博士「物資転送そ*?藻?*」(9)

ここは風雷正太郎博士(40)の電子化学研究所である。
薄暗い倉庫のような佇まい、入口から続く廊下の奥に
体育館ほどのスペースがあり、
高さ3mほどの同じ形をしたドアのついた三角ポッドが二つ
約15mの間隔を置いて立っていた。
そしてそのまわりには複雑な機械が並んでいた。
ついに先ほどこの瞬間物質転送機は完成したところだ。
Aポッドで電子転換された物質は特殊な通信波によって
Bポッドに送られ、そこで元の物質に再構築されるのである。
もしこれが実用化できれば、海外旅行も数分で可能になるし
輸送燃料などのエネルギー資源の大幅な節約になる。
8年の歳月を費やして、やっとこの理論を具象化するに至った。
ただ最初は失敗の連続だった。
漏電や機械の破損事故を起こし、途中で諦めかけたこともあった。
それでも信念を持って研究を続けて、ついにここまでたどり着いた。
パンのような炭水化物や時計のような精密機械でもうまくいった。
動物実験では何匹かと尊い犠牲を払ったがやっと成功にこぎつけた。
来月までにはこの事実を論文にまとめて科学学会に報告し、
倫理委員会の許可を得て人体実験を行い
早ければ、2020年までにはこの世紀の発明を世間に公表する手筈だった。
しかし助手の倉沢梨絵(36)は博士の留守中に
自らAポッドに入り、発明の発表の時期を大幅に繰り上げようとした。
あらかじめ発動をセットしておいて、倉沢はAポットに入った。
カウント表示が0になった時、Aポットの中の倉沢は光と共に消え
やがてBポッドの中で光と共に現われた。
誰の目に確かに成功のように見えた。しかし・・・・。

研究所に戻ってきた風雷博士を倉沢は笑顔で出迎えた。
「博士、瞬間物質転送機は今すぐ発表してもだいじょうぶです。」
「梨絵くん、それはどういうことかね。」
「私がこの身体で転送実験をしました。」
「なんだった!?なんて危ない真似をしてくれたんだ。
もしものことがあったらどうするんだ。」
「私はこの間の動物実験で機械が完璧だと実感しました。
倫理委員会の許可などで数年も時間をロスするなんて勿体ないことです。
早く、博士の偉大な功績を世間に知らしめるべきですわ。」
「梨絵くん!」
風雷博士の目にはいつの間にか涙が溜まっていた。
ふたりはしっかりと握手をした後、抱き合いそして接吻を交わした。
彼女がここに来てから5年間、二人三脚でいっしょに研究を続けている中で
特に梨絵の感情は師としての尊敬を越え、女として彼を愛するようになっていた。
博士も女性に免疫のないため、多少は戸惑いはあったものの、
美人で聡明で優しい彼女の愛を避ける理由が見つからなかった。
一応、梨絵の健康状態を検査してみたが
すこぶる良好で、電子分解時に不純物がろ過されてしまったのか
肌の艶や生体そのものが活性化しているようだった。
「先生、私もう我慢できません。」
「梨絵くん!?」
風雷博士はさらに元気を得た梨絵によって床に押し倒された。
博士はこのままでは背中が痛いので何とか彼女を説得して
隣りの部屋のソファアに連れていき、お互い服を脱いだ。
梨絵はとにかく激しく博士の愛情を求め、彼もそれに答える形で
その晩、とうとう二人は結ばれた。

そして翌朝、ソファアから起き上がった彼女はうれしそうに博士に報告した。
「あの機械のおかげで、皮下脂肪や贅肉も減少したみたいですわ。
まさに夢の機械ですね、あれは。」
寝ぼけ眼の博士はそんな効力があの機械にあるとはやや疑わしかったが
喜んでいる梨絵を見て何も言えなかった。
ただ彼女がいう通り、すっかり贅肉のとれた彼女の肢体は輝きを放っていた。
「梨絵くん、まるで君の身体は20代のようだな。」
「博士ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいわ。」
博士は朝食を済ませると発表論文の制作に取り掛かった。
彼女は甲斐甲斐しく博士の世話をして一日を過ごした。
梨絵の態度はあきらかに恋人モードになっていた。
そしてその晩もいっしょにいたいと言う梨絵に対して
博士と助手という道義的問題がまだあるので
発明の発表が終わってから二人のこれからを決めることを約束し
夜6時に熱い接吻を交わした後、彼女を家に帰した。
何もかもうまくいっていると二人とも思っていたが
幸せはいつまでも続かなかった。

