【ごちうさ】チノ「おじいちゃんが…」(小説) (36)

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 小さな息の根も聞こえなくなる時は一瞬だった。今まで何不自由なく暮らしていたのに、その喜びの蝋燭の炎はほんの少しの風で消え去ってしまう。所詮、人の命という物はそんなものなのか。そんなに儚いものなのか。そしてそんなに空しいものなのか。チノにはその一日でたくさんの思い出を奪われた気がした。


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>>1です。
今回は小説です。SS調ではないので注意してください。

次から始まります。

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 ラビットハウスのある町は、この春もにぎわっていた。各家々に咲いている日の光を受けて作られた油に染まったように鮮やかな黄色をしている菜の花は、この町の長かった冬の終わりをつげ、新しく生きようと目覚めさせてくれるように満開だ。新しくこの町に引っ越してきた人々で商店は賑わい、心の中までほんのりと温かい東風を感じさせてくれる。
 ラビットハウスも例外なく、温かい雰囲気に包まれていた。昨年度まで小学生だったチノは新しく中学校の制服を身にまとい、この上ない祝福ムードにラビットハウスは包まれていた。
 「智乃や。もうそろそろ新しい学校の時間じゃな」
 「はい。おじいちゃん。こんな晴れ姿をおじいちゃんに見せることができて少し安心しています。」
 相変わらず、抑揚のない声で祖父に返事をするものの、その表情はいつもとは違って少し頬を赤らめていつも自分が愛用しているマグカップの方へと視線をやっている。いつも気の置けない仲の祖父であるのにもかかわらず、チノはどこか落ち着きが無いように見えた。

「それじゃあ、行ってきます。おじいちゃん」
 そういうと、チノは新しく行く中学校の方へと少しだけ早足になりながらも向かっていった。
 チノの祖父は、チノが曲がり角を曲がって見えなくなったのを見届けるとラビットハウスの中へ戻っていき、いつも通りキリマンジャロコーヒーを一杯たしなんだ。
 「こうやって朝に一杯コーヒーを入れるのも何日目になるじゃろうか?」
 チノが生まれたとき、よく泣いて手が付けられないことになることがしばしばあった。でも朝にコーヒーの香りをかがせると不思議とチノは泣かない子になっていった。それ以来祖父は毎朝コーヒーを一杯入れてチノにかがせるという習慣になっていったのだが、なぜだろうか。こうして中学生になった今でもコーヒーを一杯入れるという事は癖になった。そしてコーヒーを飲むといつも朝がやってきたと思うようになっていったのである。

お昼頃を過ぎても誰一人として客は来ない。そんなのはラビットハウスにとっては日常茶飯事の出来事である。チノの父であるタカヒロと祖父が少しうとうとしていた時、きいっという小さな木製の扉が開く音がした。
 「あの、今日からこの店でバイトさせてもらう事になった天々座理世という者なのだが、はいって、いいか?」
 リゼも高校生へこの年度から進学し、社会の事を学ぶためにこのラビットハウスにバイトをしに来たのである。タカヒロと祖父は慌てて今日からバイトに来ることになったリゼの事を思いだすと、急いで制服を渡した。
 「今日から頼むよ。理世さん」
 「はい。やると決めたからには精一杯」

暫くして入学式から帰ってきたチノが玄関でもあるラビットハウスの入口を開けた。
 「あ、あなたは…?」
 「今日からここでバイトをさせてもらう事になった天々座理世だ。よ、よろしく…」
二人は、初対面にも関わらう、なんだか大きなことが有っても乗り越えていけそうなそんな気がしていた。

2

 一週間ほど経つと、すっかりと二人は祖父と話しているかのように仲良くなっていた。チェスや、ボトルシップといった趣味も共通していたこともあるかもしれないが、何と言っても一番繋がりあえたのはやはり小さいころから親しんでいたコーヒーの事であった。チノにとって、コーヒーという物は祖父と同様、小さい時からずっとそばにあった物という存在だからコーヒーをわかってくれるだけでうれしくなってしまうのは当然の事だろうか。
 「私、リゼさんにこうやってコーヒーの事をわかってもらえると一番うれしいです」
 「そう言ってもらえると私としても、なんだかうれしくなってくるな…」

