【オリジナル】貴方に殺して貰うまで Part2 (735)


このスレは

【オリジナル】 少女「私を…殺して……」魔族少年「……………」
【オリジナル】 少女「私を…殺して……」魔族少年「……………」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1348074563/)

の次スレに当たります


もし『前スレの内容を見たいけれど、もうHTMLされてしまっていて見れない』という方がいましたらこちらからどうぞ
投下したものを手直ししたバージョンを投稿中です
http://www.pixiv.net/member.php?id=6631374


スレにはだいたい一週間の間隔で投下しています

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1369023441



第7章 1話


【愛の街イヴォアール】


いつも一緒に歩いていた少女が俺にはいた

その少女はいつでも俺に笑いかけてくれ、そしてこちらが微笑むとさらに顔を輝かせる

少女にとって辛いであろう旅路にも関わらず、そんな顔を臆面にも見せずいつも俺に微笑んでくれた少女

俺は、そんな少女がいなくなるだなんて考えた事すらなかった

だって少女には俺が必要で、俺には少女が必要だったから……


でもそんな俺の居場所はもうここにはない………


だから俺はこう思うわけだ



それならば、その場所を奪い取ればいいんだと………


だから俺は実行する


俺のために……

少女との居場所を再び得るために……

俺の世界を彩るために………





あのオンナを排除シテヤル



「と、言うわけで! テメェそこをどきやがれ!! このクソ女!!」

「ふざけるな! 貴様こそこっちに来るんじゃない! このクズ魔物!!」

「ふ、2人とも落ち着いて下さい!」

「イリスは俺とこんなのと、どっちがいいんだ!!」

「当然お姉ちゃんの方だよな! そうだと言ってくれイリス!! さぁ、こっちに来い!!」

「こら! イリスはこっちに来るんだ!!」

「ちょ、やめっ! 手を引っ張らないで下さい!!」



「イリスが痛がっているだろうがッ!! とっとと手を離しやがれぇえええ!!」

「魔物が私に命令するな! 貴様が離せぇええ!!」

「痛いですって!! やめてぇえええ!!」

畜生が! ついこの間までイリスの隣にいたのは俺なんだぞ!!

なのになんだってこの女は入って来やがる!!

「大体イリスがテメェなんかと一緒に歩きたいと思うわけがない! いつまた暴力振るわれるか分かったもんじゃねぇからなぁ!!」

「黙れ!! 魔物に操られてさえいなければ私は一生イリスに危害は加えん!!」



「痛いですッ!!」

「へんっ! 今まさに危害を加えてる真っ最中じゃねぇか!!」

「これは危害ではなく保護だ! 貴様のような奴がイリスの横にいるだけでイリスが汚れてしまう!!」

「ンだとぉおお!! その言葉、そっくりそのまま返してやるよぉおお!!」

「イリス待っていろ! お姉ちゃんが今すぐ助けてやるからな!」

「イリス! 全て俺に任せろ!! 決してお前の悪いようにはしねぇ!!!」

「い、た…い!!」


「ぐぎぎぎぎぎぎぎ!!!」

「うがぁあああああ!!!」

「痛いのに! ルディさ、ん! お姉様!! このっ……」

ここで引いたら負けだ!

「………げん……に……」


なんとしてもイリスをこっち側に!!



「2人ともいい加減にしなさいッッ!!!」



「ひぇい!?」

「ふぉあっ!?」


ど、怒鳴られた……?

俺今、イリスに怒鳴られた……?


「ルディさん、お姉様。早く手を離して下さいませんか?」

「は、はい!」

「分かりました!」

恐い! このイリス恐い!!


「全くもう、腕が抜けるかと思いました。2人とも力が強いんですからもっと優しくして下さい!!」

「わ、分かった。次からはもっと優しく引っ張るーーー」

「そういう意味じゃありませんお姉様!」

「それなら頭を引っ張れば!」

「今度は頭が抜けちゃいますよルディさん!!」



「それじゃあ私はどうやってこの魔物からイリスを引き話せば良いのだ!!」

「お姉様はそんな事する必要はないんです!!」

「イ、イリス! 良くぞ言ってくれた!!」

「嫌な時は自分で嫌と言います! 今まさに嫌ですけどね!」

「イリスゥウゥウウ!!」

たまらず膝から崩れ落ちる

だ、大ダメージ喰らったぜ……



「ふふっ………」

こ、のっ! 俺の事をあざ笑いやがって!!

「さぁ? イリスが嫌だと言ったんだ。とっとと私達から離れてーーー」

「そしてお姉様。私はお姉様に引っ張られるのも嫌です」

「ぐふぅ!」


あ、ローズ・パールも崩れ落ちた

しかも血の涙を流してるよ……傑作♪

「ふ、クククッ………」

「貴様、今私を嘲笑ったか……?」

「いいや~? 別にぃ~? にひひ♪」

「このッ! くたばれ!!」

「おっと」

顔面目掛けて飛んで来た拳を避ける



「へん! そんなパンチが当たるかよ!」

「こんのぉおおお!! 今ここでこの剣の錆にしてくれる!!」

「はっ! やれるもんならやってみろ!!」

剣に手をかけたってことは俺だって反撃してーーー


「いい加減にやめなさい!!」


「すまん!」
「ごめん!」


誠心誠意の土下座だ!

俺の故郷ではこれが相手に対して最上級の非礼を詫びるポーズだからな!




「もう2人ともしばらく私に近づかないで下さい!」

「な、なんだと! それじゃあ俺はどうすりゃいいんだ!! 俺は手を繋ぎたいんだ!!」

「私もだ! 手を繋いで一緒に歩きたいだけなのに!!」


イリスは顎に手を当てて考えていたが、何かに気付いたようにパッと顔を輝かせた

「それならば私からのお願いを聞いて下さい!」

「俺に出切る事ならば!」

「何だって言ってくれ!」









「門番さん、ありがとうございました」

「いえいえ、これが私の仕事ですから。あ、それとこちらのお花をどうぞ。貴方にはこの白い花が良いでしょう。お連れの方には黒と銀の花を」



「うわぁ、綺麗ですね! このお花は?」

「近々イヴォアールでは、王女様の婚礼が執り行われるのでお祭りをしているんですよ。“恋渡し”という伝統あるお祭りなんですが」

「恋渡し、ですか?」

「ええ。もしこの街中で好きな方が出来たら、そのお花を相手に渡して告白するんです。もしお花を交換できれば、めでたく恋人になれるわけです」

「そんなお祭りがあるんですか!?」

「ええ。このお祭りのおかげで恋人になった、という人も多いんですよ。もちろん旅人の方も例外ではありません」

「そ、それじゃあもしお花を渡されてしまったら……?」

「もちろん真摯に受け止めてあげて下さい。断るならばキッパリと断るのも礼儀です」



「いえ、その……私なんかに告白してくれる人なんかいませんよ……… でもルディさーーー」

「いえいえ、貴方はとても魅力的です。ならば私から……」

「え?」

「どうか私の花を受け取ってください。一目惚れしました」

「え、ぅ……あ……?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや………その……!」

「あはは、それではダメですよ。受けないならばキッパリとごめんなさい、と謝らなくては」

「あ、ぁぅ……すみません」



「いえいえ、よい予行練習になったでしょう? 貴女には多くの男が恋渡しをするでしょうからね」

「そんな事は………」

「謙遜なさらずに。それではイヴォアールでのお祭りをお楽しみください」

「ありがとうございます!」

「あ、それと一つよろしいですか?」

「はい?」

「あの……なんであちらのお二方は、その……凄まじい顔で手を繋いでいるのですか?」

「あ、あはは……… ちょっと行って来ますね」









やっとイリスが戻って来た……

何か花をもらっていたけど、一体なんなんだ?

「お待たせしました。入国手続きが終わりました」

「ありがとうイリス。それでだな……私はいつまでコレと手を繋いでいれば………」

「“コレ”だと? 俺だって好きでテメェと手ェ繋いでるわけじゃねぇ!」



「あ、あぁ~、もう良いですよ」


イリスの許しが出た瞬間、ローズ・パールと繋いでいた手を高速で離した

「これで2人とも少しは仲良く………なってなさそうですね………」

タオルで手を拭う俺とローズ・パールを見て、イリスは呆れた表情でそう言った









「ここがイヴォアールか。凄く大きな城下街だな……」

「人もたくさん歩いてますね! それに皆お花を持ってます!」

イヴォアールは城と城下街がある王国だ

階段が多く、街自体が非常に入り組んでいる



「ところでイリス、宿屋の場所は聞いたのか?」

「はい、この街の大広場を右に行けばあるそうです」

「流石イリスだな。それでこそ私の妹だ!」

「ありがとうございます」

なぁ、いつもならそこは俺の立ち位置だったんだけど……?

てかイリスもイリスだ!

たった15日間一緒に旅をしただけだってのに、ローズ・パールと仲良くなりすぎだろ!

あの時は手を伸ばされただけで怯えてたくせに!!



「大広場まではどのくらいあるのだ?」

「門番さんは階段を登り切ったらあるって言って……あ、もうすぐ頂上ですよ!」


80段はあろうかという階段を登り切ると、すぐ目の前に巨大な広場が見えてきた

多分直径150mくらいあるんじゃないか?

「それにしてもやけに人が多いな。なにかやっているのか?」

「行ってみましょう! お姉様、ルディさん! 早くこっちに!」

「待ってくれイリス!」

イリスはスタコラと走って行ってしまい、慌ててローズ・パールと俺が追いかける


「あ、イリス止まれ!」

「え? どうしたんですかルディさん?」

俺は黙って広場に向けて指を差す

その指の先には……



「あ、男の人がお花を差し出してる……」

「ふむ、アレが件の恋渡しか」

「そういう事だ。俺たちがムードを壊すわけにゃいかねぇだろ」

さて、この2人はどうなるのかね………あ、女が頭を下げてる

「どうやらダメだったようだな」

「残念ですね」

「面白い祭りだな。見てる限りでは、だが」

男の方は頭を下げる女を慌てて止めて何やら言っている

恐らく“そこまで気にしないでくれ”とでも言っているんだろう

2人が居なくなったのを見届けて、俺たちは広場へと足を踏み入れた



「本当にたくさんの人がいますね」

「そうだな。はぐれないように私と手を繋がないか?」

「テメェは引っ込んでろ。俺が手を繋ぐ」

「イリスを貴様なんぞに触らせてたまるか!」

「けっ! その言葉そっくりそのまま………あれ? イリスが居ないぞ?!」

「な、なっ!? 何処だイリス!?」

慌てて辺りを見渡すと…………いた!!

「お、おい! 貴様! イリスもしかして!!」

「こっ、恋渡しされてやがる!!」



16歳くらいの男がイリスに花を差し出してやがる!!

いつの間にイリスに近付きやがった!!

断れ! イリス断れ!!

絶対にダメだかんな! そんなの俺が絶対に許さん!!

隣を見ると、ローズ・パールも凄まじい顔をして男を睨んでいた

眼殺出来そうな顔だぜおい!

とても女がしていい顔ではない!!



「あ、イリスが頭を下げた!」

「断ったのだな! 良かった!」

よし! 男が離れて行った!!

「おい、イリス! 無事か!」

「ル、ルディさん! 無事に決まってますよ!」

「イリスは断ったのだな!? 良かった、安心したぞ……」

「あはは、ま、まさかこんなすぐに恋渡しされるとは思いませんでしたよ」

ちょっと油断した隙にこれだ! もうイリスからは目を離せない!

てかこの広場から早く出ないとイリスが持ってかれる!!



「は、早く宿屋へ向かおう! ここは危険だ!!」

ローズ・パールがとても緊迫した声でそう言う

どうやら俺と同じ考えだったようだ

「この広場を右に行きゃいいんだろ! とっとと行くぞ!!」

先陣を切って、人をどんどん掻き分けて進む

その後をローズ・パールと手を引かれたイリスがついて来ている

よし! これで抜けーーー



「すみません!」

「あ?」

「え?」

「はい?」


後ろからいきなり15歳くらいの少年に声をかけられた

しまった! 後ろは全くのノーマークだった!

「あの、一番後ろにいらっしゃる方に……その……」

その少年は顔を赤くしながらイリスに花を差し出してやがる

対照的に俺とローズ・パールの顔は青くなった………



「ぁ……その、ごめんなさい」

「あ、あはは、そうですよね。すみませんでした」


俺とローズ・パールは復活!

よし、とっととーーー


「あの! これを受け取ってください!!」

今度は横から来やがった!

しかもコイツ!!

「何を言っているのだ貴様は! 貴様とこの子では年の差があり過ぎる!」

そうだとも! この男は22,3くらいだ!

イリスに告白するなんてただの変態じゃねぇか!!

ローズ・パールが怒りで顔を赤くするのも頷ける!



今にも剣に手をかけそうだ

「あっ! ち、違います! 俺は貴女に……鎧を纏っている銀髪の貴女へ恋渡しをしているんです!」

「え? わ、私?」

一転、今度は別の意味で顔が赤くなって行くローズ・パール

だ、だがこれはチャンスじゃねぇか!?

コイツさえ居なくなれば俺とイリスの2人旅がまた………

「そ、その……気持ちは大変嬉しく思う。だが私は旅の途中でだな……済まない」

「そうか……済まなかった」

断っちゃったぁ………



「ま、仕方ないか。行こうかイリス……!? いねぇ!?」

どこ行ったんだよおい!!


「この花、受け取ってくれないか?」

「ごめんなさい! 私にはまだ恋人とか考えられなくて!」

「それなら僕が教えてあげるよ。さぁ、君はこの花を受け取るだけでいいんだ」

あんの野郎ッ!!


「おい、イリス。どうかしたのか?」

平常心を装って2人に近づき声を掛ける

「あ、ルディさん」

「………貴方は?」

男は不愉快な表情を隠そうともせずにそう言って来た

気持ちは分かるがここで俺が引くわけにゃいかねぇよ



「そいつのツレだ。悪いけど早い所宿をとらなくちゃいけねぇからよ、諦めてくれ」

そう言って答えも聞かずにイリスを引っ張る

もうなりふり構ってられないんだよ!

「あの! お姉様はどちらに!?」

「あん?」

そういやいねぇな

何処に………………いた


「申し訳ないが貴方の想いには応えられん。諦めてくれ」

「……………はい、ありがとうございました」


今まさに恋渡しを断ったところだ

「お姉様! こっちです!」

「イリス! 無事だったようだな!」

イリスに呼ばれて、犬のようにこっちに来た



「いやはや困ったぞ……… 次から次へと男が群がってくる……」

凄いゲンナリしてる顔だ……


「早く行くぞ。とっととこっちに来い」

男を掻き分けて再び進む

途中でイリスかローズ・パールに何度も声がかかったが、そんなのは無視してとにかく突き進んで行く


しばらく行くと、やっと宿屋へ通じる道が見えてきた!

「よっしゃ、抜けた!」

あとはこの道を行くだけ……

「あのっ!!」

「うん?」

また後ろからいきなり声をかけられた

小柄な女の子だ



「なにか?」

その少女は震える手で俺に花を突き出してきた

「あの、これ……受け取って……ください。一目惚れ、しまし……た」

「俺に?」

まさか俺が恋渡しを受けるだなんてな…… まぁ悪い気はしねぇな

その少女の後ろを見ると、この少女の友達だろうか……数人の女の子が少女を暖かい目で見守っていた

あぁ……いざ断る立場になると物凄く心が痛むなこりゃ……



「あぁ~……済まないけど俺は旅人だからさ、すぐにこの街から出て行くんだ。だから君の気持ちには応えられない」

「……はい、すみませんでした…………」

そう言って少女は、友達の方へ小走りで行ってしまった

「ルディさんも恋渡しをされましたね……」

「うん、そうだな」

あれ? なにかイリス、怒ってる?

「なぁ、イリス。お前なんか怒ってない?」

「いいえ、別に怒ったりなんかしてないです」

いやいや、なんか機嫌悪くないか!?



「あのさ……」

と声をかけようとしたら……


「ねぇねぇ! そこのお兄さん! そこの女の子、彼女さん?」

16歳から18歳くらいの女4,5人に囲まれた!!

「い、いや、違うけど?」

「じゃあそっちの女剣士さんの方は?」


「「絶対に違う!! こんな奴呪い殺されてもゴメンだ!!」」


チッ……こんな奴と被っちまった!



「彼女さんいないんでしょ? それなら私の花を受け取ってよ。ほら、交換しよ!」

「あ、抜け駆けはズルいって!! 私の方と交換して!」

「お兄さん格好良いから人気者でしょ! でもそんなお兄さんが目指すのは1人の恋人じゃなくてハーレム!」

ハーレムに興味なんかねぇよ!

「ちょい待て! 俺は旅人だからすぐにこの街からいなくなるんだって!」

「そんなの関係ないわよ。私達がお兄さんが旅を続けたくなくなるくらい良い事してあげるから!」

「要らねぇよ!」

「あ、もちろんエッチな事は駄目よ♡」

「しねぇよ!!」

「それなら旅に出るまででいいから恋人になってよ!」

「2,3日の想い出作りをしましょ!」

「するかボケッ!!」



クソッ! 女という生き物は途轍もなくしつこい! どうすりゃ………

そうだ! イリスに助けを求めよう!

イリスに助けて貰うためにアイコンタクトを送ろう、そう思ってイリスの方を向くと…………


「………………………………」


あの、イリス……さん?

なんか凄く怖い目をしていらっしゃる!?


「お姉様、ルディさんはなんか忙しそうなので先に宿屋に行きましょう」

ちょちょ、イリスさん!?



「いや……私がこう言うのも何なのだが、放っておいて良いのか?」

「構いません。ルディさん、とっても! 楽しそうなので」


そう言ってイリス達は宿屋に向かっちまいやがった!

ちょっと待ってくれ! 俺もすぐにそっちにーーー


「ちょっと待ってよ! お花をまだ交換して貰ってないわよ♡」

手を引っ張るな!!

「そうよ! え~っと……ルディ君、で良いのよね?」

そう言いながら服を引っ張るな!

「ルディく~ん、一緒に遊ぼうよぉ~♡」





ちょっとイリス! 助けて! おい!!!







「誰か俺を助けてくれぇえぇえええ!!!」




この日イヴォアールに、俺の悲痛な叫びが木霊した…………


今回はここまでです

次回は来週にでも投下します


次回
【王女と騎士と婚約者】

パールは渓谷でなにも問題を起こさなかったのか……?

>>41

イリスがいたので大丈夫でした
ただ必死でイリスを警護していたとか



第7章 2話


【王女と騎士と婚約者】



「閉まってるじゃねぇか」

「閉まってますね……」

「閉まっているな」


上から俺、イリス、ローズ・パールだ

んでもって何が閉まっているのかというと……

「大聖堂が閉まってるのは初めての経験だな。今までは開け放しだったのに」

「そうですね…… これじゃあ神話が聞けないですよ………」



そう、俺たちはイヴォアールで神話を聞くために大聖堂にやって来たのだ

今までウィスタリアとシェーヌの神話を聞いて来たイリスだが、大聖堂自体が閉まっていたのは初めてだ

「でもなんで閉まってるんだ? 普通大聖堂は出入り自由のはずじゃんか」

「ええ、今までの街はそうでしたしここもそうだと思うんですけれど…………」

意気消沈するイリスを気の毒に思いながら、目の前の大きな扉を見つめる

ん? 何か貼ってあるぞ?

「なぁ、そこに紙が貼ってあるぞ。何だこれ?」

扉の前に近づいてそれを眺める

「なになに………」


『王女様の婚礼の儀を執り行うまで、イヴォアール大聖堂を閉鎖致します』



なるほど、結婚する時ここを式場に使うから閉鎖してるのか……

こりゃ結婚式が終わるまでイヴォアールに缶詰になるしかないのかね………

「どうしましょうルディさん……」

いつの間にやら俺の隣に来ていたイリスが、上目遣いでそう聞いて来た

「どうするも何も、結婚式が終わるまで待つしかねぇだろ」

「でも見てください。そこを……」

イリスの指差す方を見ると……


『婚礼の儀の予定日は東暦659年71日としております』


「過ぎてるじゃねぇか!」

「もう8日も前ですよ………」

どうやら婚礼の儀は何らかの都合で遅れに遅れているらしい



こんな調子じゃ、今日明日でここが開くとはとても思えねぇな……

「やっぱり待つしかねぇな。大丈夫だって、多分すぐに開くだろうから!」

元気付けるようにそう言ってやる


「おい貴様、ちょっと待て」

そこに水をさす女が1人

「ンだよ? なんか文句でもあんのか?」

後ろを向いてローズ・パールをジロッと睨む

「貴様はその婚礼の儀が終わるまで、ずっもここに滞在すると言っているのか?」

「当たり前だ。そう聞こえてねぇってんならテメェの脳みそは腐ってるんじゃねぇのか?」

「腐っているのは貴様の方だ。貴様は本気でイヴォアールに長期間滞在する気か?」

「何がいけねぇんだよ?」

コイツは何が言いてぇんだ!!



「恋渡しが行われているこの城下街に、本気で長期間滞在する気か?」


「あ゛!?」


わ、忘れてた!!


「そんな事私は絶対に反対だ!! イリスをこんな城下街に滞在させるなど、私の名にかけて絶対にさせん!!」

「お、お姉様! 声が大きいです!」

ローズ・パールは剣を空に向け引き抜いて、使命感溢れる顔をしてそう言った

大聖堂の扉を背にし、階段に足をかけながら凛々しいポーズをとるローズ・パールは、傍から見たらとても神々しく見えただろう

尤も、傍には鎧を引っ張ってローズ・パールを引き摺り下ろそうとしているイリスがマヌケな感じを醸し出しているのだが………



「でもどうするってんだよ? このままじゃいつ婚礼の儀が終わるかも分かんねぇんだぞ!」

「うむ、それが問題だな」

イリスに引き摺り下ろされて来たローズ・パールが、顎に手を当ててそう考え込む

「あの、それなら先に次の街に行って婚礼の儀が終わってからもう一度ここに来ればーーー」

「それは駄目だ。旅とは命がけだからな、用事があるのなら一度に済ませるのがセオリーだ」

これはローズ・パールに賛成だ

まぁ実際は俺がいりゃそんな心配は無いんだけどな

「それではどうすればいいんですか? やっぱり待つしか………」

「それしかねぇな……」

意気消沈とはこの事か

いや、こっちの大陸じゃ消沈意気だったな



「うん? 何を言っているんだ? 待つばかりではなにも解決せぬだろう」

「そんじゃどうしようってんだよ? まさか王城まで行って婚礼の儀を急かしてくるつもりか? はっ、テメェ馬鹿じゃねぇか?」

「もう、ルディさん。そんな挑発するような事をお姉様に言わないでください!」


「うむ、実際に聞きに行ってみるとするか」


「は?」
「え?」


ローズ・パールの発言に呆気にとられる俺とイリス



この時は『この馬鹿女とうとう狂ったか?』と俺も思ったよ


でもな、俺はすっかり失念してた



この女が、“レグホーン大陸の中心” である大都市 “バームステン” を治めるローズ家の長女である事を………








「只今大聖堂の責任者が参ります! 少々お待ちください!」

「うむ、ありがとう。それではよろしく頼む」

「はっ! 失礼致します!」

頭を深く下げて扉を出て行ったのはイヴォアール王宮騎士団の団長だ

そして俺たち3人の前にある机には最高級の紅茶が三つと、こちらも最高級の茶菓子が所狭しと置かれている

「あの……少し申し訳ないんですけれど……… いきなり押しかけておいて、こんなにお持て成しされるなんて………」

「なにを言っているイリス。ローズ家にはそれだけの価値がある」




うん、凄かったぜ……

いきなり王城まで走って行ったかと思ったら、城門の門番に対して『大聖堂の責任者に会いたい。至急手配してくれ』だなんて言うんだもん

高飛車な態度でいきなりそんな事言われた門番の方はそりゃ怒るわな

実際、門番はローズ・パールに怒鳴りつけてた

そしたらローズ・パールの奴、いきなり羊皮紙を取り出してその門番に突きつけたんだよ

それを見た瞬間の門番の顔ったらありゃしなかったな

目が飛び出てたし顔は真っ青だし、オマケに滝のような汗が全身から滲み出てたもん

そしてそれから5分、今の状態に至るわけだ



「ところでさっきの羊皮紙は何だったんですか? 何かたくさん文字が書いてありましたけれど」

「お父様の……ローズ・オルタンシャ直筆の紹介状だ。あれがあれば、この大陸で困る事は無い」

「あ……お父様の…………」

「そうだ。あんな嘘吐きの人間でも、このようなところでの利用価値は大きいのでな。感謝してる」

イリスが死んだというのが嘘だと分かった瞬間から、ローズ・パールの父親への感情は一転した

1年にも満たない僅かな期間で、父親への敬意がここまで落ちるってのも珍しいんじゃねぇか?

「ダ、ダメですよ! お父様の事をそんな悪く言っては!」

「むしろ悪く言われない要素がないと思うんだがな」

「それでもダメです! 役立たずの私をここまで育ててくれたんですよ? とても素晴らしい方です!」

大真面目にそんなこと言ってるが、これって完璧に皮肉だよな

イリスとしてはそんな他意は無いんだろうが………





「なんか飲み物飲んだらトイレ行きたくなって来たな。ちょっと行ってくる」

そう言って席を立つと、イリスもそれに続いた

「私も行きます。少し緊張してるので……」

「そ、それなら私も!」

「お姉様はトイレ行きたくないでしょう? いつあちらの方が来ても大丈夫なよう、ここにいた方が良いと思います」

図星を突かれたのだろうか、上がりかけた腰が力なくドサリと椅子へ落ちた

「イリスになにかしたら……許さんからな……」

絞り出すようにそう言われた



「しねぇよ馬鹿。ほら、行くぞイリス」

「はい。それじゃあお姉様、行ってきますね」


そして待合室から出た俺とイリスは、偶然通りかかった小間使いにトイレの場所を聞いてそこへと向かった

そしてトイレから出たらもと来た道を戻り、さっさと部屋に戻る



…………つもりだったんだけどな




城の内部はかなり複雑になっているが、これは万一攻め込まれてもすぐに占領されないためなんだとか

さらには迷わせるために、ワザと同じ様な作りの場所を複数用意することもあるとか

ただでさえ広いのに、さらにそんな工夫を施す必要なんてあるのかね?

これじゃ城の雑用係や騎士団も迷っちまうんじゃねぇか?


あっはっはっは!



「イリス、ここはどこだ!?」

「分かりません!」


はい、迷子になりました………


こんな大きな城の前に、俺は何と無力なんだ………

「適当に進めば元の場所に戻れませんかね?」

「適当に進んだ結果がこれじゃねぇか」

「どうします? この辺の壁に遭難防止用のマークでもしましょうか?」

「ダメだろ! この壁にマークなんか付けたらとんでもねぇ事になるぞ!」

城だぞ城!!

それに遭難ってどういう事だよ!

「ルディさん。旅をしていると本当に危険な目に遭うんですね……」

イリスは何かを悟ったようにしみじみとそう言う

「今それを噛みしめる必要はないぜ? 多分」



「もし私がここで力尽きたら……あとの事はお願いします……」

「いや、こんな事で力尽きたりしねぇからな!?」

「どうか貧乳同盟を世界一の同盟に成長させて下さい!!」

「よりにもよってそれかいッ!」

あぁ……久々ですっかり忘れてた……

イリスって天然だったんだっけ……


お?


「なぁ、今声が聞こえなかったか?」

「本当ですか!?」

イリスの顔がぱぁっと輝いた

「神よ! 貴方様のお心に感謝します!」

大袈裟過ぎんだろ……



「ほら、こっちだ」

イリスを連れて少し進むと、半開きになっている扉から人の声が聞こえてきた

「やった! ルディさん、早く道を聞きに行きましょう!」

「いや、ちょっと待て。様子がおかしい」

トテトテ走って行こうとするイリスを、俺は引き止めた

扉から聞こえてくるのは話し声と言うには緊迫しているものがあったからだ

俺とイリスは扉の外から、耳を澄まして内部を探る事にした





「貴様の様な下賤な者をワザワザ呼んでやったんだ。光栄に思うがいい」

「は、一介の王宮騎士である私めをお呼びつけ頂いた事、光栄に思っております」

中にいたのは派手で悪趣味な服を纏った赤髪の貴族らしき男と、鎧を身に纏って跪いている紅髪の騎士だ

貴族の方は、明らかに男を見下す様な目線で見ていた



「して、マスティック様が私めにどの様な用事がおあり……っぐ!」


「うわっ!」

「きゃあ!」

マスティックと呼ばれた貴族の奴、いきなり男の顔を蹴り飛ばしやがった!

そしてそのまま後頭部を力一杯に踏みつけ、地面に叩きつけたのだ!


「ふざけるなクズが! 貴様ごとき雑兵が気安く俺の名前を口にするな!」

「……うっ、ぁ………申し訳ございません………」

「あぁん? 声が小せえぞ? 誠意があるのならもっと大きな声で詫びろよ!」

「も、申し訳……ございません……」


大きな声を出そうにも、強く踏みつけられているから声が出せないぜあれじゃ

それにしても酷い事をしやがる……



「ふん、まぁいい。とっとと顔を上げろ」

「畏まりました」

「汚ねえ!! そんな血塗れの面を俺に向けるんじゃねぇ!」

「失礼致しました」


血塗れにしたのはテメェだろうが!

それでも騎士は、従順な態度でハンカチで血を拭った

マスティックの野郎はそれを虫でも見る様な目で黙って見ていた


「さて、この俺が貴様をここへ呼んだのは他でも無い。パスティーユ王女と俺の婚礼の事だ」

婚礼だぁ!? それじゃあんなのがここの王女と婚礼を交わす男だってのか!?



「貴様も聞いているとは思うがパスティーユ王女はこの俺に対し、婚礼の条件をお与えになったのだ」

「は、私めも聞き及んでおります」


「ウィスタリアみたいな王女様ですね」

「シッ、静かに」


「それはパスティーユ王女の宝石を、この王国から北にある洞窟から持って来い というものだ」

北にある洞窟? なんでそんな所に宝石があるんだろうな?

「だから俺は宝石を取りに北の洞窟まで行かなくちゃいけない。だがそこは魔物の住処となっている」

「その通りでございます」

「つまり俺がそこに行くのは危険なんだ。つまり、言いたい事は分かるな……?」

「私めに宝石を取りに行く任務を頂ける、という事でございますか?」

「分かってるじゃねえか」

マスティックは意地の悪い笑みを浮かべた



「ありがたい事に貴様が死んでも悲しむ肉親は誰一人としていないからな。ふははっ!」

「…………………………」

「なぁ? 貴様の母親はどうなったんだっけよ?」

「私めが12の時に病に倒れ……そのまま帰らぬ人になりました」

「そうだ。そして貴様の母親は王女の教育係を無責任に放棄したのだ! なんとも無責任な話だなぁ? 貴様の母親なだけはある」


病に倒れたのならば、それは無責任でも放棄でも無い!


「私めの母は生まれた時より虚弱体質でした故……」

「貴様にはその体質は受け継がれていないのか?」

「幸いにも」

「チッ、本当に糞ほども役に立たない女だ」

一体どのような育ちをしたら、ここまで故人を乏しめる事が出来るんだ?

皮肉でもなんでもなく、ただ純粋にそう思わざるをえねぇ……



「だが貴様の母親は本当にクズだなぁ? 教育係につけこんで貴様のような下賤極まりない男と王女を知り合わせやがったんだからな!」

「母にはそのような考えはございませんでした」

「うるせぇ!!」

「ぅ………」

また蹴り飛ばしやがった!

「王女と話が出来る間柄だからって調子に乗りやがって!! おらっ! おらぁっ!!」

しかも追い打ちで何度も何度も踏みつけてやがる!

騎士の方は全く抵抗すらしてねぇ!

あのままじゃ死ぬぞ!?

「はぁ…はぁ…… 分かったかよ俺と貴様の格の違いが…… 俺がこの王国を治める事になったら手始めに貴様を吊るしてやる!」

「ぅ…っ………」

「貴様は今日中に北の洞窟から宝石を取って来い! それが出来たならば貴様の死刑を追放刑に免除してやる!! 分かったか!!」



やばい、こっちに来る!

「イリス! こっちに来い!」

「は、はい!」

イリスの手を引っ張って置物の影に身を潜める

そしてそれと同時にマスティックが従者を連れて出てきた

どうやら従者は扉の外からは死角になっていた場所にいたらしい


「おい、さっさと替えの靴をよこせ」

「畏まりました」

従者は一瞬でマスティックの靴を脱がすと、予め用意しておいた靴と交換した

それにしても金ピカで趣味の悪い靴だぜ……



「しかし宜しいのですか? 我々がいれば、あの男に任せずとも宝石の入手は容易でございますが」

「分かっている。だが貴様の調査を信じて俺はあの男を向かわせるんだ」

「それでは……」

「ああ、あのクズには死んでもらう。くはははっ!」

「それでは宝石は……」

「お前たちに別の宝石を探して貰おうか。どうせ王女が宝石を洞窟に置き去りにしたのは10年以上も前、それこそ魔物が住み着く以前だ。どうせ詳しい大きさなど覚えてはいない」

「しかし、もしあの男が死なずに宝石を取ってきたりしたら……」

「その時はアイツを何かしらの罪に仕立て上げて処刑だ。追放などで逃がしてたまるか」

「畏まりました。それでは私は大至急宝石を手配致しましょう」

「急げよ」

「ははっ」



「やっとあっちに行ったか………」

それにしても酷い会話だった

あのマスティックとかいう奴……なんて野郎だ



「あの人、大丈夫でしょうか? 同じ仲間として心配です」

「同じ仲間?」

「自慢じゃないですが私もあれ、お兄様にやられた事ありますし!」

「お、おぉ………」

胸を張ってフンスと鼻息を立てながらそういうイリス

やばい、何も言えねぇ………

「でも仕方ねぇだろ。俺たちは流石に一国の問題にまで口出し出来るような存在じゃねぇ」

胸糞悪いがこの国の行く末はこの国の人間だけが決める事だ

「さぁ、さっさと部屋に戻ろうぜ。流石にあの騎士に道を聞きに行くのは無理だ」

今更どんな顔して会いに行けってんだ

向こうだって血塗れの顔を客人には見せたくないだろうしな

「取り敢えず来た道を戻ってみようか。そうすりゃ誰かに会えるだろ」



楽観的に考えて来た道を戻ろうとしたその時

「あの、どうかなさいましたか?」

後ろから声をかけられた

さっきの騎士だ!

「いや、実は道に迷っちまってな。申し訳ないが待合室まで案内を頼みたいんだが」

「そうでしたか。その気持ち、私もよく分かります。このお城はとても広いですからね」

騎士は気持ちよくハニカミながらそう言った

その表情には先ほどの一件は全く感じさせない

「それではこちらへどうぞ。えぇっと………」

「俺はカルディナルだ。こっちはイリス」

「カルディナル様にイリス様でございますね。私はロデンと申します。このお城で王宮騎士として雇って貰っています」

ロデンはそう頭を深々と下げて言うと、俺たちの後ろへ回り込んだ



「それでは待合室までご案内致します。階段を多数上り下り致しますのでお足元にご注意くださいませ」

「ありがとう。ほら、行くぞイリス………イリス?」

手を引こうとイリスに手を差し出したが、イリスはピクリとも動かない

その様子を訝しがって顔を覗き込むと、その表情は驚きに満ちていた

「ロデンさん。一つお聞きしてもいいですか?」

「なんなりと」

イリスは息をすうっと吸って深呼吸してからこう切り出した



「辛くは、ないんですか?」



それを聞いた途端、ロデンの表情が何かを察したものへと変わった



「やはり、先ほどのやり取りを見ておられたんですか。この顔の傷について何も触れられなかったのでもしやとは思っていましたが……」

「はい。本当に申し訳ないと思っていますが、聞こえてしまったので………すみませんでした」

「頭を下げないでください。私は気にしておりません」

ロデンは頭を下げるイリスを笑顔で制した

「ロデンさん。私も、昔家族から虐待を受けていたんです。ちょうど先程のロデンさんと同じように……」

「イリス様が?」

「だから私は知ってるんです。あのような暴力を向けられた時、その人間がどう思うかを」

イリスは悲痛そうな顔をしている



「まず感じるのは怒り、そして次に悲しみ、そして最後には惨めさに押しつぶされそうになります。私もそうでした」

「はい、私もその気持ちは分かります………」

「でもっ! 今のロデンさんからはそんな感情が全く感じられないんです! いったいどうしてですか!?」

ロデンは息を吐き出すと、静かにこう言った

「あのお方は、我がイヴォアールの次期王と成られるお方です。私にはわあのお方に怒りを覚えることすら許されておりません」

「でもっ! お母様にまで酷い事を言われたんですよ!! 私だってルディさんの事を悪く言われたら絶対に怒ります!!」

「あのお方は私を貶したいが為に母を出して来たんです。ですからあのお方に母を悪く言う気持ちはありません。全ては私に対してなのです」

「それでもです! 貴方はどうしてそこまで耐えるんですか!!」

「私が仕える王国の為です。私は……国や街が、そしてパスティーユ王女が幸せであれば、それで良いのです」



「でもっ……でもっ!!」

「申し訳ありませんイリス様、これは我が国の問題です。イリス様のお気持ちは大変嬉しいのですが、これ以上はどうかお控えください」

ロデンは頭を深々と下げてそう言った

これではイリスはこれ以上何も言えるわけがない

「済まなかったな、イリスが余計なことを言ってしまって」

「いえ、私のような一介の騎士にここまで親身に接して下さった事、非常に感謝しております」



「もう頭は下げないでくれ。それじゃあ案内頼むよ」

「畏まりました」

イリスにとっては消化不足だろうが仕方が無い

なにせ本人がこれ以上はやめてくれと言っているんだからな









ロデンに案内されて5分、やっと待合室のすぐ近くまで戻って来れた

「あった! あそこだ!」

「凄い、たった5分でここまで戻って来れましたよ!」

俺たちは一体どれくらいこの城をグルグル徘徊してたんだ?

「ここまでで大丈夫だ。流石にこれ以上は街に迷うはずがないしな」

なにせもう目の前鼻の先だし

「左様でございますか」

「ああ、助かったよ。この恩はいつか返す」

「いえいえ、そんなお気遣いなさりませんよう。それでは私はここで失礼致しーーー」

「ルディさん! 扉の前に誰かいます!」

「え?」



イリスの指差す方を見ると、確かに誰かがいる

「誰だあいつ? 扉の前でコソコソしやがって?」

服装からして小間使いみたいだが………

「あれは……まさか!」

ロデンがハッとして人影に近づいて行った

俺とイリスもそれに続く


「フォンセ王! 何をなさっておられるのですか!!」

「ギクギクウッ!!」

今まさに扉をゆっくりと開こうとしていた男は、分かりやすい擬音を口にして振り向いた

てか……いまロデン、王とか言ってなかったか!?



「な、なんだロデンか! びっくりしたぞ全く………」

「びっくりしたのはこちらです! 一体なぜそんなコソコソとしておられるのです! それにその小間使いの格好は!?」

「い、いやなぁ? その……少しトイレに行こうと思ったら迷ってしまってな? たまには小間使いの格好でトイレに行きたいと……」

「トイレならば自室にあるではありませんか」

「たまには別のトイレに行くのもいいじゃろ♪」

「あのですね……貴方様は一国の王であらせられるのですよ? 旅人の方とお会いしたいならそのように申し付けてくださればいいのです」

「ロ、ロデン! なぜ其方、わたしが旅人を見に来たことを知っておる!?」

「見れば分かります。恐らくまた、なにかしら仕込みを用意しているのでしょう?」

「もちろんだ! 今日はこのクラッカーで旅人を歓迎しようと思っているのじゃ!」

そう言ってフォンセ王は懐からクラッカーを取り出した



「こんな国にかのローズ家の方が訪れるなんて大事件じゃからな! これでお持て成しをしたいのじゃ!」

「おやめ下さい! そんな事をなさるお暇があるのでしたらもっと威厳をお付けになるよう努力してください!!」

「しょぼーん………」


なんとも凄い王様もいたもんだ……


「それにお客人ならばここにいらっしゃいます。カルディナル様とイリス様でございます」

ロデンが俺とイリスの事をフォンセ王に紹介した



「はは、初めまして! イリスですっ!」

「緊張しすぎだイリス。私はカルディナルです。お会い出来て光栄です、フォンセ王」

「初めまして。このイヴォアールの王のフォンセじゃ。わたしの事は気軽にフォンちゃんと呼んでーー」

「ゴホンッ!」

ロデンはワザとらしく大きな咳払いをした

フォンセ王はロデンを恨めしい顔で見ていたが、ロデンはいけしゃあしゃあとしたものである


するとそこへ……


「お父様!」

「ギクギクッ!!」

「パスティーユ様!?」

向こうから1人の女性が駆け寄って来た

長い金髪でカール、さらには煌びやかなドレスを着ている王女の典型みたいな格好の人だ



「何をなさっているのです!!」

「いや、パスティーユちゃん……そんなに怒ったら綺麗で可愛い顔が台無しじゃよ?」

「誰のせいだと思ってるんです!!」

「わたし?」

「大正解です!!」

パスティーユ王女は威厳もへったくれもないフォンセ王を自分の方へ引っ張ると、俺たちに向き直った

「お客様方に大変お見苦しいものをお見せてしまい誠に申し訳ございません! 父に替わり謝罪いたします!」

「あぁ~……いや、そんなに気にしてませんので……… むしろ、とても親近感が沸く素晴らしい王だと思いますよ?」



「じゃろじゃろ? わたしは皆から好かれる王になりたいの!!」

「ああもうっ! みっともないからお父様は早く部屋に戻ってください!」

「いやじゃ! わたしだって今来ている旅人に会いたいもん!」

「いいから帰りなさい! もう二度は言いません!!」

「ロデン~! 娘がわたしを虐める!」

「あ、いや……取り敢えずフォンセ王はお部屋にお戻りください」

「しょぼーん………」


そう言い残しフォンセ王は廊下を行ってしまった

その途中何度も恨めしそうな顔をしてこちらを振り返っていたが、娘の顔を見るたびに震えながら歩いて行ってしまった



パスティーユ王女は、はぁっと深くため息をつくと、また俺たちに向き直った

「本当に申し訳ございません。わたくしの父はとても子供っぽい人でして……… あとで厳しく言い聞かせますので」

「いやいや、本当に気にしてませんから」

何度もペコペコ頭を下げるパスティーユ王女を手で制しながらそう言う

「申し遅れました。わたくし、このイヴォアールの王女でありますヴェール・パスティーユという者です」

「私はカルディナル、そしてこちらはイリスです」

「よろしくお願い致します」

微笑んでそうお辞儀をするパスティーユ王女

やっぱり気品が半端ないな

「あの、わたくしローズ家の方がいらっしゃってるとお聞きして来たのですが、貴方様方もローズ家の方なのでしょうか?」

あぁ、そっか

こういう所じゃキチンと紹介しなくちゃいけねぇのか



「大変失礼いたしました。こちらがローズ家の第二息女のローズ・イリシュテン様でございます。私はイリス様の従者です」

「まぁ! そちらのお嬢様がですか! お会い出来て光栄ですわ!」

「あ、ありがとうございます。こちらこそ王女様の様な素晴らしい方にお会いで来て嬉しいです」

多少ヘッピリ腰ではあったが無事に挨拶を済ませたイリス

いくらローズ家の人間とは言え、今まで矢面に立ったことなんかなかったんだろうし緊張は当然だ

一方、笑顔のまま挨拶をしたパスティーユ王女であったが、次の瞬間それは一転した

「ロデン! 貴方どうしたんですかその顔!?」

パスティーユ王女はロデンの顔を見るなり、駆け寄ってロデンを心配そうに見上げた



「少し訓練を張り切り過ぎまして……… やはり私はまだまだ未熟なようです」

ロデンはそう言いながら、チラリと俺たちの方を見て来た

黙っていてくれという事なのだろう

「こんなに怪我をして……早く治療しないと! わたくしの部屋に良い薬があります!」

そう言ってパスティーユ王女はロデンの手を取り引っ張って行こうとした

「パスティーユ様、心配なさらぬようお願いいたします。この程度、私にとってはなんの問題もありません」

「ダメです! 早く消毒しないと化膿してしまいます! ほら、急いで!」

「放って置いて頂ければそのうち治ります」

「ロデン! わたくしは幼い頃からの幼馴染みとして! そして友人として! 絶対に放って置ません!」

パスティーユ王女の声色には、絶対にこのままにしておかない、という気持ちが嫌という程込められていた

俺でさえ気付くのだから、それを向けられているロデンも気付かないはずがない

多分このままでは、王女としての立場で命令を下してまででも連れて行くだろう



「分かりました。治療をお願いいたします」

「やっと分かってくれましたね。さ、早くこちらに……」

そうしてロデンの手を引こうとしたパスティーユ王女はハッとした様子でこちらを見て来た

どうやら俺とイリスの事はすっかり失念していたらしい

「あっ! ち、違うんです! これは、その……」

「大丈夫ですよ。一介の旅人が他国の事に口出しなどしません」

俺がそう言うと、パスティーユ王女はホッとしたように顔を緩ませた

「それでは私とイリスはここで。ここまで案内してくれてありがとうロデン」

「いえ、カルディナル様とイリス様の旅路に神のご加護がありますよう」

ロデンがそうお辞儀をすると、2人は連れ添って廊下を歩いて行った



2人の姿が見えなくなったところで、俺とイリスはふうっと息を吐いた

「なるほどな。マスティックの奴がなんでロデンに対してあそこまで辛く当たるのか分かったぜ」

「嫉妬……ですね」

「だな。育てられた母親が同じで幼少の頃から一緒に育ってきたんだ。そして今でも王女と騎士という立場を越えた付き合いをしている」

難しい間柄だぜまったく………

「………ルディさん。わたしの勝手な想像を言ってみてもいいですか?」

「なんだ? 言ってみろ」

「多分あのパスティーユ王女はロデンさんに対して恋心があります」

「ああ、それは俺も思った」

あの時のロデンを心底心配する様子、普通ではなかったからな

これは俺も思っていたことだ



「そしてですね……」

「なんだ?」

「ロデンさん。あの方も、パスティーユ王女に友人以上の感情を持っています」

「ロデンの方もか?」

あそこまでマスティックの顔を立てようと行動していたのにか?

「はい。だからこそロデンさんは王女の為、そして王女の国の為に行動をするんです。自分の事を顧みようともせずに」

「そうか………疲れる生き方だぜまったく……」

「はい、ルディさんと一緒です」

「む………」

こんな事を言われちゃ黙るしかない

「さぁ、早く待合室に戻りましょう。お姉様も待っているでしょうし」

「そうだな」

そうしてガチャリとドアを開けると……………



「ええい!! なぜ大聖堂を開けられんのだ!!」

「で、ですから! 婚礼の儀ではあの大聖堂で女神イヴォアール様のご加護を受けるしきたりが……」

「それならばとっとと婚礼を済ませたらどうなのだ!! 本来ならば8日前に終わっているのだろうが!!」

「で、ですからこちらにもいろいろと問題がありまして!」

「だから先程から聞いている!! その問題とは一体なんなのだ!」

「で、ですからそれは言えないと申しております!」

「私はローズ・パールだ!! その私にも言えぬとは! さては汚職事件か!?」

「そ、そうではなくて! とにかく言えないんです!」

「とにかくとっとと大聖堂を開けろ! さもなくばここで私が叩き切ってくれる!!」

「どんなに言われても無理なものは無理なんです!!」

「私は引かん!! 愛する妹の為に! イリスの為にも私はここで諦めてはいけないのだ!!」



怒鳴り合いのケンカが勃発していらっしゃる………

てか、ローズ・パールのやつ必死すぎるくらい必死だな……

少し言い回しがおかしいけれどそうとしか言いようがない……

「なぁ、イリス。どうするよアレ?」

「う、ぁ……………」

流石のイリスも恥ずかしさの余りプルプル震えてんぞ?


「あっ! イリス! よくぞ戻ってきたな!」

目ざとくイリスを見つけたローズ・パール

嬉しそうな笑顔で手をブンブン振っている



「待っていろよイリス! 今すぐこの唐変木をへし折って大聖堂を開けさせてやるからな!! 私に任せておけい!!」

「お、お姉様ぁ………」

お、おい! なんであの女このイリスを見て平気な顔してんだよ!?

「イ、イリス……… お手柔らかにな……?」

「はい」

イリスはいい笑顔でそう言うと、ローズ・パールにズカズカと近づいて行き

「お姉様、少しお話があります。ちょっとお外に行きましょうか?」

「ん? 話だと?」

「はい。行きましょう」

そう言って2人はドアから外へ出て行ってしまった



「あの、すみませんでした。俺たちのツレがご迷惑おかけしたようで………」

「い、いえ……大変妹想いの素晴らしい方だったようで……… それこそ剣を首元に突きつけるくらいに………」

何やってんだあのバカ!?

物凄い過激な事しやがって!!

グラフィットの奴、アイツに対して物凄い精神の操作をしてたんだな………

と、取り敢えずこの大聖堂の責任者に帰る事を伝えよう

「多分今日はもう2人ともここには戻ってこないと思います。ですので俺たちはこれで失礼します」

「畏まりました。ローズ様にも謝罪をしておいて頂きますようお願い致します」

「分かりました。それでは失礼します」



そう言ってドアを開けると………



「…………………………」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


腕を組んで無言の圧力をかけるイリスと、そのイリスに土下座して謝っているローズ・パールの姿がそこにはあった………



以上です

マスティックのような『本当に嫌な奴』を書くのが凄く苦手です……



第7章 3話


【北の洞窟】



「許せん!! 絶対に許せん!!」


ローズ・パールがイリスから許しをもらえるまで約30分

それから俺たちは城をあとにして、宿屋へと戻った

そうしたら丁度晩御飯刻だったので、荷物を部屋に置きそのまま食事処へと向かった

そこまでは良かったんだけどよ……

そこでイリスが今日あった事をローズ・パールに教えちまったんだよな

正確にはマスティックとロデンのやり取り、そしてロデンとパスティーユ王女のやり取りを………



そしたらそこからが酷い酷い!

マスティックに対しての罵詈雑言……もとい雑言罵詈がこれでもかと言うくらいに出てきやがる!

「お、お姉様! 少し声を抑えて……」

「これが抑えていられるか! ふざけるんじゃないそのマスティックとかいうクズが!!」

机をバンバン叩きながら恨み辛みをぶちまけてやがる

あーあ、ここの店主がしかめっ面でこっちにズカズカ歩いて来たよ………

「そしてなによりもここの料理が美味すぎる! これが騒がずにいられるか!!」

店主は席の一歩手前でUターンし、満面の笑みで奥に戻って行った………



「はぁ、はぁ……」

一通り叫んで満足したのか、ローズ・パールは息を切らしながらグラスの中身を一気に飲み干した

「そしてなによりも許せんのがそのロデンという男だ! なぜ気高き騎士にありながら、そのような侮辱を受けてもヘラヘラとしているのだ!!」

どうやらロデンの騎士道に反した行為が、最もローズ・パールを激昂させる要因になっているようだ

「本当に王女や国の事を想うのならば、そんなクズの為に身を削る必要などない! 王や王女に全てをぶちまければ良いのだ!!」

「まぁ……それは確かにそうだよな……」

「貴様のような下賤なクズでもそう思うのだ!! それなのになぜ騎士たるその男は思いつかんのだ!?」

下賤なクズって………



「そう言えばそのロデンという騎士は北の洞窟へ宝石を取りに行くと言っていたな? いつ行くのだ!?」

「恐らく明日にでも行くんじゃねぇの? どう思うイリス?」

こういう事に関してはイリスに判断を仰ぐのが一番だ

ほぼ確実に当ててくれるし

「多分ロデンさんは今日の夜は旅支度をします。ですので旅立つのは明日の早朝です」

「だそうだ」

「ふむ。それならば私もさっさと旅支度を整えるか」

「はぁ!? まさかお前! 北の洞窟について行くつもりか!?」

「当たり前だ!」

ローズ・パールはさも当然と言わんばかりにそう言って来た



「お前はアホか! これは一国の問題だぞ! 俺たちが口出しすべき事じゃねぇだろ!」

「貴様の方が大馬鹿だ! 私はローズ・パールだぞ!!」

何言ってんだコイツ!?

「このレグホーン大陸での出来事においてローズ家に関係ない事など何もない!! この大陸の不祥事! 問題! 悲しみ! 怒り! 全てはこのローズ・パールが受け止めてやる!!!」

「…………………………」

おお、不覚にも少し格好いいと思ってしまった………

「分かったかこのクズ! それにさっさと宝石を持って帰らねば、いつまで経っても大聖堂が開かん!」

それもそうか

「だから私は宝石を取りに行くのだ! 決してマスティックの為ではない!! 私はイリスの為に宝石を…っ……………ぅ……」

あれ?



「どうした? いきなり失速しちまったけれど?」

「だ、黙れ……貴様に、心配される……うぷ……」

まさか………

「す、少し……トイ、レに……」

ローズ・パールは口を押さえたまま、ヨロヨロと歩いて行ってしまった

顔色は真っ青だ

「お姉様、どうしたんでしょうか……?」

イリスは心配そうにローズ・パールの後ろ姿を見ていたが、そこまで心配する事はないと思うぞ?



「えっとな……多分だけどこれの所為じゃねぇか?」

「それ? 貝の酒蒸しですか?」

「うん。多分酔っ払ったんじゃねぇの? アイツ」

「これでですか!?」

だってこの中でアルコール使ってるのこれだけだもん

どんだけ下戸なんだあの女………




その後、フラフラの体で帰って来たローズ・パールをイリスが支えながら宿へと戻ることになった

ローズ・パールは途中で何度も戻しかけていたが、それでも気力で宿へと無事に辿り着いた

「それじゃまた明日な」

「はい。お休みなさいルディさん」

「おぇっ………」

イリスとローズ・パールの部屋の前で別れを告げる



…………うん、今まではイリスと同室だったんだけどさ、ローズ・パールは当然の如く俺を除け者に………

いや、これはイリスの姉として当然の行為なのは分かってるぜ?

たとえ俺が人間だとしても、ローズ・パールは絶対にこうしただろうし

俺が逆の立場でも絶対にローズ・パールと同じ事をしたさ

でも何か嫌だ!

畜生……俺ももう寝ようか

ああ……寂しいぜ……


「あっ! ルディくん! 1人で寂しいなら私たちと一緒にーーー」

「帰れ!!」


あと昨日から俺を付け回す女4人がウゼェ!!












「ふあぁ………朝か」

寝ぼけ眼を擦りながらベッドから起き上がると、窓から暖かい日差しが差し込んで来た

どうやら今日も快晴らしいな

「さぁてと……今日は北の洞窟にーーー」

「ルディさん!! 大変です!!」

「うわっ!? イリス! いきなり入ってくるな! びっくりするだろ!」

力強くドアが開けられ、なだれ込むように入ってきたのはもちろんイリスだ



「一体どうしたよ? そんなに慌てて」

「それが……お姉様がッ!!」








「ゔぅ~……あ、頭が……… し、死にゅぅぅ………」


「ご覧の有様です………」

「完全に二日酔いだな」

顔真っ青になってベッドで唸ってるローズ・パール

もの凄く弱々しい



「貝の酒蒸しなんて、子供でも食べれるくらいアルコールが少ないのに………… なんでこんな事に……」

「体質じゃねぇの? イリスは平気で良かったな」

「ええ、まぁ………」

「ゔゔ………だ、誰かぁ……助け……いだぁ!!」

「お、お姉様! 頭が痛いのに大声出しちゃだめです!」

「てかなんで酒が弱いのにアルコール使った料理を食ったんだよお前は」

「さ、酒にゃど飲んだ事は今までない!」

「はぁ!? 魔術使える奴は16歳から飲めるだろ!」

「ローズ家は20歳まで飲んではならぬ……」

ああ~ そう言えばこいつ、弟に酒を飲むんじゃないと怒ってたっけ……


「一家の主はあんなだがローズ家は伝統ある家柄どあ! 家訓はきちんと護…………ゔー☆」

「お、お姉様! しっかり!!」



これじゃコイツはダメだな


てかなんだよ“ゔー☆”って…………


「仕方ない、イリス。北の洞窟には俺とイリスの2人で向かおう。流石にこのザマじゃついて来れねぇよ」

「な、なんだどぉ!? まもにょ風情がわたひにさしじゅする…っ! ぬぁああぁああ!! 頭がぁあぁあああ!!」

「興奮するから頭痛が酷くなんだよバカ! 落ち着け!」

「き、きしゃまとイリスを2人ぼっちにさせられるかぁ!」

2人ぼっちなんて初めて聞いたぜ



「とは言ってもお姉様はとてもついて来られるとは思えません。残念ですが今日はゆっくりと休養を……」

「イリスゥ……私を1人にするのか? 私は寂しい………一緒にいて……」

「うっ……!」

ローズ・パールは布団に顔を半分隠しながらイリスの服の裾をギュッと掴み、涙目かつ上目遣いでイリスを見つめた

それにプラス甘えるような舌足らずな声

流石のイリスも、これにはグッと来たようだ

俺は欠伸しながら見送ったけどな


「あのぅ、ルディさん……?」

「ダメ」

「……は、はい」




これは何もローズ・パールに嫌がらせをしているんじゃないぞ!

だってだ! もしもこの状態のローズ・パールとイリスを置いて行ったとしてだ!

イリスに聞いたDr.クルヴェットとやらが攻め込んで来たらどうするんだ!!

ローズ・パールなんか鼻毛の先でちょちょいのちょいだぜ!?


何故かイリスはこの事をつい最近まで黙っていた

俺がこれを知ったのは、ローズ・パールが渓谷に来る1日前だ

イリスが寝言でDr.クルヴェットと口に漏らしていたから、起きてから問い詰めたんだよ

そしたらやっとこさ白状しやがった!



何で黙っていたか問い詰めたらさ、俺もイリスに対して隠し事をしていたから、だってよ!

うん、ノアールの野望やら戦争の計画やら全て白状させられましたよ……

イリスの奴、本当に心を読むのが上手くなりやがって

もうイリスに隠し事が出来ないと思い知らされたぜ……


話が逸れたがとにかくそういう事

イリスが命を狙われているのなら、俺と別行動するのは避けるべきなんだ

いつでも俺が護ってやるからな!



「と、言うわけでお前は留守番だ! そのままくたばってくれても構わねぇぜ?」

「な、なにが『と言うわけで』だ! 2人してアイコンタクトしおって……うっ! ゔぇ………ぼふっ!」



ははは、こりゃ本当にくたばってるかも知れねぇな!

