陽のあたらない街で(24)

 ほとんどの人が太陽という存在を忘れてから一世紀ほどが経った。

 一世紀ほど前、異常なほどの太陽風により少しの時間外にいるだけで人体に悪影響を及ぼすようになったからだ。

 元々それほど多いわけでもなかった人類は本格的な対策がなされるまでに減少の一途を辿ることになり、その場しのぎの代案でどうにか延命しているという状況だった。

 その中の一つ、日倭の国の内地で世界初となる超大型三層ドームの建設が行われた。

 一番外側は日光、太陽風、紫外線、電磁波などをほぼすべて遮断する鉛合金の分厚い板が張られ、唯一防げない熱だけを残り二層で緩和していく、技術的にはなんてことないものだけれど、安全というかけがえのない物を有史以前の恩恵である日光を代償に手に入れた。

 そのドームの天には薄い陽光パネルが張られ、年中薄暗いその街に私は住んでいる。

???「お邪魔するよ」

女「あ、大家。お久しぶりです」

 開店前の店内に入ってきたのはすらっとした体型の妙齢の女性。

 いかにもなきつい顔つきの彼女は見た目に反して“ミス・ターニャ”という可愛らしい名前をしている。国籍などなくて久しいこの街でも少し珍しい極冬の生まれらしい。その名前を大華語で少しもじり“大家(ターリャ)”と呼ぶ人も多い。

 大家はカウンターの椅子を少し引くと席に着くや否や、

大家「今月の、出しな」

 少々ぶっきらぼうな言い方ではあるけれどそれが彼女らしい。どれほど親しい仲であろうと仕事、特に金銭が絡むならば相手がどんな立場であろうと態度を崩さないストイックなところは流石この街の住人と思わせる。

 私は足元にある金庫の錠を開け、中から封筒と一そろいの書類を取り出して大家の目の前に置く。

 大家がそれに目を通している間にまたそっとお冷と灰皿を置き、私はまだ残っている開店前の仕込みに戻った。

 少しだけ経って、読み終えた大家は葉巻に火をつけ一息吸うと、

大家「それなりに順調そうだね」

女「はい、おかげ様で」

 臆面もなくそう言えるほど大家は私にとっての恩人だ。まだ若すぎる私がこの街で商いができるのも面倒な人が大家の名前を嫌って手を出さないからである。

 代わりに払うみかじめ込みのテナント料は相場より少し安い。80万と月の売り上げの10%。この売り上げというのが少しネックでまだ開店当初、利率を低くし過ぎたために売上ばかりがかさみ、利益に還元できず生活が苦になる時もあった。

 もう一息葉巻を口に含んだ大家の表情はすでに柔和している。それは今回の集金が無事終わったことを示唆していた。

 ならば今いるのは一人の客になる。

女「少し遅いですけど朝食はいかがですか?」

大家「まだ開店前だろう? 仕込みが残っているんじゃないのかい?」

女「それならすぐに終わりますよ。それより来週出す予定の新メニューの試食をお願いしてもいいですか?」

 私の問いに大家は少し困ったように眉を寄せた。

大家「……味は大丈夫なんだろうね?」

 そのしぐさが可愛らしく、先ほどまでの態度とのギャップに思わず噴き出しそうになる。

女「ふふっ、大丈夫です。試食とはいえ店を構えているんですからまずい物を出すわけにはいきません。それに大家に下手なものなんて赤子でも出しませんよ」

 大家はあまり面白くなさそうな表情だ。でもそれは不愉快から来るものではないことは容易にわかる。自分のことをこの街の“大家”として見られるのが苦手で一人の“ミス・ターニャ”として見てほしい、そんな可愛らしい不満があるからだ。

