地獄より玩具箱を (91)



「女にとっては、宝石なんてものはヒドく価値の高い存在である


石大きければ大きいほど、単純なまでに周囲を惹きつけ

どういうわけか同額のドル紙幣の束よりも遥かに価値のあるものに化けるのだ。


"女にとっては"


だからもし

大粒の輝くダイヤモンドが手に入ったなんて日には、
その女は心の底から舞いあがって、不用心にも自慢して回るかもしれない

優越感を得るために

愚かしくもそういう生き物だから仕方がないのだ。


女の社会の繋がりも、言うなれば互いの優越感から成り立っている。

どんなインテリぶって賢そうな面構えをしていても

誰しもが、他の誰かを見下したくてウズウズして
毎日飽きもせずに

ときに結託した嘲笑をもって
蹴落としてでも、彼女たちはその濁った愉悦に浸ろうと絶え間無く試み続ける。



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特に、淫売の中に生きる娼婦の世界なんてのは

そういう習慣やしきたりをドロドロのジャムみたいに煮詰めたような有様なのだ。


なればこそ、そんな奴らは最期は無惨にハラワタを晒してくたばってしまっても

まあ仕方ないだろう、俺はそう思えてしまうのだ…」


なんて

そんなことを学生時代に同級生の誰かが得意げに語っていた。


そんなことを不意に思い出す。


ーー
ーーー

早朝、第10分署署内の自販機前で、警官然とした女性が、注文したコーヒーを小さい紙コップから啜っている。

味も香りも、情緒もへったくれもない
濃いだけの安いインスタント物を
ただ眠気を冷ますためだけに飲み干す。


「………苦い」


少しは砂糖かミルクを入れても良かったな、というそんな後悔を

ロビン・スリンガー巡査、またの名を"トイボックス"(しかし殆どそうは呼ばれない)は黒い液体とともに腹に収めるのだった。



郊外の一軒家にてその愛すべき父親と暮らしている彼女だが
勤め先はこの街

鉄板がまるでウェディングケーキのように折り重なった、
多層構造都市"ネオポリス"である。


ネオポリス、この街に暮らす者達は人間以外も含めて畜生に至るまでが
皆"スーパーパワー"を持ち合わせている。


例にして大小様々、単に武具の扱いに秀でたものから
果ては天候まで変えてしまうような能力を誰もが備えていた。


しかしながら、それとて当の本人達からすると、人々の足の遅速や身長、体格
頭脳の優劣のそれのようにしか思えないのであった。


そんな街で、ロビンは一人の警官として自身の能力をふるい、
第10分署、通称"トップ10"の一員としてネオポリス市民のために働いている。


ロビン「…っと、いけない…あまりゆっくりしていられないわね」


コーヒーの苦味の残る喉奥から、ほうっと温い息を吐く暇もないくらい忙しなく

彼女は車中に待たせている同僚の下へ急いで向かうのだった。


ネオポリス:
特異な能力を持ったモノ達のために作られた複数の階層からなる大都市

その住民、種族は多岐に渡り
エイリアンや機械人間に怪獣野獣と、おおよそ人の想像のつくものはなんでも揃っている。

それに伴った人種または異種間の差別問題が根強く、景気経済の方は芳しくない、そして治安も悪い

要するに、よくある問題も抱えているのである。



トップ10:
多層都市ネオポリスの最上層に位置する警察機関の第10分署、その通称である。

超常的な街の治安を維持するために所属する全員が何らかの特殊能力を備えている。



ロビン・スリンガー(トイボックス):
トップ10所属の新米警官。
礼儀正しく博識で仲間内の評価も高い
しかし、私生活においてはやや問題があり

能力として、機械仕掛けのオモチャ達を遠隔操作することが可能
そのため、日頃から玩具の入った箱を持ち歩いている。



ジェフ・スマックス:
トイボックスの就任時よりコンビを組んでいる大柄の男

身長約二メートル四十センチ、青い肌で頭髪と眉が白い
筋骨隆々でほぼ不死身、胸からは強力なエネルギービームを発射することができる(威力、範囲の調節が可能)。

いつものラクガキ
ロビン
http://i.imgur.com/F9Ty6jv.jpg

スマックス
http://i.imgur.com/GKjOXAa.jpg




ジェフ・スマックスは夢を見ていた。

それは彼女、ロビンが初めて此処、第10分署にやって来た時のことであった。


ロビン『は、はじめまして…私は、ロビン・スリンガー…といいます』


犬の上司に促されるままに自己紹介したロビンは少しばかり緊張していて
ともすれば初々しい感じの絵に描いたような新人であった。


さて自分のときはどうだったかと彼が思い返して見ると

どうも悲しいことに、当初から変わらず無愛想だったような気しかしてこないのだった。


ロビン『よ、よろしく…おねがいします』


スマックス『………』


そしてその無愛想は、こんな可哀想な新入りに対しても遺憾なく発揮されたようで


ロビン『……あ…』


彼女が差し出した握手をスマックスはにべもなく無視した。

まだ右も左も分からない新人、ましてやパートナーに対して
我ながら酷い対応だったと、彼は夢の中で
柄にもなく反省してみるのであった。




スマックス「………」


ロビン「…ジェフ?」


スマックス「……zzz」


ロビン「ちょっと、ジェフ!?」


スマックス「うおっ?!……何だ」


ロビン「ちょっと、大丈夫?…具合でも」


スマックス「いや、少し寝てただけで何でもない」


ロビン「そう…」


警察車両の運転席で叩き起こされた彼は、その太い指で両目をこすり、眠気を拭い取った。


これから事件の現場に向かうというのに緊張感のない男である。

とはいえ、この街でやっていくためにはこのくらいが実はちょうど良いのかもしれないが


ロビン「貴方の分もコーヒー買ってくればよかったわね、寝不足?」


スマックス「……さあな、このところ働き通しだったからはっきり寝た記憶もない」


ロビン「そうね、確かに…ふぁ」


エンジン音を響かせて、道路を走り抜ける車中の二人は未だにどこか眠たげであったが

それは、ある事件に手を焼かされていて、一向に解決の日の目をみないまま捜査は膠着していたせいなのだった。


ロビン「………」


スマックス「…………」



始まりは今から一週間前
事件は霧深い夜に起きた。

深い暗がりの路地裏で、娼婦が一人死んでいたのだ


発見が比較的早期にも関わらず死体の損壊はひどく
喉を深く裂かれ、顔面は原型をとどめずに滅多斬り

下腹部を切り開かれて女性器を含む内臓を取り出し、切り刻まれていたのだった。


一見して地獄の惨状と思えるその現場を見た誰しもが、この犯人の異常性に恐怖したことは想像に難くない。


と同時に、この貧窮にあえぎ
アブノーマルな奴らが詰め込まれたこの街ならば、
こんな事件が起きても不思議でもないと
妙に納得してしまうのだった。


このような被害者をこれ以上ださぬよう事件の解決が急がれたのだが

その後犯人が捕まることもなく、二件目が起きていき
次いで三件目の事件が今現在起こってしまっていた。


二人を乗せた車が辿り着くそこは、
ようは"三人目"の事件現場なのであった。


ロビン「…着いた?」


スマックス「ああ、降りるぞ」



通報があった現場の路地近くに車を停め、二人が降り立つと

そこはやはりというか、再三事件が起きたということでそれなりの人混みが出来ていた。

何倍も五感が鋭く高速で駆け、空も飛べる優秀な野次馬達である。


その人垣の先に、カウボーイの格好をしたお世辞にも綺麗とは言えない中年の男、同僚のデュアンが立って二人の到着を待ち構えていた。

スマックス「おら散れっ、邪魔だテメエら全員しょっ引くぞ!」


デュアン「お、やっと来たのかご両人、いつまでよろしくやってんだと思ってイライラしたぜ」


ロビン「次、そんなこと言ったらホントに怒るからね、デュアン」


スマックス「……オイ、ピーターの奴はどうした、オマエらいつも仲良くお手手繋いでただろう?」


デュアン「あ~、アイツならほれ、あそこだ」


デュアンの下卑たジョークも意に介さず、スマックスが白い目で路地の脇を見てみると、
そこでピーター・チェイニー巡査が壁に手をつき、吐き気にえづいていた。


ピーター「うっぷ…ぉぇ」


ロビン「だ、大丈夫なの?彼」


デュアン「まあ仕方ねえよ、現場見ちまったらああもなるさ」


スマックス「……すると、またか」


デュアン「お察しの通り、またまた娼婦が殺されてたのさ、いつものように惨たらしいやり方でな…」


ピーター・チェイニー:
特殊能力として電撃を操ることが可能であり、そのパワーは優秀。
しかしながらイマイチうだつの上がらない青年。

女日照りの上、少しズレた性的嗜好の持ち主


デュアン・ボダイン(ダストデビル):
髭面で年のいったカウボーイ風の男

母親思いの良い人間なのだが、当の母親からはいつまでも独り身で落ち着きに欠けると心配されている。



ロビン「この路地の先に?…」


デュアン「ああ、現場はもう調べ終わったんだがな、まるで内臓の見本市だぜ…あれは」


ロビン「…ぅ」


スマックス「ふぅん……で?…オレ達は何をすればいいんだ?」


デュアン「ああ、応援に呼んだのはこの野次馬達の処理を頼むためだ、なにせこの黒山の人だかりだから適当に睨みきかせといてくれ」


スマックス「ああ、了解した」


デュアン「よし、じゃあピート!ほら行くぞ、お前いつまで女みたいにゲーゲー言ってやがる、シャンとしろ」


ピーター「わ、分かってるよ…ったく、はぁ」



ロビン「あの二人、これから何をするのかしら」


スマックス「そりゃあれだ、ガイシャの飛び散った肉片一つ残らずかき集めるんだろ、多分」


ロビン「そ、そう……ぅぷ」


スマックス「…ま、ダスト(塵、ゴミ、死体)なデビルには似合いの仕事だな」


デュアン「まだ聞こえてるぞ、スマックス」


スマックス「……へっ」


ロビン「"灰は灰に、塵は塵に…"ね……はあ、もういいから、仕事しましょう」



子供っぽいやり取りに付き合いれなくなったのか

ロビンは手早くオモチャのヘリを取り出すと、ヘリについたハンドアームにカメラを持たせて空から野次馬達の写真を撮ることにした。


それが終わると、今度はスマックスがその厳ついオーラを存分に発揮して野次馬達を散らしていくのだった。


スマックス「まったく、毎度毎度、野次馬ってのは飽きない連中だよ、呑気なもんだ」


ロビン「そうね、その上警察は文句言われるばかりだし…ふぁ」


スマックス「いっそのこと、全員吹き飛ばしてやりたい気分だ」


ロビン「滅多なこと言わないで、またゴシップにスッパ抜かれるわよ?」


スマックス「…ちっ」



トイボックスのオモチャ:
機械じかけのオモチャ達は時々油を差したりなどメンテナンスが必要
ロビン自身は愛称として"ヒューイ"と呼んでいたりもする


父親から譲り受けたものだが
その造形は"お人形さん"などと可愛いものでもなく

手や顔のついたヘリコプター、蜘蛛なような脚のついた戦車、
魔改造された赤ちゃん人形など
まるでトイストーリーのシドを彷彿とさせるような物が多い


第二章

- あるいは、喚き合う人々 -



事件は、犯人逮捕に至らないばかりか
次々と犠牲者を出してしまうという最悪の方向へと向かっている。

警察組織内外でのバッシングは酷く、
ミーティングルームに詰めたロビン含めその同僚達は
上司のケムロ・シーザーを前にしても疲れの色を隠せないでいたのだった。


シーザー「……さてと、まあみんな知っての通りだが、いま非常にマズイ状況だ」


ロビン「………」


シーザー「犯人を逃してばかりで死人は増える一方、上からの叱責は絶えないし市民の怒りの声も上がっている」


デュアン「怒りの声っていっても、あんなのは体のいい鬱憤ばらしですよ、いい加減こっちの身がもたねえや」


シーザー「まあそう言わない、厳しい市井皆々様のお声に耳を傾け、我々もより一層職務に励もうじゃないか」


スマックス「ふん…」

台詞の前の名前いらないと思う
かえって読みにくくなる

期待!