「ごめんなさいお姉様。行ってきます」

「行かにゃいでふぇ! イリ、ぶぇっ!」

あははは、傑作!


まぁ、少し可哀想だし?

ほんのちょっとだけいい情報を置いて行くとするか


「おい、言っておくが北の洞窟はここから意外と近い。多分日帰りだから安心しておけ」

「ふぇ……?」

「行ってきます、お姉様!」

そう言って俺とイリスは部屋から出た

扉の向こうからなにか大きな声が聞こえてきた気もするけど、そんなのは瑣末事だ









「もうそろそろ到着する頃だろう。多分もう少しで着くぞ」

「分かりました」

イヴォアールを出発して早30分

俺とイリスは着実に北の洞窟に近づいていた



「あの、ルディさん。ロデンさんはもうこの道を通ったんでしょうか?」

「多分な。さっきから不自然に折れ曲がった花や枝があるだろ?」

「あ、はい。つまり誰かが私たちより先にこの道を通ったという事ですね」

「その通り。それがロデンなのか何か別の動物なのかは分からねぇけどな」

とは言っても、わざわざこの道を通って北の洞窟へ向かおうとするのはロデンくらいのものだろうよ

その証拠に、ほら

「イリス、アレを見てみろ」

「え? あれって!?」

俺の指差した方向には、血を流して息絶えている魔物がいた



「ルディさん、それは………」

「多分誰かが斬り捨てたんだろうな。大きな剣じゃないとこんな傷は付かない」

魔物同士の争いではないのは確実だ

「んでもってこんな事をするのはロデンくらいだろう」

まさかマスティックの部下がここに来るという事はないだろうし

「早いところ洞窟に行かなくちゃな。急ごうぜ」

「分かりました」

イリスはそう言って、俺のすぐ後ろに来た

多分獣の死体を見て心細くなったんだろう



「手でも繋ぐか?」

「い、いえ! 大丈夫です!」

強がらなくてもいいのに

ちょっと残念だぜ……



それからしばらく進んだら

「あったぜイリス。ここが件の洞窟だ」

「こ、ここがですか?」

イリスが驚いたのも無理はない

なにしろ洞窟とは名ばかりで、実際は地下へと続いている、人1人通るのがやっとの縦穴なのだから

その穴はほぼ垂直に続いており、下の様子は真っ暗闇に閉ざされてとても把握はできない



「あの、ルディさん。これ、どうやって降りるんですか……?」

イリスか不安そうにそう聞いてきた

なにしろ穴だ

中に入るという事は、つまりは飛び降りる事と同義だ

とてもイリス1人では飛び降りれないだろう

かと言って俺がイリスを抱えて飛び降りるにも、この穴は小さすぎる

それじゃあ一体どうすりゃ良いのかと言うと………


「見てみろよイリス。ここに一本のロープが降ろしてあるだろ?」

「え? あ、本当だ」

イリスの目線の先には、丈夫そうな一本のロープが吊るしてあるのが見えただろう

さっきまでは俺の陰になっていてイリスからは見えなかったんだ



「ロデンの奴はこれを使って下って行った。俺たちもこのロープを使わせて貰おう」

「……………え゛!?」

「イリス!?」

謎のうめき声を上げたイリスに俺もびっくりした

あんな声出せるんだなぁ、イリスの奴………

「あ、あの……本気ですか、ルディさん……?」

「本気も本気、大本気だ」

そう言いながらロープを軽く引っ張って強度を確認する

これなら俺とイリスの2人が同時に降りても大丈夫そうだ

「よし! 行くぞイリス。どっちが先に行く?」

「え、あ……その………」

あれ? これってもしかして……

「なぁ、イリス。もしかして……怖い?」

「ひぅっ!!」



そう聞くとイリスはビクッとした

そのまま俺から目線をズラし、挙動不審のままこう言ってきた

「い、嫌ですねぇルディさん。わ、私がこの程度の事を怖がるなんて、そんな事ないですよ。ふゅ~ふゅ~」

「いや、全然誤魔化せてないぞ? それに口笛も吹けてねぇし」

「ル、ルディさんったらぁ~私を誰だと思ってるんです? 貧乳同盟終身名誉副会長のイリスですよ! この程度の穴に対して『暗くて二度と地上に出れなくなりそうで怖い!』 だなんて思うわけないじゃないですかぁ~!」

イリスは俺の背中をパシパシ叩きながらそう言う

全てを暴露してる事に本当に気付いてないのか?

「てか、イリスって貧乳同盟の副会長さんだったのか」

「終身名誉副会長です!」

イリスはふふんという風に腰に手を当てて胸を張った

あぁ……確かに貧乳同盟副会長だよお前は……


「それじゃあ俺は先に降りる。イリスは俺の後からついて来てくれ」

「ちょっと待って下さいルディさん! お話があります!」

「俺には無いよ。よっと……」

ロープを手にしてゆっくりと穴を降りて行く

幸いにも狭い穴なので、壁に足を突っ張ることで安定して降りていける



「ル、ルディさん! 下はどうですか!?」

「どうって……まだ降り切ってねぇよ」

「暗くないですか!?」

「そりゃ暗いに決まってんだろ」

結構深いぞこの穴

多分もう10mくらいは降りたってのに……


「おっ、やっとイリスも来たな」

ロープが微かに揺れたのを感じる

どうやらイリスもやっとこさ決心がついたらしい


「うひゃっ! いひゃっ!」


………うん、上からイリスの奇声が聞こえる

やっぱり怖いんだろうな


「きゃあぁあぁあああぁあああッッ!!」

「え? うげっ!?」



急に上から何か柔らかいものが降ってきた!!

堪らずロープから落下して……

「うごぅっ!?」


た、助かった……!

たった1mくらい落ちただけで済んだぜ………

それでも背中が痛いが


「痛っててて……… い、今のはイリーーー」

「あっ! ルディさん大丈夫ですか!! ごめんなさい、私うっかりロープから手を離して………い、嫌ぁあぁあぁああぁあっ!! ルディさんが呪いに!!!」

「違ぇよバカ!!」

1人コント状態のイリスにツッコミをいれる!

それは俺じゃなくて旅人の骨だ!!



「あっ、ルディさん! 良かった! 生きてた!」

「おかげさまでなぁ!! 背中と頭が痛いが生きてるぜ!!」

イリスの頭を強めに掴んでそう言ってやる

「痛いですってルディさん! ご、ごめんなさい!!」

「こっちだって痛かったんだからな! 俺も随分長く生きてるけどよ、女の子から頭にヒップドロップ喰らったのはこれで2回目だ!!」

しかも俺とガイコツを見間違えるし………

流石の俺もショックで泣きそうだぜ畜生が!

「このガイコツ……この穴に落ちた人でしょうか?」

「そうみたいだな。ほら、ここんところ。脚の骨が折れてる」



骨がポッキリ逝ってる所を指差してイリスに見せる

「本当だ。可哀想に………」

イリスはガイコツの前に跪き、手を合わせて祈った

滅多に人前に姿を見せなかったが、魔族の渓谷にはアンデット系の魔族も少数ながら住んでいた

イリスはそいつらともちょっとした親交があったらしい

だから今のイリスは、この程度のガイコツ程度怖くも無いらしい

これは喜ぶべき事なのか、それとも悲しむべきなのだろうか……









「شضغب ほら、松明」

用意しておいた松明に火を付けてイリスに手渡す

そしてもう一つの松明にも火を付けて、こちらは俺が持つ



「この洞窟がどれくらい長いか分からねぇけどよ、この松明はかなり長続きするはずだ」

「分かりました」

幸いにも洞窟の中はかなり広い造りになっていた

所々しゃがまなくちゃなんねぇ場所もあるけど、比較的快適だ

「あ、ルディさん。この先二手に別れてます」

今までは一本道だったが、とうとう枝分かれしている道に出くわしちまった

「どうする? どっちに行けばいいと思う?」

「それを私に聞くんですか!? ルディさんが決めて下さいよ!」

「だってもしハズレたら俺の責任になっちまうし? だから頼むイリス!」

「ルディさんただ責任を負いたくないだけでしょう! そんなんじゃこの先困ります!!」

だってイリスにがっかりされたくないし……



「大丈夫です! もし道を間違えたとしても私はウンザリしませんから! 気楽に行きましょう!」

「よ、よし分かった! それじゃあ左だ!」



ー20分後ー


「クソッ! 行き止まりだったじゃねぇか!」

「まぁまぁ、さっきの所まで戻ってこれましたし。それに二択ですから右に行けば間違いないじゃないですか!」

「はぁ……そっか。それじゃあさっさと右に行こう」

「そうしましょう!」


そしてまたしばらく進むと


「ルディさん。また二つに別れてる道がありますよ」

「本当だ。よし、今度こそ俺が正解する!!」

考えろカルディナル!

さっきの道は右が正解だった、だから今度は……!

「左だ! 行くぞイリス!!」

「はい!」



ー30分後ー


「ま、またハズレだと………」

「ル、ルディさん。そんなにガッカリしないでください」

またしてもハズレだった

もう嫌だ!!

「さっきの所まで戻ってこれましたし、今度は右に進めば正解ですし!」

「その優しさが痛いぜ! 畜生!」


ヤバイ、泣きそう


そしてまたしばらく進むと


「またかよ!」

「またですか!」

またしても二つに道が別れてやがる!

今度の今度こそ! 一発正解を目指すぜ!



「二回連続右だったから今度こそ左だと俺は思う! だが敢えて俺は右に進むぞ! ついて来いイリス!」

「だ、大丈夫でしょうか………」



ー50分後ー


「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「………………あの、ルディさん?」

「なにも言わないでくれ、頼む」


またしばらく進み


「今度は左だ!!」



ー40分後ー


「畜生!」

「ルディさん…………………」


また進んで


「右行くぞ右ィッッ!!」

「はいはい」



ー20分後ー


「何でだ!!」

「……………………」


しばらく進み


「今度こそッ!!」

「……………………」



ー40分後ー


「うがあぁああぁああぁあぁ!!!」

「…………………………」



そんな事をあと4回ほど繰り返した後





「ルディさんはもう道選びに口出ししないで下さい!! もうウンザリです!!」




イリスの嘘つき………



今回はここまで


ローズ・パールはこの物語を作る際に、登場人物の中で一番最初に思いついたキャラなので、つい好き勝手に動かしてしまいます


更新遅れて申し訳ないです

今日の23時頃に投下予定

次回
【洞窟の主】



第7章 4話


【洞窟の主】



「あの~イリス? 流石にこれは無理じゃ………」

イリスを横目で見ながらそう言ってみるが、イリスは全く意に介さずに一本の道を指差した

「これです! この穴を進みましょう!」

「なんで分かるんだよ?」

「直感でなんとなくここのような気がするんです。さぁ行きましょう」


俺がハズしにハズしまくった洞窟の二者択一……

イリスからウンザリさせられた時は泣きそうになったが、それでも今では立ち直った!

そんでもって、その道選びをイリスに任せてみたらあら不思議!

一度も道を間違わねぇじゃねぇか!

ここまで20を超える分かれ道に出くわしたが、そのどれもでイリスは正解の道を指し示したのだ



でも流石に今回ばっかしは無理だろう

なんせ10以上ある分かれ道から正解を探さなくちゃならなかったんだからな

流石のイリスもこれじや無理に決まってーーー


「ルディさん! 灯りが見えて来ましたよ!」


マジかよ……………




「ほらほら! やっぱりこの道が正解でした! へへーん!」

「す、凄いなお前は……… 本当にただの人間なのか……?」

「えぇ! 正銘正真、立派な人間です!」

正直、こんな能力を持つ生物など今まで一度も見たことがない

魔族も人間も、魔物だってその他の動物だって



「ところでルディさん。この大きな石の置物は一体なんですか? 中が明るくてとても綺麗ですけれど」

「これは……灯籠によく似ている」

「灯籠?」

「エクリュ大陸でよく使われている灯火を灯す器具の事だ」

もちろん本物の灯籠とは少し形が違う

恐らくエクリュ大陸から伝聞で伝わったんだろう

そしてこの灯籠を見ているうちに、ふと気付いた

「この灯籠からはなにか魔力を感じる」

「魔力を、ですか?」



灯籠の中はゆらりゆらりと風に揺れる、微かな炎がただ存在するのみ

そんな何処も奇妙なところがない灯籠なのに、なぜ俺はこんなにもこの炎に惹かれるんだろうか……?

「それにしても、この灯籠の火って誰が着けたんでしょうね?」

「それはロデンじゃないのか? アイツなら俺達よりも先に来ているハズだろ」

「そうでしょうか?」

イリスはなにか腑に落ちない様子だ

「なにが気になってるんだよ?」

「だってですよ? ロデンさんがこの灯籠に火を着ける理由がないと思うんです。こんな狭い一本道なのに」

「…………言われてみりゃ確かにそうだ。別に曲がり角もなにもない一本道なのに、火を着けるのは時間の無駄だ」

それならこれはロデンが着けたものではない?

それじゃあ一体誰が?

それとこの微かな魔力にはなんの関係が?



「なぁ、イリスはーーー」


どう思う? そう聞こうとした時だった

「う、ぉ!」

「きゃぁっ!!」


突然、洞窟が揺れた

「な、なんだ今のは!? 爆発でも起きたのか!?」

「なにか大きな音が聞こえました! あっちの方で!」

イリスが指差すのは洞窟の奥の方

俺たちがこれから進む方向だ

「走るぞ!」

「はい!」

イリスを引っ掴み洞窟の奥へと走り出す

なにか嫌な予感がしてならねぇ!





「ルディさん! あそこに松明が!」

「なに!?」

イリスに言われて見てみると、確かに松明が落ちている



「これはロデンの物か? しかしなんだってこんな所に落ちてやがる……」

「分かりません。とにかく急ぎましょう!」

「おう! とにかく先を……っ! 待て!!」

そのまま松明を通り過ぎようとして急いで足を止める

「どうしたんですかルディさん! 早くしないと!」

「見てみろよイリス。この松明を……」

そう言って俺が持っている松明をイリスに見せる

「なんですかこれ!? すごい勢いで燃えてるじゃないですか!!」

松明は通常の3倍もの勢いで激しく燃焼している



「多分この先はなんらかのガスで充満しているんだろう。だからロデンも松明を置いて行ったんだ」

「で、でも勢いが少し強くなっただけじゃないですか! これくらいなら別に………」

「ここはな。でもこの奥がどうなっているかは分からねぇんだ。だから俺たちもこれは置いて行く」

そう言って自分の松明を地面に置くと、イリスもそれに倣った

「で、でもこの先灯りがなくなってしまうんじゃ!」

「سضحكل!」


光魔術を詠唱し、俺とイリスの半径3mを明るくする

これで道に迷う事はなくなるハズだ

「これでいいだろ?」

「え、えぇ。そうですね」

イリスはビックリしたように周りを見渡しながらそう言った

「ってちょっと待ってください! これがあるなら最初から松明なんて必要なかったじゃないですか!」



「ん? まぁな」

「それじゃなんで松明なんかわざわざ買ったりしたんですか!」

「いや、だってよ……イリスなら光魔術を使う事を絶対に断ると思ったんだよ。旅や冒険の気分を味わいたいんだろ?」


なにせ大雨の日に足を挫いた時でさえ、雨除けのための障壁の魔術を張るのを許してくれなかったんだもん

ほら、あの時だよ

ノアールに滅ぼされた村に一晩泊まったとき


「まぁそりゃそうですけど……でも暗くて狭い所は……ねえ?」

「ねえ? って言われても………」


やれやれ、イリスの奴……


「ってホンワカしてる場合じゃねぇ! 早く行くぞ!」

「そうでした!!」



イリスは涙目になって鼻を摘まんでいるが、今更どうしようもない

出来るだけ急いで走っていると、やがて古臭い金属製の扉が見えてきた

「あれだ」

「あれでひゅか!」

さっきから起こっている振動はこの扉の先で発生している!

「るでひゃん! このひゃきになにがあるんでふ!?」

「俺だって知らねぇよ。とにかく覚悟しとけよ? この先は臭いが一番きつくなる!」

「ひゃい!」

イリスがそう答えたのを見計らって、ゆっくりと扉に力を入れる

扉は重苦しく軋みながらもゆっくりと開いていった



「うひゎ!?」

「うっ………」

一気に臭いが2倍以上増えた……

出来ればこの先に進むのは御免被りたい!

それに真っ暗で何も見えねぇ……


「あ、あ…の…… るひ、しゃん…… だ、だへか……ひまふ……」

「誰かいるだって?」

「こ、こへ…が………」

声が? 声が聞こえるのか!?

「分かった。 سضحكل!」

イリスの言葉を信じ、光魔術を扉の先に向けて放つ

これで扉の向こう側の様子が明らかに…………あ?



「るひひゃん!! ろでんひゃんが!!」

「何やってんだこのクソ野郎があぁあああぁあぁああ!! اظبحمخيغبك:١٥!!」




照らされた扉の先、俺とイリスの目に飛び込んで来たのは……巨大なバケモノだった


その全身は真っ黒で、どちらが前でどちらが後ろかも分からねぇ

だから……ソレがこちらを正面にしていたのは……これ以上ないくらいの幸運だったと言わざるを得ねぇ

だってその巨大な口からはロデンの上半身が飛び出していたんだから………



イリスが叫んだのと俺が跳躍しながら呪術を詠唱したのはほぼ同時だった


詠唱したのは磔の呪術、しかも滅多に使う事のない上級だ!

ウィスタリアでグレーンスネークを仕留めたのだって、これよりも全然低い階級だった




「ロデン! 無事か!?」

「ろでんひゃん!!」

「………ぅ……ぁぁ……」

意識がない!

それにコイツを寝かせている地面が、どんどん朱に染まって行きやがる!


「マズイッ! 脚からの出血が多すぎる!! イリス、この魔力布でロデンの血を止めろ!!」

包帯状にした魔力布をイリスに渡してそう怒鳴りつける

「わかりまひは!」

「おいッ! コイツ……出血だけじゃねぇ! 全身大火傷してるじゃねぇか! خثفصضتي!」

氷結魔術で氷を作り身体に当てる

一体どんな事をしたらこんなになるってんだ!?

「るでさん! しばりおわりまひた!」

「よし! でも安心はできねぇぞ! 早い所この洞窟から出て街に向かわねぇと!」

幸いにも骨は折れてねぇ

これなら早い所処置をすれば……



「るひさん! うごひてまひゅ!!」

「あ……? なっ!?」

さっきしこたま魔力の槍をぶち込んだってのにか!?


「ゔ、ゔ、ぁ……」

「っ! イリス! 俺に掴まれ!!」

「え? は?」


「ゔぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ゛ぁあああ゛ぁぁあああ゛ぁあ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛あ゛ぁああああ!!!!!」


「うおっ!」

「きゃぁ!!」


な、なんだこれは!

こんなの雄叫びじゃねぇ……音の砲撃だ!



「あぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ゛!!!」

「いやあぁああ!!」

「しっかり掴まってろ! 俺を離したら死ぬぞ!!」


そう怒鳴ってからイリスとロデンを引っ掴んで、大きくジャンプする!

その直後、俺たちが今までいた地点のすぐ近くの壁が粉々に砕け散った!

「あそこまで剣山にしてやったのになんで突進なんか出来るんだよ!」

「な、なんなんでひゅかあいふは!!」


そのバケモノの突進を飛び越えて躱したから、俺たちはようやくソレの全貌を確認する事が出来た

一番近い生物を挙げるなら“山椒魚”だ

それの全長8m、体高おおよそ3m、全身真っ黒!

そして二本に枝分かれした尻尾には、それぞれの先端に巨大な岩状の物体が付着している

つまり凄まじく気持ち悪い野郎だ!



「俺もあんな魔物は見た事がないぞ! 気持ち悪ぃ……」

多分ここらで新しく生まれた魔物なんだろう

もしかしたら固有種かもしれねぇな


山椒魚は破壊した壁の瓦礫から頭を引き抜くと、俺たちへ向き直った

「る、るひはん! あいふかおがありまひぇん!」

イリスも言う通り、この魔物には目や鼻といった器官がない

ただ横一直線に延びた切れ込み……つまり巨大な口があるだけだ!

しかもその口からは、ドロドロとしたタールのような液体がボタボタと垂れている

これがこの悪臭の原因だ!



「見た所あの口には歯がない。だからあんな風に突進して獲物を丸呑みにするんだ!」

恐らくそのおかけで、ロデンの脚は折れてなかったんだろう


「うごぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ゛!!!!」

山椒魚は俺たちを目の無い顔で見据えると、再びこちらへ向かって来た

「また突進か! 馬鹿の一つ覚えが!!」

それならこちらはイリスとロデンを掴んでもう一度コイツを飛び越えてやろう!

そして壁に激突した所で磔の呪術を喰らわせてやる!!


そう考えて突進して来た山椒魚を、激突寸前で飛び越える!

「ここだっ!!」

あとはこのまま空中で後ろを向き、山椒魚目掛けて磔の呪術をーーーー



え?





「るひはん! よけてっ!!」



壁に頭を突っ込んでいる山椒魚に磔の呪術を放とうと、空中で身を翻した俺の目に入って来たのは………巨大な穴だった





違う、穴じゃねぇ






口だ!!



「うぉおおぉおぉッッ!!! صضننحغنو:١٢!!」


飲み込まれる寸前、障壁の魔術を展開し山椒魚を迎え撃つ

………が、なにしろ咄嗟の事だったので山椒魚の突進を完全に相殺は出来なかった


「ぐっ……あ……!!」

「るひひゃん!!」

障壁で軽減出来たとは言え、このデカブツの突進をもろに受けちまった俺は壁目掛けて叩きつけられた

それでも俺が身を以て護ったので、イリスとロデンには怪我は無い

あ、ロデンは怪我まみれなんだっけ

「るひひゃん! だいひょうぶてぶか!?」

「あ、あぁ。俺は平気だ……」



俺は山椒魚の後ろの壁を見て全てを悟った



結論から言えば、山椒魚は壁に激突していなかった

恐らく壁の寸前で急停止し、そのまま空中の俺たち目掛けて飛びかかって来たんだろう

つまりこいつは、俺の作戦を全て読んでいた上で俺たちを罠にハメやがったんだ!


「この魔物、ほどほどの知能がある」


こりゃあ舐めてかかると酷い目に遭わされそうだ

「もうひほいめにはってふひゃないでふは!」

「煩い!」

こんな時に俺の心を読むな!!




~~~~~~~~~~~~~~~


『う、ぉ!』

『きゃぁっ!!』

『な、なんだ今のは!? 爆発でも起きたのか!?』

『なにか大きな音が聞こえました! あっちの方で!』





『見てみろよイリス。この松明を……』

『なんですかこれ!? すごい勢いで燃えてるじゃないですか!!』

『多分この先はなんらかのガスで充満しているんだろう。だからロデンも松明を置いて行ったんだ』





『おいッ! コイツ……出血だけじゃねぇ! 全身大火傷してるじゃねぇか! خثفصضتي!』

氷結魔術で氷を作り身体に当てる

一体どんな事をしたらこんなになるってんだ!?





そして二本に枝分かれした尻尾には、それぞれの先端に巨大な岩状の物体が付着している





だが、山椒魚はそんな俺たちには見向きもせずに、二本に枝分かれした尻尾をガチガチと鳴らしている


~~~~~~~~~~~~~~~


ま、マズイッ!!


「イリスッ!! 今すぐ目と耳を塞げ!!」

「はへ?」



「クソッ!! صضننحغنو:٥٠؟١٠!! صضننحغنى:٥٠؟١٠!!」

まだ足りねぇ! 早く重ね掛けを…………っ!!



「伏せろぉおおぉおおっ!!」



俺がイリスに飛び付いて覆い被さった瞬間、凄まじい轟音……そして盲目の目すら眩むような眩い光が洞窟を支配した

洞窟の岩肌は抉れ頭上からは大小様々な岩が降り注ぎ、砕けては散って行く

「きゃあぁああっ!!」

「踏ん張れイリス!!」


この轟音の所為で、耳元で怒鳴っているのにイリスには全く聞こえてねぇ!

クソ! 早く終われ!!



「ぐっ……! 止んだか。イリス!!」

「うぅ………」

「クソ、余りの轟音に気絶してる……… そうだあの山椒魚は!?」



爆発が止んだので伏せた状態から立ち上がると、洞窟内はさっきとは比べ物にならないほどグチャグチャになっていた

見渡す限り瓦礫の山、そして濃霧とも錯覚するかのような土煙

壁や地面は抉れていて、所々が焦げている……


「あの野郎、ロデンをやったのもこれだったのか……ケホッ」



あの山椒魚が口から吐き出したのは揮発性のガスだ

それによってこの部屋を引火性のガスで充満させて、尻尾の岩をこすり合わせて火花を散らし爆発させる

これのせいでロデンは全身に火傷を負っていたんだな


そして同時にそれは……


「ゔぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ゛ぁあああ゛ぁぁあああ!!!」

「やっぱり爆発や炎に対して耐性がありやがる」


山椒魚は瓦礫の下から奇声をあげて飛び出してきやがった

まったく爆発で傷付いた様子はない

だが、それもここまでだ……



「さて、と……イリスを気絶させてくれた事には感謝してやるよ」

「あぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ!」

果たして理解出来ているのだろうか、山椒魚は俺たち目掛けて突進してくる

「うるせぇ声だ………」

俺はその大きな口目掛けて手を翳し……

「ゔぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ!! ぎゔぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ!!!」


「قضكضمكنلاخغ؛٨」


「っ……ぎぁおあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ!!」


その丸見えの舌に斬撃の呪術をぶち込んだ……が

「なんだ、これでも千切れねぇのか? 上級使ってやったのによ」

深い切れ込みは入ってるが、あと一歩という所で繋がってやがる

はぁ……気は進まんが仕方がねぇな


「ほぉらよおっ!!」

「い゛っ! がぁあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ!!!!」


仕方がないから直接手で力任せに舌を引き千切る

あーあ、手がべったべただ……



「おぉ、流石にこれは痛かったみてぇだな! よかったよかった!」

山椒魚は苦しそうな呻き声をあげてのたうちまわっている

そのせいで壁に身体を思い切り強打しまくってるが、そんな事も考えられないほどの苦痛らしい

ったく、コイツ洞窟を崩す気かよ


「しかしどうしようか? コイツかなり生命力が高いし……」

このまま磔の呪術や斬撃の呪術でジワジワ殺して行くのもいいが、それはそれで面倒だ




「仕方ない。これは疲れるからやりたくねぇんだけどな……」

手の平を地面に着け、そして詠唱する


「جظههغنبضظك!」



俺の詠唱が終わった瞬間から、手の平が置かれている地面を始まりにして地を亀裂が走って行く

そしてその亀裂は山椒魚の巨体を……


「あ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあああ!! お゛ぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁああぁあぉあぁあ゛あ゛ぁあぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁあああ!!!!」


容易く飲み込んだ




「ふぅ……結構大きい亀裂が入ったな。念のため下を見ておくか」

山椒魚が落ちた地点まで歩いて行き下を覗いてみると


「あら? まだいるじゃん」


どうやらこの亀裂は逆三角形型に入ったらしく、下の方が細くなっているので山椒魚が引っかかっているようだ

とは言っても、山椒魚がいるのはここから鉛直30m以上下だが……


こうなりゃアイツは自力でここまで来れないだろうが念には念を入れておこう

「じゃあな、バケモノ。久々に強敵と戦えて、とても楽しかったぜ?」

もう一度手を……今度は亀裂に添えて詠唱する

「جظههغنبضظك」


地面がピキピキと悲鳴を上げ始め、そして…………


バゴォ!!


こんな大きく不気味な音を立てて、亀裂が勢いよく閉じた

これで山椒魚もペチャンコだろう



「ふぃ~ 疲れた!」

ドサっと地面に座り込んで息を吐く

このアクゼナ史律、災害の呪術は途轍もないほどの大量の魔力を消費する


あの山椒魚がいなくなったら、充満していた臭いが瞬く間に消え去った

これで脅威は去っただろう

山椒魚的な意味でも臭い的な意味でも

「さぁてと、早く帰るとすーーー」


「カ、カルディ。ナル……さま……です、か……?」


どうしよう新たな敵が発生しよった!!



「お、おぉ……ロデン。おはよう……」

「おはよう、ござい…ます……ぐっ! くっ……!」

「お、おいおい! 無理して起き上がろうとするなよ、全身大怪我してるんだからよ!」

こんな所で騎士道発揮してどうすんだよ!

「あ、貴方様が……私を、救って………ぐうぅ…!」

「待て待て! 俺が肩を貸してやるから!」

ロデンの傍まで歩いて行き、無理矢理立ち上がろうとしているロデンに肩を貸す

「も、申し訳……」

「もう喋るな! お前は脚は血塗れで全身大火傷なんだぞ!?」

「申し訳ありまーー」

「コントやってんじゃねぇよ!!」


もうダメだコイツ!



「カルディナル、さま……お願いが……ありま、す………」

喋るなって言ってんのに!

「なんだ?」

「あっちの……扉、へ……私、を……連れて、行って……下さい」

ロデンがそう言って指差す方を見ると、確かにそこには大きな扉があった

「分かった。あ、それとイリスを起こさねぇと……」

イリスの奴、まだ気絶してやがる

「イ、イリス様……!? 一体何が……」

「それは追い追い説明すっから。ほれ、起きなさいイリス!」

「ん、うぅ~ん……」

ほっぺたをペシペシ叩いてみるが、小さな呻き声をあげるだけで起きる様子はない

「仕方ない。ここはあの手を使うしかないか……」

「あの手……?」

「ああ。絶対にイリスが飛び起きる手だ」


ロデンにそう言ってから、俺はイリスの耳元でこう囁いた





「イリス、巨乳の女がイリスの事を馬鹿にしてるぞ?」



「なんですとぉおお!!! 何処です!? 許しません!! 貧乳同盟の裁きを下します!! ……って、あれ?」




ほら起きた♪



今回はここまで
次回でイヴォアール編は最終回です

次回
【宝石】


今回もまた23時頃から投下予定

一度狂うとズレだままになってまう……



第7章 最終話


【宝石】



「ここは……?」

「なんですかここ? なんかとっても優しい感じがします……」

ロデンと共に扉を開けた俺とイリスの第一声がこれだ

「や、やっと……ここま、で……」

俺に支えながらも、ロデンは自らの脚で部屋へと入って行く


この部屋は今までの洞窟とは違い、いわゆる生活感があった

床には絨毯のようなものが敷いてある場所もあったし、壁岩も明らかに人工的に削られた箇所がある

「これは椅子か? 大分朽ちてしまってるが………」

「椅子にしては小さくないですか? これじゃあ私が座っても壊れてしまいそうですよ?」



「それはイリスが食い過ぎで……痛ェッ! つ、抓るなよ……」

「ふんだっ! ルディさんの方が私よりも重いくせに!」

ツッコムところはそこじゃねぇだろ……

あーあ……すっかり拗ねちゃった

イリスは俺を無視してどんどん先へと行ってしまった

「あ、ここにあるのは机みたいですよ。でもこれもボロボロになってます」

ボロボロになった絨毯の上に、確かにそれはあった

でも如何せん小さ過ぎる

これでは満足に食事を取ることだってできねぇよ



「ここにはタンスがありますよ! それにこっちには小物入れまで!」

「イリス、あんまり走ると転ぶぞ」

「ごめんなさ……あ、ふーんだ!」

「はは、イリスは中途半端に意思が強いな」

苦笑しながらイリスの後を続いて行く

「カ、カルディナル様……申し訳ないのですが、あちらの小物入れまで……私を連れて行って貰っても宜しいでしょうか……?」

「申し訳ないなんてことはねぇよ。そこの小物入れでいいんだな?」

ロデンが頷いたので、そこまで歩いて行く

イリスもトコトコやって来た



「この小物入れ、なにか金属で出来てませんか?」

大きさにして大の大人の握り拳くらいだろうか、とても小さな小物入れだ

形はごく一般的な宝箱を模している

イリスはその小物入れを手にとって開けようとしている

「この小物入れ、開きませんね。やっぱり何処か壊れしまっているんでしょうか?」

「いいえ、違います。その、後ろを……ご覧下さい」

「後ろ? あ、なにか鍵穴があります!」

「鍵穴? 俺にも見せてくれよ」

「ツーンだ!」

イリスから小物入れを受け取ろうと手を伸ばしたらソッポを向かれた

「さっきは悪かったって。もう言わないから許してくれよ」

「…………………………どうぞ」

イリスは長らく考え込んだあと、俺に小物入れを渡して来た

「どれどれ……本当だ、小さい鍵穴がある」

小物入れを下から見ると、確かに小さな穴が空いていた



「この鍵が……その宝箱を、開く鍵です」

「これが?」

ロデンが懐から取り出したのは小さな鍵だ

ロデンは俺から小物入れを受け取ると、宝箱の下にそれを差し込んだ

「お、入った」

「本当だ、入りました!」

ロデンは静かに鍵を回した

小物入れはカチャッと音を立てて静かに開いて行く

俺とイリスはその中身を興味津津で覗き込んだ、が……




「これは……」

「石?」

中に入っていたのは、薄い青色をしている小さな小石だった

それには所々傷が付いていて、お世辞にも宝石とは思えない

「あ、あのっ! これでいいんですか!?」

「だよなぁ。こんなちっぽけな小石が本当に宝石か?」

「……………えぇ。これでいいんです」

俺とイリスの怪訝な顔を真っ直ぐから見つめ返し、揺るぎない意志を見せてロデンはそう言った

「さぁ、戻りましょう。もうこの洞窟には用はありませんから」

「お、おい!?」

ロデンは俺から離れると、剣を杖代わりにして来た道を戻り始めた



「ロデンさん大丈夫なんですか!? まだ大怪我しているのに!」

「幸いにも骨は折れておりません。それに火傷も、顔や手足といった露出している……場所にしか負っていませんので」

「それでも大怪我だろ。無理はしなくていい」

まだ話し方もたどたどしいじゃねぇか

「いえ、私は騎士です。このような事で…あなた方に迷惑をおかけするわけに、は………」

「ロデンッ!!」

そこまで言って、ロデンは膝を付いてしまう

剣を必死に握りしめて立ち上がろうとしているが、やはり身体は言う事を聞かないようだ



「無理するな。イヴォアールまでは俺が送り届ける」

「し、しかし………」

「お前がそんなだと俺の連れが傷付くんだよ。少しは俺の言う事を聞け」

そこまで言ってから、ロデンの返事を聞かずにもう一度肩を貸す

「も、申し訳ありません……」

「気にするな。行くぞイリス! イリス?」



後ろを向いてイリスを呼ぶと、イリスは入り口からは正反対の壁を見つめていた

「どうしたんだよ? 早く帰ろうぜ」

「待ってください。この壁の向こうは……多分外に繋がってます」

「なに?」

イリスに言われて壁まで向かって調べてみる

「本当にか? 俺には全く分からねぇぞ?」

「多分大丈夫だと思います。ルディさん、この壁壊せますか?」



「よし、ちょっと待ってろ。ロデン、悪いが少し離れていてくれ」

「かしこまりました」

ロデンを絨毯の敷いてある場所まで持って行って座らせる

そして壁に向き直って呪術を……って!

「イリスもそこをどけっての!」

「あっ! そうでした」

全く………

それじゃあ気を取り直して!


「فحمضمكغن:٤!」


衝撃の呪術で壁に強い打撃を与えると、壁にヒビが入った

「うお!? 結構硬いぞこれ!」

今の詠唱はおよそ、時速100kmで400kgの物体が衝突したぐらいの打撃を与えるものなんだが……

「カルディナル様。その壁は……巨大な岩が穴を塞いでいるのです……」

「なるほど。これは壁じゃなくて巨大な岩なのか」

それじゃあ衝撃の呪術じゃ壊せねぇ

それなら!


「كغياغمك:٥!」


詠唱と共に、俺の手の平を小さな風の渦が踊り出した



「あっ! それって消滅の呪術ですよね!」

「そうだ。よく覚えてたな」

これは久々に使う呪術だな

ほら、初めてイリスに出会った時にイリスの父親であるローズ・オルタンシャを吹っ飛ばした奴だよ

あの時の詠唱では俺を中心に竜巻を起こしたが、今回は手の平に小さな風の渦を作り出した

「そんなに小さくて平気なんですか?」

「小さい? 何を言ってるんだよイリス。この小さな渦にどれだけの威力が込められてるか分かってるか?」

「え?」

論より証拠、実際に見せた方が早い!

「そぉらっ!!」

小さな渦を壁に投げつけると、その渦は壁を地面代わりにして回転し続けた

その渦は次第に大きくなり、そして…………

「あ、あれ? 渦がだんだん小さく………」

「違うよ。よく見ろ」

「え? ああっ!!」

「な?」

渦はそのまま壁を掘り進んでいるのだ

どんどん壁にめり込んで行っているから、イリスの目には竜巻が小さくなって行くように見えたんだろう



「消滅の呪術は本来こういった使い方をするもんなんだよ。竜巻の先端を対象に投げつけて、ドリルの要領で抉り取るんだ」

因みにこれを人間に向けて投げつけると、一瞬で腹にポッカリと穴が空くぜ?

ローズ・オルタンシャには手加減した奴を放って正解だろ?

「あの、ルディさん。今って岩を削ってるんですよね? それなのになんで削られた砂が出てこないんですか?」

「おいおいイリス。もう一度この呪術の名前を言ってみろよ」



消滅の呪術は文字通り対象を“消滅”させる

厳密には人間の目には見えないくらいに細かくしてしまうんだがな

流石にこの呪術でも、質量保存の法則に抗えねぇよ

それでも、岩を削っているにも関わらず土煙一つ起きないってのは凄いだろ!



イリスには最初に見せたアクゼナ史律だが、磔や衝撃の呪術よりも格段に殺傷能力が高い呪術なんだよね

尤も、斬撃の呪術みたいに広範囲の敵を一掃することはできないけどな


「さてと。これが岩を全部削り取るまではまだ時間がかかる。その間に……」

懐から赤い薬草と瓶を取り出してロデンに向き直り

「その火傷に合う薬でも作るとするか。イリスも知ってると思うけれど……凄く染みるぜ?」

ニヤリと笑いながらそう言った










「よし! やっと開通したぜ!! って……嘘だろ!?」

「やりましたねルディさん! って、ここって!?」

こいつは魂消たぜ!

なにしろ目の前にイヴォアールの街を囲んでいる壁が見えたんだぜ!?

すぐそこに城の反対側が見えるぜ!



「こ、この洞窟ってこんなにイヴォアールから近かったんですか!?」

「こんなイヴォアールから近い洞窟にあんなバケモノがいたってのかよ!? おい、どう言う事だよロデ……ロデン!?」

「は、はい…… せ、説明……させ、て………」

ロデンはまるで操り人形のように、たどたどしく歩いて来た

ロデンが全身に大火傷をしているのを知らなかったら、大笑いしてたかも知れねぇな

「染みるだろ? その痛みはいくら訓練しても抗えない痛みだからな」

「ほ、本当に……染みっ!」

でも凄くね?

さっきまで1人じゃ立つ事すらできなかったのに、今はもう1人で歩いてるんだぜ?

この薬の即効性の証明にこれ以上のデータは要らねぇだろ



「あの、洞窟は……以前、イヴォアールが所有する……卑金属や貴金属の採掘場で…あったのです」

「採掘場だぁ?」

「あんなに入り組んでいたあの洞窟がですか!? とても金属の採掘に向いているとは……」

「もともと、あの洞窟の入り口はここ……だったのです。しかし、10年以上も前に……落盤事故が起こり…入り口が閉まってしまい……」

だから遠回りしてあちらの入り口から入ったってわけか

「さ、さぁ……早くイヴォアールまで向かいましょう。ここは門から正反対の位置ですので……」

「そんな必要はねぇよ」

「え?」

「ほら、負ぶされよ。イリスは抱っこな」



そう言ってロデンのすぐそばでしゃがみ込む

「い、いえ! そこまでして頂くわけには……」

「むしろここから門まで歩いて行く方が億劫だ。素直に言う事を聞いておけ」

ロデンはしばらく迷っていたが、やがて 失礼します と小さく行ってから俺の背中に負ぶさった

「それじゃあ私は前ですね!」

イリスはそう言って、俺のお腹めがけてピョコンとジャンプしてきた


「2人ともしっかりと掴まってろよ!」

そう警告してから走り出す

ロデンの俺を掴む力が多少強くなった事を感じながら、そのまま力の限り飛び上がった

「ひゃあ! やっぱり高いです!」

「うわっ! あっ……うあ!」

眼下にはイヴォアールの巨大な城

久々に大ジャンプしたがやっぱり気持ちいいぜ!



「今から落ちるぞ! 振り落とされるんじゃねぇぞ!」

「はい!」

「あ、わ、わ……」

元気良く返事するイリスとは対象に、ロデンはなにかわけの分からない事を口走るのみだ

さてと、何処に降りよう……ん?

丁度いい、あそこに降りよう!


狙いを定めて急降下していく


イリスは『きゃあ~♪』なんて楽しそうな悲鳴あげてるな

ロデンは痛いくらいに俺にしがみ付いて来やがる



「あらよっとっ! 着地成功だぜ!」

無事に着地してからイリスを下ろしてやる

「はぁ~! やっぱりこれって楽しいです!」

「はは、一番最初はすごく怖がってたくせに」



あの夜の森ではこれ以上ないくらいに怖がってたのに……人間って変わるもんだぜ!

「ロデン、下ろすぞ?」

「は、はい……」

次にしゃがみ込んでロデンをゆっくりと下ろしてやる

ロデンはそのままフラフラと進んで行き、そのままドサリと尻餅をついてしまった

「お、おい! どうしたよ!?」

「ロデンさん!?」

「い、いえ……大丈夫でございます……… た、ただ……通常では味わえない……経験でしたので……」

ありゃ~悪い事したかな?


「こらぁ! 貴様ら!!」

と、そこに1人の男がやって来た

って、あれって………

「あ、お城の門番さんだ」

昨日、ローズ・パールにクソ味噌にされた城の門番だ



「いきなり上から降ってくるなどどう言うつもりだ!! 貴様はここをなんだと思っているんだ!!」

「す、済まん」

こればっかりは反論の余地もねぇよ

頭を下げて誠心誠意謝る

「……ってロデン! お前なんでここにいるんだよ!?」

「い、いろいろあってな」

ロデンはゆっくりと立ち上がりながらそう言った

「お前のんびりしてる場合じゃねぇぞ! さっきマスティックの野郎が王と王女様のいるお部屋まで行っちまったぞ!!」

「な、なに!? しかし宝石はまだ私が持っている!」

「なんか知らんが大きい宝石を従者が持っていた! 多分あれで王女様を騙すつもりだ!」

「くっ……!」

それを聞いた途端、ロデンは大急ぎで走って行ってしまった

「ちょっ! 待ってくれ!!」

「急ぎましょうルディさん!」

「こ、こらぁ! 受付を済ませてから城に入れ!!」


後ろで怒鳴っている門番には悪いが、ロデンを追ってそのまま城内を走っていく

なにせロデンを見失ったら、この城で迷子になるのは目に見えている



「なんだよあのロデン! さっきまでとは全然違うぞ!」

「は、速すぎますよ……! 全然大火傷してるように見えません!」


階段を登っては降り、はたまた降りては登り

それを10回は繰り返した頃だろうか、話し声が聞こえて来た

「あ! アイツらがいたぞ!」

「本当だ!」

遠目からでも分かる

あの趣味の悪い服装は紛れもなくマスティック!


マスティックは俺たちが駆けつけて来た事に気付いたようだ

ロデンはそんなマスティックのそばまで走って行くと、そのまま片膝を立てて跪いた

「イヴォアール王宮騎士ロデン、ただいま北の洞窟より帰還いたしました」

「……………チッ」

マスティックはまるで汚物でも見るような目で、眼前のロデンを見た

「宝石もこちらにございます。マスティック様、どうぞお納め下さい」

その言葉を聞いた途端、マスティックの顔が憤怒に染まった



「貴様! 俺の名前をその小汚ねぇ口から出すんじゃねぇっ!!」

あの野郎またロデンの顔を蹴るつもりだ!

もう我慢できねぇ!



「おらっ……あ?」



振りかぶった右足がロデンに当たる直前に、マスティックの脛を掴み受け止める

これにはマスティックもロデンも驚いたようだ

2人ともしばらくの間何も考えられなくなったらしく、それこそ時間が止まった感覚に陥った

「き、貴様! 無礼だぞ!! 」

そんななか、マスティックの従者がいち早く回復し怒鳴りつけて来た

「こちらにいらっしゃる方はエカルラートのサフォーク家のご子息である、サフォーク・マスティック様である! 即刻その汚い手を離せ!」

「残念だが断る。離して貰いたきゃ力尽くでなんとかしてみろ」

「貴様ァ! この俺に触るんじゃねぇ!」

やっと回復したマスティックは、俺の髪の毛を掴もうと手を伸ばして来た

でも……遅すぎる

まぁ、一般人なんてのはこんなもんだな

「おっと」

「ぐっ!」

そのままマスティックの腕を掴み、力弱く捻りあげる

「ぐ、うああぁぁ! は、離せ!」

「ほらよ」

「うわぁ!?」

ご要望通り脚と腕から手を離して軽く突き飛ばすと、マスティックは四つん這いの格好で倒れた

「マスティック様!」

従者はマスティックに駆け寄って助け起こした

ふん、対して強く突き飛ばしてもいねぇのに大袈裟なこった



「き、貴様! 絶対に後悔させてやるぞ! 今だって宿にはマスティック様の護衛について来た兵が30人いるのだからな!」

従者がなにやら吠えているが煩くて仕方ない

そろそろ黙らせるか

「俺はカルディナル。あちらにいらっしゃるローズ・イリシュテン様の従者だ」

「ロ、ローズ!?」

その家名を聞いた途端、マスティックと従者の勢いは一気になくなった

「イリス様は争いがお嫌いだ。だから俺はお前たちの争いを止めた。何か問題があるか?」

腕を組んでマスティックと従者を見下ろしてそう言ってやる

2人はとても屈辱的な表情をしていたが、ついにはなにも言い返せなかった


納得してもらえたところで、俺は一歩後ろへ下がる

そこへロデンが進み出て、懐から小物入れを取り出しマスティックへ差し出した

マスティックはロデンを眼殺できそうな目で見ていたが、黙って小物入れを受け取り蓋を開けた


「………なんだこれは?」



「北の洞窟で手に入れた、パスティーユ王女の宝石でございます」

「こんな石ころがか!? 俺をバカにするのも大概にしろ!!」

マスティックは怒りで顔を真っ赤にしながら小物入れをロデンに向かって投げつけた

「はぁ、はぁ……やっぱり貴様などに少しでも頼った俺が大馬鹿者だった! どうせ宝石を見つけ出せずに逃げ帰って来たんだろう!!」

マスティックは吐き捨てるようにそう言うと従者に手を差し出した

従者はその手に大きな箱を渡す

「貴様らは黙って見ていろ! 俺がこの国の支配者となる瞬間をなッ!!」

そう言ってマスティックはそばにあった大きな階段をズンズンと登って行ってしまった




「あちゃ~ やっぱりこうなったか。どうするよ?」

「ルディさん、私たちも上に行きましょう。幸いにも黙っていれば見学してもいいみたいですし!」

そう言ってイリスはズンズン上へと登って行った

「お、おい! イリス! ったく………」

苦笑しながら俺もそれに続き、そのあとをロデンもついて来た



階段を登り切ったそこには大きな扉があった

恐らくこれが玉座へ続く扉なのだろう



「開きますよ」

「おう」

イリスが押すと、扉はその大きさからは想像できないほど滑らかに、且つ静かに開いて行った



中に入ると、丁度マスティックがパスティーユ王女の前で跪いている場面に出くわした



「パスティーユ王女、北の洞窟より宝石を持ち帰って参りました。私の愛の証として是非お納め下さい」

マスティックはそう言ってパスティーユ王女に箱を差し出し、勿体ぶってから蓋を開けた



「おっ………」

「凄い……」

流石の俺も多少驚いてしまった

箱に入っていたのはとても大きなサファイアだった


「うわっ! なにあれ凄いのう!」

ついでに玉座に座っているフォンセ王も大はしゃぎしている事をここに付け加えておく……



「さぁ王女。どうか………」



マスティックは芝居がかった仕草でパスティーユ王女に宝石を差し出した

「…………………違います」

パスティーユ王女は静かにその宝石を見ていたが、やがて静かに首を横に振った

「私の欲しかった宝石は、そのような物ではありません」

「な、なんと!?」

マスティックは呆気に取られた表情で、パスティーユ王女を見つめている

パスティーユ王女は気配に気付いたのだろうか、ふとこちらを……厳密にはロデンを見てハッと息を飲んだ


「ロデン! どうしたのですその顔の火傷は!!」

パスティーユ王女は血相を変えてロデンに駆け寄って来た

「この程度の火傷など大したものではありません」

「なにを言っているのです! は、早く治療を!」



「よし! そこじゃ! 人工呼吸じゃ!!」

火傷に人工呼吸は必要ないですよフォンセ王………



「落ち着いて下さい。私めは大丈夫でございます」

「し、しかし………」



「こちらのイリス様とカルディナル様が素晴らしい火傷の薬を下さったのです」

ロデンは俺とイリスを示してそう言った

「ま、まぁ! ありがとうございます! よくぞロデンを救って下さいました!」

「どうも」

「い、いえ。そんなに感謝なさらなくても大丈夫ですよ!」

パスティーユ王女は俺とイリスの手をギュッと握り、涙目になりながら何度も頭を下げて来た

流石に居心地が悪い……


「そ、それにしても何故そんな大火傷を………ま、まさか! 北の洞窟へ行ったのですか!?」

「はい。申し訳ございません、宝石は見つかりませんでした……」

「そんなっ! そんな事はいいのです! 私は、貴方が……無事なら……!」

「しかし“想い出”が見つかりました」

「え?」

「子供の頃の……想い出が……」

ロデンはそう言って懐から小物入れを取り出しパスティーユ王女に手渡した

「こ、これは………」

パスティーユ王女は小物入れを開き、中の小石を取り出した

「…………………今でも鮮明に思い出せます。幼き頃、貴方と一緒にお城の裏にある貴金属の採掘場へ行ったこと」

「ええ」

「その奥で貴方と一緒に遊んだこと。お父様や貴方のお母様に叱られたこと。それでも何度も何度も洞窟で遊んだこと………」

「はい」

「私が宝石を欲しいと貴方に駄々をこねたこと。そして貴方が……この小石をくれたこと」

パスティーユ王女は、その小石を愛おしそうに包み込んだ


「この小石は……この世に二つと無い……私の大切な宝石です」




「ま、まさか……… そんなっ……小石が……!」

マスティックの奴、瀕死状態だ



ロデンはパスティーユ王女に黙って一礼し、そのまま扉へ向かって行った

「ロデン!」

「ダメです、パスティーユ王女。私はまだ、一人前の騎士になっておりません。まだ……ダメなんです」

ロデンは振り向くことなくそうパスティーユ王女に告げた

「………待つのにはもう慣れました。でも、私がお婆ちゃんになってしまうまでには……迎えに来て下さいね?」

「……………お約束します」


そしてロデンは扉を開き、静かに玉座の間から去って行った



「やっと……やっとこの宝石が私の元へ………うふふ」

パスティーユ王女は心ここに在らずといった体で宝石を愛おしそうに見つめている



「あ、あの~ 王女、様?」

「あら? 貴方、まだいらっしゃったんですか? もう帰って頂いて結構ですよ?」

うわっ……これは酷い!

パスティーユ王女、恋する乙女の表情でマスティックにそう言いやがっ………仰られた!

これは冷たくあしらわれるよりもダメージがデカイぜ!!

「それでは皆さん。ごきげんよう」

パスティーユ王女はショックを受けているマスティックに気付かずそのまま部屋へ戻って行った




あとに残されたのは俺とイリス、マスティックとその従者、そしてフォンセ王だ


「あ、あ~ そのだな。つまり話はもう決まっていたようじゃな! あははは……正直済まなかった、もう帰っていいぞ」

「こ、こんなマネをしてただで済むと思うな!! こ、こんな国俺の一言で簡単に滅ぼせるんだ!!」



「みくびるな小僧!!」



うお! フォンセ王が怒鳴った!?


「たとえ未熟者だろうが王としての器がなかろうが! 1人じゃなにも出来なかろうが子供っぽいと言われようが! パスティーユに叱られようが誰もフォンちゃんと呼んでくれなかろうが!!」

酷い王だ

「わたしはこのイヴォアールの王だ!! 貴様なぞの軍勢に攻められようがわたしが………ロデンが護ってくれるわ!!」

格好いい顔と声で言ってることはこれ以上ないくらいの小心さだ……



「く、くそ! 絶対に後悔させてやるぞ!!」

マスティックはそのまま扉まで駆け出して行き部屋を出ようと


「ここかあッッ!!!」

「ふぐぉあ!?」


そしたらいきなり扉が開いたわけで………マスティックは鼻血を吹き出して部屋にひっくり返ることになった


「マスティック様!?」

「なっ! お前!」

「お姉様!?」


部屋に入って来たのはローズ・パールその人だ!


「マ、マスティック様~!!」

「ぅ……ぁ………」

「なんだ貴様は? そんな所で眠るなど場所を選ばんにも程があるぞ」

ローズ・パールは転がっているマスティックを跨いだ

「お、お姉様! なんでここに!」

「おお、イリス! やっと見つけたぞ! この城内を走り回った甲斐があったぞ! どけっ!」

ローズ・パールは俺を突き飛ばすと、笑顔でイリスの元に駆け寄った

「お前たちが北の洞窟に行ってからな、ほんの30分程度で復活はできたのだがお前たちを追うには時間がないと思ってな。マスティックという輩に説教をしようとこの城内を探索していたのだ!」

「は? ま、まさかお姉様! この城の中をずっと歩き回っていたんですか!?」

「ははっ、まさか。そんなわけないだろう」

「で、ですよね………」

「ずっと走り回っていたのだ! はっはっは!!」


あ~あ、イリスの奴絶句してるよ………



それから僅か1日後

イヴォアール全域に、パスティーユ王女とサフォーク・マスティックの婚礼の儀が取りやめになった事が広まった

街の者の反応は皆揃って『ああ、やっぱりか……』だ

2人は隠しているつもりだったようだが、どうやらパスティーユ王女とロデンの関係は皆が知っていたようだ

だからこそパスティーユ王女とサフォーク・マスティックの婚礼の儀は、初めから誰にも受け入れられていなかったようだ

でもおかしいよな?

通常の国だったら、王女と王宮騎士の恋など誰もが禁じる事だと思うんだけどよ

街の者はともかく、イヴォアールの城に仕える重役も皆がロデンとパスティーユ王女の恋を応援してるんだもん



その事を疑問を思って、不本意ながらも俺の追っかけになってしまった女達に聞いてみたんだ

そしたらこう帰って来た


『だってあの王様だもん』



…………納得



まぁ、そんなこんなで2日後

マスティックとその護衛達は、イヴォアールから逃げるように帰って行った

その間街の者は、皆揃って冷やかな視線を向けていたという

どうやらマスティックもその護衛たちも、街の中ではとてもじゃないが褒められた態度ではなかったようだ

つまりは皆の嫌われ者だったわけだ


と、言うわけで

俺たちはやっと、当初の目的であった大聖堂の開放に成功したのだった




「でもなぁ、大聖堂が開いたからってあの女の人がいるとは限らないだろ?」

大聖堂に向かって歩いていきながら

「大丈夫です。あのお姉さんは絶対にいます!」

イリスは俺の言葉を全く意に介さずズンズン進んで行く

「そうかねぇ………」



因みにローズ・パールはまた宿でへばっている

俺たちはロデンの手助けをしたという名目、アイツはマスティックに鼻血を吹かせたという偉業のお陰で、城の食事会に招かれたのだ

そこでもやっぱりアルコールを使った料理が出たわけで………


「帰りに何か冷たい物でも買って行ってやるか……」

「ふふ、ルディさんもお姉様に優しくなりましたね。あとは本人の前でその優しさを出せれば万々歳なんですけれども……」

「はんっ! そんなの絶対に御免だね!」


そんな笑い話をしながら大聖堂までやって来た

大聖堂の扉は今までの街と同じように開け放たれていて、ここからでも中にある大きな石像が確認できた


「今回もまた立派な像だな」

「そうですねぇ!」

今回のこれはなんなんだ?

イリスよりも小さな女の子が、一輪の花を持って俯いている像だ



「ふふ、お久しぶりね。イリスちゃん、カルディナルさん」

像を見て考えを巡らせていると、不意に後ろから話しかけられた



「あ、お姉さん!」

そこにあの女性はいた

てか本当にいたぜおい!?

「どうですルディさん? ふふーん!」

可愛いドヤ顔で俺を見てくるイリス

うん、参りました


「それじゃあそこに座って。イリスちゃんはもう待ちきれないんでしょ?」

「はい! さ、早く座りますよルディさん!!」

「おいおい、引っ張るなよ!」

イリスは椅子にちょこんと座った

姿勢はビシッと! 手はお膝!




