護「屍者の聲を記す時」 (15)

読まないでください。

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「はぁ…… はぁ……」 ダッダッダッダッダッ

 女が走る。
 夜の街を。
 街灯も無く人通りも無い、暗い夜道をひたすら走る。

「はぁっ……はぁ……っ!」 ダッダッダッダッ

  ズリリリ…

「ッ!?」

 金属を引きずる音。
 驚いた女は、足がもつらせ転倒してしまった。

  ズザッ ドザザザ…

「ッあいたたた……」

   ズリ

「ひッ!?」 ビクッ

 ズリ  ズリ ズリ

「ぁ、あ、ああぁぁ……」

 ズリズリズリズリズリズリズリズリ

「ああぁああああああぁぁあ……」

  ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ 
 ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ ズ リ 

「い゙や゙あ゙あぁぁ゙あ゙あぁあ゙あ゙ぁああ゙あぁああァァアアァ!!!!」

───

女子A「ノコギリ男?」

女子B「そう、また出たんだって」

女子A「やだー怖いー」
 

 
女子B「ね、今度はOLが殺されたんだって」

女子A「えっ! また女の人?」

女子B「うん、ノコギリで全身メッタ切りだってさ。 今朝のニュースで見たんだけど、生きながら切られた所もあったんだって~」

女子A「ひ~ や~だ~ 怖い~~」

女子B「それにね、また美人な女の人だったんだって」

女子A「え、やっぱりノコギリ男は美人しか狙わない、って噂、本当だったんだ」

女子B「うん、会社のアイドルみたいな存在だったのに~、ってインタビューでやってた」

女子A「ひえー、アイドル狙いってこと?」

女子B「うん、で、目撃者によると坊主の男なんだってー、怖いよね」

女子A「うー、朝から怖いなぁ あたしも気を付けなきゃ」

女子B「あんたは大丈夫でしょ」

女子A「どういう意味よー!」

 ガララッ

教師「はいはい、おしゃべりは止めて席に着きなさい」 パンパン

女子A「あっ、先生来た」 ヒソ…

女子B「先生、相変わらず美人だなぁ」 ヒソヒソ

女子A「もし次狙われるなら、先生かもね」 ヒソヒソ

教師「それでは朝礼を始めます。 全員起立」

  ガタガタ… ガタッガタッ

教師「……?」

護「……」 ボー

男子A「おい護! 起立だぞ!」

護「えっ、あ……」 ガタタ
 

 
男子B「ほら、護は耳が遠いから」

男子C「いっつもボーッとしてんだもんなー」  

  ハハハハ キャハハハ

教師「こ、こら! 皆静かに!」

教師「えーと、今日は、皆にお知らせがあります」

 「お知らせ?」 「何だろう」 「まさか」

教師「今日から、このクラスの仲間が一人増えます!」

 「転校生?」 「マジ!?」 「やった!」 
  「女子か!?」 「イケメンだといいなー」

教師「じゃ、入って!」

 ガラララ…

「……」

 ザワザワ 「女の子だ!」 「やった! 女子だ!」 「胸おっきー」 ザワザワ

護「……」

護(何だか不思議な感じの子だな……)
 

 
教師「それじゃあ、自己紹介お願いできる?」

 「……はい」

 「……小保方雨子です」


小保方「よろしく」

 ……ヒソヒソ

 「大人しい系の子かな?」 「暗そう」 
  「転校も何か理由があったりして」 ヒソヒソ

護「……」

教師「ハイ、というわけで、今日から皆さんのお友達です! 皆さん仲良くしてくださいね」

  …パチ、パチパチ  パチパチパチ…

教師「えーと……席は……」 キョロキョロ

教師「じゃあ、あそこの空いてる所に」

護「!」

護(僕の隣じゃないか……)

