少女「嗤うは骸か人類か」(199)

これは夢だ。幻だ。

「ケタケタケタケタ」

目の前のそれは、首を傾げながら私に近づいてくる。

「ケタケタケタケタ」

夢だ。悪い夢に決まっている。
歯を剥き出しにして。
歯どころか骨を剥き出しにして嗤うそれは、どう見ても人間ではなかった。

「ケタケタケタケタ」

そう、そういえば理科室で見たことがある。
肉のない、骨だけの、それ。
それが今、動いている。

私はなぜこんなところにいるのだろう。
目の前にいるこれは、一体何なのだろう。
頭がゆっくりと状況を整理しようとし始めた。

夏。
私の両親が死んだ。
事故死だった。

その日、私は両親に連れられて、親戚の家を訪れていた。
行きたくなかったけれど、仕方ない。

「やあ、久しぶり、学校はどうだい」

「ええ、楽しく過ごしていますわ、伯父さま」

「勉強の方は、頑張っているかな」

「ええ、なんとか」

「嘘おっしゃい、前よりも順位を二つ下げてしまったじゃないの、頑張りが足りないわ」

私と伯父の会話に口を挟んできたのは母だった。
母は学力至上主義の人で、私に勉学に励むよう常に言い聞かせてきた。

中学生になっても門限は5時だった。
中学生になっても携帯電話は与えてもらえなかった。
中学生になっても月のお小遣いはなかった。

そのかわり、毎日家庭教師がついた。
外出の際は母が送り迎えをしてくれた。
必要なものは、すべて母の財布が買ってくれた。

「勉学の妨げになる物は、あなたは持つ必要はありません」

そう、毎日のように言われた。
ペットを飼いたい、と願ったときも。
キャラクターものの筆箱がほしい、とねだったときも。
運動会の実行委員に立候補したい、と言ったときも。
友だちと遊びたい、と言ったときも。
部活動を始めたい、と言ったときも。

「この子はよく頑張っているじゃないか、悪いのはあの家庭教師だ」

隣で父が私を庇う。

「結果が伴っていない、そろそろ代えどきかもしれんな」

父も、母と同じく学力至上主義の人だ。
ただし、私が社会に出たときのためにと、最低限の経験は積ませてくれる。
受験に有利だからと、部活動や委員会活動にも参加すべきだと父は言った。
ただ、私は友だちのいる陸上部に入りたかったが、それは叶わなかった。

「陸上部などに入ってどうなる」

「そんなものが将来役に立つのは、ごく一部の恵まれた才能の持ち主だけだ」

「茶道部か華道部にしなさい、日本文化を身につけておくことは必要だ」

「生徒会に入りなさい、社会の縮図だから、人間関係もそこで学べばいい」

私は、両親が引くレールをただのろのろと走るトロッコのようなものだ。
あるいは、マリオネット、操り人形だ。

「ごめんなさい、今日は家庭教師が来る日なの」

「ごめんなさい、早く帰らないと母がうるさくて」

そう言って、友だちの誘いを断ったことが何度あっただろうか。
最初のうちは残念がっていた子たちも、すぐに私を誘わなくなった。
両親にとって、友だちなんていうものは「勉学の妨げになる物」の一つでしかないのだ。

私は楽しそうに放課後遊ぶ彼女たちが羨ましくて、そして憎かった。
あの輪に入れない自分は、本当に将来のために今を生きているのか。
今、楽しくなくとも、本当に将来この我慢が役に立つというのか。
私にそうさせた両親のことも、憎くて仕方がなかった。

親戚の家での会食は、私にとって苦痛でしかなかった。
多くの親戚が集まっていたが、その関係性はまだよく覚えられていない。
記憶系の勉強は苦手だった。

誰誰の息子が今度どこどこの大学に推薦が決まっただとか。
ピアノコンクールで金賞を受賞しただとか。
学年トップの成績を修めただとか。

結局はみな、自慢したいのだ。
自分の血を分けた子どもが、自分のできなかったことを達成することに喜びを感じているのだ。
父も母も勉学においてそれほど突出した才能があるわけではない。
ここにいる大人はみな、平凡な人間だ。
それなのに。
それなのに、自分たちの子どもには重荷を背負わせる。
当たり前のような顔をして。

見ろ、この場にいる子どもは、みな死んだような眼をしているじゃないか。
大人は誰一人気づかない。
あるいは気づいていても、目を逸らしているのか。

不快な会食の最中、突然誰かが言った。

「……揺れてる」

その言葉を頭が認識している間に、天井からほこりが落ちてくるのを目が捉えていた。

「きゃあっ」

突然の大きな揺れ。
横方向に引っ張られる。
地震が起こったときは机の下に避難する。
そう先生が言っていたのを思い出したが、頭でわかっていても身体は動いてくれなかった。

目の前のテーブルにしがみつき、揺れが収まるのをひたすら待った。

なんかドキドキする④

「……おさ……まった?」

恐る恐る目を開けると、ほこりが充満していたが、ぼんやりとみんなの顔が見えた。

「驚いた、いきなりだもんな」

「かなり大きかったよね」

「電気が消えてるな」

「みんな、無事か?」

私も、みんなの顔を見回す。
みな怯えたような顔で、私の方を見ている。
ふと横を見ると、さっきまで隣に座っていた父と母の顔が見えない。



私の横には、倒れてきた重そうな箪笥があるのみだった。

葬儀は滞りなく終了した。
というか、覚えていない。
ぼーっとしているうちに、すべてが終了していた。

同級生のすすり泣く声と、線香の匂いをかすかに記憶しているだけだ。

それよりも。

見たか。あの親戚の顔を。
一緒に死んでいてくれればよかったのに、と言いたそうな顔を。
誰があの子を引き取るの、と顔を見合わせる大人たちを。

私は勉学に励み、苦手な記憶系も一生懸命頑張ってきた。
しかし最も身に付いたのは、相手の顔色を窺って「よい子」であろうとする防衛反応だ。
今どうするのが得策か、冷静に考えて対応する能力だ。

父の兄夫婦に引き取られると決まったとき、私は真っ先に「よい子」であろうとした。

「ご迷惑をおかけします、中学を出たら働いてお金を入れます」

「それまで、申し訳ありませんが、お世話になります」

「いいのよ、そんな」

「両親が亡くなって辛いだろう、私たちを本当の家族と思って、楽にしてくれ」

「いえ、そんな」

「高校にも、ちゃんと行きなさい、それくらいのことはしてあげられるつもりだよ」

「では、その代わりに、家のこと、なんでもします」

伯父さんも伯母さんも、「いい人」であろうとした。
私たちは互いに仮面をかぶって生活をするのだろう、と思うと憂鬱になった。

良い雰囲気だ

父と母の遺骨がお墓に入ったとき、私は一人でお墓の前に立った。
周りには誰もいない。
線香をあげ、花を添えて、墓をじっと見つめた。
どんな感情が込み上げるか期待したけれど、悲しみは湧いてこなかった。

「……っふふ」

「……うふふふふうふ」

「……っはっははは」

「あははははははははははは」

湧いてきたのは、笑いだった。

「あっはっはっは!! なにこれ!! 娘より先に死んじゃうなんてさあ!!」

「あはは!! おかしい!! なにやってんの!!」

「私をがんじがらめに教育しといてさあ!! 途中ではい、さよなら!!」

「残った私は!? どうして生きていけばいいのよ!?」

「引かれたレールを走ることしか能のない私が!?」

「最低!! もう、最低!!」

「あっはっは、泣いてなんかあげない!!」

「私が一緒に死ねたら、もっとよかったのにね!!」

ひとしきり、罵倒して、笑って、そうだ。
そして、涙がほんの少しだけ、出たんだ。
悲しみの涙じゃない。
嬉し泣きでもない。

ただただ、無力で情けない自分を、憐れんで泣いたんだ。
本気で死ねばよかったと、そのとき思ったかもしれない。

涙でぼやけた視界が歪んで、黒くなって、赤くなって。
平衡感覚が狂って、口がだらしなく開いて。

それで?

それで、どうなった?