「それじゃあ始めましょう。イヴォアール神話、『愛の女神の物語』を」



これでイヴォアール編は終了です

次はアルマニャック編に入ります


今日の20時頃から投下できればいいなぁ と思ってます

一週遅れて申し訳ない

今回は久々の神話です



ローズ・イリシュテン様はこの物語を観覧して下さった皆様に、心ばかりの贈り物をなさいました


どうぞご覧下さい


"هف سطمه بغ خةبختف"
(イヴォアール神話)

"مضشف بغ عبققفنن بغ شبةف"
-愛の女神の物語-



むかしむかし、ナンシャイアと呼ばれていた大地にとても綺麗な森がありました

そこには沢山の花が咲き乱れ、木々は豊かに葉を茂らせていました

そんな森の奥深く、大樹の根元には1人の女神が暮らしていました

女神の名前はイヴォアール、少女は愛を司る女神でした

女神はこの森から離れることはなかったけれど、それでも毎日を楽しく過ごしていました


そんなある日、女神は大空を舞う鷹へと語りかけました



「ねえ、鷹さん。お外の世界にいる人間はどんな生き物なの?」

鷹はそれに答えます

「女神よ、人間は不完全な生き物です。彼らは決して争いを止めようとはしないのですから」

イヴォアールはその言葉にとっても驚きました

イヴォアールにとって、争いを起こすことなどあり得ないことだったからです

「なんで人間は争いを起こすの? みんなで仲良く過ごした方が楽しいのに」

「それこそ、人間が不完全だからです」

イヴォアールはその言葉を聞いて、とっても心を痛めてしまいました

そして、もしも人間が不完全ならば、それを改めることこそ女神である自分の仕事

そう考えるようになりました



「ねえ鷹さん。もしも人間の世界が愛で満ち溢れたら、人間は争いをやめるかしら?」

鷹は女神がなにを言っているのか最初は分かりませんでしたが、やがて驚いたように女神にこう言いました

「いけません女神よ。あなた様が人間を救うなどと考えてはなりません」

「どうして? 私は人間が争いをしているのが嫌い。だから私の力で争いをなくしたいの」

もしも争いがなくなれば、それはイヴォアールにとっての幸せです

だからイヴォアールは、どうしても人間を助けてあげたいと思ったのです

「それに、もしも人間が完全な存在になったのなら、私も人間と一緒に暮らせるかもしれないじゃない」



鷹は今度こそ驚きました

女神が人間の目の前に姿を現すこと、ましてや共に過ごすことなどは世界の禁忌だったからです

だから鷹は女神を必死に説得しました

しかし、女神のあまりの熱意に最後には根負けしてしまいました

「分かりました女神よ。でも、これだけは約束して下さい。人間の醜さを見ても、どうかお嘆きにならぬよう」

「大丈夫。私は愛の女神なんだもの。だから鷹さん、ここへ人間を沢山連れて来てね」

鷹は後ろ髪を引かれる思いでしたが、やがて何処かへと飛び立って行ってしまいました






それからしばらくして、大陸全土にある噂が流れました

それは、ナンシャイアの大地にある森には女神が住んでおり、そこへ行けば永遠の愛が約束されるというものでした

ナンシャイアの大地といえば、誰もが足を踏み入れることを躊躇う荒涼とした未開の大地です



人間たちはそんな大地に、森があるということすら知りませんでした

だから初めの頃はみんな半信半疑だったので、だれも訪れることはありませんでした


しかしとうとう、女神の森へ一組の男女がやって来たのです



2人はその森の奥深く、大樹の元へと導かれるように辿り着きました

そしてその大樹の根元にある一輪の花を手にしたのです

その花こそ女神イヴォアールが作り出した、永遠の愛を約束する奇跡の花だったのです



その花を手にとった2人は、まるで初めから決まっていたかのような口付けをしました

そんな2人を木陰に隠れて見ていたイヴォアールは、その事をとっても喜びました

これでこの2人は永遠に争う事がなくなったからです



それから、この森の奇跡は瞬く間に大陸中を駆け巡りました

日に日に訪れる人は増えて行き、一日に20組の男女が訪れる事さえありました

そしてイヴォアールは、その全ての人に奇跡の花を与えたのです

そんなイヴォアールの心に呼応するかのように、森はどんどん綺麗になって行きました


イヴォアールは、来る日も来る日も奇跡の花を与えました

そして与えた花の分だけ、この世界は愛に包まれて行ったのです

イヴォアールはその事をとっても喜びました

だってこの世界から、争いはどんどんなくなっていったからです



そんなある日、一組の男女が森へとやって来ました

2人の服にはとても綺麗な刺繍がしてあり、とても綺麗な人たちでした

イヴォアールはそんな2人をたまたま森の入口付近で見かけたので、いつものように奇跡の花を大樹の根元に咲かせようと思いました

でも、その2人はなにやら様子がおかしかったのです

今までここに来た人たちは、みんなニコニコと笑顔だったのにこの2人はそうではなかったのです

イヴォアールはその事に興味を持ち、こっそりと2人に着いて行こうと思いました



2人は共に手を取り合って、どんどん森の奥へと進んで行きます

イヴォアールは、2人に気付かれないようにちょっとだけ用心しながら進んで行きました



そして2人の人間と1人の女神は、やっと大樹の元へと辿り着きました

女性の方はしばらく大樹を静かに見上げていましたが、徐に泣き出してしまいます

イヴォアールはその事にとっても驚きました

男性も女性を必死で慰めていますが、その顔は沈んでいるのです


どうやら2人は、共に添い遂げる事を両親に反対されているようでした

それでも2人は、イヴォアールの加護が必要ないくらいに愛し合っているのです

イヴォアールはその事をとても悲しみました

でもこれは、奇跡の花だけでは解決出来ない問題です

そこでイヴォアールは人生で二度目の禁忌を犯す覚悟を決めました

なんとイヴォアールは、その2人の前に姿を現したのです



イヴォアールを見た2人はとっても驚きました

なぜならイヴォアールは、人間とは思えない神々しさを纏っていたからです

イヴォアールは黙って2人に近づくと、2人をぎゅっと抱き寄せました

イヴォアールの身体はその2人よりも小さかったけれども、それでも力一杯抱きしめたのです


「あなた達は愛し合っているのでしょう?」

イヴォアールは、透き通った水のように清らかな声でそう言います

「私は知っている。あなた達の愛の強さを。いまこの瞬間にも感じているわ」

イヴォアールはさらに力を込めて、グッと2人を抱き寄せます

「だから私はあなた達の愛を認める。たとえああなた達の両親が認めなくても、世界があなた達を認めなくても、私だけはあなた達の愛を認めます」

イヴォアールは静かな声で、それでも力強くそういいます



イヴォアールに抱かれたその2人は、涙を流しました

今まで自分たちの愛を認めてくれた人など誰1人としていなかったからです

2人はイヴォアールに抱かれたまま、安らかな眠りへとつきました

イヴォアールはその2人を大樹の根元にゆっくりと寝かせると、そのまま森の奥へと戻って行きました

そして翌朝、目覚めた2人が手を取り合って森から去って行くのを温かく見護ったのです



それからしばらくして、一つの噂が大陸を駆け巡りました

ある地域で国同士が戦争を始めたというのです

それを聞いた人々は驚きました

その二つの国は確かにとても仲が悪い国でしたが、このような戦争が起こるほどではなかったのです

そしてその噂は、イヴォアールの元にも風と共にやって来ました

その事を聞いたイヴォアールはとっても悲しみ、鷹へ自分を戦場に連れて行くようお願いしました

鷹は最初、そんな事とんでもないと言って取り合おうとはしませんでした

しかし女神のあまりの剣幕に押されて、結局は女神を戦地へと運んでしまいます

そして鷹はその事を激しく後悔する事となりました



廃墟と呼ぶにはちょっとおぞましいその姿に、女神イヴォアールは絶句しました

焼け爛れる大地に死んでいる人々が沢山います

沢山あった家も、その全てが壊れてしまっていました

本当にこんな場所で人々が生活していたのか

イヴォアールはそれすらも疑いたくなるほどでした

「もう一つの国も、ここと同じ惨状です」

鷹は優しく語りかけるようにそう言います

しかしその言葉を聞いて、イヴォアールはついに涙を流してしまいました

そしてイヴォアールは、その涙で潤っている目で見てしまったのです

この焼け爛れた大地に立っていた二本の国旗を



イヴォアールは自分の目が信じられませんでした

だって二本の国旗に描かれた模様は、この前森に訪れた2人の服にあった刺繍と同じだったからです

鷹はそんな女神から、辛そうに目を背けてしまいました


そう、鷹は全て知っていたのです

女神イヴォアールが敵国同士の王子と王女を結んでしまった事を

それが原因で両国が滅んでしまったことを


それを悟ったイヴォアールの嘆きは、それはそれは深いものでした

鷹はやっと女神をナンシャイアの森へと運んで来ました

しかしイヴォアールは、何も話そうとはしません

あの柔らかな笑顔を見せる事もなく、一日中しくしくと泣きじゃくるばかりです



鷹のどんな慰めの言葉も、決して女神には届きませんでした

そしてイヴォアールは、とうとう鷹を森の外へと追い出して独りぼっちになりました

そんなイヴォアールの心に呼応するかのように、森はその姿を変えて行きます



そのあくる日、この森へやって来た一組の男女はとても驚きました

だって、自分たちが聞いていた森と目の前の森があまりにも違っていたからです

それでもと、2人は森へと恐る恐る入って行きました

しかし、2人が再びこの森から出て来る事はありませんでした

それからも、この森は沢山の人々を飲み込んで行ったのです

いつしかナンシャイアの森は“死の森”と呼ばれるようになり、人々から恐れられるようになりました

しかしイヴォアールは、そうなってもなお独りぼっちで泣いています



深い深い嘆きはそう簡単に癒えることはありません

この後もイヴォアールは、とてもとても永い時間を泣いて過ごしたのです




そんなある日、1人の青年がナンシャイアの森を訪れました

青年はナンシャイアの森を見上げましたが、やがてゆっくりと奥へ進んで行きます

ナンシャイアの森は、昔の姿とはかけ離れていました

草木は朽ち、毒の花と荊の壁が青年の道を阻んでいたのです

しかし青年は臆する事なく奥へ奥へと進んで行きました

そしてあらゆる艱難の果てにとうとう森の一番深い場所、大樹の元へと辿り着いたのです

そこで青年は大樹の根元でしゃがみ込んでいる少女の姿を見ます

そしてその瞬間ハッとしました

青年は少女がそこにいるのは当然だと、なんの疑いもなくそう思ってしまったからです

それほどまでに少女と大樹は美しかったのです



青年は少女の元へと歩いて行き、笑いながらこう言いました

「こんにちは、僕の名前はアルマニャック。君の名前は?」

イヴォアールは泣き腫らした目で青年を見つめていましたが、なにも言わずに顔を伏せてしまいます

青年はそんな少女の態度に、困ったようにポリポリと頭をかきます

そして青年は少女のすぐ近くに、ゆっくりとしゃがみ込みました

そして青年は少女に様々な事を話してあげました

自分が世界各地を旅している事

目的は自分の知識の向上である事

このナンシャイアの地ある綺麗な森の噂を聞き、ここまでやって来た事



それから青年は旅で自分が体験した事を少女に話してあげました

特に自分の失敗した事についてあまりにも面白おかしく話したので、イヴォアールはついにくすっと笑ってしまいました

それを見た青年はとても嬉しそうに笑いましたが、イヴォアールはそれを見てぷいっとそっぽを向いてしまいました



それから、青年は毎日毎日少女の元へと足を運ぶようになります

そして少女にお話をしたり、少女の代わりにお花に水をあげたりしたのです

いつしかイヴォアールは、青年が森の外からやって来るのを待ち望むようになりました

少女は決して自分から話しかける事はありませんでした

青年に対して素直になれない事にもどかしさを感じながらも、少女は青年に惹かれて行ったのです



そんなある日、青年がいつもよりも早く少女の元へ訪れました

それにビックリしているイヴォアールに、青年はこう言いました

「君があの荊の壁を取り除いてくれたんだね。ありがとう」

イヴォアールの心に呼応して、森はその姿を再び変えて行ったのです

青年は少女に一輪の花を差し出しました

「ここに来る途中で摘んで来たんだ。まだ毒の花も咲いているけど……それでもこんなに綺麗な花が咲くくらいこの森は綺麗になったんだ」

イヴォアールはしばらくその花を見つめていましたが、徐に手を伸ばしてその花を受け取りました

青年はそんな少女を嬉しそうに見つめると、今日もお話をするためにゆっくりと座り込みました

でも少女は立ったままじーっと青年を見ています

青年が訝って少女を見上げると、少女はとても小さな声でこう言います

「ありがとう」

青年はそれにビックリしましたが、すぐに表情は笑顔になりました

「どういたしまして」

青年は笑顔でそうこたえました



この日から、2人は一緒に森で暮らす事になりました

イヴォアールは滅多に口を開く事はありませんでしたが、それでもその顔はいつも嬉しそうです

2人は一緒に花に水をあげたり、可愛い動物たちと触れ合ったりしました

そして森は、昔よりももっともっと綺麗になって行きました

イヴォアールはそれをとても喜びました

そんなある日、イヴォアールは青年に訪ねます

「ねえアル。どうしてあなたは私にここまで親切にしてくれるの?」

青年は少女に笑顔でこう答えました

「僕は一度この森に来た事がある。その時に君にも会ってるんだ」

それにイヴォアールはビックリします

しかし同時にハッとしました



昔の事です

1人の少年がこの森に迷い込んだ事がありました

少年は心細くて泣きじゃくっていました

女神はそんな少年に手を差し伸べて、森の出口まで連れて行ってあげたのです

それは永き時を生きる女神にとって、一瞬にも満たない時間に起きたとても小さな出来事です

でもイヴォアールの記憶の片隅には、確かにその少年の顔がありました

「僕はこの場所が綺麗だって知ってるから来たんだ。この森と君を助けたかったんだ」

そう言って微笑む青年にイヴォアールはドキッとしました

でも素直になれないイヴォアールはぷいっとそっぽを向きます

青年はそんな少女を微笑ましげに見つめています



イヴォアールと青年はそれからもこの森の中で暮らしました

2人はこの穏やかな日々がずっと続いて行く事を疑いませんでした

でも、2人の生活は突然終わりを告げてしまいました

死の森を恐れた人間たちが森を荒らし始めたのです

イヴォアールはその事に激しく憤りましたが、女神である少女にできる事はなにもありません

だから青年は1人で人間たちの眼前に躍り出ました

人間たちは青年が死の森の支配者であると勘違いします

そして青年を何処かへ連れ去ってしまいました



やがて人間に荒らされた森は、女神の力によって美しさを取り戻していきます

でも少女の横に青年はいません

そんな少女の深い悲しみを表すかのように

森は再び荊と毒の花で溢れていきます





深い深い嘆きの中で深い深い孤独のなかで


少女は独り青年を待ち続けます


再び青年と出会う事が出来たならば、少女の凍りついた心は溶けて


森は再び愛の森として蘇るでしょう













そんな女神の元へ、もうすぐ青年は辿り着くことになるでしょう


その傷だらけの身体に、一つの大きな決意を込めて


綺麗な一輪の花を手にして


そして女神は知ることになるでしょう


永遠の愛の約束に奇跡の花など必要なかったことを………






綺麗な綺麗な森の奥で


愛の物語は終わりを告げます


去年の9/20から始まったこのSS、あと二ヶ月じゃ終わりそうもないです

まさか、こんな長くなるとは…… 一周年記念に何かやろうかなぁ………


次回
【学問の街アルマニャック】

少し付け足しを


この物語の中の地の文ではイヴォアールを

“イヴォアール”
“女神”
“少女”

と三種類の言葉で表現しています

かなり頻繁に使い分けをしていますが、決して表記揺れの類いではなく意図的なものです

詳しく説明すると

イヴォアール →イヴォアールを女神として扱いつつ、1人の女の子としても扱っている場合

女神 →イヴォアールを神聖な者と扱っている場合

少女 →第三者がイヴォアールを女神ではなく1人の女の子と扱っている場合


個人的な主観で決めているので、上の例では説明し切れない場所もあると思います

これを読んでいて読み難かったという方がいるかもしれませんが、どうかご容赦ください

おつ
もう一年たつのか
物語の中ではどれくらいの時間が流れてるんだろ
まさかさざえさん方式?

>>232

ちゃんと日付けの設定もありますよ
少し長くなりますが説明をします


この世界は1年360日で1ヶ月が30日間のみ
月が変わっても日付けはリセットされない方式です

1月1日→1日
4月10日→100日
11月15日→315日

と言った具合です

確認してもらえばわかると思いますが、結構日数の描写は細かく書いてあり


出会ってからウィスタリアに着くまで10日、その翌日にロゼとの戦います

その翌日にルディは昏睡状態で、そのまた翌日に復活

ルディが目覚めた4日後にレゼダが目覚め、葬式まではさらに10日かかる

葬式の翌日にウィスタリアを出発し、6日後にシェーヌに到着

到着の翌日に大聖堂でシェーヌ神話を聞きました

ここでシェーヌの大聖堂で


「なになに? 『神話の語り部の来堂日カレンダー』だと?」

え~っと……今は東暦658年の第235日だから………げっ!?

「おい、イリス! 次に語り部が来るのは260日だ! あと25日も……イリス?」


という会話があります

ここから逆算するとルディがイリスと出会ったのが東暦658年200日(7月20日)である事が明らかになります


そこからも日付け描写は色々とあり、ノアールとルディが出会ったのが244日(9月4日)

その翌日に魔族の渓谷に行き6ヶ月過ごしました

そのあともなんやかんやあって、イヴォアールに着いたのは東暦659年の78日(3月18日)

つまりルディとイリスが出会ってから約240日が経った計算になります

作中では意外と時間が経ってないんですよね


長くなりましたが説明は以上です



第8章 1話


【学問の街アルマニャック】


「さてと、今日こそは次の街に到着しそうですね!」

朝日を背にして背伸びをしながらそう言うと、ルディさんも

「そうだな。やっと次の街につくのか」

「うりゃ! おりゃぁ!!」

欠伸をしながらそう言ってくれた

なにせこの84日間、ずっと旅生活だったからそろそろ新しい刺激が欲しかった

「このっ! ふんっ!!」

「でも旅もなかなか楽しいだろ? まさに自然との闘いだからな」

「そうですね。大雨が降ったり雷が落ちたりと色々大変でした」

お姉様が雨の日に風邪をひいたりもしましたっけ……

「うりゃっさあ!! شضغب:٤!」

「صضننحغنىっと。だろ? 俺は魔物なんかよりもよっぽと自然の方が怖いぜ」

「でも、つい最近喰人樹の巣に落っこちそうになった時、凄く怖かったです」



私はどっちかと言うと、そっちの方が怖いと思う

お姉様なんか落っこちちゃったし


「せい! ふん! うらぁ!! キエェっ!!!」

「それと……って、お姉様。そんな奇声をあげてどうしたんですか?」

「奇声などではない! これがローズ家に伝わる掛け声だ!!」


さっきから掛け声が聞こえてるのは、全部お姉様がルディさんに斬りかかってる掛け声です

あ、でも別に本当に戦いというわけではなく練習の戦いですよ?

最近お姉様とルディさんも馴染んで来たらしく、練習試合を良くやってます

いえ、練習試合ではないですね

お姉様がルディに指南を受けているんです

こう言ってしまっては申し訳ないんですけれど、お姉様とルディさんじゃまるで実力が違うんです

だってさっきからルディさん、私との談笑の片手間でお姉様の猛攻を全て躱してるんですもん



「く、くそっ! す、少し休憩だ!」

お姉様はそう言うと、片膝をついて肩で息をし始めた

ルディさんはそれをニヤニヤ意地悪く笑いながら見ていた

うん! やっぱりこの2人もだんだん仲良くーーー


「い、いつかその首撥ね飛ばしてやる!」

「その前にテメェを殺してやるよ」


ダメですね………




それから少し休憩して、私たちはアルマニャックに向けて出発した

この辺りは一面が広大な草原になっていて、とても広々としている

でもそれと同時に、景色が凄く単調でちょっとつまらなかったりもする

「くそ! どうして私の剣技が通用しないんだ!」

「フェイントを多用するのもいいが、そのせいで視線がバラバラだ。もっと広い視野を持て」

「チッ……」



「それとお前、激昂しやすいだろ? 少し挑発されたくらいで冷静さを失ってる」

「貴様が私の気に障る事を言うからだ!!」

「殺し合いでそんな言い訳が通用すると思ってんのかよ? 仮にも俺を殺す気なら感情の制御くらいものにしろ」

「ぐっ…………くそ!」

先頭を歩く私の後ろで、ルディさんとお姉様の2人が並んで歩いている

さっきから30分くらい立ったけど、その間もずっと戦闘指南が行われている


「それとお前、自分の得意な技を一つに絞れ」

「ふ、ふざけた事を言うな! 全ての戦闘技術を私は使う!! 一つに絞り他を蔑ろにしてたまるか!」

「そうじゃねぇよ。いや、言い方が悪かったか………」

「ではどういう事だ!」

「相手にトドメをさす時の技を決めろって言ってんだ」

「何故そんなものを決める必要がある。戦闘はその場の機転で行うものだろう」



「お前は高い技術がある。だがそのせいで一つ一つが今一歩のところで完成の域に達していない。だからどれか一つに絞るのは重要だ」

「そ、そうか」

「それとだな、戦闘で最も役立つものがある。これは俺の経験談なんだがな」

「なんだ?」

「戦いには流れが出来る。戦いの展開は無限にあるが、戦っている生物に癖がある限り必ず固有の流れが存在する。まずその流れを把握する事が重要だ」

「ふ、ふむ………」

「たとえばお前の剣技で言うと、横に一閃した後乱れ斬り。その後に少し下がって呪術を放ち、その爆炎に紛れて攻撃 とうい流れがある」

「ん、んな!?」

「多少差異はあるがだいたいこんなもんだ。ついでに言うと乱れ斬りにも癖があるから簡単に躱せる」

「く、くうぅぅ……!」



「とまぁ、流れが掴めればこんなにも戦闘を有利に進める事が出来る。だからまずお前がするのはその練習だ」

「な、なるほど。戦闘の最中にも相手の観察をすれば良いのだな?」

「戦闘と言わず常日頃から周りの人間に気を配ってみろ。それが練習の第一歩になる」

「わ、分かった」

「それと自分の癖を自分で知れ。そして戦闘の最中にそれを崩せ」

「さっき貴様が教えてくれた二ヶ所だな!」

「それ以外にもあるかも知れねぇだろ? とにかく自分を見つめ直してみろ」

「う~む………なるほど。流れを読まれないためにはどうすればいいのだろうか………」

「例えば戦闘の流れを予め複数決めておいて、途中で別の流れにチェンジするという方法もある」

「つまり今の私には流れが一つしかない。だからもっと沢山作ればいいんだな」

「そうだ。呪術中心の攻撃パターンやフェイント中心の攻撃パターンなどいくらでも、それこそ無限に作れる」

「分かった。それならば今日中に作ってやる! そして貴様に一撃喰らわせてやる」

「ふん、精々頑張りな」



な、なんか凄く仲が良くないですか……?

いつの間にかルディさんもお姉様も笑いながら会話してるし

あの2人、この事に気付いてないのかなぁ………

「あの、ルディさん」

「ん、なんだ?」

「お姉様、いまどのくらい強いんですか?」

「うん? そうだなぁ……… 一人旅しても魔物や盗賊に殺されないくらいには強いぞ。人間相手にならば大抵のやつにゃ勝てるだろうよ」

「当然だ! なにせ私はローズ家の長女だぞ!!」

腰に手を当てて、ふふんと胸を張るお姉様

ルディさんはそんなお姉様に調子に乗るな、と言わんばかりのチョップを放ってまた言い争いになってる

「…………………………」

なんだろう……… ちょっとだけ疎外感に襲われた


私はルディさんに護ってもらう事しか出来ないのに、お姉様は自分でも戦う事が出来る

最近の戦闘の指南だって、2人とも本当に楽しそうにやっている

やっぱりルディさんだって、私なんかよりもお姉様みたいな人と一緒に過ごす方が楽しいんじゃないか

ルディさんに出来る事がなんにもない私なんかよりも……



そんな気持ちがどんどん心の奥底から湧いてくる………







ダメだ!!



私がルディさんの事を信じなくてどうする!

ルディさんはいつだって私の事を護ってくれた!

ルディさんは私をあの境遇から救ってくれて、そのあともずっとずっと私を大切にしてくれたじゃないか!

それなのに私がこんな事を考えるのはルディさんに対する裏切りだ!

それに今までの私がルディさんに対して何も出来ないからってそこで落ち込んでちゃダメ!

それなら私は何か得意なことを作ればいい!

そうだ! 頑張るぞ!!


「よーし! 頑張るぞー!!」


両手を振り上げて決意を胸にし大きくそう叫んだ


そしてそんな私の後ろで


「イリスは可愛いなぁ、やっぱり癒されるぜ」

「貴様なんかと同意見なのは気に食わんが、全くもって同意だ」


ルディさんとお姉様がほっこりとしていた事を、私は知らなかった



「なんだこの音は?」

「わ、分からないです……って、お姉様! 後ろ!!」

「うん? ………んなっ!?」


ガッツーン! と大きな音がしてお姉様の頭に何かがぶつかって来た!

お姉様は頭を押さえながらヨロヨロとよろけたかと思うと、そのままひっくり返ってしまった


「お姉様!!」

慌てて駆け寄ると、お姉様は気絶はしていなかったようでヨロヨロと立ち上がってきた

「おいおい、大丈夫か?」

「こ、この程度……あの時のソモンとの激突に比べたら屁の河童だ……」

そう言いつつも目尻には涙を浮かべている

とても痛かったらしい



「これはなんだ? なんか新種の鳥か生き物なのか?」

ルディさんが拾い上げたソレは、生物ではなかった

なんだろう、なんて説明したらいいのか分からない………

分かる限りでは、長い棒状の木の先っぽに風車のようなものがついている

その他にも紙で出来た鳥の翼のような物が二つ付いている

「これが飛んできたのか? こんな物がどうやって?」

ルディさんはソレを興味深そうに眺めている

その時、遠くから声が聞こえてきた


「す、すみませーん!! 今、こっちの方になにか飛んできませんでしたかー!?」

長い白衣を着ているその女性は、危なっかしく走りながらこっちまでやって来た

「これか?」

「こ、これです! よかったぁ~見つかって!」

その女性はホッとしたように表情を綻ばせてそう言った

多分20代の真ん中くらいの方でしょうか、髪色は薄緑色で右目の下にある泣きぼくろが特徴的な女性だ



「よくない! 貴様かこんな物を飛ばしたのは!!」

一方でお姉様は怒りが収まらないらしい

そりゃそうですよね、いきなり攻撃されたりしちゃったら

「ご、ごめんなさい!! わ、悪気は無かったんです!」

「悪気がなければ何をしても許されると思うなこの大馬鹿者!! 私だったからいいものの、もしイリスに当たっていたらどうするつもりだ!!」

「ご、ごめんなさい!!」

「私に謝るな、イリスに謝れ!!」

「え? そ、それはおかしくないですか!?」

「あ、貴方がイリスさんですか! 本当に申し訳ありませんでした!」

「いや、はぁ………」

こう言う場合、なんて答えればいいの?


「わ、私はネーフルと言います! このアルマニャックで科学者をしています!」

「科学者?」

人狼のテュルさんと同じですね



「俺はカルディナルだ」

「私はイリスといいます」

「パールだ」

お姉様は最近自分の家柄の事を隠している

なんとなく特別視されるのが好きじゃないみたいだ

「ご、ご丁寧にどうも。と、とにかく私の研究室で改めて謝罪します! どうぞこちらに来てください!」

ネーフルさんはそう言うと慌ただしく街の中へと入って行ってしまった

「ちょっと待ってくれ! 俺たちは今からここで入国の手続きをーーー」

「私が許します! 門番さんもそれでいいですね?」

ネーフルさんがそう言うと門番さんはこくりと頷いて私たちを入れてくれた

「なんだあの女? 意外と偉い奴なのか?」

「お姉様、失礼ですよ。とにかくネーフルさんについて行きましょう」

「そうだな。俺も早い所街に入りてぇし」







街の中に入ると、まずは沢山の建物に囲まれた大通りがあった

「うわぁ、凄い大きな建物ですね!」

「そうだな、15階くらいはあるんじゃないか? それが左右にビッシリと並んでやがる」

自分がまるで谷底にいるのではないかと錯覚するくらいに建物に囲まれている

「しかし先ほどから看板が多いな。見てみろイリス、あそこを」

お姉様に言われて指差す方を見てみると

『学問所』

そう書かれた看板があった


「ほら、あっちにもいろいろあるぞ」


『料理教室』
『薬剤教室』
『指圧教室』
『散髪教室』


「凄ぇ…… 看板が所狭しと並べられてるぜ?」

「これは一体…………」

キョロキョロと辺りを見渡している私たちに、先を歩いていたネーフルさんが声をかけて来た

「アルマニャックは学問の街だからです。この建物の殆どが習い物の教室なんですよ」



「学問の街……?」

そう言えば、イヴォアール神話で出てきたアルマニャックの旅の目的は、自分の知識の向上だった

そう言われてみれば確かに納得できる

「おい見ろ! あそこには戦術を教えて貰える教室があるぞ!」

「お、お姉様! 少し静かに……」

ほ、ほらぁ……その辺の人がみんなこっちを見て来ちゃった!

「実際に戦闘戦術の実践場もありますよ? 腕試しも出来ます」

「そ、そうか!」

お姉様は嬉しそうにピョンピョン跳ねている

「最近自分の腕が上がった気がするからな! 少し腕試しでもして来よう!」

「後でにしろよ? 今はネーフルに着いて行くのが先だ」

「うぐ………」

はぁ、やっぱり凄く仲良くなってるなぁ………





それから少し歩いて着いたのは大きな白い建物だった

ネーフルさんにどうぞどうぞと言われて中に入ると、中はとても広くて大きなソファや机があった

ネーフルさんは私たちに座るように言うと、奥にあった箱から飲み物を取り出してコップに注いでくれた



「どうぞ。ちょっと癖の強いお茶ですが」

「戴きます」

そう言ってコップを手に取って……驚いた

「きゃっ! これ、冷たい!?」

「うわっ、本当だ!?」

「一体どうやって……」


ルディさんもお姉様も驚いている

ネーフルさんはそんな私達を見て嬉しそうに微笑んでいる

「びっくりさせてごめんなさい。実はね、あの箱がこの飲み物を冷やしていたの」

「あの箱が?」

私達はお茶なんかそっちのけで箱まで駆け寄った

見た感じ、なんの変哲もない箱に見えるけれど……

「ほら!」

ネーフルさんが箱を開けた途端、中から冷気が溢れて来た

「冷たい!」

「凄ぇぞこれ!? なにこれ!? 中に小人でも入ってて氷結魔術でも詠唱してんのか!?」

「氷も魔術も使わずに……… こ、これが魔法なのか……?」

ルディさんもお姉様も目を丸くして驚いている



「いえいえ、これこそが科学なんです! これは私が発明した“冷蔵庫”という機械です!」

「冷蔵庫?」

「魔法じゃない?」

「はい! 中を見れば分かると思いますが、たくさんのパイプがあるでしょう? これに熱冷媒という物が入ってるんです!」

「熱冷媒とはなんだ?」

「熱冷媒は物質から熱を奪いやすく油から熱を奪われやすい液体の事です。これをパイプの中に循環させる事によって中に入れた飲み物とかが冷たくなるんです!」

ネーフルさんはその後、冷蔵庫の裏側を見せてくれた

そこには冷蔵庫の中から伸びたパイプが油に浸かっていて、それがまだ冷蔵庫の中に伸びていた

「油は交換しなくてはいけませんが1日はもちます。パイプの中身を循環させるのは、外に繋いだ風車を動力にしてパイプの中にある水車を回してます!」

ネーフルさんの指差す先を辿ってみると、そこには複雑に組み合わさった歯車があった

多分これが外にある風車と繋がっているんだろうと思う

「だがそれでは風が無い日などには使い物にならないのではないか? この冷蔵庫というものは」

「そうなんですよ。そこが解決しなくてはいけない問題なんです」

ネーフルさんは困ったように頭をポリポリとかいた

でもこれだけでも十分な発明だと私は思う



「ですから今はーーー」

そうネーフルさんが言いかけた途端、部屋の中にあった赤いガラスのようなものが光った!

「う、うわ!? なんだありゃ!?」

「くっ!」

ルディさんはそれに慌てふためき、お姉様に至っては剣に手を……って!

「やめて下さいお姉様! こんな所で剣を抜かないで!!」

「す、すまん。条件反射という奴だ」

全くもう……… 何かあるとすぐに剣を抜こうとするんだから……

「あはは、ごめんね。そんなに怖くないから心配しないでよ」

そう言うとネーフルさんは光っているガラスの方まで歩いて行き、壁にかかっていたコップのような物に耳を当てた

「何やってんだあの女は?」

「コップに耳を当てても何も聞こえんだろうに…… それよりもあの赤い光はなんなのだ!!」

コップに耳を当てていたネーフルさんは、やがて顔をぱあっと輝かせるとコップに向かって

「分かった! すぐに行くから待っていてくれ!!」

そう叫んでからコップを壁にかけた

「ごめんなさい、いま実験の準備が2階で終わったみたいなの! 少し行ってきてもいい!?」

「は、え?」

「…………分かった。気の済むまで行って来るがいい」

ルディさんはわけが分からないと言った様子で、お姉様は可哀想な人を見る目でそう言った

「ごめんね! それじゃあ!!」

そう言ってネーフルさんは、一目散に階段を駆け上がって行ってしまった



「可哀想な女だ。恐らく科学者という難しい職業のせいで精神に異常があるようだ………」

ああ、お姉様はそういう解釈を……

「あんなコップに話しかけていたのがその証拠だ。恐らくあのような事をしなければ自分の精神を安定させられんのだろう……」

その時またガラスが光った!

「うわっ!? な、なんだっ!!」

「お姉様! 剣を握らないで!!」

「多分あのコップに耳を当てる合図なんだろうな。ちょっと俺がやってみよう」

ルディさんはそう言うと、コップを手に取って耳に当てた

「ん~? 別になんて事は…… うおっ!?」

「どうしたんですかルディさん!?」

ルディさんは何かに驚いたようにコップから耳を外して周りをキョロキョロ見回す

「いや……えっと? もう少し耳を当ててみようか」

そう言ってもう一度耳をコップに当てた

その後ルディさんはうわっ! とか凄ぇ! とか言いながらコクコク頷いてたけれど、不意にコップから耳を外して机の上にあった箱を手に取った



「ネーフルがこれを上に持ってきてくれだってよ。お前たちも来るだろ?」

「ネーフルさんがですか!? どこにもいないじゃないですか!」

「とうとうこの男も狂ったか…… 哀れな男だ」

ルディさんはお姉様の言葉を聞こえないフリでやり過ごし、階段を上がって行った

私達もそれに続いて階段を上がって行くと、とても大きな廊下がそこにはあった


「えっとだな、205研究室に持って行くらしい。廊下を右に進めばあると言っていたからこっちだな」

廊下を右に進んで行くと確かに205と書かれた部屋があった

ルディさんが扉を開けると……

「待ってた! さ、はやくその箱を渡して!!」

中から物凄い勢いでネーフルさんが飛び出してきた!


「ほら」

「ありがとう!!」

ネーフルさんは箱からガラスでできた目を覆う器具のような物を取り出し、目にかけた

「これはゴーグルという物でね、目に火花とかが入らないようにするためのものなの! 今回は要らないんだけれど念のためにね」

ネーフルさんはそう言いながらもう一つゴーグルを取り出して、奥にいた男の人に投げた

「うわっ! 急に投げないでくださいよ!」

「私の助手なんだからそれくらい対応しないと! それと調整までにどれくらいかかる!?」

「あと5分もあれば」

「よし!」

ネーフルさんはそう言って私たちに向き直った



「ごめんなさいね、わざわざ忘れ物を持って来て貰っちゃって」

「いや、別に構わない。それよりもさっきのコップの原理を教えてくれ」

「ああ、あれね。あれは糸話っていう道具よ」

「糸話?」

「そうそう、原理としてはこれ!」

ネーフルさんは机から糸の両端に2つのコップがついている道具を手に取った

「はいこれ、片方は私が! そしてもう片方は貴方に持ってもらいましょう」

「なに、私がか!?」

お姉様は渋々といった風だったけれど、コップを手に取って耳に当てた

「それじゃあ私は遠くに行ってと……… 行くよ~」

ネーフルさんは遠くでコップに口を当てた

「うおっ!?」

途端にお姉様はビックリしてコップを落としてしまった

「こ、声が聞こえたぞ! コップの中から声が聞こえた!!」

「ええ!?」

私はコップを拾って耳に当ててみた

すると

『聞こえてる? さっきはごめんなさい』

聞こえた!

遠くから聞こえてきたんじゃなくて耳元で聞こえる!



「なんなんですかこれは!」

「これが糸話。声のエネルギーを糸を通して相手に伝わらせているの」

いつの間にか近くにきていたネーフルさんがそう言った

「声のエネルギー?」

「その通り! これがあれば遠くにいる人とも簡単に会話が出来るの!」

だからさっき2階の人と会話できてたんだ!

「でもね、糸をピンと張っていないとエネルギーが上手に伝わらないという欠点もあってね。まだ実用は出来てないのよ」

「それでも十分ですよ! この研究所では使われてるんでしょう?」

「あはは、ありがとう。でもね、科学者の本意は人々の役に立つ事だから」

ネーフルさんは笑いながらそう言った

「博士、準備終わりましたよ」

「よっしゃ!」

ネーフルさんは呼び声が聞こえた瞬間、机の上に置かれた平べったい金属に飛びついた

その後天井から吊るされていた赤と青の線を引っ張り、それを金属の出っ張っているところに取り付けた



「ネーフル、これは一体なんなんだ?」

ルディさんが興味津々で聞いた

「これかい! ふっふっふ、そこに繋がれた風車があるだろう? それをじっくりと見ているんだ!」

ネーフルさんはニヤニヤと笑いながらそう言うと、金属の横にあったボタンを押した

すると……

「おお! 風車が回り始めたぞ!」

「な、なに!? 風も無いのに一体どうやって!?」

「涼しいですよこれ!」

そんな私達の反応に満足したのか、ネーフルさんはホクホク顔だ

「ふっふっふ、これこそが世紀の大発明! 『発電機』と『回路』さ!!」

「発電機? 回路?」

「なんですかそれ?」

「科学者の発明するものは私には理解出来ん」

「つまりね! 雷撃魔術とかで出るアレを魔力なしで作れる機械さ! 私はそれを電気と呼んでる」

「つ、つまりどういう事だ?」

「電気というエネルギーをこの導線という線から供給し、回路にあるオペアンプや抵抗や可変抵抗、さらにはコンデンサでーーー」

「も、もういい! 俺には理解出来ないという事が理解できた!」



オペ、てこう……コンデサ?

私もなにを言っているかさっぱり分からない!

「つまりだ、この線から流れる電気とやらがこの回路を経由してあの風車を回しているということか?」

「そうそう! 貴方は理解が早いね!」

お、お姉様!? 今の説明でなんとなくでも理解できたんですか!?

「嘘だろおいっ!! なんでこんなのがこんなのを理解できんだよ!?」

こんなのって……お姉様にもネーフルさんにも失礼じゃないですか?

「その雷撃魔術で出てくる電気ってのはどうしたら作れるんだ?」

「ふっふっふ、それはね……磁石とコイルを使うのさ!」

「もう無理だ! これ以上俺の知らない言葉が出てきたらおれの脳がぶっ壊れる!!」

ルディさんはとうとう嫌になったようで離れて行っちゃいました

でも私とお姉様は興味があったので、そのまま少し説明を聞きました

要約すると、鉄などの金属を吸い付ける効果のある石を、導線をグルグル巻きにしたコイルというものに近づけたり遠ざけたりする事で電気が流れるようです



「でもね、この発電機は外にある風車の回転で磁石を回転させてるんだけれどね、どうにも作れる量が少なくてね」

ネーフルさんはため息をついてそう言った

「磁石は細長いからさ、慣性モーメントが大き過ぎて全く回せないんだよ。せめて一度高速回転に達しさえすればそのままいけるんだけどなぁ……」

うーん………確かに大きな物って動かしにくいけれど、一度動くとずっと動き続きますもんね

あれ? でもそれなら……


「あの、ネーフルさん。磁石じゃなくてコイルの方を動かしたらいいんじゃないですか?」

「え?」


ネーフルさんはぽかーんとした表情で私をジッと見つめてきた

それから数秒後


「あ……あぁああぁああ!! その手があった!! 何で気付かなかったんだ私は!!」

そう叫んだあと慌ただしく動き出した



「まずは設計図を描いて! いや、そのまえに部品を発注か!? そもそも設計図なんか要るのか!? いや、そんな事よりも君ィ!!」

「ひゃ!?」

ネーフルさんに手を力強く握られた

ちょ、ちょっと怖いかも!

「ありがとう! 君のおかげで私の研究は偉大なる一歩を歩き出した! 本当にありがとう!!」

「い、いえ! 全然いいですって! だからそんなに頭を下げないでください!」

何度も何度も頭を下げられて、少し申し訳ない気分になってくる

「君達にはお礼にこのアルマニャックで1番高級な宿泊先を手配しよう! この地図を頼りに行ってくれ! 私のこの紹介状があれば大丈夫なはずだ!」

ネーフルさんはいつの間に書いたのか、紹介状と地図を渡しの手に押し付けてきた

「あ、ありがとうございます……」

「構わないさ! さぁ、私はこれから研究に取り掛かろう! 申し訳ないがまた明後日来てくれないか!!」




そんな感じで半ば追い出されるように、私達3人はネーフルさんの研究所をあとにした





「しかし凄い女性だったな。後半は口調が全然違ってたしよ。それに俺には言ってる事の殆どが理解不能だったぜ」

ルディさんが頭が痛いような仕草をしてそう言うと、それに対してお姉様が

「ふふ、やはり魔族と人間には頭脳に多大なる差があるようだな」

勝ち誇ったようにそう言った

「うるせぇ! そう言うテメェだってろくすっぽ理解できてねぇくせしやがって!」

「貴様よりは理解してるに決まっているだろう! ばーかばーか!!」

「こ、の! やっぱりテメェは死ななくちゃ分からねぇようだなぁ?」

「ふん、こちらのセリフだ! ここでその首撥ねてーーー」



「やめなさいっ!!」

お姉様に手をかざしているルディさんと、剣に手をかけているお姉様に怒鳴りつける

途端に2人ともしゅんとしてしまった

「前からずっと言ってます! 2人とももっと仲良くなってください!!」


「ごめん!」
「すまん!」


まったくもう……



「まぁいいです。それよりも明日私はちょっと用事ができました。だから明日は別行動にしましょう」

「なんだって!?」
「なにを言うんだイリス!?」

ルディさんとお姉様が同時にそう言って来た

まったく、仲が良いのか悪いのか……


「それならもちろん俺もついて行くぞ!!」

「私もだ! イリスを1人にするとどんな虫が寄ってくるか分からん!」

虫? ふふ、お姉様ったらおかしい事を言いますね

「お姉様、私は花じゃないんですから。虫なんか寄ってくるわけないですよ」

「いや、そう言う意味ではないのだが………」

お姉様とルディさんは頭を抱えてしまった

なにか私、変な事言いましたっけ?


「と、とにかく! 明日は個別に行動します! さぁ、そうと決まったら宿屋へ走りましょう!」

「あっ! 待ってくれイリス!」

「お姉ちゃんを置いて行かないでくれぇ!」


ふふ、さてと……明日のために今日は早く寝なくちゃ!

そして明日、さっき見たあの看板の所に行こう!

この街で私はルディさんとお姉様の役に立つ人間になるんだ!






頑張って料理教室で美味しい料理を覚えてみせます!!


今回はここまでです


次回
【大惨事】



第8章 2話


【大惨事】


ネーフルさんの研究所を見学した翌日、私は昨日の看板のあった建物へと1人で向かった

その建物は10階くらいはあって、中はとっても広かった

入ってすぐの所に受付があった

「すみません、お料理の教室に少しの間通いたいんですけれど」

「少しの間、とは具体的には?」

「えっと、私は旅をしてるんです。だから私と一緒に旅をしている方の都合にもよるんです」

「かしこまりました。貴方のご年齢ですとジュニア教室になります。ご料理の経験はおありですか?」

「いえ、ほとんどないです」

「かしこまりました。それではお料理教室の5日間お試しコースにご案内いたします。ご料金は頂いておりません」

「ありがとうございます!」

私は受付の人から部屋と時間を教えて貰う

えっと、506教室の10:00~11:30のコースですね



「506教室は左手奥の階段を5階まで上がっていただき、廊下を右に行った左手にございます。あと10分程で始まりますので、そのままお向かい下さい」

「はい、ありがとうございます」

言われた通りに階段を上がり廊下を右に進んで行くと……ありました506教室!

中からは少し騒がしいくらいの話し声が聞こえて来た

物怖じしながら中にはいると、そこには私と同年代くらいの男の子や女の子が8人くらいいた

私が中に入った瞬間みんなが話をやめてこっちを見て来たので、私はぺこりと頭を下げて部屋を進んだ

みんなは私を物珍し気に見ていたけれど、やがてまた話し始めた



うぅ…… みんな知り合いみたい………

すこしここに居づらいかも……

こんな時、ルディさんやお姉様みたいにこっちから話しかけられればどんなにいいか……

私だってルディさんかお姉様が一緒にいれば少しは積極的になれるけど……やっぱり1人だと不安だ……


そのままモジモジしながら待ってると、50歳くらいのキビキビした女の人が入ってきた

多分この料理教室の先生だ

「はい、こんにちは。今回は煮物を教えます。それでは名簿を読み上げるので名前を呼ばれたら返事をする事」

そして女の人はどんどん名前を読み上げて行き、それにみんなは返事をして行った

そしていざ私の番、という所名前の読み上げがピタリと止まった



「あ、あの………」

「貴女、イリスさんと読むのかしら? この街の人かしら?」

「い、いえ! 昨日この街に来たばかりです」

そう言うと他の人たちから、やっぱり! とか おぉー! とか聞こえて来た

「でもどうして分かったんですか?」

「この街の人にとってはね、子供は6歳くらいからなにか習い物をさせるのが普通なの。だからほとんどの子供は知り合いになるはずなの」

「な、なるほど……」

「特に学問所はこの街の全ての子供が通うから。だから絶対に一度は見かけるはずなのよ、貴女みたいに可愛い子は特に目立つしね」

「か、かわっ!?」

大慌てで手と首を左右に振る

「ふふ、そんなに謙遜しないの。出身はどこなの?」

「えと、バームステンです」


「マジで!?」
「嘘っ!?」
「本当に!?」


バームステンの名前を出した途端、みんなが驚いて私を見て来た

そんな中で私の横にいた女の子が掴みかからんばかりの勢いで

「ね、ねぇ!! それじゃあローズ家の方々って見た事ある!?」



「え、まぁ……ありますけど。一応全員……」

「本当に!? わ、私ね! ローズ・パール様の大ファンなの! 絵でしか見た事ないけれど、あの凛々しいお姿に憧れてるのよ!!」

良かったですねお姉様、ここに貴女のファンがいましたよ

「ローズ・ソモンってい方もいるだろ!? やっぱり実物は凄え格好良いのか?」

「えっと……はい」

お兄様も、まぁ格好いい……よね?

「私はオルタンシャ様とイビス様に憧れてるの! あのお2人方こそが理想の夫婦よ!!」

は、はぁ………




こんな感じで沢山の質問攻めにあったあと、やっと料理教室が始まった

「まずは竈(かまど)に火をつけます。みなさん頑張って下さい」

女の人……じゃなくて先生にそう言われた私達は、まず竈と向かい合った

でも、竈に火をつけるなんて頑張るような事なのかなぁ?



「ねぇ、イリスさん。ありがとう!」

そんな時、私の横にいた女の子がそう小声で言って来た

「何がですか?」

「あの先生ね、普段はとっても厳しいの! でも今日はイリスさんが大ニュース持ってきてくれたおかげでとっても優しいの!」

「ふふ、そうだったんですか」

人の役に立てて(?) 少し嬉しい

「でもイリスさん、なんか凄い手慣れてない? 私達、火を付けるのに10分くらいはかかるのよ?」

「10分ですか?」

こんなに簡単なのに……

それに元々竈が出来上がってるんだから、3分くらいでも余裕で出来るけれど

ほら、煙が上がってきた!



「先生、火をつけました」

「え、もう!?」

先生も他の人も驚いたみたいだった

その後先生は私を褒めてくれて、他の人も私に拍手してくれた!



よしっ! この調子で頑張るぞ!!



それから少しして……

「先生! お鍋が爆発しました!」

「な、なんで爆発したの!?」

「分かりません!」




「先生! お鍋から赤い煙が上がってます!」

「い、一体なにをしたらそんな物が上がるのよ!? 作ってるのは煮物よ! 煮物!!」




「先生! 鍋が高速回転を始めました!」

「と、止めて! 中身が飛び散ってるから早く止めてぇ!!」

「止まれぇ! 止まりなさいお鍋さん!!」

「鍋掴みで止めるのよ! 念じて止まるわけないでしょ!」





「先生! お鍋から青い煙が上がってます!」

「……………また?」

「見て下さい! この隣の子の幸せそうな顔を!」

「うへへぇ……… 気持ちイイよぉ…………」

「い、今すぐ捨てなさい!!」





「先生!」

「今度は何!?」

「お鍋から魔人さんが出てきました!」

『我を呼び起こしたのは貴様か?』

「帰って貰いなさい!!」





「先生! お鍋から足が生えて歩き出しました!」

「………………………………」

「先生?」

「ふ、ふふ………………そうよ、これは夢なのよ……」

「あ、あの……先生?」





「先生! お鍋から水色の煙が上がってます!」

「まぁ、綺麗ねぇ~ うふふ」

「どうしたら良いでしょうか!?」

「先生分かんな~い、えへ♪」



その時、建物を鐘の音が鳴り響いた

多分11:30になったんだと思う

「あの、先生? 私はどうすれば………」

「えへへ~? 分かりませぇん!!」

「……………………あ! そうだ! 床に倒れてるみなさんは! あの! しっかり!」

すぐそこに倒れている女の子を揺すってみるけれど、全く反応がない………


「………………………………」








どうしよう……



その時! 扉の外からコンコンとノックが聞こえて、扉がガチャリと開いた!

「あの、もう時間が過ぎてるんですけれど………」

「はい! すみませんが皆さんが気絶しちゃって!! ですからあとの事はお願いします!!」


そう一気にまくし立てて、それから猛ダッシュで逃げた

もう本当に……人生で最も必死に逃げましたよ………

あの夜、家から逃げ出した時なんかの数百倍は必死に…………



そしてそのまま階段を駆け下りて行こうと思ったその時


「ふっざけんなこのモグリ剣士が!!」

「黙れこのクソガキ!!」


近くの部屋からそんな声が聞こえてきた

それだけだったら無視して逃げてたかもしれないけれど………今の声って……



「ルディさん!?」



声のした教室までダダッと走って行く!

教室の周りには人集りでできていて、私はその隙間を縫うように進んで行く

「すみません……どいて、下さい………むぎゅう!」

人ごみに揉みくちゃにされながら進んで行って、やっと教室の入り口までたどり着いた

するとそこには………


「こんの糞軍師!!」

「うるせぇんだよクソ野郎!!」

「ちょ、ちょっと!! 何してるんですか!!」


ルディさんと男の人が掴みあって、今にも殴り合いのケンカを始めそうになっていた

「イ、イリス!? なんでここにいるんだよお前!?」

「それはこっちのセリフです! 何してるんですかルディさん! すぐにその手を離しなさい!!」

ルディさんは私に言われて、渋々と手を乱暴に離した

それを受けて、男の人も手を離した



「どうしたんですか? そんな喧嘩するなんてルディさんらしくないですよ」

「いや、そのだな……… この男の教室に出たんだが言っている事がまるでデタラメの荒唐無稽で………」

「ああ? ふざけんなクソ餓鬼! よっぽどぶっ殺されてえようだな!!」

またしてもルディさんと男の人は憎しみ合うように睨み合った

ルディさんがここまで怒るところを見るのは初めてかもしれない

いや、今までは多分怒っても私に見せないようにしてたんだと思う

でも今は私にそれを見せている

つまり今の私は本当のルディさんの姿を見ている!



うん、少し嬉しいかもしれない



「じゃなくって!! もうルディさんはこっちに来なさい!!」

「お、おい! こら、イリス!」

私はルディさんを無理やり引っ張ると、ドアの外に向かって思いっきり押し出した

「ルディさんは下で待っていて下さい!! 私も後で行きます!!」

なにか反論しているルディさんを思いっきり押すと、渋々だけれども階段を下りて行った

まったくもう!



「あの、ごめんなさい! 私の連れの方が本当に………」

そこまで言った時だった

男の人はいきなり脱力したかのように、しゃがみ込んでしまった!

「あ、あの! どうかしたんですか!? まさかルディさんがなにか殴ったり!?」

男の人は肩で息をしていたけれど、しばらくしてから掠れた声で私に話しかけて来た

「君の、知り合いなのか? 彼は……何者だ………?」

その表情は、さっきまでとはうってかわって恐怖が現れていた

「ど、どうしたんですか!? ルディさんが何かをなさったんですか!?」

男の人は震える指で部屋の中を指差した

今までずっと、2人に気を取られていた私は部屋の中を見て唖然とした


「いやだ……いやだ………」
「ぅ、ぅぁ…………」
「なんで……俺は、生きて……」


「ど、どうしたんですか!? 皆さんがおかしくなってますよ!!」

中にいる人は、ある人はブツブツと呟きある人は涙を流しながら懇願していたり、またある人は頭を抱え込んで泣き喚いていた

これを………ルディさんが……?

「あの少年の……殺気に当てられた者のほとんどがこうなった…… そして俺も、このザマだ」

男の人は自嘲しながらそう言う

脚が笑っていて立つに立てないみたい………



「ついさっきまで、俺は死ぬ事が当然だと思い込まされていた。たかが口喧嘩だっていうのに死ぬと思い込まされていたよ………」

男の人は最後にそう言って、頭を抱え込んでしまった

私は何も言う事が出来ず、そのまま部屋を出て行った




建物の外に出ると、ルディさんが居心地悪そうにポリポリ頭をかいていた

「あの、ルディさん………」

「いや、その……ごめん」

ルディさんにさっきの勢いは全くない

「あの、ルディさん。一体何があったんです? ルディさんがここまで怒るなんて余程の事ですよ?」

「だよなぁ……… いくつか理由はあったんだけどよ、1番はあの男の男尊女卑という考え方だ」

「男尊女卑ですか? どんな風に?」

「簡単に言うとな、あの教室にいた女たちを笑い者にしたんだ。壇上に立たせて、あの部屋にいた全員の前でな」

っ!

それは悪質ですね……

「その女たち……2,3人いたんだがな、全員泣きながら部屋から出て行ったよ。それをあの男は笑ってやがった。もちろん部屋にいた奴らもな……」

「そんな事が……」

「まぁそれ以前にも、あの男の戦術がメチャクチャだったり知識量も不足してたりとイラついてた部分はあったんだけどな」

ルディさんは、はあっとため息を吐いてそう言った

「でも俺も我慢するべきだったかもしれねぇな。悪かった………」



ルディさんはすっかり落ち込んでしまっていた

私はそんなルディさんにかける声が見つからない………



「あっ! カルディナルさん! イリスちゃん!」

「あっ! お姉さん!」

そこへやって来たのはあの、神話語りのお姉さんだ!

相変わらず綺麗な白い髪をたなびかせている

「久しぶりね、イリスちゃん! 元気にして……カルディナルさん?」

お姉さんはルディさんを見て驚いたようだった

「どうかなさったんですか? 明らかに元気がないですけれど?」

「あ……実は……」

私は事のいきさつをお姉さんに話した

「あら、あの部屋で沢山の人が精神を病ませていたのは貴方が原因だったんですか」

「その言葉からすると、お姉さんもあの部屋を見て来たんですか?」

「ええ、私も別の教室に行ってたからね、帰り道で見かけたの。でも心配はいりませんよ」

お姉さんはニッコリと笑ってそう言った

「偶然でしたが、私は精神の病に効く薬を持ってましたから。なので今頃皆さんは回復しているはずです」

「本当ですか!?」

お姉さんは優しい表情で頷いた



「それは……申し訳ない。俺の取るべきの責任を貴女に取らせてしまって……」

「いえいえ、それに困ったり苦しんだりしている人を放っておけないのは親譲りなんですよ」

お姉さんは笑いながらそう言ってくれた

「そうなんですか! さすがはお姉さんのご両親です! やっぱり優しい方なんでしょうね!」

「もちろんよ。あ、でもパ……じゃなくてお父さんの方はちょっと抜けてる……かな。でもとっても優しいの」

どうやらお姉さんは、ご両親の事を誇りに思っているらしい

「それにしてもよく精神の薬を持っていましたね? まぁそのおかげで助かったんですけれど」

「旅をしてるとね、たくさんの人に出会うからよ。そこでいろいろな物を貰ったりあげたりしてるの」

なるほど!

「やっぱりお姉さんも旅をしているんですね! それならここからは私達と一緒に旅をしませんか?」

旅のお供は多い方が楽しいに決まってます!

「ごめんなさい、それは出来ないの。私もね、1人連れの人がいるから………」

「それならその人も一緒にくれば………」

「えっとね……ちょっとその人気難しくて。あまり大勢で旅するのが好きじゃないのよ」

「そうですか……残念です」

お姉さんも一緒に来れば、絶対に楽しいのに………



「あっ! でもこの街で一緒に行動させてもらってもいい? 私も1人っきりじゃつまらないから」

な、なんですって!!

「そ、それは是非! 一緒に行きましょう!」

考えてみれば、これまでお姉さんと一緒に遊んだ事なんて一度もなかった!

ウィスタリアで初めて会ったときも、シェーヌでもアンバーキングダムでもイヴォアールでも!

「さ、お姉さん! 行きましょう! まずは何しましょう!? ご飯ですか!? 散歩ですか!?」

「あの~イリス? はしゃぐのはいいけど俺を忘れてないか?」

あっ、忘れてた……

「い、嫌ですね~ 忘れてるわけないですよ~」

「今のイリス、俺の事を忘れてましたよね?」

「ええ、忘れてましたよ」

ちょ、ちょっとお姉さん!!

「お姉さん! そ、そんな証拠もないのに決めつけないで下さい!」

「あら? でもさっきのイリスちゃん、 “あっ、忘れてた……” みたいな表情してたわよ?」

「んな!?」

「イ、イリスゥ………」

ちょっとルディさん! そんな情けない表情しないで下さいよ!

「大丈夫ですってば! 私がルディさんを忘れるなんてあり得ませんって!!」

「本当に?」

や、やめて下さい! その目はやめて下さい!! 罪悪感が………



「ふふふ、あっははは!」

「ちょっと! お姉さんも笑わないで下さいよ!」

「ごめんなさいね、でも2人のやり取りがとっても面白いんだもの」

もう!

「ほら、2人とも早く行きましょう!」

「うわっと! いきなり引っ張るなって!」

「きゃっ!」

後手に2人の手を引っ張って宿屋への道を歩いて行く!

