やえ「おーい、さびしんぼう」 (57)

「咲-Saki-」の二次創作SSスレです。
とある別作品を下敷きにしたパロディ物になりますので、パクリだなんだとおっしゃらずに生暖かい目で見てもらえれば。
ゆっくりペースで週に一、二回ほど数レスずつの更新になると思いますが、完結までお付き合いくだされば幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368973836

尾道の風景は、どこか懐かしい。
私こと小走やえがこの街に住み始めてからまだ一年も経ってはいない。
しかしそんなこととは関係なく、私は勝手にこの街に対して郷愁を覚えるのだ。
長い長い坂を登りながら、私はふと後ろを振り返り、これはまるで昔読んだ物語の風景のようだと思った。

――この坂を登れば、尾道を一望に出来るあの場所に着く。
海の匂いを吸い込みながら、私はこう叫ぶだろう。

「おーい、さびしんぼう」と。

 ◇

「ふぅ……ようやく帰宅……か」

小走やえ、28歳。今日も仕事を終え、誰も待つ者がいない1Kの我が家へと帰る。
十二月も半ば、師走の名の通りに日々はあっという間に過ぎていく。
吹きすさぶ寒風からとっとと逃げ出したいと、小走りとは言わないくらいの早歩きで家路を急ぐやえだった。

「ただいまー」

家に帰るやいなや窮屈なスーツを脱ぎ、朝に脱いだままだった部屋着に袖を通す。
今日の夕食は、閉店間際のスーパーに駆け込んで手に入れてきた半額惣菜と朝に炊いておいたご飯の残り。
大学生時代から使い続けてきた炊飯器の調子が最近どうも芳しくなく、半日近く保温していた白米は少し固くなっている。
店先で冷たくなっていたハンバーグを電子レンジの中に突っ込みながら、やえはふと、今の生活というものについて考えていた。

晩成高校を卒業したあと、やえは関東の私立大学に進学した。
実家を出て、初めての一人暮らし。不安と期待に胸を満たしながらも、慣れない一人の暮らしと学業とを両立させるのにいっぱいいっぱいだったことを思い出す。
そういえばあの頃も、自炊をするぞと張り切っていたのは最初の一ヶ月だけだったな、と苦笑しながら電子レンジからハンバーグを取り出す。

いつしか新生活にも慣れ、生活に余裕が出てくる。
ファミレスで人生初のアルバイトもやったし、人並みに恋愛の真似事のようなことだってした(ようで、結果的には何もしていないのと同じだったりはするのだが)。
思えばこの頃が、人生で一番自由で楽しかった時期かもしれない。
人生最後の夏休みみたいな時間はあっという間に過ぎてしまって、気付いた時には現実と向きあわなければならない時期になっていた。

「就活、きつかったなぁ……」

……思い出すだけで涙がほろりとこぼれそうになった。
どうにかこうにか関西を中心にグループ展開するそこそこの企業に潜り込むことは出来たが、周りがどんどん有名企業に決まっていくなか自分だけ取り残されていくあの感覚、出来ればもう二度と味わいたくはない。

「さーて、いただきまーす」

そういえばまだ一袋くらいは残ってたはずだな、と取り出したインスタントのコーンポタージュスープを添えて、夕食の準備は完了。
湯気を立てるハンバーグにかぶりついて、ご飯を頬張る。うむ、美味い。
どこのスーパーにだって置いてあるようなごく当たり前のハンバーグと、長時間の保温で少し固くなったご飯。
そういう少し残念な食事だって、空腹という最高の調味料があれば美味しく頂けるのだ。

「自分で言って、少し虚しくなるな……」

しかし美味しいと感じてしまうものは仕方がない。
肉汁、美味しいし。口の中でたまらない感じに香って、ほら、肉ッ!って感じの主張してくるし。
貧乏舌になったのも、こういう食生活をずっと続けてるからだろうなぁと、もさもさと食べながらそう考える。

就職してからこっち、ずっとこんな生活をしている。
奈良にも支社はあったから、希望を出せば実家から通勤することも出来ただろうが、やえはそうはしなかった。
なんとなく、一人というのが気が楽で、一度その暮らしに慣れてしまうと今更誰か他人が生活に入ってくることのほうに違和感を覚えてしまうようになった。
そんなわけで今でも気ままに一人暮らしを謳歌しているのだ。

ちょうど今の住まいに越してきてから半年と少しが経とうとしている。
最初に広島へ転勤と聞いたときには縁もゆかりもない土地でやっていけるか心配にもなったが、その心配は杞憂に終わった。
会社の同僚は新顔のやえにも良くしてくれたし、新居もなかなか使い勝手の良い立地条件で、今のところ何の不満もなく生活できている。

一欠片も残さない勢いで肉と米を食し、ずずずとスープをすすって、夕食を終わらせた。
心地良い満腹感を抱えながらぽけーっとテレビを眺める。
本当に眺めてるだけで内容は全然頭に入ってこないが、どこかで見たような芸能人が6800円(税抜)もするお肉を食べているのを見ているうちについつい今日の自分の夕食と比べてしまって、なんだか無性に腹が立ってきたのでぷちんとテレビの電源を落とした。

(あー……そういえば明日、日曜で休みのはずだったのに大掃除だとかで全員出なきゃいけなくなったんだっけ……めんどくさ)

こたつに入って仰向けになっているうちに、満腹になった身体が睡眠を求めてきて……やえはそのまま、深い眠りに落ちていった。

最初の投下はここまでになります。
これからはある程度書き溜めをして、きりがいいところで数レスずつ投下、という形で更新予定です。
安価など読者参加要素はないですごめんなさい……

さびしんぼうってあのさびしんぼう・・・?
原作だと主人公は高校生だったような。いきなりアラサーのニワカ先輩とは意表を付かれました

乙、続き待ってます

アラサーの小走先輩か
続き期待

更新しますよ

>>7
あの尾道三部作のさびしんぼうです。
ですがさびしんぼうの他にも下敷きになる作品があるので、アラサー小走先輩という設定になりました

「それで先輩、今日は朝から浮かない顔なんですか」
「こたつって寝始めるのには最高なのに、いざ一晩過ごしてみると全然疲れが取れなくて『詐欺だ詐欺!』って言いたくなるな……」

