貴音もどうかなって」

すると、貴音は躊躇いがちな口調で。

貴音「お誘いは嬉しいのですが……わたくしは用事があるので行けないのです」

響「そっか……なら仕方ないね」

貴音「はい。申し訳ありません」

響「ううん。また今度、三人で一緒に食べようね」

そう言うと。

貴音「はいっ!その時が来るのをお待ちしております」

どうしてなのか、嬉しさと可笑しさの入り混じった声が返ってきた。

響(何かいい事でもあったのかな?)

考えても分からない。
そもそも、貴音は分かりにくいのだ。

響(もう夜も遅いし、長電話は駄目か)

そう気づいて、別れの言葉を切りだす。

響「それじゃあ、お休み。貴音」

貴音「ええ。よい夢を」

そうして、夜は更けていった。

【翌日、事務所・食堂】

いよいよ食事の時が来た。
朝のレッスンを終え、美希と合流してから席に着く。
そこまでは良かったものの。

響(ど、どういう話をすればいいんだ!?)

致命的な問題を忘れていた。
昨日のレッスンで少しは仲良くなれた、とは思うのだが。

響(レッスンで黙ってるのと、食事の場で黙ってるのは全然意味が違う!)

まさか、わざわざ二人一緒になって黙々とご飯を食べる訳にはいかない。
だからと言って話題を探してみれば。

響(今日はいい天気ですね?……今、それが重要か!?)

会話の糸口が全く掴めない。

響(貴音はあんな性格だから、食事中に会話がなくても違和感ないけど……)

元来饒舌ではない貴音との食事でならいい。
しかし、今目の前に居るのは美希なのだ。

響(気まずい……)

とはいえ、いつまでも黙っている訳にはいかない。

響(そうだ……おかずの事話題にすればいいじゃないか)

幸いにして、もうご飯はテーブルにある。
メニューは自分が焼き魚で、美希がオムライスだった。

響(そのオムライス美味しい?とかでいいんだ……変に意識するな、自分……)

一回流れが出来てしまえばそれで終わりだ。
最初の一歩が肝心なのだ。

響(よし……いくぞ!)

響「そのオムライスのお皿、可愛いね」

自分が最高にアホな事を理解した。
訊かれた本人は。

美希「お皿?別に普通だと思うけど」

響(ですよねー!自分が訊かれたってそう答えるよ!)

ここから如何に自然な会話にすればいいのだろう。

響(出だしから自然も何もないよ……)

そんな事を思っていると、美希から話題を提供してくれた。

美希「それより、響はお魚好きなの?」

響「特別に好きって訳でもないけど――」

そこまで言ったところで、はたと気づく。

響(いや、折角の話題を否定したらすぐに終わっちゃうじゃないか!)

美希「けど?」

タイミング良く美希が訊き返してくる。
今しかない。

響「えと、自分の地元も魚が美味しいから結構好きなんだ」

魚が好きなのか嫌いなのかどっちなんだ。

響(絶対アホの子だと思われてるぞ……)

だが、そこは気にならなかったようで。

美希「地元って何処なの?」

そう返ってきた。

響「お、沖縄だぞ」

響(よしっ!これで自分のフィールドだ!)

まさか地元の話題で詰まる事もあるまい。
この流れに感謝しよう。

美希「へぇ……沖縄って魚以外に美味しいものあるの?」

響(女の子同士だし……ゴーヤチャンプルーとかは避けた方がいいかな)

どうせならお菓子の話題にしておこう。

響「色々あるぞ。例えば、ちんすこうとか」

美希「ちんすこう……って名前しか聞いた事ないの。どんなの?」

正解だったようだ。
このまま興味を持ち続けてくれるといいが。

響「ちんすこうっていうのは有名な沖縄土産の一つだぞ。正直、味は普通のクッキーみたいなものだけど」

……事実とはいえ、興味をなくすような事を言ってどうする。
美希も案の定。

美希「そうなんだ……ちょっとガッカリなの」

響(ああぁぁぁ!話題を修正しないと!)

急いでもう一つのお菓子を引っ張り出す。

響「あ、でも!サーターアンダギーはお勧めだぞ!」

美希「サーターアンダギー?」

響「うん!簡単に言っちゃえばドーナツみたいなものなんだけど、揚げたてがすっごく美味しいんだ!」

美希「へぇ……食べてみたいかも」

これは好機だ。
お菓子を作って持って行くなんて、友達作りにはもってこいだろう。

響「あの……自分で良かったら作ってこようか?」

美希「いいの!?」

美希の目が輝く。

響「う、うん……美希が嫌じゃなかったらだけど」

美希「嫌なわけないの!ありがと、響!」

笑顔でお礼を言われる。

響「お、お安い御用だぞ!」

面と向かって言われて、少し照れてしまった。

美希「ふふふ……今から楽しみなの!」

その言葉に、自然と頬が緩むのを抑えられなかった。
少しずつだけど、友達になれているような気がする。

響(それにしても……)

今この場に貴音が居れば、もっと楽しかっただろうに。

響「それだけが、ちょっと残念かな……」

美希「どうしたの?」

響「いや、貴音が居たらもっと楽しかったのになって思って」

そう言うと、美希は拗ねたようになって。

美希「……響の浮気者」

……人生最大の汚点を引っ張り出してきた。

響「ちょっ!?それは忘れて!お願い!」

美希「ん~……どうしようかな~」

響「美希ぃ……意地悪しないでよぉ……」

思わず涙声になる。
すると、美希が慌てたように。

美希「わ、分かったから泣くのはやめて欲しいの」

響「……ホント?」

美希「ホントホント。その代わり、ミキのお願い聞いてくれる?」

響「で、出来る範囲でなら……」

どんな無理難題が飛び出すのか身構えていると。

美希「それじゃあ……ミキに美味しいサーターアンダギー作ってきて欲しいな」

響「え?そんな事でいいの?」

そもそも作ってくる気でいたのに、そんな条件でいいのだろうか。
あまりに簡単で、拍子抜けしてしまった。

美希「響こそ、そんな事言ってていいの?ミキ、ハードル上げたよ?」

思い返してみれば、確かに『美味しい』という条件がついていた。
しかし、サーターアンダギーなど失敗する事の方が難しい。

響(……まさか失敗しないよね?)

