玄「ちょっぴり不思議な夏休み」 (318)

七月十八日(金) 天気:晴れ

穏乃「いやっほーぅ、夏休みだぁーっ!」

憧「こらシズ、そんなにはしゃいでたら怪我するわよ」ハァ

玄「二人とも仲がいいね~」

宥「あったか~い」

灼「玄は宿題わすれそうで心配…」

玄「それほどでもっ」

灼「褒めてな…」ハァ

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穏乃「あ、そうです玄さん。これからちょっと山に行きません?」

玄「むむ?突然どうしたの?」

穏乃「久しぶりに山の『小屋』に行ってみたくなって!」

玄「『小屋』か…久しぶりだし、うん、私も行くよ!」

穏乃「よっしゃ!もちろん憧も来るよね?」

憧「…はぁ、シズがいくってんなら行くわよ」

穏乃「あ、宥さんと灼さんはどうします?」

灼「私はこれから店の装飾があるから遠慮す…」

宥「わ、私も寒そうだから遠慮するね」

憧「相変わらず宥ねえは寒がりだね~」アハハ

穏乃「それじゃあ、失礼します。憧、玄さん。行きますよ!」ダダダダダダダダ

憧「わっ、シズ、ちょっと落ち着いてっ」ダダダ

玄「二人とも速いよぉ…」トテトテ

『小屋』。

昔――といってもこども麻雀クラブにいたころだから4・5年前だけど、私はよく穏乃ちゃん、憧ちゃんと一緒に学校横の山で遊んでいた。

山を一1・2キロ程登ったところに、すこし平らに均された広場のような場所がある。

そこの中央には、昔山小屋として機能していたのだろうか、小さな小屋が一棟建っている。

いまこそ柱は虫が食い、屋根の風見鶏は柄が拉げ、反開きの扉には蜘蛛が我が家を建設中だが、むしろそれが当時の私たちを虜にした。

広場でおにごっこ、かくれんぼ、だるまさんがころんだ、とおりゃんせ――これは無理があった、ありとあらゆる遊びをやった。

一日中遊び呆けて、疲れて、夜になって。

誰となく広場に寝転がり、三人で頭を中心に放射状に寝そべって。

深い藍色の中、鈍く光る星を数え、下らないことで笑みを溢して。

一人、二人と夢の中へ引きずり込まれ、最後まで頭上の海を見上げていた私も微睡んで。

顔に当たった滴さえも、空の海が引っ繰り返った拍子に落ちてきた海水だなんて思って。

段々と勢いが増し、バカみたく開いた口に滑り込んだ水滴を味わって、頭が冴えた時には既に遅くて。

急いで小屋に走りこんで、顔に蜘蛛の巣が張り付いて、悲鳴と笑いの花が咲いて。

……次の日、三人とも穏乃ちゃんの家に集められて、一堂に会した親たちにこっ酷く怒られたっけ。

「子供だけで野外に泊まって、クマにでもあったらどうするんだ」って。あのときのお父さんはとっても怖かった。

そんな『小屋』だけど、こども麻雀クラブが無くなって、憧ちゃんはもちろん、穏乃ちゃんともあんまり関わらなくなってからは一度も行っていなかった。

確かに、行ってみようかと思ったことはあったけれど、自分から言うのも気恥ずかしいし、この誘いは私にとって『小屋』に行くいい口実となった。

穏乃「玄さん!憧!速く速く!」ヒョイヒョイ

憧「はぁ…はぁ…シズ、ちょっと…速すぎ…」ゼーハー

玄「ハァ…ハァ…あうっ」コケ

穏乃「く、玄さん!」

玄「えへへ…靴ひも解けちゃっただけだから安心して。先行ってていいよ」

穏乃「で、でも…」

穏乃「…わかりました!憧、行くよ!」ダッ

憧「う、うん」ダッ

私は軽くしゃがみ、運動靴の紐を一旦解いて、結びなおした。

左、右。風に吹かれた木々のざわめきは、まるで私を焦らすかのようだ。

玄「……ふぅ」キュッ

靴紐を結び終えた私は、再び軽い足取りで走り出した。

図らずもさっきの靴紐結びで体力が少し戻ってきた。特に無理をするでもなく、ゆっくりとしたペースで記憶を頼りに道を行く。

山を1、2キロって大雑把に言っちゃうクロチャーは既にシズに毒されちゃってるのか

冷たい風に吹かれて木々が揺れる。

まだ見覚えがある。

そう、確か、ここ。ここに大きな檜が立っていたはず。

そこで右に曲がって、泡立ち草の群れる山肌を裂く獣道をまっすぐ。

それから、えーっと……

玄「うう……」

迷ってしまった。

私の記憶力は思ったよりも高くなかったようだ。

玄(こんなことなら穏乃ちゃんと憧ちゃんに待ってもらえばよかった…)グスン

後悔先に立たず。私は山を出鱈目に登った。

山の頂上まで登って、そこから周りを見渡せば広場も見つかるだろう。

あとはそこに向かって下るだけだ。

そう考えると気が楽になってきた。穏乃ちゃんたちを心配させてしまうのは少し気にかかるけど、まぁきっと大丈夫。

山頂まではまだそこそこあるだろうけど、それほどきついわけでは無いだろう。

雑草の中を歩き、茂みを掻き分け、時に転びながら私は進んだ。

一向に頂上は見えないけれど、こうやって一人ぶらぶらするのもまた楽しいもの。

鼻歌を歌いながら只管と進む私の前の茂みが、唐突に割れた。

獣道、という程荒くはなく、しかし整備されているとも思い難い、何とも言えない道。

既に迷っている私に怖いものは無かった。その不思議な道へと一歩、踏み出す。

道を進むにつれて、見覚えのない風景へと変わっていく。こんな場所があったのか、と心の中で感嘆した。

途中、綺麗な黄色い花を見かけた。穏乃ちゃんに教えたら喜ぶだろうか。

その花の匂いを嗅ぎながら歩く私の目前で、その道は終わっていた。

いや、正確に言うと終わってはいなかった。その道は、緩やかにカーブして山肌の洞窟へと繋がっていたのだ。

見ているぞ!!

何やら妖しい雰囲気を醸し出すその岩穴に、自然と足が吸い込まれていく。

私はしゃがみ、体勢を低くし、少しずつ前へ踏み出していく。

一歩、また一歩。

踏み出すたびに、外界からの光は遮られていく。段々と漆黒へ近づく窟内。

段々と怖くなってきた。好奇心に恐怖が勝り始める。本能同士が衝突し、頭の中で火花を散らす。

恐怖が勝った。私は引き返そうと、体を捩った。

玄(ん?)

右端の壁に顔が当たった時、その先の微かな光を見つけた。それは、出口がすぐそこにあることを意味していた。

このくらいの距離なら通り越してしまおう。好奇心が再び主導権を握り、私は歩き出す。

ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと光とそれに伴う出口が近づいてくる。

私は光に包まれた。

鳥の囀り。ざわめく木々。

僅か十数メートルの距離だったにも拘らず、まるで全く別のところに来たような感覚を覚えた。

玄「なんだかすごく苦しい感じがするや…ん?」

私は足元で煌めいた何かを追った。そこには、半透明で赤味がかった小さな小石があった。

その贔屓目に見ても大きいとは言えぬサイズに反し、太陽光が激しく乱反射して特有の存在感を放っていた。

そっと拾い、先ほどの黄色い花と共に手に握る。

私は周囲を見渡した。

玄(……何かが変)

私の脳内に、突如として芽生える違和感。しかし、その時の私はそれを特定することができなかった。

確かに、外に出るには余りにも短すぎたような気もするが、山の端のほうを貫通したと考えればおかしくはない。

私の頭の違和感は、この程度のものではなかった。

もっと重大で、―――今の私を揺るがしうること。

の手から、自然と石が滑り落ちた。

いけない。私は垂直に腰を落とし、石を拾おうとした。

――――わかった。

わかってしまった。この違和感の正体が。ここの矛盾が。

石はほぼ球体であった。そしてここは『山の上』のはず。

ここが山なら、落ちた石は追って拾わねばならないはず。

なぜって、ここが山なら、今私が立っているここは斜面でなければならないから。

けれど、今確かに石は転がらなかった。落ちて、止まった。

私の体を寒気が走り抜けた。

―――ここは、さっきまで私がいた山じゃない。

別の、どこか。

私は咄嗟に体の向きを変え、体を屈めて洞窟に滑り込んだ。

本能的な恐怖心から逃れるため、風体など気にせずに只管這った。

冷や汗が目に染み、潤む瞳で懸命に前を見つめる。

再び光が私を包んだ。

玄「ふぅ…」

私は無事に洞窟を脱出し、砂を払いながら立ち上がった。

先ほどの不気味な光景を思い出さないよう、上を見ながら私は歩き出した。

コツン。

爪先に衝撃が走った。

同時に、体幹と三半規管が異常を検知する。冷や汗を拭うこともなく、私はゆっくりと顔を下に向けた。

そこには、平らな地平と―――見覚えのある、赤い小石。

口から嗚咽が漏れる。

見間違いだ、幻覚だ、どこかで道を間違えたんだ。只々自分に言い聞かせる。

私はUターンして、洞窟に再び潜り込む。

意識をしっかり保ち、這い進む。

そして、私はまた光に包まれた。

そこは、やはり平らな大地。赤い小石が、嘲るように輝く。

私の脳内を、理解できない現象が鐘のように響く。

見間違いだ、幻覚だ、どこかで道を間違えたんだ。只々自分に言い聞かせる。

私はUターンして、洞窟に再び潜り込む。

意識をしっかり保ち、這い進む。

そして、私はまた光に包まれた。



しかしそこは、やはり平らな大地。赤い小石が、嘲るように輝く。

私の脳内で、理解できない現象が鐘のように響く。

玄「……どういうことなの…」

私の脳内を刹那混沌が支配する。

自然、私の右足が前に出る。

玄(ここにつったっていてもどうしようもない……とりあえず進もう)

自分でも驚くほどのポジティブ思考が私の背中を押す。

林の向こう、そこになにか手がかりがあると信じ、私は歩き始めた。

名前欄ンゴ

玄「……どういうことなの…」

私の脳内を刹那混沌が支配する。

自然、私の右足が前に出る。

玄(ここにつったっていてもどうしようもない……とりあえず進もう)

自分でも驚くほどのポジティブ思考が私の背中を押す。

林の向こう、そこになにか手がかりがあると信じ、私は歩き始めた。

林の中を、木漏れ日を受けながら歩く。

玄(なんだか、気持ちよくって今の状況を忘れちゃいそう…)

柔らかな陽光に包まれ、意識もふわふわと浮遊を始めた頃。

玄「……むむむ?」

それは、こちらに来てから始めてみる人工物。

少し開けた場所に、赤と黒に彩られたテントがあった。

一人でも建てられる簡易式のドーム型テントだった。

玄(テントがあるってことはちゃんと人はいるみたい)

少し安心感を持った私は、テントの中にいるであろう人に声をかけた。

玄「もしもし、すみませーん!迷ってしまったのですが…」

しかし、木々の掠れ声の他に反応するものは無かった。

玄「誰か!誰かいませんか!だーれーかー!!」

テントの入り口を掴み、ゆさゆさと揺らす。

自分でもやっていて恥ずかしくなるほど図々しい行動だったが、その赤面した顔を覗く者はなかった。

私は、恐る恐るテントの入り口のチャックを引っ張る。

ジジジ、という特有の音とともに、ゆっくりと中が見えてくる

まだ湯気を湛えたカップラーメン、この横の箸。皺の付いたまま、畳まれずに放置されている青い寝袋。

まるで『つい数分前まで誰かが居た』ような生活感。しかし、そこには人影一つ無かった。

私は不気味に感じ、テントから出た。戸を閉め、自分の痕跡を残さないようにする。

再び森に足を踏み入れる。進むしかない。

しばらく進むと森を抜け、草が生い茂る草原に出た。

特に進展のないまま、私は背の高い草を掻き分け掻き分け進む。

しかし、行けども行けども草の海。

玄「……はぁ……」ドサ

とうとう私は少し草の丈が低くなったあたりで座り込んでしまった。

もうあの洞窟から五、六キロは歩いただろう。既に日も西に傾き、私と茂る草を赤く染め上げていた。

玄「どこか、寝泊まりできるところを探さなきゃ…」

しかし、周りは一面草、草、草。周りと比べれば少し背の高いものもあるが、それも所詮は草。木ではない。勿論野宿の屋根になりそうにはない。

遠くに森は見えるが、少し遠いだろうか。

ぽつり。

私の体に水滴が落ちた。

玄(……雨)

ぽつり、ぽつり。

少しずつ速さを増す雨粒に急かされる。

玄「……テントを借りよう」

私は体を反転し、速足で元来た方向に戻り始めた。

道も何もないので迷う危険性はあるが、ここで待って雨をもろに受けたらどうしようもない。

朧気な記憶を辿り、テントがあったであろう方向へ足を進める。





三十分ほど歩いたあたりで、漸く目当てのテントに辿りついた。

玄「失礼します」

ゆっくりと入り口を開き、中に入り込む。

自然と手が寝袋に伸び、広げ、中に滑り込んだ。

外を見ると、既に日は沈み、真っ暗な夜が顔を出していた。

玄「……おやすみなさい」

私はそう呟いてはみたものの、なかなか寝付けない。

そりゃそうだろう。

こんなわけのわからない場所に飛ばされて、その上帰ることもできず、ここがどこなのかすらも把握できないまま、誰のともわからないテントの中眠りにつけと言われてできる人のほうが珍しい。