まずは宿屋に帰ってそこでお話しを…………


「おい、聞いたか!? 演習場に突然来た女の噂!!」

「聞いた聞いた! なんでも数多の猛者を全員ぶっ倒しているとか聞いたぜ!」

「しかも美人だ! あんな綺麗な銀髪を棚引かせて戦うその姿はまさに戦乙女の名に相応しい!」

「一勝するたびに『ふはは! 私には護らねばならぬ妹がいるのだ! 貴様らに遅れをとってたまるか!』とか言ってるらしいぞ」

「しかも剣を引き抜いて凛々しいポーズを取りながらだ。しかもそれがサマになっているらしい! ほら、俺たちも急ぐぞ!」





「…………………………………………」


「アイツだな……確実に」

「アイツ……とは?」


お、お姉様ぁああぁあああ!!!









「ふはははっ!! もう終わりか! それでもこの街で戦術を習った猛者か!!」


演習場まで走って行くと、そこはまさに大惨事だった………

多分お姉様に負けたのだろう、沢山の人が山になって積まれていた

そして今まさに、その山に1人が追加された



「どうした!? 私はまだこんなにも元気だぞ!! 腕に覚えのあるやつはさっさとかかって来い!!」

お姉様は、うつ伏せに倒れている男の人の背中を片足で踏みつけ、剣を空に掲げてそういきり立っていた…………


「あの……彼女は……」

「さ、さぁ………? どこの誰なんでしょうーーー」

「おお! イリス!! お前も愛すべき姉の姿を見に来たのか!!」

お姉様ぁああぁあああ!!!



「おい馬鹿。何やってんだ?」

「馬鹿は貴様だ! 昨日それが露呈しただろうが!!」

2人は何か言い争いしてるけれど、こっちはそれどころじゃありません!

恥ずかし過ぎますお姉様っ!! それにルディさんも!!

お姉さんもいるのに何馬鹿な事をやってるんですか!!


「えっと………イリスちゃんのお姉さん?」

「そ、そうです……………」

「ふふ、ユニークなお姉さんね」

い、今なら私にも火炎魔術が使えそうです………


「ところでいいの? あの2人を放っておいて?」

「はぇ?」


お姉さんに言われて2人を見ると、2人とも演習場に入って行っちゃった!

「ちょっと2人とも何してるんですか!!」

「今からこの女に身の程を分からせてやらぁ! イリスたちはそこで待ってろ! 一瞬で終わらせてやる!」

「イリスとそこの御仁はそこで見ていろ!! 私がこの男を辱めるその時をな!! 今の私は無敵だ!!」



そんな2人に周りにいた観客は


「おい、長髪の兄ちゃん! そいつを女と思って甘く見るなよ~」

「さっきからこの辺の強い奴らを一瞬で終わらせてんだからな!」

「姉ちゃん勝てよ~! そいつで丁度30人抜きだぜ!」

「兄ちゃんも頑張んな! 」


なんて勝手な事を言ってる!

ああもう、どうなっちゃうの!?






そして1分後




「きゅう…………」


「ったく、全然ダメじゃねぇか」


猛者の屍の山にお姉様が加わった


「あらあら、本当に一瞬だったわね……」

「お姉様が空をクルクル回りながら飛んで行きましたね」

多分ルディさんの風撃呪術がお姉様に直撃したんだと思う

そのままお姉様は『ぎょえ~!』とか言いながら山の上に綺麗に飛んで行った

「ちょっとルディさん! そんな本気出してお姉様をやっつけるのは酷いですよ!」

「何言ってんだよ! ただ単に風撃呪術一発撃っただけだぜ?」

ルディさんはそう言いながら、演習場からこっちへ歩いて来た

そんなルディさんに対して、周りの観客の人たちは大きな拍手を贈っていた



「それにしたって……… って、お姉さん?」

「……………イリスちゃんごめんね? 少しここで待っててくれる?」

そう言うとお姉さんは、演習場にゆっくりと入って行った

「ん? どうかしたか?」

「あの、カルディナルさん。少しお手合わせお願いできませんか?」


「「は? ……………えぇえええぇええ!?」」


私とルディさんは同音異口で叫んでしまった!

「え、ええ!? お姉さん! 何言ってるんですか!?」

「そ、そうだって! 何だってンな事しなくちゃいけねぇんだって! 悪い事は言わないからやめとけって!」

私とルディさんは慌ててお姉さんを止めようとした



「大丈夫です。私もパ……じゃなくて、お父さんから沢山の戦術や魔術を教わりました。なので強い方とお手合わせしたいんです」

「…………入って来い」

「ルディさん!?」

「大丈夫。どうせこれは練習試合なんだ、別に大怪我したりはしねぇよ」

ルディさんはそう言いながら演習場へ再び入って行った




「それじゃあ手合わせ願おうか。どこからでもかかって来い」

「分かりました。それでは失礼します」

お姉さんは静かに一礼をしてそこから……

「خثفصضتي:٣!」

お姉さんの翳した(かざした)手のひらから氷の小さな塊が飛び出した!

あのアンバーキングダムでも使っていた氷結呪術だ!

「شضغب:٣!」

ルディさんはそれに火炎呪術で対抗した



でも…………

「ふっ!」

お姉さんは炎と氷がぶつかる直前に大きく跳躍し、ルディさんに上から襲いかかった!

「خضحفلنل:٤!」

詠唱と共にルディさんに大量の水が降り注ぐ

そしてその水に隠れてお姉さんが攻撃を………

「ふんっ!」

ルディさんがその水に対して手を思いっきり払い除けると、水が広範囲へ拡散した

多分無詠唱の風撃魔術だと思う

「くっ!」

水に隠れていたお姉さんが丸見えだ!

「悪ぃな、ぶち込むぜ!」

ルディさんはニヤリと笑ってそう言った

「ءخيق:٤!」

「くっ! きゃあっ!!」

「そぉら!」

「うっ、あっ!」

ルディさんは風撃呪術で吹き飛ばしたお姉さんを追って跳躍すると、そのままお姉さんの襟首を掴んで思い切り投げ飛ばした!



「なぁに、人間の山に投げ飛ばしたから痛くはねぇよ」

ルディさんはそのまま地面に着地しようと体勢を整えた……けど




「まだ終わってません! カルディナルさん!」

「え……なっ!?」

突然お姉さんがルディさんの後ろに現れた!

多分転移魔術で飛んだんだ!

「えいっ!!」

「うわっ!?」

そしてそのままルディさんの襟首を両手で掴み返すと、そのまま地面に思い切り投げつけた

「ءخيق:٤!」

さらに風撃呪術を撃ち込んで、ルディさんはすごい勢いで地面に叩きつけられ………

「ءخيق!」

その直前に片手を地面に向けて風撃魔術を放って勢いを殺した!



でもそこに……

「うあぁああぁああ!!」

「ッ!!」

上から落ちて来たお姉さんの手に大きな氷の塊が!

あれで殴られたらとっても痛い!


「ふんっ!」

「ぐっ!」


ルディさんは片手で地面に着地し、そのまま逆立ちの状態でお姉さんを蹴り飛ばした!

お姉さんはそれを受けて地面を転がってしまった


「كعلم! はぁっ!」

「ふっ! ほらよ!」

「きゃっ!」


お姉さんは転移魔術でまたしてもルディさんの後ろに!

そのまま手刀をルディさんの首に打ち込もうとしたけれど、ルディさんはしゃがんでそれを躱した

さらにしゃがむと同時に、お姉さんに後ろ回し蹴りの要領で足払いをかけた

ルディさんは仰向けに転がったお姉さんの肩を抑え込み、手刀を首筋に撃ち込む………寸前で手を止めた



「これで終わりだな」

「……ふふ、そのようですね。参りました」


ルディさんはそのままお姉さんから手を離して立ち上がり、お姉さんに手を差し出した

お姉さんは、ルディさんの手を取って、ゆっくりと立ち上がった


「参りました。本当に貴方は強いんですね」

「まぁな。弱いつもりはない」

ルディさんとお姉さんは、そのまま連れ添って演習場から出てきた

そんな2人に、周りにいた観客からは惜しみない拍手が贈られた

もちろん私もその1人だ!



「お疲れ様でしたルディさん、お姉さん!」

「おう。それにしても貴女はかなりの実力者のようだ。俺も数度ヒヤリとさせられた場面があったくらいだ」

「私も実戦はあまり多くはないのですけどね、良き師匠に出会えたからです」

お姉さんは多少息を荒げているけれど、まだまだ元気そうにそう言った



「でも多少疲れましたね。少し休憩したいです」

「それじゃあ今から喫茶店に行きましょう! そこで休みながらお話ししたいです!」

「そうだな。流石に転移魔術を2度も使っては疲労も半端ないはずだ。少し落ち着けるところへ行こう」

「そうですね、ふふっ」




こうして私達は喫茶店に行ってたくさんの事を話した

ルディさんと私の出会いの事や、お姉さんの旅であった出来事など、話題に尽きる事は無かった

あっ、もちろんルディさんが魔族だってことは隠してましたからね!!


そんな感じで、私とルディさん……そしてお姉さんは楽しい時間を過ごしました



そんな事に比べたら、その喫茶店にお姉様がボロボロになって駆け込んで来た事

そして、料理教室の先生が私を叱る為に喫茶店まで追いかけて来た事なんか、取るに足らない事です!


今回はここまで
次回から物語が終わりへ向けて走り始めます


次回
【終わりへの始まり】

酉忘れてました



第8章 3話


【終わりへの始まり】


「俺はあまり研究所は好きじゃないんだけどなぁ……」

「貴様の馬鹿さ加減が露呈するからか?」

「違ぇよ!! いろいろとあるんだ俺にも!」

「確かにルディさん、テュルさんの研究所に行く時も少し嫌そうでしたもんね」

ルディさん、なにか研究所に恨みでもあるのかなぁ?

「私もあまり堅苦しい所は好きじゃありませんね。大聖堂みたいに厳かな雰囲気なら好きなんですけれど」

「お前は多分平気だろ? あんな家の出身なんだからよ」

「ふむ、私の家は堅苦し過ぎる家だ。自由に旅を出来て初めてそれを実感できたな」

お姉様は腕を組みうんうんと頷きながらそう言った

確かにあの家はいろいろと凄かったですね……



「俺はそんな家に生まれなくて良かったぜ!」

「私もそう思います」

「はい! そうですね!」

「いや、イリスは我がローズ家の人間だろう!!」

「そうでした、えへへ」

「えへへって…… 一昔前の私だったら叱りつけていたぞ……」

「ふーん、それじゃあ今はどう思ってるんだ?」

「あんな家潰れてしまえ!!」

「極端すぎるだろ!!」

「あははは!」

「ふふっ、面白いコンビですね」


そんな風に和やかに談笑をしながら、私達は再びネーフルさんの研究所を訪れた

扉から顔を出したネーフルさんは、笑顔で私達を迎え入れてくれた


「よく来てくれました皆さん! やっと発電機が完成しましたよ! ところで貴女も皆さんのお友達ですか?」

「ええ、よろしくお願いします」

「どうもどうも、私はネーフルです。このアルマニャックでいろいろと発明してます」

お姉さんとネーフルさんは笑顔で握手をした

「こんな玄関先でお相手するのも失礼ですね。どうぞ中へ」



私達は研究所に入り、再び回路がある部屋まで向かった

お姉さんは興味深い様子で、研究所の中をキョロキョロ見回していた

「貴女も科学という分野に興味があるのか?」

お姉様がそう聞くと、お姉さんは程々には、と答えた

「貴女もってことはお前も科学に興味があんのか?」

「まぁな。一昨日の見学で多少興味が出た」

「ありがとうございます。そう言ってもらえるのは科学者にとって最高の褒め言葉ですよ」

ネーフルさんは回路をカチャカチャいじりながらそう言った

「例えば冷蔵庫があっただろう? アレがあれば夏場にも食料を長期保存できる。そうすれば食糧難の緩和に繋がる」

「何でだよ?」

「貴様は馬鹿か? ……いや、馬鹿だったな。済まない」

「こ、この女……!」

お姉様……その表情はルディさんじゃなくたってムカつきますよ……



「夏場は冬場と比べて食糧が腐りやすい。そんなことも知らんのか?」

「ま、マジで? ……本当に?」

ルディさんはビックリした表情でお姉さんの方を見た

「ええ、そうですよ?」

「し、知らなかった……」

そっか、ルディさんの場合はいつでも氷結魔術で食べ物を冷やせるから今まで気付かなかったんだ

「しかし冷蔵庫の中はいつでも冬の状態だ。それだけ食糧が腐りにくくなる」

お姉様がそう言ったところで、ネーフルさんが笑顔で拍手をして来た

「凄いですねパールさん! 正にその通りなんですよ。冷蔵庫は飲み物を冷やすために作ったんじゃなくて食糧の長期保存が目的だったんです!」

「ふふん、どうだイリス! 少しは私を見直したんじゃないか?」

「はい! お姉様、もしかしたら科学者に向いているんじゃないですか?」

「何を言うんだイリス。私達の家は代々戦闘に重きを置いて来たんだ。私に科学者は向いていない」

お姉様はそう言いつつも、少し誇らしげだった

その一方でルディさんは面白くなさそうな表情で、そんなルディさんをお姉さんは優しく慰めていた



「さて、準備が整いました! それでは新しく生まれ変わった回路と発電機をご覧あれ!」

そう言ってネーフルさんがボタンを押すと、風車が勢いよく回り始めた

凄い……一昨日の勢いの3倍以上はある!

「イリスさんの提案のおかげで、発電の効率が10倍以上上がったんだ!」

ネーフルさんは笑顔でそう言っている

「凄いですね! 風がないのに風車が回ってるなんて!」

お姉さんが長い髪を抑えながらそう言うと、ネーフルさんは気を良くしたのだろう

「あっはっは! もっともっと高速回転できるよお!!」

ボタンを操作して回転を速く……って!


「うっ、あ……! ふ、吹き飛ばされる!」

「きゃあ! こ、この勢いは風撃呪術のソレと………」

「と、止めろ! このままじゃイリスが吹き飛んじまう!」

「目が! 目が開けられません!!」

「あ、ごめんごめん。ポチッと……」


やっと風車が止まった時、私達の格好はそれは酷いものだった

お姉様と私はまだ短めの髪だからよかったけれど、ルディさんとお姉さんの長髪はボサボサになっていた



「あ……あははは、ごめんごめん! はい、櫛」

ルディさんはネーフルさんの投げた櫛を受け取ると、お姉さんに渡した

「俺は別にボサボサでも気にしねぇしよ。先にやりな」

「ありがとうございます」


「ところで、これって何に使うと思う?」

お姉さんが髪を整えている間、ネーフルさんがお姉様と私にそう聞いてきた

「えっと、多分冷蔵庫の中にある熱冷媒を循環させるんじゃないですか?」

「もちろんそれもある。でもそれ以外になにか思いつかない?」

「夏場とかの暑い日にアレがあれば多少は涼しくなるんじゃないか?」

「男なら女の子のスカートめくりに使うんじゃねぇの?」

「ルディさん!? なに言ってるんですか!!」

「貴様……やはりイリスを狙って………!」

「い、いや違う! 別にこれは一般論としてだな!」

「カルディナルさん」

「なんだ?」

「変態ですね」

「うぐぁ!!」

あ、ルディさんが動かなくなった

でも今回ばっかりは放って置きましょう


「ふっふっふ、これはですね。船を動かす装置になるんです!」

「船を動かす?」

「なるほど、帆に風を当てればその勢いで進むことができる!」

スッキリした表情でお姉様がそう言ったけれど、ネーフルさんは首を横に振った

「惜しいけれど違うんだなぁ。ほら、この模型を見てご覧」

「何だ船の模型じゃないか」



「見て下さいお姉様! 船の後ろのところに風車が付いてますよ」

「本当ね。でもこれではこのスクリューが水の中に浸かってしまうけれど………」

ネーフルさんはふふんと胸を張って、模型を水に浮かべた

「見てて下さいね。このまま風車のスイッチを入れると………」

ネーフルさんはそう言いながらスイッチを入れた

そうしたら………


「す、凄いぞ! 船が帆も風もないのに動いている!」

「これが全部風車で動いてるんだ! 今はまだ小さいけれど、さっき見せたような大きな風車を使えば本物の船を動かすことだって可能だよ!」

「やっばり凄い! ネーフルさんって天才なんじゃないですか!?」

「よしてくれよ、ふふふ……」

ネーフルさんは謙遜しながらも嬉しそうにしてる

「それとね、少しお願いがあるんだけれどもいいかい?」

「私にですか?」

「うん。実はね、この発電機の名前をさ、“イリス式発電機” にしたいんだ!」

な、なんですって!?

「私の名前をいれるんですか!? 発電機に!?」

「そうそう! イリスさんの発案した装置だからイリスさんの名前を入れるのは当然だ!」

そ、それはすこし恥ずかしいような……



「いいじゃないかイリス! 是非とも入れて貰え!」

「お姉様!?」

「イリスの発案のおかげで、今後の人類の暮らしがより楽になるかもしれないんだぞ? イリスにはその権利がある!」

「そうだな、いいんじゃないか?」

「そうよ。私もイリスちゃんの名前をいれるのには賛成よ」

「ルディさんにお姉さんまで……」

……やっぱりちょっと恥ずかしいけれど

でも、確かにこの装置に名前が入れば、私が人類の役に立てたことが証明される!

それはとっても嬉しいこと!

「分かりました。お願いします」


「いやったあぁああ!!」
「おっしゃあぁああ!!」


お姉様が吠えた
ルディさんも吠えた


「やったぞイリス! お前の名前が後世に記される日が来たんだ! いやっほぉおおお!!!」

「俺は感動してるぞイリス! 歴史的瞬間だぜ!!」

「ふふ、お2人ともまるで自分のように喜ぶのですね」

「当然だろう! 妹の快挙だぞ! ほら、貴様も手を挙げろ!!」


お姉様はそのまま両手を挙げると、お姉さんとハイタッチをした

ルディさんもそれに続き、お姉さんとハイタッチ

そして笑顔のままお姉様とルディさんが向かい合い、そのままハイタッチ………


する寸前でハッとしたみたい

2人とも気恥ずかしそうに手を降ろして顔を逸らしてしまった

ネーフルさんとお姉さんは、そんなルディさんたちを微笑ましそうに見つめていた



「それじゃあ私は早速この発電機を本格的に使用する手続きをとって来ます! 発明はすぐに特許を取らないといけないからね!」

「手続きにはどれくらいかかるんですか?」

「少しゴタゴタするからねぇ…… 2日はかかるんだよ」

「ふむ、それでは私達は今日の所はお暇しよう。また時間が出来たら呼んでくれ」

「そうだな。俺たちはまだしばらく滞在するつもりだからな。行くぞイリス」

「はい!」

「ごめんなさい。また今度ゆっくりとお礼をさせてくれ!」



私達はそのままネーフルさんの研究所を後にした


さて、これからすることと言えば……!


「大聖堂に行って神話を聞きたいんですけれど、お姉さんは時間大丈夫ですか?」

私の旅の目的を果たす事!

せっかくお姉さんもいるんだし、早く聞きに行きたい!


「ええ、私はまだ平気よ。お2人は如何なさいます?」

「俺はもちろん行くつもりだ。せっかくここまで聞いて来たんだから、ここを飛ばしたくはない」

「私は初めて聞くんだが……もしかしてその神話とやらは話が繋がっているのか?」

「いえ、それぞれの神話の世界観は繋がってなく、全て独立しています。しかし、登場人物の名前は重なるものがありますが」

「……? つまりどういうことだ?」



「例えばですね、ウィスタリア神話で登場するウィスタリアという少女は、真の美しさを知った人間の少女として登場します」

お姉さんは一息ついて続けた

「しかしシェーヌ神話で登場するウィスタリアは、美を司る神として登場するんです。役割は似ていますが、この2人は別人という設定になっているんです」

「ふむ、難しい…… 名前が同じで役割も似ているくせに別人とは………」

「因みにアルマニャック神話では、イヴォアールという少女が登場します。でもこの少女はイヴォアール神話のイヴォアールとは別人です」

「………ううむ? ……ん?」

「深く考えんじゃねぇよ。つまり今までの神話を知らなくても十分楽しめるってことだ」

「そうですね」

「そうか。それなら私も行くとしよう」




これから後のことは少し省略させてもらいます

大聖堂に着いて私達は神話をお姉さんから聞いた

その直後から物語を再開します






「これでアルマニャックの神話はおしまい。最後まで聞いてくれてありがとう」

お姉さんが頭を下げるのと同時に、大聖堂を拍手が響き渡った

私達の中で、これが恒例となっているんです

「イリスちゃん、今回の神話はどうだった?」

「とっても面白かったです! やっぱり努力をする人は報われるんですね!」

「その通りだともイリス! 努力は人を裏切らん! それはこの私が証明しているだろう!!」

「おい馬鹿、剣を引き抜いてポーズを決めてんじゃねぇ」

お姉様………

「あの、パールさん。大聖堂の中は原則としてあまり大声を出しては………」

「む、済まない。少し舞い上がっていたようだ……」

お姉様はいそいそと剣を鞘に収めた

「それじゃあイリスちゃん、カルディナルさん、パールさん。私はそろそろ……」

「え!? お姉さん、もう行っちゃうんですか!?」

まだこの街で一緒に遊べると思ったのに!

「ごめんね。でも、もうそろそろ私の連れとの約束の時間なの。また今度エカルラートで会いましょう」

「分かりました。楽しみにしています!」

「いろいろとありがとう。これからもイリスをよろしく頼む」

「俺からも礼を言う。昨日の教室の件といいアンタには助けてもらってばかりだな」

「いえ、気になさることはありません。それではまた今度」

お姉さんはそう言って頭を下げながら大聖堂を出て行った





なんだろう

………何かが私の中で引っかかっている

今のお姉さんとの会話の中で、なにか変だなと感じたのだけれど、それがなんだか分からない………

でも………なんなんだろう……?



「おい、イリス。早く行くぞ」

「ボケッとしてどうしたよ? ほら、さっさと行こうぜ?」

2人に声をかけられてハッとした

「すみません、ちょっと考え事をしてて」

「神話の余韻に浸るイリスも魅力的だ。姉である私には到底そんな儚さは出せん」

「そうだな。お前にゃ精々田舎のガキ大将が関の山だ」

「ふざけるな! 私のような高貴な人間に向かってガキ大将とはなんだ!!」

その通りです!

それにルディさんは大切な事を忘れてます!

「そうですよルディさん! それにバームステンは田舎じゃありません!! だからお姉様に田舎のガキ大将は無理です!」


「……は?」

「イリス……?」

あ、あれ? 2人とも目を丸くしてる…………

どうかしたのかな?


「いや、何も言うまい…… イリスはいつでも真面目なんだからな」

「そ、そうだな。俺もそれに賛成だ………」

「え? へっ?」

ルディさんとお姉様は生暖かい表情で私を見てため息を吐いたかと思うと、そのまま扉へ歩き出した

「ちょ、ちょっと待ってください! なんですかその表情は!!」



「なんでもないぞイリス。ほら、早く宿へ行こう」

「お姉様! その顔はやめて下さい! なんですかその可哀想な人を見る顔は!!」

「イリス。お前は多分疲れてるんだ。早く宿で休もうぜ」

「ルディさんまで!!」

2人ともなんなんですか!!

もう2人とも知りません!!


「先に帰ってます!! もう2人とも私を見ないで下さい!!」

そう叫んで出口へ駆け出した!


「お、おい! イリス、走ると危ないぞ!」

「止まれって! 危ねぇから!!」

後ろで2人が何か言ってますけれど知りません!

そのまま走って大聖堂の扉から外へ…………え?



「きゃあ!!」

「うわっ!?」



ちょうど大聖堂へ入ろうとしていた人にぶつかってしまった!

私もその人も転ばなかったけれど、それでも少し痛い!


「ご、ごめんなさい! 私、前を見てなく……て……?」


慌ててぶつかってしまった人に謝って、そして……言葉が止まった………


「い、いや。僕の方もあんまり前を見てなかったから………」


私がぶつかった人は………10歳くらいの、私よりも歳下の男の子だった



子供に相応しいその子供っぽい顔、そして私よりも低い身長、まだ高い声色




そしてその少年は………






漆黒のローブを纏い、風に棚引くくらいに長い漆黒の髪の毛の持ち主だった…………………



今思えば、この邂逅こそが私達の運命の分岐点だったんだと思う


この時、私達の選んだ道がどんな道だったのか


それは今でも分からない


でも確実に言える事が一つだけある




それは





私達がこの道を選んだ所為で………





沢山の人々が死ぬことになったということだ………


投下終了

次回は今週末にでも



第8章 4話


【グラフィット】


「おい、イリス! 大丈、ぶ…………」

「全く、私があれだけ危ないと言ったのに何故走るの……だ…」

後ろからやって来たルディさんとお姉様の声も途中で止まった


そして2人の目は、目の前の10歳くらいの男の子に釘付けになっていた………



「あー! カルディナル!! 久しぶりだね、元気だった?」

男の子は笑顔で手を振って、ルディさんに駆け寄った

「お、お前! グラフィット!? なんでこんな所にいるんだよ!?」

「あははは。実はさ、少し大変な事が起こってね。だからこれからの事を話し合いたいと思ってね」



「大変なこと?」

「そうそう。だから会いに来たんだよ。………あれ?」

そこでグラフィットさんは、ルディさんの後ろにいる私に気付いたみたい

「カルディナル、後ろにいる女の子は誰?」

「あぁ、こいつか? 今の俺の旅の共のイリスだ。そしてこっちの方が………」

「死ねぇえぇええ!!!」

「お姉様!?」


ルディさんがお姉様を紹介しようとした瞬間、お姉様がグラフィットさん目掛けて剣で斬りつけた!

でもお姉様の剣は空を切る事になった

「なっ!? どこに行った!?」

なんとグラフィットさんが一瞬で消え去った

それこそ音もなく、転移魔術の詠唱すらなかった

私は、グラフィットさんがまるで初めからそこにいなかったような錯覚を受けた程だ



「ど、どこに行った!?」

「なにキョロキョロしてんだよ。後ろだ」

「なっ!?」

ルディさんの声で私とお姉様はどうじに後ろを振り返った

するとそこには……


「う~ん、どこかで会ったような気もするんだけれど………」

グラフィットさんが顎に手を当てて、お姉様を下から見上げていた

「き、貴様ッ!!」

お姉様は今度は下から切り上げるように剣を振るった

けれどもやはり、グラフィットさんはそこにいなかった……

「えっと………う~ん……?」

気が付くとグラフィットさんは、今度はルディさんのすぐ脇にいた

ルディさんにこれまでの背中から寄りかかって、まだお姉様の事を考えているみたい

「やめとけ、お前じゃ指一本触れられねぇよ」

ルディさんにそう言われたお姉様は、悔しさを顔に滲ませながら剣を鞘へ収めた



「お前とこいつはバームステンで会ってるんだろ? ほら、お前が精神分散したらしいぞ」

ルディさんの一言でグラフィットさんはハッとしたみたいだ

「ああ! 思い出した! あの時の……ローズ・パールちゃんとか言ったっけ? こんなに大きくなっちゃってたから気付かなかったよ!」

「誰がパールちゃんだ!!」

「でも酷いなぁ! 僕は君の事を強くし易くしてあげたんだよ? なのになんでそんな怒ってるんだ……痛い!」

そこにルディさんが無言で拳骨をぶちかました

「グラフィット、その件については俺からも話がある。クククッ………」

「こ、怖いよカルディナル!? 一体僕が何をしたっていうんだよ!」








「そ、そんな事になっちゃってたなんて…………」

ルディさんの説明を聞いてやっと合点がいったみたい

「いや、でもさ? そんなの僕には予想出来ないし? 幼き日のパールちゃんには1番大事なものを捨てる覚悟があるかも聞いたし? それに結果としてはWINーWINじゃない?」

冷や汗をかきながらあたふたと言い訳をするグラフィットさん



「おい、ローズ・パール。こいつ、どうしてくれようか?」

「取り敢えず細切れのチリペッパーにしてみよう」

「ごめんなさいでした!! 許して下さい!!」

グラフィットさんはそのまま90度のお辞儀をした

それよりも、チリペッパーって何なんでしょうね?

「俺たちに謝るんじゃねぇ! このチビ!」

「イリスに謝れ!! チビ助!」

「わ、私ですか!?」

「ごめんなさい! 誠に遺憾であります!!」

グラフィットさんは両膝を着き、そのまま額を地面に当てて私に謝って来た

これはルディさんも謝る時によくする

エクリュ大陸で相手に平謝りする時に使う土下座というものらしい



「い、いえ別に私は………」

「グラフィットはそのまま5時間その大勢でいろ!」

「待てカルディナル! 5時間では足りない! 最低でも10時間は……」

「死んじゃうよ!!」

「い、いえ! 本当に気にしないで下さい! 別に昔の事なんかどうでもいいですって!」

「君は過去を捨てた女なのか! なんか格好いい……痛い!! お尻を蹴らないで!」

「うるせぇ馬鹿!」

「本当にその首を跳ね飛ばしてやろうか!!」

ルディさんとお姉様は、2人してグラフィットさんのお尻をゲシゲシ蹴っている


と、そこへ……

「あ、あの………あなた方はなにをなさっておられるのです?」


振り向くとそこには、年輩の修道女がいた


わ、忘れてたけどここって大聖堂の入り口だったんだ!!



修道女は土下座しているグラフィットさん(10歳くらい)、そしてそのお尻を蹴っているルディさんとお姉様を見て一つの結論を導き出した

「あ、あなた方! そんな小さな男の子を2人して虐めて!! 恥を知りなさい!」

「い、いや違っ!」

「こ、これには訳が!」

途端にアタフタし始めるルディさんとお姉様

私はグラフィットさんが、土下座しながらもニヤッとしたのを見逃さなかった

「おばちゃん助けて! このお兄さんとお姉さんが僕の事を虐めるんだ!」

「んなっ!?」

「お、おい!」

それを聞いた途端、お姉様とルディさんは真っ青になり修道女の顔は真っ赤になった

「あなた達! こっちに来なさい!! 今から自警団のもとへ連行します!」

修道女は2人の腕をむんずと掴んで引っ張る

「いやだから違うんです! こいつはこれでも俺と同い年で!」

「そしてこの世のどいつよりも罪深い存在なんだ!! 貴様は外見に騙されている!」

「嘘を吐くならもっと上手な嘘を吐きなさい!!」

修道女は全く取り合おうとしてくれてない

確かに2人の言っている事は一部を除いてあってるけれど……一般の方には信じてもらえないでしょうね



「ってそんなこと考えてる場合じゃないです! グラフィットさん、早く前言を撤回してください!」

「いや、でも僕は10時間土下座しなくちゃいけないし?」

「もう許します! 私がすべて許しますから早く助けてあげてください!!」

「本当だね! その言葉、忘れないでよ!!」

「分か……え?」

グラフィットさんはそう言うや否や忽然と消えた!



「おばちゃん、ちょっといい?」

「あら? いつの間に私の後ろに?」


なんとグラフィットさんは修道女のすぐ後ろにいた

本当になんの前触れもなくいなくなってしまうから、少し心臓に悪いかも……

「おばちゃんはもう帰ったらどうかな? 早く帰らないとご飯が食べれないし」

「それもそうね。それじゃあまたね」


修道女は2人の腕を離すと、そのまま帰って行ってしまった………




え?




「助かったぜ、ありがとよグラフィット」

「自分で蒔いた種を自分で回収しただけだよ。それにもうイリスちゃんには許して貰ったし」

「まぁ俺が許すかどうかは別の話なんだけどな」

「それは酷いよ! 恩を仇で返すのはよくない!」

ルディさんとグラフィットさんはそんな会話をしてる



え? あの、ちょっと待ってください!


私は今の流れが全く理解できてないんですけど!

「え? は? なんで?」

ほら、お姉様も馬鹿みたいな顔して同じ言葉を何度も繰り返してますし!



「ルディさん! 今のはなんですか? 全く話の文脈が繋がってませんでしたよ!」

グラフィットさんがたった一言、帰った方がいいと言っただけであの修道女は本当に帰ってしまった

一体何がどうなって………


「グラフィットの記憶操作だよ。それで適当な記憶を埋め込んで帰ってもらったんだ」

「その通り! 凄いでしょ!」

自慢気にそう言うグラフィットさん

「そう言えばグラフィットさんって、記憶の操作や精神の分散が使えたんでしたっけ」

「ねぇねぇカルディナル、僕の秘密をそんな簡単にバラさないでくれよ」

「仕方ねぇだろ、ローズ・パールに起こった事が何なのかを説明しなくちゃいけなかったんだからよ」

「……ごめんなさいでした」

「まぁそんな事は置いておいて」

ルディさんは今までの表情を一転して、真面目な表情になった

「一体なんでお前がここにいるんだ? 確かお前は様々な大陸を渡る旅に出たんだろ?」

「まぁね。そしてその大陸でちょっとしたことがあってさ」

「ちょっとしたこと?」

「うん、ノアールの傀儡(かいらい)に出会った」



グラフィットさんからしてみれば何の気なしに口から出た発言だったんだと思う

でも私とルディさんはその一言で奈落の底へ突き落とされた気分になった


「ノアールの傀儡だと? なんでそんなのが別の大陸にいるんだ!?」

「多分港とかで手当たり次第に傀儡にしたんだと思うよ? そうすればいつの日か偶然僕と出会えるかもしれないし」

この広い世界でそんな確率は余りにも少ない

一体ノアールさんは、何人を傀儡にしたの!?

「そしてさ、僕に対してノアールからの伝言を託してくれてね。そしてすぐに喉を爪で引き裂いて死んじゃったよ」

「……ノアールのやつ、いい趣味してるぜ」

「それがあったのが3時間くらい前。そのあと僕は伝言通りにノアールに会いに行ったんだ。本当についさっきだよ」

「ノアールにか!?」

「うん」



「おい! さっきからノアールノアールと私の知らん名前を出しているが、誰だそれは!?」

ここまで静かだったお姉様がついに痺れを切らしてそう言った

お姉様にはノアールさんの事は何も話していない

でもここまで来てしまったら、もう黙ってはいられないと思う


「一度落ち着ける所に行こう。ここで立ち話をするには、この話は長すぎるよ」

「そうだな。それじゃあ何処か静かな所へ移動しよう。2人ともそれでいいな?」

「はい」

「無論だ」

「それじゃあはい。行こう」

そう言ってグラフィットさんは手をポンと叩いた



次の瞬間、私たちは洞窟の中にいた…………



「え? えぇ!? ここは何処ですか!?」

「な、なんだこれは!? 大聖堂にいたはずなのにいつの間に!? わ、私は夢でも見ているのか!?」

「グラフィットの大転移だ。一度行ったことがある場所ならば、一瞬でどんな場所にだって転移できる」

ルディさんは驚きもせずに、近くにあった椅子に腰をおろした



「ちなみにここは、ウィスタリアの近くにある小さな洞窟だよ。ここなら誰も寄って来ないし」

そう言いながらグラフィットさんは椅子に腰掛けた

「2人とも座っていいよ?」

「あ、はい。失礼します」

「これは夢だ………そうとしか思えん………」

「紛うことなき現実だ。とっとと受け入れろ」

「その言葉はカルディナルもよく覚えておいてね。きっと信じられないと思うから」

グラフィットさんはふうっと息を吐いてそう言った


「カルディナル、君は少し前にノアールに出会ってるんだよね? 僕も大体同じ事を言われたんだと思う。戦争のことでしょ?」

「そうだ。ノアールの奴、人間相手に戦争を始めると言ってやがった」

「な、なにぃ!? そんな事はこの私が許さん!!」

「それは俺も賛成だ。人間と魔族はそんな大規模な争いを行うべきではない。グラフィットもそう思ってるんだろ?」

「…………………………」

「グラフィット?」

グラフィットさんは少し沈んだ表情を見せた




「お前……まさか!」

「いや違う。僕だって人間相手に滅亡を促す戦争をしたいわけじゃない。でもね、最近気になることがあってさ………」

「なんだよ?」

「アルマニャックとエカルラートの間に位置する希望の街ラピス。知ってるかい?」

「知ってるも何も俺たちの次の目的地だ。イリスとは神話巡りの旅をしてるんだからよ」

「滅んだよ。つい最近ね」

「は?」

「ほ、ほろ…んだ……?」

「まさか………」


グラフィットさんの口から出た言葉を私たち3人は理解できなかった

「滅んだって、ラピスがですか!? 一体いつです!?」

「正確な時期は知らないけどさ、滅んでから一ヶ月は経ってない。それに問題は滅んだことじゃあないんだ」

グラフィットさんはため息をついた

「滅んだ原因はなんだと思う? 魔族の侵攻? 食糧飢餓? 何かの天災? 全部違う。滅んだ原因は人間だ」

「まさか……内乱でも起こったのか?」

「それならどれだけ良かったか……… でも違う」

「それなら一体何があったんだよ?」

「エカルラートが攻め込んだんだ。ラピスにね」

「そんな馬鹿な!!」

それまで黙っていたお姉様が大声で叫んだ



「あのエカルラートを治めるルゴーニュ様は平和主義者として有名な方だ! そのような方がそんな他国に攻め入る許可をするはずがない!」

そ、それならば一体どうして………っ!!

「ま、まさかノアールさんが!」

「いや、違うよ」

私の考えをグラフィットさんは否定した

「エカルラートの支配者が変わったんだ。前支配者のルゴーニュは失脚し処刑されたよ」

「嘘だ! そんなデタラメをそれ以上口にするな!!」

お姉様は激昂して、剣の鋒をグラフィットさんの首に突き付けた

「やめろ。グラフィットがそんな嘘をつく理由がない」

「もう一度……! もう一度だけ聞かせてくれ! ルゴーニュ様が亡くなった、しかも処刑されたと言うのは本当なのか!?」

一縷の望みに縋るような声色でお姉様はグラフィットさんに聞いた

でもグラフィットさんは、無情にも頷いた

「そ、そん…な……… 私は……あの方に仕える日を楽しみに………」

「お姉様………」

お姉様の手から剣が落ち、洞窟内を金属音が響いた

そしてその剣に、ポタリポタリと温かい雫が落ちていく………



「エカルラートは以前、大陸最強の武力国家だった。みんな知ってるよね?」

「ああ。なんでも、ほんの100年くらい前まではこの大陸の全ての国々を支配していたらしいじゃねぇか」

「その通りだよ。その時代は正に恐怖の時代だったらしい。エカルラートに逆らう事は死ぬ事と同義だった程だ」


そんな時代があったなんて……

私は思わず身震いしてしまう

「でもエカルラートのトップが暗殺され、その時代は終わった。今ではエカルラートも他の国と変わらない平和な国だった」

「だった? 今は違うのかよ?」

「元々は大陸を支配していた国だ。あの国に住む人間の中には今の生活を望まない者も多かったんだ。もう一度大陸を支配したいと思う人間がね」

「そんなっ!」

自分から平和な日々を壊したいと思うなんて!

私には全く理解できません!!

「だから国民の中には、平和主義のルゴーニュに対し良いイメージを持っていない者も多かった。そしてだ………」

グラフィットさんはここで深いため息をついた

「ついに反乱が起きた。エカルラートのタカ派によって、ルゴーニュは捕らえられ殺された」

「そんなっ………ふざけるなあぁああっ!!!」

泣きながらお姉様が吠えた

「私は一度だけだがルゴーニュ様にお会いして……そして感銘を受けたのだ!! あのような素晴らしい方などこの世に2人といない!!」

「それについては僕も同感だ」

グラフィットさんは静かにそう言った



「そしてこの反乱にはおかしな所があった。何故いきなりタカ派が行動したのか? 何故ルゴーニュ達はそれに気付けなかったのか?」

「秘密裏に進んでいたんじゃないのか?」

「そうだとしてもルゴーニュのように賢い人間が全く気付けなかったのは余りにおかしい。だから僕は少し調べてみたよ」

「そ、それでどうだったんですか!?」

「おかしい所は幾つかあった。まず一つ目、ルゴーニュの住んでいた屋敷の崩壊具合だ」

グラフィットさんは指を一本立ててそう言った

「屋敷はまるで、巨人に薙ぎ倒されたかのように崩壊していた。まず人間業じゃない」

「となると何か魔族の力が働いているのか?」

「いいや、違う。ここで二つ目なんだけど、なにか途轍もなく大きな金属が動いていたらしい」

金属が動いていた?

「どういう意味だよそれ? 金属が動くってどういうこった?」

「僕のこの知識も、エカルラートの人間の記憶を覗いたものだからさ。実際は見ていない。だからなんとも言えないね」


金属が動いた………?


まさか………


「Dr.クルヴェットの………ロボット……?」


無意識にポツリと呟いたその一言

でもそれによって、グラフィットさんの表情は驚きへと変わった



「イリスちゃん。その名前をどこで?」

「一度アンバーキングダムで会っています。そして……私の事を殺そうと………」

「なんだとっ!? そんな話は聞いていないぞ!!」

「パールは少し黙ってろ。今重要なのはそこじゃない。グラフィットはその名前に聞き覚えがあるのか?」

「聞き覚えがあるも何も、エカルラートの新たな支配者がそのDr.クルヴェットという人物だ」


「な、に?」

「そんなっ!?」

あ、あの人がエカルラートに!?


「彼の詳細は謎に包まれている。だが、科学という力を行使して様々な現象を可能にしている。さっき話した金属の化け物もその一つだよ」


アンバーキングダムでの惨状が脳裏に蘇る……

あの時、もしお姉さんがいなかったら私は死んでいただろう


「今はラピス以外の国に攻撃をしかける気配はないけれど、その状態もいつまで続くか分からないね。とにかくDr.クルヴェットの出現で、エカルラートは変わってしまった」

「そんな事があったとは………」

「国民がいきなり反乱を起こしたのもDr.クルヴェットが噛んでいたんだ。彼の技術力は現実離れしている。それをタカ派に見せつけて反乱を扇動したんだ」

「Dr.クルヴェット……… あの野郎の目的は何なんだ……?」

「実はそれももう分かっているんだ。これは確かな情報だ」

そう言ってグラフィットさんは、私の事をジッと見つめて来た



「な、なんですか……?」

「Dr.クルヴェットの目的は君だよ、イリスちゃん」

「な、なんだとぉおお!?」

「だから落ち着けパール!」

「今までの話も全くもって理解不能だったが、今のは次元が違う! なぜイリスが命を狙われるのだ!!」

「イリスちゃんを狙う理由は僕も分からない。でも狙われているのだけは確実だよ」

「……………はい」


これは認めるしかない

私は人から命を狙われている……


「そして最悪な事はまだ続く。Dr.クルヴェットと利害が一致した人物が1人…………」

「ノアール、か………」

ルディさんは深いため息を吐いてうな垂れた

「もう分かってるとは思うけど、ノアールはイリスちゃんの存在に気付いている。カルディナルを仲間に引き込みたいノアールにとってイリスちゃんは邪魔者だ」

「やっぱり気付かれたか…… アイツ昔から変な所で勘がいいからなぁ」

「いや、勘じゃないんだけどね?」

「え?」

「いや、なんでもない」

グラフィットさんは呆れたような笑みを浮かべた

「とにかくこの2人が手を組んだのはかなりの脅威だ。正直僕は逃げるしかないね。カルディナルは?」

「関係ないな。俺は誰が相手でも負けなねぇよ。でも……」

「でも?」

「ノアールとだけは絶対に戦いたくない。アイツは強いからな……」



「そんなに強いと言うのか? そのノアールという奴は?」

お姉様はルディさんにそう問いかけた

「俺と比べりゃ明らかに落ちるがな。お前じゃ一瞬で消炭だ」

「…………………………………」

「だから俺はノアールに対して手加減が出来ない。俺とノアールが戦えばどちらかは確実に死ぬ」

「うん。まぁ確実にカルディナルの方が勝つけどね。カルディナルは次元が違うから」

「だろうな」



それきり会話はプツリと途絶えてしまった

ルディさんは疲れたようにうな垂れている

お姉様は何かを決意したような表情をしている

そしてグラフィットさんはそんな2人をジッと待っているみたい


それからしばらくして、ルディさんは重々しく口を開いた

「グラフィットは……ノアールに味方するつもりなのか?」

「いや、さっきも言ったけど人類の滅亡を促すような戦争を起こす事はしたくない」

グラフィットさんは続けた

「でも、エカルラートの蛮行を知った今、本当に全ての人間に生きる権利があるのか疑問にも思うよ」



「私もだ……… 同じ人間にも関わらず、エカルラートの人間に報いを与えたいと思ってしまう……」

お姉様も苦々しい表情でポツリとそう呟いた

確かにエカルラートのした事は許されるべきではないと思う

でも、だからと言って…………

「エカルラートに行こう」

ルディさんは静かにそう言った

「実際にエカルラートの現状を見て、それから判断する。元々俺はエカルラートに行くつもりだったんだしよ」

ルディさんは立ち上がって背伸びをしながらそう続けた


「待て! エカルラートにはDr.クルヴェットとやらがいるのだろう! イリスをそんな危険な所へ連れていけるか!」

「はは、なに言ってるんだよパール………」

ルディさんは笑いながら……いえ、笑っていない笑みでお姉様に向き直った


「俺がいる前でイリスにそんな事を出来ると思うのか?」


「っ!!」

「ル、ルディ…さん……?」


表情は笑っている

でも……目が笑っていない


そしてなによりも、声に抑揚が全くない!


私の目の前にいるルディさんは、本当に私の知っているルディさんなの!?



「グラフィット。エカルラートまで飛べるか?」

「エカルラート自体にはまだ行った事がないから無理だね。でもその近くの森までなら行けるよ」

「頼む」

「イリスちゃんとパールさんもそれでいいかい?」

「ああ」

「わ、分かりました」

「よし、それじゃあ行こっか」








私は今でも後悔している

この時にルディさんの変化にもっと気を付けていれば良かったと

今となっては遅いけれど

もしここで私とルディさんがもっと分かりあっていたならば


エカルラートではあんな結末にならなかったんじゃないかと


そう思えて仕方が無い



今回でアルマニャック編は終了
次回からエカルラート編に入ります

グラフィット


種族 : 魔族
分類 : キメラ
性別 : 男
一人称 : 僕
二人称 : 君
対 ルディ : カルディナル
対 イリス : イリスちゃん

外見 : 10歳
実歳 : 約500歳
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪
眼色 : 漆黒
身長 : 150cm
出身 : 名も無き研究所(ブリュニョン)
武器 : なし
得意呪術 : 使える術全て


【特殊呪術】

精神分散・記憶操作・記憶呼び戻し・遠距離転移・他者強制転移・遺伝子操作

その他多数


【使用可能魔術】

転移・障壁・感知・精神分散・記憶操作・記憶呼び戻し・遠距離転移・他者強制転移・遺伝子操作

その他多数

【特徴】

約500年前、とある研究所で作り出された3種類のキメラの内の一体

同じ境遇のカルディナル、ノアールと共に研究所を破壊、研究員を皆殺して脱走。今に至る

制作コンセプトは存在しない。グラフィットが出来上がったこと自体が、皆にとっては想定外のことであった

火炎や雷撃などの初歩的な魔術が全く使えないが、それを補って余りある程の特殊な呪術を有している

研究員の記憶を操作していたので、実は研究所での残酷極まりない実験を全く経験していない

グラフィットがよく使う遠距離転移は、一度行った事がある場所ならば一瞬で移動する事ができる

攻撃用の呪術を持っていないとは言っても、その気になれば他人を殺す事など赤子の手を捻るよりも簡単

他者強制転移で高度5000mの上空に転移させたり、深海まで転移させたりすることも可能である

自分が10歳程度の姿である事を若干気にしているが、最近はこの姿の方が得である事が多い事に気付き、喜ぶようになった


彼の出現によってカルディナルとイリスの最後の戦いが幕を開ける事となる……

他者強制転移って過去に行ったことがなくても送れるの?

>>349

いえ、こちらも一度行ったことがある場所でなければ移動させられないという設定です

そしてグラフィットは高度5000mの上空や深海に行ったことが“あります”



第9章 1話


【襲撃】



気付いたら私たちは緑が生い茂る深い森の奥にいた

虫の綺麗な鳴き声や鳥のさえずる声が耳にとても心地いい

さっきまでいたジメジメした洞窟とは、とてもじゃないけど比べ物にならない

「ここからエカルラートまでは人間の足で5時間くらいかな」

「そうか」

ルディさんはチラッと私とお姉様を見た

「どうせだからゆっくりと歩いて行こうか。もう俺たちにゆっくりする時間なんかほとんどないんだからな」

ルディさんがそう言って歩き始めると、それにグラフィットさんも続いた



「お姉様。私たちも行きましょう」

「そうだな」

こんな風に切羽詰まった状態でも、やっぱり綺麗な森を眺めていると心が安らかになる

こう言うのを不幸中の幸いって言うのかな?

「…………………………」

それでもやっぱり全部の不安は拭えない

さっきのルディさんの様子がちょっとおかしかった事が気になって仕方がない

試しにルディさんに話しかけてみよう!

「ルディさん。この森、とっても綺麗ですね」

「そうだな」

「あっ! 見てください! あそこに綺麗な花がありますよ!」

「お、本当だ。綺麗だな」


…………………………


会話が続かない……



普段なら、こんなたわいのない会話からどんどん話が繋がって行くのに今日はそんな気配が全くない

「イ、イリス! どうせなら摘んでいったらどうだ? イリスのその綺麗な髪に飾り付けてみてもいいんじゃないか?」

少しアタフタしたようにお姉様がそう言って来た

多分会話がないこの空気に耐えられなくなったのだと思う

以前のお姉様なら、こんないつ魔物に襲われるかも分からない街の外で会話するなんて道断言語だっただろう

やっぱりお姉様も以前と比べてとても砕けて来たと感じた



「いえ、お花は森に生えている時が1番綺麗なんです。私もたまにはお花を摘みますけど、今はいいです」

「生きている花が美しいか、活けた花が美しいか。僕たちの国でもよく議論されていたっけ」

グラフィットさんが笑いながらそう呟いた

「カルディナルはどうだったんだっけ? 生えてる花と活けてる花とどっちの方が好き?」

「俺はどっちでもいいさ。どうせ花なんて長くは生きられないんだからよ」

「ふん、ひねくれ者が。貴様のような男ではとても女にはモテんだろうな」

「そうだな」

「………………それだけ?」



ルディさんの返事にお姉様も拍子抜けしてしまったみたい

目をパチクリさせ、それから困ったように私を見て来た

「しばらく静かにしていましょう」

「わ、分かった………」

お姉様は詰まらなさそうに口を尖らしてしまった

そんなお姉様はまるで拗ねてしまった子供みたいで、ちょっとだけおかしかった






その後私たちはただひたすら森を歩き続けた

私たちの間に会話は全くなく、枯れ木を踏むペキッという音が森を木霊するだけ

いつの間にか鳥の声や虫の鳴き声もなくなってしまっていた

今までルディさんと過ごしていて、1番詰まらない時間がただ過ぎて行く



「グラフィットさん。エカルラートまではあとどのくらいですか?」

なんの気無しにグラフィットさんに話しかけてみた

「うーんとね、あと3時間くらいかな? 予想よりも早いペースで進んでるからね」

それでもあと3時間!!

いつもならあっという間なのに!

「まだこれだけしか歩いていないのか。感覚的にはすでに4時間は歩いたと思っていたぞ」

「私もです」

会話がないだけなのに、こんなにも時間の感じ方が違うなんて……


……ッ!!


「みなさん止まって下さい!」

大声をだして皆に停止するように呼びかける



「どうしたイリス? 疲れたのならば少し休むか?」

「そうだね。なんの訓練もしていない女の子には少し疲れる道だしね」

「ち、違います! そんなんじゃなくて………」

さっき急に誰かに見られているように感じた

1人じゃない、3人くらいには見られている!




…………不意に感じた風切り音

聞こえはしなかったけれど、私は確かに音を“感じた”

その方向は………


「お姉様!! 後ろ!!」

お姉様の背後からなにかが飛んで来た!


「ふんっ!!」

お姉様は振り向きざまに剣を引き抜き、その“なにか”を切り捨てた

「お見事! 流石僕が訓練だけに熱中するようにしただけはあるね!」

グラフィットさんはパチパチと拍手を贈った

お姉様はそんなグラフィットさんを睨みながら切り捨てたものを拾い上げた



「これは矢か? なにで作られているのかは分からんが……」

「長いね。真っ二つになってなければ30cmはあるんじゃないかな?」

グラフィットさんも興味深そうにお姉様の手にある矢を眺めている

「矢か。それならなにかしら知能を持つ魔族の仕業という事になる。もしくは人間か」

ルディさんはチラッと樹々を見ながらそう言う

「人間じゃないだろうね。だって僕の感知魔術を躱してるよ。正直僕も驚いてる」

いつの間にかルディさんとグラフィットさんは、私とお姉様を囲むように立っていた

「イリスとパールは俺たち2人の円から出るな」

「大丈夫。なにがあっても僕たちが護ってあげるから」

ルディさんとグラフィットさんはそう言って私たちに背を向けた


いつもならとっても心強かったその言葉


でも、いまのルディさんの背中からは頼もしさだけじゃない




底知れない怖さを感じた………





「………まったく、見くびって貰っては困る」

お姉様はルディさんをグイッと横に除けながら、私の目の前に立った

「いつから私を護る対象にした? 私はローズ・パール、イリスを護る為に生きている人間だ」

「お、お姉様……!」

「イリスはそこで見ていろ。それが私にとって何物にも代え難い力となる」

お姉様はそう言いながら、ゆっくりと剣を引き抜いた

白銀の剣は木漏れ日に照らされ、神秘的に輝いた

私はお姉様がまるで神話の登場人物になったかのような錯覚に陥った


「来たよ! みんな構えて!」

突如巨大な光の塊が私たちに向かって来た!



「صضننحغنى:٢٠!」

グラフィットさんの詠唱で青い障壁が私たちを包み込んだ!

光の塊は青い障壁にぶつかって轟音を上げた

「どんなもんだ?」

「うん、なかなか強いね。障壁をもっと強く張っておいても良かったかもしれない」

障壁はまるでガラスが粉々になった時のような音を立てて砕け散り、その破片は空中に霧散して行く

「パール!!」

「分かっている!」

お姉様の背後から、またしても矢が飛んで来た!


し、しかも今度は私の方へ!!


「ふっ!」

今度はお姉様は矢を叩き切る事はなかった

矢が眉間に到達するその寸前! 私の身体を引っ張って矢から護ってくれて……

「شضغب:٣!」

矢継ぎ早に矢が飛んで来た方向へ火炎呪術を放った



「どうだろう、当たったと思うか?」

「いいや、多分当たってないね。それよりもほら、第2陣が来たよ!」

私たちの周りを眩しいほどの光が囲い込む!

その光は私たちを中心として収縮して………


「صضننحغنى:٥٠!!」


グラフィットさんの詠唱でまたしても青い障壁が現れた!

しかもその厚さはさっきの比じゃない、少なく見積もっても50cmはある!


「これで大丈夫。この程度の呪術なら簡単に防げるよ」

まるで台風が来た時の窓ガラスみたいに障壁がガタガタと揺れている

「あっ、でもね。この呪術障壁は魔術とか呪術を遮断するけど物理的なものは遮断できないんだ。だからさ」

え、なに!?

「パールさんは、後ろの人を頼むよ!」

「なに!?」



聞こえる……なにかがこっちに向かって駆けて来る音が!

「……お姉様! 危ない!!」

「ぬっ……うわぁ!?」

突然お姉様目掛けて細い剣が伸びて来た!!

でもお姉様は直前でそれを避けた!

そしてその剣が握られている手を引っ張り、そのまま腕を掴み上げて怒鳴りつけた!

「何者だ!!」

「くっ……」

腕を掴まれた人はなんとか振り払おうとしているけれど、お姉様の力が強くて振り解けないみたい


「それじゃあそろそろ正体を見せてもらおうか」

グラフィットさんはそう言って指をパチンと鳴らした

途端に障壁が霧散し、お姉様が掴んでいる人が私たちの眼前に晒されることになった


「ま、まさか貴様!」

「くっ…………くそっ……!」


目の前にいたのは人間ではなかった

褐色の肌と輝くような銀髪、そしてこの世のものとは思えないほどの美貌を備えた種族



「エ、エルフ!?」

「しかも一般のエルフじゃない。ダークエルフの方だね」

グラフィットさんも軽く目を見開いている

「ぐっ……そ……! 離せ!」

「離さん! 貴様どういうつもりだ!! 急に我らを襲うなど誇り高きエルフ族のすることなのか!」

「だ、黙れッ!!」

エルフはお姉様を忌々しげに睨みつけている

その時また風切り音が!!


「お姉様!」

「なっ! しまっ……!」

お姉様は目の前のダークエルフに気を取られて左右に注意が向いていなかった

だからその矢を躱す事もできずに……


「ふん!」

お姉様の肩に矢が突き刺さりそうになった瞬間! ルディさんが矢を片手で掴み取った!

「ったく、もっと周りに目を配れ」

「す、すまない……」

ルディさんはそのまま矢をへし折った



でも、このやり取りのせいでまたしてもお姉様に隙が出来てしまった!

「せいっ!!」

「しまっ! うぐっ!?」

ダークエルフの蹴りがお姉様の身体にクリーンヒットした!

鎧越しとはいってもその威力は凄まじいものだったみたいで、お姉様は苦悶の表情を見せて二三歩後ろへよろめいた

「うらあぁあっ!!」

「くっ!」

切りつけようとして来たダークエルフの剣をお姉様も剣で迎え撃った!

二つの細身の剣が交差し、ガチガチと悲鳴をあげながら互いを押し合っている


「丁度いい、俺はあっちの弓使いをやる。グラフィットはあっちの呪術士をやれ」

「了解! パールさんも頑張ってね! あとイリスちゃんはこの障壁から絶対に出ないでね」

そう言ってグラフィットさんは私に紫色の障壁を張ってから、音もなく消えてしまった

「俺もあっちに行ってくる。グラフィットの障壁からは絶対に出るなよ」

そしてルディさんも森の奥へ飛び跳ねて行ってしまった



「お、お姉様!」

お姉様とダークエルフは未だに渾身の力を込めて鍔迫り合いをしている

「だ、大丈夫だイリス! こんな者に……わ、私が負けるか!」

「ふ、ふん! 人間風情が! 今にも力負け……し、しそうなクセに…!!」


2人の力は拮抗している!

でもさっき蹴られてしまった分お姉様の方が劣勢だ!

「お姉様! 一度距離をとってください!」

「こ、断る! ここで引いては呪術剣士の名折れだ!」

しまった! お姉様はこんな事言われたら意固地になっちゃう!