ここ一番で何かとやらかす自分なら、失敗できる自信がある。
そんなものは海に投げ捨てたかったが。

響「だ、大丈夫!……だよね?」

美希「いや、ミキに訊かれても困るけど……美味しかったら、忘れるのは考えてあげるね」

響「忘れてくれないの!?お願い聞くのに!?」

理不尽である。

美希「まあ、そんな事もあるよ。社会に出たら」

響「まだ出てない癖に社会を語るなー!」

美希「……あはっ!」

響「誤魔化すなー!」

騒がしくも賑やかに、昼食の時間は過ぎていった。

【同刻、961プロ事務所・食堂:貴音side】

わたくしは今、響と美希の視界から外れる位置に座って食事をしていました。

貴音(昨日は用事があると言って断ったものの……)

まさか本当に用事がある筈もなく。
響が心配で、こうして様子を伺っていました。

貴音(しかし、最初こそ気まずそうでしたが……)

美希が話題を振ってからは、慌てたり、照れたり、笑ったりと忙しそうにしていました。

貴音「楽しそう、ですね……」

ふと、呟きが漏れてしまいます。
変な気を回さずに、同席していれば良かったでしょうか。

貴音(いえ、これでいいのです)

本来の目的を見失ってはいけません。
三人で遊べる時間など、これからいくらでもあるのですから。

貴音(しかし……)

あの輪の中に入りたいと思ってしまいます。

貴音(それに……)

あれほど表情が変わる響を、わたくしと一緒の時には見た事がありません。

貴音(それも、わたくしが多くを語らない所為かも知れませんが)

例えば、わたくしが美希のように話したとして、響はあのような表情になってくれるでしょうか。
あまり自信がありません。
もう一度二人に目を向ければ、やはり談笑する姿がそこにあります。

貴音(わたくしも、美希のようになれたら――いえ、それも無理な話ですね……)

また、不可解な感情が顔を覗かせます。
それが何かは分かりませんが。

貴音(あの二人を、これ以上――)

見ていたくない事に気がついて。
それが受け入れられなくて、知らずに食堂を出ていました。

【夕方、961プロ事務所・廊下】

昼のレッスンを終え、美希からの報告を受ける時間となりました。

貴音「だと言うのに、何をしているのでしょうか……」

何故か美希と会いたくなくて、当て所なく廊下を歩いています。

貴音(こちらが頼んだ事です。わたくしから断る訳には参りません)

自分に言い聞かせ、休憩所に向かいます。

貴音(……これでは美希に失礼ですね)

会う理由を作るという行為が、美希に合わす顔を取り去っていくような気がしました。

【移動後、961プロ事務所・休憩所】

休憩所に来てみると、既に美希はテーブルに着いていました。
席に近づき、声を掛けます。

貴音「待たせてしまいましたか」

美希「ううん。ミキもさっき来たところだよ」

貴音「申し訳ありません。美希には面倒を掛けますね」

美希「そうでもないよ?貴音と話せてミキも楽しいの」

貴音「そう……ですか」

自分が楽しみにしていなかった事に、後ろめたさを感じてしまいます。

貴音(恥ずかしい人間ですね、わたくしは……)

美希「貴音?」

物思いに耽っていると、美希から呼ばれました

貴音「どうかしましたか?」

美希「いや、何だかボーっとしてたみたいだから」

貴音「いえ、何でもありませんよ」

この感情を悟られる訳にはいきません。
そう思ってはぐらかします。

美希「ならいいけど……そうそう、今日の話をするんだよね」

貴音「ええ。お願いします」

一部始終を見ていたとはいえ、会話内容までは分かりません。

美希「昨日も話した通り、一緒にご飯食べたんだけどね――」

貴音「成程、いきなりお皿の話になったと」

未だに空回りしているのでしょうか。
少しは改善されたかと思いましたが。

美希「そうなの!『お皿が可愛いよね』って訊いてきてね」

貴音「それは反応に困りますね」

美希「全くなの!あ、そうだ」

貴音「どうしました?」

美希「響がね。今度、サーターアンダギー作ってくれるって!」

貴音「それはまた……」

こちらの予想よりも、友達作りは順調なようです。

美希「今から楽しみで仕方ないの!」

美希は無邪気にはしゃいでいます。
余程、手作りのお菓子が嬉しいのでしょうか。
それとも。

貴音「響が心を開いてくれて嬉しい……と、いったところですか?」

美希「うん!貴音にはそういうのお見通しだね」

貴音「そうでもありませんよ」

本当にお見通しだというのならば。

貴音(この気持ちの正体も暴けるでしょうに……)

『響がお菓子を作ってくれる』と美希から聞いた時。

貴音(『どうして美希にだけ……』などと思ってしまったのでしょうか……)

わたくしはそんなに卑しかったでしょうか。
お菓子が食べたいのなら、買えばいいだけの事ではありませんか。

貴音(分かりませんね……)

自分で自分が分からないなんて、これまではありませんでした。
そんな事を考えていると。

美希「それでね。響が――」

まだ話し足りないとばかりに、美希が口を開きます。
飛び出すのは響の話題ばかり。
それも、わたくしの知らない響の。

貴音(身勝手も甚だしいですが……)

これ以上、聞きたくないと思ってしまいました。

貴音「……申し訳ありません、美希。続きはまたの機会に」

美希の話を遮り、席を立ちます。

美希「何か用事?」

貴音「ええ、まぁ……とにかく、これで失礼します」

美希「あ、貴音――」

美希の声を振り切って、休憩所から出ます。
数歩歩いたところで、後ろから『ヘンな貴音……』という声が聞こえてきました。

貴音(それは分かっているのです……しかし……)

どうして変になってしまっているのか。
その答えは、未だに見つからないままでした。

【夜、響宅:響side】

響「作るのはもうちょっと後になっちゃうかな……」

『作ってくる』と言ったはいいものの、材料の事をすっかり忘れていた。

響「明日に材料買って作るから、完成は明後日だな」

美希が楽しみにしてくれている。
食べた時の『美味しい』という言葉を想像するだけで、心が躍るようだ。

響「貴音にも持っていってあげないと」

しかし、ここ最近貴音の姿を見ない。

響「電話掛けてみるかな……」

携帯を取り出し、貴音の番号を呼び出す。
程なくして、貴音の声が聞こえてきた。

響「あ、もしもし貴音?今いいかな?」

貴音「はい、構いませんよ」

響「ありがと。そういえば、最近会ってないよね」

サーターアンダギーの話だけで終わるのも味気ないと思い、世間話を切り出す。

貴音「そうですね。響の方は……順調のようですね」

貴音の言葉に少しの間が空く。
何か気になる事でもあったのだろうか。

響(今はいいか。それより、お菓子の話しないと)

響「まあね。それで今度、美希にサーターアンダギーを作っていくって話になってね――」

そこまで言ったところで、貴音が割り込むように話してきた。

貴音「……響。少し、急用が出来ました」

響「え、そうなの?」

貴音「はい。なので、話はまた今度にお願いします」

響「あ、うん。分かった。じゃあまたね」

貴音「ええ、おやすみなさい」

短い言葉を残して、電話が切れる。
肝心の要件は何も伝えられなかった。

響「仕方ない。明日、貴音を探して伝えよう」

そう考えて、布団をかぶる。

響「おやすみなさい」

誰にともなく、そう呟く。

響(貴音にぐらい、言っておけばよかったな……)