>>19
それで判別させられるか、技術に自信がないんだよなあ
そもそもがマイナー題材なのに

これはオリジナルss?
説明文とスーパーパワーって設定が無ければフィリップ・K・ディックが描いたと言っても騙されそう

>>22
元はアメコミの『トップ10』ていうやつ
いって分かるか怪しいんでオリみたいな体でおったけど
まあ失敗かなコレは



そんな部屋の中にいて、ジャッキー・コワルスキーは一層不機嫌な顔をしていた。


ジャッキー「ああもうホント許せないわ!どうせどこぞの変態の仕業だっていうのに!」


彼女は生来の気質から女性としても人一倍男というものに対して嫌悪感を抱く傾向にあったのだった。


確かに彼女の言うとおり、被害者の顔ぶれやその残忍な手口から

犯人は娼婦という存在に対して特別な感情、酷く歪んだ性的感情を持ち合わせていると推測されていた。

すると、彼女の中での犯人像は自ずと"根暗で陰気な歪んだ精神の男性"に絞られていたのだった。


シーザー「まあまあ、そう決めつけてかかるのもよくない、相手方の尻尾もつかめない以上はもっと範囲を広げてかからないと」


ジャッキー「はあ、そんなことしてもそれこそ無駄だと思うけどね私は、今やってる捜査にもっと集中するべきよ」


デュアン「ったく、それじゃあ何か?街中の男ども吊るし上げて拷問かけるってのか?」


シーザー「おいやめないか、ここは神聖なミーティングの場だぞ、それなのに」


ジャッキー「そうね、だったらまずアンタとアンタの相棒から始めようかね!」


シーザー「…………はぁ」



スマックス「………チッ」


ロビン「ジェフ?…」


喧々諤々、犬の縄張り争いより醜くうるさい部屋から抜け出して
スマックスは一人、廊下を歩きながら思案していた。

それは事件がどうこうではなく、実はこれから食う飯のことについてだった。


その後ろを、パートナーであるロビンが着いて回った。


スマックス「何だ、アカデミー出の良い子ちゃんはついてこなくてもいいんだぞ?」


ロビン「好きでついてきてるわけじゃないわ、貴方が勝手にいなくなろうとするからでしょう?」


スマックス「へえ、まあそうか」


ロビン「…どこいくの?」


スマックス「朝飯だ、まだ食堂はやってねえから外でどっか適当な所にでも」


ロビン「朝ご飯って…今は」


彼女が時計を見やると、今は十一時十分だった。
朝飯というにはいささか遅すぎるというものである。


ロビン「もうお昼よ?」


スマックス「仕方ないだろ、俺ァ朝は食ってないんだ、ついでに言うと昨日の夜もな…街をバカみたいに走り回って、オマケに収穫ゼロだったからよ」


ロビン「知ってるわよ、私も横にいたんだから…」


スマックス「そうだったか?視界に入らないんで忘れてたよ」


ロビン「あなたぐらい目線が高いと、ドラゴンか怪獣くらいしか目に入らないんでしょうね!」


スマックス「…思い出したくもない竜とかの話はするなよ、なんだ腹減ってんのか?お前も」


ロビン「…ええ、そうね…考えてみれば、私もお腹空いたかも」


スマックス「へえ、てっきり俺はお前さんも機械油で動いてるもんだと思ってたよ」


ロビン「茶化さないで、いいから車出してきてよ、私もお昼食べたいから」


スマックス「はいはい、仰せのままに…」



車が着いた先は、馴染みのカフェレストランだった。

薄っぺらのパンケーキに生クリームと蜂蜜をかけて味を誤魔化し、不味い泥水を客に飲ませる
この街にはよくある店であった。


スマックス「ハンバーガーをくれ、五人分…あとポテトもな」


ロビン「私はパンケーキとコーヒーを」


店員「……はいよ」


ウェイトレスはオーダーをとって店の奥に引っ込んだ
どうにも愛想がないようにみえたのは相手が警官だからというわけではなく、単にいつもの通りなのだろう。


スマックス「…しかし、よくもまあ昼飯にパンケーキなんて食べられるよな、ホント」


ロビン「何、いけない?あなただってハンバーガーじゃない」


スマックス「肉はいいんだよ肉は、どんなクズ肉でも脂を混ぜて固めて焼いてソースかけちまえば食える、床に落ちたり多少腐っててもな、だがパンケーキはパンだろ?」


ロビン「それが?」


スマックス「悪い小麦粉はどうしたって誤魔化しようがないし、せいぜい砂糖まぶしてシロップかけて食うしかねえ、だろ?」


ロビン「………ふぅーん」


スマックス「……どうした?」


ロビン「…いえ、とんだ与太話ね、あなたっていつもそんなこと考えながら食事してるのかと思って」


スマックス「……んなこたねえ偶々だ、今日は特別だ、たまたま特別腹が減ってイライラしてるだけだ」


そこにきて急にバツが悪くなったのか、スマックスは頬をかきながらプイと視線を逸らした。

視線を逸らして窓際の席のカボチャ頭の客と、その連れのウサギの格好をした女を見た。


ロビン「そ、まああれね、あなたが皆に"年中生理前みたいな奴"って言われてるのかなんとなく分かった気がするわ…」


スマックス「ほっとけ、いまのはついだ、つい」


ロビン「そんなにムキにならなくてもいいわよ、はあ……私ちょっと化粧直してくるから…」


スマックス「知らん、黙っていけ」


ロビン「私が戻ってくるまでオイタしちゃダメだからね」


スマックス「お前は俺の保護者か」


彼女がトイレに引っ込んだ後、スマックスは他人が見てもイライラしてる風にテーブルを指でトントンとし始めた。


それはひとえに腹が減っていたからであるが、ついでに言うとそれを察しない店にもイライラしていたのだった。


多分この店は注文したハンバーガー五人分が出来上がるまで席には持ってこないつもりなのだろう。


融通のきかない店だといつもそうだし、その方が効率的でもあるからだ。


しかしだ、それでもスマックスはとりあえずでいいからこの空腹を落ち着けるために、一先ずのパンをまっさきに持ってきて欲しいと思ってしまうのであった。


スマックス「………ふん…」



店内には昼頃ということもあってソコソコの客の入りがあった。

席の埋まり具合にして七割程度だろうか、そんな中


カボチャ「だから……携帯電話だけで……」


ウサギ「えーっ…うそぉ……」


カボチャ「ま、どこまで……かは分からねえが……」


窓際のテーブルに座ったカボチャの被り物をした男とウサギのコスプレをした女、先ほどスマックスが視線を送っていた二人がなにやら少し不穏な会話をしているような

彼はそんな気がしていたのだった。


スマックス「…………」


カボチャ「…今さらカタギには………」


ウサギ「じゃあどうすんのよ……」


カボチャ「だからよぉ……いっちょここらで…」


スマックス「………………おっ」


店員「………」

途切れ途切れに聞こえてくる内容に耳を傾けていたスマックスであったが、
しかし店の奥から店員が盆を持って現れたので一時中断したのだった。



スマックス「(ようやくか……アイツはまだ戻ってねえが、まあ構うこたないよな)」


スマックス「(しかしなあ、女のトイレってのはどうしてこう長いもんなのか……この)」


カボチャ「おらぁあっ!全員床に伏せろぉコラぉあっ!!」



スマックス「……………あ?」


ウサギ「全員サイフ出してアタシ達に差し出しなっ!グズが!!」


その瞬間、突然店内に響き渡った怒声の意味を、スマックスは腹ペコの頭ではすぐには理解できなかった。


ただ、視界に映っていたのは
カボチャ頭とウサギ女が拳銃を構えて店中を脅し始めたことと


店員「ひっ、ひいっ?!」


すくんで倒れこんだ挙句、手に持った盆も料理もひっくり返して撒き散らすあの店員の姿、

バラバラになったパテとバンズと野菜達がソースを振りまきながら床に叩きつけられていく様子だった。


スマックス「」


カボチャ「へっ、ちょろいぜこいつら」


すっかり降参したのからなのか、動かない客達を見て気分を良くした男は鼻歌交じりに黒いゴミ袋を用意し出し


カボチャ「さあ!全員この中にテメェらの財布を入れやがれってんだ!!」


と高々と言い放ち、まんまと客たちの懐から金目のものをゴッソリと頂いてトンズラする、そのつもりだった。

しかし


スマックス「ふんっ!!」


カボチャ「ぎゃひっ!?」


立ち上がったスマックスが撃ち放った光線に吹き飛ばされ窓ガラスを突き破って道路にあっけなく叩きつけられた。

突然のことに通行人からも何事かと悲鳴が上がる。


ウサギ「っ?! ち、ちょおぉおっ!?何しゃがんだこのダボォ!!」


スマックス「……ハァ…落ち着けよ、まずは銃を下ろせ」


ウサギ「下ろせるわけねーだろっ!デカブツが!ウチのカレを殺しやがってこの!!」


女のほうも錯乱して、ガタガタとした手つきで銃口をスマックスに向ける。

すっかり動揺していてマトモに命中出来るか怪しい感じであった。

当たったところで、彼にはどうということもないのだが


スマックス「殺してねえ、殺してねえよ……ただ助けただけだ」


ウサギ「ハァ?助けただ?…助けたって何さ!」


スマックス「……つまりだな」


ウサギ「?……あっ、おいおいおいおいぃぃいいっ!!てめえ何だ!急に出てきてっ!!」


ロビン「…それはこっちのセリフよ、ジェフ!この状況は一体なに?!」


スマックス「…あ、あ~ぁ」


ようやく話になりそうだったタイミングで、騒ぎを聞きつけたロビンが化粧室から自前の銃を構えて出てきた。

警官としては正しい判断ではある、しかしながらこの場合は余計に話をこじらせるだけなのであった。



ロビン「貴方また余計な騒ぎを起こしたの?」


スマックス「違う、俺からじゃねえよ!いいから銃を下ろせ」


ウサギ「そうだよ銃を下ろしなこのアマっ!!」


ロビン「…っ!」


スマックス「よせ、いいから……話をするだけだ、すぐに済む」


ロビン「……………………そう…分かった」


ウサギ「話ってなんだい?どうせサツが来るまでの時間稼ぎなんだろ?」


