零崎人識「殺し屋稼業……ナイトレイド、ね。傑作だなこりゃ」 (531)



    人が次第に朽ちゆくように国もいずれ滅びゆく――

           千年栄えた帝都すらも 今や腐敗し生き地獄

 人の形の魑魅魍魎が 我が物顔で跋扈する

     天が裁けぬその悪を 闇の中で始末する



  我ら全員、殺し屋稼業――。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407108159


 辺り一面の闇だった。
一寸先どころか、眼の前ですら何があるか視認できない。
森林の独特の香りが鼻腔を擽った事から、ここが樹林であると理解した。
そのまま仰向けの状態で寝転んでいると、
不意に軽風が吹き付けられ、近くの草々が音を奏でると同時に、
遥か頭上で同等のざわめきが聴こえる。


「なるほど、通りで月明かりすら眼に入ってこないのか、かはは」


 傑作だぜ、と呟いてから少年は身体を起こす。
周辺を眼を細めて見回すが、何一つとして情報がない。


「うーん……しゃあねえな、こりゃあ、

 殺意はねーが、何かいるかもしんねぇし、備えあれば嬉しいなってか、かはは」


 懐からもぞもぞと取り出そうとして、あちこちを弄り、
五本指を剥きだして通すタイプのグローブを取り出す。
両手に嵌めて、少しの間指揮者の様に両腕を上下左右させたかと思えば唐突に胡座を掻いて、
突然頬杖を着きながら、この暗闇に眼が慣れるまでじっと、少年は辛抱した。





 暫くすると、どのくらいの距離だろうか、
視界が暗闇に慣れ、数メートル程度は目視出来るようになっていた。
やはりここは樹林であり、天を見上げると暗闇が広がっている、


「いやいや、見れねえってのは逆説的に何かあるってこったろ」

「かはは」


 と、一頻り愉快そうに笑った後に、何かに気づいてもう一度頭上を見上げる。


「――ん?あー、あっちゃあ……やっちまったな……」


 胡座を解いて立ち上がり、これまた当然の如く右腕を天に翳して――、
ヒュゥン。
風切り音が幾度も木霊するように辺りに響く。
すると、少年は満足したらしく、その場をゆっくりと離れ始める。


「かはは、悪く思うなよ――つっても、俺の言葉が理解できるかしらねーけれどもよ」


 誰にともなく少年は悪びれもせずに悪かったと口にして、暗闇に身を投じた。
その数秒後、少年が先程まで居た所にぼとぼとと頭上から何かが崩れ落ちていく。
それは肉片だった。

肉片としか形容できない程、バラバラになってしまった獣かなにかのの死体がそこには生命を徒していて――。



 少年は慎重さを垣間見ることすら出来ない、悠然とした歩調で木々の枝をくぐり抜けていく。


「んー、おっ、見えたな……さてと」


 少年は光から眼を守るためか、タクティカルベストからスタイリッシュな流線型のサングラスを取り出す。
樹林から抜け出した時、月は沈みかけていたが、その明かりでも先程までの闇に慣れていた少年からすれば、
眩しくて眼を開けていられない程の強烈な光だった。


「あー……まぶしいなこりゃ、サングラス持って来てて良かったぜ」


 一体何が楽しいのか、本当に愉快そうに笑いながら、
少年はサングラス越しに周囲を見回す。
ここは少し高い位置にある崖のような場所で、しかし絶壁とまではいかず、
それなりの登山回数を経験した者ならば直ぐにでも降りることができるだろうと判断する。
そして、離れた場所に大きな都市があるのが見える。
ここに住む者が見るならば一目で分かる程知れ渡った場所、
地方から金を稼ぎに来るものや安置を求め、人々が途絶えることのない、

千年栄えたと言われる都市。

――そこは『帝都』と呼ばれる都市だった。

 少年は笑いながら帝都に向け闊歩していく。
月明かりに照らされ、その姿が露となる、
背は余り高くない。染めて伸ばした髪は男にしては長く、肩の辺りまで伸びきっていて、
少し覗く耳には三連ピアス、もう片方には携帯電話かなにかのストラップが飾られている。
そして何よりも眼を引くのは、大きめの流線型サングラスですら隠しきれない、
その顔面に施された――禍々しい刺青。


「かはは」


 愉快そうに笑うこの少年は、
殺し名七つ名、序列第三位に列せられる『零崎一賊』の一人。
殺し名の中で、最も忌み嫌われる、『零崎一賊』の一員。

殺人鬼の一賊。

殺人鬼の申し子。

殺人鬼の中の殺人鬼。

殺人鬼と殺人鬼の近親相姦によって産まれた。

零崎と零崎の近親相姦によって生まれた。

零崎唯一の、生まれながらに零崎。

零崎唯一の、血統書付きの零崎。

零崎の中の零崎。

零崎の申し子。


その名を――零崎人識という。


「かはは。――傑作だぜ」


この世界に彼を知る人物は、一人として居ない。





「うわぁー、すっげえ人居るじゃねえか……」


 いきなり落胆を表し、それでも笑う人識は、
既に帝都内に入っていた。
殆ど半日掛けて崖を降り、帝都へ歩く過程を終えた結果、
陽が昇る直前まででなんとか目的の帝都まで歩き着いて、
物珍しそうにきょろきょろと忙しなく視線を動かし、
時折悩んでいるように唸り声を上げて、周囲の人々を驚かせ、

そして考え込む。

ここは何処なのか。



(んー……まあ少なくとも日本国内じゃあねぇよなぁ……、

 だが会話を聞く限り日本語だけれど、容姿は完全に外国のそれ)

「……なんだぁ?時宮の婆さんみてぇな、裏切り同盟のあいつみてぇな……呪い名の幻覚か何かか、

 いや、ちげえよな、それだったら町の住民が襲ってきても可笑しくねえ」


 呪い名六つ名の一つ、時宮病院。
裏切り同盟が一人、時宮時雨――以前戦った、全盛期を思い出す。
恐怖を司り、擬態と呼ばれる、相手への誤認識能力に長け、
その他にも未知の結界を作り出し閉じ込める事を得意とする、操想術師。
歩きながら加えて、言葉を紡ぐ。


「つーことは、呪い名関連かなんかの……結界内って事か?

 ええと、確か……咎凪だっけか?違うか」


 ピタリと足を止めて、


「まあいいや、取り敢えず、ここの事について色々と知らねえとな」


 元々呪い名について深く考え込む方が可笑しい、と結論づけて、考えを放る。
それを一部始終を覗いているものが居たという事を知らずに。





 一人の女性がいた。
彼女は、女性にしては背の高い、十人が百人、口を揃えて極上と断定するであろうプロポーションと、
少し癖毛のある、しかし見事に艶のある山吹色の短髪が男性の眼を惹いていて、
加えて胸元を大きく開けた露出の多い衣装が、男性にとっては最早毒そのものといっていい程にその女性に似合っている。
女性はむすっと無愛想な表情をしていたが、決して近づき難いというわけではなく、むしろ柔らかな印象を与えている。
彼女は昼食を取っていた。
並べられている食事は、どちらかといえば質素なそれであったが、
どうにも彼女が嘆いているのはそこではないらしい。


(…………酒)


 そこに酒がないことを不満に思いつつも、『任務』として来ているのだと自分に言い聞かせ、
そしてやっぱり酒を欲する堂々巡りを脳内で繰り広げては消去し、自らのボスの顔を思い出して自重する。


「……酒が欲しい」


 幾度目かのボスとの遭遇している最中。


「ッ!」


 ――殺気を感じた。
自分に向けられたそれではない、と彼女は直ぐに気が付く。
しかしそれは他の誰かに向けられたものですらない。
彼女でもなく、ここにいる誰かへと向かいすらしないその殺気は、
まるで殺意そのものが一人歩きしているようで、
一つの人格を成しているようで、
一つの個体であると主張している。

しかし――しかし恐ろしいのが、そんな事を無理矢理に分からせる事が出来るという事が、
彼女にとっての初めての出来事だった。



 言うならば、それは世界そのものを殺したいと思っているかのようで、
その世界に対する膨大な殺意が器に収まりきらずに溢れ出したと表現するのが相応しい。
彼女が何度もそういう場に身を投じているからと言って、今まで殺意を感じ取って来たからといって、
なにも全ての殺気が、殺気の全てが分かるわけではない。
しかし彼女は、今回、嫌になるほどの刹那的な速さでそれを理解してしまう。
暴力的なまでに、無理矢理捩じ込む様に理解させられる。
周りに気取られないよう、殺気の出処を探る。

 そして見つける。
見つけてしまう。

一際目を引く顔面刺青の、色素が抜けたような、斑模様の髪の長い子供。
第一に刺青、その次に髪と飾りが眼に入って、一番最後に妙な服装、
明らかに帝都に居る人間ではない。
かと言って、地方から来た人間とは言い難い。



 その少年はその場で半回転したかと思うと瞬きした瞬間を狙ったかのように、視界から消える、
と思うと少し離れた出店の商品を物欲しそうに見て、笑い、その辺を歩く。


(なんだ……あいつ……)


 殺気もそうだったが、それ以上に彼女の少年に対しての第一印象は『掴み所がない子供』だった。
その人を殺せそうな殺意を誰に向けるでもなく、一体何が楽しいのか愉快に笑い、
まるでそこらの一般人地味た行動が、明らかに浮いている。
しかし、しかしそれこそ、だからこそ。


「見込み有り、だな」


 あの殺気は――只者ではない。
もう少し、見てみるか。
殺し屋集団【ナイトレイド】、レオーネは決心し、その少年の様にニンマリと笑って、席を立つ。



「かはは、傑作だなこりゃ、全然掴めねぇ」


 レオーネが掴み所がないと評している間、人識は愉しそうに一人で愚痴り、
そして途方に暮れていた。


「弱ったな、参っちまった、まいっちんぐだぜ」


 困ったというよりは拗ねたような表情で頭をぽりぽりと掻く。


「一体全体、どういう所なのか分かりゃしねえ、

 もうちぃとばっかしヒントがありゃあ、どーにかなるかもしんねえけれどよ。

 あーあ、これじゃあ宿どころか飯にもありつけねぇじゃねえか……」


 見たところ、ここでの通貨は人識の居た現代とは異なる硬貨が流通しており、
元々から薄い財布は全く意味を持たなくなっている。
かと言って、ここで野垂れ死ぬ訳にもいかない。


(よし、殺そう――ってのは、駄目だよなぁ)


 絶賛とある少女とふるふるシェイカーを賭けたチキンレース真っ最中の人識は前言撤回して、別の方法を模索する。
何処までも律儀な殺人鬼だった。



「そこの少年、困ってるみたいだな」


 後ろから声を掛けられ「あん?」と短く返事を折り返し、
首だけで振り返り、声の主を確認する。


「やぁ」


 気楽そうに親しみやすい笑顔を浮かべて、彼女、レオーネは人識へと近づいていく。


「見た所、少年は帝都じゃあなくて地方――んー、別の所から来たように見える。

 お姉さんがここ、案内してやろうか?」


 少年こと人識の印象から、地方と呼ぶ事に奇妙な抵抗があった。
先程の殺意の事もあってか、レオーネの内心は余り穏やかではない、
むしろ妙にざわつく様にも捉えられる。

それを悟られない為に、動く。



 その人識はというと、


「帝都?なんだそりゃ、帝国軍かなにかかよ」


 一切の緊張なく、通常通りのメンタル、
レオーネの事を疑いもしない。逆説的に信用してすらいない。
と、笑い終わった所で、
睨みつけるように、眺めるように、レオーネを視界に写すと。
急に明後日の方向を見遣る。


(プロポーションなら、あの最強と同じ位か?)

(つまり、仮に、仮にだが、勿論、仮に、コイツと俺が抱き合ったら、

  俺はコイツの胸に顔を埋める事が出来る)

(……出来るからなんだってんだ)


 なんだったのだろう、つまり緊張などこれっぽっち足りとも、
人識の心情には存在しないということが伝わればいい。



「おう!なんと驚き!この地下には何千という兵器が眠っている!」


 何故か乗ったレオーネ。


「なんだって!本当かよ!ミサイルの撃墜と激震地にならねーように気を付けねーとな!」


 加えて悪乗りした人識。


「こいつめー、いいおる!このこのぉ!」


 なんだか分からないが、それでも持ち前の明るさで(何故か)ヘッドロックする。
軽く絞められたがついさっきの考えが現実となった瞬間だった。


「うっはっはー、今日は気分がいいから少年にお姉さんがおごってやるよ!」

(……と、ここまでは半分計画通りだが、どうなるかなぁ……)


 ボスのゴキゲンな表情が脳裏を過ぎり、人識にまで伝わる身震いをするレオーネだった。



「ほーん、で、気が付いたら帝都周辺の森に居た。と」


 レオーネの前には発酵酒が並び、人識の前には甘味が並ぶ。
それだけでも異様な光景であったが、それ以上にその話は荒唐無稽だった。


「帝歴1024年……千年帝国ならぬ千年帝都って事かよ、傑作だぜ」


 しかしその表情には面倒臭い、と感情を隠さずに露にしている。
話の最中でも両人の手は止まらず、話などどうでもいいという事が浮き彫りになる程、
適当ではなくテキトーな会話劇が繰り広げられていた。

 実際にレオーネは人識と対話し、見極めておきたいだけだったし、
人識も宿とまではいかずとも飯(?)に有りつけているだけでいいのだ。
そのどうでもいい話が繰り返されようとする寸前、
ふと人識は、数枚の張り紙を思い出していた。
ヘッドロックされながら引き摺られるままにこの店へ直行する途中、


 【Wanted】――指名手配の文字と何人かの写真が貼り出されている様子を。



 酒を納めたからか、蒸気した頬と緩んだ表情で、
ニマリといやらしく笑いながら応えた。


「んー、そりゃあナイトレイド、だな」


 自分がその一員、その中でも大きな役割を持つ一人だと告げずに、意気揚々とレオーネは語る。


「うんー、要は……アレだ、でっかーい殺し屋の集団。

 名前の通り皆で夜襲を繰り広げて国のお偉いさんだったり大金持ちを殺したり、

 ……まあ、ここじゃあ殺されても文句が言えないやつだったりするからね、大臣が腐ってるし、

 上の階の連中は皆ダメダメだ、しかも愚痴ったら打ち首。

 要するに、そういう奴を……ばっさばっさと斬り倒す、こわーい連中の事だ」

「へぇ……殺し屋、ね……強いのかよ、そいつら」


 殺し屋。
一人、少女――否、『少年』が脳裏を掠めようとする。
聞いた人識の表情がらしくもなく強張り、そんな自分に呆れながら、自虐的に笑う。


「――……さぁね、私はあんまり(戦闘じゃ)関わらないからね、

 少年はどうなの?強いのかなー?」


 おどけた調子で、しかし彼女なりに本題へと入ると、
内心ガッツポーズを上げたい気分だったが、抑える。



「ああん?俺か……兄貴が言うようじゃ『お前はまだまだ未熟過ぎる』

 って言われて扱かれたもんだ、兄貴からすりゃあ俺は赤子同然だったんだろうよ」


 ――かはは、と愉快に、心底楽しそうに笑う。
まるで兄を自慢する弟のような、
まるで兄を自慢したい弟のような。
そんな物言いに、レオーネは顔を顰めずにはいられなかった、
気付かないふりをしたのか、それとも気付かなかったのか、または気にすらしなかったのか。


「んじゃ、ご馳走さん。奢ってくれてありがとよ、オネーサン」

「いや、……いいよ」


何も呈さずに立ち去ろうとする人識を見送らず、その場で考えを纏めようとする。


――と。



「――ああ、オネーサン、オネーサンは強いのかよ」


 疑問符が頭に浮かび、その質問の意味を問おうとする。
なんで、私が――。


「殺気、漏れてんぜ」


 かはは。と、愉しそうに笑う。


「……少年、名前は……?」

「ん?零崎だよ、零崎人識――」


 そう言い残して、人識はそこから瞬きする暇もなく一瞬で消えていた。
妖怪に騙されたような、狐に化かされたかのような、夢でも見ていたかのような、
奇妙な時間が過ぎていた。


「ははっ……ぜろざき、ひとしき、ね」


 一人になり、自嘲する。
自分ですら気が付かない程の、焦りから、苛立ちから漏れた殺気。


「ありゃあ……多分、大当たりだろ……」


 一人、レオーネは楽しそうに、そして愚痴るように呟きを漏らす。

取り敢えず今回はこれまで、
本当はもう少し後に建てる予定だったんだけどとあるスレに触発されたので





 昇り始めていた太陽は既に暗闇に落ち、辺りが街頭で照らされる中、
人識はとある橋の上に立っていた。
なにか思案している、という風でもなく。
なにか行動を起こそうとしている体でもない。
川の流れを無心で見ているとも、世界の流れを体で感じているというようにも、
ただ夜風に当たっているようにも見える。
実際には行くあても何もないので、要は時間潰しの類であるのだが。


(殺し屋集団――ナイトレイドねぇ……要は出夢ん所の雑技団みてぇなもんか?)


 匂宮雑技団。
殺し名七つ名、序列第一位に列せられる、ナイトレイドと同じ、殺し屋集団。
依頼を受ければ相手が誰であろうと殺す事を信条とし、
殺戮を正しく奇術の如く行うため、通称として『殺戮奇術集団・匂宮雑技団』と呼ばれる。
全ての殺し名と呪い名に匹敵すると言われる程の戦力を持つと言われる、正真正銘の殺戮屋そのもの。



 その中の一人――否、一人ではなく、二人。
否々、一人であるのは確かだが、二人、所謂多重人格者の少年と、
ほんの少し前まで交流を持った人識は、それを否応にもなく思い出していた。


「……かはは。でもやっぱ強そうだったな、あのオネーサン」


 振り払うように考えを捨てて、もう一つ、別の事を考える。
すっかり慣れたような風体だったが、もう一度考える、


(一体全体、どうして俺はこんな所にいる?……仮説は幾つかあるよな。

 偶発的か、意図的か、必然的か)


 偶然、何かに引っかかってしまったのか、携帯小説のような召喚魔法でも喰らったか。
意図、呪い名に恨みを持たれた過去があるため、ありえない話ではない。

必然、つまり、会わなければならない奴が、ここにいるのか。



『俺ァ、すっげえ会いたい奴がいるんだよ』

『誰なんだかさっぱりわからねえが――』

『俺ァ、そいつに会わなくちゃならない』

『そうすれば――』


『何かが、どーにかなるんだよ』



 唯一の家族との会話の一部。
少し前の、会話の一つ。
もしかすると、ここでなら、ここでならば。


「何かが、どーにかなるってか。かはは」


 だとしたら――傑作だ。
傑作過ぎて、笑ってしまう。
本当に、楽しくなって、笑ってしまう。
まさか自身の放浪癖が、こんな時に発揮されるとは。
設定もわからないものだ。


「いやぁ、本当に傑作だぜ、こりゃあな。

 なんつーか、ホントによ、因果な運命だよなァ、欠陥製品」




 もうひとつ。
もう一つ、最後の一つ。
人識には、どうにも理解できないものがあった。


「かはは。どういう事なんだろうな」


 右手を開閉しては、頻りに笑う。
目覚めた時から――違和感はあった。
違和感があったというよりも、親近感が拭えなかったというのが正しい。


(なーんか、戻ってる気がするんだよなぁ……)


 あのよくわからない獣を曲弦糸にて、惨殺した際にも覚えた近親感。
――否、惨殺『出来た』際に覚えた、親近感。
人識の予想では、この予想が正しいのならば、
恐らく、人識の身体は、二年前――全盛期――に戻っている。
感覚的ではあるが、不思議と気持ちが柔らかになっている。
白衣と水着を併せ持つあの医者にでも見せたら、泣いて喜ぶだろう、
それだけで人識の背中には堪え難い悪寒が趨るのだが。



「ねえ、貴方、地方から来たの?」


 水面を覗いていた人識の背後から声が掛かる。
妙な体勢から器用に体を起こし、首だけを声の方向へ向ける。
顔の右半面――つまり刺青が顕になり、裕福そうな少女はたじろいでしまったようだ。


「ん?よう」


 今気が付いたと言わんばかりに、声をさも自分から掛けたかのように、
少女に声を返す。


「んー……、ようっつってよ、挨拶したつもりなんだけどさ」

「えっ?……こ、こんばんわ」


 にへりと薄く人識は笑う、


「なんか用かよ、生憎俺は無一文なんだけどよ。

 かはは。無一文って字面がかっけぇよな、まるで必殺技かなにかみてーでよ。

 まあ、俺がやったら絶対に必殺技なんて叫ぶ瞬間がねえだろうけどな、傑作だ」


 最早何を言っているのかわからない。
少女の表情には諦めに似た何かが漂うように現れていた、

 しかし、だからこそ、面白い。
だからこそ、相応しい。



「えっと、もしかして宿がなくて困っているなら、私の家へ来ない?」


 言葉が理解できない、といった風に人識は小首を傾げる。
少女には、自分が一体何と話しているのか、会話を試みようと奮起しているのか、
一体この少年(?)は何なのか、目的のためとはいえ、目的の為だけとは言え、
一体どうすればいのか、戸惑ってしまうが、それでもなお、少女は人識との会話を試みる。


「だからよ、俺は無一文なんだっつったんだけどな」

「いいのよ、お金なんて――」

「身体で払ってもらうからか?――生憎、俺はもっと背の高いキレイ系お姉さんが好きなんだ」


 一言目に戦慄し、二言目以降で憤怒の兆候が起こる。
人識は面倒見のいい殺人鬼として知られるが、デリカシーのない殺人鬼としても、有名だった。

いや、有名でもなかったけれど。



「そ、そう……ああ、いや、そういうのでもなくって、ね

 私は貴方みたいな人がほっとけない性分で、ね?お願い、私を助けると思って!」


 どっちがお願いしているのか、最早ぐちゃぐちゃでしっちゃかめっちゃかだ。
ちらりと少女の背後を伺うと、護衛だろうか?
その二人居る内の一人が、困ったように手全体で後頭部を掻きながら人識に近づいてくる。


「あー……お嬢様はとてもお優しい方でな、

 もう助からないと思ってお言葉に甘えておけ」


 護衛は少し言い淀んだ言い方で催促した。


「それじゃあそのお言葉に甘えるけれども、地図か何か描いてくれよ。

 なんかあっちの方でパレードがあるらしくてよ、ちょいと楽しみなんだ、かはは」

「――あっ……ああ」


 見据えた様に、見透かす様に、黒曜石よりも黑い瞳と護衛は眼を逸らさずには居られなかった。
愉しげな表情、黙っていれば女の子の様に可愛い顔からは想像できもしない程の、漆黒の眼差し。
今までに覚えたことのない何かに焦りながら、人識を目視しないよう、
全身のポケットから手頃な白紙を取り出して、簡易地図を描き、手渡すと、
そのまま早足に歩き出す。


「あんがとさん」

「――ちょっ!ちょっと貴方、名前は」

「んー?俺か?俺は、零崎――零崎人識ってんだよ」


 かはは、と乾いた笑みを浮かべて、人識はその場を離れて、
街頭の多い商店街の方面へ向かっていく。



「アリアお嬢様……行きましょう」


 もう一人の護衛が少女に耳打ちをする。
アリアと呼ばれた少女は何も答えずに自身の馬車に乗り込んだ。


「良かったのですか?アレは……」

「ちょっと、疲れたわ……でもいいの、ああいうのこそ、いいのよ」

「…………了解しました」


 それ以上、会話もなく、馬車は動く。
動く。





 頭数は多い。
団体という定義に、それは入るだろうが、
しかし数の暴力としては通用しない人数、
しかし、数の暴力に匹敵する、圧倒的な力を持つ――少数精鋭。


 ――全員で六名。

それは居た。



「なにそれ」


 と影と光に照らされる全身を碧色で固めた碧髪の少年が卑しい視線と共に訊ねた。
幾度目かの質問にうんざりしながら、癖のある長髪の山吹色があしらう様にぶっきらぼうに答える。


「私にもよく分からないって、何回聞くんだラバ、バカか」

「レオーネ姐さん!バカって何!?俺初めて聞いたんだけど!?」

「あー知らん知らん」


 ラバと呼ばれた碧髪の少年が反論するが、
レオーネは呆れたように身振り手振りで突き放しつつも、六人は走ることを止めない。
少しして、無口を貫いていた長髪の若紫が一言囁くように呟く。


「すいません、私はこちらからなので……」

「あ、もう?いってらっしゃーいシェーレ」

「はい」


 これから何が起こるのか、それを皆知りながら、
気楽に見送る事が出来るのは、絶対的な信頼の証だった。
彼らにとっての『これから』は非日常ではなく、日常と化している。



「そろそろ……っていうかもう見えてきてるし、デカイなぁ。

 ええと、なんだ、こう、こうか?もうちょっと……」


 感心するように口を挟む碧髪は両手に特殊なグローブを嵌める。
両の手、五指から糸が流れるように備え付けられており、
豪邸と評すべき屋敷の敷地内に植林された、最早林のそれと化している木々や、
屋敷そのものに糸を括り付けて、糸の足場を確保する。


「はい!格好よく!ご登場!」

「敵が見えやすくなった」

「…………いや、……うん」


 おどけた調子で碧髪は言うも、
全身を暗黒色に身を包んだ、赤眼が存在感を惹き立てている少女に制されると、
いじけるように言葉を詰まらせる。



「あーもう!いいからさっさと始めるわよ、っていうかもう見つかってるのよ!

 大体、このやり方アタシそもそも好きじゃないのよ……」

「いいじゃんマイン~、こういうの結構好きだしねぇ」

「…………」


 にぱー、と笑うレオーネは薄紅のツインテールの少女の意見をものともせずに、
頭上にある猫のような耳をピクピクと動かし、『標的』の位置を探る。
そういったやり取りをしている間に、何時の間にか護衛兵が数人、
彼らの存在に気付き、取り囲もうとする者と、
屋敷の彼らが主を守ろうとする者に別れて行動を開始していた。


「新しい国に屑は要らない、

 全に殺害を、全に殺戮を、全てを抹消しろ、全てを抹殺しろ。

 遠慮は要らん――我ら全員殺し屋稼業、ナイトレイドだ」



「護衛三人、アカメちゃん。標的だぜ」

「――葬る」


 暗黒色の少女は表情を全く変えずに腰の刀に手を掛け、居合のような体勢を取り、
糸の足場を飛び降りる――いや、それは既に降りるというよりも飛び込むという形に近く、
そしてそれ以上に単純に落下したと言った方が適切だろう。

 自由落下というよりかは墜落したかのように、
少女は異質な速度で落下し、追突するように護衛の一人と合間見え、
常人には見ることさえ出来ない速さで正確に喉を切り捨て、
余りにも呆気無く、一つの命はこの世から消える。
続々と糸の足場から人は消え、足場を作っている碧髪と射撃を担当する薄紅の少女以外は既に消えていた。



 刹那的な疾さだった。
少女――アカメの次に飛び降りた(こちらは本当に飛び降りていた)
全身を白銀の鎧に包んだ長身の人物が大槍を片手で扱い、
滅茶苦茶なまでの速さで護衛の一人に投擲し、
当たった護衛の体からは爆発物でも取り付けられていたのかと考える程の轟音が鳴り響き、
絶命する。

 一瞬以下の刹那に、その間に、
残り一人となってしまった護衛は背筋を凍らせる。



 腕が立つと自負していた。
その自負はこの屋敷に雇われたことで更に強くなった。
過信とも言えるが、決して慢心はしてはいなかった。
それなのに、なんだというのだろうか。
この異様は、この異質は。
まるで狂ったようだった。

 何故ならば、自信どころか、精神どころか、今正に自身の命が徒そうと、肉体が終わろうと、
終末に向かっているのだから。


「――ひっヒィァああ!!」


 化物という存在。
それを認知してしまった、認めてしまった男の足は、
逃走へと変化する。
悔いる。
悔いてしまう、やはり、全てが腐っていた、国も、帝都も、人間が、自分が――。
思考はここで終わり、残る銃弾の風切り音も、護衛には聞こえない。


「情けないわね。敵前逃亡なんて――」

「いやぁ……あれは逃げるでしょ、普通は」


 寸分狂わずに眉間の間を見事命中させた薄紅色の少女は、
切り捨てるように毒を吐いた。





「何時の間にか、癖になっているのよねー」


 外の惨劇も知らずに、
恐らくは護衛の雇い主である女性は楽しげに呟いていた。


「最初はどうかなぁって思ってたんだけど、今日の日記が楽しみになっちゃってるし……。

 もう止められない――え?」


 肋骨部分より上下、日誌を抱きしめていた両肘より先と後、
合計四つにバラバラにされた死体。
表情は変わらずにっこりと笑っていて、
死体だと言われなければ生きているのではないかとさえ錯覚するほど安らかに、
その女性は死んでいた。
凶器は大きな――既に文房具としての機能は見られず、
最早人を斬る為にしか存在できないと言わんばかりの、子供と同等程度の背丈の大鋏。


「……すいません」


 生命活動を続けようと躍起になっているようにも見える、
今だ動脈から流れ続ける血を背後に、長髪の若紫は、
まるでそれ以外の他の何かが気になるというように、小首を傾げた。





 月夜に照らされ、一人の女性が片腕だけで中年の男性を支え――違う、
首を絞め上げている様子が顕となる。
格好だけを見れば気品の溢れる男性はその気品も下品に、
必死になって女性の腕から逃れようと藻掻いている。


「ぐぁ……うぅ、た……助け、娘が……娘が、いるんだ……ッ!!」


 女性の正体はレオーネだった。
昼間とは違い、長髪の山吹色と頭上には獣の耳を、
手先は五指きちんとあるが、猛獣のような毛並みを持ち、爪は黒く豹変し、力強い印象を与える、
骨盤付近からは虎のような尻尾が見られ、溜息を吐く口元には犬歯を携える。
昼間の優しげな雰囲気や、柔らかな物腰は見当たらない。



「安心しろ、直ぐに向こうで会えるさ」

「――なっ……娘まで……な、情けはないのか!?」


 暗に娘も死ぬことを告げられた男性の足掻きは一層に悪くなる。
レオーネにはまるでそれが人間の仕草のようで、
力を入れた手に、より大きな力が入る。


「情け……?意味不明だな……」


 首の骨が折れる音が鳴り、その男性はピクリとも動く気配がなくなり、
レオーネはぞんざいに、人間として形を保たなくなったそれを投げ捨てた。


「あーあ、バッチィーバッチー」


 汚れ物から付いた雑菌を払うように左手を振り払いながら、
頭上にある獣耳が何かを察知した。


「――何だ、凄く近い……誰だ?」





「あん?…アレ?俺、もしかして来た方向間違えてんじゃねえの?」


 一人、影がある。
愉快そうに笑う影は屋敷の敷地中にいた。


「いやいや普通間違えねえって、だとすると、こりゃあ一体全体どういうことだ?」


 自身の言葉を引っ繰り返し、
愉しそうに、少年は笑う。
愉しそうに、殺人鬼は笑う。


「かはは。アレか、ありゃオネーサンから聞いた、ナイトレイド、って奴か」


 傑作だ、と笑い、林のような庭から一歩、悠長に、
さも何時も通るウォークングコースだと主張するように歩いている。


「そんじゃあいっちょ、殺して解して並べて揃えて、晒してやるか」


 零崎人識。
彼はそう、零崎の殺戮を宣言した。





 助けてくれ。
声がする。
一つだけ、――否、
一つではない、しかし、助けを求める声が一つだけだという事実がそこにある。

 声は幾つにも重なるほど大量に存在していて、だが、
その中できちんとした助けを求めることができるのが一人だけだという事実が、そこにはあった。
そこは倉庫だった。
巨大な武器庫のそれにも見える、大きな倉庫。
その中には死体があった。死臭があった。拷問器具があり、それに伴う道具があり、
廃人がいて、狂人がいて、常人と見える、人間と見える、人間であると言える人間は、一人しかいない。


「誰か……助けてくれよ……ここから……出してくれ」

「俺にあいつを……殺させ……させてく……れぇ」


 嗚咽と涙、唾液と血が入り混じり、声を出すことすら困難となっても、
少年は声を捻り出し、叫び、懇願する。



 その願いが届いたのか、はたまた届かなかったのか。
少年が必死になって叫ぶ中で、不意に倉庫の鉄扉が開く、


「かはは。なんだこりゃ、すっげぇな……もしかして俺が殺した数より多いんじゃねぇのか?」


 割と物騒な台詞を口走りながら鉄扉から入ってきた人物は、
少年の思い描いた人物ではなく、未知の人物だった。
一体どういった立場なのか、分からない。
だからこそ、少年は血まみれになりながら、人物へと訴える。


「アンタ……どうしてここに来た……!」

「ん?んだよ、ちゃっかり生きてる奴居るじゃねえか。

 俺か?俺はよぉ、少し用があってきたんだけどよ、道を聞きてえなと思って人が居そうなところに来たんだが、

 どうにもアンタに聞いても仕方なさそうだな、

 あ、別にお前に人生の道を問いてもらおうとかじゃあ、ないぜ?」


 何がおかしいのか、その人物――人識はひたすらに笑った。
少年は直感で自分と同じ境遇にあったのだと、悟った、
同じ手口で連れられたのだと、理解した、
勿論現実として、それは少し違いがあり、すれ違った回答だったけれど。



「頼む……俺の無念を……晴らしてく……れないか……?

 そこに俺の、大切な奴が……いる。頼む、俺にはもう、無理だ」


 むせび泣きながら、吐血しながらに少年は懇願する。
その様子からして、恐らく風前の灯と同じように、
直ぐにも消え去ってしまう生命状態なのだろう。
絶命の寸前、その願いに人識は困ったように右手で頭を掻く。


「……かはは。ここの人間を全員殺しゃあいいのかよ」

「頼む……お願いだ、頼……む」

「……いいぜ、俺は殺人鬼でも人に優しいことがモットーでな、

 殺して解して並べて揃えて――晒してやるよ」

「お……前、名ま……え、は?」

「冥土の土産、と言いたい所だけどよ、んなもんねえよ」

「……ありがとう」


 感謝の言葉を述べて、その少年は息を引き取った。
一体この死体の中の、大切な人とは誰だろうか、
最早それは分かる者もいない。



「なんなの……なんなのよアレは!!」

「お嬢様、倉庫の中へ!警備兵が来るまで耐えます!」


 護衛に連れられてアリアは走る。
追って来ている人物は一目で分かる、ナイトレイドの一味だ。
圧倒的な力と、圧倒的なまでのその純粋な疾さ、
その二点で――否、その全てに遅れを取った護衛兵は赤子の手を捻るよりも楽だと言わんばかりに、
数を持ってした所で倒されて、殺されている。
倉庫に走る途中で、護衛兵は経った数時間前に出遭った、人物――人識を眼に捉える。


「おい!そこのお前!俺達は――」


 アリアにはそれが理解できなかった。
眼の前を走っていた護衛兵の、背後に確かに居た護衛兵の、
首から上が飛び上がっていく様子が、理解できなかった。
それは突然過ぎたし、そして余りに終わりすぎていた。


「う――嘘。もうナイトレイドの連中が――」


 しかし、周りを見渡せども、それらしき人物は見えない。
それらしき人物どころか、人っ子一人として、生物そのものが、存在していない。


「かはは。なぁ、アレ、傑作だよな」



 寝耳に水というよりか、眠っていた場所が爆心地だったというような衝撃を受ける。
――確かに見回したはず。
――確かに確認したはず。
一体どうしてという疑問符が頭の中を飛び交い、一つの答えに辿り着いた。


「わ――私は悪くないのよっ!だって――だってだってアイツ等は地方から来た田舎者!!

 対して私はこんな豪邸を持つお姫様よ!?地方の人間なんて家畜そのもの!!

 そんな私が家畜をどう扱ってもいいでしょ!?私は、私は、私はァ!――私は偉いんだから!!!」


 面白そうに人識は笑う。
人が道化を見るように見下すように、
愉快そうに、犯しそうに笑う。


「かはは。傑作だよな」

「――そう!傑作!傑作なのよ!!だいたいあいつはわた」


 口内には血の味がする。
消化器官に血が入り混じり、逆流してきたものだ。
嘔吐する為に地面に眼を向け口から出てくるのは尋常ではない大量の血と、
固形物が所々に見られる。――と、

 そこでアリアは自身に異常が起こっていることに気がついた。
肋骨の部分が見える。
筋肉がある、濃い紅色の何かが時折動き、自分の『体内』で動いている。
それは消化器官であり、それ以上でもそれ以下でもない。
口から逆流した血と共に、血の気が引く。
そのまま顔は蒼白していき、前面に力なく倒れた。





「――葬る」


 暗黒色の少女――アカメが最後の護衛を上半身と下半身に分けていたとき、
時同じくして、丁度人識はアリアの内蔵を地面に放り出した時だった。
ノーモーションでそのまま護衛を気にも止めずに、走り去る。
あくまでも目標はアリアの抹殺であり、それ以外の障害物は標的ならば斬り捨て、
それ以外は放置する。

 アカメは何の感情もなくそれをしていた。
それ以外が出来なかった。



 だからこそ、そこに人が――殺人鬼が居て、
その足元に標的の三つが転がっていたと知ったとき。


「……任務完了」


 黙視した瞬間、アカメは自身に急ブレーキを掛け、そのまま急停止、
即座に回れ右を行い、すたすたと歩き出した。
――刹那、鞘に仕舞った刀を抜き出し、背後からの殺意に対応する。

 そして疑問に思う、凶器がダガーナイフのそれであったこと、
少年から血の匂いが一切しないこと、
そういった疑問を抱きつつも、繰り出されるナイフを刀でいなす。


「――お前は標的ではない、斬る必要がない」

「おー、すげえなあんた、後ろに眼でも付いてるのかよ」


 かはは。と笑う人識には、スナイパーライフルを捌いたという過去が列記としてあり、
だからこそそれがどれほどの苦行なのかということを良く、知っている。
勿論、そんな過去と現在を同列に考えることなど、普通はできないのだが。
アカメはその殺気に、その殺意に、その狂気を、その凶器を、
一瞬で感じ取り、自身を後方へと飛ぶように転がり、アカメが居た場所をサバイバルナイフが空を切る。



(――おかしい)


 と、アカメは考える。
言うなれば、それは異常だ。
ハンドガンがスナイパーライフルに勝てないように、
ナイフを持った軍人も、銃器には勝てない。
それはリーチの差である。
一体どれだけの熟練した人間であっても、その差だけはどうやっても拭えない。
ハンドガンで数キロメートル先は狙えない。
ナイフは何十メートルも届かない。

 それと同等に、勿論サバイバルナイフで届く(しかも見たところによればデザイン重視)
距離というのは限界で三メートルであり、
対してアカメの持つ刀はひと振りで二メートルは確実に届く。
最高でも六メートルは固い。



 しかし現状、全くと言っていい程に、
少女の攻撃は人識に通用しない。


「――葬る!」

「られるか!」


 愉しそうに人識はアカメの対極とでも言うように笑う。


(苦戦している――)


 これだけの帝具を持ってして、当たらない。
掠りさえも、しない。


「――異常」

「かはは。悪いけどよ、異常じゃねえ殺人鬼を俺は知らねえよ!」

「それによ、それ異常が幾らでもいるんだ。

 あいつにしたってそれは同じで、そしてあの赤色が一番異常のそれだぜ」

「…………やっぱ、大当たりじゃん」


 山吹色――レオーネは呟く。
アカメと戦って、生き残るどころか、押している。
生存していることすら奇跡。
しかしあの少年はそれ以上をお構いなしに行っている。


「なんじゃそりゃ……」


 力なくレオーネは笑う。



 アカメは半分本気で戦っている。
そしてそれ以上に対応してそれ以上の速度を出している人識少年。


「一体どっちを止めたものかなぁ」


 今の状態でもアカメは止められるだろう、
少なからず、自身の反応速度と反射神経、出せる速度や経験則で、
次にアカメがどちらに転ぶかは解っている。
果たして人識が攻撃を止めるかどうかで、全ては変わるだろう。
意を決して、溜息を吐きつつも、レオーネは仲裁に走った。





 結論から言って、人識はぴたりと攻撃を止め、
サバイバルナイフをタクティカルベストに収納して、アカメとは真逆の方向へ歩き出した。
顔面刺青が入った頬をぽりぽりと掻きながら、後ろめたさでも感じながら、
今まで死闘が繰り広げられていたとは思えない、ゆったりとした歩きで歩き出す。


「…………」


 アカメも、何も言わずにそれを見届け、
しかし思うところが何もないわけではなく、
睨みつけるように不快感を全面に出して、見送る。


「アカメ」

「……任務は達成した」

「……あいつ、どうだ?」


 レオーネの言い草に、アカメは可愛らしく小首を傾げる。
言葉も、余り理解できない。
どう、とは?と意見を返すと。



「アジトはいつだって人材不足だ、

 その点あいつならボスも認めてくれるだろうし、強かったろ?」


 少し考える仕草をして、ゆっくりと首を縦に振る。
抜き身になっていた刀を鞘に収納して、
無表情から少しだけ、むすくれたような表情になる。


「よっし!決まり!っていうか決めた!即決即断持って帰ろう人識くん!」


 にぱー、と笑い、レオーネは歩き始めたばかりの人識の首元をしっかりとホールドする。


「やあやぁ久しぶりだな人識くん」

「ぐぅ……あ、あんた昼間の――」

「今日寝るところないんだろう?

 ちょっくら美人なお姉さんのおウチに泊まっていきなさいな」

「は――ちょっと待て」

「遠慮しない遠慮しない、ブラっち達待ってるし、さっさと行くよー」

「人の話を聞けよ!」


 半分以上引き摺る形で、人識はレオーネに連れ去られる。
苦労人はどこまで行っても苦労人なのだと、痛感した人識だった。





「おっっっっっそいいぃ!!!何してんのあんたら!?終了時刻オーバーするわよ!!?バカなの!?死んで詫びるの!?」

「いーからいーから!速く引き上げるぞ!時間危ないんだから!!」

「ブラっちーこれよろしくー」

「え?いや、よろしくされる俺の身になってくれよ!」

「――大丈夫だ、すぐによくなる」

「何がだよ!」

「何そいつ!いやブラートも宜しくしないでよ!あーもう皆勝手過ぎるのよ!!」

「いやぁ……それはマインちゃんが言えることかなぁ……」

「何よラバックなんか言った?」

「帰りますよー」


 息が合っているのかそれとも合わないのか、
個人個人が自由気ままという様にも見える風景だった。


「はっはー兎も角、ナイトレイドに就職おめでとう人識くん!輝かしい未来が君を待っているぞ!」

「ぜってぇドス黒いだろ未来!不安過ぎるわ未来!」

「――任務完了!これより帰還する!!」

「いえっさー!」

「――いや、ちょっと待て、おれのぉ!」


 話はどうやら聞かれないようだった。
白銀の鎧に抱き抱えられ、人識は夜の街を駆ける。


(どうしてこうも滅茶苦茶な因果なんだよ!お前にも勝てそうだぞ欠陥製品!)