「貴様が力で私をねじ伏せようとするならば、私も力で貴様をねじ伏せる! 呪術剣士とはそういうものだ!」

「人間が出せる力なぞたかが知れている! このまま押し切ってくれようぞ!!」

2人とももはや意地になっている!

お姉様なら離れて呪術を放ったりして牽制とか出来るのに!!


「うぉおおおぉお!!」
「うぁあああぁあ!!」


咆哮をあげて力の限り相手を押す2人!

そしてとうとう耐えられなくなったみたいで、後ろに弾き飛んだ


2人同時に!



「うぁ!」
「ぐぉ!」


弾き飛ばされた2人はそのまま背後に仰向けになって倒れた

でも復帰も早い! ほぼ同時に2人とも立ち上がって剣を構えた!


「はぁ…はぁ……や、やるな……!」

「貴様もな。人間も、しばらく見ない内に……進化をしたようだ……」

お姉様とダークエルフは息を切らしながらも、挑発的な目でお互い睨み合っている

やがてダークエルフは真っ直ぐにお姉様を見ると、よく通る声で

「ふっ…… 貴様のような強者に出会えた奇跡に感謝し、我が名を語ろうではないか」

と言い、剣を鞘へと収めた


「我が名はシュヴァインフルト。武の才に満ちしダークエルフの末裔!」

「礼節には礼節にて返そう。我が名はローズ・パール! バームステンを治めるローズ家の長女だ!」

お姉様も剣を鞘へと収めてそう言った

「そしてそこにいるのはイリス! 私の護るべき大切な妹! 見ての通り可愛い!! この世に舞い降りた天使だ!!」

ズコーッ!

「お、お姉様!!」

時と場所を考えてください! せっかくのシリアスシーンが台無しです!!



「そうか、名を聞けて良かったぞローズ・パール。これで心置きなく“殺”れる」

「ふん! みくびるなよシュヴァインフルト! 人間の力を舐めるな!」


そう言ってお互いは刀を引き抜いた


お互いは間合いを図りながら、ゆっくりと近づいて行き……そして……


「うぉおおおぉおお!!」
「いゃあああぁああ!!」


突如として激しい打ち合いが始まった!

力の限りに剣を打ち合い、ある時は火花が散るほどの勢いでぶつけ合い、またある時は腕が震えるくらいの力で鍔迫り合う!

お姉様は流れるような動きをするのに対し、シュヴァインフルトさんは直線的な動きが多いような気がする

これではいずれ……!


「ふっ!」
「うっ! 痛っ!」


やっぱり! お姉様の剣がシュヴァインフルトさんの頬に血の筋を描くことになった!

シュヴァインフルトさんは驚いた表情で血の筋を指で掬いながら言った



「や、やるな……… これほどまでとは…… 人間のくせに!」

「生憎だが、私の数いる師の内の1人は恐らくこの世の生物の中で一二を争う実力者だからな。強くもなる」

お姉様は最後に小さく『認めたくはないがな』と吐き捨てた

てことは、やっぱりルディさんの事だ!

確かにお姉様の流れるような動きは、ルディさんの動きに通じるものがあったように思える!


「それでは、こちらも奥の手を使わせて貰おう!」

シュヴァインフルトさんはそう言うと、右手を天に向けて突き上げた

「سضحكل:٧!」

詠唱と共に光がお姉様に向かって!

「おわぁっ!?」

か、躱した! ちょっと下品な声を出して、避け方もガニ股でジャンプするというみっともない格好けれども! でもとにかく躱しました!


「こ、こら! 剣技と剣技のぶつかり合いの勝負に呪術を唱えるバカがいるか! 卑怯だぞ!」

「バカは貴様だ! 殺し合いに卑怯も糞もあるものか! سضحكل:٩!」

またしても光呪術!

「うおっ!!」

お姉様は地面に飛びつくように伏せて、なんとか躱した!

「よく逃げるものだ。だが、いつまで逃げられるかな? سضحكل:٨؟٥!」

今度の詠唱は光呪術の連撃だ!

詠唱でシュヴァインフルトさんの周りに、5つの光の球が現れてフワフワと滞空している!



「お姉様! ここは一度距離をとってください!」

私の必死の叫び声にお姉様は不敵な笑みでこう返した

「心配するな。あんなもの当たらなければどうという事はないっ!!」

「ちょっ!! お姉様! ダメっ!!」

なにを思ったのかお姉様は腰を低くした体勢で、シュヴァインフルトさん目掛けて走り出した!

「バカが! 消滅させてくれる!」

シュヴァインフルトさんがお姉様を指差すと、滞空していた光の球の一つがお姉様向かって!!

「ふんっ!」

「よ、避けた!? くそっ……! これでも喰らえ!!」

光の球がぶつかる寸前! お姉様は身体を回転させて躱した!

それでもまだお姉様に3つ連続で球が!

「くっ! ふっ! うぉあぁあああ!!」

お姉様は2つを躱し1つを剣で切り捨てた! これで残りはあと1つ!

「くっ……! うらぁああ!!」

その1つの球をシュヴァインフルトさんが飛ばして来た!

でもお姉様はそれを切り捨てて………っ! 危ない!!

「お姉様! 避けて!!」

光の球は囮! シュヴァインフルトさんの真の狙いは光の球でお姉様の視界を封じて斬りつける事だ!!

シュヴァインフルトさんの剣はもうお姉様の眼前に!

ダメッ! もう……躱せない!!





「ふふっ………」




えっ………?



シュヴァインフルトさんの剣がお姉様の眉間を裂こうとしたその刹那の時間、私は確かに聞いた




お姉様………笑って、る?




「كعلم!!」



「なっ……!? 転移……だとっ!?」


お姉様は剣が空を切ったせいで体勢を崩したシュヴァインフルトさんの真上に、仰向けの体勢で出現した!

そこから身体を思い切り捻って!

「うぉああぁあああ!!」

「ぐっ! がっ……!」

うなじを剣で思い切り打たれ、シュヴァインフルトさんは地面に強く倒れこんだ!


手から離れた剣は、地面を抉りながら勢いよく転がって行く


お姉様はそのまま地面に膝をついて着地した

そしてシュヴァインフルトさんの落とした剣を拾い上げて

「これで……詰みだ」

静かにそう言った



「お、お姉様! シュヴァインフルトさんは……」

「安心しろ、峰打ちだ。しばらくは動けないだろうがな」

「ぐっ……… くっ……そ……」

シュヴァインフルトさんは地面に這い蹲りながらも、憎々しい目でお姉様を睨みつけている!

そして

「い、いい気に……なるなよ人間がッ! た、たとえ私が負けようとも! あとの2人が貴様を……!」


シュヴァインフルトさんがそこまで言ったところで

「ごめんね。それってこの娘の事かな?」

「ご、ごめん……シュヴァイン……」

いつの間にかグラフィットさんがそこにいた!

その傍には、金髪で碧眼の美しいエルフがいる! 外見は20代だと思う

「へ、ヘリオ!? ど、どうしたんだ!! お前ほどの呪術士が!」

ヘリオと呼ばれたエルフは、その特徴的な長い耳を垂らして

「ごめん、私じゃ勝てないよ…… この男の子……次元が違う……」

絶望を感じさせる声色でそう言った



「おい、グラフィット。そのエルフ、拘束の呪術がかかっていないようだが……」

「大丈夫だよ、その代わりに“神経遮断”を使ってるから。だいたい僕は拘束の呪術は使えないからね」

「し、しんけー、しゃだ……?」

「お、お姉様。頭から煙が……」

グラフィットさんはぽりぽりと頭をかいて

「ああ、つまり動けなくなってるんだ。分かりやすく言うと」

「そ、そうか。それならいい」


「そ、そうなのかヘリオ!?」

「う、うん……全身が痺れてるみたいで全く動けないの……」

「く、くそっ! 人間がこんな呪術を使えるだなんて!!」

「違うわよシュヴァイン。この男の子は人間じゃないわ……… 人間はここまでの魔力は持ち合わせてない」

「なに!?」

「ご名答! 僕は人間じゃないよ」

「そ、それでは貴様も!」

「いや、私とイリスは人間だ。負けた言い訳が出来なくて残念だがな」



「ぐっ! くうぅ………」

シュヴァインフルトさんは悔しさに目を滲ませたけれど、それでも強気にこう返して来た

「だ、だがっ! まだあと1人いる! 私たちの中でも最も強い弓使いがな! どんな強者であろうとも、あの者に勝てる者など……」

「それに男性のエルフですからね。力も強いのであの方で太刀打ち出来るはずが………」



私達は同時に


「いや、恐らくそれはないな」
「ごめん。それはないと思うよ」
「ルディさんが負けるなんて想像出来ません」



エルフの2人は驚いたようだ

「あ、あの黒髪の男……それほどまでに強いのか…?」

「正直言うと私程度では相手にならんな」
「僕でも相手にすらならないよ。逃げる事は出来るけどさ」
「はい。いままでルディさんが負けたところなんて見た事ありません」

実は魔族の渓谷でも何度かルディさんは戦っている。もちろん練習試合だけど……


デュラハンの女団長のティユールさんやガルンナ(獣人)のビストルさん

他にも妖狐の藍晶さんやドラゴニアンのジュネさんとかとも戦ってる

アーマードのスールさんとも戦ってたっけ……… それと人狼のテュルさんとも!



それでもルディさんは、その全員に手加減をしながら勝ってしまっていた

ルディさん曰く

『全員、野生の魔族や今まで出会った人間よりは格段に強かったな。藍晶なんか、あの時のロゼよりも強かったぜ』


ロゼさんはウィスタリアで出会ったサキュバスの名前だ

私が今まで見てきた中で、ルディさんを最も苦戦させた魔族だ

でも、それはルディさんが全力を出していなかったからだ

あの時だってルディさんは、ロゼさんを亡き者にするつもりなら一瞬で片を付けることが出来ていたらしい

それをしなかったのはルディさんの優しさだろう

だから今回もルディさんは、相手のエルフを無駄に痛めつけたりはしない!

拘束の呪術で身動きできない状態にしてすぐにやって来るに決まっている!



私はそう確信していた



でも………私のそんな勝手な妄想は



「きゃ、きゃあぁああぁああッッ!!!」



ヘリオさんの悲鳴



「そ、そん……な…… ア、アコナイト! アコナイトォオオォオオッッ!!!」



シュヴァインフルトさんの咆哮



「お、お前……カルディナル…か………?」



なにか信じられないものを見てしまったようなお姉様の声



「カルディナル……君は……」



掠れたグラフィットさんの声



そして……私の目に飛び込んできた血塗れのルディさんと……




その手に引きずられている血塗れの “何か”




これらによって




これ以上ないくらいに……無残に………掻き消された………




「ぁ………ぁあ………ルディ、さ…ん………?」





そしてルディさんはしゃがみ込んでいる2人のエルフに向かって “ソレ” を放り投げて、笑っていない笑顔でこう言った




「それじゃ、話し合おうか?」



今回はここまでです

また来週にでも投下できれば……



第9章 2話


【エルフの里の宝石】



一番最初にホッとした

でもそれは、ルディさんが無事に帰ってきたからじゃない

ルディさんが放ったソレが動いていたからだ


「……………………………」


「アコナイト! しっかりして!! 意識はある!?」

「おい、意識確認なんかあとでいい! 今は止血だ!」

慌ただしくその血塗れの人物を介抱しようとしているエルフの2人

でも、この人は………それすらも許さない



「動くな」


ルディさんの一声で、2人はピタリと止まった

自分に向けられたわけでもないその言葉だったけれど、私は反射的にピタリと止まってしまった



「動いたら……分かるな?」

いつの間にかルディさんの周りには、黒い杭のような物体が2人目掛けて無数滞空していた

ルディさんだけが使えるアクゼナ史律、磔の呪術だ

多分ルディさんが望めば、目の前の2人のエルフは真っ赤に染まることになるのだろう


「ま、待て! いきなり襲いかかった非礼は詫びる! だからまずはアコナイトの介抱を……」

「別に急に襲い掛かられたことに怒っちゃいねぇよ」


シュヴァインフルトさんの懇願は、ルディさんによってバッサリと切られた

「でもよ、お前らは俺たちを殺すつもりで来たんだろ?」

「………っ!」

「人を殺すってのは自分も殺される覚悟がなくちゃいけねぇんだぜ? 知ってたか?」


ルディさんの言うことは道理だ

向こうから襲いかかってきたのだから、こっちだって反撃することは許されて然るべきだ

たとえそれで相手を死に至らしめる事になろうとも


でも……でもっ!




そこにお姉様が割って入った

「お、おいカルディナル! 貴様、やり過ぎではないか!? もう相手は戦意を喪失している!」

「逆に聞くがなパール、お前は許せるのか? あの男は一度、イリス目掛けて弓を放った。お前が庇ってなけりゃ死んでいたかもしれねぇぞ?」

「………む」

お姉様はチラリと私を見たけれど、すぐにこう言い返した

「そ、それでもだ! 決着はもうついている!これ以上は騎士道に反する行為………」

「魔族の俺に騎士道を説くのか?」

「ぐっ!」

お姉様はなにも言い返せない

だからグラフィットさんに目で合図を送った

グラフィットさんはやれやれといった風にルディさんにこう言った

「もうやめなよカルディナル。そちらのエルフさんも降参してるんだし。君だって無意味な殺生はしない主義でしょ?」

「本当に“無意味”ならな」

「無意味だよカルディナル。誰もそのエルフを死なすことなんか望んでないんだ。もちろんイリスちゃんもね」

グラフィットさんは私の方をチラリとみながらそう言った

私はしばらくぼうっとしていたけれど、ハッとして激しく何度も頷いた



お姉様も私の前にスッと移動し

「ほ、ほら……イリスもこう言っているんだ。もうやめてやれ」

「……………………分かった」

ルディさんがそう言うと音もなく無数の杭は消え去った

「アコナイト! く、くそっ! 布を巻け! はやく止血だ!」

「わ、分かりました!」

その瞬間、2人のエルフは一目散にアコナイトという血塗れの男エルフに駆け寄った

ヘリオと呼ばれたエルフは必死に布をお腹に巻いている

「だ、ダメッ! 血が止まらない!」

「一体何を受けたんだ!! 全身に無数の穴が空いてるぞ!!」

私には分かる…… それはルディさんの磔の呪術だ

「そ、それに……腕、が……アコナイトの右腕がっ!!」

「いまはそんな事を気にしている場合ではないぞヘリオ! 腕などなくても生きては行ける!!」

「で、でもっ……! もう……弓が………」

「そんな事にショックを受けている暇があれば! 早く! 止血だ!!」


右腕が……ない


それはルディさんの斬撃の呪術だ………

私には想像しか出来ないけれど、多分強力で無慈悲な攻撃がアコナイトというエルフを襲ったんだ……

他ならぬルディさんによって……



そこにグラフィットさんが入って行った

「2人とも、ちょっとどいてくれるかな?」

「な、何をするつもりだ!?」

「もうこれ以上アコナイトに触れないで!!」

「違う違う、僕が治してあげるんだよ」

「はぁっ!?」

「そ、そんな事が信じられるとでも……!」

「悪いようにはしないさ。でも一つだけ注意事項があってね、多分これをするとこの人の寿命が3年くらい減っちゃうんだ。それでもいい?」

有無を言わせずに話を続けて行くグラフィットさん

2人はなにか目配せをしたけれど、やがて

「…………………本当に治せるというのならば、それでもいい」

「幸いエルフにとって、3年など非常に短い時間でしかありません」

「ふーん。いいなぁ、エルフって」

グラフィットさんは心底羨ましそうにそう言うとアコナイトさんのお腹に手を置いた



「それじゃあまずは………えいっ!」

グラフィットさんが力をいれた瞬間、なにか小さくシューッという音が聞こえて来た

「す、凄い! 傷が塞がって………」

「こ、こんな事…………」

遠目からでも分かる! アコナイトさんの失血がだんだんと少なくなって来た!

「生物の身体には自分の傷を治す能力が備わってるよね? この魔術はそれを強制的に活性化させるんだ」


3分もしたらすっかりと傷が塞がってしまった!

「次はこの腕だね。カルディナル、切り取った腕はどこにある?」

「切り刻んじまったよ。もうこの世の何処にもない」

「ありゃまぁ………仕方ない、もう一度生やそう」

「は、生や…す……?」

グラフィットさんは腕の断面に手を置いた

「え~っと……暴獣トカゲでいいかな? それ!」

グラフィットさんはまたしても力を入れた



今回はすぐにはなんの効果もなかったけれど、でもすぐに変化が現れた……


「な、なんだ!? 腕が光って……!」

「一体に何が行われて……って、きゃあぁああぁあああ!!」

ヘリオさんが悲鳴をあげた!


「えっ、何が起こったの!?」


私は好奇心からそっちの方に近付いてみた

そして息を飲んだ!


「な、なんです……それ?」

私が見たとき、アコナイトさんの腕の断面から光る小さなコブが生えていた

そのコブはだんだんと巨大化して行き、やがて真っ直ぐに伸び始めた

ある一定の距離まで伸びたらコブは停止し、今度はグニョグニョとその形状を変え始めた

でもそれと同時に、コブから発する光も強くなって行った

とうとう我慢出来ずに目をつぶってしまったけれど、それでもなお刺すような光が私を包み込んでいるのを感じた!

しばらく我慢していたら、急に光が弱まったのを感じた

そして私はようやく目を開けて……そして………絶句した


「う、腕が!! アコナイトの腕が!!」

「こ、こんな事って…… これが、奇跡……なの…?」


エルフの2人もびっくりしていた


だってそこには腕が生えていたのだから!

その腕は全く不自然なところはなく、始めから生えていたようにしか思えなかった



「目を覚ましてからじゃないと分からないけど、多分元通り動くと思うよ。もしかしたら今まで以上に快適に動かせるかもしれないね」

「……………………………」

「……………………………」

「……………………………」


私、シュヴァインフルトさん、ヘリオさんの3人は呆気に取られて何も言えない

そんな私たちを訝しがったのか、グラフィットさんは

「ん? どうしたの? そんなに口開けちゃってさ?」

「あ、いや……あ、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

辛うじて声を絞り出したシュヴァインフルトさんに笑顔で応えるグラフィットさん

「でも目を覚ますのはいつになるか分からない。ずっと付いていてあげなきゃいけないからね」

それを聞いたヘリオさんはスクっと立ち上がった

「わ、分かりました! 私は水を汲んで来ます!」

「うん、行ってらっしゃい。それじゃあダークエルフさん。シュヴァインフルトさんだっけ? 少し聞きたい事があるんだけども」

「う、うむ」

「ちょっと待っててね」

「分かっ……なっ!?」

そう言った途端グラフィットさんが消えた

「ど、どこに行ったんだあの子供は!?」

「落ち着け。恐らく転移魔術で何処かへ飛んだのだろう。しばらく待てばすぐに戻ってくる」

お姉様は狼狽えるシュヴァインフルトさんに静かにそう言った

「し、しかし! 転移魔術は無詠唱では実行出来ないはずだ!」

「ふっ、それはな………… カルディナル、この女に教えてやれ!」

「偉そうに説明しておいて結局俺かい!」

お、お姉様……

い、いえ! このお陰でルディさんの空気がいつも通りになりました!!

よ、よーし! ここは私も!

「ルディさん、私も実は気になってました! グラフィットさんって本当にスッと消えていきなり現れ……」

「お待たせ~♪」

「きゃあっ!!」

「うわぁ!!」

「ひょふぉ!?」

上から順に私、シュヴァインフルトさん、お姉様だ

突然グラフィットさんが、沢山の椅子と一つのベッドと一緒に現れた

それにしてもお姉様…… ひょふぉ!? って……一体どんな悲鳴なんですか………



「ば、ば、馬鹿者ぉ!! いきなり音もなく現れるんじゃない!!」

「な、なんで僕が怒られなきゃいけないんだよ!!」

「びっくりさせるな! この馬鹿者!!」

「ダークエルフなんだからもうちょっと落ち着いてよ!! 痛いっ! ちょっと誰か助けて~!!」

お姉様とシュヴァインフルトさんが理不尽に怒って、グラフィットさんの髪の毛を引っ張っている

「ぼ、僕が何をしたって言うんだよ! なにか君たちに害為す事をしたかい!?」


「「心臓に害為す事をされているわこの馬鹿者っ!!!」」


お姉様とシュヴァインフルトさんがハモった

2人はお互い見つめ合うと

「うん!」
「ああ!」


がっしりと握手をした!

どうやらここにまた新しい友情が生まれたみたい


「まぁいいけどさぁ…… ほら、とにかく彼はベッドに寝かせたよ。君たちも座りなさい」

グラフィットさんはいつの間にかアコナイトさんをベッドに移して……って!?


「うおっ!? いつの間にか私たち、座らされている!!」

「他者強制転移だよ。こうでもしないと皆座ってくれなさそうだし。ね、カルディナル?」

「俺に同意を求めんな」

脚を組んで座っているルディさんに冷たくあしらわれたグラフィットさん



「飲み物とかはねぇのか?」

「はいはい~♪」

あ、消えた……

「ただいま~♪」

と思ったら出てきた!!


「シェーヌのお店からパイナップルジュースを持って来たよ。もちろんお金は置いて来たからね」

グラフィットさんは一緒に持ってきた人数分のグラスにジュースを注いで配った

ありがとうございます。そう言ってグラスを傾けて、中の液体にゆっくりと口を付けた

綺麗な金色の液体は懐かしい味がした……

あぁ……そう言えばシェーヌでサラさんとクランさんと一緒にお食事したときにパイナップルジュースを飲んだっけ………

しばらく会ってないけれど、みなさんどうしているんでしょうか……

向こうも行商の旅をして各地を回ってるから、もしかしたらまた出会える日がくるのかな


「さてと、そろそろ話し合いをしよう!」

私がちょっとした想い出に耽っていると、グラフィットさんがパンッ! と手を鳴らして言った



「まずダークエルフの君。名前はなんだったっけ?」

「シュヴァインフルトだ。名前が長いからシュヴァインと呼ばれてる」

それを聞くとお姉様は羨ましそうに

「長い名前は羨ましい。名乗るときに勇ましい感じがあるからな」

「私は貴様のような苗字の方が羨ましいがな」

「なるほど。つまり名前も長くて苗字もある我が最愛の妹、ローズ・イリシュテンこそが最強と言う事だな!!」

い、いきなり話を振られた!!

「わ、私ですか!?」

「そうだとも! 流石は我が妹だ!!」

「羨ましい!!」

「シュヴァインさん。なんで僕たちを襲ったの? エルフって人間を襲うような種族じゃないでしょ?」

「ふむ、そうだとも。何故貴様は人間である我らを襲った?」

「え!?」


突然の話の流れの変化にちょっと驚いた!

そしたらグラフィットさんがパチリとウインクしてきて……あぁなるほど


グラフィットさん、お姉様たちに記憶操作したんだ



それはそうとして、グラフィットさんに尋ねられたシュヴァインさんは

「…………………………」

黙ってしまった

そこにルディさんが

「おい、とっとと理由を話せよ。あんまり俺をイライラさせんじゃねぇぞ?」

「ひぅ!!」



シュヴァインさんはルディさんに一睨みされてすっかり畏縮してしまった

た、確かに今のルディさんはとっても恐い………

でもそこに2人の助け舟が入った

「やめろカルディナル。そんなにドスを聞かせてもなんにもならんだろう!」

「そうだよカルディナル。君は少し黙ってて」

グラフィットさんはピシャリとルディさんを黙らせてから

「別に僕たちは怒ってない。でもさ、やっぱり理由は知りたいんだよ」

「そうだとも。私個人としては貴様のような強者と戦えてなかなか嬉しかった」

そう言われてホッとしたのか、シュヴァインさんの表情が微かに弛緩した

そしてゆっくりと深呼吸してからポツリと呟いた

「………間違えたのだ」

「間違えたってなにと?」

「エカルラートの人間とな」

「どう言う事だ? 結局貴様らは人間を襲うつもりだったと言うのか! まさか人間とエルフ族の同盟を破棄するつもりか!!」

「待ちなよパールさん」

いきり立ったお姉様をグッと抑えたのはグラフィットさんだ



「…………違うんだよ。同盟を破棄したのはエルフ族じゃない。エカルラートの人間なんだ」

「はぁ!?」

「人間が……同盟を破棄したんですか?」

にわかには信じられない

だって初めに同盟を組みたいと願ったのは人間側のはず!!

「元々ラピスには、沢山のエルフ達が住んでいた。でも先の襲撃でそのほとんどが捕まって、今もエカルラートに囚われている」

「そんなっ!! 一体何のためにです!!」

堪らなくなり質問したら、グラフィットさんは少し考える仕草をしてこう言った

「う~ん、エルフ族はさ人間なんかとは比べものにならないくらい綺麗でしょ? だから……」

「イリスの可愛さはエルフをも超越している!!」

「はぁ………」

グラフィットさんはため息をついた

「あれ? いま私は何をいったかな?」

「そのまんま思い出さなくていいよ………」

お姉様……記憶を何回弄られれば気が済むんですか!!

やれやれ、と言ってグラフィットさんが話を戻そうとしたら突然ルディさんが

「いや、イリスがエルフよりも可愛いのは俺だって同意見だ!!」

「カルディナルも少し黙っててよ!!」

「チッ……………」



「とにかくエカルラートに囚われているエルフは酷い目に遭ってる! イロイロとね!」

「…………………ッ!!」

含みを持たせたその言い方に何かに気付いたのか、お姉様は顔を真っ赤にしてしまった

「あの、お姉様? エルフは一体どんな………」

「知らん!!」

く、食い気味に返された……

「違いますお姉様は嘘吐いてます!! 私には分かりますよ!」

「う、煩い! お姉ちゃんはイリスをそんな子に育てた覚えはない!!」

嘘だ! 絶対に嘘だ!!

「お姉様! 重要な事かもしれないんですよ!!」

「言わん! イリスには口が裂けても言わん!!」

「お姉様!!」

こんな言い合いをしているとグラフィットさんが

「因みにエルフ族やラピスに住んでいた人間の女性のオークションなんていう悪趣味な催しも開催されているんだよ。エルフは1人3000万エカ、高くて5000万エカくらいらしいよ。これは人間と比べておよそ10倍にもなる」

そう付け足した

お姉様と私がそれに絶句していると

「待て貴様」

静かにシュヴァインさんが呟いた

「なぜそこまで詳しく知っている! さては貴様……エカルラートの………」

「君さ、そこにいるアコナイトとさっきのヘリオさんとは幼馴染でしょ?」

「は?」

急な切り返しにシュヴァインさんは唖然としてしまった



「年齢は大体80歳、まだまだエルフとしては若いねぇ。出会ったのは5歳に開かれたパーティー。ジュースを譲ってもらったことで仲良くなった。違う?」

「な、なななな!! なんでっ!?」

「つまりさ、僕は他者の記憶を読む事が出来るんだ。凄いでしょ?」

ふふんと言って胸を張るグラフィットさん

…………なんかもう、グラフィットさんってメチャクチャですね

その気になればルディさんだって自由に操れるんじゃないですか?

「そして今の情報はシュヴァインさんの記憶を読んだだけ。だからシュヴァインさんの知っている情報以上は分からないよ」

「な、なんて奴だ……… ヘリオが敵わないと思ったのにも納得できる」

シュヴァインさんは脱力して椅子に深くもたれかかってしまった

そして

「その先の事も読んだのだろう? ならば省略するが、エカルラートがラピスに攻め込んでから奴らのエルフ狩りが始まったのだ」

「え、エルフ狩りだと!?」

お姉様はいきり立った!

ついでに物理的にも立ち上がった!

「ふざけるな!! そんな人間など、このローズ・パールが成敗してくれる!!!」

「だからお姉様! 剣を引き抜くのはやめてください!!」

「す、済まん」

お姉様はいそいそと椅子に座った



「一度目の襲撃は、奴ら平和外交とかいう名目でエルフの里に入ってきた。だから……護れなかった………」

目を軽く潤しながら悔しそうにそう言うシュヴァインを見ると、私も言いようのない怒りに襲われた

でも私にはシュヴァインさんをどうする事もできない

私なんかの慰めじゃ、シュヴァインの傷が癒えるはずもないから……

「しかしおかしいね。エルフの里には外部からはエルフ以外入れないようになっているはずだ。いくら同盟を組んでいるからと言って、里に招待するような種族ではないだろう?」

「エルフの里は……ずいぶん昔から外部との接触を避けるための結界はない。かなり昔に失われた」

「なんだって?」

「エルフの里に伝わる2組の宝石。コック・ドゥ・ロシュとブルー・アンディゴ・ソンブル。これが失われたため結界は張れなくなったのだ」

そ、そんな…………

「ふむ、そうか」

お、お姉様! カバンをゴソゴソ漁ってる場合じゃないですよ!!

この反応にはシュヴァインさんも怒って

「貴様! エルフにとって大変な問題を『ふむ、そうか』で済ませるとは何事だ!!」

それでもお姉様はカバンを漁っている

やがて

「あったあった。ほら、これをくれてやろう」

そう言ってお姉様が取り出したのは……白い猫の人形?

そんなものどうしようって………




「なんだこの可愛くもない人、ぎょ……う…………… こ、ココココ!! コック・ドゥ・ロシュだとぉおお!?」

「なんだって!?」

息を飲んでシュヴァインさんとグラフィットさんが見つめる先には確かに赤い2つの宝石が!!




ハッとした


そうだ! 魔族の渓谷でルディさんのローブを消してしまったお姉様の人形!!

その目になっている赤い2つの宝石!!

そう言えばテュルさんがこう言ってた!!



『人形自体はさして特別なものではない。しかしこの目に嵌め込まれている宝石が途轍もないものなのだよ』

『古代からエルフに受け継がれている2組の宝石の内の1組だよ。この宝石はコック・ドゥ・ロシュだろう』



「ま、まさか……こんな奇跡が……あっていいのか……?」

シュヴァインさんは目を限界まで見開いて目の前の人形を見つめた

「地元に来た行商団から買った代物だ。その宝石を取り出したら代わりの目をはめ込んでから返してくれ。その人形、気に入っているのでな」

「ああ…………」

「こ、これでエルフの里にもう誰も入って来れなくなります!!」

「は、ははは…… やったぞ!! あはははは………」

感激のあまり、しばらく震える声で笑っていたシュヴァインさんだったけれど、やがて落胆した表情を見せた



「だ、ダメだ。このコック・ドゥ・ロシュだけではダメなんだ。これと対になる宝石、ブルー・アンディゴ・ソンブルがなくては……」

「そ、そうでした………」

「流石の僕もそんなものの場所までは分からないなぁ………」


場を重苦しい沈黙が支配する

なまじ、必要なものの片方が見つかってしまったため、その落胆は激しいものだった



でも………



「なぁ、パール。お前、その人形をどんな奴から買った?」

ポツリとそう訪ねたのはルディさんだ

私たち全員は、その質問の意図が分からなくてポカンとしてしまう

「重要なことだ」

ルディさんはじーっとお姉様を睨みつけている

いや、本人には睨んでいる意図はないんだろうけれど、他者から見たら睨んでいるようにしか見えない

「う、うーん………大柄な男から買ったものだ。人形は2つあったが私はこっちを気に入って買ったんだ」

「もう片方の人形の目は……青くなかったか? 猫みたいな人形だ」

「………………貴様、まさか私のストーカーゔぁあぁああ!!」

目にも留まらぬ早業でお姉様の頭を鷲掴むルディさん!

ミシミシいってます! お姉様の頭からミシミシ音が!!



「ルディさん! 離して下さい! お姉様の頭がヤカンみたいになっちゃいます!!」

ルディさんは私の言葉にはぁっとため息をつくと

「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ……ったく」

「うぐぐぐ………潰れるかと思った」

ルディさんは粗っぽく椅子に座って

「おい、そのブルー・アンディゴ・ソンブルの持ち主が分かったぞ。イリスもそいつの事は良く知っている」

ほ、ほんとうですか!?

「誰ですかルディさん!?」

「イリス、本当に分からねぇのか? 俺たちが旅で出会った行商団なんて一つしかねぇじゃねぇか」


…………………………………!!


「ま、まさか! 貧乳同盟名誉会長の!!」

「その返しは想定してなかったぜ畜生!!」

ルディさんは思い切り後ろに仰け反ってしまった

しかも憐れみの目を私に向けて!

「イ、イリス? 貧乳同盟って……なんだ?」

「い、いえ……別に大した物では………」

「俺は一度ブルー・アンディゴ・ソンブルを見ている。イリスがサラとクランと一緒に出かけてる時にな。シトロと一緒にルイの開いていた出店でな」

そ、そんな事が………

「とにかくアイツらだ。この大陸の何処かにいるあの4人を見つけ出せばいい」

ルディさんはすくっと立ち上がると背伸びをしてそう言った



しかし、意外なところから意外な提案がルディさんにもたらされた

「う~ん、カルディナル。君はさ、ここに残ってくれないかな?」

グラフィットさんだ!

「あん? やだよ。なんで俺がここにいなけりゃなんねぇんだ?」

そんなルディさんの後ろの方で、シュヴァインさんも必死にコクコク頷いている

「またいつこの森にエカルラートの奴らが来るかわからないでしょ? だからボディーガードだよ」

「だからって俺が残る必要はない。お前でもいいしこのパールでもいいだろう」

「ダメだよカルディナル。君があのアコナイトを眠らせちゃったんだから! 彼が起きるまでこの森に滞在するのは義務だよ!」

「知ったことか。俺はなにも悪いことはしていない」

睨み合うルディさんとグラフィットさん

と、とっても怖い………


「仕方ないなぁ」

グラフィットさんはため息を吐いてそう言った


「ああ、分かればそれでいい。二度とそんなふざけた事を………」





「実力行使!!」

「え? きゃぁ!!」

「うわっ! なにをす……る……?」


いきなりグラフィットさんが私たちに飛びかかってきたと思ったら、既に私たちは草原に立っていた



「遠距離転移で飛んだんだ。ここはウィスタリアの近くだよ」

「そんな! ルディさんに黙って飛んじゃって! 後で怒られちゃいますよ!!」

「そ、そうだとも! 我々は別行動をすべきではない!」

「いいんだよ。それにイリスちゃんもパールさんも気付いているでしょ? 今のカルディナルの精神的な揺らぎを」


私とお姉様は同時に息を飲んだ


「だからしばらく1人になってもらった方がいいんだよ。それがカルディナルの為にもなる………と、思う」

グラフィットさんは多少声を沈ませてそう言ったけれど、すぐにいつもの調子に戻って

「さ、2人とも行こう!! まずはウィスタリアでその人たちを探そうじゃないか!!」


そう言って揚々意気と駆けて行ってしまった



「そうだな。確かにあいつには1人で自分を振り返る時間が必要かもしれん。行くぞイリス」

「は、はい。分かりました」



私は残してきたルディさんに対し、言いようのない不安に襲われながら、お姉様と一緒にグラフィットさんを追いかけた


今回はここまでで

殆どの人が読み飛ばしたであろうシェーヌ編の一文をここぞとばかりに持って来てみました



第9章 3話


【再開】


「ふあぁ~」

う~ん、気持ちのいい朝です!

昨日はほんとうに疲れました!

なにせお姉さんと一緒にアルマニャックの街を回って神話を聞き、グラフィットさんと一緒にエルフの森へ行って戦いが起きて、さらにウィスタリアに飛ぶ というハードスケジュールでしたから


…………………………


ウィスタリア、か……

私とルディさんが初めて来た街だ

あの時は本当に大変でした

街の外で大きな蛇に襲われて、さらにレゼダさんにルディさんが魔族ではないかと疑われ、さらにロゼさんの襲撃まであったんですよね

ふふ、あの時の私って今とは全然違ったなぁ……

何をするにも自信がなかったあの頃…… 死にたくて家から飛び出したばっかりだった頃………

ルディさんにもまだまだ他人行儀でしたっけ……

トンデモない誤字をかましてた……
もう一度


第9章 3話


【再会】←ここ


「ふあぁ~」

う~ん、気持ちのいい朝です!

昨日はほんとうに疲れました!

なにせお姉さんと一緒にアルマニャックの街を回って神話を聞き、グラフィットさんと一緒にエルフの森へ行って戦いが起きて、さらにウィスタリアに飛ぶ というハードスケジュールでしたから


…………………………


ウィスタリア、か……

私とルディさんが初めて来た街だ

あの時は本当に大変でした

街の外で大きな蛇に襲われて、さらにレゼダさんにルディさんが魔族ではないかと疑われ、さらにロゼさんの襲撃まであったんですよね

ふふ、あの時の私って今とは全然違ったなぁ……

何をするにも自信がなかったあの頃…… 死にたくて家から飛び出したばっかりだった頃………

ルディさんにもまだまだ他人行儀でしたっけ……



……………………ルディさん、1人で大丈夫かな……



そんな事を寝ぼけ眼で考えていたら、ドアをノックする音が聞こえて来た

「はい、どうぞ」

「おお、起きていたかイリス! おはよう」

「おはようございますお姉様」

「今日はとてもいい天気だ。これなら人探しも捗るぞ!」

お姉様は柔かに微笑みながら、窓から外を見下ろしてそう言った

朝日に照らされた銀髪がとてもきれいに煌めいている

「身支度を終えたらこの街を探索するぞ。グラフィットとは自警団の本部前で集合するぞ!」

「はい、今から身支度するので少し待っててください!」


お姉様を部屋の外に追い出して、と

服を着替えて顔を洗って頭を櫛で梳かしてっと、これでいいかな?




「お姉様、お待たせしました!」

「いや、別に待っては………… おいイリス」

お姉様の視線が私の頭に集中してる

「なんですか?」

「頭ボサボサじゃないか! 服もヨレヨレだし! しかも顔には泡が残っている!! こっちに来い!!」

結局、全部お姉様に身支度してもらった………










まだあんまり日差しも強くない時間に、自警団の本部前に着いた

後はここにグラフィットさんが来るはずなんだよね?

「お姉様、グラフィットさんはまだ来てないですね」

「約束の時間までは後少しある。しばらく待つしかないだろう」

そう言いながら、お姉様は自警団の本部となっている大きな建物を見上げた



「大きい建物ですね」

「そうだな。流石はバームステンから一番近い街だ」

関係あるのかな? と思ったけれど口には出さない

だってお姉様、腕を組んでしたり顔でウンウン頷いてるんだもの

その姿が少し可愛くて、わたしは自然に笑顔になった

「どうしたイリス? なにか楽しそうな物でもあったか?」

「いえ、別になんでもありませんよ。ふふふっ!」

お姉様は首を傾げていたけれど

「そうか。なんにせよイリスが笑顔なのはいい事だ!」

満面の笑みでそう言った


その時、うしろでバタン! と大きな音がした

あ、そっか! 私たち、自警団本部の入口付近に立ってたんだ!

「おっと、イリス。こっちに来い。そこだと出入りの邪魔だ」

「あっ、ごめんなさい」

慌ててお姉様の方へ小走りで駆けてく

今建物から出て来た人に道を譲る為に



「辱い(かたじけない)。 ……………む? そこの君、もしかしてあの時の少女ではないか?」

「へ? あっ! レゼダさん!」

建物から出て来たのはレゼダさんだ!

あの時と変わらない茶髪に栗色の瞳!

あっ、でも髪の毛がちょっと伸びてるかな? それに髭も立派になってる!

「やっぱりそうか! いやぁ懐かしい! 確かイリスさんといったかな?」

「はい! こちらこそお久しぶりですレゼダさん! あの時はお世話になりました!」

笑顔で差し出して来た手を握り返し、私も笑顔でそう言った

「あ、紹介します。こちら、私の姉のパールお姉様です!」

「パールだ。どうやら以前妹が世話になったようだな。礼を言わせてくれ」

「ふむ、その物怖じしない貫禄ある態度。中々のものだ。私はウィスタリア自警団副団長のレゼダだ」

お姉様とレゼダさんも握手をして、互いに自己紹介しあった



「ところでイリスさん。以前君と一緒にいた少年はどうしたのだ?」

「あ、ルディさんですか? ルディさんはですね……ちょっと都合が悪くて」

「そうか、残念だな。出来れば軽く手合わせをしてみたかったんだが」

それを聞いた途端、お姉様の目がキラリと光ったのを私は見逃さなかった

「手合わせか! それならばその役目、私が受け持とうではないか!」

ちょっとお姉様!!

ハラハラしてレゼダさんを見ると、なんと笑っていた

「いや、違う。手合わせと言ってもそのような物ではなくてな。将棋という仮想の戦試合のようなものだ」

「しょ、しょーぎ……?」

途端にお姉様は威勢を削がれてしまったみたい

「うむ。以前イリスさんとカルディナル君とこの街の料理屋に入ってな。その際に彼が南の大陸出身だと聞いたんだ」

そう言えばそんな話をしていたような………

私はご飯を食べさせてもらってたからあんまり聞いてなかった



「その時に知ったゲームに将棋というものがあってな。最近取り寄せてルールなどを覚えたのだ」

記憶の片隅に魔族の渓谷での出来事が思い浮かんで来た

「そう言えばルディさん。藍晶さんと将棋をしたいってポツリと呟いてました」

「どうやらチェスと同じようなゲームらしいが、こちらは取った相手の駒を自分の駒として使えるというゲームだ」

「なんだと!? それでは決着がつかんのではないか?」

「それを上手くつけるのがこのゲームの醍醐味らしい。しかし私は実戦をした事がなくてな。是非とも彼に師事を願いたかったのだが」

レゼダさんは残念そうにしている

だから私はレゼダさんにこう言った

「分かりました! ルディさんにレゼダさんが将棋をしたいって言っていたと伝えておきます!」

「む? しかしそれだけの為に彼に旅をさせるのは………」

「全然へっちゃらです! 必ずルディさんにはこっちにくるように伝えておきます!」

私がそう言うとレゼダさんは、ありがとうと言って微笑んだ

私は無い胸を張ってふふんと得意そうな表情をした


………………………………


自分で自虐しといてなんですけれど、胸の事を言うのはもうやめましょう……… ダメージが大きすぎます



「ところで君たちは何をしにウィスタリアに来たんだ? 確か彼と共に旅をしていたんじゃなかったかな?」

「あ、実は探してる人たちがいて…… それでいろいろな街を探しているんです」

「うむ。だからカルディナルとは別行動をしているのだ。あちらも各地を旅する行商団だからな」

お姉様が続けてそう言うと、レゼダさんは眉を微かに動かした

「行商団? それならばもしこの街に来た事があるなら門番が記録を取っているはずだ。少し調べてみよう」

「え? いいんですか!」

渡り鳥に船だ!

レゼダさんは本部の扉を開けた

「大した手間ではない。少し中の椅子に座って待っていてくれ」

「ありがとうございます!」

「すまないな。どうかよろしく頼む」





そして椅子に座ってから30分後


レゼダさんがこちらに向かってやって来た


「記録はあった。これを見てくれ」

渡された羊皮紙を見ると、確かにルイさんのサインがあった

「ここに来たのは20日ほど前。5日間滞在後、この街を去っている」

「つい最近じゃないですか! 多分近くの街にいるはずです!」

お姉様も顎に手を当てる

「ここからだとシェーヌ、もしくはバームステンか……… どちらに向かえばいいんだ…?」



そんな風に頭を悩ましていると

「恐らくはバームステンだ」

レゼダさんがそう言った

「この記録を見たまえ。彼らはこの街を去る時、こちらの出入り口を使っている」

「あ、これって私たちがこの街に来た時の扉ですね?」

私たちはバームステンからこのウィスタリアへやって来た

だから皆がこの扉から外に出たと言う事は、皆の行き先はバームステンの可能性が高い

「この方角へ発ったと言う事は、少なくともバームステンには寄る事になる。あの街は商いにはうってつけの街だからな」

バームステンは経済の中心となる大都市だ

経済の街、産業の街、工業の街などと、たくさんの呼び名もある

「この鎧も剣もバームステンで作られたものだ。恐らくレゼダのもそうなのだろう?」

「ああ。バームステンの製品は質が非常に良いから愛用している」

「それなら皆さんも!」

「うむ。この街を発ったのが15日前、ここからバームステンまでは大体10日の道のりだ」

「それじゃあ皆さんがいたとしても既に5日は滞在済み! い、急がないとまた何処かに旅立ってしまうんじゃ!」

「いや、それはない」

慌てる私を制したのはお姉様だ



「バームステンほどの都市で5日しか商いをしないというのはあり得ない。一つの商会のやり取りだけでも3日はかかるからな」

「それじゃあ!」

「行くぞイリス! 目指すは我らが故郷バームステンだ!!」

お姉様は椅子からスクっと立ち上がった

「は、はい!」

続けて私も!

「レゼダさん、ありがとうございました! 私たちはバームステンに向かいます!」

「そうかね。役に立てたのならば私としても嬉しい」

レゼダさんは笑いながらそう言ってくれた

私たちは扉まで駆けていって

「ありがとうございました! また今度お会いしましょう!」

「私にも礼をさせてくれ。ありがとう。この恩はいつの日か必ず返そう!」



そして私たちは扉を出て…………




「きゃあ!」

「な、ななな!?」



そこはバームステンのすぐ近くの森だった



「お、お姉様! ここってバームステンの森ですよね!?」

「そ、そのようだ……… と言う事は!!」


バッと同時にうしろを向くと!


「ぶす~」

そこには頬が膨れたグラフィットさんが!




「君たちさ。僕はね、ずっと本部の外で待ってたんだよ? ずっとず~っとだよ!」

「いいよね君たちは本部の椅子で座ってて、しかも飲み物まで出てたし! 立ちっぱなしの僕なんかどうでもいいと言わんばかりに!」


「…………………………」
「…………………………」


私とお姉様は無言で顔を見合わせる


わ、忘れてました!!


「ご、ごめんなさいグラフィットさん!」

「わ、悪かった…………」

「ふん! やっぱり忘れてたんだね! 君たちは僕をただの移動手段と思ってるんじゃないの?!」

そしてソッポを向いてしまうグラフィットさん


私はお姉様に小声で

「あの、お姉様。グラフィットさん、拗ねてません?」

「まだ子供なのだから仕方が無い。ここはご機嫌取りをしなくては」

うん、と2人同時に頷いてグラフィットさんを見……ようとしたら


「いない!」

「どこに行ったのだ!?」

忽然とグラフィットさんが消えてしまった!

一体どこに………あれ?


ヒラヒラと紙が落ちて来た

これは………あ



『後で戻ります。探さないでください。 グラフィット』



「よ、よっぽどショックだったみたいですね……」

「だな」










そこから少し歩いて、バームステンの門までやって来た

そこは今まで見たどの門よりも大きく立派なものだった

私たちに気づいて門番の人たちがやって来た……

「申し訳ありませんが旅の方は手続き………パール様っ!!」

その次の瞬間には既に跪いている門番さんが!


「やめてくれ、そんなに畏まらなくてもいい」

「はっ! よくぞご無事で戻られました!」

「別に戻った訳ではない。しかし少しこの街に用事ができてな。開けてくれ」

「畏まりました! ……あの、そちらのお連れの方は?」

「ああ、道中で出来た私の連れだ。信用できる人物だからどうかこのまま入れて欲しい」

「畏まりました! どうぞパール様! お連れの方も、どうか段差に躓かないように」

「あ、ありがとうございます」



門をくぐり街の中に入ると、そこは今まで見たどの街よりも大きな建物が建っていた

「これは?」

「ここいらは街の役所だ。商売をする際は必ずここに申請しにこなくてはならない」

「そ、そうなんですか……」

考えてみたら、私は殆どの時間を屋敷の中で過ごしたのでこの街の事を何も知らない

こんな建物があった事すら私は知らない

「あっ! ところでお姉様! 大事な事を聞くのを忘れてました!」

「なんだ?」

「あの、この街の人たちって私の事を知ってるんでしょうか……? それ以前に、私の存在……ローズ家に次女がいるって事を知ってるんですか?」


正直これは、私が1番気になっていたことだ

全然屋敷から出たことが無かったから、私の顔を覚えている人は屋敷に務めていた小間使いくらいだろう

でもこれはそれ以前の問題だ

街の人々はもしかしたら私の存在自体を知らないかもしれない!

ローズ家は4人家族

そう思ってる人の方が多いんじゃないかとすら思えて来る

門番さんだって私の事知らなかったですし


「………………………………」


お姉様はこの質問でピタリと止まった

まるでお姉様が石像になってしまったのではないかと思ってしまうくらいに、ピタリと停止している


「そ、その……あの………」


お姉様はやがて、たどたどしく口を開いた

「た、多分街の人間は……イリスの、その………存在をだな……知らない。せいぜい、小間使い……くらいだ……知ってるのは……」

やっぱり!



「それはどうしてですか?」

この質問にお姉様は、目を高速運動させている

言ってしまっては悪いけど、非常に不気味だ

「それは……だな……、ローズ家としては……そのっ……… 魔術も剣術も使えない……人は、だな……」

「ローズ家の恥だから絶対に他言出来ない、と?」

「あ……………………う、うん」

お姉様は気不味そうに目を逸らしてしまった

「その、済まない………」

「いいえ、別段気にはしてません。小間使いの方達は?」

「それはだな、その、給金に少し上乗せを……」

口止め料ですか……

「だ、だがな! 今の私ならばイリスを公表する事になんの不満もない! なんなら今すぐにでもここで大声で叫んで……!!」

「そ、それはやめてください!」

「分かった!」

も、物分りの良いお姉様で良かった……

「そんな事よりも早く皆さんを探しましょう! 第一、この街にいるかも分からないんですから……」

「それならば少し待っていろ!」

そう言うとお姉様は、目の前の建物に入って行ってしまう

そして3分もしないうちに羊皮紙を手に出てきた!


「いるぞ! 門番の記録では2日ほど前にこの街に入っていて、それから外には出ていない!」

は、早すぎませんか!? さっきレゼダさんは30分ぐらいかかったのに!

「私に不可能はない! ふはははは!!」

ま、街役場の方々……お疲れ様でした………

「店を開いている場所も聞いたぞ! さぁ行くぞ!!」

「はい!」









建物の谷をどんどん走り抜け、人の合間を縫うように進み、やっと広場にやって来た

「この広場のあっちの方だ!」

お姉様は右斜め前方を指して言った

「さぁ、もうすぐ例のものが手に入る! いざ勝利の道を凱旋せん!」

「そ、そんな大声で叫ばないでください! ほ、ほら! 周りの人が皆こっちを向いちゃってます!」


こんな事はいつも通り

そう思っていたけれど、今回ばっかりはそうではなかった………



「お、おいあれって……」
「パール様? パール様じゃないか!?」
「ま、まさか! パール様は自分を磨く旅に出られたと聞いたぞ!」
「きっと帰って来たのよ! パール様っ!!」
「パール様! よくご無事で!!」
「パール様!!」
「パール様がお戻りになられたぞ!!」


「え、ちょ……ちょっと?! お、お前ら道を塞ぐな! た、助け………」


お姉様は瞬く間に人に埋れてしまった

一方私は、その人の壁にポーンとそとに弾き飛ばされた


「…………………お姉様、出て来れなさそうですね」

ま、いいや。どうせ我が同志のサラさん達の居場所は分かるんですし……

可哀想ですがお姉様はここに置いて行きましょう



ふふ、楽しみです!







…………………………




………………………?



急に足が動かなくなった………


違う、足だけじゃない……


身体全体が動かない!!


「っ!!」



気づいた時には私は、顔から地面に思い切り倒れこんでいた


額が……熱い……そして、ズキズキする………

「………っ! ……んぅ!!」

口も……腕も……なにも……動かせないッ……!

まるで毛布でグルグル巻にされてるみたい!


一体なんでッ!?




「んぅ!! むぅぅ!!」

「相変わらず煩い娘です。少しは慎みを覚えてはどうですか?」

「…………………ッ!!」



背筋が凍った


心臓がキュッとなった


思い出したくない思い出が蘇った



ツカツカと歩いて来る足音

そして髪の毛を掴まれて顔を引きずり上げられた私の視線のその先


黒い髪、紫色の眼……そして、私のよく知ったその顔……………




ローズ・イビス



私のお母様が………そこにいた…………





「ンッ! んんっ!!」

「あの日………私のお仕置き部屋から逃げ出しましたね?」

嫌だ! 嫌だッ!!

「でもわざわざそちらから捕まりに来てくれたという事は、あの日の事を深く反省して悔い改めたという事でしょう?」

や、やめてっ!!

これ以上! これ以上なにも言わないで!!


「クスクス、その心意気に免じて今回のお仕置きは3日間の食事抜き、そして磔だけにしてあげましょう。クスクスクスクス……」


「うむぅうう!! ンんっ! んん!!」

やめて!


いや

イヤ

嫌だ……



イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ




う、うわあぁああぁあああぁああッッ!!嫌だあ゛ぁああぁああぁああ゛ぁあああ゛ああぁあぁ!!!


助けてっ!! 助けてッ!! 誰でも! 誰でもいい!



誰か私を! 助けてぇええぇえええぇええええええぇえエぇえぇええぇえええッッ!! あ゛ああぁあぁアァアァアアアアァアァアアアァアアあ゛ぁああぁああぁあ!!!





「イ、イリス……さん……?」


「お、おいお前! イリスになにをしてるんだ!!」



あっ…………




サラ、さん…… クラン……さん……………



今回はここまで

何気にルディが一度も出てこなかったのはこれが初めてかな?



第9章 4話


【闇の中で】



「………………貴方達は?」

「アタシたちは友達だ! いまアンタが髪を引っ張って引きずろうとしてるその子のね!」

「…………………………」

「友達? …………こんな娘の?」

「そう言うアンタこそ何者だ! 早くその手を離せよオバサン!」

「おばっ!?」

「普段のわたくしならクランさんを諌める立場なのですが……今回ばかりはクランさんに完全同意ですね」

「んん~っ! むぅっ!!」

「ほら! 早く離せ!! それにイリスにかけてる呪術を解け!!」

「ふ、ふふふ……残念ですがそういうわけには行きません。このイリスをどのように扱おうと私の勝手です」

「そんな事知るか! イリスを傷付ける奴はアタシが許さない!」

「そうですね。わたくしも許しません」

「待ちなさい。それ以上近づくなら敵意があると判断し、拘束の呪術で動きを封じます」



「……ぐっ! くそ! ルディ!何処にいる!! 早くこの人をなんとかして!!」

ルディという言葉を聞いた途端、お母様が息を飲んだのを感じた


「نغمكنضحبك!!」


「うわっ!!」

「きゃあ! か、身体が………」

クランさん! サラさんッ!!

「貴方達、その名前を何処で聞いたのです? 答えなさい、口は動くはずです」

「い、いきなりこんな事されて答えるか!!」

「うぅ……指一本も動かせません……」

「答えなさい。さもないと……」

頬っぺたに冷たい感触が……

「むっ!? んぅう~!! ンッ!!」

それがナイフだと気付くのにそんなに時間はかからなかった

「イリス!!」

「イリスさん!」

「イリスの顔に一生残る傷が付いてしまいますよ? クスクス………」

お、お母様は本気だ……!

この人は私の事なんかただの道具としか……いや、道具とさえ思ってない!!



「クソッ!! 誰か助けてくれ!! 誰でもいいから!!」

「無駄です。バームステンを治めるローズ家の人間は、この街の中でローズ家以外の人間感知されなくなる結界を張る事が出来ます。だから貴方達の声は誰にも届きません」


「なるほど。それならば、私からは丸見えでもおかしくありませんね」


声がしたと思った瞬間、私は投げ出された!

このまま地面にぶつかる! と思ったけれど、気付い時には私は優しく抱きかかえられていた


そしてそれはもちろん……


「お、お姉様……?」

「イリス! 無事か?」


見るとお母様は両手を地面について立ち上がろうとしているところだった

どうやらお姉様に思いっきり突き飛ばされたみたいだ


「パ、パール! 貴方いつの間にこちらへ……! い、いえ! それよりも……!」

お母様はゆっくりと立ち上がって、厳しい面持ちでお姉様を見据えた



「一体これはどういうつもりです! よりにもよって私を突き飛ばすとは!」

「申し訳ありませんお母様。しかしこのパール、すべてを知った今何者よりもイリスを大切にすると誓っているもので」

そしてお姉様はお母様をギロリと睨みつける

「たとえお母様と敵対し合うことになろうともな……」

「………!!」

お母様がたじろいだ

恐らくお姉様に敵意を向けられるだなんて考えた事も無かったに違いない

「い、いい加減にしなさい! 私のいう事が聞けないと言うのですか!!」

「………ローズ家の人間以外に感知されない結界とやら、もう解けてますが?」

ハッとしたようにお母様は周りを見渡した

確かにたくさんの人が、私たちの事を奇異な目で見ている

天下のローズ・イビスとローズ・パールが睨み合っているのだから当然と言えば当然だけれど……



「今は引くのが賢明な判断でしょう。しかし、もしもこれ以上私とイリスを狙うのならば………」

なんとお姉様は剣を引き抜いてお母様にまっすぐに突き付けた!

「容赦はしません。たとえお母様であっても斬り捨てます」


それっきり会話はなくなった

お姉様とお母様はお互い睨み合っているし、周りにいる野次馬も息を飲む事すら忘れてただ見守っている

そして………




「…………………………」



お母様は無言で踵を返してしまった

お姉様はその後ろ姿をしばらく黙って見ていたけれど、姿が見えなくなった瞬間………






「うわぁああぁああ!! どうしようどうしようとうしよう!! やってしまった!!」


頭を抱えながら大声で叫び出した!


「ちょ! お姉様!!」

「どどどどうすればいいんだ!! よりにもよってお母様にあんな暴言を!! うぎゃらっぱぁああぁああ!!」

だ、ダメだ……… 極度の後悔の念で頭がちょっとだけ残念になってる………



「イリス~!!」

「ひゃあ!?」

後ろからいきなり抱きすくめられた!


……って!


「ちょっとクランさん!? いきなり飛びつかないで下さいよ!」

「だって嬉しいんだもん! 久しぶりだねイリス!! 元気にしてたか~?」

「ええ、お久しぶりですイリスさん。またお会いで来て本当に嬉しいです」

サラさんは活発に笑っているクランさんと狼狽えている私を微笑ましそうに見ている



「こちらこそお久しぶりです。そ、そんな事よりも2人とも大丈夫ですか!? さっき拘束の呪術で動きを封じられてましたが!」

「う、うん。もう大丈夫。あの人があのオバサンに飛び蹴りした瞬間に解けたよ」

「と、飛び蹴りですって!?」

「ええ、わたくしも惚れ惚れする見事な飛び膝蹴りでしたわ」


な、何やってるんですかお姉様! 仮にも実の母親ですよ!?