スマックス「そんなんじゃねえさ、ただ話をするだけだ、他に目的は何もねえ…まあ撃ちたきゃいつでも撃て、俺は逃げねえし隠れもしねえよ」


ウサギ「………ちっ…」


スマックス「………フゥ…」


スマックス「……お前さん方、ここいらじゃ見ねえ顔だが、なんだ?他所から来たのか?」


ウサギ「そうだよ、外で散々チンケなスリとか強盗やって、警察に追われるままにここに来たってわけさ!」


スマックス「なるほど、外か…どうりで、それでこの街で名をあげようってんで強盗してやろうって思ったわけか…」


ウサギ「ああ、ご明察だよクソ探偵さん」


スマックス「……つまりは、このネオポリスって街をよく知らなくても…まあ当然ってわけだ、納得したよ」


ウサギ「そんなの、全員ぴっちりタイツ着てゲイみたいな格好してる街だろ?そんくらい知ってるよ!!」


スマックス「ああ……まあそうだな、確かにそうだ………時にだな、あそこの席に座ってるその"ゲイ"だが」


ウサギ「あん?」


スマックスはそう言うと、向こうの席に座っていた怪獣を指差した。

一見して常人には着ぐるみのようにも思えるのだが
その大きな牙も、太い四肢も全て生まれ持っての自前のものなのだった。


アーネスト・ゴグラ:
ネオポリスに住む怪獣の若者。
サウリアン(恐竜人間)。
緑色のゴツゴツした肌に鋭い牙を持ち、スマックス並みにデカい

父親は身長25mのアル中で息子をパクった警察署に文句を言いに来る、いわばモンスターペアレント。

親戚にゴヂラ(原文Gojira)というアーネスト曰くお人好しの怪獣がいる


アーネスト「コラァ!指ぃ差すんじゃねえよスマックス!誰がゲイだと!?このっ」


スマックス「…まあ、見ての通りあいつは荒くれ者のチンピラでよ、正直いってお前らの持ってるピストル程度じゃまず歯が立たねえ」


ウサギ「………ぅ…」


スマックス「その上ヘタに近づいたら、あの牙の並んだ口でバクリとやられてたところだぜ、なあ?アーネスト」


アーネスト「……ちっ、ったく邪魔しやがってよてめえ、糞スマックスが」


ウサギ「………っ…」


スマックス「…な?助けたってのはつまりはこういう意味だ、お嬢さん…」


ウサギ「て、てめ…え、この」


スマックス「言っとくが、危ねえのはアイツだけじゃねえ、俺もそうだし、正直いってこの店ん中の殆どはそうだ」


ウサギ「……は、は?」


そのときになって、女は初めて冷静に店を見渡した。


よく見れば、タイツを着た客の殆どは全員が銃に怯えて動けないわけではなく

何人かは虎視眈々と動かず、スーパーパワーを発揮して活躍のタイミングを狙っていたにすぎなかった。


客達の眼を見て、女はようやくそのことに気づいたのだった。


ウサギ「あ、ああ……あ」


スマックス「……ハァ…ほら」


すっかり縮んでしまったウサギ女に、スマックスは近づき
財布からお札を取り出して、目の前のテーブルに置いた。


ウサギ「な、なな、なんだい?」


スマックス「それをやる、外で倒れてる連れの男を起こして、とっととこの街から出てけ、そして二度と来るな」


ウサギ「…………は、はははは、は」


そう言われて、女の方も素直に状況を理解したのか
貰えるものだけ引っつかんで足早に店から逃げ出していった。

外で転がってる彼氏を叩き起こして


ウサギ「ほら!はやくヅラかろうよティミー!もうっ!」


カボチャ「くそ、痛え…イッテェよぉ…」


情けなく引きつった表情を晒しながら、街を後にして
そして、二度と訪れることはなかったのだった。


スマックス「…………」


ロビン「…………」


スマックス「……さてと、俺たちも出るか…」


ロビン「…そうね、もうここじゃ食べる気にならないし…」


扉をくぐって、ロビンとスマックスが外に出ると
遠くに肩を貸して彼氏を引きずる女の後ろ姿がまだ見えていた。


しかしそれには一瞥もくれず
二人して歩きだし、そのまま別のレストランへと向かうのだった。


ロビン「……貴方にしては、随分とおとなしいやり方だったわね、あれは」


スマックス「腹が減ってただけだ、あいつらは幸運だよ…ホントなら、な」


ロビン「それはいいこと聞いた、今度から外回りのときは空腹でいてもらおうかしら、面倒がなくていいから」


スマックス「…………」


第三章

- 他人と自分の都合 -



二件目の殺人があった時、最初に現場にいたのはスマックスとロビンだった。

最初の惨殺事件のこともあってかなり目を光らせていたのだが、そんな中でも警察は怪しい人影を見つけることは出来ないままであった。



スマックス「ったく、世の中どうかしてる……こんな事件はよ」


ロビン「………ぉぇ」


その娼婦は、一件目よりは比較的大人しめの惨状とも言えたのだが
それでも、常人には見るに堪えない状態だった。

相変わらず、喉と腹が裂かれ性器をはじめとした内臓がかき乱されて辺りにバラバラと撒き散らされていて、酷い匂いがした。


スマックス「おい、お前は別に見なくてもいいんだぞ、車に引っ込んでても」


ロビン「い、いいわよ別に…平気よ」


スマックス「そうか?…俺より顔が青くなってて今にもぶっ倒れそうだが…」


ロビン「………かもね、ぅぅ」


彼女も、ついにたまらずよろけてどこか座れる場所を探しだす。

遺体のそばはどこも血と肉片で汚れていたので
まあ仕方なくお言葉に甘え、靴裏を拭って車の座席に座ることにした。


ロビン「……はぁ」


彼女が一息入れたタイミングでちょうどよく車の無線に着信がはいった。


ロビン「……はい、こちらスリンガー巡査」


無線の相手は犬の上司こと、シーザー巡査部長だった。


シーザー『ああロビン、君か、こちらケムロだ…スマックスはどうしている?』


ロビン「今は、彼と現場に来て死体のそばにいますが、どうかしましたか?」


シーザー『そうか……いや、そっちに民間のヘリが近づいてるらしいから、そのことを彼に伝えておいてくれないかい?』



ロビン「……ああ、はい…分かりました伝えておきます」


シーザー『頼む、出来るだけ事を荒立てないようにしてくれよ』


ロビン『はい…』


なにやら心配そうな声色のまま、簡潔に内容を伝えると彼はそのまま通信を切り上げた。


彼の心配ごとというのは捜査の上で時折障害となる、ある事柄についてのことなのであった。


ロビン「ああ、ジェフ?ちょっといい?」


スマックス「あん?なんだもうよくなったのか?」


ロビン「いえ、まだちょっと…それよりもケムロ巡査部長が」


スマックス「…犬っころがどうしたって?」


ロビン「…"民間のヘリが近づいてるから"って」


スマックス「おう、撃ち落とせってか?」


ロビン「じゃなくて、手を出すなってことでしょ?」


スマックス「けっ、俺から手を出すわけじゃねえよ、いつも…」



『『さぁーて皆さん!今週も始まりました"HERO's TeleVision"!!』』


スマックス「……チッ」


上空から、浮かれた声が響いた瞬間
スマックスは実に苦い顔をして、頭痛に耐えるかのように眉間を抑えた。


声の出元は飛行中のテレビ局のヘリ
それに乗っていた明るいレポーターであった。



レポーター『ワタクシは今、クールでホットな事件現場に来ております!!そこに続々と我らがヒーロー達が事件解決の栄誉をかけて集まってまいりましたあっ!!』


HERO's TeleVisionとは、このネオポリスで収録されている
ヒーローのヒーローによる
ヒーローのための番組である。

毎回、街で巻き起こる事件に首を突っ込んで、解決したならそのセンセーショナル度合いに応じたポイントが加算されていく


一年ごとにポイントの合計でランキングを競い合い
見事一位になれば、栄光のChampion of HEROES の称号を手にすることが出来るのだ。


出演者は現在フローズンガール、マンモストーン、ザ・タイフーン、サンダーボーイ、提灯マン、バーナーマスク

そしてあと一名はすでに現場の目の前に来ていた…


ブルータイガー「おや、どうやらこの私がいの一番に到着してしまったみたいだね、諸君」


スマックス「…………」


ロビン「…………あーあ…」


とまあここまで長々説明したわけだが

とりあえず、スマックスはこういう連中が
番組の内容を含めて嫌いなのであった。


ロビン「…あの、ここは民間人は立ち入り禁止ですから、下がってもらえますか?」


ブルータイガー「心配なく、私もヒーローですので、喜んで操作に参加させてもらいますよ…ってね」


スマックス「誰も頼んじゃいねえよ、このケツの青い能天気野郎どもが…」


ブルータイガー「ぬが?!くっ…ほっほぉ、言うじゃあないか、青デカ大将…」


スマックス「……………」


この手の番組は、警察が犯人逮捕に手こずっていると決まってしゃしゃり出てくる

スマックスにとっては疫病神のような存在だ。


いわば、捜査が長引いたときのお決まりの問題の一つなのであった。


ロビン「ちょっと二人とも、睨み合うのはいいけど手荒なことは無しよ…警部にまた何言われるか」


ブルータイガー「心配しなくてもお嬢さん、私なら大丈夫…この程度のチンピラに屈することはありません」


スマックス「……………」


ロビン「(別にしてないけど……まあ確かに、ジェフって悪役面かもね…肌青いし)」


スマックス「聞こえてるぞ、ていうか表情に出すな…」


ブルータイガー「…さてと」


スマックス「おぁっと、だからその先に入るんじゃねえ、ぶっ飛ばされてえのかテメエはよ」


ブルータイガー「……はあ、喧嘩したいのならいいがな、言っとくがこっちはこう見えて常人の100倍のパワーとスピードを持ってる上に視覚も聴覚も嗅覚まで100倍…これで警察の見つけられないような手がかりまでこっちは見つけられちまうってわけだ、まあ…こんなこと、テレビを見ていれば常識だろうがね!」


