イーブイ「大好きだよマスター、ずっと」 (40)

「このポケモンはいまいちだね…戦いにはあまり向かないかも」

気がつくと僕は一人の人間に抱えられていた
その男性は苦笑いをしながらそう言った

すると目の前の別の人間が舌打ちをしながら忌々しそうに僕を受け取った

「この出来損ないが」

それが人間から初めてかけられた言葉

物心ついた時の僕の最初の記憶だ

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その人間は僕をどこかの施設へ預けた

ここはソダテヤという場所らしい

ソダテヤにはお母さんがいた

お母さんはいつも寂しそうに笑っていた

周りのポケモン達もまた寂しそうな顔をしていた

彼らのそんな姿を見るとなぜだか僕まで悲しい気持ちになった

なぜ彼らがそんな顔をしているのか
それを理解するには僕はあまりに幼すぎた

ソダテヤは忙しい場所だった

トレーナーたちがせわしなくやってきてはポケモンを預け、またどこかへ消えていく

彼らがいつもタマゴを抱えているのはなぜなのだろう?
連れて行かれた子たちはどこへ行くのだろう?

お母さんに尋ねてみるとあれはポケモンのタマゴだという

そしてポケモン達はいつの日かマスターと共に外の世界へ冒険に行くのだという

「僕もいつかマスターと出会えるかな?」

そう聞くとお母さんはまた寂しそうに笑った

いつの日かきっと出会える

あの頃の僕は無邪気にそれを信じていた

「お前は現実を知らないんだ」と他のポケモンたちに言われた

無邪気にはしゃぐ僕に対してポケモンたちはいつも悲しそにそう告げた

時には暴力を振るってくるポケモンまでいた

「ニンゲンはいつも勝手だ」と彼らは言った

そんな彼らに対して僕は自分の考えを曲げることはなかった

いつの日かマスターに会える

外の世界へ一緒に旅に出るんだ!

そんなある日ソダテヤのおじさんが僕を呼んだ

「イーブイ君、君のトレーナーがやってきたよ」

そこにいたトレーナーはどこか疲れているようにみえた

けれどこれで僕もマスターと出会うことができた

そのことが僕には何よりも嬉しかった

その人は僕を連れて外へでた

初めての外の世界

これでマスターと旅ができる

マスターから愛してもらえるんだ!

「ガブリアス、かみくだけ」

グサッ

…え?マスター…?

なんで僕を攻撃してるの…?

しょぼい経験値だ、とその人は吐き捨てるように言った

ケイケンチ?何それ…?

僕を外の世界へ連れて行ってくれるんじゃないの…?
マスターと一緒に旅ができるんじゃなかったの…?

マスターが愛してくれるんじゃないの…

「まだ生きてるか、止めをさしてやれガブリアス」

ガブリアスノドラゴンクロー

イーブイハタオレタ

目が覚めるとお母さんがそばにいた

ぼろぼろになったぼくのからだを抱きながら泣いていた

お母さんは泣きながらゴメンネと何度も何度も謝った

弱いお母さんでごめんね…

強いポケモンに生んであげられなくてごめんね…

そうしてお母さんは川へ身を投げた

ぼくを抱えて身を投げた

ボクは弱いポケモンなんだ

ボクはダメなポケモンなんだ

だから人間に愛してもらえないんだ

もう何もかもがどうでもいい


ニンゲンはキライだ

ソダテヤはキライだ

トレーナーはキライだ

そして…こんな出来損ないの自分がキライだ

川の水が冷たい

シトシトと雨が降る中、お母さんは僕を抱えて川へ身を投げた

ザブンと川底へボクタチは沈んでいく

冬の寒風は吹き荒び、川の水はゴウゴウと音を立てて流れていく

川の水は身を切るように冷たかった

とっても暗く…どこまでも暗かった

寒い…こわい…

でも今度はお母さんも一緒だ

それなら死ぬのも怖くない

そして僕は…そのまま息を……

その時帽子をかぶった一人の少年が川へ飛び込んだ


少年は必死にもがきながらも僕の体を包み込んだ


凍てつくような寒さの中でその人の手だけは暖かかった


今まで感じたことのない暖かさだった


そうして…ボクたちは…

目を覚ますとポケモンセンターの中にいた

女の人は少年に対して元気になりましたよと言った

少年は嬉しそうに微笑んだ

「もう大丈夫だよ、おいでイーブイ」

そうして少年は僕に対して手を差し出した

僕はその手を…

思い切り噛み付いた

少年は痛そうにうめいて、とても驚いた顔をした


なぜボクを助けた

なぜボクを生かした

ボクは死にたかったのになぜ生かしたんだ!

歯が深々と少年の手のひらに食い込む


どうせお前もタマゴが目的なんだろう

ポケモンを道具としか思ってないんだろう!

ポケモンにも感情があるだなんて思ってもないんだろう!!!

僕は噛み付いた

噛み付きながらボロボロと涙をこぼした

その人は何も言わなかった

ただそっと頭を撫でてくれた

それが僕にはたまらなくうっとおしく…少しだけ心が安らいだ

僕はボロボロと泣いた

少年はその間ずっと頭を撫でてくれた

撫でながらずっと

「ごめんね…ごめんね…」と謝ってくれた

出来損ないと呼ばれたポケモンのために…この人は一緒に泣いてくれたのだ


僕はその日一晩中泣き続けた

少年は一晩中僕を抱きしめていてくれた

ニンゲンはキライだ

トレーナーはもっとキライだ

でもこの人のことは…少し好きになれそうだった

こうして僕はマスターと出会った

マスターは優しくて、とても暖かい人だった

真っ暗だった僕の世界に光を運んでくれた

僕にとってマスターはそんな大切な人だ


ある日マスターは僕をサロンへと連れて行ってくれた

ボロボロだった毛並みもツヤツヤと綺麗になった

「女の子なんだから綺麗にしないとね」とマスターは言ってくれた

僕にはそれが嬉しく、少し照れくさかった

朝起きたらマスターの顔をしっぽでなでる

するとマスターはくすぐったそうに身悶えをする

マスターのそんな動作の一つ一つが愛おしい

「おはようイーブイ」そう言って目覚めたマスターは私の頭を撫でてくれる

これがボクたちの朝の日課だ

そうして一緒に朝ごはんを食べ身支度を整える

こうしてまた一日が始まる

そんな当たり前の幸せをかみしめる

マスターと一緒に森のこかげを散歩する

まぶしい朝日が僕達を照らし出す

森が黄金色に輝いている

川がざぁざぁと流れている

僕には今まで無縁だった輝かしい世界

マスターと出会うまで気づくこともなかった美しい世界

そっとマスターに体をすり寄せる

するとマスターはそっと撫で返してくれる

こんな瞬間がたまらなく幸せだ

「イーブイ、アイアンテールだ」

ドサッ!

「そんな…私のポケモンが……」

僕達はいくつものジムを回った

道中何人ものトレーナー達と戦ってきた

僕が出てくるとたいていのトレーナー達は驚いた顔をした

中にはあざ笑う人までいるくらいだ

…もちろんすべて返り討ちにしてきたが

「そんな…嘘でしょ…」

女の人が呆然とした顔で座り込んでいる

彼女のブラッキーはとても強かった

けれど勝負には僕が勝った

「どうして…たかがイーブイに負けるだなんて……」

「それは違う」

とマスターは強く否定した

強いポケモン

弱いポケモン

そんなのは人の勝手

本当に強いトレーナーなら自分の好きなポケモンで勝てるように努力するべきだ

それがトレーナーの役目でありポケモンとの絆の証だ

そういってマスターは僕をなでた

それが僕にはたまらなく嬉しく、誇らしかった

弱いポケモンだと言われた僕でも

この人と一緒になら強くなれる

そう思うと力が湧いてくる

僕は嬉しくて思わずマスターに駆け寄り体をすり寄せた

するとその女性は驚いた顔をしながらも

素敵な言葉ね、いつか使わせてもらうわと言った

彼女のブラッキーは今でも元気にしているだろうか?

マスターはいつも僕にプレゼントをしてくれる

「食べてごらんイーブイ」

これは何だろう?

「ポフレっていう遠い地方のお菓子だよ」

おいしいかい、とマスターは私を撫でながら尋ねてくる

今まで食べたことがない味だ…けれどとってもおいしい

僕はたまらずおかわりを要求した

「それじゃこれをどうぞ」

するとマスターは赤いポフレを差し出した

たまらずそのポフレに噛み付くと…

「~~~っ!?ーー~~っ!」

「あははそのポフレは炎ポケモン用だよ」

…マスターは時々いじわるだ

「このイーブイは進化させないのかい?」

と何人もの人々に尋ねられた

その度にマスターは

「この子が進化したがらないんです」

と笑って首を振った

確かに進化すれば僕はもっと強くなれるだろう

けれど僕は進化したくはなかった

僕は弱いからニンゲンに捨てられた

そのことで一時はセカイを恨んだ、けれど

僕が弱いからこそマスターと出会えた

そのことを神様に感謝したい

イーブイである僕を救ってくれたマスターと一緒に

この姿のまま旅がしたいんだ

だから…できるならこの姿のまま…

「なみのりが必要か…どうしようかな?」

…シャワーズもいいかもしれないな

「こっちがサンダース、こっちがブースターよ」

女性のトレーナが懐からモンスターボールを取り出しさっとポケモンを出した

この女性はさっきポケモンセンターで知り合った女性だ

イーブイを連れたトレーナーは珍しいらしく出会い頭に思い切り抱きつかれた

まさか一時間もモフモフされるとは思わなかった…

「どっちもあなたの進化系ね、ほら二人共あいさつしなさい」

そう言ってサンダースとブースターを僕の方へ連れてきた

…マスターと楽しそうに談笑しているのが少し気に食わない

サンダースとブースター、どちらも僕の進化先ポケモンだ

この二匹は相当鍛えているみたいだ

二匹共とても凛々しくみるからにかっこよかった

「とても可愛いポケモンですね」

「えぇかわいくってとても強いんですよ!あなたも進化させてはどうですか?」

むむ…気にいらない人だ…

僕だって実際に戦えば負けてはいない…はず

でもマスターならきっと…!

「このブースターもふもふしててかわいいなー!」

…ムカついたから足に噛み付いてやった

ポケモンバトルは絆の証明

ただ強いポケモンを使えばいいというものではない

ただ強い技を覚えさればいいというものでもない

弱いポケモンなんかこの世には存在しないんだ

マスターは僕を馬鹿にしたトレーナーに対していつもそう言った

そのことが僕にはとても誇らしかった

この人と一緒にならどこまでも行ける

僕はそんなマスターのことが…

ある朝、またいつもの日課をした

マスターの顔をさわさわとしっぽでなでる

マスターの事が愛おしくてたまらない

この人に出会えてよかった

この人のポケモンになれて本当に幸せだ

マスターへの思いが溢れんばかりに心に広がった

すると…僕の体が急に光輝いた


僕はエーフィに進化した

最初に思ったことは驚きと戸惑い

…それに恐怖だ

僕はイーブイではなくなった

もうあのふさふさのしっぽはない

体だって大きくなってしまった

マスターはイーブイである僕を好きでいてくれた

なら今の僕は?マスターに嫌われるのでは…?

この時の僕は泣きそうになっていた

慌てて身を隠そうとするとマスターが目を覚ました

あぁ…もうおしまいだ……

僕を見るとマスターはとても驚いた顔をした

けれどマスターはいつもと変わらぬ様子で微笑んでくれた

「そうか、進化したんだねイーブイ」

マスターはそう言うと頭を撫でてくれた

いつもと変わらない、マスターの手のぬくもり

「おめでとうイーブイ、進化した君もかわいいよ」

僕はまた涙を流してしまった

今度はあの時のような冷たい涙ではなく…暖かい涙だった

僕は…いや、私はこの人に一生ついていこう

改めてそう心に誓った

マスターと私は順調に旅を続けた

仲間もたくさんできた

バッジもすべて集めた

とても幸せな毎日

すべてが順調に思えた



あの一通の手紙が来るまでは

山に現れたあるポケモンを退治して欲しい

手紙にはそう書かれてあった

その手紙によるとそのポケモンは恐ろしい程に強く並のトレーナーでは歯が立たないらしい

「危険な仕事だがチャンピオンの君なら大丈夫だろう」

と前任のチャンピオンが笑いながら言った

そうして私たちはシロガネ山へと向かった


向かってしまった

その場所にはミュウツーがいた

かつてハナダの洞窟で私たちが退治し損ねたポケモン

最凶にして最悪の人造ポケモン

かつて自分を負かしたマスターに対して復讐をしようとここで力を蓄えていたらしい

あの時はマスターの慈悲でミュウツーは逃がされた

傷ついたミュウツーに対してマスターは改心を求めた

むやみに人間を憎むのはやめてほしいと

ポケモンと人間はきっと分かり合えるはずだと


ミュウツーはそれを詭弁だと嘲笑った

ミュウツーは恨んでいた

意味もなく自分を生んだ人間に対して

憎しみばかりを与えたセカイに対して

私には彼の気持ちがよくわかった

かつては私自身も人間を、セカイを恨んでいた

だからこそ彼の憎しみは痛いほどよくわかった

けれど私はマスターと出会うことで変われた

ならばここで彼を倒せば理解させてやることができるかもしれない

それにここでひくわけにはいかない

ここでひいては多くの人間が傷ついてしまう


戦いは三日三晩続いた

決着はあっさりと着いた

戦いの最中に足を滑らせた私をマスターがかばったのだ

そしてミュウツーの攻撃をまともに受けてしまった

そのままマスターの意識は途切れた

もう仲間は誰も残っていなかった

リザードンもフシギバナもピカチュウも

カビゴンもカメックスもみんなやられてしまった

「この男を操り私は復讐をする」

ミュウツーはそう私に告げた

そうして拳を私に向けて振り下ろした

マスターのポケモンたちは皆ミュウツーに操られてしまった

エスパータイプである私だけが唯一ミュウツーの洗脳から逃れられたようだ

私は最後の力を振り絞り山頂にバリアを張った

これでしばらくはもつだろう

そうして私は意識を失った

私が覚えているのはここまで全てだ

これで私の話はおしまい

今私はシロガネ山の川にいる

私たちはミュウツーを止めることができなかった

そして私はマスターを守ることができなかった

私はもうこれ以上見ていたくはない

ニンゲンを憎しむミュウツーの姿も

苦しむマスターの顔も

チャプンと水が音を立てる

足が水先まで浸かっている

シロガネ山の水はあの時と同じくらい冷たかった

凍てつくような水の冷たさが私の生命を奪っていく

あの時と同じ状況

私がお母さんと身を投げたあの日も同じような日だったな

あの時と違うのはもう助けてくれる人はいないということだろう

けれど私は満足だ

あの人と積み上げてきた思い出の数々

それさえあれば私はもう思い残すことはない

凍てつくような水の冷たさが私の生命を奪っていく

もう意識までぼんやりとしてきた

これで…ようやくお母さんに会え…

…スタ…きに逝きま…

……きだよマス……ずっと………


シロガネ山では今日も寒風が吹き荒ぶ

その場所では少年が無言で立ち尽くしているという

まるで誰か自分を止められるトレーナーを待ち望んでいるかのように



ーーーENDーーー


このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月14日 (木) 22:38:50   ID: _TTxXFfR

この続きが気になります。まだ、あるのですか?

2 :  SS好きの774さん   2014年11月17日 (月) 22:53:13   ID: X_Cmf6i6

(:∀:)うぅっ

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