幼馴染「男、いつもありがとう」(23)

よく春は出逢いの季節と言われている。
俺たちが出逢ったのは桜が舞い散る公園だった。
近所の友達と川釣りに行ったあとは、きまってここの脇道を通って帰る。

夕方ごろになるといつも、女の子が一人でぽつんとブランコの上で揺れているのが見えた。
だけどその日、女の子は泣いていた。

男「ねえ、なんで泣いてるの?」

女の子「……えっ」

男「なんで泣いてるの?」

女の子は時々しゃくりあげながら、潤んだ瞳で僕の顔を見上げた。

なんで俺が女の子を放っておかなかったのか、理由はよく憶えていない。
恐らくただの気まぐれだったんだろう。
子どもなんて大概そんなものだ。

男「なんで泣いてるの?」

女の子「だって……おまえは根暗だって、じめじめ菌がうつるって、男の子がわたしの髪を引っ張るの。わたし、もうお外で遊びたくない」

男「じゃあ、なんで外で遊んでるの?」

女の子「ママがお外で友達と遊んできなさいって。わたしがお外で遊ばないとママが困るから……ひっく」

男「あ」

女の子「うぇぇ、ひっく……うわぁぁぁぁん!!」

女の子が泣くのを見るのは初めてだったから、俺はどうしたらいいかわからなくて戸惑った。
背中をなでて落ち着かせようとしたが効果はなく、女の子の目からは涙がとめどなく溢れるばかりだった。
だが途中で、ふとあることを思いついた。うまくいけば泣き止むかもしれない。

男「ねえ、遊ぼうよ」

男「ぼくとブランコで遊ぼうよ。しっかりつかまってて」

女の子「……ふぇ?」

女の子が言葉の意味を理解する前に、俺は女の子の手に無理やりブランコの鎖を握らせた。
女の子の手がしっかりと握られているのを確認して、俺はブランコを後ろに引っ張っていく。
ブランコは斜めに傾いていく。

女の子「わわっ」

男「いくよー。そーーーれっ!」

ちょうどいいと思ったところで、掛け声といっしょに手を離した。

女の子「うわああああああああ!!」

叫び声とともに振り子のように激しく揺れるブランコ。
ちょっとやりすぎたか。
だが、そう思ったのは杞憂のようだった。

女の子「あはははっ!」

女の子は笑顔で、きらきらと輝いていた。

――――――――
――――
――


男「いちごパンツか」

パジャマのズボンがずり下がり、露わになった下着を見て思わず呟く。
幼馴染の履いているパンツの柄の確認。
これは本人には内緒だが、ひそかに毎朝の習慣の一部になりつつあった。

