P「不思議な話」 (39)

日常以上ホラー以下のようなオムニバスをいくつか

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春香「桜」

これは、私の小さい頃の話なんだけどね。

家族で、お花見に行った時の話。

私は覚えてないんだけど、お母さんから聞いたの。

「ねえおとうさん、これなぁに?」

お父さんに肩車されてる私が、上を指差して言ったんだって。

「春香、これは桜だよ」

「あれも?」

今度は、その隣を指差すの。

「そうだとも」

「あそこのも? 全部桜ってゆうの?」

辺りを見回して、そう言うの。

「そうだよ」

お父さんは答える。

そして、私は訊いたんだ。

「じゃあ、このいっぱいあるピンクの木は、なんて言うの?」

って。

私はいったい、何を指差してたんだろうね?

あずさ「訪」

あら? 雨、降ってきちゃいましたね。

見てる分にはいいんですけどねぇ。

やっぱり、外に出ないといけない時は嫌ですよね~。


それはそうと。

この前も、雨降りましたよね? あの時の話なんですけど。


その日は私、家に帰るのが結構遅かったんです。
家って言っても、マンションですけど。

遅くにマンションに着いて、エントランスに入ったんですよ。

そしたら、雨の日ですから、割と濡れてたんですね。

でも、普通そういうのって入り口付近だけじゃないですか?

そうじゃなかったんです。

よく見ると、一人分の足跡が続いてたんです。

靴の跡じゃなくて、足跡が。


最初は、特に気にしなかったんです。

それが、エレベーターの前まで続いてたのも。
エレベーターの中にまでついてたのも。

けど、エレベーターを降りた時、その足跡がまだ続いてるのを見た時、少し怖くなって。

歩き始めながら、薄々思い始めたんですよ。

もしかしてこの足跡、私の部屋の前まで続いてるんじゃないかしら……って。


案の定、その足跡は、私の部屋の前で途切れていました。

しばらく迷ってからドアを開けると、やっぱり足跡がありました。

それは、部屋の方に続いてました。

靴を脱いで、奥に進むと、部屋の真ん中で、足跡は大きな水溜まりに変わってました。

それはまるで、人のような形だったんです。

サスペンスドラマでよく見るような、手を伸ばしながら倒れた人のような形の、水溜まりでした。

私は、とっさに手の伸びている方向を見ました。

すると、そこには……。

……ってあら?

すいません、もう時間なんで、次のお仕事に行ってきますね?

え? そこに何があったか……ですか?

大した物じゃありませんでしたよ?

除湿機です。
私、その日の朝、動かしっぱなしで家を出てたんです。

たぶん、そのせいで、水溜まりになっちゃったんだと思います。

あれが何で、どうして私の部屋に来てたのかは分かりませんけど……なんだか可哀想な気もしますよね~。

響「匂」

ねえ、ちょっと……いい?

自分の服の匂い、嗅いでみてくれないか?

え? 響はいい匂いだから気にするな?

ち、違う! そういうことじゃないぞ!

じゃあ、どんなことかって?

……とにかく、嗅いでみてよ。


どう? なんか変な臭いしない?

しない? 本当に?

しない?




……そっか、なら、いいよ。

ごめんね、変なことで時間とらせて。

うん、やっぱり気のせいだよね。

みんなにも訊いてみたけど、みんなそう言ってるし。

…………。

え? いや、大丈夫だぞ。

大丈夫、大丈夫だってば。

…………。

この前、自分、沖縄のロケに行ったでしょ?

あの時からなんだ。


ねえ、もう一回だけ、嗅いでみてくれない?

臭い、しない?

しないか?

海の匂い、しないか?

真「音」

プロデューサー! プロデューサーぁ!

聞いてください! 昨晩、おかしなことがあったんです!

え? 深呼吸……ですか?