スマックス「知らねえよ、とっとと失せろって言ったのが聞こえなかったのか?」


ブルータイガー「そっちこそ、この正義のヒーロー"ブルータイガー"に楯突くのならば、たとえ警察でも容赦はしないぞ」


レポーター『おーっとここでブルータイガーが、青いオーガのような警官と睨み合いだーっ!一体どうなってしまうのかーっ?!』


スマックス「……これが最後だ、どけ…そして消えな」


ブルータイガー「それは、こちらのセリフだ!!」


瞬間、目の前の男の体が青いスーツ越しに光り始めその身体能力が跳ね上がった。


スマックス「…!?」


ブルータイガー「だぁああっ!!」


百人力、100倍のパンチ力でブルータイガーがスマックスの鳩尾にパンチをいれ、続けざまに顎を打ち抜いた。

普通なら腹に穴があき、首が飛んでもおかしくはない威力である。


スマックス「」


ブルータイガー「どうだ、私の正義の鉄拳を…思い知ったか」


スマックス「……………」


ロビン「……ハァ…」


しかしながら、スマックスは倒れるどころか少しもよろめくこともなく、殴られた顎を少しばかり掻いて


ブルータイガー「ギャインッ!?!?」


哀れな虎に向かって、その巨腕をふるい
相手を殴り飛ばして気絶させてしまったのだった。


ロビン「……あーあ、これは…また」


スマックス「……何だ?今の問題でもあるか?…捜査妨害だろ、こいつは」


ロビン「……はぁ、別に?…青いのが二つ並んで見分けつかないなって思ってたところだったから丁度よかったわ」


スマックス「は、そいつはまた、皮肉の効いたお言葉だな」


ロビン「ええ、それもたっぷり、ね……」



この後
全国放送のカメラの前でテレビのヒーローをぶっ飛ばしてしまったスマックスは、当然ながらお偉い上司の前に引っ立てられ

警部のスティーブ・トレイナーからキツいお叱りを受けることになってしまうのだった。


第四章

- 夜闇にみえる何か -




連続娼婦殺人事件も三件を重ねた頃
最初の事件からすでに二週間以上の時間が過ぎていた。


ジョン「"神は我が内臓を創り、そして母の胎内にて我を組み上げたもう"…」


シーザー「言っておくがジョン、私は犬だから聖書は読まないぞ」


会議室の一角で
悪魔を信仰し、悪魔についての知識( 加えて対立する神話、聖書に関する知識 )が豊富であるジョン・コルボ刑事は一連の事件にある種の儀式めいた意味がある可能性を示唆していた。