凝った肩と首筋をぐりんぐりんと回しながら、やえと初瀬は社内大掃除の準備を進めていく。
岡橋初瀬――晩成高校時代からのやえの後輩だ。
高校を卒業してからは殆ど交友も無くなっていた二人だったが、偶然この広島支店で再会してからはかつてのように親しくしていた。

「せんぱーい、肩揉んであげましょうか?」
「あー、お願いしていいか?」
「ふふふ……私結構テクニシャンですからね~」
「おお……これはなかなか……」

ニコニコと笑みを浮かべながら自分に奉仕してくれる後輩を可愛く思う。
もう十年も前になるあの頃を思い出しながら、時が経つのは速いものだな、とも。

「これ、相当硬くなってますよー。今日だけじゃなくて、普段から肩重いんじゃないですか?」
「んー、どうも最近疲れが抜けなくてなぁ……もう年かな、私も」
「いやー、お互い年は取りたくないもんですねぇ。化粧のノリも悪くなってきちゃって、私も加齢を感じますよ……
 それにここ二年くらい、実家に帰るたびにいい人はいないのかとか、孫の顔が見たいとか、そっちの方のプレッシャーもなかなかで……」
「分かる。分かるぞそれ。……辛いな、うん」

はぁー、と二人してため息。今更言うまでもなく、二人とも独り身――どころか、異性の影も形も見えない有様だ。
ひしひしと迫る三十路という現実――いや、ここはまだ敢えて目を背けることにしよう。

「……よし、っと。どうです? 結構効いたでしょー?」
「おかげでかなり楽になったよ。それじゃさっさと掃除終わらせて帰るとするかー」

他の人たちはとっくに掃除を始めている。
自分たちも割り当てをさっさと終わらせて美味い飯でも食べに行くか、とやえと初瀬もいそいそと動き出した。
二人の担当は長年埃を被ってきた資料室だ。
みんなが突っ込むだけ突っ込んでまともに整理する人もいなかった状態が長年続き、ようやく今年の大掃除で大整理することが決定した。
白羽の矢が立ったのがやえと初瀬の二人だったというわけだ。

「うっわ、古雑誌とかまで突っ込まれてる……めんどくさ……」
「嘆くな嘆くな。どっかで誰かがやらなきゃいけなかったことだ」

資料室と名が付いているもののまともに利用する人も殆どいなかったため、娯楽室の古雑誌から個人の不要品まで多種多様様々なものが突っ込まれている。
この不要品を全部捨てようと思えば女手二人では到底一日で終わらない。
ある程度キリがいいところまで進めたらあとは来年の担当に任せよう、と不良社員の二人は目を見合わせて頷いた。

「でもこういう古いモノ整理するのって、意外と楽しいですよね」
「懐かしいものもいっぱい出てくるからなー。特にこういう古雑誌系はつい中身まで見ちゃうんだよな」
「見てくださいよこれこれ! アイドル新時代大特集って、すっごい懐かしい人たちいっぱい!」
「そんな調子じゃいつまで経っても終わらんぞー。気持ちは分かるがちょっと我慢だ。
 あ、ついでにそこの棚の上の段ボールも取ってくれんか。中身を確かめて、いらなかったら捨ててしまおう」
「はーい……っとと!?」

踏み台の上で目一杯手を伸ばした初瀬の身体が、ぐらりと揺れる。

「あぶな――!?」

気付いたときには身体はもう動いていた。バランスを崩し踏み台から転がり落ちそうになっている初瀬の身体を受け止める。
――が。

どかっ! ……ばさささささー

「いっ……たぁー」

段ボールの無慈悲な追い打ちが、やえの頭に直撃した。
軽く涙目になりながら頭をおさえるやえ。

「……っ、先輩大丈夫ですか!? ごめんなさい、私の不注意のせいで……」
「いや、平気だ平気。それより初瀬こそ怪我はなかったか?」
「先輩のおかげで私は大丈夫です! 先輩こそ、頭腫れたりしてないですか?」
「い、いいからっ! 触るなっ!」
「そういうわけにもいかないですよっ!」

心配そうにやえの頭を確認する初瀬の目に、信じられないものが入ってくる。

「先輩、これ……ハゲ?」
「……だから見られたくなかったんだよ……ああそうだ、ハゲだ」
「まさか今頭打ったからじゃ……!?」
「昔のことだよ。大学のとき、怪我してな。傷自体はすぐに治ったんだが、そのあとなかなか生えてこない」

隠せないこともない場所だから、知ってるやつも少ないんだけどな、とやえは続けた。
こめかみのすぐ上くらいのところに、親指の先くらい地肌が見えているだけだから少し髪を伸ばせば簡単にフォローは効くんだとも。

「へぇー、いったい何やったんです?」
「それが、覚えてないんだ」
「へ?」
「何しろやったのが頭だからなー、気付いたときには病院のベッドの上だった」
「ふーん、そうなんですか。先輩のことだからニワカ100人と喧嘩とか……」
「……お前、私のことなんだと思ってるんだ?」

やえのジト目に、あはははーと笑って誤魔化そうとする初瀬。
どこか納得がいかない風のやえだったが、段ボールの中身が散乱してしまった周りの惨状に気付くと顔をさーっと青ざめさせて、

「そんなことより掃除の続きだ! このままじゃ本当に日が暮れても終わらんぞ!」

散らばった段ボールの中身――中に入っていたのは写真だった――を乱雑にまとめながら、二人は今度こそ集中して掃除に取り掛かり始めた。

 ◇

「それじゃ、お疲れ様でしたー!」
「おつかれー。いやー、ひと仕事終えたあとのビール、最高だな!」
「ですよね!」

なんとか大掃除を無事に終えた二人は、馴染みの居酒屋で一杯ひっかけていた。
お互いいい人もいないので、週末には二人で飲み歩くのが習慣になっている。
この店もあちこち飲み歩いているうちに開拓した店のうちの一つだ。
女二人で入っても誰も気にしない気楽な雰囲気が気に入って、月に二、三回は来る常連になってしまっている。
塩の利いた枝豆に舌鼓を打ちながら、ごくごくごくとキンキンに冷えたビールを喉に通す。
うむ、これ以上無いような幸せの瞬間である。