「ふわぁああぁあん!! 私はこれからどうすればよいのだぁあああ!!」


…………………痛いくらいに後悔してますね




「あ、あの……そちらで咽び泣いているのは?」

「え、え~っと………わ、私のお姉様です。名前はローズ・パールといいます」

「イリスのお姉さん!? あれ? でもさっきのあのオバサン……あの人の母親って………? それにローズ家って確か………」

言ってからしまったと思った!

これじゃあ私の事を教えてるようなものじゃないか!!


「ちょっと待ってて下さい! すぐに戻ってきますので!」

2人にそう言ってからダッシュでお姉様の元へ向かう



「お姉様!」

「イ、イリスゥ~! 私はこれからどうすりぇばぁああぁああ!!」

「泣いてちゃダメです! 早くしないとここにお母様が戻ってくるかも! もしかしたらお父様まで来るかもしれません!」

「ふがっ!? そ、それはまずい! 私なぞ鼻毛の先でちょちょいのちょいされてしまう!!」

そう言って慌てて立ち上がったお姉様の手を引き、クランさんとサラさんの元へ向かう

「あの、すみません! 取り敢えずここから離れましょう! ルイさんの出店まで連れて行ってください!」

「よっしゃ分かった! こっちだよ! ついて来て!!」

そう言ってクランさんが走り出そうとした瞬間!

「すまない! 少し時間をくれないか!!」

お姉様がその背中に声をかけた

「どうしたんですかお姉様! 早くしないと……」

「後ろを見てみろイリス」

「え? あっ!」


そうだ! さっきのいざこざはこの街のたくさんの人が見ていたんだ!

だからみんな私たちの方を興味深そうに見ている!



「仕方が無い。ここで全てをハッキリさせよう。イリス、前に出ろ」

「きゃっ!」

私はお姉様に半ば押されて、皆さんの前に躍り出された

「聞け! 皆の者!! この娘の名はローズ・イリシュテン!! ローズ家の末女だ!!」

お姉様の一声に民衆へ驚愕が走った


「このイリスは訳あって、その存在自体を皆に隠され続けて来た! それこそがローズ・オルタンシャの最初にして最大の罪だ!」

「先ほどのお母様と私の争いを見ただろう! 未だにローズ家の者は、この娘を忘却の闇に葬り去ろうとしているのだ!!」

「今は多くは語らん! だがいつの日か! 必ずや私はこの地に戻ってくる! そして全てを明かす事を約束しよう! だから今は我慢してくれ!!」


空気を震わせんばかりの大声でお姉様は言った

そして辺りが静まり返った頃を見計らって

「……………」

何かを小声で呟いた

すると、今まで私たちに釘付けだったみんなの視線はあちこちに泳ぎ始め、ざわつき始めた

まるで見失ってしまった何かを探しているみたいな…………



「行くぞイリス! 済まないがそこの2人は案内を頼む!」

「え、あ? わ、分かったよ!」

「こちらです! さ、イリスさん! パールさん! こちらへ!」



クランさん達の後を走りながら、私はお姉様に問いかけた


「お、お姉様! 何をしたんですか?!」

「さっきお母様も使っていたローズ家にしか感知されなくなる結界だ。私もつかえるのだぞ?」

あ、そうか! だからみんな私たちの事を見失っちゃったんだ!



「そこの角を曲がればすぐだよ!」

角からひょこっと顔を出して見ると………

「あらあら」

「シトロさん、大きなあくびしてますね………」

確かに今は人がいないからだけど、それにしても凄いあくび

「よし、結界を解くぞ」

「いや、ちょっと待っててよ! うしし……!」

クランさんはトコトコとシトロさんの方まで走って行った

「お~い! シトロォ~!! 本当に気付いてないんだね。バーカバーカ!! シトロのアホォ~!」

「クランさんったら……… もう……」

「お姉様」

「うむ。結界解除」




「バーカバーカ! シトロのバーカ! べんべろべ~だ!」

「………………………………」

「あほー!アホー! やーい!やーい! ばーか!」

そんなクランさんにいきなり魔の手が!

「おいクラン……… テメェ俺に喧嘩売ってんのか?」

「え゛!? な、なんで見えてるの?!」

「クランさん。もう結界は解けてますよ」

「んなっ!?」

「今日という今日は許さねえ! くたばれ!!」

「うぎゃぁああ! チョークスリーパーぁあああ!? 助けてサラァ!!」

「自得自業です………」

呆れ顔のサラさんだけど、このままにしておくわけにもいかない!

「シトロさん! やめてください!」

「イリスちゃん!?」

シトロさんは驚いて咄嗟に手を離してしまった

それはつまり、クランさんがさんは急に支えを失ったという事で……

「ふぎゃ!」

クランさんは顔から地面に倒れこんでしまった



「おいおい! 久しぶりじゃんか! お~いルイ!! イリスちゃんが来たぞ!!」

シトロさんが馬車の中にそう呼びかけると、中からはあの大きな身体がのっそりと出て来た

「イリスちゃん? ……本当だ! 随分と久しぶりじゃないか! もう半年以上は経ったかな?」

「そうですね。本当に久しぶりです」

私はルイさんと、笑顔で再会の握手を交わした

「ん? そう言えばルディの奴は何処にいるんだ? アイツがイリスちゃんの傍から離れるなんて珍しいんじゃね?」

それを聞いた途端、地面に伏していたクランさんがガバッと立ち上がり

「そうだよ! それにさっきのイリスのお母さんとの対立とかは何だったの!?」

「対立? イリスちゃんになにかあったのかね?」

「そうなんだよルイ! さっきイリスのお母さんとかいう奴がイリスを拘束して、髪の毛を引っ張って引きずってたんだ!」

「なんだと? それはどういう事だ? それにお母さんって………」

どどどどうしましょう……!!

このままじゃルディさんの事とか家の事とか全部話さなくちゃならなくなる!!

シトロさんはルディさんの正体を知ってるからいいけれど、残りの3人にはルディさんが魔族だってこと知られたくない!



そんな風に慌てていると


「それは私から説明しよう」

お姉様が前に進み出た

「君は?」

「私はパール。ローズ・パールだ。ここにいるイリスの姉だ」

「あ、姉だと!? イリスちゃんお姉さんいたのか!?」

「は、はい………」

「それじゃあ説明してよ! なんでイリスがあんなに酷い目に遭わされたのか!」

「ええ。イリスさんのご友人として、わたくし達はそれを知る権利があると思います」

「分かった。少し長くなるが説明しよう」



それからお姉様は語った


私がバームステンを治めるローズ家の末女であること

魔術の才能がなく、ローズ家の皆から忌み嫌われていたこと

そして日常的に虐待をされていたこと

そんなローズ家に嫌気がさし、イリス……つまり私が逃げ出したこと

そしてルディという“人間の旅人”と出会い、一緒に旅をしていること

パール……つまりお姉様は、そんなイリスが心配で家を飛び出し後を追ったこと

そして今は3人で一緒に旅をしているということ

グラフィットさんの事は話がややこしくなるから何も言わなかった

お姉様はあくまで、私の虐待には手を出さなかったが親の目もあり私を助ける事は出来なかったという立ち位置だ



「話は以上だ」


全てを話し終わった時、場を支配していたのは沈黙だった

でもそれも長くは続かない



「ふざけんなッ!!」

クランさんは激昂して立ち上がった

「イリスに魔術の才能がないってだけで邪魔者扱いした挙句、虐待してましただって!? ローズ家は腐ってる!!」

「クランさん。少し声が大きいですよ?」

「な、なんでサラはそんな怒ってないのさ!? 所詮他人事だって言うの!?」

「よせよクラン。サラだって怒ってるよ」

「でもっ!!」

「そうだぞクラン。サラはお前の声が大きい事を注意したんだ。お前の放った言葉にはなんの注意もしていない」

そこでクランさんはハッとしたみたいだ

「それに俺だって怒りを覚えている。年甲斐もなく大きな声で怒鳴りつけたくなるくらいにはな……」

ルイさんはその大きな握り拳を限界まで握りしめていた

クランさんもシトロさんもサラさんも……みんな同じ想いみたいだ


「イリスを除くローズ家の人間全員に罪がある。父も母も弟も……そして私にもだ」

クランさんがいきなりお姉様に飛びかかった!

「そ、そうだよ! なんでお前イリスを助けてやらなかったんだ!!」

「クランさん!」

「お、おいクラン! やめろって!」

慌ててシトロさんとサラさんが引き剥がそうとするけれど、ビクともしない



「こんな小さい女の子を家族ぐるみで虐めるなんて! それでもお前らこの街で一番偉い人間どもなのかよ!!」

「クランさん! 少し落ち着いて下さい!」

「うるさいサラ!」

「気持ちは痛いほど分かりますけれど落ち着いて! そこにはイリスさんもいらっしゃるんですよ!」

その言葉にハッとしたのか、クランさんはお姉様から手を離した

「申し訳ありませんでしたパールさん。こちらのクランが大変失礼な真似を……」

サラさんが失礼な真似をって………

サラさん、抑えてるけれど物凄く怒ってませんか……?

「いや、私とて逆の立場ならば無用問答で斬りかかっていただろう。今の私ならばな……」

「え、今の私……?」

「い、いや! なんでもないぞ! うん! あっははは!」

お姉様は気持ち悪いくらいの笑顔でサラさんをやり過ごした

「は、はぁ……」

「そ、そんな事よりもだ! イリス! 私たちは用事があってこの街まで来たのだ!早く目当ての行商団を探さなく……って、いた!!」

「お姉様、人に指差すのは失礼です!」

ルイさんを指差すお姉様を軽く叱りつける

「ん? 俺に何か用でもあったのか?」

「人形! あの時もう一つ人形があった!! それを買いに来たのだ!」

「は、はぁ……?」

「お姉様、それじゃ分かりませんよ! ルイさん。実は少しお話が………」





エルフの里やエカルラートの事柄には触れず、単純に人形の目の宝石が欲しい事を告げると、ルイさんは二つ返事で了承してくれた

「しかしあの人形は何処か奥の方にしまい込んでしまってな。少し待っていてくれ」

そう言ってルイさんは馬車の奥の方に引っ込んでしまった

その傍では、サラさんとクランさんがお姉様と何かを喋っていた

「なぁ、イリスちゃん。ちょっといいか?」

「どうかしましたかシトロさん?」

後ろから声をかけられて振り向くと、シトロさんは真剣な面持ちをしていた

そのままみんなから見えない位置まで移動してから、シトロさんは口を開いた

「ルディの事だよ。アイツ、今は何処にいるんだ?」

シトロさんはルディさんの正体を知っている数少ない人間の1人だ

だからシトロさんには隠す必要がない

「ルディさんは今はエカルラートの近くの森で待機してもらってます」

「エカルラートの近くの森? なんでまたそんなところに?」

「それは……その………」

言おうか言うまいか………



「ちょっと用事があるんだよね? そうでしょイリスちゃん?」

「ひゃあ!?」

後ろからいきなりこんな声が!

「って、グラフィットさん! 驚かせないでください!」

「あっはは、ゴメンゴメン♪ でもさっきの仕返しだよ」

グラフィットさんは反省せずにケラケラ笑っている



「だ、誰だよこのガキ!? いきなり湧いて出やがった!」

「どもども~僕はグラフィット。カルディナルの仲間さ」

「ルディの!? って事はお前も……」

「しーっ!」

グラフィットさんは人差し指を立てて、口の前に当てた

「多分想像通りだけど、それをここで言わないでよね!」

「あ、ああ…………」

シトロさんは毒気を抜かれてしまったみたいだ

「グラフィットさん。一体どうして?」

「どうしてとは酷いよ! せっかく迎えに来たのに!!」

またしてもぷりぷり怒り出しちゃった!

「あ、ごめんなさい! でもまだお人形は手に入ってないんです」

「あれま? まだダメだったの……」

「ですのでもう少し待ってください」

「はいはい、分かったよ。それじゃあ少し世間話でもしよっか」

グラフィットさんは笑いながらそう言うと、本当に世間話をするみたいな感じでこう言った

「近々、魔族と人間の間で戦争が起こるかもしれない」

「………………は?」

固まるシトロさん

でも、それも当然だ

「僕とカルディナルがエカルラートにいるのはさ、その時に僕たちがどちら側に付くかを見極めるためなんだ」

「な………ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「いいや待たないよ。時間もないしね。もしもカルディナルが魔族側についた場合、恐らく人間は絶滅する事になる。少なくともイリスちゃんは除いてだろうけどね」

グラフィットさんはチラリと私を見た



「カルディナルはね、人間が大好きなんだ。だから他の奴みたいに無意味に人間を襲ったりしない。人間相手にも友達を作りたがる。ちょうど君みたいにね」

「お、俺みたいな………?」

「そう。こっそりとカルディナルの記憶を覗いてみたら君たちの姿があった。君やあっちの女の子たち、大柄な彼もね」

「俺たちが………」

「僕たちは生まれた時、既に闇の中にこの身を置いていた。でもそこから光の中に這い上がった」

「グラフィットさん、それは一体………」

「ごめん、今は黙って聞いててね」

「す、すみません」

「でも、今のカルディナルは自分をもう一度闇に浸そうとしている気がある。誰よりも光が好きなカルディナルがね」

グラフィットさんは静かに言った

「カルディナルはどこまでも冷酷でどこまでも殺戮を好む。そしてそれと同時に、誰よりも平和が好きで誰よりも争いを嫌う。この矛盾した感情を持つのが、カルディナルという魔族の最大の特徴だ」

バラバラで一貫性もないグラフィットさんの独白

でも、それらの一つ一つが私の胸に深く突き刺さって行く

多分シトロさんも私と同じような感覚に陥っていると思う

「これで僕からの話は終わりだ。世間話に付き合ってくれてありがとう2人とも。ほら、もうあっちも終わったみたいだ」

グラフィットさんがそう言って指差すと


「あったぞイリス! これがブルー・アンディゴ・ソンブルだ!」

人形を高々と掲げたお姉様がこっちに走って来たところだった



「や、やったぁー!! これでエルフの里が救われます!!」

「よし、帰ろう。さぁ、2人ともこっちに来て!」

「あ、でも……! まだ皆さんにお別れの挨拶をしてなくて……!」

「だめだよイリスちゃん。時は一刻を争う。早く行かないと手遅れになるかもしれない」

手遅れに? グラフィットさんは一体何を言っているの?

「あ、それじゃあシトロさん! 皆さんによろしく言っておいて下さい!」

「私からも頼む! クランとサラには“イリスは絶対に護る”と伝えておいてくれ!」

「…………………ああ、分かった。それと、俺からも一ついいか?」

「何でしょうか?」

そして、シトロさんは笑いながらこう言った

「ルディに言っておいてくれ。“必ず俺に魔術を教えに戻って来い! もしも帰ってこないならドレスは返してもらうからな!!” ってな」

「は、はい! 必ず伝えます!!」



本当に良かった

あの時、ルディさんが助けた行商団の方々がこんなにも素晴らしい方で………

本当に良かった…………



そして、シトロさんは私の視界から消えた…………





「よし、着いたよエカルラート近くの森!」

またしても一瞬で森に帰って来た

「早くその宝石をエルフの里に持って行きましょう! 皆さん喜ぶに決まってます!!」

そうしてウキウキしながら歩き出そうとしたら

「待てイリス! なにか様子がおかしい!!」

緊迫したお姉様の声に引きとめられてしまった

「ど、どうしたんですか!?」

「これは戦闘を積んだものにしか分からない直感だ! この森、なにかがおかしい……!!」

お姉様はそう言って、鋭い眼光を光らせて辺りを見渡した

「………………まさか」

グラフィットさんは今まで私たちに見せる事の無かった驚愕の表情でそう呟いた

「こっちに来て! 早く!!」

グラフィットさんは半ば叫びながら駆け出した

「わ、分かった! 行くぞイリス!!」

「はい!」

私たちも慌ててその後を追う

「やっぱりだ! この近くで最近膨大な魔力が使われている! こっちの方だ!」

「クソ! やはり魔族だけあって足が速い! 着いてこれるかイリス?」

「だ、大丈夫です!」

階段だらけの魔族の渓谷で半年過ごしたから体力には自信がある!

それでもグラフィットさんに着いて行くのが精一杯だ!


「ここ……だ………」


グラフィットさんが絶句して足を止めた……

なんだろう……… 久しぶりだけれども、この感覚が私を支配する





私はこの先を見てはいけない



なんてかは分からない、理由もわからない……


でも、私には分かってしまった


私はこの先を……決して見てはいけない


見てしまったら、私はそれを激しく後悔する事になる


だから私は絶対に………見て、は…………






「う、うぐッ………!」


「イリス! しっかりしろ!!」


我慢するしないの次元なんかじゃなかった

まるで洪水のような勢いでこみ上げる吐き気に誰が耐えられるのだろう……

少なくとも私には耐える術はなかった



「う、うえッ……! あ゛あ゛………」

「くッ……しっかりしろイリス!」

お姉様は優しく背中を摩ってくれた

それでも一行に楽にはならない

むしろ時間が経つに連れ、吐き気も増大して行く

「ごめんイリスちゃん! 少しだけ精神分散するよ!!」

そう言ったグラフィットさんが指を鳴らした瞬間、吐き気が嘘のように引いて行った

それでも多少は気持ち悪さが残っているけれど………


「す、すみません……… ゼェ、ゼェ……お見苦しい所を……」

「いや、イリスは悪くない……… 私でさえ、こみ上げる吐き気を抑えるので精一杯なのだからな…………」





そこからバッサリと分かれていた



私たちがいた森と、そうではない森とがだ…………



その森は赤かった


そして沢山の物体が千切れていたり、潰れていたり、無惨な状態で落ちていた

木に串刺しになっているソレは、ポタリポタリと未だ尚森を赤く染めようとしていた


「これは……何があった……?」

「…………パールさん、君も分かっているだろう? そして、イリスちゃんも」

え? なにがですか?


「カルディナルさ。全部全部、カルディナルの仕業だよ………」

あ、あはは……… グラフィットさん、冗談にしても悪質過ぎますよ?

あのルディさんがこんな事、するはずがないじゃないですか………

だって、この辺に落ちてるソレって…………人間の死体ですよ?


やだなぁグラフィットさんったら

いくらなんでも酷過ぎますよ!


ルディさんがこんな事をするはずないじゃないですか………


ほら、そこの人なんか目玉が綺麗にくり抜かれてますよ?

そっちの人は両手両足が切断されてますし

あ、お腹からデロンと何かがはみ出してる人もいます

あれが内臓なのかな?

口が裂けている人もいますね

それに身体に無数の穴が空いてる人も………

磔の呪術でしょうか?



「こ、これは………皮を剥いだのか………?」

「こっちの人は、脳と頭蓋骨だけを綺麗に消滅させられているね……… おかげで頭が萎んじゃってるよ」

「見てください。あっちなんか、木の枝に沢山の人が突き刺さってますよ! 真っ赤なお花みたいで綺麗ですね!」

「う、ぐッ……!」

「あれ? お姉様ったら……口を抑えたりしてどうしたんですか?」

変なお姉様………

「ごめんねイリスちゃん。後で精神分散は解いてあげるから……」

「え? なんで謝るんです?」

変なグラフィットさん………


と、そこへ


「おい! お前たち戻ったか!!」

「あ、シュヴァインさん!」

シュヴァインことシュヴァインフルトさんが血相を変えてやって来た

「シュヴァイン。一体何があったんだい?」

「………お前たちが発ってからすぐ、エカルラートの兵士たちが攻めて来た。大方、我らを攫いに来たのであろうな」

心なしか、シュヴァインさんの声は震えていた

「そうしたら……あの男が………カルディナルという者が…………ウッ………」

シュヴァインさんは口元を両手で抑えたかと思うと、そのまましゃがみ込んでしまった

顔は真っ青になってるし、身体も震えている



「や、やはりあの男が……カルディナルが……これをやった、のか?」

「だろうね。兵士の数はどんなに少なく見積もっても300人はいる。これらをこんな風に皆殺しに出来るのはカルディナルぐらいだ」

グラフィットさんは深い息を吐いた



シュヴァインさんが震えながら口を開く

「本当に一瞬の出来事だった…… 先頭の人間の首が撥ね飛んだと思ったら、ものの数秒でこの様だ……!」

掠れる様だった声は、いつの間にか嗚咽に変わっていた

恐怖とは人を、ここまで打ちのめすものなんだと改めて実感させられる

「アイツは! カルディナルは何処だ!」

お姉様がシュヴァインさんに詰め寄った

「あ、あの男は……エカルラートに………我が同胞を救いに行くと……」

「そうか……カルディナル、エカルラートに行っちゃったのか……」

「どうしましょうグラフィットさん、お姉様。ルディさんを追った方がいいんじゃ……」

グラフィットさんは何も言わずに空を見上げている

その表情は生物が持ちうる、全ての感情を表している様に感じた


やがてポツリと呟いた

「いつの日かこうなるんじゃないかと懸念はしていたんだ……」

「それ、どういう意味です?」

「イリスちゃんももうすぐ分かるよ。カルディナルの事を知りたいんだったらね……」

「どういう意味だ? っておい、何処に行くつもりだ!」

グラフィットさんは私たちに背を向けて大きく天を仰いだ



「僕はエカルラートに向かうよ。すぐにでもカルディナルを連れ戻す。もう、手遅れかもしれないけれどね」

「それならば私も付いて行こう! もちろんイリスもだ!」

「もちろんです! ルディさんを連れ戻したい気持ちは私だって同じです!」

この言葉を聞くとグラフィットさんは

「はは、やっぱりか。そう言うと思った」

達観した表情で私たちを見て来た


「イリスちゃん。今の君は精神分散で “残酷な場面への耐性” を強めている状態だ。それは分かっているかい?」

「あ、そっか。さっき吐き気が引いたのはそれででしたか。今は全然平気です!」

笑顔でそう答える

お姉様はそんな私を信じられない物を見る様な目で見ていた

「それでもこれは理解出来るはずだ。アレらの残酷な殺戮をカルディナルが行った事はね」

「はい」

「だから聞こう。君はアレらを行ったカルディナルに、まだ会いたいと思うのかい?」

「はい」

こんな事は考える必要もない

だから私は二つ返事で返した



「ルディさんは無意味に人を傷つけません。だからルディさんがこんな事をしたのはそれだけの理由があるはずなんです。私はそれを知りたい。だからルディさんに会いたいんです」

「その結末が君の望まないものだとしてもかい?」

「はい」

これは私が精神分散されてもされなくても変わる事のない決意だ

私はルディさんを信じている


グラフィットさんは私の目を、ジッと見つめて来た

ルディさんと同じその瞳は、まるで私の奥底を覗き込んでいるような錯覚を起こす


「なるほど、決意は本物みたいだね……」

グラフィットさんはふぅっと息を吐いてそう言った

そしてポンッと手を叩くと………



「ほら、ここがエカルラートだよ。とは言っても、まだ街の外側だけどね」

いきなり目に飛び込んで来たのは、遥高く聳える壁だった

30mはあるんじゃないだろうか!

「またしても転移か。よくもそこまで魔力を湯水の様に使えるものだ」

一緒に転移して来たお姉様は呆れる様な声だ

「まぁね。なんだかんだで、魔力の最大量はカルディナルやノアールよりも上だし」

自慢する様にそう言うグラフィットさん

でも……あれ?



「あの、グラフィットさん。確かルディさんにはエカルラートまで転移できないとか言ってませんでしたっけ?」

「うん? あぁ、あれ嘘」

「嘘?」

「そう。カルディナルの頭を冷やすため、エカルラートまで少し歩きたかっただけなんだ。結局それも無駄に終わっちゃったけどね……」

グラフィットさんは自嘲気味に笑いながら言った

「ああ、それと………」

「なんです……か……ッ!」

きゅ、急に吐き気が襲って来た………

い、一体なんで……!?


「さっき分散した分を戻したんだよ。とは言ってもまだ80%だけどね。残り20%はもう少し落ち着いてから徐々に戻して行こう」


鼻腔にはまだ血の臭いが残っている

目を瞑れば、さっきの惨状がありありと浮かんでしまう……!

わ、私は……なんで……! あんな物をき、綺麗だなんて………!

口を抑えてへたり込んでしまいそうになった時、お姉様がそんな私を支えてくれた

「イリス! しっかりしろ!!」

「お、お姉様……」

自分の口から出た声は、自分でも驚くくらいに弱々しかった

「落ち着くんだ。ここで深呼吸をして心を無にしろ。大丈夫、イリスには私がついている」

お姉様は私の事を優しくぎゅっと抱きしめてくれた


「中々に美しい姉妹愛だね。羨ましいよ全く………… 僕たち3人も………いつかはそんな風に………」

お姉様の影になっているから、グラフィットさんの表情は私には窺い知れなかった

でもグラフィットさんは悲しい目をしている。私にはそれが分かってしまった…………


でもグラフィットさんは、次の瞬間にはそんな感情を感じさせない明るい声でこう言った


「さぁ、覚悟はできたかい? 欲望の街と化したエカルラートの中枢となっている闇ルート、エルフのオークション会場に攻め込もう!」


今回はここまでです


ただちょっと衝撃的な描写があるならアナウンスして欲しいな


リアルの仕事が忙しくて一月空きました
久々に投下します

>>456
これ以降は過激な場面が結構多めになってます



第9章 5話


【オークション】



グラフィットさんの記憶操作のおかげで、エカルラートの中には簡単に入る事が出来た

私は街の中を、先頭のグラフィットさんとお姉様の間に挟まれる様に進んでいる

それと言うのもグラフィットさんがこんな発言をしたからだ

「エカルラートの中は無秩序だ。イリスちゃんは僕とパールさんから絶対に離れちゃダメだよ!」

これだけは何度も何度も念を押された

こんな事は今までの街じゃ考えられなかったけれど………



「酒臭い…… それに雰囲気も最悪な街だ………」

お姉様は心底嫌そうな顔でそう言った

「この街はレンガ造りになっているし街灯の数も少ない。だからそんな印象を受けるんだろうね」

「ああ。それにそれだけでは無い。まるで人通りも少なく、嫌な気配も充満している……… 恐らくこの感覚は気のせいではない」

それは私も感じていた

まるで私たちをせせら笑っているような空気が充満しているように感じる

それに……

「あの、さっきから後ろに変な気配がするんですけれど………」

小声でそう言うと

「うん、分かってるよ。多分僕たちを狙ってるんだろうね、無謀にも」

グラフィットさんは愉快そうにそう言ってから

「よし、そこの曲がり角を曲がるよ」

と、急に角を曲がってしまった

慌てて私もそれに着いて行くと、グラフィットさんは人差し指を口に当てて、イタズラっぽく笑いながら壁にもたれかかっていた



「ほら、足音が近づいて来る」

ニヤニヤしながらそう言うグラフィットさん

確かにどんどん足音が近くなってきた

そして足音の主が角に差し掛かった瞬間……!

「ばあっ!」

「うわぁああ!!」
「うぉああ!!」

大声をあげながら角から飛び出した!

相手はよっぽど驚いたのか、大きな悲鳴を上げた

「ふっふっふ! こういう時は普通なら僕たちが待ち伏せされる立場なんだけどね、そんな定石僕には通用しないんだよね!」

得意げにそう言ってから、グラフィットさんは転んだ2人を掴んで………

「ふっ!」

強制他者転移でどこかに飛ばしてしまった!

「グラフィットさん! 一体あの方達を何処に!?」

「さっき街の入り口の所にあった噴水までね。今頃は頭を冷やしてるよ♪」

ウインクしながらグラフィットさんはそう言った

「………貴様が味方で良かった。もしも敵であったならばと考えるだけも鳥肌がたつ」

「そりゃどうも!」







「おい! ここはテメェみてぇなガキが来る所じゃねえ!!」

「おいおい、よしてよ。僕だって立派な客なんだよ?」

「あん? 何を言って………… そういやそうだったな! 済まん済まん! ほら、入れ」

「ありがとう。さぁ、行くよ2人とも!」


グラフィットさんに連れられて来たのは、小さな小さな小屋だ

その小屋の前にいたおじさんは、最初は敵意丸出しだったけれど今じゃニコニコと私たちを迎えてくれる

これがグラフィットさんの記憶操作………… こんなにも簡単に人を操れるなんて……



おじさんが重々しい扉を開くと

「おぉ! 小さな小屋かと思ったが…… この扉の先は地下室への入り口になっていたのか!!」

「そうさ。この小さな小屋はブラフ。本命は地下にある」

グラフィットさんを先頭に、私たちは地下をどんどん降りて行く


やがて聞こえて来たのは……怒鳴り声?

違う! これは歓声だ!



「ここだよ」


グラフィットさんに指差されたその先には沢山の人間がいた

すり鉢状になった部屋の中央には小さな舞台、その他は全て人間一色だ

もちろんそれだけならば問題はない………


問題はないのに………



「お、おい! あの中央の舞台にある沢山の檻………あの中身は……まさか……!」

「パールさんの考えている通り、全部が女のエルフだよ」

そう、さっきグラフィットさんも言っていた

ここは“エルフのオークション会場”だ

だから……この人間は………みんなみんな……エルフを………奴隷に……!


「くそっ! グラフィット! 突撃だ!! ここにいる人間を全員ぶちのめしてあのエルフ達を救うぞ!!」



「無理。あのエルフ達にかけられている首輪はDr.クルヴェットの作り出した物でね。遠隔操作で爆発させられる物なんだ。僕たちが逃がしたりしたら、それこそボカンさ」

「なっ………!」

「その遠隔操作に必要な物。スイッチって言うんだけどね。それは、あのエルフを買った者にしか渡されない」

そんなっ!

「だからここでは僕たちに出来る事なんか殆どないよ」

「ならば何故わざわざここに来たのだ!!」

「カルディナルを探すのが一つ目の目的。そしてもう一つの目的は君たちにエカルラートの現状を理解して欲しかったんだ」



グラフィットさんがそういい終えたら、急に辺りから不満そうな声が飛び交った



「ど、どうしたんでしょう!?」

「どうやら商品の1人が檻の中央で蹲ってしまっているようだね。顔が見えない事が人間の怒りに直結してるんだろうさ。ほら、進行役の人間も怒鳴りつけてるよ」

グラフィットさんの指差す先には……なるほど、黒いスーツを来た男の人が檻をガンガン叩いている

他の檻にいるエルフ達はそれを怯えた様子で見ていた

「バカが…! あんな風にしたら出てくる者も出てこんぞ!」

「全くだよ。あの男、怒鳴ればなんでも解決すると思ってる」

とうとう男は檻を感情に任せて蹴り飛ばした

でも中にいるエルフはもちろん、尚の事怯えて蹲ってしまっている

「他の檻のエルフも怯えてしまってます……」

「おいグラフィット! 早くカルディナルを探してここを出るぞ! こんな場所はイリスには毒だ!」

「そうしよう。カルディナルは何処かな~?」

「イリスはこっちだ。もうアレを見てはダメだ」

グラフィットさんが人混みを縫って行ってしまうと同時に、お姉様は私を自分の胸に引き寄せた

胸で私の顔を覆って、これ以上舞台を見せないようにしてくれている


そこで気付いた


「お姉様……震えてますか?」

「あぁ」

あのような惨状を見て怖くなってしまったのだろう

そう思ってお姉様を見上げると、その表情は私の想像していたものとは違った



「カルディナルでなくとも怒りを抑える事などできん!! これが人間のする行為なのか!!」

「お姉様………」

「なぁ、イリス。ここでこの者共を全員ぶちのめしてしまえばあのエルフ達を救えると思うか……?」

「お、お姉様まさか!?」

「冗談だ………」

そう言っているけれど……その怒りに燃え上がった目を見てしまった私には、その言葉が信じられなかった



不意に寒気がした


まるで背中を冷たい蛇が這っているみたいな感覚………


そうだ……これは……………




あの時……アンバーキングタムでロボットに襲われた時に感じたあの………………





「きゃあ!!」

「うっ! なんだ!」


その時、爆発音が会場に轟いた!


何が起こったのか理解したくない!



「な、なんだ! 何が起こった!!」

お姉様も何が起こったのかを把握出来ていないみたいだ




………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………




違う



私は今、なんて思った…………?




何が起こったのか理解 “したくない”



「ったく……不良品が」


静まり返った場内に、その声は気持ちが悪いほど静かに響き渡った

声を発したのはさっき檻を蹴飛ばしていた進行役の人だ

その見下ろす先は………


見たくないッ!!





赤い液体がジワジワと檻から染み出て来る

その中央にあるのは……あぁ……こんな時じゃなかったならば、見惚れてしまうくらいに綺麗な金髪が……

ピクピクと微かに動いている腕は……檻の外に手を伸ばしていた……

それは今でも尚、助かりたいと誰かに縋っているみたいで……とても悲しいと感じた………


なんでこんなにも冷静なのだろう

あぁ、そうか……… まだグラフィットさんの精神分散があるからか…………




「ま、まさか……首輪に付いた爆弾を………」


近いはずなのに遠くからぼうっとしか聞こえないお姉様の声……

ううん、分かってる……… 多分私の頭がこの事実を受け入れてないんだ

お姉様にグイッと引き寄せられてようやく檻から目を逸らす事ができた……

それでも瞼の裏にはくっきりと焼き付いてしまっているあの惨状……

腕がピクピク痙攣する様までくっきりと…………



なんであんなに簡単にエルフを殺せるの?

なんで? ねぇ、どうして……?



それになんで?

なんでこの観客は歓声をあげているの?

全員全員全員全員

歓声をあげてるの………?


ねぇ、どうして?



ドウシテ




「パールさん! イリスちゃん! 無事かい!?」

「グラフィット!」

「早くここを出るよ! こんな…エルフを殺すだなんて……! とんでもない事だ!! いいね!!」

「無論だ! さぁイリス! ……イリスッ!!」




待ってよ

人が一人死んだんだよ……?

貴方が殺したんだよ?

ねぇ………



「イリス!?」

「ちょっとイリスちゃん! 何処に行く気だい!?」


このままじゃみんなみんな死んじゃう

みんなみんな殺されちゃう

それっていい事?

それって素晴らしいこと?


違うよね

それはとっても悪いこと

人を助ける事がこの世で最も尊い行動ならば

人を殺す事は最も酷いことのはず

だから……ね


「イリス! くそっ……人混みが邪魔で!」

「どこに行ったんだ!? 早くここから連れ出さないと!」





「はっはっは! こりゃいい! エルフ一匹殺すだけでこんなにも歓声があがるとはな!」

「な、なんて事を………」

「お、お前自分がなにしたか……!!」

「あ? 今お前、俺に対してお前って言ったか?」

「ッ! そ、それがどうした!!」

「よっぽど死にたいらしいな?」

「そ、それは……!」

「このスイッチをポチッと押すだけでお前の首が吹っ飛ぶんだ。クックック……」

「や、やめろ! やめてくれ!!」

「クヒヒヒ……3,2,1……ドンッ!」

「嫌あぁ!!」

「………なんてな…… バカかお前は! このスイッチはそこに転がってる奴のだ。ククク……」

「……あ…あぁ…………うぁああぁああぁあ!!」


恐怖からか安堵からか……エルフは泣き崩れた



「ふん……何が『エルフ一族は誇り高い』だ。殺されそうになったら命乞い……挙げ句の果てには無様に泣きやがって。 おい!」

「……ひいッ!」

「決めた、お前は売らずに殺そう…… このオークションが終わってからの余興でな」


進行役のその言葉で、会場が大歓声に包まれた


「や、やめろ! やめてくれ!! さっきの非礼は詫びる……! 謝るから!」

檻から身を乗り出さんばかりに、必死の形相で進行役に縋り付くエルフ

でも男はそんなエルフを……心の底から楽しそうに……

「嫌だね。俺に刃向かった事を死ぬまで後悔し続けろ。ま、もうすぐ死ぬんだけどなぁ! はっはっは!!」

「い、嫌だぁああ! た、助けッ……! 助けてよぉ!! 助けてぇ!!」




「グラフィット!」

「やめた方がいいよパールさん。その柄に手をかけてはいけない」

グラフィットさんは純粋な憎悪で満ちたお姉様を止める

「何故だ!? 何故貴様はここまで我慢できるというのだ!!」

「僕は君よりもよっぽど長く生きてるからね。皆よりもちょっとだけ我慢強いのさ。 ………ちょっとだけね」

お姉様もワナワナと震えているグラフィットさんの手に気付いたのか、お姉様は声を抑えた

「くそっ! どうにか助ける方法はないのか!? お前の転移でどうにか出来ないのか!!」

「ダメだよ。あの男の指輪が他の呪術を打ち消す役割をしてるのさ。僕は魔術以外は余りにも非力過ぎる」

「く、くそっ!! くそぉっ!!」


大丈夫ですよ2人とも

今から私が……このエルフさん達を全員助けます……………



今はもうオークション本番中だ

周りから次々と150!,165! と声が上がっている

でも不可解で仕方ない……どうして………



「グラフィット! 何故こんなにも値段が安い!? こういったものの相場は知らんが余りに安くないか!?」

「最近のこの街の人間は、無ければ奪えばいい という考えだからね。だから奴隷とかの値段は安いんだ。その代わりに家とかの値段が高くなってる」

「家?」

「家ばっかりは奪えないからね。ここの人間は他の街を滅ぼすから……」



なるほど納得しました

これは私にとっては好都合ですね




「そ、それよりもだ!」

「イリスちゃんでしょ? 早く見つけないと!!」



あ、そうか。今、私……2人とすごく離れた場所にいるんだった………

それじゃあさっきから聞こえてきたこの会話は何だったんだろう?

私の幻聴? それとも事実?

いいやそんな事どうでも



「230!」


そう一際大きな声が響いた途端、うるさかった声がなくなった

うん

静かでいいな


「230万だとよ! ほら、もう誰もいねぇか!?」


うるさいな……


あんなにうるさく言わなくてもいいのに………



「誰もいねぇみたいだな! それじゃあ230万で落さ………ん?」


コツコツと階段を上がって行くと見えてきた


20くらいある檻

その中にいる絶望に染まったエルフたち


そして………心が醜い男…………



「お、おい! あれってまさかもしかして!!」

「なにやってんだよイリスちゃん!!」


遠くから2人の慌てた声が聞こえてきた

ううん……聞こえたんじゃなくて感じたのかな………

それにしてもお姉様ったら面白い顔してますね……ふふっ………



「なぁ嬢ちゃん。ここは上がってきちゃいけない場所なんだぜ? ほら、降りて降りて!」

私の肩を押さえて舞台から降ろそうとする男に一言

「250」

「は?」

「250万出します。そのエルフは私が買います」

私の発言に呆気に取られたのだろうか、男は目を見開いてピクリとも動かなくなった


「巫山戯るなッ!!」


そこに粗暴な怒声が響いた

声の方向をみると……あぁ、さっき230万でこのエルフを買おうとしていた老人だ……

人の気持ちを感じる事ができるのは役に立つ事だけど、今だけはそれを後悔したい


こんなにも欲望に塗れた人間がいるなんて知りたくなかった……



「そんな小娘に250なんて金が出せるはずがない! とっととそいつを摘み出せ!!」

「た、確かにそうだ。なぁ嬢ちゃん。いい加減な事を言うのも大概に……」

「どうぞ」


懐から小切手を出して見せる


ごめんなさいルディさん

でも……許してくれますよね?


「小切手です。ウィスタリアの商会のサインもきちんと入ってます」

「っ! た、確かに250万以上ある…!」

紙切れ一枚で男の目の色が変わった

ギラギラとしたぞっとしない目にだ……


「なっ!」

後ろでヤジを飛ばしていた老人もとうとう口を噤んだ

私は男から小切手をもぎ取る





そう、この小切手はウィスタリアでルディさんがグレーンスネークを一匹丸々売却したときの物だ

旅の生活にはあまり必要なかったから今の今まで取っておいたけれど、使わなくて本当に良かった



「もう一度言います、250。私が買うという事でいいですか?」

「くっ! 253!」

「260」

「26…8… 268だ!」

「270」

「ぐぅ! 280!!」

「300」

「……ぐっがっ!! ぁあぁあああっ!!」


怒りで顔を真っ赤にしているけれど、どうやらもうこれ以上の金額は出せないみたいだ


「どうやら向こうさんの負けのようだな」

「えぇ…………」


落札が決まったエルフの檻まで静かに歩いて行く


「あ、ありがとうございます!! 何でも言う事を聞きますので! お願いだから殺さないでぇ!!」


さっきの爆発のせいでしょうか、泣きながら私に懇願して来るエルフ

彼女は非常に美しく、それでいてこの上なく惨めだった………

今、こうしている間にも私に縋るように手を伸ばして来る

私はその手を優しく握り返して…………言葉を失った………


エルフの手の甲には①というアザが付いていた


私はそのアザに手を当てて………






『嫌だ!! やめて!! 誰か助けてッ!!』

『くそっ! 暴れるんじゃない!! おい、そっち押さえとけ!!』

『嫌だ!! 嫌ぁああっ!! お母さん! 助けてよぉっ!!』

『熱いのは一瞬だ! 行くぞ!!』

『嫌ッ!! 嫌ぁああっ!!』



『う、うあ゛あ゛ぁあぁああ゛あ゛あ゛ぁあぁあ゛あぁあ゛あ゛あ゛!!!』






「ぅ! あっ……!」


い、今のは私の見た幻!?

そ、それともまさか………アンナコトガホントウニ……?


「烙印……?」



ハッとして近くにあった檻に駆け寄る!

案の定中のエルフが手を伸ばして縋ってきたから、手を見てみたら………







そうあった

し、しかもこの檻の子は……私よりも歳が下だ

エルフの外見は一部の例外を除き、20歳くらいまでは人間と同じように成長し、それ以降の成長が止まると聞いた事がある

だからこの子は紛れもなく……子供だ………


それなのに……こんな………こんなっ……



「嬢ちゃん。悪いがあまり他の商品に触れるのはやめてくれ。ほら、アレはもう君の物だからさ」


「…………300」

「はっ?」

「300万出します。この子も私が買います」



この発言に会場からは満開のブーイングが起こった


横暴だ、生意気だ、巫山戯るな

そんな暴言が会場を満ち満ちて行く


「嬢ちゃん……流石にそれは………」

「うるさい! あの子もあの子も! あっちの人も! あのお姉さんも! 全員全員私が買います!! 文句があるのならば300万以上出してみろ!!」




私は今日、初めて怒鳴った


今までも声を荒げる事は何度もあったけれど


怒りで身を震わせながら怒鳴ったのは初めての経験だった




「…………………………」



うるさかった会場は私の一言でシーンと静まり返った


それもそうだろう。誰も私以上の金額を提示出来ないのだから



「みなさん文句は無いようです。さぁ、全員私に譲って下さい」

「え、えっと……1人300万として20匹だから6000万エカになるが………」

「何を言ってるんです? 22人ですよ?」

「え?」

そう言って私は、先ほどオークションの最後に殺される事になっていたエルフを指差す

「あの方も私が買います。なので殺さないで下さい」

「そ、それは………」

「そうすればあちらの方も私が300万で買い取ります」

そして指差したのは朱に染まった檻だ

もうピクリとも動いていない腕は、偶然か必然か私に必死に手を伸ばしているようだった


「分かった売ろう!」

相手の判断は迅速だった

それはそうだろう

売り物にならなくなった商品を300万で買うというのだから


「お姉様! グラフィットさん!!」

私がそう呼ぶと、2人が慌ただしくとやって来た

「檻の鍵です。これで皆さんを出してあげて下さい」

「わ、分かった!」

「了解したよ」

がちゃりがちゃりと音をたてながら次々とエルフが解放されて行く

それを横目で確認しながら

「それと皆さんに付いている首輪、全部外して下さい」

「それは出来ない。そんな事をしたら全員逃げちまう」

「出来ないんじゃなくてやってください。こちらはすごい金額を払っているんですよ」

「いや、だからな! そんな事したら逃げちまうしだいたい俺は外し方を知らないんだ!」


…………うん、嘘は言っていない



「分かりました。それじゃあ起爆するための装置を私にください」

「それは当然だ」

そう言って奥から麻袋を持って来て私に手渡した

なるほど、たくさんのスイッチという機械に数字が振ってある

押せば、この番号に対応したエルフの首輪が爆発するんだ

「これで全部ですか?」

「あ、あぁ…… 数えればちゃんと22あるはずだ。一つは使用済みだが………」


……………………嘘だ


「嘘ですね」

「は?」

「まだあっちのあの箱の中にあります。22個のスイッチが」

木箱を指差してそう言うと、男の顔が明らかに動揺した

「な、なんでそれを……!」

「私に嘘は通用しません。さ、あっちの物も渡してください」

「いや、あれはアフターサービス的な物でな。もし万が一客がスイッチをなくしちまった場合のもので……」

「構いません! いいから早く渡しなさい!!」

「いや、だが……」

まだ渋るんですかこの人は!!


「イリス。この木箱でいいんだな?」

すると、エルフ全員を解放したお姉様が木箱を持ってこっちにやって来た

「こ、困るぜお客さん!! それじゃあ何かあったときに責任がとれんぞ!」

「責任なぞとる必要はない。大金を払ったイリスが欲しいと言うのならば、貴様は黙って従っていればいいのだ」

「ありがとうございます、お姉様」



あ、それともう一つ………


「この首輪、未使用のものがまだあっちにたくさんありますよね?」

「う、うん……あるが……… それがどうかしたか?」

「5個ほど私に譲ってください」

「は、はぁ……?」

これは想定外だったのか、相手は間の抜けた声で私に対応した

「首輪とスイッチをペアで5つ下さい。ほら、これで如何です?」

私はそう言って男に小切手を渡した

その額は7000万エカ

あの時の小切手をそっくりそのまま渡した


「エルフを22人で6600万エカ、首輪5つで400万エカ、計7000万エカです」

「……………………ッ!!」

男は震える手で小切手を眺めていたけれど、やがてハッとして小走りで奥に走って行った

戻ってきた時、その手には、5つの首輪と5つのスイッチが入った袋を手にしていた


「ありがとうございます」

私は袋を受け取ってそう言う

こんな人にでもお礼は言わなくちゃ私の気が済まない



「おーいイリスちゃん! 全員檻から出したよ! もちろんこの子もね……」

グラフィットさんの足元には、白い布で巻かれた物があった

ううん……今現在も、その布は赤く変色して行っている………






助けてあげられなくてごめんなさい









「帰って来ましたね」



私たちが今立っている場所は森だ


私とお姉様はもう慣れたものだけど……


「な、なに!?」

「こ、ここは……森? 私たちの……森…なの…?」

「そ、そんな! 今の今まで私たちは……エカルラートに………」

たくさんのエルフ達は何かに化かされたかのような反応をしている

うん……やっぱりそうだよね



「皆さん」

私が静かに声を掛けると、ざわつきは張り詰めた緊張感と共にピタリと止まった

どうやら私の発言を妨げると、殺されてしまうと思われているみたい


「私は……皆さんを奴隷のように扱う気などありません」


この発言で、皆が目を見開いた


「私たちは皆さんを助けるためにエカルラートに行ったんです。エルフの里ではシュヴァインフルトさんとヘリオさんが待ってますよ」

「シュヴァインフルト様とヘリオ様が!?」

「ほ、本当ですか!! 本当にあの御二方はご無事なんですか!?」


「はい。それにエルフの里には既に二つの宝石……コック・ドゥ・ロシュとブルー・アンディゴ・ソンブルが返還されました。だからもう二度と人間が攻め込んで来る心配もありません」

「あ……あ…ぁ………ほ、本当に………本当に私たちは…助か……った…の……?」

「えぇ。ですからもう大丈夫です。皆さんはもう自由なんです」


刹那の静寂

そこからの感涙の咆哮が森を木霊していった……

嬉しさのあまり咽び泣く者

笑顔のまま泣く者

友人、家族同士で抱き合いながら共に喜び合う者


そんな皆を見ていると


「よ、良かったな…イリ…ス………グスッ……」

「お姉様ったら………ふふ、良かったです」

私にはお姉様とは違って涙は無い

でも、この胸を溢れる充実感

そして沢山の人を助ける事ができたと言う誇り

助けられなかった1人に対しての後悔の念

それらの感情がごちゃ混ぜになって……どんな顔をすればいいのかよく分からなかった



「こ、これは……!?」

「あ、シュヴァインさん!」


騒ぎを聞きつけたようで、シュヴァインさんがこちらにやって来た

大勢のエルフはその姿を確認した途端、シュヴァインさんを取り囲むように集まった

皆がみんな、シュヴァインさんの名前を呼びながら泣き崩れている


「お、お前達……よくぞ戻って来てくれた……!!」

そしてシュヴァインさんは、そんなエルフ達一人一人に、泣きそうな声色で声をかけている



「イリスちゃん」

いつの間にやらグラフィットさんが私のそばにやって来た


「グラフィットさん……… ありがとうございました」

「いいや、礼を言われる事なんかなにもないよ。僕は今回何も出来ていない」

「私もだ。イリスの姉として模範になるような事は何一つとして出来なかった。不甲斐ない事この上ない………」


ううん、違います


「それは違います。私だって1人じゃ何も出来ませんでした」


私が今回、あんな事を出来たのは…………


「私は……お姉様から勇気を頂きました。どんな困難にも毅然と立ち向かう、その勇気を」

「イ、イリス……そのっ…照れるじゃないか………」

「それにグラフィットさんの協力がなかったら今回のこの方法は成功していなかったに違いありません。本当にありがとうございました」

「や、やめてくれよ」

グラフィットさんは、深々と頭を下げようとする私を慌てて制した

「僕だってイリスちゃんの協力がなかったら彼女たちを助ける事なんか出来なかったよ。それに初めからこのエルフ達を見捨てる気だったし………」

「見捨てる気だった?」

「うん。僕は彼女たちを助けようと思えば助けられたんだ。例えば転移魔術を応用してあの男の上に巨大な岩を転移させたりとかさ」

そっか、それならあの男がしていた腕輪も関係がない

「でも僕は、人を傷付けるのがたまらなく嫌いでね。だから彼女たちを見捨てようとした。やろうと思えば助けられたにも関わらずね」

グラフィットさんは自嘲するかのような笑みを浮かべてそう言う

でも私にそれを笑う事は出来ない

私だってそうだ

今回はたまたお金があったから助ける事が出来たけれど、もしも無かったら…………多分私も………



「おい2人とも! 結局カルディナルが何処にいるのかは不明のままだぞ!」

「あっ! そう言えばそうですね!」

私たちは元々ルディさんを探しに行ったはずなのに……

すっかり忘れてた!


「どうしましょう。今からもう一度エカルラートに向かいましょうか……?」

「うん、でもイリスちゃんとパールさんはここで待ってて」

「え……何でです?」

「うしろ」

グラフィットさんが私の後ろを指差すものだから振り返ると、私の目には沢山のエルフが飛び込んで来た!



「イリス様!!」

「え!? さ、様って!? それにそんな掴んで………」

一番前にいたエルフがひしと私の手を包むように握ってきた

そ、それに様付けされるなんて!?

「ありがとうございましたイリス様!! イリス様は我々エルフ一族の恩人です!!」

「ありがとうございました!」
「イリス様!」
「イリス様!」
「ありがとうございました!」


「あ、いや……そのっ……!」

あっという間に囲まれちゃった!

そ、そうだ! お姉様に助けを………

「パール様万歳!」
「パール様! このご恩は子孫代々受け継がさせて頂きます!」
「ありがとうございました!」
「パール様!」

ダメだ、もう既にエルフの中に埋れちゃってる………

そ、それに皆さんを助けたのはグラフィットさんだって一緒のはずなのに………

「いや、僕は記憶操作があるし♪」

「ちょっと!」

私の心を勝手に読まないで下さい!



「それじゃあ僕はエカルラートに行って来るね」

そう言って踵を返したグラフィットさんだったけれど、そのままピタリと止まってしまった

「グラフィットさん? どうかしたんですか?」

私を抱きしめようとするエルフを何とか引き離してグラフィットさんの元へ近寄る



「…………………誰か来る」

グラフィットさんは目を閉じ、ポツリと呟いた

私もグラフィットさんに習い、目を瞑り精神を研ぎ澄ます

すると私にも聞こえた


バサッバサッと翼のような音が…………


その音は次第に大きくなってきて………そして!!


「見つけたわぁ♡ ルディの言ってた通りね♡」




…………………………え?



なんでこの方がこんなところに…………



今回はここまでです

>>459
これ以降はこれを注意して下さい



第9章 6話


【ある決意】



「ま、まさか! 貧乳同盟名誉会長の!!」

「その返しは想定してなかったぜ畜生!!」

俺は大袈裟に身体を仰け反らせた

多分俺の目にはイリスへの哀れみにも似た感情が宿っているんだろうな………

「イ、イリス? 貧乳同盟って……なんだ?」

「い、いえ……別に大した物では………」

イリスは焦りながら姉の質問を受け流している

まぁそんな事はどうでもいい

「俺は一度ブルー・アンディゴ・ソンブルを見ている。イリスがサラとクランと一緒に出かけてる時にな。シトロと一緒にルイの開いていた出店でな」

「とにかくアイツらだ。この大陸の何処かにいるあの4人を見つけ出せばいい」

話は決まったな

早いところアイツらを探し出してここの結界とやらを作らなくちゃならねぇな……


そう思って背伸びをしていた矢先だ



「う~ん、カルディナル。君はさ、ここに残ってくれないかな?」

グラフィットだ



「あん? やだよ。なんで俺がここにいなけりゃなんねぇんだ?」

「またいつこの森にエカルラートの奴らが来るかわからないでしょ? だからボディーガードだよ」

「だからって俺が残る必要はない。お前でもいいしこのパールでもいいだろう」

「ダメだよカルディナル。君があのアコナイトを眠らせちゃったんだから! 彼が起きるまでこの森に滞在するのは義務だよ!」

おいグラフィット

なに俺の事を睨んでんだよ? そんなにぶちのめされてぇのか?

「知ったことか。俺はなにも悪いことはしていない」


少なくない殺気をグラフィットに放ったが、それを柳の様に受け流してアイツも俺を睨んで来やがる

だが俺は折れるつもりはねぇ!


もし俺をこの森に留めようと言うならその四肢をへし折って……!


「仕方ないなぁ」


ふん、やっと分かったか……

賢い選択だ。あと5秒も遅かったら今頃テメェは死の淵だ


「ああ、分かればそれでいい。二度とそんなふざけた事を………」



「実力行使!!」


この時の俺は僅かに油断していた


「え? きゃぁ!!」

「うわっ! なにをす……る……?」



「………ッ!!」


瞬時にグラフィットの企みを理解したが、理解した時にはもう遅い

慌てて伸ばした腕ではあったが、グラフィットを掴む事は叶わなかった



「チッ…… グラフィットの奴………」

言いようのない怒りが身体を満たしていく

「何が“ボディーガードとしてここに残れ”だ。面白くもねぇ」

乱暴に椅子に腰掛けて腕を組む

「帰って来たら覚えてろ……」

仕方ない、暫く寝るか…………

そう思って目を瞑ったが、どうやら本当に安眠は出来なさそうだ


薄目を開けてみると、俺の様子をビクビクしながら伺っている奴がいた

シュヴァインことシュヴァインフルトだ

なにせ俺はアコナイトという男のエルフをいとも容易く下した者なのだ

しかも先ほどまでアイツに対して並々ならぬ殺気を向けていた人物でもある

そんな者が不機嫌そうにしていたら、エルフといえどもやはり怖いのだろう……


チッ…面白くねぇ!

俺はイリスと出会う前に何度も何度もその目を見て来た

俺を恐怖し、まるで爆発物でも扱うかのように接して来やがるその態度も何度も経験して来た

なのになんで……!

俺はこんなにもムカついてやがるんだ!!



「おい、ダークエルフ」

「な、なんだ…!」

「そうビクつくんじゃねぇ。もう俺はテメェをどうにかしようとなんか思ってねぇよ」

「ぅ……あぁ…………」



……………………………


やっぱり面白くねぇ!



「質問だ。昔から気になっていた事があるんでな」

「な、なんだ……」

「エルフにはテメェのようなダークエルフと、もう1人の女やそこで寝ている男のような純エルフの2種類がいる」

「そ、その通りだ。一般的に純エルフは金髪で色白、私のようなダークエルフは銀髪で褐色の肌を持つ」

「あぁ。んでもってエルフは弓や魔術が得意でダークエルフは剣技や格闘技が得意だと聞いているが」

「一般的にはそうだ。もちろん例外もいるがな…………」

ここまでは大体俺の知識と一致する

問題はここからだ



「俺の聞いた話ではダークエルフとエルフは隔たりが大きいと聞いていた。種族同士で争う事も多いとな」

これは500年ほど前に聞いた話だったな……

大きな紛争こそ無かったものの、両者の確執は多かったと聞いた

だが、シュヴァインの返答は俺の予想を大きく逸脱したものとなった


「エルフとダークエルフで紛争だと? そんな話は聞いた事もない」

「なに?」

「うっ……き、聞いたことがないです……」

何気無く放った言葉だったが、僅かに怯えさせてしまったようだ

しかしどういう事だ?

あの忌まわしい研究所でアイツらは確かに、エルフの紛争の事を話していたはずだ………

アイツらが間違っていたのか?