 あまり多くに知られていない彼女の側面を素直に愛らしく思う。

女「すぐに出来ますけど……食べますか?」

大家「なら、いただくよ」

 了承は得たので調理に取りかかろう。

 とその前に、と冷蔵庫から並ぶビンの中の一つとグラスを取り、栓抜きと共に大家の前に置く。

 淡い緑のガラスは湯気がたつほどに冷え切っている。

大家「……なんだ?」

女「麦酒ですよ。たまたま独軍の物が流れて来ていたのでつい。数は揃えられなかったのでお客様には出せませんけどここで腐らせるなら大家にと」

大家「麦酒か。まだ仕事はあるがこれくらいなら問題ないか」

 ポンッという小気味のいい音とともに栓が開く。かすかな麦と何とも言えない甘い香りがはじけ、飛び出しているようだ。

 それをグラスに注ぐと香りに反して黒々とした液体がとくとくと流れて出てくる。一段と強くなる香りに胸の奥が沈むような感覚を覚える。

 大家はそれを一気にあおるとしばらく目をつむり、そして静かに息を吐いた。

大家「甘い」

 不満ではなく満足げに言う。大酒飲みの大家だけれど苦い、辛い、酸味の強い酒は苦手なようで、立場上勧められれば断らないもののプライベートではもっぱらシロップ漬けを炭酸と癖のない蒸留酒で割ったものを好んで口にする。

今日はここまで

 本来苦みの強い麦酒もこれは口に合うらしくよく味わって飲む姿に勧めたことを喜ばしく思う。
 
女「まだ数はあるので欲しくなったら言ってくださいね」

大家「ん。いくつある?」

女「そうですね、2ケースとちょっとですね。少し持っていきますか?」

大家「今日の夜にでも寄る部下に持たせてくれ」

女「はいっ」

 会話はそれっきり。大家が麦酒を楽しんでいる間フライパンで油が踊る音と香ばしい香りが店内を満たし始める。
 
女「あ、ライ麦パンとポテト、どっちがいいですか?」

大家「ん、お任せしよう」

 普段の客に聞くことはないが極冬生まれの大家に米は臭いがきついらしくほとんど口にしないため特別にオーダーを聞くのが通例だ。
 
 今日は芋よりパンにしよう、とラックに積んである一つをとり包装をはがす。
 
 焼きたてほどとはいかないものの香ばしく塩気のあるパンは硬さを除けば小麦より人気は高い。
 
 それを一人前スライスしポタージュと共に出す。
 
大家「ふむ、いい香りだな」

女「ベースはコーンですけれどお出汁はほとんど野菜から取ってますから軽いですよ」

大家「なるほど、いただこう」

 パンをちぎり先を少しポタージュに浸して口に運ぶ。
 
 ゆっくり咀嚼してから飲み込むと、一言ほうと言い、
 
大家「うまいが米とは合うのか?」

女「あ、これ私のまかないなんです」

 その一言で大家は困ったように眉をひそめてしまった。
 
 何も言えずにとりあえずといった感じでもう一口運ぶ大家に、
 
女「一応朝食ですからお昼と同じものではないほうが良いと思ったのですが、お口に合いませんでしたか?」

大家「いや、別にかまわんよ。このまかないも食べたがる奴のほうが多いだろう」

女「あんまり人に言わないでくださいね。大家にまかないを出したなんて人に知れたら怖いですから」

 そうか? と疑問符を浮かべる大家にうなずきを返し調理に戻る。
 
 最後、フライパンを軽くゆすり出来たものを皿の中央に並べ、付け合わせをいくつか乗せた後2秒ほど俯瞰で確認、満足して大家の前に出す。
 
女「三種の魚の焼き物です。一つはシンプルにブラックペッパーで。真ん中が生姜、紫蘇、九味調味料。右が芥子味噌漬けになります。付け合わせでハニーナッツを添えてあります」