「あー、幸せだ……生き返る……」
「幸せ……ですか。うん、楽しいですよね。でも……」

いつもの調子で酒に浸っていたやえに対して、初瀬はどこか浮かない顔だ。
どこか遠くを見るような目をしながら、ぐい、とビールをあおっている。
ぷはぁ、と息を吐きながら、初瀬は酔いに任せて己の心情を吐き出し始めた。

「私って今、幸せなのかなって、最近そんなことよく思うんですよ」

やえは、ん、と引っかかるものを覚えた。
初瀬がこんなふうに悩みをこぼすのは珍しかったからだ。
仕事上の愚痴だとか、いい男が見つからないとか、そこで吐き出して終わりになるような話をすることは沢山あった。
けれど、幸せについて、だとか、そんな抽象的でこっ恥ずかしいことを二人で話した記憶は、殆どなかった。

「先輩の前でこんなこと言うのもアレですけど、私、もう26なんですよ。四捨五入すればとっくに三十路なんですよ。
 ただ、やってることなんて学生のときからそんなに変わらなくて……楽しいけど、でもこのままでいいのかなって。
 昔はね、大人になったら大人の楽しみが増えると思ってたんですよ。落ち着いたり、些細なことに幸せを見いだせるようになったり。
 でも実際、そんなことないんですよね。まだまだ全然幼稚なままで……本当の幸せはどこかにあるはずだって、まーだ夢見てる」

初瀬の言葉が、耳に痛かった。やえ本人も似たようなことは感じていたからだ。
それこそ何年も前――今の初瀬と同じような年のころからずっと感じていて、それが未だに解消されていない。
そんなやえに、初瀬にかける言葉が出てくるはずもなかった。ただ黙って、初瀬の言葉を聞くだけだ。
その後も初瀬は酔いのままに己の思う幸せの定義をまくし立てた。
やえもだいたい同じようなことを考えていて、でもやっぱり、それは違うんだろうな、とぼんやり感じていた。
初瀬だって喋りながら、ズレているのは自分のほうで、世の中の人間の大多数はそれに納得出来ているんだろうと知っているはずだ。
それでも納得出来ないわだかまりをこうやってぶつけてるんだろうなと、まるで自分のことのように分かる。

べらべらと喋り続けた初瀬がついに疲れて、酔いと疲れで船を漕ぎ始めたころに大掃除お疲れ様会はお開きになった。
送って行こうか、というやえの申し出を、先輩にこれ以上お手数お掛けするわけにもいかないからと丁重に断った初瀬と別れて。
やえは一人で帰路につきながら、今日の初瀬の言葉の中で特に印象に残った一言を思い出していた。

『私、大人の幸せってこんなものじゃないと思ってたんです。大人の幸せって……妥協することなんかじゃ、ないですよね?
 これで幸せなんだって自分を騙して……妥協して。みんなそんな風に生きていって、本当に、幸せなのかな』

 ◇

家に、着いた。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、まだ少し酔いの残る頭を冷やすようにごくごくと飲んでいく。
時計を見てみると、もう少しでてっぺんを越えるところだった。また明日も仕事だ。年が明けるまでは少し忙しい時期が続くだろう。
歯を磨きながら、初瀬の言葉を反芻する。幸せは――妥協することで生まれるものなんだろうか。
もう、やえも28歳だ。妥協を、覚えなければいけない歳なのかもしれない。

「……あー、やだやだ。寝るか」
「おやすみ、やえちゃん」
「……ん?」

聞こえるはずのない、他人の声。空耳か?
いや、それにしてははっきりとし過ぎていた――そんなに疲れてたかな――まさか、泥棒――?
色んな考えが頭のなかでグルグル回る。とにかく、今の声が何なのかはっきりさせないと寝るに寝れない。
手を伸ばし、電気を付ける。すると、部屋の隅に――

「あっ、逆に起こしてしまったかのう。すまんかった、そんなつもりはなかったんじゃが」

やえより十歳は若い少女が、広島弁をこぼしながら立っていた。
ゆったりとウェーブした赤茶色の髪に、ほんわかと柔らかい、しかし整った顔立ち。
美少女、という形容がよく似合う女の子だった。だが、しかし、なんで今ここにこんな子がいる?

ますます色んな考えがグルグルグルグルと回り続けて、ようやく出た一言は、

「お前……いったい誰だ?」
「ちゃちゃ……あっ。……コホン。さびしんぼうじゃ」
「さびしんぼう?」
「うん。そうじゃのう、やえちゃんに分かりやすく言うと……幽霊みたいなもんじゃ」
「幽霊? お前が? いやいやいや、そんな馬鹿な……
 ほらほら、いったいどこから入ったのか知らんがさっさと出ていけ。今回は許してやるがこじれるようなら警察呼ぶぞ」
「もう一度言うけど、さびしんぼうは幽霊みたいなもんなんじゃ! だからやえちゃん以外には見えんはずじゃ。
 警察なんて呼んだら、やえちゃんがキ◯ガイ扱いされるぞ。ほら、こっち来てみい」

さびしんぼうを名乗った少女は、やえを洗面台のところに来るよう言った。
やえとさびしんぼう、二人並んで鏡の前に立ってみると、

「……映って、ない?」

鏡に映っているのは、やえただ一人。さびしんぼうの姿は、鏡の中には影も形もなかった。
しかしやえの目には、さびしんぼうは確かに映っている。にこにこと微笑みながら、やえのほうを見つめている。

「まさか……本当に、幽霊?」
「だからさっきからそう言っとるじゃろ」
「なんだ……私は疲れてるのか……」
「そうじゃ」
「ん?」
「やえちゃんは、疲れとるんじゃ……だからさびしんぼうは、やえちゃんのところに来たんじゃ」