祖父は、チノがそうやってリゼと親しくなっていくことに対して少しだけ涙を流しながらも、軽く遠くから頷いていた。一方で、チノは少しだけ遊ばなくなってしまった祖父の事を心配していた。祖父は、自分と遊ばなくなってしまった事で心酔はしていないのだろうか。急に自分が自立した様子になってしまって変化についていけなくなってしまっているのではないか。きっと祖父は、自分が離れて行ってしまっているので孤独感を感じているのではないか。そう思ったチノは、久々にチノの祖父が趣味でやっているチェスを二人でやることにした。
 「智乃や。理世さんと話したりしなくてもいいのかね?」
 「はい…。なんだか今日はおじいちゃんの事が心配になってしまって」
 「そうかい。有難う。わしはここ最近胃が痛くなってしまってね…。こういう時こそコーヒーを飲んだ方が早く治ったりするんじゃがね」

 そういうと、祖父はコーヒーを入れるためにカウンターの方へと向かった。自分のマグカップに手を伸ばしたその時、耐えがたい腹痛が祖父を襲い、手にしていた自分のマグカップが手から落ち大きな音を立ててただの陶器の破片へと変貌した。祖父にはその鋭利な破片が自分の腹痛を具現化しているのではないかと感じた。
 「おじいちゃん!しっかりしてください!」
 慌てて駆け付けたチノはすぐに救急車を手配した。祖父は消えゆく意識の中で聞こえる救急車のサイレンが走馬灯のように思えた。

3

 近くの大学病院でCTスキャンが行われ、結果が貼り出された。
 「胃がん…ですね。それも末期の状態です」
 「先生、おじいちゃんはどうなるのですか?」
 「持って一週間か二週間…」
 そう聞いたチノは、診断が終わると一目散に祖父の病室のところへと駆けだした。祖父の病室のところへとたどり着くと、こん睡状態になっている祖父の手をぎゅっと握った。

いつもそばにいたのは自分なのに、何でこんなにもっと早く気付いてあげられなかったのだろう。祖父の事は自分が一番よく知っている筈なのに、何でこうもっと早く病院を勧めてやれなかったのだろうか。そう、全ては自分の責任だ。そうチノは思い自分自身の手の甲を思いっきり、ずっと赤く跡が残るくらい強くつねった。

なんでこう、私は気付いてやれなかったのでしょうか」
 ラビットハウスにかえった後も、自責の念をチノは抱き続けた。もっと自分が祖父にしてやれることはいくらでもあっただろう。もっと祖父と一緒に思い出を作ることも可能だっただろう。なのにどうして今まで自分はこの祖父と過ごす時間が永遠にあると勘違いしていつまでものらりくらりと暮らしていたのだろうか。そう思ったチノはただでさえ赤くはれている自分の手をさらに強くつねった。

「チノ、あまり泣きすぎない方がいいぞ…。そんなに泣いて自分を傷つけてもどうも変わらないんだから」
 「リゼさんは黙っていてください。これは身内の問題なので」
 そうリゼの一言を一蹴するとチノはおもむろに自分のアルバムを取り出して自分が歩んできた数々の思い出を頭の中に思い浮かべた。

自分が生まれたころ、祖父の手の中で何度も眠っていたこと。幼稚園に入園したときに仕事が忙しくて来られなかった父の代わりに祖父が来てくれたこと。そして何よりもここまで自分の成長を見届けてくれたこと。そのすべてがチノにとってはもう二度と戻ってくることのない思い出だと思ってチノは、さらにこの運命を恨んだ。

 一週間後、チノとタカヒロ、そしてリゼの三人は一緒に祖父の病室にいた。徐々に弱くなっていく心電図の音がもうこの先はあまりないという事を説明するにしては十分すぎた。そしてその心電図の音の感覚が長くなっていくにつれ、チノは「自分のせいなんだ」という気分に徐々にさせて行った。