大家「……」

 何も言わず大家は添えたナイフとフォークを使い、魚を丁寧に一口大に切り分ける。

 それの一つを口に運ぶと、
 
大家「なるほど」

 その一言が味に対してなのかなんなのかがわからなくて困る。そんな葛藤を他所にもう一口別の味付けの魚を食す。
 
大家「……」

 もはや話さずに次に移る。そして全ての味付けを一口ずつ味わうと、
 
大家「流石だな……ただ私にとってはちょうどいいが少し薄味ではないか?」

 ようやく評価をいただけ軽く安堵したところでの質問に少し戸惑いながら、
 
女「えっとパンにならこのくらいのほうがいいと思いまして。本来ならもう少し濃く、付け合わせもマッシュポテトと日替わりのサラダにする予定です」

大家「素人意見で申し訳ないがマッシュポテトよりもう少し重くしたらどうだ? 前に出した乾肉のあれとかな」

 大家の言っているのは戻し乾肉を濃縮し煮凝りにして上から小さい湯豆腐をかけたもののことだろう。
 
 どうしても自分目線で作りがちになるところをしっかり助言してくれたことがうれしく思える。
 
女「ご意見ありがとうございます。参考にさせてもらいますね」

大家「あぁ。ここはうちのもよく利用させてもらうからな。これくらいしか出来なくて申し訳ないくらいだ。ところで――」

 一言区切り、大家は少し真面目に私を見つめてきた。
 
 何か粗相でもしてしまったかと思ったが後に続いた大家の言葉はまったくもって別のものだった。

大家「――明日は定休だったな?」

女「えっ、あ、はい」

 珍しい。何かあるのだろうか?
 
大家「迎えをよこす。私に付き合え」

女「え、えぇ!?」

 もはやこれでは珍しいという話では済まない。何かとてつもなく不吉な予感が脳裏をよぎってしまう。
 
女「明日ですか? 朝はお弁当作って自動販売機に入れておかなければならないのですが……」

大家「夕方から夜にかけて。何、そんなに遅くまではかからん」

 元より断るという選択肢は目の前の人に対しては使えない、使ってはいけないカードだ。
 
 内心緊張しながら返事をする。
 
女「大丈夫ですけれど、なにがあるんですか?」

大家「あぁ、とてもとてもくだらない“パーティー”だよ。ただお前にとって勉強になることも多いだろう」

 “パーティー”という文字が何かのルビにしか見えない。
 
 しぶしぶだがうなずくと、大家は予定を話し渡す分の麦酒の代金を置いて帰られた。
 
 ちなみにだが、私の食堂で人肉を取り扱う予定は今までも今後もない。

今日はここまで

女「わー……うわー……」

 この日のあたらない街に何があるかと問われれば十中八九答えるのがセントラルビルだろう。
 
 正確な高さはわからないが頂点が第三層と直結していて街のどこからでも必ず目に入る。
 
 特に立ち入り禁止というわけではないけれどまずほとんどの人は立ち入らない。理由は至極単純なもので自分の命が惜しいからだ。
 
 赤子でも三日目には喧嘩の仕方を覚えるといわれるこの街で絶対に喧嘩を売ってはいけない方々が主に集う場所に誰が立ち入るというのか。
 
 でも今そこの目の前にいます。
 
 別に命がどうこうというわけではなく単に大家に連れられてきたからだ。
 
 車に乗せられ目的地に向かう途中でもうなんとなく予想はついていてある程度覚悟は決めたつもりではいたのにいざその建物の前に立つと足がすくんで前に出ない。
 
大家「おい、行くぞ」

 気にかけて声をかけてくれるもぎこちなく大丈夫ですと答えるばかりで足は一向に進まない。
 
 それを気付かずか入口に向かう大家をすごいと思うと同時に、その立場を再確認させられる。
 
???「“姉さん”、大丈夫ですか?」

女「ひゃっ、あ、はい!」

 緊張のため思いっきり上ずった声が出てしまう。それにかぶせるように笑い声が聞こえた。
 
 声をかけてきた人に面識はある。今の今まで乗っていた車の運転手さんだ。大家の右腕たる存在らしく大体常に一緒にいるか、姿は見えなくとも近くで待機しているのがほとんどだ。