すぅ……はぁ……。

すぅ……はぁ……。

……それじゃあ、えっと、昨晩のことなんですけど。

昨日ボクは、いつも通り日付が変わる前に寝たんです。

なのに、何故か昨晩に限って夜中に目が覚めちゃったんですよ。

時計を見たら二時だったから、もう一回寝ようと思ったんですけど……その前に、トイレに行くことにしたんです。

でも、そう思って廊下に出た時、聞こえてきたんですよ。

女の人の、苦しそうな声とか。

それと、ぐちゅっ、とか、ぐちゃっ、って水音とか……。

それから、何かがギシギシって軋む音とかもして……!

ボク、もう怖くて怖くて……!!

ねえこれ何の音だったんだと思います!? プロデューサー──

……って、なんで頭撫でるんですか?

え? 真は可愛いなぁ……?

って! いきなり何言ってるんですか!?

両親に訊いても、気にしないで寝ろって言われたからプロデューサーに訊いたのに……あぁもう!

プロデューサーのばかぁ!!

貴音「麺」

以前、わたくしが体験した話です。

その日、わたくしは街中を散歩しておりました。

しかし、何故か突然、とてもお腹が空いてきたのです。

ですから、どこか食事のできる店に入ろうと思ったのですが、そういう時に限って見つからず。

結局、三十分ほど歩いて、ようやく一軒見つけることができたのです。

店に入ると、客はおらず、ただ店主が一人。

それでも、空腹に耐えられなかったわたくしは、一杯のらぁめんを注文致しました。

しばらくして出てきたのは、いたって普通のらぁめん。

それでも、空腹は最高の調味料と言うように、そのらぁめんは大層おいしゅうございました。

ですが、ひとつ、違和感に気づきました。

減らないのです。

食べても、食べても、減らないのです。

どれほど食べていたのかは定かではありませんが、ゆうに一時間以上は食べていたでしょう。

流石に、わたくしも満腹感を覚え、

「もし、店主殿。申し訳ありませんが、残してもよろしいでしょうか……」

と、言いながら、顔を上げたのです。

すると、店主は、

「お代は結構ですよ」

と言うのです。

わたくしは驚いて、断ろうとするのですが、店主は、

「お代は結構ですよ」

と言って、頑なに代金を受け取ろうとしないのです。

余りに受け取りを拒むので、遂にわたくしは、代金を叩きつけて帰ってしまいました。


その帰り道、わたくしは、急に気分が悪くなり、こらえきれず、嘔吐してしまいました。

わたくしの口から出てきたのは、大量の麺。


ではなく。


大量の、髪の毛でした。 


長くて黒い、艶々とした、髪の毛。

驚いたわたくしは、即座に引き返し、先程まで食事をしていた店に向かいました。

しかし、再び店の扉を開いたわたくしの目に映ったのは、もう何年も人が出入りしていない様な、荒れた光景でした。


今はもう、その店の場所も、店主の顔も、思い出すことはできません。

ですが、ぽつんと置かれた、髪の毛が入った丼、それと、その傍に置かれた代金だけは、未だにはっきりと思い出せるのです。

やよい「埋」

私、お家の裏の空き地で、家庭菜園してるんです。

いろんなお野菜を植えたりしてるんですけど、これが結構、食費の足しになるんですよ?

ところで、二年ほど前のある日、その空き地の隅っこの土が、一度掘り返した後みたいになってたんです。

誰かが何か埋めたのかなーって思ったんですけど、掘り返すのもよくないと思って、そのままにしておいたんですよ。

そしたら、畑が駄目になっちゃったんです。

どういうことかというと、お野菜が実らなかったり、全然美味しくできなかったりしたんです。

それで、ずっと困ってたんですけど……。

最近、また普通にお野菜が実るようになったんです。

あれ? って思って、空き地の隅っこを見たら、穴ができてたんです。

まるで何かが、土から這い出た跡のような穴が。


結局、何が埋まってたんでしょうか?

伊織「喰」

あんた、私の家に来たことあったわよね?