 人識の独白は誰にも聞かれることはなく、風化した。

長い(愚痴)
基本漫画の一話分書き終わったら投稿しますので不定期更新になると思います
どこら辺まで進めるかとか全然考えていないのでゆったりと進みたいと考えてますので
気ままによろしくです

おまけ
http://i.imgur.com/A14buXo.jpg

うん、日本刀って描くのきついよね……

>>61
この疾走感を保ちながら持たせるのは無理があった、後悔はしてない

昨日の内に投下するつもりが寝てしまった、申し訳ない




「ナイトレイドねぇ……」


 顔面刺青の、黙っていれば少女のように可愛らしい少年、
零崎人識は頭を抱えていた。
殺し屋と殺人鬼。
『前の世界』では交わる事のない二つの集団が――否、
交わったことはあるが、普段絶対に交わることのない存在が、
正に今奇妙な運命で交わろうとしている。
その因果に、人識は頭を抱えていた。


「別に零崎を抜けるってぇわけでもねーんだから、いいとは思うんだけどよ」


 どうしても体が拒否反応を起こすのだ。
一種の嫌悪感にも似たそれが、拒むのだ。
と、そう考え込む頭に、重量が突然掛かる。
水か何かで殴られたような感触に、
人識は前転の要領で反射的に距離を取った。



「もう三日経ったぞー人識くんよ」

「アンタかよ……脅かすなよ……」


 一種の攻撃(?)を仕掛けたのはレオーネだった。


「なになに?もっとして欲しいって?」

「いや……要らねえよ」


 多少複雑な気分で否定すると、
レオーネはいつものおどけたような表情で笑いかけてくる。
人懐っこいような笑顔で、物腰柔らかく、
しかしその内容は真逆の方向性を持っているのだから、妙な気分だ。


「人識くんがナイトレイドに入ってくれれば百人力なんだけどねー」

「……鬼は人数で数えるもんじゃねえよ」

「そっかー。ほれ、あーだこーだ悩んでも仕方ないし」

「だから!人の話を聞けよ!!」

「鬼は人じゃないからね」

「聞いてんじゃねえか!」

「まあまあ、騙されたと思って、今日はお姉ーさんがアジトの案内してあげるから」


 駄々っ子を宥める保護者か何かのようにレオーネは無理矢理人識を連れて回す。
人識はもう諦めがついたのか、何も言わずに引き摺られるままだった。
諦めのいい殺人鬼であった。



「なんだかんだ付き合ってくれるんだから君もお人好しだよねぇ」

「どうせ抵抗しても意味ねえだろ……」

「私より速く動けるんだから逃げられるだろう?もしかして、この感触が好きなのかな?」

「ちげえよ……今逃げても無意味だっつってんだよ、どうせどっかで野垂れ死ぬだけだ」


 拘束から自力で抜け出して自分の足で歩き出すと、
レオーネよりも前に出て行ってしまう。
案内すると言われたばかりだというのに。
その後ろ姿がどうにも照れているように見えて、
呆れたように、微笑ましくて、レオーネは思わず失笑してしまう。


「ちなみにここは帝都から北に十キロの山の中だから」

「アジトがそんなにオープンでいいのか!?」



 大広間。
基本的に人員の多いナイトレイドは、
その人数のせいもあって、アジト自体がそもそもとして巨大であるが、
その中でも人数が入るように設計された大部屋、
会議室と名のついた大部屋に長髪の若紫の少女、シェーレが居た。


「あれ?まだ仲間に入っていなかったんですか?」


 不思議そうにシェーレはレオーネに尋ねる。
自身の記憶と現状が合致していないという風で、
悩ましそうに小首を傾げていた。


「そうなんだよシェーレー何か人識くんの背中を押す言葉掛けてやってくれよー」

「うーん、そうですねぇ……」


 何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、
どちらとも言えないような表情でぼんやりとシェーレは虚空を見つめては、
ハッとなったように表情を一変させる。

一瞬、一瞬だけ寝ていたのではないだろうかと、ささやかな一つの疑問が人識の中に生まれた。



「えぇーっと、そもそも、アジトの位置を知っている以上……

 仲間に入らなかったら――」

「殺されるってか、かはは。お約束だよなぁ」


 自身の安否もわからないというのに、一体何を笑うのか、
人識は含むように笑う。
シェーレはそういうつもりでもなかったのか、
小首を傾げたまま言葉を紡ごうとする。


「そうですねぇ……よく考えてみたほうがいいですよ」


 そう一言だけ言って、手元の本に目を落とす。
背の低い人識からギリギリ見て取れた本の表紙には、
可愛らしいマークで彩られた中に、『天然ボケを直す100の方法』と書かれていた。
……ご丁寧に自身の名前まで書かれている。


(……兄貴とは別のタイプ変人だなぁ、こりゃ)


心の中で薄く笑ってしまう。



「あーっ!!ちょっとレオーネ!なんでそいつがアジトにいるのよ!!」


 爆音にも似た怒声が人識の耳を劈いた。
面倒くさそうに後ろを振り返ると、
上から下すべてがピンクの彩になっているゴスロリの類を着た薄紅色の少女、
マインが仁王立ちで立っていた。


「だって仲間だし」

「ま、だ、!仲間じゃないでしょっ!!ボスの許可も降りてないし!!」


 親の敵とでも言うような視線をマインは人識に送り、
距離を詰めて見定めるように順々と舐めるように睨み付ける。
次第に視線は上に進み、瞳が視界に入った瞬間。


「――!」


 えも言えぬような恐怖感。
見てはいけないものを見てしまったような絶望感に、
理解してはいけなかったものを理解したような理不尽さに、
マインはたじろいで一歩、後方へと下がった。
黒曜石のそれよりも黒い、漆黒という言葉では足りないほどに、黑い。
たじろいだ今ですら、闇が目の前に広がっているようにも感じる。



 何か、違う。
明らかに、違う。
世界が違う。
次元が違う。
そう、確かに感じたマインは、それでも。


「不合格よ」


 と、威勢を張った。


「あ――アタシ達は殺し屋のプロフェッショナルなの、とてもじゃあないけれど、

 一緒に仕事が出来るとは思えないわね」


 半分は本音だった。
殺し屋と殺人鬼は、違うのだ。
性質が違い、本質が違い、だからこそ、
『一緒』の、同じ仕事ができるとは、到底考えられない。



 言われた当の人識は――笑っていた。


「かはは。かはははっ」


 思い出し笑いのように、含み笑いで、
全面に出す楽しそうな愉快そうな犯しそうな、笑い方だった。


「不合格――不合格、ねぇ……」


 不合格か。
と、確かめるように口に出してはウンウンと頷く。
不合格――試験か、試されたのか。


「いやいや、別にいーんだぜ?俺は失格だからよ、二重の意味で失格してるんだからよ」


 不合格と失格は、似ているようで全く意味合いが違う。
マインは人識が一体何を口走っているのかも、それが口先三寸なのかも、
何もかもがわからないが、一言捨て台詞のように吐き捨てる。


「と――兎も角!アタシはアンタが仲間だって認めないからね!」


 吐き終わり、言いたいことだけを言って、マインは早走りで会議室から出て行った。


「……あー、気にするなよ、マインは誰にでもああなんだ」

(それにしては、なにかいつも以上だったようだけれども……)


 人識の様子も、妙におかしい。
いや、いつだって彼は掴みどころのない少年ではあったけれど。


「うーん、馬が合わないのかな」





「ここは訓練所という名のストレス発散所だ」


 訓練所――ではなく、ストレス発散所。
日本式のような縁側と軽石が軽く敷き詰められていて、
本当に別世界なのかどうかを疑ってしまうほどの、日本造りの造形をしている。


(松の木もあるしよ……本当はどっか別の場所ってだけじゃねえのか……?)

「んで、あそこにいる見るからに汗臭そうなのがブラートだ」


 ただ只管に振り回しているように見えて、隙無く間髪を入れずに、
左右上下全てをカバーしつつ、威力速力を落とさずに槍を捌いていく。
その姿を見て、人識は一人の零崎を思い浮かべていた。

 人識はその零崎を『大将』と呼んでいた。
愚神礼賛『シームレスバイアス』零崎軋識。
全てが鉛で構成されている釘バットを巧みに操るあの捌き方と、少し似ている。
とはいっても、あの槍にそれほどの重量があるとは考えられないが。



「ふぅ……おっ、何だレオーネじゃねえか!……っとそこの少年は、この間の少年か!」

「ん?俺と会ったこと有ったっけか?」

「ああ、この姿で会うのは初めてか?初対面の時は全身鎧だったからな」


 白銀の鎧に抱き抱えられてこのアジトに来たことを思い出した人識は、苦く笑った。


「ああ……鎧の」

「んじゃあ改めて、ブラートだ、宜しくな」

「気を付けろ、こいつホモだからな」


 こっそりとレオーネが人識に耳打ちすると、
ブラートは上半身裸のままで苦笑する。


「オイオイ……誤解、されちまうだろ?なぁ……?」

「……傑作だな」


 頬が蒸気したのは槍捌きで心拍数が上がっているからだ。
きっとそう。
きっと。
多分。

 うん。





 茂みに隠れて動く人物がある。
自身が緑に染まっているのはこの為だと言わんばかりに、
自然に隠れているが、荒れた息のせいで全くと言っていい程に、
隠密行動となってはいなかった。


「そろそろレオーネ姐さんの水浴びの時間だ……俺は!あの胸を見るためなら危険を省みない!!」

「じゃあ指三本貰おうか」

「あぎゃぁぁアアアアァァァァァァ!!」


 人体から鳴ってはいけない音が連続して響き、
その直後に男の叫び声が木霊するまでに大きく響いた。


「懲りないなーラバは、本当にバカだなラバは」

「まだだ……まだ行ける!どこまでも飛べる!」

「じゃあ次は腕を一本な」


 と、思うと次の瞬間には既に相手を這い蹲らせて腕を折る準備を始めていた。


「という訳で、このバカはラバックな!」

「何がどーいう訳だよ……あーあ、脱臼しちまってるじゃねえか、

 貸してみろよ、『糸』で応急手当しといてやるからさ」


グローブを嵌めると風切り音と同時に、見えない何かがラバックの小指と薬指、中指に急速に巻きついていく。



 不可視の糸。
不可視の力。
最も――それは模倣の技であり、
本家とは異なっている強さなのだけれど。

「うあぁ痛い!何すんだ新人!動かん!動かんぞ!」

「これか?曲弦糸っつーんだよ」

「……キョクゲンシ?糸?」

「おう、曲がる弦の糸で曲弦糸。傑作だろ」


 かはは。と笑う人識を他所に、ラバックは自身の帝具、
千変万化『クローステール』を頭に思い浮かべていた。
痛む指先に巻き付いた糸は、自身の強靭なそれよりかは幾分かランクとしては劣るものの、
その速さは異常にも近い。


「なんだよそれ……傑作だな」

「じゃ、次は腕だな」

「ばああああぁぁぁぁぁぁぁ!!痛い姐さん!!イイッ!!」





「なんでアジトに河原があるんだよ」

「細かいことは気にするな、便利だろ」

「少しは気にしろよ……滝もあるじゃねえか……傑作すぎだろ」

「んーと、ほら、あそこにいるのがアカメだ、可愛いだろ?」


 得体の知れない生物が丸焼きにされている光景があった。
それだけでも不気味だったが、それ以上に手前で黙々と椅子に座り、
その獣(?)の肉をこんがりと焼き、食べている少女の姿は異常だった。
……燃え盛る炎に焼かれている獣の表情は気持ち悲しげだった。



「なぁ……アレ、なんだよ……」

「アカメ」

「いや、予想通りの答えだけど、そっちじゃなくて」

「あー、あれか、アレはエビルバードって言ってなそれなりに強いぞ~」

「あれ一人で殺ったのかよ」

「アカメはあれで野生児だからな、自慢の友人だよ」


 レオーネは胸を強調するように張って誇らしげににぱーっと笑う。
どうやらそのエビルバードとやらはそれなりに強いらしい。


「んっ……レオーネも食え」


 淡々と眼の前の肉を食っていたアカメは不意にこちらを覗いたかと思うと、
レオーネに向かってポイと放物線を描いてこんがりと焼けた肉を放る。



「……お前、仲間になったのか?」

「まだなっちゃあいねえよ」

「そうか、じゃあ、まだこの肉はやれないな」

「いや、要らねえよ」

「……そうか」


 一言ずつの会話が途切れたかと思うと、アカメは不機嫌そうに前に向き直し、
エビルバードの肉を貪るように腹の中へ収めていく。
エビルバードはまだ悲しげだった。


「美味いぞー人識くん、口移しでいいならやるよ」

「だから要らねえって……傑作だろこれ」

「味は傑作だけど」

「……おう」


 もしゃもしゃと音を立てながら二人は肉を喰らいつつも、
幾つか会話を重ねていると、


「んーアカメー、今日はなんか奮発してないか?なんで?」

「――っん、んぐ、今日は、ボスが帰ってきている」



「――よう、レオーネ」


 エビルバードの奥にもう一つ椅子があり、
そこにはスーツ姿の女性がいた。
ラバックよりも淡い緑のショートカットヘアーに、右腕には女性にしては物々しい義肢、
同じく右目には眼帯をしているボスと呼ばれた女性は、
顔こそは笑っているものの、声色が明らかに怒に振り切れていて、
隠そうともしない怒りが顕になっていた。


「レオーネ、どうして私が怒っているか、分かるか……?」

「ボ、ボス……そ――そうだ!ボス!この人材推挙!」

「話は後で聞く」


 レオーネは半ば人識を盾にしようと縮こまりながら人材推挙するも、一蹴される。
どうにもならないと踏んだのか、レオーネは決死の想いで後方へ全力疾走するも、
義肢から放たれた手がレオーネのマフラーをがっしりと掴み離さない。


「ひいぃぃ!」

「時間オーバーの件は聞いているが、もっと早くに止められたんじゃあないのか……?」

「悪かったって!分かったからキリキリするの止めて!!」



「――それで、そこの少年、見込みはあるのか?」

「……凄いですよ」

「…………」


 ふむ、と椅子に深く座り込んで考える。


「あのよ、俺は別に――」

「とにかくやってみろって!」

「とにかくもなにもねえだろ……」

「時給も高いぞ」

「バイトじゃねえかよ!」


 こうしている間にも、人識少年から――否、
人識の周囲にまとわり付く殺気が色濃くなっているのがわかる。
それは誰に向けられたものでもない。
強いて言うなら、それは世界そのものに向けられている。


(殺気は確かに素晴らしい程だ……、だが、ただ駄々漏れになっているなら、

 自分から居場所を伝えているようなものだろう。

 話を聞いても、俄かには信じ難いが、アカメと――、

 アカメと『村雨』に対等に渡り合ったとも聞いている……、ふむ)


「……アカメ、会議室に皆を集めろ。少年の件も含めて、前作戦の結果を詳しく聞かせてもらう」





「成る程、俄かに信じがたい話だが、深くは聞かん」


 深く椅子に腰を落としながらナイトレイドのボス、
ナジェンダは深く溜息を吐く。

 ここに来るまでナジェンダは人識の事を信用してはいなかった。
目覚めたら森の中に眠っていて、しかも本人が言うには別の世界から来ているというらしい、
そんな御伽噺のような話を、一体どうして信じられようか。
まだ帝都に捕まって命辛々逃れて森で行き倒れ記憶を失っているという方が信頼できる。

 だがしかし、別段それは問題ではない。
たとえ本当に記憶がなくとも、別世界から来ていたとしても、
――いや、勿論、それはそれで問題なのだろうけれども。

 問題はもっと別にある。
つまりは――この少年が敵であった場合だ。
つまり、記憶喪失であり、且つ本来の所属が『帝都側』であった場合……。
情報伝達が正確ならば、実力は確かにある。
さて、どうしたものか。



「元々、言いたくないことも多くあるだろう……、

 特に身元に関しては深く探りを入れようとはしないさ。

 しかし、事情を聞くようでは働き口もないと聞く……どうだ?ナイトレイドに加わる気はないか?」

「断った場合はお命頂戴ってか?」

「……いや、特にとって食おう等とはしない、その代わり何もなしで返すわけにもいかんからな、

 工房で作業員として働いてもらうことになる」

「あー、そりゃあまずいな、俺手先は器用なんだけどさー、どうにもそういう仕事は向いてないんだわ」


 人識は嘯くように言ってから笑う。
当たり前のことを言っているようで、何処か浮き足立っているように聞こえ、
何処か掴めない雲のように感じる。
一つ間違えれば何かの歯車がズレてしまうような感覚に、
乱れそうな心を冷静に保つ。


「とにかく、断ったところで死にはせん……それを踏まえた上で、どうだ」

「酒を勧めるみたいに言わないでくれよ、こう見えても未成年だぜ、俺」


 かはは。と、考えているのかいないのか、はっきりとしない口調で戯る。
未成年にしか見えない体躯で一体何の見栄を張っているのか。



「――大体よぉ、実際、俺の与太話、いや、俺からしちゃあ現実で真実で事実なわけだが、

 それをあんたらが信じているかどうかってぇところでも不明瞭だよな。

 信頼できるかどうかも怪しい奴を仲間にしようと思うはずがねえ、

 これをどう汚名返上名誉挽回すればいいと思うよ、汚名も名誉も俺にはねえんだがよ、かはは。

 傑作だよなぁ、ボスさんよあんたはそこら辺、どう思ってんだ?」

「…………」


 乱暴に床に胡座を掻いた人識を見て、ナジェンダは、
黙る。
答えがなかったわけではない。
つい今先程、考えていた所だ。
考えがないわけがなかったが、それでも黙った。
考えていた事を当てられて――心を見透かされて、
その上土足で入られたような、そんな人識の行動に――黙る。

 これは――どういうことだ?
果たしてこの行動は――どういうことだ。
信頼を寄せようと奮起しているようにも、
自暴自棄になって敵地に向かうようにも、
そのどちらともにも見える。
果たして、この行動は、どういった原理で行われている?
理解が出来ない。
当たり前の行動を当たり前にこなす、眼の前の少年の、
奥が見えない。



「……、そうだな、正直に言って信頼は薄い。話の信憑性も同じく薄い、

 だからといって突き放すような真似はしないさ。

 しかし少々の間は視役を付けて行動してもらうだろうな、

 そこから信頼できると判断した上で、改めてナイトレイドとして迎え入れようと思う」

「なんだよそれ、仮免かよ、かはは」


 笑う人識をみて、安堵する。


「――この国は腐りきっている。帝都の皇帝は未だ幼い、だからこそ裏で操る大臣が私腹を肥やし、

 結果的に、国を腐らせ周辺の地方を根刮ぎにし、今や悪循環が長く続いている……。

 表面上は豪華絢爛であったとしても、その裏は魑魅魍魎が蠢くだけだ、

 ――帝都の遥か南に、反帝国勢力である革命軍のアジトがある。

 結成当初は小さかった革命軍も今や大規模な組織として名を馳せ成長した。

 そして必然的に情報収集や暗殺、秘密裏に行われる仕事をこなす部隊が作られた」


「……それがナイトレイド、ってわけか」



 無言でナジェンダは頷く。


「今は未だ帝都のダニ退治に勤しんでいるが、軍の決起の際、

 混乱に乗じて腐敗の根源である大臣を――この手で討つ!!」


 ――大臣を、討つ。
それは、国を引っ繰り返すと云う事だ。
決して冗談で言っているわけではない。
国一つを相手取ると、彼女は言っている。

「……上手く行く策でもあるのかよ」

「無論、勝つための策は用意されている。時が迫れば、確実にこの国は変わる」

「確実にねえ……そりゃあ傑作なことだな」

「その為に、人識、君の力が必要というわけだ」

「不可欠じゃあ、ねえけどな」

「十分不可欠だよ、アカメと渡り合ったその力を、ナイトレイドで使って欲しい」

「あんまりよ鬼の事を救世主みてーに扱うなよなぁ……俺は殺人鬼だっての、どいつもこいつも……。

 ――いいぜ、その大臣様とやら、殺して解して並べて揃えて――晒してやるよ」


 あの会話がなければ、ナジェンダは適当な理由を付けてアカメか誰かに監視役を勤めてもらうところだった。
だが、この少年に、小細工は通用しない。
その解答に行き着いた彼女ははっきりと正直に答えた。
それが吉と出るか凶と出るかは、本人にすら解らない。



「随分と簡単に言うわね、遊びじゃないのよ」

「確かにそうだ、殺しなんて遊びじゃあねえ、詰まらねえ将棋みてえなもんだよ。

 殺しなんて――つまんねぇよ」


 将棋は娯楽の一種だとか、
解答がズレているだとか、誰一人としてそんなことは言わなかった。
何故なら、解答がズレているのではない、この少年が、ズレているのだから。
人とは違う、何かが違う。


「そうだな、どんなお題目をつけようが、殺しは殺しだ」

「そう、俺達に正義なんてもんはねえ」

「ここに居るみんな、何時報いを受けたとしてもおかしくありません」



 覚悟。
ほんの少し前に、その言葉には嫌と言う程、体験し、体感した、
――モチベーション、零崎一賊の家族愛。
……自身のキャラではない事をしたと、人識は反芻する。
苦い記憶をかき消すように、
その記憶を思い出さないように、言葉を紡いだ。


「かはは。そりゃあそうだ、切った張ったの世界だからよ。

 暴力も権力も財力も、普通の世界も、関係ねえ。

 人の死には刃物と流血があればいいんだ――それ以外は、何も要らねえ」


 そう、正義も悪もな――と続けた人識の台詞を遮るように、
きゅるきゅるきゅるきゅる。
と、何かが巻かれるような音が、大部屋に反響する。


「――ッ!?ナジェンダさん!侵入者だ!」

「人数と場所は」

「俺の結界の反応からすると、恐らく8人!!全員アジト近隣まで侵入しています!」



 帝都内だけではなく、その他にも革命軍に敵対している組織は多い、
――否、敵対させられていると言った方が正しい。
その為、ラバックの持つ帝具、千変万化『クローステール』の性質を用いたアジト全土を覆う結界がある。
基本的に糸の結界は敵の察知に使われるが、現状使用される事は少ない。
(余りにも距離が有り過ぎ、具体的な位置も割り出せないので、敵の拘束や始末する事が出来ない為)

 余りにもそれが無謀だということが、分かりきっているからだ。
今までに侵入がなかったわけではなく、それこそ最初の頃は頻繁にアジトに侵入する者も居た、
だが、一人として帰ったものはいなかった。
しかし、逆にここまで深く侵入される事は無かったのだ、
久々、どころではなく、初めてといっても過言ではない。
一体どうしてだ、一体どうして糸の位置を知っていたような、結界があると知っていたような。
そんな行動が出来る。


「成る程、ここを嗅ぎ付けてくるとは、強いな……恐らく異民族の傭兵だろう。

 仕方ない、緊急出動だ――全員生かして帰すな」



 スイッチが切り替わったかのように、先程までとは別人に入れ替わったように、
大部屋の室内に殺意が籠る。
常人ですら感じ取れる、殺意。


「――行け」


 命令が下った瞬間、ボスであるナジェンダと胡座を掻いていた人識を除いて、
既に後ろ姿しか見えないほど素早く、行動に移していた。


「おー」


 そんな室内でも、人識は悠然と笑っていた。
笑うことしか出来ないとでも言うように、笑っていた。


「何だか傑作だよな、笑っちまうっつーの、こんな状態。

 ここに来てからどーしてか随分とこういう局面増えたきぃすんだけどよ」

「こういう世界だからな、……ボヤボヤするな初陣だ、始末してこい」

「かはは。初陣なら三歳の時に済ませてるよ」


 本当かどうかもわからない戯言を嘯いて、
殺人鬼、零崎人識はゆったりとした動きで立ち上がった。
そして平然と、悠長に歩き始める。

人を殺める為に、歩き始める。





 頭数を数えて――四人。
黒髪の少女、アカメを含めなければ、三人。
たった一人の少女に、三人。
それは誰が見たところで変わらず圧倒的な戦力と言えよう。
圧倒的な絶望感を、感じる事だろう。
そう、普通では、そうだ。
普通ならば、負ける筈がないのだと、
先入観だけで、彼らは勝負を付けていた、決定づけていた。
だからこそ、油断していたとも言える。
だからこそ、三人はそれぞれの武器を手に、薄く笑みを浮かべていた。
浮かべられる余裕が、あった。


「コイツがここにいるってことは、やはりアジトはこの近くのようだな……」

「アイツの言っていた事は正しいって事だ」


 厭らしい、下賎な笑みを浮かべる。
まだ、笑顔を表情として浮かべることが出来ている。
対して、そんな笑みに何を思うでもなく、
アカメは冷静沈着に三人を見据え、見下した。



「それにしても可愛い女だなぁ」

「殺った後も楽しめそうだ、あまり体に傷を付けるなよ――」


 一振り。
彼らにはただ少女が眼の前から消え、
何時の間にか背後に立っていたように見えただろう、
少女の一振りすら、見えなかった。
タネも仕掛けもないトリックのように。
タネも仕掛けもない、純粋な速さ。


「お前達、敵地で余裕を持ちすぎだ……」

「そんな」

「速すぎ……る」


 男達の喉頭から傷が浮かび上がり、直後に空気と伴って出血が始まる。
呼吸を試みるも、気管に血が混じり、次に平衡感覚がなくなり、
倒れる最中に絶命する。


「クソッ!!せめて相打ち……に!――傷口か、ら呪……?毒」


 心臓を握られる感覚。
傷口から呪いのように、体によくわからないものが広がっていることが分かる。
分かったところで、どうにもならない。
自身の体に起こった事を理解した時には既に遅い。
それを言ってしまうのならば、彼女を相手取った時、
最早その瞬間に彼らの運命は決まっていた。


「一撃必殺」





(――侵入を気取られた!

 しかしここにアジトがあるのは確定……!)


 森の中を駆ける者がいる。
その人物は素早く、只管に走っていた。
無闇矢鱈と言う訳ではなく、アジトから遠ざかるように、
しかし逃走ルートを気取られないように、走る。


(この情報だけでも莫大な価値がある……!!

 逃げ延びて、帝国に報告する!!)


 男は逃げ生きようとしていた。
誰にも気取られてはいない、そう確信して、
体力が続く限り、走る。



 しかし、現状、男の思惑通りではなかった。


「かなり遠くまで逃げてるわね……打ち抜くには姿を晒さなきゃならない……か」


 マインは息を殺し、帝具浪曼砲台『パンプキン』を脇に抱えて精神を研ぎ澄ます。
風向き、距離といった条件を見据えて、『的』が次に動く地点を予想し――、


「貰ったァ!!」


 ――背後から傭兵が飛びかかる。
しかし、マインはそれを知っていた。
『それ』がなければ――きっとこの銃弾は届かないだろうから。
自信に満ちた表情が一変、――いや、一変する余裕もなく変わらず、胴体から二つに切り裂かれる。
剪定でもされたように、人体よりも大きな刃物で切り裂かれるように。


「すいません」


 傭兵から流れ出る血飛沫を浴びながら、シェーレは無表情で謝った。
申し訳のなさから来ているとは思えないほど、無感情に、
それ以外の感情を知らないといった風に。


「ありがと、シェーレ」


 これで、大丈夫だ。
この『リスク』なら、何も問題は無い。


「ナイスピンチ、このリスクだけで充分届く……ッ!!」


 爆発音。
落雷のような轟く音が、森の一部に鳴り響いた。


「――――」


 直後、放たれた砲台の如き銃弾の周辺には何一つとして存在を許されなかった。
地上から抉り取られたかのように、森の細部は消滅し、
同じく傭兵の亡骸も、影形もなく消失した。


「よっし!命中!ピンチになる程アタシは強い!」


 浪漫砲台『パンプキン』。
所有者の『リスク』が高まるほど、破壊力も伴い向上する。





「おっ?」


 山吹色の獣耳が小さな音を聞き取る。
微かに聞こえたその音に、反応する。
爆発音、落雷のような……、ともなれば、


「今のはマインのパンプキンか。よくあんな面倒くさい帝具使うなー」


 レオーネは男に死体に座り込んでいた。
死体の腕は捻じ曲がっており、他にも異様に膨らんでいる部分や、
血みどろとなって、一体それが何の臓器だったのかはっきりとしない。


「その点、こっちは獣になって惨殺……分かり易い」


 自身の獣に生った腕を眺め、嬉しそうにニコリと笑う。
そうして座り込んでいると、またもや何かの音が聞こえる。


「……んーと、これは何だろ、――女の子かな、じゃあラバだ」


 加害妄想もいいところでラバックに責任を押し付ける。
そうすると、レオーネは腕を組んで幾つか考え事に耽り始めた。


「3、4、6……で、今ので7……終わっちゃったか」


 がっかりした様子で、悪態を付きながら死体から立ち上がる。
そして、のんびりとした歩調で、レオーネはアジトに戻り始めた。

死体は動かない。





 距離にして二十メートルもない。
相対する両人の距離はその程度のものでしかない。
片方が攻撃を行うには十分過ぎる距離であり、
片方が相手の命を刈り取るのに十分すぎる距離だ。
しかし、二人は動かない。
両人が達人のような、深い読み合いがなされている訳では決してない。
では一体何故、敵対している二人は動かないのか。

 それは、単純に動けなかったからだ。
片方が片方を二十メートルもの距離を置いて、
身動ぎすら許されない程の拘束を行っているからだ。
集中しなければ目視すら出来ない程の、細い糸で、
吊るし上げ、素肌に食い込む、しかしその糸の強靭さ故に、決して切れることはない。
帝具、千変万化『クローステール』。


「糸の手応え軽いと思ったら、女の子かよ」


 不機嫌そうに言葉を発したラバックは糸の締め付けを――切り付けを強める。
より一層切り込む糸は少女の肌から血を滲ませた。



「お願い……!助けて!なんでもするから――」


 痛みに耐えきれなくなったのか、それとも元々から手段としてこうする予定だったのか、
少女は助けを懇願する。
ほんの一瞬だけラバックは少女を睨みつけ、


「だーめ、色香に惑わされて死んだ奴を知ってるんでね」

「――!!」


 ぎゅるるぎゅる。
どこからかそんな音がする。
これも単純に、場所が洞窟だからこそ、音が反響するだけなのだけれど、
それでも、音は幾重にも重なる。

 重なり、重なり、重なり、重なり、近づく。
少女は必死に顔を歪めながら何処から攻撃が来るのかを確かめんとして、
周囲を決死の思いで見渡すと、
正面の少年、ラバックの手の甲に異様なスピードで糸が巻かれている場面を目撃した。
速い――というより、疾い。
急激な疾さで巻かれていく糸を眺めて、少女は自分の死を理解した。

 高速で回収される糸に『巻き込まれる』と、一体どうなってしまうか。
全身がその状態で、『巻き込まれる』と、どうなってしまうのか。
それは――。


「あー……勿体ねぇ!こういう時切ない家業だよなぁ……」


 あまり少女の亡骸を視認しないように来た順路を戻る。
ラバックの足取りは物哀しいものだった





「うおっ!どーしたんだよその怪我……うわーひっでえ事する奴も居るもんだな、

 ありゃりゃーこりゃあパックリいっちまってんなぁ、おっさんその腕貸してみろよ、

 俺が応急手当しといてやるよ」


 おっさん――そう呼ばれる男性は畏怖していた。
恐怖――していた。
これは――違う。
生来のものではない。

 一体――一体、この少年は、なんなんだ。
人なのかどうかさえ判断がつかない。
同じ人間なのかどうかさえ、断定できない。



 話はたった数秒前に戻る。
現在絶死の状態に限りなく近い男性は、走っていた。
果たしてそれが逃走であったのか、それとも闘争するために走っていたのか、

 自身でも解らない。
今までの人生の中でも屈指の――否、絶対的な順位を誇る混戦に次ぐ混戦。
それでも――それは地獄とは形容しがたいものだったのだけれど。
自身の足が一体何処に向かうかなど、予想できる訳もなく、
只管に彼は走っていた。
安全を確保しながら、視界に映るトラップや視界の端に映った人影らしき者から避け、
途中で立ち向かっては何時の間にか消え去り、
それを繰り返して、走り着いた先に、

 それは居た。
殺気があった。
殺意があった。
殺痕があった。
殺意の塊が、そこには確かに存在していて、
息を詰まらせる、純粋な殺意。
零崎人識が――そこには居たのだ。



 それを正面に捉えたとき、彼は迷わず、
寸断の迷いもなく、
寸分の狂いもなく、
狂気だけで、眼の前に迫っている、殺意を、
少年を、殺す。


「少年といえど――手加減はせんぞォ!!」


 惨殺し、斬殺し、滅殺し、完膚なきまでに殺しきる。
殺しきる。
ころし――ころし。
そこまでの思考は、確かに成立した。
しかし、少年が背後を見せたまま、
何一つとして動作せずに、しかし自分の両腕が視界から消えた瞬間。
彼の脳内に浮かんだのは少年と同じ程純粋な恐怖と戦慄。

 恐ろしい。
少年が一体何をしたのか、これ程もわからなかった。
気付いたら、痛みもなく両腕が切断され、
気付いたら、右足の半分以上が消え去っている。


(なんだ――一体、なんだ)

「あん?」


 風切り音が聞こえて、
彼の耳には何も届かなくなった。





「ねぇ……シェーレはさ、あの新入り、死んだと思う?」


 丸太を平均台のように渡りながら、マインはぽつぽつと、
そんな事をシェーレに問いた。


「大丈夫だと思いますよ」

「……なんで?」


 特に反論もなく、その理由を深く問いただす。


「アカメと同じくらいの実力だって、レオーネが言ってますからね」

「戦って生き残っただけの運の良い奴ってだけよ」


 そんなマインの反応にシェーレは微笑む。
認めたくないのだろうか……、
会議室でもそうだったけれど、どうやら本当に人識とマインの相性は悪いようだ。


「それに、剣を交えたアカメが言うには――」

『全てが完成されている、だが、底の見えない強さがある』


 随分とふてくされていた彼女から聞き出した台詞。
これ以上は強くなれない。しかし、もっと恐ろしく強くなれる。


「……なによそれ、言葉遊びかなにかのつもり?」

「どうなんでしょうね」





「――零崎一賊の者だな」

「――あ?」


 違和感のある男が、立っていた。
正確に言えば、違和感のない男が、立っていた。
人識にとって、それは見慣れている服装で、
この世界からすれば、見つかりもしない服装というだけで、
違和感のあり、価値観の違う男が――そこに立っていた。


「……なるほどな、どっかで絡んでくるだろうとは思っていたけれどよ、地味な登場じゃあねえか。

 かはは。傑作だぜ、別世界まで追いかけてくんなっつの――呪い名さんよ」


 呆れたように溜息を吐いて、人識はタクティカルベストから、
無骨なバタフライナイフを取り出し、
無造作にナイフの切っ先を男性に向ける。


「あんたがドコのダレだかは全然知らねーんだけどよ、悪いな。

 老若男女――容赦なし、だからよ」


 手元でパチンとナイフを鳴らし、
男に背を向け楽しそうに笑いながら歩き出す。
男――『人形』と呼ばれる、既に中身のない男は、
その背中を追おうと、前進したところで、
奇跡的なバランスで保たれていた胴体が、崩れる。

 最初からそうであったかのように、
まるで元々からそうであったかのように、
足から崩れ、指先が崩れ、バラバラに、解体されて、死終わって、
死んでいく。



「人識、ご苦労」

「うぉ!……草木から急に生えるように出てくるなよ」


 顔色一つ変えずに無表情で飛び出してくるアカメは、
下手なホラー映画のそれよりも恐ろしいというのが人識の体験談である。
ちらりと人識の背後に横たわる二つの死体を、アカメは見た。
――急所どころではなく、
文字通り肉の塊に成り下がってしまった、死体と呼べるかどうかも怪しいその塊を。
その光景に、流石のアカメも顔を僅かながらに顰める。


(――――)


 そして何を思ったのか、何も思っていないが故の行動なのか、
一つ小さい人識の頭に手を置く。


「おいこら……テメエ、やっちゃあイケナイことをやったな……今俺の――」

「……ナイトレイドへようこそ」

「あ?……はぁ、傑作だ」


 大きく、幾度目かの溜息を吐きながら、人識はアカメの手を振りほどいて、歩き出した。
すると、今までアカメと人識がいた場所に白銀の鎧を着たブラートが全速力で飛び込む。


「トォゥ!!敵がこっちに逃げてきただろう!?あとは俺に任せろ!!」

「もう終わった」

「へ?……え?」





 侵入者の迎撃が終わり、
野外で宴のような食事が行われた。
新たな仲間の歓迎会と名目を打ってはあるが、
当の人識は何もせずにそれをぼぅっと眺めているだけであった。


『零崎一賊の者だな』


 時宮病院の操々術の一つ、空操人形。
過去に何度か、人識はその人形と戦ったことがある。
結果は言うまでもないことだが。


(じゃあ、それならここにいる奴らが全員操々術なのかって――、

 ……それはないっつったよなぁ、しかしアイツは俺を零崎だって知っていやがった。

 呪いなんて受けるほど――しかも、時宮に――ちょっかいなんて掛けちゃあいねえんだけどな。

 兄貴ん時みてぇに零崎と匂宮を抗争させようって訳でもない、っていうか無理だな。……全然分からねぇな)



「――初陣、ご苦労だったな」


 何時の間にか、宴の席を離れていたナジェンダは軽く人識を労う。
しかしどうやらそれだけではない様子で、言葉は紡がれていく。


「しかし、どうにもお前には放浪グセがあるようだな、先にも言ったが、

 お前には監視役を付けさせてもらうぞ……構わんな?」

「別に構わねえよ、言い出したのは俺の方だからな」


 楽しそうに、人識は笑う。


「アカメと組め」

「――は?」

「『は?』とはなんだ『は?』とは、

 可愛い美少女にお目付け役を勤しんでもらうんだ、感謝して欲しいくらいだ」

「いや、どっちにしてもあんたに感謝する筋合いはないよな、それ」


 先程まで笑っていた人識の顔に、曇が見える。


「何を言う、ブラートやラバックみたいなむさくるしい方がいいのか?」

「普通そっちに行かねえのか……?」

「面白味がない」

「必要ねえよ!んなもん!」



 ただでさえ初対面で殺し合いをした仲だというのに――、


「いいな、アカメ?」

「うん」

「いいのかよ!」


 もしかすると気に病んでいるのは自分だけなのかもしれない、
そう考えると少々複雑な気持ちになる人識だった。


「何かあったら斬っても構わん」

「……うん、分かった」

「分かるなよ!人として!」


 鬼が人に人を解くという、奇妙な現実が出来上がっていた。
そして殺人鬼の言う台詞では全く無かったが、
しかしそんな台詞も虚しく、また風化していく。


「なんつーデジャヴュだよ……傑作だ……傑作すぎる……」


 宴は今も尚続く。

42……なんか長すぎて申し訳ない、
長すぎて読む気がしないってことなら半分位のキリの良い所で終わらせようかなとも思っています
どうでしょう、このままでいいのでしょうか……

皆様方が西尾先生に訓練された読者のようで安心しました
少なくとも一話三十程度は行くやもしれませんので読んでくれたら幸いです



人は変われない。
 生物は変われない。

変わったと思いつつも、その奥底は同一であり、
 変わったと思いつつも、その本質は同一だ。
  それは全ての生物に適応される。

欠陥製品もまた、変われない。
 変わろうとしても、例え変わったと錯覚しても、その性質は同等だ。
  その残虐性も、何もかも変わらない。

人間失格もまた、変わる事が出来ない。
 変わったところで、例え変われたと錯乱しても、その本質は同等だ。
  その変異性も、何もかも変われない。

たとえ環境が変わり、世界が引っ繰り返り、
 たとえ世界が終わり、環境が亡くなったとしても、
  生物の性質は変われない。
   生物の本質は終われない。

鬼が死ぬまで。
 人が終るまで。

 
 



 厨房。
掃除の担当がそうなのか、それともアカメが綺麗好きなのか。
多くの調理器具や調味料、一カ月は持ちそうな程の量の食材がそこには並んでいるが、
決して物々しくなく、雑多という訳ではない、整理整頓がされた部屋だった。

 アジト内での炊事を担当しているアカメはそこに一人で居た。
人識のお目付け役を兼用している為、必然的に人識もまた炊事を担当することになるのだが、
何時の間にか、煙のように人識は消えていた。
あの『殺気』が無くなったという訳では決してない。
そもそも、あれは消えるような代物ではないのだ。
あれは――何時如何なる時も、人識に纏わり憑く。
誰が相手であろうとも、場所も、時も、例え寝ている時であろうとも、
無くなるものではない、そんな『どうにかなる』ものではないのだ。
それだというのに、あの殺気を消さずとも、人識は消えていた。
消えてしまっていた。

 不機嫌そうな表情で、アカメは食材を剥いては切り刻み、
皿に盛りつけてはその半分が消える。
消える、というか、収まる。



「アカメ……あんたよく食べるわね、太らないのが不思議だわ……。

 ――ん?あいつ、どっか行ったの?清々するわね」


 心底安心したというように、全身をピンクに染めたような少女、
マインはツインテールを靡かせる。
相性が合わないからか、(というよりは、一方的に苦手意識を持っているだけだが)
その様子は本心からの台詞だった。


「――ん、依頼か」

「おう、ちょっくら帝都に行って来るからよ」

「その間の留守番は宜しくお願いします」

「――」


 咀嚼中のアカメは無言で頷く。
ナイトレイドは表舞台では基本的に帝都民からの依頼によって暗殺を行う組織だ、
その為その場で動ける人材と、緊急の事態に備える為に残る者がいる。
現在依頼を受けた状態のレオーネと、ボスであるナジェンダを除いたメンバーが、
帝都に向かう事になっている。


「程々にしておきなさいよね、帰った時に何も無しとか、私嫌だし」

「分かった」


 何時もよりも摘み食い(最早その域ではないが)
の量が多いと感じたマインは一つ注意をしてから出掛ける。


「……」


 髪留めを外しエプロンを脱いでアカメは無言で立ち上がった。





 河原の上流には滝がある。
滝の水飛沫と、山奥の上部に存在しているからか、
体全体を包む冷気がいやに強く感じられた。


「――あのさ、別にどーだこーだってのは言わねえがよ。

 あんま人の後付けるのはよかねぇ事だぜ?ストーカーじゃねえんだから、かはは」


 うんざりするように、人識は吐き捨てた。
恐らくは――殺気を気取られたか。
かなり遠くの山奥に来たつもりだったんだがなぁ。
そんな風に考える人識のことを知ってか知らずか、
アカメは淡々とした物言いをして、


「私は監視役としてここに居るだけだ」


 服を脱ぎ捨てた。



 服を脱ぎ捨てたというのは少々の語弊がある。
アカメはその後丁寧に服を畳み込んでいたし、
その服装の下にきちんと水着を着込んでいたのだから。
突如服装を脱ぎ始めたにも拘らず、人識は特段、何も思わなかったようだった。


「ん?監視役?んなもんあったっけか?」


 明らかに冗談だと分かる嘘を吐いて、人識は笑う。
本人にとっては本心からの台詞なのかもしれないが、
明確なまでの半笑いが、何処か人識の真剣さを台無しにしている。
思えばいつもこうだった。
こういう、どうでもよさが、人識を人識たらしめていると、
こういう、どうにもならなさが、自分を失格たらしめている。


「あー俺から言い出したことだったな、わりぃわりぃ、忘れちまってたわ、かはは。

 最近忘れっぽくてならねえ」


 心底どうしようもない、そんな風に笑ってしまう。
まあ彼は何時だって笑っているが。


「…………川の獲物を葬る」


 マイペースとも言える言葉で、
しかし少し言い淀んだ感じで一言呟いて、アカメは湖とも見える川に綺麗なフォームで飛び込む。
一つ前の台詞といい、どうやら素潜りで魚を獲るつもりらしい。
しかし、川底の見えないこの場所で、そして手ぶらで、一体どのように、獲って見せるのか――、



 瞬間、水面から躍り出るように、
自ら陸地に進んで飛び上がったように、十数匹の鮪よりも一回り大きな魚が、
上から降ってくる。


「おー、んだこりゃ、竜巻か何かかよ」


 打ち上げ花火の如く飛び上がった魚を見上げて、
子供のような無垢な笑顔で人識は笑う。
本当に楽しそうな、愉快そうな声で、笑った。
嬉しそうな、喜の感情を全面に出す笑い。
それは、本当の人識だったのか、
決してそうとは、思えなかった。


「コウガマグロ、警戒心の強い獲物だが、

 川底に潜り気配を断ち通りかかった瞬間に襲う、……出来るか?」

「俺にんな傑作な事が出来るかよ、俺はなんっつーの?溢れ出るオーラが止まることを知らねえんだよ」


 かはは。と何時までも笑っている。
それはどちらかというまでもなく、ただの殺気だったが。
――否、ただの殺気ではなかったのだが。

 人識の殺気は、全くと言っていい程に違う。
さながら、オーラのように纏わり憑く。
さながら、人間のように、そこに存在している。
残る殺し名のどれにも当て嵌まらない、呪い名のどれにも当て嵌まらない、

対極の対極の対極もない、零崎特有の――殺意。



「俺の――正確には、『俺ら』の、なんだけどよ。

 俺に家族はいねえからな、勿論、家賊もな。かはは。

 ――殺意は常に隣にある。内側じゃあなくて外側にな、

 正に滲み出るオーラの如く、正に溢れ出るオーラの如くってな、傑作だろ」


 ――確かに、そうだろう。とアカメは思う。
この殺気は簡単には消える事は先ず無いだろう。
それどころか、消えるものではないだろうと、考える、
そういう、『どうにかなる』類のものではない。
たとえ誰が相手であろうとも、たとえ場所が何処であろうとも、
人間も、位置も、時さえも厭わない。
たとえ寝ていようとも、その殺意はあるだろう。

 その殺意は、常に纏わり憑き、一個人としての存在感を主張してすらいる。
殺意は常に隣にある。
零崎唯一の――殺意。
これが――零崎人識か。


「だから俺にはそーいうの無理なんだよ、出来たところでやろうたぁしねえだろうけどな」


 言いつつ、タクティカルベストから五指を抜き出す形のグローブと、
急所を的確に抜き出す為の、掌よりも小さなナイフを取り出す。



 いや、と思う。
――見えない。
見えないが、きっとそこには『ある』のだ、
見えない糸、不可視の糸が、きっとそこには存在している。
コンダクターのように振る。
軽く音が鳴って、空中にナイフが浮いたように見える。
空中浮遊。
気にも留めずに、それをアカメとは別のポイントに放った。