こんな感じで
次から異世界の話が続きます

ああ、>>1の一言は要らなかった
一気に現実に引き戻されたわ

俺はきにならぬ

はよ続き

書き終わりのレスのつもりでしたが、いらんこと言わん方がよさそうですね
淡々と行きます

「ケタケタケタケタ」

目の前にいる嗤う骸骨は、消えていてくれなかった。
ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
私は腰を抜かしたまま、必死に頭を働かせようとする。

「ケタケタケタケタ」

周囲は真っ黒。
暗いんじゃない。
黒いのだ。

こんな世界、見たことがない。

しいて言うなら、地獄。

「ケタケタケタケタ」

この嗤う骸骨も、地獄にはお似合いではないか。

もはや眼前に迫った骸骨を、私は払いのけることもできなかった。
煮るなり焼くなり、好きにしてくれ。
これは悪夢だ。
きっと目が覚めると、あの少々寝心地の悪いベッドにいるのだ。
いや、もしかしたら両親が死んだところから夢かもしれない。
それならば、あの殺風景な畳の部屋の布団の上だろうか。

両肩を掴まれる。
骸骨が口を開ける。
その奥には暗闇。
私は喰われるのだろうか。

骸骨に喰われる夢とはまた、趣味の悪い話だ。
起きたときに覚えていませんように。
私はそう願い、目を閉じた。

バキィン!!

なにかが砕ける音がした。

「馬鹿野郎、無抵抗すぎるだろ」

私の両肩を掴んでいた骸骨は、首が無くなっていた。
その代わり、赤く光るなにかがそこにあった。

「おら!!」

バキィン!!

その赤い光も、今砕けた。

「ほら、もう大丈夫だから」

私の両肩を掴んでいた骨の手は、今さらさらと、消えていくところだった。
私はまた、だらしなく口を開けていた。

「立てるか?」

骸骨の向こう側にいたのは、私よりも何歳か年上であろう男の人だった。
手を差し伸べてくれる。
私は素直に、その手を握った。

「ケガは?」

「な、ないです」

「そうか、そりゃよかった」

何枚も服を重ねて着ている。
どれも薄汚れた色で、元がどんな色だったかわからない。
右手には鉄パイプが握られていた。

「それで、あの骸骨を倒したんですか?」

「ああ、そうだけど」

「あの、ここは、ここは……」

どこなんですか、と尋ねるべきか、なんなのですか、と尋ねるべきか。
学年でもトップクラスに入るはずの私の頭は、こんなとき、うまく働いてくれなかった。

「おれにも、わかんねえよ」

「はあ」

「強いて言えば、地獄」

「……やっぱり」

やっぱり、と言いつつ、私の頭はその言葉をまだ受け入れられていなかった。
地獄ねえ、うふふ、おかしい。
そんなもの、あるはずがないのに。
私、地獄に落ちるような悪いこと、してないのに。

「ここではさ、定期的にさっきみたいに骸骨が襲ってくるから、気をつけろ」

「定期的に!?」

私の口は、すぐに反応した。
この状況に、少しずつ慣れてきたのかもしれない。
あんなのがこれからも来るっていうのなら、こんなところ、いやすぎる。

「今までも、襲われてるやつは見かけたんだけど、無傷で助けられたのは初めてだ」

「あ、あの、ありがとうございます、助けていただいて」

「いや、気にすんな」

私としたことが、お礼を言うのがこんなにも遅くなるなんて。
やはり本調子ではないみたい。

あなたは……

そう言いかけて、やめた。

そんなことを聞く前に、どこか安全なところへ行きたい。
またさっきみたいなのに襲われたらたまらない。

「どこか、安全なところはないのですか?」

「安全なところ、ねえ」

男の人は少し困った顔をした。
眉を寄せて、考えているようだ。
その顔は、ちょっと魅力的だと思った。

「君、安全と健康、どちらを望む?」

私にはその質問の意味が良くわからなかったけれど、とりあえず「安全」と答えた。

「ん、まあ、ついてきな」

鉄パイプを肩にすたすたと歩いてゆく。

私はあわてて後を追った。

「安全」と「健康」?
どちらかしか保証されないのだろうか。
それとも、健康を望んだら置いていかれたのだろうか。

その二つの違いが、私にはよくわからない。
あの人は私よりも少し長く生きているようだから、私が知らないこともたくさん知っているのだろう。
そう、納得した。

「ここなら、とりあえずは、安全」

男の人が連れてきてくれたのは、どう見ても不健康そうな、陰気でジメジメとした建物だった。
ビルと呼ぶには傾いていて壁がぼろぼろだ。
廃屋と呼ぶには背が高い気がする。
塔と呼ぶには高さが足りない。

「どうして、安全だってわかるんですか?」

「ん、おれがここにいる間、この中に骸骨が入ってきたことはないから」

「はあ……それじゃあ、安全、ですかね」

「おれがここにいる間」って言うのが、どれくらいの期間かを聞き損ねた。
私の間抜け。

「じゃあ、私が『健康』って答えてたら、どうなってたんですか?」

「ん、そりゃあ……」

彼は少しばつが悪そうな顔で言った。

「水と食料がたんまりあるけど、今にも崩れそうで骸骨の多いビルの方へ行ってた」

今にも崩れそうな……って。
ここよりも崩れそうなビルがあるのか。
ピサの斜塔の方がよっぽど安定していると思う。
「安全」を選んで正解だった。

「あの、あなたはいつからここに?」

私は、上手く質問できただろうか。

「おれは、そうだな、もう一ヶ月くらいかな」

そんなに。
気が遠くなりそうだ。
こんな変な世界に一ヶ月だって。
シャワーもお風呂もベッドもなさそうな世界で。

「あ、この服? 拾った」

聞いてないけど、答えてくれた。
優しい人だ。
なにより、私を助けてくれた。

「あの骸骨な、頭砕いたら赤い光があるんだよ」

「はあ」

「君も見たろ?」

「え、ええ、見ました、赤い光」

「あれを壊したら消えるんだよ、なんでかは知らないけど」

「そう、ですか」

「みんなさ、あれに掴まれると震えて動けなくなるのか」

「今までに何人も、喰われていった人たちを見てきたよ」

「何人も……」

「さっきも言ったけど、無傷で助けられたのは、君が最初」

「食べられた人は……」

「消えた」

「消えた……?」

さっきの骸骨のように、さらさらと消えるのかしら。
人がむしゃむしゃと食べられる様子は想像しただけで気持ちが悪い。
そんな死に方はごめんだ。

「さっきの骸骨みたいに、さらさら消えるの?」

「そう」

ちょっとホッとした。
でも、それって、どういうことなんだろう。

「とにかく、今度骸骨が現れたら頭を狙え」

そう言って、彼は私に棒をくれた。
鉄パイプとは違う、でもずっしりとした、棒。

「どこかで布を見つけて、持つところに巻こう」

「これで、戦えっていうの?」

「じゃなきゃ食べられるぞ」

「そう……よね」

剣道なんて、やったことないのだけれど。

「ねえ、食べ物はどうしているの?」

「……サバイバル」

「サバイバル!?」

「そう、食材を探して食いつなぐしかない」

「……どんなもの?」

「小動物とか、木の実とか」

私は気が遠くなってきた。
小学校の臨海学校で自炊をしたときも、四苦八苦していたというのに。
私にサバイバルは荷が重すぎる。

「でも、少ないけど缶詰とかもあるんだよな」

「缶詰ですか!?」

それなら開けるだけで食べられる。
……消費期限次第だけど。

「こんな世界じゃさ、まともな食べ物が転がってる方が不思議だろ」

「そ、そりゃあそうですけど……」

「さっき言ってた危ない方のビルへ行けば、色々食料があるんだよ」

「は、はあ」

「君、きちんと調理されて皿に乗ってるものしか食えないタイプ?」

「……」

反論できない。

「ま、早く抜け出せればそんな心配もなくなるさ」

「で、でもあなたは一ヶ月もここで……」

「そんだけ暮らせば、逆に慣れちゃうよ」

「ううう……」

言ってることはわかるけど、いやすぎる。
骸骨に食べられるのもいやだけど、ここで、こんな所で一ヶ月もだなんて……

終わったら一言ぐらいいいのでは

続きに期待

それから彼は、布を持ってきてくれて、私の棒に丁寧に巻いてくれた。

巻きながら彼は、「人間と話したのは久しぶりだ」と嬉しそうに語っていた。

彼は、それからもたくさんのことを話してくれた。
高校に通っていたけれどバイトばかりの毎日が退屈だったこと。
高校を出たらすぐに働くつもりだったのに、頼りの両親が事故で亡くなったこと。
それから自分一人で弟を養っていこうとしていたこと。
その矢先、弟もいじめに遭い、命を落としたこと。