さびしんぼうはやえのほうをじっと見つめながら、にっこりと笑った。

「さびしんぼうが、やえちゃんをハッピーにしてあげるからの」

これが、やえとさびしんぼうの、最初の出会いだった。

今日の更新はここまでになります
今週末まで少し用事が詰まってますので、次の更新は週明けになるかと思います
しょっぱなから間隔があいてしまって申し訳ないです

乙。そうか、広島か

広島弁で一瞬まこかと思ってしまった

 ◇

目をぱちくりとさせても、目の前の幽霊は消えやしなかった。
そもそもやえには、さびしんぼうと名乗った少女が幽霊には見えなかった。
幽霊というのは、もっとこうおどろおどろしい感じで、顔面蒼白で、足も消えてるものじゃないのか。
少女の服装も、よくよく見てみれば遊園地で風船でも配っていそうな、おどけたピエロの格好だった。
もっこりとしたオーバーオールに、白塗りのメイク。なんならホラー映画に出てきても違和感がない。
しかし全然怖くないのは、中身の少女がホラーという単語からまるでかけ離れた印象をやえに与えていたからだろう。
未だ状況の整理が覚束ず慌てふためく様子のやえを見ながら、少女はにこやかに笑っている。

「あー……そうだな、百歩譲って、お前が幽霊だというのは認めよう」

そうでもしないと、鍵がかかっている部屋に少女が突然現れたことも、鏡に映るのが冷や汗だらだらのやえだけだというのも説明出来なくなってしまう。
だがしかし、仮に少女が幽霊だとしても。

「どうしてお前は、私のところに出てきたんだ?」

それだ。幽霊なんてのは、まったく縁がない人間のところへも無闇矢鱈に現れるものだったっけ?
それとも何か、実はやえが知らないだけで、昔この部屋で死んだ少女か何かだったりするのか。
不動産屋は何も言ってなかったはずだが、ハズレ物件を引かされたのか。

「それは……」

少女――さびしんぼうは、そこでふと、寂しげな表情を浮かべた。
懐かしむような。思い出すような。そんな表情だった。
しかしその顔は、一瞬で元の笑顔に戻る。

「――ヒ・ミ・ツ♪ じゃ♪」

ヒ・ミ・ツのリズムに合わせて指を振るその仕草。
心に余裕があるときなら素直に可愛いと思えたかもしれないが、今のやえには神経を逆撫でする以外の意味を持たない行為だった。

「……出て行け」

怒りを滲ませながら、出来る限り抑えた口調であることに努める。
やり場のない怒りが溜まっていた。
休日出勤で休みが潰れたこと、楽しいはずの飲みで幸せについて考えさせられたこと、貴重な睡眠時間がこうしてる間にもどんどん削られていること。
そういったものが積み重なって、今にも爆発しそうだった。
出来ることならお隣さんへの迷惑なんか何も考えずに大声で叫びたいくらいの気分だ。
だけどそんなことするわけにもいかないから、とにかく今はこの変なお客様にお帰り頂くことに全力を注ごう。

「私が疲れてる? ハッピーにしてあげる? 本当にそう思ってるんだったら、さっさと出て行ってくれ。
 明日も早いんだからな、こんなことに付き合う時間なんて全然ないんだ」
「……仕方ないのう」

もう少しゴネるかと思いきや、さびしんぼうは驚くほど素直にやえの言葉に頷いた。

「でもやえちゃんは、必ずさびしんぼうがハッピーにしてあげるからの。次回に乞うご期待じゃ。
 それじゃあ、シーユーアゲインじゃ!」

ふわり、とさびしんぼうが跳んだ。と思うと、瞬きする間にその姿は消える。
超常現象以外の何物でもないが、この頃にはやえももう受け入れていた――というか、諦めていた。
私が幽霊に取り憑かれたというのは、紛れも無い事実なのだということを。

「でも、ま……今日はとりあえず、寝るか……」

睡眠時間がいつもより一時間も少なくなってしまったということのほうが、今のやえにとっては問題だったりする。

短いですが今日はここまで


何故にピエロの格好…と思ったら原作準拠なのか

 ◇

月曜の朝が来た。ブルーマンデー。一週間で一番憂鬱な時間だ。
いつもより短く浅い睡眠しか取れなかったせいでやたら重たい寝ぼけ眼をこすりながら、やえは朝の支度をする。
昨夜の騒動は夢だったのか夢じゃなかったのか。どちらにしても貴重な睡眠時間が削られてしまったことに変わりはないのだが。


「ハッピー……ねぇ」


呟いてみる。初瀬との会話で、幸せについて考えてみたことを思い出しながら、


「そりゃ今の生活に完全に満足してるわけじゃない。でも不満を垂れるほど、不幸せなわけでもないわ」


自らに言い聞かせるように、そう続けた。
そうだ。経済的に困ることなんてないし、人間関係にだって恵まれている。
これで不幸せだなんだと言っていたら、バチが当たるというものだ。
むしろ不幸せになりそうなことと言えば、それこそ幽霊に取り憑かれた、ということのほう。


「あっ、やば。遅刻しちゃう」


時計を見ると、もう家を出ていないとまずい時間になっていた。
慌てて身支度を終えて、家を出た。通勤に使っているバスが最寄りのバス停に着くまで、もう時間がない。
いつもよりも急ぎ足になって、それでも頭の中では幽霊のことを考えていた。


「また出てくるのかしら、アイツは」

やけに人懐っこかった幽霊の姿を思い浮かべる。
さびしんぼう、と言ったっけか。幽霊にしたって、なんだか妙な名前だと思う。
幽霊の名前ってのは普通は生きていたときの名前そのままなんじゃないのか。
そうじゃないなら、口裂け女だとか、ろくろ首なんかとかと同じ、お化けになってからの名前なんだろうけど。
だからって自己紹介するお化けってのは聞いたことがない。


「うーん、それにしたってこんなに真面目に幽霊のことを考えるなんて……
 やっぱり疲れてるのか、私は。だったらそっちのほうがヤバイ話だよなぁ」

「おっすおっすばっちし! さびしんぼうじゃ!」


……そんなことを考えていたら、何の前振りもないまま、唐突にさびしんぼうが現れた。
早朝の、他に人もいるバス停に、いきなりピエロ姿の女の子。
周りがざわついてもおかしくないというのに、顔色を変えてさびしんぼうのほうを向いているのはやえだけだった。


「今日もいい天気じゃのう、やえちゃん。こんな日は会社なんかサボってピクニックにでも行かんか?」

「…………」

「でもこれだけ寒いとピクニックよりは室内でゆっくり過ごすほうが気持ちええかのう?」

「………………」

「やーえーちゃーんー? おーい、聞こえんのかー?」


呆気にとられながら、やえはスルーを決行。
さびしんぼうがやたら元気なテンションで喋り出しても周りは誰も気にしていない。というか気づいていない。
どうやらさびしんぼうの姿が他の人に見えないというのは本当のようだ。
だったらここで馬鹿正直にさびしんぼうに付き合ったら、周りから見えるのは虚空に向かって謎の会話を始めるアラサー女子。
駄目だ、そんなことをしてしまえば明日からこのバス停を使えなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

「やーえーちゃーんー?」

「んん……ゴホンっ!」

「わわっ、やえちゃんまさか風邪か? 無茶したらいかんぞ、今日は家でゆっくりするんじゃ」

「んっんー……、ゲホゴホ、ゲホンっ!」


静かにしろ、という言外のメッセージも伝わらない。
この幽霊、もしかすると行間や空気がまったく読めないタイプなのかもしれない。
仕方がないのでケータイを取り出して、画面に『静かにしろ!』と打ち込んでさびしんぼうのほうへ向ける。
それでようやくさびしんぼうは得心がいったようで、なるほど、といった表情で手をぽん、と打つ真似などしている。

『私はこれから仕事なんだ。つきまとうようなことはやめろ』
続いて打ち込んで、さびしんぼうへ見せる。


「えー、やえちゃんはホントに仕事行きたいんか? さびしんぼうと一緒に遊ばんか?」

『 や め ろ  塩まくぞ』

「うーん、仕方ないのう……じゃあ、また仕事が終わってからじゃな!」


不満そうな顔をしながらも、意外と素直にさびしんぼうは引き下がった。
……また夜に、というところにやえはたまらない不安と落胆を覚えたのだが。
さびしんぼうはそのまま、バスに乗るやえを見送った。
それじゃあの、と手を振るさびしんぼうの姿には、その名と違って寂しがり屋なところなんてまったくないように見えた。

今日はここまで
なかなか書く時間が取れない……

乙!

乙乙
こういう雰囲気好きなんで、無理せず頑張ってください

譛溷セ?ge

 ◇


「あっ、先輩。おはようございまーす!」

「ああ、おはよう初瀬……」

「あれ、なんだか今日も元気ないですね。どうしたんですか?」

「ちょっと幽霊に取り憑かれてな」

「は?」


とうとうおかしくなったのかこの人……という初瀬の視線を華麗にスルーして自分の席に着く。
説明が遅くなったが、やえたちが勤める会社は、主に麻雀関係の商品を取り扱っている。
やえと初瀬が所属しているのは、そこの営業部門。近年ますます白熱する麻雀ブームに便乗する形で、忙しい毎日を送っている。


「さて、今日の予定は……んー、今日は外回りか。地元クラブチームに実業団に……」


今日も忙しくなりそうだ。
少しだけ溜まっていた社内業務を手早く終わらせて、さっさと外に出ることにする。
先日から面倒な顧客の対応に追われているらしい初瀬に軽く声をかけて、今日も晩飯一緒にどうだ、と誘う。


「いいですねー。私、先輩とのご飯を楽しみに今日を乗り切ります!」

「よーっし、それじゃ行ってくるかな」

「行ってらっしゃいませー」

初瀬に見送られ、やえは冷たい風の吹きすさぶ寒空の下、取引先へと向かった。
最初に向かったのは会社からそう遠くないところにある雀荘だ。
といってもただの雀荘ではなく、元プロが経営し、地元では有数の実力者が集まるクラブチームという側面もある場所だ。
麻雀に対して真剣な面々が集まった結果、設備に関しても相当のこだわりを有している。
おかげさまで麻雀関連の商品を取り扱っているやえの会社のお得意様になっているというわけだ。


「しっかしあそこのマスター、悪い人じゃないんだけど面倒なのよね……」


経営者である元プロのマスターとはやえも懇意にさせてもらっているが、実はこの人物がなかなかに癖が強い。
かなりの自慢屋なのだ。
現役プロだったころの(ウソかホントか分からない)逸話に始まり、裏の世界で代打ちをやっただとか、ヤクザ相手に大立ち回りをやってのけただとか、こちらが聞いてもいないのにその類の話をどんどんしてくる。
そのくせ今では気持ちを入れ替えただとのたまって、まるで自分が品行方正で公序良俗第一な良識ある人間であるかのようにそちらの方の話もしてくる。
毎回毎回長時間に及ぶマスターの話を聞くのが仕事の八割といっても過言ではない。


「いやいや、これも仕事だからな。個人の好き嫌いは度外視しなくちゃ……」


とはいえ、気が滅入るものはどうしようもない。
せめて今日はさっさと話を切り上げてくれますようにと祈りながら、やえは店の扉を開けた。

 ◇


「……と、いうわけでですな。私も若い頃は相当ヤンチャをしたものですが、とある時に宮沢賢治の『雨ニモマケズ』にいたく感動したわけですな。
 今までは自分は勝手な行いばかりをしてきて周りに迷惑をかけてきたが、賢治の理想であるこの人物像はどうだ。
 己の身を粉にしてでも周りを助け、それでいて評価などされなくてもいいと言っているんですな。
 そういうものにわたしはなりたい。『雨ニモマケズ』の〆となる一文ですが、私もまたそう思ったわけです」

「はい……お気持ちはよく分かります。実際に先生には地域の後進育成のために懸命になっていただいているわけですしね」

「おお、分かってくださいますか! ははは、小走さんはまだお若いのにしっかり地に足を付けて生きていらっしゃるわけですな。
 私があなたくらいの歳のときにはヤンチャばかりで――」


まーた話題が無限ループしてるぞ……と、やえは表情はにこやかなまま心の中で愚痴をこぼす。
かれこれ一時間ほど向こうが喋りっぱなしの状況が続いていた。もちろん商談などこれっぽっちもしていない。
大抵の場合、向こうが話し疲れる頃には気分も良くなってくれているのでそのままトントン拍子に新しい牌や卓の納入日まで決まってしまうからそちらについて心配はしていないのだが……


「そういえば気づきましたかな、こちらのインコには」

「ああ、そういえば先日来たときには見ませんでしたね。最近飼い始めたんですか?」

「ええ。このインコがまた賢くてですなぁ。ほら、このように」


『ア、アメニモ、マケズ、カゼニモマ、ケズ、ユキニモナツノアツサニモ、マケヌ』


「どうです、私が毎朝暗唱している『雨ニモマケズ』を聞くうちに、こいつまで覚えましてな」

「はぁ……すごいもんですねぇ」

「っと、失礼。少々席を外します。いやぁ、歳を取ると近くなって困りますなぁ」


女性の前だというのにデリカシーってもんがないのかコイツは、とやっぱり表情は変えずに、心の中だけで呟いた。
マスターがいなくなってのを確認してから、深く息を吐いた。一時的にとはいえようやく解放されたことで、凄く安らかな気持ちになっていた。

「しかし、ホントに賢いんだなインコって。人間が言っていることをそのまま言ってるだけとはいえ、よく真似出来るもんだ」

「ホントじゃのう。こんなにアホみたいな顔してるのに」

「いやいや、よく見てみればなかなか愛嬌のある顔を……って、またお前か!?」


さびしんぼうが、また現れていた。本当に神出鬼没なやつだ。


「やえちゃんが雀荘に入るのが見えたから、ついついふらーっとな」

「仕事なんだからついてくるなって言っただろ!」

「いや、てっきり仕事サボって雀荘で小遣い稼ぎでもするつもりなんかと」

「お前は私のことをそんなやつだと思ってたのか……」


てへへ、とさびしんぼうが笑っている。誤魔化そうとしているつもりなんだろう。
今度こそ怒ってやろうかと思っていたやえだったが、さびしんぼうの笑い顔を見るとなんだか気が抜けてしまった。
振り上げた拳をそのまま下ろしてしまったようなもやもやとした気持ちは若干残っているものの、まぁいいか、と諦める。


「それにしてもやえちゃんは凄いのう、あんな話を延々と聞かされながらニコニコ出来るなんて」

「そりゃ、私にしてみればそれが仕事だからな」

「でもなぁ、いくら顔はニコニコしてても、心は全然ニコニコしとらん」

「……また、ハッピーの話か? だーかーらー、私は現状に不満なんかないって言ってるだろ」

「やえちゃんはガンコじゃのう……まるで、このインコみたいじゃ。堅っ苦しいもんばっかり覚えさせられて可哀想じゃのう」


んー、とさびしんぼうは何か考えこむような素振りを見せた。

こんな時間に更新とは

おつおつ

「せっかくなんか覚えさせるなら、もっと他の歌がいいのう……どうせならとことんアホなやつ! ……お、そうじゃ!」

「いやおい、ちょっと待て」

「♪た~んた~んた~ぬき~のき~◯た~まは~♪」

「ちょっと待てって言ってるだろうがおいぃ!?」

「♪か~ぜ~もな~いの~にゆ~れて~いて~♪」

「バッ、バカ! それ覚えちゃったら怒られるの私なんだぞっ!」

「♪ぶ~らぶら~ ぶ~らぶら~♪」

「だからやめろってばぁ!」


やえがいくら止めたところで、さびしんぼうは歌うのをやめたりしなかった。
と、そのとき――


「おや、随分と騒がしいようですがどうかされましたか?」


マスターがトイレから帰ってきた。
さびしんぼうの姿も声も聞こえないマスターにしてみれば、やえが一人で騒いでいるようにしか見えない。
やえは半笑いで冷や汗を垂らしながら、


「い、いや、ちょっと虫がいてですねー、いやー、ははは、びっくりしたなぁもう」

「それはそれは。大丈夫でしたか?」

「もう追い払ったので大丈夫……です」


マスターと会話しながら、じろりとさびしんぼうのほうを睨みつける。
さすがにもう歌うのはやめていたが、まったく悪びれる様子もないさびしんぼうの姿にはさすがに怒りを抑えられなかった。
ここを出たら絶対怒る。絶対。

「それでは、そろそろお仕事の話に入りますかな」

「あ……はい、よろしくお願いします」


さびしんぼうのほうに関しては、今睨みを利かしておいたから大丈夫だろう。
というか、これでダメだったらもうどうしようもない。
問題はむしろインコのほうだ。
さびしんぼうは、やえ以外の人間には感知出来ない――これは間違いない。
だが、人間以外の存在だったらどうなんだ?
色んな怪談話なんかでは、動物のほうが霊感が強い存在として描かれていることが多い。
もしかして――このインコも、実はさびしんぼうの歌を聞くことが出来ていたりは、しないだろうか?
なんだかさびしんぼうの歌に合わせて身体を揺らしていたような気がする。くちばしも、ちょっと動いていたような気がする。


(まずいまずいまずい。あのインコがいきなりたんたんたぬきの歌を歌い出したりしたらマジでヤバいってば!)


冷や汗ダラダラ止まらない。
変なことが起きる前に、さっさと退散してしまいたい。
ちょうどいいところに先方から仕事の話を振ってくれたのを幸いに、いつもの五割増しのスピードで話を進めていくやえ。


「……それでは、今回の納入は麻雀牌を四セットに、全自動卓を一セットということでよろしいでしょうか?」

「ええ。ちょうど新年に向けて新品を入れたいと思っていたところでしてな。よろしくお願いしますわ」

「はい、確かに承りましたっ! それでは、この後も数件回らなくてはならないので失礼致しますっ!」


話もまとまったところで、すぐにでも出て行こうとするやえだった。
いつもと違うやえの様子に気付くこともなく、マスターはやえを見送ろうとする。
と、そこで何かを思い出したように、


「おお、お前も小走さんをお見送りなさい。ほら、私のあとに続いて言ってごらん。『いってらっしゃい。お気をつけて』」

(――よりにもよって、ここでインコに振るか!?)

頼むから、余計なことは喋るなよ~とやえはインコに念を送る。
やえとインコの目と目が合う。


(『いってらっしゃい。お気をつけて』だっ! 頑張れ、頑張れインコ! それ以外喋るなっ!)


やえの祈りが届いたのか――インコのクチバシから発せられたのは。


『イ、イッテラッシャイ、オ、キオツ、ケテ』

「ホッホッホ、上手に言えましたな」

「すごいですねぇ! いやー、賢いなぁ、飼い主に似るんですかねぇ」

「ハハハ、最近は朝昼晩こいつの教育にばかりかまけてしまってましてな」


安堵に胸を撫で下ろす暇も惜しい。さっさと退散しなくては、やえの心臓が持たない。


「それでは、今度こそ失礼しますっ! またご贔屓にお願いしますね」

「はい、さようなら」

電光石火、擬音で言えばバビューンとでも付きそうな勢いで、やえは店を飛び出していく。
マスターはやえの様子がおかしいことには最後までまったく気付かないままだった。
そんなことより今日もインコちゃんにお勉強させなくてはいけませんなとばかりに、インコの餌を用意している。


「さーて、今日は雨ニモマケズの復習から始めましょうか。はい、いってみましょう。『雨ニモマケズ』」

『ア、アメニモ、マケズ』

「上手ですねぇ~! はい、ご褒美の餌ですよ」

『キンタ、マハ』

「……は?」

『カゼニ、モマケズ、ユレテ、イテ』

『ブーラ、ブラ。ブーラ、ブラ』

『ジョウブ、ナ、キンタマヲ、モチ』

「な……なんですかこれはぁ!?」

『ブーラ、ブラ。ブーラ、ブラ』

『ソウイウモノニ、ワタシハ、ナリタイ』


マスターの声にならない叫びが、店内に響いていた。

というわけで今日はここまでです
またまた時間があいてしまって申し訳ないですが、多分これからもこのくらいのペースでまったり更新になりそうです

来てたのか、おつおつ

待ってるよ

ほしゅしてまつ

周囲に人目が無さそうな路地裏までやえは一気に走った。
適当なところを見つけて、周りに人が全然いないことを確認してから、やえは今も傍につきまとっているだろう幽霊に、怒りをぶつける。


「……おいっ、さびしんぼう!」

「おっ、ついにやえちゃんの方から呼んでくれたか~これは一歩前進じゃのう」

「じゃないッ! お前、なんだよアレはっ! うう、どうしよう……変なことになってなきゃいいけど……」

「でも、ドキドキしたじゃろ? 面白くなかったか?」

「全然面白くないっ!」

「うーん、さびしんぼうは楽しかったんじゃがのう……やえちゃんをハッピーにしよう作戦失敗か……」

「お前……そんなんでホントに私がハッピーになれると思ってたのか?」

「そうじゃ」

「うっすら気づいてはいたけど、お前ってホントバカなんだな……」


落胆する。こんなアホな幽霊に取り憑かれては、やえの生活はめちゃくちゃになってしまう。
いや、もう既に崩れつつあった。早くどうにかしないと、取り返しの付かないことになってしまいそうだ。

「せめて仕事のときはついてくるんじゃあない。ホントに邪魔だから」

「じゃあ、それ以外だったらいいんか!?」

「そういうわけじゃないけど、そうでもしないと際限なしに迷惑かけてきそうだからな……譲歩だよ、譲歩」

「わーい、わーい、夜はやえちゃんと遊び放題じゃー!」

「ダメだ、こいつ全然分かってなさそうだ……」


頭が痛くなってくる。
さびしんぼうが現れてからまだ一日も経っていないというのに。
出来る限り早く対処方法を見つけないといけないなと心に誓うやえだった。


「それじゃ、私は仕事の続きに行ってくるから。お前はもうついてくるなよ?」

「しかたないのう。それじゃあまた夜にな。やえちゃんをハッピーにする新しい作戦考えとくからの」

「あー、はいはい、分かった分かった。それじゃ、またな」

「お仕事頑張ってなー」


ふわり、とさびしんぼうは姿を消した。
やれやれ……と、やえはため息をひとつ。
夜にはまたさびしんぼうのわけのわからない奇行に巻き込まれる悪寒しかしない。


「……どうすれば、こいつにもうつきまとわれずにすむのかな」


やえちゃんをハッピーにしてあげる。そんなことを言って現れたさびしんぼうだ。
だったらやえがハッピーになれば、さびしんぼうもどこかにいってくれるんじゃないだろうか。


「ハッピー……ねぇ……」


一昨日初瀬と交わした会話の数々を思い出す。


『大人の幸せって……なんなんでしょうね』


胸に、疼痛に似た痛みが走った。

ワープアやったり他の企画に浮気したりしてたらすごく時間があいてしまいました
今後も定期的な更新はお約束出来ず、手が空いたときに投下する感じになりそうです

おつです

幸せってなんなんやろね……

ぶんぶんと頭を振って、気を紛らわせる。
幸せなんて――求めれば求めるほどキリがなくなってしまって、結局どこまでいっても満足なんてしないものなんだと思う。
だからどこかでラインを作ってしまわないとダメなんだ。

私は、今の生活に満足している。
足りないものがないわけじゃないけど、これ以上は高望みだ。
そもそも、幸せなんてものは――他人にとやかく言われるものじゃないはずだ。
よし、今日帰ったら、さびしんぼうともう一度話し合おう。


「しかし――私があいつを必要としなくなったら――」


さびしんぼうは、どこへ行くんだろうか。


 ◇


先に結果から話せば、やえはその晩さびしんぼうと話すことは出来なかった。
いや、それどころか家に帰ることも出来なかった。


「……すいません先輩、こんなとこまで付き合ってもらっちゃって……」

「なーに、気にしなさんな。可愛い後輩のためならこのくらい……っと、確かここだったよな、初瀬の家」

「はい……ホント、ホントすいません……」


やえに抱き支えられながら、顔面蒼白の初瀬は何度も謝罪と感謝の言葉を唱えていた。
どうしてこんなことになってしまったのか――内心ため息をこぼしながら、やえはこの数時間の出来事を思い出す。



外回りの仕事から帰ったやえは、なんだかいつもと雰囲気が違うことに気付いた。
どことなく空気が重く、ピリピリとしている。
ここ最近は年末の多忙期ということでそういう空気も多少は生まれていたのだが、今日のそれは明らかに異常だった。

いったい何が原因なのか――軽く部署内を眺めると、原因はすぐにわかった。
いつもならやえが帰ってくると明るく声をかけてくる初瀬が、今日は自分の机に座ったままうつむいたままだった。
周りも初瀬を心配している素振りだったが、どうにも声をかけることも出来ずただ静観するしかない様子。
初瀬の担当はお前だろという無言の視線がやえに飛んでくる。


(いやいや、せめて誰か事情くらい説明してくれないとこっちも困るっ!)


やえの熱視線が届いたのか、同期の一人が目配せをくれた。
そのまま二人で給湯室へ向かい、ことのあらましを聞くことにする。


「……ねぇ、あれはいったいどういうことなのかしら」

「詳しいことは私も知らないけど、どうもミスしちゃったみたいねぇ」

「……それだけで、あそこまでヘコむもんか?
 こう言っちゃなんだが初瀬のミスなんて今に始まったことじゃないだろ」

「なんでもミスしただけじゃなくて、取引先と一悶着起こしちゃったみたいよ?
 上の方にまで飛び火しそうだったところを課長がどうにかおさめてくれて、事なきを得たみたい。
 ついさっきまで課長から大目玉をくらってたところよ、彼女」

「んな……」



嘘だろうと絶句する。確かに初瀬は意外と気が短かったり不器用だったりで他人と衝突しやすい性格をしている。
だが根は真面目で、特に仕事に関してはやえも感心するほど真摯に取り組んでいたはずだ。
そんな初瀬が、まさか取引先とトラブルを起こすなんて……と、やえは頭を抱える。


「んで、なんだかんだうちのムードメーカーだった彼女があんな調子だとこっちまで気が滅入っちゃうのよね。
 ――と、いうわけで、あとはお願いしまーす、セ・ン・パ・イ♪」

「お前も先輩だろうに……いっつも私にまわすんだからな、まったく」

「そんなこと言って、ホントはまんざらでもないんでしょ?
 なんせ高校のときからの可愛い後輩ですもんねー。あーあ、私もそんな後輩欲しかったなー」


同期の言葉に苦笑いしつつも、頷く。
手のかかる後輩だが、その分可愛い後輩でもあるのだ、初瀬は。

それじゃあとはよろしくね、と背中を押され、やえは初瀬のもとへと向かった。
手に持ったコーヒーカップは二つ。
初瀬の好みは砂糖を二袋にミルクポーションを三個。甘党の後輩の好みはちゃんと把握している。
やえが近づいてきてもうなだれたままの初瀬の頭を、カップでコツンと小突いてやる。


「ほら、飲め。……帰り、飯でも奢るよ」

「…………せんぱいぃ~~」


涙目で情けない声を出した初瀬がなんだか無性に面白くて、やえはついつい噴き出してしまった。

定時より遅れること数時間、ようやく二人はその日の業務を終えて退社した。
もうしばらくは、この忙しさが続くだろう。
そろそろ疲れが身体に溜まってきたころだ。
こういうときこそ息抜きが大事だということを、やえは知っている。


「どーする、今日もいつものとこでいいか?」

「……え、あ、はい、先輩にお任せします!」


はっとした様子で慌てて返答する初瀬。
さっきからずっと上の空で、やえが話しかけても返事もおぼつかない。
こりゃ相当重症だな……と、やえは眉をしかめた。

とりあえずここまで

おつですー

乙ー!

保守

もうすぐ落ちてしまうな・・・

                    ,_,..,ィヽ,、       |
                   /;;::r‐~-ミ、     |    変  態 !
                 4~/へi::::::;/,ヘミ7     |  H E N T A I !
                 '-l|<>|:::::|<フ1|i'    ノ  ( へ ん た い )

                    l! '" |::::l、~`リ    へ
              /`ー、  ハー;";::i:::ヾイl! ,r'~`ヽ、 \
           ,.ィ" ri l i ト、 1:|`丶:;;;:イ' ill!7、 、 y;  ヽ、_` ー―――――
      ,. -‐''" 、 くゝソノリ~i | - 、 , -‐'7ハ ヾニト-    ~` ー- 、_

   , ィ ´      ,ゝ、_ `r'   l |  、レ // `テ三..ノく _ `       ヽ、
  /       , -' ,、  `、_)   l,i,  i //  (/  ...,,;;;;:` 、        ヽ
 ;'       '" ノ ;;;;::::      i !  : //    .....:::::;;イ、_、_\ _    _ノ
 l ..,, __,ィ"-‐´ ̄`i::::: ゙゙゙= ...,,,,,. l | ,//  - = ""::;; :/       ` '''' '"
            ヾ :;;;,,     ,i l,//     ,,..," /         _,,.....,_
   ,. -- .,_        \ :;,.   ;'  V ;!   `;  /;: ノ      ,.ィ'"XXXXヽ
  /XXX;iXXミ;:-,、     ヾ  '" ''' /./!  ヾ   /    ,. - '"XXXXXXXX;i!
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  XXX/       `ヽ 、     _ゝく      _,,. -`''"        i!XXXXX:|
 XXX7           `'''''''''''"    `'''''''''''´              |XXXXX !
 XXX|                                      |XXXXX|

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