勇者「ここが魔王城か…」(29)

勇者「長い道のりだったな」

戦士「しかし人けがない上に、廃城のような荒れようではないか」

魔法使い「人間界に魔物が増えたことと何か関係があるのかもしれないな」

僧侶「でもあまりよくない気配を感じます。用心して進みましょう」

勇者「そうだな、ここの主を倒すために今日まで進んできたんだからな」

戦士「勇者は魔界に入ってから極力戦いを避けてきたゆえ、最後の街で調達したこの剣が血に飢えているぞ」ニヤリ

魔法使い「しかし皮肉なものだ。魔王の居城が魔王の墓標になろうというんだからな」フッ

僧侶「居城をボロボロにしながらも、ここまで持ちこたえたことだけは褒めてやりたいですね」フフン

勇者「ちょっ…みんなもう少し謙虚に行こうよ。僧侶も『用心して進もう』って言ってたじゃん」

戦士「そうであったな、気の緩みこそが我々の最大の敵となろう…っと」パラッ

魔法使い「お、戦士、何かか落ちたぞ…手紙か?」

僧侶「え!?もしかして恋文!?」

戦士「まあ、そんなところかな。故郷に許嫁を残したままこの戦いに参じてしまったものでな。俺、この戦いが終わったら彼女と結婚す…」

勇者「いい加減にしろよお前ら! 縁起でもないフラグばっかり立てやがって! ほら入んぞ!」

魔法使い「まあ待て勇者。ここが敵の本丸だとしたら、情報収集には念を入れとくべきだろ」

僧侶「ダンジョンの情報がアップされてるサイトとかがあればいいんですが…」

勇者「ダンジョンとかサイトとか言わないでくれ…で、こんな人けのないところでどうやって情報収集をするというんだ?」

魔法使い「ふっ、パーティーの知恵袋と言われた私の手にかかれば、情報なんてこの空間に漂う様々な波長から自在に仕入れられる…えっと、“魔王城 wiki”っと」フリックフリック

勇者「おい、小さい石板みたいなのに指を走らせて何してんだよ? 石板集める旅じゃねーんだよ! もう中に入るからな!」

戦士「通路もまるでもぬけの殻だな」

僧侶「真っ暗で怖いです…」

戦士「怖かったら俺の手でも握っているがいい」グヘヘ

僧侶「…ねえ魔法使い、すごく良くない気配を隣に感じるんですけど」

魔法使い「ああ、今火炎魔法を詠唱中だから」

戦士「待て待て! 味方味方!!」

勇者「うるせえよお前ら! モンスターを寄せ付けるような真似してどうするんだよ!」

勇者(あと僕も会話に混ぜて!!!)

僧侶「ここは…?」ガチャ

勇者「広くて天井も高いけど、大きな窓もあるし、玉座というよりホールのようだな」

魔法使い「ここだけ月明かりが射していて幻想的だ…」

僧侶「ステージみたいなものがありますね」

勇者「かつては魔物たちもここで舞踏会とかしていたんだろうか? いまは全くの無人だけど…」

戦士「ピアノも置いてあるな」

僧侶「いきなりピアノが鳴ったりしたら怖いですね」

戦士「それこそ待ちに待った初エンカウントではないか。むしろそれを期待したいところだ」

~~~♪~~~♪~~~♪~~~

勇者・僧侶「「うわっ!」」ビクッ

戦士「ぎゃー、ママ助けてーーー!!!」ガクガク

魔法使い「ドーレーミーファーミーレードー…っと」タップタップ

勇者「 ま ほ う つ か い!! いい加減その石板を使った小ネタから離れような!! なっ!!」ゴゴゴ

戦士「オネエサマ、キョウモオハナバタケノヒマワリガサキホコッテイマス」

勇者「…魔法使い、あれはお前が壊しちゃったんだからな」

魔法使い「この部屋も何もなし…か」

戦士「モンスターはともかく、宝箱すらないのはいまいち得心がゆかないな」

僧侶「空のガラス瓶や正体不明な液体は色々ありますけど…」

戦士「特に変わったものはなさそうだな」

勇者「魔法使い、情報収集のほうはどうなんだ?」

魔法使い「魔法にはいくつか術式がある。有名なところではコモドドラゴン式とか英雄式とか」

僧侶「なんか凄そうな術式ですね」

魔法使い「術式の創始者の名前をとっているからな。で、貧乏貴族出身の私は低コストで魔法を習得するため、禿式の門を叩いた」

戦士「名前のランクが格段に落ちてるが、パフォーマンスのほうはどうなんだ?」

魔法使い「もう安かろう悪かろうの典型例! ちょっと人里離れると全く使い物にならない!」

勇者「…それ、魔法の話じゃなくて石板ネタだよね」

勇者「階段がある。上ってみよう」

戦士「そうだな、ダンジョンは下るか上るものと相場が決まっておる故な」

魔法使い「階段といえば、ある特定の時間に踊り場の鏡を覗くと、鏡に映った自分に鏡の向こう側に連れ去られるという都市伝説があったな」

僧侶「あっ、踊り場に鏡がありますよ?」

戦士「どれどれ、覗いてみようじゃ…」

魔法使い・僧侶「「やめなって!」」

魔法使い「お前は心が顕微鏡のカバーガラスより脆いんだから無茶するなよ」

勇者「そういえば階段といえば、ここの階段は踊り場を挟んで13段+13段で次の階に行けるんだけど、稀に12段で次の階に着いてしまうことがあるらしい。でも、その時は別の世界に着いてしまうらしいんだ」

戦士「ほほう」スタスタ

僧侶「なるほどですね~」スタスタ

魔法使い「さてと2階に着いた。先に進もう」スタスタ

勇者「ちょっと!? 怖がりながら階段の段数数えたりしないの?」

戦士「では逆に訊くが、貴殿はなにゆえ初めて来た魔王城の階段の段数を知っておるのだ?」

魔法使い「仮に階段の段数なんて些末な情報まで収集していたのなら、魔王城の間取りは目を瞑っても判るはずだろ?」

僧侶「…つまり、階段の段数なんて知らない勇者が嘘をついたとしか考えられないんですよ!」ビシッ

勇者「怪談大会のはずか謎解き大会になっちゃったよ!」

戦士「段々魔王城っぽくなってきたな。ここは新たなモンスターを生み出す研究室だろうか?」

魔法使い「この大きな寝台の上で、キメラなんかを作り出していたというのか…」

僧侶「ここだけ妙に整然としているのが逆に不気味ですね」

勇者「しかし、ここが研究室だとしたら、すぐそばにモンスターを培養したり飼育する部屋があるはずだ。俺たちはかなり危険なエリアに足を踏み入れているのかもしれない」

……パリーン ガシャーン……

僧侶「ちょっ、魔法使い…。い、今隣の部屋から音が」

魔法使い「大丈夫、大丈夫だ」ダキッ

勇者(そうそう大丈夫だ魔法使い。今すぐ雷撃魔法でお前を楽にしてや…)

戦士「ちっ、今日のところはこれくらいにしといてやらあ」クルッ スタスタ

勇者「…おい戦士。なんで階段を降りて戻ろうとしてるんだ」

戦士「そろそろ日も暮れそうだし、一旦出直そうではないか」

勇者「魔王城に着いた時から日は暮れてたよ!そもそも待望の初エンカウントの気配が濃厚なんだぞ!」

戦士「…………」ウルウル

勇者「涙目で訴えるんじゃねーよ!引きずってでも隣の部屋に連れてくからな!」

僧侶「ラスボスを倒す前のパーティーの会話がこんなことでいいんでしょうか」

勇者「ほら戦士、お前からこの部屋に入れ!」ズルズル ポイッ

戦士「勇者殿、俺はこのモンスターと雌雄を決せねばならん! 俺のことは気にせず先に行くんだ! また後で会おう!」

勇者「お前は今誰とも戦ってねーだろ! っつーか敵と戦う前に自分の恐怖心と戦えバカ!」

戦士「だって怖いんだもん、しょうがないじゃん!」ダンダン

魔法使い「戦士、無駄に地団駄踏むな。どんな仕掛けがあるか判らないんだぞ」

僧侶「さっき物音がした部屋に来てるんですよ?」

戦士「そ…そうであったな。僧侶ちゃんを守るため、ここは俺が頑張らねば…」

僧侶「勇者さん、戦う気のないゴミは切り捨てるのも必要な勇気ですよ?」

勇者「戦う気の有無なんてどうでもいいんだ。こいつには前衛として大切な役目がある…壁という役目がな」

戦士「切り捨てるという前提が微塵も揺らいでないだろ!」

魔法使い「…勇者、この部屋はやはり他の部屋と違うようだな。窓が開いているし、部屋の荒廃具合も酷い」

勇者「この部屋で何かがあったと考えるのが妥当かな」

僧侶「隣の部屋で試作したモンスターが、この部屋で飼育中に暴走したとか…?」

魔法使い「だとすると魔王は何をしていたんだろう?」

勇者「魔王が死んだという報告は入っていないから、魔王の留守中に何らかのトラブルがあったのかもしれない」

僧侶「いずれにしても、この部屋には今までの部屋とは比較にならないくらい良くない気配が漂っています」

勇者「頭上から不意に声が聞こえてきても不思議ではないな」

魔法使い「『フハハ、ここまで辿り着いたことは褒めてやろう。褒美にお前たちに絶望とはどういうものか教えてやろうではないか。彼我の圧倒的な力の差を知るがよい!』とかかな」

戦士「俺の会話のポゼッションが激減してるではないか!!」ダンダン

勇者「じゃあちゃんと参加しろ!」

魔法使い「だから何も考えずに振動を与えるなと言っただろう!」

…… ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

僧侶「て、天井が落ちてきます…」

戦士「危ない勇者!」ドンッ

勇者「押すな戦士! …って、あっ!」

…… ズ ゴ ゴ ー ン ……

戦士「だ、大丈夫か勇者!」

勇者「大丈夫じゃねーよ! お前が俺を押したから、俺が天井の下敷きになったんだろーが!」

魔法使い「幸い頭は挟まれていないけど、体は天井から抜け出せそうか?」

勇者「天井に挟まれていて、ちょっと難しいな」

僧侶「怪我はないですか?」

勇者「天井に挟まれていて自分の体を見えないんだけど、足に痛みがある。僧侶、悪いけどヒールを頼む」

僧侶「え…ヒール? 『フハハ、ここまで辿り着いたことは褒めてやろう。褒美にお前たちに絶望とはどういうものか教えてやろうではないか。彼我の圧倒的な力の差を知るがよい!』こうですか??」

魔法使い「そのヒールじゃないだろ。癒しのことだ」

僧侶「もう魔法使いったら、こんなところで癒しだなんて、しょうがないな…///」パフパフ

魔法使い「はあ、僧侶の巨乳の谷間で深呼吸とか…あったかくってフワフワしていい匂いだ…」

魔法使い「あぁ…はぁはぁ」ドバッ

僧侶「きゃー、魔法使いが吐血した! ちゃんとヒールしなきゃ!」

勇者「吐血じゃなくて鼻血だろ! ほっとけよそんなの!」

戦士「いや、それで合ってるぞ僧侶ちゃん。俺にもヒールを頼む」ハアハア

僧侶「…きもっ」

戦士「ああっ、絶対零度の氷雪魔法に温もりを感じるほどの冷たい視線が最高!」

勇者「何やってんだよ! 俺が教会送りになるだろ!!」

魔法使い「…すまない。天井板のどの辺を持ち上げたらそこから抜け出せそうだ?」

勇者「俺から見て右側の端と、入り口のドアに近い辺りが上がれば抜けられるかも…」

魔法使い「判った、天井の重そうな右側の端を私と僧侶で、比較的軽そうな入り口のドア付近を戦士で持ち上げてみよう」

戦士「では、俺は入口の方に行こう」

魔法使い「頼む」

僧侶「それでは持ち上げますよ…せーの!」グググ

魔法使い「ふんっ」グググ

~戦士は全身に力をためた~

僧侶「んんんっ」グググ

魔法使い「くっ…勇者、どうだ?」グググ

勇者「手は動くようになった! でも腰が…」

~戦士は全身に力をためた ~

僧侶「勇者の腰の位置だと、そこの窓の手前を持ち上げたらいいかもしれません!」

魔法使い「判った、私がそこに移動しよう! 僧侶、ここを頼む」

~戦士は全身に力をためた~

僧侶「んんんっ」グググ

魔法使い「ここでどうだ?」グググ

~戦士は全身に力をためた~

僧侶「勇者さん、どうですか?」グググ

魔法使い「ふんっ」グググ

勇者「ありがとう、何とか抜けられそうだ!」

~戦士は全身に力をためた~

勇者「いつまでテンション上げてるんだこの非力野郎!!!」スポッ

僧侶・魔法使い「「あっ!」」

勇者「抜けられた!! 二人とも本当にありがとう!」

戦士「ふっ、いいってことよ」

勇者「いや、お前だけはよくねーよ?」

戦士「さて、ここが最後の部屋となるが…」ガチャ

魔法使い「人っ子一人、魔王っ子一人いないな…」

勇者「…どうしよう」

僧侶「どうしようって、元から判ってたことじゃないですか」

戦士「廃病院で心霊体験ツアーをしようって言い始めたの勇者だろ」

魔法使い「しかも、『ただの廃病院巡りだとつまらないから、魔王攻略っぽくしよう』とか言い出すし」

僧侶「廃病院で勇者ごっことか相当痛いですよ」

魔法使い「とりあえず廃病院は一通り巡ったんだし、帰ろうぜ」

僧侶「あまりよくない気配を感じるのは本当ですからね。早く退散しましょうよ」

戦士「俺、このイベントが終わったら彼女と花火観に行くんだ」

魔法使い「花火大会なら、事前の情報収集が思い出の明暗を分けるぞ」

僧侶「魔法使いのiPhone、ソフト○ンクだから圏外って言ってたじゃないですか」

勇者「帰りは入口に向かって一直線だから、あっという間だな」

僧侶「部屋に入る必要もないですしね」

戦士「4人でひたすら階段を降りるのも何か虚しいな」

魔法使い「何だかんだで4階まで登ってたからな。今度は平屋の建物にしたいな」

勇者「平屋の魔王城なんてあるか?」

僧侶「魔王城って設定、もういいじゃないですか」

魔法使い「そもそも、魔王城の階段に踊り場とか鏡とか不自然だよな。本物の魔王城は螺旋階段なんだろうな、きっと」

戦士「真っ暗だから鏡に何も映って見えないけどな」(…えっ!?)

僧侶「そういえば勇者がつまらない怪談を披露していましたっけ?」

魔法使い「階段が1段少ないとかな。段数なんていちいち数えないって」(…あれっ?)

勇者「最初に怪談はじめたの魔法使いじゃねーか!」

僧侶「魔法使いは話の切り出し方がうまいんですよ。ドヤ顔で語ったりしないから」

勇者「僧侶は基本的に魔法使いばっかりフォローするよな」

僧侶「いけませんか?」

勇者「いや、いけなくはないけど…もうちょっとオブラートに包んでくれないと、心が折れそうになる時があるんだよ?」

僧侶「んー、よくわかんないです」

勇者「心が折れるといえば、戦士の心があんなに脆いとは思わなかったな」

僧侶「色々最低な人だと判ったのは収穫でしたよ」

勇者「でも本人は幸せそうなんだよな」

僧侶「境地に達していますよね。人類が到達することのない境地に」

勇者「…ところで、さっきから俺と僧侶だけで会話してない?」

僧侶「二人は後ろから付いてきていましたよ?ほら」クルッ

勇者「ほんと?」クルッ

僧侶「あれ…?」

勇者「いない…よ?」

おわり

8月31日の黄昏時から準備を始めたら、9月1日の丑三時に近くなってしまいました…
まるで夏休みの宿題ですね。
慣れない作業だったこともあり、お目汚し失礼いたしました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom