文香「転校生型テンプレートについての一考察」 (94)


やっぱり、違うと思います。

……そう言って、私は彼を拒絶しました。



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・アイドルマスターシンデレラガールズ 鷺沢文香のアイドルになる前の話
・地の文


???

話にならない。
物語として面白みが無い。


……その講義で出た意見を端的に纏めると、こういうことだと。


去年の冬、共通教育の最後の一コマのつもりで選んだ科目が、
「物語を創る」というタイトルの水曜3限の授業でした。

週の真ん中、昼過ぎの一番眠い時間帯でありながら、
元作家の教授が時にゲストを迎えて創作論について語ると言う興味深い授業で、
出席率のかなり高い人気授業でした。

芸術・文芸科の存在する我が大学ならではなのかもしれません。


その授業のなかで、ちょうど冬休みの前2~3コマほど、”王道・テンプレート”についての講義があって。
そのうちの1つが『転校生』でした。


退屈な日常に、ある日転校生がやってきて、
それが異星人だったり何かの組織の一員だったり主人公の許嫁だったりするのですが、
そのことによって様々なイベントに巻き込まれ、その中で主人公はその転校生に惹かれていく。

色々な山を超えていく中で二人の中は深まり、
最後には思いが通じ合って恋仲になったり、
もしくは他のヒロインたちとの鞘当てを続けて有耶無耶にしたり……


とにかく、二人にとっての一定のハッピーエンドを置いてカタルシスを得る、
というのが1つのテンプレートだと。


その影で、幼馴染……日常の象徴であるところのキャラクターが居て、

彼女と彼とは両思いに近くも遠いもどかしい関係にあるのですが、
転校生の出現によって、彼の心はすっかりそちらを向いてしまう。


すっかり後塵を拝した彼女は、
しかして健気に彼の事を想い、もう一度振り向いてもらおうと努力したり、
もしくは彼の心の変化や転校生の本心に気づかず、彼らの仲が深まる事を応援したり……

などと、本筋ではなく、その引き立てしての役回りを背負うようになって。

……個人的には、そういった物語を読むたびに、
もっと「幼馴染」という関係を大事に扱って欲しいものだ、と感じます。


負けパターンというのでしょうか。
当て馬、などとも表現されますが。

とにかく、その手の”王道”の中では、ほとんどが幼馴染と言う関係性にその役柄を付しています。



簡単な板書での解説の後にグループごとのディベートがあり、

その中で私と同様に幼馴染の肩を持つ意見の方を応援していたのですが、
多数派、転校生型テンプレート支持派からしてみると、「物語としての醍醐味が薄い」と。

……それはどうなのでしょう、と言いたくはなったのですが、
話の展開の速さについていけず躊躇している間に終鈴がなってしまい、発言はできずじまいでした。


仕方が無いので、レポート課題のタイトルにこれを掲げ、
思うままにその時言えなかった事を書き連ねました。

……後にも先にも、規定文字数を大幅に超過して不可とされたレポートはこれだけだったと記憶しています。


物語の起伏というのは、非日常的なイベントと言うのは、そんなに重要でしょうか?
緩やかな恋愛物語だって、昔からいくつもあります。

日常の細々した幸せだって、書き様によっては立派な物語になるはず。
ただそれが今の彼らに、……読者にあまり受けない、というだけで。


……売れる物語をつくる事が悪い、ということではなく。



面白いから読まれる。ニーズに合うから広まる。

そのこと自体は何も間違っていないと思います。
書かれなければ、生まれないから。


ですが、

……だからといって、そうやって「動かされた」主人公は本当に幸せでしょうか?
残された幼馴染は幸せでしょうか?
創られた転校生は幸せでしょうか?

そうやっていつも考えてしまって。




日常を崩す事。
日常から離れる事。

彼らはいとも簡単にそれをやってのけます。
本当に、それが彼らの道なのでしょうか。


ーーー

……こうやって思索にふけっていると、
ただ単に、私は彼らを羨ましく思っているのかもしれない、と思うこともあります。


私の道は、どうやってつくられてきたか。
なんとなく流されるまま生きてきて、あまり自分で決める事なくぼうっと生きて来ました。


「自分の人生の中では、誰もがみな主人公」。
何かの歌詞だったでしょうか。

標語のような、……格言めいた使われ方をするこの言葉が、苦手です。
私は、私の物語の主人公じゃない。

……誰かの物語の片隅に生きている。
私は私の生き方をそう認識しています。

私からはおよそ物語と呼べるものは生まれないでしょう。

それに不満を感じているわけではなく。
……諦念でもなくて。


私の望みは……
安定と、平穏と、日常。
「つまらない」と、間違いなくそう評されるであろう、起伏のない緩やかな日々。
どこか、骨を埋める場所が欲しい。

そんなことばかり。


つくづく枯れた思考だとは、自覚しています。

古書店の一角に佇む自分、図書館の隅で本を仕舞い続ける自分。
そういった姿ならば、何年先の姿だって、想像に固くありません。

そうして、そのまましおれるように老いていくのだと。
それが私なのだとずっと考えています。


夢が無いわけではありません。


小さい頃から本が好きで、
物語が、其処に生まれた世界を覗き込むのが大好きで、

いつかは、私もこうやって物語を創りたい、世界を紡ぎたいと考えていました。


色々な本を読みました。
いろんな世界を、いろんな言葉を頭の中に蓄えて来ました。

ですが……結局のところ。

私は、何一つ「自分のもの」を創れずにここまで来たのです。


ーーー


例えば……書く、と言う行為。
物語をつくる、と言う行為。

 
短文も大巨編も、ライトノベルも分厚い歴史小説も、全部、全部。
それを書くすべての人を、私は尊敬しています。


自分の中に物語が生まれて、それを形にする。吐き出す。
アウトプットされた物語には、大なり小なりその物語の「世界」があって。

そうやって誰かがつくった物語を、生まれた世界を私は味わう。

……私には、できないのです。できなかったのです。
私は、受け入れることしかできないから。


私の中には、今まで読んできた、見てきたたくさんの世界が散らばっています。

その蒐集物を何度もリフレインして、噛み砕いて、また集めて。
……だけれども、そこから何も産み出す事ができない。

「私」の、私だけの世界はそこには1つも無い。
私は私の世界を見つけられない。


だから、だから。

……ずっと、拠り所を求めているのです。


ーーー


今の私の拠り所を与えてくれているのは、叔父です。

拠り所、と言うか、……拠点、でしょうか?正確には。


流され流されて生きてきた私にとって、最初の大きな壁は大学受験でした。
正確には、大学の選定と、その後の……就職についての、決定。


学部は人文学系だとなんとなく決めていました。
他は考えられませんでしたし、誰もそれを疑わなかったでしょう。

しかし、何処に行けば良いのか?
何を志して行くのか?


先生方は国立の高名な大学の名を連ね、入ってからでもしたいことは探せるから、と口々におっしゃっていました。

父母は、自宅から通えるようにと県内の公立大学を推して来ました。

……困ったことに、私にはそれらの違いが上手く理解できなくて。
レベルの違い、学費や諸経費の違い。
それらを除いた時、何を考慮するべきなのか。


高い学力の大学に行ったところで、その知識を上手く扱えるのか。ついていけるのか。
そんな悩みを抱えたまま、ぼんやりと高校生活を消費する日々。

そんな中、解決の糸口を……いえ、ほとんど答え、と言っても間違いではないかもしれませんが、
示してくれたのは叔父でした。


古書の買い付けなどで叔父がこちらの家に何日か泊まっていく事が年に何度かありました。
また、祖父母の墓参りなどのため、毎年の彼岸には家族で叔父の継いだ祖父母宅に滞在させて貰っていました。