「シュヴァイン! 大変です!!」

茂みを掻き分けやって来たのは、水を汲みに行っていたエルフだ

だがその顔は険しいものとなっている

「ヘリオ!」

シュヴァインもそれを察して駆け寄った

「どうしたヘリオ! なにかあったか?」

「あちらの方から沢山の人間の気配が近づいて来ます!」

試しに感知魔術を張ってみると………なるほど、たくさんの人間が来るみたいだ

「まさかっ!」

「ええ、人間です。それも100人はいます」

正確には108人

まだまだ詰めが甘い



「マズイぞ…… アコナイトが戦闘不能な今、私たちの戦力は非常に落ち込んでいる」

「それでもッ……! やるしかありません! 私たちの様な力がある者があの子達を守るしかありません!」

このままで行けば2人で100人近い人間を撃退しなくてはならない

数字上はたった1人抜けただけだが、その差はかなり大きいようだ

戦力としてはもちろん、士気もかなり落ちている


ふん、仕方ねぇ



「話は聞いたぞ」


「うおっ!! 貴様ッ!」

「カルディナル……さん……!」


このヘリオとかいうエルフの目は僅かに敵意を滲ませている

あのアコナイトとかいう奴をぶちのめしたからか……


「そう睨むんじゃねぇよ……」

「別に睨んでません」

「お、おい…… ヘリオ、落ち着け……」

シュヴァインはなにかをヘリオに耳打ちしている

どうせ俺にとっちゃ楽しくない話だろうな



「なに悠長に話をしてるんだよ? ここに来る人間はどうするつもりだ?」

「そんな事決まっている」

シュヴァインはゆっくりと、エルフ族独特の意匠が施された剣を引き抜いた

「徹底抗戦だ。この奥にはまだ我が仲間達が怯えながら暮らしている。その者達をなんとしてでも護り通す!」

「私も元よりそのつもりです」

ヘリオの方は両掌にそれぞれ光の塊と炎の塊を宿した

抑えてはいるものの、それなりの魔力を込めているようだな


………………だが


「俺が行く」

「なに?」

「貴方が……ですか?」


悲しいかな、この2人ではあの軍勢を退ける事などできはしない

パールに負ける程度のシュヴァインとそれと同等の実力しか持たないヘリオではな


「お前らはまだ未熟だ。たとえアコナイトとやらが参戦出来ても数の暴力には敵わないだろう」

「そんな事分かるものか! いくら貴様でもその言葉は看過できんぞ!」

「そうですッ! 私たちにはエルフ族としての誇りがあります! たとえどんなに不利であろうとも逃げ出す事はしません!」

聞き分けがねぇ奴らだ

このままじゃみすみす死にに行くようなものだという事がなぜ分かんねぇのかねぇ


「それならばお前らはアコナイトとやらを護れ。俺は行く」

そして返事を聞くこともせずに木の枝に飛び乗り移動を開始する



ふん、後ろから1人追って来る

多分シュヴァインだろうな………

だが勝手に着いてきた奴を待ってやる義理はない

俺は速度を緩める事もせずに木々を高速移動して行く



「いやがったな」


見つけた


鎧兜をガチャリガチャリと音を立てながら行進して来る人間の群れだ

丁度いい、このまま躍り出てやる




「っ! 何奴だ!」

瞬時に俺を取り囲む兵士達

皆が皆、突然の乱入者に驚いているようだ


「俺は別に怪しい者じゃない。ただお前達に警告をしにきた」

俺の発言を訝しむ兵士達

「警告だと?」

その中の隊長である男もまた、訝しむ様子を見せる

「ああ。これより先にお前らは進んではいけない。ここで引き返してくれ」

「断る。我らは重大な任務の為にこの森へ来た」

エルフ狩りが重大な任務ねぇ……

「ならばその任務は失敗だ。とっとと帰れ」

「貴様ッ! 無礼だぞ!」

後ろに控えていたヒラの兵士が声を荒げたが、隊長の男はそれを手で抑えた

「やめろ。我らは喧嘩をしに来たのではない」

そして俺に向き直ると

「我らは貴様を殺す事が任務ではない。直ちにそこを通せ。さもなくば………」

隊長に習って後ろに控えている兵士達も次々と武器を構えて行く

なるほど、力尽くでも通ろうってのか………


仕方ねぇ

ちょいと痛い目にあってもらうとーーー


「貴様達何をやっている!!」


なんだ、俺のスピードに着いて来れたのか



兵士達がざわつき始めた

当然だ、いきなり自分たちの目当てにしていた獲物が躍り出たのだからな



「人間ども……!」

「ダークエルフか。これは珍しいな、なにせ希少種だ」

隊長の男はシュヴァインを目にするとニヤリと笑みを浮かべた

シュヴァインはそんな男を真っ向から睨み返している

「貴様は手を出すな! これはエルフの誇りをかけた戦いだ!」

「…………………………」


そこまで言うなら仕方ない

少しそこの木に寄りかかっておくか

助けを求められてから動いても遅くはないだろうし


ま、泣いて助けを媚びるまで待つとしようか



「そのエルフを捕まえろ」

隊長の男は部下の兵士達にそう言うと自らは隊列の後ろへと下がる

そしてシュヴァインの周りを取り囲むように多数の兵士達がにじり寄る


「うりゃあぁああ!!」

1人がシュヴァインに斬りかかる

だがシュヴァインは相手の剣を自らの剣の鍔で受け止める

「はぁっ!」

そして相手の剣を弾き飛ばして

「うぐっ……! うわああぁああ!!」

太腿にその剣を突き刺した


「くっ! おのれ!」

それを見たもう1人がシュヴァインに槍を突き刺そうと躍り出た


「遅い!」

しかしシュヴァインはその槍を手で掴み返す

「ふんっ!」

「うわっ…!?」

その槍を思い切り引っ張り、相手を自らに引き寄せて


「はぁっ!」

「うっ、ぐっ……! ゔ、お………」


ガラ空きの鳩尾にその拳を突き込んだ

恐らく内蔵を潰さんばかりの威力なんだろうな、堪らず嘔吐だ




「うらぁ!!」

シュヴァインはそのままその男を投げ飛ばす

そして僅かに出来た隙を利用し、自ら間合いを詰めて

「سضحكل:٦!」

光呪術で3人ほどを吹き飛ばした

全員が大木に強く打ち付けられた

恐らく全員気絶だろうな


「くっ! こ、このエルフ強い!」

「ま、間合いを取れ! 落ち着いて対処しろ!」


兵士達に焦りの色が見えてきた

これはもしかしたら……


「怯えるな!!」


突如隊長の男が喝を入れた

「1人ずつ行くのではない、全員で一斉にかかるのだ!」


その言葉を聞き再び士気が高まった

兵士達は互いに目配せをすると

「行くぞ……」
「おお……」

20人で円形に陣を組み、シュヴァインを囲み込んだ

さてどうするシュヴァイン?

この数を捌き斬るのはお前にゃ骨だろう?





「ふん、卑怯者が」

「なんとでも言え、エルフを捕らえて連れ帰るのが我らの使命だ! かかれ!!」


「くっ……!」


21人乱れての混戦だ

流石にこれは………


「ぐっ…あっ……!」


左肩か……

だがそれでもよく護ったと言うべきだろう

本来ならば腕を一本持っていかれていたはずだ


「うぉあぁああぁああああっ!!」

「くそっ! なんだこのエルフ!? まるで倒れる気配が……うぐぁっ!」

「お、おい! 大丈夫か!?」

「貴様は自分の心配をするのが先だぁあああ!!」

「ぐっ……は…っ………」



こんな優勢を保っていたのも、最初の方だけだ

確かに兵士達1人1人の能力はシュヴァインには到底届かない

しかしやはり数の暴力とは恐ろしい

シュヴァインが斬り捨てても斬り捨てても、どんどん波のように兵士が迫って行く

人海戦術とはよく名付けたものだ……


そしてついに


「そらぁ!!」

「ぐっ……!」

兵士の剣がシュヴァインの頬を掠めた

それ自体は大した傷ではないが、一瞬でもシュヴァインを狼狽えさせたなら十分だ



「うぉ! ぐっ……ぁ…! は、離せ!!」


あっという間に地べたに取り押さえられちまった





「やっと捕まえたか。ご苦労だったな」

「はっ!」

「ぐっ! どけ! 早く私の上からどけっ!!」

「やめておけ。どんなに力を入れようともそこまで取り押さえられてらもう逃げ出す事はできん」

「き、貴様ッ!!」

「フッフッフ……怒りと憎しみ、そして屈辱に塗れた素晴らしい顔だ」

「くっ……!」

隊長の男は今まで見せなかった下卑た笑みを浮かべる

けっ、どんなに騎士面しても結局はこれか

「顔を上げろ」

「うぁ…!」

そのまま男はシュヴァインの髪を無理矢理引っ張り上げると

「このままお前を持ち帰るだけでは足りん。仲間の居場所を吐いてもらおう」

「だっ! 誰が教えるものか!!」

「別段教えて貰おうとは思っていない。最初から吐いて貰うつもりだ」

「ふざけるな! そんな事はエルフ族の一員として絶対にせん!!」

「くっ、くく……くははははっ!!」

「何がおかしい!!」

「いやなに、ここまで私の思惑通りに事が進むとは思わなかったものでな」

「なに!?」

「おい、例の奴を持って来い」

「はっ! ただいま!」

「な、なんのつもりだ!! 何をする気だ!!」

「なに、すぐに分かる」

その底の知れない笑みにシュヴァインはゾッとした表情をみせた





「やっと捕まえたか。ご苦労だったな」

「はっ!」

「ぐっ! どけ! 早く私の上からどけっ!!」

「やめておけ。どんなに力を入れようともそこまで取り押さえられてらもう逃げ出す事はできん」

「き、貴様ッ!!」

「フッフッフ……怒りと憎しみ、そして屈辱に塗れた素晴らしい顔だ」

「くっ……!」

隊長の男は今まで見せなかった下卑た笑みを浮かべる

けっ、どんなに騎士面しても結局はこれか

「顔を上げろ」

「うぁ…!」

そのまま男はシュヴァインの髪を無理矢理引っ張り上げると

「このままお前を持ち帰るだけでは足りん。仲間の居場所を吐いてもらおう」

「だっ! 誰が教えるものか!!」

「別段教えて貰おうとは思っていない。最初から吐いて貰うつもりだ」

「ふざけるな! そんな事はエルフ族の一員として絶対にせん!!」

「くっ、くく……くははははっ!!」

「何がおかしい!!」

「いやなに、ここまで私の思惑通りに事が進むとは思わなかったものでな」

「なに!?」

「おい、例の奴を持って来い」

「はっ! ただいま!」

「な、なんのつもりだ!! 何をする気だ!!」

「なに、すぐに分かる」

その底の知れない笑みにシュヴァインはゾッとした表情をみせた



「持って来ました」

男はご苦労、と言いシュヴァインに向き直る

「こいつを見てもその口を叩けるのか見ものだな」

そう言って男が身を引くと



「……ぁ……………………」


限界まで見開かれたシュヴァインの瞳には、恐らくこれ以上ないくらいに鮮明にソレが映っただろう


「シュヴァイン…様………」


初めてイリスと出会った時を思い出す…… 丁度歳も同じくらいだろうしな

いや、それよりもよっぽどこっちの方が酷いか……

その裸体に刻まれた無数の傷跡、火傷痕、青痣、光彩の失せた瞳、そして指の欠損

さらには全身に施されたボディペインティング

その模様や文字はここでは伏せておくが、恐らくこの世のありとあらゆる卑猥な言葉の数々

つまりこのエルフは………もう逃げ出す事も諦めてしまうくらいに恥辱の限りを尽くされたのだろう




「仲間の場所を吐かないと言うならば、貴様の目の前でコレを犯す」

「……ッ!!」

「貴様の事だ。恐らくそれは自らが犯されるよりも辛いだろう?」

ベクトルはともかく、この男は優秀だ

この短いやり取りでシュヴァインの性格をよく理解している


「このッ……下衆がッ!!」

「フッ………最高の褒め言葉として受け取ろう。それで? どうする?」

「ぐっ……………………」


エルフの娘は光のない瞳でシュヴァインを見つめる

それはまるで、まだかすかに残っている生物としての理性が必死にシュヴァインに助けを求めているようだ


そしてシュヴァインは苦悩している

歯にヒビが入るのではないかと思うくらいの歯ぎしり

そしてただひたすらに男を睨みつけている

そして男はそんなシュヴァインの様子を楽しそうに眺めていた



そして




「安心しろ」


シュヴァインが優しく囚われのエルフに語りかけた


「私は絶対に………お前を見捨てん。だから…安心しろ」



それを聞くと男の目がキラリと光った



「同胞の、居場所を教える……… だから、もうっ……その娘を辱めるな………」

「場所は?」

「この森の奥にある………大樹の根元だ………」

「そうか」

男が部下に一、二言何かを告げると、その部下は森を引き返して行った


「さあ、もういいだろう! その娘を早く解放しろ!」

「解放? なにを言っているんだ?」

「なッ……! や、約束が違う!」

「私はそんな約束をした覚えはない。ああそうだ、おいお前達!」

「はっ!」

男はシュヴァインを取り押さえている数人の男に声をかけた



「取り押さえた褒美だ。そのダークエルフはお前達の好きにするがいい」


「な…にッ……!」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

「ふ、ふざけるな! は、離せ!!」

シュヴァインは必死に身をよじる

だが、それでは到底男達をはねのける事は出来ない


「く、くっくくく…………」

「ひっ…………」

不気味な笑いを浮かべる兵士達に、シュヴァインの目に恐怖が浮かび始めた



「ああ、それと」

男はエルフの娘を、シュヴァインの眼前に押し倒した



「…………ぁ……」

「この産廃も好きにしろ。どうせもう殺すつもりだったんだ」

「ありがとうございます!」


そう言い残し、男は部隊を引き連れて森の奥へと入って行ってしまった


あとに残されたのはシュヴァインとそれを取り押さえる5人の男

そして全裸のエルフの少女のみだ



「だ、大丈夫か!?」

「…………………………」


エルフの娘は光のない瞳でシュヴァインの瞳をジッと見つめる

その目には深い悲しみと絶望が宿っていた




「…………き」

「え?」


聞き取れない程に小さな声でエルフがなにか呟いた

「…………っ……き……」

「…………………ッ!」


その感情の喪失した瞳から一筋の感情が流れ出た

それを見たシュヴァインの瞳は、みるみる絶望に染まって行く


あぁ、だってその瞳が語ってるもんな




“嘘つき” ってな



「ぅ、うあああ゛ぁあああ゛ぁぁあ゛ぁああああぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁああああああぁあ゛ぁああッッ!!!」


「うわっ! コイツ急に暴れ出しやがった!」


「離せぇええええ!! 離せぇえぇえぇええっ!! やめろぉおお゛ぉおお゛おおッッ!!」

シュヴァインは激しい怒りの混ざる慟哭をし、激しく暴れた

「くっ! すごい力だ……!」

「押さえろ! 早く!」


必死に暴れるシュヴァインだが、数の暴力でねじ伏せられる

「おい、その涙に濡れた目でよく見ていろ………… これからお前がどうなるのかをな」

エルフの娘に四つん這いの大勢を取らせ、後ろから腰を掴みながら兵士が言う




…………………………さてと



「や、やめろ! 頼むからやめてくれッ!! お願いだッ!!」

「やめるかよ馬鹿が! コイツの次が貴様だ、精々楽しみにしてろよ!」



「い、嫌だ……ッ! だ、誰か! 誰でもいいからこの娘を助けてくれぇえぇえぇええッッ!!」






そして男は自らのモノを力任せに突きたてる



…………………………ことは出来ないだろうな



シュヴァインには見えただろうか


自らを取り押さえる男達、そして今まさに淫行を働かんとしていた男が吹き飛んで行くのをな



「久しぶりで力の加減が分からねぇな。無詠唱だから死にはしねぇだろうが」

「カ、カルディナル………?」


未だに現状を把握出来ていないシュヴァインとエルフの娘の側に進み

「ほらよ」

エルフの娘に黒い布の服をこしらえる

久々の魔力布の出番だ


ノアールの傀儡の呪術
グラフィットの特殊呪術


これらに並ぶ、俺にしか使えないただ一つの特殊呪術だ


衝撃の呪術で吹き飛ばした男達は全員失神している

「下半身丸出しで気絶はしたくないものだな………」

そんな事を呟きながら、一人一人を綱状にした魔力布で縛って行く

「俺はアイツ達を追う。お前らは少しここで休んでろ」



「なっ……!? お、おい! みんな大丈夫か!」

「ダメだっ! 全員意識がない! 早く応急処置だ!」

「あ、あの男! まさかここまでとは……!」

「た、隊長! こ、ここは引くべきでは………隊長?」


明らかな怯えが走る兵士達の中、隊長の男は一人、俺を目の色を変えて見ていた



「ま、まさか…………今のはアクゼナ史律……か?」

なに……?

「アクゼナ史律を知っているだと? テメェ何者だ!」

アクゼナ史律なんて言葉を知っている人間はそうはいない!

こいつは一体なんだ!?


「は、ははは……ふっはははは!! コイツはいい! おい、全員に告ぐ! この男を捕らえよ!! 生死は問わん!!」

な、なに?

「捕らえる? なにが目的だ!」

「くっくくく……… まさかここに太古の魔物の生き残りがいようとは……天は我に味方をしたようだ! ふっはははは!」

「俺の質問に答えろ!」


「ふっははは! 答えてやろう! 貴様の肉体や血に宿る情報、それを持ち帰れば我らは一生を過ごせるほどの大金が手にはいるのだ!! クルヴェット様によってな!!」

「クルヴェットだと!?」


Dr.クルヴェット


アンバーキングダムでイリスを殺そうとした野郎が!? 俺の情報を欲しがっているだと!?


「そうだ! クルヴェット様は人工的に最強の遺伝子を持つ魔物をこの世に作り出すのだ! 貴様の血はそのための贄となる!」


……………作り出す?

何をだよ………………


ナニヲ……………ナニヲ…………………?



「我がエカルラートの研究所では日夜、最新技術を駆使した研究が行われている! そして人工的に魔族を作り出しその力をもって世界を征圧するのだッ!!」



こいつはナニヲイッテイル?


繰り返したいのか………?


あの惨劇を………?


は、ははは…………

あっははあはははは…………………………



「あぐぁ!!」


い、痛てぇ…! 頭が……割れそうだ……!!


「あっ……! あ゛ぁあ゛ぁああああああぁぁああぁあああ゛ぁあ゛ぁああぉあぁああああッッ! あ゛ぁあ゛ぁああああああぁぁああぁあああ゛ぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁああああああぁぁああぁあああ゛ぁあ゛ぁああぉあぁああああぁああぉあぁあああああ゛ぁあ゛ぁああああああぁぁああぁあああ゛ぁあ゛ぁああぉあぁああああッッ!!」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『…初……し………。わた……は……ア………。 …ょ……ら貴方………をする……。 ……くね!』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『私は……貴方の味方……。だ………安心……て! ……なんでも話し…………いいからね!』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『そ…言えば…………が無いの? そ………不便だから………てあげる! えっと………カ……ィナルって……のはどう? あ…地域で漆黒……いう意味………の! その……な髪の毛……にピッタリだと思う!』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『ご……ね………… 痛か………よね……… でも、こ………必要なの! 私に………事しか………いけれど………でもッ…! ご…ん……!!』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『キミは名……ある……ね、羨ま………よ。ボクには………ものはない。ただ………痛め……られて、ただひ………実験を繰………れる……さ』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『あぁ、キミかい………… そっ……誰…い? え、グ…フィッ…………? そうか。ふふ、羨ま……よ………え? ボ……名前を……考……て………た?』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『ダメよ! それ…………にダメ! あ…娘………失敗作、すぐに処………しまう。ごめん……私には……できない…………ごめん……なさ、い…………』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『や、やめて! そ、そん…事しない……早く部屋に……て!! だ、ダメよ! 私……何もできない! 私は何も知らな……たの!! だからダメッ…! 嫌だ嫌ァア……ア! 誰か! 誰……すけっ……………ぁあ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁあああぁあ゛ぁあ゛ぁあああああ゛ッッッッ!!!!!』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「くっくくく! 頭を押さえて跪くとはな! 実に往生際が良い!! お前達! そいつを捕縛しろ!!」

「は、はっ! 只今!!」


なんだよ……

一体こいつらはなにをしようとしてるんだ……?

捕縛? 俺を?

俺を俺…を俺を捕縛……

嫌だやめろやめてくれ頼むからそれはやめてくれ………

「た、隊長…… この魔物、なにやらブツブツと呟いているのですが………」

「それがどうした、早く捕まえろ」

「いえ、少し気味が悪くて……」

「じゃあお前はそこをどけ! 俺が捕まえてやるよ! 手柄は俺のもんだぜ!」



笑い声聞こえる
笑ってるよこの男が、なんで笑ってる? なんでわらってる?
俺を捕まえるから笑ってるのか
どうして笑ってるのか分からない

彼女は死の間際怯えてた
俺を俺を俺を俺を俺を……笑ってなかった、怯えてた…俺を俺の事を……
こいつはなぜ笑う?

手柄になるのか、俺はまた捕まったら研究されるのか?
研究されるまたされる俺がされる俺もアイツもアイツもまた幾たびの死を乗り越えるのかなんでだよおれはなんで産まれたんだよ

俺は生まれることを望まなかった
ただ作り出された太古の魔物の血を参考に人間とたくさんの魔物の血を混ぜ合わせて作られた“モノ”だ
俺が捕まったらどうなる、また“モノ”が作り出される、今度はあのときよりも多いかもしれない


















































































なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ



それじゃあどうすればいい

“モノ”をこれ以上作り出せないようにするにはどうすればいい

こいつらが俺を捕まえたら“モノ”がまた作られる

それじゃあ捕まらなければいい



そうか、皆殺しだ






俺の中のナニカがぷくりと音を立てて弾けた

それは何だったのか分からないが、とにかく今の俺は最高に気持ちの良い気分だ

そう、例えば目の前で笑っている男の上顎と下顎を分離させられるぐらいには



「う、うあぁああぁあぁああぁあぁああああっっっ!!!」



恐怖に慄く悲鳴も心地いいが静かなのが一番だ

だから、そう……お前は喉を潰そう
衝撃の呪術で喉の一点を突き込んでやるよ
あぁ、威力が高すぎたか、首が吹っ飛んじまった
それじゃあ次はお前だ、怖がらなくて良い今度は首は繋げたままにしてやるからよ
ほぉら、ちゃんと首は繋がってるぜ、ただ息はもうする必要がないけどな

そしてお前達は磔だ
掌を木に磔にし、そこに一本一本磔の呪術を打ち込んで行こう
くっくく、ピクピクと痙攣する様を見るのも楽しいが他にもまだまだある
生かしたままにしておいて他を楽しもう

あの兵士は脳みそをエグリトッテヤル
頭蓋骨を消滅させてこの手でその中身を掴み取るのもなかなか乙なものだ
くくく、まるで豆腐だな、少し生温かいのが気持ち悪いが
あっちは片目を抉りその目をもう一度はめ込んでやろう
どうだ、目は見えるか? あぁダメだな、ポタリと落ちちまったよ

次にそいつらは爆撃で破裂させてやる
内蔵がキャンディーのように飛び散るのは綺麗だ
ただまぁ後片付けが不便かもしれない
それなら消滅の呪術で身体ごと消滅させてやるよ
どうだよその気分は? まるで身体が空気のようになっちまっただろうアッハハハハ!



そうさ皆殺しだ
皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね


シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ


これ以上ないくらいに無様に!

誰にも看取られることなく!

ただ命を終わらせる為だけに死ね!

そうさ死ね! それがいい!

死ね!
死ね!
死ね!


死ね死ね死ね死ね死ね!!





死んでしまえッッ!!




「後はテメェだけか………」


「ぐっ! うがあぁあああ゛!! い、嫌だっ! 助けてくれッッ!! 嫌だ死にたくない!!」


「内蔵は潰した。目も潰した。歯も全てをへし折った。全身の血もほとんど全てを抜き肺も穴だらけで満足に息も吸えない。できる事と言えば命乞いだけだ」


「や、やだあぁああぁああ! 死にたくない! 死ぬのは怖い! 俺はまだやりたい事が沢山あるんだ!!」


「何で死なないか教えてやろう。この瓶の中身、“ハルディンの丸薬”という薬があってな。痛みや苦しみといった全ての負の感覚を消してくれる素晴らしい薬なんだよ」


「助けてくれ!! 早く俺を救ってくれ!! 嫌だイヤダイヤダイヤダ!!!」


「その代償として薬が切れた時の苦痛は想像を絶するものでよ、どんな人間でもあまりの苦痛に喉を掻きむしって自殺しちまうくらいのものだ。

そのせいか断末魔も非常に煩くてよ。あの時のノアールとの話し合いの時にも、あの死にかけの男を殺さざるを得なかった」


「イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ死にたくない! 死にたくないぃいい!!」


「今のお前は両手両足ももぎ取られたせいで自殺もできない。精々襲いくる地獄のような苦しみを味わいながら惨めに死んでいけ。まぁ、耳を切り取っちまったお前には俺の声は聞こえてねぇだろうけどな。

それじゃあそろそろ薬が切れる頃だ。死の先に世界があるのならば、そこで自分の行いを見直してみろ」


「た、助けてくれ……ッッ! い、痛い! 痛い何だなんだ!! いぐっあっ!! う、ぁああごあぎやあがあぁああがあぉぁあぁあああああぁあぁあがっあぁあ!! 」



ぐぉあぁあ゛ぁあ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁあ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁあ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ああ゛あ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁあ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁあ゛ぁあああ゛ぁあああ゛ぁあ゛ぁああああぁッッ!!!!












「ふん、煩くて敵わないな。それと……おい」

「ひ、ひぃ!!」

「そんなに怯えるなよシュヴァイン。あの断末魔も時期に止む。全員死んじまってるから安全だぜ?」

「ぁ、あぁあぁああ…………」

「……………? なに怯えてるんだよ? ところでさっきのエルフの娘はどうした? ん?」

「ぁ……………ぅぁ…………」

「………………話にならねぇな。まぁいい。俺は今からエカルラートに行ってくる。それじゃあな」




そうさ、初めからこうしとけば良かったんだ

エカルラートの人間は全員腐ってる

それなら俺が皆殺しにすりゃ良かったんじゃねぇか

殺せ殺せ殺せ殺せ


捕らえられているエルフを全員助け出したら



ミナゴロシダ



途中連投してしまった所、さらにAAとして認識されてしまう所がありました、すみません

それと少し文章を遊びすぎたかもしれません
カルディナルが壊れて行く様を表現したかったんですが、やっぱり難しかった


また再来週? 出来れば来週にでも

次が最終章の予定です

>>518
最終章ではなく最終話の間違いでした


間に合ったので今日の22時頃から投下


超絶下ネタ、下品ネタ注意!



第9章 最終話


【別れ】



エカルラートの奥には沢山の家がある

その一軒一軒が豪邸と呼ぶのにふさわしい外観と大きさを持っている

エカルラートはとても面積が広い街として知られている

だからこれほど大きな家々を所狭しと建てることが可能なんだろうな

そしてこんな場所に住んでいる人間とは一体どんな奴なのか

多少興味があったのも事実だ

だから試しに一軒の家に入ってみる事にした

どこから? そりゃもちろん玄関から堂々と入ってやったよ

でもこの辺りはどうも治安が悪いらしくてな

玄関前には門番が3人も、しかも槍と鎧装備ときてた

さっきの森と違ってここじゃ目立つ行動は避けなくちゃならない

仕方が無いから一瞬で3人を消滅させてやった

本当は一人一人ジワジワと殺るつもりだったんだが……悲鳴をあげられちゃ敵わんから同時にな

多分同じ場所へ行けただろう





中は俺の想像通り、悪趣味に金色にキラキラしていた

別段隠れる事もなく歩いていたら、やはり見つかった

多分この屋敷の小間使いだ


そうそう、知ってるか?

“小間使い”ってのは主人の身の回りの雑用をする“女”の召使いという意味なんだぜ

まぁ、それが何だって言われたらなにも言い返せないけどな


そんな事よりもとにかく俺を見つけた小間使いをどうにかしなくちゃいけないわけだ

「きゃ………ッ! ンん~ッ!」


悲鳴を上げる前に手で口を塞ぐ

そのまま……




ノアールは傀儡の呪術

グラフィットは精神分散や記憶操作、さらには遠距離転移や他者強制転移

そして俺は魔力布の生成


こうして3つ並べると、どうにも俺の特殊呪術だけ他と見劣りするように思ってないか?

でもな、それは違うんだよ

ローブを作ったり腰を下ろす為の布を作ったりするのがこの呪術の真の使い道じゃない

例えばこんな風に……


「…………………………ぁ……」


刃よりも鋭利な布を作り出し、そのまま頸動脈をスパッと……ね

これなら何度でも再利用できるから魔力の消費を抑えることもでき、派手な音もしない

あのクソ共にサイレントキルの名人になれると言われたこともあったっけなぁ………


「汚れちまったか………」


生温かい血が顔に、腕に、ローブにまとわりつく

別にいいか、どうせこれから会う奴は全員死んで行くんだからな






「おい」


薄汚れた地下室の一番奥、鉄格子の向こう側にそいつ達はいた

この暗闇でさえ明るく照らすことがてきそうな黄金の髪

服を着ることも許されていないのだろう。この暗闇の中でさえ綺麗に映える白い肌

捕らえられていたエルフ達だ

全員の足首にはきつい枷がしてあり、満足に移動することもできない状態だ


「あ、貴方……誰なの…?」

「お前達を助けにきた。قضكضمكنلاخغ」


斬撃の呪術で鉄格子を切り取り、徐に中へと入る

全部で4人か

「قضكضمكنلاخغ」

もう一度斬撃の呪術を使い、今度は足枷を切断した

これでこのエルフ達の脱出を阻むものはなにもない



そうそう、ついでにこれもしておかなくちゃあな

「ほら、俺からローブの土産だ。そのままじゃ寒いだろうしな」

「だ、だめ……私たちは…逃げちゃいけない………」

「何言ってやがる。とっととエルフの森へ帰れ。それともまだこんな所にいたいのか?」

「違う……違うの……! 私たちにはこの首輪がある…! だから……だか、ら…」

「どういうことだよ、俺にも分かるように説明してくれ」






エルフ達は目に涙を宿してぐずりながらも一通りの説明をしてきた


「なるほど、爆弾か」

「は、い………私たちは…二度とこの屋敷から………うぅ……」

「その爆弾とやらは自動的に爆発するのか? それともなにか他人が操作して爆発するのか?」

「私たちの主人が……スイッチを持っています……… だから……逃げ出したらすぐに……私たちは死んでしまうんです……!」

「つまり主人とやらが持っているスイッチを取り上げれば問題ないと?」

俺の問いにコクリと頷いた

それなら既に問題はないわけだ


「ほら」


安心させる為にさっき取ってきたモノをそこに放り投げた


「ひ、ひぅ!!」

「嫌ぁああッ!」

悲鳴を上げるなよ、地下室は音が響いて耳がキンキンするぜ

「こいつは物凄い肥ってやがったからよ、こいつと認識できる部分だけ切断してきてやった。ほら、これでもう安心だろ?」


魔力布を細く鋭利な糸状にし、それで後ろから首をプッツリとな

ピアノ線やワイヤロープなんかの数十倍は強固で鋭利だ



「お前らは取り敢えずこの屋敷の中にいろ。どうせもう誰も生きてはいないんだ、安心して休んでろ」


そう言い残してこの屋敷を後にした

さて、次はこの隣の屋敷に行くか……

そして同じようにエルフを助けた後、最初に俺が助けたエルフ達の屋敷に行かせる



それを何度も何度も繰り返して……その後は………………


















「…………………誰か来る」

グラフィットさんは目を閉じ、ポツリと呟いた

私もグラフィットさんに習い、目を瞑り精神を研ぎ澄ます

すると私にも聞こえた


バサッバサッと翼のような音が…………


その音は次第に大きくなってきて………そして!!


「見つけたわぁ♡ ルディの言ってた通りね♡」


赤い長髪に黒い翼、そしてスカートから出ている悪魔のような尻尾

縦線のはいった白い厚手のセーターと足が見えないくらいに長いスカートを着込んでいる

私を見てくるその真紅の瞳は、底の知れない欲望を感じさせられる



なんで……なんでこの方がこの場所に!!





「ロゼさん!! どうして貴方がここにいるんですか!!」



「んっふふ~! 別にいいじゃないの~ 強いて言うならぁ~イリスちゃんに会いたかったから♡」

「え、ちょ!? むぎゅ……!!」

躱す間もなく抱きつかれた!

く、苦しい! この胸が! 大きな胸が! 無駄な脂肪の塊がぁ!!


「イリスを離せこの魔物がッ!!」

「きゃふ! なによいきなり! かよわいレディーに向かって!!」

「ふざけるな!! 貴様はここで私が……ッ! うぉあぁあああああッ!?」

悲鳴!? お姉様に何が!?

く、くそっ! こんなお肉なんかに負けてたまるか!!

「ぷはっ! や、やっと息が吸え……ってお姉様!!」

お姉様が目の前に逆さまに吊られてる!!



「まったくもう……おイタはダメよぉ~?」

「は、離せぇええ! 離さないかッ!!」

お姉様の足首にロゼさんの尻尾が巻きついてる!

だからあんなにもぷらんぷらんと………

「ロ、ロゼさん! お姉様を離してあげて下さい!! このままじゃ頭に血が昇っちゃいます!」

「お姉様ぁ~? これ、イリスちゃんのお姉さんなの?」

「そうです! 早く離してあげて!!」

「ん~……しょうがないわね、他ならぬイリスちゃんの頼みだし。えい!」

「うわっ!」

少し荒っぽかったけどちゃんと離してくれた!

「大丈夫ですかお姉様?!」

「も、問題ない……… 少し頭がクラクラするが………」

「ごめんなさいね~ でもそっちだって私とイリスちゃんの愛の育みに切りかかって来たんだからオ・ア・イ・コ♡」

「な、なにがオ・ア・イ・コ♡ だ…… うぅ……」

「お、お姉様……辛いのならワザワザ言い方まで真似なくても……」



そんな風に呆れていると、後ろからグラフィットさんがやって来た

「ねぇ、イリスちゃん。このサキュバスは一体誰だい? 知り合いなんだろう?」

「あ、え~っとですね………この方はグロゼイユさんです。見ての通りサキュバスの方で……」

考えてみたら私とルディさんは一度死にかけてるんだった……

ここは穏便に………


「どうも~ロゼで~す! ルディの性液を狙うピッチピチの13歳です♡」

「ぶふぅ!!」

「お姉様ッ!?」

急に吹き出したお姉様に慌てて駆け寄った

「し、しっかりしてください!」

「あ、あぁ……! ゲホゴホッ! おぇ………」

「最終的な目標はルディとxxxxして私のxxxになってもらう事よ! 前の方はもう使い込んじゃったけれど後ろの方の穴はまだ………一度だけしか使ってないわ!!」

「だ、黙れ!! 聞いてるこっちが恥ずかしい!!」

「お、お姉様……セックスってなんですか?」

「なにも言うなイリス!! お前は少し耳を塞いでいてくれ!!」

「わ、分かりました……」

「う、うふふふ……ひっひひひ……!」

「ねえ君、ヨダレを垂らしてニヤついてるのは良いんだけれどさ」

「おっと、アタシとした事がはしたない」

グラフィットさんが何か言うと、ロゼさんはジュルリとヨダレを啜った

いえ、耳を塞いでる私にはどういう風に啜ったかは聞こえないんですけれどね?

聞こえなくても分かってしまうんですよね………



「そうそう、それでね! えっと、銀髪の女……ってことは、貴方がパールさん?」

「な、何故私の名を知っている!」

「まあまあ、それは後でいいでしょ? そして黒くてちっこいの……貴方がグラフィット?」

「ちっこいの……… 人がかなり気にしている事を…………」

「あら、そうなの? さっきルディは、小さい方が得だってことを自慢されたって言ってたわよ?」

「それでも僕は嫌なの! せめてノアールよりは高くなりたかった!!」

「ちょっと待て! さっきという事は、貴様はエカルラートでカルディナルに会ったのか!?」

「会ったわよ~ それで私は貴方達に伝言を……って、何でイリスちゃんはお耳塞いでるのかしら?」

「当たり前だ! いきなり精液などと言う貴様の言葉など無垢純真なイリスに聞かせられるか!!」

「え? 今なんて言ったのぉ~?」

「だ、だからいきなり精液などと言う奴の言葉など聞かせられんと言ったのだ!!」

「えっ? いきなり何て言う奴の言葉ぁ~?」

「だから精え、き………ッ!!」

「あ、あっはははは!! やっと気付いたのねぇ~!! 恥ずかしい娘だこと♡」

「う、うわぁああぁあああ!! 忘れろ!! い、今の事は忘れろォオォオオオ!!!」

「分かったわぁ~♡ パールちゃんがせ・い・え・き♡ って言った事、忘れるわよぉ♡」

「忘れる気ないだろ貴様!! ぜ、絶対に忘れろ!! 何でもするから!!」

「ん? 今貴方、『何でもする』って言った?」

「こっ! 言葉の綾だ!! そんなにニマニマするんじゃない!!」



暇ですねぇ~

「お姉様、そろそろ耳を開いてもいいですか?」

顔を真っ赤にしているお姉様にそう言うと、ブンブンと必死に首を横に振られた

お姉様とロゼさんがなにを話しているのかは分からないけれど、ロゼさんが私たちに何かを伝えたいという事は私には分かってしまっている

だから早くその内容を聞きたいのに!

「イリスちゃん、もう耳を開いてもいいよ」

それを見兼ねたのか、グラフィットさんがポンポンと私の肩を叩いて合図してくれた

「本当ですか?」

「なっ! ま、まだ早い!!」

「遅いくらいだよ。今はそんなくだらないことを言ってる場合じゃない!」

グラフィットさんは厳しい表情でお姉様を叱りつけると

「グロゼイユといったね? 君は一体カルディナルにどんな伝言を頼まれたんだい!?」

伝言!?

「えっとねぇ~ たまたまラピスの街にいた私は、突然攻めて来た兵士達について行って…じゃなくて捕まって! エカルラートまで連れて行かれちゃったのよ。しかもそこで人間の女の子達と性奴隷にされちゃって♡」

「制度令?」

何かの決まりごとか何かかな?

「イリスは知らなくて良い言葉だ!!」

「もう本当に堪らなかったわよ♡ 寝ても覚めてもxxxxにxxxでしょ♡ それに激しいxxxxxまでされちゃって♡」

「お姉様、フェラとかイマラチオ……でしたっけ? これってなんですか?」

「イリス!! お前はなにも聞かなくて良い!!」

「正しくは“イラマチオ”よ。男根が“マラ”と呼べることからよくイマラチオ、って間違えられちゃうのよ。嘆かわしいわね本当に!」

「嘆かわしいのは貴様の脳味噌だ!!」

「あの、グラフィットさん…… ロゼさんの言っている言葉が全然理解できないのは私が悪いんでしょうか……?」

「いいや、イリスちゃんは間違ってない。だから君はそのままでいればいい」

ちょっとホッとしました



「それにxxxxはイリスちゃんもしたことあるはずよ?」

「え? セックスをですか?」

「な、ななななッ!! 何をぉおお!? そんなバカなことを言うな!!」

「そうよ。あの時別れ際にルディに魅了の呪術をかけていったもの。それはそれは激しかったでしょう?」

ロゼさんはニヤニヤしながらそう聞いて来た


あの時?

激しかった?

ああ! そうでした!

あの後天から巨大な水球の塊が沢山降ってきたんだった!


「激しかったなんてものじゃありませんよ! あの時は本当に死んじゃうかと思いました!」

ルディさんが


「い、イリスゥウ!?」

「やけに尻上がりなイントネーションだったね」




「やっぱり!? で! どうだったルディは!?」

「とっても苦しそうでした! そりゃあんなに大きかったんですから当然ですよ!」

あんなに大きな水球をまともに受けたんです

痛くて苦しかったに違いありません!


「は、はわわわわ………」

「大丈夫かいパールさん? 少し休む? 今の君なら、顔で料理が作れそうだ」

「も、ももももんまいにゃい!」

「もう言語能力がしっちゃかめっちゃかになっちゃってるね………」


「でもイリスちゃんはそれを楽にしてあげたんでしょう?」

「そうですよ! あの後私は大変だったんですよ! 汗だくになって息も絶え絶えになっちゃって!」

助けを求める為にウィスタリアの街を走り回ったんですから!

「それでどう? 最後にはちゃんとイケた!?」

「行けましたよ!」

助けを呼びに一人で病院まで行けました!

私だってもう15歳! いえ、あの時はまだ14歳でしたっけ



「………………………………」

「お~い、生きてるかい? パールさ~ん?」

「…………………………ロス」

「へ?」

「カルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺す」

「あれま、壊れちゃった」

「カルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺すカルディナル殺す」

「ま、僕は記憶を読む事が出来るから全部知ってるんだけどね。後で誤解を解いてあげよう。それはともかく……」



「それがxxxxよ!」

「これがセックスですか!」

つまりセックスとは他の人を助けるっていう意味?

なるほど、また一つ勉強になりました!


「はいストップ」

横からグラフィットさんが入ってきた

「イリスちゃん。その言葉はね、この世で一番、本当に大切な男の人にしか言っちゃダメな言葉なんだよ?」

「え? そうなんですか?」

「そう。だよね、ロゼさん?」

「ま、まぁそうね…… 間違ってはいないわ」

「だからイリスちゃんは今後その言葉を使っちゃだめ。本当に大切な男の人が出来るまで」

「分かりました。それじゃあ今度ルディさんに言います」

いつの日かルディさんを助けに行った時、胸を張って言おう!



「う、うん………」

「頑張ってねイリスちゃん! 応援してるからね♡」

「ありがとうございます! ロゼさんは素晴らしい巨乳の方です!」

「あっははは!」

「でも敵なんですよね……」

「えぇ、まあ私と貴方は種族が違うからねえ」

「いえ、そういう意味じゃないんですけれど」

胸的な意味で

「?」

ロゼさんにはこの悩みは一生分からないでしょうね………



「なのさ、話が逸れまくってるからそろそろ戻そうよ」

「あっ、そうでした。ロゼさんはルディさんになんて伝言を頼まれたんですか?」

「それじゃあ言うわね」

ロゼさんは息をスゥーッと吸い込むと


「『今すぐエカルラートから遠ざかれ。森の奥の方に行け。そしてエカルラートには決して来るな』」



「え?」

「カルディナルがそんな事を?」

「ええ、一句一言そのままよ。とにかくエカルラートから出来るだけ遠くに行けってことよ」

なんでルディさんはそんな事を言ったんだろう?

「なんでこんな事を言ったのかは分からないわよ。でもとにかく早いところここから遠くに行った方がいいんじゃあない?」

「そうしよう。その前に……」

グラフィットさんはお姉様に近寄って

「はっ! 私は一体何を!?」

また記憶操作したみたい………

「これでよし。それじゃあ森の奥に行こう」

グラフィットさんはそう言ってシュヴァインさんと私が助けたエルフ達の方へと歩いて行き一言二言何かを耳打ちした

「分かった。お前達は我がエルフ一族の恩人だ。喜んで復活したエルフの隠れ里へ招待しよう。ついて来い」

そしてシュヴァインさんを先頭に、みんながゾロゾロと歩き始めた


けれど…………



「おいイリス、どうした? 早くついて来ないとはぐれるぞ」

私の足は一向に動こうとしない

「イリスちゃん?」

「ダメ……エカルラートから離れちゃ…ダメです……」

今エカルラートから離れたら……私はきっと後悔する

でも………

今エカルラートに戻ったら……私は絶対後悔する……!

どっちが正しいのか分からないッ!



「イリス! どうした!?」

頭を抑えてへたり込んでしまった私に、お姉様が駆け寄ってきた

「分かりません……私は……どうしたらいいのか………」

「今はここから離れた方がいいんだ! パールさん、済まないけれどイリスちゃんをおんぶしてあげて! エルフの隠れ里には招待されない限り僕でも入れない!」

「分かった。さ、イリス」

お姉様はしゃがみ込んで、おんぶの体勢を作った

「ごめんなさい……」

それに私が乗ろうとした時だった……



「うわぁっ!!」

「きゃあぁああ!!」

「ぐっ! な、この揺れは…!!」


突如大地が震えた

その揺れは本当に激しくてとても立っていられない!


「きゃあぁああああ!!」
「うわぁああ!」
「木、木に掴ま……ぐっ!!」


「お、お姉様ぁあああッ!!」

木が! 大きな木がお姉様目掛けて倒れて………!!

「شضغب:٨!!」

「火炎呪術!?」

「大丈夫! みんな!!」

「ロゼさん!!」

そっか! ロゼさんは空を飛べるから地震に関係なく自由に動けるんだ!



「早く逃げなさい!」

「ゆ、揺れが酷くて……! きゃあッ!!」

「イリス!!」

立ち上がろうとしたけれど地面の隆起に足を取られた!

このままじゃ……!

「きゃあッ! 地割れよ!!」

ロゼさんが指差す方向!

地面がベキベキと音を立てて割れてくる!

「このままじゃ落ちちゃうわ! 早く私に掴まっ……」

「ロゼさん! 後ろ!!」

木が倒れてきます!!

「え? きゃぁああ!!」

ロゼさんは咄嗟に木を腕で支えた!

「く、くっそ! これじゃあ身動きが……!」

「ロゼさんッ!!」




あぁ……もうダメ…………………

地面に空いた大きな口が……大木や土を次々飲み込みながら私の方にやって来る………

私は……もう…………









「イリスちゃん!」

「きゃあっ!!」

不意に後ろから服を思いっきり引っ張られた!

そのまま私は力任せに投げ出され……



「よかった! 無事かイリス!」

「お、お姉様……? ここは………」

エカルラートの近くの森であるのは間違いない……

でもここは揺れが比べ物にならないくらいに緩やかだ

「恐らくグラフィットが森の奥に我々を他者強制転移で飛ばしたのだろう。ほら、あれを見てみろ」

お姉様の指差す方向

エルフ達が次々と空中に現れては、悲鳴を上げて地面に落下している

「多分グラフィットさんも焦ってるんですね………」

とても飛ばし方が荒っぽいから


「うわぁ!!」

「ひゃああ!!」

「全員飛ばしたよ!」

最後にシュヴァインさんとロゼさんとグラフィットさんが現れた


お姉様は額の汗を手で拭い

「しかし酷い地震だった…… 命の危険を感じたぞ」

「いいや、違う。あれは地震じゃない……」

「何を言っているグラフィット? どこからどう説明しても地震だろう」



「違うんだよっ! あぁ、もうっ! なんでこんな事をしちゃうんだよ本当に!!」

「グ、グラフィット!?」

「し、しっかりして下さいグラフィットさん!?」

「これじゃあ……あの時の二の舞じゃないか!! なんで……こんな……ッ………」

「落ち着け!」

グラフィットさんは完全に錯乱している!

どうして……!


「……ッ! ま、まさか!!」

グラフィットさんは突然立ち上がってエカルラートの上空を見上げた


「ま、まさかッ! ダメだよカルディナル!! それだけはダメだ!!」

「グラフィットさん! ルディさんに一体何が………ぁ?」

グラフィットさんにつられて私もエカルラートの上空を見上げた

そこには真っ黒な雲のようなものが覆い尽くしていた

「あ、あれって……?」

「不気味な雲だ…… あれはなんだ?」



「や、やめろ!! やめるんだカルディナルッ!!」









そして




そんなグラフィットさんの叫びを嘲笑うかのように




エカルラートの街を覆い尽くした黒い雲から















無数の隕石がエカルラートに降り注いだ



「きゃあああ!!」

隕石が落下した地点からこんなにも遠いのに!

凄まじい突風に乗って凶器となった砂埃が私たちを傷付ける!


「くっ! صضننحغنو:٥٥!!」


グラフィットさんの張った障壁は私たちを護ってくれた

それでも私たちの周りの草や木々、終いには地面までもが……凶悪な殺意と共にえぐり取られていった






「み、みんな…無事だね……?」

数分にも渡る突風が終わりを迎えた頃、グラフィットさんが障壁を解いた

「グラフィットさん……」

グラフィットさんは息を苦しそうにつきながら私たちの安否を気遣ってくれた

「す、少し魔力を使いすぎたかな…… 慌てたり焦ったりすると……少し魔力の使い方が下手になるのが…僕の欠点なんだよね……」

「それにしても凄い風だったわね~」

「正直、死を覚悟したぞ……」





「………………………………」

まさか…………まさか…ッ……!


「グラフィットさん!」

「分かってる! すぐにエカルラートまで飛ぼう!」

「私もついて行くぞ!」

「それじゃあ私も~」

「ロゼさんはここにいて下さい! お願いします!!」

「なんでよ?」

「お願いします!!」

今は私たち3人以外の人を連れて行ってはいけない!

私の心の奥底でそう警告がされてる

「分かったわよ。それじゃあまた後でね~」

「ありがとうございます。グラフィットさん!」

「分かってる! 飛ぶよ!」





グラフィットさんの声と共に、一瞬にして眼前の景色が変化した





「こ、ここ…は………?」

お姉様の掠れた声が聞こえたような気がした

「やっぱり……… 本当にやっちゃったんだね………」

苦々しい声色のグラフィットさんの声も聞こえたような気がした………


「そ、そん…な………」



エカルラートは何も残っていなかった

街の周りを囲んでいた壁はおろか、家一件も残っていない

瓦礫と木材の大地がただ広がるだけ


「カルディナルの災害の呪術………」


ポツリとグラフィットさんが呟いた

心なしかその声は震えていた

「こ、これを……カルディナル……が……?」

ふと何かが崩れる音がした

どうやら変な風に引っかかっていた屋根の残骸のようなものが崩れた音らしい


「…ッ!! イリス! 見るな!!」

あぁ、もう遅い………

屋根の下から出てきたのは私よりも小さな女の子……

血塗れのその顔には恐怖と絶望が刻まれている………

「みんな……みんな死んだのか……? こんな小さな女の子も……少年も……誰も彼もが……」

「もう見ない方がいいよパールさん」

グラフィットさんはお姉様の肩をポンと叩いた



「…ぁ…………………」


「イリス!?」

「イリスちゃん! 走っちゃ危ないよ!」


あっちに! あっちに誰かいます!!

ほら、あの黒い影! 何故か一軒だけ無事に残っている屋敷のすぐそば!!

多分あれがルディさんだ!!


「ルディさん! ルディさんッ!!」


手を振って大きな声で呼びかけても何も返事をしてくれない

でもほら! もう、すぐそこにいる! この距離なら聞こえるはずです!

ほら! やっぱりあれはルディさんだ! あの黒い長髪の後ろ姿は絶対に!!


「はぁ……はぁ……ル、ルディさん……!」


息を切らしながら呼びかける


これでルディさんはいつも通り、笑顔で私の方を………






























































「……イリ…ス……か…?」



血だ

全身が血に染まってる


あの白い肌が

あの黒い髪が

私をいつも撫でてくれたあの手が

私をいつも抱いてくれたあの腕が


あぁ…それに……

ルディさん……手になにか持ってる…………

あれは…ほら……例えるなら…………










ヒトの首?








「嫌ぁあぁあぁああぁあぁああああぁああッッ!!! あぁあぁあぁあああぁあぁあああッッッ!!!!」











初めて





本当に初めて






私はルディさんを……











心の底から怖いと思った





「あぁあぁああぁあぁあぁああぁあああぁあぁあああッッッ!!!! うあぁあぁあぁあぁあああぁあぁああああぁあぁあぁああぁあああぁあぁあああッッッ!!!!」


嘘だ


嘘だ嘘だ嘘だッッ!!


こんなの絶対に嘘だッッ!!


あれが! あれがルディさんだなんて私は認めない!!


違う違う違う!

違う違う違う違う違う!!


あんな血塗れの男が!


人間の生首を持って笑みを浮かべていた男が!


ルディさんだって事なんか! 私は絶対に認めない!!






「大丈夫か? 立てるかイリス?」

近くからルディさんの声がした

頭を抑えてへたり込んでしまっていた私は、その声に安堵した



あぁ、やっぱりルディさんだ


この声は……とっても優しい声は……ルディさんだ………


だから私も大丈夫ですっ! て言って……… 笑って顔を上げて……………























































血塗れの手が私に差し出されていた




「嫌ぁあぁあぁああぁあぁああああぁあああぁあぁあぁあああぁあぁあああッッッ!!!!」





その手を力任せに払いのけて、必死に逃げる!


どこに? 出来るだけあの男から遠くに!


あの男? 誰?


あの男は…………





「あっ……!」


嫌! 転んじゃう!!




「イリスちゃん! 危ない!!」

そのまま顔を酷く打ち付けるかと思った刹那

「大丈夫かイリス!」

何もない空間に突然現れたお姉様の胸に、私は飛び込んでいた

「お、おねえ…さ…まぁ……!!」



もう……もう………!





「うわぁああぁあぁあぁああぁあぉああああぁああッッ!!! うあぁあぁあぁあああぁあぁあああん!!!!」





怖くて、怖くて……ただ恐ろしくて………





私はお姉様の胸で泣いた







「カルディナル……」

「…………………………」

「カルディナル!! 聞いてるのかよッ!!」

「…………………………」

「カルディナル!!」

「…………は、ははは……」

「え?」






「あ、あははは………はっははははははははは!! ひゃあっはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」




「カ、カルディナル……? 君は……なんで………笑って………」

「そうさ! 俺は1人で……! 1人で生きなくちゃいけねぇ運命だってのに!! 何が人間との共存だ! 何が俺と一緒に行きたいだ! 笑わせてくれらぁ!!」

「何を言っているんだよ!!」

「ひゃあっはははははははははははははははははははははははははははははははははは!! ひっひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!! اظبحمخيغبك:٢٠!!」



「ぐ…………これは……磔の………」



「お前なら死にはしねぇだろ? 暫く地面に縫い付けられてろ!」

「グラフィット!? くっ……貴様ァ!!」



「ひゃあっはははははははははははははははははははははははははははははははははは!! ひっひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!」

「もう許さん!! ここで貴様の息の根を止めて………」



ダメです……お姉様………


だってルディさん……………



「ひゃあっはははははははははははははは…ははは、はははは…ははは、ははは……………………」


「カ、カルディナル………君は………泣いて……いるの…かい……………?」


「カルディナル……?」













「……………………イリス」




ルディさんが……私を…呼んでる………?



「は、は…い………」


お姉様からゆっくりと離れて………ルディさんに……向き直る…………………





「……………ッ!」


「ルディ…さ、ん……… どうして………こん、な…………」


「…………………………」






私にとって永遠とも思える時間が過ぎた


でも多分、それは本当に一瞬の事



でも、ただこれだけのやり取りで…………全てが……終わった…………






「……………イリス」

「……………はい」





そしてルディさんは



「………………ごめんな」



泣き崩れそうになりながら



まるで、この世の全ての絶望を背負ったような表情で



掠れたその声で





そう言い残して




私の前から




消えた



これが




今まで決して切れなかった




私とルディさんの繋がりが





全てが






失われた瞬間だった


これでこの章は終わりです


次の章は

カルディナル・ノアール・グラフィットの過去編を予定


その前に久々の神話を入れようか迷ってます

今日の23時までには



第10章 1話


【名も無き研究所】




イリスの後悔の念は尽きないのだろう

何故あの時カルディナルから逃げてしまったのか

何故あの時カルディナルの変化に気付けなかったのか


もう何も食べたくない

もう何も飲みたくない

何もしたくない

全てが嫌だ



そしてイリスは………私の妹は…………塞ぎ込んでしまった



「イリス……なにか口にしないと…身体に悪い」

「…………………………」

私の声にも、イリスは反応を示さない

ただ膝を抱え込んで俯くのみだ


「ほ、ほら……皆がイリスを心配して沢山の食べ物や飲み物を持って来てくれたんだ。少しくらい………」

「…………………………」

「…………………イリス」

イリスはなにもしない

ただそれでも、瞳からは涙が零れ落ちた


「……………また後で来る」

これ以上は無駄だ………

料理をイリスのそばに置き、木製のドアから部屋の外へと出た

すると……

「………どうだった?」

「……駄目だ」


短い問いに短く答えて首を振る



「そうか……………」

「…………………………」

「パール殿、気を強く持つのだ。貴方までそう塞ぎ込んでしまってはイリスさんの調子がよくなるはずもない」

「……分かっている」

「…………………………」

「分かっている…が……… あのようなイリスを見ているのはいたたまれない」

「…………だろうな」

その時、コンコンとノック音が家に響いた

「客人か?」

「……私が出よう。イリスの姉としてこの家の管理は私の役目だ」

玄関を開けると、目の前にはアゲハ蝶の羽根を持つ少女が瓶を手に立っていた

確か………リエールといったか?

