凛「私は――負けたくない」 (163)




私は、実はおちこぼれだった。

スカウトされたはいいものの、愛想なんて全くないし、
身体能力はただの人並み、歌も特段に巧いと云うわけじゃなかった。

カラオケは好きだからよく学校帰りに友達と行ってたけどね。




……いやホント、どうして私なんかがスカウトされたんだろう?





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・・・・・・・・・・・・


渋谷の街は、とても雑然としていた。

林立する商業ビルはおろか、無秩序に行き交う人の波は、それそのものがまるで壁の如く。

タクシーは無茶な車線変更をして走り抜け、路線バスは重いエンジン音を吐きつつ道玄坂を登らむと息を切らす。

加えて店頭の騒々しいBGMや、遠くからは電車の生み出すこだまも混ざり合い、一帯はノイズに覆われている。

人々は、都市計画などまるで無視した、毛細血管のように絡み合う雑踏を、早足で駆け抜けて行く。

さながら、何かから追われているように。

久しぶりに太陽が顔を覘かせた爽やかな空模様も、先を急ぐ者たちには何ら眼中にない。

まもなく春本番を迎えようと云う時節、南風に吹かれて心地よい陽気であるにも拘わらず。

閉塞した社会。

鬱屈した日々。

牙を剥く自然。

彼らは、目に見えぬ“どす黒い”ものから必死に逃げているのだ。焦っているのだ。

庭上のサンドリヨンの人であってる?
アレ面白かったわ


しかし、まるでそんなものとは無縁だと云うような雰囲気で――

車も人通りも多いスクランブル交差点の傍ら、何をするでもなくガードレールに気怠く腰掛ける少女がいた。

否――むしろそれは、閉塞や鬱屈への、一種の白旗だろうか。

かれこれ数十分も、冷めた視線を世界へ送っているのだから。

微動だにせぬまま、時折走る風に、髪や服の裾が揺られるだけ。

艶のある長い黒髪、やや吊り上がった切れ長の眼、神秘的な碧い瞳を持つその少女は、おそらく十代半ばだろう。

外見こそ端麗なれ、その表情は年齢と不釣り合いなほどにクール、歯に衣着せず云えば……無愛想。

近くのカフェでコーヒーを飲む或る男は、そんな彼女を気がかりに思っていた。

例えば、友人――または彼氏か――の到着を待っているような素振りには見えないし、
小綺麗な彼女にナンパを持ち掛ける若者にも、何の反応も示さない。

まかり間違えば、人形が捨てられているのではないかと通報沙汰にさえなりそうな。

そんな異様な雰囲気を、男はとうとう放っておけなくなった。


「……ん? なに?」

男が少女の方へ歩み寄ると、それまで何の反応もなかった彼女が、ごくわずかに目線を向けて問うた。

ナンパに挑戦する数々の若者とは、やや雰囲気が違うスーツ姿の者が近づいたからであろうか。

だがその口調は刺々しく冷め、目や口元が不躾な角度であることは変わりない。

「あー、ちょっといいかな?」

「……私は別に用とかないけど」

少女は、男の方を見ずに云い捨てた。外見から想像するよりも芯の強い声だった。

「まあ、用がなさそうなのは見ていれば判るんだけどな、どうにも君の様子が妙なんでね。声を掛けてみたのさ」

「ヘンなナンパの仕方だね」

「いや、ナンパじゃなくて。何か放っておけない、と云うべきか……あぁ、俺は別に怪しい者じゃない」

猜疑の目を少しでも和らげようと、「普通のサラリーマンだ」と云って証明書代わりの名刺を差し出す。

どう説明したものかと男が思案していると、少女はついにガードレールから尻を離した。

「私、急いでるから。もういい?」

どう見ても急いでいるようには思えないのだが、これは『私に構うな』と云う常套句。

「じゃ」

少女は短くそう嘆息して、男や、彼の名刺など一瞥もせず、駅の改札へ向かって歩いて行った。

去り際に、「……変なの」と云う呟きを残して。


シンデレラガールズSSです。
どうしても今日中にスレ立てしておきたかった。
膝に受けた副業が大絶賛炎上ボウボウで更新速度はだいぶゆっくりになりそうです。
更には独自設定、ご都合主義、地の文わんさか。
それでも構わんぜ、と云うかた、どうぞ気長にお付き合いください。


>>4
YES、それを書いた者です。ありがとう。


トリップってあまり目に入らないものなのかな
少しだけ投下




・・・・・・・・・・・・


年度が変わり、新しい一年が始まってから一箇月ほどが過ぎようかと云う土曜の午後。

黒いアスファルトで舗装された歩道を、可憐な少女が一人、傘を差して歩いていた。

傍の道路には、モノレール――正確には新交通システムの橋脚が微かに影を作っている。

片側二車線の大きな道ではあるが、時間帯のせいか、車通りはさほどでもない。

その代わり、モノレールの軌道には、銀色車体に緑と桃色の線の入った列車が、頻繁に往き来している。


まもなく大型連休を迎えるものの、世間はそれを手放しで歓迎できていない。

つい先日発生した、未曾有の地震の所為だ。

揺れによる直接的な被害はそうでもなかったが、大津波はあらゆるものを呑み込んだ。

自然災害には滅法強いはずの日本が二万もの犠牲者を出した――その事実こそが、事態の規模を物語っていよう。

東京の街は、被災地と比して幾分か混乱は収束しつつある。

しかし、輪番停電等で暗く寒い夜を過ごした人々は、
自分らが『如何に文明に飼い馴らされているか』を痛感することとなった。

停電対象外の23区の中、ほぼ唯一の例外地として、そんな非日常を実際に経験したばかりとあっては、
到底目出度い気分になどなれなかった。

しとしとと降る雨も憂鬱だ。

――明日は誕生日だと云うのに。

今、世間には、過度な『自粛』を強要する空気が満ちていると云っても過言ではない。

そう、個人の誕生日を祝うことすらも憚られるほど。

本来なら、今夜は通っている養成所でささやかなお祝いが開かれる予定であったが、お流れとなってしまった。

ただの一市民がパーティを止めて祈りを捧げたところで、被災地の情勢など変わりもしないのに、
そうしなければならない雰囲気。

日本の民族性なのであろうが、一種異様な状況である。

「はぁ……」

少女は、軽く息を吐いて、すぐに、はっと顔を挙げた。

いけないいけない、元気が取り柄の自分なのだから、こんな顔をしていてはいけない。

笑顔で頑張らなくては。

そこへ、数十メートル先に昇降口を構える駅から歩いてきた、体格の良い男が道を尋ねる。

少女が軽いジェスチュアを交えて教えると、合点がいったようだ。

お礼にジュースでもどうかと問うので、

「あ、いえ。これから養成所へ行くところなので。では失礼しますね!」

そう笑って彼女が頷くと、緩いウェーブの掛かった、濃茶色の綺麗な長髪が揺れた。


公共交通を数本ほど乗継いだ場所にある養成所の、壁面が全て鏡張りされたスタジオ。

大勢の女の子たちに混じって、その少女の舞う姿が見える。

彼女は輝くステージにアイドルとして立つ自分を夢見て、この養成所――芸能界への入口にそびえる門を叩いた。

純粋な憧れ。

無垢な将来像。

しかし実際に門の少し内側へ入っただけで、それは、とてつもない倍率の世界なのだと思い知らされた。

勿論、養成所だって誰も彼も見境なしに入塾させてくれるほど甘くはない。

だから、一定のラインはクリアできているはずだと、或る程度の自信は持っても良いと思う。

それでも、栄光の舞台を目指さむと日々奮闘する数十人ものライバルを見ると――

本当に自分は芸能界への狭き階段を昇っていけるのだろうか……と云う類の思考を禁じ得ない。

無論、そんな自信の無さや幾許かの恐怖など、一種、負の情念は誰でも持つことだろう。

だが彼女自身は、その種の感情を“不安”だとは受け取っていないようだ。

“恐怖心”を“頑張る精神”へと無意識に置き換え、その心で自らを衝き動かす。

そして、日々の地道な成長を――なりたい自分に近づけていることを、嬉しく感じる。

それは彼女の一つの才能であった。


大勢で同じ動きを舞うことしばし。

頑張った成果か、前回踏めなかったステップをこなせるようになり、少女は足許を見ながら笑みを浮かべる。

顔を挙げると、ふと、少し先にある扉から、妙な出で立ちをした、初老の男性が入ってくるのを視認した。

インストラクターと握手をしている。

新しい講師だろうか?