ジョン「母なる海、神なる聖母に抱かれ…と例えられるように子宮というのは神話や宗教において特別な意味合いを持つ場合も多く

それは世界の始まりであり、生命の生まれ出ずる場所であり、ひいては悪魔にとっては不可侵の領域であるともされる」


シーザー「はあ、ふむ」


ジョン「そんな子宮を切り刻む、持ち去る、あたりにばら撒くなんてのは悪魔儀式の体系の一つのようであるというのがひとまずの見解なんだが」


シーザー「…よう、というのは確固としたものではないということか?」


ジョン「まあ、やるにしても形式、手順がずさん過ぎで、まるで素人でね、これじゃ…目隠しで支度するようなものだ」


シーザー「………ふむ、それで、君の相棒はどうだって?」


ジョン「ええ…シン、彼女は、酷い憎しみの色が"聞こえる"と…ただ純粋に…一色に染められているとだけ」


シーザー「…つまり、そう追えるような手がかりは無し、か」


ジョン「あの辺りは路地の奥へ入っていくと残った隠微な匂いがうるさ過ぎると、彼女も苦労してましたよ」


シーザー「………………」


ーーー
ーー



ロビンは夜の町の
そのくすんだ色をした建物の屋上を走り回っていた。


ロビン「ハァ…ハァ…はっ!」


走る勢いのままに、屋上の縁からジャンプして隣の屋上を狙う。


しかし、その脚力では若干ながら飛距離が足らないのだった。

そこで彼女は


ロビン「っ、ヒューイ!」


連れていた小さなヘリコプターに手をかけて、その僅かな浮力で滞空時間を稼ぎ
緩やかに先の屋上へと着地した。


ロビン「…よっ、し!…くっ!」


その瞳の見据える先には、ロビンのように屋上を駆け、飛び回る影があった。


?「……!」


事件の容疑者にして、おおよそ犯人と思われるその人物を彼女は必死に追いかけていた。


ロビン「待ちなさい!このっ!」


何せとうとう"四人目の被害者"を出してしまった。

目と鼻の先ほどの距離にまで見つけた相手を、
ここまで来たら逃すわけにはいかなかったのだった。


十分前。

相変わらずの饐えたような匂いのする狭い路地に雁首揃えて

無能な刑事たちが死体を見下ろしていた。


ジョン「どう思う?…これを」


ジョンは、傍で口元に手を当てて考え事をしているパートナーのミリアム・ジャクソン刑事に尋ねた。

"共感覚"の能力を持つ彼女の意見は、現場検証においてかなり重要な意味を持つことが多いのだ。


ミリアム「……そうね、とても…綺麗、だと」


スマックス「綺麗?…そりゃなんだ、随分な趣味じゃないか…捜査のやり過ぎで犯人の気にでも当てられたか?」


ミリアム「いえそうじゃないわ、ただ…とてもやり口がスマートになってきているのよ、犯人の」


ジョン「ああ、鑑識の方でも言ってたやつか…回を重ねるごとに死体の損傷に無駄がないって、無駄なく腹を切り開き臓器を取り出していると」


ミリアム「ええそう、それはここの空気からも読み取れるわ…初めの頃はガムシャラだった意志が、今は比較的研ぎ澄まされて……混濁した音がよりシンプルな味になっている」


ジョン「そうか、いわゆる慣れというやつだろうな…」


ここでジョンがうった相槌は、実は半ば適当なものであった。

ミリアムと話をするときは取り敢えずの感覚に任せ
ぼんやりとした意味に捉えることにしているのだ。

いわば、絵画や音楽と同じである。


スマックス「毎度のことだが、分からねえ会話だ…」


ミリアム・ジャクソン(シナスタシア):
肌の浅黒い眼鏡をかけた女性刑事
ジョンのパートナー

その名が示すとおり
共感覚(Synesthesia)という特殊な知覚能力を持つ

そのため、感覚的な表現が人とは少し異なることも

現場捜査においてはその能力がいかんなく発揮される。



ミリアム「通報からまだ間もないからか、まだ音自体もはっきりと……もしかしたらまだ近くに」


ジョン「その音の聞こえる方へいけば、そこに犯人が…」



スマックス「おい!上に誰か…!」


二人が辺りに捜索にでようとしたその時、声を上げたのは現場の警護に出ていたスマックスだった。


すぐ上の、建物の屋上からこちらを見つめている影を発見して叫んだのであった。

鳥かとも思ったのだが、それにしては大きすぎて
第一、帽子を被る鳥にはまだ彼はお目にかかったことはなかった。

探せばどこかにいるのだろうが


?「……っ」


ジョン「チッ!屋上つたいに逃げ出したぞ、遠すぎる!」


ミリアム「私は付近の警官に連絡を、後は…こういう時は頼んだわよスマックス、ロビン」


スマックス「だとさ、いくぞ」


ロビン「…はぁ」



ロビンは、これからしなければならないことを思い、ゲンナリした。

しかしながらそれが避けられないことだということも分かっていたので
仕方なく、スマックスがかがみながら組んだ両手のひらを見つめた。


ロビン「…わかった、いくわよ!」


手早く箱から二機"小型ヘリ"を飛ばすと、そのまま駆け出してスマックスの手に足をかけた。

それを支えるように彼の肩に手をかける。


スマックス「そらよっ!」


と同時にスマックスが彼女の体を思い切り上に投げ上げ、その怪力によってロビンは建物の屋上よりも高い位置にまで飛び上がることになったのだった。


ロビン「…っし…ヒューイ!」


そこからさっきの影の逃げていく後ろ姿を確認すると、先行させていた一機のヒューイを掴んで方向転換、無理やり屋上に着地した。


ロビン「っつぅ…まったく、もう少し現場に"飛べる人"いないものかしら…!」


?「クソッ…!」


そうこぼす愚痴もそこそこに走り出して影を追った。

目と鼻の先ほどの距離にまで見つけたこの相手を、
ここまで来たら逃すわけにはいかなかったのだった。



ロビン「…っ、止まりなさい!こちらは ロビン・スリンガー巡査、逃げるというのなら…撃つ!」


?「警察の連中が…そんな甘いことじゃ誰も捕まえられないぞ」


ロビン「ーーっ!このっ」


彼女は懐からテーザーガンを取り出して投げ、それを空中でヒューイの手にキャッチさせた。

そしてそのまま


?「っ?!あがっ!?が、ががが!」


有効射程まで高速で飛行させ
その背中に電極を撃ち込ませた。

敵を痺れさせ、もんどりうって汚れて湿った屋上に倒れさせることに成功したのだった。


ロビン「はぁ…はぁ……はぁぁぁ…」


そのそばまで歩み寄って、ようやく彼女も膝に手をつき、息をつくことができた。

近くで見ると、その影は思ったより背の低い
帽子を被りコートを来た一人の男だった。


ロビン「…はぁ……ったく、被疑者を、確保…これより署に連行し」


?「ぐ、ぬぅおっ!」

彼女が安心したその途端、男は跳ね起きて、逃げ出そうと足を踏み出した。


ロビン「あっ!待って!」


?「邪魔だ!」

ロビン「ぐっ!?」


それに追いすがろうとコートの肩を掴んだロビンだったが、逆にその右手を敵にひねり上げられてしまう。

その上に敵の手がロビンの人差し指と中指を握りしめ、思い切り普通とは逆方向へと折り曲げた。


ロビン「は、がっ!?ぁああああ!!」


ポキリと小気味のいい音がして、二本の指の骨が折れた。

流石にその痛みには耐え切れず、今度は彼女が屋上で悶える羽目になってしまった。


?「…くそっ!……ぁぁ、悪く思うなよ…ったく」


ロビン「なに、いって…」


ロビンを撃退し、そのまま立ち去ろうとする犯人の足音がだんだんと彼女から遠くなる。


しかしまだ痺れが残っているためかその足取りはけして軽快ではなかった。


?「がっ?!」


キャシー「…ふっ!」


そこへ、音もなく滑空して来た鋼鉄の羽が突っ込んできて、鉤爪の着いていないブーツで犯人を蹴り飛ばした。

コンクリの上を転がされ、今度こそ男は気絶したのだった。


キャシー「…ふぅ、ああ遅れてしまってごめんなさいロビン、大丈夫?」


ロビン「え、ええ…指を折られただけです…警部補、切られたわけではないので」


キャシー「それだけ物が言えれば大丈夫ね…よくやったわ」


気を失った男は手錠で拘束されて、帽子と
そして覆面を取り払われた。

それはインクの染みがまるで生き物のように蠢く、実に奇妙な覆面であった。


キャシー・コルビー(ペレグレン):
警部補

ヒーローらしいコスチュームに機械の翼をもち、飛行が可能

長い黒髪のカツラをコスチュームの一部として付けているが地毛は白く短髪に刈っている。

体も鍛えてあるようで結構筋肉質



ーーーーーーーー

俺が覆面を脱いでいれば、誰も彼も俺の素顔には気づかない。

たとえ大っぴらに街角に立って、デカイ看板を掲げていても

ただの邪魔臭いジャンキーかxxxxぐらいにしか思われない


あの日は、俺は"スーツ"の仕立て屋の前にいた。たまたまだ


ヒーローに憧れる奴、もしくは悪事を働こうっていうクズどもが

その姿を世間に焼き付けるため、特徴的なケミカル色のコスチュームを求めるときにここを訪れる。
もちろん、俺はそんなことはしないが


その店に、マリア・コロナーという女の仕立て職人がいたという。

世間一般でいえば美しい女性だったんだろうが、
最早それは手遅れだ。


思えば、もっと早くに止めていればと後悔しないわけでもない。

ーーーーーーーー


手帳の最後のページにはそんなようなことが実に不安定な走り書きで書かれていた。


それより古いページは質の悪いインクが滲んでいて書いた本人以外ではまず解読不能であった。


スマックス「……おい、この文章は一体どういう意味があるんだ?…ウォルター」


ロールシャッハ「俺を"ウォルター"と呼ぶようなやつに説明する義理はない、俺の顔を返してくれれば、話してやらんこともないがな」


スマックス「話してやるだと?お前さん自分の立ち位置がよく分かってねえようだな…それとも薬でもやって錯乱してるのか…」


ロールシャッハ「は、そんな金があるように見えたか?生憎明日の飯にも困る有様でね……残念だが俺は正気だよ」


署内の取り調べ室に件の事件の犯人と思しき男が椅子に手錠(特注で、超人的な怪力で破壊されることも、もしくはマジックのような鍵開けでも解錠されない特殊なもの)で繋がれていた。