聞く人の居ない言葉が虚しく消えて、眠気が襲ってきた。

【二日後の昼下がり、961プロ事務所・廊下】

昨日に貴音を見つけよう、という目論見は失敗に終わった。
どうしてなのか、あれから携帯も繋がらず、本人も見つからないままなのだ。

響「携帯ぐらい繋がってもいいのに……」

あまり日を置いては、サーターアンダギーが湿気てしまう。
湿気たそれなんて市販品だけで十分だ。

響(外がサクサクなのが美味しいのに)

だが、見つからないものは仕方がない。
諦めて美希を探すことにした矢先に。

響(あの金髪は……)

間違いない。美希だ。

響「おーい、美希!」

呼び掛けると美希がこちらを振り向いた。

美希「あ、響!一日ぶり?」

響「んー……まあ、そうかな?それより、これ」

そう言って、手に持っていた袋を差し出す。

美希「もしかして、サーターアンダギー?」

響「そうだぞ。材料が無かったから、遅くなっちゃったけど」

美希「作ってくれるだけでも嬉しいの!ねぇねぇ、早速食べてもいい!?」

散歩を期待する犬のようだ。
だが、それだけ期待されていたと思うと嬉しくもある。

響「ここで食べる訳にもいかないでしょ?休憩所にでも――」

そう言おうとして目を向けると、美希が居ない。
代わりに遥か先から。

美希「響遅いよー!早く行こっ!」

元気な声が聞こえてきた。
なんだか子供っぽい。

響「ちょっ!?置いてかないでよー!」

自分の声も、心なしか弾んでいた。

【移動後、961プロ事務所・休憩所】

響「全く……少しは落ち着いたらどうなんだ?」

跳ねるように休憩所へと向かった美希に追いつき、言葉を掛ける。

美希「ふぉんなふぉほひはへへほ」

響「もう食べてるし……」

『そんな事言われても』と言いたかったのだろうが、モサモサと詰め込まれた口はそこまで器用ではなかった。
が、今はそれより大事な事がある。

響「そ、それで……味はどうかな……?」

料理の評価なんて気にしない、とか。
美味しい筈だから大丈夫、とか。
そんな心構えがあっても、人から感想を貰うのはドキドキする。

美希「ふぅ……ねぇ、響」

響「は、はい」

やああって、飲み込んだ美希が深刻そうに話し始める。

響(ま、まさか美味しくなかったか?)

いや、こんな単純な料理を失敗する筈がない。
何度も作った事があるのだから尚更だ。
そうやって、動揺を抑えていると。

美希「これ……すっごく美味しいの!」

響「よかったぁ……」

美希の言葉に安堵する。

美希「また作って欲しいな。あ、でも――」

響「え!?何か至らないところでも!?」

失敗した部分でもあるのだろうか。
初めて手料理を振る舞うとはいえ、さっきから慌ただしい事この上ない。
しかも敬語になってるし。

美希「いや、そういうんじゃなくてね。今度はミキの番かなって」

響「はい?」

美希の番、とはどういう事だろうか。
分からないので訊いてみると。

美希「んーとね。今度はミキがおにぎり作ってこようと思って」

響「おにぎり?」

『サーターアンダギー=おにぎり』なのは何故だろう。
首を傾げていると。

美希「言ってなかったっけ?おにぎりはミキの大好物なの」

美希「それで、このお礼におにぎり作ってきたいんだけど、どうかな?」

響「そういう事なら大歓迎だぞ!」

いや待て。
お返しを大歓迎と言うのはどうなのだろう。
まだ正式には友達ではないんだ。

響「あ、いや……小歓迎?」

一気に失礼さが増した気がする。

響「でもなくて……えっと――」

空回りの見本が出来上がっている。
そんな自分を見て、美希は。

美希「難しく考えなくていいんだよ?響がミキにしてくれたのと似たようなものなの」

それはつまり、仲良くなる布石的なものという事だろうか。

響(そう考えると、自分って打算的だな……)

軽く自己嫌悪。

響「何ていうか……ごめん……」

そして、勝手に謝っていた。

美希「響は時々分かんなくなるの」

響(ごもっともです……)

美希「まあ、何で謝ったかはこの際どうでもいいとして」

響「まあ、そう……なのかな?」

美希「そうなの。で、おにぎりの話に戻るけど」

響「うん」

あれだけのやり取りで貴音と友達になった理由が分かった気がした。
当の本人は、そんな事を考えて行動してる訳じゃないだろうけど。

美希「折角だし、皆で食べようと思うんだけど、どう?」

響「それはいい案だと思うけど……」

何故かここ二日間、貴音と連絡がつかない。
その事を美希に話すと。

美希「あー……じゃあミキから話しておくね、と言いたいところだけど――」

ミキにも連絡つかないんだよね、と零す。
どうするのか途方に暮れていると、美希が口を開いた。

美希「でも、何となく当てはあるからミキが話しとくよ」

響「ホントか?なら、これもついでに渡しておいてくれないか?」

そう言ってきた美希に、もう一つのサーターアンダギーの包みを渡す。
美希が受け取って、自信ありげに頷く。

美希「お任せなの。響には段取りが決まってから連絡するね」

そこではたと気づく。
連絡手段を持っていない事に。

響「……どうやって?」

美希「……そういえば、番号教えてなかったの」

美希もそれに思い至ったようだ。
慣れた手つきで、ポケットから携帯を取り出している。

響「え!?今、交換するの!?」

美希「そうだけど?」

それを見て慌てる。
番号交換なんて、友達同士でやる事だ。

響(でも、友達になる為にする人もいるみたいだし……)

どっちが正解なのか分からない。

響(友達→交換か?それとも、交換→友達なのか?)