雨子「……はい」

  トコトコ

   ガタ ストン

雨子「……よろしく」

護「あ、う、うん よろしく……」

雨子「教科書」

護「へ?」

雨子「教科書、こっちのまだ持ってないから。 見せて」

護「あ、そ、そっか うん、分かった」

雨子「……名前」

護「え?」

雨子「君の、名前は?」

護「………マモル」

護「佐村河内 護」

───

教師「はい、それじゃあ今日はこれで終わりです。 皆さん気を付けて帰ってください」

  ガタガタ 「よーし、終わった終わった」 「部活行こーぜ」 ワイワイ

護「ふぅ……」 ガタ

雨子「……帰るの?」
 

 
護「あ、ううん 部活行こうかなー、と……」

雨子「部活?」

護「うん、新聞部なんだ」

雨子「新聞部……」

護「といっても、部員は僕一人なんだけどね」 ポリポリ

護「それじゃ、また明日ね」

雨子「……」

───

 部室

護「えーと、新ネタ新ネター」 バサバサ

護「……どこの新聞もノコギリ男の記事ばっかりだな」

護「まあしょうがないか……2014年のご時世に『ノコギリ通り魔』だもんな」

護「まるで切り裂きジャックの再来だ」 パラパラ

 コンコン

護「? はい」

 ガチャ

教師「……ちょっといい?」

護「はい、何でしょう」

教師「実は……授業の資料を移動させたいんだけど、一人で出来る量じゃなくって……」

教師「手伝ってくれないかしら……?」

護「ええ、はい。 いいですよ」 ガタ
 

 
───

護「ひゃあ、凄いダンボールの量ですね」

教師「ごめんね……急にこんなこと頼んじゃって」

護「いえいえ。 よーし、やっちゃいましょう!」

 ……

  ……

護「やっと終わった……」

教師「ふぅ、ありがとう。 本当に助かったわ」

護「いえいえ。 うわ、もうこんな時間」

教師「外ももう真っ暗ね……。 ねえ、良かったら」

護「え?」


護「ありがとうございます。 なんか悪いです、ジュースおごってもらっちゃって」

教師「いいのよ。 むしろ助かったのはこっち」

護「……」 ゴクゴク

護(……美人な先生と二人っきりだと何かドキドキしちゃうな……) ゴクゴク

教師「……護くん」

護「ゲホッ は、はい」

教師「確か、家の方向って駅の方よね?」

護「はい」

教師「送っていくわ。 私も同じ方向だし」

護「え、でも何か悪いですよ」

教師「……私が一人で帰るの怖いのよ……言わせないでよ」

護「あ、す、すいません」


護「……」 テクテク

教師「……」 テクテク

護(えーと、沈黙が気まずいな……)

護(何か話題、話題……)

教師「あら、ここ……」

護「え」

 護が教師の方を見ると、何かを悲しげな顔で見下ろしている。
 それは道端に置かれた花束。

護「花束……」

教師「ここよね。 事件があった場所って」

護「事件……」

 護は部室で読んだ新聞記事を思い出す。
 そうだ、確か一番新しい事件── OLが殺された現場は、この辺りだったはず。
 

 
教師「酷いことするわよね…… 女性ばっかり狙うなんて」

護「ええ」

 『アイドルを狙うノコギリ男』。
 B級ホラー映画のキャッチコピーのようだが、現実に起こっている犯罪事件なのだ。
 しかも、この場、この時間帯に……。

教師「護くん」

護「ひゃっ」

 思わず肩が跳ねる。

教師「行きましょう。 怖いわ」

護「はい」

 確かに、狙われているのが女性。 しかも美人ばかりとくれば、先生だって十分ターゲットに成り得る。
 怖がるのも無理はない。

 護は足早に教師を追いかけようとした。

《 マッテ 》

護「? 先生?」

教師「? 何?」

 キョトンとした顔で振り返る教師。

護「え? 今何か言いませんでした?」

教師「え? 何も?」

護「そうですか……」

護(気のせいかな?)
 

 
護「……」 テクテク

《 マ ッ テ 》

 ゾクリ。

 背中に冷たいものが走る。

護「……」 ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ

 心臓が早鐘のように打ち付ける。
 聞こえた。 確かに。
 ザラ付くような、それでいて悲痛な声……

《 マ゙ッテェ゙ェ゙ェェ゙ェ 》

 直感で理解する。
 この声は……この世ならざる者の声。

  ガシッ

護「ヒッ!?」

 何かに足を掴まれる。
 慌てて見下ろすと、

《 お゙……お゙ォ゙ぉオお゙…… 》

 血まみれの女……いや、顔の半分が欠け、腹が裂け、臓物が飛び出している。
 血で固まった髪。口からはドス黒い血を吐き続け、ゴポゴポと嫌な音が沸いている。
 その女の手が、護の足首を掴んでいた。

護「ひッ、ひィィッ!?」

 思わずバランスを崩し転倒する。
 
教師「護くん? ど、どうしたの?」

護(せ、先生には見えないのか……!?)

 ってことは、ってことは……
 考えたくもない結論が頭に浮かんでくる。
 コレは、生きた人間じゃない。
 この世のモノじゃない……!

  ゴポ、ゴポォ…  ズリズリズリ…

 転倒した護の足を、腰を、腹を、這いずるように、女が体を登ってくる。
 その感触に護は心底震え上がった。

 なんで、どうして、今までこんなことはなかったのに。 なぜ。
 

 
  ゴポ…ゴポ…

 口から血が泡立つその音が、徐々に護の耳元へと上ってくる。

  ゴポ…  ゴポ…

    ズリ… ズリズリ…
 
護「ひ、ィ……」

  ゴポ…  ゴポ…

護(い、いやだ……)

   ゴ ポ ォ

護(やめ……)

 女の顔が、護の顔を覗き込む。
 目の前に、女の半壊した顔がある。
 落ち窪んだ眼窩、そしてギョロリとした血走った目。
 
 恐怖で気を失いかけた、その時だった。

《 タ ス ケ テ 》


護(え……)

 女の、半壊した顔が眼前にある。
 その喉には深く抉られた傷。
 そこから血が滴り、ヒューヒューと息が漏れる音がする。
 崩れた傷口はまるで……ノコギリにでも切られたような……。

護(あ……)

 この顔は。
 半壊していても、面影はある。
 新聞記事に載っていた……そう、今朝の新聞に──!

