鬼灯「は? 蟲師の生者が迷い込んだんですか?」(33)

ギンコ「……」クク サク

ギンコ(雪がまた降り出す前に山を抜けたかったが……)クク

ギンコ「こいつは覚悟せにゃならんな」クク

ギンコ「いい加減、一晩凌げる場所を探すかね」サク

ギンコ「しかし……」クク

木々「」ザザ バサァ

ギンコ「何時になったら着くのかねぇ」

ギンコ「……」クク サク

人影「」ユラ

ギンコ「なんだ? 何かいたような」

ギンコ「しかしこんな雪降る山深い地に、そうは人もいるまい」

ギンコ「……」


ギンコ「洞窟か……」サク

ギンコ(もし蟲絡みならあまり聞いた事も無い。調査はしたいが無闇に踏み込むのも……)

ギンコ「もう少しだけ調べてみるか」

シロ「キャラメ~ル♪ てんごく~♪」

柿助「お、シロー」

ルリオ「シロも今上がりか?」

シロ「うん! これからご飯食べに行くところ! 一緒に行く?」ハタハタハタ


ギンコ「……」ボウゼン

シロ「あれ? あの人なんだろ?」

柿助「亡者じゃないよな」

ルリオ「鬼でもなさそうだな」

ギンコ「お前さん達喋れるのか。俺は旅の蟲師のギンコってもんだが、ここは何処なんだ?」

シロ「ここは不喜処地獄だよ」

ギンコ「なに、地獄だと。まさか倒れてそのまま凍死しちまったのか」

ルリオ「裁判を受けずにここに来たのだったら臨死体験とかじゃないのか?」

ギンコ「だとしたら早いとこ戻らにゃ取り返しのつかん事になるな」

柿助「でも現世の人がこっち来れちゃうなら報告しないといけないよな」

シロ「ギンコさんが来た所までついていっていーい?」

ギンコ「……」

ルリエ「行き止まりだな」

シロ「ここから来たんだよね?」

ギンコ「ああ……どうなってやがる。狐にでもつままれたかね」

柿助「鬼灯様に言った方がいいかもね」

ルリエ「俺達もあっちに行くし連れて行った方が早いな」

ギンコ「すまんね。世話になる」

シロ「鬼灯様ー!」ハッハッハッ

鬼灯「おや、シロさん。どうかしましたか?」

柿助「裁かれていない人が不喜処地獄にいたんで連れて来ましたー」

鬼灯「そうですか、ありがとうございます」

ギンコ「旅をしながら蟲師をしているギンコってもんだ」

鬼灯「これはどうも。私は閻魔大王第一補佐官の鬼神で鬼灯と申します」

ギンコ「そりゃまた随分とお偉いさんじゃねえか」

鬼灯「いえいえ、地味なものですよ」

鬼灯「それでどういった状況ですか?」

ルリオ「通ってきたという場所はただの岩の壁でして」

鬼灯「後でその場所の地図を……もしやこの辺りでしょうか」ガサ

シロ「あれ? 同じ位置だね」

鬼灯「現世に通じる穴が見つかったので塞ぐよう指示しておいたんですよ」

鬼灯「もしかしたら入れ違いで穴を塞いでしまったのかもしれませんね」

ギンコ「だとしたら、俺が山の中で見たのは穴の確認に来た鬼って事か」

ギンコ「現世でとんでもないもんを見ちまったもんだ」

鬼灯「大変失礼しました。作業に当たった者には厳重に注意をしておきます」

鬼灯「責任もって貴方を現世にご案内します」

ギンコ「すまんね。早いとこなんとかならんかね」

鬼灯「現世のどのあたりからこちらに来たか覚えてらっしゃいますか?」

ギンコ「この辺りかね」ガササ

鬼灯「今の時期は雪で大変でしょう。現世とあの世が繋がってしまったのには、こちらに非があります」

鬼灯「ギンコさんの方で問題が無いようでしたら、望まれる方角の麓にお連れしますよ」

ギンコ「そいつは助かるが俺の体も持っていってもらえるのか」

鬼灯「はい? 体?」

柿助「ギンコさんは臨死体験じゃないんですか?」

鬼灯「ああ、そういう事ですか。貴方は肉体ごとこちらに来ています、正真正銘の生者ですよ」

鬼灯「なので急いで現世に帰らないと本当に死ぬという事はありません」

ギンコ「そいつを聞いて安心したぜ」ハァ

シロ「じゃあギンコさんは昆虫採集でもしていくのー?」

鬼灯「ああシロさん。蟲師というのは昆虫とは関係の無い生業なんですよ」

柿助「え? じゃあムシってなんですか?」

鬼灯「蟲というのは昆虫ではなく、命に近い存在ですよ」

鬼灯「幻でも無いし物理的存在する訳ではないですが、影響を及ぼしてくるもの、と言われています」

ギンコ「へえ……あんた、随分と詳しいんだな」

ギンコ「地獄にも蟲はいるんかね」

鬼灯「いえ、蟲師の亡者から話を聞いているだけで、地獄にはいませんよ」

鬼灯「光脈もありませんし、死んだ蟲もこちらに来ませんからね。案外、光脈そのものが蟲の輪廻に繋がっているのかもしれません」

シロ「光脈ってなあに?」

ギンコ「蟲であるとも蟲になる前の姿であるとも言われる命の源の水、光酒ってもんがある」

ギンコ「こいつは地の底の真の闇の中を水脈のように流れているんだが、そいつを光脈と呼んでいるんだ」

鬼灯「あ、そうだ」

鬼灯「もしよろしければ光酒を少し分けて頂けませんか?」

鬼灯「何分、来るのは亡者で荷物はありませんし、現世に視察に行ってもそうは蟲師の方に会えませんし」

鬼灯「蟲師の方の供物にはそうした品が入る事もそうそう無いですからね」

鬼灯「変わりに何か必要な物がありましたら仰って下さい。可能な範囲で対応します」

ギンコ「そりゃ構わんが俺も手持ちはそう多くないからな」

ルリオ「どうするんっスか、そんな凄い物」

鬼灯「光酒は現世で最も美味とされているものですからね。それに百薬の長でもありますので」

ギンコ「しかし必要な物と言われてもな。地獄から持ち出して良い物なんぞそう多くはありゃせんだろ」

柿助「それだったら少し地獄を案内してみるとかいいんじゃないかな?」,,ギャア

鬼灯「なるほど……現世で口外しないと約束して頂けるならそれも有りですね」..ギャァ

シロ「ギンコさん行こーよ!」..オギャァ

ルリオ「と言っても場所によっては生者には暑過ぎるんじゃないか?」..ギャア

ギンコ(……? この泣き声は一体……)

鬼灯「どうでしょうか?」

ギンコ「特に必要なもんも無いし、地獄を案内してもらうかね」

ギンコ「ところで聞きたいんだが、賽の河原でも近くにあるのか?」

鬼灯「いえ、ここから少々離れた所に……ああ、この泣き声でしたら」

金魚草「オギャアアァアアァァァ!!」

ギンコ「……」

シロ「わーギンコさんが固まってるー」

柿助「いや……生者じゃ余計にこれはきっついだろぉ」

ギンコ「こいつは一体……植物なのか? 金魚なのか?」

鬼灯「さあ、どうなんでしょうね。詳しくは分かっていませんよ」

金魚草「オギャア……オギャアア……オギャ」チマ

ルリオ「これだけ泣き声が変じゃないか?」

鬼灯「ああ、その株は弱っているんですよ。中々回復しないですし、病に冒されているかもしれません」

鬼灯「他の株に影響しても困るので、植え替えようと思っていたところです」

鬼灯「そうだ。金魚草は滋養強壮に良く効きます」

鬼灯「ご自身でお使いになられる分でしたら、薬にしたものでもどうでしょうか?」

ギンコ「地獄の薬を生きているヒトが使っても大丈夫なもんかねぇ」

鬼灯「滋養強壮のサプリメント、栄養補助ぐらいでしたら、量を減らせば問題ないでしょう」

柿助「冷静に考えるとさ……」

シロ「うん」

柿助「今凄い取引の話をしてるよな……」

シロ「鬼のサプリメントを生者が使うって事だもんね……」

……
鬼灯「とまあ、生者の方でも見られるところですとこんな感じですね。どうですか?」

ギンコ「観光としちゃあ面白かったぜ」

鬼灯「それは良かったです」

ギンコ「そういえば死んだ蟲師もここに来るそうだな。やはり専用の地獄ってのはあるのかね?」

鬼灯「蟲師の人口を考えると、無闇に地獄を増やす訳にはいきませんからね」

鬼灯「それに蟲を使って悪行をしたとしても、結果的には既存の罪と被ります」

鬼灯「大抵は嘘だったりでっち上げだったりしますので、大半は大叫喚地獄行きですよ」

シロ「へ~」

鬼灯「蟲の所為にして治療のふりしたり、一番多いのは自ら蟲を放ってそれを解決……まあマッチポンプですね」

ギンコ「なるほどな。そういう輩もしっかりと地獄に落ちているんだな」

鬼灯「その点は安心して下さい。蟲師だろうと何だろうとしっかりと呵責していますので!」クワッ

ギンコ「そいつは怖い。死後は俺も地獄行きかねぇ」

ルリオ「アンタ、何かやらかしたのか」

ギンコ「昔、山の主殿に不味い事をしてしまってね」

鬼灯「……」

鬼灯「ああ、貴方がそうでしたか」

鬼灯「次の主となる卵を割ってしまったそうですね。木の精の木霊さんから聞いた事がありますよ」

鬼灯「貴方も聞き及んでいるかと思いますが、あの山はあの後、無事新しい主が生まれました」

鬼灯「状況が状況だったのと、故意的に行ったのではないので罪には問わない、という事で決まっていますよ」

シロ「やったねギンコさん! 他にも悪い事してない?」

柿助「何で悪い事している前提の聞き方なんだよ……」

ギンコ「さてねぇ……お天道様に胸を晴れる生き方をしたいが中々そうもいかんからね」

鬼灯「旅をしながらであれば、解決すべき蟲の現象が住民の支えになっている事はよくありますからね」

鬼灯「全うな蟲師の方ですとそこが一番判断が難しいものです」

鬼灯「ですが情状酌量となる事が殆どなので」

鬼灯「死後を気にして救える人を見過ごそう、と無理して頂かなくて結構ですよ」

ギンコ「そいつは聞けて良かったよ」

鬼灯「もうこんな時間ですか」

ギンコ「それじゃあ俺はそろそろ現世に帰らせてもらうかね」

鬼灯「ではこちらがサプリメントになります。全て滋養強壮のものとなっていますので」

ギンコ「光酒はこんなもんで勘弁しちゃもらえんか?」チャプ

鬼灯「そんな勘弁だなんて。貴重な物をこんなにありがとうございます。では現世へ案内しますね」

ギンコ「すまんね」

シロ「ギンコさんばいばーい!」

ギンコ「ああ、お前さん達も達者でな」

数日後
シロ「コンピューターおばあちゃ~んコンピューターおばあちゃ~ん」

柿助「……」テコテコ

ルリオ「? 閻魔殿にあんなでかい木なんてあtt」

「オギャアアアアアアアアアアア!!」

シロ「ひぁっ!」ビクッ

柿助「な、なんだ?! 金魚草?!」

ルリオ「鬼灯様の金魚草畑の方だが今だかつてないボリュームだったな」

金魚木「」モリ

シ柿ル「」

シロ「え……? なんで……」

柿助「ほんの数日で成長しすぎじゃね……」

ルリオ「明らかにおかしいだろこれ」

鬼灯「おや、そんな所でどうしましたか?」

シロ「あ、鬼灯様ー! あの金魚草どうしたんですか?」

鬼灯「あれですか。あの後、薄めた光酒を弱っていた金魚草に与えてみたんですよね」

シロ「え?」

鬼灯「そうしたら見る見る育ちましてね」

柿助「伸びていくのが視認できる勢いなんじゃ……」

鬼灯「今度、現世に視察しに行ったらギンコさんに手紙を出して、また光酒を分けていただきましょう」

ルリオ「アンタ、これ以上あれを大きくするのか」

鬼灯「ここまで来たらいっそ大樹になってもらいたいですからね」

金魚木「オギャアアアアアオギャアア! オギャアアアアァァァアア!!」

鬼灯「おお、素晴らしい! これほど気持ち悪い泣き声は中々聞けませんよ!」

シロ「えー……」

柿助「というかここ、これからずっとこんなのがいるのか……」

ルリオ「騒音問題にもなるな」


   鬼灯「は? 蟲師の生者が迷い込んだんですか?」   終

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