男「カブトボーグは人生の縮図」(24)

男は学校から帰ると、いつも女の家に行く。

女は漫画家を志望する少女だ。

漫画雑誌にいくつか読み切りを乗せるほどであり、現在連載用のプロットを作成しているところだ。
そのため、「漫画家を志望する少女」というより「漫画家になる予定の少女」といった方が適切かもしれない。

男は女と親友とも呼べる仲で、学校が終わった後は女のアシスタントをしている。

今日も女の漫画を読みに――もとい、執筆の手伝いに行くのだ。

「女ー。おーい」

女の家に着き、名前を呼んだが返事がない。

「……女?」

いつもは扉を開けて男を出迎える女が、出ない。学校から帰るときは一緒だったのに。

女は真面目な少女だ。何からの予定が入ったなら、必ず男の携帯にメールを送るはずである。

「女……!」

言い様のない不安を覚えた男は、扉を開けて家に飛び込んだ。

二階にある女の部屋。そこに彼女はいた。

女は――

「嘘だろ……?」

仰向けに倒れ、ぴくりとも動いていなかった。

「おい、女!女っ!」

目を開けたまま女が倒れている。

「女……。女ぁっ!」

男は涙で頬を濡らしながら、女の体を抱き上げる。

(嫌だ……!)



【滅ぼせ!サブカルチャー・エネミー!】

女はこの町に男が越してきて初めてできた友達だった。
男はとある理由で人付き合いが苦手で、休み時間は誰とも話さず漫画を読んでいた。そんな男に、女が声をかけた。

「漫画……好きなの?」
と。

この時男はまだ知らなかったが、女は引っ込み思案で気の弱い少女で、彼女また、人と話さず友達のいない空気のような少女だった。
二人は漫画を通じて出会い、友情を育み、今ではいつも一緒にいる親友同士だ。

――その女が、死ん
「……あ、ごめん。寝ちゃってたよ」
「うわぁぁぁぁぁっ!」

「描けない?」
「うん……」

男が持参した缶コーヒーを飲みながら、女が頷いた。

「僕ね、漫画だけしか見てなかったの。僕は漫画家にしかなりたくないって思ってた。それでね、もう描けなくなったって知って目の前が真っ暗になっちゃって……」
「寝たんじゃなく気絶じゃねぇか。……描けなくなったって何だ?何があった?」

今にも泣きそうな女をなだめつつ、疑問に思った点を聞く。

没になったのなら次の漫画を書く。もしくは別の雑誌に投稿する。
漫画に対し何よりも情熱を注いでいる女ならそうする事は、男が一番よく知っている。

「……禁止なんだって」
「禁止?」
「漫画で……漫画だけじゃなくて、アニメとか小説とかライトノベルとかで不健康な事を描くのが禁止されちゃったの……」

女は目に涙を浮かべながら、悲しみを吐き出すように話し始めた。



男と別れて帰宅した女がポストを見ると、一通の手紙が入っていた。
落選の通知だった。

それだけならよかった。女も漫画業界の厳しさは知っている。問題は、落選の理由だ。

不健全描写禁止条例に違反しているためであった。
不健全描写禁止条例とは、最近できた条例で、漫画やライトノベル等の不健全な行為の描写を禁止する条例である。

発案者は先日就任した市長だ。
暴力や賭博、薬物や無免許運転等の犯罪行為は勿論、近親相姦や教師と生徒との恋愛なども禁止される。

少しの描写も認められはせず、友人同士のちょっとしたどつき合い等もアウトという、非常に厳しい条例である。

女が投稿した漫画は少年漫画。
ストーリーは、心優しい青年が、魔女と呼ばれ蔑まれる少女のために、単身で王国と戦うというものだ。

条例に引っ掛かった内容は、差別と暴力と殺人。
友の漫画のほぼ全てがこの条例に引っ掛かっており、さらに新作を作ろうとしても、条例に弾かれないような漫画を書くのはほぼ不可能だった。
何せ、日常のちょっとした行為すら不健全描写と判断されてしまうのだから。

