松実玄「ATGにようこそ!」 (49)


・ここは咲-Saki-の二次創作非安価スレです

・須賀京太郎君が活躍します。苦手な方はブラバ推奨

>>1が他にやっている安価スレのモチベ維持&気分転換の為の駄スレ

・安価スレの方がメインなので更新は不定期

・松実玄ちゃんルート固定……のはず。きっと、たぶん、おそらくメイビー

・↑これは願いなのではなく、祈りなのだ

・雑談等はご自由にどうぞ。過度に埋まってても特に気にしません


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407857361


 ハンドボールというスポーツ競技がある

 サッカーとバスケを足して二で割ったようなものと

 説明すれば、なんとなくの雰囲気は察してもらえる競技だ

 ヨーロッパではかなり人気のあるスポーツなのだけれど

 ここ、日本ではまだまだマイナーの域から脱出するには至っていない

 俺こと、須賀京太郎は、19年間の人生のほとんどが

 ハンドボールによって決められてきたと言っても過言ではなかった

 小学生のころ、幼馴染に貸してもらった小説の主人公が

 打ち込んでいたスポーツがハンドボールだったのが切っ掛けで興味を持ち

 中学生になって、運良くハンドボール部があったから入って

 県大会でもいいところまで行って

 それで……俺は、部内で暴力事件を起こして

 チームは大会決勝で不戦敗になって

 強豪高校への推薦も取り消されて、公立の清澄高校に行って
 
 なんとなく入った麻雀部で、目標も、目的もなく

 スケベでお調子者なキャラを作って、誰も寄せ付けず

 なんとなく三年間を過ごして、卒業を間近に控えて――
 
 また、懲りずにハンドボールに戻ってしまうのだ

 あんなことが起きたのに……起こしてしまったのに

 やっぱり俺はハンドボールから離れられないのかもしれない

 中学の頃に知り合ったスカウトの方から

 もう時効だ、ハンドボールに戻らないかと声をかけてもらい

 高校を卒業後、社会人チームに入って練習に励んだ

 三年間のブランクはあったものの、麻雀部で雑用ばかりしていたからか

 体はよく動いてくれたし、感覚もすぐに戻った

 気慣れないスーツを着て仕事をして、その後に練習して

 必死な毎日だった。目まぐるしく一日一日が過ぎていくほどに

 そんな中で、高校の同級生――咲や優希、和たちが

 プロやインカレで活躍しているという話を小耳に挟んで

 俺も負けていられないなと、さらに闘志を燃やし研鑽を重ねた

 その努力のお陰か、俺は一ヶ月で一軍のベンチに食い込み

 レギュラーに定着。季節を巡り試合を重ね、シーズンが終わると

 気付けばルーキーオブザイヤーまで貰ってしまっていた

 ハンドボール界を盛り立てる期待の新星だと方々から言われ

 高校からの知り合いたちからも祝福の声を沢山頂戴した


 全てが充実していた

 高校三年間では、確実にありえなかったほどの充実

 一年生の時は午前中で終わった

 二年生は午後も乗り切ったが二日目で力尽きた

 三年生……あと一歩どころか、三歩も四歩も足りなかった 

 同級生や先輩が全国の舞台で闘っているのを

 眺めるだけ眺めて、自分は最後まで同じ場所まで行けなかった

 努力はした

 一年生で負けてしまった時……俺は思わず、いつも着けていた

 お調子者の仮面を外し悔やんでしまうくらいには

 麻雀も楽しいと思えるようになっていたからだ

 けれど、努力しても努力しても仲間には追いつけない

 追いつけない奴らが見ている景色を理解できない

 だから、俺はあそこで――清澄高校麻雀部で

 いつも、独りぼっちだった

 物理的、表層的にはたくさんの人に囲まれていても

 心までは、満たされることはなかった

 孤独に、無気力に、事務的に消費されていく灰色の毎日……

 ハンドボールに戻ってみて感じたのは

 その寂寥感がなくなっていることだったのだ  

 自分と同じレベルでものを見ている奴らがたくさんいて

 彼らと一緒に天辺を目指していく……

 これほど充足を感じられることが、他にあるだろうか