護「殺された……OLさん……」

《 …… 》 コク

教師「? 護くん、さっきからどうしたの? 大丈夫?」
 

 
護「一体……どうして……助けて、って……どういう……」

《 コ、ロサレ、タ 》

護「……」

《 イッパイ イッパイ キラレテ コロサレタ 》
 
護「……」

《 トメ、テ 》

護「止める……?」

《 ヤツ、ヲ、トメ、テ 》

護「奴…… 奴って、犯人……? で、でも、警察が……」

《 ヤツ、ヲ…… 》

護「奴、って……」

 女の腕がゆっくりと動く。
 そして、青白い指で、指差す。

 その先は、

教師「……?」

 教師。

護「え……?」

《 ヤツ、ヲ…… 》 スゥゥゥ…

 OLの霊は、雪が溶けるように消えて行った。

護(き、消えた……)

教師「ねえ、本当に大丈夫?」

護「え、あ……」

 気づけば、道路に転がっているのは自分だけ。
 傍から見れば、今の自分は変人以外の何物でもない。

護「あっ、す、すいません」 ガバッ

教師「……? 変な子ねぇ」

護「……」

 まさか、信じられない。
 先生が……?

教師「ほら、早く行くわよ」

 いや、そんな訳がない。
 さっきのは自分の妄想だ。
 きっと、ほら、最近あんまり寝てないし、事件を調べてばっかりだから幻覚を見たんだ。 
 きっとそうだ。

護「は、はい。 今行きます」

 ズキッ

護「う?」

 突如、護の右腕に激痛が走る。

護「ッ……!? な、痛……!?」
 

 
教師「ちょっ……どうしたの?」

 ズキ… ズキィ!

護「う、ぐ、痛、何……!?」

教師「ちょっと見せてみなさい!」

 教師が慌てて護の袖をまくる。
 そこには、

護「ッ!?」

 腕に幾本もの真っ赤なミミズ腫れ。
 しかし、それだけでは無かった。
 ミミズ腫れがまるで文字のような形を作っているのだ。
 護の腕に、痛々しい赤文字が浮かび上がった。

 ハン ニン ハ キョウシ   

   ウメダ サトコ

護「……!!」

教師「これは……!」

護「あ、いや、これは……」

教師「……」

護「こ、これは違うんです……! これは、その……」

教師「……」

護「先生……? 梅田先生……?」

梅田「……」 ユラ…

護「せ」

 シュバァッ!!

護「え……」

 護の頬を、熱い風が通り抜けた。

 そして、頬を伝う感触。

   ポタ… ポタ…

護「あ……」

 ひり付くような、激痛。

護「う、わッ!?」

 頬を切られた───!?

 何、どう、頬、痛い、いや、血、

   誰に?

梅田「……」 ユラァ…

  目の前の

梅田「……」 ギリ

  刃物を持った、この女だ。

護「う、うわああぁああぁアァァァッ!!!」

 腰が抜け、道路にへたり込む護。

梅田「なんだぁ……まもルくンも能力者だッタのねエ……?」 ギギギギギ

護「あ……ぁ……」

 何だこれは。 何なんだ。
 

 
梅田「ぃぃィィあァァ……」 ジュル…

 もはや、かつて学校の誰もが憧れた女教師の面影は無い。
 男の様な低い声で呻り、血走った眼は狂気に溢れた。

  ズル…

護(か、カツラ!?)

 頭部の髪の塊がずるりと落ちる。
 その下から現れたのは毬栗のような坊主頭だ。

  ───『目撃証言によると、犯人は坊主頭の男性で』───

 犯人が捕まらないはずだ。
 ずっと梅田は"善良な女教師"を演じていたのだ。
 犯行と真逆の姿を、堂々と世間に晒しながら……!
 
梅田「あァアァ……食べたいィ……喰らいたいィィッッ!!!」 ギ ギ ギ ギ

 目の前の、梅田教師「だったモノ」は捻じ切れんばかりに首を傾けて、
 操り人形のような奇妙な動きで近づいて来る。

 手に持っているのは、ノコギリ。

 護は必死で逃げようとするが、腰が抜けて立つことが出来ない。
 ただ哀れに尻もちを付きながら後ずさることしか出来ない!

梅田「死ねぇぇェェェッ!!」 ズ ア ッ !

護「ッ!」

護(もうダメだッ!) ギュッ

  ド シ ュ ッ

      ブシュゥゥ……ボトボト…


護「………」

護「……?」

 護が目を開けると、そこには

梅田「何ッ!!」

 素手でノコギリを掴む、小柄な少女の姿。 

                  カルトスラッシャー
「ようやく捕まえたわよ……"偶 像 鋸 斬"……」

梅田「……貴様ァ……」 ギ ギ ギ ギ

護「君は……」

小保方「……」 ド ン!

護「お、小保方さん……!?」

 睨みあう、少女と通り魔。
 それを下から見上げる護は直感する。
 もう、平和な日常は戻って来ないんだ、と。


               ─── つづく
  

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