女は全てに絶望し、気を失った。



「……あはは。漫画家以外の進路なんか考えてなかった……。これから……どうしようかなぁ……」
「…………」

自嘲気味に笑う女を見て、男は震えていた。

「……男君……?」
「これからどうするか?そんなの決まってる……」
「えっ?」
「殴り込みだッ!!」

――公民館――

壇上にいる市長が、マイクで話している。

「皆様、不健全な物は世界に要りません!私達の手で撲滅しましょう!」
「おー!」「市長最高ー!」「オタクに人権はなし!」「汚物は消毒だー!」

市長の発言に、集まった市民達が賛同の声をあげる。

「市長、これだけの支持があれば……」
「うむ。次の選挙も勝てる。くくく、全てはあの方のおかげだ……」

秘書と市長がひそひそと話している時、ばあん、と扉が開けられた。

「市長を出せッ!」
「あ、あの……お邪魔しまーす……」

現れたのは男と女だった。
男は怒鳴り声をあげ、女はおどおどと挨拶をした。

「な――なんだ君らは!」
「ネコドラもんにもアンパンメンにも暴力はある!お前達の好きにはさせねぇ!」
「警備員、彼らをつまみ出して!」

今にも殴りかかりそうな男を見た秘書が警備員を呼ぶと、市長が、待て、と止めた。

「市長……?」
「暴力のないネコドラもん……いいじゃないか。ペンとノートを貸したまえ」

秘書からマジックペンとノートを受け取った市長が、何かを描き始めた。
しばらくして、市長がノートを秘書に返す。

「暴力描写をなくしたネコドラもんだ。読みたまえ」
「は、はぁ……」

秘書ノートを読み始めた。

「…………」

絵が下手だ。小学校低学年の子が自由帳に描いた漫画と同レベルである。

そしてシナリオも酷い。まず主人公が虐められたり仲間外れにされる描写がないため、ネコドラもんらしき珍獣が秘密アイテムを出す必要性がない。

勿論虐めへの抵抗以外にもアイテムを出す回はある。しかしそれでも十分納得できる理由で出している。

対してこの漫画のネコドラもんらしき珍獣は、かなり無理矢理な理由でアイテムを出している。
もしこのシナリオがテレビで放送されたら、児童すら「え?なんでここでアイテムを?」と首をかしげるに違いない。

とりあえずこの漫画を一言で表すと、「酷い落書き」だった。

「…………」
「どうだ。面白いだろう?」
「……え、えぇ。とても……」

秘書は空気を読んだ。

「私は漫画を否定しているわけじゃあない。不健全な物はあってはならないと言っているのだよ」

「そうだそうだ!」「市長万歳」「ガキは帰れー!」

会場中に響くブーイング。
男は市長を睨んでいるが、女は男の背中に隠れ、涙声で言った。

「もういいよ、男君……。僕、漫画家なんて諦めるから帰ろうよ……」
「駄目だ。女がよくても俺が許せない!」
「男君……」

すうと息を吸い、市長に向かって叫んだ。

「市長、俺と勝負しろ!俺が勝ったら市長をやめろ!俺が負けたら両手両足の腱を切って再起不能になってやる!」

俺の声に、会場が静まる。

「……ほう、面白い。で、何で勝負をするのだね?」
「これだ!」

俺は懐からカブトムシのような物を取り出した。

「ほう……カブトボーグか。面白い。私も大好きだよ」

「丁度君達は二人、私も秘書とで二人。二対二のボーグバトルといこうか」
「ああ、それでいこう!」

ボーグフィールドを挟み、男と女、市長と秘書が対峙する。

「チャージ三回、フリーエントリー、ツーオンツー、ノーオプションバトル!」「チャージ三回、フリーエントリー、ツーオンツー、ノーオプションバトル!」

ルールを宣言した後、四人がチャージを始める。

「チャージイン!」

そして、チャージインをした。

「いけ、シャイニーブラック・トラペゾヘドロンッ!」「僕のウンギエ・ディ・ガッタ・フメッティ……。お願い……!」

「マスターシティ・メタルa……この生意気な小娘共を叩き潰せ!」「マスターシティ・メタルb。行きなさい!」

――この戦いで、日本の娯楽の未来が決まる……。

「いくよ、ウンギエ・ディ・ガッタ・フメッティ!ビヤンコ・ジッリョ・フィアンマ!」

女のボーグ「ウンギエ・ディ・ガッタ・フメッティ」の周囲に白百合の花弁が舞い、燃え上がる。
炎を纏ったウンギエ・ディ・ガッタ・フメッティの突進に、秘書のボーグ「マスターシティ・メタルb」が吹き飛ばされてフィールドの外に落ちた。

「そんな、私のボーグが!?」

「次はお前の番だな!シャイニーブラック・トラペゾヘドロン!バルーン・レディ!」

男のボーグ「シャイニーブラック・トラペゾヘドロン」の上に膨れた女が現れ、突撃する。

市長のボーグ「マスターシティ・メタルa」は木っ端微塵に粉砕され、フィールドに破片が散らばった。

「ば、馬鹿な……」

「う……」

心臓を押さえて女が膝をついた。

「おい、大丈夫か!?」
「うん……ちょっと無理しすぎたみたい……」

女は息を切らしている。それほどまでに体力を使ったのだろう。
恐ろしい相手だった。市長と秘書は間違いなく今まで戦った中でも最強クラスのボーガーだった。

「でも……これで……」
「ああ、あのふざけた条例はなかった事に……」

「それはドウデショウ?」
「――ッ!?」

ギャラリーの奥から、片言の女性の声が聞こえた。

「あ……あの声は……」
「まさか……」

市長と秘書の顔が青ざめる。

「…………?」
「ねぇ男君、どこかで聞いた事ない?」

「それもそのハズデス。私はよくテレビに出テイマスカラ」

人混みを掻き分けて現れた女性。
ギャラリー達がどよめく。スピーチの時は市長に、ボーグバトルの時は男達に注目していたため、わからなかったのだろう。

「オグヌス・ツァン……」

男がぽつりと呟いた。

「元アイドルのタレント、オグヌス・ツァン……。まさかお前が……」

男の問いに、フンと鼻を鳴らしてオグヌスが答える。

「そうデス。この国の未来は真っ暗。殺人や暴行……それらは全て漫画やアニメ、ゲームノ影響ナノデス」

今度は男がフンと鼻を鳴らした。

「そんなもんに影響されて犯罪者になるなら世界中犯罪者だらけだ。教育に失敗したからって責任転嫁をするな!」
「ノウ!全てはサブカルチャーノセイデス!」

男はやれやれとため息をつき、指を鳴らした。

シャイニーブラック・トラペゾヘドロンが男に向かってジャンプし、それをキャッチする。

「らちが開かないな。これで決着を付けようぜ。俺が勝ったらお前はもうこの国に関わるな」
「ソウデスネ。私が勝ったらドウスルノデス?」
「さっきの条件と同じ。俺の両手両足を賭ける」
「それはいい。反抗的な者にお似合イノ末路デス」

オグヌスは懐からカブトボーグを取り出した。

「男君……僕も……戦う……二対一なら……」

女がよろよろと立ち上がり、手元に戻ってきたウンギエ・ディ・ガッタ・フメッティを構えた。

「いや、いい。お前は立ってるのがやっとだろ?あとは任せな」
「男君……」

一旦切ります。続きは来週中に。

サブカルチャーの未来をかけた良いチャージインだ!
カブトボーグssとか俺得

これは大和屋回ですねぇ

「チャージ三回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!」

娯楽の希望。

「チャージ三回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!」

娯楽の未来。

「うおぉぉぉぉぉぉぉーッ!」

日本の希望。

「テンジィィィィィィーンッ!」

日本の未来。

それらの運命が、今決まる。

「チャージイン!」
「チャージイン!」

全てをかけたチャージインだ!

「悪いが一気に決めさせてもらうぞ。ロストヘッド・スフィンクス!」

男の叫びに応え、シャイニーブラック・トラペゾヘドロンが輝き始めた。

シャイニーブラック・トラペゾヘドロンの上に首の無いスフィンクスが現れる。

――どろり。

スフィンクスの首の断面から墨汁のように黒い粘液が垂れ、決壊したダムのごとき勢いでオグヌスのボーグ――

「そんな技、私のミーンス・サブカルヘイトには利きまセンヨ!」

ミーンス・サブカルヘイトに襲いかかるが、バリアを張り遮断した。

「無傷かよ……」

男は舌打ちをした。

「――男君……」

女は男の顔を見る。
息を切らし、夏服のワイシャツが透けるほど汗をかいている。
限界か。ボーグバトル全国大会三位の実力を持つ男でも、休憩なしの連戦は身体の負担が大きいのかもしれない。
それに、男は――

「ぐぁっ!」
「――男君っ!」

男の額から血が垂れた。

「傷が開いたんだ……」

一週間前……暗黒魔導の使い手であり、最も魔王に近いといわれていたエンペラー・カーンとの激戦の傷が――。

「ははははハハッ!そんな身体で何ができるノデスカ!とどめでスヨ!ストーンブリッジ・ロガーイ!」

ミーンス・サブカルヘイトの上に現れた眼鏡をかけた老人がスフィンクスを殴り付けた。
鈍い金属音と共にシャイニーブラック・トラペゾヘドロンが吹き飛ぶ。
土俵際スレスレで踏み止まるが、ダメージのせいか動きが鈍り、その場でしばらくふらついている。

「終わりですネ!」

そこにミーンス・サブカルヘイトが最高速の体当たりを仕掛ける。

「くっ……」
「男君っ!」

(今だ!)

シャイニーブラック・トラペゾヘドロンが急加速し、それをかわす。

「ふ……」

オグヌスはそれを読んでいたように鼻を鳴らし、急カーブ。右側を通り過ぎようとしたシャイニーブラック・トラペゾヘドロンを攻撃。

「が――」

「勢い余ってのリングアウトを狙ったのでしょウガ……無駄でス!」

「ぁ……」

女は声が出なかった。

疲労の溜まった男の攻撃は最早通用しない。一か八かの死んだふりも見破られた。

もう――勝てない。

「僕のせいで……。僕のせいで男君が……」

「女。お前がやる事はうろたえる事なのか?」
「マンソン……どういう意味?」
「お前は男に言うべき事があるんじゃないか?」
「……あ……」

マンソンの言葉を聞いて、女は気付いた。

女は今までクラスメイトに虐められていた。

チビと言われ、漫画ばかり描いているオタクと言われ、大人しすぎる性格は根暗と言われ……やがて女は塞ぎ込み、一人だけの殻に閉じ籠るようになっていた。

そんな時、男と出会った。

いつも一人でいた男。不思議な親近感を覚え、勇気を振り絞って話し掛けた。

男は笑顔で応えてくれた。
男はお兄ちゃんのように接してくれた。
虐められた時、気にするなよと言って、守ってくれた。

――そうだ。

男はいつも女のために頑張ってくれていた。

そして今、男は女のために自分の四肢をかけて戦っている。

ここで言うべき事は一つ――

「男君!負けないで!もっと……ずっと……君といたいから!」

「お……んな……」

息も絶え絶えに、女の声に応える男。
血止めに巻いたタオルは真っ赤に染まり、目は虚ろだ。

「……そう……だ……」

「散りなさイ!お前のようなただの高校生が、私のような元アイドルに勝てるわけはないノデス!」

フルスピードで突っ込んでくるミーンス・サブカルヘイト。

それを――急加速して避けた。

「なっ!」

「元……アイドル?」

男がぎろりとオグヌスを睨み、呟き始めた。

「だからなんだ。アイドル……それは昔の話だろう?今のお前は性格も何もかもが不細工なおばさんだ!」

「な……なにを……」

「だからこそ言える!この俺がお前みたいな人の国の娯楽にああだこうだと口出ししてドヤ顔でいる奴に負けたら、全世界のクリエイターに足を向けて眠れないからだァァァァァァーッ!」

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