少女は頭の中でそう呟いた。

どうやら、業界関係者のようではあるが……

養成所で修練していれば、そんな人物がやってくるのはままあること。

彼女は、その人物を意識しないように、ひとまず今は練習に集中するようにと、自ら云い聞かせた。

しかし逆に、インストラクターが彼女のその行動を差し止めるように呼ぶ。

驚いた少女が視線を向けると、手招きをしているではないか。

不思議な面持ちのまま、小走りで駆け寄って問う。

「えっと、私に何か……?」



・・・・・・

年度が変わり、新しい一年が始まってから一箇月が過ぎた日曜の午後。

赤茶色のブロックが敷かれた歩道を、快活な少女が一人、歩いていた。

傍の道路には、モノレールの橋脚が規則正しく影を作っている。

片側二車線の大きな道ではあるが、時間帯のせいか、車通りはさほどでもない。

その代わり、モノレールの軌道には、銀色車体に青い線の入った列車がぶら下がり、頻繁に往き来している。


大型連休中だと云うのに、世間はそれを手放しで歓迎できていない。

つい先日発生した、未曾有の地震の所為だ。

この時期は、本来なら家族で毎年どこかへ出掛けるのだが、今年は特にそう云った話は出なかった。

代わりに、新しい高校生活に馴染んできたので、今日はクラスメイトとショッピングをした。

母親がいつもより多めのお小遣いをくれたものだから、嬉しくて色々と買ってしまい……

今は荷物の多さに少しだけ後悔している。

でも、久しぶりのショッピングだもん、楽しかったから良し!

そう彼女が頷くと、外側に向かって撥ねた、やや短く綺麗な茶髪が揺れた。


帰宅後、母親が用意していたおやつへ目もくれず、玄関は姿見の前で、買ってきた春夏物の新作に身を包む。

ターミナル駅近くのブティックでこの服を試着したとき、友達が「とても似合ってるよ」と褒めてくれた。

鏡に正対してポーズを取ったり、くるりと翻って肩から背中そしてヒップへのラインを確認したり。

独り、セルフファッションショウをしばらくこなし、えへへ、と顔を綻ばせた。

笑いながらガラスの向こうにいる自分を覗き込んでいると、来客を告げる電子ベルが鳴り響く。

彼女は、「ほいほ~い」と云って、すぐさま玄関の扉を勢い良く開けた。

その方が、わざわざ居間へ戻ってインターホンを受話するよりも早いし効率的だから。

だが来訪者は、呼び鈴を鳴らしてすぐに戸が開くとは思っていなかったのであろう。

そこには、心底驚きたじろいだ様子で、郵便配達の人が立っていた。

曰く、簡易書留で郵便物が届いたらしい。

受領印を押してから封書を眺めると、それは、ちょうど自分へ宛てられたもので――

封筒の下部を見た瞬間、普段は至極快活な少女が、まるで人形のように固まった。

『オーディション合格通知在中』

何度も目を擦って読み返しても、そこには明らかに良い報せであることを示す朱印が輝いている。


彼女は普段から元気溌剌だった。

クラスでも随一のムードメーカーであり、笑わせ屋であり、輪の中心にいた。

友人たちに冷やかし半分で「アンタって明るいし、アイドルにピッタリなんじゃない?」とも云われるほど。

笑顔が、向日葵のような橙色に輝く女の子だった。

先日クラスメイトと読んでいた雑誌に、新規プロダクション設立に伴うオーディションの情報が載っていたので、
そそのかされた勢いのあまり応募したのだが……

まさか本当に合格するなんて。

正直、彼女自身は結果に全く期待していなかった。

何故なら、柄にもなくあまりに緊張し過ぎて、本番で色々とトチったからだ。

会場へ向かっている刻は、まるで心臓が口から飛び出るのではないかと思うくらいどきどきしていたし、
あろうことか遅刻しそうになって急いだら、強面の男性とぶつかりそうになってしまった。

さらには選考時のことなど、もはや何を喋って何をやったのかさえ朧げにも覚えていない有様。

そんな散々なオーディションだったのに、何故合格通知なのか。

何かの間違いではないのか。

震える手で封を切り、おそるおそる中身を出す。

そこには『技量ではなく内面を見て判断し、ティンときたから合格』と良く判らない理由が綴られており――

その挨拶状の下に、しっかり整えられた様々な書類が束になっている。

不合格なら紙切れ一枚しか入っていないから、本当に合格通知なのだ。

人間、予期せぬ嬉しい事象が起こると、得てして爆発的に喜ぶことはできないもの。

彼女は、全身を震わせながら、しかし顔には満面の笑みを浮かべて、静かに、そして力強く呟いた。

「えへへ……やった……ッ!」


すいません時間切れなのでここまで。


凛誕生日に立ててからおよそ一週間も更新できてないのな
いやホントすいません
コミケ前という微妙な時期でケツカッチンだけど、今夜中に少しでも投下しておきたいと思います



・・・・・・

年度が変わり、新しい一年が始まってから一箇月ほどが過ぎた平日の午後。

ベージュ色のブロックが敷かれた歩道を、美しい少女が一人、歩いていた。

傍の道路には、モノレールの橋脚が規則正しく影を作っている。

片側二車線の大きな道ではあるが、時間帯のせいか、車通りはさほどでもない。

その代わり、モノレールの軌道には、銀色車体に橙が四角く塗られた列車が、頻繁に往き来している。


大型連休が明け、世間には閉塞した空気が漂っている。

少女は気怠そうに、茶色いレザーのスクールバッグを肩へ廻した。

普段、一緒に下校している仲の良い友人は、今日は部活や掃除当番。

ゆえに、彼女は、JR駅までの道を独り、ややゆっくりとした足取りで歩んでいた。

ふわぁ、と軽く欠伸をし、それを左手で隠す。

実に、実につまらない日常だ。

地震で、人生の価値観に僅かな変動があったとはいえ、結局それも二箇月弱が経って薄れてきた。

……そもそも、災害に対する現実感がほとんど無い。

発生当時は中学卒業直前の自宅学習日だったが、家の周辺地域は地盤が極めて強固なので、さほど揺れなかった。

さらに軍事基地が近所に在る為なのか、輪番停電の対象からも外れた。

つまり彼女にとって震災とは、テレビの向こう側の出来事にしか感じられなかったのだ。

喉元過ぎれば何とやら。変化の無い日々が、再び少女を支配しつつある。


この春から高校へ進学した彼女は、幾分か、変化への期待があった。

新しい自分への、渇望があった。

しかし入学以来一箇月以上が経ち、それは幻想だったのだと思い始めている。

幼稚園から小学校、また小学校から中学校へ上がった際の、明らかな環境の変化と違い、
高校生になったからと云って、何かが劇的に変わるわけでは無かった。

強いて違いを挙げれば義務教育ではなくなったと云うことだが、そんなものは目に見えぬ立場の話でしかないし、
クラスを構成する人間が変わる――中学時代の友人の大半と離れることになったのは、まったく負の側面だ。

結局、学校生活だって、授業内容だって、日々通り過ぎていく日常は、何もかもが中学校の延長線上。

中間と期末の憂鬱な定期考査は容赦なくやってくる上、同年代の男子の幼稚さは相変わらず。

実際、男子の幼稚さは、彼女の澄ました美貌に気後れしてのことだったが、当の本人には判ろうはずがない。


そんな変わらない鬱屈したループから抜け出したくて、藻掻いて、ピアスを空けてみた。

中学生とは違うのだ、と自らの身体に刻み付けたかった。

それでも、生じた変化は、髪に隠れた部分の僅かな見た目だけ。

父親に渋い顔をされたくらいで、その他の環境は何ら変わることは無かった。

むしろ、ナンバースクール伝統の自由過ぎる校風から、ピアスや染髪なんて当たり前に行なわれている中で、
彼女はただ単に、そんな有象無象の一人にしかならなかった。

「はぁ~ぁ……」

まるで幸せが逃げて行きそうな溜息を吐いて、髪を掻き上げる。

西日に照らされた左耳、白銀色のピアスが鈍く光り、そして、さらりと流れる、黒く綺麗な長髪が揺れた。


そのまま、ターミナルの駅ビルでアパレルや靴、アロマなどを、大して注目もせず視てぶらぶらしていると、ふと
一階から四階までぶち抜くエスカレーターから、妙な出で立ちをした、初老の男性が歩いてくるのを視認した。