しかし、なぜかこの寝袋は私にピッタリ合い、優しく眠りへと誘った。

いつのまにか、私は眠りに落ちていた。

テントを打つ雨足が、心地よい子守唄となって私を見送った。




一日目 終了

この調子で夏休み期間全部の描写を目標にしてます。

書き溜めはそろそろ尽きます。

七月十九日(土) 天気:雨のち曇

玄「んっ…」

目覚めた私の眼に飛び込んできたのは、いつもの部屋の天井ではなく、見慣れない布のようなもの。

数秒間の沈黙と回想、そして漸く私は思い出した。今自分が置かれている状況を。

外を覗くと、雨はもう小雨になり、気にするほどのものでは無くなっていた。

私は感謝の言葉をこの名もわからぬ持ち主に呟き、テントを出た。

小雨が降る中、森を抜け、遥か遠く、小さく見ゆる森を目指して歩く。

その間、私は今の状況を整理していた。

山に遊びに行き、洞窟の中に入ってみたら別の場所にいて、さらに洞窟をくぐっても戻ることができず、とりあえず周囲を探検している。

玄「……お話かよっ!て感じだね」

私はため息をついた。愚痴ったってしょうがない。

なにか手がかりを探し、前進するしかないのだから。

そういえば、今私は向こうでどのように扱われているのだろう。

行方不明として捜査されているのだろうか。ここまで来てくれるだろうか。

そういえば、穏乃ちゃんと憧ちゃんが怒られているかもしれない。

それはいけない。悪いのは私なのだから。

玄(戻ったら、ちゃんと言っておこう)

私は森に入った。

雨はやみ、白雲が空一面を覆う。

杉、松、針葉樹が空に針を描く。

足元に違和感を感じ、私は下を見た。

そこには、私の右後ろから左前方へと延びる山道があった。

玄「やった!」

思わず声が出る。ここを辿ればどこか人里へ行けるかもしれない。

期待を胸に、私は道をゆく。

途中ちょっと怖くなった
面白い

ただただ続く森の中の道を、鼻歌交じりに歩く。

湿った風が汚れた服を靡かせる。

道に沿って曲がると、その先に開けた地が見えた。

思わず足が自然と駆け出す。

森を抜けたとき、目の前にもう森はなかった。

只管に広い草原。奥には灰色の山が見え、なにやら煙を吹いている。

そして、すぐそこに木造の大きな家、そしてそこに貼られた『松実』の表札。

私は困惑した。

玄(松実……ってことは私の家?でも見てくれも全然違うし…)

松実などという苗字はそう多くない、どちらかというと珍しい部類に入る。かくいう私も親戚以外で松実の名を見たことはない。

私はゆっくりと歩みを再開する。建物に近づいていく。

私は表札の横の呼び鈴を鳴らした。

ドキドキ

チリン。

もう一度。

チリン。

その瞬間、扉が勢いよく開かれ、中から誰かがおもいきり抱き着いてきた。

玄「!?」

そこにいたのは、





灼「玄……待ってた………」ボロボロ


私の胸の中で涙を流す、灼ちゃんだった。

玄(えっ?えっ?)

私のそれほど強くはない頭をこれでもかといわんばかりに無数の疑問が駆け巡る。

なぜ灼ちゃんが?なぜ泣いているの?そもそもなぜうちに灼ちゃんがいるの?いや、ここはうちなの?

無数の疑問がのしかかる。

灼「……くろ」

玄「?」

灼「……頭、撫でてほし……」

どうしたんだろう。灼ちゃんはこんなに甘えん坊だったっけ。

とりあえず、要望通りに私は灼ちゃんの頭を優しく撫でる。

灼「………ふふっ………」

灼ちゃんが満足げな声を上げる。

灼「あ、ごめん……疲れてるでしょ…」ヒョイ

突然灼ちゃんは私から離れ、家の中へと招く。私はそれに続く。扉が閉まる。

檜の香りのする綺麗な玄関。そして、美しく掃除された廊下。

灼「どうしたの?お風呂入らないの?」

やはりここが私の家で間違いはないみたいだ。

しかし、当然だが見覚えはない。全くない。

とりあえず、玄関で靴を脱いで上がる。他人の家にお邪魔しているような気分になり、落ち着かない。

ふと顔を上げると、目の前に何かがあった。

玄「!?」

それは、目を閉じて口を尖らせ、少し顔を赤らめている灼ちゃんだった。

私の脳内回路は混迷を極め、理解が追い付かなくなる。

そんな私を前にして、灼ちゃんは小さく言った。

灼「……ただいまの、…ちゅー、は……?」

玄「ブフッ」

思わず吹き出す。

次の瞬間、奇怪な顔をした灼ちゃんの代わりに、鬼の形相の般若がいた。

灼「………どういうこと……」

次の瞬間般若は崩れ、泣きはらした灼ちゃんの姿があった。

灼「……玄、…私のこと、嫌いになっちゃったの……」ボロボロ

玄「い、いや!私は灼ちゃんのこと大好きだよ?」

途端に表情が変わる。

灼「じゃあ、キスして…」

?????

心臓が高鳴る。

事情は分からないけれど、やらなければ終わらない。

ゆっくり、ゆっくりと唇が近づく。

あと五センチ、あと三センチ、あと一センチ、ああ、重なる―――――




ガンガンガンガン!

唐突なノックの音に夢から覚めて跳ね退く。

灼「っ………」

悔しげな顔をしながら、灼ちゃんは玄関へと向かう。なんだか申し訳ない気持ちになる。

灼ちゃんが扉のノブを捻った途端、乱暴に扉が開けられた。そこには、


照「………松実玄はどこ」


チャンピオン―――宮永照がいた。

灼「……どなたか名乗ってくれないと主人には会わせられな………」

「なんだとっ」

後ろで暴れようとする部下らしき人を片手で制する。

照「申し遅れた。……白糸台帝国、元首の宮永照だ。貴公との取引を詰めに来た」

灼ちゃんが振り向き、私に目くばせする。

しかし、私は全く話を呑み込めていない。主人?帝国?元首?貴公?取引?

灼ちゃんは必死に何かを伝えようとしているが、まったくわからない。私は恐る恐る口を開いた。

玄「……な、なんのことでしょうか…?」

灼ちゃんの眼が朱くなる。怪訝、疑惑、猜疑、といった類の感情を込めた、朱い瞳。

チャンピオン、もとい宮永照が体をわずかに引きつらせる。重々しく口が開く。

照「………どういうこと」

照「この白糸台帝国との取り決めを、契約を、取引を、約束を、文言を、通達を……忘れた、そういうの?」

怒っている。しかし私にはどうすることもできない。このことはおろか、ここが何処かすら把握していないのだから。

照「だんまり、か。私をなめているの?」パチン

指が鳴る。直後、ついさっきは宮永に制止された腕と体が飛び出し、私を拘束する。

亦野「………」グイ

玄「うっ…」

拘束された私に近づき、宮永に首元を掴まれる。

照「………言え」ドン

壁に勢いよく叩きつけられる。吐き気を催し、それを必死で堪える。

照「……どこに買われた、どこに売った、……どこに吐いた。言え」

照「…千里の清水谷?永水の神代?龍門の天江?あそこはいい、なにしろ金持ちだからな」

照「……言え」

照「話せ」

照「吐け」

照「喋れ」

照「………言え」

照「死にたくないなら」

息が苦しい体を廻る血が圧迫された首で行き止まりになり、酸素を求める脳が悲鳴を上げる。

必死に記憶を漁り、理解しようと脳をフル回転させる。しかし、やはり見覚えがない。

照「……お前は今、この白糸台大帝国元首たる宮永照に、直々に戦を誘っているんだぞ」

息が詰まる。肺を目指して鼻、口から入り込んだ空気も堰き止められた喉の壁を超えることは叶わず、虚しく逆流し地球に返還される。

意識が遠のく。死を覚悟した時、灼ちゃんが止めに入った。

灼「宮永さん、やめてください!主人は昨日事故にあい、記憶喪失になってしまったんです!」

宮永は灼ちゃんを軽く一瞥し、軽く鼻を鳴らした。

照「……」バッ

手が離され、私は自由落下する。力の抜けた足はわずか10cmほどの着地にも耐えられず、膝は折れてバランスを崩し尻餅をついた。

照「……松実玄を主人、と呼んでいたな。名前は?」

灼「……松実、灼です」

震えた声で灼ちゃんが答える。へたり込み咳き込む自分が情けない。

照「松実灼さん。先ほど言っていたのはどういうこと?」

ごくり、と唾を飲む音が聞こえた気がした。

灼「……先日、主人松実玄は自律列車の線路内に誤って入り、それに撥ねられました。幸い怪我は少なかったので今ここに立ってお話
をすることができているのですが、事故時に頭を強く打ち、部分的な記憶喪失に陥ってしまったんです」

誠子「立ってないけどな」フン

照「亦野、静かに。……記憶の復旧は期待できる?」

復旧、という言い方に少しカチンと来た。道具扱いだ。

灼ちゃんは表情一つ変えずに返す。

灼「わかりません。けれど、最善は尽くします」

照「そういえば、事故に遭ったという証拠は?カルテやら何やらあるのでは?」

灼「……受け取っておりません。担当医に頼めばコピーしてもらえると思います」

宮永は目を細め、くるりと半回転して歩き出した。

照「……なら、後日また伺わせてもらう。そのときまでにこの『契約』についての記憶を復旧させておくように。それと……」

再び半回転し、私の眼を見つめ、そして灼ちゃんの眼をじっと見る。

照「………どこにも、この件について……話してないんだな?」

灼ちゃんもその眼を見つめ返す。

灼「……はい。松実家に誓って」

宮永の口元に仄かな笑いが浮かんだ。彼女がここで初めて浮かべた、笑い。

照「……亦野、帰るぞ」クル

ガチャリ。

扉が閉まる。途端、糸が切れたように灼ちゃんは倒れこんだ。ギリギリで私は背中を支える。


玄「……すごい熱」

額は火のように熱くなり、火照った息を漏らす。私は腰に手を回し、

玄「よっと」

予想以上に軽い灼ちゃんに少し驚く。これほど華奢なのだから当たり前といえば当たり前だが。

抱きかかえたまま廊下を進み、居間と思われる部屋に入る。

ちょうどよく、質の良さげな黒いソファーがあった。

玄「よっと」

私は華のように細く綺麗な体をソファーに寝かせ、自分もソファーを背もたれにして床に座り込んだ。

玄「ふぅ……」

そういえば、灼ちゃんがお風呂、とか言ってた気がする。

しかし、私は疲れとそれから来る眠気に身を任せた。

□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆

玄「んっ……」

心地よい油の音と、何かの焼ける匂いで眼を覚ます。

灼「あ、玄おはよ……」

調理場に立ち、フライパンを持って何かを焼いている。

玄「灼ちゃん、今は……」

灼「私もさっきまで五時間くらい寝ちゃってたから……もう夕飯の頃だよ」ジュージュー

玄「あ、私も手伝うy

ずでん。

立ち上がった私の足はいまだにこびり付く疲れに引きずられ、体はバランスを崩して転倒した。

灼「ほら玄、疲れてるんだから寝てなきゃ…夕飯できたら起こすから、ね」

玄「うん…ごめ…ん……」

旅館の娘なんだからしっかりしなきゃ、という感情も、ふわり、眠気と混ざって消えた。

□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆


灼「玄、玄」ユサユサ

玄「んっ……灼ちゃん」

灼「ごはんできた…」

灼ちゃんに連れられて、床から立ち上がる。

居間を出て、階段を上がる。

灼ちゃんの持つ盆から漂う香りが鼻を衝く。

優しい木の色を保つ扉が開かれ、その奥の食堂が姿を現す。

ことり、と優しい音を立てて、木の皿が並べられる。二人、向かい合って座る。

灼「いただきます」

玄「いただきます」

木の匙を手に取り、白いスープを一口、掬って飲む。

小さく息を吐き、灼ちゃんは口を開いた。

灼「で、……あなたは玄なの?」

私は唾を飲み、答えた。

玄「……ここの灼ちゃんにとって、私は玄かもしれないし、玄じゃないかもしれない」

灼ちゃんが首を傾げる。

灼「……どういうこと」

玄「簡単に言うと、私はたぶん、別の世界から来たんだと思う」

灼ちゃんの顔に困惑の表情が浮かぶ。

灼「意味が分からな…」

玄「私もわからない。洞窟を潜ったらいつのまにか別の場所にいて、歩いてきたらここに着いたの」

灼ちゃんは一瞬の沈黙の後にため息をついた。

灼「…『玄だけど玄じゃない』、か……」

玄「だから、多分灼ちゃんの知ってる松実玄じゃないと思う…ごめんね」

灼「……くよくよ言っても仕方な…。……いつまでかはわからないけど、一緒にくらそ?」

玄「……うん」

気まずい沈黙。食器と食器のぶつかる木特有の低い音とわずかに零れる咀嚼の音だけが部屋に広がる。

灼「……あのね」

ゆっくり、灼ちゃんが口を開く。

灼「『ここ』ではね、…私と玄は、……け、結婚してるの…」

玄「……そうみたいだね」

なんとなく予想はついていた。

『松実灼』となのったところからも、松実家に灼ちゃんがいたことからも、…私にキスをせがんだところからも。

灼「だから……」

何かを言いかけた口はすぐに閉ざされる。再び静寂が訪れる。

灼「…ごちそうさま」ガタ

灼ちゃんは立ち上がり、食器を持って階下へ降りて行った。

無意味に広いに食堂に私は一人座り、スープの最後の一滴を一匙すくって口に注ぐ。

玄「…御馳走様でした」カタ

一人、誰もいない空間に呟き、食器を持って立ち上がる。

席を立ち、灼ちゃんのいる階下の部屋へ降りた。

乙、続きが気になる話だ

これを約40日分てけっこうな大作になりそな予感
支援

夏休み中に終わらないなこれ

居間に降りると、テーブルと、椅子に腰かけ頬杖をつく灼ちゃんの姿があった。

灼「玄、座って。話があ……」

私は小さく頷き、椅子を引いて腰かける。

机は見慣れない半透明の赤い鉱石のようなものの混ざったガラスで作られている。

灼ちゃんの手元には、何やら書類とペンがあった。

灼「……今日来た宮永照さんについて説明するからしっかり聞いて。
  …玄の今後に影響するから」

私は頷く。

灼ちゃんはペンを手に取る。

灼「……玄は龍王山…すぐそこの山ね。あそこで鉱山を経営してる」

灼「赤色で半透明の鉱石、紅銅鑼水晶を発見して、それが当たって大儲け」

私は耐えきれずに質問した。

玄「その、あかどらすいしょう?っていうのは一体何なの?」

灼「わからない」

玄「えっ」

灼「わからない。ただ、高い硬度と透明性があるからアクセサリとして人気。それと…」

灼「この、紅銅鑼水晶同士で打ち付けた時、特有の赤い粉が飛ぶ。それは高い、高い発火性を持ってる」

灼「ここの鉱山の発掘にも使われてる。その火力はグラム当たりダイナマイトの数倍にも届く」

玄「……つまり、宮永照さんが来たのは…」

こくり、頷く。

灼「……宮永照、もとい白糸台帝国は、その紅銅鑼水晶を兵器に転用しようとしているの」

玄「……やっぱり兵器…戦争なんてだめだよ、断ろう?」

そう言った私を、灼ちゃんは驚きの籠った眼で見つめる。

灼「……玄は、二つ返事で了承したよ。『利益が大きい』から」

玄「っ……!?」

灼「白糸台帝国は、このへん一帯を制圧してる大国で、資金も溢れるほどある。そんなところと個人で契約できることなんて玄が初めて」

灼「それに、わざわざ元首たる女帝まで来て、直々に契約をした。『紅銅鑼水晶を輸出する』と」

私は恐怖した。

この世界の自分の非人道さに戦慄した。

自らの利益のために兵器の原材料を悠々と輸出してしまう。こんあことがあっていいはずがない。

灼「……もう退けないよ」

灼ちゃんが、私の心を察したかのように呟く。

灼「………白糸台帝国なんかに睨まれたら、こんな弱小国小指で捻る程度でしかない。
  あそこには軍事力、財力、技術力、兵力、国土、全てにおいて勝てない」

玄「…ところで、ずっと気になってたんだけど…、今の、この世界の情勢はどうなってるの?
  なんで宮永さんが女帝?か何かになってるの?」

灼ちゃんの顔がはっとした表情に変わる。

灼「ごめ、重要なのを言い忘れてた…」ペラペラ

紙をめくり、ペンで何かを描きはじめた。

それはまるで関西と関東と三陸海岸をいっしょくたにしたような形をしていたが、上下の海(のような空間)から大陸の左端であることが伺えた。

灼「まず、簡単な地理を」

ペンが滑り、下半分から真ん中にかけて…関西としてみれば和歌山、奈良あたり一帯に大きな円を描く。

灼「ここら一帯を統治しているのが、宮永照を元首たる女帝として崇める白糸台帝国。
  先代の時代は小さな弱小国だったけれど、彼女が退位して宮永照が女帝に君臨してからは、一転周囲の強国を占領・併合して急成長した」

なるほど。でもなんで宮永さんが国の元首を務めているかはわからなかった。

続いて、灼ちゃんは大きな円の中に小さな円を複数書き足す。

その一つ一つをペンで指す。

おいおい、ちょっぴりどころかがっつり不思議な夏休みじゃねーか
おうえん

灼「……三箇牧連邦」

一つに×印がつく。

灼「臨海辻垣外共和国」

×印。

灼「風越共和国」

×印。

灼「…晩成連合王国」

一際大きな、×印。

灼「……この間、僅か3年」

私は息を呑んだ。

灼ちゃんのペンが再び滑り、横に再び大きな円を書いた。先に書いた小さな円と少し被っている。

灼「この辺が長野共同連合。清澄国、龍門渕王国、鶴賀共和国、風越共和国による連合」

灼「……風越は白糸台の計略に嵌って併合されたけどね」




私は正直、灼ちゃんの話がよく入ってきていなかった。

戦争なんて過去の話として教わり、『反省するもの』として教育されてきた私にとって、戦争とはこれほど生生しいものではないのだ。

しかし自分がそれに加担していたともなれば、嫌でも実感がやってくる。

実感と浮遊感が交互に押し寄せてくる。

そんな私には気付かずに、灼ちゃんは二つの大きな円と海に挟まれた端の方に小さな円を一つ描いた。

灼「ここが私たちのいるここ、阿知賀公国」

私は改めて理解した。自分のしようとしていることの恐怖を。

灼「西は白糸台帝国、東は長共連。北はその軍事制定境界。南は海」

灼「…白糸台帝国に喧嘩を売ったら、最悪……いや、八割この国は滅亡する」

灼ちゃんは、私の眼を強く見つめながら言った。



灼「……宮永照との契約を取り消すことはできない……」

私は小さく頷いた。

気付けば外はもう夜で、梟の声が聞こえた。

灼「重い話になっちゃったね。…寝よ?」スッ

灼ちゃんが立ち上がるのを追って私も立ち上がる。電気が消される。

階段を上がり、も一度上がり、三階につく。

カーテンのような暖簾のような布を左右に引き、寝室に入る。

柔らかな木の香りが鼻を刺激する。

灼「…ベッド一つしかないけど、我慢してね」ガサ

灼ちゃんが先にベッドに潜り込む。追って私も。

玄「おやすみ…」

私は外側を向いて、眠りについた。

小さな灼ちゃんの呻き、私の服をぎゅっと掴まれた気がした。



二日目 終了

今日はこれまでです。
明日か数日後更新します。



>>73
あーこれは終わらないですねw


気長に待ってる

七月二十日(日) 天気:晴れ

朝、眩い日差しで目が覚める。

横には既に灼ちゃんはいない。

私は階段を降り、一階の居間に入る。

灼ちゃんはパンを食べていた。『向こう』と『こちら』で、食べ物はやはりあまり変わらないみたいだ。

私も腰かけ、いただきます、と言って机の上のパンに噛り付く。

灼ちゃんが徐に口を平いた。

灼「今日は現場を監督する日だから。私が案内するし、いろいろ教えるけど…できるだけ騒がないようにね」

私も応じる。

玄「うん、わかった」

食事が終わり、椅子を立つ。

灼ちゃんが服を持って戻ってきた。

玄「…!?」

灼ちゃんが持ってきたのは、普通の服ではなかった。

上半身はスーツのような見た目だが、袖の先は青と黒のヒラヒラがついていて、首元には赤い大きなリボンがついている。

下半身は大きなゴスロリ調のフリフリの白と黒のスカート。

なんというか、可愛いは可愛いかもしれないが珍妙な服装だった。

玄「…これ、私のいつもの服なの?」

灼ちゃんは普通に答える。

灼「うん。玄はいつもこれを選んでた…」

私のセンスを疑う。

しかし、少しでも周囲に『入れ替わった』ことを察されてはいけない。

記憶喪失といえど、好みといった本能的な部分は残るからだ。

私は少し大きいその服に着替えた。

玄「……どうかな?」クル

灼「ぶはぁ」

灼ちゃんが鼻血を吹いた。私はあわてる。

灼「大丈夫。似合ってるよ…」

血に塗れたグロテスクな灼ちゃんの顔に、薄い笑みが浮かんだ。

正直言って不気味。こんなこといったら灼ちゃんに失礼だけど。

灼「さ、いこ?」

鼻血を拭きながら灼ちゃんは言った。

玄「うん」

灼ちゃんに連れられて、家を出る。

扉が閉ざされ、鍵が締められる。

太陽が燦々と降り注ぐ中、遠く見える灰色の山とその煙に向かって歩く。

草原を歩く。フリフリしたスカートの歩きにくさを改めて確認する。

山の麓に着く。目の前には、山に空いた坑道の入り口。

灼「ここだよ」

坑道、といってもそれが感じられるのは木でできた入り口と岩の道くらいで、高さも立って普通に歩ける程度の余裕はあった。

中に踏み入れるたび、どんどん暗さが増す。

明かりと呼べるのは左右に釣られた提灯しかなく、地面もろくに見れる状況ではなかった。

坑道が二つに分かれている。片方は左に曲がって下り、もう一つはまっすぐ上がっている。灼ちゃんは迷わずまっすぐ進んだ。

壁に立てかけただけの白い梯子を上り、右に曲がった。

そこには、迫り出した展望台のようになっており、鉱山内が一望できた。

そこから見える景色には、埃の舞う中重機械を操るたくさんの人たち、それも少女たちがいた。

私と同じか少し上くらいにみえる少女たちは、灰色の作業着に軍手、黒いヘルメットという簡素な装備で、壁という壁から見える紅銅鑼水晶を掘り続けている。

なぜ少女たち――私も言える歳でないがこうとしか呼びようがない――が、このような場所で働いているのか、なぜこんな歳の幼女たちを働かせているのか、私はわからなかった。

灼ちゃんに聞こう。優しい灼ちゃんなら、きっと教えてくれるはず。

ちらり、横を見た私は恐怖した。

灼ちゃんは、彼女たち、労働者を人を見る目で見ていなかった。

道具、いや家畜を見る目に近い、冷たい目で見降ろしていた。

私は尋ねた。

玄「…あの人たちは?」

灼ちゃんは平然と答える。

灼「馬だよ」

灼「この国で役に立たない、人としての権利の無い、牛だよ」

玄「そ、そんな…馬だなんて、なんで」

声が震える。

対照的に冷えた声で灼ちゃんは返す。

灼「こいつらは他国の捕虜、及び戦犯共…」

灼ちゃんは続ける。

灼「玄、ここはね、鉱山でもあるし、世界中の『戦犯収容所』でもあるの」

灼「世界中で自国にとって邪魔な存在…お荷物になった戦犯をここで引き取る。勿論引き取り料は払う。
  そして、こっちは彼らを労働力として行使する。お互いに得しかな…」

玄「でっでも……」

私の話を遮り、灼ちゃんは体を半回転させる。

灼「ついてきて」

梯子を降り、岩の道を下る。

道は鉱山の空洞の周りを螺旋型に回っていた。

一番下までついたとき、灼ちゃんはその姿からは思いもよらないような声で叫んだ。

灼「総員整列っっ!!!!」

途端、水を打ったように静まり返り、静かに小走りで全員が中央に整列を始めた。

灼「…分隊、整列報告」

先頭が後ろの一列を整列させ、口々に灼ちゃんに報告する。

全員の報告が終わり、灼ちゃんはこちらを見た。

灼「ついてきて」

そう言い放つと、整列した労働者の塊に徐に近づく。

そして、先頭のショートヘアの女の子の頭を掴んで言った。少女の顔が歪む。

灼「彼女は[ケン‐5‐64]。人としての名は、『安福莉子』」

私ははっとした。

記憶の片隅、何処かで聞いたことがある気がする。

やすふくりこ…やすふく…

玄「!」

私は思い出した。

そうだ。穏乃ちゃんと大将戦で当たって、七対に振り込んだ劔谷の人だ。

灼「…彼女は千里山王国、阿知賀公国の連合軍と劔谷国の戦闘時、阿知賀公国の最終防衛線まで攻め込んでいた劔谷陸軍第一戦闘部にも関わらず、一人で敵前逃亡をした…。
  結果、彼女が担当していた山手の守備が疎かになり、こちらのゲリラ襲撃で第一戦闘部は撤退。終戦後、向こうの国内戦争裁判で有罪となったところを玄が引き取ったの」

……正直、よくわからない。

けれど、私には最後の言葉が耳に残った。

玄「…最後、『玄が』っていった?」

灼ちゃんは当然のように頷いた。

灼「うん。ここの経営や策略は全部玄によるもの…」

ますます、『こっち』の自分に嫌悪感を覚えた。

灼ちゃんは、その隣の少女の肩を掴んだ。

なんというか、猫のようだった。

灼「…彼女は[カゼ‐5-00]、もとい『池田華菜』。昨日言った風越共和国敗戦の戦犯…」

池田、と言われた彼女の眼は虚ろで、醸し出す元気らしさとはかけ離れていた。

灼「風越陸軍参謀、つまり最高責任者…。白糸台のマンジュリカ作戦に頭から掛かって、あっという間に上郷黒田の戦い、大根坂の戦いで連敗。最大の敗因を作ったの」

年は私と同じくらいだろうか。私とほぼ同い年の少女が、灼ちゃん曰く『陸軍参謀』なのだ。

その後も、灼ちゃんは一人ひとりの番号のようなものと本名、そして『犯罪内容』を羅列していく。

15人ほど読み上げただろうか。唐突に上から声が聞こえた。

穏乃「灼さん、労監です…労監が来ました!」

上からこちらを覗いて叫んでいるのは、あの穏乃ちゃんだった。

玄「穏乃ちゃ…」

灼「玄、こっちに来て!」

玄「えっ」

灼「いいから!」

いつになく強めた語気に気圧され、私は灼ちゃんを追って走った。

灼「……穏乃、労監は誰?」

穏乃「花田煌です!」

灼ちゃんの口元が歪む。

灼「ちっ…玄、あそこの扉に入って。いうまで出てこないで」

玄「う、うん」

私は、灼ちゃんの指した方向に向かって走った。一見するとわからないが、壁にカモフラージュした扉がある。

灼ちゃんがなにやら大声で指示を出している。

私は扉を開き、中の隠し部屋に滑り込んだ。

中は真っ暗で、のぞき穴はもちろん、光源は全くなかった。

試しに部屋を歩き回ってみる。

壁伝いに、暗闇の中をゆっくりと歩く。

数歩進んだところで、足が何かに当たった。慎重につま先で確認する。

段差だ。

私は足を掛け、体重を移動させる。

足を踏みしめ、段差に重心を移動させる。もう一方の左足を高く上げ、少し前でゆっくり下す。次の段に左足が乗る。

私はこれを階段だと判断し、速さを速めた。段差は、予想通り階段のように連なっている。

ひたすらにまっすぐ上がる階段をしばらく登ると、右足が空ぶってバランスを崩した。階段はここで終わりのようだ。

平らになった道に数歩踏み出したところで、目の前の存在感に気付いた。恐る恐る手を伸ばす。壁と、ノブがあった。少し躊躇し、私はノブを捻り、押す。

扉のように開いた先には、小さな部屋があった。そして、その奥からは細い光が差し込んでいる。

壁に隙間があるようだった。私は近づき、覗き込む。

いつのまにかずいぶん上まで上がってきていたようだ。採掘場全体が見渡せる。

そこには、整列したままの少女たちと、その前で気を付けの姿勢で立つ穏乃ちゃん。そして、そのさらに前方、入り口により近い場所に立っているのは、灼ちゃん。

直後、入り口から激しい足音を立てながら数人の人が入ってきた。

軍服、シャコー帽、肩章、飾緒、勲章を纏い、全員揃いに揃ってまるで軍人のような服装をしている。

その先頭にいるのは、特徴的な髪形をした少女。そう、私とともに準決勝で宮永照と打ち合った、花田さんだ。

その後ろには、見たような見ないような少女が八人。少し花田さんより勲章が少ないだろうか。

花田さんが口を開く。

煌「……松実紅銅鑼鉱山ですね」

煌「阿知賀公国国家労働環境監視庁副庁長、花田です。第二次労働環境調査を行います!」スバラッ

灼「ご自由に」フッ

微かな笑みを浮かべ、灼ちゃんは言う。

煌「…よし」

花田さんはくるりと回れ右し、少し息を吸った。

煌「船久保は三階の経理資料、末原は二階の労働者名簿を!白水、鶴田はそこの倉庫の資料の整理と確認!」

途端、後ろの軍服姿の少女たちが指示通りに走り出す。指示は止まらない。

煌「上柿は鉱山内の空気及び水の汚染状況を調査、対木と森合は労働者の健康確認。八木原は通路の安全確認!以上!」

背後の八人全員が散り、それぞれの業務をこなし始める。

灼ちゃんと穏乃ちゃんは、動じることなく佇んでいる。

そんな灼ちゃんに、花田さんは近づき、語りかけるように訊いた。

煌「……松実、灼さんですね?」

灼「……はい」

煌「……あなたは此処の経理担当であって、経営者では無かったと存じてますが…」

いつもと変わらない笑顔で問うた。

煌「…あなたの伴侶でもありましたね……『松実玄』、彼女はどこですか?」

灼ちゃんは動じずに答える。

灼「…玄は体調が悪く、今日は休みです」

花田さんも笑みを崩さない。

煌「会わせていただくことは、できませんかね?」

灼「……面会謝絶です」

煌「ふむ、それはすばらくないですねぇ」スバラクナイ

煌「お見舞い、に行きたかったのですが」

灼「……とにかく、玄とは会えません。諦めてください。質問には私が全て応答します」

煌「では一つ。玄さんは何の御病気で?」

灼ちゃんの表情が少しずつ険しくなる。

灼「……風邪を拗らせまして」

煌「阿知賀公国国家国民保健管理庁への連絡はしましたか?」

灼「っ……いいえ」

花田さんの笑みに黒さが混じる。

煌「何故、ですか?」

煌「この国の『不健康者』への処分の…罰金の厳しさはよくご存知だと思っているのですが」

煌「金の亡者として名を馳せた松実家のあなたならこんなことはしないはずです」

灼ちゃんは黙りこくっている。

花田さんは続ける。

煌「……どういう、ことなんですかね?」

私は、その眼と笑みから零れる――優しさの皮の隙間から見え隠れする、黒さがはっきりと感じられた。

煌「……あなたが、金を無駄にするようなことをする人には見えませんが」

煌「……いまなら、許してあげましょう。私も国に税を貢いで下さってる国民を檻にブチ込むなんてすばらくないことはしたくありません」

灼ちゃんが、ゆっくりと口を開いた。

灼「…玄は、独学で薬学を学び、薬を作ることに成功しました」

花田さんの笑みの端が軽く痙攣する。

煌「………ほほう、なるほど……。此の国において、医療製品の製造が民間において禁じられているのは知ってますよね?」

煌「……ばれたら、まずいんじゃないですか?」ニヤ

灼ちゃんが数歩歩み寄る。そして、懐から茶封筒を取り出す。

灼「………」

なにやら小声で話しかけて封筒を袖の内に押し込み、また一言二言語りかける。

それに応じて頷いた花田さんの顔は黒い嗤いと露骨な下心に歪み切っていた。

歪みが消えるのを待つかのように数秒の沈黙を置いて、花田さんは大きな声で叫ぶ。

煌「調査を終了します!総員階下に集合!」

無駄に大きな足音と共に、呼ばれた八人が降りてくる。

灼「整列」

灼ちゃんも指示をだし、健康調査を受けている途中だった彼女たちを整列させる。

細目の少女が花田さんになにやら視線を送る。花田さんも口元の笑みをもって返す。

煌「……本日の監査はこれにて終了とします!
  ……また来月あたりに来ますので。『準備』…しておいてくださいね」スバラァ

髪が揺れ、大きな声が一帯に響き渡った。

煌「撤収!引き揚げ!退出です!次は北東に五キロ先の国栖神霊園です!資料の準備!はい、出発しますよ!」

足を踏み鳴らして立ち去る花田さんを追いかけ、慌てて八人の少女たちが走り出す。

そして、終に全員が去る。ぎぃぃ、と荘厳な音を立てて坑道とここを繋ぐ通路を塞ぐ扉が閉まる。

途端、灼ちゃんはへなへなと座り込んだ。私は急いで階段を駆け下りる。

玄「うわっ」コケ

暗闇の中、階段で足を掛け墜落する。なんとか手と足で着地し、扉を開く。

今日はここまでです。
また明日or数日後更新します。

乙!
続きが気になるぞ

灼「……あ、玄」

私は痛む足を引きずって駆け寄る。

玄「灼ちゃん大丈夫!?」

灼「……見てた?」

私はこくりと頷く。

灼「そっか……」

穏乃「…灼さん!」

横にいた穏乃ちゃんが、突然強く問いかけた。

穏乃「玄さんはどうしたんですか?なんでわざわざ誤魔化したんですか!?いるなら出せばよかったじゃないですか…花田はがめついことは良く知ってますよね!?」

灼ちゃんはゆっくりと上を見上げ、穏乃ちゃんの眼を睨む。

灼「……黙ってて。穏乃にいう話じゃない」

穏乃「っ……で、でも!私はここでずっと働いてきたんです!少しくらい知る権利g

灼「うるさい。言えないものは言えない。……今日はもう帰っていいよ。お疲れ様」

穏乃「っ……」

私はいたたまれずに口を挟んだ。

玄「灼ちゃん、穏乃ちゃんに教えてあげて」

灼ちゃんが冷たい目でこちらを見る。

灼「……玄がそういうなら。でもね、玄……」

一際強くこちらを覗きこむ。

灼「『こっち』はそう単細胞じゃ生きてけないの」

再び穏乃ちゃんに向き直り、大きなため息を一つ。

そして、これまでの顛末を話し始めた。

投下来たー!




灼「……………と、まあこんなとこ」

穏乃「っ……」

穏乃ちゃんの表情が曇る。

穏乃ちゃんが腰を折る。

穏乃「…………っごめんなさい!」ペコリ

穏乃「こんなことだって何にも知らなくて……酷いこと言っちゃって、本当にごめんなさい!」ポロポロ

声を震わせ、涙を零しながら謝罪する穏乃ちゃんに、私はすかさずフォローを入れる。

玄「穏乃ちゃん、私は大丈夫だから、ほら、なかないで、ね?」

穏乃ちゃんはまだしゃくり上げている。灼ちゃんは、そんな穏乃ちゃんを上目で静かに見ていた。

必死に慰める私と謝罪の言葉を泣きながらつぶやき続ける私と穏乃ちゃんに、灼ちゃんは立ち上がって言った。

灼「………さ、仕事だよ」

くるりと振り向き、なにやらひそひそ話している労働者たちに叫ぶ。



灼「…何話してる!お前らは無駄話をする権利も暇もない!今すぐ元の仕事を始めろ!!!」

ビクッ、という効果音が聞こえた気がした。全員の体が痙攣したかの様に震え、一斉に散って走り出した。

ふぅ、と一息つき、こちらに体の向きを戻す。

灼「……ついてきて?仕事の過程を説明する……」

何事もなかったかのように、灼ちゃんは歩き出す。

足が動かない私に気付き、灼ちゃんが振り向く。

灼「玄?」

私はあわてて答える。

玄「あ、うん、すぐ行くよ!」

安心したかのように前を向いて歩き出す灼ちゃんの背中を見て、私は再確認した。

灼ちゃんは、やはりここで働く労働者の少女たちを人として見ていない。

所詮は家畜、道具、重機、機械、爆薬のようなものだと考えている。

玄(……なんでだろう)

支援

灼ちゃんは―――少なくとも向こうの世界では―――口下手でも優しい娘だった。

まだこちらの灼ちゃんに会って一日しか経っていないし、これが本当の性格なのかもわからないから、一概には言えない。

けれど、今の動き、口調、行動の節々から伝わるのは完全な冷たさで、裏に優しさがあるようには思えなかった。

灼「……くろ!」

玄「あっ、ごめんごめん」トテトテトテ

灼「もう…」ハァ

呆れたような顔で私を急かす灼ちゃんは、『向こう』と変わらない。親友を疑う自分に嫌悪感すら抱く。

しかし、そのかわいらしい表情も、視線が私から移った途端に切り替わる。

その眼は、やはり『蔑み』の眼。

私は小走りでその小さな背中を追った。

灼「……ここで、まず採掘を行うの。重機を使って掘って掘って、ただひたすら紅銅鑼水晶を掘り続ける…」

灼「……ここでは選別。売り物になるのとならないのを仕分ける……」

灼「……選別に漏れたのはこっちに。細かく砕いて爆薬に……」


得意気にあちこちを回り、説明していく灼ちゃん。

この時ばかりは、『いつもの』灼ちゃんに戻っているように感じられた。

灼「………で、これで出荷。…なんとなくはわかった?」

玄「あっ…う、うん!」

灼「よかった……。どうする?今日はもう帰る?」

玄「うん、じゃぁ…そう、させてもらおう、かな。この服にも慣れないしね」アハハ

灼「これからはずっとそれなんだから、慣れてもらわないと困…」クス

灼ちゃんは振り向き、後ろでなにやら機械を弄る穏乃ちゃんに声をかけた。

灼「…穏乃、今日は先に帰るね。戸締りよろしく…」

穏乃「あ、はい!任せてください!」

再び、灼ちゃんはこちらを向いた。

灼「じゃ、帰ろっか」

玄「……うん」

狭い道を通り、山から出る。

空は雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうなほどどす黒い曇天。

蒸し暑い湿気が分厚い服に入り込み、居心地を悪くする。

灰色の山肌は空を映してより一層曇り、立ち上る煙は雲と混じって見えなくなった。

ざく、ざく、ざく。

草を踏みしめ、無言で家へ急ぐ。

ぽつ。

ぽつ、ぽつ。

空からの水滴が私を急かす。

灼「……降り出した。急ごう」

少し早く、さらに早く。早歩きは加速していく。

ざあぁぁーーーーっ。

本降り。せっかくの服もびしょびしょになってしまった。

玄(はぁ…はぁ…)

小走りで家路を駆ける。もうあと数十メートル。

踏みつける雑草から水滴が跳ね、靴を濡らす。あと五メートル。


ざあっ

灼「っ……はぁ……はぁ……はぁ……」

玄「ふぅ……はぁ……はぁ……」

なんとか無事に辿りついた。

終わりかな? 乙

おつ?

更新クッソ遅くてどうもすみません。
まだまだ続きます

保守すまぬ…すまぬ…

扉を開けて家に入る。

灼「ちょっと待ってね……よいしょ」ウン

灼ちゃんが背伸びをする。

灼「んっ…うっ…」ノビ

玄(…!)

私は察し、手を伸ばして灼ちゃんの頭上の棚からタオルを下す。

玄「無理しなくていいんだよ?」

灼「っ…あ、ありがと…」

灼ちゃんの顔が真っ赤に染まる。

灼ちゃんにタオルを手渡し、先に使うよう促す。

灼「玄が先使っていいよ……」

玄「あ、ありがと!」

お言葉に甘えて。私は濡れた体を軽く拭いた。灼ちゃんに湿ったタオルを返す。なんだか申し訳ない気分になる。

灼「もうお風呂沸いてると思うから、先入ってて……」

タオルで髪の毛を拭きながらそう言うと、そっぽを向いてしまった。

玄(なんか悪いことしちゃったかな……)

私は廊下を進む。

玄「あっ」

私は立ち止った。

玄(そういえば、お風呂の場所聞いてなかった……)

けれど、わざわざ灼ちゃんのところまで戻るのも面倒だし…探せば見つかるでしょ。

玄(それに…なんだか灼ちゃん怒らせちゃったみたいだし)

朝と比べて少し湿った感もする廊下を進む。少し歩いたら、すぐにお風呂と思わしき部屋が見つかった。

玄「ここかな…?」ガチャ

どうやら脱衣所のようだ。奥には擦りガラスの戸があり、その向こうにお風呂があることを伝えている。

玄「さて…っと」

私は脱衣所の扉を閉め、服を脱ごうとする…も、脱ぎ方がよくわからない。

玄「んっ…むぅっ…ほっ…」グイッ

なかなか難しい。どこから脱げばいいのかすらよくわからない。

じめじめした裏地が肌に張り付くのも相まって、私は悪戦苦闘した。

玄「んっ…ここかな?」

それらしきボタンを見つけ、手をかける。

玄「よいしょっ」

ようやく脱げた。じめじめして気分が悪い。

ぱっぱと下着も脱ぎ、私はお風呂場の戸を開けた。

玄「失礼しまー…!?」

私は息を呑んだ。

檜で敷かれた床。

真っ赤な宝石(紅銅鑼水晶かな?)が散りばめられた眩しい銀色の壁。

そして、なぜかこちらを睨む金色の阿吽行、それも阿の方だけ。

なんていうか、ナンセンスだった。

玄「うっ…うーん…?」

灼ちゃんの趣味なのだろうか……このセンスの無さはある意味灼ちゃんらしいけれど。

けれど、借りる部屋に文句をつけるのはよろしくない。私は恐る恐るマーライオンの口の形をしたシャワーを手に取った。

じゃーっ。

玄「ふぅ…」

お湯を浴び、一息つく。なんだかんだ言ってお風呂はやっぱり落ち着く。

石鹸も用意されていたので、二つ掛かったタオルのうち使用感のないほうを手に取り、体を洗う。

全身の消毒が終わったことを確認し、シャワーを手に取りお湯を出す。

途端、手からシャワーが滑り落ちた。

玄「わっわわわわ」トットット

なんとかキャッチには成功したが、頭上で水が何かに当たる音が。

ふと上を見ると、ものすごい勢いでお湯が阿の像の顔面に掛かっていた。目が合った。

玄「ごっ、ごめんなさいぃぃぃっ!」アタフタ

目を逸らすようにシャンプーを体に寄せ、髪を流した。

体を洗い終え、黄金の湯船に体を沈ませる。ちらと脇を見やると、ギリシアチックな髭の男の口からこんこんとお湯が湧き出ていた。

玄(ポセイドン……かな)

落ち着いた心で、ゆっくりとこれまでのことを思い返す。

玄(……Sちゃんと憧ちゃんと遊びに来て、迷って、ここにきて、それで………)

顔をお湯に沈める。

玄(………がんばんなくちゃ)ブクブク

自分でも何を頑張るのかはよくわからない。でも、頑張らなくっちゃいけない…そんな気がした。

やっべ、痴漢し忘れてました

S=穏乃です

なんだ痴漢し忘れるって
置換し忘れるです

□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆

玄「……っつ…」

どうやら湯船の中で寝てしまっていたようだ。血が上って頭が痛い。

玄「っしょっと…」ザパァ

湯船を上がり、壮大な扉を開く。

玄「ふぃー……い゛っ!?」ガチャ

灼「ふぁぁっ!?」ガタッ

目の前には、着替えている途中の灼ちゃんが立っていた。ほぼ全裸で。

玄「なっななっなんで灼ちゃんがここれ脱いでるに゛ょっ!?」

頭が混乱し、呂律が回らない。

灼「ここは私の家だし当たり前だとおも…。てか長すぎ」

玄「あっ……ご、ごめん!」

灼「まぁいいよ、玄だし。でも……」

玄「ん?」

私から目を逸らしながら、灼ちゃんはおずおずと口を開いた。

灼「その……服、着よ?」オズオズ

玄「」

すっかり忘れていた。脱ぎかけの服で体を隠している灼ちゃんはともかく、今の私はほぼとかではなく紛れもない全裸だった。

玄「うわっごっごめん!てかちょっと出てくれると嬉しいかな!?」

灼「えっ私も着替え中……」

無理やり灼ちゃんを部屋の外に追い出し、一息つく。

玄(そう……ここは元の場所じゃない……なんとかして戻らなきゃ。お父さんもみんなも心配してるはず)

何時の間に用意されていたのか、可愛らしいパジャマを羽織る。ふわりと心地よい感触がした。

玄(でも、そしたらこっちの灼ちゃんは……?)

いやな考えが脳を過る。私はブンブンと首を振った。

玄(いや、本来ここにはこっちの『松実玄』がいたはず。私がいるから帰ってきてないのかもしれないし、大丈夫大丈夫)ウン

無理やり自分を納得させ、部屋を出る。

目の前には、裸の灼ちゃん。

灼「お…遅……」プルプル

すっかり忘れていた。灼ちゃんの顔は恥ずかしさで真っ赤だった。

玄「ご…ごめんなさーい!!」ダッ

灼ちゃんの寒い視線から逃れるように、風呂場を逃げるように離れた。

乙?

リビングに入ると、灼ちゃんが読んでいたのだろうか、少し形崩れた新聞があった。日付を見ると七月二十日、今日のものだった。

玄「いつのまに読んだんだろ…」

つい好奇心が顔をだし、椅子について一面に目を通した。新聞の名は『夕日新聞』…なんだか信用ならなさそうな名前だ。

記事の内容は、何もかもが少しずれた内容だった。

世界が違うから当然かもしれないけれど、やっぱり真新しい新聞に『今日の採れ高』とか書いてあると違和感がある。

それはそれで面白く、読み進めていくうちに最後の面に入った。

玄(社会面…配置はおんなじなのかな?)ペラリ

『白糸台帝国、長共連に通告』

白糸台帝国…!私は焦って本文に目を向ける。

『……白糸台帝国は、昨日夜九時付で、長野共同連合に対し声明を発表した。これに対し……』

さらに読み進める。



『声明全文

………白糸台帝国より長野共同連合に通告である。
今後一週間以内に服属、あるいは不逆の意志を示さなかった場合、我々はそちらに対し宣戦布告を行う。
深い思慮の上結論を出すことを望んでいる。……』

私は息を呑んだ。

白糸台帝国…宮永照さんは、長野に攻め入るつもりなのだ。

玄(そして私が提供する紅銅鑼水晶は…)

わかっていた、わかっていたつもりだった。

でも、やはり、実感はなかった。

自分のこれで何が起こるのかも、他人事のように感じていた。

『私のこれが、人を殺す』

この実感、恐怖を、ようやく知った。

生存報告代わりに。

おつ

玄「……ぅっ……」

気分が悪くなる。新聞を閉じる。

雨の音も、心なしかお風呂に入る前よりも強まっている気がする。

ぴかっ。

空が光る。

どーん。

落ちる。

眼が眩む。意識が浮く。体が………………

□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆


「…、……ろ、くろ、玄っ!」

玄「んっ……」

…私は何をしていたのだろう。

灼「………よかった、玄ぉ……」ハァ・・・

玄(あれ、私)

いつの間に気を失ってしまっていたんだろうか。

にしても最近意識が飛ぶことが多すぎる気がする。

さっきも、風呂場でも、そういえば昨日も。

自分でいうことじゃないけれど、私は体の丈夫さには自信があった。

実家が旅館というのもあって小さいころから家の手伝いをしていたし、手伝いがない日は、季節にかかわらず穏乃ちゃんたちと麻雀したり外ではしゃいだりしていた。

そのためか、怪我にも泣かなかったし、風邪もほとんどひいていなかった………と思う。

もちろん、気を失ったり、ばったり眠りに落ちることなんて無かった。

玄(それが……なんで)

疑問を頭で廻らせながら、心配そうな顔でこちらを見る灼ちゃんをよそ目に席を立つ。

灼「く、玄……?」

玄「……ごめん、ここってパソコンある?」

灼「ぱ、ぱそこん?」

ここにはパソコンもないのだろうか。

玄(てことはネットも無いのかな……不便不便)

玄「私の部屋ってどこだっけ?」

灼「あ、書斎……?案内するからついてきて」スクッ

灼ちゃんは快く応じ、階段に向かった。冷たい反応をしてしまっていたことに少し胸が痛む。

階段を上がり、三階の寝室の脇の扉を開く。そこには、綺麗に整頓された書類の並ぶ書斎があった。

灼「ここ。夕飯になったら呼びに来る……」ガチャ

扉も閉まり、この部屋には私だけになった。

玄「さて、と……」

私は早速机の引き出しを開く。書類はファイルに整頓されているものもあれば、雑多に突っ込まれているだけのものもあった。

玄(………やっぱり居心地悪いなぁ…)

確かに、この部屋も机も「こっちの」私のものだったかもしれないけれど、それは「こっちの」私のものであって、やはり他人の机を漁っているかのような罪悪感は拭えなかった。

玄(……背に腹は替えられぬ、仕方ないですのだ)ゴソゴソ

そう自分に言い聞かせ、机の捜索を再開した。

新聞のスクラップ、業務書類、色々でてきたけれどどれもあまり有用な情報はなかった。

玄「……ここにはないのかなぁ、役立ち情報」ハァ

思わずため息が零れる。

玄「せめて少しくらい……ん?」

私の眼の隅に、小さな見覚えのないメモ用紙が映った。

何か役に立つものであることを祈りながら、紙を拾って裏返す。

玄「…………なんだぁ」

それは、白糸台帝国の宮永さんへの電話番号だった。

確かに普通に考えたら貴重かもしれないが、どうせまた会うだろうからあまりよくはない。

玄「まぁ、これだけでもいいのがあっただけマシかな」

ひょいと拾い、ポケットに突っ込む。

その時、私はあることを思いついた。…思いついたというほどのことでもないけど。

玄(……宮永さんに電話をしておこう)

前あった時に気まずくなったのもあってかけづらかったけれど、このまま放置しておく方が後々悪い気がした。

そばにある電話……であろうものの受話器を取り、番号を打ち込む。ダイヤル式を使うのは久しぶりだ。

じぃーっ、がこっ、じぃーっ、がこっ。

小気味良い音が鳴り、甲高いベルが鳴りだす。

ガチャリ、受話器を取る音がした。

『……この番号にかけてくるということは、記憶でも取り戻したの?』

私は心を決めた。

玄「……記憶は戻ってません。そもそも、……記憶は、消えていません」

『………ほう、私を嵌めていた、ということ?」

玄「いえ…違います。信じてもらえないかもしれませんが、少し、話を聞いていただけませんか?」

受話器の向こう、一瞬の沈黙と小さなため息が聞こえた。

『……今は暇だから聞いておく。なに?』

玄「ありがとうございます。では………」

私はこれまでのことをおおまかに話した。灼ちゃんに言ったこととほぼ同じことを。…この世界に来たいきさつを。

宮永さんに教えるのは正直不安ではあった。けれど、こちらが誠心誠意伝えれば、きっとわかってくれるはず。そう考えた。

『……ニワカには信じられないけど、その言い方からすると本当なんだろうね』

『……そっちの世界では、私はどんな人だったの?』

玄「あるゲームで、この国で一番の腕でした。私ももうすぐ当たる予定だったんですよ」アハハ

『この国っていうのは、白糸台…それとも、阿知賀?」

そうだった。ここは国が違うことをすっかり忘れていた。

玄「えっと…、この辺の国が全部まとめて一つの国だったんです。争いとかもなく」

『ふぅん……難しっ』

がたがた、とぶつかり合う音。少し沈黙。

『!……時間がもうない。無駄話は終わり』

声調が変わる。私も耳を欹てる。

『早急に打ち合わせを行いたい。遅くとも一週間以内に白糸台の第一検閲門から入国して。話は通しておく』

玄「え、えっと…あら、つ、妻はどうしたらいいでしょうか…?」

自分で言ってて恥ずかしい。

『……別にいい。迷惑にならない限りはね』

玄「ありがとうございます!」

『じゃぁそういうことで。また何かあったら連絡して』ガチャ

つー…つー…


玄「………ふぅ……」ガチャ

申し訳程度の更新

乙だぜ

しかし、チャンピオンは理解が速くてたすかったな

長い電話が終わった。

灼「玄、夕飯……」ガチャ

灼ちゃんが部屋を訪ねる。

玄「うん、今いくね」

灼ちゃんはとことこと下に降りて行った。私も軽く片づけをすませ、後を追う。

玄(夕飯…宮永さんのことをいうにはちょうどいいかな)

ひそかに心を決めつつ、久しく感じる階段を下る。

一階からは心地よい匂いが流れてくる。暖かい空気が私を迎える。

床に降り立ち、ようやくその姿が見えた。

玄「わぁ…」

思わず感嘆の声が漏れる。

机の上にはクリームシチューとフランスパンが、金の皿と銀の皿に乗っていた。

香りがふわりと流れだし、あまり感じていなかった空腹を呼び覚ます。

昨日今朝と同じ食卓だとは思えない。

灼「ど、どう…?」

玄「うん、すっごくおいしそう!」ニコッ

灼「…っそ、それはよかっ…///」

席に着き、手を合わせる。

「「いただきます」」

ふわり、としたフランスパンをちぎり、シチューにつけて食べる。

あったかくクリーミーなシチューとパンの生地が絡み合い、口の中で解けた。

玄(ふわぁ……おいしいなあ)

ひとくち、またひとくち。手が止まらないとはまさにこのこと。

灼ちゃんに目を見やると、熱いものは苦手なのか、息を吹きかけてシチューをさましていた。

シチューの中に入っているのは……野菜だろうか。

色はかぼちゃのような明るい黄色とオレンジのあいのこのような色合いだけど、食感は人参に近い。

その横には縦に長い緑色の野菜。一瞬きゅうりかとも思ったけど、とても柔らかくパンで切れてしまうほどだった。

玄「このお野菜はどこで買ったの?」

灼「えっと、近所の八百屋さん、かな…」

ここにも八百屋があることに少し驚いた。

玄(でも、スーパーがないってことはやっぱり少し遅れてるのかな…)

少し不思議な気分になる。

玄(あっ)

そういえば、宮永さんのことを言うのを忘れていた。

意を決して、食べるのに夢中の灼ちゃんに声をかける。

玄「灼ちゃん、その…大事な話なんだけど」

灼ちゃんは手を止め、こちらを見る。

灼「?」

玄「私、…宮永さんのところにいく」

灼ちゃんの動きが止まる。一瞬目が丸くなり、そして鋭くなる。

灼「……いっいつのまに宮永とっ」

玄「書斎で番号を見つけて、電話したの」

目つきが一層険しくなる。

灼「なっなんで…宮永は玄に怒りを持ってる…

  行ったらどうなるかわかったもんじゃな…!」

玄「宮永さんとは話をつけておくべきだと思う。今後のためにもね」

灼「何国も潰した帝国の支配者のことを何言ってっ」

玄「灼ちゃん!

  ……私は行くよ。もう変えられない。

  行って、宮永さんと交渉するの。これまでのことも、これからのことも」

灼「玄っ……!」

玄「それと私、宮永さんに妻を連れてきていいっていう許可を取ったの。

  だから灼ちゃん…ついてきてくれる?」

灼「…………」

灼ちゃんはため息をついた。

灼「そんなこと言われたら、断れな…」

玄「……ありがと」

灼「でも、これだけは約束して」

再び目がこちらをじっと見つめる。

灼「危なくなったり、危険なことが少しでもあったら、すぐに阿知賀に戻る。
 
  これだけは、お願い」

玄「うん…わかった。

  ごめんね…勝手なこと言って」

灼「別にいい……私は、玄といられればそれだけで……」

いいかけた言葉をひっこめ、灼ちゃんが再びパンを手に取る。

私もそれに合わせて食事を再開する。

いつの間に閉めたか、カーテンの向こうではまだ雨が降り続いていた。

けれど、雷の音もいつのまにか止み、小さな雨粒の跳ねる音が聞こえるだけとなっていた。昼ごろよりはずいぶん弱まったみたい。

そうこう考えてるうちに、気付けばパンはなくなっていた。

玄(時がたつのは早いもの)

自分でもなんだか年寄り臭いとは思った。

玄「ごちそうさまでした」ガタ

シリアス展開はこのあとたっぷり控えてるんで許してください(震え声)
二日にいっぺんくらい投下できたらいいかなーなんて思ってます。

乙!

赤い突起に手を添える。力が入る。

ブッ、という大きなノイズ音とともに、前方突然画面が現れた。

玄「わぁっ!?」

突然のことに体がのけぞる。

よくよく見ると、画面にはなにやら人影が見えた。



『……ここは何切りが最善ですか、大沼プロ』

『あー……三萬』

コピペミスデース
>>184はスルーしてください

お皿を片付け、おもむろに近くのソファに腰かける。

玄(そういえば、リビングでゆっくりするのって初めてだ)

ふと横を見ると、丸い機械のようなものがあった。好奇心が首をだす。

玄(大丈夫だよね…)

赤い突起に手を添える。力が入る。

ブッ、という大きなノイズ音とともに、前方突然画面が現れた。

玄「わぁっ!?」

突然のことに体がのけぞる。

よくよく見ると、画面にはなにやら人影が見えた。




『……ここは何切りが最善ですか、大沼プロ』

『あー……三萬』



玄「あー……なるほどね」

どうやら。こっちでいうテレビのようなもののようだ。

ここだけみると進んでいるのだから、技術というのはよくわからない。

ダイヤルのようなボタンをくるくると回すと、画面に映る映像もくるくると変わる。

玄(おっ)

そのうち、ニュースのような番組を見つけた。情報を得たい私にピッタリだ。

しかし、あまりこれといった情報はなく、大きく報じられているのも新聞で読んだものと同じだった。



『……白糸台帝国はなぜ長共連に宣戦布告したのでしょうか?」

『うーん、ウザかったからじゃね?知らんけど』

『っ……』イラッ



玄「…だめかぁ」

私はリモコンをそばに置いた。

玄「灼ちゃん、ここから白糸台までどれくらいかかる?」

灼ちゃんは少し考えてから言った。

灼「うーん……4日、長くて6日くらいだと思……」

玄「えぇっ!?」

そんなにかかるなんて考慮していなかった。

何より、そんなにかかるのであれば1週間はギリギリだ。

玄「うっ……灼ちゃん、明日には出られる?」

灼「えっ……急に言われても困…」

玄「だよねー…」

灼「まぁ、やろうと思えばできないこともないと思…」

私は胸をなでおろす。

玄「あ、ありがと!」

灼「でも、鉱山の方に話しとおさなくちゃいけないから、出発は早くとも午後になる…」

玄「大丈夫だよ、ありがと」

夏休みも終わり冬休みが近くなってきましたがこのSSでは七月二十日です。

読んでくれてる方ありがとうございますー

この世界には麻雀があるのか



赤い突起、大沼プロ、三萬でエロSSかと思った

乙 なかなか面白い設定だね

玄(明日出発、だね)

予想外に予定が詰まってしまった。

玄(さて、私がするべきことは……)

私は灼ちゃんに声をかける。

玄「灼ちゃん、パジャマある?」

灼「えっ…あ、えーっと、ちょっと待っててね」

灼ちゃんは手を止め、階段を上がっていった。

灼ちゃんがパジャマを探しに行く間、私は今日一日を思い返していた。

鉱山に行き、その惨状を見て、穏乃ちゃんにも会い……。

玄(…明日は出発する日、今日以上に厳しい一日になる)

密かに覚悟を決め、ぐっと右手を握りしめた。灼ちゃんが階段を下りてくる。

灼「はい」

玄「ありがと、灼ちゃん」

灼「うん」

私はパジャマに着替える。昼間の服とは打って変わって平凡な服だった。

玄「えっと、洗濯籠はどこかな?」

灼「…えっと、田楽芋?」

玄「あ、いや、えーっと…服はどうすればいいかなーって」

灼「あ、ならやっとく…」

手を差し伸べてきた灼ちゃんに服を渡すと、脇にある小さなレバーを引いた。

突如、がこんという音とともに地面から筒のようなものが浮き上がってきた。灼ちゃんは当然のようにそこに服を投げ入れる。

私が唖然としている間に、その筒はごしゅーという奇怪な音とともに服を吸い込み、再び地面の中へと消えた。

玄「え…えっと…今のは・・?」

灼「えっと、これはエブスソーっていって、入れたものは数時間で洗浄されてでてくるまさに主婦の味方…」

どうやら、洗濯機と同じようなもののようだ。

玄(これって服以外も洗えるのかな…)

灼「…で、玄、田楽芋がなに…?」

玄「……ごめんね、おやすみ灼ちゃん」スタスタ

灼「あ、うん、おやすみ玄」キョトン

洗面所により、歯を磨く。歯ブラシにペンで「くろ」と書かれていたからすぐに分かった。

階段を登り、寝室に入る。

ここではまだ一夜しか過ごしていなかったはずだけど、すでになんだか馴染んでいるような感触を覚えた。

電気を消し、布団をかぶる。

玄(明日の動きを考えてから寝よう)

そう考えてはいたものの、想像以上の疲れに襲われた私はそのまま眠りに落ちてしまった。

朦朧とする意識の中、雨の音が暗く響き続けた。



三日目 終了

せんたくかご→でんがくいもww

200到達&三日目終わりました。
内容自体は薄いのでサクサク読み進められると思います。
更新頻度は頑張りたいですw

七月二十一日(月) 天気:曇り

朝目が覚めたとき、まだカーテンは開かれていなかった。

脇には丸くなって寝息を立てる灼ちゃんの姿が。

体を起こすも、眠気が肩を引っ張る。

玄(…どうしようかな)

少し考え、私は起きることに決めた。眠気を払うように顔を振る。

ベッドを降りてカーテンを開きかけ、ふと思いとどまって戻す。

まだ灼ちゃんは寝ている。

玄(そういえば、着替えの場所わかんないや)

仕方ない。私は階段を降り、一階の洗面所へ向かった。

じゃばじゃば、冷たい水で顔を洗う。頭と目が冴え、視界がぱっと明るくなる。

玄(さて、と)

今日すること…そう、白糸台帝国への出発。

宮永さんと会い、今後について話し合うために、何日もかけて国境を越える。


灼ちゃんに無理を言い、今日からにして貰った、出発。私自身なにもわかってないし、準備もしていない。

玄(こんなんでいいわけないからねっ)

私は今日は早く起き、準備をしようと考えていた。

目覚ましがないから心配だったけど、自然と目が覚めてくれた。

玄(………準備、しよ)

私は洗面所を出ようとして固まった。

玄(準備って……なにすればいいんだろ)

持ち物も決まっていない、鉱山への連絡はできない、服はない。

自分で言い出したことなのに、すでにわけがわからない。

正直、茫然としてしまった。頭の回転が悪いところが私の『唯一の』欠点かな。

玄(でも、こうやっているのが一番の時間の無駄…何かしなくちゃ)

うんうんと頭を捻った末、宮永さんとの話し合いで要るかもしれない書類をまとめておくことに落ち着いた。洗面所を出て、再び階段を登る。

二階の書斎に入る。昨日のまま、軽く散らかった書類が私を出迎えた。

早速、私は選別を始めた。基準はもちろん『わたしにとって』の有用性ではなく『宮永さんにとって』の有用性。

例の番号の書かれたものはもちろん、私はスルーした鉱山の年間生産高はじめ鉱山についての資料、うちと白糸台の取引が書かれたノートやよくわからない分厚いファイルなど、少しでも役に立ちそうなものはすべて集めた。

玄「……すごい量だ」

予想外にうず高くなったその山を見て、私はため息をついた。

けれど、多い分に問題はない。

玄(大は小を……っる、っていうよね)

言えてないけど気にしない。

私はその山の頂上を削り、階下へ運ぶ。テレビの前、ソファのすぐそばに置き、また上へ戻る。

今度は中腹を削り、階下へ。これを何度も繰り返した。

玄「はぁ…はぁ……」

息も荒く最後の塊を持って降りたのは、もう五度目くらいだろうか。朝だというのにすでに汗をかいてしまっていた。

玄「これで準備は終わり…かな…」

そう思った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。

家の手伝いで慣れていたはずなのに、いつもよりはるかに疲れが来るのが早い。

玄(やっぱりなんか変だな…)

そうは思えど生理現象、ふわり力が抜けソファに倒れこんでしまった。

風邪で倒れてました。更新頻度あげます

突然ですが、宣伝です!




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なんと!つまらないと今話題のこのSSスレが…

とうとう宣伝用のスレになってしまったぁ!





文句があればこのスレまで

P「俺が…タイムスリップ?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367720550


ぶり返しに気をつけてなー

設定含めすげー、ひかれてるんだよなこの世界観
体大事にしてくれ
完結心待ちにしてるんだ

更新滞っててすみません。。。時間がないです

□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆□■◇◆


灼「…くろー」

玄「ふぁっ……あああっ!」ガタ

灼ちゃんの呼びかけで目を覚ました私は、唐突に脳内で溢れだした記憶と焦りによってパニックに陥った。

玄「うわぁっ寝ちゃってたよ時間時間時間どうしよおねぇちゃんうわっわっわっ」アタフタ

灼「お、落ち着いて、まだ全然時間はある……」

その一言で力が抜けた。ソファにゆらりと座り込む。

玄「よ、よかったぁ………」ヘナヘナ

灼「で、この書類は何……」

玄「これこそは宮永さんに見せたい書類をまとめたものです!」フン

灼「…………」

玄「…………」

視線が痛い。イタイイタイイタイ

灼「…玄、これ全部本当に持ってく気…」

玄「い、いや、ほら、こうばーっとがーっと……」

灼「…………」ジト

玄(おねぇちゃぁん…)グス

灼「………………プっ」

突如、灼ちゃんが噴出した。今度は私が目を丸くした。

灼「いや…ドジな玄もかわい……」クス

玄「ぬわっ」カァ

自分でも顔が赤くなるのが分かった。頭を振ってゆがみを消し去る。

玄「なっ何言ってるの灼ちゃんっ、ほ、ほら朝ごはんは?」

灼「はいはい…」クス

玄(う~)

悔しい。何がって灼ちゃんに笑われたことだ。

玄(向こうではこんな扱いじゃないのに……)

…ないよね?

私は灼ちゃんとテーブルにつく。フレンチトーストが皿に乗って出てくる。

シチューには変なものがはいってたのにパンは普通なのか、だのなんだのよしなしごとを考えながら口いっぱいに頬張る。

玄(やっぱりおいしいなぁ…)

灼「…あ、荷物は減らして、あの量は無理……」

玄「ですよねー」

私は小さく溜息した。

朝食を終え、皿を渡す。灼ちゃんは手慣れた手つきで例の筒につっこむ。

玄(確か、え、えび…なんだっけ)

まぁいいや。私はいつのまにか用意されていた服に着替える。

玄「あ、今日はあのフリフリの服じゃないの?」

灼「あれじゃ絶対動き肉…」

それもそうだ。私はぱっぱと着替える。

ベージュのシャツに焦げ茶のスカート。なんだか探検隊にでもなったみたいだった。

小さいころから探検隊には憧れていた。山の中を遊ぶ時も、穏乃ちゃんと憧ちゃんと探検隊ごっこをしていた。

さすがにあんなに小さいころとは違うけれど、やっぱり心が小躍りする。

灼「玄、整理してる…」

玄「あ、いま始めるところだよ」

うきうきして忘れていたとはとても言えない。

山のような書類をひとつひとつ仕分ける。

中途半端ですがここまで。


動き肉……


インパクトデカいよな動き肉

もちろん役に立ちそうなものしか持って降りていないから、ナカナカ苦渋の決断だ。

玄「むむむ…」

電話番号なんかはいらないかな、いやでも結構重要かも、いやいや…

迷いに迷いながら私は仕分けを続け、なんとか三分の一程度に収めた。

灼ちゃんがこちらを横目で見て言う。

灼「そのくらいなら持って行ける…ありがと」

ちょっとふまんなんだけど、仕方ない。

灼ちゃんの方をふと見やると、なにやら電話をしているようだった。

灼「……だから、しばらく休む……。あいつらには適当に配給しといて。よろしく…うん…うん……ありがと」ガチャ

こちらに気付く。

灼「ああ、穏乃に連絡してた…。喜んでた」

玄「そっか、ありがと」

私は荷物を持ち上げた。なかなか重い。

玄「灼ちゃん、どこ持ってけばいい?」

灼「……まだいらな……」

玄「あ、そうなの」

もう一度降ろす。わざわざ持つ意味がなかった、少し悔しいような…。

灼ちゃんも着替えを始めた。私はソファにまた座った。

ふわりとした弾力が体を包む…ような錯覚を覚える。

玄(この感触、癖になるなぁ…)

フカフカしていて気持ちがいい。

けれど、もう私はしばらくこの家には戻ってこれない。

玄(まぁ、ありがたみも増すしいいかな)

とはいえ何か変な愛着が湧いてしまった私は、ソファの上でゴロゴロしながらその柔らかさを堪能していた。

灼「…玄、いくよ」

唐突に灼ちゃんの声が脳内に響く。私はビクッとして立ち上がった。

玄「ふぁ、ふぁいっ」ガタ

灼「……行くよ」テクテク

玄「え、えええ、なにもってけばいいのっ」

突然の出発宣言にパにくる。

灼「大丈夫」

玄(大丈夫って言われても…)

困惑しながらも、私は灼ちゃんについて家を出た。

雨は上がってはいたけれど、いまだ曇りで薄暗かった。

灼「……そろそろかな」

いまだ状態を呑み込めない私を余所に、なにやらきょろきょろする灼ちゃん。

玄「え、えっと…灼ちゃ」

灼「あ、来た…」

玄「……」

見ると、向こうからなにやら物音を立てながらなにかが来ているのが見えた。

玄(あれ…なんか見たことあるような…)ムムム

遠くてよく見えないけれど、見たことがある人のような気がする。

むぅむぅ悩んでいるうちに、気づいたらすぐそばまで来ていた。


憧「おまたせー」パカァ

そこにいたのは、憧ちゃんだった。




更新少ないですね…すみません。
動き肉は誤字です

けれど服装はまたもや珍妙、緑色のローブにたすきのようなものを付けている。

玄「えっ…憧ちゃん?」

憧「どーしたの玄、そんなにびっくりして」

玄「えっと…憧ちゃんは何の仕事をしてたんだっけ?」

憧「えっ、仕事を頼んでおきながらずいぶんいまさらねぇ…

  まぁ、人様のお引越しとか大移動とかのお手伝いみたいなものよ」

もはや巫女の面影はない。

憧「ていうか玄、あたしの仕事知ってるはずなんだけど…怪しい」ジト

玄「ぐぅっ」チラ

灼「……」コク

玄「えっとね、憧ちゃん……ちょっとお話があるの」

憧ちゃんは少しイラついたような口調で答える。

憧「はぁっ、まだ話は終わってな」

玄「大事な話だから!!……聞いてくれる?」

少し驚いたような顔をしてから、憧ちゃんはばつの悪そうな顔をして頷いた。

玄「あのね……」

憧「……なるほど、ね~」

なにやら難しい顔をしている。

憧「つまり、この玄は本物の玄じゃないってこと?」チラ

灼「ちょっと憧、本物って」ガタ

私は目で灼ちゃんに合図を送る。『落ち着いて』と。

そして再び憧ちゃんに向き直る。疑るような憧ちゃんの眼をじっと見る。

玄「…うん、この世界の『私』とはほかの人。だけど…私も『松実玄』として、見てくれないかな?

  私はむこうでも憧ちゃんとは小さいころから仲が良かったし、こっちでも…少しの間でも、仲良くいたいな」

憧「………はぁ、仕方ないわね。あなたも玄として扱うわ」

いかにも『やれやれ』といった様子で、憧ちゃんは首を振った。

灼「……憧、仕事を…」

憧「ほいほーい」

憧ちゃんは馬のような何かから降り、なにやら服の奥からものを取り出している。

玄(……大丈夫かな)

少し心配だったけれど、憧ちゃんの顔は既に明るくなっていたから大丈夫…だと思いたい。

玄(仲良く…やってけたらいいけど)

私はその『馬のようなもの』を改めて見直してみる。

遠目には馬のように見えたが、傍で見るとまったく馬には程遠かった。

っ白な毛並み、馬より明らか長い脚。サイのような小さな角が生えた、トカゲのような顔。

そして、背後では二本のしっぽが大きく揺れていた。

玄(な、なんなんだろ……)

好奇心から、私はその生き物をまじまじと観察していた。毛、角、関節……

目の周りを観察していたところを、唐突に振り向いた緑色の眼と目が合った。

その直後、おとなしかったその動物は『めりゅへええええええ』のような声を上げ、私に素早く近づいてきた。そのままのしかからんという勢いをもって、大きく顔を近づけてくる。

憧「あっ、エスロー!」アワッ

玄(こいつ、エスローっていうんだ)

スローモーションの視界の中、ゆっくりと白い巨体が覆いかぶさってくる。

あぁ、我ここに死す。元の世に戻れぬこと悔しけり。アーメン。あめゆじゅとてちけんじゃ。

気付けば鞭のようにしなる首が私の顔に迫ってきていた。白い毛が波のようにうねる。

思わず目を閉じる。食われる――――


……暗い。私は闇の中にいた。

漆黒の暗闇の中、体にチクチクと責めが刺さる。

全身に謎の圧迫感がかかっている。この世のものとは思えない不思議な感触。

玄(あぁ、私……死んだんだな)

咄嗟にそう悟った。

結局、私はもとの世界に戻って、元の友達と会うことすら許されなかった。

そう考えるとなみだが出そうになった。涙で既に顔はべとべとだった。




玄「……出そうなのに…べとべと!?」

私は目を開いた。光が来た。

私は生きていた。清々しい太陽の光が、私の顔を舐めるエスローとやらの舌と反射して煌めき、とても気持ち悪かった。

話進んでませんがここまでで。
間空かないようがんばります

憧「ごめんね玄、こいつ好奇心旺盛で…」アハハ

好奇心なんかで謎の生物に食われかけた私の立場にもなってほしい。

灼「憧ちゃん、こっちこっち…」

憧「あ、はーい……そこに水あるから玄は顔洗えば?」

玄(洗えばってなにさ洗えばって…)

憧ちゃんはここでもちょっぴり生意気なようだった。

玄(…でも、憎めないんだよね)

私は大きなタンクのようなものの蛇口をひねり、吹き出す冷水で顔を洗った。

玄「はぁ…」

溜息をつき、むこうで何やら話す灼ちゃんらに近づく。

憧「……だから、お金はいただきますって」

灼「昔からの仲だし、ちょっとくらいいいと思…」

憧「はぁっ、灼さんこれがちょっとだっていうの!?重量オーバーギリギリよ!?」

灼「その辺はこれまでの生意気分でお支払…」

憧「むぐぐぐぐ……」

玄「え、えっと…」アタフタ

灼ちゃんがばっとこちらに振り向く。

灼「玄いいところに。憧がこれまでの生意気なんて忘れて貢げや貢げとわがままを言ってく…」

憧「いやっちょっんなこと言ってないわよ!灼が私にサービスしろだなんて無茶いってるんでしょ!?」

灼「さん忘れ、無料確定…やったね玄」ニヤ

憧「あーもう!……わかったわよ」

玄「ありがとう憧ちゃん」

憧「たーだーし!白糸台からお土産買ってきてくださいね。あっシズのぶんもよ」

憧ちゃんは怒ったような顔で言った。灼ちゃんは眉をひそめた。

灼「えっそんな金な…」

憧「今の分があるでしょう!?」

やんややんや、無駄話をしながら荷物をなにやら箱に詰める。

なんだか、蚊帳の外な気分だった。

何せ、話している内容の八割近くが理解できない。

「あのときあれだったよね」「そうそう、それもそれだよね」

当然のように話している記憶が、私にはない。

玄(やっぱり、ここは違う世界なんだよね)

なんとなく実感してしまう。疎外感に駆られる。

玄(…もう慣れなきゃいけないんだけどな)

そんな思いでぼーっと二人を眺めていると、少しして憧ちゃんがこちらに気付いた。

憧「あっ、どうしたの玄。そんなぼーっとして」

玄「いや、えっと……大丈夫だよ」

灼「…憧、そろそろ行きたい」

灼ちゃんは察してくれたのか、憧ちゃんに出発を促した。

憧「ほーい…じゃあ積み込みしますか」

憧ちゃんは慣れた手つきで荷物を包み、エスローの背中に括り付けていく。

玄(この馬に乗っていいのかな…)

難しそうだけれど、それなら徒歩よりかずいぶん楽そうだ。

けれど、私はここで着々と進む荷積みに違和感を覚えた。

玄「…ねぇ、憧ちゃん」

憧「なに?」

玄「座るところ…ないんだけど」

既に背中は荷物で埋まり、隙間1つ無かった。

憧「座るって……歩くにきまってるでしょ」

開いた口がふさがらない。

灼ちゃんも当たり前のような顔をしている。

憧「よし!これでおしまい」パンパン

灼「じゃあ玄、いくよ。…憧、家軽く見張っといて」

憧「はいはい。……エスロー、じゃあね」

灼「憧、いろいろありがと」

憧「ほいほい。お二人ともいってらっしゃいませ~…お土産忘れないでね!二つだからね!」

玄「じゃあね、憧ちゃん」フリフリ

こうして、私と灼ちゃんは憧ちゃんに見送られながらエスローとともに徒歩で家を発った。

いつの間にか雲は切れ、光が差し込んでいた。

私情で更新できませんでした。
自己満ですが更新は続けます

楽しみに舞ってる

間が空いちゃってますが
一週間以内に更新できたらします

エスローと灼ちゃんと私の二人と一匹は、さびしく草原を歩いていた。

既に自宅を出てから数時間は経ったと思う。会話が弾んだのも初めの数分、すぐに飽きてしばらく無言のままだった。

すでに暑くなった私は、例の探検隊のような服の袖で汗をぬぐった。

灼ちゃんが久しぶりに口を開いた。

灼「……どの辺で休憩する?」

玄「今どのへんなの?」

灼「位置も見ておきたいし、この辺で休憩しよ…」

私はエスローの手綱を引っ張り、歩みを止めた。ラクダのように足をまげて座り込む。

灼ちゃんはおもむろに懐を漁り、大きな地図を取り出した。全体的に黄ばんでいる。

私はその脇で水を飲んだ。喉が潤い、元気を取り戻す。

灼「…うん、道は間違ってな…」

玄「よかった。なら大丈夫だね」

エスローは草を食んでいた。灼ちゃんが肩にもたれかかってくる。

灼「休…憩…」

ふと見たときには、すでに眠りについてしまっていた。

玄(灼ちゃん、疲れちゃったんだろうな…)

軽く頭をなでると、少しもぞりと動いた。なんだか可愛らしい。

周囲は一帯草原で、後ろを振り返ると遥か遠くに鉱山が見えた。このあたりでは確かにピカ1の大きさだ。

けれど、草原とはいっても草とエスローの他に生き物はまるで見えない。蟲一匹たりとも地面にはおらず、鳥も一羽も空に見えない。

かるく草を払い、地面を見る。いたって普通の地面だ。しかし、蟻の巣はもちろん羽虫一匹見当たらない。とてもありえないような綺麗な土。

玄(…なんか不気味になってきちゃった)

けれど、降り注ぐ太陽の日差しもやわらかく、いたって普通の青空も広がっている。

少し強めの風が吹き、灼ちゃんが目を覚ました。

灼「…あ、玄ごめ…」

灼ちゃんはあわてたように立ち上がり、水を一口飲んだ。

灼「じゃあ……行こう」

玄「うん!」

私も立ち上がり、エスローの手綱を持った。反応して首をもたげ、ゆっくりと顔を上げる。

死亡報告
モチベ上がらないので超不定期になります

それは死亡とは言わない

スマホからだけど1です
宣言通り不定期極めてるのでスレ落ちだけ防ぎます
今度更新します

把握

思った以上に死亡してたわwwww
でも面白いからがんばってくれー

保守

再び道なき道を進む。日はゆっくりと傾きはじめ、赤い斜陽が草原を燃やしていた。

ふと草原が途切れ、赤い土がむき出しになった。その先には明らかな違和感。

灼「…ここが関門。国境の亦野谷」

確かにとても凹んでいる。凹み過ぎている。

玄「灼ちゃん、これ、ここを降りるの…?」

灼「うん、ここを越えないと白糸には辿りつけな…」

私は茫然とした。谷といってもこれは崖に近かった。

近づくまで谷とわからないほど垂直に近い。立つのはもちろん、滑り落ちるのすら躊躇するほどだった。

玄「…ほんとに、ここをわたるの…?」

灼「なんでそんなにビビってるの」クス

笑い事じゃない。私は左の灼ちゃんに向き直り、その危険性と脆弱性を伝えようとした。

玄「あ」

左手、すこし行ったところに大きな橋が見えた。体から力が抜ける。

灼「…まさか玄、ここを直接渡ると思…」ブフ

玄「な、なに笑ってるの!」

灼ちゃんはくすくす笑いながら、谷沿いに橋の方へ歩き出した。私も伏し目がちに続く。

エスローがこちらを見て、馬鹿にしたように舌を出した。

橋は鉄でできていて、まったくもって頑丈だった。

下を覗き込むと、さっきとは違って崖の下に黒い森が見えた。

ほんの数分歩いて橋を渡り切ると、またすぐに草原が広がっていた。

遠くには森が見えた。真っ赤に燃えながら空は暗くなり、そして闇になった。

日が沈んだ瞬間、唐突にすべてが暗くなった。私はあわてた。

玄「あ、灼ちゃん、なんかない?なんか…こう…」

慌てる私をよそ目に灼ちゃんはエスローの背中を漁り、なにやら棒を取り出した。ズッという擦れた音とともに火がつく。

玄「…たいまつ?」

灼「うん」

懐中電灯はないのかなと不思議に思いながら、もう一つのたいまつに火を移す灼ちゃんを眺めた。もう一本はエスローの背中の荷物に括り付けた。

そしてもう一本にも火をつけ、私にくれた。一気に視界が明るくなる。

玄「あ、ありがとう灼ちゃん」

灼「当たり前…」

くるりと灼ちゃんが振り向いた。髪が靡く。

灼「この辺で、泊まろ?」

たいまつに照らされた灼ちゃんは、いつもの何倍も可愛らしかった。

ほむ

ようやくですがちょっとだけ更新です
これを機に復活目指します

乙、次回も待っとるよ~

おつ
灼かわ

復活はどうした

本人生きてるしそのうち来るでしょ(適当)

たいまつを地面に刺し置く。灯が地面をぼんやりと照らす。

エスローの背中から出てきたテントは、灼ちゃんと私で一緒に建てた。まるで四次元ポケットみたいだ。

赤と黒のテントは照らされた草原の赤味がかった緑と合わさって、とてもきれいだった。

またまた出てきた椅子に腰かける。灼ちゃんは小さな壺のようなものを取り出し、たいまつを差し込む。火が上がる。

灼「はい」

おにぎりを手渡してくる。いつのまに作ったんだろう。

私はありがとうと言い、おにぎりを一口頬張った。素朴、だけど優しい塩味が疲れをいやす。

玄「…今どのへんかな?」

灼「亦野谷を越えて…この辺。予定通り…」

黄ばんだ地図はより一層黄ばんで見え、少し胸がきゅっとなった。

玄「ありがと」

灼ちゃんは軽く笑って地図を置き、残りのおにぎりをほおばり始めた。

ふと見上げると、満点の星があった。この一帯にある明かりはこのたいまつ二本だけ。

見たこともないような空の暗さに、引き込まれるような錯覚を覚えた。

玄「空、綺麗だね」

灼「…ほんとだ、はっきり見え…」

食べ終わった後も、二人で空を眺めていた。

不意に、涙があふれ出る。

灼「っ玄、どうかし…」

玄「えっ、あっ、なんでもないよ!」ゴシゴシ

自分でもわけのわからないままわけのわからない言い訳をして、涙をふく。

玄「そろそろ寝よ?」

灼「…うん」

立ち上がって椅子を畳む。獣除けにもなるから壺の火は取っておくのだそう。獣の気配は全くしないけれど。

大きく円を描くようにチャックを外し、中に入る。思っていたより広かった。

灼ちゃんは寝袋を取ると残してテントを出た。私一人になる。

はぁ、と一息つく。今日だけでもかなり歩いた。とても足が痛い。

すぐに灼ちゃんは寝袋を以て戻ってきた。片方を受け取り、袋から出して広げる。

明かりは外からの光しかないから、入るのにも一苦労した。

なんとか入って横を見ると、灼ちゃんも無事に入り込めたようだった。

灼「じゃあ、おやすみ…」

玄「うん、おやすみ」

目を瞑る。疲れからか、あっという間に眠りに落ちた。


四日目 終了

ほんとすいません
月2くらい目指します


朝。

眩しさを感じて瞼を開ける。上半身を起こして首を回すも、灼ちゃんの姿は見えない。

玄「よいしょ」

のそりと起き上がり、大きく一度伸びをした。眠気がゆっくりと醒めていく。

寝袋から這い出でて、服を整え、テントのチャックを開けて外に首を出した。

外には既に日が高くなっているようで、優しい陽の光が草を緑に光らせている。

靴を履いて踏み出すと、すぐ向こうに椅子に腰かけた灼ちゃんの姿が見えた。表情は見えない。

私は歩いて近づき、後ろから目を塞いだ。

玄「だーれでしょう?」

灼「……玄以外ありえな…」

私は笑って手を離し、向かいの椅子に座った。灼ちゃんはどこか遠くを見ていたようだった。すぐにこちらを向いたからわからないけど。

灼「ごはんにしよう?」

そういうと立ち上がり、テントの中へ取りに行った。

玄(言ってくれれば取りに行ったのに…)

すぐに灼ちゃんがもってくる。またおにぎりだった。

味も全く同じだったけれど、美味しいことに変わりはない。おいしくいただいた。

「「ごちそうさまでした」」

二人同時に言い、顔を見合わせる。思わず笑いがこぼれる。

この世界の玄はどうしてるのだろうか
というかこの世界は一体何なのだろうか

灼「じゃあ、そろそろ行く…」

椅子とテントを畳み、エスローの背中に突っ込む。少し顔をしかめたように見えたが気にしない。

いつの間にか消されていたたいまつも突っ込み、何もなくなった。

灼ちゃんは無言で歩き出した、私も続く。

遠くに見える、森を目指して歩き始めた。

以上です

おつ

おつ

乙 

いちです
更新するタイミングが見当たらない感じです…早めにできるよう頑張ります

のんびり待ってる

ただひたすらに草原を進む。風の音と、私たちの足音だけが空間に響いている。

見えていた森は思っていたよりも遠かったけど、無言でいると時間がたつのは早く、気付いた時には森の前にいた。

けれど、森はあまりにも密集した木によって入れる気配はしなかった。

玄「…どこから入るの?」

灼ちゃんはすこし考えて言った。

灼「…多分どこかにすきまがあると思…」

もっとしっかり調べておけばよかった。いまさら公開しながら、私たちは森の周囲にそって入り口を探し始めた。

入り口、といってもしっかりした門みたいなのがほしいのではなくて、小さな小道みたいなのでもあればいいのだ。

そんなにかからないだろう、そう思って探し始めたはいいものの、全くもって影も形も見えなかった。

木がひたすらに立ち並んでいて、まるで壁のようだった。

灼ちゃんの顔にも疲労が浮かんでいる。

灼「…いっそ、むりやり中に入って行った方がいいかも…」

そうはいっても、木と木の間を歩くことすら難しい。

溜息を吐きながら、地道に歩いた。疲れが見えないのはエスローだけだ。元気にしっぽを振っている。

灼「あっ」

突然、灼ちゃんが声を漏らした。私も振り向く。

エスローに跨った、どこか見覚えのある顔がそこにはあった。

やえ「…おまえはっ」

灼「やえさん!?」

灼ちゃんの眼が変わり、小走さんに近づく。小走さんもエスローから降りると、灼ちゃんにゆっくりと近寄った。

灼「…やえさん、無事でよかっ…」

灼ちゃんが小走さんに抱き付く。やえさんも返す。

やえ「灼こそ」

灼ちゃんは泣いていた。目を赤く腫らして、静かに泣いていた。

小走さんは泣いてこそいなかったけれど、目は少しうるんでいるように見えた。

私は思わず間に割って入る。

玄「えっと…小走さんと、灼ちゃんは…」

やえ「ああ、旧い友人さ。まだ晩成王国が残っていたころのな」

晩成王国…いつかの晩に、灼ちゃんに教わったことを思い出す。

玄(そういえば、小走さんは向こうでは晩成だったし、晩成王国の人だったりしたのかな)

灼「…やえは、晩成王国の王様…つまり、トップだった人。うちとは取引はもちろん色々お世話になってたけど、あれ以降行方不明で…」

灼ちゃんが涙をぬぐう。

灼「でも、なんでやえはここに…」

やえ「ああ、負けた後に捕まってな、元王ってことでなんとか収監は免れて、元晩成の土地の警備を命じられてるんだ。

いい待遇のようにも聞こえるけれど、たった一人でこの土地を警備させられているあたり、やっぱり厳しい生活なのだろう。

また灼ちゃんが涙ぐむ。小走さんが抱きしめる。私はなんだかいらいらしていた。

玄「で、で!小走さん、この森に入る道とかってしりませんか?」

二人が離れ、小走さんが少し悩んでいった。

中途半端ですがいったん終わりです

乙だじぇ!
そろそろ二回目の夏休みが来かけている……

乙 のんびり待ってる

やえ「うーんと…ここから左巻きにしばらく進んだら小さい川が森の中を通ってるはずだから、それに沿えばいけるはずだ」

ちらりと左を見て灼ちゃんが言う。

灼「…川の影も形も見えない、あやし…」

やえ「まぁ、心配しなさんな。私は小3のころから地図すら持たない」

灼「自慢になってな…」

やえ「まあ、そういうことさ。私はお仕事があるから失礼するわよ」ヒラリ

灼「……またいつか」

再びエスローに跨り、手を振る。私と灼ちゃんも振り返した。

手綱を引くと、やえさんはエスローと一緒に駆けて行ってしまった。私はそれを見送る。

灼「玄、どうしたの?」

玄「…なんでもないよ」

やえ「まあ、そういうことさ。私はお仕事があるから失礼するわよ」ヒラリ

灼「……またいつか」

再びエスローに跨り、手を振る。私と灼ちゃんも振り返した。

手綱を引くと、やえさんはエスローと一緒に駆けて行ってしまった。私はそれを見送る。

灼「玄、どうしたの?」

玄「…なんでもないよ」

灼ちゃんはエスローの手綱を引いたブルリ、と一度身震いをして歩き出す。私もその横で歩く。

自然と口からため息が漏れる。

私は安堵していた。

わけはよくわからない。ただ、やえさんがいるときのイライラが、そのあとすぐに消えたのも確かだった。

私の脳裏を、「嫉妬」の文字が泳ぐ。

玄(…いや、別に私は灼ちゃんが好きだったわけじゃないし…)

首を振ってその考えを飛ばす。今は前進に集中しよう。

とはいえ、この道のりの退屈さと言ったら並みじゃなかった。

森の木々は変わることなく、面白味があるわけでもない。

森から目をそらしても、ひたすらな草原の先に山が見えるのみ。

生き物は相変わらずいないし、空にも雲一つなかった。

私は耐えきれずに声を出す。

玄「やえさんの言ったこと、本当なのかな」

灼ちゃんはすぐに振り向く。眼は少し冷たかった。

灼「……やえさんは嘘を吐く人じゃな…」

気付いた時には遅く、すぐに振り戻ると歩き出した。謝るタイミングも見失う。

玄「あ、うぅ…」

仕方なくそのまま歩く。私は申し訳ないと同時にある考えが浮かんでいた。

なんでやえさんをそんなに大事に思うの。

すぐに頭から消した。疲れてるんだ。

おわりです

いきてます

更新不可能だと判断し中止します
続きは気が向いたら自分のブログにでも載せます
ブログはこのSSのタイトルで検索すれば出るかと思います
いらっしゃったかわかりませんが見てくださったかたありがとうございました

お疲れ様でした
気が向いたら頑張って

お疲れ様です

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