 そんなこんなで社会の一員として過ごし始めて二年目

 ハンドボールのシーズンは9月から始まり、3月で終わるから

 春、夏と1年の半分は一般社員と同じように過ごすのだった

 その俺が配属された部署は、特殊鉄鋼材を発注・管理する部署で

 デスクワークが主たる作業だった

 他のチームメイトが工場勤務だったりする中で

 俺が何故その部署に配属されたのかは分からない

 だが、これが後々の命運を分けることになるとは

 この時は、露ほども思っていなかった


 それは、6月も過ぎて、台風ラッシュが始まるかという頃だったか

「……ムシャクシャすんなァ」

 ここの部署の管理職……つまりは俺の上司だが

 こいつは、とにかく部下や同僚から嫌われ疎んじられるような

 粗暴な人間だった。しかもある程度権力を持っているから質が悪い

 その上司は大抵、新入社員の一人をいびったりして

 ご機嫌なのだが、どうしてかその日は不機嫌の極みといった風だった

「すいやせん、俺が誘ったばっかりに」

「かっ。オメェは悪かねぇよ……問題はあのクソガキだ」

 原則禁煙のオフィスで煙草を口に咥え上司は机を蹴った

「まさかあそこに新人王が来てるなんて、予想外だったすね」

「プロ雀士ってのは今がシーズンで遠征もあるんだろ?」

「まあ、そうだけど。ファンでもなきゃ日程まで調べないって」

 プロ雀士、新人王というキーワードに俺の脳味噌は

 上司とその取り巻きらの会話に耳を澄ませる

 何を隠そう昨年度の新人王となったのは……我らが清澄高校OB・宮永咲であり

 俺の、幼馴染だったからだ

「新人王って割りには大したことなかったっすよ」

「嶺上開花のみ! とか、安い手ばっかだったじゃないっすか」

 ヘラヘラと笑う取り巻きの一人に、上司は一睨みする

 なるほど、彼自身は嶺上開花のみの難易度を理解しているのだろう

「あんなもん普通有り得ねぇ……マグレだ……」

「だいたい麻雀なんてな、その場の運で左右されるクソゲーなんだよ」

 口から一気に吐き出された白い煙が空調によって排気されていく

「俺ァ、若手連中が生まれる前から打ってるが」

「馬鹿ヅキするときもありゃあ、どうしようもない時もある」

「あのクソガキがプロ?」

「ありゃあただ運がいいだけだ。それもそのうちなくなる」

「それは、経験則ってやつっすか?」

「おうよ。俺ァいろんな奴を見てきたからなァ……」

「あの小鍛治って奴だって、国内無敗だとか世界2位だとか言われてるが」

「それも昔の、ほんの一時期だけの話だ。直にあのクソガキもそうなる」

「考えてみろ。散々なめた打ち方をしてくれたクソガキがゴミプロ以下になるんだぞ」

「おかしいったらありゃしないな!」

 下卑た笑い声をオフィスに響かせる上司と

 そうですねぇと同意の相槌を打つ取り巻きの先輩数人に

 俺は、沸々と怒りが湧きあがって来る

 あまりの大きさに目の前が真っ赤に染まったほどだ


 あれやこれやと好き放題言う上司に俺は

 居ても立っても居られなくなって、両手の震えを抑えながら席を立つ

「……? なんだ、須賀。どしたァ?」

 ただただ不審そうな目を向ける上司に俺の怒りは臨界点を超えてしまう

 平生の表情を保つのすら怪しくなっていたが……

 ここで手を出してしまっては、あの時の二の舞だ

 また俺は、ハンドボールを、生きがいを失ってしまう

 もう失ってしまえば取り戻せないし

 これから先、生きていくのも難しくなるだろう

 でも、それでも――

 咲が、どんな思いで麻雀を打っているのか

 どれほどの苦難を乗り越えて、今ある現実を手にしたのか

 俺は知っているから

 あいつをよく知りもしないで、見下して馬鹿にすることが

 許せなかった。絶対に認めてはいけなかった

 だけど、今の俺にはどうすることもできないし

 どうにかしたところで何かが変わるわけでもない

 そう、言い聞かせて自分を押し留める

 ここで手を出してはいけないのだと

 その自制が上手く作用したのか、手が出ることはなかった

 だが、頭が出た

 半ば以上に、衝動的に頭突きをかましていたのだ