その態―なり―を半ば不躾な視線で凝視する少女に、男性が気付く。

そして彼もまた、視線を少女に向け、若干の驚きを得たように跳ねた。

大股の早歩きで少女の眼前まで寄ると、彼女は気怠く無愛想な表情で問うた。

「……オジサン、誰? 援交―サポ―ならヤんないよ」


――

駅ビル二階の、明るく賑やかなカフェ。

少女は、アールグレイを飲みながら、男から差し出された名刺を眺めていた。

しかしその目は、欺瞞を疑うように刺々しい。

「C、G、プロ……ねぇ。……正直、聞いたことも無いんだけど」

ひらひらと団扇を煽ぐように揺らして、率直な感想を述べると、

「いやはや、設立してまだ間もないからねぇ!」

男は目の尻を下げ、自らの後頭部をぽんぽんと叩いて困ったように笑った。

そして、テーブル上のガトーショコラを指して「ささ、遠慮せず」と促す。

彼女自身、同年代の他の娘よりはそれなりに可愛いと云う自覚を持っているので、警戒心は多少ある。

だが、このような場所で、店の売り物に変な薬を盛られることもないだろう。

そう判断し、ゆっくりと、しかし怠そうにフォークを構えて「頂きます」と一口食べた。

美味なケーキに、期せずして顔が少し綻んだのだろうか、そのタイミングで男が喋る。

壮年・中年の歳相応の、ほど低く渋い声だ。

「そう云えばまだ君の名前を尋ねていなかったね。差し支えなければ教えてくれないかい?」

少女は即答せず、視線を少し逸らした。

長い時間、咀嚼したまま考え、無言の間が続く。

卓上にある少女のiPhoneへメールが着信し、バイブレータが天板と共振して存外大きな音を立てた。

彼女は手に取って画面を一瞥したが、他愛の無い内容だったようで、返信せず再びテーブルへ置く。

そして目を軽く閉じ紅茶を飲んでから、おもむろに口を開いた。

「……渋谷だよ。渋谷――凛」

きちんと答えてくれるとは期待していなかったのだろうか、男は少しだけ目を丸くする。

「渋谷凛ちゃんか。素敵な名だ」

凛は、嬉しくも何とも無いと云う表情で紅茶をもう一口呷った。

「――で、そんな事務所の社長さんが、学校帰りに道草してる不良女子高生を掴まえてスカウトだって?」

先程、エスカレーター前で出会ってすぐ、アイドルにならないか、と単刀直入に云われたのだ。

頭上に疑問符を浮かべている凛を、あの手この手で云い包めて、ひとまずカフェの椅子へ坐らせた。

物腰は紳士的ながらも、その話術は、流石、芸能業界の関係者、と云うことか。

確かに、「スカウトしたい」と告げられて悪い気分にはならないが――

「そう。さっき君を見て、一目でティンときたんだ」

「……はぁ。そんなの手当たり次第に誰にでも云ってるんでしょ、色んな甘言を弄してさ」

この真っ黒いオジサンの言葉を鵜呑みにするのは早計だ。今一信用ならない上、判断する材料が乏し過ぎる。

――どうせ私なんか、何百人と声を掛けた雑輩の中の一人なのだろうし。

ものぐさな様子の凛と、正反対に、至極真面目な顔をする男。

「とんでもない。私は業界歴だけは長いが、『コレだ!』と云う子にしか声を掛けないんだよ。
 ただの一人にもコンタクトせず撤収する日も少なくない」

凛が視線だけ挙げて相手の眼を見ると、その彼は柔らかな笑みを湛え、言葉を続ける。

「それに、自分で自分を不良と云う子ほど、根はそうじゃないものだよ」

「妙な断言をするね、オジサン」

凛は、目線だけでなく、顔も挙げて正対させたが、その言葉には、若干の刺が見え隠れしていた。

まるで、私の何が判るのだ、とでも云わむばかりに。

しかし男はそれを気にしない。

「君の全身から、お花の香りがする。芳香剤ではない、青く潤う生花の薫りだ。多分、お家は花屋さんのはず。
 そして手先は若干水荒れを起こしているね。きっと、ご両親の手伝いを精力的にこなしているのだろう」

この男は、家業を難なく云い当てた。これがスカウトマンの眼と嗅覚か。

ブラフかどうかは判らないが――凛がよく手伝っていることも見抜いている。

花屋は即ち水仕事と云って過言ではない。四六時中水に触れていると、肌を保護する皮脂が流失し荒れてしまう。

凛は、慌てて手先を袖の中へ潜らせた。

男の云い分を認めるようで癪だが、何故だか、隠さずにはいられなかったのだ。

凛のその反応に、男は少しだけ口角を上げた。

「身なりも一見崩しているようで実は端正だ。ぴしっとした上着、緩められているが形は整っているネクタイ。
 よく磨かれ、潰されていない革靴。僅かな染み汚れも、そして擦れもないスクールバッグ。
 手入れされた長く美しい髪もそうだね」

澱みなく、流れるように指摘を重ねていく。

「君が持つiPhoneは一世代前のだが、保護ケースへ入れていないにも拘わらず綺麗な状態だった。
 身近にある、頻繁に使う小物さえも丁寧に扱っている。そう云う細かい部分に、育ちの良さが出ているよ――」

まるでエスパーかと思えるほどの指摘ぶりに、凛はだんだんと目を逸らしていった。

ここまで云われては、少し……いや、大分気恥ずかしい。

頬が微かに紅潮していることが、自分でも判る。

「――そんな子の自称する『不良』って云うのは、一種のサインのようなものだ」

「……へぇ、サイン、ね……」

凛はそう返すのが精一杯だった。

逆に男は、上半身を凛の方へ若干寄せて、覗き込むような視線を送る。

「君はきっと、とても真面目な子だ。だからこそ、日常の繰り返しをつまらないと諦めているのではないかな?
 耳に光っているピアスは、おそらく、それの裏返しだ。違うかね?」

凛は、ぴくりと、眼や眉を上げ、逸らしていた視線を再び目の前の男へ向けた。

「それにしたって、なんで私を? ……そりゃ人並みより多少容姿に恵まれてるとは思うけどさ。
 それだって偏差値がちょっとマシかな、ってくらいでしょ」

「謙遜だねえ。もしくは、自分を過小評価しているのかな? 君は十二分に綺麗だよ。
 それに、見掛けも大事だが、それだけじゃないんだ。君には、凛々しく纏うオーラがある。
 私に云わせれば、それら相乗効果で、偏差値は75を優に超えると確信している」