薄汚れた縦縞のスーツ姿で生ゴミのような匂いを漂わせる、一目見てイカれているとわかる男だった。


デュアン「ウォルター・コバックス…アンタの経歴を見させてもらったが、中々に興味深かった」


ロールシャッハ「…………」


デュアン「幼少期、娼婦をやっていた母親からひどい暴力とネグレクトを受けていた上、そのことで近所の同世代の子達から迫害に近い扱いも受けていたと…」


ロールシャッハ「……間違っちゃいないが、それは俺の経歴じゃあない…あくまでウォルターのものだ、奴は死んだ」


スマックス「そうかい、だったら今…俺の目の前にいるこの気狂いのサイコ野郎はいったい誰だっていうんだろうな?」


ロールシャッハ「さあな、鏡でも見ているんじゃあないか?それかまたは、インクの染みか…」


デュアン「落ち着けよスマックス…相棒の敵討ちなら他所でやってくれ」


スマックス「……そんなんじゃねえ、あいつは指が折れただけだぞ、死んだわけでもない」


ロールシャッハ「"善い警官、悪い警官ゴッコ"なんて茶番はやめろ、さっさと俺をここから出せ」


デュアン「黙れウォルター、いやロールシャッハか?どの道そっちにだけでも充分に嫌疑はかかってるんだからな」


スマックス「………」


デュアン「はっきりしているところで二件の殺人の証拠が出ているし、あとも数え切れないくらい暴行、恐喝、傷害容疑がかかってるんだよ、分かってんのか?」


ロールシャッハ「覚えはある…だが罪悪感はまるでないがな」


スマックス「ふざけた野郎だ…こんな与太話には付き合い切れん、さっさと本題だけ話せ…テメエはあの時あそこで何をやっていやがった」


ロールシャッハ「……………」


デュアン「お前さんが犯人なのか、四人も娼婦を殺して死体を解体し、警察の捜査網をくぐり抜け逃げおおせていたってのか?」


ロールシャッハ「……………」


デュアン「どうなんだ?!」


ロールシャッハ「……………………」


ロールシャッハ「……俺はお尋ね者だ…俺の言うことをまず信じる警官はいやしないだろう、そう考えたんだよ、まず最初にな…」


デュアン「なんだって?」


ロールシャッハ「……手帳を返してくれ、それがあればより正確にことを思い出せるからな…」


スマックス「これか?…この薄汚れた手帳を?」


ロールシャッハ「別に何も仕込んでやしない、だろ?」


スマックス「…………………」


デュアン「…スマックス、渡してやれ、話が進まないだろ」


スマックス「…チッ、ほらよ」


ロールシャッハ「やぁ親切にどうもお巡りさん」


スマックス「…………」


ロールシャッハ「………こんな話、ほら吹きだと思うのなら好きにしろ、最初からそのつもりで俺は行動してたんだからな…」


スマックス「いいから始めろ…」


ロールシャッハ「………最初の事件の前日、俺は当てがあるわけでもなくただ偶然に娼婦街の端をウロチョロとしていた」


第五章

- およそ三行に要約できる長話 -


ーーーーー

俺は、娼婦という生き物が嫌いだ。それは母親のことを抜きにしても変わることはない。


特にあの辺りは淫欲で肥え太った仕切り屋のラージ・マージとかいう娼婦の親玉が仕切っていてとても手に負えない

あの女に関しては警察の方がよほど承知だろうとは思うが、一応な



そんな自警団気取りの娼婦どもだったが、もちろんマージを筆頭にした一枚岩というわけじゃあなかった


当然だ、軍隊だって離反者がいないわけじゃない、それが豚の集まりならなおのことだ


つまり、奴に対して反抗意識の強い娼婦の集団もあったってことさ


特に、この半ば治外法権のネオポリスに流れてきた外部のよそ者連中なんかはそうだった。


そういう奴らもまた、集団を作って
そして集団同士で罵り合っていた。

同じ穴の狢同士で、哀れな連中だ


そんな中、俺はある現場に遭遇した

淫らな汚泥の上で娼婦同士の小競り合い、というかリンチが行われているところにな


見るからに娼婦と言った女が五人で、一人の女をいたぶっていた。


その女の名前はマリア・コロナー、後にそいつは根っから娼婦というわけではなく当時は服屋で仕立て職人をやっていたことが分かった

やや美しくも働き者で、それなりの人格者だったとのことだ


俺か?俺はそれを黙って見ていた、
下手に介入して、マージに目をつけられたくなかったからな

それに、助けるほどの恩義も
俺はその娼婦に感じてはいなかったしな



地面に転がされ盲ろうとする彼女から
娼婦達は何かを奪い取った。


遠目でよくは分からなかったが、俺にはそれは宝石のようにも見えた。


それを娼婦の一人が何を思ったか飲み込んだんだ、まるで麻薬の密輸みたいに

かなり大粒だったせいか、飲むのに苦労していたようだったな


そして、奴らはボロボロになったマリアを捨て置いて何処かへと去っていった。

残ったのは、ボロ雑巾のような哀れな女が一人だけ


そして俺もその場を離れて、この事はさっぱりと忘れるはずだった。




捨てられていた新聞で、あのときの娼婦の一人が惨たらしく殺されたことを知らなければな



誰に言われるでもなく、俺はマリア・コロナーの足取りを追った。


奴は住み込みで働いていた服屋から姿を消し、噂じゃ娼婦街で身をやつしていたとかいわれていた。

表の足取りはそこからすっかり途切れていたってわけだ


噂ついでに、酒場で張っていたときにこんな話を聞いた。


ある日に、マリア・コロナーはそこの酒場の主人に革製の料理着を渡しに来ていたらしい


そこで出会ったのがドコソコの惑星だかのお偉いさんだとかナントカ


要するにマリアは、どうやらそいつにいたく惚れ込まれたらしく

カウンター越しに速攻でプロポーズされて、舞い上がってたというのを見た客が何人かいたんだとさ

異星人といえど見かけは地球人としてはまあ悪くはなかったらしい


それで彼女はプロポーズの証だとかで、そいつのお家の家宝の品を受け取った。


それは、俺がいつかに見たような実に見事なデカイ宝石だったんだとさ


「ワタシはコレカラ別の星でオシゴトがあるからソレが終わったら迎えに来るよソレマデこれをキミに預けておくからね」


いけすかない台詞だ、こんな物も書き留めていたとは、我ながら小まめなことだ



こんなシチュエーション、女としてはさながら白馬の王子様とお姫様だったんだろうな


本当に、まったく幸運なことだ

ただ一つ、ついてないことがあったとするならば
その酒場が、あの娼婦達の溜まり場だったってことだが



その一連のやりとりを、あいつらも始終見ていたんだろうな


ここからは想像だが、マリアは恐らくそいつらに向かって、ほんの一瞬でも侮蔑の眼を向けたのだろう

もしくは、あくまでもそう見えたか、
まあそれは大事なことじゃあない、ただの醜い女の妬みやっかみだ


とにかくその後、彼女は娼婦達の襲撃を受け
そして宝石を奪われた。


そして奴は、娼婦の一人が宝石を飲み込むところを見たんだろう

しかし、それが誰なのか、リンチを受けた状態ではそれがハッキリとは判別できなかった。


気の毒なことにな、その場にいた全員にとって



体をひきずってようやく寝床に戻り、そして痛みが治まってくると、彼女は今度は酷い焦燥に駆られた。


「宝石を取り返さなくちゃ」
彼女はそのことで頭は一杯になった。

「あの薄汚い娼婦街でどもの腹の中で汚物まみれさせるなんてできない」
あれはまさに偶然に舞い降りた幸せへの切符に他ならなかったんだろうな


そこでまともな思考を巡らせていればと、それが出来なかったあの女の脳みそを哀れに思うね


奴はそこから、凶行に走ったんだ。



奴の持っていた能力は物を切断することに特化していた。


ヒーローもよく訪れる店だったからな、衝撃や耐火性に優れた特殊素材もよく扱っていた。

そういう素材を裁断するのに、彼女の能力は実に役にたっただろうな


それは勿論、首をかっ切り、腹を捌いて内臓を切り開くにも重宝した筈だ。



そうだろう?



ここから先は、警察も知っての通りの展開


奴は適当なあたりをつけ、娼婦の一人を
今度は逆に襲撃した。

首に一撃、背骨まで達するような深い傷だっただろう


その場で一瞬にして倒れた瀕死の娼婦の上に跨り、その憎たらしい顔を今度は滅多斬りにした、容赦無く、何度もな


あとは念願の解剖の時間だった。
さぞ宝石があることを願いながら慎重に
石を傷つけないよう刃をいれたんだろうな


そう、子宮はこの際重要じゃあない、ただ目の前にあって邪魔だっただけだ。


それとも、娼婦の薄汚い性器が無性に憎たらしくなって
乱暴に切り刻んだかもしれないな


あとは誰しも想像つくとおり

結局、彼女は石は見つけられなかった。


そして一時でも、彼女は我にかえったのさ

怖くなった彼女は、住んでいた部屋を夜逃げ同然に引き払って、そのまま姿をくらました。


ただし、その犯行の計画は続けたまま

二度も三度も、石を見つけられずに延々と続けていった


ーーーーー


ロールシャッハ「……俺の話はこれで終わりだ、まあこんなものはただの推測か、与太話か、はたまた妄想の産物のようにしかお前らは思えなかっただろうがな…」


スマックス「………」


デュアン「…………むぅ」


長々と語り尽くした、男の話を二人の警官は
延々黙って聞いていた。

確証は無かったが、聞いていると妙な真実味を帯びていたからだ

犯人は女性
それも娼婦のナリをした善良な市民の一人だったというのだ。


ロールシャッハ「……こんな犯人だと、捕まえたとき人は口々に言うだろうな"なんであの子が"なんて、意外そうな顔をしてな…」


スマックス「…………かもな」


ーーーーー

こんなジョークを聞いたことがある。
まあ有名なジョークだ


ダ・ヴィンチは最後の晩餐を描くために、とある神学校の敬虔な青年をモデルにしてキリストの肖像を描きあげた。

実に明朗快活で誰からも敬われる模範のような好青年だったって話だ


その後々に、さあユダに取り掛かろうという際、ダ・ヴィンチは再びそのモデルとなるような人物を探していた。


しかし、キリストのような聖人のモデルは見つかったのだが

裏切り者のユダのモデルたりえるような悪逆非道はまるきり見つからなかった。


そうして数年が経ったある日、ダ・ヴィンチはある刑務所の中で
これだ、というような男を見つけた


そいつは数多の若い女を殺して犯しつくした、まるきりこの世の悪を体現するかのような犯罪者であり

喜んだダ・ヴィンチは早速作業に取り掛かり、何日も何ヶ月も

ともすれば何年もかけて、その男をモデルにユダの肖像画を描きあげたのだった。


その間、男は鎖に繋がれ
まるきり一言も口をきかなかったが
いよいよ絵が完成となったある日

男はダ・ヴィンチにむかってポツリと呟いた。

「貴方は、私のことを覚えてはいないのでしょうか」と


ダ・ヴィンチはもちろん首を横に振った。こんな悪漢は今までに見たことがなかったからだ。


すると男がヘラヘラ、ニヤニヤとしたので
ダ・ヴィンチは、何故そんな表情をしているのかと尋ねた。


男は答えた。

「私は、キリストのモデルをやりました」と



タチの悪い冗談だ、オチがついた上に妙に説教臭く教訓めいていて、それが逆に話を嘘っぽくなっちまう。


ああ、だから俺が今した話も
実は一つのジョークだったのかもしれないな

ーーーーー


「ばかばかしい "killing joke" ってやつか…」

男は手錠に繋がれたまま、真顔でそう言った。









最終章

- 地獄より玩具箱を -

ーーー
ーー



以下、そうして分かった事件の真相。

犯人は女だった。

女の名はマリア・コロナーだった。

その目的は奪われた宝石だった。


気づいてみれば真実は盲点だらけ、実に愚かなことであった

犯人を最初から男と決めつけて捜査したせいで無駄な時間を食ってしまった。


娼婦街を取り仕切るマージが警察の不介入を強硬し、捜査の立ち入りに不十分なところがあった可能性もある。

しかし、その肝心の娼婦達の統率も不十分な部分があったせいで彼女達の網にも犯人はかからなかった。


偶然と偶然と幸運、そんな薄い氷上を知らず渡り歩いて、マリアは今日まで捕まらずに四人も巡邏の目の届かぬところで殺してみせた。


とんだ神の采配といったところだった。

とはいえこの街の神様といったら酒場で飲んだくれて、いつまでも神話の話を繰り返しているだけなのだが。



「見つからない……石が……あの石が…あぁ」


そんな台詞を、彼女もあのカビ臭い腐臭の漂う路地で何度呟いたのだろうか


せめてネットで呟いてくれれば、警察の誰もがそう思っていたはずだ。



そんな真相もつゆしらず、最後に残った娼婦は布団の中で震えていた。


床板の腐った、ボロっちくて安い貸し部屋の片隅のベッドの上で、毛布にくるまりながら


警察の世話になるわけにはいかない、自身は身元が割れれば国外退去は必死の身である

そうなれば、元より生きる術はない。


娼婦の元締めに全てを告白するわけにもいかなかった。

マージは厳しい女だと聞いていた
仲間内で強盗を働いたと知ればマージが彼女にどんな仕打ちをするか、考えたくもなかった。


しかし今は、せめてそのどちらかにでも転がり込んでおけばよかったと、たった一人になった娼婦はさめざめ後悔していた。



五人いた中で、次は間違いなく残された自分だからであった。


もはや外を出歩くこともできない、まともに食事にもありつけず、雨と泥水を啜る毎日だった。


思考能力も低下して、ますます狂人の幻影に追い込まれていく


「ひっ…ひひひっ……ひっ!?」


不気味な笑みを浮かべたまま

コンコンと響く、いかにも女性らしい控えめなノック音に


思わず、短く悲鳴をあげた。




これで最後だ、マリア、彼女で最後なんだ

マリアはこのとき、何度も何度も頭の中で響く自分の声を聞いた。


これで、こんな馬鹿げた仕事が終わる。


終焉の目処は彼女にこれ以上の人殺しをしなくていいという安堵をもたらしたが

同時に

これでもし…、という恐怖もまた与えているのだった。


「……駄目っ!…諦めてはダメ!あれが無いと、あれがなければ…私はもう…っ!」


強く、俺そうな心を強く心の中で叱責して奮い立たせる。


もう戻れないところまできている

あとは進み続けるしかなかった。

さもなければ、自分も、もはや地獄の淵に飲まれて



あの泥の中で一生あがきつづけるしかなくなってしまうのだ



ヒビの入った窓から室内を覗きこむ

間違いなくそこに、ついこの間まで名も知らなかった( およそ知っても偽名であったが )娼婦がベッドで寝息をたてている。
頭まですっぽりと汚れた毛布をかぶって


「……………ふぅ…っ」


もしかしたら寝たふりかもしれないが、狭い室内だ、侵入して肉薄すればあとは関係ない


起きていようが寝ていようが

あとは首を掻き切って大人しくさせるだけ、いつものように


なれば、せめて寝ていた方が死ぬ方も楽だろう、多分


マリアは扉の隙間から愛用のハサミの刃をつき入れて
金属の留め具を外から切断した。



「………ふっ…?!」


建て付けの悪い扉が、開けるときに軋んでイヤな音をたてた。


分かっていても冷や汗がたれる、ベッドの上は何も変化は無い

なれば、あとは一直線だった。


息を殺して、しかし素早くベッドに近づくと
一息に毛布をはぎ取って、その真っ白けの喉に迷いなく凶刃を振り下ろした。


「………ふ、はっ…!」


やすやすと、まるで出来たてのバターを切るように刃は喉へと沈み込んでいった。



「……っ?!」


しかし、身構えていたのに血が吹き出ることはなかった。


そして、切った感触もおかしい事に次の瞬間、彼女も気づいた。


「なっ、に…!?」


果たしてそれは、よく見ればただのマネキンの首であった
単に暗がりでそれとは気づけなかっただけだったのだ。


そしてその首から下の体は、彼女にはよくわからない機械類が集まって、あたかも毛布の下で人が呼吸しているかのように見せかけていたのだった。



「な、なに、コレ…こ、殺せたと思ったのに…!」



「…あら、そう」


女の声が、窓の外から冷ややかに聞こえた。




「!?」


その声が聞こえて一拍しないうちに機械たち、

正確に言うと玩具達の群れが散開して飛び上がり、マリアの体に降り注いだ。


「ひぎゃあっ!?ぎゃぁああああああああっ!!!」


わけも分からず悲鳴を上げ、手に持った鋏をメクラに振り回した。

そこへ玩具達は、まるで意思に操られるようにして真っ先にその鋏を持った手を群れで拘束する。


「そんなっ!?馬鹿!!はなせ!はなれなさいよおおっ!!!」


それに対して彼女も必死に抵抗したが
玩具の力は見た目よりパワフルなのか、呆気なくマリアは身動き一つ
指一本動かすことが出来なくなってしまった。


「……無理な話ね、こっちは貴女のために…ホントに骨を折ったんだから」


「は、はぁあっ!?あああっ!!?」


気がつくと先程の声の主でろう女が、その後ろにいやにデカい大男を連れて
玄関に立っていた。


「……………」


女は小綺麗に金髪を短く切りそろえ、一見するとアーティスト気取りのような格好をしていたのだった。

ヘソ出しのTシャツにジャケットを羽織っていて
胸にはロゴで" TOY BOX " と描かれていた。


「マリア・コロナー…貴女を、殺人の容疑と住居侵入…および、私の玩具を傷つけた現行犯で…逮捕します」


「……っ!!…ぁ、ぁぁ…ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああいやあああああああああああああっっ!!!!!」


ガチャリ、と玩具の一体が持ってきた手錠をマリアの手首にはめた。


警官然としたその女は室内に入ると、偶然ハサミが掠めたのだろうのだろう
壊れて床に転がっていた玩具を包帯を巻かれた手で拾い上げた。

そして抱えていた箱の中に丁寧にしまったのだった。


「……はぁ…ジェフ、あとはお願い」


「ああ、中々格好良く決めたじゃないか?……ロビン」


「茶化さないで……こんなの、嬉しくもなんともないわ」


「知ってるよ、だから茶化してなんかないさ……ただの、俺なりの労いだ」



「そ………じゃあ、素直に……ありがとう…」








事件は、恐らく解決した。

少なくとも警察の手は離れたことは確かだった。


マリア・コロナーは多数の警官が詰めかけた前で
暴れまわるのを必死で押さえつけられながら護送する車にぶち込まれた。


この手の切断系のスーパーパワー持ちには爪も歯も要注意なので
自殺されないよう厳重に手足や口を拘束し、搬送された。


どの道は彼女も死刑になるだろう、どうしたってそれは避けられない。

たとえ死刑を免れたとしても、その先に待っているのは娼婦達の報復だ
およそ彼女は女に生まれたことを後悔する結果になるだろう。


仕方がない、それが彼女に対する罰なのだから

ーーー
ーー




事件は解決した。

しかし警察稼業は終わらない

ただ一つ、バッジのために名誉を挽回しただけであり

次の日からまた自分達のお仕事は始まるのだ。



そんなことを、ロビン・スリンガー巡査は
固くてパサついた、作りおきのパンケーキを頬張りながら頭の片隅で考えていた。


マリア・コロナーへの死刑判決の記事を読みながら…



- End of Case -




スマックス「……んでよ」


ロビン「ん?なぁに?…ジェフ」


スマックス「そういうお前さんも、やっぱ宝石とか欲しがるもんなのか?と、そう思ってな…」


ロビン「……え?…あー…そうね……」


スマックス「…………」


ロビン「んー………あっ」


スマックス「!…なんだ?」



ロビン「そろそろ、この子達のメンテ用のオイルが切れるからそっちの方がありがたいかも、うん…」


スマックス「……………くっ、ははっ、は…まったく…色気のない話だな、そいつは」


ロビン「 あ り が と う っ!」


終わり

わざわざタイトルを分かりづらくしても良いこと無いということに気づく、

素直に
ダレソレ「ナニソレッ!」
の形式にしておけばよかった。だとしても読まれたかは別だけど

トップ10 ~ネオポリス 第10分署事件簿~
ぐらいにはした方が良かったと反省

忘れ

元ネタはアメコミの『トップ10』
あとウォッチメンから少し
事件の大筋はある著名な作家の推理小説のネタを犯人の名前そのまま

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