順序がこんがらがってくる。
混乱していると。

美希「響、携帯出して」

そう催促された。

響「あ、はい……どうぞ……」

両手を添えて、献上するように差し出す。

美希「……何してるの?」

響「……何してるんだろう?」

自分でも分からない。

美希「ミキに訊かれても困るの」

響「うん、だよね……まあその、間違えたって事で……」

どう間違ったら携帯が貢物になるというのか。
気を取り直して赤外線の準備をする。

美希「準備出来た?」

響「出来たぞ」

美希と携帯を突き合わせ、交換を完了させる。

響(これ、友達のカテゴリでもいいよね)

そんなにチマチマした事をするぐらいなら、さっさと友達になればいいものを。
まあ、それが出来たら苦労しないが。

美希「よしっ!これでオッケーなの!」

そう言って、美希が携帯を仕舞う。
同じように自分も仕舞って、立ち上がる。

響「自分はそろそろ帰るね」

美希に声を掛けて、出口へ向かう。

美希「うん。後で連絡するね」

響「頼んだぞ!じゃ、また明日!」

自分で口にしておいて少し恥ずかしい。
それでも。

美希「また明日!じゃあね、響!」

『また明日』と返ってきたのが期待通りで嬉しくて。
一人、上機嫌で帰路を辿る。
その途中で、ふと思い出した。

響「そういえば……あれ、忘れてくれるのかな」

浮気者の件をすっかり失念していた。

響「……ま、いっか」

美味しいと言ってくれただけで、満足だった。

【同日の夜、961プロ事務所・仮眠室:貴音side】

貴音「もうこんな時間ですか……」

そう呟いて、体を起こします。
カーテンで仕切られている為、人に見られる事もあまりありません。
そういった事から、二人に会わないようにここを利用していました。

貴音(とうとう約束を違えてしまいました……)

昨日は美希に会わないように過ごしました。
それはつまり、こちらが頼んだ報告もすっぽかした事に他なりません。

貴音「はぁ……」

つい、溜息を吐いてしまいます。
行動の動機がはっきりしない事が、これほど憂鬱だとは思いませんでした。

貴音(しかし、二日続けて不義理を重ねる訳にも……)

この上、待ちぼうけまでさせてしまっては立つ瀬がありません。

貴音「……参りましょうか」

眠った筈なのに、酷く疲れているように感じました。

【移動後、961プロ事務所・休憩所】

美希「やっと来たの」

案の定、美希は待っていてくれたようでした。
それが余計に、わたくしの気を重くさせます。

貴音(ですが、非はわたくしにあるのですから……謝罪しなければ)

そう思って、頭を下げます。

貴音「申し訳ありません……昨日は、その――」

負い目を感じてしまって、覇気のない声になります。
対して、美希は何を気にする風でもなく。

美希「うん?ああ……昨日はミキも響と会ってないし、別に気にしてないの」

貴音「そうなのですか……?」

拍子抜けです。
少なからず、怒っているかと思っていました。

美希「そんな事より、はいこれ」

そう言って、何かの包みをこちらに渡してきました。
咄嗟に受け取ってしまいましたが。

貴音「あの……これは?」

何か分からなくて、美希に訊きます。

美希「サーターアンダギーだよ。響が作ってくれたやつ。美味しいよ?」

貴音(響が……)

貴音「そう……ですか」

あまりの嬉しさに、つい包みを抱き締めてしまいました。

貴音「ありがとうございます」

美希「お礼は響に言ってあげて」

貴音「そうでしたね……次に会った時には、必ず」

その決意がいつ固まるのかは分かりませんが。

貴音(これでは、人の事は言えませんね……)

響に助言をしていたのは、一体どこの誰だったでしょうか。
そんな事を考えていると。

美希「そうそう。次の機会で思い出したけど、今度ピクニックする事になったの」

貴音「は……?」

突飛な話題に困惑します。

貴音「あの……ぴくにっくとは一体……?」

美希「まあ、ピクニックはミキが勝手に考えた事なんだけど」

そう前置きして話し始めます。

美希「響がお菓子作ってくれたお礼に、おにぎり作っていく事になってね」

美希「それで、ちょうどいいからお出かけしようと思って」

貴音「はぁ……そうですか」

理解が追いつきません。

美希「なに他人事みたいに言ってるの?貴音も参加するんだよ?」

貴音「はい!?」

わたくしの参加も、決められていました。
しかし、事が事だけに慌ててしまいます。

貴音「ま、待ってください!わたくしもですか!?」

三人で会う事を嫌がっている自分が居ます。
それこそが最終目標だった筈なのに。

美希「友達なんだし、当たり前だと思うな。それとも嫌なの?」

貴音「いえ、その……」

会いたい、けれど会いたくない。
相反する気持ちがあって、どうすればいいのか見当もつきません。
狼狽えていると。

美希「……前にも言ったけど、貴音って最近ヘンだよね」

美希がそんな事を言い出しました。

貴音「変、ですか?」

美希「そう。携帯の電源も切っちゃってさ。まるで、ミキ達に会いたくないみたいだよ?」

貴音「そんな事は……!」

ない、と言い切れるでしょうか。
何とか反論しようと言葉を探していると、美希は続けざまに言い放ちます。

美希「隠してもダメ。今日もここに入ってきた時、『見つけちゃった』みたいな顔してたの」

美希「それに、いつもと違って元気もないし……何かあった?」

貴音「それは――」

隠し通せませんでしたか。
この失礼な感情は、表に出すまいとしていたのですが。

貴音「申し訳ありません……わたくしにも、何が何やら……」

未だに正体不明なこの気持ち。
恥を忍んで、美希に訊いてみるべきでしょうか。

貴音(いえ、それで分かる筈もないでしょう……)

そう思いとどまったところで。

美希「ふーん……貴音は分かんないんだ」

意味ありげに、美希が言います。

美希「まあ、何となくそうかなって思ってたけど。貴音ってば、するよりされる方だし」

勝手に話が進行していきます。

貴音(する?される?一体何なのでしょうか……)

貴音「美希は、何か知っているのですか?」

そう訊くと、美希はこちらを向いて。

美希「今の貴音の気持ちでしょ?よく知ってるよ、それ」

と、何でもない事のように言います。

貴音「真ですか!?ならば是非、教えて頂けませんか!?」

答えが降って湧いたようで、落ち着きをなくしてしまいました。
しかし、美希は意地悪そうに笑うと。

美希「だーめ」

と言って、ひらりと質問をかわしてしまいました。

貴音「……何故ですか?」

いつまでも取り乱してはいられません。
深呼吸して、そう問います。

美希「なんでって……これは貴音が気づかないとダメだからだよ」

貴音「そんな事を言わず、どうか教えてくださいませんか?」

すると、美希は顎に手を当てて首を傾げます。
程なくして。

美希「無理かな。一言で伝わるものでもないし」

突き放されたような錯覚に陥ります。
一筋の光明が途切れたような。
やっと出来た活路が閉ざされてしまったような。

貴音「そんな……では、わたくしはどうすれば……」

落ち込んでいると、『しょうがないなぁ』という声がしました。
顔を上げると。

美希「じゃあ、ヒントなの」

こちらを見た美希が言います。

貴音「ひんと、ですか……?」

美希「うん。あのね、別に相手を好きじゃなくてもいいんだよ」

貴音「それは、どういう意味でしょうか?」

美希「つまり、一つだけの気持ちじゃないのもあるって事……かな」

貴音「あの……余計に難しくなったのですが……」

そう言うと。

美希「これ以上は無理なの」

にべもなく返されます。
しかし、何かに気づいたように一言だけ。

美希「そうそう。響と貴音って似てるよね」

貴音「似てる……?どこがです?」

正直なところ、正反対だと思うのですが。

美希「どこって……そんなの、不器用なところに決まってるの」

貴音「不器用……ですか」

言われてみれば、そうなのかもしれません。
自分の感情さえ、持て余しているのですから。

貴音「まあ、そうなのかもしれませんね……」

美希「それでも」

美希は笑って。

美希「不器用なりに向き合ってくれるだけでも、嬉しいって思うな」

そう呟きます。
その表情は、どこか寂しそうでした。

貴音「美希?」

美希「あ、ううん。何でもない」

何でもない事はないのでしょうけれど。

貴音(あまり追及するのも、よくないですね……)

