グリP「このシールシートかわいいな!」(42)

桃子「あ~今日も一日疲れた」

グリp「お疲れ様、桃子」モミモミ

桃子「たくさん歌ったから桃子ノドが痛いな。お兄ちゃん、のど飴もってる?」

グリp「持ってるよ」サッ

桃子「じゃ、帰ろうかな」

グリp「はいはい座席へどうぞ」ガチャ

桃子「ちょっと眠りたいな」

グリp「シーツと枕。一時間後ぐらいに到着するから寝てていいよ」

桃子「ありがとう、車だして」

グリp「(ここのところ毎日が充実している)」

グリp「(桃子もオレも順風満帆。桃子はポテンシャルも高いし、彼女の波長にオレも合わせられるようになってきた)」

グリp「(あとは桃子の才能を磨きつつ、仕事後のケアに意識を向けて。さすれば、おのずと大きな仕事も舞いこんでくるはずだ)」

グリp「(最初は落ちぶれたワガママな子役だと思っていたが、素はいい子だしセンスもある)」

グリp「(彼女を腐らせないように、オレも細心の注意を払わなければ……)」

グリp「(そろそろ桃子が事務所に戻ってくるな。出迎えの準備をしないと)」

桃子「ただいま、お兄ちゃん。戻ったよ」

グリp「おかえり桃子、お昼食ったか?弁当買ってあるけど」

桃子「ちょうだい、ジュースある?」

グリp「ああ。冷凍庫のほうに入ってるわ」

桃子「あれ、お湯も沸かしてたの?」

グリp「そっちはオレのコーヒー用」

桃子「ああそう」

グリp「オレも休憩だから、一緒に食おうか」

桃子「いいよ」

グリp「プロフィールの好きなものにホットケーキって書いたじゃん」

桃子「書いたよ、桃子ホットケーキ好き」

グリp「あれ、本当なんだ」

桃子「どういうこと?」

グリp「桃子たまーに猫かぶるじゃん、子供の皮みたいな。ホットケーキなんて、子供がいかにも好きそうだからさ」

桃子「こういうこと書いとけば、ファンは喜ぶかなって?」

グリp「そういうこと」

桃子「桃子、プロフィールぐらい正直に書くよお兄ちゃん」

グリp「ごめんごめん、つい勘ぐっちゃって」

桃子「桃子まだ子供だし、いいじゃんホットケーキ好きでも」

グリp「あ、いや……。やっぱりかわいいな桃子は」

桃子「…………」

桃子「きのう収録した番組だけど、どうだった?」

グリp「帰りの車の中で何回も言っただろ、ゲストの中じゃあ桃子が一番だったって。存在感でてたし、司会者とも調子が合ってたし。器用で周りが見えてる、桃子はこれから大成するよ」

桃子「桃子の感想は分かったよお兄ちゃん。……で、どうだった?」

グリp「え?」

桃子「桃子、番組の感想が聞きたいな」

グリp「あ、ああ。そっちか」

桃子「うん」

グリp「…………あはは、そうだなあ」

桃子「桃子の評価は準備できても、番組の感想はすぐに出てこないんだね」

グリp「ええー、オレは桃子みたいに口達者じゃないし」

桃子「そういう問題かな、お兄ちゃん」

桃子「桃子、ぜんぜん手応え感じなかった」

グリp「そ、それはないぞ桃子!桃子はしっかり……」

桃子「桃子はしっかりしてた、でも番組全体が微妙だったよ。桃子、思うんだけど。ディレクターの人がダメな大人だった。周りのスタッフがカバーするんだけど、そのフォローも受けつけない人で」

グリp「お、おお」

桃子「お兄ちゃん、こんど言っておいて」

グリp「さ、さすがにディレクターさんにダメだしはできないなあ。あっはっは……」

桃子「あの番組、見ててつまんないよ」

グリp「ダメだぞ桃子、出演させていただいている番組を悪く言っちゃ~」

桃子「しょうがないじゃん、桃子わかっちゃうんだもん。ダメなところがいっぱい」

桃子「お兄ちゃんに貰った、いままでの放送ビデオもひと通り見たけれど、テコ入れいっぱいしてたね。いくらなんでもダメってことぐらいは気づくんだね」

グリp「も、桃子……」

桃子「でも企画を変えてもムダだよ。ダメなのは企画でも構成でもなくて、人間のほうだから」

グリp「だ、だれも来てないよな事務所に」キョロキョロ

桃子「大丈夫だよお兄ちゃん、今日は事務所にお客さんは来てないから。桃子、さっき確認したから」

グリp「はあ……ああそう」

桃子「お兄ちゃん、このお弁当おいしいね」

グリp「(これがホットケーキ好きの子供かよ……)」

桃子「どの現場にもダメな人って一人はいるものなんだね。桃子、さいきん気づいたよ」

グリp「そんなことないぞ、みんなその道のプロなんだから」

桃子「技術じゃなくて性格の問題かな。まあ気の利いた人がそれを補うんだけどさ」

グリp「社会にはいろいろな人がいるから、そういう風に感じるもの仕方ないかもなー」

桃子「桃子も、子役のころはダメな人だったな」

グリp「え?!」

桃子「お兄ちゃんは、出世してもダメな大人にはなってほしくないなあ……」

グリp「が、頑張るよ!」ドキドキ

桃子「その前に、お兄ちゃん出世できるかなあ……」

グリp「も、桃子が!桃子がいればあっという間だって」

桃子「…………あっそう」

グリp「さて、ご馳走様!(胃が痛え……)」

桃子「午後のスケジュールは?」

グリp「昨日の歌のレッスンの続きだな、いよいよ本格的になってきた」

桃子「桃子、歌はヘタだからな。そろそろ実力的に限界かも」

グリp「練習すればだれだってウマくなるぞ」

桃子「だれだって、ってレベルじゃダメなんだよ。お兄ちゃん」

グリp「そ、そうだな。……でも、歌って上手下手じゃなくて、ファンの人のためだから」

桃子「それすら実力なんだよ、お兄ちゃん。人様に喜んでもらうのね」

グリp「も、桃子。お前だいじょうぶか?」

桃子「ごめん。桃子、言い過ぎた。いまの聞かなかったことにして」

グリp「…………」

桃子「そういえば、新しいシール買ったんだ。箱に移しておかないと」

グリp「なんだ、その菓子折りみたいな箱は」

桃子「桃子の宝箱、かわいいシールをここに集めておくの」

グリp「そうか!(よかった、子供らしい趣味で)」

桃子「仕事に煮詰まったときとか、ストレスが溜まったときは、このシールを眺めて癒されるの」

グリp「そ、そうか(趣味の目的が子供のソレじゃねえ……)」

桃子「この箱は三つ目。あとの二つはいっぱいになっちゃって」

グリp「へえ、たしかに可愛い系のシールだな。キャラものとか、ロゴとか、ハートマーク」

桃子「うん。たくさん並べると綺麗でしょ?」

グリp「並べても綺麗だけど。……あっ、このシールシートかわいいな!」

桃子「お兄ちゃん見る目があるね。それ、桃子のお気に入りだよ」

グリp「動物のシールか、細かいとこがよくできてるなあ」

桃子「………………うーん」

グリp「きゅ、急に黙ってどうした?」

桃子「あげる」

グリp「は、ええ?」

桃子「それ、あげるよお兄ちゃん」

グリp「あ、ありがとう……」

桃子「宝物なんだから、桃子と同じぐらい大事にしてよね」

グリp「おう、分かったよ」

桃子「よしっ午後も桃子頑張る!」

グリp「ああ頑張れ!」

prrrrrrrr……

グリp「今日は電話が多いな……」

(ご無沙汰しております――ひな壇にアイドルを3人――打ち合わせを某日に――サイン会の企画を――こちらの件で謝罪の――雑誌の記事を――番組のアンケート――)

グリp「メモ帳がごちゃごちゃしてきた」

(子役の経験のある周防桃子さんに連載ドラマの出演をぜひ)

グリp「ほ、本当ですか!ええ、詳しい話は後ほど!」

グリp「(やった、ついに鉱脈を掘り当てた!あとは桃子の実力で成功の一本道っ)」

グリp「(出世できるぞ桃子、オレもお前も!)」

グリp「(この仕事のメモは見えやすいところに……一段目の引き出しに貼っておこう。そうだ、桃子から貰ったシールを)」ペラッ

グリp「(わ、わくわくしてきた……)」ドキドキ

グリp「(よかった、プロデューサーを始めて)」

グリp「(よかった、桃子のプロデュースができて)」

桃子「だたいま、お兄ちゃん。戻ったよ」

グリp「おう早かったな、今日はもう終わり?」

桃子「うん。あんまり身体に負担にならないようにって」

グリp「じゃあ帰ってすぐに休まないとな」

桃子「桃子、もうちょっと事務所にいようかな。お兄ちゃんまだ仕事あるでしょ」

グリp「お、そうか。別にオレに気を使わなくても」

桃子「っ、お兄ちゃん……シール、なんで?」

グリp「ああ!それか、じつは桃子にドラマの」

桃子「なんでシール使っちゃうの?!」ガタッ

グリp「ビクッ!」

桃子「…………」

グリp「…………」

桃子「言ったよね、それ桃子の宝物だって」

グリp「え、あ、ああ。だからここ一番の仕事のメモに」

桃子「桃子と同じぐらい大事にしてって……言ったよね」

グリp「だ、大事に使ったけど」

桃子「桃子を、……使う、……ふうん」

グリp「も、桃子。肩こってないか、揉んでやろうか」

桃子「触らないで!」パシッ

グリp「ぐあっ?!」

桃子「桃子、もう帰るね」

グリp「まって、いま車」

桃子「電車で帰れる、ばいばい」

グリp「桃子、待て!」

桃子「…………」ギロッ

グリp「うっ……」

バタンッ

グリp「…………」

グリp「(桃子、泣いてた、……よな)」

グリp「な、なんであんなに怒って」

グリp「……シール、使ったから?」

グリp「桃子、おっす!」

桃子「…………」

グリp「今日は車で移動だ、現場でつきっきりだから!」

桃子「…………」

グリp「夜は、直接家まで送ってくからな!」

桃子「…………」フイッ

グリp「(いやいやいやいやいやいや、引きずってるぅ)」

グリp「お疲れ桃子っ!」

桃子「…………」

グリp「ちゃんと実力発揮できたな、これなら次の仕事にも繋げられそうだ」

桃子「…………」

グリp「ところで、今日の夕飯なんだが」

桃子「お兄ちゃん」

グリp「なんだ桃子?!」

桃子「必要なとき以外話しかけないで」

グリp「」

桃子「お兄ちゃんと桃子はビジネスライクな関係だから、分かった?」

グリp「……うん」

桃子「桃子、もう寝る」

グリp「それなら助手席にシーツが」

桃子「いらない、車の暖房暑いから」

グリp「枕は?」

桃子「おやすみ」

グリp「お、おやすみ桃子」

グリp「(グッバイ、オレの出世)」

グリp「……というわけなんだけど」

星梨花「むずかしいお話ですね」

グリp「そもそもシールを使ったのがアウトだったのか?」

星梨花「単純に考えればそうなりますね。桃子さんにとってプロデューサーさんに託したシールは、形の欠けてはいけないものだったと」

グリp「消耗品なのに、高価なモノでもなし」

星梨花「プロデューサーさん、そういう発想がダメなのですよ!」

グリp「うう……」

星梨花「そうですね、言うならプロデューサーさんがわたしにウェッジウッドのティーカップをプレゼントしてくれて、そのティーカップを翌日に割ってしまう感じですか」

グリp「高級ブランドのコップを13歳にプレゼントするほどオレは器の大きい男じゃないけどね」

星梨花「そしたら、プロデューサーさんは怒りますか?」

グリp「うーん……」

星梨花『うわあああん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!せっかくプロデューサーさんがわたしのためにプレゼントしてくれたのに、それを割ってしまうなんてごめんなさいごめんなさい!』

グリp「かわいい」

星梨花「え?」

グリp「いや、なんでもない」

星梨花「そうすると、どうやって謝るのが正解なのでしょうか」

グリp「とにかく謝って謝って謝りまくって謝り倒すか」

星梨花「え?」

グリp「さすがの桃子でも大の大人が土下座すれば動転するはず。その勢いで許してもらえば」

星梨花「11歳相手に容赦無いですね、プロデューサーさん」

グリp「桃子を11歳の女子だと思うと痛い目見るぞ」

星梨花「……そんな考えじゃ、桃子さんが怒るのも当然ですよ」

グリp「……というわけなんだけど、桃子に土下座ってそんなにマズいか?」

百合子「子供に土下座って時点でマズいです」

グリp「現状がすでにマズいんだよ、早くなんとかしないと」

百合子「仮に許してもらえたとしても、以前のような関係に戻れませんよそれじゃあ」

グリp「じゃあ百合子だったら、どうしたら許してくれる?」

百合子「絶対に許さない」

グリp「……え?」

百合子「言わば桃子ちゃんのシールはコレクションです。さらに、それを眺めてフラストレーションを発散するのでしょう?」

グリp「そう言ってたな」

百合子「たとえるなら、それは私にとっての本です」

グリp「ほうほう」

百合子「本を読むのはもちろん、私はコレクションした自室の本棚を眺めているだけでも楽しいんです」

グリp「つまり桃子のシールと同じだな」

百合子「で、その本を好きな人に一冊渡して。それが汚されたり、破られたりしたら」

グリp「うんうん」

百合子「私はその人を一生許さない」

グリp「」

百合子「あ、今のセリフかっこよくないですか?」

グリp「……ははは」

育「元気出して!プロデューサーさん!」

グリp「ついに10歳に激励されてしまった」

育「正直な気持ちを桃子ちゃんに話してあげて。そうすれば前みたいになかよくなれるから!」

グリp「桃子も、この子ぐらいの素直さがあれば……」

育「桃子ちゃんは素直な子だよ!」

グリp「そもそも、なんでオレ桃子の言うことを聞いてきたんだろう。あんな子供につき従って」

育「プロデューサーさん、桃子ちゃんのことを悪く言わないで!」

グリp「それに比べて育は見てるだけで癒しが」

育「……プロデューサーさんキライ」

グリp「…………え?」

育「桃子ちゃんと仲直りするまで、私もプロデューサーさんとは話したくない!」サッ

グリp「え、……え、マジで?」

グリp「(アイドルに相談するたんび株を落としてないかオレ)」

グリp「(つまり、間違いなく悪いのはオレなんだよな)」

グリp「(……ダメだ、育の一発で完全に自信が、ああ)」

グリp「(し、しばらく有給休暇を……)」

グリp「(いや、プロデューサー辞めようかな)」

グリp「(もうすぐ、桃子が帰ってくる時間)」

グリp「(オレが帰りたいわ、もう)」

グリp「(なんなら眠っていたい、ここのところちゃんと寝てないし)」

グリp「(……ああー、しまった。眠気を意識したら、本格的に眠くなってきて)」

グリp「…………グーグー」

グリp「はっ!」

風花「あら、おはようございます~」

グリp「ね、寝てた?!いま何時!」

風花「夜中の10時です」

グリp「ああああ桃子ーー!」

風花「彼女は帰りましたよ」

グリp「……え、このシーツ」

風花「帰ってきた桃子ちゃんが寝ているプロデューサーさんを見るなりね、すごかったですよ~」

グリp「な、……いったい何が?」

風花「真っさきにプロデューサーさんのジャケットに手を突っこんで」

グリp「え?」

風花「いつもお兄ちゃんは、ここから車のカギを出すからって。うふふ、よく見ているんですね~」

グリp「そ、それで?」

風花「一目散に飛び出して行ってね、駐車場に向かったんでしょうね。それから車の中からシーツを取り出して」

グリp「も、桃子……」

風花「プロデューサーさんにシーツをかけてね。熟睡するプロデューサーさんの横顔をじっと見つめて」

グリp「…………」

風花「悲しそうな顔してましたよ」

グリp「…………桃子」

風花「11歳の女の子に、なんて顔させるんですか?」

グリp「べ、別にオレのせいでは」

風花「見かねた同僚さんがね、プロデューサーさんを叩き起こそうとしたんですが」

グリp「あう……」

風花「その行く手に桃子ちゃんが立ちふさがってね」

グリp「…………」

桃子『お兄ちゃんが疲れて寝てるのは桃子のせいだから、お兄ちゃんのことは放っておいて!』

風花「それはもう事務所全体に響き渡る声量で」

グリp「最近、ボイトレを始めたんだ。桃子は」

風花「それでも起きなかったプロデューサーさんは、もう死ぬほど眠かったんですよね」

グリp「……ぐぅ」

風花「信頼されてますね、プロデューサーさんは」

グリp「それは違います」

グリp「桃子とオレはビジネスライクの関係ですから」

風花「へえ、そうなんですか」

グリp「桃子にとってオレは小間使いなんです。便利な世話係って感じの」

風花「私には、そうは見えなかったんですがね~」

グリp「別にいいんです、桃子がアイドルとしてステップアップするなら。彼女に献身するのも苦痛じゃない」

風花「……またまた、寝言ですよねプロデューサーさん」

グリp「え、風花さん?」

風花「あんまり桃子ちゃんを、アイドルをバカにしないでくれませんか。いまのプロデューサーさん、ちょっと不快でした~」

グリp「(ま、……また。やっちまったのか)」

風花「聞きましたよ、桃子ちゃんのシールシートの件」

グリp「う、噂になってます?」

風花「うふふ、わりと」

グリp「ガクッ」

風花「桃子ちゃんは、プロデューサーさんに歩みよろうとしました。それなのに、あなたは彼女を突き放すようなことを」

グリp「シールを使った件ですか?」

風花「もう少しプロデューサーさんに、桃子ちゃんのことを理解しようとする心があれば。桃子ちゃんのパートナーになろうとする意志があれば。そのシールをプロデューサーさんに渡した重要性が、桃子ちゃんが宝物をプロデューサーさんに渡す必要性が、もっと感じ取れたはずなんです」

グリp「……風花さん、オレはどうすれば」

風花「腹の中をしっかり桃子ちゃんにぶつけてあげてください」

グリp「でも、桃子はもうオレの話は」

風花「聞いてくれます。黙っていても、一方的に話しかけて下さい。本当に嫌なら、桃子ちゃんなら上手に逃げますよ」

グリp「もうすぐ春なのになかなか暖かくならないな」

桃子「…………」

グリp「こりゃ、今年のお花見は比較的遅くなりそうだ」

桃子「…………」

グリp「ド新人のオレは参加したことないけど、ウチの事務所も春に花見イベントするって」

桃子「…………」

グリp「前、桃子がおいしいって言ってくれた弁当屋。あそこからも発注できるぞ。何か食べたいものがあったら言ってくれよ」

桃子「…………」

グリp「なんでもいいぞ、なんならオレのおかずと取りかえっこしてもいいし」

桃子「…………」

グリp「(こんな他愛のない話じゃないんだ、桃子の聞きたいことは)」

グリp「次の現場まであと30分ぐらいあるな。それまで、車の中で桃子と二人っきりだ」

桃子「…………」

グリp「聞いたよ桃子、熟睡しているオレにシーツかけて、さらに熟睡しているオレのために叫んでくれたんだって?」

桃子「だれ?」

グリp「ん?」

桃子「だれよ、言ったのは」

グリp「さあ、だれだったっけ」

桃子「…………ッチ」

グリp「悪かったな、寝ちゃって」

桃子「…………」

グリp「正直、あのとき桃子と顔合わせたくなかったんだ。いっそ眠っちゃいたいって。そうしたら本当に眠っちゃって」

グリp「最低だよ、オレは。桃子を怒らせたのに、桃子のことを考えられなくて。そこから逃げるなんて」

グリp「それなのに、オレが逃げている一方で、怒っても桃子は毎日ちゃんと仕事をこなしていて」

グリp「結局、オレってなんなんだったんだろうな。いてもいなくても変わらないじゃん。それどころか桃子の負担になって」

グリp「そんなダメなオレに、うぅ。オレのために、仕事中に爆睡するダメな男に桃子は優しく、……はあ」

桃子「お、お兄ちゃん?」

グリp「ああ、……桃子」

桃子「っ、ちょっと泣いてるの?」

グリp「いや、別に」

桃子「ばっかじゃないの?!」

グリp「し、視界がぼやけてきた」

桃子「あ、危ないから車を止めてお兄ちゃん!」

グリp「ごめんな、ごめんな桃子」

桃子「わかったから早く!」

グリp「はぁー、ダメダメだ。なにもかも」

桃子「もういいよ、お兄ちゃん。桃子、ゆるしてあげるから」

グリp「道具として使ってたんだ」

桃子「え?」

グリp「子役の成り下がりが担当になると聞いて落胆して、だけどそれから桃子の才能を知ってラッキーだと思った。それから扱いやすい娘だと思っていた、言うことを聞いて、ある程度気を利かせていれば、勝手に桃子が成功してくれると考えていた」

桃子「な、なに言ってるのお兄ちゃん」

グリp「本当に今の今までそれに気づかなかったんだ。ひとりでにオレは汚い部分から目をそむけていた」

桃子「お、お兄ちゃん……」

グリp「オレは桃子を仕事のランクアップの道具として認識していた。シールの一件は、その結果が招いた必然だった」

桃子「さ、最低だよお兄ちゃん。そんなこと考えて桃子に接していたの?やっぱり桃子、お兄ちゃんをゆるすの止めようかな……」

グリp「ああ、そっちの方が助かるかも」

グリp「宝物を共有してオレと信頼関係を築こうとしてくれた桃子、それをオレは壊してしまった。だからこんどは、その壊れた関係をオレに修復させてほしいな」

桃子「……そんなに難しいことが、お兄ちゃんにできるかな」

グリp「チャンスをくれるか、桃子」

桃子「べつにいいよ、それぐらいならあげる」

グリp「ありがとう。……そしてごめん、悪かった」

桃子「……うん」

グリp「よし、落ち着いたし。車走らせるか」

桃子「ずいぶん経ったけど、到着はちゃんと間にあうの?」

グリp「だいじょうぶ。渋滞にでもならなきゃ」

桃子「お兄ちゃん、桃子のシールを使ったメモ読んだよ」

グリp「あ、ああ……」

桃子「連載ドラマの出演オファーでしょ。桃子、やっとたどり着いたね。脚本はいつできるの?役どころは?具体的な打ち合わせはいつ?」

グリp「すまん、桃子。蹴っちゃった」

桃子「…………は?」

グリp「ドラマのオファー、蹴った」

桃子「はあ?!」

グリp「もっと桃子は大事に育てていこうかなって思って」

桃子「はああああああああ?!」

グリp「熟考したオレの判断だ。桃子にはまだ早い」

桃子「ど、どうして!桃子のことなんにも知らないくせに!」

グリp「連載を請け負うと、一気に時間をとられるだろ。そうするとレッスン時間も削れちゃうし」

桃子「演技なら得意だよ桃子!」

グリp「でもいま桃子は歌の練習中だ。それにもう一つ」

桃子「なに?!」

グリp「子役のころはダメな部分、正直まだ桃子に残っていると思う」

桃子「な、……ああ、はああ」

グリp「脱力してるな」

桃子「桃子の役者のお仕事が、大仕事が……バカ、お兄ちゃんのバカ」

グリp「それに、旅行にも行けなくなる」

桃子「……へ?」

グリp「短期旅行のチケット、買っちゃった」

グリp「桃子は学校の友達どれくらいいるんだ?」

桃子「お兄ちゃんには関係ないよ、もっと仕事のこと考えて」

グリp「桃子は達観しすぎだ、ヘタしたらオレより人生達観してるよ」

桃子「まあお兄ちゃんよりは芸能に関わって長いし」

グリp「それだと、気の合う同年代の友達はなかなかできないだろ」

桃子「そうだけど。その代わりアイドルの友達いっぱいできたし」

グリp「まあまあ。だからちょっとリラクゼーションというか。田舎に泊まって大自然で癒されにさ」

桃子「桃子、そういうのいらないから」

グリp「親御さんの許可はとってあるから。……でも社内旅行って言っちゃったから、裏口合わせてほしいな」

桃子「まさか、お兄ちゃんと二人きり?」

グリp「そうだけど?」

桃子「うっわー……」

グリp「嫌なら、だれか連れてきていいよ。事務所のアイドルでもいいし、なんなら親でも」

桃子「……本気だね、お兄ちゃん」

グリp「この旅行でとにかく桃子のことを知る努力をするよ」

桃子「しょうがないな、つき合ってあげるよ」

グリp「そして絶対に桃子のことを好きになる」

桃子「うん?」

グリp「……そこからなんだよ、オレの場合は」

桃子「あっそう。せいぜい頑張ってねお兄ちゃん」

グリp「……こういうの気持ち悪いかな」

桃子「うん、きっと逮捕状だせるよ」

グリp「あ、そう」

桃子「それじゃ、お仕事行ってくるね」

グリp「おう、見てるからな。桃子だけじゃなくて、もっと色々」

桃子「わかってきたね、お兄ちゃんも」

グリp「ああ。それじゃ」

桃子「うん、行ってきます」

グリp「(――このシールシートかわいいな)」

グリp「(今なら断言できる、あのときの言葉は嘘だった)」

グリp「(桃子から受け取った動物のシールをかわいいとは思わなかった)」

グリp「(調子を合わせて上辺を繕っただけだった)」

グリp「(そのかたわらで今更になって、オレにシーツをかけてくれた桃子)」

グリp「(そんな桃子をなんだか愛おしくて、かわいいと感じ始めている)」

グリp「(これが調子を合わせた上辺の感情なのかは分からない)」

グリp「(しかし、その答えはこの先に出てくるはずだろう)」


おわりです、ありがとうございました!

お花見イベントの前後で態度が豹変した桃子先輩。
その間にこれぐらいのことはあったんじゃねーかなって妄想でした。

乙、桃子先輩の踏み台になる権利をやろう

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