弟さんの話になると、彼は凄く苦しそうで、つらそうで、見ていられなかった。
いじめはとても壮絶で、弟さんは苦しみながら亡くなったそうだ。

「いじめた人たちは……どうなったんですか?」

私は絞り出すように聞いた。
天罰が当たっていないと、弟さんが浮かばれない。
のうのうと生きていられたら、他人の私だって腹が立って許せなく思う。

「おれが、殺した」

「っ」

その答えを聞いたとき、私は奇妙な興奮と恐怖を感じた。

「殺したって言っても、間接的に、だろうけどな」

「間接的?」

彼は、いじめの主犯格とその取り巻きを徹底的に晒しあげたそうだ。
マスコミに、インターネットに、学校に、その名前と個人情報をばらまいた。
家にマスコミが集まり、誹謗中傷が殺到し、同姓同名の芸能人が迷惑し、そして……

「主犯格は、自殺した」

「……」

「おれが殺したようなもんだ」

「その事件……知ってる……」

私は、テレビで報道されていた内容を思い出していた。

「おれは何一つ後悔しちゃいない」

「……」

「遊び半分で弟を死なせたあいつらを、許すことなんてできなかった」

「……」

そういえば、最近もテレビでそのニュースの続報が流れていた。
そうだ、確か……

「お兄さんが……行方不明だと……」

「その兄ってのが、おれだ」

「行方不明になったあなたがここにいるってことは……」

「ここを抜ければ、きっと元に戻れる」

「そう、ですね」

「ただそうなると……」

「私も、今、行方不明になっているってことですよね……」

「ああ」

どうしようどうしよう。
死んだのでなければ戻れるかもしれないけれど。
今も伯父さんたちは私を探しているのだろうか。
それとも、遊び歩いて帰ってこないと思っているだけだろうか。

……どこかで死んでいればいいのに、と思っているだろうか。

「おれは正義感でやったわけじゃない」

「単なる復讐だ、私怨だ」

私怨……
普段の生活じゃあほとんど聞かない単語だ。
でも、このとき聞いた「私怨」は、この単語がこのときのためにあると感じさせてくれた。

「やりすぎだと言うやつもいたが、おれはまったく後悔しちゃいない」

「むしろ、死んだ加害者を笑いに行ったよ」

私の耳がぴくっと反応した。
笑いに行った。
私と似ている。

「弟の墓にお参りして、花を添えて、『あいつ死んだぞ』って報告してやった」

「それから、加害者の墓にも行って、『自業自得だ馬鹿』って笑ってやった」

「そしたら……」

同じだ。
私もお墓の前で笑ってた。

「足元がぐにゃあってなって、めまいがして、いつのまにかここにいた」

「一緒です、私と……」

「君も?」

私も、ここへ来る直前、両親の墓の前で笑ってたことを話した。
「ざまあみろ」とか「自業自得だ」なんて感情はなかったけれど。
それでも悲しんだり苦しんだりする感情ではなかった。

「似てますね、私たち」

そう言いながら、私はどこか妙な感覚を感じていた。
似ているからどうだと言うのだろう。
墓の前で死者を笑ったら、地獄に落ちるというルールでもあるのだろうか。

「……」

彼は難しい顔をしてなんだか考え込んでいる。
その姿は、私よりもずっと大人びていて、こんな状況だと言うのに少し素敵だと思ってしまった。

「それ、偶然かな」

彼は顔をあげて呟いた。

「それが、ここに来る条件なんだとしたら……」

「墓の前で死者を笑う、っていうことがですか?」

「そうだ。だとしたら……」

「……」

「どういうことなんだろう?」

「ですよね」

少し状況がわかった気がしたが、気のせいだった。
私たちの頭では、到底この状況は説明できない。

「でもさ、来る条件があるってことは、帰る条件もきっとある」

彼はそう言って笑った。
強い人だ。

「ここって、夜とか昼とかあるんですか?」

「……ないな」

そう言って、彼は腕時計を見せてくれた。

「今ほら、19時だけどさ、周りはずっと薄暗いし、月が出るわけでもないし」

「……ですね」

「朝になれば明るくなるわけでもないし」

「……健康に悪そう」

今更健康を気にしても仕方がないだろうけど、私はそう言わずにはおれなかった。
私、これからどうやって暮らしていくんだろう。

パカン

気持ちのいい音がして、缶詰が開けられる。

「はい」

中身は豆のスープみたいなものだった。
曲がって汚れたスプーンと一緒に渡される。

「……豆、嫌い?」

「いえ、好きです」

好き嫌いはほとんどない。
この状況でなら、嫌いなものでも食べなきゃいけないだろうし。

ていうか、たき火で温めた豆のスープは、驚くほど美味しかった。
小学校で食べた給食よりもずっと美味しい気がした。

「ごめんなさい、貴重な食料なのに」

「構わないよ、話す相手がいる方が、ずっと素敵だ」

でも彼は、私のことを聞かないでいてくれた。
墓の前でどのように死者を笑ったのかは話したけれど、両親への思いや愚痴は言わなかった。

その代わり、彼はたくさんのことを話してくれた。
どこに缶詰があって、どこに木の実があって、どの水道から水が出るのか。
意外とカエルは美味しいんだとか。
今までやっつけてきた骸骨は多分30匹を超すとか。
昔野球部だったから、スイングは得意だとか。

「たき火見てるから、そっちで寝てていいよ」

「でも……」

「大丈夫、寝ちゃうかもしれないけど、ここにはほとんど骸骨は来ないから」

「……」

私、甘えすぎてる気がするな。
こんな状況に放り出されたら、こんなにも無力だなんて。

毛布をかぶり、たき火に背を向けて寝た。
鼻をすする音が、彼に聞こえなければいいのだけれど。

後から後から、ポロポロと涙がこぼれた。
だめだな、私。
弱いな、私。

……

なんだかいやな夢を見た。

真っ暗で、よく見えなくて、でも赤い光だけがチラチラと近づいてきた。

骸骨だ。

目の奥で赤く光っている。

二つ、四つ、八つ……

もっとだ。たくさんの赤い光が私を取り囲んでいる。

……

それでは、また明日




続き気になるぜ

「おはよう」

「おはよう」

「よく眠れた?」

「……ううん」

「だろうね」

「ずっと、起きていてくれたの?」

「ああ」

「……ごめんね」

「なんで謝るの」

「おれの方が年上だし、男だし、ここのこともよくわかってる」

「でも……」

「いいからいいから、さ、顔でも洗ってきな」

こんな廃墟みたいなところの水は怖かったけれど、案外きれいなものだった。
変なにおいもない。
飲み水にもなるのかな。

「朝食に、木の実盛りですよー」

「あ、ありがと」

「あと紅茶風ドリンクね、冷めないうちにどうぞ」

「……すご」

こんな状況でも、この人は力強く生きている。
すごいな。
ていうか紅茶風ってなんだろ。

「ここ、ぶっちゃけやることねえんだ」

「緊張感はあるけどさ、それだけっていうか」

確かに、ここには楽しそうな要素がなにもない。
私、やることがないときって、なにしてたっけ?

「君は、普段なにして遊んでんの?」

「え?」

「ヒマなとき」

「あ……」

「私は……」

私は、ヒマなときなんてなかった。
友だちと遊んだ記憶もほとんどなかった。
ずっと、ずっと勉強してた。

「私は……遊んだこと、ない」

「!?」

「ずっと勉強、勉強で」

「……そっか」

彼は困った顔をしている。
そうだよね。
今どきの中学生が「遊んだことない」なんて、おかしな話だよね。
私もちょっと、困った顔をした。

「じゃあ、今日は遊ぼう」

「え?」

彼は顔をあげ、笑顔でそう言った。
遊ぶ?
こんなところで?
骸骨が襲ってくるのに?
一体なにをして?