 年も私より2回り近く上なのに大家の部下の方が面白がって私のことを“姉さん”と呼ぶのがお気に入りらしく運転手さんもからかってそれを真似している。
 
 そんな気恥ずかしさも混じって、私は抗議するしかない。
 
女「笑わないでください! 私はただの街の食堂の料理人なんですから。あと姉さんっていうのもやめてください」

運転手「あぁ、すみません“姉さん”。でも大丈夫ですよ、身のはっきりしていない不審者ならともかくミス・ターニャの客人ならこのビルは街で最も安全な要塞になりますから」

 すこし強面の彼があまり似合わない笑顔でいうので少しも安心などできないがすでに先に行っている大家に置いていかれるほうが大問題なので一礼して少し軽くなった足を前に出した。
 
 が、途中踵を返して、
 
運転手「ん? どうかしました?」

女「後ろにある私の荷物、中身は運転手さんのお弁当になっているのでもしよろしければ待っている間に食べてください」

 ちょっとキョトンとした運転手さんの顔を一瞥してすぐに元来た道を小走りに進む。二、三歩行ったところでかけられた感謝の言葉に返事が出来ないことを申し訳なく思いながら私はビルの中に入った。
 
大家「――か、ん? あぁあれは私の連れだ」

 エントランス入ってすぐ、目のあった大家は目の前の人物に私を紹介していた。
 
 中央のゲートに射すように四隅から柵が置かれ、ゲート奥に行くには必ずそこを通らなければならない造りになっている。その向こう側のすぐ近くで黒い服で身を固めた男性二人、そのうち一人と大家が話をしている。
 
 そして、どうしていいか途方にくれている私に対して大家は軽く手招きをしてきた。
 
 呼ばれているので向かうと、ちょうどゲートをくぐったあたりで突然低音のブザーが頭上で鳴り響く。
 
女「ひゃっ!?」

 あまりに急なことに動揺を隠せないであたふたする私の元へ、一人でいた黒服の人が近づいて声をかけてきた。
 
黒服「失礼します。何か金属性の物をお持ちではありませんか?」

 言いながら一歩分距離を詰められ思わず二歩後ろに下がる。瞬間ブザーが鳴りやんだ。
 
 まだ困惑している私はすがるように大家のほうへ目を向けるがただただ笑みで返されてしまう。
 
黒服「金属性の物はお持ちですか?」

 もう一度、少し言葉尻を強調され言われもう一歩引きさがりながら胸からつま先まで視線を落とす。
 
女「あ」

 思いつく。というかそれ以外ない。
 
女「すみません。少し机をお貸しいただけないでしょうか?」

黒服「でしたらこちらをお使いください」

 黒服の人が勧めたのはすぐ横にあった机だった。
 
 そこで手にしていたバッグから該当するものを全て取り出す。
 
黒服「……これは?」

女「えっと、影打包丁です」

 並ぶのは十本の小包丁。影打包丁と言って、商売するために包丁を打ってもらうときお客に出す包丁が真打に対して、試食など自分で使うものを同じ日に同じ材料で一回り小さく作ってもらう。

今日はここまで

 単なる願掛けに近い、ローカルな風習なのだけれど。
 
大家「没収だな」

女「わっ、え!?」

 突然背後から声をかけられちょっと飛びあがってしまう。
 
大家「というかなんで包丁一式何ぞ持ってきたんだ?」

女「えっ、だって大家が勉強になるからって言うから……」

 私の発言にあぁ、と少しうなずいて、
 
大家「あれは料理に関してではないぞ?」

女「へ?」

大家「まぁいい。これは大事なものか?」

女「あ、はい。無くなるとお店開けないです」

 大げさかもしれないが嘘ではない。私たちにとって包丁は自分の伴侶と同じ扱いである。長期使用における寿命なら供養などもするほどなのに紛失など料理を作る資格がない。
 
 それを聞くと大家は近くの黒服の人に、
  
大家「私の客人の大事な荷だ、くれぐれも、な」
 
黒服「はい、必ず」

 そういうと机の下より数枚の布と大きな袋を取り出し丁寧に包みいれる。
 
 本当ならばそこも自分で行いたいのだけれど大家がいくぞ、と先に行ってしまったので心残りを振り払い足を動かす。
 
 ブー!
 