次の日の早朝、彼女から突然の電話をもらい
博士は慌てて彼女のアパートに駆けつけた。
「博士、私どうしよう。」
困った顔の梨絵を見て、風雷は訊ねるより先に異変に気づいた。
痩せたせいでパジャマはゆるゆるになっていたが
それよりも顔の表情は18歳くらいにしか見えなかった。
倉沢梨絵は明らかに若返っていた。
博士は早速、彼女の身体の検査をした。
梨絵の身体の細胞はいつの間にか活性化を通り越して、
結合収縮を始めていた。
検査の間にも彼女の身長が縮んでいた。
2時間に1歳くらいのペースで若返っていたのだ。
梨絵はお昼までには15歳くらいの中学生くらいになっていた。
このまま進めば、あと数日で彼女は赤ん坊に戻って
さらに1個の受精卵にまで戻って消えてしまう。
こんなことは生物学的に起こるはずのないことだった。
その原因が瞬間物質転送機にあることは間違いなかった。
博士はさっそく彼女が行った人体実験の時の記録のデータを
コンピューター画面に呼び出した。
細部に至るまで詳しく分析を行った。
しかしなかなか原因がつかめなかった。
動物実験の時との比較も試みたが操作過程に何の問題もなかった。
梨絵はコンピューターと睨めっこを続ける博士をひたすら見つめた。

無言のまま、時間は無情に過ぎていった。
夕方になりあたりは暗くなリ始めた。
梨絵の身体は12歳くらいの少女に戻っていた。
大きかった胸の膨らみはもう小高い丘くらいになっており
着ていた服はもうぶかびかだった。
博士は焦りを覚えながら必死に原因の究明を急いだ。
「これか!」
そしてその夜、ようやく転送機内の移動された成分の分析から
若返りの原因をつきとめた。
それは意外なものだった。
「どうやら君が肌に塗っていたスキンケア用の美白ローションが原因のようだ。
君の細胞と美白ローションの成分が電気分解された際に
特殊な融合をして、その補水力が細胞を結合縮小させているに違いない。」
博士は原因の究明ができたことを誇らしげに語った。
「それで、どうすれば元に戻れるんですか?」
9歳くらいに戻っていた梨絵は不安そうな顔で博士に尋ねた。
博士は呆然としたまま凍りつき、
すぐに答えることができなかった。
一度融合したものを分離する。
それは決して簡単なことではなかった。
ましてどのような形で融合されたかなど想像すらできないものだった。
博士は気を取り直して、データをみながら試行錯誤を繰り返した。
コンピューターであらゆるシュミレーションを検索してみたが
若返りを止めるはっきりとした手立ては見つからなかった。

いつの間にか朝になっていた。
梨絵はすでに5歳の幼児に戻っていた。
もう時間はあまり残されていなかった。
博士は決断を迫られた。
生物の本来持っている成長という自然原理を呼び戻す。
電子分解した肉体は再構築の際に本来の状態になるのではないか。
結局そんな希望的観測しかなかった。
他の何かとの再融合はあまりに危険すぎるという判断から
とにかく運を天に任せて、十分な水分を取らせた後
再実験を行うことに決めた。
梨絵はだぶだぶの服を脱いで裸のままAポッドに入った。
博士にしてみれば、初めての人体実験だった。
しかし実験は感動する余裕などなかった。
瞬きするほどの光の移動と共に、実験はあっという間に終わった。
Bポットのドアが開き、梨絵は5歳のままの姿で現われた。
「おお!」
博士は自分の論理の確かさをその目で確認した後
恐る恐る梨絵を抱き上げ、実験台に寝かせた。
梨絵はまだ怯えていた。
「だいじょうぶだ。実験は成功したんだ。」
そう言って博士は梨絵を励ました。
耳たぶから血液を採取して、細胞の変化を調べた。
博士は息を飲んだ。

ほんの僅かな希望は結局叶わなかった。
細胞はいまだに収縮と結合を繰り返していた。
しかし博士は真実を梨絵に告げなかった。
彼は実験台から梨絵を抱き上げると先日共にしたソファアに寝かせ
毛布をかけてあげた。
「ずっと寝てなくて疲れただろう。もう少ししたら結果が出る。
それまで少し眠るといい。」
梨絵はやさしい博士の言葉に促されるように
やがて深い眠りに落ちていった。
博士は梨絵の顔を見つめた。
たった二日前抱いた女が今、こんな痛いけな幼児になってしまった。
実はあの日プロポーズの言葉も考えていたというのに。
この現実をどう受け止めていいのか解らなかった。
とにかくこんな運命を下した神様を恨んだ。
そして風雷博士は眠っている梨絵を起こさないように優しく抱きしめた。
もうこれ以上博士には何もして上げられることはなかった。
数時間後、目覚めた3歳児くらいの梨絵に博士は特に何も語らなかった。
彼女も記憶が混濁しているらしく、先ほどのような怯えはなかった。
梨絵はやがて博士の目の前でさらに小さくなって
不安を感じる術も失って、やがて赤ん坊に戻っていった。

それから数日後、風雷博士は瞬間物質転送機の発表を断念した。

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