「別に俺には家族はいねえよ、仲間も、『俺自身』は居るが、それ以外は誰もいねえ、

 ん?――ああ、そういやそうか、赤色いねぇんだし、俺が好き勝手に好きな事やってもいい訳か、

 ……まあ安心しろよ、取り敢えず行き掛けの駄賃ってやつだ」


 それでもあんま、馴れ馴れしくしない方がいいぜ。と笑いながら放ったポイントを眺めている。
多少意味合いは違うが、それでも今の人識に辞めるつもりはないらしい事だけが分かった。
支離滅裂とも取れる言葉であったが、少なくともそれだけは分かった、
果たしてそれが何時まで続くかまでは、わからないのだけれども。





 アジトの食卓には、三人が椅子に座っている。
三人しか、座っていない。
そこには、零崎人識が足りない。
現在出向いているメンバーを除いた全員がそこにはいた。


「ふーん、で?何匹釣れたの?」


 と、山吹色の髪を揺らしながらレオーネは成果を聞いた。
ここにはいない人物の事を聞く。


「一匹」

「釣れたんだな……」


 釣れたようである。


「それで当の本人は何処にいるんだ、監視役はどうした」


 食卓に並んだ魚料理を突きながらナジェンダは問い詰める。
とはいうものの、深い怒りはなく、宥めるようにも聞こえる。
最初からそうなるであろうことを予測していたようで、
驚き何もなかったという風だった。
手間のかかる子供を眺めているようにも見える。
言いながら煙草を吹かす姿はさながら母親のようでもあった。

 いや、まだ全くと言っていいほど、その境地には達してはいないけれども、
全く、その年齢にすら達してはいないのだけれども、
全く、その類の事はないのだから、

 全く、まったく。



「…………にげられた」


 不機嫌そうに呟いた台詞は確かに二人に届いた。
逃してすらいないというのに、逃げられていた。
一度ならず二度までも。
だからか、不機嫌そうなのは。
思いながら、煙草を吐いた。


「まあ、いいさ、仕方の無い事だ」


 あれはそういうものだと断定して、
そこで会話は途切れた。
これ以上追及する算段もなく、
アカメとしても言及するつもりはないようだった。
普段のアカメとは違う、だからか、奇妙な雰囲気が室内には滞った。
まあ、それも意味はないと、ナジェンダは考える。
何故なら、これからもっと濃くなるのだ、前座、と言ってもいい。
前座と言えるほどに、深く沈む。


「――レオーネ、数日前に帝都民から受けた依頼を話してくれ」

「…………」

「標的は帝都警備隊のオーガ、そして油屋のガマルって奴だ」


 依頼人が言うには――。





 淀んだ空気が流れている。
勿論、そこは食卓ではない。
密室的空間でもなければ、だからといって開放的という訳でもなかった。
開放的ではあるのかもしれないけど、そこでは開放される気持ちにはならないだろう。
開放される訳がない、――何故ならそこは墓地なのだから。
足元に人が、遺骨が埋まっているのだから。
死臭が鼻を劈いている訳ではなかったけれど、
夜間という効果も相まって、背景と感情が等しく溶け込むようだった。


「――オーガはガマルから大量の賄賂を貰っているんです」


 体全体を隠す類のローブを着た女性は不自然に低い声で語りだした。
怒りを抑えるような、悲しみを鎮めるような、不安を隠すような、
どれとも言い難い、震えて芯のぶれて、混ぜこぜになった声。
周囲の警戒を怠らず、姿を晒す事も無く、
レオーネはその声を背に、獣化した獣耳に音を受け入れる。

 風の音、草木の葉が揺れ、遠くの民家での会話が少し聞こえる。
警戒に当たるまでのそれではなく、女性が帝都からの刺客ではないという確証が得られた。


「……続けてくれ」

「ガマルが悪事を行う度、代理の犯罪者がオーガによってでっち上げられる……。

 私の婚約者も濡れ衣を、着せられ、死罪に……」


 感情的ではない、しかし私怨の籠った声。



 匂う。
臭う。
嫌な臭いだ。
腹の底から、煮え繰り返りそうになる、酷い臭い。
そこまで、という訳か。そう一人でレオーネは納得する。

 ――否、納得してはならないのだ、納得など、出来るものか、
したくもない。


「あの人は牢屋で……二人の密談を聞いてっ!処刑前に手紙で……」


 そうか。と一つ呟く。
返事というには短い、返答というには、余りにも短い。


「どうか!……どうか、この晴らせぬ恨みを……!!」


 段々と感情の頭角が露わになり、密談だというのに女性の声は張っていく。
それまでに怒りを持っている。
だからこそ――なのかもしれない。
そんな――そんなことは許されない。
獣化なんてするのではなかった。とレオーネは少しだけ後悔した。
嫌になる、嫌になってしまう。

 こうなるのなら、獣化するのではなかった。
しかしそんな後悔を、彼女は言葉に表さなかった所はその道のプロだと言えよう、
言葉の端にすら現れない悲しみ、しかし抑えられない怒りがそこにはあった。


「――分かった、そいつ等、地獄に叩き落としてやる」


 了承の返事を返すと、
女性は人目も憚らずに咽び泣く。
そうしながら、小さな声で感謝の言葉を述べた。
感謝されて、一層レオーネの顔は哀に満ちる。






「…………これが、その時の依頼金だ……」


 子袋に一杯に詰まった依頼金は、到底数日――数週間で貯められるものではなかった。
『通常通り』の稼ぎならば、稼げる額ではない。
しかし話を聞くと、一カ月として彼女は耐えられるとは、思わないし、思えない。
恐らくは、体を売ったのだろう、
――レオーネは、黙っているつもりか。
と、ボスであるナジェンダは思う。
ここに居る全員がその真意を理解している為か、(アカメはどうだろうかは分からないが)
誰一人として物事を発しなかった。
静寂が食卓を包む。


「事実確認は」


 紫煙を吹き出して分かり切ったことを再確認する。


「油屋の屋根裏部屋にて断定出来た……」


 有罪だ、と呟いて、さらに椅子に深く沈み込んだ。
これ以上は関わりたくないと、言葉に出さずとも体で表現しているように見える。


「……そうか、ナイトレイドはこの依頼を受ける。

 悪逆無道のクズ共は新しい国には要らん――天罰を下してやろう」



「ガマルを殺るのは容易だが、オーガはなかなか難敵だぞ」


 少しの間を置いて、ゆったりとした口調でレオーネは告げる。



 『鬼のオーガ』
名が体を表すという言葉が二つ名にまで及ぶとは思ってもみない事だろう。
鬼と呼ばれるだけのことはあり、その剣の腕は犯罪者から恐怖の対象とされている。
普段は多くの部下と帝都を見回りに出ており、それ以外では警備隊の詰所で過ごす。
賄賂は自室に呼び出し受け取る事とし、権威を振り回し、悪を跋扈させる。



「狙うとするなら、非番の際に宮殿付近のメインストリートで飲んでいる瞬間だろうな……」


 ふむ。
短く返して深く考える。


「……だが、宮殿付近の警備は厳重だ、指名手配されているアカメには危険だ」

「悪い、私はちょっと、無理だ」

「うむ」


 既に思いついた事があるのか、ナジェンダは軽く返事をする。


「マイン達が戻るのは?」


 今まで食事に勤しんで居たアカメが初めて意見をする。
質問をしながら隣の席に座るレオーネの食事を摘み食い(というよりは奪い食っている)
しつつもレオーネは何も言う気力はないようだった。


「つい先程出たばかりだ、少しだが時間がかかってしまうだろう――それよりも」


 それよりも、と、彼女は続けた。
こんな瞬間だというのに、笑みが零れる。


「ならば、適任は一人しかいまい――人識を向かわせようと、考えている」


 どうだ?と、意見を伺うと、二人は何も言わなかった。
(アカメは不機嫌そうだったが、口一杯に頬張ったコウガマグロを咀嚼するのに時間がいったようだった)
この場に居ない人識の暗殺――彼に係れば、虐殺にも成りえそうだけれど、暗殺。
初仕事――仕事としての人殺し。
仕事の共闘ではなく、自らが受けた(そうとはいえないかもしれないが)暗殺。
その仕事が決まりそうだった。





 当の人識はというと、
道に迷っていた。


「……何処だここ」


 そこはアジトではなく、帝都のストリートだった。
勿論放浪癖ではなく、彼は自分の意志でそこに居た。
そこが何処だか、分かっていたけれども、
それでも迷っていた。

 流石に――土地勘もないのにウロウロと右往左往するのは、間違っていたか。
失敗失敗、と笑いながら人識は考える。
全く持って、


「――傑作だ」


 と呟いた時。



「あややっ!正義センサーに反応アリ!迷子かな?――ボク」


 と――声を掛ける者が居た。
声を掛けてしまう者が居た。
それも、結構な禁句を。


『――――』


 と、一昔前ならば、人識はその言葉に触れていただろう。
しかし、何と言おうか、人識は良くも悪くも、その類の言葉に慣れてしまっていたのだ。
妹モドキの少女と共にしていたことで、慣れてしまっていた。
慣れていたことはその少女にとってとてつもない幸運だろう。
うんざりしたような表情で振り向くと、
そこには柑子色の、膝元にまで届くポニーテイル、胸当ての防具を身に着けた少女がいた。

 いや、少女だけではない。
小さすぎて一瞬分からなかったが、
首輪を着けられた犬か何かの縫いぐるみが足元に転がっている。



「あん?アンタは誰だよ」

「こらっ!女の子にそんな言葉遣いすると将来モテなくなっちゃうぞー」


 もう既に将来なんてねえよ。
出かかった言葉を、何とか飲み込んだ。
まだ何とかなると思うからかもしれない。
言ってもどうしようもないかもしれないが。


「帝都警備隊セリュー!パトロール中の『正義』の味方ですっ!」


 ――せいぎ?


「正義……傑作だな、そりゃあ」


 かはは。と乾いたような笑いを浮かべる人識を釣られて笑う少女、
セリューは、そういえば、と、


「どうしていたのかな?迷子?」


 どうやらこのポニーテイルは人識の事を完全に子供扱いすると決め込んだらしい。
かはは、と笑いながら訂正する。


「俺はもう十九だよ、いやそれはもうどうでもいいんだけど、

 俺こっちに来たばっかりでよー実は甘味系とか探してんだけど、見つからなくてさ」


 日頃の行いでも悪いのかね。甘党だってのに。
そう笑いながら告げると、更に訂正するように彼女は言った。


「悪くありませんよ!誰にでもよくあることです、ささ、こっちに」



 既に閉まっているだろうとは思いつつも、
あくまでも甘味処に連れて行ってくれるようだ。
年齢に関してはもう諦めてはいるけれど。
と、不意に足元に引き摺られるように蠢いていた縫い包みが鳴き声を発した。


「キュウウゥゥー。キュゥ」


 小さいのに横は大きく、短い腕を大いに振るっては自己を主張しているようだった。


「あっ、おねむなんですか?ごめんね、もうちょっとだけだから」

「キュゥゥゥウウウ!!」

 どうやら言いたいことは違うようだが、
セリューには伝わらない。
怒っているようにも見えるが、一体何に対しての怒りなのか、
セリューには理解できないようだった。
宿主がそれでいいのかと疑問にも思うが。



「あちゃー、もう閉まっちゃってましたね……、

 明日は十時かららしいのでその頃に来れば開いていますよ」


 ニッコリと微笑みを浮かべるセリューは、それではと短く告げると走り去って行ってしまう――。


「正義――正義か、かはは。曖昧だよな、正義っていうのはよ」

「――え?」


 少年が漏らした言葉。
それはただの言葉だったのかもしれない。
なんとなく、思い付いた事を言ってみただけかもしれない。
それでも、セリューの心に、それは響いた。


「んぁ?ああ、悪い悪い、いや、正義の味方ってぇのは、曖昧だよな、

 微妙っていうかよ、一体誰の味方なんだか、わかりゃしねえ。

 ――正義ってのは、一体誰を味方として、一体全体誰の敵なんだろうな」


 あんた、分かる?

 楽しげに、無垢に、それこそ、子供のように人識は笑う。
黒曜石のような瞳に見詰められ――詰められたセリューは、口籠ってしまう。



「――え、と、正義……せいぎは、いい子の味方だよ」


 曖昧だ。
自分でも分かる。
堂々巡りになってしまう、
いい子とはなんだろう。
せいぎって――。

 そこまで考えて、思考を放棄した。
何も考えないようにした。
それは下手な悪夢よりも、ホラーよりも恐ろしい。
なんだろう――なんなんだろう、この少年は。


「かはは。そりゃそうだな、良い子供の味方じゃあねえ正義は正義じゃあねぇよなぁ、

 アンパンマンも言ってるよな、それでも正義ってのは分からねえ、

 なにがしてーんだろうな正義って奴はよ」


 正義の味方とはなんだろうと問い掛けた少年は、
目の前からいつの間にか消えていた。
酷い悪夢を見たようだった。
酷い現実に打ち合ったようだった。
行き詰ってしまったようだった。

 一体――あれは……。


「なんだろう」


 正義って。
少女は一人、立ち尽くしていた。





 アカメがまだ幼かった頃妹と姉妹揃って帝都に買われた。
貧乏な親が金目当てに自らの子供を売ること自体は珍しい話でもない。
同じ境遇の幼子と共に暗殺者育成機関に入れられ殺しの教育を受け、
血の滴る壁を背に、妹の顔を眺めて自身の運命を呪った。

 いや、それは二の次だった。
妹を同じ境遇に追いやった両親を呪い、何もできない自分を呪い、
過酷な状況の中、多数の子供が死に至り、しかし死ぬ事の出来なかったアカメは、
帝都の命ずるまま仕事をこなす。

 一人の暗殺者が完成した。

 帝国の闇は理解していたが、目を背けていた。
これは、本当に正しく民を想っているわけではない。



「そして当時標的だったボスに説得されて帝国を離反、真に民を想う革命軍にアカメはついたって話」

「かはは。なんでぇひっでぇ話だな、親が子供をうっぱらうのが普通かよ。

 ――んで、その話がなんだってんだよ」


 傑作だぜ。と呟いた人識は、レオーネの話の真意を問いただす。
レオーネは何も言わずに人識の頭を撫でてやると、


「お前は多分、殺人鬼だよ。だからこそ暗殺者の私達には――殺し屋の私達には出来ない事を、

 多分、平然とやってのけることが出来ると思う。でも人識、今お前は殺し屋で暗殺者だって事だよ、

 殺人鬼じゃなくて、殺し屋として、オーガは殺してこいって事だ」


 物騒な会話ではあったが、優しげに彼女は話した。
心中は、もう少し別のところにある。
それを解かりながら、彼女は話した。
はいはい。と短く切り返した人識は何時も通りの表情と、何時も通りの殺気を持って、
メインストリートを歩き出した。

 悲しげな表情。
昨日のそれとは違う、怒りや同情の混じらない、
一色の感情。


「……今お前は鬼じゃなくて、人なんだよ」


 呟いたレオーネは、何処か今にも泣きそうで――。





 色町では多くの男女が付き添っていた。
その心中に渦巻く思想までは読み取れないが、
そこにポジティヴな感情は見当たらない。
了見がつかない。
大きな企みも、企てもなければ、明日への希望も、逆に絶望(そんなに大層なものでもないが)すら感じられない。
そんな女を侍らせながら、男は大きく笑う。

 その中でも一際大きな、この辺りでは相当に名を持つ油屋、
店主であるガマルに、今正に正しく天罰が下されようとしていた。


「ふぃーひぃ、トイレでスッキリとした事だし、またイカせて貰おうかのう」


 カエルのような顔をした店主――ガマルは川原から帰った後だった。
厭らしい笑みを浮かべ、これからを考えるも、
彼にその『これから』は訪れない。



「――ああ、逝かせてやろう、油屋ガマル」


 背後――闇の中から声が聞こえた瞬間、既に彼の命は亡きモノになっているに等しい。
大きな質量を伴い、首に纏わり付いた腕が首を絞め、圧死し、
体全体を拘束されているかのようにさえ感じる。
体の一部分さえ動かない、抵抗すらままならないどころか、その動作すら不可能。

 視界が暗転しぶれる中で、
何かが心臓に廻る。

 これは――?
次の瞬間に、それは理解できた。
痛み、心臓よりも下の、丁度鳩尾の部分に、鋭すぎる痛みが走った。


「――がっぁ」


 ならば――この廻るモノは?
それも次の瞬間に理解した。
己の死をもってして、理解した。
黒の長髪と、紅い瞳。
つまりは――、


「一斬必殺」



「……美女美少女二人掛かりだ、幸せ者め」


 おどける様にニッコリと笑ったレオーネは、
さて、と一息を吐く。
足元に転がる死体を相手取る程度ならば、
全く持ってその一息は要らない物だったけれど、
なんだか、疲れた。
しかし、少し聞きたいことがある。


「――単刀直入に聞いちゃうけど、どう?人識は?」


 その言葉に、アカメは首を傾げた。
言葉の行間を読めずに困り果てたというような様子だった。


「あー、うん。オーガ、倒せるかなって」

「問題無い」


 不機嫌そうに、しかし彼女はそう即答した。
ふーん、と相槌を打ったレオーネは更に深く問いただす。


「そりゃまたなんで?」

「……『あれ』は――殺せない」


 殺してはならない、とでも言いたげに、少女は言った。
己の帝具一斬必殺の『村雨』を見下ろして、言う。



 一斬必殺であるが故に、彼女の戦いが長く及ぶ事は少ない。
数㎜の傷で死亡させることの出来る帝具だからこそ、
人識との戦いは、久々に死闘と言えるものだった。

 あれは、速過ぎる。
最速という言葉がアカメの脳裏に浮かぶ。
速過ぎるが故に、殺せない。
単純に、殺せない。
底が、見えない。


「そっかー」


 理解したのか、それとも理解を放棄したのか、
分からないがレオーネは端的に返答した。





 零崎人識は殺人鬼である。
だからこそ、この仕事には向いてはいないと感じていた。
そもそもとして、『仕事』という言葉が気に食わなかった。
殺しの仕事ならば、更に加えて気に食わない。
殺人鬼の性質と、殺し屋の本質は全くと言っていいほど違うのだから。

 依頼がなければ殺し屋は動かない、信念がなければ殺し屋は動かない、
殺し屋には対象がなければ動けないし、殺し屋はそれ以外では動けない。

 殺人鬼に依頼はない、モチベーションがあったとしても、武器への信条があったとしても、
信念がなくとも、殺人鬼は殺す事が出来る、対象は全てであり、殺人鬼は何がどうなろうとも動く。

 その違い。

 唯一の家族である兄はそれを『仕事』と『生き様』だと評したが、
知ってか知らずか、人識もそれに同意の意見を持った。
やはり――違う。
どうしても違う。

 だからか、彼の殺し屋としてではなく、対象を持っただけの、
目的を持った通り魔のように、――さながらそれは数カ月前を思い出させる、
標的を持った殺人鬼として、動いた。



「かはは。もしよ、もしも仮に――俺と全くおんなじルートを辿った奴が居るとして、

 この行動は果たしてどういう風に見えるんだろうな」


 えらく傑作に見えるだろうよ。
『鬼』のオーガが振り向くと、そこには少年が居た。
否、それは少年ではなかったけれど、それは『本物の鬼』だったけれど、
オーガにとってはただの少年である。

 闇夜に陰り、月夜に照らされ、妖しく見える。
脱色し、斑色に染まった、少年にしては長い、首元に届く髪。
流動型のサングラスをしていて、顔が隠れている、目元が見えないが、
大きく隠されているというのに、頬に狭しと犇めくような大きな刺青が隠せていない。
しかし、隠せていないのはそれだけではなかった。

 殺意――だ。
殺意がある。
殺意があるというより、最早それは殺意が居ると言った方が正しいかのように錯覚する。
それほどまでに、人間を模したように存在する殺意。

 オーガはそこで思い出した。
自身の隊に受け持つ、あの少女の台詞を、思い出す。



 警備隊の隊長であるオーガは、時に師範として警備隊の訓練のようなものを受け持つことがある。
その時に、何と言ったか、セリューは正義の事について、熱く語っていた。

『正義は強くなくてはならない』

 とか、

『正義は優しくなくてはならない』

 とか、
話半分に聞いていたオーガは、その話題を受け流しつつも相槌を打ったように思う。
正直に言えば、余り思い出せないのだが、
彼女が正義について語ったことを、彼はよく覚えていた。

 ――正義。
自分にそんなものはないと思っていた。
自らが大儀であったとしても、
自らは正義とは程遠い。

 権力があったとして、やりたい放題が出来たとして、
しかしそれは決して正義のそれではなかったことを、彼はよく知っていた。
そして彼は世界に正義があるとも、考えていなかった。
だから、自らにそんな感情があるとは思えなかった。
悪であろうと何であろうと、立ちふさがれば死を意味する。



しかし――しかし、何故だろうか、

『殺しておかねばならない。』

 と、そう考えたのは。
正義漢ではない。
決してそうではないと否定するも、
今自分は、一体何のためにこの少年を殺そうとしている……?
それは――正義のためと、そうとしか思えない。
正義なんてくだらないと、そう揶揄した俺は、一体どうして正義のためと口走る――?


「かはは。こーいう展開ってよお、結構ご都合主義だとか、クレームが来るんだろうな、

 『誰もいない場所に何もしていないのに二人っきり』なんてよぉ」


 少年は笑う。
何が犯しいのか、楽しそうに笑う。
言っていることの意味が掴めない。
人間と相対しているはずなのに、全くそうではないと五感が危機を察知している。

 だが、殺す。
目の前に相対したこの殺意を、殺す。
殺さなくてはならない。
使命感に後押しされて、『鬼』のオーガは『鬼』に挑む。



「お前――何者だよ」

「あん?俺?……んー、かはは。なんつったらいいかなぁ……」


 『中学生』のそれと『殺人鬼』のそれじゃあ全然違ったからいいものの、
殺し屋と殺人鬼ではどうなるのか、

 と、考え込むような仕草を取る。
その間にも殺意は消えない。


「悪影響を受け過ぎた今時の若人って事で、勘弁してくれよ。

 ――んじゃぁ、殺して解して並べて揃えて、晒してやんよ」


 乾いた笑いを浮かべながら、
人識少年はタクティカルベストから太めのサバイバルナイフを取り出した。



 速い――。
一つ目の印象。
それは途轍もない速さを持っている。
純粋に迅い。
目で、捉え切れない。
三十㎝もないそのナイフが、ぶれる。
目で捉えられないが故に、ぶれる、
ぶれて、既に切り付けられて、出血する。

 しかし、返り血一つとしてあの少年は浴びていない。
それほどか――それほどまでにか。
右上からの振り上げがぶれ――既に切り付けられたかと思えば、
悠に4,5mは距離が保たれている。
一体どうしてそんなにも迅い!
手の施しようがないほど、迅い!


「――クソォ!!!俺が!!この鬼のオーガがァぁあ!!手前ぇみてぇえなクソガキにっ!!

 殺られるかよ!!!」


 只管に振り回す。
身長と武器の性能、全てのサイズがそもそもとして違う。
それならば勝っているのだ。
何度も何度も何度も何度も、


「弱者が何を呻こうが関係ねぇ!!俺が人を裁くんだ!!俺がルールなんだよ!!!」


 右上から左下、真横を一直線に、右下から上へ掬い上げる。
流れるように、剣舞を舞う。

 力強く、圧倒的なまでの力で!!



 サバイバルナイフと正面衝突して返し手を行う。
この速度なら!この迅さなら!


「――貰ったアアアアァァァァァ」


 血飛沫。
振るう手が、視界に入らない。
確かにそこにある筈の腕が、そこにはない。
代わりに血飛沫が眼に入る。
切断された腕が、眼に入る。

 上段の斬撃を繰り出し、ナイフと真っ向から衝突したことを覚えている。
力と衝撃で押し切り、踏み込み、返した剣で切り捨てようとして、
光が見えた。

 少年の、ナイフを持つ手とは逆から、なにか、反射光が見えて――。



「いやーあぶねェあぶねェ、傑作だったぜ、

 おっと、まだ生きてんのかよおっさん、見た目通りふってぇ神経してんな」

「なっ――!!」


 何時の間に取り出したのか、人識の両手にはサバイバルナイフが二本手に取ってあって、
つまり――光が見えたのは、逆手のナイフか。
切断された。
全く、見えなかった。
反応できない。
これは――既に人間ではない。
そういうものを――超越している。


「それじゃ――」


 正に、悪。
そういう概念。
どうしようもない、概念。
瞬きをした瞬間に、数メートルの距離を縮ませている。
人識がオーガの心臓を抉る中で、目が合った。


「――ばいび」


 闇。

 地獄よりも、まだ暗い。
闇という闇が広がっていて、吸い込まれそうになる。
たとえ吸い込まれたところで、その闇はきっと変わらない。
ブラックホールか何かのようなものに吸い込まれるように生命を断たれて、
零崎人識、『鬼』の仕事は終わった。

 一件落着、一見楽着である。






「始末、ご苦労だったな」

「おう」


 ベストはもうに脱がされていた。
アジトに帰る前に甘味処に寄っていた人識は、
どうやら苦戦していると勘違いされたようで、
現在アカメから至る所をチェックされている。

 その至る所に様々なナイフを仕込んでいる人識としては、
行き成りベストを脱がされた瞬間戦慄した。

 全身に仕込んだナイフがこれほどまでに自身に刃を向けた事はない、
いや、自分で向けた事はあるけれど、
それからは大人しくなったものの、今だ上着に仕込んだナイフが傷を付けないか不安で仕方がなく、
返事もまたたどたどしいものになっている。



「見事だ!」

「おう」


 上着が一気に引きはがされ、人識の表情はらしくもなく青褪める。

(異常者だ!異常者が居る!)

 と言いたげな顔をするも、気にもせずにあちこちを調べ尽くす。
腹筋は勿論として、脇腹、二の腕の裏など細かく執拗にみられる。


「ズボンを脱がす、手伝ってくれ」

「おう!」

「おう、じゃねえよ!無傷だ無傷!」


 もっと言えば無傷どころか相手の血すら浴びてはいないのだが、
何を言っても聞きはしないだろう。
やると言えばやる少女だと、人識は本能で理解する。
そういう凄みがあった。
流石に洒落にならないと判断したのか、
アカメの拘束を無理矢理解いて上着を拾い、逃げる体制に入ると、


「アカメは昔傷の報告をせずに毒で死んだ仲間を見てるからなー、言っても聞かんさ、諦めな」


 諦めのいい殺人鬼も、流石に諦めずに抵抗を続ける。


「よし、取り敢えずは合格だな、次はマインの下で頑張ってみろ」

「ああ!?なんだって!?」






「?どうかしたんですか?」

「いや……ちょっと悪寒が」


 体を少し振るわせているマインを見てここぞとばかりに、


「フッ、俺のコートを貸してやるよ」

「要らない、汗臭いのよラバック」

「…………」


 辛辣な台詞だった。

 それはそうと、何か嫌な予感がした。
上手く表現できないが、自分に何か起こりそうで、
それでも、嫌な予感の域は出ないのだが……。

台本はここまでだ、運命の歯車は狂い始める。
まあ今まででも結構狂い始めてる綻びみたいなのはあったんですけどね、
このクロスSSは初見のお方でも原作を読んでいる方にも楽しめるストーリになってたらいいな、
微妙に違うセリフを見つけてほくそ笑んだり妄想出来るためにあえて消してる部分もあったり、
まあそんな感じでがんぼって参りますよ私は。


人識くんに帝具を与えてないのは裏切られた際のリスクを考慮しての事なのだろうか?

いやアカメの主人公もしばらく帝具使ってなかったし…
しかし人識くんエスデスさんに惚れられる要素バッチリで笑う

>>169
それもありますが元々ないので与えようと思っても与えられませんね

>>170
少しは改変するかと思ったらガッチリと当て嵌まったので小生は大爆笑したでござるよ



苛立ちを覚えていた。
ああ、あの予感はこういう事だったのか。
あの悪寒はこういう事だったのか。
悪く的中してしまった。
と、マインは考える。

最近は何時でもこうだ、何か調子が悪いように、
何故か具合が悪いように、感じる。
真夜中に鏡を見て、自分ではないモノを見てしまったかのような、
後悔に似た苛立ちがそこにはあった。

――いや、勿論真夜中にそんな体験をしたことはないのだが。
どうしてこうなったのだろうか。
そう考え、つい昨日の事を思い出す。



「マイン、ご苦労だった――早速だが、お前にはペアを組んでもらう」


 正直に言ってしまえば、この時既にマインは『ああ、嫌な悪寒が的中した』と、
そんな風に考えていた。
むしろここで他の人間の名前が出てくること自体があり得ない事だろう。


(いや――シェーレの場合がある)


 なんとかしてあの体質を治すという事ならば、喜んで手伝おう。
過去に酷い目にあったことを体を震わせながら思い出すが、
それが悪寒の正体だとするのならば何と嬉しい事か。
まだそちらの方が希望がある。


「人識と組んでもらう」


 希望は打ち砕かれた。
おお、神は死んだのか。
本心からそう考えると、行動は決まった、


「どうしてアタシが……?」

「正式に人識をナイトレイドへ迎え入れる事が決まった、

 仲間なんだから仲良くなってもらわねばならん」

「小学校の先生かよっ!!」


 精一杯のツッコミだった。
いや、確かに馬は合わないどころか、相性として見てみると全く合わないが、
だからといってそれだけの理由でペアを組ませる筈が――、


「…………」


 それ以上の理由はないようだった。
ていうか隅で蹲ってた。

 悲しいかな、ナジェンダは打たれ弱い上司だった。






「――っていうか、真昼間から外出歩いて大丈夫なのかよ」


 一応殺し屋だろ、あんた達ってよ。と人識。
それもまた、中学まで学校に殺人鬼という一面を持って登校していた人識が言える台詞ではないのだが、
そんな背後からの声を受けて、マインは、


「いいのよ、どうせ顔が割れてるのってボスと、アカメ、ブラートと……ああ、シェーレもだったわね」


 周囲をキョロキョロと忙しなく見渡して、何かを見つけたのか、その方向へ指を指す。
少し前に見た張り紙――手配書か、
それが四枚貼って――?
誰だこいつ。


「誰だ?こいつぁ、いや、まさかとは思うがよ……」

「ん、そのまさかよ、ブラート、イメチェンしたのよ、ナイトレイドに入ってね」


 方向性変わりすぎだろ。
一体どんな心境の変化があればショートヘアーからヤンキースタイルへと移り変わるんだよ。
傑作だ、人識は(あくまでも)心の中でツッコミを入れて、
乾いた笑いを浮かべては前に向きなおす。



 マインは、その笑顔が少し苦手だった。
何か、その無垢な笑顔は何かに似ていた。
なんだろうか。
……まあ、いいか。


「――つまり、堂々と大腕振って歩けるアタシ達が帝都の市勢調査に出向くって訳よ」

「あー、分かった分かった、

 どうせ気儘にウィンドウショッピングと洒落込むって感じだろ、傑作だな」


 手をヒラヒラとぶらつかせて傑作だ傑作だと唾棄するように繰り返す。


「フッ、甘いわね――」



「いや……全部買ったからってなんだよ、結局ただのショッピングだろこれ」


 しかも俺はは荷物持ちかよ。
人識はうんざりとした様子でどうでもよさそうに愚痴を零した。
丁度新作が人気チェーン店で出たからと購入、その場で試食という名の完食。
成長期だと戯言を囁いてランジェリーショップを徘徊。
人気ブランド店の服(ワンピース)を試着後に購入。
転々と似たような服(しかもピンク)を延々と着回し、見境無く、遠慮もなく購入していく。
そして今は……何と言ったか、あの少女から教えて貰った甘味処に立ち寄り、
二段に盛られたアイスクリームを頼んでいる最中だった。


「やっぱりピンクは春が一番似合うのよ」

「なんだかこの買った服は一生着ない気がするぜ」


 作画の都合とかでよ。
割と危ない発言をする。


「大丈夫よ、舞台裏で着ているって言っとけば着た事になるんだし」


 どちらも酷い発言だった。
というか、危ない発言だった。

閑話休題。



「という訳で任務達成よ」

「ただのショッピングに人を巻き込むなよ、せめて……例えば、レオーネとかにだなぁ――」


 届いたアイスクリームを受け取りながら背後からのアッパーカットを軽く受け止める。
手首の辺りを掴んだまま、器用に体を捻り長椅子に座り直すとそのままの格好で一口、アイスクリームを頬張る。
その程度で驚いたわけではなかったけれど、苛立ちは増すばかりだ。


「あんた……上司、舐めてるわね……?」


 絶賛口内にてアイスを転がす人識にそんなことを言う。


「ジョーシとかんなこた言われてもよぉー、んじゃ一体ジョーシの能力的に何が出来んだよ」


 掴んだままのマインの腕を弄ぶようにプラプラと示す。
然程力は強くなかったようで、軽く引っ張ると掴まれていた腕は解放された。


「……上司の力――そう!アタシはあんたを別の漫画にトバす事だって可能ッ!

 アンタの好きそうなのが分からないから取り敢えず恋愛系は無しにしてみたわ」

「十割ホラーじゃねえか!しかも漫画化の際のアフタヌーンだけじゃなくてマガジンにまで迷惑掛けんな!!」


 逆にガンガン一つもねえってどういうことだよ、最強が怒るぞ。
そこまで言ってかははと、面白そうに笑う。
何時の間にか食べ終わったアイスクリームの勘定を支払い、
二人は席を立った。

時――。



 少し歩く場所に人だかりが出来ている。
大半が――その殆どか――大人の集まりであり、
その光景は一目で異様と見て取れる。

が。

 人識はスルーした。
明らかな異常を、視界に入るであろう異常を、
目の前に起こる事態を、非道残虐と言えるそれを、
まるで日常風景のそれと思ったかのように。


(人が――人間が処刑されているっていうのに)


 特に感慨もないように、
素通り出来るのだろう……?


(悲鳴も聞こえるのに――)


 素面で、笑ってすらいる。
何とも思っていない事が伺える。
駄目だ。
と、マインは直感する。
痛感してしまう。
痛いほど、感じる。



 こんな、気持ち悪い存在と、仲良くなんて――。
一体ボスは何を考えているのか、
誰でもいいから恨みたくなってしまう気分だった。
酷い気分だった。


「――おい、なぁって」


 疲労感に包まれているからか、その声に気付かなかった。
気付きたくなかったのかもしれないと、心から思う、


「え?何よ……」

「あれってさ、何やってんだ?ここの皆発育がいーのかなんなのかわかんねーけどこっからじゃあ見えなくってよ」


 かはは。と、笑う。
そんな無垢に見える笑すら気持ち悪い。
それはただ単にお前の身長が低いだけだと悪徳を吐こうとすら考えられない。


「帝都では、よくある光景よ……帝都に逆らった人間の……、公開処刑よ」

「ほーん」


 どうでもいいといったように、まるで話を聞かずにそれがパレードか何かであると思っているように、
全身に仕込んだナイフと共に人識は何度もジャンプする、
ぴょーんぴょーん。
これで、これで人識には映ったはずだ。
あの酷い背景が、あの非道な拷問が、あの悲惨な人間達が――、



「かはは。ひっでぇ事すんなぁ……

 曲識のにーちゃんよりひでぇんじゃね?ん?比較するなら大将か?」


 どっちがひでえんだっけ?
と、何を言っているのかわからないように、
よくわからないことについて腕組みをして考え出す始末だった。
理解できない。
理解したくない。


「アタシは……アタシはあんな風にはなりたくない……

 必ず生き残るわ……生きて、勝ち組になる」


 思考を放棄したかったからか、マインは一人呟く、
決意を固めたようだった。
決心を決めたようだった。


「アタシは、帝都を変えてみせる、アタシの為に、あの子たちの為に――」


 人識は黙ってそれを聞いていた。
闇のような視線で、見詰めていた。






「内政官ショウイ」


 幼い声がする。
誰が聞いても明らかな子供の声がする。
帝都宮殿内に響く声がある。
年齢に合わないぶかぶかな代々受け継がれる服装が、
少年の異質さを際立たさせていた。
少年――歳は察するに15歳を超えないであろう。

 それまでに幼い。
若いというレヴェルではなく、幼い。
それは誰が考えても皇帝と云うには幼すぎた。


「余の政策に口を出し政務を遅らせた咎により貴様を――牛裂きの刑に処す」

「――――!」


 戦慄する。
その場にいた全員が、戦慄する。
少年は解かって言って居るのか。
その刑の処罰の方法を、知っているとは到底思えない。
ならば――ならば、誰かが言わせている。
裏で操る誰かが居るのだ。

 この少年にそんな残虐性はない、
その場にいる全員がそれを知っていた。
操っている者を、全員が、知っていた。



「ヌフフフ。お見事です……、んごぅ、まこと、に陛下は名君にございますなぁ」


 無駄に伸びきった無造作な髭と白髪、養豚場の豚を想像させる駄肉と、
壺から取り出した肉が共食いにならないかと皮肉を考える。
しかし――この男の前でそれを口にする者はいない。
馬鹿にしたような態度、政治の場に食材を持ち込み、それでもそれを許される。


「……大臣、また肉か?良く食べるなあ……」


 呆れたように、『皇帝』は『大臣』に言う。


「ヌフフ。活きが良い内に頂きませんとな、ヴォーノヴォーノ」


 言いながらも、肉を貪る。
人を馬鹿にしたような態度――、
前皇帝には見せなかった、暗闇。

 ぐぅ、と唸る。
この場で処刑される事は、既に確定したと同然だった。
それならば、


「――陛下ァ!!陛下は大臣に騙されております!!どうか民の声に耳をお傾け下さい!!」


 何を言って居るのか分からない、
同じ人間が言葉を喋っているのかすら分からない、
そう言いたげに、皇帝は首を傾げる。



「あんなことをいっておるぞ?」

「気が触れたので御座いましょう」


 にっこりと、大臣は微笑みを返し、


「うん!昔からお前の言うことに間違いはないものな!!」


 悪魔の会話が目の前で繰り広げられる。
絶望が目の前に広がる。
報いを――。


「ショウイ殿、『悲しい別れ』ですなぁ」


 何とも思っていない表情で、無機生物を見る目で、
有害廃棄物を鬱陶しがるように、
連れて行け。
と短く聞こえる。


「ウガァァ!!――陛下アァ!!このままでは、帝国千年の歴史がァ!!!」


 その場に居た護衛が男性を警棒で痛め付け、連れて行く準備を整える。
この――悪魔を。



「『ショウイ殿』」


 低く、皇帝に話すトーンより幾数段低いトーン。
脅すような、殺すような。


「残された貴方の細君は、私にお任せ下さい。」


 なにを――、
何を言う。


「私が面倒を見て差し上げますよ、隅々とまで、ね。ヌフフフフフフ」


 こんな事があっていいのか。
男は考えた。
自らの死の淵に立たされる中。
こんな事が――罷り通っていい訳がない。

 罪には罰が必要なのだ。
罰が……。
誰でもいい。
悪魔でも、鬼だろうと、
この悪魔に……然るべき報いを――!!