だったら分かると思うけど、うちの庭って、結構広いのよ。

庭師とかもいるんだけど、それでも管理しきれない部分がどうしてもできちゃうのよね。

しょっちゅうそこらのペットが迷い込んで住み着いたりしてるわ。

そういうわけで、この前執事に、犬が出るらしいから気をつけてって言われた時も、いつものことだと思ってたの。

だからつい忘れて、昨日、ジャンバルジャンの散歩してたのよ。

そういうのが出たら、すぐに猟師みたいなのがなんとかしてくれてたから、油断してたのかもしれないわね。

え? ジャンバルジャンって何? ですって?

私の飼ってる犬の名前よ。それくらい知っておきなさいよね。


それでね、歩き始めてしばらくしたら、ジャンバルジャンが止まったの。

そして、一歩も動かないのよ。

まるで、何かに怯えてるみたいに。

不思議に思ってると、変な音が聞こえてきたの。

ピチャ、とかなんとか。

とにかく、そういう音が。

ジャンバルジャンは動かないから、仕方なく、私一人で音の正体を確かめに行ったわ。

そしたら、女が一人、こっちに背を向けてうずくまってたの。

見慣れない後ろ姿だったから、

「誰?」

って訊いたのね。

そしたら、その女、そのまま振り向かないで、もの凄い速さで逃げ出したのよ。

四つん這いで。

あっという間に、茂みの中に入って行って、見えなくなったわ。

はっとして、その女のいた所を見たら、あったのよ。

血溜まりと、犬の死骸が。


すぐに家の中に戻ったわ。

そして執事に命じて庭をくまなく捜索させたんだけど、結局あの女は見つからなかった。

もうおちおち一人で出歩けやしないわ。

だって、顔も知らないあの女に、いつどこで出くわすか分からないのよ?

あの女が食べるのが、犬だけだとは……思えないでしょ?

雪歩「別」

それは、一人で事務所にいた時のことでした。

何気なく壁を見たら、白い壁に、黒い点があったんです。

なんだろう? まさか、ゴキブリ?

そう思って近づくと、それは、穴でした。

五百円玉くらいの大きさでした。

私は、目を、そっと近づけて、中を覗いてみました。

見えたのは、見慣れた765プロの事務所でした。

ただし、今の事務所よりも、もっと、ずっと、汚れて、荒れていました。

薄暗いその事務所には、人が、一人だけいました。

それは、私でした。

昔よく着ていた服を身につけて、誰もいない事務所で一人、お茶を飲んでいました。

疲れたような顔、目には隈、私よりも少し痩せた彼女は、とても悲しそうで。

そんな彼女を見ていると、突然、涙が溢れてきました。

自分でもよく分からなかったけれど、なんだか、申し訳ないような気持ちになっていました。

涙で歪んだ視界の中で、彼女は歌い始めました。

その歌声は、私の声とは、少し違う声でした。

ですが、そんなことは気にならず、私はただただ聴き入っていました。

どれくらい時間が経ったでしょうか。

気がつくと、彼女は歌うのを止め、こっちを見ていました。

すると、私は何故か眠くなりだし、目を開けるのも辛くなっていきました。

そんな中で、彼女は、口を開きました。

「─────。────」

私は、まどろみながらも、確かにその声を聞きました。



目を覚ました時、事務所にはみんなが揃っていました。

壁に目をやると、穴はなくなっていました。

夢のようなその出来事は、今でも私の胸に、深く、深く、刻まれています。

おまけ

小鳥「独」

「夏になると、怪談とかよく聞きますよね」

「そうですね」

「律子さんは、何か怖いものとかありますか?」

「うーん。強いて言うなら、この事務所ですかね」

「え?」

「あ、いえ、なんでもないですよ。それで? そういう小鳥さんは、あるんですか? 怖いもの」

「そうですねぇ……今は、ご縁が怖いですかね……」

「え? …………ああ、なるほど」

以上でおわりです
ありがとうございました

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