恥ずかし気もなく、堂々と云い切る目の前の男。

凛の方が照れくささで縮こまってしまう。

そんな様子を見て、男は「とまあ、ここまでは、ただの前口上だよ」と笑い、刹那、眼力鋭く凛を射抜いた。

「――君の、きりりと澄み、引き締まった碧い眼。最大の理由はそれだ」

「……眼?」

「ああ、君はとても真っ直ぐで綺麗な眼をしている。確かな意思を宿す瞳だ。私は、それに惚れた」

真っ直ぐな云い種に、凛は少し眉根を寄せる。

「……オジサン、もう『惚れた』ってストレートに云えるような歳じゃないと思うんだけど」

極めて失敬な突っ込みであるが、男は、少しだけ眼を丸くして、数秒ほど溜めてから、大笑いした。

「あっはっは! スカウトなんて、一目惚れの告白と同じようなものだよ。
 清水の舞台から飛び降りて、想いの丈を精一杯ぶちまけるんだからね」

腹を抱える男と対照的に、凛は表情を変えなかった。

否、呆気にとられて、表情が追い付かなかったと云うのが正解。

はぁ、と軽く息を吐いてから、やや温くなった紅茶で喉を湿らせる。

「――そもそも私、見ての通り無愛想だけど、こんなのがアイドルなんてやっていけるの?
 そう簡単に直せるもんじゃないよ、これ」

「その辺りは幾らでもやりようはあるさ。君の中の、アイドルとしての輝きは、そんなことでは曇らない」

妙に自信たっぷりと云い切るものだ。

凛は、目線をやや下げ、左手を顎に添えた。そのまま、じっと考え込んでいる。

 ――日常に飽き飽きした心への、カンフル剤となる。澱みの中へ一条の光が射し込むかも知れない。

 ――いや、幾ら無変化に飽きたからと云ったって、芸能界などとは。到底やっていけるわけがない。

相反する考えが、ぐるぐると脳内を渦巻く。

どちらも、間違ってはいないと思える。

それだけに――今、この場で結論を出すのは、到底無理だ。

「……返答は保留でいい? さすがにここで決めるのは、ちょっと」

「勿論だよ。君の人生にも大きく関わってくることだからね、無理強いはしないし、結論を急がせもしない」

男の言葉には余裕が見て取れる。

まるで、近い未来に凛が出すであろう答えを、既に確信しているかのような。

しかし何よりも、他人の人生を大きく左右させる以上、無理強いをしないと云うのは、彼の本心であった。

「是となっても非となっても、君の意見は尊重する。答えが固まったら、連絡をくれると助かるよ」


その後、事務所へ戻る男と駅コンコースで別れ、彼とは反対方面へ向かうプラットホームで、独り言つ。

「アイドル……か……」

流れた言霊が、滑り込んで来た電車に、掻き消されてゆく。

正直、これまでアイドルと云うものにあまり興味を抱いていなかった。

いや、正確に云えば、自分には無縁の存在、別の世界のことだ、と思っていた。

女の子なら、一度くらいは憧れを持つ世界のはずだけど。

しかしそれは、自らの手の届かない場所に在るからこそ、羨望の対象になるのであって……

いざ実際に誘いを受けてみると、実感の全く無い、ひどく冷めた視線で自分自身を見ていることに気付く。

『私なんかが――』と。

電車の扉が開く際に鳴る電子音が、凛の鼓膜を揺らす。

脳はそれを、ただ行動に移すための記号としか捉えず、深い自問自答を中断させることはなかった。

その日、凛は、寝るまでずっと、考え込んでいた。

最寄駅まで自らを運んでくれる電車の中でも。

家に帰ってからも。

看板娘として店番を手伝っているときも、愛犬ハナコの散歩中も、夕飯を食べている間さえ。

不思議に思った母親が話し掛けても、ずっと、上の空で生返事をするだけだった。


すいませんここで切ります
鯖のレスポンスがちょっと鈍いね、こないだだけかと思ったら今日もだった

なんか見たことある内容だと思ったらあれか
春の日の追憶だわ
あれの後書き見てからずっと待ってたわ


ふー2ndライブ当たった、一安心……

>>73-74
まさか憶えててくれてるとは、ありがたい限りです
序盤は『春の日の追憶』をなぞるので既に見た人には退屈かもしれませんスイマセン
ただ話の流れや細部がちょっと変わっていますのでどうぞお付き合いください


フェス最終戦の前には少しでも投下しておきたい


――

「はぁ~ぁ……」

翌日、二限目の授業を終え、凛は机に顎を乗せて嘆息した。

65分もの間、政経の小難しい話を受けるのは、実にしんどい。

しかも今日は若干寝不足だから尚更。

昨夜は床へ就いてからも、ずっと思考を回していて中々寝付けなかったのだ。然もありなむ。

そこへ、前の席にいる少女が、声を掛ける。

「なによ凛、そんな幸せが逃げ出しそうな溜息なんか吐いて」

「あー……あづさ、私そんな溜息ついてる?」

あづさと呼ばれた、ショートヘアの彼女が、やれやれ、と片目を瞑った。

「口からエクトプラズムが出てくるんじゃないかってくらいだったわよ」

「まあしゃーねーよ。政経なんてかったるい授業トップ3だもん」

隣の席からも会話が混じってくる。

凛は、声のした方に顔を向けて笑った。

「ふふっ、まゆみは政経からっきし駄目だもんね」

少し癖毛なセミロングの髪を、金に近い茶で染めた彼女は、「うっせ」と舌を出す。

二人は、数少ない同じ中学出身の友人だ。

気難し屋に映る凛を避けがちな高校からのクラスメイトと違い、忌憚なく喋れる間柄である。

「んで? 随分とダルそうな溜息じゃねーの、どうしたよ」

少々がさつな口調のまゆみが、頬杖を突いて問うた。

「んー、ちょっと将来について考えることがあってね」

「えぇ? なにそれ、高校入ったばっかでもう先のこと考えてんの? 進学先とか?」

あづさは目を丸くして云い、まゆみは、

「お前、相変わらず中身はインテリ思考だよな、こないだピアス空けたくせに」

と、凛とは質の違う短い嘆息をする。

凛は頭を上げて、「うーん」と身体を伸ばした。

「そこまで真面目なもんでもないよ。ただ、人生について考えるきっかけがあっただけ」

「人生、ねぇ。わたしは一回こっきりしか無いんだから楽しんだモン勝ちだと思うけど」

「楽しんだモン勝ち……か」

伸びをした腕を下げて、ぽつりと、鸚鵡返しに呟くと、

「ま、具体的に何すればいいのかなんてのは判らないけどね」

あづさはそう付け加えて笑った。

対照的に、まゆみは「あたしにゃ人生なんかより、再来週から始まる中間の方が問題だっつの」と天を仰ぐ。

そう。憂鬱な定期考査は容赦なく迫ってくるのだ。

上半身を反らしていたまゆみが勢い良く体勢を戻し、息を吐いた。

「あー中間のこと考えたら気が滅入っちまった。
 あたし今日は部活ねーからさ、あづさも凛もどーせヒマっしょ? カラ館行ってスッキリ発散しようぜ」


――

放課後、ターミナル駅前のカラオケ店へ、三人は来ていた。

学校帰りにお遊びとは、校則違反ではなかろうか?

ご心配なく。凛の通っている高校には、校則と云えるような縛りがない。

なにゆえか『下駄での登校を禁ずる』と云う、世にも珍妙な一節があるだけだ。

“自主・自律”を校訓とし、基本的に皆を信用しての自由放任だから、
生徒たちもそれに応え、羽目を極端に外すことなく振舞う。

きちんと学業に勤しんでいれば、カラオケくらいで目くじらを立てられることはない。


水色を基調とした店の受付口は、今をときめくアイドルたちのポスターやパネルで賑やかだ。

トップアイドル天海春香や男性アイドルグループ・ジュピターなど、処狭しと並んでいる。

普段ならそんなもの意識せず、店内の個室へと入って行くのだが、
昨日スカウトの話を聞いた凛は、どうしても視線を向けてしまう。

ポスターの中では、可愛いアイドルたちが大きく笑っていて、それは実に眩しく、キラキラと輝いて見えた。

――私にこんな笑顔できるのかな?

あのオジサンは「幾らでもやりようはある」と云ったけれど……

「――ちょっとぉー、凛、何してるの、行くよー」

ふと、あづさに呼ばれる声で凛は我に返った。

「あ、ごめんごめん」

慌てて向き直り、奥に伸びる廊下へと走る。

「何を見てたのよ? ボーっとしてさ」

二人に合流すると、あづさが呆れたように訊いてきた。

「ううん、ちょっと考え事してただけ。さ、行こ」


――

 嘘の言葉が溢れ
 嘘の時間を刻む――

六畳ほどの個室に、まゆみの歌声が響く。

『Alice or Guilty』、先日発売された、ジュピターのニューシングルだ。

歪んだ重低音が腹に響く。

やや遅めのテンポだが、激情に溢れたとても熱い曲。

モニタの背景には、汎用ムービーではなく、彼らが昨年行なったライブの映像が使われている。

実に贅沢な仕様だ。

アイドル三人を照らす眩しいライト、客席で無数に揺れるサイリウムと、激しく飛び跳ねる観客たち。

その世界は、とても煌めきに満ちている。

もし――もし、このような舞台に立てるのなら……

これまで、テレビ画面の向こう、実感の湧かない処にあると思っていた場所。

一般人の自分なんかには、まるで無縁だと思っていた場所。

そこが、不意にも、居所となるかも知れない機会を得た。

飽き飽きする日常の繰り返しから、脱せられるかも――?


じっと画面を見詰め、昨夕からずっと廻している思考に耽っていると。

「凛、次はどの曲入れる?」

ふと、それはあづさの問い掛けによって断たれた。

二度ほど瞬きをしてから、声の主の方を向くと、彼女はもう次曲のリクエスト送信を終えたようだ。

選曲端末を「はいこれ」と寄越してくる。

「うーん、この流れだったら蒼穹かな」

「なにそれ?」

「詳しくは知らないんだけどさ、うちの店の有線で最近よく流れてるから憶えたんだ」

決定ボタンを押すと、ピピピッと鳴る軽い電子音と共に、リクエストが登録された。

Alice or Guiltyは終盤に差し掛かっている。


 ――罪と 罰を全て受け入れて
 今 君の……裁きで!


歌いきるとほぼ同時に、短いアウトロ、ベースのスライドで曲が終わる。

シンクロして、画面の中のステージでは、エアキャノン砲の銀打ちがキラキラと舞った。

「あーやっぱジュピターかっけえぜ!」

コーラを一口飲んでから、まゆみがガッツポーズを取ると、あづさはマイクに手を伸ばしながら云う。

「確かにジュピターもいいけどさ、わたしはやっぱり桜庭サマが一番かな」

桜庭薫。外科医から転向した異色の経歴を持つ、孤高の男性アイドルだ。

「あいっかわらず、あづさって面食いだよなぁ」

「五月蝿いわね。わたしにとって桜庭サマこそが一億二千万人の中のトップなのよ」

「へいへい」

まゆみとあづさがいつもと変わらぬ応酬をする間に、モニタは次曲の映像へと切り替わり、イントロが流れる。

しかしその曲は、凛の頭には入っていかなかった。

あづさの云った、『一億二千万人』――

その中から選び抜かれる僅かばかりのアイドルに、凡人の自分が到達できる確率など途方も無く小さな数値だと。

改めて、それを認識させられたからだ。

――私なんかが、誰かにとっての『一億二千万人の中のトップ』になれるだろうか?

「……なれるわけないよね」

凛のつぶやく声は、スピーカーから流れる歌に掻き消され、誰の耳にも届かない。

芸能界が居所となるかも知れない機会を得た、だって?

思い上がりもいいところだ。

バレエや歌を習っているわけでもない、ティーン誌のモデルをしているわけでもない。

ただの一般人である自分に、果たして何が出来ると云うのか。

口車に乗せられて、分不相応なことを考えてしまっていた。

――何の取り柄も無い私には、こうやって友達とカラオケを楽しむくらいが関の山。

あづさの歌唱に合わせて備え付けのタンバリンを振るまゆみを見ながら、凛は自嘲気味に笑った。

自分など、物語の主人公はおろか、登場人物にさえなれない、観覧者の立場でしかないのだから。

そもそも、一回会っただけのあの変なオジサンの話を信じられる方がおかしいのだ。

ぼーっと二人を見ていると、いつの間にか曲が終わって、次は凛の番になっていた。

この話は、忘れた方がいい。

歌い出しをガイドするカウベルのリズムが響く中、凛はそう決心して、マイクに手を付けた。


 砕け 飛び散った欠片バラバラバラに なる
 魂は型を変えながら 君の中へ Let me go……
 叶え――


まるで、奇妙な男からの奇妙な誘いを振り切るように、橙の照明が踊る空間で、凛の熱唱が響いた。


ひとまずここまで
ここから『春の日の追憶』とは少し変わっていきます


えー生きてます

イヤスイマセン副業がちょっとヤバい状況でして
とはいっても三週間更新なしとか ピーー だね
ちょっとだけ投下します




・・・・・・・・・・・・


渋谷の街は、とても雑然としていた。

人々は、さながら何かを諦めたように、ごった返す雑踏を縫って歩く。

長く続いた春雨が去り、久しぶりに太陽が顔を覘かせた爽やかな空模様も、疲れた者たちには何ら眼中にない。

そんな有象無象が行き交うフィールドで、凛は井の頭通りを渋谷駅へ向かって歩いていた。

今日は平日だが、サボタージュではない。

校舎の耐震チェックだとかなんだとかと云って、授業は午前でお仕舞いだったのだ。

午後が丸々空くなんてそうそうないから、新しいアクセを見繕いに、デパートをハシゴした帰り。

良さそうな品はあったものの、手持ちのお小遣いでは足が出てしまう。

高校生になったばかりの身分だ、見るだけで我慢した。

そんな少し不完全燃焼気味の物欲を慰めるべく、iPhoneで近隣の情報をチェックすると。

「あ、109―マルキュー―で夏物のイベントやってる……」

ファッション業界はせっかちなもの。

衣替えはまだまだ先と云うのに、早くも夏商戦が始まっている。

「せっかくだし……気が早いけど行ってみようかな」

スクランブル交差点を渡り切ったところで、画面から目を挙げて109の方角を見やる。

と、視界の端にQFRONTビルの壁面ビジョンが飛び込んできた。

瞬間、凛は足を止める。すぐ後ろを歩いていた中年サラリーマンがぶつかりそうになり、渋い顔をした。

しかし凛はビジョンに釘付けで、そのことに気付いていない。

彼女の無愛想な目に飛び込んでくるビジョン『Q'S EYE』には、765プロのアイドル達が映し出されていた。

先日開催されたシアターライブの模様だ。

ワイドショウ等で聞くところによれば、幾つかのトラブルがあったものの最終的には大々的な成功を収めたとか。

例のオジサンと話してから、身の回りでアイドルを目にすることが急激に増えた。

テレビは云わずもがな、雑誌、電車の中吊り広告、デパートに掲示されたポスター、そしてこのQ'S EYE。

……いや、ここ数日でアイドル全体の露出が一気に増えるはずはない。

それだけ、無自覚のうちに意識してしまっているのだ。

現に、これまでなら壁面ビジョンなど『ただの景色の一部』として過ぎ去っていたであろう。

だが、今は平静を装おうとしても、目を逸らすことができない。

画面の中では、天海春香や如月千早と云ったトップアイドルの面々が、縦横無尽に舞っている。

彼女らの後ろには、凛が見たことのない、若い芽の姿もある。

そう、こうやってただでさえ狭い階段を、どんどんと新顔が昇って行かむとしているのだ。

自分がアイドルなんて、無理に決まっている。

――なのに。

忘れると決めたのに、どうして意識してしまうのだろうか。


彼女らの勇姿が消え、税務相談の広告に切り替わる。

凛は、内心ほっとして、交差点傍のガードレールに寄り掛かった。

何をするでもなく、ただ単に腰掛けるだけ。

世界は、そんな彼女とは関係無しに進んでゆく。

青と赤、はたまた黄色を交互に灯す光が作り出す制御で、定期的に人や車が動く。

地面には、雲の影が、人々の足よりも速く、そして自由気ままに流れている。

絶え間なく動き続ける渋谷の街から切り離されたように、ぽつんと動かない凛。

まるで彼女の身体だけ時間が止まったかの如く。

だが、その異質なコントラストは、この日は思いのほか早く終焉を迎えた。

「また君か」

テイクアウトのコーヒーカップを二つ持った先日のサラリーマンが、そこに立っていた。


「こないだもそうだったが、何をするでもなくずっとそこに腰掛けて、一体どうしたんだ?」

「……アンタには関係ないでしょ」

「そう云われちゃこっちはどうすることも出来ないな」

男は「よいしょ」とぼやいて、凛の隣、ガードレールに尻を据えた。

凛はいきなりずけずけと隣へやってくる男に眉をひそめたが、相手にしたら負けだ、と無視を決め込む。

「飲むかい? そこのカフェのキャラメルラテ、結構うまいよ」

男が、利き手にある自分のものとは別の、左手で持っている紙カップを、凛の前に差し出した。

さすがに行動が非常識すぎて、無視をしようと決めたばかりなのに反応してしまう。

「……箱入りで世間知らずのお嬢様でもない限り、この状況で受け取ると思うの?」

「まあそれもそうだな。いきなり知らん男に飲み物を薦められても、飲んじゃダメだわ」

君のために買ってきたけどまあいいや、と男はコーヒーもキャラメルラテもまとめて飲み始める。

そうは云いつつ残念そうな口調でないのは、おそらく反応を予期していたと云うことだろうか。

凛が、相手にしてられない、とばかりに視線を街中へ向けると、ちょうどQ'S EYEが切り替わった。

今度は魔王エンジェルの登場だ。

ランキング上位常連、高い人気を誇るアイドルトリオユニット。

三人それぞれが強いカリスマ性を持ち、ファンの精鋭さでは、765プロのそれを凌駕するとも云われる。

同性の凛から見ても格好よい存在だった。

画面の中の彼女たちから、ニューシングルリリース告知がなされているが――

「アイドル、好きなのか?」

凛の耳に、ばっさりと思考を裁ち切る言葉が入った。

「……なんで?」

「QFRONTのビジョン、アイドルが出てるときだけ真剣に見てるから」

「は? 私が?」

「気付いてなかったのか? さっきの765のニュースといい今といい、結構食い入るような感じで眺めてたぞ」

男は空になったカップを持ったまま、Q'S EYEの方へ向けて手を揺らした。

凛は、隣を向かず、

「……別に、興味なんてないよ。ただ、どんな世界になってるのかなと思う野次馬根性だけ」

風で揺れる髪の毛を乱雑に梳かして、ややぶっきらぼうに答えたが――

その様子を見た男は、不思議そうにつぶやく。

「うーん、本当にそうかねえ」

「なにが」

「なんて云えばいいだろうな……うーん、“物わかりの良いフリをした諦め”で凝り固まってるように見える」

今度こそ、凛は隣の男をきつい表情で振り返った。

「なにを訳の判らないことを――」

「おいおいそりゃこっちの台詞だよ。こないだも今日も、妙な雰囲気でぼーっとしててさ」

「アンタに関係ないでしょ、放っといてよ」

そう吐き捨て、睨む。

なんとも余計なお節介焼きめ。

「だいたい何なの、物わかりの良いフリだとか何とか好き勝手云ってくれるじゃない。私の何が判るの」

「いや別に君のことは何も知らないけどさ」

凛の眼力に、男は肩を竦める。

「うーん、眼を見た直感……かな」

「はぁ?」

「全身から醸し出してるのは“諦め”……って云ったらいいのかなあ。達観とか諦観とか、ニヒリズム。
 そんな鬱屈した雰囲気なんだけどさ、瞳は何かを希求しているように見えるんだよ」

男が、顔を凛に正対させて云った。

見ず知らずの他人のくせに、遠慮ない。

しかし、ずけずけした言葉とは裏腹に、表情は幾分か真剣に感じられた。

「また『眼』か……あのオジサンと同じことを……」

「あのオジサン?」

「……なんでもない。気にしないで」

そして、はぁ、と一つ息を吐き、

「それで? 私の眼が何を求めてるって?」

「いや、そんな細かいところまで判らないけどさ。少なくともアイドルには興味あるんじゃないかな、と」

「馬鹿々々しい。そんなわけ……ないでしょ」

凛が、付き合ってられない、話はもうお仕舞いだとばかりに立ち上がって裾を払う。

「じゃあね」

そのまま駅の方へ歩き去ろうとするが、

「あーちょっと待って」

男は前回と違い、凛を呼び止めた。

「これも何かの縁だ、貰っといてくれよ」

凛が几帳面にも振り向くと、彼は名刺を片手で差し出している。

「……こないだの名刺とは違うみたいだけど」

「おっと、見てないようで意外としっかり見てくれてるんだな」

凛は面倒くさいことを云ってしまったことに気付いて眉根を寄せた。

「ああすまん、茶化す気はないんだよ。つい先日転職してね」

「要らない。別にアンタの名刺なんか貰ったところで何の足しにもならないし」

凛はそうピシャリと断って、回れ右を――しようとした。

しかし、凛の動きに沿って流れる彼女自身の視界の端っこに、男の名刺が何故か止まったように主張していて。

そしてすぐに、ピクッと身体を強張らせた。

『CGプロダクション』

男の名刺には、過日の、奇妙な態をした“オジサン”のそれと同じ社名が書いてあった。


「アンタ……それ……CGプロって……」

「んん? 君、うちのこと知ってるのか? 設立したてだ、って社長は云ってたんだけどなぁ……」

凛の予想外の反応に、男は驚いた様子だ。

名刺を受け取ると、そこには間違いなく先日と同じCGプロダクションの社名。

そして、その下に『P』と云う名前が載っている。

凛は、名刺から目を離せないまま、訥々と口を開く。

「……こないだ、社長のオジサンから……スカウトされたの」

「あ、そうなの!? なんだ、じゃあ話は早いじゃないか。時間空いてる? 事務所行こう」

「ちょ、ちょっと待ってよ。私は断りの連絡を入れるつもりなんだから」

Pが早合点で話を進めようとするので、凛はあわてて遮った。

「えぇ? あんなにアイドルを食い入るように見てたし、なんやかんや云っても少なからず興味あるんだろう?
 更には既にうちの社長からスカウト受けてて。こんなの断る理由なんか無いじゃないか」

「……だって、凡人の私が、あんな輝く世界でやっていけるとは思えないから」

「いや、それは、やってみなきゃ判らな――」

「これまでもずっとそうだったの!」

凛はPの言葉が終わらないうちに、目を固く閉じて、絞り出すように叫ぶ。

「新しいことを求めて、何かを変えようと必死で藻掻いても、何も変わらなかった! 何も変えられなかった!」

 ――結局、大人や社会が敷いたレールの上を走って、いくつかの選択肢をつまむだけ。

「自由に走り回れることなんてない! それが赦されるのは、運命に選ばれた一握りの人間だけだよ!」

凛は、これまでの満たされない渇望と、鬱屈した諦めを吐き出した。

肩を上下に揺らす凛を、Pはしばし見詰め、

「……難しく考えずに、変化を求め続ければいいんじゃないか?」

やや時間をおいて、ゆっくりした声で云った。

凛が目を開け、視線を上げると、彼は柔和な笑みを浮かべていた。

しかしその顔は同時に少しだけ哀しそうで――凛には、その表情の意味するところは判らなかった。

「確かに上手くいかないことも往々にしてあるさ。でも諦めずに希求することを忘れちゃいけないと思うね」

「希求、すること……」

「ああ。例えば、一個だけ当たりの入ったガチャ――いや、クジがあるとするだろ? 引き当てるのは難しい。
 でもな、“挑戦しなければ、手に入る可能性は確実にゼロ”なんだぜ?」

「……ヘンな例えだね」

「俺の補佐をしてくれる人がたまに云うんだよ」

Pはバツが悪そうに、後頭部を掻いた。そして軽く咳払いをしてから、

「ま、自分の目の届く範囲だけが世界の全てってわけじゃないんだ。
 これまでとは違う世界ってモンを、一目見てみるだけでもいいと思うけどな。
 そこで成功しても、仮にできなくても、得た見識はきっと貴重な血肉になるはずさ」

更に笑って、付け加える。

――同じ後悔でも、やらずに悔やむより、やって後悔したほうがずっとマシなんじゃないの?


凛は、何も云えずに立ち尽くした。

挑戦しなければ、手に入る可能性は確実にゼロ――

自分の目の届く範囲だけが世界の全てってわけじゃない――

Pの放ったフレーズが、頭に何度もこだまする。

これまでずっと、つまらない日常や鬱屈したループから逃れることはできない、と諦めていて。

何をするにしても『身の丈』と云う言葉を使って、目を逸らしていて。

「ただ逃げていただけ……か」

凛は、ふっ、と自嘲の息を吐いた。

「確かに、アンタの云う通り……でも、アイドルなんてこれまでの生活とガラリと違う場所、本当に行けるの?」

そう、いま立っている分岐路は、全く未知の世界へ続いているのだ。

見たことのない土地を、地図も持たずに歩いているようなもの。

不安が無いと云えば嘘になる。いや、むしろ、不安しかない、と云ってよい。

Pは、凛の確実な変化を感じ取り、彼女の手許にある自分の名刺を指差した。

「そうだな……もしよければ、日曜日の十時、そこに書いてある住所まで来てくれ」

凛が小首を傾げたので、補足の言葉を続ける。

「その日、他のアイドル候補生の子たちが来るらしいから、会ってみてはどうだろうか。
 やる・やらないの結論を出すのは、それからでも遅くはないと思う」

「……わかったよ。とりあえず日曜、話だけでも聞いてあげる」

聞かせて、ではなく、聞いて『あげる』。

それは彼女の、精一杯の、強がりだ。


ひとまずここまで
今回の場面は、ムビマスのエンドロールに出てきた画を思い浮かべて読んで貰えるとよいかと思います


すみません生きてます
アニメ新PV見てめっちゃ滾ったけどまだ書く時間が取れない
もうちょっと待ってくださいごめんなさい

97から122までのシーン、ムビマスエンドロールだけでなく
アニメPVに出てくるハチ公前でのシーンにも関連づけられそうでウキウキです
https://pbs.twimg.com/media/ByJAWfoCMAEi6Xg.jpg:large


うわーやべえ 生きてます
ちょっと今月動けそうにありませんごめんなさい
今月乗り切ればたぶん時間取れるはずなので気長にお待ちください
絶対エタらせなんかしない!→エタには勝てなかったよ…… にならないようがんばる


3rdアニバは二枚取りして無事に生還できました(財布が無事とは言ってない)
副業の方も落ち着いてきて、ようやくぼちぼち再開できそうです。お待たせしてごめんなさい。
少しだけ投下します




・・・・・・・・・・・・


数日後、日曜。

凛は、名刺に記載のあった場所へと赴いていた。

飯田橋駅から歩いて五分ほど、煩くはないが静かでもないエリア。

幅の狭い道を入った処にある、茶色いタイル張りの古そうなビル。

そのくたびれた建物は、決して廃墟なわけではないが、芸能事務所と云うイメージにはほど遠い。

ビル入口に据えられた電灯のプラスチックカバーが、日に焼けて黄色く変色している。

「ここの三階みたいだけど……なんか胡散臭そうな場所だね……」

再度名刺の住所を確認するが、目の前の古ビルで間違っていない。

――これ、本当に大丈夫なのかな……

折角の決心が揺らぎそうになりながらも、
凛は、シャッターが閉められた一階店舗のすぐ横、コンクリートの階段に足を掛けた。

そこへ、比較的高めの声が、彼女を呼び止めるように響く。

「あのー、すみません、CGプロの方……ですか?」

「ん?」

凛が声のした方を向くと、そこには緩くウェーブの掛かった長い髪の女の子が、柔和な笑みを湛えて立っていた。

ベージュのブレザーに赤茶色のチェックスカートは、彼女の制服だろうか。

まさに、『可愛い―キュート―』を体現した子だね――凛は、そんな感想を得た。

自分には無いものを持っているその子に、何故か少し嫉妬する。

対して、その少女は、我方を振り返った凛を見て、口を半開きにさせ放心気味で呟いた。

「うわぁ……綺っ麗~……」

期せずして発したであろう、その言葉が凛の耳に入り、少し眉をひそめた。

それは、気恥ずかしさによるものだったのだが、少女にはそう映らなかったらしい。

はっ、と云う顔をして、慌てて謝ってきた。

「あ、ご、ごめんなさい! いきなり、し、失礼なことを……」

腰を直角に折り曲げるくらいまで、勢い良く何度も頭を下げる。

これには凛も面喰らった。

「あ、いや、ちょっと照れただけ。怒ってるわけじゃないから気にしないで。私、よく勘違いされるんだ」

バツの悪い顔で両手を振り、そう弁解すると、ようやく少女は頭の上下動を止めた。

「で、貴女もCGプロに用?」

恐縮そうにしたままの少女は、その言葉におそるおそる顔を挙げた。

「えっと……一応……そうです」

――あのPとかいう人の云っていた『私以外のアイドル候補生の子』なんだね、きっと。

これは、怖い女と云うファーストインプレッションを与えてしまったかも知れない。

凛は、心の中でだけ苦い顔をした。

はぁ、と小さい溜息を吐きそうになって、すんでのところで押し止める。

そんなことをしたら、『やっぱり怒ってる』と思われて、今度は土下座までされてしまいそうだ。

「あ、あのー……何か……?」

黙り込んだ凛へ、少女は不安そうに、窺うような面持ちで尋ねてきた。

「ううん、何でもない。私もCGプロに用事があるから、ひとまず行こ? ここで突っ立ってても仕方ないし」

凛は首を少しだけ傾けて、階段を指差した。

「あ、はい!」

大きく頷いて、少女は凛の後をついて来た。


三階まで無言のまま昇ると、“CGプロダクション”と掲げられたドアが目に入る。

長年の汚れだろうか、そのアルミ扉はみすぼらしく、
嵌め込まれた磨りガラスは端が少し割れ、クラフトテープで補修されていた。

廊下の電灯は、切れているのか、はたまた節電のためなのか点いておらず、陽も入らない所為でだいぶ薄暗い。

そこは、建物の外観以上に、怪しい雰囲気が漂う場所だった。

凛は、ノックしようと腕を掲げ――そのまま、ついて来た少女に問う。

「……ねえ、私、これ、かなり胡散臭そうに思えるんだけど、大丈夫かな……?」

少女は、困ったように苦笑いをした。

「だ、大丈夫と……思いますけど…………たぶん」

あまり自信なさそうに答えるので、凛は不安を増した。

「なんか……如何わしいビデオとか撮られたり、反社会的勢力に人身売買されたりするんじゃないの、これ」

凛は腕を下ろし、少女の方を向く。

少女は、頬に両手を当てて顔を青くさせた。

「えっ……ま、まさかそんなことは……」

なまじ、真っ黒いオジサンや、正体のよく判らないPを完全には信用していない凛にとって、
この見るからにまともではなさそうな空気は、尻込みをさせるに充分だった。

さて、どうしたものか。

これで社名が『CG総業』や『CG企画』などであったら即座に踵を返すところだが……

二人、目を合わせて思案している刻、扉がギィと不気味な音を立てて、勝手に開いた。

「ヒィッ!!」

驚きのあまり、二人、抱き合って飛び跳ねる。

やがて、ドアの陰から現れたのは、黄緑色のスーツに身を包み、太い三つ編みを右肩へ下げた愛嬌のある女性。

「そんな物騒な場所じゃありませんよ」

柔らかながらも困惑した笑みを浮かべて、そう告げた。


――

「おぉ、良く来てくれたね」

内装もあまり綺麗とは云えない事務所の中を、女性の誘導で応接エリアに通されると、
真っ黒な男、CGプロ社長が笑顔で出迎えた。

しかし、凛を視認した瞬間、きょとんと目を丸くし、

「ん? 君は確か……渋谷君じゃないか! なぜここに?」

と、すぐに顔を輝かせて立ち上がった。

「こないだ、Pって人から、今日ここへ来るように云われて……」

「……ああ! P君が云っていた、“日曜に来る子”とは君だったのか! なんと奇遇なことだろう!」

――まるで、オジサンは私が来ることを知らなかったみたい。

と、凛はここまで考えて、そういえばPへ自分の名前を云っていなかったことに思い当たる。

なるほど、これでは社長にとって、この日凛が姿を現したのは青天の霹靂に違いない。

「でも、そのPさん、いないみたいだけど?」

「ああ、今日は彼は外回りをしているよ。原宿辺りに行ってるんじゃないかな」

社長が破顔して、「ささ、こっちへ坐って」とジェスチュアで促す。

対照的に、不信感満載と云った表情で、立ち尽くす女の子二人。

「ん? どうしたね?」

「いや、だって……ここ明らかに怪しい建物だしマトモそうな場所じゃないし」

凛の放言に、隣の少女はぎょっとした目を向けた。

だが否定しない辺り、ほぼ同じ気分なのであろう。

「もしかしたら、怖い人たちの事務所なのかも、と……」

「うん。そう思われても仕方ないよね」

お互いの顔を視て、大きく頷く彼女らに対し、

「いやはや、こりゃまいったね」

到底そうは思っていないように、ははは、と社長は笑った。

茶を淹れて持って来た女性が、刺々しく諌める。

「だから最初は少し苦しくても、もっと綺麗な処にした方がいいって云ったじゃないですか!」

「いやーちひろ君、そうは云うが、やはり立ち上げたばかりは色々と入り用でねぇ~!」

そして、「ままま、坐りたまえ」と再度、凛たち二人にソファを促す。

「それに“そっち系”の人の事務所は、門構えだけは綺麗にしているものなのだよ」

社長は腿の上で手を軽く組んで、それまで以上に大きく笑った。

「そんなこと、中高生くらいの女の子に判るわけないでしょう……もう」

ちひろと呼ばれた、その綺麗な女性が若干の溜息を吐きながら、凛たちの前にお茶を置く。

「あ、ありがとう……ございます」

凛が軽く、上目遣いで礼を述べると、隣の少女はちひろを見て「貴女は、先輩アイドルの方ですか?」と問うた。

「あらあら、そう云って貰えるなんてね。でも私はただのアシスタントですよ」

若干嬉しそうに、しかし苦笑いで否定する。

「そう、この事務所は立ち上げたばかりで、アイドルがまだ居ないんだ――」

社長が、ちひろの言葉に首肯を添え、

「――出来ることなら、君たちにアイドル第一号となって貰いたい」

ぐいっと身を乗り出して、目を真っ直ぐ覗き込み、そう云った。

その眼はまるで少年のように活き活きとしており、悪い企みをしているようには感じられない。

「この業界で長年やってきた、とはこないだ話したね。こうやって自分の事務所を持つのは夢だったのだよ。
 ゆくゆくは、765や961にも負けないレベルにまで育て上げたいと思っている」

765も961も、業界最大手クラスのアイドル事務所。

そんなプロダクションと張り合いたいとは、スケールの大きな話だ。

しかし、このようなみすぼらしいオフィスで語っても、夢想話にしか感じられないのは、致し方なかろう。

「勿論、ここには現在誰もアイドルが所属しておらず、事務所だってボロ屋だ。
 まだスタートラインにも立っていない状態だが……それでも私は、君たちに大きな可能性を感じたんだ」

凛は、熱く語る社長を、賛否の入り交じった視線で見た。

――このオジサンは、本当に熱意と夢を持っているのかも知れないけど……

対して、社長は身振り手振りがどんどん大きくなる。

「君たちを、眩いアイドルの世界、その頂点に光り輝かせたい。そして、それを見たい。
 どうかな、今のこの状態じゃ笑い話に聞こえてしまうかも知れないが、ついて来てくれないかい?」

凛がどう答えたものかと思案している隣で、少女は軽く拳を握って強く宣言した。

「判りました、頑張ります!」

「……えっ、さっきあんなに怯えてたのに、そんな即答しちゃっていいの!?」

驚いた顔で隣を向くと、少女も凛の方を見て、「はい、やっぱり悪い人そうには見えません」と微笑んだ。

お人好しと云うか、世間知らずと云うべきか――

凛が、やや困惑しつつ何度も目を瞬かせていると、

「養成所から紹介を受けた事務所ですし……それに、ずっと、アイドルになりたいと思ってましたから」

そう呟いて、少女はやや恥ずかしそうに顔を伏せ、自らの組んだ指を見るように視線を下げた。

言葉の裏に秘められた、アイドルへの強い憧れを感じ取った凛は、どう受け取ればよいか迷った。

「自分もアイドルとして輝きたい」と同意する理想主義的な見方、
「夢想家だね」と冷ややかで現実主義的な見方、その両方が頭中に渦巻いているからだ。

そして、何の取り柄もない自分が、果たして、
熱意を持ったこの子と同じ立場に乗ってしまって良いのだろうかと云う逡巡も。

色々考えても埒が明かないので、ひとまず喉を潤そうと、ゆらゆらと湯気の立つお茶に手を伸ばした、その刻。

事務所入口のドアが勢い良く開けられ、バン、と大きな音が響く。

「おはようございま~す! すいませーん総武線がちょっと遅れてて時間ギリギリになっちゃいました~♪」

およそ申し訳ないとは思っていないであろう口調で、一人の女の子が入って来た。

外側に撥ねた短めの茶髪を揺らして、大股で向かってくるその子は、
まさに『情熱―パッション―』と形容するに相応しい少女だった。

「おっ? 社長、ここにいるのがこないだ云ってた、私と同じ卵の人たち? うわー美人揃いだね~」

凛は、少女の勢いにぽかんと口を開けて絶句し、その対面で社長は「ああ、そうだよ」と答え頷く。

桃色のジャケットと橙色のスカートに身を包み、けたけたと笑う少女は、

「今日から候補生になる“予定”の本田未央っていいまーす! 15歳高一! 宜しくね!」

と、右手を真っ直ぐ挙げて破顔した。

それにつられ、凛の隣に坐る少女も、
「あ、そう云えば私たち自己紹介がまだでしたね」と、思い出したように手を叩く。

「私、島村卯月です。17歳になったばかり。宜しくお願いします!」

立ち上がり、軽いお辞儀を交えてウインクした。

「おぉ~! 歳上なんだ~? 宜しくね、しまむー!」

未央は、笑顔で握手を求めながら呼び掛けた。

不意のあだ名に、卯月はやや驚く。

「えっ? し、しまむー?」

「そ! “しまむ”ら“う”づきだから、しまむー。どお~?」

「うわぁ~、私、そんな可愛い呼び方されたの初めて! えへへー、宜しくね、未央ちゃん」

二人、両手でがっちりと握手をする。

そして未央が、卯月の肩越しに、凛を見て問うた。

「んでんで、そっちのキレーな貴女は~?」

ぼーっと二人の様子を見ていた凛は、いきなり話を振られてまごついた。

切れ長でやや吊り目がちな双眸と、への字口のまま、思考をショートさせて数秒ほど固まる。

初対面の相手からすれば、凛は近寄り難い雰囲気であろうに、未央はそれを気にする様子が微塵もない。

にこにこと元気な笑みを真っ直ぐ向けてきて、まるで明るく輝く星のようだ。

卯月も未央から凛の方へ振り返り、「教えて、教えて」と眼で語っている。

ソファに腰掛けたまま、やや引き気味に口を開いた。

「え、あ……わ、私は……渋谷、凛。……15歳。でもまだアイドルになるって決めたわけじゃ――」

「ええ!? 15歳? 大人びてて綺麗だから歳上かと思ってました!」

凛の言葉を遮り、卯月が驚いた顔でずずっと身を乗り出す。

「え、あ、ご、ごめん……」

凛は訳も判らず、ひとまず謝罪の言葉を述べた。

「それじゃあしぶりんだね! 宜しく!」

未央が右手を差し出してきたので、反射的に立ち上がって、おずおずと握り返す。

そこへ卯月も加わって、三人で手を重ね合った。

その光景を微笑ましそうに眺めていた社長が、凛に声を掛ける。

「本田未央ちゃん、島村卯月ちゃんは兎も角、渋谷凛ちゃんはまだ決めかねているようだね」

「……ごめんなさい」

凛が声の主の方を向いて、やや目を伏せると、社長は笑って手を軽く振った。

「いやいや、何も謝ることは無い。こないだも云った通り、無理強いするつもりはないのだから」

「え、しぶりんアイドルにならないの? 美人でスタイル良いのに勿体無いよー」

「そうそう。こんなに綺麗ならきっと凄いアイドルになれますって!」

社長と凛の遣り取りを聞いて、未央と卯月は共に驚く表情をした。

勿体無いと云う評価は有難いが、それ以上に凛にはこそばゆいことがあった。

「ねえ、卯月。そろそろ気楽に話してくれないかな……学年ひとつ上なんだし、敬語じゃちょっとくすぐったい」

やや照れくさい表情で云うと、卯月は、眼を少しだけ大きくする。

「あ、ごめんね、ビル前で会った刻からの流れでつい。じゃあ、凛ちゃんね!」

「うん、ありがと。助かる」

アイドル云々は抜きにしても、この二人とは良い友達になれるかもね――凛は、少しだけ顔を綻ばせた。

「しぶりんは、アイドルに興味ないの?」

「うーん、正直、未知過ぎてよく判らないって云うか、おいそれと決断できる話ではないって云うか……」

未央の問いに、凛は呟くように答えた。

そこへ、社長が横から声を掛ける。

「まあそれも仕方ない話かも知れないね。新たな世界へ足を踏み出すには色々と情報や勇気が必要だ。
 そこで、アイドルが普段どんなことをするのか、これからお試しレッスンと云う形でやってみないかい?」


ひとまずここまで、今日は時間切れです
今後も気長にお付き合いください


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ああああああああああああああああああああああもおおおおおおおおおお
アニメ第一話最高だっっっっっっっったああああああああああああ!!!!!!!!!1111

Fooooooooooooooooo!!!!!!
AAAAAAAAAAAAAUUUUUUUGGGGGHHHHHHHH!!!


……問題はこのSSとダダ被りということですが

ひとまずこれはあくまで『CGプロ』であって、346とはパラレルワールドの世界線であるという断り書きをした上で、継続して書いていきます。
もうしばしお待ちの上お付き合いください

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