 男は縋る。
それは一体、『何』だったのかは、
誰にも解からない。



「ふむ、しかし、困りましたなぁ」


 大臣は壺を抱えたまま、道を往く。
その場に突然、忽然と現れたかのように、
一色が現れた。
一つの色が、目の前に広がった。

 赤色。
緋の色。
ゆらりと蠢く、焔そのもののような、――赤色。
禁忌の赤。
究極の、赤。


「なぁにが、『困った』――って?」

「……貴女の事ですよ、雇ったのですから、働いて居て貰わねばなりません」

「ああん?雇ったっつてもあたしを雇ったのは皇帝ちゃんだし、

 そもそも依頼内容は『皇帝の身辺警護』だろうが、んなかったりー仕事、

 請け負ってもらってるだけ感謝してもらいたいくらいなんだけどな」


 ひょい、と赤色は壺の中から気軽に肉を取り出した。
気楽に、友人から貰ったかのように、
敵から、奪い取ったように。
何も言わずにむしゃむしゃと食べて、向こうへ歩いていく。
高いハイヒールの他に鳴る音はない。



「ナイトレイドを倒すことは、貴女にとってもプラスになるかと思いますがねぇ」

「あん?」


 ぺろりと、肉脂の付いた手を紅い舌を出して舐め取り、
そのまま言葉を紡ぐ。


「弱い者いじめっての?あたしはやらねーよ、弱くなっちまうだろ、そんなの」


 普段から修行が足りないと口走る彼女らしくもない台詞。
彼女らしい台詞――とも、言えるか。


「まァ、そーだな、言うとするなら、『時はきた、それだけだ』ってところか……」


 それ以外では動かない、とも言うように、言って、
赤色は消え去った。
幻のように、実在していないかのように。






『お前達、新しい任務だ――

 標的は大臣の遠縁にあたる人物、イヲカル。

 大臣の名を利用し、何度も女性を拉致しては死ぬまで暴行を加えている。

 奴を警護し、お零れも与る傭兵五人もまた同罪だ』


「大臣の遠縁ねぇ……」


 と、マインはボスの言葉を思い出す。
この警備ならば、全員で取り掛かるのも無理はないだろう。
反芻しながら、帝具『パンプキン』の調節、手入れを行う。
――この距離なら、普通に届くだろう。


「かはは。すっげえ豪邸じゃねえかよ、ここに六人で住んでんのかぁ?ああいや、

 使用人とかも居るわけか、掃除とか大変そうだよな」


 普通の事を言っている人識を余所に、集中を始める。


「出てくる所、眉間をぶち抜いてやるわ」

「あー、んで俺は狙撃の護衛をすりゃいいわけか」


 狙撃、狙撃ねぇ……。
人識はその単語に苦い思い出がある。
狙撃――というよりかは、策士の方が適切なのだけれども。
それは兎も角として。



「……期待してないわよ」

「そりゃあいい」


 ――出てきた。
考え通り、十数名の拉致した奴隷紛いが居る。
見るだけで吐き気がする。
人識とはまた違った、気持ちの悪さ。
その違いは――なんだろうか。
考えて、放棄する。

 今は集中しろ、吐き気がするなら、その基を絶てばいい。
胸騒ぎがするなら、その本体から接続を斬れ。
何も思わず。
引き金を――引け。


「アタシはね、――射撃の天才なのよ」

 



 予想外の事だった。
全く、そうだとは考えなかった。
想定外で、規則外で、だからこそ、驚愕し、愕然とし、呆然としてしまった。

 なんだ――これは。

 人間なのか……?
違わなかったというのに、
射程も、予想した位置も、風向、風量、湿度からなにから、
全て計算して、眉間を貫き、被害を及ぼさず、
それで終わり――の、筈だったというのに。
筈だった。

 失敗した――訳ではない。
むしろ成功と言える、
だが、だが、だが!
実質、イヲカルだけを殺した。
それは合っている。

 合っていないのは、威力だ。
イヲカルの眉間だけでは済まなかった、
頭を丸ごと、抉るように焼失させた、消滅させて――。


 帝具、浪漫砲台『パンプキン』。
所有者のリスクが高まるほど、
威力もまた同様に上がる帝具――。






「何としても刺客に追い付け!逃げられれば我々が大臣に殺されるぞ!!」


 イヲカルが死んだ。
傭兵が四人気付いたのは死亡してから数十秒後の事だった。


「追ってはそれほど遠くまで逃げてはいないはずだ――!」


 しかし、そのルートを予期していたのか、
ナイトレイドが――待ち受けている。


「来た来た!」


嬉しそうに、山吹色の髪を揺らす。


「今回は――暴れちゃうぞっ!」


 楽しそうに、レオーネを筆頭に、
ナイトレイドは嬲りにかかった。



「子供の頃、アタシは酷かったものよ」


 子供に説教するような語り口で、マインは自身の境遇について語りだした。


「西の方の出身で、異民族とのハーフなの、

 街じゃ思いっきり差別されて、誰一人としてアタシを受け入れてはくれなかった。

 ずいぶんと悲惨な少女期だったわ」


 一体、何を口走っているのだろう。
話して、楽になりたかったのかもしれない。
それとも、自分の悲惨な話をして、人識が人間らしく、悲しんだり、怒ったりだとか、
感情を見せてくれるのかもしれないと、期待したのかもしれない。
もしかすると、人識も人間なんだと、そんな風に思いたかったのかもしれない。


「――革命軍は西の異民族と同盟を組んでいるの、

 新国家になれば国交が開いて今よりも、もっと多くの血が混じる。

 子供の頃のアタシみたいな思いをする子供もいなくなる……」

「……かはは。俺ン所の大将――んー、叔父?まあ……親戚か、

 んでその大将が言ってたぜ、『夢は子供が見るもので、大人は夢を見せるもんだっちゃ』ってよぉ……」


 だっちゃって何よ。とマインはツッコむ。
キャラ付だよ。と人識は笑いながら返した。


「何よ、アタシが子供だって言うの?」

「あん?てめえがてめえを子供だと思うんだったらそーなんだろうよ、

 ま、いずれにせよ夢はでっかくってのは何時もの事だがな」

「そうね!そこを通過点として革命の功労者として莫大な報酬金と共にセレブに暮らす事にするわっ!!」

「そーかよ……傑作だな」


 二人は笑った。
方向性が違う笑いだった。





 殴り。
 殴殺。
 撲殺。
 撲滅。


「あぁーーッッ!!スカッと爽快っ!!」

「なかなか強かったですね……」


 と、シェーレとレオーネは談笑している。
その中でアカメは何か物思いに耽っている。


「――妙だ、護衛の数が少ない……」


 四人。
四人しかいない。
護衛の数は五人だと、言うのに。


「俺一人も殺ってないもん、足りてないよそりゃ」

「んー?じゃ、ラバ報酬半分な!」

「姐さん!慈悲を!」


 ならば――ならば、一人、何処に行ってしまったのか。


「人識……?」


そうとしか考えられない。
面子から考えると、恐らく向かったのは元、師範代の筈、
それならば、それ程の手練れという事だろう――、
しかし不思議と、アカメの心情に、不安はなかった。






「そこでラバックが言ったらしいのよ『俺はポテトだ!』って」

「誤植じゃねえか」


 かはは。と笑っていた人識がピタリと足を止める。
止めると同時にマインの首元のピンクの生地を掴み、
自分の場所まで引き戻す。

 二人はまだ森の中に居る。
つまり――隠れられる場所が多いということで、
しかし、その殺意までは隠せない。
人識も同等に隠せないが、
曲がりなりにも人識は『零崎』なのだ。


 殺意は常に――隣にあり、
殺意を感じ取ることが出来る。



「ちょ――ちょっとっ!」

「ん――もちっとこっち来い」


 肩身を更に寄せる。
左手に嵌めたグローブをコンデンターのように振るうと、


「――三メートル」


 それが限界だ。
動くなよ、と念を押して人識は言う。


「なっ……」


 ……。
見えない――、
見えないけれど、なにか、あるのだろうか。



「流石――とでも言っておこうか、どうやら本当にアイツの言った通りの展開になったようだな」


 悪態を吐きながら、男は言う。


「俺も十年前は師範代だったが、さて、悪く思うなよ、生きたまんま大臣に差し出させてもらうぜ」

「かはは。別に悪かねえよ、殺し合いに善も悪もねえさ、そんでもって、一応俺は護衛役なもんでな、

 殺して解して並べて揃えて――晒させてもらうぜ」

「言うな、小僧」

「生憎、もうそんな年齢じゃねえんだよ」


 人識は笑って、ナイフを低く構える。
低く構えたまま、走る。
最高速度、異常速度。
目を逸らしたのではないのかと自己に問うほど、一瞬であり、刹那。

 その速度に、剣幕に、殺意に、
一瞬で森から抜ける。
桜の神々しさを背に、男は血を滴らせた。


「確かに逃げたはず……だが」


 もう少し遅ければ、腕を断ち切られていた。



「かはは。知ってっか?桜はどーしてあんなキレーなのかって、

 人間の死体が栄養分になってるってよ、迷信だし、信じるかどうかは貴方次第ってな」

「……」


 何も言わずに、応対する。
悪という概念そのものに、対応する。

 走る。

 その異様な速度をもってして、最速の速度をもってして。
見えないなら、防御してしまえばいい。
そう男は考え、ボクシングのように構えて、見えない斬撃を受け止める――。

 逆転。

 視界が、逆転する。
地面が天に上り、天が地面へと変化し、
二転三転、ぐるぐると、
入れ替わりを繰り広げ、
顔に何かが掛かる。

 赤い紅い、黒の入り混じったような、赤。
それは鮮血だった。
解説も何も必要ない。
目の前に居た人識は、後ろに回って首を切り落とした。
ただそれだけ。
それだけの死。
見えていても何も、関係の無い、存在に、男は関わってしまった。






「何時からよ……」

「何がだよ」

「何時から、あいつがあそこに居るって、知ってたのよ」


 ああ、と人識は頭を掻いた。
説明がし辛い事なのだろうか、頭を悩ませている。


「あれだ、リングのオーラで分かったんだよ」

「波動はどれよ、っていうかリングしてないじゃない」

「俺の純度に耐えられなくて壊れちったのさ」

「波動は殺なのね」


 傑作だ。と人識は笑って、
マインはやはり、その笑みが不気味に見えた。
しかし、どうしてだろう。
少しは苦手ではなくなったようだった。


「そうね、ずいぶん、傑作な事だわ」


 認めてあげる。
心の内でだが、そんな事を思う。






「――フフフ、フフ、愉快愉快」


 大男が、手配書の前で張り付くように立っている。


「俺と同じ帝具使い……久々に戻ってみれば、こんなのが暴れているのか……」


 愉快愉快、と男は笑う。


「おい――そこのお前、怪しい奴だな……手を挙げろ!」

「帝都警備隊だ!そこを動くなよ!」


 男は気にも留めずにその場から離れだし、
愉快愉快。と口遊む。
愉快愉快、愉快愉快愉快愉快。


「あ――――」


 二人の警備隊は動く事すら叶わず、独りでに動くように、
首だけが前進し、遅れて身体も追いつこうとし、
結果、大量の血液が流れ出て。


「愉快愉快、帝都は最高に過ごしやすい場所になったようだなぁ、

 ……人は斬っても斬っても多いくらいだ……」


 愉快愉快。
 愉快愉快。

 口遊みながら、大男は、闇に消える。

第一巻完。
最終話までほど遠いなぁ
まあそれはともかくとして、次はそれなりの強敵が出そうですので戦闘描写は安心かなぁと、
セリューについては随分と酷い死に方しますよあれ
少なくとも原作より報われずに死ぬことは確定してますのでご安心を(?)



声とは響きである。

 声とは振動である。

振動とは響きであり、

   響きとは振動だ。

揺れた声は人々の脳に語り掛け、

    響きある声は人々の心に語り掛ける。

ならば響く事の無い声は、

     ならば振動では無い声は、

人のどの部位に語り掛けているのだろう。

    語り掛けてくるその声は。

声とは響きであり、

   声とは振動であり、

声とは音である。

 しかしその音が、

必ずしも世界に存在しているとは限らない。




 二つの死体が転がっている。
帝都の闇に興じるが如く、その眼は濁っており、
その顔には狂気が宿っていた。
そして二つの死体、二つの死因は同じく、首切り死体。
抉れるように斬られた首が、これ以上無いほど明確に、二つの死を現して居た。

 そして二人、生存者が居た。
――否、生存者と、惨殺者が、居た。
この兇器を行った惨殺者と、今正に殺されんとする生存者。
大男は愉快愉快と口遊む。



 残る生存者は女性だった。
明らかな恐怖を、確かな畏怖を感じさせる表情で、
命を乞う。
命だけは、と。
生命だけは、と。


「お願い……殺さないで……」


 薄く笑う大男は、女性の首を持ち上げたまま、
命乞いを聞いているのかよくも分からない態度で首を右往左往させる。


「駄目だダメダメ、こんな時間に出歩いているお前達が悪い……

 親に教わったろー?夜にはコワーイお化けが出るのさ」

「お願い……ッ!なんでも!なんでもするから!!」


 その言葉に、大男は薄ら笑いから、一瞬無表情になり、
そして口角をこれ以上上げられない所まで上げては、愉快愉快と笑う。


「ほんとぅ?俺、おしゃべりだけど、相手になってくれる……?」

「なる!ずっと付き合うから!!」


 ずっと?
と、男は笑う。
無意味に笑う。
無意識にと言わんばかりに笑っていた、
その表情から、
笑いが消える。


「首と身体ば離れてる気分って、どんな気分?」


 愉快愉快。
愉快愉快。






「…………」


 ナイトレイドの会議室に溜息が漏れる。
またか、と、ボスであるナジェンダは考えながらも口には出さない、
口には出さないことは暗黙の了解となりつつあるのだが、
それでも室内には嫌悪感のようなものが充満していた。
殺人鬼、零崎人識がこの場に居ない事は全員部屋に来る以前からわかっていたようなもので、
だからこそ誰一人として何も言わない。

 言わないのだけれども。
それほど人識が集団行動を主とするナイトレイドの生活としては、
そりが合わないという事だろうか、
結局のところ、マインとは仲が良くなったかどうかは分からないし、
ブラートやレオーネは一方的な可愛がりが続くだろうけれど、
その他はどう転がっても不思議ではない、
というより、悪い方に転がる方が不思議ではない。


(……まあいい、後でアカメかレオーネにでも伝えさせよう)


 あくまでもエンターテイメントとしての面白がりを重視するつもりのナジェンダだった。



「今回の標的は帝都で噂の連続通り魔だ、深夜無差別に表れ、首だけを切り取っていく、

 もう何十人殺されたのか分からん」

「うっひゃー……それじゃあ『首切りザンク』で確定だろうね」


 額に冷や汗を掻きながら、ラバックは面倒臭いと言うように吐き捨てる。
全員が納得している中、一人だけその言葉を聞いた事がないと、首を傾げていた。


「首切り、ザンク……?」

「多分シェーレも聞いた事があると思うわよ……っていうか忘れてるだけよ、絶対」


 溜息を吐きながら、首を傾げたままのシェーレの疑問を解こうと、
マインは語りだした。

『首切りザンク』の怪談を。



 『首切りザンク』
元々その帝国最大の監獄で働く首切り役人。
最大の監獄が故に、その投獄される人物もまた重罪人が多く、
しかしその重罪人の中には――その半数以上が大臣に仇為した一般帝都民だった、
ザンクは命乞いをする多くの罪人の首を、

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、

 処刑される人間が多いが故に、

繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、

繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、

 首を切り、頸を斬り、頚を斬り、クビをキリ、くびをきり。
切り捨てては斬り捨て、
何年も繰り返し惨殺を行い、
彼は何時の間にか堪えられなくなった。

 惨殺を、首を刈るのを、
罪人だけでは堪えられなくなり、
ただ只管にクビをキルだけの、ナニカに彼は成った。
ついに討伐隊が組織された直後に、彼はその時の獄長から帝具を奪い、
辻斬り『首切りザンク』は姿を闇に溶かした。





 夕暮れ闇時。
帝都もまた闇に包まれようとする中、
二人は見回りに居た。
人識とそれに伴って監視役のアカメ、


「――うん、ここが私達の管轄内だな」

「んでよ、ここにその……なんつった?首切りザマス?が出るのかよ」


 かはは。と人識は笑いながらアカメに確かめる。
振り返ると、問うた本人はバタフライナイフを弄びながらどうでもよさそうな体が拭えない。
拭えないどころか、深くなっているようだった。
深淵のように、深く。


「首切りザンクだ――分からないな」


 出るかもしれないし、出ないかもしれない。
と、アカメは呟く。


「んなもんに俺呼んだのかよ……」


 傑作だ、と人識はガクリと肩を落とす。
なかなかのオーバーリアクションだった。
そのオーバーリアクションも、軽く薄く、霧のように見えてしまう。
質量があるのかどうかさえ、疑わしく。
ずっと見ていなければ、消えてしまうのではないのかと勘ぐってしまうほど、
曖昧な、奇妙な存在。

 それがアカメから見た零崎人識だった。



「ふぅん。……あー、も一つ質問」

「食糧なら持って来ている、問題ない」

「いや、あんたが食料を持って来ている事自体が既に問題だろ」

「これが最後の一つだ……」

「どっちにしても問題アリじゃねえか」


 悲しげな表情だった。
速過ぎるだろ、っていうか俺の分はねえのかよ。
言いたい気持ちをぐっと堪えて、人識は仕切り直すように言う。


「あんたらの持ってるその武器ってえのは一体全体なんなんだ?」


 残っていたチョコレイトを口に放り込み、きちんと咀嚼してから喉を鳴らす。
その光景にそれなりの諦めを含んだ表情で人識は見ていた。



「……帝具かそれなら――こういうものだ」


 抜き身になった刀の刃を見せつけるようにして人識に向かって翳す。
自信満々の表情を同時にこれ見よがしと見せびらかす姿も、
アカメの少女らしさが少しだけ垣間見えるようだった。
どうやらアカメはこれで説明が付いているものだと思っているらしい。
それを受けて人識は、


「あー……なんつったらいいかな、

 俺は刃物見せつけられたくらいで全てを理解出来るほどの殺人鬼じゃあねえんだよ、悪いな」


 と(何故か)謝罪の言葉を口にした。
それを言うならアカメもまた殺人鬼でもなんでもないので、伝わるものも伝わる訳がないのだが、
アカメもまた謂れのない寂しさに満ちた表情をしている。


(どうやら本当にこれだけで伝わるものと思ったらしい)


抜き身の刀を鞘に戻しながら、アカメは重い口をやっとの事で開口した。



(もしかすると、こいつは西条玉藻のタイプと同等なのかもしれねえ……)


 だとしたら、厄介だ。
戦闘の面ではまだ未知数な部分がある為、『狂戦士』【バーサーカー】だと断定はできないが、
先読みの出来ない日常で全く同じとなると、人識にとっては非常に面倒なタイプとなる……。
言いようのない不安が、人識を包むようだった。

 ――閑話休題。
ともあれ、アカメの口から語りだされたのは、『帝具』誕生の秘話だった。

 その話は、遥か千年前に遡る事になる。



 『帝具』
約千年前、
大帝国を築いた始皇帝は一つの悩み種を抱えていた。


(この国を永遠に守っていきたいが――余とていずれは死ぬ運命……

 だが……、武器や防具――無機物ならば遥か未来まで受け継ぎ、永らえることが出来る……)



『国を不滅にするために!英知を結集させた武具――否、兵器を作り上げろ!!』


 始皇帝は膨大な財力と莫大な権力、そして絶大な暴力を伴い、
自身の分身として、この世に幾つもの圧倒的な力を有する武器を作り出した。

 時に伝説と呼ばれた超級危険種を素材とし、
時にオリハルコンを筆頭としたレアメタルを鍛え、
史上最高と謳われた職人を帝都に招き、
現代では到底不可能な程の性能能力を持つ――『人格』を有する武器を作り出した。

 持ち手が武器を選ぶのではなく――武器が持ち手を選ぶ。
それは正しく、兵器と呼ぶに相応しい代物だった。



その数は四十八。
始皇帝は、それを『帝具』と名付けた。
帝具の能力は正に絶大であり、その中には一騎当千と言える武器も存在している。
帝具を始皇帝より与えられた臣下達はより強大な戦火を生み出し、戦果を上げ、
帝都をより栄えさせたと伝わっている。

 ――しかし、約五百年前に起こった大反乱により、
その半数は行方を眩ませてしまったと記録されている。
その力が強大過ぎ、その力を持つ者が圧倒であったが為に、
力に溺れ、策を企て、その力――帝具は暴走したのだ。
帝都を守ると原則された武具が――だからこそ、反旗を翻している。
しかしそれこそが、帝都を正しく導かんとする者だと言うのだから――。


「皮肉だな」


 かはは。と人識は笑った。
何時も通りの無垢な表情で。


「あんたの持ってるそれも帝具な訳だ、……ん、っつってえと、他の奴らもそうなのか?」


 言われて、アカメも隠す気もなく頷いて見せる。


「ああ、ボス以外は全員そうだ」


 手に携えた帝具を、もう一度翳すようにして、帝具を見せつける。



 一斬必殺と謳われる帝具、『村雨』。
妖刀に一太刀斬られれば傷口から即死級の呪毒が流れ込み、相手を死に至らしめる。
解毒方法は無く、最小の傷からでも呪いは廻り、逃れる術は一切として無い。

 百獣王化と謳われる帝具、『ライオネル』。
獣の遺志が宿るベルト型の帝具であり、己自身が獣化し、
身体能力や五感、治癒能力等の基礎能力を跳躍的に向上させる。
適応者でなければベルトは反応しない。

 浪漫砲台と謳われる帝具、『パンプキン』。
適応者の精神エネルギーを弾丸として打ち出す中距離超遠距離型の銃の帝具。
適応者の精神的な負担が大きく、リスクが大きければ大きい程にその威力は増していく。
数種類の銃の傾向があり、使い分ける事が出来る。

 悪鬼転身と称される帝具、『インクルシオ』。
鉄壁と相違無い防御力を誇る鎧の帝具。
装着者に多大な負担が掛かる為、並の人間が装着せんとすれば死亡する。

 千変万化と称される帝具、『クローステール』。
強靭な糸とその糸を操る五指のグローブの帝具。
異名の如く、敵の察知から周囲に巡らせ結界としたり、
切断や拘束をする応用の効く千変万化。

 万物両断と称される帝具、『エクスタス』。
文房具のそれとは最早呼ぶことの出来ない超大型の鋏の帝具。
世界の全てを両断し、世界の万物を切断する事が出来る。
その鋭さとその硬度故に防御面に置いても強度を誇る。



 また、帝具には『奥の手』を持つモノも存在する。
――インクルシオは素材として使用された生物の特性を活かし、
暫しの間、姿を透明化させ敵を欺く事が出来る。

 そのような強烈な切り札や伏せ札を内蔵された帝具には、
数百年前より存在する、古来から続く一つの『鉄則』と言っても過言ではない、
破る事の出来ない則りがある。

【その性能故、その効能故、その能力故、その力故に、――殺意を持ってぶつかれば、

 例外無く、両人のいずれかに犠牲者が出てきた。

 つまり――帝具遣い同士が殺しあえば、必ず死者が出る】


(――……標的のザンクは帝具遣いだ。

 ナイトレイドの誰かが遭遇すれば――最悪で、こちらに死者が出る)


 ――相討ちはあっても、両方が生き残る事は無い。



 しかし、とアカメは思う。
それなら、この質量の無いような、
この殺人鬼は、この霧のような殺人鬼は、
帝具遣いと、遭い見えて、生き残った――
霧のように、掴めなかった。

 と、アカメはあの奇妙な感覚を思い出す。
霧のように質量がないからこそ――速いのかもしれない。
迅速に、最速に。
そしてそう考えている間に、その霧は晴れるように消えていた。


「…………――!!」


 振り返る刹那には、既に遅く。
正に霧の如く、人識は消えていた。





「んーっ……辻斬りに加えて、殺し屋も現れたときたもんだ……。

 全く、物騒な街だねえ……」


 愉快愉快。
と、大男は口を歪ませて笑う。
大男――首斬りザンクは相当な高さの時計塔の頂上から、
見物するように、見世物でも見るように、
品定めでもするように、ナイトレイドを眺める。
眺めて、一人一人、定めては、首を振る。


「どの首から――斬っていこうかなあぁ…………んんんっ?」


 あれは――。
アレは――。


「俺と同じ――同類か」


 更に、ザンクは口を歪ませた。
愉快愉快。


「匂いで分かる……血の匂い、殺意の匂い、

 ――んん……これは訂正しなければなぁ……加えて――殺人鬼も居るとは……」


 狂喜を体現するが如く、首斬りザンクは高らかに声を荒げて笑う。


「同類かぁ、共食いは好きじゃあないんだがなぁ、しかしそれでも、食べてしまうのだから」


 それはもう性のようなものだ、
それはもう――咎ではなく、咎められるような類のモノでもないよなぁ。

 高らかに笑って、口を閉じる。





「――……まあ、ここまでくれば大丈夫ってもんだろ、どっちにしてもな」


 と、意味深な台詞を呟いてから、人識は軽く背伸びをしてそのまま体を解す。
そしてそのまま流れるようにスムーズに、後ろを振り返る。
振り返って――驚愕した。
振り返りながら、驚愕して、一瞬絶句し、
肩から崩れるように項垂れて、面倒臭そうに、言った。


「あんた――時宮か?」


 目の前に広がる黒の長髪――否、深緑とでも表現した方がいいか。
人識はその長髪に見覚えがあった。
カチューシャ代わりにした眼鏡に、見覚えがあった。
人識はその白と緑の入り混じったような、拘束具に見覚えがあった。
既に拘束具が拘束具として機能していないことが、明瞭に標されている、拘束具に見覚えがある。
人識はその――異様なまでに長い、まるでその部位だけ別のパーツが使用されているかのように、
長い、その両腕に、見覚えがあった。
その――幼い、子供のような、純粋な笑い顔に、見覚えがあった。



 ――二年と、少し振りか。
と、人識はなんとなく、思う。
しかし、それはあくまでもなんとなく、でしかなかった。

 それ以外に考えていることがある。
目の前に居る『コイツ』を、どう虐殺しようか――。
殺戮――しようか、
明らかに頭に血が上っている。
自身でも分かっているくらいに――


「――まだまだ子供だ、かはは。全く、人って奴は何時から大人になれるのかねぇ」


 楽しそうに人識は笑う。
目の前に居る人物は、口を歪めながら、笑ってはいるが、それは笑う表情を作っているだけ、
そういう風にしか見えない。
そんな笑いを受けて、人識は笑い方を少し変えて、自嘲的に笑う。


「あんたが誰だかってえのは知らねえがよ、俺の前に『そいつ』の格好をして出て来た奴が昔いたぜ、二年前くらいにな。

 あんたが時宮なんだか、それともこっちの世界のそーいう奴なのかってのも知らねえが、

 久々に、『そいつ』に会えたぜ。――ぜってえ殺す」


 刃渡り十数センチ程の、タクティカルナイフを取り出す。
それを躊躇無く相手に向けて――


「殺して解して並べて揃えて――晒してやんよ」


 人識は一瞬で距離を零に、下段から斬撃を繰り出した。



 攻撃を見て、敵は両の手で斬撃を受け止めた。
異様に長い腕で受け――否、受けたように見せ掛けている。
反動で仰け反ると同時に後方へ自ら飛び、距離を取る。
その表情に先程までの余裕はなく、焦りと混乱が見て取れる。


「――ぐ、うぅ……な、何故切り捨てられる――

 俺の姿は、お前の『最愛の者』になっている筈だッ!!」


 その言葉を耳にした人識はタクティカルナイフによる次の斬撃を一瞬止め、
手元で弄ぶようにくるくると回転させて、困った表情でナイフを見つめる。
表情だけではなく、口籠りまでして、うーん、と唸る。


「あー……うーん、かはは。そりゃあ可笑しい、可笑しいっつーか、

 ……なんつーか、違うぜ。違う違う、だって俺の好きなタイプはキレー系のおねーさんだぜ?」


 最愛――最愛ね。
今にも蹲ってしまいそうな、ばつの悪い表情で、好きな人物でも言い当てられてしまった中学生のように、
困ったような表情を人識は続ける。


「いやぁ……男の未練っつのは女々しいもんだ……凹んじゃうぜ。全く駄目じゃねえか」


 いいつつ、人識は深く溜息を吐く。



そして、


「まあいいや」


 と、瞬時に思考が切り替わったのか、表情を戻してもう一度ナイフを向ける。
既にそこにはあの『少女』の姿は無く、
それとは全く真逆の筋肉質な大男が存在していた。
洋風のコートを纏い、ヘッドホンを耳に押し付けている、
拘束具も、異様に長い、別のパーツのような両腕も無い。
――しかし、両腕に備え付けられた両刃の西洋剣と、
額に付けられた『眼』が、その大男の異形さを物語っている。


「良い夢――いや、悪い夢か?悪夢ってところか――見れたぜ、

 お返しにお礼参りさせてもらおうじゃねーか、おっさん」


 大男の額には冷や汗が流れ落ちる。
殺人鬼――。
辻斬りか。
そう考えて、口元が思わず――思って、歪む。


「おっさん呼ばわりが頂けないな……こう呼んでくれ親しみを込めて――首斬りザンクとな」

「あん?ああ、おっさんが首斬りザンクかよ、どーしてこうも俺の周りにゃ変態が集まるのかね、全く持って傑作だ」



「――ほう、随分と自信があるな、俺の事をやっつけ仕事か何かと思っていないか?」

「かはは。別にこんなもん、仕事だなんて考えてねえよ」


 殺しを仕事にするのは殺し屋だからな。
と、人識は根拠もないような言葉を羅列するかのように軽口を叩く。


「ふむ、確かに殺人鬼ならば――殺しは仕事ですらないか。俺だってそうだ」

「かはは。それこそ違うぜ、別にあんたは殺人鬼って訳じゃあ――ねえ」

「鬼じゃあねえ、愉快愉快、ならば俺は一体なんだというのだ?」

「知らねえよ、人間なんじゃねえのか?」

「――ふ、愉快、愉快だな。楽しいトークが出来た、俺はお喋りが趣味でなぁ、

 お礼と言っちゃあ、なんだが、冥途の土産にでも教えてやろう、フェア精神という奴だ」


 そういって、ザンクは己の額を、己の額に付いている、眼を軽く突く。


「俺のこの『眼』は帝具『スペクテッド』――と言うモノだ。

 五つの能力の一つ【洞視】お前の表情などを見ることで思考が分かってしまうのさ、会話が成立していただろう?

 観察力や洞察力が鋭い、の究極形態とでも言った処、か」

「思考――思考か、んじゃあお前には右ストレートを食らわせればいいわけだ」


 かはは。
と、人識はそれでも動じずに笑っている。
思考が読めるからこそ、ザンクはそれが本当に動じていない事がわかる。
全く、ぶれない。
ぶれないというよりも、それは――ぶれる芯がない。
そうとでも言った方が正しいかのようにすら思える。



「ちなみにだが、お前を見つけられたのは【遠視】の力だ。

 霧が辺りに広がろうとも、闇夜に紛れていようともハッキリと見通す事が出来る……」

「ふぅん、そーかよ、そりゃあいいな……」


 どうでもいいという雰囲気を隠す気もなく人識は手の中で何度もナイフを回転させ、
――走って。切り付ける。
――殺すという殺意の概念そのものが、
――恐るべきスピードを持ってして、殺人を行う。
辛うじてザンクは反応して防御に移る。

 先程と同じ、下段の斬撃。
次の瞬間には上からの斬り落とし、身を落として懐から右へ、
遠心力を利用して回転、速い!こちらへ大きく踏み込んで足――脹脛を狙った突き!
手元でグリップを回転させ――。


「――う、おぉぐぉう!!」


 動脈は免れたものの、その攻撃は機動力を欠くには十二分のダメージだった。
攻撃をする間が――無い。
防御に転じている間に、予測を超えた、未来を超えた速度。
行動を読んだところで――その速度が速過ぎたが故に、意味を持たないという事か。

 人類の最速を極めたと言っても過言ではない機動力、
筋肉の機微、微動を捉え、行動を予測し、移動を予測するが、
攻撃に転じる隙がない――どころか、防御にすら間に合わない。



「かはは。結局よー、未来予知だか思考を読むだか言っても、

 本人が反応出来ない攻撃を繰り出しちまえばそれに意味はねー訳だ、傑作だぜ」


 簡単に人識は言う。
その手には何時の間にか、複数のナイフが握られている。


「――――!」


 反射的に、【透視】の力を引き出す。
引き出し――声を失った。
身体全身に、張り巡らされたかのようなその異様な多さに、
下手に転べば――自身が傷つくどころか――致命傷に成りえる、ナイフの量。

 隠し武器等というレヴェルではない。
暗器等というレヴェルではない。
凶器というより、狂気。

 この少年は――あらゆる意味で、狂っている。
全て――狂っている。



「……お前――声を一体どうしてる」

「あぁ?」

「声だ、声だよ……呻くような、唸るような、獣が唸るような、……黙っていると聞こえてくるんだ

 声が、俺には聞こえる……地獄からな、俺が殺してきた人間共の、言い続けてる声だ……

 『早くこっちにこい』って――言い続けている声だよ」

「声――声ねえ……死人に口はねえよ、死体は喋らねえ、死者は答えねえし、聞こえるかよ、んなもん」


 俺は幽霊とか信じないタイプなんだ。
と、人識は笑う。
それに対して、ザンクは眼を見開いて驚く。
驚き、口を歪めて、


「驚いた、お前なら分かり合えると思ったが……」

「分かり合える?かはは。馬鹿言っちゃあいけねえよ、

 分かり合えてる奴なんて分かったような振りした奴だけだよ」


 分かり合えてるなら戦争なんて起きねえよ。
と、どうでもよさそうに人識は呟く。

 呟いて――殺し合いを再開する。



 左上から――フェイク、本命はその後の左手から裏拳の要領で繰り出される斬撃、
――否、それすらもフェイク、というより全てが本命だ、
切り上げで肘の健を狙う。

 人体を知り尽くした動き。
人体を知り尽くした攻撃。
切り付けられた足が落ちる、
首元を狙った斬撃に、隙が生まれた!
空かさず両刃剣の突きを繰り出し――
ザンクの瞳に、ナイフが映った。
空中に浮く――今にも胸部に突き刺さらんとするナイフを!
焦りから生じた隙は、ザンクもまた同じであり――
その隙に、人識はナイフを投擲した!


「な――と、とうて……ァア゛!!」


 突きを繰り出さんとする態勢から、無理矢理体を逸らす、
逸らして、激痛が走った。
右肩の関節に突き刺さる、鋭い痛み、
可動域を狭める――それ以上に、完全に閉じていると言ってもいい。
左腕で引き抜こうにも、残る二本のナイフを捌くだけで精一杯――、
いや、それでも足りない。

 未来が見える、思考が見える、
敵の全てを理解していると言うのに――防ぎきれない。
痛みを感じる等間隔が狭まっていき、
切り刻まれる。
寸分も無く斬り刻まれる。



 ――斬り刻まれて。
ずるり、とザンクは崩れ落ちた。
帝具を使うまでもなく、周囲には血が夥しく視える。
ザンクには、それが地獄にさえ思える。
地獄にさえ、呼ばれて居るようにさえ――感じる。


「――聞こえるんだ……聴こえる、声だあの声が――俺には聞こえる」

「そうかよ、んじゃあ、これでもう聞こえねえだろ」


 心臓を潰すようにサバイバルナイフを突き立て、引き抜く。
痛みが強くなるごとに、感覚は麻痺していき、
痛みが強くなるごとに、声は薄れていき、
痛みが弱まるごとに――意識が遠のく。


「――あ、ぁぁ……ぁぁ」



「――終わったか」

「見ての通りだろ、これで生きてたらそいつは吸血鬼ってもんだ」

「……そうだな」


 アカメは一切血の付いていない人識を一目見てから、
ザンクの持つ帝具『スペクテッド』を回収する。
回収してから、もう一度人識を見遣る。


「かはは。随分とおもしれえ帝具って奴だったぜ、遠視と、未来予知とかよ、

 あー……心の部位でも聞いときゃあよかったか」


 損しちまったぜ。
と落胆したように、がっくりと肩を落としていた。
心からの様で、それでいて、全くそうは思っていないかのようにも見える。
いや――きっと、本心なのだろう。
心の底から、どうでもいいと、そう感じているのだろう。

 …………。



「――人識」


 と、呼び止める。
呼び止められた人識は、首だけで背後を見遣り、
(殆どその状態で傾げているようなものだが)首を傾げる。
また脱がされるのではないかと内心冷や汗を掻く人識と、
アカメは反射的に呼び止めたが故に、沈黙が続く。


「――お前は、ナイトレイドの一員だ。だから……」


 だから、の後が続かない。
行き当たりばったりだからか、
成り行きに任せているからか、
言葉は繋がらず、続かない。
頃合いを見て、人識は、


「あー、そうだな、おう」


 と、どうでもよさそうに曖昧な返事をしてその場を去ろうとする。


「――大切だ」


 返事を無視して、アカメはゆっくりと告げる。
今言わなければ、きっと霧は晴れてしまう。


「だから、無茶をするな……」


 軽く、ヒラヒラと手を振って、身振りで返す。


「…………明日は朝からコロッケ丼を作る」

「朝からんな重いモンを食わせようとしてんじゃねえ!!胃をもっと大切にしろ!!」





 緑色の夢を見た。
茶色いような、曖昧な色だった。
赤みが帯びている、夢であり、
真っ黒な、無機質と見える。

 人工的な、夢を見た。
帽子か何かを被った緑色が、赤く染まっていて、
赤は、赤よりも紅くて。
外に居る茶色と、向き合っている。
向き合って、笑い掛けられて、笑い返そうとして、
無機質な笑顔を向けていることに気付く。

 気付いて、無表情に戻って――。

次は漸く死者が出ますね。
哀しいような、せめて最期だから格好良く死なせてやろうとか、
まあ色々と思います。
指きたすではなくユビキタスちゃんにも頑張って貰います
っていうかあの子二十代前半くらいなんですね、初めて見た時吃驚しましたよ、
ある種の合法ロリとでも言えばいいんでしょうか。可愛いですね。





夢を見た。
夢を見て、異様に苛立った。
人識にも、一体どうしてそんなにも、苛立ったのかを覚えていない。
何に苛立ちを覚えていたのか、忘れてしまっている。
それきり、人識は思い出すのをやめて、それ以外の異変に目を向けた。


「……んぅ……にゃぁ……」


椅子に座って寝ていると表現すべきか、ベットに体を預けていると言う方が正しいか、
かなり微妙なラインで佇む若紫の長髪少女の姿がそこにはあった。


「いや、寝るなよ」


と、普通に人識はツッコんだ。
ツッコんでしまって、多少の自己嫌悪に陥る。


「……むっ……人識君は、今日から私の部下になるそうですぅ……よろしくでぅ」


そんな状態でよろしくも何もあったもんじゃあないだろう……。
いや、寝ている間にそんなにも正確に言葉を伝えられる方もそれはそれですごいだろ、
おお、そう考えれば人類の限界を見ている気がしないでもない。





「人識……大丈夫かな、いや、心配なのはどっちかっていうとシェーレさんの方か……」


 ラバックはリンゴを軽く齧りながら疑問を口にする。


「……ああ、大丈夫さ、アカメやシェーレが特に何もなかった訳だし、
 それに人識は好かれやすいタイプだからな――!」

「そうだぞー次は私の部下だからなっ!」


 ナジェンダが答え、その間にレオーネが割って入る。
そして何か重要な事に気付いたように、少しばかり沈黙が続き、


「そう――人好きやすいという奴だ……!……人識だけにっ!」


 上手い事を言っただろう!
そんな自信満々の表情を浮かべて、反応を伺い……、
場が完全に冷え切っている様子を見ると、
自然とナジェンダは顔を逸らす。
顔を逸らした後には、寂しさが溢れていた。


「……そう、か。そうでも、無いか」





 肝心のその二人と言えば、河原に居た。


「おおおおおおらあっっっ!!」


 と、叫びつつ、その一人が水面から顔を出す。
染めた髪も服も身に着けている全てが水に濡れていて、
普段潜めている刃物が半ズボンから薄く浮かび上がっている。

 しかし、暴力の世界に生まれ、その住人として十数年以上生きていた人識が、
その程度で泳ぐ事に支障をきたすほど、軟な身体をしてはいない。
幾ら彼が年齢にしては幼いような風体をしているからと言って、
その体がまだ幼いように思えるからと言って、
彼は殺人鬼としての体力――そして腕力や筋力もまた、常人のそれとは比べるべくも無く、
大きく違いがある。

 理由は人識の身に着けている物に有った。
その鎧に――理由があった。

 理由というか、原因。



「てめえ!!勝手に鎧着せたと思ったら川に突き落としやがってあぶねぇだろうが!
 こちとら全身にナイフ仕込んでんだ!許可くらいは取りやがれ!!」


 嬉々として全身にナイフを仕込んだ本人の台詞ではないし、
そもそも、そのもう一人に怒声を上げたとしても正確には、
彼女が突き落としたのではなく、偶然そのような形になってしまったという方が正しいので、
あまり怒鳴れることではない。
(突き落としたかどうかは定かではないが)鎧泳法を実践させようとした、
シェーレは軽石に手を附いて必死に眼鏡を探しながら、


「すいません、すいません」


 と、忙しなく呟き続けている。
その姿を見て人識は未だ濡れた手を頭に当てて遣り様の無い怒りを抑える。



「……私はアジトでは役割とかがありませんので、集中して鍛えられると思ったのですが……」

「何となくあんたに役割が無い事が分かったような気がするぜ……」


 文字通り身を持って体験した人識には言葉は不要だったが、
涙目でシェーレはぽつぽつとその理由を明かしていく。


「料理は、肉を焦がしてアカメをクールに怒らせました。
 掃除、は逆に散らかしてしまってブラートを困らせてしまって……、
 買い出しは砂糖と塩を間違えてしまって、レオーネに笑われてしまって、その、分量とかも、キロ単位で……」


 続ければ続ける程に、シェーレの表情は暗く淀んでいくようだった。
現に眼鏡を探す手も止まってしまっている。


「洗濯も……うっかりマインを一緒に洗ってしまって」

「人間を洗ってんじゃねえよ……」


 最早それは間違いとか、そういうレヴェルを遥かに超越している気がする。
気がするどころではなく明らかに超えているが。
恐らくだが、本で治る類のそれではないだろう。



「んじゃあよ、なんであんたはこの稼業に居るんだ?」


 殺意は感じないし――。
殺人が行えるとは到底考えられない。
存在が既に殺人兵器だとか、
恐らくだが、そういう類のモノでもない。

 人種としては――今現在の闇口崩子程度の、
殺人能力を持たない一般人と同レヴェルという訳だが、
この組織に属していると、言われなければ手配書に乗っていようとも気付かないくらいの、
儚さとでも言おうか、影が薄いとでも言おうか。

 ――それならば、この少女は地味な強さを、持っているのだろうか。
と、二人のプレーヤーを思い浮かべて、
それも何か違うような気がする。
力は力なのだ、どれだけその力が地味であったとしても、その力量は、
その力を知っていれば、
その力の種類を知っていれば、測れる。
けれども、あくまでも、気がするだけだが。


「一番、最初の、――遡って説明すると……」


 やっとのことで眼鏡を手にした若紫の少女は、語りだした。



 少女の生まれは帝都の下町だった。
何でもない家に生まれ、何でもない両親に育てられ、
少女はまさしくそのままの、無垢な少女として育った。
ぼうっと、何処か上の空を見るような、気の抜けた子だと言われて、
しかしそのまま育った少女は何をやっても不器用で、
皿を持てば手が滑り、包丁を持てば柄が魔法のように飛んでいき、
機械を操れば自壊し、買い出しを頼めば借金が残る。

 何時しか少女はその優しさ以外に誇れるものがなく、
何時しか少女はその優しさすら誇ろうとしなくなった。
道を歩けば人に謝り、


『アイツは何処か、頭のネジが外れているんだ』


 そんな風に揶揄されて、少女はよく、下を向いて歩くようになった。
それが目印にでもなったのか、
少女の唯一ともいえる友人が、よく話しかけるようになった。



 その友人はよく笑っていた事を覚えている。
チャーミングな笑顔が印象的だったことを覚えている。
少女はその笑顔を見てよく『自分とはどこか違う次元にでもいるのではないだろうか?』
と、考えてものだ、――スタイルも、性格も、全く違う。

 少女はそれを羨ましく感じたこともあったが、
決してそれを口に出す事はしなかった。
それを口に出すと、きっと友人は――自分から離れてしまうだろうから、
それを口に出してしまうと、きっと私は――壊れてしまうから。



 その友人は、少女がどんなに下手な事をしても、
それを馬鹿にせず、揶揄もせず、その明るい笑顔で包んだ。
優しく、包み、笑い飛ばしたのだ。

 少女はそれがうれしかった。
友人と一緒に居られる時間が、少女の唯一の癒しであり、
少女の唯一の幸福であり続け、
あり続け――、
あり続けていた。

 そして、続きは終わりを迎える。



 ――その日、外には大雨が鳴り続けている。
激しく音を立てて、鳴り続けていた雨は、地面を鳴らしているだけのそれではなく、
地面だけではなく、大男のコートを、濡らしていた。

 少女は一瞬、それが一体誰なのか、理解できなかったが、
しかし玄関に向かった友人の表情を見て、少女は察する。
青褪めた、明らかに血の気が曳いて居る、その表情を。

 少女が何か、言おうとした時、
友人が何か、弁解しようとした時、
手始めに、男は玄関を破壊した。
明らかに人間のリミッターが切れていると分かる、
力のままに打ち付けたように、玄関に腕を叩き付け、破壊する。

 小さな悲鳴を二人は漏らして、後退りすると、
後ろに下がった分だけ、周辺の物が壊れていく。
それは硝子細工であったり、鉛細工であったり、木材家具であったり、鏡であったり、
とにかく、それを物だと理解しているのかすら分からない、
それを何かだと意識しているのかすら解からない様子でもって、
手当たり次第に手の届く範囲で壊していく。



 時折、人体の何かが切れるような、破壊する音も聞こえるが、
興奮状態なのか、それとも何か別の理由があるのか
男は一切の躊躇も無くその暴力を振り下ろす。

 一瞬動揺を隠せなかった友人は固まったままの状態だったが、
我に返るとその腕に纏わり付くように抱き留める。
そして唸り声のような声を上げた大男は、その身長差を存分に使用して、
――友人の首を絞めつけた。



 少女はそんな中でも冷静だった。
冷静に『友人を助けよう』と、当たり前に考えて、しかしその頭には雑念は全く無く、
軽い足取りで台所から大きめの中華包丁を掴み、振り被って首を切断せんと試みる。
頸動脈を打ち砕く事を念頭に置いたと言うようだった。

 その動作は、まるで流れ作業の様でもあった。
男がその痛みに気付き、振り返ろうと首を回した直後に、
男の身体は自身を支えられなくなり、その場にぼとりと倒れ落ちる。

 あっけないな、と少女は思う。
友人は何かに怯え、狼狽えているが、
少女にその狼狽えは、その怯えは、その恐怖という感情はなかった。

 恐怖――感情が、無かった。
なんとも、思わなかった。



 その後、少女を取り囲むようになっていた連中は姿を消した。
交友関係、とは全く無かったが、彼等は彼等で思う節があったのだろう。
しかし、そんな事は少女にとってどうでもよかった。
友人は今も病院に居ると聞く。

 そんなことを考えていると、目の前に屈強そうな男が五人、道を塞ぐようにして並んでいた。
大斧や鋭利なナイフ、西洋剣といった、物騒な武器を携えている。
笑い声だったり、単純にその男の声が荒げすぎて何を言っているのかよくわからなかったり、
半分以上が聞き取り辛かったが、どうやら、

『殺された仲間の復讐』と、男は口にしていたそうだと、少女は判断する。

『お前の両親は殺しておいた』と、男は口にしていたようだと、少女は判断する。

『次はお前だ』と、男は口にしていたらしいと、少女は判断する。



 判断し終わって――男の一人が襲いかかって来た。
上から下へ、振り下ろすだけの単調な攻撃。
糸も簡単に避けられるほどの簡単な攻撃だった。
護身用にと持っていたナイフを隙だらけの心臓に一刺し、
少女の頭はそれでも冷静だった。
人を――人を殺しているというのに。

 次にその男を抱え込み、盾として扱う。
動揺した男達の攻撃は、やはり単調と言えるものだらけだった。
動脈を狩り、鳩尾付近を切り裂き、脳天を割り、眼を射ぬき、

 ……それでも少女は何も思えなかった。
社交辞令のように『すいません』と口に出してみたが、
少女は全くそんなことは思っていなかったし、
少女はしかし、そこで思う節があった。

 


 これなら――私にも、役に立てるかもしれない。


 頭のネジが、足りないからこそ――私は人が殺せるんだ。


 社会のゴミを――掃除できる。



「それから……帝都での暗殺稼業営んでいる場所で働いている時に、
 ナイトレイドの方でスカウトされて、という感じでしょうか……?」


 語尾に疑問符をくっ付けながら、シェーレは首を傾げる。


「なんであんたが俺に聞いてんだよ、
 だから、暗殺者養成カリキュラムってえ訳か。傑作だな。
 けどよ、やっぱ俺はこういう鎧系ってぇの?ダメだわ、ナイフ扱いづれーしよー」


 言いながら、人識は鎧を軽く動かしているが、
ナイフを動かす手が如何にもぎこちない。
その感触が嫌なのか、かはは。と笑ったところで、さっさと鎧を脱ぐ作業に移っていた。


「そうですね……私は人識程器用じゃありませんでしたし、即戦力でもなかったですから」

「かはは。強いだとか、弱いだとか、本当に必要なもんかよ。
 役に立たなくても案外、それなりに生きていけるってもんだろ、
 全く傑作だ、勝手に死に急ぐような真似してんじゃねえよ、
 いのちだいじにってコマンド知らねえのか?どいつもこいつもよぉ」