そう思っていると。

美希「さてと……この話はこれでおしまい」

美希が話題を変えました。

美希「ところで貴音。明日は空いてる?」

貴音「唐突ですね……空いてはいますが」

明日は休日です。
何かあるのでしょうか。

美希「じゃあピクニック行けるね」

貴音「その話ですか!?」

随分と話が巻き戻っていたようです。

美希「うん。来てくれるよね?」

貴音「しかし、まだ心の準備が……」

そう美希に言うと。

美希「そんな事はどうでもいいの」

貴音「どうでもいい……」

少しだけショックを受けます。

美希「とにかく、貴音は参加決定なの。今日の答えが知りたいなら尚更ね」

貴音「み、美希?それは一体――」

美希「響にはミキから連絡しておくから安心していいよ。あと、明日は昼に事務所前集合なの!じゃあね!」

半ば強引に、話を打ち切られてしまいました。
美希は駆け足で事務所を出て行きます。

貴音「どうしましょう……」

一人取り残された休憩所で思います。
美希は『答えが知りたいなら尚更』と言いました。

貴音「全てがはっきりするのでしょうか……」

美希の口から自分の知らない響が出るだけで、話を終わらせたり。
響の口から美希の話題が出ただけで、通話を切ってしまったり。

貴音「この気持ちに説明がつくのなら……」

踏み出さねばなりません。
かつて、わたくしと友達になってくれた響のように。

貴音(何だか、美希に見通されているような気がしますね……)

いつかの美希の言葉を思い出しながら、家路に就きました。

【夜、響宅:響side】

響「まだかな……」

『連絡する』と言われたので、携帯と向き合って待っていた。
ベッドの上で。
しかも正座で。

響「そろそろかも……」

携帯を手に取る。

響「いや、もう少し待とう」

携帯を置く。

響「やっぱり、そろそろ……」

手に取る。

響「いやいや、落ち着け自分」

置く。
そんな事を一分刻みで続けていた。

響「足が痺れてきた……」

家に帰るなり正座していれば、至極当然である。

響「はぁ……自分、何してるんだろ」

取り敢えず、足を崩そう。
そう思い立ったところで、携帯が音を発した。

響「来たっ!」

身を乗り出して、携帯を取る。
しかし、痺れた足の事を失念していた所為で。

響「――わぷっ!?」

顔から布団に突っ込んでしまった。

響「うぅ……ついてない……」

体を起こすのは諦め、通話ボタンを押す
すると、待ち望んだ声が聞こえてきた。

美希「あ、もしもし響?」

響「美希!ずっと待ってたぞ!」

飼い主の帰りを待っていた犬のようなテンションになってしまった。

美希「ずっと?」

疑問を抱いたのか、そう言ってくる。
しかし『携帯電話とお見合いしてました』なんて、恥ずかしくて言えたものではない。
そんな事を言えば笑われるに決まっている。

響(少なくとも、自分だったら大爆笑だぞ……)

響「ああ、いや。こっちの話。で、貴音とは会えたのか?」

美希「うん、会えたよ。ちゃんと来てくれるって」

響「よかった……あ、そうだ。アレ渡してくれた?」

サーターアンダギーの事が気掛かりで、そう訊いてみる。

美希「それもバッチリだよ。お礼は貴音から直接聞いてね」

響「分かった。ありがとな、美希」

美希「どういたしまして。それで、詳しい話なんだけど――」

美希が明日の予定について話し始めた。

響「じゃあ、明日の昼頃に事務所に集合してからなのか」

美希「うん。どこに行くかはまだ決めてないんだけど……」

その言葉を聞いて、ある場所が頭の中をよぎった。
以前、貴音と友達になったあの広場。
あそこなら、勇気を貰えそうな気がする。

響「なら、自分がいい場所知ってるぞ」

美希「そう?じゃあ、そこにしよっか」

響「分かったぞ。えと、それじゃあ……」

電話を切るタイミングが見つからない。
思えば、貴音以外の電話は初めてなのだ。

響(ここで切ってもいいのかな?でも、何だか事務的な感じもする……)

用件だけ伝えて終わりでは、どうにも他人行儀な気がしてならない。

響(説明書に書いといて欲しいぞ……)

無茶な話である。
そんな事を考えていると。

美希「それじゃあ、おやすみ響。また明日ね」

向こうからそう言われた。

響「あ、うん……おやすみ。また明日」

挨拶を返して、通話を終了する。
これでよかったのだろうか。

響「そっか……また明日も会えるもんね」

だから、今だけにこだわらなくてもいいんだ。
そう考えると、一気に楽になった。

響(これで終わりにしない為にも、明日こそ……!)

友達になってください、と言おう。
そう決意して、布団に入った。

響「おやすみ……」

また、誰にともなく呟く。

響(いつか……お泊りでも出来たら――)

まだ見ぬ未来に思いを馳せつつ、眠りに落ちていった。

【翌日の昼、961プロ事務所前:貴音side】

言われた通りに事務所の前で待っていると、美希がやって来ました。

美希「貴音、もう来てたんだ」

貴音「ええ。今日、答えを教えてくれるという話でしたから」

挨拶もそこそこに、本題を切り出します。
しかし、美希はまたしても。

美希「ミキは教えないよ。貴音が気づかないとダメって言ったでしょ?」

頑なに、教える事を拒否します。
『いい加減にしてください』と言おうとしたところで。

響「お!二人とも早いな!……どうかした?」

響が到着しました。
わたくし達の微妙な空気に気づいてか、そう問うてきます。

美希「ううん、何でもないの。じゃあ響も来たことだし、そろそろ行こっか」

そう言って、美希が響の右隣に並んだのを見て。

貴音「……そうですね。では参りましょう」

わたくしも左隣に並びます。
すると、響が困ったような声をあげました。

響「あの……貴音?」

貴音「どうかしましたか?」

響「いやその……近すぎない?」

貴音「あっ……申し訳ありません……」

見れば、胸が響の肩に当たるような位置に立っていました。
それに気づいて、慌てて距離をとります。

響「まあ、気にしてないからいいけどね。それじゃあ行こうか」

美希「レッツゴ―なの!」

美希の掛け声と共に、歩き出します。
しかし、またしても響が困ったように。

響「あのさ、美希」

美希「なあに?」

響「それ、歩きにくい……」

何事かと思えば、美希が響の腕に抱きついていました。
当の美希は。

美希「えー?いいでしょ?」

響「よくない」

美希「こっちの方が楽しいよ?」

そう言って、離れようとしません。
響は諦めたのか。

響「はぁ……もう勝手にして……」

美希「さっすが響!太っ腹なの!」

響「誰が太っ腹だー!」

そう言って、そのまま歩いています。
それを見て。

貴音(わたくしも――)

腕を組もうとして、響の左腕に手を伸ばします。

貴音(あ……)

『近すぎる』という言葉を思い出して、そのまま手を引っ込めます。

貴音(いえ、そもそも……)

身長差も考慮すれば、響と腕を組むのは諦めるべきでしょう。
響からそうしてくれるのであれば別でしょうが。

貴音(そうです……仕方ないのです)

無理やり自分を納得させて、二人に続きます。
伸ばしきれない右手が、ひどく寂しく感じました。

【移動後、某広場・木陰のベンチ】

響が連れてきたのは、かつての思い出の地でした。

響「到着だぞ!」

美希「へぇ……いい所だね、ここ」

美希が感嘆の声を漏らします。

響「そう言って貰えると嬉しいぞ」

貴音「ええ。わたくしもです」

そう言うと、美希が不思議そうな顔で問うてきました。

美希「なんで貴音が嬉しくなるの?」

響「それは――」

貴音「それは、ここは響とわたくしが初めて友達になった場所だからですよ」

自分でも分かりませんが、響の言葉を遮って美希に話していました。
しかし、この説明をすると少しだけ。

貴音(何故でしょうか……心が晴れるような……)

未知の感覚に戸惑っていると。

美希「なるほど、思い出の場所なんだね。それにしても……」

貴音「どうかしましたか?」

美希「ここまで来ても、まだ分からないのかなって思って」

含みのある笑みでそう言います。
それが、無性に苛立ってしまって。

貴音「……美希。答えをはぐらかすのはやめて頂けませんか?」

低い声で、そう言ってしまいました。
美希も美希で、黙ったまま何も言いません。
そんな状態を見かねたのか。

響「……二人とも、今日はちょっとおかしいぞ」

そう言われて、我に返ります。

貴音「あ……そうですね。申し訳ありません」

美希「……そうだね。ミキも悪かったの」

陰鬱とした雰囲気になってしまいました。
響はそれを取り払うように、明るい声をあげます。

響「あーもう!この話はこれで終わり!」

美希「……うん!それじゃあ、早速食べよっか!」

と、美希がバスケットの蓋を開けようとした時。

響「ちょ、ちょっと待って!」

響がそれを制します。

美希「どうしたの?」

響「えと、その……あの……」

貴音(これは……以前と同じですね)

響から歩み寄ってくれたあの時と同じ雰囲気です。
これから、美希に『友達になって欲しい』と言うのでしょう。
それを察して、一歩引きます。

貴音(大方、『友達じゃない人の食べ物は受け取れない』とか、そんな考えなのでしょうけれど)

これほど先の見える展開も、なかなかありません。

貴音(本当に、不器用ですね……)

見守っていると、とうとう響が美希に告げました。

響「あのっ!自分と友達になってください!」

その言葉を受けた美希は『訳が分からない』とでも言うように。

美希「え?」

と、返しました。

貴音(まあ、友達だと思っていた人に言われればそうなるでしょうね)

しかし、響は拒否されたと勘違いしたのか。

響「ううぅぅぅ……やっぱり嫌なのか……?」

涙目になっています。
それを見て、美希は笑い出しました。

美希「ぷっ……あははははっ!響ったら面白いの!」

響「なっ!?自分、真剣なんだぞ!なのに……」

美希「ご、ごめ――あ、やっぱりダメなの!あはははは!」

響「もー!真面目に聞いてよー!」

ひとしきり大笑いした後、一つ息を吐いて話し始めます。

美希「ふぅ……それで、何の話だっけ?」

響「だから友達の話だってば!」

美希「それなら、もうとっくに友達のつもりだったんだけどな」

響「え?」

美希「そもそも、ミキは友達じゃない人とご飯とか食べないの。響は食べるの?」

響「それは……食べないけど」

美希「でしょ?なのにいまさらそんな事言うとか……わ、笑わせにきてるとしか――」

美希が笑いを堪えているのを見て、響が恥ずかしそうに言います。

響「や、やっぱり今のナシ!ノーカンにしよう!」

美希「あはっ!響が照れてるの!」

響「うわっ!?抱きつくなー!」

美希が飛びかかるように抱きつきます。
響もなんだかんだと楽しそうです。

貴音(予想通り、といったところですね)

はしゃぐ二人を見て、安心します。

貴音(しかし……)

これで目標は達成されて、嬉しい筈なのに。
そうなるように、自分も協力していたというのに。

貴音(どうしてこんなにも、胸が苦しいのでしょうか……)

二人の笑顔が遠く思えて。
響が去っていってしまうように思えて。

貴音(それだけは……嫌です)

離れたくない。
傍に居て欲しい。
そう思えば思うほど。

貴音「――そこから離れてください、美希」

湧きあがる気持ちを、抑えられませんでした。

響「た、貴音……?何だか怖いぞ……」

響の怯えた声を聞いて、自分の言葉の冷たさに気づきました。

貴音「あ……美希、これは――」

美希「……ねぇ貴音、もう分かってるんじゃないの?」

いつの間にか響から離れた美希が、こちらに向き直って言います。
その表情は、わたくしの心を見通しているようで。

貴音「また……そうやってはぐらかすのですね」

やはり、苛立ってしまいます。
しかし、美希は決意したような声色で。

美希「……なら、教えてあげる」

そう言ってきました。

貴音(誤魔化してきた割には、すんなりと教えてくれるのですね……)

美希を見てみれば、何故か不安げな表情をしています。

貴音(どうして、美希が……?)

やがて、美希が口を開きます。
そこから出た言葉は、わたくしの予想を遥かに超えていました。

美希「……貴音はね、ミキの事が嫌いなんだよ」

貴音「な……!?それは違います!」

否定しても、美希は不安そうな表情のまま。

美希「……じゃあ、貴音はミキをどう思ってるの?」

そう問うてきます。

貴音(わたくしは……)

美希が嫌いなのでしょうか。

貴音(……違います)

なら、好きなのでしょうか。

貴音(好きな筈、です……なのに……)

確信を持てない自分が居ます。

貴音(では、どう思っているのでしょうか……)

どれだけ考えても答えが出ません。
そんな、どっちつかずで、曖昧で、不可解な気持ちに悩み続けて。
気づけば、美希に全てを吐き出していました。

貴音「わたくしは、貴女を好いている筈なのに……」

もう止められません。
美希は、じっとこちらを見たまま黙っています。

貴音「なのに、貴女が嫌いな自分も居て……それを認められなくて……」

貴音「貴女の言う通り、いっそ、嫌う事さえ出来たのなら……!」

そうです。
美希が居なければ。

貴音(そうなったのなら、わたくしが……)

響の隣に居て。
響から笑顔を向けられて。
響と楽しい時間を過ごしていた筈なのですから。

貴音(それでも……)

それは自分には出来ない事で。
美希は、自分に無いものを全部持っているから。

貴音「わたくしは楽でしたのに!なのに何故、貴女に憧れてしますのですか!?」

貴音「どうしてっ……!貴女のようになりたいと、思ってしまうのですか……?」

依然として黙ったままの美希に、縋るように問い掛けます。
返ってきた言葉は。

美希「それが嫉妬だよ。貴音」

いつか、聞いた事のある感情の名でした。

貴音「嫉妬……」

美希「分からない?今の貴音って、前に響が『浮気者!』って言った時と同じ気持ちなんだよ?」

貴音「あの時の響と同じ……」

あの時、響は何を言っていたでしょうか。

貴音(確か――そう、わたくしが取られそうだと)

わたくしにしてみれば『響が取られそう』という事で。

貴音(その時の響もきっと――)

美希と談笑するわたくしを見て。

貴音(美希のようになれたらと、憧れたのでしょうね……)

その響と同じ気持ちなら。
この不可解な感情の名前こそが。

貴音「成程……これが、嫉妬ですか……」

今なら、よく分かります。

貴音(かつて、響が逃げ出した時も)

わたくしと美希が食事をした、と話した時でした。
それと同じように、わたくしもまた。

貴音(響の口から美希の話題が飛び出すのを受け入れられず、電話を切ったりしましたね……)

用事もないのに、美希からの報告を切り上げた事もありました。
彼女たちが食事中に談笑しているのに耐えられず、食堂から逃げ出したりもしました。

貴音(それもこれも、全ては嫉妬していたから……)

だから、我慢できなかったのだと。
今更ながらに気づきました。

貴音(そうと分かれば、今日のわたくしの行動も……)

響に必要以上に近づいたり。
美希に冷たい言葉を浴びせたり。

貴音(美希がわたくしを不器用だと評したのも、あながち間違いではなかったという事ですか……)

あながちどころか、見事に的を射ていた訳ですが。

美希「納得した?」

過去を振り返っていると、美希の声が聞こえました。

貴音「ええ……」

貴音(しかし、美希には酷い事を言ってしまいましたね……謝罪しなければ……)

そう思っていると、美希は何事もなかったかのように。

美希「じゃ、問題解決って事でご飯にでも――」

貴音「ま、待ってください!」

さっきの話を流すので、思わず制止してしまいました。

美希「どうしたの?」

貴音「いえ、その……許してくださるのですか?」

美希「許す?何を?」

全く分からない、といった様子で首を傾げています。
その美希に、恐る恐る話を切り出します。

貴音「その……先程、貴女に八つ当たりしてしまった事です」

美希「ああ……さっきの事気にしてるんだ?」

ようやく思い至った美希に、謝罪の言葉を言おうとしたところで。

貴音「ええ。あのような振る舞いをした事、どうか――」

美希「そんなの、許す許さない以前にそもそも怒ってないよ?」

心底どうでもいい事のように、そう言われました。

貴音「え……?」

美希「だって、友達ならそういう事もあるでしょ?」

貴音「そう……なのですか?」

嫌いだ何だと、好き勝手に言い募る事があるのでしょうか。

美希「うん。『純粋に好き』なんて気持ちはないんだから、ちょっと相手を嫌いでもいい――って、前にもこんな事言ったっけ」

貴音「そう言って頂けるのは嬉しく思います……しかし、それではわたくしの気が――」

どうにか、一言謝りたい。
が、それが彼女の気に障ったらしく。

美希「あーもう!貴音ってばしつこいの!」

美希「ミキがいいって言ってるんだからそれでいいの!友達なんだし!分かった!?」

声を荒げてそう言います。
しかし、この時ばかりはわたくしも意地になっていたのか。

貴音「ですから、それではわたくしの気がすまないと言っているのです!どうか一言だけでも謝罪を――」

こちらも声を荒げてしまいます。
今にして思えば、完全に目的を履き違えていました。
謝罪の為に相手を怒らせるなど、本末転倒もいいところです。

美希「だから要らないって言ってるの!それとも何?ミキと友達なのは嫌なの?」

貴音「そんな事はありません!ですが……」

美希「ですが、何なの?」

わたくしがトーンダウンした為か、美希も幾分か落ち着いた様子で問うてきます。

貴音「こんな……嫌いなどという気持ちを持っていては、貴女に申し訳なくて――」

美希「あー……そこかぁ……」

どうしてなのか、美希が妙に納得した声で呟きます。

美希「はぁ……まったく、貴音はホントに不器用なの」

呆れ混じりにそう言います。
その意図が掴めず、目を瞬かせていると。

美希「あのね、もっと簡単でいいんだよ」

貴音「簡単……ですか?」

美希「そう。さっき、貴音は『好きで、嫌いで、憧れる』って言ったの。これ、間違いないよね?」

貴音「ええ……」

確認する声に、そう答えます。
美希は何度か頷くと、満面の笑みで。

美希「じゃあ、三分の二はプラスなの。トータルで『好き』って事なんだから、それでいいと思うな」

そう、言ってくれました。

貴音(そうでした……)

前提として、わたくしは美希が好きで。

貴音(だからこそ、『嫌い』という気持ちが申し訳なくて……)

謝罪しようとしたのです。

貴音(その謝罪も、友達でありたいが為……)

友達でありたい、という事は。
つまり、『好き』であるという事で。

貴音(ああ……わたくしは)

結局、最後には彼女を『好き』でいられたのですね。

貴音(とぉたるで『好き』……ですか)

彼女が頑なに謝罪を拒否したのも。

貴音(まあ、『好き』と分かってる相手から謝られても困りますよね……)

ならば今、彼女に言うべきなのは。

貴音「……ありがとうございます、美希」

お礼の言葉の筈です。
果たして、美希は。

美希「どういたしまして!これからもよろしくね、貴音!」

待ちわびたとばかりに、嬉しそうに受け入れてくれました。

貴音「こちらこそ、よろしくお願いします。美希」

美希「もちろんなの!」

お互いに改めて挨拶を交わします。
そうして、わだかまりも解消したと思ったところで。

美希「あ。そういえば、一つだけ許せない事があるの」

そんな声が響いてきました。

貴音「やはり、何かしてしまいましたか……」

正直、心当たりが多すぎて絞りきれません。
しかし、何であろうと罰は受けねばなりません。
そう思っていると。

美希「まあ、貴音もなんだけど――そこの響!」

今まで口を挟めなくておろおろしていた響に、指を突きつけます。
まさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのか。

響「え……えっ!?自分!?」

面白いぐらいに動揺していました。
美希はこちらを見据えて。

美希「二人に言いたい事があるの」

普段の明るさからは想像も出来ないほどに張りつめた声で言います。
呼吸をする事すら、忘れてしまいそうです。
やがて、出た言葉は。

美希「――二人とも、ズルイの!」

なんとも、ぼんやりとしたものでした。

響「……え?」

貴音「……は?」

美希「なにがズルイかって、二人で勝手にミキに嫉妬してるのがズルイの!」

美希「貴音がミキに嫉妬するって事は、響と一緒に居たいって事でしょ?」

貴音「まあ、そうですね」

美希「で、響がミキに嫉妬したのは、貴音と一緒に居たいって事になるよね?」

響「うん……そうなる、かな」

美希「……これ、ミキはどーなるの!?」

貴音「どうなる、と言われましても……」

どうなるのでしょうか。

美希「まったく!これじゃミキだけ置き去りなの!大体……」

そこで、美希は何かを企むような笑みを浮かべると。

美希「――てりゃっ!」

響「おわっ!?」

貴音「おっと……」

わたくし達に飛びついて、抱え込むように腕を回してきました。

美希「ミキだって、嫉妬ぐらいするんだから――」

美希「だから、ミキとも仲良くしてくれなきゃ嫌なの!」

響「つまり……どういう事?」

遠回しな美希の告白は、響に伝わらなかったようですが。

貴音「成程、そういう事ですか」

わたくしには、よく分かってしまいます。

響「え?さっきので分かったの?」

未だによく分かっていない響に、美希の言った事を噛み砕いて説明します。

貴音「つまり、わたくしに嫉妬しているから響と仲良くしたい。その逆もまた……という事ですよね、美希?」

ちょうど、わたくしが響と共に居たいと思っていたのと同じように。
美希もまた、わたくし達と共に居たいと思ってくれていたのです。
その美希はと言えば。

美希「か、解説は恥ずかしいの……」

言葉通りに目が泳いでいます。
響はやっと得心したのか。

響「……あははっ!美希ってば、自分で言った事をもう忘れたのか?」

美希「……うん?」

響「『うん?』じゃないよ!『もう友達だ』って言ったでしょ!」

美希「そっか……そうだよね!ありがと、響!」

持ち前の明るさで、そう言ってくれました。

貴音「勿論、わたくしもですよ。貴女を『好き』でいて、いいのでしょう?」

美希の言葉を借りて、わたくしもそう言います。
少し照れくさくもありますが。

美希「それこそ、もちろんなの!」

美希も少しはにかんでいたので、おあいこです。

美希「それじゃ、今度こそご飯にするのー!」

その言葉で、何も食べずに話をしていた事に気づきました。
響も待ち切れなかったようで。

響「おー!」

声を上げながら、二人はベンチの方に歩いて行きました。
そうして、しばし一人でいると。

響「貴音ぇー!早くー!」

そんな催促が聞こえてきました。

貴音「すぐに参りますよ」

そう答えて、二人の元へ歩いていきます。

貴音「……ふふ」

これからの事を思うと楽しくて、つい笑い声が漏れてしまいます。
そうしていると、響から再度。

響「あーい!貴音ってばー!」

呼ばれてしまったので、足を速めてベンチに向かいます。
そして、着くと。

響「遅いぞ貴音!無くなっても知らないからな!」

開口一番に、冗談交じりの声が聞こえてきます。

貴音「それは困ります。せめて30個は頂きたいのですが……」

そう返すと。

響「それは流石に無いでしょ……」

響は呆れた声で言います。
しかし。

美希「あるよ?」

響「あるの!?」

美希の『当然だ』という調子の声に驚いていました。

美希「もちろん!抜かりはないの!」

そして、得意満面な美希。

響「いや、でも……これ、パッと見60個はあるんだけど……」

美希「だから、抜かりはないって言ってるの」

響「いや、これもう抜かっとくべきだよ……」

そんな二人を見ていると。

貴音(……羨ましいですね)

そう、思ってしまいます。
響の豊かな感情表現も。
美希の無邪気な振る舞いも。
どちらも、自分にはないものだから。

貴音(でも……)

わたくしは、この二人を『好き』でいます。

貴音(嫉妬とは、後ろ暗い感情だとばかり思っていましたが……)

それが、『相手に強く惹かれる』という気持ちの表れならば。

貴音(なかなかどうして、悪くないものかもしれませんね……)

そんな風に、考えに耽っていると。

響「貴音?」

美希「どうかした?」

二人の声がしました。

貴音「何でも――いえ、一つだけ」

否定しそうになりましたが、ある事を思いついて言い直します。
そんなわたくしを不思議そうに見つめる二人に。

貴音「……二人とも、大好きですよ」

唐突に、そう告げます。
どうして、いきなりそんな事を言ってしまったのか。

貴音(それは)

互いに嫉妬し合っていたわたくし達ならば。

響「自分だって!だ……大好きだからな!」

美希「ミキも大好きだよ!」

きっと、そう返してくれると分かっていたからでしょうね。


――end――

以上で完結です。お楽しみ頂けましたか?
以前に比べて作中期間が短いので、前作以上に急展開かもしれません。ご容赦を。

アニメだと皆仲良し状態から始まるので、どういう経緯で仲良くなったか気になって書きました。
やよいと伊織とか、あの二人はいきなり仲いいですよね。気になります!

一応、貴音さんがメインですが……何でしょうか、この人の動かしにくさは。
サブの時の方が光ってる気がしますね……ミステリアス設定の弊害だと思います。

最後に、ちんすこうに恨みとかはありません。
ただ、サーターアンダギーが美味しすぎるのがいけないんです。
全国のちんすこうファンの皆様、申し訳ございません。

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