たくさんのことが頭をよぎったけれど、どれも言葉にならなかった。

「遊びに行こう」

そう言って、彼は私の手を引いて外へ連れ出した。

「広い……」

「野球のグラウンドだよ、ボロボロだけどさ」

芝も土も真っ黒だけど、そこは確かにグラウンドだった。
照明も観客席もある。
高い高いネットもある。

「すごい……」

「いやあ、久しぶりにさあ、キャッチボールしてえなあと思って」

彼はそう言って、私に何か黒い塊を投げてよこした。

「ひゃっ」

「ぼろいけど、それグローブね」

「グ、グローブ……」

グローブなんて初めて触った。
父は野球が好きだったけれど、主に観戦するだけだったし、
女の私にキャッチボールをさせることもなかった。

「そんでこれがボール」

「わ、わっ」

彼はひょいっと軽く投げたのだろうけど、私は慌てていてうまくキャッチすることができなかった。

「最初っからうまくできるわけないんだから、ゆっくり、ね」

彼は下手くそな私を相手にしているのに、なぜかとても嬉しそうだった。

スパァン

気持ちのいい音が響く。
上手に投げるのはまだ無理だけど、キャッチできるようにはなった。

「いい音!!」

スパァン

彼もとても嬉しそうだ。
やっぱり男の人ってキャッチボールが好きなのかな。

私のボールはまだへろへろだけど、彼はうまくキャッチしてくれる。

楽しい。

「こう、ね、肩を開きながら……」

「こう?」

「そうそう!! それで肘から先に投げるんだよ」

「んん……難しい」

手だけで投げるんじゃなくて、身体全体をひねって投げる。
ボールを投げるのって、こんなにも難しい。
でも、こんなにも楽しいということを初めて知ることができた。

「ていっ」

「お、ちょっとうまくなった!!」

「ほんと?」

「飲み込みすっごい早いよ」

「えへへ」

あたりは真っ黒だったけれど、不思議とボールを見失うことはなかった。
彼はボールを投げながら、子どもの頃お父さんとキャッチボールをしていた話をしてくれた。
真っ暗になるまでキャッチボールをしていて顔にボールを当てて痛かったこと。
二人ともお母さんに怒られて、しょんぼりしながらご飯を食べたこと。

でも、今はちゃんとボールが見える。
やっぱり、「暗い」のと「黒い」のは少し違うんだろう。
よくわからないけれど。

スパァン

私が何十回目かのキャッチをしたとき、私の目は彼の背後にくぎ付けになった。

「っ!!」

動悸が激しくなる。
息苦しくなる。
言葉が出なくなる。

危ないよ。

そう言おうと思ったのに、口からはなんの音も出てこなかった。

「どうしたの?」

私の様子に彼は気付き、後ろを振り返った。

一瞬で状況を把握した彼は、あっという間に私のそばに来てくれた。

「大丈夫、動きは遅いから」

私の肩を掴み、励ますように、なだめるように、目を覗き込んでそう言った。

「に、逃げよう」

「だめだ、足は遅いけどどこまでも追いかけてくるから」

「じゃ、じゃあ、どうしたら……」

「倒すんだ、ここで」

倒すって、どうやって?
彼が作ってくれた棒はグラウンドの隅っこに置き去りにしてきてしまった。

「君が倒すんだ」

「え?」

私がその意味を理解できないうちに、彼は猛然と走って行ってしまった。
倒す? 私が? どうやって?

無理!!
絶対無理!!

目はずっと骸骨の方を睨んでいたけれど、足はすくんでいるし手も震えている。

怖い。
ただただ怖い。

でも、あれに喰われて死ぬのはもっと……怖い。

骸骨はゆっくりとこちらに近づいてくる。

目の奥が赤く光っている。

ここに来て最初に見たやつと同じだ。

夢で見たのと同じだ。

もし掴まれたら……

もし囲まれたら……

足が震える。
足が震える。
足が……

私はすとんと、糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込んでしまった。

「あ、あ、あ……」

もうだめだ。
私、ここで死ぬんだ。

足の感覚がない。
それどころか、もう全身の力が入らない。
借り物の身体みたいだ。

仮想現実のゲームって、こういう感じなのかな。

骸骨から目を逸らした。
もう、あれを見たくない。
いっそのこと気絶してしまいたい。

ふと、私はグローブの中のボールを見ていることに気がついた。

「ボール……」

その瞬間、私の右手だけ、感覚が息を吹き返した。
投げよう。
ここで死ぬとしても、少しくらい抵抗してやろう。
ただ喰われてしまったら、あのとき彼が助けてくれた意味がなくなるじゃないか。
なんのために生き延びたんだ。

次に骸骨を見上げたとき、私は少しだけ勇気が湧いていた。
彼の教えてくれた投げ方で、あの、赤い光をめがけて。
力いっぱい。

私はボールを投げた。

ゴツンッ

鈍い音とともに、なんとボールは骸骨の顔面に命中した。

「あ、当たった……」

骸骨は全く砕ける様子がない。
でも少しだけ、よろよろとしている気がした。

私の足は自然と立ち上がり、ボールを拾いに走っていた。

「何度でも当ててやるぅ!!」

それはまぐれだったとしても。
ボールを当てられた感覚が、私の全身に響いていたんだ。

当てられる。
攻撃ができる。

そのとき、私は少し、笑っていたかもしれない。

ゴツンッ

「まだまだ!!」

ゴツンッ

「早く倒れなさいよね!!」

ヒュンッ

「ああっ、外れた!!」

「やるじゃん」

いつの間にか彼が傍に立っていた。

「あ、ちょっと!! 女の子ほっぽって逃げるなんて最低よ!?」

「これ、取りに行ってた」

彼は私に棒を渡してくれた。
ずっしりと、手に重さを感じる。

「私、最初腰抜かしちゃったんだからね」

「でもちゃんと応戦できてるじゃん」

「紙一重だったの!!」

「まあ結果オーライってことで」

「無責任!!」

私は、骸骨がまだ目の前にいることも忘れて、彼に生意気な口をきいていた。
きっと心のどこかで、もう安心だと感じたのだろう。
最初に腰を抜かしていたのが嘘のように、私はリラックスしていた。

「ほれ、とどめ刺しちゃいな」

「う、うん」

「まっすぐ振り下ろせ」

私は棒を、ぎゅっと握りしめて、骸骨の目の前に立った。

怖くない、怖くない。
倒せる、倒せる。
私は、骸骨を倒せる!!

頭の上に構えた棒を、私は力任せに降り下ろした。

では、また明日です





……

「ね、一ヶ月もここで一人で過ごしてて、気がおかしくならなかったの?」

ある日、私は素朴な疑問を彼にぶつけてみた。
自分だったら一週間で気が触れていただろう。
そうならないのは、彼のおかげだ。
でも彼は、ずっと一人だったはずだ。

「ん……」

彼はなぜだか答えずに、少し笑った。
ばつが悪そうに笑った。
いたずらが見つかった子どものような、宝物の隠し場所がばれた子どものような。
そんな笑いだった。

「今日は、ちょっと遠くまで行こうか」

突然そんなことを言い出した。
私の質問には答えてくれなかった。

それとも、もう気が触れているのかしら。

そんなことを思ったが、何日も一緒に過ごしていて、そういう雰囲気は感じなかった。
それより、どういうことだろう。
遠くまで行く?
ピクニックだろうか。
お弁当はどうしようかしら。

そういえばピクニックというものの存在は知っているが、家族でそんなものに出かけた記憶はない。
確か丘で弁当を食べるんだ。
シートを広げて水筒やバスケットを鞄から出して。
ん? バスケットは鞄に入るのだろうか?
バスケットって、なんだろう。

丘にはほどほどに咲いたタンポポがあって。
空には少しだけ千切れた雲が飛んで。
暑くはなく穏やかな気候で。
お父さんとお母さんと私の3人で。

気付くと私は、彼の背中を追って歩いていた。
いつの間にビルを出たのだろう。
なんだか夢の中にいるよう。

「これに乗って」

そこには一台のバイクがあった。
ボロボロで薄汚い。

「動くの?」

「動くよ、少なくとも今までは爆発したことない」

彼の後ろにまたがり、しがみつく。
ヘルメットがないわ、と言いかけて、やめた。
そんなもの、必要ない。
注意するおまわりさんは、この世界にはいない。

「どこまで行くの?」

「おれのお気に入りの場所」

「ふうん」

深くは聞かなかった。
そこに、彼がまともでいられた理由があるのかもしれなかったし、
詳しく知らずについていった方が面白そうだと思えた。
よく知らない場所に連れていかれることが不安じゃないなんて、私には珍しいことだった。
きっとこの非日常な環境がそうさせているのだろう。

私たちを乗せたバイクは、大きなビルをたくさん通り過ぎて、大通りをずっと走った。
確かに爆発はしなかったしちゃんと動いてはいたけれど、頼りない走り方だった。
こんな世界にガソリンはあるのかな。

でも、初めて乗ったバイクはエキサイティングで、男子が乗りたがるのがわかる気がした。

「しっかり掴まってなよ」

彼が叫ぶ。

「なんて!?」

聞こえていたけれど、そう言ってみた。
どこかでそんなシーンを見た気がする。
ただそれだけで、そう言ってみようという気になったのだ。
どうでもいい話だ。

大通りの外れまで来たとき、彼がバイクのスピードを緩めた。

枯れ果てた街路樹。
傾いた街灯。
看板の落ちそうな様々な店。
マネキンの倒れているショーウインドウ。

「ここだよ」

彼が示したのは、よくわからない看板の店だった。
ネオンがねじ曲がっている。
それが正しい店名なのか、歪んでおかしくなっているのかは、私には判断ができなかった。

「中に入っても、取り乱さないこと」

店に入る前、彼は不気味な忠告をしてくれた。

「ぎゃあああああああ!! 骸骨!! 骸骨!!」

「ちょ、落ちつけ、落ちつけって!!」

「棒!! 棒!!」

「棒はほら、ビルに置いてきたから!!」

彼の忠告の甲斐なく、私はおおいに取り乱した。
彼の腕にしがみついて情けない叫び声をあげた。

「だっはっは、元気のいい新入りが来たもんだ」

「喋った!?」

カウンターの向こうにいた骸骨が、私を見て笑った。

「こいつはその、いい骸骨っていうか、その」

「やややや!! 近付かないで!!」

「無害っていうか、襲ってこないっていうか、喋るっていうか」

「怖い怖い怖い!! 服着てるし!!」

「骸骨が服着てちゃ悪いってのかい、失礼な嬢ちゃんだ」

「喋んないで怖いから!!」

「おめえ、久しぶりじゃねえか」

「ま、色々あってね」

彼は気さくに骸骨に話しかけている。

よく見ると骸骨は雑誌みたいなものを読んでいた。
しかもカウンターには湯気の立つマグカップが置いてある。

「骸骨がコーヒー飲んでる!?」

「ったく、うるせえ嬢ちゃんだねえ」

「今日は一段と大きい声を出してるみたいだな、珍しい」

「なんだ、あの日か?」

「あんたのせいだっつーの!!」

この骸骨は、彼の知りあいだそうだ。
襲っても来ず、気軽に喋りかけてきたそうだ。
それ以来、人恋しくなったときにはここに来て話をするそうだ。

「人恋しくなったら骸骨と喋る!? おかしいでしょ!!」

「んだよ嬢ちゃん、そりゃあ骸骨差別ってもんだぜ」

「うるさいな!! 最初に襲われた恐怖はまだ残ってるんだからね!!」

「そりゃあおれじゃねえ、別の誰かだろ」

「そりゃそうだけどさ!! 見た目がさ!!」

「おれは棒持って殴りかかってきたこの兄ちゃんと仲良くしてるぜ?」

「あんたの都合は知らないわよ!?」

ああ、叫ぶのなんていつ以来だろう。
「あんたの都合は知らないわよ!?」なんて、今までそんな台詞は口にしたことがなかったと思う。
見た目は恐ろしいけれど、気さくでオッサンな骸骨と、すぐに喋れるようになった。

彼がここによく来ていた気持ちがわかる。
誰かと喋るというのは、ストレス発散になるから。

そういえば、父と母と、あまりお喋りをした記憶はないな。
この世界から無事帰ることができたら、お喋りをするのも悪くないな。
そう考えかけて、私は思考をストップさせた。

そうだ、二人は死んだんだった。

「どした、嬢ちゃん、元気ねえな」

「……ううん、別に」

「元気が出ねえなら、このcdはどうだい」

ここはcdショップのようで、彼はときどき曲の感想を言っていた。
骸骨が好きな音楽を流しているようだ。

骸骨はスムーズにcdを入れ替え、私の反応を待っている。

静かなギターが流れ出す。
私のよく知らないバラードだった。

「こういうときって、やかましいくらいのポップな曲を流すんじゃないの?」

「そりゃあ素人のやることだぜ」

音楽を聞くのに玄人も素人もないもんだ、と思ったが、言うのはやめておいた。

「元気な曲ってのはな、終わった後にむなしくなるんだよ」

それは個人の感想では、と思ったが、言うのはやめておいた。

「このアルバムの作成中に、ボーカルの最愛の恋人が事故で亡くなったんだ」

「それでできたのが、この曲だ」

「……それ、元気出ないよ」

「まあ最後まで聞けや」

「自暴自棄になって、この曲を書いた」

「歌詞は悲壮感たっぷりだが、ほら、歌声には生気が宿ってる」

「無理やり出した空元気じゃなく、生命力にあふれたっつうか」

「……うん」

「ライブでも毎回ラストはこの曲だったらしい」

「この曲を歌い続けて、90歳まで生きたってよ」

「……うん」

「ロックじゃねえか、そういうのもよ」

「ロックはよくわからないけど……」

ロックはよくわからないけど、というか流行りの曲もよく知らないけれど。
でも、この曲にあふれている「生きる気力」は、なんとなくわかる気がした。

「この曲は素敵だと思う」

「はっは、素直でいいコメントだ」

骸骨は笑った。
その笑い方は、私を怖がらせた骸骨の笑いではなく、人間味あふれた優しい笑い方だった。

店を出るとき、またこの場所に来たいな、と思っている自分がいた。

「どう、いい場所だろ」

「うん、また来たくなるね」

私は彼の背中にしがみつき、彼は来た方向へバイクを向ける。
この場所は私にとってもお気に入りの場所になりそうだ。
バイクがゆらゆらと前進するのを感じながら、私はそっと店を振り返った。

骸骨が優しく手を振っているのを見て、私も手を振った。

それでは、また明日



乙乙

……

人が骸骨に喰われる瞬間を見てしまったのは、彼と缶詰を運んでいるときだった。

大きな箱に缶詰を詰めて、食べるときのことを考えながら歩いていた。
私は鼻歌を歌っていた。
彼はそんな私を見てニコニコしていた。

「がぁっ」

低い男の声が響き、私の足は電流が流れたように硬直してしまった。

「が……かはっ……助け……」

遠くで骸骨の赤いランプが光る。
もぞもぞと動くその下に、人間がいた。

「あれはもう無理だ、助からない」

彼は早口でそう言ったが、棒を握り素早く骸骨に近づいていった。

「ケタケタケタケタ」

骸骨の嗤い声が聞こえる。
私は反射的に耳をふさぐ。

「ケタケタケタケタ」

見たくないのに、聞きたくないのに、私の五感は骸骨に吸い込まれていた。

「ケタケタケタケタ」

彼の振り下ろす棒が、骸骨の頭を砕いた。

グシャッ

「ケタ……」

頭の中に響いた嫌な声が、すっと遠ざかっていった。

男の人は、もう首から上が消えていた。

「……もうちょっと早く気付いてやれたら」

彼は無念そうに歯を食いしばる。

「……人が消えるって、こういう感じなのね」

「……ああ」

男の人は、頭から喰われていた。
首が、肩が、ゆっくり、ゆっくり、見えなくなっていく。
これが、死ぬことだろうか。
それとも……?

「この人、どうなるんだろう」

「さあ……」

「天国へ行くのかな? 消滅しちゃうのかな?」

「天国なんて、あんのかなあ」

男の人の身体は、もう動かなかった。
骸骨がさらさらと消えるのと、似ている。
私はこうなりたくないと、震えて、彼の服の裾を握った。

「早くビルに帰ろ」

私の声も、少し震えていた。

彼はビルに戻ると、毛布をたくさん持ってきてくれた。

「震えてるみたいだから。怖かったろ」

「……うん」

前よりも、もっと。
もっともっと怖かった。

彼がいてくれなかったら、私は最初にここに来たときにああなっていたんだろう。
そう考えると、鳥肌が立つ。
毛布にくるまり、無意味に身体を丸める。

「おれの傍にいれば、あんな風にはならないから」

彼が私の背中を撫でてくれた。

「棒持ってりゃあ大丈夫だし、あいつら足速くないし」

毛布の上から、ゆっくりと撫でてくれる。

「だから安心して」

「ありがと、お……」

お兄ちゃん、と言おうとしてやめた。
私にはお兄ちゃんはいないし、他人の私にそう呼ばれることを彼が嬉しがるとは思えなかった。
その後の言葉は、飲み込んで知らんぷりをした。

兄がほしかった。
私を守ってくれる兄が。

両親に強制されて勉強をしていても、兄がいれば楽に耐えられたかもしれない。
部活や、友だちと遊ぶことができなくても、家に兄がいれば寂しくなかったかもしれない。

「頑張ったね」と褒めてくれる兄がほしかった。
泣いていたら慰めてくれる兄がほしかった。

甘えても優しく受け入れてくれる兄が。
一緒に下校してくれる兄が。
一緒に買い物に付き合ってくれる兄が。

……ほしかったのだ。

「おれさあ、弟が死んだって言ったよな」

突然、彼が話しだした。

「……おれ、妹がほしかったんだ」

「っ」

心臓がびくんと跳ねる。
私と一緒だ。
私と……一緒だ。

「弟ももちろん可愛かったけどさ、やっぱり……」

その先は、なにも言わなかった。
私のように、言葉を飲み込んだらしい。

「ねえ、今日だけ、わがまま言っていいですか」

毛布にくるまり、背中を向けたままで彼に尋ねた。

「……いいよ、言ってみな」

とても顔を見ては言えない。
深呼吸をしながら、小さな声で言った。

「今日だけ、お兄ちゃんって、呼んでいいですか」

「……っ」

彼が驚いているのがわかる。
でもどんな顔をしているのかは見えない。
焦っているだろうか。困っているだろうか。

「……いいよ、好きに呼んで」

そっけない彼の返事。
でも、困っているとか、焦っているとか、そんな雰囲気ではなかった。

照れている。

顔を見なくても、わかる。

「じゃあ、お兄ちゃん、もう一個、わがまま言ってもいい?」

「……おう」

お兄ちゃんと呼ぶことに、ためらいも気恥ずかしさもなかった。
兄がほしかったのだ。
念願の兄が、それは偽りで嘘の存在だとしても、そこにいるのだ。
嬉しさしか、ない。

「寝るとき、ぎゅってしてほしい」

「……は?」

今度は明らかに焦っている声だ。
だめかな。
でも今日、今、この心境でなら、言えた。

「……だめかな」

「……照れる」

そう言いながら、彼はゆっくりと毛布をめくる。
背中がひやっとする。
無意識に両手を握りしめていた。

「これでいいの?」

肩をぎゅっと抱き寄せられる。

「……うん」

温かい。
気持ちいい。

誰かに抱きしめてもらえるということが、こんなにも嬉しいことだと知った。
彼の吐息が耳に当たる。

「……すげー恥ずかしいんだけど」

「……私も」

でも、彼はずっとそうしていてくれた。

「そっち向いても、いい?」

「……え」

返事を聞く前に、身体をくるりと反転させる。
彼を見上げる。

物凄く近くに、彼の顔があった。

「……っ」

さすがに恥ずかしくて、彼の胸に顔をうずめる。

「え、これで寝るの?」

「……うん」

彼の匂いは、あまり感じられなかった。
こんな生活をしているのだから、汗のにおいや汚れがひどいと思ったけれど、
不思議とそういうことがなく、さわやかな感覚だった。

「……甘えん坊だな」

「今日だけ、ね、お兄ちゃん」

「はいはい」

私は幸福に包まれていた。
先ほど見た、喰われた男の人のことも、怖くなくなった。

なぜかじわっと涙が出そうになったが、堪えた。

「おやすみ、お兄ちゃん」

明日はお休みかもです
では、また




続き超気になる

地の文でもこんなに面白く書けるんだな

2日開けてしまってすみません
再開します

……

また、いやな夢を見た。

真っ暗で、よく見えなくて、でも赤い光だけがチラチラと近づいてきた。

骸骨だ。

目の奥で赤く光っている。

二つの赤い光がチラチラと揺れている。

後ろに下がりたいのに、足が動かない。

お願い、動いて!!

カッ!!

突然、あたりが明るく照らされた。

目の前にいたのは、赤い目をした骸骨と、そして、

白目を剥いた、たくさんの人間たちだった。

……

「っは!!」

身体がびくんと跳ねる。

「……はぁ……はぁ……」

心臓がびくんびくんと、恐ろしいスピードで回っている。

「……はぁ……」

朝だ。
今のは、夢だ。
目の前に、彼の胸があった。

もう、どんな夢を見たのか思い出せなかった。

朝、私たちは毛布の中でたくさん話をした。

私は父と母に勉強漬けにされてきたこと。
自分の思うように生きさせてもらえなかったこと。
それなのに、私を置いて二人とも死んでしまったこと。

「それで、墓の前で、笑ったのか」

「そう」

「嬉しかったのか?」

「……ううん」

嬉しくて、楽しくて、笑ったんじゃない。
嘲り。
それが一番近いのかもしれない。

本当は、こんなことがしたかった。
本当は、こんな風に生きたかった。

そんな話をした。

「親が子に期待を寄せるのは、どこも同じさ」

そう言って、彼は少し寂しそうに笑った。

「でも、子どもはペットじゃねえよな」

彼は私のために、少し怒ってくれた。
私の話を聞いて、頷いて、励ましてくれた。
ただ……

「親の死を笑うってのは、よくないと思うけどな」

「それは……うん……わかってる」

後悔している。
それを優しく促してくれる彼は、すごいな、と思った。

……

「おれ、今日はちょっと遠くまで行ってくるから」

ある日、突然そう言われた。
彼なりに見回る場所があるらしい。

「うん、行ってらっしゃい」

「自分の身は自分でちゃんと守れるか?」

「大丈夫、もう慣れたよ」

本当は少し心配だったけど、でも、いつまでも甘えてはいられない。
彼はずっと私の「お守り」で大変だろうから。
今日は羽を伸ばしてほしい。

「私のことは、心配いらないから」

彼はバイクで、通りを走って行った。
その背中が見えなくなるまで、私はずっとそこに立っていた。

「ちゃんと、帰ってきてね」

ほんの少しだけ不安がよぎったけれど、彼は大丈夫。
きっと何ごとも起こらない。
そう自分を励まして、ビルに戻った。

「そういえば、このビル、上はどうなっているんだろう」

彼に連れてこられたとき、住まいにしている1階と、雑多な2階だけは見た。
でも、それ以上の階には上がったことがなかった。

そもそも、ぼろぼろで今にも崩れそうなビルなのだ。
あまり上の方には上がりたくない気持ちが大きい。
でも、今なら……

「……行ってみよう、かな」

私はほんの一滴の恐怖心と、鍋いっぱいの好奇心で、階段を上がる決心をつけた。

「どうせ、ヒマだし」

忘れずに、いつもの棒を握りしめて。

2階は、すでに見たことのある場所だ。
棚と机とがたくさん積んである部屋、ほこりだらけの倉庫、それだけだ。

机の陰から骸骨が出てこないか注意しながら、机の群の中を進んでみた。

「元会社」の「空き店舗」といった印象だった。
色々なバインダーや紙の山があるけれど、どれも古くて崩れている。
紙を持ち上げてみた。

「……読めない」

日本語のようだが、古くてかすれていて、文字の判読は不可能だった。
そもそも明るくないのだ。目が悪くなってしまいそうだ。

倉庫には軍手があった。

「ん……ぴったり」

これでちょっとは安心だ。
あらためて棒をぎゅっと握り直す。

「さて、次は3階に行ってみよう♪」

自然と声が出る。
自分を奮い立たせようとしている。
一人でも、誰かと話がしたくなる。
ああ、彼がいたら、もっといいのに。
二人でなら、探検も怖くないのに。

3階は、がらんとしていて、床がところどころ剥がれていた。

「なにもない……」

柱があって、広い空間があって、ただそれだけだった。
窓はほとんど割れている。

「なーんだ」

私は、4階へと続く階段を上った。

「次はなんだろう」

私はさしずめ、塔を冒険する勇者だ。
装備品は棒と軍手。
次の階にはボスがいるかな?
宝箱があるかな?

まあ、そんなゲームやったことないけど。

4階はまた、雑多な階だった。
というか、壊れている階、といった印象だった。
天井から電線がぶら下がっているし、鉄骨が何本も床に落ちているし。

……この鉄骨、どこの?

もしかして、この階上から落ちてきたのでは……
となると、5階には上がらない方がいいかもしれない。
というか、ビルの4階に鉄骨が転がっている状況は、少なくとも現代日本では普通じゃない。

私は奇妙な恐怖心にかられながら、4階のフロアを歩いた。

相変わらず、窓はほとんど割れている。

ふと、窓の外の景色が気になって、近付いてみた。

「……黒い」

外は、ただただ黒い、陰気な空だった。

「……なにもないなあ」

空をドラゴンが飛んでいるでもなく、遠くに噴火する山があるでもなく。
おどろおどろしい城も、妖怪が住んでいそうな森も、雷雲さえない。
普通の町並み。
ただし、人気はなく、ぼろぼろだが。
こういうのをゴーストタウンって呼ぶのだろうか。

ここは一体、なんなのだろう。

空想しながら気を抜いたのがいけなかった。

「いたっ」

なにも考えず、左手を窓枠にかけてしまった。
割れたガラスが手を切る。

「ああ、最悪……」

軍手が赤くにじむ。
幸い傷は深くはないが、ピリピリとした痛みが左手に広がる。

「最悪……」

手を切るくらいで最悪、と口から出るのもおかしな話だ。
もっと最悪な環境が広がっているじゃないか。

「……ふっ」

痛いのに、笑ってしまった。
こんな傷さえ、今まで作ってこなかった。
こんな異常な状況に放り出されて、骸骨に襲われても、私はけがをしなかった。

彼のおかげだ。

「……戻ろう」

下に降りたら、手当をしなくちゃ。
包帯があったはず。
消毒薬は……あるのかな?

左手をぎゅっと握りしめ、私は階段を下りていった。

彼はまだまだ帰ってくる様子がない。
ビルに上がってみたものの、ほとんど時間はつぶせなかった。

「なに、しよっかなあ」

カラン、と棒を置く。
軍手を外そうとして、手のケガのことを思い出した。

「あ、そうだ、手当てしなきゃ」

するっ、と軍手を脱ぐ。
不思議と痛みはなかった。

「……傷口、が、ない?」

私の手は、綺麗だった。

「え? え?」

軍手の血を見る。
確かに付いている。
これは、私の手から流れた血のはずだ。

「……なんで?」

軍手に血は付いているのに、手には傷がない。

「……なんで?」

私は問うのに、誰も答えてくれない。

手を見つめたまま、何分経っただろうか。

答えが見つからない。

この手に感じた痛みは本物だったはずだ。

なぜ、傷が消えたのか。

答えが見つからない。

不思議だ。

傷が消えたこと自体は、喜ばしいことのはずなのに、不気味な不安が私を包む。

私は答えを見つけられないまま、立ちあがっていた。

ビルを出る。

どこに行くか、考える前から、あそこに行こう、と決めていた。

そう、あの喋る骸骨のいる店だ。

彼がいない今、次に頼れるのはあの骸骨のおじさんしかいない。

私は見当をつけて歩きだした。

ではまた明日

おつ

おつおつ

乙です!



一人で出歩くな糞!
といいたい。。。

「あ? 傷が消えた?」

あの店で、前と同じように待ってくれていた骸骨のおじさんは、気さくに私を迎え入れてくれた。

「……」

私はどう説明したらいいかわからず、ぼそぼそと単語をつなげ、ようやく言いたいことが伝わったが……

それっきり、黙ってしまった。
私も、口を開けなくなってしまった。

店の中には、激しいロック調の音楽がかかっていた。

プツン

おじさんは、気を利かせてか、音楽を止めた。
確かに、こんな話をするには向かない音楽だった。

「傷がねえ、ううん」

おじさんは、私の話を聞いてから、ときどき唸るだけだった。
話が聞きたい。
できれば説明がほしい。

「嬢ちゃん……」

私は彼の目があったであろう穴を、見つめた。

「おれからはな、あんまりこの話は出来ねえんだ」

「……そう、ですか」

胸がギュッと苦しくなる感覚。
迷路の行き止まり。
知りたいことが秘密にされるよう。

「この世界のことはな、タブーっつうか、人間に教えちゃならねえっつうか」

人間と骸骨は、やはり相容れないのか。
喋って、襲ってこない骸骨でも、人間の味方はしてくれないというのか。

「ただ、その、嬢ちゃんの身体は今はないってことだ」

「え?」

「魂以外は、この世界に来ていない、っつうか」

「……はあ」

「んん、うまく言えねえな」

「魂だけだから、ケガしてもすぐに治るの?」

「ああ、まあ、そういう感じだと考えたらいいと思うぜ」

「……そっか」

「あとな、この世界は、人間を身体的に痛めつけるための世界じゃねえってことだ」

「え?」

「……」

「どういうこと?」

「あとは自分で考えな」

「……」

「しっかし、よく一人で来れたもんだ、武器も持たずによ」

「それは……」

「おれが仲間集めて待ち構えてたら、どうするつもりだったんだい」

「ふふ、そんなことする人じゃないって、思ってましたから」

「人じゃねえよう」

「ふふふ」

答えはもらえなくても、ここに来てよかった。
少し、話すと落ち着いた気がする。

「いや、しかしよう、嬢ちゃん一人で骸骨に囲まれたら、どうすんだい」

「……それならそれで、もう諦めちゃおうかなあ」

「喰われてもいいってのか」

「……ぐちゃぐちゃ喰われるわけじゃないって分かったから、まあ、それもいいかなって」

「……ふっ」

おじさんは笑ってた。
うんうんと頷いて。

てっきり、「最後まで諦めるな」なんて言われると思ったのに。

「ま、でも私一人が勝手に死んじゃったら、悲しんじゃうかもね」

「あの兄ちゃんがか?」

「そ」

「……そう、だな」

「私のこと、心配してくれるの、優しいでしょう?」

「ああ」

「……ほんとの、きょうだいみたいでしょう?」

「……ああ」

「ありがと、元気出た」

「ああ、すまねえな、たいしたこと言えなくってよ」

「ううん、いいの」

腰を上げる。
また来たいな、と思う。
今度はまた、彼と一緒に。

「さて、早く帰らなきゃ」

「おれのバイクを使っていいぜ」

「え? いいの?」

「ここまで歩いて来たんだろ?」

「でも……」

「また今度、返しに来てくれたらいいから」

「……ありがとう」

バイクに自分で乗ることになるとは思っていなかった。
重い。

「気いつけろよ」

「うん」

「スピード出すなよ」

「うん」

彼のようにうまく乗れるだろうか。
帰り道にケガしたらどうしよう。

「あ、そうだ、最後に一つだけ」

「え?」

おじさんが神妙な顔で、言った。

「骸骨は、人間の『敵』じゃねえから」

襲ってくるのに?
人間を食べるのに?

「じゃ、またな」

おじさんに手を振って別れる。
帰り道はずっと、おじさんの最後の言葉を思い出していた。

『敵じゃない』

どういうことだろう?
でも、仲間でもない、と思う。

どういうことだろう?

……

「馬鹿!! 心配かけんな!!」

帰って早々、彼に叱られた。

「血の付いた軍手とほったらかしの棒!!」

「なにがあったのかってびっくりしたじゃねえか!!」

「……ごめんなさい」

叱られた。そりゃそうだよね。

「……まあ、無事でよかったけどさ」

「……ごめんなさい」

「いいよ、それよりどっかケガしたのか? 見せてみ」

「あ……それは……」

私は、手のことを彼に伝えた。
窓ガラスで切ってしまったと思ったのに、軍手を脱いだら傷が消えていたこと。

骸骨のおじさんの『魂以外はこの世界に来ていない』という言葉。
『人間を身体的に痛めつけるための世界じゃない』という言葉。

そして……
『骸骨は人間の敵じゃない』という言葉も。

「ねえ、この世界に来てから、ケガをした?」

「ケガ……ね」

「些細なことでもいいけど」

「転んだりは何度もあったけどさ、いちいち確かめたりしなかったからなあ」

「そっか」

もしかしたら、この世界ではケガをしないかもしれない。
でも、それを確かめる勇気は、ない。

「骸骨は、敵じゃない?」

「そう、そう言ってた」

「敵意はないってことか? 襲ってくるのに?」

「私にも、よくわからなかった」

「あのおっさんは確かに敵じゃなさそうだけどさ、他の骸骨もってのはちょっと……」

「でも、言えないながらもなにか伝えようとしてくれたんだと思う」

「……そっか」

正直、全然わからない。
でも、おじさんの言葉は、きっと何か意味があるんだと思う。
そう、信じたい。

明日、完結予定です
ではまた明日

乙です!
楽しみにしてます!