 再度、傑作だ。と呟いて、人識は脱いだ鎧をほっぽり出して、アジトの方向へと歩み始めた。
その姿は、何か怒っているように見えるけれど。
その姿は、何か悲しがっているように見えるけれど。
一体何を彼が突き動かしているのか、分からない。
一体、彼が何をどう思っているのかが、分からない。



「ええっと……すいません、人識……?」

「ああ?なんであんたが謝ってんだよ」


 振り返った人識の顔は、表情は、何時も通りの笑った、楽しそうな表情。
何が楽しいのか、分からないけれど、
どうやら人識のスイッチは、元の状態に戻ったようだった。


「なんででしょうか……」

「その理由を、俺に求めてんじゃあねえ」

IDが慰めてくれるように見えた。
リアルの事情だったり、まあ、なんだったりで遅れる事もしばしば……、
不定期更新だからと言い訳しますけど、終わらせる気はありますので少々の更新。
もう少ししたらペース速くなれると思うのでご容赦。





会議室。
一人も欠けずに、全員が揃う中でナジェンダは人識に語り掛けている。
義肢の右手を差し出す、その手の中には、眼球のようなものが入っていた。


「――人識。そろそろいい頃合いだろう、ザンクから奪取した帝具。お前が付けてみろ」


差し出された帝具『スペクテッド』を一瞥してから、
怪訝な顔をする。


「……んだそりゃあ、俺が正式にナイトレイドに認められたってぇことでいいのか?」

「そうだな、そう思ってくれて構わないさ」


それでも、あー、と口籠る。
何か言いたいようで、何か言いたくない事があるのか。
帝具を付ける事に少なからず抵抗があるようだった。
それがザンクと戦った結果によるものなのか、
それとももっと別のところに起因しているのか。


「ん、俺はいいわ、相手の行動を先読みとか、難しいことにゃ向いてねえしよ」



「そうか?俺には向いてると思うぜ?……」

「……まあ、一回つけてみるのもいいと思うよ」


 何故か両手を肩に置き、耳元で囁くブラートに悪寒を感じる。
どうしてか少し身を引いたラバックにも催促されるが――


「でもどうせ意味ないわよ、今アンタ拒絶したでしょ、帝具は第一印象が肝心なんだから、
 アンタじゃ、拒絶反応が出ておじゃんよ」


 不貞腐れたように言うマインとラバックの言い争いが軽く続く。
人識はその中心で、


「……傑作だぜ」


 何時も通りに呟いた。



「……まあ、無意味に体力の浪費をするまでもないだろう。これは革命軍本部に送っておく事にする」


 差し出されたままの帝具『スペクテッド』を、手の内に戻して話を再開する、


「殺し屋としての側面も請け負っているが、
 それ以外にも今回のような帝具の回収、もしくは破壊がサブミッションとして常に存在している。
 ザンクのような帝具を持った相手となると、最悪でも破壊する事を基本とする、
 無論、破壊せずに回収できるなら、それに越した事は無いが……」


 しかし、そうとは行かない。
帝具遣いが一度遭い見え、そして戦いへと、戦闘へと成ってしまったのなら。
それはもう、死闘になってしまうのだから。
必ず、どちらかが死んでしまうのだから。
どちらになっても、プラスとして残る事はないのだから。



「……基本的に、帝具を持たないお前がザンクのような帝具遣いと戦うべきではない」


 あくまでも、基本的に、とアカメは念を押す。


「あ?その帝具って奴が多い分、こっちが有利になるんだろうが、だとしたらよぉ――」

「そうじゃない、相性の問題だ」


 相性の問題――と、言われて、人識は口を噤む。


「かはは。グーはパーに勝てねえし、パーもチョキにゃあ勝てねえってか」


 そりゃあお手上げだな。
両手を降参するように軽く上げて、笑って見せる。
分かっているのか、分かっていても意味が無いのか、
しかしアカメもそれ以上は何も口にはしなかった。



「相性――相性、ねぇ……。そんじゃあよ、
 その四十八ある帝具の中で『最強』の帝具っつーのは何なんだ?
 無敵とまでは行かなくともよ、無敗とまでは行かなくとも、
 最強の呼び声の掛かる一番っつーのはあんじゃあねえのか?」


 知った様に――笑う。
見透かしているわけではない、
けれど、反応を愉しんでいるようで、何処か薄気味の悪い感じのする笑みだった。
無知で、無垢な、子供のような笑いだった。


「帝具は使用者によってその強さは変わるが……、そうだな……あえて言うのならば。
 『氷を操る帝具』――だと、私は思っている。
 幸い、遣い手は北方異民族の征伐に向かっていて、帝都にはいないがな」


 氷――氷を操る、帝具。


「氷、ね。って言ったらよ、少なくとも遣い手を知っているようだから聞くけどさ、
 そりゃあ文字通り氷を操る能力なのか?独楽みてーによ」

「……いや、そういうのならば、氷を自由自在に精製する能力とでも言った方がいいのかもしれないな、
 奴は――そういう相性の部分で言えば、それこそ一騎当千だった、文字通り、な」


 義肢の右手を頭に当てて、それ以上は喋らなかった。
思う節があるのか、何かを思い出さないように。



「まあ、大丈夫だと思うよ、北の異民族は強いからね、それに、北の勇者も居るしさ」

「ふぅん……そーかいそーかい、それでも赤じゃねえんなら、まだマシってもんだろ、
 赤よりも紅いわけじゃあねえ、何者よりもどんなものよりも、正しく真紅ってわけじゃあねえ、
 全然傑作ってぇわけじゃねえ、鬼を殺す鬼殺しってわけじゃあねえからな」


 一人で勝手に纏め上げて、独りでさっさと会議室から出て行こうとする。
出て行こうとする途中で、何か思いついたのか、振り返ってから体勢を同じにして、
疑問を投げかけた。
素朴な疑問。とでもいうように。


「――そりゃあどーなんだ?北っつったら要するに温度が低いわけだろ?
 つーこたぁ悪けりゃあ元々から凍ってるってわけだよな?
 そういう所でその氷を操る帝具っつーのは、『活躍』しちまうんじゃねーのか?」


 単純な台詞だった。
単純な理屈だった。
温度が低ければ、凍りやすくて、
氷は創り易い。
単純すぎて、誰一人としてそれに答えられない。


「――……どう、だろうな」


 しかし、ナジェンダは濁した。
確かに――そうかもしれない。

 あんな力量ならば、そうかもしれない。
化物のような、力ならば。
知っているからこそ、疑うべきだった。
けれど、知っているからこそ、疑えなかった。
それは、ありえない事だから。



 異変が起こっていた。
否、それは起こるべき事態だったといえよう。
しかし、その暴力は――明らかに度を超えていて、
悍ましいほどの戦力を備えていた。

 征伐隊が結成された事は知っていた。
だからこそ、要塞都市と恐れられる力を発揮しようと、
彼等は奮起した。


 ――しかし、
勝負は一瞬、刹那よりも速く、決着がついた。
勝負。
勝ちだとか、負けだとかは、既にその時、関係がなかった。
勝ちでも、負けでもない。
勝負してすら――いない。


 征伐隊――否、

 『彼女』が来た瞬間に、それは決していた。
既にその時、終わっていたと言っても、それは過言ではなかった。
要塞都市と恐れられたそのシンボルである、
ダムの形取った防壁。
それは瞬きをする間に、防壁よりも二回り大きい氷に包まれた。


 
 二ヶ月にも及ばない。
それは戦争というには余りにも短い期間だった。
戦争と言えるかどうかも定かではない期間で、
氷の帝具遣いは北方異民族を虐殺した。
虐殺の限りを尽くした。

 至る所に氷に覆われた兵士が埋もれ、
生き残った者は甚振られ、弄ばれ、傷を負っては針だけで縫われ、
最期は決まって眼と鼻、口を縫われ、串刺しにされ、その生涯を終える。
生き埋めにされた者、火炙りにされた者、串刺し、氷漬け、
死者は数えるまでも無く、北方異民族の全て。
では無かった。


 まだ、生きている。
人間として――生きているかどうかは、定かではないものの、
『それ』は確かに生きていた。
生き永らえさせられていた。



 一人、女性が重苦しい、岩で作られた椅子に座っている。
帝都軍の正装に身を包んだ、一つの乱れも無い白群色の膝元に触れる長髪、
全体的に線の細い、その逆に肉感的とも思える抜群のプロポーション。
しかし、その人を人とも思わないような、塵芥とすら認識していないような三白眼が、
手に持つ非人道的な蒼白いまでの金属光沢を放つ鎖が、
その女性の異彩を駆り立てている。

 加えて、鎖に繋がれたそれが、決定的なまでに女性の人格を表していた。
本性を、表していた。


「――……つまらん」


 そこに居たのは、人だったもの、だった。



 それは、最早人として、成り立ってはいなかった。
人と形容するには、余りにも無残で、悲惨で、どうしようもない、
言うならば、家畜同然で。
それは二ヶ月前まで、勇者とまで畏怖され、敬意を齎し、
地位を築き上げていた、人物だった。

 その勇者は、今はただの家畜同然で、椅子に座った女性の土で汚れた靴を這い蹲って舐め取って居る。
そんな家畜を、女性は何とも思わず見下す。
嬉しそうに這い蹲る男を見て、眉一つ動かさずに見下している。

 先の尖った、鋭利とも表現できるナイフのような靴だというのに、
何一つとして文句も無く、それが生き甲斐であると言わんばかりの男。
女性が気紛れに鎖を軽く引くと、それだけで男は身を引いて次の命令を待つ犬のような態度でそこに座った。
顔を発情させて、人間である事を忘れたようなその態度に、女性は再度。


「つまらん」


 とだけ呟いた。



「……、北の異民族を瞬く間に征伐……流石です!エスデス将軍!」


 溜息を吐く女性の近くから、そんな歓声が湧く。
エスデスと呼ばれた女性がうっとおしく一瞥すると、
もう一度だけ男に視線を寄せて、今度もまた、その表情には何もない。


「……やはり、兵も民も、そして誇りも、全て打ち砕かれると壊れるか……
 この程度が北の勇者とは……つまらん」


 そう言って、組んで居た足を正しく直す。


「死ね――犬」


 直して、右足を軽く振って、勇者の顔を――丁度、眉間の部分を狙って――蹴り飛ばす。
ナイフのような、鋭利とも表現できる靴で。
当然のように頭蓋骨が打ち砕かれて、その『中身』が露見する。
エスデスの部下はその事実だけで身動ぎするが、
しかし行った当人はそれを見届けすらしなかった。
見下しすら――しなかった。


「――何処かに……私を満足させてくれる敵はいないものか……」


 帝都の方角を見遣って、不敵な笑みを浮かべる。
帝都最強と謳われる、『氷を操る帝具』を持つエスデスは、
とある情報を仕入れてから、ずっと、この調子だった。


「信憑性には欠けるが、それもまた一興――だろう……?」


 そう呟くエスデスは何処か嬉しそうで――。

最後ら辺は何故か活き活きと書けた、どうしてでしょう
てなわけで、本書における7話終了、二巻の折り返し、まだ四巻に程遠い!
でもそれなりに道中面白そうなんでちゃんと書きますよー
取り敢えずセリューちゃん、シェーレちゃんまで後一、二話だな





 帝都宮殿。
謁見の間と呼ばれる、室内で、一人の兵士が畏れ多く、
という風体を隠せずに物々しく戦況を報告している。


「申し上げます、ナカキド将軍ヘミ将軍。両将が離反、反乱軍に合流した模様です!」


 その兵士の一報に――二人もの将軍が離反したという事実に、
謁見の間にざわめきが沸き起こる。


「戦上手のナカキド将軍が……」

「反乱軍が恐るべき勢力に育っているぞ……」



 弱々しく細々とした声が皇帝に――引いて、大臣に伝わらぬように飛び交う中で、

「狼狽えるでない!!」


 身の丈に合わぬ衣装を靡かせ幼い声は力強く、訴えかける。
訴えかける――けれど、
それはその少年の発した言葉ではない。
幼い声に――黒い感情が隠れる気も無く、姿を顕している。


「所詮は南端にある勢力……何時であろうと対応出来よう!

 反乱分子は集めるだけ一つに集め纏めてから掃除する方が効率が良い!

 ――で、いいのであろう?大臣?」


 ――大臣。
幼い皇帝を裏で操る異形。



「ヌフフ……流石は、陛下……落ち着いたモノでございます」


 礼儀を知らない――というより、
犯していると知りながらも、挑発するように一報を聞き入れながら、
大臣はそのパンなのかピザなのか、よくも分からぬ固形物を口にしている。
それを口にしながら、この場に図々しくも居座っている。


「遠くの反乱軍よりも、近くの賊。今の問題はコレに尽きます。

 ――帝都警備隊長は惨殺され、私の縁者であるイヲカルは首から上を焼かれ!

 首切り魔も倒したのはナイトレイドで、帝具は持っていかれる!!」


 順々と台詞を追う毎にその食欲のスピードは増していく、
荒々しさを伴って、固形物は消化器官へと運ばれる。



「やられたい放題……!!悲しみで体重が増えてしまう!!」


 終いには涙を流しながらも捕食を続ける。(最早これは食事ではなくなっている)
流石にその姿を見て皇帝もどうなのかと思ったのか、
何とも言えぬ表情で小首を傾げている。
そのまま小首を傾げて、うーん。と唸っては、


「……そういえば、あの異民族はどうしたのだ?

 アジトを見つけるプロなのだろ?」

「連絡を絶っていますな、恐らく二話当たりで消されているでしょう」

「にわ?」


 ええ、投稿回数から言えば三回目でございます。
付け加えるが、皇帝には伝わらないようだった。
伝わったらそれはそれで拙い。



「もう穏健である私も怒りを抑え切れません!」


 仕切り直すように言って、
般若如き表情を浮かべては面白味も無さそうに告げる。


「北の異民族を制圧したエスデス将軍を――帝都に呼び戻します」


 その宣告に、二人を抜いた全員が驚きの声を上げる。
先程の一報よりも大きく、謁見の間は騒ぎ立てた。


「!!――て……帝都にはブドー大将軍がおりましょう!?」

「大将軍が賊狩りなど、彼のプライドが許さないでしょう」


 その程度ならば――恐らくは話し合いにすらならない。
そうとでも言いたげに意見を蹴る。


「な、ならば!ならばあの『請負人』なら――」

「……先日にも話したんですがねぇ、蹴られてしまいました」


 そこまでで、ぐぅ、と何も言えなくなってしまった。
ふぅむ、と代わりに皇帝は考えをまとめて。


「エスデスか……彼女ならばブドーと並ぶ英傑、安心だな!」

「ええ、何せ異民族四十万を生き埋め処刑を軽々と遣って退ける氷の女ですからなあ」


 その台詞もまた――皇帝には伝わらないのだろうけれど。
伝わらないのなら――別にそれで構わない。


「――それまでは無能な警備隊に活を入れておきなさい

 最早生死は問いません!

 一匹でも多くの賊を狩り出し――始末するのです!!!」





「――……あれ?」


 ここは――何処だろう?
何時かの迷子の少年のような――事を思っている。
ええと、確か。
あぁ、名前を聞きそびれてた。

 十九歳とは――言っていたけれど、本当の所はどうなんだろ。
少女はポニーテイルを揺らしながら、そんな事を考えていた。
取り留めも無く、ただ思った事を適当に考えているだけでしかない。
考えたくない事から眼を背けて居るように――少女は、
一人の少年を思い出していた。

 ――それが、考えたくも無い事に繋がっている事にも、考え付かない。



「えと、ここは……うん、間違ってない、間違えてない……」


 道は正しく、パトロールの巡礼で間違ってはいなかった。
ぼぅっと、上の空だというのに、その辺は間違えていないのだから、
なんだか少しだけ誇らしかった。

 ――誇らしい?
――なんの?


「キュウウゥ!」


 またも意識が天に上る最中に、帝具『ヘカトンケイル』、
――もっとも、少女、セリューはそれをコロと名付けているけれど――
その小さな体躯で、首輪を物ともせずに引っ張っている。


「――わ、ん?どうしたの……?」


 普段の調子ならば、その程度、特に気に障りも、引っ張られる事も無いのだけれど、
――予想以上に、調子が悪いようで、ヘカトンケイルに引っ張られてしまう。

 飼い主失格だな。
と、そんな風に自虐してしまう。



「キュゥウゥゥ……」

「――鏡?……あぁ、酷い顔、してるね、女の子じゃないみたい」


 もう一度自虐的に笑って見せるが、鏡は残酷なまでに醜い笑みしか映さない。
酷い隈だ、見れば見るほど、深く刻まれたように思う。
肌も荒れて、色素が抜けたように、生気が抜けているかのように、感じられて。
これでは、悪役と対峙した時に、一体どっちが『悪い』のか判らない。

 ――悪い?
――良いって、なに?
考えが進みそうになって、鏡から眼を逸らす。
逸らした先には、ヘカトンケイル――相棒が居て。


「――ごめんね、コロちゃん……」


 そう――だった。
正義の心。
コロちゃんは――それに反応して動いて。
動いて、くれて――



 考えが進むにつれて、ダムが決壊するかのように、
色々な記憶が呼び覚まされていく。


「――あ、あぁ……ああ、あ……」


――正義は悪に屈してはならない。
――正義は強くなくてはならない。
――正義は優しくなくてはならない。
――悪を倒せる可能性。
――正義の心。
――ナイトレイド。


「オーガ隊長……」


 動悸が激しくなる。
何をしている訳でも無いのに。

 いやだ。
考えを放棄したい。
唾棄して、逃げ去りたい。

――追われている訳でも無いのに。



「――コロちゃん……」


 けれども、塞き止められていた考えは留まる事を知らずに、
セリューの脳内を荒らすように流れて、溢れて、
暴力的なまでに、殺人的なまでに、満たされて。


「――傑作だぜ」


 声が聞こえて。


『――正義の味方ってぇのは、曖昧だよな』


 声が止まらない。


『――正義の味方ってのは、一体誰を味方として、一体全体誰の敵なんだろうな』


「あ、やぁ……やだ……」


 否定しても、しきれない。
拒絶しても、おわらない。


『なにがしてーんだろうな正義って奴はよ』

『――あんた、分かる?』


 正義って、なに?
わるものって、だれ?



 声がした方向に、あの少年がいた。
訳の分からない、分かりたくも、ない。


「――ああ、そうだ、名前、聞いておかなくちゃ」


 嫌がるヘカトンケイルを半分以上引き摺りながら、
自身の足もまた、半分以上引き摺って、
アイスクリームを舐める人識の元へと、何となしに近づく。
その行為は既に、過ちだというのに。

 名前、名前。

 と虚ろな眼をしたセリューにそれは分からない。
分かった処で、余り意味は持たないだろう。
それ程までに、彼女は既に終わっていた。



「――どうも」


 と、挨拶はしたものの、
それが果たして挨拶として形作られていたかどうかが、定かではない。
もしも形作られていたとしても、
相手に伝わっているかどうかが、定かではない。


「ん……あー、誰だっけか、アンタ。

 あー……おー!思い出した、正義の味方セリューつったか?」


 かはは。乾いた笑みを浮かべる。
人識にとっては特に何とも無い台詞だった。
知らずに、ついついと口にしたような軽さ、
自分の台詞を忘れているのではないのかと思う程に軽々しい台詞。



 この少年はそれが素なのかもしれない。
素で――人の心を荒らすのだろう。
荒らして、気付かずに、終わっていくのだろう。

 飛んで火に入る夏の虫。
油の注がれた火のように、
それなら――私は虫か。
あの酷い顔なら、何とも納得してしまう。
なんだか、ニヤけてしまう。


「ねえ、名前――君の名前、聞いて無かったんだ」


 ニヤけを微笑む位に押し上げて、改めて少年に問うてみる。
なんとなく、気になってしまったのだ。
パトロール中だというのに。
見れば隣に座っていた山吹色の短髪の女性と軽く会話を挟んでいる。

 鬱陶しそうに手で振り払うと人識はセリューに向き直って。



「零崎人識――ただの人間失格だ」


 楽しそうに、笑って見せた。
人間――失格。
零崎人識。

 頭の中で反芻する。
繰り返して、考えて。


「ひとしきくん、うん。ありがとうね」


 一体何について感謝したのか、分からない。
一体どうして口にしたのか、判別できない。
けれど、多分だけれど、笑えていたと思う。

 楽しそう――では、なかったかもしれない、
愉しそう――でも、なかったかもしれない、
それでも多分、笑えた。
正義とか――悪とか、

 関係無しに、笑えた。





 夜。
帝都中心部から外れた広場。
ナイトレイドの別機動隊の二人が走っている。


「チッ……あのチルドって標的、用心深いにも程ってものがあるわ」」

「でも、無事に片付いて何よりですよ」


 しかし余りに時間を掛け過ぎた……、
おかげで既にもう日が暮れてしまっているし……。

 走りながら、ツインテールが揺れる。
周囲に気を配りながら、何時でも対応できるようにと帝具を背負っているが、
しかし彼女の周りには誰の気配もしない。

 ――まあ、標的の護衛も気配丸出しだったし、
帝都警備隊といえど、そういった所はお座成りなのかもしれない。



 そう考えている最中。
唐突に背後から――人の気配。
シェーレとマインの中点に飛び込んで来る人間。


「シェーレ!」

「はい!」


 呼びかけたが、既にシェーレもその気配を感取って居たようで、
二人は左右にバラけて来るであろう攻撃を避ける。
避けた瞬間に、跳び蹴りが割って入った。
自分の体を省みない、力任せの破壊行動。



 全く――気付かなかった。
それは目配せしたシェーレも同意見のようで、
それは暗殺者として育てられた人間が、気付く事すら出来ない程の、
相当の遣い手だと言う事を暗に示していた。


(つまり、少なくとも警備員程度のレヴェルとは比べ物にならない……)

「…………」


 飛び込んで来た少女はそのままクレーターの中心で何も言わずに佇んでいる。
恐ろしい程、生気の無い顔だった。
同じ人間だと思えない程真っ白――蒼白くさえある。
虚ろな眼は何処を見ているのか。
膝元にまで届きそうな、潤いの少ない柑子色のポニーテイルだけが、少女を少女足らしめている。
そしてよく見れば、何か――縫い包みのようなものが、少女の小脇に抱えられている。
バタバタと、忙しなく蠢いて居るのが見える。

 見える――けれど、
しかし、そんな事にも少女は気にしていない。
何も思っては、いないようだった。



 考え事をしているのか、何やらぶつぶつと呟いては揺れている


「――正義は背後から攻撃してはいけない……」


 ――正義。
――正義。
繰り返すように、呟き続ける。

 そして不意に、がこん。とシェーレの方向に顔を不自然な形で向ける。
虚ろな眼に、反射して、シェーレの顔が映り込む。
不気味なまでの動きに、警戒を強めて、周囲を取り囲む、
取り囲むけれど――攻撃するタイミングが、分からない。

 縫い包みの正体も掴めず、どうしたものかも、分からない。
しかし敢えて一つ、二人の暗黙の了解として分かっている事だけは知っている。
マインの顔が、割れてしまった。
ならば、勧誘するか――始末するしかない。
勧誘は――恐らく、無理だろう。
消去法で、選択肢は一つへと狭まる。



「――ナイトレイド」


 ぼそり、と。
少女は呟いた。

 ――シェーレ。
どうやら、向こうもこちらを敵として認識したようで、


「ナイトレイド、手配書、シェーレ。帝具『エクスタス』。

 帝具……『パンプキン』……ナイトレイ、ド……」


 ふらり。
ふらり、と、今にも倒れそうに、少女は動いた。


「正義は自分から名乗るもの……

 帝都警備隊――セリュー・ユビキタス」


 揺れる人差し指で、不安定に二人を指刺す。


「『絶対正義』の名の下に――『悪』を、断罪する」


 開戦の――合図がなされた。



 浪漫砲台『パンプキン』
 使用者――マイン
 万物両断『エクスタス』
 使用者――シェーレ
 魔獣変化『ヘカトンケイル』
 使用者――セリュー・ユビキタス


【その性能故、その効能故、その能力故、その力故に、――殺意を持ってぶつかれば、

 例外無く、両人のいずれかに犠牲者が出てきた。

 つまり――帝具遣い同士が殺しあえば、必ず死者が出る】


 帝具遣いの戦い。
その威力故に――死を招く。
これから起こり得る戦闘もまた――


例外ではない。

原作2巻で描かれていた横髪の黒い角は四巻で消えているんですよね、(ちなみに三巻では出番が無い)
まあ初期デザインと後期の絵なんて違ってくるものですけれど、
頑なに描かれていたあの角(?)は一体何だったのでしょうか……
それと私はセリューちゃん、結構好きですよ

ブドー大将軍とか至高の帝具とかちょっと不確定要素が出てきたので少しだけストーリー見直して投稿させて頂きます

赤い人は赤くなければ三割の力しか出せない

正義から教わり、邪悪を学べ、

                  邪悪から教わり、正義を習え、

偽りに偽りを重ね、偽善を良しとし、

                  偽りに企てを弄び、偽悪を旨として。

立ち止まり、振り向いて、
正義を見つけ、偽善と知る。
偽善を貫き、            偽悪を貫き。

                  何時かの記憶に、嘘を知る。
                  振り向いて、立ち止まり、

悪を見つけ、偽悪と覚える。

                  零を知り、零に掛けられ。

数字を持って、零になる。




 宣言した後に、三人はそのまま動かなくなった。
セリューは二人を指差したままで俯き、
指を指された二人は戦闘準備を済ませたまま、微動だにしない。
辺りが静寂で包まれ、時計台が急かすように秒針を鳴らす。

 追われている身――だが、
マインは姿を見られた以上、
選択をしなければならない。
勧誘か――殺害か。


(でもって――勧誘は、ありえない)


 だからこそ、二人は戦いに身を投じなければならないが、
だからこそ、安に動く事が出来ない。
膠着状態が続く程に不利になるというのに。


(ジレンマ……か)


 苛立たしい事ではあるけれど、
しかしその苛立ちだけではピンチとは呼べないだろう。
その苛立ちではマインの帝具をパワーアップさせることは不可能だった。



(あるとすれば……あの『帝具』が一体どんな力を持っているのかって所かしら)


 朧気ながらも、記憶を辿れば恐らく、文献書に記入されていたであろう帝具……、
名は――何と言ったか、そこまでは覚えていないものの、
しかし『帝具』と名の付く兵器なのだ。
その力は一騎当千に優らず劣らず――とでもいった所だろう。

 見るからに生物型。
コアを破壊しなければならないと考えると少しばかり憂鬱だったが、
その方法も、消去法で戦えばなんとでもなる問題だ。
気になる――と、言えば。
鉄の掟。
絶対なる法則。


『帝具遣いが帝具遣いと殺意を持ってぶつかれば――
 必ずどちらかに、死者が出る』


 三人――だからといって、それに間違いはない。
性能でいうのなら、エクスタスもパンプキンも高性能と言えるだろう。
最強――でなくとも、
無敵――とは言わずとも。


(だから――鉄則通り行けば、死ぬのは敵の筈……でも)


 しかし――
そこにマインへの『リスク』は無かった。


(リスクの少ないパンプキンが、どれくらい相手に通用するか……
 エクスタスは万物を切断するけれど、コアの破壊をするには精密過ぎるのよね)


 リスクとも成らない、相性の差がそこにはある。
そこまで省察を終えて、マインはシェーレを一瞥すると、
流石に長年のコンビなのか、二人は同じ結論に辿り着いているようだった。


「――セオリー通り、使用者を仕留める」



 ゆらり、と。
二人に突き付けていた指を下ろし、
セリューは顔を向けた。
力強く、その眼は二人の賊を捉えている。


「父は――凶賊と戦い、殉職を遂げた。
 私の師は、お前達ナイトレイドの前に倒れた……。
 でも……隊長の『噂』も調べれば幾つか出て来た、
 だから――私は『正義』が、分からない。
 『賊の生死は問わず』――私に、貴女達の『正義』を教えてよ」


 呟いて、今にも倒れそうな身体を静かに、緩やかに、動かし出す。
開戦の合図も、何も無く、死闘は始まった。



「どっちにしても、殺る気満々って所ね……
 なら――先手必勝ッ!!」


 グリップを握りしめたマインは連射型の銃身で自身の前に弾幕を張る。
身の丈に合わない反動で軽く後ろに仰け反りながらも、
セリューに逃げ場を与えず、攻撃にも転じさせない!



 しかしその予想に反して、セリューはだらんと両手を下げ、
身を低くしながらも、微塵の動揺も見せない――
弾幕とセリューの間に割って入った縫い包み――
ヘカトンケイルは、


「キュアァー!」


 と、鳴き声を上げて小さな体を盾にし、主人を守る。
銃弾の命中する凄惨な音。
辺りを煙幕が張られたかのように煙が包み。


「やったか――!」



「――旋棍銃化」


 トンファーの角柱に埋め込まれた銃身から的確に打ち抜き、銃撃する。


(身を低く保っていたのは粉塵に紛れて特攻する気だったからか!)


 弾丸を避けつつも状況の確認を最優先する。


(生物型の帝具は自身を巨大化し、少女の盾となった。
 盾となり、粉塵に紛れて銃弾を撃ち込む作戦だった。ってところかしらね……)


 避けつつもマインはパンプキンの銃身を連射型から大砲型へと換装し直し、
シェーレはエクスタスのカバーを外し、抜き身にする。
戦闘態勢を整えた所で、


「コロ、捕食」

(捕食――!)


 一瞬遅れてヘカトンケイルは指を指された――
シェーレの元へ文字通り一飛びし、
喰らい付く。



(――冷静)


 メンタルが崩れず――
若しくは、既に崩れているシェーレは、
異形の怪物に襲われつつあるという状況下でも冷静に対処する。

『ネジが外れているからこそ、殺しの才能がある』

 そう、自分を判断した際に言った通りに、
冷徹に、抜き身になったエクスタスを構えて、
切り裂く。

 飛び上がったヘカトンケイルは両断され、
口元から大きく引き裂かれ崩れる。



「すいません」


 誰にともなく謝り、エクスタスに返り付いた血を払って、
使用者を仕留めんと駆け出し――
背後からの殺気を気取り、振り向く。
振り向くと、そこには両断された筈のヘカトンケイルが今にも襲い掛からんとして。

 異常なまでに特化された再生力。
核を破壊されるまで動き続け、
例えバラバラの肉塊になろうとも、
その再生力を盾に、相対する敵対者を貪る――



 襲い掛かろうとした瞬間、爆発音が轟く。
ヘカトンケイルの背後から、聞き慣れるその音は、
パンプキンのエネルギー弾。
背中から受けた衝撃で吹き飛ばされ、
攻撃する間も無くヘカトンケイルは体勢を立て直しつつセリューの元へ戻っていった。


「文献に書いてあったでしょシェーレ!
 『生物型の帝具は体の何処かに有る核を砕かない限り再生し続ける』って。
 心臓が無いんじゃアカメの『村雨』も効かないだろうし……」

「中々面倒な相手ですね……」


 核は核であって心臓ではない、
その分類が違う故にアカメの持つ帝具『村雨』は生物型に弱い。



「コロ、『腕』」

「――キュウ」


 可愛らしい声とは裏腹に、
声に反応し、戦闘型帝具の本領としての器官が発揮される。
――歪な、身の丈と同等程の腕。

 元々の形を忘れそうになるほどに膨張した筋肉の塊のような、
無骨ではあるが頑丈、色合いから岩石を連想させる、
いっそ岩の塊とでも比喩してしまいたくなる程の、腕。



「うぇぇ……気色悪っ」


 少々青褪めた様子のマインだったが、
その要因はヘカトンケイルの姿だけが原因というわけではないようだ。
その――考える限り最悪の力。
あの姿が見掛け倒しでは無いと言う事をよく知っているからこそ、
マインは青褪める。


「シェーレ、多分だけど、あの腕一発貰ったら一溜りも無いわよ……」

「はい、分かってます」


 生物型帝具の性能に嘘は無く、その力は強大であると。



「――粉砕」


 命令と同時に恐るべきスピードで走り出したヘカトンケイルは、
両腕を限界――十メートル程――まで伸ばし、空を撲り付けながら進む。


「ギジャアアアアアアアァァァァァ!!!」


 駆動力――スピード。
止められない。
否――例え止められた処で、その回復力が有る限り、
その生命力が有る限り、その再生力が有る限りに、どうしようにも――止められない!
どうにもできない爆発力の塊そのものが!今にも『粉砕』せんと速度を増して!


「何よコレ――逃げ場無いじゃない!!」


 生物型と初めて相対するマインの第一印象は最悪だった。
もちろんこれからの展開でそれが向上する事は無いだろうけれど。



(速い――だけじゃなくて――強い――そして一番ヤバイのはそれが止まらない事――!)

「マイン!私の後ろへ隠れて!」


 逃れられないと理解したシェーレは間を割りエクスタスを構えて待つ。
――エクスタスはその性質上、万物を両断する為に折れず曲がらずの硬度を備えている。
絶対の硬度。

 それを利用し、柄と峰を掴み、繰り出される打撃に耐えている。
しかし幾らエクスタスが絶対の硬度を誇っていたとしても、
それを扱う『使用者』は違う。
『使用者』は、あくまでも人間で、


「ぐうぅ――重い」


 衝撃を和らげる為に反応して角度の調整を試みるが、
帝具のスピードには追いつかない。
既に数えられない程の攻撃を喰らっている。
小細工を仕込む暇も無く、真正面から後退しつつ受ける以外に、方法が無い。
骨の軋む音が聞こえる。
何時までも一方的な攻撃には、身体が耐えられないだろう。



 そんな中――
金切声のような笛の音が鳴る。


「――!!」


 逸早く反応したマインはその音が一体何なのか理解した。


(笛――警備隊の増援が呼ばれた!!)


 一方的な応酬を繰り広げられているその奥で、
ヘカトンケイルの使用者――セリューがそれを鳴らす姿が見える。
睨むような眼で、マインの目と遭う。



 その眼に――マインは見覚えがあった。
初めて見た筈なのに何時も見ているような、親近感。
黒曜石のような――しかしそれ以上に黑い。
漆黒という言葉だけでは足りない、それ以上に黑い。
蒼白くさえある顔と、まるで対比になっているかのような、
闇のような瞳。
何処かで、近くで、何かで、見た筈の、瞳。
そんな瞳が、力強く見据えている。
――見据えられている。


(アレ――何処かで、見た……
 ――ああ、この娘、『終わってる』んだ、もう――『終わってる』)


 もう、終わったも同然。
もう、死んだも同然。
生きながらに――死んでいる。
場違いにも、そんな考えが頭を過ぎり、離れて行く。



「――嵐のような攻撃に、援軍も呼ばれた」


 そんな回路も一瞬で過ぎ去り、考えは元に戻っていった。
この状況に置いて、覆す方法は、たった一つしかない。


「この戦況……まさに――『ピンチ』!!」


 十二分なリスキーな状況。
浪漫砲台『パンプキン』は、そんな状況下で――真価を発揮する!


「だからこそ――――!行けえぇぇ!!!」


 使用者がピンチに陥れば陥る程に、その火力は増していく。
一撃。
アカメとは異種になるが、その度合いによって一撃必殺の攻撃へとパンプキンは変わる。
だからこそ、外す事を許されない。
一撃によって戦況は引っ繰り返るだろう。

 少なくとも、この嵐のような攻撃は『止める事が出来る』。
ピンチは遠ざかる。
故に――外せない。



 飛び上がり、ヘカトンケイルの真上にまで上り詰める。


「外さない――アタシはね、射撃の天才なのよ!」


 巻き込める範囲、絶妙なタイミング、
火力の上がったパンプキンの砲台を撃ち込む!


「ヘカトンケイル」


 一瞬、その破壊力に暴風のような攻撃は停止する。
余りの破壊力に、周囲の全てを焼き尽くし、
爆発物が投下されたかのような煙が立ち込める。
その最中、表面全てを焼かれ、溶けるように崩れた全体を、
それでも主人の一声で強制的に回復していく。


「クソッ……もう再生してる……なんて生命力なのよ」



 再生していくと言う事は、核を破壊できなかったと言う事であり、


「帝具は――突き詰めれば、ただの道具」

「――――!」


 だがしかし、一瞬だけあれば、十分なのだ。
その一瞬。
その一瞬さえあれば、シェーレをセリューに近付ける事が出来る。


「遣い手を仕留めれば直ぐにでも止める事が出来ます!」


 あくまでも使用者が存在してこその帝具。
エクスタスの刃を大きく広げ、
一刀両断の体勢を作る。



(奥の手で一気に――)


 大きく広げた鋏がセリューの手前で空を切る、
――空を切らせる。


「鋏【エクスタス】!!」


 摩擦させ、エクスタスを成形する金属から『金属光沢』を生み出す。
その金属光沢は夜空に届くまでの光を放ち、
シェーレを除く全員の視界を遮った。
奥の手――である。


「終わりです」



 だが、視界を奪っただけの事。
行動に制限を掛けただけの事。


「ねえ、生き延びる事が正義なの?」


 不意を突かれるように、声が聞こえた。
相対している人間は他に誰一人としていない。
つまり声の主はたった一人と限定される。
しかし奇妙にも、何故かそれが信じられなかった。


(戦闘中――しかも、自分が殺されかけている最中)


 そんな瞬間で、果たして同じ台詞を言える者が一体どれだけいるだろうか。
いや、そのような人間は恐らく誰一人として存在しないだろう。
少なくとも、今まで殺してきた中にそんな人間はいなかった。
だから信じられなかった。
視界が封じられている、その中で『前に進んで来る人間』がいる――なんて。



 エクスタスを使う際、両刃を閉じた事がいけなかった。
自然とそれはエクスタスを突きの形で攻撃する制限となり、
両断する事が出来ない。
切断ではなく、刺す形で、
急所を刺す事無く、セリューの右肘から下を撥ね、
避ける事が出来ない程の接近を許してしまう。


(腕を捨てた――なんてものじゃない……防御でも、攻撃でも何でもない、
 何処に突き刺さっていた処で、それは全く関係ない。
 捨て身、肉を切らせて骨を断つなんてレヴェルでも!
 自分の命を何とも思っていない――く、狂ってる!)


 幼少期にネジが外れたと称された彼女ですらそう感じてしまう。
揺れ無い筈のメンタルが『ずれる』感覚を捉える。



 今までに感じた事の無い感覚に戸惑うも、
しかしそれだけで止まる少女では、シェーレは無い。


「う、ううア――あああ!!」

「……ねぇ」


 これでは――ちぐはぐだ、全く分からない。
攻撃する方が叫び続け、
受ける側が、全く動じない。


(ど――どうして、止まらないんですか!?
 腕が、斬られたって言うのに!
 強いとか、次元が違う。そういう話じゃない。
 じ、自分の体が無くなって行って居るのに、構わず進む――)

「――ああ!!」


 エクスタスの刃が足を捉える。
それだけで左足の消滅は確定して、
綺麗な切断面を残して、それだけで消えていく。

 動く事すら困難になったというのに、それでも近付く。



 まさに殺意そのもののような、
セリューの行動に怯み、後進し、距離を保とうとするが、
旋棍銃化が構えられ、弾丸が発射される。
最低限のしかし最高速度で防御の体勢を取るが、
またしてもその行動は失敗を呼ぶ。
防ぎ切った瞬間、撥ねられた筈の右手から単発銃が出現する。
右腕に埋め込まれている、


(――人体改造!!)

「隊長から授かった切り札、私の正義を教えてよ」


 距離は取れない。
タイミングも、反応――出来ない。
駄目だ、避けられない。



 銃声。


「――シェーレ!?」

「コロ――奥の手【狂化】」


 シェーレに何が起こったのか、気がヘカトンケイルから逸れた刹那、
無慈悲に宣告が告げられる。

 奥の手【狂化】。
帝具『ヘカトンケイル』に着けられている首輪。
それは所謂『安全装置』だった。

 無論、奥の手として使う為と言う事もあるのだろうけれど、
しかしその余りの狂暴さ故に、ヘカトンケイル自身での制御が出来ない。
安に言ってしまえば、オーバーヒートを起こすのだ。
そしてその『安全装置』が、たった今、外された。
つまりそれが意味を成す事は――



「ギョア"ア"ア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ」


 大地が揺らぐ程の咆哮。
最早物量的と言って過言ではない程の圧倒的な振動が一帯を包み込む。
耳を塞がなければ、鼓膜が破裂するであろう攻撃に堪らず、
マインは両手を使って耳を塞いだ。
耳を――塞いでしまった。
両手を使って。


「う――うぅ、しまっ」


 その意味に、その愚かさに、気付いた時には既に遅い。
無防備な姿を晒したその一瞬を、帝具は逃さない。
急いでパンプキンを構えるも、しかしその行動は遅すぎた、
――両腕諸共、握り潰される。


「握り潰せ」



「ううぅ……ああ!!ああああああああああああァァ!!!」


 両腕が折れている。
捉えられた時に折れたのか?それとも命令が聞こえた時か?
力を込められた時か?全く分からない。
軋む音、身体の全てが悲鳴を上げ、判断を遅らせている?

 これでは――まるで玩具だ。
弄ばれて――死ぬ。
――痛い、痛い、痛い、痛い。

 意識が混濁する。
何か叫んで、誰かが叫んでいるが、耳に届かない。
取り戻した筈の意識が、手に受けた砂のように儚く消えていく。



 失いそうになった瀬戸際の淵で、
帝具の握力が緩む。
使役者に違反した?

 それはない。
生物型であるとは言っても、帝具とはただの道具なのだ、
主を率先して助ける事はあろうとも、その逆は有り得ない筈。

 ではセリューがアタシを助けた?

 可能性として考えられない話ではあるが、恐らくそれも無い。
生死は問わず――と、されているのに、生かす理由が何処にある、
親類が、親しい者が殺されて、殺意を覚えない人間はいない。
増して、殺しても構わないと言われているのに。

 ならば――
その正体を、マインは落ち往く中に見た。



 万物両断――【エクスタス】。
その真髄。その神髄。
捕らえているその腕を切り落としている瞬間を――


「間に合って……良かった……」

「シェー――レ……?」


 疲労――している。
あの程度の距離で、急いだからと言って、
エクスタスを使ったからと言って、
その程度で、カリキュラムを受けたシェーレが、果たして疲労するだろうか?
そんな訳が無い。


「シェーレ……シェーレ!!」

「――マイン」


 諭すような、優しい声。


(アタシは――今までで、一体何回、こんな声を聴く事が出来ただろう?)