……馬鹿なことを考えてないで、そろそろ起こすか。

幼馴染「すぴー……」

相変わらず幼馴染は穏やかな寝顔を浮かべている。
口元はだらしなく緩みきっており、その端からよだれが垂れていた。
まったく。乙女にあるまじき寝相だな。

男「おい、起きろ。朝だぞ」

幼馴染「あと100年……」

男「……お望み通り永眠させてやろうか?」

なんてベタなやりとりをする時間が勿体ないので、俺は容赦なく枕を引っこ抜いた。
頭をぶつけた衝撃で、やがて幼馴染はうっすらと目を開けた。

幼馴染「ん、男」

男「どうだ?お目覚めの気分は」

幼馴染「眠い」

男「そ、そうか」

頭をぽりぽりと掻きながら大きなあくびをする幼馴染。
寝起きとはいえ、幼馴染は今日もマイペースだった。

男「服着替えてさっさと下りてこいよ。早くしないと朝ごはん冷めるからな」

幼馴染「おやすみ」

男「寝るな!」

再び布団に横になろうとした幼馴染の体を両手でキャッチする。
ほんと油断も隙もないやつだ。

男「とにかく早く着替えろ。おばさんもおまえがくるの待ってんだから」

幼馴染「う~~~」

男「う~~~、じゃない。子どもかおまえは」

幼馴染「…………」

幼馴染「ん、わかった。着替える」

男「よし、いい子だ」

幼馴染「……んしょ」

バジャマの裾に手をかけた幼馴染は、そのまま着替えを始めようとする。
部屋の中に俺がいるというのに。

男「おまっ、仮にも女の子なんだからもう少し恥じらいをだな」

幼馴染「私が恥ずかしくないからいいの」

男「……そういう問題か?」

こいつが将来結婚した時、この光景を目にした旦那さんはさぞかしびっくりするだろうな。
いや、そもそも貰い手があるのか?
俺はそんな余計な心配をせずにはいられなかった。
まあ、慣れたといえば慣れたけど。

幼母「男くん。幼ちゃんのために、いつもいつもほんとにありがとね。迷惑じゃないかしら?」

男「はは、もう慣れましたから。それになんか放っておけないんで」

幼母「あら」

俺の茶碗にご飯をよそっていたおばさんが台所からこっちへやってきた。

幼母「男くんは幼ちゃんのことになると、はっきりとものを言うのね」

男「あ、すいません。俺、生意気言っちゃったみたいで」

幼母「ふふ、別に怒ってるんじゃないのよ。ただちょっと嬉しかっただけ」

おばさんは唇に人差し指を当てておしとやかに微笑んだ。
茶目っ気のある人だ。それでいて落ち着いている。
このおばさんが、幼馴染と血がつながっているとは俺は今でも納得できずにいた。

幼馴染「ご飯は?」

俺たちが朝食のために席についたとき、幼馴染がリビングのドアの隙間から顔を覗かせた。
幼馴染はすでに制服を着て、登校の用意をすませていた。

幼母「幼ちゃん、朝人と顔合わせたらまずはご挨拶でしょう?」

幼馴染「ん、おはよ」

男「おはよ。寝癖ついてんぞ」

幼馴染「気にしない」

男「俺が気にするんだよ」

幼母「あらあら」

幼馴染家の食卓をこの三人で囲む。
これが俺たちのいつもの朝の光景だった。

男「にしても、始業式か。今年は一体だれと一緒になるんだろうな」

通学路の途中で俺はそんなことを口にした。
このときまでにはすでに幼馴染は完全に目を覚ましたようで、俺と普通に会話をする気になっていた。

幼馴染「私は男がいればそれでいいから」

男「あのなあ……」

ため息しか出てこなかった。
幼馴染は一部の人間以外に対しては極度の人見知りだった。
その無愛想な表情も相まって、周りの人間には冷たい印象を与えやすい。

だから、幼馴染は友達が少なかった。
初めて会った時から今日に至るまで、俺以外の人間とつるんでいたのはほとんど見たことがない。

男「幼馴染、これを機会におまえも友達を作ったらどうだ?」

幼馴染「無理。私根暗だもん」

男「おいおい……」

まだ昔のこと引きずってんのかよ。
こいつ、マイペースに見えてけっこう小心者だな。

男「なんなら協力するぜ。俺が一声かけて、友達の一人や二人ぐらい簡単に集めてきてやるよ」

幼馴染「男も友達少ないのに?」

男「うるせーよ馬鹿」

人見知りとはいかないまでも、俺自身友達が多い方じゃなかった。
いや、むしろ少ない。

男「ま、幼馴染がそれでいいんなら別にいいけどさ」

なんだか煮え切らない言葉でそれ以降、俺はその話題を打ち切った。
それから俺たちはまた歩き出した。
だがそのとき、突然脇道から黒い影が俺たちの前にすごい勢いで現れた。

?「きゃあっ!」

男「うおっ!」

犠牲になったのは幼馴染じゃなく、一番近くにいた俺だった。
正面衝突。
前から衝撃を受け地面に尻もちをついた俺は、手に持った通学カバンも取り落としてしまった。

男「いてて」

腰をさすって前を見ると、女の子と目が合った。

目の前で同じように尻もちをついている女の子。
どうやら俺はこの子とぶつかったらしい。

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