おおもう完結か


おつおつん
名残惜しい…

今日完結か
どうやって着地させるんだろうwktk

……

また、あのいやな夢だ。

周りに、誰かがいる。

暗いけれど、見なくてもわかる。

骸骨だ。

ぐちゃっ

いやな音がした。

「……ぅ……ぁ……」

かすかに声が聞こえる。

聞いたことのある声だ。

誰の声か気付いた途端、心臓がわしづかみにされたような感覚に陥る。

彼だ。

彼が……骸骨に……喰われている……

ぐちゃっ

ぐちゃっ

……

眠りが浅い。

体調が悪い。

しかもそろそろ生理が来るころだ、と思った。

頭が重い。

腕がだるい。

しかし、このだるさは生理とは関係がなさそうだ。

この世界に魂だけが来ているとしたら、生理は来ないかもしれない。

「生理が来ない」だって。

恐ろしい台詞だ。

勉強漬けの私にだって、それくらいの性知識はある、ということを認知して、少し恥ずかしくなった。

もちろんそんな私を、誰も見ていない。誰も認知していない。

「おはよう」

彼と一緒に寝たのは、あの日だけだ。
あの日は特別。
そう、自分に言い聞かせた。

それに、実際に兄がいたとしても、中学生にもなって一緒に寝るのは、少し幼いと思う。
これでいい。
この距離間で、いいんだ。

「おはよう」

私は微笑んで見せた。

……

何日かが過ぎた。
あれからずっと、骸骨のおじさんから聞いた話を頭の中で考えている。
彼と一緒にあの店へも訪れたが、やはり新しく得られることはなかった。

彼と一緒に何度か、ビルの外へ出かけた。
ビルの中にいてもきっと現状はよくならない。
それはよくわかっている。
でも、骸骨が現れる可能性があるところへ、何度も足を向けるのは気が向かなかった。

「大丈夫、今日もおれが守るから」

彼はそう言ってくれるが、骸骨を叩きつぶす瞬間の、背筋に走る電気信号は嫌いだった。

「さ、行こうぜ」

彼の大きな手をきゅっと握り、私は彼に従った。

……

「なんもねえなあ」

彼が溜息交じりに呟く。
どれだけビルから離れても、あまり得られるものはなかった。

今私たちは、バイクを停めて、がれきの山を歩いている。

「あっ」

彼がふと、手を離して走っていく。

「どうしたの?」

そう問うても、彼は走り続ける。
なにか見つけたのだろうか。
私はゆっくりと、彼を追って歩いた。

「今……なにかが……」

彼が言った。
骸骨がいるの?
それとも、他に誰か人がいるの?

「なにかが……動いた気がする」

彼はずっと先を見つめている。
私も彼と同じものを見ようと、足を進めたとき……

ガラッ

背後のがれきが崩れた音がした。

「っ」

背筋が伸びる。

ガラッ

またもがれきの音。
後ろにいる。
確実にいる。
すぐに振り返らなければ。
頭の中だけが高速で回転し、私の目は焦点を合わすのに苦労していた。

ぐちゃっ

夢の中で聞いたような、あのいやな音が聞こえる。

ぐちゃっ

ぐちゃっ

いや、違う、彼は私の目と鼻の先に立っている。

彼が喰われているわけではない。

こんな音はしないはずだ。

意識すると、音はやんだ。

これはただの気のせいだ。

早く……早く振り返らなければ。

私の理想とは裏腹に、身体はゆっくりとしか振り向けなかった。

「……」

いた。
骸骨だ。
しかし……

「……」

あまり近づいてこない。

こちらには棒がある。
ぎゅっと手に力を込めて、相手を見据える。
大丈夫、恐くない。怖くない。

しかし、私は相手と対峙しながら、なにか違和感を感じていた。

骸骨の目は少し赤く光り、こちらを窺っている。
手はふわふわと、虚空を彷徨い、私を捕らえようとしている。
口は……

口は、だらしなく開いている。

なにかが違う。

なにかが?

いや、そうだ。

この骸骨は、嗤っていない。

そうだ、嗤っていないのだ。

私は間合いを取りながら、さらに考えを深めようとする。

嗤っていた骸骨に出会ったのは、いつだっただろうか。

そうだ、まず、最初にここに来たときだ。

「ケタケタケタ……」

そう、あのいやな声で、嗤っていたのだ。

「ケタケタケタ……」

私は腰を抜かして、骸骨に喰われそうになって、そして……

バキィン!!

彼に助けられたのだ。

次にあの声を聞いたのは……

男の人が喰われているのを見たときだ。

「ケタケタケタケタ」

嗤いながら、人を食う骸骨。

『骸骨は、人間の敵じゃねえから』

骸骨のおじさんの言葉を思い出す。

「おい!!」

彼の声が、私の思考を止める。

「おい、なに固まってんだ」

いつのまにか、彼がすぐそばまで来ていた。

「大丈夫か?」

私は彼の目を見つめる。
彼の目は私を見返してくれる。
でも、このときは、彼を見て安心したという感じではなかった。

私は今、骸骨に恐怖を感じていない?

そうなのか?

そういうことなのか?

「すぐ砕いてきてやるから」

そう言って前進する彼を、私の手は無意識に引きとめていた。

「え?」

彼の袖口を引っ張り、なにかを言おうとする。

「なんだよ、大丈夫だって、一発で仕留めてくるから」

私はふるふると、首を振った。

「逃げようってのか?」

私はまた、ふるふると首を振った。

「あのおじさんが言ってたの、骸骨は敵じゃないって」

「だから、倒さなくていいの」

私は彼に、そう言った。

「でも、あいつらは人間を喰おうと……」

違う。違うの。彼らはきっと……

「骸骨はきっと、人間を救ってくれるの」

「はあ?」

この世界に来たのは、きっと、私たち人間が死者を笑ったから。

ならば、私たちが骸骨に嗤われるのは、仕方のないことなのだ。

あの不快な声。いびつな嗤い声。



父と母も、私の笑い声にそう感じたに違いない。



「ねえ、嗤って?」

私は骸骨に喋りかける。

「嗤って、私を許して?」

私はそう言って、一歩前へ進む。

「お、おい、危ねえって」

私は彼の制止を無視し、さらに骸骨に近づく。

カラン

もう、棒は手放した。

私は、骸骨を倒さない。

赤い光は、消さない。

「嗤って、私を許して?」

そして、罰を受けよう。

「ケタケタケタケタ」

骸骨が小刻みに震えながら、私を嗤う。

不快な声。いびつな嗤い声。

でも、これが、この不快感が、私が受け止めるべき罰なんだと思う。

手を差し伸べる。

ゆっくりと。

最後に彼に振り向き、私はこう言った。

「今まで、ありがとう」

「現世で、待ってるから」

そう言って、骸骨の抱擁を待つ。

骨だけの手が、私を包む。

不思議と怖くない。

私はこうべを垂れ、断罪のときを待った。

「ケタケタケタケタ……」



そして、意識を失った。

……

ここは、どこだろう。

瞬きをする。

世界が白い。

少しずつ、視界がはっきりとしてくる。

ぼやけた白いカーテンが取り払われ、クリアになっていった。

目の前に墓石がある。

石の中央に、私の苗字がある。

「……帰って来た」

やはり、現世だ。

私の知っている世界だ。

黒くない。

明るい世界。

帰って来たのだ。

空を見上げた。
何日も見ていない、青い青い空。
懐かしい。

ふと、涙がこぼれた。

「お父さん、お母さん、ごめんね」

今になってようやく、悲しさが押し寄せてきたみたいだ。
私は突っ立って、墓石の前で泣いた。

死ぬということ。
生きるということ。

学校では学べなかったことが、この数日間で私の身体と心に染み込んだんだ。

それが今、こぼれおちた。

ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙となってこぼれおちた。

「……よし」

ひとしきり泣いて、私は前を向く。

家に帰って、家族に謝らなくては。
心配かけたこと、それから、いろいろと。

でも、私はもう前を向いて歩いていける気がする。
一生懸命、生きていける気がする。

まずは、家に帰って、謝って、それから。
それから、彼の家を探そう。
きっと、彼も帰って来る。
もう一度会えたら、そのときは、なにを言おうか。

「……ふふっ」

私はゆっくりと、家へと向かった。


★おしまい★

    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".t~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"




あんただったのか楽しく読ませてもたってますぜ
乙!

おつ

お前か

乙~

乙です!すっごく面白かったっす!

好きなssを見つけるといつもあんただ
大層乙

興味深く見させてもらった。乙。

>>魔王「……ふ、やはりお前は魔王城に残らせて正解だった」ドン!
太鼓の達人はじまったかと

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