 助けなきゃ。
セリューは?倒せなかった?
どうして?
どうして。

 様々な考えが飛び交い、
終着点を見せない儘に、終わりを見せる。


「――すいませんマイン……ありがとう」


 銃弾。
普段なら喰らう筈も無いその攻撃を、受けていた。
胸に、心臓の位置。
明らかな――致命傷を、その身体に。



「貴女の正義――私に見せて……」


 声が聞こえて、何かが通過する。
何か――ではない、
帝具『ヘカトンケイル』が、犬歯を鋭く突き立てながら、歯噛みして、
シェーレを、まるで食べ物のように、噛み――


「シェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェレェェエエエエエエエエェェエェ!!!!」


 腰の辺りを噛み千切られ、否が応でも腹部から『なかみ』が流れ出している。
覆しようも無い絶対な死。
幾度もその眼に刻んで来た死を、痛感せずにはいられなかった。
そう、幾度も、何度だって、何時だって、痛感してきた筈なのに、
それでもどうしようにもなく、叫ばずには居られない。

 仲間が――戦友が――共に死線を潜った、大事な、理解者が、眼の前で殺されたという、事実に、
怒りが、憤りが、ピンチが、リスクが、感情が、
湯水の如く、湧き上がる。



「よくも――よくも……シェーレを……!」


 怒りに狂う瞳を闇に向けるも、暗闇は何も言わずに佇むだけだ。
その瞳は何も捉えてはいない。
たった今殺したばかりのシェーレにすら、その瞳は向いてはいない。
ただ――何か、呟いている。
聞き取れないほどの音量。
しかしそれはどうでもよかった。
問題は――シェーレにすら興味が無い様な、その態度にある。


「アンタ――ぐぅ……お、折れたぐらいでぇ……!」


 今なら――多分、殺す事が出来る。
シェーレの仇、絶体絶命のこの状況。
痛む右腕を振り上げ、固定しようとする最中、
深い森の中から、人の気配が――した。
それも一人や二人でなく、一団体の大きさ。


「シェーレの――仇をォォ!」



「――居たぞ!交戦してる、増援をもっと呼べぇ!!」


 遂に――見つかってしまった。
パンプキンは、複数戦が決して不得意という訳では無い。
だが、同時に得意という訳では決してなかった。
更に加えて、腕が折れた状態で、この人数相手に敵うとは到底考えづらい。


「ぐぅ――うぅうう」


 痛みのせいか、それともシェーレを想っての事か、
何時の間にかマインの頬には涙が伝っていた。


(多分、アタシはここで死んでしまうんだろう……)


 向かってくる援軍を眺めて、涙を溜めて、そんな事を考える。
ああ、一体、ここで死ねたら、どんなに楽なんだろう。
仲間を守れなかったという意識が、心に響き、心情から弱音を漏らす。



 そんな心情を振り払うかのように、
闇に埋もれる寸前の心を照らしたのは、


「エクス……タス…………」

「な、何だ!この眩しさは――用心しろ!何が来るか――」


 エクスタスから発せられる、金属光沢。
奥の手、鋏【エクスタス】。
掲げた帝具から、溢れる光が、周辺を照らす。
誰も、何も視えなくなる程の――光が。


「――……」


 その光の、眩さに隠れる優しさ。
それを感じ取れたのはマインだけだ。



「シ――シェーレ……ッ!!」

「逃げて、マイン……」

「でも……でもッ!!」


 ――笑顔。
死ぬ間際だと言うのに、シェーレが最期に浮かべた表情は、笑顔だった。
その心の内までは、マインには図る事が出来ない。
ただ、今までで、一度すら見せた事の無い、
優しい笑みだった。

 それだけで、何を言わんとするかは、伝わった。
歯が欠けてしまう位に歯噛みして、
マインは、シェーレに背を向けた。
眩い金属光沢を背に、力の限り、走った。




 ああ、最期に――
お役に立てて、良かった……

アカメには、迷惑……掛けっぱなしだったなぁ
最期まで、料理出来なくて、食材を無駄にしちゃうこともあったりして
沢山、怒られて、それでも沢山、教えてくれた

レオーネには、笑われて、許してくれて
たまに楽しくお喋りしてくれたりしたなぁ
いつも笑顔で、一緒に買出しに行ってくれて、頼もしかった

ブラートにも、迷惑を掛けちゃったりしたなぁ
困らせる事も多くて、散らかした場所を一緒に掃除してくれたりして
とっても優しくしてくれて、少し、嬉しかった

ラバックには、とっても親しくしてくれて、
甘えてくれたから、お姉さん気分で遊んであげたこともあった
いつも頬を赤く染めて、真剣な時もあったりして、弟が出来たみたいだった

ナジェンダさんには、感謝してもしきれない
こんな私を拾ってくれて、私に居場所を作ってくれて
頼りになって、理想の人でした、ありがとう


マイン、私を一番最初に歓迎してくれた人
おしゃれさんで、指名手配されてる私によく服を買ってくれたりして
ちょっとサイズが合わなかったりもしたけど、可愛くて、あの服は大切な宝物でした
ずっと、ずぅっと、私の事をよく見てくれた


こんな私と、一緒に居てくれた、ナイトレイド……

私の居場所……



とっても、楽しかったなぁ……




 人識、すいません。
もっと、一緒に居たかったなぁ、
それで、沢山、ナイトレイドの良さを、教えてあげたかった……
私に出来るのは、多分、それくらいしか、ないから……――


 涙が、零れる。
その涙は、誰にも知られずに落ちていく。
そうして、ヘカトンケイルの歪な口に、吸い寄せられて、

 ナイトレイド、シェーレの命は、砂のように儚くも、消えていった。






 ナイトレイドのアジト、とは言ってもその敷地内に入るかどうかは定かではないが、
既に明けた日の光が差し込む中で、
マインはようやく漕ぎ着けた瞬間、その場に崩れ落ちる。
一番最初に駆け付けたのはアカメだった、
涙を堪えながら、状況を説明し、会議室に全員を集合させ、
そこで堪え切れずに、涙を流し、叫んだ。


「――シェーレが……シェーレが!!」


 個人の反応はそれぞれだった、
マインのように泣き出す者も居れば、
驚愕で声すら出ない者。
しかし全員が全員、絶句し、誰一人としてマインを責めず、
誰一人として、それ以上の追及をしなかった。



「ふぅん、そーかいそーかい」


 と、何気なしに、人識は呟く。


「つまり、アレだ。あんたらはテキトーな所で見切り付けて泣いて弔ってるわけだ」

「――ッ!アンタ!」


「俺はな――俺は勝手な所で見切り付けて諦めて、
 悲しくて泣いちまってそれで全部終わりってぇ性質じゃあねえんだよ、そんなのは全然――終われねぇ。
 たとえそいつが死んじまったからって、全部が全部終わってる訳じゃあねえだろ、
 まだ――まだ死んだくらいじゃあ終われねぇんだよ、喩え七十二回殺されても、殺しても、序の口序の口、屁でもねえよ。
 そんなもんで諦めちまったら――それこそ終わりだろーがよぉ」


 今も尚触れ続けられて居る逆鱗を押し込むように深く人識は触れる。
触れ続けて、まるで自分に言い聞かせるように、語り続ける。
駄々を捏ねる子供のように、喋り続ける。
またしても――全く分からない。理解不能で、どうしようにも至らない。
そして、更に加えて続けて、


「かはは。わりぃが俺ァそーいうのがちょっとムリだわ、家族でもねえのに涙流せっつー方がどうかしてると思うぜ?
 いやぁ、そりゃ人の命は地球より重いのかもしれねぇがよぉ、会って一年も経ってねえのにどうやって涙流すんだよ」


 言いたい事を言い切れたのか、「戻るわ」と言い残して、
本当にそのまま自室に戻っていく足取りの人識に、
ブラートが肩を掴む。
あくまでも優しく、しかしその内面は、振り切れている。



「たった数ヶ月だが、お前の上司を務めた事もあるだろう――」

「あー、あったな……そういう事も……」


 昔を懐かしむように、あるいは忘却の彼方の記憶を思い出すように、
そんな風に振る舞う。


「この――!」

「ブラート、いい、人識を帰してやれ」

「だが……分かった……」


 これ以上の行為は無駄だ。
無言でそう示すナジェンダを理解して、ブラートは肩を掴む手を放す。
納得はいかない、理解にも及ばない、受け入れる事など到底出来ない。
しかし――言い争うこと自体が、無駄なのだ。



「シェーレの死は、決して無駄ではない」


 しんと静かになった会議室で、静かに言い聞かせる。


「これで帝国も悟ったはずだ……『帝具』には『帝具』しか無い――と。
 これからの戦いは帝具遣いとの戦闘が増え、、更に厳しさを増す事となる……だが!
 逆に言えば帝具を集めるチャンスにもなる!」


 義肢を力強く握りしめ、ナイトレイドのボスは言う。


「更なる死闘が始まるぞ……心して戦え!」


 ――マインは、只管に考えていた。
あの少女の事を、思い出し、歯噛み、忘れないようにと、


(終われない……アンタは任務……シェーレは報いを受けた……
 そんなのは解ってる――だけどアンタはシェーレを殺した。
 そして、これからもアタシ達を狙う……それなら!!

 セリュー・ユビキタス!

 アンタはアタシが――必ず撃ち抜く!!)






「ははっ、あはははは!あはは……」

「…………ふぅん」


 と、一人愚痴る様に、漏らす人物がいた。
右腕は既に無い、同様に左足も見当たらない、
残った左腕で、軽く止血紛いの事をしているが、それには余り意味はないようだった。
表情は蒼白く、斬られた四肢から全ての血が抜けているのではないのかと間違う程の色素の無い表情。

 変化にも乏しく、一貫して無表情で、良く見らずとも、
その眼に刻まれたような暗い隈が少女に無表情を齎しているような錯覚に陥らせる。
それでも、そんな事を御構い無しに、少女は呟き続けた。


「そっか、それが正義なんだねぇ……それじゃあ、私の正義ってなんだろ?」


 独り、納得したような、していないような呟きで、
少女にとって、その問いは自らの人生を否定するような台詞を口にする。
一体何時から、こんな否定的な台詞を躊躇いも無く言えるようになったのだろうか、
と、思うも、それに答えられる人間は一人だっていない。



「私は――正義で在れたのかな?お父さん……」

「――正義なんて、正義の味方、なんて存在するのかな?」

「私が殺した人間は、正義の味方だったのかな?」

『かはは。』


 幻聴が聞こえる。


『正義の味方ってぇのは――曖昧だよな』

「……」


 聞きたく無い筈の声、
今思い出しても発狂してしまいそうになる、筈なのに、
聴き入る。

 トンデモない少年だった、
そこに居るだけで、全てを否定するような少年。
しかし、どうしてか、そんな少年の声に、耳を傾けてしまう。




『――あんた、分かる?』


「全然、解らなかった」



 そう一人で語って、セリューは眼を閉じた。
久々に、よく、眠れそうだった。
睡魔が襲い、眼を閉じた後にヘカトンケイルの食事の音が聞こえ、
噴水の音が心地よく、
丁度良いバックミュージックになって、耳に残る。

 光は照らされず、ただ闇が広がっていくようだった。
音が遠ざかり、いよいよ何も聞こえなくなり、
セリュー・ユビキタスの意識はそこで途切れた。






 危険種の中には、人間に飼い馴らされた種類がある。
その大半は危険度の低い種族だったり、好物で釣られるだけの見掛け倒しがそれなりに多いが、
しかしその中でも、特級危険種という――極悪の危険度を誇る生物を馴らす者が居る。

 帝国の中でも、それが出来るのは極めて少ない。
その中で、一人の女性が飛行するドラゴンを連れて、空を飛んでいた。
極めて珍しい、特級危険種。

 大きく翼を広げ、急下降したかと思うと、地面に叩きつけんとするような速度で大地に立つ。
幾ら特級危険種と言えども、流石に衝撃があるであろうに、
しかしドラゴンの背に乗る女性は一言も感想を述べず、崖際に降り立った。
黒服に身を包んだ三人の男を背に、少々懐かしそうに女性――エスデス将軍は言う。



「ただいま――帝都」


 

第二巻、完
久々に40超えの投稿回数ですね、ちょっとだけ安心
なんか西尾小説、漫画のssが多くなった感じで、少し嬉しかったり、エタとか言われて少し複雑だったり、
私はエタらないように頑張る所存です
現在一巻に150位のレス数なので次で450と考えると単純計算で6~7巻でこのスレは終わりでしょうか?
早々にアニメに抜かれましたが、こちらはゆらりとやっていきます、どうしようかなぁ……三巻

アカメちゃんのバストが何か増量してる気がする



『今回の殺しは民からの依頼では無く、革命軍からの命令だ』


 緊急に呼び出された会議室で聞かされた内容は、
何時もの内容よりも幾分かランクの下がるような話だった。
無論帝都の闇と関わって居る者ではあるものの、
その旨警備としても他の視点から見た所で然程難しいと言う事は無く、
むしろ拍子抜けしてしまった、と――
レオーネは感じていた。


「少しづつ、帝国の力を削ぐ――ねぇ……」


 別段、だからといってそれが大事に至らない訳が無いのだけれど、
それでもどうしようにもなくやる気を削がれている。
一体どちらが殺がれているのか分からないと言った風に放棄して、
任務に取り組んだ。



「人識ー抜かりなく殺れよー」


 と、口先では言う物の、当の本人は既に抜かりが出てきている。


「かはは。抜かりなんて、俺にゃ有ってねェもんだ」


 そんな事は御構い無しに、人識は面白そうに言う。
何時も通りに笑う人識を見て、更にレオーネの毒気は抜けていくようだった。
勿論レオーネにはそれが果たしてどう面白かったのかは解らない。
しかし実際にその人識のブレはその矮躯に潜む強さの一部にも繋がっていると見えるし、
なのであまり深く反論もしない。


(まあ、こんなのは最近の依頼よりもよっぽどハードルとしては低過ぎる位だし)


 大丈夫だろう――



 悲惨。
というより、それは凄惨過ぎて一瞬何が起こったのか分からない。
余りに刹那的過ぎて、一体何が起こったのか分からない、
と言う方が正確だろうか?

 殺された当人からすればもっと何が起こったのかわからないのだろう。
分からない事だらけで、理解不足が過ぎる。
いや、分かっている、理解していた。
――知っていた。
知っていたけれど、過失していたような気分だ。
失念していた。損失していた。
これ以上無いくらいに、忘れていた。

 どうして気が付かなかったのだろうと不思議にさえ思う。
首を傾げてしまう程、忘れていた事が悔やまれる。
零崎人識とは、殺し屋ではなく、殺人鬼なのだと。


「人識――どうして殺した?」






 高額なワインとそれに見合いそうなステーキが食卓には並んでいた。
一般では見られないような食材だったが、一階級上がると何処でも見られそうな食事。
ランクとして普通から抜き出ていたが、高級という訳では無かった。
そんな食事の最中にも標的は『仕事』の話を進めている。


(まぁ、聞いていた通り、流石に革命軍が間違える訳も無いか……)


 レオーネも暢気そうに構えていた。
人識に目配せして、合図を送ると標的を殺すだけ、
単純すぎる程に楽な作業。

 命を何とも思っていない訳では無いが、
流石に全ての命に対して敬意を払う程、レオーネは慈悲深くは無い。



 合図を送る前に――人識は飛び出した。
飛び出す――というより、悠長に歩き出していた。
再三、同じような気持ちをレオーネは味わっていたし、
だからこそどうにも対応せずに手前の目的物の首を有り得ない方向へと回す。

 本来の限界を超えての回転をして、頸髄から鈍い音が響く。
恐らく痛みすらない中で死んでしまう程、鮮やかに殺した。
もう一人の標的を一瞥すると、流石と言うべきか、矢張りと言うべきか、
既にその命は刈り取られている。

 音も無く静かに、しかし外観だけで判断するならば人識の方に軍配は上がるだろう、
そんな所で競っても、全く意味は無いのだけれど。



 流石に重力には逆らえずに、その『部位』は床に落ちる。
そして、果たして人識とレオーネ、どちらの音が響いたのか、
もう誰にも分からず仕舞いで終わったけれど、
奥の扉が開いて閉じて。


「おとうさん……?」


 奥から、幼子が出て来た。
どちらかの子供。
その子供は幼いながらも、その局面を理解して、叫ぶ――


「――――」


 事すら、許されなかった。






「どうして殺したっつってもよぉ……」


 駄々を捏ねる様に、人識は言う。
アジト付近の河原で、楽しそうに水切りをしていた人識はその日何度目になるのか、
うねり声を上げながら、拾った石を水面に投げ込む。


「ありゃぜってー良い方向には進まねぇって」


 答えながらも、小石を次々と投げ込んでいく。
投げ込みながら、人識の殺意は膨れていく。
さながら――子供のように。


「かはは。五段か、中々オチてねぇなぁ――
 そもそもよぉ、言わせてもらうが、当事者だけを殺すだなんて俺ァ分からねーな、
 悪い事した奴だけが悪ぃのか?
 『子供は親を超える』だなんてよくよく使われる言葉でもありゃするけどよ、
 そういう意味じゃああいう子供ってーのはどう育つんだろうな。
 ああいう子供はどういう方向性で親を超えちまうんだろうな、
 俺の親は両方とも『零崎』だった訳だが、その息子だって『零崎』な訳だしよ、
 ああいうキタねぇ親に生まれた息子だって同様にそういう風になっちまうんじゃねえか?」


 まあ、そもそもああいうワンシーン見せ付けられてまともに育つ奴なんかもいねえか。
その中には勿論例外中の例外だって居るんだろうがよ。
そう続けて、もう一度、


「かはは」


 と。
笑う。



「まあアレだな。その逆親はまともなのに息子がヤベェって話も有る訳だし、
 俺も一纏めに全てがそうだなんてこたぁ言わねえがよ。
 ……あーあ、悪い事しちまったなぁ……俺、かはは」


 傑作だよな。
綴って、締める。
持論を展開し、かと思えば自身でひっくり返して反省を口にして、
戒めるつもりが、余計に分からなくなってしまった。
これは――


(こりゃあ、トンデモないモノを連れ込んじまったか……)


 後悔、ではないにせよ、それと似たような気分。
元々からしてそのトンデモなさを買っての勧誘ではあったが。
底が見えない事が明らかな致命傷だった。



「はぁ……おねーさん割と人識の事が心配になって来たぞぉー。一体何処から捻くれたのさボーイ」


 オーバーに頭を抱えるも、その実半分ほどは本心である。
更に明かしてしまえば、人識というよりもナイトレイドの行く先に、その悩みは集中していた。


「あ?俺ァ元々からこういう性格だったぜ、具体的な数値で表すと二歳位からだな」

「ちっさい頃友達いなかったろー、少年時代の渾名は尖ったナイフで決まりだなこれは」

「尖ってねえナイフなんて伏線の無い推理小説みたいなもんだろ、
 あぁ、その歳位にはもう色々とナイフ収集してたっけかなぁ」

「何懐かしんでるんだ、物心付いてないよな?」


 互いに軽口を叩きあって、軽く笑う。
しかしそのレオーネの笑みは自暴自棄とも取れる笑みだった。



「んじゃ逆に聞いちまうけど、アンタはどうしてこんな所に居るんだ?」

「……」


 静寂。
質問をすると、言い辛いのかレオーネは黙る。
考えるような仕草を取って、
熟考するような表情を見せるが、
しかしその口は案外にも軽く開き、


「気に入らない奴をボコッてたらスカウトされた」

「…………」


 静寂。
今度は人識が黙る手番だった。


「は?アンタ……その帝具は?」

「闇市の安売りで売ってた」

「アバウト過ぎんだろ!マジもんの帝具が安売りされてどうすんだ!?」


 一騎当千の兵器が安売りって何だよ!
『百獣王化』の名が泣くような話に、人識は割と本気になってツッコむ。



「そもそもこういうタイプは波長が合わなけりゃ役に立たないからな、
 メモリだってシンクロ率で力の出力が違うし」

「ああ、多分そのメモリの事は誰一人分からねえから止めろ」


 世界観がぶっ壊れるだろ、と人識。
毎回行われてるコラボだって壊してるだろう?
ありゃ番外編だからいいんだよ。


 閑話休題。



「――一番最初に殺したのは、馬でスラムの子供を踏み殺すゲームをしてた、
 貴族……だったかな?――気に入らなかったから殺した」

「……」

「だけど、止められなくなってな……いい気になってる悪党を叩き潰すってのが……」


 温厚な人柄は消え、殺し屋としての表情が浮き彫りになる。
黒幕のように笑い、愉悦に浸る様に黒く笑う。


「権力の絶頂で調子に乗ってる大臣は最高の獲物だ。
 皆がスカッとする様に、奴の上を行くエグさで悍ましく嬲り殺してやる……」

(……あぁ、なんっつーか、俺がコイツの事ストライク決まってんのに相性が合わねえと思ったら、
 何処となくだが、似てんのかぁ……あの『赤色』に……)

「かはは。嫌いじゃあねぇぜ、そういうの……」


 嫌いじゃあ、な。
と念を押すように人識は弱々しく呟いた。



「ま。こんなロクでなしだから私は深く沈み過ぎないワケだ!
 悲しみ続けてもいなくなった奴は帰ってこない、訳だしなー」


 人識を真似て、手頃な石を拾って河に投げ込むと、
荒々しいピッチングに軽石は跳ねる事無く水飛沫を大きく上げ、水中に沈み込んでいった。


「そりゃ、違いねぇ。泣いて生き返るなんて熱血展開が現実に存在するなら、
 今頃人口爆発なんてレヴェルじゃなくなってるだろうぜ」


 だけどよ、
と。人識は続ける。


「俺みたいなロクでなし――最速の殺人鬼から言わせてもらうと、
 別にアンタはそういう人種じゃねぇんじゃねえの?」


 聞いているのかいないのか、レオーネは一心不乱とも見える位に石を投げ込んでいた。
投球方法は驚くべきオーバースロー。
飛ぶ筈も無い。
水飛沫は天にまで上り詰めそうだった。



「…………」

「誰かをテキトーに嬲りてぇんだったら、ナイトレイドに居ようが居まいが、関係ねーだろ。
 あえて反逆の姿勢を取りたいんだったら帝都警備隊でも良いじゃねえか。
 ――ところが、アンタはナイトレイドで『皆がスカッとするように』大臣を殺したいワケだ。
 傑作だぜ。碌で無しって言葉はファッションでも何でもねーよ」


 見透かすように、人識は笑った。


「――ふん」


 詰まらなそうに吐き捨てて、レオーネは少し辺りを見回す。
嫌な予感を、覚えた。

 予感――というか、悪寒。
季節から考えても、少し速いと感じるそれは、
明らかに作為的な物であって。



「おりゃあ!」


 掛け声と共にレオーネが取り出した、
――否。
取り外したのは岩石だった。
今までに投げた小石とは訳が違う。

 何時の間にか帝具『ライオネル』で獣化していたレオーネは、
難なく岩を持って追ってくる。
誰であろうと骨折してしまうのではないのか、
いやいや、そもそも骨折だけで済むのか?
頭部にぶつけられれば致命傷にも成り得るだろう。


「――お、おいこら!それは待て、死ぬだろ!」


 逃げようと思えば逃げられる自信は人識の内心にきちんとあるものの、
逃げた所で何時同じ目に遭うか解ったものではない。



「うははは!!おねえさんを!!バカにするなよ!」

「してねぇよ!!」


 むしろ畏れ抱く勢いで追いかけて行く姿は恐怖そのものだった。
身体能力的にも帝具『ライオネル』を使ったレオーネは、
容易に人識との距離を詰め、岩石を投げつけて来て。


「うお、おお!!――冷てぇ!!」


 狙いは大きく逸れて、
いや、元々河に投げ入れる魂胆だったのだろう。
当然の事だが小石よりも大きく跳ねた水が、
驚く事に辺り一帯を濡らし、(更に驚くべきはレオーネ自身も濡れていた事だ)


(んだよこれ……手榴弾でも投げたみてーになってやがる)


 久々に人識をドン引きさせていた。



「ははは!言ってくれるじゃあねえかひとしきくんよー、
 私が善人ぶってるって?私が可愛いってか!綺麗って?エロいってぇ!?」

「エロいカッコしてるって自覚、あるんだな……」


 後半は既に妄想の域を超えた台詞だったが、
如何せん合っていると言えば合っているので反論する気にもならない。
これが全く別の似合いもしない台詞だったとしても、それは同じだろうけれど。
のらりくらりと海藻のように、しかし足は根っこではないのでゆらりと近づいてくる。


「あー畜生、カックイーセリフ言ってくれるじゃんよ人識ー!」

「おいこら、酒でも飲んでんのかお前は!近い!ちけぇっつの!」



「――んっ」



 懐かしい様な、しかし懐かしむモノでも無い、微妙な感覚が頬を伝う。


「んー、ちゅっ!……ふっふ、文字通りお姉さんがツバ付けといたからな」


 セルフで効果音を口にして、
艶めかしく揺れる舌が人識の頬を擽る。
乱暴な手付きで薙ぎ払うようにレオーネとの距離を離すと、
袖で強くその局部を擦って落とす。


「あーあ、おいおい……ずぶ濡れじゃねーかよ……風邪ひいたらどうすんだよ」

「その時は俺が看病してやるよ……」


 明らかに今までとは違う悪寒を身に感じ、恐る恐ると言った具合に人識は振り向く。
頬を軽く朱に染めたブラートがそこには立っていた。


「……戯言、だよな」

「ふっ、確かめてみるか……?」


 曰く、無事に風邪はひかなかった。






 帝都宮殿の地下。
地下に加えて、その奥底。
そこには――地獄があった。
文字通りの、この世の地獄。
絶える事無く悲鳴、怒号、咆哮、絶叫、叫喚、喚き声、金切り声――
この世界の全ての凄惨な声を集めたかのような地獄が存在している。

 ある一点では、コルクスクリューを眼球に差し込み、
コルクのように力の限りに繰り抜く。

 ある一点では、水責めを炎に変えたような――

 ある一点では、刺の付いた大型メリケンサックを腹部の奥底にまで差し込み、
内臓を抉り出すような――

 ある一点では、拷問器具に座らせ、部位を減らしていくような――

 ある一点では、釜茹での刑のような地獄が、
熱量に、皮膚が溶ける。
熱量に、声帯が溶ける。

 さながらに地獄。
眼を覆いたくなるような現実が、そこにはある。



「――オラァもっといい声で鳴けや!」

「大臣様に逆らう奴はこうなるんだよォ!」


 そして、その地獄に住む『鬼』達は一切手を緩めずに、
それどころか、手を加えながら『罪人』を甚振る。
最早それは拷問とは言えず、処刑の一種とも取れる程に。


「――何をしている……お前達を見ていると吐き気がしてくるぞ……」


 凛とした音に、呆れ果てたような声。
誰も鬼に逆らう事を許されない地獄で、平然と罵倒する声。


「あ~~~~ん?――ひギィ!!」


 しかしその姿は、その蒼さは、
鬼を黙らせるのにこれ以上無く十分だった。



 四人。
黒のスーツを纏った、しかし共通点と言えばその衣装しか無い程、
バラバラな三人と、
対照的な白を基調とした軍服を纏う女性。

 一つの乱れも無い白群色の膝元に触れる長髪、
全体的に線の細い、その逆に肉感的とも思える抜群のプロポーション。
『地獄』だというのに、汗一つとして表情に出していない。
人を人とも思わないような、塵芥とすら認識していないような三白眼が、
軽蔑の対象として、侮蔑を込め、『鬼』を蔑視している。

 事実として――彼女を前にした鬼達の処刑など、
赤子の児戯にも等しいだろう。
その青さが、その蒼さ、――いっそ白さと表現してもいい――


 それが彼女を彼女足らしめている。



「エ――エェ!エスデス様!!」

「お、御戻りに為られて居たのですね!!は――ははぁっっ!!」

「拷問が下手過ぎる……本当に気分が悪い……」


 その蒼さに魅せられ、鬼は呆気無くも自ら平伏す。
それが果たして意味が有ったのかどうかは定かではないものの、
どうやら気分が悪いのは本当のようで、エスデスはその場で頭を抱えだす。


「――この大釜の温度は何だ?すぐに死んでしまうだろう……?」


 軽く、指を鳴らし――
大釜が煮えられている温度だというのに、その場全体が冷気に包まれる。
包まれたと思えば、大釜の少し上の虚空に軽く十人が這入る、
巨大な氷の塊が出現した。
いや、出現――ではなく、
精製――した。



「少し、温くした。これくらい一番長く苦しむぞ」

「は……ははあぁ!!勉強になります!!」

「行くぞ」


 それだけを言い終わると、エスデスは黒服に一言だけ残して、
宮殿へ向かった。


「流石はエスデス様……ドS過ぎる……っ!」

「あぁ、まるでSという概念が生命として形を成したかのようなお方だ……」

「それに今もエスデス様の後ろについていた――【三獣士】」

「あの方々、異民族の生き埋めを嬉々として実行したらしいぜ……」



「まさに飢えた獣のような――」

「ねぇねぇ!この娘、すっごく可愛いから貰って行きたいんだけど、良い?」


 黒服の一人、小柄な矮躯の少年が、
その容姿とは真逆のグロテスクな、歪なモノを持って、
嬉々として話しかけて来る。


「……ど、どうぞ、良ければお持ち帰り頂いても結構ですので……」

「『コレ』だけで十分だよ?」


 ありがとうね、
と感謝の言葉を述べて、年相当に見える幼さで帰っていく。
その手に持っているモノを除けば、愛らしい少年に見えただろう。



「今の……何か、分かるか……?」

「皮……だよな、顔の……」






「エスデス将軍――」


 台本を読むような皇帝の幼い声が掛る。
その傍には例の如く、肥えた大臣がおり、
次の言葉を催促するような雰囲気を醸し出していた。

 勿論、それは醸し出すだけであって、
しかし操り人形の状態を保たせているのだから、どこかおかしい。
そう皮肉気に感じながらも、あくまでも無表情で臨んでいる。



「――はっ」

「北の制圧、見事であった。褒美として黄金一万を用意してあるぞ」


 果たして――その黄金一万の価値を皇帝は分かっているのだろうか?
そんな疑問がふと過るが、皇帝としての『英才教育』は受けているのだろうし、


(分かっていても不思議ではないか)


 と結論を出して、用意していたように言葉を紡ぐ。


「ありがとうございます、北に備えとして残して来た兵達に送ります。喜びましょう……」


 自身に与えられた褒美を何の躊躇いも無く部下に送る。
異常――とまでは行かないが、少しの疑問が残る回答だったが、
その微妙な違和感にも、皇帝は気付かない。

「うん」と軽く頷いて、台本通りに皇帝は話を進める。



「戻って来た早々にすまないが、仕事がある。
 帝都周辺にナイトレイドを始めとした凶悪な輩がはびこってる。
 これらを将軍の武力で一掃して欲しいのだ」

(――……ナイトレイド)


 つまり――革命軍か。
エスデスは懐かしさに囚われる様に、一人の人物を思い出す。
過去の悪逆を、思い出して微笑する。


「……分かりました、しかし。
 一つ、お願いがあります」

「うむ、兵士か?なるべくだが多く用意するぞ?」

「――賊の中には、帝具遣いが多いと聞きます、帝具には……帝具が有効」


 報告から聞けば、ナイトレイドとの交戦の際に二人の帝具遣いが居たと聞く、
加えて『アイツ』の事だ、より倍は『揃えている』筈……、

 とも、なれば――





「六人の帝具遣いを集めて頂ければ――兵はそれで十全」



 六人の――帝具遣い。
 六つの――帝具。


 その言動に、流石の皇帝も『台本通り』とはいかずに、
表情に困惑が見える。


(――操り人形、とは言っても、流石にその感性は人間か)


 逆を正せば、それは帝具の絶大さをこれ以上にも無く表している、と言う事か。



「帝具遣いのみの――治安維持部隊を結成します」


 



「…………エスデス将軍には、三獣士と呼ばれる帝具遣いの部下がいたな?更に、六人か……?」

「陛下――エスデス将軍にならば、安心して力を預けられましょう」


 台本にない、突然の事態に当惑する人形――皇帝に、
傀儡子――大臣が催促して、道を示す。


「――うん!お前がそういうなら安心だ。用意出来そうか?」

「もちろんで御座います、早速手配させましょう」

「これで帝都も安泰だな!余はホッとしたぞ!」

「まこと、エスデス将軍は忠臣に御座いますなぁ」


 ――茶番劇。
若しくは、人形劇か。
そういった類の言葉が、浮かび上がる。
しかし、真実を知らず、本当に安寧だと信じてやまないのだから、
下手な劇よりもよっぽどに笑劇、道化であると考えてしまう。


(相も変わらず、低俗な事だ……)



(エスデスは政治や権力に全く興味がない。
 戦いに勝って蹂躙する事こそが全て……!
 私が国を牛耳る事で彼女は欲するままに暴れられる――利害の一致、最高の手札です!!)


 大臣の思想は黒く深くなっていく。
プランは着々と形作られていて。


「苦労を掛ける将軍には、黄金だけではなく他の褒美を取らせたい。
 そうだなぁ、何か、望む物はあるか?爵位とか、領地だとか」

「そうですね…………敢えて、言えば……」

「言えば……?」


 勿体ぶる様に、間を置く。
既に答えは出ているというのに、
茶番に毒されたか。





「恋をしたいと、思っております」




 エスデスの帝具は所謂氷を創りだす能力だが、
それとは全く関係の無い所で、宮殿の体感温度はがくんと下がった。

 ドス黒く、グロテスクなまでに塗られていた筈の大臣の思想もまた、
凍り果ててしまったようだ。
操り人形である皇帝も、その表情を凍らせている。


 衝撃的な発言。
その力は帝具遣い六人よりも絶大だったようだ。



「そ……そ、そうか、そうであったか!将軍も年頃なのに独り身だしな!なっ!」

「え、ええ、ししかし将軍を慕っている者など周囲に山程いましょう!?」

「あれは『ペット』です」


「…………」

「…………」


 更に冷気が宮殿を包む。
若干、二人が縮んだように萎縮して、


「……では、誰か斡旋しよう!この大臣などはどうだ!?良い男だぞ!」

「ちょっ!陛下!!」


 二人は身を寄せ合うように、
いや、擦り付け合うようにわたわたと慌てだし、語感を強めて推薦する。
推薦された大臣としても到底それは背負いきれないのか、
傀儡子の顔を忘れて静かに騒ぎ立てていた。



「お言葉ですが……大臣殿は高血圧で明日をも知れぬ命……」

「これでも健康ですよ失礼な」


 自覚はあるらしい。


「それでは、どのようなのが好みなのですか、将軍は?」

「……心配はありません。既に近くに居る筈です。
 ――遠くとも、この帝都の周辺に……」


 随分と含みを持たせるようにエスデスは言う。


「と、言うと……目星が着いていると云う事ですかな?」


 エスデスの珍しく曖昧な言い方に疑問を覚え、
大臣は深く問いただす。
すると、意外にもまた奇妙な返事が返って来た。



「とある人物から情報を頂きました、
 この私の好みを書き連ねた要点に合う該当者が近辺に居る――と」


 服から書簡を取り出し、広げる。
どうやら、そこにはエスデスの言っている要点が書き連ねられているようで、
しかしそこまで数が多いという訳でも無いようだった。


「うぅむ。それじゃあ、それを探し当てる事が褒美、という事でいいのか?」

「まあ、私からのお戯れだとでも思い下されば結構です――」

「しかし、その情報は正確なものなのですか……?」


 当然の疑問にまたしても、エスデスはその質問に首だけで否定する。
すると、自身にも分からない行動。
制限されているとは考えにくいが、
ならば先程の含みを持った言い方にも納得は行く。
納得は――出来るが、


(果たして、エスデス将軍はここまで他人を当てにするような人だったでしょうか……?
 これがプランに繋がらなければよいのですが……)

「うむ、分かった。眼を通しておこう……」






「――相変わらず、好き放題にやっているようだな、大臣は」


 宮殿内には変わりないが、所変わって、大廊下で、
エスデスは隣を歩く肥満人に皮肉気に言い放つ。
しかしそんな事を気にも留めないのか、
大臣は寿司(のような何か)を摘まみながらの歩みを止めない。


「はい。気に食わないから殺す。食べたいから最高の肉を喰らう。
 ――己の欲するままに生きる事のなんと痛快な事か……」

「……本当に病気になるなよ」


 人目を憚らずに大きく笑う大臣に釘を刺すように言うが、
それも余り効果を発揮はしない事だろう。

 この男はそういった傲慢さがあるからこそ、
ある種傀儡子としての強みを発揮できるのだ。

 それも健康体でいられるからこそ、発揮してもらいたいところではあるが……。



「……しかし、妙なことだ、私が闘争と殺戮以外に興味が湧くとは」


 どうにも、とある人物からの情報が切っ掛けとなっている訳でも無い様子でそんな事を言う。
余程思い当たる節が無いのか、先程から歩くスピードが緩んで来ている程だ、


「自分でも戸惑っているが……どうしてか、そんな気持ちになるのだ……」

「あぁ、生物として異性を欲するのは至極当然の事でしょう。
 ――むしろ、その気になるのが遅いくらいの年齢ですよ」


 ――まあ、そこに恋という単語は余りに不釣合いですがね。
とは、口が裂けても言いはしない大臣だった。


「そうだな……これも獣の本能か――私には、殺意にも似たように感じるが」

「それは……一緒くたにされても困りますなぁ」


 ――主に相手が。
とも大臣は口にしなかった。



「まぁいい、今は賊狩りに愉しみを見出すとしよう」


 文字通り、問題を一笑に付した時、


「それですが」


 と、大臣にストップを掛けられる。
こちらは文字通りにストップした訳では無かったけれど、
しかしアドバンテージは取れたようだった。


「帝具遣い六人は要求がドSすぎます」

「――だがギリギリ何とか出来る範囲だろう?」


 先程の質問とは打って変わって刺すように即答する。
これだからこそ、彼女は彼女なのだ。
却って笑ってしまう位に、ギリギリの範囲を突く。
四十八居る中の帝具遣いを見極める。

 危険種の長となるには『臆病さ』が最も重要だとは言うけれど、
それは確実な行動選択が必要になってくるからだ。
そういう意味で彼女が帝都最強と謳われる要因はそこにあった。
無論、ドSである原因も。



「揃える代わりと言っては何ですが……」


 私、いなくなって欲しい人達が居るんですよねぇ……。

 そんな風に切り込み、対等交換に持ち込む。
勿論、それでも対等とは言い辛かったけれど、
優勢である方が、命令ではなく頼み事としての本領を発揮できる。


「フッ……悪巧みか」


 そしてそれをエスデスも理解しているようだった。






「お前達に新しい命令をやろう」


 三獣士――何年も前に人識が殺し合いをした全く連想させない通り名である処の、
直木三銃士とは真逆で、全くと言って良い程に連想する事も、
そして体現も出来ていない三獣士。

 その数は文字通り三人(三匹、とエスデスは認識する)。
隠された一人もおらず、あくまで堂々とした体を現している彼らには、
部下――というと、微妙に違っていることが分かっており、そして本人達もそう感じ取っていた。
どちらかと言えば、奴隷のような関係性を持っており、
それはエスデスの御前で跪いている現状を見れば服従というより、
むしろ屈服したような関係だった事を示している。


「今までとはちと趣向が異なるが――」


 というエスデスの声にも一言も異議を唱えず、
質問せず、首も振らず、それは一目に解る異常行動だった。


「何なりとお申し付け下さい」

「僕達は残らずエスデス様の忠実な僕」

「如何なる時、如何なる場合であろうとも命令に従います」


 微動だにせず。
最早不気味にすら感じる三人に、
エスデスは黒く笑った。






 赤色。
だと、最初にエスデスは気が付かなかった。
否――気が付かない訳が無い。
しかし矛盾を承知で言うと、

 『赤よりも赤く、それが果たして赤色なのかの区別が付かなかった』のだ。
信号機の緑を青と言ってしまうよりも、複雑に訳が分からない。
しかし、言うなれば、赤よりも赤い赤色がそこには存在していた。


「――ん?おわぁ青っ!」


 と、その赤色は言った。
……まるでその顔色が悪すぎる人物のように扱われた事が原因でないにしても、
人を小馬鹿にしたような態度が――自分を馬鹿にされたような態度が気に食わなかった。
エスデスよりほんの少し高い身長だからか、更に苛立ちが増す。



「貴様――見ない顔だな、誰だ?」

「見ねえってそりゃあ、あたしはあんたと初めて会ったんだからな――
 あー、あたしはそうだなぁ……『人類最強の請負人』と格好良く名乗らせてもらうぜぃ」

ピースしながらの名乗りが格好良い名乗りだったかどうかはさておき。
『人類最強の請負人』。
人類――最強?
最強と、この女は言ったのか?


「ほぅ……?人類最強か……腕に自信があるのか?この私よりも」


 若干、否、かなり嬉しそうに疑いを掛ける。
帝都最強。
とは、呼ばれた事が有っても、人類とまで来るとそうはいかない。
自称するだけなら簡単だが、そうでないとするなら――



「腕自慢ねぇ……べつにあたしはスローリィーでも構わねーしな――
 んん?おいおい、何か書いてあんぞこれ、いち、将来の可能性を重視します将軍級の器を――」

「――――ッ!!」


 何が――!
何がスローだ!
懐に忍ばせていた書簡を予備動作も無く当たり前のように手にしている!
しかもそれをごく普通に朗読してる!
どういった技術なんだそれ!