 上司は突然の衝撃に白目をむいてぶっ倒れ

 近くにいた取り巻きやら先輩やらが俺を羽交い絞めにして

 追撃しようとするのを止める

 やっちまった、と冷静に後悔し始める自分が

 もうもうと浮かび上がって来て

 追撃をする気自体は、失せてしまっていたのだが

 少しして、会社全体にこの話が伝わると

 俺は上司のまた更に上司に呼び出され

 果てには社長やチームの監督まで交えて話をして――

 結論から言うと、俺のクビが決まった


 監督は庇ってくれたし、人事の人もそれとなくフォローしてくれたが

 どんな理由があろうと、暴力沙汰を起こしてしまった事実は変わらない

 一度それを許してしまえば、前例になってしまい、後顧の憂いとなる

 だから、俺はそのケジメはつけないといけないのだ

 もう学生のようになあなあで許される身分ではない

 会社を辞めて、ハンドボールをまた辞めて

 着の身着のままで社会の表通りへと歩き出す

 でも、辞めたら辞めたで、何をしていいのかもわからなくなって

 就職しようにも連戦連敗。貯金を崩しながらのその日暮らし

 やりたいこもやれず、辛くて、苦しくて――とにかく逃げたかった

 どうしようもなく、なにもすることもなく

 ただ毎日が過ぎていくだけの、あの、高校の頃と同じ日々から

 現実から、逃げ出したくて、でも、命を捨てる気なんてさらさらなくて

 俺は鞄一つに手近な荷物を詰めて、詰めて家を出た

 どこか遠く、誰も俺のことを知らないところまで行きたい

 遠く遠く、ただあてもなく。電車を乗り継いで彷徨って俺は――

「……お客さん? でも、今日は予約も特になかったはずだけど」

「後で確認しておかないと……」

 着物を着て、長いのだろう黒髪を後ろで纏めた

玄「ようこそ、松実館へ!」

 柔らかく、花のような笑みをこぼす

 彼女と出会った

こんな感じのものをダラダラと暇を見つけて進めていこうと思います
ただ、更新は本当に未定で週一とか月一になるかと。それではまた

どうもお久しぶりです

暇を見つけて書き溜めるというスタンスのせいか
なかなか投下できるような量が溜まらないので
かなりご無沙汰な更新となってしまいました

まぁ、>>1に書いてある通りなんですけどもね

タイトルは「NHKにようこそ!」っていう小説が元ネタ
内容はまったく関係な……くはないけども、今のところないです


 1-1 出会い。吉野の山道にて 



 当てもなく、思い付くがままに進む俺の旅は

 ついに近畿は奈良県に突入し

 山だらけな一帯を電車に揺られながら

 ただひたすらに、奥地へと向かっていた

 名古屋から三重へと渡り、そのままぐるっと

 海を眺めながら紀伊半島を回って大阪へ

 大阪では南方面の観光スポットに行って

 ひたすら粉モノを食べる。とにかく食べまくる

 これでもかというほど食った

 もうしばらくお好み焼きもタコ焼きもいらない

 それから、ふと――

 自然に囲まれた、奈良の風景を遠くに見て
 
 俺の足は知らず知らずのうちに

 そこに向かうべく歩を進めていた

 本当に無意識の行動で、気が付いたら

 吉野行きの終電に乗り込んでいて、現在に至るのだ

京太郎「山ばっかだな……」

 陽は既に落ちた23時。というか深夜

 暗がりの中に民家の明かりらしきものが

 ぽつ、ぽつと浮かぶ以外は

 鬱蒼たる森林が闇の中にそのシルエットを落とし込んで

 ジットリとした不気味さを醸し出している

 だけど、この光景はどこか懐かしさを持っていて

京太郎「……ふむ」

 どこで見たんだったかな。これと似たようなものを

 顎に手を当ててしばらく考えてみるのだが

 いまいち、記憶に引っかかるようなものはない

 簡単に忘れるような些細なこと、なのだろうか

 それにしては既視感を憶えるというのも

 やや違和感があるが


京太郎「ふぁ……」

 眠いなぁ……ホント眠い

 大阪であっちこっち歩き回った疲れが

 ここに来て出ているのだろう

 リュックを背負った両肩はずっしり重いし

 臍の辺り――丹田というのだろうか?

 兎も角も、体中を倦怠感が支配していた

 できれば、柔らかい布団やベッドに包まれて

 この疲れを癒したい……が、この辺に泊まれる所があるのか

 全く調べてないからな。このままだと間違いなく駅舎で野宿だ

 季節も季節だし、山に囲まれてるから

 虫とかいっぱい来そうで、野宿は遠慮したいんだけどな……

『次はー終点、吉野、吉野です。この電車は最終便につき、お忘れ物のないよう――』

 しかし現実は非情である

 どうやら俺に考える時間を与えてはくれないらしい

 窓の外を見て、もう一度大あくびをすると

 横に置いていたリュックを背負って長椅子から立ち上がる

 最早俺以外には誰も乗っていない、貸し切りの電車は

 轟々と線路を走り風を切る音を車内に響かせるばかりで

 より一層、浮世離れしたもののように感じられた

 これからどうしようか、の当てがないことなんて

 ここまで来たこれまでと一緒。いつも通りじゃないか

 だったら、最後には成るようにしか成らない

 それも、いつも通りだ


 電車から降り、改札をくぐった俺は

 駅の横にあったコンビニへと入る

 おにぎり(山葵海苔味)とゆずレモンサイダー

 虫よけスプレーと適当な新聞紙を買って

 俺は再び駅舎内に戻った

 吉野山は名勝・史跡・国立公園であり

 世界遺産の一部でもある立派な観光地

 だから、探せば近くに宿泊施設もあるだろう

 しかしこの時間帯に押しかけても

 部屋が空いてるなんて甘い考えはなかった

 現実とはいつだって非情なのである

 期待しない方が、落胆しなくて済む

京太郎「降ってこないといいんだけどなぁ」

 曇りがちだった昼間の空を思い出して

 暗がりの一部と成り果てた吉野駅で呟く

 ここまで来て何もできすにとんぼ返りなんて

 流石にないと思いたい

 買った新聞紙を広げるとベンチに敷いて

 残りで適当に身体をくるむと

 おにぎりを口に詰め込んで炭酸で流し込む

 身体が休む体勢を感じたのか、どっと疲れが出た

 瞼を開けているのも億劫になって――

 そもそも、開けていても見えるのは暗闇だけだが

 俺は目を閉じて眠りについた

 明日もいい一日でありますように


「やめろ、須賀。やめてくれ、俺はいいから……」

「どうして京ちゃんは、いつもいつもいつもそうなの」

「お前はよくやったよ。馬鹿なりに、精一杯考えて――」


 夢、か

 あの頃の記憶。遠い昔、忘却の彼方に

 置いて来たはずの幻影――

 それが今更俺の前に現れたところでなんになる?

 俺に何を求めているんだ……

 鼻腔をくすぐる草木の強烈な香りと

 瞼越しに眼球を刺激する太陽光で目覚める

 意識がボンヤリとしていたのも数秒のことで

 堅い寝床での就寝に悲鳴を上げる身体を無視して

 貴重品などの所持品を各種確認する


 ……うん。何も欠けているものはない

 というより、時刻を確認してみれば早朝5時

 始発が6時前頃のハズだから

 まだ誰もこの辺りに寄り着いてないわけで

 新聞を剥ぎ取って立ち上がり、大きく伸びをする

 温くなって、炭酸もほぼ抜けかけたジュースを口に含み

 なんで昨日のうちに飲み干さなかったんだろう

 などと思いつつそのまま飲み下した

 特に空腹も感じないので、朝は摂らずに吉野駅を出る
 
 ここからほど近くに、吉野山を登るための

 ロープウェイがあるようで

 物珍しさから、乗って頂上まで行こうかと

 そういう気分になっていた

 ――現存する日本最古のロープウェイ

 そう銘打たれたポスターを尻目に青と黄色の車体が

 ゆっくりと乗り場へと降りてくるのを眺める

 早朝の時間帯だからかロープウェイが便利とは言い難いのか

 俺には判別はつかないが、そこには誰も乗っておらず

 また、俺以外にロープウェイを待つ人影はなかった

 日本最古を謳うだけあって内装はかなり古めかしい

 誰も乗らないのなら、とリュックを脇に置いて

 緩やかに上昇を始めた窓に肘をつく

 ゴウンゴウン……

 ケーブル伝いに上へ上へと昇っていくロープウェイ

 外に見える背の高い木々が織りなす森と

 それらの地盤たる山々は、ただ静かに佇むのみで

 薄々と感じていた孤独感がじわりじわりと

 影の色を濃くして、俺の心に覆いかぶさる

 とうの昔に葉桜へと変わったであろう桜の木々も

 名勝地に指定される程の華やかさを

 どこかに置き忘れてきたかのようだ

 やがてロープウェイは終点――と言っても

 始点を含めて二駅しかないが――へ到着する

 緩やかに停車した錆びついた車体は

 俺が下りた後もしばらくそのまま停車した後

 誰も乗り込んでいない、空っぽの身体をゆるゆると

 下降させていった


京太郎「ん~~~……」

 備え付けの椅子が硬かったからか

 多少凝りが出た身体を伸ばして一息つく

 高地にあるからか、とても清涼として澄んだ空気が

 一斉に肺へと流れ込み、頭の中が空になってスッキリする

 初夏に差し掛かり強さを増し始める日差しも

 朝のこの時間帯にはまだ穏やかな陽光で、程よく暖かい

 さて、これからどうしようか

 何の理由も目的もなく吉野山に登ってしまったわけだが

 ロープウェイ駅舎の周りを見渡せば

 あ、ケーブル乗り場って、これケーブルカーなのね……

 どっちでも示している存在自体は変わらないけど

 それは置いておいて、周りはお食事処やお土産屋といった

 看板を掲げ暖簾を垂らした建物がいくつか見受けられる

 目の前にある建物なんか、奈良交通案内所なんて

 公然と掲げているくらいだ

 所狭しと並べられた和菓子類や鮎の塩漬けといった

 いかにも田舎のお土産品な陳列を一瞥し

 南無蔵王大権現の文字が躍る提灯が風で揺られる

 やたら角ばったというか、特徴的な……

 うん。直截な物言いをすれば下手糞な文字で

「吉野名産おみやげ売店」と書かれた

 立て看板の横にある自販機でペットボトルを購入

 このまま下山するのではケーブルカーに乗った意味も分からないし

 俺は進路を左へ――山をさらに登る方を選択した


 そのまましばらく、終わりの見えない緩やかな坂道を歩く

 草木の生い茂る山肌側と違い

 反対側の崖側はやたらと飲食店が多い

 お食事処、観光旅食、季節の一品ものお出しします、甘味処などなど

 未だ空腹らしい感覚はやって来ないものの

 こうも立て続けに飲食店が並ぶと、何か食べたくなって来るのが

 哀しい人間の性だ(もしかして俺だけなんてことは……)

 早朝ということも相まって、どこも営業時間外なのが幸いで

 もしこれが昼間とかだとしたら

 店に出会うたびに何かを喰っていた可能性すらある

 ハンドボールに戻って指摘され、自覚したことではあるが

 俺は意外と大飯喰らいらしい

 チームメイトに言われるまでそんな風に思ったことは

 一度たりともなかったのだが

 確かに振り返ってみれば高校時代

 通常ランチの物足りなさ故に

 咲にレディースランチを代りに頼んでくれと

 結構な頻度で頭を下げていた

 しかしよくよく考えてみれば、レディースの方が

 ボリュームと質で通常のそれより勝っているというのは

 一体全体どういうことなんだろうか……

 まあ、時の議会長であり麻雀部部長であった先輩が

 嫌な感じで絡んでいたのだろうことは想像に難くないし

 わりかしどうでもいい事案は放っといて

 俺は再び前を向き、吉野の山を南へと進んでいく

京太郎「これは……」

 ぽつねんと寂しげに置かれた灯籠のその先に

 寺社や城郭の入口のような、古き良き和風建築然とした

 黒い門が坂の途中に設えてある


 これが相当古い時代に作られたものであるというのは

 見た目からだけの判断ではなく

 経年することで帯びた雰囲気と佇まい

 この地を幾年にも渡り見守ってきたのだろう

 その在り様全てからの判断であった

京太郎「ほぇえ……」

 門に近寄ってみればこれの由来を紹介する看板が

 路端に建てられており

 それによると、これは金峯山寺の黒門(総門)というもので

 吉野山にある修験道関係の寺院等々への入口らしかった

 あくまでこの文章を俺が読み取る限りそう解釈できるだけで

 実際は少し違うのかもしれない

 こういう歴史的遺物と出会った時にいつも思うのだが

 もう少し真面目に日本史なり古文なりを

 勉強しておくんだったなと

 高校時代の居眠りしている自分の尻を蹴飛ばしたくなる

 修験道とか言われてもさっぱり分からん……

 一通り看板に目を通し、門を潜って更に坂の先を進んでいく

 狸やら蛙やらの焼き物が所狭しと並んだ軒先を過ぎ

 再び飲食店の列が始まる

 この辺りは先ほどとそう変わらない風景が広がっていたが

 一つだけ気になったことがあり

京太郎「どこも『蔵王大権現』の提灯がかかってるんだな」

 宗教はもとより仏教ですら疎いのだから

 蔵王大権現が一体何様なのか、全くもって未知の存在である

 商売の神様なのか、それともこの辺り一帯を守護する仏なのか

 昔教科書で見た手で変なポーズ作って微笑んでるイメージを

 薄ぼんやりと頭に浮かべる。胡坐掻いてるね

 だいたい仏なんて似たようなものだしな。こんな感じだろう


京太郎「……またなんか出てきたよ」

 ずっと似たような景色が続くなと

 ホテルのような近代的な見た目の旅荘の入り口近くに置かれた

 古ぼけたソフトクリームの置物を写真に収めた後だった

 眼前に現れたのは十数段ばかりの階段

 ここまでの道のりにあった商店の数々

 その最後とも言える、民芸吉野人形、湧き出し天然温泉

 二つの軒先と、その先の道に境界線を作るように

 突如として現れたそれは、丁度そこだけが

 こんもりと盛り上がって坂道を脇に逸らし

 静かに、だが確実に存在を主張していた

 そして高いというわけでもない階段の先に見えたのは

 ――鳥居

 それもかなりごつい鳥居だ

 サイズこそ大きくはないが、陽光を浴びて

 鈍色に光る様子は、それが金属でできているのであろう

 純然たる証拠であった

京太郎「なんだこれ」

 階段を昇ってみる。昇ってみてあったのは

 先ほどから目に付いて離れない鳥居だけ

京太郎「……なんで鳥居しかねーんだ?」

 陽が全然高くないので容易に見上げられるその姿は

 どっしりとこの地に根を下ろしており

 吉野山に重厚な雰囲気を与えているような気がする
 
 鳥居だけと言っても、脇の方に小さな御堂はある

 あるが、鳥居が付随するにしては小さすぎるのではないか?

 それもこれだけ立派な鳥居なんだ

 もっと何か、宗教的な建築物があってもいいだろう

 ……そうは言っても仏教には詳しくないんだけどね

 やたら達筆で書かれた『発心門』という額縁の下を潜って

 鳥居の向こう側へと一歩を踏み出す


 ここからは商店ではなく住宅が並んでいるのだろうか?

 チラホラと人影や車といった、生活の空気が

 鳥居より先の道には見え隠れしている

 というかこの坂、どこまで続いているんだろうな

 遥か向こうに見える、馬鹿でかい瓦ぶきの屋根が

 金峯山寺なのかな

 てか驚く間もなく冷静に受け止めちゃったけど

 遠目にしてはデカすぎでじゃないか……?

 この坂道の終点になっているのか、周りの建物から

 頭二つは抜け出ている程のスケール。恐るべし吉野山

 鳥居のある、小高くなっていた部分は

 脇に逸れていた坂道と合流し、再び一本の道となる

 その入り口にあるのは

 柿の葉寿司なるものを出しているらしい寿司屋と

 松実館。そうでかでかと書かれた看板を道路に面し

 飄々と吹く風をなんのそのと構える巨大な木造建築で 


 ガラガラ、と音を立てて勢いよく玄関扉が開かれた


 松実館なる建物から出てきたのは

 着物(?)を着た、艶やかな黒髪を後ろで纏める

 見た目十代にも見えるやや小柄な女性で

  彼女は一度大きく伸びをすると

?「あっ……」

 建物の前で佇んでいた俺と目が逢い

 小さな声を漏らすと、不意を突かれた表情を一転させ

 とても柔らかい笑みを形作った

 これが俺と彼女との出会いで

 ありきたりで、陳腐で、酷くつまらない

 物語のはじまり、はじまり――

今回はここまで
プロローグに繋がるまでの描写に終始して
本編が何も進展してないのはご愛嬌

それでは

お久しぶりです

こちらに関しては単純にキリのいいところまで進まないので
投下できないというのが95割です

内容自体は頭の先からつま先まで餡子たっぷり構想があるので
時間さえいただければ、といったところになるのでしょうか
ただそれはそれで待たせてしまうのも申し訳ありませんし
落とさない程度のペースながら続けていきたいと思います

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