女「ふえっ!?」

大家「……」

 また鳴るブザーに先ほどの黒服の方が飛んで向かってくる。
 
 それを避けるように大家のほうを見ると半ばあきれたように目を向けていたのでふるふると首を横に振った。
 
大家「……昔手術かなにかしたか?」

女「い、いえ、一応健康体です……あ、いやっ」

 変なところで話を区切ってしまったせいか大家が大丈夫かと声をかけてくる。
 
 それに片手で平気と答えながら、悩む。
 
 ほんの少し、4、3秒の間を空けて、
 
女「すみません、もうひとつだけ持っているんですけどこれはお渡しすることができません」

黒服「その場合ですと中にお連れすることは叶いませんがよろしいですか?」

 質問にはい、と答えるわけにもいかず大家に助けを求めると、彼女はひどく悪い笑みでこちらを見ていた。

 ただ嫌な予感を感じるより早く、
 
大家「まぁ物を見ずにどうこう言ってもしょうがないからな。それくらいかまわんだろう?」

女「……はい」

 確かに人目に触れてはいけないという決まりはないがそれほど気持ちのいいものではない。
 
 しぶしぶだが、私はブラウスの裾を上げ、お腹に貼るようにしまってあるそれを手にとって、
 
女「この包みの中に小さな包丁が入っています」

大家「“自刃”?」

 掌の上には絹の紙布で包まれたものがある。その真ん中には自刃の二文字があった。
 
女「これ自体に名前はないですけれど食を生業にする人なら必ず肌身離さず持っていなければいけないものです」

大家「しかし“自刃”とは――」

女「別に自殺用というわけじゃないんです。ただ刃が特製で刺したり引いたりしても切れなくしてあります」

大家「ならただのなまくらか?」

女「いえ。押すと切れます。調理以外、特に包丁を使って人に仇なすことを戒めるため、普通とは逆に造り自らに刃を当てているのです」

 言い終わると同時にすぐそれをお腹にしまい戻す。
 
 言っている途中も思っていたが納得いかせる理由ではなくただの勝手な話をつらつらと話してしまい、少し頬が熱くなる感じを覚える。

 それでも大家はどうだ? と納得するよう黒服に声をかける。
 
 ただ、やはり彼は首を横に振り、
 
黒服「今日お集まりいただいた方方の安全のため、お渡しいただくか入場をご遠慮ください」

 言い終わり、そして一礼する。
 
 さりとてこちらも折れるわけにはいかないので退こうと思った矢先、
 
大家「なぁ――」

  何かが目の前を過ぎ、思わず目を固く閉じてしまった。
 
  直後に鈍い打撃音と振動が足を伝い、何事かと目を開いた時には状況が変わり過ぎていた。
 
  大家は目の前の黒服の人を転倒させその後頭部に拳銃を突きつけている。下にいる黒服の人も手にはナイフを握っているけれど大家が足で踏みつぶしていた。
 
  また、見ればゲートの向こうの人もこちらに銃を向けている。
  
 大家「――あの子より物騒な大人が三人もゲートをパスして凶器を持っているならあれくらい問題ないな?」
 
  一層強く拳銃を突きつける大家に、返事は来ない。

 しばらくの沈黙の末、ゲートの向こうより男性が近寄ってきて、
  
???「ミス・ターニャ! お戯れもほどほどに!」
 
大家「そっちの戯れにつき合わせておいてそれとは中央もずいぶんとえらくなったじゃないか! で、どうなんだい?」
 
???「……お手を取らせてしまい申し訳ございませんでした。どうぞ先にお進みください」

 その深深とした礼に一瞥もせず、乱れた服を軽く整えた大家は一人カツカツと先に進んでしまう。
 
 状況についていけずどうしていいかわからないがこのままでは大家においていかれてしまうので二人に軽く礼だけして私は後を追った。
 
 途中またブザーが短くなるも声をかけてくる人はいない。
 
 フロアを上がる途中、一度だけ振り返ると今だ礼をして立ち続ける背中だけが印象深く心に焼きついた。

今日はここまで

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