そしてついに心肺停止状態だと心電図が告げた時、チノはこれ以上ない大声で祖父を呼んだ。
 「おじいちゃん!おじいちゃん!」
 そのチノがいつまでも祖父を呼び続け、そして自分のこれまでの態度を責める様子をタカヒロとリゼはただ見守るしかできなかった。

4

 五日後、祖父の葬儀が執り行われた。香風家の人々だけでなく、リゼや周りの商店の人々全員が祖父の死を悼んだ。その中でもチノは未だ自分を責めるのをやめなかった。
 「ごめんなさい!おじいちゃん!私がもっと早く気づいていれば…」
 「チノ、そんなに自分を責めるなよ。チノが殺したんじゃないんだから」
 「リゼさん、私が殺したのも同然なのですよ!私がもっとおじいちゃんの異変に気が付いていれば!」
 「チノ!」
 そうリゼが叫ぶと思いっきりリゼはチノの頬をはたいた。

「チノが殺したわけじゃない!そう何度も言っているのにチノは自分を責めてばかり…。少しは自分を責めるのもいい加減にしろ!」
 「リゼさん…」
 そう、チノがどんなに泣き叫び、そして詫びたとしても、チノの祖父は二度と目を覚ますことはないし、またしゃべりかけてくることもない。そのことにようやくチノはリゼによって気づかされた。

告別式が終わり、火葬場に移され遺体が燃やされていくのを見たチノは、果たしておじいちゃんは自分のこの態度に満足していたのであろうかと自分自身に問いを投げかけた。しかし、いくら考えてもチノは故人である祖父の気持ちを考えることはできなかった。
 なぜだろうか。今までは祖父の事となるといつもすぐに気持ちを理解できたのに今回に限ってその気持ちを理解することができない。チノはその不思議なことにさらに疑問を感じずにはいられなかった。

「ただいま」
 チノがラビットハウスにかえると、やはり中には誰もいなかった。ただあったのはティッピーと、そして祖父が死んでしまったという虚無感だけだった。チノは自分の荷物を片付けるために自分の部屋へと向かった。
 「智乃や。お帰りなさい」
 「おじいちゃん!?」
 チノは一瞬祖父の声が聞こえたと思ったが、そこにいたのはティッピーだけだった。まさか、鳴き声など発するはずもない兎が喋るなんてことはありえない。ましてや人間の言葉なんて、到底人間以外の生き物には発する事なんてできっこないから、チノはただの空耳じゃないかと結論付けてそのまま自分の部屋へと向かった。


5

 祖父が亡くなってから一か月がたった。ラビットハウスはいつもの落ち着きを取り戻しつつあったが、チノだけは未だ祖父の死になじめずにいた。自分が登校する直前に漂ってくる豆を挽くあの香、そして父と祖父で何やら談笑しているあの時間。全てがチノにとっては当たり前な事だったのに、こういきなりそれがすべてなくなってしまうとやはりなかなかそれについていくという事は難しいことだ。

このことに耐えきれなくなって、いつも祖父がいた場所へと向かってみる。やはりそこには空虚しかない。少しがっかりとしたチノだったが、またあの声が聞こえてきた。
 「わしは完全に死んでなんかいないぞ。智乃」
 「えっ!?」
 振り返ってみるがやはりティッピーしかいない。ここの所幻聴みたいに祖父の声が聞こえることが有るがなぜかそこにはティッピーしかいない。なぜだろうか。もしかしてティッピーに祖父の霊でも乗り移ったのであろうか?

ちょっと休憩します

再開します。

 「もしかしてティッピー…あなたがおじいちゃんなのですか?」
 するとそれに反応するようにティッピーは一つこくんと頷いた。その行動にチノは少しばかり戸惑ってしまった。亡くなった人の霊が動物に乗り移るなんておとぎ話がこんな現実的にあり得るなんて考えたことが無いし、霊という物の存在自体が現実的には実体がないものだから、チノはティッピーが祖父であるという事が信じることができなかった。

あまりにも信じがたいことだったので、一つティッピーを自分の膝の上に乗せ、そっと撫でてみる。
 「智乃、気持ちいいぞ」
 するとやはりティッピーは祖父の声でチノ自身が触っていることが気持ちいいという事を言った。今度は抓って見たらどうなるだろうか。チノはティッピーを軽くつまんでねじってみることにした。
 「いたい、いたい」
 やはり祖父の声だ。自分がティッピーにしたことが祖父の声で感想が返ってくる。やはりティッピーに祖父の霊が乗り移ったのだ。そうチノは確信した。

 チノはかねてから気になっていたことを思い出した。自分はこの春になってからというものの、リゼとばかり話していて小学校まで一緒に居た祖父や父とは話すことが少なくなっていた。だから祖父は寂しがっていたのではないか。そして、病気だというような自覚はあったのにもかかわらず病院を勧めてくれなかった自分を恨んだりはしていないのか。そのことをティッピーが祖父の霊が乗り移った物だとするならば聞いておきたかった。

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 「おじいちゃん。ごめんなさい」
 「うん?なんのことじゃ?」
 そうチノはティッピーに言うと、今までチノ自身が思ってきたことをすべてティッピーに打ち明けた。そして、恨みたかったのならずっと恨んでもらっても構わないとまでチノは付け加えた。

 「智乃、お前は大きな勘違いをしている」
 「どういう事ですか?おじいちゃん」
 「わしは、いつもため息ばかりをついていたが、あれは昔からの癖でな。毎日わしの孫である智乃が成長していくのを見て、わしはとてもうれしかった。智乃は小さい時からあまり人と仲良くなれないタイプじゃったから、わしは小学校になるときまで少しだけ心配していたのじゃ。」
 「おじいちゃん…」

 「理世は最初会ったときにとても明るい子だったのでな。きっと智乃のいい話し相手になってくれると思ったからこのラビットハウスで雇う事にしたのじゃ。結果、智乃は学校での友人や理世ととても仲良くなった。それでわしはとても幸せだったのじゃ。智乃、それなのに『理世と仲良くしてしまっておじいちゃんと疎遠になってしまって申し訳ない』と自責の念を抱いてしまった事こそわしにとっては残念じゃ。こうやって智乃が少しづつ、そして一歩づつ社会性を気づきあげて行っているという事を見ていることがわしはこの上なく嬉しかったのじゃ」
 「で、でも病気の事が…」
 「あれはわしでも気が付かなかったから心配せんでもいいわい。こうやって兎になってしまったわけなのじゃが、智乃がこれから幸せになっていくという事がこんな老いぼれの一番の幸せという物よ」

 そうチノは聞くと、長い間鉛のようにのしかかっていた自分自身の肩身を狭くするようなおもりがすっと消えていくような感覚を覚えた。

 一年後、新しく高校生となった保登心愛がラビットハウスに来た。心愛は毎日ティッピーの事を可愛がって遊んでいたりする。それはそれで楽しそうだ。
 「おじいちゃん。今を生きればいいのですね」
 祖父の死は寂しいものだったが、チノに最後に一つだけどんなものよりも大切なことを教えてくれた。
 今を、一生懸命生きればいいのだという事を。

>>1です。ここまで見てくださってありがとうございました。

この物語を書く直前に超電磁砲のSSを書いて酷評を受けたので、心の傷をいやすためにも書かせてもらいました。
いつもはPixivとかで東方の小説を書いたりしているのですが、こんな昔の事を思いだすようなごちうさの文章もいいかもしれないという事でこの物語を思いつきました。

最終的に文字数をカウントしてみた所、6006字になってしまい、短編としては少し長いものになったかなと思っています。
しかし少ないながらもこうやって見てくださった皆さんのおかげで書ききることができました。

最後まで見てくださってありがとうございました。

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