家業を継いだ結果とはいえ、
趣味を仕事にして生きる叔父の生活は私にとって1つの憧れの姿でした。

叔父は私を年の離れた妹のように可愛がってくださいましたし、
私も叔父を兄として、もう一人の父親として慕っていました。

ですから、……ある意味では人生の先輩として、叔父に相談をすることにしました。
高2の夏だったでしょうか。


叔父は、周りの大人たちよりも私の人生観に理解を示してくれました。

自分も同じだったと。
同じような悩みを抱えていた、と。

偶然にも家業を継ぐことで自分の望む職を簡単に得たけれど、
そうでなければ何をしていたか想像がつかない。
……まあ、だけれど、どうにかなるものだよ。

自分の一番やりたいことだけ考えて決めればいい。
そう言って励ましてくれました。


……どうせ働くなら本に囲まれて働きたい。
それが私の、ほとんど唯一の望みでした。

例えば書店員になるのならば、最悪高卒でも道がなくはありません。
もう少し勉強を続けようと言う気はあったので、その道は選びませんでしたが。




1つの妥当な道として、司書資格を取る、と言う選択肢がありました。
現在、司書の求人は少なく、資格をとっても職にありつけないということも勿論考えられます。

しかし、司書という職業には強い興味が有りました。
並行して学芸員資格や教員免許を取得するのも悪くはありません。

資格と言うのは取り敢えず武器にはなりますし、
履歴書……いつか書くであろうそれの、空欄を埋めるのにも役に立つでしょうから。


1つ問題なのは、司書資格の取れる公立大学が地元には無いことでした。
短大ならば有りましたが、やはり少し躊躇があって。

更に他の資格も……と欲を出すと私立大でもほとんどなく。

県外ならばあるのでしょうけれど、そうすると途端に選択肢が膨大になって飲み込まれてしまいそうで。


高校3年生の夏、進路選択もぎりぎりと言うところで、もう一度叔父に相談をしました。

……相談して解決するような事では無いかもしれない、
とは思っていましたが、誰かに聞くだけでも聞いてもらいたいと思ったのも、本当で。


幸運にもというべきか、必然的にというべきか。
叔父は答えを持っていました。

実家の、つまり古書店の近くにそんな大学があるそうで。
ある程度のレベルの公立大学で、そこそこ名も知れているから先生方も嫌味をいうことは無いだろうと言うことでした。

どうやら、叔父の母校らしく。
なるほど、名実ともに彼が先輩になるのなら。


その上で、叔父はもうひとつの提案をしてくれました。
もしその大学に行くようであれば、実家から通うと良い、と。


夕食の場で、両親を交えてもう一度話をすることになりました。
……父も母も概ね賛成のようでした。

叔父の管理する実家に居候すると言う形にはなりますが、
相手が親族であり信頼のおける相手ということもあったのでしょう。

下手に一人暮らしをするよりよっぽど安全だと、二人共許可を出してくれました。

もし受かれば、という前提はありましたが、
授業料と幾許かの仕送りを毎月送ってもらい、
居候先である実家での生活でかかる費用はその代わりに古書店の手伝いをする、という形になりました。


どれもに、私に取って良いことばかりの条件でした。
学力も問題ありませんでしたし、何より、古書店の手伝いというものに心惹かれていましたから。


そうやって、私にとっての最初の壁は一番よい形で乗り越えることができ、
また同時に、それからの4年間の拠り所ができたのでした。




……と言った経緯があって今の私があります。
ですから、叔父には感謝してもしきれないでしょう。


ーーー

……こういった風に、今まで得てきたもの、経験してきた事をそのままに吐き出す事はできます。

新しい物を紡ぐ事は上手くいきませんが、
通り過ぎてきた過去をそっとなぞることならば、得意とするところです。

そうして大学生になってから、この一年半ずっと見てきたもの……
つまり、叔父について、もう少し描写してみましょうか。


叔父は父より3つ下、私の倍ほどの歳で、
大学を出てすぐに父方の古書店を祖父母から継ぎ、
二人が亡くなった今、一人でここを切り盛りしています。

と言っても、祖父母の残した財産は多く、贅を尽くさなければ困らぬ程にはあって、
古書店の経営は趣味程度のものらしいのですが。


遊び人では無いようですが素質は十分、といったところで、
「嫌らしくない格好の良さ」とでも言うのでしょうか。

女性には好かれるタイプのようです。

……時折街に出て行った際には、微かに夜の匂いを纏って帰って来ます。
酒と、他人のであろう煙草と、そして香水の匂い。


未成年の私の前で酒を呑むのは気が退けるのか、
週に1度は仲間と呑むと言って閉店後に出掛けていきますが……

詳しくはわかりません。
誰にでも多少の秘め事はあるものでしょう。

……私が踏み込むことでもありませんし。

まあ、叔父が所帯を望むようになったら、私はお暇しなければいけないな、
などとはうっすらと考えていました。


叔父と私の共通点は何処でしょうか。

私と同様に、叔父には創る事は向いていないのだと何となく感じています。

それは日々の会話の端々で感じることで。
それぞれの得た知識をただ流しあう事が私たちの会話だ、とも言えるでしょう。

……誰かの世界を共有しあう繋がり。

二人とも自分の「世界」を持てないから、
他人の世界を貪欲に吸収する。
他人の世界で自分と相手との繋がりを得る。

言うならば、それは食事のようなものなのかもしれません。


叔父と私の相違点は……これは明白なものが幾つかあります。
例えば。

叔父はなにかの物語の主人公になり得るでしょうか?
なり得るでしょう。充分に素質のある方だと思います。

「誰もが自分の物語の主人公」という言葉は、叔父のような方には似合う言葉なのだと思います。
まあ、多少この間読んだ小説の主人公を重ねて考えているかもしれませんが。

主人公でなくても……そうですね、ストーリーテラーとしての役割も似合うかもしれません。


私は彼の物語の中で、どのような立ち位置にいるのでしょうか?
そうやって時々夢想することがあります。


登場人物欄にネームドで載るぐらいの位置は占めているのか、否か。
同居人ではありますが、ほんの1年と言う短い期間であることを考えると大した役回りでは無いのかもしれません。

親戚の娘、と言う関係が主人公にどのような影響を与えるのか?
……気になるところではあります。

彼の幸せの邪魔にならなければ良いな、とはおもっているのですが。


ーーー

そうやって、何も迷わずに緩やかに暮らしていたのはいつまでだったでしょうか。


……2年前期の学期末の試験がすべて終わった日。
遅まきの梅雨もすっかり明け、蝉の喧騒と凪いでじんわりと蒸す気候とに悩まされるようになったころ。

その日の夕食は私の担当で、良い機会だからとナポリタンを作りました。
少し前に読んだエッセイと推理小説との中で書かれており、久しぶりに食べたいと思っていたのです。

それを見て、パスタに合うお酒があるんだ、と叔父が食卓にワイングラスを出しました。


食卓でお酒を呑むとは。
どういった風の吹き回しなのでしょうか。

珍しいものだと思いつつも配膳をし、
叔父は赤ワインを、私は雰囲気だけでもと買い置きしてあった炭酸水をグラスに注ぎ、乾杯をしました。


パスタという食べ物は、食べる工程において多分に静寂を含むものだ、とどこかで読んだ覚えがあります。

例えば、皿の上でスパゲティを巻く、という工程によって、
口は開いているものの、集中力を手元に持って行かれる都合上雑談を挟み辛いという状況。

一皿で完結してしまうが故に、
グラスとその皿にしか手の向かう場所がなく、何か落ち着かない空間。

……まあ、後者に関しては横着せずに私がもう一品作っていれば、という話ではありますが。


そんなこんなで黙々と食事をしていたため、
叔父が何か思いつめたような表情をしていた事に全く気づいておらず。

食事には時間のかかる方なので暫く黙々と食べていましたが、
叔父はいつもとは違い、私が食べ終わるのをじっと待っていました。

空になったグラスにもう一度ワインを注いでから、
一瞬逡巡し、グイッと飲み干してからまたこちらを向き直す叔父。


なにか大切な話でもあるのでしょうか?
例えば……その……、退去の申し立てのような。


4年間ずっと居ていいと保証されていたわけではありません。

心当たりがあるわけでは無いのですが、
あと数ヶ月もしたら成人することですし、そろそろ叔父の庇護の元を離れるべき、ということかもしれません。

叔父にも叔父の私生活があって、
……できるだけ干渉しないようにと思って過ごしては来ましたが、そろそろほころびが出ているのかも。

なんにせよ、ずっとここにいると言うわけには行かないとは思っていたので、
出ていけと言われたならそっと何処へと行く用意をしなくては、とは考え始めていました。


話と言うのは、なんのことはない、夏休みの私の予定についてでした。



去年の夏は早々に父と母がこちらへ来て、暫くの滞在の後、
父の休暇終わりと同時に私も帰郷し、ほとんどの時間を地元で過ごしました。

その間叔父は各地に古書を蒐集しに回っており、実家にも2~3日ほど泊まって行きました。


今年は、と言うと、先日父から連絡があって、今年は忙しいからこちらへは来ない、
まあ文香は帰ってくるなり旅行に行くなり自由にしなさい、と。

自由にしろと言われると難しいものです。

特に予定は有りませんが、と取り敢えず答えると、
叔父は少しホッとしたような顔をし、次のような提案を私に示しました。

「今年は、古書の蒐集に同行しないか」と。


なかなか興味深い提案のようでした。
叔父の審美眼の如何も気になりますし、古本市や、他の古書店めぐりというのも楽しそうです。

去年も気になっていたことでした。
それに、どうせやることがないなら少しでもお手伝いができたら、と思って。

日程を組むならば……前半は叔父について回って、9月に入ってからゆっくりと帰省するのもよいでしょうか。


叔父が少し難しい顔をした時、はじめて要点がどこかそこでは無いところにあるらしいことに気づいて。


……して油断をしていました。きっと、この時までずっと。


叔父が少し難しい顔をした時、はじめて要点がどこかそこでは無いところにあるらしいことに気づいて。


……油断をしていました。きっと、この時までずっと。

「そうじゃなくて……
 今年は、ずっと一緒にいてくれないか。
 
 8月が終わっても。ここに居てくれないか」



……どこかで致命的なズレが起きていて。
私のそれまで考えていたことと、叔父が今語っている言葉は、まるで違う所にあって。


「別に、兄さんたちが嫌いなわけでは無いんだ。
 そういうことじゃない。

 だけど……できたら。今年は。
 仕事だけじゃなくて、ただ君と一緒にいたい。そう思っているんだ。

 ……だから、俺を優先してはくれないか。
 いや、今年だけじゃなくて、来年も、再来年も。

 つまりその……なんだ。
 君に、これからずっとそばに居て欲しいとおもっている」


……。

何を言われたのか。
何が起こったのか。
理解が、追いつかないまま。


「いきなりこんなことを言って申し訳ない。

 本当はもっともっと後に……
 君が、成人してから、大学を卒業してから言おうと思ってたことなんだ。


 すぐに決めてくれとは言わない。
 落ち着いて考えてくれていい。

 だから、君の口から答えが聞きたい」


手を、取られていました。
ハッとして、でも振り払えなくて。

酔っていながらも、彼の目はまっすぐ私を見つめていて。

……彼が手の力を緩めるまで、目を逸らすことすらできませんでした。


ようやく私は、何が起こっているのかを理解しました。
耳がとても熱く、顔が火照って思考の邪魔ばかりして。

頭をガン、と殴られたようなショックがありました。
今、何を言われたのか。
……耳がおかしくなったのでは無いのか。


困惑のうちに、叔父は少し冷静になったようでした。
身を乗り出した衝撃で倒れたグラスを退け、こぼれたワインを拭き取って。

白い布巾がみるみるうちに赤く染まって行くのを見て、少しだけ私も正気を取り戻しました。

叔父は少し、反省したような表情をしていました。


困惑のうちに、叔父は少し冷静になったようでした。
身を乗り出した衝撃で倒れたグラスを退け、こぼれたワインを拭き取って。

白い布巾がみるみるうちに赤く染まって行くのを見て、少しだけ私も正気を取り戻しました。

叔父は少し、反省したような表情をしていました。


少し早口になりながらそう言うと、彼は席を立って行ってしまいました。

ドタドタ、ガララ、と慌ただしく叔父の出ていく音。
しばらくの静寂。
秒針の音。


どれ位放心していたでしょうか。

しばらくして、また思考の渦が襲ってきて。
目眩。


叔父が「男」であるということ。
そんな当たり前のことを、私は見ていませんでした。

彼にとっては、私は姪でありながら、一人の「女」なんだと。
……意識すらしていませんでした。
それとも、無意識に排除していたのか。解りません。


叔父は確かに「男」でした。
父として、兄として。
私の持ち得ない腕力があり、低く尖った声を出し、倍ほどもある胃袋を持つ……

そういう観点でしか、叔父を「男」として見ていなかった、と思い知らされて。

ところが。
彼は、いつからかはわかりませんが、私を「女」として見ていたようでした。

……そして、私は彼に求められたのです。
彼の「女」になることを。


……どうして。
叔父なら引く手数多でしょう。

目に見える範囲でだって……、
古書店を訪れる方々の中にだって、商店街のそこらにだって、
叔父に好意を抱いている女性など、探さなくても。

なのに、どうして。
どうして姪の私なのか。


……しばらく、何も理解ができませんでした。


ーーー

自室の天井を見上げながら、もう一度叔父の言葉を反芻してみます。
何度確認しても、それは求愛の言葉に違わなくて。


初めてでした。
人から好意を告げられるなどと言った事は。その逆も当然経験がなくて。

……いえ、初めてでなくても、よしんば百戦錬磨だったとしても、
結局こうやって頭を抱えていたでしょう。


彼の言葉を、握られた手の感触を振り返るたび、
気恥ずかしさと、そして強い後ろめたさとで心が混濁していくようで。

……だけれど、逃げる事はできなくて。
何から考えれば良いのでしょうか。


インセスト。インモラル。
妖艶で甘美な言葉です。……物語として読むときは、ですが。

では、現実ではどうでしょう?


明治以来、叔姪婚は日本では禁止されています。

藤村とこま子のような例もありますが、あれはそもそも破綻した例で。
逃げる身にも待つ身にもなりたくはありません。


世間の目は冷たいでしょう。

例えば私が彼を受け入れたとして、まず最初に父と、母とどう決別するか。
戸籍上で認められない関係にどう縋るか。
そして……仮に子を為したとして、存在の認められぬその仔がどう生きるのか。

……何を考えたって、何も進めようが無いのです。


そんなこと、彼なら解っている筈なのに。
それでも彼はここでひっそりと暮らしていくつもりなのでしょうか。

……私なんかと。


確かに、秘密を持つこと、誰にも会わずひっそりと暮らす事はとても魅力的な事ではあります。
何より、秘密は物語を産むもの。

其処に私の望むようなものがある気がしないでもありません。


秘密を抱えてひっそりと暮らす事も、1つの行く末としては良いのかもしれません。
其処には確かに、「物語」が生まれるでしょう。


でも……、私の望む物語はおそらく、それでは無い。

それに、私が心惹かれているのは”秘密”と、其処から生まれる物語であって、
……哀しいかな、叔父そのものにそういった惹かれ方をしないのです。



とても酷な思考をしていること、自覚しています。
ある意味では最初から答えは決まっていて、それを裏付ける理屈を探しているだけだとも言えるでしょう。


彼のことが好きです。彼を慕っています。
でもそれは……親愛の情で。家族として、彼の姪としての感情で。

だから、私は彼の思いを……恋心を、受容できません。
敬意とそういった愛情とは、とても遠くに位置するものです。


私は彼を、親族としての距離で見ている。
それ以上近づくことはできそうにありません。

私にとって、彼は何処まで行っても「叔父」なのだと。


ーーー

……1つ、気づいたことが、あります。
彼らも、「主人公と幼馴染」という構図も、そうなのではないでしょうか。

主人公にとって、幼馴染は「幼馴染」でしかなくて。
親愛の情で溢れるがために、それは恋には変えられなくて。

1つの、家族だから。
自分にとって、「変わらない日常」だから。

……だから、彼女の恋心を受容できないのではないでしょうか。


彼らに当てはめることで自分の思考を正当化するつもりはありません。
私は主人公ではありませんから。

でも、少しだけわかった気がします。
……わかって欲しいと思います。

だから、ちゃんと伝えなくては。
明日叔父が帰ってきた時、きちんと拒絶しなくては。


いろんなことを受け入れ流されてきた人生でした。
でも、ここだけは流されてはいけない、と思います。

世界の片隅で生きることを望めども、
其処に留まるべきか否かは最期まで問い続けなければいけない。
思考を、止めてはいけない。


例えばいつか王子様が現われるなどと、
そういった夢見心地でいるわけではありませんが、

まだ出会っていない色々に、来ていない異文化に、
……触れてみたい。


本心ではそう思っているのだと気づきました。
齢19で本を閉じるにはまだ早いと。


たとえ主人公で無いとしても、
勝手に物語を締めてはいけない、可能性にすがることを辞めてはいけないのだと。


私は私の「転校生」を、見つけなければ。


次の朝帰ってきた叔父からは女の匂いはしませんでした。
私にあのような事を言った手前、義理を通したのでしょう。


叔父が眠りについている間、私はもはや日課の1つとなった書架の整頓をしながら、
どのように切り出すべきかぼうっと考えていました。
誤解を与えないように、はっきりと、柔らかく。

どんな言葉を選ぶべきでしょうか?


思えば私は、人を振る話をあまり読んできていませんでした。
……どんなセリフを思い出そうとしても、其処にあるのは悲恋か今生の別れのセリフばかりで、
今のこの感情に、状況にそぐわしいものは1つもなく。

拙くても、私の言葉で、私の表現で語らなくては。


こうやって数多の古書と触れ合っていられるのも今日限りかも知れません。
やや強権的に求められたとは言え、叔父を拒絶するのですから、追い出されてもおかしくはなく。

……あまり考えたくはありませんが、叔父も男性ですから、
その、普段とは違って凶暴になるかもしれない、ということも万一として考えておかねばなりません。


当然です。
私が今からすることは、……「拒絶する」ということは、そういうことですから。


少しだけ部屋の整理をして、しっかりと覚悟を決めて、
少し軽めに昼食を作って。
叔父を起こしに行きました。

そして。



やっぱり、違うと思います。
……そう切り出して、私は私の言葉で、彼を拒絶しました。


ep.


私は今もここに座っています。
或る古書店の片隅に。

一介の手伝いとして。
……店主たる叔父の、姪として。


叔父は、とても理性的でした。
これまでも、あれからも、ずっと。


私は彼に感謝しています。
今も、私は叔父を敬愛しています。


<fin>


終了。
叔父ふみ派には申し訳ないです

紡ぎ手に憧れる、と言っていたあたり、ふみふみは文筆業というか表現者に憧れがあるのかなと

ただ、なまじ多くの本を、文章を読んできたせいで自分の文章が平易に感じる、とかかもしれません

「…新しい自分…興味あります。アイドルになったらもしかしたら…」
という発言に、その辺りの表現欲が出ているのかも、という憶測

ずっとsageっぱだったorz

>>57>>58の間ぬけてる?

>>86
OMG
本当だ……thx

申し訳ない、ひどい間違いを犯してる事に気づいた

「済まない、少し酒に中てられて感情的になってしまったようだ。

 いや、しかし、その、……考えておいて欲しい。
 いきなりで申し訳ないが、すべて私の本心なんだ。


 ……少し頭を冷やしてくるよ。
 朝には帰ってくる。裏口だけ開けておいてくれ」

56--57が同じ文章2度貼っつけちゃってて、
その分叔父のセリフ>>89が飛んでました。

申し訳ない。ありがとうございます。

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