「よ――読むなぁ!!」


 一瞬でキャラが崩れたエスデスは、かつての家族にも見せた事の無いような赤面した表情で叫ぶ。
帝具で書簡を凍らせて奪い取り、流れるような動作で地面に叩きつけて、
それなりの音が鳴って書簡は纏めて砕け散った。



「うわっはは!どうしたんだよ、そんな好きな人の似顔絵でも描いた絵を破り捨てるみたいな感じになっちゃって」

(つ――強い……)


 今の行動がどうあれ、何も気取られずに――
否、全くと言って気付かれずに書簡を強奪する事が出来るなんて。
並の人間――エスデス自身ですら出来るか分からない。


「うわーちべてちべて、んで今のが帝具って奴かー、カッコイイな。
 何かこうさー、どわっと豪快に炎が出る奴とかねーの?」

「ほ――炎?」

「炎っつーか焔?かっけえじゃんよ、かめはめ波とか撃ちてー」

「…………」

 



 会話のテンポがブレブレ過ぎて何を言っているのかさっぱりわからない。
ブレ過ぎて、こちらの冷静が欠けさせられる。


「貴様――誰だ」


 少々疲労困憊の色を見せながらも、
人類最強に問う。


「質問に質問でってぇ……ま、いいや。
 人類最強だっつったろーがよ、ん?いや、名前の方か?
 それならきっちり名乗ってやるぜ、あたしとしてもそっちの方が良い」


 また訳の分からない事を言いながら、赤色は名乗った。
誇らしげに、諄く無く、さも待ってましたと言わんばかりに、名乗る。


「哀川潤、名字で呼ぶなよ――あたしの事を名字で呼ぶのは敵だけだからな」


 そして続けて言う、



「戦いてーんだったら戦ってやるよ、『あたしの時機が来たら』な」


 






「かはは!すげーな雪降ってるぜ!」


 年齢として十九歳。
零崎人識は子供のように燥いでいた。
年齢からは想像が付かない光景だが、その幼いくらいの容姿からすれば歳相当に見えてしまうのだから、
如何せん本人としても納得がいっていない様子だ。


「いやいやよ、ここまで積もるって北海道以来じゃねーか?」


 そもそも久々に雪見たわ。
と、楽しそうに一人で雪の積もる様子を眺めていると。
背後から人の気配がする。



雪を踏み抜きながらも現れたのは、アカメだった。


「……人識」

「あん?あー、もしかして眠れないクチか?
 夜更かしは美容の天敵だって伊織ちゃんも言ってたけど良いのかよ?」


 なんでも眠れない時は緑茶を口に含むらしい。
それに果たして意味が有るのかどうかは謎だけれど(人識曰く、効果は無い)
しかしどうやらその心配は無用の様だった。

 髪や服装と同じ暗黒色のコートを羽織ったアカメは、
右手に串団子が三つ揃えられている皿を乗せ、運んでいる最中の様だ。


「違う……シェーレはこれが好物だった」

「あんたもしかしてこの雪の中でそれ残してく気かよ、ちゃんと持って帰んなくちゃいけねーんだぞソレ」



 知っている。
と一言で返していた彼女だったが、積がゆっくりと崩れるように、
箍が少しずつ外れていくように、ぽつぽつと語り始める。


「――私達は裏の仕事だ、シェーレの名は例え功績を挙げても革命軍の記録にすら連ねる事は無いだろう……」


 だから、と続ける。


「誰よりも長く、永く私は覚えておくんだ。
 惚けた所も多かった。料理を失敗し、果ては自身の持ち物の場所を忘却する。
 それでも、誰よりも優しかった彼女を、私は覚えていようと思う」



「……いいんじゃねーの?――俺の兄貴も野垂れ死にしちまったがよ、
 あの弩級の変態のこたぁ、俺が一番覚えてんぜ。かはは。
 つっても、あの兄貴の事知ってる奴は全滅しちまってて、現状覚えちまってんのが俺と伊織ちゃんだけなんだがなぁ、
 傑作傑作、あの常軌を逸した行き詰まり男、覚えられねえ方がどうかしてるぜ。
 ――知ってんだよ、兄貴の事は、俺が、全部な。確かにアイツはあそこに居たって事実を、俺は知ってる」


 



 繰り返して、語尾を強める。
それに賛同するように、アカメもまた繰り返す。


「ああ、私が知っている。シェーレがナイトレイドに居た事を、
 シェーレが勇ましく革命を行った事を、私が知っている。マインも、知っている」

「――人識」


 お前も一つ、食べろ。
そう言ってアカメは串団子を一つ差し出して、
もう一つを、自身の口に運んだ。

お疲れ様でした
赤色さんはトントンと進みますね、会話のテンポが速すぎて私が追い付けません
後伊織ちゃんの快眠方法は私も良く分からないので真似しないでくださいね、責任を負いかねますので






 ストレス発散所。
――実際、そこがナイトレイド全員にそう呼ばれているのか、レオーネに説明を受けただけの人識は知らないが――
兎も角、訓練所兼ストレス発散所。
敷き詰められた夥しい数の砂利と軽石がわらわらと、気立しく音を立てる。
しかしそれ以上に騒々しく、強く殴りつける様な音が重なって鳴り響いていて、
発散――では、ないにせよ、誰かがそこで戦っている事が窺えた。
鳴り響く音が更にその速度を増す。


(――攻めている)


 と、確かにそう思っていて、しかもきちんとその圧倒的な手数で、
圧倒的な速さで、木刀を振り、打撃を与えようとも、まるで手応えが無い。
感覚として――海月か蛸か、軟体生物でも斬りつけている様な印象を受ける。



 そしてその実、そちらの方がまだ手応えがあるのではないのか?
と考えてしまうのだから、末恐ろしい。


(末――は、余計だったか)


 本人談では、アカメよりも年上と言っていた。
それが本当かどうかはアカメの知る所ですらないけれど、
そして年齢としては、十九歳、なのだろうけれども。

 肉体年齢として考えれば――全盛期。
殺人鬼のパロメーターとして、流石にメンタルまでもが戻っている訳でもないが、
ステイタス的に考え、年齢から考え、呪い名六名から選出され、
構成された裏切同盟を殺しきってしまった時機。

 言ってしまえば、精神面からも肉体面からも制御を必要としていなかっただけに、
現在の零崎人識としてのパラメーターは、全盛期よりも少しばかり劣るが、
しかしその差は現状として――微々たるものである。



 底が見えない。
攻守が逆転することは今のところないが、それは攻撃に転ずる瞬間が無いと言うよりも、
攻撃に転じなくとも良いというだけの様だった。
進攻出来ない――訳では無く、
攻撃に回らないだけ。


(それだけの事……か)

「くっ!」


 思わず、力む。
力み、強く薙ぎ払った一撃を側面で受ける事無く屈めて避ける。
実戦でも出した事の無いであろう迂闊なミス。
言われようのない焦りの様なモノが、アカメ自身を包み込むように纏っていくのが、
彼女には手に取るように分かる。
分かり切っているけれど、煙霧の如き焦りを払う事も、その正体を掴むことも出来ない。



 そんな姿を見てか、それともただ攻防に飽きただけか、
一歩距離を置いて、気怠そうに人識は肩を落とす。
肩を落として、またも怠惰に、唐突に台詞を吐き出していく。


「――俺はよ、そもそも人を殺して楽しいだとか、考えた事もねーぜ?」


 殺人鬼であるが故に、己が為に殺す事や、己が為で無く殺す事を旨としている。
ただ存在だけで人を殺す凶器であり、人を殺す鬼である。
しかしそこに快楽は生じない。

 快楽殺人者とは――訳が違うのだ。
まあ、昔の知人にゃそーいう殺人快楽主義者も、殺戮主義者だって居たがよ、
と続け、そして、


「だから一体全体こーいう訓練だか護衛術だか殺人技だかの練習っつーのは、
 俺にとっちゃあまるで意味の分からねぇ事な訳だし、それに付き合わせられるこっちの身にもなっちゃあくれねーか?」


 などと、身勝手な事ばかり言う。
事実、人識が嫌々請け負っているのは、確かだろうが。



 そんな身勝手な毒を吐き出したところで、
彼の頭上に拳が飛んだ。


「――ぅぉお!あぶねぇ!」


 無論、アカメでは無い。
そもそもそんな距離を詰めさせる程に、流石に人識も抜けてはいない。


「良く避けたな、だが、実践だったらこうはいかねえぜ?
 敵は何処に潜んでいるか、分からねーんだからな」

「あぁ?んだよ、実践っつーんだったらもっと本気に殺意込めろっつんだ……」

「俺が本気を出したら――アジトが半壊しちまうからな……」

「んなコト出来んだったら一人でリボルケイン連発してろよ……」

 



 豪快に笑う大男、ブラートは大きく笑いながらもひょい、
と軽く人識を持ち上げ、


「ナジェンダの命令だ、今からお前をフェイクマウンテンに連れて行ってやるよ――」

「お――おいこら、降ろせにゃろ――」


 憤慨する人識を余所眼に、ブラートは勝手に歩き出す。
選択の余地は無いようだった。


 ――フェイクマウンテン。
標高として千を超える、造山地帯。
その名の示す通り、虚偽に満ち溢れ、嘘で塗り固まった山である。
流石に山そのものが嘘――と云う事は、無いけれども。






 枯れ木と岩の散乱する――しかし決して物々しくなく、
むしろその数の割に、乱雑さの割に、殺風景さに富んでいる。
侘しさが募る、物静かな、まさに鼠一匹として見当たらない場所。

 それがフェイクマウンテンであり、帝都周辺で最高ランクの危険度を誇る場所である。
そんな危険な場所で崖際に腰を掛け、黄昏ているとも、ただ呆けているだけとも言えるような、
その実悲しんでいるようにも、逆に喜んでいるようにも感じる、
何とも言えない笑みを人識は浮かべている。

 誰にともなく、誰にも見られていないであろうに、
自然に出て来るその表情は少し不気味でもあった。
そんな笑みをふと、見つけてしまって、
珍しくブラートは後悔した。


(ナジェンダに言われて、仕方なくと就いてみたが……)


 表面上を取り繕っていても、その得体の知れなさ、
今見ている姿がまるで薄い幕に映った影のようにボンヤリとして見える。
勿論、それはただの錯覚であり、列記としてしっかりと、
ブラートの瞳は人識を捉えているが。
そんなものを物ともしない、不確かさが確かに、確定的にそこにある。



「かはははっ!いんや俺もけっこー各地放浪してきちった訳だけどもよー、
 いやいや、たっけー山だよなー高過ぎて霧でてきちまってらぁ、んだんだ?酸素とかだいじょーぶなのかよこれ?
 流石の俺も高山病には勝てねーぜ?つってな、かはは!」

(…………)


 無垢な笑顔を見て――ブラートの何かが揺れ動く。


(そうか、これがアカメの言っていた……『焦り』と言う奴か)

『いや、それは断じて違う』

 とアカメとマインがこの場に居ればそう言うだろうけれど、
残念な事にここにその考えを否定する人物はいなかった。



「人識、ここら一帯が帝都近くで一番危険な場所だ、そうやっていると――」


 あぶないぜ。
と、言われる以前に、人識は行動を開始した。

 行動――というか、回避を試みていた。
殺意を感じ取り、反射的に体が避ける。
殺意はあれど、鞭を対象に目掛けてただ叩きつける単純な攻撃に、
最低限身体を逸らす事で対応した。
遠目からそれを見ていたブラートも、感心したからか口笛を鳴らす。


(――どーいうこった?そりゃ。確かに、何にも居なかったはずだが――)


 そうして自問し、考える前に答えが眼の前に現れた――
否、既に現れていた。

 ブラートが声をかける以前から、黄昏る様に笑みを浮かべていた瞬間にも、
いや、それ以前、つまり上って来ていた当初から――既に『それ』は存在していた。

 ただ、気が付かなかっただけだ。
余りにも枯れ木と見紛う程に巧妙な擬態をした生物に、気付けなかっただけだ。



(フェイク――生き物ってのは天敵から身を守るために擬態能力を得るっつー通説があるが)


 明らかに身を守る以上の、驚くべき進化を遂げている。


「かはは。んだこりゃ、傑作じゃねぇか、いくらなんでも名前の通り過ぎって奴だぜ」


 大振りの無骨なナイフを構え、二撃目に備えた所で、
その横を何かが――殺意が――駆け抜けて、枯れ木の生物に命中した。
槍――折り畳み式で三節根のような分離が出来るタイプの槍が、生物に絶命を齎していた。


「――そうだ、ここにはその木獣という危険種のように擬態を得意としたヤツらがうようよといるぜ」

「はん、なるほどねぇ……ちったぁおもしろそーじゃねえか」

「お前はオーガにも帝具にも対抗できたが……ここできっちり、お前の潜在能力って奴を見てやるよ。油断すると喰われちまうぜ?」



 そして続けて言う。


「――お前に見せるのは初めてだったか?折角だ、俺の帝具『インクルシオ』をお披露目といこーじゃねーか」


 天に高く掲げた手を大地に叩きつけ――叫ぶ。


「――――インクルシオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 咆哮に鼓動するように、その雄叫びに反応するように、
背後に現れる白き野獣がその體を鎧と成し、ブラートの全身を包む。

 白銀の鎧。
帝具、悪鬼纏身『インクルシオ』――鎧の帝具。


「ほーん、かはは、傑作だぜ。かっけーじゃんか」

「おお!分かるか!このフォルム!鉄壁の鎧の良さが!イイ奴だな!
 ……よし!傷付いたら俺が手厚く介抱してやるよ……ベースキャンプでしっぽりとな……」

「いや全くしっぽりとする意味も訳もねえんだけどよ」


 うんざりとするようにもう一度、人識は傑作だと呟いた。






 ――帝都近郊。
北の異民族の領土ではないにせよ、粗方が凍るような冷温度。
帝都からは然程離れてはいない筈だが、その地域には死体に雪が積もっている。
道行く人々の瞳は何処か虚ろで、焦点の合っていない眼が右往左往している。
その中で防寒具を身に纏う護衛隊と村に不釣合いな馬車が大通りを突き進んでいた。


「――この村も、また酷いな……。民有っての国だというのに……」


 と、馬車から老人は言い、その憐れみを持った言葉に明るく女性が答える。


「でも、そんな民を憂い、毒蛇の巣となった帝都へ戻る父上は御立派だと思います」


 そんな返答に鼻を鳴らし、老人は当たり前だと言い、続けて言う。


「命欲しさに隠居をしている場合ではないからな――国が滅ぼされてしまう」

 



 元大臣であるチョウリはその娘であるスピアと長く隠居状態であった地方から抜け、
帝都と敵対する革命軍と落ち合う予定だった。
そして老人――チョウリは杖を握りしめて力強く宣言する。


「こうなってしまえば、ワシはとことんあの大臣と戦うぞ!」


 そんな宣言に胸を張ってスピアも応え、


「はい!父上の身は私が守ります!」

「良い娘に育ったのう……――しっかし、勇ましすぎて嫁の貰い手が居ないのが玉に瑕か……」


 ほろりと愚痴を零した所、それが琴線に触れたのか、急にスピアは赤面して訴えかけた。


「そ!それは今関係ないでしょう父上!」


 大体なんですか少しカリが使えるからって勇ましいだの…………――
急に呪詛を口遊む様に手入れをしていた槍の柄をがんがんと馬車に叩き付けて抗議の形を見せつつ、


「――!……なに?」


 前方に人影が三つ。



 極寒の地だというのに、黒のスーツをまるで自らの体の一部だと主張するように着こなす三人は、
大きく陣を取り、馬車の行く手を阻んでいる。


「――また盗賊か!?治安の乱れにも程がある!!」

「今迄と同じように蹴散らすぞ!油断するな!」


 スピアが叫び、護衛が幾度となく行ったフォーメーションを組み、
中枢にスピアを軸とし、今迄と同じように――決行した。


「行くぞっ!!」


 しかし――


「……ダイダラ」

「オゥ!」


 しかし、そこに最大の誤算があったと言えば、
大男の背負うその武器の正体を知らなかった事――
この三人の呼び名を知らなかった事――
この三匹の通り名を知らなかった事――だろう。



 帝具、二挺大斧『ベルヴァーク』。
 黒のスーツを身に纏う、三獣士。

 全員が帝具遣いだと知っていたら――



逃げ延びる可能性は、ほんの僅かに上昇したかもしれない。



 



 一振り。
両刃の大斧を一振りするだけで、戦闘は終了した。
帝具の力を発揮する事すらない。
単純過ぎる攻撃で、十を超える兵隊は文字通りに二分割され、
生き残ったと言えば、率いていたスピアと馬車に乗り込んでその場に居なかったチョウリだけだった。

 そのスピアすら、腹部に致命傷を受けている。


「グッ――ウ、ゥウ……」


 滴る血が蒼の服装と積もった雪に浸み込み、赤く染めあげていく。



(つ――強すぎる……せ、せめて父上だけでも……!)


 だが、その身体は動かない。
痛みの所為でもあるが、大きくその身体が限界を迎えていることを示唆している証拠だった。
そこに、


「へぇ、おねーちゃんやるね!ダイダラの攻撃で死なないなんて!」


 と、平均的な身長から大きく下回っている一丸に子供と揶揄してしまってもいいであろう少年が、
笑みを浮かべながらスピアの元へ駆け寄っていく。


「でも――これから起こる事を考えとくと、さっきので死んでた方が良かったかもね……」


 恍惚的な笑みを浮かべて、懐からその手には余る大きなナイフを取り出し、
容赦無く、その先端を下顎に突き立てた。



 大斧で真っ二つに両断された馬車から転がり落ちる様にチョウリは逃げる事すら困難な状態に陥っていた。


「ぐぅおおぉぉ……ぐぅ、あ、足が……」


 最早――これまでか。
こんな事ならば、スピアを連れて来るのではなかったと、強く自身に怨嗟する。
忌々しくダイダラを睨み、そして信じられないものを元大臣、チョウリは目撃した。


「お――お前は帝国の将兵……!!」

「――はい、貴方の政治手腕は尊敬に値するものでした」


 否定せず、黒服は礼儀正しく頭を下げる。
諦めかけていたチョウリの脳は混乱に包まれ、
その真意を問いただそうと言葉を向ける。


「な……!ならば!何故私を狙――」

「主の命令は――何をおいても。絶対ですので」


 それ以上に言葉は要らないとでも言うように、黒服は腕を薙ぎ払い、
そしてチョウリの首を撥ね飛ばした。



「よっしゃぁ!倒したのは二十五人って所か!くぅ!この経験値が俺を更なる高みへ導くぜ!」

「ビラを撒くぞ!手伝えダイダラ!」


 手放しに喜ぶダイダラを戒めるように忠実に『命令』を熟す黒服――
リヴァは多くの『ビラ』をダイダラに手渡し、無造作に撒き散らしていく。


「しっかし大臣も面倒な手を使うよなぁ……政敵排除はいつも見たく罪を着せろよ、全く」


 そんなダイダラの態度に、リヴァは幾度目かになる溜息を吐いた。


「……ブドー大将軍の庇護下に居る文官にその手は通じないだろう」

「あー!そっかそれで俺達の出番かー!」


 得心行ったと言うようににっこりと笑い、相槌を打つ。
そんな態度に、溜息処かリヴァは頭さえ抱えそうになるが、
しかしエスデスの命令を何よりも最優先する彼に手を休めると言う選択肢は毛頭として無い。


「……一体何回説明をすればいいんだ……」


 それでも愚痴はしたくなるようである。



 ――そこに、残る一人、ニャウが楽しげに、自慢するように駆け込み、
その手に持つモノを見せびらかした。


「ねぇねぇ!リヴァ!見て見て!ほら――じゃーん!コレクションが増えたよ!」


 顔の皮膚。
スピアの表面だけが、ニャウの手には握られている。


「……相変わらずよー悪趣味だな、ニャウ。なぁリヴァ」


 しかしそんな事を気にすらせず、軽く嫌そうなダイダラを余所に、
任務の達成だけを聞く。


「ちゃんと、殺してきたんだろうな?」

「うーんとね、剥いでる途中で死んじゃった!」


 にっこりとホクホク顔で言ってのけるニャウは大切そうに皮を抱きしめる。


「……ふっ――そうか、ならば問題あるまい」



「よし、帰還するぞ、帰ったら任務達成祝いに私が料理を作ってやろう――」


 リヴァが告げた所で、ダイダラ、ニャウの両名の顔から笑みは消えた。
そして必死に抗議する。


「い、いやいや!要らない!僕絶対要らないから!」

「そう遠慮するな、御代りだって沢山作ってやろう」

「馬鹿言うなよリヴァ!あの味は帝具並みの破壊力だぞ!?あのエスデス様ですら数秒間気絶した程の味だぞ!?」

「エスデス様は『精進しろ』と仰って下さった」

「嘘付け!あの後あんな苦笑いで『もう二度と創るな』って言ったエスデス様初めて見たからな俺!!」

「うわーー!!この世の終わりだーー!!」


 必死の抗議にもリヴァは微笑むだけで何も言わない、
その心中には何か秘策があるようだが……?


「今度は大丈夫だ――隠し味にエビルバードの唾液成分をタップリと仕込んだ」

「入れんなそんなもん!!」

「うわーー!!何気にもう創られてるよこれ!!」


 絶望する二人と冷静に料理の話題を広げていく(料理とは全く無縁の言葉ばかりが並べられていたが)
リヴァの足元。
先程撒かれていた『ビラ』には――



『ナイトレイドの天誅』



そして、革命軍のシンボルが刻まれていて――






「集まったな」


 会議室に全員が集まる。
珍しくも、人識がきちんとその場に参加するというもの、一体何回振りだろうか?
ボス、ナジェンダは考えつつも、それを放棄して、
つい先程預かったばかりの報告をナイトレイドに告げる。


「悪いニュースが三つある……心して聞いてくれ」


 椅子に深く座り直し、訝しげな顔で悪いニュースを反芻し、
義手を一本立てて、


「一つ、地方のチームとの連絡が付かなくなった」


 その報告を聞き入れて、各々の反応を見せ、
考え込む者と対策を打つ者、苦々しく想う者、
(どうでもいい、と想っている者もいるが、誰一人として目も暮れない)
それぞれがそれぞれに思う節を馳せつつ。



 ふと――マインは、


(――ここに、シェーレが居たら、どんな行動に移すのだろう?)


 と、考える。
悲しむだろう。
苦々しく思うだろう。
そのチームの事を知らなくとも、彼女ならばそうするはずだ。

 流石に『ちほうのチーム……?』と首を傾げる事は無いだろうが、
いや、そんな風に、なっているかも、しれ、ない。

 なって、居たかもしれない。
そう、考え込んで、マインは折れた手を強く握りしめる。


 怨恨を止まらせない為に、恨みを、辛みを忘れないように。



 しかし――地方のチーム。
ナイトレイド――つまりは、帝都内専門の枠外での暗殺を営む革命軍のどれか、
幾ら分帝都に重点を置いているナイトレイドの帝具遣いを除くとしても、その武力は確かなものだ。
一朝一夕に打ち破れる筈では無い。


「現在調査中だが、全滅の可能性もある。恐らく、だがそう覚悟していてくれ」

「ナジェンダさん、取り敢えずこのアジトの警戒をもっと強める必要があるよね」

「ああ、糸の範囲、そして出来れば密度を高めておいてくれ」

「了解」


 ラバックがそう応えると、壁に背を預けて眼を瞑り、考え込む体勢に入った。
そして一つ目が終えた次に、



「二つ目。エスデスが北を制圧し――帝都に戻って来た」


 



 その言葉に、会議室は沈黙をせざるを得ない。
三ヶ月すら――経っていないのだ。
恐るべきエスデスの戦略スピードに戦慄する。


「……予想を大幅に上回る速度だったな」

「アイツは何時だって悩みの種だよ……」


 辛うじて漸く、といった風にアカメが開口し、
それに賛同するようにラバックは肩を落とす。
それが人識の言う通りの『活躍』を果たしたかどうかはさておき、
エスデスが北の異民族を殺戮、暴虐の限りを尽くし、この帝都に戻って来た。
その事実だけはどうしようにも覆せない。


「エスデス隊の兵士達は備えとして北に残されているようだ」

「じゃあ、いきなり反乱軍討伐――って、訳でもなさそうだな」



 不幸中の幸い、とでも表現すべきか、
不確定要素としての一抹の不安は残るものの、
即刻に反乱軍――牽いて、革命軍の排除に乗り込むという訳では無い。
こちらは事実かどうかは分からないものの、
流石のエスデスでも、自身の隊を他に置いて戦場に足を踏み入れる等と、
そこまで狂ってはいないだろう。

 彼女は戦闘狂ではあるものの、頭の回らない人間ではない。
戦乙女であり、戦争から愛されるバーサーカーのような存在でもあるが、
同時に知恵の回る、所謂戦闘のエキスパート――
その中でも群を抜いての、異常戦闘癖。

 全身これ戦争。

 それがエスデスという女である事を――暗黙の了解として、人識以外が知っている。



「――次にあいつがどう動くかまだ読めん。
 なんでも、今は日夜拷問官に真の拷問と云うのを叩き込んでいるらしいが……」


 それが本当だったとして、それはそれで如何にも理解しがたいものがあるが……、


(……奴の事だ、何か――既に動き始めていると見て良いだろう)

「レオーネ、お前も至急帝都に向かい、エスデスの動向を探ってくれ」

「了解っ!どんな奴かってちょっと興味あったんだよねー」


 命令を聞き入れ、レオーネは嬉々としてにぱーっと笑い、軽い調子で返事をした。


「殺戮を繰り返す危険人物だぞ……用心しろ」


 戒める様にレオーネに注意するも、「オッケオッケばっちしオーライ」
と流されてしまう。


(――フフッ……て事は、隙あらば倒しちゃっていい人間ってこったね、
 帝都最強と名高いドSのエスデスしょーぐん……大臣並に、仕留め甲斐はありそうだよねぇ……。
 ――それに将軍を殺せば、もっと)


 そこまで考え、ふと気が付く。


「…………?」


 もっと?
……愉しめる。



 そんなレオーネの変化に気付かないのか、ナジェンダは最後の通知をする。


「そして最後……帝都で文官の連続殺人が起きている」


 もっと詳しく言うならば――大臣に反抗した者そしてそれに近しい者が、
そう付け加えて、犯人像を浮き彫りにし、


「被害者は文官四人警護に当たっていた警備隊六十一名。
 ――問題は、殺害現場に『ナイトレイド』と書かれたこの紙が残っている事」

「分かりやすい偽物だな、本物に罪を押し付けようって事か……」

「かはは。傑作じゃねえか、んで、なんかナイトレイドだっていう理由でもあんのか?
 ふつーに考えりゃあ紙置くだけなんてバレるってのが筋だろ、ご都合主義じゃあねぇんだ」


 持ち上げたその犯行声明を見て呆れたように大きな肩を竦ませるブラートに、愉しげに笑う人識。



「ああ、事件が起きる度に文官達は警備を厳重にしている――
 が、それでも文官の警護を含めた全員が凄惨な死を遂げているんだ。
 四度目の元大臣、チョウリは腕利きの警備隊約三十名が殺されている」


 娘なんて、皇拳寺皆伝の達人だぞ?

 皇拳寺――
なんだったか?と人識は聞き覚えのあるそのフレーズを脳裏に浮かべて、

 ああ、と思い当たる節を探し出した。


「なんだよ、皇拳寺っつっても全然じゃねえか、達人っつっても実際よ。大したこたなかったんじゃねーの?」

「……それはあくまでも師範代ってだけなんでしょ、しかも十年前だし」


 と、人識の言葉に反論の意をその場に居たマインは示すが、


「んー、師範代だろうがなんだろうが似たようなもんだと思うぜぇ?」


 とまで言われてしまえば、それを否定する気にはならなかった。
肩を持つ、というよりそんなものを持ったところで変わるものは何もない。



「……ともかく、そんな事が出来るのは私達ナイトレイド程の物――という見解が為された」

「つまり……こちらと同等程度の戦力、向こうも、帝具持ちの帝具遣いが犯行を行った……」


 言いつつ、アカメの頭には一人の人物が浮かび上がる。
嫌な予感はしなかったが、一つの可能性として、それを受け止めていた。


(本当ならば……まさか、クロメが)


 仕切り直す為か、それとも特に意図した訳でも無いのか、
古い型のライターから鳴る火花の音で会議室はしんとする。


「大臣からすれば、良識派の文官達四人は目障り――
 そう、煙たい存在だった――つまり、大臣から強制的に表舞台から消され、
 そしてナイトレイドに罪を着せる……濡れ衣もいい所だが、『都合の良い存在』として、
 これからも恐らく私達の名は使われ続ける」

「――だけ、じゃねえ。さらに言えば誘いだろ?本物を誘き出して狩る気だぜ」


 苦々しい顔でいうナジェンダに制し、釘を刺す様にブラートは言うが、
「あぁ」と短く返答して、煙草の紫煙を深く吸い、大きく吐き出す。



「これが、罠だと了承した上で、皆に言っておく……。
 現在殺された四人の文官は全員能力も高く、大臣に抗い、且つ革命軍のスカウトにも決して応じない、
 帝都を憂う立派な人間達――だからこそ、新しい国に必要不可欠の優秀な人材だ。
 後の国創りの為に、これ以上の被害を被る訳にはいかない。
 私は、偽物を潰しに行くべきだと思う!」


 お前達の意見を聞こう。
ナジェンダは一人一人の意見を聞く。
そして賛同する声はあれど、決して否定の類は生まれず。
残る――人識に向けて、ナジェンダは問い掛ける。


「――お前は、どう思う?人識」

「知るかよンなもん」


 ――問い掛けに人識は即答でつっぱねた。



「かはは。俺ンとこだったらまず名前を使う――てのがねぇしな、
 零崎の名前を使うっつーことが既に零崎一賊に対しての侮辱に成り得るし、
 んでもって零崎の名前を使うってのは自殺志願足り得るし、
 そもそも零崎なんて名前は実際に遭いもしなけりゃ聞き入れもしねーのがふつー、てなもんだ」


 事実として――零崎の偽名を使い、現在逃げ果せているただの人間は、居るのだけれど、
それを知らない人識はあくまでもそれを事実として述べている。

 ただし――と付け足し、


「どんな行為であれど、零崎一賊に仇為す者は――皆殺し」


 誰であろうが、全員殺す。
老若男女問わず、その種別問わず、人類であろうがなかろうが構わず、
そして生きているかどうかさえ分からずとも――殺す。
何が何であろうと容赦せず――


「とと、最後のは俺の領分だけどよ……」


 まあ、野菜主義(少女趣味の方が正しい)であるベジタリアンも居るが――
そんな例外中の例外はただの例外だ。



「かははっ!――別に俺ァ零崎としての意識も潜在意識も、
 面倒臭くて持っちゃいねえ、んなどーでもいいもんに執着して固着なんてのはごめんだわ、やっぱ。
 あのアホ共三人衆から受け継いだもんは貰っちまったが、俺のコマンドはどーにも『いのちだいじに』って感じだぜ。
 ――でもよー、いいんじゃねェの?俺はむかつくと苛々するぜ?嫌なこたしたかね―し、おもしれ―事は大好きだ」


 好きにすりゃいいんだよそんなもん。
否定も賛成も、どっちにならない荒唐無稽の言葉。
実は意味など――考えても居ないのかもしれない。


(この反応は――)


 確かに。


「よし――決まりだ!!人の名前を使うとどうなるか――掟と云う物を教えてやれ。
 遠慮は要らん――我等全員殺し屋稼業、ナイトレイドだ!!」

 

お腹が空きました
今回分はこれで終了、何だか今月分みたくなってるけど出来るだけそうならないように頑張ります

BSで最終話を見終わりました、オリジナル展開だけど凄く良かったと思うなぁ、
特に最後のタツミ達全員生きてて村に仕送りをしている事にするって所とかは私にはもう書けないだろうし
三人娘が出て来る所を見て『本編とはパラレルワールドなんですよ』みたいな製作者脚本の意図が見え隠れしたりとか、
優しい世界として、ハッピーエンドを迎えられたんだと思います
正直な所不満が無いと言ったら嘘になるのですが……2クール二十四話にギリギリ詰め込んで最高の仕上がり……かな?
その辺は個人差個人差、私なんかはこういうの書いていますし、何だか良かったなぁと安堵する気持ちです
スレに関係の無い事を書いてすみません……でも何か書きたかったので、ちゃんとSS書きます

イキテマス……もうちょっとだけ待つんじゃ……






 『大運河』
全長二千五百キロメートル――
この運河を完成させる為に帝国は大凡百万人もの民衆を総動員させ、
僅か七年という短い歳月でその工事を終えた。

 民への負担はその想像を絶する環境と同じく、途方も無い労働と終わる事の無い苦痛に伴い、
帝国への不満は深く刻まれた……だが、その不満が陽の目を見る事は無く、
七年という長い歳月を経て、漸くその労働は終わりを迎える。

 帝国の良識派は動く事が無かった。
幾らその計画が酷くとも、民が奴隷の様に扱われようとも、
何故ならば――その運河は長い目で見れば流通の動脈として労働に値する、否、それ以上の効果を発揮するからだ。
例え心苦しくとも、帝国の為――で、ある。


 だからこそ、帝国の良識派はその効果を最大限に発揮する為に力を注いだ。
――皇帝が巡幸で使用する、『竜船』完成セレモニーも、その一環である。



「かははっ!おーおーんだこりゃ!すっげ!いやー船はデケーし人は多いし、
 かははっ!こりゃ俺達みてーな人種にとっちゃあ眼の毒気の毒ってェ感じなんじゃねえ?」


 ――その『竜船』の船上ではしゃぐ子供のような存在。
「いやいや、実際こりゃ眼の毒って奴だな、曲識のにーちゃん辺りだったら発狂してんぜ――なぁ?」


 にたにたと無垢な笑みを浮かべつつ、誰かに確かめる様に問い掛けるも――そこには誰もいない。
誰か、幽霊か何かが見えていると言わんばかりに、自信たっぷりに問い掛けて、
返事の無い事に軽く首を傾げる。
少し間の空いて、溜息交じりにひそひそと小声で耳打ちするようにその相手の声が聞こえて来た。


「はぁ……、あのな人識、今俺の姿は誰にも見えてねえんだ。
 そんな大声で俺を呼ぶなよ、不自然極まりねえって」


 悪鬼纏身『インクルシオ』――その奥の手、鎧【インクルシオ】。
その鎧の素材として使われた生物の特性を生かし、その姿を暫しの間透明化させて敵を欺く。
――敵だけでは無く、味方すら欺く。
既に顔の割れている、指名手配中のブラートはこの透明化を利用して竜船の侵入経路を辿った。
とは言っても、正面堂々の構えだったのだけれど。



「ん?ああ、そりゃあ悪かったな。
 いやーもしかしたら俺は一人孤独に誰もいない虚空に話しかけてるただのアブない人物に成っちまってんのかと冷や冷やしたぜ。
 んーと?それでなんつったっけか?俺達はこの船で?なんだっけ?全員殺すんだっけか?」


 現在絶賛一人で虚空に話しかけている様子にしか見えない、
所謂アブない人物の人識はどうやら本気で言っている様子でそんな風にさらりと問う。
絶句とまではいかないようだったけれど、ブラートの口数を減らす程には、
その問いは芯に響く。


(……本気か)


 そう考えるも、本気も本気だろう。
どうして自分がここに居るのかわかっていない。
クエッションマークを頭上に浮かべて居そうなこの態度がそれを物語っている。


「……あのなぁ、人識――」






 先日――啖呵を切った後に、続いて、作戦会議が行われていた。


「――狙われているであろう文官は後恐らく五人だ、
 さらにそこから宮殿の外に出る予定がある物となると、候補は二名にまで絞られる」


 勿論、他の文官や全くそうでは無い者が狙われる可能性も皆無ではない。
そういった選出――どうしたものか……。
多く見て、二人以上の人員を割くわけにはいかない。


「……既に予定については調べ上げてある、人識とブラートで帝都近郊、
 大運河に停泊する巨大豪華客船『竜船』の文官の護衛に当たってくれ」

「ん?そりゃ構わねえけど、どーして俺ら二人なんだ?もっと多人数で相手どりゃあいいじゃんかよ」


 と、人識は言う。


「敵が単独犯か複数での犯行か、分からないからだ。狙いが複数である可能性がある以上、
 多くの人材を割くわけにはいかないだろう。
 アカメとラバックの二人はもう一人の文官を、レオーネ、マインは別の任務に出てもらう――」


 応えたナジェンダは次々に指示を出していき、忠実なナイトレイドはそれに従う。






「――それで、戦いの痕跡から物理方面に特化している帝具だと判断したナジェンダは、
 絶対の盾――インクルシオの遣える俺と身体能力で勝るお前を連れ出した訳だ」


 説明ついでに、自分の立ち位置の様な物を再度認識する。
もしかしたら――そんな言葉は建前で、実はただの厄介払いに自分が巻き込まれただけなのでは……?
そんな考えが過るも、嫌な汗と共に振り払う。


(実際に――ありそうだから困るんだよな……)

「ともかく、お前は地方富豪のお坊っちゃま。
 少しやさぐれてるが内心帝都の絢爛さに心が浮かれている可愛い奴――という設定を忘れるなよ」

「なぁ?俺がこの間訊いた設定ってそんなんだったっけか?」

「安心しろ、俺の考えた設定の方がよっぽど上手く行く」

「……かはは……傑作だな」

「だろ?」


 透明化しているインクルシオが何処に居るのか、分からないし、その表情も窺えないが、
少しの怖気と共に、人識は苦笑いをする。



「はん、でもよー。あの文官?だっけ?あり?どいつだ?――とと、居たいた――
 あいつを殺そーってんならつまりはここに居る全員を殺そうってぇ、事にならねーか?
 かははっ、んな事出来んのかね?いや俺は出来るけどもよ」


 所狭しとまでは行かずとも、船上には多くの老若男女がわらわらと動き続けている。
毛皮のコートを身に纏った初老の男性、今回守るべき人物である文官はその中央も中心、
姿を現し殺しに掛ろうとも、警備の者がそれを許すとは思えない――警備が死ぬかどうかはさて置き。


「……さぁな、だが。もしもエスデスがやるとするなら――一瞬で事は足りるだろう」

「あん?んだよそれ、氷でどーしようってんだよ、まさか竜船全部を凍らせるって――」

「そのまさか、だな……」


 直径で四百メートル、高さは二百を悠に超える巨大船、
そのハードルを物ともしない、恐らくは、ハードルですら無いのだろう。
人類最強から最速とまで言わしめた鬼子、零崎人識も流石にそこまでのレヴェルでは無い。
というより、人間に、喩え鬼であろうとそんな所業は出来る訳が無い。


「…………ほーん、んじゃあ、一瞬で事足りちまうような獲物に俺たちゃどう対応しろってんだよ」

「少なくとも、エスデスのような帝具遣いがここに来る事は無いだろうな、それ以下なら俺がどうとでもしてやるよ」

「傑作だな、ホント頼もしいこって……」



「にしても、便利だよなぁ。俺ァ別に鎧に詳しいわけでも何でもないけれどもよ、
 流石にあっちでもそこまでの高性能で透明化できる鎧っつーのは見た事ねえわ。かはは、そりゃそうだよな!」


 未だ姿の見えない鎧を見つけんとキョロキョロと人識は周囲を見回すような動作を取って、


「そういう鎧持ってんだったら、今まで戦闘面でも困った事とかねーんじゃねぇの?」


 終いには海を見詰め、にやにやと笑いながら問い掛けていく。


「そうだな、俺はコイツと南部異民族との戦線を戦い抜いたからな。
 俺の唯一無二の相棒だぜ」


 自慢げに言った後に、小さく放電するような音が漏れて、
それはインクルシオの奥の手である透明化の効果が失われつつあることを指し示している。


「――おっと、そろそろ時間だな……一度外さなきゃ透明化が切れちまう、
 人識、俺は船内を見て回る。ここは任せたぜ」


 流石に四六時中奥の手を使えるという訳でも無いようで、ある程度の時間が経てばその効力は失われる。
「へいへい」と生返事を返した人識はどうでも良さそうに辺りを見回した。



 ブラートは密着した鎧、インクルシオを脱ぐ事の出来る個室、
有体に言ってトイレの洗面台の大きな鏡で櫛を操り、
インクルシオと対になる程の自慢のヘアースタイルを整えている。

 鎧と身体のラグや衝撃などを最低限以上に留める為に、
インクルシオは完全に装着者と一体になる様に密着するのだ。
――当然と言えば当然だが――故にブラートのような個性的な髪形をするとなると、
どうしてもその髪型を保持するにはインクルシオを使用する度に再三整えなくてはならなくなる。


(不便と言えば――不便だが、インクルシオ、そしてこの魂も無くちゃあ、漢として、俺が廃る)


 丁寧に掻き上げ、手櫛を織り交ぜてボリューム感を出しつつ――
勿論、この竜船の乗客がこのトイレを使用しないとも限らないので、迅速に。



 足音。



 気付いたブラートはすぐさま個室に這入り、警戒と同時にリーゼントを仕上げ、
インクルシオを準備する。


(――便利と言えば、便利……か)


 唯一無二の相棒、
ブラートにとってリーゼントが魂ならば、
インクルシオは魂を燃え盛らせる肉体そのものである。

 自慢げに人識にそう話したものの、
事実として、その力が幾ら強大であろうと、覆せない現実と云う物は存在した。
それは――ブラートが帝都の闇に気付き、自身の過去を捨て去って、
ナイトレイドに力を預ける以前の話だ。






「納得出来ねえ!!何故であれだけの功績を挙げた将軍が帝都に更迭されるんですか!?」


 苛立ち、明らかに冷静さに欠けている怒気に塗れた声が簡易的な牢屋に響く。
幾数年前、まだブラートが帝都の軍人であった頃、
戦争が一つ終わり、それまで上官として同じ戦場を駆け巡ったとある将軍が――
『罪人』として帝都へ帰還する際の事だ。
周囲はブラートの怒りに反応しているかの如く燃え盛っていた事を覚えている。


「……私が、意固地を張って新しい大臣に賄賂を送らなかった所為だろう」


 あくまでも冷静に、堂々とした口調で男は言う。


「功績よりも送った賄賂で地位が変わる!?ありえねえ!何処にそんな……ふざけやがって……!!」


 隠せぬ憤りを当てる事も出来ず、鉄格子に拳を振り付ける所で、その近くに居た、
恐らくは新しい大臣に使わせられた者達がブラートを取り押さえる。


「落ち着け――ブラート……私は帝都に戻り堂々と答弁するつもりだ。
 今はこんな立場となってしまったが……行為に間違いなど無い……きっと、分かって貰える筈だ」


 鉄の腕枷によって拘束を受けている手が拳を握り――震えている。
暴れそうになったブラートも、その部下達も、将軍の姿を見て静まり返った。



「将軍…………」

「時間が掛るかもしれん……お前の帝具も、地位も……それまでに没収されるかもしれん……
 お前はこんな上司を持ってしまった……許せよ、ブラート」


 護衛を振り解いて、ブラートは上司に頭を下げ、


「いえ……ご立派です、必ず、分かってくれると……」


 「……ああ」と会話を交わして、護衛はそのまま将軍を帝都に呼び戻した。
――だが。

 帝都に戻った将軍は有らぬ迫害を受けて裁判所に引き摺り出される。
幾ら堂々と、真実だけを話そうともその話は半分たりとも聞き届けられなかった。
既に新しい大臣――オネストの魔の手は、そこまでに至っていたのだ。

 下された判決は終身刑。
地下の牢獄に囚われ、その生涯を終える。
その後ブラートも何処かの隊から恨み妬みを買っていたらしく、犯罪者に仕立て上げられ――






(結局――捕まる前にコイツとともに逃走して、ナイトレイドに入団した)


 幾ら便利であろうとも、その利便性が全く通用しないフィールドで戦えとなるならば、
当然、奥の手は意味が無くなる。

 鋏【エクスタス】に至ってもそうだ。
暗闇の中で放たれる金属光沢こそが奥の手ではあるけれども、
しかし例えば――元々から眼の見えないモノには通用しない。
昼間の戦闘でも威力は半減するだろう。
暗闇でこそ、その真価は発揮されるのだ。
勿論、半減されようとも通常の場合、次漸のエクスタスが致命傷を負わせる程度の時間稼ぎにはなるだろうが……。
それと同様に、インクルシオの透明化も存在そのものが消えて無くなる訳では無い。

 どのように応用性のある帝具も、一つ手段を講じられれば、不利になるのだ。
そんな考え事をしている最中にも、刻々と時間は過ぎて行く。
――と、漸く、と云うべきか、そこでブラートは自身の身に降り懸かる火の粉に気が付く。


「――笛の音」


 耳元に迫り寄っていた、その恐るべき力に――






 ――同時刻、帝都内のメインストリート。
通常、このメインストリートは大きな店や人気店が所狭しと並ぶ人混みの通りであるにも拘らず、
その日――否、その瞬間だけは、大通りの丁度中央にまるで見えない壁でも建てられて居るかのように、
一人の人物を中心に数メートル。
誰一人としてその空間に立ち寄る事は出来ない。

 その感情は様々だ。
畏敬であったり、敬愛であったり、尊敬であったり、憧れであり、一つの愛だ。
はたまた――畏怖であったり、恐怖であったり、疑心であり、一つの恐ろしさ。

 その美貌もあってか、前者の割合が多いようではあるけれど――
しかし、そのどちらであろうとも、喩え自らを殺そうと考える輩が居ようとも、
当の本人にとってはどちらでもいい――いや、むしろその方が彼女にとっては良いのかもしれない。
何故ならば、彼女は戦闘狂であって、戦争狂だから、である。

 白群の髪を揺らす彼女は、ある意味で帝都内で知らぬ者はいないだろう。
その女性――エスデスは所謂挨拶回りを行っている。

 その心の内は分からなくとも、あくまで表面上はにこやかに、
人々や店の店主に掛け合って現状の帝都の情報や名物店について詳しく話しているようだ――



 休憩の為か、立ち寄った甘味処でその店の主人と思われる人物と会話して、


「――そう畏まるな、これはただの挨拶回りだ。これからは私が帝都の警備をする」

「ははあーー!!心強い限りですエスデス様!!鬼に金棒!いや美女に氷です!――こ、これはほんの僅かなものですが……」


 周囲の目を憚る事も無く、極当然の如く懐から出した金をエスデスに差し出し、
厭らしく顔を引き攣らせながら笑う。
その中から二枚すらりと抜き取ってエスデスはにこりと美麗に笑い、


「…………、私に賄賂は要らん、次にやったら痛めつけるぞ」


 徐にその二枚を持ち主の両目に躊躇う事無く返す。


「ギィアアアアアアア!!もう十分痛いです!もう痛い!!!」


 その後エスデスは名物を頼み、それを受けた主人はよろよろと店内に戻っていく、
そうした所で、エスデスの表情から微笑みは消え、明後日の方向を見遣る。
まるでそこに誰かが存在しているとでも言うかのように。



(誘われてる――か……)


 そしてそれは存在した。
山吹色の長髪。
帝具――百獣王化『ライオネル』で既に獣化したレオーネが存在した。


(成程なぁ――流石に帝都最強、かぁー……襲う隙もチャンスも、全く無い……)


 困ったような表情をしながら、頭を捻る。
自身がこれからどうすべきか、慎重に選択を選ぶ。


(取り敢えずだけど……今襲うのは得策じゃない感じだな、こっちの存在がもう気取られてる。
 その証拠に『匂い』が滲み出ている――禍々しいまでの『殺意』……)


 くんくんと獣の鼻で嗅ぎ別けるようにして、眉間に皺を寄せる。


(何か、何処となく人識に似た匂いだ……いや、似た殺意、か……
 濃さは違うけど、レヴェルとしては全く別のモノだけれども)


 そんな風に判別し終えてレオーネは撤退を決意する。
あくまでも、任務は『エスデスの動向を探る』事であり、始末する事が目的では無い。


(どうやら、こっちの存在に気付いてはいるらしいんだけど、こっちが誰かまでは気付いていないようだし、
 ちょっとだけ悔しいけど、ここは退くかな……)


 ゆっくりとその場を離れて、レオーネは姿を消す。



「――む、気配が消えた……か?ふぅ、む?中々の遣い手だな、殆どの気配を消して私を追跡するとは……」


 惜しいな、と呟いて店員からアイスクリームを受け取って一口味わう。


「誘いに乗らなかったか……残念だ。出来れば、新しい拷問を試したかったのだが……」


 まあ、いいだろう。
どうでも良さそうに吐き捨てて、もう一口、舌で舐め取る。


「……おいしいな、コレ……。そうだな、帰ったらアイツらにも食わせてやるか……」


 現状、竜船で己の使命を全うする三人――三匹に少なからずの思いを馳せて、
エスデスはもう暫く、その後について考えていた。

もちっとだけ続くんじゃ……モチットダケ……

人識君のアホ毛を抜いたのは許せない所業だ、我々はこれを許してはならない
大将のバットコントロールの仕方やライフル銃弾の一発目を顔間近で受ける、
バントではなくフルスイング、無線での取引など「どうなんだろう……」と思う場面も見られましたが
萩原ちゃんや玉藻ちゃんの可愛さ有り余る部分や三球目終了の「つまんねーよ」の表情が良かったり、
特典の竹さんのイラストが良かったりと「漫画として良いなー原作も見てね」と言うような気分です





 時は少し戻って――竜船内部。
とある一室からその笛の音は流れている。
到底、たった一本のリコーダーから発せられるとは考えられない程の音階の広さ、
耳を塞いだとしても聞こえて来る奇妙な音色。


「相変わらず、上品な音色だ。この船に合う……」


 黒のタキシードスーツを着た二人の男が優雅に座っている。
もう片方の小柄な、幼い少年がその奇妙な音を何処までも吹き鳴らして――

 帝具、軍楽夢想『スクリーム』。
――聴いた者の感情を自在に操作する笛の帝具。
戦場の士気高揚用としてその名は知られているが、実の所操れる感情は数十に及ぶ。
回数によってその効き目が薄くなる事もまた知られるが、
現在その境地に至っているのは数えるほどしか居ない。