イリスのことを様付けして呼ぶヒョムルの娘だ



「あの、こんにちは。イリス様にお会いしに来ました……」

「あぁ、君か。ありがとう」

「これ、よろしかったらどうぞ。アタシ達が作ったレモンの蜜漬けです」

「……済まないな、わざわざ」

「い、いえ! アタシ達がしたいからしてるだけです。そ、そしてイリス様のご様子は……?」

「イリスさんはまだ塞ぎ込んでいるようだぞ、リエール」

「団長様!? いらしてたんですか!」

「今は騎士団の団長ではなくイリスさんの友人のティユールとしている。そう畏まる必要もない」

「は、はい」

「だがそろそろ頃合いだ。私はお暇させて頂こう」

デュラハンの女団長はそう言い腰を上げた

「済まないな、わざわざイリスの為に来てもらって」

「気にする事はない。私たちはイリスさんが好きでやっているんだ」

「そ、そうですよ! それにさっきルドアとミュエルに会いましたけれど、2人も後で来るそうです!」

「確かハーピーとアラクネの者だったか……… ありがたい」

「それにテルニも言ってましたよ! 今日は魚が取れ過ぎたから後で持ってくるって!」

「サハギンの青年か…………」

「はい。イリス様はこの渓谷の沢山の人に愛されてます! だから……だか、ら…………」

魔族でありながら優しい心を持つ少女はついに泣き出してしまった



「リエール。もういい」

ティユールはそんな少女の肩を優しく抱き

「それでは今日は失礼する。また明日来よう」

「あぁ、待っている……」


木製のドアが静かに閉じた









カルディナルと我々の別れから、暫くの時が経った

我々姉妹は現在、魔族の渓谷にいる

あの後錯乱状態に陥ったイリスと、それを必死に止めようとする私の格闘が始まった

そんな我々を見て何を感じたのか、グラフィットは一言こう言った



暫く、待ってて




気づいた時我々は、あの魔族の渓谷とやらに飛ばされていた

錯乱状態のイリスの悲鳴を聞きつけて、すぐさま沢山の魔族がやって来た

そしてイリスの状態を確認するや否や、必死に皆で押さえつけたのだ

錯乱時に自傷行為に走ったイリスの顔には、沢山の傷が走っており……

そうでもしなければ、ずっと自分を傷付けると思われたからだ

そしてイリスはプツリと意識を失い

次に目覚めた時には、イリスから大切なモノが抜けてしまっていた



その知らせは瞬く間に渓谷を駆け巡った


そして、何が起こったのか……何があったのか………


ラピスの事も

エルフたちの事も

エカルラートの事も

そして、カルディナルのした事も

エカルラートの全てを破壊した事も



全てが知れ渡った


当初は、皆がカルディナルに対してどのような対応をすべきか迷っいた

しかし、イリスに助け出されたエルフ達の証言

さらにはカルディナルが唯一破壊しなかった屋敷に匿われていた、沢山のエルフ及びラピスの住人たちの証言によって


カルディナルの行為は正当であったと、一致満場で採択された


私はその事に多少の疑問を感じはした

しかし人間と魔族の考え方には少なくない差異がある

だから私は『そういうものか』と納得せざるを得なかった






「おい、誰かおらぬか!」


「な、なんだ……!?」

一息ついた所で、突然大地を揺るがさんとする程の大きな声が家を響いた

仰天して玄関を開けると


「声がデケェんだよオッサン!! 家を壊す気か!!」

「す、済まん!」


身長230cmはあるかという大男を青い肌の青年が叱りつけていた


「お前たちは……」

「ども、サハギンのテルニだ。こっちのオッサンはガルンナのビストル」

「何度か会ってはいるが、こうして面と向かい合って話すのは初めてになるか。ワシはビストル、見ての通りトラ種のガルンナだ」

「そうだったな。以前見かけた時はティユールの後ろに控えていたのを覚えている」

「オッサンは無駄に図体がデケェからな」

「む、無駄とはなんだ無駄とは! 刮目せよ! この肉体美! むぅん!!」

ビストルは全身に力を込めてその筋肉だらけの肉体を見せつけた

そのあまりのむさ苦しさに、恐らくこの辺りの温度が2~3℃上がっただろう

精神的にも物理的にも……



「玄関でポーズ決めてんじゃねえ!! おらどけっ!」

「うご!!」

テルニはビストルを蹴飛ばした

見かけによらず力が強い青年だ……

「ほら、これ。俺がさっき獲った魚だ。沢山獲れたし分けてやるよ」

テルニの手にはたくさんの魚だ

恐らく20は超えているんじゃないだろうか

「こ、こんなに沢山……… 私たちだけではとても食べ切れん程だ」

「そっか? それじゃあ3尾くらいでいいか?」

「それでいい。済まないな、せっかく獲って来てくれたというのに……」

「全然構わねーよ」

申し訳なさそうに詫びる私に対し、テルニはカラッと快活に笑う

「そうそう! ワシも持ってきたぞ!! それ!!」

後ろに控えていたビストルは不意に大声を出すと、何か巨大な塊を床に置いた

その勢いや凄まじく、地面がグラグラと揺れた程だ

尤もここはツリーハウスなので、元々揺れやすいのではあるがな



「見ろ! さっき狩ってきた猪だ!」

「な、なんだこれは……!」

「そりゃ人間はびっくりするわなぁ……」

目を見開いて驚くのは当然だ

ビストルの持ってきた猪は、少なく見積もっても200kgはある

こんな生物が存在しているとは………

「この辺に生息している大猪だ! これだけあれば3日は飯に困らん!」

「み、3日……だと?」

「あ~……気にすんな。このオッサンが大食らいなだけだ」

「がっはっは!」

快活に笑うビストル

だが……しかし…………

「す、済まないが……さすがにこれだけの量は私たちだけではーーー」

「おっと済まない! それ!!」

断ろうとした矢先だ

またしてもビストルはドシン! と何かを置いた

「こ、これ…は………」

「怪鳥ブラグリナだ! ピュースと共に狩ってきたのだ!」

確か鳥翼族の男だったな

「こっちも相当あるぞ…… オッサンはこれで何食分だ?」

「2日分はかたいな」

「………………………………」





はっ! 現実逃避していた!!

「それではこれ以上いても邪魔になるだけだからワシたちはお暇しよう!」

「え………? なっ! ちょ、ちょっと待ーーーー」

「オッサ……ぐえっ!!」

「それではな!!」

ビストルはそのままテルニの首根っこを掴むと、その巨体からは想像できない俊敏な動きであっという間にいなくなってしまった

さ、流石はガルンナ………


「……………………これ、どうすればいいのだ……?」


さて、それではこの余りある肉をどう処分するか考えるとしよう………










「全く…あの筋肉バカは……! ねぇ、ミュエルとルドアもそう思うでしょ!?」

「そう思うわよ…… でもね、トリシャ。今は口よりも身体を動かしなさい……」

「ミュエルの言う通りだよ! その身体って疲れ知らずなんでしょ!」

「別に疲れ知らずではないわよ。移動するのに疲れにくいだけで。腕とかは疲れるわよ普通に」



「いいなぁ……私も蛇の脚が欲しい!!」

「私は逆に、あなたのその腕が羨ましいわよ。空を自由に飛ぶって憧れるわね」

「へっへーん!」

「トリシャ、そんなことないわよ…… つい昨日もこの子、私の巣に突っ込んできたんだから」

「わ、わぁー!! その話はどうでもいいでしょ!」

「よくない! お陰で私の巣がめちゃくちゃよ!! また作り直しになっちゃったじゃない!!」

「いいじゃない別に、すぐ作れるんでしょ?」

「面倒臭いのよ!!」

「お主らそれまでにしておかんか………」

「あっ、藍晶様!」

「お主らがそのように仲良く言い争いをしている間に……ほれ、そっちを見てみるのじゃ」



「あ、あの……! こっちのお肉、切り取りました……」

「ありがとうフー。助かった」

「あっ……そのっ………はい………」

「これで人数分切り取ったな?」

「そ、そうですね。ハーピーさん、アラクネさん、ラミアさん、パールさん、私、そして藍晶様。全員分です」



「のう? お主ら3人がかりよりも2人の方が早いのもおかしいものじゃ」



「だ、だって藍晶様! この子が邪魔するから!」

「何言ってんのよ! 悪いのはミュエルの方でしょ!」

「いいえ! 巣に突っ込んでくるルドアが悪い! ハーピーの癖に飛ぶのがへたってどういうことよ!!」

「それを言ったら巣を張るのが面倒なアラクネってのもおかしいじゃない!!」

「あなたがいつもいつも引っかかるからでしょ!! その度に私は巣を壊さなくちゃいけないの!」

「あ、あの……2人とも少し落ち着いて……」


「「トリシャは黙ってて!!」」

「ひうっ!」



「なんだ? まだ終わっていないのか?」

「あ、パール! どうにかしてよこの2人!」

「放っておけ」

「あ、あの……お2人の喧嘩を…止めた方が………」

「よいのじゃ、放っておけ。どうせいつものことじゃしのぅ……」

「御二方とも諦めの境地ですね」

「元はと言えば、其方がしっかりと2人を管理していないのが悪いのじゃ!」

「え、えぇ~!?」

「のう?」

「うむ。その通りだ」

「ちょ! ちょっと!! そんな……私の責任にしないでくださいよ!!」

「ビタンビタンと尻尾を打ち付けるでない。近所迷惑じゃ」

「そうだ。イリスに迷惑だ!」

「く、くぅうう!! 納得いかないわ!!」



「ト、トリシャさん…… 落ち着いてください……… わ、私はトリシャさんが悪いって…思いませんし………」

「フーちゃん………!」

「きゃっ!?」

「ありがとぉおおおッ!! フーちゃんはサキュバスの中のサキュバスよぉおおお!!」

「く、苦しい………! い、息が………!」

「うわぁあああああん!!」


「凄いのう! 野生の大蛇はああやって獲物を絞め殺すらしいぞ!」

「ラミアもそうだろう。やはりどんなに平和主義者でも本能には逆らえんか」

「れ、冷静に…分析してないで………は、早く…………」

「仕方ないのぅ…… これ、トリシャ。其方はフーを絞め殺す気か?」

「あっ………」

「むぎゅ……!」

「あ、あっははは……ごめんね? 大丈夫? 生きてる?」

「ぎ、ぎりぎり……… ケホッ…!」





「あっ! ちょっとトリシャ!! なに遊んでるの!?」

「へ?」

「そうよ。そんな所でサボってないで早く私とルドアを手伝いなさい」

「ちょ、ちょっと! 元はと言えばあなた達が喧嘩してたのが」

「「言い訳しない!!」」



「う………り、理不尽よぉおおお!!!」



「ト、トリシャさん! ファイト!」

「早く片付けてくれ」

「ほれほれ、さっさと行かぬか」









「はぁ、全部終わったか………」


皆の助けがあって、ビストルが置いて行った大量の肉は全てが切り落とし終えた

手伝ってくれたルドア、ミュエル、トリシャ、フー、そして藍晶それぞれに少なくない量を分け、それでも大量に残ったものは渓谷内の住人に分けた

大量の肉は藍晶の自慢の尻尾によって軽々と持ち上げられ、持ち運びには不便はなかった

そして夜の帳も落ちた頃、クタクタに疲れてやっと家に戻ってきたのだった

「イリス、帰ってきたぞ」

「…………………………」

今朝置いて行った食事が多少減っている

やはり、死なない程度の食事は摂っているのか………

今は大丈夫…でも………しかし………このままでは……いずれ……



「どうだ? 美味しかったか?」

「…………………………」

「今日はいろいろあったぞ。朝早くからティユールが様子を見に来てくれてな。そうそう! リエールがレモンの蜜漬けを持って来てくれた! 後で食べよう!」

「…………………………」

「昼過ぎにはビストルとテルニが来てくれてな、沢山の肉と魚を頂いた。今日の晩御飯だ!」

「…………………………」

「さっきまではその肉を解体するために、ルドアとミュエルとトリシャとフーと藍晶が来てくれた」

「…………………………」

「ルドアとミュエルは相変わらずケンカばかりでな。トリシャももう少しキチンと管理してくれればよいのだが」

「………………………………」

「…………………………」

「………………………………」

「……………………なぁ、イリス」

「………………………………」

「………………料理、作ってこよう。少し待っていてくれ」

「………………………………」



そしてまた、夜が明けた







「イリス! 今日は沢山料理があるぞ! さぁ食え!!」

「…………………………」

「この猪肉は凄いぞ! なにせ全く臭みがない! 柔らかいしかと言って脂っぽくもない!」

「…………………………」

「そうそう、今日の晩御飯は魚の予定だぞ! 今日はなんと、私が魚を釣ってくるんだ!」

「…………………………」

「以前イリスは魚釣り大会で優勝したのだろう? 凄いじゃないか! 流石は私の妹だ!」

「…………………………」

「その栄光にあやかる意味も込めて、今日はその大会の優勝商品の釣竿で魚を釣りに行く! 貸してもらうぞイリス!!」

「…………………………」

「それではな! 姉の帰りを心して待つがよい! はっははははは!!」

「…………………………」

「では行ってくる!!」






「…………………はぁ……」

今日もダメか………

どんなに明るく振舞っても、道化を演じてもだ………

最愛の妹を笑顔に出来ない…………

「……………イリス……お前はどうしたら………私にはもう……どうすればいいのか………!」

家にノック音が響いた

「誰だろうか………」

玄関を開けた

「おはよう。今日は気持ちのいい朝だね」

「なんだ、テュルか」

テュルコアーズ、通称テュル

この渓谷で科学者をしている人狼の少年だ



「なんだとはあんまりなご挨拶ではないかね?」

「いや、済まない………」

「こちらも済まなかった。なにせ最近あまり寝ていなくてね、少し苛立っているようだ」

テュルは少し微笑んだ

「イリスはいるかね? 少し話がしたい」

「いるにはいるが……とても会話出来るような状態では……」

「それでもいい。どうしても直接伝えたいことがあるのだよ」

これには少し思案したが

「分かった。イリスはそこの部屋にいる」

「ありがとう。お邪魔しよう」

テュルは私が指差した部屋に入った

その後に私も続く

「イリス君、久しぶりだね。テュルだ」

「…………………………」

「返事はしなくていいから聞いてくれ。先日、君が持って来てくれた爆弾付きの首輪の件なのだが」

「……………………ッ……」

イリスはその言葉に多少の反応を示した



「君は恐らく私に、あの首輪の安全な取り外し方を調べて貰おうと思ったのだろう?」

あの時イリスは、大金を出し惜しみなく使い、未使用の首輪を5つも買った

あの時の私にはイリスがなぜそんな事をしたのか分からなかったが……

恐らくはこういう事だったのだろう

「あくまでも私の想像だがね。しかしイリス君の事だ、恐らく間違ってはいないだろう」

そうでなければ、とテュルは続ける

「カルディナルを首輪を付けて飼ってみたい、と考えていたのかもしれんがね」

「テュル!!」

イリスの前でそれは……!!

「済まない、冗談だ。聞き流してくれ」

「…………………………」

「そんなつまらん冗談を言う為にここに来たと言うのか貴様は!」

「違う違う、ここからが本題だ」

テュルはイリスに向き直った

「あの首輪を調べてみたところ、途轍もなく複雑で高度な仕掛けが多数あった。恐らくこの世界に現存するものの中で最も高度なものだ」

「…………………………」

「あれは我々科学者にとって、無二唯一の宝だ。あの小さな兵器には無限の可能性が込められている。とても現代の科学では説明出来ない」

「…………………………」

「つまり貴様はなにが言いたいと言うんだ!」




「異世界だ」





「……なに…………?」

何をいっているんだ……この人狼は……?

「このテクノロジーは異世界から来た、そうとしか考える事は出来ん」



「は、はは………な、なにを言って……」

「更に言うならば、このテクノロジーを持ち込んだ人物……Dr.クルヴェット、彼は異世界人だ」

「い、異世界……人………?」

「…………………………」

「あくまでも仮定ではある。それに異世界と一言で言ってもいろいろある。別次元か、それとも別の星か。そうとでも考えなければ辻褄が合わないのだよ」

「そんな事が…………」

「それとな、イリス君。私がここまであの首輪の事を理解できているというのはどういう事か分かるかね?」

「…………………………」

「喜びたまえ! あの首輪を安全に取り外す事ができるようになった!」

「……………………ッ……!」

イリスの瞳がわずかに揺れた

「そ、それは本当か!?」

「もちろんだよ。多少時間はかかるが確実な方法だ。いずれは全てのエルフから首輪を取り外せる」

「やった……やったぞイリス!! お前の機転がエルフ達の事を救ったんだ!!」

「…………………………」

ほんの少しの反応を示しただけで表情のない顔だ

だが私にはイリスが喜んでいるように感じた



「ありとあらゆるテクノロジーの解明は不謹慎かもしれんが非常に参考になったよ。その礼をさせてくれ」

テュルはそう言ってイリスに頭を下げた

「こちらこそ礼をさせてもらう。イリスの願いを叶えてくれた事、感謝する」


そしてテュルは帰って行った

後に残されたのはイリスと私の2人だ………


「よかったな、イリス。これで皆は……エルフ達はもう安心だ」

「…………………………」

「イリスも安心しただろう? 本当に……よかった……!」

「…………………………」

「…………………釣り、行ってくる」


ダメか

これでもまだ……ダメか………



一体イリスは……いつになったら笑顔を……………













「お邪魔するよ」

「な、なっ!?」



その声の主は、まるで始めからそこにいたかのようにそこにいた…………

少し文脈がおかしいかも知れんが、それ以外に妥当な表現が見つからない


「久しぶりだね、パールさん。そしてイリスちゃん」

「グラフィット!!」

此奴は……今の今まで……どこに!!

「怒らないでよ。今の今までずっとカルディナルの行方を探ってたんだから」

「…………………ッ!!」

イリスが今までで最大級の反応を示した

「それで! いたのか!? カルディナルは今どこにいる!?」

「カルディナルは今、闇の中にいる」

「………はぁ?」

急に何を言い出すこいつは?

「そしてカルディナルを闇の中から救い出せるのは君しかいない、イリスちゃん!」

「…………………………っ……」

「もしも……君に、カルディナルの全てを受け入れる覚悟があるならば……僕と一緒に来てくれないか?」

「待て、イリスをどこへ連れて行くつもりだ」

「それは言えない。でも今からイリスちゃんに見てもらうのは……カルディナルという一人の魔族の根幹の部分だ」

「………意味がよく分からんぞ?」



「もしイリスちゃんがもう二度とカルディナルに会いたくない、もしくはこれから見せるカルディナルの根幹を見たくないのならば……僕はここを去る、そして二度と君たちの前に姿を表さないことを約束しよう」

グラフィットは本気だ

この顔をした人物には、今まで何度か出会った事がある

この顔は……覚悟を決めた顔だ

それも生半可ではない、自らの命をも投げ出す覚悟をだ

「カルディナルとノアールは僕が絶対に止めてみせる。それは約束する。なんなら君たちのカルディナルとノアールについての記憶を全て消してもいい」

「グラフィット……本気か? 以前貴様は言っていただろう、僕じゃカルディナルには勝てないと」

「それでもだよ。どんな卑怯な手を使ってでも、どれほどにこの両手を血に染めようとも、必ず止めてみせる!」

グラフィットはそこで一息をつくと

「明日までに決めておいてくれ。これはとても辛い選択かも知れない。イリスちゃんは僕たちの戦争に巻き込まれる必要は本来はないんだから」

そして立ち去ろうとしたグラフィットだったが……

不意に足が止まった

「イリスちゃん?」

見るとイリスが……グラフィットのローブを掴んでいたのだ

「…………………………」

「…………………………」

……………ふふ、なるほど

「まさか……カルディナルを救い出してくれるのかい?」

「…………………………」

「カルディナルの全てを受け入れる覚悟は本当にあるのか!? ここで安易に決断した事を後悔するかも知れないんだよ!?」

「…………………………」

「無駄だ、イリスの目を見ろ。もうイリスには、全ての覚悟は出来ている」

まさか……こんなにも連続してこの顔を見る事になろうとはな………

それにだ………

恐らくは、今の私も同じ表情をしているに違いない





「勿論私はイリスについて行くぞ」

「パールさん!」

「私の命はイリスの為にある。イリスがカルディナルの為にその身を投じようというならば、私はそれに従うのみだ」

グラフィットは私の顔を見て、イリスの顔を見て、そして最後にもう一度私の顔を見た

「は、はは………そうか」

「なんだ?」

「カルディナルがなぜイリスちゃんに惹かれたのか、分かった気がするよ………………」

「カルディナルが惹かれたのは当然だ! なにせ私の妹なのだからな!!」

「はは、そうだね」

そしてグラフィットは私の腕を徐に掴んだ




「飛ぶよ」










一瞬の内に景色が変化した

今までいた丸太で作られた家の風景からは一変、周りが木々に囲まれている

ここは………どこだ…………?



「ここはレグホーン大陸の遥か南に位置するエクリュ大陸。そしてここはその中心に位置する深い樹海の中さ」

私の心を読んだようにグラフィットは言った

「そして………その後ろ……見てよ」

グラフィットの指差すのは私の背後だ

ゆっくりと振り返り……そして…………



「なんだ……?」

森の中にポツンとあったのは、巨大な廃墟だ…………

白いレンガ作りの建物で、6階建てはあるだろう

私の前にあるポッカリと開いた穴は恐らく建物の入り口だ

その昔は、非常に人の出入りが多かったであろう巨大な入り口

しかし今は、風や虫以外の侵入者はいないのだろう、中はすっかりと荒れ果てていた

レンガにはツタが絡みついていて、白い面よりもツタの面の方が多い


「ここには久しぶりにくるね」

感慨深そうにグラフィットが口を開いた

「この中に……僕とノアールと……カルディナルの全てが……詰まっている」



グラフィットは『着いて来て』と言うと建物の中に入って行ってしまった

イリスはその後ろをピッタリと着いて行き、私はその後ろをさらに着いて行く

階段を登り、そして降り

所々穴が空いている地面に落ちないように注意しながらドンドンと奥へ進んで行った

しかし、不意にグラフィットが立ち止まる


「ここだね」

「ここがどうかしたか?」

一見すると何もないように見えるが……?

「ほら、ここ見てみてよ。地面に小さな切れ込みがあるだろう?」

グラフィットに言われて注意深く見てみると、なるほど確かに何かある

「ここに魔力を当てると……」

「なっ! なんだこれは……!」

グラフィットがそう言って手をかざすと、その切れ込みから眩い紫色の輝きが溢れ出た

そしてズズズ、と重々しい物体が動く音……… そして小さな振動

なんだ………? 切れ込みが…だんだん広がって…………?



「こ、これは………?」

「そう。ここがこの建造物の最奥部に続く地下への階段さ」

階段の先は真っ暗闇だ

二段先すら見えない

「松明がある。火打ち石で着けるのは面倒だから火炎魔術を唱えてもらってもいいかい?」

「わ、分かった。شضغب!」

松明に火をつけた

「さぁ、行こう」



階段を一段降りるたびに、コツコツと足音が響く

私とイリスとグラフィットの3人しかいない暗闇……

まだ終わらないのかこの階段は?

まるでこの世界には私たち3人しか存在しないのではないか、と思い込んでしまいそうだ



「着いたよ。最奥部だ」

「やっとか……」

長い時間をかけてやっと降り切ったその先は………

「扉?」

001と書かれた扉が存在していた

「うん。そしてほら、あっちを見てごらん」

「これは……廊下か?」

扉の横には暗闇が存在するのみ…

つまり壁が存在しないのだ




「そうさ。そしてこの先にまだ扉がある。行くよ」

「ま、待ってくれ!」

慌ててグラフィットに着いて行く

こんな真っ暗闇の中に独りぼっちにされるのは死んでも御免だ!!






30mほど歩いた所で、左側に002と書かれた扉があった

しかしグラフィットは、その扉に見向きもせずにドンドン先に進んで行ってしまう

その後もほぼ等間隔に扉があり、その数字も一つ一つ増えて行った



しかしどんなに歩いても、グラフィットは歩みを止めない



「おい、まだか……?」

「あと少しだよ」

一抹の不安を拭えずに聞く

既に扉の番号は082番まできている



そしてついに


「ここさ」

グラフィットは103と書かれた部屋の前で歩みを止めた

「ここは……?」

「入れば分かるよ」

グラフィットがドアを押すと、重苦しい金属製の扉は軋むような音を立ててゆっくりと開いて行った

最初にグラフィットが部屋に入り、そのあとをイリスが続き、最後に私が入る

そしてまず目に飛び込んできたのは

「な!? し、死体!?」

既に白骨化している人間のものと思われる死体だった

もうボロボロになってしまっているが、辛うじて白衣と思われる服を身につけていた事が分かる



「…………………………」

「グラフィット?」

グラフィットは無造作に転がっている白骨死体のそばに屈み


「…………お久しぶりです……セピアさん」


そうポツリと呟いた


「グラフィット……お前はこの人を知っているのか!?」


「うん。彼女はセピア。この名も無き研究所の職員だよ。そして…………」





そこで大きく息を吸い込んだ





「カルディナルの母親であり姉であり、唯一の味方であり憎むべき存在でもあり名付け親でもあり………」









「そして………カルディナルが初めて殺した人物でもある」



「記憶は生者だけのものじゃない。死者も記憶は持っている。そして僕は……それをこの世に顕現させる事ができる」


グラフィットの掌から放たれる光が強くなって行く

そしてそれは次第に白骨死体を取り囲んで行き………




「そしてこれが………カルディナルという魔族の成り立ちだ」







瞬間、世界が渦に巻き込まれた




周りの空間が歪み、捻れ、煙のように現れては消え………











そして世界は反転した













『本日、この研究所に務める事になったセピアです!! よろしくお願いします!!』


私の名前はセピア

小さい頃から勉強が大好きで、ずっと研究とか実験とかに関わる仕事をしたいと思っていた

そして今日はその夢が叶う日だ!

『よろしく。元気がいいねぇ』

『ありがとうございます!』

『はは、そんなに畏まらなくてもいいさ』

目の前にいる私の直属の上司は、爽やかに笑いながら私の緊張を解してくれる

30代半ばだろうか、メガネ姿がにあっている短髪の男性だ

『僕の事は先輩と呼んでくれ! 僕は君をセピアさんって呼んでもいいかな?』

『も、もちろんです! べ、別にさん付けじゃなくても呼び捨てで全然いいです!!』

『人を呼び捨てにする事は慣れてなくてね、セピアさんって呼ぶからね? 分かった?』

『も、もちろんです! これからお願いします先輩!!』

『ああ、これからよろしく!』

そして先輩が差し出してきた手に握手をした

先輩の手は、その優しさを表すかのように優しかった

『それじゃあ早速、君の仕事場に案内する。これはとっても重要な仕事だから心してかかってくれよ?』

『は、はい! そんな仕事をさせて頂けて光栄です!!』





(な、なんだこれは!?)

(これがあの死体の生前の記憶さ。彼女はこの研究所に務める事になったんだ)

(…………………………)

(イリスちゃん)

(…………………………)

(この先なにが起ころうとも……決して目を逸らしてはいけないよ?)

(…………………………)

(ほら、2人が地下に向けて歩き出した。僕たちも後を着いて行こう)



『あの、先輩……?』

『どうした?』

『この、地下の廊下……すごく長くないですか?』

ただでさえ長い階段を下り切った後なのにまた歩かされるなんて……

もうへとへと………………

『そうだねぇ…… 確か今は145号まであったかな?』

『145もですか!?』

どれだけ長いの、この廊下!?

『でも灯りはいつでも灯ってるから暗くはないでしょ?』

『そ、それはそうですけど……』

こんな長い殺風景な廊下を一人で歩く事を想像したら………少し怖い

せめて壁を白塗りにするんじゃなくて、カラフルにすればいいと思うんだけどなぁ………

『ここだ』

『103号……ですか?』

『そう。君にはこの中にいる103番の世話係を頼みたい』

え?

『えぇえええッ!?』

『どうした?』

『い、いや!? えっと……世話係…ですか?』

『ああ。とても重要な仕事だ』

世話係って!? えぇ!?

大体……なんで!? 私……なにも知らされてない!!

『今日は挨拶だけだよ。中にいる彼については、後で事細かに説明しよう』

そして先輩は扉を開けた









(…………なっ!? これは……)

(…………………………ッ!!)

(……………2人とも、分かったかい?)






殺風景な部屋に一つの机と椅子が存在した

壁は白塗り、天井には電灯があり眩しいくらいに明るい

でも……そんな事よりもまず初めに目に入ってくるのは……



鉄格子



牢屋と部屋とを隔てる巨大な黒い鉄格子が………あった



そして


その中には一人の少年が椅子に座っていた

年は10歳くらいかな?

まだあどけなさが残る……可愛い顔立ちの少年だ

特徴的なのは、その漆黒色に染まった長髪

そしてそれに負けないくらいに深い闇色に染まっている瞳だ


『あっ! ぶちょーじゃねぇか!! やっと来やがったな!!』

少年は先輩の姿を確認するや否や、鉄格子に手を当てて喜色満面でそう言った


『あれ? お前は誰だよ?』






そしてこれが………

私セピアと

この研究所で、遺伝子改良の末に作られた魔物

生物兵器103番との


初めての出会いだった



ここまでです


久々に書くキャラの口調とか忘れてます



第10章 2話


【行動原理】




『驚いたかい?』

『そりゃ驚きますよ!』


私達はあの地下室から再び上へ戻ってきた

今は紅茶を手に、向かい合って座っている

『先輩、一から説明して頂けますか?』

『勿論だよ。う~ん、まずはどこから説明しようか…………』

先輩はそう言いながら立ち上がり、本棚をゴソゴソと漁り始めた

『あった、これこれ。ほら、これを見てくれ』

『はい………これは地図ですか? それにここの赤丸は?』

多分ここから遥か西にある大陸だと思うけど……

『この地にはね、遥か大昔ある化け物が住んでいたんだ。既に骨も発見されている』

『化け物……ですか?』

『ああ。そいつは様々な能力と強い残虐性を持っていたと推測されている。そしてそいつはその地にいる生物を皆殺しにしたとも言われてるんだ! もう絶滅してしまったけれどね!』

先輩は新しい発見をした子供のように興奮した面持ちでそう言ってくる



『そ、それがなにか……?』

『僕たちの研究は、その化け物をもう一度この世に作り出す事なんだ!』

『は、はぁ!? 本気ですか!?』

はっ! いけない!!

『ご、ごめんなさい先輩! 失礼な発言を……!!』

『いいや、気にしてないさ。誰でも最初はそう言うからね』

にこやかにそう返してくれた

『それにもう一度作り出すと言ったけどね、なにもそのまま作り出そうって言うわけじゃない』

そして先輩はもう一冊の本を机に置いた

いや、本じゃない……ノートだ……

『僕の研究によるとね、生物の血液にはその生物の情報を込めた物質があるという事が明らかになってる』

血液に……情報……?

『例えば犬の血には犬の情報、猫には猫の、そして人には人の情報がある』

『ほ、本当ですか!?』

『ああ。勿論だ』

そして、と先輩は続けた

『それじゃあもしも……もしもだよ? その化け物の血と人間の血が混ざった生物が産まれたら……どうなると思う?』

『え………?』

化け物の血と人間の血を………混ぜる…………?

ま、まさかっ!?

『せ、先輩!! それじゃあまさかあの少年は!!』

『ご名答! 103番にはその化け物の血と人間の……僕の血が混ざってる。化け物の血が発見できたのは本当に幸いだった!』



そ、そんな事が………!!

『だから化け物のような比類無き強さ、そして人間のような高い知性。これを併せ持った生物が産まれた』

『…………………』

私はその、途轍もなく素晴らしい研究に一瞬で心を奪われた

これは……人類にとってこれ以上ないくらいの研究だ!!

『今まで何度か研究や実験を行った結果、103番には炎、水、風、氷などを操る能力がある事が分かっている』

『それは俗に言う、火遁の術や水遁の術という事ですか?』

『いや、103番はこれらの事を火炎魔術とか水撃魔術と呼んでいる』

『彼の方から名前を言ったんですか?』

『ああ。やはり化け物の血を引いているだけの事はある。既に103番には自分の使える能力が分かっている。言い換えるならば、既に血に情報が組み込まれているんだ』

『な、なるほど……………』

『本能、という奴さ』

先輩はそこまで言ってから、ティーカップを手にした

『そしてここからが本題だ。さっきも言ったように、セピアさんにはこれから103番の世話役を頼みたい』

『それは……どのような事をすればいいのでしょうか?』

『難しく考えなくていい。要は話し相手になってあげればいいだけだ』

『そ、それだけですか……?』

少し物足りないんだけど………

『そしてその日の内容をメモに取ってくれればいい』

『内容とは?』

『どんな事でもいいさ。103番の好きなものや嫌いなもの、どんな話に興味を持ったか、とかさ』

少し研究っぽい!!

あっ! でも!!



『あ、あの………もしかしてあの少年……襲いかかって来たりしませんよね………?』

なにせ化け物の血を引いているんだから!

もし襲われたら私なんか一溜まりもない!!

『可能性は無いとは言えない。でも103番を作ってから3年、一度も襲われた事は無いよ』

『さ、3年……ですか……!?』

『ああ、103番は成長が人間よりも全然早い。その分知能の向上も早い』

これも化け物の血を引いているのが原因?

『恐らく一度仲良くなってしまえば、103番が君を襲う事は無い。第一に103番は鉄格子の中だ。なにも案ずる事はないさ』

『な、なるほど……』

『それでどうだい? やってくれるか?』

安全と言うならば、私に断る理由は何一つ無い

『やります!!』

『ありがとう!』

先輩は笑って私の手を握りしめて来た

『これからしばらくの間よろしく頼む!』

『はい!!』

不安だけど……でもっ!

ワクワクが止まらない!!








(こうして彼女はカルディナルの世話役になった)

(……カルディナルが………人間の血を引いている……だと…?)

(そりゃそうさ。僕もカルディナルも、魔族なのに外見は人間と全く変わりないでしょ?)

(い、言われてみれば………しかしまさか…………)

(……………………………………)

(イリスちゃん。君は今なにを思う?)

(……………………………)

(………………どうやらまだ答えは出ないみたいだね。まぁ、まだ序の口だし)

(……カルディナル……………)

(おや、どうやらセピアさんが103号についたみたいだね)





手に持っているリングにはめられている2つの鍵

一つはこの部屋の鍵

そしてもう一つは鉄格子の鍵


深呼吸してっと………


よし行くぞ!!



『入りま~す………』

しょ、正直とっても緊張する……!



『………誰…って、さっきの人か……』

『ど、どうも………』

103番……いえ、少年は私の事を怪訝そうな顔で見てきた

『ところであんたは誰なんだ? さっきはなにも喋らなかったし』

『え、え~っとね…………』

落ち着けセピア!

心を深呼吸させろ! ゆっくりと無になれ!!

……………って逆よ!!

ダメだ! 落ち着け! 本当に落ち着け!!

すぅーはぁーすぅーはぁー


よし! さっき考えて来たセリフの出番だ!!


『初めまして。私の名前はセピアよ。今日から貴方の話し相手をする事になったの。よろしくね!』


よ、よし言えた!!

『初めましてって……さっき会ったじゃん。そっちが一方的に無視したけれど………』

『あ、あらそうだったっけ……? た、多分緊張してたから……あっははは!』

ま、マズイ!

私の第一印象、悪すぎ!?

『少し落ち着いたら? 見てるこっちがハラハラするんだけど?』

『ごごごごめんにぇ!! わ、わたひはだいじょぶだから!!』

『噛みまくりじゃん! 少しどころじゃなくて物凄く落ち着いて!!』

やばいって! 私、物凄く焦ってる!!



『ほ、ほら……そこにある椅子に座ってよ、な?』

『そ、そうね!!』

そのパイプ椅子は、さっき座っていたふかふかの椅子に比べたら物凄く硬くて座り心地が悪かった


『落ち着いた?』

『ま、まぁね………』

うぅ……私ったら、この少年に心配されちゃってる………

私の方が20歳も年上なのに………

『つまりあんたが俺の退屈を忘れさせてくれるってことでしょ?』

『退屈?』

『そう。こんな狭っ苦しい部屋の更に狭っ苦しい檻の中に閉じ込められてるから。これで楽しい訳がないでしょ?』

『ずっとここにいるの?』

『気付いた時にはここにいた。この狭い空間が俺の世界の全て。この何も無い檻の中だけが……』

少年は両手を広げてそう言う

『ま、辛うじて檻の中にトイレはあるけど』

『そ、そう……』

『……昔俺を捨てた親とやらに文句の一つでも言ってやりたいな』

この少年に自身の出生の秘密は言っていないと先輩から聞いた

自分が作られた生物と知ったら、彼はどんな反応を示すのだろう……

『まぁいいさ。そんな退屈も今日でおしまい。そうでしょ?』

『う、うん』

『よろしく頼むよ。セピア』

少年は鉄格子の隙間から手を差し出して来た

だから私も

『うん。これからよろしく!』

力強くその手を握り返した






その日から私の観察が始まった



まず分かったこと

少年は好奇心が旺盛だ



『これが犬、これが猫。こっちのは鳥よ』

『へぇ! 俺たちと全然形が違う! こんな体勢でどうやって生活してるの!?』

『彼らはね、四足歩行をしてるの。だから私達みたいに二本の足で立つことはできないわ』

『いや、だって……』

少年はその場に両手を付けて、四足歩行を開始した

『うわっ! 歩きにくっ!?』

『こら! 汚いからやめなさい!』

『大丈夫だってこれくらい!』

『やめないともう新しい本を持ってこないわよ!』

『う、うわわわっ…… ごめんごめん!!』

全くもう………

『許してくれよ、可愛いセピアさん! なっ?』

『……ふっ、まったくもう』

怒るのも馬鹿らしいわね、ふふふ

『明日は魚の本を持ってくるわね。この本は君にあげる』



『マジで!? セピアさん最高! もうマジ愛してる!!』

『子どもに告白されてもなぁ……』

『うん? それじゃあ誰になら告白されたい?』

『はっ、えっ!?』

い、いきなりなによ!!

『ほれほれ、意中の人はいらっしゃるんですか~?』

『そ、そんな人いないって!』

急に下世話な顔になった!

『本当に~? ほれほれ、お兄さんにだけ教えてよぉ~?』

『だからいません!!』

『ふーん………なるほど』

『なによ?』

『これは完全に行き遅れる典型れーーー』

『うるさぁあああい!!』

カチーンと来たわよ!!

『もう帰る!! またね!!』

『ちょ、ちょっと!! 本は置いて行ってよ! おーいッ!! カムバーック!!』







次に分かったこと

苦いものは苦手みたい




『なぁなぁ、今セピアが飲んでるものってなに?』

『これ? コーヒーっていう飲み物よ』

『ふーん』

凄く興味津々に見てるわね

『飲んでみる?』

『いいの!?』

新しいカップにコーヒーを作って淹れてあげた

『はい』

『サンキュー!』

さぁ、この子の感想は……!?



『ぶふぅうぅうううッ!!』

『きゃあぁああぁああッ!!』


は、吐き出した!! 急に私に吹きかけて来た!!



『な、何するのよ!!』

『なにこれ!? 苦ッ!! 毒なんでしょこれ!!』

『違うわよ! コーヒー!! 飲み物よ飲み物!!』

『嘘だって! きっとセピアは俺を暗殺しようとしたに違いない!!』

『そんなわけあるかー!!』

『ケホッ! もうこんなもん飲まない! 金輪際!』

『それはいいんだけど……ねぇ?』

『ん?』

『私になにか言うことは無いのかしらぁ~?』

今の私の状況

髪の毛からは黒い液体が滴り落ち

清潔にしていた真っ白な白衣には真っ黒いシミが点々

そして恐らく……

『せ、セピア…さん………?』

非常に怒った……ブチ切れた笑みを浮かべているでしょうね………


『すみませんでした! もうしません! 許してくださぁい!!』


土下座なんてどこで覚えたのかしらねぇ……?







『あの、先輩。こんな取り留めの無い事ばかりですけど、本当にいいんですか?』

『もちろん! 103番、さらには化け物を知る上でとても重要なことさ!』

今日私が取ったメモをパラパラと捲りながら、先輩は言った

『例えばだね、僕は苦いものが好きだ。でも103番は苦いものが嫌い。つまり、化け物も苦いものが苦手だったのではないかと憶測できるわけさ!』

なるほど……そういうものなのかしら………

『引き続いて103番の管理を頼むよ』

『はい。それと、あの………』

『うん?』

『彼には…その……名前はあるんでしょうか……?』

『ん? 103番というのが名前だが?』

先輩は少年を事務的に“103番”と呼ぶ

それに少し違和感を感じていた

彼は先輩の事を“ぶちょー”と呼んで非常に慕っている

しかし先輩の方は逆に、彼とは距離を取っているように思えて仕方ない

現に、私が彼の会話を担当するようになってから、先輩はただの一度も103号に足を運んでいない



『いえ、そうではなくて……』

『もしかして、103番が名前を欲しがったりしたのかい?』

『い、いえ……』

『するとなんだい? まさか君が103番に名前を付けてあげたいと思ったのかい?』


その言い方に少しゾクっとした

だって先輩は、まるで私がおかしい事を発言したかのような反応をしたからだ

『ま、まぁ……そうです…… だって名前を呼ぶ時に少し不便ですし……』

『103番と呼べばいいだろう』

『いや、それでは少し味気ないと言うか…事務的すぎると言うか………』

『…………セピアさん。勘違いしているようだから正してあげるけどね』

先輩は私に言い聞かせるように言って来た

『103番はあくまで実験対象なんだ。変に感情移入すべきじゃない』

『は、はい…………』

『でも………』

と、先輩は続けた


『103番の管理は君に任せてある。もしも君が名前が必要だと思ったならば、君がつけてあげるといい』

『え? いいんですか!?』

『だだし! 余計な感情移入は禁止だ。いいかい?』

やっぱり先輩は優しいんだ!

『ありがとうございます先輩!!』




それじゃあ早速彼の名前を決めなきゃ!

う~ん、どうしよう! あっ、私の部屋にある本を参考にしよっ!!







すーはー………よし、落ち着いた!

今日は彼に名前をつけてあげる日!

もし気に入らないとか言われたらどうしよう………ううん、大丈夫!

一生懸命考えたんだもの!!

よしっ! 予め用意しておいたセリフの出番よ!!

『そう言えば貴方って名前が無いの?』

そう少年に問いかける

大丈夫! 完璧な演技のはず!!

『………いきなりなに? それも急に“貴方”だなんて二人称使ってさ?』

し、しまった!! 大失敗だ!

文章に書いた時に貴方って書いたから! 間違えた!!

う、ううん! でもここまで来たらこのままごり押しするしかない!!

『おーい? ……まぁいいか。俺には名前はないよ。生まれた時からぶちょーにだって103番としか呼ばれたことはないし』

そう語った時の少年の表情が悲しそうだったのは、多分私の勘違いではないだろう

『それじゃあ不便だから私がつけてあげる!』

『セピアがぁ?』

む、なによその目!

ちゃんといい名前考えて来たんだから!!



『えっとね、カルディナルっていうのはどう?』

『カルディナル?』

そう! 私がある文献で見つけた言葉

『ある地域で漆黒っていう意味の言葉なの! その綺麗な髪の毛や瞳にピッタリだと思う!』

これは本心だ

この少年の綺麗な髪の毛、そして濁りの無い漆黒に染まった瞳

全てにマッチしてると思っている

『…………………………』

でもあれ?

なにも言わないケド………

『あ、あれぇ? もしかして気に入らなかったり……?』

『いや、そういうわけじゃないよ……』

少年は自分の長い髪をクルクルと指で弄りながら言った

『この髪の毛、綺麗かな?』

『はぁ?』

『いや、こんなドス黒い髪が本当に綺麗かって思ってさ……』

あら? 変なところ気にしてるのね?

『………………う~ん、改めて聞かれると返答に困るかもね』

『……………………………』

『冗談よ!!』

お、落ち込みすぎでしょ!



『冗談……?』

『当たり前じゃない。私が綺麗だって思ったのは本当のことなんだから。艶があって若々しくて本当に綺麗だと思う』

『そ、そう………?』

『うん』

だって私なんかよりも全然艶があるし

『それにそんな風に髪を長く伸ばせるのが羨ましいわね』

『そっちだって伸ばせばいいじゃん』

『癖が出ちゃうから伸ばせないの。だから本当に羨ましい』

『ふ~ん………』

少年はしばらく何かを考え込んでいたけれど

『うん、分かった。カルディナル、気に入った』

『ほ、本当!?』

『ああ。これから俺はカルディナルだ』

やった!

私のセンスも捨てたもんじゃない!!

『これからよろしくね、カルディナル!』

『おう!!』

あはは、やっぱりこの少年は人間と全然変わらないわ

化け物なんかにこんな素晴らしい笑顔が出来て溜まるもんですか!







『ねえ、カルディナル。外に出たくはない?』

『へ?』

『外よ。この檻の、この部屋の、そしてこの建物の外よ!』

『それって………いいのか?』

『ええ。私に感謝しなさい! スッゴク頼み込んだんだから!』

先輩や他の研究員の方々はカルディナルを外に出すことには反対していた

でもカルディナルの記録を取る上で非常に重要だと私が丸め込んだ!

だから今日はカルディナルに外出許可が下りた!

『ほ、本当に!?』

『本当よ。本物の空や土を見れるのよ』

『太陽はあるか!?』

『今日はいい天気だから太陽も出てるわよ』

『月は!?』

『夜にならないとダメよ』

『あ、そっか……… へへっ』

カルディナルはポリポリと頭をかいて、恥ずかしそうに笑みを浮かべた

『それじゃあ鍵を開けるわ』

輪にはまっている二本のうち、今まで一度も使わなかった鍵を手に取る

鉄格子にしてあった南京錠にそれを差し込み軽く回転を加える






カチャリ…………




そして私はゆっくりと扉を開いた

『で、出るよ………』

カルディナルは緊張の面持ちで扉を抜け出た

そして徐に机に手を置いた


『どうしたの?』

『……………いや、ずっとこの机を見てはいたけれど……触ったことはなかったから…… ははっ』

嬉しさのあまりウズウズしている様が、カルディナルの全身から伝わってくる

今にも叫び出すんじゃないかしら?

『それじゃあ外に行きましょう!』

『よっしゃあ!!』







建物から外に出てからのカルディナルのはしゃぎ様は凄かった

『す、すっげぇー!! コレが木か!? そんでもってコレが土だよな!?』

『ええ、そうよ』

『うっひゃあ!! なんか俺今押されたぞ!! なんだよ今のは!?』

『今のは風よ』

『これが風か! すっげぇ!! ひゃっほぉー!!』

『あっ、ちょっと! もうっ!』

カルディナルは追い風に乗って森の奥の方に走って行ってしまった

しょうがないわね、もう………





『おい』

その時、後ろに控えていた男性職員が近づいて来た

『なんですか?』

『あまり奴を遠くへ行かせるな! 逃げられたらどうする!!』

『だ、大丈夫ですよ…… カルディナルは逃げたりなんか……』

『まずそこだ。なぜ奴に名前など付けた? あんな化け物なんかに……』

ばっ、化け物って……!

『た、確かに彼は太古の魔物の血を引いてはいますが………化け物では……』

『あ?』

『…ッ……………!』

『寝ぼけたこと言ってるんじゃねぇ!! あんな化け物……俺は飼う事だって反対してんだ!! それをあの野郎が……!』

あの野郎とは恐らく先輩の事だ……

この人は昔、先輩に自らの研究の欠点を指摘された事を根に持っていると聞いた



『いっそのこと、このままクマにでも襲われて死んでくれりゃあいいんだがなぁ………』

『なっ!! なんて事を言うんーーー』

『なんか文句あんのかよテメェ!!』

『きゃぁ!!』

痛い! なんで私が押されなきゃいけないのよ!!

『いいか、何度でも言ってやるよ!! あのガキは化けもーーー』


『たっだいま!』

『……………ッ!』

『カ、カルディナル!』

やっぱり帰って来てくれた!


『……………………セピア、なんでそんなところに座ってるの?』

カルディナルの目は地面に尻餅をついている私、そしてその側に立つ男性職員へと移って行く

『もしかして……喧嘩とか……?』

『………ち、違うわよ! 私が少し躓いちゃったのよ!』

慌てて立ち上がる

『……………チッ!』

男性職員はそのまま踵を返して行った


『…………………俺、なにかいけない事とかした……?』

カルディナルは明らかに悲しそうな表情でそう私に問いかけて来た

『ち、違うわよカルディナル! 少しあの人も機嫌が悪かったみたい!』

『………………………………』

『ほら、もうすぐ帰る時間だから! さぁ、帰りましょう?』

『…………………うん』









この日から、カルディナルには安定して外出の許可が下りるようになった

先輩に訪ねたところ、逃げ出さないという事が分かったのが最も大きい要因らしい

そしてそれのお陰で、私のカルディナル観察ノートもページの消費に拍車をかけていった



ここに、そのノートの内容のいくつかを抜粋した





① 魔術

初日に先輩に聞いた通り、カルディナルは炎などを操る事が出来る

その際になにやらエネルギーを消費するようで、カルディナルはそれを“魔力”と呼んでいる

私も実際に見せてもらったけれど、手の先から炎を出したり、気に向かって水球を放つ事も出来るようだ

今までに判明しているものは炎、水、風、氷、雷が挙げられる

カルディナルの魔力が尽きてしまうとそういった術は使えなくなるらしい

しかし、一度炎を松明などに点けてしまえば、それはカルディナルの魔力とは独立して存在し続けることができる

また、カルディナルの出す水は飲み水としては使えない事が判明した

飲む事は出来るものの、喉の渇きは癒えず、むしろ増すということが判明した

また、草や木に与えると成長を阻害する効果がある


また、自らの魔力を任意の部位に集中させることで能力を一時的に強化させることが出来るようだ

例えば腕に魔力を集中させた場合、カルディナルの腕力は熊のそれに匹敵する

脚部に集中させた場合、地面からこの建物の上まで飛び上がれるほどの跳躍を見せた

これらの結果から、カルディナルがここから逃げ出すことは容易であるとの結論が出た

試しに現在カルディナルを閉じ込めている鉄格子と同じ材質の鉄棒を渡してみたところ、いとも容易く捻じ曲げてしまった

しかしこれらの能力には膨大な魔力を使用するので、多用はできない



② 五感

生物が持ち合わせている五感

味覚 聴覚 視覚 触覚 嗅覚

カルディナルも、もちろんそれらを持ち合わせている

しかしそれらが人間と同程度では無いものがあるという事が判明した



まず味覚だが、これらは人間と有意な差はなかった

強いて言うならば苦いものに拒否反応を示すというくらいだが、これは好みの問題だろう

次に聴覚だが、これは人間よりも有意に良いという結果が出た

人間には気付けない小さな物音にも反応を示し、その場所をほぼ的確に理解出来ている

視覚については、視力が人間でいうところの5.0程度である事が判明した

色の判別については人間と変わらないようである

触覚も人間と同等であり、痛覚はもちろん熱冷を感じ取る事も出来る

嗅覚においても人間と同程度である

ただやはり、苦いものには抵抗があるようだ

また、人間にとって生理的に受け付けない臭い……腐敗臭などであるが、これらにも抵抗を示した


五感については以上であるが、カルディナルにはそれ以外の受容器があるのではないかとも感じられる

所謂第六感というものだろうか……とにかく鋭い勘を持っているのだ

例えば、天気が雨になり外出できなくなった時などに、私がそれを告げるよりも前にその事を言い当てたりすることが何度かあった

カルディナル自身、それを『なんとなくそう思った』と言っていたので聴覚に頼ったものではないことは明らかだ

また、先輩の外出や私の遅刻などを言い当てることもしばしばあった

それらはカルディナルがどう足掻いても知ることのできない情報であり、適当に言ったにしては的を射すぎている


これらの事から、やはりカルディナルには人間にはない特別な何かが備わっているのではないだろうか

私にはそう思えて仕方がない



③ 知性

カルディナルの知性は生命維持の面において、非常に優秀であることが判明した

具体的に言うと、ある一つの情報を得て、それを応用し様々な事に活かすといった、生活への応用力が非常に高いのだ

例えば最近の外出時に、石を拾い集めてカマドを作りキノコや木の実を焼いて食べるという事があった

その際にカルディナルは、以前私の本から得た毒キノコや毒を持つ木の実の特徴を正確に理解し、正確に選別していた

またある時は、香味に使われる草を採取し、身体を吹いたりもしていた

のとが乾いた場合、勝手に木を切り倒してその水分を得ていた時もあった

このように、カルディナルは生命維持の面において、人間よりも遥かに優秀である

その一方で、私たちが好む勉学はあまり好きではないようだ

以前、カルディナルに勉強を教えようと試みたがすべての分野において失敗した

数学系も理科系も文学系も天文系も、全てが嫌いなようだった

この辺りは同年代の子供の特徴と一致する

やはりカルディナルもまだまだ子供であるという事なのだろうか








そして…………カルディナルという魔物を語る上で特筆しなくてはならない点が一つ存在する

それは外出から部屋に戻る時の廊下で顕著に現れた………………








『いやぁ~今日も楽しかったな!』

『そ、それは良かったわね………』

こんなに泥だらけになっておいて無邪気な子ね………

『ねぇねぇ、明日も外出できる? 明日はあの山の方へ行ってみたいんだよ!』

『山…ねぇ……… 少し遠いかも知れないわね』

『大丈夫だって! 俺はあの山までなら木の枝を飛び移って高速で行けるから!』

『それじゃあ私がついていけないじゃない!!』

『あ、そっかぁ……………』

カルディナルは少し考え込む仕草をした

そして不意に満面の笑みで顔を上げ

『それじゃあ俺がおんぶして行けばいいじゃん!!』

『は、はぁ!?』

おんぶ!?



『そうだよ! 俺ならセピアをおんぶして木々を飛び移るのなんか簡単だもん! これならいいでしょ!?』

『いや……それは………………』

多分絵面がひどいと思うわよ、それ………

『あ、でも………………』

カルディナルは私の事をジロジロと見てくる

『な、なによ………?』

『もしかしたら重量オーバーかもしれなーーー』

『明日の外出はなし!!』

『うわぁー!! 冗談!冗談だってば!!』

今更そんな事言ったってもう知らない!!

今日はもうとっととカルディナルを部屋の檻の中に押し込んで帰って寝てしまおう

『ほら、はやく部屋に帰るわよカルディナル! …………カルディナル?』

カルディナルは何故か、今歩いて来た廊下を振り向いていた

『……………カルディナル?』

『…………ねぇ、なにか声が聞こえない?』

『声?』

耳を澄ましてみるけれど

『ううん、なにも聞こえないわよ? 気のせいじゃない?』



『………………』

『早く戻りましょう。ほら』

『…………聞こえるよ、やっぱり!』

『カルディナル!?』

カルディナルは急にもと来た道を走って行ってしまった!

って! これってヤバイでしょ!?

このままじゃ私の管理不届きになっちゃう!!

『ま、待ちなさいカルディナル!! 止まって!!』

『こっち! この部屋だ!!』

カルディナルは082号の前で止まった

『おい! この部屋に誰かいるか!?』

カルディナルはドンッドンッ! と力一杯に扉を叩く

『おい! 開けろ!! チッ!』

『カルディナル! 何してるのよ!!』

『離してくれ!』

『きゃっ!』

カルディナルの腕を掴んだけれど、思いっきり振りほどかれてしまった

『おいっ! 開けろって言ってるだろ!! くそっ! 仕方ない!』

『カルディナル!? 何を!?』

『セピアは離れて!』

『え?』

『いいから!!』

『わ、分かったわ…!』

カルディナルに言われた通り、少し後ろに下がる

『こじ開けるからな! 行くぞッ!!』

『え!? ちょ、ちょっと待ちなさい!!』


『ءخيق:٦!!』



瞬間、凄まじい風が扉にぶつかったのを感じた

『………くっ! な、なんて凄い風なの……!』

あまりの勢いに閉じてしまった目を開けてみると……

『と、扉が……!』

壊れてる!? あんなに丈夫な金属の扉なのに!?


そして……その中には…………




『な、なんだお前は!!』

『実験の途中に無礼だぞ!!』

『ま、待て! まさかこいつ! 103号のあの……!!』


私と同じ研究員が3人


そして




『………ぅ………あ………あ゛……がッ…………ぁ…』




『お前ら何やってやがるッ!!』



カルディナルの動きは素早かった


『なっ……! がッ!!』


一瞬のうちに1人の胸ぐらを掴むと、そのまま思いっきり投げ飛ばした


『う、うわぁあああ!! 化け物ぉおおお!!』

危ない! カルディナル、後ろッ!!

『避けて!!』

研究員の持っていた斧がカルディナルに振り下ろされた……と思った瞬間

『نضحهغشح:ف!!』

『ぐっ……あ゛ぁああ゛!!!』

い、今のは………雷……?

あ、あんなの喰らったら……し、死んで………!!



『ひっ! ひぃいいい!!』

慌てて逃げ出そうとする職員を、カルディナルは逃がさない

『شضغب:٨!!』

カルディナルの掌から繰り出された炎が一瞬のうちに3人目の研究員を包み込んだ!

『うがぁああぁああ!! あ゛ぁあぁあああ゛ぁああ゛!!!』

研究員は炎に包まれたままもがき苦しんで転げ回った

『カ、カルディナル!! どいてッ!!』

着ていた白衣を抜いで、転げ回っている研究員の炎を必死に消そうとする


『がっ! うがあ゛ぉああぁあぁあああ゛ぁあぁあ!!』

だ、ダメ! 消えない!!


そ、そうだ!!



『カルディナル! 水を出してこの人の火を消して!!』

そうカルディナルに呼びかけると

『…………ぅ……あ………』

『カルディナル!?』

ど、どうしたのよそんなに狼狽えて!!

『カルディナル! 早くっ!!!』

『…ぅ………あっ! خضحفلنل!!』


カルディナルの掌から今度は水流が出現し、一瞬のうちに炎が消えた

『ぐっ……! う、ぐっ………』

良かった! まだ生きてる!

『セ、セピア…………』

『カルディナル……?』

カルディナルは顔面蒼白、震える声だ

『ち、違うんだ……… お、俺は……べ、別に…こいつらを……こんな風にしよう…だなんて………』

『落ち着きなさい!!』

まずい! 今のカルディナルは明らかに様子がおかしい!

このままじゃダメ! なにかよくない事が起こる!



『大丈夫! この人は生きてるわ! それにこっちの人もきっと!』

そう言いながら雷を流された人の脈をとってみると、やはり脈を打っていた

『ほら、大丈夫!』

『セ、セピア……… お、俺……この子を助けようとして……それで…………』



そう言ってカルディナルは、壁際にいる人物を指差す


壁際には10歳くらいの少女が座り込んで……いや、囚われていた

カルディナルと同じ漆黒の長髪が特徴的な少女……と、普段の状態なら思えたのかも知れないけれど………

この状況じゃそんなこと、考えられなかった



少女は両腕を鎖付きの手錠で吊るされており、半ば強引に座りこまされていた

彼女は衣服を一切纏っていなかった

だからと言ってこの子はいかがわしい事をされたわけじゃない

いえ、それよりも酷いかもしれない……………



少女には右手首と右足首から先が無かった



いえ……この部屋には両方あるのだけれども…………



それは本来繋がっているハズの場所に繋がっていなかった



『………………この……斧…で………?』

研究員の1人が落とした斧を見ながら出た声は、自分でも驚くくらいに弱々しい

『それに………この…顔……… 身体も……………傷だらけ…に…』

痛々しい青アザ、ミミズ腫れ、内出血

元々は可愛らしかっただろう顔は、見るも無残に変わり果てていた……

顔全体が腫れていて、目は開ける事さえ出来ない

片方の目は……既に…抉られて…………

歯も……ボロボロになってる

前歯は殆ど抜け落ちていて……机の上にあるペンチで抜いたの…?

それに……肩には先端が鋭利な鉄パイプが…突き刺さって………乳房付近から……その先端が突き出ていた………

今も腕や足の断面、口、肩、乳房からはドクドクと血が流れ出ている


これじゃあこの子はもう………




『ぅ…………ぁ…………』


…………………!!

『う、動いてる!?』

『セピア………この子は……!』

慌てて2人で少女の元に駆け寄った

『聞こえる!? ねぇ!? 返事して!!』

『大丈夫か!! ねぇ! しっかりして!!』


『………………っ! ガハッ!!』


苦しそうに吐血をしながらも、少女は小さくこう言った



『……か、んじる…よ…………』

少女の左手が…ゆっくりとカルディナルの手を掴んだ………

『ふ、ふ………キミ…も………ボクと……おな…じ…………とくべ…つ……な………んだね………』

『と、特別………? お、俺が………?』


『…………ぁ……………』



それきり少女は意識を失った





この日以降、顕著に現れ始めたカルディナルの最大の特徴

カルディナルは困っている者、苦しんでいる者を見ると放ってはおけない

自らが助けたい者の為ならば、全力でそれを実行しようとする

その結果、他の人が傷付く事をも厭わない

そして自分の行動を邪魔する存在は、圧倒的な力で排除しようとする

その結果、自らが傷付く事をも厭わない

カルディナルの行動原理

それは、自らを犠牲にしてでも他者を助けようとする




優しさ





これこそがカルディナルの行動原理であり、カルディナルの心を構成しているものの正体だ