「――船は都市部から抜け、陸からの目が消えた……丁度好いタイミングかもしれんな」


 三獣士の一角――リヴァはちらりと横目に窓を覗き、一面の水平線を眺めて言う。
小柄な少年――ニャウもまた、リコーダーでの演奏を止めて、


「リヴァー、長い時間音色を流したからさ、演奏を止めてもしばらくは皆無気力状態だよ」

「いや、笛の良さが分からん田舎者もいるかもしれん、何事も私達はエスデス様の為、
 忠実に、慎重に、任務に当たらねばならない事を忘れるな……ニャウ、慢心はするなよ……」

「……うーん、分かった!念には念を入れて、もうちょっと吹いておくねー」


 そうすると、一息吐いてから大きく息を吸い、リコーダーでの演奏を再開する。
優雅な音色が部屋に満ち、ドアや壁を突き抜けて通路へ、
通路から抜けて船内にじわじわとにじり寄り、満ち満ちて行く。
――その音色は毒である。

 色は無く、形も無く、空気に混じり、ただそこに居るだけで侵される。
その毒を回避する方法は無い。
有ったとしても、そこに十全は無い。
その帝具を前にして、無傷等という言葉は皆無だ。






 今から大凡一年と半年程前。
人識は呪い名六人衆で構成された『裏切り同盟』との戦闘を終えた後、
唯一の兄である双識が人識に指定した場所で居合わせたのは――音楽家だった。

 某県、零崎双識の拠点の一つである高級マンションの一室。
その高級マンションに劣らない家具と明らかに異質なグランドピアノが、
二人の殺人鬼を挟む様に設置されている。

 着いたばかりだと言うのに既に気まずい雰囲気に包まれている人識を余所に、
音楽家はふと、唐突に本題に入った。


「人識、僕はお前に何ら血縁関係も――また、流血関係もありはしないが。
 しかし、レンに頼まれては仕方が無い。不本意ながらもお前に一つ技術を教えてやるのも――悪くない」


 音楽家はもう一度「悪くない」と、そう言って、
デタラメにグランドピアノを叩き付ける様に――否、最早叩き付けている様にしか見えないが、
だが、不思議な事に和音となって室内に軽やかに、そして優美な音色として人識の耳に聴こえる。


「ぐ、ぅ、がぁ――!?」


 ――そしてそれは人識の体に有効に効いた。
人識の意志とは全く関係無く、左腕が背中に回されそのまま捻り上げられる。
自ら捻り上げている、ようにしか見えないが、
そこに自らの意志は無い。

 眼の前に居る燕尾服を着た、如何にもといったような音楽家。
『少女趣味』【ボルトキープ】という二つ名を持つ、
――曰く、少女以外を殺さない――
零崎一賊唯一の――草食主義者。
零崎三天王が一人、零崎曲識。



「悪くない」


 曲識は再三そう言って、平淡な口調で人識に告げる。


「所で人識、お前は音楽を何処で聴くか――知っているか?
 ……ん、ああ。そうだな。その状態では口が利けないのも無理はない……。今、開放してやろう」


 告げ終えて、幾つか鍵盤を弾いて音を鳴らすと、人識の身体を支配する操作は無効になった様だったが、
それだけでは終えずに、何かスイッチか、それとも熱でも入ったか、グランドピアノの音色は数を増していき、
最終的に約数分間、曲識はピアノに熱中して人識の事など頭から抜け落ちたと言わんばかりに曲を弾き続けた。
何処までもマイペースな殺人鬼である。


(……曰く、全身これ音楽家――何か、これからも苦労しそうだな、ぜってぇ二度と会いたくねえ)


 その『これから』があるとは到底今の人識には分からない。



「悪くない――それで、どう思う?」

「あ?何がだよ……」

「人間は、音楽を何処で聴くと思う?という質問に対してお前はどう考えているかを訊いたんだ」


 うんざりしたように人識は肩を落とした。
決してそれはオーバーリアクションでも何でもなく、心からのリアクションである。


「何処って――そりゃあ、耳じゃねーのか、曲識のにーちゃんよ。
 それかアンタみてーな音楽家だと『心で聴く』とかそういう回答を期待してんのか?」

「?何を言っている、勿論音楽は耳で聞くものだが――心が音楽を聴く訳が無いだろう。
 人間に心があるならば、戦争はとっくの昔に終わっている。
 そして僕の様な心無き殺人鬼がピアノを弾いても音は奏でられるし、そこに心は必ずしも必要という訳では無いし、
 そうして僕の演奏でも耳を傾けてくれる人々が居る。有り難い事だ、まあ――」


 プライド、もしくは魂は必要かもしれないが――と続けて、徐に鍵盤を指で弾く。


「最近では植物や動物にも音楽の痕跡は残ると言うらしいぞ?
 いよいよ以て人間に心という器官が必要なのか、存在しているのか怪しくなってきたな。
 そう言うならばレンはそういった不確かな物を好む傾向にあるが、
 ああいった部分は果たして浪漫があるから追求したくなるのだろうか。僕には分からない干渉だ。悪くない」

「……知らねえよ」


 その返しに特に期待はしていなかったのか、「そうか」とだけ答えて、
またも唐突に本題に入る。


「音楽は――身体が聴いて居る。だから僕は人の身体を、人の感情を操る事が出来る」


 弾かれた音が――振動――波となって人識に押し寄せる。
姿無く、形無く、目視出来ず。
そのまま振動が身体に伝わり内部を奔り耳に伝わり脳に響き、
勝手に、今度は右腕が挙手するように上がった。



「……かははっ。傑作じゃねーか、なんともまあ身も蓋もねーこって」

「僕が現実的じゃない事を言った覚えはない。何時だって僕はリアリストだ」

「……それで?アンタは俺に何教えてくれんだよ。まさかピアノの弾き方でも教えてくれるってのか?」


 未だぷらぷらと右腕の主導権を握られながら、変わらず笑い続ける。


「なるほど、お前に音楽と云う物を教えるもの、悪くない、だが今回は違う。もっと別の事だ」

「かはは、こっちから遠慮しとくわ。っつぅかそれ以外で何があるんだよ、殺しならとっくの昔に教わってんぜ?」

「……変わらないな、人識。僕だから良かったものの、そんな礼儀知らずではアスに怒鳴られてしまうだろう。
 ――最も、そんなお前だったからこそお前はお前であり続ける事が出来るのかもしれないが」


 意味深な台詞を言って、仕切り直す様に「さて」と言葉を紡ぎ、


「人識。そのアスに、『呪い名に出遭ったらどう対処すればいいか』と、訊いたそうだな」


 その言葉に、笑い続けていた人識の表情が一瞬だけピクリと動く。
知られてしまったか……?
そんな不安が一瞬過るも、しかしそんな不安は必要なかったようで、


「レンは何も言わなかったが、大方、何かあったのだろう。
 ある意味でお前と似た者同士である僕はそこに首を突っ込む気は更々無い」


 心中で似た者同士という言葉に否定をするが、
そんな事を言っても無駄な事はあの遊園地で良く判り切った事なので、人識は無言を返す。


「そこで、その呪い名――と、言われるのも不本意だが。その性質と似通った面を持つ僕が抜擢されたと言う事だ」


 



「……なるほどねぇ、かはは。傑作だぜ」


 つまり――今回教わるのは呪い名に出遭った時の対処法か。
有難迷惑……と切り捨ててしまってもいいのだが、
しかし裏切り同盟の様な異質にまたばったりと出遭わないとも限らない。
そう考えると、微妙に複雑な気分だった。


「人識。僕は今回、レンから対処法について教えてやれとは言われたが、
 同時に僕はその為ならば多少なりともお前を痛めつけても良いと言われている」


 それは――痛めつける必要があると言う事か。
曲識は『音楽は体が聴いて居る』と言った。
対処の一つとして、身体が音楽を見向きもしなければ良いと云う事だろうか……?

 ――悪くない。
何とも何処かで聞いたような言葉を紡いで、今迄座っていた椅子から腰を上げ、
ややウエーブがかった黒髪を揺らしながら、人識に近付いていく。


「まあ、お前の思って居る通りだ。その考え通り、脳が音を拒否すればいいだけの話だ。
 そうすれば、どんな音楽も通用しはしない。流石の僕も、死体は動かせない」


 単純そうに、軽く拳を作って見せる。
深く、大きく振り被った所で当然のように振り下ろし、
その拳は丁度こめかみを抉る形で人識にヒットした。


「無論、僕以上の境地に達するとそんな暇すらなくお前の身体は操作されるだろうが――」


 ぐらりと視界が揺れて、ブレて、ゆっくりと後方に倒れて行く。
最後に聞いた曲識の台詞が頭を反復して、
意識も次第に薄くなっていき。


「ふむ。やはり僕のようなタイプのプレイヤーでは一瞬で意識を刈り取る事は出来ないか……」


 それもまた、悪くない。






 そんな過去の話を人識は思い出していた。
先程から聞こえている笛の音を――手の甲からすり抜けて来るように、
脳に直接音源があるようにさえ、錯覚する。


(静かな音だ――大音量ってぇ訳じゃねえ。だが、ここまで透き通るように聞こえてきやがる。どう考えても異常だよな……)


 これ以上は手段を講じても意味が無いと悟ったのか耳から手を離し、
現状を確認し、対抗策を練る。


「今の所、体に異変は無いが――それにしたって何時までこうなのか分からねえしな」


 人識の眼の前には先程までパーティに参加していた大勢の人数が倒れている。
死屍累々――という訳でも無いが、まるで生気を抜かれたように、
生ける屍のようにそこに存在する不気味さ。
各々が絶望の淵に立たされているかのように、ぶつぶつと呪詛が込められた言葉を呟き続ける。



(……曲識のにーちゃんみてぇな――音遣い、か?)


 あの変人音楽家とは、とある少女の義肢を作って貰った際に会ったのが最後だったか。
どうやら、あの変態染みたレヴェルには達してはいないようだが――とは、思うものの。

 実際に人識にその帝具『スクリーム』による感情操作が上手く行っていない訳では無い。
元々からしてのやる気の無さが功を総じてしまって、人識が気付かない内にそのやる気は大幅に削られている。
やる気――というより、パラメーターが、削られている。
マイナスの相乗。
マイナスの乗算。


(つーこたぁ、暴力の世界でいう所の――呪い名。に部類される攻撃、って事で良いんだよな……)


 呪い名。
非戦闘集団でありながら、その常識が及ぶところでは無い異能を携え、
意識を操り、武器を操り、病を操り、脳を操り、體を操り、言葉を操る。

 ――幾つか、記憶を辿ると音楽家から教えられた『対処法』があるが、
しかし、現状一番最初に教えられた方法しか使えない。
流石に躊躇いを覚えるも、被害を最小限に、的確に、
忍ばせていた大振りのサバイバルナイフを右手に、
そして大きく振り被り――そのグリップを左腕に刺す様に全力で振り下ろす。


「――ぐ、ぅあ……くぅ」


 じわじわと鈍い痛みがグリップを押し付けた所から広がる。
眠気が醒めた感覚と共に、パラメーターが上がっていくのが手に取って分かる。
左手で拳を作り、全盛期の力を再確認した所で――その背後から、

 声。



「隠れてるのダルかったー――おぉ?」


 未だ抜けない自傷に耐えつつも、周囲の屍とは違う、生気の籠った言葉に振り向く。
黒のタキシードスーツを着崩した大柄な男。
エスデスの部下、三獣士の一角――ダイダラ。
この船内できちんと立っていられるのも普通ではないが、
それ以上に尋常ではないのが、彼の背にずっしりとした存在感を放つ巨大な斧。
恐らくは、帝具。


「おー、この状況でもまだ頑張ってる奴いるじゃねーかあ」


 感心したように、いっそ能天気に賞賛を送る野獣のような彼を見て、
何処かげんなりとした様子で人識は「かはは」と笑いを吐き捨てる。
それに答える様に豪快に笑った後、


「催眠に掛ってりゃ記憶は曖昧、生かしておいて……」


 数歩。
言いながら数歩、人識に近寄った瞬間にダイダラはぴたりとその足を止めて、
不思議そうに周囲を見渡す。
獣の勘。とでも直喩するのが相応しいか。


「ほー、アンタさアンタ、もしかしてナイトレイドだったりするのか!?」


 見渡した後に何故か嬉しそうに子供のような笑みを隠そうともせずに、
楽しそうに問い掛ける。


「かはは。そうかもしれねえな、てぇ事は、あんたは偽物って事だな」

「おー!そりゃあいい!それなら――ほらよっ」


 タキシードの懐からずるりと刀身の厚い西洋剣を取り出し、人識に向けて放り、
自身もまた、二挺大斧『ベルヴァーク』を背中から降ろして臨戦体勢を整える。



「俺はさ……、戦って経験値が欲しいんだよ、『最強』になるために……」


 自らの主――帝都最強のエスデス将軍を脳裏に浮かべて、狂気的な笑みを貼りつかせて、言う。
あの青さに、
あの強さに、より近付きたい。
一騎当千の強さ、一国一陣を相手取ろうとも衰えぬ、あの強さに。
そんな願いを込めて、ダイダラはエスデスに忠誠を誓い、戦場を砕く。


「――来いよ、ここなら人も倒れてねえし、やりやすいだろ?」

「はん。傑作だな……殺しはRPGでも何でもねえっつの」


 呆れたように西洋剣を戦場に投げ捨てる。
ダイダラから見れば、それは戦意を失ったか、自棄になったか。
いずれにせよ、戦いを放棄したようにも捉えられたのだろう。


「……?どうした?戦わないのか……?」


 首を傾げて呆然とした様子のダイダラに、
人識は最初から持っていたサバイバルナイフを差し向けて、


「あんなもん要らねぇよ」


 これだけで十分だ。
まるでそう言いたげに自信たっぷりに言う人識。
西洋剣とはまるで比べ物にならない、殺傷能力の位が段違いのサバイバルナイフで挑むと。



 差し向けられたサバイバルナイフは帝具と渡り合う程の凶器にはとてもでは無いが見えない。
帝具『ベルヴァーク』との凶器としてのレヴェルは天と地ほどの差が明確にある。
絶対の差が、そこにはある。

 確実に存在する――のだが、そんなものは無いとでも言いたげな人識の視線が、
眼差しが、ダイダラの心を揺さぶっていた。
揺さぶる――というよりも、躍らせている。

 心躍るような感覚。
陽気では無いが、楽しく。
自身の生命を脅かしかねない程の強敵であり、狂気。
自身の生命活動を停止させんとする凶器に――心が躍る。


「いいなぁ――それ!その殺意!その狂気!!」


 すっげえぶっ壊し甲斐がある――

 飛び上がったダイダラの攻撃は、大斧を振り下ろすという単純な攻撃だった。
だが、その威力は単純であるが故に強く、人識の居た位置。
船上を抉り、甲板を突き破る。



 大斧とナイフ、その武器としての性能からして受け止める事は不可能だ、
下手をしなくとも刀身が折れてしまうし、
武器としてもだがそれ以上に命を落とす可能性の方が余程大きい。

 帝具『スクリーム』の音によって無理矢理落とされたパラメーターでなんとか回避する。
しかし予想以上に制限が効いているのか、それとも曲識から教わった対処法が効かなかったのか、
違和感のある飛び方で――むしろ見方を変えれば吹き飛んだだけのように見える避け方で何とか避ける。
破片が飛び散り、鋭利な木片は周囲の人間に被害を齎す。
しかしそんな事に構う事は無く、二人の戦闘は続く。


「はっはは!!流石に動くじゃねえか!こりゃあ経験値も期待できそうだなあ!」

「かはは。レヴェルを上げて物理で殴れってか、
 嫌いじゃないぜ!そういうの!――現実じゃあなけりゃな!!」

「値じゃ表示されねえが、どっちにしてもお前から搾り取れる『経験』が多けりゃあ俺はそれでいいんだよ!――次は!こういうのはどうだ!?」


 両刀の刃――それを中央から割る様にして二分割にし、
片手斧のように扱い、襲い掛かる!

 二挺大斧の由来ともなっている、帝具ベルヴァークの真の姿――!



「かはは。玩具として売る時にゃぴったりの変形武器だな」

「威力はそんじょそこらのメーカーじゃ再現できねえだろうぜ!」

「傑作だぜ。どうせ漫画で『ストラップ付き』とか言っておまけ扱いされるのがオチだっつーの!」


 重量的に大振りの攻撃になってしまうが、二挺になった事で避けるだけの防御姿勢を取るしか無く、
攻撃に転ずる事が出来ない。
ナイフを差し込む暇が無い。


(これは――厄介だな……完全に全盛期のステイタスから全体的に下がってやがる……)


 恐らくは、今現在の実年齢程の殺戮能力程度しか人識には残っていない。
いや、それすらも不確かなものである。


(要するに……どうやっても完全に不利な状態だな、しかも他の帝具持ちが船内に居るって考えるとかなり厳しい)


 そこは船内に潜むブラートがどうにかしてくれているのかもしれないが、
それも人識自身のスタミナ切れの時間問題になって来るだろうと考えると、窮地と言って過言では無い。
そして、場面は一気に展開する。



「それなら、コイツはどうだ――オラァア!!」


 言って――投げた。
二挺大斧の一つを、何の迷いも無く人識の元へと投げ飛ばす。

 武器を投げると言う事は確かに無い事では無い。
実際に人識も手に収まるサイズの投擲用のナイフやハンティングナイフを投げる事はよくある。
だが、言ってしまえばダイダラの取った攻撃は零崎軋識――通称シームレスバイアス――の、
唯一としか言えない武器、愚神礼賛を相手に向かって放るのと同じである。

 二挺あろうともそれは二つで一つの武器と言えるのだから――


(あの兄貴のように得物を放棄する事によってより強くなるタイプじゃねえよな――
 そもそもこの世界じゃどうも『帝具』は絶対の強さを持っているらしいし、
 わざわざそれを手放すか?いや、それはありえねえ。だとすると――)


 それは秘策があると云う事である。
絶対の確信を持って敵を殺す必殺必中の攻撃を仕掛けたとしか、考えられない。
考えを深める最中も斧は迫る。
先に身を伏せ、片割れの攻撃を回避して――


「――なぁ!?」


 戻って――来た。
まるでブーメランの如く、綺麗な弧を描きつつ、
回転しながらベルヴァークの片割れはダイダラの元へ――そこに挟まれている人識の元へと帰って来る。


「なんっつぅ力技だよ……!!」


 驚愕を表しながらも更に回転を続ける斧からなんとか身を逃れたが、
しかし勢いの衰える様子の無いベルヴァークはまたも半円を描いて人識を追跡するように回転を続ける。


「黄金の回転か何かかよ……!」




 帝具――二挺大斧『ベルヴァーク』は斧の帝具である。
その重さ故、並外れた膂力を持つ者にしか扱えない分凄まじい破壊力を持つ。
普段は一つの大きな両刀の大斧であるが、
名が表わす様に中心から二挺の斧に分離する事が出来、その勢いが続く限り延々と敵を追跡し、絶命を齎す。
つまり――一撃必殺であり、絶体必中の攻撃だった。



 



 二度、三度、再三避けようともその回転が終わりを見せる事は無い。
どころか、衰える様子も無い。
ダイダラの恵まれた体格と、その血が滲み、血を噴出させるような『経験値』がその終わりの無い追跡を可能にしているのだ。


(だけれども――物事には必ず終わりが来る。黄金の回転じゃねえんだから、何時か終わる筈……!)


 理屈としてもあくまでも比喩的表現なのだから、終わらない回転は無い。
無論、この追跡にもその理屈は当てはまる。
しかし、


(だがしかし、その前に俺のスタミナが切れる方が早いか――)


 現在のステイタスでは、その終わりを最後まで見届ける事は出来ないだろう。
それ程までに、人識と笛の帝具スクリームの相性は悪かった。
――否、そう言ってしまえば、ベルヴァークとスクリームの相性は抜群であり、
掛け合わせれば、敵自身がスクリームへの耐性が出来ていない限り、
絶対と言って過言では無い程に、必中を誇る!



「――たぁくっ!傑作すぎんだろこの野郎!!」


 そして、あろう事か、人識は迫る刃に向き直った。
避けようともせず、真正面に仁王立ちして構える。


「――――!!」


 今迄にこの形態を取ってベルヴァークをダイダラ自身に当てんと真っ向から向ってくる事は有った。
――というよりも、この形態から逃れた者が居ないのでそれすらも少数派ではあったが――
しかし、真正面から向き直る事は一度たりともない。
わざわざ自分からギロチンに首を跳ねられようとするような、そんな行為をした者はいない。
だが、だが、そんな狂った思考をしたようには到底思えない。
矛盾が生じる。


(コイツ――何をするつもりだ)


 何か――何か、策があるとでも言うのか?
戸惑いつつも今までの必勝の形態を取る。
必殺の構えを取り。



 既に人識の両手に武器は無い。
先程からの逃避の連続で最早意味を持たなくなったナイフは何処かに投げ捨てた。
そして両手を突き出す形でベルヴァークの片割れと真っ向正面から相対する。
全神経を集中させて、これまでに無い程に感覚を研ぎ澄ます。

 ――殺意を、感じ取る。
零崎としての、殺し名としての、暴力の世界の住民としての、感覚。
刃の形。
そして――柄。


「うぉぉぉぉおおおおおおおらぁぁぁあああああああ!!」


 ――掴んだ。
人類最速の反射神経。
形ある殺意の裏を取る。


「は、ぁ、――!?」


 回転する斧の柄をしっかりと握った――ので、ある。
そのまま回転を止める事無く、むしろ自分を軸にして大きく弧を描き、
勢いを殺して甲板に叩き付ける。

 扱えなくとも、触れない訳では無い。
斧を掴めない訳でも、ない。
が、
その発想は既に異常の域を超えている。
その想像は既に常識の枠を超えている。


「…………」


「かはは。人間やりゃあ出来ねえこたねえな、死ぬ気でやれば何でも出来るってか……」


 傑作だぜ。
それで死んでしまえば元も子も無い。
ただの自殺志願者である。
勿論、出来ないと分かった時点で身を引く事は無理でもないだろうが、
その回避方法は明らかに正常では無かった。
正規のルートでは無かった。



 当然と言えば当然だが、それで無傷で済む筈も無く、
多少なりとも人識の身体にダメージは残っているようではあるが。


「ぐ、おお!」


 その異様な光景に一瞬怯むものの、
今迄の『経験値』からか、ダイダラは前へ進む。

 威力は落ちるが、それでもなお帝具の破壊力は凄まじいものがある、
両手で力を込めて振り抜く、
重量の変化が大きいのか、威力は落ちるが先程とは比べ物にならないスピードで、
戦場の甲板を大きな音を立てて破壊していく。

 しかし、どんなに『経験値』があろうとも、いくら攻撃しようとも当たらない。
破壊されるのは上甲板だけだ。
甲板の破片が掠りはするものの、突き刺さる気配も、斧が当たる様子など全く無い。



「かははっ!んん?どうしちまったんだよ、勢い無くなっちまってんぜ?」


 さてと、
一息入れて、何処からか、何時からか、取り出したダガーナイフをさらりと差し向ける。


「こりゃあ、アレだな、知られちまったからには、ってぇ奴なのか?
 ん?殺されそうになってんのは俺なんだし、むしろ正当防衛、か?それにしちゃ過剰だけれども、
 ――まあ別にどっちでもいいけどよ。さてさて、そんじゃ――殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」


 自信満々に、宣言する。


「は――ははぁっ!!やっぱりだ!俺の見込み通りこいつぁ!経験値溜めこんでやがった!!」


 それでもなお、より狂気的な笑みを貼りつかせて大斧を振り上げるが、
しかし、それが降ろされる事は無かった。


「じゃあよ、先に神父の元にでも行っといてくれや、『おお、しんでしまうとはなさけない』ってよ――」


 ダガーナイフが腹部を抉る。
鳩尾のすぐ左。どうしようもなく内臓を決定的に抉っている。


「くぁ……?ぐ、う?」


 そして即座に切り裂く。
肋骨なんて御構い無く、右の肺に掛けて刃を進める。
肩から切っ先が飛び出た瞬間――しかしその瞬間にも遅かったが――人識の死角から、二匹の獣が飛び出す。



 三獣士が一角――リヴァ。
 三獣士が一角――ニャウ。

 既に欠けてしまった一匹の猛獣の仇を取らんと、ただ只管に敵に向けて刃を振り下ろし、
そして聴く。
何か――電流の様な、電気が奔るような音。
人識にとって、それは少し前に聴いている音。
それを人識が覚えているかは定かではないが――
聴いていても、いなかったとして、それは余り関係の無い事なのかもしれない。


 何故ならば、『それ』は直ぐに姿を現したからだ。


 白銀の鎧。


 悪鬼纏身――『インクルシオ』。
その拳が二匹の獣に突き刺さらんとする瞬間を、確かに。

割とこれがやりたかっただけってのはある、500突破、イェー

すみません、中々書ける時間も無く、これからも取れるかどうか、微妙な所です
内容も序盤と比べて段々と薄くなっていると感じてしまい……、簡単に言ってしまって、3巻終了で立て直したいと考えています
大筋は変わらないのですが、出来る限り面白く書いて終わらせたいので、立て直しをしようと思います
きちんと終わりまで書きます



 帝具――悪鬼纏身『インクルシオ』鎧の帝具。
凶暴で稀有な危険種を素材として作られた鉄壁を誇る帝具。
遣い手の呼び出しに応答して自動的に絶対の力を持つ鎧が飛び出し、遣い手に纏う。
奥の手として自らの姿を透明化させる力もあるが、基本的な力は別にある。
それは一目瞭然にして、とても分かりやすい、基礎的な力。
その力は単純にして強力、纏った物の能力を増幅させ、敵を打ち砕く――



「――成程な、それがお前の力って事か……レオーネやナジェンダが呆れてるのも分かるぜ……」


 『インクルシオ』の変身を解き、髪形を整えながらゆっくりと人識の元へ近寄ってくる人物――ブラートは半分呆れながら、
その半分、感心したように言葉を漏らす。

 ――一瞬の出来事だった。
正しく、刹那の速さで戦闘は終わった。
突然、まるで瞬間移動でもしたかのように人識の眼の前、
二匹の獣の眼の前に現れた『インクルシオ』――ブラートはリヴァとニャウの双頭の攻撃を受け切る。
受けて、受け流して、拳を叩きこむ。

 インクルシオの強化された腕で小柄なニャウに対して振り抜き、来た方向へと吹き飛ばし、
次に、振り抜いた拳をリヴァに向かって振り被る。
実に単純な、作業の様な一瞬だった。
不意打ちだったとはいえ、僅か一刹那で、ブラートは獣達を撃退した――



「フッ、どうしたよ。俺の強さに惚れちまったか……?」

「かはは。そりゃありえねぇっつの……、いんやよ、しかしつえぇもんだなって思っただけさ」

「おう!これでも兵士時代は『百人斬りのブラート』と恐れ戦かれたもんだぜ?」


 インクルシオの下に着ていた緑青の鎧をどんと叩きながら懐かしむ様に自慢げに話した、
――その時だった。


「――正確には、百二十八人、斬ったな」


 ――あの時は特殊工作員を相手に大活躍だった、懐かしいものだ。


「……!?」


 黒服についた埃を払いながら、三獣士――元将軍であり、ブラートの上司であった――リヴァはこちらに向かってくる。
淡々とした歩調で、踏みしめる様に、困惑も当惑も無く。
そこには敵意だけが存在していた。


「その強さ、その帝具、やはりお前だったか――ブラート」

「…………リヴァ、将軍」

「……もう将軍ではないさ、エスデス様に救われてからは、あの方の忠実なる僕だ」


 少しの受け答えの後、甲板には静寂が訪れる。
躊躇って――いる。
元、とは言え自らの上官に刃を向ける事を、兵としての自分が許そうとしていない。
と、その静寂を打ち破ったのは人識だった。


「かはは、んだこりゃ、因縁の対決って奴かぁ?お邪魔虫はさっさと退散した方が良さそうだな」

「……ああ、そうだな。それにお前、肩脱臼してるだろ、さっさと下がって、俺の戦い方を眼に焼き付けときな」

「……へーへー、わぁったよ」


 言い当てられて面白くなさそうな態度で返事をして、手放したナイフを取りに後退していく。
その様子を見届けて、ブラートは溜息を吐いた。



「……どうした?帝具を使わないのか?ブラート」

「そんな御労しい老兵には、必要か怪しいな」

「フッ、言うなブラート……こちらにも帝具はある。『帝具遣い同士の戦』と、行こうじゃあないか」

「…………」


 純白の手袋を外して手の甲を――いや、その指に嵌められている、
龍を模した指輪を翳す。
反射でなく、淡い光を放つそれが翳されたと同時に、甲板に積まれた大樽が爆発したかのように破壊され――
否、その中身が自らの意志で――リヴァの意志で操られ、大樽を破壊して船上に飛び出す。

 帝具の、能力。


「……もし、味方なら、ここで再開を祝して酒でも振る舞ってたろうが」

「……これも運命だ」

「――ああ」


 一息、深く深呼吸をする。
そして――



「――――インクルシオォォォォオオォォォォォォォオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ」


 天高く掲げた掌を大地に叩き付け――力の限り叫ぶ。
咆哮に応える様に、その雄叫びに導かれるように背後に現れた白き猛獣がその體を鎧と成し、
ブラートの全身を白銀の戦士へと換えていく!
インクルシオ専用、長槍の副武装『ノインテーター』を構える!


「敵として現れたなら、斬るのみ!任務は完遂する!!」

「こちらの台詞だな、エスデス様の申し入れは必ず、絶対に達する。この主より授かった帝具でな!」


 先程と同じように、リヴァの指輪が淡く光り――甲板に溢れ出ていた水が天を突く様に駆け上がる。
言うなれば幾つもの水の柱が天を突き、ブラートに邀撃する!


「水遣いか!氷遣いの部下らしい帝具だな!」

(――不味い、避けるのは簡単だが、衝撃を船に与える訳にはいかねえ!)

「ああ、お前達と戦う戦場がここである事が幸運だ!」



 ――長槍で一つ一つを打ち払いつつも、災害の程度を考えればブラートの取った行動は最善だと言えよう。
今現在、ニャウの笛の帝具の効果で船上には生ける屍が多数いる。
避ければ被害が及ぶ、運が悪ければ良識派の文官が死ぬ恐れがある――

 いや、確実にリヴァはそれを狙ってくる事だろう。
手段を選ばなくなった時の、上官の恐ろしさを彼は知っている。
部下であったブラートは、それを良く知っていた。


「――何を言う、ブラート。私は水を精製出来ん。
 有を只操るだけの無力な私と、無から有を精製し操るエスデス様を!同格にはするなよ畏れ多い!!
 ――水塊弾!!」


 より大きな水を弾丸のように放つ。
錐揉みの回転が掛かった水は寸分違わずにブラートの元へと放水されていく。
圧倒的な水圧、海上、船上というプレイスが帝具戦の天秤を片方に傾けつつあった。


「しゃらぁくせぇえ!!」


 ノインテーターを盾のように回転させて微量ながらも受け止めていくが、
言いながらも、反撃に打って出る事が出来ない。


「……ニャウの『音』が効いている筈だがな」

「ハッ!そんなもんで俺の熱い血を止められるかってんだよ!!」

(……成程、既に対処済み、ということか。だが、そんな状況で次の演奏に対応できるか……?)


 防戦一方の中で、ブラートの背後、物陰に隠れて密かにリヴァを援護する影がある。
演奏する影があった。



(いたた……何アイツ、エスデス様の次くらいに強いよ……、
 でも、海の上ならリヴァの方に分があるよね、僕も援護しなきゃ――)


 ニャウが自身の帝具『スクリーム』を取り出し、演奏しようとしたところで、
がうぃん。
と、ゆっくり音がして、火花が散った。
彼が目を閉じなかったのはただ単純に余りにも速いそのスピードに反応しきれなかっただけだ。
そして彼が九死に一生をもぎ取れたのは、人識が脱臼をしていたからに過ぎない。
或は、人識が帝具の頑丈さに気を配らなかっただけなのかもしれないが、


「――う!ああっ!!」


 叫んで、一気に距離を離す。


(な、なぁ、何、コイツ……!どっから出て来た!?い、いや、速――)

「――傑作だぜ。仕留めそこねちった。……ああ、
 どうもアイツら男と男勝負ってぇヤツらしーぜ?あんま無粋なこたぁしない方が良いぜっつってな。
 かはは。――さて、そんじゃこちらも、殺して解して並べて揃えて、晒すとすっかね」

「……はは、何言っちゃってんの。お前なんかさっさと倒せちゃえるに決まってるじゃん。
 ……結構久々に本気出しちゃうよ、僕……」



 帝具、軍楽夢想『スクリーム』
奥の手【鬼人招来】

 ――自らに演奏の強化を何重にも重ねる事で潜在能力の更に先を超えた力を手にする。
音の性質上、持って数時間だが強化の方向性で多くの力が使えるとされている。

 しかし、その多岐に渡る選択の中でニャウが選んだ物は純粋な速さと強さだった。
自身の反応速度と腕力、脚力にドーピングを施した。
鉄と鉄がぶつかり合う音。
重苦しく機械的で、単調な鉄同士の打ち合う音が聞こえている。
人識は左肩を庇うようにして、ニャウは両腕で思い切り、
まるで得物を潰す事を目論んでいるようにスクリームにてサバイバルナイフを打ち続けていた。


「かはは。にしても分かんねーもんだぜ、自由な人生どーしてそこまで他人に支配されたがるんだ?
 俺は自慢じゃあねえが二つくれぇ下のどうしようもない『妹』の面倒を見た事があるが、
 ああもストレスの溜まる人生期間は無かったぜ。ああ、瞬間的な場面でいやぁもっと上はあるがよ」

「そんな妹なんかと一緒にしないでよね!僕にとってのエスデス様はもっと高尚な存在なんだよ!」


 琴線に触れたのか、捲し立てるようにニャウは早口に次々と言葉を並べ立てる。
どうやら面倒な逆鱗を触れてしまったらしいと思った時には既に遅い。
そんな中でも勿論剣戟は続く――
捲し立てた次の瞬間、鮮血が飛ぶ。
ボロボロになったナイフを諦め、ニャウに向けて投擲して――


「ぐぅ!」


 突き刺さらず、皮一枚程度を切るだけだった。


「はぁー、至極傑作だぜ……あん?どうしたんだよ、さっさと倒せちゃえるんじゃあなかったのか?」

「コイツ……!」






「――おらぁぁああああああ!!!」


 水塊弾を弾き飛ばし、この戦闘内で初めてブラートは反撃に出る。
――咄嗟に操れる水も無い、あるとすれば水蒸気や空気中の水分程度の物だろうが、
水を精製する事が不可能だと言った手前でその不安要素は皆無に等しい物だろう。


「がふっ……!」


 そして事実、その反撃を受け止めこそ、防がんとすれども、
その直後に水を操ろうとする動作も様子も無かった。
精々出来たのは残った水を使って小楯程のクッションを作る程度で、
圧縮度合いの所為か、それともただ斬り処が悪かったのか、
海上に吹き飛ばされる程の反撃に終わった。

 が。
だが、反撃に至るまではブラートの判断を称賛すべきものではあるものの、
その『方向』が何としても、駄目だった。
してはならない事を――ブラートはしたのだった。
海上に吹き飛ばすと言う事は――水面上に吹き飛ばすのと同じ事で、
水面上に吹き飛ばすと言う事は――水に触れさせるのと同じ事、なのだ。


――帝具、水龍憑依『ブラックマリン』。
――水棲危険種が水を操作するための器官を素材としており、
――装着者は帝具を使用している最中、触れた事のある液体全てを自在に操る事が出来る。

 これは――水遣いに、無限にも取れる水を与えたのに等しい。


「……本当に、本当にお前との戦場がこの会場で良かったと思っている」


 そんな事を、リヴァは言う。
大量の海水を操りながら、蛇に見立てた超高圧の水の塊を精製しながら、


「ここでなら、私はお前に最大の馳走を――最高の必殺の技を、全て与える事が出来るだろう……!」


 それは戦士としての、兵士としての、
エスデスの配下となる以前の『将軍』としての――最も信頼した部下に対する最大の敬意だった。



「超高圧の水圧で潰れろブラート!!――深淵の蛇!!」


 それは最早ただの水では無かった。
圧縮に圧縮を重ねた超高密度の『深淵の蛇』。
その破壊力は糸も容易く竜船を打壊す程の破壊を可能とする、まさに必殺の技に相応しい能力――!
そして、その必殺に対しブラートが取った行動は――


「上等だ!!うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 真正面から蛇を破壊する事だった!
巨大な長槍を力任せに振り回し、独特な体躯を使ったスイングで、
滅茶苦茶に、しかし確実に解々に、迷い無く蛇を水飛沫へと、水滴へと水蒸気へと、解体させていく!

 必殺の一撃。
解体された『蛇』は何でも無いただの強めの雨として、竜船に降り注ぐ。
水塊弾や蛇のそれとは並ぶに値しないレヴェルで、降り注いでいくそれの何処にも脅威は無かった。


「やはり――お前は思った通りの男だった。必ず蛇を潰すと信じていたよ……。
 だがッ!!その甘さが命取りになると、何故分からない!!――濁流槍!!」


 ほんの一瞬の刹那の時間。
空中に滞空するほんの僅かな時間。
リヴァはその僅かな時間を作り上げ――そして、突いた。
インクルシオが体勢を立て直す暇も与えず、ノインテーターを振るう間すら無く。
八本の濁流が、ブラートに氾濫する!



「ま――間にあえ」


 鉄壁の、絶対的な鎧を持つインクルシオ。
しかし、絶対的な鎧があれども、そこでダメージを受けない訳では無いのだ。
万物からのダメージを軽減しても、カヴァーしきれないほどの圧倒的な攻撃には、
インクルシオはどうしようにも強いとは言えない。

 使用者の強さに比例し、その鼓舞に比例しても、限界がある。
高揚に、怒りに、鎧は力を増す。
だが――それは無限では無い。
例え最大値は無くとも、限度額があり、限界があった。
そして今正に、その『限度』がブラートに、インクルシオに、襲い掛からんとしていたのだ。



「――――ッ!!」


 ブラートが振り向くとほぼ同時に、八本の濁流は鎧を貫いた。
それぞれが勢いを殺さずに、一本の強大な『槍』として、
さらに『空中』へと、ブラートを"押し上げた"のだ。
鎧に罅が奔る。
仮面が半分ほど、へし折れたように壊れた。
内部にまで、骨折が無い事だけが救いで、風前の灯火。
言うならば、水前の灯火とでも揶揄した方がよっぽどに『らしい』か。
だが、それでも。


「――俺は」


 それでも、


「水掛けられたくらいで――俺の情熱は消えねえ!!」


 それでも、ブラートは己を鼓舞する。

 インクルシオの性能を引き上げ、がむしゃらに勝利を求める。
それがブラートであり、忠義の行き所が違えども、
久しく、リヴァはそんな彼を見ている気分になった。
昔から知る、信頼のおける部下。
ナイトレイドに所属しようとも、その魂を曲げる事は無い。
だからこそ――これで葬れる。



「――ああ」


 力が巡回するのが手に取るように分かる。
恐らくは――十分程度。


「アレだけでは、まだお前を倒すには値しない」


 分かっているつもりだ。
そう言って、多少グラつきながらも、ゆらりとリヴァは立ち上がる。
その表情には、焦りがあるも、何処か達観したような、そんな顔だった。
――まるでこれから死にゆく人間の様な、安らかにも見える、表情だった。


「お前とは、数えるのも馬鹿馬鹿しい程の戦場を共にしてきた。
 その強さも、勇猛さも、私が一番良く知っている」


 だからこそ、


「だからこそ!私の最大最強の奥義を馳走してやる!!」


 これまで以上に、ブラックマリンの輝きが強まる。
それは紛れも無く、リヴァの次に繰り出す技の格を表していた。

 一撃必殺――処では無い。
絶対的な死を予感させる程の、明らかな殺意。

 深淵の蛇――否、龍。
ブラートを襲った『深淵の蛇』と同等か、それ以上のスケールが十体。
獲物を見つけた飢餓状態の獣のように、ブラートを見つめている。
制御しきれないのか、リヴァの身体から血が流れ、
その『馳走』の絶対さを、顕していた。



「――水龍天征!!!」



 力の限り叫び、拳を天に振り切る。
その最低限の動作で龍の鎖は放たれ、龍は牙を剥く。
各々が統率された動きでブラートを包み込むような形で、開口する。
牙に、刃に――水に呑まれ、
しかしながらその表現では全く足りない、何故なら『それ』は、
その技は全く持って水の力を凌駕しきっていた。
全く別次元のレヴェルで、昇華されていた。
水ではなく、刃に、破壊そのものに飲まれて――


「う――お、おおぉ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ブラートの戦意までもを、呑み込んだ。






「かはは。随分と傑作な技じゃねーか、あん?」


 片腕が脱臼しているのにも拘らず、そんな風にマイペースに人識は問う。
全く消耗しているようには見えない。
――いや、見えないだけで、その奥底ではどうともいえない何かが削れているのだろうが、
しかし、一切としてその風体を表さないのはやはり鬼子と言えるだろう。


「……お前、何なんだよ……!」


 苛立ちを感じた様に、ニャウが言う。
既に黒のスーツは原形を留めていない程にあちこちが破れていて、
その中には白の柔肌に擦過傷も見えている。
満身創痍ではないにせよ、最高のコンディションとは全く言えず、
そして既に闘いのスタンスとしてもその服同様にボロボロだった。
骨も折れているが、心も同じく、折れてしまっている。


「あ、俺は零崎っつーんだよ、知らなかったか」


 あり?俺名乗って無かったっけか?

 薄笑いを浮かべながら人識はおどけてみせる。
ニャウの鳴らした音色の一つさえ、まるで効いていないように。
別次元に存在する、一線を別つ向こう側を見ている様にさえ錯覚してしまう。


「知らないね!……聞いたことも無いぞ……くっそぅ、こんな攻撃……エスデス様の遊びに比べたら!」


 そうは思えど、考えはすれども、擦れ違う恐怖心に、第六感が逃げろと囁く。
その声はまるで天使の声に聞こえた。



「ハッ、何だよなんだ。どうして皆死にたがるかね。俺にはサッパリ分かんねえわ。
 殺人鬼の俺が言うのもなんだが、生き急いで死に急いで。何そんな慌ててんだよ、アレか?
 お前等弩級のマゾヒストか?あの戯言遣いもそうだったがよ。アレとはぜんっぜん方向性がちげえわ」

「なに、言ってんの……」

「こっちの台詞だっつの、何言ってんだ?何やってんだよ。
 自分で自分の人生縛って、道を決められたまんま進んで、楽しいかよんなもん。
 いんや、はっきり言わせてもらうがそんな人生反吐が出るわ、
 たとえ三十五億貰ってもやらねぇ――ん、人生決められてたら三十五億貰っても意味ねえじゃねーか。かはは」


 ま、なんだっつうなら、アレだよ。
人識は続ける。


「今逃げても俺ァ追いはしねーぜ?こう見えても俺は優しい優しい殺人鬼でな、
 この間もカワイソーだからって心優しく老人を殺さずに生かしたもんさ、老い先短いからよ。
 そこんところで言うとお前は長生きしそうだし、俺にも回り回って善意点がぐるりと帰って来るじゃん?
 良い事したい気分なんだよ。今」


 無垢な笑みを大きく浮かべる。
嘘では無かったし、今見逃しても良いとさえ、人識は思っていた。
"零崎"であっても、今はただの零崎人識だ。
ナイトレイドに所属しているとはいえ、任務はあくまでも護衛であったし、
人識の興味は後ろの水蛇に移っていたし、どうせ逃げた所でこの竜船の中ではすぐにブラートが見つけ出す事だろう。
どの道にしてもニャウが死ぬことは確定事項の様で、だから老い先短い運命を彼に過ごして貰うのも悪くない。
と、何処かの音楽家が言いそうな台詞で締めくくった所で、ニャウの表情は一変した。


「そんな事が出来るか――!」


 大きく振り上げたリコーダーをニャウは大振りで人識に向けた。
そんな勇ましく、果敢な台詞でもってして、
短かった一人の少年の命は尽きた。



「あーあ、傑作だぜ」


 

悲録伝の最後で何故か悲鳴伝のラストを思い出しました、何でだろう
空々くんは幸せになってほしい

建て直しますのでもう少し待ってほしいです、半分は書き直してますのでもう少し……

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom